読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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御嶽山、浅間山、富士山関連の団体の動向をウォッチして下さい情報求む 大本教系も御嶽山とゆかりあり。『密教の本』『真言密教の本』。明治まで実在しなかった金剛峯寺。青厳寺。興山寺。後醍醐天皇の南朝正統宗教は真言立川流=セックスカルト。醍醐寺はカルトメーカー。のりぴーの真如苑。卍教団(ナチスと紅卍字会=大本教系ですか)。皇室と関係ありの解脱会。 

更新箇所をすぐ上に持ってきました(下にも同じ記事があるけどきにせずに)金剛峯寺自体が明治以降に誕生した。
皆さん東寺と根来寺という本当の本山にいこう。
 

高野山の歴史まとめ
高野山=真言宗の山(金剛峯寺)は大ウソ! 浄土信仰の山であって、真言密教の本部ではなく、臨済宗や天台宗、浄土教系の山でしたが、明治になって突然ずっと真言宗の山だったということになりました。

弘仁7年(816年)、高野山を賜った空海(のモデル)。
翌年から伽藍の建立に取りかかったが完成した堂宇はごくわずかで当時の建築物は現存していない
空海の甥でもあった真然が約20年をかけて根本大塔などの伽藍を整備。
京都の東寺との確執もあり、
正暦5年(994年)には落雷による火災のため、ほとんどの建物を失い、僧はみな下山(真言宗の山ではなくなる)。
荒廃した高野山の真言宗の施設は、
長和5年(1016年)頃から、真言僧侶の定誉によって再興。
なお、高野山がこの世の浄土(弥勒浄土)である、という大衆向けの浄土信仰があった。真言密教の山ではないから、
治安3年(1023年)には藤原道長が参詣
。平安末期には白河上皇、鳥羽上皇が相次いで参詣するなど、高野山は現世の浄土としての信仰を集めて栄え、寺領も増加した。
大治5年(1130年)、覚鑁が高野山内に一堂を建て、伝法院と称した(根来寺の起源。なんと高野山内ですよ。根来寺が総本山じゃないか)。
鳥羽上皇は覚鑁に帰依し、荘園を寄進するなど手厚く保護。
2年後の長承元年(1132年)、覚鑁は鳥羽上皇の院宣を得て、高野山に大伝法院と密厳院(みつごんいん)を建立。
さらに2年後の長承3年(1134年)、覚鑁は金剛峯寺(具体的寺ではなく抽象的総称)座主に就任し、高野山全体を統轄(修験道とか天台宗系もあると思うんだが)する強大な勢力をもつ。
覚鑁は空海の教義を復興しようと努めたが、高野山内の衆徒はこれに反発。
保延6年(1140年)には、覚鑁の住房・密厳院を含む覚鑁一門の寺院が高野山内の反対勢力により焼き討ちされる(実質総本山が焼かれて高野山にはなくなりました)。
覚鑁一門は高野山を下りて、大伝法院の荘園の一つである弘田荘内にあった豊福寺(ぶふくじ)に拠点を移す。さらに新たに円明寺を建て伝法会道場とする。豊福寺・円明寺を中心として院家が建てられ、一山総称としての根来寺が形成される(総称ってことは、「国」や「ユダヤ」みたいに実物はないってこと)。
覚鑁は3年後の康治2年(1143年)、円明寺で没する。
源平の騒乱期には、
(1156年保元の乱から1192年源頼朝が征夷大将軍となるあたり。
狭くとるなら、治承・寿永の乱=1180年から1185年)
高野山で出家する貴族や武士(北朝正統は天台宗で武士は禅が好き)が目立つようになった。彼らは高野山に草庵を建てて住み、仏道に励んだ。
建暦元年(1211年)に、北条政子が亡夫源頼朝のために建てた禅定院(後の金剛三昧院。臨済宗。開山供養に栄西も招くほど)のように、有力者による寺院建立もあり、最盛期には高野山に2,000もの堂舎が立ち並んだが、真言密教は少数派であることに注意。
意識しないといけないのは、高野山は高野山を弥勒浄土や阿弥陀浄土とする一般民衆の信仰を集めていたことと、高野聖という(中世に)高野山を本拠とした遊行者がいたこと。当然、高野聖の教えは真言宗よりは浄土教に近いもの。
覚鑁上人の入滅後、大伝法院衆徒の一部は高野山に戻ったのだが主流ではなかった。
その後、正応元年(1288)頼瑜(らいゆ)僧正が高野山から大伝法院の僧侶を率いて根来に移る
1486年、京都の東寺が火災で主要堂塔のほとんどを失う(豊臣と徳川の援助で再建)。
天正13年(1585年)、十六世紀に豊臣秀吉による紀州根来衆弾圧で根来寺消失(真言宗滅亡寸前)。
1590年(天正18年)に木食応其が興山寺を建立。
1593年(文禄2年)に豊臣秀吉が母・大政所の追善菩提のために高野山に青厳寺(寺号を剃髪寺)を建立

ここまでで、根来寺→ほぼ滅亡(後に紀州徳川家が復興に協力)。
高野山→真言密教以外の信仰の山。
東寺→殆ど消失(後に豊臣と徳川が復興に協力)。
具体的寺としての金剛峯寺→そもそもない。

大覚寺(大覚寺統=南朝)を真言宗の本拠地にしたら、真言宗は完全に南朝側になったから謀反を企てているとされて恰好の餌食になってしまう。

醍醐寺→応仁の乱で焼失→豊臣秀吉のおかげで復興(仇敵なのに逆らえない)。
※醍醐寺復興の契機となる豊臣秀吉による「醍醐の花見」は1598年。
1593年の青厳寺建立より後。
醍醐寺は修験道も盛ん。北朝(天台宗)と結びついた秀吉が真言勢力を抑える意味でも、醍醐寺の修験道陣営を支援したと思われる(真言宗=南朝だから、その牽制)。

高野山=金剛峯寺も、真言宗があまりにも衰退していたので成立しない
ぎりぎりですな。天台宗で例えるなら、比叡山延暦寺消滅して、また比叡山で復興しようとしたらまた焼かれて、移転した本部(的な寺)を焼かれて、移転した本部を焼いた敵に元いた山に別の寺を建てられて、宗全体の復興にその怨敵の援助が必要だったってこと。酷いなあ。
冷や飯を食わされていた真言宗にキリスト教がやってきて、明治維新という白人傀儡政権誕生のための革命に協力させるわけですね。真言宗はキリスト教に頭が上がりませんなあ!
キリスト教に総本山を高野山にでっちあげてもらってさぞ嬉しいでしょうね!

隠蔽が雑だけどね!

1869年(明治2年)、青厳寺と興山寺を合併して、寺号を金剛峯寺とする
合併以前は、寺号の金剛峯寺は高野山全体を指す名称だったことにして、金剛峯寺は実在しなかったし高野山は密教の山ではなかったことを隠しつつ、いかにもずっと真言宗の山だったかのように伝統を捏造し今に至る。最悪の敵である秀吉の寺を利用しないといけないほどに衰退していた。

・和歌山県にある、十二世紀に作られた根来寺(新義真言宗総本山。開山は覚鑁〔かくばん〕。本尊は大日如来)。
新義真言宗とは、覚鑁(興教大師)の教学を元に高野山内で新たな教義を打ち立てたため「新義」と呼ばれます。
が、この新義に囚われないことが重要。実質、真言宗の総本山は根来寺でしたから。
高野山の僧の覚鑁が大治5年(1130年)に高野山内に一堂を建て、伝法院と称したことが根来寺の起源(なんと高野山内ですよ。ほら、根来寺が総本山じゃん)。
鳥羽上皇は覚鑁に帰依し、荘園を寄進するなど手厚く保護。
2年後の長承元年(1132年)、覚鑁は鳥羽上皇の院宣を得て、高野山に大伝法院と密厳院(みつごんいん)を建立。
さらに2年後の長承3年(1134年)、覚鑁は金剛峯寺座主に就任し、高野山全体を統轄(修験道とか天台宗系もあると思うんだが)する強大な勢力をもつ。
寺号の金剛峯寺を高野山全体を指す名称とすべきか、金剛峯寺自体が実在したかどうかが重要。でも大伝法院か密厳院に住んだはず)
覚鑁は空海の教義を復興しようと努めたが、高野山内の衆徒はこれに反発。
保延6年(1140年)には、覚鑁の住房・密厳院を含む覚鑁一門の寺院が高野山内の反対勢力により焼き討ちされる(実質総本山が焼かれて高野山にはなくなりました)
覚鑁一門は高野山を下りて、大伝法院の荘園の一つである弘田荘内にあった豊福寺(ぶふくじ。元は葛城山系の山岳信仰をおこなう草庵)に拠点を移す。さらに新たに円明寺を建て伝法会道場とする。豊福寺・円明寺を中心として院家が建てられ、一山総称としての根来寺が形成される(総称ってことは、「国」や「ユダヤ」みたいに実物はないってこと)。
覚鑁は3年後の康治2年(1143年)、円明寺で没する。
覚鑁上人の入滅後、大伝法院衆徒の一部は高野山に戻る。
が、正応元年(1288年)、大伝法院の学頭であった頼瑜は大伝法院の寺籍を根来に移し、この頃から大伝法院の本拠地は高野山から根来(現在地)に移った(真言宗の根拠地自体が移ったってこと。京都の東寺も根拠地だけど。金剛峯寺が実在していたとしても、密厳院などと同じく破壊されているはずだから、もう金剛峯寺はないですね)
天正13年(1585年)、十六世紀に豊臣秀吉(キリシタン弾圧してくれて有難う)により消失(もうこれ真言宗滅亡寸前じゃん。
東寺は1486年の火災で主要堂塔のほとんどを失っているし
。東寺も豊臣と徳川の援助で再建)。
大坂の陣で豊臣家を滅びた後、徳川家康によって秀吉が鶴松を弔うために建立した祥雲禅寺が根来寺に寄進された(秀吉製って嫌がらせじゃん)。江戸時代には紀州徳川家の庇護のもと一部が復興された。
紀州徳川家から水戸徳川家が出ます。水戸徳川家は当初、紀州徳川家の分家の扱いでした。第5代藩主吉宗が経済音痴のドけちだったのに名君プロパガンダが時代劇などで流されているのは、紀州徳川が真言宗を支援したからです。あと、吉宗は漢訳洋書を輸入しやすくした=キリスト教を布教しやすくしたこともキリスト教支配者に評価されております。
紀州と水戸は反徳川・北朝朝廷的。水戸は、徳川光圀=水戸黄門の南朝崇拝でわかるように完全に反逆者。だから時代劇で優遇されます。時代劇で優遇されているやつって碌なやつじゃありませんよ。歴史上の人物を尊敬する人にしない方がいいですよ。なお、私は釈迦(原始仏典に登場する凄い人間。神じゃないよ)を尊敬しております。

”国学≒蘭学。
天皇家が関わる万葉集は漢字表記(日ユ同祖論は嘘)。
契沖は真言宗僧侶で徳川光圀がスカウト
国学の四大人
荷田春満(伏見稲荷の神官)
賀茂真淵(春満の姪が妻。春満門下)
本居宣長(伊勢出身。真淵門下)
平田篤胤(和風クリスチャン。宣長の没後門人)”

以上でわかるように、真言宗は豊臣秀吉に恨み骨髄なのです。それがテレビの時代劇というファンタジーに反映されているわけです。逆にキリスト教公認したり北朝正統宗教の天台宗総本山を焼いた信長は優遇されまくりですよね。


・高野山と金剛峯寺について。
まずは高野山=真言宗、ということ自体が嘘です。
金剛峯寺=高野山、としているのは、高野山は元は真言宗(密教)よりも、北朝(天台宗)や大衆の浄土信仰の方がはるかに強かった過去を隠す為に喧伝しているのです。

二種類の金剛峯寺があります。
①高野山全体を意味する抽象的総称
②高野山の中にある具体的実物の寺


高野山=金剛峯寺(真言宗)だと、高野山が存在している限り、金剛峯寺は存在することになります。
が、これは高野山で真言宗の勢力がなくなった過去を隠すための、偽天皇の万世一系詐欺のようなトリックです。
だいたい、真言宗の寺がなくなった時点で、高野山=金剛峯寺=真言宗総本山なんて成立しません

②の具体的寺(名前が金剛峯寺でなくてもいいからとにかく具体的な真言宗の施設)が必須です。
九世紀以来ずっと真言宗のための山でしたよ、という嘘。
実際は、臨済宗の寺などがあり、密教ではない浄土信仰の山として信仰されていたのが高野山です。

つまり、真言宗は、他の宗派の伝統と権威を乗っ取って奪ったのですよ。神話と伝統の乗っ取り。

では高野山の歴史を概観してみますね。
九世紀、816年(弘仁7年)に高野山(和歌山県)が嵯峨天皇より空海に下賜された。それ以後、高野山内に伽藍・諸堂を整備して、修法と門弟の教育を行った。
(高野山「の一部」をもらったのでしょう。全体をもらったとしても、真言宗以外の土地に後世なります)

弘仁7年(816年)、高野山を賜った空海は、翌年から弟子達に命じて伽藍の建立に取りかかったが、交通不便な山中なので工事は進まず、空海(実在することにしておきます)の在世中に完成した堂宇はごくわずかで、無論、当時の建築物は現存していない。
(これを総本山=本部レベルの金剛峯寺とみなせる?)

