読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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子子子子子流健康法~今までの主に健康に役立つ記事のまとめ+α~ 

 随時追加中です。
knznymmmy ‏@knznymmmy
だから「いやー、
俺は元々スギ花粉症だけどさー、
去年らへんからヒノキとかブタクサとか
色々反応しちゃうようになって
マジ迷惑してるんだよね」
とか言い訳して
マスクとゴーグルしておけ

メシもヒスタミンがー、
アレルギーがー、とか適当な横文字並べて
汚染のキツそうなものは避けろ


あとは、クリスタルガイザー(シャスタ)が24リットルとか
リッツの缶(425g)が2つとか
飯盒とか固形燃料とかコンロとか
N95 マスク50枚とか単3電池60本とか・・・

N95マスク到着なう。使用期限が書いていないなう。
http://www.japan-medical-partners.jp/medical_point01.html …
ここでは、未開封で3年が目安と書いているなう。
http://www.xuedisoft.com/N95mask/N95maskshiyoukigen.html …
ここでは外箱に小さく書いてあるはずとの事なう。



医療従事者・公的機関の皆様向けトップ > 対策/対応確認ポイント > マスク
http://www.japan-medical-partners.jp/medical_point01.html

正しいN95マスクの付け方とはずし方とフィットテストについて学び実践しましょう。
花粉(と放射性物質)を防ぐ眼鏡もかけましょう


感染管理に関するご質問
http://www.jjasp.jp/academic/qa/column18.html
“、「マスクのフィルターを損傷させない」「湿気を持ったまま保存しない」「ゴムひもを伸ばしてしまうような保存はしない」ということはマスクの保存法として最小限度守るべきことです。
まず、マスクのフィルターを損傷しないために、マスク自体に名前を書くことは不適切です。N95マスクは 耐油性ではないので、油性マーカーではフィルターが損傷します。そのため、マスクのゴムひもに名前を書くか、マスクには名前を書かずに袋に名前を書いて保 管するのがよろしいかと思います。
マスクが湿気を持っていると、何らかの病原体が増殖したり、臭いがついたりするので、乾燥するように保管
しなければなりません。そのため、プラスティックではなく、紙袋に保存するのがよろしいかと思います。
専用簡易ロッカーなどで、マスクのゴムひもをひっかけて保存すると、ゴムが伸びて、顔とマスクの装着が甘くなりますので、そのような保存は避けてください



N95マスクは繰り返し使用してもいいのですか?
http://tankenkanoheya.blog74.fc2.com/blog-entry-302.html
“N95マスクは繰り返し使用してもいいのですか?
回答
CDCのガイドラインでは、N95微粒子濾過マスクは、明らかな汚染や変形がなく、装着時のフィット性に問題がなければ、数週間から数カ月使用しても機能は保たれるようです。

しかし、無条件ではなく『マスクの再利用が病原生物の伝播拡大につながらない場合』という条件がつきます。

具体的には、接触感染も起こしうる結核以外の空気感染患者に対して使用した場合は再利用しない。
マスクを保管する場合は、衛生的に保管できるように、個別に場所を定め、マスクを十分に乾燥する。
汚染が確認された場合は、すぐに交換する。
などの注意が必要です。“

……

食べて応援悪魔的な企業リスト+飲食物などカテゴリ、
放射能・医療・健康・飲食物などカテゴリの過去記事をどうぞ。

食べて応援悪魔的な企業リスト+飲食物など 。私が放射性物質に関して食べ物で気をつけていることを紹介します。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-5.html

【奴隷の鎖自慢】=今までの集大成的な短文。 寸止め陰謀論者がよく客寄せのための餌に使う健康ネタまとめ。 健康関連の過去記事リンクつき。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-105.html

三五館『歯医者が虫歯を作ってる』。
三五館の運営は三五教(あなないきょう。
生長の家と同じく万教帰一を主張)=大本教系かも?出版社も大本教系(和風キリスト教)支配。
学校は奴隷労働者育成のために作られたので時間と規則に厳しい。
放射能による失明・癌・白血病。ノーベル賞で脚光の「青色LED」 長時間見続けは目に悪影響など健康系いろいろ。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-41.html

おすすめ紹介第二弾、プー閣下。
PCやスマホなど電磁波対策必須。
IHヒーターは欧米人は危険だから使わない。健康に役立つものを見つけたので整理あんまりせずに載せておきます 
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-20.html

水式空気清浄機を、網+鍋(たらい、バケツ)+扇風機などで自作しましょう。
①容器に水を入れる
②網を乗せる
③扇風機で水面に風を送る

※扇風機をぬらしたり水没させたりして感電しないように注意。

ツイッター検索「網 水式空気清浄機」
https://twitter.com/search?f=tweets&vertical=default&q=%E7%B6%B2%E3%80%80%E6%B0%B4%E5%BC%8F%E7%A9%BA%E6%B0%97%E6%B8%85%E6%B5%84%E6%A9%9F&src=typd

ツイッター検索「#水式空気清浄機」
https://twitter.com/hashtag/%E6%B0%B4%E5%BC%8F%E7%A9%BA%E6%B0%97%E6%B8%85%E6%B5%84%E6%A9%9F?src=hash

★みんすい★ みんなの水式空気清浄機
http://matome.naver.jp/odai/2144742533225806301

【放射線防護の仕方(食品編)http://togetter.com/li/288596】
【放射線防護の仕方 http://togetter.com/li/220168】
【放射線防護の仕方(緊急時編)」http://togetter.com/li/288714】

cmk2wさんのツイートはリストに入れましょう。



足つぼマットを100均などで買って、踏みましょう。
つぼ押し棒も100円ショップで買えます。

図解 足の反射区一覧
https://twitter.com/wayofthewind/status/667866733164675074

岡山至の官足法の基本ゾーン/腎臓、尿管、膀胱
https://www.youtube.com/watch?v=maUealYYYzI

岡山至先生の「そわか塾」官足法の実技編
https://www.youtube.com/watch?v=NNafDJWJXjM

足つぼ 自分のアトピーの治し方
https://www.youtube.com/watch?v=dKKHS6G2qaQ

足つぼ 子供のアトピーの治し方
https://www.youtube.com/watch?v=B9y4cutn4Zc

足の汚れが万病の原因だった―足心道秘術   官 有謀
ttp://raffiner.blog70.fc2.com/blog-entry-2446.html
”「揉む順序」
腎臓、輸尿管、膀胱、尿道の反射区をもみ、排泄機能を刺激してから足裏全体をもみ、最後に膝上10cmのところまでもんで、汚れを流す。揉み終わってから30分以内に500ml以上の白湯を飲む。

1 腎臓、輸尿管、膀胱、尿道の反射区
2 親指から小指まで、指の脇や股までまんべんなく
3 足の裏全体を、指からかかとの方へ
4 足とすねの内側を、指先からかかと、かかとから膝上へ
5 足とすねの外側を膝上まで
6 足の甲から膝上まで
7 もう一度、腎臓、輸尿管、膀胱、尿道の反射区

親指を柔らかくしておけば記憶力がよくなる。

自信 必ず治るという自信を持つと治りが早くなる
忍耐 もむ力が強い方が早く治る。痛みは忍耐力で我慢
根気 毎日続ける根気が必要”

官有謀『足の汚れ(沈澱物)が万病の原因だった―足心道秘術 』(マイ・ブック) 1986/7
の「そで」(著者プロフィールなどが書かれている、表紙を包むためのジャケットの折り返し部分)の推薦文と写真は安倍晋三の父親である安倍晋太郎ですので引用します。

“健康になりたいすべての人に本書は役に立つ
外務大臣 安倍晋太郎
 ふとしたことから、著者の官有謀先生にお目にかかり、私の足の反射区按摩(マッサージ)をしていただくことになった。
 そして今では、どんなに多忙でも、私にはこの健康法が離せなくなった。
 体中の神経が集中する足の裏の重要性を説き、だれにでも手軽にできる方法を書いたこの本が、多くの人の役に立つことを願っている。”

つまり、偽天皇と親戚である支配層のお墨付きってことです。
自信をもって実践しましょう。

官有謀って御用医者っぽいですね。

足つぼの押し方は上記の引用で十分ですが、本書の読書メモを書いておきます。

足の裏だけでなく、足首と膝上10センチまで揉まなければ効果はない
せっかくとれた足裏の汚れも、足首や膝のところで流れがつまっては、何にもならないからである。

・原則、心臓の方向に力を押し込んでいくが、汚れをもみつぶすのが目的なので、押しやすい方向に力を入れていけばよい。
例外あり。左足にある心臓反射区と右足の肝臓反射区だけは足の指先に向かって突き上げるように力を入れる。この反射区は深部にあるので、この方法でないと力が届かない
ただし、肝臓と脊椎の反射区は、腎臓機能が健全でないときにはよけいにもまないこと。排泄がまにあわなくなるので、かえって不良反応が起きてしまう。

・左足から押し始める。左足が陽、右足が陰なので、陽から助けたほうが治療効果が早い。
からだの異常は、まず陰である弱い右足に出て、それから左足も悪くなるが、治るときにはまず陽である強い左足が良くなり、次に右足もよくなって治癒する。
 それに、左足には心臓の反射区があるので、はじめに心臓の機能を高めておいてショックを受けにくくするという理由もある。

・胃に血液が集まっている食後一時間は行ってはいけない。かえって消化器系に負担がかかるからである。

・足で足をあんまする。
 足の表側は自分の足でもんで按摩できる。立った姿勢で、片方の足をもう片方の足のかかとで踏みつぶすようにする。
 まず指を全部踏みほぐし、足の甲と両脇をこするように踏む。
 足の後ろ、アキレス腱のあたりは踵が届かないので、親指の股ではさんでこするように揉む。

手のツボ

りらく屋・手のツボと反射区解説&実践 The hands of the acupuncture points and reflex zones Description & massage
https://www.youtube.com/watch?v=wCu4qqoYFgo

「指回し体操
=①両手の指先を合わせて触れ合わないように、ふっくらとしたドームの形を作り
②両手の五本の指先を合わせ、
③一指の対を対ずつ離して、互いに触れ合わないように回す」
をして、動きが悪い指とその周りを念入りに揉んでツボを刺激しましょう。

手首回しと、足首回しをして動きが悪い個所をツボ刺激。



経口補水液、冷水シャワー、重曹うがい、重そう洗眼、腕立て伏せ、スクワットは、発信者が異なる、二つ以上の情報源を比較して正しい方法で実行してください。


ヨガや瞑想法や呼吸法や座禅の指南書あるいは指導者を選ぶさいは、ちゃんと危険性と注意点を指摘しているかどうかを基準にしないといけません。
例えば、野狐禅をすすめるスピリチュアル系禅などは究極ごく極めて危険です。
頭がおかしくなったら、あなたは元に戻せますか?
そもそも禅仏教はスピリチュアルの中核を完全否定なので、混ぜたらおかしくなって当然です。



甲状腺機能改善 ヨガ 肩立ちのポーズ 鋤のポーズ やり方 サルヴァンガアーサナ ハラアーサナ ホルモンバランス 分泌 動画
https://www.youtube.com/watch?v=cEPKn7i9dOA&app=desktop

コブラのポーズ
https://www.youtube.com/watch?v=WnlgYTiF7WI

自宅で気軽にヨガ 入門クラス (フルレッスン・30分)
https://www.youtube.com/watch?v=WGFQvDmMq3Q

※アーサナは画像と動画で正しいやりかたを視覚的にも理解してから実践してください。
特に注意点を調べてから実践してください。無理は禁物です。


成瀬雅春『呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと』、BABジャパン、2005年


“ いつでもできる日常的な訓練
完全呼吸法のような呼吸法のテクニックを練習する以前に、呼吸法を身に付けるための根本的な原則がある。それは「呼吸に意識を向ける」ということと、「ゆっくりと息を吐く」という二つである。
呼吸は生まれて以来休むことなく続けられているので、ふだんは意識していない。その自分の呼吸に意識を向けることが第一の原則である。意識を向けた瞬間から、呼吸はゆっくりし出す。一日のうち、呼吸に意識を向けることが多くなるほど、ゆっくりした呼吸をしている時間が多くなる。それがすでに呼吸法の重要な基本を身に付けたことになる。
そして第二の原則の「ゆっくりと息を吐く」ということを心がければ、ヨーガ呼吸法の「深い呼吸をする」という重要な基礎訓練をしていることになる。一般的な深呼吸では息を吸ってから吐いているが、それでは本当に深い呼吸にはならない。
まず肺の中に入っている中途半端な空気を吐き出さなければならない。汚れた空気をいったん吐き出してから、ゆっくりと新鮮な空気を肺の中に取り入れることで深い呼吸になる。その息を吸うときに、胸を広げるようにして、少し顔を上に向ければもっとよい。
この「呼吸に意識を向ける」「ゆっくりと息を吐く」という二つは、いつでもできる日常的な訓練なので、習慣として身に付けてほしい。

p.83-84
(…)
外的完全呼吸法
①ゆっくりと息を吐いていき自然に腹部が引っ込み、そのままさらに腹を引っこませながら吐いていく。
②吐き終わったら、瞬間的に腹の力を緩めてから、ゆっくりと息を吸っていき、少し腹が膨らむくらいまで吸いこむ。
③そのままさらに胸を前に突き出す感じで胸郭を広げながら、吸いこんでいく。
④胸郭が広がったら、続けて肩を上げながらもう少し吸いこむ。
⑤吸い込み終わったら自然に二~三秒くらい止める。
⑥腹をもとに戻しながら息を吐いていく。
⑦次に胸をもとに戻しながら吐いていき、続けて肩を下げながら吐く。
⑧腹、胸、型が普通の状態に戻ったら、①につなげてくりかえす。
要点
①下部→中部→上部の一つひとつがきちんと分離されて、しかも連絡を滑らかに行えるようにする。
②吸息の中部のときに一緒に肩が上がってしまう場合が多いが、胸を上げようとするとそうなるので、胸は前に出し広げるという気持ちで行うとよい。
③吸息の最後の部分で、少し顔が上向きになってもよい。
④吸息から吐息に移るときに、二~三秒くらい自然に息が止まる状態になってもよいが、喉は開けたままにしておく。
⑤腹、胸、肩の動きはなるべく大きな方がよい。
⑥五呼吸を1セットとして行う。

