読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

10 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 12

名前魔法②名前魔術の応用例集め。グーグル以外の検索エンジンも使え!悪魔祓いは悪魔に弱っちい名前をつければ簡単! 『新世界より』『ゼロから始める魔法の書』『DEATH NOTE』 『Waltz』 

これの続編。


儒教の正しい教えシリーズのツイートがかなり受けた。








☆かおりのすけ☆‏ @kaorinosuke 7月17日
次々現われる変な雲に名前を付けてしまえば、皆思考停止。

素晴らしい。
ググると名づけてしまえばみんなグーグルの検索エンジンしか使わない!
DuckDuckGo
https://duckduckgo.com/
はプライバシーを第一に考えており、IPアドレスの保存もユーザー情報の記録もせず、
クッキーも必要最低限でしか使用しない(自称)のでおすすめ。
いいから同じキーワード入れてグーグルと比較だ!
アヒル>グーグル先生



日ユ同祖論 嘘
ってグーグルとアヒル(DuckDuckGo)に入れると
RAPT | 「日ユ同祖論」は疑うまでもない事実です
が前者は二番目、後者は一番目に来ていた。
今(2017-11-12)調べると、両者とも三番目に来ていた。
検索操作がないと言い切るやつの職業が気になります。
嘘で調べたら、矛盾点とかを書いているサイトが上位に出ないとおかしい。
読めないニックネームとか(笑)
まあ、反論書いているサイトも上位にあるけど。
日ユ同祖論は英語版ウィキ読むと明らかに宣教目的だと明白なのにね。
中ユ同祖論とかもあると判る(笑)

英単語検索>日本語単語検索
単語いくつかなら英語できなくてもできるでしょ




↓ウィキは私もあまり信用してないけど、英語版と日本語版の比較は有効。
  私は参考文献欄の本も読むことがある。
  イルミナティ陰謀論を作ったバリュエル神父と修道士ホーンとかって日本語版記事では言及すらないじゃん。











・座間の時事について言及しておく。
確かめようのない犯人の内心をひたすら妄想させて真相隠蔽。
=名づけの呪術の変形。
怪力乱神のワルツはやめて、
伊坂幸太郎(原作)
大須賀めぐみ(漫画)
『Waltz』(2009-2012年)はいかが?


帽子に異常な執着をもつ殺人鬼である帽子卿は、帽子の似合う女性を殺して頭に帽子を被らせることが至福。
首から下は不要なので、東アジアの新興の殺し屋集団チクタク(時計)に売り死体処理のリスクを減らしている。
チクタクは帽子卿から買い取った首なし死体の臓器を売ることで、臓器のための殺人のコストとリスクを最小限にしている。
フィクションによるノンフィクションの暴露の可能性。



https://twitter.com/DummyLostonline/status/929007005083189248






・黒幕が名前複数、ありふれた名前、名無しなのは、
検索されても大丈夫なようにしているから。
名無しなんて検索不可能。


・仏教は名づけの魔術の影響を脱する訓練をする。
言葉の分割作用(名づけ、定義づけ)による概念支配からの解脱
=空の境地(悟り)

聖書だと言葉は神、つまり言葉に囚われろ。

支配層は仏教大嫌い!


・一つだったものの構成要素に名前をつけて、
あたかもまったく別々のものに見せて分割して弱体化させる呪術。





上記と関連するが、
道教の混沌の話(『荘子』内篇應帝王篇、第七)では、
混沌に、人間に近づけるために穴をあけると死んでしまったとある。
言葉も分割する作用があるから、
穴と同様、世界を分ける。
名前の持つ悪い面を教えてくれる話だ。

人間化、穴をあけるとは混沌でなくなるからね、
穴という無の空間で分割されて死んだとも読める。
しかも、穴をあけた存在の名前が「短い時間」。
時間も虚構って言いたいのかも。
混沌は六つまでは穴をあけられても大丈夫だったが、
七つ目で死亡。
混沌が「死ぬ」ことに注目。
混沌が死ぬ=人為的秩序の誕生。
七つの穴(=目・耳・口・鼻)なので、
人間の顔ができると混沌が死んだとも解釈できる。
一番人間的な要素は顔だからね。
人間的になった混沌は死ぬのだ。

良かれと思ってやったことが、
相手にとっては致命傷だったという話でもある。

「自分がやってほしいことは、他人にもせよ」
というキリスト教の黄金律の誤りを教えてくれる。
自分によってよいことが、相手にとってそうとは限らない。

老荘が批判した儒教では
「自分がしてほしくないことは相手にするな」
なので、
少なくとも、よかれと思ったことが相手にとってよくなかったということを防げる教えになっている。
十字軍の虐殺も原爆投下もキリスト教がよかれと思って黄金律を実行したともいえる。


荘子『混沌』原文・書き下し文・現代語訳
”南海の帝王を儵といい、北海の帝王を忽といい、中央の帝王を渾沌という。

※儵と忽=どちらも「短い時間」を意味する言葉であり、人為的であることを意味している。ここではそれを擬人化している。

※渾沌=物事の区別がなく、人の手が加えられていない未分化な状態で、無為自然のことを意味している。それを擬人化したもの。

儵と忽とが、ある時一緒に渾沌の(治めている)地で偶然出会った。

渾沌は儵と忽を大変よくもてなした。

儵と忽とは、渾沌の恩に対してお礼をしようと相談して言うことには、

「人には皆七つの穴(=目・耳・口・鼻)があって、それを使って見たり聞いたり食べたり呼吸したりしている。

(ところが)この渾沌だけには(七つの穴が)ない。試しにこの穴を開けてあげよう。」と。

一日に一つの穴を開け、七日目に(七つの穴を開け終えると)渾沌は死んでしまった。

※自然を本質とする渾沌に人為を加えてしまったため、渾沌が本質を保てなくなった。ゆえに死んでしまった。”
http://frkoten.jp/2016/02/07/post-919/









(コードギアスの主人公「オレンジを公開するぞ」。
ジェレミア(言われた側)「?」
周囲「ジェレミアは何かオレンジと呼ばれる弱みを握られているのか?」
オレンジなんてものは存在しない。
しかし「オレンジ」という名前=箱だけが暴走し、
主人公は攻撃成功。
オレンジに中身はない。箱の中身はない。
オレンジなのはオレンジ公が元ネタだろう)












(仏教は恨み=執着の一つを消すことが目的だから破壊対象)

・名づけとイメージで弱小にする悪魔祓い
↓に弱小という意味とイメージを持つ名づけを加えれば万全!
  名づけとイメージで悪魔を雑魚にするのが二番目に有効な悪魔祓い!
  一番は自慰! 

おねしょた兄貴30にして立つ
”私は霊という存在を見えたり、物質として感じれる人が身内にいるものだからわかるのだけど、その感覚というのは考証できるものではなく、感じれるから優れても、劣っているものでもないのね
むしろ、日常生活ではその体質の方が困るし、不便なわけで言うなれば余計な所にもう一本手があるようなもの

特に見えると相手がわかると寄ってくるものだから、困るのね

特に動物とかの霊は特にワラワラ増えていくらしいので困ったりするらしい 事実、家の玄関とかに塩とか盛っていたのはそういうのを近づけない意味があるのだけど、私のように見えない人間には共有できないから、言うべきではないのね

自分で制御できない、何持ってくるかわからない第三の手はない方がいいな。

鍵付きアカウントより。ヤバイ内容ではないので引用
”それな。 見える見える言っても 宝くじの当選番号が見えるわけじゃねえからな
要は壊れたテレビだよ
ゴミクズが見えても嬉しくはない
べつにWOWOWの有料放送が タダで見えちゃうわけじゃないからね


慣れてくると 見た瞬間に、あーコイツかってわかる 昔私が主張してた マンションの三角屋根の上で歌う吸血鬼とかさ

最近も夜、チャリンコ乗ってたら 向こうから歩いてきたやつがいたのさ
で、私に驚いて、馬鹿野郎ってそいつが怒鳴ったのね
で、その瞬間にもうわかるのさ
だから私はぐるーっと大回りして
道の反対側の街路樹の陰からそいつを観察したの

そしたらそいつは まーた馬鹿野郎って怒鳴りながらこっちへくるのさ
勿論夜だし、街路樹の陰だし、 わざと街灯のないところ選んでるし ちゃりんこは無灯火だし
しかも道幅だって大通りだからそれなりにあるんだよ
たけど見えちゃうんだね
やーっぱコイツ人間じゃねえなって確認して逃げた”)

私の先輩で2LDKの屋根裏倉庫付きで三万とかいう訳ありのを借りていて、そこはラップ現象や背中を思いっきり叩かれるて真っ赤になるという現象があったんだけど、あるときその先輩が帰省で田舎帰る際にその同級生が一週間そこに住んだら、それ以降怪奇現象はなくなったという事があったのね

んで、先輩がその彼に聞いて何をしたんだと聞いたのだけど、全く答えないものだから酒飲ましてぐでんぐでん酔わしてから言わせたのね
で、その人は何やったかと言うと霊を綺麗なお姉さんと妄想して自慰をしたという事でラップ現象とか起きる度に見られていると思って自慰をしたらしい
だから、霊もムキになってその人の体を寝ている時に叩くなりしたみたいなのだけど、むしろ綺麗なお姉さんに叩かれている妄想が捗ったものだから一日の自慰回数が増えてしまい、逆に霊が呆れて出て行ったみたいなことらしい
おかげでその広い部屋を三年間、悩まされずに安く借りれたという話

そういうしょーもない話も知っているので霊という存在はあるのだろうね、とは言えるけど
だからといって、それを前提にして話す事は出来ないのね
だって、霊は除霊師とかよりもド変態野郎の方を嫌がるなんてアホな事言えないでしょ、悪魔も悪魔っ子に射精管理されたい何て変態の元には来ないようにね
霊は読経や聖書よりも変態野郎の自分に念を当てた妄想オナニーを嫌がり 聖水や護摩、それにお香よりも変態野郎の精液とその臭いを嫌悪し ラップ現象とかによって恐れるのではなく、見られて性的興奮を示す変態野郎の方が悪霊退治に向いているわけですから、霊何てアホな事は言えないのですよ










ぐだトマト‏ @pteras14 1月31日
お金の奴隷解放宣言が〜、正当な対価が〜 と騒いでた連中はchainerの自動ペイント には憤らないのかね?w




悪魔を退治する方法
ちょー簡単で悪魔を強い存在として空想するのではなく、弱い存在や自分にとって都合の良い姿に空想すること
そうすれば、簡単に悪魔を退治したり、言う事聞かせられるよ
だから、悪魔を強い存在にしたがる奴はその時点で良からぬ邪念を持っているし、よからぬ願望を持ってるの


悪魔を強くしたがる理由は単純で何かの宗教の敵を作って、
敵は強くないとその宗教の力が偉大か証明できないという魂胆があるわけでそれを捏造する事でその宗教の崇拝物をより大きくしたがるわけ
なので、悪魔というのは崇拝物のために強くなきゃいけないし、沢山いないと困るわけさね

なので、悪魔をか弱い女の子や男の子にしてしまえば悪魔というのは如何様にも管理できるわけ
それに悪魔というものの住処は人間の心にしかいないわけで外や見える形では存在しないのさ
もし、具現化したのであれば力ある存在として具現せずに非力な存在として具現しれば恐れる必要もないわけ

それは聖なる存在と言われているのもその方法を使えばいいのよ
そうすれば、聖なる存在も弱い存在である事に出来るし、別にそれを崇め奉る必要はないわけ
なので、一番重要なのは心の管理方法なわけでそれを間違えると両方のどちらかが力を持って、ろくな事をしないわけで中庸こそ重要なの


聖なる存在は勇敢を蛮勇にしたがり、悪魔は冷静を臆病にして人を偏らせようとするわけだ
つまり、聖なる存在も悪なる存在も弱くするという事は心のフレ幅を狭くすることにあるわけで
どちらかが一方が強いというのは天秤が揺れて、均衡を保てなくなり暴走するのね
天秤は縦軸と横軸の長さが大切

それを言うと老荘思想や孔子などを使えば、そのまやかしは正面から破壊しきれるわけでそれに迷っている連中が今の今まで迷っているのははっきり間抜けでしかなく
今ですら悪なるもの、聖なるもの言っている時点でド阿呆でしかないわけ、なので困ったときは古代の思想でぶん殴るに限るわけです”

霊的存在は名前とイメージ通りになる。封印術にして制御術。
以下のような存在にしてはいけない。味方ならいいけどね。
悪い例?





魅力的すぎると追い払う気が失せるね。

良い例






耶蘇原理主義信者が嫌がりそう)

・『DEATH NOTE』で相手を殺すには本名と顔の情報が必要。死の呪いの的。

・『新世界より』では呪力=超能力を使うには与えられたマントラを唱えないといけないが、
そのマントラは他人に教えてはならないし、
文字で記録するのも禁止。
これは真名でないように思われるが、真言が特定の如来などを意味するので実質真名。慣れると圧縮して一瞬でマントラを唱えられるようになる。イメージを起こす鍵であり、あくまで手段だから。しかし同時に真名を示す真言である。マントラを忘れると呪力は使えない(本当は使えるが制御できるようにマントラで首輪をつけている)。
ちなみにこの作品も真言宗+金光・大本系神道カルト。

“個人差があるが、おおよそ12歳前後で呪力が使えるようになる。最初はポルターガイスト(勝手に身の回りの物が動く)という現象によって現れる。
この時代の人々にとって呪力というのは人間が持つべき当然の力であるので、この呪力の萌芽は「祝霊」と呼ばれ、大人への仲間入りをしたことの証でもある。
呪力を迎えた子どもはすぐ町の外の清浄寺に連れていかれる。そこで護摩を焚き、迎えたばかりの呪力を一端放擲する。そして新たに真言(マントラ)を授けられ、真言によって呪力を操るようにリセットする[ 3 ]。この真言は一人ひとり異なったものであり、他人に教えてはならない。勿論、忘れてしまったら呪力は使うことが出来なくなる。
呪力を学校で鍛えるうちに、小さな呪力であるならば誰でも真言をいちいち口にせずとも瞬時に圧縮した形で心の中で唱えることができるようになったと早季は言っている。時間をかけて真言を唱える場合はイメージの難しい余程大きな呪力を扱うときの模様(不浄猫を倒す時、微粒子で真っ黒に染まった川の水を透明にする時などは唱えている)。
祝霊を迎えた子どもは小学校を卒業し、上級学校である全人学級へと進む。つまりこの時代において小学校の卒業のタイミングは一人ひとり異なる。“
http://si.jpn.org/archives/date/2013/0724-234156.php
「新世界より」 基礎講座

自分の名前を呼んだ者の居場所がわかったり、呼んだ者を強制的にある場所に召喚したり、殺したりする技術が登場する作品がある。これにも名前は住所であり的だという事実が反映されている。
特定ワードを入れたり口にすると自動的にブラックリスト入りになる社会システムがどんどん強まっているから上記の魔法は完成間近だろうね。


























”7 魔法名とは
古への「黄金の夜明け」団の魔術師たちは、自分の趣味のままに自由な「魔法名」(MAGIC
AL MOTTO)を謳歌していた。ただ、団の中心であるイシス=ウラニア テンプル o.3 で
は、流石にラテン語で、自らの魔術の目標を標語(モットー)として掲げるというオーソドック
スな魔法名が多かった。
例えば、ウエストコット博士の魔法名Sapere Aude(賢明なる勇気)、またA.E.ウエイトの
魔法名Sacramentum Regis(神聖なる宇宙)などは、フリーメイソン~薔薇十字的な雰囲気を伝
えている。
しかし、これがアレイスター・クロウリー派になると混乱の様相を呈する。
例えば、Sorror31-666-31 はクロウリーの緋色の女の一人、リア・ハーシグの魔法名である。
こうなると、一見しただけでは意味不明のマジカル・モットーが増えてくる。
Fratre Belarion Armilus Al Dajjal Anti-Christ、この「反キリスト者」という凄まじい魔法名
は、化学実験中に爆死した強大な魔術師パーソンズのものであるが、何のことだか分かるだろう
か。
これから魔法修行を開始するフラター(またはソロール)として、魔法名をつけるにあたり、
あなたは次の事に留意しなければならない。
第1に、この魔法名が団の公式の場で世間の名前の代わりに使われるということである。チベ
ットの神様の名前を引き出してきてGu tarahという魔法名を付けたとする。大切な儀式の最中
に「フラター・グータラ、前に進みなさい」とハイエロファントが指名することになる。君は若
いソロールたちの失笑の中に、祭壇の前に立つことになりかねない。例え、どんなに強力な名前
でも、聞こえが悪ければマイナス効果を持つことがある。しかも、 魔法名はアストラル・ライト
における個人認識に使われる記号であるから、一度決めるとたやすく変える訳にはいかない。
また、長い魔法名を付けた場合は、通常、頭文字で略して用いる
。もし、 誰かが
Yet Organized Talumudic Assembling Roll of Unexplanationsなどという魔法名を付けたとすると、
彼はFrater Y.O.T.A.R.O.U.(フラター・ヨタロウ)と呼ばれることになる。
第2に、魔法名は横文字で付けるのが一般的である。ソロール・アマテラスがいても好いとは
思うが、ラテン語、ヘブル語、エジプト語あたりが使い安い言葉である。なるべく日常的でない
言語の方が、響きが良い。英語で付けてミススペルすると、馬鹿にされるだけだ。ヒエログリフ
ならば、文法を気にする必要が殆どない。尚、ラテン語は語尾変化をしっかり研究しないと、笑
われることになるので要注意だ。
第3に、神(神聖名、小神格)、セフィロト、天使の名前などは、基本的には用いないこと。魔
術儀式を行うとき混乱するからだ。
ソロール・ラファエラや、フラター・オシリスがいた場合の
無意味な混沌を想像してみると良い。
同様に、この道で有名な先達と同じ魔法名はつけないことだ。それが最低限の礼儀であろう。
同じくマリーンや、アグリッパを名乗るのも好ましくない。しかし、アレイスター・クロウリー
の生まれ変わりだという人物が、フラター・ペルデュラボーを名乗るのを止めはしない。
参考までに、マジカル・モットーはメーソン系の習慣であり、魔女の伝統では格言ではなく名
前として付けていることを付記しておこう。

- 27 -8 魔術的ペルソナ
一部で誤解があるようなので、魔法名の内的意味について、さらに解説しておく。
宗教団体などで、出家したときに名前をつけ直すのは、よく知られている。仏教では法名であ
る。某反社会的カルトは、聖名(ホーリー・ネーム)なる怪しげな名前で成員を呼び、世間を騒
がせたのは記憶に新しい。

しかし、魔術は基本的には専従の僧侶階級をもたないので、名前を変える訳ではない。普通の
日常生活を送っている魔術師が、儀式などのときに特別の仮面を被る。そのときの昇華された別
人格の名前が魔法名である。ペルソナという言葉自体が心理学の用語として定着してきたが、魔
法名はこの魔術的ペルソナを呼ぶ名前である。
名前自体に、魔力が存在する。かの『カルデア神託』に曰く。「<野蛮なる名前>を変えるこ
となかれ。これらは神よりその民に下されし名前にして、参入の秘儀において口にすべからざる
力を有するがゆえなり。」
(ウェストコット版155節、マジェリック版150節 原典はプセ
ルス)これは、神聖名のことだが、自らの魔術的ペルソナを顕わす名前も、それに匹敵するほど
神聖である。
名前の働きは、一般に次の三つのレベルで働く。
① 直観的作用
名前の喚起する直接的イメージによる相互作用
② 科学的作用
名前を発音したときの音韻、残響などの及ぼす物理的、形而上学的影響力
書いた名前には、視覚的、呪的影響力も存在する。
③ 占星学的作用
名前を構成する文字と、占星学的影響力の関与。

しかし、個々の作用を独立して取り出すのは意味がない。それらは複合作用だからだ。”
http://akibba.no.coocan.jp/1kl/1kl_review.html

”■先読み禁止マナー
http://d.hatena.ne.jp/mytestdone/20150803/1438586405
”普通に考えたらわかりそうなのに何故か考えるのが禁止。頻繁に見かけるこの現象に名前がついていないので
先読み禁止マナー

と呼ぶことにした。
(…)
将棋で言http://admin.blog.fc2.com/control.php?mode=editor&process=load&eno=208#うなら、普通の知能があったら四手、五手先まで読めるのに二手先までしか読むのを同調圧力で禁止されてる感じである。
(…)
こういったことにした”

メルセゲル ‏@Meretseger2 8月3日

先読み禁止マナー

じゃなくて裏読み禁止マナーというのも考えたが陰謀論と結びつきそうでやめた

青谷三郎 ‏@aotanisaburo 8月4日

「敵対相手の反論を相手が言う前に叩く」というのはナチスも使った手で私もよく使った(≧∇≦)
同様な手口に「相手よりも相手らしく振舞う」というのもある。ナチスは共産党を潰すためにシンボルカラーを赤にして社会主義、労働党を名乗った


メルセゲル ‏@Meretseger2 8月4日

先読み禁止マナー

良く使われる詭弁手法で反論されるのを事前に阻止するには、この名前が一番だと思った。とりあえずこの名前で行く

カレルレン ‏@carellen_ 8月4日

@Meretseger2 詭弁手法に名前を付けるのは、抑止力としてはいいですね。

(頻繁に使われる現象に名前をつけると形が生まれ扱いやすくなります。
ほとんどの人が無自覚に使っている召喚魔法ですね。
名づけによる抑止力=封印魔法!
大抵の詭弁には名前がついているので、名前と内容をセットで学んでおきましょう!
「あなた今~を使ったよね」って言えるのは強み
……というか陰謀の追究するならまっさきに学べよ!
陰謀論者の本や講演なんて判断力と知識がついてからじゃないと騙され放題だよ!


メルセゲル ‏@Meretseger2 8月4日

酒作りではアルコールを作ってもらった菌を最後は容赦なく殺菌して殺す。「菌さん可哀想」なんて思わない。最大限に利用する。人間社会の奴隷も同じで「奴隷さん可哀想」なんて思われてない。最大限に利用する。それが「支配層は普通は思いつけない賢い戦略で攻めてくる」ように見える人もいる

(支配層の視点を育てる方法を教えない陰謀論者はほとんどが寸止め。
寸止め陰謀論者は詐欺師なので詐欺を見抜く技術を身につけられたら困るからね。
「ユダヤが黒幕なら、なぜユダヤという正しい黒幕を指摘しているはずのあなたの本を、ユダヤに支配されている出版社で出せるの? ユダヤ陰謀論が不正解である証拠なんじゃないの?」
って突っ込まれたら困るし。
ユダヤ陰謀論の本がブームになった歴史がある時点で嘘確定じゃん)”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-13.html



森の人‏ @mountainhermitt 2015年3月15日
ゴールデンカムイ読んでいたら、アイヌ民族は赤子に病魔が近づかないよう汚い名前をつける風習があると描写されていたのだけど、同じ風習がモンゴルにもあるのよね。
タイだと人間だと思われないよう動物の名前をつけたり。
この風習が広まった経過がとても気になる。

マジカル・モットー(Magical Motto)、あるいは魔法名について
http://anima-mystica.jpn.org/imn/knowledge/knowle018.html
”GD団では、参入者に入団時に現実世界で使う名前(本名)とは別の「名前」を考えさせ、以後、団内ではその名前を用いる事になっていた。これが、マジカル・モットー(Magical Motto)、あるいは魔法名(Magical Name)と呼ばれるものである。以後もこの伝統は続いており、現代でもGDの伝統を継ぐ団体は、入団者にこのマジカル・モットー及び魔法名をつけさせる事が多い。

 厳密に言えば、「マジカル・モットー」と「魔法名」は違うものである。「マジカル・モットー」は自分の霊的学習で目標とするところ、あるいは霊的学習に対する考え方などを主にラテン語を使って標語(モットー)として構築するものである。それに対して「魔法名」という場合は、標語などにとらわれず、好きな単語も用いるなどのもっと広い考え方により作られる名前になる。しかし、結局はマジカル・モットーも名前として用いられるものであり、また現在、基本的にはこれらの差異に関して細かく考えられる事は少ない為、魔術関係で用いる名前はマジカル・モットーも含めて「魔法名」と一括りにして考えられることが多い。ここでも、以後は魔法名として解説していく。

 秘教的な団体や宗教が、新参者にそれまで用いていた本名と違う名前をつけさせる事は世界中の秘教伝統でよく行われる事である。その意味するところは、今までの俗世にまみれた卑俗な「自分」を捨てさせ、団体内では神聖なる意識を持った新しい「自分」として行動させるという考え方から来ているとする事が多い。学徒は、この魔法名を用いる時間、あるいは団の同胞から魔法名で呼ばれる時は、その度にあらためて自分自身を秘教伝統の神聖なる作業に与るものとの認識を深めていくべきであるとされる。やがて、学徒は自分の意識の中に新たな一つの霊的人格を実感することになるのだ。

自己参入などでGD伝統系の魔術の学習を志す場合、魔法名は自分で考えてつけることになる。その際に学徒に注意しておいてもらいたい幾つかの点を下に挙げておこう。

1 神や天使、悪魔などよく知られている霊的存在や、よく使われる秘教伝統用語を用いた名前にしない。

 魔術の学習においては、様々な霊的存在の召喚を行う事になる。例えば、エジプトの「トート神」の召喚はよく行われるものであるが、その際に、学徒が魔法名を「トート」としていると、とてもややこしい儀式になってしまう事は想像できるであろう。また、GD系の伝統では集団で儀式を行うことも多い。その際に儀式でよく呼ばれる霊的存在の名前を、もし学徒が魔法名に用いていたら、学徒は儀式で誰かがその霊的存在を呼ぶ度に、不要な意識の反応を起こすことになるだろう。全ての霊的存在の名前や秘教伝統用語を調べることは難しいかもしれないが、分かる限りにおいて避けるべき努力はしておくことである。

2 変な意味を持った言葉になる魔法名は避ける。

 一般世間的に考えて変な意味、卑猥な意味の言葉になる魔法名は避けること。また、長い魔法名をつけると単語の頭文字で略して呼ばれることになる。その際にも意図せず変な意味の名前にならないように、よく考えておく事である。

3 基本的には変更しない。

 魔法名をつける場合、「宣言の儀式」を行うことが多い。この「宣言」とは、秘教的に見た場合、霊的世界にその言葉を「自分」を識別するためのものとして「刻印」するという事になる。心理学的に見ても、一回宣言を行った言葉は自分の無意識に特別な反応を起こすきっかけとなる。こういった反応を起こす「魔法名」を頻繁に変更する事は、様々な意味で避けるべきであろう。また、「マジカル・モットー」として魔法名を考える場合、以後の自分の秘教的学習に、意識的に方向性を強いる事になるので、よく考えて名前をつける事である。ただ、魔法名は一度決めたら絶対に変更不可という訳ではなく、自分の秘教的学習が新たな段階に至った際に、その新たな展望に応じて名前を変更することは特に問題は無いとも言える。GDでも外陣と内陣とでは名前を変えているものもいた。
魔法名を決める際は真剣に考えるべきだが、あまり深刻に悩みすぎて全く決められないようになるのも考えものである。 ”

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月2日
え〜い、フェイド大帝が安上がりな お札や、藁人形のエネルギー補充の 仕方を教えちゃる! 神棚とかお供え物するだろ? まぁ、塩、水、酒、水なら お金かかんないし〜 と思うかもしれない。
実はあれ、月光に晒す事によって チャージ出来る様に中国道教 では出来ている。

正にソーラーエネルギーならぬ
ルナエネルギー!

あの怪しい雑誌で満月の夜に財布
を振ると金運が上がるという呪いも
こっから来てるのでは?

ちなみにここだけの話だが、
藁人形やヴードゥードール等の
ヘキシングドールは実は徒歩で
ターゲットまで移動するらしい。

そこでワープゲートを開くお札というのが
道教にあるのだが、これを隣に
置いとくと人形が疲れなくていいらしい。

藁人形は強力なので、これの具体的な
作り方は伏せとくが、代わりに相手の
呪術から身を守る簡単な方法を
教えよう。
道教から取り入れたフェイド大帝流魔術
の基礎だと思ってくれ。

厨二病の好きな「真名」こいつの
作り方と活用法を教えよう。

まず、なんでも良いので、自分の守護神
を想像する。これは仏でも、イエスでも、
天照でも、初音ミクでもいい。

要は、宇宙のパワーを貸してくれる
すごい神霊であれば名前はなんでも
いい。

ところで、気功やヨガは自分を鍛えて
パワーを発揮する技術だが、魔術というのは
神霊の力を借りる技だ。
だから霊が強力であるほど強い術が使える。
なので原理的にはヨガや武術みたいに
自分を鍛えなくても使用出来る理屈に
なっている。

取り敢えず、ミクを想像したとしよう。

次にミクと精神的に繋がった状態で
何か「音」を無意識に想像する。

その「音」を文字に直せば「真名」
の出来上がりだ!

「真名」は貴方とミク神との唯一の
秘密の繋がりだ。

道教のお札を有効化するには
実は神霊の承認がいる。
会社で言えば社長のハンコみたいな
感じだ。

実は道教のお札というのは
最後に朱でハンコを押す。
このハンコの作り方はミク神に
教えてもらうしかない。

あるいは先輩で同じミク神を
信仰している人から

ハンコを貰ってくる。

で、この「真名」だが、これは
絶対に他人に教えてはならない。
親にも教えてはならない。

なぜかを説明しよう。

実は魔術では人や物の「名前」と
言うのは非常に重要である。

旧約聖書でもアダムは動植物の名前を
つけるし、そもそもヤハウェも本名は
教えない。

実は相手に術を掛ける時、相手と自分を
神的な回路で繋ぐ必要がある。
そう「魔術回路」だ。

そこで基本的には相手の名前が
分かっていると、この回路を
繋ぐ事が出来る。

だから自分の本名が相手に知られていると
術が掛け放題なのだ!

こんなの厨二病の妄想だ!と
思わないで欲しい。

例えば、貴方の戸籍上の名前である。
恐らく貴方のご両親が付けた名前だろう。

実はこの名前、本来はただの音声でしかない。
ところが、貴方の両親や知人が繰り返し
赤ん坊の貴方にこの音声を発する事によって

貴方はこの音声を特別な物として
自己と結びつけてしまう。

例えば、誰かが貴方の名前を叫んだら
貴方は振り返ったり、反応するだろう。
最悪の場合、名前を呼んだ人の下に
歩いて行ってしまうかもしれない。

これは一種の「召喚魔法」である。

従って貴方の名前を知る者は、ある程度
貴方を支配出来る理屈が魔術には
存在する。

だから魔術師は戸籍上の名前とは
別の本名を作成するのだ!

貴方に「真名」があれば、例え
相手の魔術師が貴方の戸籍上の
名前を知っていても術はかけれなくなる。

この「名前魔術」の恐ろしい所は
相手が魔術師でなくとも無意識に
この術を貴方に掛けれるメカニズム
になっている事だ。


例えば会社の同僚が貴方を妬んでいたと
しよう。実はその同僚が貴方の悪口を
心に想像したり、声に出す事によって
この術は原理上発動する。

つまり貴方を嫌いな人が多ければ
多いほどこの術は更に凶悪な呪い
を貴方に掛けてしまう事になる。

そう言った意味でも「真名」の設定が
魔術の実践上、如何に効果的か
お分り頂けたと思う。

ちなみにこの術、道教では入門してから
一番最初に教わる術だとのこと。

以上、フェイド大帝流魔術の基礎終わり


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月2日
@FeydoTaitei フェイド大帝の慧眼ツイートに感動。ルナエネルギーって某ファンタジー小説で魔術師の使う力に月の影響が露骨に出て、月から力引き出すネタ元はこれですか。

峨骨‏ @Chimaera925
民営化で繁栄だとよ。どいつもこいつも、なぁ。こうしてトレンドが作られる。実際に繁栄するかどうかなんて関係ない。温暖化仮説やCO2悪玉仮説みたいにそういうことにしてしまえば真実などどうでもいいのだ。そうして、問題が用意され、用意された都合のいい解決策、ご都合主義が展開される。

どいつもこいつも、印象操作、名付けの魔術しか使わねぇ。
まあ、名付けってのは古い呪いで非常に有効だけどさ。
自分の名前を呼ばれたら思わず振り向くだろう。
呼んだだけで振り向かせる、行動させる事ができる。
「おい」と言っても反応されないのにな。
こいつを応用して、○○人種だの非正規だの名付けを行って、それが現実にあるかのように信じさせれば名付けられた人々はそれが現実であるかのように振舞う。
そうして、用意された脚本に書かれた名前の通りに役割を演じるようになる。
もっとも、脚本を刷り込むのは別系統な。神話や物語派生だと楽だ。ロクでもねぇ使い方しかされてないな。

強者に弱者や奴隷と名付けて信じさせれば、それが現実となる。特殊な力が働くわけでなく、その通りに振舞うからそのようになるのだ。
だからこそ、自分で名付けを行って再定義する事でそれらの名から囚われないようにする事も可能ではあるが、それもまた新しい洗脳の入り口だ。刷り合わせが結構面倒臭い




>ヤドリギの新芽だけは、あまりに非力でその必要がないと思い、誓いを立てさせなかった。さらにフリッグはそのことをロキに漏らしてしまった。
> ロキはバルドルの盲目の弟ヘズを騙して、ヤドリギをバルドルに向かって投げさせた。矢となったヤドリギがバルドルを貫き、バルドルは絶命した。


名付けられていないものは認識されず、契約で縛る事もできない。ま、一方で名前が無いからこそ認識されず踏み潰される事もあるんだけどな。
金枝篇読みながら呑むか。


偶像が擬神化するのは、それらを利用して利益を得る紛い物の予言者と信者が居るから。核の傘や安全保障、社会補償の言葉があっても保障されている訳ではない。安全神話の崩壊などと言っても所詮は神話だ。その言葉そのものが中身を証明している訳ではない。依存心に付け入られると容易く騙される。

神話はどこまでいっても神話だ。それを広める者が神学のように解釈して、自分達の都合の良いように辻褄を合わせるご都合主義で出来ている。だから簡単に手のひらを返す。しかし彼らの中では矛盾しない。新たな解釈こそが正統な解釈だと自信満々に言い放ち、自らの行いを正当化する。

人造の神にも似た価値の創造と、その神話体系の維持。信用創造などと言うが、カネの背後にある価値にひれ伏し、それに買われて、それの為に死んでいく。富はどれだけあっても価値を価値と思う者が居なければ何の価値も無い。欲しがらせ、価値を肥大化させ、それによって人々を支配する。その為の国家。

日本は神話の国だとか聞いて、キモいなと思ったけど、神話の中に生きているな。明治以前の人々が存在すら知らなかった天皇神話やら安全神話や日本は先進国なんて神話やら、日本は経済大国なんて神話やら、働けば豊かになれる神話やら、神話に溢れすぎ。彼らは神話に生きている。現実に生きてはいない。

偽物の神官が神話を語り偶像を提示して、納得も理解もさせず(理解や納得をするには健全な懐疑が必要。疑うなんてとんでもない)信仰させて、神話を根拠に作られた教義に従わせて奉仕させる。信者は金儲けの道具、理想を達成すり道具。戦前回帰なんて、戦前は良かった神話を持ち出す連中も居るな。

スーパーマンの神性の強調
>そのためにザック・スナイダー監督が忍ばせたアレゴリー(寓意的な表現)の数々には職人芸とも言えるほどのこだわり
>『ヨハネの黙示録』の章と節を表す数字を忍ばせたり、同じ構図を意図的に繰り返すなど、イメージの引用だけに止まらない緻密な計算

このアレゴリーって奴は至るところで使われている。イメージ操作を行う時には、大衆が知る神話体系からイメージを引用して貼りつけるのが手っ取り早い。繰り返しほのめかす事で、意図したイメージを抱かせる。


んで、同じ手口を別系統に言い換えると宇宙人な。金髪碧眼で肌の白い善の宇宙人(笑)

全部、キャラ設定や舞台設定をファンタジー風にしたり神話(多種多様な神話体系や伝承)風にしたりSF風にしたりしたりして、パロディを作る。元ネタが駄作だから、ちっとも面白くないんだ。これが。




峨骨‏ @Chimaera925 3月13日
レヴィのブリコラージュだな。あらゆるモチーフから断片を持ってきて、都合のいい思想をでっち上げる。


>くから持っていた知のあり方、「野生の思考」をブリコラージュによるものづくりに例え、これを近代以降のエンジニアリングの思考、「栽培された思考」と対比させ、ブリコラージュを近代社会にも適用されている普遍的な知のあり方と考えた。
>また彼は世界各地の呪術や神話における思考の特徴的な


>パターンも「ブリコラージュ」と呼んだ。たとえば神話体系は様々な神々や英雄が織り成しているものであるが、全体としては個々のエピソードの集まりであり、きれいに一続きにはなっておらず神々の系図も複雑になっている。これは、先行する民族や隣接する民族の神話を引用したり

>各地方の神話を一まとめにしたりしながら神話が形成されてきたために、神話体系が寄せ集めの状態(ブリコラージュされた状態)となっているからである。
>ジャック・デリダはこれを人間のあらゆる言説(ディスクール)へと敷衍した。「もしブリコラージュが、程度の差はあれ首尾一貫していたり

>破綻していたりするような先行のテクストから、概念を借りてくることの必要性のことをいうなら、あらゆる言説はブリコルールであると言わねばならない。」そして全くブリコラージュを行わず無からものを作る「エンジニア」を「神学的な発想」と批判した。

>また彼は「野生の思考」と「栽培された思考」の対立をめぐり、レヴィ=ストロースを批判している。


>生物学では、フランソワ・ジャコブが、生物の構造の多様さを表現するのに「ブリコラージュ」という言葉を用いている。進化はあらかじめ作られた設計図に基づきゼロから行われるエンジニアリングではなく、既にある系統に対して用途の変更や追加を行うブリコラージュであると述べ、



>構造の多様さも問題解決を求めて多様なブリコラージュが起こった結果であると考えている。

峨骨‏ @Chimaera925
邪悪な存在というイメージ、先入観、常識は簡単に作れる。ファンタジーで定番となったゴブリンやオークはもともと妖精の一種。一概に邪悪とは言えなかった。現在のゴブリンやオークはトールキン以降。そこからイメージを引用したファンタジー小説やゲームで邪悪な敵として登場しテンプレ化。












峨骨‏ @Chimaera925 2016年1月11日
葉隠は面白かったな。主君に好感持たれる顔付きになる為に蟄居して日がな鏡とにらめっこした作者。いつも爪を磨いて綺麗にして、血色良く見せる為の頬紅(チーク)はいつも懐に忍ばせておく等々、愛され武士になる為のテクニックや(女色より高尚とされる)男色のお作法なんか書いてあるし。


峨骨‏ @Chimaera925 2012年11月5日

名利薄き士は多分えせ者になって人を罵り、高慢にして益に立たず、名利深き者には劣るなり。今日の用にたたざるなり。  葉隠より


峨骨‏ @Chimaera925 2011年12月19日
アメリカ陸軍 サバイバル・マニュアル、
スイス民間防衛、

ロートレアモン全集、悪徳の栄え、論理哲学論、葉隠、
SAS特殊部隊式・実践格闘術ハンドブック、
我が闘争、ヒトラーとの対話 #他の人の本棚には無い本晒せ
法の書、
金枝篇、トートの書、ネクロノミコン、
アルマデル奥義書、無の書、
黄金の夜明け魔術全書、ゲーティア、アブラメリンの聖なる魔術書
#他の人の本棚には無い本晒せ 多過ぎて書ききれん。


峨骨‏ @Chimaera925 2011年11月6日
仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺して、初めて解脱を得、物と拘わらず、透脱自在也……か。なかなか難しいものだな。








峨骨‏ @Chimaera925 2016年6月4日
権威と言う名の養蜂箱を作り、蜂に蜜を集めさせる。養蜂家は最後にやって来て祝福し、自身の手柄のように蜜を所有・管理する。著作権、権威ある賞、研究所。蜂は自身や巣、女王の為に働くが、それは養蜂家に捧げられる。紋章学では養蜂箱は工業を意味する。知識や知恵、学識は、選ばれた者だけが食す。



ぐだトマト‏ @pteras14
"企業"の方も"宗教"に修正しようぜ〜
"地獄教" 、う〜んやっぱコレが
一番しっくり響くネ!♡

外国人に話す時もちゃんと
I work in hell(私は地獄で働いています)
って言っとけよ?

この表現の方が確実に正確な原文の
意味が伝わるから!

(私は最期まで屈しないーたん‏ @ozma1124 2014年9月1日
マジリプすると、英語圏では本当にアフリカ系アメリカ人がオーナーの企業の事をBlack Enterpriseというそうなので、間違っても向こうで違法企業の意味で言わないように、との話です。>RT
ゆとりーな‏ @Ri7_u10 2015年7月19日
僕「(拙い英語)院の後輩が入った会社がいわゆるブラックで〜」
知り合いのカナダ人「(拙い日本語)ブラックは人種差別を連想させるからやめとけ。英語では"sweat shop"かな。それから日本人はブラックなんてオブラートに包んだ言い方せずに"illegal"って言え」
僕「はい」


つきなたこねこ‏ @coneko 2015年7月19日
へぇぇ、英語でブラック企業って『Sweat shop(搾取工場)』って言うんか。あと日本人ってなんでも通称とかアダ名を付けて表現を柔らかくする悪い癖あるよね。違法(Illegal)企業でええやんな >RT


バッター受けコピペbot‏ @batter_uke_bot 5月5日
パペッター「(拙い英語)エルンが入った会社がいわゆるブラックで」
バッター「(拙い日本語) ブラックは人種差別を連想させるからやめておけ。英語ではsweat shopだ。それと日本人はブラックなんてオブラートに包んだ言い方せずにillegalと言え」
パペッター「はい!!!! 」

OKADA Tomoyuqui‏ @iTomoyuqui 2015年11月12日
もう「地獄企業」と呼んであげてしまっていいのでは?“@smasuda: 「ブラック企業」も英語と日本語がごっちゃだから「暗黒企業」とか「違法企業」と呼んであげるのが良いかもしれない”)


魔法おっさん(30代住所不定無職童貞)‏ @douteimaturi 2016年11月
情報は単独で存在しない
人は過去に縛られて生きている
過去にあって消滅されたとされる集団や知識は条件さえあえば再興する
定義が曖昧、定義を決めないで物事を言うやつは絶対に信用も信頼もしない
全ての意見や思想は主観でしかなく、客観性というのは数と暴力で出来ている
これが陰謀論の基本

基本的に学術論的陰謀論がしっかりしている人は起きている現象について応用が効きますが
状況論的陰謀論しかしていない人間は学術的考察と基礎知識がないのでできません
なので、陰謀論を見るのであれば基本学術論的陰謀論を軸にしている以外の情報は要らないでしょう、無駄です

私が簡単に切り捨てて言っているのは普通の人、いわゆる働いていたり、様々な時間を持たない人向けに言っているわけでゴミ情報を1万文字読むくらいなら、軸となる情報の140文字の遥かに重いのです
だから、言葉の定義、言葉の特定を重要視するのです

例えば、日本という単語
それは神話からの物語を指すのか、江戸時代以前を指すのか、明治以降を指すのか、大戦後を指すのか定義がはっきりしてなければ話しても意味がありません
なので、真面目に右翼やっている人間ならお前の言っている日本という言葉は何処を軸にしているのかを定めて話します

なので、ネットやツイッターにいる連中は右だろうが左だろうがゴミ以下で文章を読む価値がないと言えるのは定義を定めず話連中が多く、それが圧倒的大多数なわけです
定義を定めて話していない限り無駄で無意味で無効でより無知無脳で無能になるだけです
本当にエロ絵師さんを見ている方がマシです

前も話したけど、再度おさらいしますが詭弁術の潰し方は相手の定義を定めさせる事、抽象的・曖昧な言葉を使ってきたら、その言葉をどういった意味で使っているかを確定させない限りは話を絶対に続けないのです
なんでか?それは前提を共有してない同士が話すので情報の共有というのは必須だからです

あらら、変なのに絡まれて菊池さんも可哀想に
ああいう類いは基本、過去の文章読んでから発言してくださいと言うか、または徹底的に無視するのが一番いいでしょう
私はブロックというのが嫌いなので無視かまたは凍結依頼でいいのではないかと
相手が勝手に勝利宣言したら無視作戦は成功です

シリア・イラクって、イラクはまだしもシリアは資源が少ない国でシリア何かはアサド家が台頭する前までは貧しい国でただ戦争の係争地だったのだけど、アッシリア正教会とか古い文化が多く 資源ではなく、文化浄化を狙ったものと見てます
これが物資の流れではなく、尊厳の流れで見る場合です

これも基本にしてほしいですが物資の流れで答えきれていない場合は尊厳と古代宗教と思想の流れでみてください
文化は統合したら、離れる事はできませんしどこまでが固有なモノだったかは文献がない限り探知できません=純粋な文化は存在しない、もし言っているやつがいたら嘘確定です

例えば、超古代文明とか言っている奴がいますが、これは条件と状況が揃えば思想や集団は再興するという部分に抵触します
事実、マニ教やグノーシス主義などの多神教的唯一者信仰は近代資本主義と流通革命により認知上の世界が広がったので19世紀から英仏で再度勃興しました

万教帰一の思想は博物学と優生学の思想を混ぜた上で出来上がったものでこの研究は所謂理性崇拝者、百科全書などを作った人達及びキリスト教内部の理性主義者が手を組んで撒き散らしたものでしょう
私が言えるのは新キリスト教と言えるものは全部万教帰一を軸に語り、修正キリスト教でしょう

つまり、最低でも万教帰一という思想を真っ向から否定している上で宗教がかっていない陰謀論者を探さねばなりません
だって、万教帰一の思想が下賤を高貴に特有の民族論、民族自決、全てを国家へ、領域国家等々近代の病理と病根というのをわかった上で批判と修正を問いて行かねばなりません

なので、万教帰一の思想を現代で言っている連中は全部、神学や宗教論的に偽物です
最低でも基礎神学に触れている基礎解釈を知っているものはその宗教の本音を知っています
その本音が他宗教とは絶対に交わらないと確信していえる部分で影響はあれども別物であると認定できる部分でもあります


例 ユダヤがー
→で、そのユダヤというのはどういう派閥の人です?
ユダヤ金融のー
→で、そのユダヤというのはどういう派閥ですか?
裏政治のー
→で、そのユダヤというのはどういう派閥ですか?
貴方はおちょくってー
→だから、お前の言うユダヤというのはどういう派閥なのか答えてくれ
例 悪魔教徒の殺人儀式はユダヤ教の一部だー
→それはどこの記述を読んでそう思われたのですか?
ユダヤ教がキリスト教のー
→で、タルムードのどの部分が悪魔教徒の殺人儀式なのですか? ユダヤの習慣がー
→で、どの記述が悪魔教徒の殺人儀式なのですか?

国際秘密力を研究してー
→で、ユダヤのどこが悪魔教徒の殺人儀式的なのですか?
ユダヤの習慣知る事は創価でいうー
→ですので、ユダヤのどの習慣と宗教儀式が殺人儀式と悪魔教的なのですか?
匙を投げー
→で、ユダヤ教のタルムードや伝承と解釈のどこが悪魔教徒で殺人儀式崇拝なのですか?

私はこれを現実にされた事も、したこともあるので相手が勝手に逆ギレされたり、自分も頭に来た事があるので己の中で大凡の定義や認識がはっきりしていない言葉や単語はできる限り使わないようにしているのです
なので、固有名詞の内容を説明出来ない単語やカタカナ文字を私は避けるでしょ?そういう事



どこの世界でも大多数の坊主はクソです
なので、あからさまに聖人だの讃えられている連中は基本怪しむに限ります
例えば、金の流れがはっきりしていない
政府などの中枢を身内で固めようとする
悪い話が一方的に流れてこないなど
これを元にするとダライラマやガンジーなどの英国工作員は黒です

象徴のお話
象徴というものには基本4つの分類があると思ってください
それは作ったものが意味を分かっている場合と
わかっていない場合に
わかりやすい意味があるのか、
それとも隠れているのかの4つの分類をかけ合わせればそれで象徴を作り出すことができます

例えば、グノーシスの印である丸に十文字これはいろんなところにありますが何故にグノーシスが丸に十文字なのかはわかっていませんし、隠されています
白生地に赤マルですと、落日または墓場の印に白装束で死や憔悴を意味し、意味がわかってますし、その呪詛は表に出ているわけです

但し、その象徴は根源的に力を持っているのかといわれれば持っているのではなく持たされていると言うべきで本当に力を持っているのかと問いただされれば正直、首を捻らざるおえません
なので、象徴というのは日々の生活の中で紛れているものであって、風習程度のものでしかありません

なので、様々な象徴は根源的に共通した解釈は存在せず、むしろ解釈した時点でその象徴の力が一人歩きし始めるのであり
一人歩きさせた時点で象徴は力を持ってしまうわけなのです、私が絵描きさんに注意しなさいといっているのは何かを具現化するのは常に表現であり、表現こそが力そのものだからです

もし、秘密結社やそういった象徴を破り破壊していくのなら様々な象徴を否定するのではなく、言語で説明される存在にし、明らかにさせることであり
象徴が象徴として力を持ってしまうのはその秘匿性と表現できないエネルギー、ここでは目的が単独ではない力があると考えられている部分にあるのです

要は秘密であること、秘密とみなされている事がエネルギーの捏造と創出の根源にあり
それを説明するには古代から継続されている象徴について解明するか、己にとってそれが力ないものだと叩き潰すしかありません
魔法を破るのは魔法でも呪詛でも祝詞でもありません、
論理と論考に論証です


悪い言い方すれば、困ったら論理でブン殴れー(^ ^) とも、言えるわけです 例えば、霊について
霊=エネルギーの場合
→エネルギーということは熱力学でエントロピー値の増大則で劣化するのですがどうやってその劣化を防いでいるのですか?
霊=物質の場合
→では、それはなんと言う名前の物質ー

続き)物質ですか?
炭素の塊ですか?
物質なら、気化した何かなわけですから、当然発見されている物質ではないとおかしいですよね?
もし、発見されていないのなら、それは現代の化学表では放射性物質になるのですが生物の霊は放射性物質なのですか?
みたいに困ったら論理と論証でぶん殴るのです

他にも古代超文明についても思想や観念は条件によって再興されるのであれば、文明はわからなくとも最低でもその思想は再興されてないとおかしいわけなのだけど、
彼らが如何なる思想や社会習慣を持っていたかが答えられていない、または再現されていないのであればそんな社会は元々なかったわけです

悪の魔導士が悪辣な所は象徴を創るだけではなき、言葉の定義を弄ったりする事なわけで言葉の定義を弄るために辞典を作るわけ
例えば、マイナー言語の日本語辞典をその言語の辞書や英語辞典で調べると間違っている事が多いのだけど、恐ろしいのは辞典で使われる言葉が日常使いではない場合がある

あー言っとくけど、金貸しや政商、役人、政治家等名前が世の中に出てくる連中は周辺だからな
本当の中心にいるやつは
名前が何個も持っていたり、
名前を調べられてもそいつが何者なのか全くわからない奴や
表上重要視されない存在や
固有名詞を持たない存在が
世界の軸にいて、何かしているのを忘れるな


合理という言葉も時代によって変わる、認知によって変わるわけで為政者が淫祠邪教に嵌るのも合理の認識が違うからなのだ
合理の誤謬というのはとんでもないもので戦いに勝つには誤謬してない場合、物資、人員を整備して訓練し、連絡機構をしっかりする等
誤謬している場合、戦争の神に祈るとなる

私が日本の政治家の名前や政商の名前を言わないのは穢れた存在の名を言うと己の魂も穢れるという単純な護呪術をしているからです
穢れた存在の事について考えたり、それについて述べるとその穢れに己の心を一瞬でも汚染してしまうからです、
だから穢れた存在の名前は出来る限り言わないのです

勿論、私にとって蓮舫という存在も絶対不浄で穢れの塊ですよ
ただ、論考するための良い例だったわけでその為に使うには仕方が無いでしょう
そういった、都合の良い固有名詞でない場合は使うべきではなく穢れた存在は写真だろうが、映像だろうが一瞬たりとも見るべきではないのです




しょうもない人間の周りにはしょうもない人間しか集まらないのです
なので、しょうもない人間を避けていく事だけが最も手っ取り早く良い知識と情報を手に入れる近道です
必要な情報や知識は常に数少ない人しか持っていない及びわかっていないのでバカが3人集まってもバカな答えしか出てこないのです

しかし、誰と何がしょうもなくて誰と何が重要なのかは痛い目や審査眼がないとわかりません
なので、例をあげます
1、詭弁術を使わない
2、曖昧な表現や見識を言わない
3、ここで議論を吹っかけない
4、宗教おびてない、または先に言っている
5、曖昧な言葉はその場で定義して用いる
6、立場、主張がある場合は立場を隠さないで言う
7、多数派工作や偽装をしない
8、資料がある場合は枯れた資料、研究されつくした又は如何なる立場が作ったかが明瞭な資料を出す

9、相手の批判は全体を見て反論し、部分やケアレスミスをあげつらわない
10、無意味に他人に絡まない

わかりやすく、区切りがいいので10ヶ条としましたが、この条件を守っている人がいれば、最低でも言葉に慎重な人でしょう
もし、この10ヶ条の殆どに該当するような実に稀有、優曇華の華のような人がいるのであればその人の言葉は信用及び己が用いたとしても恥ずかしくはないでしょう

私がこういった基礎情報や基礎知識の話をするのはこの前提さえ誰もが守っていれば、誰もが必要な知識や情報を得、または迷うことはないからです
その意味においては啓蒙主義者であり、百科全書派的であり、無神論的でもあり、事実主義的でもあり、全ての人類はおねショタにのみ救済されると信じてます

言い方を変えれば、この10ヶ条の殆どに該当する人間はエゴサーチしてブロックする対象となります
ですので、無意味に絡んできた人間がでてきたら即座にブロックして構いません まず、傾聴に値する話はないでしょうし、見識もないでしょう 無駄な雑音が消音する、これは当然の事です


デマだろうが、デマでなかろうが困った時は何も考えず逃げる
それは戦場でもそう、銃声がしたら銃声の反対方向や遮るものが多い方向へ直ちに逃げる
じゃないと死ぬか巻き込まれる

災害や事件でもなんでもかんでもそうだが
「落ち着いて行動してください」というやつは絶対に嘘つきでそいつの言葉は信じたら死ぬ
災害や事件に直面したときは落ち着いて行動した奴が真っ先に死ぬ、
何故なら往々にして余計な事をして取り残されるからだ、
財布を忘れただのとか言ってな

なので、正しくは「真っ先に最善をとってさっさと逃げろ」です
財布を忘れた、家鍵忘れた、携帯忘れたとしても逃げている途中なら無視する、
道は車で混んでいるから走るか、自転車、逆走していいからバイク(命と罰金どっちが重いか?)
道が混んでたならすいている道を瞬時に判断すること











なので、言語学をやる意味というのは
何が足されて・
何が引かれているか?
何を言い変えているか、
何の嘘が混じっているのか
が見えるわけで言語をやる意味というのは
原本が見れて・
また何がどこまで正しいのかが逆引出来るわけでなので
目に見える象徴より、見えない象徴をやるほうが早いのよ










となると、先ず漢字と中国語、普通語で古典を読めるわけではないが学者が多い分、古典を普通語に要約されている本がかなりある
アラビア語 アラビア語も古代アラビア語は変わらない部分が多いので良い
ペルシャ語 パフラビ・オスマン語が近いので古典には有利 ラテン語・英語 言わずもがな










社会の最大の存在意義というのは教育者を作る事であり、一人の教育者は様々な指導者・知識人・技能士を生産するわけで社会は常に一定的に教育者を作る事で継続しているわけなのです 教育者というのは言葉の真意と意味・解釈を知る者を言い、それが自由自在で矩を越える事無いものをいうのです
言い方を変えればひとつの社会で孔子や老子のような存在がいれば、彼の元から様々な人間が出てくるわけで教育者は多いければ多いほど、その社会が文化的に強くなるので侵略者は権力上力を握れても文化を侵略する事は敵いません また、そういった文化は破壊されづらいので必ず残るのです
知識を積んだ大知識人というのは本を持ちません、というかそこまで積んだ人は本が必要ありませんが人に説明する為の一冊だけが必要となります イスラームならクルアーン・
儒学なら論語・中国思想なら道徳経と必要な一冊だけで後は不要です 何故なら、その人の頭に万冊もの本が詰まっているからです








(33は避けるはず)


(6は良い数字)
魔法おっさん(30代住所不定無職童貞)‏ @douteimaturi
何で古事記を偽典とバッサリ言うのかというと、基本伝承学・ハディース学の援用で
誰が・
どこで・
いつ・
どういった時に・
何があって・
どの様に・
何故その言葉で・
どのように伝えられて来て・
それを誰が言い伝え・
誰が証言しているのか・
編纂者は誰で・
どのような立場で・
いつの時代に編纂され
当時の現状で・
どういった理由でこの伝承が編纂されたのか
まで明白にわかっていないと伝承は使えません
なので古事記をこの視点から見るとお話にならない位に欠格事由しかなく、
これらの内の一つでもあやふやであるならば信頼できる伝承ではありません
それは完全なる預言者の言葉だからなのです

完全なる預言者の言葉は完全な言葉であるが故に如何なるものでも完璧な理由があって、言葉にされているのでそれが成立しているという前提から俯瞰します
神学・聖典の見分け方というのは希望や期待・権力者達の意志で歪めることは地獄を近くするので非常に慎重をきすものとなります

例えば、サヒィーヒ・ブハリーが残した共通伝承集もそうで彼自身が知っていた伝承は300000といわれ、そこから確信がある2700がそこにある訳ですが
この伝承集はアハレベイト派からの視点からはかなり恣意的な伝承集で信用に足りません
例えば、アイーシャの伝承は270程あるのに対し…
承前)預言者(ص )の愛娘であるファーテメ・ザハラーの伝承は一つしかありません
また、この世界で二番目か三番目にムスリムとなったアリー(ع)に関しては29、しかし二代目カリフであるウマルに関しては300ー400と残されていてかなり恣意性が高いものです
当然、背景もあります

この伝承集が編纂されたのかアハレベイト派の11番目の指導者であるハサン・アスカリー(ع)の時代で彼は常に悪政者に監視されていて自由が効かない立場でした
なので、推論としては基本的に二つが考えられ
一つは当時の権力者に阿った
二つ目はそういった状況であるのでワザと隠したです


(情報の真偽判断にお使いください。少なくともイランのシーア派では史料批判の分野がある。)

『ゼロから始める魔法の書』

・この作品は本名不明のキャラが多すぎるのが特徴。本当に徹底している。
ゼロも傭兵も13番も悪魔も本名不明なのが重要。
あと神が登場しない。神の力ではない。霊はある。
魔術における悪魔という語は単に人ならざるものの総称で妖精や神と呼ばれる存在も、魔術としては悪魔の一種とされるという設定。
ではなぜ悪?
『ゼロから始める魔法の書』の悪魔の立場は面白いなあ。

悪魔の力とは耶蘇以外の宗教由来の技術の比喩。
レヴィの両性具有のバフォメットは、
悪魔とはギリシャ哲学+イスラーム+ヘルメス+ヤソ異端であると言いたいのでしょうね。
魔女狩りしてる教会が輪廻思想で「前世の罪」って言ったし、
つまりカトリックは存在すらしないのね。
魔法も魔術も悪魔の力。
東京グールと同じで悪魔の力とはキリスト教以外の宗教由来の技術、特にイスラム。
悪魔崇拝ガーって騒ぐだけの情報は無価値。

・13番の魔法が、特定の単語を言ったものを特定の場所に強制召喚。
(ある程度実現している)

わざと間違った呪文を記すことで、読み手は書き手に勝てないようにしている。
最大威力が出ないようにしている。作者は「却下」で却下できるし。
つまり、自作こそが最強になりうる。
あのお肉大好き魔女さんも言っているだろ?自分で単位と道具を創れって。
条文=魔導書も自分で作るんだよ!
折角このブログにはストーリー作成の技術メモがあるんだから、神話も作るのはどう?
条文の創造とは名づけの連鎖也。
自身の言葉を縛れば自分で自分の思想を変容させられる
ケルト流に言えばゲッシュ。



【ゼロから始める魔法の書】第11話 感想 ここでネタバラシ
http://anicobin.ldblog.jp/archives/51530131.html
” 『何でゼロがこんなことに!』
『まだわからないのか。ゼロは貴様の傷を肩代わりしている。ゼロがその体に呪術的な印を書いたことがあるだろう』
『サクリシグスだ。印を刻んだ者に傷や病を移す』

『傭兵の介入がなければ吾輩は十三番を殺していたかもしれん』
『手加減していたのかあの威力で?』
『才能の差ではないぞ。どちらがこの技術を生み出したかの差だ』
ゼロ『ゼロの書にはわざと誤った呪文を記してあるのだ。いくつもな』
『誤った呪文では本来の力を発揮できない。つまりゼロの書の魔法では絶対に吾輩に勝つことはできないのだ』


傭『これは…?』
13『魔術師団の首輪から投影している。私はこれで連中の動向を監視していたのだ。無論貴様等の事も見ていた』
傭『コスい真似しやがって…』

『端的に説明するぞ。十三番は今回の件の全ての黒幕であり黒幕の分際でこちら側に寝返ったという運びだ』
『こいつは正義と悪の両方を一人で演じてたんだよ』
『私がゼロの魔術師団の創始者、つまり貴様等が崇めるあの方だ』
『私はあの方としてゼロの魔術師団の者に宝珠のついた首飾りを身に付けさせた。そして宝珠からこのように監視を続けていた。これで証明は十分か?』

『これはゼロの魔術師団の団員とあの方である私との間で交わされた魔女の血判状だ。貴様の名前も記されている』
13『これがある限り貴様は私を害することはできない。契約により貴様は消滅することになる』


しーなちゃん‏ @seena_J 4月10日
“ゼロの書における魔術と魔法の違い
魔術:魔法陣と呪文、生贄によって悪魔を召喚し、契約をすることによって奇跡的な現象を生じさせる学問

魔法:悪魔の契約法則の略語。
悪魔を呼び出さずに悪魔の力を借りれることに気付いたゼロが生み出した技術。才能さえあれば5年で誰でも扱える #ゼロの書“

業ぺんぺん‏ @kancoll_teitoku 4月10日
“魔術は正確な記号、正確な動作が必要になる。 正確な記号は悪魔から体を守るため”

水草亭‏ @kuzigyaku 4月24日
“『ゼロから始める魔法の書』3話 中世キリスト教世界風な世界なのに平気で「前世」とか言っちゃってるな。”


ソルト【ありがとう亜人ちゃん】‏ @Ilovemenma_nagi 4月10日
魔術とは『魔法陣を書いた後に呪文を唱えて使い魔を召喚』。
魔法とは『魔法陣無しに呪文を唱えて悪魔の力を発動』
これがゼロちゃんの言う魔術と魔法の違い #zeronosyo

setomaki‏ @setomaki 4月12日
#ゼロから始める魔法の書 #ゼロの使い魔 でない
いわば魔法書の原作者wがゼロ
またロリ高齢かw cf.美魔女
魔術は悪魔を召喚
魔法は悪魔の力のみ抽出
な設定
その相方に選ばれた「獣堕ち」した獣人→ #けものフレンズ 禁止w 奪われた本探しのバディもの #zeronosyo)

『ゼロから始める魔法の書』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BC%E3%83%AD%E3%81%8B%E3%82%89%E5%A7%8B%E3%82%81%E3%82%8B%E9%AD%94%E6%B3%95%E3%81%AE%E6%9B%B8
"ゼロ[6]
…内部の知を探求することを旨とする泥闇の系統を継ぐ魔女[6]。ウェニアス王国の森で偶然出会った傭兵を助け、旅の護衛に雇う。名前は魔女にとって重要なものとされるため、傭兵と同じく本名は明かしていない。一人称は我輩。
本来ならば対価が必要な悪魔との契約を、逆に悪魔の方から乞われて対価もなく行ったという天才魔女[6]。世の中の役に立てば世間で迫害される魔女たちの立場も良くなり、自分も外の世界を見に行けるようになるだろうと、魔術に代わる魔法という技術を新たに編み出し、それを“ゼロの書”という魔法書に書き起こす。しかし何者かによって仲間を殺された上、魔法書も持ち去られ、それを探すと言って出て行った十三番も戻らず、10年ほど経ったある日、一人魔法書を探す旅に出ることを決める[6]。
傭兵との間柄は形式上は護衛契約であるが、その卓越した魔法を用いて逆に護衛であるはずの傭兵を守ることも多い。

獣の傭兵(けもののようへい)[6]
…名前を明かすとそれを使って下僕として縛るとゼロに脅されたため名前は明かしておらず、ゼロからは単に「傭兵」と呼ばれている。
獣堕ちの首は魔術を行なう際に重宝されるため、魔女や懸賞金目当ての盗賊等に狙われ続けた結果、大の魔女嫌い[6]。

悪魔

名もなき悪魔の王(なもなきあくまのおう)[6]
ある時ゼロの前に現れ、本来は必要な贄を求めることもなく契約を行った悪魔の王。なぜそうまでしてゼロと契約したかはゼロ本人にも明かしておらず、謎に包まれている。固有の能力は何も持たないが、その代わりに自分の支配下にあるすべての悪魔の能力を使うことが出来るとされる。ウェニアス王国で傭兵の体に宿った際には、ゼロのことを「我ガ、愛シキ…」と呼んだ。

欲望と渇望の辻より睥睨せし絶望の王(よくぼうとかつぼうのつじよりへいげいせしぜつぼうのおう)
死を司る上位悪魔。死者蘇生の魔法を求めてゼロが働きかけるも、亡者と死者が食らいあう魔法しかできず、それを禁章として封印する。その後サナレが再び働きかけ、それによってゼロの手の及ばない死霊の章の魔法を手に入れた。

万里を掌握せし千眼の哨(ばんりをしょうあくせしせんがんのしょう)[10]
遠く離れた場所の出来事も見通すことが出来る“世界を見渡す目”を持つ悪魔。ニエドラ砦の禁書館で虫の獣堕ちの肉体に宿り、館長としてそこに集まった人々を支配していた。本を読んで知識を集めることに執着しており、地獄に戻ることを恐れている。
悍ましき夢の唄い手(おぞましきゆめのうたいて)[10]
人間に悪夢を見させて狂気に侵す能力を持つ悪魔。その力は死霊の章の魔法であり、サナレが傭兵たちに同士討ちをさせようとした際に行使したことがある。その後山羊の獣堕ちに宿った際に教会騎士団の行軍の妨害をするが、その後捕縛されゼロたちの手に落ちた。

その他

十三番(じゅうさんばん)
…ゼロの書を持ち出したのは十三番本人であり、王国に反乱を起こしたゼロの魔術師団を束ねる“あの方”の正体でもあることが判明する。ウェニアスに魔法を広めることによって、国と魔女との対立が深まるようにした上で、自身が正義の魔術師として“悪の”魔女たちを滅ぼし、最終的に対立を終結させ平和をもたらそうと目論んでいた。ゼロいわく「事実が上手い」男で、嘘をつかずに疑心を煽り、自らの都合の良い方向に人を操る術に長ける。
ゼロの実の兄であり、唯一の家族。本来はゼロと同じく人間離れした美貌を持つが、悪魔との契約の対価としてその美しさを差し出したため、陰鬱な雰囲気の外見になっていた。…

魔術[6]
魔法陣と呪文、生贄によって悪魔を召喚し、契約をすることによって奇跡的な現象を生じさせる学問[6]。大きな力を持つ悪魔を召喚する際にはその分命の危険が増し、また場合によっては儀式に時間や手間も必要とする上、儀式中は無防備になるため、簡単に行えるような汎用性の高いものではない。大きな力を持つ魔女たちが過去の戦争において敗れたのも、この魔術の扱いにくさのためとされている。なお、魔術における悪魔という語は単に人ならざるものを総称しているため、一般に妖精や神と呼ばれる存在も、魔術としては悪魔の一種とされる。
魔術師は研究分野や行動指針の違いから、泥闇、詠月、星瞰等、幾つかの系統に分かれている。また魔術は教会では異端とされているため、教会の影響下にある地域においては魔女や魔術師たちは迫害にさらされ、身を潜めて生活している。なお悪魔は美しいものを好むことから、優秀な魔術師には整った容貌の人間が多いとされる。
魔法[6]
“悪魔の契約法則”の略語[6]。魔術を行使する際に、悪魔を呼び出すことなく力を借りることが出来ると気付いたゼロが、新たに編み出した技術。魔術と比べて、悪魔を呼び出すための煩雑な手順や、呼び出した悪魔から襲われるリスクとそのために必要となる身を守る結界などが無くなるため、才能さえあれば5年ほどで誰でも扱えるようになる。熟達すれば呪文の詠唱を省略することも可能。また魔術の場合は、悪魔は強制的に呼び出される上に、術者が諦めるか契約を結びそれを果たす、または術者を殺すことでしか地獄に戻る手段が無かったところを、術の度に無理矢理呼び出されずに済むようになるため、悪魔の側にとっても有益な技術となっている。
ゼロの書[6]
ゼロが魔法の基礎理論と複数の悪魔の名前、能力、呪文、必要な対価を書き記した魔法の書。狩猟、捕縛、収穫、守護の4つの章から構成されている[6]。10年前にゼロの住処である穴ぐらから持ち出され、その内容が世界に広まりつつある。ゼロ本人は世の中の役に立つことを願ってこの本を執筆したが、知識が広まるに連れて悪用する輩も現われており、その問題を解決することがゼロの旅の目的となっている。
使い方によっては危険な内容となるため、魔法の威力を軽減するようわざと呪文に誤記があったり、ゼロ本人が却下すれば記述されている魔法が行使できなくなるなど、幾つかの安全策が施されている。なお上記の4つの章の他に、死をつかさどる悪魔に働きかける魔法を扱う死霊の章が存在するが、ゼロはこれを禁章として封じ、魔法書には記していない。
獣堕ち[6]
獣の特徴を備えた半人半獣の人間たちの総称。その姿は狼や鷹など様々。教会では汚れた存在と見られており、また前世の罪の結果から悪魔が宿り、獣の姿をした人間として生まれると信じられているため、世間から忌み嫌われている。また婚姻の際に獣堕ちの姿を目にすると、生まれてくる子供も獣堕ちになるという迷信がある。さらに殆どの獣堕ちが傭兵や盗賊といった荒事を生業としているため、それも毛嫌いされる一因となっている。
しかしその実態は前世の罪とは関係なく、過去に魔女が人間に獣の力を降ろす獣降ろしという魔術を行なったことによるもの。獣の力を宿した人間が死んだ時点で魔術を行使した魔女も死んでいた場合、宿っていた獣の魂が行き場を失い、魔女に最も近い存在に戻ってしまうという呪術返りが起こる。その結果、獣の魂が魔女の子孫の女性の腹に宿り、獣堕ちとして生まてくるとされる。多くの魔女ははぐれ者かつ極めて長命であり、大抵血縁者に存在が忘れられた頃にこうしたことが生じるため、この事実は一般には知られていない。
また獣堕ちの首や血は魔術的な価値が高いとされるため、獣降ろしを行使するほどの力が無い魔女や、暇潰しに魔術に手を出した人間などから付け狙われている。