空海の他界後、弟子であり実の甥でもあった真然が約20年をかけて根本大塔などの伽藍を整備。
その後、京都の東寺との確執(そりゃあ、東寺の方が本部にふさわしいわな)もあり、
正暦5年(994年)には落雷による火災のため、ほとんどの建物を失い、僧はみな山を下りて衰退。
(燃えちゃったよ! 以後は実質真言宗以外の仏教の山となります)
荒廃した高野山は、長和5年(1016年)頃から、定誉によって再興された。
(定誉:興福寺に入り法相宗を学ぶ。後にに密教の灌頂を受ける。天台宗の根本経典の法華経が大好きで法華経を持ち歩いていて、最終的に真言僧侶になった人。なんか矛盾してないか。脱線しすぎるのを防ぐために今は追及しません)

治安3年(1023年)には藤原道長(当然、天台宗側)が参詣。平安末期には白河上皇、鳥羽上皇が相次いで参詣するなど、高野山は現世の浄土としての信仰を集めて栄え、寺領も増加した。
高野山=現世の浄土=浄土教です。密教ではありません
高野山=真言宗だという嘘を振りまくと、この記述も真言宗だけが栄えましたというミスリードになってしまいます。
高野山は大衆の浄土信仰の土地なので、人がいっぱい来ているはずでそもそも密教の修行には不向きでしょう。
高野聖だって密教ではありませんし


源平の騒乱期には、高野山で出家する貴族や武士が目立つようになった。彼らは高野山に草庵を建てて住み、仏道に励んだ。
(何宗なのかな?←嫌がらせ)
また、北条政子が亡夫源頼朝のために建てた金剛三昧院のように、有力者による寺院建立もあり、最盛期には高野山に2,000もの堂舎が立ち並んだというのですが、真言宗ではなく、天台宗系や禅宗がほとんど。

金剛三昧院は元は禅宗でした。正確には密教もやっていたそうですけど(名前が金剛だし。でも密教ってだけなら天台密教もありますよね)。今は、禅宗をなかったことにして、高野山真言宗別格本山にされております。
泉涌寺という天皇家の菩提寺と同じ経緯で真言宗化されたのでしょう。泉涌寺は律宗を中心に天台、東密(真言)、禅、浄土も学んでいたのに明治以降に真言宗「だけ」に改造されたところです。
天皇=北朝(高句麗)=天台宗

偽天皇=南朝(百済)=真言宗(+神道カルト=キリスト教)
にすり替えたわけです。

金剛三昧院について少し補足。
十三世紀、建暦元年(1211年)、北条政子の発願により源頼朝菩提のために禅定院として創建され、開山供養には、栄西も招かれているように完全に元は臨済宗=禅宗です。
承久元年(1219年)、源実朝菩提のために定院を改築して金剛三昧院と改称し、以後将軍家の菩提寺として信仰された(武士は禅宗好きだし)。
初代住持が退耕行勇という臨済宗の坊さん。
源頼朝・北条政子夫妻の帰依を受け、政子が出家・剃髪する際にはその戒師をつとめた人。
金剛三昧院を開創し、禅密兼修の道場としたのですが、明らかに禅宗優先。
そもそも当初は真言宗ではない禅宗寺院として創建され、後に実融によって再興されて以後は律宗も兼学(真言宗じゃないじゃん)するようになった。
真言宗施設として扱われるのは、江戸時代初期頃と考えられているらしいが、紀州徳川がやったのかな。
徳川は天台宗系で、真言宗なんて異端派です。
輪王寺
(日光東照宮の一部。天台宗の門跡寺院。門跡=皇族や貴族が住職を務める特定の寺。門跡神社はない。あっても実質寺)、
寛永寺
(徳川家の菩提寺。寛永寺は天台宗で徳川家光が作り、初代住職が天海で17世紀半ばからは皇族が歴代住職を務める。日光山、比叡山を管轄するほど強かった。日光東照宮は輪王寺と寛永寺の二重支配)、
増上寺(徳川家の菩提寺。浄土宗)など、
徳川の主流=天台宗と浄土宗です。
日光東照宮は寺です! 権現=神に変装した仏は仏教用語です!

高野山に戻ります。
1593年(文禄2年)に豊臣秀吉が母・大政所の追善菩提のために高野山に建立したのが青厳寺(せいがんじ。青巖寺。剃髪寺)。
秀吉は真言宗にとっては恨み骨髄の大敵なので、高野山が真言宗支配でなかったことの証です。
近世に入ると、徳川家が高野山を菩提所(徳川は天台宗か浄土宗。高野山は浄土信仰の土地!)と定めたこともあり、諸大名を始め多くの有力者が高野山に霊屋、墓碑、供養塔などを建立するようになった。
ここでも、高野山=金剛峯寺という嘘により、いかにも真言宗が隆盛していたように見せかけることができます。

1593年(文禄2年)に豊臣秀吉が母・大政所の追善菩提のために高野山に建立した青厳寺と、
1590年(天正18年)に木食応其が建立した興山寺を
1869年(明治2年)に合併して、寺号を金剛峯寺としたのです。
真言宗の敵である秀吉の寺を、真言宗本部の金剛峯寺に塗り替えました。
古来より続く伝統ではありません。

ちなみに、青厳寺のとなりに興山寺がありました。青厳寺は、建立当初は寺号を剃髪寺。興山寺は後陽成天皇より「興山寺」の勅額が下賜され、勅願寺です。
合併以前は、寺号の金剛峯寺は高野山全体を指す名称だった
→金剛峯寺は実在(具体的寺として)しなかった。
現在のように特定の寺院を指して寺号とすることはなかったのに、明治になって突然具体的真言宗の寺の本部が高野山に登場した。
現在の金剛峯寺の建物は19世紀、1863年(文久3年)に建立され、高野山真言宗座主の住居としても使用されております(廃仏毀釈勢力がやったんでしょう)。
真言宗の本山が、根来寺を焼き討ちした秀吉の寺で、金剛峯寺が単なる抽象的な名札だったのだから、ずっと続いてきたという意味なら京都の東寺(恨み骨髄の相手に別の寺を建てられなかったし)、あるいは根来寺ですね。
東寺だって、文明18年(1486年)の火災で主要堂塔のほとんどを失い、豊臣家・徳川家などの援助により、金堂・五重塔などが再建されたんですけどね。結局は恨み骨髄の秀吉の援助が必要だったと。
合併以前は、寺号の金剛峯寺は高野山全体を指す名称=総称=具体的な寺として実在しない。
高野山自体はずっとあったから、それを金剛峯寺と等しいとすれば昔から実在したように見せかけることができるわけです。
真言宗の総本山だということにされた高野山の金剛峯寺(具体的寺として)が出来たのが明治以降なんだから、もはや、空海とは一切関係ないです
あまりにも衰退しすぎていたからこそ、真言宗最大の敵ともいえる秀吉の寺に頼らないといけなかったのです
高野山=金剛峯寺ということにすることで、古代からの伝統だということにできる=手柄の横取りができるからこそ、東寺や根来寺を一番上にしなかったのです。
真言宗が仏教界の主流だったことなんて明治までは一切ないんですよ
伝統捏造のための歴史捏造だというのが、私の結論です。

実は、抽象的総称による神話の乗っ取りは空海=弘法大師、という嘘によってもおこなわれております。
弘法=仏法をひろめる徳が高い人=沢山いる。なので、他の人の手柄を空海のだということにしたのです。
弘法はブッダと同じく、複数いるのですよ。
やたら空海が超人なのは、凄い人の集合体だから。
モデルはいただろうけど、あなたが想像するような空海は実在しません


まどマギの杏子が、曼荼羅チックなボードの上でダンスゲームをした後で、ほむらに「食うかい?」ってお菓子を差し出すのですが、「空海?」なのかもしれませんな。ワルプルギスの夜も曼荼羅っぽいものを纏っていたし。
メーソンは真言密教大好きだし。でも杏子はクリスチャン。高野山にキリスト教=景教碑があるんですよね。
大日如来ってGODっぽいし。アフラ・マズダだろうけど



ツイッターで画像つきツイートしようとしたら、画像をアップロードできませんが何度やっても出るが、ようやくアップロードできた。規定は全て完全に満たしたのに。欧州貴族思想ど真ん中の思想=魔術師クロウリー思想であり、クロウリーのマーク=豊田市(トヨタの本拠地)のマーク(を塗りつぶしてごまかしたもの)ってことは嫌なのね。
この画像付きツイート↓
”イエズス会が17世紀にダビデの星をユダヤのマークにした。ダビデの星→イエズス会=バチカンが黒幕。バチカンの伝統のユダヤ陰謀論は、イエズス会が六芒星にユダヤを捧げてキリスト教が罪を逃れる呪術。トヨタの根拠地のマークはクロウリーの六芒星。
クロウリーの六芒星(左)と豊田市のマーク(右)



↓イングランド+アメリカ系(WASP)メーソン代表の鹿目まどか(まどマギ)=女版イエス+ケルヌンノス。
Bxu_D4pCIAEcQ7o[2]


“29日に「虚空と君にあいだに」のブロガーさんに10万円支援基金から送金しました。とても足りないのでご協力お願いします。あんまりこのブログを舐めているとすべて記事を削除します。本当にやりますよ。支援口座は一番下にあります。2000のアクセスで一人1500円の寄付で300万円になるんだよ。支援先の天才ブロガー村手智君はもうじき子供が生まれるんで必死に生きようとしているんだ。全部支援したい気持ちです。皆さんを信じています。”
「酒鬼薔薇事件と今回の少女殺害事件」  
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/855.html

最近更新されました。

【20141001】ありがとう
http://www.mkmogura.com/blog/2014/10/01/1422
“「真実がこの社会に広まろうとも、嘘が金になる体制を治さないかぎり、つまりは真実追求にお金を出してくれる人が増えない限り、この社会は変えられない」”

“自分の作ったここは、どんな歴史学者よりも明確に「どのようにこの日本が出来上がったのか」を説明できる唯一のブログです。
なぜ、天皇がなぜ神道なのか、一度も神社に行っていない徳川家康が神社なのか。
それはキリスト教勢力が、日本を支配下におくために、キリスト教の神を作り上げ、当時の徳川慶喜や天皇の取り巻きをコントロールするために天皇すり替えと宗教の嘘改革を実施した都合と結果で、元が大日本皇道立教会で今芸能界のタブーとされてる創価学会でさえその骨格の一部だからですと。”