半内的完全呼吸法
(外的完全呼吸法の表面的な動きを少なくするが、「腹が膨らんでいく」「胸が広がっていく」「肩が上がっていく」という意識はしっかり働かせる呼吸法。
以下のように外的完全呼吸法を改変する)
・胸が広がりかかったあたりからは、胸は動かさない。吐くときは胸をもとに戻しながら吐く。
・肩を動かさずに意識面だけ肩を上げながら吸い、吐くときも意識面だけ下げる。
・吸うときの胸は、ほんの少し広がりかかるくらいで、吐くときは、そのほんの少し広がりかかった分が戻る程度の動きで、意識だけはしっかりと働かせる。
・吸うときに胸の動きが止まったあたりで、意識だけが「スルッ」と内部に入り込む感覚をつかむようにするとよい。
(…)
『ハタヨガの真髄_600の写真による実技事典』
B.K.S.アイアンガー (著), 沖 正弘 (翻訳)


ターダアサナ(サマスティティ)
ターダ=山
サマ=直立、まっすぐ、不動
スティティ=不動の姿勢、堅固
①足を揃えてまっすぐ立つ。両足の親指、および踵をつける。足の指はすべて床にぴったりとつける。
②ももの内筋肉を伸ばしあげるようにすると、膝をリラックスしたままで引き上げることができる。このとき、尻はそっと締めるようにする。
③胃が自然に引っ込むように、肋骨を広げ、背骨を上に伸ばし、首をまっすぐにする。
④体重は踵と指先の一方だけにかけずに、等分にかけること。
⑤理想的にはターダアサナでは頭上に両手を伸ばしておくのであるが、便宜上、両ももの横に下げていてもよい。

パッドゥマアサナ
パッドゥマ=蓮。
この蓮のポーズは最も大切で最も有益なポーズの一つ。
これは瞑想のためのポーズで釈迦像の中にはこのポーズをしたものが多い。
①両足をまっすぐ伸ばして座る。
②両ひざを曲げ、両手で右足を左もものつけ根に乗せる。このとき右かかとはへその近くに来る。
③左ひざを曲げ、両手で左足をもち、右足のできるだけつけ根に近く置く。このときも、かかとがへその近くに来る。足の裏は両足とも上向きのこと。
④背骨の下から首まで肋骨部を四方に広げながら伸ばす。右手は右ひざに、左手は左ひざに置いてもよい。それぞれの手は親指と人差指で印を作る。あるいは、両足の交差するほぼ中央に、一方の掌をおき、その上に他方を乗せて置いてもよい。
⑤今度は逆に、左足を右ももの上に置き行なう。両方行なうことにより、足を均等に発達させる。

マツヤアサナ
①パッドゥマアサナの姿勢で座る
②膝を床につけたまま仰向けに寝る
③息を吐きながら首と胸部を持ち上げ、背中をそらせる。頭をそらせ、頭頂部を床につける。両手で両足をつかみ、上体をさらに反らせる。
④手を離し、両手で互いに両ひじをつかみ、前腕部を頭上の床の上に置く。
⑤深呼吸しながら、30秒~1分間この状態を保つ。
⑥後頭部、背中を床の上におろす。息を吸いながら、パッドゥマアサナに戻る。足をほどいて休む。
⑦組み方を逆にして足を組み、同時間だけ行う。
⑧もし③と④が難しければ、両手を上に伸ばし、胸をそらせないで横たわる。

(もう少し簡単なヴァージョン。
①仰向けに寝て、両足を揃えて伸ばす。
②両脇を締め、掌を下に向けて尻の下に敷く。手の甲と尻が当たる。
前腕と肘を体側に寄せる。
③鼻から息を吸いながら、肘と前腕で床を押しつつ、背中を床から浮かせ、胸を広げつつ、胸を天井方向に持ち上げる。
同時に頭を後ろにそらし、後頭部か頭頂部を軽く床につける。首への負担を軽くするために、できるだけ頭に体重がかからないようにする。
④リラックスして深呼吸する。約15~30秒深呼吸をしながらポーズをキープ。
⑤息を吸いながら頭をスライドさせながら顎を引いて、頭を床にゆっくり下ろし、腕をほどき、ゆっくりと元の姿勢に戻る。肘で床を押して、首と頭に負担をかけないように戻す)
(…)
シャヴァアーサナ
シャヴァ=死体。
アーサナ=姿勢。
①正中線を正して仰向けになる。
まず尻の中心と両足の合うところを一直線上にして、床の十字状の線に膝を立てて座る。それからゆっくりと脊椎を一つずつ線の上におろしていく。背骨の中心が線の上に正確に来るようにする。
②頭は額から両側に伸ばすようにする。頭の位置を前面から正していく。
③体が傾かないようにまっすぐに、また左右の均衡を保つ。
額の中心、両眉の中心、鼻の下のみぞ、唇の中心、顎、喉、胸骨、横隔膜の中心、へそ、恥骨の中心、両ももの間の空間、両膝、ふくらはぎ、両かかとの間の空間が一直線をなすようにする。
頭部から両耳、両眼の外角、唇、顎骨の底辺が左右同じ高さになるようにする。
最後に首を伸ばしてその中心が床の線の上にくるようにする。
④両肩甲骨の内縁を床にぴったりとつける。鎖骨のところから上胸部の皮膚を肩の方へ、肩から後ろへ、肩甲骨に向けて伸ばすことで背中がぴったりと床につくようになる。
肋骨は統一をもって広がらなくてはならない。
⑤両足をそろえてかかとの外側を伸ばしてから、両足先を等しくリラックスさせて開く。
⑥手は体側の15~20度のところにおく。
⑦横たわっているときの感覚は、母なる大地に沈み込むような感じ。
掌、指、足の裏、足の指にある緊張に気付かない人が多い。緊張のある部分をよく観察し、リラックスさせて、正しい位置に戻す。
腹部に「空」と「無」を感ずること。体は投げ捨てられた棒のような状態。
眼の奥を見るようにして、自分自身の内面に眼を向ける
呼吸は、左右の鼻孔を息が等しく流れていることを確かめる。普通に吸い、やわらかく深く長く吐く。深く吸おうとすると頭と上半身が動き、脚と腕に緊張が起こるからである


B.K.S. アイアンガー『 ヨガ呼吸・瞑想百科―200の写真で見るプラーナーヤーマの極意』


アーサナ
(ヨガでは「内なる神」、「神と一体になる」という表現が多用される。梵我一如)
・プラーナ=息、生命、活力、エネルギー、力。
アーヤーマ=伸ばす、拡張、長さ、幅、規則的、コントロール。
プラーナーヤーマ=呼吸を長くし、コントロールする。
・ムッドラー=封印、鍵。
体の開いている部分を閉じる姿勢で、指を特別な形に組む。
・バンダ=束縛、結びつける、つかまえる。
特定の内臓や体の特定の部分をつかむ、収縮させる、コントロールする姿勢。

ジャーランダラ・バンダ
ジャーラ=クモの巣、網目。
胸骨が顎に押しつけられている状態で、サルワーンガアーサナとその変形ポーズを行っているとき習得できる。
①シッダアーサナ、スワスティカアーサナ、バッドゥラアーサナ、ウィラアーサナ、バッダコナアーサナ、あるいはパッドゥマアーサナの形で座る。
②背中をまっすぐ伸ばし、胸骨と、胸郭前面を持ち上げる。
③無理のないように首の両脇を伸ばし、肩甲骨を体の中に引き入れるようにする。胸椎を前に押し、首をしっかり伸ばしてから、頭を首の後ろのつけ根から前屈させる。
④喉を圧縮したり、首の筋肉を緊張させてはいけない。首と喉の筋肉をリラックスさせておく。喉や首を前方、下方、あるいは後ろに押しつけてはいけない。上背部を後方に押しつけてもいけない。
⑤顎の両側が、両鎖骨間のくぼみに左右等しくふれるように頭を前屈させる。
⑥片側の顎を他方よりも伸ばしたり、首を片方に傾けてはいけない。
⑦顎を胸に押しつけてはいけない。胸を持ち上げておりてくる顎に合うようにする。
⑧頭の中心、顎の中心、胸骨の中心、へそおよび股の中心が一直線上に来るようにする。
⑨顎を胸にもってくるとき肋骨を下げないようにする。
⑩こめかみをリラックスさせ目と耳は受動的にしておく。

ウッディーヤーナ・バンダ
ウッディーヤーナ=飛び上がっていく。
プラーナーヤーマでは腹をつかみ上げること。
プラーナーヤーマではプラーナは下腹部から頭のほうに流れて上がり、横隔膜は下腹部から内臓を後ろ上方、脊柱の方へと引っ張り上げながら上っていく。
まず立った姿勢でのウッディーヤーナをよく修得してから、バーヒャ・クムバカ(呼気のあとで息を止める)中に、ウッディーヤーナは導入すること。アンタラ・クムバカ(吸気後のクムバカ)にウッディーヤーナは取り入れないこと。心臓に負担をかけすぎるのでよくない。
空腹時に行うこと。
①ターダアーサナで立つ。
②両足の幅は約30センチぐらいに開いておく。
③膝を少し曲げ、両手の指を広げてももの中ほどをつかむ。
④肘を少し曲げ、顎をできるだけ下げ、ジャーランダラ・バンダの姿勢をとる。
⑤息を深く吸いこんでから、肺の空気を一息で吐き出せるように急速に吐き出す。
息を完全に吐ききるまで、腹をひっこめてはいけない。
⑥吸気の前に息を止める。腹全体を背骨の方向に持ち上げる。ウッディーヤーナ実践中は胸を落としてはいけない。
⑦腰椎、胸椎を前上方に持ち上げる。内臓を背骨のほうに向かって圧迫する。
⑧内臓を圧迫したまま手をももから骨盤のふちに向かって移動させながら、さらに内臓を収縮させる。
⑨内臓をゆるめないようにして、また顎を上げないようにして背筋を伸ばす。
⑩10~15秒間できるだけ長く内臓を圧迫したままにしておく。自分の限界以上続けてはならないが、無理をしない程度に練習を重ねていくと、実践時間もだんだん長くなる。
⑪顎と頭はそのままで、まず腹の筋肉をリラックスさせる。
⑫腹が完全にリラックスし、内臓がもとのリラックスした状態に戻るまで息を吸ってはいけない。腹の筋肉がもとの位置に戻るのを待って息を吸う。
内臓を圧迫している間、肺を圧迫してはいけない。
⑥~⑫までの過程の間中は息を吸ってはならない。
・2~3回普通に呼吸をしてから、再び①~⑫を6~8回繰り返す。進歩するにつれて、1回の長さと繰り返しの回数を増やしていく。体験の深い指導者のもとで行うのが望ましい。
・ただしこの一連の繰り返しの過程は一日一回だけおこうなうこと。
・ウッディーヤーナが修得できたら各種プラーナーヤーマに取り入れる。ただし呼気の後のクムバカ(バーヒャ・クムバカ)を行うときだけに行う。
・こめかみのまわりに緊張を感じたり、次の吸気の初めに緊張がかかったりしたら、自分の能力以上にウッディーヤーナを行ったということなので気をつけること。
・ウッディーヤーナ・バンダを一人で行うのは極めて危険。間違ったやり方で行うと精液が不要にもれ、活力を失う。

ムーラ・バンダ
ムーラ=根、源、原因、基礎。肛門と生殖器の間の中心部。
ムーラ・バンダでは肛門と生殖器の間の中心部の筋肉を収縮させ、垂直にへその方に向けて引き上げる。同時に下腹部前面およびへその下は、背骨に向かって後ろ上方に押しつける。
ムーラ・バンダは、吸気後のアンタラ・クムバカ中に行わなければならない。
ウッディーヤーナでは肛門から横隔膜まで全部を背中に向かって押し上げるが、
ムーラでは肛門とへその間の、生殖器部と下腹部のみを収縮させ、背骨と横隔膜の方に向かってひき上げる。
ムーラ・バンダを一人で行うのは極めて危険。間違ったやり方で行うと激しい体力減退をもよおし生殖力も失う。正しく行ったとしても、ムーラ・バンダにはそれなりの危険がある。性欲を増加するので濫用する危険がある。

・吸気のとき腹をふくらませてはならない。腹をふくらませると肺が完全に広がらないからである。吸気も呼気も無理があってはならないし、早くてもいけない。プラーナーヤーマの無理は心臓に負担をかけ、それがもとで脳障害を起こすからである。
・意識的に上胸部を持ち上げ、出ていく息をゆっくり、スムーズに導く。
・呼吸のリズムに深く注意を払うこと。

吸気の方法
①自分に合った方法で座る。
②胸と浮肋骨、へそを上げ、背骨をまっすぐ上に伸ばす。
③できるだけ頭を下げる。首の後ろが柔軟になったら、ジャーランダ・バンダを行う。
④感情の源である心は、へそと心臓の間にあるといわれ、背中はこの感情の中心と常に接触を保っていなければならない。体の前面は、この意識の中心との接触を失わないようにしながら持ち上げ、横に広げる。
⑤吸気中、胸を前や後、左右に傾けないように注意しながら、上方と横に胸を広げる。
⑥横隔膜を異常緊張させてはならない。横隔膜の底の方から空気を入れ始めること。深く吸い込む秘訣は、浮肋骨の下、腰のあたりから始めるような気持で行うとよい。
⑦肺に底から徐々に空気を入れる。鎖骨上端から、脇の下前部まで入れること。注意深く、神経繊維を少しずつ今まで以上に伸ばすようにして、肺が完全に空気を吸い込むようにする。
⑧肩が上がったらすぐ下ろすこと。吸気中に肩が上がると、上肺部が完全に広がらず、首の後ろが緊張してくる。肩を上げないで胸を上げておく
⑨喉をリラックスさせる。舌は下顎の上に寝かせるようにするが、歯にあててはならない。
⑩目は閉じているが、リラックスしており、内面を見る目を敏感にしておく。吸気のときどうしても目は上向きになりがちなので注意。
⑪耳、顔の筋肉、額の皮膚はリラックスさせておく。