"




お読みくださり感謝。
あと、おねしょた兄貴のツイートのほとんどはこのブログにあるよ。
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真の魔法使いは神秘体験を検証、懐疑、否定、超克、制御、操作、支配、抹殺する。崇めないし信仰しない。神秘は日常そのもの。神、霊、魂、宇宙人の扱い方。語れないものを騙る輩 

工事中
引き寄せ引き寄せうるさいスピ信者って、悪魔を引き寄せたときの対処法を教えないから最悪だな。てめーらスピ信者が悪魔を創って引き寄せているんだろうが!
もぐらさんは「キリスト教は悪魔寄せの法則」と言っていたな。
キリスト教=悪魔崇拝。
キリスト教の弱点を減らして作った新たなキリスト教=スピリチュアル。
設計図が見える人は凄いな。
一神教の内、キリスト教だけやたらと悪魔の数が多くて強くて魅力的に描かれている。
悪魔寄せの変形が引き寄せ。
対処法のいくつかは②名前のところにある。

魔術で最重要なのは退去=場と精神の清め(掃除と平静になる)の技術であることを記憶すること。
最初に退去を教えないものは偽物、危険物。
「あなたの頭がおかしくなっても別にいいや」ってことだから。
なぜヨガや密教の最初の段階が戒律=道徳を守ることを誓うことなのかわかる?
西洋魔術の超基本が小五芒星の追儺==場と精神の清め
であり、儀式前と後に必ず行う理由がわかる?
なぜリラックス法と呼吸と姿勢が大事どころかそれができないならそれ以上学んでいけない理由がわかる?
わからないなら魔術師の道をあきらめるのがあなたとあなたにとっての他人のためだ。



私の見解は今現在の者で確定ではなく暫定的なもの。そもそも私は形而上的なことへは無記寄り。
次の講義候補 魔術では避けて通れない霊魂についてにするかも 宇宙人に人って子…場は言っている時点でダメじゃん 区別できるか問題 言語魔法はだいぶ書いたから非言語魔法にするかな
魔境進歩委体験って非言語妄想だろ

もういいたいことは過去記事ととツイッターに書いちゃっているな
真の魔法使いは神秘体験を検証、懐疑、否定、超克、制御、操作、支配、抹殺する。崇めないし信仰しない。神秘は日常そのもの。霊、魂、宇宙人の扱い方大魔導士への道シリーズ3 私は大魔道ではないけどな。大魔道の道シリーズ2名前のやつすらできていないけどね。名前系の本をもっと読まないと書けない。
要素はほとんど取り上げたから読んだら言いたいことはわかるだろう。 名づけは悪霊の対処法の内重要。
今回hあ霊魂、神秘、宇宙人エイリアンとか偽物本物判定法の基準とか
やはり物理だな!
魂の実在性ってどうやって証明るんだろう。魂は実体はないが存在は仮にあるというのが仏教流。
いっとくけどこのシリーズって今回の藩士の一部とか中華うがそれ寄りに前に在ったりするからね、これだけ読んでもダメだよ。
呼吸、姿勢、リラックス。、物理言葉論理が基本
ってところかな



復習。姿勢や呼吸法



神、霊、魂、宇宙人、ユダヤ、イルミナティの言葉をきちんと定義しないとと私はこれらについて話をしない。無駄だから。
文字通り話にならないから。そもそも話とは言葉をきちんと扱えないとできないからね。
カルト信者以外にも理解できる言葉でお願いします。









禅仏教のうち、野狐禅カルト=神智学者やニューエイジ経由でない本を読まないと偽物をつかまされて頭がおかしくなって元に戻せなくなるかもね。
大丈夫な本はすでに何度も紹介している。
『チベット密教 修行の設計図』

『禅の本』。
禅はスピリチュアルの中核を否定。
神秘体験は魔境=執着してはならない悪。
スピリチュアルは野狐禅を量産する危険物なので取り扱い注意!
読めないニックネーム(再開版)
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-109.html

禅で持ち上げられる鈴木大拙は、神智学系で禅は神秘主義という完全に間違っている(おそらく意図的)から嘘を見抜けるだけの知識と論理を身につけてから読まないと有害。人脈調べたら真っ黒。
パトス=非論理側の判定法はあいまいな印象、どんどん勝手に中身を捏造する記憶などによるので使ってはいけない。
真偽判定法が、言葉での定義、説明、論理、合理、反証などロゴス側の手法しかないので、
真偽判定されたくないから、言葉と論理を否定するが神智学などに顕著なスピリチュアル。
スピ系が大好きなインド思想もチベット仏教(密教)思想も論理的思考と言葉重視。





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スピ系はカルマ(原罪)の浄化みたいな事を言いながら、本来の意味のカルマ(心の歪み)を強化して歪ませるから端から見たらギャグみたいだね。そんな環境に放り込まれた側は最悪だろうけども。

— 峨骨 (@Chimaera925) 2017年6月6日




黄金夜明達人
神秘は道路に落ちてる石ころよりも遥かに多いけど、見ようとしなければ見えないし使えるわけもない。人々が呼吸を意識していないのと同じように、空気みたいなものなの。

神秘体験を得たとしたら残念なことです。神秘体験は幻惑によるもの。曖昧なものはいらない。神秘なものもいらない。よく注意して? 神秘体験を得たらはずれなのです。

検証の行われない神秘体験は悪魔化された錯覚
のことだとわたしは考えています。

初心者に対しての神秘体験は推奨されない。なぜなら冷静さを欠いたそれは気分を舞い上がらせたまま日常に帰してしまうからです。これを行う導師は批判を免れないでしょう。薬がまさに毒となるからなの。

神秘体験がとても大切だという人がいるけど、そのひとはわたしに言わせると経験がまったく足りてないといわざるを得ない。神秘体験とは薬と同じで毒にも薬にもなる。ある種の現実の認識は人によって絶望にも希望にもなる。これと同じことが神秘体験でも起こるのです。だから気安く勧めてはいけないの。

神秘体験の有無なんかで達成度を語るのははっきりいって無意味どころか害悪にしかなりません。長い目で見るとそれは障害にすらなるのに。

何度も言うべきことがある。それは神秘体験を重視してはいけないということ。それを求めるほど、本来求める道から外れていく。
神秘体験が悪いといっているのではない。ただ、幻想の世界に入ったらさらに上層にある意識に上昇する必要があるといいたいのだ。もしも幻想に捉われたらその人の進化は止まる

もしもあなたが神秘体験を求めているとしたら、求めるのをやめて健全な生活を送ったほうが良い。真の神秘体験は求めて得られるようなものではない。感覚遮断によるサイケデリックな状態は不健全な心の状態を生む。アストラル領域で遊んでいるのは構わないが、それは神秘体験とは呼ばない。

脳内イメージは五感のいずれかに紐付けされてるのだけど、そのうちに五感を介さないで直接的に脳内に送られてくる場合、五感から受け取った刺激から構成されるイメージとはそのうちに別物になってしまうでしょうね。その紐付けがなくなっていくのだから。
肉体的感覚を遮断した場合は、脳内のイメージは五感のいずれかとかかわりを持たなくなる。イメージ制御で大事なのは五感との紐付けを利用することでそれを強めたり弱めたりするのです。だから、魔術訓練で五感との紐付けを意識することはアースするというの。そこから遊離すると制御困難になるから。

例えば脳内で勝手に音楽が流れてループしちゃう場合、実際に音楽プレイヤーなどを使って頭に流れてる(記憶から思い出されて遊離してるイメージ)音楽に重ねて同じ曲を聴くといいの。そうしたらイメージと物理的音が紐付けされて音楽をとめたら曲もとめられるようになるから。

物理感覚をイメージ制御に用いるのはもっとも基本的なこと。だからイメトレばかりするといろいろと弊害が出るのです。

幽霊さんが現れたら、それを物理的仕組みで表現してこれを消す。幽霊さんがいるかいないかは関係がなくて、そのひとが幽霊らしきものをみてることが問題なのだから、心に浮かんでるイメージを消すためにこれを物理的感覚と紐付けするのです。魔術を行うときのこれは基本的な仕組みです。


霊的存在が、まるで幽霊みたいなそれが存在するか否かはわたしには判らないし、またきっといくら議論しても主観的問題だから答えは出ないのでしょう。それでも、心の中に遊離してるイメージがあるのならそのイメージに物理感覚と紐付けをすることで消し去る機会を得る。ただし、一時的に強化されるの。

脳内音楽ってある種の幽霊さんなんだよね。こういう言い方をすると語弊があるけど、音楽を聴いてその旋律に感銘を受けることでその音やリズムは記憶されて心の中で反復されることで自律性を持つことがあるの。だから本人の意思とは無関係に心の中で反復される。これを消すには形を再び与えればいい。

あらゆる願望達成術には興味もないの。そんなのは自力で何とかするもので、欲望を神様に押し付けたりしない。よくよく考えてみて? 親友にあれこれと欲望に任せて頼み込んだりするの? それするのって同でもいい相手じゃないかな?

瞑想などでちょっとでも結果が出始めると多くの人が出てくる情報をみんな鵜呑みにしてしまい、不思議なことがおきたといって大喜びしてしまう。でも、本当にそういう現象が本格化してくると制御できないことに気づいてあわててしまう。その恐怖が核になればもはや何が次に起こるのかは明らかです。

ネットの情報は必ずしも科学的でないとは言わないけれど、入手した情報を精査して、またソースを辿って確認するくらいのことをきちんとして流す人はそんなに多くはないの。それをするということはかなりの時間と労力、場合によっては専門知識や資料代も必要になるからお金がかかるのです。(^^;

「ネットの情報を鵜呑みにしない」というのは「アストラル世界の情報を鵜呑みにしない」というのとほとんど同じだと思ってもいいの。同じレベルで考えてもいいし、とりあえずは否定もせず、肯定もしないで黙々と記録をとり続けるのがいいかも? その後できちんと精査するまでは何も答えは出さないの。

何も魔法からすべてを学ぶ必要なんてないし、その必然性もない。他の分野からいくらでも学べることはあるのだから、まずは普通の分野から学びつくすほうがずっと道にたどり着くのは早いでしょうね。



うーん、仏教をキリスト教と一緒にするのはなんか違うかも? クリスチャンの観点から言って彼らを宗教と呼んでいいか疑問なので。

科学で説明できないのは「科学」と「それ以外」です。それ「以外」の中には宗教も入りますけど、厳密に言うと人文科学もそれ以外に入るでしょうね。神様を信仰してないのならそれは哲学に近いものだと思います。

そもそも仏教的瞑想とわたしが言うような瞑想(厳密には(観想)とは違うのよ?

例えば聖書を読んで、その中に登場する人物をイメージの中で会話してもらうの。なんていうのかしら? 脚本はできてるので役者さんを創造してイメージのスクリーンの中で適切に演じてもらうのです。もちろん、聖書世界、その神話空間の中であたかも現実に存在するかのように振舞ってもらう。

そういうのをひたすら繰り返して神話空間から聖書の意味内容を学んでいくのが観想です。

すくなくともわたしは、「なんとなく」とかあいまいな答えは求めていない。だからより具体的方法論を用いるの。抽象的イメージばかりに飛んでしまえば具体的理解をしないでごまかすということが往々に発生するから。


オカルト的ヒーリングって代替医療の、それもかなり外れのほうだからなぁ・・・。医療とは認められていない心の領域にまで踏み込んでるので主たる西洋医療などがどうしても使えない場合にするもので、より効率的で確実な方法が他にある場合はもちろんそれを選ぶのが筋というもの。

端的にいえばお医者さんにかかれない何らかの理由があるとき(経済的、その他合理的理由がある場合)、医療器具や薬品がなくて救援を待つばかりとかそんな状態ならば判るんだけどね。

やれることをやりつくしてないのにいきなりオカルトにすがろうとするのはまったく感心しないの。

オカルトっていつも合理的判断に基づいてできることをすべてやり尽くしたところから開始するから、もしそこまでに到達していないのなら単に楽をしたいだけということになる。それでは肝心のオカルトだって有効活用できるとは思わない。

魔法が心の力だというのなら、できることをすべてやりつくした後にしなければその効果があるとするのはとても不思議なことだと思うの。真剣さというのはそういうものだと思うから、それこそ魔法が生じるときの道理だと思う。

お金とは信頼の力だといったことがあるけど、まさにこの通り。

お金は物質の象徴だけど物質そのものじゃないの。それは信頼を与えるためのチケットのこと。それが少なくとも近い未来までそのままの価値であることを保障するもの。とても回りくどいのだけど与信のためのチケットなのです。

お金って依代だもん。だから生命があるの。それが生存するためには一定の稼ぎが必要。そうしないと目減りしていくだけなので。自分の家族だと思えば大体あってます。諭吉さんを擬人化してアストラル的に創造してみて? かれがどのように生存するか思い浮かべるといい。

紙幣に勅令って文字がアストラル的に書かれてるのみえない? 日本の大蔵省造幣局による魔法なのです。

紙幣というのは与信の力によって創造された一種の霊なのです。その力を行使するのはその国の一番権威ある魔法機関です。この場合は日本銀行になるでしょうね。貨幣それ自体は霊の身体にあたるから、別に電子に宿ってもかまわない。ただ、それも信頼の力によって保護されてないと霊は逃げていきます。

凄く世俗的な説明をしてるけど、根本的にこれは魔法なの。

ひとは目に見えないものはなかなか信じないの。そのために何か形式的なものを必要としてる。貨幣は信頼すること、何かの約束を形にしたものであり、実のところその形は信ずるべき対象にはならない。信じるものはその中身なんだから。たぶん、お金について問題が起こるのって形に目がくらんでるからなの

面白いことに、ケルト研究はケルト人と呼ばれる人たち以外に多いと思うのです。(^^; なんでしょうこれ?

多くの場合は排斥する対象としてそのひとたちを分類するの。つまり、都合のよい区分を設けてそれに名前を付ける。だから区分する人によって、また時代や出身によっても意見は分かれるのでしょうね。

そもそも異教徒って、蔑称なのです。その辺を察していただけると嬉しいかも?

現実なくなってもいいのならVRに没入したままでもいいかも? 完全に仮想世界に適応した後に電源からプラグを引っこ抜いたらきっと廃人になっちゃうけど。
VRに適応するというのは現実に対して違和感を持つようになるということだから、実際に起こりうることはアストラル・ジャンキーと同じことになると思うの。これを避けるために定期的にお外で普通に遊ぶのがいいです。




お膝に化粧したら? 影になってるところを消して、顔に見えなくしてしまうの。

具体的には白っぽい塗り薬を濃い目に使って影を消すようにしてしまう。怖いものには呪術的対応するの。

物質的なものには科学的対応を、心理的なものに対しては呪術的対応をしてもいいの。その原因になってるのが心、物事の感じ方だとすればそういう対応もありえるからです。なぜって、「感じてること」は理屈ではないから理屈で説明しても効果なんて上がらない。

簡単にいうと「怖いものは怖い」のです。子供に理屈が通じないのと同じように、大人でも理屈で納得しようとしてもうまくいかないことがあります。

悪魔がいると信じてる人に悪魔なんて科学的に存在しないといくら説明しても無駄なの。どのようにして悪魔を感じてるのかを説明してもらい、そこからそれを感じないようにする方法を考えます。この場合、存在しないものを怖いというのだから科学的にどうかは関係がない。

いつも怖いものの正体がなんであるかなんて、怖いものを見てる人には関係がない。だから心理学的説明をしてもあまり効果は上がらないと思うの。大切なのは知識を披露することではなくて、実際に見えない悪魔を退去してしまうことだからです。


教養のある人たちは言葉をかなり厳密な意味で使ってるの。普段の会話からではなかなか気づかないかもだけど。

言葉を厳密に選ぶときはその意味をかみ締めて精査してるから、言葉を発した後ですぐに質問に答えられる。なぜそうなのかというと、事前に定義をしてからお話してるからです。

これ、論文などを書いたことのあるひとの典型的な癖だと思う。

湯通しは単に殺菌のため。身体が弱ってるので。

身体が弱ってるときはちょっとした細菌にも抵抗力落ちてるのでやられちゃうのです。そういうときは野菜も生は避けたほうがいいのでせめて湯通しします、少しだけ。

何かを見間違えて、さらにそれを他の人が別のものに想像する。あとはその繰り返しのステロタイプ生産。これはエレメンタルズの特徴。


その実態は自然の活動それ自体だけど、自然に対する解釈がその源泉になってるので自然に触れる人がいなくならない限りはずっと続くと思うの。

とある形が「枯れ尾花」として看破されてもまた別の形が生まれてくる。精霊たちってそういうものだから。


精霊たちはいないわけじゃないの。それを最初に見た人はきっと自然の不思議な神秘をそのような想像で見ただけ。その人が他の人たちに伝え、それが伝承になると別の形、集団による想像が定着して精霊となる。だから精霊たちの力の源は自然。その伝承は自然への呼び声。


とても簡単なこと。ゆりの花の絵画を美術館で見るの。その絵はとても綺麗かもしれないけど、自然に咲くそのゆりを実際に見たとき、その感動に直接触れることになる。これはゆりの妖精の話ね?

自然の精霊はただの見間違いだというのなら、その認識には何も得るものはないと思う。見間違いというのは正しいのだけど、人々の想像をかきたて、自然の源泉に触れることで感動はさらに倍増する。精霊という想像の姿はその媒体。一種の自然のアートだと思うのならそれであってる。

精霊を見るのって、一種のアートのセンスに他ならないの。


こういうのは感性鈍かったらなんのことかわからず、物質の表面しか分らないと思う。

日本ではいろんなことを擬人化するのがはやってるけど、あれは一種の人工精霊を作ってるの。物質の内面をみてその活動を想像によって精神化してる。これができるのが人間の想像力だけど、これは要するに精霊が生まれるプロセスを意図的に辿ってる。うまくいくかはともかくとして。

自然の中に精霊を見るのは確かにそのきっかけとなるのは見間違えなんだけど、それは「ただの」とはいえない。そのようにして想像により生まれたものは自然の実態に関する何らかの示唆を含んでるの。人間の感性って、そこまで適当で鈍くはないからです。ただ捉えようがないものをそんな姿で捉えてる。

こういうのを理解するにはアートを沢山鑑賞するといいの。そうすればいつかなんのことか理解が生まれる。

うん、アートのセンスを心理学で分析などしたらアーティストはみんな精神異常ということになっちゃう。(^^;
物質の中に精霊を見るセンスというのは形という枠組みをはずしてその内面に生命をみるセンスのこと。これはまぎれもなくアートのセンスなのです。


小さな子供のほとんどは物質の内面についてみることができるからアートの天才なの。
でも、科学知識によってその表面に注力することを強制されると次第にその力は失われていく。
魔法使いになることはその力を取り戻すことなのです。これは教育の弊害ね、仕方ないけど。

子供と一緒にあそんでみればいい。かれらは妖精の世界に触れてるから。

自然のものをあるがままに眺める能力はかけがえのないもの。これは知識の増大によって失われていくの。だから知識があまり増えすぎないうちに体験を増やしていく。知識だけ増やすと体験によって得られるものが激減していくから。

「幽霊」に名前をつけると「本物」になりますからね。(^^; 少なくともその人の中では。
それゆえに悪魔は存在しないのに存在するの。「悪魔なんていません」とローマはいうのにエクソシストが存在する理由です。

それは「暗闇」の外在化技法を使う人たちで、本質的にはわたしが扱ってるものと大差ない。

暗闇には何もいないけどその前に何も見えない。だから薄明かりをなぞっていく。暗闇は見えないので視線がなぞることはできないから。

ネットの世界だとレン(真の名)を知る人は少ないよね。そういう意味ではアストラル界の霊とあまり変わんなかったり?

アストラル界の霊は
1. 正体不明であること、
2. 必ずしも確証が取れないこと、
3. 移り行く存在であること、
という特徴があるのでネットでのお相手と大差なく、礼儀を保ちながら相手の言葉を鵜呑みにしない、現実の常識に照らし合わせることが重要なの。

ネットでの会話はお互いに物理的な身体が見えないのだから肉体のない存在同士のようなもの。それは物理的線引きが不明確という意味なのでこれを常に意識するの。魔術的に防御円を使うようなものです。(^^;
そもそもアカウントハッキングなんて憑依現象のことよ? オブセッション。


肉体の管理統制権を剥奪して乗っ取るのが憑依なのだから、ネットでのそれと大差ないのです。

ネットのアカウントとそのIDって要するに肉体の代わりなのです。フルスペルで書くとidentificationだけど日本語では識別。現実では肉体をその本人識別に使うけど、会話してるのは肉体というよりその意識、人格そのものだから、ネットでは肉体のない霊と同じなのです。
なのでROM専ってなんのことかというと、いまだ現出していない霊のこと。書き込みによって初めてそこにIDが提示されるので肉体が現れた! というのとおなじことです。
ネットと魔法って一見すると関係なさそうにみえるけど、説明するとこんな感じで常識の捉え方がほぼおんなじなの。

だから召喚・喚起魔術でよくある相手の出自をたずねたり、何らかのアストラル的根拠を求めるという手続きは必須とされる。何故なら、相手が本当はどんな存在なのかわかんないのだからたとえ天使や神様であっても鵜呑みにしてはいけないの。そういうものですから。

ひとは見たいものがみえる(みえてる)のだから、自分の思考が相手に感染した場合、形を持たない何かは見たい姿に変化してしまうの。これをなんとかするのです。
だから「相手の気持ちは本人でないとわからない」ここからコミュニケーションをはじめましょう。

お家を建てようとしたら一度その土地を更地にして地質調査までいれないと長く保つしっかりしたお家を建てるのは無理だということなんだけど、基本的常識がそういう魔術的手続きの中にあるの。

ご飯は本気になれば数日単位で我慢できるけどお水や睡眠は駄目かな? 食事を抜いても気を逸らされる程度で済むけどお水も睡眠も減らすと意識レベルの低下を招くから。それだけ後者のほうが緊急性が高いという証拠。寝ないと脳の機能が本当におかしくなるから。
多少寝不足でも一応軽いお仕事ならできるけど、失敗すると高いリスクが伴うことは危なくてできない。自動車の運転などもそうだよね。ちょっと間違えば殺人を犯してしまうのがその類のもの。なのでドライバーさんとかそういうお仕事してる人は決して睡眠をおろそかにしないでほしいな。

あと、医療関係者もかな? 睡眠。

知ってる? ブラックホールは光ってるの。目に見えなくても光ってる。X線とかそういうのがそこからずっと放射されてる。物質が中に入って質量が崩壊して代わりにそういうのが出てくる。きっと、それら放射線は「価値」の正体なのでしょうね。みんなばらばらになって散らばってしまう。

それらは電磁波。電磁波というのは波動のこと。それは何かを媒体として伝わってくる波なので質量を持たない力のこと。チリでおきた大地震が日本の太平洋側、たとえば房総沖へ何日かかけて到達しても、津波はチリの海の水を含んでいない。波動だけが到達するから。放射線ってそういうものだから。

ついでなのでこれも説明補足しておく。アルファ線はヘリウムの原子核、ベータ線は電子の流れ、そしてガンマ線は電磁波なの。この中で仲間はずれなのは最後の電磁波であるガンマ線だけ。これだけ波動なので小さな粒子ではない。この違いです。

放射線とか波動とか簡単にそういう言葉を使うスピなひといるけど、波動って媒体を通じて届く力のこと。オカルトで用いられ照る比ゆは、何かの媒体を伝って届く力として説明される何かの比ゆであり、粒粒がなにか飛んできたりする比ゆじゃないってことなの。

X線とは電磁波のこと。つまり、波動。レントゲンという言葉もあるけど、それは軟X線と硬X線の違い、つまり波長(周波数)の違いです。これらは粒子がとんでくるんじゃなくて波動です。そしてこうした波動は電気的場を形成してる。電界や磁界と呼ばれるそれです。

よくよく考えてみると「電波が飛んでくる」というのはとても変な言葉なのです。(^^; それは伝わってくると表現するのが正しく、だってそれ波動だから。粒子みたいに飛んできたりはしない。
正確な用語だと電波の伝播といいますよね。飛ぶなんて言葉を使わずに。

眠くなるコツはいろいろと満足することかな? ご飯食べて眠くなったりするけどそういうの。満足するといろいろ細かいのはどうでもよくなるの。だから「ドーデもいい」のが鍵になる。いろいろ手放してしまうとたぶん眠れるかも?
眠るのって具体的に言うと肉体の制御を意識が手放してしまうことだから。リラックスって要するにそういうことだよね?

無理に眠ろうとすると眠れなくなる。それは同でもいいと思ってない何かがあるから。そういうの眠れなくなるから「ただ手放し続ける」の。それは人が死ぬのと恐らくはあまりかわんない。肉体を手放すか、意識だけを肉体から切り離すかの差でしかないから。少しずついろんなことをどーでもよくするの。

緊張してるのはどうでもよくない状態。リラックスしてるのはどうでもよい状態。そういえばわたし、いつもアルファー波状態だって言われてる。いろいろとどうでもいいのかな? って思ったことある。事実、そうかもしれないけど。(^^;

物に人の心を投射するのは明らかに人によるもの。擬人化というのはそういうものですし、それ自体には深い意味はないと思う。でも、この性質を利用することで人には計り知れない物の心が多少は理解できると思ってる。判らないものをより深く理解するための工夫。それがイメージ投射かな?

光体の役割ってそういうものだから。

光体というのは、捉えようのない心を理解しようとするために作るイメージの身体。それ自体は人の心によって生み出された粘土細工なの。その形自体は偶像そのものだからこれを信じてはいけない。問題はこの形を通して理解する人にはわからない「心」のほうだから。

天使さまだって《自然の諸力》が実体であるため本来的には力そのもの。それは人の形をしていない。それでは人には理解不能だから理解できるようにするために光体を必要としてる。イメージの力は魔法ではそういう風に使ってる。

こういうのがテレズマ魔法の要となってるので理屈を一度理解していまうとそんなに難しくないです。

テレズマ像を粘土細工と説明したものの、一度そこに力が宿ってしまえばこちらで勝手には変更できない。それは聖が宿ったということなので仏像に仏様が宿ったらそれはただの仏像ではないのと同じです。物なんだけど「ただの」ものではないからです。チャージされる前ならいいのだけど。

充電前の回路と充電後(電気が流れてるとき)の回路では別物なのと同じ。電気が流れてるの知ってて中身いじるのは危ないから。

心の問題を目で確認できない分、服装や身づくろいという部分で表に出てしまってるのだけど、大抵は。清潔感のない格好というのはそういうことだから。

オーラを心霊的にみるまでもなく。物理的にでちゃってるの。

わたしには心霊能力はいらないの、正直なところ。通常の観察でほとんど間に合ってしまうから、それ以上のことというと本格的に何かすることになるし、それ以前の話として物理的調査がメインなので(手っ取り早いですし)。より確実な方法をとるのがなにをするのでもセオリーですし。

科学の手に負えなくなるまで安易にオカルトに走るのは待ってほしいな。それで問題が悪化するケースがあまりにも多くて、実際にオカルト的何かが原因というケースは本当にまれだからです。ほとんどの場合、お医者さんか弁護士、警察が問題を解決できるから。

こっか



(魔法の達人が「神秘体験は害悪。オカルトに頼るな。まずは科学を勉強しろ」と言っている理由をよく考えるんだな! 
科学は魔術の一分野。偽物を見つけるための合理的、論理的思考と検証と反証。
この大魔女さんは電気と電波とPCに超詳しいからね。
霊はおそらく、電気の性質に近い存在)

真の神秘を知る気なんて全くないスピ「死ん邪」にこの言葉を送っても無駄だろうね。
おねしょた兄貴いわく「虫」らしいし。
読者は蟲師(魔術師)になってほしいな。
論語読みの論語知らずにならないように!

中国故事名言bot‏ @koji_meigen_bot
之れを知るを之れを知ると為し、知らざるを知らずと為せ。是れ知れるなり。
(『論語』為政)
知っていることは知っているとし、知らないことは知らないと認める。それが、本当に知っているということだ。

(これは学びの秘訣でもある。知らないところ、曖昧なところ、知っているところをはっきり分けて、三つを比べて違いをはっきりさせると情報が整理されるから極めて覚えやすくなる。)

小知には事を謀らしむべからず。(『韓非子』飾邪)
生半可な知識しか持たぬものに、重大な物事をはからせてはいけない。

菜根譚bot‏ @caigentan_bot
人を陥れる策略や奇妙な慣習、変わった行動や特別な能力は、生きていく上で災いの元となる。 ごく普通の人間性と平凡な行いによってのみ、混沌を治め穏かな人生を送る事ができるのだ。

濃い酒や肥えた肉,辛いものや甘いものなど,すべて濃厚な味の類は,本物の味ではない.本物の味というものは,(水や空気のように)ただ淡白な味のものである.(これと同じく),神妙不可思議で,奇異な才能を発揮する人は,至人ではない.至人というものは,ただ世間並みな尋常な人である.





魔法おっさん(30代住所不定無職童貞)‏ @douteimaturi 2016年11月2日
神なんていませんよ それは人間が理性的に何かを説明するために発明されたもので
または超人的な存在を仮想した存在を神というのです
だから、説明されてしまうものは全て人間の理性の延長にいるものであり、
どうしようもなく説明できないものだけが神秘なのです
(彼曰く、アッラーは「何か」と呼ぶべきで「神」は誤りらしい)

だから、神秘なんて言うものは論理的に共有することができないので基本的にないものだと考えた方が簡単なのです
説明出来ないものがある事は感覚的にはわかりますが共有しあえないのなら無効で無意味です
また、それを土台に話をしたところ効果がなく結論が決まった話にしかなりません

信仰は確信を積んでいく作業であり、確信を積んでいくというのは様々な認識を獲得する事であって神秘体験とかで得るものでは全くありません
神秘体験は確信を積んでいく作業の途中に出てくる濃霧のようなものでこれを超える事が出来る存在だけが大宗教者なのですが、大概はその濃霧に皆騙されます

仏教でいう魔境といえば、そうなのですが仏教の魔境と濃霧は少し異なり
仏教ではこの魔境を絶対否定するのでそれがまやかしだと認識できるのですが、
それ以外だと場合によってはこの濃霧を見る事を儀式イニシエーションの入り口として惑わすので魔境が目的になる事があり これを淫祠邪教と言います

なので、最低でもお釈迦様が解いた教えを知っているのであれば大概の宗教は淫祠邪教になります
特に神秘体験を目的とするものはすべからく邪教であり、
これには如何なる例外は存在しません
なので、神秘体験で神を見たとかそこで停止する宗教は全部偽物で人間の営みを破壊する絶対不動の悪でしょう

私は神秘的な感覚というのは「夜の山に行って真っ暗闇の中、山道を歩くと全ての方向から何か気配を感じる」の延長だと思っている
その感覚を理詰めしたものが神秘主義だと思っています
なので、その感覚は知覚ではまやかしと判断できるものの事実感覚的に感じるので否定仕切る事はできないものかと

論理的な方法で理解できないものであるならば、それは存在しないものでただの空想です
人が妖怪を作り出して来たのは感覚の具現化への努力の結果であり、
そういう具現化することによって論理的に証明する事に努めて来たのです
論理的というのは時代によって異なりますが人は説明する努力を捨てません





















ーー

霊、宇宙人について


霊は人間的な意志はない、自然現象みたいなものってこと。
で、同じものがとりついても、人によって悪行をするようになったり、やたら善行を積むようになったりする、自然災害や自然の恵みみたいなやつだな。”
霊が人型で人格があるって支配層の洗脳でしょうね





「実際にその姿か、単に擬人化しただけか区別可能?
人間に化けた宇宙人か、宇宙人に変装した地球人か区別可能?
宇宙人はシェイプシフト(変身)できるのにどうやって判定する? 変身は人型限定?人型以外に化けて隠れるほうが有効では?
聖書に都合がよい姿なのはなぜ?」











Syuhei Osaki‏ @osaki_syu 6月2日
アブダクションの事例を眺めてると、ヒューマノイド型宇宙人の見た目に金髪碧眼が多く、びっくりするほど白人至上主義の世界だ

小山田浩史@幻解超常ファイル6月10日‏ @magonia00 2015年5月31日
UFOコンタクティーが遭遇するいいもん派宇宙人さんはノルディックなどと称され、その名のとおり北欧系の金髪碧眼イケメンが主流だが、ガチムチ兄貴系宇宙人とかブラザー系宇宙人がいないのはなぜかな(稲生平太郎の『何空』でコンタクティーを扱った章のタイトルは「空飛ぶレイシズム」)

日日不穏日記‏ @hibifuon 2013年11月26日
ありがとうございます。意外に単純だ・・・。RT @shinfujioka そんなユニークな言説ではなく、アダムスキーからマイヤーに至るまで、高度な宇宙人は金髪碧眼で、MIBは吊り目の東洋人風といったことです。 RT @hibifuon 第一部にある、「空飛ぶレイシズム」って何だ?














峨骨‏ @Chimaera925 2016年1月4日
どのような者が優れた者なのか、支配者に相応しいエリートであるのか、それらの基準を作った者は自らの似姿こそが最もそれに相応しいと考える。劣等な者は始末するか支配してやらなくてはならないと考える。どこぞの人買いの会長やら、いい大学出て素晴らしいキャリアを積んだ自称エリートにせよ

峨骨‏ @Chimaera925 2016年1月4日
彼らが神の像を作り、「これを崇めよ」と言う時には自身の似姿を作らせる。いささか美化され過ぎて背鰭に胸鰭、尾鰭と色々付きすぎて奇怪な姿をしているけれど。


峨骨‏ @Chimaera925 3 時間3 時間前
SFで食品を合成して作るなんて描写が屡々出てくるけど、放射性廃棄物の定義を変えて食品に変換するシステムは出てこない。現実は小説よりも奇なり、か。













科学的思考(論理的思考、客観=多数の他人の主観を反映した情報重視、数値化重視、再現と反証可能性重視など)

科学教(上記の否定)の違いがわかる人もわからない人も以下を読めば衝撃をうけるかもしれない。



“クジラは魚である!

“ペネトレ:クジラは魚のように見えるけど、ほんとうは哺乳類で、魚じゃないってはなし、聞いたことある?
ぼく:もちろんあるよ。クジラは、魚のようにえらでじゃなくて肺で呼吸するし、魚のように卵の形で子どもを産むんじゃなくて、クジラの形で産むんだよ。それで、産まれてきた子どもは水中で母乳を飲んで育つんだ。だから、クジラは魚のように見えるけど、ほんとうは哺乳類で、魚類じゃないんだよね?
(…)
ペネトレ:つまり、『そういう点ではクジラはどうしても哺乳類のように思えちゃうけど、肝心な外形や生活環境が魚みたいだから、ほんとうは魚なんだ』って言ったら?”
ぼく:なんで外形や生活環境のほうが肝心なのさ?
ペネトレ:そんなら、なんで内部のしくみのほうが肝心なのさ?
ぼく:だって外形のほうがだいじなら、ほんものと見分けがつかないようなにせもののダイヤモンドは、ほんもののダイヤモンドだ、ってことになっちゃうよ!
ペネトレ:そうなんじゃない? とくに宝石なんて、見かけの美しさこそがいちばん肝心なんだから。内部構造はぜんぜんちがうけど、いちばん肝心な見かけがおなじだから、『ほんとうは』ダイヤモンドなんだ、って言えると思うよ。
ぼく:そんなの、なんかおかしいよ。
ペネトレ:それはきみが科学に洗脳されているからだよ。科学っていうよりもっと根本的な、ある種のものの見かたにだな。見かけや外形の奥にかくれているものこそが、その物のほんとうの姿である、っていうような。
ぼく:そうじゃないの?
ペネトレ:それは、ひょっとしたら、奥にあるものを知っている人が知らない人たちに対して権力を持つために作り出した作り話だったんじゃないかな? みんな、うまくだまされちゃったのかもしれないよ。
ぼく:まさか!
ペネトレ:でも、分類のしかたによってはクジラは魚でもあることは、たしかなことだよ。外形や生活環境よりも内部のしくみを重視するって前提があってはじめて、クジラはほんとうは魚じゃないなんて言えるんだ。じゃあ、なぜ内部のしくみのほうを重視するのかっていえば、それはぼくらがそういう文化の中に生きているから、としかいいようがないんだよ。いつか人間たちが、クジラはやっぱり『ほんとうは』魚だったって思うようになる日がくるかもしれないんだ。
p.94‐97 ※『』内は原典では太字


科学は、構造や構成要素や因果関係を解析するのが目的ですから、ものの内部が本質だと考えますからね。
むしろクジラが哺乳類ってことは、「教えられなければわからない」ので、
人間の自然な感覚からしたら不自然で、魚だという認識の方が自然でしょう。
その教える側の教師や教科書だって、クリスチャンで白人の銀行家(金の支配者)と銀行家を手先として使っている王侯貴族たちが都合よく決めるのですから。

あとダイヤモンドの話ですが、違いが分かる人が存在しなければ、本物も贋物もありませんから。
目利きがいなけりゃみーんなモノホンってこった。
厳密にはな、パチモン・ホンモン自体が成立せーへんねんけどな。ナンセンスや。

8 地球は丸くない!

ぼく:地球が丸いってことも、太陽のまわりをまわっているってことも、『発明された』の? 
ペネトレ:そうさ。でも、地球は丸いのに、どうした下のほうにいる人が落ちちゃわないんだと思う?
ぼく:そりゃあ、引力があるからじゃん!
ペネトレ:でも、引力って引っぱる力だろ? そんなものがあるんなら、もっと地面に引っぱられているような感じがするはずじゃないかな? どうして引っぱられて、はりついているような感じがしないんだろうね?
ぼく:たしかに、そんな感じはしないけど……。
ペネトレ:だから、ほんとうは、ぼくらは引っぱられてなんかいないんじゃないかな? 『引っぱられるっていうのは、この地面の上にいて、ひとに腕を引っぱられたりするときの、あの感じについてだけ、言えることなんじゃないかな?』
ぼく:じゃあ、引力はないって言うの?
ペネトレ:引力がないだけじゃなくて、地球が丸いっていうのも、ちょっとあやしいな。
ぼく:どうしてさ!?
ペネトレ:丸いっていうのは、この地面の上にある、スイカとかボールとかについてだけ、言えることなんじゃないかな?この地面が球体であるって考えたとたんに、ぼくらは地球というものを、この地面のことじゃなくて、この地面の上のほうにある巨大なボールのようなものだと考えてしまっているんじゃないかな?その証拠に、地球は丸いのに下のほうにいる人が落ちないのは引力があるからだ、なんて考えてしまうだろう?
ぼく:どこがいけないのさ?
ペネトレ:地球には「下のほう」なんてないはずだからだよ。でも、ぼくらは上下のある絵しか描けない。できるって言うんなら、上下のない地球の絵を描いてごらんよ。世界地図だって、地球儀だって、星座早見盤だって、必ず上下がある。それはつまり、地面の上に乗っているってことだよ。だから、ぼくらが住んでいるとされる地球という名前の惑星をふくめて、ほんとうは、すべてのものが、この地面の上にあるんじゃないかな?
ぼく:ペネトレ、それ本気で言ってるの?!!!”p.100‐102
※『』内は原典では太字

物理法則という客観的だとみなされている(この法則の観測は主観的になされる)のですが、結局のところ、人間の肉体的制約や生活様式の前提に縛られます。
肉体的制約とは、左右対称、上下非対称などで、
生活様式の前提とは、重力下で生活(頭は上、足は下)などです。
地球上にいる時、われわれにとっての地球とは地面のことであり、そこから逃れられないのです。
仮に、人間の体が完全な球体だとすれば、文字は左から右へだとか、その逆だとか、縦書きだとか、横書きだとか、という概念が生まれるか?
などなどさまざまな思考実験ができますな。

森博嗣『笑わない数学者MATHEMATICAL GOODBYE』文庫版
にある鏡に映ると左右は入れ替わるが、上下や前後は逆にならない理由↓

「鏡に映った像は、左右が反対になりますね。どうして、上下や前後は逆にならないで、左右だけ入れ替わるのか、刑事さん、答えられますか?」(…)
「定義の問題です。左右だけが、定義が絶対的でないからです。上下の定義は空と地面、あるいは、人間なら頭と足で定義されます。前後も、顔と背中で定義できます。では、左右はどうでしょう?左右の定義は、上下と前後が定まったときに初めて決まるのです。人間の体型が左右対称ですし、歩いたりするときも横には動きません。上下と前後の定義が独立していて、絶対的なものであるのに対して、左と右の定義は相対的です。この定義のために、鏡で左と右が入れ替わるんですよ」
「待って下さい(…)鏡の映像に……、そんな、人間の考えた定義が関係するのですか?あれは物理現象であって、人間の言葉には関係がないと思いますが……」
「いいえ、我々は、ものを定義して、それを基準に観察するんですよ。
(…)僕たちに、顔がなかったとしましょう。そのかわりに、片手だけが大きくて、バルタン星人のようにハサミがついているとします……。この場合……、ハサミのある大きな手が、右と定義される。顔がないから、前後の定義が相対的なものになります。つまり、上下と左右が定まって、初めて前後が決まることになります。この顔なしバルタン星人が、鏡を見たら、前後が逆になりますよ。良いですか?ハサミの方の片手を挙げて、鏡を見てみましょう。鏡の中の自分も、やっぱりハサミの手を挙げているでしょう?つまり、左右は入れ替わっていない」
(…)
「それでは……、こういう説明ではどうでしょう。右と前、左と後ろ、この言葉を入れ替えて使う国があったとしましょう。その国では、右という言葉は前のことです。左という言葉は後ろのことです。顔がある方が右、背中が左です。さて、この国では、鏡を見て、左右が入れ替わるでしょうか?」“p.433‐435”


Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月4日

視覚化や聴覚化は神様の乗り物を用意する行為だからそれ自体に意味はなく。また、それを放置していたら雑菌が繁殖してしまうのです。そのことを理解するために人工精霊の喚起と退去を学ぶのだけど、神秘体験とは何かを本質的に理解していないとその能力は使い物にならなくなってしまいます。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2月18日

それ故に、検証の行われない神秘体験は悪魔化された錯覚のことだとわたしは考えています。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2016年9月13日

瞑想のときに神秘体験をしたりとかよく話題になるけれど、実際のところはそんなのは稀なことで普通の作業中に不意にそれは訪れると思うの。実践作業にも価値はあるのだけど、種が実を結ぶのはそのずっと後の話。神秘体験それ自体にはそこまでの意味は無いと思う。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2016年9月3日

花を愛でてもいいのだけど、もしも実りを得たいのでしたら自らそれを切り落とすこと。わたしが神秘体験について学んだのはそういうことでした。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2016年9月3日

そして最後にはあることに気づいたの。花が枯れた後に無理して花を生かそうとしても無駄なこと。それは毎年短い間だけ咲くけれど、そのままだと実はならなかったの。結果としてわたしは神秘体験というお花を自分で切り落とした。それによってやっと実りを得ることができたの。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2016年9月3日

神秘体験ってお花のようなものだと思うの。枯らしてしまった植物の代わりに造花を飾る人も多い。種から育ててお花が咲くまでにはとても時間がかかる。けれど、花の命は短くてその体験は泡沫のごとく終わる。ずっとわたしはそれを眺めてきた、毎年芽吹くのを待って育てながら。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2016年7月3日

わたしは霊的生活を倫理的な生活とほぼ同一の意味としてとらえてる。神秘体験は認識に至るまでのプロセスである副産物に過ぎないの。必ずしもそんな体験を経なくても立派で尊敬すべき人たちはいっぱいいる。だから不思議な体験にこだわるのは本末転倒だと思う。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2016年3月12日

現実の中で夢を見られないから神秘体験で酔いを求めようとする人が多すぎるの。不思議なキノコさんやハーブなどを求めないでバーに行けばいいのです。美味しいお酒でも飲んでお隣の人に声をかけてみる。たとえ同性同士でも楽しい会話ができるかもしれない。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2016年1月9日

神秘体験をペラペラ話すよりも瞑想の途中で寝てしまいましたと素直にいう人の方がわたしとしてはよほど好感が持てます。その素直さこそが宝物だからです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2016年1月6日

なんか神秘体験の有無がシャーマンの良し悪しを決めるのだとしたら、それはまるで膜のあるなしで女性の階級がきまるみたいでとても変だと思う。成人式済ませたらみんな本当に大人になるというの?
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年12月27日

神秘体験というのはひよこさんが殻を割って出てくるときの殻が割れる音、そして世界から漏れ出してくる光の事です。ひよこさんが世界に生まれた時、暫くは眩しくて目が見えない。けれどじきにそれは収まって目が慣れてくる。そうすると世界に生まれたんだとやっと「理解」するのです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年12月27日

すなわち、儀式は深淵な物事の理解を促すために存在していて神秘体験それ自体は余禄みたいなものです。各種の暗喩,暗示それ自体には意味はなく、普通に言葉で説明すると「頭で理解してしまう」のを避けるために構成します。継続する力とはとても深い理解によるからです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年12月15日

錯覚というのは神様の御恵み。神秘体験もそう。何かを教えてくれてる。幻覚や錯覚というのは違う視点で何かを捉えたときに起こる。それは認識の枠組みが外れたときに起こる。とはいってもわざとそうしたら基準となる枠組みがなくなるから困ります。自然に起こるからいいのです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年12月15日

神秘体験というのはひとつの事象に対して異なる解釈をしたということなのです。だからといって現実に変化などは起こっていない。それは比ゆ的に言うと人間の目がなくなったので一時的に猫さんの目を装着しましたというのに似てる。色の認識は変わり赤外線見えるようになるはずです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年12月15日

わたしが神秘体験にこだわらない理由はこういうことなのです。それは日常の事柄が意識の状態の違いによってコラージュされたりデフォルメされて認識される事象のことです。ですから、それは本質ではなく日常の些細な物事の神秘に気づく機会となる。つまり神秘体験は目的ではないのです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年12月12日

自分がいかなる神秘体験をしてもその幻想に捉われないことです。そこにはきっと真実の一端が隠れていることでしょう。けれどその解釈が正しいとは限らないのです。ですから解釈を慎重に行うために事実のみをノートに記載していきます。この癖をつけないと妄想でいっぱいになるからです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年12月7日

神秘体験はできる限りマイルドであること、そして時間を置くこと。さらに薬物を使わないで出来れば排除すること。理解はとてもゆっくりです。安全にやろうとしたらつまんないくらいがちょうどいいの。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年12月7日

だから本当は薬物とか外的刺激によって劇的反応を示さない場合は「おめでとう」なのです。これは「神秘体験をしない幸せ」をいつもお話している理由です。それから学ぶこともあるのだけど、たいていは恐怖心が幻想を暴走させるのでまずいことになります。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年12月5日

神秘体験を吹聴することがこれで何を意味しているのか理解できることでしょう。それは自己欺瞞日記の羅列と大差ないからです。それは必ず日を追うごとに増えていきます。「誤魔化しがきかない」とはそういうことだからです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年11月18日

ひとつの答えを得るのに何年、何十年とかかるの。何か特別な神秘体験を経て突然ひらめいた! なんてことになればそれは教祖様デビューになります。でも、残念ながらそれはあまり幸福なことではないと思うのです。きっとのどから手が出るほどそういうのほしいというのはよく知ってる。だからこそです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年11月18日

GD系が扱う図の中でセフィロトをご覧になったことがあると思います。その中でパロケト、つまり幕屋がでてくるのです。内陣の外にこれがかかっています。これはアストラル的幻惑の象徴表現なのです。雲として表現されるそれは曖昧な夢のイメージのこと。つまり神秘体験と呼ばれるそれなのです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年11月18日

GD魔術では再三にわたり「明晰な光」という表現が出てきます。それは曖昧な夢を意味しない。つまり、世間一般で扱われている神秘体験をそもそも相手にしていないのです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年11月18日

魔法使いが神秘体験を否定するのはおかしいことですか? GDにおいて水平の上昇とはこれを目指してるのです。もしよろしければフライングロールをご覧ください。幻惑を避けることを主題にしてるのです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年11月18日

神秘体験とは幻惑されてることを意味してるの。ある種の思考によって幻惑されてる。心がそれに慣れてないからです。アストラルライトは一種の雲のこと。これがあるから視界をよくく見渡せない。
0件の返信 2件のリツイート 4 いいね
Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年11月18日

神秘を理解することができたらそれはもはや神秘ではなくなるの。だから神秘体験それ自体をわたしは無意味といいます。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年11月18日

神秘体験を得たとしたら残念なことです。神秘体験は幻惑によるもの。曖昧なものはいらない。神秘なものもいらない。よく注意して? 神秘体験を得たらはずれなのです。
0件の返信 3件のリツイート 4 いいね
Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年10月14日

わたしはもうアストラル世界では遊ばない。それがなんのことか理解したからです。足の裏を地面につけているというよりも、地面が足の裏に引っ付いてくる。だからわたしは「世界」を回らない。なので厳密にいうと魔法使いとはいえないかもしれない。神秘体験を必要としなくなったからなの。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年10月7日

どんなすごい神秘体験を何万回積み重ねても神秘の意味を理解していないのならその意味はないと思う。それは単なる娯楽としてとらえたほうがいい。そう、趣味の問題だといえるでしょう。どんな世俗的なことにも神様の神秘を見つけられないのなら、本当の魔法使いとは言えないと思います。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2015年6月22日

初心者に対しての神秘体験は推奨されない。なぜなら冷静さを欠いたそれは気分を舞い上がらせたまま日常に帰してしまうからです。これを行う導師は批判を免れないでしょう。薬がまさに毒となるからなの。
0件の返信 2件のリツイート 7 いいね
Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年11月25日

故に、神秘体験を得た人たちが自ら宣言をして達人が量産される。けれど後に恥をかくのは自分自身です。何しろ、本当の光明を得た後はそれが何かを知ってしまうからなの。だったらそんなことはしないほうがいい。無意味な高位階を誇示したところであなたの神が凡てお見通しなのだから。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年11月25日

新参者に神秘体験を与えることはある程度は可能なのです。それは心理効果を利用した巧みな心理学的(現在は知られてはいないが)現象なのです。但し、これを与えても位階は授与できない。より正確には位階は自ら昇るものです。認定はできても授与は不可能なの。だから自ら勝ち取ってください。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年11月25日

さらに付け加えると、神秘体験それ自体に価値なんてありません。それは単なる種でしかないのです。それが萌芽するまでにはとても時間がかかるものです。だから、それを得たらノートに記録して放置することです。ただこれをずっと続けること。体験を自分の心に強要してはならない。寧ろ避けるべきです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年11月25日

神秘体験を決して他人に吹聴してはならない。もしそうしたらあなたが得たものは霧散して毒になってしまう。凡ては失われてせっかく受け取ったものが深化せずに無駄になる。そのようなことを繰り返していたら決して先へはたどり着かない。いい? よく聴いて。至聖所から宝箱を出してはならないの。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年11月25日

感覚はすべて検証して論理付けをすることです。そうした上で体系をつくる。論理矛盾を極力なくすこと。このような分析過程を経ると次第に幻想は失われる。偽の神秘体験はなくなるのです。すなわち、光の前に影は消え去れり。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年11月25日

聖杯を呷ってなお平気でいられる人は、神秘体験を望まない人であり、さらにそれを得ても悪酔いしない人に限られるのです。それはとても甘美な神酒なのだけど、その意識状態からさらに上方に脱却できなくては転落が待ち受けているのです。この素敵な酩酊状態を誰が避けられるというのでしょうか?
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年11月25日

わたしが「神秘体験は求めてはいけない、そんなことのために道を探求してはいけません」などというと「既得権益の保護」や「綺麗ごとを並べ立てる似非オカルティスト」などという人は恐らく大勢いると思う。けれどこの問題はとても切実なのです。聖杯が毒杯に変わる瞬間をご覧になりたいのならどうぞ。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年11月25日

だから光明というのは穏やかに当たるのが宜しい。強烈な光は多くの人は耐えられません。きっと道を踏み外すので強い変化を望んではいけないのです。もし強い神秘体験でトリップしたいのなら通常の娯楽にいくらでもあります。バンジージャンプでもしておいで。魂の強さなんてそう簡単には判らないのよ?
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年5月22日

いい? 神秘体験を追求すると言うのは映画を楽しむのと似てる。楽しいのだけどそれが生活になってしまうとそのうち苦痛になるの。勝手に脳内で再生される映画です、そんなの見たくもないときに勝手に見せられるの。だから制限しないといけない。そしてそれを快楽のためではなく理解のために追う。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年5月22日

神秘主義において神秘体験を求めるというのは快楽を求めるのと道義です。それは中身についてなんら考慮されていない。もしそれについて理解してるのならそんなこと言わないから。どういうことかというと、神秘体験はエンターテイメントなので消費型コンテンツです。つまり体験したらおしまいなの。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年5月22日

わたしはアストラル的方法というのは不確かなのであまり使いたくはないのだけど、オカルト好きな人はみんなこれを求める。それは神秘体験だけど、そもそも快楽のプロセスとそれを得るしくみをちゃんと理解してる? みんなが求めてるのは単なる快楽なの。それはエンターテイメント。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年1月22日

まぁ、はっきりいってこれらのカバラー的解釈はみんな神秘性が全くないのだけど、それゆえに重要なのです。神秘体験はあえてみんなすっ飛ばしてます。神秘体験は重要なものではなくて理解度のレベルを示すものさしなの。だからそういうのは個人の問題。誰がどんな体験したかなんて意味ないのだから。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年1月10日

これがわたしが知ってる魔法の組み立て方。最終的に心に作用させるという意味において物理的心理的手法は問いません。神秘性の有無も関係がない。目的のためなら知ってる方法を凡て投入するのが魔術というアートだから神秘体験は副次的なものなんです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2014年1月3日

神秘体験がとても大切だという人がいるけど、そのひとはわたしに言わせると経験がまったく足りてないといわざるを得ない。神秘体験とは薬と同じで毒にも薬にもなる。ある種の現実の認識は人によって絶望にも希望にもなる。これと同じことが神秘体験でも起こるのです。だから気安く勧めてはいけないの。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2013年11月16日

それ以前に、神秘体験の有無なんかで達成度を語るのははっきりいって無意味どころか害悪にしかなりません。長い目で見るとそれは障害にすらなるのに。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2013年7月29日

神秘体験なんてね・・・神秘体験なんてね・・・それでお腹は膨れないのよ・・・ぐー。幻覚のなかにね・・・イケメンが出てきたら・・・あ、それ淫魔だわ・・・ぐー。テテレスタイ!・・・すー、ぴー。もうたべられないですぅ。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2013年7月24日
返信先: @MARAharuSさん

天国に昇天させられたら戻ってこれないです。長老エノクじゃあるまいし。メガトロンにってしまいます(^^; QT @MARAharuS: @Ripple1975 召命型シャーマンの神秘体験の予兆かもしれません。巫病が大変らしいですが。
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魔羅覇盧‏ @MARAharuS 2013年7月24日
返信先: @Ripple1975さん

@Ripple1975 召命型シャーマンの神秘体験の予兆かもしれません。巫病が大変らしいですが。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2013年6月28日
返信先: @meditationartYKさん

ああ、カトリックの司教候補は、必ずロヨラの「霊操」とかやるよ? だからみんな視覚化とか一般的訓練してるはずです。おそらく、神秘体験は魔術師なみにしてるはず。QT @ykkawa18: @Ripple1975 クンダリーニはヒンズー教発祥だったと思います(たぶん)。クリスチャンの場
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川崎 悠太‏ @meditationartYK 2013年6月28日
返信先: @Ripple1975さん

@Ripple1975 クンダリーニはヒンズー教発祥だったと思います(たぶん)。クリスチャンの場合、修行体系が限られてしまうのでしょうね。神を観想する過程で神秘体験をすることは時々あるらしいですが、ごく一握りでしょうし。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2012年12月10日
返信先: @momochudokuさん

まあ確かにw QT @momochudoku: @kurara78 @Ripple1975 非合法のものを食べたり吸ったりかじったりして幻覚だの神秘体験だのリラックスだのは、私の人生に関係ないwそういうの好きな人も私の人生に関係ないw
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歌屋山本けい‏ @momochudoku 2012年12月10日
返信先: @kurara78さん

@kurara78 @Ripple1975 非合法のものを食べたり吸ったりかじったりして幻覚だの神秘体験だのリラックスだのは、私の人生に関係ないwそういうの好きな人も私の人生に関係ないw
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ハヌル/霊能者‏ @hanuru_ 2010年10月1日

あえて書いてこなかったけど共感同意RT @Ripple1975:(略) それを求めるほど、本来求める道から外れていく。神秘体験が悪いといっているのではない。ただ、幻想の世界に入ったらさらに上層にある意識に上昇する必要があるといいたいのだ。もしも幻想に捉われたらその人の進化は止まる
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2010年10月1日

何度も言うべきことがある。それは神秘体験を重視してはいけないということ。それを求めるほど、本来求める道から外れていく。神秘体験が悪いといっているのではない。ただ、幻想の世界に入ったらさらに上層にある意識に上昇する必要があるといいたいのだ。もしも幻想に捉われたらその人の進化は止まる
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2010年10月1日

舞踏、音楽やその他の方法でトランスに入り、シャーマン的に神秘体験を得ようとする人がいる。けれども、その方法は現代人向けではないのも確かである。わたしはそれを否定はしないけれど、そこに叡智は存在しない。それはかれらに必要な方法論であった。現代のわたしたちには新たな方法が必要だ。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2010年10月1日

真の神秘体験は言葉には翻訳できない。それは真に力という側面であり形を持たない。それゆえに形である言葉に置き換えると二律背反の概念として分離する。それは一種の心の状態のことを意味するのであり、高電圧の電線に触れているのに等しい。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 2010年10月1日

もしもあなたが神秘体験を求めているとしたら、求めるのをやめて健全な生活を送ったほうが良い。真の神秘体験は求めて得られるようなものではない。感覚遮断によるサイケデリックな状態は不健全な心の状態を生む。アストラル領域で遊んでいるのは構わないが、それは神秘体験とは呼ばない。



魔法おっさん(30代住所不定無職童貞)‏ @douteimaturi 2016年11月9日
私がユダヤ人とか、人種差別だとかくだらない事を言わないのは根底の流れとして名誉と毀損という物資の流れ以上に重要な事がはなされないからで
あった、なかった何てハッキリまやかし以下の物資的な補償の話にしかならないのでしたところで無駄
重要なのは尊厳の流れ以外ないのです

折角何でナチスの話をしようと思う
私はあの社会は間違いなく優生学と儀式・擬似神権国家だったのではないかと思っている
それは民族主義=血統優位説と血統優位な人々による政治的貴族の創造とカースト制を作り出すつもりだったのではないかと思う
彼等がアーリアとか言うのはカースト制の希求

(続き)と高カーストによる神権政治、つまりは哲人政治と剣と聖書の合一なわけで
何故にバチカンがナチスを擁護したのも書類には表面上物資援助の話しか書かれていないが
一番重要な名誉と毀損の流れで見るからにアーリア社会における独占的な神官の立場を保証したからではないかと思う

なので、最低でも陰謀論者である限りはナチスがユダヤ人をー、なんて言う議論に参加する自体が無意味で
もしそれを言っている陰謀論者がいるのなら知能が低すぎて、人としての生活が出来ているのが危ぶまれます
陰謀論者であるのならば、彼等が何故にその思想を作りだし、社会運用したかを問うべきです

なのでホロコーストがあった、なかった以前にホロコーストってどの立場の言葉?
と、言えないと話になりませんし、それは何を意味するの?
という事から言えねばなりません
なぜなら、言葉は意味を持ち、意味を作るからで言葉の創造は魔導士の基本仕事という視点から言及出来なければただの馬鹿です

村手 さとし‏ @mkmogura 2016年11月12日
探さなくても聞こえてくる情報は、全て操作された情報である。 情報を探してはいけません。 その情報がなぜ流れてるか、その目的を探しなさい。

魔法おっさん(30代住所不定無職童貞)‏ @douteimaturi 2016年9月29日
ユダヤとか抜かすならその会社や銀行なんか使うな まず、やつらと関わらない生活を言わなきゃ結局は指桑罵槐になるだけで意味がない 言っただけの陰謀論者は全部偽物、偽物は偽物らしく薄暗い骨董屋で引きこもってろ
(孫子の兵法「三十六計」の一つ「指桑罵槐」(しそうばかい)
=「桑の木を指して槐の木を罵る」
=的外れな批判で本体が攻撃されないように人心操作)

狼たちは知っている‏ @wolvesknow 2016年9月29日
返信先: @douteimaturiさん
おひさー。ユダヤ人の定義は無視して、ユダヤが悪い、ユダヤ人が悪と、人種・民族での分断統治に引きずりこむ奴ら、マジウザいですね。やれやれですわ。

魔法おっさん(30代住所不定無職童貞)‏ @douteimaturi 2016年9月29日
返信先: @wolvesknowさん
ユダヤというより、もっと質の悪い欧州貴族が悪いとか全世界の王族というカルテル、シンジケートを否定してさてどうするか。 まで、言うならまだしも奴等は所詮、派遣された税金取りや現地派遣社員でしかないのですけどね

狼たちは知っている‏ @wolvesknow 2016年9月29日
返信先: @douteimaturiさん
あちこちで、問題点をそらすための矮小化や、地域限定、個人限定のデコイ叩き、末端叩きばっかりやってて、嫌になりますわ。

魔法おっさん(30代住所不定無職童貞)‏ @douteimaturi 2016年9月29日
返信先: @wolvesknowさん
そうなんですよ、だからそういうゴミはゴミでしかないのでゴミとして燃やすか、発酵させて悪い見本としての肥料にするかの二択です なので、基本燃やすのが一番です

魔法おっさん(30代住所不定無職童貞)‏ @douteimaturi 2016年10月6日
そもそもユダヤの肉棒論って、ユダヤの何派が言っている立場なんよ? 超正統派や正統派は日々の戒律を守って暮らす事が優先でまず己の生活を律する事が優先だし アシュケナージ言ったってあれはただのユダヤ移民の事だし、世俗派なんてそれ以外の意味を持たないわけで在日特権とどうネタが違うのさ?



峨骨‏ @Chimaera925
人間の価値ねぇ、等しく無価値でいいじゃねぇか。どうせ、価値の有無の二元論に嵌り込めば、一番力の強いヤツが自分自身の似姿を最も価値のあるものとホルホルして、そこから離れるにつれて無価値とされるわけだ。先進や未開の基準が西洋だろ?価値なんて人間の作る恣意的な定義なんざアテにならんよ。

「男は臭い、汚い」と視聴者に価値観が植え付けられ認知バイアスがかかるし、男も「自分は臭くて汚いのでは」と無意識に強迫観念が植え付けられる。「雑菌が一杯、消毒しよう」と不快感を催すイメージ映像を見せて、「人間は不潔」と思わせ商品を買わせる。身近ななんでもないところで洗脳される。

血液型による性格診断はナチスの優生学から始まっている。ヒトラーを含む多くのドイツ人はA型でユダヤ人にはB型が多かった。よって劣っているB型は排除されるべし、と結論を導き出した。今日びの自己啓発・能力開発、スピリチュアルもキリスト教から生まれ、選民統治思想と優生学が混じっている。


名づけの呪術の防衛術は儒教に学べ! 孔子「適切な名前をつけよ」 「人知を超えたものを語るな」「死んだらどうなるか知らない」 世界一使われている名前魔法①教科書『ネーミング全史』『タイトルの魔力』『「名づけ」の精神史』。 



☆かおりのすけ☆‏ @kaorinosuke 7月17日
次々現われる変な雲に名前を付けてしまえば、皆思考停止




わざと間違った名づけの呪術への対策は、
孔子がすでに教えてくれている。
名づけの呪術は、
「人知を超えた確かめられないことの断定」
とセットであることが多い。
こちらも孔子は対策している。

孔子
「必ずや名を正さんか」
「適切な名前をつけよ」

「いまだ生を知らず、焉んぞ死を知らんや」
「死んだらどうなるか知らない」

「怪力乱心を語らず」
「人知を超えたものを語るな」

儒教も無記だし、スピリチュアル否定。

孟子の易姓革命論
「徳を失った王は王の資格を失っているから殺して良い」

孟子「トップがクズなら殺して良い」

支配層が無能だったりクズならぶっ殺してOKな儒教。
血統の断絶ではなく、徳の断絶が易姓革命の根拠。

儒教は両親や君主が間違っていたら子供や臣下が
「あなたは間違っている」って言いなさいって教え。
上に盲従せよという教えだと騙るプロパガンダに惑わされないように。

孔子
「たとえ鞭で打たれようとも親の誤りは正せ」

「三回諫言してもダメなら君主の元を去れ」

ボスが明らかに間違っているなら部下が苦言を呈さないといけないという
諫言も儒教の教義。

適切な名づけ、無記、易姓革命、諫言
を抜いたら儒教カルトであり儒教ではないので注意!
悪政用の万教帰一カルトは上記の悪政を防ぐ教えを抜いているのが特徴。
儒仏の道徳の破壊を実践中の支配層。
せっかく漢字圏に生まれたのだから中国古典を読まないと損だよ!