“でも、普通に就職して会社につとめると考えた場合、どうしても尻込みしてしまう部分がある。
行動は集団に制限されるとしたエミール・デュルケーム、他者から独立した中、自律したなかでしか正義はないとしたイマヌエル・カント、まあ、ブログにも出て来たそこらへんの思想だね。
すべてを伝えきれるわけではないので、普通の会社に人格をかくしてお世話になるより、自分がこういう人間だと理解してのぞまれてどこかに就職したい、で達人さんに愚痴というか相談して「どこかない?」ってなったわけです。”


“可能性として残るのは富士噴火などの予行演習的ですが、そうなら今から2ヶ月後とかが注意。その前後はロック石油撤退のafp通信(フランス)のようにロスチャ系メディアの注視が必要です。 自分は人工地震を決め付けはしません、が、検証自体をスルーする事は確信を持っておかしいと断言します” 村手 さとし@mkmogura

”テレビ報道、各紙で伝えられている通り、27日11時53分頃(811)に御嶽山が噴火しました。私はこの噴火は前兆と考えます。
すでに地殻のズレも観測されているように、次は浅間山、富士と繋がる展開が予想できるからです
日本政府は、即刻、全原発の永久停止宣言を発令しなさい。”サージ船長@alo353

大本教系も御嶽山とゆかりあり

御嶽山(長野県)=山岳信仰の山 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E5%B6%BD%E5%B1%B1_(%E9%95%B7%E9%87%8E%E7%9C%8C)#.E6.AD.B4.E5.8F.B2.E3.83.BB.E4.BF.A1.E4.BB.B0 …
▼富士山、白山、立山で日本三霊山と言われているが、このうちの白山又は立山を御嶽山と入れ替えて三霊山とする説も
▼富士山(富士講)と並び講社として庶民の信仰を集めた霊山
▼鎌倉時代御嶽山一帯は修験者の行場” ken‏@kenkatap

講=宗教団体。

“出口王仁三郎は御嶽教大本教会を設立。
上部団体を稲荷神→御嶽教→出雲大社と変えていく。
静岡県富士宮市神社が仏教に管理されていた過去を隠す和風耶蘇教の中心地。
浅間大社。
日蓮正宗の大石寺。
創価用の駅の富士宮駅。
オウム真理教本部。
大本系の白光真宏会
本部。”

“火山噴火を人工的に起こせるのか は分らないが、9月27日は足すと 18になるな。6+6+6。 ちなみに白山は宝くじの会社が 隣接しやすい地名。” フェイド大帝@FeydoTaitei

“また、イルミ系の漫画でやたらと 富士山噴火ネタが多い。 美内すずえのアマテラスでは アメリカのキリスト教カルトの 司祭が魔術を使って富士山を 噴火させる呪いを掛けるシーン がある。 美内すずえはアイクが処女作を 出す前にレプティリアン説を 漫画に織り込んでいる。” フェイド大帝@FeydoTaitei
“一応、美内論では富士山を噴火 させて日本列島を沈没させるのが 米国カルトの目標とされている。 ガラスの仮面もいいが、美内作品は アマテラスと13月の悲劇は読んで おいた方がいい。” フェイド大帝@FeydoTaitei

“教派神道ってみんなどれくらい知ってるかな?1868年、明治時代のはじまりのタイミングで、政祭一致がすすめられて、国家神道からはみでる神道がこう呼ばれたの。
神道十三派:神道大教、黒住教、神道修成派、出雲大社教、枎桑教、實行教、
神道大成教、神習教、御嶽教、神理教、禊教、金光教、天理教
宗教学たん@shukyogakutan

御嶽教(おんたけきょう)は奈良県奈良市に教団本部(御嶽山大和本宮)を置く教派神道で、神道十三派の一つ。創始者は下山応助とされている。 信者は約50万人。長野県木曽郡木曽町に御嶽登拝の安全を祈願するための神殿である木曽大教殿がある。 御嶽山を信仰根本道場としている。” 日本のために@izimo_ssp

“阪神淡路のドーナツ碑が666ですかw(グーグルクローム型666ですね) 原発のマーク、三極委員会のマーク、更にこんな変形も pic.twitter.com/ehs16ekQKh” ネズミさん@Nezmi_san

“ヘブライ文字バージョンは「爪跡」に似せて、同様にヘブライ文字で「www」が666なら「vvv」も・・・ pic.twitter.com/3TPAd0RBvr” ネズミさん@Nezmi_san

阪神淡路大震災は、人工地震の可能性が高い http://www.y-asakawa.com/Message2012-1/12-message2.htm … 死者行方不明6400名のうち170名がアジア系外国人であり欧米人は僅か2名。大震災2日後に400名の欧米人が自前の船で脱出する手際の良さ。震災1か月前にGMなど神戸港から名古屋港に水揚を変更。”
Masa.D@860masjp

“サッスーンといえばアヘン王。神戸にユダヤ系シリア人・デヴィッド・サッスーンが住んでいた旧サッスーン邸。現在はヴィダル・サッスーンが有名ですね。ヴィダルといえばP&G、日本本社は神戸。 何でこんな事を書いているかというと、繋がりが分かる人向け。” にこじろ@nikojiro25

“「サッスーン家」は第1章で紹介したように、アヘン密売で莫大な富を築いた一族で、並みいるユダヤ財閥の中でも、ケタはずれの財産を保有する、屈指の財閥であった。(サッスーン家は、英ロスチャイルド家の東アジア代理人であった)。 http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe150.html#09 …” omega2@omegaomeg2

阪神淡路人工地震の犯人は、アメリカの白人至上主義陣営ってこと。欧州貴族系(EU系。ロスチャイルド+バチカン+王侯貴族)が被害を受けているからです

666と卍の仕込み方などが学べるところ↓
Apocalypse Now
U・ェ・Uノ ちわわのひとりごと
阪神大震災の記憶
http://apocalypsenow.jugem.jp/?eid=71&pagenum=1
儀式殺人とか
http://apocalypsenow.jugem.jp/?eid=18
デザインいろいろ
http://apocalypsenow.jugem.jp/?eid=33#sequel

『真言密教の本―空海伝説の謎と即身成仏の秘密』 (New sight mook―Books esoterica)
『密教の本―驚くべき秘儀・修法の世界 』(NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 1): 神代 康隆, 金澤 友哉, 不二 龍彦, 豊島 泰国

“むしろ空海は半分以上が別の人のような気がします。弘法大使=ただのとくの高いお坊さんの総称。仏教=天皇を説明できない本屋さんという職業に事実なんてものは、並べられないよ。 なら嘘から情報を読みとくべきでは?嘘は、嘘と嘘をつく理由が常にセットであるし。”村手 さとし‏@mkmogura

“弘法も筆のあやまり…。諺みたいなものを、弘法=空海にする意味がわからん。「俺、最澄派だから。まちがえねぇし。」で、諺ではなくなる!”村手 さとし‏@mkmogura

“で、空海は「いたかどうかもわかんねぇ」という結論でおちついた。それが、一番ふにおちた答。イヤ、この諺だけじゃなく、時代年表と符合させたりとか、ありもしない高野山とかの功績をおいかけてみたらね。”村手 さとし‏@mkmogura

“そそ、ただのとくのたかい、おぼうさーん。そして、嘘と嘘をつく理由は、常にふたつでセットであり、「嘘は単独では存在しない。」その別の方の「なぜ」を追いかければいい。”村手 さとし‏@mkmogura

空海が超人すぎるのは高僧の集合体。弁慶が天台僧の集合体であるように。七つ道具とは武器がいっぱいってこと。立って死んだって、一人だけだとよけて通ればいいだけだし。

真言宗は南朝偽天皇系です。北朝への反逆勢力として国学(アンチ仏教集団)にも食い込んでおります。
メーソンは真言密教大好き
なんですよね。△+卍が曼荼羅に登場し、拝火教とミトラ教とマニ教が混ざっているからです

”国学≒蘭学。
天皇家が関わる万葉集は漢字表記(日ユ同祖論は嘘)。
契沖は真言宗僧侶で徳川光圀がスカウト
国学の四大人
荷田春満(伏見稲荷の神官)
賀茂真淵(春満の姪が妻。春満門下)
本居宣長(伊勢出身。真淵門下)
平田篤胤(和風クリスチャン。宣長の没後門人)”

“島根の津和野=山陰の小京都。
森鴎外、西周、大国隆正(平田篤胤門下)、福羽美静(大国隆正門下。明治天皇の侍講)の出身地。玉松操(元・真言宗醍醐寺僧。岩倉具視の腹心)も大国隆正門下
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-23.tml…”

でも仏教なので、神道=和風キリスト教より格下扱いのようです。

“絶望先生は本編と関係なく麻生やメッコールが登場。兄妹が異様に親密なのを見て近親婚推奨の拝火教を想起しただけで西尾「維新」が拝火教という意味ではないです。和風耶蘇教=味方、寺=敵。型月では真言立川流の尼=アンリマユや、天台宗僧侶が黒幕ですし。”

“神の眼がシンボルの『新世界より』で、朝比奈富子はテロメア修復の呪力(真言で制御する超能力)で二百年以上長生きしてボスになります。バケネズミ=呪力がない人間を改造して作った奴隷に呪力者は神だと洗脳。人間=Xが奴隷用に猿を改造したもの?”
『新世界より』の支配層=超能力者は、バケネズミ(元人間)に自分らを「神」と呼ばせております。「仏」ではありません。
アニメでは鳥居でまくりですし、どこが仏教なんでしょうか。真言密教なんですけどね。

※ですます、だである金剛、いや混合ですがあしからず!

・大覚寺という南朝の寺もやはり真言宗。京都にある真言宗大覚寺派大本山。九世紀創設。嵯峨天皇の離宮として建造されたのが始まり。当時は嵯峨院と呼ばれていた。南北朝の争いの和議が締結されたのがこの大覚寺。

・九世紀にできた真言宗醍醐派総本山・醍醐寺。
醍醐=仏教の真理
起源は空海の弟子。十世紀に醍醐天皇の帰依により多くの堂宇が造営された。十五世紀に応仁の乱で焼失。秀吉が復興(秀吉が真言宗寺院を復興する例が目につく)。江戸時代には幕府より当山派修験道(とうざんは)の本拠地として認められ、大峰入峰(おおみねにゅうぶ)などの修行が今でも行われている。
ちなみに、醍醐天皇の右大臣が菅原道真(だからヨイショされる)。
後述する立川流、真如苑、解脱会に関係がある醍醐寺はカルトメーカー


高野山の歴史まとめ
高野山=真言宗の山(金剛峯寺)は大ウソ! 浄土信仰の山であって、真言密教の本部ではなく、臨済宗や天台宗、浄土教系の山でしたが、明治になって突然ずっと真言宗の山だったということになりました。

