【重要資料】『原典完訳 アヴェスタ ゾロアスター教の聖典』は7が神聖でイラン版ノアの箱舟(=要塞。優生学儲が喜ぶ内容)を収録
Posted on 2021.05.16 Sun 00:00:20 edit
タイトル通り、重要資料である『原典完訳 アヴェスタ ゾロアスター教の聖典』は7が神聖でイラン版ノアの箱舟(=要塞。優生学儲が喜ぶ内容)を収録していることなどについての記事。
読めニク屋
https://yomenainickname.booth.pm/
の有料記事の資料を公開用に加筆修正したのが本記事。
「今の支配層の本体=思想・システムの核はバラモン・ゾロアスター教を
その子孫である耶蘇と新ヤソ神学で悪化させたもの。
魔王は【本体=知識・技術・思想の三位一体】があれば無限に復活するから個人だけを叩いても本体は無傷」
これに至るまでに大変苦労した。
これの価値を分っている人は少数。
「これ何円ぐらいの情報?」って聞かれたら一千万円と答えておく。
全訳ではない方はこちら。
フェニキアの一部がエトルリアとユダヤ疑惑
— 子×5(ねここねこという読み方が代表的です、よろしくおねがいします。未整理図書館「読めニク」長です) (@kitsuchitsuchi) December 27, 2017
『ラテン語の世界』。
イマの目は太陽!
東からくる救世主 =太陽 !
『原典訳 アヴェスター』 https://t.co/XodEyTPc8S
アヴェスタ語はインドのヴェーダ語(サンスクリットの古形)と関係が深くて、
ヴェーダ語で書かれた『リグ・ヴェーダ』と、『アヴェスタ』との類似点が多いので、昔は同じ宗教Xから分かれた可能性がある。
アスラ(自然)派(イラン、ペルシャ)とデーヴァ(文明)派(インド)が分かれていなかった頃の宗教X。
『原典完訳 アヴェスタ ゾロアスター教の聖典(野田恵剛 訳)』
648 頁もある。
p.8
《凡例》
○訳文中の〔 〕は訳者による語句の補足、( )は語句の説明もしくは簡易な訳注であることを示す。
○訳文には、今日の人権感覚に照らして不適切と思われる語句が一部あるが、時代背景やテキストの価値などを考慮して、基本的にそのまま訳出した。
第Ⅰ部 ガーサーと「七章のヤスナ」
ガーサー
七章のヤスナ
(ヤスナ
p.136
第二十八章--三十四章
※第Ⅰ部ガーサー参照。要は同じ内容)
p.13より
①アフナワティー・ガーサー
(ヤスナ第二十八章--三十四章)
p.17から
ヤスナ第三十章
3
さてその二霊は眠りによってもともと双子で、
心と言葉と行ないにおいてその両者は良いものと悪いものであったと言われている。
この二つのうち善人は正しく〔両者を〕区別したが、悪人はそうではなかった。
p21から
ヤスナ第三十二章
p22
7
〔アフラ・マズダーに〕そのような罪については正しさのゆえに何も知らないと私は宣言します。
それは溶鉱による〔神判*33 を受け〕死罪に値するとされたもので、
アフラ・マズダーよ、あなたはそれらの罪の結果について最もよく知るものです。
8
これらの罪のためウィーワフワントの子イマ*34 さえも悪名高い。
彼は我ら人間を喜ばせようと牛の肉を食べさせたのです。
マズダーよ、私は今後これら〔の罪〕からあなたのお陰で離れていましょう。
p23
12
マズダーは、喜びの声をあげて牛の生命を破壊する*35 ものどもに悪い言葉(呪い)を語りました。
*33
溶鉱による〔神判
溶けた鉄を胸に流して真偽を判定する神判。
真実を述べていれば何ら傷を受けないとされる。
*34
イマ
イランの伝説上の王。インドのヤマ、仏教の閻魔。
現代ペルシア語ジャムシード。
*35
牛の生命を破壊する
肉食のこと。
(ゾロアスター教は肉食は問題ないが、牛の肉だけはダメ。
肉食したから罪ではなく牛だからダメだった。
しかし以下の記事を読むに今は牛肉を食べても大丈夫らしい。
ゾロアスター教の教えと文化 | 香月 法子 | トイビト
https://www.toibito.com/column/humanities/science-of-religion/1981
”歌手のフレディ・マーキュリーも信者であったゾロアスター教は、古代ペルシャを起源の地とし、現在でもイランとインドを中心に、世界中に信者が点在します。信者が最も多いのはインドで5万7000人。インドのゾロアスター教徒はパールシーと呼ばれ、パールシー・コミュニティの大半を保守派が占めます。彼らは改宗を認めません。婚姻により他の宗教の信者を迎え入れることも認めていません。また、古い教義や儀礼だけでなく、土地を守りたいという強い意思を持っています。
同じゾロアスター教徒でも、イラン系は典型的なマイノリティーで、概して内向的です。一方、インド系はイギリスの植民地時代にイギリスへの貢献が認められ、経済的に豊かで自信を持っており、社交的です。世界各地で、ゾロアスター教徒はイラン系とインド系で二つのコミュニティーに棲み分けています。
〔…〕
ゾロアスター教は自然崇拝にもとづいており、火・水・木・土などに対する信仰があります。とりわけ火に対する信仰が篤く、実際に寺院の拝火壇では、炭を入れ白檀(びゃくだん)で火を燃やしています。普段は種火の状態にしておき、儀礼の時に点火します。火を神格化することから、イスラムによって偶像崇拝と批判され、「拝火教」と差別的に呼称されました。日本ではいまだにこの名称で呼ばれることもありますが、ゾロアスター教徒は「拝火教」という呼称に嫌悪感を持っています。
〔…〕
ゾロアスター教の葬送である鳥葬は、かつて信者の間では「太陽に曝す」と呼ばれていました。太陽は、最後の審判をおこなうミスラ神として崇められています。鳥葬は砂漠の多いイランの風土に適していました。7世紀にイスラムが流入してからは、「沈黙の塔(ダクマ)」が建てられ、その上から遺体を中に入れ、外から見えなくして猛禽類に食べさせました。沈黙の塔は子宮に喩えられ、生まれた時と逆になるよう、遺体は足から入れられます。12世紀頃のインドでは、小高い丘の上にすり鉢状に穴をあけ、その中でおこないました。近代になると、ヨーロッパ人に向けて合理的な説明がなされるようになり、次第にゾロアスター教徒のなかでも鳥葬の意味が伝承されなくなってきました。イランでは鳥葬が1960年代に禁止され、それ以降は土葬されるようになりました。インドでは2000年代になると猛禽類の減少に伴い、維持が難しくなってきましたが、遺体を熱で乾かすために太陽光パネルも使いながら、現在も続けられています。
〔…〕
チベット密教でも鳥葬がおこなわれています。しかし、チベットでは季節によって室内に遺体を長期間安置しますが、ゾロアスター教では死後24時間以内に鳥葬にしなければなりません。また、チベットでは岩の山の上で死体解体人が遺体をバラバラにしますが、ゾロアスター教では解体しません。ただしムンバイなどで、鳥が持って行った遺体の一部が、住宅地に落ちていることもあり、信者を悩ませています。
〔…〕
パールシーにおける衣食住の文化は欧米化が進んでいます。伝統的な衣装として、かつて男性はターバンなどムスリムのような上下白の恰好をしていたようですが、現在はタキシードのようなヨーロッパ的な正装があります。女性の正装は、サリーをパールシー風に巻くスタイルのパールシー・サリーです。二つ折りにした白いハンカチを頭に被り、その上にサリーの裾を被せて三重に覆うのは、「善思・善語・善行」を表しています。男性の場合はつばの無い帽子の上の部分が布で三重構造になっています。
衣服のうち、スドラとクスティの二つも特徴的です。スドラは、木綿の白いシャツのことで、胸と背中に、疑似ポケットがついています。胸の真ん中についている四角形の擬似ポケット、ギーレバーンは善行を溜め、首の後ろについている半円型の擬似ポケット、ギルドは未来の善行を溜めるとされています。クスティは、ストローのような紐のことで、腰で三重(やはり「善思・善語・善行」を表している)に巻かれます。「浄め」を意味し、一日5回とトイレに行ったときにクスティのお祈りをする必要があります。身体を上下で分離して考えており、精神で肉体をコントロールできるようにという願いが込められています。沐浴のとき以外、いつも付けている必要があり、若者の間ではカッコ悪いと嫌がられていますが、1990年代にヒンドゥー教徒とムスリムの間で紛争が発生した際、クスティによってゾロアスター教徒が見分けられ、殺されずに済んだというエピソードもあります。
〔…〕
ゾロアスター教では近親婚(クワエートワダサ)が奨励されているという誤解があります。現在ではおこなわれていません。紀元前に端を発する宗教ということもあり、障碍者に対する強い差別がありました。そのような背景のなかで、近親婚を繰り返してきたとは考えにくいのです。ただし財産の流出を防ぐ目的でおこなわれていたとも考えられています。
食に関してタブーはありませんが、暦の中で動物の神様の日には肉食してはならず、近親に死者が出た場合、3日間は肉食が禁じられています。パールシーにはごく少数派としてベジタリアンの一派もありますが、これは宗派ではなく、イギリスの植民地時代以降に生まれた神秘的なグループです。”
拝火教と言われるのは嫌なのね。ゾ~は長いからつい拝火教って書いてしまうな。ゾ教と略したらいいのか?
ゾも首の後ろ重視か。エヴァや進撃の巨人みたいに首の後ろやうなじ重視の元ネタかもね。
)
p.56から 訳注
*13
物質界と霊界
ゾロアスター教では世界は人間の住む物質界(地界)と神々の住む霊界に分けられる。
*21
脂身の聖句と牛乳
「脂身と牛乳」の言い換え。ともに神への供物。
(
脂身が生贄。旧約のカインとアベルに影響してそう。ユダヤ教は肉派)
*24
固い石(天)をまとった最も恵み深いスプンタ・マニユ
天は石でできていると考えられていた。
*38
カウィ
『ヴェーダ』のkavi(賢者、詩人)にあたり、
ゾロアスター教に敵対する王族。
(星のカービィの元ネタってカヴィなんじゃないの?
)
*43
サオシヤント
終末に現れる救済者。
*49
トゥーラーン人
イラン人に敵対する民族の名称。
イランの叙事詩ではホラーサーンおよびオクサス河以遠の地とその住民を指すのに用いられたが、
後にトルコ系民族を指すようになった。
*53
サオシヤント
本来終末に現れる救済者であるが、ここはザラスシュトラ自身を指す。
*57
光輪
王権の印としての光。
第Ⅱ部 ヤスナ
第一章
(さまざまな神的存在を招いて称賛する記述が続く)
p.64
3
私は招き、称賛する、
アシャのラトゥ(長)である時刻の神々のうち
〔まずは〕アシャのラトゥである義なるハーワニ(朝)神を。
(p.622
ハーワニ(神)
(明け方から始まる)朝、午前、
またその神格化)
広い安息地を与え、千の耳、万の目をもち、
その名が唱えられる神霊であるミスラと
良い牧地をもつラーマン(平安)を。
(3から9の間に招かれ、称賛された神的存在のうち、
「アシャのラトゥである」と書いてあるのは
(「アシャのラトゥである」AとBの場合両方ともアシャの~とみなす)、
ハーワニ神、サーワンヒ神とウィーシヤ神、
ラピスヴィナ(昼)神、フラーダト・フシュ神と
(ここまで5柱)、
ザントゥマ神、ウザイェリナ(夕方)神、フラーダト・ウィーラ神と
ダーヒュマ神、アビスルースリマ・アビガヤ(夕方から真夜中)神
(10)、
フラーダト・ウィースパーム・フジヤーティ神とザラスシュトロートゥマ神、ウシャヒナ(真夜中から明け方)神、
ブルジヤ神とヌマーニヤ神
(15)、
月、新月、満月、
弦月、ヤーリヤ(季節祭)
(20)、
マジヨーイザルマヤ(中春)、マジヨーイシュマ(中夏)、パティシュハヒヤ(中秋)、
アヤースリマ(家畜の帰還)、マジヤーリヤ(中冬)
(25)、
ハマスパスマエーダヤ(春分)、サルザ(年)
(27)。
33より少ない。
「アシャのラトゥである」と書いていないのは、
ミスラ、ラーマン、
アシャ・ワヒシュタとアフラ・マズダーの火、
アパーム・ナパートとマズダーが創った水、
義者たちのフラワシ(善なるものの守護霊。特に死者の守護霊。なのでこれを含めると33を間違いなく超える)、
勇者の群れを与えられた女たち、
ヤーリヤー・フシティ(良い住処)、
アマ(力)、
ウルスラグナ(勝利)、ウパラタート(優越)、スラオシャ、
ラシュヌ、アルシュタート、
合計15(総称含む)。これらを含むと42以上なので、後述の33は数字33を意味しない。
「多い」という意味。
)
p.65
”
10 私は招き、称賛する、
これらすべてのラトゥを。
彼らはハーワニ神を囲む親しい三十三のアシャのラトゥである。
彼らはマズダーが語り、ザラスシュトラが唱えた最も素晴らしい聖句アシュム・ウォフー(*32)に属するものである。
”
(「これらすべて」=「三十三のアシャのラトゥ」なので「アシャのラトゥである」のみではない。
どう数えても33より多いので、33はインドと同じく「沢山」という意味。
ゾロアスター教でも33重視だと判明。
キリスト教の33はインド・イラン・メソポタミア・ユダヤ由来。
メソポタミアはムル・アピンのエンリルの33星。
ダビデのエルサレムでのイスラエルを統治した期間が33 年。
「三十三のアシャのラトゥ」は今度も何度も登場する。
)
p.66
アフラ・マズダーの目であり、速い馬をもつ輝く太陽
(
太陽=アフラ・マズダーの目。一つ目。
この表現も何度も登場する)
p.186
*32
アシュム・ウォフー
三大聖句の1つ。
p93から
第九章 ホーム・ヤシュト(ハオマ賛歌)
※ヤスナ第九章から第十一章はハオマに捧げられた賛歌。
ハオマの詳細は不明であるが、酩酊作用のある薬草と考えられ、
これを搾って飲むプロセスが儀式化されている。
ハオマはインドではソーマと呼ばれ、『ヴェーダ』ではインドラが痛飲することで知られている。
1
ハーワニの時(ハオマ圧搾時)、ハオマは
火を清め、ガーサーを唱えるザラスシュトラのもとにやって来た。
そこでザラスシュトラは彼に尋ねた。
「男よ、私が全物質界で見た中で最も美しい、
太陽のごとき不死の生命をもつあなたは誰ですか。」
4
物質界のために最初に私を搾ったのはウィーワフワントである。
褒美が与えられた。
恩恵が来た。
すなわち彼には息子が生まれた。
その子が良い畜群をもち、輝くイマで、
彼は生まれた者の中で最も光輪に満ちており、
人間の中で〔最も〕太陽のごとき容貌をもつものである。
彼はその支配のときに人と家畜を不死にし、
水と草木を涸れないようにし、食べても食べ物が尽きないようにした。
5
勇敢なイマの支配のときには、寒さも暑さもなく、老いも死もなく、
ダエーワがつくった妬みもなかった。
父と子はいずれも十五歳の少年の姿で暮らしていた。
ウィーワフワントの子で良い畜群をもつイマが支配している間は。
(
イマは人間。神ではない。
もしかしたら、牛肉を人々に食べさせたせいで理想的な時代は終わったのかもしれないと思ったが、
イマが支配している間はずっと理想的環境だったらしい。
その罪で統治するなと命じられたのかもしれないけど。
以上は単なる私の解釈ね。
)
訳注
p.188から
*80
スラエータオナ
怪物アジ・ダハーカ(竜)をダマーヴァンド山につないだ英雄。
ペルシア語のフレードーン、ファリードゥーン。
*81
アジ・ダハーカ
怪物名。イマから王位と二人の妃を奪い、
千年間国土を荒廃させた。アジは「蛇、竜」。ペルシア語のエジュデハー。
(
キリスト教の1000強調はゾ教由来だろう)
*85
クルサースパ
イランの伝説的英雄。アジ・ダハーカを殺す。
*108
アシャ・ワヒシュタ
アシュム・ウォフーの聖句も同時に指している。
ワヒシュタ「最上の」はウォフー「良い」の最上級。
*115
ムーシュ・パリカー
「食のネズミ」、日食を起こす悪魔。
*132
ワユ
善悪両面をもつ風または大気の神。インドのヴァーユ。
*137
マーザナ
マーザンダラーン地方。イランの北部、カスピ海に接し、古来悪鬼の住む国と伝えられる。
*138
ワルナ
現在のパキスタンのブネールに比定される。
アフラ・マズダーによって創造され、勇者スラエータオナを生んだ地であるにもかかわらず、
住民が異教徒であることで有名。
*171
モグ
もとメディアの祭祀階級。
後にゾロアスター教に取り入れられ融合した。
第Ⅲ部 ウィスプラド
訳注
特になし。
第Ⅳ部 ウィーデーウダード
第一章 諸国の創造
p.229
死に満ちたアンラ・マニユは、
牛や作物に死をもたらすイナゴを作り出した。
p.230
死に満ちたアンラ・マニユは、
男色という償えない悪しき行為を作り出した。
(ゾロアスター教でも男色は悪。
バラモンだけでなくゾ教でも男色は悪。
)
p.232から始まるのが
第二章 イマ神話
p.233から
7
イマは二つの王国を治めた。
8
そしてイマの王国に三百年が過ぎた。
10
そこでイマは、真昼に太陽の道を通り、
光明界へ進んだ。
彼は金の角でこの大地を突き、
鞭で大地を叩いた、こう言いながら。
『愛しいスプンター・アールマティよ、
進んで広がり、大小の家畜や人を受け入れよ。』
11
そこでイマはこの大地を、前よりも三分の一広げた。
12
そしてイマの王国に六百年が過ぎた。
14
10と全く同じ
15
そこでイマはこの大地を、前よりも三分の二広げた。
16
そしてイマの王国に九百年が過ぎた。
18
10と全く同じ
19
そこでイマはこの大地を、前よりも三分の三広げた。
(300を強調。
ヨハネの黙示録の8章で
海の三分の一は血となり、海の中の造られた生き物の三分の一は死ぬなど、
黙示録が三分の一を強調する理由は元ネタの1つがアヴェスタのイマ神話だからなのだろう。
イラン版ノアの箱舟↓でも三分の一が登場するし。)
pp.234-237
”
22 そこでアフラ・マズダーはイマに言った。
『ウィーワフワントの子、美しいイマよ、
この物質界に悪しき冬が来るであろう。
そのため厳しく残酷な冬が〔来るであろう〕。
この物質界に悪しき冬が来るであろう。
そのため最初の雲が雪を降らすであろう、
最も高い山に、最も深い谷に。
23 イマよ、ここで三分の一の動物が滅びるであろう。
最も近寄りがたい場所にいるものであれ、
山の頂にいるものであれ、
谷底にいるものであれ、
頑丈な家にいるものであれ。
24 この冬が来る前は、
国には牧草が茂り、
雪解けの後には、豊富な水が流れ、
イマよ、牛や羊の足跡が見られるとき、
ここは物質界にとって素晴らしいものに見えるだろう。
25 そこで四辺がそれぞれ一チャルトゥ(*32)の長さの要塞を作れ。
すぐに、大小の家畜や人や犬や鳥や赤く燃える火の種を集めよ。
そこで要塞を作れ、
四辺がそれぞれ一チャルトゥの長さのものを人々の住居として。
四辺がそれぞれ一チャルトゥの長さのものを牛の牛小屋として。
26 すぐに一ハースラの長さの水路を作り水を流せ。
すぐに牧場を作れ。
――常(*33)に新鮮で尽きない〔食べ物が〕食べられる――
すぐに家を建てよ、倉も、柱も、
囲いも、城壁も。
27 すぐに、この大地で最も優れ、最も善良で、最も美しい
すべての男女の種を集めよ。
すぐに、この大地で最も優れ、最も善良で、最も美しい
すべての動物の種類の種を集めよ。
28 すぐに、この大地で最も背が高く、良い匂いがする植物の種を集めよ。
すぐに、この大地で最も美味しく、良い匂いがする食べ物の種を集めよ。
これらの人々が要塞の中にいる間は
それらを尽きるのことのない一対とせよ。
29 ここに、胸に瘤持つ者は〔入ってはならぬ〕、背に瘤持つ者、
睾丸のない者、狂気の者、
痣のある者、てんかん患者、
小人、足の悪い者、
乱杭歯の者、その身を隔離すべき重い皮膚病者も。
さらにアンラ・マニユが人々につけた印である
その他の印を持つ者も。
30 空間の一番大きい所に九つの通路を作れ。
中の所には六つの、
小さい所には三つの〔通路を〕。
一番大きい所の通路には千人の男女の種を集めよ。
中の所には六百人の、
小さい所には三百人の〔男女の〕。
要塞の周りと上に黄金の角で
内部が自ら光る扉と窓をこすって作れ。』
31 そこでイマは考えた。
『アフラ・マズダーが私に語った要塞を
どのように作るべきですか。』
そこでアフラ・マズダーはイマに言った。
『ウィーワフワントの子、美しいイマよ、
この大地を踵で踏みつけよ。
両手でこねよ。
ちょうど人々が軟らかい土をこねて伸ばすように。』
32 そこでイマはアフラ・マズダーが望んだようにした。
この大地を踵で踏みつけた。
両手でこねた。
ちょうど人々が軟らかい土をこねて伸ばすように。
33 そこでイマは、四辺がそれぞれ一チャルトゥの長さの要塞を作った。
〔中略。引用者注:繰り返しが多いので省略。アフラ・マズダーの言うことをイマが実行した。障碍者は極寒対策の要塞には入れなかったということ。38の途中から引用を再開する〕
小さい所には三百人の〔男女の〕。
要塞の周りと上に黄金の角で
内部が自ら光る扉と窓をこすって作れ。
39 『物質界の創造主よ、義なるものよ、
イマが作った要塞で輝く
この光明はどのようなものですか。
義者アフラ・マズダーよ。』
40 そこでアフラ・マズダーは言った。
『自らの法をもつ光明と、地界の法をもつ〔光明〕である。
実に、一度だけ、
星と月と太陽は昇り沈むのが見られる。』
41 〔そこでは〕人々は一年が一日のように思える。
四十年ごとに、二人の男女から、
男女のペアが生まれる。
動物のペアも同様である。
人々はイマが作ったこの要塞で
最も幸せに暮らす。
42 『物質界の創造主よ、義なるものよ、
誰がそこでマズダー崇拝者の教えを広めるのですか、
人々はイマが作ったこの要塞で。』
そこでアフラ・マズダーは言った。
『カルシプタ鳥(*34)である、スピターマ・ザラスシュトラよ。』
43 『物質界の創造主よ、義なるものよ、
誰が彼らのアフ(主)であり、ラトゥ(指導者)ですか。』
そこでアフラ・マズダーは言った。
『ルワタト・ナラ(*35)とそなたである、
スピターマ・ザラスシュトラよ。』」
アシュム・ウォフー…(以下省略、ヤスナ第二十七章14節と同じ)…
”
(「*32」のような注の箇所はルビの位置だが表現できないので、( )でくくった。)
訳者の注
p.358から
*29
イマ
『ヴェーダ』のヤマ、仏教の閻魔にあたる。イランでは「黄金の時代」に世界を支配した王とされている。
*30
ウィーワフワント
イマの父。ヴェーダ神話における最初の祭祀者とされるヴィヴァスヴットにあたる。
*31
スプンター・アールマティ
大地の守護神で、大地自体をも表す。
*32
チャルトゥ
長さの単位で2ハースラに相当。一般的にはハースラは約1マイルとされる。
(国際1マイル = 1760 ヤード (yard) = 約1609m=1.6km
1チャルトゥは約3.2km
)
*33
常に新鮮で~
原文の注釈か
*34
カルシプタ鳥
天国に住むと信じられた鳥。
*35
ルワタト・ナラ
ザラスシュトラの子
(
洪水ならぬ冬が来るのは900年からさらに300年経過した、合計1200年後だろう。
洪水ではなく極寒に耐えるための要塞を作り、優れた動物、種、人々(障碍者は排除)を入れて保護するように命じるアフラ・マズダー。ノアの箱舟だけでなく、三分の一を強調するという黙示録の元ネタらしき箇所もある。ナチなど優生学信者が歓喜する内容!
マジでアヴェスタに箱舟の話があると確定。
ねこたが紹介したのは孫引きだから確定ではなかった。
閻魔(イマ)の話ならこれが一番詳しかったと思う ジョン・R. ヒネルズ の ペルシア神話”
— 子×5(ねここねこという読み方が代表的です、よろしくおねがいします。未整理図書館「読めニク」長です) (@kitsuchitsuchi) December 27, 2017
消えた
イマさんのジャパリパーク1と2のコピペ保存↓https://t.co/r9tyaIGBEP
”汝はそこで地上で最も優れた男女の種子、地上で最も優れたあらゆる家畜の種子、地上で最も優れたあらゆる樹木の種子、最も香りが
https://t.co/575wvNVXlt
— 子×5(ねここねこという読み方が代表的です、よろしくおねがいします。未整理図書館「読めニク」長です) (@kitsuchitsuchi) December 27, 2017
ねこた
”ゾロアスター教版のノアさん事、イマさんは地下に施設を作って人工的にニャンゲンを増やす。
旧約聖書のノアさんはアルビノだとされてるので、白人を増やすには人工的に増殖するしかないという思想かな?
LGBTだと人工的に増やすしか同性愛者は子供作れないからな。
【ウルトラ弩級の宗教系大古典の全訳、ついに刊行!】『原典完訳 アヴェスタ』(野田恵剛訳)を刊行します
https://note.com/kokushokankokai/n/n6e468e0925d0
” マズダー崇拝者、ザラスシュトラの信徒であると私は告白する。
私は誓って告白する。
正しく考えることを私は誓う。
正しく語ることを私は誓う。
正しく行動することを私は誓う。
(「ヤスナ」第12章より)
祭式で唱えられる賛歌や詩頌を集成した「ヤスナ」の12、13章はゾロアスター教徒の信条告白で唱えられる箇所で、とくに「フラワラーネー」と呼ばれますが、上に引用したのはそのなかの重要な一節です。ゾロアスター教は「善思・善語・善行」の三徳の実践を重んじますが、その源泉はこの章句にあるといえます。
仏教では「身(身体)・口(言葉)・意(思慮)」の三業において悪を戒め、善を勧めることを説きますが、この三業はゾロアスター教の「善思・善語・善行」と照応する点があり、興味深いものがあります。
またまた余談、先年クイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリーの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットしましたが、インド系のフレディ・マーキュリーはゾロアスター教徒の家の生まれです。映画には彼が敬虔な父親から「善思・善語・善行を実践しろ」と諭される場面が出てきますが、このセリフのもとになっているのが「フラワラーネー」なのです。フレディもきっと『アヴェスタ』をひもとく機会があったことでしょう。
4.「ノアの方舟」物語の元ネタか?
そこでアフラ・マズダーはイマ(イランの伝説上の王。仏教の閻魔)に言った。
「ウィーワフワントの子、美しいイマよ、この物質界に悪しき冬が来るであろう。…(中略)…
イマよ、ここで3分の1の動物が滅びるであろう。…(中略)…
そこで四辺がそれぞれ1チャルトゥ(約2マイル)の長さの要塞を作れ。
すぐに、大小の家畜や人や犬や鳥や赤く燃える火の種を集めよ。…(中略)…
すぐに、この大地で最も優れ、最も善良で、最も美しいすべての男女の種を集めよ」
(「ウィーデーウダード」第2章より)
これは呪法や清めの儀式などを説いた「ウィーデーウダード」の一節で、アフラ・マズダーが、いずれ世界に破滅的な危機が来るので、方形の「要塞」を築いて選ばれた家畜や人間をそこに集め、生き延びる方策を講じることをイランの伝説的な王イマに命じています。
このくだりは、ノアが神に命じられて「方舟」を作って家族や動物たちとともに乗り込み、大洪水を生き延びたという、旧約聖書の方舟物語を連想させるものがないでしょうか?
旧約聖書の方舟物語については、一般にメソポタミアの大洪水伝説をもとにしていると言われていますが、ひょっとしたら、『アヴェスタ』にみられる「要塞」伝説からも影響を受けているのかもしれません。これもまたたいへん興味深いテーマです。”
)
p.251
48
両者のうち、肉で腹を満たす者は、
そうでないものより、ウォフ・マナフ*51を良く受け入れる者となるだろう。
後者は死んだも同然である。
前者はアスプルナ貨幣*52に値し、羊に値し、牛に値し、
人に値する。
49
この者こそがアストー・ウィザートゥ*53(死神)の攻撃に対抗して戦い、
良く放たれた矢に対して戦い、
わずかな服だけをまとって冬と戦い、
不義者で暴君の男の頭を撃って戦い、
邪教を信じる不義者の断食と戦う。
(ゾ教では肉食は善、断食は悪。どう見てもバラモンを敵視している。
昔はゾ教も牛肉は食べちゃダメだったらしい)
*51
ウォフ・マナフ
「善思」を意味する神霊。アフラ・マズダーとザラスシュトラの仲介者。
アムシャ・スプンタ諸神の一柱。
*52
アスプルナ貨幣
貨幣の単位。1ディルハムにあたる。
*53
アストー・ウィザートゥ
死者の首に縄を巻きつけるが、義者だけがそれから逃れられる。
p.278
第三編 死体が運ばれた道の清め
15
小家畜も大家畜も、あるいは男も女も、
あるいはアフラ・マズダーの息子である火も、
あるいは規則に従って広げられたバルスマンも、
その道を通ることはできない。
16
黄色い四つ目の犬(*88)、白い黄色の耳の犬に、
三度その道を通らせよ。
黄色い四つ目の犬、白い黄色の耳の犬を通らせることで、
ナス魔は北方に逃げていく。
(
ゾ教では犬は神聖で地位が高い。おそらく牛の次に地位が高いのが犬=カワウソ。
黄色はゾ教で良い色っぽいな。
フィクションで四ツ目強調キャラはゾ教由来かも。
犬の視線で魔除け。1つ目のお守りナザールと同じ思想だろう
*88
四つ目の犬
目の上に斑点のある犬。
犬を清めに使うことはサグディード、「犬の凝視」と呼ばれる。
(
フィクションでの四ツ目強調はゾロアスター強調の可能性があるな)
p.288
第九編 バフラーム火*94
81
「物質界の創造主よ、義なるものよ、
死体を調理する火を正しい場所へ運ぶ者(*95)、
その人には肉体と意識の分離の後(死後)、
どんな褒美があるのですか。」
(
魂ではなく意識と書いてあるのが面白い。
)
p.360
*94
バフラーム火
聖火の名前
(
オリンピックの聖火にはゾ教の意味も込めているだろう)
*95
正しい場所へ運ぶ
バフラーム火がある拝火神殿に火を運んで清めてもらうということ。
(
ゾ教はカニバリズムは絶対悪だろうね。死体は極悪だから
)
p313から
第十三章 犬
スプンタ・マニユが創った被造物の中で、
明け方から日の出まで
アンラ・マニユの悪しき被造物を何千と殺しに行くのは
内気で鼻面のハリネズミという名の犬。
(
ゾ教でハリネズミはネズミではなく犬)
ハリネズミという犬を殺す者は、
九代にわたって魂を破壊するものである。
(
ゾ教は9も好きそうなのだが、
悪いこと関連限定かもしれないと思ったがそんなことはなかった
)
ハリネズミを殺した罰は馬の鞭で千回、スラオシャの鞭で千回の鞭うち。
子犬を、気絶させる一撃を与えて命を奪うようなやり方で殺す者への罰は、
馬の鞭で五百、スラオシャの鞭で五百回の鞭うち。
これが、ジャジュ犬(番犬)、ウィーズ犬(猟犬)、
ヤマアラシ、鋭い歯の狐、…(一語不明)…のイタチ、
スプンタ・マニユのすべての犬の血筋の被造物への害の罰である。
ただし、水生のカワウソへの害の罰は別である。
40
狼は殺されてバラバラにされるべきである。
狼はよだれを垂らしつつ追い払われるべきである。
(
ハリネズミ、ヤマアラシ、狐、イタチ、カワウソも犬=神聖。
狼は犬ではなく悪とされる。おそらく、牧羊犬=善vs羊を食う狼=悪 が理由)
50
犬が用を果たせなくなり、精子が涸れて死ぬと、
その意識(魂)は水の泉へ行く。
そこでそれらから二匹の水生のカワウソが生まれる、
雄と雌が対になった、
千匹の雌の名をもつ犬とともに、千匹の雄の名をもつ犬とともに。
(ゾ教が千が好きだからキリスト教も千が好きなのだろう)
p.320
第十四章 カワウソを殺す罪
1
ザラスシュトラはアフラ・マズダーに尋ねた。
「アフラ・マズダーよ、最も恵み深い霊よ、
物質界の創造主よ、義なるものよ、
千匹の雌の名をもつ犬と千匹の雄の名をもつ犬から生まれた
水生のカワウソを殴って、意識をなくさせる一撃を与え、息の根を止める者、
彼にはどのような罰がありますか。」
(
アフラ・マズダーは物質界の創造主でもあるので物質=悪ではないからグノーシス派を否定)
2
そこでアフラ・マズダーは答えた。
「馬の鞭で一万回、スラオシャの鞭で一万回打つべきである。
(長いので一部を要約。
一万が何度も強調される。
一万匹の地を這う蛇、
犬の蛇、トカゲ(トカゲ=犬の蛇なのか?)
亀、体の膨れた蛙、水生の蛙、穀物を引く蟻、
小さくて悪臭を放つ働き蟻、
糞の中でうごめくウジ虫、厭わしい蠅を殺すべきだとか、
この大地の汚物に満ちた一万の穴を埋めるべきとある。
)
6
七の倍の火の道具を
良きアシャ(規則)に従って、義なる者たちに、
魂の償いのために与えるべきである。
(7を強調。マハーバーラタも火=アグニに7が伴っていたな)
16
七の二倍の羊を、
良きアシャ(規則)に従って、義なる者たちに、
魂の償いのために渡すべきである。
七の二倍の子犬を育てるべきである。
七の二倍の橋を水路につけるべきである。
(14といわずにわざわざ7の2倍と言って7強調)
17
百八十の不当にも放っておかれた犬小屋をきちんと管理するべきである。
百八十匹の犬から虱、…(二語不明)…、
および犬の体にとりついたすべての悪しきものを取り去れ。
百八十人の義者を肉、食べ物、クミス(乳酒)、酒でもてなせ。
(180も強調。
義者に肉と酒でもてなせと命じているから
ゾは肉食も飲酒も問題なし。インド系思想と真逆。
実質死刑だな。カワウソはゾロアスター教では犬であり神聖。
わざわざ専用の刑罰の章まであるし最も神聖な犬なのだろう。
カワウソは犬。ゾロアスター教ではね。ゾロアスター教は犬派(猫は悪)イスラム教は猫派(犬は悪)
— 子×5(ねここねこ。子子子子子。五つ子) (@kitsuchitsuchi) July 7, 2016
『ゾロアスター教の悪魔払い』
『ミトラス教』https://t.co/S275fnD6Sj
”ミトラス教(1973)
M.J. フェルマースレン…ユスティヌスに
@lakudagoya
)
p334
善思者は清められるであろう、
人は清められるであろう。
左手でそして右手で、
右手でそして左手で、
善思者は〔衣服を〕脱ぐべきである。
そして神によってつくられた星に照らされるように、
九夜がすぎるまで、
それを強い〔神〕につくられた光に当てよ。
24
そして九夜の後に火にザオスラを捧げよ。
(
9は悪いことや罰だけでなく清め関連でも使う数なのだろう。でもフラワシにも使われるんだよなあ。
)
p346
私は、金の角をもつ牛の体で、光輝に満ち、光輪にあふれたティシュトリヤ星を呼び下ろす。
(
ティシュトリヤ星は降雨の神。シリウス。
牛系なのはバアルが雷雨の神なのと関係があるかも
)
p347
私は、両霊の被造物の中で最もよく戦う戦士、己の法をもつ北極星を呼び下ろす。
私は、自分の息子たちが輝くように、七つの角を呼び下ろす。
(北極星の直後に輝く7なので
北斗七星のことか?
)
p352から
お前は呪術によって追い払われる、魔術をよくする悪女よ。
すべての魔術師と魔女パリカー、
すべての不義なる女どもと戦う。
(
魔術は悪として書かれている。
呪術と魔術を分けているのか不明。
「魔術は悪」は旧約などに受け継がれたのだろう。
敵が使うと魔術、
ゾ教側が使うと魔術ではないというダブルスタンダードな気がする。
闇の力vs光の力なのだろう
)
p354
死に満ちたアンラ・マニユは、
九万九千九百九十九の病を作り出した。
(99999であり10万ではないことに注目。
キリが良い10の倍数は縁起がよく、
キリが良い10の倍数にわずかに及ばない9の連続はとりわけ悪い存在に使われるのでは?
後に「フラワシ=善なるものの守護霊」に対しても9の連続が使われているので違うと判明した。)
対処法として、
千頭の駱駝や馬を与えることなどが書いてある。
(9と10の倍数の対比だろう)
残りの訳者の注
*72
北方
北は悪魔の住む地域と考えられた。
*85
ザオスラ
ハオマと牛乳と柘榴を混ぜた液状の供物。
*107
インドラ
悪魔名。インドのインドラ神。
(名前をぼかすことすらしてないぞ
)
*109
ノーンハシヤ魔
悪魔名。
インドのアシュヴィン双神の形容語であるナーサティヤに相当。
*124
ブーシヤンスター(睡魔)は人が朝起きないようにして宗教的責務を怠らせる悪魔。
パリカーは魔女でしばしばヤートゥ(魔術師)とともに用いられる。
*129
亀
ゾロアスター教では亀を清浄な水を汚す不吉な動物とみなす。
*133
人から出るものはすべて不浄とされ、人の吐く息も触れるものを汚す。
それを防ぐために口にマスクをつける。
(
コ□ナのマスク強制にはゾロアスター教思想も絡んでそう。
顔認証のテスト〔感染対策にはゴーグルなどで目も覆わないといけないのだが目を覆うと認証しにくいらしい〕や
全体主義の強化など
目的はいろいろある。
サイゼリヤの食事用マスク、
— 概念を失ったハンター「シエン」@観測者 (@Sleep_mnzk_nasi) August 7, 2020
完全にゾロアスター教のアレじゃん pic.twitter.com/wE6oKQ3iB9
من واژهی پَدام (پهلوی padān و اوستایی -paiti.dāna) را پیشنهاد میکنم که نام رویبندی آیینی است که موبدان برای اینکه نفس یا آب دهان، آتش مقدس را آلوده نکند ازآن استفاده میکنند.
— Shervin Farridnejad (@farridnejad) July 19, 2020
تصاویر: موبدان زرتشتی🔥 در حال اجرای جَشَن/آفرینگان
هنر سغدی، استودان (ظرف نگهداری استخوان درگذشته) https://t.co/6UnSfCyrw1 pic.twitter.com/37JuYOQVSA
When Zoroastrian priests, either human or mythical, hold a ritual at the fire altar, they wear a face mask called padam to keep the sacred fire from being polluted by their breath & spit. Here’re two of the earliest representations of such masks, both from China around 6th-7th c. pic.twitter.com/IXXzdSkz4P
— Jin Xu (@xujnx) February 29, 2020
@KaylaRDang Priests on Sogdian ossuaries found in Central Asia also wear masks. But I don't understand why their masks are shaped like a trumpet. Here's an in-depth intro to the piece by Dr. Judith A. Lerner: https://t.co/ofl1J8aoWa pic.twitter.com/n1LKoSZJuU
— Jin Xu (@xujnx) March 2, 2020
)
*145
アショー・ズシュタ
フクロウのこと。
「アシャのお気に入り」の意味。
(アシャ=真理だから、
ゾロアスター教ではフクロウが善。
アイヌもフクロウが善。
ミネルヴァのフクロウは支配層的には善。
夜行性の動物は悪のイメージを持たれやすいはず。
支配層のフクロウ推しの理由の1つってゾロアスター優遇だからでは?
)
*151
パローダルス
雄鶏。「前もって見る」の意味。スラオシャを助けて信徒を目覚めさせ、宗教的責務を果たさせる鳥。
(
ニワトリは善)
*167
ブーティ魔
ブッダと同定され、仏教を表すが、ここでは悪魔の列に加えられている。
(
バラモン・ヒンドゥー教以外も悪魔に入れるのね)
*170
サオシヤントのウルスラジャン
サオシヤントはザラスシュトラ自身あるいは彼の後に来る救世主、世界を利するもので世界の建て直しを行なう。
*192
アルザヒー(西)と~
世界は七つの洲(地域)からなると考え、そのうち人の住む中心の第七洲をフワニラサと呼ぶ。
第Ⅴ章 ヤシュト
p.367
義なるアフラ・マズダーよ、
私にあなたのその名をかたってください
(この章ではその後、多数の名が列挙される。
)
すべての魔術師*4と魔女パリカー*5を征服するためであり、
ダエーワも〔悪〕人も、呪術師も魔女パリカーも、
誰も私を征服することがないように〔するためです〕。
(
呪術も悪側っぽい)
魔術師*4
ザラスシュトラに敵対する悪魔
魔女パリカー*5
ザラスシュトラに敵対する女の悪魔。
ペルシア語パリー=「妖精」。
p385
彼女を祭ったのは三口のアジ・ダハーカ、
バブリ*90の国で、
百頭の雄馬、千頭の牛、一万頭の子羊を〔捧げて〕。
(
10倍していく語りが好きなのだろう)
*90
バブリ
バビロニア
(バビロニアは敵)
p386
すなわち、私が、三口、三頭、六眼の
アジ・ダハーカを倒す〔という恩恵を〕。
アジ・ダハーカは千の生命力をもつ大変強力なドルジ魔、
生き物にとって害悪をなす不義のもので、
アンラ・マニユがアシャの生き物を滅ぼすため、
物質界へと作り出した最も強力なドルジ(悪魔)である。
(
p622
ドルジ
「虚偽」の悪魔。アシャ(正義)に敵対する。
後に悪魔全般を指すようになった。
)
(
命のストックが千もあるの?
こちらは「千術」ではなく「千の生命力」
)
38
良き、強きアルドウィー・スーラー・アナーヒターよ、
この恩恵を私に与えよ。
すなわち、私が、荒れ狂うウォルカシャ海の岸で
金の踵をもつガンダルヴァ*98を征服し、(後略)
*98
ガンダルヴァ
ウォルカシャ海に住む怪物。
インドのガンダルヴァに相当する。
p391
73
良き、強きアルドウィー・スーラー・アナーヒターよ、
この恩恵を我らに与えよ。
すなわち、私が、集会において雄弁なトゥーラーン人
のダーヌ族*120に勝利し(後略)
*120
ダーヌ族
トゥーラーン人(イラン北方の遊牧民。後にトルコ系民族を指す)の部族名。
ドナウ川、ドン川などの河川名と関係すると言われる。
(どう見てもケルトのダーナ神族のことかその元ネタ。
イラン北方の遊牧民が西に行ってケルト(アイルランド)神話のダーナ神族のモデルになったのでは?
ダヌは敵。バラモン教でのダーナヴァはアスラなのだがゾ教でも味方ではない。
ゾ教はアスラ=アフラ=善なのになあ。
遺伝子分布、思想、言語等から
— 子×5(ねここねこ。子子子子子。五つ子) (@kitsuchitsuchi) November 8, 2018
アイルランド神話(最新学説では非ケルト)のダーナ神族
=インド神話のダーナヴァ(アスラ神族)。
トゥアハ・デ・ダナン
=ダーナヴァ
=ダヌの子供達。
アスラ派は自然崇拝=文明否定=反デーヴァ。
ドルイド教もアスラ派も自然崇拝、バラモン教型輪廻、生贄肯定。
新ヤソがハロウィン推しの理由↓
— 子×5(ねここねこ。子子子子子。五つ子) (@kitsuchitsuchi) November 6, 2018
トマトさん
”ドルイド教って言ってもアーリア系ケルトですからね。
イラン辺りの連中が東に行ったのがインド、
西に行ったのがケルトって線が強いかと。
アイルランド神話もトゥアハ・デ・ダナンは
海からやって来たと言ってるので元から島に居た連中じゃないですね。
ケルト神話のトゥアハ デ ダナーン自体が女神ダヌの息子達って意味ですし、ヴェーダにも女神ダヌいますよ。仙人の娘。”
)
p392
邪で悪意のあるアフティヤが私に問うた。
九十九の難しく狡猾な質問に答えることができる〔という恩恵を〕。
(
9が並ぶのはダエーワ側っぽいなと思ったがそうではない場合もある。
ゾロアストラ教伝承によると、ゾロアストラの精液は九万九千九百九十九柱のフラワシによってカンス海中に守護され、
終末の三つの千年紀のそれぞれにひとりずつのサオシュヤントが生まれてくるといわれている。サオシュヤントは東から来る。
精子バンク。処女懐胎の理由。
救世主は東からくるってことは救世主=太陽神的存在。)
p399
129
アルドウィー・スーラー・アナーヒターは、
ビーバー*140 の毛皮の衣服をまとっている。
それは四度子を産んだ三百匹のビーバーでできている。
*140
ビーバーはゾロアスター教では神聖な動物とされる。
p404から
12
我らはティシュトリヤ星(降雨の神。シリウス星、大犬座)を祭る。
我らはティシュトリヤエーニー(子犬座)を祭る。
我らはウパ・パオリヤ(アルデバラン〔牡牛座のα星〕に比定される)を祭る。
我らはウパ・パオリヤエーニー(プレアデス星団)を祭る。
北斗七星を〔我らは祭る〕。
魔術師と魔女パリカーに対抗するために。
マズダーの創ったワナント星(ヴェガ、琴座のα星。七夕の織女)を我らは祭る。
p410
44
輝く、光輪をもつティシュトリヤ星を我らは祭る。
彼は、すべての星のラトゥ、保護者として
アフラ・マズダーが創り出したもの。
(ゾ教ではシリウスの地位が高い
)
p418から
第十章 ミフル・ヤシュト(ミスラへの賛歌)
※イランのミスラ(ミフル)は『ヴェーダ』のミトラに対応し、
ゾロアスター教でも天空神として万物の行動を監視する重要な役割を果たしている。
後には太陽神と同一視された。
(太陽神になるのは後なのね。
ミスラ=契約はゾ教での地位が特に高い。
ヤハウェもゴッドも契約神なのはミスラが元だろう)
1
スピターマよ、
私が、広い安息地を与えるミスラを創造したとき、
私はそれを、私アフラ・マズダーと同じぐらい、
祭祀にはふさわしく、礼拝にふさわしいものとして創造した。
2
スピターマよ、
契約*178 を破る悪漢はすべての国を滅ぼす。
百人の魔術師が義者を〔滅ぼす〕ように。
スピターマよ、契約を破るな、
不義者と結んだものであれ、
同信の義者と結んだものであれ。
契約は不義者と義者のどちらにも属するものであるから。
4
〔彼は〕アーリヤの国々に、平和な快い住居〔を与える〕。
*178
契約
ミスラは神名であると同時に「契約」の意味も持つ。
*80
アーリヤ
『アヴェスタ』ではイラン人を指す。
(
アーリヤ=イランならアーリヤ人は有色人種でないとおかしいな。)
6
かの強力なヤザタ(神)、強く、被造物中で最強のミスラを、
私はザオスラをもって祭る。
(
p623
ヤザタ
神、神霊
)
126
彼の左側には、ザオスラを運ぶ、義なる、
真っ直ぐなチスター*199 が進む。
彼女は色が白く、白い服を着て、
マズダー崇拝者の教えに似ている。
*199
チスター
知恵を意味する女神。ダエーナー(教え)と同一視される。
(
知恵は女神。
グノーシスのソフィアもだな。
ザオスラは供物。ハオマ=薬草の汁と、牛乳、ザクロを混ぜた飲み物)
p454から
第十三章 フラワルディーン・ヤシュト(フラワシへの賛歌)
2
彼女ら(フラワシ)の光輝と光輪により、
上で輝き澄み切ったかの天を私は支える。
それ(天)は、ちょうど鳥が卵を抱くように、
この大地を上から横から取り囲む。
それ(天)は、〔スプンタ・〕マニユによって建てられ、
頑丈で、果てしなく、
輝く金属の姿で、三つの世界*216 に光り輝く。」
*216
三つの世界
直訳「三分の一(複数)」。
世界を天、大気、地に三分するインド・イランの宇宙論に基づく分類を表すか。
(
三分一を複数形にしてまで三分の一を強調)
p464から
57
義者たちの、良い、強い、恵み深いフラワシを我らは祭る。
彼女ら(フラワシ)は、星と月と太陽と無限光明に義なる道を示す。
それらは、ダエーワどもの敵意を前にして、
ダエーワどもの攻撃を前にして、
かつて、同じ場所で動かずにいたのである。
58
そして今、それらは動き出す、
転換点の遠い道を通って、
良きフラショー・クルティ*224 の転換点に達したいと願いつつ。
*224
フラショー・クルティ
すべての悪が滅びた後、アフラ・マズダーの被造物が受ける終末論的な改新。
59
義者たちの、良い、強い、恵み深いフラワシを我らは祭る。
彼女ら(フラワシ)は、輝くウォルカシャ海を見張る。
九万九千九百九十九の〔フラワシ〕は。
60
義者たちの、良い、強い、恵み深いフラワシを我らは祭る。
彼女ら(フラワシ)は、北斗七星を見張る。
九万九千九百九十九の〔フラワシ〕は。
61
義者たちの、良い、強い、恵み深いフラワシを我らは祭る。
彼女ら(フラワシ)は、縮れ毛で棍棒をもつサーマ・クルサースパの体を見張る。
九万九千九百九十九の〔フラワシ〕は。
62
義者たちの、良い、強い、恵み深いフラワシを我らは祭る。
彼女ら(フラワシ)は、義者スピターマ・ザラスシュトラの精子を見張る。
九万九千九百九十九の〔フラワシ〕は。
(
ザラスシュトラの精子バンクを見張るフラワシ(女性たち)の数が
99999いる。連続する9は悪いもの以外にも使われる。
)
p468
動物のフラワシを、ガヤ〔・マルタン*226〕のフラワシを、
義なる…(一語不明)…のフラワシを、
義者ガヤ・マルタンのフラワシを我らは祭る。
彼は初めてアフラ・マズダーの考えと教えを聞いた者、
〔アフラ・マズダー〕は彼からアーリヤ民族の家族を、
アーリヤ民族の血筋を創り出した。
*226
ガヤ・マルタン
最初の人間。
(
ナチ系が大喜びしそうな個所。
ナチはこの記述からはコダヤもゲルマンもアーリヤ系になることは無視するんだろうなあ。
最初の人間からアーリア=ペルシャ・イラン人だから全人類がアーリア=ペルシャ・イラン人系。
そもそも単にイラン人を創ったって記述なだけなんだけどなあ)
p482
アフ(主)とダエーナー(教え)と意識と魂とフラワシを我らは祭る。
(
意識と魂は別らしい)
*237
アストワト・ウルタ
世界の終末時に出現する第三サオシヤント(救済者)の本名。
最後のサオシヤントで世界の建て直しを実現する。
*240
ウフシヤト・ウルタ
最初のサオシヤント(救済者)。
*241
ウフシヤト・ヌマフ
二番目のサオシヤント(救済者)。
p491
ではアジ・ダハーカは
三口、三頭、六眼、千の技をもつとある。
最強のドルジである。
(千の命と千の技。魔術とは限らない。
ゾ教では魔術=悪らしい。
善側と被っている術がありそうだから「魔」はつけないほうがいいな。
悪側で二番目に強いのがダハーカなのだろう。
一番はアンラ・マニユ。
)
(
p622
ドルジ
「虚偽」の悪魔。アシャ(正義)に敵対する。
後に悪魔全般を指すようになった。
)
*256
グーウシュ・ルワン
牛の魂の意味で神格化されている。
血の祭式の前の嘆きがヤスナ第二十九章で扱われている。
p505から
第十六章 デーン・ヤシュト(ダエーナーへの賛歌)
※デーンはアヴェスタ語のダエーナーで、ゾロアスター教の教義・信仰を体現する女神であり、
チスターとともに称賛される。チスターはゾロアスター教の知識、極楽にいたる知識で、
ダエーナーと同一視される。彼女はアナーヒターのようには祭られないが、
ゾロアスター教では古い神のようである。
p523から
第十九章 ザームヤズド・ヤシュト(大地神への賛歌)
※この章は大地神賛歌の名を冠しているが、
8節まで山の名が列挙されるのみであり、
9節以降は王権の象徴であるフワルナフ(光輪、栄光)への賛歌である。
(事前に語句の意味を書いておく。
p620
カウィ
二つの意味があると思われる。
①カウィ族。ゾロアスターに敵対する勢力。『ヴェーダ』のカヴィ、「詩仙」に相当する者。
②カウィ王朝。
イラン最古のパラザータ王朝に次ぐ、二番目の王朝。
ただし①と②の両者に関係があることも考えられる)
p.538 ヤシュトの訳者の注釈
*27
カウィの光輪
王権の象徴としての光
ヤシュト 第十九章 第六編
p.523から
30から
マズダーの創造した、強力なカウィの光輪を我らは祭る…(以下省略。第9節と同じ)…
それ(カウィの光輪)は、長期間、
良い畜群をもつ輝くイマのものとなった。
その時、彼は七〔州〕の大地で、ダエーワと人を、
魔術師と魔女パリカーを、さらに暴君やカウィ族や
カラパン僧どもを支配した。
彼は、ダエーワどもから、財と利益の両方を、
大小両方の家畜を、
満足と名声の両方を奪った。
彼の治世においては、食べるための食物は尽きることなく、
家畜も人も死ぬことがなく、水も食物も無尽であった。
彼の治世においては、暑さ寒さもなく、老いも死もなく、
ダエーワが創った嫉妬も無かった。
それは虚偽がなかったためで、
彼がかの不実な偽りの言葉を
心にもつ以前のことであった。
しかし、彼がかの不実な偽りの言葉を
心にもつやいなや、
光輪は鳥の姿で、彼の目の前から飛び去った。
光輪が逃げ去るのを見て、
良い畜群をもつ輝くイマは、
悲嘆に打ちのめされてさまよい、
地上に逃げた。
(
イマは地下にいたらしい。
イマが初めて嘘をついたときに光輪が飛び去ったことから、
嘘をついた後はダエーワを完全に制御できず、
飲食物は無尽でなくなり、家畜も人も死ぬようになったのだろう。直接は書かれていないが。
嘘の具体的な内容は不明。)
初めて、光輪が輝くイマから逃げ去ったとき、
光輪がウィーワフワントの子イマから、
鷹の姿で逃げ去ったとき、
その光輪を捕えたのは、広い安息地の主、
鋭い耳をもち、千の技をもつミスラである。
すべての国々の国主であるミスラを、我らは祭る。
彼は、アフラ・マズダーが、霊界のヤザタたちの中で、
最も光輪をもつ者として創造したものである。
(
p623
ヤザタ
神、神霊
)
再び、光輪が輝くイマから逃げ去ったとき、
光輪がウィーワフワントの子イマから、
鷹の姿で逃げ去ったとき、
その光輪を捕えたのは、
強力な家系のアースヴィヤ家の王子スラエータオナである。
彼は、勝利に満ちた人間たちの中で、
ザラスシュトラを除いて、
最も勝利に満ちた者である。
スラエータオナは三口、三頭、六眼で千の技をもつ、
アジ・ダハーカを倒した。
アジ・ダハーカは、強力な、ダエーワの仲間のドルジで、
世界にとって悪しき不義者、最強のドルジ、
アンラ・マニユが、アシャの生き物を滅ぼすために、
物質界へと、作り出したもの。
(
p622
ドルジ
「虚偽」の悪魔。アシャ(正義)に敵対する。
後に悪魔全般を指すようになった。
)
三度(みたび)、光輪が輝くイマから逃げ去ったとき、
光輪がウィーワフワントの子イマから鷹の姿で逃げ去ったとき、
その光輪を捕えたのは、
勇敢なクルサースパである。
彼は、強い人間たちの中で、ザラスシュトラを除いて、
勇敢なハームワルティのために、最も強い者である。
勇敢なハームワルティは彼のものとなった。
勇敢なハームワルティを我らは祭る、
常に立っており、眠ることなく、
ベッドに横になることなく、目覚めている〔ハームワルティ〕を。
ハームワルティは、クルサースパのものとなった。
40
彼(クルサースパ)は、角のあるアジ〔・ダハーカ〕を殺した。
それは、馬を呑み、人を呑み、
毒のある黄色い〔竜で〕、
その〔竜の〕上では毒〔のある植物〕が尻尾のところで、
木の高さほども育った。
その黄色い〔竜の〕上では毒が槍の高さほども吹き上がった。
その上でクルサースパは、ラピスヴィナ(正午)の時に、
鉄鍋で食べ物を料理した。
その悪漢は熱くなって汗をかいた。
彼は鉄鍋を投げ飛ばし、煮えたぎる湯が四方に飛び散った。
勇敢なクルサースパは恐れて脇へとびのいた。
クルサースパは、黄金の踵のガンダルヴァを殺した。
アシャの物質界を破壊するために、
それは口を開けて襲いかかった。
(
イマが心中で偽りの言葉を持つ=嘘をつくと
今から光輪が鳥の姿でイマから飛び去った。
光輪は鷹で象徴される。
光輪は天使の輪っかの元ネタだろう。
新約の聖霊は鳩。ゾ教の影響があるだろう。
鷹の姿で逃げ去った光輪は次にミスラが得る。
スラエータオナもクルサースパもイマから逃げた光輪を得ているので、
イマは何度も光輪をもらっているか、ストックしているか、
失うたびに再びできるらしい。
p620によると
クルサースパは不信心者の英雄で、ダエーワ崇拝に惹かれ、
地獄に落ちたとある。
)
p526から
第七編
46
光輪を求めて
スプンタ・マニユとアンラ・マニユは相争った。
そこで、輝くこの〔光輪〕を求めて
各自がそれぞれ最も足の速い使者を送った。
スプンタ・マニユが使者として送ったのは、
ウォフ・マナフとアシャ・ワヒシュタと
アフラ・マズダーの息子である火(アータル)である。
アンラ・マニユが使者として送ったのは、
アカ・マナフとアエーシュマと、
血塗られた棍棒をもつアジ・ダハーカと、
イマを切り刻んだスピテュラ*274 である。
*274
スピテュラ
イマの兄弟で、ダハーカと協力してイマを殺した。
第Ⅵ章 小アヴェスタ
クスティーを結ぶときの呪文
スローシュ・ワージュ
ホーシュバーム
ニヤーイシュン
p.561
自分の法をもつスヴァーシャ(天空)を我らは祭る。
無限のズルワン(時)を我らは祭る。
永い自分の法をもつズルワンを我らは祭る。
p564から 第三章 マーフ・ニヤーイシュン(月への賛歌)
牛の種子をもつ月と唯一のものとして創られた〔原〕牛*24
*24
唯一のものとして創られた〔原〕牛
最初の動物。アンラ・マニユによって殺され、その精子の一部は月へ運ばれた。
そこで清められた精子からすべての役に立つ動物種が誕生する。
精子の一部は地上に落ちて有益な植物が生まれた。
月が「牛の精子をもつ」と形容されるのはこのためである。
5
アムシャ・スプンタ諸神は起ちあがり、アフラの創造した大地に、光輪を分配する。
(
分配するものなのね
)
ガーフ
シーローザ
アーフリーナガーン
ハーゾーフト・ナスク
アーフリーン・イ・ザルドゥシュト
訳注
p616
*1
近親婚
ゾでは親子、兄弟姉妹間などでの結婚が功徳のあるものとされる。
これは『アヴェスタ』でフワエートゥワダサ、
中期ペルシア語でフウェードーダフと呼ばれる。
p.619から
主要用語解説(五十音順)
アシャ
本来宇宙の秩序を意味したが、ゾロアスター教では「真理、正義」を意味し、信仰の中心的な概念である。
信徒は「アシャをもつ者(アシャワン)」と呼ばれる。
アシャ・ワヒシュタは「最高のアシャ」を意味し、アムシャ・スプンタ諸神の一柱。火を担当する。
『ヴェーダ』のリタ(天則)に対応する。
アータル
火または火の神格化。
アフ
主、支配者
アフラ・マズダー
ゾロアスター教の最高神。すべての義なるものの創造主。
たんに「アフラ」あるいは「マズダー」と表記される場合もある。
アムシャ・スプンタ
「恵み深い不死者」を意味し、
アフラ・マズダー(あるいはスプンタ・マニユ)を中心とした七柱の神群の総称。
他に、ウォフ・マナフ、
アシャ・ワヒシュタ、
フシャスラ・ワリヤ、
スプンター・アールマティ、
ハルワタートとアムルタート。
アムルタート
「不死」の意。アムシャ・スプンタ諸神の一柱。草木の守護神。アムルタタートとも言う。
アーリヤ
『アヴェスタ』ではイラン(人)を指す。
アールマティ
献身。誠心。また、その神格化(女神)。
大地の守護神、アフラ・マズダーの娘であり、妃。
スプンター・アールマティとも。
(最高神が近親婚している!