「儒教は上位者への盲従を説く」との誤解についての解説
https://togetter.com/li/664524
では原文と翻訳のセットで丁寧に解説されている。
一部抜粋。

















脱線しすぎたらまずいので儒教の話は終わり。




支那では名ではなく字(あざな)を用い、字で呼ぶ事が礼儀とされていたようだ。
「名称」は認識対象を固定化する作用を持っている。
我が国でもかつては名前そのものが呪詛の対象になると考えられていたようだ。
正体を言語で明示されると動揺するという心理はかかる言語が持つ機能に依っていると思う。

龍樹やソシュールの知見を持ち出すまでもなく「名称」は人間の認識作用の中で「認識対象」そのものを作り出す機能を持っている。つまり混沌とした対象に分節線を入れる事で「個物」を作り出す。
この作用がある意味人間にとっての「世界」を作り出している。
それだけ「名指し」は強力なのだと言える。


単に名称というラベルと貼りつけるだけで、それに相当する「実体」が存在するかのように思われてくる
(形而上学の構築はまさにこの言語の機能に依る)。
「グローバリスト」に「愛国保守」の名称を付与するとあたかも「愛国保守」であるかのように見えてくる場合がある。
それで多くの人が騙されている。

逆に「グローバリスト」には「グローバリスト」、「売国者」には「売国者」、「工作員」には「工作員」と、
その実態に合致する名称で呼ぶ事が裏権力及びその走狗を打ち倒す第一歩になる。
孔子は子路から政治の基本を問われ「名を正さんか」と述べたが、「政」を「正」にするには「名を正す」事が重要。


「グローバリスト」「多国籍企業の代理人」を「愛国者」「愛国保守」などと偽装する事は「名分」を乱す事。「名を正す」事が先決であろう。
論語子路第十三の三
「子路が曰わく、衛の君、子を待ちて政(まつりごと)を為さば、子将(まさ)に奚(なに)をか先にせん。
子曰わく、必ずや名を正さんか。」

このように儒学では「名を正す」事を重視する。
他方、仏教では唯識で「遍計所執性」と言うが、これは混沌とした対象に分節線を入れて「個物」を分節化し、
その「個物」をあたかも「実体」であるかのように見なす事を指す。
この考えでは「名」そのものが虚妄でありかりそめのものだと見なされている。

「必ずや名を正さんか」とは本当によく言ったものだと思う。憑依型戦術も愛国保守偽装戦術も全て実態とは異なる名称を貼り付ける事でなされている。これが数々の混乱を生み出している。
よって「政」(まつりごと)の基本を「名を正す」事に置いた孔子の考えは極めて理に適っていると思う次第である。

あらゆる「存在」は名称と形態又はそのどちらか片方を持っている。
この「名称と形態」は執着の対象となり人間のあらゆる反応や行動を引き起こす。
反応は「好き」「嫌い」「どちらでもない」が基本。前二者が執着と反応を起こす。
詰まる所人間を操る者は「名称と形態」を操作する。名称と形態に注意。


「存在」は名称と形態(かたち)を持つ。名称のみの「存在」、形態だけで名称が無い「存在」もある。
しかし人間が認識し得る対象である限り「名称」か「形態」は必ず持っている。
名称も形態もなければ存在しないのと同じである。
形態は視覚で捉えられる所謂「形」に限らず五感で認識される対象を含む。

「洗脳対策には認識された対象に気を付ける事が基本」と何度も書いているが
「認識対象に気を付ける」とは「名称と形態に気を付ける」と言い換える事もできる。
人間を操ろうとする者は必ず「名称」(言語)と「形態」(五感の対象)を操作する。
いかに神秘的に偽装してもこのメカニズムの外には出ない。

「形態は視覚で捉えられる所謂「形」に限らず五感で認識される対象を含む」と書いたが、例えばゲシュタルト心理学でいう「ゲシュタルト」という概念がそれである。例えば「さくらさくら」という歌をどの歌手が歌っても「同じ歌」とされるのは声質はそれぞれ異なってもゲシュタルトが同じだからである。







「われわれはさまざまな部分の総和として全体を知覚するのではない。まず全体を知覚し、その全体像のなかで部分を捉える のだ。純粋視覚的に、言い換えれば 知識なしにこの絵を見せられたとき、われわれは直ちにその全体を捉える」(佐々木)。








西洋絵画の場合、タイトルが「〜が〜する」という文の形を採っていても、それは引用句であるという諒解があるようだ。
日本にはエンブレムというジャンルは成立しなかったが、俳句の区切れに慣れ親しんでいるので、純然たる文の形のタイトルにも、それほど違和感はないように思う(素人の感想)。




ことほど左様に絵のタイトルにこだわるのは、ヘームスケルクの件の絵が、
一方では『モーモス、神々の創造物を批判す』といわれ、他方では『神々の創造物を批判するモーモス』と呼ばれているが、タイトルのこの違いは、絵の”読解”に大きな影響を与えるように思うからである。

「ゴッホの作品が彼の生前ほとんど何も題名が付いていなかったのは、その作品が歴史的に語られる対象として昇格していなかったということであり、……ゴッホの作品は、彼にとってはプロセスこそが重要であったとさえいえるのかもしれない」(青木三郎)。



名づけ魔術は応用範囲が広すぎて本一冊でも足りない。
拝金教、デモ教、選挙教、
過労死教、犠牲大好き教も命名の魔法が使われている。
これらのカルトに私は名前を付けることで正体を明確にしている。
誰でも意識せずに少しは使っているのが名づけという魔法技術だ。

 『タイトルの魔力』など名前魔術の教科書となりそうな本の読書メモを多くのせた。
 『タイトルの魔力』は主にタイトルを扱う美学の本でもあり美術史の本でもある。
ブランドのロゴ見せびらかし文化を悪趣味(金を着ている!)って著者が言っていて面白い。
やはり美学者だけあって美に敏感だ。
職人差別と実用品軽視が美学の大前提だとも書いてある。
美学者が悪趣味だと言うと説得力あるなあ。


・真の名前はものの性質を変化させる。
名前は毛髪やへその緒のように魔法の的である。
魂の住所である。

名づけの術者は誰か。レッテルを張り付けるきっかけはどこからか。
術の目的が搾取と支配なら術者を特定したうえで自分で解呪しないといけない。
自分で再び名づけることが有効。再定義。

名前が一つだけなのはまずい。
変えていい役割と変えてはならない自分が混ざってしまう。
役割名を張り付けた者に都合が良い性質の存在こそが自分の中核だと錯覚してしまう。
それは単なる欲や「~には~と反応せよ」
というプログラムであり、自分ではない。
真の名前を自分で作ってしまうのが手っ取り早い。
魔術で魔法名を決めるのは入門時点で行う。
が、この魔法名も身内には共有されているので、まだ不十分。
誰にも教えない名をもう一つ決めておこう。


・イシスもラーにラーの真名を要求した。
イシスはラーに毒を盛り、解毒と引き換えにラーを支配できる彼自身の本当の名前を教えてもらう
ヤハウェが十戒でわざわざ神の名を言うことを咎める理由の元ネタだろう。

・あなたの真の名前を呼ばれれば、あなたは呼ぶ存在が気になり、
呼び声が気になり、その声がするところに行ってみたくなる。これが召喚術の原理。
名前を呼ばれれば返事したくなり、呼んだ存在のもとに行きたくなる。

・実在しないものでも名前さえあれば実在しているかのように錯覚させることができる。
名づけは召喚術であり幻術である。
召喚される場はあなたの心。
その名前をもつもの「そのものではなく」、あなたがその名前に抱いているイメージを召喚する。

・名前は名づけられたものそのものではないのに、それそのものであるかのように振る舞う。
実体視してしまう。ゆえに、名前は呪術の格好の的。

・Xの名前はXとX以外を区別する。名づければ他と区別できる。

・名づけは世界を切り開く。
漠然とした何かを名前という容器に入れて固定して、世界と一体化していた状態から切り離し、
明確に認識できるようにする。
名づけで聖別する。
名づけで聖化する。
名前はその名を持つものへの感情を結晶させる核となる。

・名無しとは人払いの術であり透明化である。
匿名は透明。
名前がわかれば検索できる。調べられる。
だから真の支配層は名前を出さない。
出しても偽名。複数の名前、あまりにありふれていて特定できない名前などを駆使。

・名づけは言語でなされる。
画像ではない。極めて重要。
名づけは命令文。「文」。文章。
名前とは「~として見よ、知覚せよ、反応せよ、解釈せよ」という命令。
ありふれた便器ですらタイトルをつけるという錬金術の呪文により芸術に変えることができる。
名前は解釈を明示、命じ、mage、価値ある唯一存在だと認識させる。

詭弁術のレッテル張りはこの名づけの性質を悪用している。
そういえば名前を画像でもらった人っていないな。

・一番悪質な使われ方がされている名前の呪術が「自分」。

ヤマギシ会所属歴ありで「大本教は研究しない」宣言をした島田裕巳『日本の10大新宗教』(と『整体入門』) - 読めないニックネーム(再開版)
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-164.html
霊友会二代目会長の継成は東京大学のインド哲学科の博士課程を修了したインテリ。
インナートリップ(自分探し)を掲げ若年層をターゲットに布教。
(法華経カルトが和風キリスト教だらけなのは法華経が一神教に改造するのに都合が良い内容だから。
特に日蓮宗系はさらに一神教と親和性が高い。”

(アートマン探し。アートマンは探せない。自分の核だから。
仏教では自分の核=アートマンは実在しないという思想だから「自分なくし」。
霊友会も仏教に偽装したバラモン風耶蘇。
日蓮宗系カルトは中身がヒンドゥー・キリスト教ばかり。
仏教ではない。
本家も分派も同じ設計図で見ていて飽きる。
黒住・天理・金光教の設計図とも似通っているが、
仏教要素の徹底排除という点が違っている)

心理学を学んだかどうかのテストは、知識が増えたことではなく、遭遇する状況の味方や認識の仕方が変わったかどうか。
法則の名前だけ覚えても無意味。
しかし、名前を記憶の鍵にはできる。

(イスラエル軍も採用!
心理学的に最良の面接法を『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』で実践しよう。
心理学系。動画も紹介
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-183.html

・プー閣下ブログでは、
創世記ではゴッドは創造しているのではなく名前を付けただけ疑惑を言っていた。

『ノンデザイナーズ・デザインブック』では
「一度名前を言えれば、あなたはそれを意識し支配し操作できる」(要旨)とある。
これはつまり、
「あなたがXを自分で名づければ、Xにつけられた他の名づけ手から影響を脱する、あるいは弱められる」
ということ。
「名付け」とは何か?
突き詰めると実に哲学的な命題だ。
名付けとはカオス=世界を切り取る方法である。
世界をどう認識するか、であり、
名付けにより初めて「それ」は存在するようになる。
旧約のでアダムがどんどん生物に名前を付けていく場面の意味。

fate grand orderおもろセリフまとめ7
”「ソ連」としか認識されなかった国から「ウクライナ」なり
「ベラルーシ」が独立するのとも似ているか?
「グー」か「パンチ」でしかないものが「正拳」になる。
特定部分をピックアップして、注目して、厳密化して
絞り込んで、限定化して・・・そして名付けた。おk?

カミサマの天地創造も「光あれ」から始まった。
そして、私は光は天地創造以前から存在したのでは?
と書いた。だとすると天地創造とは
あれも「名付け」だったりはしないのだろうか?
観測することにより認識し、存在させる行為。
いや、そんな事を言うのなら創世記2章19節に注目だ。

創世記2章19節
そして主なる神は野のすべての獣と、
空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、
彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。
人が全て生き物に与える名は、その名となるのであった。

全生物に名前を付けたのはニャンゲン様だと書いてある。
あれ・・・?
名付けがカオスから世界を切り出す作業なら・・・。
名付けが天地創造なら・・・。
ニャンゲン様こそが天地創造をしちゃったのか?
それならば第1章と第2章で被造物の順番が違うのもわかる。
というかヤハウェくんは指を咥えて見ているだけでいいのか?”
http://codetripleseven.blogspot.jp/2017/01/fate-grand-order6.html

・名前は分析でも重要。
敵を聖書視点での悪魔の名前にしているのがラピュタ。
ムスカはラテン語でハエ。
しかも王族。
ハエの王=ベルゼブブ=ムスカ。
でムスカは負けるから王に値しないという話。 

・名前それ自体は本体ではない。
本体表面に書かれた、本体の住所だと考えると判りやすい。
本体を仮にボールだとするとボールの表面描かれた名前が住所=本体の居場所。
しかし名前を呼ばれると本体が呼んだ人のもとに行きたくなるし、
名指しで罵倒されると本体自身も傷ついてしまう。
これは自身のイメージが、名前=本体に近づくほどに強くなる。
つまり本名を知られることは非常に危険。
本体=弱点はここですよーって言っているようなものだから。

(なおこれはは人間には本体があることを前提している。
この本体が要素の集合体で仮に存在しているものか、
要素の集合体ではない不滅の何かなのか、
その他なのかは長くなるのでここでは問題にしない。
ちなみに、フェイド大帝さんいわく、
相手が匿名でも術を掛ける方法があるらしい。
恐ろしすぎる。
もしかして、少しでも接点ができると匿名でもかけられる技術があるのか?
名前がわからないが顔は知ってる状況はあまりないだろうからおそらく相手の顔すら知らなくてもかけられるのかもしれない。
この技術は知ってもさすがに本ブログに載せるのを躊躇する。
本ブログのどっかにクマントーンの作り方は載せているけどな!
まああの作り方も藁人形と同じく、効果がないか、弱めるようにかいてあるんだろうけど。
文字情報では失敗あるいは弱い効果しか出ないようにしておいて、
ごく一部だけに口伝で真の方法を教えるようにしているのだろう。
工程をいくつか抜いておいて、抜いたままでも効力はあるが、たいしたことないものにするとか)


・数学で未知数を文字で置くのも名付け。

・名無しの権兵衛も名付け。
名前が判明していないキャラは~子と呼ばれたりする。
ファイアパンチは名前不明キャラが多い。槍マン眼帯ビッチ、覆面バット、パンツ一丁ムキムキ仮面。

・名前と見た目を隠して新しく見せる手口はカルトもよく使う。
この世はホログラムってやつとかね。般若心経の五蘊皆空の四文字で終わってしまうことをべらべらと。
そもそもインド思想では常識だ。紀元前からね。
ニューエイジ、神智学、
スピリチュアル、ニューソート、引き寄せなどは見事にキリスト教のダメなところをきちんと受け継いでいるし。
まっさきに外すべき、人をおかしくする可能性が極めて高い個所は抜くのが良心というものだろう。
逆に欲望の暴走を抑える装置を抜いているから私はカルトだと言っている。
面白いことに、神智学などが混ざっている魔術の技法には欲望を抑える術があったりする。
カルト信者は魔術師になれないからなあ。
言葉も論理もまともに扱えないし、魔境か否か判定しないし、
自分の思想の相対化と自己客観視ができないので魔法日記に偽り書くだろうし。


・吾輩はねここねこである。
名前は複数ある。
本ブログの読者がブラック企業という言葉を軽々しく使うことに驚きを隠せないのである。
英訳すれば単なるイリーガル=違法。
ブラック=違法企業
×ブラック ○違法企業
という言葉を使ってほしい。
強制はできないが、これも悪魔崇拝、ユダヤ、イルミナティと同じくバズワードであり、
中身隠し=名神隠しである。
名前と中身を一致させよ!
不適切な名づけは呪詛であり、
 適切な名づけは呪詛返しだ。
実と異なる名づけは呪いだが、
実に近しい名づけは祝いだ。
呪ってやるには
祝ってやるをぶつけよ!
恐ろしき呪災には
新しき祝福を!
再定義=名づけなおし
こそが解呪の秘訣。

ブラック=違法
企業=カルト
∴ブラック企業=違法カルト=地獄教。

(後述するが、英語学習にも有害である。
吾輩は酒を飲んで死ぬのは御免だ。
元ネタはおそらく題名だけはあなたは知っているが読んだことはないであろう傑作である。
朗読動画をすすめるのである。。
タイトルを私なりに英訳すると、
I am a great cat.
吾輩であるから尊大でなければならない。
翻訳も名付け。)


・アイヌではわざと子供に汚い名前を付けて例が寄り付かないようにする。
タイもそうだ。名前は悪霊の的であり撒餌になってしまうのだ。

西洋魔術も魔法名を定める。坊さんも名前を変える。
昔の日本では坊さんでなくても名前が変わるのが普通。
出家すれば戸籍の名前を法名に変更できる
なお「出家詐欺(しゅっけさぎ)とは、出家すれば戸籍の名前を法名に変更できる仕組みを悪用し、多重債務者を出家させて別人に仕立て上げ、金融機関から住宅ローンをだまし取る詐欺」がある

・名前を利用した効率的記憶術がある。
まずは大まかな分類と名前=記憶タグをはっきりさせる。
次に相違点と共通点を明確にするという記憶術。
復唱や書写による暗記術を、読んで目を閉じて十五秒たってから行うと効果的。

・宣伝文句も名づけと言える。
正確には言葉での解説による幻術。
宣伝文句が書かれた紙きれはお札であり呪術道具。
呪文によく使われる語句を知ることで耐性をつけることができる。
ネットで調べても本屋に行ってもたくさんあるから典型的な宣伝文句は知っておくといい。

・名づけは安心ももたらす。
この大物主を祭ることによって疫病は終息した、とされた記録がある。
死の恐怖に投げ込まれた人々にとって、 正体の確定=「名づけ」の信頼感をもたらす効果は絶大であっただろう。
見えないゆえに神秘化されるとともに恐怖や不安をよびおこすものを、 「見える」ものとする名づけによって恐怖を消去すること名前の重要なはたらきの一つ。

・医療が専門機関のもとに独占され、 学術的と称する病名の体系が制圧しているが、
これも名づけであり、大半の人は中身がわからない。

―――

『ネーミング全史―商品名が主役に躍り出た―』岩永嘉弘(日本経済新聞出版社)


・BRANDという言葉は、牧場の牛や馬に付ける目印のこと。焼きごてで属している牧場を表す烙印。
他の牧場との区別化、アイデンティティの目印がBRAND。
ブランド=イメージの烙印。イメージを心に鮮やかな姿として定着させていく作業。

・ブランディングの種であるネーミングの作り方には、大きく分けて二方向ある。
一つはイメージ的な方向。
 機能や特質やメリットを、意味で表すのではなく、イメージ的かつ記号的な言葉で作り上げる。
「ブルーバード」「セドリック」「クラウン」
「コロナ」などクルマのネーミングに多い。
 特徴を訴えているのではなく、
青い鳥のようだ、小公子のようだ、冠のようだと、視覚的なイメージで例えている。
他と区別する目印的な、記号的な言葉。
 1980年代以前の洗濯機のネーミング、
 「青空」「銀河」「うず潮」
「琵琶湖」......は
「水で綺麗に洗う」という洗濯機の役目のイメージ表現。同じ概念。
言い方を変えて、目印的、記号的に区別している。
その後、「からまん棒」や「最洗ターン」「ななめドラム」など機能をアピールするようになっていく。
ナイキは勝利の女神ニケの英語読みでスポーツと言えば勝利を目指すということを象徴的かつ比喩的に表現。
ロゴは彼女の翼のデザイン化。
イメージブランディングは大規模な商品や施設、半永久的な存続を目指すものにふさわしい。
だから車や大型家電などのグローバル・ブランディングにこの傾向が強い。

・二つ目はイメージとは逆に、特質や機能、理念や思想を言葉として打ち出して他との差別化、区別化のコンセプトを訴求する方向。
メッセージ・ブランディング。
意義や役割を示す。意義が核。

・回文ネーミングはロゴと結婚しやすい
左右対称だと視覚的に強い。
英字でも仮名でも回文なのは偉い。

ラテン語で金はORO.

・孤独をいやす話し言葉ネーミング
都会の購読の空気の中、スーパーやコンビニで買い物をするとき、口をきかなくてすむがやさしさが欲しい人向け。
ネーミングにもブームがある。それは不況後にもたらされ、今まさに、その潮流の中にある。
景気の後退が商品企画の活発化を促す。不況になるとモノが売れなくなり、需要が下降。
そんな中で新需要を掘り起こすには、付加価値を備えた新商品が投入され、それに正比例してネーミングがつけられる。
最近、多いのが「話し言葉」を用いたネーミング。
「ごはんですよ」「これからだ」「あ! あれたべよ」
「お~いお茶」
「ごめんね」「じっくりコトコト」
「お父さんがんばって「甘栗むいちゃいました」
「どんなんでんねん」。
(蠱毒をいやすと最初漢字変換された。間違っていない)

・ネーミングに「。」文章体化。
住む。スゴ録。
モーニング娘。カロリ。
妙に目立つ。
(「、」ならどうか?わざと一部しか書かない漢字とか。でもそれだと文字が打てないな。口と書いてにち(日の一部でわざと止めた)とか。わざと読めなくして読み方を気にさせる手法ならできるかも。
ねここねこって読めないよね!
『なんか名前付けてくれ』
『思いつかない』
『そのうち埋まる』)


・アリババ
世界に発信されるネーミングの条件は
世界中に老若男女にとって
読みやすく
覚えやすく
口に出して呼びやすい
伝えたい意味やイメージを含む。

(四文字)

・マジゲー 検索
の二つの単語だけの広告。
できるだけ覚えやすい検索語でないといけない。

・ネーミング作業表

商品実体の把握
    ↓
マーケティング・
コンセプトの把握
    ↓
ターゲットの分析
    ↓
ネーミング・
アプローチの設定
    ↓
キーワード検索
    ↓
ネーミング作成
    ↓
ネーミング・
チェックポイント検証
    ↓
ネーミングの商標登録



商品実体の把握
じっと観察し、徹底的に観察する。
原料、特性、
技術、産地
栄養価、種類、ダイエット効果、
エネルギー系?、
健康効果、美容効果、
味、色、におい、感触、
液体、固体、気体、□○△。
他と一線を画す点は?
テーマは?
    ↓
マーケティング・
コンセプトの把握
場所、時間、場面
日常、非日常、
目指す舞台は?
他者の競合品?
市場調査。
際立つ作戦。
    ↓
ターゲットの分析
老若男女、既婚、未婚、子供何人。
学生なら小学生中学生高校生大学生。
理系文系、
ホワイトカラーブルーカラー
一戸建て、マンション
金融、IT,
エコ自然回帰、
スポーツ好きか
どんな車が好きか
洋酒か日本酒か
店に並べるか通販か
一人の人物を仮想設定し、
共感と好感を得られるように。
広告はマスコミュニケーションだが、
それを見たり聞いたりするのは一人一人の個人。
マス個ミュニケーション。
「皆さん」ではなく、一人の人「あなた」に語りかける。
コピーは個人に届く言葉であるべし。
    ↓
ネーミング・
アプローチの設定
アプローチ=方向
製法、効用、イメージ、ターゲット、ライフスタイル、
原料、味、場所、時間、栄養価、
電気、排気ガスゼロ、排気は~だけ、
究極のエコロジー、未来の主役
    ↓
キーワード検索
素材探し。
アプローチの一つをイメージ=明るい
とする
明るいを表す言葉を広いジャンルで探す。
漢字、英語、イタリア語、
フランス語(ファッション商品なら特に)、
ラテン語、スポーツ用語、
音楽用語、天文用語、
化学用語、数学用語、
動物名、地名、人名、
神話、IT用語、コンピュータ用語、
和語(かな言葉)、植物、自然現象、
会話語、料理用語、形容詞、
副詞、感嘆詞、

(辞書大活躍。
わざわざ日本人にはわからない人がほとんどの言語、
特にラテン、エスペラント、古代ギリシャ、古代ヘブライ語
や用語でダブル、トリプルミーニング
入れるのって親分へのアピールだよね?)
    

ネーミング作成
①素ネーミング
②足し算ネーミング
③引き算ネーミング
④掛け算ネーミング

①素ネーミング
N=K
※Nはネーミング
※Kはこれまで貯めてきたキーワード
そのままネーミング。加工なし。

②足し算ネーミング
N=K1+K2

③引き算ネーミング
N=K-k(Kの一部)
大事な語幹は切ってはいけない。

④掛け算ネーミング
N=K1×K2
合体。
引き算ネーミング同士の足し算。


レトリック、文体
漢字、語呂合わせ、当て字、略語、
オノマトペ、記号数字、会話語、言葉遊び
    ↓
ネーミング・
チェックポイント検証
情報とイメージが表現されているか?
簡明か?
呼びやすいか?
覚えやすいか?
親しみやすいか?
らしさはあるか?
類似はないか?
音の性格?

母音
項目は左から、
明るさ、強さ、大きさ、格調、
するどさ、やさしさ、知的、情感、
主さ、軽さ、口の形。
◎、○、マークなしの空欄、△、▲の五段階評価。

口の形が一番縦長なのが、あ
一番横長が、い

明るさ◎ あ
強さ◎ お
大きさ◎ お
格調◎ ん
するどさ◎ い
やさしさ◎ う
知的◎ ん
情感◎  え
重さ◎  ん
軽さ◎ い

明るさ▲ え
大きさ▲ う
格調▲ あ
情感▲ あ
重さ▲ う
軽さ▲ ん

明るさ○ ん
強さ○ あ、ん
大きさ○ あ
格調○ い
するどさ○ え
やさしさ○ あ
知的○ い
情感○ う
重さ○ お
軽さ○ え

明るさ△ お
大きさ△ ん
格調△ お
するどさ△ ん
やさしさ△ え
知的△ え
情感△ い
重さ△ あ
軽さ△ う

◎、○、マークなしの空欄、△、▲を
2、1、0、-1、-2として採点。
あ 0点
お3
え0
う-2
い5
ん4


子音
明るさ、強さ、大きさ(広がり)、重さ、
軽さ、鋭さ、やわらかさ、元気、
男性的、女性的


明るさ◎p
強さ◎n
大きさ(広がり)◎w
重さ◎g
軽さ◎f
鋭さ◎z
やわらかさ◎m
元気◎p
男性的◎d,m

明るさ○c,w
強さ○k,t
大きさ(広がり)○n,p
重さ○d,z
軽さ○h,p
鋭さ○g,s
やわらかさ○l,y
元気○c,w
男性的○g,z
女性的○f,r


明るさ△l,r
強さ△c,x
大きさ(広がり)△l,r
重さ△b,v
軽さ△c,q
鋭さ△k,t
やわらかさ△h,q
元気△k,s
男性的△b,j
女性的△h,l

明るさ▲n
強さ▲j
大きさ(広がり)▲y
重さ▲n
軽さ▲s
鋭さ▲x
やわらかさ▲f
元気▲j
男性的▲v
女性的▲y

b-2
c0
d3
f1
g4
h-1
j-5
k-1
l-2
m4
n-1
p6
q-2
r-1
s-2
t0
v-3
w4
y-3
z4

(出典が気になる。
表を読み取った結果を列挙した。
盲信してはいけない。
表ではまず最高と最低、
最大と最小、極端な場所に注目する)
    ↓
ネーミングの商標登録
特許情報を調べ既に商標登録されていないか複数案の時点で調べること。
この表だと、「piぴ」が一番いいことになる。

(有象無象‏ @uzomuzo_21
月外縁軌道統合艦隊名称「アリアンロッド」について。
その固有名詞が用いられたのは登場人物名同様にその言葉に託される心象や象徴は勿論、言葉や音の印象も重要視されているのでは見ている。
遠い昔、はるか彼方の地球系のとある授業で「あ」音と濁音が入る日本人名は印象に残り易いと先生が仰り。

2016年5月11日(水)放送のフジテレビ『ホンマでっか!?TV』「名前で人生は変わるのか!?」でマーケティング評論家牛窪恵氏、認知科学評論家中野信子氏は次の例を紹介:

●始まり「あ」音で途中か最後「ん」の名前は覚えやすい
あ音⇒積極的・明るい印象の音
ん音⇒共感を得やすい音
●男性は濁音を好む
●女性は濁音が入った呼び名を好まない
女性が好む傾向の音 ら⇒柔らかいマイルドな名前
LやRは流音と言われ軽快なイメージで女性は好む傾向が


又リン・ロブソン『イギリスのお嬢様はどんな英語を話すのか』「◆名前で階級がわかる?」で解説さるれ英国人の名前の特徴から

「『鉄血』の世界においても登場人物全てではないがクー、アル、
男性で云えばマク、イズ等の七星始め一部の上流階級には音節数の長い名前が付けられ、
音節数の短い名前はアトラ等、鉄華団や圏外圏側に多い様に見られる気がする。」等以前妄推したが、之等は何れも固有名詞「アリアンロッド」に当嵌まる

北欧神話の名称から多くを採るギャラルホルンにあって精鋭且つ最大規模を誇る月外縁軌道統合艦隊であれば月に関する神話的名称――「月の神」の名が用いられるのは順当であろう。
しかし、何故北欧神話ではなくケルト神話の神の名が選ばれたのか。

その固有名詞が有する心象・象徴と共に前に挙げる音の印象・音節数を照し合せると:
ケルト神話の月女神「アリアンロッド」
1「あ」音が入る:〇
2途中又は最後に「ん」音が入る:〇
3濁音が入る:〇
4「ら」行音が入る:〇
5音節数が長い:〇
・月女神、万物の母(ド・フリース、729)


北欧神話での月の擬人化「マーニ」
1:〇 2:× 3:× 4:× 5:×
・月の擬人化。男性(→「月の男」)

「マーニ」の言葉の長さ・音の印象を見ると「1『あ』音が入る」以外当嵌まらない。
又、固有名詞「マーニ」の心象・象徴を、

「マーニ」→「月の男」→「月曜日」

と関連して見るならば、月外縁軌道統合艦隊(第16話)とモンターク(独「月曜日」)(第18話)の『鉄血』登場は同じ時期コロニー編に重なってしまう。
マーニはモンタークと象意等重なる部分が有、音の印象・音節数も最良とは云えない。結果、制作陣は艦隊名にマーニを採用しなかった様にも見られ

次に艦隊名候補として挙がるのは希神話の「アルテミス」「セレーネー」「ヘカテー」「ポイベー」
羅神話の「ディアーナ」「ルーナ」等、月の女神(擬人化含)かと思われる。
此方も同様に:
アルテミス
1:〇 2:× 3:× 4:〇 5:〇

セレーネー
1:× 2:× 3:× 4:〇 5:×

ヘカテー
1:〇 2:× 3:× 4:× 5:×
ポイベー
1:× 2:× 3:〇 4:× 5:×
ディアーナ
1:〇 2:× 3:〇 4:× 5:×
ルーナ
1:〇 2:× 3:× 4:〇 5:×

「アリアンロッド」に比べると希・羅神話の女神名は一般的知名度は高いかもしれないが、
音の印象・音節数だけで見てみると、大凡「ん」音がない、
濁点が無い、音節数が少ない
等、軍事組織ギャラルホルンの最大艦隊としての強大な印象を植付けさせるには今一つ劣る感が拭えない。

更に注目したいのはその名が有する心象・象徴である。
前掲希羅神話の月女神の多くはその内の一柱アルテミスと同一視される。アルテミスは月神であると同時に貞潔・処女神でもある。
希羅神話の月女神のイメージは、聖女ジャンヌ・ダルクのアナグラムかと考察されるクーデリアを連想させないだろうか

そして奇しくも(モンタークの名が言葉として発せられるように)彼女が「革命の乙女」「独立運動の女神」(第14話)と表されるのは、月外縁軌道統合艦隊「アリアンロッド」(第16話)が登場するのと同じコロニー編。時期が重なるのである。

敵側であるギャラルホルンの最大艦隊に希・羅神話の月の女神の名を当てるのは、相応しくもあり、しかし第1期クーデリアに与えられた使命的役割「革命の乙女」のイメージを若干侵害しかねないようにも見られる。

之等から(もしかするとそれ以外にも(?))制作陣は月外縁軌道統合艦隊の名に貞潔・処女神の心象・象徴性が含まれるのを避けたかったのではなかろうかと見られる。
対してアリアンロッド(アランロド)はミランダ・J・グリーン『ケルト神話・伝説辞典』「マース (Math)」の項で次の様に説明

「次に足を支えようとしたのがアランロドだったがマースの魔法の杖をまたぐという処女試験を受けなければならなかった。哀れにも彼女は失敗し、杖をまたいた瞬間に男の子を2人産み落とした。」(230)

アルテミスを始めとする希・羅神話の純潔の月の女神とは異なる、処女、そして母の象意
――。

総じて、北欧神話でも希・羅神話でもないが、『鉄血』制作陣が月外縁軌道統合艦隊の名に求める、その固有名詞が持つ心象・象徴や音の印象・音節数等ある条件を備え、選ばれたのは、ケルトの月の女神「アリアンロッド」だったのではなかろうか。

アト・ド・フリース、山下主一郎訳者代表『イメージ・シンボル事典』1984年初版、大修館書店、1999年22版、436-39、729頁。
ミランダ・J・グリーン、井村君江監訳『ケルト神話・伝説辞典』東京書籍、2006年、230頁。
https://medievalscotland.org/problem/names/arianrhod.shtml#[1 …]

リン・ロブソン『イギリスのお嬢様はどんな英語を話すのか』明日香出版社、1995年、24頁。
https://twitter.com/uzomuzo_21/status/730805613492502528 …
呉茂一『ギリシア神話』新潮社、1994年、177-94頁。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E7%A5%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7 …

母音で終わる名前は、14%しかありません)。(23)
……。
 下流層は短くした名前が多いようです。
 Fred/Joe/Sid/………

有象無象‏ 19

有象無象さんがにんにんをリツイートしました

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%8B …
https://en.wikipedia.org/wiki/M%C3%A1ni
https://en.wikipedia.org/wiki/Man_in_the_Moon …
https://en.wikipedia.org/wiki/Monday

有象無象さんが追加
にんにん @shinobizato
ガンダムが悪魔の名前なので人名の由来も色々考えていたんだが
クーデリアはジャンヌ・ダルクのアナグラムだと思うのね
で、ジャンヌで連想するのがFateZeroの青髭の旦那…


上記の表だと「m4」なので、
「ママ」「パパ」は音の性質から見てもよい音の連続だと言える。

ーーー
佐々木健一『タイトルの魔力 』

・文学を除いて、およそ芸術鑑賞が教養とみなされることは西洋近代以外はかつてなかったように思われる。
芸術の生産的な活動が教養とみなされることは決して珍しいことではない。
中国の影響下に形成された日本の伝統のなかに顕著に認められる。
詩歌、書物、楽器、文人画、
茶、活花などいずれも貴人、知性人の重要な印だった。
この傾向は西洋ではさほど強くないもののルイ14世期の貴族たちは舞踏をたしなんだし、近代社会の市民たちはクラヴサン(clavecin。チェンバロCembalo)やピアノなどの楽器を演奏することを好んだ。
これにひきかえ、芸術鑑賞に人間形成の上での重要な役割を認めたのは西洋近代の独創であり、
それを理論化したのが美学。

(ミュージアムの思想。博物館思想。見るだけで実践しない)

・美術品につくプレートは近代になって生み出された教養のための補助手段だった。
高階氏は、19世紀中ごろにおける美術の下層市民層への浸透を説明する中で、
彼らが訪れるようになった当時の美術館には作者名やタイトルを記したプレートが備えられていなかったことを指摘。


・プレッサー『書物の本』の論述を要約。
石碑や粘土板を除くなら、西洋文化圏における書籍の最初の形はパピルスの巻物。
最古のものは紀元前2900年頃のもので、
パピルスが羊皮紙に変わるのは1世紀。
パピルスはそれでも11世紀まで使われ続けた。
羊皮紙になって 本は冊子(ラテン語でcodex)の形をとりうるようになり、
4世紀以後は完全に書物の形。
古代のパピルスの一巻は平均して6~7m。
 伝説に名高いアレクサンドリア図書館は、紀元前47年の火災で大被害を受けたがそのころ70万巻の書籍を所蔵していた。
巻物にはそれぞれ小さなカードがつけられていた。
内容を見分けるための
手立てで、「ティトゥルスtitulus」と呼ばれ、タイトルの語源となった。
このティトゥルスに何が書かれていたのかプレッサーは明記していないが、別の個所で次のような指摘をしている。
すなわち、古代のパピルスの巻物にはタイトルが書かれていなかったが、そのかわり、カタログには著者の名前とテクストの最初の言葉が記載されていた。この2つが著作を同定する基本的な情報だった。
ティトゥルスにも同じ2つの情報が書かれていたのだろうか。
冒頭の言葉を以って著作を同定するやり方は珍しいものでは無い。その典型がオペラのアリアの呼び名。タイトルを持っていないので便宜上とられた呼称。個々のアリアにタイトルがない。タイトルのない短い詩や民謡などの呼称としても普通に使われている。書き出しをタイトルにするのをインチピットという。

(ヤソ異端派はアレクサンドリア図書館を耶蘇正統派が燃やして襲撃したことが本当に許せないらしい。十字軍、魔女狩り、カタリ派虐殺などグノーシス狩り、異端審問も許せないらしい。
仏教寄りの私でも許せないけど。悪逆非道すぎる)

・“名は体を要求する”p.29

なまえを知りたいという欲求は、花の名の場合、その花の正体を突き止めたいという欲求として理解できるかもしれない。
しかしその正体とは実はなまえなのである。
花の名なら名称がわかれば分布や開花時期、文化史などを調べられる。
しかし少なくともわたくしの場合はそのように勤勉な知識欲であることはまれでひたすら名を知りたい、ということが多い。
見染めた隣のクラスの異性や、魅了された芸術作品の場合ならその正体のなかでも最も重要な特徴は既に知っていて、だからこそその名を知りたいと思っている。
アイデンティティはこの上なく明らかにとらえられている。
その上になぜなまえが求められるのだろうか。
わたくしが可能な説明は一つしかない。
なまえがこのあふれるばかりのアイデンティティの知にかたちを与え、いわば聖化する、ということである。
恋人の名前は恋愛感情を結晶させる核となる。
どれほどありふれた名前でもよい。その名がこの結晶作用に著しくそぐわないならふさわしい愛称が作りだされるだろう。
愛称は恋人のすべての美質と結びつき、彼もしくは彼女だけの特殊ななまえとなる。
特殊性あるいは個別性は実在性の証。
なまえは記号というよりも一つの独特な「もの」である。

・あやかりの縁
(あやかる
=好ましい状態にある人の影響が及び自分も同じような状態になる)

あやかりの典型はパトロン、すなわち守護聖人とか保護聖人とか呼ばれるもののなかに見られる。

個人の洗礼名の習慣は初期キリスト教時代から存在したものの、一般化したのは16世紀以後のことらしい。

両親や代父母の名が与えられるケースには、日本でも見られる、親の一字を与える慣習と同じ考え方がうかがわれる。
同じ名前を持つことで特別のきずなが作られる。
違うのは、洗礼名なら両親や代父母のなまえが子供に与えられるといっても、その両親や代父母自信の名が、既にある聖人のなまえからとられていることである。
そこでなまえの作りだす絆は比較にならないほどの奥行きと広がりを持つ。
我が国の慣行ではせいぜい父と子、一家のなかでの絆。勝手にある有名人にあやかる場合にも二人の個人間の一方的な思いなしの絆であるにすぎな。
ところが洗礼名なら、聖人を中心にして同じ名を持つ多くの人々の間に絆が広がっているように思われる。その聖人は保護の聖人と呼ばれその名を持つ信者たちのために神様にとりなしてくれる(これを代願intercessionと言う)。
ただ名前を同じくするという縁によってそこに産み出される、あるいはそうみなされている絆である。
この場合の聖人はひたすら敬虔と敬神のひととして考えられていて特別な個性のようなものは考えられていないらしい。

ギルドなどの団体も保護聖人にあやかった名前にすることがある。

・なまえが絆を創りだす。
霊名の聖人のある意味で脱個性的なキリスト教的絆にせよ、
あるいは偉人にちなんだ名の個人的な絆にせよ、
そこにはなまえが絆を創りだすという考えがうかがわれる。
それはなまえの魔力の一端である。
それは論理的な思考ではない。むしろほとんど呪術である。


フレイザーは呪術の原理として類似と接触に二つをあげた。
類似は類似を生み、結果はその原因に似る。
かつて多大に接触していたものは物理的な接触がやんだ後までもなお、空間を隔てて相互的作用を継続する。
第一の原理に依るのはホメオパシーの呪術もしくは模倣の呪術と呼ばれ、
例えば人形をつくりその心臓部に釘を打ち込んで敵を殺そうとする。

第二の接触原理に依るのは感染呪術と呼ばれ、へその緒をきちんと保存しておかないとその子に不幸が起こると信じたり毛髪の一部を持っていることでその相手に意志を通じさせることができると信じたりする例がある。
なまえは類似を作りだすと考えてもよい。
あるいはなまえはへその緒や毛髪のようなものと考える方が正確かもしれない。
いずれにせよそれは関係を確認するだけの記号ではなく、ものの性質を変化させる
(それをキリスト教では実体変化transubstantiationと呼ぶ)
力なのである。

本名と別号
本当のなまえで呼ぶことを避けようとする風習がある。
中国人の名前には幼名、本名、あざな(字)、おくりな(諡)、別号の五つがあった。
幼名は家族が用いる呼び名、
おくりなは生前の功績に応じて死後朝廷から贈られる名誉の称号、
別号は雅号であり文人が自ら名乗る名、
本名はいみな(諱)すなわち忌み名と呼ばれ本人が用いるほかは家のなかでも父母や尊属の家族だけが、社会的には君主のみが呼称となしうるもので、そのために一般的な呼称としてあざなが用いられた。
あざなは本名を呼ぶことを避けるための方便であり、
あくまで本名と意味的に関係のある名が用意されていた。


・本名は当人の人格ペルソンヌを表わす名なのに対して、
別号(ペンネームや芸名、社長など社会的地位の名、商家の屋号など)は社会的役割ペルソナージュ
と結びつけられている。
実体か役割かの違い。

(名前が一つだけなのはまずい。
変えていい役割と変えてはならない自分が混ざってしまう)

・忌み名の慣習は中国のみならず、世界中に相当広く見られる現象らしい。
アメリカ・インディアン(原文ママ。ネイティブアメリカンという呼称も失礼だと思うけど)
の一部族であるホピ族も同じ風習。
彼らの中で新生児の名はその子の魂とともにその子の目に見えない守護霊を表わす。
真の名は秘密の名であり、ひとに教えることはもとより、尋ねても尋ねられてもならない名である。かつては日常的に仇名が使われていた。
タブーとしてのなまえで最も有名なのはヤハウェ、あらんとしてあるもの。
十戒の三番目でみだりに名を唱えることを禁じているのは、
人が自分のために神を用いることを禁じるため、
つまり名を勝手に唱えることは神自身を意のままにすることとみられるほどに、
なまえは実体と一つ。
名前は対象に実体性を与える。
タイトルは作品を聖化する。

(本当の名前を隠す文化
https://matome.naver.jp/odai/2146336941949006601

イシスもラーにラーの真名を要求した。
イシスはラーに毒を盛り、解毒と引き換えにラーを支配できる彼自身の本当の名前を教えてもらう)

・事物に語彙を与えることは一種の名づけ。
語彙は名づけの結果であり、われわれの経験範囲のことではない。

・今の慣行では生まれた子供に名前を付けるのは普通は親であり親の独占的な権利とみられている。
他の人に命名してもらうにしても親の権利の範囲内。
これは作品にタイトルを与える権利は作者にだけあるというのと同じ関係で、一種絶対的な支配関係と見ることができる。
何をしてもよいような関係という意味ではない。
これは自然な関係とみてよいが、
文化的な慣習に基づくものがある。
そこでは支配関係が明瞭。
上から下へ、低異形的なのは、君主と家臣、師匠と弟子。

(偏諱(へんき)=上の立場の存在の名前から一字をいただくこと、
の例に、上杉謙信が将軍義輝(よしてる)の名の一字をいただいて輝虎(てるとら)と名乗ったことがあげられる。)

徳川秀忠は秀の字を豊臣秀吉より受けている。
これが徳川からの支配関係の確認であることは秀に忠の字をあわせたところにはっきりと示されている。
秀忠とは秀吉に対して忠誠を誓ったという意味。
子供の名づけをコピーライターに依頼することはまずない。
親が、尊敬している人に依頼することはある。
親の名前の一部を子供に与えることがある。
字を貰うことがなくとも名付けることそのものが保護と庇護の関係を作りだす。
親の心のうちには、キリスト教の洗礼における代父母(洗礼を受ける人に付き添い信仰生活に導く信者)
と同様、その子の人生のさまざまな機会に、名づけ親が後ろ盾になってくれることを期待する気持ちがあって当然。

雅号は自称ではなく師匠から与えられる。
師匠から与えられた号が気に入らないから別の名を名乗るなら破門につかなるような反逆行為だとみられるだろう。
逆に言えば師匠がどれくらい号の命名権を握っているかはその組織の固さを計る目安ともなりうる。
臣下が主君に、弟子が師匠に名を献上することはありえない。
人に与えられるのが号ならば、
道具や品に与えらえるのは銘。
作者や茶器における窯元の名が、作物に書き込まれ刻み込まれていればそれも銘。
サインに似ている。

とくにその道具や品に対して与えられた名も銘。
タイトルに似ている。

サインにも一定の資格が要求される。
利休のような並ぶ者のいない達人ならば彼が銘をつけただけでその道具は格別に価値を増す。
それどころか、彼の手を経ただけで、道具は高値で取引された。(この「道具ころがし」はかれに死罪が下される理由の一つとされた)


(聖遺物現象。

鑑定も呪術であり錬金術。
超安値で仕入れて、高額に鑑定させて売れば大儲けできるな。

アイボリー‏ @mrunsmily 2014年6月13日
お宝鑑定団は、鑑定家達の魔術を披露する番組という様にもとれる

子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側‏ @kitsuchitsuchi 2014年8月27日
返信先: @mrunsmilyさん
価値を与えるマジック(魔術+呪術)
①鑑定。支配者が持つ資産=芸術品の価値を上げる。

②信用創造。持っていないお金(無)を貸し付け、返せと要求する、原罪と同じ原理の錬金術。
葉っぱをお金に変える狐(稲荷大社=和風キリスト教の神道詐欺師)に化鹿される話は真実。 @mrunsmily

アイボリー‏ @mrunsmily 2014年8月27日
返信先: @kitsuchitsuchiさん
@kitsuchitsuchi どうもこんばんわ。鑑定家の魔術の内容、そちらの記述で合ってると思います。鑑定士は皆錬金術師でしょうね~。

子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側‏ @kitsuchitsuchi 2014年8月28日
返信先: @mrunsmilyさん
@mrunsmily 蓄銭叙位令の目的は流通を促す為という説明は一面的。
真の目的は財源=現物確保。物々交換=等価交換が嫌で一方的に財産が欲しい朝廷は、
金属片を貯めれば位が得られるようにする。等価交換ではないと理解していた人々にはあまり効果なし。朝廷も金融詐欺で財産を奪おうと画策。

kS‏ @Jd805 2014年8月27日
返信先: @kitsuchitsuchiさん
@kitsuchitsuchi @mrunsmily 神道詐欺というと、戦前からあったとされる稲荷系神社は全て嘘なんでしょうか?

子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側‏ @kitsuchitsuchi 2014年8月28日
返信先: @Jd805さん
@Jd805 @mrunsmily 神社が天皇を動かしたのは嘘。
愛染寺が伏見稲荷大社の社殿造営や修復、勧進、出開帳を管理した。
仏教徒の天皇と本地垂迹説=仏教圧倒的優位、門跡寺院はあるが門跡神社はないことを隠す為に、神道=和風耶蘇教の儲のガーター勲章持ち偽天皇をクリスチャンが捏造。)

・作品に残された名はすぐれた質の証でもあれば、そのような自負のあかしともなる。
狂言の『膏薬煉り』(こうやくねり)には
「かほどの膏薬に銘がなうては成るまい、銘をとらせう」
の一句がある。
傑作は名を要求する。
なぜなら名が傑作に対して真に傑作であるという公然たる資格を付与するから。
作品の価値と名のいずれが先であるか、にわかに断定できないような相関関係がそこにある。
それほどに、名は名づけられたものと実体を一にしている。

・doctor in name は名目だけの、名ばかりの医者。
in the name of だと名を特定していて、 ~の名において という権威ある名前。

・なまえが商品化するのは資本主義の産み出す歪みに相違ない。
商品名に求められる効果は、商品の性質を正確に説明し表現する(実に従う)よりも、
むしろ消費者が求めるイメージを与える(実を作る)。

・銘はパッケージに書き込まれなくてはならない。
しかも消えないように。消えないことは固い結びつきの条件。名前を消そうとすればパッケージが壊れてしまうほどでなくてはならない。簡単に切り離せるなら名前の軽さを印象づけるだけでなく商品がそのような名前にしか値しないものだとつまりさほどのものではないことを告白してしまうことになる。
紙に商品名を印刷して缶に巻き付けると、商品名を缶詰に直接印刷したものよりも安っぽい印象を与える。

・商標は固有のパッケージに一体化する形で書き込まれる。
スカーフやネクタイ、バックルやハンドバッグの留め金などにロゴマークが直接デザインされていることはよく知られている。
女性たちはこのようなスカーフを身に着けるときロゴが人目につくように工夫しているらしい。
このような着こなしは、わたくしなどにはお金を着ているようで悪趣味に見えるのだが、そんな感じ方は古い。
それは相当に一般化した消費形態で洒落て見えるほどに市民権を得たものらしい。
(著者である佐々木健一 (美学者)の感覚のほうがまとも。
見せびらかし文化は西洋の悪しき風習。お金を着ているって表現がうまい。
悪趣味だよね)


・アクセサリーもガラス器(花瓶、電気スタンドなど)も実用品とみなされ、芸術品とは厳格に区別されてきた。
18世紀中葉に確立した近代的な芸術概念が、精神性の主張に立脚するもので、実用品の生産に関わる職人仕事(クラフト)との差別を大前提としていたことは、美学史のイロハに属する。

作者のなまえがその精神的個性と結びついている以上、サインは芸術品にこそふさわしい。
対して、精神性と無縁の実用品にサインすることは考えられもしなかったことだった。
芸術と職人仕事との区別は、美学的という以上に社会学的なイデオロギーによる区別。
だがそれとは別に生活者が実践する区別もある。
陶器のような実用品であってもそこには美的な面があり、ときには美的な契機が実用性を圧倒するくりあに強いこともある。
そのような美的要求を抱いた職人もいたし、使用者もいた。
そのとき、それほどに高度の品質を保証する銘として、故人としての作者のサインではないにしてもその産地(マイセンやデルフトなど)や工房のマークが、製品に記された。これはロゴマークの原型とみることができよう。

(西洋芸術の歴史で、実用品は芸術ではなく、職人が差別されていたのは超基礎知識らしい。
壺や刀とかも芸術品ではなかったのだろう)


・利休の手を経ただけで道具は価値を増した。名を与えることは上が下に与える名誉。
勝を付与できるのは名づけが呪術的な性質を帯びた行為であることを証している。
古い箱書が尊重されるのは名づけの呪術的な性格とそれに結びついた権威、呪術師的な力を持つものとして認められた上の者の認知に基づいてのこと。
鑑定の科学性を重んずるとき、名づけの呪術性は否定される。
その科学的な風土の中で箱のすり替えのようなことが考えらえるはずのないことは理の当然と言うべきであろう。
(呼び名が変わっただけじゃん。鑑定だと新たに名付けただけ。手法が変わっただけ。

より数値と数字と論理と整合性と再現性と反証可能性を重んずる科学という新たな派閥が宗教から分かれただけ)


・タイトルがあるべき場所に画像を置いてもタイトルとは知覚されない。
タイトルの場所はタイトルが言語で与えられるという条件と一つになって機能している。
言語であることが制度としてのタイトルの一部分となっている。
画像でタイトルを与えようとするならば何らかの形での断り書きが不可欠。画像タイトルをもつ小説が出たとしよう。出版社は広告を打てない。タイトルを画像で示しても誰もタイトルだと思わない。断り書きが必要。
次に読者も小売店も注文を伝えることができない。例外的な一点ならあの絵をタイトルにしている小説という記述で同定できる。しかし、数が増えれば手に負えない。
そもそもタイトルは他から区別する必要から生まれた。
この第一条件においてタイトルは言語によることが含意されていた。
オペラのアリアのインチピットに冒頭の音符ではなく歌詞が使われるのは当然。
画像タイトルの不便さはまだまだ続く。上手く入手できても語れない。感想を記せないし議論もできない。
たしかにだれだれの新作やこの作品というような代用表現は可能だがそれも最初に作品を特定するのに成功した上での話である。

(ヴィトゲンシュタインの、
言語は語る(スピーチ)で、
像≒絵は示す(ショウ)という対比を思い出す)

・芸術批評の最も重要な役割は作品の見所、意味のありかを教えることである。
知覚するのは観賞者だが批評家は知覚を導く。
『イカロスの墜落』(タイトルを言われなければ主題がわからないほどにイカロスが目立たない)というタイトルは
《この画面を「イカロスの墜落」として見よ》
と命令する。
命令がきつすぎるなら推奨でも勧告でも示唆でもよい。
タイトルとは「として見る」ことの命令。

・デュシャンは既製の小便器を逆さまに置き、『泉』というタイトルを名付けた。
展覧会への出品を拒絶されたとき彼が書いた抗議文がある。その趣旨はたといそれが物体としては既製品であってもタイトルをつけ、見るべきものとして呈示されるとき、芸術品の資格をうるということである。
タイトルとは既製品(レディ・メイド)を藝術に変える錬金術の呪文のようなものだ。



”◇ 『平成三年五月二日、後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士、並びに』 というのは、石黒達男の小説につけられたタイトルである。書き出しの文句をタイトルにしたものは、「インチピット incipit」(「~と始まる」 という意味のラテン語)と言い、オペラのアリアの呼び名に見られる馴染みのものだが、
佐々木健一 『タイトルの魔力』 (中公新書, p.26)

◆ ラテン語というのであれば、あるいは 「インキピット」 というべきかもしれなくて、

◇ 中世写本の冒頭は、ラテン語の incipit という言葉で始まりました。incipit ... は英語では here begins ... と訳され、「ここに・・・が始まる」 という意味になります。この文章をインキピットと呼びます。
www.ndl.go.jp/incunabula/glossary/glo_02.html”
http://www.saturniancafe.com/?http://memo.saturniancafe.com/archives/2006/04/13_2326.php

タイトルだけでクリックさせる ~タイトルの”修辞学”~
http://www.web-consultants.jp/management_column/956/
” このような版元の意識にあるのは、一〇〇パーセント商品としての書籍であって、内容の思想性や藝術性は、商品の価値を尺度としてしか考えられない。タイトルのように、著者の表現行為と商品としてのネーミングが衝突する場所では、商品としてのあり方が優先されなければならないことは言うまでもない、というわけである。

/『タイトルの魔力』(佐々木健一著)


ミュージアムに足を運ぶとまず目に入るのが作品ですが、同時に作品の横に掲示されているプレートが目に飛び込んできます。プレートには作品名、作品の描かれた年、作者名、作者生没、または作品紹介がされているものもあります。皆さんはミュージアムで作品を鑑賞する際、作品とプレートとどちらを先に見ますか? 冒頭でご紹介している『タイトルの魔力』の中で著者の佐々木健一氏は、作品から見る人を「審美派」、プレートから見る人を「教養派」と呼んで区別しています。

cf. 「タイトル」の語源について

伝説に名高いアレクサンドリアの図書館は、紀元前四七年の火災で大被害を受けたが、その頃七〇万巻の書籍を所蔵していた。そのそれぞれの巻物には、小さなカードが付けられていた。内容を見分けるための手だてで、これが「ティトゥルス(titulus)」と呼ばれた。タイトルという語の起源である。

/『タイトルの魔力』(佐々木健一著)

こういった画家たちの試みは、文章作品に例えるとある種の「レトリック(修辞学)」のようにも思えてきます。”


ななめの‏ @nanamenon 2016年11月18日
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%AD%94%E5%8A%9B%E2%80%95%E4%BD%9C%E5%93%81%E3%83%BB%E4%BA%BA%E5%90%8D%E3%83%BB%E5%95%86%E5%93%81%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%BE%E3%81%88%E5%AD%A6-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%BD%90%E3%80%85%E6%9C%A8-%E5%81%A5%E4%B8%80/dp/4121016130 …自分にタイトルセンスが決定的に欠けているのでとりあえず一章だけ読んだのだけれど、
経験→抽象→パラフレーズとしての経験と論を展開するのでわかりやすいのと同時にすっと自然と引き込まれる文章になってて呆然としている。

論はまず、美術館での鑑賞態度を二分して説く。《教養派》はまずプレートを見てから絵画を鑑賞する。反対に《審美派》はかたくなにそれを見ず、ただ絵のみを見る。しかし後者の態度をつゆを僅かにしかつけない蕎麦通の「たっぷりたれをつけて蕎麦が食いてえ」のやせ我慢になぞらえる洒脱さ。うめえ。

著者の佐々木氏は美学のめっちゃ偉い人らしいんだけど、アマゾンでほかの著作みたら美学辞典やら論文の書き方本やらサントリー学藝賞受賞作やらとあってそりゃ文章うまい人だわと納得する。この人の書く、すっと引き込んみつつ、ちゃんと理解させるべき要素はしっかりあたえる文章を見習いたいんだゾ

タイトル
http://rabocchi.blog52.fc2.com/blog-entry-319.html
” 佐々木健一『タイトルの魔力』より

 最後に、マリリン・モンローの名言とともに有名となった「シャネルの五番(Chanel No.5)」を挙げよう。名称としては素っ気ないものだが、その素っ気なさは、音楽作品の作品番号やある種のモダニズムの絵画のタイトル(『コンポジション第一番』のような)を思わせるところがあり、香水の作品化という効果を伴っている P71「第四章 名づけとネーミング」

 他に「カルヴァン・クライン一番」の意味である「C.K.1」なども同様の例として挙げながら、これらを受けて次のように述べられます。

 佐々木健一『タイトルの魔力』より

 最後の例に見られるように、一度ある名が定着すると、その名は「香水らしい名前」となり、同じスタイルのネーミングを可能にする。そこで、以上に挙げたものは、「香水らしさ」のレパートリーということになる。重要なことは、これらの名称のなかに「らしさ」はあっても、個性はない、ということだ。これらのスタイルに則っているならば、われわれは名前からそれが香水の名称であろうことを推測することはできる。しかし、個々の名の違いだけから香水としての差異を想像することは難しい。 P72”

無題
http://rabocchi.blog52.fc2.com/blog-entry-343.html
” 佐々木健一『タイトルの魔力』より

「無題」にも、現実には二種類のものがあり、作者がタイトルづけを拒んで『無題』とした場合と、タイトルが知られていないために「無題」として展示されている場合がある。 P196「第一〇章 タイトルの言語学」

 無題にも、「無題」とつけられた無題と、普通に題がない無題といろいろあるということのようで、そのあたりに前回の話とつながるものを感じたのでした。

 それはさておき無題の話ですが、上記引用に続いて、二種類の無題のうち後者のケースの例として、『無題(ヴァージニア風景)』として展示されていた油絵を紹介されています。これは、作者がタイトルをつけなかったけれど、描かれているのは「ヴァージニア風景」と特定できる、そんな絵に展示の際つけられていたタイトルということです。そして、

 佐々木健一『タイトルの魔力』より

昔の、タイトルをつける習慣のなかった時代の作品には、例外なしにタイトルがつけられている。その時期のものであったなら、この絵は間違いなく『ヴァージニア風景』と名づけられていたに相違ない。したがって、作者がタイトルをつけなかった作品が「無題」として展示されるということは、タイトルが制度として確立している時代に特有の現象なのである。だから、「無題」の作品を洗いだすことができるならば、タイトルが制度として認識されるようになった時期を特定することができる、と期待できるだろう。調べたわけではないが、それは殆ど二〇世紀の現象のように思われる。 P197


 無題にもいろいろあるということが、「タイトルが制度として確立している」か否かという制度の問題と関係することや、どうやら二〇世紀の現象であるらしいこと、などがとりわけ興味深く思われました。”

あの男が帰ってくる
http://rabocchi.blog52.fc2.com/blog-entry-362.html
” 佐々木健一『タイトルの魔力』より

 タイトルの果たすこの知覚の方向づけは、ヴィットゲンシュタインの知覚論によって、非常によく説明される。われわれはタイトルを知る前と後で、画面が全く異なって見えることを経験した。そのような見え方を指して、ヴィットゲンシュタインは「アスペクト」と呼ぶ〈訳者の藤本隆志氏はこれを「風景相(アスペクト)」と訳している〉。 P247、風景相(アスペクト)のところのアスペクトは原文ルビ


 ということで、ゲシュタルト心理学の反転図形の話とかになって、ただの三角形にしても物体とか幾何学図形とか矢印とか平行四辺形の半分とかいろいろに見えるというウィトゲンシュタインの文章の引用に続いて、冒頭の引用部になります。この後、タイトルが芸術作品の見方を示している例として「赤と黒」とかデュシャンの「泉」などが挙げられたりしています。




として見る話
http://rabocchi.blog52.fc2.com/blog-entry-1066.html
”「父ピーテル・ブリューゲルの『イカロスの墜落』」という絵があって一見普通の風景画だが海の中に墜落したイカロスの足が小さく描かれている、これをタイトルを知らせずに学生などに見せるとその絵の主題を知らない場合はその足らしきものが見えても気に留めることはないが、タイトルを知らされると画面全体の知覚が変化することになる、そういうことを説明するのにヴィットゲンシュタインの知覚論が有用で、タイトルによって見え方が変化するようなそんな見え方のことを彼はアスペクト・風景相と呼び、ゲシュタルト心理学の反転図形、アヒルに見えたりウサギに見えたりというそんな図形などを例に挙げながら風景相について論じていく、と大体こんな感じでそこをどう論じたのかということもいろいろ書いてあるのかもしれませんがまあそういう風な話が展開されているところです。そういうところで、例えば単純な三角形でも、三角形の穴とか矢印とか平行四辺形の半分とかいろいろなように見ることができる、といった話に続けて次のように述べられるのでした。かつての記事からコピペします。

 佐々木健一『タイトルの魔力』より

 一つの三角形がこれらさまざまの風景相のものとして見られる。ひらめきの風景相の知覚は、そのものを何か「として見る(seeing as)」ことなのである。このような「風景相の変換」は、決して恣意的なものではない。あくまで対象の「体制(Organization)」に基いている。だからこそ、ヴィットゲンシュタインは、これを解釈というよりも知覚の問題とみなすのである。 P249「第一二章 理論としてのタイトル」”

時機に後れて提出したブログ 佐々木健一『タイトルの魔力 作品・人名・商品のなまえ学』(中公新書1613)
http://rabocchi.blog52.fc2.com/blog-entry-320.html


コンセプトと連想力(3)
http://blog.proconcept.co.jp/?p=4788
”タイトルは作品の一部なのか、作品の一部ではなく単なるインデックスなのか、作品ではないが別物でもない関係の内にある何かなのか……というような捉え方がありえます。タイトルと作品の関係には一筋縄ではいかない命題が潜んでいるのです。佐々木健一著『タイトルの魔力――作品・人名・商品のなまえ学』に、絵画の鑑賞に関しておもしろい視点があります。

教養派とは、絵を見るよりも早く、真先にプレートをのぞき込み、誰が画いた何という絵なのか確かめる。(……)プレートから得られるこれらの知識が、その絵を理解し観賞する上で不可欠のものと考えているからに相違ない。それに対して、審美派は次のようにふるまう。かれ/彼女はプレートには目もくれない。静かに絵だけを見つめ続ける。そして次の絵に移ってゆく。”

「解説」という訳語が美術館への誤解の始まり、かも | arts marketing
http://artsmarketing.jp/archives/1297
”突然だけど、絵とかダンスとか言葉が伴わないものをみるとき、「自分の心で感じろ」みたいなことを言われたことがないだろうか。そして、「だから、解説なんか読むな」「知識をいれて見るな」って。(それは、小説や映画とかでも一緒かな?)