弘仁7年(816年)、高野山を賜った空海(のモデル)。
翌年から伽藍の建立に取りかかったが完成した堂宇はごくわずかで当時の建築物は現存していない
空海の甥でもあった真然が約20年をかけて根本大塔などの伽藍を整備。
京都の東寺との確執もあり、
正暦5年(994年)には落雷による火災のため、ほとんどの建物を失い、僧はみな下山(真言宗の山ではなくなる)。
荒廃した高野山の真言宗の施設は、
長和5年(1016年)頃から、真言僧侶の定誉によって再興。
なお、高野山がこの世の浄土(弥勒浄土)である、という大衆向けの浄土信仰があった。真言密教の山ではないから、
治安3年(1023年)には藤原道長が参詣
。平安末期には白河上皇、鳥羽上皇が相次いで参詣するなど、高野山は現世の浄土としての信仰を集めて栄え、寺領も増加した。
大治5年(1130年)、覚鑁が高野山内に一堂を建て、伝法院と称した(根来寺の起源。なんと高野山内ですよ。根来寺が総本山じゃないか)。
鳥羽上皇は覚鑁に帰依し、荘園を寄進するなど手厚く保護。
2年後の長承元年(1132年)、覚鑁は鳥羽上皇の院宣を得て、高野山に大伝法院と密厳院(みつごんいん)を建立。
さらに2年後の長承3年(1134年)、覚鑁は金剛峯寺(具体的寺ではなく抽象的総称)座主に就任し、高野山全体を統轄(修験道とか天台宗系もあると思うんだが)する強大な勢力をもつ。
覚鑁は空海の教義を復興しようと努めたが、高野山内の衆徒はこれに反発。
保延6年(1140年)には、覚鑁の住房・密厳院を含む覚鑁一門の寺院が高野山内の反対勢力により焼き討ちされる(実質総本山が焼かれて高野山にはなくなりました)。
覚鑁一門は高野山を下りて、大伝法院の荘園の一つである弘田荘内にあった豊福寺(ぶふくじ)に拠点を移す。さらに新たに円明寺を建て伝法会道場とする。豊福寺・円明寺を中心として院家が建てられ、一山総称としての根来寺が形成される(総称ってことは、「国」や「ユダヤ」みたいに実物はないってこと)。
覚鑁は3年後の康治2年(1143年)、円明寺で没する。
源平の騒乱期には、
(1156年保元の乱から1192年源頼朝が征夷大将軍となるあたり。
狭くとるなら、治承・寿永の乱=1180年から1185年)
高野山で出家する貴族や武士(北朝正統は天台宗で武士は禅が好き)が目立つようになった。彼らは高野山に草庵を建てて住み、仏道に励んだ。
建暦元年(1211年)に、北条政子が亡夫源頼朝のために建てた禅定院(後の金剛三昧院。臨済宗。開山供養に栄西も招くほど)のように、有力者による寺院建立もあり、最盛期には高野山に2,000もの堂舎が立ち並んだが、真言密教は少数派であることに注意。
意識しないといけないのは、高野山は高野山を弥勒浄土や阿弥陀浄土とする一般民衆の信仰を集めていたことと、高野聖という(中世に)高野山を本拠とした遊行者がいたこと。当然、高野聖の教えは真言宗よりは浄土教に近いもの。
覚鑁上人の入滅後、大伝法院衆徒の一部は高野山に戻ったのだが主流ではなかった。
その後、正応元年(1288)頼瑜(らいゆ)僧正が高野山から大伝法院の僧侶を率いて根来に移る
1486年、京都の東寺が火災で主要堂塔のほとんどを失う(豊臣と徳川の援助で再建)。
天正13年(1585年)、十六世紀に豊臣秀吉による紀州根来衆弾圧で根来寺消失(真言宗滅亡寸前)。
1590年(天正18年)に木食応其が興山寺を建立。
1593年(文禄2年)に豊臣秀吉が母・大政所の追善菩提のために高野山に青厳寺(寺号を剃髪寺)を建立

ここまでで、根来寺→ほぼ滅亡(後に紀州徳川家が復興に協力)。
高野山→真言密教以外の信仰の山。
東寺→殆ど消失(後に豊臣と徳川が復興に協力)。
具体的寺としての金剛峯寺→そもそもない。

大覚寺(大覚寺統=南朝)を真言宗の本拠地にしたら、真言宗は完全に南朝側になったから謀反を企てているとされて恰好の餌食になってしまう。

醍醐寺→応仁の乱で焼失→豊臣秀吉のおかげで復興(仇敵なのに逆らえない)。
※醍醐寺復興の契機となる豊臣秀吉による「醍醐の花見」は1598年。
1593年の青厳寺建立より後。
醍醐寺は修験道も盛ん。北朝(天台宗)と結びついた秀吉が真言勢力を抑える意味でも、醍醐寺の修験道陣営を支援したと思われる(真言宗=南朝だから、その牽制)。

高野山=金剛峯寺も、真言宗があまりにも衰退していたので成立しない
ぎりぎりですな。天台宗で例えるなら、比叡山延暦寺消滅して、また比叡山で復興しようとしたらまた焼かれて、移転した本部(的な寺)を焼かれて、移転した本部を焼いた敵に元いた山に別の寺を建てられて、宗全体の復興にその怨敵の援助が必要だったってこと。酷いなあ。
冷や飯を食わされていた真言宗にキリスト教がやってきて、明治維新という白人傀儡政権誕生のための革命に協力させるわけですね。真言宗はキリスト教に頭が上がりませんなあ!
キリスト教に総本山を高野山にでっちあげてもらってさぞ嬉しいでしょうね!

隠蔽が雑だけどね!

1869年(明治2年)、青厳寺と興山寺を合併して、寺号を金剛峯寺とする
合併以前は、寺号の金剛峯寺は高野山全体を指す名称だったことにして、金剛峯寺は実在しなかったし高野山は密教の山ではなかったことを隠しつつ、いかにもずっと真言宗の山だったかのように伝統を捏造し今に至る。最悪の敵である秀吉の寺を利用しないといけないほどに衰退していた。

・和歌山県にある、十二世紀に作られた根来寺(新義真言宗総本山。開山は覚鑁〔かくばん〕。本尊は大日如来)。
新義真言宗とは、覚鑁(興教大師)の教学を元に高野山内で新たな教義を打ち立てたため「新義」と呼ばれます。
が、この新義に囚われないことが重要。実質、真言宗の総本山は根来寺でしたから。
高野山の僧の覚鑁が大治5年(1130年)に高野山内に一堂を建て、伝法院と称したことが根来寺の起源(なんと高野山内ですよ。ほら、根来寺が総本山じゃん)。
鳥羽上皇は覚鑁に帰依し、荘園を寄進するなど手厚く保護。
2年後の長承元年(1132年)、覚鑁は鳥羽上皇の院宣を得て、高野山に大伝法院と密厳院(みつごんいん)を建立。
さらに2年後の長承3年(1134年)、覚鑁は金剛峯寺座主に就任し、高野山全体を統轄(修験道とか天台宗系もあると思うんだが)する強大な勢力をもつ。
寺号の金剛峯寺を高野山全体を指す名称とすべきか、金剛峯寺自体が実在したかどうかが重要。でも大伝法院か密厳院に住んだはず)
覚鑁は空海の教義を復興しようと努めたが、高野山内の衆徒はこれに反発。
保延6年(1140年)には、覚鑁の住房・密厳院を含む覚鑁一門の寺院が高野山内の反対勢力により焼き討ちされる(実質総本山が焼かれて高野山にはなくなりました)
覚鑁一門は高野山を下りて、大伝法院の荘園の一つである弘田荘内にあった豊福寺(ぶふくじ。元は葛城山系の山岳信仰をおこなう草庵)に拠点を移す。さらに新たに円明寺を建て伝法会道場とする。豊福寺・円明寺を中心として院家が建てられ、一山総称としての根来寺が形成される(総称ってことは、「国」や「ユダヤ」みたいに実物はないってこと)。
覚鑁は3年後の康治2年(1143年)、円明寺で没する。
覚鑁上人の入滅後、大伝法院衆徒の一部は高野山に戻る。
が、正応元年(1288年)、大伝法院の学頭であった頼瑜は大伝法院の寺籍を根来に移し、この頃から大伝法院の本拠地は高野山から根来(現在地)に移った(真言宗の根拠地自体が移ったってこと。京都の東寺も根拠地だけど。金剛峯寺が実在していたとしても、密厳院などと同じく破壊されているはずだから、もう金剛峯寺はないですね)
天正13年(1585年)、十六世紀に豊臣秀吉(キリシタン弾圧してくれて有難う)により消失(もうこれ真言宗滅亡寸前じゃん。
東寺は1486年の火災で主要堂塔のほとんどを失っているし
。東寺も豊臣と徳川の援助で再建)。
大坂の陣で豊臣家を滅びた後、徳川家康によって秀吉が鶴松を弔うために建立した祥雲禅寺が根来寺に寄進された(秀吉製って嫌がらせじゃん)。江戸時代には紀州徳川家の庇護のもと一部が復興された。
紀州徳川家から水戸徳川家が出ます。水戸徳川家は当初、紀州徳川家の分家の扱いでした。第5代藩主吉宗が経済音痴のドけちだったのに名君プロパガンダが時代劇などで流されているのは、紀州徳川が真言宗を支援したからです。あと、吉宗は漢訳洋書を輸入しやすくした=キリスト教を布教しやすくしたこともキリスト教支配者に評価されております。
紀州と水戸は反徳川・北朝朝廷的。水戸は、徳川光圀=水戸黄門の南朝崇拝でわかるように完全に反逆者。だから時代劇で優遇されます。時代劇で優遇されているやつって碌なやつじゃありませんよ。歴史上の人物を尊敬する人にしない方がいいですよ。なお、私は釈迦(原始仏典に登場する凄い人間。神じゃないよ)を尊敬しております。

”国学≒蘭学。
天皇家が関わる万葉集は漢字表記(日ユ同祖論は嘘)。
契沖は真言宗僧侶で徳川光圀がスカウト
国学の四大人
荷田春満(伏見稲荷の神官)
賀茂真淵(春満の姪が妻。春満門下)
本居宣長(伊勢出身。真淵門下)
平田篤胤(和風クリスチャン。宣長の没後門人)”

以上でわかるように、真言宗は豊臣秀吉に恨み骨髄なのです。それがテレビの時代劇というファンタジーに反映されているわけです。逆にキリスト教公認したり北朝正統宗教の天台宗総本山を焼いた信長は優遇されまくりですよね。


・高野山と金剛峯寺について。
まずは高野山=真言宗、ということ自体が嘘です。
金剛峯寺=高野山、としているのは、高野山は元は真言宗(密教)よりも、北朝(天台宗)や大衆の浄土信仰の方がはるかに強かった過去を隠す為に喧伝しているのです。

二種類の金剛峯寺があります。
①高野山全体を意味する抽象的総称
②高野山の中にある具体的実物の寺


高野山=金剛峯寺(真言宗)だと、高野山が存在している限り、金剛峯寺は存在することになります。
が、これは高野山で真言宗の勢力がなくなった過去を隠すための、偽天皇の万世一系詐欺のようなトリックです。
だいたい、真言宗の寺がなくなった時点で、高野山=金剛峯寺=真言宗総本山なんて成立しません

②の具体的寺(名前が金剛峯寺でなくてもいいからとにかく具体的な真言宗の施設)が必須です。
九世紀以来ずっと真言宗のための山でしたよ、という嘘。
実際は、臨済宗の寺などがあり、密教ではない浄土信仰の山として信仰されていたのが高野山です。

つまり、真言宗は、他の宗派の伝統と権威を乗っ取って奪ったのですよ。神話と伝統の乗っ取り。

では高野山の歴史を概観してみますね。
九世紀、816年(弘仁7年)に高野山(和歌山県)が嵯峨天皇より空海に下賜された。それ以後、高野山内に伽藍・諸堂を整備して、修法と門弟の教育を行った。
(高野山「の一部」をもらったのでしょう。全体をもらったとしても、真言宗以外の土地に後世なります)

弘仁7年(816年)、高野山を賜った空海は、翌年から弟子達に命じて伽藍の建立に取りかかったが、交通不便な山中なので工事は進まず、空海(実在することにしておきます)の在世中に完成した堂宇はごくわずかで、無論、当時の建築物は現存していない。
(これを総本山=本部レベルの金剛峯寺とみなせる?)

