読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

04 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 06

冬至の祭のプレゼント(クリスマスとは言わない)! カバラと魔術系良ツイートと、ダイアン・フォーチュン『神秘のカバラ―』の再読メモ  

人間の本体は脳じゃない。首の後ろ。脳が欠けても生きられるが首が欠けたら死ぬ!

陰謀論でカバラカバラうるさい奴のカバラがクリスチャン・カバラばかりなのに気づけよ!
ユダヤ・カバラにイエス・キリストが登場するわけねーだろ!


#日ユ同祖論 の年代矛盾。
ダビデの星がユダヤの象徴になったのは十七世紀から(イエズス会製)。
伊勢神宮のダビデの星がある石灯籠の設置は戦後。
ユダヤ・カバラで生命の樹理論の元型ができたのは12世紀(盲人イサク)から。
クリスチャン・カバラ(生命の木中心)は15世紀にピコが創始。


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年12月25日
【クリスマスプレゼントの豆知識】
ゾロアスター教では犬は神聖で
一番神聖な犬はカワウソ。
ヤマアラシもハリネズミも犬。
カワウソ、ヤマアラシ、ハリネズミはイヌ科、いいね?
”鼻先の尖った内気な犬、ハリネズミである”
(拝火教経典『アヴェスター』)
RTで配達にご協力お願いします!









(だからサイヤは野菜。金髪になってオーラ=気が見えるようになるほど強くなるからね。
尻尾を持ったままのサイヤ猿宇宙人が月を見ると大猿になるってことも重要。
覚醒すると金髪になる宇宙人って北欧系思想ですね。
鳥山はチベットとインドとドラゴンが大好き!

大猿は猿の巨人。あれ、やっぱり進撃の巨人って……
進撃はもっと話が進んだら考察するよ。

↓独自性=純粋、純血、~発祥、周りからの影響なくなど非現実なレベルでのオリジナリティ信仰

閉店です ‏@lakudagoya 10月8日
やたらと独自性にこだわるのは、悲しい歴史を持つ国だけですので気をつけましょう。
なんか神道カルトがよく使う、アーリア人(笑)を日本人に主語を入れ替えただけの白人のお古の独自性なんていりませんって。

ユダヤを疫病のように扱っててさ、デザイナーがイエズス会ってバレバレなんだよwww)































クリフォト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%88
”クリフォト(Qliphoth、קליפות)は、ユダヤの神秘主義カバラにおける悪の勢力もしくは不均衡な諸力を表す概念である。

「クリフォト」という言葉自体はヘブライ語で「皮」「殻」を意味するクリファ(qlipha, קליפה)の複数形である。
〔…〕
邪悪の樹(Tree of evil)はクリフォトを図式化したモデルのひとつである。 邪悪の樹は最下位のセフィラであるマルクトの下方に伸びており、生命の樹を逆さまにした構造を持つ。 邪悪の樹の各球体には様々な悪徳と悪魔が対応する。 また、球体の番号にはそれぞれ虚数単位を意味する「i」が付けられている。

日本では「トワイライトゾーン」誌に掲載された魔術に関する記事でこの図式が紹介されたが、その情報源はウイリアム・G・グレイ(William G. Gray)の The Tree of Evil である。魔術の学院I∴O∴S∴の学習主任である秋端勉も同じモデルを採用している。

各悪徳及び悪魔は以下のようになっている。

1i サタンのバチカル(Bacikal、無神論)
2i ベルゼブブのエーイーリー(Iweleth、愚鈍)
3i ルキフグスのシェリダー(Sheriruth、拒絶)
4i アスタロトのアディシェス(Adyeshach、無感動)
5i アスモデウスのアクゼリュス(Akzeriyyuth、残酷)
6i ベルフェゴールのカイツール(Kaitul、醜悪)
7i バールのツァーカブ(Shakah、色欲)
8i アドラメレクのケムダー(Chemdah、貪欲)
9i リリスのアィーアツブス(Aiyatsbus、不安定)
10i ナヘマーのキムラヌート(Qimranut、物質主義)

(秋端勉『実践魔術講座』硯文社、第9・10章を参照)
〔…〕
Magical Correspondences by Bill Heidrick:クリフォトを含む魔術照応表

最終更新 2015年11月6日 (金) 15:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。)

Magical Correspondences---Heidrick
http://www.billheidrick.com/works/mcor.htm














三つ編みヘアーだしな!w 両者ともw

(『マギ』のマギは全員三つ編み。結社員のサイン。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年12月13日
プラトンと同じく『マギ』にも輪廻思想がある。最上級の魔法使いであるマギは生まれ変わる。
マギの特徴は三つ編みで、インドの三神一体とカトリックの三位一体を意味する。
フィクションに多い平行世界論は神がこの世界にいないなら異世界にならいるはずだ!というキリスト教に都合が良い思想。







あれ、そんなに語り合うほどの内容 だったか?
マシュはくたばったままの方が良かった ね。
奈須が仏教シンパ(本当は仏教の解釈 に失敗してただのニーチェ的ニヒリズム なだけだが……)なのはらっきょの頃から そーだろ?
奈須がニーチェ好きなのは、ニーチェ が反キリスト教家だったのも関係してる だろ?
で反カソリックの皮を被ったプロテスタ ントという別のキリスト教が作った
新興カルトにどっぷりハマったw
同業者の山本弘とかも同じビョーキ に掛かってるだろ?w
プロテスタントの新興カルトは 石屋教って奴な!
三角に目ん玉付いてるマスコット キャラのとこね。 奈須の尊敬するラヴクラフトの祖父の ジジィも入信してた新興カルトねw

ゲーティアさんのお話は「ガチャ」 と「爆死」に例えると理解しやすいよ。
「我々は多くの爆死者を見てきた。 もう沢山だ。FGOは一度スタッフを 全員解雇してゼロから作り直さないと ダメだ。 我々はガチャを無償で引き放題にすれば 良ゲーになると思う」
ゲーティア 「だがFGOをゼロから作り直すには 膨大なリソースが要る。お前らのデータ も全部飛ぶ。だが、やる価値はあると 思う。」
「ソロモン塩川……!この無能 ディレクターめ‼︎ お前はFGOがバグだらけなのを知って いながら放置してきた!」

ゲーティア 「ぐだ子よ…!何故だ⁉︎ 何故爆死すると分かっててガチャを 回すのか⁉︎」 ぐだ子 「ただ回す為に」 ゲーティア 「ファ⁉︎⁉︎」

ゲーティア 「私の聖昌石も無限ではなくなった… だが!爆死すると分かってても 私の意地の為に、10連させて貰うッ!」 「たった一回しか回せなかったが、 生まれて初めての盛大な爆死だった… 初めての経験だ……」

フォウ 「マシュ。聖昌石が0の君はゲーム オーバーだけど、僕の貯めた欠片で もう一回コンテさせてあげるよ」 マシュ 「マジで⁉︎ ラッキー♡」

ダヴィンチ 「さ!この呼符10枚を使って二人で ガチャを回してきたまえ!」 マシュ 「先輩、私、塩川さんから聞きました… 呼符でも稀にバグで金ビリビリから 星5鯖が出る事があるって……」 ぐだ子 「ああ、だからガチャは止めれない」
アルテラ 「ガチャは良い文明!」 一部完

燈火 ‏@to_moshibi 12月16日
燈火さんが燈火をリツイートしました
「大辞林 第三版の解説」より ①身近な人々への愛情。 ②キリスト教倫理で、他者たる隣人に対する愛。 https://kotobank.jp/word/%E9%9A%A3%E4%BA%BA%E6%84%9B-411254 … 友愛=隣人愛と同義であることより、友愛の中核が何なのかがはっきりしています。
燈火さんが追加

燈火 ‏@to_moshibi 12月16日
以下のリンク内において「世界大百科事典 第2版の解説」の項に注目すると、「友愛は〈博愛philanthropy〉〈隣人愛brotherly love〉と同義である」と書かれています。確かに宗教関係の用語としても使われていますね。 https://kotobank.jp/word/%E5%8F%8B%E6%84%9B-650203 …







fategoも輪っかで地球吹っ飛ばす 話だったし、オバマも広島で三角に 輪っか引っ掛けてたしなー
シュローモの輪っかの72柱なんざ 黄道(24節気を三分割=72)の事だから 太陽だろ?
でドレイクの決め台詞が「太陽を 落とした女」。
冬木の爆心地が遠坂邸でイシュタル凛 が天の牡牛だかなんかを落としたんだろ?w 「太陽を落とす」ってのは当然 核ミサイル着弾の事だから、やっぱ 汚染ピッコでなんかやらかすんでね?
AKIRAでも東京にエレシュキガルちゃん の穴ボコが空いてる予言がされてたん だろ?w
Vガンダムも輪っかで全人類を 赤ちゃんに戻すって話だったしな!

ぐだトマト ‏@pteras14 2016年12月28日
まどマギ如きで感動する輩って結構
多いんだな。

もっと色んなアニメやアニメだけじゃ
なくて映画や演劇も見ようぜぇ〜




(とまとさんがRTしたイラスト付きツイートに対して)
絵が上手いという理由でRTしてる わけじゃないんだぜ? 冬コミ前の絵師や漫画家、専門学校生共 の営業活動がfategoの最終章を利用し 捲って滑稽なのを皆んなに知って貰う 為にRTしてんだw
専門学校ではイラストレーターは 商業美術屋(クライアントの依頼通りに 描く人の事)で、自分の絵を描いて オ◯ニーしたい奴は「画家」を目指せ! と、檄入れてたけど、むしろ逆だよ。 お前らそんなに「金」の為に絵描かさ れるの好きなの?
「画家」がオ◯ニーなら、 イラストレーターや漫画家なんて ただのドMじゃん。 三角目玉なんか毎日描かされて 何が楽しいのかサッパリ分からん。 え?「金のため」だって⁉︎ 悲しいなー 藝術や美術ってそんなに程度の 低い活動なのかねぇ……
ほらほらw こーゆーのねww 飽きもせず商魂逞しいわー 現代アーチストさん方はw
いや、まぁ本人の自由だから好きに やって貰って結構なんだけど、 これだけ研ぎ澄まされた高い技術 持ってんのに、「金」という枷が なければもっと凄い作品作れそうなのに 残念だなぁーって思ってね。
え?「金」という動機があったからこそ 俺様の絵の技術がクライアントの厳しい 要求に応える為にここまで頑張って 上げて来ただって⁉︎ その程度の動機で身に付いた技術なんざ そもそもその程度のなんちゃって美術 だったってだけの話さ。
なんかリーナスの名言であったよね? 微軟は金儲けの技術がなんちゃら〜って ヤツ。 正にその通りだと思うよ。
いや、マシュの絵があまりにも大量に 垂れ流されて来るからいい加減ウゼェ と思ってね。#FGO #FateGO

ぐだトマト ‏@pteras14 2016年12月29日
言っておくが、FGOのストーリー最高
とか言ってるニーチェまで読んで哲学
は精一杯って連中、今連載中の少年
サンデーの「マギ」もまんま同じ
ストーリーだぞ?

地球の全生命を無に帰してリセット
しちゃおうぜ!ってお話。
2chのiOS版スレとか気持ち悪いわ。 チェンクロのシナリオライターが FGOの最終章をベタ褒めしてたとか。 どんだけ引き出し狭いんだよw
カルトや結社の入れ知恵以前のレベル だから何でこういう似たような ストーリーばっかになるのか教える けど、基本、物語作りってのは 「Demise」と言ってメインテーマと 言うか伝えたいメッセージを決めるの。 で、大体、哲学から引っ張って くるの!

これは映画でも何でもそう! で問題は物語論ってのは基本 アリストテレスの三幕構成論が スタートだし、哲学も最初から勉強 するときギリ哲から手を付ける。 ところが大体読みづらいカントの 辺りで皆んな挫折してニーチェ辺りで 投げ出すのよ。
ギリ哲自体が膨大な上に、ローマや 初期キリスト教神学も含めると半端 じゃない量な上、日本人なら当然 仏教学ぐらいはやらないといけない。 だから、結局「心の哲学」みたいな 比較的新しい分野までカバー出来る 奴がいないの!
ギリ哲自体が場所の関係もあって ペルシャ(イランの辺り)からの パクリが多いから、どうしても同じ アーリア系のインド哲学に近くなるのよ。 大体の知識人がギリ哲でもうお腹一杯 状態になるから、ハリウッドも含めて ギリ哲偏重な脚本が多くなる。
最新の哲学までちゃんと途中の ポストモダンも飛ばさないでやれば、 ギリ哲みたいな時代遅れな骨董品 なんかとっくに卒業してるの! 神学も同じで古くさ〜い、バルトの 本しか置いてないから原理主義っぽく なるのよね。
まぁ、ギリ哲でも突っ込んで極めて くれりゃまだ良いんだけど、日本の 作家って小説しか読まない奴が多いから 皆んなマギの大高忍みたいなチンケな ニーチェの使い古しのネタをグルグル 使い回すし、漫画家や作家を監督する 編集者も似たようなもんだから。
まぁ、読者も無学で無教養でコミケ でお気に入りの美少女キャラの ケツを追い掛けるだけで精一杯の 知能みたいな連中が多いから、 出版社側も作家側も「ほら!売れてる じゃないか!」って結論になるから 一向に程度が上がらない。














悪の樹・クリフォト教義
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/shinpi/aku.htm
”あらゆる宗教において、「悪」の考察は外せない。
(…)
 クリフォトの教義は、盲人イサクの系統を継ぐカバリストであるトドロス・ベン・ヨセフ・ハ・レヴィ・アブラフィアという13世紀後半の人物よって、よく知られるようになった。
 トドロス・アブラフィアは、グノーシス派の影響を受けている人物で、そういった思想を持ったカバリスト・グループにも所属していたらしい。
(…)
 このクリフォトと言う言葉は、「殻」という意味である。それも卵の殻のような「外殻」の意味を持つ。
 これは、エゼキエルの幻視と関係してくる。「エゼキエル書」の第4章1節に「北のほうから激しい風が大いなる雲を巻き起こし、火を発し、光を放ちながら吹いてくるではないか。その中、つまり火の中には、琥珀金のような輝きのようなものがあった」とある。
 これは、「神性」が4つの「殻」で囲まれていることを示すという。すなわち、中心の「琥珀金のような輝き」こそが、「神性」である。しかし、それは4つの「殻」に包まれている。一つ目の「殻」は「激しい風」であり、2つ目は「大いなる雲」、3つ目は「巻き起こる火」、4つ目は「その火の周囲の輝き」であった。これは、とりもなおさず「神性」は常に、こうした「殻」に囲まれた形で出現するということでもある。
 この「殻」は、「悪」である。
 ずっと後世(16世紀)のイサク・ルリアは、「悪自身の中に善の閃光がありえる」とした。
 この教義は、やがて合成され、これは、「善」は「悪」と殻と実のように結合されている、あるいは「善」は「悪」の内に見出されることもある。また、その逆も然り。ということにもつながるようにもなった。
 いわば、これは「悪」と「善」は表裏一体、隣合わせの存在でもある。言ってみれば、「クリフォト」は「セフィロト」の硬貨の裏側のような存在でもあるのだ。
 しかしながら、本来、「クリフォト」というものは、独立した原理でも要因でもない。これは「セフィロト」それ自体の不均衡な破壊的側面のことにすぎない。
 「セフィロト」においては、均衡が重要になってくる。しかし、完全なる均衡、完全なる安定は、同時に不動の状態であり、それでは進歩は望めない。だからこそ、「樹」には、対象的なシンボルが存在し、それはお互いに干渉し合い、引き合っている。「樹」の「安定」は、慣性の安定ではなく、緊張の安定である、とも言い換えられるだろう。例えば「コクマー」と「ビナー」の関係などがそうだ。
 これは二つの崖に架けられた吊り橋にも似ている。両の崖の橋から引っ張られるからこそ、橋はピンと立ち、安定していられる。しかし、片方の崖ふちから引っ張る力が無くなれば(すなわち切られてしまえば)、橋はまッ逆さまに転落してしまうであろう。
 しかし、この緊張した安定にも、問題はある。互いに引っ張り合っていると、たまに力が片方に偏り、不均衡な状態に陥ることがある。これが「クリフォト」の状態なのだ。
 「クリフォト」の球である「クリファー」は、「セフィロト」の球である「セフィラ」の流出の過程で、こうした不均衡な状態の現れとして出現した。例えば、ケテルがコクマーを流出した時、その力が余分に出来て、力があり余ってしまった。余ったがゆえに力が過剰となり、不均衡が生じた。この病的な過渡期の状態の時に、ケテルに対応する「クリファー」が生じる。
 すなわち、「クリフォト」は、「セフィロト」の流出・進化の過程で、周期的に生じてしまう均衡の喪失の位相の間に抑制が効かなくなって生じた存在であるのだ。
 したがって、こうした「悪」を切り離したり、消滅させようとしても無駄である。それは本来あるべき姿の不均衡な結果にすぎないからだ。だから、カバリストは「悪」を消滅させようとするのではなく、それを補い、調整を取ることによって、「クリファー」が生じた「セフィラ」に再吸収させなければならない。

 例えば、先の例で言えば、ケテルの過剰な力から生じたクリファーを解決するのは、ケテルと引き合っているコクマーを活性化させることにより、両者のバランスを取り、中和させればよいのである。
 「樹」を登って、修行を行おうとする修行者にとって、この考えは重要である。
 修行の過程で、何らかの不均衡が生じると、そこにクリフォトが生まれ、修行者はそこに転がり落ちるかもしれない。
 
  これは「創世記」に出てくるヤコブの子らと戦って滅亡したエドム11人の王にも例えられた。創造の過程に置いて、神が不要と見なした物を破戒する作業でもあった。「創世記」で語られるエドム11人の王達の死は、いわばこの破壊のシンボルと見なされることもあった。クリフォトはこの王達の残滓である廃棄物で作られた「悪」の勢力にも例えられた。
 これは、修行でいうのなら、修行者は自分の内部の人格が不完全であるとこを、まず自覚する。そして、より高次の人格を作るためには、この人格を再構成しなければならない。再構成を行うには、古い建物の一部を破壊しなければならない。当然、破壊すべきは「悪」の部分だ
 エドムの王達は、その人格のある部分を象徴しており、この「創世記」の物語は、精神の各部分の相互作用を象徴しているとも言えるのだ。
 もっとも、破壊とはいっても、要するにこれは「均衡の獲得」に他ならない。エドムの王達との戦いは、「不均衡の王」達との戦いである。
(…)
 また、クリフォトはセフィロトと同様に図式化することも可能である。
 それは、セフィロトより下向きに伸びている、逆立ちした樹である。これは「生命の樹」に対して「邪悪の樹」と呼ばれることもある。
各セフィラに「ケテル(王冠)、
コクマー(智恵)、ビナー(理解)、
ケセド(慈悲)、ゲブラー(唆厳)、
ティアファレト(美)、
ネツァク(勝利)、ホド(栄光)、
基盤(イエソド)、
マルクト(王国)」とあるように、

クリファーには
パチカル(無神論)
エーイーリー(無神論)〔引用者注:「愚鈍」が正しい)、シェリダー(拒絶)、
アディシュス(無感動)、アクゼリュス(残酷)、
カイツール(醜悪)
ツァーカブ(色欲)、ケムダー(貪欲)、
アィーアツブス(不安定)、
キムラムート(物質主義)
と名づけれられることもある。そして、セフィロトに神名や天使の位階が照応されるように、悪霊の位階やその他の物騒な名前も割り当てられている。
 とは言うものの、こうした突っ込んだ理論は魔術カバラのものであり、ユダヤ教カバラの、少なくとも正統派では、あまり考察されたことはない。そもそも、ユダヤ教カバリスト達は、天使については熱心に研究を行ったが、悪霊にはあまり関心を持たなかった。
 クリフォトのより詳しい象徴体系については、「The Sorcerer and His Apprentice」(Gilbert編  Aquarian社)に収録されている、メイザースの講義録を紹介することで、終わりにしたい。

 
「ユダヤ神秘主義」 G・ショーレム
「ユダヤ教思想における善と悪」 シャローム・ローゼンベルク 昇光書房
「カバラー」 チャールス・ポンセ 創樹社
「カバラ Q&A」 エーリッヒ・ビショップ 三交社
「神秘のカバラー」 D・フォーチュン 国書刊行会
「魔法入門」 W・E・バトラー 出帆出版
「トワイライトゾーン」誌 No.153 KKワールドフォトプレス
「The Evil of Tree」 W・G・Gray WEISER”




ねこた消滅ツイート要約 「本家ユダヤカバラはスピノザに影響を受けている
日本のカバラが本物と言う奴は、生命の木理論が15世紀から登場したこと、生命の木なしカバラや、ハシディズムの義人思想とか一切知らない
口当たりのいい情報だけを集めてたら、カルトの術中」

「セム語は各文字に対応する意味と数字がある。暗号化可能。子音だけを繋げ読む。
これはアラビア語やセム語の影響を受けたギリシア語や一部ラテン語でも同じ。
日本人が本当のユダヤならセム語の特徴を何故捨てた?
シュメールは膠着語。ヘブライ語やアラム語のセム語と違う」

「エッセネ派はお金が嫌いで独身主義なのでユダヤっぽくない。子孫繁栄と現世利益が強いのがユダヤ教。
タルムードから引用される寓話とかユダヤジョークとか極めて現世的。
六芒星をユダヤの象徴にしたのはイエズス会。当時のラビは猛反対。中世以前にユダヤ=六芒星の象徴なし


「日ユ同祖論が旧約なら日本にヘブライ語のトーラーがあるの?日ユ同祖論の資料は嘘ばかり。
多神教の古代イスラエルはパレスチナ周辺の民族と何が違う?
書物の宗教だからユダヤ教は特異
アラビア語のルーフはヘブライでルアク 天使=アラビア語のマラークはヘブライではマラキム



ユダヤ教徒は教育の民。五歳からヘブライ語の聖書を学び、ユダヤ学院で一日中タルムードの勉強。ようやく30過ぎてカバラ。ヘブライ語の聖書も読めないのに日本の本当のカバラはおかしすぎ。カバラは聖書をどう読むかという話
ニクダーのないヘブライ語は何語とでも同祖論作れる

ユダヤ教のまともな知識もない奴が鼻息荒く日本人は本当のユダヤ人だと言う。
トーラーとタルムードを学ばないのは何故?
日本の本当のカバラと言う奴は、ユダヤ教神秘主義がイスラームみたいに律法=戒律を熱心に守ることを言わない。
騙されてたほうが気持ちいいんでしょうね

ユダヤ教の知識なしで日ユ同祖論は信じる人が多すぎ。この人達はユダヤ教やヘブライ語のアレフベートを勉強しない。
聖書神話の中に閉じ込め行動させる技術。だから黒幕は神話を操る。
日ユ同祖論とユダヤ陰謀論という一見アンビバレントなものも聖書神話を日本人に吹き込むため」







” 第2期(成長期)10~12世紀
「創造の書」を中心にし、発展… これ以前のカバラ思想が、神学的な思弁・瞑想に留まっていたのに対し、宇宙論や「宇宙の創造の過程」、と言った考察が始まる。ピタゴラス主義が流入…”
工作員が無視する生命の木なしユダヤ・カバラ時代!

” 第3期…12~16世紀
「バヒルの書」登場… 「生命の樹」の概念が作り出される… 「ゾハール」が表舞台に登場…
輪廻転生(!)の思想も取り込まれる… 生命の樹の理論の原型を作った盲人イサク…
キリスト教へのカバラ移入が始まる”
盲人イサクは1165年生まれ

”第4期(後期完成期)16~17世紀
「ゾハール」の研究、本格化。
ゲマトリアを始めとした文字によるカバラの体系も完成…我々が知っているカバラの形が、整えられる…
キリスト教カバラも活発化”
工作員が言うカバラはクリスチャン・カバラに偏っている。黒幕がバレバレ

”第五期(衰退期)17世紀以降
サバタイ・ツディ運動で異常な盛り上がりの後、急速に衰える。 護符や呪文を用いた魔術カバラが盛んになる。 ユダヤ教カバラの魔術書「ラティエルの書」出版…
正統派ラビ達は、次第にカバラを異端視…ユダヤ教カバラは、事実上、消滅”←!

キリスト教カバラおよびオカルティストの魔術カバラだけが生き残る… ユダヤ教カバラは…ショーレムの登場によって、20世紀になって、復活… 魔術カバラは…キリスト教カバラの流れを組む”
ユダヤ・キリスト・魔術カバラの3区分も盲人イサクも出ないカバラの歴史≒カルト製




彼は今日の「生命の樹」のそれに近い概念を持っていた…現代のセフィロトとは異なるものである…彼が、現代伝わる「生命の樹」の原型を作った… 絶えることのない超越した神性からの流出…万物の本質と流出による創造の各段階の相互関係…”
新プラトン主義の流出説が元ネタ!


”万物は相互に照応…関係し合い…万物は全宇宙的流出のプロセスに内包…ここでも「生命の樹」の基本概念…!…流出による創造とは、神ご自身の瞑想の結果…。 盲人イサク…以降を「カバラ」と呼ぶべきであり、それ以前は「ユダヤ教神秘主義」とすべきだ、という主張すらある。”







物証成立年代を捏造する #日ユ同祖論… 最低限、カバラには二種類あり…
①ユダヤ・カバラ 旧約聖書の解釈を重点を置く。 もともとカバラに生命の木理論はなかった。 3~6世紀間に成立の『イェツィラ(形成の書)』。
12~13世紀間に成立の『バヒル(光明の書)』、 『ゾハル(光輝の書)』…
代表的カバラ基本経典は紀元前にはありません。

②クリスチャン・カバラ 15世紀にピコ・デラ・ミランドラが創始(ルネサンスが重要)。
「生命の樹」が中心になっている(タロットも) ユダヤのカバラは旧約、特にモーセ五書(トーラー)に基づいていますが
クリスチャンのカバラはネオプラトニズム(流出説が生命の木思想で重要)が入っています。
違いを理解してください。成立時期が重要ですよ。
生命の木カバラが古代にあって日本云々だと言っていたら嘘確定。道教などの中国思想は都合よく無視…”  工作員は成立年代を隠す!





猫太“カバラが成立したのは早くても三世紀な?新プラトン主義などの影響をモロに受けてる。理論が固まったのは13世紀頃。生命の木が登場したのは15世紀の西洋。だから、紀元前6世紀から日本のカバラ(笑)がーとかありえない。単に道教の話をそう読み替えてるだけでしょ?




”日本の知的な中流階級はどこまでも欧米のサルマネに走る。ネオプラトニズム系の神秘主義は、カバラの生命の木のように、天界の階層論を形成して、流出した大河を鮭みたいに逆流すれば一者に合一できるという思想…日本の中流階級のサルマネはまるでネオプラトニズムの神秘主義…










秋端勉『実践魔術講座リフォルマティオ』 ・超常的な力を求める者は自我の膨張に陥りやすい。修行していると自分が特別だと感じ、超人や達人だと錯覚し、統合失調症に陥る危険を冒す。霊的グループ内で自我が膨張すると悲惨。自我膨張による悲劇を防ぐ為、自己規範で野狐禅を防止

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年9月30日
日ユ同祖論は
①佐伯好郎(景教博士。最初期の論者。キリスト者)が功利的企画だと暴露
②ダビデの星がユダヤのシンボルになったのは十七世紀から(イエズス会製)
③カバラに生命の木が登場するのは中世から
④仏教徒の天皇も側近も縦書きの漢字を使用
⑤天皇は道教用語
を無視して捏造してね!

菊池 ‏@kikuchi_8 12月25日
イスラエル王国はユダ王国から分離して建国したとされる。イスラエル王国はユダ王国より先にアッシリアに滅ぼされた。日猶同祖論で言う「失われた十部族」とはイスラエル王国を構成していた部族。
一方で「日本にはダビデの王統がある」とも言う。ダビデを出したユダ部族はユダ王国側。この時点で矛盾。

日猶同祖論者は「日本には失われた十部族が来ている」と言う一方で「日本にはダビデの王統がある」とも言う。ダビデはユダ王国を構成したユダ部族の出身であり十部族ではない。最も旧約聖書の歴史物語自体が史実であるとも思えない。同祖論は聖書を信じる事が前提であり聖書の内容にすら矛盾している。


―――――

ダイアン・フォーチュンのThe Mystical Qabalah
の日本語訳のメモ2回目




The Mystical Qabalah
Dion Fortune


一回目メモ
ダビデの星がユダヤだけのシンボルになったのは十七世紀からでキリスト教が決めた(ユダヤではない)
ので日ユ同祖論(キリスト教製品)に使えない。
マニ教の概要(山本由美子『マニ教とゾロアスター教』 など)、
ダイアン・フォーチュン『神秘のカバラー』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-35.html


・コクマーとビナーは
力と形を表しこの2つが顕現世界の単位となっている。

神秘的なダートは決して木に表されず、いかなる神の名も天使の軍勢も割り当てられないし、惑星や4大元素の象徴を持たない。
ダートはコクマーとビナーの結合から生まれる。
至高なる父アッバが、至高なる母アマと結婚し、ダートはその子供。
ダートがある場所は「深淵」が中央の柱を二分するところ。そして中央の柱の上に「矢の小径」すなわち心霊家が各次元を昇り詰めるさいに意識を走らせる小径が中央の柱にある。そしてここにはクンダリーニも存在することも思い起こすならばダートの中にこそ生成と再生の秘密が隠されていると判るだろう。
万物は対立する二極に分裂し、第三のもので結合することを通じて顕現する。この顕現世界を解くカギがダートの中にある。
中央の柱は不可視のセフィラ―=ダート=知識(意識的覚醒、知性)を通って昇っていく。
この柱の頭部には、ケテル=王冠=万物の根がある。
かくて意識はケテルという霊的本質から発し、ダートの悟達を通って「深淵」をくぐり、ティファレトの意識に翻訳され、「パロケト」のヴェールを引きちぎるキリストの犠牲によって、そこまで達するのである。
その後、意識は月の天球たるイエソドの心霊意識の中に入り、そこからマルクトという感覚的、頭脳的意識に至る。
こうして意識は巻き込みの過程を通って下降する。巻き込みとは「ほどける」ことの逆で、「最初の顕現」から存在の精妙な諸次元を経て濃密物質に達する過程を意味
する述語である。
厳密に言えば、秘伝家は霊的向上という言葉を、物質から霊への上昇を意味するときだけに使わなければならない。そのさい、精妙な諸次元を通って下降し、巻き込まれたものが、逆にほどけていく。これを向上という。

ミクロプロソポス(小さな顔)とマクロプロソポスの間にある深淵は、2つの次元に存在するものの本性と類型をはっきりと区別する。深淵の中にはダート(不可視のセフィラ―)があり、それは生成のセフィラ―と呼ばれている。知識とも呼ばれ、視覚、把握、意識として解釈することもできる。

ダートは西洋体系では首の部位に割り当てられている。ここは脊髄と脳髄が交わる点である。
ダートは普通、異次元の意識、または別乾坤、他界の意識を表すと考えられている。本質的には鍵の変更という観念を表す。
頭蓋管の規定にあるダートの機能は、ヒンドゥー体系では喉頭部に関係する「ヴィシュドゥ・チャクラ」と結びつけて考える。

(ダートが首、喉にあることが超重要。エヴァ、進撃、道教のツボ、アイヌの守護霊において首の後ろが重要。
人間の本体は脳じゃない。首の後ろだ。脳が欠損しても生きられるが首の後ろが欠損したら死ぬ。
道教思想だと、取り憑く霊は首の後ろのツボから侵入するらしい。
首筋に寒気がしたら下腹部から絞り出し、唸るような大声で叫ぶと大抵風邪をひかない、大声を出すのが無理な環境ならば叫ぶように息を吐くだけでも問題無い、
という技術と関係ありそう。

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年12月29日
首筋に寒気がしたら大声で叫ぶと大抵風邪をひかない。大声を出すのが無理な環境ならば叫ぶように息を吐くだけでも問題無い。他人は知らないけど、俺はこれで何とかなっている。
経験上、寒気がした時に息を飲み込むと失敗するような感はある。
叫ぶ時の発声は下腹部から絞り出し、唸るような声。甲高い折れそうな声は失敗な。イメージで言うと、病魔が恐れるような声。まあ、そんなもん存在しないだろうからあくまでイメージな。感染から潜伏期間考えたら、感染した瞬間に発症なんざありえないお話だ。免疫力や生命力を高めれば多少マシになる。


――
月刊シロロ5月号 - アイヌ民族博物館
http://www.ainu-museum.or.jp/siror/monthly/201605.html
”前回まで見てきた人間や動植物のラマッ(霊魂)は、いずれも元々そのモノに内在していた霊魂でした。船などの道具のラマッも、その素材となったモノの霊魂がそのまま宿り続けるというものでした。今回はラマッに関する記事のしめくくりとして「憑依」という特殊な事象について書きたいと思います。

 「憑依」とは、何かの事物に、そのモノ本来のラマッとは別のラマッが憑くことです。ちなみに「憑依される」というと大変な事態のようですが、アイヌの信仰では人間なら誰でもトゥレンカムイ「憑神」という神に守られていることになっています。この世界に誕生する前の人間のラマッは天界のラマッカラカムイの元にあり、そこで諸々の活動に必要なラマッをそろえて成形された後に地上に降りてくるとされます。このとき、降下していく人のラマッに、何かのカムイが付き添って一緒に地上に降り、その人が亡くなるまで見守り続けるとされます。この神をトゥレンカムイと呼び、その人の肩や首の後ろ付近に宿っているとされます。神々について良く知っている人は、美味しい物やお金など良い物が手に入った時には、肩から首の後ろにかけてかざす仕草をします。こうすることによってが、トゥレンカムイに報告をしたり、捧げたりすることができるといいます。こういう意味では、アイヌの信仰においては誰でもいつでも憑依霊を伴っていることになります。

 トゥレンカムイとなる神は人によって違い、その性質・能力、嗜好や気性が憑かれている人に影響を与えることもあると言います。またアイヌの宗教におけるシャマン「トゥスクル」も、この憑神の力によってトゥスというシャマ二スティックな儀礼を行います。ただ、全ての人にトゥレンカムイが憑いているからといって、誰でもトゥスクルになる訳ではありません。トゥレンカムイは通常は至って静かにその人を守護しており、はたから見て分かるような影響は表れません。

 通常よりも強い力を持つトゥレンカムイに守られている人は、いわゆる第6感のような感覚が強いことがあり、普通の人では感じ取れないような兆しを感じ取ることができるといいます。たとえばノイポロイクシと言って、獲物のいる方角を頭の痛みによって知る能力(頭の右側が痛かったらその方向に獲物がいる)を持つ人が知られています。そしてトゥスクルの場合は、より直接的に自ら口を通じてカムイの意志・声を語ってもらうことができるというのです。

 宗教学者の佐々木宏幹氏は、憑依霊が人に与える影響の在り方について次のように整理しています(なお、文中の例はいずれもアイヌ文化以外のものです。念のため)。

(1)神・精霊が当該人物の身体の中に入り、人格転換が行われ、彼(彼女)は霊的存在として振舞い、「吾れは某々の神であるぞ!」のように第一人称で語る。口寄せ巫女として知られるイタコやカミサンは、死者の霊を憑依させると、死者自身として語り出す。またシャーマニックな新宗教の教祖も、この型に属する者が多い。諸外国のシャーマンもトランスに入ると、第一人称の自己表現をするのが一般的である。

(2)神・精霊が当該人物の身体には入らないが、リアルに姿を見せ、直接身体に接触して、胸部を圧迫したり、手足をつかんで振り廻したりし、神意を伝える。彼(彼女)は、「神さま、しかじかのことについて、何とぞ教えてください」と願い、霊的存在の答を「はい、はい、わかりました」などといって受け、これを依頼者に伝える。この場合、当人には人格転換は起らないので、霊的存在との直接交通も、第二、第三人称を用いて行われる。

(3)神・精霊が当該人物の身体に入ることもなく、またその身体に直接接触することもないが、彼(彼女)の眼、耳、心を通じてその意志を伝える。「神さまに悟らせられる」とか「神さまにしゃべらせられる」という状況である。遠くから身体の悪い人が訪ねてくるとして、もしもその人が霊の影響を受けているとすると、悪いところの痛みが自分に現れるという。霊との交渉は第三人称で表現されることが多い。

[佐々木1980:54-57]



 この分類に照らすと、先のノイポロイクシは「人格の交替が起こらず、知覚に働きかけて何かを知らせる」という点で(3)に相当するといえるでしょう。これに対し、トゥスは(1)あるいは(2)の状態だといえます 。
  
 なお、佐々木氏は憑依が起こる過程についても「自発的憑霊」と「非自発的憑霊」に分類しています。自発的とは文字通り、シャマンが自ら意図して霊を呼び出して憑依させること。一方の、非自発的憑霊は、不本意に起こる事態を指します。トゥスについての事例を見ていると、しばしば非自発的憑霊に当たる記録も見られます。トゥスクルの憑神が、トゥスクルの気付いていない事態を知らせようとする際にこれが起こると考えられます。また、憑神ではなく神や死者などが突然憑依することもあります。なお、アイヌ語(北海道方言)ではキンラという言葉があり「何かに憑りつかれたような」異常な心理状態を指します。ニュアンスとしては、こちらの方が非自発的憑霊に近いように思えます(樺太方言でのキンラは、法力・魔術に近い意味になります)。

 なお、トゥスクルになるかどうかの素質は、憑神となった神の性質によって、言わば生まれつき決まります。各地域のシャマニズム文化の中には、例えばモンゴルのように修行によってシャマンとなることが可能な場合もありますが、アイヌ文化においてはいくら修行をしても、後天的にシャマンとなることはできない事になっています 。

 ただ、非自発的憑霊はトゥスの能力の無い普通の人にも起こることであり、本人を病気にしたりキンラを引き起こしたりと、危害を加えます。そこで、これらの症状の治療として、憑依したモノを当人の体から出すことが必要となります。”

月刊シロロ 11月号(2015.11) - アイヌ民族博物館
http://www.ainu-museum.or.jp/siror/monthly/201511.html
”憑き神(守護霊)は頭の後ろのへこみ「盆の窪」についているのだそうで、その人を守ると同時に性格を決定づけるものと考えられています。④⑤で両肩にお神酒をつけているのはこの憑き神に対してで、これは女性も同様の所作をします(後出)。③サパウンペ(幣冠)、⑤エムシ(刀)にお神酒をあげている意味も、祈りを手助けしてくれる者たちにご褒美をあげているわけです。
(…)林イツ子氏が、イクパスイで自分の左肩、右肩、頭の後ろに向けて捧酒する仕草をしている(=⑧)のは、先に述べたように、首の後ろのへこみ(盆の窪)にいる憑き神にお神酒をあげているわけです。”)


・秘伝家は世界の終末とか千年王国の到来などということを考えない。
事態が当然の進展をたどっていること、始めこそが価値があり、旧悪をただすのに必要なことであっても、終わりには極端に走ってしまうことを知っている。
リズムの原理はあらゆる顕現世界に内在しており、どんな体制であれ、難破状態から立ち上がるや否や、必ず立て直し始める。
キリスト教の最大の弱点はこのリズムを無視することである。
ヴィシュヌとシヴァの代わりに神と悪魔を対立させるのだが、この二元論は二者の均衡をとるのではなく、二者を対立させてしまう。従って力の均衡をとる第三者として働くものが決して出てこない。
神は昨日も今日も永遠に同じものである。
神は現に進化しつつある創造に関与しない。一回限りの特別な創造行為を行った後、栄光の冠をつけて休らっているのである。あらゆる人間の体験、知識はこのような考え方が真実である可能性に反対する。
キリスト教は「あることが善であるからといってその反対は必ずしも悪ではない」ということを理解していない。

一回限りの創造、被造物世界に関与しない……理神論。
悪の説明に都合が良い。

理神論deism
神が世界を創造したことは認めるが、
創造後の世界に創造主は直接的な関わりを持つことはなく、
自然法則に従い自己発展を続ける、
という一神教思想。
奇跡・預言・啓示などによるゴッドの介入を否定。
人間理性を重視。啓蒙主義に強い影響。

の元ネタはバレイデースのグノーシス疑惑。

『グノーシス』によると
バシレイデースいわく
「存在しない神
=言語ではそもそも語れない、『存在』 という言葉で縛られない、あのすべての根源たる神
は、存在しない世界を、存在しないものから造った。何か種子のようなものを投げ落とし、下に置いたのである。この種は宇宙のあらゆる萌芽を自らの内に秘めていた。」

世界が一つの種から育つ。種を置いた後、存在しない神=至高神は何ら手を下さない。
この種から世界がオートマチックに自立的に生成する。
神を我々の世界や宇宙にできるだけ関わらせないためのモチーフは結局、
神の超越性を強調するヘレニズム時代の流行。
神との接点は種を置く一回限りの行為に制限する。
その種から生成してくるものは、上の世界のことを知らない



・ケテル

神名…エヘイエ―
魔法のイメージ…髯を生やした古代の王の横顔

称号…ルクス・インテルナ(内なる光)、存在の存在、隠れたるものの隠れたるもの、
 太古の太古、創造の日々、原初の点、円の中心点、いと高きもの、
 巨大な顔、白い顔、存在しない頭、マクロプロソポス、アーメン、
 ルクス・オクルタ(隠れたる光)、へー。

宇宙チャクラ…第一動者、ラシット・ハ・ギルガリム(最初の渦巻

霊的体験…神との合一
美徳…成就、大いなる業の完成
悪徳…なし

ミクロコスモス…頭蓋骨、サー、イエキィダー、神の閃き、千弁の蓮華。
象徴…点、王冠、鍵十字

密議参入の道とは木の上にいる智慧の蛇のとぐろをたどっていくことである。だが「照明の道」は「約束の弓」、ケシェトから打ち放たれた矢の小径をたどることである。
この弓はイエソドの背後に後光のように広がっているアストラル的な色彩の虹
を意味する。

原初の点=ケテルは王冠と呼ばれ、王冠は頭の上に置かれるがケテルは一般に受肉期間中には決して到達できそうにもないような意識を表すと考えられている。
かたちの世界に関する限り、ケテルは事物の図式的理解を超えたところにある。
ケテルに配当された霊的体験は神との合一。神との合一を達成した人は、光の中に入り、2度と戻ってこないと言われている。
ケテルに対応するサハスララ・チャクラ、千弁の蓮華は頭の上にある。

・ニルヴァーナとは完全なる存在様式または次元の変革を意味する。
ニルヴァーナに達した人の魂の状態を最もよく表してるのは、外輪が姿を消し、幅が光線となって全創造界に浸透し行き渡っている車輪である。
その放射光線の中心は無限のかなたに影響を及ぼし、それ自身の内からでなければ決してやむことはなく、永遠にエネルギーの中核として同一性を保っている。

ケテル、純粋存在に触れるのは、われわれがいかなる部分も属性も次元も持たない存在の本性を実感できるときに限られている。この体験はよく涅槃寂静と呼ばれている。これを経験した者は神と共に歩むが、そこにはいない。神が連れ去ってしまうからである。

仏教や儒教のような形而上学的信仰はケテルを目指す。

曲解するな。目指してねーよ。一神教とバラモン教もどき思想で勝手に内容歪めるな)
仏教のニルヴァーナではないよ。
佛教は当然、聖書が中核のカバラは完全否定



・セフィロートとは状態であって、場所ではない。純粋で無制約なる存在、あらゆる部分も活動も存在しない状態のある所はすべてケテルと呼ばれる。
だからこそわれわれは形而上学的カード索引システムの十個の仕切り棚に顕現宇宙の全体に関する観念を分類することができる。
言葉を変えれば純粋なエネルギーが働いているところはどこでもコクマーの力であると認識することができる。
万物照応の体系によりあらゆる内在的観念によりそれらを結びつけることができよう。
普通これは潜在意識の仕事であり、潜在意識はそれを自動的に遂行している。オカルティストは覚醒意識を訓練してこの同じ方法を用いるのである。
個人が潜在意識から直接働きかけるときはこの方法を使っているのである。芸術的天才や発狂状態、夢や禅定のさいに同じことが起こる。


タロットの4枚の3はビナーに割り当てられたカードだが、3は物質における顕現という観念と密接に結びついている。三角形はもっとも濃密なる物質の神としてサターンに割り当てられた象徴の一つであり、それは方術の三角形と呼ばれている。
魔法の儀式の中で物質界において肉眼に見えるように霊を呼び出そうとする場合に用いられる。
他の顕現方法の為には円が用いられる


・剣の3は悲嘆と呼ばれ、タロットにおける象徴は三本の剣が突き刺さった心臓。カトリックではマリアが剣の刺さった心臓と共に表されている。マリアはマラー、苦さ、海に等しい。
幸いなるかな、マリア、海の星よ(アウェ・マリア、ステラ・マリス)。

・第4セフィラ― ケセド 慈悲
ミクロコスモス…左腕
象徴…(立体)、正四面体、ピラミッド、ギリシア十字、
宝珠、杖、王笏、鍵









・第六セフィラ― ティファレト 美
神名…テトラグラマトン、アロアー・ヴア・ダート
宇宙チャクラ…セメッシュ(太陽)
ミクロコスモス…胸
象徴…薔薇十字、胸飾り、十字架、
    頂点の欠けたピラミッド

    立体。

ケルト十字の先細の軸は実を言うと、頂点の欠けたピラミッド。

ピラミッドは、大地にしっかりと足をつけ、諸天における統一に向って次第に補足なっていくことによって、全人、換言すれば 至高者(イプシシムス)を象徴する。頂点の欠けたピラミッドは秘儀を授けられた導師、すなわち小導師を象徴する。それはヴェールの内に入ってきたが、いまだ自分の教程を完了していない者。このピラミッドの六面はアダム・カドモン、すあんわち元型的人間を構成する六つの中央のセフィロートに対応し、ケテルの統一で終結する至高の三角形がそこに加わることでピラミッドが完成する。

十字架と結びついた薔薇=世界の薔薇(ローザ・ムンディー)

ティファレトは木全体の均衡の中心。
あらゆるイエソドのアストラル・ヴィジョンもティファレトの神秘体験を「通して」形而上学的用語の翻訳しなければならない。この翻訳が行われないなら幻覚に囚われる。
潜在意識の鏡に映り、顕在意識の言葉に翻訳された映像が真に実在する事物と考えてしまうのである。実はそれは象徴的表現にすぎな。
ケテルは形而上学的、
イエソドは心霊的、
ティファレトは本質的に神秘的。神秘的とは一種の心の持ち方として理解されなければならない。その中で意識は象徴的 潜在意識的 表象の中で働くことを止め、情緒的反作用を通して把握される。

・超越的なものを表彰体験によって表現し、消灯体系を毛事情学的な言葉に翻訳することで、
心霊的なものは知性を「通して」霊的なものに結びつく。
この翻訳が行われるところこそティファレト。ティファレトにて直接的意識の神秘的体験が行われ、それが心霊的象徴を照明する。


・我々の最初の高次の心霊現象の体験は通常低次の心霊現象から始まる。
ようやくマルクトから離陸したところでありティファレトの太陽を
イエソドという月の天球から見上げているにすぎない。
こうして我々は内なる耳によって諸々の声を聞き、内なる目によってさまざまなヴィジョンを見る。
しかしそれらは通例の心霊意識とは異なっている。なぜなら、それらはアストラル界の諸形態の直接的表示ではなく、霊的事物がアストラル意識の中に現われる象徴的表象なのである。
これは潜在意識の持つ通常の機能であるが、必ず完全に理解しておかなければならない。この点に関する誤解は極めて深刻な問題を産み、精神の不均衡を招くことさえありうるからだ。

(安全面の知識と理解が最重要)


・神々は被造物の創造物。礼拝者の崇拝により創造される。創造の作業をなすのは神々ではなく、それぞれその性質に応じて働いている大いなる自然の諸力によってなされる。神々は諸民族の集団精神の流出。
礼拝者の想像力に作用し、神々はミクロコスモスとマクロコスモスを結びつける。

・ヴァイオレット・メアリー・フォース、
魔法名ダイアン・フォーチュンは
1891年ヨークシャーに生まれた。
幼少よりクリスチャン・サイエンスの指導を受けた
彼女はその後、本格的に
心理学、神智学、魔法、深層心理学を究める。
1919年 魔法結社 黄金の夜明けに入団。
1922年 内なる光の協会 設立。
自ら高等魔法の通信教育をあたるとともに多くの小説・研究所を発表。
1946年 敗血症で急死。
本書は実践カバラーの入門書。

クリスチャン・サイエンスと神智学に黄金の夜明け……
仏教嫌いで仏教を曲解しまくる、理神論系キリスト教的多神教!

既存のキリスト教を叩いて布教する、一神教的多神教カルトを私は、
新キリスト教 (国家神道、スピリチュアル、ニューエイジ、人型限定宇宙人、神智学、大本教、生長の家=ニューソート)
と定義しています。
やっていることはイエスとゴッドと終末論の言い換えです。
アセンション(Ascension) はスピリチュアルで有名だが、キリストの昇天という意味なので出自がバレバレ。

本物の魔女が彼女の作品は小説が重要って言っていたなあ


内なる耳にしばしば聞こえてくるのは、高次の自己(「大霊」「聖なる守護天使」「最初の秘儀伝授者」)の声であって、伝統的な訓練を経ていない人々によって考えられているような、肉体を離れた存在者たちの声や「神」御自らの声ではない

・カバラ―用語に通暁している人々は、最初の密議参入は「聖なる守護天使」の知識と会話を享受する力から成る、と言われていることを知っている。
よく覚えていてほしいのだが、聖なる守護天使とはあなた自身の高次の自己である。
心的作用のこの高次の様式は、霊聴でも霊視でもなく、純粋意識であるというのがその第一の特徴である。
それは強度の覚醒であり、この頓悟から高度に発達した直観の性質を持つ独特の洞察力が生じるのだ。
高次の意識は決して心霊的なものではなく、常に直観的であり、何の感覚的イメージも含んでいない。
練達の秘伝家に、彼が高次の意識の段階にいることを教えるのは、この感覚的イメージの不在なのである。

古代人はこのことを認識していた。彼らは地下の神々、または黄泉の国との接触を引き起こす神がかりの方法と、
密議の神聖な陶酔とを区別していた。
ディオニュソスの祭の中で狂乱して突き進むマイナデス(ディオニュソスの巫女)たちは、
デルフォイのアポロの巫女たちとは全く異なる密議伝授の位階に属していた。
アポロの巫女は霊能者であり、霊媒だった。
しかしマイナデスはディオニュソスの密議の秘伝家であり、意識の高揚と生命の頓悟とを享受したのだ。

・パラケルススが云ったように、血は特製の液体。

ティファレトの天球の神名はアロアー・ヴァ・ダートである。その名の天球を、この天球とケテルの間に来る不可視のセフィラ―であるダートと密接に結び付ける。ダアトは理解力としてつまり意識の黎明としてもっともよく理解されるだろう。
テトラグラマトン・アロアー・ヴァ・ダートという語句は、神が心の領域に顕現されたと解釈できる。


・ネツァク 勝利
魔法イメージ…美しい裸の女性
イエツラー文…隠れた知性
神名…イエホヴァー・ツァバオト(万軍の主)
宇宙チャクラ…ノガー(=ヴィーナス、アフロディテ、金星)
美徳…無我
悪徳…淫乱、不貞
ミクロコスモス…腰、臀部、脚
象徴…ランプ、帯、薔薇
タロット…各組の7
色彩…ブリアー界ではエメラルド色。

・物質は結晶化した霊であり、霊は揮発した物質である。物質と例の間に素材の違いは何もない。水と氷の間に違いがないのと同じ。どちらも錬金術師がいう「一つのもの」の異なる状態なのである。これが金属変容の秘密教義の基礎を形成する錬金術の大いなる秘密なのだ。

・自然の女神の真の秘密は、対立する一対の抗争しあう権利を承認することである。善と悪の間にあるような二律背反は存在しない。ただ両極端の間に均衡が存在するだけ。それぞれが度を越したときに悪になるのである。
無拘束の認可は堕落へと通じる。
しかし不均衡な理想主義は精神病理学へと通じる。

ホド 栄光 
魔法のイメージ…両性具有
イエツラー文…絶対的知性あるいは完全な知性
神名…エロヒム・ツァバオト(万軍の神)
大天使…ミカエル
天使の位階…ベニ・エロヒム(神の息子たち)
宇宙チャクラ…コカブ(水星)
ミクロコスモス…脚、腰
象徴…名、呪文、エプロン
タロット…各組の8
色彩…ブリアー界ではオレンジ


・ツァバオト=軍勢、軍隊。
大天使ミカエルは常に蛇を踏みつけ、それを剣で刺し貫いている姿であらわされる。
しばしばその手に一組の秤を持っている。均衡の象徴。イエツラー文の 原初者の平均 と同じ観念を表す。
大天使が踏みつける蛇は原始的な力であり、フロイト派の男根の蛇。原始的な力を削減し、その力が境界を越えてあふれ出すのを防ぐのはホドの制限する慎重であるとこの絵文字は教えてくれる。
堕落は「木」の上ではあてがわれた境界を越え出て、王冠を頂いた頭をダートまでもたげる、七つの頭を持った大いなる蛇によって表されることを思い出してほしい。
象徴が互いにおりあわされ、また互いにときほどかれ、強化され、相互の意味を解読しあい、その結実をカバラ―的な観想に与えるさまを観察することは、大変面白い。

伝授を受けた者は「宇宙の偉大なる建築士」として神が働いていると考える。偉大な建築士の計画は元型界に構想されていると考えるのである。

呪文は真言的で、ロザリオの作用に従って何度も繰り返されると自己暗示として心に作用する。

エプロンは賢者ソロモンの秘伝家にとって直接的関連がある。密儀を伝授された者の特徴的な衣服。彼は比喩的に職人とみなされる。職人は形の製作者。エプロンは月の中枢、イエソドを覆い隠す。イエソドはアストラル界の 対する一対 の機能的側面だ。

(偉大なる建築士とエプロン……
もろにソロモン大好きなメイソン=プロテスタントと異端系キリスト教の用語!


“友愛という言葉は,狭くは〈友情friendship〉を意味する場合もあるが,特に英語fraternityなど西欧語の訳語として,兄弟の間の情愛から,さらにひろく家族など同一集団を結合する情愛,人間全体を一つの家族として包み込む人間相互の兄弟愛をも意味する。このもっとも広い意味で,友愛は〈博愛philanthropy〉〈隣人愛brotherly love〉と同義である。このような友愛の観念は,洋の東西を問わず古くからあるが,近代以降もっとも明確な観念と制度化を生んだのは,西欧の場合である。 “
https://kotobank.jp/word/%E5%8F%8B%E6%84%9B-650203

“りんじんあい【隣人愛】

身近な人々への愛情。

キリスト教倫理で、他者たる隣人に対する愛。
【…】
キリスト教倫理の根本原理。旧約聖書《レビ記》19章18節に〈あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない〉とある。イエスは,神を愛することとともに,この隣人への愛こそもっともたいせつな戒めだと教えた(《マタイによる福音書》22:39)。また,今助けを必要としている人の隣人になってあげることにその意味があるとして,善きサマリア人のたとえを語った(《ルカによる福音書》10:25以下)。自己を重んじることもまたこれに含まれる。
“https://kotobank.jp/word/%E9%9A%A3%E4%BA%BA%E6%84%9B-411254)

・天球はすべてその資質に従って作用する。
その性質はどのような魔術的、奇跡的影響力によってもどれほど強力でも変えられない。
以上に注意を払わねばならない。
我々はただ表現の設計を訂正できるだけ。
表現された事柄は不変のまま残る。
物質界の状況を勝手に意志に従わせることはできない。
マルクトはただイエソドを通じて接近できるだけであり、
イエソドへはホドを通じて接近できる。
ホドにおいて表現は設計される。
霊が物質に直接作用するのは誤り。
霊は心を通じて作用し、心はエーテルを通じて作用する。
エーテルは物質の骨組みであり、生命力の媒介物である――その性質の範囲内で操作されうる。
これは極めて重要。
従ってあらゆる奇跡的、超自然的出来事はエーテルの本質を操作することで引き起こされる。
エーテルの以下の二つの特性が全体系の土台を形成する。

①心によって形へとかたどられるアストラル的エーテル。

②分類棚の仕切りのように張力のある網のような紐によって、
濃密な物質の分子を保持するアストラル的エーテル


・イエソドは月の天球
永遠に処女なる女神ダイアナ
エペソスのダイアナは多くの乳房を持つ豊穣の女神
イシスも月の女神。イシスの額の三日月はハトールでは牝牛の角。
牝牛はあらゆる民族の間で母性の特別の象徴。
カバラでは生殖器はイエソドに割り当てられる。
月には三人の女神が割り当てられる。
ダイアナ、セレナ、あるいはルナ、
それにヘカテ。ヘカテは魔術の女神にして出産も司る
非常に重要な月神が魔法の主トート。

・マルクト 王国
神名…アドーナイ・メレク=王なる主。
アドーナイ・ハ・アレッツ=大地の主
ミクロコスモス…足、肛門

象徴…立方体を二つに積み上げた祭壇
(上のごとく、下もしかり の象徴。
この祭壇は中央に置かれる。
六フィートの人間のへその高さで、幅と奥行きはその高さ分であれば適当な寸法


ギリシア十字
(釣り合いのとれた均衡状態にある四大元素。
マルクトの四色に対応。
レモン色はイエソド
黒はクリフォト
オリーブ色はネツァク
あずき色はホド)

魔法の円、魔法の三角形

どのような作業も作用がマルクトの言葉で表現されるまでは、つまり物質界に表れるまでは完結しない。そうでないと生み出された力は適切に接地、アースされない。
魔法実験での禍の元凶になるのはこの放置されたままの力。
実験が重なると効果は累積してしまう。不完全な技術が災いをもたらす。


・惑星記号は三つの象徴から合成されると考えられている。
円=太陽
三日月=月
十字=腐食作用または犠牲

・実践上で重要な神格の付属物は香料と色彩。

他人が用意してくれた生命の木がほとんど判読できないほど汚れたので自分で塗りなおしたのだが、即座に著しく増大した磁気を帯びたのに気づいた。
常に自分の魔法の武器は可能な限り自分の手によって用意すべきである
という古くからの言い伝えが納得できた。

・流された血がエクトプラズムを発するのは事実。

・霊を召喚する唯一の確かな通路は魔法使い自身である。
エジプトの召喚方法は神の姿を帯びる法として知られているが、魔法使いは自身を神と同じものとみなし、自らを顕現の通路としてささげる。マルクトとイエソドの間にある深淵に橋を架けるのは彼自身の磁気なのだ。
生物の持つ磁気の量はどんなに高価であろうと金属や結晶体の持つ磁気の量をはるかに上回っているのでこれほど満足できる方法はほかにない

ミクロコスモスの木が考察される場合、
肉体はマルクト
エーテル体ダブルはイエソド、
アストラル・メンタル的身体はホドとネツァク
高次の精神が考えうることはすべてマルクトに顕現しうる。

最良の魔法の武器は魔法使い自身。他の仕掛けは全て目的のための一つの手段に過ぎない。
目的とは凡人からマグスを創り出す意識の高揚と集中である。
「あなたがたはあなたがたが生ける『神』の宮であることを知らないのか」
と「偉大なる一者」は言われた。この生ける宮の象徴的装置の使い方さえわかれば我らは天国の鍵を手に入れる。
この使用法の鍵は木のミクロコスモス的属性の中に与えられている。
これらを機能の観点から解釈し、その機能を霊的諸原理から解釈すれば、力の宝庫の扉を開けることができる。
神の力は修行・献身する人間が活性化し神人合一に至ることで最も早く最も完全に顕現する。

高次の世界では捉えようがなくはっきりしなかったものを最終的に確認し明確なものにするのが、
マルクトの形を与え具現化する機能。
あらゆる魔法作業は完了したと考えられる前にマルクトを通過しなければならない。マルクトにおいてのみ力は最終的にかたちという家に閉じ込められるから。
アストラル界にのみ作用する瞑想形態よりも、物質界で遂行される儀式の形態のほうがより完璧に成就される。
何かが物質界に存在しなければならない。
護符に描かれた線や宙に書かれた記号だけでも良い。
それがマルクトの次元全体に作用する。このように完結された作業がアストラル界にのみ終始する作業とは全く違ったものであることは体験からわかる。


・教育を受け、啓蒙された宗教の解説者たちは二元論を異端と考える。光と闇、霊と物質の闘争を信じるのは無知な信者にすぎない。闘争は結局神の勝利に終り、敵対勢力は一掃されることになっている。
新教徒はルシファーが光を運ぶ者であり堕天使サタンであることを忘れている。
悪は吸収し調和させることによってのみ処理できる。

・霊能者、魔法使いを問わず、人間がアストラル的存在と接触する場合、彼は必ずそれを人格化する。
つまり接触し、理解し、支配しようとする把握しがたい精妙な諸力を自分自身に呈示するために、自身に似た諸々の形を創造するのである。彼は「大いなる母」ビナーの真の子供であり、組織化し形作るために彼に生来備わっているの形象化能力を彼の意識を高められる次元にまで携えていくのである。

・文明人よりもはるかに心霊的な未開人は、現象の背後にいる存在は彼自身の夢の生が営まれている世界と似通った世界に住んでいると考える。
白日夢は眠りの中で見る夢と酷似していて、しかも意のままに誘致できるという利点を持つので、彼は別世界の存在者たちに彼らの王国に入ることによって近づこうと試みる。つまり彼は白日夢や空想の中で、できるだけ夢に近い特別の通路を作りあげるのだ。
もし高度の集中力を発揮すれば、彼は目覚めている意識を閉ざして、自由自在に夢見の状態に自分で決定した夢を見ながら入って行けるのである。
この目的を達成するために、彼が折り合いをつけたいと望んでいる自然現象を司る霊的存在を象徴するように意図された心像を彼はイメージの中で形成する。彼は繰り返しその像を形成し、崇拝し祈りをささげ、呼び出す。
彼の祈願が十分に熱烈であれば、彼の求める存在はテレパシーによって彼の祈りを聞こうとし、彼が行っていることに興味を持つようになる。彼の礼拝と供犠がその霊的存在の意にかなえば、その協力が得られるだろう。
次第にその存在はならされ、家畜化していく。
最後には、その乗り物として心的素材から造られてきた形に生気を吹きこむよう説得されるようになる。
この作業の成否は、礼拝者が呼び出そうと一心になっている存在の性質を共感によってどれだけ認識しうるかにかかっている。
この作業はただ彼自身の気質がその存在の性質をどれだけ帯びているかに応じてできるだけである。
この工程が上手くいけば自然の生命の一部を飼いならすことができるわけだ。
その生命は礼拝者たちの作った形の中に受肉する。
その種の生命との共感的な交合に入ることのできる礼拝者が適切な礼拝をおこない、それによってアストラル的な形が保ち続けられる限り、そこに受肉した神が存在することになる。その神は接触ができ、人間の近くでとらえるものとなるのである。礼拝をやめると神は自然の懐の自分本来の場所へ引きこもってしまう。
しかし別な礼拝者が現れ、呼び出すべき生命力の本性に合致した形を作り出すのに必要な知識とその生命力を呼び出すに足るだけのイメージ力による共感を持っていれば、形に魂を吹き込むのに慣れた生命をもう一度形へとひきつけることは比較的簡単なことである。
それは古からの密議の伝統で伝わってきた魔法作業の方法である。集中に必要な技術を習得し、様々な形を作り出す象徴を知っている者によって利用されるとき、この方法は有効に作用し、古き神々が再び火の灯された祭壇に帰ってくるからである。
確かな成果が礼拝者の意識の中で得られる。もし礼拝者が高齢術師の方術を借り霊を具現化する霊媒を用いるとすれば非常に明白な現象が生み出されるからである。

(自然の力の一部を自身のシンボル操作で無意識に注入してから、
建材意識に流して、肉体外部に放出して、エネルギーを与える対象者の肉体の形に変えて
――さながら人型の鋳型のように、人型化と擬人化をすれば扱いやすくなる――
対象者に注入したら自然の力の一部を注入して治療とか強化とかできる人がいるんだろうなあ。
力を注ぐ経路は首の後ろ。

アスリートが良くやっているイメージトレーニングは、理想の自分のイメージを召喚して自身に憑依させる技術。
召喚魔法ですよ。
あるいは理想的な動きの設計図を召喚してそこから伸びた『イト』に操られるように自身の肉体を操る術かな。



・単一のセフィロートは決して機能しないことを決して忘れてはならない。
一つの機能は均衡のとれた対立する一対を持たねばならない。
そこから均衡した第三者が生じて初めて機能するからだ。
対立する一対はそれだけでは機能しない。それらは相互に打ち消し合うからである。それが力強い活動性を獲得するのは父と母と子の象徴に従って、ただ第三者として流出するために均衡した力の中で結合するときだけなのだ。
その力は呼び起こされるのを待ちながら、それらの中に永遠に閉じ込められている潜在的な力とは区別されなければならない。

・低次の三つ組の機能する三角形はホド、ネツァク、イエソドからなる。
ホドとネツァクはそれぞれアストラル界における形と力である。

イエソドはアカシャとかアストラル・ライトといったようなさまざまな名で呼ばれているエーテル的素材の土台である。

ホドは特に魔法の天球である。それは形を明確に組織化する天球であり、ゆえに魔法使いが実際にそこで作業する領域なのだ。
形を明確に組織化するのは魔法使いの心であり、その形に魂を吹き込めるネツァクの天球の自然の力との環を作るのは、彼の意思なのである。

しかしながらネツァク、つまりアストラル的な力の局面との接触がなければ、形に魂を吹き込められないことに留意しなければならない。
そして情念の天球であるネツァクとの接触は、共感と、感情を同調させる ことによって成立するのである。
意志の力は魔法使いをホドから投射するが、ただ共感の力のみが彼をネツァクへ取り入れることができるのだ。単に感情的で共感しやすい人物と同様に、抑圧的で無情な人物もまた力と共に作業する導師にはなれないのである。集中した意志の力は、魔法使いが彼の作業に対して心を落ち着けることができるために必要である。
しかし、イメージ力による共感の力は彼の接触を可能にするために欠くべからざるものなのだ。
なぜなら我々が自然の諸力と接触できるのは、ただ我々自身とは異なる存在様式を持つ生命の中へイメージ力によって入り込む我々の力に依るだけだからだ。彼らが抵抗すれば 強力な神名 によって呪いながら、純然たる意志によって彼らを支配しようと試みるのは、ただの招霊術にすぎない。

自然の諸力と接触するのは、我ら自身の気質の中にある照応する要素を通じてである。我々をネツァクに象徴される影響力と接触させるのは内なるヴィーナスである。
我らをホド―マーキュリー∸トートの天球の諸力と接触させるのは我ら自身の知性の魔法能力なのである。

密儀と階級において与えられる教えは以前には潜在意識的であったものを意識的にし、高次の知性に導かれて意志の支配下に置くよう単に設計されている。
そのように向上した能力は、それまではただ適当な刺激に対して盲目的に反応するだけだった。
次のことには十分に注意が必要。
この反応能力が感情的反射の域を超えて理性的支配に服する度合いに応じて我らはその能力から魔法の力を作り出せるのである。あらゆる次元においてヴィーナスの呼びかけに応じる能力を持っている志願者が、意志によって容易に造作なく反応を断つことができるときにのみ、彼はネツァクの天球の密儀を授けられるのだ。このことが導師について「彼はあらゆるものを利用できるが、何ものにも依存しない」と言われる理由なのである。



・ヘブル語の3つの母文字は、
アレフA、メムM、シンShである。
『セフェール・イエツィラー』によれば、
この3文字はそれぞれ
風、 水、 火 の3大元素に割り当てられている。
アレフが司るのはケテルの風の3つ組でありそこでは風の「根」が下に降りて、
ティファレトすなわち太陽の火を通って、
イエソド、月の光に達している。
ピナーの中に水の根(マラー、大いなる海)があり、
ケセドを通してホドにまで反映している。ここはメム、水の母が司っている。
コクマーの中に火の根があり、ゲブラ―を通ってネツァクにまで反映している。ここは火の母、シンが司る。

「根」とあるが、イェツラーに現在の生命の木と木の部位に対応するセフィラはないはずなんだが……
生命の木カバラは中世からなので、古代ユダヤの生命の木(と日本)云々ときたら嘘確定。シオニズムはキリスト教思想。シオニストはクリスチャン。


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
カバラ基本経典は紀元前にない。イェツィラー(3~6世紀。新プラトン主義成立後)
・バヒル(12世紀)・ゾーハル(13世紀)。
ユダヤ・カバラは旧約聖書重視(元祖カバラに生命の樹なし)。
クリスチャン・カバラ(生命の樹中心)は15世紀にピコが創始。
物証成立年代を捏造する #日ユ同祖論。

生命の木であなたがイメージするカバラは
15世紀以降成立のクリスチャン・カバラ=キリスト教化されたユダヤ・カバラ。
#ユダヤ陰謀論 と #日ユ同祖論 がキリスト教に見えないキリスト教思想なのと同じく外見がユダヤでも中身がキリスト教。
成立年代を確かめないと騙され放題。


猫太”日本のカバラが本物とか言うやつは、生命の木理論が15世紀からしか出てないとか、生命の木なしカバラとか、ハシディズムの義人思想とかそーいうの一切知らないからな。”
”多神教の古代イスラエルとかパレスチナの周囲の民族と何が違うのか?と。書物の宗教だからこそユダヤ教は特異なのに”

有名なカバラはクリスチャン・カバラでキリスト教徒製。 猫太”本家ユダヤカバラの解説見てたら〜、なんかスピノザくさいよね〜とか思ってたらモロに影響受けてるやん!”
”センセーショナルなネットに落ちてる口当たりのいい情報だけを集めてたら、文字通りカルトの術中にハマってしまうからな。”

日ユ同祖論は
①佐伯好郎(景教博士。最初期の論者。キリスト者)が功利的企画だと暴露
②ダビデの星がユダヤのシンボルになったのは十七世紀から(イエズス会製)
③カバラに生命の木が登場するのは中世から
④仏教徒の天皇も側近も縦書きの漢字を使用
⑤天皇は道教用語 を無視して捏造してね!