佐々木健一『タイトルの魔力』では、美術館で作品と対峙した時にとるパターンを「タイトル等が書いてあるプレートをしっかりと読む=教養派」と「タイトルのプレートをわざわざ読まずに作品のみみる=審美派」にわけていたりするのだけど、(で、両方とも同じ前提――”芸術とは教養である”――から生まれている行動であって、差はないのだけど)”タイトル”ではなく、作品に伴う”解説”に対しても「教養派」か「審美派」かははっきりと分かれており、さらに言えばなんとなーく、暗黙の了解?として「審美派」を推奨されて、、というかそっちの方が「わかってる」感じに思われているような気がする。実際、私も長い間そんな意識があった。

でも、今、私は大学院の方では、美術館におけるモバイル・メディアの現代的意義というのを修論のテーマにしているのだけど、切り口としてはまさに「美術館にとって解説とは何か」「美術館におけるコミュニケーションとは何か」というところに行っている。そんでもって、ちょっと意外だったのは、欧米の大型美術館、特に現代美術館をいろいろと調べているとすぐにわかるのだが、美術館における「解説」って(もちろん館によりけりだが)すごく重要視されていて、「interpretation=解説」の専門部署があったり、専門キュレーターがいたり、私が重点的に調べているテート・モダンとか「解説はギャラリーのミッションの中心にある」なんて公式に言い切っている。それぞれの美術館で「解説戦略(interpretation strategy)」というものを持っていたりするのだ。”

佐々木健一『タイトルの魔力』 | はーみろぐ - ヤプログ!
http://yaplog.jp/hermie/archive/93
”悲劇作品は主人公の名前がタイトルになって、喜劇では出来事、テーマ、人物のポジションがタイトルになるのが伝統的らしい。前者は例えば、『オイディプス王』『ハムレット』、後者は『女の平和』『間違いの喜劇』『ヴェニスの商人』。なるほどなーって感じですよね!
この本、ソシュールやパースの記号学の知識がないと少し難解かもしれません。私もちゃんとはやったことないのでちょこちょこ悩みつつ、調べつつ。
人名の話も面白かったです。日本にはない、聖人の名の下に繋がるって発想とか。
あとは、タイトルの意味を感じさせるイカロスの絵画の話。タイトルを隠されたらイカロスの絵だって気付かない。タイトルによるコントロールのお話。音楽作品もタイトルを聞いてからと知らないときでは受ける印象が違う。どちらが良いのか、きっと正解はないけど、考えることに意義がある。
最近の話は、あえて『無題』って付けるタイトルも興味深かったです。
普段あんまり意識しないけど名付けの威力ってすごい。そういえば命名による支配って話も授業でやったなあ。星の名前ってシェイクスピア多くて、コーデリアとかオフィーリアとかあったはず。”




『増補「名づけ」の精神史』

民俗学にある事例に、
特定の聖地を「ナシラズ」といい、特定の神木を「ナナシノキ」と呼ぶ習俗がある。
畏怖が日常的な名前の世界からの敬遠と遮断を強いたのであるが、
そこには空間と事物の存在のありかたを決定づけ、それを経験世界へと占有せずにおかない名前の威力が表明されている。名づけることは所有することであったからである。
(名づける=所有する。
名づける=世俗の世界に堕とす。
名をつける=曖昧なものを固定された塊にして対処できるようにする。
言語表現は限定であるので全知全能無限存在を表現できず、
せいぜいごく一部を切り取って示せるにすぎない)

名前の変更はそれ自体の変貌をもたらす。
新しい名前の獲得は改名ではなく変身。
名前は物事の誕生、創造、変身(再創造)をもたらす。

命名は不安感ないし恐怖心の消去である。
中央アフリカ社会における病気なおしの儀礼を調査した人類家具者V・ターナーは、
名前が重大な意義を担っていると見出した。
病気で苦しんでいる患者の苦痛を何らかの象徴的形式で把えることができればそれにより宗教的職能者をを通じて社会的に対処しうるものになる、と考えられている。
危険であり有害なのは隠されたものである。だから不吉な状態に名をつけることは、なかばその状態を消去することになるのであった。
中央アフリアの呪医たちが病者の苦痛を集団的に対処可能なものとするべく施すこのような行為は、かつて統治者にとって本来の重要な仕事であった。苦痛を取り除き社会を平常の状態に回復すること(治療)は首長の統治責任であったからである。

日本古代の王権でも不吉な状態に名前をつけることが行われた。
疫病の蔓延に対して、それを大物主の仕業として名指しする。
大物主の物とは霊魂(モノ)であり鬼(モノ)であり物の怪の物(モノ)でもあり、大物主とは諸々の悪霊のいわば総元締めを意味する、不吉な状態を引き起こす元凶にふさわしい名前であった。この大物主を祭ることで疫病は終息したとされた。
疫病の大流行という理解を絶する恐怖に投げ込まれた人々にとってこのような名づけの信頼感をもたらす効果は絶大だろう。見えないもの、それゆえに神秘化されるとともに恐怖や不安をよびおこすものを見えるものとすることで恐怖心を鎮静し消去すること、それが名前の重要なはたらきの一つであった。
隠されたものに対する共同体的な対処はこのようにして行われた。
名づけは事態との応答関係を存分に担うものであった。したがって医療が専門機関のもとに独占され、学術的と称する病名の体系が制圧するとき、それが何を喪失せしめたのか、に思いを致すべきであろう。


人間は一個の名前のもとにのみ生きるのではない。
一生の間に何回も名を取り替え、時によっていろいろの名を持って呼ばれることが日本人古来の習慣であった、と柳田は言った。この習慣は日本に限られず、この日本人の範囲も問題だが、いずれにせよ綽名や屋号を含めて人々は複数の名前をもって生きてきた。
名前の変更とは社会的変身である。

通り名、職名、偽名。

古来の習慣として実名が忌み名として秘匿され、そこに魂(言霊)が付着すると考えられた。

よく知られた万葉集巻頭の歌に、娘に向かって、
「家のらへ 名のらさね」と呼びかけ、
「吾こそはのらめ 家をも名をも」
とあるように、名乗りは求婚の基本的形式であった。この働きかけに対して実名を明らかにすることは承諾、すなわち関係の基本的形式であった。
実名を明らかにすることは承諾、すなわち関係の成立にほかならない。拒絶しようとすれば能面のベシミのように口をつぐんで頑張らなければならない。ここでは名前(実名)にその人間の魂がこもり、名前の口外がそのまま相手への魂の伝達ないし譲渡となると考えられている。
名のりは魂の闘争の開始を告げるものであった。

相互の固有性に働きかけ、呼びかける(呼ばひ)によって社会は形成された。
個人と共同体との生成、変化、消滅、生老病死に名前は深々と関与。


http://www.arsvi.com/b1900/8702ih.htm
”「名づけ」の精神史
 私たちの眼前に、「新しい」名前が次々に現われては消えていく。名前の連続的かつ加速度的な貼りかえとして「現在」が立ち現われ、立ちはだかる。この名前の洪水の中で、 自分をとりまく世界との関係についての、根本的な疑念が私たちの内に膨れあがる。
 かつてホッブスは、人間が世界を構成するすべてのものに名前をつけさえすれば、あとはそれを一旦ばらばらにしてまた組み合わせればよい、 つまり名前の足し算と引き算によって世界は認識できる、と考えた。
「方法の規則」にもとづいて、このように「名前の帰結に関する計算」を信頼することができた彼は、 その限りで幸せであったといってよい。世界が名前に対してひらかれ、名前は世界を背負うものと想定しえてこそ、その「計算」は成り立つことができたからである。そのとき、 名前の普遍性についての確信は、世<0132<界認識のための徹底的な方法的態度をもたらすものであった。しかし、その確信もその態度もいまの私たちにはあまりにも遠い。
 十七世紀の哲学者の世界ばかりではない。あのヘレン・ケラーの発見、すなわちwaterという名前を突破口とする、「すべての物は名前をもっている」こと、 あるいは世界とは名前であることの発見も、感動的ではあっても疎遠なエピソードにすぎなくなりつつある。すなわち、いまや私たちの「名づけ」に対して、 世界あるいは物事の秩序は応答しなくなっているのではないか。ここでは、ばらばらの名前をどのように寄せ集め組み合わせみても、「物に行く道」にはならないのではないか。 名前の次元への私たちのこだわりや、貼りかえられる名前に対する敏感さは、おそらくこのような疑念を裏書きしている。
 そうであるとすれば、この「危機の瞬間」に際して、名前をもって物事に相対してきた人間の基本的な経験の有様と、 ほかならぬその「名づける」という行為の基底がいわば胎盤剥離しつつあることを見定めなければならないだろう。(pp.132-133)

 この大物主を祭ることによって疫病は終息した、とされたわけだが、疫病の大流行という理解を絶する恐怖に投げ込まれた人々にとって、 このような「名づけ」の信頼感をもたらす効果は絶大であっただろう。見えないもの、それゆえに神秘化されるとともに恐怖や不安をよびおこすものを、 「見える」ものとすることによって恐怖心を鎮静し消去すること、それが名前の重要なはたらきの一つであった。「隠されたもの」に対する共同体的な対処は、 このようにして行われた。そのとき「名づけ」は、事態との応答関係を存分に担うものであった。したがって、医療が専門機関のもとに独占され、 学術的<0145<と称する病名の体系が制圧するとき、それが何を喪失せしめたのか、に思いを致すべきであろう。(pp.145-146)

“私たちは物に対する哀悼からはじめなければならないのではないか。尊敬すべき或いは身近な死者に対しては、私たちは強いられるまでもなく深い追悼を捧げることができるし、現にしている。それすらなくなった時には、いよいよ本当に「人間の消滅」ということになるだろう。その死せる者への哀悼を、物に対して、あるいは同じことだが、その物と人間との関係に対して、向けるべきではないか。そして一言でいってしまえば、現在において批評が可能であるとすれば、それは追悼行為としてではないか。(p. 9)”
http://pensiero.seesaa.net/article/392656964.html


いとこん‏ @itokonn_HQ 2015年5月15日
「(前略)名前の変更は事態や事物それ自体の編簿をもたらすものとなる。(中略)その新しい名前の獲得はただの「改名」ではなく、その人物の役割や性格の変化あるいは地位や身分の変更、すなわち「変身」を示すものであった」市村弘正『「名づけ」の精神史』

本屋のカガヤ‏ @kagayam 2015年8月30日
《「綽名」は、このような侮辱とさらには愛着と賞讃とを含む、他者への変形作用を担う名前であった。綽名は、名づけが本来あだやおろそかに行われるわけにはいかないことを端的に示している。それは対象への周到な観察と的確な表現、つまりは批評力を要請するのである》市村弘正『「名づけ」の精神史』
やっぱり渾名ってそういう要素あるよなぁと思いながら「名づけ」の精神史よんでる

本屋のカガヤ‏ @kagayam 2015年8月31日
《(死せる再現でなく)想起するためには、いったん「忘れ去る」ことが必要なのである。世界と自分とを繋ぐ名前の問題に敏感であったカフカは、いかにすれば自己の属する言語秩序に対して「遊牧民」でありうるかに心を砕きつづけた》市村弘正『[増補]「名づけ」の精神史』(平凡社)、155頁

《彼〔カフカ〕の自己訓練の一つは、固有名詞を音声や響きに還元しつつ「分析」し反復することであったという。そこには、この発語訓練をつうじて、たえず言葉を通して侵蝕してくる既成の意味やイメージを振り落とすことが念じられていただろう》市村弘正『[増補]「名づけ」の精神史』155-6頁

ギフ‏ @a8ht_ 2015年1月29日
“そうして、そのクマクマシき土地での受難と復活をへて到り着くべき場所は、当然めでたき地であり、すなわち「よき人のよしとよく見てよしと言ひし」と謳歌される「吉野」でなければならないのである。” (市村弘正『「名づけ」の精神史』) これ読んで何言ってるかわかる人いるのかな…

あらい湯‏ @arai_huro_hairo 2013年3月4日
市村弘正『「名づけ」の精神史』飛ばしながら大体読んだ。「失敗」の意味と「名づけ」の精神史が特に面白い。 前者は社会的弱者の内部にも弱者排斥の心理があり、しかしそれは自分たちを弱者と理解することで克服できる、とした解説がすばらしい。「弱いから弱いものを理解できる」と単純ではなく、

akatukiyami‏ @akatukiyami13 2012年6月20日
先日の市村弘正の引用がかなり間違っていたので訂正します。《私たちの視界を狭め、認識の根を枯れさせつつあるものは、この社会がもつ「幸福」という強制力にあることになろう。》――『「名づけ」の精神史』

kamomé‏ @goeland_argente 2011年3月27日
【メモ】「名前」に関する本。窪薗晴『夫ネーミングの言語学』、市村弘正『「名づけ」の精神史』、
田中克彦『名前と人間』 、齋藤孝『売れる! ネーミングの発想塾』、佐々木健一『タイトルの魔力』、岡真理『彼女の「正しい」名前とは何か』、クリプキ『名指しと必然性』、など。

ネーミングの言語学 ハリー・ポッターからドラゴンボールまで
http://ameblo.jp/sarashina8/entry-12143061073.html





――参考資料――

Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 9時間9時間前
わたしが自分自身を意識できる以上はわたしは存在してるし、それゆえに最小単位の価値を持ってる。実際のところ人はそれ以上の価値をなんら持っていない。そしてだからこそわたしはたった一人のときも寂しくない。なぜって自分がいまここにいることを知ってるから。確かな価値ってそれ以上無いから。
0件の返信 1件のリツイート 5 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 9時間9時間前
つまり、わたしは誰によって知られなくても神様はわたしを知ってる。何故なら、存在してること自体が神様による祝福だからです。ただ、人の価値観の中にないだけの話。
0件の返信 2件のリツイート 5 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 9時間9時間前
どこかしらない人がいてわたしがかれのことを知っていても知らなくてもかれはずっと存在してるの。当たり前だと思うかもしれないけど、かれのことを知ることによって彼はわたしの価値観の中に組み込まれる。つまり、名づけってそうやって価値観の付与が行われる。でも、認識してなくても存在はしてる。
0件の返信 1件のリツイート 4 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 10時間10時間前
あるひとはそのグループの長によって祝福を受けることでかれらにその名前で知られることになる。それは価値観付与の基本だけれど、その結果として彼らが奉じる神様に知られることになる。何故なら、そのグループの共通認識であり価値観が神様なのだからその恩恵を受けるのです。
• • Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 10時間10時間前
聖別って、人の意思によってその価値観の中に参入させること。この仕組みは人間にも当てはまるので、キリスト教的にいえば祝福のことなの。だからひとも祝福できるのだから、参入儀式それ自体が一種の祝福であるし聖別儀式という役目を果たしてる。それは新しい価値観を付与することだから。
0件の返信 1件のリツイート 6 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 10時間10時間前
モノを生きた生命にするのも、ただのモノにするのもそのひとの心次第。それは価値観の付与と剥奪だから結局のところは人間の意思と感受性によるもの。神様の世界にはそんな区別はない。聖別というのはそもそもそのためのものだから。
0件の返信 6件のリツイート 11 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 10時間10時間前
希少性は人間の価値観の問題、経済的にも同様のこと。そもそも多くの宝石たちは綺麗にカットしてこそ価値が出る。その鉱物自体はただの化学物質。ダイアモンドもただの炭素結晶。カットして磨くことはひとの思いをこめること。ほら、みんな気持ちの問題なのです。
0件の返信 2件のリツイート 7 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 10時間10時間前
だからわたしはパワーストーンという用語をあえて使わない。石は石ですし、気に入るか否かの問題。気に入ったらどんなものであろうと宝物になるから。
0件の返信 5件のリツイート 8 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 10時間10時間前
パワーのないストーンなんて無いと思うの。だってそれ、自分自身の感受性にかかってる問題なので。
0件の返信 5件のリツイート 8 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 10時間10時間前
でも、スピとかみつけるとコソコソって逃げるほうです。宝石好きだけどアクセとしてみてるので。
0件の返信 2件のリツイート 5 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 10時間10時間前
大粒のトパーズを手のひらの中でころころしてた。


コピーライターの大御所が示す“命名”【ネーミング全史】
http://jiru4690.hatenablog.com/entry/2017/02/04/185146

見えないところで時代は変わる話【書評「ネーミング全史」】
http://shige-log.com/blog/2017/03/%E8%A6%8B%E3%81%88%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%93%E3%82%8D%E3%81%A7%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AF%E5%A4%89%E3%82%8F%E3%82%8B%E8%A9%B1%E3%80%90%E6%9B%B8%E8%A9%95%E3%80%8C%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%83%9F/


“ネーミングの流行りの変遷。「全史」というほど大上段に構えた内容ではない
投稿者 Edgeworth-Kuiper Belt 殿堂入りレビュアートップ10レビュアー 投稿日 2017/4/2
「Suica」「ごはんですよ!」「六本木ヒルズ」「女性自身」「TSUBAKI」「うどん県」
「お~いお茶」「無印良品」「PARCO」「野菜中心蔵」、他。
機能や価格だけでなく、名前もまた、商品やサービスを売り込む上で重要な要素である。優れた名前はそれ自体がコピーであり、わかりやすい特徴の説明であり、差別化ポイントになり、また広告の代わりにもなる。著者は、「新宿MY CITY」や「からまん棒」などの名前を考えて世に出したことがあるコピーライター。

イメージ・ブランディングには大きく2つの流れがあるという。ひとつはイメージで表現する流れ。もうひとつは、意味や理念で訴求していく方向。ネーミングもこの流れに沿って、主流となる表現が変わってきたという。特に最近流行っているのが、和語をアルファベットで表現して使っているケース。
「akasaka Sacas」
「DAKARA」「suisai」「KITTE」
「MIRAI」「SOLAE」「KY365」といったようなもの。「うるさら7」(ウルトラセブン)「ビックロ」(ビックカメラxユニクロ)「ウツクシeK」「極烏」(悟空から)のような語呂合わせ的な効果をうまく使ったものも多い。かんぽ生命の「その日から」は商品の特徴を名前に盛り込んだ例。「アゴ強くん」は、広告費をけちらなくてはならないので商品棚でアピールできることを目指したスルメイカ。「青天の霹靂」はお米の名前だが、確かにインパクトはある。日本海軍の軍艦や艦船の名前の付け方を紹介して激賞しているページもある。

また、後半では、ネーミングの作業工程として、以下のような流れを順に詳しく解説している。

小品実態の把握
    ↓
マーケティング・コンセプトの把握
    ↓
ターゲットの分析
    ↓
ネーミング・アプローチ設定
    ↓
キーワード検索
    ↓
ネーミング作成
    ↓
ネーミング・チェックポイント検証
    ↓
ネーミングの商標登録

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0%E5%85%A8%E5%8F%B2-%E5%95%86%E5%93%81%E5%90%8D%E3%81%8C%E4%B8%BB%E5%BD%B9%E3%81%AB%E8%BA%8D%E3%82%8A%E5%87%BA%E3%81%9F-%E5%B2%A9%E6%B0%B8-%E5%98%89%E5%BC%98/dp/4532321271



fate grand orderおもろセリフまとめ7  画像省略
http://codetripleseven.blogspot.jp/2017/01/fate-grand-order6.html
”蛇やエジプトと言えば聖書にも興味深い記述がある。
例えば出エジプト記3〜4章。カミサマがモーセに命令する場面。
エジプトからユダヤ人を救い出せとカミサマが命令をする。
しかしモーセは嫌だ嫌だとゴネる。
ゴネる理由のひとつは「は?お前何様なわけ?」
「てかカミサマってどこの誰だよ?」と
当のユダヤ人からさえフルボッコにされるリスクがあったから。

ここでカミサマは実に興味深い回答をしている。
最初は自ら「私は、あなたの先祖の神、アブラハムの神、
イサクの神、ヤコブの神である」と名乗っていた。
例によって名前を隠すパターンだ。
しかしモーセと問答をする中で
名前を聞かれた時はエーヘイエーアシェルエーヘイエーと
答えろとの回答を出した。(3章14節)
私が12の神名の中で一番ホンモノくさいと注目する例の名前だ。

日本語聖書では「私は有って有る者」(口語訳)
「私はある。私はあるという者だ」(新共同訳)
I am that I am. (KJV)
I am who I am. (ABS)
ABSには欄外に注釈として
I am what I am / I will be what I will be とも書いてある。
Je suis celui qui est. (la bible de jerusalem)
ego sum qui sum (biblia sacra vulgata)
みんな大好きヘブライ語版はこちら(リンク)


FGOでも「名前」「名付け」については興味深い描写があった。
「第4特異点 死界魔霧都市ロンドン」の中の
「第4節 本の一冊、ペンの一本」で
浮遊する本が敵となって攻撃をしてくる。
こちらの反撃が通用しないという状況での会話。
登場人物はアンデルセン、マシュ、モードレッド、ロマン
そしてナーサリーライム。
ア:どちらかというと発禁本だがな。
  その内容が真なら本であれ人を殺せるという話さ。
(中略)
ア:おまえたちは魔本の性質に触れたな?
  攻撃が通じない、それはそうだ。
  あれを本だと思うからそうなる。

  違うぞ。あれは一種の固有結界だ。
(中略)
マ:はい。世界の在り方そのものを書き換える、
  ある種の魔術の奥義です。魔法にさえ等しいとか。
  ごく稀に、現界を果たしたサーヴァントの宝具として
  用いられる例もありますが・・・。
ア:そうだ。多くは空間に対して働くらしいが、
  こいつは違う。存在そのものが固有結界だ。
  無敵に等しい耐久力はそのためだ。
  自らが固有結界であることを有効に用いている。
  では何故それが可能なのか?
(中略)
  俺の類推するところでは、こいつは本来、
  マスターの精神を映し出すサーヴァントだろう。
  ドラマツルギーから導き出せば簡単だ。
(中略)
  結論というか見たまんまの問題だよ。
  こいつはハグレだ。マスターがいない。
(中略)
  要はマスター探しさ。夢の顕現として、こいつは
  擬似サーヴァントとしての実態を得ようとしている。
(中略)
  ご名答!こいつはサーヴァントですらない。
  サーヴァントになりたがっている魔力の塊だ。
(中略)
マ:矛盾しています。Mr.アンデルセン!
  実体が無いから倒せないと今・・・。
ア:だから、さ。名前の無い本だから探せないんだ。
  物語に実体を与える方法なんて簡単だ。
  聞こえるか!お前に名前を付けてやるぞ。

  魔本、いいや、誰かの為の物語(ナーサリーライム)!
ナ:・・・!!
(中略)
ナ:・・・ナーサリー・・・ライム・・・。
  いいえ、ちがうわ。それは名前じゃない。
  名前はアリス(あたし)
(中略)
ロ:というか大部分のサーヴァントは元は人間だけどね
(中略)
ア:ああ、人間から英霊になるのが基本だが
  中にはナーサリー=ライムのような例も有る。
  人間に作られた創造物が意思を持ち
  あるいは人々からの幻想を集め"概念英霊"となる場合だな。

なるほど。実にくさいセリフが連発される。
まずは用語解説 ドラマツルギー→ リンク1 リンク2

名無し、マスター無し、実体無しのサーヴァントは倒せない。
そしてマスター探しをしているのはなぜか?
実体化したいから?それは夢の顕現なのか?
「自分を認識したいと思ったから」?
それは何というウパニシャッド哲学ですか?
しかも名前を名乗りだしたと思ったら「あたし」か
言ってる事が"I am who I am"と名乗るヤハウェと同じな件。
そして人間は被造物ではなく、むしろ創造者という視点。
英霊は元は人間だという視点。
過去記事で書いた「神人合一」や「観測者効果」にもつながる。
もしくはまどマギ風に「魔女は元々魔法少女」
「魔法少女は元々ただの少女」という感じか?
いや、・・・それどころか・・・まさかヤハウェくんも
元はニャンゲンだったりするのだろうか?
だとするとあの間抜けっぷりも多少納得できるのだが。
改めてキュウべえは何者なんだろう・・・?

ノンデザイナーズ・デザインブック第4版
2016年6月発売 robin williams著 マイナビ出版より
いちど名前を言えるようになれば、
あなたはそれを意識し、
支配し、コントロールし、所有するようになるのです。

なるほど。段々エヴァンゲリオンTV版最終話に近づいてきた。

「名付け」とは何か?突き詰めると実に哲学的な命題だ。
名付けとはカオス=世界を切り取る方法である。
世界をどう認識するか、であり、
名付けにより初めて「それ」は存在するようになる。

いや、「それ」は名無しの時だって存在はしていたのでは?
というのは違う。認識されないのなら存在しない。
シュレディンガーの猫乙!

特定部分をピックアップして、注目して、厳密化して
絞り込んで、限定化して・・・そして名付けた。おk?

カミサマの天地創造も「光あれ」から始まった。
そして、私は光は天地創造以前から存在したのでは?
と書いた。だとすると天地創造とは
あれも「名付け」だったりはしないのだろうか?
観測することにより認識し、存在させる行為。
いや、そんな事を言うのなら創世記2章19節に注目だ。

創世記2章19節
そして主なる神は野のすべての獣と、
空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、
彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。
人が全て生き物に与える名は、その名となるのであった。

全生物に名前を付けたのはニャンゲン様だと書いてある。
あれ・・・?
名付けがカオスから世界を切り出す作業なら・・・。
名付けが天地創造なら・・・。
ニャンゲン様こそが天地創造をしちゃったのか?
それならば第1章と第2章で被造物の順番が違うのもわかる。
というかヤハウェくんは指を咥えて見ているだけでいいのか?

いや、ここで、
「カミサマ自らがゲームに参戦して内側から修正」
の視点で考えてみよう。
ニャンゲン様が名付けをしているのは
これこそ「内側から修正」の作業だったりするのだろうか?
創造された天地に管理が必要であるのなら
それを行うのはある意味「内側から修正」そのもの
では、名付けを行っているニンゲン、イコール、カミサマ
だとして、それを「見ていた」と書かれている(2章19節)
ヤハウェくんって・・・。

ヤハウェくんが「名付け」をしている場面=創世記1章は
後から継ぎ足しされただけであり、本来の聖書ではない。
(長谷川三千子「バベルの謎 ヤハウィストの冒険」)
そもそもヤハウェくんはなーんにもしてません疑惑・・・。
あれ?あれ?ヤハウェくんって・・・一体何なのさ?

本日の推薦図書 「名づけ」の精神史 市村弘正著

最後はお約束のひと言をオナシャス
「黒幕はキリスト教徒!」”

(プーカッカの創造主って元からあったものに名付けただけって意味なんじゃないの説。
だからゴッドはロゴスなのだ。
スピは神神うるさいけど、ロゴス=言葉否定のスピって神の否定じゃん。
反知性信者ほど反キリストの法則発動。
本来の耶蘇教はガチガチの論理主義だった説。
ギリシャ哲学だから論理重視でないとおかしいけど。
アダムが二代目ヤハウェ候補だった疑惑。
ヤハウェ称号説。
創世記冒頭は、名付けなおしただけ説。
想像の記述が二種類あるのはパラレルワールド説。
想像された世界とは言語の世界のことである。
これまでは言語で区分けがなされていなかったカオスの世界が今の世界になったのはゴッドの言葉のお陰。
確かにゴッドは「人間の」世界を創造した。
言語の世界。
神(開闢)の死(名づけられる以前の真の起源)
=言語による開闢の隠蔽=(人間の言語)世界の誕生。)


労働者‏ @Black_Post_Bot 5月28日
日本人が「薄給なら手を抜く」という習慣を身に付けると日本中がハッピーになると思う。
「給料の良し悪しで仕事のやる気を変えるのは悪いことだ」という信仰がブラック企業を生き残らてしまうし客の立場になった時に傍若無人に振る舞わせる。

6件の返信 4,255件のリツイート 3,454 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 9時間9時間前

「いつまで学生気分なんだ!💢」
「いつまでもさ」
Desty‏ @ChroahDesty

Destyさんがuhehoをリツイートしました

仕事以外の事にも及ぼしてるから終身雇用が原因じゃないと思いますよ
遊びとか個人の動画編集技術、ゲームとかその他
生存性に関係ないことまで
ありとあらゆる事で教えない&教えたがらない
この共有しない価値観と発想がどこから来たのか、どう形成されたかはわかりませんが。


見て学べで伝授してるから教えられた人も更に同じ方法でするから
理論にしにくいんですよね
実際言葉で説明&文字で説明するのが出来ない人が居ますし(多い気がする)
見て、聞いて、書いて、理論化、実践が重要なのか知るべきですよ。


Destyさんが追加
燈火 @to_moshibi
日本の場合、教えは見て盗めという考えが強いのかもしれません(特に高齢の世代に多い印象を受けます)。確かに場合によっては上の教えだけでは習得できない部分もありますが、だからといって知識や技術を何も教えず、ただ見て学べだけの姿勢を強要するのはおかしいので、上が教える姿勢も必要です。

Destyさんが追加
uheho @uheho
終身雇用が無くなりゃ日本人はそうするさ。
 知識や技術は独占した方が
生き残れる。
 終身雇用は安定感を与える…

峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月10日

峨骨さんが峨骨をリツイートしました

入社式を英訳するとイニシエーション。宗教的な参入儀式もイニシエーション。そして、企業もカルトも階級制。

峨骨さんが追加
峨骨 @Chimaera925
指階級社会を維持するために、指導者が必要だと布教されている。蟻や蜂の社会がよく引き合いに出されるが、あのピラミッドの図は役割の分類と数を表したもので、階級社会ではない。階級ではなく分業。どれが欠けても種が維持できない。女王蟻や蜂が頂点に立ち絶大な権力を持っている訳でも…
1件の返信 26件のリツイート 15 いいね
峨骨さんがリツイート
峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月10日
返信先: @Chimaera925さん

ニートという言葉が日本で使われ始めた時、本来の意味を離れて甘ったれた怠け者であるかのような印象付けがメディアによって行われ、下位のカーストとして新たに創作された。病気等で働けない者や失業率、失業難民がそこに投げ込まれた。階級や格付けをいちいち気にして、与えられた役割を演ずる人々
1件の返信 42件のリツイート 27 いいね
峨骨さんがリツイート
峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日
返信先: @Chimaera925さん

カルトの教祖の下半身が大抵暴走するように、精神を鍛えてもいない強い倫理観を持ってもいない欲にまみれた俗物がその手の技術を手にしても、肥大化した強烈な自我や欲望を制御できずに破滅に向かう。それならばまだマシだろう。破滅していないならば、破滅と厄災を振り撒き周囲を巻き込む。
0件の返信 14件のリツイート 14 いいね
峨骨さんがリツイート
峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

グローバル化で世界的な競争に導き、先行きの見えない不安からサバイバル意識を植え付ける。そうして、国際競争に打ち勝つ為に人を競わせ、逃がさず安価に企業や政府に奉仕させ仕組みに誘導されている。コンサルやメディアが絡めばカルト化は加速。悪貨が良貨を駆逐する。カルト化する生存競争。
1件の返信 16件のリツイート 8 いいね
峨骨さんがリツイート
峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日
返信先: @Chimaera925さん

創業者やコンサルの教義に従って行われた企業のイニシエーション、遣り甲斐搾取。努力や苦労によって現実逃避による感謝や成長などの神秘体験で覚醒した労働者を行きすぎた体験主義によって権威化。彼を見習えと末端にも教化。ならば何故、自殺や過労死が出て殉教者と称賛せず見てみぬふりをするのか。
1件の返信 7件のリツイート 2 いいね
峨骨さんがリツイート
峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月30日
返信先: @Chimaera925さん

参入障壁が高いとますます閉鎖的になる。有名企業やカルト企業、カルト団体、高額商品、それらに参入する為、あるいは構成員であるためのイニシエーションに払う代償や苦難が多ければ多いほど、自分達は特別だと思い、参入したその選択は正しいと考える。騙されても自分の判の間違いは認めないのだ。
1件の返信 17件のリツイート 8 いいね
峨骨さんがリツイート
峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月30日
返信先: @Chimaera925さん

それどころか、騙されても熱烈に信じ続けるか擁護する側に回るのだ。自身の判断の過ちを認める事は容易ではない。無意識で何かしらの理由を付けて、自分は正しいと考えてしまう。被害が大きければ大きいほど。過ちを認めれば責任がやってくる。騙す側も騙される側もこうして温存される。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月30日
返信先: @Chimaera925さん

立ち位置が異なるだけで本質は同じものだ。そして加害者が犠牲者となり、犠牲者が加害者に。ミイラ取りがミイラに。負のバケツリレー。堂々巡りだ。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年11月9日
返信先: @Chimaera925さん

本気のごっこ遊びだからこそ、その場の仮象を作り出し、焼き付けて忘却することができる。日常に帰れなくなれば、そこで囚われる。おぞましいことに。紛い物は現実に帰って来れなくなるような悪意満載の手法を手軽さをウリに進めるから、ヤクの売人とそう変わらんよ。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年11月9日
返信先: @Chimaera925さん

ここに集団儀式が絡むとトランス状態で自我の壁が薄くなり共依存、共犯関係となって抜けられなくなったり、集団ヒステリー、狂気の集団感染に陥り悲劇的な末路を辿る事もある。人が人でなくなり、集団の一部となる。頭に胴に手に足に、位階に沿ってそれとなる。それが社会に無害ならば個人の自由だが。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年11月9日
返信先: @Chimaera925さん

カルト企業が行う研修なんかはモロにこれだな。
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峨骨‏ @Chimaera925 2月26日

[ NewShow 3] 餃子の王将 軍隊より厳しい(?)研修風景 /Strict Japanese training scene
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峨骨‏ @Chimaera925 2月26日
返信先: @Chimaera925さん

新入社員が自衛隊へ入隊!?~企業から人気の社員研修
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峨骨‏ @Chimaera925 3月31日

ジジババが「最近の若い者はなっていない。自衛隊で心身を鍛え直して貰ったらいい」なんて論調もこれだな。ブラックの洗脳研修にしてもそうだ。部活のシゴキもこれだ。精神論でしごいて洗脳する。
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峨骨‏ @Chimaera925 2月16日
返信先: @Chimaera925さん

「このような人間だ」と他者や環境から纏わされた幻影に従ってやる必要も無くなる。多くの自分の意思だと思っているモノは、そのように外から来て纏わされ、繰り返し染み付いた習慣みたいなものだ。期待だったり蔑みだったり、そのような呪いが自分だと思っているものを作っている。
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峨骨‏ @Chimaera925 4月25日
返信先: @Chimaera925さん

強い感情が生じた時、それは正当な根拠のある感情なのか、妬みから来るものなのか、自身のコンプレックスや歪んだ考えの癖から来るのか、人や環境から植え付けられたものなのか、感情を表出する前によく観察する必要がある。外に向けられる時、自身にも向けられている。炎は自身だけでは燃え尽きない。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年4月4日

他者がこう見ている、こう感じているという想像は大半が妄想。不安や気恥ずかしさは、環境から植え付けられた記号や思考の習慣から来る自身の産み出した想像。他者が自身に興味関心を持っていると根拠もなく思い込んでいる。自身はそこまで他者に興味関心を持っていない癖に。不思議なものだ。
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峨骨‏ @Chimaera925 2月13日

自分探し?本当の自分?そんなもの無ェよ。最初からありもしないものを有ると信じさせて、今の自分より良いものだと思わせれば、劣等感を持った連中は簡単に言いなりになる。そうして植え付けられた自分なんて概念は連中の考えた都合のいい概念だ。自分なんざありはしない。環境から染み付いた癖だ。
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峨骨‏ @Chimaera925 6時間6時間前
返信先: @Chimaera925さん

大抵の酔っ払いは自分は酔っていないと言うのがお約束。
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峨骨‏ @Chimaera925 6時間6時間前
返信先: @Chimaera925さん

自動的に生きさせる事で、本来は必要の無い商品を買わせ、毒にしかならぬ思想を植え付ける事が可能になる。自動的に生きている間は能動的に生きることも判断する事も無い。テレビが健康への不安を煽り「○○が体にいい」と言うと自動的に生きている人々はそれを買いにゆく。ネットでも一緒だ。
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峨骨‏ @Chimaera925 6時間6時間前
返信先: @Chimaera925さん

ま、別の体液かもしれぬし、どうでも良いのだ。教えられたお約束の通りに思考、精神や肉体が反応するというだけで、そこに己の自由意思なんぞありはしない。携帯を注視しながら歩く奴に自転車乗る奴、車運転する奴が行き交う交差点でも眺めていれば、自動的に生きている人間なんてのは見飽きる。
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峨骨‏ @Chimaera925 6時間6時間前

大抵の人間は脚本や埋め込まれたパターン、習慣に従って自動的に生きている。そこには自由意思な無い。これを見たら怒れ、喜べ、あるいはこれを見たら従え、このような態度を取れと教育されてパブロフの犬のように反射するのだ。涎の代わりに感動の涙かもしれぬし、喜びの涙かもしれぬ。
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峨骨‏ @Chimaera925 6時間6時間前

ビンタはもともと薩摩の方言。頭という意味しか無かったのに、現代のような暴力を指す言葉として認識されるようになったのは、それだけビンタが行われていたから。

路上ビンタは薩摩の警官がはじめた得意技だった!?
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喜多野土竜(心機一転二転三転)‏ @mogura2001 2016年11月28日

東京でのビンタは頬を平手打ちすることの意味だが、これも鹿児島弁では頭の意味。兵児帯も、薩摩でよく見られた帯の結び方が東京に普及したモノだが、兵児は郷中教育の二才(15〜25歳)に当たり、ヘコは本来は褌(下帯)の意味。いかに当時の東京の警官に薩摩出身者が多かったかの証左。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月22日

呼吸法で息を止める時、よくありがちな間違いは流れは止めない。息を吐ききって下腹部の筋肉が収縮した状態で静止する。この時、肛門を腸に引き込むように閉めた状態。喉で息を止めるイメージは誤り。緩めると息が入ってくる訳だ。緩めて空気が肺に入るに任せて、弛緩させたまま静止。喉で止めない。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月22日

水を一気飲みするみたいに喉は開けたまま。これが極意。歌うときもこうすると、歌がブツ切りにならない。フレーズが途切れても歌の流れが続く。歌わない箇所は休む場所じゃない。歌わない箇所も歌の一部。ここで休むとそこまでの流れが途切れてしまう。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月22日

呼吸の訓練では流れを止めない。息は生きること。流れを止めないように意識するとやり易いだろう。もっとも、俺の一番効率の良いやり方に最適化されているから流派(?)ごとにやり方があるだろうけども。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月22日

初歩段階では、上体に無駄な力を入れず脱力して息を吐く事を会得する。これを飛ばして吸う段階に行こうとすると無駄な力が入る癖が取れない。濡れた布を詰めた管楽器を思いっきり吹いても楽器は壊れはしないが、声帯は故障する。脱力して息を吐く事を体で覚えるまでは息を吸う事は意識しなくてよい。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月22日

一般的な腹式呼吸では腹を前後に膨らませるイメージだが、実際には下腹部の末端から内臓を押し上げるように収縮させ徐々に下腹部が凹み、次に腹部。丁度、切れかけの歯みがき粉のチューブを絞るような感じだ。上に押し上げるような動きだが、イメージでは体が沈み込むように。肩幅に足を開き行うと、
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月22日

地に根が張ったかのような安定感が感じられるだろう。意識と神経と筋肉を連動させて、より長く細かく制御して段階的に吐けるよう体作りすることで、限界まで声が振り絞ることができる。声帯に負担をかけず、体に負担をかければかけるほど大きく強く高い声が出せる寸法。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

ありがちな誤りが、大きく強く高い声が出そうとして上へ上へ意識を持っていくこと。足を踏ん張って下へ下へ行くのが正しい。喩え悪いけど、トイレで踏ん張るあの感じ。両足上げては踏ん張り利かない訳で。意識を上へ上へ持っていくと息の制御が甘くなり、首周りにも力が入る。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

呼吸の訓練はしっかりやっていれば必要な筋肉は勝手についてくる。上体を脱力してから、できるだけ時間をかけて徐々に筋肉を収縮させて息を吸い切った所で静止、筋肉を徐々に緩め吸った時間と同じ長さ息を吸い、静止。これを繰り返すことで発声に必要な繊細な息の制御が可能となる神経や肉体が作られる
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

中学の頃、ボーカルのトレーニング本を何冊も読んだけど、まず腹式呼吸について書かれていても一頁程度。具体的には書いてないし、それで身に付いたかどうかも解らない。息が身に付かないのにトレーニングや技術の話。スポーツで言えば競技に必要な知識や体作りが無いのにいきなり競技の技術練習。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

下半身の強化は別途必要か。俺の場合、スキー、スケート、剣道、陸上(短距離走と高跳び)でそれなりに鍛えていたから走り込みとスクワット、たまに站樁功
くらいしかやらなかったけど、粘り強く力強い足腰があった方が重心が安定して踏ん張りが効くしパワーも出る感はある。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

身長で声帯の長さが決まる。身長が高いと声帯も長くなる。声帯が長ければ長いほど低い声が出る。背が低いと短くなり高くなる。高音域を出すには有利だが、低い声はそこまで出せない。身長に体重、骨格、筋肉、これと癖で声は大体決まってくる。背格好や顔が似ていれば声は同じタイプになる。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

似たような背格好、顔の人間が居たって完全に一致する訳ではないが、カラオケ文化のせいか、何故か原曲の歌手に似ている歌い方や声が上手いとされる猿真似文化になってしまっている傾向がある。聴衆に受け入れられやすいからか、真似て下積みしてきたからか歌手もそうなりがちだけど、実に勿体無い。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

日本では教養として芸術を鑑賞する文化や素養はなかなか育たないだろうな。聴衆が芸術にシビアな評価を下して悪いものは悪い、素晴らしいものは素晴らしいと評価することも無いから、子供騙しや流行った歌手に似た二番煎じみたいなヤツが流行る。育成やプロモーションに時間も予算もかけられなくなって
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

来ているから、一発屋や昔流行った曲のカバー、どこかで聞いたような曲、外国で流行した曲の和製模造品だらけになる。単純にCDも売れなくなってきたし、キャバクラ商法や短期に流行作って経費回収しつつ利益出すやり方になりがち。利益の見込みが無いとGOサインも出ないだろうしな。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

呼吸の補足:息を吐ききったあとて脱力して自然と入ってくる過程を息を吸うと表現している。腹を膨らませて吸う必要は無い。脱力が身に付かない段階でそれをやれば息を吸おうとして余計な力が入りいつまでも脱力が体得できない。肩が上がって胸式呼吸になってしまい本末転倒。変な癖が付くと遠回りだ。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

歌手の歌真似して変な癖や喉を潰しかねない歌癖が付いてしまうと、なかなか治せない。自分自身の手で自身の声の力、魅力を掘り起こさなくてはならないのに、誰かの劣化コピーになってしまいがち。基礎が無いのにそれをしようとすれば、喉を潰しかねない。百害あって一理無しだ。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

役者は体作りから入るのに、歌はカラオケ等で誰でも歌えるから軽視されやすい。昔と違ってマイクや音響機器の性能向上で声が拾いやすくなり、編集やエフェクトも簡単に付けられるから声楽ほどは重視されないし、求められてもいないだろうが、何本もライブ演って持たないのはちょっとな。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

あの呼吸法は精神状態や力を入れる箇所、呼吸の加減によってツボに嵌まると呼吸するだけで快楽や多幸感が得られるパターンがある。ある種間違ってはいないがそのやり方はお勧めしない。呼吸だけで賢者モードになり日常や健康に支障が出る。それで悟ったなんて勘違いしても不味い。脳内麻薬の錯覚だ。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

そのようにはならないように書いているので恐らく危険は無いだろうが、偶然そうなる可能性もあるので。これで得てしまった神秘体験や特別な体験に思えるものは脳内麻薬の産物で錯覚だ。ほどほどに付き合って、快楽や優越感に溺れてはいけない。それは破滅の第一歩。引き返せ。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

敢えて心と書かないのは神秘主義やオカルトが入り込まないように。人間、期待すると見たいものを脳内で作り出して見てしまう生き物なので。そっちは無防備に踏み込むと実に危険で、良いことなど何一つ無い。カルトにハマるくらいならまだマシなくらいに。タチが悪いのを拗らせると人間として終わる。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

呼吸法で心身を健やかに、歌唱力を向上させ本来持つ声の魅力を引き出す。求めるのはこれくらいで充分だ。神秘体験や特別な力は求めてはいけない。欲や誘惑に囚われないと思っていても、求めないのが無難だ。そんなもの無くても人間は生きられる。いや、手段に依存するくらいなら最初から無い方が良い。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

ありがちなカルトのイニシエーションでまやかしの神秘体験をしてカルトにハマる者を見れば危険性は解るだろうから、これくらいで。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

人間ってのは、ある環境や条件、前提となる知識が揃うと簡単に神秘体験のようなものを脳内で作り出して体験してしまうので、研究する側としては面白いのだけどね。やってはいけない見本だ。それを悪用する連中は軽蔑に値する。風上にも置けん連中だ。恥を知れ、と。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月23日

白魔術だの黒魔術だの分類されているように見えるが本質は同じだ。まじないにしても呪い。どれも意識の変容の技術。使い方によっては他人の意思をねじ曲げる技術でもある。戯れに手を出して効果が無ければ幸い、あれば最悪。道具は使う者の倫理観に委ねられる。相手を幸福にするから白など単なる欲目。

韓国・朝鮮人元BC級戦犯者の証言‏ @Koreanbcqsenpan 4月6日

1942年6月に、朝鮮全土から三千数百名が日本軍の俘虜監視員として集められ、釜山・野口部隊に入隊した。そこで厳しい2カ月間の軍事訓練を受けた。叩きこまれたのは「軍人勅諭」や「戦陣訓」。捕虜の取り扱いについてはまったく教わっていない。毎日ビンタで殴られない日はなかった。李鶴来
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峨骨‏ @Chimaera925 6時間6時間前
返信先: @Chimaera925さん

未成年の新隊員をボコボコに 自衛隊に横行する旧陸軍の“伝統”
http://www.mynewsjapan.com/reports/959
>暴力事件で懲戒処分を受けた自衛隊員は、昨年度1年間で80人以上。うち、事件の詳細が国民の前に明らかになったケースは、ごく氷山の一角だ。
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峨骨‏ @Chimaera925 6時間6時間前

旧日本の軍隊では暴力による指導が当たり前だった。古参兵が新兵に対して指導や教育と称して暴力を振るい苛めやマウンティングを行うのは明治以降の日本の伝統。戦後、学校や企業、スポーツ界等に継承されて来た。流石に現代では直接的な暴力は無くなって来てはいるが、無くなりはしない。
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峨骨‏ @Chimaera925 5月17日

政府や企業の役に立たない、あるいは資本家や投資家の為に富を生産しないものは異常や障害とされる。しかし、公害や貧困を作り出し、社会や人へ害を与え、問題を創出してでも利益を出すような、良心やモラルが欠如した者は異常とも障害ともされない。それどころか、立派な者として扱われる。
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峨骨‏ @Chimaera925 5月7日
返信先: @Chimaera925さん

相手の言動を受けて、お約束のような反応なんぞしなくても良いのだ。仮に他者から罵倒されても、個人的にそいつが罵倒したというだけであって、萎縮しなくてはならない、服従しなくてはならないという決まりはない。そいつの脚本には相手は服従すると書いてあるかもしれないが。感情で捉えるな。
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峨骨‏ @Chimaera925 2013年9月17日

そこで労道が生まれる。社会人(会社員)としての精神論、規範、徳で己を飾り必要性をアピールし、他者を労道の序列に加える事で上位に立ったと錯覚する。「社会人として~は常識」といった徳目が増えていく。契約により労働の対価を得るのではなく、労道の為の労働となる。
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峨骨‏ @Chimaera925 2013年10月26日

目先の金儲けや娯楽にかまけて、国民が自分の権利を保持する為に必要な事を公に任せきりだった。会社に入に入って金儲けしていれば一人前の社会人。義務を果たしたからお上が何とかしてくれる。規制しろ、禁止しろ。そんな中で市民権だとか国民の権利なんて考えは生まれて来ない。
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峨骨‏ @Chimaera925 2014年2月21日

普通なら生まれて社会の構成員になった時点で社会人なんだけど、日本では会社に入る事が社会人(大人)という事になっている。成熟した大人にならなくても盲目的に組織に所属さえしていれば一人前の大人として認められる社会だ。そんな中で国際的に認められる成熟した大人になるのは難しい。
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峨骨‏ @Chimaera925 2014年4月2日

今の時期、テレビで新卒が「社会の荒波に揉まれ」「社会人になります」とかインタビューに答えてるけど、非常に違和感を感じる。生まれた瞬間から社会の一員となるのに、日本では労働者になると社会人と見做される。企業や国家から見た使用人を社会人と呼ぶ、不思議だ。
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峨骨‏ @Chimaera925 2014年6月17日

社会進出の定義がおかしい。働く事は社会進出ではない。オギャアと生まれたら社会人。社会の構成員だ。会社員になったら社会人?ハッ、仕事仕事で地域のドブさらいや宮掃除もやらない奴が社会人?働くのはテメェの都合だ。社会貢献ではない。金稼ぐのが貢献なら世の中もっとマシになってる。
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峨骨‏ @Chimaera925 2014年6月17日

会社員が社会人って頭で金にならない事を切り捨てて来て、人と人の繋がりだの無縁社会だ何だと今更言い出すのはおかしい。会社を通してしか社会にアクセス出来ない?会社員の人脈見て見れば解るけど、仕事上の取引先や同僚くらいしか繋がり無いぜ。狭い社会だこと。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年8月7日

与えられた役が苦しくとも耐えて努力すれば報われる、日本でありがちな思想。例えば与えられた役が奴隷で、努力したら報われて奴隷頭になれるかもしれない。しかし、奴隷以上にはなれない。
働いて、納税し、選挙に行けば社会人。法制度、各種必要な手続きを全く知らなくても。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年11月4日
返信先: @Chimaera925さん

社会人だから、仕事だから「仕方ない」。こうして些細な嘘や裏切り、反社会的な行為に手を染める。社会だと思っているちっぽけな会社のルールや常識に染まっていく。会社の常識は社会の非常識。自分の食い扶持を稼いで納税したら社会人?不思議な事だ。社会人なのに法も地域の事も何も知らない。
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峨骨‏ @Chimaera925 5月21日

日本ではビジネス、金儲けに貢献する事が社会的な活動とされる。一億総活躍にしても、社会人にしても、会社に所属して働く事だけが評価の対象。会社で働かず地域社会に貢献したり、子育てしたりするのは社会人ではないと。生まれた時点で普通は社会の一員、社会人なんだけどな。
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峨骨‏ @Chimaera925 2014年7月10日

序列に組み込まれた人々は単一の価値観が創りだした脚本を元に、勝手に脚本を想像してそれぞれの役割を演じている。脚本に従わない者に演技指導をする。「お前は子供の役なんだからこういう演技をしろ」「お前は店員役で俺はお客様役だからこういう演技をしろ」と言った具合に、脳内設定を押し付ける。
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峨骨‏ @Chimaera925 2014年7月10日

あくまで脚本上の役であってその人そのものではないし、舞台を降りれば演者に上下関係はない。しかし、起床から就寝まで国家という舞台の上で演じ続けていれば、その舞台が現実で役が自分だと信じてしまう。グリム童話の屠殺ごっこの話やスタンフォード監獄実験とまるっきり同じだ。
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峨骨‏ @Chimaera925 2015年4月30日

相手の性別や年令、職業、外見から役柄と筋書きを割り当て、筋書き通りのおままごとを求め、思い通りにならないと役柄を演じない事に彼らは怒りや不安を覚える。彼らもまた、誰かの脚本上のおままごとの上司や部下、父親や母親、恋人、労働者でしかない。自分の意思で演じるならばまた違うだろう。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年6月30日

日本人らしさや日本人の習性なんかも用意された脚本。人生脚本が演じられなくなると混乱する。本来は脚本など無いのに、幼少期から子供らしさや学生らしさ、社会人らしさを演じて来た者は脚本が無いと踊れない。そうして脚本を用意した既存の体制が自身に害をなすものでも、脚本の為に体制を守る。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年10月10日

峨骨さんが峨骨をリツイートしました

人々は与えられた脚本、学生や労働者、父親や母親、消費者、自分らしさを演じている。それらの脚本に逆らう者を見たとき、彼らは脚本を演じるよう矯正する看守や懲罰者に突如変貌する。労働者が経営者目線で労働者を非難し、貧困層が貧者を叩く。

峨骨さんが追加
峨骨 @Chimaera925
スタンフォード監獄実験 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%89%E7%9B%A3%E7%8D%84%E5%AE%9F%E9%A8%93 …
支配の手口。名称と規範的行動を用意し、フィクション等でそれを刷り込み、役割を振る。看守とは何か、囚人とは何か知っているから看守役は看守らしく、囚人役は囚人らしく振る舞う。男らしさや女らしさも後天的な…
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峨骨さんがリツイート
峨骨‏ @Chimaera925 2016年11月4日
返信先: @Chimaera925さん

命令や常識、地位や立場―――与えられた役割、脚本。これらに従い演ずる内に心は麻痺して死んでいく。他者の傷みも解らなくなる。そのようなゾンビを手駒として使役することで利益を得る。真の外道は自らの手を汚さない。実行したものを糾弾しただけでは意味がない。命令し、行わせた者こそが本体。
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峨骨‏ @Chimaera925 2016年11月26日
返信先: @Chimaera925さん

目的や理由の囚人は「しなくてはならない」「こうあらねばならない」の囚人だ。自身の意思では欲していない、「欲せよ」と命令されたから欲しているだけのロボットと差異は無い。支配にはさぞかし都合がいいだろうな。国産RPGみたいに主人公(自分)に役割や目的があり、その脚本に沿って生きる。
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峨骨さんがリツイート
峨骨‏ @Chimaera925 2016年11月26日
返信先: @Chimaera925さん

男であり、女であり、父であり母であり、恋人、友人、教師、学生、サラリーマン、ありとあらゆる演目と脚本、人生のテンプレが用意され、それを演じられる内は良いる。その脚本通りに演じられなくなるとアドリブが利かず混乱する。その混乱が現代ではないか。脚本、当たり前が当たり前でなくなった。
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峨骨‏ @Chimaera925 6時間6時間前

フライドポテト頼まなくても似たような事を言われるだろうな。日頃から「社会人として未熟な新卒は学生気分が抜けていないから社会人として教育してやらなければならない」という脚本が上司の頭の中にあるのが前提な。この前提は事実とは関係ない。「学生気分が抜けていない」と脚本に書いてあるだけだ


ぐだトマトさんがリツイート
聖☆司(ひじり☆つかさ)‏ @hijituka 11時間11時間前

エロ漫画家はいいぞ。今まで上下幅広い年齢のエロ漫画家さんと飲んだけど、上司とかないし、オタ話や原稿など仕事の話をできる仲間感があって楽しい。もっと飲みたい。フライドポテトで怒った人はいなかった。プリンをプルプルさせて「おっぱい」と楽しそうにする人なら何人もいた。
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ぐだトマトさんがリツイート
rundog@ボス‏ @rundog34 11時間11時間前

上司との飲みでフライドポテトを注文したら「いつまで学生気分なんだ」と怒られた 一体何がいけなかった?キャリコネニュース https://news.careerconnection.jp/?p=36020 @キャリコネニュースさんから 俺もそんな基地外上司と呑みたくねーよ
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月21日

だからこそ、それについての想いが溢れていって膨大すぎて言葉がすべて消費されつくしたとき、そのときの沈黙をただ待つの。言葉が続いてるときはまだ燃え尽きてないし理解されつくしてもいない。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月21日

知識なんていくら多く持ってもそれは器に過ぎないから中身が成長してくれば自然と手狭になってリフォームが必要になるのです。最終的にその器は無限のものになり表現ができないことになるでしょう。言葉をいくら尽くしても無駄なことを知れば、あれとかそれということになり、あとは沈黙するだけ。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月21日

かみさまは知れば知るほど何百何千の名前を持つことになるの。なぜなら、実体が大きすぎてひとつの形などにはおさまらないから、名前をたくさん与えないといけない。これをして何千の貌を持つという言い方もできます。何かを知るというのはそういうことだから、知識はただの器なのです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月21日

何かの固有名詞に入りきらないのが中身であり現実の実態。だから知識や名前という入れものからそれがはみ出して来たら、名前(形)を捨ててしまうのです。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月21日

誰かいとしい人に会いたいときに心の中でわざわざ名前をよんだりするのかな? あのひとや、彼、なにかの代名詞になったりしてない? すでにイメージが出来上がってる場合は固有名詞はいらないからです。あれ、それ、でいいの。つまり、神様ならThe Oneといいます。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月21日

それ故に名前というのはただの器でしかない。中身が入るまでの仮初のもの。知識ってそういうものだから。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月21日

象徴には名前がついてるけど、名前なんて忘れちゃったほうがいいの。それを見た瞬間に言葉が色々と思い浮かぶかもしれないけど、それよりも先に感覚とイメージが浮かばないとそれは使えるようにならないからです。
0件の返信 1件のリツイート 8 いいね
Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月21日


Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月21日

何かに名前がつかないと、名前が付いた者同士でなければ関連付けは起こらないのです。このことは実体験しないとなんのことか恐らく理解はできない。それだから、名前のない世界というのはそれぞれの事柄がすべて独りであり、まったく孤独な世界。関連付けという仲良し関係がないからです。
この関連付けとは分類が生じるということ。すなわち、名前を付けないとそれは分類できないようになってる。知識はそこから生じるの。それゆえに最初にロゴスありといいます。



Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月21日

これがどれほど恐ろしい瞬間なのかって説明できない。幽体離脱? そんなの知らないです。そんな話してないですし。
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Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月21日

なんか勘違いする人多いみたい。それに、関係ない話する。すべての言葉といったのは使える言語すべてが無効になる瞬間のこと。ロゴスを感じることができなくなるの。つまり、何らかの意味づけが作られない状態。だからモノとモノの関連付けが行われなくなる。リンゴ→赤い/丸いというのが無効になるの


Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月21日

そういえば夢の中で失語症になったことがある。夢の中とはいえ、何らかの言葉で考えたりすることはできるのに、どんな言語も使えなくて絶海の孤島に放り出されたような気分だった。考えること自体が困難で感じることしかできない世界。そのあとで「回線」がつなぎなおされた。

Angeliqua@らっこイーター‏ @Ripple1975 3月21日
聖剣はいつも家の戸口から出たらすぐ目の前に刺さってるの。多くの人がそれを引っこ抜く勇気を持てなくて、迂回しながらほかの聖剣を探そうとする。でも、どの聖剣も偽物で、最後にはお家の前に帰ってくるのです。これがエクスカリバーの伝説。それが一番使いたくない聖剣だからです。(^^;
お家の前に刺さってる聖剣は呪い付きですからね。本当に覚悟ができるまではただの木の棒にしか見えないから。凡庸で貧弱な武器にしか見えないの。でも、気づいたときにはそれを引っこ抜いてやっと自分の道を探し始めて本当の冒険が始まるのです。


15秒で訓練なしにできる記憶力を倍増させる方法
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-494.html
繰り返しはあまり役に立たない

 ものを覚えるのに、今でも頻繁に使われる方法に《繰り返す》というのがある。
 これは思ったほど(一般に思われているほど)効果がない。

 
 記憶システムを短期記憶と長期記憶から構成されるものとするレトロな二重貯蔵モデルにおいては,繰り返し唱えたり書きなぐったりして、記憶したい情報を反復することで,短期記憶から情報が失われないようにすると同時にその情報を長期記憶へと転送させるのだと考えられていた。
 ところが,情報を単に反復することに時間を費やしても,必ずしもそれが記憶として定着するわけではないことがその後分かってきた。
 現在では,こうした《繰り返し》は維持リハーサル maintenance rehearsal(または1次リハーサル primary rehearsal)と呼ばれ,情報を短期記憶に一時的に保持させるに過ぎないと考えられている。


記憶技法はめんどい

 情報を長期記憶に送り込むには、同一の符号系列の単純な反復である維持リハーサルではなく、情報に対するイメージの構成や意味的処理によって既有知識と関連づける精緻化リハーサルが有効である。
 記憶したい情報を相互に関連づけたり情報の意味づけを行う、いわゆる《深い処理》にあたるものだ。
 単語のスペルや音韻に注意したり,繰り返し読み上げたり書き写したりするような「浅い」処理を行うよりも,意味を考えたり,イメージしたり、自分の経験と関連づけるような「深い」処理を行う方が,その単語の保持成績は優れたものになる。
 記憶したいものをカテゴリーに分類したり,記憶すべき項目をあらかじめ決めた場所に置いたり,各単語や単語リストのイメージを作るというイメージ化することも、これにあたる。
 いわゆる記憶技法や記憶方略として知られているものは、この《深い処理》をプロセスに含んでいる。
 
 しかし問題は残る。
 
 記憶技法は、それなりの準備や訓練を必要とするものが多い。
 《深い処理》自体が難易度が高い方法だったり、そうでなくても手間暇がかかることが多い(手間暇をかけ、簡単にすまさないから「深い」処理になるのだとすら言える)。
 記憶技法や記憶方略は、それぞれに効果のあるものなのだが、思ったほど普及しないのは、ぶっちゃけ「面倒くさい」からである。
 
 では、とりあえず《繰り返す》よりはましで、《深い処理》ほど面倒くさくない方法はないのだろうか?
 
 もっとずっとシンプルで、特別な訓練も、特殊な準備も必要のないものは?
 
 
ただ《持っておく》こと

 紹介するのは、あまりに地味なので、意外に知られていない方法である。
 

 A.誰かに読み上げてもらった単語を、すぐに復唱する
 
 B.誰かに読み上げてもらった単語を、15秒間待ってから、復唱する
 

 これはすぐに実験できるから、AとBをどちらも試してみよう。
 
 Bのやり方の方が、圧倒的に記憶に残る。
 違いは「15秒間待つ」ことだけである。
 
 
 短期記憶に情報が保持される時間はかなり短く、通常15秒(長くても30秒)程度と考えられている。
 それを超えて記憶を保持しようとすれば、情報を処理せざるを得ない。
 記憶したい情報をただ流すのでなく、少しの間「持っておく」ことで、情報処理プロセスを作動させる訳である。

 

4つの基本技

 では「15秒待つ」ことを組み込んだ記憶法の4つあげよう。
 4つというのは2種類のインプット(聞く/読む)と2種類のアウトプット(言う/書く)を掛け合わせた数である。
 どれもシンプルな方法なので、いろんな記憶技法や記憶方略と組み合わせることも簡単である。


(1)delayed repetition 聞く→言う

 時間差復唱。
 耳で聞いた情報(たとえば単語や文)を、15秒待ってから、復唱する。
 
 
(2)delayed dictation 聞く→書く

 時間差ディクテーション。
 耳で聞いた情報(たとえば単語や文)を、すぐに書き留めるのでなく、15秒待ってから、書き出す。
 

(3)delayed copying 読む→書く

 遅延写経。
 読んだ情報(たとえば文字や単語や文や数式など)を、すぐに書き写すのでなく、15秒間待ってから、何も見ずに書き出す。


(4)Read & look-up 読む→言う

 時間差音読。
 読んだ情報(たとえば文字や単語や文や数式など)を、すぐに発音/発声するのでなく、15秒間待ってから、何も見ずに唱える。”

(保存版)覚え方大全/自分で選ぶための53種の記憶法カタログ
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-518.html

古今東西の記憶術をざっくり7つにまとめてみた
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-333.html

復習のタイミングを変えるだけで記憶の定着度は4倍になる
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-499.html


村久道‏ @Lawcojp 2014年5月19日

NHKクロ現「追跡“出家詐欺”」だが、困窮した寺を使って多重債務者に得度させ、家裁で戸籍を法名へと変えさせる。ブラックも消えて人生リセット!名前を変えた多重債務者が偽造源泉徴収票を提出して住宅ローンをだまし取り、詐欺容疑者となって、行方をくらませる。人生リセットの無間地獄。

安田美絵(遺伝子組み換えでない)‏ @MieYasuda 2014年5月14日

今日NHKのクローズアップ現代でやっていて驚いたのが「出家詐欺」。得度をしてお坊さんになり、法名をもらって、家庭裁判所に申請すると、それを戸籍上の下の名前にできるという。名前を変えて人生をリセットし、債務を帳消しにするなど、犯罪に使えるという。宗教が犯罪の温床になる危険性を指摘。

山杉本治‏ @yamasugi_moto 2013年7月21日
「ブラック企業」「リストラ」などとカタカナ英語で表現するとソフトに聴こえるが、実態は「違法企業」「首切り」だ!ちゃんとそう日本語で言えばいいのだ。

ゆとりーな‏ @Ri7_u10 2015年7月19日
僕「(拙い英語)院の後輩が入った会社がいわゆるブラックで〜」 知り合いのカナダ人「(拙い日本語)ブラックは人種差別を連想させるからやめとけ。英語では"sweat shop"かな。それから日本人はブラックなんてオブラートに包んだ言い方せずに"illegal"って言え」 僕「はい」


つきなたこねこ‏ @coneko 2015年7月19日
へぇぇ、英語でブラック企業って『Sweat shop(搾取工場)』って言うんか。あと日本人ってなんでも通称とかアダ名を付けて表現を柔らかくする悪い癖あるよね。違法(Illegal)企業でええやんな >RT

眞境名@お仕事中‏ @bot_makina 5月28日
よく「ハートフルなホームドラマ!」とか宣伝したり、企業名にハートフルを使っちゃったりしてるの見掛けますが、これは和製英語でですね、実際にはないんですね。それどころか、実際に英語でハートフルといえば『hurtful=苦痛的な、有害な』って意味に聞こえるので、使わない方が無難ですよ。

てっこ(原料の一部に豆類を含む)‏ @tekko_mamerui 2016年8月2日
返信先: @tekko_mameruiさん
おいらは英語喋れないけど、日本人が英語習得に際して障壁となるのは、カタカナ語、和製英語だという説もあるな。大手マスコミがあえて、日本人の英語マスターを邪魔立てしておいて、英会話スクールの広告を流すんだ。すげえシステムだな。

高田ゲンキ‏ @Genki119 14時間14時間前

ドイツでは、まだ使える不用品を、捨てるのではなく箱に入れて「zu verschenken(差し上げます)」と張り紙をしておくと、道行く人が物色して持っていくのが一般的なんだけど、今日はとうとう散歩中にその日本版に出会った! 日本ももっとみんなこれやったら良いのに。とてもエコ。

孔子の論語 子路第十三の三 名正しからざれば則ち言順わず
http://blog.mage8.com/rongo-13-03

孔子の論語 述而第七の二十 子、怪・力・乱・神を語らず
http://blog.mage8.com/rongo-07-20

孔子の論語 先進第十一の十二 未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん
http://blog.mage8.com/rongo-11-12



終わりの唄

埋め込まれた そのお名前に~♪
囚われて吉夢(アクム) 見続ける~♪
無意識の底に 沈みこみ~♪
アーあなたの 吉夢(キチム)、履き違~い~♪
7 7
5 8
7 4
6 7

履き違いと「喜(ばしき)既知外」の掛詞♪

お読みくださり感謝感激あめちゃんあげない。

冬至の祭のプレゼント(クリスマスとは言わない)! カバラと魔術系良ツイートと、ダイアン・フォーチュン『神秘のカバラ―』の再読メモ  

人間の本体は脳じゃない。首の後ろ。脳が欠けても生きられるが首が欠けたら死ぬ!

陰謀論でカバラカバラうるさい奴のカバラがクリスチャン・カバラばかりなのに気づけよ!
ユダヤ・カバラにイエス・キリストが登場するわけねーだろ!


#日ユ同祖論 の年代矛盾。
ダビデの星がユダヤの象徴になったのは十七世紀から(イエズス会製)。
伊勢神宮のダビデの星がある石灯籠の設置は戦後。
ユダヤ・カバラで生命の樹理論の元型ができたのは12世紀(盲人イサク)から。
クリスチャン・カバラ(生命の木中心)は15世紀にピコが創始。


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年12月25日
【クリスマスプレゼントの豆知識】
ゾロアスター教では犬は神聖で
一番神聖な犬はカワウソ。
ヤマアラシもハリネズミも犬。
カワウソ、ヤマアラシ、ハリネズミはイヌ科、いいね?
”鼻先の尖った内気な犬、ハリネズミである”
(拝火教経典『アヴェスター』)
RTで配達にご協力お願いします!









(だからサイヤは野菜。金髪になってオーラ=気が見えるようになるほど強くなるからね。
尻尾を持ったままのサイヤ猿宇宙人が月を見ると大猿になるってことも重要。
覚醒すると金髪になる宇宙人って北欧系思想ですね。
鳥山はチベットとインドとドラゴンが大好き!

大猿は猿の巨人。あれ、やっぱり進撃の巨人って……
進撃はもっと話が進んだら考察するよ。

↓独自性=純粋、純血、~発祥、周りからの影響なくなど非現実なレベルでのオリジナリティ信仰

閉店です ‏@lakudagoya 10月8日
やたらと独自性にこだわるのは、悲しい歴史を持つ国だけですので気をつけましょう。
なんか神道カルトがよく使う、アーリア人(笑)を日本人に主語を入れ替えただけの白人のお古の独自性なんていりませんって。

ユダヤを疫病のように扱っててさ、デザイナーがイエズス会ってバレバレなんだよwww)































クリフォト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%88
”クリフォト(Qliphoth、קליפות)は、ユダヤの神秘主義カバラにおける悪の勢力もしくは不均衡な諸力を表す概念である。

「クリフォト」という言葉自体はヘブライ語で「皮」「殻」を意味するクリファ(qlipha, קליפה)の複数形である。
〔…〕
邪悪の樹(Tree of evil)はクリフォトを図式化したモデルのひとつである。 邪悪の樹は最下位のセフィラであるマルクトの下方に伸びており、生命の樹を逆さまにした構造を持つ。 邪悪の樹の各球体には様々な悪徳と悪魔が対応する。 また、球体の番号にはそれぞれ虚数単位を意味する「i」が付けられている。

日本では「トワイライトゾーン」誌に掲載された魔術に関する記事でこの図式が紹介されたが、その情報源はウイリアム・G・グレイ(William G. Gray)の The Tree of Evil である。魔術の学院I∴O∴S∴の学習主任である秋端勉も同じモデルを採用している。

各悪徳及び悪魔は以下のようになっている。

1i サタンのバチカル(Bacikal、無神論)
2i ベルゼブブのエーイーリー(Iweleth、愚鈍)
3i ルキフグスのシェリダー(Sheriruth、拒絶)
4i アスタロトのアディシェス(Adyeshach、無感動)
5i アスモデウスのアクゼリュス(Akzeriyyuth、残酷)
6i ベルフェゴールのカイツール(Kaitul、醜悪)
7i バールのツァーカブ(Shakah、色欲)
8i アドラメレクのケムダー(Chemdah、貪欲)
9i リリスのアィーアツブス(Aiyatsbus、不安定)
10i ナヘマーのキムラヌート(Qimranut、物質主義)

(秋端勉『実践魔術講座』硯文社、第9・10章を参照)
〔…〕
Magical Correspondences by Bill Heidrick:クリフォトを含む魔術照応表

最終更新 2015年11月6日 (金) 15:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。)

Magical Correspondences---Heidrick
http://www.billheidrick.com/works/mcor.htm














三つ編みヘアーだしな!w 両者ともw

(『マギ』のマギは全員三つ編み。結社員のサイン。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年12月13日
プラトンと同じく『マギ』にも輪廻思想がある。最上級の魔法使いであるマギは生まれ変わる。
マギの特徴は三つ編みで、インドの三神一体とカトリックの三位一体を意味する。
フィクションに多い平行世界論は神がこの世界にいないなら異世界にならいるはずだ!というキリスト教に都合が良い思想。







あれ、そんなに語り合うほどの内容 だったか?
マシュはくたばったままの方が良かった ね。
奈須が仏教シンパ(本当は仏教の解釈 に失敗してただのニーチェ的ニヒリズム なだけだが……)なのはらっきょの頃から そーだろ?
奈須がニーチェ好きなのは、ニーチェ が反キリスト教家だったのも関係してる だろ?
で反カソリックの皮を被ったプロテスタ ントという別のキリスト教が作った
新興カルトにどっぷりハマったw
同業者の山本弘とかも同じビョーキ に掛かってるだろ?w
プロテスタントの新興カルトは 石屋教って奴な!
三角に目ん玉付いてるマスコット キャラのとこね。 奈須の尊敬するラヴクラフトの祖父の ジジィも入信してた新興カルトねw

ゲーティアさんのお話は「ガチャ」 と「爆死」に例えると理解しやすいよ。
「我々は多くの爆死者を見てきた。 もう沢山だ。FGOは一度スタッフを 全員解雇してゼロから作り直さないと ダメだ。 我々はガチャを無償で引き放題にすれば 良ゲーになると思う」
ゲーティア 「だがFGOをゼロから作り直すには 膨大なリソースが要る。お前らのデータ も全部飛ぶ。だが、やる価値はあると 思う。」
「ソロモン塩川……!この無能 ディレクターめ‼︎ お前はFGOがバグだらけなのを知って いながら放置してきた!」

ゲーティア 「ぐだ子よ…!何故だ⁉︎ 何故爆死すると分かっててガチャを 回すのか⁉︎」 ぐだ子 「ただ回す為に」 ゲーティア 「ファ⁉︎⁉︎」

ゲーティア 「私の聖昌石も無限ではなくなった… だが!爆死すると分かってても 私の意地の為に、10連させて貰うッ!」 「たった一回しか回せなかったが、 生まれて初めての盛大な爆死だった… 初めての経験だ……」

フォウ 「マシュ。聖昌石が0の君はゲーム オーバーだけど、僕の貯めた欠片で もう一回コンテさせてあげるよ」 マシュ 「マジで⁉︎ ラッキー♡」

ダヴィンチ 「さ!この呼符10枚を使って二人で ガチャを回してきたまえ!」 マシュ 「先輩、私、塩川さんから聞きました… 呼符でも稀にバグで金ビリビリから 星5鯖が出る事があるって……」 ぐだ子 「ああ、だからガチャは止めれない」
アルテラ 「ガチャは良い文明!」 一部完

燈火 ‏@to_moshibi 12月16日
燈火さんが燈火をリツイートしました
「大辞林 第三版の解説」より ①身近な人々への愛情。 ②キリスト教倫理で、他者たる隣人に対する愛。 https://kotobank.jp/word/%E9%9A%A3%E4%BA%BA%E6%84%9B-411254 … 友愛=隣人愛と同義であることより、友愛の中核が何なのかがはっきりしています。
燈火さんが追加

燈火 ‏@to_moshibi 12月16日
以下のリンク内において「世界大百科事典 第2版の解説」の項に注目すると、「友愛は〈博愛philanthropy〉〈隣人愛brotherly love〉と同義である」と書かれています。確かに宗教関係の用語としても使われていますね。 https://kotobank.jp/word/%E5%8F%8B%E6%84%9B-650203 …







fategoも輪っかで地球吹っ飛ばす 話だったし、オバマも広島で三角に 輪っか引っ掛けてたしなー
シュローモの輪っかの72柱なんざ 黄道(24節気を三分割=72)の事だから 太陽だろ?
でドレイクの決め台詞が「太陽を 落とした女」。
冬木の爆心地が遠坂邸でイシュタル凛 が天の牡牛だかなんかを落としたんだろ?w 「太陽を落とす」ってのは当然 核ミサイル着弾の事だから、やっぱ 汚染ピッコでなんかやらかすんでね?
AKIRAでも東京にエレシュキガルちゃん の穴ボコが空いてる予言がされてたん だろ?w
Vガンダムも輪っかで全人類を 赤ちゃんに戻すって話だったしな!

ぐだトマト ‏@pteras14 2016年12月28日
まどマギ如きで感動する輩って結構
多いんだな。

もっと色んなアニメやアニメだけじゃ
なくて映画や演劇も見ようぜぇ〜




(とまとさんがRTしたイラスト付きツイートに対して)
絵が上手いという理由でRTしてる わけじゃないんだぜ? 冬コミ前の絵師や漫画家、専門学校生共 の営業活動がfategoの最終章を利用し 捲って滑稽なのを皆んなに知って貰う 為にRTしてんだw
専門学校ではイラストレーターは 商業美術屋(クライアントの依頼通りに 描く人の事)で、自分の絵を描いて オ◯ニーしたい奴は「画家」を目指せ! と、檄入れてたけど、むしろ逆だよ。 お前らそんなに「金」の為に絵描かさ れるの好きなの?
「画家」がオ◯ニーなら、 イラストレーターや漫画家なんて ただのドMじゃん。 三角目玉なんか毎日描かされて 何が楽しいのかサッパリ分からん。 え?「金のため」だって⁉︎ 悲しいなー 藝術や美術ってそんなに程度の 低い活動なのかねぇ……
ほらほらw こーゆーのねww 飽きもせず商魂逞しいわー 現代アーチストさん方はw
いや、まぁ本人の自由だから好きに やって貰って結構なんだけど、 これだけ研ぎ澄まされた高い技術 持ってんのに、「金」という枷が なければもっと凄い作品作れそうなのに 残念だなぁーって思ってね。
え?「金」という動機があったからこそ 俺様の絵の技術がクライアントの厳しい 要求に応える為にここまで頑張って 上げて来ただって⁉︎ その程度の動機で身に付いた技術なんざ そもそもその程度のなんちゃって美術 だったってだけの話さ。
なんかリーナスの名言であったよね? 微軟は金儲けの技術がなんちゃら〜って ヤツ。 正にその通りだと思うよ。
いや、マシュの絵があまりにも大量に 垂れ流されて来るからいい加減ウゼェ と思ってね。#FGO #FateGO

ぐだトマト ‏@pteras14 2016年12月29日
言っておくが、FGOのストーリー最高
とか言ってるニーチェまで読んで哲学
は精一杯って連中、今連載中の少年
サンデーの「マギ」もまんま同じ
ストーリーだぞ?