善の実践!
近親婚は血統重視思想だろう。バラモンのカーストと同じ発想だろう。
)
イマ
イランの伝説上の王。インドのヤマ、仏教の閻魔に相当する。
光輪
原語フワルナフ。王権の象徴としての光。「栄光」とも訳される。
スプンター・アールマティ
「恵み深い献身」を意味する神霊。
アムシャ・スプンタ諸神の一柱。大地の守護神。後に大地と同一視された。
ウルスラグナ
「勝利、戦勝」の神。
スラエータオナ
イランの伝説上の英雄。竜退治の伝説で有名。
『シャーナーメ』のフェリードゥーンにあたる。
スラオシャ
「服従、従順、躾」を意味する重要な神。
ズルワン
時間の神。
ダエーワ
悪魔。『ヴェーダ』のデーヴァ(神)。
ティシュトリヤ(星)
降雨の神。シリウス。
トゥーラーン人
イラン人に敵対する民族の名称。
ナス
死体に取りつく悪魔。死魔。ゾロアスター教では死体は最も不浄なものとされた。
ハースラ
約1マイル(約1.6キロメートル)とされる。
ハマスパスマエーダヤ
春分(ゾロアスター教では一年は春分を起点とする)。ゾロアスター教暦の第六の季節神とその祝祭。
人間の創造を祝う。もとはスパンダルマド月(ゾロアスター教暦の十二月)の最後の五日間であったが、
後に十日間に延長された。マジヤーリヤ(中冬)の七十五日後に終了(三月二十日)。
マジヨーイザルマヤ
ゾロアスター教暦の第一の季節神とその最後の五日間の祝祭。天の創造を祝う。
中春。年始(三月二十日=春分)より四十五日目(五月五日)。
ミスラ
契約神、太陽神
ラーマン
「平安」の神。ミスラの随神。
p.624
『アヴェスタ』関連地図
黒海
カッパドキア
地中海
のようにカッパドキアは上に黒海、下に地中海。
p.627から 訳者解説
七世紀のイスラム教徒によるイラン征服以降、多くはイスラム教に改宗したが、
改宗しなかった教徒は現在もイランのヤズドとケルマーンに集中して住んでいる。
一方イランにとどまらなかったグループはムンバイ(旧ボンベイ)を中心としてインド西海岸に亡命し、
そこで自らの信仰を保持した。彼らはパールシーと呼ばれる。
『アヴェスタ』研究史
『アヴェスタ』の近代的研究の端緒を開いた功績は
フランスの東洋学者アブラアム・ヤサント・アンクティル・デュペロン(1731-1805)に帰せられる。
インド渡航に関しては紆余曲折があったが、
1755年8月、インド東海岸の当時フランスの植民地であったポンディシェリーに到着した。
その後パールシーの拠点である西海岸のスーラトへ行った。
様々な苦労の末、パールシーの信頼を得て、
「ウィーデーウダード」のコピーを入手し、1759年には翻訳を完成させた。
1771年にようやくその翻訳は『ゼンド・アヴェスタ』として出版された。
反響はあまり良いものではなかった。
古銭学者テュクセンはデュペロンの『アヴェスタ』の訳の真性を証明し、彼を熱心に擁護した。
デュペロンはインドで『ヴェーダ』も研究し、その分野での最大の業績は、
『ウパニシャッド』のペルシア語からのラテン語訳(1796年)であるといわれる。
もちろんデュペロンの最初の訳は不十分なものであり、本格的な研究は
フランスのユージェーヌ・ビュルヌフ(E. Burnouf, 1801-52)の出現を待たねばならなかった。
ビュルヌフはヴェーダ語の知識を用いて『アヴェスタ』を研究し、その業績は
『ヤスナ注解』(1833)として結実し、『アヴェスタ』の理解とイラン語学の基礎を築いた。
これは辞書であり、アヴェスタ文法書であり、ヤスナの注釈であった。
フランスのダルメストテル(Darmesteter, 1849-94)は『アヴェスタ』のフランス語による全訳である三巻本の『ゼンド・アヴェスタ』を1892-93年に出版した。
十九世紀の掉尾を飾るのはゲルトナー(1852-1929)の『アヴェスタ』のテキストの出版(1886-95)。
ゲルトナーは『リグ・ヴェーダ』の訳を完成させている。
(ヤスナって尻が好む人名っぽいな。
18世紀のフランス人が『アヴェスタ』の一部を翻訳して欧州に輸入。1771年に『ゼンド・アヴェスタ』として出版
同じ人がウパニシャッドも翻訳=『ウパニシャッド』のペルシア語からのラテン語訳(1796年)。
1822年、フランスのシャンポリオンがロゼッタ=ストーンのヒエログリフを解読成功。
別のフランス人の『ヤスナ注解』(1833)。イラン語学の基礎となる。
最初の神智学協会は1875年にアメリカのニューヨークでできた。
ヴラヴァツキーは
1877年に Isis unveiled 『ベールを取られたイシス』を出版。
『シークレット・ドクトリン』(1889年)も出版。
1891年にロンドンで死去。
『アヴェスタ』の一部は読んでいるか内容はフランス語ができる人から教わっていただろう。
インド哲学も同様に。
)
ゾロアスターという名はギリシア語形(ゾーロアストレース)に由来する。
一方アヴェスタ語ではザラスシュトラと呼ばれるので、ギリシア語形はゾロアスターの名の中に
ギリシア語のastra=星(複数)を読み込んでいるという民間語源説が広く流布している。
ただしイラン学者の中にはこれに反対する者もいる。
イエスの誕生のときに、ベツレヘムを訪れたカルデア人の賢者はゾロアスター教徒であるとされ、
彼らは占星術に長けていたとされるのでこの説は強く信じられている。
ザラスシュトラであるが、名前の後半部分が、uシュtra-=ラクダを含むことには異論がない。
前半部分は古い、追い立てる、望むなど様々な解釈が提唱されている。
「古い、老いた」を見る意見が優勢であるが、
意味に関して「年老いた駱駝」には抵抗があるようである。
「老い」は必ずしも肉体的な弱さだけでなく経験や知識の豊かさと結びついている点を見逃すべきではない。
長老、老師に否定的な意味はない。
したがって、ゾロアスターの名前は「老いた駱駝をもつ者」と解するのが今のところ最も合理的であると思われる。
○生没年と出身地
ウィーデーウダード第一章によれば、コーラスミア(ホラズム)、ゾグディアナ、マルギアナ、
バクトリアなどのアフガニスタンやパキスタン、ウズベキスタンなどの地名が現れるので、その故地が(古代の)東イランであるということは容易に想像できる。
しかし具体的な出身地となると特定するのが難しい。
年代に関してはほとんど推測の域を出ない。
パフラヴィー語(ゾロアスター教の中期ペルシア語)資料では、
アレキサンダー(前356-323年)以前258年という数字がイランの神話的時間概念から導き出され、
確固たる数字とみなされている。
この数字によるとゾロアスターの生年は前600年頃ということになり、アケメネス朝の成立と近いので支持する研究者も少なくない。
アケメネス朝のダリウス一世(在位前522-486年)の碑文(古代ペルシア語)には
「アフラマズダーのお力により(お陰で)」という表現が見え、この時代までにゾロアスター教が王侯貴族に受け入れられ広まっていたことを示している。したがってゾロアスターは遅くとも前六世紀には存在したと考えられる。
また前八世紀のものとみられるアッシリア語のテキストにアフラマズダーを指す可能性がある名があり、
指しているならさらに古い時代の証拠となる。
現在では前1000年頃とする説がコンセンサスにやや近い。
この数字はインドの『リグ・ヴェーダ』の成立がこの頃と考えられ、
その言語が古アヴェスタ語と近いことを根拠としている。
ただし『リグ・ヴェーダ』の年代に関してはさらに古いとする説もある。
インドとイランの類似性
インド・ヨーロッパ語民族の源郷について定説はないものの、
一応現在のウクライナに当たる黒海北辺とされている。
このうち東へ向かったのがインド・イラン系の人々(アーリヤ人)で
イラン人はイラン高原に入り、
インド人(インド・アーリヤ人)は紀元前1500年頃西北インドに侵入した。
これに関して興味深いのは、古代の東アナトリアからメソポタミアにかけて
インド・アーリヤ人の痕跡が見られることである。
ミタンニ人のキックリによる馬の調教文書にインド語と思われる数字
aika-=「1」、
tera-=3、
panza-=5、
satta-=7、
nava-=9が現れ、
これはそれぞれヴェーダ語の
éka-, trí-, páñca-, saptá-, náva-に相当する。
注目すべきは1で、
イランではアヴェスタ語aēva-、
古代ペルシア語aiva-なので、右(上記)の形は明らかにインド語の形を示している点である。
(インド・ペルシャ・イランと、ヨーロッパを結び付けようという意図が感じられるのが印欧語族。
印欧語を使った人も有色人種だろう。
母音の上に記号がつくものはメモが面倒。
アキュート・アクセント
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88
アヴェスター文字
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E6%96%87%E5%AD%97
サンスクリット
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88
)
またヒッタイト王とミタンニ王との盟約文書にはインドの神名ミトラ、ヴァルナ、ナーサティヤ、インドラが現れるので、
これらの事実をどのように解釈するかは大きな問題である。
インド・イラン人はかつて共通時代を過ごし、インド最古の宗教文献『リグ・ヴェーダ』に現れる神名や事項名と
『アヴェスタ』に現れる名称は以下のような共通性を示している(前者がアヴェスタ語形)。
神名ではミスラとミトラ、
インダルとインドラ、
ハオマとソーマ、
フワル(Hvar)とスーリヤ、=太陽(神)。
インドの神群は善神であるデーヴァと悪魔であるアスラの二つのグループに分かれる。
ところがイランではこの関係は逆転し、
デーヴァに対応するダエーワは悪魔の意味で、
アスラに対応するアフラは善神であると同時に最高神アフラ・マズダーの名前の一部になっている。
インダルとインドラの関係も同じで、インドラは悪魔の列に落とされ、しかも主要な悪魔ではない。
『ヴェーダ』において言及される敵はヴリトラである。ヴリトラは蛇の姿をした悪魔で、
インドラによって殺され、このためインドラはヴリトラハン(ヴリトラを殺すもの)の呼称を持つ。
しかしイランではヴリトラハンに対応するウルスラグナは善神の仲間に加わり、「勝利」の意味の普通名詞でもある。
また神官もイランはザオタル、
インドはホータル/ホートリで共通である。
(
ドラクエの蘇生呪文ザオラルの元ネタだろう
)
形は一致しないものの機能的に一致するのがインドのヴァルナとアフラ・マズダーで、
ヴァルナはすぐれて倫理的な神である、アフラ・マズダーの起源はここに求めることができる。
ヴァルナは最高神インドラのそばにおり、自然法則の王、物理的、倫理的秩序の保持者であるとされる。
インドではヴァルナはミトラ・ヴァルナとしてほとんどミトラと並んで現れるが、
ゾロアスター教ではヴァルナがアフラ・マズダーとなり、ミトラはミスラとして周辺的な神になっている。
ゾロアスター教にはアフラ・マズダーを中心として、アムシャ・スプンタ(恵み深い不死の神)と呼ばれる
七柱の主要な神がいるが、アフラ・マズダー以外の六神はインドのアーディティヤ神群にならって創られたものと考えられる。
前述のヴァルナとミトラはアーディティヤ神群に属するが、
イランのミスラはアムシャ・スプンタ諸神から外れている。
『アヴェスタ』のアヴェスタ語はインド・ヨーロッパ(印欧)語族のインド・イラン語派に属する。
さらにインド語派とイラン語派に分かれる。
インド語派を代表する言語はサンスクリットで、その古層はヴェーダ語と呼ばれる。
イラン語派にはアヴェスタ語と古代ペルシア語がある。
古代ペルシア語は独自の楔形文字で書かれ、アケメネス朝(前550-前330)の諸王の碑文によって知られる。
一方、アヴェスタ語は古アヴェスタ語と後期アヴェスタ語に分けられる。
古アヴェスタ語はヤスナ書のうち「ガーサー」と「ヤスナ・ハプタンハーティ(七章のヤスナ)」と呼ばれる箇所に使われ、
それ以外の部分は後期アヴェスタ語と呼ばれる言語で書かれている。
『アヴェスタ』は開教以来口伝だったが、ササン朝時代(3-7世紀)に、アケメネス朝ペルシアの公用語であったアラム語の文字に由来するパフラヴィー語の文字に基づいてアヴェスタ文字が作られた。
アラム語は他のセム語系の文字と同様に右から左へと書かれ、原則として母音を表記しないので、
アヴェスタ語のすべての母音を表記するための文字が作られた。
また、細かな音の違いを表すため多くの文字が作られ、全部で53文字である。
ダエーワ/デーヴァと
アフラ/アスラの関係はインドとイランで逆転することになり、
印欧語で神の意味(ラテン語deus参照)であったダエーワは悪魔となった。
この場合ダエーワは、古い神、ザラスシュトラが排斥しようとしたインド・イラン的な神である。
イランではゾロアスターによってアフラ・マズダーを唯一神とする一神教へとまとめられたが、
ユダヤ教やイスラム教ほど徹底したものではなく、アフラ・マズダーと並んで多くの神々が、
さらには水や大地や草木といった自然物も崇拝の対象となっている。
(多神教じゃん。
神と唯一神を表す語を分けないとダメでしょ。
単に神々の階層構造があるってだけじゃん
善悪二元論を輸入したのがヤソ神学)
最終的にはアフラ・マズダーの勢力が勝利して、
世界は再び安定した状態に戻り、最後には万物は神判を受けて浄化される。
また、ゾロアスター教は徹底した二元論を説き、その教えは思想面だけでなく言語の面においても顕著で、
名詞とくに身体部位の名称から動詞にわたっている。
例えば、善神や義者について話すときには、
その「口」にはāh-を用いる(アフラ語)が、悪魔や不義者について話すときは、zafar-(ダエーワ語)を用いるといった具合である。
アフラ語
nāirikā- 女
zasta- 手
vac- 言う
ダエーワ語
jahī- 悪女、娼婦
gava- 手
dav- ほざく
ゾロアスター教で最も重要な概念はアシャである。
ヴェーダのリタに対応し、元来「宇宙の秩序、天則」を意味し、
さらには社会的・倫理的レベルでの秩序すなわち「真理、正義」を表す。
アシャに対立するのはドルジ(嘘、虚偽)。
ゾ(ゾロアスター教の略。本書の著者はこう略していない)ではアシャとドルジの対立が重要で、
真実を行い、嘘をつかないことが信徒の重要な徳目となっている。
古代ペルシア語の碑文でもダリウス大王は虚偽を強く排斥している。
また、ヘロドトスも、ペルシア人の子供の教育に関して、乗馬、弓術と並んで真実を語ること(正直さ)を教えられると伝えている
(『歴史』第一章136節)。
イランではアシャは中期ペルシア語アフラーイーフ=正義として残ったのに対し、
インドではヴェーダ期以後、リタはダルマ=支持、秩序、法に取って代わられた。
アフラ=主
マズダー=知恵
全体として知恵の主。
アムシャスプンタはマズダーの陪神として天使のような役割を果たす。
(数が7だし役割が後世のユダヤとキリスト教の天使だしどうみても元ネタ
)
その他の主要な神としてミスラ(太陽神、契約神)がいる。
ミスラは右にスラオシャ(司法神、躾の神)、
左にラシュヌ(司法神)を従えて、万物の行動を監視し、悪業者に罰を与える。
(
太陽と契約と「神判=罪人に罰を与える」の神だからミスラはもろに新約のゴッドの元ネタの1つ。
ヤハウェは雷雨系だが、契約と罰の神なのは共通なので、ヤハウェにもミスラが影響しているだろう)
竜の姿をしたアジ・ダハーカは悪魔。
死体はゾで最も不浄であるとされ、死体を意味するナスは主要な悪魔であるとされる。
インドラ、サルワ、ノーンハシヤなどはインドで重要な役を果たす神であるが、
イランではこれらはすべて悪魔となり、しかもあまり重要な役を果たしていない。
(
重要な役を与えないあたり徹底している。
強い邪神にしたら相手の土俵に乗ってしまっているからな)
現代ペルシア語の発音ではアヴェスターと最後を長音にするのが正確であるが、
日本語では煩雑に感じられるので本書では「アヴェスタ」の方を採用した。
司法神で来世の裁判官スラオシャ。
メモ終わり。
参考資料
※着色などの強調は引用者によるものである。
クリスマスプレゼント兼お年玉♡
『確認方法の無い情報をばら蒔いてる関係者』対応マニュアル(追撃Ⅳ)。
キリスト教の中核にユダヤ教が不要である衝撃!
反ユダヤ主義ヘーゲルの弁証法の元ネタがキリスト教の三位一体論だと全訳者が明言!
『ヘーゲルの精神現象学』『精神現象学』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-239.html
”ねこた @lakudagoya 2月28日
@ououdaiei 学校化社会ってのはダメです。でも学校こそ理想になってるのでどうしようもありません。
とまーてさん、皆さんお待たせしました!
イラン版のノアさん事、イマさんの引用の一部が出来上がりましたよ!
エピクロスの園
庭園学園。ここは至福の園
イマさんのジャパリパーク
http://ataraxiaaquaria.seesaa.net/article/447464292.html
”イラン版のノアさんであるイマさんは、アフラ・マズダーに呼び出されて以下のものを作るように言われました。
イマよ、この世界に致命的な冬がやってくる。
猛烈で破壊的な氷結に襲われる。 物質世界に破滅的な冬がやってくる。雪が降り積もる。最も高い山々にまで。バル(地下室また地下の格納所)を造れ。馬場の四隅の届く長さに。そこに羊や牛、人間、鳥、そして赤く燃える炎の種子を運び込むのだ。
汝はそこで地上で最も優れた男女の種子、地上で最も優れたあらゆる家畜の種子、
地上で最も優れたあらゆる樹木の種子、最も香りが甘くて最も実ったあらゆる果実の種子を運び込むのだ。
これらの種子はどれも2つずつ運び込み、人々がバルにいる限り尽きないように保存すること。
身体に障害のある者や腹の飛び出た者、
不能なものを正気でない者やハンセン病のものは入れてはならない。
「神々の魔術 上巻 180項より」”
イマさんのジャパリパークその2
http://ataraxiaaquaria.seesaa.net/article/447464856.html
”イマさんが作ったバルというかジャパリパークの詳細
最も大きい場所には9つの通路を作る。 中ほどの場所には6つの通路。最も小さい場所には3つの通路。
最も大きい場所の通路には男女1000人気の種子を運び込む。
中程の場所の通路には600人。
最も小さい場所の通路には300人の種子を運び込む。
「神々の魔術 上巻 184項より」
ここまではゾロアスター教の文書の引用部分。ここから先は作者の注釈。
これをハイテク種子銀行(絶滅する危険のある種子を保存する場所)の仕様書と考えるのは奇抜すぎるようだ。
だがバルの他の「技術的な」面についてはどう判断したら良いのだろう?
例えば照明装置だ。この場所に扉をこしらえ、それをアフラ・マズダーから与えられた黄金の指輪で封印する。
さらにイマは「自ら輝く窓」も作る。
この「自ら輝く窓」とはいかなるものかとイマが説明を求めたところ、アフラ・マズダーは「考案されてない光と考案された光がある」と謎めいたことを告げた。
前者は星や月や太陽のことで、長い冬の間はバルの中から見ることができない。
後者は「人工の光」で「下から輝く」。
イマは指示されたとおりバルを完成させた。
それ以降バルは「自らの光で輝いた」これを成し遂げたイマは
こられの謎の光源は旧約聖書ではゾーハルと言われてます。あの「光輝の書」のあれです。
ここからゾロアスター教の文書の引用
1.6キロの長さの床に水流を作った。常緑の土手に取り鳥を住み着かせたそこには尽きることのない食料がある。更に居住するための建物を作った。バルコニーと中庭と回廊のある家だ。
「神々の魔術 上巻 185項より」
彼は男女の種子を運び込んだ。あらゆる種類の樹木の種子と、あらゆる種類の果実の種子を運び込んだ。彼が運び込んだあらゆる種子はどれも二つあり、人々がバルにとどまる限り、尽きる事がないように保存された。
「神々の魔術 上巻 185項より」
40年ごとに、どの男女にも二人の子が生まれる。男と女だ。これらすべての家畜でも同じだ。そして、イマが作り出したバルの人々はこの上なく幸せな人生を送る。
「神々の魔術 上巻 185項より」
ここから作者の意見
興味深いことにこの訳者は、古代の様々な注釈を引用した脚注を書いている。
それによると「バルの住民は150年生きた。誰も死ななかったという人もいる。」
さらに興味特に興味深いのは。
すべての男女の間にできた子は性的結合ではなく、「バルに保存されていた種子」によるものだと言う。
イマに繋がる、謎の失われた技術に関する手がかりは他にもある。
奇跡の杯は、世界中で起きてることを見ることができる。また宝石が散りばめられたガラスの玉座「ガラスの馬車とも称される」は空を飛ぶことができる。
以上バルの中身でした。””
…
ラノベ作家のマニさん有難う!♡
— ぐだトマト (@pteras14) 2017年2月23日
お礼にこんなもん見つけちゃった!https://t.co/GBs9Y9ffRP
イマさんの黄金時代は食肉が禁じられ
てたらしい。
老害化したイマさんが食肉の許可を
人類に与えたために不死性を
失くしたらしいよ!#けものフレンズ考察班
ゾロアスター教の楽園では人類は不死で野菜しか食べなかったらしいんだ。
ところがイラン版ノアさんのイマ(閻魔)
さんが肉食を勧めたため、楽園の人々は
堕落して不死じゃなくなっちゃったんだ。
肉を食べる前に感謝の儀式をやるの!
生贄の儀式のルーツね!
現代ではキリスト教の「頂きます」の
お祈りになって残ったよ!
だから皆んなもフレンズを美味しく
召し上がる前には必ず「感謝の頂きます!」
を言おうね!
ご先祖様のイマさんとの約束だよ?
因みに先の論文だとイマの罪はもう
二つあるらしい。
一つは妹との近親相姦。インドでは
タブーらしいがイラン版ではコレに
よって「完全なる人」が誕生するらしい。
それまでは各々、悪魔の男や女を娶った
らしいが、熊とか猿しか産まれなかった
らしい。
そしてもう一つは「人類史上
初めて嘘を吐いた事」らしい。
「私が世界の創造者だ」と豪語した
のがウソだったらしい。
閻魔大王の嘘吐きの舌を抜く話は
自分の事を言ってるのかもね。
あー!w
だからノアの野郎は洪水明けてから
真っ先にヤハウェ君と焼肉パーティーやるのかww
そうなるとカインとアベルの話も興味深いなw
ヤハウェの野郎、肉ばかり喰いやがってw
妹と子供作らないと多分色の白いのが
産まれてこないんだろう。地元の黒い
土人とも子供作ったけど、猿とか
熊みたいなモジャモジャしか産まれて
来なかったんだろうなw
アルビノだったから閻魔大王は地下に住んだのかなぁ……
直射日光に弱そうだしなぁ、
アンデッド系だしね。
太陽族(アスラ)と嵐族(ダエーワ)か……
雲で太陽が隠れてないと行動出来ない
連中が居たのかもな……
闇が深いな……
暗闇の雲を呼び寄せる程に。
(イマが嘘をつくとRoyal Gloryが鳥の形をしてイマから出ていった。
Royal Glory
=王の栄光(後光)
は鳥の形をして飛ぶ。
"when (Yima) had added the lie, the untrue word, to his account,
the Royal Glory flew away from him visibly in the shape of a bird."
インドのリグヴェーダでは近親相姦の罪によりヤマは不死でなくなり、地下の王となる。
地下とはインド版ハデスである。
イランの伝統では最近親相姦は宗教的に称賛に値する。)
(ヤハウェが野菜と肉を捧げられたときに肉を選んだのは
バラモンではなくゾロアスター(肉食OK)を選んだことを示すのでは?)
”
(この論文に出てくる『アヴェスタ』の箇所はこの記事でメモっておいた。
肉食ではなく牛肉食が罪だと『アヴェスタ』にある。英語論文ではただ肉としか書いていないからとまとさんは勘違いしてしまっている。肉食全般が罪ならゾ教で肉食OKになるはずないもんな)
https://twitter.com/UtuboKazu/status/1236670190999310343 とそこから続く呟きを引用
”さえきかずひこ Kazu Saeki
@UtuboKazu
3月8日
青木健『新ゾロアスター教史』を読み始めました。ちょっと面白い記述があったので深夜ですが引きますw 「(前略)11世紀から16世紀までが、第二次暗黒期である。イスラーム教徒によって圧迫されたゾロアスター教徒は、イラン高原に残留するグループとインド西海岸へ亡命するグループに分裂した。
(中略)第三の興隆期は、16世紀から現代まで。第二次暗黒期に分裂したゾロアスター教徒のうち、インド西海岸へ亡命したグループが、ヨーロッパ諸国の東インド会社のブローカーを務めることで経済的繁栄への端緒を作った。以後、造船業・アヘン貿易・鉄鋼業・IT産業と職種は変わったものの、
特定地域出身の神官家系ゾロアスター教徒が、ボンベイ(ムンバイ)を拠点に英国勢力と結びついて経済的繁栄を享受する構造は変わらなかった。彼らの経済活動のゆえに、ボンベイは「現代ゾロアスター教徒の都」ともいわれる。現在のインドで反映しているターター財閥、ジージーボーイ財閥、
ゴードレージュ財閥などは、すべてこのころに成立したゾロアスター教神官家系の財閥に端を発している。第二次興隆期にはイラン高原で神聖帝国を創建したゾロアスター教徒たちは、今度はインド亜大陸で神官財閥を創建して、インド経済を理解するうえで無視できない勢力を築いた。(後略)」(P.9)。
インドの財閥にはゾロアスター教徒が多いというのはまるで知らなかったのでとても興味深いと思いました。
— さえきかずひこ Kazu Saeki (@UtuboKazu) 2020年3月8日
ターターというのはタタ財閥、ゴードレージュ財閥はゴードレージ財閥のことですね。https://t.co/DwwCzViWXk
「紀元前323年、そのアレクサンダー大王が東方長征からバビロンへの帰還直後に急逝すると、彼の帝国は後継者の将軍たちの間で分割された。このうち、イラン高原とメソポタミア平原を含む旧ペルシア帝国の心臓部分を継承したのが、セレウコス・ニカトールが紀元前312年に建国したセレウコス王朝であった
4月28日
(中略)この王朝の性質が前代のハカーマニシュ王朝と異なるのは、ギリシア人的な思考に沿って、拠点となる都市(ポリス)を数珠つなぎに建設し、そのなかにギリシア人を植民して支配の要とした点である。このため、都市の中ではギリシア語を用いギリシア的な法に則したヘレニズム文化が育まれたが、
その反面、都市から一歩外に出ると、従来から土着の(またはハカーマニシュ王朝時代に封建された)アーリア人土侯たちが、古代ペルシア語や古代メディア語を用いてアーリア文化を保持していた。(後略)」(P.76-77)。ヘェ〜、興味深いですな!!
2020年4月29日
「(前略)おそらく、イラン高原上のアーリア人の宗教を司る神官階級は、ハカーマニシュ王朝の政治権力と200年以上結託していたマゴス神官団によって統一されていたと考えられる。この推測が正しければ、たとえザラスシュトラの原始教団でも、ミスラ神を崇める集団でも、アナーヒター女神の教団で
あっても、その神官階級はメディア系のマゴス神官団の影響を強くこうむっていた。このころまでには、曝葬や最近親婚といったメディア人(びと ールビ)特有の習慣も、イラン高原のアーリア人全般に拡大していたと思われる。外来のギリシア人の理解では、この「マゴス神官」が奉じる宗教は、
ゾーロアストレース、ヒュスタスペス、オスタネスの三人が形成したものであった。このなかで、神の啓示を伝えるとされるゾーロアストレースは当然ザラスシュトラがギリシア語化した名称である。紀元2世紀に『ヒュスタスペスの神託』(おおむねバフラヴィー語文献『バフマン・ヤシュト』と一致する)を
著したとされるヒュスタスペスは、カウィ・ウィーシュタースパが転訛した名称である。しかし、「ゾロアスター教」とギリシア哲学の交流に貢献したとされるオスタネスについては、ザラスシュトラの原始教団の中に該当する人物が見あたらないし、アヴェスター語や古代ペルシア語での原語も不明である。
おそらく、ザラスシュトラ以外にも新しい教えを説いた神官が大勢いて、そのなかの一人だったのではないかと思われる。この当時のアーリア人の宗教は、中央集権的な神官団組織が壊滅していた以上、ザラスシュトラの原始教団以外の伝説も交えて、複合的に発展していたと考えられる。(後略)」P.78-79
2020年5月4日
「(前略)アルシャク王家固有の宗教を考えるうえでの弱点は、同王家の墓廟遺跡が一つも発見されていない点にある。(中略)しかし、アルシャク王朝の大王・皇帝の場合はダフマ(磨崖横穴墓のこと ー引用者)を使用していたとの証拠がなく、曝葬ではなく土葬を行なっていたのではないかと思われる。
だとすると、彼らは中央アジアの原始アーリア人と同じ葬法を採っていたことになり、イラン高原で進化したこの時期のアーリア人の宗教とは若干異なる、プリミティヴな原始アーリア人の信仰を維持していたと考えられる。これに対して、アルシャク王朝の宗教とこれまでのアーリア人の宗教との
顕著な相違点としては、神聖王の観念の発達が挙げられる。前述のように、ハカーマニシュ王家の皇帝たちは、「アウラマズダーから王権を神授された」と称していたものの、自らを神と名のることはなかった。しかし、アルシャク家の大王たちは、たぶんアレクサンダー大王を神聖視したギリシア人の影響と
思われるが、自ら神と名のりはじめるのである。この神聖王の観念は、これ以後、イラン高原のアーリア人の政治的伝統として定着して、サーサーン王朝の皇帝たちも好んで採用する自称「神々の末裔、神たる皇帝」となり、さらには遠くイスラーム時代のカリフ制にまで影響した」(P.86-87)。ヘェ〜!!
「(前略)個々の哲学者に即して検討すると、
最初に、「万物は流転する」で名高い弁証法の祖ヘラクレイトス(紀元前6〜5世紀)が挙げられる。
ある推測によると、彼が火を世界秩序の要と見なした背景にはアーリア人の宗教の影響がある。
また、彼があらゆる葬式を軽蔑した背景には、マゴス神官団の曝葬の
習慣が伏在する。この時期、マゴス神官団は小アジアまで進出していたので、
ギリシアの哲学者たちと直接・間接の接触がなかったとは言いきれない。
しかし、ヘラクレイトスがすべての宗教儀式を侮蔑していたことと、マゴス神官団が複雑な祭式儀礼を重んじたことは、あきらかに背反する」(P.98)。
「(前略)つぎに、プラトン(紀元前427〜347)が挙げられる。
彼とマゴスとの伝説的交流については、Kingsley 1995
(Meetings with Magi: Iranian Themes among the Greeks, from Xanthus of Lydia to Plato's Academy,"JRAS, Third Series, 5:2, pp.173-209 ー引用者)参照。
それによると、プラトンの
晩年に、ペルシアのマゴス神官がアテネを訪ね、彼から哲学を学んだとされる。
逆に、プラトンが理想とした「哲人王/武人/生産者」という社会構成は、
原始アーリア人の「神官階級/軍人貴族/庶民」という社会三階級制度に照応しているので、
イラン系思想の影響と推測されている。
また、彼のイデア界と現実界の二元論とザラスシュトラの善悪二元論の間には、対応関係があるともいわれている。プラトン哲学に対するイラン系の宗教思想の(想定される)影響については、
Horky 2009("Persian Cosmos and Greek Philosophy: Plato's Associates and the Zoroastrian Magoi, Oxford Studies in Ancient
Philosophy, 37, pp.47-103 ー引用者)参照。(中略)以上の二人は、イラン高原の歴史に照らせばハカーマニシュ王朝時代の人物であるが、プロティノス(205〜270)は、
アルシャク王朝末期からサーサーン王朝初期にエジプト、ローマで活躍した神秘哲学者である。
彼が至高の一者からの多者の流出を説き、
一者の光に浴さない物質の闇を説いた教説は、
アフラ・マズダーから「アメシャ・スペンタ(大天使)」の発出を説き、
善悪を峻別したザラスシュトラの教えに近いといわれる。
しかし、ネオ・プラトニズムは、
古代末期のオリエントで一般的だった神秘主義思想の雰囲気の中から出てきているので、
あえて両者の間に関連を求めなくてもよいかもしれない」(P.99-100)。
ヘラクレイトスの火がアーリア人の古代宗教から影響されているとしたら面白いですな。
プラトンとプロティノスについてもそれからの影響がありそうだ、という話。いずれもどうも不確かな説ではありますが、単純にロマンを感じます。
「(前略)
「ダニエル書」の内容は、終末論、メシア待望論、至福千年王国の予言などであり、
いずれをとっても、ザラスシュトラの教説と外面上は一致する。
終末論については、すでに「第二イザヤ書」などで「神の王国」概念は提出されていたものの、
これを地上の時間の終わりに達成される宗教的完成と
捉えなおす契機としては、先行するザラスシュトラの教えの影響が予想されている
(略)。
また、肉体を維持しての復活の概念も、ザラスシュトラの啓示の影響ではないかと考えられている(略)。
メシア待望論については、ダヴィデの家系から生まれてイスラエルの救済を果たす王の観念はすでにあったものの
これが全人類の救済者に変質するにあたっては、ザラスシュトラの子サオシュヤントの影響を考えないわけにはいかない。後述のように、サオシュヤントの観念は大乗仏教のマイトレーヤに影響を与えたとの説もある。だとすると、ユダヤ教のメシア観念と弥勒菩薩は、ザラスシュトラの教えから派生した
一対の観念ということになる。(後略)」(P.101-102)。
ヘェ〜、「ダニエル書」にはザラスシュトラの宗教の影響があるみたいですね。興味深い。。。w😉
「(前略)ザラスシュトラの教えからキリスト教への影響では、聖杯伝説を見逃すわけにはいかない。イラン高原西北部のガンザク(現在のタフテ・ソレイマーン)には、アルシャク王朝時代からアードゥル・グシュナスプ聖火を祀る拝火神殿が建設されていた。(中略)ある学説によると、ここの聖域には、
アーリア人の祭式儀礼に一般的なハオマ祭式のための杯と擦り棒が安置されており、篤い信仰を集めていた。そして、この「祝福された杯」の噂がヨーロッパへ到達した時、それはキリストと結びついて新たな伝説を生みだした。すなわち、東方には、イエス・キリストが最後の晩餐で使用した杯(または
イエスの磔刑の際に血を受けた杯)が聖遺物として遺されており、奇跡を起こす力が宿っているとする聖杯伝説である。中世ヨーロッパの物語の中では、アーサー王の円卓の騎士であるランスロット以下の騎士たちは、この聖杯探求の使命を帯びて冒険の旅に出ることになっている。この説に従うならば、
キリストの聖杯伝説の根源は、アルシャク王朝時代にマゴス神官団が崇拝していたアードゥル・グシュナスプ聖火の拝火神殿の杯に求められる。また、本来の聖杯は、最後の晩餐のワインやキリストの血を受けた杯ではなく、聖火に捧げるハオマ液を入れた杯だったことになる」(P.105-106)。面白いですねw
「(前略)クシャーナ王朝の統治の中心は、イラン高原東部とインド亜大陸の中間地点にあたるプルシャプラ(現ペシャワール)及びその周辺のバクトリア(アフガニスタン北部とウズベキスタン南部のアム・ダリヤー川中流域)と推定される。この王朝は約300年間存続したのち、サーサーン王朝第八代皇帝
オフルマズド二世(在位302〜309)の時代に独立を失い、ペルシア帝国の属領としてのクシャーノ・サーサーン王朝に変質した。クシャーナ王朝の支配下では、多様な宗教が共存していたことが知られている。この王朝が発行したコインは、ギリシア文字を用いてバクトリアに土着のアーリア人が用いた
バクトリア語を刻み、そこにギリシア系の神格、イラン高原のアーリア人の神格、インド亜大陸のアーリア人の神格、仏教の神格などをあしらっている。少なくともこれら四系統の神々を並行して祀るだけの基盤が、クシャーナ王朝支配下のイラン高原東部からインド亜大陸西北部には存在したのである。(後略
P.113からの引用ですが、読んでいて思わず胸が躍りますね。宮崎駿『風の谷のナウシカ』にトルメキアという架空の国のクシャナという勇ましいプリンセスが出てきますが、ネーミングの元ネタはこのクシャーナ王朝からでしょうね。
2020年5月5日
「(前略)すなわち、アルメニア王国がパルティアの影響を強くこうむったのは、ティグラネス一世大王が即位した紀元前95年から、アルシャク王朝アルメニア王国が一時的に滅んだ252年までである。そして、これ以後のアルメニア王国史は、ゾロアスター教研究の観点からみれば余談にすぎない。
本書第三章の時代まで話を先取りするが、428年、サーサーン王朝ペルシア皇帝ヴァフラーム五世は一撃でアルメニア王国を軍事占領し、アルシャク王朝のアルメニア王アルタクシアス五世を罷免して、アルメニアをペルシア帝国内の一州として併合した。これで53年(または66年)以来続いてきた
アルメニア系のアルシャク王朝は終焉した。このあと、ペルシア帝国のアルメニア宗教政策は、しばらく迷走を続ける。アルメニア教会の総主教の後任には、ネストリウス派キリスト教徒が任命された。しかし、ネストリウス派がアルメニアで受けいれられなかったので、大宰相ミフル・ナルセフは、
アルメニア州にペルシア的ゾロアスター教を導入する計画を立て、教会を拝火神殿に変えていった。だが、これはネストリウス派以上に激しい抵抗を呼び起こしてしまい、ヤザドギルド二世はゾロアスター教布教計画を中止している。結局、484年、ペルシア帝国は、アルメニアにおける宗教寛容令に同意した。
これで、アルメニア州はペルシア帝国内の属州としては例外的にキリスト教信仰を認められ、西方シリア教会のキリスト教が本格的に定着したのである。(後略)」(P.122)。古代アルメニアの宗教的混乱を知らなかったのでとても興味深いですな。西方シリア教会というのは、アンティオキア教会のことかな
アンティオキア教会(英語)https://t.co/O1kUR1JMkz 5世紀はじめのことが記事内に書かれているので、西方シリア教会とはたぶんこの教会のことだろう。古代シリアのキリスト教事情に精通しているかたがもしおられたら教えて頂きたいです。
— さえきかずひこ Kazu Saeki (@UtuboKazu) May 5, 2020
「(前略)アルメニア人は、マゴス神官団やペルシア的ゾロアスター教徒と同様に最近親婚を実践していたとされる。(中略)このため、365年には、キリスト教の司教・聖ネルセス一世が、アシュティシャトのキリスト教宗教会議で、最近親婚を禁じる法令を出している。しかし、この習慣は、アルメニア人の
— さえきかずひこ Kazu Saeki (@UtuboKazu) May 5, 2020
間ではロシア革命前夜まで続いたらしい」(P.125)。ヘェ〜。興味深いですね。
「(前略)以上のような特徴をもつサーサーン王朝皇帝は、ハカーマニシュ王朝やアルシャク王朝の君主とは異なる概念なので、単なる「ペルシア皇帝」ではなく、聖俗の最高権威を兼ね備えた「神官皇帝」と呼ぶべきだと思う。ビザンティン帝国が皇帝教皇主義を打ちだすかなり以前に、サーサーン王朝は
類似のイデオロギーと統治体制を完成していたのである(サーサーン王朝の政教一致体制については、Pourshariati 2008参照)。ただ、外面的な政治体制の整備が先行して、その理論的背景となるべきゾロアスター教思想の整備があとから追いかける状態だった点が、ビザンティン帝国とキリスト教の関係とは
異なっている。(後略)」(P.134-135)。ビザンティン帝国との対比が興味深いですな。
とうとう3世紀になってキリスト教vsゾロアスター教のバトルがいまのトルコあたりで起こっているわけですが、この図表は有り難いですな。せっかくなので、掲げておきます。ネストリウス派はセム的キリスト教なんだなぁ。単性論という概念もいつも調べるのだが、すぐに定義を忘れてしまう…w😉 pic.twitter.com/JhwreGWLPq
— さえきかずひこ Kazu Saeki (@UtuboKazu) May 7, 2020
単性論の要は、三位一体(父・子・聖霊)の否定、というところですな。https://t.co/ApOQuXeOoS
— さえきかずひこ Kazu Saeki (@UtuboKazu) May 7, 2020
「(前略)このようなキリスト教徒の進出に対してサーサーン王朝は、それがシリアからメソポタミアといったセム系民族の居住地にとどまっているかぎりは、シャーブフル一世(3世紀半ばから後半にかけて在位 ー引用者)の宥和政策を継承して黙認していたようである。それに、サーサーン王朝初期の
— さえきかずひこ Kazu Saeki (@UtuboKazu) May 7, 2020
段階では、キリスト教はローマ帝国内部で迫害される存在だった(テオドシウス帝によるローマ帝国のキリスト教国教化は392年 ー引用者)ので、政治的理由でキリスト教を弾圧する動機もなかった。このため、布教は順調だったらしく、四世紀にはセレウキア・クテスィフォン(二都市を双子都市として
つないでいた)に府主教座が設けられ、初代府教主としてバル・アッガイが任命されている。また、シリア語文化圏がイラン高原に隣接しているという地理的特性のゆえに、シリア教会の側でも、ほかのキリスト教諸教会に比べて、イランの政治勢力や宗教勢力に対して好意的にならざるを得なかった(略)。
たとえば、ネストリウス派の旅行者コスマス・インディコプレウステース(六世紀)は、あろうことか異教の帝国であるサーサーン王朝の正統性を主張しているし(略)、六世紀の大主教マール・アバーにいたっては、「サーサーン王朝皇帝こそ東方の三博士の末裔である」との見解や、「フスラウ一世は第二の
クールシュ大王である」との所信を表明している(略)。いずれも、ローマの教会が思いも及ばない主張である。なお、このマール・アバーは、ゾロアスター教から改宗してネストリウス派キリスト教の主教にまで上り詰めた人物で、この時期のキリスト教・ゾロアスター教関係を語るうえでは欠かせない例と
される(略)」(P.159-160)。3世紀後半のいまのイランあたりでは、ネストリウス派とゾロアスター教の政治的駆け引きが世の中に満ちていたようですね。古代のあのあたりのことはまるで知らないので、知れてとても楽しいですな。
2020年5月10日
5世紀の中東におけるキリスト教の党派争いが概説されていて興味深い。「このころ(西暦420年代 ー引用者)、迫害されるキリスト教教会内部でも、従来の正統派に加えて、ネストリウス派と単性論派がサーサーン王朝領内に進出してきて、複雑な様相を呈していた。まず、ネストリウス派は、431年の
エフェソス公会議で異端宣告を受けたあと、エデッサを中心とする内陸シリアに拠点を設けて、北部メソポタミアに教勢を拡大しつつあった。つぎに、単性論派は、451年のカルケドン公会議で異端宣告されてからは、アンティオキアを中心とする地中海沿岸シリアに拠点を設けて、エジプトまで布教した。
いわば、教義的に異端とされたネストリウス派と単性論派が、言語的に少数派だったシリア教会と重なるようにして、それを東西に折半しつつ東方シリア教会と西方シリア教会を形成したのである。この状況下、第二次迫害の最中の五世紀半ばに、セレウキア・クテスィフォンの府主教が正統派から単性論派へと
交代した。これで、まずサーサーン王朝領内における正統派の勢力が脱落した。ただ、なぜ、より本拠地の近い東方シリア教会ではなく、西方シリア教会がサーサーン王朝領内のキリスト教教会の主導権を握れたのかは不明である。(中略)しかし、ペルシア帝国における西方シリア教会の優勢も、長くは
続かなかった。よりせっぱつまった東方シリア教会が、全勢力を挙げてサーサーン王朝領内に移転してきたのである。すなわち、東方シリア教会は、475年に当時ビザンティン帝国領だったエデッサから追放され、サーサーン王朝領内のニシビスに拠点を移さざるを得なくなったのである。だが、捨てる神あれば
拾う神ありで、これでビザンティン帝国と対立する別種のキリスト教としての免罪符を得た東方シリア教会は、484年、ニシビスの府主教バル・サウマがペーローズ皇帝の知遇を得て勢力を拡大し、当時の単性論派のセレウキア・クテスィフォン府主教バーボーワイを処刑に追い込んだとされる。この事件以降、
サーサーン王朝における単性論派の勢力も大幅に後退した。そして、同じく484年、バル・サウマの主導でサーサーン王朝領内のキリスト教府主教会議がグンデー・シャーブフルで開催され、ビザンティン帝国と結ぶ正統派、単性論派の非難決議を採択した。これによって、東方シリア教会はサーサーン王朝
領内で公認された唯一のキリスト教の立場を確保し、サーサーン王朝領内のキリスト教の主流となった。また、498年からは、東方シリア教会が占めたセレウキア・クテスィフォン府主教の座は「カトリコス=東方総主教」の称号を用いるようになり、ビザンティン帝国内のキリスト教からの自立を明確にした。
これにともなって、第二次迫害は、484年ころまでに、少なくとも東方シリア教会に関する限りは終息したのである。(後略)」(P.162-164)。三位一体の考えや単性論についての理解がすこぶる浅いので、それについていますぐ調べたい強い欲望を抑えながら先に進みますw
ウインクした顔
「(前略)東方シリア教会がマーニー教教会と決定的に違うのは、第三の要因である。すなわに、ヘレニズム的な知的遺産ー哲学の分野に限れば、プラトン、アリストテレス、プロティノスなどーはもっぱらシリア以西で受けつがれ、アーリア人の民族主義を旗印としてペルシアから現れた
ゾロアスター教神官団はその恩恵に与ってこなかった。そして、メソポタミアを発祥の地とするマーニー教もヘレニズム的学術とは無縁だったのである。これに対して、ギリシア語を用いる正統派教会はいうに及ばず、東方シリア教会も、エデッサの神学校、キンネシュリーンの神学校、ニシビスの修道院などで
あいついで重要なギリシア語文献のシリア語訳を作成していた。このため、医師・学者・占星術師などの知的職業では東方シリア教会出身者の占める割合が高くなり、伝道を担う宣教師もこのなかから輩出され、5世紀まで知的水準の面でのゾロアスター教神官団の劣勢は避けられない形勢だった(ちなみに、
初期のイスラーム教徒たちを支えた学術面での栄光も、東方シリア教会によるシリア語版のヘレニズム文化に多くを負っていた)。このように、3〜4世紀にはズルヴァーン主義やマーニー教の試練をかいくぐってきたゾロアスター教神官団は、5世紀には圧倒的に優勢な東方シリア教会によって重大な危機に
陥っていた。だが、サーサーン王朝の国家権力のバックアップを受けたゾロアスター教神官団は、この危機を乗りきり、6世紀には、組織された神官団に加えて整備された統一教義をもつゾロアスター教が誕生するのである。その過程が、次節以降のテーマである」(P.167-168)。続きを読むのが楽しみですな!
2020年5月12日
「(前略)それによると、(ゾロアスター教 ー引用者)神官団内部のヒエラルヒーの名称は、大きく分けて、①マゴス神官団に由来すると考えられる「モグ」の派生形、②原始教団の神官階級を表す「アエースラパティ」の派生形、③それ以外の由来不明の名称の三つに分類できる。総じてモグの派生形の
職名が上位を占めているので、これらの名称の上下関係から類推するならば、サーサーン王朝時代のゾロアスター教神官団は、マゴス神官団系の組織が上位を占め、そこに原始教団その他の要素が付け加わるようにして構成されていると考えられる(略)。ヒエラルヒー自体は、サーサーン王朝の中央政府や
神官団領の行政に携わる神官と、ゾロアスター教の教義や祭式の執行に携わる神官に大別される。前者は、ほぼモグ系統の名称の独占状態なので、かつてハカーマニシュ王朝と結びついていたマゴス神官団の影響がサーサーン王朝時代まで及んでいるものと推測される。後者は、教義研究神官の最末端に
原始教団系のヘールベドの名称が現れるものの、ここでも上位はモグ系の名称が占めているので、旧マゴス神官系の思想が大量にゾロアスター教に導入されたのではないかと思われる。(後略)」(P.175)。モグってマギの語源ではないかな? https://t.co/u3nHTPNeoI
— さえきかずひこ Kazu Saeki (@UtuboKazu) May 12, 2020
「(前略)ゾロアスター教史上重要なのは、東方シリア教会に圧倒され続けていたゾロアスター教神官団が、この頃(六世紀頃 ー引用者)にアヴェスター文字を開発して『アベスターグ』(パフラヴィー語音。それが近世ペルシア語で訛って『アヴェスター文字をとなった。本書では、原音に近く
『アベスターグ』を用いる)を書物化した点である。(中略)伝説では、フスラウ一世の大神官ウェフ・シャーブフルが、神官階級の守護聖火アードゥル・ファッローバイの前に神官団を召集し、日夜気の遠くなるような検討を重ねた結果、ついに『アベスターグ』を完成したとされる。実際には、このころの
音声学に厳密なゾロアスター教神官(たち)が、彼ら独自の書物パフラヴィー文字に、東方シリア教会が『詩篇』を書き記すのに用いたキリスト教パフラヴィー文字の要素を加味して、53文字のアヴェスター文字を発明し、正確に口承アベスターグを書きとめたものである。また、これに加えて、
パフラヴィー語で『アベスターグ』の注釈である『ザンド』も作成されている(略)。このように、教祖没後、推定1500年以上を経たのちの聖典の書物化は、キリスト教・マーニー教・仏教などと比べても、格段に遅い。しかし、ともかくもゾロアスター教が、単なる「イラン高原のアーリア人の共通伝統+
ザラスシュトラの教え+帝国と密着した神官団組織」の集合体から、知的な批判に耐えうる書物文化をもった宗教に転換した点で、フスラウ一世時代がもった意義は限りなく大きい。この時点で、ゾロアスター教は、やっと西方の主敵キリスト教に追いついたのである。(後略)」(P.179-180)。漸く聖典完成
教祖没後1500年ほど経ってから、ようやく教典が書物になるっておそろしくのんびりしているよなぁw いくら古代の話であってもこれは亀の歩みなどというものではない!