呼気の方法
①吸気の①~④の指示に従い姿勢を整える。
②吸気においては、体は息という形をしたエネルギーを受け取る道具の働きをする。呼気はゆっくり静かに行う。そのためには、肋間筋肉や浮肋骨を持ち上げたままにしておく。そうしないと、安定したスムーズな呼気は無理である。
呼気の始発点は上胸部であるので、上胸部を下ろさないようにしてゆっくり、へそのところまで完全に空になるまで息を吐く。このとき体は神と溶け合う。
息を吐いているとき、脊柱の中心をもち上げておくだけでなく、その左右両側も持ち上げておく。全身を樹木のようにしっかりさせておく。
⑤体をゆすってはいけない。
胸を持ち上げたまま、ゆっくりスムーズに吐く。息が荒いということは、胸や背中が下がっていることと、息の流れを観察していないことから起こる
⑦吸気中においては、上半身の皮膚は緊張するが、呼気においてはリラックスしている。ただし胸や背中の内側は下げないようにする。
⑧腕と胸の皮膚は、脇の下のところで触れ合ってはいけない。腕をわざと広げることなく、脇の下のところで、空間と自由がなければいけない。

・クムバ=いっぱいにも、空にもできる壺。
クムバカ(止息)=息を止める(保息)。

アンタラ・クムバカ(吸気後のクムバカ)
はまずは、胸、横隔膜の内側、内臓を上げたままで数秒間止めることだけまず習得する。クムバカの間に肋間筋と横隔膜の内側と腹部内臓を上げておくのは難しい。
・アンタラ・クムバカを立っているときにしない方がよい。バランスを失って倒れるかもしれない。
・アンタラ・クムバカを寝た姿勢で行う場合、頭の下に枕を置き、頭が体より高い位置に来るようにして、緊張を防ぐ。
・アンタラ・クムバカの間、鼻梁を上げてはならない。
・プラーナーヤーマの間中、頭と頸椎を前傾させ、背骨と胸骨を持ち上げる。脳と頸椎を胸骨の方に向ける。
・吸気後のクムバカ中、内臓をひっこめ持ち上げると同時に、背骨下部を前に押し、胴体はたるませず、頭と腕と足をリラックスさせ、仙・腸骨から背骨を持ち上げ、肝臓下部と胃の下部を持ち上げる。
・背骨の内側と外側両方を上方前方に規則正しくそして等しく持ち上げる。
・上胸部の皮膚がゆるんで、肋骨の方におりてきたときは、息が不注意のうちに漏れたということである。
・胸は張りすぎても落としてもいけない。前面、側面、後面に等しく上げる。肋骨の内側を持ち上げる。

 バーヒャ・クムバカ(呼気後のクムバカ。完全に息を吐ききった後で息を止める)
は静的に行うときはウッディーヤーナなしで行うが、これは自分自身を静めるもので、食後でもいつでも行ってよい。
動的に行うときはウッディーヤーナ・バンダを併用するので、腹部内臓と心臓をマッサージし、エネルギーの分散を防ぐ。
・背骨の内側と外側両方を上方前方に規則正しくそして等しく持ち上げる。
・上胸部の皮膚がゆるんで、肋骨の方におりてきたときは、息が不注意のうちに漏れたということである。
・胸は張りすぎても落としてもいけない。前面、側面、後面に等しく上げる。肋骨の内側を持ち上げる。

・マントラ(呪文を繰り返し唱える)の目的は、乱れた心を一点に集中し、考えを一つにまとめること。マントラは、ヴェーダ(聖典)の讃美歌の部分であり、音楽を帯びた詩である。その詩を繰り返すことがマントラであり、愛と自己を捧げるまじめな心で行うと、自己を神に近づけることができる。
・プラーナーヤーマの実践中にマントラを繰り返し、舌や口を動かさないでそのマントラに意識を集中する。そうすると集中力を身につけると同時に、吸気、クムバカ、呼気の長さを伸ばすことができ、呼吸がスムーズになり意識も高まる。
・マントラは早く繰り返してはならない。吸気、呼気とクムバカをそれぞれ同じ長さで平均したリズムで行い、それに合わせるべきである。
・マントラは「アー・オ・ム」

・ウッジャーイー
ウド=上昇、広がり、卓越、力。
ジャヤ=征服、成功、コントロール。

※あらゆるプラーナーヤーマの全段階が、呼気(レチャカ。「フー」と吐く)で始まり吸気(プーラカ。「スー」と吸う)で終わる。まず肺の中にある空気を全部吐き出してから始める。心臓に負担をかけるから、呼気で終わってはならない。普通に息を吸ってから終わること。決して無理をしてはならない

A
①毛布を床に敷く。その上にもう一枚の毛布を三つ折りか四つ折りにして、片側にそろえて敷き、その上に後頭部と背部をぴったりつけ、仰向けに寝る。
②体をまっすぐする。目を閉じて1~2分静かにしている。胸をへこませない。
③普通に呼吸する。呼吸に意識を集中し、呼吸の流れを感ずる。
両肺を等しく空気で満たすようにしながら、胸が上にそして外に広がるのを感ずるようにする。吸気音が聞こえなくなるまで完全に肺に息を入れる
横隔膜をリラックスさせ、腹をふくらませないで息を吸い、横隔膜を横に伸ばす。
腹をふくらませないためには横隔膜を浮肋骨より上方に上げないようにする。
深く息を吸うと眼球が上がりやすいので、意識的に眼球を鼻の方におろし、肺の内部を見るようにする。
⑤ゆっくり、深く、一定の速度で、静かに息を吐き、両肺を等しく空にする。もし両肺が均等に機能しなければそれを正すこと。
呼気の始めに、横隔膜を脚の方向に下げないように固定し、それからゆっくりと息を吐くが、深く吐いてはならない。このときには呼気は普通の呼気よりも少し長めになる。
⑥10分ぐらい続ける。この間目は閉じ目の奥を見るようにする。

B
A+横隔膜を動かさないようにし、肺が空になるまで、ゆっくり深く一定の速度で息を吐きながら徐々に横隔膜をゆるめる。

C
①好きな座法で座る。
②顎をまっすぐ下げ、胸郭を内側から持ち上げる。顎を胸骨上方の両鎖骨間のくぼみにおく。ジャーランダラ・バンダである。
③腕を下げ、掌を上向きにして手首を膝の上に乗せる。あるいは人差し指と親指で印を結ぶ。ギアーナ・ムッドゥラーである。
④吸気時には腹をふくらませない。終始、横隔膜は肋骨より下にしておく。すべてのプラーナーヤーマを行うときにこのことを守らなければならない。
横隔膜が浮肋骨よりも上になると、胸がふくらまず中腹部がふくらんでしまう。
恥骨から胸骨までの腹部全体を背骨に引き寄せてから次に頭の方へ上げる。これは内臓にマッサージになる。
⑤横隔膜とともに内肋間筋も持ち上げ、その状態で呼気を、ゆっくり深く一定の速度で行う。
呼吸の流れを観察しながら、Aの要素を入れて、10~15分間行い、シャヴァアーサナで数分間休息する。


バストゥリカー・プラーナーヤーマ
バストゥリカー=ふいご。
空気をふいごのように力強く吸い入れたり、吹き出したりするプラーナーヤーマである。
※バストゥリカーは全身を活発にするプラーナを作り出す。しかし、あまり長く練習しすぎると、呼吸が強いので組織が摩滅して肺が危険な状態になるので注意する。
※ふいごの音がしなくなったらすぐやめて、普通呼吸を始めるか、繰り返すサイクルの回数を減らす。
※いらだちや緊張が感じられたり、鼻血、耳鳴り、耳痛が起こったらすぐやめること。呼吸の音が正しくなかったり、強い呼吸ができなくなったらやめること。少しの無理でも鼻血が出たり肺に障害を起こす。
※眼か耳に疾患があったり、高血圧または低血圧の人は行ってはならない。
※きゃしゃな体格の人や、肺活量のあまりない人は、バストゥリカーやカパーラバーティを行ってはならない。血管や脳に障害を起こす恐れがある。
※女性は行ってはならない。力強い呼吸によって腹部臓器と子宮の位置異常を起こし、乳房がたるむ恐れがあるからである。
※バストゥリカーによってクンダリーニの力が覚醒されるというまちがった考えをしている人が多い。権威ある書物にも同じようなことが書かれてあるが、真実とはほど遠い。

①鼻孔は終始開いておく(右手の親指、薬指、小指でつまむ必要はない)。
②自分に合った座り方で座る。肺の中の空気をすべて吐き出す。
③短く、強く息を吸い、早く強く一気に息を吐く。これを繰り返すと、次の吸気は最初の吸気よりも速く、力強いことがわかる。これは吸気の前の呼気が強いからである。
④すばやく吸ってすばやく吐く。4~8回続けて行い1サイクルが完成する。呼気で(吐いて)終わること。
⑤普通は、ウッジャーイーのときのように数回ゆっくりと呼吸するが、吸気のあと、ムーラ・バンダで5~8秒のクムバカを入れてもよい。もしろん、それからウッジャーイーのときのようにゆっくり深く息を吐く。こうすると横隔膜と肺が休まり、また新しいバストゥリカーの強い呼吸に備えることができる。
⑥クムバカを入れても入れなくてもよいが、ウッジャーイーを混じえてこのバストゥリカーのサイクルを何回か繰り返す。それから深呼吸してシャヴァアーサナで休息する。
⑦スタミナが増すにつれてバストゥリカーの回数も増えるが、呼吸の調子が変わったらすぐに中止すること。

カパーラバーティ・プラーナヤーマ
カパーラ=頭蓋骨。
バーティ=光、光沢。
バストゥリカーとほぼ同じであるが、それに比べて穏やか。吸気はゆっくり、呼気は力強く行い、呼気を終えるたびにほんの少しのクムバカを加える。バストゥリカーがきつすぎると感じたら、このカパーラバーティを行う。

・ディヤーナ(瞑想)=吸収。
自学自習、自己反省、鋭い洞察、自分の内にある無限のものを捜す方法。深い内省で体の中の動きを観察することであり、心の状態を見つめる。自分の中にある最も奥のもの、つまり自己の内にある神を見ることである。
①ジャーランダ・バンダをしないで、正しく座る。
②体の前後を等しく持ち上げ、背骨を伸ばし、胸を上げる。
③頭を左右前後のどちらにも傾けず、頭頂部を床と平行にする。
④目を閉じて目の奥を見る。
⑤胸の前で合掌し、親指が胸骨をさすようにする。この手の形はアートマンジャリ・ムッドラーとかフリダヤーンジャリ・ムッドラーという。
(写真を見ると親指が胸の中央にあたっている)
意識が脳と心のあいだを揺れ動いていると、考えが次から次へと浮かんでくる。そういうときには掌をさらに合わせ、注意を自己の内なる神に集中する。掌がゆるんできたら心がさまよっているという警告であるから、一層しっかり合わせ、内なる自己に意識を集中する

『禅の本』


坐禅の仕方
・結跏趺坐(足の裏を天に向けて両足を組んで坐る。結跏=足を組む。趺=足の裏)で座る。
①座蒲(ざふ。なければ座蒲団の上にさらに二つ折りした座蒲団)を置き、その上に浅く腰を下ろす。
②右足を左のものの上に乗せ、かかとが下腹につくくらいまで、なるべくつけ根のほうまで引き寄せる。
③左足も同じように右のももの上に乗せる。
両膝と尾骶骨で、床の上に三角形ができる。このとき膝が床から離れてはいけない。
足が痛くて結跏趺坐ができない人は、左足だけをももの上に乗せる半跏趺坐を用いてもよい。
それも辛い人は普通に正坐して行ってもよい。
目は自然におとす。閉じると眠気を催したり、妄想に陥りやすくなる
・手は法界定印(ほっかいじょういん)を組む。
右の掌を上向きにして、組んだ足の上に置く。
その上に左の掌を同じように上向きにして重ね、親指の先を合わせて卵形の輪を作り、その手はへその下あたりに置く。
両方の親指をかすかに合わせる。離れても押しつけてもいけない。
・体の位置は真中心におく。時計の振子のように上体をまず大きく左右にふって自然に止まった位置、次に前後にふって上体がまっすぐ安定した位置。
・頭は顎を引き、左右に傾かないようにする。視線は1m先くらいに自然におとす。
・口は軽くむすび、舌先を上あごの歯のつけ根に軽く当てる。
・肩は力を抜き、水平にする。
・背中はまっすぐ伸ばす。腰は後ろにぐっと引く。腹は少し前につきだし、鼻と一直線になるようにする。
・呼吸は自然と鼻からの呼吸にまかせ、息は長すぎも短すぎもしないようにする。息はまず吐き出してから吸う。下腹の底から吐く心地で息をすると、下腹はへこむというよりも充実感がある。すると自然に鼻から吸うことができる


『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門―豊かな人生の技法』
William Hart ウィリアム・ハート (著),
日本ヴィパッサナー協会 (監修), 太田 陽太郎 (訳)
春秋社 1999-11
(…)
『気づきの確立の教え』はまず、からだの観察について説いている。呼吸を観察する。からだの動きを観察する。からだのなかにからだの内部を、または外部(体表)を、あるいは内部と外部を同時に観察する。からだのなかに生まれる現象を観察する。感覚を観察する。心を観察する。心の中身を観察する。
はじめは、固くて変化のない「たかまり」のような、からだと心のうわべの現実を体験するが、修行をつづけてゆくと、やがてその固さが自然に溶けてゆく段階に入り、心とからだの真の姿、一瞬一瞬生まれては消える波動の集まりを体験することになる。この体験によって、からだ、感覚、心、心の中身、これら四つの側面の実体をすべて理解する。それはおよそ非人間的であくまでも無常な現象の終わりなきうねりである。