西洋魔術そのもの…ある特定の時(例えば日付)で特定の儀式を行うのは魔術の基本…カバラ系の魔術本では基本としてボックス呼吸と…毎日特定の時刻を決めて特定の動作をすると書いてあった。”
誕生日ケーキは元は月の女神アルテミスに捧げる生贄。 つまりアルテミスは現在最強クラスの女神←重大

”メスメリズムやスウェーデンボルグ主義のように…先行するものがあった。
スピリチュアリズムは円盤の先輩…スピリチュアリズム運動の中心的指導者アンドリュウ・ジャクソン・デイヴィスは、スウェーデンボルグ主義とメスメリズム…に濃厚な影響を受けた。”

スピリチュアルが広まるきっかけであるフォックスの
"ハイズヴィル事件を予告したとされるデイヴィスを支援したのがスウェーデンボルグ主義者にしてあのブッシュ家の血筋の人。 スウェーデンボルグは宇宙人カルトとスピリチュアルの源流。 まあ、デイヴィス推しは支配層製ですね。デイヴィスは無学だったし。"


メーソンを叩くスピ信者へ 「貴方のスピリチュアル思想は神智学系。神智学協会誕生の原因がエジプトとカバラかぶれのフェルト。フェルトを招待し、神智学協会を団体名としたサザランはメーソン。神智学の教義が陰謀論。メイソン製スピ系陰謀論はメーソンの中核は絶対叩けない」


”魔術師エリファス・レヴィ…の教義で革新的とされるのはタロット・カードとカバラの結びつけ。
レヴィ曰く、
魔術=合理的科学。 魔術、すなわち隠秘科学(シアンス・ゾキュルト)は理性に一致する。 魔術理論では人間の意志の力を重視。 …鋼の錬金術師のアルフォンス“

閉店です ‏@lakudagoya
てゆーか、何でヌッポンのカバラガー!とか言うやつは、何でこうもクリスチャン・カバラに偏ってるんだろうか?誰かおせーて。あと何で文献を書いてくれないの?あと西洋のカバラとの対比とかやって欲しいなぁ。あとなんでアブラフィアさんやモーゼス・マイモニデスは無視されんの?ww

カバラに生命の木が登場したのは15世紀ですよ。そもそも今の聖書と違う聖書ってどんなことが書いてあったんですか?最古のヘブライ語写本はアレッポ写本ですが、それ以前の内容をあなたは知ってるのですか?根拠がありますか?

今から2600年前からヌッポンのカバラガー!と言う人、良かったらそのヌッポンのカバラの参考文献を5つくらい上げてくれないかなぁ?お願いねん。で、西洋のカバラ文献のベストセラーのセフェール・イェツィラーなんだけど、大帝に聞く限りだと、日ユ同祖論の人がすげえ嫌そうな事書いてありそう?





閉店です ‏@lakudagoya 5月6日
隠れユダヤの陰謀って言われてもな。確かにユダヤ系は社会の要職についてるしネットワークもあるのだろう。
しかしな、例えば祖父の代がムスリムで親の代にはカソリックに改宗してて、そいつがカソリックの神学院出て大司教とかなって活躍してたら、これ隠れムスリムの陰謀とか言うの?
レコンキスタで改宗を強制されたのは何もユダヤだけじゃないのだが。隠れユダヤもいたけど、隠れムスリムもいたんだよ。
どちらも改宗して代を重ねる毎に宗教的なアイデンティティを喪失していくのに、何でムスリムは言われないでユダヤ「だけ」ユダヤの血が入ってたらユダヤ扱いされるの?

隠れユダヤの陰謀!とか言うなら、隠れユダヤがどのような世界を作りたいか全くわからないよ。
アレクサンドリアのフィロンのようにモーセの律法に従う人はみんな世界市民という思想?(笑)
これ純粋ユダヤ思想じゃないけどな。 少なくともメイソンは作りたい世界のヴィジョンを持ってた。









主婦の陰謀論者はさ、キリスト教が乗っ取られた疑惑が浮上中〜とかお花畑な事騒いでたけど、秘密結社の連中が一貫して反カソリックだったと考えるとスッキリ理解できる。 反キリスト教じゃなくて反カソリックな。これがミソだ。覚えておけよ。 子供のアニメで教皇が悪者なのもこんな思想なのよ。
高位のフリーメイソンの儀式ではさ、ローマ教皇の帽子を踏んづけるシーンがあるんだけど、如何にメイソンがカソリックを憎んでたかわかる話だよね? キリスト教が乗っ取られた疑惑が浮上中〜とか言うなら、反カソリック勢力の動向も見て言わないといけないよ。 社会改革と教皇権の否認はセットよ

反カソリック勢力一覧表
1 プロテスタント全て
2 グノーシス全て
3 キリスト教異端やキリスト教神秘主義の殆ど
4 世俗化したユダヤ教徒
5 ニューエイジ・スピリチュアルなど(アリス・ベイリーとかもキリスト教をぶっ壊す!と宣言)
6 カソリックにいじめられた勢力全て

バチカンは今までの1700年の歴史に歴史において敵を作りまくってたので、どの勢力に狙われても何も不思議はないからな。 グノーシス主義の特にカタリ派などはバチカンにいじめられてた者同士ユダヤやムスリムと仲良しだった。 ユダヤ・カバラの学校があったのは南フランスなんだよ。
隠れユダヤの陰謀ガー!と騒がれる背景には異端とユダヤの関係性を理解しないといけない。 異端とユダヤは割りと仲良しだったのよ。フリーメイソンは最初はユダヤ教徒は入会禁止だったけど受け入れたしね。 異端とユダヤの蜜月の関係性を無視してユダヤ「だけ」叩くのはおかしい!


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 5月6日
“フェイド大帝…
これ立ち読みだけどRAPTスレ の連中もやたらと拘る「カタリ派 大虐殺」、言葉足らずだな。 当時、カタリ派以外にも異端って 沢山グループがいたんだぜ? カタリ派の粛清も一回で やった訳じゃなくて、何ステップ かに分けてやってた。”
@lakudagoya
”(黒川正剛 (著) 「魔女」の世界史 (別冊宝島 2409) の画像) なんでカタリ派だけ徹底的に 叩いたかというと、奴ら独立した 教皇庁みたいなのを作って、 自分達で勝手に司教職を任命してた。 この事がバチカンの逆鱗に 触れたからヤラれた。” メーソン=異端派✝=反カトリック


フェイド大帝…仏は神ではないぞ。
仏が聖書の神みたいな認識に なったのは華厳経と法華経からだ。
密教の大日如来も聖書の神ちっくだが、
そもそも密教の曼荼羅では 開祖の釈迦が端っこの方に 追いやられている。”
仏教で神が輪廻に囚われた存在なのが我慢できない✝と新✝

”西洋人の神は常住善と常住悪の肯定から来ている。プラトンの言うイデアと一緒ね。
仏教は無常を説くので、そもそもイデアなんか存在しませんというスタンス。
ちなみに常住というのは実存する という意味ね。反対語が無常。”
西洋思想=不変が根本
仏教=不変の否定が根本









Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2014年1月18日
トーとタロットの皇帝?ああ、それ、残像になるからね、ずっと見てると。 その間違い探しをするとはすごいなー まぁたまにはいいじゃない。 もしもそれ以外の過程でこれが起こったらそれは何か間違ってる。#劣化コピー

会議をネットワークのトポロジーで解釈すると、バス型は順番に意見を言うタイプ。先頭を意識する。スター型は分散しこうなので意見がまとまらない。リング型は循環するので先頭を意識せずに全体と調和する。だから、本当は円卓会議が優秀だと思う。

ま、そんな感じで四大分類したときに身体は両足が両極端の火と地になるのだから、この両極端の極性を利用すると力が生じるの。
つまり、足運びとその体重移動が力の根源となる。
頭は霊なのでこれらの統治であり。そして意思の決定するものとなる。
人の足払いによって足を刈られても軸足に重心があるのなら倒れない。
そして軸足に体重を完全に乗せるのは移動する瞬間だけ。これが歩法。
人の意見に左右されず、そして自分の意見がどこに立脚してるのか?
これもまた自分の頭部を軸とした正中線にある。つまり霊。大地ではない。
だから頭がふらふら動いてると身体の力は霧散する。
だから歩法は姿勢を正すこと、前を向き、尾てい骨(イェソド)から頭(ケテル)まで引っ張り上げ、動物的本能から大霊まで引き上げる。即ち、頭(霊)を基準として動作するの。
イェソドからケテルにまで意識を引っ張りあげようとしながら進むのなら、身体的意識は上昇する。これによって意識のステージは上がる。即ち、八卦掌の意識体験とはこれのこと。移動技術と歩法においては八卦掌の右に出るものはない。力の効率や打撃基準なら違うけどそういう問題ではないから。
例えば、八極拳と八卦掌の大きな違いは、前者が進行方向を前に固定気味にすることで力の効率を高めてるけど、その点、回避は二の次になる。八卦掌は回転によりこれとは逆の効率を求める。この回転への意識が渦を生じさせて意識の上昇を生む。これはLRPGの動作そのもの。これは良否では語れない。
意識と身体動作の一致は最重要のこと。たとえば、筋を違えたりするのは無意識に身体と意識が不一致になった結果。それとは真逆に一致させるのならその動作効率は最大になるのは自然なこと。なら、正中線を基準に意識をしたから引っ張りあげつつ動くのは凡ての武術の基本となる。
このマインドセットの使い方は魔術でも例外じゃないの。
肉体から意識に同期させるのが武術、意識から肉体に同期させるのが魔術だとしたらあなたはど考えるでしょうか?

けれど、最終的にその区別はなくなるの。

んにょ。陳家太極もいいですね。楊家は向かない。 QT @kulfi: つ 太極拳

そのようなわけだから、魔術をやる人は好きな武術を選んで行うと良いです。得物はあってもなくてもいい。物理的強さは求めず寧ろ二の次。意識と身体の同期で最大効率のみを求める。物理的強さは肉体のポテンシャルを超えられない。そしてそれを支えるのは常に精神。なら、何に基準を置くかは明白なの。
まあ、ぶっちゃけ。テニスだってダンスだっていいのだけど、理屈さへつかめるのなら。
だってね、プロのテニスプレイヤーの体重移動と力の放散の仕方が基本的に自分のとは違うなんていったらその人は武道家じゃないよ。だって人間の意識と身体の動作なんて極めたら同じなんだから。テニスはこ拳ではなくてボールに発勁が乗ってるだけ。プロのサービスは恐ろしいものですよ。

武術をやると強さを履き違えてるひとがいるけど、肉体と精神の訓練はそのためにあるんじゃないの。女性なら男性の肉体に勝てないし、小さな男性はプロレスラーみたいな人に勝てない。なら、肉体の強さはそういう風には使わない。それと戦いは違うから。逃げられる方が強いに決まってる。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2014年1月19日
ん、象徴表現を文字通りに読んでも意味がないと思います。星座とか惑星で表現されてるのはその概念との類似性で身体機能を説明しようとする試みなので文字通りの対応と考えるとそれは迷信となるから。

象徴を文字通りに読んで誤解釈するのをわたしなら♂Rt(火星のレトログレード)と表現する。勿論、これは表現の一つだから、ほかの表現もできる。水星のRtでもよいし間違いではない。

もし、物事の誤解釈が表面上のことに囚われてるだけなら水星のRt、誤解釈によって何かを故意に批判しようとする表れなら火星のRt、もしも既成概念に囚われて常識の固執するという意味で捉えるのなら土星のRtなどとわたしなら表現する。つまり、占星術記号などはすべてこうして用いるの。

ところで、わたしは12星座とか惑星記号を定型文としては捉えてないし記憶してません。最初から神話との一意対応なのでそれがカバラーとセフィロトの解釈法で纏まったので定型文を覚えなくても良かったのです。つまり、ギリシア/ローマ神格の性格と特性を知ってるとあとはいらないの。
ブラックホールというと太陽は小さすぎるのでこの場合は恒星天かしら?つまり、12宮のある角度の部分にある特性。

さいころをころころ。色球とかを使ってもいいけど最近はこればっかり。占いの道具はあまりいらない。数字から幾何学展開して抽象概念を取り出すだけだから。
ん~、例えばアレ。数字の1がでたら単一概念。六ならその調和。これを開始と終わりに見立てることもできる。勿論、10面体のほうがセフィロトに一意対応するので使いやすいけど普通の六面体でも使えないことはない。やり方はいろいろ。
ん・・・3と6がでたらその合算で9をあらわすので三角形と(土星)六芒星(太陽)で9番目の宮を・・・ぐーすかぴー。


魔法が科学化する?無理。認識論的アプローチをした瞬間に科学ではなくなるから。それに組み合わせの魔法は意識の仕組みを知らないと使えない。

ひとつ確かなことは、科学者が自ら魔術を習得しないと魔術の解明はできないと思う。その良い例はカール・グスタフ・ユング。彼はそれゆえにオカルティストの謗りを受けた。

そもそも人の幸福感は定量化できない。幸福感を感じるための薬品を与えたりはできるけど、それは幸福の結果として生成される脳内物質を与えることで快感を与えることは可能だけど、幸福そのものを再構成することなどできない。幸福自体は複合概念イメージによるもの。個人で違うのだから再現不能。

だから幸福感は個人のものだよ。科学によってそれは作り出すことはできない。もし科学的手法で再現可能なら好き嫌いを治す薬も作れるし、凡ての芸術は消えてしまう。五感による好みすらなくなる。それが幸福だと思うのかな?この物質から精神への不可逆性こそが生命の価値だと思う。

例えばこういう例え。そこに美しい彫刻があるとする。それをトレースすることで芸術家の描いた脳内イメージを再構成しうるのか?確かに形をトレースはできるけど、それは認識の網を通る前のロー・イメージを再構成しないと意味がない。凡ての五感に変化しうるそれは再構成は無理だと思う。

もう一つの例え。自分が見の前に描く異性は姿と色は持っていても他はないのか?匂い、声、しぐさ、表情、性格、それら凡てが自分の理想で魅力に思えないといけない。その魅力の正体は凡ての組み合わせとそれに付随する背後にある概念イメージ。これがないと幸せに感じないの。

視覚化をまともにできる人なら、それが純粋な視覚イメージのみで構成されてるなんて思う人いないのに。

もし、誰かの心を大切に思うのなら、その人の好きなものを捉えようとする。けれど、それは五感に変換されたイメージの表現。だから大事なのはその表現されたものじゃなてく形にならない心のイメージ。これってその作品より芸術家の方が大事なのと同じなの。それをわたしは「霊」と呼んでる。

みんな魂が入った~みたいにその作品を呼ぶけど、その魂とは作者の概念イメージのコピーのことだよ。つまり、その心のイメージがどのくらい作品に再現されたかで魂が入ってるとかはいってないとか呼んでる。これが霊とか魂の概念なの。
そしてその投射された概念イメージは明確化して具体化されると何故か不思議なことに物質から遊離して自立性を持って感じられる。これが魂と人工精霊の概念。付喪神も同じ話です。強烈なイメージ投射が起こると、作品の美術性とは関係なくそれが起こる。召喚や喚起の基本です。力はイデアから引っ張る。

だから美術品が贋作かそうでないかは霊的価値でみるとわかりやすい。どちらも同じような油絵でそっくりだとしても、作者によって本物は概念イメージによってイデアに繋がってる。だからより深く鑑賞するとその違いに気づくの。同じようにみえて同じではない秘密。

ほら、わたしは人間が思い描いた概念イメージのことを「霊」と呼んだ。これは何のことかというと、欲望そのものなの。だからアストラル体のことを神智学では別名欲望体と呼ぶ。それは人が作り出した複合概念のイメージのこと。自分に対する自我イメージもアストラル体、つまり欲望だよ。


愛は植物を育てるが如く育てるの。愛といえばネツァク、勝利の光球。それにはゲブラーの機能が作用する。綺麗に花が咲くことを目的として鋏を入れたり肥料をまいたり水をあげたり薬を与えたり。可愛がるだけだと枯れてしまう。7、8、9のセフィラはアストラルつまり欲望の三角形を構成する。
そんなわけで、わたしは恋愛にすらカバラーを踏襲する。ネツァク(金星)で愛を育て、ホド(水星)にてコミュニケーションし、デートの約束を取り付ける。イェソド(月)にてその期日の細かな調整をしてデート計画を練る。そして最後にマルクトにてそれを実行するの。

もしも、マルクトの当日にデート計画がことごとく失敗して予定が狂った場合は、マルクトの基底部から赤い竜がにょろにょろっと出てきた証拠だからデートを早めに切り上げて二人でのんびり過ごせる場所を探す。それも無理そうならそのまま早めに切り上げて様子を見るの。これが魔術師のやり方。

赤竜というのは物事の実現に反対する古い勢力だから、「今の若いもんは」とか言いながら管を巻く。それは新しい形を壊そうとするのでイデアから引きおろした力に反抗する。なので、まずいとおもったらとりあえず切り上げて後日に対策を立てるの。そのまま争うとろくなことにならない。

魔術カバラの概念を俗っぽく引きおろしたけど、基本的に考え方は同じ。『神秘のカバラー』を一通り呼んだ人ならご理解いただける思う。

まぁ、メンテーとの神話的関係は本当はペルセポネー神話の一つなのだけど、それをさかのぼるとアプロディテーに繋がる。それはアプロディテーの嫉妬の概念の流出。そしてペルセポネーはそもそも植物神の片割れ。なのでメンテー(ミント)は鎮静作用としての嫉妬への効果とかそういう関係にあるの。
なぜなら、嫉妬の炎はそのまんま炎症を意味してるから。なら、ミントとの相関関係もご理解できると思います。

さて、ネツァクのクイーン・スケールがエメラルド・グリーンをしてる理由は本質的に植物の育て方と同じだという象徴なの。そこで思い出して欲しいの。ヴィーナスなどの象徴はみんな薔薇。この光球も薔薇が配属する。このとき、薔薇という植物に調べてみて。特に人のために品種交配してきた歴史。
薔薇というのはあらゆる意味で人間のための植物。観てもよし、香ってもよし、食べてもよしとにかくいろいろ。ゲブラーは五番の火星光球だから剪定とかそういう概念。薔薇は綺麗な大輪にするために剪定が欠かせないのは常識。この5番が通過して7に届くのは6番の美と調和の光球。つまりそういうこと。

ところで、ミントをもしもセフィロトに帰属するのなら、わたしならマルクトにする。するとこういうのが出来上がる。彼の写真を見ながら毎晩ローズティーを楽しむ。ローズヒップでもいいし、蜂蜜は多めに。コミュニケーションのときはシナモンとかそういうの。デートのときはミント系を常備。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2014年1月20日
ビナーの裏面を必ずしも悪魔とするのはどうなのかな?キャラのこと良く知らないからあれだけど、へカテーの局面は単なる刈り取る者。冬の到来と同義。不要な生命、異常なものなどを凡て刈り取る。きちんと着実に歩んだものだけが残されるように。これはマルクトにも反映される。

へカテーの局面にも二つある。一つは未成熟な根っこをちゃんと張ってないものを刈り取ったり、病害の発生を防ぐための排除。また、大地の栄養分を次世代のために確保する役割。一方で、その裏面は必要なものや根が張られた物も根こそぎ奪い取る。この違いなのだけど、なかなか区別されない。

女性にとっていちばん切実なのはイェソドの機能。この中に土星的性質が表れてる。それは生理時の鈍痛。そしてそれに伴う精神状態。これがへカテーそのもの。へカテーは月の暗い局面でもある。でも、これがないと女性としての豊かさや華やかさは保てない。これが土星の月の光球における役目。

土星や火星の概念って基本的に我慢とか忍耐、妥協や判断、決断などを伴うからかなり嫌われて理解されてないこと多いよね。優しくないし、現実的だけどそれが豊穣の母の裏面。だからこれを意識してないと必ず転ぶの。

そして月の三極性というのはこういうの。生理がきてるときが乙女であり三日月。生理機能が停止して活動が増大するのが母にして妊娠時。つまり満月。そして最後は生理機能が停止して衰退するのが老婆で象徴される。
月に関してはこのくらい。生理中と生理停止時についてはこれ以上触れません。それが何を意味するのかはウィッチクラフトの実践的領分だから。
ん、まぁ。一つだけ。Moon Magicは女性のためのもの。男性でも使えないことはないけど周期性について掴みにくいので気づかない。女性なら体温、気分、その他の状態変化を凡て記録して体内で何が起こってるのかを数ヶ月分析すると自ずと判る。各種欲求の変化が鍵。
ヒント。フォーチュンの『海の女司祭』にて「子作りタイミング」がどうなってるのか?男性と女性の周期性をどうやって合わせてるのか?これが最大のヒントです。
サービス問題。初めてのキスは海のそばで夕日を観ながら。なんで夕日なの?
うにゅ。妊娠中は特に日の入りと日の出タイミングで就寝と起床してたほうがいいのだけど・・・。月の周期より概日周期に引っ張られるから。
このへんの太陽と月の周期というのは公然の秘密。組み合わせの問題なのだけど。
女性に関してだけ言うと、初潮以前、そして妊娠中と生理の終了後は概日周期に必ず従うこと。そうしないと精神と身体の健康が保てないから。はやめに寝たほうがいいの。生理中も同じ。
女性と男性は顕在意識と潜在意識のバランスや分離度合いは同じじゃないのよ~。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2013年8月23日
フォーチュンが『神秘のカバラ』の中で「手元に生命の木の図を置いておかないと私は木について書くことができない」と告白しているけれど、一方で古いカバラ魔術の本では生命の木を手に持ってる賢者のような挿絵が入ってる。これは比喩じゃなくて現実。そのような感じで木が見えないといけないの。

この手の話をツイートするときは、できる限り『神秘のカバラー』の範囲で述べようと努力はしてるのだけど、最終的に説明が必要なので『完全版黄金の夜明けシステム』その他の知識をがんがんいれてます。足りなければ他の分野や神話も探るし、伝統的カバラも無意識から掘り起こす。一冊じゃ無理だから。

当たり前なのだけど、既に神秘のカバラー、カバラ的象徴の実践ガイド、柘榴の園、生命の木は基本文献なので沢山読んでます。更に基本には10冊以上の本が必要でしょう。魔術カバラを語るのはその先なのでこういう話をしてるときは強固な木のイメージを眼前に投射してます。これが目指す場所です。

わたしが購入したフォーチュンの『神秘のカバラ』は現在で三冊目です。過去の二冊は完全にぼろぼろになって分解してしまいました。それでもまだ時間があると読んでます。既に内容も頭に入ってるけど、目を通すことで思考をトレースしてるの。著者より詳しくなることを目指しなさい。三冊目が死にそう。


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2013年8月22日
ですね。正確にはミニトゥム・ムンドゥム(小宇宙図)です。セフィラはブリアー、パスはアツィルトの色です。 QT @rideigan: @Ripple1975 下位の女神、つまりブリア-界(女王)の色彩ですね。全ての色を混ぜると黒になる(『神秘のカバラ-』を読みながら)。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2010年9月19日
『神秘のカバラー』を卒業するのは熟読30回目以降だけど、小径に関する学習は10回目辺りから。このとき、リガルディーの『石榴の園』か『生命の木(洋書)』、ガーレス・ナイト『カバラ的象徴の実践ガイド(洋書)』が必要になる。さもなければタロットの門を使ってパス・ワークしかない。

『神秘のカバラー』を数回呼んだ程度では魔術カバラについて何も語れない。心に「木」が構築されだすのは10回目以降。30回、50回と読んで本がぼろぼろになる頃、最初のカバラーの訓練は終わる。その頃、かれはカバラ用語で日常の全てを語れるようになる。


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
日本で知られているカバラーって要するに魔術カバラー(クリスチャン・カバラー)だからユダヤがどうこうというのは別物です。それが出てくるのはGD系やそれ以前のカバラーなので、ゲルショム・ショーレムの書籍を重点的に読むと「えっ?」ってなると思うの。

要するに、そういうユダヤのカバリストって創世記から申命書までのペンタトークを殆ど丸暗記してるようなひとたちよ? (^^;

魔術カバラーは1800年前後くらいから作り上げられていったものと思われる欧州を中心にした独自のカバラーのことです。それはキリスト教を象徴の骨子にすえているもので、本来のユダヤ教とはあまり関係が無いの。でも、キリスト教的世界観が嫌いな人もいるのでCRCという伝統が組み込まれた。

だから魔術カバラーとはキリスト教的象徴によって魔術に応用しやすいように簡略化し、纏め上げられたカバラーのことです。それゆえに、クリスチャンローゼンクロイツがジーザスの代わりとなって普及することになるの。中身あんまり変わんないけどね。w


天使には本来的には姿は無いの。何故ならそれは電気とか慣性、重力みたいなもので何かの力を伝達する現象として作用してるからです。それゆえに宗教画などでは炎の車輪などの幻視として描かれます。車輪は歯車であり何かの「動力」を伝えるという存在で形を与えて力を利用してるのは人間に他ならない。

したがって、天使そのものに形はないから天使に鋳型としての形を与えてるのは人間だと思います。だからといってその姿どおりの存在が天使だとするのは間違いだと思います。それは水風船のようなもので、水が丸い形を保ってるのはゴム風船で形を与えてるからです。

人が直接交流を持つことが出来ない存在だからこそそれに形を与えるの。そうでなかったら神格というのは人にはとらえどころが無いものだからです。

御使い(天使)とはメッセンジャーであり、神様の意志を伝えるもの。それは力が現象として作用するさまを人が観察してそれに形を与えるのです。

昔は真空中を電気(電波)が伝達するさまを「エーテル」という媒体によって伝達するものだと仮定したのです。これをエーテル仮説というのだけど、後にそれは否定されて別の仮説が立てられた。この想像(仮説)は人が電波が伝達する現象からイメージによって形を与えたのです。

いまでこそ科学的仮説はいろいろと当たり前のように言われてるけれど、これこそが力に形を与えるということです。本当は形なんてないのだけど、人のイメージが姿を与えてる。これが天使の姿と同じだというわけです。物理を扱ってるのか人の精神を扱ってるのかの違いはありますが。

電気という言い方をしたけれど、より正確には電磁波ですね。光もその仲間だから「どうやって光は真空中を伝達するの?」という問題なの。

電磁波、光もそうなんだけど干渉波を起こしたりするからいろいろな光に輝く。虹がそのひとつの例だけど、イリスという神格はキリスト教で言うところの大天使に相当するもの(人格神であり自然の擬人化)。現象そのものに対してイメージを与え、その力を理解しようとしていたのです。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月26日
変化を祝福しましょう? 分点が回帰するたびに。

天(理想)と地(現実)はいつもちぐはぐ。小さな頃から「主の祈り」唱えていて思ったことは、救い主が自分の心の中に現れないことには解決できないということ。「天にあるように地にも御心が果たされますように」というのは「カバラ十字」とまったく同じことだった。御子はその仲介者だから。

だから御子(ジーザス)は天と地の仲介者であり、この心の中にあるちぐはぐな想いを正してくれる。理想と現実は違うんだという認識にそもそもの問題があった。理想としていたものがとても狭い考えによるもので、胸の中心に咲く薔薇はこれらが和解したことの証となる。

だからいまでこそ想うの。「御国が来ますように」と祈るのは心の中に理想と現実の仲介者が現れてそこに調和を見出してくれること。これらは相反するものではないことを知ること。それゆえに心が平安の中に入ること。この地を天国にも地獄にも変えるのは自分の心の問題だということ。

それはそうだよねって想う。理想と現実に齟齬があると認識していたらいつまでたっても心が休まることはない。救われることもない。だから綺麗なものだけではなくて汚いものであっても冷静に見つめる。それが胸に咲く薔薇の証なのだから。

それに気づいて以来、わたしは中心にルビーがついた金の十字架を胸に下げるようになった。本当の意味で5=6に到達したことに気づいたのだから。
5=6になったからといって聖人になれるわけではないの。でも、心の中に何が起こってるのかを既に理解してるから初めてまともに主に祈ることができるようになった。その差は大きいと思う。何のことか理解しているだけでも。

なんていうのかな? 薔薇十字のレイメンがはじめて実効を持った瞬間のこと。それまではオカルト的なシンボルでしかなかったから、信仰とは結びついていなかった。だからこそそれは意味を成さなかった。
信仰は自我にとっては生命に等しい。光、生命、愛。救い主が受肉するのって自分の中にだから。


図版は"The Complete Golden Dawn"からのもので追放後のエデン図。イブはマルクトに埋没してるので物質主義に傾倒し、アダムからもものとして扱われる。

追放後のエデンとはひとことでいうとアナーキズム。

赤竜というのは、その場限りの欲望による理想の改変を目的とした意志のことだから、どんどん増えてはどんどん滅する。つまり行き当たりばったりなのです。それぞれに違った理想を唱えており、神の意志とは関係がない。すなわち物理法則とも関係のないことをしようとする意志です。それゆえに非科学的。
だからあれ。互いに争う顎とも称します。お互いに別の理想を唱えていて、しかも次から次へとそれは増えていくからきりがない。
それはまるで溶岩の中に見え隠れする竜たち。数が決まった実体ではなくて、その時々に応じて増えては消えるもの。そういう意味では似非科学の流行にとても良く似てる。
この場合、天上を守ってるケルビムというのは常識的な科学のこと。物理法則に反してるのだから、竜たちはかれらに切り倒されていく。

(仁 ‏@sakazuki11 12月26日
@Ripple1975 関わる人の数だけ竜は増えそうですが、真の平安を獲得しようとするなら、無駄に増やすべきじゃないってことなんですかね?

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月26日
@sakazuki11 竜に王冠を与えるのが問題なのかも? エドムの王たちに王冠を与えるものがいるのです。つまり、似非科学を支持する人たち。)

赤竜の例としてよくありがちなのは運動をしないでダイエットをするというもの。食事制限だけでは意味がなく、バランスの取れた食事と運動、そして睡眠が不可欠です。でも、自分の欲望のためにこの常識的選択をせずに何かにすがろうとする意志。これが赤竜でなくてなんだというのかしら?
今日やるべきことを毎日やってすごせばそんなに体重は増えないの、わたしに限って言えば。もしさぼったら少し太ってきちゃう。心の肥満が体の肥満につながるから、そこをなんとかして継続できれば身体は自然になっていく。

オカルト百科 生命の樹
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/lifetree.htm
”生命の樹は、創造による流出の連続した過程を図式化したものだ。
 アイン、アイン・ソフ、アイン・ソフ・アアルという3つの未顕現があり、
最初の顕現ケテルが現れ、コクマー、ビナー、
ケセド、ゲブラー、
ティファレト、
ネツァク、ホド、
イエソド、
マルクトと、稲妻のように連続した流出が起こる。
 ビナー、ゲブラー、ホドは「竣厳の柱」。
コクマー、ケセド、ネツァクは「慈悲の柱」となり、
それぞれが対照となって対になる。
その真ん中には、ケテル、ティファレト、イエソド、マルクトが「中央の柱」となる。
ケテル、コクマー、ビナーは「至高の三角形」を形成し、
その下には「深淵」があって、隔てている。ビナーとケセドの間には、ダートと呼ばれるセフィラが潜んでいる。
また、テイファレトの後には「神殿の幕」があり、これも深淵のように上下を隔てている

 さらに、カバラの4世界、アツィルト界、ブリアー界、イエツィラー界、アッシャー界が、それぞれに属するセフィラを覆っている。これが大雑把な樹の形である。

 ここで私は、生命の樹の概念を解説してみたい、という誘惑にかられる。しかし、私ごとき浅学な者がそんなことをしても、かえって誤解と混乱を引き起こすだけかもしれない。
 そこで、W・E・バトラーの真似をして、良書を強く薦めるに留めておきたい。

 それは、もちろんダイアン・フォーチュンの「神秘のカバラー」(国書刊行会)である。
 これは、あまりに有名なので、「生命の樹」と聞くと、「神秘のカバラー」とすぐに出るほど、定番となっている本であろう。
 フォーチュンは、この本を書くにあたって、独自の見解や自分の流派だけに属する解釈を極力避け、一般的なスタンダードな解釈を紹介すしている。魔術カバラを学ぶ者にとって、流派を問わず極めて有益な本である。

 しかし、「神秘のカバラー」を読んだ後に「私は、これで生命の樹を理解した」と、もしそう思うのなら、あなたは生命の樹を殆ど理解していない 証拠である。

 まずは、「パス」だ。
 生命の樹において、「パス」は「セフィラ」と同じくらい重要だ。
 しかし、「神秘のカバラー」には、セフィラについては詳述されていても、パスについては、殆ど記されていないことに気づくであろう。
 パスを理解するのは、まずセフィラについて、ある程度の知識が無ければならない。
 だから、初心者は、まず「神秘のカバラー」を読むことが求められるのだ。
 では、パスについて知識を得るのに良書は何か? と問われれば・・・
 ガレス・ナイトの「A Practical Guide to Qabalistic Symbolism」である。
 「はじめに」で触れたように、私は、このサイトにおいて、本は極力、日本語の物に絞ることにしている。しかし、ナイトのこの本ばかりは、どうしても紹介せざるを得ない。初心者向きに、パスをここまで親切に詳述した本は、ちょっと他には無いからだ。
 この本の1巻は、主にセフィラの解説だが、2巻にてパスのことが詳しく解説されている。

 22本のパスを理解することは、22のヘブライ文字の象意、タロットの大アルカナのカバラ的解釈を理解することにも、直接つながるのだ。如何にパスが重要であるかが、これで分かるだろう。
 そして、セフィラを真に理解するためには、パスの知識が必要だ。
 まず、セフィラの基本概念を学び、それに基づいてパスを理解する。そして、もう一度セフィラに戻って、パスの知識を元にもう一度学ぶのだ。そう、パスとセフィラは相互に補完しあっているのだ。
 さらに、カバラの4世界、クリフォト、「ヤコブの梯子」など、学ぶべきことは、まだまだ沢山ある。

 樹の理解のために、日本語で読める良書は、他にリガルディの「石榴の園」、ウィリアム・グレイの「カバラ魔術の実践」が挙げられる。これらもまた、絶対に必読である。
 さらに、樹の「万物照応表」の理解については、クロウリーの「777の書」も、必携である。

 「神秘のカバラー」の知名度の高さは、カバラの知識を広めることに、大いに貢献してると思う。
 しかし、同時に生命の樹を誤解させる原因をも引き起こした。
 生命の樹は、いわゆる「万物照応評」の基となる。すなわち、どんな物でも、これに当てはめることが可能だ。
 ゆえに、奇妙奇天烈な解釈を多く生み出した。
 よくある例が、魔術以外の体系との組み合わせである。特に、仏教の宇宙論を樹に当てはめるような例である。
 無論、東洋の体系を、生命の樹と合体させる思想そのものは充分に意義のあることだし、早くもパピュスの時代から、こうした研究が始められている。
 しかし、「神秘のカバラー」を読んだだけの初学者が、このような考察を行うのは、あきらかに早すぎる。

 もっとも、いわゆる「頭の体操」、ないし知的ゲームとして楽しむだけなら問題はないし、批判される理由も無いとは思う。私自身、アニメのキャラを樹に当てはめて遊んだことがある。
 また、一見無茶な解釈でも、それが新しい発見につながることがあるやもしれない。フラター・エイカドが、「カバラの花嫁」の付録で行ったアクロバット的解釈のように。

 しかし、シンボリズムが狂っているということは、魔術の実践者にとっては、やばいどころか縁起でもない話である。
 パス・ワーキングを実践してる人にとっては常識であろうが、生命の樹は、瞑想において道に迷ったり、崖から転げ落ちたりしないための「地図」の役割を果たしている。
 その地図が、目茶目茶になっていたとしたら……



「神秘のカバラー」 ダイアン・フォーチュン 国書刊行会
「777の書」 アレイスター・クロウリー 国書刊行会
「石榴の園」 イスラエル・リガルディ 国書刊行会
「カバラ魔術の実践」 ウィリアム・グレイ 国書刊行会
「QBLの花嫁」 フラター・エイカド 国書刊行会
「ユダヤの秘儀」 ハレヴィ 平凡社

「A Practical Guide to Qabalistic Symbolism」 Gareth Knight WEISER
※翻訳権を買い取った出版社があるが、未だに邦訳は出ていない。”

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
艦これアニメを以前購入ししたBDでみてたけど、第七話の冒頭。大淀さんがモールス聴き取ってるので一緒に聴こうとしたら・・・和文だった。; ;
あ、「長点が一個多い」ってなってもうがっかり。それもそうかって。
速度は100文字/分を超えてると思う、多分だけど120文字/分程度。欧文なら十分に聴き取れる速度だけど和文ならもう・・・orz
聞き取れて無いです。(^^; 聞き取れてるときは「文字に変換されずにそのまま言葉になる」のです。あのくらいの通信速度(練習では無い速度)だといちいち音を文字にしていたら頭がパンクしてしまいますw
アマチュア用で国家試験になってるモールスの速度は通信用の速度ではなくて練習速度。実際はあんなに遅い速度で通信することはありません。普通に会話していくとき、自然と速度があがっていくからです。欧文では最終的に200wpmくらいはいくでしょうね。
モールス符号が聴こえたからといってそれが即座に言葉に変換されることは無いんですよね。ただ、音として耳に残ってるのを、数秒前の音として思い出すことで「どんなこと話してたっけ?」と聴きなおすの。そして言葉に変換されないとき、速度が追いつかないかコードがそもそも違うかがわかります。
耳に入ってくるモールスコードを逐次変換していたら高速な信号は復号化できないでしょう。
このお話、モールス符号を高速で聞き取るときに必要なお話なのだけど、本当のところもっと重要なことが含まれてるの。母国語だと気づかないけれど外国語語で速く会話するときに必要なのが「音で聴いて数秒間覚えておくこと」だからです。だから英会話は音で覚えるとよく言われる。バッファ鍛えてるの。
脳内バッファの拡張は意識的に継続してやらないと決して身につかないの。このことを実感するのに、わたしはモールスの練習が答えを出してくれました。外国語を身に着けるときもまったく同じだったからです。
「外国語を学ぶのって無意味な音に対して意味づけを習慣化すること」なのですから、最初の「無意味な音」の段階でこれを保存することが必要になります。次に、それを思い出すことで意味づけがなされるように意識的に意味を考えるの。完全に習慣化されたとき、もはや音や文字に変換されなくなります。
言葉を使うからといって必ずしも高度な知性はいらない。だって、ただの会話ならばそれは習慣によるものだから頭を使わないのですw だって、言葉を使うこと注意を払わないからです。
ですから、言葉遣いに注意を払うということは、言葉を意識化してしまうので慣れていない人は言おうとしようとしていたことをころっと忘れてしまいます。(^^; これは習慣化している母国語について「考えようとした」からにほかならない。習慣って考えてしまうとうまくできなくなるからです。
習慣を破壊して意識的に矯正する方法はそれ自体にずっと意識を集中することなの。実はこれが一番難しいから多くの人は魔術の修行を放り投げてしまいます。w
エーテル体制御は種がわかってしまうと神秘でなんでもなくなる。但し、習慣をイメージ化して操作するから難しいことは難しい。合気道で相手を倒すのもそういうのとまったく同じ理屈だから相手の習慣を読み取る能力が必要になる。それをすることはまず自分の習慣と向き合うのです。
月(イェソド)は幻想の光球とはいうけれど、それは水面に写った月の姿のことです。例えば、自分が立ち上がって歩くとき「歩く」ということを無意識的にイメージしてるの。このイメージが「月」と呼ばれるものだからこれが壊れてしまうと肉体が正常でも歩けなくなるし話せなくなります。
ですから、オーラ制御というのは習慣の破壊と再生のことなのでこれをよく理解していないと日常生活に問題が起こるかも知れません。呼吸を利用してリズムを掌握する方法もそのひとつであり、そのほかにもたくさんやり方があります。
自律神経系を意識的にいじってること、よく理解してください。
エーテル体制御、たとえば「中央の柱」の行法で「月の分離」という言い回しがあるのだけど、これの意味するところは習慣の顕在化なのです。自分の習慣をイメージとして見つめることに成功するとそのような言い方をするの。
ひとによってはこの状態を「水面に月を再発見した」というかもしれない。
これはあくまで比喩なのですけど、そういうことなのです。
それでは、自分の「月」を水面に再発見してね。

いいかたを変えれば、古代エジプトだってかな交じりの文章使ってましたけどね。だってそれ、ヒエログリフィカを簡略化していくとデモティックになるからで、民衆文字はかな文字に相当するのです。
言葉を筆記すること、特に重要な言葉はみんな速記しなくてはならないから、書記は必ず簡略文字を開発することになるのです。例外は最初から簡略化しようが無い文字だけです。(^^;
普通は習慣って「なんとなく身に着けること」なのでこれを修正するのが難しいの。何故なら、意識化することで修正が可能になることなので、無意識はこの意識化をとても嫌がります。だから、無意識的に意識化することそれ自体を忘れさせようとするのです。まずはこれを突破することが最初に課題です。
無意識との付き合い方は隣人との付き合い方によく似てるの。それは自分の意志でありながらまるで他人みたいなものだからです。
だから正面から意志の力でねじ伏せようとしても無駄なこと。その扉は取っ手が正面にはついてないので向こうから開いてもらうしかないのです。
ですから、無意識の自分の挙動を他人のように扱うの。防御円を設けてその外側に、三角形の中に呼び出します。なんのことかわかってるとは思うけど。(^^;


2016年12月24日
日本には宗教と名前がついてない宗教があまりにも多すぎて、誰もそれを宗教だとは考えていなかったり。
同調圧力は苛めの原因とされるけれど、それって要するにカルトに見られる特徴的なこと。たぶん、そういう土壌なのだと思うの。
だからたぶん、自分が一番打ち込んでることに関する仲間意識は強いけれど、そのへんが不器用だから一度関係をこじらせたら大喧嘩になる。宗教の代わりとなってるそれは結局のところ宗教なのですから。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 2016年12月24日
本当に困っていないのならかみさまは応えてはくださらない。実のところそのことについての本気を試されてるから。
もしも本気だったら「プライド」も「面倒」も手放してるはず。手放すものがなくなるまで手放して、それでさあ、どうかなっていう世界だと思うの。
余計なものみんな手放さないと自分の意志なんてそう簡単には見えてこないの。だからもしまだ見えないのなら、まだ余計なものたくさん抱えてる証拠だといえるでしょうね。


水垢離も風邪を引く前ならいいと思うんだけど、風邪を引いた後なら逆効果になる。風邪の前だったら、肉体に本気を出してもらうためにショック療法となるけど、すぐに身体を暖めないといけない。風邪のあとなら肉体は現実に戦いを開始してるので無理はいけない。

荒行は病気になることを目的とはしてないから、ケアのことも考えないと意味がまったくなくなるの。それが出来ないならしないほうがよいと思う。それはダイエットもそうですけどね。

肉体を鍛えることも心を鍛えることもそうだけど、アフターケアについてきちんと知らないならしないほうがいいかな? まずはそこを学んだほうがいいから。


いのちの宿らない樹は邪悪に染まる。
それは枯れ果てた樹であり、樹の洞だけが残っているもの。すなわち、殻。
セフィロトにはかみさまが棲んでるから、火花が閃いて宿らないとそれは枯れてしまうの。エドムの王たちに支配され、それは冥府へと伸びていく。言い方をかえると信仰の宿りがあってこそ上位セフィロトを理解する。
というか、本来のカバラーがユダヤ教神学からの派生であり、魔術カバラーがキリスト教神学からの派生であるという点について真剣に議論されることがないのはなんで?
信仰をもたない5=6なんて全くありえないとおもうのだけど。
それだからRR et ACは招待をする権利を持たない。招待を受けたひとがやってきてそれを認可するだけですから。
それはこういうこと。自分自身の中に救い主が現れないことには、誰もそのひとを救うことが出来ない。





トモフミくん ‏@tomofimorgon 2015年7月2日
根性論でとにかく量をこなせばいいって思ってる顧問の方はこれを見てよく考えてほしいです。スポーツの色んな技術に応用できるはずです。

スポーツが上手になるコツ 武井壮が語る 説得力ありすぎ! http://youtu.be/WS6lK2UmR3A
八木 ‏@kou_yagi 2015年5月23日
授業で教えている方法と全く同じ。
6分間我慢して観てもらえれば、デザインの上達の仕方が分かると思う。
デザイン作業に置き換えて観て欲しいな。
「スポーツが上手になるコツ 武井壮が語る 説得力ありすぎ!」https://www.youtube.com/watch?v=WS6lK2UmR3A …
○スポーツがうまくなるためには一番重要なのが「思ったとおりに身体を動かせること」

○例えば、目を閉じて両手を水平に上げてみても、ほとんどの人がちょっとずれている(実際にタモリもずれてた)

○スポーツは競技中は自分の動きは目で確認できないから、これでちょっとずれているということは競技中も思ったとおりに実際には動けていないということ

○この状態のまま反復練習しても、ズレてる照準器に慣れただけだから、応用が効かない技術になる

○実際に武井壮自身も、10種目競技の全てを練習していたわけではない。思ったとおりに身体を動かす練習がメインだった。

○しかし、思ったとおりに身体が動くようになっていれば、競技場に行ってうまいやつを見て自分も真似すれば記録が出る

(…)
僕もスポーツを結構マジでやっていた時期があって、選抜とかに選ばれていたこともあるからなんとなく分かる。

実際に今も、フットサルを始めたから練習とか一人でやってるけど、何をやってるかというと、ボールをコロコロ足の裏で転がしてるだけ。

ひたすら。

グラウンド5周とか。

コロコロやるだけ。

でもこれってすごく大切なことで、こういった単純でシンプルな動きをどれだけミリ単位で正確にできるかで、その後の伸びしろが決まってくる。

細かい部分にどれだけこだわれるかなのだ。

まずは、ボールと向き合うのではなく、身体と向き合う。

新しいスポーツで必要な筋肉や、要求される動きに対して、自分が正確に動けるかを計測していく。そして、正確さをコンスタントに磨いていく。一日10分とかでもいい。感覚の問題だから、一日でたくさんやるよりは、短めに何度もやって身体に思い出させるほうがいいのです。
(…)
スポーツでは、「自分の身体が正しく動いているか」というのが測定するべき精度だよと武井壮は言っているのだろう。

では、ビジネスなら何を測定するべきか。

それは間違いなく、コンバージョンだと僕は思う。

現在のビジネスのコンバージョン。それが正しく計測できているなら、何をするべきかの優先順位を間違えないからだ。

計画を立てても、ある程度思い通りに数字が積まれていく。

コンバージョンは反応率のことであり、相手を動かせる割合を意味しているわけだから。

自分が何をしたら、相手がどう動くのかを正確に計測できる


これが基本じゃないかなと思う。

だから、スポーツの上達のコツが「身体を思い通りに動かす練習」なら、ビジネスの上達のコツは「コンバージョンを自在に調整する」ということになるんじゃないかなと。”https://www.toriikengo.com/takeisou-movie/

それぞれのスポーツをたくさん練習する前に、やっておくべき事がある。

それは当然のことだが、自分の身体を動かす技術を上げておかなければならない。

頭で思っている動作と、実際にやっている動作がずれていると、うまくいかない。

よくあるスランプの原因は、ほとんどそれである。



頭で考えていることと、実際にやっていることがずれている状態で反復練習をするので、反復練習があまり身にならないのだ。

その結果、悪いほうに固まり、練習を続けることで結果は少しずつ良くなってはいくが、それは結果的に”ずれた動作を良くしたもの”となる。

一つのスポーツは伸びていくが、別なスポーツをやると素人同然になる人は、自分を動かす技術が変わっていないのだ。


スポーツする時には、自分の身体の見えていない部分を動かすことになる。

自分の考えている動きと、見えていない部分の身体の動きがずれた状態でスポーツを行っても、ずれたままでの動作となる。

それは結果が良くても、自分が思っている通りの動きではない。

なので、ひとつのスポーツがうまくなっても、また違うスポーツをやるときには、より多く練習をしなければならなくなる。

そうなると、練習する時間が際限なく増えてしまう。

練習する時間を減らすためには、そのスポーツ特有の技術練習をする前に、自分の身体を思ったように動かすことができるようにしておく事が、いちばん大事である。

頭で思っている動作と、実際の動作がずれた状態でスポーツを習得するのと、動作の基準があり、そこを考えてスポーツを習得するのでは、伸びる速度が全く変わってくる。

「上手い選手は、普段からああやってやるんだ!」を、すぐ真似られるようにしておく。

そうすればできるようになるまでに時間はかからない。
”http://nk.hateblo.jp/entry/2014/01/31/125808

McLaren MP4/12C ‏@mclaren0909 2015年12月15日
@desupehannari さすがデスペさんですね。デスペさんのツイートって真意をつかむのが結構むずかしいですw とても真意をついています。今、頭から離れないのですが、『何かを変えたきゃ、詐欺師になれ』って言うのも同調からきてますよね?良い言い方をすればwin-winみたいな

desuperado ‏@desupehannari 2015年12月15日
@mclaren0909 そです。同調です。ほんとに詐欺師になれ!なんて言いませんがw誰でも扱ってる技術なんですよ。コミニュケーションの中で。為政者達は事実を9割嘘を1割り以下でぇ~って、嫌な感じで皆言いますが、一番自分の意見を通すには、その割合がベストなだけです

McLaren MP4/12C ‏@mclaren0909 2015年12月15日
@desupehannari やっぱりデスペさんは違うw かっこいいという意味ですよ?w 今の人は『はい、論破ぁ~!』とか勝ち負けに拘りすぎですね。相互依存が出来ないといいましょうか。ある意味、自尊心だけは3人前なので煽るのは簡単です。人に物を言うのは論破せず、寸止めがいいですね

desuperado ‏@desupehannari 2015年12月15日
@mclaren0909 その人が見たいものの方向にに流せば良いのですwブルースリーの水であれと一緒ですwただし、人工川ですがねw

@0nigiri_3_ @mclaren0909 間にRTしてくれた百獣の武井のスポーツ談義ですよ。自分のイメージ通りに身体を動かせているのか?って奴。間違った反復練習じゃ、変化に簡単にやられますからね。これは反応あるな、これないな、と実験(遊び感覚)でどーぞw

武井壮、じつは「下半身不随になる」と医師から宣告されていた!
http://trend-izumi.com/post-1076/
”武井壮さんが番組内で、「十種競技で怪我をしたとき、医者から『一生歩けない』と言われた」というお話をされていました。

下半身が動かなくなり、自宅でうつ伏せで静養していた時「骨の図解書」を読んでいたそうです。

武井壮さんはその本に載っている、骨のブロックの写真を見ながら

『自分の骨は、こうなるだろう』

とその骨通りに治るとずーっと、イメージしていたそうです。

そうしたら、なんと2ヶ月で完治してしまったんだとか!

ご本人曰く、『ストレスで胃潰瘍になるくらいだから逆も絶対イケる!』と本気で信じていたそうです。

その後、陸上競技・十種競技元日本チャンピオンになりました。”

Souma ‏@Nks2Sou 10月2日

武井壮
背骨の骨折を 栄養素の摂取と骨がくっついていくイメージをして治したらしい。
これはやりてぇ! っと思ったけど骨折だからな。わざわざ骨折してまでやるのは頭がいかれてる。

やるならば 筋肉が修復されるのをイメージして....、
あっ、いいねこれ!

みずいかな ‏@fasbfrkXYIf5jO3 9月29日

武井壮さんの事を昨日テレビでやっていたけれど、骨折した背骨の直し方が超人的すぎた(笑)
動かないようにして+骨になる成分を口にして+あとは骨が固まる脳内イメージ

想像力って大切だなぁ(´ω`).。o0(もちろん、それだけで治るなら医者いらないけどさw)


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
ダークマターは存在を論理的に肯定するときに必要になる無の概念だから、そもそも存在しないものだと思うの。カバリストならお馴染みの概念で、ケテルにかかってるアイン、アインソフ、アインソフアウルの三重のヴェールと似たようなものです。信じること意外に肯定できないものは無が必要になるの。
それゆえに上位セフィロトになると論理証明が困難になるのでアビスが存在します。
だからそれは祭壇に掛かった黒い布でしかなく「全」を想定するときに必要な仮のものなのです。幕屋の幕という表現もあります。論理的に証明不能なものを捕らえるときに「一時的に」必要なのです。
この問題ってカバラーを習うときに一番最初に習うものなの。

内田樹先生 街場の至言(非公認bot) ‏@tatsuruwords
私につねにもっとも適切な命令を下す「私だけの神の声」を現代人は「ほんとうの自分」というふうに術語化しているわけである。 自己利益の追求とか自己実現とか自己決定とかいうのは、要するに「『ほんとうの私』という名の神」に盲目的に聴従せよと説く新手の宗教なのである。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
シングルベル? 家族と過ごすか、独身で一人しかいないのなら聖母子像のポストカードをテーブルに飾ってローストポークとワインでいいんじゃないかしら? キリスト教がお嫌ならハトホルとホルスの像、それもいやならフレイヤ。豚さんは本来イノシシさんなのでそこはお好きに。

ワインはマルドワインがいいとおもうよー。スパイスと蜂蜜を加えてほっかほか。フレイヤで気づくと思うけど聖母はこのとき、Stella Marisだから明けの明星と宵の明星。なぜこんな分け方するのかというとクリスマス・イブは夕方から翌朝までの一晩をかけるから。金星属性なのです。

それゆえにお菓子はあまーいものを。金星なのですからとろんとろんに甘いのがいいの。
天上の母のあまあまなイメージを思い浮かべながらすごすといいのです。
蜂蜜とシナモン、クローブ、あとはナツメグを使ったとても甘いミルク粥でもいいかも? 胃腸の調子がよくないのでしたらそれで。できたらドライフルーツたっぷりいれたいかな?

うん、オートミールのミルク粥をプディング状にしあげたら、そこにココアパウダーをふるってもいいかも/
クリスマス本来の象徴に、古い宗教もあわせて盛り込むとそんな感じになるかも?
このお話、まとめると天上の母は魂の器だから、イブ(イブニング)はシェキナーの降臨を待ち望む夜(ヴィジル)となる。それだから、子供たちは「よい子にして」眠らなくてはならない。信仰に灯火を齎すために必要なもので、そこでやっと青いボウルの蝋燭に火がつくことになる。つまりイブは祈りの夜。
ジーザス降誕というのはそのひとの心の中に救い主が生まれるという意味だから、そこから続くかれの死と復活を観想してすごすものだとわたしは理解しています。それゆえに、イースター(春)が待ち遠しくなる。

クリスマスはなにをしてすごすものなのかと、魔法使い志望のかたにさへ聴かれることが多いので、わたしが知る限りのことを説明してみたの。
器がなければ神様のワインは注げない。それゆえに器(ツェノール)は必要なのです。キリスト教ならそれは聖母が象徴となってる。ほかの宗教ならそれに類する母なる神様が。
「女教皇」が足元においてる三日月がその器。すなわちネシャマーです。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月18日
テーマからそれてしまった場合は無理にそれを消そうとはしないでね。ただ、テーマにそっと戻すようにするの。方向修正すればいいだけなので。

無理にそれてしまったもの(邪念)を消そうとすると、そこまでたどってきた道筋がそのまま消えてしまって最初からやり直すことになります。だから、無理に消そうとはせず、単純に少しずつ方向を戻していきます。

邪念を消そうとするともと来た道まで消えてしまってるというジレンマがあるので。
邪念は連想による分岐が原因なので、分岐した地点を戻ることになります。すぐに気づいたならまだ戻れますから。そこを消そうとすると迷子になってしまうの。
瞑想は車の運転みたいなものである程度は慣れですから。


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月18日
祝福とは常に肯定の言葉だからです。否定の言葉には祝福を取り去る効果がある。なのでそれについては肯定をもって祝福します。
これで相手を褒めることは祝福することで、肯定の言葉による魔法だということが理解されるでしょう。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月19日
え? 魔術結社は特定の宗教で縛ったりはしませんよ? 青きフードのついた蝋燭を聖母マリアの外套だとして断定しないのもそういう魔法の学院の持つ魂の保護の役割のひとつです。だからこそ回りくどい表現をするのです。魂の保護って、信仰の自由なのですから。

だから、ボウルに入った灯りはネシャマー(魂)の象徴だよとしか言わないのです。特定の宗教に入信させたいわけではなくて、大切なところだけを自力で見つけてほしいからなの。本人がそれについてどんな形を与えるかは本人のみの問題だからです。

祈りの番をするもの、つまりケルックスというのは他者の介在を許さないもののことです。本人の魂と神様だけの対話なのだから、ほかのいかなる存在も二人の対話には割り込ませないこと。枯れの役割というのはそういうものです。

仏教にも該当する象徴はすぐに見つかると思います。よくしられたこわーいひとが。

(sai11 ‏@sai11_o_n_b_b 12月19日
@Ripple1975 仁王さんですか。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月19日
@sai11_o_n_b_b だとおもいます。GDのケルックスとセンティネルも内側と外側の守り。いわゆるツー・マン・セル行動です。門の内側はSSだと思われます。

それでケルックスが召喚すべきなのはケルビムたちであるのはわかると思うのだけど。SSを守るのですから、彼らが必要なのです。
座天使というのは玉座を守る天使のことですから。
あ、ケルックスとセンティネルは内外の衛兵なので剣を持ちます。
センティネルは外側の守り、ケルックスは内側を守ります。
女の子でしたら、センティネラとケルッカイナといいます。

簡略式儀式だとセンティネルはいなくてケルックスのみですね。その場合、ハイエロファントとヘゲモン、ハイエルースのみは最重要なので残されて、浄化と聖別を受け持つストリステスとダドウコスをどうするかが問題になるの。


日本の魔術関係者の意見としてはILは堕落したと思われがちだけど、本来GDが持っていた要素が二極化しただけだとわたしは思います。オカルト的要素と宗教的要素(宗教ではないけど)が分かれていまあるだけ。オカルト好きの人にとってはつまらないことのように言われてますけどね。


日本の魔術界をみていると、宗教的アレルギー反応が凄いからその部分の要素がすっぽりと抜けてしまっていて、ときとして「あれっ?」となってしまうの。文化的差異なのかもしれないけど、自らの宗教観や信仰を見つめなおすという部分にはなかなかつながっていかないみたい。だからテクニックに走り勝ち

ユングを持ち出すオカルティストも彼が述べてる欲求の要素のひとつである宗教的欲求という部分をすっかりとスルーしてしまうから。

魔術師って日本語にかなり正確に訳すと禅を使う人かな? 思弁能力を高度に発達させるから、それゆえに教祖様にも、賢者にも、愚者にも、ペテン師にも、詐欺師にも、そして何もしない人にもなれるのです。だからこそ必ず何らかの信仰を持っていて、さらに変節を許されない。
普通なら「何もしないひと」を選ぶと思うの、魔術師は。
Zen masterで大体あってる。
そのほうが通じると思うんだけどな・・・。かなり正しく認識するのなら。
MagiとかMagusなどの古い言い回しがあるのだけど、日本語だとそのほうが恐らくしっくりくるから。

日常で忙しいと「人生ってなんだっけ?」と考える時間がなくなるの。そうすると人生の目的を見失い空回りをはじめる。だからわたしは教会に通うし、忙しいときは自分用のテレステリオンを持ってる。俗から聖に切り替えるというのはそういうことなのですから、無宗教であってもいいけどね。

(テレステリオン Telesterion
“古代ギリシアのデメーテルとペルセフォネの聖地エレウシスに建てられていた秘儀のためのホール。前6世紀後半,ペイシストラトス時代に創建されたホールは,内部に5柱5列の柱をもつ方形の前柱式建築。


【エレウシス】より

…初期にはおそらくエレウシスの名門氏族の祭祀であった秘儀が,単なる地方的祭祀ではなく,アテナイの重要な祭儀となったのは,前6世紀になってからであろう。この世紀末に入信式の行われた神殿テレステリオンが大規模に改築されている。ペルシア戦争時に破壊された同神殿は,その後数回再建され,そのつど拡張され,神域そのものの規模も拡大化していった。…”)

魔術儀式、特にGDのそれは自分に合った信仰を自分自身の手でDIYする方法といってもいいから、あなたの好みなら仏教でもキリスト教でも、その他の新しいものでも実現していいのです。ただ、自分が何をしてるのかをよく理解する必要があります。

誰も長くはそこに留まらない。だからいいんじゃないかな? 水が腐らないで済むから。
清らかでい続けることは流水のごとくあることだから、過ぎ去ったものを祝福して新しいものをまた祝福するの。祝福というのは価値を認めることだから過ぎたもの、新しいものに「善かったね」をあげることだと思う。
過ぎたものに対して価値を認められなくてずっと自分のところにとどめていたとしたら、それは腐ってしまう。水が流れるのをやめて匂いが出てくる。滞るというのはそういうことだからとても宜しくないこと。過去を切り捨てるというひとがいるけどそれは終わってない。価値を認めるまでは。
過去についてのお別れの儀式は常に過去に対して「善かったね」を与えることだから、それが過去への祝福になるし自分への祝福にもなる。それでやっとお別れが完了するのです。
そのための呪文なのよ? 「めでたしめでたし」は。
でもこれ、「愛でたし」なのかもしれない。過去を愛でることだから、などと解釈してみる。
しらべて見たけど意味は似てる。それまでのことを祝い、肯定するという意味で。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月20日
料理は少しずつ楽しむのがいいかも? 塩で焼くを覚えたらそこから広げていく。ねぎを加える。またはしょうがを加える、胡椒を加えるなど。これとは逆にしょうゆ焼くというやり方で、ここに薬味とかを少しずつ加えていく。

いきなりレシピにある材料をすべていれてしまうよりは、少しずつ加えていって何故そうするとよいのかを少しずつ理解していくの。そうしないとイメージが頭の中で作れないから。

知識を溜め込みすぎると理解が追いつかない。それはまるで閉じられた本を暗い倉庫の中に積み重ねていくみたいなもの。だから、基本的で大切なものは倉庫の入り口付近においていつも開いておくの。そして何度も読み返す。
入門書はいつも椅子の横においておくの。たとえ10年、20年たったとしてもそれはきっと役に立つからです。
座右の銘とは入門書のことだとわたしは思ってる。
それはその道のバイブルだし、一番基本的なことだからです。
カバラーだって、バイブル読まないと意味わかんないです。バイブルは入門書なので、最初に読むものなの。だから子供にも読めるように工夫されてる。
魔術カバラー(クリスチャン・カバラー)ならば一番最初に読むべき基礎文献が新約聖書で、それに先立ってタナハ(旧約聖書)も読んでおく。特にペンタトークは重要だから、そこからはじめないときっと理解に苦しむと思うの。
具体的にいうと、地に下りた大天使四人が福音書の四人であり、エゼキエル書由来のケルビムの変化した姿であることにすぐに気づく程度にはよんでおくとよいと思います。

(Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月9日
要するに、そういうユダヤのカバリストって創世記から申命書までのペンタトークを殆ど丸暗記してるようなひとたちよ? (^^;


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 12月20日
魂の問題って神様しか責任は取れないからどんな聖職者でも立ち入ってはいけないと思うの。出来ることは神様に祈るように助言をすることだけですから。これはどんな教師でも当てはまることだと思う。人間と神様は混同できないから。
ヒーリングでもそうなんだと思う。条件を整えてあげるだけでそれ以上のことは出来ないから。もし相手の魂に干渉しようとするのならそれはもう邪道としかいいようがない。

誰かの魂に(本来的意志に)干渉した場合、干渉した人も干渉を受けた人も一緒に黒くなってしまうの。だからそうならないように注意しないといけない。
そのひとの勇気を鼓舞することはできても、捻じ曲げることは出来ない。魔法使いだってそうだと思う。

簡単よ? 自分もほかの人に優しくすればいいの。その人に愛を返さなければいけないわけではなく。そのひともまた、愛の循環をきっと望んでるからです。
わたしが知る限り、尊敬できるひとはみんなそうだった。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
何か集中して学ぶのはキック・スタートのときだけ。一度身についてしまえばその知識を道具としてすべてを観察するから日常の中ですらそれを用いて考える。だから~学なんて難しいことを机上で考えるものというイメージは実のところ正確ではないと思うの。どこにいても何をしてても考えるから。
専門が音楽だとしたら、料理中でもお花の世話をしていても、子供のおしめを換える時だってそれについて考えてるものだと思うの。そうでないとそれを「専門にしている」などとはとてもいえないと思う。
自分の人生の一瞬一瞬をそれに捧げていれば、自然と道は開けてくる。そこまでしたら神様が心の声をお聞き届けしていただけないはずも無い。それが祈る(pray)ということだと思うの。

魔法をやりたいのなら魔法の本を読むのをやめるし、漫画を描きたいのなら漫画を読むのをやめるかな? わたしなら。読者や観客の立場を一度やめないといけないから。
読むのをやめないと書くことはしないし、話すことをやめないと聴くこともしない。何をしたいかはそのひとがしてることを見ればわかるから。
たぶん、批評することをやめたら創造する事を開始すると思うの。
批評することはアーティストにとっては害悪にしかならない。
魔法使いも分類するとしたらアーティストだから、他人のことよりも自分のこと。その創造の事。それだけを見てるのがいいと思う。


「心の故郷」の問題は「もっとも個人的なこと」であるから、ある意味で性の問題とよく似てるのです。だからとても慎重に扱わないといけないと思うの。
それゆえにカルトによる強制勧誘をわたしはレイプの問題と同列に扱っています。
本当にね、そのひとが心から安心できる心の支えを得られるのならどうでもいいと思うの。そのための信仰ですから、それこそ何の宗教でもかまわない。そのひとが本当に魂の平安を得られるのであるなら。
わたしもミッション系スクールでしたけど、そういう雰囲気は感じてましたね。熱心なクリスチャンはいませんでしたし。
だからかな? 他人の聖域に土足で上がるのは気持ち悪いことですし、自分もそうされるのを嫌います。とても単純に、故郷を汚されるのは嫌だからです。お互いにそういう感覚があるのならどんな宗教の方でもお友達にはなれるから。
だからね、突然手かざしされたり癒して差し上げますとかいわれると「魂のレイプ」とわたしはそれを呼んで、他人のオーラの中に勝手に入るのはご法度だよというの。

(間沼 緋紗緒 ‏@scarlet_mnm 6 時間6 時間前
@Ripple1975 その辺をきちんと弁えているかどうかが、きちんとしたオカルティストとスピッちゃった人の境界線だと思っています。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 6時間6時間前
@scarlet_mnm そうですね、バトラー師も散々その著書で書いてることですけど。あと、フォーチュンもその問題を扱っています。

それがたとえ善意からであってもやってはいけないことだと思う。他人の家に勝手にあがるどころか寝室にまであがりこむのと同じだからです。
だからこそ、わたしはさきほど性と同じ問題だよといったの。
オカルトに強い倫理や信仰が求められるのは当然のことで、そうでないと魂の問題は扱えません。

自分の所属する教会(お寺なども含めて)の偉い人であっても、わたしたちの間に入り込むものは誰でも許さないの。信仰対象と自分自身のみの対話が最重要だから、たとえ教師であってもこれには入り込めないしそうさせてはいけない。少なくともこれがわたしがよく知る魔法を習う条件だからです。
だって信仰してるのはかみさま(信仰対象)であって生きてる人間ではないのです。(^^;
これもまたGD系魔術の一部だからあえてお話したけどね。

魂の象徴を意味する何かを祭壇におくだけでもう至聖所になるのです。だから浄化と聖別は念入りに行うし、人払いは完全に済ませておく。そういう場所を個人的に持ってお祈りするのが大事なのですから、その部分を蔑ろにしてしまうと魔法の意味がなくなるの。

神様とは誰かの仲介によらず自分と神様だけで対話するものですから、ほかのひとは見守るだけです。また、その成果もすべてはご本人のものであり、完全にプライベートでないといけないの。それは夫婦や恋人同士だって入り込んではいけないお話ですから。

その部分は自我の基礎部分にかかわるお話なので静かに本人が自分の信仰対象からのお返事を貰うまで待ってるだけなの。
自我の基礎部分って自己愛にかかわる部分だから、その人の一生に影響を及ぼす。それだけ重大な問題だから、どうかSSやテレステリオンを用意するときは注意してくださいね。

わたしがかみさまと呼んでる方をほかのひとがなんと呼んでもかまわない。それは結局、人類の、そして生き物のルーツを意味する何かなのですから、あまり気にしてないのです。
だからただ、そのひとが自分が信じてる信仰の対象を愛していればいいなって思う。
えっとひとつだけいいかな? 女性には全部説明しなくていいんじゃないかな? だって、ある程度イメージを膨らませればあとは勝手に想像できるんだもの。
青いボウルをもってね、星屑を集めてるの。それが落ちてくると胸の辺りに灯火がともる。その星屑のことをシェキナーと呼ぶのです。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 7月1日
水の中で低体温で遊ぶと溺死すると思うの。動揺しなくなるというのは意識が外から内側に傾き始めるのだから、心拍数の低下は意識の低下につながる。やってることはトランスと同じなのだからお風呂とはいえ外界に反応しなくなれば溺死が待ってる。実際に知り合いの彼氏がそれで亡くなっています。


消えた猫田ブログ”イドリースィー もうひとつのヘルメス
魔術についてウンチクを語ってみたくなったので、ブログを作ってみました。
どうも、はじめまして。イドリースィーです。書きにくいのでイドリシでいいです。

イ ドリシ、またはイドリースというのは、アラビア語でエノク、またはヘルメスという意味なんですが、何で西洋魔術の話をするのにアラビア語の名前なん?って ツッコミを入れるかも知れませんが、実はルネサンスにヘルメス文書がビサンティン帝国からもたらされる前に、中近東でヘルメスはイドリースという名前で認 知されておりました。

おそらく西洋魔術に詳しい人でも、あんまり知らないネタだと思うけど、実は10世紀頃のトルコ東部のハランでは、なんとズバリ、ヘルメスを祀る人たちがいたんですよ!知ってた?