地球の全生命を無に帰してリセット
しちゃおうぜ!ってお話。
2chのiOS版スレとか気持ち悪いわ。 チェンクロのシナリオライターが FGOの最終章をベタ褒めしてたとか。 どんだけ引き出し狭いんだよw
カルトや結社の入れ知恵以前のレベル だから何でこういう似たような ストーリーばっかになるのか教える けど、基本、物語作りってのは 「Demise」と言ってメインテーマと 言うか伝えたいメッセージを決めるの。 で、大体、哲学から引っ張って くるの!

これは映画でも何でもそう! で問題は物語論ってのは基本 アリストテレスの三幕構成論が スタートだし、哲学も最初から勉強 するときギリ哲から手を付ける。 ところが大体読みづらいカントの 辺りで皆んな挫折してニーチェ辺りで 投げ出すのよ。
ギリ哲自体が膨大な上に、ローマや 初期キリスト教神学も含めると半端 じゃない量な上、日本人なら当然 仏教学ぐらいはやらないといけない。 だから、結局「心の哲学」みたいな 比較的新しい分野までカバー出来る 奴がいないの!
ギリ哲自体が場所の関係もあって ペルシャ(イランの辺り)からの パクリが多いから、どうしても同じ アーリア系のインド哲学に近くなるのよ。 大体の知識人がギリ哲でもうお腹一杯 状態になるから、ハリウッドも含めて ギリ哲偏重な脚本が多くなる。
最新の哲学までちゃんと途中の ポストモダンも飛ばさないでやれば、 ギリ哲みたいな時代遅れな骨董品 なんかとっくに卒業してるの! 神学も同じで古くさ〜い、バルトの 本しか置いてないから原理主義っぽく なるのよね。
まぁ、ギリ哲でも突っ込んで極めて くれりゃまだ良いんだけど、日本の 作家って小説しか読まない奴が多いから 皆んなマギの大高忍みたいなチンケな ニーチェの使い古しのネタをグルグル 使い回すし、漫画家や作家を監督する 編集者も似たようなもんだから。
まぁ、読者も無学で無教養でコミケ でお気に入りの美少女キャラの ケツを追い掛けるだけで精一杯の 知能みたいな連中が多いから、 出版社側も作家側も「ほら!売れてる じゃないか!」って結論になるから 一向に程度が上がらない。














悪の樹・クリフォト教義
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/shinpi/aku.htm
”あらゆる宗教において、「悪」の考察は外せない。
(…)
 クリフォトの教義は、盲人イサクの系統を継ぐカバリストであるトドロス・ベン・ヨセフ・ハ・レヴィ・アブラフィアという13世紀後半の人物よって、よく知られるようになった。
 トドロス・アブラフィアは、グノーシス派の影響を受けている人物で、そういった思想を持ったカバリスト・グループにも所属していたらしい。
(…)
 このクリフォトと言う言葉は、「殻」という意味である。それも卵の殻のような「外殻」の意味を持つ。
 これは、エゼキエルの幻視と関係してくる。「エゼキエル書」の第4章1節に「北のほうから激しい風が大いなる雲を巻き起こし、火を発し、光を放ちながら吹いてくるではないか。その中、つまり火の中には、琥珀金のような輝きのようなものがあった」とある。
 これは、「神性」が4つの「殻」で囲まれていることを示すという。すなわち、中心の「琥珀金のような輝き」こそが、「神性」である。しかし、それは4つの「殻」に包まれている。一つ目の「殻」は「激しい風」であり、2つ目は「大いなる雲」、3つ目は「巻き起こる火」、4つ目は「その火の周囲の輝き」であった。これは、とりもなおさず「神性」は常に、こうした「殻」に囲まれた形で出現するということでもある。
 この「殻」は、「悪」である。
 ずっと後世(16世紀)のイサク・ルリアは、「悪自身の中に善の閃光がありえる」とした。
 この教義は、やがて合成され、これは、「善」は「悪」と殻と実のように結合されている、あるいは「善」は「悪」の内に見出されることもある。また、その逆も然り。ということにもつながるようにもなった。
 いわば、これは「悪」と「善」は表裏一体、隣合わせの存在でもある。言ってみれば、「クリフォト」は「セフィロト」の硬貨の裏側のような存在でもあるのだ。
 しかしながら、本来、「クリフォト」というものは、独立した原理でも要因でもない。これは「セフィロト」それ自体の不均衡な破壊的側面のことにすぎない。
 「セフィロト」においては、均衡が重要になってくる。しかし、完全なる均衡、完全なる安定は、同時に不動の状態であり、それでは進歩は望めない。だからこそ、「樹」には、対象的なシンボルが存在し、それはお互いに干渉し合い、引き合っている。「樹」の「安定」は、慣性の安定ではなく、緊張の安定である、とも言い換えられるだろう。例えば「コクマー」と「ビナー」の関係などがそうだ。
 これは二つの崖に架けられた吊り橋にも似ている。両の崖の橋から引っ張られるからこそ、橋はピンと立ち、安定していられる。しかし、片方の崖ふちから引っ張る力が無くなれば(すなわち切られてしまえば)、橋はまッ逆さまに転落してしまうであろう。
 しかし、この緊張した安定にも、問題はある。互いに引っ張り合っていると、たまに力が片方に偏り、不均衡な状態に陥ることがある。これが「クリフォト」の状態なのだ。
 「クリフォト」の球である「クリファー」は、「セフィロト」の球である「セフィラ」の流出の過程で、こうした不均衡な状態の現れとして出現した。例えば、ケテルがコクマーを流出した時、その力が余分に出来て、力があり余ってしまった。余ったがゆえに力が過剰となり、不均衡が生じた。この病的な過渡期の状態の時に、ケテルに対応する「クリファー」が生じる。
 すなわち、「クリフォト」は、「セフィロト」の流出・進化の過程で、周期的に生じてしまう均衡の喪失の位相の間に抑制が効かなくなって生じた存在であるのだ。
 したがって、こうした「悪」を切り離したり、消滅させようとしても無駄である。それは本来あるべき姿の不均衡な結果にすぎないからだ。だから、カバリストは「悪」を消滅させようとするのではなく、それを補い、調整を取ることによって、「クリファー」が生じた「セフィラ」に再吸収させなければならない。

 例えば、先の例で言えば、ケテルの過剰な力から生じたクリファーを解決するのは、ケテルと引き合っているコクマーを活性化させることにより、両者のバランスを取り、中和させればよいのである。
 「樹」を登って、修行を行おうとする修行者にとって、この考えは重要である。
 修行の過程で、何らかの不均衡が生じると、そこにクリフォトが生まれ、修行者はそこに転がり落ちるかもしれない。
 
  これは「創世記」に出てくるヤコブの子らと戦って滅亡したエドム11人の王にも例えられた。創造の過程に置いて、神が不要と見なした物を破戒する作業でもあった。「創世記」で語られるエドム11人の王達の死は、いわばこの破壊のシンボルと見なされることもあった。クリフォトはこの王達の残滓である廃棄物で作られた「悪」の勢力にも例えられた。
 これは、修行でいうのなら、修行者は自分の内部の人格が不完全であるとこを、まず自覚する。そして、より高次の人格を作るためには、この人格を再構成しなければならない。再構成を行うには、古い建物の一部を破壊しなければならない。当然、破壊すべきは「悪」の部分だ
 エドムの王達は、その人格のある部分を象徴しており、この「創世記」の物語は、精神の各部分の相互作用を象徴しているとも言えるのだ。
 もっとも、破壊とはいっても、要するにこれは「均衡の獲得」に他ならない。エドムの王達との戦いは、「不均衡の王」達との戦いである。
(…)
 また、クリフォトはセフィロトと同様に図式化することも可能である。
 それは、セフィロトより下向きに伸びている、逆立ちした樹である。これは「生命の樹」に対して「邪悪の樹」と呼ばれることもある。
各セフィラに「ケテル(王冠)、
コクマー(智恵)、ビナー(理解)、
ケセド(慈悲)、ゲブラー(唆厳)、
ティアファレト(美)、
ネツァク(勝利)、ホド(栄光)、
基盤(イエソド)、
マルクト(王国)」とあるように、

クリファーには
パチカル(無神論)
エーイーリー(無神論)〔引用者注:「愚鈍」が正しい)、シェリダー(拒絶)、
アディシュス(無感動)、アクゼリュス(残酷)、
カイツール(醜悪)
ツァーカブ(色欲)、ケムダー(貪欲)、
アィーアツブス(不安定)、
キムラムート(物質主義)
と名づけれられることもある。そして、セフィロトに神名や天使の位階が照応されるように、悪霊の位階やその他の物騒な名前も割り当てられている。
 とは言うものの、こうした突っ込んだ理論は魔術カバラのものであり、ユダヤ教カバラの、少なくとも正統派では、あまり考察されたことはない。そもそも、ユダヤ教カバリスト達は、天使については熱心に研究を行ったが、悪霊にはあまり関心を持たなかった。
 クリフォトのより詳しい象徴体系については、「The Sorcerer and His Apprentice」(Gilbert編  Aquarian社)に収録されている、メイザースの講義録を紹介することで、終わりにしたい。

 
「ユダヤ神秘主義」 G・ショーレム
「ユダヤ教思想における善と悪」 シャローム・ローゼンベルク 昇光書房
「カバラー」 チャールス・ポンセ 創樹社
「カバラ Q&A」 エーリッヒ・ビショップ 三交社
「神秘のカバラー」 D・フォーチュン 国書刊行会
「魔法入門」 W・E・バトラー 出帆出版
「トワイライトゾーン」誌 No.153 KKワールドフォトプレス
「The Evil of Tree」 W・G・Gray WEISER”




ねこた消滅ツイート要約 「本家ユダヤカバラはスピノザに影響を受けている
日本のカバラが本物と言う奴は、生命の木理論が15世紀から登場したこと、生命の木なしカバラや、ハシディズムの義人思想とか一切知らない
口当たりのいい情報だけを集めてたら、カルトの術中」

「セム語は各文字に対応する意味と数字がある。暗号化可能。子音だけを繋げ読む。
これはアラビア語やセム語の影響を受けたギリシア語や一部ラテン語でも同じ。
日本人が本当のユダヤならセム語の特徴を何故捨てた?
シュメールは膠着語。ヘブライ語やアラム語のセム語と違う」

「エッセネ派はお金が嫌いで独身主義なのでユダヤっぽくない。子孫繁栄と現世利益が強いのがユダヤ教。
タルムードから引用される寓話とかユダヤジョークとか極めて現世的。
六芒星をユダヤの象徴にしたのはイエズス会。当時のラビは猛反対。中世以前にユダヤ=六芒星の象徴なし


「日ユ同祖論が旧約なら日本にヘブライ語のトーラーがあるの?日ユ同祖論の資料は嘘ばかり。
多神教の古代イスラエルはパレスチナ周辺の民族と何が違う?
書物の宗教だからユダヤ教は特異
アラビア語のルーフはヘブライでルアク 天使=アラビア語のマラークはヘブライではマラキム



ユダヤ教徒は教育の民。五歳からヘブライ語の聖書を学び、ユダヤ学院で一日中タルムードの勉強。ようやく30過ぎてカバラ。ヘブライ語の聖書も読めないのに日本の本当のカバラはおかしすぎ。カバラは聖書をどう読むかという話
ニクダーのないヘブライ語は何語とでも同祖論作れる

ユダヤ教のまともな知識もない奴が鼻息荒く日本人は本当のユダヤ人だと言う。
トーラーとタルムードを学ばないのは何故?
日本の本当のカバラと言う奴は、ユダヤ教神秘主義がイスラームみたいに律法=戒律を熱心に守ることを言わない。
騙されてたほうが気持ちいいんでしょうね

ユダヤ教の知識なしで日ユ同祖論は信じる人が多すぎ。この人達はユダヤ教やヘブライ語のアレフベートを勉強しない。
聖書神話の中に閉じ込め行動させる技術。だから黒幕は神話を操る。
日ユ同祖論とユダヤ陰謀論という一見アンビバレントなものも聖書神話を日本人に吹き込むため」







” 第2期(成長期)10~12世紀
「創造の書」を中心にし、発展… これ以前のカバラ思想が、神学的な思弁・瞑想に留まっていたのに対し、宇宙論や「宇宙の創造の過程」、と言った考察が始まる。ピタゴラス主義が流入…”
工作員が無視する生命の木なしユダヤ・カバラ時代!

” 第3期…12~16世紀
「バヒルの書」登場… 「生命の樹」の概念が作り出される… 「ゾハール」が表舞台に登場…
輪廻転生(!)の思想も取り込まれる… 生命の樹の理論の原型を作った盲人イサク…
キリスト教へのカバラ移入が始まる”
盲人イサクは1165年生まれ

”第4期(後期完成期)16~17世紀
「ゾハール」の研究、本格化。
ゲマトリアを始めとした文字によるカバラの体系も完成…我々が知っているカバラの形が、整えられる…
キリスト教カバラも活発化”
工作員が言うカバラはクリスチャン・カバラに偏っている。黒幕がバレバレ

”第五期(衰退期)17世紀以降
サバタイ・ツディ運動で異常な盛り上がりの後、急速に衰える。 護符や呪文を用いた魔術カバラが盛んになる。 ユダヤ教カバラの魔術書「ラティエルの書」出版…
正統派ラビ達は、次第にカバラを異端視…ユダヤ教カバラは、事実上、消滅”←!

キリスト教カバラおよびオカルティストの魔術カバラだけが生き残る… ユダヤ教カバラは…ショーレムの登場によって、20世紀になって、復活… 魔術カバラは…キリスト教カバラの流れを組む”
ユダヤ・キリスト・魔術カバラの3区分も盲人イサクも出ないカバラの歴史≒カルト製




彼は今日の「生命の樹」のそれに近い概念を持っていた…現代のセフィロトとは異なるものである…彼が、現代伝わる「生命の樹」の原型を作った… 絶えることのない超越した神性からの流出…万物の本質と流出による創造の各段階の相互関係…”
新プラトン主義の流出説が元ネタ!


”万物は相互に照応…関係し合い…万物は全宇宙的流出のプロセスに内包…ここでも「生命の樹」の基本概念…!…流出による創造とは、神ご自身の瞑想の結果…。 盲人イサク…以降を「カバラ」と呼ぶべきであり、それ以前は「ユダヤ教神秘主義」とすべきだ、という主張すらある。”







物証成立年代を捏造する #日ユ同祖論… 最低限、カバラには二種類あり…
①ユダヤ・カバラ 旧約聖書の解釈を重点を置く。 もともとカバラに生命の木理論はなかった。 3~6世紀間に成立の『イェツィラ(形成の書)』。
12~13世紀間に成立の『バヒル(光明の書)』、 『ゾハル(光輝の書)』…
代表的カバラ基本経典は紀元前にはありません。

②クリスチャン・カバラ 15世紀にピコ・デラ・ミランドラが創始(ルネサンスが重要)。
「生命の樹」が中心になっている(タロットも) ユダヤのカバラは旧約、特にモーセ五書(トーラー)に基づいていますが
クリスチャンのカバラはネオプラトニズム(流出説が生命の木思想で重要)が入っています。
違いを理解してください。成立時期が重要ですよ。
生命の木カバラが古代にあって日本云々だと言っていたら嘘確定。道教などの中国思想は都合よく無視…”  工作員は成立年代を隠す!





猫太“カバラが成立したのは早くても三世紀な?新プラトン主義などの影響をモロに受けてる。理論が固まったのは13世紀頃。生命の木が登場したのは15世紀の西洋。だから、紀元前6世紀から日本のカバラ(笑)がーとかありえない。単に道教の話をそう読み替えてるだけでしょ?




”日本の知的な中流階級はどこまでも欧米のサルマネに走る。ネオプラトニズム系の神秘主義は、カバラの生命の木のように、天界の階層論を形成して、流出した大河を鮭みたいに逆流すれば一者に合一できるという思想…日本の中流階級のサルマネはまるでネオプラトニズムの神秘主義…










秋端勉『実践魔術講座リフォルマティオ』 ・超常的な力を求める者は自我の膨張に陥りやすい。修行していると自分が特別だと感じ、超人や達人だと錯覚し、統合失調症に陥る危険を冒す。霊的グループ内で自我が膨張すると悲惨。自我膨張による悲劇を防ぐ為、自己規範で野狐禅を防止

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年9月30日
日ユ同祖論は
①佐伯好郎(景教博士。最初期の論者。キリスト者)が功利的企画だと暴露
②ダビデの星がユダヤのシンボルになったのは十七世紀から(イエズス会製)
③カバラに生命の木が登場するのは中世から
④仏教徒の天皇も側近も縦書きの漢字を使用
⑤天皇は道教用語
を無視して捏造してね!

菊池 ‏@kikuchi_8 12月25日
イスラエル王国はユダ王国から分離して建国したとされる。イスラエル王国はユダ王国より先にアッシリアに滅ぼされた。日猶同祖論で言う「失われた十部族」とはイスラエル王国を構成していた部族。
一方で「日本にはダビデの王統がある」とも言う。ダビデを出したユダ部族はユダ王国側。この時点で矛盾。

日猶同祖論者は「日本には失われた十部族が来ている」と言う一方で「日本にはダビデの王統がある」とも言う。ダビデはユダ王国を構成したユダ部族の出身であり十部族ではない。最も旧約聖書の歴史物語自体が史実であるとも思えない。同祖論は聖書を信じる事が前提であり聖書の内容にすら矛盾している。


―――――

ダイアン・フォーチュンのThe Mystical Qabalah
の日本語訳のメモ2回目




The Mystical Qabalah
Dion Fortune


一回目メモ
ダビデの星がユダヤだけのシンボルになったのは十七世紀からでキリスト教が決めた(ユダヤではない)
ので日ユ同祖論(キリスト教製品)に使えない。
マニ教の概要(山本由美子『マニ教とゾロアスター教』 など)、
ダイアン・フォーチュン『神秘のカバラー』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-35.html


・コクマーとビナーは
力と形を表しこの2つが顕現世界の単位となっている。

神秘的なダートは決して木に表されず、いかなる神の名も天使の軍勢も割り当てられないし、惑星や4大元素の象徴を持たない。
ダートはコクマーとビナーの結合から生まれる。
至高なる父アッバが、至高なる母アマと結婚し、ダートはその子供。
ダートがある場所は「深淵」が中央の柱を二分するところ。そして中央の柱の上に「矢の小径」すなわち心霊家が各次元を昇り詰めるさいに意識を走らせる小径が中央の柱にある。そしてここにはクンダリーニも存在することも思い起こすならばダートの中にこそ生成と再生の秘密が隠されていると判るだろう。
万物は対立する二極に分裂し、第三のもので結合することを通じて顕現する。この顕現世界を解くカギがダートの中にある。
中央の柱は不可視のセフィラ―=ダート=知識(意識的覚醒、知性)を通って昇っていく。
この柱の頭部には、ケテル=王冠=万物の根がある。
かくて意識はケテルという霊的本質から発し、ダートの悟達を通って「深淵」をくぐり、ティファレトの意識に翻訳され、「パロケト」のヴェールを引きちぎるキリストの犠牲によって、そこまで達するのである。
その後、意識は月の天球たるイエソドの心霊意識の中に入り、そこからマルクトという感覚的、頭脳的意識に至る。
こうして意識は巻き込みの過程を通って下降する。巻き込みとは「ほどける」ことの逆で、「最初の顕現」から存在の精妙な諸次元を経て濃密物質に達する過程を意味
する述語である。
厳密に言えば、秘伝家は霊的向上という言葉を、物質から霊への上昇を意味するときだけに使わなければならない。そのさい、精妙な諸次元を通って下降し、巻き込まれたものが、逆にほどけていく。これを向上という。

ミクロプロソポス(小さな顔)とマクロプロソポスの間にある深淵は、2つの次元に存在するものの本性と類型をはっきりと区別する。深淵の中にはダート(不可視のセフィラ―)があり、それは生成のセフィラ―と呼ばれている。知識とも呼ばれ、視覚、把握、意識として解釈することもできる。

ダートは西洋体系では首の部位に割り当てられている。ここは脊髄と脳髄が交わる点である。
ダートは普通、異次元の意識、または別乾坤、他界の意識を表すと考えられている。本質的には鍵の変更という観念を表す。
頭蓋管の規定にあるダートの機能は、ヒンドゥー体系では喉頭部に関係する「ヴィシュドゥ・チャクラ」と結びつけて考える。

(ダートが首、喉にあることが超重要。エヴァ、進撃、道教のツボ、アイヌの守護霊において首の後ろが重要。
人間の本体は脳じゃない。首の後ろだ。脳が欠損しても生きられるが首の後ろが欠損したら死ぬ。
道教思想だと、取り憑く霊は首の後ろのツボから侵入するらしい。
首筋に寒気がしたら下腹部から絞り出し、唸るような大声で叫ぶと大抵風邪をひかない、大声を出すのが無理な環境ならば叫ぶように息を吐くだけでも問題無い、
という技術と関係ありそう。

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年12月29日
首筋に寒気がしたら大声で叫ぶと大抵風邪をひかない。大声を出すのが無理な環境ならば叫ぶように息を吐くだけでも問題無い。他人は知らないけど、俺はこれで何とかなっている。
経験上、寒気がした時に息を飲み込むと失敗するような感はある。
叫ぶ時の発声は下腹部から絞り出し、唸るような声。甲高い折れそうな声は失敗な。イメージで言うと、病魔が恐れるような声。まあ、そんなもん存在しないだろうからあくまでイメージな。感染から潜伏期間考えたら、感染した瞬間に発症なんざありえないお話だ。免疫力や生命力を高めれば多少マシになる。


――
月刊シロロ5月号 - アイヌ民族博物館
http://www.ainu-museum.or.jp/siror/monthly/201605.html
”前回まで見てきた人間や動植物のラマッ(霊魂)は、いずれも元々そのモノに内在していた霊魂でした。船などの道具のラマッも、その素材となったモノの霊魂がそのまま宿り続けるというものでした。今回はラマッに関する記事のしめくくりとして「憑依」という特殊な事象について書きたいと思います。

 「憑依」とは、何かの事物に、そのモノ本来のラマッとは別のラマッが憑くことです。ちなみに「憑依される」というと大変な事態のようですが、アイヌの信仰では人間なら誰でもトゥレンカムイ「憑神」という神に守られていることになっています。この世界に誕生する前の人間のラマッは天界のラマッカラカムイの元にあり、そこで諸々の活動に必要なラマッをそろえて成形された後に地上に降りてくるとされます。このとき、降下していく人のラマッに、何かのカムイが付き添って一緒に地上に降り、その人が亡くなるまで見守り続けるとされます。この神をトゥレンカムイと呼び、その人の肩や首の後ろ付近に宿っているとされます。神々について良く知っている人は、美味しい物やお金など良い物が手に入った時には、肩から首の後ろにかけてかざす仕草をします。こうすることによってが、トゥレンカムイに報告をしたり、捧げたりすることができるといいます。こういう意味では、アイヌの信仰においては誰でもいつでも憑依霊を伴っていることになります。

 トゥレンカムイとなる神は人によって違い、その性質・能力、嗜好や気性が憑かれている人に影響を与えることもあると言います。またアイヌの宗教におけるシャマン「トゥスクル」も、この憑神の力によってトゥスというシャマ二スティックな儀礼を行います。ただ、全ての人にトゥレンカムイが憑いているからといって、誰でもトゥスクルになる訳ではありません。トゥレンカムイは通常は至って静かにその人を守護しており、はたから見て分かるような影響は表れません。

 通常よりも強い力を持つトゥレンカムイに守られている人は、いわゆる第6感のような感覚が強いことがあり、普通の人では感じ取れないような兆しを感じ取ることができるといいます。たとえばノイポロイクシと言って、獲物のいる方角を頭の痛みによって知る能力(頭の右側が痛かったらその方向に獲物がいる)を持つ人が知られています。そしてトゥスクルの場合は、より直接的に自ら口を通じてカムイの意志・声を語ってもらうことができるというのです。

 宗教学者の佐々木宏幹氏は、憑依霊が人に与える影響の在り方について次のように整理しています(なお、文中の例はいずれもアイヌ文化以外のものです。念のため)。

(1)神・精霊が当該人物の身体の中に入り、人格転換が行われ、彼(彼女)は霊的存在として振舞い、「吾れは某々の神であるぞ!」のように第一人称で語る。口寄せ巫女として知られるイタコやカミサンは、死者の霊を憑依させると、死者自身として語り出す。またシャーマニックな新宗教の教祖も、この型に属する者が多い。諸外国のシャーマンもトランスに入ると、第一人称の自己表現をするのが一般的である。

(2)神・精霊が当該人物の身体には入らないが、リアルに姿を見せ、直接身体に接触して、胸部を圧迫したり、手足をつかんで振り廻したりし、神意を伝える。彼(彼女)は、「神さま、しかじかのことについて、何とぞ教えてください」と願い、霊的存在の答を「はい、はい、わかりました」などといって受け、これを依頼者に伝える。この場合、当人には人格転換は起らないので、霊的存在との直接交通も、第二、第三人称を用いて行われる。

(3)神・精霊が当該人物の身体に入ることもなく、またその身体に直接接触することもないが、彼(彼女)の眼、耳、心を通じてその意志を伝える。「神さまに悟らせられる」とか「神さまにしゃべらせられる」という状況である。遠くから身体の悪い人が訪ねてくるとして、もしもその人が霊の影響を受けているとすると、悪いところの痛みが自分に現れるという。霊との交渉は第三人称で表現されることが多い。

[佐々木1980:54-57]



 この分類に照らすと、先のノイポロイクシは「人格の交替が起こらず、知覚に働きかけて何かを知らせる」という点で(3)に相当するといえるでしょう。これに対し、トゥスは(1)あるいは(2)の状態だといえます 。
  
 なお、佐々木氏は憑依が起こる過程についても「自発的憑霊」と「非自発的憑霊」に分類しています。自発的とは文字通り、シャマンが自ら意図して霊を呼び出して憑依させること。一方の、非自発的憑霊は、不本意に起こる事態を指します。トゥスについての事例を見ていると、しばしば非自発的憑霊に当たる記録も見られます。トゥスクルの憑神が、トゥスクルの気付いていない事態を知らせようとする際にこれが起こると考えられます。また、憑神ではなく神や死者などが突然憑依することもあります。なお、アイヌ語(北海道方言)ではキンラという言葉があり「何かに憑りつかれたような」異常な心理状態を指します。ニュアンスとしては、こちらの方が非自発的憑霊に近いように思えます(樺太方言でのキンラは、法力・魔術に近い意味になります)。

 なお、トゥスクルになるかどうかの素質は、憑神となった神の性質によって、言わば生まれつき決まります。各地域のシャマニズム文化の中には、例えばモンゴルのように修行によってシャマンとなることが可能な場合もありますが、アイヌ文化においてはいくら修行をしても、後天的にシャマンとなることはできない事になっています 。

 ただ、非自発的憑霊はトゥスの能力の無い普通の人にも起こることであり、本人を病気にしたりキンラを引き起こしたりと、危害を加えます。そこで、これらの症状の治療として、憑依したモノを当人の体から出すことが必要となります。”

月刊シロロ 11月号(2015.11) - アイヌ民族博物館
http://www.ainu-museum.or.jp/siror/monthly/201511.html
”憑き神(守護霊)は頭の後ろのへこみ「盆の窪」についているのだそうで、その人を守ると同時に性格を決定づけるものと考えられています。④⑤で両肩にお神酒をつけているのはこの憑き神に対してで、これは女性も同様の所作をします(後出)。③サパウンペ(幣冠)、⑤エムシ(刀)にお神酒をあげている意味も、祈りを手助けしてくれる者たちにご褒美をあげているわけです。
(…)林イツ子氏が、イクパスイで自分の左肩、右肩、頭の後ろに向けて捧酒する仕草をしている(=⑧)のは、先に述べたように、首の後ろのへこみ(盆の窪)にいる憑き神にお神酒をあげているわけです。”)


・秘伝家は世界の終末とか千年王国の到来などということを考えない。
事態が当然の進展をたどっていること、始めこそが価値があり、旧悪をただすのに必要なことであっても、終わりには極端に走ってしまうことを知っている。
リズムの原理はあらゆる顕現世界に内在しており、どんな体制であれ、難破状態から立ち上がるや否や、必ず立て直し始める。
キリスト教の最大の弱点はこのリズムを無視することである。
ヴィシュヌとシヴァの代わりに神と悪魔を対立させるのだが、この二元論は二者の均衡をとるのではなく、二者を対立させてしまう。従って力の均衡をとる第三者として働くものが決して出てこない。
神は昨日も今日も永遠に同じものである。
神は現に進化しつつある創造に関与しない。一回限りの特別な創造行為を行った後、栄光の冠をつけて休らっているのである。あらゆる人間の体験、知識はこのような考え方が真実である可能性に反対する。
キリスト教は「あることが善であるからといってその反対は必ずしも悪ではない」ということを理解していない。

一回限りの創造、被造物世界に関与しない……理神論。
悪の説明に都合が良い。

理神論deism
神が世界を創造したことは認めるが、
創造後の世界に創造主は直接的な関わりを持つことはなく、
自然法則に従い自己発展を続ける、
という一神教思想。
奇跡・預言・啓示などによるゴッドの介入を否定。
人間理性を重視。啓蒙主義に強い影響。

の元ネタはバレイデースのグノーシス疑惑。

『グノーシス』によると
バシレイデースいわく
「存在しない神
=言語ではそもそも語れない、『存在』 という言葉で縛られない、あのすべての根源たる神
は、存在しない世界を、存在しないものから造った。何か種子のようなものを投げ落とし、下に置いたのである。この種は宇宙のあらゆる萌芽を自らの内に秘めていた。」

世界が一つの種から育つ。種を置いた後、存在しない神=至高神は何ら手を下さない。
この種から世界がオートマチックに自立的に生成する。
神を我々の世界や宇宙にできるだけ関わらせないためのモチーフは結局、
神の超越性を強調するヘレニズム時代の流行。
神との接点は種を置く一回限りの行為に制限する。
その種から生成してくるものは、上の世界のことを知らない



・ケテル

神名…エヘイエ―
魔法のイメージ…髯を生やした古代の王の横顔

称号…ルクス・インテルナ(内なる光)、存在の存在、隠れたるものの隠れたるもの、
 太古の太古、創造の日々、原初の点、円の中心点、いと高きもの、
 巨大な顔、白い顔、存在しない頭、マクロプロソポス、アーメン、
 ルクス・オクルタ(隠れたる光)、へー。

宇宙チャクラ…第一動者、ラシット・ハ・ギルガリム(最初の渦巻

霊的体験…神との合一
美徳…成就、大いなる業の完成
悪徳…なし

ミクロコスモス…頭蓋骨、サー、イエキィダー、神の閃き、千弁の蓮華。
象徴…点、王冠、鍵十字

密議参入の道とは木の上にいる智慧の蛇のとぐろをたどっていくことである。だが「照明の道」は「約束の弓」、ケシェトから打ち放たれた矢の小径をたどることである。
この弓はイエソドの背後に後光のように広がっているアストラル的な色彩の虹
を意味する。

原初の点=ケテルは王冠と呼ばれ、王冠は頭の上に置かれるがケテルは一般に受肉期間中には決して到達できそうにもないような意識を表すと考えられている。
かたちの世界に関する限り、ケテルは事物の図式的理解を超えたところにある。
ケテルに配当された霊的体験は神との合一。神との合一を達成した人は、光の中に入り、2度と戻ってこないと言われている。
ケテルに対応するサハスララ・チャクラ、千弁の蓮華は頭の上にある。

・ニルヴァーナとは完全なる存在様式または次元の変革を意味する。
ニルヴァーナに達した人の魂の状態を最もよく表してるのは、外輪が姿を消し、幅が光線となって全創造界に浸透し行き渡っている車輪である。
その放射光線の中心は無限のかなたに影響を及ぼし、それ自身の内からでなければ決してやむことはなく、永遠にエネルギーの中核として同一性を保っている。

ケテル、純粋存在に触れるのは、われわれがいかなる部分も属性も次元も持たない存在の本性を実感できるときに限られている。この体験はよく涅槃寂静と呼ばれている。これを経験した者は神と共に歩むが、そこにはいない。神が連れ去ってしまうからである。

仏教や儒教のような形而上学的信仰はケテルを目指す。

曲解するな。目指してねーよ。一神教とバラモン教もどき思想で勝手に内容歪めるな)
仏教のニルヴァーナではないよ。
佛教は当然、聖書が中核のカバラは完全否定



・セフィロートとは状態であって、場所ではない。純粋で無制約なる存在、あらゆる部分も活動も存在しない状態のある所はすべてケテルと呼ばれる。
だからこそわれわれは形而上学的カード索引システムの十個の仕切り棚に顕現宇宙の全体に関する観念を分類することができる。
言葉を変えれば純粋なエネルギーが働いているところはどこでもコクマーの力であると認識することができる。
万物照応の体系によりあらゆる内在的観念によりそれらを結びつけることができよう。
普通これは潜在意識の仕事であり、潜在意識はそれを自動的に遂行している。オカルティストは覚醒意識を訓練してこの同じ方法を用いるのである。
個人が潜在意識から直接働きかけるときはこの方法を使っているのである。芸術的天才や発狂状態、夢や禅定のさいに同じことが起こる。


タロットの4枚の3はビナーに割り当てられたカードだが、3は物質における顕現という観念と密接に結びついている。三角形はもっとも濃密なる物質の神としてサターンに割り当てられた象徴の一つであり、それは方術の三角形と呼ばれている。
魔法の儀式の中で物質界において肉眼に見えるように霊を呼び出そうとする場合に用いられる。
他の顕現方法の為には円が用いられる


・剣の3は悲嘆と呼ばれ、タロットにおける象徴は三本の剣が突き刺さった心臓。カトリックではマリアが剣の刺さった心臓と共に表されている。マリアはマラー、苦さ、海に等しい。
幸いなるかな、マリア、海の星よ(アウェ・マリア、ステラ・マリス)。

・第4セフィラ― ケセド 慈悲
ミクロコスモス…左腕
象徴…(立体)、正四面体、ピラミッド、ギリシア十字、
宝珠、杖、王笏、鍵









・第六セフィラ― ティファレト 美
神名…テトラグラマトン、アロアー・ヴア・ダート
宇宙チャクラ…セメッシュ(太陽)
ミクロコスモス…胸
象徴…薔薇十字、胸飾り、十字架、
    頂点の欠けたピラミッド

    立体。

ケルト十字の先細の軸は実を言うと、頂点の欠けたピラミッド。

ピラミッドは、大地にしっかりと足をつけ、諸天における統一に向って次第に補足なっていくことによって、全人、換言すれば 至高者(イプシシムス)を象徴する。頂点の欠けたピラミッドは秘儀を授けられた導師、すなわち小導師を象徴する。それはヴェールの内に入ってきたが、いまだ自分の教程を完了していない者。このピラミッドの六面はアダム・カドモン、すあんわち元型的人間を構成する六つの中央のセフィロートに対応し、ケテルの統一で終結する至高の三角形がそこに加わることでピラミッドが完成する。

十字架と結びついた薔薇=世界の薔薇(ローザ・ムンディー)

ティファレトは木全体の均衡の中心。
あらゆるイエソドのアストラル・ヴィジョンもティファレトの神秘体験を「通して」形而上学的用語の翻訳しなければならない。この翻訳が行われないなら幻覚に囚われる。
潜在意識の鏡に映り、顕在意識の言葉に翻訳された映像が真に実在する事物と考えてしまうのである。実はそれは象徴的表現にすぎな。
ケテルは形而上学的、
イエソドは心霊的、
ティファレトは本質的に神秘的。神秘的とは一種の心の持ち方として理解されなければならない。その中で意識は象徴的 潜在意識的 表象の中で働くことを止め、情緒的反作用を通して把握される。

・超越的なものを表彰体験によって表現し、消灯体系を毛事情学的な言葉に翻訳することで、
心霊的なものは知性を「通して」霊的なものに結びつく。
この翻訳が行われるところこそティファレト。ティファレトにて直接的意識の神秘的体験が行われ、それが心霊的象徴を照明する。


・我々の最初の高次の心霊現象の体験は通常低次の心霊現象から始まる。
ようやくマルクトから離陸したところでありティファレトの太陽を
イエソドという月の天球から見上げているにすぎない。
こうして我々は内なる耳によって諸々の声を聞き、内なる目によってさまざまなヴィジョンを見る。
しかしそれらは通例の心霊意識とは異なっている。なぜなら、それらはアストラル界の諸形態の直接的表示ではなく、霊的事物がアストラル意識の中に現われる象徴的表象なのである。
これは潜在意識の持つ通常の機能であるが、必ず完全に理解しておかなければならない。この点に関する誤解は極めて深刻な問題を産み、精神の不均衡を招くことさえありうるからだ。

(安全面の知識と理解が最重要)


・神々は被造物の創造物。礼拝者の崇拝により創造される。創造の作業をなすのは神々ではなく、それぞれその性質に応じて働いている大いなる自然の諸力によってなされる。神々は諸民族の集団精神の流出。
礼拝者の想像力に作用し、神々はミクロコスモスとマクロコスモスを結びつける。

・ヴァイオレット・メアリー・フォース、
魔法名ダイアン・フォーチュンは
1891年ヨークシャーに生まれた。
幼少よりクリスチャン・サイエンスの指導を受けた
彼女はその後、本格的に
心理学、神智学、魔法、深層心理学を究める。
1919年 魔法結社 黄金の夜明けに入団。
1922年 内なる光の協会 設立。
自ら高等魔法の通信教育をあたるとともに多くの小説・研究所を発表。
1946年 敗血症で急死。
本書は実践カバラーの入門書。

クリスチャン・サイエンスと神智学に黄金の夜明け……
仏教嫌いで仏教を曲解しまくる、理神論系キリスト教的多神教!

既存のキリスト教を叩いて布教する、一神教的多神教カルトを私は、
新キリスト教 (国家神道、スピリチュアル、ニューエイジ、人型限定宇宙人、神智学、大本教、生長の家=ニューソート)
と定義しています。
やっていることはイエスとゴッドと終末論の言い換えです。
アセンション(Ascension) はスピリチュアルで有名だが、キリストの昇天という意味なので出自がバレバレ。

本物の魔女が彼女の作品は小説が重要って言っていたなあ


内なる耳にしばしば聞こえてくるのは、高次の自己(「大霊」「聖なる守護天使」「最初の秘儀伝授者」)の声であって、伝統的な訓練を経ていない人々によって考えられているような、肉体を離れた存在者たちの声や「神」御自らの声ではない

・カバラ―用語に通暁している人々は、最初の密議参入は「聖なる守護天使」の知識と会話を享受する力から成る、と言われていることを知っている。
よく覚えていてほしいのだが、聖なる守護天使とはあなた自身の高次の自己である。
心的作用のこの高次の様式は、霊聴でも霊視でもなく、純粋意識であるというのがその第一の特徴である。
それは強度の覚醒であり、この頓悟から高度に発達した直観の性質を持つ独特の洞察力が生じるのだ。
高次の意識は決して心霊的なものではなく、常に直観的であり、何の感覚的イメージも含んでいない。
練達の秘伝家に、彼が高次の意識の段階にいることを教えるのは、この感覚的イメージの不在なのである。

古代人はこのことを認識していた。彼らは地下の神々、または黄泉の国との接触を引き起こす神がかりの方法と、
密議の神聖な陶酔とを区別していた。
ディオニュソスの祭の中で狂乱して突き進むマイナデス(ディオニュソスの巫女)たちは、
デルフォイのアポロの巫女たちとは全く異なる密議伝授の位階に属していた。
アポロの巫女は霊能者であり、霊媒だった。
しかしマイナデスはディオニュソスの密議の秘伝家であり、意識の高揚と生命の頓悟とを享受したのだ。

・パラケルススが云ったように、血は特製の液体。

ティファレトの天球の神名はアロアー・ヴァ・ダートである。その名の天球を、この天球とケテルの間に来る不可視のセフィラ―であるダートと密接に結び付ける。ダアトは理解力としてつまり意識の黎明としてもっともよく理解されるだろう。
テトラグラマトン・アロアー・ヴァ・ダートという語句は、神が心の領域に顕現されたと解釈できる。


・ネツァク 勝利
魔法イメージ…美しい裸の女性
イエツラー文…隠れた知性
神名…イエホヴァー・ツァバオト(万軍の主)
宇宙チャクラ…ノガー(=ヴィーナス、アフロディテ、金星)
美徳…無我
悪徳…淫乱、不貞
ミクロコスモス…腰、臀部、脚
象徴…ランプ、帯、薔薇
タロット…各組の7
色彩…ブリアー界ではエメラルド色。

・物質は結晶化した霊であり、霊は揮発した物質である。物質と例の間に素材の違いは何もない。水と氷の間に違いがないのと同じ。どちらも錬金術師がいう「一つのもの」の異なる状態なのである。これが金属変容の秘密教義の基礎を形成する錬金術の大いなる秘密なのだ。

・自然の女神の真の秘密は、対立する一対の抗争しあう権利を承認することである。善と悪の間にあるような二律背反は存在しない。ただ両極端の間に均衡が存在するだけ。それぞれが度を越したときに悪になるのである。
無拘束の認可は堕落へと通じる。
しかし不均衡な理想主義は精神病理学へと通じる。

ホド 栄光 
魔法のイメージ…両性具有
イエツラー文…絶対的知性あるいは完全な知性
神名…エロヒム・ツァバオト(万軍の神)
大天使…ミカエル
天使の位階…ベニ・エロヒム(神の息子たち)
宇宙チャクラ…コカブ(水星)
ミクロコスモス…脚、腰
象徴…名、呪文、エプロン
タロット…各組の8
色彩…ブリアー界ではオレンジ


・ツァバオト=軍勢、軍隊。
大天使ミカエルは常に蛇を踏みつけ、それを剣で刺し貫いている姿であらわされる。
しばしばその手に一組の秤を持っている。均衡の象徴。イエツラー文の 原初者の平均 と同じ観念を表す。
大天使が踏みつける蛇は原始的な力であり、フロイト派の男根の蛇。原始的な力を削減し、その力が境界を越えてあふれ出すのを防ぐのはホドの制限する慎重であるとこの絵文字は教えてくれる。
堕落は「木」の上ではあてがわれた境界を越え出て、王冠を頂いた頭をダートまでもたげる、七つの頭を持った大いなる蛇によって表されることを思い出してほしい。
象徴が互いにおりあわされ、また互いにときほどかれ、強化され、相互の意味を解読しあい、その結実をカバラ―的な観想に与えるさまを観察することは、大変面白い。

伝授を受けた者は「宇宙の偉大なる建築士」として神が働いていると考える。偉大な建築士の計画は元型界に構想されていると考えるのである。

呪文は真言的で、ロザリオの作用に従って何度も繰り返されると自己暗示として心に作用する。

エプロンは賢者ソロモンの秘伝家にとって直接的関連がある。密儀を伝授された者の特徴的な衣服。彼は比喩的に職人とみなされる。職人は形の製作者。エプロンは月の中枢、イエソドを覆い隠す。イエソドはアストラル界の 対する一対 の機能的側面だ。

(偉大なる建築士とエプロン……
もろにソロモン大好きなメイソン=プロテスタントと異端系キリスト教の用語!


“友愛という言葉は,狭くは〈友情friendship〉を意味する場合もあるが,特に英語fraternityなど西欧語の訳語として,兄弟の間の情愛から,さらにひろく家族など同一集団を結合する情愛,人間全体を一つの家族として包み込む人間相互の兄弟愛をも意味する。このもっとも広い意味で,友愛は〈博愛philanthropy〉〈隣人愛brotherly love〉と同義である。このような友愛の観念は,洋の東西を問わず古くからあるが,近代以降もっとも明確な観念と制度化を生んだのは,西欧の場合である。 “
https://kotobank.jp/word/%E5%8F%8B%E6%84%9B-650203

“りんじんあい【隣人愛】

身近な人々への愛情。

キリスト教倫理で、他者たる隣人に対する愛。
【…】
キリスト教倫理の根本原理。旧約聖書《レビ記》19章18節に〈あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない〉とある。イエスは,神を愛することとともに,この隣人への愛こそもっともたいせつな戒めだと教えた(《マタイによる福音書》22:39)。また,今助けを必要としている人の隣人になってあげることにその意味があるとして,善きサマリア人のたとえを語った(《ルカによる福音書》10:25以下)。自己を重んじることもまたこれに含まれる。
“https://kotobank.jp/word/%E9%9A%A3%E4%BA%BA%E6%84%9B-411254)

・天球はすべてその資質に従って作用する。
その性質はどのような魔術的、奇跡的影響力によってもどれほど強力でも変えられない。
以上に注意を払わねばならない。
我々はただ表現の設計を訂正できるだけ。
表現された事柄は不変のまま残る。
物質界の状況を勝手に意志に従わせることはできない。
マルクトはただイエソドを通じて接近できるだけであり、
イエソドへはホドを通じて接近できる。
ホドにおいて表現は設計される。
霊が物質に直接作用するのは誤り。
霊は心を通じて作用し、心はエーテルを通じて作用する。
エーテルは物質の骨組みであり、生命力の媒介物である――その性質の範囲内で操作されうる。
これは極めて重要。
従ってあらゆる奇跡的、超自然的出来事はエーテルの本質を操作することで引き起こされる。
エーテルの以下の二つの特性が全体系の土台を形成する。

①心によって形へとかたどられるアストラル的エーテル。

②分類棚の仕切りのように張力のある網のような紐によって、
濃密な物質の分子を保持するアストラル的エーテル


・イエソドは月の天球
永遠に処女なる女神ダイアナ
エペソスのダイアナは多くの乳房を持つ豊穣の女神
イシスも月の女神。イシスの額の三日月はハトールでは牝牛の角。
牝牛はあらゆる民族の間で母性の特別の象徴。
カバラでは生殖器はイエソドに割り当てられる。
月には三人の女神が割り当てられる。
ダイアナ、セレナ、あるいはルナ、
それにヘカテ。ヘカテは魔術の女神にして出産も司る
非常に重要な月神が魔法の主トート。

・マルクト 王国
神名…アドーナイ・メレク=王なる主。
アドーナイ・ハ・アレッツ=大地の主
ミクロコスモス…足、肛門

象徴…立方体を二つに積み上げた祭壇
(上のごとく、下もしかり の象徴。
この祭壇は中央に置かれる。
六フィートの人間のへその高さで、幅と奥行きはその高さ分であれば適当な寸法


ギリシア十字
(釣り合いのとれた均衡状態にある四大元素。
マルクトの四色に対応。
レモン色はイエソド
黒はクリフォト
オリーブ色はネツァク
あずき色はホド)

魔法の円、魔法の三角形

どのような作業も作用がマルクトの言葉で表現されるまでは、つまり物質界に表れるまでは完結しない。そうでないと生み出された力は適切に接地、アースされない。
魔法実験での禍の元凶になるのはこの放置されたままの力。
実験が重なると効果は累積してしまう。不完全な技術が災いをもたらす。


・惑星記号は三つの象徴から合成されると考えられている。
円=太陽
三日月=月
十字=腐食作用または犠牲

・実践上で重要な神格の付属物は香料と色彩。

他人が用意してくれた生命の木がほとんど判読できないほど汚れたので自分で塗りなおしたのだが、即座に著しく増大した磁気を帯びたのに気づいた。
常に自分の魔法の武器は可能な限り自分の手によって用意すべきである
という古くからの言い伝えが納得できた。

・流された血がエクトプラズムを発するのは事実。

・霊を召喚する唯一の確かな通路は魔法使い自身である。
エジプトの召喚方法は神の姿を帯びる法として知られているが、魔法使いは自身を神と同じものとみなし、自らを顕現の通路としてささげる。マルクトとイエソドの間にある深淵に橋を架けるのは彼自身の磁気なのだ。
生物の持つ磁気の量はどんなに高価であろうと金属や結晶体の持つ磁気の量をはるかに上回っているのでこれほど満足できる方法はほかにない

ミクロコスモスの木が考察される場合、
肉体はマルクト
エーテル体ダブルはイエソド、
アストラル・メンタル的身体はホドとネツァク
高次の精神が考えうることはすべてマルクトに顕現しうる。

最良の魔法の武器は魔法使い自身。他の仕掛けは全て目的のための一つの手段に過ぎない。
目的とは凡人からマグスを創り出す意識の高揚と集中である。
「あなたがたはあなたがたが生ける『神』の宮であることを知らないのか」
と「偉大なる一者」は言われた。この生ける宮の象徴的装置の使い方さえわかれば我らは天国の鍵を手に入れる。
この使用法の鍵は木のミクロコスモス的属性の中に与えられている。
これらを機能の観点から解釈し、その機能を霊的諸原理から解釈すれば、力の宝庫の扉を開けることができる。
神の力は修行・献身する人間が活性化し神人合一に至ることで最も早く最も完全に顕現する。

高次の世界では捉えようがなくはっきりしなかったものを最終的に確認し明確なものにするのが、
マルクトの形を与え具現化する機能。
あらゆる魔法作業は完了したと考えられる前にマルクトを通過しなければならない。マルクトにおいてのみ力は最終的にかたちという家に閉じ込められるから。
アストラル界にのみ作用する瞑想形態よりも、物質界で遂行される儀式の形態のほうがより完璧に成就される。
何かが物質界に存在しなければならない。
護符に描かれた線や宙に書かれた記号だけでも良い。
それがマルクトの次元全体に作用する。このように完結された作業がアストラル界にのみ終始する作業とは全く違ったものであることは体験からわかる。


・教育を受け、啓蒙された宗教の解説者たちは二元論を異端と考える。光と闇、霊と物質の闘争を信じるのは無知な信者にすぎない。闘争は結局神の勝利に終り、敵対勢力は一掃されることになっている。
新教徒はルシファーが光を運ぶ者であり堕天使サタンであることを忘れている。
悪は吸収し調和させることによってのみ処理できる。

・霊能者、魔法使いを問わず、人間がアストラル的存在と接触する場合、彼は必ずそれを人格化する。
つまり接触し、理解し、支配しようとする把握しがたい精妙な諸力を自分自身に呈示するために、自身に似た諸々の形を創造するのである。彼は「大いなる母」ビナーの真の子供であり、組織化し形作るために彼に生来備わっているの形象化能力を彼の意識を高められる次元にまで携えていくのである。

・文明人よりもはるかに心霊的な未開人は、現象の背後にいる存在は彼自身の夢の生が営まれている世界と似通った世界に住んでいると考える。
白日夢は眠りの中で見る夢と酷似していて、しかも意のままに誘致できるという利点を持つので、彼は別世界の存在者たちに彼らの王国に入ることによって近づこうと試みる。つまり彼は白日夢や空想の中で、できるだけ夢に近い特別の通路を作りあげるのだ。
もし高度の集中力を発揮すれば、彼は目覚めている意識を閉ざして、自由自在に夢見の状態に自分で決定した夢を見ながら入って行けるのである。
この目的を達成するために、彼が折り合いをつけたいと望んでいる自然現象を司る霊的存在を象徴するように意図された心像を彼はイメージの中で形成する。彼は繰り返しその像を形成し、崇拝し祈りをささげ、呼び出す。
彼の祈願が十分に熱烈であれば、彼の求める存在はテレパシーによって彼の祈りを聞こうとし、彼が行っていることに興味を持つようになる。彼の礼拝と供犠がその霊的存在の意にかなえば、その協力が得られるだろう。
次第にその存在はならされ、家畜化していく。
最後には、その乗り物として心的素材から造られてきた形に生気を吹きこむよう説得されるようになる。
この作業の成否は、礼拝者が呼び出そうと一心になっている存在の性質を共感によってどれだけ認識しうるかにかかっている。
この作業はただ彼自身の気質がその存在の性質をどれだけ帯びているかに応じてできるだけである。
この工程が上手くいけば自然の生命の一部を飼いならすことができるわけだ。
その生命は礼拝者たちの作った形の中に受肉する。
その種の生命との共感的な交合に入ることのできる礼拝者が適切な礼拝をおこない、それによってアストラル的な形が保ち続けられる限り、そこに受肉した神が存在することになる。その神は接触ができ、人間の近くでとらえるものとなるのである。礼拝をやめると神は自然の懐の自分本来の場所へ引きこもってしまう。
しかし別な礼拝者が現れ、呼び出すべき生命力の本性に合致した形を作り出すのに必要な知識とその生命力を呼び出すに足るだけのイメージ力による共感を持っていれば、形に魂を吹き込むのに慣れた生命をもう一度形へとひきつけることは比較的簡単なことである。
それは古からの密議の伝統で伝わってきた魔法作業の方法である。集中に必要な技術を習得し、様々な形を作り出す象徴を知っている者によって利用されるとき、この方法は有効に作用し、古き神々が再び火の灯された祭壇に帰ってくるからである。
確かな成果が礼拝者の意識の中で得られる。もし礼拝者が高齢術師の方術を借り霊を具現化する霊媒を用いるとすれば非常に明白な現象が生み出されるからである。

(自然の力の一部を自身のシンボル操作で無意識に注入してから、
建材意識に流して、肉体外部に放出して、エネルギーを与える対象者の肉体の形に変えて
――さながら人型の鋳型のように、人型化と擬人化をすれば扱いやすくなる――
対象者に注入したら自然の力の一部を注入して治療とか強化とかできる人がいるんだろうなあ。
力を注ぐ経路は首の後ろ。

アスリートが良くやっているイメージトレーニングは、理想の自分のイメージを召喚して自身に憑依させる技術。
召喚魔法ですよ。
あるいは理想的な動きの設計図を召喚してそこから伸びた『イト』に操られるように自身の肉体を操る術かな。



・単一のセフィロートは決して機能しないことを決して忘れてはならない。
一つの機能は均衡のとれた対立する一対を持たねばならない。
そこから均衡した第三者が生じて初めて機能するからだ。
対立する一対はそれだけでは機能しない。それらは相互に打ち消し合うからである。それが力強い活動性を獲得するのは父と母と子の象徴に従って、ただ第三者として流出するために均衡した力の中で結合するときだけなのだ。
その力は呼び起こされるのを待ちながら、それらの中に永遠に閉じ込められている潜在的な力とは区別されなければならない。

・低次の三つ組の機能する三角形はホド、ネツァク、イエソドからなる。
ホドとネツァクはそれぞれアストラル界における形と力である。

イエソドはアカシャとかアストラル・ライトといったようなさまざまな名で呼ばれているエーテル的素材の土台である。

ホドは特に魔法の天球である。それは形を明確に組織化する天球であり、ゆえに魔法使いが実際にそこで作業する領域なのだ。
形を明確に組織化するのは魔法使いの心であり、その形に魂を吹き込めるネツァクの天球の自然の力との環を作るのは、彼の意思なのである。

しかしながらネツァク、つまりアストラル的な力の局面との接触がなければ、形に魂を吹き込められないことに留意しなければならない。
そして情念の天球であるネツァクとの接触は、共感と、感情を同調させる ことによって成立するのである。
意志の力は魔法使いをホドから投射するが、ただ共感の力のみが彼をネツァクへ取り入れることができるのだ。単に感情的で共感しやすい人物と同様に、抑圧的で無情な人物もまた力と共に作業する導師にはなれないのである。集中した意志の力は、魔法使いが彼の作業に対して心を落ち着けることができるために必要である。
しかし、イメージ力による共感の力は彼の接触を可能にするために欠くべからざるものなのだ。
なぜなら我々が自然の諸力と接触できるのは、ただ我々自身とは異なる存在様式を持つ生命の中へイメージ力によって入り込む我々の力に依るだけだからだ。彼らが抵抗すれば 強力な神名 によって呪いながら、純然たる意志によって彼らを支配しようと試みるのは、ただの招霊術にすぎない。

自然の諸力と接触するのは、我ら自身の気質の中にある照応する要素を通じてである。我々をネツァクに象徴される影響力と接触させるのは内なるヴィーナスである。
我らをホド―マーキュリー∸トートの天球の諸力と接触させるのは我ら自身の知性の魔法能力なのである。

密儀と階級において与えられる教えは以前には潜在意識的であったものを意識的にし、高次の知性に導かれて意志の支配下に置くよう単に設計されている。
そのように向上した能力は、それまではただ適当な刺激に対して盲目的に反応するだけだった。
次のことには十分に注意が必要。
この反応能力が感情的反射の域を超えて理性的支配に服する度合いに応じて我らはその能力から魔法の力を作り出せるのである。あらゆる次元においてヴィーナスの呼びかけに応じる能力を持っている志願者が、意志によって容易に造作なく反応を断つことができるときにのみ、彼はネツァクの天球の密儀を授けられるのだ。このことが導師について「彼はあらゆるものを利用できるが、何ものにも依存しない」と言われる理由なのである。



・ヘブル語の3つの母文字は、
アレフA、メムM、シンShである。
『セフェール・イエツィラー』によれば、
この3文字はそれぞれ
風、 水、 火 の3大元素に割り当てられている。
アレフが司るのはケテルの風の3つ組でありそこでは風の「根」が下に降りて、
ティファレトすなわち太陽の火を通って、
イエソド、月の光に達している。
ピナーの中に水の根(マラー、大いなる海)があり、
ケセドを通してホドにまで反映している。ここはメム、水の母が司っている。
コクマーの中に火の根があり、ゲブラ―を通ってネツァクにまで反映している。ここは火の母、シンが司る。

「根」とあるが、イェツラーに現在の生命の木と木の部位に対応するセフィラはないはずなんだが……
生命の木カバラは中世からなので、古代ユダヤの生命の木(と日本)云々ときたら嘘確定。シオニズムはキリスト教思想。シオニストはクリスチャン。


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
カバラ基本経典は紀元前にない。イェツィラー(3~6世紀。新プラトン主義成立後)
・バヒル(12世紀)・ゾーハル(13世紀)。
ユダヤ・カバラは旧約聖書重視(元祖カバラに生命の樹なし)。
クリスチャン・カバラ(生命の樹中心)は15世紀にピコが創始。
物証成立年代を捏造する #日ユ同祖論。

生命の木であなたがイメージするカバラは
15世紀以降成立のクリスチャン・カバラ=キリスト教化されたユダヤ・カバラ。
#ユダヤ陰謀論 と #日ユ同祖論 がキリスト教に見えないキリスト教思想なのと同じく外見がユダヤでも中身がキリスト教。
成立年代を確かめないと騙され放題。


猫太”日本のカバラが本物とか言うやつは、生命の木理論が15世紀からしか出てないとか、生命の木なしカバラとか、ハシディズムの義人思想とかそーいうの一切知らないからな。”
”多神教の古代イスラエルとかパレスチナの周囲の民族と何が違うのか?と。書物の宗教だからこそユダヤ教は特異なのに”

有名なカバラはクリスチャン・カバラでキリスト教徒製。 猫太”本家ユダヤカバラの解説見てたら〜、なんかスピノザくさいよね〜とか思ってたらモロに影響受けてるやん!”
”センセーショナルなネットに落ちてる口当たりのいい情報だけを集めてたら、文字通りカルトの術中にハマってしまうからな。”

日ユ同祖論は
①佐伯好郎(景教博士。最初期の論者。キリスト者)が功利的企画だと暴露
②ダビデの星がユダヤのシンボルになったのは十七世紀から(イエズス会製)
③カバラに生命の木が登場するのは中世から
④仏教徒の天皇も側近も縦書きの漢字を使用
⑤天皇は道教用語 を無視して捏造してね!







西洋魔術そのもの…ある特定の時(例えば日付)で特定の儀式を行うのは魔術の基本…カバラ系の魔術本では基本としてボックス呼吸と…毎日特定の時刻を決めて特定の動作をすると書いてあった。”
誕生日ケーキは元は月の女神アルテミスに捧げる生贄。 つまりアルテミスは現在最強クラスの女神←重大

”メスメリズムやスウェーデンボルグ主義のように…先行するものがあった。
スピリチュアリズムは円盤の先輩…スピリチュアリズム運動の中心的指導者アンドリュウ・ジャクソン・デイヴィスは、スウェーデンボルグ主義とメスメリズム…に濃厚な影響を受けた。”

スピリチュアルが広まるきっかけであるフォックスの
"ハイズヴィル事件を予告したとされるデイヴィスを支援したのがスウェーデンボルグ主義者にしてあのブッシュ家の血筋の人。 スウェーデンボルグは宇宙人カルトとスピリチュアルの源流。 まあ、デイヴィス推しは支配層製ですね。デイヴィスは無学だったし。"


メーソンを叩くスピ信者へ 「貴方のスピリチュアル思想は神智学系。神智学協会誕生の原因がエジプトとカバラかぶれのフェルト。フェルトを招待し、神智学協会を団体名としたサザランはメーソン。神智学の教義が陰謀論。メイソン製スピ系陰謀論はメーソンの中核は絶対叩けない」


”魔術師エリファス・レヴィ…の教義で革新的とされるのはタロット・カードとカバラの結びつけ。
レヴィ曰く、
魔術=合理的科学。 魔術、すなわち隠秘科学(シアンス・ゾキュルト)は理性に一致する。 魔術理論では人間の意志の力を重視。 …鋼の錬金術師のアルフォンス“

閉店です ‏@lakudagoya
てゆーか、何でヌッポンのカバラガー!とか言うやつは、何でこうもクリスチャン・カバラに偏ってるんだろうか?誰かおせーて。あと何で文献を書いてくれないの?あと西洋のカバラとの対比とかやって欲しいなぁ。あとなんでアブラフィアさんやモーゼス・マイモニデスは無視されんの?ww

カバラに生命の木が登場したのは15世紀ですよ。そもそも今の聖書と違う聖書ってどんなことが書いてあったんですか?最古のヘブライ語写本はアレッポ写本ですが、それ以前の内容をあなたは知ってるのですか?根拠がありますか?

今から2600年前からヌッポンのカバラガー!と言う人、良かったらそのヌッポンのカバラの参考文献を5つくらい上げてくれないかなぁ?お願いねん。で、西洋のカバラ文献のベストセラーのセフェール・イェツィラーなんだけど、大帝に聞く限りだと、日ユ同祖論の人がすげえ嫌そうな事書いてありそう?





閉店です ‏@lakudagoya 5月6日
隠れユダヤの陰謀って言われてもな。確かにユダヤ系は社会の要職についてるしネットワークもあるのだろう。
しかしな、例えば祖父の代がムスリムで親の代にはカソリックに改宗してて、そいつがカソリックの神学院出て大司教とかなって活躍してたら、これ隠れムスリムの陰謀とか言うの?
レコンキスタで改宗を強制されたのは何もユダヤだけじゃないのだが。隠れユダヤもいたけど、隠れムスリムもいたんだよ。
どちらも改宗して代を重ねる毎に宗教的なアイデンティティを喪失していくのに、何でムスリムは言われないでユダヤ「だけ」ユダヤの血が入ってたらユダヤ扱いされるの?

隠れユダヤの陰謀!とか言うなら、隠れユダヤがどのような世界を作りたいか全くわからないよ。
アレクサンドリアのフィロンのようにモーセの律法に従う人はみんな世界市民という思想?(笑)
これ純粋ユダヤ思想じゃないけどな。 少なくともメイソンは作りたい世界のヴィジョンを持ってた。









主婦の陰謀論者はさ、キリスト教が乗っ取られた疑惑が浮上中〜とかお花畑な事騒いでたけど、秘密結社の連中が一貫して反カソリックだったと考えるとスッキリ理解できる。 反キリスト教じゃなくて反カソリックな。これがミソだ。覚えておけよ。 子供のアニメで教皇が悪者なのもこんな思想なのよ。
高位のフリーメイソンの儀式ではさ、ローマ教皇の帽子を踏んづけるシーンがあるんだけど、如何にメイソンがカソリックを憎んでたかわかる話だよね? キリスト教が乗っ取られた疑惑が浮上中〜とか言うなら、反カソリック勢力の動向も見て言わないといけないよ。 社会改革と教皇権の否認はセットよ

反カソリック勢力一覧表
1 プロテスタント全て
2 グノーシス全て
3 キリスト教異端やキリスト教神秘主義の殆ど
4 世俗化したユダヤ教徒
5 ニューエイジ・スピリチュアルなど(アリス・ベイリーとかもキリスト教をぶっ壊す!と宣言)
6 カソリックにいじめられた勢力全て

バチカンは今までの1700年の歴史に歴史において敵を作りまくってたので、どの勢力に狙われても何も不思議はないからな。 グノーシス主義の特にカタリ派などはバチカンにいじめられてた者同士ユダヤやムスリムと仲良しだった。 ユダヤ・カバラの学校があったのは南フランスなんだよ。
隠れユダヤの陰謀ガー!と騒がれる背景には異端とユダヤの関係性を理解しないといけない。 異端とユダヤは割りと仲良しだったのよ。フリーメイソンは最初はユダヤ教徒は入会禁止だったけど受け入れたしね。 異端とユダヤの蜜月の関係性を無視してユダヤ「だけ」叩くのはおかしい!


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 5月6日
“フェイド大帝…
これ立ち読みだけどRAPTスレ の連中もやたらと拘る「カタリ派 大虐殺」、言葉足らずだな。 当時、カタリ派以外にも異端って 沢山グループがいたんだぜ? カタリ派の粛清も一回で やった訳じゃなくて、何ステップ かに分けてやってた。”
@lakudagoya
”(黒川正剛 (著) 「魔女」の世界史 (別冊宝島 2409) の画像) なんでカタリ派だけ徹底的に 叩いたかというと、奴ら独立した 教皇庁みたいなのを作って、 自分達で勝手に司教職を任命してた。 この事がバチカンの逆鱗に 触れたからヤラれた。” メーソン=異端派✝=反カトリック


フェイド大帝…仏は神ではないぞ。
仏が聖書の神みたいな認識に なったのは華厳経と法華経からだ。
密教の大日如来も聖書の神ちっくだが、
そもそも密教の曼荼羅では 開祖の釈迦が端っこの方に 追いやられている。”
仏教で神が輪廻に囚われた存在なのが我慢できない✝と新✝

”西洋人の神は常住善と常住悪の肯定から来ている。プラトンの言うイデアと一緒ね。
仏教は無常を説くので、そもそもイデアなんか存在しませんというスタンス。
ちなみに常住というのは実存する という意味ね。反対語が無常。”
西洋思想=不変が根本
仏教=不変の否定が根本









Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2014年1月18日
トーとタロットの皇帝?ああ、それ、残像になるからね、ずっと見てると。 その間違い探しをするとはすごいなー まぁたまにはいいじゃない。 もしもそれ以外の過程でこれが起こったらそれは何か間違ってる。#劣化コピー

会議をネットワークのトポロジーで解釈すると、バス型は順番に意見を言うタイプ。先頭を意識する。スター型は分散しこうなので意見がまとまらない。リング型は循環するので先頭を意識せずに全体と調和する。だから、本当は円卓会議が優秀だと思う。

ま、そんな感じで四大分類したときに身体は両足が両極端の火と地になるのだから、この両極端の極性を利用すると力が生じるの。
つまり、足運びとその体重移動が力の根源となる。
頭は霊なのでこれらの統治であり。そして意思の決定するものとなる。
人の足払いによって足を刈られても軸足に重心があるのなら倒れない。
そして軸足に体重を完全に乗せるのは移動する瞬間だけ。これが歩法。
人の意見に左右されず、そして自分の意見がどこに立脚してるのか?
これもまた自分の頭部を軸とした正中線にある。つまり霊。大地ではない。
だから頭がふらふら動いてると身体の力は霧散する。
だから歩法は姿勢を正すこと、前を向き、尾てい骨(イェソド)から頭(ケテル)まで引っ張り上げ、動物的本能から大霊まで引き上げる。即ち、頭(霊)を基準として動作するの。
イェソドからケテルにまで意識を引っ張りあげようとしながら進むのなら、身体的意識は上昇する。これによって意識のステージは上がる。即ち、八卦掌の意識体験とはこれのこと。移動技術と歩法においては八卦掌の右に出るものはない。力の効率や打撃基準なら違うけどそういう問題ではないから。
例えば、八極拳と八卦掌の大きな違いは、前者が進行方向を前に固定気味にすることで力の効率を高めてるけど、その点、回避は二の次になる。八卦掌は回転によりこれとは逆の効率を求める。この回転への意識が渦を生じさせて意識の上昇を生む。これはLRPGの動作そのもの。これは良否では語れない。
意識と身体動作の一致は最重要のこと。たとえば、筋を違えたりするのは無意識に身体と意識が不一致になった結果。それとは真逆に一致させるのならその動作効率は最大になるのは自然なこと。なら、正中線を基準に意識をしたから引っ張りあげつつ動くのは凡ての武術の基本となる。
このマインドセットの使い方は魔術でも例外じゃないの。
肉体から意識に同期させるのが武術、意識から肉体に同期させるのが魔術だとしたらあなたはど考えるでしょうか?