カメ
カメ
カメ
カメ
カメ
「フスラウ一世は、ヘレニズム文化受容の面でもアフラ・マズダーの恩寵に恵まれた皇帝だった。すなわち、529年、ビザンティン皇帝ユスティアヌスがプラトン以来の伝統あるアカデメイア学園を異端の廉で閉鎖し、そこで教鞭を執っていたギリシア人哲学者たちが大挙してサーサーン王朝領内に亡命してきた
のである。即位直後のフスラウ一世は彼らを暖かく迎え入れ、アテネに代わる学園をグンデー・シャーブフルに建設して、彼らに提供した。ダマスキオス、シンプリキオス以下の学者たちは、ここでギリシア哲学の研究活動に従事し、キリスト教に凝ったユスティアヌスに比べれば格段に寛大なフスラウ一世に
研究成果を献呈したと伝わる。たとえば、単性論派のセルギオス・セボフトは、アリストテレス注解を執筆する傍ら、インド数字に初めて言及している。また、ペルシアのパウルス(のちにゾロアスター教に改宗したとも伝わる)は、アリストテレス哲学の要約版をシリア語で執筆したし、リュディアの
プリスキアノスは、アリストテレスの『霊魂論』の要約を作成し、これはラテン語版で現存している。このほか、アリストテレスの『自然学』からとったと考えられる断片がパフラヴィー語文献の随所に散見されるので、現在に伝わっているものの何倍かのギリシア語学術文献が、哲学の分野に限らず医学・
天文学・地理学にいたるまで、シリア語に(はるかに少ない頻度でパフラヴィー語にも)翻訳されたと推定されている。これらはまとまった形では現存していないが、当時のゾロアスター教神官団にとって大きな知的財産となり、ゾロアスター教の正統教義を確立するうえで測りしれない貢献をすることになった
(後略)」(P.181)。ようやっとゾロアスター教がヘレニズム文化を受容するときがやってきました…!アリストテレスもシリア語にたくさん翻訳されたのでしょうね…。いまも昔も異文化の伝播における翻訳のちからは大きいものですな。。。翻訳によって抜け落ちるもの、付け加わるものがあるけどね。
「(前略)アフラ・マズダーは、「全知と善性(ハルウィスプ・アーガーヒーフ、ウド・ウェーヒーフ)」を武器に戦ったが、残念ながら全能ではなかったので、アンラ・マンユの挑戦をすぐに退けることができなかった(若干、頼りない宇宙最高神である)。そこで、無限時間を区切って有限時間とし、
そのなかでこの世の分担統治を提案した。(中略)叡智の神アフラ・マズダーは、無限時間の中で闘争が永続化するのを避け、善の最終的勝利を見越して(悪は物質的に存在するだけで無理をしているのである)この提案を行ったのだが、アンラ・マンユは、知恵において劣る(パス・ダーニシュニーフ)が
ゆえにこれを受諾した。ゾロアスター教神官団は、教祖の教えを以上のようなストーリーに練りあげて、二元論的な創世記を完成させた。そして、この創世記こそ、セム系一神教に勝る善なる教え(ウェフ・デーン)であると信じた。もし、この世を創った唯一の神が完璧な善であり、その義なる神が単独で
この世を支配しているのならば、この世に蔓延る悪はどう説明できるのであろうか?善なる神が悪をなすとすれば、彼は善ではない。善なる神以外から悪が到来し、彼がそれを統御できないとすれば、彼は完璧ではない。九世紀のゾロアスター教からの他宗教反駁の書『断疑論』の中では、このように
キリスト教やイスラームに反駁して、彼らの崇める唯一神の欺瞞性を指摘し、この時期のゾロアスター教の正統教義である二元論の優位性を主張している。(後略)」(P.186-187)。とても興味深いくだりですな。知的に劣る悪神アンラ・マンユが悪を為しているが、それがアフラ・マズダーに倒されるのです
しかし、そうするとキリスト教やイスラームにおけるサタン(悪魔)の存在をどう考えるべきかという壮大な疑問が生じてきますな。サタンはまずキリスト教において、なぜどのようにして生まれたのだろうか??うはは、きょうはくたびれてしまったのでこのあたりにしておきます。お疲れさまでした
湯のみ
団子
2020年5月15日
「(前略)すなわち、微細な霊的世界であるメーノーグ界と、それが物質化する現実世界であるゲーティーグ界である。ゾロアスター教神学では、この世で生起する諸々の現象は、まずはメーノーグ界で発生し、それがゲーティーグ界で具現化するというプロセスをとる。したがって、光と闇が混合した結果
生みだされる善なる創造物=火や水や大地は、まずはメーノーグ界で一層完全な形で発生し、その似像(にすがた ールビ)が、我々にも見えるゲーティーグ界に現れているのである。同じことは、悪なる創造物=蛙、蠍(さそり ールビ)、蛇などについてもいえる」(P.188)。ちょっとイデア論に似てるねw
「(前略)このようなコンセプトは、もしかすると、ヘレニズム時代にギリシア哲学の影響を受けて強調された可能性がある。しかし、ギリシア哲学のどの教説に影響されたかの見解は分かれる。ある学説によると、ヘレニズム時代のイラン高原に流入したのはプラトン哲学であり、メーノーグ界=イデア界、
ゲーティーグ界=現象界にあてはまる(略)。また、別の学説によれば、サーサーン王朝時代のゾロアスター教には四元素論などのアリストテレス哲学の影響が顕著なので、メーノーグ界=形相、ゲーティーグ界=質料に該当し、この世の現象は潜勢態から現勢態への移行として解釈される。
このゾロアスター教的な両世界観の由来については、今のところ結論が出ていない。(後略)」(P.189)。なるほど。ヘレニズム期のギリシア哲学からゾロアスター教の根源的な世界観が影響を受けているのでは、という仮説はすでに提出されているということですね。
「(前略)この終末論的な世界大戦の舞台となる地上は、アフラ・マズダーとアンラ・マンユの合作である(もっとも、以下に述べる地理学は、起源的にはインド・イラン共通時代にまでさかのぼり、ヒンドゥー教や仏教にも共通するので、日本の読者にとっては、あまり新味を感じられないかも知れないが)。
それによると、世界は七つの州に分かれ、その中央に「アーリア人の住まう土地(アリヤナ・ワエージャフ)」が位置する。そのまた中心には、アルボルズ山という高い山がそびえ(とうぜん、仏教の須弥山に該当する)、その頂上にチンワトの橋が架かって、ここから死者の霊魂が天国に向かうとされる。
ちなみに、アーリア人のアルボルズ山愛好癖は相当のもので、民族移動の経路に沿って(現アフガニスタンの)ヒンドゥークシュから(現アルメニアの)コーカサスまでのいたるところの山塊に「アルボルズ山」と命名してまわったものだから現代の地理学ではとうとうイラン高原上に「アルボルズ山脈」という
一連の山脈が成立してしまった(後略)」(P.190)。笑ってしまった。これをわが国に置き換えて考えると、富士山信仰が高じて、日本中に富士山と命名された山が増殖して、富士山脈ができてしまう、という感じかな。日本人はそこまで行かなかったですね。ゾロアスター教徒はそれだけ天国行きを渇望した
という、痛切な思いも感じられる=アルボルズ山脈はその信仰の重みでもあるのですが、それを考えても笑ってしまうw
ウインクした顔
「(前略)その子孫である人間たちは、生まれた時から善悪の宇宙的規模での闘争の渦中にあり、善の陣営か悪の陣営に属する戦士として、おのおのの戦列に加わらなくてはならない。ここで、人類が主体的に善と悪を選択し、能動的にどちらかの陣営に加わる自由意志が発揮される。(中略)このように、
アフラ・マズダーが全能ではないという神学的弱点が、ここでは人間の自由意志を認めるという神学的強みに反転するのである。(後略)」(P.192)。人類も万能でない神も共に完璧に善なる世界をめざして、悪と闘い続けているという世界観。これ、アニメとかゲームにするのに向いてそうですねw
ウインクした顔
「(前略)ゾロアスター教にも、当然、宗教法(パフラヴィー語でダード)が存在する。前述の欽定『アベスターグ』全21巻の内容別分類を参照しても明らかなように、第15巻から第19巻までが、宗教法を取り扱っている。これらはさらに、①宗教に即して一般社会を律する法(ダード・イー・ザルドシュト)と
②純然たる宗教的内容をもった悪魔祓い法(ダード・イー・ジュド・デーウ)に分けられる。(中略)つまり、イスラームにおけるイバーダートとムアーマラートに該当するような宗教法上の区分が、すでにサーサーン王朝時代から成立していたのである。(略)残念ながら婚姻法や財産法など一部の法律規定を
のぞき、サーサーン王朝時代が崩壊し、9世紀以降のイラン社会は急速にイスラーム化したため、このゾロアスター教法の詳細はよく分かっていない。ただ、イスラーム法のワクフ制度(略)やシーア派のムトア婚(略)に、その痕跡を残していると考えられている。(後略)」(P.196-197)。なるほどなぁ。
「(前略)すべての悪が駆逐されると、世界の浄化が始まる。この(キリスト教的には)最後の審判に該当するゾロアスター的状況を、アヴェスター語でフラショー・ケレティ、パフラヴィー語でフラショギルドと呼ぶ。ゾロアスター教の大聖火が世界の山野に埋もれているすべての金属を溶かし、それが洪水と
なって全世界を飲みこむ。この金属の熱湯は、一種の審判となっており、善人には快く感じられ、悪人だけを熱傷(やけど ールビ)させる。しかし、悪人が苦しむのも三日間が限度で、この浄化を受けたのちには全人類が善に帰一する。ゾロアスター教では、悪人といえども永遠に苦しむような罰を与えられる
ことはない。世界を満たしていた溶鉱は、冷めて固まると、この世と地獄を結ぶ回廊を封印し、無力化したアンラ・マンユを永遠に隔離する。(後略)」(P.200)。ノアの洪水は大雨によってもたらされますが、聖火が世界中の地に埋まった金属を溶かして、溶鉱による洪水が起こるという点が面白いな。
「(前略)これに加えて、976年または978年に一週間にわたってスィーラーフを襲った大地震で、この港湾都市は壊滅的な打撃を受けた。そして、この10世紀後半におけるスィーラーフの経済力の凋落が、ペルシア州のゾロアスター教神官団への掉尾(ちょうび ー引用者)の一撃となったのである。(中略)
財政的に逼迫したため、サーサーン王朝崩壊後もゾロアスター教の中枢であり続けたペルシア州の神官団は、ついに解体した。書物化して400年にも満たない『アベスターグ』四分の三は散逸し、パフラヴィー語著作の執筆活動も終焉した。アルシャク王朝時代にペルシス地方王朝のもとにゾロアスター教が
生き残った故事は二度と再現せず、ここに、アルダフシール1世がイラン高原全土に広めてから800年間にわたって存続したペルシア州のゾロアスター教は、最終的に滅亡したのである。(後略)」(P.219-220)。イランのゾロアスター教は滅びてしまいました。しかしまだ細々とゾロアスター教は続きそう。
「(前略)四世紀〜五世紀に、バクトリア(二世紀以降はトハーリスターンと呼ばれる)がフン族の侵入によって衰退して以降、ソグド人がシルクロードの商業活動の原動力として、初めてクローズアップされる。そして、現在のタジキスタンを旅すると一目瞭然なようにバクトリアと接続する南部ハトロン州は
仏教遺跡の世界であるのに対し、ソグディアナと接続する北部ソグド州や東部ゴルノ・バダフシャーン州は、ほぼゾロアスター教遺跡の世界である。つまり、ソグド人はバクトリア人とは違い、それほど仏教信仰を受容せず、先祖伝来のゾロアスター教信仰にとどまっていたと考えられる。(後略)」(P.221)
タジキスタンといえば、中国寄りの独裁的な国という印象しかないが、古代には仏教やゾロアスター教が栄えたんだなぁ。中央アジアの古代について今まで関心が無かったので、新しいことを知れて楽しいなw
ウインクした顔
2020年5月16日
返信先:
@UtuboKazu
さん
「(前略)これらの中国でのゾロアスター教研究の進展と関連して、日本で1980年代に伊藤義教氏・井本英一氏・松本清張氏らによって唱えられた「ゾロアスター教徒来日説」にも、新たな検証が必要になりつつある。六世紀ころに華北までゾグド人ゾロアスター教徒が来ていたことは確実なので、彼らが
中国江南、そして奈良まで達していたかどうか、改めて「ゾグド的ゾロアスター教」の研究成果を消化したうえで再検討しなくてはならない。(後略)」(P.234)。ぼくがゾロアスター教に関心をもったきっかけはもちろんニーチェがありますが、清張の『火の路』という長篇小説が祆教(けんきょう、
古代ペルシアのゾロアスター教が、中央アジア経由で中国に流入した際の呼び名)を扱っていて、その影響もあります。あとは手塚マンガでもゾロアスター教への言及があったかな。少年時代の淡い記憶ですが、『三つ目がとおる』かもしれない。
『三つ目がとおる』は描かれた時代もあってーいわゆる超能力・オカルトブームの起きた1970年代半ばー、古代の巨石遺跡・巨石文化がよく取り上げられていました。奈良の酒船石を扱った回とかぼんやり覚えてます。なにぶん以前に読んだのは小中学生のころなので細部があいまいですがロマンがありました。
2020年5月16日
返信先:
@UtuboKazu
さん
「(前略)紀元前2500年の昔から、中央アジアを基点にイラン高原・インド亜大陸に進出して政治的な覇者になるのは、アーリア人であった。しかし、約3500年の歳月を経て、中央アジアの覇権は老朽のアーリア人から新興のトルコ民族へと移り、言語的にもゾグド語・サカ語・バクトリア語などのアーリア系
諸語が消滅して、トルコ系言語の世界に生まれ変わった。かつて「ゾグド的ゾロアスター教」が栄えた中央アジアの地は、それらとは民族的・言語的・宗教的にまったく無縁な「トルコ・イスラーム文化」の揺籃の地となった。10〜11世紀には、ソグディアナはトルキスタンに変貌したのである(後略)」P.235
「(前略)約600年間にも及ぶイラン人(エーラーン・シャフルが滅んだ以上、イスラーム時代以降については、「アーリア人」に代えて近世ペルシア語で「イラン人」の名称を用いる)の改宗過程は一様でない。(中略)このうちメソポタミアやアゼルバイジャンなどでは、めだった抵抗がなく、比較的平穏に
イスラーム化が進んでいった。これらの地域では、土地の所有権が早い段階でアラブ軍人に贈与された関係で、八世紀中に、マワーリー身分(アラブ人の被保護民)からの解放と税制上の優遇措置を求めて、イラン人ゾロアスター教徒の改宗が進んだのである。これに対し、土地所有権が容易に移転しなかった
(アラブの占領軍の政策はひどく場当たり的だった)ペルシアからケルマーンにいたるイラン高原南部では、9〜10世紀まではゾロアスター教神官団の勢力が根強く、容易に改宗が進まなかった。他方、カスピ海南岸や中央アジアでは、土地制度以前に政治的な拒否反応が激しく、旧支配者の武力蜂起とアラブ人
占領軍による鎮圧というプロセスが、何回も繰り返された。たとえば、カスピ海南岸では、8世紀後半の段階でホルシェード将軍の叛乱が起こっているし、11世紀になってさえ、ボルジェ・ラージームでパフラヴィー語とアラビア語の二言語併用碑文ーパフラヴィー語の方が上段にあり、年号も「ヤザドギルド
三世暦389年」と刻まれているーが造営されている(後略)」(P.236-237)。7世紀以降のイランあたりはゾロアスター教が衰微するもしぶとく2〜300年生き残った地域がある。けれど、全体的にはイスラーム化が徐々に進んでいったという感じですね。
「こうして、10世紀までには、シカゴ大学のマーシャル・ホジソン(1922〜68)が名づけた「ペルシア・イスラーム世界」が姿を現してきた(略)。ユーフラテス川からアム・ダリヤー川にいたる地域を、ペルシア語とイラン文化が優勢なイスラーム地域として、ほかの地域のイスラーム共同体と区別する名称で
ある。(中略)メソポタミア平原には、この時期、ユダヤ教、東方シリア教会、西方シリア教会、グノーシス主義諸派、マーニー教、マンダ教、サービア教など、実に多様なセム系宗教が混在していたとされる。ここに、7世紀以降、サーサーン王朝を倒したアラブ部族が大挙して移住し、メソポタミア平原は
アラビア語で「イラーク平原」と呼ばれるアラブ文化圏に変質していったのである。(後略)」(P.237-238)。10世紀あたりから、メソポタミア平原はイスラームの世界になっていくのですね。しかし、ゾロアスターはBC1700〜1000年ころに生きていた(P.18)らしいから、ずいぶん時間が経ちましたw
ウインクした顔
2020年5月18日
「(前略)(936年にインド西海岸の ー引用者)サンジャーンに上陸したゾロアスター教徒たちは、(ヒンディー教徒の ー引用者)ジャーディ・ラーナー王の庇護を得たのち、イラン高原から聖火を招来することを考えついた。伝説によれば、神官団はサンジャーン定住五年にして、使者を陸路イラン高原の
ホラーサーン州に派遣し、同地のアータシュ・バフラーム級聖火をサンジャーンに移転させたという。ちなみに、このとき招来されたアータシュ・バフラーム級聖火は、イラン高原では三大聖火につぐ第二ランクの大聖火であるが、インド亜大陸にはこれしか存在しないので、インド・ゾロアスター教最高の聖火
として、現代にいたるまで彼らの尊崇を一身に集めている(ちなみに、現在では八つに分祀され、ボンベイ、スーラト、ナヴサーリー、ウドワーダーに安置されている。(後略))」(P.250)。インドのゾロアスター教徒にとっても、聖火がとても大事なものであることがよく分かる記述。興味深いです。
14〜19世紀のゾロアスター教徒組織図 ご参考に供します pic.twitter.com/0zgUPYAK5n
— さえきかずひこ Kazu Saeki (@UtuboKazu) May 18, 2020
「(前略)14世紀初頭には、インド・ゾロアスター教神官団の5大管区制が成立した。これは、インド・ゾロアスター教徒の居住地域を、グジャラートを西流する河川を基準として五つの管区に分け、それぞれの管区の平信徒を担当する神官団を配した組織である。もちろん、各管轄範囲内に
インド・ゾロアスター教徒が排他的に定住しているわけではなく、圧倒的に多数のヒンドゥー教徒に混じりながら、インド・ゾロアスター教徒が寄り集まって集居している区域の集合体として、管区が存在している。このころのインド・ゾロアスター教徒は、合計しても数万人規模の少数コミュニティーだったと
推測されている。(中略)10世紀以降、ゾロアスター教には教義的に大きな変更はなく、基本的にはサーサーン王朝時代後期に確定した欽定『アベスターグ』と二元論的教義を継承していた。しかし、祭式儀礼の執行については、頻繁に問題化し、そのたびにインド・ゾロアスター教神官団は、近世ペルシア語の
書簡「リヴァーヤト」をヤズドに送って、イラン高原のゾロアスター教神官団に裁定を依頼していた。インド・ゾロアスター教神官団は、彼らより上位の裁定者として、ヤズドに残留したゾロアスター教神官団の権威を認めていたのである。(後略)」(P.254)。聖火の大元もイラン高原にあるわけだし、
あちらが本拠であり、敬うべきだという考え方が当時のインド・ゾロアスター教徒たちにはあったようですね。
「(前略)ロウジー(・ワーディアー ー引用者)は、イギリス東インド会社の期待にそむかない腕のよい船大工だったようで、10人の弟子職人たちを引きつれてボンベイ入りすると、アジア初の乾ドック式の造船所建設に挑み、1750年にそれを完成させた。そして、それ以後は、亡くなる1774年まで、
マラーバル産のチーク材を用いてイギリス式帆船を建造し続けた。ロウジーの造船技術は息子や孫にも継承され、ワーディアー家はしだいに造船財閥としての地位を確立してゆく。特に、イギリス海軍と結びついてフリゲート艦の発注を受けたメリットは大きく、世界の海を支配した英国海軍の艦船の何割かは、
ボンベイ造船所でワーディアー家の手によって竣工したとされる。一族は、1805年にトラファルガー海戦でナポレオンを破って以来、1842年にアヘン戦争で清朝を破った際の英国海軍旗艦、1853年のクリミア戦争でロシア海軍を破った戦艦など、名鑑400隻以上を建造し、第二次世界大戦にいたるまで英国海軍
御用達の造船業者だったことが自慢である。ワーディアー一族はこのような技術系の職業に秀でていたらしく、20世紀にはいると造船業から多角経営に乗りだし、1935年にプリンス・エドワード8世がボンベイを訪れた際のインド初の道路舗装工事のほか、ダム建設、橋梁建設、ガス管配管などにも進出している
現在では、ロウジーから数えて7代目が当主であるが、造船財閥系というよりも建設財閥・土地財閥に近い。ちなみに、プーナのワーディアー工業大学やヒマラヤ地理学研究所、ワーディアー経営研究所などは、この7代目の出資によって成立した。(後略)」(P.261-262)。インドに渡ったゾロアスター教徒の
成功譚ですね。単に技術に秀でているわけではなく、宗主国の軍隊と結びつき、商才にも長けていた一族という印象を受けます。ヒンドゥー教徒が多数派を占める現代インドでも、マイノリティであるゾロアスター教徒はこういう形で存在感を示しているのかもしれないですね。
「(前略)しかし、1990年代以降に中国で発表された諸論文によれば、19世紀のアヘン貿易で、(中国人民からみれば)「天人ともに許さざる」不正な利益をあげていた麻薬商人の半分以上が、実はインド・ゾロアスター教徒によって占められていたことが分かってきた。これまでの研究では、彼らは英国籍を
名のって商業活動を行なっていたので、統計上は一括してイギリス人扱いされていた。しかし、19世紀中葉に作成された清朝の広東官憲の公文書(これ自体、広東方言で難解である)に記された人名(広東方言でゾロアスター教徒名を記すので、いっそう難解である)の分析から、
初めてインド・ゾロアスター教徒がアヘン貿易で果たした役割がクローズ・アップされたのである。(略)これらの研究によって、19世紀中葉における華南沿岸部でのインド・ゾロアスター教徒の活動の実態があきらかになると、その代表格としてのジャムセートジー・ジージーボーイに対する評価も変動すると
思われる。インド・ゾロアスター教徒が対中貿易で極端に富裕化した背景には、彼らの自助努力はもちろんであるが、アヘンの犠牲になった中国人民の苦難もあったことが常識化しつつある(後略)」(P.264)。インド・ゾロアスター教徒がアヘン貿易で極端に富裕化したとは初めて知りました。まあ、
金儲けというのはきれいごとばかりではいかないですし、ゾロアスター教徒にとっては恥ずべき汚点として語り継がれてゆくのではないかしら。他国の人々を麻薬中毒にして金儲けすることは、彼らの信仰の面からも一切肯定できないでしょうしね。軍艦建造で儲けるのだって、戦争に加担しているわけです。
「(前略)あのアクバル皇帝に謁見したメヘルジー・ラーナー1世の又従弟(またいとこ ールビ)の息子バフラームが、あまりにも頭に血がのぼりやすい性格だったので、グジャラート語で「短気者=ターター」と渾名されたところから、正式に「ターター」を家名したという。(後略)」(P.265)。
×家名したという
○家名としたという
2020年5月18日
返信先:
@UtuboKazu
さん
ターターとは短気者の意味だったとは…w
ウインクした顔
それを家名にしてしまうというのも、すごいw 「(前略)1860年代には、ジャムセートジーは父の貿易業から紡績工場の経営に興味を移し、以後、爆発的な勢いで多角的な事業を企画・立案した。すなわち、1868年にターター電力を創設して水力発電事業を起業し、
1893年に来華して対中貿易に携わり、1893年に来日してボンベイ・大阪航路を開設し、1903年にダージ・マハル・ホテルを開業してホテル業にも参入し、インド東部の鉱山街を丸ごと買いとって「ジャムシェード・プール市」と改名し、鉄鋼業にも乗りだすなど(死後の1907年にターター・スチール創設)、
英領インドのほとんどの経済活動に進出して、おおむね成功を収めたのである。彼の起業家としての才能によって、ターター家は、文字通りインドの基幹産業を支配する財閥としての基礎を築いた。(後略)」(P.265)。著者は触れていませんが、前述の部分からの流れから推測すると、アヘン貿易で蓄えた
莫大な富を実業に徹底的に注ぎ込んで、大儲けしたんでしょうね。「(前略)(ドーラーブージー〈ジャムセートジーの長男〉は ー引用者)そして、父が志半ばでやり通したターター電力とターター・スチールの創設に邁進していった。その結果、父にも増して有能だったとされるドーラーブージーは、
ターター家の鉄鋼工場を三つに、電力会社を三つにそれぞれ拡大し、さらには、父が考えていなかった保険会社を一つ、インド科学研究所を一つ、セメント会社を一つ、石油会社を一つ、印刷会社を一つ創設して、1932年にドイツ・ヴァイマール共和国のバート・キッシンゲンで世を去った。ちなみに、後述の
スザンヌの手紙によると、1902年当時、ドーラーブージーのボンベイの邸宅では5人の使用人が働いており、そのうちの一人は、「ボーイ」と渾名された日本人だった。いくら調べても彼の出身や消息が分からないのだが、同族意識がきわめて強いゾロアスター教神官団の家庭で異邦人が使用人に採用されるとは
よほどの事情があったと推察される。今後の調査課題である。(後略)」(P.266-267)。ジャムセートジーが1893年に来日しているのが気になりますね。ここで彼は明治20年代の日本人に好感を持ったのかもしれない。そして日本人女性と恋仲になったのかも。
そして彼女とのあいだに生まれた息子を引き取って…とか妄想が膨らみますが、いずれにしても1902年のボンベイで日本人がゾロアスター教徒の邸宅で働いていたのにはどんな事情があったのかは素朴な好奇心をひかれます。
「(前略)21世紀初頭現在で、ゾロアスター教徒の総数は世界で約13万人と推定されている。そのうち、7万5000人が、ナヴサーリーなどのインド西海岸の伝統的居住地域と、ボンベイ市内に住んでいる。また、分離独立の際にパキスタンに編入されたゾロアスター教徒も、2500〜6000人いる。
さらに、イラン高原のゾロアスター教徒の子孫たちが、イラン・イスラーム共和国に3〜6万人いるとされる。このほか、英国に5000人、アメリカ合衆国とカナダに1万人、オーストラリアに2500人、シンガポール、香港、日本、ドイツなどに若干名が住んでいる(後略)」(P.275)。13万人とは少ないね。
「(前略)20世紀後半からは、イランとインドの二分化に加えて、国際的な分散も発生し、独立国家をもたないゾロアスター教徒を束ねる組織上の問題も浮上した。(中略)特に、英語を母語として経済的に優勢なインド・ゾロアスター教徒と、近世ペルシア語を母語として正統意識の強いイラン・ゾロアスター
教徒の間の溝は、埋まっていない。これらの組織をどう運用してゾロアスター教徒の団結を維持していくかは、彼ら自身の今後の課題である。(後略)」(P.279-280)。なるほど。もともと分家のようだったインド系ゾロアスター教徒が経済力を付けて世界的に影響力を大きくしたみたいですね。
「(前略)日本におけるゾロアスター教研究の先駆者は、今では知る人もない存在としてうずもれている荒木茂氏(1884〜1932)である。(中略)また、荒木氏は、(コロンビア大学 ー引用者)留学中の1919年に、同じ日本人留学生である中條ユリ(1899〜1951)と結婚した。しかし、この結婚生活は
順調ではなく、1924年には離婚にいたっている。中條ユリは、この結婚生活を自伝的長編小説『伸子』に描いて出版し、文壇で名声を博した。荒木氏は、この作中で佃一郎として登場する甲斐性のない夫のモデルとして、日本文学史上に微かに名を残している。ちなみに、中條ユリは、のちに9歳年下の共産党
書記長宮本顕治と再婚し、宮本百合子と改名した。(後略)」(P.284〜285)。ヘェ〜、宮本百合子の最初の夫が日本のゾロアスター教研究者の草分けだったんだなぁ!『伸子』はちょっとだけ読んでみたいですねw
ウインクした顔
『伸子』は青空文庫に蔵書してますね。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/card2015.html
2020年5月19日
返信先:
@UtuboKazu
さん
「(前略)京大における足利氏の門下からは、伊藤氏に続いて、井本英一氏(1930〜2014)が現れた。筆者にまちがいがなければ、井本氏が1965年に発表した論文が、1973ねんに松本清張が小説『火の路』で取りあげて一世を風靡した古代ペルシア文化の日本影響説の先駆である。この所説の影響は大きく、
×1973ねんに
○1973年に
のちに伊藤氏も追随した著書を出したほか、日本各地の遺跡を古代ペルシアの影響として解明する学問潮流を生みだした。(後略)」(P.287)。手塚先生の『三つ目がとおる』でのゾロアスター教の扱い方には『火の路』が影響を与えたという説があるようだ。https://t.co/PrbY1eoOa5
— さえきかずひこ Kazu Saeki (@UtuboKazu) May 19, 2020
”
(青い左目側のフェイト初代で聖杯がアンリマユなのは元ネタがゾロアスター教だからなのか。きのこはどうやって知ったんだ?
ゾロアスター教はWASP系つまり青い左目側でより優遇されやすいのだろう)
(上記と、
https://twitter.com/kitsuchitsuchi/status/958348994664525824 と続き
”子×5(ねここねこ。子子子子子。五つ子)
@kitsuchitsuchi
返信先:
@kitsuchitsuchi
さん、
@kikuchi_8
さん、他5人
が伝わりやすいと思っています。
厳密に言うと多少、分岐した種類によって訳も違うんだけどね。
弁神論という言葉は、ライプニッツやヘーゲルあたりの言葉。
まあ難しく考えないで、神様の言い訳の代弁者たちの話を、少し箇条書きにしてみる。
・「悪はより上位の正義を実現するために存在する」
・
午後11:39 · 2018年1月30日
「悪は善のレパートリーを増やすために存在する」
・「悪は人間が善にたどり着くために必要な糧である」グノーシス的な帰結。・・・・。
まあ、どれもキリスト教にとっては「致命的な欠陥しかない答え」です。悪魔の存在を肯定したり理由付けしたりすると、その瞬間に「信仰せよ」という理由がなくなる
からね。「一神教=自分達だけが許される」という概念がなくなっちゃうわけ。
悪魔が許されるなら、わざわざキリスト教徒になって信仰する理由が無い。
キリスト教でこれを認めるには、キリスト教自体を多神教にするしかない。あくまでも弁神論という命題は、キリスト教徒にとってのアキレス腱である。”
をRTしたことに対するシーア兄貴のエアリプ:
https://twitter.com/aoJvqLcHOrs7UWg/status/1369947968158261248 と続き
”来世は工口触手@キール
@aoJvqLcHOrs7UWg
形而上の公正というのはそれだけで存在しないって事をわかってないからボケた事をいう
公正は唯一と啓示者と起こる日がセットになっているの
貧乏だろうが金持ちだろうがそれは機会の平等によるもの、形而上の公正は因果の平等
要は悪因悪果・善因善果の穂を刈るものが形而上、耶蘇もそういってるだろ
午後6:47 · 2021年3月11日
解釈本読んでないから、確証はないけどクルアーンの115章黎明の二番目に形而上は悪を創造したと書かれている
勿論、それは
شرر
でシャッルであって
ظلم
ダラマではない
この場合の悪は悪を認識する力であって、知性や理性がある動物は不公正や不平を認識する事ができるの
そのために悪は創られたの
即ち、知性や理性がある動物は不平を嫌う・または偏りを憎む・嫌悪するという感情はそこに悪が存在するからで理性がある動物の元での悪や善は結果的に関係性でしかない
されど「それそのもの・本性としての悪や善を認識し、公正を創り出すために悪が創造された」わけなの
だから、悪はあるの
これは人類が公正を実現するための努力である
امر بمعروف و نهی الی المنکر
善の推奨と悪の拒絶
を理解していないと使えないのよ
要は悪と善が創造されたのは人類だけが究極的に形而上の公正をこの世に顕現することが出来るからなわけ
でもね…あなた達は人類じゃないのよ、そこが問題なんよ
来世は工口触手@キール
@aoJvqLcHOrs7U
今、動いているものというのは知っているものが人類で知らないものが人畜なわけ
で、この知性と理性という言葉がひじょーに厄介なわけでこの知性と理性はその連中の教義を知って且つ納得して組織に属したものを差すわけ
だから、全ての人類という言葉自体が「専門用語の塊」なのよ…恐ろしいでしょ
後ね
悪魔よーはイブリースは赦されません、しかし執行猶予を与えられているんです
その執行猶予期間の間に人々を惑わす・見えない状態するわけなんですよ
で、猶予期間というのは人類が出来る限り不惑・迷わない人々を見つけ出す時間でもあるの
だから、救済はあるけど最終的救済に委ねたらダメなの
午後11:22 · 2021年3月11日
ヤッパリだ
タフシール・ネムーネとペルシャ語の翻訳クルアーンを見比べてみたけど、翻訳によっては
زیان
ジアーン・明らかに害あるものの意味で翻訳されている(フセイン・エンサーリヤーン訳)
アル・サジダの八番目に形而上は全て良い(道徳)ものを創造されたとあるので解釈がぶつからない
ここに置ける悪は本質としての悪ではなく、ぬこが縄張りを侵されたら刃向かい・抵抗するように害があるものを遠ざける事を識別する力を差してる
事実、ムンジドという辞書を調べても明らかな悪であるもの・害があるものと訳されているのとその後に続く聖句その実害あるものの具体例を啓示している
で、人というものはその衝突が起きた時に交渉することで調和する事が可能なのよ
犬・ぬこだと衝突でしか解決せんけど、人はそれを避ける事が出来るわけ
確認しなくても大体近しい見解になったという事はやっと学が立ってきたかな…まだまだヨチヨチだけど
”
)
(雑誌名がゴブリンw
ゾロアスターをヤソ的に改悪した思想が本当に大好きな支配層。
影絵が左向き。影絵を作っている人も左向き=左目のみ見せる。)
魔女探しのついでに見つけた広告。「エジソン・マズダ電球」。影絵の光源として使われておりますが、注目すべきはやはりMAZDAでしょう。商品名にするとはよい度胸です(企業名にしたところもありますが)。カナダの雑誌『ゴブリン』1923年11月号から。 pic.twitter.com/4cOP7bQVLF
— 西洋魔術博物館 (@MuseeMagica) October 14, 2020
ご参考になれば幸いです。現物はこちらから。https://t.co/m8KkkTpz0S
— 西洋魔術博物館 (@MuseeMagica) October 14, 2020
電球というか、製品としてのランプですよね。あの綴りはゾロアスター教の光の神様で間違いないと思います。
動画投稿しました。オセチアのナルト叙事詩です。https://t.co/FKmPic3syz
— 雪景ゾリア(旧:碧い金星)@シルバニア沼にはまりそう (@golubayavenera) January 22, 2017
(
ゆっくり東方(オリエント)物語 第十三話「エクセルとエクセルテグ」
https://www.nicovideo.jp/watch/sm30484044
昔々、コーカサスにある山に「ナルト」と呼ばれる一族が住んでいました。
ゼラセは目映い金髪に、満月のような豊満な胸をした類稀な美女。
(
金髪で巨乳で月と海属性)
オセット(オセチア)人は、
主にロシア南部の北コーカサスにある北オセチア・アラニア共和国と、
ジョージア(旧グルジア)にある南オセチア自治州に住んでいる。
これらの地域以外にも、ロシアを中心とする旧ソ連諸国や、
トルコ等の中央にも住んでいて、総人口は約60万人。
(
画像より、
ロシア
北オセチア
南オセチア
グルジア
の並び
)
主な宗教は東方正教(約70%)だけど、ムスリム(20~30%?)もいる。
オセット(オセチア)人はスキタイ、サルマタイ、アランといったイラン語系の遊牧民の末裔と言われている。
オセット人は北コーカサスの少数民族で
唯一キリスト教徒の多い民族。
無論、北コーカサス在住のロシア人は省く。
ちなみに北コーカサスの少数民族で一番多いのは
スンニ派のムスリム
※チェチェン人、アヴァール人等
主な言語は印欧語族のイラン群のオセット語。
オセット人、オセチアはジョージア語由来の他称で、
自称はイロン、もしくはディゴル。
イロンはイランと同じ語源らしい。
オセット人はスキタイ人の子孫のアラン人と、
コーカサスの先住民が混血して誕生したといえる。
ナルト叙事詩は主に北コーカサスの諸民族にあるが、
南コーカサスのアブハジアにもある。
ナルト叙事詩は8~12世紀の間に成立したと言われている。
ナルトは巨人を意味していて、
彼らは伝説上の言語のカジェト語(チャティング語)を話しているという説がある。
ナルト叙事詩の登場人物の多くは
古代スキタイの神々が英雄化したと考えられている。
(スキタイとイランとキリスト教要素があるし、
ナルト叙事詩 (Nart Saga) は忍者ナルトのタイトルと主人公名の元ネタだろう。
nartはnarの複数形で、
narの語源はイラン語起源で、プロト・イラン語のnarは「英雄、男」である。
チェチェン語ではnartは「巨人」を意味する。
Nart saga
https://en.wikipedia.org/wiki/Nart_saga
)
ゆっくり東方(オリエント)物語 第十四話「ゼラセの嘆き」
https://www.nicovideo.jp/watch/sm30551539
(
ワスティルジは鞭でゼラセの墓を叩くと、
ゼラセの遺体は生前の七倍美しくなって出てきた。
7が重要な数字。キリスト教の影響っぽいが、場所的にゾロアスター教かも。
)
ゆっくり東方(オリエント)物語 第十五話「サタナの誕生」
https://www.nicovideo.jp/watch/sm30581370
(
ペルシャ神話にもゾロアスター教にも出てくるアナーヒターも河川の女神で
宗教的穢れを祓う力を持ち、
富や安産を守る女神であり、英雄に力を授ける役目も持っていた。
古代イランの女神。
イランに限らず周辺のアルメニアやメソポタミアでも崇拝された。
名前の意味は「無垢」。
ゾロアスターのアナーヒターは金星崇拝と混合。
現代ペルシャ語でアナーヒターを指すナーヒードは金星を意味する。
)
ゆっくり東方(オリエント)物語番外編4「十一から十五話までの補足」
https://www.nicovideo.jp/watch/sm30697321
(
ナルト叙事詩では頻繁に7が登場する。
次によく使われるのは9で、
9を聖数として扱うのは印欧語圏の神話でよくみられる。
3の倍数が好まれる。
エクセルテグがゼラセの傷を治したとき彼女は7倍美しくなって復活。
古代メソポタミアのイナンナ(天空神アヌの娘。バビロニアではイシュタルに相当)の
冥界下りで彼女は冥界の7つの門を通過する。
ピタゴラスは7は宇宙全体を示す完璧な数字だみたいなことを言っている。
ゆっくり東方(オリエント)物語シリーズおすすめhttps://t.co/IIEBghkkFHhttps://t.co/YQMEF5PnQn
— 子×5(ねここねこという読み方が代表的です、よろしくおねがいします。未整理図書館「読めニク」長です) (@kitsuchitsuchi) February 25, 2017
鹿はイラン系の神話によく見られ、不死のシンボル
ペルシャの文学でも美女を鹿に喩えることがある
ナルト叙事詩でも美女と鹿はよくセットで登場
)
(アヴェスタの9重視が理由だろう。アヴェスタでの9は全面的に良い文脈では使われないけど)
イランを知るための65章 その四
https://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/215dd1129e1de6b0eb033ea13bc87c5b
”イスラム教とは正反対にゾロアスター教では犬が大切にされた。ヒンドゥー教と同じくゾロアスター教も牛を神聖視するが、後者では犬は人間の次に位が高く、他の生き物とは別格と見なされていた。パフラヴィー語の民間語言説には犬は se-yak (三分の一の意)なる表記があり、その三分の一が人間ということ。
そして犬はゾロアスター教の死者儀礼には欠かせぬ生き物で、特に霊力が強いとされる両目の上に斑点のある四つ目の犬に死体を見させ、死魔を退散させる。サーサーン朝まではイランでゾロアスター教は国教だったこともあるのか、今でもイランでは他の中東地域よりも四つ目の犬が多いそうだ。
一方、ゾロアスター教では教義上、猫は悪魔アンラ・マンユにより創造され、蛇、サソリ、ネズミ等と並び、不浄な害をなす生き物とされている。これら不浄な生き物は見つけ次第、殺すのが善行とされたし、かつてはこれらの生き物をしばしば屠殺処分していたほど。
国教がゾロアスター教からイスラムになって以降、犬への扱いは一変する。20世紀を代表するゾロアスター教学者メアリー・ボイスは、その背景をゾロアスター教徒への迫害に求めている。現代はどのイスラム圏でも犬を蔑視するが、イスラム初期はそうではなかったという。犬を不浄視するのは特にイランで形成されたらしく、犬への虐待はゾロアスター教棄教者証と見なされた。この過程で多くの犬が屠殺・虐待される。
32章執筆者の上岡弘二氏は、イスラムが犬を貶めるのは、この宗教が商業都市を基盤として生まれ発展したことに求めている。対照的にゾロアスター教は牧畜社会を基盤として成立しており、季節により居住地を変える牧畜社会には猫の居場所がない。それに対し、犬は牧畜社会で有用である。平たく言えばイヌ派のゾロアスター教、ネコ派のイスラムなのだ。
尤も教義上では不浄視されても、犬を大切に飼うムスリムはいたし、猫好きのゾロアスター教徒もいる。そしてイランでは猫は特に虐められも可愛がられもしていないらしい。猫は都市の食べ物屋のちかくによく居ついており、自分で餌を調達して気ままに生きているとか。上岡氏によれば、イランの猫は日本やトルコのように人懐っこくないという。トルコの猫はしばしば遊んでくれるのに、そうしないイランの猫は不思議だったそうな。確かに『世界猫歩き』などを見ても、トルコの猫は愛嬌があり人懐こい。同じ中東でも猫の気質が国により違うのか。
イランにはグルジア人の生活する村があり、このことはイランでも殆ど知られていないという。その事情を書いたのがコラム8「グルジア村の“発見”」。エスファハーンから100㎞ほど離れたフェレイダーン・シャフル近郊にグルジア人集落があるそうだ。グルジア人がイランにいるのは、17世紀初頭の住民強制連行が原因なのだ。
サファヴィー朝第5代シャー、アッバース1世は王朝の人材供給源としてコーカサスに狙いを定め、度々軍事遠征を敢行、彼により数十万の人命が失われ、20万ともいわれる住民がイラン内地に強制連行された。この時アルメニア人が多数連行されたのは知っていたが、グルジア人も同じ目に遭っていたことは初めて知った。このため現在のグルジアでも、アッバース1世は忌み嫌われているという。
19世紀後半、このグルジア人集落の出の若者が突如トビリシ(グルジアの首都)に現れ、センセーションを巻き起こす。これに刺激されたグルジア人民族主義活動家は単身イランを訪れ、グルジア人集落を探し求めた。そしてフェレイダーンで17世紀初め強制連行されたグルジア人の子孫との劇的な出会いを果たす。2世紀半を経ても、この村人たちはグルジア語を日常会話にしていたそうだ。コラム8執筆者の前田弘毅氏による「強制移住の果てに~フェレイダーン・グルジア人探訪」というサイトもあり、中々興味深い話だった。
1970年代半ば、フェレイダーンからおよそ数十家族が旧ソ連体制下のグルジアに帰還を果たしたという。ただ、イスラム信仰を受け入れ、長くイランで暮らしていた彼らには、“故国”グルジアの生活は決して楽ではなかったらしい。
この本には記載されていなかったが、イラン革命前の1970年代、パフラヴィー2世がパールシーに帰国を呼びかけたことがあり、実際にインドから“祖国”に戻った人も居たそうだ。インドに亡命してから千年以上も経つのに、“祖国”に移住するパールシーがいたことは考えさせられる。
それにしても、イランには未だに“故国”の言葉を話すグルジア人がいたとは驚いた。殆どは戦後のどさくさ紛れの密入国でありながら、日本に強制連行されたと詐称する民族集団とは何たる違か。この駄ブログにも「相手の言葉や名前、文化を奪った行為」、と日本の朝鮮支配を非難したコメントがあったが、イランでマイノリティが同じような発言をすれば無事では済まない。下手すると村落ごと焼打ちされる可能性もある。それほど大陸諸国は苛烈なのだ。”
鍵アカの人より
”2020年12月30日
アヴェスタの原典完訳が発売された頃にツイッターで「アヴェスタ」で検索したら橋本〇絵って人が「アヴェスタは日本会議の中でも前から人気があって読んでる会員が沢山います」みたいなつぶやきしてたんだけど何故か2,3日後にはそのつぶやきが消されてた。”
(この人なら将来、消せとは言わないだろう。
おそらく「王王今」なる者のことだろう。
この伏字にされている人、最近出たのがウパニシャッドやヴェーダでも同じとを言ってそう(笑)
尻に媚びてるなあ。
この人の呟き垢のプロフにNIPPON会議メンバーとある。アヴェスタや原典と入れて呟き検索しても出ないな。
)
〔ここから2021/5/23にコーカサスとアルメニアについて追加
ゆっくりと知る世界の物語―第1話「罪と罰」解説編
https://www.nicovideo.jp/watch/sm38711386
(
ロシアのキリスト教の少数派の解説が日本語で読んだり聞いたりできる貴重な動画。
本動画で紹介されていたのが
【クロウカシス書店】コーカサス諸民族の名前解説―ロシア系、オセット系について
https://www.youtube.com/watch?v=yArs9tYL6ho&t=179s
(
8:03から
オセット系ジョージア人で最も有名な人物は
ソ連の最高指導者だったスターリン(諸説あり)
※本名:イオセプ・ヴィサリオニス ゼ・ジュガシヴィリ
ジュガシヴィリはジョージア式の名字。
ロシア語式になるとジュガーエフ
※ただしジュガシヴィリはジョージア語で「鉄の人」を意味しており、全員がオセット系とは限らない。
オセット人はジョージアにも住んでいる。
「~イス ゼ」っていうのは、ジョージア語の父称で「誰々の息子」で
「~イス アスリ」は「誰々の娘」を意味する。
ジョージア語で「~イス」は「~の」と所有を表わす。
オセット系の名前/ファーストネームは、
オセット後由来、テュルク語由来、ペルシャ語由来が多いかな。
あとオセット系の七割が正教徒、三割がムスリムなので、
キリスト教由来やイスラム教由来のものも多いぞ。
あと北コーカサス諸民族に伝わる口承文芸である「ナルト叙事詩」の英雄と同じ名前をの人も多いね。
元力士の露鵬と白露山兄弟の本名である、ソスランとバトラズもナルト叙事詩の英雄が元ネタだね。
動画では便宜上オセット系と言っているが、
正確にはオセット人の先祖である「スキタイ語」及び「アラン語」由来である。
※オセット人も自称は「イロン/ディゴル」であり、
オセット人という名称はジョージア語でオセット人を指す「オスィ」がロシア語に取り入れられたもの
)
)
クロウカシス書店とは何か
https://www.youtube.com/watch?v=rwUBO3jsLHA
(コーカサス地方はカフカス地方、カフカース地方等とも呼ばれ、
東にカスピ海、西に黒海がある。
2020年時点でコーカサス地方に当てはまる国はロシア南部と
アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージア(旧グルジア)。
(
アルメニアが入っている)
(この動画シリーズの作者のツイッターアカウントに
”Youtubeで「クロウカシス書店」というコーカサス地方の文化解説のゆっくり音声動画を投稿しています。 ジョージア人の夫と子供が一人います。 一応卒論と修士論文はコーカサスのテーマで提出し、ジョージアとアルメニアには行ったことがあります。 別アカ( @Izumrudechka
)では占星術の解説動画も作っていますよ。”
とある。
https://twitter.com/sosulka2rara/status/1355714241156681730
"サスリカつらら@ジョージア人の妻
@sosulka2rara
返信先:
@sosulka2rara
さん
ちなみに参考文献の解説はこちら
白菫ざくろ/サスリカつらら:【2/4追加】コーカサス諸民族名前解説―ロシア系、オセット系について
皆さん、こんにちは。氷上エメロードです。 いつも「占い部屋黒真珠」と「クロウカシス書店」の応援、ありがとうございます。 さて、先日「コーカサス諸民族…
ameblo.jp
午後0:07 ・2021年1月31日・Twitter Web App"
【2/4追加】コーカサス諸民族名前解説―ロシア系、オセット系について
https://ameblo.jp/emeraude-2020/entry-12653686018.html
”実際に交流する時に
「貴方の名前は~~だから、~~~人/系でしょう?」
と言うことは、お勧めしません。
民族や帰属意識等の各々のアイデンティティに関する話題は、個人の問題であり、他人がどうこういうものではないからです。
最悪差別主義者扱いされます。”
『ハーモニー』より、コーカサス地方は支配層が重視していると分る。
コーカサス地方にアルメニアが含まれる。アルメニア人にもっと注目すべき。
https://twitter.com/jMrsPHWdSyEzrXL/status/1390632551941742592 と続き
”點した火は不死鳥の如く蘇り
@jMrsPHWdSyEzrXL
商業であればユダヤ人以外にもアルメニア人がかなりの力を持っていたので、彼らに対する言及が全然見られないのがとても意外です。ユダヤ人同様、国を持たない時代が長く続いた時期もあり、共通点がいくらかありますが。
午後8:40 · 2021年5月7日·Twitter Web App
アルメニア人が商業関係で与えた影響力が歴史的に大きいにもかかわらず、界隈で言及が全然見られないのは(カルケドン信条には与していないとはいえ)キリスト教を受容していて、かつ世界で初めて国教化したこととも関係しているのかもしれません。
こういう記事もあります。
アルメニア人商人が歴史上、世界各地で活動している事実はもっと知られてもいいでしょう。
英国のアジア進出に貢献、故地追われたアルメニア人
英国のアジア進出に貢献、故地追われたアルメニア人
1991年、ソ連が崩壊し、旧ソ連に属していたいくつかの国が独立します。アルメニア共和国もそのひとつです。昨年は隣国アゼルバイジャンとの領土紛争「ナゴルノ・カラバフ戦争」が勃発したことでも注目された国です。JBpressですべての…
news.nicovideo.jp”
英国のアジア進出に貢献、故地追われたアルメニア人
2021/03/20 06:00
https://news.nicovideo.jp/watch/nw9105770
” 1991年、ソ連が崩壊し、旧ソ連に属していたいくつかの国が独立します。アルメニア共和国もそのひとつです。昨年は隣国アゼルバイジャンとの領土紛争「ナゴルノ・カラバフ戦争」が勃発したことでも注目された国です。
JBpressですべての写真や図表を見る
アルメニアは、カスピ海と黒海に挟まれた、ティグリス・ユーフラテス川の源流地帯となるアルメニア高地の東端に位置する、山々に囲まれた国家です。平均海抜は1500から1800メートル、3000メートル級の山々も珍しくないという自然環境にあります。
このアルメニアの地は古くから、さまざまな大国の支配を受けてきました。しかしながら、交易の中継地としての要所となっていたこともあり商業が発展、アルメニア人は、「国家なき商業の民」としても知られていました。アルメニア人は古代からユーラシア大陸の内陸貿易で活躍してきたのです。
その商業力に目を付けたからでしょう。1606年、現在のイランにあったイスラーム国家・サファヴィー朝のアッバース1世は、オスマン帝国との戦争の際に、敵の補給路を断つ目的で、アルメニア南部のアララト地方で焦土作戦を展開します。アッバース1世は、この時焼き払った街ジョルファー(ジュルファ)などから多くのアルメニア人を首都イスファハーンに強制連行します。途中、多くの犠牲者を出しましが、生き残ったアルメニア人は勤勉さや技術力が認められ、住民税の軽減や信仰の自由といった優遇措置を得ることに成功します。さらに彼らは、イスファハーン郊外に新ジョルファーを建設、そこを拠点とした商業でまた大いに活躍するのです。
新ジョルファーを中心とするアルメニア人の貿易圏は、ヨーロッパから東南アジアにまで及びました。今回は、そのアルメニア人の商業活動について見ていくことにします。
世界で初めてキリスト教を公認
日本ではあまり知られていないかも知れませんが、実はアルメニアは世界で初めてキリスト教を公認した国でもあります。301年、アルメニアの国王トゥルダト3世は、洗礼を受けキリスト教徒となりました。同時に彼は、キリスト教を国民の宗教とすると宣言したとされています。アルメニア教会の信者は現在では約500万人と推定されています。
アルメニア人の領土は、何度も変遷を重ねてきました。それでもアルメニア高原自体は交通の要所であり続け、アジアからヨーロッパを人々が陸路で移動するときに、必ずといってよいほど通らなければならない地域でした。その地理的特性が、アルメニア人の商業力を伸ばす大きな要素となりました。また彼らは、さまざまな民族と接することにより語学力を磨いていたので、通訳としても活躍したことで知られます。
アルメニア人の国家が最初に誕生したのは、前189年ないし前188年のこととされています。ローマが、アルタシェス1世を、アルメニア王として認めたことで国家として成立しました。しかしローマとアルケサス朝との争いに翻弄され、この王国は、紀元10年頃までに滅亡してしまいます。
その後もアルメニアの地は、ササン朝、モンゴル帝国、ティムール朝、サファヴィー朝などの支配下に置かれますが、そうした中でもアルメニア人は信仰の自由を堅持し、独自の文化を発展させていったのです。
商業で世界各地に進出
そうした環境下で、アルメニア人はユーラシア大陸の広い地域で活躍する商業の民となっていました。アルメニア人の居留地は、中東を中心として、ヨーロッパにも及んでいました。
ヨーロッパ諸国にしてみれば商業の相手としては、ムスリムであるトルコ人よりも、キリスト教徒であるギリシア人やアルメニア人、それにユダヤ教徒の方がはるかに安心できる人々でした。このことがアルメニア人とヨーロッパ諸国との商業を盛んにする要素となりました。一方で、サファヴィー朝、オスマン帝国、ムガル帝国という3つのイスラームの帝国にとっても彼らは欠かせない商業・金融の民だったのです。
17世紀、アルメニア人の商業活動の拠点は、イスファハーンに建設した新ジョルファーでした。この新ジョルファーを核としたネットワークは、上記地図に描かれているようにロシア、ヨーロッパ、中東、アジアと非常に広範囲に伸びていました。
16世紀以来、アルメニア人は絹の貿易商人として有名な存在でした。近世のヨーロッパで紡がれる生糸の大半はカスビ海沿岸で生産され、それがイランで絹になりました。ヨーロッパで消費される絹は生糸換算で年200~250トンでしたが、その絹の80%はイランから輸入されたものでした。その輸送を担っていたのがアルメニア人でした。
アルメニア人はロシアとの交易にも従事しました。ロシアとの交易の中心地は現在のロシア南部、カスピ海に面した商業都市アストラハンでした。ロシアは、1676年には、アストラハンを経由し1676年には41トンの生糸を、1712年には、44トンの生糸を輸入しています。この交易を担ったのがアルメニア人です。
イギリス、オランダに先駆けてインドに拠点
17〜18世紀の国際貿易において世界で最も重要な拠点の一つとなったのがインドでした。インドの繊維品と生糸は、質が良く、しかも安価であったので、アジアやヨーロッパのさまざまな地域から多様なインドの綿商品を求めて商人がやってきたのです。
そうした中、とりわけインドに食い込んでいたのがアルメニア商人です。アルメニア商人は、ムガル皇帝アクバル(在位1556〜1605年)によってインドに誘致されたと言われています。そうした経緯もあり、17世紀前半には、新ジョルファーのアルメニア商人はインドでもっとも豊かなベンガルに定住するようになっていました。新ジョルファーのアルメニア人に対して、アッバース大王時代はさまざまな保護政策がなされていましたが、大王が代わると重税が課せられたり宗教弾圧にあったりするようになります。そういった事情もあり、新ジョルファーからインドに移り住むアルメニア人が増えたのです。
インドに拠点を構えたアルメニア人は、インド洋の海上貿易にも従事するようにもなりました。ボンベイ、チェンナイ(マドラス)、カルカッタなどに商館を建設しました。ムガル帝国は、アルメニア商人が国家を持たない民だったことから「無害」とみなし、交易の拡大を認めていたと言います。こうして彼らはインドに深く食い込んでいったのです。
イギリス東インド会社ととって不可欠のパートナー
17世紀初頭は、イギリスやオランダが東インド会社を設立して、東南アジアとの貿易に乗り出した時期です。そのころ、アルメニア人はすでにインドで盛んに商業活動を行っていました。
ヨーロッパ諸国のアジア進出の大きな目的は、香辛料の輸入でした。香辛料の主な産地は東南アジアのモルッカ諸島でしたが、1623年、そのモルッカ諸島のアンボイナのイギリス東インド会社の商館がオランダに襲撃され、館員全員が殺されるという事件が起こりました。このころからイギリスは東南アジアでの香辛料貿易から撤退し、アジア進出で重心をインドに移すことになります。
イギリス東インド会社がインドとの交易を介するにあたって、どうしても必要としたのがすでにインドで確固たる地位を築いていたアルメニア商人の仲介でした。1688年、イギリス東インド会社は、インド・アルメニア商業人協会と協定を結び、アルメニア商人にさまざまな特権を付与しつつ、貿易の仲介やイギリス商館の代理人としての役割を彼らに期待しました。アルメニア人とのこうした関係が、イギリス東インド会社の後の隆盛に繋がっていくのです。こうしてイギリスはインドから宝石や絹、穀物などを輸入することが可能になりました。香辛料にしても、アルメニア人を介して輸入ができました。
歴史上、華々しく綴られているイギリスのアジア進出ですが、そのとっかかりにおいて、アルメニア人が大きな役割を果たしたのでした。”
)
ここまで〕
お読み下さり感謝!
ヌード写真つき薄い本『ジャイナ教とは何か』、六師外道全員、特にジャイナ教とアージーヴィカ教に詳しい薄くない本『ジャイナ教入門』
Posted on 2019.01.25 Fri 12:02:29 edit
全裸の人=空衣派の出家者の写真が載っているので嘘は一切ない、いいね?