その人たちは、ギザのピラミッドをヘルメスが作ったと思ってて、巡礼に行ってたわけなのですよ。
ハランは、中世の最先端学術都市でね、後に中国で景教と呼ばれることになる、ネストリウス派のキリスト教徒たちの学術都市でもあったわけだ。

西ローマ帝国崩壊間際の529年にプラトーンの900年続いたアカデミアが閉鎖されて、アテネにもいられなくなった学者たちは、当時サーサーン朝ペルシアの領土だった、シリア領に逃げ込むの。その逃げ込んだ先が、シリア領のひとつが、ハランなわけ。

もちろん、ハランと言えばアブラハムがハランを経由してカナンの地に入った話は、いみじくもカバラーをやる西洋魔術の子は知ってるよね?

西洋魔術をたまにヘルメス学と言ったりするけど、これはヘルメス文書のヘルメス・トリスメギストスに由来してるのはみんな知ってる話だよね?

で もね、ヘルメスってのは別に魔術や錬金術や占星術などの「西洋の」秘教伝統ばかりでなく、中東のイスラーム神秘主義でも大変重要な神様なんだよ?とある スーフィーは、ヴィジョンの中で旧約聖書の預言者以外にも、ヘルメスに出会ったと主張してるし、スーフィーは自分たちの技術の祖はヘルメスに帰せられると も言ってるの。

つまり、西洋・中東の秘教伝統において非常に重要な神なんだよ。ヘルメスは。


私はね、欧米人の魔術師は怒るかも知れないけど、西洋の秘教伝統を見る場合は、どうしても中東と西洋の秘教は繋がってると思うの。

それで、中東と西洋の秘教伝統をまたぐ意味でイドリシなんて名前をつけたわけです。

別にスーフィズムと西洋魔術の技法を混ぜるつもりではないので(そもそも私はスーフィーの修行法を知らない)そこは勘違いしないでね。あくまでも秘教伝統に対する視野を広げるつもりで。

西 洋魔術はラノベで取り上げられる場合もそうだけど、西洋魔術=イギリスが源流とか、どうも視野狭窄に陥ってるように見えるから、もっともっと西洋魔術好き な子には視野を広めてもらいたくて、このブログを作りました。よかったらひそやかなうんちく話にお付き合いお願いします。

”魔法使いの危機管理
いわゆる魔道士さんが持つ知識と技術(アート)は悪用するとバカに刃物になっちゃうので、スパイ天国な我が国の危機管理並にゆるゆるですが、例を紹介しましょう。

スレイヤーズ

スレイヤーズすぺしゃる4 魔道士協会の陰謀 (富士見ファンタジア文庫)
(2012/10/04)
神坂 一、あらいずみ るい 他

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ス レイヤーズという作品では、魔道士協会という団体が魔道士を育成しておりますが、そこで教えて貰えるものは「理論(テオリアとカッコつけて言いましょう か?)」のみで、攻撃魔法というのは教えて貰えません。攻撃魔法知りたければ、自分で理論を元に組み立てやがれ!タコ!というステキすぎる安全対策がなさ れております。理論というのは、ロジックですから、魔法と言えど論理学や哲学に強いとお得ではないか?と、「コンスピラシー・セオリスト(陰謀論者)」な わしは思うわけです。エレアのゼノンのアキレウスと亀の話でも読んで論理的思考の訓練をすると言いかもしれません。

ドラゴンランス

Towers of High Sorcery (Dragonlance)
(2004/11)
Jamie Chambers

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ドラゴンランスでの魔法の管理は徹底しております。スレイヤーズの魔道士協会の比ではありません。
「Tower of High Sorcery<上位魔法の塔>」というフリーメイソン的な組織がドラゴンランスの世界の魔法を一元的に徹底管理しており、中核的なすごい魔法の知識を得 たかったら、「大審問」という通過儀礼を経ないといけないというシステムになっていて、その「大審問」ってやつが過激でして、魔法の才能と技量と意欲をギ リギリまで調べられて、失敗すると「死」という古代のドルイドのイニシエーションも真っ青なえげつないシステムになっております。

ちなみ に、今では芸能人の公開いじめにしかなってないバンジージャンプも、本来はバヌアツの部族の死のイニシエーションなんですよね。文化人類学などでいわゆる 未開の社会を調査するのですが、未開の社会で保持されている成人の儀式は皆「死」を体感する事で新しく生まれ変わるというものです。これは、単に象徴的な 儀礼から、バンジージャンプみたいな実際に死ぬような事をやらせる例もあるわけなんですね。魔法使いとして一人前になる「大審問」はそういった古来からの イニシエーションの作法を踏襲している。

ちなみに、GDの5=6の儀式も「死と再生」の儀式なんですよー。アデプタス・マイナーになってはじめて一人前の魔術師ですから。ま、傍観者の俺には関係ない事だけどね。

んで、その「大審問」なんですが、死のリスクの果てに通過すれば「Order of High Sorcery」という組織に加入できて、そこで始めて新しく中核的な魔法の知識と技術を教えてもらえるというシステム。

うーん、フリーメイソンそのまんまなシステムやねー。まあ作者のひとりがバリバリのモルモン教信者なんでメーソンクオリティと言ったとこかw


こ のドラゴンランスの本篇なんですが、この本はどうやら実践魔術をやらないとわからないような思想や表現が盛りだくさんだったりするので、魔術的な哲学・魔 道師の美学という意味でもドラゴンランスシリーズの「ドラゴンランス伝説」をおすすめします。ストーリーがわかんないので「戦記」から読む必要あります が。

ドラゴンランス伝説〈1〉パラダインの聖女
(2004/03)
マーガレット ワイス、トレイシー ヒックマン 他

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つ いでに書けば、「ドラゴンランス」シリーズの外伝である英雄伝では、その「大審問」のシーンが描かれるのですけれども、そこで描かれる事が、古代密儀宗教 の儀礼そのまんまでワロタという話。「大審問」が冥界下りですよ?デメテルとコレーの話とか、イシスの密儀の話とまったく同じではないか?と。やっぱ書い てるやつが結社員ってわけか。

ドラゴンランス セカンドジェネレーション(上巻)
(2003/04/25)
マーガレット ワイス、トレイシー ヒックマン 他

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特にルキウス・アプレイウスの「黄金のろば」に出てくるイシスの密儀に似てるなーと。

黄金の驢馬 (岩波文庫)
(2013/07/18)
アープレーイユス

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まあ、こんな感じで魔法使いの危機管理のネタを書くつもりだったんですけど、またまたいつの間にか脱線です!

「魔 法入門カバラ」のブログの魔龍さんは、日本の漫画やアニメなどの創作の世界では魔法結社員が暗躍してるという話をされてますけど、海外も例に漏れずそう だったという。その中で特にドラゴンランスは、くっきりと魔法結社員か秘教結社員かどっちか知らないけど、そういった組織のメンバーが小説を書いてると ハッキリわかる本ですな。

危機管理の話どうなったー?

でもちゃんと、秘密は守られてるそうです。でも、結社員は秘密守るのつらいもんで、どうやら漫画・アニメ・ゲームなどであちゃらかの思想を「象徴」を使って絶叫しておるみたいなのでラングトン教授みたいに象徴学を勉強すると良いです。

ラングトン教授と言えば、ダン・ブラウンの最新作「インフェルノ」いまいちでしたなw

象徴学を勉強するなら、マンリー・P・ホール本がおすすめです!

人間―密儀の神殿 (1982年)
(1982/11)
大沼 忠弘、マンリー・P.ホール 他

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画像がないのが残念な限り。ちなみに、ダン・ブラウンの象徴学の種本がマンリー・P・ホールなんですよねー

ラングトン教授はマンリー・P・ホールが作った。

(…)

ぐだトマト ‏@pteras14 8月10日
聖杯がイエスの血じゃないと
ダメなのかどうかが要だ。
飯屋の血でOKなら、理論上
ダビデに定期的に献血して貰えば
聖杯を量産出来るはず。

フレポ召喚でダビデが呼ばれる度に
マナプリじゃなく、ダヴィンチちゃんに
血を丸ごと抜き取って貰えばOK。

#FGO
#FateGO

閉店です ‏@lakudagoya 8月10日
@pteras14 とまーてさんこんばんわ。これって聖杯の血ばかりでなくて、やつらが大好きな生贄の血にも応用できませんか?吸血にしても生贄にしても病院の血液検査のように注射器で血を抜いて献血してもらえば済むのをなぜにわざわざ生贄にこだわってんだろ?とかいう疑問もありまする。

ぐだトマト ‏@pteras14 8月10日
@lakudagoya
アイクは人間が恐怖を感じた時に
アドレナリンが血液に混ざるから
と言ってましたが、

中国道教だと神霊に何か「犠牲を
捧げる」事によって「願いとトレード」
するためだと書かれてました。

ベルセルクの「心の亀裂」理論が
正しいかと思います。

ぐだトマト ‏@pteras14 5月22日
中国道教だとお札用の赤インクは
元々は人間の血。
これが人間の血→鶏の鶏冠の血→辰砂
(水銀の材料ね)に代わった。

アフリカのフードゥーだと蝙蝠の
血とか使ってたらしいけど、最近は
ハーブのMIXで赤色を出してる。

道教だと元々、神だか精霊だかと 取引するのに血液が要るらしいんだが 一々人間をその都度殺してたんじゃ 効率悪いということで別の材料が 開発されていった。 どうしても天然辰砂とか、鶏の血が 見つからない時は普通の赤インクに 自分の血を一滴だけ垂らせばOK。

ぐだトマト ‏@pteras14 10月29日
なんだ?
ねここねこさんが昔ブロッコリーした
奴のRT飛ばしてくるから何かと思ったら
ねこたさん道教にハマってるのか。

99〜なんたらは昔の中国の「承認」
みたいな判子みたいな文言だよ〜ん。
石屋のso, mote it be!みたいなもん。
まぁ、石屋がパクったんだろうけどw

道教も初期の頃はお札をお湯に溶かして 飲むと病気が治るみたいな単純な教え だった事は注意ね。 現代の道教みたいにやたらと複雑に なったのは密教に対抗し始めたのと 南蛮征討の時に南蛮人の呪術に コテンパンにされてから。

南蛮人ってのは今で言うタイとか マレーシアの辺りね。ポルトガル人 の事じゃないよ?w
ちなみに神道のお札が道教由来なら 造り方が間違ってるから効果ないよ。 まぁ、そもそも道教含めお札文化を 信じてない人にとってはどっちでも 効果ないんだろうけどもw


ところがどっこい! 中国文化の素晴らしい所は中国の 怪しい通販を利用すれば、判子も 歴代師匠のサイン集みたいなのが 普通に売ってたりするw 台湾の本とか秘伝を隠す文化が あるから、あまり秘伝を隠さない (共産主義の副作用か?)本土の 本と合わせて解読するのをオススメする。
この紙が黄色なのも意味があるから、 日本の神道みたいに黄色い紙使わない のはNG。

まぁ、日本人で道教寺院に入門するの ムズイから(一応、武当山とか龍虎山とか に学校あるけど、昔は中国当局に頼むと 紹介してくれたらしい) 自分で流派作る方が早いよ。

基本、沢山の人が信じてる+歴史が長い 神霊の方が強力なんだけどね。
だから初音ミクの中が空洞になってる 人形が欲しかったw 高すぎて買えなかったww

判子も「初音ミク」って彫って作れば 良いし、自分が開祖なら初代師匠なので 自分のサインだけで事足りるw 歴史が短いから威力は期待できないけどw

判子用の赤いインクがネックかもね。 本当は天然辰砂じゃないといけないん だけど、若しくは白い雄鶏の鶏冠の 血。 究極的には自分の血でもおkなんだけどw

後、ミクさんの人形の中に生きた スズメバチを3匹詰め込むのが 最難関かもw スズメバチを使わない方法もあるけど 教えてあげないw

ちなみに神道のお札が道教由来なら 造り方が間違ってるから効果ないよ。 まぁ、そもそも道教含めお札文化を 信じてない人にとってはどっちでも 効果ないんだろうけどもw

ぐだトマト ‏@pteras14 10月7日
まぁ、日本は中臣の藤原野郎が作った
「氏の長者システム」が一番完成度
とセキュリティ度が高いと思うよ。

あの血縁者で固めた組織で社会を
乗っ取るという方式ねw

欧米では「赤盾方式」って呼ばれてる
やつね。
昨今になって国家ぐるみで「家族」 を破壊しようとしてるのは、 例えば「女性の社会進出」とかね。 全てこの「氏の長者システム」を 一般人に作らせないための政策なんだ。 奴等はこの仕組みが現代社会で最も 強固なセキュリティを所持してるのを 知ってるからね。

ぐだトマト ‏@pteras14 10月8日
なんかねここねこさんが進撃の巨人に ハマってる?のかな? 最初の方は面白かったんだけど巨人同士 の戦いになって詰まらなくなってから 読んでないんだけど、まぁ、気付いた 所を一つ挙げると、巨人の本体って 「首の後ろ」の所だろ? コレってエヴァのパイロットが 入ってるとこと一緒。

で、何で首の後ろかと言うと、
中国道教の人体図というかツボの
位置が分からないとあれなんだけど、
「何らかの霊が取り憑く時、霊は
首の後ろのツボから侵入する」
と言われてる。

ツボの名前は忘れたけどw




なんかねここねこさんが進撃の巨人に ハマってる?のかな? 最初の方は面白かったんだけど巨人同士 の戦いになって詰まらなくなってから 読んでないんだけど、まぁ、気付いた 所を一つ挙げると、巨人の本体って 「首の後ろ」の所だろ? コレってエヴァのパイロットが 入ってるとこと一緒。

個人的には医学に関しては中国の
方がインドのアーユルヴェーダより
古いんじゃないかな?っと思ってる。

よく探せばアーユルヴェーダにも
同じ説明があるのかもしれないけど、
ぐだトマトさんが調べた範囲では
この説は中国道教でしか見掛けた
事がない。

まぁ、後は「城壁」を築く文化と
築かない文化の違いかな?

あのエレン達が住んでる島のモデル
が江戸時代の鎖国政策と取れなくも
ないけど、日本はどちらかと言うと
城壁を築かないタイプの文化なのよね。
戦国時代に寺を城壁代わりにしたり、
掘りを掘ったりはしたけどw

もっとも、平城京の頃までは中国の
長安をモデルにしてたらしいから、
その頃は城壁を作ってたらしいん
だけど、日本の地形に向かないのか
途中から辞めちゃうのよね。

あの「壁」を作る文化って大陸の
方の特徴なのよね。
「壁で都市を囲む」って意味ね。
壁自体は何処にでもある。


峨骨 ‏@Chimaera925
神が世界を作ったなどと言う連中は何故、救世主を崇めるのだろう。この地上に苦しみが溢れているのは神がそのように作ったのだとしたら、そんなものの遣いや子なんぞやって来たら、普通に考えて崇めるどころか抹殺するだろうに。苦しみを与えておいて救済者を遣わして崇めろと言うのだから。

より良く生きる為に願うのならば、そもそも願う必要などない。より良く生きる為の行いを実践するだけだ。そこに神や宗教など必要無いし、願う必要もない。必要なのは自身の意思と実践だけだ。鏡に映った自身の顔が汚れていたら、顔を洗いはしまいか。誰かに綺麗にして貰おう等といちいち願いはしない。

スピリチュアルや自己啓発、ビジネス系自己啓発が流行る中、それを通して頭の中がクリスチャンに書き換えられている。「強く願い潜在意識に働きかければ実現になる」これはニューソート。魔術と比較すると、「ああ、コレは失敗するわ」ってな方法が書いてある。成功しないから依存して固定客になる。

俺は仏教は哲学思想としては支持するけど、信仰の対象にはしていない。だからと言って理解を他人に求めようとは思わないが。信じる事や念仏で救われるって、現世利益か来世利益かが違うだけで、思考が現実化するとか言うニューソートとまるっきり一緒。あれは不完全。


一時期流行ったスピリチュアルや自己啓発(ニューソート、クリスチャンサイエンス、スピリチュアル)は看板が違うだけのキリスト教思想で、ありがちな自己啓発は現世利益をぶら下げ、欲望を肯定し、プラス思考を強制し強迫観念を植え付けることで卑屈で貪欲なサイコパスや人格破綻者を量産した。

精神世界に偏重すると単なる頭でっかちになる。口先が上手いだけの頭でっかちに騙されて、そいつらを肥え太らせる為のカモになってしまう。死後の世界や世界の滅亡等の目に見えず証明できないもので脅迫されて、連中の都合のいい教義、目に見えないもの、証明できないものを信じる羽目になる。

スピや宗教の言う心の問題ってのは、ソシャゲのガチャと一緒だ。ゲーム内のガチャでどれだけ強いカードやアイテムを手に入れたって現実では強くならないし、豊かにもならない。豊かになるのはゲームに参加させて課金させる側。心の問題、いい逃げ口上だ。
いくらでも複製できて、コストもかからない。そのゲームに参加していない者には何の意味も無い。ゲーム参加者が多数を占めるならば、それが現実であるかのように振る舞うが、単なる妄想だ。
賽銭を投げて祈願ってのはNHKみたいだ。電波を一方的に送りつけておいて、「受け取ったから対価を払え」というソレに似ている。俺が神なら、大挙して欲にまみれた願いをぶつけてくる連中の願いなんて気持ち悪くて聞きたくないし、受けとりたくもないな。
愛や恋の気持ち悪さもコレだな。テメェの都合で感情をぶつけてきて、願いを叶えろと。あれにはうんざりする。関係性を構築して作り上げるのでもなく、脚本を用意してこの通りに演じろという。
あのような人々は他者を見ていない。自身の願望を現実の延長線であるかのように見ている。それが人形遊びならば、何の害も無いのだから好きにすれば良いが、連中のやろうとする人形遊びは人間から自由意思を奪い、己を楽しませ、ちっぽけな自尊心を満たす為に行われるものだから関わりたくは無い。
愛しているから○○しろ、愛しているから○○する。まるで呪いだ。人間関係の構築に呪いなんぞ必要無い。まして、既存のモデルや脚本を模倣してそれらを演じる必要も無い。愛や正義、善意、耳障りの良いこれらの言葉は人々を操り苦しみを与える為によく使われる。互いに呪い合って何になる?
相手の人格や自由意思を尊重し、時間をかけて信頼関係を構築する。信じていたのに裏切られたなんてのは、他者が自身の思い通りになると思って相手ではなく頭の中に作り上げた他者の偶像を見ていただけのこと。人は常に変化し続ける。既存の脚本を持ち込んで、おままごとを強要しても続かんさ。
偶像化されて崇拝されるってのも、なかなかしんどいものだよ。望んでもいないのに、「あなたの為に」「あなたを思って」なとと好き勝手されて、「やめてくれ」と言っても聞いてはくれないのだから。崇拝者の頭の中の偶像と実体が解離して妄想では埋められなくなると、実体が偽物扱いされるんだ。

支配と被支配、所有と被所有、一方的にあるいは双方が行い互いに呪い合い、それを愛だと彼らは言い、互いに執着し合っている。相手の人格や自由意思を尊重し、何も望まず、期待せず、相手を支配・所有もせず、それでも続くようなものではないから、取引や契約みたいな上下関係になる。対等ではない。
そのようなおかしな関係が善とされる社会では隠者のようにひっそり生きた方が楽だ。

人間の創造する超越存在なんて、ネット小説の最低モノの最強主人公と大して変わらんよ。最強で全知全能でモテモテでハーレムってな、ハーレムなんて面倒臭くて胃が痛くなるような代物だけど、作者が自己投影して考えつく限界なのだろう。本当に全知全能なら、問題も起きず物語も始まらない。
あの手の作品は作者のコンプレックスがよく解るから、人間観察の一環としては面白いな。わざわざ登場人物を愚鈍にして主人公を称賛させて自画自賛なんて、まるで神のようではないか。超越存在が人形遊びして人形に自身を崇めさせるかのようだ。あれは実に面白い。

仏教では愛=執着=悪。
愛憎を超えた慈悲=善。

愛はキリスト教では創造神が与える善。
明治維新でキリスト教の植民地になって以降、
愛=善というキリスト教思想に染まったのが今の日本人
国家神道=天皇一神教や大本教という和風キリスト教






Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 10月19日
人は言葉が通じる生き物を特別視する傾向があって、それ以外を差別する傾向を持ってる。それは人種であったりほかの動物であったりするけれど、本当は生き物はみんなそんなに変わらない。このことを忘れると自らの獣性を忘れてしまう。言い換えると理性をなくす。動物をみると理性を取り戻すの。

ダイアン・フォーチュンの小説の中に「牧神の娘」というのがあるけど、これはパン神に触れることによって野生を観察することで自己同一性を取り戻すというもの。ひとによっては野生から帰ってこないことがあるけれど、たいていの人は理性を取り戻す。ある意味でショック療法だから。

言葉によって思考するのがほかの動物と人間の大きな違いだと思う。けれど、それに埋没すると自分が動物であることをしばしば忘れてしまう。だから感覚によってときたまそれを思い出すようにすることで理性は回復する。理性の根拠って自尊心だからその回復でもあると思う。

小説の名前は『The Secrets of Dr. Taverner』です。有名な本だけど。
彼女の本、魔法を主題とする場合は彼女の魔術書よりも小説のほうがはるかに重要だと思う。
象徴や儀式の解説書などは基本的なやり方や解釈の仕方は教えるけれど、実際的な魔法の扱い方については何も教えてくれないの。教えようにも型どおりのことを理解しても何の役にも立たないからです。だから本だけでなんとかする場合は深い実践を要求する


正直にいうと、魔法以外のすべての本が魔法にはとても大事なのです。

Ange in Wonder Blog : 道具の違いと理屈の違い
http://angeliqua.doorblog.jp/archives/51912379.html

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 10月20日
邪念? 目的外意識のこと。あと、思い込みのこと。道具を使ってて怪我をするとき、思い返すとみんな意志に反してることが理解されます。意志は目的を決めてこれにしたがって行動する。素材の加工がその意志の流れなのに道具、そして力そのものに意識がそれたとき、必ず怪我をするからです。

本来の目的を忘れちゃうというのは目的外の意識にとらわれることなので邪念と呼ぶの。包丁が切れても切れなくても、いつもと違う感覚によって力(この場合は切る道具)に意識が向かうとき、意思に反したことになります。

実際、わたしは調理中に包丁のこと、ましてやその良し悪しなんてまったく気にしていないし意識に入ってない。だから怪我をする可能性があるのは刃物をしまうときと研いでいるときです。この双方ともに力そのものに意識が向いています。だから力は使い終わるとさっさとしまいます。

自分の目的に向かってどのくらいその心、意識をささげられるかがいつも問題になってる。目的意識を魔術と絡めて繰り返すのはそういうことなの。

アルターエゴの表出とか、忘我の境地とかなんだか偉そうで難しい言葉を使う人がよくいるのだけど、要するにどれだけ自分の目的に意識のすべてを捧げるかの問題なのです。難しいけれど、目的外の意識をとにかく修正するのが大切だから。

そういう修練は危険であるほどいいという考え方もあるけれど、それを要約すると危険があるほうが失敗したときに怪我をするから緊張感が保てるというその一点に尽きます。実際のところ、そんなのは言い訳に過ぎない。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975 10月20日
月の明るさは反射によるもので太陽とは異なってる。月の温もりは以前、太陽と比較したように引いていくことで感じる想像による温かさなの。これを説明するのは、愛しい人に触れられていた温もりがなくなり寂しさを感じるときの思い出す温かさのこと。自分が投射するぬくもりのこと。冷たい温かさ。

それゆえに月は故郷を思い出す幻想であり、自らが投射するもの。そういうものが月ですね。
だからこそ月は揺らぐ。水面に映ってるそれだから。水面とは自分の心のこと。

月の温もりは夜中に暴れだすの。思い出すことでそれは強くなるから。それゆえの月であり、満ちては欠ける。それは感情がイメージを投射し続ける活動。

ナルシスというのがいるけど、そのひとが見てる水面の自分自身は月の局面です。それだからかれの行動はその特徴を持ってるの。
月に浸ってると風邪を引くから水からあがりましょう。身体を暖めてご飯を食べます。あとはぐっすりよく寝るの。幻想をみてるうちは自分の本心には気付かない。そういうものです。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
わたしがみているケルト系の女性のイメージはどちらかというと賢女というものですし、実際にお話を紐解くとモーガン・ル・フェイは魔女というよりもそういうイメージなのです。湖の貴婦人というのはそういうのだから。湖の精霊は霊感を得た女性ということになります。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
いろんな技術は極めればひとつの芸(アート)になるけれど、だからといってそれを常時使うという考え方はなんか変なの。野菜のスライスをするのにスライサー使えばよいからそこであえてナイフを使うのは趣味的です。そうやって合理からかけ離れていくと何かがおかしくなっていくの。

目的を忘れるとそこで大きなロスになる。どんなことでもこれはいえることだけど、この逸脱が大きく最初の意志を曲げてしまうことになる。趣味もいいけれど逸脱はほどほどにしたいと思う。

目的からの逸脱は趣味への道でもあるけれど、泥沼にはまる前に引き返すタイミングはいつも「その選択が不自由を生んでいるか?」と問うこと。それが不自由さを生んでいるのなら引き返すことにしてる。それこそこの世界を生きづらくするから。

無駄な動きをすると自然から離れていく。それは自分の意志から離れるということでもあるし、ナイフを鞘にしまうときに横にずれちゃうことを意味してるのです。だから当然怪我をするでしょう。
ものごとにはある程度のクリアランス、つまり余裕が必要だけれど軌道から外れると元には戻らなくなる。ロケットのドッキングみたいなもので、一定の軌道からはずれてしまうと再接近不可能になってしまうから(燃料が切れます)。

心霊現象だとか心の病だとかそれがどんなものであったとしても、結局のところ予防に徹するのがまず先にあるから。対処法の前に予防がある。それは風邪と一緒だと思うの。

オカルトはかかわりを持たないのならそれに越したことはないの。運悪くそうなってしまったら対処していくしかないけれど、必要がないのならそのほうがいいからです。

そういうことしなくても立派に自分の道を開いている人はいっぱいいるのですから。

魔法は万人のものだけど、万人がそんなことしなくてもいいの。必要なものを必要な人がするだけでいいから。道への到達の手段はもっと無数にある。それしかないと思ったときはこれを思い出すといい。
合目的であることは明日への道だと思う。もし明日がどっちへ向かってるかわからなくても心配はいらないの。そんなときはお腹をいっぱいにして明日が幸せならいいなと思って眠るだけだから。
たぶん、そのまんまの答え。実行に躊躇してるのならその躊躇の原因を探ると良いでしょうね。

オカルト的な話は普通の生活には必要ないし、直接的には何の関係もないの。ただ、薄く少しずついろんなことに関係してるだけなので本当に1割以下の要素でいいように思ってる。

占いは自分の心の正直さを引き出す工夫だと思う。普段どれほど無意識的に自らを偽ってるのか普通は気付かないもの。それでこんがらがってしまったものをほぐすのにわたしは占いを使うの。タロットや星占いだけではなくて、瞑想もまた同じだから。

理不尽はいつでも世界ではなくて自分だものね。つじつまの合わないことしてるからややこしくなってる。

たくさんの方法があるということは決定打がないということ。だからそれは自分にあった方法を探すしかないと思う。どれも慣れれば習熟できるけれど、そこに至る前に扱いやすい方法を見つけるのが良いと思う。

だから流派を転々とするのって普通のことだと思うの。自分にあうものをみつけたらそれに食らいつくし、ある程度やったら足りないところを捕捉するためにまた旅に出ます。

それぞれが自分のやり方を追求すればよいと思うんだけどな。何かの体系はそのための足場なのですから。

共時性? 自分自身との同期のこと。現実と想像してることが合わさること。リアルの体験。
普段自分の心としっかり向き合えなくてかっちりと嵌ってないのでその同期が起こると異様な感じを受けるの。そのためにこれが特別なことだと思って想像をたくましくしてしまうの。
いまが楽しいのなら夢はみないんじゃないかな? 「黄金の斧(夢)と鉄の斧(現実)、落としたのはどちらですか?」と問われて現実のほうが楽しいのなら、きっと鉄の斧を選ぶから。

糸車と女神さま
http://angeliqua.doorblog.jp/archives/51912540.html

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
いろんな大事なこと教わった。アプロディーテーとエロースが別の神様であるということ。彼女はかれを従えてるけど別の人格として表現されてる。それが一緒になると阿修羅男爵みたいで醜悪になるの。そして彼女の巫女の本来の名前を見失ってた。また、家庭の女神は正確には居ないということ。

母を、妻を表現する神様はヘーラー。家を守る神様、竈の女神はヘスティアーだけど家庭そのものを表現する神様は居ない。それというのも、家庭にはそれぞれの形があり、決まったものがないから。ヘスティアーが守ってるのは一緒に暮らすということ、生活それ自体の核心部分。それこそご飯のため。

ヘスティアーが守ってるのは家庭ではなくて実はご飯を一緒に食べる人たちのことで、家庭の形には捉われない。竈ってそういうものだからです。だから、より正確には「同じ釜の飯を食べる仲間」のことだと思う。それは一緒に生きていく人たちの集まりのことで家族関係を必ずしも意味していない。

いろいろと面倒くさいよね、人間って。社会倫理は人間として暮らすためで、だからといって動物さんの部分もきちんと存在してる。その部分を切り離してしまうと人は病気になるの。けれど、人としての暮らしもあるからそれも蔑ろにはできない。

これはそれぞれの神様の祝福をちゃんと受けるためにはどうしたらいいのかという問題だから。
ひとは物事を美麗な言葉で飾り立てすぎた。祝福される必要があるのはすべての神様だから。
その結婚が祝福されるのはアプロディーテーとエロースが一対で同時に祝福を下さるからで別々に行動したりはしなかったという理由が大きい。もしもこの神様たちから別々のところで祝福を授けたとしたら、少なくとも社会的には問題になるから。
クビドは二人を結び付けるけれど、それは必ずしもアプロディーテー/ヴィナースとは別物。

このふたりの神様は別々にやってくると困るのです。
クピドが子供の姿で表されるのは当然のことで、だって「生まれる」から。
神話は当時の社会問題をどう扱うべきかということがテーマになってるからいろいろと勉強になるの。けれど、結局のところ現在とそれは大差ない。人間はそういう意味で殆ど変わらないから。

わたしにとってすべての分類は氷でできてる。どんな象徴でも、科学的な分類でもそうだけど物事を比較して行動を決定するまでの足場でしかない。一度行動を起こせばもはやそれを使わない。その足場は溶けて地面にしみこみ、そして空気に融けて行く。それは自転車の補助輪であり動き出すと足かせになる。

自転車の補助輪はきちんと運転できるようになると気持ちよく運転するための邪魔になるし、自由を楽しめない。わたしにとっての分類はそういうものだから、一度滑り出してしまうとすべての象徴、分類は排除してしまうのです。そうしないと分類は自分の呼吸すら妨げるから。

なにかの分類が大事なのではなくて、行動によって起こる結果のほうがいつも大事だから。それらが行動を阻害するのならさっさと脱ぎ捨てるの。

足元にはいつも注意を払うけど、はるか下においてきた足場なんてみていたら上から落っこちてしまうの。心はいつも目指すべきところ、つまり頂上をみていなくてはならないから、麓のほうなんてみないのです。

だから占いをして行動を決めたらそれをさっさと忘れるの。占いの内容自体を忘れて、決めたことだけを覚えておく。何をするかだけに注意を払いたいから。

手すりに触りながら歩くのなんて危険な場所をわたる時だけなの。だから橋の真ん中を普通は歩く。はしをわたるべからず。

峨骨 ‏@Chimaera925
心身を整える養生法や若さを保つ方法として使えるので活用してやってください。そこから小周天や大周天等に応用することも可能なので、慣れてきたらイメージも動かすとより効率が上がるかなと。

呼吸法の応用で面白いのは色との組み合わせ。色は777の書、万物照応表を参照しなくても、色イメージや心理関連の情報を漁って応用できる。嫌な自分の要素のイメージした色(濁らせてイメージする)を吐き出し、なりたい自分の色イメージを想像して吸い込む。基本が解らなければ毒にも薬にもならんよ

怒りっぽいから冷静になりたいなと思えば、深く息を吐くときに口から濁った赤黒い煙が出ていくのをイメージ
して、吸うときに綺麗な青い色が口から入るようイメージする。応用すると、空間をイメージで塗り潰して周囲の人間の印象を変えたりすることも。雰囲気ってやつだね。

鏡を見ながらその色に自分が包まれたイメージを重ねる事で自己暗示が強くなるので、割かし使える。ライブやってた時は色イメージも纏って外出していたな。オーラだのカリスマだのってのは、そこまで難しい事じゃない。あとは視線や指先の置き方、動作の早さや緩急……才能や素質など不要だ。

人間が「あの人はオーラがある」とか「カリスマがある」と言うのは、大抵は姿や声、後光効果。一般人との違いは言語化されない細部。暗示と模倣でそれを後付けするのは不可能ではない。立場や役職が人を作るように、自身の心理操作でそれを行う。大した違いはない。存在感がある者も元は一般人。

他者にその色イメージを伝達するのは、色イメージに従った自身の立ち居振舞いだったり言動だったり。他には類感魔術の応用でいける。類似したもの同士は互いに影響しあうってヤツな。相互に影響されるから要注意だ、深淵を覗き込む者はなんとやら。基礎を体得していなければ毒にも薬にもならないけどな


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
混合してる色をうまく分割して整頓すること。それがマルクトの象徴である四色。そうしないと混ざり合ってなにがなんだかわかんないから。

魔術の趣旨というのは「意識の中に変化をもたらす技術」というように最終的には体験によって意識変革を行うものです。その結果として行動が変化して物事が現実となる。だから知識や道具それ自体は枝葉末節といえるでしょう。だから魔術道具に拘りすぎるのも駄目なのです。

うん、わたしはクリスチャンだからキリスト教用語を使うけど別に本当は何でもいいの。それらの宗教用語は人の心の仕組みを説明するための方便としてわたしは捉えてるので問題はないのです。仏教にもっと詳しければそちらの用語を使うのも吝かではない。目的が大事なのでそういうのは枝葉末節なの。

本当は象徴操作や呪文、動作なんて凡て枝葉末節に過ぎないの。どんな方法だろうとやってることは同じこと。人の心は基本的なところは同じなのだから同じ法則が成り立つ。文化的差異があろうとも人であることは代わりがないのだから、数万年以上換わらないところだけを見るの。

魔法の道具だてというのは正直なところ祭壇となるテーブルと一つの灯りがあるのなら何でもいいのです。それ以外は枝葉末節だともいえる。他に必要なものといわれても実は困る。真理の光を奉納する以外に何がいるのと逆にお尋ねしたい。四大武器やその他についても同じ。最後はたったこれだけになる。


いいえ、別に専門的な学問だけが勉強ではないし、むしろそれは枝葉末節に過ぎないの。あなたが持ってる大事なの与えれば済むこと。知識与えておしまいではないのよ。 QT @kulfi: @Ripple1975 学士程度の思考能力持ってないのでむりですなー

普通のオカルト好きの人にとってはきっと「そんなことよりも知られていない天使のの名前とか階級、召喚の具体的な描写とか知りたいんだけど!」なんてきっと思ってることでしょうねw でもそういうのって枝葉末節なので普通の本を読んだほうが同人誌やゲームなどのネタになると思います。

星占いの根本思想は「身の回りの現象とそこに内在する真理は世界共通、宇宙共通なんじゃないの?」というのがある。この素朴な小宇宙=大宇宙相互影響説が東西に関係無い根本思想だから、座標区分や神話の利用は枝葉末節と捉えることが出来る。というより、占いにそれ以上の大切なことなんてないし。

わたしの思考の特徴は一見すると論理の塊かも知れないけど、実は加算減算と明晰な直感にだけ裏打ちされてる。あまり複雑なのは苦手なので複雑な枝葉末節をそのまま貫通して本質のみ見つけます。難しいのは哲学とか数学を専門にしてる人に任せるか、それともパソコンに頼るというwww
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恐らくそういう照応で正しいと思います。枝葉末節で違いはあると思うけど本質の部分で正しい。 QT @0134H: @Ripple1975 @rideigan 面白そうな話題なので横から失礼します。泰山府君=須佐之男命=地蔵菩薩=閻魔大王=ヘルメス=トート=少名彦那神=薬師如来=小童

んに。ある程度放射線について心配するのは当然だけど、放射線科学の常識を無視して枝葉末節に拘るのは分別がないですよね。 QT @akio_r_m: @Ripple1975 そうなんです。それが分かっていないのが問題なんです。あの震災以降、神経質になる人が多いのですが、震災前も後も存

結局のところ、魔術とそれに相当する名称をもつものはすべて、「意識の技術」である。人間の精神構造とその応用を熟知し、当たり前の法則に則って行う意識的行動である。実際、儀式の枝葉末節はたいしたことではない。それらは心理学的補助に他ならない。しかし、扱うのは精神の根幹。危険は当然である

魔術というと、とても神変不可思議な奇術のように思われることが大半。けれど、力の解放と接地という単純明快な技術であることを知れば、言葉にすること、それを為すことに集約される。すると、それはごく日常的なことなのだと判る。つまり、儀式はその枝葉末節に過ぎない。(誤字のため再送)

科学はわたしたちが呼ぶイデアやヌースを狭義で用い、わたしたちはそれを心にも適用する。この点が違うけど、単なる視点の違いなので用語の問題ともいえます。方や白衣、方やローブです。机が祭壇になり、実験器具が四大武器になる。あとはイメージ操作の違いだけ。


うーん、祭壇とは何かって?目の前に展開した大地の表現、箱庭。意識の台座。定義した心の形。分離・分割したもの。供物を捧げる場所、祝うための場所。心との対話の場所。意識の机。すなわち、Altar。心の視座。

困ったときは辞書頼み。多くの主張はビジネスや立場による影響があるからバイアスが少ない解釈を参照するためのもの。勿論、複数あったほうが好ましいの。

バイアスのない意見や主張は難しい。だからどんなにクリーンな意見でもバイアスが入ってることを意識してる。それは大抵は個人的な限られた経験による見落としからなる。それゆえに複数の信頼できるソースを参照する。それすらもバイアスはあるけれどないよりはまし
だから。

だからマルクトはいつもまだら模様。いろんな意見があって混じってしまってるの。それぞれがたとえクリーンだとしても個人的主観によって分割されてる。それがいろいろと混じってしまうとグレーになる。そういう場所だから。

儀式的に何かするのって心理的になにかするわけだから、その前に物理的に対処する癖は必要だと思う。普通の医療行為しないでヒーリングを行うというのとまったく同じことだから。

ヘルメース的には上のごとく下も然りなので心理的状況を物理的に実現しないと意味がないの。

まあ、あれ。霊能者的に言うと「さまよえる霊を適切な場所に導く」というもの。その経路が感情だったり物理的なものだった利するので、適切なとこに落とすというわけ。

霊と言うものの正体がたとえ不明で何なのかわかんなくても、感情を経路にするというのはわかりやすい話。交霊術もそういう発想だから。

原因になってるものが本当は何かわかんなくてもその経路について工夫すると何かがきちんと起こる。電気などもそうなのだけど、科学だっていまだにそうなのです。

第三者的に証明できないものは個人的なものだから、正直に言うと「わかんないもの」としかいえない。個人的な信仰は別として。だからといって何もできないわけではないと思う。

儀式の本番ってお片づけのほうなの、正直にいうと。つまり、物理的に何かして動かないと何も起こんないから。
そうでないと気分が良かったね、おしまい。となるのです。原因は何も解決してないので一時しのぎにしかならない。
オカルトで重要なのは何を見たかやどのように解釈したかというのは二の次だと思うの。むしろ、見たものをそのままの存在であると思わず、またその確証がないということをいえる正直さだと思うの。そうでないのならそのひとの言うことは信頼に値しないとわたしは考えます。

タロットを簡単にするといろはカルタみたいなものになると思うの。それは文字だけのもの。象徴をふんだんに使うか、もしくは文字をひとつぽつんと描くかという究極の選択。どっちがいいかはお好み次第。

タロットはいうなれば絵本。それ自体がひとつのお話になってる。

一枚のタロットがそれだけで象徴の組み合わせで物語の骨子を描いてる。だから象徴を読み解くというのはあらすじを再構成するということなのです。

簡単に言うと、一枚のタロットだけで小説がかけちゃうのです。(^^;

だから、タロットはそのままで象徴で構成された物語のプロットであり、神話体系がそれに肉付けをしてくれるの。それゆえに神話を読み解かないとタロットはまったく面白くならない。

(私が小説書くなら一章一カードかな)

タロットがしばしばパスワーキングにつかわれるのはそういう理由。物語のプロットがその中に入ってるから、それをまず理解するのが先決なの。
それがタロット、神秘的な絵本。

パスワーキングのアクティブ・ワークというのはシナリオが先にかいてないから、タロットのシンボルだけで即興でプロットをくみ上げ、それにあわせて想像していくというやり方なのです。
だから最初に素材となる神話が頭の中にあって心に根付いていないと使えない。
ノウィッキさんの『閃く小径』というのはパッシブワークのシナリオ集と解説になってるので初心者向け。上級者にはそんなのいらないから即興で心の中にシナリオが生まれるのです。
シナリオをかくのではなくて「生まれる」と表現したのは勝手にそうなるから。正しく象徴を紐解いていれば自然とそれは出てくる、流れるようによどみなく。
わたしは象徴の解釈を苦労して考えた引っ張り出したりはしてないの、いつも。それは勝手に出てくるもので神話が教えてくれます。

何でもどこかに着地させないと問題が出るように思うの。手段が目的と化すのが趣味だから、その手段を野放しに膨らませるといつかは破綻する。だからオカルトだって日常に役立てる文化に流れた。わたしの場合だと食べることに接地させてる。料理趣味ってそういうことだから。

接地する対象は本当に容量(懐)が大きいほうが良い。そうすれば接地抵抗が少ないから力はどんどん吸収されて中空に彷徨ったりしない。それは普遍的でもっとも日常的で当たり前なものがいいと思う。そのスキルを適用させるのに事欠かないほどに。

電気的な意味合いと同じ意味において、心のモヤモヤは漏電というの。接地が足りないからそうなる。それは接地容量がたりないことであり、抵抗が大きいこと。「太い線で最短で」懐の大きいものに接地します。そうするのがもっともよいからです。

電気的(物理的)お話と精神的なお話って殆ど同じなのです、コツという意味で。


(電気って霊的だよね。血液みたいに)


Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
価格操作って印象の操作ですし、幻想の操作ということを理解するのは魔法使いの嗜み。モノには決まった価値があると思ってるのならそれこそお金も魔法も理解していないのです。では、おやすみなさい。

CRCとはクリスチャン・ローゼン・クロイツの略称のことです。キリスト教系文化の衰退から生じた仇花のひとつだけれど、キリスト教の神話が再び生命を取り戻すには一度死ぬ必要があると思ったのでしょう。それは形が一度失われなくてはならないからです。ゴミで汚れたら肉体を脱ぎ捨てるの。

形(アストラル体)が失われても人格神は黄金のテトとして(スピリチュアル体)はよみがえることが出来ます。これは何のことかというと、神話が廃れてしまってもその中に込められた骨子部分は人々が必要とすればいつでも心によみがえるという意味です。たとえ全盛期の神話の形を持っていなくてもです。

だからCRCのヴォールトはいつも空っぽなのです。それはアストラル体が既に分解された(人格神として存在していない)神話として表現されてる。それゆえに、違った形で人々の心によみがえるようにこのお話は企図されています。つまり、個人主義的な信仰の夜明けを意味しています。

棺の中身が空っぽというのはいつもそういう意味だとわたしは思うの。偶像として生まれ汚れてしまえばいつかそれは死なないといけないからです。太陽神という分類になる神様の多くがそういう性質を持っています。゜次の春にまた違った形で人々の心の中に芽吹くように。

人格神のアストラル体はいつも大衆によってその信仰の犠牲となり捧げられてる。それはつまり消費されてるのです。だから目減りして細くなればまた次に生まれないといけない。アストラル体は欲望の体のこと。それは人々の欲望のために捧げられたのだから。ということでCRCやジーザスのお話はおしまい

ひとはいつも誰かに「こんな人であってほしい」と自分の欲望を重ねるよね? アイドルであれば複数の、たくさんの人がその欲望を重ねてるの。これをアストラル体(欲望の体)といいます。そしてスキャンダルやそういうので汚れてくるとアイドルはこれを脱ぎ捨てるか何かします。

ですから、その偶像が既に亡くなってる人である場合はお話が少々厄介になります。作られてしまった偶像(アストラル体)が汚れてきたらお掃除するのが大変だからです。さらにこれが生存しなくなるようにするのも大変なこと。偶像それ自体は自分で死ぬことが出来ないからです。

こうやって専門用語をきちんと解説する人が少ないとお話がややこしくなるのです。本当はもっと簡単なことなのに。



ビナーのキングスケールはクリムゾン
キングスケールのケテルは光輝とあるけれど、クイーン、ナイトスケールは白い輝きとあらわすの。問題はページスケールのとき。これは最初のただの光輝が最後にどうなるのかを示してる。光輝を強くして点滅させると網膜に黄色いキラキラ斑点の残像が残ります。これがそれなのです。
わたしはこの図の中でプリンス、プリンセスと表記されたものをナイト、ページと言い換えたけど説明はいらないよね? タロットのコートカードのそれと同じことだから。

火星は異化作用だから出産にもね? マリア様がイブの日に金星として現れたなら、これから始まる陣痛と言うのは火星に当たるのです。金星が火星の影響下に入るとき、ドラマが起こるのです。

見方を変えれば出産は月経と同じなのです。両者とも火星の影響下にあって、金星が優勢なとき(妊娠中)は同化作用が優勢にあるので火星の機能(月経)は停止しています。だから出産はとまっていた月経が開始する一回目と数えてもいいの。これはオカルト上の分類ですが。

では、金星と火星の女性的機能について続けると、つきの影響とは何かという問題に思い当たるの。これは簡単に言うと、想像妊娠に想像月経のこと。他人の月の循環が自分にも影響してしまうというアレです。女子の集団にいるとよく体験することですが。

月の影響というのは常にイメージによる心理的影響のことです。これは身体への影響(フィジカル・エフエクト)を起こすけれど、大抵の場合は満月に向かうときイメージを制御しやすく、下限に移行すると制御しにくくなる。新月なら制御不能に陥るという例。必ずしも現代人は物理天体と同期しないけどね。

物理天体と身体に起こることを一緒にしないでもいいの。それは象徴的意味を持つから、同期してるか否かはあまり関係がない。大切なのは身体に起こってる変化について象徴的に理解することです。三日から一週間に及ぶヘカテーの期間は想像力の制御を行えないので疑心暗鬼になりやすいことだけ理解します

気配りが出来て優しい子ほど想像力が豊かだから、ヘカテーの期間に重いほど打ちのめされると思うの。だから気をつけてあげてほしいな。
月が強いのって感受性が高くて反射によって容易く相手の心を類推する能力のことだから、その感受性と想像力は制御下にないと心が打ちのめされるのです。肉体よりもそちらのほうが辛いと思うの。
だからそういうときは太陽の助けが必要になります。明晰な知性と理解力のこと。月が使い物にならないのなら、それが有効になるからです。
パートナーを相手に太陽神の召喚を必要とするとき、そういうことなのです。それとは逆に男性が月神降臨を必要とするときも同じこと。それぞれに得手不得手があるからです。
月の機能(感受性と想像力)がうまく働かないときは知性に頼るほかはなくなります。そういうことなのですけどね。(^^;
月による反射は「自分の心に照らし合わせて相手の気持ちを慮る」という意味なの。
太陽的知性は相手を知るのに状況判断によって類推することだから月の場合とは異なっています。外部からの認知ではなくて自分に照らし合わせてみるというのが月的感受性の使い方。この違いを理解していないとお互いに理解を深めるのは難しいと思います。
便宜上、オカルト用語を使ってはいますがそれぞれの習慣による心の使い方の違いを説明してるだけなのです。本当は難しいことではないのですけどね・・・。

前にも太陽と月の違いを説明したことあるのだけど、太陽はいわば相手のぬくもりを直接的に捉えること。だから、手の温かさをそのまま捉えようとします。一方で月の場合は手が離れて冷たさを感じたときに温もりを想い出すことでそれを感じることなの。だから月は反射が心に届くまでに少し時間がかかる。
それゆえに月影を観るというのはとても象徴的言葉の意味をもっています。それは影を見ることで本体を想像することだから、記憶像を思い出すことで直感像に変換されることをも意味するからです。
直感像の使い方はパスワーキングの入り口やタットワ、クリスタルゲージング、クレヤヴォヤンスでも使うので月と太陽として知られる心の使い方の違いの理解は最重要課題となります。

彼と逢ってるときよりもお家に帰ってデートのときの彼を思い出してるほうが遥かに長いというのであるなら、これはもう月子さんですね。(^^;
両性具有的? 太陽と月の象徴を足して、そこに十字架を加えてみればいいの。水星になるでしょう? 太陽的は男性的、月的なのは主に女性的資質のことを意味してるから(肉体に関係なく)水星はそのどちらも使いこなせると言う意味になります。だから両性具有的。
月と太陽の結婚というのはオカルト用語でいうところの心の使い方を両方できるようになることです。
だからヘルメースの学徒というのです。

Angeliqua@安眠中 ‏@Ripple1975
個人差の大きい問題をあまり一般化して分類するのもどうかと思うのだけどね。何かを男女差に置き換えたり、人種で分けたり、占星術分類したり、子供や大人に分けたりするのはあくまで指標の一つでしかないから、あまり捉われすぎるとただの差別になってしまうの。

何かを分けることが知性的であるなどと思っていいるのなら、それはただの「安心の道具」にとりつかれた差別的な偏屈さんになってしまうの。そういうのは嫌かな? 心が頑なで恥ずかしいから。

分類とは何かを切り裂くための道具。それは一種のペーパーナイフみたいなもの。ペーパーナイフはよく切れるほうが確かに使いやすいの。但し、良く切れるということは安全に使うための工夫と心遣いを必要としてる。これはまさに知性というナイフのことだからです。

象徴を学ぶのはナイフを研ぐことによく似てるのです。だからこそ、わたしはときたまこういう警告を発します。ナイフを研げば研ぐだけ良く切れるようになるけれど、切れ味に陶酔してれば必ず怪我をするからなの。砥ぎあげたナイフはすぐに鞘にしまうのがいいのです。(^^)
これは実際にエアー・ダッガーを自分で研いでみればいいです。きっと、紙を切ったりいろいろして切れ味に夢中になるから、いつか必ず怪我をするでしょう。指を怪我したらわたしの述べたことが身にしみるようになります。

風の象徴はナイフで表されるから'GDでは)それには必ず鋭いエッジがついています。だから風の象徴で分類できるものは常に鋭いエッジを持っている道具なんだと意識することが必要なのです。そのためにエアー・ダッガーに慣れ親しみます。これが魔法の道具の理解そのものなのです。
「風を操るとき」ですから、エッジを向ける方向は常に自分へ。それは他人に切っ先を向けてはいけない。それゆえに他人を占うときは特に慎重になります。本来、分類を安全に用いるのは自分に対してだからです。

イメージして? 自分が誰かに向かって占いを行うとき、それは見えない「風の短剣」を相手に向かって振り回しているということを。だから使い方を誤れば相手をずたずたに切り裂いてしまいます。それは治療でもなんでもなくてただの暴力です。
短剣のお話はGDのカリキュラムだと2=9 Theoricusのことだから、まさに理論者が身に着けるべきもの。理屈を振り回すことが何を意味してるのか、ナイフから直接学ぶのです。それが出来ないと次の段階には進めないから。

ひとは(宇宙は)丸いケーキなのよ? 食べやすいように、どこから切り分けてもいいのだけどどこを起点として30度ずつに切り分けようと、15度ずつに切ったとしても元はまん丸なのです。それは食べやすいように(理解しやすいように)意図的に切ってるに過ぎない。これを忘れてはいけないと思う。
だから「あの人は四角い」「いや、三角じゃないのか?」みんなそういう風に理解してる。でも、本当は丸いから捉えどころがないものです。宇宙をそうやって好き勝手に切り分けることで理解し始めてる。でも、本当は丸いから微粒子すら残さずにすべてのピースが揃わなければ理解することはないと思うの。

ピースが欠けている場合はいつも不完全な理解だから、欠けた部分はいつも類推でしかない。その類推を理解したものに分類してはいけないの。知らないものは知らない、理解していないと意識していないと欠けたピースが落とし穴になってしまいます。

例としてとあるものが三角形ではないのかと言われてるとします。このとき、三角形の角度の合計は必ず180度になりますよね? だから、二つの角度がわかれば残りの角度は自ずとわかるでしょう。ところが、この段階ではまだ類推なのです。だって、それが本当に三角形なのかどうかどうやってわかるの?

この段階では類推でしかないからそれが「三角形だったとしたら」という前提でしか成り立たない。ところが三番目のピースが現実として発見されない限りはそれがどんな形をしてるのかは実はわかりません。計算が成り立つのは前提条件が正確だった場合に限るからです。

前提条件を信じ込むことの危険性について述べるために、誰でもわかり易い例えを用いたに過ぎません。純粋数学のお話でしたらほかのテーマに移ってしまいますよ?
線の二つがどこかで閉じているという前提をまずは疑いましょう。何故なら、有限世界というのはどこかで線が閉じていないと成り立たないからです。そしてその有限はどこから生まれたのでしょうか?
宇宙は膨張するって観測されてるのなら、それは本当に有限として線が閉じてるのかな? 本当に? もし閉じてるとしたら、有限はどこからやってきたの? 言い換えるのなら「存在世界」はどこからやってきたのでしょうか? 閉じてる世界ならばそれは成長しないからです。言い換えるのなら死んだ世界。
有限世界というのはそれを理解するために「便宜上有限として扱ってるもの」を意味するのだと思います。これが前提条件ですから、これを確定事項として扱わないでください。それはあくまで物を考えるときの前提でしかないのですから。
数字はただの道具です。それはとある仮定を証明するためにある道具でしかなくて、それが本当に正しいのなら寸分の狂いもあってはいけない。科学もより正確にはすべて仮定の上に成り立ってるもので便宜上「使えればいい」というものだから、突き詰めるとただの空理空論になるでしょうね。
だからいうの、そんなに頭がよろしいのなら結果をまずは出してください。お話はそれからです。
結果のない真実なんてどこかにあるの?
それはシャボン玉みたいにわたしにはみえるのです。神様のシャボン玉。ストローからでた泡がそのストローの口から放たれたとき世界は閉じたように見えるものです。でも、閉じた世界からするとその外側のことについては何もわからない。存在の次元からは否定的存在の世界って微小なストローにみえるの。
なぜって、閉じた世界からすれば意識して何かを考えることが出来る点はストローの口のところだけなのです。つまり、この世界と何かが接していた部分について思いを馳せることはできても、その全体については何もわからない。微小なストローと表現したのはイベントホライズンの中心点です。
この世界は本当に閉じてるのかな? まだ神様のストローに繋がってるのではなんてわたしは考えてます。それが見えないだけの話で、捉えようがないだけの話だと思うの。
これ、魔術カバラーのケテルの説明なんだけとね。

電気とは結局のところ何か? これについて電磁波の専門のわたしに説明してほしいかな?
わたしもわかんないのですから。(^^;
何かの前提を立てて、その仮説を証明する公式を生み出して、それを使って計算してある程度類推の通りに結果をだすことは出来るの。ところが、それについて正体を正確に掌握するとことはできない。少なくとも、わたしの専門についてもそんなのです。
だからわたしが理解してるのは「真実」は決まった形を持っていなくてこの世界には存在しない何かだということ。それがないと言ってるのではなくて、有限世界からは手が届かないのだから、それ自体を追い求めたりはしない。ただ利用させてもらうだけでいいのです。
なぜって、わたしは現象世界(存在する世界)に棲んでいるからで、否定的存在(仮に無と呼ばれるもの)には棲んでいないからです。それは神様の領域だからわたしにはわかりません。
科学はとても不思議なのよ? Aという説は正しいのにBという説は間違ってるというの。ところが、実際にはAもBも特定の条件下ではきちんと作用するのです。ということはAが正しくBが間違いというのは成り立たない。どちらも限定的であることが理解されます。千年経てばどちらもその先はわからない
強さも正しさも時間の前には移ろい行くもの。何か形があるものに一定不変などないと思うからです。だから他人を気にしなくていいと思う。そのとき必要なものを受け入れて利用するだけでいいから。「正しさ」にとらわれてしまうと恐らくは道に迷います。

「正しさ」ってただの標識ですからね。道が時間経過や環境変化によって変わってしまうこともあります。また、設置されてる標識が間違ってる可能性もあるの。だからいつも半信半疑でいいのです。
たどり着ければなんでもいいの、わたしは。標識の正しさについてあれこれとは考えない。だって、わたしは標識マニアではないのだから。
標識これくしょん。標これ。それは何か正しさにこだわるひとのこと。
自分の旗を立てたらいいのです。他人の旗には拠らずに。そうすれば何も心配はなくなるからです。自分の基準によらず他人の基準を意識しすぎるからお話がややこしくなるの。重力の説明を受けなくても、ニュートンさんがいなくてもわたしは自分の足でいま立ってるのですから。
なんかね、重力の説明をうけてそれが万有引力が働くことを証明されなければ、いま自分が地面に足をつけてることさへ信じられないという人が多くて残念に思うのです。そんな説明なくても足元を意識するだけでいいのに。
当たり前と考えた時点で観察と思考をやめてしまうからです。当たり前であることはこの世界になくてみんな奇跡だということに気づいたのなら、もっと身の回りのことに集中するでしょうね。遥かかなたの世界よりも足元に注意が向くからです。
運気という言い方をする人は多いけど、わたしはそういうふうには考えないの。身の回りの些細なことに興味がなくなってその結果集中力を欠いてしまう。そうすると不注意から失敗が多くなってもそれに気づかないのです。幸福であることに鈍感になるのを運気が遠のくと表現するからです。


聴いて? あなたは自分をひとつの生命だと思ってる? 自分を構成する細胞がいくつあると考えてる? それらの生命には意志がないと本当に思ってるの? だとしたらその細胞のすべてを自分の意志で動かしてみるといいのです。出来ないのなら自分は彼らの代表でしかないことを理解するでしょう。
自分の体の細胞の隅々に語りかけるのは自分の国民に語りかけるのと同じことだからです。自分はその代表であり、声なき声を聴く義務があります。そうでないのならただの暴君と呼ばれるでしょう。

全身全霊をこめてあなたの神様を愛せばいいんじゃないかしら? ここで神様と呼んでるのは森羅万象にして自然のことだから、言い換えると「あらゆる可能性」のことなの。僅かでも解った振りをしないで連続的にその疑問を自分の内側に向かって問い続けること、一時間でも二時間でも途切れることなく。
神様に祈ることは、わたしにとっては「自然に対して疑問を連続的に問い続けること」だから、解ったふりをして満足したらそこで神様は席を立つのです。だって、不義理を働いたことになるから。
全身全霊でかみさまと対話してるときは知識を誰かに自慢したり、自尊心が満たされること自体がそもそも発生しないのです。そもそも、自意識が消失してるから自分の疑問とそれへの回答の声しか意識にないの。感動すら忘れてる状態で興味がその一点に集中することです。
ですから「識ること」以外に僅かでも心が揺れたらやり直したほうがいいです。占いもそうなんだけど、何か自分の自尊心をくすぐる感覚が生じたら恐らくは不完全な答えか若しくは間違ったものにすり替わってると思われるからです。
神様との対話で得ようとしてるのは「深い安心」と「納得」だから、自意識は関与しないのです。もし自意識が関与してるのならそこには自尊心をくすぐるようなものが紛れ込んでいます。それは自分で造りだしたものだから神様のものではありません。それを区別してくださいね。


―――――

お読みくださり感謝の極み!
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 シンボルによる潜在意識操作。世界最凶の黒魔術=十字架と生贄イエスという象徴を崇めさせるキリスト教! 『イメージ・シンボル事典』は魔法の教科書! 

 イメージ・シンボルの意味・解析・使い方について。
 前回の記事
支配層があなたを支配できるのは価値観を操作しているから。
 搾取システムを崩すという発想自体を奪うために、
 拝金教、
 デモ教、
 選挙教、
 過労死教
 などの宗教
があります。”

と私は述べました。

 今回は、価値観を操作する道具として多用される象徴についての記事です。
一番使われている(支配者に悪用されている)象徴である、
✝十字架✝による潜在意識操作(=魔法)
について説明します。 

 ✝と3B(赤ちゃん、美女、動物)をセットにすることで、3Bへのよいイメージを✝にも持たせることができます。
とにかく良いイメージを与えるものとセットにするのが重要


 例えば、物語の活用。
 フィクションでイケメンや美女(片目が隠れている)に十字架を持たせて活躍させると効果的な印象操作ができます。
物語に支配層のシンボルが大量に埋め込まれているのは洗脳するためです。
 物語は潜在意識に働きかけるので、論説文よりも強力かつ無自覚に洗脳されてしまうのです。

 他にも具体例は沢山ありますが、
 ✝教会で結婚式✝、
 ✝病院✝

などの、良いイメージがある(ように情報操作した)ものに十字架というシンボルを組み合わせることで、あなたの潜在意識に入り込み、あなたの十字架へのイメージを操作します。
潜在意識に干渉されると、自覚しにくいのでより強烈に洗脳されてしまいます。
意識されないように何度も干渉することが効果的に洗脳する秘訣です。

✝が出てきてももう違和感がないでしょ?