けれど、最終的にその区別はなくなるの。

んにょ。陳家太極もいいですね。楊家は向かない。 QT @kulfi: つ 太極拳

そのようなわけだから、魔術をやる人は好きな武術を選んで行うと良いです。得物はあってもなくてもいい。物理的強さは求めず寧ろ二の次。意識と身体の同期で最大効率のみを求める。物理的強さは肉体のポテンシャルを超えられない。そしてそれを支えるのは常に精神。なら、何に基準を置くかは明白なの。
まあ、ぶっちゃけ。テニスだってダンスだっていいのだけど、理屈さへつかめるのなら。
だってね、プロのテニスプレイヤーの体重移動と力の放散の仕方が基本的に自分のとは違うなんていったらその人は武道家じゃないよ。だって人間の意識と身体の動作なんて極めたら同じなんだから。テニスはこ拳ではなくてボールに発勁が乗ってるだけ。プロのサービスは恐ろしいものですよ。

武術をやると強さを履き違えてるひとがいるけど、肉体と精神の訓練はそのためにあるんじゃないの。女性なら男性の肉体に勝てないし、小さな男性はプロレスラーみたいな人に勝てない。なら、肉体の強さはそういう風には使わない。それと戦いは違うから。逃げられる方が強いに決まってる。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2014年1月19日
ん、象徴表現を文字通りに読んでも意味がないと思います。星座とか惑星で表現されてるのはその概念との類似性で身体機能を説明しようとする試みなので文字通りの対応と考えるとそれは迷信となるから。

象徴を文字通りに読んで誤解釈するのをわたしなら♂Rt(火星のレトログレード)と表現する。勿論、これは表現の一つだから、ほかの表現もできる。水星のRtでもよいし間違いではない。

もし、物事の誤解釈が表面上のことに囚われてるだけなら水星のRt、誤解釈によって何かを故意に批判しようとする表れなら火星のRt、もしも既成概念に囚われて常識の固執するという意味で捉えるのなら土星のRtなどとわたしなら表現する。つまり、占星術記号などはすべてこうして用いるの。

ところで、わたしは12星座とか惑星記号を定型文としては捉えてないし記憶してません。最初から神話との一意対応なのでそれがカバラーとセフィロトの解釈法で纏まったので定型文を覚えなくても良かったのです。つまり、ギリシア/ローマ神格の性格と特性を知ってるとあとはいらないの。
ブラックホールというと太陽は小さすぎるのでこの場合は恒星天かしら?つまり、12宮のある角度の部分にある特性。

さいころをころころ。色球とかを使ってもいいけど最近はこればっかり。占いの道具はあまりいらない。数字から幾何学展開して抽象概念を取り出すだけだから。
ん~、例えばアレ。数字の1がでたら単一概念。六ならその調和。これを開始と終わりに見立てることもできる。勿論、10面体のほうがセフィロトに一意対応するので使いやすいけど普通の六面体でも使えないことはない。やり方はいろいろ。
ん・・・3と6がでたらその合算で9をあらわすので三角形と(土星)六芒星(太陽)で9番目の宮を・・・ぐーすかぴー。


魔法が科学化する?無理。認識論的アプローチをした瞬間に科学ではなくなるから。それに組み合わせの魔法は意識の仕組みを知らないと使えない。

ひとつ確かなことは、科学者が自ら魔術を習得しないと魔術の解明はできないと思う。その良い例はカール・グスタフ・ユング。彼はそれゆえにオカルティストの謗りを受けた。

そもそも人の幸福感は定量化できない。幸福感を感じるための薬品を与えたりはできるけど、それは幸福の結果として生成される脳内物質を与えることで快感を与えることは可能だけど、幸福そのものを再構成することなどできない。幸福自体は複合概念イメージによるもの。個人で違うのだから再現不能。

だから幸福感は個人のものだよ。科学によってそれは作り出すことはできない。もし科学的手法で再現可能なら好き嫌いを治す薬も作れるし、凡ての芸術は消えてしまう。五感による好みすらなくなる。それが幸福だと思うのかな?この物質から精神への不可逆性こそが生命の価値だと思う。

例えばこういう例え。そこに美しい彫刻があるとする。それをトレースすることで芸術家の描いた脳内イメージを再構成しうるのか?確かに形をトレースはできるけど、それは認識の網を通る前のロー・イメージを再構成しないと意味がない。凡ての五感に変化しうるそれは再構成は無理だと思う。

もう一つの例え。自分が見の前に描く異性は姿と色は持っていても他はないのか?匂い、声、しぐさ、表情、性格、それら凡てが自分の理想で魅力に思えないといけない。その魅力の正体は凡ての組み合わせとそれに付随する背後にある概念イメージ。これがないと幸せに感じないの。

視覚化をまともにできる人なら、それが純粋な視覚イメージのみで構成されてるなんて思う人いないのに。

もし、誰かの心を大切に思うのなら、その人の好きなものを捉えようとする。けれど、それは五感に変換されたイメージの表現。だから大事なのはその表現されたものじゃなてく形にならない心のイメージ。これってその作品より芸術家の方が大事なのと同じなの。それをわたしは「霊」と呼んでる。

みんな魂が入った~みたいにその作品を呼ぶけど、その魂とは作者の概念イメージのコピーのことだよ。つまり、その心のイメージがどのくらい作品に再現されたかで魂が入ってるとかはいってないとか呼んでる。これが霊とか魂の概念なの。
そしてその投射された概念イメージは明確化して具体化されると何故か不思議なことに物質から遊離して自立性を持って感じられる。これが魂と人工精霊の概念。付喪神も同じ話です。強烈なイメージ投射が起こると、作品の美術性とは関係なくそれが起こる。召喚や喚起の基本です。力はイデアから引っ張る。

だから美術品が贋作かそうでないかは霊的価値でみるとわかりやすい。どちらも同じような油絵でそっくりだとしても、作者によって本物は概念イメージによってイデアに繋がってる。だからより深く鑑賞するとその違いに気づくの。同じようにみえて同じではない秘密。

ほら、わたしは人間が思い描いた概念イメージのことを「霊」と呼んだ。これは何のことかというと、欲望そのものなの。だからアストラル体のことを神智学では別名欲望体と呼ぶ。それは人が作り出した複合概念のイメージのこと。自分に対する自我イメージもアストラル体、つまり欲望だよ。


愛は植物を育てるが如く育てるの。愛といえばネツァク、勝利の光球。それにはゲブラーの機能が作用する。綺麗に花が咲くことを目的として鋏を入れたり肥料をまいたり水をあげたり薬を与えたり。可愛がるだけだと枯れてしまう。7、8、9のセフィラはアストラルつまり欲望の三角形を構成する。
そんなわけで、わたしは恋愛にすらカバラーを踏襲する。ネツァク(金星)で愛を育て、ホド(水星)にてコミュニケーションし、デートの約束を取り付ける。イェソド(月)にてその期日の細かな調整をしてデート計画を練る。そして最後にマルクトにてそれを実行するの。

もしも、マルクトの当日にデート計画がことごとく失敗して予定が狂った場合は、マルクトの基底部から赤い竜がにょろにょろっと出てきた証拠だからデートを早めに切り上げて二人でのんびり過ごせる場所を探す。それも無理そうならそのまま早めに切り上げて様子を見るの。これが魔術師のやり方。

赤竜というのは物事の実現に反対する古い勢力だから、「今の若いもんは」とか言いながら管を巻く。それは新しい形を壊そうとするのでイデアから引きおろした力に反抗する。なので、まずいとおもったらとりあえず切り上げて後日に対策を立てるの。そのまま争うとろくなことにならない。

魔術カバラの概念を俗っぽく引きおろしたけど、基本的に考え方は同じ。『神秘のカバラー』を一通り呼んだ人ならご理解いただける思う。

まぁ、メンテーとの神話的関係は本当はペルセポネー神話の一つなのだけど、それをさかのぼるとアプロディテーに繋がる。それはアプロディテーの嫉妬の概念の流出。そしてペルセポネーはそもそも植物神の片割れ。なのでメンテー(ミント)は鎮静作用としての嫉妬への効果とかそういう関係にあるの。
なぜなら、嫉妬の炎はそのまんま炎症を意味してるから。なら、ミントとの相関関係もご理解できると思います。

さて、ネツァクのクイーン・スケールがエメラルド・グリーンをしてる理由は本質的に植物の育て方と同じだという象徴なの。そこで思い出して欲しいの。ヴィーナスなどの象徴はみんな薔薇。この光球も薔薇が配属する。このとき、薔薇という植物に調べてみて。特に人のために品種交配してきた歴史。
薔薇というのはあらゆる意味で人間のための植物。観てもよし、香ってもよし、食べてもよしとにかくいろいろ。ゲブラーは五番の火星光球だから剪定とかそういう概念。薔薇は綺麗な大輪にするために剪定が欠かせないのは常識。この5番が通過して7に届くのは6番の美と調和の光球。つまりそういうこと。

ところで、ミントをもしもセフィロトに帰属するのなら、わたしならマルクトにする。するとこういうのが出来上がる。彼の写真を見ながら毎晩ローズティーを楽しむ。ローズヒップでもいいし、蜂蜜は多めに。コミュニケーションのときはシナモンとかそういうの。デートのときはミント系を常備。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2014年1月20日
ビナーの裏面を必ずしも悪魔とするのはどうなのかな?キャラのこと良く知らないからあれだけど、へカテーの局面は単なる刈り取る者。冬の到来と同義。不要な生命、異常なものなどを凡て刈り取る。きちんと着実に歩んだものだけが残されるように。これはマルクトにも反映される。

へカテーの局面にも二つある。一つは未成熟な根っこをちゃんと張ってないものを刈り取ったり、病害の発生を防ぐための排除。また、大地の栄養分を次世代のために確保する役割。一方で、その裏面は必要なものや根が張られた物も根こそぎ奪い取る。この違いなのだけど、なかなか区別されない。

女性にとっていちばん切実なのはイェソドの機能。この中に土星的性質が表れてる。それは生理時の鈍痛。そしてそれに伴う精神状態。これがへカテーそのもの。へカテーは月の暗い局面でもある。でも、これがないと女性としての豊かさや華やかさは保てない。これが土星の月の光球における役目。

土星や火星の概念って基本的に我慢とか忍耐、妥協や判断、決断などを伴うからかなり嫌われて理解されてないこと多いよね。優しくないし、現実的だけどそれが豊穣の母の裏面。だからこれを意識してないと必ず転ぶの。

そして月の三極性というのはこういうの。生理がきてるときが乙女であり三日月。生理機能が停止して活動が増大するのが母にして妊娠時。つまり満月。そして最後は生理機能が停止して衰退するのが老婆で象徴される。
月に関してはこのくらい。生理中と生理停止時についてはこれ以上触れません。それが何を意味するのかはウィッチクラフトの実践的領分だから。
ん、まぁ。一つだけ。Moon Magicは女性のためのもの。男性でも使えないことはないけど周期性について掴みにくいので気づかない。女性なら体温、気分、その他の状態変化を凡て記録して体内で何が起こってるのかを数ヶ月分析すると自ずと判る。各種欲求の変化が鍵。
ヒント。フォーチュンの『海の女司祭』にて「子作りタイミング」がどうなってるのか?男性と女性の周期性をどうやって合わせてるのか?これが最大のヒントです。
サービス問題。初めてのキスは海のそばで夕日を観ながら。なんで夕日なの?
うにゅ。妊娠中は特に日の入りと日の出タイミングで就寝と起床してたほうがいいのだけど・・・。月の周期より概日周期に引っ張られるから。
このへんの太陽と月の周期というのは公然の秘密。組み合わせの問題なのだけど。
女性に関してだけ言うと、初潮以前、そして妊娠中と生理の終了後は概日周期に必ず従うこと。そうしないと精神と身体の健康が保てないから。はやめに寝たほうがいいの。生理中も同じ。
女性と男性は顕在意識と潜在意識のバランスや分離度合いは同じじゃないのよ~。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2013年8月23日
フォーチュンが『神秘のカバラ』の中で「手元に生命の木の図を置いておかないと私は木について書くことができない」と告白しているけれど、一方で古いカバラ魔術の本では生命の木を手に持ってる賢者のような挿絵が入ってる。これは比喩じゃなくて現実。そのような感じで木が見えないといけないの。

この手の話をツイートするときは、できる限り『神秘のカバラー』の範囲で述べようと努力はしてるのだけど、最終的に説明が必要なので『完全版黄金の夜明けシステム』その他の知識をがんがんいれてます。足りなければ他の分野や神話も探るし、伝統的カバラも無意識から掘り起こす。一冊じゃ無理だから。

当たり前なのだけど、既に神秘のカバラー、カバラ的象徴の実践ガイド、柘榴の園、生命の木は基本文献なので沢山読んでます。更に基本には10冊以上の本が必要でしょう。魔術カバラを語るのはその先なのでこういう話をしてるときは強固な木のイメージを眼前に投射してます。これが目指す場所です。

わたしが購入したフォーチュンの『神秘のカバラ』は現在で三冊目です。過去の二冊は完全にぼろぼろになって分解してしまいました。それでもまだ時間があると読んでます。既に内容も頭に入ってるけど、目を通すことで思考をトレースしてるの。著者より詳しくなることを目指しなさい。三冊目が死にそう。


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2013年8月22日
ですね。正確にはミニトゥム・ムンドゥム(小宇宙図)です。セフィラはブリアー、パスはアツィルトの色です。 QT @rideigan: @Ripple1975 下位の女神、つまりブリア-界(女王)の色彩ですね。全ての色を混ぜると黒になる(『神秘のカバラ-』を読みながら)。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2010年9月19日
『神秘のカバラー』を卒業するのは熟読30回目以降だけど、小径に関する学習は10回目辺りから。このとき、リガルディーの『石榴の園』か『生命の木(洋書)』、ガーレス・ナイト『カバラ的象徴の実践ガイド(洋書)』が必要になる。さもなければタロットの門を使ってパス・ワークしかない。

『神秘のカバラー』を数回呼んだ程度では魔術カバラについて何も語れない。心に「木」が構築されだすのは10回目以降。30回、50回と読んで本がぼろぼろになる頃、最初のカバラーの訓練は終わる。その頃、かれはカバラ用語で日常の全てを語れるようになる。


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
日本で知られているカバラーって要するに魔術カバラー(クリスチャン・カバラー)だからユダヤがどうこうというのは別物です。それが出てくるのはGD系やそれ以前のカバラーなので、ゲルショム・ショーレムの書籍を重点的に読むと「えっ?」ってなると思うの。

要するに、そういうユダヤのカバリストって創世記から申命書までのペンタトークを殆ど丸暗記してるようなひとたちよ? (^^;

魔術カバラーは1800年前後くらいから作り上げられていったものと思われる欧州を中心にした独自のカバラーのことです。それはキリスト教を象徴の骨子にすえているもので、本来のユダヤ教とはあまり関係が無いの。でも、キリスト教的世界観が嫌いな人もいるのでCRCという伝統が組み込まれた。

だから魔術カバラーとはキリスト教的象徴によって魔術に応用しやすいように簡略化し、纏め上げられたカバラーのことです。それゆえに、クリスチャンローゼンクロイツがジーザスの代わりとなって普及することになるの。中身あんまり変わんないけどね。w


天使には本来的には姿は無いの。何故ならそれは電気とか慣性、重力みたいなもので何かの力を伝達する現象として作用してるからです。それゆえに宗教画などでは炎の車輪などの幻視として描かれます。車輪は歯車であり何かの「動力」を伝えるという存在で形を与えて力を利用してるのは人間に他ならない。

したがって、天使そのものに形はないから天使に鋳型としての形を与えてるのは人間だと思います。だからといってその姿どおりの存在が天使だとするのは間違いだと思います。それは水風船のようなもので、水が丸い形を保ってるのはゴム風船で形を与えてるからです。

人が直接交流を持つことが出来ない存在だからこそそれに形を与えるの。そうでなかったら神格というのは人にはとらえどころが無いものだからです。

御使い(天使)とはメッセンジャーであり、神様の意志を伝えるもの。それは力が現象として作用するさまを人が観察してそれに形を与えるのです。

昔は真空中を電気(電波)が伝達するさまを「エーテル」という媒体によって伝達するものだと仮定したのです。これをエーテル仮説というのだけど、後にそれは否定されて別の仮説が立てられた。この想像(仮説)は人が電波が伝達する現象からイメージによって形を与えたのです。

いまでこそ科学的仮説はいろいろと当たり前のように言われてるけれど、これこそが力に形を与えるということです。本当は形なんてないのだけど、人のイメージが姿を与えてる。これが天使の姿と同じだというわけです。物理を扱ってるのか人の精神を扱ってるのかの違いはありますが。

電気という言い方をしたけれど、より正確には電磁波ですね。光もその仲間だから「どうやって光は真空中を伝達するの?」という問題なの。

電磁波、光もそうなんだけど干渉波を起こしたりするからいろいろな光に輝く。虹がそのひとつの例だけど、イリスという神格はキリスト教で言うところの大天使に相当するもの(人格神であり自然の擬人化)。現象そのものに対してイメージを与え、その力を理解しようとしていたのです。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月26日
変化を祝福しましょう? 分点が回帰するたびに。

天(理想)と地(現実)はいつもちぐはぐ。小さな頃から「主の祈り」唱えていて思ったことは、救い主が自分の心の中に現れないことには解決できないということ。「天にあるように地にも御心が果たされますように」というのは「カバラ十字」とまったく同じことだった。御子はその仲介者だから。

だから御子(ジーザス)は天と地の仲介者であり、この心の中にあるちぐはぐな想いを正してくれる。理想と現実は違うんだという認識にそもそもの問題があった。理想としていたものがとても狭い考えによるもので、胸の中心に咲く薔薇はこれらが和解したことの証となる。

だからいまでこそ想うの。「御国が来ますように」と祈るのは心の中に理想と現実の仲介者が現れてそこに調和を見出してくれること。これらは相反するものではないことを知ること。それゆえに心が平安の中に入ること。この地を天国にも地獄にも変えるのは自分の心の問題だということ。

それはそうだよねって想う。理想と現実に齟齬があると認識していたらいつまでたっても心が休まることはない。救われることもない。だから綺麗なものだけではなくて汚いものであっても冷静に見つめる。それが胸に咲く薔薇の証なのだから。

それに気づいて以来、わたしは中心にルビーがついた金の十字架を胸に下げるようになった。本当の意味で5=6に到達したことに気づいたのだから。
5=6になったからといって聖人になれるわけではないの。でも、心の中に何が起こってるのかを既に理解してるから初めてまともに主に祈ることができるようになった。その差は大きいと思う。何のことか理解しているだけでも。

なんていうのかな? 薔薇十字のレイメンがはじめて実効を持った瞬間のこと。それまではオカルト的なシンボルでしかなかったから、信仰とは結びついていなかった。だからこそそれは意味を成さなかった。
信仰は自我にとっては生命に等しい。光、生命、愛。救い主が受肉するのって自分の中にだから。


図版は"The Complete Golden Dawn"からのもので追放後のエデン図。イブはマルクトに埋没してるので物質主義に傾倒し、アダムからもものとして扱われる。

追放後のエデンとはひとことでいうとアナーキズム。

赤竜というのは、その場限りの欲望による理想の改変を目的とした意志のことだから、どんどん増えてはどんどん滅する。つまり行き当たりばったりなのです。それぞれに違った理想を唱えており、神の意志とは関係がない。すなわち物理法則とも関係のないことをしようとする意志です。それゆえに非科学的。
だからあれ。互いに争う顎とも称します。お互いに別の理想を唱えていて、しかも次から次へとそれは増えていくからきりがない。
それはまるで溶岩の中に見え隠れする竜たち。数が決まった実体ではなくて、その時々に応じて増えては消えるもの。そういう意味では似非科学の流行にとても良く似てる。
この場合、天上を守ってるケルビムというのは常識的な科学のこと。物理法則に反してるのだから、竜たちはかれらに切り倒されていく。

(仁 ‏@sakazuki11 12月26日
@Ripple1975 関わる人の数だけ竜は増えそうですが、真の平安を獲得しようとするなら、無駄に増やすべきじゃないってことなんですかね?

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月26日
@sakazuki11 竜に王冠を与えるのが問題なのかも? エドムの王たちに王冠を与えるものがいるのです。つまり、似非科学を支持する人たち。)

赤竜の例としてよくありがちなのは運動をしないでダイエットをするというもの。食事制限だけでは意味がなく、バランスの取れた食事と運動、そして睡眠が不可欠です。でも、自分の欲望のためにこの常識的選択をせずに何かにすがろうとする意志。これが赤竜でなくてなんだというのかしら?
今日やるべきことを毎日やってすごせばそんなに体重は増えないの、わたしに限って言えば。もしさぼったら少し太ってきちゃう。心の肥満が体の肥満につながるから、そこをなんとかして継続できれば身体は自然になっていく。

オカルト百科 生命の樹
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/lifetree.htm
”生命の樹は、創造による流出の連続した過程を図式化したものだ。
 アイン、アイン・ソフ、アイン・ソフ・アアルという3つの未顕現があり、
最初の顕現ケテルが現れ、コクマー、ビナー、
ケセド、ゲブラー、
ティファレト、
ネツァク、ホド、
イエソド、
マルクトと、稲妻のように連続した流出が起こる。
 ビナー、ゲブラー、ホドは「竣厳の柱」。
コクマー、ケセド、ネツァクは「慈悲の柱」となり、
それぞれが対照となって対になる。
その真ん中には、ケテル、ティファレト、イエソド、マルクトが「中央の柱」となる。
ケテル、コクマー、ビナーは「至高の三角形」を形成し、
その下には「深淵」があって、隔てている。ビナーとケセドの間には、ダートと呼ばれるセフィラが潜んでいる。
また、テイファレトの後には「神殿の幕」があり、これも深淵のように上下を隔てている

 さらに、カバラの4世界、アツィルト界、ブリアー界、イエツィラー界、アッシャー界が、それぞれに属するセフィラを覆っている。これが大雑把な樹の形である。

 ここで私は、生命の樹の概念を解説してみたい、という誘惑にかられる。しかし、私ごとき浅学な者がそんなことをしても、かえって誤解と混乱を引き起こすだけかもしれない。
 そこで、W・E・バトラーの真似をして、良書を強く薦めるに留めておきたい。

 それは、もちろんダイアン・フォーチュンの「神秘のカバラー」(国書刊行会)である。
 これは、あまりに有名なので、「生命の樹」と聞くと、「神秘のカバラー」とすぐに出るほど、定番となっている本であろう。
 フォーチュンは、この本を書くにあたって、独自の見解や自分の流派だけに属する解釈を極力避け、一般的なスタンダードな解釈を紹介すしている。魔術カバラを学ぶ者にとって、流派を問わず極めて有益な本である。

 しかし、「神秘のカバラー」を読んだ後に「私は、これで生命の樹を理解した」と、もしそう思うのなら、あなたは生命の樹を殆ど理解していない 証拠である。

 まずは、「パス」だ。
 生命の樹において、「パス」は「セフィラ」と同じくらい重要だ。
 しかし、「神秘のカバラー」には、セフィラについては詳述されていても、パスについては、殆ど記されていないことに気づくであろう。
 パスを理解するのは、まずセフィラについて、ある程度の知識が無ければならない。
 だから、初心者は、まず「神秘のカバラー」を読むことが求められるのだ。
 では、パスについて知識を得るのに良書は何か? と問われれば・・・
 ガレス・ナイトの「A Practical Guide to Qabalistic Symbolism」である。
 「はじめに」で触れたように、私は、このサイトにおいて、本は極力、日本語の物に絞ることにしている。しかし、ナイトのこの本ばかりは、どうしても紹介せざるを得ない。初心者向きに、パスをここまで親切に詳述した本は、ちょっと他には無いからだ。
 この本の1巻は、主にセフィラの解説だが、2巻にてパスのことが詳しく解説されている。

 22本のパスを理解することは、22のヘブライ文字の象意、タロットの大アルカナのカバラ的解釈を理解することにも、直接つながるのだ。如何にパスが重要であるかが、これで分かるだろう。
 そして、セフィラを真に理解するためには、パスの知識が必要だ。
 まず、セフィラの基本概念を学び、それに基づいてパスを理解する。そして、もう一度セフィラに戻って、パスの知識を元にもう一度学ぶのだ。そう、パスとセフィラは相互に補完しあっているのだ。
 さらに、カバラの4世界、クリフォト、「ヤコブの梯子」など、学ぶべきことは、まだまだ沢山ある。

 樹の理解のために、日本語で読める良書は、他にリガルディの「石榴の園」、ウィリアム・グレイの「カバラ魔術の実践」が挙げられる。これらもまた、絶対に必読である。
 さらに、樹の「万物照応表」の理解については、クロウリーの「777の書」も、必携である。

 「神秘のカバラー」の知名度の高さは、カバラの知識を広めることに、大いに貢献してると思う。
 しかし、同時に生命の樹を誤解させる原因をも引き起こした。
 生命の樹は、いわゆる「万物照応評」の基となる。すなわち、どんな物でも、これに当てはめることが可能だ。
 ゆえに、奇妙奇天烈な解釈を多く生み出した。
 よくある例が、魔術以外の体系との組み合わせである。特に、仏教の宇宙論を樹に当てはめるような例である。
 無論、東洋の体系を、生命の樹と合体させる思想そのものは充分に意義のあることだし、早くもパピュスの時代から、こうした研究が始められている。
 しかし、「神秘のカバラー」を読んだだけの初学者が、このような考察を行うのは、あきらかに早すぎる。

 もっとも、いわゆる「頭の体操」、ないし知的ゲームとして楽しむだけなら問題はないし、批判される理由も無いとは思う。私自身、アニメのキャラを樹に当てはめて遊んだことがある。
 また、一見無茶な解釈でも、それが新しい発見につながることがあるやもしれない。フラター・エイカドが、「カバラの花嫁」の付録で行ったアクロバット的解釈のように。

 しかし、シンボリズムが狂っているということは、魔術の実践者にとっては、やばいどころか縁起でもない話である。
 パス・ワーキングを実践してる人にとっては常識であろうが、生命の樹は、瞑想において道に迷ったり、崖から転げ落ちたりしないための「地図」の役割を果たしている。
 その地図が、目茶目茶になっていたとしたら……



「神秘のカバラー」 ダイアン・フォーチュン 国書刊行会
「777の書」 アレイスター・クロウリー 国書刊行会
「石榴の園」 イスラエル・リガルディ 国書刊行会
「カバラ魔術の実践」 ウィリアム・グレイ 国書刊行会
「QBLの花嫁」 フラター・エイカド 国書刊行会
「ユダヤの秘儀」 ハレヴィ 平凡社

「A Practical Guide to Qabalistic Symbolism」 Gareth Knight WEISER
※翻訳権を買い取った出版社があるが、未だに邦訳は出ていない。”

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
艦これアニメを以前購入ししたBDでみてたけど、第七話の冒頭。大淀さんがモールス聴き取ってるので一緒に聴こうとしたら・・・和文だった。; ;
あ、「長点が一個多い」ってなってもうがっかり。それもそうかって。
速度は100文字/分を超えてると思う、多分だけど120文字/分程度。欧文なら十分に聴き取れる速度だけど和文ならもう・・・orz
聞き取れて無いです。(^^; 聞き取れてるときは「文字に変換されずにそのまま言葉になる」のです。あのくらいの通信速度(練習では無い速度)だといちいち音を文字にしていたら頭がパンクしてしまいますw
アマチュア用で国家試験になってるモールスの速度は通信用の速度ではなくて練習速度。実際はあんなに遅い速度で通信することはありません。普通に会話していくとき、自然と速度があがっていくからです。欧文では最終的に200wpmくらいはいくでしょうね。
モールス符号が聴こえたからといってそれが即座に言葉に変換されることは無いんですよね。ただ、音として耳に残ってるのを、数秒前の音として思い出すことで「どんなこと話してたっけ?」と聴きなおすの。そして言葉に変換されないとき、速度が追いつかないかコードがそもそも違うかがわかります。
耳に入ってくるモールスコードを逐次変換していたら高速な信号は復号化できないでしょう。
このお話、モールス符号を高速で聞き取るときに必要なお話なのだけど、本当のところもっと重要なことが含まれてるの。母国語だと気づかないけれど外国語語で速く会話するときに必要なのが「音で聴いて数秒間覚えておくこと」だからです。だから英会話は音で覚えるとよく言われる。バッファ鍛えてるの。
脳内バッファの拡張は意識的に継続してやらないと決して身につかないの。このことを実感するのに、わたしはモールスの練習が答えを出してくれました。外国語を身に着けるときもまったく同じだったからです。
「外国語を学ぶのって無意味な音に対して意味づけを習慣化すること」なのですから、最初の「無意味な音」の段階でこれを保存することが必要になります。次に、それを思い出すことで意味づけがなされるように意識的に意味を考えるの。完全に習慣化されたとき、もはや音や文字に変換されなくなります。
言葉を使うからといって必ずしも高度な知性はいらない。だって、ただの会話ならばそれは習慣によるものだから頭を使わないのですw だって、言葉を使うこと注意を払わないからです。
ですから、言葉遣いに注意を払うということは、言葉を意識化してしまうので慣れていない人は言おうとしようとしていたことをころっと忘れてしまいます。(^^; これは習慣化している母国語について「考えようとした」からにほかならない。習慣って考えてしまうとうまくできなくなるからです。
習慣を破壊して意識的に矯正する方法はそれ自体にずっと意識を集中することなの。実はこれが一番難しいから多くの人は魔術の修行を放り投げてしまいます。w
エーテル体制御は種がわかってしまうと神秘でなんでもなくなる。但し、習慣をイメージ化して操作するから難しいことは難しい。合気道で相手を倒すのもそういうのとまったく同じ理屈だから相手の習慣を読み取る能力が必要になる。それをすることはまず自分の習慣と向き合うのです。
月(イェソド)は幻想の光球とはいうけれど、それは水面に写った月の姿のことです。例えば、自分が立ち上がって歩くとき「歩く」ということを無意識的にイメージしてるの。このイメージが「月」と呼ばれるものだからこれが壊れてしまうと肉体が正常でも歩けなくなるし話せなくなります。
ですから、オーラ制御というのは習慣の破壊と再生のことなのでこれをよく理解していないと日常生活に問題が起こるかも知れません。呼吸を利用してリズムを掌握する方法もそのひとつであり、そのほかにもたくさんやり方があります。
自律神経系を意識的にいじってること、よく理解してください。
エーテル体制御、たとえば「中央の柱」の行法で「月の分離」という言い回しがあるのだけど、これの意味するところは習慣の顕在化なのです。自分の習慣をイメージとして見つめることに成功するとそのような言い方をするの。
ひとによってはこの状態を「水面に月を再発見した」というかもしれない。
これはあくまで比喩なのですけど、そういうことなのです。
それでは、自分の「月」を水面に再発見してね。

いいかたを変えれば、古代エジプトだってかな交じりの文章使ってましたけどね。だってそれ、ヒエログリフィカを簡略化していくとデモティックになるからで、民衆文字はかな文字に相当するのです。
言葉を筆記すること、特に重要な言葉はみんな速記しなくてはならないから、書記は必ず簡略文字を開発することになるのです。例外は最初から簡略化しようが無い文字だけです。(^^;
普通は習慣って「なんとなく身に着けること」なのでこれを修正するのが難しいの。何故なら、意識化することで修正が可能になることなので、無意識はこの意識化をとても嫌がります。だから、無意識的に意識化することそれ自体を忘れさせようとするのです。まずはこれを突破することが最初に課題です。
無意識との付き合い方は隣人との付き合い方によく似てるの。それは自分の意志でありながらまるで他人みたいなものだからです。
だから正面から意志の力でねじ伏せようとしても無駄なこと。その扉は取っ手が正面にはついてないので向こうから開いてもらうしかないのです。
ですから、無意識の自分の挙動を他人のように扱うの。防御円を設けてその外側に、三角形の中に呼び出します。なんのことかわかってるとは思うけど。(^^;


2016年12月24日
日本には宗教と名前がついてない宗教があまりにも多すぎて、誰もそれを宗教だとは考えていなかったり。
同調圧力は苛めの原因とされるけれど、それって要するにカルトに見られる特徴的なこと。たぶん、そういう土壌なのだと思うの。
だからたぶん、自分が一番打ち込んでることに関する仲間意識は強いけれど、そのへんが不器用だから一度関係をこじらせたら大喧嘩になる。宗教の代わりとなってるそれは結局のところ宗教なのですから。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2016年12月24日
本当に困っていないのならかみさまは応えてはくださらない。実のところそのことについての本気を試されてるから。
もしも本気だったら「プライド」も「面倒」も手放してるはず。手放すものがなくなるまで手放して、それでさあ、どうかなっていう世界だと思うの。
余計なものみんな手放さないと自分の意志なんてそう簡単には見えてこないの。だからもしまだ見えないのなら、まだ余計なものたくさん抱えてる証拠だといえるでしょうね。


水垢離も風邪を引く前ならいいと思うんだけど、風邪を引いた後なら逆効果になる。風邪の前だったら、肉体に本気を出してもらうためにショック療法となるけど、すぐに身体を暖めないといけない。風邪のあとなら肉体は現実に戦いを開始してるので無理はいけない。

荒行は病気になることを目的とはしてないから、ケアのことも考えないと意味がまったくなくなるの。それが出来ないならしないほうがよいと思う。それはダイエットもそうですけどね。

肉体を鍛えることも心を鍛えることもそうだけど、アフターケアについてきちんと知らないならしないほうがいいかな? まずはそこを学んだほうがいいから。


いのちの宿らない樹は邪悪に染まる。
それは枯れ果てた樹であり、樹の洞だけが残っているもの。すなわち、殻。
セフィロトにはかみさまが棲んでるから、火花が閃いて宿らないとそれは枯れてしまうの。エドムの王たちに支配され、それは冥府へと伸びていく。言い方をかえると信仰の宿りがあってこそ上位セフィロトを理解する。
というか、本来のカバラーがユダヤ教神学からの派生であり、魔術カバラーがキリスト教神学からの派生であるという点について真剣に議論されることがないのはなんで?
信仰をもたない5=6なんて全くありえないとおもうのだけど。
それだからRR et ACは招待をする権利を持たない。招待を受けたひとがやってきてそれを認可するだけですから。
それはこういうこと。自分自身の中に救い主が現れないことには、誰もそのひとを救うことが出来ない。





トモフミくん ‏@tomofimorgon 2015年7月2日
根性論でとにかく量をこなせばいいって思ってる顧問の方はこれを見てよく考えてほしいです。スポーツの色んな技術に応用できるはずです。

スポーツが上手になるコツ 武井壮が語る 説得力ありすぎ! http://youtu.be/WS6lK2UmR3A
八木 ‏@kou_yagi 2015年5月23日
授業で教えている方法と全く同じ。
6分間我慢して観てもらえれば、デザインの上達の仕方が分かると思う。
デザイン作業に置き換えて観て欲しいな。
「スポーツが上手になるコツ 武井壮が語る 説得力ありすぎ!」https://www.youtube.com/watch?v=WS6lK2UmR3A …
○スポーツがうまくなるためには一番重要なのが「思ったとおりに身体を動かせること」

○例えば、目を閉じて両手を水平に上げてみても、ほとんどの人がちょっとずれている(実際にタモリもずれてた)

○スポーツは競技中は自分の動きは目で確認できないから、これでちょっとずれているということは競技中も思ったとおりに実際には動けていないということ

○この状態のまま反復練習しても、ズレてる照準器に慣れただけだから、応用が効かない技術になる

○実際に武井壮自身も、10種目競技の全てを練習していたわけではない。思ったとおりに身体を動かす練習がメインだった。

○しかし、思ったとおりに身体が動くようになっていれば、競技場に行ってうまいやつを見て自分も真似すれば記録が出る

(…)
僕もスポーツを結構マジでやっていた時期があって、選抜とかに選ばれていたこともあるからなんとなく分かる。

実際に今も、フットサルを始めたから練習とか一人でやってるけど、何をやってるかというと、ボールをコロコロ足の裏で転がしてるだけ。

ひたすら。

グラウンド5周とか。

コロコロやるだけ。

でもこれってすごく大切なことで、こういった単純でシンプルな動きをどれだけミリ単位で正確にできるかで、その後の伸びしろが決まってくる。

細かい部分にどれだけこだわれるかなのだ。

まずは、ボールと向き合うのではなく、身体と向き合う。

新しいスポーツで必要な筋肉や、要求される動きに対して、自分が正確に動けるかを計測していく。そして、正確さをコンスタントに磨いていく。一日10分とかでもいい。感覚の問題だから、一日でたくさんやるよりは、短めに何度もやって身体に思い出させるほうがいいのです。
(…)
スポーツでは、「自分の身体が正しく動いているか」というのが測定するべき精度だよと武井壮は言っているのだろう。

では、ビジネスなら何を測定するべきか。

それは間違いなく、コンバージョンだと僕は思う。

現在のビジネスのコンバージョン。それが正しく計測できているなら、何をするべきかの優先順位を間違えないからだ。

計画を立てても、ある程度思い通りに数字が積まれていく。

コンバージョンは反応率のことであり、相手を動かせる割合を意味しているわけだから。

自分が何をしたら、相手がどう動くのかを正確に計測できる


これが基本じゃないかなと思う。

だから、スポーツの上達のコツが「身体を思い通りに動かす練習」なら、ビジネスの上達のコツは「コンバージョンを自在に調整する」ということになるんじゃないかなと。”https://www.toriikengo.com/takeisou-movie/

それぞれのスポーツをたくさん練習する前に、やっておくべき事がある。

それは当然のことだが、自分の身体を動かす技術を上げておかなければならない。

頭で思っている動作と、実際にやっている動作がずれていると、うまくいかない。

よくあるスランプの原因は、ほとんどそれである。



頭で考えていることと、実際にやっていることがずれている状態で反復練習をするので、反復練習があまり身にならないのだ。

その結果、悪いほうに固まり、練習を続けることで結果は少しずつ良くなってはいくが、それは結果的に”ずれた動作を良くしたもの”となる。

一つのスポーツは伸びていくが、別なスポーツをやると素人同然になる人は、自分を動かす技術が変わっていないのだ。


スポーツする時には、自分の身体の見えていない部分を動かすことになる。

自分の考えている動きと、見えていない部分の身体の動きがずれた状態でスポーツを行っても、ずれたままでの動作となる。

それは結果が良くても、自分が思っている通りの動きではない。

なので、ひとつのスポーツがうまくなっても、また違うスポーツをやるときには、より多く練習をしなければならなくなる。

そうなると、練習する時間が際限なく増えてしまう。

練習する時間を減らすためには、そのスポーツ特有の技術練習をする前に、自分の身体を思ったように動かすことができるようにしておく事が、いちばん大事である。

頭で思っている動作と、実際の動作がずれた状態でスポーツを習得するのと、動作の基準があり、そこを考えてスポーツを習得するのでは、伸びる速度が全く変わってくる。

「上手い選手は、普段からああやってやるんだ!」を、すぐ真似られるようにしておく。

そうすればできるようになるまでに時間はかからない。
”http://nk.hateblo.jp/entry/2014/01/31/125808

McLaren MP4/12C ‏@mclaren0909 2015年12月15日
@desupehannari さすがデスペさんですね。デスペさんのツイートって真意をつかむのが結構むずかしいですw とても真意をついています。今、頭から離れないのですが、『何かを変えたきゃ、詐欺師になれ』って言うのも同調からきてますよね?良い言い方をすればwin-winみたいな

desuperado ‏@desupehannari 2015年12月15日
@mclaren0909 そです。同調です。ほんとに詐欺師になれ!なんて言いませんがw誰でも扱ってる技術なんですよ。コミニュケーションの中で。為政者達は事実を9割嘘を1割り以下でぇ~って、嫌な感じで皆言いますが、一番自分の意見を通すには、その割合がベストなだけです

McLaren MP4/12C ‏@mclaren0909 2015年12月15日
@desupehannari やっぱりデスペさんは違うw かっこいいという意味ですよ?w 今の人は『はい、論破ぁ~!』とか勝ち負けに拘りすぎですね。相互依存が出来ないといいましょうか。ある意味、自尊心だけは3人前なので煽るのは簡単です。人に物を言うのは論破せず、寸止めがいいですね

desuperado ‏@desupehannari 2015年12月15日
@mclaren0909 その人が見たいものの方向にに流せば良いのですwブルースリーの水であれと一緒ですwただし、人工川ですがねw

@0nigiri_3_ @mclaren0909 間にRTしてくれた百獣の武井のスポーツ談義ですよ。自分のイメージ通りに身体を動かせているのか?って奴。間違った反復練習じゃ、変化に簡単にやられますからね。これは反応あるな、これないな、と実験(遊び感覚)でどーぞw

武井壮、じつは「下半身不随になる」と医師から宣告されていた!
http://trend-izumi.com/post-1076/
”武井壮さんが番組内で、「十種競技で怪我をしたとき、医者から『一生歩けない』と言われた」というお話をされていました。

下半身が動かなくなり、自宅でうつ伏せで静養していた時「骨の図解書」を読んでいたそうです。

武井壮さんはその本に載っている、骨のブロックの写真を見ながら

『自分の骨は、こうなるだろう』

とその骨通りに治るとずーっと、イメージしていたそうです。

そうしたら、なんと2ヶ月で完治してしまったんだとか!

ご本人曰く、『ストレスで胃潰瘍になるくらいだから逆も絶対イケる!』と本気で信じていたそうです。

その後、陸上競技・十種競技元日本チャンピオンになりました。”

Souma ‏@Nks2Sou 10月2日

武井壮
背骨の骨折を 栄養素の摂取と骨がくっついていくイメージをして治したらしい。
これはやりてぇ! っと思ったけど骨折だからな。わざわざ骨折してまでやるのは頭がいかれてる。

やるならば 筋肉が修復されるのをイメージして....、
あっ、いいねこれ!

みずいかな ‏@fasbfrkXYIf5jO3 9月29日

武井壮さんの事を昨日テレビでやっていたけれど、骨折した背骨の直し方が超人的すぎた(笑)
動かないようにして+骨になる成分を口にして+あとは骨が固まる脳内イメージ

想像力って大切だなぁ(´ω`).。o0(もちろん、それだけで治るなら医者いらないけどさw)


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
ダークマターは存在を論理的に肯定するときに必要になる無の概念だから、そもそも存在しないものだと思うの。カバリストならお馴染みの概念で、ケテルにかかってるアイン、アインソフ、アインソフアウルの三重のヴェールと似たようなものです。信じること意外に肯定できないものは無が必要になるの。
それゆえに上位セフィロトになると論理証明が困難になるのでアビスが存在します。
だからそれは祭壇に掛かった黒い布でしかなく「全」を想定するときに必要な仮のものなのです。幕屋の幕という表現もあります。論理的に証明不能なものを捕らえるときに「一時的に」必要なのです。
この問題ってカバラーを習うときに一番最初に習うものなの。

内田樹先生 街場の至言(非公認bot) ‏@tatsuruwords
私につねにもっとも適切な命令を下す「私だけの神の声」を現代人は「ほんとうの自分」というふうに術語化しているわけである。 自己利益の追求とか自己実現とか自己決定とかいうのは、要するに「『ほんとうの私』という名の神」に盲目的に聴従せよと説く新手の宗教なのである。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
シングルベル? 家族と過ごすか、独身で一人しかいないのなら聖母子像のポストカードをテーブルに飾ってローストポークとワインでいいんじゃないかしら? キリスト教がお嫌ならハトホルとホルスの像、それもいやならフレイヤ。豚さんは本来イノシシさんなのでそこはお好きに。

ワインはマルドワインがいいとおもうよー。スパイスと蜂蜜を加えてほっかほか。フレイヤで気づくと思うけど聖母はこのとき、Stella Marisだから明けの明星と宵の明星。なぜこんな分け方するのかというとクリスマス・イブは夕方から翌朝までの一晩をかけるから。金星属性なのです。

それゆえにお菓子はあまーいものを。金星なのですからとろんとろんに甘いのがいいの。
天上の母のあまあまなイメージを思い浮かべながらすごすといいのです。
蜂蜜とシナモン、クローブ、あとはナツメグを使ったとても甘いミルク粥でもいいかも? 胃腸の調子がよくないのでしたらそれで。できたらドライフルーツたっぷりいれたいかな?

うん、オートミールのミルク粥をプディング状にしあげたら、そこにココアパウダーをふるってもいいかも/
クリスマス本来の象徴に、古い宗教もあわせて盛り込むとそんな感じになるかも?
このお話、まとめると天上の母は魂の器だから、イブ(イブニング)はシェキナーの降臨を待ち望む夜(ヴィジル)となる。それだから、子供たちは「よい子にして」眠らなくてはならない。信仰に灯火を齎すために必要なもので、そこでやっと青いボウルの蝋燭に火がつくことになる。つまりイブは祈りの夜。
ジーザス降誕というのはそのひとの心の中に救い主が生まれるという意味だから、そこから続くかれの死と復活を観想してすごすものだとわたしは理解しています。それゆえに、イースター(春)が待ち遠しくなる。

クリスマスはなにをしてすごすものなのかと、魔法使い志望のかたにさへ聴かれることが多いので、わたしが知る限りのことを説明してみたの。
器がなければ神様のワインは注げない。それゆえに器(ツェノール)は必要なのです。キリスト教ならそれは聖母が象徴となってる。ほかの宗教ならそれに類する母なる神様が。
「女教皇」が足元においてる三日月がその器。すなわちネシャマーです。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月18日
テーマからそれてしまった場合は無理にそれを消そうとはしないでね。ただ、テーマにそっと戻すようにするの。方向修正すればいいだけなので。

無理にそれてしまったもの(邪念)を消そうとすると、そこまでたどってきた道筋がそのまま消えてしまって最初からやり直すことになります。だから、無理に消そうとはせず、単純に少しずつ方向を戻していきます。

邪念を消そうとするともと来た道まで消えてしまってるというジレンマがあるので。
邪念は連想による分岐が原因なので、分岐した地点を戻ることになります。すぐに気づいたならまだ戻れますから。そこを消そうとすると迷子になってしまうの。
瞑想は車の運転みたいなものである程度は慣れですから。


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月18日
祝福とは常に肯定の言葉だからです。否定の言葉には祝福を取り去る効果がある。なのでそれについては肯定をもって祝福します。
これで相手を褒めることは祝福することで、肯定の言葉による魔法だということが理解されるでしょう。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月19日
え? 魔術結社は特定の宗教で縛ったりはしませんよ? 青きフードのついた蝋燭を聖母マリアの外套だとして断定しないのもそういう魔法の学院の持つ魂の保護の役割のひとつです。だからこそ回りくどい表現をするのです。魂の保護って、信仰の自由なのですから。

だから、ボウルに入った灯りはネシャマー(魂)の象徴だよとしか言わないのです。特定の宗教に入信させたいわけではなくて、大切なところだけを自力で見つけてほしいからなの。本人がそれについてどんな形を与えるかは本人のみの問題だからです。

祈りの番をするもの、つまりケルックスというのは他者の介在を許さないもののことです。本人の魂と神様だけの対話なのだから、ほかのいかなる存在も二人の対話には割り込ませないこと。枯れの役割というのはそういうものです。

仏教にも該当する象徴はすぐに見つかると思います。よくしられたこわーいひとが。

(sai11 ‏@sai11_o_n_b_b 12月19日
@Ripple1975 仁王さんですか。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月19日
@sai11_o_n_b_b だとおもいます。GDのケルックスとセンティネルも内側と外側の守り。いわゆるツー・マン・セル行動です。門の内側はSSだと思われます。

それでケルックスが召喚すべきなのはケルビムたちであるのはわかると思うのだけど。SSを守るのですから、彼らが必要なのです。
座天使というのは玉座を守る天使のことですから。
あ、ケルックスとセンティネルは内外の衛兵なので剣を持ちます。
センティネルは外側の守り、ケルックスは内側を守ります。
女の子でしたら、センティネラとケルッカイナといいます。

簡略式儀式だとセンティネルはいなくてケルックスのみですね。その場合、ハイエロファントとヘゲモン、ハイエルースのみは最重要なので残されて、浄化と聖別を受け持つストリステスとダドウコスをどうするかが問題になるの。


日本の魔術関係者の意見としてはILは堕落したと思われがちだけど、本来GDが持っていた要素が二極化しただけだとわたしは思います。オカルト的要素と宗教的要素(宗教ではないけど)が分かれていまあるだけ。オカルト好きの人にとってはつまらないことのように言われてますけどね。


日本の魔術界をみていると、宗教的アレルギー反応が凄いからその部分の要素がすっぽりと抜けてしまっていて、ときとして「あれっ?」となってしまうの。文化的差異なのかもしれないけど、自らの宗教観や信仰を見つめなおすという部分にはなかなかつながっていかないみたい。だからテクニックに走り勝ち

ユングを持ち出すオカルティストも彼が述べてる欲求の要素のひとつである宗教的欲求という部分をすっかりとスルーしてしまうから。

魔術師って日本語にかなり正確に訳すと禅を使う人かな? 思弁能力を高度に発達させるから、それゆえに教祖様にも、賢者にも、愚者にも、ペテン師にも、詐欺師にも、そして何もしない人にもなれるのです。だからこそ必ず何らかの信仰を持っていて、さらに変節を許されない。
普通なら「何もしないひと」を選ぶと思うの、魔術師は。
Zen masterで大体あってる。
そのほうが通じると思うんだけどな・・・。かなり正しく認識するのなら。
MagiとかMagusなどの古い言い回しがあるのだけど、日本語だとそのほうが恐らくしっくりくるから。

日常で忙しいと「人生ってなんだっけ?」と考える時間がなくなるの。そうすると人生の目的を見失い空回りをはじめる。だからわたしは教会に通うし、忙しいときは自分用のテレステリオンを持ってる。俗から聖に切り替えるというのはそういうことなのですから、無宗教であってもいいけどね。

(テレステリオン Telesterion
“古代ギリシアのデメーテルとペルセフォネの聖地エレウシスに建てられていた秘儀のためのホール。前6世紀後半,ペイシストラトス時代に創建されたホールは,内部に5柱5列の柱をもつ方形の前柱式建築。


【エレウシス】より

…初期にはおそらくエレウシスの名門氏族の祭祀であった秘儀が,単なる地方的祭祀ではなく,アテナイの重要な祭儀となったのは,前6世紀になってからであろう。この世紀末に入信式の行われた神殿テレステリオンが大規模に改築されている。ペルシア戦争時に破壊された同神殿は,その後数回再建され,そのつど拡張され,神域そのものの規模も拡大化していった。…”)

魔術儀式、特にGDのそれは自分に合った信仰を自分自身の手でDIYする方法といってもいいから、あなたの好みなら仏教でもキリスト教でも、その他の新しいものでも実現していいのです。ただ、自分が何をしてるのかをよく理解する必要があります。

誰も長くはそこに留まらない。だからいいんじゃないかな? 水が腐らないで済むから。
清らかでい続けることは流水のごとくあることだから、過ぎ去ったものを祝福して新しいものをまた祝福するの。祝福というのは価値を認めることだから過ぎたもの、新しいものに「善かったね」をあげることだと思う。
過ぎたものに対して価値を認められなくてずっと自分のところにとどめていたとしたら、それは腐ってしまう。水が流れるのをやめて匂いが出てくる。滞るというのはそういうことだからとても宜しくないこと。過去を切り捨てるというひとがいるけどそれは終わってない。価値を認めるまでは。
過去についてのお別れの儀式は常に過去に対して「善かったね」を与えることだから、それが過去への祝福になるし自分への祝福にもなる。それでやっとお別れが完了するのです。
そのための呪文なのよ? 「めでたしめでたし」は。
でもこれ、「愛でたし」なのかもしれない。過去を愛でることだから、などと解釈してみる。
しらべて見たけど意味は似てる。それまでのことを祝い、肯定するという意味で。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月20日
料理は少しずつ楽しむのがいいかも? 塩で焼くを覚えたらそこから広げていく。ねぎを加える。またはしょうがを加える、胡椒を加えるなど。これとは逆にしょうゆ焼くというやり方で、ここに薬味とかを少しずつ加えていく。

いきなりレシピにある材料をすべていれてしまうよりは、少しずつ加えていって何故そうするとよいのかを少しずつ理解していくの。そうしないとイメージが頭の中で作れないから。

知識を溜め込みすぎると理解が追いつかない。それはまるで閉じられた本を暗い倉庫の中に積み重ねていくみたいなもの。だから、基本的で大切なものは倉庫の入り口付近においていつも開いておくの。そして何度も読み返す。
入門書はいつも椅子の横においておくの。たとえ10年、20年たったとしてもそれはきっと役に立つからです。
座右の銘とは入門書のことだとわたしは思ってる。
それはその道のバイブルだし、一番基本的なことだからです。
カバラーだって、バイブル読まないと意味わかんないです。バイブルは入門書なので、最初に読むものなの。だから子供にも読めるように工夫されてる。
魔術カバラー(クリスチャン・カバラー)ならば一番最初に読むべき基礎文献が新約聖書で、それに先立ってタナハ(旧約聖書)も読んでおく。特にペンタトークは重要だから、そこからはじめないときっと理解に苦しむと思うの。
具体的にいうと、地に下りた大天使四人が福音書の四人であり、エゼキエル書由来のケルビムの変化した姿であることにすぐに気づく程度にはよんでおくとよいと思います。

(Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月9日
要するに、そういうユダヤのカバリストって創世記から申命書までのペンタトークを殆ど丸暗記してるようなひとたちよ? (^^;


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月20日
魂の問題って神様しか責任は取れないからどんな聖職者でも立ち入ってはいけないと思うの。出来ることは神様に祈るように助言をすることだけですから。これはどんな教師でも当てはまることだと思う。人間と神様は混同できないから。
ヒーリングでもそうなんだと思う。条件を整えてあげるだけでそれ以上のことは出来ないから。もし相手の魂に干渉しようとするのならそれはもう邪道としかいいようがない。

誰かの魂に(本来的意志に)干渉した場合、干渉した人も干渉を受けた人も一緒に黒くなってしまうの。だからそうならないように注意しないといけない。
そのひとの勇気を鼓舞することはできても、捻じ曲げることは出来ない。魔法使いだってそうだと思う。

簡単よ? 自分もほかの人に優しくすればいいの。その人に愛を返さなければいけないわけではなく。そのひともまた、愛の循環をきっと望んでるからです。
わたしが知る限り、尊敬できるひとはみんなそうだった。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
何か集中して学ぶのはキック・スタートのときだけ。一度身についてしまえばその知識を道具としてすべてを観察するから日常の中ですらそれを用いて考える。だから~学なんて難しいことを机上で考えるものというイメージは実のところ正確ではないと思うの。どこにいても何をしてても考えるから。
専門が音楽だとしたら、料理中でもお花の世話をしていても、子供のおしめを換える時だってそれについて考えてるものだと思うの。そうでないとそれを「専門にしている」などとはとてもいえないと思う。
自分の人生の一瞬一瞬をそれに捧げていれば、自然と道は開けてくる。そこまでしたら神様が心の声をお聞き届けしていただけないはずも無い。それが祈る(pray)ということだと思うの。

魔法をやりたいのなら魔法の本を読むのをやめるし、漫画を描きたいのなら漫画を読むのをやめるかな? わたしなら。読者や観客の立場を一度やめないといけないから。
読むのをやめないと書くことはしないし、話すことをやめないと聴くこともしない。何をしたいかはそのひとがしてることを見ればわかるから。
たぶん、批評することをやめたら創造する事を開始すると思うの。
批評することはアーティストにとっては害悪にしかならない。
魔法使いも分類するとしたらアーティストだから、他人のことよりも自分のこと。その創造の事。それだけを見てるのがいいと思う。


「心の故郷」の問題は「もっとも個人的なこと」であるから、ある意味で性の問題とよく似てるのです。だからとても慎重に扱わないといけないと思うの。
それゆえにカルトによる強制勧誘をわたしはレイプの問題と同列に扱っています。
本当にね、そのひとが心から安心できる心の支えを得られるのならどうでもいいと思うの。そのための信仰ですから、それこそ何の宗教でもかまわない。そのひとが本当に魂の平安を得られるのであるなら。
わたしもミッション系スクールでしたけど、そういう雰囲気は感じてましたね。熱心なクリスチャンはいませんでしたし。
だからかな? 他人の聖域に土足で上がるのは気持ち悪いことですし、自分もそうされるのを嫌います。とても単純に、故郷を汚されるのは嫌だからです。お互いにそういう感覚があるのならどんな宗教の方でもお友達にはなれるから。
だからね、突然手かざしされたり癒して差し上げますとかいわれると「魂のレイプ」とわたしはそれを呼んで、他人のオーラの中に勝手に入るのはご法度だよというの。

(間沼 緋紗緒 ‏@scarlet_mnm 6 時間6 時間前
@Ripple1975 その辺をきちんと弁えているかどうかが、きちんとしたオカルティストとスピッちゃった人の境界線だと思っています。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 6時間6時間前
@scarlet_mnm そうですね、バトラー師も散々その著書で書いてることですけど。あと、フォーチュンもその問題を扱っています。

それがたとえ善意からであってもやってはいけないことだと思う。他人の家に勝手にあがるどころか寝室にまであがりこむのと同じだからです。
だからこそ、わたしはさきほど性と同じ問題だよといったの。
オカルトに強い倫理や信仰が求められるのは当然のことで、そうでないと魂の問題は扱えません。

自分の所属する教会(お寺なども含めて)の偉い人であっても、わたしたちの間に入り込むものは誰でも許さないの。信仰対象と自分自身のみの対話が最重要だから、たとえ教師であってもこれには入り込めないしそうさせてはいけない。少なくともこれがわたしがよく知る魔法を習う条件だからです。
だって信仰してるのはかみさま(信仰対象)であって生きてる人間ではないのです。(^^;
これもまたGD系魔術の一部だからあえてお話したけどね。

魂の象徴を意味する何かを祭壇におくだけでもう至聖所になるのです。だから浄化と聖別は念入りに行うし、人払いは完全に済ませておく。そういう場所を個人的に持ってお祈りするのが大事なのですから、その部分を蔑ろにしてしまうと魔法の意味がなくなるの。

神様とは誰かの仲介によらず自分と神様だけで対話するものですから、ほかのひとは見守るだけです。また、その成果もすべてはご本人のものであり、完全にプライベートでないといけないの。それは夫婦や恋人同士だって入り込んではいけないお話ですから。

その部分は自我の基礎部分にかかわるお話なので静かに本人が自分の信仰対象からのお返事を貰うまで待ってるだけなの。
自我の基礎部分って自己愛にかかわる部分だから、その人の一生に影響を及ぼす。それだけ重大な問題だから、どうかSSやテレステリオンを用意するときは注意してくださいね。

わたしがかみさまと呼んでる方をほかのひとがなんと呼んでもかまわない。それは結局、人類の、そして生き物のルーツを意味する何かなのですから、あまり気にしてないのです。
だからただ、そのひとが自分が信じてる信仰の対象を愛していればいいなって思う。
えっとひとつだけいいかな? 女性には全部説明しなくていいんじゃないかな? だって、ある程度イメージを膨らませればあとは勝手に想像できるんだもの。
青いボウルをもってね、星屑を集めてるの。それが落ちてくると胸の辺りに灯火がともる。その星屑のことをシェキナーと呼ぶのです。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 7月1日
水の中で低体温で遊ぶと溺死すると思うの。動揺しなくなるというのは意識が外から内側に傾き始めるのだから、心拍数の低下は意識の低下につながる。やってることはトランスと同じなのだからお風呂とはいえ外界に反応しなくなれば溺死が待ってる。実際に知り合いの彼氏がそれで亡くなっています。


消えた猫田ブログ”イドリースィー もうひとつのヘルメス
魔術についてウンチクを語ってみたくなったので、ブログを作ってみました。
どうも、はじめまして。イドリースィーです。書きにくいのでイドリシでいいです。

イ ドリシ、またはイドリースというのは、アラビア語でエノク、またはヘルメスという意味なんですが、何で西洋魔術の話をするのにアラビア語の名前なん?って ツッコミを入れるかも知れませんが、実はルネサンスにヘルメス文書がビサンティン帝国からもたらされる前に、中近東でヘルメスはイドリースという名前で認 知されておりました。

おそらく西洋魔術に詳しい人でも、あんまり知らないネタだと思うけど、実は10世紀頃のトルコ東部のハランでは、なんとズバリ、ヘルメスを祀る人たちがいたんですよ!知ってた?

その人たちは、ギザのピラミッドをヘルメスが作ったと思ってて、巡礼に行ってたわけなのですよ。
ハランは、中世の最先端学術都市でね、後に中国で景教と呼ばれることになる、ネストリウス派のキリスト教徒たちの学術都市でもあったわけだ。

西ローマ帝国崩壊間際の529年にプラトーンの900年続いたアカデミアが閉鎖されて、アテネにもいられなくなった学者たちは、当時サーサーン朝ペルシアの領土だった、シリア領に逃げ込むの。その逃げ込んだ先が、シリア領のひとつが、ハランなわけ。

もちろん、ハランと言えばアブラハムがハランを経由してカナンの地に入った話は、いみじくもカバラーをやる西洋魔術の子は知ってるよね?

西洋魔術をたまにヘルメス学と言ったりするけど、これはヘルメス文書のヘルメス・トリスメギストスに由来してるのはみんな知ってる話だよね?

で もね、ヘルメスってのは別に魔術や錬金術や占星術などの「西洋の」秘教伝統ばかりでなく、中東のイスラーム神秘主義でも大変重要な神様なんだよ?とある スーフィーは、ヴィジョンの中で旧約聖書の預言者以外にも、ヘルメスに出会ったと主張してるし、スーフィーは自分たちの技術の祖はヘルメスに帰せられると も言ってるの。

つまり、西洋・中東の秘教伝統において非常に重要な神なんだよ。ヘルメスは。


私はね、欧米人の魔術師は怒るかも知れないけど、西洋の秘教伝統を見る場合は、どうしても中東と西洋の秘教は繋がってると思うの。

それで、中東と西洋の秘教伝統をまたぐ意味でイドリシなんて名前をつけたわけです。

別にスーフィズムと西洋魔術の技法を混ぜるつもりではないので(そもそも私はスーフィーの修行法を知らない)そこは勘違いしないでね。あくまでも秘教伝統に対する視野を広げるつもりで。

西 洋魔術はラノベで取り上げられる場合もそうだけど、西洋魔術=イギリスが源流とか、どうも視野狭窄に陥ってるように見えるから、もっともっと西洋魔術好き な子には視野を広めてもらいたくて、このブログを作りました。よかったらひそやかなうんちく話にお付き合いお願いします。

”魔法使いの危機管理
いわゆる魔道士さんが持つ知識と技術(アート)は悪用するとバカに刃物になっちゃうので、スパイ天国な我が国の危機管理並にゆるゆるですが、例を紹介しましょう。

スレイヤーズ

スレイヤーズすぺしゃる4 魔道士協会の陰謀 (富士見ファンタジア文庫)
(2012/10/04)
神坂 一、あらいずみ るい 他

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ス レイヤーズという作品では、魔道士協会という団体が魔道士を育成しておりますが、そこで教えて貰えるものは「理論(テオリアとカッコつけて言いましょう か?)」のみで、攻撃魔法というのは教えて貰えません。攻撃魔法知りたければ、自分で理論を元に組み立てやがれ!タコ!というステキすぎる安全対策がなさ れております。理論というのは、ロジックですから、魔法と言えど論理学や哲学に強いとお得ではないか?と、「コンスピラシー・セオリスト(陰謀論者)」な わしは思うわけです。エレアのゼノンのアキレウスと亀の話でも読んで論理的思考の訓練をすると言いかもしれません。

ドラゴンランス

Towers of High Sorcery (Dragonlance)
(2004/11)
Jamie Chambers

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ドラゴンランスでの魔法の管理は徹底しております。スレイヤーズの魔道士協会の比ではありません。
「Tower of High Sorcery<上位魔法の塔>」というフリーメイソン的な組織がドラゴンランスの世界の魔法を一元的に徹底管理しており、中核的なすごい魔法の知識を得 たかったら、「大審問」という通過儀礼を経ないといけないというシステムになっていて、その「大審問」ってやつが過激でして、魔法の才能と技量と意欲をギ リギリまで調べられて、失敗すると「死」という古代のドルイドのイニシエーションも真っ青なえげつないシステムになっております。

ちなみ に、今では芸能人の公開いじめにしかなってないバンジージャンプも、本来はバヌアツの部族の死のイニシエーションなんですよね。文化人類学などでいわゆる 未開の社会を調査するのですが、未開の社会で保持されている成人の儀式は皆「死」を体感する事で新しく生まれ変わるというものです。これは、単に象徴的な 儀礼から、バンジージャンプみたいな実際に死ぬような事をやらせる例もあるわけなんですね。魔法使いとして一人前になる「大審問」はそういった古来からの イニシエーションの作法を踏襲している。

ちなみに、GDの5=6の儀式も「死と再生」の儀式なんですよー。アデプタス・マイナーになってはじめて一人前の魔術師ですから。ま、傍観者の俺には関係ない事だけどね。

んで、その「大審問」なんですが、死のリスクの果てに通過すれば「Order of High Sorcery」という組織に加入できて、そこで始めて新しく中核的な魔法の知識と技術を教えてもらえるというシステム。

うーん、フリーメイソンそのまんまなシステムやねー。まあ作者のひとりがバリバリのモルモン教信者なんでメーソンクオリティと言ったとこかw


こ のドラゴンランスの本篇なんですが、この本はどうやら実践魔術をやらないとわからないような思想や表現が盛りだくさんだったりするので、魔術的な哲学・魔 道師の美学という意味でもドラゴンランスシリーズの「ドラゴンランス伝説」をおすすめします。ストーリーがわかんないので「戦記」から読む必要あります が。

ドラゴンランス伝説〈1〉パラダインの聖女
(2004/03)
マーガレット ワイス、トレイシー ヒックマン 他

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つ いでに書けば、「ドラゴンランス」シリーズの外伝である英雄伝では、その「大審問」のシーンが描かれるのですけれども、そこで描かれる事が、古代密儀宗教 の儀礼そのまんまでワロタという話。「大審問」が冥界下りですよ?デメテルとコレーの話とか、イシスの密儀の話とまったく同じではないか?と。やっぱ書い てるやつが結社員ってわけか。

ドラゴンランス セカンドジェネレーション(上巻)
(2003/04/25)
マーガレット ワイス、トレイシー ヒックマン 他

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特にルキウス・アプレイウスの「黄金のろば」に出てくるイシスの密儀に似てるなーと。

黄金の驢馬 (岩波文庫)
(2013/07/18)
アープレーイユス

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まあ、こんな感じで魔法使いの危機管理のネタを書くつもりだったんですけど、またまたいつの間にか脱線です!

「魔 法入門カバラ」のブログの魔龍さんは、日本の漫画やアニメなどの創作の世界では魔法結社員が暗躍してるという話をされてますけど、海外も例に漏れずそう だったという。その中で特にドラゴンランスは、くっきりと魔法結社員か秘教結社員かどっちか知らないけど、そういった組織のメンバーが小説を書いてると ハッキリわかる本ですな。

危機管理の話どうなったー?

でもちゃんと、秘密は守られてるそうです。でも、結社員は秘密守るのつらいもんで、どうやら漫画・アニメ・ゲームなどであちゃらかの思想を「象徴」を使って絶叫しておるみたいなのでラングトン教授みたいに象徴学を勉強すると良いです。

ラングトン教授と言えば、ダン・ブラウンの最新作「インフェルノ」いまいちでしたなw

象徴学を勉強するなら、マンリー・P・ホール本がおすすめです!