270ページくらいの薄くない本も紹介するよ。
こちらは六師外道全員、特にジャイナ教とアージーヴィカ教に詳しい。
インドの道路を全裸(!)で歩く人がいた。服も下着も靴も身に着けず、手にクジャクの羽だけを持っている。彼らはジャイナ教の聖者で、24時間365日ずっと全裸で過ごすという。厳格なベジタリアンで、移動手段は徒歩のみ、お金を所有することもない。厳しい戒律を守り、信者たちの尊敬を集めている。 pic.twitter.com/wNWBUO8sPY
— 三井昌志@インド一周中 (@MitsuiMasashi) 2018年9月15日
印象的な画像紹介。
ジャイナ教寺院はどうしますかね。スワスティカ使えないならこれか。 pic.twitter.com/gFumh8kmFT
— યુતકકવસકિ (@suhamma) 2016年1月26日
丸に十字(笑) ※ジャイナ教はグノーシスの源流であるバラモン教を否定しているから偶然。
“ジャイナ宇宙論(…)魂は再生のサイクルに縛られ、最終的に解脱(モークシャ(…))に至るまで流れゆく世界(サンサーラ(…))に捉えられている。” ジャイナ教のカルマ - Wikipedia http://t.co/pDu0QiNpG0 pic.twitter.com/hFLubbcQxl
— 🌳🍍🌲note***🍋🍊🌞(💫🦋🧙♀️✨🦄🦚) (@n_plus) 2014年12月15日
【インドの宇宙観】を知りたいという人がいたのでこちらをオススメしました。インドは多様な宗教が共存しあって独自な宇宙観を持っている人が多い。ここにはバラモン、ヒンドゥー、タントラ、仏教諸派、ジャイナ教のそれぞれの宇宙観を見事に構造化して端的にその仕組みを解いている。隠れた名著。 pic.twitter.com/5ehLRIzHoR
— GertieTime (@GertieTime) 2017年4月8日
しかし、偶像を厳しく排斥する神秘思想の具象化は、誤解を受けるとともに、誤解を与えているとしか思えない。
— TOMITA_Akio (@Prokoptas) 2018年11月11日
図はジャイナ教の宇宙人間(=原人=プルシャ)。下から上へと観想し、額の三日月で神人合一に至るという。 pic.twitter.com/wT415N6nFR
同じくジャイナ教の宇宙人間。
— TOMITA_Akio (@Prokoptas) 2018年11月11日
しかし、上の上には何があるかとか、創造の前には何があったかとか、宇宙の果ての向こうはどうなっているのかなどと問う者には、具象(あるいは言説)は説得力を持たぬ。 pic.twitter.com/v36JXdVirZ
RT
— 慈陽 jiyuu 野尻希恵🔆 (@jiun_Arion) 2017年5月5日
これかな
ローカプルシャhttps://t.co/R6AiWGMISu…https://t.co/jGnJbSgo0x… pic.twitter.com/kxLqMsc3Qr
象と亀とウロボロスみたいな蛇までいる、実は全くのデタラメな「古代インドの宇宙観」は、ジョン・ロックが発生源っぽい、という研究論文。
— さやちゃんぐbot (@songofsaya_) 2017年9月18日
ただ、このデマが現在の日本にも定着しているのはなぜか……ってのは、さらなる研究が待たれるってことかな。 pic.twitter.com/X27DGlIWe2
仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教での宇宙観 pic.twitter.com/sPDu4HmyDn
— さやちゃんぐbot (@songofsaya_) 2017年9月18日
ジャイナ教経典 15世紀~16世紀頃 写本 肉筆画◆ ジャイナ宇宙論による地図 図式 曼荼羅 シンボル ... 現在価格:¥5,950円 #ヤフオク! https://t.co/X6mv7uIZzF pic.twitter.com/6IfanmbQxX
— マツコ・ロワイヤル (@allaltart) 2017年3月14日
本日の奇岩。マハラシュトラ州西部の田舎道を走っていたら、不思議な形の岩山を発見。頂上に屹立する巨大な石版は「2001年宇宙の旅」のモノリスのようだ。近づいてみると、ここがジャイナ教の聖地だとわかった。 pic.twitter.com/NCBS5la3
— 三井昌志@インド一周中 (@MitsuiMasashi) 2012年2月12日
全裸で生きるジャイナ教の聖者 https://t.co/9vAPCbQtyg @MitsuiMasashiさんから
— でち子 (@yokuwakarunner) 2018年10月3日
前400年頃《北東インド》
— 世界史年表bot (@chronology_bot) 2018年12月7日
【マッカリ・ゴーサーラがアージーヴィカ教を創始する】
釈迦と同時代に活動し仏典で「六師外道」とされる思想家の一人。徹底した宿命論者で宿命に逆らうことを否定し修行による輪廻転生からの解脱は不可能とした。信徒は占星術に長け餓死に至るまで苦行と托鉢を行った。 pic.twitter.com/GZ6geR6crj
読むきっかけは専門家が作成した入門書一覧。
ウィキのジャイナ教系の項目が日本語なのにやたら詳しいなと思って
参考文献を見ると以下の本が含まれているものがあった。
4月頃に「ジャイナ教を勉強したいのだが…」という質問を受けて取り敢えず入門書一覧めいたものを作ったんですけど,またそういう問い合わせが来たので,この際私が作成した一覧を画像でアップしてみます. pic.twitter.com/bmBbStQI3n
— યુતકકવસકિ (@suhamma) 2018年6月21日
上田真啓『ジャイナ教とは何か 菜食・托鉢・断食の生命観』風響社
冒頭で言った通り、かなり薄いので入門にオススメ。
上田真啓『ジャイナ教とは何か』
マハーヴィーラの実在は間違いないとされる。
正確な生没年の統一的見解がない。
ブッダが活躍したのと同時期の紀元前6~5世紀であることはほぼ確実。
厳密にはジャイナ教団の創始者ではない。
両親はパールシュヴァという、マハーヴィーラからさらに遡ること250年ほど前に活躍した人物が率いた集団、ニガンタ宗の信奉者であり
彼はこの改革者だっただろうと考えられている。
伝統的な説ではパールシュヴァの前にさらに22人のティールタンカラ(救済者)が存在していたとされている。
つまりパールシュヴァは23番目のティールタンカラであって
マハーヴィーラは24番目にして最後のティールタンカラであるとされている。
ティールタンカラ
=渡し場を作るもの
という意味の尊称で23と24番目以外は非常に長い寿命だったり
人間的ではない身長だったりするので歴史上の人物とは考えにくい。
ティールタンカラの名前とシンボルの表が掲載されている。
初代ティールタンカラの名前がリシャバ(アーディナータ)でシンボルが雄牛。
23代目のシンボルはコブラ
24代目のシンボルはライオン。
この表は白衣派のもの。
空衣派と若干の差異がある。
・p.14から
マハーヴィーラは
偉大なる勇者の意味で尊称の一つ。
生まれた時の名はヴァルダマーナ。
ジナ=勝者も尊称の一つ。
インド東部の現在のビハール州パトナ近郊のクシャトリヤの家に生まれたとされる。
母の名はトリシャラー、
父の名はシッダールタであったという。
一説によると、彼の両親が生きている間は世俗の生活を続けるという誓いのもと、
彼はヤショーダーという名の女性を妻として娶り、
プリヤダルシャナーという名の娘をもうけたといわれている。
両親の没後、30歳のときに世俗的な生活を離れ、
衣服や装飾品を含む持ち物の一切を放棄して、
神々に祝福されつつ出家を果たした。
言葉少なく、長期間断食し、
悪天候に身を曝しつつ徒歩で遊行。
12年半の苦行生活の末、42歳の時に一切智を獲得した。
特別な集会で説法を始め、それからインド東部地方を遍歴しつつ伝道生活を送ることになった。
その間に、バラモンから改宗したインドラブーティ・ガウタマを始めとする
11人を弟子の筆頭とし、教団を運営する統率者としている。
マハーヴィーラは一切智の獲得から30年後の72歳のときに
現在のビハール州のパーヴァープリーにてその生涯を終え、
解脱者となったと言われている。
ジャイナ教の伝統的な記述に従うならば、
マハーヴィーラの入滅時には教団は
1万4000人の男性出家修行者、
3万6000人の女性出家修行者、
15万9000人の男性在家信者、
31万8000人の女性在家信者にまで成長していたことになる。
一説によると、マハーヴィーラははじめ、クシャトリヤの母胎ではなく
バラモンの女性の母胎に受胎したが、
神々の王インドラが改めてマハーヴィーラの霊魂を
同じ頃妊娠していたクシャトリヤの女性のトリシャラーの母胎中の霊魂と交換させ
マハーヴィーラがクシャトリヤの母から誕生するように仕向けたというのである。
これを認めない者たちも存在するが、反バラモン的思想が反映されていると考えられている。
これに始まる五つの出来事、つまり
受胎・誕生・出家・一切智の獲得・解脱を
「五つのめでたい出来事」として数え上げるが、
これらはマハーヴィーラだけでなく全てのティールタンカラに共通する。
現在伝えられている聖典の中からマハーヴィーラの生の声をありのままに取り出すことは、
伝承も一様でないため困難をともなう作業。
マハーヴィーラが以下の五つの項目を
もっとも基本的な実践倫理として重視したことは一般的に認められている。
1 生き物を傷つけない
2 嘘をつかない
3 与えられていないものを取らない
4 性的禁欲を守る
5 所有しない
これらは現在もジャイナ教の根幹。
これらは
意と口と身体によって、しない、させない、するのを認めない。
生き物を傷つけないとは
意と口と身体によって、生き物を傷つけず
他人をして生き物を傷つけさせず、
他が生き物を傷つけるのを容認しないという意味で他の項目も同様。
これらすべてがマハーヴィーラの独創ではなく
マハーヴィーラの時代にはすでにパールシュヴァの教えとして以下の四つが
伝えられていたとされる。
1 殺生をやめる
2 嘘をつくことをやめる
3 与えられないものを取ることをやめる
4 外部に与えることをやめる
4が正確に理解されなくなったので
マハーヴィーラは性的禁欲を守ると所有しないの二項目に分割した。
つまり彼は改革者。
研究者の谷川によると、これらに懺悔という儀礼を付け加えたところにも
マハーヴィーラの独自性が見られるとしている。
(外部に与えるが性的禁欲と非所有になるのか。
外部に与えるは
外部を体外と解するなら
男性なら精液の放出、女性なら出産で、
外部を自分以外に解するなら
他人に与えないの実行のためにそもそも与えるものを持たない
という意味だったのでは。
これなら説明不要なように
性行為禁止と所有禁止にしたほうがいい)
マハーヴィーラまで24のティールタンカラと、
インドラブーティ、スダルマン、ジャンブーの合計27人は完全知を獲得したとされる。
ジャイナ教の聖典は一つの著作ではなくいくつもの文献で構成される。
マハーヴィーラの弟子であるスダルマンが
後継者のジャンブーに
「尊者(マハーヴィーラ)はこのようにお説きになりました」と言って伝える、
伝聞の体裁が多い。
変わらぬ形で2500年も伝えられてきたわけでもない。
少なくとも現在の聖典の形をとるまでには、少なくとも三度の編纂(結集)を経験したといわれている。
(また教祖が聖典を書かない問題だ!
後に聖典内容を巡って争うことが確実なのになぜ防がなかったのか。
仏説ならぬ勇説)
最初の結集はジャンブーからさらに四代を経過した
バドラバーフ(紀元前3世紀頃)の時に行われたとされている。
当時の活動拠点であったマガダ地方に大規模な飢饉が発生した。
バドラバーフは難を逃れるために教団の一部を率い南へ移住したが
そのときマガダ地方に残った者たちの間で、
聖典の知識を再確認する編纂作業が行われた。
二度目は紀元後3世紀頃のことで、これにも大規模な飢饉が関係しているといわれている。
このときにマトゥラーとヴァラビーという異なる二つの土地で、
ほぼ同時に結集が実施され、
結果的に伝承に二つの流れが生じたと言われている。
三度目の結集はこの二つの伝承の流れを解消するために
紀元後5世紀の中頃、ヴァラビーで行われたとされている。
この最後の結集をもって聖典内容がほぼ確定し現在まで伝えられているとされる。
1500年にもおよぶ長い歴史の中で
後代のテキストが聖典として新しく追加されたり
タイトルのみが残り中身がごっそり入れ替わってしまったり、
古いとされるテキストにも挿入や改変、脱落がしばしば生じてきたであろうことが
示唆されている。
教義は時代を下っていくにつれて徐々に理解されにくいものとなっていったため、
時代の要請に応じて解説(註釈)が付された。
聖典と合わせて膨大な量。
筆者は以前、ジャイナ教在家信者の案内で
「アーガマ・マンディル」
(アーガマ=ジャイナ教聖典。
マンディル=寺院)
と呼び慣らわされているマハーラーシュトラ州のプネ市郊外の寺院を訪れたことがある。
本殿を囲む回廊の壁一面には文字が彫り込まれた金属板がびっしりと貼りこめられていた。
高さ約3メートル、回廊の一辺は100メートルほどはあっただろうか。
それがぐるっと四辺あるので壮観としか言いようのない光景であった。
(金属板に彫るのは保存強度を考えると実に素晴らしい)
大きく分けて空衣(くうえ)派=空を衣とする=何も身にまとわない
(別名が裸形派)
と白衣(びゃくえ)派=白い衣を身につける
の二つの宗派がある。
空衣(くうえ)派はマハーヴィーラが出家したと同時に裸形を実践したとして
裸形は解脱に必須の条件であるとしているが
一方白衣派はマハーヴィーラは出家時には衣を身につけていたとして
裸形は必ずしも解脱に必要な条件ではないとしている。
空衣(くうえ)派は
マハーヴィーラ誕生前に起こったとされる母胎の霊魂の交換や
マハーヴィーラの結婚と娘の誕生といった出来事を認めていない。
またマハーヴィーラ以前のティールタンカラに関しても、
白衣派は19番目のティールタンカラであるマッリナータは女性であるとするが
空衣派はこれを認めず男性であるとしている。
これは空衣派が女性の解脱を認めていないことと関連している。
ジャイナ教の聖典群は白衣派において伝承されてきたものであり
空衣派はもともとの聖典は早い段階で全て失ってしまったとして
白衣派の伝承する聖典の正統性を認めていない。
二宗派の中でも尊像崇拝肯定派と否定派に分かれる。
白衣(びゃくえ)派で尊像を崇拝する一派は
ムールティ・プージャカ
(ムールティ=尊像
プージャカ=崇拝する者)
と呼ばれ白衣(びゃくえ)派で最も大きな集団を形成している。
彼らは尊像を安置する寺院の存在も認めるため、
マンディル・マールギー
(マールギー=道を意味する語の派生形)
とも言われている。
対して尊像崇拝しない者たちは
サードゥ・マールギー
(サードゥ=出家修行者)
と言われ、寺院を持たない。
空衣派にも尊像崇拝派と
尊像ではなく聖典を崇拝する派が存在している。
出家者用の大誓戒と在家者用の小誓戒の違いは
五つの誓戒を守る程度の違い。
出家修行者は性的交渉はもとより
異姓との物理的接触自体を徹底して避けないといけない。
在家信者では配偶者同士でかつ子孫を残すことを目的とする場合に限り
性的交渉が認められている。
異性間での気安いスキンシップがはばかられることは想像に難くない。
ジャイナ教のある一派の人口5万人のうち
男性出家修行者がわずか150人ほど、
女性出家修行者が550人ほどであるという。
他の派でも比率はそう大きく変わるものではないと予想されるが
出家修行者数がで女性が男性の3~4倍なのが大きな特徴であり
マハーヴィーラの伝記においてもすでにそのような傾向がみられた点は興味深い。
出家修行者は原則的にはよほどの理由がない限り在家信者へと還俗することはない。
マハーヴィーラと同様出家は人生において一度きりの行為。
※白衣(びゃくえ)派も空衣派も部分的な誓戒を守ることを特別に許可された
半僧半俗のような身分が存在している。
例えば白衣派の一派は出家修行者の誓戒を授かりながらも、
移動制限をもうけず、海外などで学問に専念したり伝導につとめたりすることを許された身分が存在。
しかも中には還俗可能なものも存在することが報告されている。
出家修行者は特定の指導者によって統率された集団に属しているが
日常的には数人から十数人程度の単位で活動している。
日本の仏教の僧侶のように寺院に定住することはなく
家族を離れ、生涯を通じて遍歴遊行の生活を送る。
生涯独身を貫く。
以上は白衣(びゃくえ)派も空衣派も変わることはないが
以下では主に白衣の伝統に沿った特徴について述べていくことにする。
(裸形像が登場
ジャイナ教の聖地 シュラヴァナベラゴラのチャンドラギリの丘に登る
https://www.youtube.com/watch?v=YGvts--D6Ik)
マハーヴィーラの生き方がジャイナ教でもっとも理想的な生き方であり
彼のような修行生活を送ることによって輪廻からの解脱を果たすのが出家の最終目的。
ジャイナ教では
業=非常に微細な物質。
日常的な活動を行うと
業が我々のジーヴァ(霊魂)の中に入り込み付着。
ジーヴァは一種の生命原理のようなもので
業の一切付着していない本来の状態では上昇する性質を持っている。
しかしこれに業が入り込むことでその性質が制限され、
上昇することなく輪廻の世界をさまようことになるという。
ジャイナ教の世界観ではこの世はいくつもの階層からなる巨大なビルのような代物で
人間が生活しているのはそれらの中のちょうど真ん中あたりの一階層にすぎない。
それよりも下が地獄であり
上方がいわゆる天界である。
我々は業の付着度合いによって生まれ変わるごとにこれらの階層を上下しつつ輪廻を重ねている。
この世の最も高い場所には特別な場所があり
ジーヴァが本来のまっさらな状態になることができれば
そこへ到達し二度とそこから下方へ落ちることはなく
それ以後は何者にも生まれ変わることはない。
これが輪廻からの解脱。
自らのジーヴァを業の一切付着してない状態へ戻すことがジャイナ教の究極目的。
そのためにはまず業がジーヴァに入り込むのを阻止し
ジーヴァの流入を遮断してから
ジーヴァの内に残存している業を滅し尽くさなければならない。
出家の儀式
出家の前日には出家者はマハーヴィーラなどのティールタンカラ(救済者)のエピソードに倣って
参列者の行列の中ですべての財を放棄するパフォーマンスを行う。
出家予定者は本物の馬車に乗りつつ
男性用ワイシャツなどの衣類や日用品、
そしてドラム缶サイズの容器一杯の米を手づかみで参列者に向かって放り投げる。
密室での非公開の儀式で出家者は頭髪を剃り(一部は手で引き抜く)
与えられた衣類を身につけ、新しい名を授かって出家修行者の装いへと変化する。
※毛を手で引き抜く行為は
ケーシャ・ルンチャナ
(ケーシャ=髪の毛
ルンチャナ=引き抜くこと)
と呼ばれ
マハーヴィーラが出家時に
「五つかみの髪を引き抜いた」というエピソードに基づく。
出家後も定期的に髪を手で引き抜く。
髭も手で引き抜く。
基本的に自らの手で行うが他の出家修行者の手を借りることもある。
白衣派の出家修行者の持ち物
体を覆う白い布
托鉢用のいくつかの容器
(容器一式の画像で
壺っぽいの二つ
しゃもじ?っぽいの一つ
皿っぽいの一つ
ある程度深さのある入れ物(大きさいろいろ)十六つ)
払子(ほっす。白い一種の箒)
口を覆うための布
(マスクのように常に覆う者もいれば
ハンカチのように携えて必要な時にのみ口にあてる者もいる)
細長い杖
など
白衣派の出家修行者は寺院などの特定の施設に定住することなく
出家後は雨季の四か月を除いて常に遍歴遊行の生活を送るべきであるとされる。
雨季の四か月は歩行に困難であるし
道には生命が溢れていて不用意に傷つけてしまう可能性が圧倒的に高いので
移動に適さない。
遍歴遊行
=ヴィハーラ
=歩き回ること、放浪すること。
遊行は乗り物に乗らず基本的に徒歩(たいていは裸足)で移動。
小学校の教室を寝床にしたりするなど
夜間使用されずスペースが確保できる施設を一晩だけ借用することもあれば
ジャイナ教寺院付属の滞在場所で宿泊したりする。
異姓に物を渡すときには一度地面に置いて取ってもらうか
投げて受け取ってもらうなどといった手段が取られる。
不必要に異性に接近したり談話したりしないよう戒められている。
ジャイナ教の生物観――菜食主義の背景
世界のあらゆる物は生命体(ジーヴァ)と
物質(アジーヴァ)とに大きく二分。
生命体は
可動の物(トラサ)と
不動の物(スターヴァラ)という下位区分によって構成されている。
生命体は有する感覚器官の数でも分類される。
触覚という単一の感覚器官のみを有する生命体と
不動の生命体は範囲がぴったり符合する。
触覚のみを有する不動の生命体というカテゴリーの中に植物が含まれる。
ジャイナ教の教義で植物は生命体として明確に定義されている。
よって植物は生き物ではない=菜食主義は不殺生主義という構図は成立しない。
ジャイナ教では植物を食べることも生き物を害することに他ならない。
※生命体ジーヴァと非生命体(アジーヴァ)の二原理に、
業の流入から解脱に至る五つのプロセス、
つまり
業の流入→業による束縛→業の遮断
→業の生滅→解脱という五つをあわせた七つのことがらが
七つの真実として説かれる。
二つの感覚器官とは触覚と味覚であり
これらを有する生物としては巻貝や足のない虫など。
三つの感覚器官とは触覚と味覚と嗅覚であり蟻など。
四つはさらに視覚を加えたもので虻、蚊、蠅など。
五つは聴覚も備えていて天界の住者、人間、地獄の住者、四足動物など。
殺生の大小の問題は、害される生物の数が殺生の大小を決定するのではなく
それが属するランクによるところが大きいとされる。
理由として高次の生物を害することは
低次の生物を害するさいよりもより大きな激情を必要とするからである。
(植物も明確に生物とされている。
ただし最低ランクの不動の生物であるから殺生ポイントが最低。
ブレサリアンはどう評価されているのだろうか。
ブレサリアンの実例
【衝撃】70年間“不食”で生きる聖者を15日間監視した結果がヤバすぎる!!
https://www.youtube.com/watch?v=a0GawGWx36A
動物愛護カルトと菜食主義カルトは2500年以上続いているジャイナ教に改宗しよう!
ジャイナ教の小鳥の病院がある。
70--1---中村元 博士--- Ngo未来大学院=NFS=NGO FUTURE SCHOOL
https://www.youtube.com/watch?v=MJA-X2gUpIY)
出家修行者は
火を用いての調理や
野菜や果実の収穫が禁止なので
飲食物を得るために施しを受けなければならない。
托鉢で得られるべき食は
生命としての価値ができる限り排除された物に限られる。
在家には植物の類を調理することが認められている。
空衣派も白衣派も托鉢は必須。
特に白衣(派は以後省略)の出家修行者が托鉢に出て
食を受けることをゴーチャリーという。
文字通りの意味は
牛のように歩き回ること。
これは食べ物を集めるときに予想や計画なしにランダムに歩きまわり
それぞれの場所で器にほんの少量ずつ集めるように求められることに由来。
在家と食の場を共にすることはない。
托鉢の注意点
生き物が多く存在する道は避けられるべき。
踏みつぶさないように前方をよく確認して歩くべき。
豪雨・強風のときや空中に虫が多数飛んでいるような時は避ける。
間接的に殺生に関わるのも禁止。
施しを行う直前に殺生に関わる行為を行った者から食を受けるべきではないということで
殺生に関与した穢れた手によって施しがなされるのを嫌うものである。
また、何度か器に移し替えられた食べ物も受けるべきではないとされる。
移し替えのさいに不用意に生き物やその他食べるべきではない物が混入するかもしれないから。
水に濡れた手や柄杓、あるいはほこりなどが付着した状態のそれらによって
施しを受けるべきではないのもおそらく同様の理由だろう。
水もまた在家の手で完全に煮沸され
生命が全く含まれていないものを飲むべき。
托鉢の偶発性を重視。
提供される飲食物はあくまでも余り物であることが求められていた。
たまたま余った食べ物が、
たまたま通りがかった修行者に托鉢として供されるのが理想。
よって、在家が托鉢の出家のためにわざわざ調理して提供しようとしても
出家者は受け取ることができない。
つまり招待食は禁止。
特定の在家との依存関係が確立してしまったり
一つの家庭に負担が集中することを避ける側面もあると考えられる。
出家者が在家に命じて離れた場所にあるものを取って来るように命じたり
わざわざ買いに行かせたりすることは禁止。
偶発性を重視するために
間違いなく施しを受けることができるような場所、
例えば親族の家々や食事を振る舞っている宴会場などに行って、
施しを受けることは勧められない。
施しを受けられるかどうかは偶発的なので結果に一喜一憂すべきではないとされる。
ランダムに訪れるためにジグザグに家々を回ったり渦を巻くように回ったりするルートまでもが
細かく規定されている。
適した時も定められており
家庭の食事がちょうど終わるような時刻に家々を回るべきであり、
在家(たいていは女性)が家族のために料理を準備している時などには
訪れるべきではないとされている。
※空衣では托鉢で得た食を持って帰ることはせず
手のひらで食を受け取り
その場で衆人環視のもと
それに小さな生物が混入していないか指で子細に確認しつつ立ったまま食べる。
(立ったままなのって手がふさがっているから座る前にやわらかい箒で地面を掃けないから?)
・施主との関係
出家は在家と親密に接するべきではなく
一定の距離を保つべきであるとされていることから
寝床を提供してくれた在家から飲食物の施しを受けることも禁止。
多くのものを一人の施主に依存することは在家との距離を縮めてしまうと考えたのであろう。
一人の施主に負担が集中するのを避けるためとも考えられる。
出家者は政治的な権力者とも一定距離を保つべきであるとされているため
王などの住居にみだりに立ち入って施しを受けることは禁止。
生命維持のための最低限必要な分だけを食することが求められる。
美味しいものを味わって食べてはならず
味に溺れて執着することがないように心がけられているという。
執着してはならない。
したがって、托鉢によって得た食べ物を長時間にわたって保管するような行為も禁止。
もっともこれは衛生面に対する考慮、
つまり腐った食べ物を食さないようにするためで
多くを貯えない不所有の誓いの観点からも勧められるものではないであろう。
断食は頻繁に行われる。
祝祭日に行ったり
指導者などの命日や
重大な過失を犯してしまった際の罪滅ぼしのために行うこともある。
断食はジーヴァに付着した業を滅するのに有効。
やりかたはさまざま。
サッレーカナー=死に至る断食。
過剰な断食で意図しない死を迎えるのではない。
自殺はジャイナ教で固く禁じられている。
サッレーカナーは長期間にわたって徐々に飲食物を制限することで
計画的に死と向き合いながら、
心の平静を保ったまま自発的に死に至る行為。
非常に神聖な儀式であり理想的な死。
在家の中にも実践する者がいる。
※自殺とは異なる。
サッレーカナーは
①将来的に実践することの決意表明として、
早い段階で略式の誓戒を受けるのが通例
また実践開始にあたって師の許可が必要で
この時点においても本人の意思が確認される
②認められる条件は
災難、
飢饉、
老齢、
不治の病などで
何らかの形で死期が迫っている
③宗教的な理由により自らの意思で死をコントロールする行為であり
死に至るまでの時間は、
聖典の学習・瞑想・マントラの低唱などといった宗教的実践にあてられる
④欲望・憎悪・迷妄などによって自らを滅ぼそうとしているのではない。
また、いわゆる自殺のように毒や武器を用いることもない。
グナ・ヴラタ(徳戒)三つと
シクシャー・ヴラタ(学習戒)四つという
七つの補助的な誓いがある。
グナ・ヴラタ(徳戒)は
方位に関する誓戒
無用な毀損に関する誓戒
消耗品と耐久品に関する誓戒。
方位とは移動範囲の制限。
無用な毀損とは
他人を傷つけることを画策したり
賭け事をしたり
むやみに木を切ったり土を掘ったりすることを戒める。
毒物や武器などの有害な物品を拡散させたり、
他人同士を争いに導いたりすることも禁止。
空衣では煽情的な物語や残忍な物語を耳にするのも禁止。
消耗品~とは特定の物品使用制限で
特定の食物の制限、夜食禁止、特定の職業に就くことの制限など。
学習戒とは
場所に関する誓戒
反省的瞑想に関する誓戒
布薩に関する誓戒
布施に関する誓戒。
場所~は先述の方位~よりも厳しい制限で
一定期間家から出ずに外部との接触を断ったり
近くの寺院よりも遠くに行かないといった制限。
反省~はサーマーイカという日課の瞑想を欠かさないこと。
布薩~は特定の日に普段より厳格に生活し
不殺生を徹底し断食。
時に出家者と同じ空間で一定期間生活することもある
布施~は施しを行うことであるが
対象は出家者だけでなく教団維持のための支援でもある。
(ジャイナ教の理想が実現された社会ってディストピアだろうな。
ジャイナ教の武術家っているのかな?
練習準備だけでも大変そう)
出家者に施すのは宗教的行為であり
物乞いに物を与えることとは明確に区別される。
布施でもジーヴァの状態をよりよい方向へ導けると考えられている。
多くのジャイナ教徒にとってもっとも重要な聖地である
ラジャスターン州のアーブー山や、
グジャラート州のパリタナになるシャトルンジャヤ山にある寺院は
11世紀以降に在家の当時の王国の宰相たちの支援による。
プージャー(礼拝)には
心的、内的なプージャー(礼拝)と
物理的、外的なプージャー(礼拝)がある。
一部の生物を害することは回避できない。
不可避なのが不動の生命体。
植物を食すのも殺生だがより高次の生命体を害するよりマシ。
ジャイナ教の菜食主義の観点は
そこに生命が存在する可能性
そこから生命体が発生する可能性である。
在家の根本的美徳という食の規定では
自然死した動物を含めて肉類
蜂蜜
イチジク類の果物、
酒類、
濾過されていない水などを摂るのが禁止。
なぜなら殺生によって得られるだけでなく
そこに無数の微生物がいるから。
葉の物、
湿った食べ物、
発酵食品、
腐敗した食べ物などが
無数の微生物がいるので規制。
無数の身体(アナンタ・カーヤ)と呼ばれるカテゴリーに属する植物も規制対象で
玉ねぎなどの球根や
大根などの根菜類、イモ類などの地下茎などの植物も含まれている。
共通する特徴も新たな生命が生じるからだろう。
同様の観点から
多くの種を持つもの(バフ・ビージャ)も禁止で
ザクロ、ナス、トマトなどが該当。
根のものを避ける理由の一つで
収穫する際に地中の生物を害してしまうからというものもよく聞かれる。
(マニ教がジャイナ教からかなり影響を受けてそう。
マニ教は植物の根っこを引き抜くことが禁止。
ジャイナ教は
グノーシスの元ネタの梵我一如を説くバラモン教を否定しているから
グノーシス思想ではない。
インド国内で必要な栄養素(のほとんど)が菜食で賄えるのか気になる。
ジャガイモやタマネギは禁止。
根菜禁止はきつい。
シュラヴァナベラゴラのジャイナ教食堂でミールスを食べた
https://www.youtube.com/watch?v=KiuVyjYVOV0
Why Jainism Is The World's Most Peaceful Religion
https://www.youtube.com/watch?v=KAc33hNc7ak)
在家も日没後の食事は勧められない。
家庭での作り置きも推奨されない。
著者が目撃したのが
ターリー(プレート)で食べた後に
コップの水をそこに注いで細かい食べ残しをきれいに洗い
その水を飲み干す作法。
残りかすがついたまま放置されると小さな生物が集まるから。
食べられるべきではないものリストがあり
雪、氷、
(それらに微細な生物が潜んでいる可能性)
毒(腹の中の生命体を害する)、
土、
(微細な生命体を含み、
蛙のような五つの感覚器官を有する高次の生物を産み出す源
だと考えられていた。
口にした者の腸に深刻なダメージを与える病の原因とも考えられていた)
味がなく中身のない空洞上の植物、
(空腹を満たせないので不必要に生命体を害してしまう)
正体不明の植物などが禁止。
(何が食べられるか列挙した方がわかりやすそうなほど厳しい)
270ページくらいの薄くない本も紹介。
六師外道全員の解説があるのが素晴らしい。
特にジャイナ教とアージーヴィカ教に詳しい。
『ジャイナ教入門』渡辺研二
類似する思想がないので読むのに時間がかかった。
中核となる単語の定義がバラモン・ヒンドゥー教や仏教と違うからね。
・ジャイナ教はすべてのものに霊魂の存在を認め、
その各々の霊魂が本質的に我々人間と同質のものだと認識している。
歴史上ジャイナ教は人類に悪をした記録のないほとんど類例のない宗教。
現在も闘争を続けているキリスト、ユダヤ、イスラム教と比べれば一目瞭然。
(教義で大規模移動が制限されるから大規模侵攻できないのだろう。
金貸しや金持ちが多く、経済界やインテリ層での要職を占めることが多い
=権力を持てるので攻撃されても防衛できるのだろう。
教義で武器商人になれない。
武器を使いたいなら異教徒に使わせないといけない。
となると権力が必要。
教義では他者が生命を害するのも止めないといけないけど)
ジャイナ教はインド国内に限定されてとどまり古い姿をいまに伝えている。
特にインド西部(マハーラーシュトラ、グジャラート、ラージャスタン)で勢力があり
経済界やインテリ層での要職を占めることが多い。
南部(カルナタカ)でも同様。
(2500年以上続いているからすごいわ)
聖典の語は古プラークリット語の一種であるアルダ・マーガディー語であって
アールーシャ(仙人=リシの言葉)と呼ばれることもある。
バラモンの秘教主義と反対に伝統的に万人に開かれたものであろうとする。
写経生や挿絵作者を庇護することは
伝統的に俗人が功徳を獲得する手段の一つであり
今でも多くの寄付でジャイナ教典籍の出版事業が行われている。
そのため人口に比べてジャイナ教関連の出版数は極めて多い。
ジャイナ教の祖師(開祖は正確でなく、改革者)マハーヴィーラは
偉大な英雄、大勇者という意味。
本名はヴァルダマーナ(繁栄するもの)。
仏教では六師外道の一人のニガンタ・ナータプッタ。
ニガンタ=束縛から離れたもの
で古い宗教の一派の名前とされる。
ナータ=ナータ族。
プッタ=子、息子という意味だが
ここは「~の出身」。
つまりナータ族の出身であるニガンタ派の人。
ジャイナ教では救済とは各人が責任をとるべき個人的な営み。
何か神の恩寵のようなものの助けで辿り着くのではなく
過去の先師のジナたちを手本にするか
進むべき道を指示してくれる同時代の師たちに助けられて救済に辿り着くのである。
非世界に囲まれた宇宙は
三つの基本的部分に分割されている。
地獄に堕ちた者たちの下位の世界
さまざまに分類される神々の居住地の上位の世界
中央の世界。
中央の世界では時間が支配し、
業の法則が作用し
ゆえに至福をひとにもたらす解脱(モークシャ)へと到達しうる地上が存在する。
ジャイナ教の時間は周期的。
時間の車輪は下降する半分と
上昇する半分に分かれ、
絶え間なく回転している。
終末の観念を認めない。
進歩は永遠なものだと信じている。
カルマも物質である。
解脱以前の霊魂は、
肉体的、言葉によるもの、精神的なもの(身口意)であれ
いったん活動を起こすと
その働き(ヨーガ)のためにそれに応じる物質(業物質)が生じ
霊魂に侵入し付着して霊魂が重くなり下降し輪廻を繰り返す。
在家と出家の区別は極めて厳格。
バラモンはヴェーダ聖典の権威をみとめない者を
ナースティカ(虚無論者)と呼んで非難した。
自由思想家の特徴
1 ヴェーダの権威と祭祀の有効性の否定
2 ヴァルナ差別の否定
3 広範囲の人々を対象に平易な言葉で教えを説いた
4 個人としての自己主張をし、
信者が出身に関係なく個人として帰依するなど
生まれではなく個人の能力、意志、行為が評価された。
個が血縁の中に埋没していた前代の社会には見られなかった現象
自由思想家たちすべてが精神的肉体的に極めて厳しい修行を積んでいる。
唯物論者や快楽主義者ですら苦行を行い、生涯簡素な生活を送っていた。
釈迦が乗り越えた六人の自由思想家。
1 プーラナ・カッサパ 道徳否定論
祭祀を行なっても
施しなどの善行をなしても
自己にうち克ち感官の制御をし
真実を語ることによっても
善の生ずることもないし、
また善の報いも存在しないという。
反対に
生きものおよび人間の体を切断し苦しめ悲しませ戦わせ
生命を奪っても
さらに与えられざるものを奪い
家宅侵入、掠奪、強盗、
追いはぎ、姦通、虚言などをしても
少しも悪をなしたのではない。
悪業に対する報いも存在しないという。
因果応報を否定し
善悪の別は人間が定めたことであり
真の意味では存在しないと主張し
世間的な常識、社会通念を否定。
(プーラナ・カッサパの行為の善悪否定論
http://user.numazu-ct.ac.jp/%7Enozawa/b/purana.htm
”プーラナ・カッサパは、行為に善悪はなく、行為が善悪の果報をもたらすこともないと主張した。
傷害・脅迫・殺人・強盗・不倫・虚言などを行ったとしても、悪にはならない。
悪の報いはない。施し・祭式・節制・真実を語ることを行ったとしても、善にはならない。善の報いもないと説いた。
この教えは「道徳否定論」として紹介されることが多いが、決してそのような思想ではない。
すぐあとで扱うパクダ・カッチャーヤナの思想と同じく、あらゆるものごとを「平等」にみることによって、行為に附随する罪福へのこだわりとその結果生まれる苦しみから心を解き放とうとする教えであろう。
このような教えは、特に生きものを殺すことを職業とするため、業・輪廻説にしたがうかぎり、苦を果報として受けることが避けられないとされる人々に対して説かれたのではないかと考えられる。
これは、その本質において、
『バガヴァッド・ギーター』2.38の「苦楽、得失、勝敗を平等のものと見て、戦いに専心せよ。
そうすれば罪悪を得ることはない。」という「平等」の教えと同じであろう。1)
パーリ仏典『沙門果経』の第17節 (PTS, DN, I, p.52) において、プーラナの思想は次のように紹介されている。
「行為する者、させる者が、(人を)切ったり、切らせたり、
苦しめたり、苦しめさせたり、悲しませたり、疲れさせたり、
恐怖を与えたり、与えさせたり、生きものを殺したり、
与えられないものをとったり、家を壊して侵入したり、
掠奪したり、盗みを働いたり、路上で追いはぎをしたり、
不倫したり、嘘ついたりしたとしても、悪いことをするわけではない。
また、まわりが剃刀のような円盤で、(あらゆる)地上の生きものを、
一山の肉、一塊の肉にしてしまっても、それによって悪があるわけではなく、悪の報いはない。
ガンジス河の南岸に行き、人を殺したり、殺させたり、
切ったり、切らせたり、
責めたり、責めさせたりしても、それによって悪があるわけではなく、悪の報いはない。
ガンジス河の北岸へ行き、施しをしたり、施しをさせたり、
祭式を行ったり、祭式を行わせたりしても、それによって善があるわけではなく、善の報いはない。
布施、克己、節制、真実を語ることによって善があるわけではなく、善の報いはない。」”)
2 パクダ・カッチャーヤナ(七要素集合説、唯物論)
人間の各個体は七つの集合要素、
すなわち地・水・火・風の四元素と
苦・楽と霊魂から構成されている。
これらは作られたものでも、
他のものを産み出すこともない。
山頂のように不変で石柱のように不動。
これらは互いに他を害うこともない。
それゆえ世の中には殺す者も殺される者もなく
教えを聞く者も聞かせる者もなく
知る者も知らしめる者も存在しない。
たとえ鋭利な刃物で他の頭を切り落としても
これによって何人も誰かの生命を奪うことはない。
ただ剣の刃が七要素の間隔を通過するにすぎないという。
宇宙あるいは人間がいくつかの要素の集合から構成されているという主張は
インドでは積聚説(アーランバ・ヴァーダ)と呼ばれる。
仏教にもジャイナ教にも見られるし、
後代のインド六派哲学のヴァイシェーシカ哲学の原子論にも継承されていく。
このパクダの教説はまだ要素の集合を説くのみで
ここの要素の細分化の可能性つまり原子論的な展開は見られない。
パクダの教説はインドにおける唯物論の先駆といわれている。
(パクダ・カッチャーヤナの七要素説
http://user.numazu-ct.ac.jp/%7Enozawa/b/pakuda.htm
”パクダ・カッチャーヤナは七要素説を説いた。
人間は七つの要素、すなわち地水火風
楽苦と生命(あるいは霊魂)からなるもので、
これらは作られたものではなく、何かを作るものでもない。
不動、不変で互いに他を害することがない。殺すものも殺されるものもなく、学ぶものも教えるものもいない。
たとえ、鋭利な剣で頭を断っても、誰も誰かの命を奪うわけではない。剣による裂け目は、ただ七つの要素の間隙にできるだけである。行為に善悪の価値はないとする。
さきのプーラナ・カッサパの教えと同じく、これも道徳破壊の思想とされるが、そうではない。
人間の本質は霊魂にあると見て、霊魂は不動、不変なものなので、殺すことも害することもできないというのである。
『バガヴァッド・ギーター』2.24の
「彼は断たれず、焼かれず、濡らされず、乾かされない。
彼は常住であり、遍在し、堅固であり、不動であり、永遠である。」という思想と同じものである。”)
3 マッカリ・ゴーサーラ(運命決定論、無因無縁論)
※ゴーサーラは別の章で詳述されるほど重要。
ゴーサーラによると
一切の生きとし生けるものが輪廻の生存を続けているが
それは無因無縁である。
生きものたちが清らかになり解脱するのも無因無縁。
かれらには支配力もなく、意志の力もなく、
ただ運命と状況と本性に支配されて、
いずれかの状態において苦楽を享受するのである。
意志にもとづく行為は成立しない。
840万の大劫の間に、
愚者も賢者もただ流転し輪廻しつづけ、苦の終わりに至る。
その期間のなかで修行で中途に解脱することは不可能。
ちょうど毛糸の球を投げると、
ほぐれながら糸球は糸の終わるまで転がっていく
(糸がなくなると転がるのをやめる)ように、
人は愚者であれ賢者であれ
定められた期間は流転しつづける、と主張。
ゴーサーラの教説は
生き物によってすべてのことは無因無縁であって、
運命的に定まっているという運命決定論であるとされている。
(マッカリ・ゴーサーラの宿命論
http://user.numazu-ct.ac.jp/%7Enozawa/b/gosala.htm
”マッカリ・ゴーサーラは、アージーヴィカ教の代表者である。
彼は、ジャイナ伝説によれば、シュラーヴァスティーにおいて、ジャイナ教のマハーヴィーラと激しい論戦の後、没したという。その年、マガダのアジャータシャトル王が、ヴァッジ族に戦争をしかけたが、この戦争は、ブッダの最後を物語る『マハーパリニッバーナ・スッタンタ』に準備中として出てくる。1)
これによれば、ゴーサーラとブッダは、わずか数年の違いで没したことになる。2) ちなみに仏滅年代には二説あり、前486年、あるいは前383年とされる。
彼の思想の特徴は厳格な宿命論にある。
その説によれば、一切万物は細部にいたるまで宇宙を支配する原理であるニヤティ(宿命)によって定められている。輪廻するもののあり方は宿命的に定まっており、6種類の生涯を順にたどって浄められ、解脱にいたる。転がされた糸玉がすっかり解け終るまで転がっていくように、霊魂は転生する。それまで8,400,000劫(カルパ)もの長い間3) 、賢者も愚者もともに輪廻しつづけるという。
行為には、運命を変える力がない。行為に善悪はなく、その報いもないと考える。当時、支配的な思想であった「業」の思想を否定する。
運命がすべてを決定しているという主張を構成する論理は、およそ次のようなものである。
人が同じことをしても結果が異なることがある。行為以外の何かが結果を決定している。
神はそれではない。神では結果の多様さ、特に不幸が説明できない。
それは、(ローカーヤタ派が説く)自然の本性(スヴァバーヴァ)ではない。(仏教などが説く)行為の結果(カルマ)ではない。それは、宿命(ニヤティ)である。宿命と一致するとき、人は成功する。宿命のみが人の幸福と不幸を説明する。4)
「アージーヴィカ」とは、「命ある (jῑvika)限り(ā)( 誓いを守る)」という意味で、5)出家者には苦行と放浪が義務とされ、多くが宿命を読む占星術師や占い師として活躍したという。
宿命を説く一方で、苦行を義務づけるのは、一見したところ矛盾のようであるが、
アージーヴィカにとって、解脱は「転がされた糸玉がすっかり解け終る」ことに喩えられるように、こころとことばとからだによるすべての行為が消滅することであり、それは、6ヶ月にわたって飲食を減らしていき最後は何も飲食せず死(最終解脱)に至るスッダーパーナヤ(清浄なものを飲む)と呼ばれる苦行において実現されると考えていたからである。6)
アージーヴィカ教はマウリヤ朝のアショーカ王とその後継者ダシャラタ王の時代に保護され、大きな勢力を誇った。
アショーカ王の碑文(第7 Delhi-Topra碑文)に仏教(サンガ)、バラモン教、ジャイナ教(ニルグランタ)と並んで この派の名アージーヴィカが出る。7) 当時、栄えていたことを推定させる。その後、衰えながらも、南インドのマイソールなどには存続し、14世紀までは続いたといわれる。
…
注
1)DN No.16 PTS vol.2, p.72.中村元訳「偉大な死」『仏典I』世界古典文学全集、筑摩書房、1966年、p.43
2)Basham, A.L., History and Doctrines of THE ĀJĪVIKAS, p.74.
3)カルパ(劫)という時間の長さについては、定方晟『須弥山と極楽』講談社現代文庫、1973年、p.100.参照。1辺1ヨージャナの大きな岩を百年に一度、天女の衣でなでて、岩が擦り切れてなくなるまでの時間などとされる。
1ヨージャナは、古代インドの距離の単位で、牛車を引く牛が次の牛と交代するまでに進む距離とされる。1ヨージャナの換算については、2.5マイル、4ないし5マイル、9マイルなどさまざまな説がある。Monier williams, Sanskrit-English Dictionary, yojanaの項参照。
4)Basham, History and Doctrines of THE ĀJĪVIKAS, pp.230f. ちなみに、仏教のアビダルマでは、カルマが世界の多様性を生み出すとされる。Abhidharmakośa, ed. by P. Pradhan, Patna 1967, IV.1a, p.192: karmajaṃ loka-vaicitryam.”)
4 アジタ・ケーサカムバリン(唯物論、快楽主義)
アジタ・ケーサカムバリンによると
存在を構成するのは地水火風の四元素で四元素以外にはない。
人は死ねば構成していた四元素はそれぞれの本来の元素の場に戻っていくのであり
人間そのものは死と共に無に帰す。
屍が焼かれると後には鳩色の骨が残り
供物は灰となるのみ。
死後の霊魂は存在せず、したがって来世も前世も存在しない。
善業による善果も存在せず、
悪業による悪果も存在しない。
布施も祭祀も供犠も無意味、と説いた。
哲学的には唯物論。
道徳を否定し、現世の享楽を説くので快楽主義に分類される。
アジタ・ケーサカムバリンの主張はインドでは一般に
ローカーヤタ(順世派)と呼ばれ、
チャールヴァーカ派に同様の説が見られるが、
アジタ・ケーサカムバリンのは一番最初の先駆的なものだといえる。
(当然アートマンも否定。
アジタ・ケーサカンバリンの唯物論
http://user.numazu-ct.ac.jp/%7Enozawa/b/ajita.htm
”アジタ・ケーサカンバリンの「ケーサカンバリン」は「髪の毛で作った衣を着る者」の意味である。
アジタは、教団を開いたが、それは、古代ギリシアにおけるエピクロス派の教団のような、
素朴な人生の喜びをともに分かち合う共同体のようなものであったと推測される。この教団は後にチャールヴァーカとかローカーヤタと呼ばれるようになる。
彼は唯物論を説き、業・輪廻の思想を否定した。
善悪の行為の報いはなく、死後の生れ変りもない。
人間は地水火風の四要素からなるもので、
死ねば、四要素に帰り消滅する。死後存続することはない。
布施に功徳があるとは愚者の考えたことであるとする。
「人は(地水火風の)四要素からなる。
人が死ぬと、地は地、水は水、火は火、風は風に戻り
感覚は虚空の中に消える。
四人の男が棺を担いで死体を運び
死者の噂話をして火葬場にいたり
そこで焼かれて、骨は鳩の羽根の色になり
灰となって葬式は終わる。
乞食(こつじき)の行を説くものは愚か者。
(物質以外の)存在を信ずる人は空しい無意味なことをいう。
からだは、死ねば、愚者も賢者もおなじように消滅する。
死後、生きのびることはない。」(『沙門果経』§22-24.『バラモン教典・原始仏典』世界の名著1、p.512.)
だから、宗教的な行為は無意味で、
この世での生を最大限利用して楽しみ、そこから幸福を得るべきだという。
「生きているかぎり、人は幸せに生き、ギー(溶けたバター)を飲むべきだ。
たとえ借金をしてでも。
というのは、からだが灰になるとき、何がこの世に戻れよう。(何もないからだ)」1)
しかし、楽しみには悲しみがつきまとう。
それを恐れて喜びから退いてはいけない。時には訪れる悲しみも喜んで受け入れよと説く。
「人は、悲しみがともなうことを恐れて、喜びから退いてはいけない。
この世での喜びのためには、たまに訪れる悲しみも喜んで受け入れよ。
魚をもらうとき、骨がついてくるように。
米をもらうとき、籾殻がついてくるように。」2)
この思想は宗教や道徳の根本を破壊するものと恐れられ、他のインド思想諸派から激しく攻撃された。
それにもかかわらず、この派が栄えた時代もあったことは否定できない。
マウリヤ朝のチャンドラグプタの大臣カウティリヤの作と伝説される『実利論』第1巻第2章は
「哲学は、サーンキヤとヨーガと順世派(ローカーヤタ)とである」とする。3)
この書の成立年代は明確でなく、紀元前3世紀から紀元後4世紀までの間とされるが、
1世紀の後半から2世紀の前半に明確な形をとったと考えられるヴァイシェーシカ学派の名があげられていないことから推定すれば、ヴァイシェーシカ学派に先立つ紀元後1世紀までに、ローカーヤタ派が栄えていた時代があったのであろう。
この派の文献で、現在まで伝わるものは極めて少ないが、8世紀ころの成立とされるジャヤラーシの『タットヴァ・ウパプラバ・シンハ』(「真理」を破壊するライオン)は現存する。
『タットヴァ・ウパプラバ・シンハ』は、
自然の運行に「自然」(スヴァバーヴァ)そのもの以外の原因を認めず、
知覚(感覚)だけを唯一の知の源泉として、推論に基づく<確実な知>の存在を徹底的に疑う懐疑主義の立場をとって、
当時の主要な哲学・宗教諸派が立てる形而上学的な原理に対し、鋭い批判をあびせるものである。”)
5 サンジャヤ・ベーラッティプッタ(懐疑論、不可知論)
サンジャヤ・ベーラッティプッタは
「来世が存在するか?」と問われたとき次のように答える。
「もしもわたしが
『来世は存在する』と考えたのであるならば
『来世は存在する』とあなたに答えるであろう。
しかしわたしはそうだとは考えない。
そうらしいとも考えない。
それと異なるとも考えない。
そうではないとも考えない。
そうではないのではないとも考えない。」と。
同様にサンジャヤ・ベーラッティプッタは善悪の業の果報について
天や地獄の存在者の有無について
修行完成者の死後の有無について
質問されるとことさら意味の把握されない、
困難であいまいな返答しか与えなかったという。
サンジャヤ・ベーラッティプッタの立場は
「鰻のようにぬらぬらして捕らえどころのない議論」と呼ばれた。
確定的な知識を与えない点で
一種の不可知論(アジュニャーナ・ヴァーダ)とも呼ばれた。
詭弁論とも懐疑論とも呼ばれている。
懐疑論は単なる疑いに終始すると懐疑論に潜む本質的な矛盾から脱することは困難であるが
サンジャヤの場合
形而上学的な難問に踏み込むことの意義に疑問を投げかける判断中止(エポケー)の態度を
インド思想史上、最初に表明していると評価されている。
とくに、形而上学的な難問に踏み込むことの意義に疑問を投げかけるという点で
ゴータマ・ブッダはサンジャヤと同様に無記の態度を表明。
ブッダの二大弟子サーリプッタ(舎利弗)と
モッガラーナ(目連)は初めはこの懐疑論者サンジャヤの弟子だったと伝えられていることも
あわせて注目すべき。
(サンジャヤの不可知論
http://user.numazu-ct.ac.jp/%7Enozawa/b/sanjaya.htm
”サンジャヤは、あらゆる問いに対して確答を避ける「不可知論」の立場をとった。
次のように答えることを習わしとしていたという。
「もし、あなたがあの世はあるかとたずね、
自分があの世は、あると考えたなら、あの世は、あると答えるであろう。
しかし、私はそうしない。
そうとは考えない。
それとは異なるとも考えない。
そうではないとも考えない。
そうではないのではないとも考えない。」
このような彼の論法は、「うなぎ論法」といわれ、仏教の「無記」の考え方に影響を及ぼしたと考えられる。
ブッダの二大弟子サーリプッタ(舎利弗)とモッガラーナ(目連)は、はじめサンジャヤの弟子であったと伝えられている。
また、この思想は、ジャイナ教のスヤード・ヴァーダと似ている。
不可知論的な傾向は、ブッダ時代に濃厚にみられるが、
このような思想風土が、自己と他者の思想の白黒をはっきりさせないで両立させる文化多元主義の基盤になっている。 ”)
6 ニガンタ・ナータプッタ(マハーヴィーラのジャイナ教、霊魂論と苦行主義)
釈迦の活躍したのとほぼ同じ頃、
同じ地方に興起した。
動物を犠牲にするバラモン教の供犠や祭祀に反対。
当時絶対的と思われていたヴェーダの権威を否定。
宇宙は限りがあるかないか、
あの世は存在するかという形而上学的問題に
沈黙を守り無記の態度をとったブッダや、
懐疑論、不可知論の立場を主張したサンジャヤなどと同様に、
マハーヴィーラは
真理は多様に言い表すことができるとし、
あらゆる事柄について、
一方的に判断することを避け、
物事を相対的に考察せよと説いた。
相対主義はアネーカーンタ・ヴァーダ(多面的見解)と呼ばれる。
断定を避け、
常に『ある点からすると』(スヤート)こういえると言い、
全てのものは多数の見方ができると主張。
(賢者の思考法=多様な視点自体を教義にしている)
六師外道のうち
アージーヴィカ教の当時の代表的人物であった、
運命決定論、無因無縁論のマッカリ・ゴーサーラは
ジャイナ教とも関係が深い。
マッカリ・ゴーサーラの生涯の詳細は不明だが
仏教、ジャイナ教、アージーヴィカ教の三つが有力な宗教として
互いに勢力を競っていた紀元前五世紀ころと考えられる。
牛小屋=ゴーサーラ。
ジャイナ教の聖典『バガヴァイー』によると
ゴーサーラははじめジャイナ教のマハーヴィーラの弟子となって
六年間修業を共にしたが、
ゴーサーラがその時々に行った種々のできごとが伝えられている。
そのまま事実とはいえないが、ある真実に基づいた伝承が含まれていることは確実であろう。
ゴーサーラの所説は詳しく仏教の『沙門果経』に伝えられている。
「生ける者たちには煩悩の汚れがあるが、
それらには因(原因)もなく、
縁(二次的原因)もない。
生ける者たちは、因も縁もなくして煩悩に汚されている。
また生ける者たちが清められるのには、
因もなく、縁もない。
生ける者たちは、因も縁もなくして清まるのである。
自分が作りだすということもなく、
他の者が作りだすということもなく、
人が作りだすということもない。
力は存在しないし、
意志的行動は存在しないし、
人間の勢力は存在しないし、
人間の努力は存在しない。
すべての生ける者たち、
すべての生気ある者たち、
すべての存在する者たち、
すべての生命ある者たちは、
みずから支配することもなく、
力もなく、
活力もなく、
宿命(ニヤティ)と出会い(サンガティ)と
生来の資質(バーヴァ)に影響支配されて
生存の六種類の生まれ(アビジャーティ)のうちのいずれかにおいて、
苦楽を感受するのである。
八百四十万の大劫があり、この期間には、
愚者も賢者も流転し輪廻して、
ついに苦しみを終滅するにいたるであろう。
この期間には、
『わたしはこの戒行によって、
また誓戒によって、
あるいは苦行によって、
あるいは清浄行によって、
いまだ果報の熟していない業を完全に熟させよう。
あるいは、すでに果報の熟した業をくり返しその報いに触れながら、
順次にその果報を消滅することにしよう』ということはおこることはない。
こういうわけで、輪廻は苦楽が、
いわば桝によって量り定められたものとして終滅に達することはないのである。
またそれの盛衰もなく、増減もない。
あたかも、糸毬が投げられると、糸の終わりまで、
ついには解け終わるように、愚者も賢者も、
流転し輪廻して、ついに未来に苦しみを終滅するのである。
(『沙門果経』20-21.vol.Ⅰ,pp.53-55)
修行で中途に解脱することは不可能で
定められた期間は流転し続けるという無因無縁論にして運命決定論。
煩悩に汚れるのも清浄になるのも
原因があるのではなく
自然の定め(ニヤティ)によってそうなる。
物事に原因を認めないから、無因論者と呼ばれる。
すべては自然的に定まっているから人間の努力的行為は意味が無い。
どのような悪い行為、善い行為をしようともそれで運命が変わることはない。
苦から逃れようと努力しても無駄。
苦は定まった輪廻が終わったときにおのずと滅する。
運命を変えようとする人間の行為が無駄であることを主張するから
無行為論者でもある。
(もしかしてこの行為ってカルマ?)