違和感がないってことは疑うことすら難しくなるってことです。
一つ目には敏感でも、十字架に敏感な人は少ない
でしょうね。

そして、憎まれ役をセットで創ることで、イメージ・シンボルによる洗脳をより強固にします。

 マスコミではイスラム=悪
だというイメージを与え、

 ネットではユダヤ・在日=悪
というイメージを与えます。

 これにより、相対的に
十字架=キリスト教に対するイメージを良くすることができます。
 イエズス会が17世紀に勝手にユダヤのマークに決めたダビデの星に、
ユダヤ陰謀論で煽った的外れの憎しみを集めているのも、イメージ・シンボルによる操作術
の一例です。

 アイドルと同じ原理のエネルギー集中装置です。

支配層
(王族・貴族・皇族・教祖などキリスト教・大本教系上層部)
は恩を与える役は進んで受け


 憎まれ役は他人
(下っ端の実行部隊=ユダヤ・在日)
に請け負わせればいい、

という『君主論』にある支配の鉄則
を守っています。

 『君主論』は支配層の視点で書かれている大変素晴らしい本ですので、是非お読みください。
 支配層の視点がわからないから、
「支配層が作った偽の反対派=寸止め陰謀論者」による、
「洗脳を解くふりをして、嘘に現実感を与えることで洗脳する詐欺」」

に騙されるのですよ。
 嘘に現実感を与える詐欺ってカルトそのまんまですね。



子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
創作物はあらかじめ嘘=フィクションだと言っているので、真実が多い。
嘘つきにこそ真実を言わせよ。
真実を告げる者は嘘つきに仕立て上げろ。
よって✝支配層✝が暴露を許可。
物語
=現実の陰謀から現実感を奪う魔法
=潜在意識操作による洗脳


宗教
=現実感がない(確かめられない)ことに現実感を与える詐欺
=洗脳魔術
=潜在意識操作


フィクションでは子供向けほど(=大人が馬鹿にするものほど)重要なことが暴露されるので漫画・アニメ・ラノベが重要。
幼児向けが一番洗脳がきつそう。

宗教と物語=魔法はタネが割れれば単なる騙す技術。
論説文よりも物語のほうが強烈な洗脳をかけられる

オススメ商品に警戒し、自分が「既に」洗脳されていることを自覚して気を付けることが大事。
自分だけは無関係と思っている人ほど洗脳が酷い


フィクションの魔法描写で現実の魔法は目に見えないことを隠す。
宗教と物語で潜在意識を改悪。

闇の魔術に対する防衛術
=洗脳技術の名前を学び、見える化して洗脳を自覚。

名づけ
=分類して存在を自覚させる魔術。
差別や病気も名づけで捏造



紐付き陰謀論者は出版業界も完全に支配されていると言う癖に
「あなたの指摘する真の黒幕が正解ならなぜ本が出せるの?」

という質問に答えられない。
親分がキリスト教(大本教系など和風✝含む)なのを隠す為に生じた矛盾。

工作員「三角目玉の多さが、生活がユダヤに支配されている証拠」

私「一番多い支配層のマークは十字架
病院の✝・西暦・結婚式・日曜日が休日
など生活を支配しているのはキリスト教。
どこがユダヤ?
三角一つ目(新キリスト教)で
✝(キリスト教)を隠すのが仕事?」

イスラエルの帰還法のユダヤ人の定義は不合理。
①ユダヤ人が母←Xの定義にXは使えない。
②ユダヤ教徒←宗教で民族は定義不可。

【ユダヤ=金融業の資格】
の支配権と通貨発行権を持っていた選帝侯(キリスト教徒。大貴族)の子孫が英国王室。

白人偽ユダヤ人が銀行を支配
=白人キリスト教徒が銀行を支配。
「ユダヤ=キリスト教製の煙幕」 をなくすと、
黒幕=キリスト教が丸見え。
✝が悪魔やユダヤに乗っ取られたという言い訳は、
「キリスト教=悪魔崇拝(製造工場)」なのを隠すため


『国家神道=天皇一神教
の元ネタは平田篤胤
平田篤胤はクリスチャンで
1806年の『本教外篇』で
和風キリスト教=神道にした。
ハングルから神代文字を捏造。

右翼四天王
徳川光圀・本居宣長・平田篤胤・佐藤信淵
の後継者✝が
神社本庁・大本教・生長の家・神道政治連盟・日本会議。
神道=和風に偽装する隠れキリシタン用
の宗教。

「聖書の登場人物は実在しない」と言う癖に
#日ユ同祖論=聖書の失われた10支族の実在が前提のイエズス会製品
が真実だと言うのは矛盾。
同祖論はキリスト教の布教とセット。
日ユ同祖論を布教する陰謀論者=宣教師


聖書が前提である
イスラエルの帰還法のユダヤ人の定義
①ユダヤ人が母←Xの定義にXは使えない。
②ユダヤ教徒←宗教で民族は定義不可。
∴ユダヤ「人」という「民族」は捏造。
寸止め陰謀論 =囮(ユダヤと在日)に罪を押しつけ真の黒幕(キリスト教)を守る行為。

#キリスト教 と #日ユ同祖論 と #ユダヤ陰謀論
は三位一体

本物ユダヤVS偽ユダヤ
の二元論に持ち込んで前提(聖書)を疑わせない為のキリスト教洗脳。
○ユ同祖論の歴史にユダヤ教徒が出てこない。
キリスト教と同祖論が結びついていることは隠されている


佐伯好郎は、秦氏をユダヤ系ネストリウス派キリスト教(景教)徒の民族だとする、 #日ユ同祖論 を主張。
クリスチャンが渡来しただけ。 彼の支持者はキリスト教徒。
ユダヤ系と偽ユダヤという言葉は、キリスト教徒と言いたくないからキリスト教が発明。
偽ユダヤ=✝


陰謀論者判定法
イエズス会三大発明
①日ユ同祖論
②ユダヤのマークとしてのダビデの星
③秘密結社の陰謀論

聖書が根拠の①を否定し、
②と③がキリスト教製だと指摘しているならOK。
※通用しない勢力もいるので注意


知識を与えないことが善=キリスト教の反知性主義。
知識を与えないことが悪=百科全書派の啓蒙主義

キリスト教に対抗する手段だった知識・科学・理性重視が目的化し
理性崇拝=新キリスト教になった。
バチカンとグルになった大東社も
①絶対的存在
②反知性主義で支配


新キリスト教
=多神教やインド思想や科学に偽装して矛盾を減らした①+②✝

『ボクと魔王』では、真実を伝える寓話が笑い話に分類されているので、結末を誰も知らない悲劇なのに笑ってしまう。
変人が真実を語るのはフィクションの定番。
フィクション=虚構で陰謀を暴露することで、陰謀に気づいた人を変人に分類させて支配。

裏切り者が出ることを前提に支配層は動く。
情報漏洩対策が紐付き陰謀論者とフィクションによる暴露。
紐付きは中核を避けるが、フィクションでは中核が暴露されることがある。
フィクションに多いこと=嘘に見せかけた真実or真実に見せかけた嘘


風の子  ‏@makeanovel 4月10日
しかし、物語というものは潜在意識にうったえることができるので洗脳にはとても役立つということらしいですが、最近わたしなどはようやく気付いた、幕末から明治維新の歴史がとんでもなくねつ造されて私たちの頭にインプットされてたのも、その頃を描いたフィクションのせいだよなと。

ただの脱藩した貧乏な下級武士・そこで外国勢に目をつけられて操られていたらしい坂本龍馬あたりが、今の日本を作った革命のヒーロー!みたいに思ってる人が多いのって、歴史の時間に習ったというより(その辺はそもそも学校ではあまりやらないし)、なにか物語の刷り込みが社会に浸透してるからよね。

大河ドラマとかもだけど、歴史ドラマや小説は、あくまである時代のある人物をモデルに、その時代をモチーフに作ったただのフィクションなんだけど、わたしもだけど、あたかも史実を忠実にやってくれてるみたいな勘違いがあるのよね。で、特に幕末ヒーローものなんてたくさんあるからまるでそれが真実に


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月10日
@makeanovel おはようございます。体力切れそうなので手短に。人は物語とシンボルでしかあまり潜在意識に情報が染みらないのですよね。だからロジックより物語を使う扇動者が勝つわけです。なぜ神話が物語形式なのか考えてみたらどうでしょう?

風の子  ‏@makeanovel 7月22日
うーん、ほんとおもしろいですね。フィクションってジャンルで語りさえすれば、作者が「これはほんとにあった怖い話」って言っても、ますます読者は「ほんとのことだと思わせたい」作り話だろうって認識。そこで真実語れば嘘になる仕組! 

なーるほどねえ。魔法使いが呪文唱えるとか大仰なことがなされないと魔法ってかからないみたいな印象操作。子どもの本を見る機会が増えてますが小学生向けに魔女モノ多くてビックリです

RT @kitsuchitsuchi @onigiri3_ フィクションの魔法描写で現実の魔法は目に見え

ほんとは存在しないけど名前をでっちあげて流布すれば簡単に捏造されちゃうんですね。これも魔法。ありもしない病気に大金払って治療。  RT @kitsuchitsuchi @onigiri3_ 名づけ =分類して存在を自覚させる魔術。 差別や病気も名づけで捏造。

どでかい八百長なんてすれば莫大な人員を動かすし、漏洩を防ごうとしても無理。ならば漏洩するのが前提で、もし漏洩しても、「そんな馬鹿げた映画みたいな話あるか!」ってなるよう先手打つ RT @kitsuchitsuchi @onigiri3_ 裏切り者が出ることを前提に支配層は動く

U ‏@wayofthewind
文明開化とは、キリスト教化されることだった。

そして二度に及ぶ大戦へ。

戦争を画策するのは、キリスト教財閥なのだから。

麻生も石破もクリスチャン。

リチャードもベンジャミンも、クリスチャンネーム(笑)

ここはキリスト教世界だったのさ!

文化といえば、昔は文芸。 ここもキリスト教世界。 日本最大の文学賞だって、芥川賞はクリスチャンばかりで、直木賞はマイノリティが優先される。 その賞を主催する日本文学振興会は文藝春秋社のビルの中(笑) 文春はGHQが最初に指揮下においた出版社でもある。

芥川賞と直木賞というのを日本文学振興会(文藝春秋社のビル内にある)が主催しているが、なぜか受賞者はクリスチャンとマイノリティばかり。それもそのはず。文芸春秋社はGHQが真っ先に支配下においたメディアだったのだから
。http://twitter.com/search?q=wayof

ヤクザの組長がクリスチャンへ、という逸話が美談のように持ち上げられることが定期的にある。 これはバチカンとマフィアが懇ろなのを揶揄しているのか?(笑) どんなに悪事を働いても、教会で懺悔をすればアメイジング・グレースが流れて清算される、みたいな薄気味悪さを覚えるよ。

元住吉会から牧師に転身というパターンがやけに多い。 牧師ということはプロテスタントだね。 CIAの汚れの仕事を散々請け負って、引退後は口を噤んで教会で隠居ってことかな? ヤクザという名のキリスト教エージェントの一生。

プロテスタントでは、なぜ神職を牧師と呼ぶのか? 人間を羊だと思ってるからさ。 民衆は何もしていなくても、罪深き子羊
扱い。 人殺しのヤクザやマフィアはアメイジング・グレースを聴きながら無罪放免。 死の商人も原発マフィアも裁かれることはない。

北方謙三の抱影という小説に「キリスト教会に逃げ込めばヤクザは手出しができない!」って書いてあって、吹き出しそうになった(笑) ヤクザよりも教会が強いってことだもん。 それも当然、金貸しも奴隷売買も、昔から教会の許可がいったんだから。 どれだけの強制力だよって話。

キリスト組系神社本庁組。
キリスト組系創価学会組。
キリスト組系統一協会組。
キリスト組系生長の家組。
キリスト組系幸福の科学組。
広域指定宗教団体(笑)
日本のカルトは、もれなくキリスト組の宗教舎弟です。

昔のキリスト教会は、裁判所も兼ねていた。 テンプル騎士団は銀行の始祖。 金貸しも奴隷売買も、キリスト教会の下請けのユダヤ人の仕事。 表だけでも、これだけの権力。 裏では何が行われていたのやら
((>_<))ガクブル

狼たちはAT娘にむせる ‏@wolvesknow
右も左もキリスト教。 分け入っても分け入ってもキリスト教。 右も左もカルト。
仏教と見せかけてキリスト教。 神道と見せかけてキリスト教。 うぜー。。。
国会議員にキリスト教徒が多い理由。 天皇家がミッション系の学校に通う
理由。

ないです ‏@41A32lddTRNhsvB
@wolvesknow @kitsuchitsuchi なんで女性皇族はティアラかぶってんの? って言ったことあるけど誰も不自然に思ってなかったなぁ

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月9日
ピカチュウさんの
ルター「ユダヤの教会は燃やして住んでる家も打ち壊し、高利貸しの財産は没収してユダヤ人は全員奴隷、ユダヤ教を布教する奴は処刑」
ヒトラー「参考になるなあ」

これは面白い。ルターは王侯貴族をバックに、バチカンの金融特権屋だったユダ公から金融特権巻き上げたかった


うさぎもち ‏@usagi_mochi22 8月19日
赤毛のアンとかの、世界名作劇場。昔はよく観ていたが キリスト教圏ばっかで、どこが世界なんだろ?と最近思った。 世界なら、もっと多様な宗教観、地域、階層をやらんと。 欧米中心史を世界史て言うのと何ら変わらん。さりげなく洗脳。まるで他の価値観がないかのように


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月14日
シンボルと神話って強烈な洗脳ツールでしょ?
RT https://twitter.com/RC_StB/status/621047856921645056 …
STB ‏@RC_StB 7月14日
人間の記憶は脈絡や前後関係を伴うものに強い この生理的な事情から、物語は教化のツールに適す(逆に何かを記憶したいときにも使える) また、イメージを刷り込ませれば社会のような有機的な事象の理解を恣意的に誘導できる 敵味方の属性付けを刷り込めば提示された筋書き自体を無化できる

@RC_StB 例:年次改革要望書も日米合同委員会もプラザ合意も郵政民営化もTPPも日本財団もポダムもポカポンも知らず、隷米官僚の言いなりに中国脅威論を鵜呑みに し、どれだけ事実とストーリーが正確に説明されても左翼の説明で一笑に付してしまえるネトウヨ脳 筋書きの要素自体を拒絶

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya
これ帝王学のヒントになるので引用「市場とは何かというと、多くの人が同一の価値観においてそれを良いと認めるものが土台になってる。本当は同一の価値観など幻なのだけどその幻影があるかのようにみせるのが広告力です。世界共通の美人がいると思うの? 違うよ、共通美人を広告で創造してる。」

おいらは、悪の魔道師を知る上で、悪の魔道師はイメージやシンボルなどを使って精神に働きかけるけど、逆に仏教では(密教除く)そういうイメージとかを排除して超論理のシステムで精神に働きかける。この違いを押さえておく事って凄く大事だと思う。ここがわかれば、全てがわかる真髄の部分だと思う。

「イメージ・シンボル事典」が欲しいけど手が出ないから図書館で「世界シンボル事典」を借りて読んでたんだ。そしたら聖書の「ノア」の項目にフリーメイソンの結社員のことを「ノアの息子たち」と呼ぶと書いてあった。FF3の魔王の師匠がノアなのもこのシンボリズムを感じるよね。

人は物語とシンボルでしかあまり潜在意識に情報が染みらないのですよね。だからロジックより物語を使う扇動者が勝つわけです。なぜ神話が物語形式なのか考えてみたらどうでしょう?

シンボルでも下の階級には間違った答えをわざと教えますし



※本記事の性質上、中身はいつの間にか突然増えているかもしれません。

※「CTRL」キーを押しながら「F」キーを押すと出る、左下に検索ワードを入れる箱をご活用することで、辞書的にお使いになることをオススメします(できればこの記事と他の記事を保存お願いします。このブログが突然消滅しそうな気がしますので)。


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
卍・逆卍の意味
・太陽
・回転する太陽や月の動き
・プロメテウスと関連することも
・邪眼に対する魔除け
・トールハンマー


以上『イメージ・シンボル辞典』。
トールはオーディンの息子。北欧神話の雷神。赤髪。木曜日。
ゼウス=ユピテル=木星と同一視。
武器は稲妻を象徴するトールハンマー。

以下の出典は『イメージ・シンボル事典』。
盾(シールド)
・防御、保護
・信仰、教会
・救済 ・美徳
・【イコン】知恵、分別
・太陽(神)
・地球
・盾はウルの船(北欧の詩歌)
・盾を槍で打ち鳴らして厄払い



タマネギ
・統一 (様々な構成要素が有機的な統一体を形作っているため)
・第一原因、神 ・完璧な均衡をなす宇宙、不死
・光 (品種の殆どは日照時間に敏感)
・占星術で火星と関連
・月の魔女の手先や病気を齎す悪霊を追払う ・蛇が嫌う

カタツムリ
・怠惰
・罪人 (中世。罪は怠惰に由来するとされる)
・性的機能、誕生
・感受性、優しさ
・儚さ(溶けるので)
・露を受けて受精する
(中世。処女が子を産める証拠の一つ)
・【紋章】慎重、忍耐、 努力して入手した物で維持し可能なら増やさなければならない


魔世ねーず ‏@kuromitsu_2014 7月17日
@kitsuchitsuchi @lakudagoya @FeydoTaitei @kikuchi_8  中国ではドラを鳴らすと、妖怪、悪鬼が逃げ出すという言い伝えがありまして。


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月19日
世界の均衡を取り戻す光の戦士って物凄くシンボリックな意味あるのですね。イメージ・シンボル事典引いてくれてありがとうございますRT https://twitter.com/kitsuchitsuchi/status/622568489757204480 …
子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
タマネギ ・統一 (様々な構成要素が有機的な統一体を形作っているため) ・第一原因、神 ・完璧な均衡をなす宇宙、不死 ・光 (品種の殆どは日照時間に敏感) ・占星術で火星と関連 ・月の魔女の手先や病気を齎す悪霊を追払う ・蛇が嫌う @FeydoTaitei @lakudagoya


”アト・ド・フリース (著) 『イメージ・シンボル事典』 (大修館書店)でいろいろ調べてみます。

ブタで調べると、
・(聖獣)豊穣の神々へ捧げられる。とりわけ太女神と結び付けられたり同一視
されたりする。
ケルトの太陽神ラグは治療の効能のあるブタ皮を持ち、水をぶどう酒に変える奇跡(豊穣神の特性)を行った。
(キリスト教はバッカス以外からもパクッた
だろ)
キリスト教ではブタは、特に黒豚の場合、サタン(魔王)をあらわす。

ブタの島(ピッグ・アイランド)はケルト神話の舞台のアイルランドをさす。トゥアーザ・デ・ダナーン(トゥアハ・デ・ダナン。アイルランドの神族「女神ダナの息子達」)が魔法の霧を起こしたため、攻め寄せてきたミレジェン人にはアイルランドの陸地がブタの背中のように見えたことから来ている。

・(民間伝承)太女神とその子孫である魔女たちに関連することから、タブーを生んだ。
・魔女は風や嵐を司るので海の漁師たちにとって「ブタ」という言葉はタブーだった。

また、コウモリについて調べると、
・高度な魔力を持ち、黒魔術、魔法、闇に関連がある。
千年も生きることから長寿を表し、イソップでは叡智を表す。

(錬金術)ドラゴンと両性具有的なものに関連がある。
(両性具有の神こそが完全であり、聖書の父なる神は女性の要素がないので不完全だという思想がある。
ヘリオポリス系の創世神話における創世神アトゥムは両性具有なので、自らの力で最初の神々、シュウとテフヌトを誕生させる。この男にして女である神こそが完全。生贄をささげて強い怪物を召喚したり、三枚の紙のカードが①ラー+竜②オシリス+竜③オベリスク+巨人である、遊戯王の主人公のモデル。
アトゥム Atum(仏語:Atoum)
http://www.moonover.jp/bekkan/god/atum.htm)

ドラクエではコウモリっぽいドラキー、メイジドラキー(メイジは魔法使い、学者)が敵として登場しております。


(聖書で特別な数字=永遠、来世、天国、神の国の意。 天地創造によりこの世が完璧であることを示す「7」に、唯一の神「1」を加えたもの 。正教では、キリストが復活する「八の日」に特別な聖体礼儀=復活祭が行なわれる)

前回の二ノ国の記事の変えた+加えた箇所をお知らせ。+アクセス解析の結果+おすすめ紹介ケンさん
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-28.html


”いつものイメージ・シンボル辞典で
緑を調べると
・母なる大地の豊穣、生命、自然を表す。エジプトでは、豊穣や健康を祈る儀式でよく使用された色で、緑の衣や、「ホルスの目が緑色に塗られている」。
・イシスは「エメラルドの貴婦人」と呼ばれる。オシリスの色でもある。
・アテナ(知恵)は、胸当てにエメラルドをつけていることが多く、緑色の眼をして、緑色の服を着ている。クレタ島の森の中で、蛇とオリーブを手にし、豊穣の保護神とされる。
・ローマでは、死の伝達者としてのメルクリウスの顔の色。
・アイルランドの国の色。島全体もアイルランドの幸運のお守りの三つ葉のクローバーも緑色。七世紀の聖ベアタスBeatusの地図では、英国が赤、フランスが緑色になっている。
メルクリウス=水銀、であり錬金術の象徴でもあります。
アイルランドと言えばケルト神話。
緑の目=ホルスの目。
緑の目=アテナ(知恵)の目

ヒロインのマルレインは赤い服。

象徴学(シンボロジーsymbology)は本物の学問の一つ。本ブログはさりげなく象徴学(の知識)を出すようにしております。
こんな記事があります。
宗教象徴学
「千と千尋の神隠し」
http://mandalaya.com/sen.html
ネパールの密教世界では、呪いは真実の名前にかけるので、
実名(イミナ)と世間的な名前(アザナ)と分けています。
魔法は実名にかけないと意味がないのです
。”

“両親がむさぼるように食欲に飢えている様子は、現在の文明を象徴しています。
ブタは貪欲の象徴であり、無智の象徴です。
チベット仏教ではニワトリ(貪欲)、ヘビ(怒り)、ブタ(愚かさ)を人間の根本的な煩悩と説いています。
両親の食べていたものは、神に捧げる供物だったのです。
ところが母親は「いいわよそのうち来たらお金を払えば」と言い、
父親は「カードもお金も財布も持っているし」と言っています。
相手の都合も考えずに「お金さえ払えば良い」という考え方が現代文明を覆っているのです。
そのために「食べ物をブタのように食い散らかしたから」湯婆場にブタにされてしまったのです“

“従業員は、ナメクジ女(遊女)とカエル男(へつらう男)、
そしてそれを管理するハク=白龍(ヘビ)です。
どれも爬虫類特有の奇妙なベタベタ感がします。
だからこそ、カオナシが差し出す金塊に目が眩む人々(爬虫類)
ばかりなのです。“
(映画から学ぶ密教
http://mandalaya.com/eiga.html
の一部が宗教象徴学)


千尋を千と呼ぶ=数字で呼ばれる奴隷、
なのは判りましたが、
ハク=白=九十九(白寿は百引く一で九十九歳)なので数字だとは気付きませんでした。
あと、金(偽)を無尽蔵に出すカオナシって銀行の喩えでもあります。信用創造詐欺。木の葉をお金に見せる狸や狐のお話は現実そのもの

ついでに私のツイート。
“ポスターには主役が登場するもの。魔法使いが支配する性風俗が舞台の千と千尋の日本版ポスターの主役は千(数字=奴隷)、豚(家畜)、目屋(生あります)。電車の荷物にも生の目が入っています。名作ですね(皮肉)。ナルトにも目屋登場。”

価値を与えるマジック(魔術+呪術)
①鑑定。支配者が持つ資産=芸術品の価値を上げる。
②信用創造。持っていないお金(無)を貸し付け、返せと要求する、原罪と同じ原理の錬金術。
葉っぱをお金に変える狐(稲荷大社=和風キリスト教の神道詐欺師)に化鹿される話は真実
。”

蓄銭叙位令の目的は流通を促す為という説明は一面的。真の目的は財源=現物確保。
物々交換=等価交換が嫌で一方的に財産が欲しい朝廷は、金属片を貯めれば位が得られるようにする。等価交換ではないと理解していた人々にはあまり効果なし。朝廷も金融詐欺で財産を奪おうと画策
。”
(…)
イメージ・シンボル辞典で
ハロウィーン(万聖節の祭り)を調べると、
・10月31日で、ケルト人の旧暦の大晦日にあたる。
・暗闇の神々の力が最大になる日。
・秋に世界各地で行われる祖先崇拝の儀式とも関連する。
・夏の終わりを祝い、魔女や魔法使いは外に出て歩きまわる。
アイルランドでは、家畜の初仔を焼いて生贄に捧げる晩である。
・外に出ている悪霊に気づかれないように、(特に魔女の)扮装をして練り歩く。
(トリックオアトリート)
またケルト(アイルランド)か。
ケルトの象徴である鹿と一つ目と円環が好きな(鹿+目+まどか)魔法少女まどか☆マギカ
叛逆の物語で、ほむらは私はカボチャって言っていましたよね。
カボチャをくりぬくハロウィーンは魔女や悪魔やケルトがらみ
なのです。

手で調べると
ファーティマの手は護符であり、聖家族(親指はムハンマド、人差し指はファーティマを表す)を表す。また、アッラーの寛大さと親切、権力、宗教的戒律であるイスラムの5柱を表す。
ファーティマの手
=手+一つ目=“ともだち”のマーク(<○>)☝


勇者ロザリー
金髪金瞳の女勇者。22歳。
右目を髪の毛で隠している、つまり、左目だけを見せています(ホルスの眼+ファーティマの目)。
勇者大学卒業のエリート。右手にレイピア、左手にはピンク色の傘を持っています(戦闘中も持ったまま)。
パラソル(日傘)をイメージ・シンボル時点で調べると、
①太陽の輪
②世界軸
③神性または王位のエンブレム。
下の項目見ると(紙の辞書の利点)
パリの項目:
パリ人は自分を最高の神学者だと考えている。
(エラスムス『痴愚神礼讃』


ロザリーは、イギリスやフランスなどに存在する女性人名。一般的な綴りは"Rosalie"。ラテン語の「薔薇(Rosa)」に由来するイタリア人名"Rosalia"(ロザリア)、あるいはゲルマン語の「薔薇(Rose)」などが起源と考えられているらしい。
薔薇は秘密結社が好きなシンボル。鹿目まどかの武器
にもついていましたね。

グッテン・キスリング。45歳。
知る人ぞ知るオバケ研究の世界的権威、と自称する怪人サイエンティスト。
変人が真実を語るのはいつものこと。
変人=洗脳が薄いからこそ少数派
。”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-32.html
ソニー『ボクと魔王』。分類(強制設定。レッテル張り)と二元論による操作技術。誤訳による情報操作。時計と暦は時間による奴隷生活管理術。○の中に△(拝火教ナルトの暁、『恐怖の谷』ホームズ)も、△の中に○も魔法陣。


フランス人権宣言にはウロボロス(自分の尻尾をくわえる竜または蛇。昼と夜の二色で描かれることが多い)があります。
『イメージ・シンボル事典』で調べると、
「宇宙の統一」、
「一にして全」(エン・ト・パン。en to pan) 
②自己受精、両性具有
、豊穣
③原初のカオスと対照をなす秩序ある宇宙
④ウロボロスの丸い姿は、地球、閉鎖の原理(=錬金術の秘訣
二重性の神であるメルクリウス
(=マーキュリー=水銀、は錬金術でも重要。ヘルメスと同一視される。ヘルメス文書)

水銀(マーキュリー)で調べると
①錬金術では水銀=「両性具有の怪物」

②感情、想像力
無意識(水銀は流動的で動的)と女性
(硫黄は男性。水銀と硫黄でメルクリウスの杖をなす。この水銀と硫黄に塩を加えて基本三要素
となる)
④(液体ゆえに)無限の変容と浸透
水銀を表す錬金術上の名称は、道化、蛇、海、角燈(ランタン)、巡礼者、刀剣、イタチ、シカ、道化師帽など。
(蛇と剣。シカはケルトにもつながる)


蛇(錬金術)
①翼の生えた蛇=揮発性物質
②翼のない蛇=不揮発性物質
③磔にされた蛇=揮発性物質の固定、(プロメテウスの神話におけるような)昇華を表す
男性の中の女性的性格(アニマ)、メリクリウスの両性具有的性格

ヒーロービジネスアニメの『TIGER&BUNNY(タイガーアンドバニー)』の犯罪組織ウロボロスはどう見てもメイソン。
ウロボロスのマークは、ウロボロスの竜(蛇)に刺さっている十字剣。十字剣にはキリスト教や暴力やら正義(笑)やら多重の意味を持たせております。
より優れた力を持つ超能力者(NEXT。魔法使い)が人間を支配するべきだ、という選民思想を持っております。
ウロボロスのシンボルは様々なところに入り込んでいます。
最終話ラストで、濡れた1シュテルンドル紙幣(シュテルンはドイツ語で「星」)にウロボロスのマークが浮き出るシーンがあります。一ドル札のインド(またはイラン)の拝火壇+ピラミッド+一つ目マークですねわかります。

一ドル札のデザインは元々はインドの拝火壇(ペルシャでも似たことをしていたらしい。拝火教が国教だから当然)であり、ピラミッドは(確かにエジプト意識は強いが)おとりとしても機能していることがわかる記事は↓
【プロビデンスの目】初代ピラミッド野郎”フランシス・ホプキンソン
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-576.html
(…)
両性具有から女っぽい男の魔法使いがマギに出てきたことを思い出し少々調べました。
マギのティトス・アレキウスの「あれきうす」を「あきれうす(あきれす)」だと見間違えて調べたら、本当に元ネタがアキレスで文字を並び変えただけ疑惑がでてきました。

アキレウス(アキレス)
イメージ・シンボル辞典でアキレスを調べると
・アキレスとは「唇がない」という意味で、アキレスが授乳によらず、ケイロンとフェニックスによって育てられたことに由来する。
「一つの時代の終わり」という意味もある。
・太陽英雄の傷つき易い部分。
・アキレスはヘラクレスのように(傷つきやすい踵を守る為に)一時期、女に女装した。そのことから両性具有
を表す。
・太陽英雄としてアキレスはすぐに母(夜明けの乙女テティス)から別れて、雲(ケンタウロス+彼の女たちの衣服)に覆われた。
・アキレスの槍の錆には傷を癒す力があった。
・アキレスは俊足。しかし、カメに追いつけない(ゼノンの逆説)

つまりアキレスは、
①一つの時代の終わり=新たな時代の始まり=ニューエイジ。
②両性具有=錬金術における完全な神。
のシンボル
でもあるわけです。
(…)
“だから、陰謀論をやるには心理学の知識がないと簡単に絡めとられますよ?せめてユングやフロイトあたりをさらっと学習したほうがいいかも>陰謀論こそが心理操作のきわみみたいな部分あるの”

特にユング心理学の集合的無意識、潜在意識はみんなつながってるという話ですが、この知識を日本の陰謀論では散々悪用されて集団の塊として洗脳されてる。集団にならないと反原発でも世間を動かせないイメージですが、集団になるとダメ!操りやすくなる。”

“支配者と一般人の智慧の格差をなくせば大抵の事はよくなるかも?よくスピ系の言説に意識が現実を規定するとあるけど、あれは潜在意識が現実を規定するといったが正しいかな?潜在意識に苦しみがあると現実歪んじゃうの。”

“古代の叡智も確かにあるんですけど、やつらの秘密の力の根源って当たり前だと思ってる事の構造にあったりすると思いますよ?たとえば潜在意識で自分を信じてないと他人も信用できないみたいな、潜在意識ってすごく大事!”

“このクソな格差社会の原因の根っこの部分は金ばかりじゃねえ、本質的な意味で「智慧」と現実を規定する「意識」の格差社会なんだよ。それなりにいい暮らししてる人の所には、現実をコントロールする(それこそ俺からしたら魔術の一種な)智慧があるんだよ。それが継承されていってる。”

“本物の学問は無条件に面白い。だからガキどもがスマホやゲームにハマって勉強しないのって、強要されてる勉強が本物の学問じゃないからじゃないかな?特に日本史がつまらないのは全部嘘ばっかりだから。正しい学校や教師のやり方としてガキどもがスマホなんてつまらないと投げてしまうくらいないとダメ”

“多くの人は、ほしい物が目の前にありながら取れないように自己洗脳をかけるようにされてるってわかった。幼児期の体験とかそういった事で、家畜になるように仕向けられてる。そして自尊心を破壊する教育で自殺にまで追い込まれる。ああ、心理学ってマジ恐ろしい。”

以上、魔法使いハンターねこたさんより。


陰謀論こそが心理操作のきわみ
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-29.html
象徴やイメージで潜在意識に力を送り込み外部の現実も変える技術
=魔法(魔術)

と占星術こそ支配者の技術で胡散臭い迷信だと喧伝して隠す
「三千世界」と「(大)立て替え」は大本教の宣伝。
フランス人権宣言とTIGER&BUNNYのウロボロスは錬金術重視のメーソンの象徴。
ウィキはスコットランド・仏メイソン系なのを意識して英語記事も読むべき。
『魔法入門』まとめ。

””子供に真実多数のアニメ・漫画・ゲーム等で魔法のシンボル等に慣れさせつつ刷り込む。同時に狂育で創造力と才能を潰す。大学から消費者に改造しつつ(子供の娯楽を馬鹿にさせて真実を隠す)刷り込んだ魔法のシンボル等で嘘多数の因囚向け娯楽に誘導。
(…)
魔導書マジックマスター
マジックマスターの表紙は菱形◇の中に○。勿論、一つ目を縦にしたものです。
一応言っておきますが、一つ目とピラミッドは、○やら◇やら△やら「6」「9」(まつげつき)やら簡単に組み込めるからよく使われます。入れやすいから使われるのであって、いれにくい複雑なものなんて使う訳ないでしょ?
毎日新聞のマークが一つ目なのは有名ですが、意外なところにも○や三角形が隠れております。
武田薬品タケダのマークは「○の中に△」。
メーソンで有名なコナン・ドイルの『恐怖の谷』に登場する秘密結社員(間違いなくメーソンがモデル)は腕に「○の中に△」のマーク。

で、渦巻き模様を強調。これはマルタやブリテンにもある、大地母神のシンボルであろうことは前述したとおりだってばよ。
マジックマスターで使う魔法にはルーンを使います。ルーン一覧ってもろに書いてあります。
(…)
「 女神一覧(恐らく全て同じ女神)
イシュタル(バビロニアではイナンナ)
エジプトではイシス
ローマではミネルヴァやダイアナやヴィーナス
アナトリアではキュベレ(キュベレの話はイシスに酷似)
エジプトではイシス(アセト)やヌイト
ギリシアではアテナやアフロディテ、メドゥーサ
アラビア半島ではアラート
キリスト教ではマリア
イスラムでは、ムハンマドの娘のファティマ(という説)


ヌイトはエジプト神話で天と地を支える女神(ギリシア神話のアトラス的存在)。
アセト(イシス)はエジプトの豊穣(農耕や性交など)、魔法(魔術)の女神であり、死者の守護女神でもあります。
太陽神ホルスの母でもあり、キリスト教のマリア信仰の元ネタです。実際、発掘で出土している像に、ヨーロッパの教会にあるような幼子のイエスを抱くマリアの絵みたいに、幼いホルスに乳をあげるイシスの像
があります。完全に一致のコラ画像がすでにあるかもね。
アテナのシンボルはフクロウであり、アテナはローマ神話ではミネルヴァです。アテナは元はモロッコなどの北アフリカあたりの女神らしいです。
メドゥーサとアテナが同じなのはおかしいって?
アテナの導きでペルセウス(ペルシャから来たミトラかも。拝火教は蛇が嫌い)がメドゥーサの首を切り落として、天馬ペガサスが生まれ、首はアテナの盾アイギスを飾った、という話は有名ですよね。
ギリシア神話にメドゥーサっていう頭が蛇の魔物がいますけど、あの魔物は、アテナと競合して魔物に貶められた地母神でもあるらしい。地母神といえばフリメが大好きな女神であり、メドゥーサの図像は護符として使われますし、メドゥーサの石化させる眼は、あのおめめの意味に込められているはずです。
トルコやギリシアで目玉が魔よけのお守りや、、古代ギリシアの船体の眼のマークもメドューサ意識が含まれているはずです。
メドゥーサ神話は、蛇を敵とするアテナ側と蛇を崇拝するメドゥーサ側との戦争であり、負けたせいで蛇の頭のメドゥーサは魔物に貶められたのでしょう。
西ヨーロッパ(キリスト教)は蛇が嫌いなんですが、ゾロアスター教から来ているのでしょう。
ところが、古代の地中海・オリエント世界ではアテナやメドゥーサのように、女神は蛇に関係があり、知識や生命のシンボルとなっております。
で、男尊女卑のユダヤ教、キリスト教は女神教と対立しているわけです。
実は、智慧の神は女神(それも蛇がらみ)率が高いです。アテナ、メドゥーサ、ローマのミネルヴァ、エジプトのイシス、インドのサラヴァスティー(仏教の弁財天)ですね。
ちなみにアート(学芸、芸術)の神々のムーサも9人の女神です。
智恵の神・蛇・フクロウ・眼・女神・母権的・豊穣(農耕社会)は繋がっております。
そういえば、フランスのヌフスール(九美女神)(九人姉妹ナインシスターズ)というメーソンロッジ
があるな。

賢者アリシアがりりしい表情をして杖をもっている時の服の胸にあるマークが▽の真ん中に楕円の石。△の中に○の象徴。ホルスの目とは限りません。名前がアリーなのだからファーティマの手の一つ目でしょう。
おめめは実は色々あって、
①魔法陣でよく使われる安全の円と、その円の外側に描かれる魔法の三角形
②ピラミッド+ホルスの目(ダミー臭い)
③ファーティマの手(“ともだち”のマーク。手+一つ目)
④智慧の女神のマーク
⑤目玉の魔よけ
⑥インド・イランの拝火壇
などなど実は一つ目=ピラミッドとつなげてはいけないのですよ。錬金術(科学)において大変重要なヘルメス文書のように、エジプトも勿論大変重要なのですが、ピラミッドと一つ目のつながりを結び付ける言説がやたら目立ちますので、エジプト「だけ」に注目させる陽動作戦だと考えております。エジプトはユダヤ人(キリスト教のでっち上げ民族。ユダヤ教とユダヤ人はごっちゃにしてはいけません)がらみで嘘をばらまけますから。
特にエジプトが好きなのが、メーソン本流のフランス系グラントリアンとスコットランド系メーソン。メーソンの本流はイングランドではありません。メーソンの本流がWASP至上主義の英米なわけないでしょうが。
なにせ、キリスト教の異教迫害と科学(魔法、魔術、錬金術)弾圧に対抗してできたのがメーソン(又は名前不明の結社)であり、聖書に対抗して百科事典や百科全書(フランスとスコットランド系)という科学と異教の本
を作ったのですから。

おめめのマークが面白いところはおめめのマークは常に「女神や女性」に関係があるんだよなぁ。メドゥーサはよく知られてるけど、アテナのフクロウの目はフリメのおめめのマークのように輝いてる。またイスラムではムハンマドの娘のファティマに関係があるんだよなぁ。”
“ギリシャでは正教会が目玉のお守りを黙認というか、トルコやギリシャの文化の一部になってる。古代ギリシアの船にはおめめのマークがでかでかと描かれてる事はあまり知られてない。アラブとかでは邪視という習慣があって裏山鹿という念がこもってる視線で見られたら呪われるという迷信がある”
“おめめのマークは実は悪魔のシンボルなんかじゃない。なんというか地中海・オリエントの風習なんだよね。昔からおめめのマークって魔除けだったんだよねー。トルコにはナザールボンジューウという目玉のお守りがある。これは何もトルコだけでなく、モロッコとかエジプト、更にはギリシャにまである


インド・イランの拝火壇については、
”第一、あのシンボルのデザイナーが元ネタにしたのはアメリカ建国前の大陸紙幣をデザインしたホプキンソンの考案した図柄だ。その時のホプキンソンのデザインした図はインド/イランの拝火壇そのものだ。
というのも密教の胎蔵曼荼羅にフリーメイソンのピラミッド・アイにそっくりな図が描かれている。一切偏智印と呼ばれるこの図柄は元々、釈迦に弟子入りする前のカッサパ兄弟の祀っていたアグニ教の拝火壇が元だ
。”
フリーメイソンについて間違った解説をしている本が出たので注意!
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-620.html
(アマゾンのレビューにも律儀に書いています。さすが大帝)

”大陸紙幣の40ドル札である。

下の方が画像がくっきりしているが、上の本物をコピーした
偽札だ。

これが”プロビデンスの目”の一番最初の元ネタだそうだ。

ところがこれピラミッドに見えます?
ちなみにこれがエジプトのピラミッド。
(ピラミッドの画像)
どうみてもホプキンソンの図柄はピラミッドではない。

元ネタ絶対これだろう。
(拝火壇の画像)
これ、インドのバラモン教のアグニ・ホートラという儀式ね。
イラン(ペルシア)でも似た様な儀式があったらしい。
ちなみにホプキンソンの図のこの火壇を囲む八角の星は
古代バビロニアの女神イシュタルのシンボルらしい。
(シュメールのイナンナ女神)
つまりアメリカという国家はキリスト教国家ではない。
アメリカの建国の父達が信仰しているのは明らかに
イラン系の古代宗教(アーリア人の宗教)なのだ。

ところでイランの古代宗教で有名なのはゾロアスター教
である。これも”火”を拝む事で有名だ。

しかし、このフリーメイソン人脈の”イラン”に対する
執拗なこだわりは一体なんなのだろうか?”
【プロビデンスの目】初代ピラミッド野郎”フランシス・ホプキンソン

http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-576.html
こちらは画像が大事ですので直接お読みくださいお願いします。
(…)
アル・サーメンのシンボルも『□』と『◇』を重ねたオクタグラム(八芒星)。
二つの正方形はそれぞれ天と地の意味で重ねあわせることで天地を支配するという意味があるらしい
です。
アル・サーメンのシンボルの意味
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-586.html
(…)
∴はメーソンでは「三点兄弟」と言うそうです。
The Lion of Boaz-Jachin and Jachin-Boaz
http://www.asyura2.com/sora/bd6/msg/104.html
” フリーメーソンの使う暗号めいたものに、F∴、M∴といったものがある。これはフリーメーソンという文字通りの意味だが、右下に(∴)点が三つついているのに注目して欲しい。よく「三点兄弟」といわれるのはこの為である。この三点(∴)は、上の点は、合(Synthese)であり、下の左の点は、正(these)であり、下の右の点は反(Antithese)を意味し全体で弁証法を意味している。”

ここで
アト・ド・フリース (著) 『イメージ・シンボル事典』 (大修館書店)が登場する。
これは気が狂っていない(虚航船団のパロディ)。
アブラカダブラってヘブライ語の abeq ad habra〔=雷石を投げて死に至らしめよ〕から来ていて、普通、逆三角形のように書かれる
など詳しくて実に便利なのですが、東洋のものは載っておりませんので注意
ブタで調べると、
・(聖獣)豊穣の神々へ捧げられる。とりわけ太女神と結び付けられたり同一視されたりする。
・ケルトの太陽神ラグは治療の効能のあるブタ皮を持ち、水をぶどう酒に変える奇跡(豊穣神の特性)を行った。
(キリスト教はバッカス以外からもパクッただろ)
・キリスト教ではブタは、特に黒豚の場合、サタン(魔王)をあらわす。

・ブタの島(ピッグ・アイランド)はケルト神話の舞台のアイルランドをさす。トゥアーザ・デ・ダナーン(トゥアハ・デ・ダナン。アイルランドの神族「女神ダナの息子達」)が魔法の霧を起こしたため、攻め寄せてきたミレジェン人にはアイルランドの陸地がブタの背中のように見えたことから来ている。

・(民間伝承)太女神とその子孫である魔女たちに関連することから、タブーを生んだ。
・魔女は風や嵐を司るので海の漁師たちにとって「ブタ」という言葉はタブーだった。

また、コウモリについて調べると、
・高度な魔力を持ち、黒魔術、魔法、闇に関連がある。
・千年も生きることから長寿を表し、イソップでは叡智を表す。

・(錬金術)ドラゴンと両性具有的なものに関連がある。
(両性具有の神こそが完全であり、聖書の父なる神は女性の要素がないので不完全だという思想がある。
ヘリオポリス系の創世神話における創世神アトゥムは両性具有なので、自らの力で最初の神々、シュウとテフヌトを誕生させる。この男にして女である神こそが完全。生贄をささげて強い怪物を召喚したり、三枚の紙のカードが①ラー+竜②オシリス+竜③オベリスク+巨人である、遊戯王の主人公のモデル。
アトゥム Atum(仏語:Atoum)
http://www.moonover.jp/bekkan/god/atum.htm)

ドラクエではコウモリっぽいドラキー、メイジドラキー(メイジは魔法使い、学者)が敵として登場しております。

また、シカについて調べると、
シカの角は太陽の光線を象徴する。
(ミトラのように頭から光がさしていることから太陽神とも重なりますね)
・新たに枝角を生やして若返ると考えられ、長寿の象徴。
・魂の象徴。

縁起がいいですね!
で、シカがやたら出てくるのが、魔法少女まどか☆マギカ
です。

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-27.html
『二ノ国』を主に考察。『二ノ国』、
『とある魔術の禁書目録』+『ドラクエ』(本記事内では主に『ドラゴンクエスト1・2・3、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』を考察)、
マギ、もののけ姫、ハリー・ポッター、ドルアーガの塔(ドルイド+ナーガ〔龍〕)、
まどか☆マギカ(鹿目まどか。鹿〔ケルト神話。恐らくアーリア系〕+一つ目+円〔輪廻〕)は恐らくみな同じ結社陣営製品。
ナルト、ワンピース、ドラゴンボール、マスターキートン、フェイトシリーズ、ハンターハンター、エヴァンゲリオンも恐らく。
【保存非推奨】でも保存される可能性は否定できない。陰謀論系で検索して大量ヒットするものは高確率で囮。
キリスト教に見えないキリスト教思想が大量ヒット。円に内接する三角形の魔法陣が多いのは密教大好きだから。
『マギ』の分析(『ナルト』『Fateシリーズ』『シャーロック・ホームズ』731部隊タケダ)。
1ドル札の△一つ目はピラミッドではなく、ファーティマの手+曼荼羅の卍+炎。
「見えない世界」を信じさせつつ、ロゴス(言葉と論理と理性)と物質を否定させるスピリチュアルは、犯罪捜査=陰謀論を妨害してくるので注意。
 「この科学いいね」と女神言ったから五月一日はイルミ記念日。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-81.html
(…)

そういえば、マンダラはサンスクリット語で「円」。
円環の理、鹿目「まどか=円」
……
曼荼羅、曼陀羅、密教……



帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya
密儀宗教では、女性は常に密儀の開陳者なのだ。参入するのは男。知恵の女神アテーナーのように男性に霊感を与えたり、イルミちゃんのご本尊だが、(シンボルはフクロウだけんど)イシス様のよーに賢い母親が子供を王位につけるような話は女子教育の参考になるだろう。男性に知恵を与えるのは女神な。

ほうほう、緑色というのは、ゾロアスター教で聖なる色であり、エジプトの宗教でもホルスの色であり、イスラームでも聖なる色である。緑色のピラミッドにおめめというのは、エジプト派(グラントリアン)vsインド・イラン系(アーリア)の統合のシンボルであるのか。まさに万教帰一に相応しい色だな。

引用「イシスは「エメラルドの貴婦人」と呼ばれる。オシリスの色でもある。 ・アテナ(知恵)は、胸当てにエメラルドをつけていることが多く、緑色の眼をして、緑色の服を着ている。クレタ島の森の中で、蛇とオリーブを手にし、豊穣の保護神
とされる。」ねここねこさんのブログより

うーん、こういった緑のシンボルカラーの意味とか、説明してもあんまりウケないんだよね。そうそう、緑でピラミッドといえば、エメラルド・タブレットを連想するな。

イルミちゃんの本当の名前は「みつばち団」ですよ。なにそれみなしごハッチ。フリーメイソンも女王蜂の元に集うと喩えられますね。みつばちの一生で集めるティースプーン一杯分の蜜は秘密の知識のシンボル


イルミちゃんゆるキャラ解説 その1
・緑のピラミッド(ワンワールドカラー。グラントリアンとアングロサクソン系メーソンの統合)
・蛇くん(レプティリアン。竜座のα星。天帝信仰)
・片眼の赤ちゃん(ホルス君)
・フクロウ君(イルミの象徴)
pic.twitter.com/DUXsvYKSlU

イルミちゃんゆるキャラ解説 その2
・太陽さん(ミトラス、ソル・インヴィクトス、ドルイド教の太陽崇拝など全て)
・バフォメットちゃん(智慧の頭という意味。レヴィのバフォメットは両性具有のシンボル)
・豚ちゃん(セト神のシンボル)
pic.twitter.com/Y6oq7WRebV

終)こうやって考えてみると、アニメには、大人の本を沢山読み漁らないとわからない世界の真実が極めてシンプルに象徴を使って開示されてるのでパネェなと思いますた。

俺は魔道師マニアで、魔術アニメのヤバさをちゃんと指摘するぜ?遊戯王とか魔術アニメじゃないけど、妖怪ウォッチとかのヤバさを指摘してやる。ただ、非魔導士のオカルティストじゃないんで、細部の技術的問題についてはあまり期待しないでくれ。でもな、耶蘇教信者は自分の信仰を叩けるかや?

妖怪ウォッチあれ、ダイレクトに大本教の心霊主義ですよ?w

妖怪ウォッチのニャンのジバニャンは元は生きてて、死霊ですよ。自縛霊だからジバニャン。つまり妖怪ウォッチはネクロマンシーの心霊主義の話なんです。その辺の構造を見抜くことが大事ですね。

ネクロマンシーというのは死霊術です。死んだ霊を使って予言やその他色々な事をさせる
んですね。ネクロマンサーで検索してください。

妖怪ウォッチのニャンシリーズのジバニャンは自縛霊だからジバニャン。元は女の子が買っていた猫で、アカマルという名前だったけど、交通事故で死んで成仏できずにいたところを主人公に遭遇。http://matome.naver.jp/odai/2140647708493608201 … pic.twitter.com/oLmsx7OWfl

妖怪ウォッチというのは、基本的に死霊を使ってポケモンバトルする話だな。これってファンタジーの悪の魔道師が死霊を召喚して何かやるのと変わらないよ?だから妖怪ウォッチを通さないと妖怪見えないでしょ?妖怪メダルで妖怪を召喚って大本系が好きそうな心霊術だな。それを子供にやらせるか?

主人公に近い?ジバニャンは交通事故で不成仏霊になった猫ちゃんですね。自縛霊だからジバニャン。流石大本教です。。。あとデュエルマスターズもミールやらソル・インヴィクトスをほのめかす作品が pic.twitter.com/8gpnTGGocs

まあ、遊戯王のカードなんかもヤバくて、あれは魔術師同士の戦いってことになってる設定では。7レベルのモンスターを召喚する時に生贄を三体捧げるんだけど、この生贄の血というのが霊をこの世界に顕現させるのに何故かいいんだよね。クロウリーもそう言ってたような気がする。なければ香で代用。

耶蘇教の儀式で、司祭が釣り香炉振るでしょ?正教会の儀式では。仏壇で線香を上げるのもそういう意味。血がなければ香で代用。まあ、このあたりの技術的な話は基本的に書きたくないのだけど、血っていうのはとにかく神秘の物質で、うちの親の宗教は霊の顕現が血
だと言うくらい秘密がある。

血と辰砂から採れる水銀はとにかく神秘の物質。そこは理解してね?その代用品が香。特に白檀と乳香はベスト。古代エジプトで、乳香が金と同じ重さで取引されてたのはそういう意味があるんです。儀式の必須アイテム。古代エジプト、神官が魔道師つー国ですからね?www

香とか、動物の血と辰砂を混ぜたマガイモンで術をかけるより、生贄がベストだよねーというイルミちゃんの発想が遊戯王に現れてて、子供はそのガチヤバイ系の魔術儀式(古代の地中海・オリエント世界の宗教儀式でもある)のおままごとをやってるというのが遊戯王の正体
なんですよ!奥さん。

あともうひとつな、生贄の代用品があって、象徴ってものがある。これは、イアンブリコスのテウルギア(神聖魔術)の独特の考えかも知れないんですけど、生贄を象徴で代行するんです。そういうテウルギアの理論で言ったら、条件さえ揃えば子供のおままごとでも術はかかる可能性あるけど形式だけじゃ無理

なので本物の生贄は使わなくても、象徴化された生贄でOKな時がある。その場合は強烈な念が必要だが。おっと、それはあなたの街にもあるぞ?気が付いたかな?

それは十字架だ。特にカトリックの教会は十字架にかけられたイエスを象徴として拝んでる。この行為がどれだけ魔術的だとおもう?人の罪を購うために、生贄になった救世主を拝んでそれを象徴化することが、哲学的にも実際の魔術儀式としても完璧な生贄の代用品の生贄ど真ん中の象徴ではないか?

ズバリ言おう、カトリックは魔術そのものだって。魔女や異端者を燃やす火刑だってあれは古代ユダヤのホロコーストだ。象徴文化というものは、基本的にカトリックのキリスト教美術で発展した。

ただこの象徴の生贄君は、実際のリアルな生贄を求めるんだよね。戦争とか経済的搾取とか奴隷制度とかな。象徴ってものは恐ろしいと思わないか?


プロテスタントの十字架は、偶像崇拝を避けるために基本的に磔刑イエス像はついてない。でもプロテスタントの十字架でも同じ意味があるんだ。そこかしこに十字架が溢れる恐ろしさをあなたは認識してる?まあ、十字架は耶蘇教以前からあり、太陽神のシンボルなんだけどね。

そうだな、モーセの職業を思い出せるかな?羊飼いだ。イエスの喩えは?羊飼いだ。彷徨える子羊って信者を喩えるのに使われるよな?で、ファラオの持つ杖も羊飼いだ。この共通点を見て偶然と思わないか?魔力の象徴たるヘカを持つのがアブラハムの宗教の開祖っておかしいだろ?魔術否定してんのに。

つまりな、彷徨える子羊とか羊ってのは欧米ではカモの象徴なん?ラムって凄い美味いぞ?一日だけハラルの店でバイトして美味さがわかった。つまりな、彷徨える子羊ってのは、ヌッポンの感覚で言えば「彷徨えるクロマグロ」なんだよ?つまりおまいら餌だってことだ。わかったか?お馬鹿アイドルさんよ?

こいつの言葉は絶対な世界は現代でも当たり前ですが、魔術そのものなんですね。船長の言われる哲学=帝王学が戦争を起こすってたんぽぽさんと同じ話をされててビックリしました。十字架という生贄の象徴もリアルに生贄を求めてるというわけですね。

その象徴化されたり、擬人化された神より更に民衆を搾取するように作られたのが抽象的な思考から生まれた一神教なのですね。象徴は民衆のエネルギーホイホイでもありますね。

統一教会ならぬそーめん仕込みの霊感商法は悪質ですね。これはダビデの星のみならず、アイドルとか野球もそうで、象徴に入れ込めば入れ込むほど人生吸いとられてボロボロになるから偶像崇拝はいけないっと。

宗教や偶像崇拝がニャンゲンのエネルギーを吸い上げる装置
なら、魔道師ネタのファンタジーで吸い上げられたエネルギーは半端ではないな。人生を凄く無駄にした。ただ、ニャンゲンは象徴によってしか心のエネルギーが充電できないのならば、象徴のために奴隷労働するより安いラノベのほうがマシかなと。

世の中は象徴のために奴隷労働してる人が多すぎるよな。だからおいらはそれを見て、それに多額の金を吸い上げられるなら安いラノベやファンタジー小説を素材にして自分用の神話をでっち上げてそれで心に電流を流してエネルギーチャージすれば良いと思ってたんだよな。ちとやり過ぎてヤキが回ったようだ

トリスケリオン?それっておいしいの?欧州貴族がやたらと紋章学とかシンボルにこだわるのは、耶蘇教に潰された自らの文化をシンボルで守るため?よーわからん。

おっとそういえば、アニメ「マギ」のマグノシュタットのシンボルのデザインの元はファティマの手だけど、これがよく見つかる地域はどこだ?それはエジプトや北アフリカだ!ここは元々はファーティマ朝というイスラームのイルミちゃん王朝があったとこ。だからプラトニズムな国家のシンボルなわけね。

イスラームのシーア派から派生したファーティマ朝のイスマーイール派は極めて革命主義的なイルミナティ教義を持ってたの。このイスラームの理性主義王朝のシンボルがプラトニズム大好きなマグノシュタットのシンボルとして採用されてるわけ。で、同じくプラトニズム大好きなホメイニ師なモガメット学長


アニメ「マギ マグノシュタット篇」視聴ちう~。街中でティトス君がマグノシュタットの国政について話してる時、魔導士かそうでないかで国民等級がわかれてるという話があってる時に、この薔薇がクローズアップ。つまりブルーブラッドだよなこれ? pic.twitter.com/7m9NjpuKkl

アニメ「マギ マグノシュタット篇」を見てるけど、エジプシャンなスフィントス君(左端)って、地味にワンワールドカラーでコブラ巻いてるよね?地味にファラオのシンボルだ。スフィントス君の名前の由来はシェプス・アンクだから、治療魔法得意なのか pic.twitter.com/FQfZQkwBQU

スフィントス君のコブラは、ギリシアの治療の神のアスクレピオス(後にイムホテップと習合)の杖を思い出すなぁ。この作品は露骨にアーリア思想が強いけど、ちゃんとグラントリアン(エジプト派)に対して配慮も忘れないってとこが、秘密結社のフラタニティーである仁義ってとこだろうよ?(笑)

この女の先生が嵌めてる片目だけのエメラルド色の眼鏡は、スティグマーナ(エメラルド)と言うんだ。イラン系宗教と関係が深い暴君ネロはスティグマーナで剣闘士の試合を見てた。おっと、ここまで考えるとやり過ぎかね?緑=世界統一政府だけどね。 pic.twitter.com/soZP5HPtDQ

魔法使いの帽子をかぶって片手にワインを持ってるモガメット学長先生は、あっらミトラス教の司祭のパテル(父)ですか?(笑)この前、フランツ・キュモンの「ミトラの密儀」読んでたら、そのまんまの姿で笑ってしまったお。イラン系宗教好きだな~。 pic.twitter.com/Da76QXnSkr

アニメ「マギ」視聴完了。最後にファティーマの眼がどアップとかどんだけイルミちゃんやねん!(笑)露骨にアーリア思想丸出しのアニメでした(笑) pic.twitter.com/eP9SiOsR7E

俺こういうの見たら、まぢでプラトン先生刺したいと思うぞ?あいにく、プラトン先生は妖怪ウォッチのジバニャンみたいにお亡くなりになってるので刺せないのが悔しいけどなhttp://matome.naver.jp/odai/2140647708493608201 …プラトン先生の優生学が日本の大人たちに憑依しようとしてる亡国のイージスだ。

よし、真面目なハリポタの実況をするぞ?今朝、ハリー・ポッターは今朝、バラモン教などのアーリアン思想の話だと説明したよね?それなら、グノーシスの起源となる霊肉二元論だという構造がわかれば、屋敷のしもべ養成や幽霊だって、見えない世界の存在を操る=魔法使いというフレームが見えてくるぜ?

で、ハリポタの登場人物は服装がクラシックで19世紀のような感じだ。おっと19世紀といったら、スピリチュアルの原型が流行った時代だ。このあたりは神智学のルーツのブラバッキー夫人やらスウェーデンボルグに繋がる話だな。ハリポタもスピリチュアルの思想が入ってるという事だ。

フェニックスが出てるな。死と再生、やつらのシンボルだ。やっぱし、魔法使い研究に対しては宗教学の知識が何よりも重要なのは変わらないな。宗教学がわかれば魔法使いの世界がわかるってことだ。魔法族が「血」を重視するのは、マヌ法典やゾロアスター教の最大の善行は近親婚
という所が元ネタかな?

ドラコ・マルフォイが金髪碧眼なのは今の英女王はバイキングの子孫で、バイキングが竜座のα星(北極星)を信仰してたから。あと、金髪碧眼の白人の場合は混血するといなくなるので、マヌ法典やゾロアスター教の近親婚を善行とする思想は、英国貴族にはちょうどいいツールって事かもな?

ヴォルデモートが自分の事を過去・現在・未来(仏教用語で三世)と言ってたけど、これウパニシャッドやインドの世界観なのかね?またアーリア(笑)思想かよ?しかしまあ、ウィリアム王子の33歳の誕生日に合わせて4週連続でハリー・ポッター祭り
やってるんだろうな。安部壷蔵どこまで英米の犬やねん

ウィリアム王子はワンワールドの王という説がネットに流れてたな。エヴァンゲリオンで使徒が襲来する日が2015年6月22日だ。英国時間だと夏至の日にあたる。エジプトでイシス様の星であるシリウスが昇って太陽と交錯するのがこの日とされてる。それがエジプトの新年でありホルス君が生まれた日だ

おっと、ウィリアム王子の誕生日はわざわざホルス君の誕生にあわせてでっち上げられた可能性が高いな(笑)古代から偉い人は常に占星術的に意味のある誕生日を持つとされてるからね
。ウィリアム王子の33歳の誕生日に合わせて使徒襲来とかネタ過ぎるだろ?まあ、あの王子、顔見た限りメイソンだぞ?

おっと、ハリー・ポッターに届いた手紙の色がエメラルドグリーン。わんわんワールド(世界統一政府)カラーだ。で、イルミちゃんシンボルに囲まれてるダーズリー家

ハリー・ポッターって、これ見よがしにシンボルは見せつけないけど、数字はちゃんと素数のイルミナンバーだ。ホグワーツに入学するのが「11歳」、学校行きの列車が「9と4分の3番線(3.11の46分に近いな?)」だし、シリウス・ブラックが殺した(とされる)数は13人だ。地味に怖いっす


丸にタウ十字がアンク。生命のシンボルだ。トヨタのマークがタウ十字だったなんて!トヨタの車にアイシスがあるのは伊達じゃないぞ?イスラム国じゃないぞ。泣く子も黙るイシス様だぞ。毎晩子供を火の中でローストしちゃうんだ。イシス様はオシリスをその得意の魔術で蘇らせたんだ!

神智学協会のシンボルってさ、何の紅卍?(笑)ブラバッキー夫人「自民党をぶっ壊す!ならぬキリスト教をぶっ壊す!」出口王仁三郎「仏教を滅ぼすぜぇ!」だもん。マニ三戦術の宗教破壊工作
が大好きなよーで(笑) pic.twitter.com/MTtNkBLdX2

やはり新左翼ですか。忍者パットリ君も大本臭い日油同祖論言ってたので紐付きでしょうね。まあシャンティ・フーラはマニさん戦術ど真ん中の神智学協会です。神智学協会のシンボルあっら、紅卍(笑) pic.twitter.com/e63p1WMDQY

ダン・ブラウンの「ロスト・シンボル」もそうなんだけど、ふりーそーめんって階級が上に行けば行くほど多額の金をせびられる話が出てくるよな。これってフェイド大帝が言うように半島カルトと同じシステムなんだよな。そーめんってやっぱりシステムが本体か。

東洋系の記憶術と違って西洋系の記憶術は、思考と結びついてることが最大の違いかな?西洋では、シンボルやイコンで観想しながら、思考を巡らせて理詰め思考の末に閃いたりする。恐らくこの直感的叡智のことをソフィアと言うんだろうね。記憶術マスターするだけで天才になれるなら、近代教育はゴミやん

フォトリーディングに関しては、西洋のものはシンボルなどの象徴を使い、そのキーワードで連想ゲームのように記憶する記憶術と(アニメ、ゲーム好きはこちらが使いやすい)、仏教やヨーガのように瞑想で心の動きを静止させて意識を拡大?させて記憶する記憶術がある。詳しくは観想か瞑想の違い
だけどね

「さらどぅ」さ、陰謀論者のくせに何でアイコンがイルミのシンボルのフクロウなんですかねぇ?おっと、ハリー・ポッターのヘドウィグと同じフクロウとはね? ヘーゲルの有名な言葉「ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ」というのがあるね?ペッコと同じで怪しいなぁ~


魔王の最強の呪文はヨーガのマントラである「アハム・ブラフマスミ」ではないだろうか?私はブラフマンである。つまり私は世界であるという梵我一如思想。結局、ウパニシャッドになっちゃうんだよなー究極の所では。私はヒマラヤに引きこもる行者よりも塔にひきこもる魔王の方のアプローチが好きだ。

魔王が見てるのは「私とセカイ」だけ。他は目に入ってない究極のセカイ系。世界を無に帰そうとする極大な思考をするのもセカイ系思考を突き詰めてるから。「最初は何もない世界だった」と形而上学にあるようにこれこそが万物の始源でもあるわけだから。外に向かって極大化させる思考が西洋哲学かも?

魔王のセカイ系思考は外に向かって行くのを極大化する思考でこれは西洋哲学なの。それとは逆に内に向かって極大化して世界と繋がるのが恐らくヨーガなどの東洋哲学の特徴かと。つまり超外向きか超内向きかの違いだよ。目指してるところは同じかも知れないが、これはあまりに抽象化された言い方だ。

魔王は「塔」に引きこもってるけど、これは天を目指す智慧のシンボルだ。耶蘇教では神に届く智慧を目指したバベルみたいなネガティブなものだが。魔王が哲学者なら抽象的な概念を極めるわけだから、そこを目指すとどうしても大地から離れた思考になるわなと。そういう性質を学問は持っている


ねこたさんは意味もわかってないのに抽象的な言い方をするのは大嫌いだ!抽象的な概念は全て具体的なものに変換できないと意味を噛みしめるほど理解してるとはいえないからだ。だからよく西洋科学と仏教は目指してるところは同じとかスピ系に我田引水されるけど、そこに至るプロセスが大事だと考える。

哲学って演繹された「結果」を盲信するためにあるんじゃないよ?そこに至るまでのプロセスが大事なんだ。超難解なダンジョンをマッピングして誰でも攻略できる道を示す事が大事なんだよ。後世に攻略する人が同じ道を通った時に指針になることが大事なんだ。そこを通る事で後の人も経験値を獲得できる


うーんぬこたさんが望むのは、スピ系の思考の枠に囚われずに見えない世界の事を語る事なんだ。でも、スピる能力がない非魔道師のぬこたさんは、とりあえず見えない世界については「仮説」というスタンスで語る事にしてる。現実に根ざしてない形而上学はいくらでもテラ盛りにして思考誘導に使えるからね

おいらは、スピ系のように見える世界と見えない世界を対立させて語るのはちょっと苦手ね。アチラ側の悪の魔道師は、魔法を使うと同時に哲学者でもあってとことん理詰めでモノを考えてる。アチラ側が論理と非論理を矛盾させずに統合させて使えるって事はうちらだってそれ不可能じゃないって事
でしょ?

西洋哲学(科学)と東洋思想の違いってこの世界に対するスタンスというか見方だと思う。大帝のパクリだけど、西洋の科学は見えないものは存在しないって感じで(中世の神学者がルーツらしいが)観測器具を発達させた。東洋では、見えないけど感じるものは存在するって形で理論を整えた。

この西洋と東洋の違いって物事に対するスタンスの違いなんだよ?で、もし理詰め思考をキープしつつ、見える世界と見えない世界を統合する理論があったらスピ系と喧嘩せずに済むわけ(でも今の実証主義も捨てたくないが)で、この論理と非論理の合流点を見極める場合は、現実に根ざしてるか否かだと思う

あくまでも見えない世界の法則性は見える世界と合致した上で現実的に作用するという姿勢ね。悪の魔道師が極端な現実主義者なのもそのあたりの思考が影響してるかも?悪の魔道師は、ストア派のような自然法則を神とする思想がある。その自然法則の現実的な作用点が魔術として機能すると思うのだにゃ。

悪の魔道師がスピ系と違って絶対的に優位なポイントは、スピ系はLSD飲んで神秘体験したヒッピーのようにスピるのが最高って感じであまり、見えない世界の論理とか法則性とかを重視しないけど、悪の魔道師はロゴスも極めて重視する。そうやって経験則のデータを集めて科学にしてるから強い
んだよ。

魔術って認識の技みたいな所があって、自然法則(見えない法則も含め)でもニャンゲンの法則でも何でも、その法則性や構造(アーキテクチャー)を「認識」して自由自在に使いこなすという面があるの。だから見えない世界を現実と結びつけず、スピるだけだとアチラ側の悪の魔道師に絶対勝てないよね?