・“では、瞑想者はどのようにして、からだのなかにからだを観察するのだろう? この場合、瞑想者は森の中や、木の下や、だれもいない小屋に行く。そこで足を組んですわり、背すじを伸ばし、口のまわりに意識を固定する。彼は呼吸を意識しながら、息を吸い、息を吐く。深い息を吸っているとき「いま自分は深い息を吸っている」と正しく理解する。深い息を吐いているとき「いま自分は深い息を吐いている」と正しく理解する。浅い息を吸っているとき「いま自分は浅い息を吸っている」と正しく理解する。浅い息を吐いているとき「いま自分は浅い息を吐いている」と正しく理解する。「からだ全体を感じながら、息を吸う」そのように自分を訓練する。「からだ全体を感じながら、息を吐く」。そのように自分を訓練する。「からだの動きを静めて、息を吸う」そのように自分を訓練する。「からだ全体を静めて、息を吐く」そのように自分を訓練する。
(『サティパッターナ・スッタ』『アーナーパーナ・パッバム』)“p.221-222

“ 瞑想者がからだのなかの心地よい感覚の無常性を観察しつづけていると、その感覚は衰え、うすれ、消滅する。また、自分が心地よい感覚に対する執着を捨てるのを観察しつづけていると、からだのなかの心地よい感覚への渇望という隠れた条件づけが取り除かれる。瞑想者がからだのなかの心地わるい感覚の無常性を観察しつづけていると、からだのなかの心地わるい感覚への嫌悪という隠れた条件づけが取り除かれる。からだのなかの中立の感覚の無常性を観察しつづけていると、からだのなかの中立の感覚への無知という隠れた条件づけが取り除かれる。
(『パタマ・ゲーランニャ・スッタ』)“p.223

(…)
“人から聞いたこと、古い言い伝え、世間の常識、あるいは文字になっているもの、そういうものを鵜呑みにしてはいけない。想像、推測、外見、部分、可能性、あるいは師の意見、そういうもので教えが真理であると決めつけてはいけない。自分が直接「この教えは正しくない、間違っている、賢者も批判している。この教えを実行すると弊害があり、人々が苦しむ」とさとったとき、それを捨てればいい。自分が直接「この教えは正しい、間違いがない、賢者も称賛している。この教えを実行すると人々が豊かで幸福になる」とさとったとき、それを受け入れ、実践すればいい。”p.15

(…)
・ブッダは物質世界がすべて、パーリ語でカラーパという「分解できない極小単位」から構成されていることを発見した。
ものはみなカラーパという微粒子から構成されており、そのカラーパはたえず生まれては消えるという。つまり、連続的な波動の流れ、絶え間ない微粒子の流れ、これが「もの」の究極の真相なのである。わたしたちがそれぞれ「自分」と呼んでいる「からだ」の実態なのである。
(…)

・(心は脳の働きではなく)全身に心があります。からだ全体にです。

・Q――先生は「わたし」という意識について、いつもマイナスなとらえ方をされます。でもプラスのものもあるのではないでしょうか?
喜びや安らぎ、至福感、そういう「わたし」の体験もあるのではないでしょうか?

A――瞑想していると、そういう官能的な喜びが長続きしないことに気がつきます。喜びの感情が浮かんでも、じきに消えてしまう。「わたし」が本当に喜び、その喜びが本当に「わたしのもの」なら、その喜びの感情を「わたし」は自由にできるはずですね。でも、そういう感情は勝手に生まれ、勝手に消えてしまう。そんな「わたし」とはなんでしょう?
深いレベルでは「わたし」というものは意味を持たなくなります。自我は溶解され、そこにはただ「喜び」だけがあります。「わたし」はもう問題にはなりません。瞑想を続けていくと、やがて自我の溶解を体験するときがきます。
(…)
Q――自分の行動をコントロールすると言われますが、それは抑圧ではないでしょうか?

A――それは違います。どんなことが起きても、それをそのまま客観的に観察する訓練をしているのです。たとえば腹が立ったとき、その腹立ちを隠したり、こらえたりすれば、たしかにそれは抑圧になるでしょう。そうではなく、その腹立ちをじっと観察していると、それはやがて自然に消えてゆきます。怒りという感情を客観的に観察することができるようになれば、怒りから解放されてゆくのです。

(…)
Q――麻薬の力を借りて、超意識や超現実を体験することについてどう思われますか?

A――麻薬の力で何かを体験することはそれに依存することです
一方ダンマは自分が自分の主となることを教えます。いつでも望むときに自分の意思で真理を体験することができるのです。
麻薬を使うと心の平静さが失われ、自分を害します。ダンマの修行によって真理を体験するとき、心は平静になり、だれも害されることなどありません。

(…)

・呼吸に気づく訓練をする。呼吸に意識を固定する。
心がさまよっても、にっこり笑って、あせらず、根気よく、力まず、落ち込まず、何度も何度も心を呼吸に引き戻す


・アーナーパーナ=呼吸。
アーナーパーナ・サティ=呼吸の気づき。

・アーナーパーナで呼吸に意識を置くとき、おなかでなく鼻孔の下に意識を置くのは、おなかでは意識を置く範囲が広すぎるから。
意識を置く範囲を狭くすれば、それだけ集中力は高まるので、鼻孔が最適


・ヴィパッサナー=総合的に心を浄化する自己凝視、自己洞察。
とくに心とからだの無常という性質を見抜く洞察。

ヴィパッサナー・バーヴァナー
=からだの感覚を観察して真理を見抜く瞑想法を修行し、段階的に自己観察の力を高めていくこと。

ヴィパッサナー瞑想では自然なからだの感覚を観察する。順序良くからだに意識をめぐらせてゆく。
とくべつな感覚を追いかけたり、避けたりしてはいけない。
ただひたすらからだの感覚を冷静に観察し、どのような感覚があらわれようとそれに意識を置く。
変わった感覚を探し求めるのではなく、ふつうのからだの感覚を淡々と観察していく。
感覚の原因をさぐる必要はない。
重要なのは意識の焦点を合わせたところにある感覚に気づくこと。
何度も全身に意識をめぐらせ、かすかな弱い感覚も感じ取る。
感覚のにぶいところを飛び越してはいけない。
ある感覚を避けようとしてはいけない


・ヴィパッサナー瞑想の最大の目標は、いかにして反応しないでいるか、いかにして新しいサンカーラ(盲目的な心の反応)をつくらないか、を学ぶことである。
盲目的な心の反応の結果もサンカーラと呼ぶ。

Q――自分がつくり出した感覚ではないということはどうしてわかるのですか?

A――それはテストをすればわかります。
ほんとうの感覚かどうかあやしいと思ったら、二つ三つ命令を出して、自分に暗示をかけてみるのです。
命令にしたがって感覚が変化するようならば、その感覚はほんものとはいえません。
けれども自分で感覚をコントロールできない、感覚が自分の命令にしたがわないときは、その感覚はほんものです。
疑いを捨てて、受け入れてください。


・人生のパターンを、後ろ向きの「反動」から、前向きな「行動」に変えていくのです。

・たとえば、ある人がなにかをしようとしたとき、べつの人が邪魔をしたとしよう。
邪魔された人は、邪魔した人をひどい奴だと思い、嫌悪する。
その思いは邪魔した人の性格を考慮したものではない。
たまたま自分の邪魔をしたというだけで、いやな奴だと思い込んでしまうのである。
それが無意識の奥底にしっかり刷り込まれる。
そして邪魔された人に会うたび、潜在意識にその思いが浮かびあがり、不快な感覚を抱く。
すると、また新たに嫌悪感が生じ、それが邪魔した人のいやなイメージをいっそう強めていく。
二人が二十年ぶりに再会したとしよう。
はるかむかしのことなのに、邪魔された人は邪魔した人に会ったとたん、ひどい奴だ、いやな奴だと思う。
かつて自分の邪魔をした人の性格は二十年のあいだに一変しているかもしれない。
だが、邪魔された人は過去のいやな体験を思い出して相手を見てしまう。
それも邪魔した当人に対して反応するのではなく、最初の盲目的な反応によってつくられたイメージに対して反応してしまうのだ。
それは偏見の塊である。
これは、自分に協力してくれた人をいい人だと思うことにもあてはまる。
その思いは協力した人の性格を考慮したものではなく、たまたま協力してくれただけ。
良い印象は無意識の領域に記録され、協力してくれた人に会うたびにイメージが強化される。
何年もたってから再開してもやはり同じパターンが繰り返される。
協力してくれた当人に反応せずに、最初の盲目的な反応によってつくられたイメージに対して反応してしまう。
ヴィパッサナー瞑想によって、反応のくせ、つまり古い条件づけを取り除く。
感覚器官のいずれかに接触があるとき、いかなる評価も偏見もあってはならない。
偏見をもって価値判断をはじめると、前につくった盲目的な反応の影響をうけ、ものごとを歪めて見てしまう。
心を条件付けから解き放つためには、過去の反応でもって評価することをやめ、ただただ気づいていることである。

(人はX自体に対してではなく、X「に対するイメージ」に対して反応する、ということはきわめて重要です。
Xの今の状態を観察により、潜在意識と記憶が形成する誤ったイメージという苦しみの原因を克服しましょう!
過去の嫌悪を再現する潜在意識を改善しないと、対症療法にしかなりません)


・Q――精神分析とヴィパッサナー瞑想を比較するとどうですか?
A――精神分析では、強いショックとなって心の条件づけをしたような過去の出来事を思い出させるのですね。
ヴィパッサナーでは瞑想者がみずから自分の心の深層、 心の条件づけが実際に生じるところにまで至るのです。
精神分析によって思い出すような過去の出来事はからだの中になんらかの感覚を刻みこんでいます。
全身の感覚を平静な心で観察してゆけば、何層にも積み重なった無数の条件づけが一枚一枚はがされては浮かび上がり、つぎつぎに消えてゆきます。
ヴィパッサナーは心の条件づけの根元にはたらきかけるので、はやく容易に自己を解放することができるのです。

・ヨガにヴィパッサナーを取り入れても構いません。
たとえばポーズを取って、同時に全身の感覚を感じるのです。
ヨガだけをやるよりもずっと効果が上がります。
ただし、マントラやイメージを使ったヨガの瞑想法はヴィパッサナーと相いれないものです。
そういうものとヴィパッサナーを一緒にしてしまってはなりません。

“ 実際に瞑想をしてみると、呼吸に意識を置くことがいかにむずかしいかわかる。できるだけ長いあいだ呼吸に意識を置こうと思っても、どういうわけか知らないうちに心はどこかに行ってしまう。ちょうど、酔っぱらいがまっすぐ歩こうとしても千鳥足になってしまうのと同じである。じつのところ、わたしたちは無知と幻想の酔っぱらいなのである。過去や未来をさまよい、渇望や嫌悪に振りまわされ、いつも千鳥足で歩いている。しゃきっと目をさまして一直線の道を歩くことができない。
 瞑想をして困難にぶつかっても、落ち込んだり、弱気になってはいけない。長年かかってしみついた心のくせだ。それを取るには時間がかかる。そう考えたらいい。くりかえし、休みなく、根気よく、ひたすら瞑想するしかないのである。心がさまよっているのに気づいたらすぐ呼吸に意識を引きもどす、ただそれだけでいい。それができれば、心の放浪癖をなおす貴重な一歩を踏み出したことになる。何度も何度も瞑想をしているうちに、雑念がわいてもすばやく呼吸に意識をもどすことができるようになる。呼吸を忘れている時間が少しずつ短くなり、呼吸に気づいている時間、サマーディが長くなる。
 精神集中が深まると、力みがなくなり、幸せな気分になり、エネルギーが満ちあふれる感じがする。呼吸は徐々にやわらかく規則的になり、軽く、浅くなる。ときには、呼吸がほとんど止まったような状態になる。事実、心が静まるとからだも落ち着き、代謝作用が低下し、酸素もあまり必要でなくなる。
 この段階に入ると、瞑想中、奇妙な体験をすることがある。たとえば、目をつぶっているのに光や幻覚が見えたり、妙な音が聞こえたりする。このような、いわゆるESP(超常感覚)の体験は、精神集中がかなり深いレベルに到達したことを示しているにすぎない。そういう体験はあまり重要でない。とりたてて騒ぐことではない。依然として気づきの対象は呼吸であり、それ以外のものはすべて雑念である。けっして超常感覚が起こることを期待してはならない。それは起こることもあるし、起こらないこともある。超常感覚というのは瞑想のすすみぐあいを示す一里塚のようなもので、一種の標識にすぎない。旅をしていれば標識がかくれていて見えないこともある。夢中で歩いていて気がつかないこともある。その標識を最終ゴールだと思い込んでしまったら、それ以上前進できない。とにかく超常感覚の体験などは掃いて捨てるほどある。ダンマの修行者はそんなものを求めているのではない。自己の本質を見きわめ、苦からの自由を勝ち取ろうというのである。
 そんなわけで、ただひたすら呼吸に注意を向けてゆく。精神集中が深まるにつれ、呼吸は弱くなり、観察しにくくなる。かすかな呼吸に気づくには、そうとう努力しなければならない。いっそう心をとぎすまして集中力を高め、表層の現実をつらぬいて深層の微細な現実を観察してゆくのである。
 精神集中を深める方法はたくさんある。一つの言葉をくりかえし唱えて精神を集中するとか、なにかのイメージを凝視するとか、あるいは、同じ動作を何度も何度もくりかえすとか、いろいろだ。そういうことをやって注意を向けた対象にのめり込むと、やがて一種のトランス状態に入り、至福を味わうことができる。しかし、トランス状態のあいだは快感が持続しても、ふつうの生活にもどると、あいもかわらず同じ問題に悩まされる
。そうした精神集中の技法を使っても、いちおう心の表面にやすらぎと喜びのうすい膜のようなものができる。ただし、深層の心の条件づけにまで影響をおよぼすことはできない。精神集中の対象として選ばれるものも、本人が体験しているはずの一瞬一瞬の現実とは関係ないものばかりである。だから、それによって得られる快感もちょうど壁の上塗りのようなもので、いかにも作為的な感じがする。心が浄化されたときに奥底から自然にわき上がる至福とはずいぶん隔たりがあるようだ。正しいサマーディは、心の陶酔ではない。つくりものでもないし、幻想でもない。
 ブッダの教えのなかにも、トランス状態(ジャーナ)を体験する話がある。ブッダ自身、究極のさとりを開くまえに八つの没我の境地を学んでおり、生涯その修行をつづけたという。しかし、トランス状態を体験すれば解脱できるというわけではない。没我の体験は洞察の修行への足がかりにすぎない、とブッダは強調する。瞑想によって集中力をつけるのは、至福と快感を体験するためではない。心を鍛え、それを道具にして自己の現実を見抜き、苦の原因である心のくせを取り除くためなのだ。それが正しい精神集中である。”
p.106-108