これは人類の思想の中で特異な
万人平等解脱を認めていることとなっている。
解脱は賢者も愚者もなくやってくる。
論理的に考えるとすべてが自然の定めであるから、
苦行によって輪廻から脱しようとする人間の努力も無意味となるはずであるが
文献の伝えるところによれば
ゴーサーラの一派、アージーヴィカの徒たちは苦行をしていたという。
仏教の『マハーサッチャカ・スッタ』は
ゴーサーラの先駆者であるナンダ・ヴァッチャと
キサ・サンキッチャと
ゴーサーラたちが行う「行」について次のように伝えている。
「かれらはじつに裸形であり、
〔座して食することなど〕世間の習慣を捨てていて、
〔立ったままで食し〕、
食後には指を食べて清め、
〔行乞の際に施食を受けるために〕近づくことと、
暫時待つことを乞われても、それに従わず、
〔行乞に出る前に庵室に〕持ってこられた施食を受けず、
とくにかれみずからのために料理された食物を受けず、
食事に招かれても応じない。
かれらは〔食物を料理した〕鍋釜などから直接に食物を受けず、
敷居よりも内部・杖の間・棒の間に置かれた食物を受けず、
二人を食事をしているときにそのうちの一人の提供する食物を受けず、
妊娠している女・
授乳している女・
男と交わっている女からは食物を受けず、
旱魃時には信徒が集めてくれた食物を受けず、
犬が近くにいるところでは食物を受けず。
ハエが群がっているところでは食物を受けず、
魚・肉・種々なる酒を受けず、
粥を飲まない。
かれは一見の家で食物を得て〔すぐに托鉢から帰ってしまう〕
『一口食う者』である。
あるいは二軒の家で食物を得て、二口食う者である。
あるいは七軒の家で食物を得て、七口食う者である。
一つの小椀の食物のみによって暮らし
あるいは二つの小椀の食物によって暮らし、
あるいは七つの小椀の食物のみによって暮らす。
このようにして半月にいたるあいだでも〔中止期間をおいて〕
順次の規定に従って食物を得ることに専念している。
またあるときにはきわめて美味なる食物を食し
きわめて壮麗な臥床に臥し、
きわめて美味なる飲料を飲む。
かれらはこのようにして身体を力づけ、
力を増させ、肥らせる」
(『中部経典』vol.Ⅰ,pp.237-238)
最後の一文は修行としては奇妙であるが
中村元博士は、恐らく苦行のみには耐えられず、
時々楽な生活をしてまた苦行に戻るのであろうと、推測している。
驚くべきことに
ここに描写される修行内容は現在のジャイナ教空衣(派は略す)の文献に相当する個所を見つけることができる。
アージーヴィカ教とジャイナ教の関係は相当近いものと考えられる。
(ジャイナ教の、特に裸形派への影響が強い。
立ったまま食べるとか、
布施は偶然余ったものを偶然通りがかることで得られるべきとかは本記事にある)
アージーヴィカ教では苦行は無意味なのになぜ苦行をなしていたのか。
この点は不明であるがバシャム博士は
おそらくアージーヴィカたちが苦行者であるのも
自然の定めがそうさせているからであると考えたのであろう、と推察している。
(カルマ論を否定しているのがすごい。でも輪廻は否定しない。
インド圏では輪廻は思想ではなく事実だという認識だからね。
無因無縁論と運命決定論は
悪行に歯止めをかけるどころか加速させるので広まるとまずいのでは?
苦行したくなって実践するのも運命だと言っていた?
苦行しても無意味だということを苦行をして示した?
でも苦行しても解脱できないことをどうやって第三者が確認できる?
仮に「ほらこんなに苦行しても解脱できないでしょ?」って言っても
「あなたが修行に失敗しただけでしょ」と言われそう。
苦行が無意味だから解脱できないと、
苦行という修行に失敗したから解脱できないを区別できるの?
苦行で尊敬を集めて生活のための布施を得ていたのかも。
なにやりたいと思ってもそれがあらかじめ決まっているなら何やってもいいじゃん
→やりたいことをやろう→苦行がやりたい
なのかも。
教義の中核が一部抜けていて意味不明になっているのかも)
アージーヴィカ教を率いるゴーサーラは
ヴェーダの権威を否定する当時のサマナ(自由思想家)のなかでも
最も有力な人物の一人であり
恐らくはマハーヴィーラやブッダと同等以上の扱いを受けていたであろう。
現在アージーヴィカ教の聖典は隠滅して直接検討できない。
マハーヴィーラとゴーサーラが六年ともに修行したことからもわかるように
両者は密接。
ブッダとデーヴァダッタの関係にも比べられよう。
仏教の中に釈迦牟尼仏を供養しないデーヴァダッタの徒がいたというように、
両者は正統と異端の関係にあったとも考えられる。
白衣の第五アンガ『ヴィヤーハパンナッティ』第十五章などによれば
ゴーサーラは絵解きの遊行者であった。
キャンバスに描かれた絵を見せながら
その絵に描かれた物語を歌にして
人々に聞かせながら、
村から村へ遊行しながら生活の糧を得ていた。
教義を聞かせるために違いないが
語りが娯楽であり
新しい知識や外の世界の情報の源泉でもあったであろう。
(インド版吟遊詩人だ)
絵解き遊行は現代インドでも存在していることが報告されている。
日本にも古くから仏教の絵解き説法師がいて
民衆教化に大きな役割を演じた。
平等解脱思想はブッダやマハーヴィーラから激しく攻撃されたが
日本の浄土系絵解き説法師の極楽往生まちがいなしとの救済を請け負うがごとき
断言の口調に似て
アージーヴィカ教の信者の多かったと目される民衆、
カースト下層の人々にとっては大変な福音となり
救済思想となって受け入れられたであろう。
(たしかに浄土教に似ている。
アージーヴィカ教
「輪廻の期間は決まっているから修行で期間短縮できないよ。
修行できなくても全員解脱する運命だからみんな救われるよ」
を釈迦は否定したのに
修行できなくても救われるのが浄土教(一応釈迦系思想)と共通で
真宗視点の悪人も救われるとしたのが面白い)
マンカリプッタの言葉として、
(この章の名前がマッカリ・ゴーサーラなので
ゴーサーラ・マンカリプッタはジャイナ教での呼び名だろう)
ジャイナ教の伝える『聖仙の語録』に
「じつにターティ(模範となる人、仏教の如来に相当)は
四方にわたる輪廻の荒野から、
自分も他人も救い出す、というので救済者(トラーイン)と呼ばれる。」
とある。
・紀元前444年ごろ
当時の商業活動の中心地であったヴァイシャーリー市の北部のクンダ村
(今日のバスクンド)でマハーヴィーラが誕生。
(生没年の仮説が多い。
紀元前540年生まれ説もある。
ジャイナ教団の伝統説では紀元前599年(または紀元前598年)生まれらしい。
漢訳仏典にもとづく北伝の仏滅年代を採用すると紀元前444年生まれらしい)
マハーヴィーラ(大雄)に父母が与えた名前は
ヴァッダマーナ(ヴァルダマーナ)=成長するもの、増大するもの。
マハーヴィーラ=大勇者。
ヴィーラ=勇者。
マハーヴィーラ(大雄)はヤソーヤーと結婚し
一女をもうけたとされるがこれは白衣の伝承で
空衣では結婚の事実を認めない。
マハーヴィーラ(大雄)は両親が死ぬまでは出家しないという約束を守る。
父母の死後に兄の許しを得て30歳のとき
まず財産を一年かけて分与してから故郷を去り出家しサマナとなった。
寒い冬の時期であった。
十三か月を経過し再び冬が来た時に
着用していた衣類すらも捨て去った。
これはパーサの教えから大きく離れる一歩であった。
『アーヤーラ』によれば
マハーヴィーラ(大雄)は人の背丈ほどの壁に囲まれて
これを凝視して
瞑想に専念していた様子が伝えられている。
女性を近づけず、人と交わらず、
問えども答えず、礼するも受けず、
打たれても動揺せず罵られてもひるまず、
ただ黙々と瞑想に専念し、人々を驚嘆させた。
歌舞音曲のようなものに心を奪われず
二か年以上、冷水を使ったり求めたりしなかった。
『バガヴァイー』十五章によると
マハーヴィーラ(大雄)は出家後二年目にゴーサーラに会い、
六年間修業を共にし、
後に別れて四年後に完全な智慧を得てジナ(勝者)になった。
十二年間の苦行を終わったマハーヴィーラ(大雄)は
第十三年目の夏の夜、ウッジュヴァーリヤ河の北岸で
ジャンビヤ村の農夫サーマーガ所有の野原にいた。
近くにサーラ樹のある場所で、
最高の完全智に達し、完全者(ケーヴァリン)となった。
一切智(サッヴァンニュ)に達し、
さとりを開いたときには世界、神々、人間、悪魔のありさま、
彼らがどこから来てどこへ行くのか、という詳しいすがたを見通したという。
(『カルパ・スートラ』)
マハーヴィーラ(大雄)は三十年教化を行って
七十二歳でビハールのパーヴァーの市中のハッティパーラ王の高官の公邸において亡くなり
ニルヴァーナに達したといわれる。出家から四十二年目であった。
(マハーヴィーラの出家は30歳。
殺されたりせずに死んだようだ。
偉人が殺されると狂った神格化につながるのでよくない。
人は人として死なせ、死後もずっと人のままでないといけない。
神格化された死者は生者の思想兵器となる。
神格化された死者も凶悪だが
生者が創造した法人(法神)が人間を牛耳っているのが現状。
峨骨
@Chimaera925
2018年7月6日
豆腐の角で頭ぶつけたり、バナナの皮で滑って死んだりしたら、
死後に祀られて神格化する事も無いが、
あんな報道で象徴にしてしまうのはどうかなと。
テロを名目に監視やら強化したい側からすれば、活動の活発化は大歓迎だろうけどな。
どうせ支援者に傷は付けねぇだろうし。
神格化された英雄も悪党も象徴になってしまう。
人は人のまま死なせておかなければ、後々面倒臭い事になる。
大義や象徴は厄介な代物だからね。
峨骨
@Chimaera925
2016年6月5日
法人を人として見るならば、その人格はサイコパスだ。
利益にならなければ切り捨てるし、欲望に限度はない。
規制されなければどこまででもカネの為ならやる。
グローバル企業や外国人投資家は進出先がどうなろうと、
リスクを現地の労働者に背負わせれば良い。
独占や寡占まではいい顔するかもしれないが。
峨骨
@Chimaera925
2012年6月19日
もしも進化論が正しいのならば、自然は人間の為に創造されてもいなければ、
人間は神に選ばれ自然や生物に対する支配権を与えられた絶対の存在でもないと言う事になる。
他動物が人間に劣ると言うのも、
人間の持つ徳目を至上としただけのこと。
動物に神は居ない。人は人の似姿として神を創造した。
)
マハーヴィーラ(大勇者)の死、精神的にいえば入滅は
ジャイナ教暦の紀元である。
白衣はこれをヴィクラマ暦(A.D58/57)の前470年とし、
空衣はシャカ暦(B.C78)の前605年としている。
後者は誤ってヴィクラマ暦とされる。
これらの主張(いずれもB.C527/526となる)を批判的に吟味してヤコービ教授は
1879年にB.C467年と算定し
シャルパンティエ教授はこの数字を新たな証拠によって補強しようとした。
ヤコービ教授自身1891年に
477/76年と結論して、
以下の著書では477年説に基づいて記述されている。
(ジャイナ教も専用の暦があるのか)
聴聞完成者(シュルタ・ケーヴァリン)
=聖典の本文を誤りも遺漏もなしに完全に保持する人々。
白衣派(シュヴェーターンバラ派、白衣を着ることを許す)
空衣(ディガンバラ派、裸形派。
より厳格で不殺生と無所有を実践するために裸)
ジャイナ教の修道女は修道僧に従属している。
裸が解脱の条件である空衣では修道女が劣った地位にあるのは明らか。
両派は聖典を同じくすることを認めない。
白衣が解脱を前にしての両性の平等を認めるが、
空衣は否定。
教団の二派の分裂は西暦1世紀ごろ。
二大宗派の違い一覧
・空衣(ディガンバラ派、裸形派)
マハーヴィーラは結婚していないし、子供もいない。
白衣の着用によっては解脱は得られない。
女性の解脱(ストリー・ムクティ)は認めない。
完全者(ケーヴァリン)は食事をとる必要がない。
マハーヴィーラはバラモン女性の胎内から
クシャトリヤ女性の胎内に移っていない。
第十九番目の祖師マッリナータも男性。
祖師の尊像は座像と立像があり、伏せ目であり、
装飾品は一切つけていない。
座像はパドマ・アーサナ(蓮華座)、
立像はカーヤ・ウットサルガ(両足を少し開き、両腕を体側に沿って垂らす)の印契。
古聖典は散佚してしまい今に伝わっていない。
白衣の聖典の権威を認めない。
現存白衣の聖典の権威をみとめず、
代用聖典と呼ばれるべき副次聖典がある。
・白衣派(シュヴェーターンバラ派、白衣を着ることを許す)
マハーヴィーラは結婚し子供をもうけた
完全者(ケーヴァリン)の食事を認める。
マハーヴィーラはバラモン女性の胎内から
クシャトリヤ女性の胎内に移った。
第十九番目の祖師マッリナータは女性。
祖師の尊像は一般に座像で
目や胸に宝石をはめこみ、時に衣服着用。
目は全開で前を向いている。
古聖典は伝承されてアーガマにまとめられている。
白衣も空衣もバドラバーフが全聖典を完全に知っていた最後の師でであると教えている。
マハーヴィーラ(大雄)の没後683年ブータヴァリヤーチャーリヤの没した後
聖典の知識はまったく失われてしまったということである。
したがって空衣によれば現今聖典の伝わるものはなく
白衣の聖典は古来の純粋なる聖典とは一致していないといわれ、
対して空衣ではだいたい西暦900年ごろに従来行なわれていた
この派の教書を四部にまとめ四ヴェーダと称してこれに代用。
空衣は白衣の聖典(白衣はアーガマあるいはシッダーンタと呼ぶ)の権威を認めないが
現在では経典名など共通のものが両派に伝わっている。
ヤコービ教授は聖典の最も古い部分を紀元前四世紀から三世紀におくことができると考えた。
世界の形は
上下の両方が広がっていて、中央部において狭くなっている。
世界(ローカ)の外に非世界(アローカ)があるとする。
霊魂(ジーヴァ)と非霊魂(アジーヴァ)があり
アジーヴァは
運動の条件(ダンマ)
静止の条件(アダンマ)
虚空(アーカーサ)
物質(ポッガラ)の四つ。
霊魂と合わせて五つの実在体(アッティカーヤ)と称する。
時間(カーラ)を実体と考え合わせて六つとすることもある。
実在体と訳したのはアッティカーヤ(梵語ではアスティ・カーヤ)で直訳すれば
存在の集合。
なぜ実在体が存在の集合かといえばそれぞれ点(パエーサ)の集合であるから。
五つの実在体はみな実体であり
時間は時間点(サマヤ)よりなり
現在は一時間点に相当しているが
未来はこれに一時間点の増加
過去は一時間点の減少から成り立つとした。
時間全体は過去の二倍よりも一つ多く
未来の二倍よりも一つ少ない。
過去は時間全体の半分より一つ多く
未来は時間全体の半分より一つ少ない。
さらに最小の可算時間単位であるアーヴァリヤーはウッサピニーに至るまで
他のものと同様に無数の時間点をもつ。
(数直線的に考える。
現在をn
未来をf
過去をp
時間全体をtとする。
n=0(基準の時間点)
t=2p +1
t=2f -1
+
----------------
2t=2(p+f)
t=p+f+0
=p+f+n
p=t/2+1
f=t/2-1
+
----------------
p+f=t
確かに数式的に正しい。
以上の数式計算は完全に間違っているかもしれないのであしからず)
霊魂の本質は精神作用であり
認識能力に応じて働く。
物質は霊魂に身体と物理的な運動を可能にする。
宇宙は永遠の昔から実在体によって構成されていて
宇宙を創造し支配している主宰神のようなものは存在しないとする。
主宰神を否認した点では他の自由思想家たちと共通でありインドの無神論を代表しているともいえる。
(この無神論の神=ゴッド。
ジャイナ教は神々の実在は認める。
ん、それだと一神教以外は全部無神論だな。
ウィキが異様に詳しいので宇宙論などは簡略化して記す。
ジャイナ教は日本には政治的影響力はほぼないから大丈夫だと判断。
ジャイナ教
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%8A%E6%95%99
業 (ジャイナ教)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%8A%E6%95%99%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%9E
ジャイナ宇宙論
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%8A%E5%AE%87%E5%AE%99%E8%AB%96
”アーチャーリャのジナセナのマハープラーニャ(Mahāpurāṇa)は次の引用文で有名である:
「数人の愚かな男が創造主が世界を創ったと宣言した。
世界が想像されたものだという教義は無思慮なものであり、拒絶されるべきだ。
神が世界を創造したのなら、創造する前の神はどこにいたというのか?
神は超越的存在で何の助けも必要としないというのなら、神は今どこにいるのか?
どうして神が何の素材もなくこの世界が創造できるということがあろうか?
神が先に素材を作り、その後で世界を創ったというなら、無限後退に陥る。」
…
「この宇宙は創造されたのではないし
誰かによって維持されているわけでもない。
そうではなく、何の助けもなく自己持続している。」”)
ジャイナ教は後世、
宇宙は両腕を弓なりに曲げた拳を腰にあてて起立する人間の姿であらわされる。
人間の姿をした宇宙像。
三界からなり
人間の下肢=下界、
帯の地域=中界、
上界。
地獄に堕ちた者の色調(レーシュヤー)は暗い色
すなわち灰色、青黒、黒色。
上界はメール山の上方にある。
上下に重なる五つの区域に分かれる。
下から第一の区域は十六カルパの区域(宇宙人間形の両脇に相当する相い重なる八対)であって、
天上の馬車に乗る神々のカルパヴァーシンの群の住む十二の天国である。
第二区域は宇宙の人間の頸の区域である。
九つのグライヴェーヤカ天国がこれを構成する。
第三区域は宇宙の人間の顎に相当する。
それは九つのアヌディシャ天国を含む。
第四は五つの無上の天国よりなる。
これは五つの顔面の開口。
これら三つの区域に住む神々はヴァイマーニカであり
アハンインドラの群れに属する。
第五区域は宇宙の頂上であり宇宙の人間の頂髻である。
解脱した霊魂は至福の中にその場に憩う。
そこはシッダ・クシェートラ。
(上界は首と頭だけでなく両脇の高さも含まれるのか
頂髻はちょうけいと読むらしい。
三十二相=仏の姿の32の特徴
の一つに
頂髻相(ちょうけいそう)
=頭の頂の肉が隆起して髻(もとどり)の形を成している
(別名が肉髻(にくけい))
というのがある。)
宇宙の時間は劫(カルパ)という相等しいいくつかの時期に分かれ
それが無限に繰り返すと考えるインド共通の観念をジャイナ教もまた認める。
ジャイナ教では時期は車輪のある一定点がなす円運動に比較される。
下降相と上昇相という二つの変化相に分かれる。
始めは大きな幸福の時期であり非常に長い時期で
その間人々は考えられないような長寿と大きな身長の利益を得ていた。
十本の豊穣の樹が人々のすべての必要を充たし彼らは何ら骨を折る必要はなかった。
人々は自発的に有徳で死しては直接神々の世界に移った。
しかしその人々にはジャイナ教の教えは説かれなかった。
(ジャイナ教も人は最初は巨人だったという教えか)
現在は下降相である第五期で
徳と真理の支配が弱まり無秩序が増大する。
不幸以外はほとんどない。
これは紀元前523年からはじまる。
現在の劫の最後の救済者(ティールタンカラ)である
ジナ・マハーヴィーラが解脱に達したときから三年八か月半後のことである。
ジャイナ教徒は宇宙は合成されているが破壊されないものと考え
ヒンドゥー教の還滅(プララヤ)の観念を認めない。
その時に輪が再び昇るであろう。
それは劫の上昇相。
極度の幸福の時期と極度の不幸の時期は精神の解放には不都合で
むしろ中位の時期が好都合であることに注意。
・白衣派の聖典
(ごく一部だけ記す)
十二アンガ(肢) 古い伝承を保存している部分。
『アーヤーランガ・スッタ』の前編が
現在ジャイナ教聖典の最古層を代表。
『バガヴァティー・ヴィヤーハパンナッティ』あるいは
単に親しみを込めて『バガヴァイー』と呼ばれる。
ヴィヤーハパンナッティ
=説明を明らかにすること。
『チェーヤスッタ』はすべての僧の戒律に関するもので
仏教での律部に相当。
その一つが
『カッパ』
僧侶と尼僧の教団生活規則を中心に述べる。
(僧という言葉はよくないから男性修行者と女性修行者と呼ぶ方がいいのでは)
・ジーヴァは地水火風、動物植物の六種にあるから六種の霊魂がある。
元素にまで霊魂があることに注意。
(これ霊魂という言葉が持つイメージとかなり違うからこれよりジーヴァと記す。
訳すなら生命素とか生命源かな?)
物質内部に想定される生命力を実体的に考えたものであろう。
これはインド原住民に古来存するアニミズムにしたがっているとふつう学者は解しているが
反対説もある。
すなわち
最古の聖典『アーヤーランガ』によってみるに
簡単にアニミズムと言えない。
水を飲むなというのは水の中に生物が含まれているからである。
火を扱うな、というのは火が生物を傷つけるからである、と。
ジャイナ教は現実の自然界の観察から出発する。
ジーヴァの本質は精神作用(ウパヨーガ)だと想定されている。
具体的には
ジーヴァの本質は
認識(ジュニャーナ)、直観(ダルシャナ)、
快感(スカ)、苦(ドッカ)であるとする聖典もあれば
(正しい)認識、(正しい)直観、
(正しい)行(チャリタ)、
苦行(タパス)と努力(精進ヴィリーヤ)とする聖典もある。
一般的にいえばジーヴァの本質は意志を含めた知と生命性。
ここでいうジーヴァはインド哲学一般のアートマンと同じであり
個々の物質の内部に想定される生命力を実体的に考えたものである。
ジャイナ教は唯一の常住偏在なるアートマンを認めず
多数の実体的な個我のみを認める多我説だと解されている。
やや後世の霊魂観(ジーヴァ観)では
ジーヴァは宿る身体に応ずるたけの大きさを有し、また上昇性をもっているという。
前者は身体のうちのどの部分にも感覚があるから
身体のうちにジーヴァが満ちていると考えた結果導かれた想定。
後者は古い時代から霊魂が死後に太陽あるいは月の世界に行くなどと考えていた思想
が祖師パーサ(パールシヴァ)によって継承され、
ジーヴァは上昇するものだと考えられジャイナ教に取り入れられた。
宿る体にジーヴァが満ちていることと上昇することはジャイナ教の
霊魂観として後に有名になる。
霊魂は生命をもつものとしてジーヴァと呼ばれ
生きているものはジーヴァと呼ばれる。
ジーヴァの数は全体として一定で増減しない。
ある存在の段階や類では平衡も増加も減少もある。
一切智者は例外で数が減少しない。
聖典ではジーヴァとアートマン(アーヤー)の違いはあまり明確でない。
空衣はジーヴァをしばしばアーヤー(AMg.アーダー)と呼ぶ。
ジーヴァは世界の虚空と同数の空間点を有し
それにより業の結果として
いかなる容積の身体にジーヴァが侵入してもただちにそれを充実し得るのだと説く。
体積に大きな違いのある象のジーヴァも虱のジーヴァも
実質的には等量でなければならない。
様々の大きさの部屋を照らす一つの灯火のようなもの。
ジーヴァが無数の単子(モナド)として一切の空間に遍満し
居住する身体に応じてその量を変ずるように、
物質もまたこれを無数永遠にして性質上不変な物質的原子(アトム)の総和とみなされている。
業の材料のようなものは、
多数の原子が一個の原子の場所を占拠するという関係において超感覚的なものを構成する。
あたかも砂が袋に満ちるように、業はジーヴァに満ちている。
ジーヴァには以下のような区分がある。
意識をもつ
意識をもたない
解脱した
輪廻の中にある
不動(一根=身根つまり触覚のみ)
可動(二根以上をもつ)
不動とは地水火風(鉱物的要素)、植物。
少なくとも生命と感覚を持つ。
ジャイナ教ではジーヴァをまったく持たない自然の合成物の存在を認めない。
霊魂の行く末は四つの道(ガティ)に分類されている。
人間、天人(神)、動物(畜生)、地獄の住人の四つの道。
霊魂の功徳と罪過は心的色彩(レーシュヤー)によって示される。
これは身体にしみこむ適応した色合いによって表される。
色には六つある。
三つは暗い色で下位。
下から、黒、青黒、灰色。
他の三つは明るい色で上位。
下から上に
黄、バラ、白色。
地獄の住人は黒い。
宇宙の頂上に向かって上昇するにつて黄、黄バラ、バラ白色、純白色がある。
純粋な精神の瞑想は白いといわれる。
(四道輪廻。
大雑把な説明
ジーヴァ(霊魂)=風船(勝手に上に行く)
ポッガラ(原子、物質)
=風船が上に行かないようにしている重り
(勝手に下に行く)
業(カルマ。微細な物質の一種)
=重りを風船にひっつけるノリみたいなもの。
元はただの物質だからジーヴァに浸透すると業と呼ばれる(業物質)。
(業は流入すると表現されるので
ジーヴァの表面にひっつく(内側に入らない)ノリという比喩は不正確だが
便宜上仕方ない)
風船に一切重りがついていない状態にして
風船が天上へ行けるようにする=解脱が最終目的。
殺生などをすると風船に重りがひっつきまくる。
物質は業の力で霊魂の周囲に付着。)
アジーヴァの一つの
虚空は世界と非世界を含む。
空間とも訳せる。
実体であり精神でもなく物質でもなく
形体をもたず、感知されない。
動かないし無力。
無限なただ一つの全体であり無数の空間単位を含む。
これらは数学的な点であるように見えないで
三次元をもつ最小限の広がり。
アーカーサの本質はある量の原子に場所を与えること。
一方、
時間(カーラ)
永遠にして単一で空間的広がりがない。
時間の特相は持続。
時間は実在体に含められたり、
省かれたりするが
虚空は決して省かれない。
物質(ポッガラ)
ポッガラは原始的構造をもち、原子とも呼ばれ
無数に存在し多数の物体を構成し
場所を占有し、
色・味・香・可触性を有し
その可触性は冷・暖と粗・密とか結びついたものである。
原子は無限に分かれた段階(グナ)がある。
原子はそれ自体でもしくは衝突によって、
分子の凝集(カンダ)となる。
分子の凝集は対応する色などを有しうる。
そのような分子の凝集は二、三の原子からなるが
分子の凝集との関連で原子は
最も微細な物質と呼ばれる。
物質は活動性と下降性とを有する。
物質は業の力によってジーヴァの周囲に付着し
その下降性のゆえにジーヴァを身体のうちにとどめ
上昇性を発揮することができないようにしているとされる。
霊魂は上昇性を有し
物質は下降性を有するのはすでにパーサの教説にある。
物質は原子から構成されていると考えた。
原子は一つの空間点(パデーサ)を占めているが部分を有せず分割もできず
破壊もできない。
物質の原語ポッガラは原子という意味を同時にもっている。
しかしシュブリング教授によれば原子そのものがポッガラと呼ばれている例は見当たらないという。
一つの原子は色・味・香の性質を持つが
二原子として結合すれば可触性を生ずる。
原子の結合はそれ自体の性質または他の刺激によって生ずるとされている。
原子論はインドにおいてはジャイナ教徒がはじめて明確にした。
最初期から原子の観念があったかどうかは疑問だが、
遅れて成立した啓典のうちにはすでに説かれている(『バガヴァイー』)。
(西洋科学の原子論へのインド系思想、特にジャイナ教の影響が気になる)
時間(カーラ)
時間は永遠にして単一で空間的な広がりを有しない。
時間の特相は持続(ヴァルタナ)。
機能は事物の存在継続、変化、運動、古いこと、新しいこと。
時間は無限に多くの瞬間よりなる。
時の無限の全体は持続の最小限である瞬間
または時の原子の途切れてはいないけれども
ほんとうは別々の単位よりなるとされている。
瞬間
=物質の原子が空間の一点から他の点に移るのに要する時間
と定義される。
(原子の移動時間は一定?)
それぞれの世界空間の微点のうちに存するそれぞれのものが
時間の極微であり
あたかも宝玉の堆積のごとく
無数の実体である。
時間は実在体に含まれたり省かれたりしている。
流入(アーサヴァ)
身体が活動(ヨーガ)して身口意の三業を現ずると
その業のために微細な物質(ポッガラ)がジーヴァを取り巻いて付着する。
これを流入(アーサヴァ)と称する。
漢訳仏典では漏。
ただ仏典では漏とは漏泄の義だと解するが
ジャイナ教徒はこの語(梵語アースラヴァ=アーサヴァ)を
流れ入るという意味に解した。漏入と訳すこともある。
この世の苦しみは行動(業)から生ずると考えていた。
苦行者たちが修行で排除していく輪廻の暴流のうち
外から押し寄せてくる流れをパリッサヴァと呼び、
内に漏れこんだ流れをアーサヴァと呼んだ。
防ぎまもること(制御 サンヴァラ)
ジャイナ教では苦しみに悩まされる根源は執着があるからと考える。
外界の対象に執着してはならぬと教える。
以下『アーヤーランガ』(最古層のジャイナ教聖典)
「感官の対象(外の事物)なるものは、
〔罪悪のおこる〕根の場所である。
〔罪悪のおこる〕根の場所なるものは、
感官の対象(外の事物)である。
それゆえに感官の対象(外の事物)を求める放逸なる人は、
大なる苦悩(パリターパ)をもって暮らすであろう」
「快・不快に悩まされてはならぬ。
不快とはなにであるか?
また歓喜とはなにであるか?
これにも執われることなく行ずべきである。
一切の戯笑を捨てて、
心を没せしめることなく、
守って遍歴せよ」
「感覚した事柄に関して無関心となれ」
『イシバーシヤーイム(聖仙の語録』
(近年出版されて注目される。古い聖者たちの教えとして
ジャイナ教の側が伝えたもので
ウパニシャッドの哲人や仏教のサーリプッタ(舎利弗)も登場)
(修行者は業の流れをせきとめなければならないので
マハーヴィーラの弟子が師にたずねた)
「あらゆるところから、業の流れ(ソータ)は侵入してくる。
業の流れをせき止めることはできないのか、と問われたならば
聖仙は答えるべきである。
いかなる方法をとれば、業の流れはせき止めることができるのか?」
これに対して、尊敬さるべき・聖仙ヴァッダマーナは答えていった。
「目覚めた(気をつけた)人(聖者)にとっては、
五つの感覚器官が眠り、
眠っている人(聖者でない人)にとっては五〔つの感覚器官〕は目覚めて(活発化して)いる。
人は五〔つの器官〕を通じて汚れ(=業)を受け取る。
五〔つの器官〕のところで汚れ(業)は留まるであろう。
快い音あるいは悪しき音を耳から受け取っても、
快い音に愛着してはならない。
また悪しき音について怒るべきではない。
快い音において、愛着をおこさず、
また他の(悪い音)において怒らず、
業の流れをせき止めていない者たちのなかにあっても(アヴィローディン)、
眠らずに(気をつけて)いるならば、かくして業の流れはせき止められる。」
(次に色と眼、香と鼻、味と舌、触れられるものと皮膚との関係についても、
同様の説明をくり返している。
そっくりの対話が仏典にある)
『スッタニパータ』1034;1035
「煩悩の流れはあらゆるところに向かって流れる。
その流れをせきとめるものはなにですか?
その流れを防ぎまもるものはなにですか?
その流れはなにによって塞がれるのでしょうか?
それを語ってください。」
これに対してブッダが答えた。
「世の中におけるあらゆる煩悩の流れをせきとめるものは、
めざめて気をつけることである。
〔気をつけることが〕煩悩の流れを防ぎまもるものである。
その流れは知慧によって塞がれるであろう。」
仏教でも人間の生存は「煩悩の流れ」(ソータ)にあると考えていた。
そうしてそれをせきとめることが解脱だと考えていた。
比較すると問題提起の仕方も返答もほとんど同一。
ジャイナ教は感官制御を強調し
仏教では気をつけて、知慧を確立することを説く。
前述の二つの問答はいずれも祖師マハーヴィーラおよびブッダにもっとも近いと思われる最古のもの。
ゆえに類似は重要。
このような実践は
防ぎまもること(制御 サンヴァラ)と呼ばれていて
初期仏教もジャイナ教も共通。
当時の諸宗教が苦行などを中心としていたのに対して
仏教は当初は知慧を重んずる方向に出発したと考えられる。
ジャイナ教では業に束縛されたわれわれの悲惨な状態を脱し
永遠のやすらぎである至福の状態に達するためには、
一方では苦行によって過去の業を滅ぼすとともに
他方では新しい業の流入を防止して霊魂を浄化し霊魂の本性を発現させるようにしなければならない。
これを制御(サンヴァラ)と称する。
この語を漢訳仏典では律儀と訳している。
語源的に見てもおそらく、
業の流入をせきとめること、塞ぐこと、防止、遮というのが原義で
それはまた自分が悪をなさないよう制することであるから、
その転化した意義が仏教に取り入れられて
律儀となったのであろう。
(律儀(りつぎ と読むらしい)は仏教用語だったのか)
払い落とすこと(止滅 ニルジャラー)
新しく流入する業物質の防止がサンヴァラなのに対し、
既にジーヴァの中に蓄積された業物質(カルマ・プドガラ)を
苦行(タパス)などによってジーヴァから払い落とすことが止滅(ニルジャラー)。
汚れを物質化、実体化する考えがある。
輪廻(サンサーラ)
=迷いの生存。
植物にも生まれ変わる。
身口意が活動すると活動で物質が流入してジーヴァに付着。
ジーヴァに付着した物質はそのままでは業ではないが
さらにそれがジーヴァに浸透したときその物質が業と呼ばれる。
それで業物質と呼ばれることがある。
そして業の身体(カンマ・サリーラガ)と称する
特別の身体を形成しジーヴァの本性をくらまし束縛している。
行為そのものが結果として苦しみをもたらすので
人生は苦しみだという思想が誕生する。
ジャイナ教は業を物質的に考えていた。
仏教は業は精神的なものと考えていた。
当時業が未来に果報をもたらすことを否認する
無行為論者(アキリャー・ヴァーディン)がいたが
註釈家によると仏教徒(バウッダ)をたぶんに意味していたという。
無我説は異端とみられていたのだろう。
(異端?異教では?)
ジャイナ教は輪廻の主体としてジーヴァを想定。
ジャイナ教以前で
ウパニシャッドでは形而上学的な意味における輪廻の主体をつねに想定していた。
ヤージニヤヴァルキヤはブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッドで
輪廻の主体を個我の中心としての霊魂、
すなわちアートマンは身体を去ってのち直ちに他の身体に入ると考えていたようである。
修行、とくに苦行で業の身体を滅ぼしつくしたまらば
ジーヴァの清浄な本性がおのずから現れ、
一切の苦しみから離脱することになり
それが解脱。
身体の壊滅すなわち死が解脱を完全なものにする。
業とのむすびつきがなければジーヴァはその時点で
宇宙の最上の場所へと自然に移行する。
修行をしている人は
「物質的な世界(ダッヴァ ローガ)にありながら、
世界・非世界の現象諸相から解脱する」(『アーヤーランガ』)という。
宇宙は永遠の昔から実在体によって構成されていて
大初に宇宙を創造しあるいは支配している主宰神のようなものは存在しない。
修行によって業の束縛が滅せられ
微細な物質がジーヴァから払い落とされることを
止滅(ニルジャラー)と称する。
ニルジャラーの結果、
罪悪や汚れを滅し去って完全な智慧を得た人は、
完全者(ケーヴァリン)となり
「生をも望まず、死をも欲せず」(『アーヤーランガ』)という境地に至り、
さらに
「現世をも来世をも願うことなし」(『アーヤーランガ』)という境地に到達する。
この境地に達すると生死を超越し、現世も来世も超越する。
死を願うのも執着だからだ。
解脱は生前において、この世において得られる(『アーヤーランガ』)。
理想の境地は彼岸(パーラ)とも呼ばれ、
仏教では彼岸といい、
ジャイナ教でも最初期から用いる。
解脱の境地をまた
最高の真理(ウッタマッタ)と呼んでいる。
この究極の境地はただ否定的にのみ表現され得る。
この否定的表現はウパニシャッドにおける
アートマンの説明が
「ネーティ ネーティ」(非ず非ず)のアートマンと表現されるのと同じ。
「〔解脱した人は〕長でなく、短でなく、
円でなく、三角形でなく、四角形でなく、球体でなく、
…
身体があるのでなく、
身体から脱したのでなく、
身体に留まっているのでなく、
女性でなく、男性でなく、中性でなく、
知慧(パリジュニャー)があり、
意識(サンジュニャー)があるが、
しかり、
〔解脱した霊魂の本性を知るべき〕譬喩(ひゆ)は存しない。
その本質は形を有せず、
句(パダ)のないものに句は存せず、
…」(『アーヤーランガ』)
遅れて成立した聖典には
修行者が解脱すると「業の身体」を捨てて
自身の固有の浮力によって、
一サマヤ(短い時間)の間に上昇し、
まっすぐにイーシーパッバーラーという天界の上に存する完成者(シッダ)たちの住処に達するという。
解脱したジーヴァは過去の完成者たちの仲間に入るのである。
これは後世まで継承されジャイナ教の特徴の一つとされている。
視点(ナヤ)
なんらかの手段で、ある対象を述べる視点がナヤによって与えられる。
ナヤ=ものを見る視点、ものの見方。
最古の聖典にはナヤの技法はないので後に教義が確定する過程で成立したものとみられる。
相対主義の立場。
視点(ナヤ)の技法のように完成した形は比較的後期の聖典『アヌオーガダーラーイム』の中にあり
ニッケーヴァという名前で後代にも頻繁に現れる。
対象の規定を四つの視点
名前
表象
実体
状態
から行なう。
必須(アーヴァッサヤはこう説明する。
名前から必須とは
必須とは必須と名前がつけられたものである。
表象から見た必須とは
何か必須のものを表わした絵や像。
実体から見た必須とは
必須と思われる事柄で
出家者視点では必須の(アーヴァッサの)文言であり
異教の者からすれば義務的な礼拝であり
日常的には朝の身だしなみである。
(要は具体例)
状態から見た必須は
必須な認識として感じられるもの。
ジャイナ教では必須(アーヴァッサ)の文言を誠実に実行することで
非ジャイナ教では『マハーバーラタ』などの叙事詩の吟誦であり
もしくは宗教的必要性に基づいて特定の時間に行われる儀礼。
対象は
「ティヴァッタッヴァム シヤー」(ある点からすれば……であるといえる)という
言葉を付して言い表せる。
原始聖典の中には七つの根本ナヤ(ムーラ・ナヤ)がある。
1 一般世人の見方
世の人たちが現在なしている行動の目的を表示
2 まとめる見方
類概念、つまり共通性に注目し
個々の特殊性を無視。
3 日常生活上の
全体を知ってからそれの著しい特殊性を強調。
経験的知識にもとづいた実際的理解となる
4 直線的な
過去現在未来、前後にわかることがらを越えて
現在に関するものだけを取る。
5 語に由来する
語を意味をもった語として理解し表現することをいうのであろう。
たとえば
スメール山があった、ある、あるであろうという場合に
スメール山が時間の相違を有すると考える見方。
この場合
そのたびごとにいつも異なったスメール山が存在するという語の誤りになる。
(???よくわからないぞ)
6 同義語に由来する区別的な見方
種々の意義を越えて、
一つの意義をめざして語源的に説明
7 はたらきに由来する
一つの事物を
それを意味する語の語源が暗示しているような活動を行うものとして把捉すること。
(6とかぶるのでは?)
ジャイナ教では
すべてのものは多数の性質からなるという存在論を主張。
これを多面的見解(アネーカーンタ・ヴァーダ)と称するが
これを言語的表現に反映させたものが有名なスヤード・ヴァーダと呼ばれる。
六師外道のサンジャヤの懐疑論や仏教の四句分別と深い関係がある。
(四句分別
①有り②無し③有りかつ無し④有るに非ず無しに非ずの四種類)
スヤード・ヴァーダの発見は初期に属するであろうし
マハーヴィーラ(大雄)自身かもしれないが、
いわゆる七句表示法(サプタ・バンギー・ナヤ)という名前で
明確に現われるのは後代の無名の作品においてである。
他の宗教思想、哲学学派との論争で成立したものではないかと推測されている。
一つの対象を言い表す場合
一面的な(エーカーンタ)主張は不可能であり
あえて表現しようとすれば
ある点から言えば(スヤート)という限定詞を付して言うしかないとする。
七つの言明の分枝という意味で
七句表示法(サプタ・バンギー・ナヤ)と呼ぶ。
例示すれば
瓶はある点からすれば、
1 存在する
2 存在しない
3 存在しかつ存在しない
4 表現できない
5 存在しかつ表現されない
6 存在せずかつ表現されない
7 存在し、存在せず、かつ表現されない
あらゆる可能態を述べたもので特色ある教説。
教団生活規則=カッパ。
僧侶が相互に話してもよいのは
道を尋ねる場合や道を教える場合
食物を交換する場合。
僧が尼僧に触れてよいのは危険から身を守るために救助するときだけ。
ジャイナ教が慈悲を説く宗教なのは少なくともインドでは一般に認められている。
普通一般には勇者(ヴィーラ)という者を
武勇に任せて人を殺傷する力の強い者のことだと考えている。
しかし、生きものを傷つけない人、
それが最上の勇者(ヴィーラ)である、とジャイナ教では主張する。
履物を履くと気づかぬうちに地上の虫を踏みつぶす可能性があるから裸足。
ジャイナ教の箒は触れるとやわらかいので掃いても小虫も殺さないようにできている。
水は濾過器でこして飲む。
林の中を歩かない。
出家修行者にはとくに厳重な戒律の実践が要求され、
食物を煮炊きしない。
人をして煮炊きさせてはならない。
大昔の修行者はなまものばかり食べていたらしいと推測。
今日では午前中なら煮炊きした食物を食している
(正午以後はなにものも口にしないのが普通)。
(なまものばかりだと食中毒が怖い)
肉や魚を食べることは最初期ではかならずしも禁止していなかったようだ。
骨の多い肉や魚を托鉢のときに受けてはならぬが
その一部分を受けて食べるのはさしつかえないとしている。
仏教では最初期には施しとして食物のなかに肉の入っているのを
かならずしも拒まなかったといわれる。
ガンジーは幼少のころの環境からジャイナ教の影響を受けて成長したといわれている。
ジャイナ教の不殺生の教えを最初に評価した日本人は南方熊楠。
(『南方熊楠――地球志向の比較学』)
マハーヴィーラ(大勇者)は裸形(アチェーラ)と伝えられ、
初期の修行者は服を着ず、
蚊やハエなどに身を曝していた。
なぜ裸形なのかと典籍いわく
肉体でさえ霊魂にまといつく覆い、束縛となっている。
まして衣服を身に着けるのは、
なおさら霊魂の清浄な本性をくらますことになる、と。
白衣では夫人が修行生活に入り解脱に到達し得ることを認めるが
空衣派では認めない。
だから尼僧は白衣派のみいる。
インドでは裸形の修行者は非常に古くから存在し
ギリシア人たちには
裸の哲人(ギムノソフィスタイ)という名で知られていた。
ジャイナ教徒の礼拝するジナ像は完全な裸体。
白衣もはじめのうちはきちんと仕立てた衣ではなく、
ボロ切れを縫い合わせて衣とするのが部分的には行なわれていた。
最初期の仏教の糞掃衣に対応。
現在は清潔な感じのするきちんと仕立てられた白衣をまとう。
在俗信者は
(高僧に)
侍する人(ウヴァーサガ 優婆塞)。
屠殺・肉食の禁止。
木こり禁止。
沼地の干拓禁止。
車を曳くことの禁止。
大工禁止。
農業禁止。
(一応禁止と要約したが
完全禁止か部分的禁止かは不明。
しないのが望ましい程度なのかも不明)
商人はものを右から左へ移して利潤をあげる仕事なので商人がふさわしい。
金融業や小売業は動き回らずに商売ができる。
ジャイナ教徒に金貸しが多いのも必然。
金持ちが多いのも事実。
勤勉で嘘をつかないので商売がうまくいく。
肉食などの贅沢もしないし、
お酒も飲まないのでお金がますます蓄まっていく。
金融業に携わり、お金を貯めるので、
よくヨーロッパのユダヤ人に例えられることがある。
乗り物に制限ができる。
修行者は徒歩で移動。
修行者は海を渡ってはいけないので外国に布教もできない。
ジャイナ教の対象はインド人に限られてしまう。
暗くなってからの食事も禁止。
空衣と白衣のそれぞれの派が紹介されているが割愛。
仏教とジャイナ教の比較
(特に初期仏教)
パーリ『法句経』(『ダンマパダ』)183
「すべて悪しきことをなさず、
善いことを行ない、
自己の心を浄めること、
――これが諸の仏の教えである」
(中村元訳)
(参照:
『法句経』
「諸悪莫作 諸善奉行 自浄其意 是諸仏教」)
に代表される詩句は
大変重要で、
古来、七仏通戒偈(しちぶつ つうかいげ。七仏通誡偈)として親しまれてきたもので
この一句で仏教の教えのすべてを示すとされるほど。
ジャイナ教固有の伝承として
「『わたし(マハーヴィーラ)は、
すべての悪しきことをなさないようにしよう』と考えて、
サーマーイカ行(=平静の行)を受け入れる〔行う〕」
(『アーヤーランガ・スッタ』
『アーガモーダヤ』)
がある。
このくだりは、
ジャイナ教の第二十四祖師マハーヴィーラ(大雄)が
長兄に許しを得てから、
一切の所有物を捨て去って、
出家するさいの重要な伝承。
つまり出家直前のマハーヴィーラが
五掴みの髪を引き抜いて、
過去の完成者たちに敬意を払った後で立てた、
「誓いのことば」として伝えられるもので重要な伝承。
マハーヴィーラと
釈迦との比較表がある。
マハーヴィーラの出家の経緯で
両親の死後は空衣、
許可を得ては白衣。
上方世界
ジャイナは涅槃の地としてのシッダローカ
仏教は涅槃の後の場はない。
(”禅門で日常に読誦するお経の一つに「七仏通戒偈」と云う短いお経がある。
諸悪莫作(しょあくまくさ)・・・・諸々(もろもろ)の悪を作(な)すこと莫(なか)れ
衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)・・・衆(もろもろ)の善を奉行し
自浄其意(じじょうごい)・・・・・自ら其(そ)の意(こころ)を浄くせよ
是諸仏教(ぜしょぶっきょう)・・・是れ諸仏の教えなり”
http://www.jyofukuji.com/10zengo/2006/01.htm)
文献案内あり
あとがき
(中村元先生に恩があるとある)
今までに七仏通戒偈(しちぶつ つうかいげ。七仏通誡偈)として有名な
法句経の「諸悪莫作(しょあくまくさ)」(もろもろの悪をなすなかれ)が
マハーヴィーラの出家時の「誓の言葉」に一致することを見つけ、
1993年にパリの印度研究誌に発表し
2005年には今まで学会未発表の
『法句経とジャイナ教古聖典の類似表現』を二十数例、
『印度学仏教学研究』に発表できたことは、
私にとって中村先生の学恩に報いるささやかな成果であるといえる。
以上
参考資料
全裸で生きるジャイナ教の聖者 https://t.co/9vAPCbQtyg @MitsuiMasashiさんから
— でち子 (@yokuwakarunner) 2018年10月3日
インドの「ジャイナ教」にまつわる記事が興味深すぎる……
— 塩谷 舞(milieu編集長) (@ciotan) 2018年9月16日
宗教上、別の生き物を殺傷出来ないゆえ、信者の方々の職は宝石商や金融関係が多く、結果として裕福なコミュニティを形成している、という点にも驚き。@MitsuiMasashi さんのメディアの記事。語り口も素敵…https://t.co/f4vr4QN2m3 pic.twitter.com/Xl57EFRk0M
”ジャイナ教は信者数が450万人とインドではかなりマイナーな部類に入る宗教なのだが、信者一人一人の信仰心はとても篤いのだ。
…
ジャイナ教徒は厳格な菜食主義者だし、人を殺す軍人や魚を殺す漁師になることもなく、
(土の中の微生物を殺す可能性のある)農業に従事することもなかった。
そのためジャイナ教徒は伝統的に金融業や宝石商や役人などの職に就く人が多く、結果的にインドでも比較的裕福なコミュニティーを形成するに至ったという。
ジャイナ教の僧(聖者)は「不殺生(アヒンサー)」にもとづいた厳しい生活を送っている。徹底した菜食主義を貫くのはもちろんのこと、夜には絶対にものを食べないという。暗い中で食事をすると、食べ物の中に虫が入っていてもそれに気付かずに殺してしまう可能性があるからだ。
また、僧は常に生き物を殺さないように細心の注意を払って暮らしている。彼らが手に持っているクジャクの羽も、座るときに小さな虫を踏みつぶさないように払うためのものだ。生きているだけでものすごく疲れるような生活だが、彼らはそれを自ら選び取っているのだ。
…
ジャイナ教の聖者が真っ裸なのは「無所有」という戒律によるものだ。服も下着も靴も何も所有しない。だから裸なのだ。寺院には開祖マハーヴィーラの像が置かれているのだが、その像もまた全裸だった。開祖も裸で生き、それ以降の僧も彼を真似て裸で生きてきたのだ。(ジャイナ教はいくつかの宗派に分かれていて、僧に白衣の着用を認めている派もある)
…
食事は11時に一度とるだけで、あとは一切何も食べず、水さえ飲まないという。夜は「沈黙の時間」とされているので、何も喋らない。寝るときも布団は使わずに、ワラの上に眠る。また、毛髪はハサミやカミソリは使わずにむしり取る(!)のだそうだ。
どこかへ移動するときは必ず徒歩で行い、バスや電車に乗ることはない。説法をするために遠くの町に出かけるときにも、ただひたすら歩き続けるのだ。一日に70キロ以上歩いたこともあるという。そのあいだもやはり何も食べないし何も飲まないというのだから、実に驚嘆すべき体力と精神力の持ち主なのである。
夏のインドは恐ろしく暑い。おそらくアスファルトの上は50度以上にもなるはずだ。そこを裸足で何十キロも歩き続けるというのだ。水も飲まないで。もちろん彼にとってはそれも修行の一貫なのだろうが、部外者の目にはほとんど常軌を逸した行為のようにも見える。
いずれにしても、そのような厳しい修行に耐え、禁欲生活を徹底しているからこそ、聖者は多くの在家信者に尊敬されているのだろう。何も持たないし、何も身につけない。そういう極端な生活を実践していることが、彼の言葉に強い説得力を与えているのだ。
「私はいつも移動しています。川の流れのようにとどまることがない。開祖マハーヴィーラも流浪の人生を送りました。だから私もそうしているのです」
…
ジャイナ教の思想の根底にあるのは「相対主義」だという。すべての事物には多くの属性があるのだから、何かを断定的に判断するべきではない。見る角度を少し変えただけで、ものごとの見え方はまったく違ってくるのだから、「○○は××である」という表現は避けるべきだ、というのである。僧の行動はずいぶん極端だが、その教えの根本にある思想は現代人にもすんなりと理解できるものなのだ。”
યુતકકવસકિ
@suhamma
2018年8月12日
ジャイナ教の考えでは,世界は恒常的で創造神も居ませんが,
代わりに文化英雄みたいな存在は居て,
それは例えばジナセーナ作『アーディプラーナ』だと
今の世界期における最初のティールタンカラとなるリシャバで,
出家前の彼が農業とか火の使い方とか,あと結婚という概念などを教えた事になっている.
でその一環で彼は文法学とか詩論とか実利論とかの各種論典も書いて
それら自分の子供らに伝授するのですが,
『アーディプラーナ』だと息子・娘によって授けられる論典が違っていて
(つまり一人が全てを授けられるわけではない),
どういう基準で伝授される文献が異なるのか良くわからない.
例えばリシャバの長男で後々転輪聖王になるバラタが実利論(アルタシャーストラ)を伝授されるのは
まあ理解できるのだけど,
バラタの弟のバーフバリ(あの突っ立ってる像で有名な)がどういう理由で
カーマスートラとか男女の身体相占いの秘儀を伝授されるのか,とか.
まあこれは別のことを調べていて気付いた話なので,
たぶん『アーディプラーナ』あるいは
その続編のグナバドラ作『ウッタラプラーナ』をなめるように読んでいけば解決するような気がする.
યુતકકવસકિ
@suhamma
2018年5月18日
時々,ジャイナ教のテキストで立派な人や英雄的存在が
「三十二相を具えている」と言われるんですけど,そういう時に何を32個数えているのかいまいちわからないんで困る.まあ仏典の三十二相も内実にはいろいろと揺れがありますけど,内実そのものが分からないジャイナのヴァージョンはもっと困る
ジャイナ教では一般に断食死のことをサッレーカナーと言いますが,それが自殺ではないという議論については,たぶん英語版ウィキペディアが簡潔にまとまっている https://t.co/hk5QgMAepY
— યુતકકવસકિ (@suhamma) 2018年1月19日
結局,suicide/自殺をジャイナ教が術語としてどう定義づけてきたのかという問題にかかわるわけですが,彼らがこれを単純に「自ら命を絶つこと一般」とは考えてないところに問題が出てくるのでしょうか.
ものすごく簡単に(というか仏教風に)言えば,
「なんらかの煩悩に突き動かされて自ら命を絶つ」と「自殺」になり,
「煩悩なく断食して死ぬ」と「自殺」にはならない,というのが基本線だと思います.
細かい議論のヴァリエーションは色々とあるでしょうが.
ああそうだ,日本語で,堀田さんの優れた論文がありました:堀田和義「死に至る断食 : 聖なる儀礼か自殺か?」『死生学研究』10, 2008, 223-243. 無料でPDFが公開されています → https://t.co/Z6IuRg9RvP
— યુતકકવસકિ (@suhamma) 2018年1月19日
だからややこしい話ですが,ジャイナ教は「自殺」は認めないんですよ.煩悩の所産なので.
その一方で,例えば,憑き物にとりつかれてしまった出家前の女性が,これではジャイナ教の教えを損じてしまうというので,正気に戻っている間に断食死を決行し見事死んだ事例がありますが(現代の話です),これは「自殺」とは考えない.
યુતકકવસકિ
@suhamma
2017年7月21日
なおジャイナ的には、自殺とは煩悩ゆえに文字通り自らを殺すこと、つまり殺生に他ならないが故にアウトです。いや君ら断食死するやんというツッコミは今も昔もありますが断食死は自殺に非ずのロジック(の変遷)はそれだけで研究の対象でしょう。
યુતકકવસકિ
@suhamma
2010年6月2日
もう少しマシなものを。「剃髪し、裸形で(*無執着の象徴)、体が汚れていても(*体を洗わない=水を傷つけない=不殺生)、感官や煩悩に支配されてりゃ、『絵の中の修行者』みたいなもの。修行者のなりをした、ただのニセ修行者。」(『バガヴァティー・アーラーダナー』1330詩節)
યુતકકવસકિ
@suhamma
2010年12月15日
返信先: @naagitaさん
@naagita まず裸形派については勉強不足で、そのような議論があるかどうか知りません。申し訳ないです。ただ、確か裸形派では(少なくともある時代から)出家即裸形、ではなく、裸形は煩悩を克服した末の一種のシンボルになった(つまり裸形であれば必然的に恥など持たない)と(続)
次に、白衣派では裸形はオプション修行なので、衣を得られなければ裸形でもいいのですが、「裸形が恥ずかしくて修行にならんのなら、褌はしなさい」という規定があります。(続)
あっ、そんなやり取りがあるのですか。>衣ケン度 それは知りませんでした。確かに、釈尊からdisられてもおかしくはないですねー。裸形派でも、非信者の市民と交流する場合はそれ専門のバッターラカという僧侶がいて、そいつらは着衣ですからね。
યુતકકવસકિ
@suhamma
2011年1月7日
裸形派の坊さんの写真は今まで色々と見てきたが、いつも疑問に思うのは結構キビしい修行をしている(はず)なのに、だいたいみんな中肉中背か、下手するとビール腹の坊さんがいることである。
KumarinX
@KumarinX
2011年1月7日
返信先: @suhammaさん
栄養失調で腹回りの筋力がなくて布袋さんのような腹になっている訳じゃないのですか? RT @suhamma 裸形派の坊さん~いつも疑問に思うのは結構キビしい修行をしている(はず)なのに、だいたいみんな中肉中背か、下手するとビール腹の坊さんがいることである。
યુતકકવસકિ
@suhamma
2011年1月7日
返信先: @KumarinXさん
@kuma_rin あー、そういうのではないですね。見る限り、普通に、日本の風呂屋にいるような(笑)おっちゃんが裸形してるように見えます。肌の色が褐色なので余計日本人には健康そう?に見えるのかも知れませんが・・・
યુતકકવસકિ
@suhamma
2018年9月18日
裸形派にも女性の出家行者は居るんですけど,
ただ女性は男性とは違って女性のままでは裸形にはなれないとされるので,
裸形の男性の修行者よりも,出家者としての霊的ランクが低いんですね.