やつらが厄介な所は常に両建て作戦なんだよ。光と闇、善と悪、オタクとリア充みたいに常に対立するふたつの要素を使って支配してきたとこ。ユダ公のシンボルなんか絶対にありえない六芒星は実は、この対立する要素の統合という意味なの。 pic.twitter.com/kLsELFT70M

まあ、こんな感じで、見えない世界を理解する場合も「それに対する思考というか姿勢」が影響してるので、西洋科学と東洋医学どっちが正しいか?ではなくて、現実に根ざしつつ、どう合意点を見出して行くかという方向性なんだよね。形而上学テラ盛りは基本、言ったもん勝ちになるので要注意だけど。

多分スピ系の人とは話が噛みあってないと思う。スピ系の人の論点は、見えない世界があるかないか、で、陰謀論者の視点は宗教などを支配者がどう利用してくるか。どっちの視点も大事なんだよね。で、陰謀論者の視点で語ればスピ系は普通の人には見えない形而上学テラ盛り危ないんでないの?
となる。

形而上学テラ盛りは安易な支配の道具になる。カースト制度とかね。あくまでシュードラに生まれた結果論で前世が~と言うわけだし、お釈迦さんはその差別思想に対抗するために「無記」というスタンスでバラモンに対抗した。あえて言及しないというわけ。怪力乱神を語らずってやつね。

この実証不能(霊性が低いパンピーには体感不能)の形而上学
の扱いって本当に難しいよね。戦争だって体験してない人と体験してる人じゃどうしてもその怖さに対して温度差があるのが事実。この体験を乗り越えてうまく話の合意点を見出せるかってところが難しいんだよね。未だにいいアイディアが出ない。

キリストがお魚さんなのも、カトリックの司祭のミトラ帽がイカ帽子ならぬ、バビロニアから来た海から来て知識をもたらすものの帽子なのも意味があるんですね。カトリックは中身は空でも形式とシンボルで知識を保存してたように見えますね。

1)アニメ「マギ」の学長先生のモデルはホメイニ師だよ。マグノシュタットのシンボルがおめめなのは、シーア派国家のイランのシンボルでもある。イスラームのイルミちゃんであるイスマーイール派(七イマーム派)が支配した地域には今でもハムザというファーティマの手がある。

7)そうなると、もしかしたらポセイドーンというのは、フェニキア人などの海洋民族のシンボルなのかも知れない。バイキングのよーに、海洋民族には何故か北極星信仰(大昔は竜座)がついて回り、そこには蛇や爬虫類がいる。バイキングの神話はまだ調べてないけどね。


12)で、シンボリズム表現が悪魔崇拝とかキモいとか言う人いるけどさ、クリスチャン陰謀論者で、ヤギさんは悪魔崇拝のシンボルだからアカンと言うなら、キリシタンもシンボルで悪魔とかファビョるのやめろよ。やってること、どっちも同じだろ!?どちらもシンボリズム発想

knznymmmy ‏@knznymmmy 4月18日
モーセの疫病神伝説
川の水が血になって魚が死んだ
水を飲めなくなった
カエル大量発生
ブヨ大量発生
アブ大量発生
家畜大量死亡
皮膚病大流行
雷大発生 雹大発生
イナゴ大量発生
三日間暗黒事件(ハムシン=砂嵐?)
子供大量死(過越)


ネズミさん ‏@Nezmi_san 6月2日
らっきーデタラメ放送局★第153回『拝啓~工作員様』
https://www.youtube.com/watch?v=Nu8mfw3Jv5s …

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月2日
@Nezmi_san こんばんわ。思い込みかも知れませんが、この豚ちゃんも何気にセト神(バアル神)のシンボルなんですけどね。。。。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月23日
たしかにエースコックのパクリかも知れませんが、豚がアカンということは逆に神聖でもあるということで。古代エジプトでは豚肉は、セト神のシンボル(主神のホルス君の敵)ということで避けられました。

λόγος ‏@zam_zeed 6月1日
旧約聖書の「油そそぎ」は、イエスによる新契約(新約聖書)では、天から注がれる聖霊(なる神)とある。 イエスが公になる際に先駆者ヨハネからヨルダン川でパプテスマ(水に浸る=死と復活の象徴)の後、天から聖霊が鳩の形で降る。→油注がれた者=メシア(ヘブライ語)=キリスト(ギリシャ語)。


森の人 ‏@mountainhermitt 3月15日
ゴールデンカムイ読んでいたら、アイヌ民族は赤子に病魔が近づかないよう汚い名前をつける風習があると描写されていたのだけど、同じ風習がモンゴルにもあるのよね。 タイだと人間だと思われないよう動物の名前をつけたり。 この風習が広まった経過がとても気になる。

nos ‏@unspiritualized 11月10日
野田サトル『ゴールデンカムイ』(ヤンジャン今週号)「私たちは赤ん坊に病魔が近寄らないよう汚い名前で呼ぶんだ」えー面白い!!「糞の塊」「屁をする人」「臭く育つ」などの名前が列挙されている。これはかつてのヤマトもまったく同じで、正倉院蔵の戸籍には「屎(くそ)」にちなんだ人名は多い

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月11日
@lakudagoya
そう言えば魚のコスプレが好きな
ダゴンちゃんやオアンネスって
ミトラ帽の元ネタなら、
ダゴンちゃんがヨハネのご先祖様
クサくないですか?

海だか、湖からやって来た賢者
のイメージにも合ってるし。
イエスも魚がシンボル
ですし。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月27日
6)ポセイドーンと言えば、陸を支配するゼウスに対して海を支配する。ポセイドーンはフェニキアの神という説があり、オリジナルソースを確認してないけど、メドゥーサはポセイドーンの嫁という話があるそうな。

STB ‏@RC_StB 4月28日
@lakudagoya 典型的にはポセイドーンは馬やイルカや魚を聖獣としますがミノス王の物語のように雄牛と関連付けられて語られるときもあり 雄牛君もシンボルの一つ あと地中海に馬が入ってきたのが比較的遅くポセイドーン以前の海の神は花嫁選びの際雄牛の姿をとったとか?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
FF3の「玉ねぎ剣士」って 何が由来なのかな? ジョージ マーティンの炎と氷の歌 シリーズにも登場するらしいけど…… 品種名がラテン語のallium cepaで 一説にはケルト語の頭の意味と 日本版Wikiにはあったけど 英語版にはないし。

古代エジプトでは既に栽培された ようだけど、Wikiの野郎は原種は 発見されてないが、発祥はイランだ〜 とか断言してるし。 多分、魔術的な意味があると思うのよね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei 大帝のFF3の解釈、ものすごく興味津々です。アーリア思想が強い作品ですからね、FF3。ヴェーダ思想とマニ教がw

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya ふーむ、どうもエジプトになんか 秘密がありそうですね。 英語のサイトに古代エジプト人は 玉ねぎを拝んでたとか。 形が丸いから太陽に似てたり、 冬越しも出来たりしたかららしい。 金属で野菜のアミュレットを作る 風習があったらしいけど、

金を使って作ったらしい。 古代ギリシャではアスリートが 好んで食べてたらしい。 「血液を軽くする」と信じられていた。 ローマでは剣闘士が玉ねぎジュースを 筋肉増強剤代わりに飲んでたとか。

玉ねぎだけ金を使って作っていた
の間違いです。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei ええ!玉ねぎアミュレットだけ金を使ってたのですか?それはまたディープなネタを拾ってきましたね。

そうなんですか。玉ねぎアミュレットですか。日持ちがするので暑い所では諜報されそうですよね。まあ、FF3のシナリオ書いたのが寺田憲史ですから、何か深い意味ありますよ。FF3のラスダンで逆五芒星出たりw pic.twitter.com/9YRDY3EIHW

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya 忍者の地位が高いのも謎ですよね。 工作員が賢者並みに偉い!という いみなのかしら?w

王王大栄 ‏@ououdaiei 7月19日
@FeydoTaitei @kitsuchitsuchi @lakudagoya  孫子はすぐれたスパイを「上智=優れた知恵者」と言います。「イイン・太公望とすぐれた智者がスパイで活躍したから、殷・周が成立した」http://esdiscovery.jp/knowledge/classic/china5/sonshi030.html …


上智大学=スパイ大学。
上智=智慧=ソフィア大学


フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya ラスボスが暗闇の雲でFF4の ラスボスからダークマターを 盗めるので、 暗闇の雲は宇宙物理学絡みだと 思うんですけどね……

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei 宇宙物理学ですか。ウパニシャッドが登場しそうですね。FF3の無という観念はヴェーダ由来ということくらいしかわからなくて。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya 主人公達が「光の戦士」でしょ? ダークマターとダークエネルギーは 宇宙物理学でまだ解明されてない 部分ですから、光の戦士はイルミちゃん の物理学者を表してるのかも。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei 光の戦士がイルミちゃんというのは間違いないですね。四大元素の力を持ってるわけですし、これが結社の秘儀参入でなくてなんだと?https://www.youtube.com/watch?v=0qtJqI_IjPA …このうたモロですw

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya 召喚士は第三の眼の所に 角生えてるし。 何かアンテナの役割なのでしょう。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei ええ、そうです。角というのはアレクサンドロスもクレオパトラも描かれてますね。設定本によれば召喚術は降霊術からうまれたと。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei FF3のノアさんは正体不明ですけどね。Raming Sheepの対訳ありますが、http://www.nicovideo.jp/watch/sm3812984 イルミ臭い歌詞ですこと。あとエジプト語とヘブル語の音楽もありました。https://www.youtube.com/watch?v=I4r4pWrs-2E …

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya 降霊術w

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
@FeydoTaitei 何の大本ですか?wあとノアさんといったらアルビノですよ。そのノアさんが黒人の魔王を呪いのような言葉を吐く。。。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月16日
@lakudagoya スンマセン、送信失敗。 トールキンの小説が元になってるっぽい ですね。 人間は寿命が短いけど、成長速度が 早いので、最盛期にはエルフをも 凌駕する能力を発揮するそうです。 多分、ザンデへの贈り物はトールキンの 人間論から来ているのでしょう。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月15日
@lakudagoya フーム、どうもラムセス4世の亡骸の 眼孔に玉ねぎがはめられていた みたいですね。 二つ説があって、一つは玉ねぎの匂い と医薬的効用が死者を蘇生すると 信じられた。 二つ目は死後の世界で何らかの 用途に使われた。

後、民間の呪術では女性のマ◯コに 玉ねぎをはめ込んで、息が玉ねぎ 臭かったら、妊娠してると判断 したらしい
w


STB ‏@RC_StB 7月22日
郷ひろみの楽曲『2億4000万の瞳』 これ、日本人口1億2000万人から来ているんだろうが アンラ・マンユの配下の2億4000万体の悪魔にも当てはまるよな(連中の大好きなダブル(或いはトリプル以上)・ミーニングか) 瞳は、all-seeing-eyeだろう イラン系?

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月22日
@RC_StB こんばんわ。およ?マイナーなネタにもご存知でありますね。へー、アーリマンって部下が2億4000万もいるんですか。イラン系のシンボリズムはマイナーですが、松田のマズダーといい隠れたとこで置いてありそうですね。

STB ‏@RC_StB 7月22日
@lakudagoya どうも今晩は。 数字は、特に頻繁に趣向を凝らしてネタが仕込まれてますからね 芸能界はシンボルまみれで、シンボルを共有している結社的な横糸があることを敢えて見せに来ていますし

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月22日
@RC_StB どうもこんばんわ。そうそう、何気ない数字に趣向をこらしてますから、「イメージ・シンボル事典」とゲマトリアの入門書は陰謀論者の本棚に必須アイテムになりそうですね。あと数字と言えばタロットカードでやトランプもそうで、何で王様の数字が13なのかとか色々面白いですね。

STB ‏@RC_StB 7月22日
@lakudagoya アルカナはシンボルの中のシンボルですからね ルドルフ・ウィトカウアー『アレゴリーとシンボル』 放送大学のテキスト『イメージの歴史』 シンボルはこの二冊が良著だと聞いております 前者はTWで抜粋を見ましたけど実に面白そうでした ベンヤミンも読んでみたいですね

歴史的な文脈で、陰謀論的な挙証しようがない仮説や、不可視のネットワークをなるべく覗いた事実側面を骨格としていくことが重要ですからね 歴史にはシンボルの変遷も含まれます 解析の足掛かりになる要素でもある この分野は避けては通れないと痛感しております

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月22日
@RC_StB そうそう避けて通れない分野なのよねー。結局このあたりがコアなワケですから。イルミちゃんカードでコシミズが戦闘力0でもヘルメスの達人が最強のように。でもね、おいらは悪の魔道師を倒すのを目的としてるのに、陰謀論者が結局オカルト勉強しましょうとか本末転倒かと。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月13日
引用「人間は、天体の運行で支配されるイキモノなのですね。それを経験則的に知っていた先人たちが、「占星術」を編み出し依拠してきたわけで。」
おおお!リチャコシ悪の魔道師の疑惑がっ!?じゃあなんで、おまいはアチラ側が計画を実行する日のアスペクトを解説しないんだっ!?


STB ‏@RC_StB 36 分36 分前
エジプト趣味……アレクサンドリア学問好きメイソンの好きな合一(オシリス+イシス乃至ヘルマフロディトス)ってプラトニズムだよな

人間が二人一組で作られ、組み合わせは 1.[男+男] 2.[女+女] 3.[男+女] やがて傲慢さがゼウスの怒りを呼び分断される 1はソドミストに、2はレズビアンに、3は異性愛者に(プラトン『饗宴』)

ヘルマフロディトスはそう古いものでもなく、アレクサンドリア以降の貴族の趣味でああなったとも言われる もとはヘルメスもアフロディテも関係ないとか? グレコローマン美術にヘルマフロディトスの表象が見られる 何にせよ、エジプトである

プラトンといえば隠れアーリア思想 この、ミケランジェロの聖家族像もルネサンスによりフィレンツェで流行したプラトニズムの表れという見解がある https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/48/Michelangelo_Buonarroti_-_Tondo_Doni_-_Google_Art_Project.jpg …

マリア、ヨセフ、イエスの背後にいる裸体の少年像がが、プラトニズム的な両性的表象であり、異教世界を表しているらしい

伝習的な図像学解釈に対して、却って見落とすことがあるとの批判もある ダニエル・アラスによる『受胎告知』(フランチェスコ・デル・コッサ)→https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a2/Francesco_del_Cossa_026.jpg …の解釈

蝸牛は露によって受精すると信じられていたため、絵の右下にいるカタツムリは、従来的にはマリアの表象であるとされていた(尚、露は聖書で精液の比喩として用いられる(ダビデの賛歌、詩編110ー3)) しかし、アラスはこれでは見落としがあるという

何故蝸牛が額縁の上を這うようにしているのか、大きさが巨大すぎないか、何をしているのか アラスによると、これらは左側の空に見えるヤハウェと同じ大きさ、同じような輪郭で描かれており、つまりマリアの表象ではなく地上にいる神の等価物だという

アラスの解釈は細かくはここで http://intranslation.brooklynrail.org/french/the-snail%E2%80%99s-gaze …

(カタツムリは七つの大罪の一つの怠惰(sloth)と罪人の象徴
という意味だけでなく、性的機能や誕生もあらわす。
地上にいる神の等価物=イエス・キリスト
が「処女懐胎(露で受精)」で「誕生」。
ちなみに、中世ヨーロッパの写本の挿画には『騎士対蝸牛』ものが多数存在)

ネズミさん ‏@Nezmi_san 8月13日
それにしても情報は沢山落っこちてるね。ひっそりとwこれを拾えるかどうかだ? (英語を訳すだけでメルマガ出来そうだなwそんなのばっかりなんだよね日本の御意見番ってさw)

メディアは嘘ばっか垂れ流す訳だが、無論陰謀論も嘘が多い。どっこいだろ?でも両方見てりゃ見えてくるものが有る。簡単に言えば目利きと語学力だけだね
。昔なら小難しい文献読んだりだったが今はYouTubeだしね。


「シンボリズム」に嘘はない、百聞は一見に如かず、イルミナティの教えでも「左目(1ドル札の万物の目)」つまりは右脳、直感、図形から感じるものが全てだ。石工ってのはアーキテクトだからね。そこに無駄は無い。逆に「文字を読む」左脳(メディア)は信用するな、だね。

仕事で「文字を読む」のを得意とする人がいて、自分は「絵」にしたくなる「イメージ派」なんだが、極めて合わない。非常にまどろっこしい。アーキテクトっ てのは一瞬で分かるように作る、逆に複雑すぎると伝わらない。「複雑→簡単」にしなけりゃあフリーメーソン(石工)じゃあ無い。

だから「直感的」に分かるもの、それは「シンボル」に全てを込める。半導体回路、基盤ならパターンに、そのEMC的な配慮→幾何学的配慮がいる。全てまとまった、美しい設計、シンプル、そこがポイントであって。メイソンは文系じゃ無い、理系だよ。

だから製品のドキュメント見たってそこに真実はない、せいぜい免責事項だろうが。回路を見るかソースコード見るだろう?イルミナティ・フリーメイソンの メッセージも同じで「文献」に食いついたり、まして「嘘メディア」は論外、やはり「シンボル」この解析ってのが本質だろうがね?

シンボルってのは冗長性が無いわけ。ぎゅっと詰まった実なんだよね。勿論、それが成長して枝葉になる知識がないと実自身を見ても皆目わからない。米国って のはフリーメイソンが作った国で、キリスト教だ。その知識がないとシンボルの意味がわからない。欧米人はその文化でいるから直感で分かる訳。

冗長性の無いシンボルに嘘はない訳、ただし読み解く知識が必要、誰かが解説する有象無象の言葉や文章ってのは左脳が動いちゃうから矛盾に気が付かなくなる。だがぎゅっと詰まった実であれば、真っ直ぐ進めば真実に行ける、ただし知識と修練が必要だけど
・・・


Thank you for reading this long blog post!

現実の魔導士が読んでいるかもしれない『魔法入門』の続き。「嘘つきにこそ真実を言わせよ。真実を告げる者は嘘つきに仕立て上げろ」。秘密結社と宇宙人の陰謀論の殆どがユダヤと在日叩きと同じくキリスト教擁護の為ですので注意。最低でも聖書を否定し、聖書が根拠の日ユ同祖論も否定していないと駄目。 

魔法とは「思うままに意識の中に効果的な変革を起こす技術」なのである。“
『魔法入門』p.138

魔法=潜在意識操作(意識の中に効果的な変革を起こす技術)
なので悪用されているのです。

創作物は予め嘘だと言うので真実が最も多い分野なのですが、
特に魔法や錬金術ものは暴露が多いですね。
嘘吐きが真実を言うと逆効果になることを利用します。
嘘つき(フィクション)にこそ真実を言わせよ。真実を告げる者は嘘つき(フィクション)に仕立て上げろ
よって、支配者に許可されているのです。

子子子子子(ねここねこ)@kitsuchitsuchi

クラピカが具現化系の念能力(魔術)の訓練で、鎖(魔法の杖)のイメージを確立する為に、一日中鎖を視て聴いて味わって触って嗅いで、毎晩鎖の夢を見るようになると鎖なしで鎖の幻が見え始め、幻覚の鎖を明確に五感で実感できるようになると具現化した鎖ができていた。作者の修行体験が元ネタかもね。

洗脳が薄い子供は妖怪(一つ目が多い)が見える。
ハンターハンター: 制約と誓約で念能力(魔法)強化=ケルト神話のゲッシュ。クラピカは鎖を一日中いじり鎖のイメージを確立し、鎖の具現化魔術を獲得。

一つ目がウォッチ!
ハンターハンター:幻影旅団=幻想教団(イルミの和訳)。
ファラオ=メルエム=全てを照らす光は薔薇(結社の象徴)の毒で死ぬ。
イルミ(変身する殺し屋)は針で人を操る操作系能力。

秘密結社と宇宙人の陰謀論の殆どがユダヤと在日叩きと同じくキリスト教擁護の為ですので注意。
こういうこと↓を隠します。偏った批判は有害です。

ken@kenkatap
ナチス残党支援組織「オデッサ」
【毎日 http://mainichi.jp/shimen/news/20141026ddm010030134000c.html …
▼戦犯の多くは、赤十字国際委員会発行のパスポートで渡航
▼逃亡に、カトリック教会や赤十字団体が関与
▼逃走ルートは「修道院ルート」とも呼ばれる
▼バチカンは98年3月、公式文書を出し、過去を謝罪

秘密結社の陰謀論の殆どが、ユダヤ・在日(派遣社員)押しつけ陰謀論の変形=無自覚クリスチャン製造装置。悪魔崇拝とだけ連呼して、メーソン員の大半がクリスチャンであること、キリスト教が科学を弾圧しなければメーソンは生まれなかったこと、悪魔=科学や異教徒であることを言わないのが✝の特徴。

宇宙人・スピリチュアルの陰謀論の殆どが、信仰=非論理=反証不可能なことを混ぜて検証を妨害する為のカルト製。
最低でも聖書を否定し、聖書が根拠の日ユ同祖論も否定していないと駄目。
教皇・皇室・王室の責任転嫁を助けるのは駄目。
キリスト教擁護の無自覚工作員にならない為に、理詰め第一


"キリスト教の伝統がユダヤ陰謀論←最重要。
∵陰謀の黒幕がキリスト教でありユダヤは派遣。
∴陰謀論者の九割がキリスト教に逆らえない。
ねこたさんの陰謀論者の宗派リストも含む 、多くの陰謀論者が無視する点を盛り込んだ陰謀論者チェックリスト"
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-1.html


ハンターハンターの作者は、魔術の修行をしたと思われます。
(しかもセーラームーンの作者の奥さまは魔女!)
だからこそ魔術の本の内容をかみ砕いた修行法が登場するのです。

”ハンターハンターでは制約と誓約によって念能力(魔法)の力を高めますが、これはケルト神話のゲッシュが元でしょう。
自分に誓約を課すことで神の加護を得られます。ケルトの英雄はゲッシュの力を得ていることが多いです。ゲッシュを破ると、呪いが自分に降りかかります。ゲッシュを利用されて殺されたりします)

クラピカが具現化系の念能力の訓練のために鎖のイメージを確立するために、
最初は鎖で遊ぶ以外何もせず、一日中、とにかく四六時中いじくり、目を閉じて触感を確認したり、何百枚何千枚と鎖を写生したり、ずっとただながめてみたり、舐めてみたり、音を立てたり嗅いでみたりし、
しばらくすると毎晩鎖の夢を見るようになり、その時点で実際の鎖をとりあげられ、
今度は幻覚で鎖が見え始め、
さらに日が経つと幻覚の鎖がリアルに感じられ、重さも冷たさも、すれあう音も聞こえてきていつの間にか、幻覚ではなく自然と具現化した鎖ができていたという

現実の魔法の訓練法の応用のようなことをしております。
生命の木や曼荼羅を鎖で代用しているわけです

イルミっていう目を強調された、針で人を操る暗殺キャラが出てきますよね。
幻影旅団(パヴァリア幻想教団というイルミナティの訳語あり)は構成員が死んでも存続するというコンセプト。構成員なんてシステムや思想が住む家でしかないということです
王メルエム(「全てを照らす光」という意味。イルミですね)はファラオなデザイン”

『二ノ国』を主に考察。『二ノ国』、『とある魔術の禁書目録』+『ドラクエ』
(本記事内では主に『ドラゴンクエスト1・2・3、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』を考察)、
マギ、もののけ姫、ハリー・ポッター、
ドルアーガの塔(ドルイド+ナーガ〔龍〕)、
まどか☆マギカ
(鹿目まどか。鹿〔ケルト神話。恐らくアーリア系〕+一つ目+円〔輪廻〕)は恐らくみな同じ結社陣営製品。
ナルト、ワンピース、ドラゴンボール、マスターキートン、
フェイトシリーズ、ハンターハンター、エヴァンゲリオンも恐らく。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-27.html

※多少訂正。


魔法とは「思うままに意識の中に効果的な変革を起こす技術」なのである。“
『魔法入門』p.138

”カバラ基本経典は紀元前にない。
イェツィラー(3~6世紀。新プラトン主義成立後)
・バヒル(12世紀)
・ゾーハル(13世紀)。
ユダヤ・カバラは旧約聖書重視(元祖カバラに生命の樹なし)。
クリスチャン・カバラ(生命の樹中心)は15世紀にピコが創始。
物証成立年代を捏造する #日ユ同祖論。”

“セム語の構造って面白いよね。ひとつひとつのアルファベットの意味があり、子音だけを繋げて読む。そして文字が対応する数字を持っており、暗号のようなこともできる。これはアラビア語やセム語の影響を受けたギリシア語や一部ラテン語でも同じ。” 魔法使いハンターねこた@lanekota

“ヌッポンが本当のユダヤ人(笑)ならこういったセム語の特徴を何故捨ててしまったのかねぇ?もったいない。てかシュメールとユダヤを結びつけられるけど、シュメールは膠着語でヘブライ語やアラム語などのセム語はそうではない。” 魔法使いハンターねこた@lanekota


カバラは大きくユダヤ・カバラとクリスチャン・カバラに分類され、西洋の魔術書は基本的にクリスチャン・カバラです。
本来のカバラであるユダヤ・カバラは、ユダヤ教徒が旧約聖書を解釈するためのもの。
クリスチャン・カバラは生命の樹が中心です。
新プラトン主義=ネオプラトニズム (Neoplatonism) の影響が強いです。
新プラトン主義では、万物は一者から流出したもの(流出説)と捉える思想で、紀元3世紀頃にプロティノスによって展開され、ルネサンス期にイタリアで再び盛んになりました。
なお、ルネサンス期においても、プラトンの思想とネオプラトニズムは区別されていなかったそうです。
そりゃ中東やアジアに比べて全然大したことない文明でしたからね。
イスラムなしでは、ローマ・ギリシア文化もまともに保持できなかったくせに。
しかも、当時のローマ・ギリシア人って金髪碧眼じゃないし。
ここにも伝統のでっちあげがあるわけです。
で、神話や歴史という権威の乗っ取り。

15世紀のフィレンツェでメディチ家を中心にプラトン研究が盛んになり、プラトンやプロティノスの著書がラテン語に翻訳されました。美に対するプラトン的な愛(プラトニック・ラブ。同性愛なんだけど。聖書では同性愛者は殺せなんだけど)によって人間は神の領域に近づくことができると考えられました(でもこれって人間が神になろうとすることで異端なんじゃ。グノーシス主義ですね)。
ネオプラトニズムの思想はルネサンスの文芸・美術にも大きな影響を与えました。

xtra heavy@xtraheavy
”ローマ法王をも排出した西欧の名門メディチ家の語源は「メディシン」。少量の薬物で王族を救済、接近、庇護を受け、大量の薬物で政敵を毒殺、地位を堅持し築いた繁栄。絵の具ってのは基本的には毒であるが、ルネサンス絵画のパトロンとして君臨したというエピソードも、なんか関係有りげではあるな…。”


階層制と新プラトン主義の一者からの流出説(キリスト教的にはGODから全てができているということ)がクリスチャン・カバラの基盤なので、危険な選民思想を産みかねませんので注意です。

魔法入門―カバラの密儀 (出帆新社スピリチュアル・シリーズ)魔法入門―カバラの密儀 (出帆新社スピリチュアル・シリーズ)
(2000/12)
W.E. バトラー

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本書は
ⅠがMagic: Its Ritual, Power and Purpose
ⅡがThe Magician: His Training and Work
両方とも著者はWalter Ernest Butler (1898-1978)。

魔法入門第二部は本来は第一部とは別の本なので内容に重複がありますが気にせずに。

本書が高すぎるって?
英語版を購入するか図書館で借りる手があります。

ⅠがMagic: Its Ritual, Power and Purpose
Magic, Its Ritual, Power And PurposeMagic, Its Ritual, Power And Purpose
(2001/02/20)
Walter Ernest Butler、W. E. Butler 他

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ⅡがThe Magician: His Training and Work
The Magician: His Training and WorkThe Magician: His Training and Work
(1970/12)
W.E. Butler

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Ⅰは既に↓でメモし終わっています。
象徴やイメージで潜在意識に力を送り込み外部の現実も変える技術=魔法(魔術)
と占星術こそ支配者の技術で胡散臭い迷信だと喧伝して隠す

「三千世界」と「(大)立て替え」は大本教の宣伝。
フランス人権宣言とTIGER&BUNNYのウロボロスは錬金術重視のメーソンの象徴。
ウィキはスコットランド・仏メイソン系なのを意識して英語記事も読むべき。
『魔法入門』まとめ。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-29.html



・儀式の型を構成する部分は部分は様々な金属の線条や部品に似ており、一定の設計図に従ってそれらが組み合わされると、ある形而上学的な錠を形成する。この錠にある種の鍵をさしこんで回すと、超自然的な意識と力の扉がぐるりと開く。
(儀式により強力な力が得られるってことですね)

誰でも魔法使いになれる。しかしある人にはその能力があるが、他の人には力がないといった魔法の分野はある
(誰でもなることができることが重要)

・魔法には目を見張るに値する二つの面がある。
①目に見える霊を呼び出すこと(現象魔法)。
②意識の相互交換

・魔法使いは自分自身の霊的自己によって支配され動かされる。
霊媒は他者の諸力や影響力の通路。

・カバラの第一原理は万物の統一性。

・人間は小宇宙であり、大宇宙が持つ力と可能性をすべて備えている。

・魔法の第一原理の一つ。あらゆる魔法は内に始まり、外に向かって投射される。内から外へ。あらゆる魔法は内に始まり外に向かって投射されることは、常に心に留めておかなくてはならない。あらゆる魔法は内に始まり外に向かって投射されるという原理をしっかりと意識し、何もそれを抹殺できないほどにしないといけない。
魔法は内から外へという意識を抹殺できないほどに強くすることが唯一の安全の試金石である。かつ応用範囲の広い第一原理
である。

・我々はすべて、現在我々が生きている宇宙を鏡として見ている。この鏡はその上、常に変化して止まない。この鏡とは我々の個人的無意識つまり潜在意識的精神であり、昔のオカルティストには勘の領域として知られている。現代的表現ならオーラの卵、つまりは全ての人を包んでいる心霊的雰囲気である。
勘の領域こそあらゆるものが写し出される鏡である。修行中の魔法使いが最初に課せられる仕事はこの魔法の鏡を統御する力を得ることである。

勘の領域=オーラの卵=鏡=個人的無意識=潜在意識的精神を操作できるようにする

魔法使いは間接的でなければ外的世界に働きかけない。だがそれによって魔法使いの内的世界を直接変革し再形成することができるようになる。そうして魔法使いは外的世界と新しい関係に入るようになり、その結果魔法使いは外的世界がその者の新しい観点に従っておのずと形を成してくることに気づくようになる。というのはこの魔法使い自身のより深い局面とは、民族の集合的無意識、ひいては宇宙的意識に対応する深みの部分だからである。
魔法使いは意識の下に潜むあの大海の持つ諸力と能力を開く鍵を持たなければならない。その鍵とは海の中で満ち足り引いたりする潮に相当する。その深みの中にこそ生ける被造物が棲んでいるのだ。異なる文化は異なる絵文字を持ってきた。西欧の魔法の絵文字は生命の木である。東洋では曼荼羅。
クリスチャン・カバラが生命の樹中心だからキリスト教からは逃れられないね

人類の揺籃時代には、一種の無意識テレパシーを使うことが伝達の基本だった(人間は本来テレパシー使えるってことですね)。しかしテレパシー的手段で伝えてきたイメージがある音声と結びつくようになり、一連の思考形態――知覚、概念、言語など――が生まれた。

・本書でアストラル・ライトという言葉は、この地上におけるあらゆる生物の精神作用によって限定され基本的なアストラル・エーテルの諸層を指す。その精神の内には地球自体の精神・意識も含まれている。アストラル・エーテルは、それを観察できるものには一定の形象となって現われる。
このような形象はもともとはアストラル・エーテル(生けるエネルギー実体の領域)に生まれるのではない。その中に見出される形象とは、精神の創造活動が高次の心の諸層から降りてきたり、低次の物質的諸層から上がったりする結果に過ぎない。
それゆえ、アストラル・ライトは、精神や精霊を背後に持つ高次アストラル界と、物理的物質を背景に持つ低次アストラル界に分けられる。
しかし形象のことを離れても真のアストラル界はそれ自身の法則に従って示現し続け、クリスチャン・カバラの達人たちの天才は、問題となる特殊な諸力を指示する象徴として使うまたのさまざまな形象を発明した。
こうして生ける心の像の、強力で複雑な体系が生命の木の中枢たる絵文字を巡って形成されてきた。アストラル界の光の中に木のエグレゴレ(集団表象=シンボルやイメージ)をうちたてた。これこそ生ける魂であり、生命の木はその魂を包む肉体に過ぎない。木を用いてエグレゴレ=集団イメージ・シンボルと共感的に結びつくことができる。そしてそこからテレパシー的な作用を通じて、直面している問題の解決策や、通常では到達できない深い知識を得られる。
魔法に利用できるアストラル界の諸力はすべて、それぞれに結びついた一連のイメージの中に象徴的に人格化されている。そしてその代表的なイメージを意識的に操作することでそのイメージが表す諸力を思うままに操作すること、これが魔法
である。
このイメージに関係するのは潜在意識である。それゆえに、魔法の原動力(タロットの女教皇)は潜在意識的精神であることが魔法の一公理である。
一方、意識的精神は、その潜在意識的精神(魔法の原動力)を指令し統御する要素(タロットの魔法使い)である。
(潜在意識の力を意識的に操作するのが魔法


かくて個人的な意識によって行なわれるあらゆる魔法活動は間接的なもの。実際的な働きは心の潜在意識層によって演じられ、適宜なイメージを通して行われるのである。これが魔法に関する最も重要な法則の一つである。

実は自分自身用の木を作ることが可能である。事実、この仕組みを本当に働かせようとすれば、そうしなければならない。伝承されてきた分類体系をそのまま受け入れるのではなく、創作者にならないといけない。
生命の木とはあらゆるものの親縁関係に関して樹立された体系であり、知恵の扉を開ける一本のカギである。この木に向かって瞑想することで、生命の木のエグレゴレ=集団的思念像は樹立されてきた。それゆえ我々が現代的な木を作る時、そのことによってかの集団的思念像の形式に寄与することができれば、逆に我々の深い心の中にある祖型的イメージを通じてそれが働くことができる。

・瞑想のためにせよ、魔法を目的とするにせよ、生命の木の絵文字を使う時には必ず、象徴はその機能的親縁関係に応じて系統的に使用されなければならない。象徴はその機能的親縁関係に応じて系統的に使うことを覚えておくことは大切である。なぜなら、この親縁関係こそ生命の木の本質そのものだからである。木とは事物の親縁関係の図式なのである。
対立する二つの木を使用するのもよい。
すなわち火星の領域(ゲブラー)を使った瞑想や魔法の操作に引き続き、
木星(ゲドゥラー)の象徴を使うものがくるようにするのである。
このようにして釣り合いをとるのである。この均衡こそ大いなる業(わざ)の基礎である。

・生命の木は驚くべき記憶術の体系である。この体系は意識作用の本当の基盤、すなわち魂の潜在意識的かつ超越意識的諸層を利用しているのである。
とすれば自分自身の木を創り、自己暗示の目的で利用しないのかと問いたくなる。
が、過去の象徴にこだわるべきである。
我々は深い無意識の中で既にその民族の持つ原初的象徴を所有している。だから当然我々はそれを意識的に操作しながら使うことができ、そうすることによって我々の意識と潜在意識という心の二つの層は一つに結ばれるのである。
暗示という方法が訴える対象はすべてこの潜在意識であるから、原初的象徴を用いる方法は、もっとも効果的に潜在意識に働きかけることができるだろう。なぜならこの体系は原初的な原語で語られており、勝手気ままな意識や象徴体系のなしうる以上の働きをしているからである。

瞑想の本尊として生命の木の象徴を正しく用いないと魔法は無効になる
それゆえ、瞑想中はこの木の様々な象徴を取り上げ、それを二つの局面で考察する。これらの象徴は全てその本性上二つの側面を持っているからである。
一つは形式の側面、すなわちその象徴が表現するところのエネルギーに他ならない。そのエネルギーは魂と宇宙のあらゆる諸層でそれに照応する局面のもとに存在しているが、アストラル・ライトの次元では感情的エネルギーとしてあらわれているのである。
瞑想の中で象徴の体系を形成することで、故意に意識的に、或る象徴をそれに照応する力と結合する術を学ばなければならない。
そしてその象徴が意識の中にあらわれてくるという事実そのものが、木の上の当の象徴と結びついている感情的エネルギーを怒涛の如く引き起こすように熟達しなければならない

同じように、我々は感情的エネルギーの或る局面に身を開くことによって、魂の目によって内面的にそのエネルギーをあらわす象徴を見て取ることができなければならない。
この技術的な瞑想の中でアストラル・エネルギーがそれに照応する形象と結びつくことはその象徴の感情的意味に基づく幻想場面を形成することによって、最もよく行なわれる。
この幻想がはっきり形成されさればされるほど、問題となっているエネルギーに密接に近づくことができるようになる
。これがこの行の一つの局面である。
補足的な局面が、その背後に満たされた感情に対して瞑想することによって、このエネルギーと象徴を意識的に結びつけることから開けてくる。すると様々な感情的状態が我々の内の中で発展し、同時に象徴の形象を霊視できるようになる
このことを着実に実習すると、その後、その感情を考えただけで当の象徴形式を顕在意識の中へと投入できるようになる
このことを達成したとき、我々は新しいアルファベットを使い始める。そして密儀を形成する為にさまざまなエネルギーに充たされた象徴をこのような方法で結びつけることを学ぶのである。これらのイメージとそれに対応する力がこうして結合されたとき、それを我々は二つの方法で使うことができる。
一つは受動的な形で、もしすでに論じておいたイメージを喚起させる心理学的なトリックを身につけているなら、この結合された象徴を、我々の顕在意識に対して、感情的な自己の変動的な圧力と高揚を告知する指針として使用することができよう。そして我々の本性のこの感情的側面は不断にアストラル・ライトの諸力と叡智的存在者によって動かされているものであるから、我々の象徴が心のスクリーンに映じると、その象徴はアストラル体を、それ自身の平面で意識するという肉体的な言葉に翻訳することになる。
言い換えれば、我々は統御され訓練された心霊現象を持つことになるのである。このような心霊的知覚の方法は統御が可能であるという大きな利点を持っている。なぜなら他の型の象徴が突然わきおこってくることは、その映像の混乱を示すことになるからだ。
実際上、このような心霊的知覚は、極めて鋭いものとなり、象徴なしでもアストラル界を直接知覚するところまで高まる。
この形式の心霊的訓練は非常に大きな価値があり、その上、まったく覚めた自己の統御の下に置かれるという利点
を持っている。このことをはっきりしておくことが重要である。

カバラの心霊的訓練の体系では様々な次元、言い換えれば波動の諸層は互いに他のものから孤立するとされている。スェーデンボルグ(欧州支配者の思想の根本の一つ)によればそれらの次元は断絶しており連続していない
このことは、カバラ的に訓練された心霊家はアストラル界の霊視が突然日常の覚めた生活の中に噴出してくるという苦しみから免れていることを意味する。魔法使いが「意識的にそれを望んだ時だけ」肉体的な層と、より内面的な層の間でのヴェールが取り払われるのである。

客観的な側面では、結合の瞑想の訓練によって、魔法使いは自分のアストラル界の神殿を建築し、その中を、問題となっている象徴の意識的な操作を通じて、その象徴に対応する諸力で充たすことができるようになる。
生命の木を実際に使おうとすれば、着実かつ長期にわたるこの木に対する瞑想がどうしても必要
だということがわかるだろう。

また肉体的な生命の多様な象徴は対象はすべて、この木の上のそれぞれにふさわしい層に位置づけられうるから、様々なセフィロト群の間に存在する親縁関係は魔法使いの心の中で次第に固有な哲学的体系を形成するだろう。
この過程は種子の瞑想として知られているものを使うことで促進される。
これらの種子の瞑想に於いては特別な文句が瞑想の対象となり、無意識へと送りこまれる。それはいったん消えるけれども、後になって全く突然、意識の中に再び現れ、その時は厖大な連想観念を伴い、更にこれまでそれに対する意識的瞑想によっては得ることができなかった本当の意味が了解できるようになる
この木の上にある象徴はすべて、もっと限定して言うと、それぞれの径に配されたこの興味ある深淵なイエツィラーのテキストは皆このようにして種子の瞑想に使用することができる。

・アストラル・ライト(心霊学では精霊の世界。神智学ではアストラル界。ヒンドゥー教ではカーマローカ)は場所でもあるが、それが意識の或る状態であるという局面もある。
アストラル・ライトが意識の或る状態であるということは重要であり、界という場所的表現では意味が狭い。そしてまた、舵取りをする層であり、指揮する層でもある。

魔法の修行者は自身の人格から、設計図通りになっていないものを取り除いたり、現にあるものを取り換えたりする能力を獲得しなければならない。
この人格の作り変えの為に、径(みち)の第一の徳と呼ばれる識別が必要。
神秘体験や神秘思想の文献を読んだり瞑想したりして、霊的思考のある層に達する鍵を手に入れることができる

これらの本は自身の人格の真の設計図から外れているものが自身の内部にあることを悟らせ、また、それを正しい位置に置き直すには他のどんな材料を用いればいいかが分かる助けとなる。
人格の変革は注意深く進めないといけない。人格の中の特殊なものが実際は個人的人格を支える要だったりするからだ。正しい代用品がその要の位置につり上げられる前に、この要を動かそうとすれば、その人の命が崩壊する危険を冒すことになる。

・魔法の儀式においては、力のみなぎりが確かに存在する。魔法行為と上の実在者との間にある照応関係が近ければ近いほど、この行為は効果的になる。このことから魔法の修行者は魔法の儀式を巧みに構成して魔法使いが危険を冒すことなく操作できる最大限の力を効果的にみなぎらせることができるようにしなければならない


・魔法活動を成功させるために絶対必要なことは、術者が心の中にイメージを形成することができるということである。アストラル・ライトの力はこのような心の中のイメージによって指令され統御されるからである。

あらゆる魔法活動を成功させるためには、しっかりと自分自身を客観的諸層に錨を下すことが大切である。客観的諸層に錨をおろす為には自身を取り巻く事物の心的映像であるようなイメージを形成するとよい
だが抽象的な純粋に心的な観念が目に見えるように浮かんでくるのはかなり熟練した時だけである。
心の中に形象を思い浮かべるには二つの異なる方法があり、両者は他を補う関係にある。もっとも賢明な道は両者の中道である。

イメージの創造
実験者があまり簡単ではない何らかのイメージを構成するように精神を訓練し、その容易でないイメージの構成を注意深く
実行することである。イメージがあまり簡単であってはならないという理由は、精神は多様性を要求し、簡単な映像にはすぐ飽きてしまい、心からすり抜けてしまいがちだからである。
簡単過ぎると余計な雑念が浮かぶからね。外国語の呪文の方が集中できたりするし

②イメージの呼びだし
精神を意志によって静かな受動的状態に保つこと。そしてイメージが意識の中におのずと生じるのにまかせる


・潜在意識層は宇宙の見えざる心霊的心理的潮によって影響されているので(この潮は地球の磁場を通じて動く)、実際には意識層と潜在意識層の必要な接触を行うために、他の時よりずっと簡単な潮時というものが存在する。そして魔法の技術を修行するものはすべて、注意深くこの潮時に気をつけ、その変動についての図表を描かなければならない。この図表と客観的なデータを比較することによって、次に魔術師は惑星と月の位置が潜在意識的な生命力のある次元と結びついているらしいということを発見するだろう。このことを着実に注意深く行なうならば、イメージを喚起することがほとんど不可能な「乾いた時期」を避け、それに対して警戒しないといけない。この潮流に逆らって泳ごうとするのは馬鹿げたこと。
イメージを生起するがままにさせることを規則的、注意深く行なっていると、無意識のうちに持っていた多くの心理的葛藤や抑圧されたコンプレックスが沸き起こる。それは精霊として擬人化されよう。最初のうちは顕在意識が潜在意識の海の中で溺れてしまうように思える。もっと後になると、「飛ぶ鳥=顕在意識」は「海=潜在意識」に意志を持って意図的に水没を試みないといけない。

・イメージ形成の為の最初の訓練法がキムのゲーム。
いろいろなものを盆の上に置いてから布で覆う。布を取り去ってからしばらくの間位置を記憶し、再び布で覆ってから、覚えている限りの物品の状態と位置を書きとめる

この練習法をすると、ある物品だけがほとんど例外なく忘れ去られてしまうことがある。これは偶然ではなく何らかの心理的事件が起こっているのだ。このように示されたものは瞑想の出発点として使う(自身が忘れ去りたい無視したいものを意図的に使う)ことで、潜在意識の深みから、面倒を起こしている特殊な妄想やコンプレックスを引き出せる。抑圧からの解放により、その物品はもはや他のものと違うことはなくなることがわかるはずだ

なお、この練習法は都合のつくどんな時間にも試みて良い。
修行者は創意工夫して毎日の練習法に組み込むべきである。例えば、倉庫番はその仕事をキムのゲームの長い練習だとすればよいのだ。
(一定の場所に留まる仕事はキムのゲームの訓練にできる。ものの位置と状態を完璧に覚えて把握するということ


・次の練習法は、知覚の焦点再調節に関する特殊なコツを身につける為のものである。
「活力を視神経から心的知覚に向けよ。つまり肉眼で見るのとはまったく違った思念の力で見る努力をするのだ。ある知覚の形式を他の形式へと転化せよ。覚めた状態で積極的な意志によって夢の幻想をありありと思い浮かべよ」。
これは黄金の夜明け団ではタットワの観想と呼ばれている教えであり精神訓練法として大きな価値がある。
GD=黄金の夜明け団=黄金の暁会=ナルトの暁の元ネタ

実際にはこれは二重である。つまりその「逆の型」で、換言すれば心の映像から明白な客観的な事物へと移して、はっきり肉眼で見ることができるようになるまで努力しなければならないからである
勿論実際には肉眼で見るわけではない。むしろそう観察されるように見えるだけである。
水晶とか黒い鏡の中に透視家たちが見る映像はこのように投射された心的映像の一例である。これが意志的、随意的(無意識ではなく、自分で見ようと思った)であることが重要である。不随意なら精神病の特徴になってしまう。
ゆえに修行者は随意的にできるようにしないといけない。それを望んだとき以外は決して行なってはいけない。そして日常の世俗的な仕事に携わっているときは、決してこのことを試みてはならない。

また、投射しようとする思念映像を注意深く選ばないといけないし、少なくともこの訓練に関しては心的映像が用いられる機会を許してはならない

筆者が発見した最高の方法はこうである。
ある物体を無地の表面をした敷物の上に置き、明るくするにせよ暗くするにせよ、ある程度の光を浴びせる。
一枚の紙またはボール紙を使って、八寸の長さと二寸半の直径をもった円筒を作り、それを通して例の物体を眺める。その時、左右の目を交互に使うのである。
さもなければこの円筒を長方形に変えて両眼で同時に見るようにしてもよい。そのままその物体をずっと視野の中に置いていると目はわずかながら焦点をぼかしてしまう

われわれは時々白日夢=白昼夢=デイドリーム(英語:daydream)を見ている時にそうする。すると目にうつった映像が今度ははっきりと頭の中に心的に浮かんでくることになる。これは一つの心理的な仕掛けであり、普通何度も努力や失敗を重ねて初めて得られるものである。
一段と進んだ段階では目を閉じるとよい。最初の試みの間はごくわずかに、それから段々と目を閉じるようにしていくと、最終段階では、両眼をしばらく閉じていても頭の中で当の物体の映像がいわば目に見えるようにはっきりと浮かんでくるところまで到達する。

これを達成すると練習はかなりやさしくなる。
そうしたらそれを補う半面の操作を試みるとよい。
ある物品を選んで、それをじっと観察し、その知覚をいつもの方法で主観的な心のスクリーンに映すようにするのである。しばらくのあいだは目の前に単色の表面、例えば黒の上に白い円を書いたものや、白の上に黒い円盤を書いたもの、または水晶玉や黒の凸面鏡などを置いて、修行者がその心的な映像を投射するスクリーンとして使うとよい。
このとき修行者は目を充分開いてその円盤や鏡を見るようにしなければならない。
円盤や鏡には鈍い光を当てておくとよいだろう。そうしながら一方では心のスクリーンにしっかりとその映像を留めておく。
それから静かにそっと意志的に努力して、その映像を、スクリーンに向かって外へと投射するのである

ここでもある心理的なコツを身につけなければならない。しかしひとたびこのコツが飲み込めると、その後の訓練は安定化し、極めて大きな一歩を踏み出すことになる。
この投射は故意に行わないといけないと再び強調しておく。いかなる不随意的投射にも断固として抵抗しなければならない。
心的イメージを投射した結果、肉眼で心的イメージを知覚しているように見え、その意図と目的に応じて現われるようになる

・魔法使いの感覚訓練は視覚以外の感覚にも及ぶ。聴覚、味覚、嗅覚、触角である。
聴覚のイメージ形成の練習にはだんだんと消えていく音を使う。音叉が有効である。
聴覚イメージの投射を助けるには、大きな貝殻に海の音を聞くという工夫が良い。
音においても不随意的な音響投射は絶対に避けないといけない。
(不随意なら幻聴ですね)

聴覚の訓練法として協力者とする方法がある。協力者にゆっくりと普通の声で話してもらう。詩や読みものを数節、数ページ読んでもらうとよい。霊視作業と同じような方法で知覚を心の層に移すのである。わずかの間、協力者は話すのをやめて静かにしていなければならない。
この聴覚の知覚投射をごく簡単にできるようになったら、その逆の投射を試みないといけない。つまり、貝殻やイヤホンを使って聴覚イメージがはっきりと客観的に聞こえるまで投射するのである。
これにある程度熟練したら、なじみの声を持っている誰かが講演を行なっているのを想像上で聞き取る。この講演は初め自分自身が形を与えなければならないが、ある点に達すると形を与えるのをやめ、単に心の中で耳を傾けるだけにしなければならない。無意識がその講演を続けていくから、耳を傾けるだけでよい。
聴覚イメージが投射されてその声をはっきり客観的に聞き取れるようになれば
最終段階となる。

再三警告しておくが、イメージの投射は随意的でないといけない。覚めた自己の統御の下に置かれなければならない

視覚、聴覚、その他の訓練では完全に緊張を緩めて訓練することが大切である。ゆっくりとした深い呼吸をしなければならない。深い呼吸とリラックスで心的活動の異様な速度を制御するのである

・呪言、呪文、真言(マントラ)は波動のエネルギーを持つ。
名前の波動を起こさせる修行では声をできるだけ震わせるようにしなければならない。声の音程を低くし、同時にできるだけはっきりと心の中にその特殊な名前や呪力をもつ言葉と結びついた観念ないしは観念群を持ち続けることである。
練習法としては、掌の中でその名前の波動を響かせるというものがある。あるいは太陽神経叢(へその周り。丹田)や額から発していると思ってもよい。
この波動を起こす力が手やその他の場所から出るようになったらしめたもの。それからは簡単に肉体の他の部位にもこの練習を及ぼすことができるようになる。このような波動を加えた部位の病気を治せるようになるのである


呪力をもつ言葉を用いるには、リズム、音の高低、母音、子音という四種類の波動がある。様々な感情状態に引き込む為には、リズムが最も偉大な魔力を持つ。
理想的な魔法の歌は潜在意識に訴えかけるものである。それは極めて原始的である。それゆえ歌は反復を要求する。同じ音楽の節々を反復することは意識的精神をすこぶる退屈にさせる。ゆえに、歌は強いリズミカルなものでなければならず、その反復は「調子を変える」こと、調子の上げ下げが必要であ
る。

西洋世界では普通、コンサートピッチ(奏会用の標準音高。一般には、国際標準音=一点イ音=440ヘルツ)の音楽が多い。普通のピアノはこれに合わせて調律される。
マントラの音楽は半音低い。いわゆる原始的音度で4分の1音、上げたり下げたりする。このマントラの音楽を始めて聞いた人は、一般にいらいらするような気分に襲われる。だが魔法の歌を普通の歌声で歌っても実際的な効果はないという事実が実地の経験から知られている。

(支配者が研究して実験していて実践されておりますよね。有名アーティストは支配者側。440Hzの音楽は恐らく奴隷用なんだろうな。ということは能力封印用か。
だからマントラでは440Hzでない音にするんですね
。)

・仇名とは普通我々の遊び仲間が潜在意識的に把握した結果つけた名前であるから、我々の人格を言い当てており、それが個人名である。個人名とは必ずしも保護者がつけた名前ではない。洗礼名が個人名だったりもする。
潜在意識的に把握した結果つけた名前=個人の名前を大声で繰り返していると、不思議な恍惚状態に入って自身のより高次の存在に気がつくようになった詩人の例がある。
(魔法名も個人名ですね。
魔法名を付ける
http://magic.dancing-doll.com/magician/magical-motto.html
“魔法名とは魔術師が魔術を行う時や魔術団体の中で使われる名前の事。魔術用の名前です。
例としてアレイスター・クロウリーの魔法名を見ると...「Perdurabo」、
「V.V.V.V.V.(Vi Veri Vniversum Vivus Vici)」、
「To Mega Therion」、「Baphomet」など...このような感じになります。

言語
魔法名に使う言葉は基本的にはどのような言葉でも構わないのですが、一般的にはラテン語を使う人が多いようです。

マジカル・モットー
魔法名に最適なのは魔術的な目標(マジカル・モットー)を魔法名に使う事です。魔術的な目標を達成した時には新しい魔法名(新たな魔術的目標)を付ける事になります。また、環境・立場・状況などが変化した時にも必要であれば新しく適切な魔法名を付ける事があります。

フラター/ソロール
魔法名はそれを呼ぶ時や書く時に男性の魔術師なら魔法名の頭にフラター(Frater)を、女性の魔術師なら魔法名の頭にソロール(Sorror)を付ける事があります。これは魔術団体組織の内部において見られるものですが、魔術団体非所属の個人魔術師であってもフラターやソロールを魔法名の前に付けて使っている人はいるようです。魔術世界の同胞、一員と言う意味で使われます。”)

・閃く色彩。
色彩は魔法活動で第一義的な重要性を持ち、主要な鍵となる。色は魔法使いが扱う諸力と同調する手段である。自己催眠術に使える。色彩の図はこちら↓
<閃めく色彩>の構図
2010.12.24  クリスマスカラー <<06:11
http://nuevlxxxxrusfel.blog5.fc2.com/category17-1.html

煌く色彩を見つめて
http://ameblo.jp/shake-off/entry-11098399720.html
“緑の六角形を1個だけ、1分くらいずっと眺めていると、段々と他の緑の六角形のふちが、

輝くように見えてくるのです。

なるだけ、まばたきは、しないようにしていました。

そして、六個の緑の六角形のふちが輝いて見えたら、ふと視線を上げて壁を見てみると、

白い壁に、丸い模様が浮かびます。

その後です!緑色の大きな六角形の中に赤い小さな六角形の図が浮かびます。

見ていた図と逆の色彩が映りました。

とにかく、脳の中に残像が残っているという不思議体験ですね。

このトレーニングは、ひたすら図を見続ける受動的なものです。

これを毎日、繰り返しトレーニングすることが大事だと本に書かれています。

そうするうちに、自然と自分の中で図を思い浮かべると、くっきりと脳裏に浮かぶそうです。

これは能動的に、ビジョンを見ることになります。

この煌く色彩のトレーニングで、映像を呼び起こせるようになったら、水晶を使おうと思います。

水晶の中に、煌く色彩の六角形を映し出すわけです。

ただ水晶玉を見つめていても、永遠に何も見えないと思います。

自分が主体で、水晶が客体だとすると、自分の発するものが水晶に映るだけで終始します。

これでは、水晶から何も情報を得ることが出来ません。

自分が客体になり、水晶が主体になるという逆転状態になった時に初めて、水晶の中から情報を

得ることが出来るのだと思います。

その為の意識へ持って行くのが、煌く色彩トレーニングだと私は考えています。

つまり、あの赤と緑の六角形を見て、視覚を通して自分をだますことで、自分が主役(主体)だという意識を

一時的に忘れさせてしまうのです。

日常、私たちは電波塔として、自発的に生きているのです。

それを、受信的に自分の意識を変えてしまう。これは、とても難しい。

その時、自分が不在ということになります。

そんな事が、この社会で許されるわけが無い。車の運転中なら必ず事故ります。

あのフェラーリの玉つき事故のようにね。

不注意になってしまうわけです。

その自分不在になった隙間に、異次元からの情報を受信できるようになるはずです。

水晶玉に映像を見るのは、肉眼で見ているのではありません。

第二の身体、エーテル体とか幽体で見ているのです。

肉眼で、水晶玉の中に何か見えるのなら、その人は病気ですと松村潔氏が言っているけど、

私もそうだと思います。

意識が朦朧とした状態、ぼんやりした状態に持って行くことがポイントだそうです。

バチッと意識ハッキリしてる状態では、水晶を何時間見ても何も見えないでしょう。

ブラックオブシディアンをずっと見続け、7年経って映像が見えるようになった人がいるそうですが、

それは、ただひたすら見ていただけで、自分が何かを見たいと願わなかったからです。

タロットカードのように、質問を投げかけることで、水晶は反応してくれるわけです。

異次元には、膨大な情報が錯乱しています。

その中から、答えを導くためには、きちんと水晶に質問しないといけません。

つまり、水晶に何も見えないことは、膨大な情報量ゆえに映し出せないという事でしょう。

テレビのように、見たい番組をチャンネルで切り替える仕組みと同じです。

水晶も、チャンネルが合えば、必ず何かが見えるようになると思います。

毎日見るためのエクササイズが必要でしょう。私は飽きっぽいので難しいです。

また、こういったカバラとかのエクササイズは単純なだけに、飽き易いです。

これが修行なわけで、自分との闘いになります。

通常は、良き師匠について学ぶのが常識だそうです。独りだと挫折するからです。

これは、四柱推命でもそうですね。独学では限界があります。”

・あらゆるものは程度の差はあるが生けるものである。死せる物体は存在しない。万物は生きている。

法衣もその色によって色彩による暗示の作用がある。
衣装は色だけではなく、術者の人格(人格とは肉体的刺激に対する反作用で形成される)を隠す幕となり、それによって非人格性を形成するということである。
(仮面でも同じことができるなんじゃないかな。マスクとサングラスでいけそう)


特に魔法活動が男女からなる集団で行われる場合には特に頭巾やフードで大きな非人格性を与えることが重要である。
(魅力的な魔女っ子はよくないのかな)

衣装は極めて強い自己暗示として作用し、心を進行中の術の中に鍵として差し込む力を持っている。
(制服着ると連帯感が生まれるみたいな感じ。思想統制用の服だけど)

長年にわたって多くの魔法の術を手掛けているうち、衣装はあるエーテル的エネルギー、つまり磁気に充たされるようになる。そして極めて頻繁に浄化の過程――それは必ずしも実行されないけれど必要なことではある――を通ることによって、この磁気を多少払いのけることができるが、やがてまもなく再び充たされるようになる。
警告しておく。魔法の衣装をひとたび使ったら、その後は「いかなる条件下でも」純然たる世俗的な目的の為に使ってはならない。個人的にも、他人の前で見せびらかしてはならない。


・ある象徴を、何か特殊な反応を引き起こすようにする為に、潜在意識の中へ通過させるには、まず最初、潜在意識を感じ取ること、言い換えれば顕在意識のすぐ近くに潜在意識層を持ちあげることが必要である。この意志的な潜在意識層のせり上げないし露顕こそが至上命令である。潜在意識を顕在意識に近づけなければ象徴は直接的反応を引き起こさない、すなわち喚起しない。これが技術魔法の第一等の鍵の一つである。象徴を潜在意識へ送ることはさりげなくしないといけない。
象徴を伝達するという直接的で明確で意識的な志向以外の努力は必要ない

実際にそれ以上の努力をすることは当の目的を無効にしてしまうことになる。スイッチのように、いったんスイッチを入れた後はスイッチをいくら長く押しても意味がない。
飛ぶ鳥=意識的自己、と海=無意識を近づけるってことですね。この錬金術的イメージを使ったらいいんじゃないかな。鳥が海の上を飛んでいて、海面がせり上がって鳥に近づくイメージ

魔法活動でも同じことが言える。しかし象徴が条件反射の出発点になりうる前に、必要な意識的心理的努力が予め意識を伴って行なわれていなければならないという前提条件がある。象徴は心中にイメージを形成する能力によって形成されなければならない。

われわれの一人一人に潜んでいる個人的また集合的無意識の深みの中にはある力やエネルギーが存在しており、それを我々は意識における変革という効果を引き起こす為に、われわれの意識的な自己の中に出現するように呼び起こそうと試みること、これが魔法であり、この意識の中における変革ということこそ我々が宣言した目的である

このことを行うために条件反射を用いる。必要とされる諸力を、覚めた自己の中に呼び起こすような方法を使って、敏感になっている潜在意識の中へ、ある象徴を送り込むことで行うのである。
個人的な潜在意識は極めて大部分が絵のような性格を持っているので、われわれは視覚その他の感覚的意識を聴覚的イメージすなわち言葉よりも好んで用いる。ある種の呪力をもつ言葉はその文字が表す意味が用いられるのではなく、むしろその波動が用いられるのである。その周りにたてられた条件付けられたイメージが利用されるのである。
潜在意識を感じ取ったり、顕在意識の識閾の知覚に持ってきたりする為の手段が閃く色彩として知られる技術的な自己催眠の工夫であ
る。これは様々な色階および生命の木における照応関係に結びついて使われる。

・オーラ、オーラの卵は、精神の様々な体ないし鞘の広がりである。
肉体(=聖霊の神殿)の中では、それはエーテル体ダブルからの流出として現われる。このエーテル体ダブルとはそれに合わせて肉体が形成される枠組みそのものである
このエーテル体は健康のオーラと呼ばれているが、肉体の表面から数寸はみ出して広がっており、人間の肉体的健康状態を、それを構成するものの状態によって示すのである。さまざまな心霊的かつ磁気的諸力が肉体的次元にまで働きを及ぼすのは、このエーテル体とその放射するオーラの中でであり、またそれを通じてである。魔法の各流派はエーテル体の訓練と統御の技術を開発してきたのは、それが最も重要だからである。決してこの訓練を避けてはならない。エーテル体の訓練には危険があるが、それは様々な教えを軽視したときに限られている。あなたが技術魔法(アルスマギカ)を卓抜な術者になりたいなら、基本的なエーテル体の訓練を実習することは至上命令である。

・これから述べる技術を用いるにあたっては、我々が意志を盛る器官であらゆる体の広がり、つまりオーラとともに扱うべきであるということを念頭におかなければならない。この一体となったオーラは便宜的に知覚領域と記してもよいだろう。
まず最初、カバラの十字架をなぞり、指定通りに描かれ聖別された円を作る。
それから、これを比較的熟練するようになるまで実習した後、魔法の志願者は綾の光の修行に進むことになる。これは一般に中央の柱の訓練として知られている。
この綾の光=中央の柱の訓練はあるエネルギーの流れを知覚領域の中へと高め、そしてこの力を肉体的次元に導入することを目的としている。中央の柱の訓練の最初の二つの部分はオーラの知覚領域の中に二つの大きなエネルギーの流れを作る為に企てられている。
この訓練のこれらの部分を身につけた者だけが次の段階を実践することが許される。
そして円環的な流れがオーラの中で出発し、マルクトというセフィラつまり足から始まる。この流れは広い包帯のような白色光の帯のように見えるであろう。それは心の中で体のまわりをぐるぐるとまわり、あたかもミイラが包帯でぐるぐると巻かれているようになる。この包帯を巻く方向は右から左でなければならない。つまりこのエネルギーの流れは右足が乗っているマルクトのセフィラの部分から出発して左足の方へと動き、その背後を通るようにしなければならないことに気を付けることが大切である。
重要なのはこの中央の柱をひとたび実際に利用すると、その作用はその利用者の近くにいる人すべてに同じような作用を誘発し易い。その上、この「近く」というのは肉体的次元で隣にいる人に限らないということである


・中央の柱という技術で引き出されるエネルギーの源について考察する。
この訓練の中で、われわれはセフィラ・マルクトからエネルギーが湧き出て来るように見えた。
マルクトは主観的な生命の木の中では足の下の位置している。
しかしマルクトは、我々の主観的自己と「大地の魂」である「セフィラ・ケテル」との間の接触点である。このケテルは頭の上に定式化されており、宇宙的秘密と接触している点である。

(マルクト=一番下=足の下。
ケテル=一番上=頭の上←頭じゃない。
ケテル=大地の魂で、
主観的自己(どこにあるの?)とケテルの間にマルクトがあるってこと?
でもケテルって頭の上だからマルクトと真逆。
大地と一番関係するのはマルクト=足の下だし。
この部分って訳がおかしくない?
このあとで、「大地の魂」から孤立させる話が出てくるけど、地面関係の話だからマルクト関係だろうし。大地の魂=ケテルっておかしいなあ。
でも大地の塊から孤立させる話が出て来るから、マルクトと大地の魂は別物だろうし。
英語版を読む機会があれば検証しておきます。


我々はこの二つの接触点(マルクトとケテル)から基本的なエネルギーを引き出すのだが、同時に我々は統御された、潜在意識的精神の中に置かれている隠れたエネルギーのかなりの量を持ち続けることになる。この隠れたエネルギーを貯蔵する仕事は、自己のより深い感情に影響されて、例えばある種の宗教的回心におけるように、自発的に行動化するか、あるいはオカルト的技巧によって意識的に行なわれるか、である。
クンダリーニ・ヨガでは直接的意識操作によってこの隠れた力の蓄積に初動を与えようとするが、
西洋の体系では、普通はビリヤードのように間接突きの原理によって行なう。
つまり、意識的に方向づけられた力を使って潜在意識の活動を引き起こし、これが、中央の柱の訓練によって構成された心理的機構を通じて、隠れたエネルギーを突くのである。
しかしこのことを行うには、マルクトの中心は通常は大地と接触しているのだが、この際その大地から孤立していないければならない。そして主観的エネルギーの貯蔵庫と同一視されなければならない

それはヨガではムラダーラ・チャクラとして知られており、クリスチャン・カバラではイエソドである。
この「大地の魂」から孤立させるという問題に関しては、さまざまな面白い着想がある。水脈や鉱脈を探り当てる目的で使う多くの山師たちは、ゴム底の靴をはいている時には大地の力から切り離されていると意識して、この機能が使えなくなると思っている。
しかしこれまでの実際的な実験によって発見されたところによれば、これは純粋に「心理的な」禁令にすぎない。探り当てる者は自分がゴム底の靴をはいていると考えるだけで潜在意識的にその力を禁じてしまう。
しかしそのような靴を実際に履いていても身につけていないと考えれば、この能力は自由に働く。
自分を大地から切り離す為にマットの上に座って瞑想するヨガの行者がいるが、このような絶縁体を心理的に霊視するだけで同じような効果が得られると主張した。


蓮華座つまりパドマ・アサナ(地上との接触が短絡される)として知られているヨガの体位は、背骨の元にあるイエソドの中心と足の下にあるマルクトの中心を同じ箇所に集めている。
オーラの大地の中心がこの座り方でイエソドの中心と同一視されるとき、エーテル体のある磁気的な流れが方向を定めて隠れた磁気の蓄積が利用できるようになるのである。自分でもできないと思われるような離れ業ができるようになる。
この力を規則的かつ段階的に発展させて隠れたエネルギーの貯蔵庫の戸を叩くと、その人格全体を力で充満させることになる。
魔法的人格を瞑想によって形成しつつあるあいだ、この隠れたエネルギーが魔法的人格で結びつけられ、一つの力が呼び出されると次の別な力もあらわれてくるようになる。

蓮華座(パドマ・アーサナ) - ヨガのポーズ大全集
http://yoga-pose.info/zai/rengeza.htm

パドマアーサナ(蓮華座)が出来ない人の練習方法。:
http://affiliato-treasure.blog.so-net.ne.jp/2014-06-08

磁気(魔術師メスメルが貢献。ライヘンバッハいわくオド)の魔法。キスの意味は磁気にあり。
・あらゆる種類の動植物は、磁気論の言葉を使えば、二つの垂直な、はっきりとした極を持っている。体の右側は一方の極に属し、左側は反対のオドの極に属している。
また水平にも極がある。上半身は一つの極をなし、下半身はその対極。
・音の波動はオドの力を解放する。
・あらゆる物質がそれ自体の性質のこもったオドの力を電気現象のごとく放出する。

・魔法活動で術者の息が利用されることがある。息にはオドのエネルギーに強く充たされている。

・人間のオーラの場は互いに影響しあう。あるオーラはあるオーラと簡単に結びつくこともあれば、強く反発することもある。相性がある。
ある人々のオーラのエネルギーはエンチーム=酵素として作用し、彼らが現われると、反対のオーラも一時的に混ざりあってしまうかのように見える人が存在する。
このような人々は道場における修行の上では価値がない。なぜなら道場の現象はこのような混ざり合ったオーラを通じて行われるからである。
彼らは心霊術家の交霊会では極めて価値がある存在である。彼らが登場すると、失敗であった会が急に成功したりすることがしばしばある。酵素の持ち主の多くは赤褐色ないし、赤毛の人々であることが知られている。
(赤毛ってケルト系。アイルランドやスコットランド系。イングランド系が多かったから酵素になれたのかもしれない)


磁気の主観的な表現とは感情である。魔法では磁気と感情は同一である。磁気=感情

人間の人格は力を、四大のエネルギー(磁気、オドの力、プラナなど全てをカバーする言葉)から取り入れる。
四大のエネルギーはエーテル体を通じて流れ込む。姿勢で磁気エネルギーが流れる回路を決定する。ヨガのアサナ=体勢が多岐にわたる理由。


魔法使いは術をと通じて胸の上にはラーメン(護符)を身につける。霊的な局面を表すこの象徴によって諸元素からなるものに対して支配権と統御力を行使できる。
四大の力は自己治療にも使える。
訓練は緊張を解いて行うことが至上命令である。
師の教えに注意を払わないといけない。修行者がうっかりしてもいけない。肉体の潜在意識的活動を乱して致命的な打撃を与えないためである。
心霊の中枢=チャクラは内分泌線の近くにあるので、不適当な精神集中をすることは何としても避けねばならない。
四大のエネルギーを投射することで、心霊治療、霊的啓示、入門儀礼を施すこと、傷つけること、幻覚を催させることができる。
理論的には四大のエネルギーは物理作用抜きで、心の努力だけで投射することができるが、この投射は身ぶりや合図や決まった思念像の確立で、ずっとくまなく効果的に行なわれる。図像と標識は四大のエネルギーが通過する機関として作用する。
魔法使いは常に鍵となる観念を持っていないといけない


・タットワの潮
不可視の世界にある潮がある。魔法活動の成功は潮に依存している。
大雑把に五種類ある。
恒星の、太陽の、惑星の、月の、大地の潮。
自転と公転により地球の磁気圏の中に特に磁力の集中する点がいくつかできる。地球の表面のどこでも太陽光が当たっている間は、その部分は東から西へ(北半球)とある積極的な流れを送りだす。そのために地球の磁気圏の中には東から西へと流れる強い流れ、つまり潮があるのだ。
地球は太陽のまわりを巡っているので、磁気の流れは六カ月かかって北から南へと流れる。残った六カ月にはその逆が行われる。夏至と冬至で区別される。

破壊の潮 12月23日~3月21日
種まきの潮 3月21日~6月21日
収穫の潮 6月21日~9月23日
計画の潮 9月23日~12月23日
※北半球


積極的な流れは北極から、消極的な流れは南極から流れ出る。
そして東西の流れの通路は地球のピンガラ(東)とイダ(西)として知られている。
人間の肉体の中にもそれにあたるものを持っている。
エーテル体の背骨に相当するところを通じて、積極的な流れと消極的な流れが流れている。
一般的に言って、地球の磁気圏に限界線は大気圏の限界線の周りをとりまいており、この影響力の領域内で地上のあらゆる原子はタットワの潮のために作用と反作用を繰り返す中心となっている。
こうして地上に行われたあらゆる出来事はこの磁気圏に記録される。

(アカシックレコード?)