人間―密儀の神殿 (1982年)
(1982/11)
大沼 忠弘、マンリー・P.ホール 他

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画像がないのが残念な限り。ちなみに、ダン・ブラウンの象徴学の種本がマンリー・P・ホールなんですよねー

ラングトン教授はマンリー・P・ホールが作った。

(…)

ぐだトマト ‏@pteras14 8月10日
聖杯がイエスの血じゃないと
ダメなのかどうかが要だ。
飯屋の血でOKなら、理論上
ダビデに定期的に献血して貰えば
聖杯を量産出来るはず。

フレポ召喚でダビデが呼ばれる度に
マナプリじゃなく、ダヴィンチちゃんに
血を丸ごと抜き取って貰えばOK。

#FGO
#FateGO

閉店です ‏@lakudagoya 8月10日
@pteras14 とまーてさんこんばんわ。これって聖杯の血ばかりでなくて、やつらが大好きな生贄の血にも応用できませんか?吸血にしても生贄にしても病院の血液検査のように注射器で血を抜いて献血してもらえば済むのをなぜにわざわざ生贄にこだわってんだろ?とかいう疑問もありまする。

ぐだトマト ‏@pteras14 8月10日
@lakudagoya
アイクは人間が恐怖を感じた時に
アドレナリンが血液に混ざるから
と言ってましたが、

中国道教だと神霊に何か「犠牲を
捧げる」事によって「願いとトレード」
するためだと書かれてました。

ベルセルクの「心の亀裂」理論が
正しいかと思います。

ぐだトマト ‏@pteras14 5月22日
中国道教だとお札用の赤インクは
元々は人間の血。
これが人間の血→鶏の鶏冠の血→辰砂
(水銀の材料ね)に代わった。

アフリカのフードゥーだと蝙蝠の
血とか使ってたらしいけど、最近は
ハーブのMIXで赤色を出してる。

道教だと元々、神だか精霊だかと 取引するのに血液が要るらしいんだが 一々人間をその都度殺してたんじゃ 効率悪いということで別の材料が 開発されていった。 どうしても天然辰砂とか、鶏の血が 見つからない時は普通の赤インクに 自分の血を一滴だけ垂らせばOK。

ぐだトマト ‏@pteras14 10月29日
なんだ?
ねここねこさんが昔ブロッコリーした
奴のRT飛ばしてくるから何かと思ったら
ねこたさん道教にハマってるのか。

99〜なんたらは昔の中国の「承認」
みたいな判子みたいな文言だよ〜ん。
石屋のso, mote it be!みたいなもん。
まぁ、石屋がパクったんだろうけどw

道教も初期の頃はお札をお湯に溶かして 飲むと病気が治るみたいな単純な教え だった事は注意ね。 現代の道教みたいにやたらと複雑に なったのは密教に対抗し始めたのと 南蛮征討の時に南蛮人の呪術に コテンパンにされてから。

南蛮人ってのは今で言うタイとか マレーシアの辺りね。ポルトガル人 の事じゃないよ?w
ちなみに神道のお札が道教由来なら 造り方が間違ってるから効果ないよ。 まぁ、そもそも道教含めお札文化を 信じてない人にとってはどっちでも 効果ないんだろうけどもw


ところがどっこい! 中国文化の素晴らしい所は中国の 怪しい通販を利用すれば、判子も 歴代師匠のサイン集みたいなのが 普通に売ってたりするw 台湾の本とか秘伝を隠す文化が あるから、あまり秘伝を隠さない (共産主義の副作用か?)本土の 本と合わせて解読するのをオススメする。
この紙が黄色なのも意味があるから、 日本の神道みたいに黄色い紙使わない のはNG。

まぁ、日本人で道教寺院に入門するの ムズイから(一応、武当山とか龍虎山とか に学校あるけど、昔は中国当局に頼むと 紹介してくれたらしい) 自分で流派作る方が早いよ。

基本、沢山の人が信じてる+歴史が長い 神霊の方が強力なんだけどね。
だから初音ミクの中が空洞になってる 人形が欲しかったw 高すぎて買えなかったww

判子も「初音ミク」って彫って作れば 良いし、自分が開祖なら初代師匠なので 自分のサインだけで事足りるw 歴史が短いから威力は期待できないけどw

判子用の赤いインクがネックかもね。 本当は天然辰砂じゃないといけないん だけど、若しくは白い雄鶏の鶏冠の 血。 究極的には自分の血でもおkなんだけどw

後、ミクさんの人形の中に生きた スズメバチを3匹詰め込むのが 最難関かもw スズメバチを使わない方法もあるけど 教えてあげないw

ちなみに神道のお札が道教由来なら 造り方が間違ってるから効果ないよ。 まぁ、そもそも道教含めお札文化を 信じてない人にとってはどっちでも 効果ないんだろうけどもw

ぐだトマト ‏@pteras14 10月7日
まぁ、日本は中臣の藤原野郎が作った
「氏の長者システム」が一番完成度
とセキュリティ度が高いと思うよ。

あの血縁者で固めた組織で社会を
乗っ取るという方式ねw

欧米では「赤盾方式」って呼ばれてる
やつね。
昨今になって国家ぐるみで「家族」 を破壊しようとしてるのは、 例えば「女性の社会進出」とかね。 全てこの「氏の長者システム」を 一般人に作らせないための政策なんだ。 奴等はこの仕組みが現代社会で最も 強固なセキュリティを所持してるのを 知ってるからね。

ぐだトマト ‏@pteras14 10月8日
なんかねここねこさんが進撃の巨人に ハマってる?のかな? 最初の方は面白かったんだけど巨人同士 の戦いになって詰まらなくなってから 読んでないんだけど、まぁ、気付いた 所を一つ挙げると、巨人の本体って 「首の後ろ」の所だろ? コレってエヴァのパイロットが 入ってるとこと一緒。

で、何で首の後ろかと言うと、
中国道教の人体図というかツボの
位置が分からないとあれなんだけど、
「何らかの霊が取り憑く時、霊は
首の後ろのツボから侵入する」
と言われてる。

ツボの名前は忘れたけどw




なんかねここねこさんが進撃の巨人に ハマってる?のかな? 最初の方は面白かったんだけど巨人同士 の戦いになって詰まらなくなってから 読んでないんだけど、まぁ、気付いた 所を一つ挙げると、巨人の本体って 「首の後ろ」の所だろ? コレってエヴァのパイロットが 入ってるとこと一緒。

個人的には医学に関しては中国の
方がインドのアーユルヴェーダより
古いんじゃないかな?っと思ってる。

よく探せばアーユルヴェーダにも
同じ説明があるのかもしれないけど、
ぐだトマトさんが調べた範囲では
この説は中国道教でしか見掛けた
事がない。

まぁ、後は「城壁」を築く文化と
築かない文化の違いかな?

あのエレン達が住んでる島のモデル
が江戸時代の鎖国政策と取れなくも
ないけど、日本はどちらかと言うと
城壁を築かないタイプの文化なのよね。
戦国時代に寺を城壁代わりにしたり、
掘りを掘ったりはしたけどw

もっとも、平城京の頃までは中国の
長安をモデルにしてたらしいから、
その頃は城壁を作ってたらしいん
だけど、日本の地形に向かないのか
途中から辞めちゃうのよね。

あの「壁」を作る文化って大陸の
方の特徴なのよね。
「壁で都市を囲む」って意味ね。
壁自体は何処にでもある。


峨骨 ‏@Chimaera925
神が世界を作ったなどと言う連中は何故、救世主を崇めるのだろう。この地上に苦しみが溢れているのは神がそのように作ったのだとしたら、そんなものの遣いや子なんぞやって来たら、普通に考えて崇めるどころか抹殺するだろうに。苦しみを与えておいて救済者を遣わして崇めろと言うのだから。

より良く生きる為に願うのならば、そもそも願う必要などない。より良く生きる為の行いを実践するだけだ。そこに神や宗教など必要無いし、願う必要もない。必要なのは自身の意思と実践だけだ。鏡に映った自身の顔が汚れていたら、顔を洗いはしまいか。誰かに綺麗にして貰おう等といちいち願いはしない。

スピリチュアルや自己啓発、ビジネス系自己啓発が流行る中、それを通して頭の中がクリスチャンに書き換えられている。「強く願い潜在意識に働きかければ実現になる」これはニューソート。魔術と比較すると、「ああ、コレは失敗するわ」ってな方法が書いてある。成功しないから依存して固定客になる。

俺は仏教は哲学思想としては支持するけど、信仰の対象にはしていない。だからと言って理解を他人に求めようとは思わないが。信じる事や念仏で救われるって、現世利益か来世利益かが違うだけで、思考が現実化するとか言うニューソートとまるっきり一緒。あれは不完全。


一時期流行ったスピリチュアルや自己啓発(ニューソート、クリスチャンサイエンス、スピリチュアル)は看板が違うだけのキリスト教思想で、ありがちな自己啓発は現世利益をぶら下げ、欲望を肯定し、プラス思考を強制し強迫観念を植え付けることで卑屈で貪欲なサイコパスや人格破綻者を量産した。

精神世界に偏重すると単なる頭でっかちになる。口先が上手いだけの頭でっかちに騙されて、そいつらを肥え太らせる為のカモになってしまう。死後の世界や世界の滅亡等の目に見えず証明できないもので脅迫されて、連中の都合のいい教義、目に見えないもの、証明できないものを信じる羽目になる。

スピや宗教の言う心の問題ってのは、ソシャゲのガチャと一緒だ。ゲーム内のガチャでどれだけ強いカードやアイテムを手に入れたって現実では強くならないし、豊かにもならない。豊かになるのはゲームに参加させて課金させる側。心の問題、いい逃げ口上だ。
いくらでも複製できて、コストもかからない。そのゲームに参加していない者には何の意味も無い。ゲーム参加者が多数を占めるならば、それが現実であるかのように振る舞うが、単なる妄想だ。
賽銭を投げて祈願ってのはNHKみたいだ。電波を一方的に送りつけておいて、「受け取ったから対価を払え」というソレに似ている。俺が神なら、大挙して欲にまみれた願いをぶつけてくる連中の願いなんて気持ち悪くて聞きたくないし、受けとりたくもないな。
愛や恋の気持ち悪さもコレだな。テメェの都合で感情をぶつけてきて、願いを叶えろと。あれにはうんざりする。関係性を構築して作り上げるのでもなく、脚本を用意してこの通りに演じろという。
あのような人々は他者を見ていない。自身の願望を現実の延長線であるかのように見ている。それが人形遊びならば、何の害も無いのだから好きにすれば良いが、連中のやろうとする人形遊びは人間から自由意思を奪い、己を楽しませ、ちっぽけな自尊心を満たす為に行われるものだから関わりたくは無い。
愛しているから○○しろ、愛しているから○○する。まるで呪いだ。人間関係の構築に呪いなんぞ必要無い。まして、既存のモデルや脚本を模倣してそれらを演じる必要も無い。愛や正義、善意、耳障りの良いこれらの言葉は人々を操り苦しみを与える為によく使われる。互いに呪い合って何になる?
相手の人格や自由意思を尊重し、時間をかけて信頼関係を構築する。信じていたのに裏切られたなんてのは、他者が自身の思い通りになると思って相手ではなく頭の中に作り上げた他者の偶像を見ていただけのこと。人は常に変化し続ける。既存の脚本を持ち込んで、おままごとを強要しても続かんさ。
偶像化されて崇拝されるってのも、なかなかしんどいものだよ。望んでもいないのに、「あなたの為に」「あなたを思って」なとと好き勝手されて、「やめてくれ」と言っても聞いてはくれないのだから。崇拝者の頭の中の偶像と実体が解離して妄想では埋められなくなると、実体が偽物扱いされるんだ。

支配と被支配、所有と被所有、一方的にあるいは双方が行い互いに呪い合い、それを愛だと彼らは言い、互いに執着し合っている。相手の人格や自由意思を尊重し、何も望まず、期待せず、相手を支配・所有もせず、それでも続くようなものではないから、取引や契約みたいな上下関係になる。対等ではない。
そのようなおかしな関係が善とされる社会では隠者のようにひっそり生きた方が楽だ。

人間の創造する超越存在なんて、ネット小説の最低モノの最強主人公と大して変わらんよ。最強で全知全能でモテモテでハーレムってな、ハーレムなんて面倒臭くて胃が痛くなるような代物だけど、作者が自己投影して考えつく限界なのだろう。本当に全知全能なら、問題も起きず物語も始まらない。
あの手の作品は作者のコンプレックスがよく解るから、人間観察の一環としては面白いな。わざわざ登場人物を愚鈍にして主人公を称賛させて自画自賛なんて、まるで神のようではないか。超越存在が人形遊びして人形に自身を崇めさせるかのようだ。あれは実に面白い。

仏教では愛=執着=悪。
愛憎を超えた慈悲=善。

愛はキリスト教では創造神が与える善。
明治維新でキリスト教の植民地になって以降、
愛=善というキリスト教思想に染まったのが今の日本人
国家神道=天皇一神教や大本教という和風キリスト教






Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 10月19日
人は言葉が通じる生き物を特別視する傾向があって、それ以外を差別する傾向を持ってる。それは人種であったりほかの動物であったりするけれど、本当は生き物はみんなそんなに変わらない。このことを忘れると自らの獣性を忘れてしまう。言い換えると理性をなくす。動物をみると理性を取り戻すの。

ダイアン・フォーチュンの小説の中に「牧神の娘」というのがあるけど、これはパン神に触れることによって野生を観察することで自己同一性を取り戻すというもの。ひとによっては野生から帰ってこないことがあるけれど、たいていの人は理性を取り戻す。ある意味でショック療法だから。

言葉によって思考するのがほかの動物と人間の大きな違いだと思う。けれど、それに埋没すると自分が動物であることをしばしば忘れてしまう。だから感覚によってときたまそれを思い出すようにすることで理性は回復する。理性の根拠って自尊心だからその回復でもあると思う。

小説の名前は『The Secrets of Dr. Taverner』です。有名な本だけど。
彼女の本、魔法を主題とする場合は彼女の魔術書よりも小説のほうがはるかに重要だと思う。
象徴や儀式の解説書などは基本的なやり方や解釈の仕方は教えるけれど、実際的な魔法の扱い方については何も教えてくれないの。教えようにも型どおりのことを理解しても何の役にも立たないからです。だから本だけでなんとかする場合は深い実践を要求する


正直にいうと、魔法以外のすべての本が魔法にはとても大事なのです。

Ange in Wonder Blog : 道具の違いと理屈の違い
http://angeliqua.doorblog.jp/archives/51912379.html

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 10月20日
邪念? 目的外意識のこと。あと、思い込みのこと。道具を使ってて怪我をするとき、思い返すとみんな意志に反してることが理解されます。意志は目的を決めてこれにしたがって行動する。素材の加工がその意志の流れなのに道具、そして力そのものに意識がそれたとき、必ず怪我をするからです。

本来の目的を忘れちゃうというのは目的外の意識にとらわれることなので邪念と呼ぶの。包丁が切れても切れなくても、いつもと違う感覚によって力(この場合は切る道具)に意識が向かうとき、意思に反したことになります。

実際、わたしは調理中に包丁のこと、ましてやその良し悪しなんてまったく気にしていないし意識に入ってない。だから怪我をする可能性があるのは刃物をしまうときと研いでいるときです。この双方ともに力そのものに意識が向いています。だから力は使い終わるとさっさとしまいます。

自分の目的に向かってどのくらいその心、意識をささげられるかがいつも問題になってる。目的意識を魔術と絡めて繰り返すのはそういうことなの。

アルターエゴの表出とか、忘我の境地とかなんだか偉そうで難しい言葉を使う人がよくいるのだけど、要するにどれだけ自分の目的に意識のすべてを捧げるかの問題なのです。難しいけれど、目的外の意識をとにかく修正するのが大切だから。

そういう修練は危険であるほどいいという考え方もあるけれど、それを要約すると危険があるほうが失敗したときに怪我をするから緊張感が保てるというその一点に尽きます。実際のところ、そんなのは言い訳に過ぎない。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 10月20日
月の明るさは反射によるもので太陽とは異なってる。月の温もりは以前、太陽と比較したように引いていくことで感じる想像による温かさなの。これを説明するのは、愛しい人に触れられていた温もりがなくなり寂しさを感じるときの思い出す温かさのこと。自分が投射するぬくもりのこと。冷たい温かさ。

それゆえに月は故郷を思い出す幻想であり、自らが投射するもの。そういうものが月ですね。
だからこそ月は揺らぐ。水面に映ってるそれだから。水面とは自分の心のこと。

月の温もりは夜中に暴れだすの。思い出すことでそれは強くなるから。それゆえの月であり、満ちては欠ける。それは感情がイメージを投射し続ける活動。

ナルシスというのがいるけど、そのひとが見てる水面の自分自身は月の局面です。それだからかれの行動はその特徴を持ってるの。
月に浸ってると風邪を引くから水からあがりましょう。身体を暖めてご飯を食べます。あとはぐっすりよく寝るの。幻想をみてるうちは自分の本心には気付かない。そういうものです。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
わたしがみているケルト系の女性のイメージはどちらかというと賢女というものですし、実際にお話を紐解くとモーガン・ル・フェイは魔女というよりもそういうイメージなのです。湖の貴婦人というのはそういうのだから。湖の精霊は霊感を得た女性ということになります。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
いろんな技術は極めればひとつの芸(アート)になるけれど、だからといってそれを常時使うという考え方はなんか変なの。野菜のスライスをするのにスライサー使えばよいからそこであえてナイフを使うのは趣味的です。そうやって合理からかけ離れていくと何かがおかしくなっていくの。

目的を忘れるとそこで大きなロスになる。どんなことでもこれはいえることだけど、この逸脱が大きく最初の意志を曲げてしまうことになる。趣味もいいけれど逸脱はほどほどにしたいと思う。

目的からの逸脱は趣味への道でもあるけれど、泥沼にはまる前に引き返すタイミングはいつも「その選択が不自由を生んでいるか?」と問うこと。それが不自由さを生んでいるのなら引き返すことにしてる。それこそこの世界を生きづらくするから。

無駄な動きをすると自然から離れていく。それは自分の意志から離れるということでもあるし、ナイフを鞘にしまうときに横にずれちゃうことを意味してるのです。だから当然怪我をするでしょう。
ものごとにはある程度のクリアランス、つまり余裕が必要だけれど軌道から外れると元には戻らなくなる。ロケットのドッキングみたいなもので、一定の軌道からはずれてしまうと再接近不可能になってしまうから(燃料が切れます)。

心霊現象だとか心の病だとかそれがどんなものであったとしても、結局のところ予防に徹するのがまず先にあるから。対処法の前に予防がある。それは風邪と一緒だと思うの。

オカルトはかかわりを持たないのならそれに越したことはないの。運悪くそうなってしまったら対処していくしかないけれど、必要がないのならそのほうがいいからです。

そういうことしなくても立派に自分の道を開いている人はいっぱいいるのですから。

魔法は万人のものだけど、万人がそんなことしなくてもいいの。必要なものを必要な人がするだけでいいから。道への到達の手段はもっと無数にある。それしかないと思ったときはこれを思い出すといい。
合目的であることは明日への道だと思う。もし明日がどっちへ向かってるかわからなくても心配はいらないの。そんなときはお腹をいっぱいにして明日が幸せならいいなと思って眠るだけだから。
たぶん、そのまんまの答え。実行に躊躇してるのならその躊躇の原因を探ると良いでしょうね。

オカルト的な話は普通の生活には必要ないし、直接的には何の関係もないの。ただ、薄く少しずついろんなことに関係してるだけなので本当に1割以下の要素でいいように思ってる。

占いは自分の心の正直さを引き出す工夫だと思う。普段どれほど無意識的に自らを偽ってるのか普通は気付かないもの。それでこんがらがってしまったものをほぐすのにわたしは占いを使うの。タロットや星占いだけではなくて、瞑想もまた同じだから。

理不尽はいつでも世界ではなくて自分だものね。つじつまの合わないことしてるからややこしくなってる。

たくさんの方法があるということは決定打がないということ。だからそれは自分にあった方法を探すしかないと思う。どれも慣れれば習熟できるけれど、そこに至る前に扱いやすい方法を見つけるのが良いと思う。

だから流派を転々とするのって普通のことだと思うの。自分にあうものをみつけたらそれに食らいつくし、ある程度やったら足りないところを捕捉するためにまた旅に出ます。

それぞれが自分のやり方を追求すればよいと思うんだけどな。何かの体系はそのための足場なのですから。

共時性? 自分自身との同期のこと。現実と想像してることが合わさること。リアルの体験。
普段自分の心としっかり向き合えなくてかっちりと嵌ってないのでその同期が起こると異様な感じを受けるの。そのためにこれが特別なことだと思って想像をたくましくしてしまうの。
いまが楽しいのなら夢はみないんじゃないかな? 「黄金の斧(夢)と鉄の斧(現実)、落としたのはどちらですか?」と問われて現実のほうが楽しいのなら、きっと鉄の斧を選ぶから。

糸車と女神さま
http://angeliqua.doorblog.jp/archives/51912540.html

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
いろんな大事なこと教わった。アプロディーテーとエロースが別の神様であるということ。彼女はかれを従えてるけど別の人格として表現されてる。それが一緒になると阿修羅男爵みたいで醜悪になるの。そして彼女の巫女の本来の名前を見失ってた。また、家庭の女神は正確には居ないということ。

母を、妻を表現する神様はヘーラー。家を守る神様、竈の女神はヘスティアーだけど家庭そのものを表現する神様は居ない。それというのも、家庭にはそれぞれの形があり、決まったものがないから。ヘスティアーが守ってるのは一緒に暮らすということ、生活それ自体の核心部分。それこそご飯のため。

ヘスティアーが守ってるのは家庭ではなくて実はご飯を一緒に食べる人たちのことで、家庭の形には捉われない。竈ってそういうものだからです。だから、より正確には「同じ釜の飯を食べる仲間」のことだと思う。それは一緒に生きていく人たちの集まりのことで家族関係を必ずしも意味していない。

いろいろと面倒くさいよね、人間って。社会倫理は人間として暮らすためで、だからといって動物さんの部分もきちんと存在してる。その部分を切り離してしまうと人は病気になるの。けれど、人としての暮らしもあるからそれも蔑ろにはできない。

これはそれぞれの神様の祝福をちゃんと受けるためにはどうしたらいいのかという問題だから。
ひとは物事を美麗な言葉で飾り立てすぎた。祝福される必要があるのはすべての神様だから。
その結婚が祝福されるのはアプロディーテーとエロースが一対で同時に祝福を下さるからで別々に行動したりはしなかったという理由が大きい。もしもこの神様たちから別々のところで祝福を授けたとしたら、少なくとも社会的には問題になるから。
クビドは二人を結び付けるけれど、それは必ずしもアプロディーテー/ヴィナースとは別物。

このふたりの神様は別々にやってくると困るのです。
クピドが子供の姿で表されるのは当然のことで、だって「生まれる」から。
神話は当時の社会問題をどう扱うべきかということがテーマになってるからいろいろと勉強になるの。けれど、結局のところ現在とそれは大差ない。人間はそういう意味で殆ど変わらないから。

わたしにとってすべての分類は氷でできてる。どんな象徴でも、科学的な分類でもそうだけど物事を比較して行動を決定するまでの足場でしかない。一度行動を起こせばもはやそれを使わない。その足場は溶けて地面にしみこみ、そして空気に融けて行く。それは自転車の補助輪であり動き出すと足かせになる。

自転車の補助輪はきちんと運転できるようになると気持ちよく運転するための邪魔になるし、自由を楽しめない。わたしにとっての分類はそういうものだから、一度滑り出してしまうとすべての象徴、分類は排除してしまうのです。そうしないと分類は自分の呼吸すら妨げるから。

なにかの分類が大事なのではなくて、行動によって起こる結果のほうがいつも大事だから。それらが行動を阻害するのならさっさと脱ぎ捨てるの。

足元にはいつも注意を払うけど、はるか下においてきた足場なんてみていたら上から落っこちてしまうの。心はいつも目指すべきところ、つまり頂上をみていなくてはならないから、麓のほうなんてみないのです。

だから占いをして行動を決めたらそれをさっさと忘れるの。占いの内容自体を忘れて、決めたことだけを覚えておく。何をするかだけに注意を払いたいから。

手すりに触りながら歩くのなんて危険な場所をわたる時だけなの。だから橋の真ん中を普通は歩く。はしをわたるべからず。

峨骨 ‏@Chimaera925
心身を整える養生法や若さを保つ方法として使えるので活用してやってください。そこから小周天や大周天等に応用することも可能なので、慣れてきたらイメージも動かすとより効率が上がるかなと。

呼吸法の応用で面白いのは色との組み合わせ。色は777の書、万物照応表を参照しなくても、色イメージや心理関連の情報を漁って応用できる。嫌な自分の要素のイメージした色(濁らせてイメージする)を吐き出し、なりたい自分の色イメージを想像して吸い込む。基本が解らなければ毒にも薬にもならんよ

怒りっぽいから冷静になりたいなと思えば、深く息を吐くときに口から濁った赤黒い煙が出ていくのをイメージ
して、吸うときに綺麗な青い色が口から入るようイメージする。応用すると、空間をイメージで塗り潰して周囲の人間の印象を変えたりすることも。雰囲気ってやつだね。

鏡を見ながらその色に自分が包まれたイメージを重ねる事で自己暗示が強くなるので、割かし使える。ライブやってた時は色イメージも纏って外出していたな。オーラだのカリスマだのってのは、そこまで難しい事じゃない。あとは視線や指先の置き方、動作の早さや緩急……才能や素質など不要だ。

人間が「あの人はオーラがある」とか「カリスマがある」と言うのは、大抵は姿や声、後光効果。一般人との違いは言語化されない細部。暗示と模倣でそれを後付けするのは不可能ではない。立場や役職が人を作るように、自身の心理操作でそれを行う。大した違いはない。存在感がある者も元は一般人。

他者にその色イメージを伝達するのは、色イメージに従った自身の立ち居振舞いだったり言動だったり。他には類感魔術の応用でいける。類似したもの同士は互いに影響しあうってヤツな。相互に影響されるから要注意だ、深淵を覗き込む者はなんとやら。基礎を体得していなければ毒にも薬にもならないけどな


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
混合してる色をうまく分割して整頓すること。それがマルクトの象徴である四色。そうしないと混ざり合ってなにがなんだかわかんないから。

魔術の趣旨というのは「意識の中に変化をもたらす技術」というように最終的には体験によって意識変革を行うものです。その結果として行動が変化して物事が現実となる。だから知識や道具それ自体は枝葉末節といえるでしょう。だから魔術道具に拘りすぎるのも駄目なのです。

うん、わたしはクリスチャンだからキリスト教用語を使うけど別に本当は何でもいいの。それらの宗教用語は人の心の仕組みを説明するための方便としてわたしは捉えてるので問題はないのです。仏教にもっと詳しければそちらの用語を使うのも吝かではない。目的が大事なのでそういうのは枝葉末節なの。

本当は象徴操作や呪文、動作なんて凡て枝葉末節に過ぎないの。どんな方法だろうとやってることは同じこと。人の心は基本的なところは同じなのだから同じ法則が成り立つ。文化的差異があろうとも人であることは代わりがないのだから、数万年以上換わらないところだけを見るの。

魔法の道具だてというのは正直なところ祭壇となるテーブルと一つの灯りがあるのなら何でもいいのです。それ以外は枝葉末節だともいえる。他に必要なものといわれても実は困る。真理の光を奉納する以外に何がいるのと逆にお尋ねしたい。四大武器やその他についても同じ。最後はたったこれだけになる。


いいえ、別に専門的な学問だけが勉強ではないし、むしろそれは枝葉末節に過ぎないの。あなたが持ってる大事なの与えれば済むこと。知識与えておしまいではないのよ。 QT @kulfi: @Ripple1975 学士程度の思考能力持ってないのでむりですなー

普通のオカルト好きの人にとってはきっと「そんなことよりも知られていない天使のの名前とか階級、召喚の具体的な描写とか知りたいんだけど!」なんてきっと思ってることでしょうねw でもそういうのって枝葉末節なので普通の本を読んだほうが同人誌やゲームなどのネタになると思います。

星占いの根本思想は「身の回りの現象とそこに内在する真理は世界共通、宇宙共通なんじゃないの?」というのがある。この素朴な小宇宙=大宇宙相互影響説が東西に関係無い根本思想だから、座標区分や神話の利用は枝葉末節と捉えることが出来る。というより、占いにそれ以上の大切なことなんてないし。

わたしの思考の特徴は一見すると論理の塊かも知れないけど、実は加算減算と明晰な直感にだけ裏打ちされてる。あまり複雑なのは苦手なので複雑な枝葉末節をそのまま貫通して本質のみ見つけます。難しいのは哲学とか数学を専門にしてる人に任せるか、それともパソコンに頼るというwww
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恐らくそういう照応で正しいと思います。枝葉末節で違いはあると思うけど本質の部分で正しい。 QT @0134H: @Ripple1975 @rideigan 面白そうな話題なので横から失礼します。泰山府君=須佐之男命=地蔵菩薩=閻魔大王=ヘルメス=トート=少名彦那神=薬師如来=小童

んに。ある程度放射線について心配するのは当然だけど、放射線科学の常識を無視して枝葉末節に拘るのは分別がないですよね。 QT @akio_r_m: @Ripple1975 そうなんです。それが分かっていないのが問題なんです。あの震災以降、神経質になる人が多いのですが、震災前も後も存

結局のところ、魔術とそれに相当する名称をもつものはすべて、「意識の技術」である。人間の精神構造とその応用を熟知し、当たり前の法則に則って行う意識的行動である。実際、儀式の枝葉末節はたいしたことではない。それらは心理学的補助に他ならない。しかし、扱うのは精神の根幹。危険は当然である

魔術というと、とても神変不可思議な奇術のように思われることが大半。けれど、力の解放と接地という単純明快な技術であることを知れば、言葉にすること、それを為すことに集約される。すると、それはごく日常的なことなのだと判る。つまり、儀式はその枝葉末節に過ぎない。(誤字のため再送)

科学はわたしたちが呼ぶイデアやヌースを狭義で用い、わたしたちはそれを心にも適用する。この点が違うけど、単なる視点の違いなので用語の問題ともいえます。方や白衣、方やローブです。机が祭壇になり、実験器具が四大武器になる。あとはイメージ操作の違いだけ。


うーん、祭壇とは何かって?目の前に展開した大地の表現、箱庭。意識の台座。定義した心の形。分離・分割したもの。供物を捧げる場所、祝うための場所。心との対話の場所。意識の机。すなわち、Altar。心の視座。

困ったときは辞書頼み。多くの主張はビジネスや立場による影響があるからバイアスが少ない解釈を参照するためのもの。勿論、複数あったほうが好ましいの。

バイアスのない意見や主張は難しい。だからどんなにクリーンな意見でもバイアスが入ってることを意識してる。それは大抵は個人的な限られた経験による見落としからなる。それゆえに複数の信頼できるソースを参照する。それすらもバイアスはあるけれどないよりはまし
だから。

だからマルクトはいつもまだら模様。いろんな意見があって混じってしまってるの。それぞれがたとえクリーンだとしても個人的主観によって分割されてる。それがいろいろと混じってしまうとグレーになる。そういう場所だから。

儀式的に何かするのって心理的になにかするわけだから、その前に物理的に対処する癖は必要だと思う。普通の医療行為しないでヒーリングを行うというのとまったく同じことだから。

ヘルメース的には上のごとく下も然りなので心理的状況を物理的に実現しないと意味がないの。

まあ、あれ。霊能者的に言うと「さまよえる霊を適切な場所に導く」というもの。その経路が感情だったり物理的なものだった利するので、適切なとこに落とすというわけ。

霊と言うものの正体がたとえ不明で何なのかわかんなくても、感情を経路にするというのはわかりやすい話。交霊術もそういう発想だから。

原因になってるものが本当は何かわかんなくてもその経路について工夫すると何かがきちんと起こる。電気などもそうなのだけど、科学だっていまだにそうなのです。

第三者的に証明できないものは個人的なものだから、正直に言うと「わかんないもの」としかいえない。個人的な信仰は別として。だからといって何もできないわけではないと思う。

儀式の本番ってお片づけのほうなの、正直にいうと。つまり、物理的に何かして動かないと何も起こんないから。
そうでないと気分が良かったね、おしまい。となるのです。原因は何も解決してないので一時しのぎにしかならない。
オカルトで重要なのは何を見たかやどのように解釈したかというのは二の次だと思うの。むしろ、見たものをそのままの存在であると思わず、またその確証がないということをいえる正直さだと思うの。そうでないのならそのひとの言うことは信頼に値しないとわたしは考えます。

タロットを簡単にするといろはカルタみたいなものになると思うの。それは文字だけのもの。象徴をふんだんに使うか、もしくは文字をひとつぽつんと描くかという究極の選択。どっちがいいかはお好み次第。

タロットはいうなれば絵本。それ自体がひとつのお話になってる。

一枚のタロットがそれだけで象徴の組み合わせで物語の骨子を描いてる。だから象徴を読み解くというのはあらすじを再構成するということなのです。

簡単に言うと、一枚のタロットだけで小説がかけちゃうのです。(^^;

だから、タロットはそのままで象徴で構成された物語のプロットであり、神話体系がそれに肉付けをしてくれるの。それゆえに神話を読み解かないとタロットはまったく面白くならない。

(私が小説書くなら一章一カードかな)

タロットがしばしばパスワーキングにつかわれるのはそういう理由。物語のプロットがその中に入ってるから、それをまず理解するのが先決なの。
それがタロット、神秘的な絵本。

パスワーキングのアクティブ・ワークというのはシナリオが先にかいてないから、タロットのシンボルだけで即興でプロットをくみ上げ、それにあわせて想像していくというやり方なのです。
だから最初に素材となる神話が頭の中にあって心に根付いていないと使えない。
ノウィッキさんの『閃く小径』というのはパッシブワークのシナリオ集と解説になってるので初心者向け。上級者にはそんなのいらないから即興で心の中にシナリオが生まれるのです。
シナリオをかくのではなくて「生まれる」と表現したのは勝手にそうなるから。正しく象徴を紐解いていれば自然とそれは出てくる、流れるようによどみなく。
わたしは象徴の解釈を苦労して考えた引っ張り出したりはしてないの、いつも。それは勝手に出てくるもので神話が教えてくれます。

何でもどこかに着地させないと問題が出るように思うの。手段が目的と化すのが趣味だから、その手段を野放しに膨らませるといつかは破綻する。だからオカルトだって日常に役立てる文化に流れた。わたしの場合だと食べることに接地させてる。料理趣味ってそういうことだから。

接地する対象は本当に容量(懐)が大きいほうが良い。そうすれば接地抵抗が少ないから力はどんどん吸収されて中空に彷徨ったりしない。それは普遍的でもっとも日常的で当たり前なものがいいと思う。そのスキルを適用させるのに事欠かないほどに。

電気的な意味合いと同じ意味において、心のモヤモヤは漏電というの。接地が足りないからそうなる。それは接地容量がたりないことであり、抵抗が大きいこと。「太い線で最短で」懐の大きいものに接地します。そうするのがもっともよいからです。

電気的(物理的)お話と精神的なお話って殆ど同じなのです、コツという意味で。


(電気って霊的だよね。血液みたいに)


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
価格操作って印象の操作ですし、幻想の操作ということを理解するのは魔法使いの嗜み。モノには決まった価値があると思ってるのならそれこそお金も魔法も理解していないのです。では、おやすみなさい。

CRCとはクリスチャン・ローゼン・クロイツの略称のことです。キリスト教系文化の衰退から生じた仇花のひとつだけれど、キリスト教の神話が再び生命を取り戻すには一度死ぬ必要があると思ったのでしょう。それは形が一度失われなくてはならないからです。ゴミで汚れたら肉体を脱ぎ捨てるの。

形(アストラル体)が失われても人格神は黄金のテトとして(スピリチュアル体)はよみがえることが出来ます。これは何のことかというと、神話が廃れてしまってもその中に込められた骨子部分は人々が必要とすればいつでも心によみがえるという意味です。たとえ全盛期の神話の形を持っていなくてもです。

だからCRCのヴォールトはいつも空っぽなのです。それはアストラル体が既に分解された(人格神として存在していない)神話として表現されてる。それゆえに、違った形で人々の心によみがえるようにこのお話は企図されています。つまり、個人主義的な信仰の夜明けを意味しています。

棺の中身が空っぽというのはいつもそういう意味だとわたしは思うの。偶像として生まれ汚れてしまえばいつかそれは死なないといけないからです。太陽神という分類になる神様の多くがそういう性質を持っています。゜次の春にまた違った形で人々の心の中に芽吹くように。

人格神のアストラル体はいつも大衆によってその信仰の犠牲となり捧げられてる。それはつまり消費されてるのです。だから目減りして細くなればまた次に生まれないといけない。アストラル体は欲望の体のこと。それは人々の欲望のために捧げられたのだから。ということでCRCやジーザスのお話はおしまい

ひとはいつも誰かに「こんな人であってほしい」と自分の欲望を重ねるよね? アイドルであれば複数の、たくさんの人がその欲望を重ねてるの。これをアストラル体(欲望の体)といいます。そしてスキャンダルやそういうので汚れてくるとアイドルはこれを脱ぎ捨てるか何かします。

ですから、その偶像が既に亡くなってる人である場合はお話が少々厄介になります。作られてしまった偶像(アストラル体)が汚れてきたらお掃除するのが大変だからです。さらにこれが生存しなくなるようにするのも大変なこと。偶像それ自体は自分で死ぬことが出来ないからです。

こうやって専門用語をきちんと解説する人が少ないとお話がややこしくなるのです。本当はもっと簡単なことなのに。



ビナーのキングスケールはクリムゾン
キングスケールのケテルは光輝とあるけれど、クイーン、ナイトスケールは白い輝きとあらわすの。問題はページスケールのとき。これは最初のただの光輝が最後にどうなるのかを示してる。光輝を強くして点滅させると網膜に黄色いキラキラ斑点の残像が残ります。これがそれなのです。
わたしはこの図の中でプリンス、プリンセスと表記されたものをナイト、ページと言い換えたけど説明はいらないよね? タロットのコートカードのそれと同じことだから。

火星は異化作用だから出産にもね? マリア様がイブの日に金星として現れたなら、これから始まる陣痛と言うのは火星に当たるのです。金星が火星の影響下に入るとき、ドラマが起こるのです。

見方を変えれば出産は月経と同じなのです。両者とも火星の影響下にあって、金星が優勢なとき(妊娠中)は同化作用が優勢にあるので火星の機能(月経)は停止しています。だから出産はとまっていた月経が開始する一回目と数えてもいいの。これはオカルト上の分類ですが。

では、金星と火星の女性的機能について続けると、つきの影響とは何かという問題に思い当たるの。これは簡単に言うと、想像妊娠に想像月経のこと。他人の月の循環が自分にも影響してしまうというアレです。女子の集団にいるとよく体験することですが。

月の影響というのは常にイメージによる心理的影響のことです。これは身体への影響(フィジカル・エフエクト)を起こすけれど、大抵の場合は満月に向かうときイメージを制御しやすく、下限に移行すると制御しにくくなる。新月なら制御不能に陥るという例。必ずしも現代人は物理天体と同期しないけどね。

物理天体と身体に起こることを一緒にしないでもいいの。それは象徴的意味を持つから、同期してるか否かはあまり関係がない。大切なのは身体に起こってる変化について象徴的に理解することです。三日から一週間に及ぶヘカテーの期間は想像力の制御を行えないので疑心暗鬼になりやすいことだけ理解します

気配りが出来て優しい子ほど想像力が豊かだから、ヘカテーの期間に重いほど打ちのめされると思うの。だから気をつけてあげてほしいな。
月が強いのって感受性が高くて反射によって容易く相手の心を類推する能力のことだから、その感受性と想像力は制御下にないと心が打ちのめされるのです。肉体よりもそちらのほうが辛いと思うの。
だからそういうときは太陽の助けが必要になります。明晰な知性と理解力のこと。月が使い物にならないのなら、それが有効になるからです。
パートナーを相手に太陽神の召喚を必要とするとき、そういうことなのです。それとは逆に男性が月神降臨を必要とするときも同じこと。それぞれに得手不得手があるからです。
月の機能(感受性と想像力)がうまく働かないときは知性に頼るほかはなくなります。そういうことなのですけどね。(^^;
月による反射は「自分の心に照らし合わせて相手の気持ちを慮る」という意味なの。
太陽的知性は相手を知るのに状況判断によって類推することだから月の場合とは異なっています。外部からの認知ではなくて自分に照らし合わせてみるというのが月的感受性の使い方。この違いを理解していないとお互いに理解を深めるのは難しいと思います。
便宜上、オカルト用語を使ってはいますがそれぞれの習慣による心の使い方の違いを説明してるだけなのです。本当は難しいことではないのですけどね・・・。

前にも太陽と月の違いを説明したことあるのだけど、太陽はいわば相手のぬくもりを直接的に捉えること。だから、手の温かさをそのまま捉えようとします。一方で月の場合は手が離れて冷たさを感じたときに温もりを想い出すことでそれを感じることなの。だから月は反射が心に届くまでに少し時間がかかる。
それゆえに月影を観るというのはとても象徴的言葉の意味をもっています。それは影を見ることで本体を想像することだから、記憶像を思い出すことで直感像に変換されることをも意味するからです。
直感像の使い方はパスワーキングの入り口やタットワ、クリスタルゲージング、クレヤヴォヤンスでも使うので月と太陽として知られる心の使い方の違いの理解は最重要課題となります。

彼と逢ってるときよりもお家に帰ってデートのときの彼を思い出してるほうが遥かに長いというのであるなら、これはもう月子さんですね。(^^;
両性具有的? 太陽と月の象徴を足して、そこに十字架を加えてみればいいの。水星になるでしょう? 太陽的は男性的、月的なのは主に女性的資質のことを意味してるから(肉体に関係なく)水星はそのどちらも使いこなせると言う意味になります。だから両性具有的。
月と太陽の結婚というのはオカルト用語でいうところの心の使い方を両方できるようになることです。
だからヘルメースの学徒というのです。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
個人差の大きい問題をあまり一般化して分類するのもどうかと思うのだけどね。何かを男女差に置き換えたり、人種で分けたり、占星術分類したり、子供や大人に分けたりするのはあくまで指標の一つでしかないから、あまり捉われすぎるとただの差別になってしまうの。

何かを分けることが知性的であるなどと思っていいるのなら、それはただの「安心の道具」にとりつかれた差別的な偏屈さんになってしまうの。そういうのは嫌かな? 心が頑なで恥ずかしいから。

分類とは何かを切り裂くための道具。それは一種のペーパーナイフみたいなもの。ペーパーナイフはよく切れるほうが確かに使いやすいの。但し、良く切れるということは安全に使うための工夫と心遣いを必要としてる。これはまさに知性というナイフのことだからです。

象徴を学ぶのはナイフを研ぐことによく似てるのです。だからこそ、わたしはときたまこういう警告を発します。ナイフを研げば研ぐだけ良く切れるようになるけれど、切れ味に陶酔してれば必ず怪我をするからなの。砥ぎあげたナイフはすぐに鞘にしまうのがいいのです。(^^)
これは実際にエアー・ダッガーを自分で研いでみればいいです。きっと、紙を切ったりいろいろして切れ味に夢中になるから、いつか必ず怪我をするでしょう。指を怪我したらわたしの述べたことが身にしみるようになります。

風の象徴はナイフで表されるから'GDでは)それには必ず鋭いエッジがついています。だから風の象徴で分類できるものは常に鋭いエッジを持っている道具なんだと意識することが必要なのです。そのためにエアー・ダッガーに慣れ親しみます。これが魔法の道具の理解そのものなのです。
「風を操るとき」ですから、エッジを向ける方向は常に自分へ。それは他人に切っ先を向けてはいけない。それゆえに他人を占うときは特に慎重になります。本来、分類を安全に用いるのは自分に対してだからです。

イメージして? 自分が誰かに向かって占いを行うとき、それは見えない「風の短剣」を相手に向かって振り回しているということを。だから使い方を誤れば相手をずたずたに切り裂いてしまいます。それは治療でもなんでもなくてただの暴力です。
短剣のお話はGDのカリキュラムだと2=9 Theoricusのことだから、まさに理論者が身に着けるべきもの。理屈を振り回すことが何を意味してるのか、ナイフから直接学ぶのです。それが出来ないと次の段階には進めないから。

ひとは(宇宙は)丸いケーキなのよ? 食べやすいように、どこから切り分けてもいいのだけどどこを起点として30度ずつに切り分けようと、15度ずつに切ったとしても元はまん丸なのです。それは食べやすいように(理解しやすいように)意図的に切ってるに過ぎない。これを忘れてはいけないと思う。
だから「あの人は四角い」「いや、三角じゃないのか?」みんなそういう風に理解してる。でも、本当は丸いから捉えどころがないものです。宇宙をそうやって好き勝手に切り分けることで理解し始めてる。でも、本当は丸いから微粒子すら残さずにすべてのピースが揃わなければ理解することはないと思うの。

ピースが欠けている場合はいつも不完全な理解だから、欠けた部分はいつも類推でしかない。その類推を理解したものに分類してはいけないの。知らないものは知らない、理解していないと意識していないと欠けたピースが落とし穴になってしまいます。

例としてとあるものが三角形ではないのかと言われてるとします。このとき、三角形の角度の合計は必ず180度になりますよね? だから、二つの角度がわかれば残りの角度は自ずとわかるでしょう。ところが、この段階ではまだ類推なのです。だって、それが本当に三角形なのかどうかどうやってわかるの?

この段階では類推でしかないからそれが「三角形だったとしたら」という前提でしか成り立たない。ところが三番目のピースが現実として発見されない限りはそれがどんな形をしてるのかは実はわかりません。計算が成り立つのは前提条件が正確だった場合に限るからです。

前提条件を信じ込むことの危険性について述べるために、誰でもわかり易い例えを用いたに過ぎません。純粋数学のお話でしたらほかのテーマに移ってしまいますよ?
線の二つがどこかで閉じているという前提をまずは疑いましょう。何故なら、有限世界というのはどこかで線が閉じていないと成り立たないからです。そしてその有限はどこから生まれたのでしょうか?
宇宙は膨張するって観測されてるのなら、それは本当に有限として線が閉じてるのかな? 本当に? もし閉じてるとしたら、有限はどこからやってきたの? 言い換えるのなら「存在世界」はどこからやってきたのでしょうか? 閉じてる世界ならばそれは成長しないからです。言い換えるのなら死んだ世界。
有限世界というのはそれを理解するために「便宜上有限として扱ってるもの」を意味するのだと思います。これが前提条件ですから、これを確定事項として扱わないでください。それはあくまで物を考えるときの前提でしかないのですから。
数字はただの道具です。それはとある仮定を証明するためにある道具でしかなくて、それが本当に正しいのなら寸分の狂いもあってはいけない。科学もより正確にはすべて仮定の上に成り立ってるもので便宜上「使えればいい」というものだから、突き詰めるとただの空理空論になるでしょうね。
だからいうの、そんなに頭がよろしいのなら結果をまずは出してください。お話はそれからです。
結果のない真実なんてどこかにあるの?
それはシャボン玉みたいにわたしにはみえるのです。神様のシャボン玉。ストローからでた泡がそのストローの口から放たれたとき世界は閉じたように見えるものです。でも、閉じた世界からするとその外側のことについては何もわからない。存在の次元からは否定的存在の世界って微小なストローにみえるの。
なぜって、閉じた世界からすれば意識して何かを考えることが出来る点はストローの口のところだけなのです。つまり、この世界と何かが接していた部分について思いを馳せることはできても、その全体については何もわからない。微小なストローと表現したのはイベントホライズンの中心点です。
この世界は本当に閉じてるのかな? まだ神様のストローに繋がってるのではなんてわたしは考えてます。それが見えないだけの話で、捉えようがないだけの話だと思うの。
これ、魔術カバラーのケテルの説明なんだけとね。

電気とは結局のところ何か? これについて電磁波の専門のわたしに説明してほしいかな?
わたしもわかんないのですから。(^^;
何かの前提を立てて、その仮説を証明する公式を生み出して、それを使って計算してある程度類推の通りに結果をだすことは出来るの。ところが、それについて正体を正確に掌握するとことはできない。少なくとも、わたしの専門についてもそんなのです。
だからわたしが理解してるのは「真実」は決まった形を持っていなくてこの世界には存在しない何かだということ。それがないと言ってるのではなくて、有限世界からは手が届かないのだから、それ自体を追い求めたりはしない。ただ利用させてもらうだけでいいのです。
なぜって、わたしは現象世界(存在する世界)に棲んでいるからで、否定的存在(仮に無と呼ばれるもの)には棲んでいないからです。それは神様の領域だからわたしにはわかりません。
科学はとても不思議なのよ? Aという説は正しいのにBという説は間違ってるというの。ところが、実際にはAもBも特定の条件下ではきちんと作用するのです。ということはAが正しくBが間違いというのは成り立たない。どちらも限定的であることが理解されます。千年経てばどちらもその先はわからない
強さも正しさも時間の前には移ろい行くもの。何か形があるものに一定不変などないと思うからです。だから他人を気にしなくていいと思う。そのとき必要なものを受け入れて利用するだけでいいから。「正しさ」にとらわれてしまうと恐らくは道に迷います。

「正しさ」ってただの標識ですからね。道が時間経過や環境変化によって変わってしまうこともあります。また、設置されてる標識が間違ってる可能性もあるの。だからいつも半信半疑でいいのです。
たどり着ければなんでもいいの、わたしは。標識の正しさについてあれこれとは考えない。だって、わたしは標識マニアではないのだから。
標識これくしょん。標これ。それは何か正しさにこだわるひとのこと。
自分の旗を立てたらいいのです。他人の旗には拠らずに。そうすれば何も心配はなくなるからです。自分の基準によらず他人の基準を意識しすぎるからお話がややこしくなるの。重力の説明を受けなくても、ニュートンさんがいなくてもわたしは自分の足でいま立ってるのですから。
なんかね、重力の説明をうけてそれが万有引力が働くことを証明されなければ、いま自分が地面に足をつけてることさへ信じられないという人が多くて残念に思うのです。そんな説明なくても足元を意識するだけでいいのに。
当たり前と考えた時点で観察と思考をやめてしまうからです。当たり前であることはこの世界になくてみんな奇跡だということに気づいたのなら、もっと身の回りのことに集中するでしょうね。遥かかなたの世界よりも足元に注意が向くからです。
運気という言い方をする人は多いけど、わたしはそういうふうには考えないの。身の回りの些細なことに興味がなくなってその結果集中力を欠いてしまう。そうすると不注意から失敗が多くなってもそれに気づかないのです。幸福であることに鈍感になるのを運気が遠のくと表現するからです。


聴いて? あなたは自分をひとつの生命だと思ってる? 自分を構成する細胞がいくつあると考えてる? それらの生命には意志がないと本当に思ってるの? だとしたらその細胞のすべてを自分の意志で動かしてみるといいのです。出来ないのなら自分は彼らの代表でしかないことを理解するでしょう。
自分の体の細胞の隅々に語りかけるのは自分の国民に語りかけるのと同じことだからです。自分はその代表であり、声なき声を聴く義務があります。そうでないのならただの暴君と呼ばれるでしょう。

全身全霊をこめてあなたの神様を愛せばいいんじゃないかしら? ここで神様と呼んでるのは森羅万象にして自然のことだから、言い換えると「あらゆる可能性」のことなの。僅かでも解った振りをしないで連続的にその疑問を自分の内側に向かって問い続けること、一時間でも二時間でも途切れることなく。
神様に祈ることは、わたしにとっては「自然に対して疑問を連続的に問い続けること」だから、解ったふりをして満足したらそこで神様は席を立つのです。だって、不義理を働いたことになるから。
全身全霊でかみさまと対話してるときは知識を誰かに自慢したり、自尊心が満たされること自体がそもそも発生しないのです。そもそも、自意識が消失してるから自分の疑問とそれへの回答の声しか意識にないの。感動すら忘れてる状態で興味がその一点に集中することです。
ですから「識ること」以外に僅かでも心が揺れたらやり直したほうがいいです。占いもそうなんだけど、何か自分の自尊心をくすぐる感覚が生じたら恐らくは不完全な答えか若しくは間違ったものにすり替わってると思われるからです。
神様との対話で得ようとしてるのは「深い安心」と「納得」だから、自意識は関与しないのです。もし自意識が関与してるのならそこには自尊心をくすぐるようなものが紛れ込んでいます。それは自分で造りだしたものだから神様のものではありません。それを区別してくださいね。


―――――

お読みくださり感謝の極み!

 シンボルによる潜在意識操作。世界最凶の黒魔術=十字架と生贄イエスという象徴を崇めさせるキリスト教! 『イメージ・シンボル事典』は魔法の教科書! 

 イメージ・シンボルの意味・解析・使い方について。
 前回の記事
支配層があなたを支配できるのは価値観を操作しているから。
 搾取システムを崩すという発想自体を奪うために、
 拝金教、
 デモ教、
 選挙教、
 過労死教
 などの宗教
があります。”

と私は述べました。

 今回は、価値観を操作する道具として多用される象徴についての記事です。
一番使われている(支配者に悪用されている)象徴である、
✝十字架✝による潜在意識操作(=魔法)
について説明します。 

 ✝と3B(赤ちゃん、美女、動物)をセットにすることで、3Bへのよいイメージを✝にも持たせることができます。
とにかく良いイメージを与えるものとセットにするのが重要


 例えば、物語の活用。
 フィクションでイケメンや美女(片目が隠れている)に十字架を持たせて活躍させると効果的な印象操作ができます。
物語に支配層のシンボルが大量に埋め込まれているのは洗脳するためです。
 物語は潜在意識に働きかけるので、論説文よりも強力かつ無自覚に洗脳されてしまうのです。

 他にも具体例は沢山ありますが、
 ✝教会で結婚式✝、
 ✝病院✝

などの、良いイメージがある(ように情報操作した)ものに十字架というシンボルを組み合わせることで、あなたの潜在意識に入り込み、あなたの十字架へのイメージを操作します。
潜在意識に干渉されると、自覚しにくいのでより強烈に洗脳されてしまいます。
意識されないように何度も干渉することが効果的に洗脳する秘訣です。

✝が出てきてももう違和感がないでしょ?

違和感がないってことは疑うことすら難しくなるってことです。
一つ目には敏感でも、十字架に敏感な人は少ない
でしょうね。

そして、憎まれ役をセットで創ることで、イメージ・シンボルによる洗脳をより強固にします。

 マスコミではイスラム=悪
だというイメージを与え、

 ネットではユダヤ・在日=悪
というイメージを与えます。

 これにより、相対的に
十字架=キリスト教に対するイメージを良くすることができます。
 イエズス会が17世紀に勝手にユダヤのマークに決めたダビデの星に、
ユダヤ陰謀論で煽った的外れの憎しみを集めているのも、イメージ・シンボルによる操作術
の一例です。

 アイドルと同じ原理のエネルギー集中装置です。

支配層
(王族・貴族・皇族・教祖などキリスト教・大本教系上層部)
は恩を与える役は進んで受け


 憎まれ役は他人
(下っ端の実行部隊=ユダヤ・在日)
に請け負わせればいい、

という『君主論』にある支配の鉄則
を守っています。

 『君主論』は支配層の視点で書かれている大変素晴らしい本ですので、是非お読みください。
 支配層の視点がわからないから、
「支配層が作った偽の反対派=寸止め陰謀論者」による、
「洗脳を解くふりをして、嘘に現実感を与えることで洗脳する詐欺」」

に騙されるのですよ。
 嘘に現実感を与える詐欺ってカルトそのまんまですね。



子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
創作物はあらかじめ嘘=フィクションだと言っているので、真実が多い。
嘘つきにこそ真実を言わせよ。
真実を告げる者は嘘つきに仕立て上げろ。
よって✝支配層✝が暴露を許可。
物語
=現実の陰謀から現実感を奪う魔法
=潜在意識操作による洗脳


宗教
=現実感がない(確かめられない)ことに現実感を与える詐欺
=洗脳魔術
=潜在意識操作


フィクションでは子供向けほど(=大人が馬鹿にするものほど)重要なことが暴露されるので漫画・アニメ・ラノベが重要。
幼児向けが一番洗脳がきつそう。

宗教と物語=魔法はタネが割れれば単なる騙す技術。
論説文よりも物語のほうが強烈な洗脳をかけられる

オススメ商品に警戒し、自分が「既に」洗脳されていることを自覚して気を付けることが大事。
自分だけは無関係と思っている人ほど洗脳が酷い


フィクションの魔法描写で現実の魔法は目に見えないことを隠す。
宗教と物語で潜在意識を改悪。

闇の魔術に対する防衛術
=洗脳技術の名前を学び、見える化して洗脳を自覚。

名づけ
=分類して存在を自覚させる魔術。
差別や病気も名づけで捏造



紐付き陰謀論者は出版業界も完全に支配されていると言う癖に
「あなたの指摘する真の黒幕が正解ならなぜ本が出せるの?」

という質問に答えられない。
親分がキリスト教(大本教系など和風✝含む)なのを隠す為に生じた矛盾。

工作員「三角目玉の多さが、生活がユダヤに支配されている証拠」

私「一番多い支配層のマークは十字架
病院の✝・西暦・結婚式・日曜日が休日
など生活を支配しているのはキリスト教。
どこがユダヤ?
三角一つ目(新キリスト教)で
✝(キリスト教)を隠すのが仕事?」

イスラエルの帰還法のユダヤ人の定義は不合理。
①ユダヤ人が母←Xの定義にXは使えない。
②ユダヤ教徒←宗教で民族は定義不可。

【ユダヤ=金融業の資格】
の支配権と通貨発行権を持っていた選帝侯(キリスト教徒。大貴族)の子孫が英国王室。

白人偽ユダヤ人が銀行を支配
=白人キリスト教徒が銀行を支配。
「ユダヤ=キリスト教製の煙幕」 をなくすと、
黒幕=キリスト教が丸見え。
✝が悪魔やユダヤに乗っ取られたという言い訳は、
「キリスト教=悪魔崇拝(製造工場)」なのを隠すため


『国家神道=天皇一神教
の元ネタは平田篤胤
平田篤胤はクリスチャンで
1806年の『本教外篇』で
和風キリスト教=神道にした。
ハングルから神代文字を捏造。

右翼四天王
徳川光圀・本居宣長・平田篤胤・佐藤信淵
の後継者✝が
神社本庁・大本教・生長の家・神道政治連盟・日本会議。
神道=和風に偽装する隠れキリシタン用
の宗教。

「聖書の登場人物は実在しない」と言う癖に
#日ユ同祖論=聖書の失われた10支族の実在が前提のイエズス会製品
が真実だと言うのは矛盾。
同祖論はキリスト教の布教とセット。
日ユ同祖論を布教する陰謀論者=宣教師


聖書が前提である
イスラエルの帰還法のユダヤ人の定義
①ユダヤ人が母←Xの定義にXは使えない。
②ユダヤ教徒←宗教で民族は定義不可。
∴ユダヤ「人」という「民族」は捏造。
寸止め陰謀論 =囮(ユダヤと在日)に罪を押しつけ真の黒幕(キリスト教)を守る行為。

#キリスト教 と #日ユ同祖論 と #ユダヤ陰謀論
は三位一体

本物ユダヤVS偽ユダヤ
の二元論に持ち込んで前提(聖書)を疑わせない為のキリスト教洗脳。
○ユ同祖論の歴史にユダヤ教徒が出てこない。
キリスト教と同祖論が結びついていることは隠されている


佐伯好郎は、秦氏をユダヤ系ネストリウス派キリスト教(景教)徒の民族だとする、 #日ユ同祖論 を主張。
クリスチャンが渡来しただけ。 彼の支持者はキリスト教徒。
ユダヤ系と偽ユダヤという言葉は、キリスト教徒と言いたくないからキリスト教が発明。
偽ユダヤ=✝


陰謀論者判定法
イエズス会三大発明
①日ユ同祖論
②ユダヤのマークとしてのダビデの星
③秘密結社の陰謀論

聖書が根拠の①を否定し、
②と③がキリスト教製だと指摘しているならOK。
※通用しない勢力もいるので注意


知識を与えないことが善=キリスト教の反知性主義。
知識を与えないことが悪=百科全書派の啓蒙主義

キリスト教に対抗する手段だった知識・科学・理性重視が目的化し
理性崇拝=新キリスト教になった。
バチカンとグルになった大東社も
①絶対的存在
②反知性主義で支配


新キリスト教
=多神教やインド思想や科学に偽装して矛盾を減らした①+②✝

『ボクと魔王』では、真実を伝える寓話が笑い話に分類されているので、結末を誰も知らない悲劇なのに笑ってしまう。
変人が真実を語るのはフィクションの定番。
フィクション=虚構で陰謀を暴露することで、陰謀に気づいた人を変人に分類させて支配。

裏切り者が出ることを前提に支配層は動く。
情報漏洩対策が紐付き陰謀論者とフィクションによる暴露。
紐付きは中核を避けるが、フィクションでは中核が暴露されることがある。
フィクションに多いこと=嘘に見せかけた真実or真実に見せかけた嘘


風の子  ‏@makeanovel 4月10日
しかし、物語というものは潜在意識にうったえることができるので洗脳にはとても役立つということらしいですが、最近わたしなどはようやく気付いた、幕末から明治維新の歴史がとんでもなくねつ造されて私たちの頭にインプットされてたのも、その頃を描いたフィクションのせいだよなと。

ただの脱藩した貧乏な下級武士・そこで外国勢に目をつけられて操られていたらしい坂本龍馬あたりが、今の日本を作った革命のヒーロー!みたいに思ってる人が多いのって、歴史の時間に習ったというより(その辺はそもそも学校ではあまりやらないし)、なにか物語の刷り込みが社会に浸透してるからよね。

大河ドラマとかもだけど、歴史ドラマや小説は、あくまである時代のある人物をモデルに、その時代をモチーフに作ったただのフィクションなんだけど、わたしもだけど、あたかも史実を忠実にやってくれてるみたいな勘違いがあるのよね。で、特に幕末ヒーローものなんてたくさんあるからまるでそれが真実に


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月10日
@makeanovel おはようございます。体力切れそうなので手短に。人は物語とシンボルでしかあまり潜在意識に情報が染みらないのですよね。だからロジックより物語を使う扇動者が勝つわけです。なぜ神話が物語形式なのか考えてみたらどうでしょう?

風の子  ‏@makeanovel 7月22日
うーん、ほんとおもしろいですね。フィクションってジャンルで語りさえすれば、作者が「これはほんとにあった怖い話」って言っても、ますます読者は「ほんとのことだと思わせたい」作り話だろうって認識。そこで真実語れば嘘になる仕組! 

なーるほどねえ。魔法使いが呪文唱えるとか大仰なことがなされないと魔法ってかからないみたいな印象操作。子どもの本を見る機会が増えてますが小学生向けに魔女モノ多くてビックリです

RT @kitsuchitsuchi @onigiri3_ フィクションの魔法描写で現実の魔法は目に見え

ほんとは存在しないけど名前をでっちあげて流布すれば簡単に捏造されちゃうんですね。これも魔法。ありもしない病気に大金払って治療。  RT @kitsuchitsuchi @onigiri3_ 名づけ =分類して存在を自覚させる魔術。 差別や病気も名づけで捏造。

どでかい八百長なんてすれば莫大な人員を動かすし、漏洩を防ごうとしても無理。ならば漏洩するのが前提で、もし漏洩しても、「そんな馬鹿げた映画みたいな話あるか!」ってなるよう先手打つ RT @kitsuchitsuchi @onigiri3_ 裏切り者が出ることを前提に支配層は動く

U ‏@wayofthewind
文明開化とは、キリスト教化されることだった。

そして二度に及ぶ大戦へ。

戦争を画策するのは、キリスト教財閥なのだから。

麻生も石破もクリスチャン。

リチャードもベンジャミンも、クリスチャンネーム(笑)

ここはキリスト教世界だったのさ!

文化といえば、昔は文芸。 ここもキリスト教世界。 日本最大の文学賞だって、芥川賞はクリスチャンばかりで、直木賞はマイノリティが優先される。 その賞を主催する日本文学振興会は文藝春秋社のビルの中(笑) 文春はGHQが最初に指揮下においた出版社でもある。

芥川賞と直木賞というのを日本文学振興会(文藝春秋社のビル内にある)が主催しているが、なぜか受賞者はクリスチャンとマイノリティばかり。それもそのはず。文芸春秋社はGHQが真っ先に支配下においたメディアだったのだから
。http://twitter.com/search?q=wayof

ヤクザの組長がクリスチャンへ、という逸話が美談のように持ち上げられることが定期的にある。 これはバチカンとマフィアが懇ろなのを揶揄しているのか?(笑) どんなに悪事を働いても、教会で懺悔をすればアメイジング・グレースが流れて清算される、みたいな薄気味悪さを覚えるよ。

元住吉会から牧師に転身というパターンがやけに多い。 牧師ということはプロテスタントだね。 CIAの汚れの仕事を散々請け負って、引退後は口を噤んで教会で隠居ってことかな? ヤクザという名のキリスト教エージェントの一生。

プロテスタントでは、なぜ神職を牧師と呼ぶのか? 人間を羊だと思ってるからさ。 民衆は何もしていなくても、罪深き子羊
扱い。 人殺しのヤクザやマフィアはアメイジング・グレースを聴きながら無罪放免。 死の商人も原発マフィアも裁かれることはない。

北方謙三の抱影という小説に「キリスト教会に逃げ込めばヤクザは手出しができない!」って書いてあって、吹き出しそうになった(笑) ヤクザよりも教会が強いってことだもん。 それも当然、金貸しも奴隷売買も、昔から教会の許可がいったんだから。 どれだけの強制力だよって話。

キリスト組系神社本庁組。
キリスト組系創価学会組。
キリスト組系統一協会組。
キリスト組系生長の家組。
キリスト組系幸福の科学組。
広域指定宗教団体(笑)
日本のカルトは、もれなくキリスト組の宗教舎弟です。

昔のキリスト教会は、裁判所も兼ねていた。 テンプル騎士団は銀行の始祖。 金貸しも奴隷売買も、キリスト教会の下請けのユダヤ人の仕事。 表だけでも、これだけの権力。 裏では何が行われていたのやら
((>_<))ガクブル

狼たちはAT娘にむせる ‏@wolvesknow
右も左もキリスト教。 分け入っても分け入ってもキリスト教。 右も左もカルト。
仏教と見せかけてキリスト教。 神道と見せかけてキリスト教。 うぜー。。。
国会議員にキリスト教徒が多い理由。 天皇家がミッション系の学校に通う
理由。

ないです ‏@41A32lddTRNhsvB
@wolvesknow @kitsuchitsuchi なんで女性皇族はティアラかぶってんの? って言ったことあるけど誰も不自然に思ってなかったなぁ

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月9日
ピカチュウさんの
ルター「ユダヤの教会は燃やして住んでる家も打ち壊し、高利貸しの財産は没収してユダヤ人は全員奴隷、ユダヤ教を布教する奴は処刑」
ヒトラー「参考になるなあ」

これは面白い。ルターは王侯貴族をバックに、バチカンの金融特権屋だったユダ公から金融特権巻き上げたかった


うさぎもち ‏@usagi_mochi22 8月19日
赤毛のアンとかの、世界名作劇場。昔はよく観ていたが キリスト教圏ばっかで、どこが世界なんだろ?と最近思った。 世界なら、もっと多様な宗教観、地域、階層をやらんと。 欧米中心史を世界史て言うのと何ら変わらん。さりげなく洗脳。まるで他の価値観がないかのように


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月14日
シンボルと神話って強烈な洗脳ツールでしょ?
RT https://twitter.com/RC_StB/status/621047856921645056 …
STB ‏@RC_StB 7月14日
人間の記憶は脈絡や前後関係を伴うものに強い この生理的な事情から、物語は教化のツールに適す(逆に何かを記憶したいときにも使える) また、イメージを刷り込ませれば社会のような有機的な事象の理解を恣意的に誘導できる 敵味方の属性付けを刷り込めば提示された筋書き自体を無化できる

@RC_StB 例:年次改革要望書も日米合同委員会もプラザ合意も郵政民営化もTPPも日本財団もポダムもポカポンも知らず、隷米官僚の言いなりに中国脅威論を鵜呑みに し、どれだけ事実とストーリーが正確に説明されても左翼の説明で一笑に付してしまえるネトウヨ脳 筋書きの要素自体を拒絶

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya
これ帝王学のヒントになるので引用「市場とは何かというと、多くの人が同一の価値観においてそれを良いと認めるものが土台になってる。本当は同一の価値観など幻なのだけどその幻影があるかのようにみせるのが広告力です。世界共通の美人がいると思うの? 違うよ、共通美人を広告で創造してる。」

おいらは、悪の魔道師を知る上で、悪の魔道師はイメージやシンボルなどを使って精神に働きかけるけど、逆に仏教では(密教除く)そういうイメージとかを排除して超論理のシステムで精神に働きかける。この違いを押さえておく事って凄く大事だと思う。ここがわかれば、全てがわかる真髄の部分だと思う。

「イメージ・シンボル事典」が欲しいけど手が出ないから図書館で「世界シンボル事典」を借りて読んでたんだ。そしたら聖書の「ノア」の項目にフリーメイソンの結社員のことを「ノアの息子たち」と呼ぶと書いてあった。FF3の魔王の師匠がノアなのもこのシンボリズムを感じるよね。

人は物語とシンボルでしかあまり潜在意識に情報が染みらないのですよね。だからロジックより物語を使う扇動者が勝つわけです。なぜ神話が物語形式なのか考えてみたらどうでしょう?