この辺言い方が難しいんですが「裸形派に女性の出家者は居ない」というのは正答とも誤答ともいえるというか
યુતકકવસકિ
@suhamma
2015年5月6日
ジャイナ教のコスモロジーとかコスモグラフィーで90分×1の授業、って難しいですな…。細かい話は幾らでもできるけど、それで時間を潰すのは避けるべきですしな。細かい数字は(白衣派限定ですが)定方晟先生の『インド宇宙論大全』を見てください、という話で。
યુતકકવસકિ
@suhamma
2015年6月2日
そういえば今日はジャイナ教の宇宙論と現代科学とのすり合わせ、みたいな話から梵暦の話に及び、岡田正彦先生の『忘れられた仏教天文学』http://www.amazon.co.jp/dp/4902218119/ref=cm_sw_r_tw_dp_.BBBvb19FZ9AR … を紹介したんだけど、今の仏教者の方々って須弥山的世界観はどう思ってらっしゃるんでしょう。
યુતકકવસકિ
@suhamma
2018年11月11日
クリシュナが,自分の馬を奪った神と決闘するに際して闘いの方法を神に問うたところ「お尻を使って闘おう」と言われてクリシュナが「そんな闘いかたしたことない.私の負けだ.馬を持っていけ」と降参するというよくわからない神話を読んでいる…(ジャイナ教の資料です)
@suhamma
2013年1月28日
「織田(得能)先生の佛教大辞典ていうのは…全部、自分で、しかも、大蔵経を全部読んでやったんです。それ考えると、『華厳経』六十巻くらい読む方が、簡単ですね。でも、その簡単なことをちゃんとやっちゃいないというのが、私達なんです。」(鎌田茂雄先生の「東アジアの仏教儀礼」p.10)
2014-06-09 今を生きる古代宗教ジャイナ教
http://d.hatena.ne.jp/Hyperion64+universe/20140609
”現代のインドではヒンズー教が圧倒的であるが、それでも500万人の信者が残る古代宗教である。「古代」というのもブッダと同じ時代のジナ(マハーヴィーラ)により創唱されたからだ。ついでに言えば南方熊楠翁は至極まともな宗教であると高評価している。
その教えの五戒は高潔で簡潔であり、ガンジーにも影響を与えている。
不殺生(アヒンサー)
真実語(不妄語、サティヤ)
不盗(不与得、アスティーヤ)
不淫(ブラフマチャリヤ)
無所有(不所得、アパリグラハ)
面白いのが渡辺研二氏による仏教との対比である。
ブッダとジナの生年。紀元前444年と紀元前463年。
出身地はビハール州で階級はクシャトリア。
生まれるときに母親は受胎告知の夢をみる。妻の名前はヤショーダーとヤショーダラー。
出家時の年齢は30歳と29歳。悟りの年齢は42歳と35歳。
死去した場所はビハール州。寂滅の時は紀元前372年と紀元前383年である。
ほぼ同時代人。仏教はその後興隆して思想的内容がどんどん新規なものが追加になる(富永仲基の加上である)が、ジャイナ教はほとんど思想的内容は変化しなかった。その替り、インド亜大陸で残存勢力として継続している。
そのシンボルを示す。
f:id:Hyperion64:20140610035943j:image
この欄で取り上げるのにはひとつ理由がある。教義の本質部分に「数学」がハマっていることだ。
ゴンタによれば、
数を甚だ愛好し、計算は幾何学的図形を用いて論証した点を特徴としている。自らを思惟できる七線分の説の創始者と呼んでいる。ある数の空間に一定数の原理を配分して、その最大数と最小数を求めたりしている
七線分の説とは七つの真実(タットヴァ)のことであろう。
しかも、その世界観に「原子説」が含まれる。霊魂と物質による二元論。その物質とは原子からなるとしている。つまり、原子説は宗教と相容れないわけじゃないということだ。
こんな宗教家は少ない。ほとんど皆無であろうから、もう少し注目されてもいいのだ。少なくとも現代の数学者の宗教選択として、ジャイナ教は候補にしてもいいんじゃないだろうか?
後世に同名の数学者マハーヴィーラを輩出しているのも頷ける。彼は専門の数学者(おそらく史上初)であった。『ガニタ・サーラ・サングラハ』(Ganita Sara Sangraha)はジャイナ数学の最高峰とされる。その宗教数学はピュタゴラス学派と対照されてもよいだろう。
【参考資料】
インド思想史 (岩波文庫)
インド思想史 (岩波文庫)
作者: J.ゴンダ,J. Gonda,鎧淳
出版社/メーカー: 岩波書店
発売日: 2002/12/13
メディア: 文庫
クリック: 92回
この商品を含むブログ (9件) を見る
ジャイナ教入門
ジャイナ教入門
作者: 渡辺研二
出版社/メーカー: 現代図書
発売日: 2006/09/01
メディア: 新書
購入: 1人 クリック: 10回
この商品を含むブログ (3件) を見る
非ヨーロッパ起源の数学―もう一つの数学史 (ブルーバックス (B-1120))
非ヨーロッパ起源の数学―もう一つの数学史 (ブルーバックス (B-1120))
作者: ジョージ・G・ジョーゼフ,垣田高夫,大町比佐栄
出版社/メーカー: 講談社
発売日: 1996/05”
世界史マイナー人物bot(古代史編)
@whoswhobot2
2018年7月15日
【ビンドゥサーラ】
前3C前、マウリヤ朝の王(位:前293-68)。頻頭娑羅。父は建国者チャンドラグプタ、子はアショーカ王。カウティリヤの補佐を受け父王の死後発生した反乱を鎮圧し領土を拡大した。ディアドゴイとも交流があり、アミトロカテス王として知られた。
アージーヴィカ教を保護。
યુતકકવસકિ
@suhamma
2017年5月21日
原典入力という日課終了.
あんまりこればかりやっていても仕方ないので一日三十分とか短い時間しかやらないけど,それだとそこまでたくさんは入力できないし悩ましい.
インド古典文献にしてもパーリ仏典にしても漢訳仏典にしても,
今は検索可能な電子データがたくさん提供され,検索一発で用例(だけ)はすぐに見つけれるようになり,
ああ本当に羨ましいのうと思います.ジャイナ教資料て本当に電子データ化されてないんですよ.
先日も某授業で某先生が「一次資料は検索でばっと出てきますけど」などと仰っておられて,いやうちらはまだそんなんちゃいますからなどと思ったりもした.
そんなわけで院生時代から数えてかれこれウン年,独り静かにこの日課を続けているわけです.
યુતકકવસકિ
@suhamma
2017年5月23日
インドのハンセン病、偏見と貧困との闘い :日本経済新聞
私が面白いなあと思うのは,そこで業を否定する方向に行かなかったことなんですよね.
宿業なんて考え方を棄てれば解決する問題のようにも思うんですよ.アージーヴィカ教がやったように.
યુતકકવસકિ
@suhamma
というかそもそも,ジャイナ教の断食死に具体的に言及し,かつそれを批判する仏典てあるんでしょうか…倶舎論の業品で世親がジャイナ教の殺生の定義を批判する(そして,それに対し白衣派のシッダセーナが『タットヴァールタスートラ』注で世親を名指しで再批判する)のはよく知られておりますが
9:41 - 2019年1月19日
あと,仏教が想定するらしい「殺生の成立条件」(4つの条件が必要らしい)をアカランカは言っているのだけど,
仏典のどこでこんなことを言っているのか…
白衣派系注釈では仏教側からの批判には答えていないし,
アカランカがベースにしたプージュヤパーダ注(『サルヴァールタシッディ』)でも仏教のことは何一つ言っていないから,アカランカが独自に足してきた要素だと思うけど,何でわざわざ仏教を仮想敵にして議論しているのかよくわからん
必要上,ウマースヴァーティの『タットヴァールタスートラ』諸注釈のサッレーカナー(←「断食死」の事)の解釈を確認していますが,空衣派のアカランカが想定問答(?)として仏教が投げかける「断食死=自殺」批判に答えていて色々と興味深い.
( યુતકકવસકિ
@suhamma
philologist (Jainism) / vratas in Jainism / Hanshin Tigers / India / Osaka /
It's better to burn out than to fade away / 何以解憂 唯有杜康
कर्मभूमि
2010年1月に登録
短歌行 曹操 漢詩の朗読
https://kanshi.roudokus.com/tankakou.html
”
對酒當歌
人生幾何
譬如朝露
去日苦多
慨當以慷
幽思難忘
何以解憂
唯有杜康
酒に対して当(まさ)に歌うべし
人生幾何(いくばく)ぞ
譬(たと)えば朝露の如(ごと)し
去る日は苦(はなは)だ多し
慨(がい)して当に以(もっ)て慷(こう)すべし
幽思(ゆうし)忘れ難(がた)し
何を以てか憂いを解かん
唯(ただ)杜康(とこう)有るのみ
現代語訳
酒を前にしたらとことん歌うべきだ。
人生がどれほどのものだというのか。
まるで朝露のように儚いものだ。
毎日はどんどん過ぎ去っていく。
思いが高ぶり、
いやが上にも憤り嘆く声は大きくなっていく。
だが沈んだ思いは忘れることができない。
どうやって憂いを消そうか。
ただ酒を呑むしかないではないか。
解説
曹操孟徳(155-220)、いわずと知れた『三国志』の魏の英雄ですね。
息子の曹丕、曹植とともに「三曹」といわれ、詩作にも長けていました。
…
人物鑑定家の許子將に「あんたは治世なら能臣、乱世なら奸雄になる」といわれ、「ふ…乱世の奸雄か…それもよい」とニヤリとするとことか、カッコよすぎです。
最近は『レッドクリフ』という映画がありました。まさに曹操が劇中でこの「短歌行」を歌っていました。
なんか河南省で墓も見つかったらしいです。
【慨して当に以て慷すべし】
思いが高ぶり、いやが上にも憤りの声は大きくなっていく。
【慨す】は思いが高ぶる。 【慷す】は憤り嘆く。
【憂思】 憂い。
【杜康】初めて酒を作ったとされる、酒の神。
「杜氏」の語源という説も。ここでは酒のこと。
麦焼酎「杜康」というのがあります。”)
Jainism and Science
https://www.youtube.com/watch?v=00UluXB_UNw
Life of Jain Monks (Glimpses)
https://www.youtube.com/watch?v=jqExyhLTFaA
James Powell: an Overview of Jainism
https://www.youtube.com/watch?v=3uKyxkgbna4
INDIAN HISTORY - Great Religions of the World - Jainism I
https://www.youtube.com/watch?v=HRRuaQ2emkU
Introduction to Jainism | Belief | Oprah Winfrey Network
https://www.youtube.com/watch?v=h_VA7mWWn58
ジャイナ教 (文中 Sk は Sanskrit (梵語)の略)
http://user.numazu-ct.ac.jp/%7Enozawa/b/jaina.htm
” 1)ニガンタ・ナータプッタ(マハーヴィーラ)のジャイナ教
ジャイナ教は、ニガンタ・ナータプッタ(マハーヴィーラ)によるニガンタ(Sk ニルグランタ)派の改革から生まれた教団である。ニガンタ派は、伝説によればマハーヴィーラの200年から250年前の人とされるパーサ(Sk パールシュヴァ)が開いた宗教である。
ジャイナ教の伝説は、マハーヴィーラ以前に23人のティッタンカラ(“[輪廻の激流を渡り彼岸に到達するための] 渡し場を作った人”、Sk ティールタンカラ)がいたとする。パーサはその23代目、マハーヴィーラは24代目とされる。
これがジャイナ教といわれるのは、マハーヴィーラをジナ(勝利者)と呼ぶことにもとづく。
マハーヴィーラの改革後も“ニガンタ派”の名は使われ、
漢訳仏典においてジャイナ教徒は「尼乾子」(にげんし)として現われる。
2)マハーヴィーラの生涯
マハーヴィーラは、ジャイナ教団の伝統説によれば、
前599年チャイトラ白月13日、ヴァイシャーリー近郊のクンダプラで、父シッダールタと母トゥリシャラーの間に生まれた。ナータ(Sk ジュニャートリ)族出身であることからナータプッタ(“ナータ族の子”)と呼ばれる。
研究者は、マハーヴィーラがブッダと同時代とされることから年代を推定する。このため仏滅年代をいつとするかに対応して、ほぼ二種の説が立てられている。
パーリ語の資料に基づく、「南伝」の仏滅年代によるJacobi説では、マハーヴィーラは549-477BC、
漢訳仏典に基づく「北伝」の仏滅年代をとる中村元説によれば、444-372BCである。1)
伝説によれば、マハーヴィーラの元の名はヴァッダマーナ(Sk ヴァルダマーナ)で、結婚して娘一人をもうけ、両親との死別の後、30歳の時、一切を捨てて修行生活に入った。13ヶ月で衣服を捨てて裸形となり、12年間の苦行の後、42歳の時にリジュクラ河畔ジャブラカ村で修行を完成し悟りを得て、
<ジナ(勝者)>
<マハーヴィーラ(偉大な勇者)>
<アリハンタ(“敵を滅ぼした人”、あるいはアルハット、“修行完成にふさわしい人”)>などと呼ばれるようになる。
その後30年間、ガンジス河中流地域で布教活動をし、72歳のときマガダ国のラージャガハ(Sk ラージャグリハ)近郊パーヴァーにおいて入滅した。白衣派はこれをヴィクラマ暦(起点57or56年BC)の470年前とし、
空衣派はシャカ暦(起点AD78年)の605年前とする。(先の年代論の伝統説はこれらの記事によっている)
3)マハーヴィーラの思想
マハーヴィーラは、パーサの「4戒」を2)、
不殺生・真実語・不盗・不淫・無所有の五つの制戒に改め、
これに懺悔を伴わせてニガンタ派の教義を改革した。
倫理的な生活をおくることによって心を汚れから守ることを説く点は仏教と同じ傾向を示しているが、
より禁欲的で厳格な実践が求められる。とりわけ不殺生と無所有の実行が重視される。
「不殺生」を説くのは、
すべて生きものは苦を憎むので、
殺せば必ずその憎しみが殺害者にふりかかり束縛の原因となるからである。
ジャイナ教において<生き物>は6種(六生類)とされる。
地(土)・水・火・風(空気)・植物・動物の6種である。通常に生き物とされるものよりはるかに範囲が広い。
器いっぱいの水は、器いっぱいの蟻に等しい。ともに生命あるものとされる。
そのためジャイナ教の不殺生戒は、仏教よりも徹底している。ジャイナ修行僧にとって、
(水中の微生物を除くための)水こし袋・
(空気中の微生物を誤って吸い込まないための)口を覆う布・
(道行く時に踏んで殺さないよう虫たちを追い払うための)鈴のついた杖などは、生活の必需品である。
「無所有」を説くのは、次の理由による。
所有は欲求であり、欲求は行為を導く。行為すれば必ず殺生することになり、
殺生は最大の罪で、束縛の原因である。
そのため「すべて」を捨てることが求められる。「すべて」に含まれるのは、ものだけではなく、
家族・親類などの人間関係、欲求などの精神的なもの、さらには修行に不必要なもの「すべて」である。
それ故、衣服を用いない裸形がジャイナの修行の理想とされる。
また修行者の修行も、中道をとる仏教より厳格で、マハーヴィーラが一貫して苦行を続けたことにならって、ひたすら試練に耐えることが重んじられる。苦行は超自然的な験力を生み、霊魂に汚れとしてついた業を払い落とす効果があるとみなされる。
特に断食が重視され、最終解脱には断食により身体を放棄することが必要とされた。
4)教団
マハーヴィーラの教団は、出身地のヴェーサーリー(Sk ヴァイシャーリー)に多くの信者を得た。マハーヴィーラの入滅後、ジャイナ教団はそれほど大きくは成長しなかったようであるが、マウリア朝の宗教保護政策により勢力を伸ばした。アショーカ王の碑文(第7 Delhi-Topra碑文)には仏教(サンガ)、アージーヴィカ派と並んで<ニガンタ派>の名が出る。
その後、飢饉の時、一部が南インドに移住した。そして南北の教団で衣の着用をめぐって解釈が分かれ、
白衣の着用を認めた北インドの教団は「白衣派」、保守的な立場を取った南インドの教団は「空衣派」と呼ばれるに至った。この分裂は、紀元後1世紀頃には完全なものとなったと推定されている。
5)ジャイナ教の聖典
聖典の結集は、マハーヴィーラ入滅後170年、長老バドラバーフ亡き後、マガダ国のパータリプッタ(Sk パータリプトラ)において、ストゥフーラバドラが指導者となって行われた。この時、12の<アンガ>を作成したという。この結集を南インド移住派は正統と認めず、以後白衣派のみが聖典を伝えることとなった。
5世紀、あるいは6世紀には、グジャラートのヴァラビーにおいて経典の再編が行われた。この時までに第12アンガが散逸しており3)、11アンガの再確認と12ウパーンガの付加が行われた。
6)現代のジャイナ教
今日でも、インドの人口の 0.48 % がジャイナ教徒であるが4)、その多くは商業に従事する。
商業以外の職業では、不殺生の制戒を保つことが困難であるからとされる。
注
1)Schubring, Die Lehre der Jainas, Berlin & Leipzig 1935, p.30 (The Doctrine of the Jainas, Delhi 1962, p.38)
Basham, The Wonder That Was India,1954, p.290, Basham説によれば、540-468BCの人。
中村元『インド古代史』下、春秋社、1966年、p.432.
2) パーサの四戒は、次の4つである。
1.生きものを殺傷しない
2.嘘をつかない
3.与えられないものをとらない
4.規則外のものを受けない(あるいは、「外部にあたえない」)
第四の戒については、解釈が分かれている。
3) 第12アンガは、プッヴァ(puvva, Sk pūrva)と呼ばれる14の聖典群を含んでいたが、これらは異教徒との論争の記録で、とりわけ反対論者の説を載せていたのではないかとされる。これら反対論者の教説から異端説が生まれることを恐れて、伝えられなくなったのではないかという説がある。金倉円照『印度古代精神史』岩波書店、1939年、p.233参照。
4) Britannica World Data 1990, p.635.”
インド思想史略説
http://user.numazu-ct.ac.jp/%7Enozawa/b/bukkyou1.htm
ヴァイシェーシカ学派の自然観
http://user.numazu-ct.ac.jp/%7Enozawa/c/contents.htm
鐘の音
@kanenooto7248
5月7日
「これからは代用肉だ」
「植物がかわいそう。植物だって生きてるんです。こんなにひたむきに根を張って死にたくない、生きてたいって言ってるじゃないですか!!」
になるから、ベジタリアンでも「食べていい植物とダメな植物」がでてくると思うよ。まじで。
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
5月7日
返信先: @kanenooto7248さん
ジャイナ教は、完全ベジタリアンですが、地中からとれる野菜(根菜類)もダメです。大根やジャガイモは食べてはいけない。あと、色が赤いのはダメです(トマトなどはダメ)。
0件の返信 10件のリツイート 8 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
3月13日
インド史上の女性で英霊向きでお勧めなのは──
・マリバイ(ジャイナ教24ティルタンカラのうちの唯一人の女性)
・ガルギ(ウパニシャッドの女性見者)
・ミーラバイ(ラージプート州の王女、クリシュナ讃歌で知られる)あたりですかね。召喚してください。FGO
今田 恵@「この世界の片隅に」応援
@dragon_i
3月13日
返信先: @komorikentarouさん
ラクシュミー・バーイーはありそうですが、中華で秦良玉来たので読めません
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
3月11日
タイで売られているカギ十字の入った小物って、仏教の卍か、ジャイナ教のスヴァスティカのものが結構あるのでは。ジャイナ教寺院では古くから用いられているシンボルだし、一部ヒンドゥー教でも用いられているから、それらを禁止するわけにはいかないのでは。>RT
0件の返信 14件のリツイート 19 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
3月2日
次の小説で書こうと思っていますが、
インドではジャイナ教のティルタンカラの座を求めた争いが過去に24回行なわれています。紀元前五世紀にそれに参加したとされるのが仏教では六師外道と伝わる六人の思想家+ブッダ自身の七人なので、七人の思想家による聖杯戦争みたいなものです。@dokuninjin_blue
24-589 表現の自由戦士@公共の敵
@24_589
3月2日
返信先: @komorikentarouさん
ご存知かもしれませんが、ブッダはFate//EXTRAにて『エクストラクラス・セイヴァー(救世者・セイバーとは別)』として登場しますねw。
宗教的問題が大きすぎるので、FGOでの実装は微妙ですが。
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2018年6月26日
ジャイナ教の説法で「いやおまえら。前世が人間だったと思うのはほとんどの場合正しくないから。大体がおまえらの前世は人間じゃないから。前世が人間なのは、徳の高いひと握りの人だけだから」と教えておられる。セーラームーンでの前世観の転換って、このジャイナ教の説法に少し似てるところがある。
0件の返信 23件のリツイート 27 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2018年4月15日
承前)男に生まれ変わらないと成仏できないという思想は、平安時代の日本で生まれたものでなく、ジャイナ教の思想がめぐりめぐって仏教にも入ったものです。
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2018年4月6日
承前)土俵に上がるのが禁じられたのは女性でなく、俗人と演者と違う性の人。女相撲もあったので、そのとき立入禁止になるのは俗人と男性。神事相撲は平安末期に廃れるが、その相撲に関する不文律は後代の興行相撲にも部分的に引き継がれた。その慣習が明治期に土俵の女人禁制ルールへと転じた。
1件の返信 124件のリツイート 111 いいね
mm
@mmhinoeuma
2018年4月9日
「その相撲に関する不文律は後代の興行相撲にも部分的に引き継がれた。」という点は小森さんの推測ではないでしょうか。
1件の返信 0件のリツイート 1 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2018年4月9日
そこのところはおっしゃる通り推測です。五万円払って酒井忠正『日本相撲史』を発注したので、その本が届いて原資料にあたれたら、それに基づく報告を近日中に述べます。
1件の返信 0件のリツイート 1 いいね
mm
@mmhinoeuma
2018年4月10日
文献と各地の神事相撲の分析による次のような研究もあります。山田知子「我が国における相撲の発生に関する研究」
https://otani.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=5964&item_no=1&page_id=13&block_id=21 …
1件の返信 0件のリツイート 1 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2018年4月12日
この論文は、あの北海道教育大のものよりはずっと神事相撲をちゃんと把握しているもので参考になりました。ところで五万円以上もした『日本相撲史』を一通り読んだところ、鎌倉江戸期の相撲に神事相撲のしきたりや風習が入っているという傍証になる資料は見つかりましたが(続
2件の返信 0件のリツイート 1 いいね
mm
@mmhinoeuma
2018年4月14日
以下のような見解もありました。ご参考までに。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180412-00000062-asahi-soci …
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2018年4月15日
返信先: @mmhinoeumaさん
この見解は、文化史・宗教的視座が広めなので、大筋はうなずける話ですね。一度男性にならないと成仏できない思想は平安時代に生まれたものでなく、紀元前のインドでジャイナ教にはある思想なんで、ちょっとどうかと思う所もあり。
mm
@mmhinoeuma
2018年4月15日
返信先: @komorikentarouさん
原文では、変成男子思想は平安時代に広がるとあり、生まれたとは言っていないです。
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2017年10月16日
小森健太朗@相撲ミステリの人さんが永井均をリツイートしました
仏教についてよいことを言っておられる。ただ、同様なことはインド生まれの他の宗教、ジャイナ教とシーク教についても言えるところがあると思う。シーク教にとってナナークの存在は絶対的とはいえないから、リベラルたりうる宗教ですよね。
小森健太朗@相撲ミステリの人さんが追加
永井均
@hitoshinagai1
キリスト教にはキリストの存在が不可欠で、その発言も絶対的だが、仏教に仏陀の存在は不可欠ではなく、その発言も絶対的ではない。本質的に同じことを別の人が発見して別の言い方で言ってもよかったのだ。その真理性は歴史上の個的事実には依拠しない一般的性格をもつからだ。これがリベラ…
このスレッドを表示
キリスト教にはキリストの存在が不可欠で、その発言も絶対的だが、仏教に仏陀の存在は不可欠ではなく、その発言も絶対的ではない。本質的に同じことを別の人が発見して別の言い方で言ってもよかったのだ。その真理性は歴史上の個的事実には依拠しない一般的性格をもつからだ。これがリベラルの意味。
— 永井均 (@hitoshinagai1) 2017年10月16日
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2017年6月13日
ジャイナ教の人が食べられるものがなくなりますー>RT
2017年2月12日
そうか、殺菌にアルコールを使うのも、ハラールにはアウトになるのか。給食で対応を求める人たちは、そのへんはどう考えているのかね。信者数の多寡で宗教の差別をしないのなら、日本にもジャイナ教の信者がいる。ジャイナ教の戒律にあう食事を出せるように求めるのだろうか。
2017年2月11日
ハラールと給食の話題が出ているが、ジャイナ教の戒律に従う信者の食事を出すとなると、厳格な菜食で卵や牛乳も動物由来だからダメ、根菜類は土中のものだからダメ、トマトなど色が赤いものはダメ、となるわけで。神戸にジャイナ教会があるけど、白衣派は空衣派ほど戒律が厳重でないそうだが。
2016年11月3日
卍も鉤十字とされる逆卍も、仏教より古くからジャイナ教で使われているシンボルです。それを用いるのを禁じるというのは、ジャイナ教の人たちへの迫害にならないだろうかと思う。
2件の返信 112件のリツイート 54 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2016年2月26日
卍と鉤十字は、ともにジャイナ教で使われているシンボルで、仏教の発祥より歴史は古いんだよ。歴史の浅いナチスの占有物ではない。
0件の返信 6件のリツイート 5 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2015年12月11日
紀元前五世紀にインドに輩出した七大思想家(ブッダ+六師外道)のうち、現在まで教団が残るのは仏教とジャイナ教の二派のみだが、アレクサンダーが征服にいった頃は、まだ他の派の教団も存続していた。ダンダダーリーは、六師の一派の流れを汲むもののようだ。
0件の返信 1件のリツイート 3 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2015年11月14日
卍も知らずに神社にナチのシンボルが!と騒いでいる無知なのがいて呆れた。しかし、卍も鉤十字も、遡れば仏教より古く、ジャイナ教で使われているシンボルですね。
1件の返信 2件のリツイート 2 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2015年1月7日
@lotus060299 なるほど、ありがとう。ジャイナ教内の勢力図って、主流派、テーラパンタ、タランパンタの三派の比率、三国志の時代の魏呉蜀の国力の比率と大体近いですね。
0件の返信 0件のリツイート 1 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2015年1月6日
ところでジャイナ教でも、白衣派と空衣派の違いはわかるしタランパント派もある程度わかりますが、テーラパント派っていうのは、どんな特色なんでしょうね。@lotus060299
0件の返信 0件のリツイート 1 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2015年1月6日
ジャイナ教はインド国外にはほとんど進出していないものと思っていましたが、外国布教をやっているのですか。 RT @lotus060299 インド・ラジャスターン州のジャイナ教テーラパンタ派の聖地でのイベントに去年行った時、ロシア人やウクライナ人などのスラヴ系の人が200~300人
0件の返信 1件のリツイート 3 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2014年9月16日
しかしジャイナ教の改革派というのも、大体そのくらいの時期にかたまって出ているわけですね。「グル・グランタ」に採られた神秘家もその時期のが多い。そのムスリム系はファリーダくらいかと思っていたらDhanna Bhagatもムスリム系のようですし。@lotus060299
山本貴嗣
@atsuji_yamamoto
2014年8月1日
で、ヒンドゥーは輪廻転生を説くと一般には思われてるけど(で、実際そう信じてる人いっぱいいるけど)、
かの地の覚者の言行録を読むと「そういうの幻だから早く気づきなさい」って説いてる人も複数いて、外側からうわさだけで見ててはわからないなと思います。
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2014年8月1日
返信先: @atsuji_yamamotoさん
思想家をたくさん輩出した紀元前五百年頃のインドのビッグ7が、ブッダ+六師外道ですね。この七大思想家のうち、後世に教団を残したのは、ブッダの仏教とマハヴィーラのジャイナ教ですが、同時代的には、七人ともいずれ劣らぬ大教師とみなされていたようです。@atsuji_yamamoto
0件の返信 2件のリツイート 3 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2014年8月1日
返信先: @atsuji_yamamotoさん
おっしゃるとおりですね。ブッダの時代でも、ライバルとなる思想家がジャイナ教のマハヴィーラはじめ「六師外道」といわれる六大教師がいたわけですが、唯物論者、不可知論、享楽主義者がいて、ブッダ含めた七教説のうち輪廻を説いているのは三人にすぎません。 @atsuji_yamamoto
山本貴嗣
@atsuji_yamamoto
2014年8月1日
返信先: @komorikentarouさん
@komorikentarou おお、なるほど;ありがとうございます。「外道」って日本ではすごくネガティブなニュアンスの言葉になってますが、本来の原語とは明らかに違いますよね?(サンスクリットはわかりませんが
1件の返信 2件のリツイート 1 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2014年8月1日
思想家をたくさん輩出した紀元前五百年頃のインドのビッグ7が、ブッダ+六師外道ですね。
この七大思想家のうち、後世に教団を残したのは、ブッダの仏教とマハヴィーラのジャイナ教ですが、同時代的には、七人ともいずれ劣らぬ大教師とみなされていたようです。@atsuji_yamamoto
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2014年4月26日
(承前)モヘンジョ・ダロの七層ある一番深い層でジャイナ教初代ティータンカラが崇められていた形跡があり、また一万年くらい古いのではないかといわれる『リグ・ヴェーダ』にもジャイナ教初期ティータンカラが出てくるので、さらに遡ると、ジャイナ教人口が世界最大だった時代があるかもしれない。
0件の返信 8件のリツイート 2
@komorikentarou
2013年8月17日
ところでジャイナ教の七値論理学では、真、偽、真偽決定不能、
再帰的真、再帰的偽、再帰的真偽決定不能、言明不可の七つから成る。これまで第三と第六がどう違うのかよくわからなかったのだが、第三に普通のパラドックス、第六にゲーデル文のようなものが入るのではないかと。(2)
0件の返信 2件のリツイート 3 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2013年8月17日
ゲーデル文というのは、ジャイナ教の七値論理学では第六にあたるのではないかと考えていて、
通常の二値論理学(真か偽)、三値論理学(真、偽、真偽決定不能)の二派の論理学派がそれまでインドで論争していたが、この三値めにはクレタ人の嘘つき命題などが入ると考えられる(1)
0件の返信 0件のリツイート 3 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2013年2月17日
ジャイナ教の裸行派、英訳文でnudist schoolとなっているな……。
0件の返信 1件のリツイート 3 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2012年5月20日
ジャイナ教の七値論理学の第六カテゴリーに該当する論理命題がなかなか見当たらないので考えていたのだが、ゲーデル文がそれにあたるのではないか。第三カテゴリーにあてはまるのが、エピメニデスのパラドックスなどなのに対し、それをタイプ理論で回避して召来するパラドックスだから。
0件の返信 0件のリツイート 2 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
2012年5月4日
ジャイナ教の創世神話、翻訳が難しいので、想像込みの解釈をすると、ビッグ・バンみたいな爆発とともに宇宙が始まるというイメージでいいのかな。その爆発は、前の宇宙が消滅するときの爆発となるようだが──。
ティータンカラは全部で24人現れる。
2012年2月17日
ジャイナ教の七値論理学を検討していたら、第三領域がクレタ人のパラドックスが入り、第六領域にゲーデル文が入ることに気づいた。ゲーデル論理に対応しているジャイナ教論理学おそるべし。
2012年2月10日
後期の創作論講義ではジャイナ教の七値論理学についてかなり時間かけて論じたんで、学生のレポートも三割くらいは七値論理学話だ。
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
5月29日
ジャイナ教の戒律でも、肉食完全禁止、動物性たんぱく質もダメなので、卵も牛乳も乳製品もダメ。赤い色の野菜もダメ、根菜類もダメと禁止食物は多いのがヴィーガンに似てはいるが、ジャイナ教は別にヴィーガンを応援したり共闘したりしていないなー。
યુતકકવસકિ
@suhamma
5月30日
返信先: @komorikentarouさん
はじめまして.個人的体験ですが,数年前にロンドン大学のジャイナ教ワークショップに参加した時,イギリス在住ジャイナ教徒(インド人)がランチ時にヴィーガニズムのプロモーションを熱心にしていました.少なくともインド外ジャイナ教徒は,共闘していないという訳でもなさそうです.
1件の返信 2件のリツイート 3 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
5月30日
コメントありがとうございます。ジャイナ教の方でしょうか??
1件の返信 0件のリツイート 1 いいね
યુતકકવસકિ
@suhamma
5月30日
私自身はジャイナ教徒ではなく,ジャイナ教を専門に研究している者です.
1件の返信 0件のリツイート 0 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
5月30日
そうでしたか。ジャイナ教にも戒律を厳格に守る派と、ゆるめの派があると思いますが、戒律を厳格に守る派にとっては、移動手段としての飛行機などは使えないのではないですか?そうなると、ジャイナ教徒が英国に留学するのは無理になるのでは……?
1件の返信 0件のリツイート 3 いいね
યુતકકવસકિ
@suhamma
5月30日
ヴィーガン活動をしていたのは在家信者です(在家信者は移動OKなので).
伝統的に僧・尼は渡航できませんが,白衣派の改革派であるテーラパンタ(テーラパンティー)派は,通常よりランクが下の出家者を設定しており,サマニーと呼ばれる彼女ら(専ら尼さんです)は渡航可能で海外に留学もします.
2件の返信 2件のリツイート 3 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
5月30日
なるほど、ロンドン大学に留学しておられるのはテーラパンタの在家信者の方なのですね。
0件の返信 0件のリツイート 0 いいね
1件の返信 0件のリツイート 1 いいね
યુતકકવસકિ
@suhamma
5月30日
あ,留学しておられるのは在家信者ではなく,出家者です.
サマニーはあくまでも「まだ修行(霊的レベル)がそこまで進展していないお坊さん(尼さん)」という位置づけです.
યુતકકવસકિ
@suhamma
5月30日
返信先: @suhammaさん、@komorikentarouさん
ロンドン大学にはイギリス在住ジャイナ教徒の出資でジャイナ教研究センターなるものがありまして,修士号や博士号が取得可能ということで,そこにテーラパンタ派のサマニーが実際に留学し,インド外の学会で積極的に発表してらっしゃるサマニーもおられます(私も昨年ヴァンクーバーで遭遇しました)
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
5月30日
すると、ヴィーガンの活動は、ある程度は菜食を奉じるジャイナ教と連携・共闘があるということですね。貴重な情報ありがとうございます。
田蛙澄
@taatooru
9 時間9 時間前
返信先: @komorikentarouさん
よろしければお聞きしたいのですが、ジャイナ教で赤い野菜が駄目というのは初めて聞いたのですが、どのような理由なのでしょうか。もし典拠をご記憶ならばお教えいただきたいのですが。
2件の返信 0件のリツイート 1 いいね
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
9 時間9 時間前
トマトなどの野菜が避けられるのは「血の色」に似ているためか、そういう理由だったと思います。典拠はさがせばありますが、インド暮らしでの実聞から知らされたことがらです。
1件の返信 1件のリツイート 2 いいね
英語のページ。Jain Food Restrictions https://t.co/o6BRiZqqOQ 根菜類禁止の話とかも載ってました。
— 小森健太朗@相撲ミステリの人 (@komorikentarou) 2019年6月2日
田蛙澄
@taatooru
8 時間8 時間前
返信先: @komorikentarouさん
ご丁寧にありがとうございます。確かにパリュシャナの時期は果物も避けて特にトマトは避けるとありますね。とても勉強になりました。
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
10 時間10 時間前
インドのレストランは、西洋人向けのものを除けば基本は菜食主義。で、そういう店に入ってメニューにあるハンバーガーを食べたことがあるのだが「おっちゃん、これ肉使ってないなら何?」と訊いたら「それはグルテンでつくった代用肉でつくったもの。うちは完全非肉食だ」と言ってたのを思い出す。
小森健太朗@相撲ミステリの人
@komorikentarou
5月29日
しかしインドで開かれた世界菜食主義会議が大荒れになったニュースは聞いたことがあるから、菜食主義とは平和でないものという印象はあった。無精卵は菜食主義者が食べてよいものかを巡って大激論をかわしていた。
buvery @buvery
6月2日
なるほど。彼らは、不殺生の徹底が全ての根底にあり、植物ですら根菜を食べない、攻撃的ではない人たちですから、問題を起こさないのでしょうね。
小森健太朗@相撲ミステリの人@komorikentarou
返信先: @buveryさん
それと、インドでの菜食主義会議で、無精卵を食べるのは菜食主義に反しないという主張に怒ってジャイナ教原理派が大暴れしているので、攻撃性や暴力の発露ではヴィーガンと彼らは相通じる面があるようです。
ジャイナ教の戒律を忠実に守っているのは信者の中でも厳格派の少数派ですが、やはり健康面や発育に歪みや障害はあるようです。
9:37 - 2019年6月3日
@komorikentarou
インドでの菜食事情は、おおまかに以下のとおり。ヒンドゥー教は菜食、ただし動物を殺さない乳製品などはOK。ベンガルのヒンドゥー教徒は魚はOKとする。
ジャイナ教は完全菜食、動物性由来の牛乳・卵・乳製品もダメ。シーク教は、牛豚以外は割合食べるか?(シーク教については若干不確かかも)。
યુતકકવસકિ
@suhamma
ジャイナ教では布を布施してもらう時に「これは誰のものか」と僧は質問しなければならないのだが,「ワシは布も持ってない貧乏人と思てるんか!」あるいは「いくら貧乏でも布くらい持ってるわ!」とキレられた時の対処法を今読んでいる…(13世紀位の話)
なお,本当に貧乏人だったとしても,貧乏は悪業の所産なので,二度と貧乏にならぬよう善業を積ませるためには矢張り布を布施させたほうがよいのだが,ではどう対応するべきか…みたいなことも書いている
યુતકકવસકિ
@suhamma
1月14日
白衣派ジャイナ教の場合,解脱するには完全な聖典に関する知識が必要とされるのですが,ジャイナ教の聖典の一部は散逸しているので,実はマハーヴィーラの孫弟子だか曾孫弟子以降,この地で解脱したことは居ないことになっている.
もっとも「この地で」というのがミソで,結局どうするかというとジャイナ教の白衣派も仏国土というか浄土思想みたいなことを言いだすわけです.つまり死後マハーヴィデーハという仏国土めいたところに転生し,そこで修行して解脱するという観念が登場する.
この「マハーヴィデーハ解脱論」(と私が勝手に名づけるところの),割と重要な概念だと思うのですけど,殆ど誰も気にしていない気がするし,研究も全く無いような気が.
大なり小なり仏教に親しみがないと気にかけないことなのかもしれない.この件で注意を喚起したのも日本人研究者(Suzuko Ohira 先生)だったし.
6 分6 分前
少なくともジャイナ教に関して言えば,現地に行かず海外で発表せず,
ただ原典を読むというのならお金はそこまでいらない.Jain eLibrary の存在はそれほど大きいものです.ただし最新の研究とか手に入れるとかあるので,それでも最低限の予算はどこかから取らないと一定のレベルは保てない.
で,インドに行かない・海外学会に参加/発表しない・研究会を開催しない,
なんて有り得ないわけで…原典を容易に参照できるというメリットはジャイナ教研究にはあるけど,
それでもお金は要るわけですよ (´・ω・`)
Kiyonori Nagasaki
? @knagasaki
3 時間3 時間前
総じて「人文系の研究者が外部資金とらなくても研究できていた事情」についてそろそろきちんと調査した方がいいのかもしれないと思う。図書館という巨大な存在が支えてくれていたことも含めて。
小森健太朗@相撲ミステリの人?
? @komorikentarou
ヴィーガンの食物戒律はジャイナ教のそれと大体同じ。ただ、貝については、ジャイナ教ではたぶんダメなはず。ヴィーガンさんは、もっとジャイナ教を学ばないといけないのでは。
ジャイナ教では牛乳、卵もダメ。動物性由来のものが皆ダメなので、そのあたりはヴィーガンと大体共通。
ヴェーダ文献を読むためにサンスクリット語を勉強するなら、まだ辞書が完備されているのでよいですし、初期仏教のパーリ語も辞書は揃っているが、ジャイナ教をやり初めて、アグダマーガディ語とかになってくると、出口もよくわからぬ沼にひきずりこまれていきます……。https://t.co/KIM5ILHuD1
— 小森健太朗@相撲ミステリの人? (@komorikentarou) 2019年6月30日
インドで生まれた仏教とジャイナ教は共に、男性でなければ解脱できないという思想があり、女性は一旦輪廻で男性に生まれ変わる必要があるとされました。ジャイナ教歴代教主のマーリバイはその点で女性現身解脱をやってのけてジャイナ教をその縛りから解放した傑物でした。
— 小森健太朗@相撲ミステリの人 (@komorikentarou) 2019年6月18日
https://t.co/aVblTIwFo4
お読みくださり感謝!
『オルフェウス教』とニーチェへのストア派とエピクロス派の影響の考察。
Posted on 2017.03.05 Sun 12:22:52 edit
『オルフェウス教』レナル・ソレル Reynal Sorel 著/脇本由佳 訳
、文庫クセジュ(白水社)、2003年(原書 1995年)
Orphism (Orphicism; Ancient Greek: Ὀρφικά)
"Orpheus-initiators" (Ὀρφεοτελεσταί)
でも検索して日本語情報と比較するのがおすすめ。
本文
・オルフェウス(オルペウス)教は紀元前六世紀の古代ギリシアに発達した。
当時は一般に神々と人間とは根源から異なると信じられていたのだがオルフェウス教はそれに反対する運動だった。
古代ギリシアには宗教教義を扱った著作やまとまった聖典はまったくなかったが、宗教生活が公式に構成されなかったわけではない。
古典期と呼ばれる古代ギリシアの最盛期(紀元前5~4世紀)には宗教とポリスは分かちがたく結びついていて、市民の宗教行為は一つにまとまっていた。
敬神の道とは何よりも市民全体で行うものだった。
ポリスが神々に血の滴る生贄を捧げるのは神々に当然のものを支払うためであり、参加者の名誉となる正義の行いであった。
人間は不死なる神々に対して人間の種族と種族の間には消すことのできない違いがあるのだと忘れてはならない。
紀元前八世紀ごろのものと言われるホメロスの詩(伝統的宗教の礎)でも神々と人間は対等ではないうぬぼれるな不死なる神と地上を歩む人間は種族が違うなどととがめている。
ヘシオドスも生贄を神々に捧げよと書く。
神に生贄を捧げることをオルフェウス教は反対した。
神々への服従の証としての生贄の義務は、プロメテウスの欺きがもとになって取り決められたことであると、オルフェウス教とは告発した。
一般的ギリシャ思想だと、人は死すべきものであり、魂は肉体を離れるやハデスに飲み込まれる。死者はもはや「影か夢」。ホメロスにとって夢は実際にある光景を受け取ることである。ギリシア人にとって夢は眠りの間に経験するものではなく、夢は見るものであり、見る人からは独立している。同様に死者の亡霊は生者の世界から絶対的に切り離されている。エレボス(地下世界の闇)に追いやられた魂は、「鏡の中の人間の像」のように生きていない。魂を不死なるものとは見ず、あの世であやふやな状態で存続すると考えている。
人と髪を分けて考えること、死者の魂をぼんやりした影、ハデスに囚われた身と位置付けることにオルフェウス教は根本から反対し公認宗教の正統派の教義に真っ向から対立した。
・オルフェウス教はディオニュソス神話をもとに魂の不死を主張。
幼いディオニュソスはティタン族により八つ裂きにされた。
ディオニュソスはゼウスとペルセフォネの息子なのでゼウスが雷でティタン族をうつ。
ティタンは焼け焦げ煙が上がった。積もった煤から人間が生まれた。
この神話の登場神物は不死なるものであり不死こそが本来の状態であったと考えらえている。
人間は神聖な出来事の結果降り積もった灰から生まれたので人間の種族は不死性より生まれている。
魂はその起源故死ねないが源は先祖が犯した殺害という罪に汚れている。
魂は「墓(セーマ)」としての人間の「身体(ソーマ)」に閉じこめられる。
ペルセフォネの要求するいにしえの悲哀(息子ディオニュソスを失った)の償いとして代価を支払わない限りこの状態は続く。母の恨みが人間に返ってくる。
すべての人間の魂には不死の性質という趣旨がばらまかれており、
そのことが彼女の悲しみをよみがえらせる。生贄の儀式は彼女の悲しみを煽る。ポリスの伝統的宗教行為は不敬だとする。肉を焼く煙ではなくお香の煙を捧げないといけない 。
ペルセフォネの嘆きを鎮めるためにオルフェウス式生活をすればその恨みから逃れられる。
戒律とは、身を清め、肉食を絶ち、流血を伴う生贄を禁じ、禁欲生活をおくることであり償いである。
魂の生まれ変わりというつらい循環を中断させるのが完全なイニシエーション、入信儀礼。
肉体を与えられることは詩に似ており、死はあの世での至福の生活の始まりとなりうる。
戒律のうち最も大切なのは、命あるものを害さないことつまり菜食主義。
十九世紀以降、墓地の発掘の際にオルフェウスの金板が発見された。
紀元前5~4世紀にさかのぼるものである。それによってオルフェウス教がアッティカ(アテナイを含む地域)からシチリア島へ、南イタリアからローマへ伝わったことが証明される。
もっとも特にローマにオルフェウス教団が存在したことを証明できるわけではないが。これらの銘板がオルフェウス教の直接の証拠資料としては唯一である。
注:オルフェウスの金板に刻まれた冥土の旅に必要な案内の恩恵は女性も受けていたことが発掘で明らかになり、
女嫌いがオルフェウス教の運動に典型的な考え方ではないことが証明された。
注:オルフェウスの少年愛の暗示の記述がある。
『変身物語』に、愛を幼年の男児に移し、その青年期に抱きあって、つかの間の人生の春を、早咲きの花々を摘み取ることを、身をもってトラキア人に教えたのも彼オルペウスだ、とある。
(グノーシスが女性優遇するのと関係ある?オルフェウス教だと少なくとも男同士の同性愛は肯定。
オルフェウスは男色肯定派。だって男色を教える側だもん。)
・プラトンがオルフェウス教を非難したことは、オルフェウス教が大衆に確かな人気を博していたに違いない。
アリストファネスの茶化しも、オルフェウス教が一般に広く知られていたことを前提としている。
オルフェウス教の宗教運動がこの時期には書物を用いた現象になっていたことがはっきりと見て取れる。
師匠から弟子へのひそかな教義伝授から、書き物の利用へと移行していたことを示しており、そういう傾向がそれだけ広がっていたということは書物といえばエセ宗教活動と決めつけられても仕方のない好ましくない兆しが現れていたに違いないと考えられることになる。
・オルフェウス教運動については間接的な証言によってしかわからない。抜粋の作成年代と、
原作が書かれた時代を一緒にしてしまってはいけない。
肝に銘じないといけないのは、私たちが用いる文献は、示している原典に対して非常に批判的であるか、
原典にはなかった哲学的・神学的メッキをかぶせてしまっている傾向を持つか、のどちらかであることだ。
オルフェウス教はほとんど無名の人々の運動である。
・伝説のオルフェウスは「(オリュンポス山に近い)トラケ地方出身のアジア人」である。
河の神と詩歌の女神ムーサの息子であり(ビストニア人とマケドニア人とオドリュサイ人の)王子または王とされているが、とりわけ歌い手、音楽家(竪琴=キタラ弾き)、並外れて才能に恵まれた詩人とされる。
彼が詩を歌うと自然全体が虜になり無生物も動き、獰猛な獣や怪物はおとなしくなり人々は集まり神々も屈服する。
注:オルフェウス誕生の地は現在のブルガリアとトルコとギリシアの接点であるので
オルフェウスをシャマン(巫者)と考える学者たちもある。
シャマニズムはシベリアに特徴的な現象であるので用語の濫用は問題である。
注:一般に、オルフェウスはトラケ(トラキア)の河神オイアグロスと、
ゼウスとムネモシュネ(記憶の女神)の娘カリオペ
の息子と考えられている。
・一人になって死者の国から帰ってきたオルフェウスは以前とは異なる状態と苦悩との中に再生する。オルフェウスが以上に戻ってきたことは再生・転生であり地下に下ることは死である。
死の瞬間、魂は、記憶の力による幸福な生か、忘却によって生じる、肉体への生まれ変わり(メテンソーマトーシス)つまり地上の生へと送り返されるか、の岐路に立たされる。
・宇宙誕生の物語は宇宙が生み出された様を表す不可能な描写を言葉の中に固定させるもの。
不可能というのは世界の誕生は空間と時間という次元が確立するよりも前のことであり、
空間と時間という次元の外では人間精神(カント的意味で)は何かを考えられる状態ではないからである。
宇宙誕生譚の考えでは世界は暗がりの中で生まれそこには目印というものはない。が決して混乱の中で生まれるのではない。混沌(トユブユ)、つまりばらばらな宇宙のカオス的無秩序という概念を古代ギリシア人はまったく抱いていなかった。
最初にあらわれるのは産み出す力であり、その前には生まれていないのだから存在しない。
生成の力は、無性生殖および交合によって子どオを産む。世界の誕生は空間と時間の広がりができるより前のことだから、最初の存在はまだ物質的な要素ではない。つまり太古にはガイアは大地ではなくウラノスは空を表わさずニュクスは昼と交代でやってくる夜を意味しない。
ただこれらの命名だけがそれらを出来事として把握することを可能にする。空間と時間という宇宙生成の描写の二つの枠組みが確立されるより前の出来事だがそれら枠組みの確立が可能になったのもまたその出来事のおかげである。
固有名詞が一般世界よりも先にある。
固有名詞が一般世界よりも先にあることを宇宙誕生譚は理解させる。
原初の存在の並外れた生殖力にもしとどめが刺されなかったら宇宙開闢は際限なく永久に続き、コスモス(秩序)の観念そのものが捨て去られてしまっただろう。宇宙誕生の衝動は生まれるが終結せねばならない。
ヘシオドスではウラノスの去勢(鉄の鎌を作ったのはガイア。使ったのは末子クロノス)が世界の最初の段階に加えられるとどめの一撃を意味する。言い換えれば世界が空間と時間の中で明確にされまた規定されるために原初の力は無力にならざるをえない。したがって原初の力は自ら物質的な実在になる。
原初の存在が突然無力になったとき、歴史は始まる。
始まりの力の最後のけいれんというのはすべて完成した世界にとっては心底危険なものだ。
それゆえ行程の最後にあたるガイアとタルタロス(大地となったガイアの奥底で最も深いところに沈む、目のくらむような穴)の結合は
テュフォン(テュポン、テュフォエウス)を産み出す。
テュフォン(テュポン、テュフォエウス)は恐ろしい怪物で
しゅうしゅうという耳障りな蛇の頭が百生えていて、目印をかきみだし、底と頂とをかきまぜた。
この怪物をゼウスは雷で撃つ。この怪物が死んでも死骸から無秩序な風が吹き出す。
原初神たちが時の流れに埋もれ無力になることで秩序コスモスが保証される。
空間と時間が生まれると当然権力欲も生じてくる。クロノスとゼウスが支配権をめぐり戦う時代こそが世界が厳密に神統記的になる段階。つまり空間と時間が拘束されている間はいかなる支配権にも意味がない。ガイアとウラノスとカオスとニュクスには奪い合うべきものが何もない。これらの名前は支配しない。ただ盛んに生み出す。
この特徴はヘシオドスの特徴であり彼の作品は紀元前八世紀の終わりごろ又は七世紀の初めに残された。
注:(もういちいちつけないかも)神統記はテオゴニア=神々の誕生が本来の意味。
カオスは語源的には隙間、ぽっかり空いた穴、開いた口。あくびをして開いた口がカオス。
宇宙誕生時のカオスは完全な未分化状態の中でのすべてのものを混ぜ、一緒くたにした無秩序の状態という関係とはまったく無関係である。
カオスを混乱状態ととる考えは、ストア派の解釈に由来する。
ストア派ではカオスという言葉を「注ぐ」「まき散らす」に関連付け、諸要素が一緒に注がれて混ざり合った状態と定義。カオスに無秩序という概念を導入したのはストア派の学者たちと言ってよいだろう
(カオス=無秩序はストア派の解釈!
これほど浸透している解釈を作ったのがストア派。
ほら、ギリシア・ローマがらみの古代思想の本を読むとストア派思想の解説が混ざる。当時の常識だから当然。
だってラテン語入門でおすすめされるはじめてのラテン語でいきなりストア派の説明が入るんだぞ。
固有名詞が一般世界よりも先にある、は本当に慧眼。
世界の創造を言葉で語るとどうしても矛盾が生じる理由は言葉誕生以前をそもそも言語表現できないから。
「変化」を描写するにはAからBという原因と結果という「順番」「方向」がすでに生じていないといけないが、
その「順番」や「方向」が「誕生」すると描くと矛盾。なぜなら「誕生」は「変化」の一種だから。
いっておくが完全なるランダムも順番という秩序に従っているので原初ではない。この原初という言葉自体が以下略。
まあそうしたことを言葉で真実のように言っている奴は
意図的な嘘つきか
自分で何言っているか分かってない無自覚嘘つきかのどちらか。)
ヘシオドスは原初の存在としてカオス、ガイア、エロスという三つの名前をあげている。
原初の「裂け目」(カオス)は自分一人で完全に濃密な闇を産み出す。
エロスは、ガイアとウラノス(ガイアから誕生)の夫婦のきずなを一層強く締め付け始める。
クロノスがウラノスを去勢し、それによりガイアとウラノスの間に隔たりが生じる。
ウラノスは空になる。他の神々も固有名詞から一般名称へと移行。
神々はもう自分一人で生み出さず結ばれる。
ゼウスは女神メティス(狡知)を飲み込んでおり予測のつかないことを統御できる世になった。また女神テミス(掟の秩序の象徴)と結婚しその助けでそれぞれに持ち場を割り当てる国教が守られるようになる。これがヘシオドスの体系の究極の目的、つまり人間と神々は分割されているという図式。
ヘシオドスではウラノスが去勢されたときからはっきり時間が考慮されている。ウラノスが去勢され地がガイアに滴ってしみになる。ガイアは受精し「歳月が巡ると」復讐の女神たちと大いなる巨人たちとメリアイと呼び為されるニンフたちを産む。同様に切られた性器は「久しい間」ポントス(海)の水に漂っている。
・オルフェウス教の神話は複数ある(一部だけ紹介)
オルフェウス教の宇宙誕生譚は一つの決まった定説があるのではなく、いくつもの異なった説がある。
アテナゴラスとダマスキオスの説。
アテナゴラス説だと、
水があらゆるものの始原。水から泥が形成される。水と泥から蛇(ドラコーン)が生まれる。
この蛇はしっかり生えた獅子の頭を持ちそれらの中央に神の顔があり、
ヘラクレスそしてクロノス(時)という名を持つ。
このヘラクレスはとてつもなく大きな卵を産んだ。
卵は産み落としたものの荒々しい力に満たされ摩擦によって二つに分割される。
一番高い部分が最終的にウゥラノス(天空)となり、
下の部分がゲー(大地)となった。
そこからは
(ねここねこ注。そこが何を指すのか。下から出たのか?)
「双胴の神」(=ファネス、パネス)も出てきた。
ウゥラノスはゲーと交わり合ってクロト、ラケシス、アトロポスという娘たちと、
ヘカトンケイル族
とキュクロプス族(一つ目巨人族。つまりブロンテス=雷鳴、ステロペス=雷光、
アルゲス=閃光)
という息子たちをもうけた。
ウラノスは息子たちによって権力座を追われることを知ると
息子たちを縛り上げタルタロス(奈落)に突き落とした。
そのためゲーは怒りティタン族を産んだ。
ダマスキオスの別伝によれば
初めに水があり、そして素材(ヒューレー)があった。
ヒューレーが凝固することで大地ゲーが形成された。
すなわち水と土を最初に提示している。
水は土をくっつける。
水と土から、しっかり生えた牡牛の頭と獅子の頭を持っていて
中間には神の顔がある蛇(ドラコーン)であり、
両肩には翼があり、「老いを知らぬ時」または「ヘラクレス」と呼ばれた存在が生まれる。
そしてそれと結びついているのが必然(アナンケ)である。
これは本性の点でアドラステイア
(私の注:「逃れられざるもの」)
と同じであり、
非物体的で宇宙全体に腕を伸ばし宇宙の際涯に触れている。
この「時」=蛇は三者からなる子孫を産む。
湿ったアイテル(上層天)、
無限のカオス、
霧のようなエレボス(幽冥)である。
更に時がこれらの中に卵を産んだ。
卵が中に持つのは二つの性質、
男女のそれであり真ん中にはあらゆる種類の種がたくさんある。
そしてこれらに続いて三番目に、非物体的な神がおかれる。
両肩に金の翼があり、
わき腹にしっかりと生えた牡牛の頭をいくつか持ち、
頭部にはあらゆる種類の動物の形に似た巨大な蛇(竜)がいる。
これをプロトゴノス(最初に生まれたもの)として称賛し
万物の組織者そして宇宙全体の組織者たるゼウスと呼んでいる。
ゆえにこれはまた、パーン(全宇宙)とも呼ばれている。
リュック・ブリソンはクロノス(時)とヘラクレスを同一視することをストア派の寓意解釈から説明している。ダマスキオスがヘラクレスのことを「自然でありまたアドラステイアであるところの必然と結合する」と言っているこの箇所ではダマスキオスは明らかにストア派の主張を借用している。
ストア派では
神は自然と運命と同一(セネカ『恩恵について』)であるとみなされねばならない。
続いてセネカはこう説明する。この神はまたヘルクレスとも呼ばれうる。
「この方の力が無敵の強さを持ちその仕事をし終って疲れた時は再び火に戻ることになるからである」。
この翻訳の注釈には
「神は万物を創造する火であって、万物はここから出でて、周期的に再びここに溶解するというストア説。
ヘルクレス(ヘラクレス)は十二の難業を果たしたのち結局は自分の死を悟ってオイタの山上に火葬壇を築かせ焼身しようとしたとき天上に召された。」。
(水+泥
=頭が神とライオンで、名前がヘラクレスと時間である蛇。
これは蛇なのか?