空海の他界後、弟子であり実の甥でもあった真然が約20年をかけて根本大塔などの伽藍を整備。
その後、京都の東寺との確執(そりゃあ、東寺の方が本部にふさわしいわな)もあり、
正暦5年(994年)には落雷による火災のため、ほとんどの建物を失い、僧はみな山を下りて衰退。
(燃えちゃったよ! 以後は実質真言宗以外の仏教の山となります)
荒廃した高野山は、長和5年(1016年)頃から、定誉によって再興された。
(定誉:興福寺に入り法相宗を学ぶ。後にに密教の灌頂を受ける。天台宗の根本経典の法華経が大好きで法華経を持ち歩いていて、最終的に真言僧侶になった人。なんか矛盾してないか。脱線しすぎるのを防ぐために今は追及しません)

治安3年(1023年)には藤原道長(当然、天台宗側)が参詣。平安末期には白河上皇、鳥羽上皇が相次いで参詣するなど、高野山は現世の浄土としての信仰を集めて栄え、寺領も増加した。
高野山=現世の浄土=浄土教です。密教ではありません
高野山=真言宗だという嘘を振りまくと、この記述も真言宗だけが栄えましたというミスリードになってしまいます。
高野山は大衆の浄土信仰の土地なので、人がいっぱい来ているはずでそもそも密教の修行には不向きでしょう。
高野聖だって密教ではありませんし


源平の騒乱期には、高野山で出家する貴族や武士が目立つようになった。彼らは高野山に草庵を建てて住み、仏道に励んだ。
(何宗なのかな?←嫌がらせ)
また、北条政子が亡夫源頼朝のために建てた金剛三昧院のように、有力者による寺院建立もあり、最盛期には高野山に2,000もの堂舎が立ち並んだというのですが、真言宗ではなく、天台宗系や禅宗がほとんど。

金剛三昧院は元は禅宗でした。正確には密教もやっていたそうですけど(名前が金剛だし。でも密教ってだけなら天台密教もありますよね)。今は、禅宗をなかったことにして、高野山真言宗別格本山にされております。
泉涌寺という天皇家の菩提寺と同じ経緯で真言宗化されたのでしょう。泉涌寺は律宗を中心に天台、東密(真言)、禅、浄土も学んでいたのに明治以降に真言宗「だけ」に改造されたところです。
天皇=北朝(高句麗)=天台宗

偽天皇=南朝(百済)=真言宗(+神道カルト=キリスト教)
にすり替えたわけです。

金剛三昧院について少し補足。
十三世紀、建暦元年(1211年)、北条政子の発願により源頼朝菩提のために禅定院として創建され、開山供養には、栄西も招かれているように完全に元は臨済宗=禅宗です。
承久元年(1219年)、源実朝菩提のために定院を改築して金剛三昧院と改称し、以後将軍家の菩提寺として信仰された(武士は禅宗好きだし)。
初代住持が退耕行勇という臨済宗の坊さん。
源頼朝・北条政子夫妻の帰依を受け、政子が出家・剃髪する際にはその戒師をつとめた人。
金剛三昧院を開創し、禅密兼修の道場としたのですが、明らかに禅宗優先。
そもそも当初は真言宗ではない禅宗寺院として創建され、後に実融によって再興されて以後は律宗も兼学(真言宗じゃないじゃん)するようになった。
真言宗施設として扱われるのは、江戸時代初期頃と考えられているらしいが、紀州徳川がやったのかな。
徳川は天台宗系で、真言宗なんて異端派です。
輪王寺
(日光東照宮の一部。天台宗の門跡寺院。門跡=皇族や貴族が住職を務める特定の寺。門跡神社はない。あっても実質寺)、
寛永寺
(徳川家の菩提寺。寛永寺は天台宗で徳川家光が作り、初代住職が天海で17世紀半ばからは皇族が歴代住職を務める。日光山、比叡山を管轄するほど強かった。日光東照宮は輪王寺と寛永寺の二重支配)、
増上寺(徳川家の菩提寺。浄土宗)など、
徳川の主流=天台宗と浄土宗です。
日光東照宮は寺です! 権現=神に変装した仏は仏教用語です!

高野山に戻ります。
1593年(文禄2年)に豊臣秀吉が母・大政所の追善菩提のために高野山に建立したのが青厳寺(せいがんじ。青巖寺。剃髪寺)。
秀吉は真言宗にとっては恨み骨髄の大敵なので、高野山が真言宗支配でなかったことの証です。
近世に入ると、徳川家が高野山を菩提所(徳川は天台宗か浄土宗。高野山は浄土信仰の土地!)と定めたこともあり、諸大名を始め多くの有力者が高野山に霊屋、墓碑、供養塔などを建立するようになった。
ここでも、高野山=金剛峯寺という嘘により、いかにも真言宗が隆盛していたように見せかけることができます。

1593年(文禄2年)に豊臣秀吉が母・大政所の追善菩提のために高野山に建立した青厳寺と、
1590年(天正18年)に木食応其が建立した興山寺を
1869年(明治2年)に合併して、寺号を金剛峯寺としたのです。
真言宗の敵である秀吉の寺を、真言宗本部の金剛峯寺に塗り替えました。
古来より続く伝統ではありません。

ちなみに、青厳寺のとなりに興山寺がありました。青厳寺は、建立当初は寺号を剃髪寺。興山寺は後陽成天皇より「興山寺」の勅額が下賜され、勅願寺です。
合併以前は、寺号の金剛峯寺は高野山全体を指す名称だった
→金剛峯寺は実在(具体的寺として)しなかった。
現在のように特定の寺院を指して寺号とすることはなかったのに、明治になって突然具体的真言宗の寺の本部が高野山に登場した。
現在の金剛峯寺の建物は19世紀、1863年(文久3年)に建立され、高野山真言宗座主の住居としても使用されております(廃仏毀釈勢力がやったんでしょう)。
真言宗の本山が、根来寺を焼き討ちした秀吉の寺で、金剛峯寺が単なる抽象的な名札だったのだから、ずっと続いてきたという意味なら京都の東寺(恨み骨髄の相手に別の寺を建てられなかったし)、あるいは根来寺ですね。
東寺だって、文明18年(1486年)の火災で主要堂塔のほとんどを失い、豊臣家・徳川家などの援助により、金堂・五重塔などが再建されたんですけどね。結局は恨み骨髄の秀吉の援助が必要だったと。
合併以前は、寺号の金剛峯寺は高野山全体を指す名称=総称=具体的な寺として実在しない。
高野山自体はずっとあったから、それを金剛峯寺と等しいとすれば昔から実在したように見せかけることができるわけです。
真言宗の総本山だということにされた高野山の金剛峯寺(具体的寺として)が出来たのが明治以降なんだから、もはや、空海とは一切関係ないです
あまりにも衰退しすぎていたからこそ、真言宗最大の敵ともいえる秀吉の寺に頼らないといけなかったのです
高野山=金剛峯寺ということにすることで、古代からの伝統だということにできる=手柄の横取りができるからこそ、東寺や根来寺を一番上にしなかったのです。
真言宗が仏教界の主流だったことなんて明治までは一切ないんですよ
伝統捏造のための歴史捏造だというのが、私の結論です。

実は、抽象的総称による神話の乗っ取りは空海=弘法大師、という嘘によってもおこなわれております。
弘法=仏法をひろめる徳が高い人=沢山いる。なので、他の人の手柄を空海のだということにしたのです。
弘法はブッダと同じく、複数いるのですよ。
やたら空海が超人なのは、凄い人の集合体だから。
モデルはいただろうけど、あなたが想像するような空海は実在しません


まどマギの杏子が、曼荼羅チックなボードの上でダンスゲームをした後で、ほむらに「食うかい?」ってお菓子を差し出すのですが、「空海?」なのかもしれませんな。ワルプルギスの夜も曼荼羅っぽいものを纏っていたし。
メーソンは真言密教大好きだし。でも杏子はクリスチャン。高野山にキリスト教=景教碑があるんですよね。
大日如来ってGODっぽいし。アフラ・マズダだろうけど


・以上より、真言宗の本山は、京都の東寺(とうじ)。
東寺の開祖は空海。開山は桓武天皇。桓武天皇は母が百済系で、南朝が非常に重視する百済が出て来る。
その東寺(教王護国寺)の山号は、「八幡山」。八幡神(当時は八幡大菩薩で仏教なのにね)を祀っているのですが、
八幡=朝鮮系海賊=倭寇、って北朝への反逆者じゃないですか。
なのに自称北朝の天皇家の菩提寺は真言宗(昔は真言宗だけではなかった)。やっぱり南朝ですね。
もともと真言宗系の寺は、吉野という南朝の本拠地でさえ、天台宗の管理下に置かれることが多く、明治以前、元から真言宗というのは少なかったんですよ(金剛峯寺がなくなっちゃったからそりゃ弱るわ)。
明治以降に多数の寺が、真言宗に改宗しまくり、もしくは廃仏毀釈で寺が神社になったりするわけです。
真言宗はメーソンが好きだし、倒幕勢力に間違いなく加わったことと、南朝後醍醐天皇が真言宗だったからなどまあ、キリスト教侵略者にとって都合がよかったから優遇されたわけです。
仏教系ですらキリスト教の変形だらけなのは明治から。仏教国教時代は神社は寺に支配されていました。
廃仏毀釈で徹底的に仏教を攻撃したのが和風キリスト教軍団。寺が保管していた戸籍を破壊して、自分たちが日本人ではない証拠を隠滅

『日本霊異記』の仏に生まれ変わりたいと願う神のような「神身離脱」話があるように、仏教の方が呪力や霊力が強いとみなされたので国教となったのです。
仏菩薩=本地、が衆生を救うために、仮に神の姿で示現した(=垂迹)もの――仏が神に姿を変えたもの(仏が本体)を権現と呼ぶ(家康は権現だから仏だよ)――という神は仏に従属するという思想(神は仏が変装しただけ)が主流となった。神々は仏にあこがれる存在でした。
神宮寺はその為に作られた。寺が上なので仏教による土着信仰の取り込みです

伊勢神宮も仏教に監視されていました。
伊勢神道は、食べ物の神であるトヨウケを祀る外宮側によるものなので、内宮のアマテラス側ではありません。天皇の祖先をアマテラスにしたのは単なる伊勢神宮と結びつけたいから。伊勢神道は外宮側だったのは無視。
そもそも道教用語の天皇は、天皇大帝=北極星であるから太陽ではありません


多くの陰謀論者が無視する点を盛り込んで陰謀論者チェックリストを作りました~はじめにお読みください①
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-1.html
“⑤明治以降から実質今でも、日本の国教となった国家神道がキリスト教を現地に合わせて和風にしただけの天皇一神教であり、現人神はイエスキリストの訳語だと指摘しているか。神聖な天皇=現人神=キリスト=GOD。

⑥明治以前は日本の皇室の思想は仏教と道教であり、天皇は仏教徒か道教家だったことを指摘しているか。

⑦本地垂迹説は仏が神々よりも上だという思想であり、仏教が神道(キリスト教に変質前)を管理し支配するためのものであり、神宮寺がそのための施設だと指摘しているか。
⑧いかにも昔からずっと神社でしたと嘘をついている神社が昔は寺に管理されていたあるいは寺だったことを指摘しているか(反逆組織候補ですから監視して当然)。
・鰐淵寺(天台宗。出雲大社を管理)、
・石清水八幡宮護国寺(幕末までは神仏習合の宮寺で石清水八幡宮護国寺)、
・祇園感神院または祗園社
(祗園は仏教用語。ZIONと言う日ユ同祖論者は仏教と道教学んだら? なんでクリスチャンが主張するの?)、
伊勢大神宮寺(天皇が伊勢神宮参拝するのは明治から)、
・弥勒寺(八幡大菩薩宇佐宮の神宮寺)、
・鶴岡八幡宮寺(八幡=仏教化されて管理されていた)、
・輪王寺
(日光東照宮の一部。天台宗の門跡寺院。門跡=皇族や貴族が住職を務める特定の寺。門跡神社はない。あっても実質寺)、
・寛永寺(徳川家の菩提寺。寛永寺は天台宗で徳川家光が作り、初代住職が天海で17世紀半ばからは皇族が歴代住職を務める。日光山、比叡山を管轄するほど強かった。日光東照宮は輪王寺と寛永寺の二重支配)、
・増上寺(徳川家の菩提寺。浄土宗)、
泉涌寺
(せんにゅうじ、天皇家の菩提寺。泉涌寺は律宗を中心に天台、東密(真言)、禅、浄土も学んでいたのに明治以降に真言宗「だけ」に改造
。南朝正統宗教「真言宗」立川流を思い出します)、
愛染寺
(伏見稲荷大社の社殿造営や修復、勧進、出開帳を管理)”