そしてある誘導過程を通じて、この地球の記録は太陽のプラナの領域にも刻みこまれる。これらの記録はすべて消極的なタットワ的諸力の影響下に置かれ、その力を支配するのは月である。
生命の木でイエソド=月球がイメージの宝庫と呼ばれる理由である。
月の潮は大陰暦の一カ月(「月」って言葉自体が大陰暦ですね)の周期によって動き、大雑把に二つに分けられている。
上限の月の潮と、下弦の月の潮である。
月が下弦にある間は、どうしてもというのでなければ、オカルト的活動を行うのを慎まないといけない。これがならわしである。最後の七日間、つまり月の出ない闇世には普通オカルト集会では簡単な講義にあてられている。


タットワの潮は地球を東から西へと五重に渦巻いている。
各層はそれぞれ、最大になる時期と最小になる時期がある。
アカシャは日の出のときがもっとも強い。
その後、ヴァーユという成分に変わっていく。
そして△テジャス、アパス、最後にプリティビィへと変化する。こうして円環が繰り返される。それぞれのタットワの流れは合成的なものである。日の出のアカシャ優勢時にも他の四つの局面が混ざり合っている。


タットワ - 魔術用語集
http://www.hi-ho.ne.jp/yjpt/Wizardry/yogo/yogo_391.htm
“タットワ ★ 編集
Tattwa
サンスクリット語の「ありのままの真実」を意味する。
本来はヒンズー教の五大説。
黄金の夜明け団流霊視修行の中核的存在。
神智学協会エジンバラ支部の長であった「ブロディ-イネス」が採用。
 地 「プリティヴィ」 黄色い正方形
 空気 「ヴァユ」   青い円
 霊 「アカシャ」   黒い卵形
 火 「テジャス」   赤い三角形
 水 「アパス」    銀の三日月
使い方・・・象徴を視覚化して没入する。
タロットよりも図形的に簡単なため、視覚化も容易。”

濃紺・黒の卵はエーテル(霊的物質)を示すアカシャ

●青い円は大気を示すヴァーユ

△赤い三角は火を示すテジャス

銀の三日月は水を示すアパス

黄色い四角は大地を示すプリティヴィ

これらは組み合わせて良い。
アストラル・ライトへの門=次元を開く鍵となる象徴としても使える。

黄金の夜明け全書、魔法入門等にある注意点は
・タットワを始める時と終わる時に追儺(御払い)をする
・タットワに入るときと出るときには同じ象徴を使う
・やるなら数日おきに1回程度
・体調不良の時はやらない

だそうです。

タットワ
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/magic/tatowa.htm

「タットワ・シンボルを用いた高次参入儀式」
http://blog.goo.ne.jp/umekou_2004/e/16166417dd2db178c167a857177ea1af

【タットワの技法】
http://ameblo.jp/kanade444/entry-11762884745.html

【自己責任注意】異世界に行ってしまうかもしれない…「タットワの技法」とは?
http://matome.naver.jp/odai/2137844565313038201


【タットワの技法】
http://ameblo.jp/kanade444/entry-11762884745.html

タットワ五大元素の基本象徴 四大元素+霊の五大元素の画像http://aa57.blog133.fc2.com/blog-entry-131.html

光体
=魔法使いがその意識を肉体から投射する為に用いる意識ある人工的な体ないし器官
=マヌマヤコウシャ(思念で作られた幻想の鞘あるいは体)
=心の中に作られた意識の器官
=魔法使いの体のレプリカ

エーテル体が真の肉体。母胎にして鋳型。
エーテル体の母胎
=エーテル体ダブル=肉体の永久の鋳型(液状)
は肉体と密接に結びついているが、ある種の薬や麻酔剤、催眠術などで、ダブルだけが肉体から切り離されてしまう。ある量のエーテル体は肉体の中に留まる。そして外に出されたエーテル体ダブルとまだ肉体の次元に留まっているエーテル体との間には、銀の線と名付けられてきたものが存在する。この線が途切れたとき、即ち死ぬのである

ダブルは肉体を生かせておく為の生命力の通路であり、同時に肉体の脳髄とより内なる体の意識の、それに照応する中枢との結び目である。
アストラル体=心霊体的中枢=チャクラと、肉体の脳髄とは接触していないので、心霊的官能の知覚は肉体的次元の意識へと伝達されない。心霊開発として知られるものは、このような接触点を作ることに他ならない。魔法使いの訓練も、祖となる次元に対する意識と、より内なる次元に対する意識との間に、このような結び目を形成することを目指している

綾の光で準備作業を終えると、光体を公式化し使用することになる。
が、公式化は何度やっても失敗するだろうが堅忍不抜の精神で取り組まないといけない。

深いトランス状態では流れる血液の化学編成にかなりはっきりとした変化が認められる。エーテル体ダブルは肉体を離れるときはいつでも連結するエーテル体の結び目つまりは線と結びついている。このエーテル体の引き網は肉体に生じる様々な変化に極めて敏感であり、常に外に出たエーテル体を肉体の中に引き戻そうとしている。
なお、この修行は心臓に緊張を与えるかもしれないので、心臓病の人や心臓が弱い人はしてはならない。
もしそのような病人がアストラル界を意識的に知るようになりたいと望むならば、眠り込んだりまた起きたりして、ある象徴の鎖を用いて自分の意識の、アストラル体と肉体の二つの層を結ぶ結び目を発達させるべきであろう。こうすれば肉体に危険な負担をかけることなしに内的世界の実際的な知識と体験に達することができる。


では光体の公式化と投射はいかになされるのか。
最初の段階は簡単。
まず五芒星のお祓いを行うべき。
楽な姿勢をとる。
一定の体位で坐ってから、修行者は注意深く自分が投射しようと望む形象を主観的に心に思い浮かべる。
次にこの心に生じたイメージを外に出し、それを明らかに客観的なものとして見なければならない。そこにあらわれる人物は実験者と同じような着物を着ていたり、実権者の想像力が命じた通りの着物を着ているようにする。

これが終わったら投射の第二段階に移る。
エーテル体を分裂させて、繊細なエーテル体、アストラル体、メンタル体を自分が投影した思念像通りに投射するのである。
このような転移は綾の光の訓練とそれに基づく呼吸訓練が可能にする。

思念像がこのようにエネルギーに充たされた時、第三段階に移れる。
このとき実験者は顕在意識をその型へと転移させることに努めるのである。

光体を遠隔操作ロボットのように霊視された形態をはっきりと心の視野に留め置き、簡単に動かせるようになると、同一化という最後の仕上げに入る。
意識をその型に投射しようとする意図をしかっりと保持しなければならない。それは意志の強い瞬間的な努力によって行なわれる。気ままであってはいけない。はっきりした意図ないし意志の働きこそ適宜のエーテル的アストラル的な諸力を動かすのである。


次の一歩は思念の中に踏み込み、その本人の前に立てた型の中に入り込み、そこにあらわれた人物の立場から直接見たり、聞いたり感じたりする想像上の努力を行うことである。これがこの術の最も肝要な点である。

修行者は成功が得られるまで何十回となく試みる必要がある。普通、ある人が成功したとき、鋭い金属音のカリカリという奇妙な音が聞こえるはずである。
この時、修行者は肉体を抜け出して立ち、光体を身にまとっている。最初修行者は周囲の物理的次元のものをはっきり見るだろう。すべてがくっきりとはっきりとした青い光
に包まれて自ら発光している。修行者の眠っている肉体は修行者の前に横たわり、細いぼやけた光のような銀の線が修行者と肉体を結びつけている。
しかし修行者の肉体から少し離れたところへ行こうとすれば、もう一度瞬間的な意志の努力を使って、修行者が今その中にいる比較的濃密なエーテル体を多少戻さないといけない。このことが行われると、光体は次第に物理的次元にある様々な妨害物をそれほど感じなくなり、もっと遠くまで投射を行うことができるようになる。
投射の間、肉体的な脳に精神を集中して、自動書記により現に観察している事柄をそのまま記録させることができる。
または喉に意識を集中させてもよい。そうすると肉声はその所有者から送られてくるテレパシー的印象を記録するであろう。
活動後に肉体に戻る際にはぐいっと引っ張られて戻るのだが、急速に帰還すると意識の結び目とアストラル界での経験を思い出させる記憶の鎖を壊しやすい。
よって帰還は慎重に行なわないといけない。
一連の連想的な象徴を使うピュロンの扉という方法で外に出た場合、修行者はその扉のところまで戻り、光体の中で眠っている自分の肉体なるものを見下ろしながら立っていなければならない。
肉体にゆっくり戻ろうという意図が必要。外に踏み出したときと同じ意識の投射を「逆に」行う。
意識の星がそれに伴うアストラル界の記憶とともに肉体的次元に転位されたとき、修行者は自分が今までその中で働いてきたところの光体を自分の前に立っているものとして眺める必要がある。
この時修行者は強い意志の力によって自分自身の中へ引き返すべきである。このことを決して省略してはならない。
光体がそれ自身独立した存在であるという警告的な徴候を示すようになり、それを公式化する人に反応しなくなるのである。このようなことが起こったばあい、投射の実習に先立って、魔法の人格を形成する為に用いる為のいくつかの原理について瞑想を行い、誤った光体を訓練し統御する必要がある。光体を爆発させたり支配的にさせたりしてはならない。それはその人自身の召使であり道具である。主人であって奴隷になってはならない。

・魔法の人格の形成にあたっては、自分自身は必ず主人でなければならない。不随意的な人格交換が起こらないように訓練が必要。突然現れるのを決して許してはならない。自分自身の同意なしに出現させてはいけない


均整の取れた魔法の人格形成のために人生の三つの主張な側面である、力・愛・智慧をめぐって構成しないといけない。この一つ一つを順に取り上げ、瞑想の中心に置く観念として用いる。
これらの瞑想の目的とは、特殊な局面を持った一切の現象はすべて同一であることを実感することである。超越的一者と結合しようという志によって考察されかつ実践されなければならない。
(新プラトン主義がクリスチャン・カバラに顕著。一者=GOD。

宗教学たん@shukyogakutan •
プロティノスの流出論!一者を頂点とする神的流出のヒエラルキーだよ!一者の下には知性と霊魂が形成されて、自然と質料が続くの。世界の一切は一者から出て、そこに帰っていく無限の往還をたどるよ
一者>知性と霊魂>自然と質量

最も重要なことは、魔法人格の形成はこれら三つの人生の局面を徹底的に瞑想の対象とし、その性格を多少なりとも実感する以前に、はじめてはならないということである。
誤った人格の形成は悪い。

①人工的な魔法の人格は完全に意志の支配下に置き、意識的自己が欲する時以外は現われるのを許してはならない

②目的実現後は、呼び出した魔法人格を積極的に追い払って潜在意識化に戻さないといけない。

この訓練は魔法人格と密接に同一視しうる物体を選択することから始まる。
最も良い物体の一つは指輪である。金属製の象徴を胸にペンダントとしてつけてもよい。が、胸は魔法の胸板=ラーメンをつける場所なのでどちらかと言えば指輪の方が良い。
様々なグリモアールつまり魔法の奥義を記した書物の中では儀式に使われる品物の処女性が非常に強調されている。他の目的には使われたことがないもの、他のものと結びつく結び目を持たないもの、他の影響力と結び易い磁気の負荷を持たないものでないといけない。
また術者は自分自身で魔法の用具を作り、聖別しないといけないことも強調されている。が、別にできあがっているものを購入してもよい。が、中古品なら過去の歴史的影響力があるので磁気的に清めたり、新たに磁気を負わせないといけない。
新品でも中古品でも次のように観想して磁気を入れ替える必要がある。
つまり、指輪を身につけた時、魔法の人格が行為を通じて現われ、取り外した時に魔法の人格は去って、潜在意識層に戻っていくとしっかりと考えるのである。
必ず意志と意識の監督のもとで魔法人格を身につけないといけない。指輪をはめる行為自体を魔法の人格を我がものとする鍵にしないといけない。


指輪の宝石の刻面を内側に回し、静かにその上に象徴が彫られていると観想することで自己催眠をかけることができる

三つの役柄の一つ一つを発達させる。その後の段階で三者を一つの魔法人格に統合する。
修行の初期の段階では十分以上は魔法人格を帯びてはならない。十分後に術者は背後に銀色の帳を霊視すべきである。そして心中にその帳を通り抜けたり消えたりする魔法の人格の、衣装とフードを着けた人物像を見なければならない。指輪を外して傍らに置いた時には、術者は大地に根付いていなければならず、こういう風にして象徴的に術者が通常の日常意識に戻ったことを確認するのである。
このことに関して成功か失敗かを日記に記しておくとよいだろう。それから魔法人格はこの訓練を再開するまで記憶から追いやっておくべきであろう。
魔法の人格は計画的な何らかの儀式的操作を通じて利用されねばならない。

・儀式では目標を明確に定めて意識することが必要。注意深い瞑想で儀式を行う理由を心の中で水晶のようにはっきりと念じておくことが必要
。二次的な動機ではなく、主要な根拠だけを心中にくっきりと浮かびあがらせるのだ。
精神を一点に集中させることは、力の通路となり、この通路がはっきりしているほどに流れ込む力を統御し易くなる。

魔法使いは厳密に一つの体系を守るべきである。厳密に一つの体系を守ることは至上命令である。いくら強調してもし過ぎることはない。他の体系の哲学や技術を学ぶのはよいが、実際の方法を混同してはならない。その後、必要な知識を獲得した後は、各人の目的に沿っていろいろな体系を応用してもよいが、この応用は魔法の達人の仕事であり、初心者はしてはならない。

儀式では最初に、術を行う場所を準備する。小五芒星追儺 (ついな、Banishing=追放、追い払い)で、エーテル的アストラル的な雰囲気を浄化しつつ、心霊的な力が入りこまないように防壁をたてるのである。無論、自分自身も清めておかないといけない。
・儀式の終わりあたりで物理的次元に戻らないといけない。マルクトの領域に戻ったことを象徴する為の肉体的動作として、槌などで祭壇を叩いたり(2の5倍か、5の2倍の回数がよいだろう)、鐘を鳴らしたりすることで、夢想状態から世俗的意識に戻ることができる。
魔法の実験を行ったらただちに記録を作ること。この体験の繊細で微妙な局面を忘れないためである。
最後に魔法使いは自分自身のモットーを思い出し、認識し、敢行し、意志した後には、沈黙を守らないといけない。この自分の体験について喋喋することは魔法の上達を妨げる


・魔除けの魔法。
充電説(物理的魔除けを超物理的な貯蔵庫とみなす)。
魔除けとして使われる物体は最初、浄化されなければならない。これまで帯びてきた磁気を排除する。それから意志と思念によって生けるエネルギーの新鮮な力を注ぎこむ。するとこの充たされたエネルギーは或る種の神秘的な方法によって魔除けの中に蓄えられるのである。

物理的なものは一切その観念によって我々の精神と結びついており、知覚される対象と知覚するものとの関係が、両者が通常な知覚関係を結果としてもたらすような方法で宇宙的精神と結びつけられているという説
知覚者との通常な関係以外の関係で、その物体が精神に知覚されればその物体は奇蹟的なものとなる。この「内的霊的恩寵の外的可視的徴候」という知覚の変革を引き起こす為には、魔除けを作る人はその心と精神を高揚させて、知的に到達できる最高の観念にまで高まらないといけない。そこでしばらくの間、その魔除けが作られた特殊な目的をありありと思い浮かべなければならない。するとその魔除けは制作者の心を通じて神々しい力と結びつけられ、その力を呼び出すようになる。あらゆる精神は深層においては一つであるから、その物体は制作者、すなわちそれが作られた目的となった人と、この特別な関係で結びつけられるという。
(要は制作者と繋がるってことだな)


・気概に満ちた軍事的な力に関する魔除けは鉄か鋼で作られるであろう。軍神マルスに関係する金属だからである。

感情的緊迫に役立つ魔除けは愛の神ヴェヌスの金属である銅で作られるだろう。

羊皮紙は極めてよく磁気を保存する。オリーブオイルも磁気を極めてよく保存する。
絹とガラスは魔除けにふさわしくない。絹はその放電を防ぐために魔除け全体を包むのに使われる。
もっともよい魔除けは自分自身で作ることである。無理なら自分の為に作ってくれる人に頼むべきである。このことは常に自分自身の為に行わなければならない。真の魔法使いはこのようなことで料金を求めてはいけない。
魔除けとは特殊な線に沿って活動を感染に行うのを助ける為の一つの工夫にすぎない。魔除けはその人だけに通用する個人的なものだから、同じような禍に悩んでいる他人に与えてはならない。極めて重要である。中古の魔除けが災難をもたらすことがあるからだ。
魔除けはひとたび磁気に充たされると、実際にそれを充たした人と結びつきをもつようになる。結びつきを断ち切りたいなら、心の中で術者と魔除けを結ぶものとして霊視した銀の糸を断ち切るのである。
魔除けを破壊するときは最初に磁気を取り除かないといけない。
物理的物体を磁気化する技術で極めて重要な点は、霊的諸力の放射する中心にするようにその物体や建物を聖別することである。



魔法を学ぶ動機は、奉仕する為に知りたいという欲望が最初でなければならない。他の動機と併存することはあっても、この奉仕の欲望は何よりも最初に来なければならない。僧侶も魔法使いもその人格を通じて力は示現する。

魔法の最初の修行では肉体を随意的に弛緩させ、それから呼吸の統御を訓練する。弛緩と呼吸は大切であり決していいかげんにしてはならない。弛緩と呼吸はその他のすべてのものが最終的に依存すべき本質的な基礎をなしている

魔法の法具は本人が、法衣、杖、指輪などを作るべきであって既製品を買ってはならないのであるが、ものによっては不可能である。自作するのはその象徴に付加されている価値をしっかりと心の中に定着させ、その全体がいわば修行者の人格の延長のようになるからである

警告。魔法活動用に品物は作り手の技量の範囲でできるだけ完全に作らないといけない。構成上ずさんな箇所があって
はならない。何か普通に使われているもので代用してはならない

霊媒の質と魔法の付属物は共に単純かつ尊厳を備えていることが理想的。
修行者は常に高次の自己を目的にしないといけない。

弛緩術。リラックス方法。
くつろいで寝転んだり坐ったりする。頭のてっぺんに注意を向け、頭の筋肉がくつろいでいるか緊張しているかどうかをみる。緊張しているなら意識的にくつろがせる。それから額に移る。また緊張していたら意識的にくつろがせる。段々下に行く。ただし既にリラックスしたところがまた緊張していたらそこに戻ってまた緩める。上手くいっているかどうか確かめる方法としては、誰かに体の一部を持ちあげてもらって、死んだように重くなっていればOK。


呼吸。
喉や鼻の通路を意志の努力で閉じて息を保ってはいけない。危険である。
息を止める正しい方法は、胸部の筋肉と胸部及び腸の領域に渡る横隔膜を利用し、定められた期間の間、呼吸することである。つまり胸部を拡張して肺に完全に空気を充たす。胸部が拡張されたままになったときに横隔膜をおろす肺が空気を一杯にすった時、これが息の止まった状態である。胸部を鋭く叩くと空気は部分的に外に漏れる。緊張してはならない。緊張は呼吸の訓練でも危険である

四つの息。
①ゆっくり吸いこみ、心の中で1、2、3、4と数える。そこで息を止めて1、2、と数える。
②同じスピードで息をはき、再び1、2、3、4と数える。次に肺を動かさずに止めて1、2と数える。
これを5分間繰返す。はじめは5分以上やってはいけない。後になったら延長してもよい。

・中央の柱の訓練。
①自分が生命の木の図表を背負って立っている、とありありと思い浮かべる。
右手の柱は左手に、左手の柱は右手に重なる。中央の柱、ケテル、ダート、ティファレト、イエソド、マルクトというセフィロトは脊椎と足に重なる。

②頭の頂上一寸くらい上を思い浮かべて、そこに輝く白い光を発しながら円を描いている球体を考え、ここにこそ自分の中にある神聖な生命力の湧きおこる泉があるということを実感するように努める。
③「エー・ヘ・イエー」という名前を波動する。

④えり首の下にきらびやかに輝く光線を思い浮かべる。首はそこでは光り輝く球として輝いている。
この時波動すべき名は「イエ・ホー・ヴォ・エ・ロ・ヒーム」
つまり「イエホバ・エロヒム」である。
⑤その光線が心の中でティファレトの中心に向かって下っていくかのごとく思い浮かべる。
ティファレトは肉体上心臓の領域にあり、太陽神系叢(みぞおち?)の少し上にある。
この時の名は「エホヴォ・エロア・ヴァ・ダード」である。
⑥この光線をイエソドの中枢におろす。
イエソドは性器の上に位置しており、その名は「シャ・ダイ・エル・カイ」と発音される。
⑦この光線が足に下りてマルクトの中心で終わる。
その時の名は「アー・ドー・ナイ・ハ・アレッツ」である。

※最初は無理でも段々と中枢の局の場所や光線をはっきりと霊視することに上達するにつれて、それぞれの位置で瞑想し、留まることを始めなければならない。そしてそれに帰属する特殊な力と活動を瞑想するのである。
ケテルは白い輝き、
ダートは薄紫色の領域、
ティファレトは金色の黄色として、
イエソドは紫、
マルクトは濃いオリーブグリーン、あるいは真っ黒である。

中央の柱の訓練で心霊的領域に引き入れられるエネルギーを回流させる為に、綾の光の訓練をする。
中央の柱の訓練で得られたエネルギーを以下のように霊視機能を用いて統制するとよい。
マルクトの局に達した後、頭の上にあるケテルの局に再び関心を移す。そのとき燃え上がる白い輝きを意識し、心の中でそれが左の肩におりてくるようにとイメージする。そして左側を通じて左の足へとまっすぐに下ると考える。
そこでそれはマルクトの領域を通過する。そして右足に入り、体の右側を昇って右肩に達する。そしてケテルに戻る。

第二部。
意識は再びケテルに向ける。再び白い輝きが中心から顔の前を通って体と足の前を下り、つま先に抜けるように思い描く。その輝きは足の裏を通って、ふくらはぎ、すねの裏側、再び背骨と頭の裏側を通り抜けてケテルに戻る。ありありと思い浮かべつつ呼吸を合わせる。力が下に降りるときに息を吐き出し、上に昇るときに息を吸い込む。

・峻厳(あなたから見て左)の柱 → ビナー、ゲブラー、ホド。
・慈悲(あなたから見て右)の柱 → コクマー、ケセド、ネツァク。
・均衡(中央)の柱 → ケテル、ティファレト、イェソド、マルクト。

・至高(ロゴス)の三角形 → ケテル、コクマー、ビナーからなる三角形。
・倫理的三角形 → ケセド、ゲブラー、ティファレトからなる三角形。
・星幽(アストラル。魔術)的三角形 → ネツァク、ホド、イェソドからなる三角形

フェイド大帝@FeydoTaitei
"一応、ヒントだけ。 カインの額の印に注目。 旧約聖書に印の詳細に関する描写はない"
"一時期、ハリウッドのセレブ達の間で左手首に”赤い紐”をアクセサリーとして着けるのが流行った。"“この”赤い紐”、カバラ教の魔除けらしい。”
“カバラーは”生命の樹”の各セフィラを人体の各部位に当てはめる。
コクマー×ビナー=頭
ゲブラー×ケセド=両腕
ホド×ネツァク=両脚
イェソド=男性器
マルクト=女性器(子宮)だ”
“左手はゲブラーだ。
ゲブラーのセフィラは赤色。
方角は北。
対応星は火星。
神の峻厳を表すと言うが、
ユダヤ・カバラでは”悪”の生まれる 場所とされる。”
“だからユダヤ人は”悪”は”北”より出づる、と唱える。
そしてヘブライ語というのは我々の言語の様に”数”を表す専用数字が存在しない。”
“だからヘブライ文字のそれぞれは また”数字”も表す。
これを”ゲマトリア”と呼び、 この文法上の特性を利用した暗号技術を”数秘術”と呼ぶ。”
“では、ゲブラーのゲマトリアはいくつか?
ゲブラー=216であると言われている。”
“216=6×6×6
そう!
左手首の赤い紐は魔除けではない!
ヨハネの黙示録の”獣の数字”を表す。”
“この”赤い紐”を広めたマドンナは この”紐”を撒かないと”スターとして 出世できない”と言っていた。
彼女のこの発言とヨハネの黙示録の該当箇所をもう一度良く比べて、考えて頂きたい。”


“最上位のセフィラ ケテルを「王冠」 と表しているのが鍵です。
カバラでは「アイデア」(つまり プラトンのイデアでもある) というのは人間の頭から生まれる のではなく、身体の外から やって来るという発想。 だからケテル「王冠」は人間の 頭の上に被る物”
“として表現されます。アイデアが 頭の中で固まって具体化すると 「叡智」になるわけです。
それを「理解」することで 初めて「応用」が出来る形になる。 この考え方はカントの理性の 捉え方にも通ずるでしょう。”
“この思想の恐ろしいところは、 究極的には人間に自立した 思考等存在せず、人間の考える 事は全て「神」から発生するので、 神の命じるままに動きなさいよと 言う聖職者達にとって実に 都合のいい思想な所です。” フェイド大帝‏@FeydoTaitei

“せやな。そのために色々な恐怖で人を操るんや。極めて単純。ゆえに神罰や終末論も用意されている。作られた不安で現実を直視できない者は、自ら考えることを止め、ただひたすら神の衣を纏った偽者の預言者にすがりつく。” Aran Meclaren@WorldWildWow

“凛でもあったけど、自分の身体に魔力を通して一時的に身体強化するのは簡単。血液に魔力をまぜる程度のニュアンス。しかし器物に魔力を通すのは難しい。ので、普通は魔力を通しての強化ではなく、魔術でまるっと外面に一枚装甲を被せる、のが安価で速くて強い。”
アニメ『Fate/stay night』第1話 奈須きのこ氏の実況ツイートまとめ
http://bosel.blog64.fc2.com/blog-entry-3055.html

エマーヌエル・スヴェーデンボーリ(Emanuel Swedenborg, 1688年-1772年 十八世紀の人。スヱデンボルグ。スウェーデンボルグ。スヴェーデンボリは貴族に叙された後の名)

・スウェーデン王国のストックホルム出身。
・父イェスペル・スヴェードバリ(Jesper Swedberg)は、ルーテル教会の牧師であり、スウェーデン語訳の聖書を最初に刊行した。
・11歳でウプサラ大学入学。22歳で大学卒業後イギリス、フランス、オランダへ遊学。28歳のときカール12世により王立鉱山局の監督官になる。31歳のとき貴族に叙され、スヴェーデンボリと改姓。数々の発明、研究を行ないイギリス、オランダなど頻繁にでかける。

・科学者・神学者・神秘主義思想家で、数学・物理学・天文学・宇宙科学・鉱物学・化学・冶金学・解剖学・生理学・地質学・自然史学・結晶学(開拓者)に精通。
動力さえあれば実際に飛行可能と思えるような飛行機械の設計図を歴史上はじめて書いた(26歳の時)。
・霊界では地球人の他に火星人や、金星人、土星人や月人が存在し、月人は月の大気が薄いため、胸部では無く腹腔部に溜めた空気によって言葉を発すると主張。

・1745年、イエス・キリストにかかわる霊的体験が始まる。スウェーデン・ルーテル派教会をはじめ、当時のキリスト教会からは異端視され、異端宣告を受ける直前にまで事態は発展するが、王室の庇護により、回避された。神秘主義者への転向はあったものの、その後国会議員にまでなった。
スヴェーデンボリは神学の書籍の発刊をはじめてからしばしばイギリスに滞在した。1771年の夏にロンドンに旅し、その地で翌1772年3月29日に没した。
・スヴェーデンボリの神学論は伝統的な三位一体を「三神論」であるとして退け、キリスト教では異端とされるサベリウス派に近い、父が子なる神イエス・キリストとなり受難した、とするものである。但し聖霊を非人格的に解釈する点でサベリウス派と異なる。神の汎神論性を唱え、その人格性を大幅に後退させている。聖書の範囲に関しても、正統信仰と大幅に異なる独自の解釈。
・スヴェーデンボリが生前公開しなかった『霊界日記』において、聖書中の主要な登場人物使徒パウロが地獄に堕ちていると主張したり[1]、ダビデを「ドラゴン」と呼び彼も地獄に堕ちているとしたり[2]、同様にプロテスタントの著名な創始者の一人フィリップ・メランヒトンが地獄に堕ちたと主張した。だが、非公開の日記であるので、スヴェーデンボリが自身で刊行した本の内容との相違点も多い。この日記はスヴェーデンボリがこの世にいながら霊界に出入りするようになった最初の時期の日記である為、この日記には、文章の乱れや、思考の混乱等も見られる。主イエスの母マリアはその日記[3]に白衣を着た天国の天使としてあらわれており、「現在、私は彼(イエス)を神として礼拝している。」と発言している。
・スヴェーデンボリが霊能力を発揮した事件は公式に二件程存在し、一つは、ストックホルム大火事件、もう一つはスウェーデン王室のユルリカ王妃に関する事件である。
・スヴェーデンボリは聖書中に予言された「最後の審判」を1757年に目撃した、と主張した。
・スウェーデンボリによる霊界の描写は、現代人に起こる臨死体験と共通点が多いとされる。両者に共通する点は、広大なトンネルを抜ける体験や光体験、人生回顧や時空を超えた領域を訪れる体験などである。

・哲学者イマヌエル・カントは多く点で批判。
、哲学者ラルフ・ワルド・エマソンは、スヴェーデンボリを霊的に巨大と評価し、他にフリードリヒ・シェリングの『クラーラ』など、スヴェーデンボリの霊的体験を扱った思想書も存在。
・ヘレン・ケラーは「私にとってスヴェーデンボリの神学教義がない人生など考えられない」と発言。ゲーテ、オノレ・ド・バルザック、フョードル・ドストエフスキー、ヴィクトル・ユーゴー、エドガー・アラン・ポー、ストリントベリ、ホルヘ・ルイス・ボルヘスなどに影響し、特にバルザックは、その母親ともに熱心なスヴェーデンボリ神学の読者。
・日本においては、仏教学者、禅学者の鈴木大拙がスヴェーデンボリから影響を受け、明治42年から大正4年まで数年の間、スヴェーデンボリの主著『天国と地獄』などの主要な著作を日本語に翻訳出版しているが、その後はスヴェーデンボリに対して言及することはほとんどなくなった。しかし岩波書店より出版された彼の全集には、スヴェーデンボリの著作の日本語翻訳文が入っている。

・ニューエイジ運動関係者、神道系の信者ら[7]の中にある程度の支持者層があり、その経典中で言及されることも多く、キリスト教関係者では、内村鑑三もスヴェーデンボリの著作物を読んでいる。
一方で、東京神学校助教授・牧師の尾形守は、『ニューエイジムーブメントの危険』の中で、キリスト教的には異端、思想的にはニューエイジムーブメントのはしりとしてスヴェーデンボリの千里眼事件を批判的に紹介し[8]、「霊だからといって、みな信じてはいけません、それが神からのものかどうか試しなさい」(Ⅰヨハネ4‐1)、「あなたがたは霊媒や口寄せに心を移してはならない。彼らを求めて、彼らに汚されてはならない。」(レビ記19・31)等、新約聖書の字句を引用して、こうした傾向全体をキリスト教的には不健全で危険な発想と評し、悪霊による影響の可能性を指摘している。[9]

・米国の福音派キリスト教弁護団体であるCARMは、スヴェーデンボリを危険な非キリスト教的神秘主義であると評し、その特徴として、三位一体やキリスト教で言う聖霊の働き、キリストの十字架の贖罪の否定を挙げている。[10]
・思想体系としての現代への影響を見るなら、このスヴェーデンボリとメスメルの思想を背景として、19世紀にはスピリチュアル思想が起こり、これはブラヴァツキー夫人の霊媒論や神智学と相互に影響を授受し合いながら、現代のさまざまなオカルトや新しい宗教の源泉となった。[11]

・スヴェーデンボリ主義教会。
スヴェーデンボリの死後、彼の思想への共鳴者が集まり、新エルサレム教会(新教会 New Church とも)を創設した。新エルサレム教会はイギリスやアメリカに現存し、日本においても東京の世田谷区に存在する。また、別系統の団体としてジェネラルチャーチというグループが存在し、日本では東京グループが活動している。[12]
日本キリスト教団の沖縄における前身である沖縄キリスト教団では、スウェーデンボルグ主義の影響を濃厚に受けた牧師(戦時中の日本政府のキリスト教諸教会統合政策の影響からこの時期には少数名いた)が、戦後になって教団統一の信仰告白文を作ろうとしたところ、米国派遣のメソジスト派監督牧師から異端として削除を命じられ、実際削除されるような事件も起きている。[13][14]
・スヴェーデンボリの著作を主に出版するところとして、日本ではアルカナ出版があり、2006年にそこの主筆・翻訳者が逝去したが、出版社は逝去・死去したとは書かず、霊界入りしてしまった、とホームページに表記して事実を伝えた。[15]

・フリーメーソン
フリーメーソンリーの友愛組合の一つとして、スウェーデンボルグ儀礼が存在する。これはスヴェーデンボリの教えを基に設立された、とされており、その組織は徒弟、職工仲間、新しい親方、光輝な神智論者、青の兄弟、赤の兄弟、の計6つの位階からなる。[16] (なお、現代のジェネラルチャーチにおいても、最高聖職者(第三位階)は赤のストールを身に着け、次点の者(第二位階)は青のストールを、それに次ぐ司祭(第一位階)は白のストールを身に着ける。[17])
1773年、マーカス・デ・ソーンによってアヴィニョンに設立され、当初は当時のフリーメーソンリーの悪評に対する権利を主張する目的を持った政治色のある組織であったが[18]、最初の10年のうちに廃れてしまった。
1870年になるとこの儀礼はヘルメス主義組織として復活したが、1908年頃には次第に衰退をしていった。[19] が、1982年にこの儀礼の免状は、大英博物館の居室において、英国メーソンのデズモンド・バークによって、メーソンの作家であるミカエル・モラマルコに伝達され、彼はそれをアンティコ・リコ・ノアチタというイタリア儀礼の伝統の復古したような形に再編集した。
またスウェーデンにおいても、スヴェーデンボリの思想は、セーデルマンランド男爵に大きな影響を与え、彼は現地のフリーメーソンリー(Svenska Frimurare Orden)のグランドマスターとして、独自の位階制度を作り、その儀典を執筆した。
(中略)
文理書院版の訳書の翻訳者・笹岡康男は元大本信者である(『スウェーデンボルグを読み解く』288頁)『天界と地獄』6-7頁につけた註の中では一柱の創造主と天之御中主神を結び付け、日本神話の神を三つの位格に当てはめて対応させている。
エマヌエル・スヴェーデンボリ wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%8C%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%AA
(参考文献 日本スウェーデンボルグ協会・編『スウェーデンボルグを読み解く』春風社、2007年)を要約。

ユダヤ関連の日に事件を起こしてユダヤのせいにするのがキリスト教の手口。生命の木カバラは中世からなので、古代ユダヤの生命の木(と日本)云々ときたら嘘確定。シオニズムはキリスト教思想。シオニストはクリスチャン。ユダヤ教超正統派はイスラエルを否定(イスラエルはキリスト教製)。魔術師クロウリー、ジョン・ディー、メスメルは王侯貴族人脈。秋端勉『実践魔術講座リフォルマティオ(上下)』 

ユダヤ関連の日に事件を起こしてユダヤのせいにするのがキリスト教の手口です。
ユダヤ陰謀論はキリスト教の伝統
あと、新約聖書に基づいてなら間違いなくキリスト教です。ユダヤは旧約のみですから。でも旧約に基づいて事件を起こしてもユダヤとは限らずキリスト教の可能性があります、というか大事件起こせるユダヤの中身はキリスト教だから結局キリスト教です。

2014年10月 休館日のお知らせ イスラエル大使館休み
Closure Announcement Oct. 2014
http://embassies.gov.il/tokyo-en/Announcements/Pages/Closure-Announcement-Oct--20141001-4977.aspx

”10月の休館日をお知らせいたします。
​領事部における受付業務等も当日はお休みさせていただきますので、ご注意ください。
Due to the upcoming holidays, the consular department will be closed to the public:

10月9日(木) スコット(仮庵祭)
Sukkot 9-Oct. Thursday
10月10日(金) スコット(仮庵祭)
Sukkot 10-Oct. Friday

10月13日(月) 体育の日
Sports Day 13-Oct. Monday

10月16日(木) 律法の感謝祭
Simchat Torah 16-Oct. Thursday
10月17日(金) 律法の感謝祭
Simchat Torah 17-Oct. Friday

מבקרים יקרים,
בתאריך 9-10, 13, 16-17 באוקטובר השגרירות תהיה סגורה.
בימים אלה לא תתקיים קבלת קהל ולא ינתן מענה טלפוני."

RKやベンジャミンや飛鳥とかのユダヤ陰謀論者というキリスト教の手先の嘘は、カバラの歴史を学べば見抜けますので今回は重点的に扱います。

カバラ基本経典は紀元前にない
イェツィラー(3~6世紀。新プラトン主義成立後)・
バヒル(12世紀)・
ゾーハル(13世紀)。
ユダヤ・カバラは旧約聖書重視(元祖カバラに生命の樹なし)。
クリスチャン・カバラ(生命の樹中心)は15世紀にピコが創始。
物証成立年代を捏造する #日ユ同祖論。“


最低限、カバラには二種類あります。
①ユダヤ・カバラ
旧約聖書の解釈を重点を置く。
もともとカバラに生命の木理論はなかった

3~6世紀間に成立の『イェツィラ(形成の書)』。
12~13世紀間に成立の『バヒル(光明の書)』、『ゾハル(光輝の書)』。
これら代表的カバラ基本経典は紀元前にはありません。

クリスチャン・カバラ
15世紀にピコ・デラ・ミランドラが創始(ルネサンスが重要)。
「生命の樹」が中心
になっている(タロットも)

ユダヤのカバラは旧約、特にモーセ五書(トーラー)に基づいていますが
クリスチャンのカバラはネオプラトニズム(流出説が生命の木思想で重要)が入っています。

違いを理解してください。成立時期が重要ですよ。
生命の木カバラが古代にあって日本云々だと言っていたら嘘確定。道教などの中国思想は都合よく無視するのがバチカン流。  
六芒星をユダヤのシンボルにしたのはイエズス会(当時のラビたちは猛反対)で十七世紀のことです。
中世以前にユダヤ=六芒星のシンボルはありません
陰謀論者の九割はイエズス会の手先だからイエズス会が決めたマークが好きなんですよね

“日本のカバラが本物とか言うやつは、生命の木理論が15世紀からしか出てないとか、生命の木なしカバラとか、ハシディズムの義人思想とかそーいうの一切知らないからな。俺だって何も知らない超初心者なのに、俺よりひどいって。ハシディズムについて質問したら沈黙しか帰って来なかった。” 魔法使いハンターねこた

ヘブライ語は子音表記なので母音記号(ニクダー)がないと読めないから同祖論作り放題。勝手に読みを変えられるんだから、似た語なんて捏造容易。knznymmmyって読めないでしょ?

“セム語の構造って面白いよね。ひとつひとつのアルファベットの意味があり、子音だけを繋げて読む。そして文字が対応する数字を持っており、暗号のようなこともできる。これはアラビア語やセム語の影響を受けたギリシア語や一部ラテン語でも同じ。” 魔法使いハンターねこた

記述量が少なくてかつ代表的魔術師の概要がわかる記事↓
魔術の歴史が、サラッとわかる!
http://sound.jp/orotilabel/m02.html

”安全な陰謀論がやりたい方はキリスト教製のユダヤ陰謀論を崇めよう。
①陰謀論者(九割がキリスト教+神道カルト=和風耶蘇教)の上司であるバチカン、
大本教系、紅卍字会、大日本皇道立教会、イエズス会、選帝侯の末裔、偽天皇
②魔術師クロウリー、ジョン・ディー、メスメル
のことは絶対言うな!”

“ヴァヴァロアのイルミナティと医師メスマーの関係。同大学。スイスへの亡命。
オルレアン公周辺とメスマー含む診療治療、このメスマーからケイシー含む系譜。
 
ここらへんが、世界の支配者のネットワークの中枢になったとこだから。
エジンバラ、ストックホルム、フランスを中心にね。”
そもそもWikipedia自体がフリーメーソン構想【20090807】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/08/07/289


完璧に無垢で高い知性を持つ男の子が最も申し分のない、最適な生贄である。
――クロウリー

(香を用いる)よりも危険であるが、血の供犠はより効果的である。ほぼ全ての目的(達成)の為には人間の生贄が最適である。
――クロウリー

最も重要な魔術の事業がある。それは新時代の秘儀参入である。
言葉を告げることが必要な時が来れば、地球全体が血に浸されなければならない。
テレマの法を受け入れる準備を整える前には、大戦争がなされなければならない。
この血の犠牲こそが、ホルスが宣言する世界規模の式典において決定的に重要な核心である。
ホルスとは、新時代の神として、戴冠し征服する子である。
――クロウリー

“トヨタが由来の豊田市章はクロウリーの六芒星。魔術師クロウリーはエジプト重視のニューエイジの祖。愛知万博の開催期間を足すと33。クロウリー曰く人間の生贄(特に男児)で血の供犠を行うのがベスト。魔術=意志に従い変化を起こす科学と技術。”

”イエズス会が17世紀にダビデの星をユダヤのマークにした。ダビデの星→イエズス会=バチカンが黒幕。バチカンの伝統のユダヤ陰謀論は、イエズス会が六芒星にユダヤを捧げてキリスト教が罪を逃れる呪術。トヨタの根拠地のマークはクロウリーの六芒星。
クロウリーの六芒星(左)と豊田市のマーク(右)



“英軍でオカルトといえばこの人は外せません。J.F.C. フラー少将。クロウリーの弟子にしてカバラ関係の著作持ち。OR誌にも多数寄稿。戦車戦の専門家でもあり、秋山殿の戦車道講座でグデーリアンと並んで言及されたほど。” 西洋魔術博物館@MuseeMagica

“英軍は伝統的にオカルト好きのようです。写真はケリー工兵。1917年、ダウジングで水源を探り当てて部隊を全滅から救った、とオカルト・レヴュー誌で紹介されていました。”西洋魔術博物館@MuseeMagica

“こちらはバトル・オブ・ブリテンの立役者、ヒュー・ダウディング元帥閣下。心霊術に造詣が深く、神智学協会にも参加。その関連の著作、実に三冊。” 西洋魔術博物館@MuseeMagica

“魔術人名録にメーテルリンクを追加しました。 ノーベル文学賞をとったオカルト関係者といえば真っ先に思い浮かべるのがイエイツですが、1911年受賞者のこの人も十分にオカルトであります。”西洋魔術博物館@MuseeMagica

“これも実用的なミニチュア本。1932年に私家版で発行された『ロッジマスター就任の手引き』。11x7cm。フリーメーソンのための、いわばアンチョコ。そのためか装丁は非常に地味です。” 西洋魔術博物館@MuseeMagica

11、7、足して18って意図的だね。

“ハンマーマークがなかなかかわいい。儀式の冒頭部分が黄金の夜明け団の儀式とほぼ同一な点に注目。GD団の創立メンバーたちが全員メイソンだったわけですから、まあ当然か。” 西洋魔術博物館@MuseeMagica

「黄金の夜明け団」の創立者の一人のマグレガー・メイザースは、英国薔薇十字協会とフリーメイソンに入会しています。
哲学者アンリ・ベルクソンの実妹ミナと結婚
しました。
黄金の夜明け団=ゴールデン・ドーン=GDは、黄金の暁会とも訳されました。ナルトの暁(世界征服が目的)の元ネタね。阿修羅が善のナルトは拝火教漫画で、拝火教大好きなのがメーソン。

“当館は『オカルト・レヴュー』という雑誌を熱心に収集しています。1905年創刊、1948年休刊。20世紀前半の英米オカルト界でもっとも影響力のあった定期刊行物です。現在8割がた収集完了。” 西洋魔術博物館@MuseeMagica

“OR誌をレギュラー号でコンプリしている公的機関は大英図書館とエール大学のみ。個人でおそらく二人。当館はその次のランクに位置すると思われます。コンプリまであと少し、がんばります。” 西洋魔術博物館@MuseeMagica

エール大学と言えばスカル・アンド・ボーンズという海賊系組織があって集英社とワンピースの親分。
英国はスコットランド系もイングランド系メーソンも魔術重視だけど、クロウリーはスコットランド系33階級

“フリーメイソンリー関連の話題。以前紹介した英国薔薇十字協会会員のモーリス・ビーチクロフトは、リックマンズワースにあるRoyal Masonic School for Girls の理事をつとめていました。この英語を「王立フリーメイソン女学園」と訳せば注目を集めるでしょうか?” 西洋魔術博物館@MuseeMagica

Royal の所以は、総裁を王族がつとめるのが慣例となっているからで、決して王室が経営しているわけではありません。ビーチクロフト在職中の総裁は、なんと英国国王ジョージ六世陛下その人であられました。フル装備の御真影をごらんください。” 西洋魔術博物館@MuseeMagica

“というわけで「ロイヤル・メイソニック女学校」と訳しましょう。この学校は、しかし妙にオカルト的なシンボリズムが見てとれるのです。まずは開校当初の校章。” 西洋魔術博物館@MuseeMagica

“講堂には四大元素をあらわす絵画が描かれ、壁面には一年12ヶ月を象徴する12枚の人物像のプレートが嵌め込まれています。しかも寄宿学校ですから、ちょっとしたホグワーツ。” 西洋魔術博物館@MuseeMagica

どう見てもハリーポッターのモデルじゃん。

”ダニエル・デフォーといえば「ロビンソン・クルーソー漂流記」ですが、匿名でこんな本を出していたことは意外と知られていないようです。魔術の背後に悪魔ありとひたすら説き続ける奇書です。 ”西洋魔術博物館@MuseeMagica

内容が優れているから残ったのではなく、支配者に貢献したから残った
ロビンソン・クルーソーのデフォー(非国教徒)は、国教徒のフリをして非国教徒を徹底的に弾圧せよとパンフレットをばらまく。味方のふりをして攻撃する褒め殺し技術
キリスト教は教祖を生贄にする魔術で成立する邪神カルト!”

魔法科高校の劣等生:急激な寒冷化で食糧事情が悪化し第三次世界大戦発生。主人公が破壊神シヴァ。十師族という名家のエリートが活躍する血統主義。失われた十支族の一つが日本人だというキリスト教思想が元ネタ(考古学的証拠なし)。聖書が根拠の日ユ同祖論で異教徒に聖書思想を入れる。✝宣伝作品。”

“日ユ同祖論の前提は聖書が正しいこと。故にクリスチャンや和風キリスト教=神道カルト(バチカン日本支部=大本教系)や騙された無自覚クリスチャンが喧伝。失われた十支族に考古学的証拠はない。バチカンが罪を押しつける対象を作る為に有色人種の別民族に与えた金融利権(職業資格)がユダヤの起源。”

“日ユ同祖論は
①佐伯好郎(景教博士。最初期の論者。キリスト者)が功利的企画だと暴露
ダビデの星がユダヤのシンボルになったのは十七世紀から(イエズス会製)
カバラに生命の木が登場するのは中世から
④仏教徒の天皇も側近も縦書きの漢字を使用
天皇は道教用語
を無視して捏造してね!”

“あのなー、カバラが成立したのは早くても三世紀な?新プラトン主義などの影響をモロに受けてる。理論が固まったのは13世紀頃。生命の木が登場したのは15世紀の西洋。だから、紀元前6世紀から日本のカバラ(笑)がーとかありえない。単に道教の話をそう読み替えてるだけでしょ?”魔法使いハンターねこた

“日本のカバラが本物とか言うやつは、生命の木理論が15世紀からしか出てないとか、生命の木なしカバラとか、ハシディズムの義人思想とかそーいうの一切知らないからな。俺だって何も知らない超初心者なのに、俺よりひどいって。ハシディズムについて質問したら沈黙しか帰って来なかった。”魔法使いハンターねこた

“カバラーのゲマトリアという文字の数字変換法、あれギリシアのパクりらしいね。あと生命の木がカバラーに採用されたのは15世紀位らしい。今から2600年前にカバラーが日本に渡来したとかありえんから。これだから、神道カルトの嘘はムカつくんだよね。”魔法使いハンターねこた

“日ユ同祖論が旧約なら日本にヘブライ語のトーラーでもあるのですかね?日ユ同祖論で取り出される資料は嘘ばかりです。大体、多神教の古代イスラエルとかパレスチナの周囲の民族と何が違うのか?と。書物の宗教だからこそユダヤ教は特異なのに” 魔法使いハンターねこた

“何で日油同祖論があるなら、ユダヤ・アラブ同祖論がないんだよ?こんなに言語的にも感性も生活習慣も宗教も似てるのってないだろ?” 魔法使いハンターねこた

“だから、日本の知的な中流階級はどこまでも欧米のサルマネに走る。ネオプラトニズム系の神秘主義は、カバラの生命の木のように、天界の階層論を形成して、流出した大河を鮭みたいに逆流すれば一者に合一できるという思想がある。日本の中流階級のサルマネはまるでネオプラトニズムの神秘主義みたいだよ”魔法使いハンターねこた

ユダヤ教カバラの歴史 ~起源、および第1期(発端期)から第5期(衰退期)まで~
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/kabbara2.htm

“第3期(前期完成期) 12~16世紀
 「バヒルの書」登場。
 神学的考察と宇宙論、宇宙の創造論、これらが一体化する。
 こうして、「生命の樹」の概念が作り出される。
 さらに「ゾハール」が表舞台に登場する。
 輪廻転生(!)の思想も取り込まれる。
 この時期のカバリストとしては、生命の樹の理論の原型を作った盲人イサクと、その弟子達が有名。
 キリスト教へのカバラ移入が始まる。”

シオニズムはキリスト教思想で、シオニストはクリスチャン。ユダヤを利用するキリスト教。ユダヤ教超正統派がイスラエルを否定し、シオニズムはユダヤ教ではないと主張しているのだからユダヤではなくキリスト教。シオニズムはナチズムだというのは、ナチスを支援したのがバチカン=キリスト教、なのでシオニズムはキリスト教製品だという意味。

↓中世以前に「カバラ」と記された文書が沢山出たら間違いなくウソってことだな。呼称がバラバラのはず。
“●ユダヤ教の神秘思想が「カバラ」という呼称で統一されるようになったのは、歴史的には中世に至ってからのことである。そこに至るまでの間、カバラの伝統は、キリスト教が支配する世界からは、完全に隠されていた。
しかし、12世紀に至って北スペインやフランス南東部のプロヴァンス地方にカバラについての秘義を語る者が現れだすと、以後、カバラはヨーロッパ世界に急速に広まっていった。その際、特異な神秘思想を展開するカバラ奥義書が、数多く執筆・編纂されていった。

●この時期に登場したカバラ奥義書が展開したのは、主に『トーラー(モーセの五書)』のカバラ的解釈であり、『トーラー』の背後に見え限れする『原トーラー』の追求だった。
カバリストたちは、「創世記」や「出エジプト記」などの記述を特別な数字に還元したり、神秘的な操作による文字の並べ換えなどによって、表面的な意味の背後に隠された叡智を探りだすことに没頭した。
また、神的創造世界のマンダラであるセフィロト図のオカルト解釈を通じて、人類文明の過去・現在・未来の諸相を探求し、来るべきメシア(救世主)時代の年代計算に情熱を傾けていった。
●現在、カバラには三大教典があるが、そのうちで最も古いものは『イエツィラの書』(別名『形成の書』/紀元3~6世紀に成立)で、残りの『バヒルの書』(別名『光明の書』)と『ゾハルの書』(別名『光輝の書』)はこの時期(12世紀~13世紀)に成立した。

●『ゾハルの書』の著者である、スペインのラビ・シメオンによって、カバラはユダヤ教唯一絶対の神秘思想としてまとめあげられた。彼が13年間の洞窟生活の間に、神からの啓示を受けて書いたとされる『ゾハルの書』は、『タルムード』以後のラビ文学の中でひとつの規範的テキストとなり、数世紀にわたって『旧約聖書』と『タルムード』に比肩する地位を維持することになった。『ゾハルの書』の出現によって、ユダヤ教はいわば第3の絶対的聖典を持ったことになったのである。(第1の聖典は『旧約聖書』で第2の聖典は口伝律法の『タルムード』である)。
以後、ユダヤ神秘思想はこの『ゾハルの書』に集約されたカバラ思想を中核として展開していく。
(中略)
本質的に「シオニズム」と「ユダヤ思想」は別物である

●「シオニズム」(別名 ZION主義)とは、パレスチナにユダヤ人国家を建設しようという思想である。聖地エルサレムの「シオン(ZION)の丘」にちなんで名付けられた。
現在のイスラエル政府の「シオニズム」は、人種差別的なイデオロギーと軍事思想に基づいているといえる。
(中略)
●一般に「シオニズム」と「ユダヤ思想」の違いはあまり意識されることはない。

そのため、「シオニズム」と「ユダヤ思想」は同じものだと思っている人が多い。しかし本質的に、「シオニズム」と「ユダヤ思想」は別物である。
基本的にシオニズム強硬路線派は、無神論者といっていい。ユダヤ教そのものにはあまり関心のない連中である。自分たちの行動を正当化するためにユダヤ教を利用することはあっても、ユダヤ教そのものを信仰してはいない。

●『反シオニズムの正統派ユダヤ教徒』と題された本には次のように書かれている。
「正統派ユダヤ教徒の大半は、パレスチナの地にユダヤ人のための民族の郷土を設立するというシオニストの野望に反対である。これはシオニズムそのものではなく、シオニストに反対するという側面が大きい。
なぜならば、シオニストは大半が脱宗教的であり、伝統的なラビの権威よりも、社会主義や民族主義といった『非ユダヤ的』なイデオロギーを優先しているからである。正統派ユダヤ教徒は、自分たちの立場を神学的な面から正当化するため、救済を早めることを禁じたラビの伝統を様々に引用し活用している。」
(中略)
シオニスト強硬路線派が悲願の建国を果たした「イスラエル共和国」──。
しかし、超正統派ユダヤ教徒はこの国を認めようとしない。
なぜならば、イスラエル共和国は建国において“メシア信仰”を無視し、しかも政教分離という近代国家の原則を採用した世俗国家であるためだという。超正統派ユダヤ教徒からすれば、このようなイスラエル共和国が“国家”と名乗ること自体、神に対する許しがたい冒涜に他ならないという。
この超正統派ユダヤ教徒は「聖都の守護者」を意味する「ナトレイ・カルタ」(前出)と呼ばれ、現在のイスラエル共和国はユダヤ教の本質を完全に逸脱した世俗的な寄せ集め集団に過ぎない、として徹底的に批判している。
「シオニズム」を批判する超正統派ユダヤ教徒たち
イスラエルの国旗を燃やして、「シオニズム」に反対


●1985年4月4日、超正統派ユダヤ教徒グループ「ナトレイ・カルタ」は、次のような声明文を発表した。
「シオニストの大冒険は不名誉な終わりを迎えようとしている。最初はシナイ半島だった。今度はレバノンである。独立した真のユダヤ教徒であるトーラーのユダヤ人にとって、これはまったく驚くことではない。我々は両親からも教師からも、シオニズムはユダヤとユダヤ思想の敵だと教えられてきた。シオニストの政治的策動は、一時的には成功するかもしれないが、長い目で見れば、その命運は尽きているのである。 〈中略〉
シオニズムはユダヤ思想とは全く反対のものである。ユダヤ思想は数千年にわたり、シオニズムなしに存続してきた。シオニズムのいう『メディナ』は全くの作り物であり、真のユダヤ思想を歪めるものである。」
「シオニスト指導者らは、今でこそホロコーストを大げさに哀しむが、当時の彼らは、『強壮な若いパイオニア』だけいればいい、『全ヨーロッパのユダヤよりパレスチナの1頭の牝牛のほうが大切だ』と言っていたのである。我々はシオニストという偽ユダヤ教徒がその正体を知られるようになること、ユダヤが真のユダヤ思想を心から信じて実践し、過去の栄光を思い、未来を誠実に信じることを望み、祈っている。」

●更に彼らは、1992年に次のような声明を発表した。
これは「シオニズム」に対する強烈な批判メッセージであった。
「敵であるシオニストと私たちの戦いは、妥協の余地のない、まさに “神学戦争”なのである。」
「ユダヤ人たちが全世界に追放されたのは、神の意志によるのであって、彼らが神の律法を守らなかったためである。あらゆる苦難をへて、メシア(救世主)が到来するまでそれは続く。メシア到来によってのみそれが終わるのである。それゆえに、シオニストあるいはその関係機関が神を無視して世界中からユダヤ人たちに帰ってくるように強要するのは、ユダヤ人たちをいよいよ危険に陥れる“不敬の罪”を犯していることになる。」
「もしシオニストが神を無視し続けるならば事は重大である。ここ、すなわちイスラエルは地上で最も危険な場所となろう。」
 「シオニズム」に反対するユダヤ人たち

「Zionism is Nazism」(シオニズムは
ナチズムだ)と書かれたプラカードが見える

ユダヤ教徒の「カバラ」と
「メシア運動」の歴史
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hd/a6fhd600.html

ピコ・デラ・ミランドラ。 カバラを深く研究し、
様々な異教思想をキリスト教的に解釈しようとした
思想家であり、「キリスト教的カバラ」の創始者、
または最初で最大の解説者であった。

同じくコジモ・デ・メディチのもとにいて、マルシリオ・フィチーノの親友であったピコ・デラ・ミランドラは、「キリスト教的カバラ」の創始者、または最初で最大の解説者であった。ピコ・デラ・ミランドラは、ユダヤ神秘主義のカバラ神学によって、キリスト教の真理を確認できると考えていたし、カバラもまたモーセより伝わった古代の叡知の伝承だと信じられていたので、これによって古代の異教とされる「ヘルメス文書」も確証できるものと思っていたようである。
ピコ・デラ・ミランドラは、カバラの10のセフィロトによる段階を宇宙の天球層と関係づけて、それらの天球層の更に彼方にある神秘主義的な無に至る上昇を試みた。これはグノーシス主義とも新プラトン主義ともとれるマルシリオ・フィチーノ風のヘルメス思想とカバラが合体した考え方で、ピコ・デラ・ミランドラはカバラの聖なる力が、マルシリオ・フィチーノの術を悪魔の影響から守ることができるとしている。

こうしてピコ・デラ・ミランドラが創始した「キリスト教的カバラ」は、マルシリオ・フィチーノの「ヘルメス主義的魔術」と共に、ルネサンスの中心的思想を作り上げたのであった。

なお、ルネサンスは、一般に「人間復興」などと訳されているが、それはイタリア・ルネサンスの思想的な意味での中心人物であったピコ・デラ・ミランドラの、次の言葉に由来している(ピコ・デラ・ミランドラは、これをイスラムの書物から学んだことを告白している)。

「神は言う。『すべてのものは私が制定した法に服すべきである。しかし人間だけが自分のあるべき姿を決定することができる』と。そこで我は叫ぶ。父なる神の恩寵よ!人間はなんと偉大で幸福であるか! 」(『オラティオ』)”
「ルネサンス」の舞台裏
http://inri.client.jp/hexagon/floorA7F/_floorA7F_renaissance.html

天才学者ジョン・ディー博士。
宮廷人として欧州を行き来
し、女王に
王立図書館の設立を訴える一方、数学者でも
あった彼は、ユークリッド幾何学を最初にイギリスに
伝えた人物としても知られる。その他、航海術、天文学、
光学にも秀で、イギリス帝国拡張のため英国海軍の
設立や東洋航路の開拓を提言
したことでも知られる。
ジョン・ディー博士は、16世紀のエリザベス朝イギリスにおける最重要のルネサンス思想家である。
彼はケンブリッジ大学に学び、イギリスにユークリッド幾何学を初めて紹介した数学者として名高い。また、北極海をめぐる北回りの東洋航路の開拓を主張し、占星学理論とも関連する航海技術の新手法を創出し、海軍国イギリスの端緒を築きもした。彼がいなければ、イギリスの数学や航海術の進歩は、数十年は遅れただろうといわれている。その他、建築学への貢献やアーサー王伝説リバイバルへの影響など、業績は多岐にわたる。まさにエリザベス朝ルネサンス期を代表する天才学者だったのである。
彼の蔵書数は、当時のケンブリッジ大学図書館の10倍近いものであったという。その事実からも、その学識と研究がいかに奥深いものであったかはうかがわれる。この膨大な蔵書はイギリスの学者や技術者が自由に利用でき、実際に頻繁に使用されていた。そして、その蔵書の中には、数学、天文学、建築学はもとより、数多くのオカルト文献がふくまれており、彼の書斎は、ルネサンス期に復活した“古代神秘学の殿堂”でもあったのだ。
このような神秘主義文献の収集と研究について、彼は、「すべての学問に飽き足らず、神秘世界へ足を踏みいれた」と告白している。
エリザベス女王はジョン・ディー博士に深い信頼を寄せ、彼を宮廷占星術師として迎え、相談役として寵愛した。
後にジョン・ディー博士が大陸に渡ったときも、彼は暖かい歓迎を受けた。当時の大陸を支配していた王侯貴族は、魔術に対して深い関心を示していたからである。中でも、魔術、科学、美術などに対する知的好奇心をもち、多くの魔術師を援助したルドルフ2世治下の、魔術の帝国とも別称された神聖ローマ帝国はジョン・ディー博士を丁重に迎え入れた
(左)天使召喚の魔術を実践するジョン・ディー博士たち
(右)ジョン・ディー博士が天使から授かったとされる「エノク語」
このように、ルネサンス期最大の魔術研究家として、当時の知識人や有力者などと華やかな人間関係を形成していったジョン・ディー博士は、カバラ、ヘルメス学を研究する一方で、天使召喚の魔術を実践し、「エノク語」と呼ばれる謎の言葉を天使から授かることに成功したといわれている。エノク語とは、旧約聖書の外典に属し、カバラ学者の重要な文献でもある『エノク書』に用いられたとされる言葉だ。
その後、彼は天使召喚の魔術やエノク語の研究に熱中し続けたが、協力者だった霊媒師とのトラブルもあり不遇の晩年を送った。そのため、卓越した数学者、天才学者、航海学者だったジョン・ディー博士の名前は、単なる魔術師、降霊術師として人々の記憶に残るようになり、時代が進むにつれその記憶すらもどこかに行ってしまった。
ジョン・ディー博士の著作の中で、最も謎めいた
もののひとつに『神字モナド』という本がある。上はその
表紙に描かれた謎の文字。この難解な『神字モナド』の存在は
しばらく歴史の裏に消えていたが、薔薇十字団の登場とともに
復活する。なんと『化学の結婚』という薔薇十字団の基本文献に、
ジョン・ディー博士の神字モナドが描かれていたのだ。
■■薔薇十字団
ジョン・ディー博士の残した霊的伝統は、17世紀に故国のイギリスではなく、ドイツで復活する。それはジョン・ディー博士の思想を母胎として、神秘主義的啓蒙運動を開始したヨーハン・ヴァレンティン・アンドレーエによる薔薇十字団の運動へと結実していく。
薔薇十字団の活動は、ルネサンスにおける神秘主義の動きを知る上で欠かすことはできない。薔薇十字団の存在が知識階級を中心に広く庶民にまで知られるようになったきっかけは、1614年以降の3年間にドイツで出版された『世界の普遍的改革』以下の3つの匿名文書と1冊の寓意小説『化学の結婚』による。
その内容は、それまでのキリスト教的保守思想に反旗をひるがえす革新的発想や、痛烈な批判が含まれていたことで多大な反響を呼び、一大ムーヴメントを築いたのである。(薔薇十字団については別のファイルで詳しく触れたいと思う)。
上の薔薇十字は、「ヘルメス薔薇十字」、
または「錬金術薔薇十字」と呼ばれているもので、
古くから伝えられている錬金術的象徴である。
複雑に小宇宙と大宇宙のシンボルが組み合わされ、
仏教におけるマンダラのようなものとなっている。”
「ルネサンス」の舞台裏
http://inri.client.jp/hexagon/floorA7F/_floorA7F_renaissance.html

“もともとユダヤ教もキリスト教も同じ唯一神を信じている。
 ということは、このカバラをキリスト教神学にも応用できるのではないか? こう考える者が現れるのも、極めて自然な結果なのではあるまいか?
 これを最初にやったのが、ジョヴァンニ・ピーコ・デッラ・ミランドラである。
 彼は、この試みのために不遇な生涯を送る。彼に限らず、この時代の自然魔術師達は、文字通り命がけだった。フィチーノやポルタのように世渡り上手な者は良かった。だが、そうでないものは、しばしば悲惨な生涯を送ることとなる。カンパネラは生涯の半分近くを牢獄で過ごしたし、ブルーノに至っては火あぶりにされてしまった。

 本題に戻ろう。 
 ピーコのカバラをキリスト教神学に応用しようという試みは、「哲学的カバラ思想と神学における結論」なる著書によって、発表された。これは900(実際は899)の命題を含んだもので、公開討論を目的としたものだった。
 この書は2部構成となっており、ピーコが傾倒していたアリストテレス主義を中心にしていて、ラテン教父、イスラム哲学、ゾロアスター教、新プラトン主義、ピタゴラス学派、ヘルメス文書、自然魔術、そしてカバラを論じたものだった。
 特に重要なのは、やはりカバラである。ピーコは、ユダヤ人カバリストのフラビウス・ミドルターテスに師事し、カバラを学んだ。この時、ヘブライ語やアラム語についても学んだ。これを基に、この公開討論用の著書をものにしたわけである。
 
 この書は1486年12月にローマより出版され、翌1月に討論会が行われるはずであった。
 だが、この著書はさっそく筆禍事件を引き起こす。この900の命題のうち、4つが異端、9つが誤謬および虚偽を含むとして当時の教皇イノセント8世の特命委員会によって弾劾され、禁書とされた。
 ピーコは、この命題の中で「魔術とカバラは、キリストの神性をあきらかにするのに最適の方法である」と主張しており、これが教会の逆鱗に触れる理由の一つとなったのだ。
 当然のごとく討論会は中止となった。
 ピーコは、これに対し「弁明」という本を出し、文字通り弁明に努めたが、結果的にますます教会を怒らせてしまった。宗教裁判所はピーコに有罪を言い渡した。
 ピーコはフランスに亡命したが、そこで逮捕され幽閉される。しかし、あの芸術家や学者のパトロンで知られる豪華王ロレンツォ・メディチやシャルル8世の援助のおかげで釈放される。
 釈放後、ピーコはクザーヌスの蔵書を見せてもらうためにドイツを行こうと考えていた。そんな時、フィチーノより誘いの手紙を受け取る。それに応じてフィレンツェへ行き、フィチーノとメディチ家の保護を受ける。そこで、多くの著書をものにした。
 やがてルネサンスの破壊者として悪名高い狂信者サヴァナローラに傾倒する。その後、彼は敬虔なキリスト教ととして、神学の著書を多くものにする。だが、カバラがキリスト教神学の活性化に役に立つという考えは最後まで捨てなかった。
 やがて教会より、有罪を取り消され、やっと宗教裁判の恐怖から解放された。そのわずか1年後の1494年、彼は31歳の若さで夭折する。彼の死は毒殺説が有力だが、定かではない。

 彼の思想はいかなるものか?
 もともとヘルメス哲学をキリスト教に取り込もうと言う考えは、自然魔術師達の共通の思想である。そうすることによって、スコラ哲学によって硬化していたキリスト教神学を活性化させようとしていたのである。
 それを実現するためのキリスト教に注射するカンフル剤として、フィチーノは、新プラトン主義だけで止めておいた。
 だが、ピーコは、カバラ、ゾロアスター教、エレウシス秘儀、デュニオソス秘儀、オルフェウス教、さらにはカルデアの諸宗教までも取り入れた。ピーコによると、これらの異教も実は、真実の存在の様々な現われだということだ。
 カバラによって、本来異なる教義も一つに包み込めるというわけだ。
 また、自然魔術も大いに賞賛する。
 
 だが、彼の自然魔術に関する考えはフィチーノやポルタとは、異なる部分もある。それは占星術を認めなかったことだ。実際、ピーコは「占星術反証」なる占星術批判の書も出している。
 無論、彼は占星術を全否定したわけではない。天体の象徴する性質や影響の存在そのものは認めていた。しかし、彼は人間の自由意志を尊重し、決定論や運命論を否定したということなのだ。
 すなわち、ピーコは、自然界の万物の連鎖、「共感」関係を探ることによって自然魔術を実践することには賛成した。だが、マクロコスモスとミクロコスモスの照応、すなわち、大宇宙より小宇宙へと連鎖し、小宇宙は大宇宙の影響を受け、支配下にあると言う考え方には反対した。大宇宙と小宇宙には、それぞれ別の法則が存在する、というわけだ。
 したがって、地上は天界の影響によってのみ動かされているわけではない。当然、天体が人間の行動に、一方的に影響を及ぼすことはないというわけだ。人は星の影響を拒否もできる。
 彼の主著は「人間の尊厳について」である。
 その中で、彼は、神が人間を造ったのは、人間を自由意志によって活動させるため、自律的存在として、自己形成させるためである。したがって、人間は退化してケダモノにも成り得るし、神の国に再生することも出来る、というわけである。

 ピーコにとって、小宇宙(人間)とは、大宇宙の支配を受ける存在ではない。大宇宙と対等に自立する存在なのだ。
 この考えは、魔術を大きく発展させることになる。
 小宇宙が大宇宙より一方通行の支配を受ける存在ではなく、対等の対になった存在なら、小宇宙の方から大宇宙へと働きかけ、改変し、再構成さえできる、という考えが、これで誕生したからである。

 ピーコは1463年、北イタリアにミランドラ伯爵家の子息として生を受ける。
 幼少の頃から、遊びには興味を持たず、学問が大好きだった言う。ボローニャ大学をはじめ、各地の大学で学び、天才少年の名を欲しいままにする。少年時代から、占星術(後に否定するが)やライモンド・ルルスに耽溺したという。
 1484年にフィチーノの理論と運命的出会いをし、自然魔術の道へと進む。
 彼の生涯は短く不遇ではあったが、彼のキリスト教カバラは、ロイヒリンを始めとした多くの後継者を捕らえ、発展してゆく。そして、その思想はコルネリスス・アグリッパを経由し、近代の儀式魔術へとも伝えられて行くのである。”
カバラ、ユダヤ教よりキリスト教へ ~ピーコ・デッラ・ミランドラ~
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/piko.htm

更にクロウリーについて知りたい方は過去記事にてお願いします。題名でお腹いっぱい(笑)。
トヨタの本拠地の豊田市は魔術都市。豊田市章は「クロウリーの六芒星」。
トヨタ=欧州王侯貴族路線
(Jロック+ニューエイジ+万博+クロウリー+フランス・スコットランド系メーソン=グラントリアン系)。

もののけ姫のシシ神様(=人間+フンババ+鹿神ケルヌンノス+ヤギ)殺しは死と再生の魔術の儀式。
ガンダムのシャアはペルシャ王で赤い肌のフェニキア的巨人を操る。
アレイスター クロウリー, Aleister Crowley(新装版)『魔術 - 理論と実践』島 弘之, 江口 之隆, 植松 靖夫訳、国書刊行会、1997年
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-30.html

これより引用する記事の画像は引用元にて。キリスト教をちゃんと黒幕(少なくともその一角として)指摘しているか
と思って、私が作ったチェックリスト
多くの陰謀論者が無視する点を盛り込んで陰謀論者チェックリストを作りました~はじめにお読みください①
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-1.html
で調べたら、
“25 さてはてメモ帳(キリスト教の応援団としてブログを開設)
Commented by oninomae at 2012-07-18 20:02
>キリスト教は、謎の、光と闇の二重構造の宗教である。
人助けの気持ちを持ったキリスト教徒には頑張ってもらいたいと思っています。このブログでは、初期からそのような人たちを応援してきました。”(この部分ねこたさんだけどね)

魔術師とフリーメーソンとイルミナティを、悪魔崇拝、悪魔だと強調するというキリスト教の特徴に見事に合致!
キリスト教だって教祖が生贄になったから死んでも甦るってカルトじゃん!
メーソンとイルミナティだってメンバーはクリスチャンばっかりじゃん!
つまりクリスチャンは悪魔ってことになるじゃん!
教皇は無謬=間違えないので、十字軍や魔女狩りやナチス支援は全て善で正しいってことだから悪魔じゃん!
つまり修正しつつ補いつつ読まないと駄目ってこと。

アレイスター・クロウリー:彼の物語、彼のエリート繋がりと遺産 by VC 1
http://satehate.exblog.jp/21498205/
“「偉大な獣666」と呼ばれて大いに喜び、そして「歴史上の最も邪悪な男」とのあだ名を出版社によって付けられた男は、演劇のオカルト主義者以上のものであった:アレイスター・クロウリー[Aleister Crowley, 1875-1947]は、20世紀と21世紀の最も影響力のある運動の一つの中心にいる。彼はまた、英国諜報機関MI-5と協力・連動さえして、世界で最も強力な人物たちの一部との関係を持っていた。この記事では、オカルト主義者アレイスター・クロウリーの生涯と作品について説明し、そして、セレマの伝播を促進する世界のエリートと彼の関係を調べる。

彼は20世紀の最も影響力のあるオカルト主義者であると考えられ、そしてBBCによって第73回「すべての時代の最も偉大な英国人」として認識されているが、ほとんどの人々は、アレイスター・クロウリーのことをかつて聞いたことがない。英国のオカルト主義者、神秘主義者、そして儀式の魔術師は、いくつかのサークル(オカルト主義者、芸能人、有名人など)内では信じられないほど一般的であるが、平均的な人には全く知られていない。

そして、なぜ彼が知られるべきか? 彼は何を達成したのか?