蛇とライオンと時間とヘラクレスの地位が高い。
蛇は龍でもあるから重要。
一つ目巨人の名前の意味が雷と光がらみ。
「神=自然=運命=万物を創造する火」であり
万物は「神=自然=運命=万物を創造する火」から出でて
周期的に再び「神=自然=運命=万物を創造する火」に溶解するというストア説)
『二四の叙事詩からなる聖なる言説』
老いることなき時(クロノス)、その知恵は不壊なる者は、
アイテル(澄んだ領域)と、大いなる恐るべき深淵(カスマ)をあちこちとなく生み出した。
偉大なるクロノスが神々しいアイテルによって銀白の卵を作った。ファネスは起き上がり下の方ではもやのかかったカスマと風もないアイテルが裂けた。
世界は完全数6に従って配列される。王権を手中にするのはファネスが最初。続いてニュクス、ウラノス、クロノス、ゼウス、最後の六番目がディオニュソス。
ティタン族のKronosと、時間khronosという名を取り違えたのは新プラトン派の人が持ち込んだと考える人がいるが、誤りだ。ティタン族のKronosは時を意味しないし、ホメロスは時間khronosを主語に使わなかった。
ティタン族のクロノスの一番本当らしい起源は、語根kerケル「切り分ける」だろう。クロノスはhのついたkhronos(時)とは別の言葉であり時間概念とは無関係。
クロノスは切りとるものであり彼に伝統的に付けられる枕詞「曲がった知恵持つ」はホメロスにおいてすでに実例のある修飾語であり、彼が去勢に使った鎌の曲がった形を彼の性格にまであてはめたものである。
ファネスは万物に号令する。オルフェウス教に特有の神。動詞ファイノー(輝かせる、明らかにする、現す)からの派生であり、ファネスは「白日の下にさらす」という時クロノスの性質を実現する。
ファネスは女であり父親であると称えられる。彼が二つの姿を持つことが最も普遍的な生き物であることをあらわにしている。両性具有の二重の姿というのはどこにもない夢物語だ。男女の対立から成る制限を超えたところに神は身を置いている。宇宙誕生モデルの人間界においては両性具有は堕落である。
ファネスは単に両性を備えているだけではない。ファネスは四つの目を授かっており、いくつもの動物(蛇、獅子、牡羊、牡牛)の頭と、背中には黄金に輝く翼を付けている。
・伝説ではオルフェウスは流行に従ってその地で学問を磨くためエジプトに留学する。おもにディオドロスの筆によれば、彼は一種の模倣者となって帰る。かの地からもたらしたもののおかげで彼はギリシアで敬服されるようになった。
(オルフェウスもエジプト留学。
TOMITA_Akio @Prokoptas 4月23日
「オルフェウス教のリストには、月の諸相を表す動物のシンボルが見られるが、そのような28のシンボルのほとんどの動物はエジプトに見られるものである」(テスター『西洋占星術の歴史』p.112)。 この出典が見つかったらご紹介するつもり。)
・テオファジー=信奉する神を食べる。
・オルフェウス教によれば、ゼウスとその母レイア(またはデメテル、両者はおそらく同一人物とされている)、
またはゼウスとその娘ペルセフォネという、
正式の夫婦ではないどころか近親相姦の交わりによって生まれたディオニュソス(時にザグレウスとも呼ばれる)は、ゼウスの妻ヘラの嫉妬の的となった。
ヘラはディオニュソスの子守をしていたクレスたちの注意をそらせておいて、おもちゃと鏡を使って子供をおびきよせてからティタン族にこれを殺させた。この殺害者たち(体に石膏をふりかけていた)は、幼い犠牲者の遺体を切り分け、その手足をゆで、次に焼いて、後期の説によればそれを貪り食った。
狂気の人食い行為を免れたのはディオニュソスの心臓だけだった。パラス・アテナ神がそれを取りあげてゼウスに私、ゼウスは平原にいたティタン族を雷で撃ってタルタロスに投げ込んだ。
どちらも異説だらけの二つの説が、死に至った神ディオニュソスのその後の運命を詳しく語っている。
一方の説ではディオニュソスは彼の手足の残骸が集められたのち、生き返る。
デルフォイの説ではその心臓は聖所のなかでも最もアポロンにちかしい場所に埋葬される。オルフェウス教のものと言われる伝承では人間の種族は雷で撃たれたティタン族から立ち上った蒸気が凝固してできたすすから生まれた、と主張されている。
ディオニュソスの解体された手足を火で料理するのはこの神話の常に変わらない部分であり、キリスト教作家たちまで下っても確認できる。
・オルフェウス教のディオニュソス
法悦的宗教のほうの、病的なマヒ状態に陥ることや幻覚に囚われて原罪を歪曲する極端なディオニュソス信仰に対抗して、
オルフェウス教の受難の神としてのディオニュソスは異なる型の禁欲を提示する。
禁欲、苦行はフランス語でアセーズといい、語源はギリシア語のアスケーシス(訓練)である。訓練という意味での禁欲がオルフェウス式生活(ビオス・オルフィコス)であり根幹をなすのが、
いかなる殺生も行ってはならない=肉食禁止と生贄禁止。
オルフェウス教のディオニュソスはゼウスとその娘ペルセフォネ(乙女=コレーとも呼ばれる。地下世界の女王)から生まれた幼神であり、神々の最後の王となる運命を持ち完全数にかなった六番目のものである。
(法悦も仏教用語。仏の道を聞いて起こる、この上ない喜びであり神の道ではないことが重要。神仏習合では神の正体は仏なので、すべてが仏ってこと。
道楽=さとりの楽しさ、
超=完全なさとり、って意味の仏教用語が元。
• えっ!仏教語だったの?
http://www.higashihonganji.or.jp/sermon/word/word40.html)
・再生(パリンゲネシア)。
ストア派では、パリンゲネシア=宇宙の同じ諸要素の周期的再来が永遠に続くこと。
後二世紀のローマ五賢帝最後の皇帝であったマルクス・アウレリウスによれば
「理性的な魂は全宇宙とこれを取り囲む虚空間とこれの形態を回遊概観し、無限の時間を貫いて伸び広がり、万有の周期的再生(ペリオディケー・パリンゲネシア)を自己の内に抱擁し、一望のもとに収める。
そしてわれわれより後代の人びとも、より新規なことを何一つ見はしないであろうこと、
またわれわれより前代の人びとも、より異常なことを何も見はしなかったこと、むしろある意味で、四十歳にもなった人は何ほどかの知性を有するならば、すでにあったこととこれからあるであろうことのすべてを、現代の事象との相似性のゆえに、見てしまっているのだということをそれは看取するのである。」(『自省録』)
ストア派では、我々の先祖たちも今ある以上のものは何も見なかったし、同様に子孫たちも何も新しいものを見ることはないであろうと考える。
(ストア派のパリンゲネシアが、ニーチェの永劫回帰の元ネタだろう。
ニーチェに対するストア派の影響の指摘をする人はねこたさん以外にもいる。
永劫回帰と運命愛はストア派由来だろうし、超人にはストアの賢人像が混ざっている。
がニーチェのいう超人はストア派の賢者そのものではない。
考察は長くなるので後述。
理性(ロゴス)により感情(パトス)を制し、不動心(アパティア)に達することが理想であるストア派。
自然に従えというストア派。
注意!
ニーチェはストア派の「自然に従って生きよ」を『善悪の彼岸』にて批判している。
むしろ自然に従うべきではないと言っている。
「ストア派が従うべきだと言う自然は浪費し、無関心で意図も顧慮もなく、憐憫も正義も知らず、不確実である。
どうやってこの無関心に従って生きることができるのか。
生きるとはまさにこの自然とは違ったものとして存在しようとすることではないのか。
生きるということは評価すること、えり好みすること、不正であること、限られたものであること、関心をもとうと欲することではないだろうか。
自己欺瞞者である君たち=ストア派の傲慢な心は、自然にすら自分の道徳と理想をおしつけ、自然を我が物にしようとしている。
自然がストア派に従った自然になることを求めているのだし、すべての存在が自分たちの像にしたがってのみ存在することを望んでいる。
ストア派の哲学は自己の暴力的な支配である。自然も暴力的に支配できると信じ込んだ。
しかしストア派の哲学者らもまた自然のひとかけらではないだろうか。
哲学はつねに世界をみずからの像にしたがって作り上げるし、ほかのやりかたはできないのだ。哲学とはこのように暴力的に支配しようとする衝動そのものである。もっとも精神的な、力への意志であり、世界の創造への意志であり、第一原因(カウサ・プリマ)への意志である。」
以上は光文社文庫版『善悪の彼岸』p.33哲学の暴力 を再現=厳密な引用ではない。
ストア派の自然を誤解している気がするのだが。
自然に従えの自然自体をストア派に都合よく解釈するなら従っていないなたしかに。
しかしそれを言ったらおしまいだよねーっていいたくなる。
それだと
「人類創造のアダムの時代を理想としあらゆるものを共有し全裸で原始共産的生活」をするアダム派万歳にならないか?
ルソー教はどうか。
どちらもニーチェが奴隷道徳って言いそうだけど。
君主道徳はストアの賢人とかぶってそう。
更に詳しい資料は後述。
運命愛の資料も後述
)
・オルフェウス教のディオニュソス神話と、エジプトのオシリス神話と深い関係があるという見解が受け入れられているが、誤りであり両者の間には何の関係もない。
究極目的も合致しない。
オシリスは弟のセトに殺されナイル川に浸される。遺体は切り刻まれてエジプト各地に散らばり、妻イシスが遺体を探し元通りにする。アヌビスがミイラ=復活のための体を作りイシスが再び命を吹き込むことができるようにした。
エジプト神話は死から生命を生じさせている。
対してギリシア神話では肉体という器の中に神性のかけらが潜んでいる。
エジプト人が、誕生を繰り返すもの(アメンエムハト一世やセティ一世につけられた称号の一つ) という言葉を口にする場合、彼らが考えているのは活力の転換という段階であって、
魂の生まれ変わり(メテンプシューコーシス)ではないのである。ファラオ時代のエジプト人の精神構造には、魂の生まれ変わり(メテンプシューコーシス)のための土台はまったくなかった。
(
オシリごっこ pic.twitter.com/Cj1YxtJZd6
— クロウ (@crow5874) 2017年5月7日
(オシリスと秘密おケツ社とかけているのかな))
・ディオニュソスとザグレウスは同一ではない。ザグレウスの語源はいまだわかっていないが、クレテ起源であることは確かなようである。ザグレウスは野獣を狩る夜の狩猟神をさす。
古代のオルフェウス文献ではザグレウスはまったくほのめかされてもいない。ザグレウスは熱狂的ディオニュソス教の神と同様生肉食いを好む。
・神の殺害者であり、ディオニュソスの肉を食べたティタン族の残りかすから生じた人間は、二重の本性を持つ。
けがれた本性(祖先の殺りく行為から)と、
浄い本性(灰は彼らが貪り食ったゼウスの息子の神的本質も含むから)である。
人間の種族はティタン族に由来するが、彼らがガイアとウラノスの最初の子孫に属する、より古い神々であり、ゼウスは雷で撃つが、彼等は牢獄タルタロスに監禁されるだけでその後も生き続ける。
仮にティタン族の咀嚼が後代の付けたしにすぎないとしても、人間の種族はゼウスの稲妻から(稲妻を原因の一つとして)生まれた事実により神性は示されている。
人類の祖先は神々であり、神々とはガイアとウラノス、地と天(すすを立ち上らせたティタン族の両親)と、
ゼウスと息子である。
オルフェウス教徒が死後の旅で最後の決め手となる関門に差し掛かった時に唱えねばならない式文の最初の言葉が「私は、ゲー(大地)と、星芒輝くウゥラノス(天空)の子だが、私が属するのは、天空の種族である」である。
(雷に撃たれたティタンは死んだのでは?耐えたやつがいたかもしれないし、そもそも無関係なやつもいるってこと?)
・オルフェウス教の輪廻転生では、魂は父とも母とも妻とも娘とも馬とも鳥とも犬とも蛇ともなるというように、異なる魂に入って行く。
魂は人間又は動物の肉体の中に輪廻転生するが植物の中にはけっして生まれ変わらないのであれば、ぴったり合う言葉は
「肉体内への転生(メテンソーマトーシス)」だろう。
輪廻転生思想は紀元前六世紀末ごろにギリシア系の国々にあらわれている。
肉体への生まれ変わりは苦痛である。それは原初の罪を信じることと結びついた。試練である。オルフェウス教の厭世主義。
(神智学(インド風の新キリスト教。今のスピリチュアルの源流の一つ)や神智学交じりのニューエイジ輪廻転生思想だ、オルフェウス教やピタゴラス教やヒンドゥー教や仏教などと異なり人間からは人間にしか転生しないとすることが多いのは、聖書の動物蔑視思想からきている。
霊的カースト制度+陰謀論が教義だから悪質。
そういえば輪廻転生は植物は除外で、除外だから食べてよかった気がする。現代だと微生物はどうするのかという問題もある。
死こそ生、肉体は魂の牢獄(霊肉二元論)、原罪、霊魂の不死+輪廻
トラキアのオルフェウス教 →ピタゴラス教団 →プラトン→新プラトン主義
オルフェウス教はグノーシスの原型の一つっぽい。)
・生贄は神々への奉納物ではない。贈り物だがすぐに損なわれる。のどを切るための小刀または斧で奪われる命、肉を食べられる。投げ落とされることもあるが、普通は焼かれる。
贖罪(神に対して罪が置かされたときに再びその神に好意的になってもらう為)のためのものであることもあるが、どちらかといえば何かを嘆願するためのものであることが多い(願掛け、感謝を約束)。
オリュンポスへの祭式なら生贄は日の出の際に行われる。獣を儀式に従って屠殺した後食事が行われる。骨と脂身を焼いてそのにおいを神々に捧げ、それは天まで立ち上る。いいところの肉と臓物その他の肉は祭壇の上で焼いてその場で食べる。人間の胃袋に収まる。
オリュンポスの神々に捧げられた犠牲は高い祭壇の上で生贄にされる。血が空に向かって吹きだすように喉は上に向けてまっすぐ持ち上げられる。生贄は遠くからも見える神殿で行われた。
一方地下への祭式では奥まった聖所、墓のように見える一種の洞窟の中で行われた。
オデュッセウスに知恵を授ける魔女的女神キルケが地下への儀式の指示を与えている。
地下への祭式では、儀式は常に夜間に執り行われる。贖罪のための生贄でありまた誓言とともに行うこともできる。対象となるのは冥界の神々、暗い水の神々、半神、死者達である。捧げられた犠牲獣の喉は地面のほうへと低く下げられ、血は低い祭壇の上を、または地下の神々の穴へと流れ、地面にしみこんでそこを住む存在を潤す。犠牲獣は生贄後の食事では食べない。血を抜かれた死骸は焼き尽くされるか穴の底に投げられた。
食べられない生贄は浄化=穢れを清めると、厄除けを行うと主張されたがオルフェウス教徒からすれば殺害行為でしかなかった。
・オルフェウス教では、人間は生贄を捧げるために創造されたのではない。
オルフェウス教は神と同化することを主張する。肉食を控えることは神々のごとくあるということである。人間を神と反対のものと定義するのを拒否。禁欲は人間を神にすることである。
プロメテウスの方式に従う公認の信仰はティタン族の犯した罪を繰り返しているのであり、
ペルセフォネの嘆きをぶり返さているのである。
・テュシア(thysia)「生贄」は流血を伴う生贄とそのあとの食事を指すのに普通に用いられる。
動詞テューオー
(生贄という好意に用いられる。厳密には動物の焼かれる部分に用いられる)から派生した
テューマという名詞は、生贄の犠牲獣を意味する。
(フィクションの人名で使われそうなので書いておいた)
・オルフェウス教の戒律の一つがソラマメの絶対的禁止。
ソラマメ禁止はピュタゴラス主義とオルフェウス教とエレウシス秘教に共通しており、
ピュタゴラス主義の人々が作り上げた、豆類と生命の起源との象徴的対応に基づいて定着しているもののようである。
「豆は人間の種子にほかならぬ」
ソラマメと睾丸の類似が生殖をあらわしているのだろう。
別の理由づけとしては次のようなものがある。
ソラマメは茎に節がない唯一の植物であるので、蝶番のないハデスの門に似ているからである。
この奇妙な理由がソラマメを誕生の循環と密接に関係づける。
ソラマメは誕生の循環の道具となる。魂はハデスから再び太陽の光の下へと昇ってくるときにソラマメを足掛かりとして使うのである
ソラマメを断つことは次のように説明できる。
ソラマメは魂に満ちていると同時に、人間の命の起源に跡を残している罪で汚れている。ソラマメは誕生の循環に協力しているからである。ソラマメを食べることは必然的に、人肉食い、共食い(アツレーロフアギア)につながる。つまりソラマメを食べることはペルセフォネの息子の受難を再現し彼女の悲哀をよみがえらせる。
ソラマメは存在の源に属する。
「罪」(秘教的意味での堕落の罪)によってソラマメはけがれている。
したがって罪を永続させないためにまた、人間として存在するのを止めるためにソラマメは禁止される。人間はソラマメから発して存在しているのだから。
ピュタゴラス主義者にだけはより攻撃的、政治的な動機付けも書かれた。イアンブリコスいわくソラマメの絶対的禁止の裏には民主主義の象徴に対する拒否姿勢があったのではないかと疑っていた。ソラマメは役人の抽選に使われるからである。
(ソラマメ禁止の理由は初めて聞いた。
ユダヤ教とイスラム教は豚を食べないけどその究極的な理由はわからないが正解。「何か」という「神」という言葉で表現された途端にレベルが落ちる思考の絶対存在の意図はわからなくて当然。そもそも人間的な「意図」があるか不明。
「善意」はあるらしいがその「善」は人間の「善」とは違うだろう)
・自殺の禁止。自殺は殺害である。我々の肉体はディオニュソスに属する。
ストア派の賢者にとっては自殺は自己の神格化を確かなものにする行為。
自殺は、
絶対的な力である運命(その裏には有限性がひそんでいるのであるが)と張り合うことができると主張された。
「生を保ち続けるべきか」という質問に対する答えは、
「現状において、生き続けることは生から離れることよりもより自然に即しているか」
(キケロ『善と悪の究極について』)。
(マニ教から殺人禁止を抜くと最悪のカルトになるな。
上位のみ殺人OKで、下位は殺人禁止なら、下剋上で殺されることを抑止できる。現状そのままだ)
・羊毛でできた屍衣に包んでの埋葬に関する禁忌を、ヘロドトスが詳述。
「エジプト人は毛のものは聖域へは身に着けて入らず、遺骸につけて埋めたりもしない。それは宗教上禁ぜられているのである。この点では、いわゆるオルペウス教およびバッコス教(これらは本来エジプト起源である)、
さらにはピュタゴラス派の戒律と一致するものがある。これらの宗派の密儀にあずかった者は、毛の着物をつけて葬られてはならぬことになっているからである。このことについては縁起説話が伝えられている」。
動物からとれたものであるから、羊毛は命あるものの延長である。
・エレウシス秘教の志願者は、春にとりおこなわれる小密儀と、
六か月後の大密儀、そして一年後の、厳密な意味での入信儀礼(エポプテイア)との間は細心のきよめが要求された。
エポプテイアをいったん受けてしまえば(エポプテイアは神を直接見るという至高の体験であり救済の効力をもつ)、めいめいの者は普通の生活を再開し、市民としての義務、個人的信仰のための生贄とポリスの礼拝、に復帰した。
オルフェウス教の戒律は一時的なものではない。
・オルフェウス教の秘教の儀式ではあの世で撮るべき道を信徒に教えてくれる。
ハデスの二股の分かれ道や四辻は一つ一つが入信していない不浄な魂ならば必ずかかる罠である。
オルフェウス教では冥界下りはあらかじめ準備され、
何度もおさらいしている(秘儀によって冥界の地理に習熟させる)。
忘却対策に金の薄い板に詩の形で刻まれた短い書簡集であり、
普通はキヅタの葉をかたどったものを持っていく。
心臓の形に図案化されていることもあり、大きさは必ず極めて小型。
この有名なオルフェウスの金板は墓所の発掘で発見されたもので、
故人の胸の上もしくは手の近くに置かれた状態で見つかることがもっとも多い。
いくつかの古い品は紀元前5~4世紀にさかのぼる。
金板の文章抜粋。
ムネモシュネ(記憶)の沼から流れる救済の冷たい水、その監視者。
監視者らに向って云う合言葉は、
「私は、ゲー(大地)と、星芒輝くウゥラノス(天空)の子だが、
私が属するのは、天空の種族である」
や
「私は、ゲー(大地)と、星芒輝くウゥラノス(天空)の息子です」。
銘文の共通点。
魂が太陽の光(ホメロスが生者の世界を表わすのに使う)を後にするや否や、
つまり死が肉体を襲い、魂がハデスに降りていくとすぐに、
魂は左と右という二つの方向に直面する。
魂は間違えることなく右の方向をとり、永遠に流れる泉に到達しなければならない。
それはムネモシュネ(記憶。その反対がレテ=忘却であり、忘却の泉は左にある)の沼から流れ出ている。
魂は渇きにさいなまれて、その場で監視をしている者たちに向って合言葉を口にする。
それにより魂はその冷たい水を飲むことを許される。
「私は、ゲー(大地)と、星芒輝くウゥラノス(天空)の子だが、
私が属するのは、天空の種族である。
このことをあなたたちみずからも心得よ。
私は、渇きのために喉が乾涸びて死にそうだ。」
この決まり文句のお陰で、
渇きをいやす(=自分の神的起源の記憶を保つ)ことのできた魂は、
右手の道を前進し続け、ペルセフォネに自己紹介する。
ペルセフォネは彼女の神聖なる草原と杜(もり)に行くことを魂に許可する。
魂はそこで他の英雄たちの間で統治者となる。
起源の懐に回帰する。
・魂は死ぬことはできない。
自分を忘れ、神的起源を忘れるか(左の道をとることになる)、
あるいは神的起源を思い出すか(右の道)。
この二者択一は入信儀礼を受けたものにしか現れない。
それ以外の魂はハデスの館の左に位置した道に自動的にさしかかる。
この左の道はレテ、忘却の泉に通じる。
魂の神的起源を覆い隠している忘却は、
原初に生じた悲哀にたいして 無知な状態であり、
それゆえオルフェウス式生活と、それによって可能になる入信儀礼に対して無知な状態でもある。
忘却はそのまま、太陽の光の下に新たに誕生することと同じになる。
忘却の平原に踏み込めば結局、転生の憂き目を見る。
忘却は生殖と深くかかわっている。
反対に、記憶は神との失われた同一性の回復であり、
過去(ペルセフォネの悲哀と分かちがたく結びついてた人間の起源)を知ることであり、
それゆえ魂の永続性を知ることでもあるのだ。
魂はその本来の起源ゆえに消えてしまうこと、
ふわふわした煙のようになって消滅することはできないので
肉体の中で生きる=よみがえることを余儀なくされるか、
転生の円環から解放されるかのどちらかである。
幸福とは生まれ変わりの循環から解放されることであり
入信儀礼を受けている人々は秘儀のときにすでにその味をしめている。
魂が渇きのために死にそうなのはまだ記憶の水を飲んでいないからである。
ムネモシュネは、ヘシオドス以来の伝統によればムーサたちの母であるが、
オルフェウス教においてもひとりの神だ。
冥界の前に位置し死後の運命の入り口に君臨している神だ。
ピュタゴラスの徒が主張した数(正の整数)の知の概念が、
二つの欄に分けられた一覧表で表わされている。
それぞれの欄の頭には、
限り(ペラス)と無限(アペイロン)という断固とした二つの原理がある。
右には奇数、一、明、善。
左には偶数、多、暗、悪。
一が見いだされるので右は善。
左が悪なのは二者関係と偶数性からなる生殖の原理によって示されている。
ピュタゴラス式生活の戒律の一つは、
あらゆる神殿には右手から入って回ることを命じていた。
プラトンいわく、
死後の魂は二つの道が交差していて
そのあいだには裁判官たちが席を占めている場所にやってくるとあり、
正しい人々に対しては右側の天を通って上に向かう道を行くように命じ、
不正な人々には左側の下へ向かう道を行くように命じる。
死者の霊魂を導くヘルメスは冥界の分かれ道で右の道をとって正しい人々の魂を冥界の判官ラダマンテュスのところへ導く。
神話の英雄アエネアスはウェルギリウス作『アエネイス』にて冥界下りをするが、
道案内をしたアポロンの巫女シビュラはこの英雄に必ず取らねばならない道筋について念を押す。
「右は偉大なるディースの城市へと向かう。われらはこちらを進んでエリュシウムへ行く。
左は悪人どもに罰を下し、不敬なタルタラへ送る道だ」。
ディース=ギリシアのハデス。
エリュシウム=ギリシア語のエリュシオン「極楽」。
タルタラ=タルタロス。
ファラオ時代のエジプトでは、広く快適な西の道(右の道)と、
反対の険しく狭い東の道が考えられていた。
ユダヤ教のカバラでは
「向こう側」の教義は全世界の悪魔の悪しき勢力を「左の階層序列」に従って述べる。
ポルフュリオス『ピュタゴラス伝』より、
ピュタゴラスは、
対立する力で、
優れるものを、一、光、右、等、停止、直。
劣るものを、二、闇、左、不等、曲、運動と呼んだ。
アリストテレス『形而上学』より、
ピュタゴラス学徒のうちでもある人々は、
原理を十対ある双欄表に列挙。
限りと無限、
奇と偶、
一と多、
右と左、
男と女、
静と動、
直と曲、
明と暗、
善と悪、
正方形と長方形
がそれである。
(左利きの女が嫌いなのかな?
ピュタゴラス教団も男女平等ではないな。
女性の体形は曲が強調されているよね。
オルフェウス教は救済には記憶が必要だとする)
・冥界の監視者に告げる合言葉は、
「私は、ゲー(大地)と、星芒輝くウゥラノス(天空)の子だが、私が属するのは、天空の種族である」
ガイアとウラノスの息子と自己紹介することで死者は人間と神々の共通起源を完ぺきに記憶していることを証明する。
・入信儀礼を受けている魂は、冥界の道や落とし穴や危険を避けおおせる。
女主人(デスポイナ)の懐(冥界の中もその女王が身を置く部分を遠回しに言った表現)に到達した魂は、ついにエウクレス(ハデス)とエウブレウス(ディオニュソス)とペルセフォネの前にやってくる。
「種としてまかれたあらゆる存在に君臨するシ者(エフオロス)として、ディオニュソスの母神はその魂の清浄さを確認する。その者の記憶は過去と魂の永続性の知識を保持しており、ペルセフォネの法を遵守してきた。確認が終わるとそれから起源にあった不死性が再構成される。人間と神との失われた同一性が回復され、新たな勝利が数えられる。オルフェウスの冥界下りの際にハデスの手のひらから抜け出た勝利である。
・オルフェウス教の影響が初期キリスト教にも及んだ。
地下墓地カタコンベには野獣たちが竪琴のたえなる調べのとりこになって、
オルフェウスを取り巻いている図が刻まれる。
影響は間接的なものにとどまった。
聖パウロいわく、
人間の魂はオルフェウス教の意味でもプラトン的意味でも神的なものではないと断言されていたから。
パウロ曰く
魂は神の恩寵の座、神の息吹のすまうところ。
パウロは神的状態を獲得するということ、人格が入れ替わることによる働きは理解したが、神的状態を取り戻すという概念は持っていなかった。
オルフェウス教では自分自身に本来あるものを崇めて神的なものを見つけていった。
十五世紀のフィチーノに代表されるフィレンツェの人文主義ではプラトン神学をキリスト教に統合しようと努力された。
フィチーノは古代神学者たちを列挙し、ヘルメス・トリスメギストスのすぐ次にオルフェウスをあげている。
オルフェウスは新プラトン主義の中心教義を先取りしていた。
(グノーシス系キリスト教にもオルフェウス教の影響がありそう。輪廻思想はオルフェウス経由のバラモン教起源だろう)
(ハリーポッターの第一巻がまんまオルフェウスの冥界下りを模している。
フラッフィー=ケルベロスを音楽で眠らせる。
奥にいるのがヴォルデモート=ハデス=名前を読んではいけない存在。
ハデスの名を言うことは忌避されたからまんま。
冥界の王にして、冥界の裁判所のトップにして、
呪術・富・鉱物・宝石・豊穣・
死者の埋葬・葬礼をつかさどり、
死者に敬意を払わないものを罰するハデス(英語プルート。ラテン語プルトン)のシンボル。
隠れ兜(かぶると姿を消せる皮でできている)、
王笏、玉座、果樹園、冥界の鍵、
豊穣の角(コルンコピア。…両手でかかえるほど大きい)、
糸杉、ミント、白ポプラ、
アスポデロス(不死の花)、水仙、
ザクロ、
メンフクロウ/ミミズク(縁起の悪い鳥でハデスの使者といわれる)、
ケルベロス。
ハデスの名は直接口にするのは縁起が悪いので避けられた
…
ハデスの別名は縁起の悪さを感じさせないポジティブなものが多い。
プルトン(富める者)、アイドネウス(見えざる者)…
ハデスは…生殖能力のない男神だと考えられているが、
本流ではないギリシャ神話(オルフェウス神話)では子供を持っているときがある。
)
(時間の神は重要。数が少ないので覚えやすい。
ズルワーンとクロノスとアイオーン。
ケルトの時間の女神
"Arianrhod" (arian, "silver," rhod, "wheel")
銀の車輪=アリアンロッドはケルト神話に登場する時を司る女神。
訳者あとがき
・オルフェウス教は秘教なので情報が少ない。
・オルフェウス教は多神教だが、とりわけディオニュソスおよび母神ペルセポネを崇める。
(オルフェウスより崇められているのかな)
人間は本来、神と同一の起源から発生した存在。
とりわけ人間の魂は神と同じく不死。
だが人間の魂にとってこの世に生まれ変わり続けることは苦しみ以外の何物でもない。この輪廻転生の苦しみから解放されるには、あらゆる殺生と肉食を絶たねばならない。ソラマメも食べてはならない。
生前は浄い生活を続け、肉体が死んだ暁には冥界でペルセポネにそのことを証明できたなら魂が輪廻転生から解放され神の性質に回帰できる。
オルフェウス教で最重要な儀式は入信儀礼(イニシエーション)。
しかし具体的にどのように行われたものなのかは判らない。
著者いわく古代ギリシアにおいて伝統的宗教に対する反逆の意味も持っていたのがオルフェウス教。
ギリシアの神は人間くさいと言われる。ホメロスの二大英雄叙事詩イリアスとオデュッセイアを文学として鑑賞するのみならず、あらゆる事柄の手本として古代ギリシア人は見た。
子供への教育ではホメロスの両詩は最重要科目とされた。
吟遊詩人でなくともこの二大叙事詩を暗唱できる人はいた。
非倫理的な神観にすべてのギリシア人が賛成していたわけではなくプラトンはホメロス的神観に反対していたことはよく知られている。
ホメロスでは神々を崇め畏れる宗教行為は生贄式である。
牛など主に家畜を祭壇で切り殺し、肉は自分たちで食べ、骨を焼いて煙を神々に捧げる。
オルフェウス教では生贄ではなく、焼香で煙を神々に捧げたらしいがこの儀式の詳細は不明。
ホメロスではすでに人間と神々とを隔てる思想が強い。
不死なる方々と死すべき者たちの対比。
対してオルフェウス教では神々と人間は本来同一存在だと主張であり、伝統宗教に対する反逆でもある。
古代ギリシアでは古代エジプトなどと異なり、来世信仰はそれほどでもなかった。
あの世であるハデスはあるが、天国や地獄のようなイメージはない。
影のような存在になった死者たちがさまよっているだけらしい。
人間が死後に赴き永遠に暮らす(さまよう)場所はホメロスではふつうハデスだが、ほかにエリュシオンの野という極楽浄土のような場所もあった。ホメロスにも言及あり。
しかしここに送られるのはごく一部の偉人、英雄などであり一般人に望める場所ではなかった。
また生まれ変わりへの信仰も普通見られない。
救済宗教ではない。生贄さえ捧げていれば十分で、人間にとっては現世がすべてで死後にはほとんど何もない。
(土着のギリシアの伝統宗教と異なるということは外来由来だろうね。またインド・イランっぽい。
トラキアに入ってきてもおかしくない)
ホメロスの作品は英雄叙事詩。英雄叙事詩は王侯貴族の為の文学として発展したと考えられる。宮廷での一種の娯楽として特に活発に作られ歌われたものと思われる。
王侯貴族がパトロン的存在となり発展させたと思われる。
オデュッセイアにも宮廷に仕える吟遊詩人が登場するし、ホメロスの作品で活躍する人物はすべて王侯貴族である。英雄叙事詩は長い間、王侯貴族に聞かせる文学だったと考えられる。ホメロスの宗教が救済宗教とならなかったことに関わっている事情であろう。
現世で富と幸福を享受している王侯たちに精神的救済や来世信仰は必要ないのである。
奴隷層や貧しい人々にとってはオルフェウス教の
「この世の生はそれ自体が罰である」という教義はむしろ自然に受け入れられたのではなかろうか。
現世で苦しんでいた人々に迎えられた宗教はキリスト教が有名だがキリスト教以前にオルフェウス教のような救済宗教が存在していた事実は注目に値する。
解説索引
・アドメトス:ペライの王。アポロンが彼に恩義があったため、彼の定められた死の際に、身代わりとなって死ぬものが現れれば長生きできるようにはからった。
結果、妃アルケスティスが身代わりとなった。エウリピデスの劇の題材ともなっている。
・ディオニュソスの親子関係比較
一般神話 オルフェウス教神話
父 ゼウス ゼウス
母 セメレ(人間) ペルセフォネor
デメテルor
レイア
幼い神ディオニュソスをティタン神族=巨人に殺させたのはゼウスの妻ヘラ。
オルフェウス教のディオニュソスとザグレウスを同一視する説を本書は否定。
巨人神ティタンは天地より誕生。天はウラノス。地はガイア。
・セメレはテバイの王女(人間)。
ゼウスに愛されデュオニュソスを身ごもるが、ヘラの策謀で死ぬ。
ゼウスは彼女の遺体から退治を取りあげ自分の腿に縫い込んだ。
ディオニュソスはそこから産まれたという。
・デメテルはクロノスとレイアの娘でオリュンポス族の女神。
ゼウスの姉。穀物、豊穣を司る。
ゼウスとの間に娘ペルセフォネがいる。
エレウシス秘教では中心的な女神。時としてレイアと同一視される。
・ペルセフォネ(ペルセポネ、別形ペルセポネイア)の別名は乙女(コレー)
ゼウスとデメテルの娘で、冥界を支配するハデスにさらわれて地下の冥界に連れ去られ、ハデスの妃になった。
以上一般神話。
オルフェウス神話では
ペルセフォネは父ゼウスとの間にディオニュソスを産んだ。
嫉妬したヘラがティタン族に命じて赤子だったディオニュソスを殺させた。
怒ったゼウスはティタン族を雷で撃ち、焼け焦げたティタン族から立ち昇ったすすから人類は生まれたという。
ために、ペルセフォネは人間を見ると我が子を殺された悲しみを思い出し、人間は輪廻転生という罰を負わされているという。
・プロメテウスは
ティタン族の一人イアペトスの息子だが、
ティタン族とオリュンポス族の戦いであるティタノマキアの際、
オリュンポス族に味方したので、他のティタン族のよう拘禁されることがなかった。
彼はしばしばゼウスに反抗して人類を援助した。
メコネで神々と人類が生贄の取り分を決めようとした時、プロメテウスは牛を切り分け、ゼウスを欺いて神々の取り分を牛の骨とした。
以後、人間は神々に生贄の骨を燃やす儀式を行うのが義務だったという。
・オルフェウス(オルペウス)の
父は河神オイアグロスorアポロン、
母はカリオペ(ムーサの一人)。
・カリオペは
ゼウスと記憶(ムネモシュネ)の娘。ムーサの女神たちの一人で、オルフェウスの母といわれる。
・テテュスはアキレウスの母で海の女神。
アキレウスが赤子の時に彼を火に入れて不死にしようとしたが失敗。
アキレウスをステュクス(冥界の河)の水に浸して不死身にしようとしたが踵だけがつからなかったという異伝もある。
(炎に入れて不死にするのを失敗したら焼け死ぬんじゃ……。
たしかイシスも火で不死にする儀式していたな)
・デモフォン(デモポン)はエレウシスの王ケレオスの息子。
穀物の女神デメテルが人間界を巡り歩いたおり、エレウシスの王ケレオスの館にやって来た。彼女は赤子だったデモフォンの乳母となって育て、夜に火の中に埋めて不老不死にしようとしたがデモフォンの母親に妨げられて失敗に終わった。
・エレウシス秘教
はデメテル女神を祀る秘教。
オルフェウス教と並んで古代ギリシアの代表的な秘教だった。
エレウシスはアテナイの北西海岸にある市で、アッティカにおけるデメテル女神崇拝の中心地だった。
・テレタイ、テレテー
=秘儀。一般には入信儀礼(イニシエーション)と訳されることが多い。
(作者はイニシエーションは誤訳だと指摘)
・トラケ
=トラキア(ラテン語形)
はギリシア北方の地方。
・トゥリオイはイタリア、ルカニア地方にあったギリシア植民都市、金板が出土している。
・パンドラ(パンドレ)は人類最初の女性。
人類=男性への罰としてゼウスが与えた。パンドラの箱(ヘシオドスでは「甕」)の神話が有名。
(パンドラ登場以前は男の人間しかいなかったのか……)
・オルフェウスの金板
オルフェウス教信者が秘儀に参加し終わったときに授けられるもの。信者は死ぬとこの金板と葬られた。それは詩の形で書かれた短い書式集であり金の薄板に刻まれている。
死後の旅でとるべき道、唱えるべき呪文を教えている。
死後、冥界で金板が指示する通りに行動すれば、オルフェウス教信者の魂は女神ペルセフォネの赦免を受けて輪廻から脱却し、神性に回帰できると信じられた。
・オルフェウス神話のクロノスkhronos=時。
オルフェウス教神話の宇宙誕生譚に登場する原初神「時」という概念を擬人化した神。
下記とは異なるので注意。
Kronosクロノスは大地ガイアと天ウラノスの息子で、父=天を倒して世界の支配者になるが、息子ゼウスに倒される。クロノスはティタン族の末弟にして代表者。
・「死すべき」は人間の枕詞。
神々は「不死なる」・
・新プラトン派は後三世紀半ばに成立し、プラトン哲学を中心に、ピュタゴラス主義、アリストテレスとストア派の哲学、さらには当時の宗教思想も取り入れた。
完成者は後3世紀のプロティノスで神秘主義に属する思想。
新プラトン派の多くはプラトンとアリストテレス哲学は調和しうるという信念に立って膨大なアリストテレス注釈を著わした。
・シンプリキオスは後6世紀の新プラトン派。
・スーダ辞典は後10世紀の百科事典。
約3万語を収録しコンスタンティノープルで誤りと無知を防ぐ。「スーダ」(防壁)として編纂された。
・アグラオフォモス(アグラオパモス)Aglaophamos
トラケの秘教神官の名と言われ、ピュタゴラスにオルフェウスの言葉と秘儀を授けたという。
新プラトン派のイアンブリコス 『ピュタゴラス伝』
・アリストクリトス 後五世紀のマニ教徒
『神智学』Theosophia
・オルフェウス教の宇宙誕生譚に登場する原初の存在が宇宙卵。
原初神「時(クロノス)」が生み出したものともいわれるが、本来は宇宙最初の存在とも考えられる。
関係 | 一般神話 | オルフェウス教神話 |
---|---|---|
父 | ゼウス | ゼウス |
母 | セメレ(人間) | ペルセフォネorデメテルorレイア |
オルペウス(=OrfeuvV)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/orpheus.html
”オルペウス教の入信儀式の神秘的で重要な語句の1つに、「我、小さき児は、母の乳の中に倒れぬ」という句がある。これは、おそらく、ペルセポネーの胸のもとでの死と、それに続く彼女の養ない児としての再生に関連するものと思われる。
古代の祭式には、ユダヤ教の律法が特別に禁じたものが含まれていた。「あなたは子やぎを、その母の乳で煮てはならない」(『出エジプト記』第23章19)。この儀式に対するユダヤ人の恐怖はきわめて大きく、彼らはミルクと肉製品には違う皿を使うべきだと主張するほどであった。しかし、彼らの神はかつては、ペルセポネーのような、「穴」としての母神アシュラと、聖なる結婚の儀式によって、結婚したのであり、この儀式には仔ヤギをその母親の乳の中で料理することが含まれていた[15]。この語句が聖書記者にとって何を意味していたのかは、誰にもわからない。この禁令は、確かに、動物に対する優しさや、ヤギの母性愛に対する崇敬が動機となっているのではない。それには何かほかの、ある神秘的な理由があったのである。
紀元2、3世紀頃には、オルペウス教は、キリスト教の最も容易ならざる競争相手であった。教会が、オルペウス教の救世主とキリストを同一とする案を考え出すまで、この事態は続いた。4世紀のキリスト教美術は、オルペウスの姿をしたキリストを描き出している。キリストはプリュギアの帽子をかぶり、竪琴を奏で、足許には生贄の仔ヒツジが描かれていた[16]。アレクサンデル・セヴェルスは、彼の家の礼拝堂にキリストとオルペウスの聖像を並べて置いた[17]。
オルペウス教の福音は、地中海沿岸地方一帯において、少なくとも1200年の間にわたる長い間布教されていた[18]。そしてキリスト教の教理に大いに貢献し、また中世の吟唱詩人の物語においても再び語られた。”
ペラスゴイ人の創世神話
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/genesis1.html
ホメーロスおよびオルペウスの創世神話
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/genesis2.html
――ニーチェへのストア派とエピクロス派の影響—
結論。運命愛と永遠回帰はストア派由来。
でも自然に従って生きよは否定。
超人にはストアの賢人像が混ざっている。
エピクロス派の影響がどこまであるかは私には判断できない。
英語版ウィキはちゃんと、運命愛Amor fati
の概念はストア派のエピクテートスに遡り、ストア派のマルクス・アウレリウスとつながっているとある。マルクスアウレリウスは運命愛という言葉は使っていない。ギリシア語で著述し、ラテン語は使わなかったから。『自省録』はギリシア語。
古代ギリシアやローマの古典・哲学・文学等で優秀な成績を残し、古典文献学教授までなったニーチェがエピクテートスとマルクス・アウレリウスを読んでいないこともありえないし、思想を理解していないなんてありえない。
ニーチェはストア派の自然に従えを否定するわりに、運命愛と永遠回帰の概念は採用している。
ツァラトゥストラにある「これが生であったか、よしもう一度」という運命愛。
カントもニーチェも古代哲学がわかっていないと意味不明な箇所が多々あるので注意。
ニーチェの本の引用はネットで調べると高確率で出て来る。
有名箇所は日本語訳でかなり長い塊で載せているサイトもある。
有名だと楽だね。
西洋哲学では英語文献のほうが豊富で当たり前。
日本語話者の利点は漢字文献の理解度の高さ。
Amor fati
https://en.wikipedia.org/wiki/Amor_fati
“The concept of amor fati has been linked to Epictetus.[1] It has also been linked to the writings of Marcus Aurelius,[2] who did not himself use the words (he wrote in Greek, not Latin).
The phrase is used repeatedly in Friedrich Nietzsche's writings and is representative of the general outlook on life that he articulates in section 276 of The Gay Science:
I want to learn more and more to see as beautiful what is necessary in things; then I shall be one of those who makes things beautiful. Amor fati: let that be my love henceforth! I do not want to wage war against what is ugly. I do not want to accuse; I do not even want to accuse those who accuse. Looking away shall be my only negation. And all in all and on the whole: some day I wish to be only a Yes-sayer.“
以下は光文社文庫版の解説
善悪の彼岸9:哲学の暴力
http://blog.livedoor.jp/akamakigami7/archives/33794927.html
“p33~p35
これもまた、「願望=真理」への批判です。矛先はストア派。
ストア派もまた、エピクロス派と同じくプラトンと同時代です。開始から400年続いたそうですが。
ストア派は厳しい自己抑制を特徴とした教えで有名です。ストイックの語源になったそう。
彼らは「自然にしたがって生きよ」と教え、「不自然な感情」である破壊的な衝動は判断の誤りから生じ、それゆえ判断を司る「理性」を鍛えることが重要だと言います。
さて、自然は随分秩序だっているようです。少なくともストア派の人たちにはそう見えたそう。
物を上に放り投げれば必ず落ちてくるし、琥珀を擦れば必ずビリっとする。三角形の内角の和は必ず180°です。
当時の人たちは、これが随分不思議に思えたそうで、自然の法則が働く事を「理性が働いている」などと考えたみたいですね。
だからストア派も「自然=理性的」などと言ったのでしょう。
ニーチェはこのストア派も、やっぱり「自分の見たいように物事を見ている」と非難します。
ニーチェ曰く「自然は際限なしに無関心」であり、「生とは、自然と〈違ったものとして〉存在すること」。
自然は僕たちが生きようが死のうが、苦しかろうが楽しかろうが、そんなことに頓着せずにただひたすら存在する。
しかし、僕たちは「評価し、選り好みし、何かに関心を持たなくては」生きていけない。
前に見てきたように、僕たちの判断の底には「生存本能」が蟠っているのだから。
「生存に有利=よい」と評価してしまうのです。
同じようにストア派は、「自然から自分たちの掟を読み取る」などと言っておきながら、その実「自分たちの思うとおりに自然を解釈している」。
そして自慢の「自己抑制」で自らを「支配」できるがゆえに、自然をも「暴力的に支配」できるだろうと考える。
「自然を作り上げる」のである。
そしてこのことへの意欲こそが「、力への意志」であり、「『世界の創造』への意志」である、とニーチェは言います。”
以下は別の翻訳の引用。
「自然に従え」の誤謬 『善悪の彼岸』より
http://kodokunahorosya.blog.fc2.com/blog-entry-662.html?sp
“おお、諸君、高貴なストア派の人々よ、諸君は「自然に従って」生きようと欲するのであるか。それは何という言葉の欺瞞であろう!自然というものの本性を考えてみたまえ。節度もなく浪費し、限度もなく無頓着で、意図もなければ顧慮もなく、憐情もなければ正義もなく、豊饒で、不毛で、かつ同時に不確かなものだ。諸君はその無関心そのものが力としてであることを考えてみるがよい。―諸君はこの無関心に従って生きることがどうしてできようか。生きること、それはまさしくこの自然とは別様に存在しようと欲することではないのか。生きるとは評価すること、選び取ること、不正であり、制限されてあり、差別的(関心的)であろうと欲することではないのか。そして、「自然に従って生きる」という諸君の命法が根本において「生に従って生きる」というのと同じほどの意味であるとしたら、―諸君は一体どうしてそうでなくありうるというのか。諸君自らがそれであり、かつあらざるをえないものから、何のために一つの原理を作るのであるか。―実を言えば、事情は全く別なのだ。というのは、諸君は我を忘れて自分たちの掟の基準を自然から読み取ると称しているが、実は或る逆のことを欲しているのだ。つまり、諸君は奇妙な役者で、自己欺瞞者なのだ!諸君の誇負は自然に対して、自然に対してすらも、諸君の道徳、諸君の理想を指定し、呑み込ませようと欲している。諸君は自然が「ストアに従って」自然であるように求め、そして一切の現存をただ諸君自身の姿に準じて現存させようと望んでいる。―しかもストア主義の巨怪な永遠の讃美と普遍化としてなのだ!諸君の愛を悉く真理に捧げつつ、諸君はあれほど長く、あれほど執拗に、あれほど催眠術で動けなくされて、自然を誤って、すなわち自然をストア的に見るように自分たちに強いたので、ついに諸君は自然をもはや別様に見ることが不可能になった。
(中略)
哲学はいつも世界を自らの姿に擬して創造する。それよりほかの遣り方を知らない。哲学はこうした僭王的な衝動そのものにほかならず、力への、「世界の創造」への、《第一原因》へのもっとも精神的な意思なのだ。 『善悪の彼岸』ニーチェ著より”
緑雨 @ryoku28 2013年8月29日
『サルトルの誕生』において「ストア派-ニーチェ-サルトル」の稜線が完全に捨象されているのは何故だろう。サルトル自身も戦中にストア派について長大な省察を残し、また「根源的選択」やら、それに影響を与えているであろう「永遠回帰」やら「運命愛」やらにはストア派の影があるというのに…。
Yuuki Ohta @yuuki_with2us 2014年7月17日
「誠実さ、それが我々自由な魂も逃れられない我々の徳だとして—ならば、もてるすべて悪意と愛をもってそれに取り組もうじゃないか、そして*我々の*徳、我々に最後に残された徳、そこで我々自身を「完全にすること」に疲弊してしまわぬよう[…]*堅牢*たれ、我ら最後のストア派よ!」(ニーチェ)
0件の返信 2件のリツイート 1 いいね
• • 自分がリツイート
ワダアキラ @akira23141 2015年2月2日
クリシュナムルティとニーチェは根底でつながっている。通底しているのはアウトサイダーの哲学であり高貴であること。自分で自分のケツを拭くこと。何ら外部の物のせいにしない事である。外部のものに影響されないとは、さらにエピクテートス、エピクロス、ストア派にも親近性があり賢者の智慧は同じだ
0件の返信 1件のリツイート 3 いいね
• • 自分がリツイート
ワダアキラ @akira23141 2014年10月31日
と考えると、肉体において苦痛がなく精神において乱されないエピクロス的幸福、消極的幸福が望ましい。ストア派にはどうしても荒れ狂う欲望を理性によって強引に統御するという趣きがある。ニーチェがストア派よりもエピクロスに惹かれていたのは何となく分かる気がする。
0件の返信 1件のリツイート 1 いいね
• • 自分がリツイート
ボルボラ @zairic0 2015年5月12日
返信先: @rollnpanさん
@rollnpan 『ストア派』といえば、ローマ五賢帝の最後の一人、マルクス・アウレリウス・アントニヌスの手記『自省録』が有名ですねー。私はこれは読みました。ニーチェとは考え方が合いませんが、これはこれで非常に良い本です。薄いですし読みやすいです。
1件の返信 1件のリツイート 2 いいね
• • 自分がリツイート
ボルボラ @zairic0 2015年5月12日
返信先: @rollnpanさん
@rollnpan ニーチェを読み返していると思うのですが、前提知識がやや必要なところがあって、そこでは苦労するかもしれません。批判対象として「ストア派」とか「イマニュエル・カント」があがってきたりしますが、このあたりは知らないと何書いてあるのかわからないですねー。
1件の返信 2件のリツイート 1 いいね
• • 自分がリツイート
ワダアキラ @akira23141 2016年2月25日
ストア派はニーチェのように痩せ我慢の哲学であり、ニーチェがエピクロスに憧れたのも故なきことではない。エピクロスは友愛にも力を入れていて、それこそニーチェやゴッホの夢見た《芸術家・哲学者たちの共同体》だ。そして二人ともこれに挫折し、氷島の孤独を味わなければならなかった。
0件の返信 2件のリツイート 1 いいね
• • 自分がリツイート
ワダアキラ @akira23141 2016年4月15日
ニーチェがマルクスアウレリウスに言及した形跡はないが、けだし彼はストア派の指導理性を信じていなかったし、そんなものよりも自身の意志を信じていたのだ。しかしニーチェ哲学はストア派にもエピクロスにもはたまた懐疑派にも似ている。あたかも彼らのいいとこ取りのような感じがしないでもない。
0件の返信 2件のリツイート 1 いいね
• • 自分がリツイート
ねこた @lakudagoya 2016年5月3日
返信先: @lakudagoyaさん
ストア学派のクリュシッポスは、ニーチェやショーペンパウエルやセネカやガザーリーも真っ青なほど、パトス死ね死ね言いまくってた。 支配者の中核思想はストア派臭いので、耶蘇教が乗っ取られたという話が浮上中〜なんて今更お花畑に言う主婦に対してはどうするか火を見るより明らかでしょうよ。
0件の返信 3件のリツイート 3 いいね
• • 自分がリツイート
J. めがね @Philoglasses2 2016年11月24日
ニーチェが『善悪の彼岸』の中でストア派批判しているところ、大事。「君たちは、自然が〈ストア派に従って〉自然であるようにと、そして一切の存在をひたすら自分たち自身の姿に型どって存在させようと、熱望している」(信太訳)。もしありえるとすれば、ストア派はこの批判にどう応えるだろうか。
1件の返信 2件のリツイート 5 いいね
• • 自分がリツイート
koykoy @koydende 4月28日
(ストア派は)「自然にしたがって生きよ」と教えたが、君たちはほんとうに生きることを望んでいただろうか。~ 君たちの傲慢な心は、自然に(自然にすら)、自分の道徳と理想をおしつけ、わがものにしようとしているのだ。(ニーチェ『善悪の彼岸』)
0件の返信 2件のリツイート 2 いいね
• • 自分がリツイート
西洋古典叢書編集者 @Deipnosophistai 2012年4月13日
【今日の名言】人間の歴史は円環をなす。くるくる廻り、同じ者が常に幸福であることを許さない。……ヘロドトス『歴史』I, 207(いわゆるヘロドトスの循環史観で、後にポリュビオスに影響をあたえる。これをさらに徹底させ、同じ出来事が繰り返されるという永劫回帰を唱えたのがストア派。)
0件の返信 4件のリツイート 3 いいね
• • 自分がリツイート
西洋古典叢書編集者 @Deipnosophistai 2013年12月27日
【今日の名言】ストア派によれば、大燃焼の後で宇宙にある同じ数のものがすべて再び生成する。……クリュシッポス「断片」II 624(いわゆる永劫回帰の思想。ただし、「同じソクラテスやプラトンが…」はネメシオスなどキリスト教作家が使う批判の言葉であることに留意すべき。)
0件の返信 1件のリツイート 3 いいね
• • 自分がリツイート
月影 耿太郎 @Riesenhuber 2014年3月1日
思考には連続性があり、日々の連想の質が永劫回帰によって凝縮され、運命を形成していく。繰り返された習慣はいずれ運命となるのだ。ニーチェもストア派の哲学やエマソンを読むことで、永劫回帰概念に辿り着いたのではないだろうか。
0件の返信 1件のリツイート 2 いいね
エピクロスの快楽主義の検討
http://kotoyumin.com/epicurus-79
”われわれは快楽を、至福な生の始めであり、また終わりでもあると言っている。というのは、われわれは快楽を、生まれると共に持っている第一の善として認めているからであり、そしてこの快楽を出発点にして、すべての選択と忌避を行っているし、また快楽に立ち戻りながら、この感情(感覚)を基準にしてすべての善を判定しているからである。(DL.10.128-129)
…
……神々については敬虔な考えを持ち、死については常に恐怖を抱かず、自然的な目的(快)をすでに省察しており、善いことの限度(苦しみのないこと)は容易に達せられ獲得されるものであるし、悪いことの限度は時間的にも痛みの点でもわずかであることを理解している。また、一部の人が万物の女王として導きいれた「運命(必然性)」を嘲笑している人、このような人より誰が優れているときみは考えるか。(DL.10.133)
ちなみにストア派では欲望はもとより、あらゆる感情は完全に滅するべきであると考えられていました。欲望は感情の一部です。
……ストア派によれば、すべての感情(perturbationes)は判断(judicium)と想念(opinio)から生ずる。
……欲望(libido)とは、すぐ目の前にあって手の届きそうな、将来の善に対する想念である。
(キケロ 『トゥスクルム荘対談集』 4.14、木村健治・岩谷智訳)
もろもろの感情と戦うには襲撃を加えねばならぬ。小細工ではいけない。かすり傷ぐらいではなく、強襲をかけて敵軍を撃退せねばならぬ。嘲るぐらいでは駄目だと思う。なぜなら相手を粉砕せねばならないのであって、ののしるのではないからである。
(セネカ 『人生の短さについて』 10-1、茂手木元蔵訳)
ストア派と違い、エピクロスは欲望を全て悪いものとはせず、自然な欲望が満たされることで人は幸福になれると考えました。”
エピクロスの神(5)
http://monsieurk.exblog.jp/18384929/
”カトリック教会は長年にわたって警戒をおこたらなかったが、エピクロスの思想は、甦ったルクレティウスの詩篇とともに、イタリアの人文主義者や芸術家たちに衝撃をもってむかえられた。サンドロ・ボッティチェッリの代表作《春(La Primavera)》(1482年頃)は、それを示す端的な例である。
絵の中心にはヴィーナスがおり、その周りにいるのは古代の神々である。神々が見せるさまざまな動きは、春の到来による大地の復活をあらわしていて、ルクレティウスの詩句の再現にほかならない。
「春はヴィーナスとともに訪れ、それに先立ちヴィーナスの
翼ある先駆者がやってき、西風の足跡には
母なる女神フローラがあらかじめ道いっぱいに、
彼らのため妙なる色と香とをまきちらす。」(『物の本質について』5卷、737-740行)
…
影響はイタリアだけに留まらなかった。モンテーニュは『エセー』(初版は1580年)で、ルクレティウスをたびたび引用し、その英訳(1603年)を読んだシェイクスピアは、『ロメオとジュリエット』で、唯物論への共感を披露している。シェイクスピアの専門家であるグリーンブラッドによると、シェイクスピアはラテン語に堪能で、活字本として出版されたルクレティウスを直接読んだ可能性があるという。
19世紀になると、さらに多くの人たちがエピクロスの思想に関心を寄せた。若きカール・マルクスは、「デモクリトスとエピクロスとの自然哲学の差異」という論文を書いて、イエーナ大学に提出して博士号を獲得した。この論文は失われてしまい、現在は準備のためのノート数冊が残されている(『マルクス=エンゲルス全集』第40巻、大月書店)。マルクスはヘーゲルの影響のもとで、唯物論の立場からエピクロスに関心をもったのだった。
「神は死んだ」と宣言したニーチェも、ライプチヒ大学在学中にディオゲネスやルクレティウスを精読し、「ディオゲネス・ラエルティオスの資料について」という論文を書き、古典文献学の新鋭として一躍脚光をあびた。そしてこの仕事をきっかけに、大学を出る前に、スイスのバーゼル大学から教授として招かれたのである。
1883年の夏、友人ペーター・ガストに宛てた手紙で、このころを回想している。
「むかしデモクリトスとエピクロスの研究に没頭していたころの思い出を一筆。――このあたりは文献学者にとっては、いまなお汲めどもつきせぬ研究の世界です!