シンボルでも下の階級には間違った答えをわざと教えますし



※本記事の性質上、中身はいつの間にか突然増えているかもしれません。

※「CTRL」キーを押しながら「F」キーを押すと出る、左下に検索ワードを入れる箱をご活用することで、辞書的にお使いになることをオススメします(できればこの記事と他の記事を保存お願いします。このブログが突然消滅しそうな気がしますので)。


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
卍・逆卍の意味
・太陽
・回転する太陽や月の動き
・プロメテウスと関連することも
・邪眼に対する魔除け
・トールハンマー


以上『イメージ・シンボル辞典』。
トールはオーディンの息子。北欧神話の雷神。赤髪。木曜日。
ゼウス=ユピテル=木星と同一視。
武器は稲妻を象徴するトールハンマー。

以下の出典は『イメージ・シンボル事典』。
盾(シールド)
・防御、保護
・信仰、教会
・救済 ・美徳
・【イコン】知恵、分別
・太陽(神)
・地球
・盾はウルの船(北欧の詩歌)
・盾を槍で打ち鳴らして厄払い



タマネギ
・統一 (様々な構成要素が有機的な統一体を形作っているため)
・第一原因、神 ・完璧な均衡をなす宇宙、不死
・光 (品種の殆どは日照時間に敏感)
・占星術で火星と関連
・月の魔女の手先や病気を齎す悪霊を追払う ・蛇が嫌う

カタツムリ
・怠惰
・罪人 (中世。罪は怠惰に由来するとされる)
・性的機能、誕生
・感受性、優しさ
・儚さ(溶けるので)
・露を受けて受精する
(中世。処女が子を産める証拠の一つ)
・【紋章】慎重、忍耐、 努力して入手した物で維持し可能なら増やさなければならない


魔世ねーず ‏@kuromitsu_2014 7月17日
@kitsuchitsuchi @lakudagoya @FeydoTaitei @kikuchi_8  中国ではドラを鳴らすと、妖怪、悪鬼が逃げ出すという言い伝えがありまして。


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月19日
世界の均衡を取り戻す光の戦士って物凄くシンボリックな意味あるのですね。イメージ・シンボル事典引いてくれてありがとうございますRT https://twitter.com/kitsuchitsuchi/status/622568489757204480 …
子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
タマネギ ・統一 (様々な構成要素が有機的な統一体を形作っているため) ・第一原因、神 ・完璧な均衡をなす宇宙、不死 ・光 (品種の殆どは日照時間に敏感) ・占星術で火星と関連 ・月の魔女の手先や病気を齎す悪霊を追払う ・蛇が嫌う @FeydoTaitei @lakudagoya


”アト・ド・フリース (著) 『イメージ・シンボル事典』 (大修館書店)でいろいろ調べてみます。

ブタで調べると、
・(聖獣)豊穣の神々へ捧げられる。とりわけ太女神と結び付けられたり同一視
されたりする。
ケルトの太陽神ラグは治療の効能のあるブタ皮を持ち、水をぶどう酒に変える奇跡(豊穣神の特性)を行った。
(キリスト教はバッカス以外からもパクッた
だろ)
キリスト教ではブタは、特に黒豚の場合、サタン(魔王)をあらわす。

ブタの島(ピッグ・アイランド)はケルト神話の舞台のアイルランドをさす。トゥアーザ・デ・ダナーン(トゥアハ・デ・ダナン。アイルランドの神族「女神ダナの息子達」)が魔法の霧を起こしたため、攻め寄せてきたミレジェン人にはアイルランドの陸地がブタの背中のように見えたことから来ている。

・(民間伝承)太女神とその子孫である魔女たちに関連することから、タブーを生んだ。
・魔女は風や嵐を司るので海の漁師たちにとって「ブタ」という言葉はタブーだった。

また、コウモリについて調べると、
・高度な魔力を持ち、黒魔術、魔法、闇に関連がある。
千年も生きることから長寿を表し、イソップでは叡智を表す。

(錬金術)ドラゴンと両性具有的なものに関連がある。
(両性具有の神こそが完全であり、聖書の父なる神は女性の要素がないので不完全だという思想がある。
ヘリオポリス系の創世神話における創世神アトゥムは両性具有なので、自らの力で最初の神々、シュウとテフヌトを誕生させる。この男にして女である神こそが完全。生贄をささげて強い怪物を召喚したり、三枚の紙のカードが①ラー+竜②オシリス+竜③オベリスク+巨人である、遊戯王の主人公のモデル。
アトゥム Atum(仏語:Atoum)
http://www.moonover.jp/bekkan/god/atum.htm)

ドラクエではコウモリっぽいドラキー、メイジドラキー(メイジは魔法使い、学者)が敵として登場しております。


(聖書で特別な数字=永遠、来世、天国、神の国の意。 天地創造によりこの世が完璧であることを示す「7」に、唯一の神「1」を加えたもの 。正教では、キリストが復活する「八の日」に特別な聖体礼儀=復活祭が行なわれる)

前回の二ノ国の記事の変えた+加えた箇所をお知らせ。+アクセス解析の結果+おすすめ紹介ケンさん
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-28.html


”いつものイメージ・シンボル辞典で
緑を調べると
・母なる大地の豊穣、生命、自然を表す。エジプトでは、豊穣や健康を祈る儀式でよく使用された色で、緑の衣や、「ホルスの目が緑色に塗られている」。
・イシスは「エメラルドの貴婦人」と呼ばれる。オシリスの色でもある。
・アテナ(知恵)は、胸当てにエメラルドをつけていることが多く、緑色の眼をして、緑色の服を着ている。クレタ島の森の中で、蛇とオリーブを手にし、豊穣の保護神とされる。
・ローマでは、死の伝達者としてのメルクリウスの顔の色。
・アイルランドの国の色。島全体もアイルランドの幸運のお守りの三つ葉のクローバーも緑色。七世紀の聖ベアタスBeatusの地図では、英国が赤、フランスが緑色になっている。
メルクリウス=水銀、であり錬金術の象徴でもあります。
アイルランドと言えばケルト神話。
緑の目=ホルスの目。
緑の目=アテナ(知恵)の目

ヒロインのマルレインは赤い服。

象徴学(シンボロジーsymbology)は本物の学問の一つ。本ブログはさりげなく象徴学(の知識)を出すようにしております。
こんな記事があります。
宗教象徴学
「千と千尋の神隠し」
http://mandalaya.com/sen.html
ネパールの密教世界では、呪いは真実の名前にかけるので、
実名(イミナ)と世間的な名前(アザナ)と分けています。
魔法は実名にかけないと意味がないのです
。”

“両親がむさぼるように食欲に飢えている様子は、現在の文明を象徴しています。
ブタは貪欲の象徴であり、無智の象徴です。
チベット仏教ではニワトリ(貪欲)、ヘビ(怒り)、ブタ(愚かさ)を人間の根本的な煩悩と説いています。
両親の食べていたものは、神に捧げる供物だったのです。
ところが母親は「いいわよそのうち来たらお金を払えば」と言い、
父親は「カードもお金も財布も持っているし」と言っています。
相手の都合も考えずに「お金さえ払えば良い」という考え方が現代文明を覆っているのです。
そのために「食べ物をブタのように食い散らかしたから」湯婆場にブタにされてしまったのです“

“従業員は、ナメクジ女(遊女)とカエル男(へつらう男)、
そしてそれを管理するハク=白龍(ヘビ)です。
どれも爬虫類特有の奇妙なベタベタ感がします。
だからこそ、カオナシが差し出す金塊に目が眩む人々(爬虫類)
ばかりなのです。“
(映画から学ぶ密教
http://mandalaya.com/eiga.html
の一部が宗教象徴学)


千尋を千と呼ぶ=数字で呼ばれる奴隷、
なのは判りましたが、
ハク=白=九十九(白寿は百引く一で九十九歳)なので数字だとは気付きませんでした。
あと、金(偽)を無尽蔵に出すカオナシって銀行の喩えでもあります。信用創造詐欺。木の葉をお金に見せる狸や狐のお話は現実そのもの

ついでに私のツイート。
“ポスターには主役が登場するもの。魔法使いが支配する性風俗が舞台の千と千尋の日本版ポスターの主役は千(数字=奴隷)、豚(家畜)、目屋(生あります)。電車の荷物にも生の目が入っています。名作ですね(皮肉)。ナルトにも目屋登場。”

価値を与えるマジック(魔術+呪術)
①鑑定。支配者が持つ資産=芸術品の価値を上げる。
②信用創造。持っていないお金(無)を貸し付け、返せと要求する、原罪と同じ原理の錬金術。
葉っぱをお金に変える狐(稲荷大社=和風キリスト教の神道詐欺師)に化鹿される話は真実
。”

蓄銭叙位令の目的は流通を促す為という説明は一面的。真の目的は財源=現物確保。
物々交換=等価交換が嫌で一方的に財産が欲しい朝廷は、金属片を貯めれば位が得られるようにする。等価交換ではないと理解していた人々にはあまり効果なし。朝廷も金融詐欺で財産を奪おうと画策
。”
(…)
イメージ・シンボル辞典で
ハロウィーン(万聖節の祭り)を調べると、
・10月31日で、ケルト人の旧暦の大晦日にあたる。
・暗闇の神々の力が最大になる日。
・秋に世界各地で行われる祖先崇拝の儀式とも関連する。
・夏の終わりを祝い、魔女や魔法使いは外に出て歩きまわる。
アイルランドでは、家畜の初仔を焼いて生贄に捧げる晩である。
・外に出ている悪霊に気づかれないように、(特に魔女の)扮装をして練り歩く。
(トリックオアトリート)
またケルト(アイルランド)か。
ケルトの象徴である鹿と一つ目と円環が好きな(鹿+目+まどか)魔法少女まどか☆マギカ
叛逆の物語で、ほむらは私はカボチャって言っていましたよね。
カボチャをくりぬくハロウィーンは魔女や悪魔やケルトがらみ
なのです。

手で調べると
ファーティマの手は護符であり、聖家族(親指はムハンマド、人差し指はファーティマを表す)を表す。また、アッラーの寛大さと親切、権力、宗教的戒律であるイスラムの5柱を表す。
ファーティマの手
=手+一つ目=“ともだち”のマーク(<○>)☝


勇者ロザリー
金髪金瞳の女勇者。22歳。
右目を髪の毛で隠している、つまり、左目だけを見せています(ホルスの眼+ファーティマの目)。
勇者大学卒業のエリート。右手にレイピア、左手にはピンク色の傘を持っています(戦闘中も持ったまま)。
パラソル(日傘)をイメージ・シンボル時点で調べると、
①太陽の輪
②世界軸
③神性または王位のエンブレム。
下の項目見ると(紙の辞書の利点)
パリの項目:
パリ人は自分を最高の神学者だと考えている。
(エラスムス『痴愚神礼讃』


ロザリーは、イギリスやフランスなどに存在する女性人名。一般的な綴りは"Rosalie"。ラテン語の「薔薇(Rosa)」に由来するイタリア人名"Rosalia"(ロザリア)、あるいはゲルマン語の「薔薇(Rose)」などが起源と考えられているらしい。
薔薇は秘密結社が好きなシンボル。鹿目まどかの武器
にもついていましたね。

グッテン・キスリング。45歳。
知る人ぞ知るオバケ研究の世界的権威、と自称する怪人サイエンティスト。
変人が真実を語るのはいつものこと。
変人=洗脳が薄いからこそ少数派
。”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-32.html
ソニー『ボクと魔王』。分類(強制設定。レッテル張り)と二元論による操作技術。誤訳による情報操作。時計と暦は時間による奴隷生活管理術。○の中に△(拝火教ナルトの暁、『恐怖の谷』ホームズ)も、△の中に○も魔法陣。


フランス人権宣言にはウロボロス(自分の尻尾をくわえる竜または蛇。昼と夜の二色で描かれることが多い)があります。
『イメージ・シンボル事典』で調べると、
「宇宙の統一」、
「一にして全」(エン・ト・パン。en to pan) 
②自己受精、両性具有
、豊穣
③原初のカオスと対照をなす秩序ある宇宙
④ウロボロスの丸い姿は、地球、閉鎖の原理(=錬金術の秘訣
二重性の神であるメルクリウス
(=マーキュリー=水銀、は錬金術でも重要。ヘルメスと同一視される。ヘルメス文書)

水銀(マーキュリー)で調べると
①錬金術では水銀=「両性具有の怪物」

②感情、想像力
無意識(水銀は流動的で動的)と女性
(硫黄は男性。水銀と硫黄でメルクリウスの杖をなす。この水銀と硫黄に塩を加えて基本三要素
となる)
④(液体ゆえに)無限の変容と浸透
水銀を表す錬金術上の名称は、道化、蛇、海、角燈(ランタン)、巡礼者、刀剣、イタチ、シカ、道化師帽など。
(蛇と剣。シカはケルトにもつながる)


蛇(錬金術)
①翼の生えた蛇=揮発性物質
②翼のない蛇=不揮発性物質
③磔にされた蛇=揮発性物質の固定、(プロメテウスの神話におけるような)昇華を表す
男性の中の女性的性格(アニマ)、メリクリウスの両性具有的性格

ヒーロービジネスアニメの『TIGER&BUNNY(タイガーアンドバニー)』の犯罪組織ウロボロスはどう見てもメイソン。
ウロボロスのマークは、ウロボロスの竜(蛇)に刺さっている十字剣。十字剣にはキリスト教や暴力やら正義(笑)やら多重の意味を持たせております。
より優れた力を持つ超能力者(NEXT。魔法使い)が人間を支配するべきだ、という選民思想を持っております。
ウロボロスのシンボルは様々なところに入り込んでいます。
最終話ラストで、濡れた1シュテルンドル紙幣(シュテルンはドイツ語で「星」)にウロボロスのマークが浮き出るシーンがあります。一ドル札のインド(またはイラン)の拝火壇+ピラミッド+一つ目マークですねわかります。

一ドル札のデザインは元々はインドの拝火壇(ペルシャでも似たことをしていたらしい。拝火教が国教だから当然)であり、ピラミッドは(確かにエジプト意識は強いが)おとりとしても機能していることがわかる記事は↓
【プロビデンスの目】初代ピラミッド野郎”フランシス・ホプキンソン
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-576.html
(…)
両性具有から女っぽい男の魔法使いがマギに出てきたことを思い出し少々調べました。
マギのティトス・アレキウスの「あれきうす」を「あきれうす(あきれす)」だと見間違えて調べたら、本当に元ネタがアキレスで文字を並び変えただけ疑惑がでてきました。

アキレウス(アキレス)
イメージ・シンボル辞典でアキレスを調べると
・アキレスとは「唇がない」という意味で、アキレスが授乳によらず、ケイロンとフェニックスによって育てられたことに由来する。
「一つの時代の終わり」という意味もある。
・太陽英雄の傷つき易い部分。
・アキレスはヘラクレスのように(傷つきやすい踵を守る為に)一時期、女に女装した。そのことから両性具有
を表す。
・太陽英雄としてアキレスはすぐに母(夜明けの乙女テティス)から別れて、雲(ケンタウロス+彼の女たちの衣服)に覆われた。
・アキレスの槍の錆には傷を癒す力があった。
・アキレスは俊足。しかし、カメに追いつけない(ゼノンの逆説)

つまりアキレスは、
①一つの時代の終わり=新たな時代の始まり=ニューエイジ。
②両性具有=錬金術における完全な神。
のシンボル
でもあるわけです。
(…)
“だから、陰謀論をやるには心理学の知識がないと簡単に絡めとられますよ?せめてユングやフロイトあたりをさらっと学習したほうがいいかも>陰謀論こそが心理操作のきわみみたいな部分あるの”

特にユング心理学の集合的無意識、潜在意識はみんなつながってるという話ですが、この知識を日本の陰謀論では散々悪用されて集団の塊として洗脳されてる。集団にならないと反原発でも世間を動かせないイメージですが、集団になるとダメ!操りやすくなる。”

“支配者と一般人の智慧の格差をなくせば大抵の事はよくなるかも?よくスピ系の言説に意識が現実を規定するとあるけど、あれは潜在意識が現実を規定するといったが正しいかな?潜在意識に苦しみがあると現実歪んじゃうの。”

“古代の叡智も確かにあるんですけど、やつらの秘密の力の根源って当たり前だと思ってる事の構造にあったりすると思いますよ?たとえば潜在意識で自分を信じてないと他人も信用できないみたいな、潜在意識ってすごく大事!”

“このクソな格差社会の原因の根っこの部分は金ばかりじゃねえ、本質的な意味で「智慧」と現実を規定する「意識」の格差社会なんだよ。それなりにいい暮らししてる人の所には、現実をコントロールする(それこそ俺からしたら魔術の一種な)智慧があるんだよ。それが継承されていってる。”

“本物の学問は無条件に面白い。だからガキどもがスマホやゲームにハマって勉強しないのって、強要されてる勉強が本物の学問じゃないからじゃないかな?特に日本史がつまらないのは全部嘘ばっかりだから。正しい学校や教師のやり方としてガキどもがスマホなんてつまらないと投げてしまうくらいないとダメ”

“多くの人は、ほしい物が目の前にありながら取れないように自己洗脳をかけるようにされてるってわかった。幼児期の体験とかそういった事で、家畜になるように仕向けられてる。そして自尊心を破壊する教育で自殺にまで追い込まれる。ああ、心理学ってマジ恐ろしい。”

以上、魔法使いハンターねこたさんより。


陰謀論こそが心理操作のきわみ
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-29.html
象徴やイメージで潜在意識に力を送り込み外部の現実も変える技術
=魔法(魔術)

と占星術こそ支配者の技術で胡散臭い迷信だと喧伝して隠す
「三千世界」と「(大)立て替え」は大本教の宣伝。
フランス人権宣言とTIGER&BUNNYのウロボロスは錬金術重視のメーソンの象徴。
ウィキはスコットランド・仏メイソン系なのを意識して英語記事も読むべき。
『魔法入門』まとめ。

””子供に真実多数のアニメ・漫画・ゲーム等で魔法のシンボル等に慣れさせつつ刷り込む。同時に狂育で創造力と才能を潰す。大学から消費者に改造しつつ(子供の娯楽を馬鹿にさせて真実を隠す)刷り込んだ魔法のシンボル等で嘘多数の因囚向け娯楽に誘導。
(…)
魔導書マジックマスター
マジックマスターの表紙は菱形◇の中に○。勿論、一つ目を縦にしたものです。
一応言っておきますが、一つ目とピラミッドは、○やら◇やら△やら「6」「9」(まつげつき)やら簡単に組み込めるからよく使われます。入れやすいから使われるのであって、いれにくい複雑なものなんて使う訳ないでしょ?
毎日新聞のマークが一つ目なのは有名ですが、意外なところにも○や三角形が隠れております。
武田薬品タケダのマークは「○の中に△」。
メーソンで有名なコナン・ドイルの『恐怖の谷』に登場する秘密結社員(間違いなくメーソンがモデル)は腕に「○の中に△」のマーク。

で、渦巻き模様を強調。これはマルタやブリテンにもある、大地母神のシンボルであろうことは前述したとおりだってばよ。
マジックマスターで使う魔法にはルーンを使います。ルーン一覧ってもろに書いてあります。
(…)
「 女神一覧(恐らく全て同じ女神)
イシュタル(バビロニアではイナンナ)
エジプトではイシス
ローマではミネルヴァやダイアナやヴィーナス
アナトリアではキュベレ(キュベレの話はイシスに酷似)
エジプトではイシス(アセト)やヌイト
ギリシアではアテナやアフロディテ、メドゥーサ
アラビア半島ではアラート
キリスト教ではマリア
イスラムでは、ムハンマドの娘のファティマ(という説)


ヌイトはエジプト神話で天と地を支える女神(ギリシア神話のアトラス的存在)。
アセト(イシス)はエジプトの豊穣(農耕や性交など)、魔法(魔術)の女神であり、死者の守護女神でもあります。
太陽神ホルスの母でもあり、キリスト教のマリア信仰の元ネタです。実際、発掘で出土している像に、ヨーロッパの教会にあるような幼子のイエスを抱くマリアの絵みたいに、幼いホルスに乳をあげるイシスの像
があります。完全に一致のコラ画像がすでにあるかもね。
アテナのシンボルはフクロウであり、アテナはローマ神話ではミネルヴァです。アテナは元はモロッコなどの北アフリカあたりの女神らしいです。
メドゥーサとアテナが同じなのはおかしいって?
アテナの導きでペルセウス(ペルシャから来たミトラかも。拝火教は蛇が嫌い)がメドゥーサの首を切り落として、天馬ペガサスが生まれ、首はアテナの盾アイギスを飾った、という話は有名ですよね。
ギリシア神話にメドゥーサっていう頭が蛇の魔物がいますけど、あの魔物は、アテナと競合して魔物に貶められた地母神でもあるらしい。地母神といえばフリメが大好きな女神であり、メドゥーサの図像は護符として使われますし、メドゥーサの石化させる眼は、あのおめめの意味に込められているはずです。
トルコやギリシアで目玉が魔よけのお守りや、、古代ギリシアの船体の眼のマークもメドューサ意識が含まれているはずです。
メドゥーサ神話は、蛇を敵とするアテナ側と蛇を崇拝するメドゥーサ側との戦争であり、負けたせいで蛇の頭のメドゥーサは魔物に貶められたのでしょう。
西ヨーロッパ(キリスト教)は蛇が嫌いなんですが、ゾロアスター教から来ているのでしょう。
ところが、古代の地中海・オリエント世界ではアテナやメドゥーサのように、女神は蛇に関係があり、知識や生命のシンボルとなっております。
で、男尊女卑のユダヤ教、キリスト教は女神教と対立しているわけです。
実は、智慧の神は女神(それも蛇がらみ)率が高いです。アテナ、メドゥーサ、ローマのミネルヴァ、エジプトのイシス、インドのサラヴァスティー(仏教の弁財天)ですね。
ちなみにアート(学芸、芸術)の神々のムーサも9人の女神です。
智恵の神・蛇・フクロウ・眼・女神・母権的・豊穣(農耕社会)は繋がっております。
そういえば、フランスのヌフスール(九美女神)(九人姉妹ナインシスターズ)というメーソンロッジ
があるな。

賢者アリシアがりりしい表情をして杖をもっている時の服の胸にあるマークが▽の真ん中に楕円の石。△の中に○の象徴。ホルスの目とは限りません。名前がアリーなのだからファーティマの手の一つ目でしょう。
おめめは実は色々あって、
①魔法陣でよく使われる安全の円と、その円の外側に描かれる魔法の三角形
②ピラミッド+ホルスの目(ダミー臭い)
③ファーティマの手(“ともだち”のマーク。手+一つ目)
④智慧の女神のマーク
⑤目玉の魔よけ
⑥インド・イランの拝火壇
などなど実は一つ目=ピラミッドとつなげてはいけないのですよ。錬金術(科学)において大変重要なヘルメス文書のように、エジプトも勿論大変重要なのですが、ピラミッドと一つ目のつながりを結び付ける言説がやたら目立ちますので、エジプト「だけ」に注目させる陽動作戦だと考えております。エジプトはユダヤ人(キリスト教のでっち上げ民族。ユダヤ教とユダヤ人はごっちゃにしてはいけません)がらみで嘘をばらまけますから。
特にエジプトが好きなのが、メーソン本流のフランス系グラントリアンとスコットランド系メーソン。メーソンの本流はイングランドではありません。メーソンの本流がWASP至上主義の英米なわけないでしょうが。
なにせ、キリスト教の異教迫害と科学(魔法、魔術、錬金術)弾圧に対抗してできたのがメーソン(又は名前不明の結社)であり、聖書に対抗して百科事典や百科全書(フランスとスコットランド系)という科学と異教の本
を作ったのですから。

おめめのマークが面白いところはおめめのマークは常に「女神や女性」に関係があるんだよなぁ。メドゥーサはよく知られてるけど、アテナのフクロウの目はフリメのおめめのマークのように輝いてる。またイスラムではムハンマドの娘のファティマに関係があるんだよなぁ。”
“ギリシャでは正教会が目玉のお守りを黙認というか、トルコやギリシャの文化の一部になってる。古代ギリシアの船にはおめめのマークがでかでかと描かれてる事はあまり知られてない。アラブとかでは邪視という習慣があって裏山鹿という念がこもってる視線で見られたら呪われるという迷信がある”
“おめめのマークは実は悪魔のシンボルなんかじゃない。なんというか地中海・オリエントの風習なんだよね。昔からおめめのマークって魔除けだったんだよねー。トルコにはナザールボンジューウという目玉のお守りがある。これは何もトルコだけでなく、モロッコとかエジプト、更にはギリシャにまである


インド・イランの拝火壇については、
”第一、あのシンボルのデザイナーが元ネタにしたのはアメリカ建国前の大陸紙幣をデザインしたホプキンソンの考案した図柄だ。その時のホプキンソンのデザインした図はインド/イランの拝火壇そのものだ。
というのも密教の胎蔵曼荼羅にフリーメイソンのピラミッド・アイにそっくりな図が描かれている。一切偏智印と呼ばれるこの図柄は元々、釈迦に弟子入りする前のカッサパ兄弟の祀っていたアグニ教の拝火壇が元だ
。”
フリーメイソンについて間違った解説をしている本が出たので注意!
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-620.html
(アマゾンのレビューにも律儀に書いています。さすが大帝)

”大陸紙幣の40ドル札である。

下の方が画像がくっきりしているが、上の本物をコピーした
偽札だ。

これが”プロビデンスの目”の一番最初の元ネタだそうだ。

ところがこれピラミッドに見えます?
ちなみにこれがエジプトのピラミッド。
(ピラミッドの画像)
どうみてもホプキンソンの図柄はピラミッドではない。

元ネタ絶対これだろう。
(拝火壇の画像)
これ、インドのバラモン教のアグニ・ホートラという儀式ね。
イラン(ペルシア)でも似た様な儀式があったらしい。
ちなみにホプキンソンの図のこの火壇を囲む八角の星は
古代バビロニアの女神イシュタルのシンボルらしい。
(シュメールのイナンナ女神)
つまりアメリカという国家はキリスト教国家ではない。
アメリカの建国の父達が信仰しているのは明らかに
イラン系の古代宗教(アーリア人の宗教)なのだ。

ところでイランの古代宗教で有名なのはゾロアスター教
である。これも”火”を拝む事で有名だ。

しかし、このフリーメイソン人脈の”イラン”に対する
執拗なこだわりは一体なんなのだろうか?”
【プロビデンスの目】初代ピラミッド野郎”フランシス・ホプキンソン

http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-576.html
こちらは画像が大事ですので直接お読みくださいお願いします。
(…)
アル・サーメンのシンボルも『□』と『◇』を重ねたオクタグラム(八芒星)。
二つの正方形はそれぞれ天と地の意味で重ねあわせることで天地を支配するという意味があるらしい
です。
アル・サーメンのシンボルの意味
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-586.html
(…)
∴はメーソンでは「三点兄弟」と言うそうです。
The Lion of Boaz-Jachin and Jachin-Boaz
http://www.asyura2.com/sora/bd6/msg/104.html
” フリーメーソンの使う暗号めいたものに、F∴、M∴といったものがある。これはフリーメーソンという文字通りの意味だが、右下に(∴)点が三つついているのに注目して欲しい。よく「三点兄弟」といわれるのはこの為である。この三点(∴)は、上の点は、合(Synthese)であり、下の左の点は、正(these)であり、下の右の点は反(Antithese)を意味し全体で弁証法を意味している。”

ここで
アト・ド・フリース (著) 『イメージ・シンボル事典』 (大修館書店)が登場する。
これは気が狂っていない(虚航船団のパロディ)。
アブラカダブラってヘブライ語の abeq ad habra〔=雷石を投げて死に至らしめよ〕から来ていて、普通、逆三角形のように書かれる
など詳しくて実に便利なのですが、東洋のものは載っておりませんので注意
ブタで調べると、
・(聖獣)豊穣の神々へ捧げられる。とりわけ太女神と結び付けられたり同一視されたりする。
・ケルトの太陽神ラグは治療の効能のあるブタ皮を持ち、水をぶどう酒に変える奇跡(豊穣神の特性)を行った。
(キリスト教はバッカス以外からもパクッただろ)
・キリスト教ではブタは、特に黒豚の場合、サタン(魔王)をあらわす。

・ブタの島(ピッグ・アイランド)はケルト神話の舞台のアイルランドをさす。トゥアーザ・デ・ダナーン(トゥアハ・デ・ダナン。アイルランドの神族「女神ダナの息子達」)が魔法の霧を起こしたため、攻め寄せてきたミレジェン人にはアイルランドの陸地がブタの背中のように見えたことから来ている。

・(民間伝承)太女神とその子孫である魔女たちに関連することから、タブーを生んだ。
・魔女は風や嵐を司るので海の漁師たちにとって「ブタ」という言葉はタブーだった。

また、コウモリについて調べると、
・高度な魔力を持ち、黒魔術、魔法、闇に関連がある。
・千年も生きることから長寿を表し、イソップでは叡智を表す。

・(錬金術)ドラゴンと両性具有的なものに関連がある。
(両性具有の神こそが完全であり、聖書の父なる神は女性の要素がないので不完全だという思想がある。
ヘリオポリス系の創世神話における創世神アトゥムは両性具有なので、自らの力で最初の神々、シュウとテフヌトを誕生させる。この男にして女である神こそが完全。生贄をささげて強い怪物を召喚したり、三枚の紙のカードが①ラー+竜②オシリス+竜③オベリスク+巨人である、遊戯王の主人公のモデル。
アトゥム Atum(仏語:Atoum)
http://www.moonover.jp/bekkan/god/atum.htm)

ドラクエではコウモリっぽいドラキー、メイジドラキー(メイジは魔法使い、学者)が敵として登場しております。

また、シカについて調べると、
シカの角は太陽の光線を象徴する。
(ミトラのように頭から光がさしていることから太陽神とも重なりますね)
・新たに枝角を生やして若返ると考えられ、長寿の象徴。
・魂の象徴。

縁起がいいですね!
で、シカがやたら出てくるのが、魔法少女まどか☆マギカ
です。

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-27.html
『二ノ国』を主に考察。『二ノ国』、
『とある魔術の禁書目録』+『ドラクエ』(本記事内では主に『ドラゴンクエスト1・2・3、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』を考察)、
マギ、もののけ姫、ハリー・ポッター、ドルアーガの塔(ドルイド+ナーガ〔龍〕)、
まどか☆マギカ(鹿目まどか。鹿〔ケルト神話。恐らくアーリア系〕+一つ目+円〔輪廻〕)は恐らくみな同じ結社陣営製品。
ナルト、ワンピース、ドラゴンボール、マスターキートン、フェイトシリーズ、ハンターハンター、エヴァンゲリオンも恐らく。
【保存非推奨】でも保存される可能性は否定できない。陰謀論系で検索して大量ヒットするものは高確率で囮。
キリスト教に見えないキリスト教思想が大量ヒット。円に内接する三角形の魔法陣が多いのは密教大好きだから。
『マギ』の分析(『ナルト』『Fateシリーズ』『シャーロック・ホームズ』731部隊タケダ)。
1ドル札の△一つ目はピラミッドではなく、ファーティマの手+曼荼羅の卍+炎。
「見えない世界」を信じさせつつ、ロゴス(言葉と論理と理性)と物質を否定させるスピリチュアルは、犯罪捜査=陰謀論を妨害してくるので注意。
 「この科学いいね」と女神言ったから五月一日はイルミ記念日。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-81.html
(…)

そういえば、マンダラはサンスクリット語で「円」。
円環の理、鹿目「まどか=円」
……
曼荼羅、曼陀羅、密教……



帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya
密儀宗教では、女性は常に密儀の開陳者なのだ。参入するのは男。知恵の女神アテーナーのように男性に霊感を与えたり、イルミちゃんのご本尊だが、(シンボルはフクロウだけんど)イシス様のよーに賢い母親が子供を王位につけるような話は女子教育の参考になるだろう。男性に知恵を与えるのは女神な。

ほうほう、緑色というのは、ゾロアスター教で聖なる色であり、エジプトの宗教でもホルスの色であり、イスラームでも聖なる色である。緑色のピラミッドにおめめというのは、エジプト派(グラントリアン)vsインド・イラン系(アーリア)の統合のシンボルであるのか。まさに万教帰一に相応しい色だな。

引用「イシスは「エメラルドの貴婦人」と呼ばれる。オシリスの色でもある。 ・アテナ(知恵)は、胸当てにエメラルドをつけていることが多く、緑色の眼をして、緑色の服を着ている。クレタ島の森の中で、蛇とオリーブを手にし、豊穣の保護神
とされる。」ねここねこさんのブログより

うーん、こういった緑のシンボルカラーの意味とか、説明してもあんまりウケないんだよね。そうそう、緑でピラミッドといえば、エメラルド・タブレットを連想するな。

イルミちゃんの本当の名前は「みつばち団」ですよ。なにそれみなしごハッチ。フリーメイソンも女王蜂の元に集うと喩えられますね。みつばちの一生で集めるティースプーン一杯分の蜜は秘密の知識のシンボル


イルミちゃんゆるキャラ解説 その1
・緑のピラミッド(ワンワールドカラー。グラントリアンとアングロサクソン系メーソンの統合)
・蛇くん(レプティリアン。竜座のα星。天帝信仰)
・片眼の赤ちゃん(ホルス君)
・フクロウ君(イルミの象徴)
pic.twitter.com/DUXsvYKSlU

イルミちゃんゆるキャラ解説 その2
・太陽さん(ミトラス、ソル・インヴィクトス、ドルイド教の太陽崇拝など全て)
・バフォメットちゃん(智慧の頭という意味。レヴィのバフォメットは両性具有のシンボル)
・豚ちゃん(セト神のシンボル)
pic.twitter.com/Y6oq7WRebV

終)こうやって考えてみると、アニメには、大人の本を沢山読み漁らないとわからない世界の真実が極めてシンプルに象徴を使って開示されてるのでパネェなと思いますた。

俺は魔道師マニアで、魔術アニメのヤバさをちゃんと指摘するぜ?遊戯王とか魔術アニメじゃないけど、妖怪ウォッチとかのヤバさを指摘してやる。ただ、非魔導士のオカルティストじゃないんで、細部の技術的問題についてはあまり期待しないでくれ。でもな、耶蘇教信者は自分の信仰を叩けるかや?

妖怪ウォッチあれ、ダイレクトに大本教の心霊主義ですよ?w

妖怪ウォッチのニャンのジバニャンは元は生きてて、死霊ですよ。自縛霊だからジバニャン。つまり妖怪ウォッチはネクロマンシーの心霊主義の話なんです。その辺の構造を見抜くことが大事ですね。

ネクロマンシーというのは死霊術です。死んだ霊を使って予言やその他色々な事をさせる
んですね。ネクロマンサーで検索してください。

妖怪ウォッチのニャンシリーズのジバニャンは自縛霊だからジバニャン。元は女の子が買っていた猫で、アカマルという名前だったけど、交通事故で死んで成仏できずにいたところを主人公に遭遇。http://matome.naver.jp/odai/2140647708493608201 … pic.twitter.com/oLmsx7OWfl

妖怪ウォッチというのは、基本的に死霊を使ってポケモンバトルする話だな。これってファンタジーの悪の魔道師が死霊を召喚して何かやるのと変わらないよ?だから妖怪ウォッチを通さないと妖怪見えないでしょ?妖怪メダルで妖怪を召喚って大本系が好きそうな心霊術だな。それを子供にやらせるか?

主人公に近い?ジバニャンは交通事故で不成仏霊になった猫ちゃんですね。自縛霊だからジバニャン。流石大本教です。。。あとデュエルマスターズもミールやらソル・インヴィクトスをほのめかす作品が pic.twitter.com/8gpnTGGocs

まあ、遊戯王のカードなんかもヤバくて、あれは魔術師同士の戦いってことになってる設定では。7レベルのモンスターを召喚する時に生贄を三体捧げるんだけど、この生贄の血というのが霊をこの世界に顕現させるのに何故かいいんだよね。クロウリーもそう言ってたような気がする。なければ香で代用。

耶蘇教の儀式で、司祭が釣り香炉振るでしょ?正教会の儀式では。仏壇で線香を上げるのもそういう意味。血がなければ香で代用。まあ、このあたりの技術的な話は基本的に書きたくないのだけど、血っていうのはとにかく神秘の物質で、うちの親の宗教は霊の顕現が血
だと言うくらい秘密がある。

血と辰砂から採れる水銀はとにかく神秘の物質。そこは理解してね?その代用品が香。特に白檀と乳香はベスト。古代エジプトで、乳香が金と同じ重さで取引されてたのはそういう意味があるんです。儀式の必須アイテム。古代エジプト、神官が魔道師つー国ですからね?www

香とか、動物の血と辰砂を混ぜたマガイモンで術をかけるより、生贄がベストだよねーというイルミちゃんの発想が遊戯王に現れてて、子供はそのガチヤバイ系の魔術儀式(古代の地中海・オリエント世界の宗教儀式でもある)のおままごとをやってるというのが遊戯王の正体
なんですよ!奥さん。

あともうひとつな、生贄の代用品があって、象徴ってものがある。これは、イアンブリコスのテウルギア(神聖魔術)の独特の考えかも知れないんですけど、生贄を象徴で代行するんです。そういうテウルギアの理論で言ったら、条件さえ揃えば子供のおままごとでも術はかかる可能性あるけど形式だけじゃ無理

なので本物の生贄は使わなくても、象徴化された生贄でOKな時がある。その場合は強烈な念が必要だが。おっと、それはあなたの街にもあるぞ?気が付いたかな?

それは十字架だ。特にカトリックの教会は十字架にかけられたイエスを象徴として拝んでる。この行為がどれだけ魔術的だとおもう?人の罪を購うために、生贄になった救世主を拝んでそれを象徴化することが、哲学的にも実際の魔術儀式としても完璧な生贄の代用品の生贄ど真ん中の象徴ではないか?

ズバリ言おう、カトリックは魔術そのものだって。魔女や異端者を燃やす火刑だってあれは古代ユダヤのホロコーストだ。象徴文化というものは、基本的にカトリックのキリスト教美術で発展した。

ただこの象徴の生贄君は、実際のリアルな生贄を求めるんだよね。戦争とか経済的搾取とか奴隷制度とかな。象徴ってものは恐ろしいと思わないか?


プロテスタントの十字架は、偶像崇拝を避けるために基本的に磔刑イエス像はついてない。でもプロテスタントの十字架でも同じ意味があるんだ。そこかしこに十字架が溢れる恐ろしさをあなたは認識してる?まあ、十字架は耶蘇教以前からあり、太陽神のシンボルなんだけどね。

そうだな、モーセの職業を思い出せるかな?羊飼いだ。イエスの喩えは?羊飼いだ。彷徨える子羊って信者を喩えるのに使われるよな?で、ファラオの持つ杖も羊飼いだ。この共通点を見て偶然と思わないか?魔力の象徴たるヘカを持つのがアブラハムの宗教の開祖っておかしいだろ?魔術否定してんのに。

つまりな、彷徨える子羊とか羊ってのは欧米ではカモの象徴なん?ラムって凄い美味いぞ?一日だけハラルの店でバイトして美味さがわかった。つまりな、彷徨える子羊ってのは、ヌッポンの感覚で言えば「彷徨えるクロマグロ」なんだよ?つまりおまいら餌だってことだ。わかったか?お馬鹿アイドルさんよ?

こいつの言葉は絶対な世界は現代でも当たり前ですが、魔術そのものなんですね。船長の言われる哲学=帝王学が戦争を起こすってたんぽぽさんと同じ話をされててビックリしました。十字架という生贄の象徴もリアルに生贄を求めてるというわけですね。

その象徴化されたり、擬人化された神より更に民衆を搾取するように作られたのが抽象的な思考から生まれた一神教なのですね。象徴は民衆のエネルギーホイホイでもありますね。

統一教会ならぬそーめん仕込みの霊感商法は悪質ですね。これはダビデの星のみならず、アイドルとか野球もそうで、象徴に入れ込めば入れ込むほど人生吸いとられてボロボロになるから偶像崇拝はいけないっと。

宗教や偶像崇拝がニャンゲンのエネルギーを吸い上げる装置
なら、魔道師ネタのファンタジーで吸い上げられたエネルギーは半端ではないな。人生を凄く無駄にした。ただ、ニャンゲンは象徴によってしか心のエネルギーが充電できないのならば、象徴のために奴隷労働するより安いラノベのほうがマシかなと。

世の中は象徴のために奴隷労働してる人が多すぎるよな。だからおいらはそれを見て、それに多額の金を吸い上げられるなら安いラノベやファンタジー小説を素材にして自分用の神話をでっち上げてそれで心に電流を流してエネルギーチャージすれば良いと思ってたんだよな。ちとやり過ぎてヤキが回ったようだ

トリスケリオン?それっておいしいの?欧州貴族がやたらと紋章学とかシンボルにこだわるのは、耶蘇教に潰された自らの文化をシンボルで守るため?よーわからん。

おっとそういえば、アニメ「マギ」のマグノシュタットのシンボルのデザインの元はファティマの手だけど、これがよく見つかる地域はどこだ?それはエジプトや北アフリカだ!ここは元々はファーティマ朝というイスラームのイルミちゃん王朝があったとこ。だからプラトニズムな国家のシンボルなわけね。

イスラームのシーア派から派生したファーティマ朝のイスマーイール派は極めて革命主義的なイルミナティ教義を持ってたの。このイスラームの理性主義王朝のシンボルがプラトニズム大好きなマグノシュタットのシンボルとして採用されてるわけ。で、同じくプラトニズム大好きなホメイニ師なモガメット学長


アニメ「マギ マグノシュタット篇」視聴ちう~。街中でティトス君がマグノシュタットの国政について話してる時、魔導士かそうでないかで国民等級がわかれてるという話があってる時に、この薔薇がクローズアップ。つまりブルーブラッドだよなこれ? pic.twitter.com/7m9NjpuKkl

アニメ「マギ マグノシュタット篇」を見てるけど、エジプシャンなスフィントス君(左端)って、地味にワンワールドカラーでコブラ巻いてるよね?地味にファラオのシンボルだ。スフィントス君の名前の由来はシェプス・アンクだから、治療魔法得意なのか pic.twitter.com/FQfZQkwBQU

スフィントス君のコブラは、ギリシアの治療の神のアスクレピオス(後にイムホテップと習合)の杖を思い出すなぁ。この作品は露骨にアーリア思想が強いけど、ちゃんとグラントリアン(エジプト派)に対して配慮も忘れないってとこが、秘密結社のフラタニティーである仁義ってとこだろうよ?(笑)

この女の先生が嵌めてる片目だけのエメラルド色の眼鏡は、スティグマーナ(エメラルド)と言うんだ。イラン系宗教と関係が深い暴君ネロはスティグマーナで剣闘士の試合を見てた。おっと、ここまで考えるとやり過ぎかね?緑=世界統一政府だけどね。 pic.twitter.com/soZP5HPtDQ

魔法使いの帽子をかぶって片手にワインを持ってるモガメット学長先生は、あっらミトラス教の司祭のパテル(父)ですか?(笑)この前、フランツ・キュモンの「ミトラの密儀」読んでたら、そのまんまの姿で笑ってしまったお。イラン系宗教好きだな~。 pic.twitter.com/Da76QXnSkr

アニメ「マギ」視聴完了。最後にファティーマの眼がどアップとかどんだけイルミちゃんやねん!(笑)露骨にアーリア思想丸出しのアニメでした(笑) pic.twitter.com/eP9SiOsR7E

俺こういうの見たら、まぢでプラトン先生刺したいと思うぞ?あいにく、プラトン先生は妖怪ウォッチのジバニャンみたいにお亡くなりになってるので刺せないのが悔しいけどなhttp://matome.naver.jp/odai/2140647708493608201 …プラトン先生の優生学が日本の大人たちに憑依しようとしてる亡国のイージスだ。

よし、真面目なハリポタの実況をするぞ?今朝、ハリー・ポッターは今朝、バラモン教などのアーリアン思想の話だと説明したよね?それなら、グノーシスの起源となる霊肉二元論だという構造がわかれば、屋敷のしもべ養成や幽霊だって、見えない世界の存在を操る=魔法使いというフレームが見えてくるぜ?

で、ハリポタの登場人物は服装がクラシックで19世紀のような感じだ。おっと19世紀といったら、スピリチュアルの原型が流行った時代だ。このあたりは神智学のルーツのブラバッキー夫人やらスウェーデンボルグに繋がる話だな。ハリポタもスピリチュアルの思想が入ってるという事だ。

フェニックスが出てるな。死と再生、やつらのシンボルだ。やっぱし、魔法使い研究に対しては宗教学の知識が何よりも重要なのは変わらないな。宗教学がわかれば魔法使いの世界がわかるってことだ。魔法族が「血」を重視するのは、マヌ法典やゾロアスター教の最大の善行は近親婚
という所が元ネタかな?

ドラコ・マルフォイが金髪碧眼なのは今の英女王はバイキングの子孫で、バイキングが竜座のα星(北極星)を信仰してたから。あと、金髪碧眼の白人の場合は混血するといなくなるので、マヌ法典やゾロアスター教の近親婚を善行とする思想は、英国貴族にはちょうどいいツールって事かもな?

ヴォルデモートが自分の事を過去・現在・未来(仏教用語で三世)と言ってたけど、これウパニシャッドやインドの世界観なのかね?またアーリア(笑)思想かよ?しかしまあ、ウィリアム王子の33歳の誕生日に合わせて4週連続でハリー・ポッター祭り
やってるんだろうな。安部壷蔵どこまで英米の犬やねん

ウィリアム王子はワンワールドの王という説がネットに流れてたな。エヴァンゲリオンで使徒が襲来する日が2015年6月22日だ。英国時間だと夏至の日にあたる。エジプトでイシス様の星であるシリウスが昇って太陽と交錯するのがこの日とされてる。それがエジプトの新年でありホルス君が生まれた日だ

おっと、ウィリアム王子の誕生日はわざわざホルス君の誕生にあわせてでっち上げられた可能性が高いな(笑)古代から偉い人は常に占星術的に意味のある誕生日を持つとされてるからね
。ウィリアム王子の33歳の誕生日に合わせて使徒襲来とかネタ過ぎるだろ?まあ、あの王子、顔見た限りメイソンだぞ?

おっと、ハリー・ポッターに届いた手紙の色がエメラルドグリーン。わんわんワールド(世界統一政府)カラーだ。で、イルミちゃんシンボルに囲まれてるダーズリー家

ハリー・ポッターって、これ見よがしにシンボルは見せつけないけど、数字はちゃんと素数のイルミナンバーだ。ホグワーツに入学するのが「11歳」、学校行きの列車が「9と4分の3番線(3.11の46分に近いな?)」だし、シリウス・ブラックが殺した(とされる)数は13人だ。地味に怖いっす


丸にタウ十字がアンク。生命のシンボルだ。トヨタのマークがタウ十字だったなんて!トヨタの車にアイシスがあるのは伊達じゃないぞ?イスラム国じゃないぞ。泣く子も黙るイシス様だぞ。毎晩子供を火の中でローストしちゃうんだ。イシス様はオシリスをその得意の魔術で蘇らせたんだ!

神智学協会のシンボルってさ、何の紅卍?(笑)ブラバッキー夫人「自民党をぶっ壊す!ならぬキリスト教をぶっ壊す!」出口王仁三郎「仏教を滅ぼすぜぇ!」だもん。マニ三戦術の宗教破壊工作
が大好きなよーで(笑) pic.twitter.com/MTtNkBLdX2

やはり新左翼ですか。忍者パットリ君も大本臭い日油同祖論言ってたので紐付きでしょうね。まあシャンティ・フーラはマニさん戦術ど真ん中の神智学協会です。神智学協会のシンボルあっら、紅卍(笑) pic.twitter.com/e63p1WMDQY

ダン・ブラウンの「ロスト・シンボル」もそうなんだけど、ふりーそーめんって階級が上に行けば行くほど多額の金をせびられる話が出てくるよな。これってフェイド大帝が言うように半島カルトと同じシステムなんだよな。そーめんってやっぱりシステムが本体か。

東洋系の記憶術と違って西洋系の記憶術は、思考と結びついてることが最大の違いかな?西洋では、シンボルやイコンで観想しながら、思考を巡らせて理詰め思考の末に閃いたりする。恐らくこの直感的叡智のことをソフィアと言うんだろうね。記憶術マスターするだけで天才になれるなら、近代教育はゴミやん

フォトリーディングに関しては、西洋のものはシンボルなどの象徴を使い、そのキーワードで連想ゲームのように記憶する記憶術と(アニメ、ゲーム好きはこちらが使いやすい)、仏教やヨーガのように瞑想で心の動きを静止させて意識を拡大?させて記憶する記憶術がある。詳しくは観想か瞑想の違い
だけどね

「さらどぅ」さ、陰謀論者のくせに何でアイコンがイルミのシンボルのフクロウなんですかねぇ?おっと、ハリー・ポッターのヘドウィグと同じフクロウとはね? ヘーゲルの有名な言葉「ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ」というのがあるね?ペッコと同じで怪しいなぁ~


魔王の最強の呪文はヨーガのマントラである「アハム・ブラフマスミ」ではないだろうか?私はブラフマンである。つまり私は世界であるという梵我一如思想。結局、ウパニシャッドになっちゃうんだよなー究極の所では。私はヒマラヤに引きこもる行者よりも塔にひきこもる魔王の方のアプローチが好きだ。

魔王が見てるのは「私とセカイ」だけ。他は目に入ってない究極のセカイ系。世界を無に帰そうとする極大な思考をするのもセカイ系思考を突き詰めてるから。「最初は何もない世界だった」と形而上学にあるようにこれこそが万物の始源でもあるわけだから。外に向かって極大化させる思考が西洋哲学かも?

魔王のセカイ系思考は外に向かって行くのを極大化する思考でこれは西洋哲学なの。それとは逆に内に向かって極大化して世界と繋がるのが恐らくヨーガなどの東洋哲学の特徴かと。つまり超外向きか超内向きかの違いだよ。目指してるところは同じかも知れないが、これはあまりに抽象化された言い方だ。

魔王は「塔」に引きこもってるけど、これは天を目指す智慧のシンボルだ。耶蘇教では神に届く智慧を目指したバベルみたいなネガティブなものだが。魔王が哲学者なら抽象的な概念を極めるわけだから、そこを目指すとどうしても大地から離れた思考になるわなと。そういう性質を学問は持っている


ねこたさんは意味もわかってないのに抽象的な言い方をするのは大嫌いだ!抽象的な概念は全て具体的なものに変換できないと意味を噛みしめるほど理解してるとはいえないからだ。だからよく西洋科学と仏教は目指してるところは同じとかスピ系に我田引水されるけど、そこに至るプロセスが大事だと考える。

哲学って演繹された「結果」を盲信するためにあるんじゃないよ?そこに至るまでのプロセスが大事なんだ。超難解なダンジョンをマッピングして誰でも攻略できる道を示す事が大事なんだよ。後世に攻略する人が同じ道を通った時に指針になることが大事なんだ。そこを通る事で後の人も経験値を獲得できる


うーんぬこたさんが望むのは、スピ系の思考の枠に囚われずに見えない世界の事を語る事なんだ。でも、スピる能力がない非魔道師のぬこたさんは、とりあえず見えない世界については「仮説」というスタンスで語る事にしてる。現実に根ざしてない形而上学はいくらでもテラ盛りにして思考誘導に使えるからね

おいらは、スピ系のように見える世界と見えない世界を対立させて語るのはちょっと苦手ね。アチラ側の悪の魔道師は、魔法を使うと同時に哲学者でもあってとことん理詰めでモノを考えてる。アチラ側が論理と非論理を矛盾させずに統合させて使えるって事はうちらだってそれ不可能じゃないって事
でしょ?

西洋哲学(科学)と東洋思想の違いってこの世界に対するスタンスというか見方だと思う。大帝のパクリだけど、西洋の科学は見えないものは存在しないって感じで(中世の神学者がルーツらしいが)観測器具を発達させた。東洋では、見えないけど感じるものは存在するって形で理論を整えた。

この西洋と東洋の違いって物事に対するスタンスの違いなんだよ?で、もし理詰め思考をキープしつつ、見える世界と見えない世界を統合する理論があったらスピ系と喧嘩せずに済むわけ(でも今の実証主義も捨てたくないが)で、この論理と非論理の合流点を見極める場合は、現実に根ざしてるか否かだと思う

あくまでも見えない世界の法則性は見える世界と合致した上で現実的に作用するという姿勢ね。悪の魔道師が極端な現実主義者なのもそのあたりの思考が影響してるかも?悪の魔道師は、ストア派のような自然法則を神とする思想がある。その自然法則の現実的な作用点が魔術として機能すると思うのだにゃ。

悪の魔道師がスピ系と違って絶対的に優位なポイントは、スピ系はLSD飲んで神秘体験したヒッピーのようにスピるのが最高って感じであまり、見えない世界の論理とか法則性とかを重視しないけど、悪の魔道師はロゴスも極めて重視する。そうやって経験則のデータを集めて科学にしてるから強い
んだよ。

魔術って認識の技みたいな所があって、自然法則(見えない法則も含め)でもニャンゲンの法則でも何でも、その法則性や構造(アーキテクチャー)を「認識」して自由自在に使いこなすという面があるの。だから見えない世界を現実と結びつけず、スピるだけだとアチラ側の悪の魔道師に絶対勝てないよね?

やつらが厄介な所は常に両建て作戦なんだよ。光と闇、善と悪、オタクとリア充みたいに常に対立するふたつの要素を使って支配してきたとこ。ユダ公のシンボルなんか絶対にありえない六芒星は実は、この対立する要素の統合という意味なの。 pic.twitter.com/kLsELFT70M

まあ、こんな感じで、見えない世界を理解する場合も「それに対する思考というか姿勢」が影響してるので、西洋科学と東洋医学どっちが正しいか?ではなくて、現実に根ざしつつ、どう合意点を見出して行くかという方向性なんだよね。形而上学テラ盛りは基本、言ったもん勝ちになるので要注意だけど。

多分スピ系の人とは話が噛みあってないと思う。スピ系の人の論点は、見えない世界があるかないか、で、陰謀論者の視点は宗教などを支配者がどう利用してくるか。どっちの視点も大事なんだよね。で、陰謀論者の視点で語ればスピ系は普通の人には見えない形而上学テラ盛り危ないんでないの?
となる。

形而上学テラ盛りは安易な支配の道具になる。カースト制度とかね。あくまでシュードラに生まれた結果論で前世が~と言うわけだし、お釈迦さんはその差別思想に対抗するために「無記」というスタンスでバラモンに対抗した。あえて言及しないというわけ。怪力乱神を語らずってやつね。

この実証不能(霊性が低いパンピーには体感不能)の形而上学
の扱いって本当に難しいよね。戦争だって体験してない人と体験してる人じゃどうしてもその怖さに対して温度差があるのが事実。この体験を乗り越えてうまく話の合意点を見出せるかってところが難しいんだよね。未だにいいアイディアが出ない。

キリストがお魚さんなのも、カトリックの司祭のミトラ帽がイカ帽子ならぬ、バビロニアから来た海から来て知識をもたらすものの帽子なのも意味があるんですね。カトリックは中身は空でも形式とシンボルで知識を保存してたように見えますね。

1)アニメ「マギ」の学長先生のモデルはホメイニ師だよ。マグノシュタットのシンボルがおめめなのは、シーア派国家のイランのシンボルでもある。イスラームのイルミちゃんであるイスマーイール派(七イマーム派)が支配した地域には今でもハムザというファーティマの手がある。

7)そうなると、もしかしたらポセイドーンというのは、フェニキア人などの海洋民族のシンボルなのかも知れない。バイキングのよーに、海洋民族には何故か北極星信仰(大昔は竜座)がついて回り、そこには蛇や爬虫類がいる。バイキングの神話はまだ調べてないけどね。


12)で、シンボリズム表現が悪魔崇拝とかキモいとか言う人いるけどさ、クリスチャン陰謀論者で、ヤギさんは悪魔崇拝のシンボルだからアカンと言うなら、キリシタンもシンボルで悪魔とかファビョるのやめろよ。やってること、どっちも同じだろ!?どちらもシンボリズム発想

knznymmmy ‏@knznymmmy 4月18日
モーセの疫病神伝説
川の水が血になって魚が死んだ
水を飲めなくなった
カエル大量発生
ブヨ大量発生
アブ大量発生
家畜大量死亡
皮膚病大流行
雷大発生 雹大発生
イナゴ大量発生
三日間暗黒事件(ハムシン=砂嵐?)
子供大量死(過越)


ネズミさん ‏@Nezmi_san 6月2日
らっきーデタラメ放送局★第153回『拝啓~工作員様』
https://www.youtube.com/watch?v=Nu8mfw3Jv5s …

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月2日
@Nezmi_san こんばんわ。思い込みかも知れませんが、この豚ちゃんも何気にセト神(バアル神)のシンボルなんですけどね。。。。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月23日
たしかにエースコックのパクリかも知れませんが、豚がアカンということは逆に神聖でもあるということで。古代エジプトでは豚肉は、セト神のシンボル(主神のホルス君の敵)ということで避けられました。

λόγος ‏@zam_zeed 6月1日
旧約聖書の「油そそぎ」は、イエスによる新契約(新約聖書)では、天から注がれる聖霊(なる神)とある。 イエスが公になる際に先駆者ヨハネからヨルダン川でパプテスマ(水に浸る=死と復活の象徴)の後、天から聖霊が鳩の形で降る。→油注がれた者=メシア(ヘブライ語)=キリスト(ギリシャ語)。


森の人 ‏@mountainhermitt 3月15日
ゴールデンカムイ読んでいたら、アイヌ民族は赤子に病魔が近づかないよう汚い名前をつける風習があると描写されていたのだけど、同じ風習がモンゴルにもあるのよね。 タイだと人間だと思われないよう動物の名前をつけたり。 この風習が広まった経過がとても気になる。

nos ‏@unspiritualized 11月10日
野田サトル『ゴールデンカムイ』(ヤンジャン今週号)「私たちは赤ん坊に病魔が近寄らないよう汚い名前で呼ぶんだ」えー面白い!!「糞の塊」「屁をする人」「臭く育つ」などの名前が列挙されている。これはかつてのヤマトもまったく同じで、正倉院蔵の戸籍には「屎(くそ)」にちなんだ人名は多い

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月11日
@lakudagoya
そう言えば魚のコスプレが好きな
ダゴンちゃんやオアンネスって
ミトラ帽の元ネタなら、
ダゴンちゃんがヨハネのご先祖様
クサくないですか?

海だか、湖からやって来た賢者
のイメージにも合ってるし。
イエスも魚がシンボル
ですし。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月27日
6)ポセイドーンと言えば、陸を支配するゼウスに対して海を支配する。ポセイドーンはフェニキアの神という説があり、オリジナルソースを確認してないけど、メドゥーサはポセイドーンの嫁という話があるそうな。

STB ‏@RC_StB 4月28日
@lakudagoya 典型的にはポセイドーンは馬やイルカや魚を聖獣としますがミノス王の物語のように雄牛と関連付けられて語られるときもあり 雄牛君もシンボルの一つ あと地中海に馬が入ってきたのが比較的遅くポセイドーン以前の海の神は花嫁選びの際雄牛の姿をとったとか?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
FF3の「玉ねぎ剣士」って 何が由来なのかな? ジョージ マーティンの炎と氷の歌 シリーズにも登場するらしいけど…… 品種名がラテン語のallium cepaで 一説にはケルト語の頭の意味と 日本版Wikiにはあったけど 英語版にはないし。

古代エジプトでは既に栽培された ようだけど、Wikiの野郎は原種は 発見されてないが、発祥はイランだ〜 とか断言してるし。 多分、魔術的な意味があると思うのよね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei 大帝のFF3の解釈、ものすごく興味津々です。アーリア思想が強い作品ですからね、FF3。ヴェーダ思想とマニ教がw

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya ふーむ、どうもエジプトになんか 秘密がありそうですね。 英語のサイトに古代エジプト人は 玉ねぎを拝んでたとか。 形が丸いから太陽に似てたり、 冬越しも出来たりしたかららしい。 金属で野菜のアミュレットを作る 風習があったらしいけど、

金を使って作ったらしい。 古代ギリシャではアスリートが 好んで食べてたらしい。 「血液を軽くする」と信じられていた。 ローマでは剣闘士が玉ねぎジュースを 筋肉増強剤代わりに飲んでたとか。

玉ねぎだけ金を使って作っていた
の間違いです。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei ええ!玉ねぎアミュレットだけ金を使ってたのですか?それはまたディープなネタを拾ってきましたね。

そうなんですか。玉ねぎアミュレットですか。日持ちがするので暑い所では諜報されそうですよね。まあ、FF3のシナリオ書いたのが寺田憲史ですから、何か深い意味ありますよ。FF3のラスダンで逆五芒星出たりw pic.twitter.com/9YRDY3EIHW

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya 忍者の地位が高いのも謎ですよね。 工作員が賢者並みに偉い!という いみなのかしら?w

王王大栄 ‏@ououdaiei 7月19日
@FeydoTaitei @kitsuchitsuchi @lakudagoya  孫子はすぐれたスパイを「上智=優れた知恵者」と言います。「イイン・太公望とすぐれた智者がスパイで活躍したから、殷・周が成立した」http://esdiscovery.jp/knowledge/classic/china5/sonshi030.html …


上智大学=スパイ大学。
上智=智慧=ソフィア大学


フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya ラスボスが暗闇の雲でFF4の ラスボスからダークマターを 盗めるので、 暗闇の雲は宇宙物理学絡みだと 思うんですけどね……

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei 宇宙物理学ですか。ウパニシャッドが登場しそうですね。FF3の無という観念はヴェーダ由来ということくらいしかわからなくて。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya 主人公達が「光の戦士」でしょ? ダークマターとダークエネルギーは 宇宙物理学でまだ解明されてない 部分ですから、光の戦士はイルミちゃん の物理学者を表してるのかも。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei 光の戦士がイルミちゃんというのは間違いないですね。四大元素の力を持ってるわけですし、これが結社の秘儀参入でなくてなんだと?https://www.youtube.com/watch?v=0qtJqI_IjPA …このうたモロですw

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya 召喚士は第三の眼の所に 角生えてるし。 何かアンテナの役割なのでしょう。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei ええ、そうです。角というのはアレクサンドロスもクレオパトラも描かれてますね。設定本によれば召喚術は降霊術からうまれたと。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei FF3のノアさんは正体不明ですけどね。Raming Sheepの対訳ありますが、http://www.nicovideo.jp/watch/sm3812984 イルミ臭い歌詞ですこと。あとエジプト語とヘブル語の音楽もありました。https://www.youtube.com/watch?v=I4r4pWrs-2E …

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya 降霊術w

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei 何の大本ですか?wあとノアさんといったらアルビノですよ。そのノアさんが黒人の魔王を呪いのような言葉を吐く。。。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月16日
@lakudagoya スンマセン、送信失敗。 トールキンの小説が元になってるっぽい ですね。 人間は寿命が短いけど、成長速度が 早いので、最盛期にはエルフをも 凌駕する能力を発揮するそうです。 多分、ザンデへの贈り物はトールキンの 人間論から来ているのでしょう。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya フーム、どうもラムセス4世の亡骸の 眼孔に玉ねぎがはめられていた みたいですね。 二つ説があって、一つは玉ねぎの匂い と医薬的効用が死者を蘇生すると 信じられた。 二つ目は死後の世界で何らかの 用途に使われた。

後、民間の呪術では女性のマ◯コに 玉ねぎをはめ込んで、息が玉ねぎ 臭かったら、妊娠してると判断 したらしい
w


STB ‏@RC_StB 7月22日
郷ひろみの楽曲『2億4000万の瞳』 これ、日本人口1億2000万人から来ているんだろうが アンラ・マンユの配下の2億4000万体の悪魔にも当てはまるよな(連中の大好きなダブル(或いはトリプル以上)・ミーニングか) 瞳は、all-seeing-eyeだろう イラン系?

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月22日
@RC_StB こんばんわ。およ?マイナーなネタにもご存知でありますね。へー、アーリマンって部下が2億4000万もいるんですか。イラン系のシンボリズムはマイナーですが、松田のマズダーといい隠れたとこで置いてありそうですね。

STB ‏@RC_StB 7月22日
@lakudagoya どうも今晩は。 数字は、特に頻繁に趣向を凝らしてネタが仕込まれてますからね 芸能界はシンボルまみれで、シンボルを共有している結社的な横糸があることを敢えて見せに来ていますし

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月22日
@RC_StB どうもこんばんわ。そうそう、何気ない数字に趣向をこらしてますから、「イメージ・シンボル事典」とゲマトリアの入門書は陰謀論者の本棚に必須アイテムになりそうですね。あと数字と言えばタロットカードでやトランプもそうで、何で王様の数字が13なのかとか色々面白いですね。

STB ‏@RC_StB 7月22日
@lakudagoya アルカナはシンボルの中のシンボルですからね ルドルフ・ウィトカウアー『アレゴリーとシンボル』 放送大学のテキスト『イメージの歴史』 シンボルはこの二冊が良著だと聞いております 前者はTWで抜粋を見ましたけど実に面白そうでした ベンヤミンも読んでみたいですね

歴史的な文脈で、陰謀論的な挙証しようがない仮説や、不可視のネットワークをなるべく覗いた事実側面を骨格としていくことが重要ですからね 歴史にはシンボルの変遷も含まれます 解析の足掛かりになる要素でもある この分野は避けては通れないと痛感しております

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月22日
@RC_StB そうそう避けて通れない分野なのよねー。結局このあたりがコアなワケですから。イルミちゃんカードでコシミズが戦闘力0でもヘルメスの達人が最強のように。でもね、おいらは悪の魔道師を倒すのを目的としてるのに、陰謀論者が結局オカルト勉強しましょうとか本末転倒かと。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月13日
引用「人間は、天体の運行で支配されるイキモノなのですね。それを経験則的に知っていた先人たちが、「占星術」を編み出し依拠してきたわけで。」
おおお!リチャコシ悪の魔道師の疑惑がっ!?じゃあなんで、おまいはアチラ側が計画を実行する日のアスペクトを解説しないんだっ!?


STB ‏@RC_StB 36 分36 分前
エジプト趣味……アレクサンドリア学問好きメイソンの好きな合一(オシリス+イシス乃至ヘルマフロディトス)ってプラトニズムだよな

人間が二人一組で作られ、組み合わせは 1.[男+男] 2.[女+女] 3.[男+女] やがて傲慢さがゼウスの怒りを呼び分断される 1はソドミストに、2はレズビアンに、3は異性愛者に(プラトン『饗宴』)

ヘルマフロディトスはそう古いものでもなく、アレクサンドリア以降の貴族の趣味でああなったとも言われる もとはヘルメスもアフロディテも関係ないとか? グレコローマン美術にヘルマフロディトスの表象が見られる 何にせよ、エジプトである

プラトンといえば隠れアーリア思想 この、ミケランジェロの聖家族像もルネサンスによりフィレンツェで流行したプラトニズムの表れという見解がある https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/48/Michelangelo_Buonarroti_-_Tondo_Doni_-_Google_Art_Project.jpg …

マリア、ヨセフ、イエスの背後にいる裸体の少年像がが、プラトニズム的な両性的表象であり、異教世界を表しているらしい

伝習的な図像学解釈に対して、却って見落とすことがあるとの批判もある ダニエル・アラスによる『受胎告知』(フランチェスコ・デル・コッサ)→https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a2/Francesco_del_Cossa_026.jpg …の解釈

蝸牛は露によって受精すると信じられていたため、絵の右下にいるカタツムリは、従来的にはマリアの表象であるとされていた(尚、露は聖書で精液の比喩として用いられる(ダビデの賛歌、詩編110ー3)) しかし、アラスはこれでは見落としがあるという

何故蝸牛が額縁の上を這うようにしているのか、大きさが巨大すぎないか、何をしているのか アラスによると、これらは左側の空に見えるヤハウェと同じ大きさ、同じような輪郭で描かれており、つまりマリアの表象ではなく地上にいる神の等価物だという

アラスの解釈は細かくはここで http://intranslation.brooklynrail.org/french/the-snail%E2%80%99s-gaze …

(カタツムリは七つの大罪の一つの怠惰(sloth)と罪人の象徴
という意味だけでなく、性的機能や誕生もあらわす。
地上にいる神の等価物=イエス・キリスト
が「処女懐胎(露で受精)」で「誕生」。
ちなみに、中世ヨーロッパの写本の挿画には『騎士対蝸牛』ものが多数存在)

ネズミさん ‏@Nezmi_san 8月13日
それにしても情報は沢山落っこちてるね。ひっそりとwこれを拾えるかどうかだ? (英語を訳すだけでメルマガ出来そうだなwそんなのばっかりなんだよね日本の御意見番ってさw)

メディアは嘘ばっか垂れ流す訳だが、無論陰謀論も嘘が多い。どっこいだろ?でも両方見てりゃ見えてくるものが有る。簡単に言えば目利きと語学力だけだね
。昔なら小難しい文献読んだりだったが今はYouTubeだしね。


「シンボリズム」に嘘はない、百聞は一見に如かず、イルミナティの教えでも「左目(1ドル札の万物の目)」つまりは右脳、直感、図形から感じるものが全てだ。石工ってのはアーキテクトだからね。そこに無駄は無い。逆に「文字を読む」左脳(メディア)は信用するな、だね。

仕事で「文字を読む」のを得意とする人がいて、自分は「絵」にしたくなる「イメージ派」なんだが、極めて合わない。非常にまどろっこしい。アーキテクトっ てのは一瞬で分かるように作る、逆に複雑すぎると伝わらない。「複雑→簡単」にしなけりゃあフリーメーソン(石工)じゃあ無い。

だから「直感的」に分かるもの、それは「シンボル」に全てを込める。半導体回路、基盤ならパターンに、そのEMC的な配慮→幾何学的配慮がいる。全てまとまった、美しい設計、シンプル、そこがポイントであって。メイソンは文系じゃ無い、理系だよ。

だから製品のドキュメント見たってそこに真実はない、せいぜい免責事項だろうが。回路を見るかソースコード見るだろう?イルミナティ・フリーメイソンの メッセージも同じで「文献」に食いついたり、まして「嘘メディア」は論外、やはり「シンボル」この解析ってのが本質だろうがね?

シンボルってのは冗長性が無いわけ。ぎゅっと詰まった実なんだよね。勿論、それが成長して枝葉になる知識がないと実自身を見ても皆目わからない。米国って のはフリーメイソンが作った国で、キリスト教だ。その知識がないとシンボルの意味がわからない。欧米人はその文化でいるから直感で分かる訳。

冗長性の無いシンボルに嘘はない訳、ただし読み解く知識が必要、誰かが解説する有象無象の言葉や文章ってのは左脳が動いちゃうから矛盾に気が付かなくなる。だがぎゅっと詰まった実であれば、真っ直ぐ進めば真実に行ける、ただし知識と修練が必要だけど
・・・


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