深く集中して瞑想できれば誰にでも起こる自然現象なので、調子に乗ったり、選民思想に囚われて執着してはいけません。それを防ぐ装置の一つが、「戒律を誓わせること」です。
そもそも瞑想の目的は「心を制御できるようにして平静なままでいられるようにする」ことなので、このような神秘体験は邪魔=禅仏教における魔境です。あくまで、「ここまで深く自分は集中して瞑想できた」というサインだととらえましょう。

誰にでも起こることをわざと隠して、「あなたは選ばれた」とか「教祖の神通力のおかげ」とか
言って依存体質の信者を量産するのがカルトの手口ですので注意してください。
オウムはモロにこの手口を使っていました。

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-110.html
ヤハウェ(エジプト系の雷神)が奈良の大仏(アーリア系の太陽神仏)なわけねーだろ!  
真言宗が景教(人の神格化禁止)なわけねーだろ!                     
ヨガ、呼吸法、瞑想法でリラックス!
『呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと』・『ヨガ呼吸・瞑想百科』・ 『ハタヨガの真髄』・『禅の本』・『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門』


『禅の本』。禅はスピリチュアルの中核を否定。
神秘体験は魔境=執着してはならない悪。
スピリチュアルは野狐禅を量産する危険物なので取り扱い注意!

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-109.html
““ 坐禅がもっと進むと、今度はいよいよ魔力に支配された境地に入っていく。それを「魔境」という。魔境にはいろいろあり、『楞厳経』(りょうごんきょう)という経典によると、実に50種の魔境があるといわれている。また釈迦仏陀でさえも成道の直前に魔境に悩まされたことは、よく知られている。
これは釈迦が悪魔マーラを呼びだして、本当の悟り、(菩提)を得るための最後の戦いをする、というものである。マーラは世にも恐ろしい兵器で攻撃をしかけてくるが、釈迦はそれを花に変えてしまう。マーラは次に自分の娘たちに命じて、釈迦を誘惑させるが、釈迦は受け流す。
マーラは最終兵器で最後の攻撃をしかけてくる。しかし釈迦は、ついにそれらすべてが水面に映る月影のように、幻覚・妄想にすぎない、と知る。このマーラ物語が、魔境の原型であり、魔境の本質を示しているようである。
魔境という文字の形からは、なにか恐ろしい感じを受けることだろう。確かに、『源氏物語』の生霊とか『今昔物語』や『雨月物語』に出てくるようなすさまじい魔境もある。しかし多くはそうではない。かえって、これぞ悟りの境地ではないか、というようなものが少なくないのである。
たとえば、心の中にとんでもない妄想や屁理屈が出てきて、自分は天才だと密かにうぬぼれる。目の前に神や仏や宇宙人が現れて、自分だけが選ばれたと救世主気分におぼれる。宇宙霊と合体して天にも昇る素晴らしい心地がしたと感激する、などさまざまだ。
だがくれぐれも、そんなものにとらわれたりこだわってはならないと、禅ではいましめている。前章で書いた澤木興道のように「その内容は受け流すだけ」、つまり相手にせず軽くかわすだけのこと
なのである。
もっとも、どんな境地が魔境でないかは、なかなかわかりにくいようである。たとえば禅の心理学で世界的に知られる、ある高名な学者の例がある。
「なにもかもが新鮮にみえる。道端に何気なく生えている雑草さえ、この世のものでない美しさに輝いて目に映る。見性体験を得たとき、私はこれこそ禅の心だ、と思った。」
と彼は専門誌に発表した。やがてLSDという、ライ麦の麦角(ばっかく)から製造した強力な幻覚剤の服用体験の論文を読み、彼は、これぞ禅の悟りそのものであると説いたのである。
このためアメリカの西海岸では「LSD、5ドルで天国」とばかりにインスタント禅というものがはやり、ヒッピーたちは先をあらそって服用した。しかしその結果は無残にも、つかの間の悟りの後はぐったりとしたボケ症状におちこむばかりであった。つまりこれは魔境でしかないことが、事実をもって証明されてしまったのである。“『禅の本』p.147-148
(…)
禅では超常現象のような奇跡を認めない。もし奇跡があるならば、なにげない、あたりまえの自然の働きこそ、本当の奇跡であるとする。

・禅宗の修行では、一般の人々が喜びそうな奇跡的現象は、大悟の妨げとして厳しく排除される。
禅の目的は大悟することであり、超能力、いわゆる神通力を得ることは目的ではない。
だが、禅の修行している過程で不思議な現象が生じることが往々にしてある。

・禅に限らず、仏教では疑団(ぎだん。疑問)というものを非常に重視する

自分とは何か、人生とは何か、道とは何かなどという大疑団を起こし、その疑団を打破することが悟りに通じると考え、とにかくどうであれ疑団を起こせと教える。
禅の公案は疑団を課題として与えること。
だが、公案禅は、真摯な求道から離れて一種の知的ゲームに堕するという悪弊があった。
(…)
・曹洞宗大本山の永平寺は、すべての建物が回廊で連結されており、法堂は頭、仏殿は腹部、山門は股など人体のそれぞれのパーツに密接に照応して設置されている。行住坐臥のいっさいが厳格綿密な修行であることを悟らせるような禅的な宇宙観に基づく。
「永平」とは中国に仏教が初めて伝来した年の年号。

(フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年11月12日10:51 - 11:47
ねここねこさんの工事中の 禅仏教の記事読んでるけど、 永平寺システムに一個だけヒント。
「永平寺修行記」では便所での ケツの拭き方とか、食事の細かい
作法とか、寝るときに仏陀みたいな 態勢になる様に布団でグルグル
巻いて簀巻き状態にしたりする……

これは現代の工場で作業の 手順がこと細く決まってるのと 同じ思想なのね。
目的は「ヒューマン・エラー」 の撲滅。
なんでこういう思想が生まれた のかというと、
禅仏教では、理想の生き方ってのが ブッダの生き方なわけ。

ところが人間ってのはブッダの 生き方が中々出来ないわけよ。
そもそもブッダの生き方自体が 分からない。
だったら、人間の取る全ての 行動を寺側が管理して、
強制 させれば、全員ブッダの行動を
取るわけだから理想の社会に ならね?
って考えが永平寺の 仕組

で、これを娑婆の世界で実現
したのがトヨタ生産方式みたいな
工場の仕組なわけ。

ところが工場で働いてみれば
分かると思うけど、アレが
どうしても「理想社会」じゃない
って事に人間は本能的に気付く
わけよ。
でも工場側はこれはブッダの 生き方をトレースしてるんだから
これ以上の理想社会は無いんだから 黙って続けろ!
と言うわけだ。
曹洞宗の凄いところは実は
ここで止まらないで、実は このネタの続きを用意して ある所なんだ。

「永平寺修行記」を良く読めば
分かるんだけど、作法の合間に
ちょくちょく坐禅の時間が
あるのよね。
所謂、曹洞宗の「只管打坐」って
やつの実践ね。

「永平寺修行記」の著者が
ここで重要な所を漏らすん
だけど、
この「座っている時だけが天国だ」 という表現を著書の中でしてるんだ。
トヨタの工場で言うと「五分間の 小休憩」の時間みたいなもんだ。
ブッダの行動を全てトレースして 生きているはずなのに、
本当の 幸せは「坐禅」してる時だけって
不思議だろ?w

ここが曹洞宗のスゴイ所なのよ。

つまり「本当の悟りはブッダの
行動をトレースした強制された
ロールプレイには無い」
と言い切るわけだw

本当に重要なのはブッダの
ロールプレイに疲れて
ただ座り始めた時の
「なにもしてない状態」
これが悟りだ!

トヨタの工場の例に置き換えると 工場で真の利益を挙げているのは
「作業者が作業している 時間じゃない」
工場で一番重要で本質的なのは
「休憩を取っている時間」

と曹洞宗の坊さん達は言い切った わけだ!w

この「なにもしない状態」、
ただ座って、休憩してる時間こそが 悟りであり、人類の理想だって 説いてるわけよ。
あの厳しい修行はそこに気付かせる ための念入りに組まれたカリキュラム
なのね。
まぁ、流石はインテリの坊主 の考えた仕組だわ。

問題はトヨタも、東大のMBAも、
ジョブズも、Googleも、 この「禅の本質」に気付いたか どうか。
まぁ、第一目的が利潤追求や ドラッカーのいう需要の創造 じゃ気付かんだろうw

あくまで只管打坐の曹洞宗の 話しよ?
公案ベースの臨済宗はまた 別の話しよ?
pic.twitter.com/8ulmJZvPLG
(野々村 馨 『食う寝る坐る永平寺修行記 (新潮文庫)』)

また、ミソは「ブッダの ロールプレイ」の否定が
間接的に空海が持ってきた、
天台宗が後に重視した
密教の批判になってる所ねw
ここが重要なポイントよ?w

この永平寺の修行の仕組は
よ〜く観察すると、釈迦が バラモン仙人の下で苦行されて
参った後、菩提樹の下でただ
座って悟ったエピソードと リンクしている
所も キーポイントよ?w 以上
(…)

『禅の本』
坐禅の仕方
・結跏趺坐(足の裏を天に向けて両足を組んで坐る。結跏=足を組む。趺=足の裏)で座る。
①座蒲(ざふ。なければ座蒲団の上にさらに二つ折りした座蒲団)を置き、その上に浅く腰を下ろす。
②右足を左のものの上に乗せ、かかとが下腹につくくらいまで、なるべくつけ根のほうまで引き寄せる。
③左足も同じように右のももの上に乗せる。
両膝と尾骶骨で、床の上に三角形ができる。このとき膝が床から離れてはいけない。
足が痛くて結跏趺坐ができない人は、左足だけをももの上に乗せる半跏趺坐を用いてもよい。
それも辛い人は普通に正坐して行ってもよい。
・目は自然におとす。閉じると眠気を催したり、妄想に陥りやすくなる。
・手は法界定印(ほっかいじょういん)を組む。
右の掌を上向きにして、組んだ足の上に置く。
その上に左の掌を同じように上向きにして重ね、親指の先を合わせて卵形の輪を作り、その手はへその下あたりに置く。
両方の親指をかすかに合わせる。離れても押しつけてもいけない。
・体の位置は真中心におく。時計の振子のように上体をまず大きく左右にふって自然に止まった位置、次に前後にふって上体がまっすぐ安定した位置。
・頭は顎を引き、左右に傾かないようにする。視線は1m先くらいに自然におとす。
・口は軽くむすび、舌先を上あごの歯のつけ根に軽く当てる。
・肩は力を抜き、水平にする。
・背中はまっすぐ伸ばす。腰は後ろにぐっと引く。腹は少し前につきだし、鼻と一直線になるようにする。
・呼吸は自然と鼻からの呼吸にまかせ、息は長すぎも短すぎもしないようにする。息はまず吐き出してから吸う。下腹の底から吐く心地で息をすると、下腹はへこむというよりも充実感がある。すると自然に鼻から吸うことができる。”

『完全教祖マニュアル』で騙す側の視点を獲得しましょう。
(◞≼◎≽◟)☝本当は教えたくないのですが、選ばれたあなただけに特別に今だけ、教祖として成功する秘訣をお教えします!
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-106.html
“・(わざと困らせて)救済を与えよう(自作自演)
そして救世主になろう!