高野山景教碑というものがあります。
高野山の景教碑は現在中国、西安市の博物館に保存されている
「大秦景教流行中国碑」 のレプリカ(複製品)です。
オリジナルは
西暦781年、唐の都・長安の大秦寺に建立され、
1623年西安で土中より発掘されたもの。
高野山に景教碑のレプリカを建てたのはE.A.ゴルドン夫人という女性です。
1851年イングランドに生れ、日本の文化を愛し、様々な日本を援助する活動を行いました。 また日本に長期間滞在し、仏教の研究をしました。 仏教もキリスト教も元は一つであるという「仏基一元」(宗教統一かよ。原始仏教は宗教否定だぞ。神も否定)の考えが夫人の研究テーマでした。
「大秦景教流行中国碑」の複製を高野山に建てたのも、その研究の一環(高野山OKしたのかよ)で、夫人は唐で学んだ弘法大師が景教にも関係を持っていたと信じていたそうです

京都で亡くなった夫人の葬儀は京都東寺(金剛峯寺じゃないのね。でっちあげだと知っていたのかな)で仏式によって行なわれ、その墓は高野山、景教碑の隣に建てられました。
中国風キリスト教が真言密教に影響しているってことですね。大日如来って他の仏になれるから一神教的、というか汎神論ですね。
ちなみに、景教博士と呼ばれた佐伯 好郎(クリスチャン)は日ユ同祖論の最初期の論者で、日ユ同祖論は単なる功利的な「企画」だと自分で言っています

(景教碑の謎  
http://www.geocities.co.jp/kmaz2215/motto/keikyo/keikyo/keikyou-hi.htm)

・仁和寺は、徒然草で有名。石清水八幡宮護国寺を拝まなかったり、鼎を頭にかぶったりした仁和寺の法師のおかげです。
仁和寺(にんなじ)は、京都府京都市右京区御室にある真言宗御室派総本山。
仁和4年(888年)にできました。
皇室とゆかりの深い寺(門跡寺院)で、出家後の宇多法皇が住したことから、「御室御所」(おむろごしょ)と称されました。明治維新以降は、仁和寺の門跡に皇族が就かなくなったこともあり、「旧御室御所」と称するようになりました。
門跡寺院はあっても門跡神社なんてありません! 仏教説話はあっても神道説話はありません!

真言宗系新興宗教=和風キリスト教。
卍教団(ナチスと紅卍字会ですか)

創始者 真木応瑞。
金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅と大日経を崇拝し教典とする。
本部は福岡県久留米市にある。
創始者の真木応瑞は
1943年新義真言宗大本山誕生院の院代となる。1945年東京大空襲に僧としての身分に戻る。
終戦と同時に「一三宗五六派を解体仏教の原点釈迦に還れ!」と既存仏教の中央集権的な組織の仕組みを否定。
新義真言宗始祖の興教大師覚鑁(かくばん。根来寺作った人)から霊告を受け、1948年2月に、卍教団を立教する。
この卍教団の卍の意味は、「Light(光明)」、
Love(聖愛)」、
「Life(生命)」、「Liberty(自由)」の4つのLが合成したものである(そうですがナチスと紅卍字会=大本教系だろ)。なお、卍イコール万(悉曇文字)であり、功徳円満の意味もあるという。
愛は仏教では執着なので悪。愛を良いものとし教義に入れるのはキリスト教思想。
仏教の原点釈迦に還れって、教団作った時点でアウト。
ナチスと紅卍字会(+大本教系教祖集団)を意識しているのか会ったら質問してみますね。


解脱会
教祖の岡野聖憲は昭和四年に神(仏じゃないのかよ)の啓示を受けて埼玉で立教。その二年後に醍醐寺三宝院で得度した。「敬神崇祖」を重視する……って仏は?
名前が解脱なのに本書の画像はでっかい鳥居
っておいおい。神は仏教では格下の存在。そもそも神ではなく天だろうが。神道=和風キリスト教ですね。
解脱会をは檀家を持たない泉涌寺(せんにゅうじ、天皇家の菩提寺。明治以降に真言宗「だけ」に改造)をバックアップしたので、教祖が死ぬとこの皇室の菩提寺に埋葬された。
教典が般若心経って偽経説があるやつじゃねーか!

ここまで来るとすがすがしいな。

・大本教がさっき出てきたので、大石凝真素美(おおいしごり ますみ、1832年 - 1913年4月11日)という、日本の国学者を紹介。天津金木(東京グールの主人公の名前ってこれが元ネタかも)を重視しました。
666=3つの6=ミロクの出口王仁三郎(でぐちおにさぶろう)と関係しておりました。
弥勒菩薩=ミトラです。ミトラ意識(ミトラと拝火教)が強いのはフランス・ドイツ・スコットランドメーソンの特徴です。
まあ、キリスト教以外の思想が入りまくりなのが大本教系です。ヴァチカン(バチカン)も無論絡んでいますけど。イエズス会(バチカンマフィア)も間違いなく。
空海大師は入滅後、兜卒天(弥勒菩薩の浄土)に生まれて一切衆生を見守り、五十六億七千万年の後に弥勒菩薩と共に下生するそうです。真言宗とミトラの関係がここにもあるわけです。

後醍醐天皇の側近の宗教が真言立川流。
真言立川流は髑髏に精液と愛液と経血を塗りたくったものを本尊とし、セックスで悟る仏教の超異端派。即身成仏の奥義は性行為と肉食にありとする。
立川流の曼荼羅は男女交合の絵=濡れ場=セックスシーン
=エロ画像であり、宇宙の真理(意味深)を象徴している。
卍、八卦のマークが立川流の曼荼羅にある。

十三世紀、中世に流行ったらしい。恐らく同じく中世に大流行した狐形の夜叉神・ダキニを祀る「ダキニ天法」の本尊を改変したものだろう。外道の法とされるダキニ天法でも祭壇に人の頭蓋骨か狐の頭蓋骨を据える。
立川流の発生を辿ると、京都醍醐寺に住して東院阿闍梨とも呼ばれ、将来、醍醐寺の座主になること間違いなしと目されていた高僧、仁寛(にんかん)阿闍梨(=行くべきもの、行うべきことを知る者)に行きつく。
既に三十年の長きにわたって左大臣職にある俊房(としふさ)を父に、東寺の一の長者で三宝院権僧正(さんぽういん ごんの そうじょう)の勝覚(しょうかく)を兄に持ち、その他の兄弟もすべて高位高官という恵まれた境遇にあった仁寛は、ふとしたきっかけから天皇の継承問題にまつわる内紛に巻きこまれ、永久元年(1113)十一月、鳥羽天皇殺害を謀ったとの嫌疑で伊豆大仁(おおひと)の地(静岡県田方〔たがた〕郡)に流された。それから五カ月後に死去するのだが、その間に立川流邪教と呼ばれる教義を弟子の陰陽師に伝授したとされる。
武蔵国の陰陽師が仁寛に真言を習い、陰陽道に引き入れたとされる。一説にこの弟子を武蔵国立川(東京都立川市
)出身の陰陽師・見蓮(けんれん)とする。
仁寛が創始した立川流を、南北朝の動乱期に大成した、とされているのが文観。真言律宗→天台宗→奈良の西大寺の律僧→醍醐寺で真言密教僧とさまざまな宗派を遍歴した文観は、南朝の後醍醐天皇の護持僧となる。
護持僧として近侍した文観が側近なので後醍醐天皇の宗教は真言立川流です。肖像画にも密教の法具を持っていますし。南朝ですら仏教です。神道ではありません
醍醐という仏教用語を使う天皇の側近が文観という高僧なんですから当然です。
伊勢神宮を急に参拝しだすのは明治からですし。仏教徒の天皇が反仏教施設に参拝するわけないでしょ

・真言立川流に関係しているのが、のりぴーで有名な真如苑。
真如苑は真言宗の醍醐派の流れを組む立川の寺に偽装した和風キリスト教=神道系カルト。
武蔵(東京)の立川=東京都立川市に真如苑の本部があるように、もろに真言立川流の兄弟です。
教祖の伊藤真乗(しんじょう)は当初は醍醐寺僧侶で、教師の資格を得ていたが昭和二十三年に真言宗を離脱して教団設立。
真如苑は自民党(CIA+生長の家+統一教会+WASP至上主義の米共和党日本支部)の票田ですので、中身はキリスト教です。
神社庁も真如苑も統一教会も、キリスト教の変形なのです。
統一教会の直系であるアベ(岸信介の孫)の母親は真如苑信者ですし。
武蔵野の立川出身の陰陽師が真言宗と混ぜて作ったから、ニコニコ動画で陰陽師動画が流行ったりするわけです。真言立川流、そして真如苑意識ですね。

ズヴィズダーという一つ目アニメでウドがやたら強調されていますが、ウド(独活)は立川の特産品です。真言立川流の宣伝でもあり、真如苑の宣伝でもあります。
ズヴィズダーは、
主人公陣営
一つ目
女がボス(女神崇拝)
ロシア+ウクライナ+広島(原爆と原発被害)
ナチス(バチカンと欧州貴族に切られる前の方)
男が下っ端で女が上
反タバコ(ナチスも嫌煙運動やってたな)。
VS
敵陣営(アメリカ)
アメリカに操られている東京
陰陽師(真言立川流には陰陽師が関わっている)
下っ端も上も女。

陰陽師組織・ホワイトライトのボスの女と、主人公陣営のナチスの格好したおっちゃんがひっつきますが、これはナチスをアメリカの白人至上主義陣営が吸収したことを意味します。
ホワイトライト=白光……真宏会

”和風キリスト教軍団
スピリチュアル
    ↑
金光教→大本(紅卍字会)→世界救世教
    ↓         ↓
    ↓ 和風耶蘇教  真光
    ↓ =神道     ↓
    ↓→→ ワールドメイト
   生長の家→白光真宏会
    ↓
  幸福の科学(+GLA)”

”紅卍字会+大本=耶蘇・メーソン極東支部

心霊主義(スピリチュアル)

大本(+紅卍字会)→世界救世教
↓          ↓
↓  和風耶蘇教  真光
↓  =神道     ↓
↓→ → ワールドメイト
生長の家→白光真宏会

紅卍字会>辯天宗、黒龍会、神社本庁、國學院、上智”

原始仏教について少し述べて(引用)おきます。

吉凶の 占いやめた 修行者は この世において 正遊行する<360>
http://76263383.at.webry.info/201402/article_16.html
“始めの答えは端的に言えば「占いを止めなさい」ということです。これがまず初めに大切なことなのです。当時のインドでなくても、現代日本でも、占いは大変人気があります。多くの一般雑誌には占いのコーナーがあり、テレビでも毎朝放映しています。これは自分の考えや行動を自分で選択できない人がたくさんいるからなのです。
ブッダは人間にとって、始めに大切なことは、自分の考えや行動は自分で調べ、判断し、決めることだと教えているのです。自分の考えや行動の主人は自分であるべきだと教えているのです。

ブッダは占いばかりではなく、既に述べたことがありますが、カーラーマ経(増支部3集65)で、次の10項目の注意点を挙げて、自ら確かめるように教えています。
1.口伝だからと信じるなかれ、自ら確かめよ。
2.伝承だからと信じるなかれ、自ら確かめよ。
3.伝聞だからと信じるなかれ、自ら確かめよ
4.聖典だからと信じるなかれ、自ら確かめよ。
5.論理的だからと信じるなかれ、自ら確かめよ。
6.推論に合っているからと信じるなかれ、自ら確かめよ。
7.言葉が巧みだからと信じるなかれ、自ら確かめよ。
8.結論が自説と同じだからと信じるなかれ、自ら確かめよ。
9.あり得る話だからと信じるなかれ、自ら確かめよ。
10.聖者だからと信じるなかれ、自ら確かめよ。
以上の考え方や行動の基本を踏まえて、次の偈から正しく遍歴遊行するために、必要な事柄を具体的に述べています。”

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫) 中村 元 (1958/1)
p.76 三六〇
“師はいわれた、「瑞兆の占い、天変地異の占い、夢占い、相の占いを完全にやめ、吉凶の判断をともにすてた修行者は、正しく世の中を遍歴するであろう。”

p.153 七〇六
“凡夫は欲望と貪りとに執著(しゅうじゃく)しているが、眼ある人はそれを捨てて道を歩め。この(世の)地獄を超えよ。”