簡単に言えば、彼は20世紀の間に西洋文明を一掃だろう根本的な哲学的変化を予示した。セレマの哲学を設立し、 新しいイオンの到来を宣言することによって、クロウリーは、21世紀の主要な哲学的指針を策定したばかりではなく、彼はそれを促進するイルミニストの動力装置の一部であった。

クロウリーの性的儀式、黒魔術(彼は娯楽の種類からそれを区別するため「magic」の末尾に文字 「k」を導入)における薬物の消費と生かじり故に、彼の一生の間、クロウリーは論評記事によって中傷されまた大量に批判された。

しかしながら、機密解除文書は、その後、「偉大な獣666」は二重生活を送ったことを明らかにした:クロウリーは明らかに英国政府との関係を維持し、そして英国の諜報機関及びアメリカ政府の高位メンバーと協力連携していた。

OTO-彼が普及させた秘密結社-は、その階層内に、その時代の最も影響力のある人々の一部を保持
していた。彼らは順繰りに、その主な哲学:セレマの発展を促進するために彼らの権力を使用した。 (蛇足:東京の有り様も見えるようではないカネ。「宝塚」もだが)

彼の青年期

若いクロウリー

クロウリーは、富裕で宗教的な家庭に生まれた。彼の両親は、排他的同一教会員、プリマス同胞と呼ばれるキリスト教宗派の保守派の一部であった。彼の父親、彼の宗派の巡回説教師は、特に敬虔であり、そして毎日朝食後妻と息子に詩篇からの章を読んだと言われていた。 1

クロウリーは、彼の父親との良好な関係を維持した一方で、彼を「獣」―彼が後に自分の生涯のあだ名として採用した名―として説明する彼の母親を嫌悪した。

11歳の時、父親を肺がんで失った後、クロウリーは家族の財産を継承し、ケンブリッジのトリニティカレッジで英文学を学びに行った。クロウリーが自分のキリスト教の背景を放棄し、そして反逆さえ始めたのは、これらの学年の間である。

彼は真剣に聖書に疑問を呈し、近所の女の子や売春婦との性的活動に参加し、そしてオカルティズムに強い興味を発達させた。

彼の自己肯定に向けてのもう一つ別の象徴的テップは、エドワード•アレクサンダーからアレイスターへの彼の名前の変更であった。
(中略)
おそらく彼の若者時代のクロウリーの最も重要な経験は、彼の同性愛の関係だった。それは、彼の後の伝記作家ローレンス・スーチンによれば、「内在的な神との出会い」に彼を導いた。これは彼に、オカルト主義、秘密結社、そして何より具体的に彼が後に性魔術と呼ぶものに対する大きな関心を引き起こした。

秘密結社

魔術師王位の象徴を着るクロウリー

彼の20代後半、クロウリーは、多くの密教グループに参加した。そこでは、彼は賞賛され高位に昇るか、あるいは軽蔑され追放されるかどちらかであった。

アーサー・E・ウェイト[Arthur E. Waite, 1857-1942]の『The Book of Black Magic and of Pacts』に触発され、クロウリーは、「偉大なる白色同胞団」として知られる黄金の夜明けヘルメティック教団に1898年に入会した。 この秘密結社は、その会員内に、エリートと社会の非常に影響力のあるメンバーたちを保持していた。そこで彼は儀礼的魔法と儀式的な薬の使用に案内された。

1899年に、彼はOld George Pickingilの魔女(13人)集会の一員なったと報告されている。しかしながら、彼は、彼の無責任な態度と彼の同性愛性向(それはその時代には、魔女に取ってさえ衝撃的だった)の結果として長くは歓迎されなかった。彼の集会の女性祭司は、後に彼のことを「心の汚い、悪意を持った、そして悪質な小さな怪物!」として説明した。3

クロウリーはまた、いくつかのロッジに参加し、いくつかのメーソンの位階を取得し、高位のフリーメーソンとなった。彼の自叙伝で、クロウリーはメキシコのスコティッシュ•ライトで第33(最後の)位階を達成したことを記述した:

「ドン・ジーザス・メディナ、無敵艦隊の名声の偉大な公爵の子孫にしてスコットランド儀礼フリーメーソンの最高首長の一人。私のカバラ的知識は、現在の基準では既に深遠であったので、彼は、私が彼の授与する力で最高のイニシエーションに値すると考えた;私の限られた滞在の観点から特別な力が得られ、そして私は急速に押し通されて、私がその国を去る前に、第33、そして最後の位階に認められた。」 4


著名な作家でフリーメーソンであるジョン・ヤーカーの助けを借りて、クロウリーは3°を含む他のフリーメーソンの位階を取得した。フランスでは、アングロサクソンロッジNo. 343によって、変則的な不規則な「Cerneau」スコティッシュ・ライト儀礼の33°及びメンフィス/ ミスライム儀礼Misraimの儀礼の90°/ 95°を取得。 5

その認識が一般的にメーソンの正当性のための標準と考えられている英国連合グランドロッジによると、しかしながら、これらのメーソン団体はいずれも正会員ではなく、そして彼は決して公式のフリーメーソンとは見なされていなかった。


「法の書」、セレマとホルスのイオン

1904年、クロウリーと彼の新しい妻ローズは彼らの新婚旅行のためにエジプトを訪れた。 彼が彼の最も有名な本、彼の人生の礎となるだろうLiber Legis、『法の書』を書いたのは、この旅行中であった。

彼自身の説明によると、クロウリーの妻がカイロの博物館に彼を連れて行った。そこで、彼女が彼にAnkh-ef-en-Khonsuの石碑(それは後に啓示の石碑として崇敬されるだろう)として知られている七世紀BCE遺体安置所の石碑を彼に示した。

クロウリーは、その展示の番号:666、ヨハネの黙示録で獣の数に愕然とした。

啓示の石碑、展示番号666。

彼らのエジプト滞在中で後に、クロウリーとローズは、一つの魔法儀式に参加した。その間に、Aiwasssという名の存在から一つのメッセージを受け取ったと彼は主張した。この交信の結果として、クロウリーは法の書-人類の未来に革命をもたらすだろうと彼が信じた神秘的なテクスト-の最初の3つの章を書いた。

「それは、その中でクロウリーが、新しい宗教、ホルスの時代の司祭王子となる新しいイオンの到来を宣言した。 彼は人類と太陽霊的な力の間の関係を定式化する運命にあった。その間に、ホルス神がこの地球上の意識の進化に対して、次の2000年間、中心的な位置を占めるだろう。(...) クロウリーが彼自身の守護天使であると理解したAiwazからのメッセージは、彼を確信させた。彼の人生の使命は、オシリスの時代とその瀕死の付属物、キリスト教の信仰にとどめの一撃を与え、そして廃墟の上に、セレマ-ギリシア語で「意志」の法に基づく新しい宗教を構築することであると。」 6

法の書の表紙

「騙されたのだ!ニュイの現れ。天国のトモダチの除幕式。
すべての男と女は星である。すべての総体は無限であり、違いはあらず。
私を助けて!おー、テーベの戦士殿、人間の子供たちの前、私の除幕式には!」

- 法の書の冒頭の短詩

「彼の熟達者たちにより、法の書は、宇宙的範囲のオカルト公式を含むものとして記述された。『公然と表明された何ものか、これまでかつて単一のテクストに織り込まれたカバラ的暗号文の最も複雑な織物のベールに包まれた何ものか』。クロウリーは言った、それはただ『自動書記』の作品であったのではなく、超人的な力と知識、何らかの地球外の超越的起源の知性、『彼に対しその後明示するだろう本当の隠されたマスターの一人』からの明確なメッセージであった」 7  (訳注:「神憑り病」の一種でしょうか)

クロウリーによるAiwassの描写

クロウリーの弟子ケネス•グラント[Kenneth Grant, 1924-2011]によると、象徴主義の言語を理解するための能力を有する人は誰でも、「イオンの精神の要約の精度に圧倒されるだろう」。 8

言い換えれば、聖書が過去2千年間、西洋文明を支配したのと同じ方法では、セレマは、次の2000年の精神を説明するだろう。

「ホルスのイオンでは、宗教への二元的なアプローチは、自分自身の外部にある神の現在の概念の廃止によって超越されるだろう。その二つは統合されるだろう。 人間は、もはや異教におけるように、外部要因として、あるいはキリスト教におけるように、意識の内部状態として、神を崇拝しないだろうが、しかし、神と彼の同一性を自覚するだろう。」(訳注:この前者のような、「キリスト教徒」はとても多いと思いますが、後者なら仏教的で違和感はない。また、前者も自然が神なら神道的で違和感はない) ホルスの新しいイオンは、男性と女性の極性の統合に基づいて、『物質は二元的ではなく精神と一体であるという古いグノーシス主義の考えの理解の中で』、テンプル騎士団とイルミナティの両性具有的バフォメットによって象徴された、物質の神格化で最高潮に達する、精液と恍惚の魔法的使用を伴うだろう。」 9   (訳注:「バフォメット主義」は一神教の中でのアンチテーゼとしての病気だと思う。それこそ、さっさと統合したら?)

法の書は、3つの主要な哲学的アイデアを中心に展開するセレマの基礎となった。

1 – あなたの意志すること(したいこと)をなせ、これが法の全てとならねばならない
2 - 愛は法なり、意志の下の愛が。
3 - すべての男、すべての女は星である。


一筆書き六芒星、セレマの主な象徴

「Do What Thou Wilt」は「あなたの意志することをなせ」を意味する、したがって、即座の満足と喜びのための利己的な探求を記述していることが広く信じられている。 しかしながら、哲学の入会者たちはこの公準の記述に同意しない。彼らはそれが形而上学的レベルで解釈されることを意図していると信じるからである。セレマは「意志」に対するギリシャ語である。この哲学の主目的は、倫理的あるいは道徳的障壁にかかわらず、「より高い呼びかけ」あるいは人生の目的として記述されている、人の真の意志の実現である。

「正しい行いの基準」はない。倫理はたわごとである。各々の星は、それ自身の軌道上を行く必要がある。「道徳原理」と地獄に堕ちる、そのような事はない。 10


クロウリーは、彼の新しく設立したたA. ' にこれらの教えを組み込んだ。

A.’ (Argenteum Astrumまたは銀星)、すでにない黄金の夜明け団の後継者であることを意図した魔法教団。

彼の教団に関心を生み出すために、クロウリーはまた、科学的イルミニズム(アダムワイスハウプトのイルミナティ教団から借りた用語)誌『The Equinox』を出版した。彼はそこで密教的儀式や技法を公表した。

彼の晩年の『Book of Lies』と題する作品は、Ordo Templi Orienti (OTO)のリーダー、テオドール・ロイス[Theodor Reuss, 1879–1958]の注目を浴びた。ロイスはすぐに、クロウリーを入会させ、OTOのグランドマスターとした。このような認証に与えられた理由は:彼の性的魔術の知識。

OTOと性魔術

OTOの 「偉大なバフォメット」として知られているクロウリー

OTOの魔法的イニシエーションのシステムは、最も内側の領域において、性魔術の教えのセットを有している。人はこの教団の頭字語がかなり男根的であることを観察さえするかもしれない。セックス魔術は、性行為あるいはそれが呼び覚ますエネルギー、情熱や覚醒の使用である。それはその先端として、非性的な世界における意志あるいは魔法的欲望に焦点をあてる。それは「生命力」そして「クンダリーニ」と同一視されている。

東アジアのタントラ学派に触発された性的技法の儀式的な使用を通じて、入会者は、より霊性の高い領域に到達するために性的エネルギーの巨大な潜在力を使用することができる。

「その教団は、古代エジプトおよびヘルメス的伝統だけでなく、自然のすべての秘密、フリーメイソン団のすべての象徴表現、そして宗教のすべてのシステムへの鍵であるテンプル騎士団の偉大な秘密、性の魔法を再発見してきた。」 11


「西暦2000年までに、すべてのイルミネーションという結果をもたらすだろうオカルトの力」を発動するために、クロウリーは、彼の使命は、「性的抑圧から世界を治療する」ことであると確信するようになった。彼の目標を達成するために、彼は性的行動のあらゆる細部を研究し、そしてすべての性的な衝動を合理的意識の領域に連れて行くことを決意した。この目的のため、彼はハシシ、コカイン、そしてアヘンを含めて、意識の変容状態を実験した。

クロウリーは最終的に、彼はそれを最も強力な処方であると考えたため、教団の最高位階の一つとしてOTOに同性愛者のセックスの魔術の実践を(抗議なしに)導入するだろう。 12

クロウリーが、元祖テンプラーたちがソドミーや女性との乱交パーティーを実践していたことに対する非難が事実に基づいていたが、彼らの中傷者によって理解されなかったと感じたことは明らかである。

クロウリーはまた彼と一緒に一連の「売春婦」保持した:これらのうち最もよく知られているのがLeah Hirsig、いわゆる 「トートの猿」であった。彼らは一緒に、飲み会、麻薬、性的魔法に耽るだろう。クロウリーは「魔術的子」(ロマン•ポランスキーのローズマリーの赤ちゃんを参照)を作るために、これらの女性の何名かと複数回の試行を行ったと信じられている。伝えられるところでは、どれもうまくいかなかった。1929年に出版した『ムーンチャイルド』と呼ばれる本の中で、彼は代わりに彼の試みをフィクション化した。

アレイスター・クロウリーによる『ムーンチャイルド』のカバー

セレマでは、売春婦がバビロン、グレートマザー、黙示録の憎むべきものの母と同一視されている。クロウリーと彼の信奉者たちはしばしば、真似事をし、この概念を使って実験するだろう。”

アレイスター・クロウリー:彼の物語、彼のエリート繋がりと遺産 by VC 2
http://satehate.exblog.jp/21499187/
“秘密エージェント666

クロウリーのふざけた態度は、プレスによって取り上げられ、彼はすぐに黒魔術師、悪魔主義者、そして薬物中毒者として悪名高くなり、「世界一憎たらしい男」と呼ばれるだろう。

しかし、機密解除された文書は、このことが英国諜報部にエージェントとして彼を雇うことを思いとどまらせはしなかったことを明らかにした。(英国のクラウンが名高いオカルト主義者たちのサービスを採用したことはこれが初めてではなかった;このような関係の一つの有名な例は、ジョン•ディーと女王エリザベス1世の間のリンクに見出すことができる。)

クロウリーのスパイとしてのキャリアを主題にした最も重要な作品は、リチャード・B・スペンスの『エージェント666』である。

イギリス、アメリカ、フランスとイタリアの保存記録から収集された文書を使って、 『秘密エージェント666』は、センセーショナルに明かした。ルシタニア号の沈没、スペインの政府転覆の陰謀計画、アイルランドやインドの民族主義者の共謀の阻止、そして、ルドルフ•ヘスの1941年の飛行におけるクロウリーの主要な役割を。

スペンスの『秘密エージェント666』の表紙

彼の研究中に、スペンスは、クロウリー自身のスパイであったという主張を支持する米軍の旧軍情報部からの文書を発見した。

「アレイスター・クロウリーは、英国政府の被雇用者だった・・・この国で、ニューヨーク市の英国総領事が完全な認識を持っている公務についている。」 13

スペンスによると:

「クロウリーは、熟達したアマチュア心理学者で、人々に影響を与え、そしておそらく彼の秘密の仕事において催眠暗示を利用する不思議な能力を持っていた。そのほかに、彼は薬をうまく利用した。ニューヨークで、彼はメスカリン(ペヨーテ)の効果に関する非常に詳細な研究を行った。 彼は夕食のために様々な友人を招待し、彼らにカレーを準備をし、そしてその食事にメスカリンを一服盛るだろう。それから彼は観察し、彼らの行動についてメモを取っていた。メスカリンは、後に行動修正とマインドコントロールの実験のために諜報機関によって使用された。」 14

第二次世界大戦中、クロウリーは、『祖国』と呼ばれるドイツ寄りの雑誌の編集者となった。その中で彼が扇情的な反英の記事を発表した。後に彼はこれらの書き物は、彼らが最終的に英国の大義を助けたほどバカげていてかつ奇妙であったと主張した。

クロウリーはまた、同盟国を助けるために多くのアイデアを提案した。そのほとんどが拒否された。その一つは、最初に却下されながら、後に実施された。これは、その戦争に対する悲惨な結果を予測し戦争とナチ指導部を悪魔的として描いたオカルトのパンフレットを、ドイツの田舎で落下させることを含んでいた。

通信、宣伝、そして世論の管理における彼の専門知識は、彼のセレマを今日の大衆文化における主要な力にするために使用されるだろう。

重要な信奉者たち

カリフォルニアのOTOの責任者として、クロウリーはアメリカの社会に大きな衝撃を与えた多くの個人の個人指導を行った。 その一人は、ジャック•パーソンズ[Jack Parsons, 1914-52] である。

ジャック•パーソンズ

ジャック・パーソンズは、カリフォルニア工科大学のアメリカのロケット推進の研究者であった。彼はジェット推進研究所(JPL)とエアロジェット社の主要な創設者の一人だった。彼のロケット研究は、米国における最古のものの一部で、そして彼の固体燃料の開発と航空機のJATOユニットの発明の先駆的な仕事は、人類の宇宙時代の開始にとって非常に重要であった。著名なエンジニアセオドア・フォン・カルマン、パーソンズの友人にして恩人は、パーソンズと彼の仲間の仕事は宇宙旅行の時代に到来を助けたと断言した。実際、月の裏側のパーソンズ•クレーターは彼にちなんで命名されている。

「彼(ジャック•パーソンズ)は『ロケット科学に最も貢献した一個人』として、そしてまた『米国政府から封印された命令の下に旅行した』個人として記載されている。」 15

密室の中で、パーソンズはオカルトに深く没頭し、そして彼はそこでかなり極端な性魔術の儀式に参加したOTOの著名なメンバーになった:

「パーソンズの多くのセックスパートナーの中に、彼自身の母(彼らの近親相姦的出会いは撮影された)がいた。母と息子両者は獣姦に従事し、そして両者とも公共の場で正常に機能し、そして他のものよりも権威の立場を達成することができる精神障害者種同士であったように思われる。」 16

1942年に、パーソンズは、アレイスター・クロウリーによってアガペOTOロッジの責任者として任命された。クロウリーのように、パーソンズはババロンあるいは売春婦と 「魔術的子」を作り出すというアイデアに取り憑かれた。

「パーソンの作戦の目的は十分に強調されてこなかった。 彼は彼女の遺伝のではなくむしろ彼女の環境の産物であるあろう魔術的子供を作り出そうとした。クロウリー自身、ちょうどこれらの用語でムーンチャイルドについて説明している。ババロン仕事自体、来るべきもの:セレマ的メシアへの準備であった。」 17

パーソンズ、アガペロッジの会員仲間と。

パーソンの職業的生活とオカルト生活との間には明確な分離はなかった。実際、彼はそれぞれのロケットテストの前に、パンに対するクロウリーの賛美の詩を暗唱することが知られていた。
(中略)
パーソンは後に、非常に有力になるだろう個人:L・ロン・ハバード[L. Ron Hubbard, 1911-86]、サイエントロジーの教会を確立するだろう男と関わり合いを持った。

L・.ロン・ハバード[L. Ron Hubbard]

パーソンズは、アメリカ海軍のキャプテンだったハバードを大いに気に入り、OTOの秘密に彼をイニシエートした。

「クロウリーへの1946年の公式声明で、パーソンズは書いた:「約3ヶ月前、私は(米海軍)大尉L・ロン・ハバードに会いました・・・ロンは魔術には正式な訓練を有していませんが、彼はその分野での十二分な経験と理解を有しています・・・彼は私が今まで会った中で最もセレマ的な人間で、私たちの原則と完全に一致しています。彼はまた、新しいイオンを確立することに興味を持っています・・・我々は、我々のビジネスベンチャーを制御するための有限会社として機能するだろうパートナーシップの資源をプールしています。」 18

ハバードとクロウリーの間の関係についての1969年の記事の一部。


サイエントロジーのハバードの教会は、今日、その階層中に
トム•クルーズ、
ウィル•スミス、
ジョン•トラボルタ、
リサ•マリー•プレスリー
のような知名度の高い有名人を含む800万人以上のメンバーを誇り、非常に影響力があって十分な資金のある宗派である。

http://www.complex.com/pop-culture/2013/06/movies-influenced-by-scientology/knowing

大衆文化

クロウリーは、ヘロイン中毒と戦いながら、ほぼ無一文で死んだが、彼の遺産はそれにもかかわらず巨大にほかならない。今日の大衆文化に対するクロウリーの影響力は、多くのレベルで顕著である。それが彼のペルソナへの直接参照を介してであろうと、またはセレマに霊感を得た作品を介してであろうと。

大衆文化に対するクロウリーの影響の最も明白な例は、ビートルズやジミー・ペイジのような、彼のペルソナと哲学に魅了されたロックスターたちによって行われた参照である。

ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のアルバム表紙上のクロウリー

クロウリーの最も有名な言い習わし:「汝の意志することをなせ」を有するシャツを着ているJay-Z

クロウリーはまた、イアン•フレミングの『カジノ•ロワイヤル』中のジェームズ•ボンドの大悪役ル・チフレや、『ローズマリーの赤ちゃん』のサタニスト・ウィッチ、エイドリアン・マルカートを含めて、多数の映画の登場人物たちに影響を与えた。

今日では、クロウリーと彼のセレマへの参照は、そのシリーズの登場人物の一人が彼にちなんでアリスターと命名されたアニメ『遊戯王』のような奇妙な場所で見つけることができる。この登場人物は、彼の額上に、クロウリーの一筆書き六芒星の複写である「オリカルコスの印」を帯びている。

彼の額に一筆書き六芒星を帯びたアリスター。

これらの直接の参照を越えて、明敏なアナリストは、数え切れないほどのマスメディア製品の中に、クロウリーのセレマ的哲学と彼の新しいイオンのビジョンの影響を検出できる。

実際、OTOの著名なメンバーたちは、脚本内にセレマ的教義を埋め込んでいるハリウッド映画の制作に濃密に関与していた(そして今でも)。

空想科学小説(サイエンス•フィクション)は、預言的プログラミングに視聴者を曝すための気に入られているジャンル
である。

「OTOは、大衆市場の物語、特に人気の書籍や雑誌に掲載されるサブリミナルなオカルトテーマを有する空想科学小説を執筆開始する。

これらの最も影響力のあるものの中に、ロバート•ハインラインの『見知らぬ土地の異邦人』、AH・ホワイトの『遺体安置所へのロケット』、そして前述のアーサー・C・クラークの『センチネル(太陽系オデッセイ)』及び『幼年期の終り』があった。(・・・)

空想科学小説の新たに急成長するジャンルによって、OTOは予測的プログラミングを通じて、アメリカのビジョンを形成することができた。予測的プログラミングは、ある「不可避の未来」を予報し、それによって私たちの都市の建築様式から私たちの自動車や概念の設計に至るまでなんでも、そして何が未来において「進歩と解放」を構成するかの概念に影響を与えるものである。(・・・)

アメリカを変革するOTOの能力は、メディアと医学を彼らのイメージと見せかけに成形し、そして大衆のための新しい「セレマ的」宗教を作り出す科学と空想科学小説によるこの恥知らずの偽りの連鎖に存していた」 19

(中略)
年が過ぎ去るにつれて関連性(妥当性)を失うほとんどの歴史上の人物たちとは異なり、21世紀において、クロウリーの影響は着実に増加している。ただし、これは運や自然の進化の結果だけではない。クロウリーと彼のOTOは、科学、法律、文化における影響力のある人物たちと同様、イギリスとアメリカ政府の高位メンバーと関係を維持した。

イルミニストの価値観によって優位に立つ世界エリートは、クロウリーのセレマと完全に一致している。これらの繋がりが、大衆文化における彼の作品の普及と受け入れを促進した。クロウリーは、ただ伝統的な宗教の社会的放棄とホルスのイオンの信奉を予測しただけではなく、彼はこれらの変化が起こるようにした動力装置の一部であった。”

魔術―理論と実践魔術―理論と実践
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魔法入門 (1974年) (角川文庫)魔法入門 (1974年) (角川文庫)
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秋端勉『実践魔術講座リフォルマティオ(上下)』三交社、二〇一三年

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秋端勉

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上巻

・超常的な力を求める者は自我の膨張(エゴ・インフレーション)に陥りやすい。個人的に修行している分には、自分が特別だと感じ、超人や達人だと錯覚し、統合失調症に陥る危険を冒すだけですむが、霊的なグループの中で自我が膨張すると悲惨である。自我膨張による悲劇を防ぐ為に、自己規範を設ける。野狐禅を防ぐのだ。

・視る訓練。分析的注意力を育て、ウネミ・アークト(ラーの右目=太陽の視野=強い創造的意志力。魔を祓い、曖昧な境界的存在を排斥する)という機能を習得する。太陽が照らす昼に行う。対象は何でも良いが、自然のもの、石や草木を取り上げ机の上に乗せよう。椅子に座ってリラックスし、注意力を絞り込むつもりで対象に視線を集中させ、眼球からスポットライトのようなエネルギーが照射されることを想像しなさい。古代人は目から光線が照射され、対象に反射されて見えると考えていた。レーダーのように考えていた。光学上は正しくないが、意志の働き的には正しい。視線を集中させて、レーザー光線のような意志力が目標を照射するのを想像しなさい。対象の輪郭を規定し、細部に至るまでくまなくスキャンし、全てを視尽くす。
意志を視線に乗せるのです。

・看る訓練。直観的認識力を育て、スメヒ・アークト(ラーの左目=月。月影の視野。望楼する視線。右目から出た創造力が再び左目から入り混沌へと還元される)という機能を獲得する訓練。月光の照らす夜に行う。昼間のレーザー的視野を忘れなさい。焦点をぼかし、はっきりとものを見てはいけません。月影の庭を眺める。庭木でもいいし、岩ならもっとよい。自分で決めた対象に向かい、まず視線を静かに落として両目で自分の鼻を見る。目の焦点はぼやけ花が二重に見えるだろう。そのまま視線を対象にずらす。目標も二重に見える。そのとき、二つの映像の中間を見る。決して、対象の形や、ほとんど見えない色を見分けようとしてはいけない。モノクロームの陰影の塊として対象の全体を見る。どんなものが見えても受け入れること。但し、この訓練は十分以上行なってはいけない。焦点が合わない目で長時間ものを見ると気分が悪くなることがある。エーテル的存在は普通の意識状態では見えないが、世界の影を受け入れようとするときおのずと視野に入る。

・古代ギリシアの雄弁家は演台の周囲の建物ひとつひとつに演説のイメージを埋め込むことで原稿代わりにした。
記憶の大部分は、外界のイメージを個々の要素に分解して棚の中にしまってある。記憶力を強化するということは、このイメージを深く豊かにするという意味と、分類の手段を精密化
するという二つの利点があります。

・キムのゲーム。記憶力強化訓練。
目の前に小物を十から二十ほど用意して並べ、上から布をかぶせて隠す。ノートと紙を用意しておく。心の準備ができたら布を取り去り、小物を一分ほど見つめる。再び布をかぶせ、紙に小物の位置関係を記す。混乱するようなら、小物の数を減らしてもよい。
・視覚化の練習。
例えば自分のお気に入りの湯飲みを用意する。それを手にとって三十秒ほど見つめる。そして湯呑を持っていない状態に戻り、目を閉じて湯のみが手の上に乗っているかのようにありありと思い浮かべる。五感の記憶を再構成する。色々なものでやってみる。しかし、絵やイラストは最後にしたほうが良い。映像を捕う訓練になってしまい、視覚化とはいささかずれるからだ。
慣れてきたら、そこにないものの視覚像を作る訓練に移行する。好きなものをイメージして食べるなどだ。
空中に図形や文字を指で描き、そして消すなど。
(ハンターハンターのクラピカは、鎖を具現化=念によって鎖をこの世に呼び出す、の訓練の為に一日中実物の鎖をいじくっていた。この訓練がモデルかもね)

・逆向き瞑想。
寝床で行う。そのまま寝てもよい。横になった瞬間からその日に起こった出来事を逆にたどっていく。巻き戻し映像のように、できる限り精密に。重要な行動については、なぜそうしたのか、その結果どのような印象を受けたのか、どんな感情を抱いたのか、を第三者視点で分析してみる。これを続けるとどうしても思い出せない空白の時間が幾つかあると気づく。

・秘儀参入を受けた者は「二度生まれ」と呼ばれた。
・秘儀の伝統に位階制度が必要なのは、正しい指導なくしては心を破壊してしまう劇薬だから。真に危険な部分、指導者なしで実践できない部分は公開しない。食卓に劇薬の瓶を置いてはいけない。

・視覚化と弛緩法。
頭部から足先に向け流れるように順番に各パーツを意識し、視覚化→緊張→弛緩→弛緩を行う。弛緩の一度目は筋肉を、二度目は精神を弛緩させることを意識すること。急がずやること。

・軟酥(なんそ)の法。自己暗示によって、精神意識を変えさせる精神療法。
卵ぐらいの大きさの軟らかい酥(古代のバター)の丸薬を頭に乗せたとイメージする。その丸薬が頭頂から足の裏まで流れ込んでくると想像する。この軟酥丸は清い色をしていてよい香りがする実に素晴らしい丸薬である。これが頭全体を潤し、ヒタヒタと水が浸透するように下りてきて、両肩、両上肢、乳房、胸、肺、肝臓、胃、腸、背骨、尾骨まで潤すと観想する。とろとろの妙薬が流れ落ちて全ての疾患や痛みが消失するイメージ。バターが嫌なら他の好きなものにしましょう。
(臨済宗、中興の祖である禅の白隠禅師の著書「夜船閑話(やせんかんな)」にある方法)

・呼吸法で、数を数える際には例えば一から十までループするようにする。数えながら眠ってしまわない為のもの。
四拍呼吸法。四つ数える間に息を吐き、四つ数える間息をとめ、四つ数える間に息を吸い、四つ数える間に息を止める、の繰り返し。吐く、止める、吸う、止めるのサイクル。黄金の夜明け団式。
(黄金の夜明け団は別名黄金の暁会などとも言う。訳語の違い。ナルトの暁のモデルだろうね)

・マントラ瞑想法。一つの言葉か文章を選んで瞑想中に繰り返し唱え続ける。反復により意識をマントラで満たし、リラックスと集中を産みだし、意識を半覚醒半睡眠の状態にする。
なお、精神病の前歴がある人や精神病の人はマントラ瞑想を行なってはならない。現実世界との結びつきが堅固でない人がマントラ瞑想すると瞬時にリアリティを消失する恐れがあるからだ。

動物磁気で有名なメスメルは、ドイツとスイスにまたがるコンスタンツ湖(ボーデン湖)のドイツ領岸の小さな村イツナングで、下層階級の狩猟頭の息子として生まれた。利発な才能を、父の主人であるコンスタンツ大司教に見出され、十八歳でイエズス会の神学校に入校し、1760年にはウィーン大学に入校し、神学、哲学、法学、医学の博士号を取った。
メスメル(メスマー)はフリーメーソンの会員でもあり、晩年は結社が重視する錬金術に深い興味を抱いていた。また、当時の医学界に否定されたものの、絶大な人気のある動物磁気両方による巨万の富を有していた。動物磁気を唱えてからは一生金に不自由しなかった。音楽に関して造詣が深く、モーツァルト(メイソン)など音楽の巨匠を後援するホストであった。

・五芒星の小追儺儀礼とは?
http://magic.dancing-doll.com/magician/lbrp.html
“五芒星の小追儺儀礼は魔術を行う場所を祓うための儀礼です。魔術の儀式の準備段階で行う事が多いです。五芒星の小追儺儀礼には視覚化、振動、周行などの技術が含まれているため魔術的な技術の訓練にもなります。また、儀式魔術の触りを体験する事も出来ます。
五芒星の小追儺儀礼は「LBRP」とも言われます。五芒星の小追儺儀礼を表す英語...「the Lesser Banishing Ritual of the Pentagram」...の頭文字から来ています。
鋼鉄製の短剣
五芒星の小追儺儀礼では鋼鉄製の短剣を使います。鋼鉄製の短剣が無い時は手刀で代替します。
地の追儺の五芒星型
五芒星の小追儺儀礼では「地の追儺の五芒星型」を使います。「地の追儺の五芒星型」は下図になります。

1. 鋼鉄製の短剣を右手に持って東に面する。
2. 額に触れ、「アテー(汝ら)」と唱える。
3. 胸に触れ、「マルクト(王国)」と唱える。
4. 右肩に触れ、「ヴェ・ゲブラー(そして力)」と唱える。
5. 左肩に触れ、「ヴェ・ゲドゥラー(そして栄光)」と唱える。
6. 胸の前で両手を握り締め、「ル・オラーム(for ever)」と唱える。
7. 指の間の短剣の先端を上方に向け、「アーメン」と唱える。
8. 東に向かい空中に「地の追儺の五芒星型」を描く。
9. 続いて短剣の先端を五芒星型の中心に合わせ、声が『宇宙の東』へと向かう場面を想像し、神名「ヨッド・ヘー・ヴァウ・ヘー(IHVH)」を振動させる。
10. 短剣を突き出したまま南に向かい「地の追儺の五芒星型」を描き、神名「アドナイ」を振動させる。
11. 西に向かい「地の追儺の五芒星型」を描き、「エヘイエー」と振動させる。
12. 北に向かい「地の追儺の五芒星型」を描き、「アグラ」と振動させる。
13. 東に戻り、短剣の先端を最初の「五芒星型」の中心に戻す事で円環を完成させる。
14. 両腕を広げ(身体全体で十字の形を作る)、次のように唱える。
15. 「我が前にラファエル、我が後ろにガブリエル、我が右手にミカエル、我が左手にウリエル。」
16. 「我が前方には五芒星が燃え上がり、我が後方には6つの光線を放射する星が輝く。」
17. 再び「カバラ十字」を切る。(「カバラ十字」は1~7の動作の事です。)

周行を行う
8行目の「東に向かい...」は1~7行目で行った「カバラ十字」の位置から東に数歩前に進んでから行います。これがこれから作る円環の半径になります。魔法円を敷いているなら魔法円の縁まで進みます。
10行目の「南に向かい...」は8行目の東に面した位置から円の4分の1を描くように南に進んだ後、南に面してから行います。
11行目の「西に向かい...」、12行目の「北に向かって...」、13行目の「東に戻り...」も同じ要領です。
14行目の「両腕を広げ...」は描いた円の中心(最初に「カバラ十字」を行った場所)に戻って東に面してから行います。15、16、17行目もその場所で東に面したまま行います。
周行を行わない
五芒星の小追儺儀礼の全工程は「周行」を行わずに一箇所に留まったままで面している向きを変えて行うだけでも問題はないと思います。特に場所が狭い時はそうします。
五芒星型は視覚化する
東西南北の「地の追儺の五芒星型」は描く時に視覚化します。短剣の軌道が輝いて「五芒星型」が空中に形成されているようにです。
神名は振動させる
神名は声を低く震わせるように「振動」させます。「神名」以外の「アテー」、「マルクト」、「ヴェ・ゲブラー」、「ヴェ・ゲドゥラー」、「ル・オラーム」、「アーメン」、「ラファエル」、「ガブリエル」、「ミカエル」、「ウリエル」についても「振動」させても構いません。
大天使の姿は視覚化する
15行目では四大天使の名前を唱えながら同時に四大天使の姿を視覚化します。
五芒星と6つの光を放つ星は視覚化する
16行目では燃え上がる五芒星と6つの光を放つ星を視覚化します。”
日本人だと神や天使ってやりにくいんだけど。仏じゃ駄目なのか。イメージが大事なんだから一番身近なやつが最適のはず

・五芒星の小追儺儀礼の応用。
追儺儀式は妄想や雑念の除去に利用できる。霊的、魔術的攻撃に対する防御法でもある。
五芒星儀式は集中の練習
としても使用できる。
仰臥姿勢をとり、法衣をまとい短剣を手にして立つ自分自身の姿を公式化(鮮明なイメージ)する。その姿に意識を移し、東に向かい、そこで壁に触ったり目を開いたり床を踏みしめたりして自分がその場所にいることを感じること。
儀式を開始し、部屋を回りつつ、心の中で言葉を朗唱すること。東において儀式を終え、星幽光の中に生じた儀式の効果を確認すること。それから歩いて戻り、あなた自身の肉体の背後に立ち、肉体へ再吸収される。
これは星幽体投射(アストラル・ボディ。プロジェクション)の訓練でもある。
病気などで体が動かせないときは周囲の邪気を払うためにこのやり方で防御の儀式を行ってよい。心を前向きにする訓練にもなるのが小追儺儀礼である。

・魔法鏡。金属で作るのが最も確実で銀が最良(売っているけど自分で作る方がいいっぽい)。
初期の魔法鏡は水鏡だった。器に水を入れて、コインを一つ落として集中の的にしたりした。水晶球も用いられた。
魔法鏡は使う時以外は覆いをかけてしまっておく。不要な映像を結ばせてはいけない。霊視を行う時は魔法鏡の背後に黒い布を広げるとよい。魔法鏡を人に見せびらかしてはいけない。
日常の意識と、魔術作業の間に切れ目がないと感じているなら五芒星の小追儺儀礼を行なって場の雰囲気を変えておく。霊的透視の訓練は坐って行う。
魔法鏡の表面そのものを眺めるよりは、鏡の反射面、水面、又は水晶球の奥深くを見つめる方が良い。なお、まばたきせず凝視しなくてよい。
充分にリラックスして(上記の方法を使おう)、自分の意識を中間状態と呼べるような自由で漂う状態に調節する。くつろいで鏡の表面を見つめると、意識が鏡の表面からずれてくる。すると再び焦点を鏡に戻す。しばらくはこの繰返し。やがて鏡が朧な雲に覆われ不明確なイメージが浮かんでくる。目を覚ましたまま夢を見る。入夢時幻覚と呼ばれるこの現象が、魔法鏡の凝視によって生じたら、あなたは魔法鏡と対話する最初のきっかけを掴んだことになる。幻視により様々なものが見えて驚くが、あなたを傷つけない幻だ。
訓練が進むとオーラが見えるようになる。
オーラを見る訓練として一般的なのは、白い壁や青空を背景に自分の手を見つめることである。そのときは曖昧な輪郭が肉体の外に見えるようになる。
肉眼視は発達させるのが難しいので、もう一つの方法は協力者を得てオーラに触れる訓練を積むことだ。協力者に座って貰い、その身体に沿って4、5センチ離れた曲線を手でなぞるのである。そのとき相手の肉体に触れてはならない。空間をなぞるしぐさを肉体から30センチぐらいまで離したり、再び近づけたりしながら指先に感じる様子を克明に記録しておく。
そして視覚領域にも異変が生じ、光のないところでものを見ることに等しい異質な視覚像が生まれてくる。
ただし、他人のオーラを見るには必ず本人の許可を得ること。
また、生命エネルギーの強い人間な弱い人間のオーラに触れると、過剰なエネルギーを放射したり逆に吸い取ることがあるのでそのような状況になったら訓練を中止すること(体調不良のときにやっちゃだめってことね
)。

西欧における学問の序列は、
上から神学>哲学
>法学>修辞学>医学>文学>自然学であり、
今日でもフランスなどでは優秀な人材が神学部に行く風習は廃れていない

(キリスト教が一番上ってことね)

・フレイザーによる魔術の二大基本法則

類似の法則。類似は類似を産む。一つの事象を模倣することで、自分の欲するどんな結果も得ることができる。呪いの人形。古代エジプトのピラミッドで発見されるウシャブティという人形や、中国皇帝墳墓の等身大人形などに見られる。類感魔術。模倣魔術。

感染の法則。感染魔術。かつて互いに接触したものは、空間を隔てて相互作用を有する。誰かの衣服を用いて元の持ち主を支配したり情報を得たりできる。

子供の持つ魔術的な意識(本来の能力)は習慣と教育によって塗り潰され、世界を本来の姿ではなく、教え込まれた客観的な名で呼ぶように矯正されると、本来の力や感動は失われる。
(支配者が大衆用に設定する思想や教育や宗教は皆力を封印する為である。特にセックス、性を管理する。性を管理される=力を得る機会と数を増やす機会を支配される生き物とは家畜のことである)

・五感を奪ったうえで内臓感覚を曖昧にする薬を打つと精神が崩壊しない方がおかしい。拷問や洗脳に使われたブラックルームがある。
体温に調節された塩水バスに目隠しをして浸かるリフレッシュルームは感覚遮断の転用。
インディアンの寝袋という方法、四肢を固縛して宙づりにする感覚遮断法があり、やはり強烈な幻想を引き起こす。

・明晰夢を見る為に、夢の中で目覚める方法としては、地面や自分の手を見る方法がある。
明晰夢中の目覚めを防止し、明晰夢の場面を切り替える方法として夢の身体の運動感覚を利用することができる。明晰夢の中で幻覚が消え始めたとき、後ろ向きに倒れるか、夢の身体をコマのように回転させる。その際、運動の生き生きとした感覚を味わう。
夢を思い出す最良の方法は、目覚めたときにいつもどんな夢を見ていたかと自問することだ。

・インドでは現実世界はヴィシュヌ神の夢の中の幻のかけらにすぎない。すべては幻力(マーヤー)という意識の力で流れていく幻なのだ。そこには夢と現実の優劣はない。
夢を支配する一歩として夢日記
がある。
夢は急速に薄れ細部が不鮮明になるので起きた瞬間に、瞼を開かないようにしつつ、枕元の筆記用具と紙にすかさず記すこと。起き上がって机ででは遅い。記述が終わるまで起き上がらず目も開かないこと。光により意識が変化してしまうからだ。見た流れに沿って記録するのが普通だが、興味深い言葉は真っ先に記録すること。夢の中で見た本の題名や聞いた言葉は急速に風化するからだ。また、普通でないことも記録しておく。記述内容の表題も後でつけておく。次に読みにくい箇所を訂正する(後に読んでも意味不明になったら困るからね)。

意志を進化せる為に、クロウリーはスサマジイ覚悟で訓練した。日常生活に禁止事項を課して、意識的でも無意識的でも破ったら腕にカミソリで刻み目を入れたのだ。お勧めはできない。
日常的なルールを定める。一人称を使わない、敷居は右足からまたぐなどなど。自分の生活を深刻に壊すルールは駄目。ルールを破った場合の罰則を定めるのだが、ただちに行なえて意識的努力が必要なものとする。ルールを破る頻度と罰則の内容は釣り合いが取れていなければならない。そして必ず一対一で罰則を与えること。なお、重要なことだが、罰則を課していることを他人に知られないこと。

道行き(パスワーキング)とは、抽象的な物語を使って意識を変容させ、その物語世界を門として異世界に入り込む方法。(脚本つき観想ですね)次々と視点移動し、異世界を旅する。経験値を得るのだ。シナリオは市販されているし朗読した音声もある。しかし基本的にはシナリオは自分で作るか、既存のものを自分が読みやすいあるいは聞き易いものに直して使うべき。
目を閉じて、鉄のちょうつがいをもつ木の扉を作り、扉を開け、その中に2から3フィートほど入り込み、その後で振り向いて反対側から扉を見ることを練習しなさい(帰ってこれないとまずいですからね)。
道行は扉を開けて異世界に行って帰ってくる作業。
出発点に戻るには、自分の使った門、または自分自身の肉体を強く思い浮かべればよい

・召喚=自分より上の存在、天使や大天使や王にお願いして来てもらう。王があなたに好意的とは限らない。一回に付き一人だけを召喚すること。
下記に登場する「補色(反対色)」とは、色相環 (color circle) で正反対に位置する関係の色の組合せのことで。「赤 / 青緑」・「紫 / 黄緑」・「黄色 / 青紫」など、「互いを目立たせる関係にある色」である。
目がチカチカしたりどぎつい色合いになる組み合わせだが、門とスクリーンの色を反対色関係にすることで、より鮮明に門をイメージできる。
(イメージしやすくする為に実際に描いて色づけしたらいいと思う。ちなみに、補色・反対色には間にクッションとなる色を挟むと見やすくなる。
実際に召喚のムービーを作成する猛者が既にいそう。実写なりアニメなりファンタジーものの映像作品を見れば普通に登場するけど)

作業の本質は、霊の投影スクリーンたる門を視覚化し、その門越しに王と対話することである。臨場感を得る為に法衣や神殿を用いてよい。
椅子を置いて瞑想の準備を行う。

五芒星の小追儺儀礼
場を霊的に清める。

調律
元素の方向を向いて坐る。
出現を願う元素霊の王の名前をゆっくりと発音する。
最初は息を吸いながら音を出さずに発音する。各音節ごとに強い振動を与えながら、全身がその振動に浸されるイメージ。
次に息を吐きながら今度は声を出して名前を振動させる。文節ごとに区切って唱える。召喚すべき相手の名を用いた調律は、両者の存在する領域に振動の橋を渡す
風 東 パラルダ
火 南 ジィン
水 西 ニクサ
地 北 ゴーブ

門の視覚化
目を閉じて門を視覚化する。□の上に△が乗ったもので大理石製。細部まで鮮明に思い浮かべる。
門の色は王たちの印形(シギル)と一致させるが、余分な象徴をつけてはいけない。
充分視覚化できたら門の中心に王のシギルを描く。単にシギルが浮かび上がるようにイメージしてもよいし、想像上の指や棒でシギルを描いてもよい。

王の召喚。目を閉じたまま、門のシギルを消し、門の柱と屋根で区切られた長方形の空間に補色のスクリーンを作る。このとき扉が開くと想像してはいけない。門を出入り口に使うのはまだ先の話。この段階ではあくまでスクリーンの上に元素霊の王たちが影を落とすだけである。
正色の門と補色のスクリーンを視覚化したらその補色の光を背景に王を視覚化する。
最初は、影絵のように平板な姿で現れるだろう。召喚回数を重ねるほどに出現した王の姿は立体的になり、動き、言葉を発し、巨大な存在感を放射するようになるだろう。

質問または浄化
あなたは霊的に昇華された元素の精髄たる王に質問できる。
むろん、元素の性質に応じた質問でなければならず、王の返事も言葉ではなくしぐさやイメージに過ぎないかもしれない。
質問が無ければ王のポジティヴな力の波に全身を浸しなさい。ただし、純粋な力はあなたにとって善にも悪にも働くことを忘れてはいけない。
例えば、ニクサの力場の中では、あなたの感情が豊かになるかもしれないが、必要な思考機能は抑圧される。

出立許可
目的を達したら王たちにお礼を述べてそれぞれの領域に帰還していただく。
「偉大なる風の王パラルダよ、御身の助力に感謝する。
迅き風のごとく去られよ、大天使ラファエルの名において」

「灼熱の火の王ジィンよ、御身の助力に感謝する。
稲妻のごとく去られよ、大天使ミカエルの名において」

「茫洋たる水の王ニクサよ、御身の助力に感謝する。
引き潮のごとく去られよ、大天使ガブリエルの名において」

「悠久なる地の王ゴーブよ、御身の助力に感謝する。
地鳴りのごとく去られよ、大天使アウリエルの名において」

門の消去
最初に、門の中にある補色のスクリーンを元の色に戻す。
次に門全体の色を灰色にくすませる。
門の輪郭をぼやけさせ、灰色の霧の中に形あるものを消し去る。

五芒星の小追儺儀礼
場を元に戻す。

魔法日記に儀式の内容を記録する。

・喚起=四大の精霊や、妖魔などに命令して呼び付ける。
喚起魔術では危険を避ける為に、防御の魔法陣が描かれる。喚起対象は三角形の中に呼び出される。
魔術にはすべからく目的が重要。目的意識のない魔術作業は不成功に終わるばかりか、しばしば危険である。目的に応じた存在を呼び出そう。
喚起の本質は、霊の投影スクリーンたる門を視覚化し、その門越しに元素霊と対話することである。法衣や神殿設定は可能ならば行なえばよい。より臨場感を得られるだろう。椅子を置いて、瞑想の準備を行う(弛緩しリズム呼吸を行うなど)。
五芒星の小追儺儀礼
目を開き、作業の場に存在する霊的影響すべてを払拭するつもりで行う。

門の視覚化。
目を閉じて、□の上に△が乗ったような門を視覚化する。屋根、柱、敷居は大理石でできている。細部まで詳細に鮮明に視覚化する。余分な象徴を付与してはいけない。
色は呼びだすものによって違う。
地…グノーム、黒、盤(武器っぽくないが武器だ)
風…シルフ、黄、短剣
水…ウンディーネ、青、盃
火…サラマンダー、赤、棒

元素霊の喚起
目を閉じたまま、門の柱と屋根で区切られた長方形の空間に補色のスクリーンを作る。このとき扉が開くと想像してはいけない。門を出入り口に使うのはまだ先。この段階では、あくまでスクリーン上に元素霊たちが影を落とすだけだ。正色の門と補色のスクリーンを視覚化したら対応する魔術武器を取り、十字を切れ。十字は補色の光を背景に指定色に視覚化する。その上で元素霊に出現を命じる。
「大天使~の名において、出でよ~」
その十字が溶け滲みながら、元素霊が、単独であるいはグループで影絵のように現われるだろう。この召喚の回数を重ねるほど、出現した元素霊の姿は、立体的になり、動き、言葉を発し、豊かな存在感を放射するようになるだろう。

任意の命令または指示を与えることができる。

出立許可。目的を達したら、領域への帰還を命じる。
「~の霊~よ、我が命令を忘れることなく、速やかに去れ、大天使~の名において」

門の消去
最初に、門の中にある補色のスクリーンを元の色に戻す。
次に門全体の色を灰色にくすませる。
門の輪郭をぼやけさせ、灰色の霧の中に形あるものを消し去る。

五芒星の小追儺儀礼
場の霊的影響を全て除去する

魔法日記に儀式の内容を記録する。

・カバラ数秘術。ゲマトリアはユダヤの専売特許ではない。最古のゲマトリアの応用はバビロニアのサルゴン二世であり、コルサバードの城壁を建築する際に、王名に等しい1万6283キューピットの長さに設定した。
ユダヤ(別民族に教会がつけた名札)はギリシャ人からゲマトリアを学んだ。ヘブル語には独立した数詞がない。アレフ・ベートの一文字一文字が数字の意味を持つ。単語を文字に分解し、数字に変換し、その同じ数値を持つ別の単語で置き換えることが可能であると考える、暗号術である。同じ数値を持つ単語には類縁性があるとみなす。
・ノタリコン
①一つの単語の文字に分解して、それぞれの文字を頭文字とする一連の文章を組み立てる。
②文章の頭文字をとって単語を作る(縦読みというやつですね)。
・テムラー(ヘブル語で、配列、並列、並び替え)=文字置換法。

ガンツは楽園(複数形)という意味(ガンツって漫画があるよね)。

下巻
・フォーチュンいわく、ミツバチは金星から地球にもたらされた秘伝の象徴。
・最も儀式が多いのはカトリックと軍隊だ。
儀式により焦点が明確になり、流れが容易に起こる。イメージし易い。特定の身ぶりが厖大なイメージ世界を引き出す。換言すれば究極の魔術師には儀式は必要ない
・イメージ・トレーニングは能力を伸ばす儀式


・エジプト神話で魔術は神々の武器であり権力の基盤。
イシスは父であるラーを騙して、ラー(太陽)の真の名前(レン)を盗み取り魔力(ヘカウ)において並ぶところのない術者となった。
エジプト僧侶は魔術師でもあり呪詛もしていた。
現人神のファラオは魔術師である。

・アプ=心臓、感情のセンター、魔術的力の中心。芸術、物質的な愛情、忍耐などの核。
生存中は「バ(=神性と直結する魂。シストラムという楽器で象徴される)」の座がアプ。アプの護符は赤石、ジャスパー、赤ガラス、赤鑞(ロウ、すず。蝋燭のロウ? すずって錫?)などで作られたミイラの心臓があった空所に置かれた。
・レン(真の名前)。名付けは真に魔術的。創世記でアダムは動物たちを名付け支配権を確立した。
(だから欧米で動物はモノ扱いなんだよ)
名付けは対象に期待される性質、運命、隠れた力などを定義づけることである。
エジプト人は通り名の他に秘密の名前を大事に隠していた。それがレン。レンを他人に知られると支配されてしまう。神々のレンを知ることはその力を得ることに等しい。


・十字は古い象徴。キリスト教の発明ではない。二本の長さが等しい腕木を組んだ十字は「単純十字(クルクス・シンプレクス)」と呼ばれ、西アジアや西欧に広く分布していた。この腕木の長さが等しい十字はギリシャ十字と呼ばれるが、最も古い資料は紀元前18世紀に達するものがあるのでギリシャの発明ではない。無論、キリスト教以前。有名なものでは、テーベ市の壁画にある十字を胸にした人物像は、エジプト第19王朝時代のものでおよそ紀元前1250年と推定されている。アッシリアの太陽十字は、この円の中に十字を描いたもので様々な意匠がある。

・タウ十字。Tみたいなやつ。
ローマの共同墓地に刻まれた。エジプト起源のアンクと混同されることがあるが関連なし(本当かなあ)。ヘブル語で印をタウと言う。『出エジプト記』で、長子を殺害した死の天使からユダヤ人を守ったのは、生贄の血で描かれたタウであった(エジプト関係あるじゃん)。

・ギリシャ十字。まんま十。
腕木の長さが等しい。非常に広く伝播しており、多数の民族が相互に関係なく象徴として使用してきた。

・ラテン十字。✝。
横木の位置が高い。魔術師ならばカバラ的宇宙の均衡などを意味する。
魔術でいう十字はカバラ十字と呼ばれ、動作に言葉が伴う。
なお、本来ユダヤ教徒は十字を切らない。
(十字が出るのがクリスチャン・カバラ)


・ヘキサグラムは上向きの三角形と下向きの三角形を組み合わせたもので、宇宙の象徴。
△は火、▽は水

・ペンタグラムは十字より更に古い象徴。最古のペンタグラムは紀元前2800年前のメソポタミアの都市ウルの出土物に刻印されている。
この「終わりなき結び目」はピタゴラス学派の言う最初の男性数3と最初の女性数2の婚姻により生まれる。
グノーシス派にとってペンタグラムは「光の王国への旅券」であった。ユダヤ人はペンタグラムを護符として用いた。
(十七世紀にイエズス会がヘキサグラムを勝手に定めたせいで、ヘキサグラムも使われるようになった。なお、ユダヤの伝統的象徴はメノラーという七枝燭台である)
ペンタグラムはその頂点を円に内接させ、五つの三角形の腕と中央の五角形の胴体にはヘブル語の天使名などが記された。
ペンタグラムを人体の象徴として用いることはよくあった
(上の頂点が頭、残りは左右手足の先が残り四つの各頂点)。
逆ペンタグラムは邪悪の象徴であり、メンデスの山羊の頭部を模擬している。
バフォメットで有名なあの絵は、19世紀にフランスの魔術師エリファス・レヴィが描いた絵「メンデスのバフォメット」。よってそれ以前にあのイメージは存在しない)
ペンタグラムの五つの頂点それぞれに五大元素が対応する。
<読了感謝>

ダビデの星がユダヤだけのシンボルになったのは十七世紀からでキリスト教が決めた(ユダヤではない)ので日ユ同祖論(キリスト教製品)に使えない。マニ教の概要(山本由美子『マニ教とゾロアスター教』 など)、ダイアン・フォーチュン『神秘のカバラー』 

 ダビデの星がユダヤのシンボルにしたのはイエズス会で十七世紀からだから日ユ同祖論に使えません
日ユ同祖論の最初期の論者である佐伯好郎(1871 - 1965年)はクリスチャンで、日ユ同祖論は単なる功利的な「企画」だと自分で言っています
クリスチャンと大本教系が流す日ユ同祖論という、「実はあなたは高貴な血筋だったんです(キリスト教製品の)神話」に騙されている人が多すぎますので何度も言うことにします。
日ユ同祖論を信じることは聖書が絶対に正しいと信じることと同じ!
日ユ同祖論の前提は聖書!だからクリスチャンが広めているの!
そもそもユダヤ教では「ダヴィデの星」ではなく、7枝の燭台「メノラー」がシンボルとして使われていました。
が、三十年戦争末期の1648年=十七世紀に、六芒星をユダヤのシンボルにしたのがイエズス会(当時のラビたちは猛反対)。
中世以前にユダヤ=六芒星のシンボル
はないのです。
そもそもダビデが出て来るのは旧約聖書でありキリスト教とイスラム教の聖典でもあります。
マークを根拠にしている癖にそのマークの成立年代を言わないのが日ユ同祖論詐欺師
ユダヤがらみはほぼ間違いなくキリスト教の捏造が絡んでいるのです
キリスト教への攻撃を防ぐためのユダヤ陰謀論=キリスト教製品。だからキリスト教陰謀論がない、のと同じく、ユダヤは全てがキリスト教を守る楯
明治・昭和・今上天皇はガーター騎士団に入っていますからキリスト教を利用しまくるということですよ!
病院の✝や、キリスト教暦使っているから一週間七日で、安息日の日曜日が休みで、全員ではないが教会で結婚する国ってキリスト教が支配する国なのですが、正に日本ですよね。

“単語の数は大変多いのでどの二つの言語を選んでも必ず似たものはある。ニクダー(母音記号)なしだといくらでも都合よく読める子音表記のヘブライ語だとどんな言語でも同祖論を作れる
邪馬台国の当時の読みは?神道は道教の一派だから日中同祖論はいかが?”
子子子子子(ねここねこ)‏@kitsuchitsuchi•3月30日

キリスト教がダビデの星を使っていた実例が以下の動画に出ています。20分46秒あたりの、ヨーロッパのビール醸造所の多くは修道院から始まっていて、修道院がビール作りの技術の科学研究施設だった~のくだりにおける、修道院(キリスト教施設)で酒を創る場面の絵にダビデの星(上が少し見えないけど)があります。
進化するビール【テストエンコ】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm13066185

この動画では、中世ヨーロッパでは教会が酒造技術を管理したなどが分かる、非常に面白い動画です。綺麗な水は貴重だったので、製造過程で殺菌できる酒が重要だったのです。つまり酒の管理は綺麗な水の管理のようなもので、まあ支配にはうってつけですね。水道利権を持っているようなものだし。逆に言うと、酒に強い人は生き残り易かったということです。
この動画に面白いコメントがありましたので引用します。
魔術師手術中、呪術師醸造中
短い言葉で事実を伝える早口言葉。単なる早口言葉ではなく、マジシャン(魔術師、呪術師)は医術や酒造技術や字の読み書きの技術(昔は字の読み書きができる=インテリ)を持っていたということです。ペルシャの拝火教司祭(マギ。智識人で技術者)はもろに魔法使いという意味だし。
魔術(魔法)の一分野が宗教と科学です。再現性の低い科学が魔術、魔術が再現性を得たものを科学とも言えます。魔術は他人と共有もしにくく数値化もできないことも扱う総合学問です。他人と共有できる数字や経験論、繰り返しの実験を重んじる分野が科学。
キリスト教の科学迫害に理由は、単にキリスト教が嘘だとバレるからだけではなく、優秀な科学技術を持っていたのが主に異教徒だったからです。ずっとマイノリティだった白人コンプレックスですな(今でも白人の数は有色人種より少ないし)。