救済の与え方の分かりやすい例として、浄土真宗系の新興宗教から発展した「内観療法」という精神療法をご紹介。
内観療法では、まず、相手に対してセラピストが
「あなたが(お母さん、お父さん、兄弟姉妹、上司など)に
①してもらったこと、
②して返したこと、
③迷惑をかけたことを調べて下さい」
などと過去の記憶を思い出すよう促します。
そして、真面目に思い返してみると、してあげたことよりもしてもらったことの方がはるかに多いわけですよ大抵は。
なんとも申し訳ない気分になってきます。そう、不安を与えているのです。ほら、こんな困ったことになっているぞってね。
これを続けているうちに、対象者の心情にある変化が生じます。
「自分はなんて駄目駄目な奴なんだ」
という思いから、
こんな駄目駄目な自分でもみんなに助けられてちゃんと暮らしていけるって幸せだなあ
という考えへとチェンジしていくのです。
この変化が生じれば内観療法は成功です。
周囲に感謝できる新たな価値観を手に入れたのです。この瞬間、不安は救済に変わるのです。
内観療法は、アルコール依存症や神経症、家庭内暴力や犯罪者の再犯防止などに効果があると言われています。
なお、内観療法は宗教的要素を抜いていますから
「みんなに助けられてちゃんと暮らしていけるって幸せだなあ」
という形に最終的に落ち着きます。
が、この元になった「身調べ」は浄土真宗系の修行ですから、
「こんな悪人の自分でも阿弥陀仏は救ってくれるんだ。今までよりももっと信仰するぞ」
と最終的にその宗教が正しいと言う確信を強めるようにする(より抜けられなくなる)わけです。”

斎藤保高『チベット密教 修行の設計図』・『チベットの般若心経』で本物のチベット思想を学び、スピリチュアル(インド風キリスト教系カルト)儲を撃退しましょう!
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-108.html
”・「六座グルヨーガ」では、まず眼前の虚空に自分のラマをツォンカパ大師、またはお釈迦様の姿で顕現させ、その周囲にさまざまな聖者や本尊や菩薩などが集まっている様子をイメージし、それらを対象に帰依の祈りなどを捧げる。
そして、生きとし生けるものすべての幸せを願い、そのために自分自身が仏陀の境地を得よう……と誓願を立てる。そのうえで、自分の前に顕現したラマや聖者たちから「菩薩戒」を授かった……と自覚する。これは実際に灌頂などでラマから菩薩戒を授かったことの、いわば追体験。
続いて、仏性を想起する。
自分はすでに志も立てたし、それに基づいて菩薩戒も受け、その結果これまで眠っていた仏性が今こそ目覚めたのだ……と強く思念し、「将来必ず仏陀になる」という決意を新たにする。
心の空性を瞑想しながら、眼前に展開していたラマたちの集まりを自分自身へ修練し、それによって自分の諸々の煩悩が浄化された……と思念する。
ここまでが「六座グルヨーガ」の準備段階の瞑想。
こうして空性を瞑想している状態から、眼前の虚空に蓮華・月・太陽を重ねた宝座をイメージし、その上に自分のラマを持金剛仏父母尊の姿で顕現させる。
本尊の姿などを、視覚の識で見ようとしてはいけない。
意識で思い描いて把握しないといけない。
目の前の仏像を見るのと同じように、瞑想すべきものを目で見ようとしたのでは、正しい瞑想にならない。
瞑想のときに目を完全に閉じてはならない。
瞑想すべき本尊の姿を目で見ようとしていると、実際に目の前に見えている別の風景が気になり、つい目を閉じてしまう。
しかし、意識で思い描いて把握することに集中できれば、実際に目の前に広がっている風景などは全然気にならなくなる。
意識とは五感に頼らず、心そのものに依存して認識することである。
意識にも概念的思考と直感的認識の二種類がある。
瞑想の最初の段階では、概念的思考を交えながら、「身体の色は青で、手に金剛杵と鈴を持って、胸の前で交差し……」という具合に思い描いていきます。
しかし、瞑想を何度も反復して習熟度が増せば次第に概念的思考を減らしても、直感的に認識できるようになります。
最終的には一瞬で本尊の姿を明確に顕現させ、全体像も細かい部分も直感的に把握できるようになる。

“「視覚ではなく意識で、しかも次第に直感的に……」
というのが、第一のポイントです。
第二のポイントは、「向こうから現われるのではなく、こちらから向こうへ置く」ということです。瞑想の中で、「自分の意思とは関係なく、本尊などが向こうから突然出現した」というような神秘体験は――何らかの印や徴候と認められるケースも稀にあるでしょうが――多くの場合、修行者の妄執が生み出した幻覚にすぎません。それゆえ、実践の正しい拠りどころとして、ほとんど信頼できません。また、実際にそうした幻覚が現われなくても、あたかもそうであるかのごとく瞑想することは、間違った方向へ心を慣らすばかりなので、いくら実践しても望ましい成果を期待できません。そうした突然の神秘体験に執着せず、あらかじめ自分の意思で「こういうふうに瞑想しよう」と計画を立て、それに従って意識の力で本尊の姿を認識対象として確立し、それを繰り返し瞑想して習熟することが肝要です。
では、信頼できない神秘体験と正しい瞑想の成果を区別する基準は何かといえば、「その瞑想に十分習熟したとき、いつでも意のままに同じ内容を再現できるか否か」
という点です。もちろん最初からは無理ですが、本当に瞑想に熟達した密教行者なら、複雑な曼荼羅を――どんな大きさにでも――瞬時に再現できるといいます。「こちらから向こうへ置く」という感覚で瞑想するからこそ、習熟すれば自在に再現可能となるのです。”p.92-93

(野狐禅も野狐瞑想も駄目ってことです。スピ信者が薬物でヒャッハーでハイな状態になる瞑想や禅をしたり賛美したりするけど、彼らが歩んでいるのは邪道で危険な道です。単なる狂人になってしまいかねませんからね。単に気がヘンになっただけです。
そもそも仏教は心の平安を目指しているのに、ヤクでハイになったら駄目でしょ。
やっぱりスピ信者は、キリスト教によって改悪されてしまう前の真のインド思想なんて勉強しないんでしょうね。
偽物を崇めて「覚醒した!」って笑えませんな。
「別の価値観に洗脳された! 勘違いして選民思想を持った!」の間違いでしょ。
『魔法入門』でも別人格を出現させたりするときは絶対に意識的に自覚的に行なわないといけない、と何度も注意しております。でないと廃人になってしまったり、別人格に乗っ取られてしまいますからね。
修行方法が書かれていても、ちゃんと危険性と注意点を明記しないものは避けましょう。精神病院で精神病が治らないことは本ブログ読者ならよくご存じでしょう。

ちなみに、『魔法入門』に書かれていることの元ネタの多くはインドのヨガと密教でしょうね)

第三のポイントは、本尊の身体の質感。
仏像や仏画を見て参考にしながら本尊の身体を意識で思い描いていくが、鍍金の立体や紙の平面のごとくイメージしてしまいがち。しかし、実際の本尊の身体は、微細な風(ルン)を集めて成立したものであり、そのエネルギーが光となって顕現している。
それゆえ、瞑想の対象の本尊も、光でできた身体として思い描くことが大切。
けれどもぼんやりした不明瞭なものではいけない。目の前に本当に座っているように、手を伸ばせば触れられるように、きわめてリアルに、明確に顕現させる必要がある。しかもそれを認識しているのは視覚や触覚ではなく、あくまで意識である。

眼前の虚空に、自分のラマを持金剛仏父母尊の姿で顕現させた。
そのように瞑想した本尊などのことを密教用語で「三昧耶尊」という。
この三昧耶尊と同じ姿の「智尊」というものをお招きし、手に印を結んで真言をとなえながら、三昧耶尊と一体化させる。
ラマと本尊を完全に一心同体として瞑想することが最も重要な秘訣。
眼前にラマを持金剛仏父母尊の姿で瞑想し、智尊と一体化させたら、祈願や供養を捧げる。それを繰り返して善なる意思の力が十分に蓄積されたとき、ラマである持金剛仏が自分の頭頂へ降りてきて、自分と完全に一体化する……と観想する。このとき必ず空性を瞑想しなければならない
まず頭頂へ降りてきた持金剛仏を対象とし、その実体性を追求することに心を集中させる。そうすると実体性を何一つ見出せないので、ついには虚空のごとき感覚になる。
同様に自分自身の実体性を追求すれば、やはり何一つ見出せないので、これも虚空のごとき感覚
になる。そのとき、虚空と虚空は無差別であると強く念じ、虚空のごとき空性というあり方において、持金剛仏と自分の一体のものとして瞑想する。
また、そのように瞑想している心自体も、やはり空であるゆえに一体となり、そうした体験がこれこそが「倶生の大楽」(くしょうのたいらく)にほかならず、これこそ本尊の法身である……と強く思う。
この状態から、ラマの導きの力、そして前もって蓄積された善なる意思の力により、自分の法身から色身の状態へ立ちあげる。
このときの自分の色身の姿は、前にラマを持金剛仏父母尊として瞑想したのとまったく同じ。
こうしてラマの助けを借りながら、私が持金剛仏であるという自覚を得られるようにしていくのが、六座グルヨーガの特色といえる。
現実の自分のあり方を顧みて、菩薩戒と三昧耶戒を守った生活ができているかどうかチェックする必要があります。戒律に反する行ないは、なるべく早めにそれを自覚し、懺悔の瞑想で浄化することが肝要。

本尊と一体化する修行は選民思想を生むので、それを防ぐ為に禁欲と自省と道徳を養うことが修行で必須とされます。
欧米の支配層はインド思想を取り入れる癖に、我欲を抑えないからあんな滅茶苦茶をやるわけです。支配層が禁欲しない✝カースト制度✝なんて最悪です。

本尊を理想の自分におきかえたらまんまイメージトレーニング。
理想の自分を召喚して自分に憑依させる密教的魔術を現代ではイメージトレーニングといいます。「降りてきた」ではなく、意志の力で「降ろす」術
)”

御嶽山、浅間山、富士山関連の団体の動向をウォッチして下さい情報求む 
大本教系も御嶽山とゆかりあり。
『密教の本』『真言密教の本』。
明治まで実在しなかった金剛峯寺。青厳寺。興山寺。
後醍醐天皇の南朝正統宗教は真言立川流=セックスカルト。醍醐寺はカルトメーカー。のりぴーの真如苑。卍教団(ナチスと紅卍字会=大本教系ですか)。皇室と関係ありの解脱会。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-39.html
“密教も神道もお札が道教チック。
その一つの「在」の印(日輪)は、両手の親指同士と、人差し指同士を合わせて三角形を作るメーソンが喜びそうなもの。

密教の印(ムドラー)の画像が大量にあるところ↓
真言密教入門コーナー
http://www1.plala.or.jp/eiji/sub6.htm
(…)
・阿字観(あじかん)
とは瞑想により「世界と自分はひとつである」ことを実感する技術・訓練。
阿字を観想し、阿字の中に我あり、我の中に阿字あり、といった様々な観点から阿字を対象に瞑想を行う修行。
阿字=アヌゥトゥーパーダは本不生(ほんぷしょう)の意味を持つ梵字。本不生とは本来的に「生まれていないもの」であり、また「生み出されたもの」でもない「生まれなきもの」である。つまり、他の何かから生み出されたものではなく、また自己によって生み出されたものでもない、時間も空間も超越した存在である「人知を超越したもの」を表す。
ゆえに、人間の知性と理解を遙かに超えた、仏の本不生の特質を表し、あらゆる仏の本性を表す。このため、阿字はあらゆる梵字を代行することができ、別種字とも呼ばれる(種字とは仏を表す梵字)。
阿字観は梵字である阿字に意識を様々な方法で集中し、三昧の境地(ヨガで言うサマディ)に達する技法。

阿字観本尊の画像↓
http://www.tokuzouin.com/tokuzouin/ajikan.html
阿字の書き方↓
密教瞑想法「阿字観」
http://bb1307.blog86.fc2.com/blog-entry-596.html

①坐ったときの目の高さを考えて、阿字本尊を壁に掛けるか、専用の台座に置く。
②修行者はそこから約一歩ほど離れた場所に結跏趺坐にて坐る。
呼吸は浅くなく、深くなく、何より大切なのは意識して、宇宙に満ちた力を吸いこみ、体内の汚れを押しだすがごとくに、そして息が苦しくならないよう大事に呼吸する。呼吸が落ち付いたのなら、それを維持しながら瞑想に入る。
第一の修行は月輪観(がちりんかん)である。
月輪を心にとめおき、目を閉じていても見えるかのごとくになるまで意識を集中する。

第一修行が上手くいったら
第二段階の広観(こうかん)へ移る。
広観は目を閉じても見えるかのように強く意識を集中させた月輪を自分の心の中に引き寄せる。更に精神中に引き寄せた月輪を、立体の白い淡い光を放つ球体に変化させ、この球体をどんどん大きくしてゆく。まず自身の身体の大きさに、そして家、街、国、地球、宇宙全体を覆う球体になるように広げていく。意識を限界まで広げるのである。

第三段階は、斂観(れんかん)。
斂観では、広観により極限まで拡大した月輪を少しの間維持し、安定した状態で維持させつつ、月輪を徐々に、段階を踏んで少しずつゆっくり小さくしていく。月輪が最初の大きさに戻ったならそれをゆっくりと阿字観本尊に戻してゆく。

月輪観により、阿字観の基本である我と他者との一体感を感じる第一歩を踏み出した。
次は阿字の性質をあれこれと観想し、阿字の本質と我を近づけてゆく。
自分自身の煩悩もまた菩薩の境地であるとする、煩悩即菩提を一歩前進させ、我と仏と宇宙の本質である「本不生」が同じ一つである、我即法界(がそくほっかい)、世界と自分は一つであると実感するまでに至るのである。これが阿字観の目的である。
阿字は根本仏である大日如来の象徴である。
更に阿字観を一歩進め、水平線より昇り来る巨大な日輪とその中に現われたる阿字を観じ、その阿字が無限の光を我々に与えているのを観ずる、阿字観本尊なしの阿字観もある。
阿字を変化させて、虚空蔵菩薩の梵字(種字)であるオン、阿弥陀如来の梵字であるキリークなど他の梵字に変化させていく応用法もある。
(目的に応じて仏を自身に憑依させて能力を高める方法がありますね。やっている人は間違いなくいます。憑依させるものを理想の動きをする自分にしたのがアスリートのイメージトレーニング)

密教と修験道 参考文献
http://www.cnet-ga.ne.jp/kenta/mitsu/sankou.html”


『道教の本―不老不死をめざす仙道呪術の世界 』と主に道教系魔術の資料。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-63.html
” ※画像は引用しませんのであしからず。画像は引用元をご覧ください。


”命門(めいもん)
命門とは、督脈にあるツボ。位置は、へその真後ろ、真裏。
第二腰椎の棘突起(きょくとっき)と第三腰椎の棘突起の間にあるツボで、
肋骨のいちばん下と同じ高さの背骨の突起の下
にある。
停滞しがちな気血の流れを整え、体力・気力共に増強させる。
命門は、生命の根源、先天の気が宿る場所、命に力をつけると言われ、
気功でも重要なツボ。立禅を行う際は、この命門を開くように、
骨盤を締めて立つのがコツ。すると、下丹田に気が集まりやすい。”
http://kikou.info/page/cat10/320.php



中国道教の本物のスワイショウのやり方
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-549.html
”スワイショウはれっきとした気功=チーゴンである

つまりどういうことかというと

呼吸法が重要なのだ

ただ腕をブラブラさせるだけの動作じゃない

日本ではここが勘違いされているケースが非常に多い。
腕をブラブラ振ることによって微振動が体に良いだとか、
血行を促進するだとか、邪気を飛ばすだとか、肩が
リラックスできて気持ち〜〜
だとかのような気持ちの悪い解釈まである。

これらは全部デタラメ

伝統的な中国道教(道家思想)から言ったらだが。

では、正しい”スワイショウ”とは何か?