地獄とは今生きている世界

第四章(アッタカ・ヴァッガ)
p.186 八三六
“(マーガンディヤがいった)、「もしもあなたが、多くの王者が求めた女、このような宝、が欲しくないならば、あなたはどのような見解を、どのような戒律・道徳・生活法を、またどのような生存状態に生まれかわることを説くのですか?」”

 p.186 八三七“師は答えた、「マーガンディヤよ。『わたくしはこのことを説く』、ということがわたくしにはない。諸々の事物に対する執著を執著であると確かに知って、諸々の偏見における(過誤を)見て、固執することなく、省察しつつ内心の安らぎをわたくしは見た。」

釈迦が見解を説くと教義(絶対に変えてはならないから執着そのもの)になってしまいますから避けたのです。あと、生まれ変わりについても分かりようがないので言及しませんでした(この世界で確かめられないこと=答えようがないことには答えないのが釈尊の姿勢

p.188 八四六
“ヴェーダの達人は、見解についても、思想についても、慢心に至ることがない。かれの本性はそのようなものではないからである。かれは宗教的行為によっても導かれないし、また伝統的な学問によっても導かれない。かれは執著の巣窟に導き入れられることがない。”

宗教=執着の巣窟。
学問=執着の巣窟。


p.200 九一八
これ(慢心)によって『自分は勝れている』と思ってはならない。『自分は劣っている』とか、また『自分は等しい』とか思ってはならない。いろいろの質問を受けても、自己を妄想せずにおれ。”

p.201 九二七
“わが徒は、アタルヴァ・ヴェーダの呪法と夢占いと相の占いと星占いとを行ってはならない。鳥獣の声を占ったり、懐妊術や医術を行なったりしてはならぬ。”

当時の医術は今とは違い、単なる祈祷とかインチキだらけでそれを利用して騙す輩が横行していたらしい。占いもね。
呪法の禁止はジャイナ教でも同様。
『アタルヴァ・ヴェーダ』では、主にバラモン教の呪術的な儀式のしきたりが記されている。

p.226 一〇七六
師は答えた。「ウパシーヴァよ。滅びてしまった者には、それを測る基準が存在しない。 かれを、ああだ、こうだと論ずるよすがが、かれには存在しない。あらゆることがらがすっかり絶やされたとき、あらゆる論議の道はすっかり絶えてしまったのである。」“

更に詳しく原始仏教について知りたい方は過去記事をどうぞ↓

原始仏教はカウンセリング術。現世利益を言わない宗教が多いのは、現世利益で幸せになると儲からないから。『仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 』・『原始仏典』・『ブッダの真理のことば・感興のことば』。あと、生き残るために他の宗教に偽装した宗教や、キリスト教が作った「ユダヤという身代わりの生贄」やズルワーンについてなど。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-9.html


・臨兵闘者 皆陣列在前(真言宗版。臨む兵、闘う者、皆 陣列べて(ねて)前に在り)で有名な、九字(くじ)の印は道教由来。
『抱朴子』に「入山宜知六甲秘祝 祝曰 臨兵鬥者 皆陣列前行 凡九字 常當密祝之 無所不辟 要道不煩 此之謂也」と入山時に唱えるべき「六甲秘祝」として、「臨兵鬥者皆陣列前行」があると言ったと記されており、道家が使っていたものを密教が取り入れた。
密教も神道もお札が道教チック
その一つの「在」の印(日輪)は、両手の親指同士と、人差し指同士を合わせて三角形を作るメーソンが喜びそうなもの。

密教の印(ムドラー)の画像が大量にあるところ↓
真言密教入門コーナー

http://www1.plala.or.jp/eiji/sub6.htm

・護摩(ホーマ=生贄を火で焼いて祈願する)は、火の神アグニの加護を得る為のバラモン教の火の儀式が元ネタ。インドではアグニだが、日本では不動明王が一般的本尊。
壇は本来は土を積み上げ、平らにならした聖別の場所を指すのでインドでは土で壇を築くが、中国や日本では木壇が一般的。
護摩には内護摩(内心の煩悩を焼きつくすことを観想修念すること)と、外護摩(護摩木や供物を焚く)がある。炉や焚く木は目的で異なる。
息災法…円形炉(円壇)、白い衣、北に向かって甘木を焚く

増益(ぞうやく)法…方形炉(方壇。四角)、黄色の衣、東方に向かって果木を燃やす

敬愛法…半円の炉(蓮華壇)、赤い衣、西に向かう(何を燃やすのやら)。

降伏(ごうぶく)法…三角形の炉(三角壇)、黒い衣、南に向かって古木を焚く。
降伏法を側近の高僧に行わせた為政者は普通にいる(今もいるだろうね)。
炉の形がなんと三角形。
密教の曼陀羅にも、三角+卍というメーソンが喜びそうな、というか元ネタ候補がある。

画像は引用元でお願いします。
フリーメイソンのピラミッド・アイとアグニ・ホートラの関係
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-561.html
“アグニ・ホートラというのは密教の護摩の元になった
インドの儀式で、焚き火を焚いてその中に様々な供物を
捧げて願いを叶えてもらうという祭式。
ゾロアスター教の拝火教とは厳密には違うんだけど、
まぁ近いかな?考え方的には。
仏教のお経でブッダが改宗させたカッサパ兄弟が改宗
する前にやっていた宗教がこの”アグニ教”
だと言われている。
これ、実際は願い事の種類によって炉の色だとか形が
変わってくる。
日本の密教で歴代天皇が使いまくった”調伏”という
敵を呪殺する方法は三角形の炉
を使っていた。

普通は金運アップとかだと四角形の炉が一般的で、
開運だとか厄よけは丸い炉を使う。
(中略)
アメリカの1ドル札の裏に書かれている有名な彼である。
フリーメイソンのシンボルの”プロビデンスの目”というやつね。

集英社のSQジャンプで主役も務めたことがあるほどの
人気者だ。
さて、今回のメインテーマはこのピラミッド・アイ(以後、三角野郎)
の起源がなんなのかを探っていきたいと思う。

一般にはフリーメイソンの日本ロッジの解釈を鵜呑みにした
記事ばかりが日本では量産されており、古代エジプトの
ピラミッドの頂辺の装飾部である”キャップ・ストーン”
という石材が元だと言われている。
上の画像がそのキャップストーンね。

......これって、三角野郎に似ている?

フリーメイソンには申し訳ないけど、全然違うと思う。

目だって二つあるじゃねーか

元々フリーメイソンがイギリスで設立された時代ってのは
フランス経由でエジプト文化がちょっとしたブームに
なっていて、なんでもかんでもエジプトに結びつけたがる
風潮があった。
だが、これは神智学のブラバツキーが傾倒したオリエントが
元だろう。
第一、フリーメイソン自体がユダヤのソロモン王の時代の
儀式がご先祖様だと言っているぐらいだから、ユダヤだったら
エジプト文化なんぞコピーしないだろう。
では、エジプトじゃないのなら、ユダヤ起源なら
中東のどこの何が元ネタなのかが重要になってくる。
次の画像を見てほしい。

これは日本の密教の胎蔵界曼荼羅だ。
赤い丸で囲った部分があるでしょ?
ピラミッドの頂辺が丸く光っているやつね。

このシンボルを”如来一切偏智印”と呼ぶ。
インドでは三角形というのは四大の”火
”の
エレメントを表すので、これも当然”火”のシンボルだ。
密教では一般的に炎で煩悩を燃やしているシンボルだと言われている。

ではこのシンボルを少し拡大してみよう。

これが拡大図。
炎の中で卍が燃えている。この卍の回っている
向きというのが重要でこれが左
回りになっている
のが重要だ。
*密教では本尊と一体化すると本尊側からの視点に
 なるので曼荼羅上は右回りでも、本尊側から見れば
 左回りになる

で、この炎の上の角の方に小さくお坊さんが二人
描かれているかと思う。

この二人が釈迦が改宗させたカッサパ兄弟ね

つまりこの炎のシンボルはアグニ・ホートラなわけ!

煩悩を焼いているわけじゃない。
ウパニシャッドやヴェーダを読めば分かるが

この儀式ってのは基本的に生け贄
を捧げている

ウパニシャッドによると馬とかを焼いていたらしい。

これが中世ヨーロッパになると、ローマ・カトリック教会
が魔女狩りの火炙りの刑へと発展するわけである。
恐らく、ヤハウェかなんかに魔女を生け贄として
捧げていたのだろう。
聖書には具体的に動物の生け贄がどう行われていたのか
は書かれていないが、どうもこのバラモン教に近い事を
やっていたのではないかと匂わせる部分がある。
アブラハムも最初は自分の息子を生け贄にしようとした
事から、”アブラハム教”が興る前のユダヤ社会では
人間を生け贄にしていたことが分かる。
元々、動物を生け贄として捧げる場合、
主に二つの捧げ方がある。

 ①一つは上の様に火炙りにする。

 ②もう一つが刃物で刺して出血死させるという方法。

歴史的には②の方が古いと思われる


何故かと言うと”血”というのは液体である。
液体というのは重力の方向に零れていく
性質がある。
最終的には地面の土に吸収されていくわけだ。
この地面に血が吸収されるプロセスが古代では
大地の神に供養を捧げたという意味になるわけである。

ところがバラモン教では神は”天”に住んでいる。
だから、火で燃やすことによって煙の状態に
することによって供物を天に送るという解釈が
生まれたのだ。
聖書でも、ノアの大洪水の後、ノアが神へ肉を捧げる
場面があるのだが、これもやはり肉を焼いている。
ユダヤというのは元々はイラクの辺りに住んでいた
民族なのでお隣のイラン経由でヴェーダ教の影響
があったのだと思われる。

ここで、一つ話を戻すと、

この密教のシンボル、何かに似ていると思わないか?

そう、フリーメイソンの三角野郎だ。

卍を目に変えればそのまんまだ。

しかもメイソンの三角野郎の目は”左目”だ

左回りが重要
だといったでしょ?

1ドル札では右目だが、我々はイルミナティではないので
 密教の様に支配者の目と一体化することはできない

 被支配者側の視点から見たら目が左側の目だということ

フリーメイソンの連中が言う様に彼らの起源がユダヤであると
言うなら、バラモン教のシンボルを取り入れていたとしても
不自然はない。
だから、まどマギのEDで丸まったまどかが魔女の左目の中で
左回りに回転するのはやばいと
言っているわけだ。

日本も天台宗をベースとした密教国家であった事実が
あるのだから、国内のアニメに密教シンボルを
取り入れることになんら不思議は無い。

ご存知の通り、バラモン教/ヒンドゥー教というのは
カースト社会である。
つまり社会に於ける厳格な階級制度と序列があるわけよ。
これを1ドル札の裏に持ってくるということは
奴らがどういう政治/社会体制を理想としているか
容易に理解できるだろう。

これが、ニューワールドオーダーの正体だ。

奴ら、インド人以外の外国人はバラモン教のカースト社会を
作りたいわけ。ミツバチやアリの様な社会性昆虫と同じ
仕組みに人間社会を変えたいわけ。
これは日本で言えば飛鳥時代辺りから既にこういう願望が
あったと考えるべきで、聖徳太子や蘇我稲目達が目指していた
”日本”というのが何だったのかが見えてくるわけ。

ところが、中々インドに行ける古代人がいなかったため、
バラモン教やカースト社会の悪い所には結局気付く機会が
なかったわけよ。
インド特有のシステムをアメリカや日本に持って来ても
成功するわけないでしょ、常識的に考えて。

だから、フリーメイソンの陰謀論の事をアメリカや
イギリスに結びつけようとする説もあるけど、

これは本来間違っている。

そもそも天台密教という土壌があるのだから、
イルミナティ主義というのは日本から生まれたとしても
不思議じゃない。

そう考えると、何故プルサーマル原子力増殖炉に”もんじゅ”だとか
”ふげん”なんていう密教の仏の名前
を付けたのかも興味深くなってくる。

陰謀論家のデービッド・アイクの”大いなる秘密”では
イルミナティの頭領が住んでいるのは恐らくチベットである
と書かれている。

チベットも密教の国でしょ?
世界の密教国なんてチベット、ネパール、日本ぐらいしか
残っていない。
となると、デービッド・アイクの言うレプティリアンというのが
どこに住んでいるのかもおのずと明らかになってくる。
チベット仏教の密教行法で仏の霊を曼荼羅から自分に移して
仏と一心同体になる”即身成仏”
というのがあるでしょ?