日本酒の歴史 - Wikipediaから僧坊酒に行くと
“僧坊酒(そうぼうしゅ)は平安時代から江戸時代に至るまで、大寺院で醸造された日本酒の総称。高品質の酒として高い評価を受けていた。
平安時代初期までは、朝廷が造酒司(みきのつかさ)などの部署を持ち、内部で酒造を行っていたが、やがて官衙の衰退により技術や人員が外部に流出するようになり、民間の酒造りの中心となったのが大和や河内をはじめとする各地の大寺院であった。
この時代の醸造は、今風に云えばバイオテクノロジーの最先端であり、当時の大寺院はそれを委譲されて担っていくだけの、以下に挙げるような数々の好条件に恵まれていた。

•経済力 - 広大な荘園から納入される豊富な米や、貴族などから集まってくる潤沢な寄進によって、大きな商業資本がまだない当時においては、大寺院とは最も資本の集中する存在であった。
•労働力 - 修行僧や僧兵など、体力をもてあましている精力的な人手に事欠かなかった。
情報力 - 大寺院では、遣隋使・遣唐使に加わった留学僧や、渡来僧などの知識人が、日本にもたらした知識をいち早く学ぶことができた。それら知識の中に酒造りに関わる農法や醸造技術が含まれていた。
•環境力 - 当時の最高学府として、新しい情報や知識を俗欲に惑わされず吟味し、実験し、改良していくだけの学究的な時間と空間にも恵まれていた。
•政治力 - 時の大寺院は、今日でいう治外法権が適用されるような領域であり、その特権に助けられ、市井では生育しにくい産業も朝廷から庇護された。さらに、治外法権ゆえに、一般社会ではお尋ね者となったような奇才をもった人材や、勢力争いにやぶれた権力者なども多く流れ込み(アジール)、またそうした人物たちが諸国に持つネットワークを活用し、今日でいう頭脳流入、人材流入の場ともなっていた。

日本以外の事情[編集]
実は大寺院という存在が、歴史のある時期、特に中古・中世などに、酒造りの中心となることは世界史的に見てもめずらしいことではない。ヨーロッパにおけるベネディクト派修道院のワインやシャンパン、トラピスト派修道院のビールなどが分かりやすい例であるように、上記とほぼ同じ理由から、宗教勢力が醸造業の最先端を牽引していく時代というものは、さまざまな文明で見出されるのである
” http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%83%A7%E5%9D%8A%E9%85%92

同祖論のおかしな点について更に詳しくは
英単語は英英辞典と類語辞典を使って覚えましょう(英語学習全般において重要)。ダビデの星がユダヤだけのシンボルになったのは十七世紀から。シャーロックホームズとメーソン員のコナン・ドイル・シャーロキアンとメーソン・民主主義は無責任体制等を意味する英文紹介。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-11.html
をどうぞ。

飲食物がらみでおまけ。

日本の支配層には漢字を是とする連中が西暦500年から仕切ったに過ぎない。それ以前は神話とし、明治以降ワケわからん歴史話で、政権を奪ってきた。”
“文字話はシソーラスな側面があり、意図的改竄があるので、あまり信用ならない。一方、食文化は明らかにルーツを醸し出す
。 関西で「何故蕎麦や納豆が食われない」か? この辺にヒントがある。 http://www7b.biglobe.ne.jp/~rakusyotei/sawakai59.html …”
“納豆は中国の北の文化で、蕎麦や仲間の植物である麦も北の出である。関東で蕎麦屋が何故人気か?関西はなぜうどん屋か?だ。”
“正確には中国北部だけが、納豆ではない。麦わらか稲わらか?麦なら北の、稲わらなら南の。”
以上、ネズミさん‏@Nezmi_san
『蕎麦3 そばの古代史考』 
http://www7b.biglobe.ne.jp/~rakusyotei/sawakai59.html
”当然ながら古代の飛鳥時代、奈良時代にも蕎麦は食べられていたはずである。ところがこれらの時代の書物である古事記、日本書紀、万葉集には蕎麦のことが出てこない。「古事記」にはオオゲツヒメが蚕、稲、粟、アズキ、麦、大豆を生んだ、と書かれている。つまりこれら弥生時代と想定される神代の時代に稲や大豆などが我が国へ持ち込まれたことを意味しているのだが、蕎麦についてはどこにも書かれていない。何故だろうか、この頃には皆が蕎麦を知らなかったのか? いえいえ、飛鳥時代に天皇から救荒作物として蕎麦の栽培を奨励するようにとの勅諭が発せられていることからも、古事記が書かれたこの当時にはすでに広く民衆に知れ渡っていたと考えられる。さらに、それに先立つ古代朝鮮半島の百済から軍事援助を頼まれて赴いた白村江の戦の時の倭国の跡地からも大量の炭化した蕎麦が見つかっているのである。


明らかに当時の倭国の一部にはすでに栽培されていたと考えられる蕎麦が何故、歴史書や和歌などの表舞台に表れてこないのだろうか。当時の他の穀物である粟や稗と比較して蕎麦はどのように見られていたのだろうか、私には大きな疑惑が湧いてくるのを感じる。山内義治氏によると、ソバはそもそも日本には自生していない植物であり大陸かどこかから人の手で運ばれてきた作物であるという。また、安達巌氏の「たべもの伝来史」によるとソバは縄文時代晩期に中央アジアからもたらされた、とされている。ソバは縄文時代晩期には北海道から九州にいたる日本海側の遺跡から多く見られ、ほぼ同時代のものと見られるものが発見されている。すなわち北海道では美々遺跡や御殿山遺跡など北海道の南西部に限られて見られ、本土ではソバ花粉のほとんどが日本海側の遺跡に片寄っている。安田喜憲氏によれば、縄文時代後期にソバが我が国の日本海側の各地に持ち込まれたと思われるが、それらが同じ時代のものであり、しかも広範囲であることから、かなり多くの人の流入が想定される、としている。

ちょうどこの時期は、中国では周、戦国時代から秦の始皇帝による統一国家へと王朝が切り替わっていった時期であり、このときに中国の中原といわれる周辺の東側に住んでいた民族が穀物を持って海に逃れたのではないかとも想像できる。そこで思い当ることがある。BC200頃に秦の始皇帝に不老不死の薬草を採りに行くと言って数千人の若者たちと穀物の種などを持って日本(蓬莱山)に向かって船出した徐福の話が中国の歴史書に残っている。それはちょうど日本では弥生時代中、後期に当るがこの話の、我が国での続きがない。また、弥生時代に続く古墳時代には、古墳から騎馬民族の土偶や壁画が沢山出土していることから江上波夫氏は騎馬民族が我が国に渡ってきたのではないか、との説をとなえている。いずれにしても彼らは蕎麦と共に育った寒冷地の民族である。彼らが倭国に渡ってきたとすると当然それまで身近に食べていた蕎麦を食糧に選んだことだろう。中国の遺跡発掘によって当時の中国の人たちの農作物の様子が分かっている。それは、一般的な傾向として中国北部からは粟、麦、黍、蕎麦、高粱などが出土しており、南部地方からは稲、粟、黍などの穀物のほか、瓜類、梅、棗など果実の出土が目立っている。このことからも中国北部に住んでいた民族は蕎麦を常食にしていた人たちである。食糧確保に腐心していた我が国の神代と言われる時代の人たちにとって、先進的な農業技術を持った若者たちが集団で渡来してきたとなると、どこかで我が国の食べ物に影響を与えていないわけがない。これ以上は想像をたくましくするするしかない。

私はふと、出雲族ってなんだったのか、気になってきた。出雲の地に集団で生活していた民族が「古事記」に書かれているように大和政権に国譲りをした後、和歌山や四国など全国に多くが散って行ったが、この民族とはどんな人たちであったのか、渡来した徐福の集団などとは関係ないのであろうか。なにか引っかかるものがあるが、私にはそれ以上の想像を膨らませるだけの情報を持ち合わせていない。

わが国ではソバの花粉は前述した通り縄文時代の初期から北海道や東北の遺跡から見られており、かなり前から栽培されていた可能性がある。縄文後期には福岡県板付遺跡から、弥生時代に入ると佐賀県菜畑遺跡や島根県タテチョウ遺跡からもソバの花粉が見られている。縄文時代の遺跡に見られる蕎麦は普通種であり、現在我々が食べている蕎麦なのである。高天原の時代から遙かに下って「続日本記」には、元正天皇が養老6年(722)7月19日に「宜しく天下の国司に令して、百姓に勧課して晩禾、蕎麦及び大小麦を植え蔵置して以て年荒に備えしむべし」と勅諭を出しているからである。この勅諭は古事記や日本書紀が完成した直後に出されている。つまりこれは天皇が勅諭として緊急対策にソバを栽培するように奨励しているのであり、天皇も農民も蕎麦について広く知られていたと考えられるにもかかわらず国の歴史書にはソバは全く登場してこないのである。



私は、縄文時代の後期から弥生時代前半にかけて、日本海側に住んでいた蕎麦を常食としていた民族と、古事記でいう高天原など神代の舞台に住む民族との間の交流がなかったのではないかと想像している。高天原民族は稲作を食の基本とし、米と大豆の食文化を展開して行ったと想像している。高天原の流れを受け継いだ大和朝廷が全国を支配することにより米と大豆が表の食べ物となり、その後の日本は米本位経済社会へと大きく舵を切ることになる。一方、蕎麦は日蔭のたべもの、救荒作物として位置付けられ、国の歴史書にもほとんど登場しないまま細々と山間の畑で受けつながれてきたのではないだろうか。だから我が国では縄文時代から食べ続けられながら「そば」についての記述がなかったのではないだろうか。

これに似た話として納豆の話を紹介しよう。我が国へは昔、2つの系列の納豆が持ち込まれている。一つは平安時代の初め頃の帰化僧や遣唐使が中国、黄河の北の文化として持ってきた麹菌で発酵した納豆である。当時の大和朝廷はこの納豆を「豆醤」として大宝律令で保護した。そしてこれらの納豆は京都を中心に広く関西に広がっていたが、今では「大徳寺納豆」や「浄福寺納豆」としてわずかに残っているだけである。一方、それよりも古い時代に南方漁労民によって東南アジアから渡ってきた「糸引き納豆」が各地に広がっていた。しかし、これら糸引き納豆は大和朝廷が推し進める「寺納豆」に押さえ込まれ、京都周辺では普及することが出来なかった。それから千年以上たった現在も、関西の「糸引き納豆」の消費量は他の地域に較べて依然として少ない。食べ物の習慣は根強く長年にわたって影響するものである。



我々が今知ることが出来る蕎麦食の痕跡は、縄文時代の遺跡からの出土の次は663年の白村江の戦いで敗戦した廃墟からの炭化した蕎麦であり、その次は元正天皇の勅諭まで飛んでしまう。さらにその次となると元正天皇の勅諭から850年後の木曾の定勝寺改修記録に現われるまで表面に出てきていないのである。そばが我が国の食の表舞台に登場するのはなんと江戸時代半ばになってからである。そしてこの長い日本の歴史は米中心の食文化一色に塗りつぶされてしまっていたのだ。

長い間救荒作物として日陰者扱いされていた蕎麦が、どのように江戸っ子の食べ物へと替わって行ったのか、その変遷の過程については岩崎信也氏の「江戸っ子はなぜ蕎麦なのか」(光文社新書)に詳しいので興味のある方は一読をお奨めしたい。


古事記は天武天皇によって「天皇は遙か神代の時代から繋がっている一本の道」であることが示された歴史書である。そしてこの天皇制は他の者に取って代わることの出来ない大原則であるとして律令制度の基本としたのである。だから古事記に登場する食べ物も彼らが常食としていたものだけしか書かれなかったのかも知れない。こうして片隅に追いやられていた日蔭の食べ物が表舞台に立つのが江戸時代半ばであり、米本位制社会が確立した後からであった。しかし、明治政府が文明開化を旗印に欧風化を富国強兵の手段に選んだことにより江戸文化は古い、捨て去られなければならない文化とみなされ、蕎麦文化も同じ運命を辿ることになったのであろう。


やっとマニ教に移れるぜ。

マニ教の概要。
前の記事でエヴァは、マニ教の要素もあると述べました。
山本由美子『マニ教とゾロアスター教』 山川出版社〈世界史リブレット〉、1998年4月 を主に参考にして述べます。

マニ教(マーニー教。摩尼教、明教、二宗教)
三世紀のマニ(マーニー)がササン朝ペルシアにて創始。
中核は善悪二元論(拝火教+グノーシス主義)。
物質・肉体=悪。
霊魂・精神=善。
菜食主義(肉食禁止)と飲酒禁止。
一日一食。週一度に断食。
動物を殺すことも、植物の根を抜くことも禁止。
食べて良い代表的なものは果物であり、透き通った野菜。
きゅうりやメロンは最も良いとされた。
(衰弱死しそうなんですけど)
白い衣服を着る。
現世否定。性欲否定。
性欲否定は神話の表現にも表れていて、光=善の側は産むとか生まれるという言葉が使われず、「呼び出す」という言葉を使います。
(苦しいですね。性欲否定の宗教の致命的な問題点は、生殖しないと信者がどんどん減ってしまうというものがあります。まあ、だから積極的に広めまくったのでしょう。子宝沢山は惡なのですから)
信者減少対策として、マニ教は、平信徒(聴聞者)と選ばれた者(アルダワーン=義者=拝火教で善をおこなった信者を呼ぶ言葉)に分けました。
聴聞者はそれほど強く戒律を守らなくて良く、結婚も子づくりも許されるとし、生産活動をして選ばれた者を支える役割にしました。戒律を厳密に守ると生産活動が不可能になりますからね。
アルダワーンには女性もなれます。布教師にもなれます。しかしマニ教神話は男性優位っぽいです。でもグノーシスは女性優位なんですよね。
マニ教の神話は色々混ざっています。長いので面白そうなところだけピックアップします。
・はじめに光明の父もしくは偉大な父(ズルワーン=時間)と呼ばれる存在が光の王国にあり、光の王国は上・東・北・西の方位にあり、光の五元素(光、風、火、水、エーテル)をその実体としていた。
闇の王国は下・南にあり、光の五元素に対応する五つの闇の元素からなっていた。
(はじめが父なので、男性優位思想。グノーシスは女性優位なのにね。
しかし神話に反して、女性が「選ばれた人(アルダワーン)」になることはタブーではなく、女性の布教師も珍しくはありませんでした。
ゾロアスター教ズルワーン主義=拝時教、の影響って凄いですね。
南になにか恨みでもあるのでしょうか。理由が知りたいです。
時間=変化の前提が始まりとは哲学的に感心しました。
時間=時計・天体の動きの周期・暦は農業用だったのに今や奴隷を長く働かせる為の道具になっております


・光明の父(偉大な父ズルワーン=時間)が、生命の母を「呼び出した」(産むが使えないので)。
この生命の母が最初の人である原人オフルミズド(アフラ・マズダーの中世ペルシア語形)を呼び出した。(処女懐胎以上にファンタジーですな)
・光明の父は、生ける霊(ミフルヤズド)も呼び出した。
ミフルは契約の神ミスラの中世ペルシア形で、このころは太陽神と同一化されるようになった。ミフルヤズド(ミスラ神)は、インドにおけるミトラ神、ギリシャ・ローマにおけるミトラス神に相当する。仏教における弥勒菩薩(マイトレーヤ)もまたミスラ(ミトラ)に由来するともいわれている。
(ミトラ=密特拉〔中国語〕の漢字表記の頭は「密」なんですよね。密教にもミトラの要素あるし。
マニ教においては光明神としての性格が強調され、太陽と同一視された。ソグド語で日曜日の事もミール
と呼ぶようになった)

この世界は倒された闇の悪魔たちの屍体から創られた。悪魔からはぎ取られた皮から十天が創られ、骨が山となり、身体や排泄物は大地となった。闇のアルコーン(執政官。高位の悪魔)たちは鎖で空に繋ぎとめられた。
汚されていない光の元素から太陽と月が創られた。
少し汚されたものから星が創られた。

(マニ教では、十層の天と八層の大地からなるという宇宙観。なんと日本でマニ教の宇宙図が見つかりました)

闇は、虜にした光の元素を取り戻されないように、物質がすべての悪魔を飲み込み統合して一つの大悪魔を創った。同様に女の悪魔たちも一つの大悪魔となった。その男女の大悪魔によって、憧れの的である第三の使者(光明の父が呼びだした)に似せてアダムとイブが創られた。ゆえに、アダムとイブは闇の創造物でありながら、大量の光の要素を持っていることになる
自分が光の要素を持っていることを知らないアダムに、自らの光の本質存在を知らせるために、第三の使者の化身であるイエスが送られ、アダムにグノーシス(知識)を与えて覚醒させる。覚醒したアダムは自らの内なる光の本質を救うために物質の連鎖を断ち切ろうと禁欲を誓う。
しかし、アダムよりは少ないがやはり光の本質を持つイブはグノーシスをイエスから与えられなかった。その理由を理解できず、アルコーンと交わってカインとアベルを産む。嫉妬に駆られたアダムは、自らを抑えきれずイブと交わり、セトが生まれた。かくして、人間の生命の営みが始まった。
(男尊女卑)

・この世界は物質である限り、闇のアフリマンの支配下にある。しかしグノーシスを得た人が少しでも光の元素を救いだそうとするので、戦いは続いている。
囚われの光の粒子は、閉じ込めている物質が壊されると解放される。それはまず光の柱を通って月に集められ、月が満ちると太陽に移され、その後に新しい天国に呼び集められる。
(囚われた光の粒子の経路は光の柱→月→太陽→新しい天国


・いずれ光と闇の最終戦争が起き、イエスが正邪を分ける判事としてあらわれる。世界の終わりには神が支えることをやめるので天地は崩れ落ち、1468年間も続く大火によって全て物質的なものは消滅する。イエスは光の王国と合体した新しい天国に戻り、二つの原理はもはや混じり合うことはない。

・「白衣白冠の徒」といわれた東方のマニ教(明教)は、景教(ネストリウス派キリスト教)・祆教(ゾロアスター教)とともに、三夷教ないし三夷寺と呼ばれた。

キリスト教の異端派がマニ教の変形である例はいくつかる。
アルメニアから始まって、黒海沿岸に広まったパウロ派は、使徒パウロの書簡を重んじる二元論的世界観を持っていた。

ブルガリアに発してコンスタンティノープルにも根拠地を置いたボゴミール派は、サタンによる創造神話や旧約聖書の否定など特徴的な教義が、異端審問の記録により信仰内容が良く知られている。ボゴミール派がブルガリアとビザンツ帝国が栄えたのは九世紀から十二世紀までである。

特にマニ教的だったのが十一世紀から十三世紀に北イタリアから南フランスにかけて受け入れられたカタリ派であるが、フランス統一をはかる北フランスのカトリックの王家により弾圧された。地中海沿岸の南フランスに栄えたのがカタリ派である。
ただしそのように非難されても、信者自身はマニ教との繋がりを認めてはいないが、宇宙の創造に悪魔が介入していることを認めたり、酒や女の快楽を否定し、結婚をよしとせず、水による洗礼を行わないように、非常にマニ教的である。女性の地位も高い。注意しないといけないのはマニ教だと非難したのはカトリック側であることだ。
(マニ教を守るためかもしれません。マニ教勢力の存在を明確に認めると狙われるから)

マーニーは珍しいことに、自分で教典を書き、バビロニアを中心に教団を形成した預言者。
マニ教団勢力は、サーサーン朝(ササン朝。ペルシャ=イランの拝火教国家)に迫害されるほどに勢力が強かった。
本拠地はバビロンだったが、マニ教が目覚ましい発展を遂げたのはまずローマ帝国領のシリアやエジプト、その他の地中海沿岸地方であった。エジプトではアレクサンドリア(錬金術=科学の聖地)を中心に発展したことは、元マニ教徒のキリスト教の教父アウグスティヌスが記している。
アウグスティヌスの母はクリスチャンだったが、彼はカルタゴでマニ教に出会って信者(聴聞者)となった。
アウグスティヌスがマニ教の影響からキリスト教の二元論を強化したと思います。善悪の戦いの強調の源流は拝火教ですけどね
当時のアレクサンドリアやカルタゴでは様々な宗教の間で公開討論会のようなものが行われ、自己の宗教の優位性を論理的に主張することが普通に行われていて、一種の娯楽だったらしい。折衷主義のマニ教はどのような論点も自己のものとして取り入れることができるので、非常に論争しにくい相手だったであろう。
(何でも信じているか、何も信じていないか、どちらも最強なんですよね

三世紀から千年以上もユーラシアの西はスペイン、東は中国福建省の泉州にまで広がったが、現在では消え失せしまっている世界宗教。実は中国では生き残っています。
そして現在の統一宗教=イルミナティ教のモデルでしょう


預言者マニ(マーニー)は自分で経典を書いた。予言者が自ら教義書を書いたのは、マニが史上初であろうことは先述したが、マニが主として経典にアラム語を用いたのには、当時の中東世界の共通語として広く意思疎通に用いられていたからであろう。
彼は速やかに経典を各地の言語に翻訳させたが、その際、彼は自身の教義の厳密な訳出よりは各地に伝わる在来の信仰や用語を利用して、入信者が理解しやすいように、自由に翻訳することを勧めた。場合によっては馴染みやすい信仰への翻案すら認め、このことは異民族や遠隔地の布教に有効であった。
マニ教は他の宗教と論戦しながら改宗を勧めていったのだが、相手の宗教を否定せずにむしろ積極的にその宗教独自の概念や神話を取り込んで、違ったものに作り変えてしまうことにひいでていたので大変議論がしにくかった。特有の概念や神の名を異なる脈絡で言及するので強い違和感を与えるものの反論しにくかったはず。
(改良版を売る戦術ですね。マニ教は実は君らの宗教の改良版に過ぎない戦法)

しかし、各地ごとに布教目的で柔軟に用語や教義を変相させていったため、普遍的な世界宗教へと発展した反面、教義の一貫性は必ずしも保持されなかった。
(だから消えても影響が残りまくったのがマニ教。道教みたいですね。神道・天皇・神器は道教用語であり日本由来ではないのです。全部中国産。年号だって漢文から。どこにヘブライ語があるの?)


中国(唐)にマニ教が伝わったのは七世紀。694年、マニ教の教師(佛多誕)ミフル・オフルミズドが、はじめて唐の宮廷を訪れ、則天武后と会見してマニ教の信仰を説いて布教が許された。マニ教はバビロニアの優れた天文学と暦の知識を持っていて、暦の改定を進めていた当時の唐には魅力的だった。
八世紀、758年の安禄山の乱において、弱体化していた唐朝を支援して乱の鎮定に尽力したウイグル王ヤブグ汗(ウイグル族は中央アジアのトルコ系部族)がマニ教に改宗し、ウイグルの国教とした。768年にはウイグル人のために長安にマニ教寺院大雲光明寺が建てられた。
マニ教の教義はすでに各地で仏教や、ゾロアスター教、キリスト教の教義との混淆を深めていたが、この時期になると、さらに中国独自の宗教である道教の教義とも同一化されるようになった。マーニーは道教の始祖老子の生まれ変わりとみなされたりした。
マニ教の後ろ盾となっていたウイグル汗が840年に、キルギスに敗れ、ウイグルの領土が高昌(ホッチョ)とその周辺地域に限られるようになると、中国各地でウイグルにたいする反感が吹き出し、ウイグル人の巣窟とみなされた各地のマニ教寺院が破壊された。
842年から4年間続いた武宗(道教重視)による「会昌の弾圧」は、マニ教のみでなく、拝火教、キリスト教、仏教をも含むすべての外来宗教を弾圧したものであったが、マニ教の受けた打撃は大きかった。
 仏教では、寺院4600寺が廃され僧尼26万5千人が還俗させられたので、「会昌の法難」と称している。
福建の泉州に逃れたマニ教徒はこの地で秘密結社のような組織になったという。
マニ教経典は、一見仏教の典籍の一つのようにされ、一部のマニ教徒は道教の一派のように振舞っていたこともある。キリスト教の一派とみなされたことも多く、マルコ・ポーロが泉州であったと述べている「キリスト教徒」はじつはマニ教徒だったといわれる。
結局、中国のマニ教徒は十五世紀くらいには姿を消し、これによってマニ教は事実上消滅した。
と思われたが↓
“元を倒した新たな王朝を築いた朱元璋が新王朝の国号を「明朝」としたのも、元朝打倒の原動力になった明教にあやかってのこと
出典中国におけるマニ教
マニ教は843年に唐の武宗によって禁止された後も「明教」と呼ばれ流布しつづけた。”
“中国・福建省でマニ教の寺院が複数現存していることが近年確認されている”
“何百年前に滅んだはずのマニ教が、中国では細々と生き残っていて、寺もあれば信者もいて、毎年マニの生誕祭が開かれている”
“御本尊の摩尼光仏
【歴史】マニ教 ー消えた世界宗教の謎ー
http://matome.naver.jp/odai/2134904705662315701

ササン朝書記にゾロアスター教の根幹を揺るがす重大な異端がズルワーン主義(拝時教)。すべての始まりにズルワーン(時)という神がいた。つまり善悪の出会いや創造は<(無限の)時>という枠組みの中に置かれることになった。ズルワーンは宇宙の創造を思いたち、その仕事を託す為の創造主を生み出そうとした。しかしその間に彼は創造が良いことなのかどうかに疑念を持ち、その疑念から醜悪なアフリマンが生まれた。思い直した彼が完全なものとして改めて産みだしたのがオフルミズドでその出来栄えに彼はすっかり満足して、ズルワーンは彼に創造の仕事を託して隠居した。オフルミズドは宇宙創造に取り掛かったが、不満を持つアフリマンがことあるごとに邪魔をしたため、両者はついに闘って決着をつけようということになる。
こうした神話はなぜ双子と言われる対立する二霊が存在したかという疑問を解決してくれるが、善悪の絶対的な対立を出発点とする、ゾロアスター教の最も重要な世界観と矛盾する。つまり、悪の存在理由と悪からの解放という他の宗教が解決できなかった問題に第一義的に取り組んだゾロアスター教の独自性を失わせるものなのである。
しかし、独自の教団も形成せず、ゾロアスター教を否定したわけでもなく祭儀上の問題も起こさないズルワーン主義は、ゾロアスター教の祭司たち(マギ)にも容認された。ササン朝初期にズルワーンという言葉を用いた人名が頻発するので、排斥されていなかったことが明らか。伝統的なゾロアスタ教の聖数3と7に加えて、ズルワーンの聖数4が色々な場面で見られるにも、ズルワーン主義の隆盛を示すものだろう。
(ギリシアではズルワーンはアイオーン。クロウリーの言うイオン=時代でもあります


・マズダク教
恐らくマニ教の影響を受けたマギであるマズダクMazdak(5~6世紀。ササン朝期)が提唱。全ての不幸の原因は所有欲にあるとし、現世に欲望を持たず、無所有を徳とする。不殺生、禁欲、婦女子と財産の共有(土地と女性に執着しないため)、肉食の禁止
などを主張した。
なお、その詳細を復原することは,資料の不足のために不可能。北方よりのエフタル族の侵入と飢饉で混乱する当時の社会情勢を背景に,急速に人心をつかみ,国王カワード1世(在位488‐496,499‐531)が、貴族、高級聖職者階級の権勢を制する意図もあってその信奉者となったことから王宮内にも勢力を拡大したが、マズダク教の影響力は社会不安を増大させるとして弾圧に転じた。
528年皇太子ホスロー(ホスロウ)に命じて、マズダク教の主だった指導者を一堂に集めさせて全員殺した。命運は絶たれたが影響は残り、イランで異端的な動きが起こると必ず言及されるほどである。

イスラムにはシーア派ってある。大多数のスンニ派との違いは、イマームの継承問題。WIKIにもそーとしか書いていない。ところが、地図で分布図を見ると...サッサーン朝ペルシャ時代にゾロアスターからマニ教が派生するンですが、シーア派の分布はこの生誕地と合致します”
J・ナナミ‏@pinkglalem

陰謀論はキリスト教が絶対に黒幕にならない=キリスト教が黒幕。ネットに出回り過ぎている情報=ユダヤ陰謀論は誤り。
ユダヤ人はキリスト教の捏造だとちゃんと言っている稀有なお方。私はブロックされましたけど。
マニ教とゾロアスターとミトラの混合でしょうね


『マニ教とゾロアスター教』 山本由美子 (山川出版社)
http://blogs.yahoo.co.jp/chanchan_yanagi/50699870.html
“【折衷主義的】
 マニ教は、すべての文化を混淆する傾向をもつヘレニズム文化の隆盛期に、古代文明の中心地バビロンにおいて、イラン人でありながら、ユダヤ教系の宗教集団に入っていた両親のもとに生まれたマーニーにより始められた。したがってマニ教はそもそもの誕生から、複数の民族や伝統、神話群と深く関わっていたのである。おそらくマーヒー自身も、自らの受けた天啓が、特定の民族やグループにのみ向けられたものとは考えもしなかったことだろう。彼は多様で異質な世界を受け入れ、そこに共通するもの、翻訳可能なものを積極的に取り入れて自らの信仰体系をつくりあげていった。その結果、それはだれにでもとりつきやすいもののようにみえながら、余りにも多種多様な神話や観念、倫理観を呑み込んでいるため、怪物のような複雑さをもつものになってしまった。マニ教は史上まれにみる折衷主義的な宗教である。(p.6-7)

【マニ教の二元論】
 マニ教の思想は折衷主義的な二元論にもとづいている。マーニーによれば世界は対立する2つの原理からなりたっているという。一方は光で他方は闇である。光は霊的なものであり、闇は物質的なものであった。この点では同じ二元論でも善悪、生命と死の対立を根本とするゾロアスター教の二元論とは異なり、ギリシャ哲学の二元論の影響を感じさせる。マニ教の物質や肉体にたいする嫌悪感は極めて強く、その現世否定は仏教の影響と考えさせるほどである。(p.31)
 ふぅ~~ん
 この世界は物質であるかぎり、闇の力であるアフリマンの支配下にある。しかし、グノーシス(知識)をえた人びとが少しでも光の元素を救い出そうとするので、戦いは続いている。囚われの光の粒子は、閉じ込められている物質が壊されると開放される。それは、まず 「光の柱」 をとおって月に集められ、月が満ちると太陽に移され、その後 「新しい天国」 に呼び集められるという。いずれ光と闇のあいだに最終戦争がおき、そのとき、イエスが正邪をわける判事としてあらわれる。
 月と太陽に関する記述があったので、書き出しておいた。
 最期の記述は、露骨にキリスト教的である。マニ教には、いろんなイエスが登場する。

【マニ教の隆盛と衰退】
 折衷的な教義をもつマニ教は、相手の宗教を否定するのではなく、むしろ積極的にその宗教独自の概念や神話を取り込んでしまうので、当時、イランの正統として確立していたらしいゾロアスター教は、議論をしにくく、徐々にその地盤を侵食されていったらしい。
 しかし、最終的にイランにおいてマニ教は衰退してゆく。世俗の政権の後ろ盾をもたなかったからだという。
 マニ教が拡大している時期、折衷主義は長所として機能するけれど、いざ衰退期になると、それぞれの宗教から異端とみなされ弾圧されるようになる。折衷主義という独自性のなさは、そのような宿命をもっている。

【中国のマニ教】
 694年、マニ教の教師(佛多誕)ミフル・オフルミズドが、はじめて唐の宮廷を訪れ、則天武后と会見してマニ教の信仰を説いて布教が許された。(p.70)
 祆教(ゾロアスター教:631年)や景教(ネストリウス派のキリスト教:635年)より遅い。
 マニ教は、バビロニア伝来の天文学と暦の知識が魅力となり、急速に拡大していった。それに怖れを感じた唐朝は732年に中国人の改宗を禁じる法令を出したという。
 758年に起こった安氏の乱を鎮圧することに功績のあったウイグル族の王ヤブク汗はマニ教をウイグルの国教とした人物であった。そこで、
 768年にはウイグル人のために長安にマニ教寺院大雲光明寺が建てられた。(p.71)
 長安以外にも、洛陽など揚子江流域に複数の 「大雲光明寺」 が建てられた。この時期、マーニーは道教の始祖老子の生まれ変わりであるという折衷説も取り入れられていたという。
 しかし、やがて・・・

【会昌の弾圧】
 中国各地でウイグルにたいする反感が吹き出し、ウイグル人の巣窟とみなされた各地のマニ教寺院が破壊された。842年から4年間続いた武宗による 「会昌の弾圧」 は、マニ教のみでなく、仏教をも含むすべての外来宗教を弾圧したものであったが、マニ教の受けた打撃は大きかった。
 仏教では、寺院4600寺が廃され僧尼26万5千人が還俗させられたので、「会昌の法難」 と称している。
(p.72)
 さすが中国。やることが派手である。会昌とは当時の年号のこと。
 この難を逃れたマニ僧は、福建の泉州に移り、秘密結社のようにして存続したらしいけれど、15世紀ともなると、マニ教は中国から完全に姿を消してしまったという。

                 <了>


 『マニ教とゾロアスター教』
http://d.hatena.ne.jp/itumadetabeteru/20081029
“マニ教の特徴は折衷主義的なところだそうだ。さまざまな宗教や神話のごった煮状態。
二元論だが、それはゾロアスター教の二元論とは違う。マニ教の場合は、世界は光と闇という二つの原理から成り立っていて、光は霊的なもの、闇は物質的なもの。だから当然、人の肉体という物質的なものも闇であって、結果、現世否定に至る。このあたり仏教の影響が感じられると著者は書いている。
 
◆ゾロアスター教
それに対してゾロアスター教の二元論は、この世のありとあらゆるものは善と悪に属し、現世はこの二つの原理の相争う場であるそうな。善とは生命であり光であり、創造主アフラ・マズダーである。悪とは死であり、闇である。だから死は忌み嫌われる。死体にふれることもタブーだった。ところで、この善と悪の争いが生まれたところの説明が面白い。
ゾロアスターの説くところでは、もともと二つの対立する原理が存在したのだという。二つは完全に対立するので、その間に優劣や強弱の差はない。それはあたかも双子のようなものだと彼は述べた。両者はまったく無関係に存在していたが、たまたま遭遇してたがいに相手の存在に気づいたとき、対立が生じた。一方の霊は善であったので生命を選んだ。他方は悪で非生命(つまり死)を選んだ。
(P.14)
両者はまったく無関係に存在していたが、たまたま遭遇して対立が生じたっていうのが、どこかのんきでいい。争う運命にあった、とかじゃないわけだ。たまたま遭遇しなければ対立も存在しなかったのかな。二つは完全に対立する「ので」優劣がない、という論理の立て方も面白い。飛躍があるようにも見えるが、優劣は共通の地盤に立って始めて言えるので「完全に対立」している場合は、優劣は言えない
、というようなことを前提にしている、テツガク的な主張にも聞こえる(でもそもそも「対立」とか「争い」がありえるためには共通の地盤が必要なんじゃないの?と思ったりもするけど、まあ、そこら辺は著者の書き方かもしれない)。
ただ、この創造主アフラ・マズダーがずるいというか抜け目がないというか。
叡智の主アフラ・マズダーは先見の明によって、対立する二霊は戦わざるをえないことを知った。その場合、戦う場と武器と主体が必要になるし、戦ったあとには勝敗が決まる。したがって、戦いを始めるにあたって、究極的に自らの勝利となるときを期限とすることができれば、自分が勝利して終わることは間違いがない。そこでアフラ・マズダーは、自分が勝利するときを終着のときとするという条件で戦おうと提案した。死と破壊の霊は、結果をみとおすことがないので、ただ戦うチャンスにとびつき、この提案は同意された。
(P.14~15)
明らかにアフラ・マズダーはずるい。当時のイランでは、公平であることよりも賢いことの方が価値があったのかな?
しかし、両者が対立した(戦い始めた)理由がよく分からない。
それについてまったく説明がないならともかく「(両者は)戦わざるをえないことを知った」(仕方ないから?)とか「(死と破壊の霊は)戦うチャンスにとびつき」(戦いたいから?)などと、ほのめかされている。で、死と破壊の霊が好戦的なのは分かった。でも、アフラ・マズダーの方はどうなんだろう?やはり好戦的なんだろうか?それとも「仕方なく」戦うのだろうか?少なくとも現代の社会では、「正義」は必ず「仕方なく」戦う。そうでなきゃ「正義」になれない。
かくして、アフラ・マズダーによって「争いの場」として世界が創造
され、そこに悪の霊が侵入して破壊をもたらした。植物は枯れ、人間や動物は死ぬ。その反撃として、善の勢力は死んだものから種をとりだして、さらに多くの生命をもたらした。人間は、善い心、善い言葉、善い行いの三徳を守り、善の側に立って戦いに参加する。最後には救世主があらわれ、悪は滅ぼされ、その後は完全な世界が永遠に続く。
分かりやすい。
 
預言者ゾロアスターが活躍したのは紀元前1200年ごろと言われている。ゾロアスター教は、イラン人の移住とともに次第にイラン全土に広まり、アケメネス朝ペルシアがオリエント世界を統一した前六世紀にはイラン人の宗教として確立していたそうだ。拝火教という別名にふさわしい「火の寺院」が建立されるようになったのもこのころのことで、メソポタミア(イラク)でさかんだった偶像崇拝や壮麗な寺院建立の慣習を取り入れた結果だ(しかしヘレニズム的な偶像崇拝の慣習は6世紀ごろには再び見られなくなった)。
アケメネス朝ペルシアがマケドニアのアレクサンドロスに前330年に滅ぼされた結果、イランにヘレニズム(ギリシア)文化がもたらされたが、征服した側のギリシア人はみずからの信仰を強制することはなかった。さらにその後はイラン東北部出身の遊牧民族パルティア人がイランを再統合する。これがアルサケス朝ペルシア。この帝国は地方分権制で、やはり各地の独自性には介入しないというポリシーであった。また、ゾロアスター教徒が自らの世界観を述べる際に、ギリシアの神々の形容詞を流用したり、ヘレニズム哲学の思考法や用語を使うこともあった。このころの人々には、固有の宗教や伝統、文化に執着するという習慣はなかったらしい。しかしこのような状況でイラン人の間でゾロアスター教などの自分たちの文化を守ろうとするイラニズムの傾向が見られるようになったとも書かれているが、ここら辺の事情についてはこの本ではよく分からない。
そのようななか、3世紀ごろイラン西南部に出てきたサーサーン朝は、自らの正統性を主張するために「アケメネス朝はイランの伝統からはずれた正当でない王朝である」と主張した。その結果、(正統性の根幹である)ゾロアスター教はアレクサンドロスの征服の際に滅び、サーサーン朝によって復興したのだと信じられるようになった
うーーん。どっかで聞いたような話だな。
 
◆マニ教
マニ教の開祖マーニーの父親はアルサケス王族出身で、母親も王家につながる家の出とされる(つまりゾロアスター教の伝統を持つ人たち)。マーニーが生まれたのは216年で、4歳のとき父パテーグが酒、肉、女を断てという声を聴き、家族ともどもグノーシス主義のグループにはいった。バビロニア(現在のイラク南部)で生まれ育ったので、ユダヤ教的教養にも触れることができた。12歳のときにマーニーのもとに精霊が訪れ、新しい信仰への自覚を持つにいたる(若い…)。24歳のときに再び精霊が訪れて彼に伝道を命じたので、まず両親を改宗させ(!)、インドへ向かった。このとき仏教やヒンドゥー教の知識を得たのだろう、と著者は書いている。このインド遠征で仏教徒であったバルーチスタンの王を改宗させたそうな
バビロニアに戻った彼は、サーサーン朝の王宮にまねかれ自らの思想を書いた書物を王に差し出した。「予言者が自ら教義書を書いたのは、史上彼がはじめてであろう」(P.27~28)(それだけでなく、マーニーは教団の形成も自ら行った)。マーニーは絵師であり医者でもあった。サーサーン朝の二代目シャープフル一世はマーニーを寵愛したが、これは王が彼の医師としての能力を買い、その思想を危険視しなかったからで、新宗教の教祖としての影響力はさほどでもなく、王の身内や貴族が何人か帰依した程度だった。王の死後、マニ教やそのほかの宗教の拡大を憂慮していたゾロアスター教の祭祀長キルデールは、王朝の後継者争いを期に発言力を増大させ、異端(キリスト教やユダヤ教、仏教、マニ教)の弾圧に乗り出した。もともとはあらゆる人々に開放された普遍宗教であったゾロアスター教は、このころ改宗を受け入れず、伝道活動もしないイランの民族宗教になっていたので、改宗をせまるキリスト教やマニ教は脅威だったのだ。
 
マーニーの宇宙観というのが複雑でおもしろい。最初にズルワーン(単に時をあらわす普通名詞)という「偉大な父」がいて、「闇の王子」の攻撃を予測したズルワーンが「生命の母」を呼び出し、この「生命の母」が最初の人である「原人オフルミズド(アフラ・マズダー)」を呼び出した(マニ教では性的関係に対するタブーから「産む」というとき「呼び出す」という言葉を使う)。オフルミズドは戦いに敗れ闇に呑み込まれる。これが第一の創造の物語。オフルミズドが助けを求めたのに応じるためにズルワーンは第二の創造を始める。まず「光の友」が呼び出され、ついで「偉大な建設者」が、救い出したオフルミズドを住まわせるための「新しい天国」を作るために呼び出される。その後「生ける霊(太陽神たるミフルヤズド)」が呼び出され、「生ける霊」は右手を伸ばし、闇に横たわるオフルミズドを引き上げ、新しい天国に連れて行く。
オフルミズドはこうして救われるが、彼とともに囚われの身となった光の元素は小さく砕け散って、多数の闇の眷属に呑み込まれている。これを救うために「生ける霊」と五人の息子たちは大戦争を起こす。このとき倒された闇の悪魔たちの死体から現世界がつくられる。その他の闇のアルコーン(位の高い悪魔)たちは鎖で空につなぎとめられた。救い出された光の元素のうちまだ汚されていないものから太陽と月がつくられ、少し汚されたものから星がつくられた。しかし約3分の1の光の元素は救い出されずに残った。
この残された光の要素を救い出すために宇宙には動きが与えられ、第三の創造がおこなわれた。ズルワーンはまず「第三の使者」を呼び出した(第三の創造では、このほかに「光の乙女」、「輝くイエス」、「偉大な心」、「公正な正義」が呼び出された)。「第三の使者」は輝くばかりに美しく、その使命は男女の闇の「アルコーン」を誘惑して(「光の乙女」や、輝く肢体の若者の姿になって)彼らが呑み込んでいる光の元素を吐き出させることにある。男の「アルコーン」が欲情して放出した精液の一部が水に落ち、巨大な海の怪物となるが、これは「生ける霊」の五人の息子の一人「光のアダマス」に倒される。残りの部分は大地に落ちて植物になった。女の「アルコーン」は地獄で胎み、流産して大地に五種の動物(二本足のもの、四本足のもの、飛ぶもの、泳ぐもの、這うもの)をつくる。
闇の側では、せっかく虜にした光の元素を取り戻されないように「物質」が「肉欲」の姿をとって、すべての男の悪魔を呑み込んで一つの大悪魔をつくり、同様に女の悪魔たちも一つの大女魔となった。その両者によって、あこがれの的である「第三の使者」に似せてアダムとイヴがつくられた。そのかたちをつくった物質には光の元素が呑み込まれている。したがってアダムは闇の創造物でありながら、大量の光の要素をもっていることになる。・・・・・・このアダムに・・・・・・「第三の使者」の化身である「イエス」が送られ、アダムにグノーシス(知識)を与えて覚醒させる。覚醒したアダムは・・・・・・物質の連鎖を断ち切ろうと禁欲を誓う。しかしアダムより少ないにしろ、やはり光の本質をもつイヴは、グノーシスを与えられなかったので、その理由を理解できず、「アルコーン」と交わってカインとアベルを産む。嫉妬にかられたアダムは、自らを抑えきれずイヴと交わり、セトが生まれた。かくして、人間の生命の営みが始まったという。
(P.35~36)
というわけで、物質的な(闇の支配下にある)この世界では、グノーシスをえた人びとによる戦いが続いている。いずれ最終戦争がおき、イエスが判事としてあらわれる。天地は崩れ落ち、物質的なものは消滅する。マニ教徒の使命とはすなわち、グノーシスを得て現世の救済に貢献することである
 
マニ教の本拠地はバビロンだったがマニ教がめざましい発展をとげたのはシリアやエジプトなどの地中海沿岸地方だった。ローマ帝国では、その版図の大部分にマニ教が広まり、キリスト教を国教としなかったらマニ教が国教となっただろうといわれるほどだったそうだ。キリスト教化されたヨーロッパでもマニ教的二元論は連綿と生き残り続ける。アウグスティヌスはカルタゴで初期のマニ教と出会い、無頼の生活から抜け出す。当時のカルタゴやアレクサンドリアでは宗教間の公開討論が一種の娯楽になっていて、キリスト教とマニ教の対決はとくに人気があった。アウグスティヌスもこれにひきつけられたが、キリスト教の司教アンブロシウスに出会い、論争よりも真の救いが重要だと気づき、改宗する。かえってマニ教に敵愾心を燃やすようになったアウグスティヌスはマニ教の欠陥を述べ立てたが、これが西欧におけるマニ教観に多大な影響を与えた。
 
750年にウマイヤ朝を倒したアッバース朝がイスラームのカリフ位を獲得し、その首都がバビロンに移される。三代目カリフのときにマニ教徒の弾圧が起こり、結局、十世紀ごろにはマニ教は中東世界から消滅する。七世紀後半から8世紀前半にかけて唐に伝わったマニ教は、安禄山の乱(758年)の鎮圧に貢献したウイグル王の後ろ盾もあり、中国全土に広まった。
マニ教の教義はすでに各地で仏教や、ゾロアスター教、キリスト教の教義との混淆を深めていたが、この時期になると、さらに中国独自の宗教である道教の教義とも同一化されるようになった。マーニーは道教の始祖老子の生まれ変わりとみなされたりした。
(P.71)
しかし、ウイグル王が死ぬとウイグルに対する反感がマニ教寺院に向けられ、各地で破壊活動が起きた。福建の泉州に逃れたマニ教徒はこの地で秘密結社のような組織になったという。
マニ教経典は、一見仏教の典籍の一つのようにされ、一部のマニ教徒は道教の一派のように振舞っていたこともある。キリスト教の一派とみなされたことも多く、マルコ・ポーロが泉州であったと述べている「キリスト教徒」はじつはマニ教徒だったといわれる。
(P.72)
結局、中国のマニ教徒は十五世紀くらいには姿を消し、これによってマニ教は事実上消滅した。


ダイアン・フォーチュン(Dion Fortune)『神秘のカバラー』 大沼忠弘訳、国書刊行会 旧版:紀田順一郎・荒俣宏責任編集『世界幻想文学大系』第40巻〔肖像あり〕

・生命の木はマクロコスモス(の魂)とミクロコスモスの人間(の魂)を包み込む絵文字であり、それが象徴するものが持つ論理的な連想作用によって心の中に様々なイメージを呼び出せ、術者の魂に宇宙(集合的イメージの海)からとてつもないエネルギーが入って来る=魔力を得られる

・第一のセフィラーであるケテルが「頭でない頭」であるのは、ケテルは「王冠」であり頭そのものではなく、頭の上に位置し頭を超えたところにあるからである。ケテルの象徴は王冠だけでなく、「点」や「鍵十字」もケテルの象徴。ケテルのミクロコスモス(人体の対応部)は頭蓋骨
最初のセフィラーであるケテルは王冠であり頭ではない、「存在しない頭」であるのは、ケテルが我々のコスモスの外にあって、内にあるのではないからである。ミクロコスモスで対応するのは「千弁の蓮華(サハスララ・チャクラ)」であるが、それはオーラの形で頭のすぐ上にある。このことはあらゆるものの最も内的な霊的本質は、人間であれ世界であれ、決して現実の顕現世界に現われることはなく、常にその背後にあってそれを支えている基盤または根であることをはっきりと示している。万物はそこから湧き出し、様々な次元に属しつつ、様々な存在の位置へと流出していくのである。秘教哲学の根底をなすのはこの様々に異なった存在の位階があるという観念である。魔法使い、すなわち作業を行うオカルティストの不可視なる王国を考察する際、常にこのことを心に留めておかねばならない。

ヴェーダンタ哲学では
「ケテル」=「パラブラフマン」
「コクマー」=「ブラフマン」
「ビナー」=「ムラプラクリティ」
に相当する。
ケテルに関しては常に形のないことと時間のないことに注目しなければならない。「ケテル」の神々は自分の子供を食べてしまう恐るべき神々である。なぜならケテルは万物の生みの親でありながら、進化の或る時期が終わった時に、宇宙を自らの中に飲み込んでしまうからである(※)。
ケテルは深淵である。一切がそこから起こり、その時期の終わりには一切がそこへ再び落ちていく。ケテルはあらゆる形や反作用によって制約されない純粋存在である。しかし人間に馴染みの存在とは全く異なる種類の存在なのでそれゆえ非存在に見える。人間が存在を規定するものとして考えてきた条件に何一つ合致しない。

※“中国の伝承の怪物。字の表記はけものへんに貪。孔子の書にもでてくる伝説の怪物。巨大で欲深く、なんでも、鉄も石も山も、すべて喰らって闇、無だけを残すという。果ては自分自身すらも食べてしまうという。”
トン 犭貪 中国の神話・民話 :幻想世界神話辞典
http://www.jiten.info/dic/asia/ton.html
“”死は熟慮した。
まことに、もしも私がこれを殺害するとすれば、私は
 食物をより少なくするであろう」と。”
         
  —ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッド
の創世神話より”
(中略)
創造神の正体は”死”である。
そう、神とは純粋なる”悪”
なのだ。
(中略)
人間は「死」によって食べられる。
「死」は全てを食べる。
よって、「死」は全てに優れ、
「死」は全知全能であり、完全無欠である。
「死」の体はこの世の全てで構成されている。
だからウパニシャッドの創造神話では「死」が自分用の食物を
育てる場として宇宙を創造する。
また、自分で増える様に生殖機能を創造物に持たせる

(中略)
「貪+獣編」という怪物が登場する。
孔子の説話にも出てくる怪物らしいが、この怪物は中国の
聖獣”麒麟”と同じ姿形をしている。
この怪物は余りにも貪欲で全てを喰わずにはいられない。
太陽や月まで食べてしまい、終いには自分自身も食べてしまい
世界は無となる......
(画像)
↑中国の怪物”貪”。太陽を食べようとしている。
この中国の怪物も一種の”創造神”であろう。
そして仏教では、
(画像)
↑この恐ろしい怪物が「創造神」の姿であり、
この世の全てを六道輪廻に閉じ込め、
未来永劫、自分の食料としてあらゆる生物を
喰い続ける。“
【ヴェーダ・バラモン教編】創造神の名は......【Part2】
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-599.html

・象徴群の中に任意の次元における任意の力の現われ方を表現するある完全な表記体系があるから、神霊を呼び出すわけのわからない名前は一字たりとも決して変えてはいけない、と言われる。東洋ではサンスクリットが、西洋ではヘブル語が神聖言語である。ヘブル語は文字の一つ一つが数を持っており、名前自体が数を持つ呪文と言えよう。

・神聖四文字=テトラグラマトン(聖書の唯一神を示す)はヘブル語表記、つまりは母音がない。右から左に読むヘブル語において、母音を示すのは四角い文字の中または下に書き込まれた点(母音記号ニクダー)である。この母音点は最近になって導入されたものにすぎないので、古ヘブル語の書記法には母音点がなく、読者は自分だけでは正確な発音と読みを知ることができず(独学できない)、それを知っている誰かから教えてもらう必要があった

典礼的方法は通暁している熟練者の導きの元で行うのが一番良く、一人行ったり未経験な仲間と行うと危険を招く。だが、瞑想的方法はしてもよい。
・魔法の象徴を効果的に用いる為にはその一つ一つの象徴と接触を行っておく必要がある

が、一連の象徴表を作ってそこから儀式を構成しようとしても役に立たない。魔法においては「自分の音」を作り出さないといけない。既成の音では駄目である。
象徴体系の枠組みを各セフィラーに割り当ててしっかりと記憶することで、カード索引体系を作り大量の物事を記憶できる。
・象徴は潜在意識から意識面へとイメージを呼び起こす為に使わねばならない。
生命の木を使って呼び起こす視覚像は、実は人工的に作り出した覚めた夢なのであって、意図的に動かしたり、ある選ばれた主題と意識的に関係づけることが可能である。それにより潜在意識の中味(中身)だけでなく、超越意識的な知覚を呼び起こし、意識に認識可能なものにすることができる
。自然に起こる夢では象徴は脈絡なしに浮かびあがってくるが。が、カバラ―的視覚像の中では、その映像は一連の限定された象徴から呼び起こされるものであり、それに対して意識は高度に訓練された集中の習慣によって厳密に拘束されている。ある一定の限界内で心を解きほぐすのはこの特殊な集中力であり、それがオカルト的瞑想術の本質をなしている。

ひとたび象徴体系に習熟したら様々なセフィロートに他の体系におけるそれに相当する神々を割り当てることができるようになる。これらの神々に割り当てられた象徴、生命の木の宇宙的観念、礼拝形式、などを考察する内に、新鮮な悟りが洪水のように襲ってくるようになる。良い神話事典や百科事典、フレイザーの『金枝篇』、ブラヴァッキー夫人(※)の『秘密教義』や『イシス開帳』などを使って、勤勉さえ厭わなければ、最初は解決不可能だと思われた実に多くの謎を読み取ることができるようになる。非常に楽しい修行である。生命の木の図式的な形を通して事物はお互いの相関関係の中で捉えられるようになり、互いに互いを照らし出す光を投げかけるようになるからだ。
生命の木とその小径の心霊的局面を操作する為にオカルティストは色々なイメージを使う。視覚像が形成されるのはイメージとそのイメージを呼び起こす名前を通じてである。各セフィラーは原初的な象徴と結びついて魔法のイメージと呼ぶものを作り出す。次に心の中にある魔法のイメージと幾何学的な形とを結びつける。象徴を構成するときはその形を基礎として使うのである。
例えば第五のセフィラーであるゲブラー(精力と勇気の美徳と、残虐と破壊の悪徳を持つ)にはヘキサゴン(五角形)や火星が割り当てられているのでそれらを用いる。
しかし生命の木によって最も重要な形は各セフィラーに割り当てられた四つの力の名に結びついた形である。そのそれぞれに四つの色が結びついており、カバリストの四つの世界の一つ一つの中で象徴的な形をとって顕現すると考えられている。その最高の名は神の名前であり、これは霊の世界(アツィルト)に現われる。その名はセフィロートの天球を表す最高の力の名であり、あらゆる局面を支配する。第二の力の名は天球の大天使の名前であり、存在の統合的意識を表す。第三の力の名は一つの存在ではなく、ある存在の階級全体を表す。第四の力の名は宇宙チャクラであり、進化の特殊な位相の産物として考察された天体を意味する。
生命の木で呼び起こす視覚像=人工的に作った覚めた夢で意図的に動かせるって、明晰夢のことかな?)

※チベット大好きマダム・ブラバッキーは神智学(Theosophy。ギリシャ語のtheosテオス神+ sophiaソフィア。直接神と交わることで叡知を得ようとする、キリスト教の変形にしてスピリチュアルの元祖。キリスト教から「悪魔を創った創造神」という都合の悪いものをなくして弱点をなくした。偽スピリチュアルに嵌められた人にはその見えないものを誰が創ったのか聞いて、その神は悪も創ったよね、もっと疑うべきだね、と繋げましょう)。スピチュアル詐欺の元祖ですが、いいところはちゃんと活用しましょう。
今更ですが、特に当時は翻訳本がなかったものは題名が今現在流布しているものと異なることがよくあります

・各セフィラーに結びついた魔法のイメージと象徴とは、オカルティストが心の中で思い描く心像であって、その細部には多くの重要な瞑想用の象徴を持っている。魔法のイメージを完全に細部に至るまで視覚化する訓練は非常に重要である。

・第十のセフィラーマルクトの称号は王国。魔法のイメージは冠を戴き玉座に座った若い女性。生命の木の位置は均衡の柱の最下部。大天使はサンダルフォン。ミクロコスモスは足と肛門。

・第六のセフィラー「ティファレト」の称号は美。魔法のイメージは「威厳に満ちた王」「子供」「犠牲となった神」。生命の木の位置は均衡の柱の中央。ミクロコスモスは胸。宇宙チャクラは太陽(セメッシュ)。象徴は「胸飾り」「薔薇十字」「十字架」「頂点の欠けたピラミッド」「立体」。

・第二十三章――「ホド」。称号は栄光。魔法のイメージは両性具有。峻厳の柱の最下部。宇宙チャクラは水星。象徴は「名」「呪文」「エプロン」。※水星=マーキュリー(錬金術=宗教的科学で超重要な水銀。メルクリウス)=ヘルメス=トト
完全な神は両性具有(メーソンの本流、フランス系やスコットランド系が重視)。エプロンはメーソンで重要

・イエソドの称号は基盤。神名は「シャダイ・エル・カイ(全能なる生ける神。シャダイ=全能)。大天使はガブリエル。天使の位階はケルビム(強きもの)。宇宙チャクラはレヴァナー(月)。月という象徴は非常に流動的で、常に変動し、水の元素を司るガブリエルに支配される。
霊的体験は宇宙の機構の霊視。美徳は独立。悪徳は怠惰。ミクロコスモスは生殖器。魔法のイメージは非常に力強い美しい裸の男性。象徴は「香水」「サンダル」。

・月と地球は物理的には分離しているが、一つのエーテル体ダブル(※)を共有し、月の方が年長の相棒なのである。すなわち、エーテル界では月が電池の陽極で、地球が陰極。イエソド(月)はティファレト(太陽)を反射する。ティファレトは低次元のケテルである。エーテル的活動を刺激する要因が月の光である。地球と月は一つのエーテル体ダブルを共有するので、満月の時にあらゆるエーテル的活動は最も活発になる。逆に、新月の間はエーテル的エネルギーは最低となり、無秩序な諸力が生じやすくなり、面倒を起こしやすくなる。以上の理由より、新月の間は経験豊かなオカルティスト以外、実際的なオカルト作業は控えるのが一番良い。新月の間は生命を与える諸力は比較的弱くなり、不均衡な諸力が比較的強くなっているからである。未熟な者の手にかかれば混乱が引き起こされる。

エーテル体ダブル(Ethelic double):魂の目に見えない体ないし鞘。この魂の目に見えない体ないし鞘=枠組み(エーテル体ダブル)の中に物質を導入して一定の形象に仕上げたものが人間の肉体などの物体であるとされる。これは生きている限り不変であるが、死後には四大元素の中へと還元されてしまう。
月が年長って月が地球より先にできたのだ!って言いたいのかな?
支配者層は月の状態を重視しています。占星術は迷信ではなく、本物と詐欺師の差が激しいだけ


・ホドの魔法のイメージは両性具有であり、ヴィーナス-アフロディテは古代人の間で時に髭のある姿で表された

・イエソドは本質的に月の天球であり、そのためにダイアナ(ギリシアの月の女神)の支配下におかれる。ダイアナは永遠に処女なる純潔の女神でもある。好奇心が強すぎたアクタイオンがダイアナをうるさがらせた時には、アクタイオンは自分の猟犬によって八つ裂きにされた。しかしながら、ダイアナはエフェソス(エペソス。トルコ西部の小アジアの古代都市。アルテミス崇拝で知られたギリシア人都市であった)では多くの乳房を持つ者として表され、豊穣の女神でもある。
更にイシスもまた、額の三日月が示すように月の女神である。その三日月はハトール(※)では牝牛の角となる。牝牛はあらゆる民族の間で母性の特別の象徴なのである。カバラ―の象徴ではイエソドが生殖器に割り当てられる。
月には三人の女神が割り当てられている。ダイアナ、セレネ又はルナ、それにヘカテである。ヘカテは魔術の女神であり出産も司る。
他にも非常に重要な月の神がいてトート(魔法の主)である。ギリシアのヘカテと、エジプトのトートという魔術・魔法の女神が共に月に対応することから、魔術・魔法では月は重要である。そして月の女神はある時には処女神であり、ある時には豊穣の女神
である。

イエソドの天球はエーテル的だが、(物理的肉体的な)生殖器がなぜ割り当てられるのか。性に重要な局面はすべてエーテル的で、磁気的(生物の磁気は一定の潮流と共に増減する)だからである。性の現実的な肉体的反応はごく小さな部分を占めるだけで、決して性の機能の肝要な部分ではないのだ。このことを知らないから、実に多くの結婚が、二つの半分が一つの完全な全体へ溶けあうという目的を達成できないのである。教会が婚姻を秘蹟(=内的霊的徳の外的な目印。この徳とは自然の万物の喜びの中でパンを祝祭する徳)として分類する事実にも関わらず、結婚の魔法的局面は考慮されていない。
(3S=スポーツ・スクリーン=TVや映画・セックス。このセックスとは肉体的な側面のみを重視したセックスのことで、莫大な精神的エネルギーを得られ、真理と直結できるというセックスの重要な側面を弾圧する為でもあります。男と女を分割支配。女を支配すれば男も支配できる。化粧やブランドなどの欧州製品を素晴らしいと洗脳せよ

イエソドに香水とサンダルが割り当てられていることは意味深長である。魔法作業で重要なものだからである。サンダル、もしくは足が自由に動かせる柔らかい踵のないスリッパは、魔法陣を踏む典礼の中で常に用いられる。それは力の杖と同様、重要な実践的オカルティストの装備の一部である。達人は足に聖別されたサンダルをはくことで自ら聖なる地を作り出すのである。適切な象徴で印をつけられた適切な色の床敷きもまた、オカルト結社の家具の重要な部品である。それは、祭壇が霊的諸力の焦点となるのと同じように、作業に用いられる大地の磁気を集めるように設計されている。我々は足を通じて大地の磁気を吸い上げるのである。そして、その磁気が特殊な種類のものである場合、その磁気を抑制しないような特別のサンダルを用いるのである。香水もまた典礼作業において非常に重要。香水は作業のエーテル的側面を表すからである。香水の心理的影響力は良く知られているが、香水を心理的に用いる絶妙な技術はオカルト結社の外ではほとんど研究されて来なかった。香水の使用は感情に作用する最も効果的な方法であり、従って、意識の焦点を変える方法なのである。

※ハトール(ハトホル)はエジプト神話における死者の守護神で、イシスと共に雌牛の角と太陽円盤を持つ女神とされる。
幸福・舞踊・音楽を司る存在。聖獣は雌牛。

七という数字は古代エジプトにおいては「四」と「三」を足した数、という意味で使われたそうです。「三」は「複数」を意味し、「四」は「四方」、つまり「あまねく全て」というニュアンス。七とは、「沢山」という概念を表す最小単位でもあるそうで、七とは、「沢山」という意味。「七つの分身を持つ」や「七つの魂を持つ」とは文字通りではなく、沢山の分身や魂を持つという意味であるそうです。
(ハトホル Hathor(仏語:Hathor)
http://www.moonover.jp/bekkan/god/hathor.htm)

「神秘のカバラー」
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/magic/sinpinokabara.htm
“ダイアン・フォーチュンの代表的名著にして、おそらく魔術カバラについて解説した書としては最高のものであろう。
 W・E・バトラーも、この本には最大限の賛辞を贈る。いわく、「これを手に入れ、教科書および参考書として活用すること、これは至上命令である」、「おそらくかつて書かれたうちで最も立派な書物」等である。

 この書物は1935年に初版が出され、いくつも版を重ねた。内奥の光派の魔術師にとっては、基本文献中の基本文献であり、またGD系の魔術師であれば、読んでおいて絶対に損の無い書の一つであろう。
 これは初心者が「樹」を学ぶためにも役立つし、また上級者が読んでも貴重なヒントが無数に見出させるという、まさに名著にふさわしい。
 この書の内容は一言でいうなら、「魔術カバラ」における「生命の樹」の解説書である。
 生命の樹は、神からの流出による創造の過程を図式化したものだ
 アイン、アイン・ソフ、アイン・ソフ・アアルという3つの未顕現があり、最初の顕現ケテルが現れ、コクマー、ビナー、ケセド、ゲブラー、ティファレト、ネツァク、ホド、イエソド、マルクトと、稲妻のように連続した流出が起こる。
 ビナー、ゲブラー、ホドは「竣厳の柱」。コクマー、ケセド、ネツァクは「慈悲の柱」となり、それぞれが対照となって対になる。その真ん中には、ケテル、ティファレト、イエソド、マルクトが「中央の柱」となる。ケテル、コクマー、ビナーは「至高の三角形」を形成し、その下には「深淵」があって、隔てている。ビナーとケセドの間には、ダートと呼ばれるセフィラが潜んでいる。また、テイファレトの後には「神殿の幕」があり、これも深淵のように上下を隔てている。
 さらに、カバラの4世界、アツィルト界、ブリアー界、イエツィラー界、アッシャー界が、それぞれに属するセフィラを覆っている。これが大雑把な樹の形である。
 これは、マクロコスモスとミクロコスモスをともに包み込む図形であり、マンダラでもある。
 また、人間の進化の過程を導く地図でもあり、万物を整理して区分けする「万物照応表」の基であり、人間の身体とも重なるエネルギーや気の流れをあらわしたものでもあり、魔術カバラの宇宙論や神学を説明するものでもある

 フォーチュンは、この複雑な理論を見事に一冊の本にまとめて解説してのけた。
 彼女はカバラを学ぶことの必要性を説くことから始まり、「樹」の大雑把な概念、基本について解説した後、10個の各セフィラについて詳細な解説と考察を行っている。

 また、フォーチュン個人の思想、すなわち心理学の魔術への導入。そして、女性原理の重視その他も見て取れる。しかしながら、この書は全体的にスタンダードなGD系のカバラに近く、初心者の指導にも向いていると私は考える。

 しかし、ここでいくつか注意しなければならないことがある。
 「神秘のカバラー」を読んだ後に「私は、これで生命の樹を完全に理解した」と思ってはいけない。

 例えば、「パス」である。生命の樹において、「パス」は「セフィラ」と同じくらい重要だ。
 しかし、「神秘のカバラー」には、各セフィラについては詳述されていても、各パスについては、ほとんど記されていないことに気づくであろう。
 パスを理解するには、まずセフィラについて、ある程度の知識が無ければならない。そして、パスを学んでから、再度セフィラに戻ると、そこでさらに深い理解が得られるようになる。
 では、パスについて知識を得るのに良書は何か? と問われれば・・・
 ガレス・ナイトの「A Practical Guide to Qabalistic Symbolism」が良書であろう。

 また、「神秘のカバラー」で解説されるカバラを、ユダヤ教神学のカバラと混同してはいけない。
 「神秘のカバラー」で解説されるカバラは、あくまで「魔術カバラ」である。確かに「魔術カバラ」は、「ユダヤ教カバラ」が変化し、「キリスト教カバラ」を経由して生み出されたものである。ゆえに、魔術師がユダヤ教カバラを学ぶことは大いに有益ではある。しかし、両者を単純にイコールで結ぶことも出来ないのである。
 さらに、生命の樹は、いわゆる「万物照応評」の基となる。すなわち、どんな物でも、これに当てはめることが可能だ。しかしながら、他体系について充分な理解や知識が無い状態で、それを不用意に導入し、シンボリズムを狂わせてしまうようなことも避けるべきではないだろうか。

 ともあれ、GD系の魔術師にとって、この「神秘のカバラー」は「生命の樹」を理解するための最良の入門書の1つであると、多くの方が認めるのではないだろうか。
 幸いなことに、この本は邦訳されている。
 さらに幸いなことに、翻訳者もフォーチュンの書を10年以上読み込んだ研究者である。
 魔術の基本文献として、読んでおいて損の無い書物であろう。

終了