元々、このスワイショウ、陽の臓器(大腸等)をマッサージ
するための気功法だ。
腕を振ることよりも腹式呼吸でお腹をポコポコ前後運動
させることに意味がある

まるでエイリアンの幼虫が入っているかのようにお腹を
ポコポコさせることにより中の内蔵に刺激を与えているわけである。

正しいやり方を図にしたので参照頂きたい。
(絵が下手で申し訳ないが......)



腕をに振る時に鼻から息をって、下丹田をらませていく。
く時に腕をろに振ってお腹をへこませる。この時、お腹の
前面が腰の”命門”というツボに触れる様な感覚を意識
してやる
ことが重要だ。

そして、重要なのが呼吸する時の舌の位置

上の前歯の付け根に舌の先っぽを付けないといけない
このポイントは五行でいう”火”の位置を表している。

何故、舌を上顎にくっつけるのかというと、中国の人体の気功ルート
というのは下丹田から始まって背骨に沿いながら頭のてっぺんの百絵を目指し
体の全面の方を下りながらまた下丹田に戻っていく様になっている。
いわゆる仙道で言う”小周天”
というやつだ。

ところがこのルート、口の中で切れてしまっているのだ!

だから舌で上顎から下顎に掛けて”橋渡し”をしてやる必要
があるのだ。

この方法でスワイショウをやってみれば分かると思うが
この方法だと腕をリズミカルにブラブラさせるのが大変
難しい。
太極拳のように”ゆっくり”やることしかできない。
太極拳も元々気功としてやるから、あのゆっくりとした
動作になるのだ。戦闘に特化した太極拳がやりたいのなら
”陳さんの田舎拳法”でもやっていればいい。
(陳式太極拳のこと)
私は”陳式”を非難していないが、例のカナダ人の道士に
よると、太極拳で気功的に唯一価値があるのは”武当山”の
太極拳だけらしい。
その道士に言わせると”陳式”なんてのは中国の片田舎の
農家のおっさんが教えていた拳法で、こんな道教の寺院で
も何でもない小村に本当に気功として優れたノウハウが
あると本気で思っているの?ということらしい。
その道士に言わせると中国の優れた技術は由緒ある寺院等に
しかないとのこと。
本当の事かどうかは分からないがちゃんと中国の茅山で
修行した中国人が言うのだから本当なのだろう。

ということでスワイショウに話を戻すと、よく気功教室で

腕を高速でブラブラ振っているおばあちゃんとかは
間違っているということ

あれはきちんとした動作でゆっくりやるものである。
気功なんだから。

中々こういう情報って日本では手に入らないでしょ?
日本にいる中国人や台湾人も大半は道教の修行を
きちんと積んだ人間でもなんでもないからね。
占い師が教える気功も間違っている場合がほとんどだ。
こういった”占い師”達も道士でも何でもないからだ。

よく、本土の中国は文化大革命で伝統的な中国文化が
残っていないと台湾人や香港人が吹聴しているが、
常識で考えてあんなデカイ国で一つの歴史ある文化を
完全に根絶やしにできるわけがなくて、ちゃんと残っている
所には残っている。

フェイド大帝は台湾や香港の本も勉強しているが、
個人的にはやはり中国本土の本が内容的に優れている
物が多い様な気がする。
もちろん台湾や香港にもいいものはあるが。

もし可能ならば、中国本土の龍虎山や、武当山等で
本格的に修行できるのが一番なのかもしれない。””


ユダヤ関連の日に事件を起こしてユダヤのせいにするのがキリスト教の手口。生命の木カバラは中世からなので、古代ユダヤの生命の木(と日本)云々ときたら嘘確定。シオニズムはキリスト教思想。シオニストはクリスチャン。ユダヤ教超正統派はイスラエルを否定(イスラエルはキリスト教製)。魔術師クロウリー、ジョン・ディー、メスメルは王侯貴族人脈。
秋端勉『実践魔術講座リフォルマティオ(上下)』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-40.html
“・超常的な力を求める者は自我の膨張(エゴ・インフレーション)に陥りやすい。個人的に修行している分には、自分が特別だと感じ、超人や達人だと錯覚し、統合失調症に陥る危険を冒すだけですむが、霊的なグループの中で自我が膨張すると悲惨である。自我膨張による悲劇を防ぐ為に、自己規範を設ける。野狐禅を防ぐのだ
(…)
・古代ギリシアの雄弁家は演台の周囲の建物ひとつひとつに演説のイメージを埋め込むことで原稿代わりにした。
記憶の大部分は、外界のイメージを個々の要素に分解して棚の中にしまってある。記憶力を強化するということは、このイメージを深く豊かにするという意味と、分類の手段を精密化するという二つの利点があります。

・キムのゲーム。記憶力強化訓練。
目の前に小物を十から二十ほど用意して並べ、上から布をかぶせて隠す。ノートと紙を用意しておく。心の準備ができたら布を取り去り、小物を一分ほど見つめる。再び布をかぶせ、紙に小物の位置関係を記す。混乱するようなら、小物の数を減らしてもよい。
・視覚化の練習。
例えば自分のお気に入りの湯飲みを用意する。それを手にとって三十秒ほど見つめる。そして湯呑を持っていない状態に戻り、目を閉じて湯のみが手の上に乗っているかのようにありありと思い浮かべる。五感の記憶を再構成する。色々なものでやってみる。しかし、絵やイラストは最後にしたほうが良い。映像を捕う訓練になってしまい、視覚化とはいささかずれるからだ。
慣れてきたら、そこにないものの視覚像を作る訓練に移行する。好きなものをイメージして食べるなどだ。
空中に図形や文字を指で描き、そして消すなど。
(ハンターハンターのクラピカは、鎖を具現化=念によって鎖をこの世に呼び出す、の訓練の為に一日中実物の鎖をいじくっていた。この訓練がモデルかもね)

・逆向き瞑想。
寝床で行う。そのまま寝てもよい。横になった瞬間からその日に起こった出来事を逆にたどっていく。巻き戻し映像のように、できる限り精密に。重要な行動については、なぜそうしたのか、その結果どのような印象を受けたのか、どんな感情を抱いたのか、を第三者視点で分析してみる。これを続けるとどうしても思い出せない空白の時間が幾つかあると気づく。

・秘儀参入を受けた者は「二度生まれ」と呼ばれた。
・秘儀の伝統に位階制度が必要なのは、正しい指導なくしては心を破壊してしまう劇薬だから。真に危険な部分、指導者なしで実践できない部分は公開しない。食卓に劇薬の瓶を置いてはいけない。

・視覚化と弛緩法。
頭部から足先に向け流れるように順番に各パーツを意識し、視覚化→緊張→弛緩→弛緩を行う。弛緩の一度目は筋肉を、二度目は精神を弛緩させることを意識すること。急がずやること。

・軟酥(なんそ)の法。自己暗示によって、精神意識を変えさせる精神療法。
卵ぐらいの大きさの軟らかい酥(古代のバター)の丸薬を頭に乗せたとイメージする。その丸薬が頭頂から足の裏まで流れ込んでくると想像する。この軟酥丸は清い色をしていてよい香りがする実に素晴らしい丸薬である。これが頭全体を潤し、ヒタヒタと水が浸透するように下りてきて、両肩、両上肢、乳房、胸、肺、肝臓、胃、腸、背骨、尾骨まで潤すと観想する。とろとろの妙薬が流れ落ちて全ての疾患や痛みが消失するイメージ。バターが嫌なら他の好きなものにしましょう

(臨済宗、中興の祖である禅の白隠禅師の著書「夜船閑話(やせんかんな)」にある方法)

・呼吸法で、数を数える際には例えば一から十までループするようにする。数えながら眠ってしまわない為のもの。
四拍呼吸法。四つ数える間に息を吐き、四つ数える間息をとめ、四つ数える間に息を吸い、四つ数える間に息を止める、の繰り返し。吐く、止める、吸う、止めるのサイクル。
黄金の夜明け団式。
(黄金の夜明け団は別名黄金の暁会などとも言う。訳語の違い。ナルトの暁のモデルだろうね)

・マントラ瞑想法。一つの言葉か文章を選んで瞑想中に繰り返し唱え続ける。反復により意識をマントラで満たし、リラックスと集中を産みだし、意識を半覚醒半睡眠の状態にする。
なお、精神病の前歴がある人や精神病の人はマントラ瞑想を行なってはならない。現実世界との結びつきが堅固でない人がマントラ瞑想すると瞬時にリアリティを消失する恐れがあるからだ。
(…)
・明晰夢を見る為に、夢の中で目覚める方法としては、地面や自分の手を見る方法がある。
明晰夢中の目覚めを防止し、明晰夢の場面を切り替える方法として夢の身体の運動感覚を利用することができる。明晰夢の中で幻覚が消え始めたとき、後ろ向きに倒れるか、夢の身体をコマのように回転させる。その際、運動の生き生きとした感覚を味わう。
夢を思い出す最良の方法は、目覚めたときにいつもどんな夢を見ていたかと自問すること
だ。

・インドでは現実世界はヴィシュヌ神の夢の中の幻のかけらにすぎない。すべては幻力(マーヤー)という意識の力で流れていく幻なのだ。そこには夢と現実の優劣はない。
夢を支配する一歩として夢日記がある。
夢は急速に薄れ細部が不鮮明になるので起きた瞬間に、瞼を開かないようにしつつ、枕元の筆記用具と紙にすかさず記すこと。起き上がって机ででは遅い。記述が終わるまで起き上がらず目も開かないこと。光により意識が変化してしまうからだ。見た流れに沿って記録するのが普通だが、興味深い言葉は真っ先に記録すること。夢の中で見た本の題名や聞いた言葉は急速に風化するからだ。また、普通でないことも記録しておく。記述内容の表題も後でつけておく。次に読みにくい箇所を訂正する(後に読んでも意味不明になったら困るからね)。

・意志を進化せる為に、クロウリーはスサマジイ覚悟で訓練した。日常生活に禁止事項を課して、意識的でも無意識的でも破ったら腕にカミソリで刻み目を入れたのだ。お勧めはできない。
日常的なルールを定める。一人称を使わない、敷居は右足からまたぐなどなど。自分の生活を深刻に壊すルールは駄目。ルールを破った場合の罰則を定めるのだが、ただちに行なえて意識的努力が必要なものとする。ルールを破る頻度と罰則の内容は釣り合いが取れていなければならない。そして必ず一対一で罰則を与えること。なお、重要なことだが、罰則を課していることを他人に知られないこと。

・道行き(パスワーキング)とは、抽象的な物語を使って意識を変容させ、その物語世界を門として異世界に入り込む方法。(脚本つき観想
ですね)次々と視点移動し、異世界を旅する。経験値を得るのだ。シナリオは市販されているし朗読した音声もある。しかし基本的にはシナリオは自分で作るか、既存のものを自分が読みやすいあるいは聞き易いものに直して使うべき。
目を閉じて、鉄のちょうつがいをもつ木の扉を作り、扉を開け、その中に2から3フィートほど入り込み、その後で振り向いて反対側から扉を見ることを練習しなさい(帰ってこれないとまずいですからね)。
道行は扉を開けて異世界に行って帰ってくる作業。
出発点に戻るには、自分の使った門、または自分自身の肉体を強く思い浮かべればよい
。”


現実の魔導士が読んでいるかもしれない『魔法入門』の続き。
「嘘つきにこそ真実を言わせよ。真実を告げる者は嘘つきに仕立て上げろ」。
秘密結社と宇宙人の陰謀論の殆どがユダヤと在日叩きと同じくキリスト教擁護の為ですので注意。
最低でも聖書を否定し、聖書が根拠の日ユ同祖論も否定していないと駄目。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-45.html
” ・イメージ形成の為の最初の訓練法がキムのゲーム。
いろいろなものを盆の上に置いてから布で覆う。布を取り去ってからしばらくの間位置を記憶し、再び布で覆ってから、覚えている限りの物品の状態と位置を書きとめる。
この練習法をすると、ある物品だけがほとんど例外なく忘れ去られてしまうことがある。これは偶然ではなく何らかの心理的事件が起こっているのだ。このように示されたものは瞑想の出発点として使う(自身が忘れ去りたい無視したいものを意図的に使う)ことで、潜在意識の深みから、面倒を起こしている特殊な妄想やコンプレックスを引き出せる。抑圧からの解放により、その物品はもはや他のものと違うことはなくなることがわかるはずだ

なお、この練習法は都合のつくどんな時間にも試みて良い。
修行者は創意工夫して毎日の練習法に組み込むべきである。例えば、倉庫番はその仕事をキムのゲームの長い練習だとすればよいのだ。
(一定の場所に留まる仕事はキムのゲームの訓練にできる。ものの位置と状態を完璧に覚えて把握するということ)
(…)
・呪言、呪文、真言(マントラ)は波動のエネルギーを持つ。
名前の波動を起こさせる修行では声をできるだけ震わせるようにしなければならない。声の音程を低くし、同時にできるだけはっきりと心の中にその特殊な名前や呪力をもつ言葉と結びついた観念ないしは観念群を持ち続けることである。
練習法としては、掌の中でその名前の波動を響かせるというものがある。あるいは太陽神経叢(へその周り。丹田)や額から発していると思ってもよい。
この波動を起こす力が手やその他の場所から出るようになったらしめたもの。それからは簡単に肉体の他の部位にもこの練習を及ぼすことができるようになる。このような波動を加えた部位の病気を治せるようになる
のである。