レプティリアンの憑依まんまだと思わないかい?

要するにアイクを始めとした陰謀論家が
言いたいのはそういうことさ”

・タントラの考えでは、万物は男性原理と女性原理の一体化で生じる生命力で成り立つ。錬金術では偉大なる物質変成を成就するために、王と呼ばれる原理と、王妃と呼ばれる原理の結婚が不可欠とされる。
インドでは男性原理シヴァ(頭部)と女性原理の妃パールヴァティー(脊髄の最下部)の結合、結婚である。パールヴァティーの本質はシャクティ=生命の力そのもの(性力)と呼ばれる。とぐろを巻く蛇や、眠る蛇によって象徴される。この蛇を覚醒させて、脊髄に走る目に見えない霊的器官を上昇させてシヴァと一体化させることがタントラ魔術の解脱方法。蛇を覚醒させる為に、五つのM、酒(マドゥヤ)、肉(マーンサ)、魚(マツヤ)、炒穀(しょうこく。ムドラ)、性交(マイトゥナ)の法—大半が破戒行為――がある。
精神解放の為に使用されるドラッグ、恐らくヒンドゥーではベニテングダケだろう。
女性の膣に射精された精液と女性の愛液は特別な霊薬としてフル活用される。特に、シヴァや妃を象徴する髑髏を加工して本尊や杯を制作する際にも使用される。
真言立川流の髑髏本尊の元ネタ
だね。なお、立川流は当時はそこまで異端でも異常でもなかったらしい。髑髏を祀る密教は既にあった。そもそも髑髏はシヴァ系列の天部(神じゃないよ天だよ)の神々(天々だろ)の最も重要な象徴の一つであるから使われてもおかしくない
シヴァの分霊で、妻の一人にもなっている暗黒の女神カーリー(鬼子母神)には髑髏法があるし、ガネーシャ=聖天(ほら神じゃないよ)信仰やダキニ天信仰も同様である。
アレイスター・クロウリーもタントラ性魔術を重視し、男女の愛の混合液を錬金薬液(エリクシール)とみなしていた。クロウリーは蛇=精液、麩質溶剤(ふしつようざい)=女性の性的分泌液、の結合という錬金術用語で説明し、この結合によってできた第一物質を魔術処理することでエリクシールが完成するとした。この魔術処理とは密教の加持であろう。

・真魚(まお。後の空海)は貴物(とうともの)と呼ばれた。
・虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)という虚空蔵菩薩の表れである明星(金星)を迎え、知恵と記憶力を得る修行法があるらしい。
明星来影(らいごう)す。空海は虚空蔵菩薩=金星を飲み込んだ。

・空海が入定した高野山は水銀鉱床の地である。水銀は非常に有用な資源。天然の水銀は、硫黄との化合物、硫化水銀というかたちで産出される。これは朱砂(すさ)と呼ばれるように、鮮やかな朱色を呈している。そのためはるか昔から顔料として用いられ、特に平城京や平安京で寺院建築、仏像作成に不可欠だった。また、水銀の持つ殺菌と防腐効果が即身仏=ミイラに使われた。
また、水銀は黄金を産んだ。朱砂を精製してできる金属水銀を使えば、金を含む鉱石から純金を精錬することが比較的容易にできる(アマルガム精錬。中毒死しまくるらしい)。
(錬金術の卑金属を金に変えるって金メッキか水銀による金精錬方法だろうね)
水銀は道教の煉丹術という、朱砂(丹砂、辰砂)を使って丹薬という不老不死薬を作る技術でも重要。
(おかげで東洋医学が超発達しました)

・六大=森羅万象をあらしめている最も根源的な本体で、
地・水・火・風・空・識の六の「種」で表される。識だけが精神で、他は物質にあたるが、分離して別々に存在するわけではない。物質と精神を分ける二元論は誤り。融通無碍ではなくならからだ。物質と精神は渾然一体となって働きながらその本性を見失わない。このような深い統一、結ばれをユガ(ヨーガ)と言う。

・三密
①身密…象徴化された手の動き=印を使う
②口密…音声=意志と意味のこもったエネルギー波動
③意密…深い瞑想で大日如来の智慧と合体する

・七曜はインド起源ではなく、メソポタミアで発し、ギリシャで発達したヘレニズム占星術(今日の西洋占星術のルーツ)がインドに伝わって起こった。
七曜に羅睺星(らごうしょう。ラーフ)と計都星(けいとせい。ケートゥ)という架空の星を加えたものを九曜(くよう)または九執(くしゅう)という。
計都星は憤怒の頭が三つで、それぞれの頭の上に蛇が三匹、つまり合計九匹の蛇。雲に乗っている。とんでもなく珍妙な姿。
羅睺も珍妙な姿。
羅睺と計都の二星は実在しないので、宿曜道では誕生日占いに用いない。
羅睺は日月食を起こす魔物で、計都は彗星と言われているが、
実際には、月の軌道(白道)と太陽の軌道(黄道)二つの交点を天体に見立てたもので、白道(月の軌道)が黄道(太陽の軌道)の南から北に交わる昇交点を羅睺星、それと180°反対地点にある降交点を計都星という。
西洋占星術でいうドラゴンヘッドとドラゴンテイルが羅睺と計都の正体である。
なお、この昇交点と降交点の付近で朔(新月)または望(満月)が起こると、日食か月食になるという。

・十二宮はバビロニア起源でありインド発ではない。バビロニアでは太陽の軌道(黄道)360°を12等分し、星座名をつけた(黄道十二宮)。

極限の状況下である種の声音、念仏や題目や真言を発することで、もとから振動している自分自身を更に強制的に揺り動かし、短期間に変容させ、疲労した修行者から日常の人間的思考を排除すると同時に、神仏の思考や感覚を体験させるのである。

・真言密教の中心仏が大日如来(梵名マハーヴァイローチャナ)=宇宙そのもの=至高の真理。梵名の原義が「大いなる遍き光明」であることから、拝火教のアフラマズダがルーツだとする説がある。あらゆる仏尊は大日如来の変化身であり、森羅万象が大日の顕現であるとする。究極無二の存在。
(ミトラのミは漢字表記で密。大乗仏教も密教もミトラ教と拝火教と景教が入っております。道教もね。紫衣が高僧の衣服なのは道教が紫を高貴だとしているから。儒教では紫は卑しい色だから道教の方を採用。支配の実務や大学での勉強内容は儒教というか漢文中心だけど。
汎神論ですか。新プラトン主義の流出説ですか。
もう欠片も本来の仏教の要素がないですね。曼荼羅でも釈尊は脇に追いやられているし。
バラモン僧による原始仏教への復讐ですね。
神話の乗っ取り。権威の乗っ取り


・灌頂(アビシェーカ=頂きに水を灌〔そそ〕ぐ)の起源は、インドの国王の即位式の際に四大海から汲んで来た水を王の頭に灌ぎ、世界に君臨する王者であることを示した儀式。
在家の信者と仏とを深い縁で結ぶ結縁灌頂は、受者は目隠しをされ、樒(しきみ)を曼荼羅の上に落とし、落ちたところの仏が受者に有縁の仏となる。
(洗礼の元ネタでしょうね。
油を注がれたのがメシア。ユダヤ教のメシアは現世的指導者。キリスト教の救世主とは繋がりなし。キリスト教の救世主は完全にミトラ教と拝火教の救世主。ユダヤ教からキリスト教が派生は大ウソで、ミトラ教と拝火教が元ネタなのを隠す為のバチカンのデマ。
曼荼羅に占める面積の割合は大日如来が一番大きいから大日如来に縁があるとされる人が多そう)

・阿字観(あじかん)
とは瞑想により「世界と自分はひとつである」ことを実感する技術・訓練。
阿字を観想し、阿字の中に我あり、我の中に阿字あり、といった様々な観点から阿字を対象に瞑想を行う修行。
阿字=アヌゥトゥーパーダは本不生(ほんぷしょう)の意味を持つ梵字。本不生とは本来的に「生まれていないもの」であり、また「生み出されたもの」でもない「生まれなきもの」である。つまり、他の何かから生み出されたものではなく、また自己によって生み出されたものでもない、時間も空間も超越した存在である「人知を超越したもの」を表す。
ゆえに、人間の知性と理解を遙かに超えた、仏の本不生の特質を表し、あらゆる仏の本性を表す。このため、阿字はあらゆる梵字を代行することができ、別種字とも呼ばれる(種字とは仏を表す梵字)。
阿字観は梵字である阿字に意識を様々な方法で集中し、三昧の境地(ヨガで言うサマディ)に達する技法。

阿字観本尊の画像↓
http://www.tokuzouin.com/tokuzouin/ajikan.html
阿字の書き方↓
密教瞑想法「阿字観」
http://bb1307.blog86.fc2.com/blog-entry-596.html

①坐ったときの目の高さを考えて、阿字本尊を壁に掛けるか、専用の台座に置く。
②修行者はそこから約一歩ほど離れた場所に結跏趺坐にて坐る。
③呼吸は浅くなく、深くなく、何より大切なのは意識して、宇宙に満ちた力を吸いこみ、体内の汚れを押しだすがごとくに、そして息が苦しくならないよう大事に呼吸する。呼吸が落ち付いたのなら、それを維持しながら瞑想に入る。
第一の修行は月輪観(がちりんかん)である。
月輪を心にとめおき、目を閉じていても見えるかのごとくになるまで意識を集中する。

第一修行が上手くいったら
第二段階の広観(こうかん)へ移る。
広観は目を閉じても見えるかのように強く意識を集中させた月輪を自分の心の中に引き寄せる。更に精神中に引き寄せた月輪を、立体の白い淡い光を放つ球体に変化させ、この球体をどんどん大きくしてゆく。まず自身の身体の大きさに、そして家、街、国、地球、宇宙全体を覆う球体になるように広げていく。意識を限界まで広げるのである。

第三段階は、斂観(れんかん)。
斂観では、広観により極限まで拡大した月輪を少しの間維持し、安定した状態で維持させつつ、月輪を徐々に、段階を踏んで少しずつゆっくり小さくしていく。月輪が最初の大きさに戻ったならそれをゆっくりと阿字観本尊に戻してゆく。

月輪観により、阿字観の基本である我と他者との一体感を感じる第一歩を踏み出した。
次は阿字の性質をあれこれと観想し、阿字の本質と我を近づけてゆく。
自分自身の煩悩もまた菩薩の境地であるとする、煩悩即菩提を一歩前進させ、我と仏と宇宙の本質である「本不生」が同じ一つである、我即法界(がそくほっかい)、世界と自分は一つであると実感するまでに至るのである。これが阿字観の目的である。
阿字は根本仏である大日如来の象徴である。
更に阿字観を一歩進め、水平線より昇り来る巨大な日輪とその中に現われたる阿字を観じ、その阿字が無限の光を我々に与えているのを観ずる、阿字観本尊なしの阿字観もある。
阿字を変化させて、虚空蔵菩薩の梵字(種字)であるオン、阿弥陀如来の梵字であるキリークなど他の梵字に変化させていく応用法もある。
目的に応じて仏を自身に憑依させて能力を高める方法がありますね。やっている人は間違いなくいます。憑依させるものを理想の動きをする自分にしたのがアスリートのイメージトレーニング

密教と修験道 参考文献
http://www.cnet-ga.ne.jp/kenta/mitsu/sankou.html

密教をじゃれつく気分で触れると邪霊憑かれるよ。
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