呪力をもつ言葉を用いるには、リズム、音の高低、母音、子音という四種類の波動がある。様々な感情状態に引き込む為には、リズムが最も偉大な魔力を持つ。
理想的な魔法の歌は潜在意識に訴えかけるものである。それは極めて原始的である。それゆえ歌は反復を要求する。同じ音楽の節々を反復することは意識的精神をすこぶる退屈にさせる。ゆえに、歌は強いリズミカルなものでなければならず、その反復は「調子を変える」こと、調子の上げ下げが必要である。

西洋世界では普通、コンサートピッチ(奏会用の標準音高。一般には、国際標準音=一点イ音=440ヘルツ)の音楽が多い。普通のピアノはこれに合わせて調律される。
マントラの音楽は半音低い。いわゆる原始的音度で4分の1音、上げたり下げたりする。このマントラの音楽を始めて聞いた人は、一般にいらいらするような気分に襲われる。だが魔法の歌を普通の歌声で歌っても実際的な効果はないという事実が実地の経験から知られている。

(支配者が研究して実験していて実践されておりますよね。有名アーティストは支配者側。440Hzの音楽は恐らく奴隷用なんだろうな。ということは能力封印用か。
だからマントラでは440Hzでない音にするんですね。)

・仇名とは普通我々の遊び仲間が潜在意識的に把握した結果つけた名前であるから、我々の人格を言い当てており、それが個人名である。個人名とは必ずしも保護者がつけた名前ではない。洗礼名が個人名だったりもする。
潜在意識的に把握した結果つけた名前=個人の名前を大声で繰り返していると、不思議な恍惚状態に入って自身のより高次の存在に気がつくようになった詩人の例がある。
(魔法名も個人名ですね。
魔法名を付ける
http://magic.dancing-doll.com/magician/magical-motto.html
“魔法名とは魔術師が魔術を行う時や魔術団体の中で使われる名前の事。魔術用の名前です。
例としてアレイスター・クロウリーの魔法名を見ると...「Perdurabo」、
「V.V.V.V.V.(Vi Veri Vniversum Vivus Vici)」、
「To Mega Therion」、「Baphomet」など...このような感じになります。

言語
魔法名に使う言葉は基本的にはどのような言葉でも構わないのですが、一般的にはラテン語を使う人が多いようです。

マジカル・モットー
魔法名に最適なのは魔術的な目標(マジカル・モットー)を魔法名に使う事です。魔術的な目標を達成した時には新しい魔法名(新たな魔術的目標)を付ける事になります。また、環境・立場・状況などが変化した時にも必要であれば新しく適切な魔法名を付ける事があります。

フラター/ソロール
魔法名はそれを呼ぶ時や書く時に男性の魔術師なら魔法名の頭にフラター(Frater)を、女性の魔術師なら魔法名の頭にソロール(Sorror)を付ける事があります。これは魔術団体組織の内部において見られるものですが、魔術団体非所属の個人魔術師であってもフラターやソロールを魔法名の前に付けて使っている人はいるようです。魔術世界の同胞、一員と言う意味で使われます。”)

・閃く色彩。
色彩は魔法活動で第一義的な重要性を持ち、主要な鍵となる。色は魔法使いが扱う諸力と同調する手段である。自己催眠術に使える。色彩の図はこちら↓
<閃めく色彩>の構図
2010.12.24  クリスマスカラー <<06:11
http://nuevlxxxxrusfel.blog5.fc2.com/category17-1.html

煌く色彩を見つめて
http://ameblo.jp/shake-off/entry-11098399720.html
(…)
蓮華座(パドマ・アーサナ) - ヨガのポーズ大全集
http://yoga-pose.info/zai/rengeza.htm

パドマアーサナ(蓮華座)が出来ない人の練習方法。:
http://affiliato-treasure.blog.so-net.ne.jp/2014-06-08
(…)
・弛緩術。リラックス方法。
くつろいで寝転んだり坐ったりする。頭のてっぺんに注意を向け、頭の筋肉がくつろいでいるか緊張しているかどうかをみる。緊張しているなら意識的にくつろがせる。それから額に移る。また緊張していたら意識的にくつろがせる。段々下に行く。ただし既にリラックスしたところがまた緊張していたらそこに戻ってまた緩める。上手くいっているかどうか確かめる方法としては、誰かに体の一部を持ちあげてもらって、死んだように重くなっていればOK

呼吸。
喉や鼻の通路を意志の努力で閉じて息を保ってはいけない。危険である。
息を止める正しい方法は、胸部の筋肉と胸部及び腸の領域に渡る横隔膜を利用し、定められた期間の間、呼吸することである。つまり胸部を拡張して肺に完全に空気を充たす。胸部が拡張されたままになったときに横隔膜をおろす。肺が空気を一杯にすった時、これが息の止まった状態である。胸部を鋭く叩くと空気は部分的に外に漏れる。緊張してはならない。緊張は呼吸の訓練でも危険である。

四つの息。
①ゆっくり吸いこみ、心の中で1、2、3、4と数える。そこで息を止めて1、2、と数える。
②同じスピードで息をはき、再び1、2、3、4と数える。次に肺を動かさずに止めて1、2と数える。
これを5分間繰返す。はじめは5分以上やってはいけない。後になったら延長してもよい。




ボルボラ ‏@zairic0 1月9日
明晰夢を見る方法については色々サイトがあったりして解説されているが、結局のところ自分なりのやり方を自分で見つかるしかない感じがする(普遍的に言えるのは「浅い眠りを狙う」と「夢の記録をつける=思い出す能力を高める」くらいだろう)。あとはもう「主観」しかない世界だし。

daydreamer ‏@life_fantasic 1月6日
【明晰夢を見る方法】
①夢日記をつける。夢を忘れずに思い出せるようになる。
②起きている時に、自分の手のひらを見て「これは夢か?現実か?」と自問自答する習慣をつける。
③夢をコントロールする。夢の世界ではなんでも出来るとイメージすると良い。
④昼寝や二度寝の時に明晰夢を見やすい。



西洋魔術博物館 ‏@MuseeMagica 2015年2月17日
現在多くの魔術結社で採用されている修行法「キムのゲーム」も元を正せば play of jewel というナーサリーの定番ゲーム。ちなみに「キム」の作者キプリングは熱心なフリーメイソンとしても有名な人です。 pic.twitter.com/sNpk60TN0r

JIN+music ‏@jin_harada 2015年5月9日
ユダヤ神秘主義や西洋魔術で使われる「逆向き瞑想」が面白い。就寝前から時間を遡っていき朝起きたときまでの出来事を思い出す。さらには夢まで遡る。通常の時間軸の逆を辿るわけだ。これは面白い。面白いが疲れる。しんどい。もうやらない。

Ni-chaN ‏@Justice_Ni_chaN 2012年10月10日
今日を終える前に一日の自分を振り返る。その時第三者が自分をカメラで映写している様なイメージをし、つまり客観的に振り返る。悪点を理由をつけ洗出し明日はどう改善するか決めて寝る。この逆向き瞑想が効く。そして一日の勉強の成果の中からこれだけは明日に繋げたいという知識を選別し復習し寝る

Angeliqua ‏@Ripple1975
だから魔法の訓練は日常を意識化することに注力します。逆向き瞑想もまた然り。日常を漫然と過ごすことが無いように自分の行動と思考を常に観察する。瞑想は単なる補助手段であり、瞑想状態は実は日常の中でマイクロフロー体験のように実現できるのです。これを理解していると瞑想にこだわらなくなる。

逆向き瞑想が必要なのって、要するに逆向きに物事を見ていくと結果から分岐する前を見ていくのでそこに予測とか類推とか都合のよい解釈が入り込む余地が無いことが判る。意外に人間の記憶って自己都合で操作されていて欠落してるのがわかるから、最初の逆向き瞑想は思い出せないこと多いのです。

逆向き瞑想の本当の価値は自らの本来の意志の発見にある。自らをいかに無意識的に騙してきたかを知ることは誰にとっても有益だ。もしもこれに反論があるとすれば、自らが自らに騙されていることを知らない証左ともいえる。知らないことは恥ずべきことではないが、知ろうとしないのは恥ずべきことだ。

足元に注意することとは結果について受け入れることです。希望的観測で何かに挑む場合は必ず記憶の差し替えが起こります。わたしたちが何のために逆向き瞑想をするのかどうか思い出してほしい。小宇宙=大宇宙の信仰は魔法の前提条件です。但し、これは作業仮説であり信仰であることを忘れないことです

魔術訓練で逆向き瞑想をする理由はいくつかあるのだけど、必ず動機が生じる場所に向かうのです。太る原因があるのなら痩せる原因もある。ケテルを意識するのはもっとも基本的なこと。本当の意思、本当の動機を探すの。意識にとって途中経過がわかんなくても必然性が生じないと結果は訪れません。

ん・・・ワーキングメモリ?例えばキムのゲームがそれ。倉庫番なんかのゲームも使い方次第で役に立つ。あと、沢山入った冷蔵庫を一瞬空けてすぐに閉じて中身を覚えるとか。工夫次第です。

視覚化の訓練でキムのゲームを利用するのを思い出して欲しい。それはパターン認識の使い方を意味している。全体を眺めてから連想で関連付けしたものを配置してる。その配置したものをパターンとして記憶するので個々のイメージを分解できない。写真から一部のみを切り取らないように

無論、誰でも先進国では算数ができるからもっと大きな数を数えられるよね? けれど最も直感的に瞬時に認識できるのはせいぜいが10個なのです。さあ、キムのゲームをしましょう。お盆に何個の物が乗ってるところまで直感的に記憶できますか? 実際に試してみてください。

キムのゲームというのがよく記憶に用いられるのだけど、いれは記憶するのだけではなくて瞬間的に同時に多種の物を扱うスキルをつけるのです。それは瞬間的に複数の象徴の意味を取り込んで再構成するために必要なの。わたしが三秒で答えを出すというのはその能力を磨いたものなんです。

魔法使いが最初のころに習うキムのゲームとはこの心の仕組みについて気づくためのヒントとなってる。つい数秒前に見たものがなぜ思い出せないの? 特定の概念について知らないからです。必ず虫食いがある。わたしたちの世界は虫食いだらけ。嫌いと言葉を発するたびに世界は壊れていくの。

他人の知識を披露したり、誰かほかの人がしてることを類推しても無駄です。自分でやってみることです。キムのゲームを試してください。うまくできないのなら上手ではない理由について考えて。苦手を克服すること、それはやる気と知恵にしかできない。怖さと面倒くささわたしたちの敵です。

@katsumi00000 とりあえず、キムのゲームはここで、http://bit.ly/18C0ZO6 視覚化はこちらで学んでください。http://bit.ly/149U9Yt それからきつい言い方かも知れませんが、わたしは彼方の先生ではないのであまり頼らないでくださいね
(第1章 魔術の言語 - nifty
http://homepage1.nifty.com/akibba/ARCHV/1kl/1klchap1_v52.pdf

第2章 魔術師の位階 - nifty
http://homepage1.nifty.com/akibba/ARCHV/1kl/1klchap2_v52.pdf)

逆向き瞑想(ぎゃくむきめいそう、英: Reverse Meditation)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%86%E5%90%91%E3%81%8D%E7%9E%91%E6%83%B3
”とは、その日の出来事を、起こった時間的順序と逆向きに振りかえる、黄金の夜明け系儀式魔術の瞑想修行法である。

瞑想する部屋には、家具など不要な物を並べない方がよいとされている。椅子とテーブルだけ置いておく。視線を合わすための物(絵でも花でも何でもよい)を置く。香は良質の香木を使う。

逆向き瞑想をするにあたっては、客観的に行わなければならない。最初に結果を考え、次に原因を考えることによって、自分の行為に対していつも理由をつけるのが難しくなり、これによって、心理学で「偽りの自我」と呼ばれているものを制することにつながると考えられている。

また、逆向きの瞑想は、過去から未来へという一般的な既成の思考パターンと相対するものであって、これを行うことは、脳細胞を活性化させ、思考力を柔軟にすることに大きく役立つとされている。”
…(…)

本記事の最後に私がちゃんと読んでチェックしたおすすめ本へのリンクを載せておきますので、そこからご購入いただければ幸いです。電子媒体の本ブログ記事は簡単に消されてしまいます。紙媒体のものを手元に置いておくのが一番安心ですからね。

N95マスク


足の汚れが万病の原因だった―足心道秘術   官 有謀


三五館『歯医者が虫歯を作ってる』



成瀬雅春『呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと』、BABジャパン、2005年


『ハタヨガの真髄_600の写真による実技事典』
B.K.S.アイアンガー (著), 沖 正弘 (翻訳)


B.K.S. アイアンガー『 ヨガ呼吸・瞑想百科―200の写真で見るプラーナーヤーマの極意』


『禅の本―無と空の境地に遊ぶ悟りの世界』 (NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 3)
1993/4、 学習研究社
(学研の『禅の本』)



『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門―豊かな人生の技法』
William Hart ウィリアム・ハート (著),
日本ヴィパッサナー協会 (監修), 太田 陽太郎 (訳)
春秋社 1999-11


『完全教祖マニュアル』


斎藤保高『チベット密教 修行の設計図』


『真言密教の本―空海伝説の謎と即身成仏の秘密』 (New sight mook―Books esoterica)



『密教の本―驚くべき秘儀・修法の世界 』(NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 1): 神代 康隆, 金澤 友哉, 不二 龍彦, 豊島 泰国


『魔法入門』


『実践魔術講座リフォルマティオ』


随時追加中です。
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