君も知るように、(発掘された) ヘルクラネウムの文庫には、時間をかけ、苦心を重ねて、ようやく読めるようなパピルスがあります。それは過去の一エピキュリアンが持っていた文庫なのです。だからエピクロスのほんものの著作が発見される希望があるわけです!
たとえばその中の一片は、ゴンベルツによって解読されました(ウィーン学士院紀要所収)。それは『意思の自由』を論じたもので、その結論は(たぶん)エピクロスは運命論のはげしい敵対者だが、同時に――決定論者ということでしょう。」(氷上英廣「ニーチェとエピクロス(2)」、岩波新書『ニーチェの顔』所収)
氷上英廣は『ツァラトゥストラはこう言った』の翻訳で知られる優れたニーチェ学者で、「ニーチェとエピクロス」は、ニーチェが生涯繰りかえし思索の俎上にのせたエピクロスを論じたものである。彼は文中で、ニーチェの『華やぐ知恵』のある断章を引用している。
「エピクロス。――そうだ。私はエピクロスの人物をおそらく誰とも違ったふうに風に感じていて、それを誇りに思っている。エピクロスについて、何を聞き、何を読んでも、わたしはそこに古代の午後の幸福を味わうのである。・・・エピクロスの眼は、日を浴びた岸辺の岩群のかなたに、広大にひろがる白く光った海をみている。大小の禽獣はこの日光の中で嬉戯し、その日光のように、またかの眼と同じように、悠々自適している。だがこうした幸福を編みだすことのできるのは、不断に苦悩している者だけだ。」(同) ニーチェが思い描く幸福な光景は、ステファヌ・マラルメの詩「牧神の午後」に通じる牧歌的理想郷「アルカディア」を思わせる。
ニーチェは代々プロテスタントの牧師を出した家系につらなる者だが、「キリスト教によって高度に発展せしめられた誠実の感覚が、すべてのキリスト教的な世界解釈と歴史解釈に対して嘔吐を覚える」(『力への意志』)。つまり上の文中の、「こうした幸福を編みだすことのできるのは、不断に苦悩している者だけだ」とは、彼自身のことにほかならない。
ニーチェは「神は死んだ」と宣言したが、そこには若いときに知ったエピクロスをめぐる葛藤があったのである。彼はその上でこう断言するにいたる。
「科学は同時に死に関するあらゆる観念、あらゆる彼岸の生命を否定した。そのことによってわれわれの関心事はひとつ減った。すなわち『死後』はもはやわれわれとは関係がなくなった。これは言いようのない恩恵であって、恩恵としてあまねく感得されるには、まだあまりに新しすぎるものなのである。――ここにあらためてエピクロスが凱歌を上げる!」(『曙光』) ”
『エピクロス 教説と手紙』
https://booknote.jp/life/kyosetsutotegami
” それゆえ、快が目的である、とわれわれが言うとき、われわれの意味する快は、――一部の人が、われわれの主張に無知であったり、賛同しなかったり、あるいは、誤解したりして考えるのとはちがって、――道楽者の快でもなければ、性的な享楽のうちに存する快でもなく、じつに、肉体において苦しみのないことと霊魂において乱されない(平静である)こととにほかならない。
自己充足の最大の果実は自由である。
自己を保全するためにまず第一に尽くすべきおのが分は、自分の青春を大切に守り、荒れ狂う欲望によってすべてを台無しにするものを警戒することである。
水とパンとで暮らしておれば、わたしは身体上の快に満ち満ちていられる。そしてわたしは、ぜいたくによる快を、快それ自身のゆえにではないが、それに随伴していやなことが起こるがゆえに、唾棄する。
より大きな快を楽しむために、これらのさまざまな苦しみに耐えることは、よりよいことである。また、もっときびしい苦しみに悩まないために、これらのさまざまな快をさしひかえることは、有益である。
自己充足は、あらゆる富のうちの最大のものである。
明日を最も必要としない者が、最も快く明日に立ち向かう。
幸福と祝福は、財産がたくさんあるとか、地位が高いとか、何かの権勢だの権力だのがあるとか、こんなことに属するのではなくて、悩みのないこと、感情の穏やかなこと、自然にかなった限度を定める霊魂の状態、こうしたことに属するのである。
隠れて、生きよ。
※アテネの反体制者への弾圧などがあった。”
エピクロスと快楽主義の哲学
http://philosophy.hix05.com/Hellenism/hellenism04epicuros.html
“エピクロス (BC341-BC270) は、ストア派の創始者ゼノンとほぼ同じ時期に生まれ、アテナイを拠点に活動した。彼の創始した学説は、ストア派の説と並んでヘレニズム時代の思想を代表するものとなった。いずれも、世界帝国の中で相対的に地盤沈下した個人の生き方に焦点を当て、人間にとってよき生き方とは何か、個人の幸福とは何かについて考察した。ストア派が禁欲に重点を置いたのに対して、エピクロスの徒は快楽こそが幸福の源泉と考えたのであった。
…
エピクロスが実際に唱えた快楽の思想とは、快楽という言葉から伝わってくるような享楽を旨とするものではなく、心の平静を成就しようとするものであった。彼はそれをアタラクシアと呼んだ。
アタラクシアとは、文字通りにいえば無感覚という意味の言葉である。それは感覚のもたらすものに惑わされず、何事に接しても心の平静を保つという境地を表わした言葉なのである。
…
エピクロスの若い頃の学業についてはわからぬことが多い。デモクリトスの思想を学ぶことから出発したようである。エピクロスはそれをナウシパネスから学んだらしいが、自分ではそのことを認めず、またデモクリトスもレウキッポスも尊敬しようとはしなかった。だが彼の思想の骨格は一種の唯物論であり、そこにはデモクリトスの影が大きく作用していることが認められるのである。
デモクリトス同様エピクロスも、世界が原子と空虚からなっていると考えていた。魂もまた原子からなっている点ではほかの物質と異なるところはない。感覚とは物体の原子が魂の原子に打ちあたることから引き起こされる物理的な現象である。感覚から導き出される想念も、魂の原子がさまざまに配分されることによって生ずるのであった。エピクロスがデモクリトスと異なるところは、これらの原子の動きが自然法則によって決定付けられているのではなく、そこには自由が介在する余地があると考えたことである。
…
快楽の追求に関してエピクロス自身がいったという言葉を、ディオゲネス・ラエルティオスが引用している。「我々は快楽を、至福な生の始めであり、また終わりでもあるといっている。というのは、我々は快楽を、我々が生まれるとともに持っている第一の善と認めているからであり、そしてこの快楽を出発点として、すべての選択と忌避を行なっているし,また快楽に立ち戻りながら、この感情を基準にして、すべての善を判定しているからである。」(岩波文庫)
エピクロスにとって、快楽には能動的と受動的、あるいは動的と静的との2種類のものがある。動的な快楽とは、満たされていない状態を満たそうとすることから生まれる満足であり、がつがつ飲食したり、性交の快楽にふけることからもたらされる。熾烈な権力闘争から生まれる快楽もこの種のものである。
それに対して静的な快楽とは、たとえば飢えが満たされたときにもたらされる平静な状態のようなものである。それは満たされぬものを満たそうとする希求ではなく、自分自身のうちに満たされていることといえる。
こうした考えから、エピクロスにとって快楽とは、快楽の存在よりもむしろ苦痛や不足がないという充足感のようなものに近いのである。充足感の中でも胃や性器のような肉体にかかわるものより、心の平静が重視される。エピクロスが「アタラクシア」という言葉でさしたのは、この心の平静なのである。
エピクロスは性交を避けるべきだといった。それは人間の肉体や心の状態を撹乱し、激しい情念を燃やし続けさせることによって、心の平静とは最も遠い状態に人間を置くからであった。
ところで人間の心をもっとも撹乱するのは、恐怖の感情である。恐怖の源泉の中でも最も重要なのは宗教と死である、とエピクロスは考えた。
エピクロスは神の存在は否定しなかったが、それは伝統的なギリシャ人が考えたような恐ろしい神ではなかった。神は人間に災いをもたらすこともある生きた存在であるというより、自然の摂理のようなものと捕らえられた。一種の理神論であろう。ここにもデモクリトスの影響が見られる。
エピクロスは徹底した唯物論者であったから、魂の不死も信じなかった。肉体が滅びれば、魂も同時に滅びてしまう。だからといって死ぬことを恐れる必要はない。死は正しく理解すれば決して恐ろしいことではない。それが恐ろしく思えるのは、死んだ後も魂は残って、あるいは地獄に落ち、生前の業に応じてさまざまな試練を課されるといった、誤った想念にとらわれているからだ。
死についてエピクロスのいった言葉は、人間の長い歴史の中でも、もっとも崇高な言葉の中に数え入れられるべきである。
「死は、もろもろの災厄の中でも最も恐ろしいものとされているが、実は、我々にとっては何者でもないのである。何故なら、我々が現に生きて存在しているときには、死は我々のところにはないし、死が実際に我々のところにやってきたときには、我々はもはや存在しないからである。したがって、死は、生きている人びとにとっても、また死んでしまった人々にとっても、何者でもないのである。生きている人びとのところには、死は存在しないのだし、死んでしまった人々は、彼ら自身がもはや存在しないのだから。」(ディオゲネス・ラエルティオス「ギリシャ哲学者列伝」)”
ストア派の運命論についての考察1―ストア派は「やせ我慢」ではない
http://kotoyumin.com/stoicdeteminism-318
“ストア派の目指す理想の境地は「不動心(アパテイア)」です。読んで字のごとく、「何ものにも動じない心」を身につけるということです。まさに実践哲学。
この「不動心」は、ストア派の持つ「運命愛」の思想に基づいているように思われます。あるいは、「運命愛」という心的態度の帰結として「不動心」が練成されてくるもののように思えます。
運命愛というと、宿命論であったり、ニーチェ的な発想とも連なります。たぶん、プラトン・アリストテレスにはあまりない発想じゃないかと思います。
…”
∸―――
雑多
アイオーン 蛇に巻きつかれた獅子
http://www.karakusamon.com/aeon.html
”ミトラス密儀の獅子頭像
考古学の発掘等により、ローマ帝政期時代において、頭部が獅子で、人間(男性)の身体を持ち、蛇を全身に巻き付けた神と思える像が発見された。この像は、「アイオーン神の像」と考えられたが、ギリシア神話におけるアイオーンの神の像とも、グノーシス主義におけるアイオーンの擬人化神像とも考えられた。
また近年有力なのは、これはミトラス教の「時間の主神」であるペルシア起源のズルワーンの像であるという説もある。ズルワーンはゾロアスター教の神であり(ただし、ズルワーンを主神として崇拝する派は、正統ではないとされる。ズルワーン主義とも呼ばれる)、ミトラス教でも重要な位置を持っていた。アイオーンの像が何であるのか、正確には判明していない。 ”
キュモンの『ミトラの密儀』を読む
http://www.karakusamon.com/roma/cumont.html)
” 第1章 起源(p17)
ペルシア人の祖先たちがインド人の祖先たちとまだ一つであった遠い昔、彼らはすでにミトラを崇拝していた。ヴェーダの讃歌は、アヴェスターのそれと同じようにミトラの名を讃えている。
カッパドキアの楔形文字が明らかにしたところでは、ミタンニ人によって前13世紀ごろ崇拝されていた。
アヴェスターの中ではミトラは天の光の精霊である。
彼は成長をもたらし、豊穣をもたらし、家畜の群れをもたらし、子孫と生命とをもたらす。
ミトラは「まどろむことなくマズダー神の創造物を保護する。」
女神アナーヒターと同様、アルタクセルクセスの碑文の中で、アフラマズダーとともに祈願される。
コマゲネス王アンティオコス一世(在位前69~34)の墳墓の碑文
(タウロス山脈)ミトラと握手している。
コマゲネ王は母方でシリアのセレウコス朝、父方でヒュスタルペスの子ダレイオスから出たと自称、ペルシアとギリシアの神々や儀礼を結び付けた。彼の王朝ではアンティオコスとミトリダテスという名前が交互する。
小アジアのマゴス達の宗教は、外来征服者の宗教に吸収されることなしに、それと自らを結びつけた。同一視という古くからの方法に依存
第2章 ロ―マ帝国への伝播
「密儀(ミュステリオン)」というギリシア語・・秘教
ミトラはギリシア世界からは締め出されたままであった。
(p37) 古代インドの信仰が起源 このマズダー教の下層には古代バビロニアのセム系の教義の厚い沈殿
(p35)多くの異質の要素が一体となったこの合成宗教は、 ヘレニズム時代にアルメニア、コマゲネ、カッパドキア、ポントスで栄えた複合文明の適切な表現である。
ミトラ教の主要な布教者は軍隊
第6章 ミトラとローマ帝国の諸宗教
(p142)キリスト教とミトラ教、敵対する二つの宗団の類似点は非常に多く、古代のすべての人々の間でさえ強い印象を与えるほどであった。
二世紀以来、ギリシアの哲学者たちはペルシアの密儀トキリスト教の比較対照を行ったが、それはすべて明らかに前者にとって有利なものとなった。
(p143)借用の範囲を詳しく確認できる唯一の分野は美術である。
キリスト教徒はミトラが矢を射かけて命ある泉水を湧き出させる図像から霊感を得てモーセがホレブ山の岩を杖で打つ図像をつくりだした。
キリスト教とミトラ教は酷似しており、その主要な例は魂の浄めと至福なる復活の希望であった、根本的な違いは、ローマの古代宗教との関係
キリスト教・・ 全偶像崇拝に対する容赦ない敵対
ユリアヌス皇帝の背教・・反動
ミトラ教美術
牛を殺すミトラ
(p165) オリエントに原型を持つ獅子頭のクロノス
同類の存在の多くの者と似て、動物の頭部を持つこの怪人は、オリエント的想像力の産物である。その系譜は疑いもなくアッシリアの彫刻にま遡る。ただしオリエントの芸術家たちは、ギリシアの神々の体系にとっては異質な神を表現したに違いなく、またいかなる特定の流派によっても拘束されなかったので、自分対置の空想を自由に羽ばたかせた。
彼らが施した様々な改変は、一方では宗教的配慮―多くの事物を付加することによって、この神格化された抽象観念の象徴的意味をますます複雑化させる傾向によって、 そして他方では この野蛮な登場人物の怪奇さを可能なかぎり和らげ、それを少しでも人間化しようとする願望、によって動機づけられる。 結局、彼らはこの神の獅子頭をやめ、この動物を足でだけあらわしたり、胸にこのもう獣の顔面を配置することで満足する。
(p166) 永遠を表す獅子頭の神はミトラ教美術の最も独自な創造物であり、たとえ愛らしさや優雅さに全く欠けていても、その外観の奇抜さや事物の暗示に富む集積は、人々の好奇心をそそり、瞑想にいざなう。
この時間神以外で、オリエント起源を証明することが確かにできるものとしては、たとえば、杖の上にかぶさったプリギア帽とか天界を象徴するための鷲が乗った球体などいくつかのシンボルがある。
(p167) ミトラ教美術はギリシア彫刻が創造したいろいろなタイプの宝物庫から多くの借りものをしたにもかかわらず、本質的にはそれが表していたところの密儀と同じようにオリエントのものであった。
いくつかの浮彫にひしめいている登場人物や群像の寄せ集めや、
永遠を表すクロノスを覆い尽くさんばかりの持物の錯綜は、「何らかの新しい理想が新しい宗教形態とともに生まれたことを示している。
これらの醜く冷たいシンボルはミトラ教遺物によって執拗に使われたことがわかっているが、優美さとか高貴さによって人を惹きつけるものではなかった。
それらは人々の精神を未知なるものの困惑させるような見直によってひきつけ、魂の中に厳かな神秘に対する畏敬の念を起させるものだったのである。
(p168) そういうわけで、その不完全さにもかかわらず、非常に洗練されているミトラ美術は永続的な影響力を行使することになった。
ペルシアの神の信者たちがにぎにぎしく複製を作って広めた宇宙循環の図像は、ほんとうはキリスト教の精神に抵触するものであったにもかかわらず、キリスト教によってとりいれられた。 なぜならミトラ教徒にとっても自然全体は神聖であったからである。 例えば、天、地、海、太陽、月、惑星、獣帯の記号、四方位の風、四季、四大元素等がそういうものであり 、キリスト教徒の石棺、モザイク画、細密画などにも頻出する。 ”
返信先: @NanananYoginiさん
紛れもなくこれは魔法です。(^^) 現代人は誰でも知っていてみんな使ってるから、それが魔法であることを意識していないのです。
1件の返信 1件のリツイート 3 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター @Ripple1975 9時間9時間前
腕時計を腕にはめるとき、時間に縛られるということを象徴してる。それは社会的ルールの基本だからほかに時計機能を持っていてもぜひつけてほしいな? 素敵な懐中時計でもいいのだけど、社会的責任を果たすための大切な《時間魔法》だから忘れないでね。
0件の返信 10件のリツイート 19 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター @Ripple1975 9時間9時間前
いまではスマホがあるから時計を持たない人が多いみたいだけど、腕時計はいまとなってはクロノス神のタリスマンです。腕時計に意識を向ける回数が多いほど力はチャージされる。面倒だとは思うけど効果的な「時間の呪術」です。
0件の返信 12件のリツイート 20 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター @Ripple1975 9時間9時間前
時計は必ず手元においておくこと。腕時計はおうちにいるときもつけておきます。
0件の返信 6件のリツイート 5 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター @Ripple1975 9時間9時間前
おそらく時間感覚の消失があるから、タイムテーブルだけ意識してみては? 定期的に時計を見て行動するの。大まかな時間割を決め手それに従います。大まかでいいから優先順位を決めて最低限それだけには従う習慣をつけます。
0件の返信 5件のリツイート 5 いいね
• • Angeliqua@らっこイーター @Ripple1975 9時間9時間前
うがいが先かも?何故なら、細菌やウイルスの感染に対する防衛は時間との戦いだから早いほうがいいのです。(^^)
「異端派には智慧を。正統派には盲信を」
異端派=少数派の教義は合理的で知性重視
正統派=多数派の教義は非合理で反知性主義。
異端派=少数派に秘密と技術を持たせることで、有する暴力の強さが、
多数派の数の暴力と釣り合うようにして運営。
支配層も少数派なのが重要。
(この動画シリーズおすすめ。類似品がないので貴重。
ゆっくり東方(オリエント)物語 第十七話「自由の証明書」
動物ですら契約社会なのか。
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm30668031
コメント。
くしゃみ=息(命)により猫(生命)が誕生。
布から=くしゃみなしで命を創れるイエスすごいぞってこと。)
鹿
— 子子子子子(ねここねこ) (@kitsuchitsuchi) 2016年6月5日
・アルテミスへの生贄
・フルートはアテナが小鹿の骨で作製
・角は太陽光
・長寿。新たに枝角をはやし若返る
・神秘学で
荒野の一角獣=精神
森の白い雌鹿=魂
区別されるが両者とも森=肉体に住む
・キリスト教では洗礼志願者
真理の水を求め生命の泉に至る魂@kaorinosuke
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-141.html
https://twitter.com/kenkatap/status/571492688995852288
https://twitter.com/kitsuchitsuchi/status/503928152662372352
(ゆっくり東方(オリエント)物語シリーズ超おすすめ
https://twitter.com/kitsuchitsuchi/status/739416128418516992
ゆっくり東方物語番外編4「十一から十五話までの補足」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm30697321
鹿はイラン系の神話によく見られ、不死のシンボル
ペルシャの文学でも美女を鹿に喩えることがある。
ナルト叙事詩でも美女と鹿はよくセットで登場
鹿
— 子子子子子(ねここねこ) (@kitsuchitsuchi) 2016年6月5日
・アルテミスへの生贄
・フルートはアテナが小鹿の骨で作製
・角は太陽光
・長寿。新たに枝角をはやし若返る
・神秘学で
荒野の一角獣=精神
森の白い雌鹿=魂
区別されるが両者とも森=肉体に住む
・キリスト教では洗礼志願者
真理の水を求め生命の泉に至る魂@kaorinosuke
)
ギリシア神話豆知識bot @greekmyth_bot 2016年9月12日
パンドラ〔人〕ヘパイストスに造られた、最初の人間の女。神々から開けてはいけないと念押しされた壺を贈られ、エピメテウスに嫁ぐ。しかし好奇心から壺を開けてしまい、そこから飛び出した老いや欺瞞など、様々な災禍が人間に与えられた。
ナノ @nanoduck 2014年11月15日
η Πανδώρα パンドラ ※παν(あらゆる)+δώρα(贈り物) パンドラの箱のパンドラは最初の人間の女性です。プロメテウスが人間(当時は男オンリー)に火を教えたことに怒ったゼウスが「後で考えればいーや」な弟エピメテウスに送りこんだ美人兵器ですw 兄は肝臓ついばみの刑に。
@akaaimea 2016年2月19日
泥から作ったパンドラに、アテナは女としての仕事のノウハウを、アフロディーテは男を惑わす魅力を、ヘルメスは狡猾な心を与えたっていうのが「やはりヘルメス……貴様か……」となるよね。ギリシャ神話はいいぞ
子影 @Shewi_4A 2012年6月29日
さて、パンドラとは実際何だったのかというと、神々の祝福の内容を見れば理解できる。というのも、アテナは女性のするべき仕事能力、アフロディテは男を苦悩させるほどの魅力、ヘルメスは「犬のように」恥知らずで狡猾な心を贈られた。つまる所、傾国の美女であり稀代の悪女でもあった、と理解できる。
hellcatcart @hellcatcart 2月6日
パンドラやばいな。最強の家事能力と男絶対殺す誘惑とヘルメスさん直伝の狡猾さとかやばい
パンドーラー(古希: Πανδώρα, Pandōrā)
パンドラ 開けるなと言われて開けてしまった箱から絶望を召喚してしまった 人類初のバカ女
パンドラって、災厄が詰まった箱だぞ。百歩譲って、開けるなって言われてた箱を欲望に負けて開けたバカ女の名前
プロメーテウスが天界から火を盗んで人類に与えた事に怒ったゼウスは、人類に災いをもたらすために「女性」というものを作るようにヘーパイストスに命令したという
アプロディーテーからは男を苦悩させる魅力を、ヘルメースからは犬のように恥知らずで狡猾な心を与えられた。
ゼウスは人間達を懲らしめるために壺とパンドラってバカ女を遣わした
宝具名
見た目だけいいバカ女(パンドラ)
結社は女を嫌う。組織崩壊のゲ人になる可能性が極めて高いから。だから逆に敵組織には見た目だけいいバカ女を送り込む。
なんかリズムいいなと思ったら
みためだけいい7 ばかおんな5
子ぢ亜からr年面と受け継がれてきた最強の生物兵器だ!
なにせ子供という自分の分身まで作るれるからな!(分身というのは自分の思想を吹き込みまくるって意味。あるいはヒステリー^で子供精神を壊したり(なにせバカ女だからな
バカ女は釈迦ですらさ取れるるのは難しいと匙を投げるほどだからな。
女全員ではないよ。者kな弟子には女性もいたからね。
原始仏教って女のことは想像するのも禁止だったような。あらゆる意味でも生産活動の禁止が戒律だから生産の権化たる女はダメなんだろうね。
でも同性愛はOKになる不思議。確かに子供はできないけど。
女は入れる結社は事前審査で思考が男よりか判断してんだろうね。アテナミネルヴァならOK。で入っても厳しく監視。苦の位置は見方ですら信用されてないらしいし。
オルフェウス教の情報少なすぎ 日本語訳された研究所が一冊だけかまだあるかもしれんが
スピの元祖っぽいな。やそがずっと変えない要素が多い。輪廻とグノーシス以外。輪廻とグノーシス要素戻したらまんまスピだな。
トラキア=ブルガリア+ギリシア+トルコあたり。
バルカン半島南東部
=西トラキア(ブルガリアの南東部とギリシャ北東部)+東トラキア(トルコのヨーロッパ部分)。
黄金文明と呼べるほど大量かつ精巧な金細工が発見されている。
紀元前6世紀頃からトラキア地方にはギリシア人の植民都市が建設された。
ペルシアのアケメネス朝が領域を広げると大部分はその支配下に入った。
紀元前4世紀に西のマケドニア王国によって征服された。
その後、一時独立を回復するも、南部は共和政ローマに支配され、ほぼ現在のブルガリアに含まれる北部もローマ帝国、東ローマ帝国の支配を受けた(トラキア属州)。
キリスト教が広まるとともに、スラヴ人が侵入して言語的にはブルガリア語とギリシャ語が主流になっていった。また、4世紀からトラキアの東端部にあるビュザンティオンがローマ帝国の新首都コンスタンティノポリスとなったことからトラキア地方は首都近郊の重要な地域となった。
東は黒海、南はマルマラ海とエーゲ海で、海によって画される。西はマケドニア地方、北は古代にモエシアと呼ばれていた地域。
『PLUTO』(プルートウ)という、手塚治虫の『鉄腕アトム』に含まれる「地上最大のロボット」の回を原作としている浦沢直樹の漫画。監修・手塚眞。
作中の設定は連載開始当時ニュースをにぎわせていたイラク戦争を反映。
トラキア合衆国
「世界のリーダー」を自負する大国。アレクサンダー大統領が国を治める。首都はニューワシントン。「エデン国立公園」という広大な保護区域があり、アメリカ先住民を思わせるナナブー族が居住している。
Dr. ルーズベルト
トラキア合衆国大統領アレクサンダーのブレーン。大統領を陰で操る存在ながらも、決して隠された存在ではない。
その目的は、ロボットの時代を作り上げることであり、アレキサンダー大統領ですらも手駒としか考えていない。本性は「自分以外はすべて敗者で愚者で死者」「人間はロボットの下僕」という考えを持つ極めて傲慢なロボット。7人の高性能のロボット暗殺の手引きをアレキサンダーと共にひそかに行い、成功する。その後、ボラーによってすべての生物が滅ぼされると言う情報を聞いてもまったくといっていいほど動じず、「ロボットは生き残る」とむしろそれを望んでいた。プルートウによって地球が救われた後、意気消沈するアレキサンダーの前で、新しくロボットの時代が始まると宣言する。が、その直後に来襲したブラウ1589の槍によって端末を破壊された。
アレクサンダー大統領
トラキア合衆国大統領。
トラキアを最強の国家に仕上げる為に、大量破壊兵器が出来ていることを口実にペルシア戦争を実行。
ダリウス14世
元ペルシア王国国王。自らが同国の王位継承者であると宣言し、ロボット兵器による急激な軍備拡張を展開。第39次中央アジア紛争を引き起こすも、トラキア合衆国を中心とした列強国の軍事介入により失脚。
悪の独裁者というイメージがあったが、実際は「自分に忠実な国民には」優しい男で、砂漠のペルシアを緑の大地にするのが夢であり、実はボラーもそのための環境改造ロボットとして製造する予定だった。
王宮陥落直前、完成したプルートゥに対し、7体の高性能ロボット暗殺を命じ、アブラー(=ゴジ)に対しては、ボラー調査団の暗殺とトラキアの制裁を命じている。
ストア派の至高存在(神)
=「技術的(創造的)な火」
=知性的な「ロゴス(理性、言語など)」
=自然の摂理。
神=火=ロゴス=自然(神の摂理)。
自然と調和した平静な心の獲得が目標。
肉体的要素を否定しない。
インド哲学の平静な心を求める傾向の影響がありそう。
ストア派 [ヘレニズム・ローマ]
http://morfo.blog.so-net.ne.jp/2011-05-07
"ストア派はヘレニズム期を代表する哲学です。
ストア派の哲学者の多くはの出身者で、多分ズルワン主義の影響を受けて哲学の延長線上で表現を行いました。
ストア派を始めたのは、キプロス島出身でフェニキア系のゼノン(紀元前4-3世紀)で、彼はアテナイで活動しました。
その後のタルソス出身のクリュシッポスによってストア派哲学は体系化されました。
さらにバビロニア出身のディオゲネス、最高の占星学者と呼ばれ、シリア出身でロードス島で活動したポセイドニオスらによって様々に発展させられました。
よくストア派は禁欲主義、エピクロ派は快楽主義として対比されますが、どちらも、間違った思い込みによって煩わされず、自然(神の摂理)と調和した精神的な平安を求める点で共通しています。
ストア派の宇宙論はヘラクレイトスと似て、至高存在を「技術的(創造的)な火」と呼び、同時にそれを「ロゴス」と考えました。
これらは神的で知性的で、諸元素に変化して、やがてまた「技術的な火」に戻るのです。
宇宙は収縮によって生まれ、やがて空虚に広がりながら燃焼して消滅して「技術的な火」に帰します。
宇宙は年(2万6千年)かかってこの生滅を繰り返します。
宇宙の構造は、月下の世界は4大元素が層状をなしていますが、その上の恒星天にはアイテールがあります。
恒星天には世界霊魂の指導的部分が存在します。
ストア派はこのアイテールをほぼ「技術的な火」と同じものと考えました。
ですが、ストア派の特徴は、ヘラクレイトスの「火」やロゴス、プラトンのイデアのような超越的な存在ではなくて、「技術的な火」と「ロゴス」を世界に内在するものと考えたことです。
「技術的な火」、「ロゴス」は能動的な原理として、受動的なの中に胎児・精子として内在して成長する創造的な存在です。
そして、世界の存在はそれぞれに内的な「緊張(トノス)」を持っています。
つまり、静的な形・性質ではなくて、生きた運動性を持っていると考えたのです。
この「緊張」にはいくつかの階層性があります。鉱物は構造、植物には成長、動物には霊魂、人間には知性があるのです。
つまり、自然の階層性を、アリストテレスが形・性質の観点から考えたのに対して、ストア派は緊張のあり方として考えたのです。
そして、存在は「プネウマ」によって統一体として存在します。「プネウマ」はほぼ「霊魂」と等しい存在で、火と空気の中間的な存在です。
アリストテレスにとって重要なのは、個物の中にある普遍的な本質である形・性質であって、認識とはその本質を感覚を通じて理解することです。
ですが、ストア派にとっては、個物はそれ自身の固有性と個性を持ったもので、普遍とは単に言葉でしかありません。
そして、認識とは、内的緊張を持った霊魂が、内的緊張を持った対象の個物と交流を持って、影響を受けながら発展し、対象と調和するこ、「共感」するとです。
つまり、相互生成的な運動として考えたのです。宇宙ではすべてがすべての中にあり相互作用する連続して一体の存在なのです。
この発想は、ほぼ同時代の仏教の『華厳経』やプロティノスの思想と共通しています。
アリストテレスは、「AはBである」という命題を重視して、述語の中で、最低種概念だけを実在的なものとして重視し、それ以外の一切の様々な性質を軽視しました。
これに対して、ストア派は、「AはBした」という出来事を重視しました。
つまり、世界は最低種概念に枠づけられた存在としてではなくて、無限に多様化する出来事として捉えられるのです。
現代の哲学者ドゥルーズはこの点で、ストア派が静的なプラトン・アリストテレス哲学を否定するものだとして評価しました。
ストア派は自然の運動には神の摂理(運命)があると考えました。
そして、この自然の摂理を認識して、これに従ってことを理想と考えました。
この摂理は「ロゴス」でもあります。ロゴスは知性的な存在ですが、ストア派は感情なとの肉体的な要素をプラトンのように非知性的な存在として否定しません。
病的・倒錯的な状態になって知性やロゴスに反するようになった感情を否定するのです。
また、ストア派は、プラトン同様に、天の星の世界は秩序に満ちた世界で社会や人間のモデルとなるべき存在と考えました。
プラトン、アリストテレスといったギリシャ本土の哲学が形・性質を重視したのに対して、ペルシャ、バビロニアなどのオリエント色の強かったストア派とソクラテス以前の哲学がともに「生成」を重視したことは興味深く思えます。
生成の哲学を展開したニーチェがゾロアスターを主人公にした書を著わしたことも不思議ではありません。
(ストア派の存在の階層) | ||||||
技術的な火=ロゴス=摂理(運命) 内在的・種子的 | ||||||
アイテール | ||||||
火 | プネウマ=魂
| |||||
空気 | ||||||
水 | ||||||
土 |
"
• • ken@kenkatap
鉄×青銅の剣、技法解明 岡山のオリエント美術館 【日経 http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG16HBE_X10C17A2000000/ … ▼西アジアは世界で最も早く鉄を使用した地域とされ ▼イラン北部でバイメタル剣は青銅器時代から鉄器時代への移行期に見られ ▼鉄器の利用開始と拡散の謎に迫る金属製品と考えられている
古代イランのバイメタル剣、先進的な加工技術が明らかに 広島大学ほか 【大学ジャーナル http://univ-journal.jp/12155/ ▼鋳ぐるみという当時としては先進的な技術 ▼バイメタル剣は、鉄利用の先進地と考えられるイラン北部からコーカサス地方で鉄移行期によく見られる金属器
『古代秘教の本』の読書メモと、『アークザラッドII』の軽い分析と、お勧め受験参考書紹介:八柏龍紀『日本史論述明快講義』。メーソンは、フランス・ドイツ・スコットランド系(科学重視)と、イングランド・アメリカ系(聖書重視)とでは根本が違うので分けないとだめ。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-31.html
"・エレウシス密儀。
大地の女神デメテルと、娘ペルセフォネの神話が理解の鍵。ペルセフォネが冥府の神プルトーに攫われ、母デメテルが嘆き悲しんで大地が枯れたため、ゼウス(穀物の生成を司る大地母神デメテルとゼウスの娘がペルセフォネ)の命令でプルトー(ハデス)がペルセフォネを返した物語が軸になっている。ただし、ペルセフォネは冥府でザクロを食べてしまったため、一年の三分の二を地上で、三分の一は冥府に住まなければならなくなる。デメテルの恵みは春から秋までであり、冬は大地がデメテルから見捨てられるのである。
エレウシス密儀の参入者は、海水による沐浴で身を清めたが、その際に生贄の子豚を腕に抱えていたことが知られている。これはペルセフォネが冥府へ降りていったシンボルであった。豊穣の母デメテルと娘ペルセフォネの神話は、大地の死と甦りを語る農耕社会型神話であり、エレウシス密儀とはそこで語られた死と復活に参入する祭儀に他ならない。
・オルフェウス密儀。イニシエーションによる魂の転生。
トラキア出身の音楽の神オルフェウスは竪琴の名手であり、アポロンと詩の女神カリオペの間に生まれた。オルフェウスは完全な和音を作り出し、神々を感動させたと言われる。オルフェウスはオルフェウス教の開祖である。
愛妻の妖精エウリュディケを連れ戻す為に冥界に下りて行ったオルフェウスは禁を破って後ろを振り向いたために永久にエウリュディケを失ってしまう。その後、オルフェウスは再婚せず、ディオニュソス祭りで狂乱したトラキアの女たちに捕えられ、身を裂かれ殺された(ディオニュソス密儀によいてバッコス信女たちが行う八つ裂きと生肉食いは神との合一の儀式である)。
ヘプロン河に投げ込まれたオルフェウスの首は歌を歌いながらレスボス島に流れ着き、やがて島で神託を下すようになったとされる。
オルフェウス密儀は冥府下りを密儀の中心に据えている。
オルフェウス密儀は、ディオニュソス的熱狂とは対照的に、アポロン的浄化によって実現しようとした。そこからギリシアでは極めて珍しい禁欲的な集団が誕生することになる。
オルフェウス教徒は菜食を貫いた。
ギリシア神話では、人間が神々に最初の供犠をおこなった際、プロメテウスの入れ知恵で屠った雄牛を二つに分け、骨を脂身で包み、肉と内臓は胃袋に隠した。脂身に誘われたゼウスは骨を選んでしまう。いら、供犠では神々に骨を捧げ、肉は人間が食べるようになった。肉食の起源神話。
菜食、肉食の拒否は、輪廻と魂の不滅が信じられていたからである。
オルフェウス教徒たちは、
人類が犯した原初の犯罪に対する罰として、魂は肉体に閉じ込められ、
死が真実の生活の始まりとなる、と考えた。
すなわち、魂は生前の過ちと徳が審判を受けた後、新たに転生するとみなされたのである。
魂の不死性は輪廻思想を生み、人間の魂を持っているかもしれない動物を食する習慣をやめたのである。
また、肉食の禁止はプロメテウスの教唆で神々を欺いた原罪に対する改悛の表れでもある。
(戦争したい支配層に実に都合がいい。
死こそ生、そして原罪。原罪もキリスト教は盗作したんですね。
オルフェウス教の輪廻、魂の浄化、原罪の元ネタはインドの輪廻とカルマ論だと思いますけどね)
「『死こそ生』、『肉体は魂の牢獄(霊肉二元論)』、
『原罪』、『霊魂の不死』〔=『輪廻』〕
トラキアのオルフェウス教
→ピタゴラス教団
→プラトン→新プラトン主義
↓
キリスト教
(輪廻は否定。死んでもキリスト教徒だけは甦るが、異教徒はどうでもいいに変更。
なお、最大の元ネタはローマのミトラ教とイランの拝火教。
ユダヤ教派生なのは嘘で拝火教とミトラ教から派生。エジプト神話のホルスからもパクリまくり。
オリジナルな点は、有色人種のはずのイエスが白人だという点ぐらい)」
・ティタンの汚れを清める儀式。
オルフェウス密儀の誕生に大きな影響を及ぼした神話が、ディオニュソス=ザグレウス神話。
幼いディオニュソスをティタンたちが切り刻んで鍋で煮てしまったので、怒ったゼウスに焼きつくされてしまう話である。なお、ディオニュソスは取っておかれた心臓を元にして甦る。
人間の創造神話の一つは、人間はこのティタンたちの灰から創造されたことになっている。この神話はオルフェウス教徒にとって大きな意味を持つ。
ティタンたちの灰には、彼らが食べた幼児ディオニュソスの肉体も含まれていたからである。つまりその灰から生まれた人間にはティタンとディオニュソスの要素があるということになる。
そこで、人間のティタン的要素を排除していけば、ディオニュソス的要素が濃くなると考えられた。オルフェウス密儀の究極の目標は、ディオニュソス神と合一し、ティタンのケガレをぬぐい去ることである。
・ピュタゴラスが数学と音楽を重視したのは、魂を清め、永遠の真理を探究したから。
前提となる思想が、魂は永遠であり、魂を清めれば冥府における罰を免れ、天の楽園に帰っていくことができるというものである。
ピタゴラス教団は教義を書きしるすことを禁じた為、密儀の内容は不明。
教義問答書には「ソラマメを食べるな、あいまいに話をするな、指輪に神の像をつけるな、白い雄鶏を犠牲にするな」といったタブーがあった。
・ピタゴラスは世界は数でできていて、数に固有の性質があるとした。後に数秘術という秘教・占い・神秘哲学に甚大な影響を及ぼした。
天体も普遍的な神の記号であった。七惑星(水、火、金、木、土。惑星ではないが月、太陽も含める)も神の記号であり占星術で重視された。
(そもそも宗教は数字を極めて重視します)
・ギリシアが古代世界をリードする以前、オリエント各地では豊穣と多産と自然の勝利の権化である地母神を中核とする母性原理に基づいた社会・文化形態が優勢だった。その典型が小アジアのリュキア人の社会に見られる。古代の小アジアのリュキア人の世界では、新生児の名付けには父方ではなく母方の名を用いた。氏の系譜は母方の祖先の系譜によって示され、リュキアの慣習法に基づいて相続権は娘が独占した。
母権優位に基づく慣習法や社会的宗教的観念は、エジプトその他の大文明圏にも広く認められた。それらの社会では父権に属する日中より母権に属する夜が重んじられ、太陽より月、生者より死者、右より左が重視された。
ヘレニズム・ローマ期のうち、西方ギリシア文明が東方を征服していった前期は、まさに母権が後退して父権が支配的になっていった時代に当たる。
・ヘレニズム期を通して熱烈に崇拝された東方三大母神が
エジプトのイシス、
フリュギアからギリシアに入ったキュベレー、
エフェソスのディアナ(アルテミス)。
・キリスト教の儀礼の根幹であるパンとブドウ酒による聖餐の秘儀のルーツはミトラス(ミトラ)教。
(人肉食だったんでしょうね元々は)
キリスト教がミトラス教から奪った祭儀がクリスマス。
イエス生誕祭とされるこの祭りは、元は冬至における太陽神ミトラス復活の為の祭りだった(冬至を過ぎれば日照時間が長くなる=太陽神の復活)。
ミトラス教の勢力範囲は、ローマ、
ペルシア、イングランド、
イスラエル、
シリア、アフリカのサハラ砂漠まで及んでいたことが遺跡などから分かる。
・ミトラス教のイニシエーションは七段階。下から順に、
水星に保護された大ガラス(大烏。コラックス)、
金星に保護された花嫁(ニュンボス)、
火星に保護された兵士(ミレス)、
木星に保護されたライオン(レオ)、
月に保護されたペルシア人、
太陽に保護された太陽の走者(ヘリオドロムス)、
土星によって保護された父(パテル)。
密儀は洞窟ないし洞窟を模した神殿に運ばれた。
洞窟はミトラス神が世界を創造する為に用いた世界の子宮を意味する・参入者はこの子宮内で、自分の魂が下ってきた道の逆をたどって天界に帰還する為、つまり生まれ変わる為のイニシエーション(加入儀礼)を受けた。
ミトラス神は「不敗の太陽神(ソル・インヴィクトゥス)」と称えられ、ミトラスによる救済の証は、ミトラス神によって屠られる雄牛の血によって象徴された。
七段階の内、最後の三段階は、月、太陽、土星。
月はミトラスに殺される雄牛(月は占星術のおうし座の守護星)であると同時に、古代オリエントの母神。
太陽は普遍的な救済者であるミトラス神。
最後の土星は父神(土星と習合された古代神サトゥルヌスは、ローマの父神の一つ)。
母、子、父。
(我らが父よ! と言いうるのはキリスト教だけではないんですね。というかキリスト教がパクリました。パクリ=盗作、なのは、元ネタを明かさずに破壊して隠蔽して殺しまくったからです)
(雄牛は金星じゃないんだね。金星=花嫁、なのはヴィーナスとかを意識していそう)
・キリスト教を公認したコンスタンティヌス帝の甥であるユリアヌス帝はミトラス教徒であり、地母神キュベレー崇拝者。ユリアヌスは『太陽神賛歌』にてミトラス神を称えるとともに、この本の中でキュベレーを聖処女と呼び、知恵、摂理、我々の魂の創造主と褒め称えた。
しかし結局は、異教儀礼への国費補助は打ち切られ、異教の神殿は破壊され、ミトラス神の洞窟神殿だった聖域の上にキリスト教会が建てられた。
(教義が似ていることを利用して、ミトラス教の施設をキリスト教に塗り替えたのでしょう)
・右=男性原理の優位。
女神を崇拝する東方密儀宗教は母を重視し、
オリュンポスの神々を戴いたギリシア精神は父を重視した。
母は生命、物質の原理。
父は精神の原理。
子は生命と精神を繋ぐ紐帯。
この三位一体から母を完全に抜き去ろうとしたのがキリスト教。
子と母の関係の抹殺を図った。イブはアダムの従属物でしかなく、女性原理ですらない。
イエスの座は神の右にある。
父権制は右優位。
母権制は左優位。
マリアはキリスト教では本来大したことない存在のはずなのに、実際は存在感抜群である。聖書ではマリアの存在は実に軽い扱いである。カトリックはマリアの聖性を公認するほどにマリア崇拝は熱狂的であった。
マリアを最初にテオトコス(神母)と認めたのが、地母神信仰の故郷たる東方を拠点とする教会だった。
最大のライバルはイシスだった。
(グノーシス主義は、一神教の致命的な弱点である「悪魔を創ったのに善である神」、しかも全能の癖に悪魔をなくさない、ということを克服する為に、この物質世界を創った神は悪魔だ、この世は悪魔が創ったから惡まみれなんだと考えます。グノーシス派では物質=悪、聖書の神=悪です。しかし、本物の善なる神、物質ではない神がいて、選ばれた我々だけが特別な知識=グノーシスを得て、その本物の善なる神と合一できる=自分が神になれる、と考えます。キリスト教なみにヤバイですね。
グノーシス派のナグ・ハマディの写本に女性創造神の話があります。
女性神が母に似せて不死のイブを創った。
対抗して男性神がアダムを創った。
イブという人間の女が、アダムという人間の男よりも先に誕生した。
そしてイブがアダムに命を吹き込んだ。
男性原理のキリスト教に対してグノーシス派は徹底して女性原理なのです)
・ヘルメスはローマでは商人と弁論家と泥棒などの守護神。ヘレニズム時代の哲学者・神秘家はヘルメスは秘められた知識や知識を司る言語と学問の神メルクリウス(水銀)として崇拝された。このヘルメス(+メルクリウス)がエジプトに入ると、エジプト神話で言語と学問を司る書記神にして大魔術師のトートと結びつき、
ヘルメス・トートとなった。ヘルメス+メルクリウス+トートは、ヘルメス・トリスメギストス(三倍偉大なヘルメス)と呼ばれた。
・ローマ時代のヘルメス像(後に錬金術のシンボルになるカドゥケウスの杖=二匹の蛇と両翼がある杖、を持つ。履物に羽)の写真が載っている。。
・犬の顔をしたトート神(犬? 頭からトゲトゲ=恐らく太陽光)が右手に一匹の蛇がまきついた杖(永遠の生を象徴)を、左手に♀(エジプト十字)を持っている絵が載っている。
・ヘルメス文書の神話に基づき描かれたヘルメス・トリスメギストスによる人間創造の絵が載っている。
・先史ヨーロッパ巨石文化の遺構である、復元された墳墓(アイルランド)には、ぐるぐる渦巻き模様の巨石がある。
・カエサルはガリア戦記でケルト社会の支配層であるドルイドについて記している。
ドルイドは
①祭司を司る
②司法を司る
③兵役の義務が無い
④納税の義務が無い
⑤身分が世襲でない
(各地から参集する修行者を長期にわたり教育する学校があった。修行に際して文字の使用が厳禁だった)
⑥霊魂不滅思想がある
⑦天体の運行に関する知識がある。
ドルイドの語源は諸説あるが、ギリシア語のdrus(樫。オーク)と、印欧語の語根wid(知る)に関係があるとする説が最も有力とされる、つまり、樫の木の賢者である。
(印欧語=インド・ヨーロッパ語族は完全に言語学上の概念であり、特定の文化や人種に結びつけることはできません)
よって、樹木崇拝、特に樫の木、樫の木に寄生するヤドリギを重視していたと考えられる。
ローマの碩学プリニウスは博物誌にて、ドルイドによるヤドリギ狩りの儀式を次のように描写している。
まず典礼に則って樫の木の下に生贄と供物が用意される。白い雄牛が二頭、互いの角を結びあわせて連れて来られる。白衣を着たドルイドが木にのぼり、黄金の鎌でヤドリギを切り取る。樹下の人々は白い厚地の布にそれを受け止め、生贄を捧げて神に祈る。
上記の儀式については、
フレイザーが金枝篇(クロウリーの推薦書。金枝=ヤドリギ)にて核心をつくイメージを提供し、広く人口に膾炙し、白衣+黄金の鎌+ヤドリギという通俗的ドルイドのイメージが定着した。
・ドルイドによる人身供犠の作法としては、水を満たした大滝に投げ込み窒息死させる、木に吊るして矢を射かけるなどして傷害死させる、俗にウィッカーマンと呼ばれる木製の巨大な人型の中に大勢の人間を押し込め焼き殺す、といった方法が知られている。
・ギリシアの歴史家シクロスは、ケルト人は戦場で殺した敵の首を切り取り、馬の鞍に結んで飾った、と述べている。ケルト人の頭に対する信仰は強烈だったらしく、壁龕(へきがん)の中に置かれたり神殿の壁に嵌めこまれた頭蓋骨や、頭の形に刻んだ石などが、多数発見されている。頭蓋骨には聖なる力が宿り、災厄から守ってくれるという観念があったのだろう。
フランス系ケルト族の聖域に掲げられた、頭蓋骨が埋め込まれた石柱と石の門めいたものの写真が載っている。
・予言や託宣もドルイドの重要な仕事であった。鳥の飛び方や生贄のない像の状態から未来を占うことができたという。タラの神話に語られる牛の夢と呼ばれる儀式では、ドルイドはシャーマンの様相も示す。犠牲として殺された牛の肉を食らい恍惚状態となったドルイドの傍らで呪文が唱えられ、正気に返った後、夢の中で得た託宣が告げられる。
・ドルイドにも輪廻転生思想がありピタゴラス教団との類似性が指摘されるが細部が異なる。
ドルイドは、人間の霊魂は滅びることなく、一定期間を経たのち、魂は別の肉体へと移り第二の生をおくるとする。
つまり、ピタゴラス派のような、罪にけがれた人間の魂は輪廻転生を繰返し地上をさまようとは考えていなかったのであり、ドルイドには原罪意識はない。
ドルイドは楽天的な永生への確信や彼岸への憧れがあったと思われる。ケルト神話の一特色である不老不死の楽土ティル・ナ・ノグ(常若の国。とこわかのくに)。
・アイルランドはキリスト教の布教が最も迅速に円滑に進んだ地域。ケルト十字は太陽崇拝の名残かもしれない。
(ケルト系キリスト教アニメのまどマギに多く登場)"
オルペウス秘儀
http://morfo.seesaa.net/article/196190386.html
”紀元前6C頃のギリシャの世界観、つまりホメロスに代表されるオリンポスの宗教によれば、人間は人間に対して決して好意的ではないゼウスや運命の女神などによってもてあそばれながらも、現世利益を求めて生き、死後は冥界でみじめに暮らす、というものでした。
こういった考え方に対して、シャーマニズムやオリエントの神秘主義的な世界観を引き継いだ、霊的なものを積極的に求める宗教・思想運動が起こりました。
秘儀宗教やオルペウス教、そしてプラトンに代表される多くのギリシャ哲学はこの流れにあります。
こういった潮流の象徴的存在が、トラキア出身と言われる伝説的人物オルペウス(オルフェウス)です。
彼は、ルネサンス、ロマン主義など、霊的なものが重視される時代には、常にその象徴として復活しました。
オルペウスの存在は神話化されていますが、その歴史的な実在性に関してははっきりしません。伝説によれば、彼はギリシャにおける秘儀の創始者です。
ズルワン主義(バビロニア=ペルシャ系の神秘主義思想)の影響が濃いと言われるオルペウス派によってギリシャの宗教思想、秘儀は大きく転換しました。先にディオニュソスの神話のオルペウス教による秘伝を紹介しましたが、彼らは独自の秘教的な神話の創造や神話解釈を行いました。ちなみに彼らの神話の核心にあたる創造神話は、姉妹ブログの記事で紹介する予定です。
神話のオルペウスはアポロン直系の存在ですが、ディオニュソス的な性質をも合わせ持っていて、次項で紹介するオシリスにも似ています。
彼はアポロンの子とも言われていて、アポロンから譲り受けた竪琴によって人や動物を魅惑します。
オルペウスはディオニュソスのように死んだ妻を助けるために冥界に下って竪琴で冥界の存在を魅惑して妻を連れ帰ろうとしますが、途中で後ろを振り返ってしまったために失敗します。
これは日本のイザナギ=イザナミの神話と同じです。
落胆したオルペウスは女性を避けて少年と暮らして、冥界から持ち帰った秘儀を教えました。
その後、オルペウスはディオニュソスの女性信者に引き裂かれて死んで、彼の頭部は竪琴に釘で打ちつけられて、オシリスの遺体と同じように川に投げ込まれました。
これはレスボス島に流れついて、オルペウスの首はディオニュソス神殿に埋葬されて、竪琴の方はアポロン神殿に保管されました。
一説では彼の首はその後も神託を下しました。
オルペウスの信仰は、1つの教団というよりも思想運動としての広がりを持ったものでした。
彼らは書物も重視して、秘教的な神話やその解釈、死後の案内書を残しました。
オルペウス派の思想は、輪廻思想、禁欲主義、菜食主義などを特徴としていて、音楽による浄化を重視するなど、瞑想的な傾向を持っています。
オルペウス派によれば、人間はティタンがディオニュソスを殺害した原罪を引き継いでいて、これに対する罰として霊魂が肉体に閉じ込められて輪廻を続けるのです。
ですから、オルペウス派は肉体を霊魂の墓と考えました。
オルペウス派によって初めて本格的な輪廻思想が西洋世界に持ち込まれました。
ですから、オルペウス派は禁欲によってティタン的要素を否定してディオニュソス的要素を伸ばすことで、輪廻からの解脱を果たそうとしました。菜食は、プロメテウスとゼウスの牛の分割以来の神と人間の区別を否定するものです。
オルぺウス派によれば、人は死後、複雑な道を通って冥界に向かいます。
正しい行いをした者は、聖なる草原とペルセポネーの森へと向かう右の道に送られます。
これに対して、邪悪な者は、近くに糸杉の生えたレーテーの泉に向かう左の道に送られます。
レーテーの泉の水を飲むと、地上の体験を忘れて地獄に送られて、千年後にその体験も忘れて地上に再生します。
ですが、これを飲まずに思い出の湖の水を求めて飲むと、ペルセポネーの胸元に行くことができて、輪廻から解き放たれて神のようになれるのです。
オルペウス派は、清めの儀礼やイニシエーション的儀礼を行っていましたが、その実態については分かっていません。
体系化された秘儀を行っていたかどうかも不明です。
オルペウス派の思想は、エンペドクレス、ピタゴラス、プラトンらの哲学者に受け継がれました。
ピタゴラスはエジプトやペルシャなどを旅して秘儀に参入したと言われています。
ピタゴラスがオルペウス派の思想につけ加えたものは、秘密結社的な組織性と、秘教的な数学を中心にした総合的な学問の体系です。
プラトンはピタゴラス派に大きな影響を受けました。
彼がオルペウスやピタゴラスの思想につけ加えたのは、霊的なものを探究してそれを地上に実現する実践的で総合的な哲学です。
彼は、霊魂が地上に再生する時にレーテーの水を飲んで霊的世界の体験を忘れてしまうので、それを思い出すことが哲学の目的だと考えました。”
今週のジャンプの『BLEACH』(ブリーチ)でファーティマの手が登場。
ギリシア哲学(特にプラトン)とキリスト教「思想」(人は単なる部下)が真の黒幕であり、黒幕の中核(源流。本体)はインド=イラン「思想」。
思想は領土がなくても生き残る霊魂。
馬と馬車と金属加工の技術を持った秘教集団。
トラキアの「死は善。生は悪」が悲劇の起源?良ツイート集。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-66.html
”ようこそ、人間をすなどる漁師に絡めとられし者よ。
はっきり言っておく、
『BLEACH』(ブリーチ)の話は真摯に記されし囮なり。
続く良ツイート集を読むことで集英社の意図を知るべし。
見よ、撒き餌は既に与えられた。
針に貫かれぬように食いつくがよい。
――魔鯛伝より
霊王の右腕の甲に一つ目の神(ミミハギ様)
=ファーティマの手(ハムサ)
=20世紀少年の”ともだち”
が主人公=剣+キリスト教の元ネタの古代宗教(シーア派はイスラムではない)側。
※『BLEACH』第616(足して13)話「ミミハギ様」
東流魂街七十六(足してまた13)地区の逆骨に伝わる単眼異形の土着神。
自らの持つ眼以外の全てを捧げた者に加護をもたらす。
敵=弓側のボスはYHWH(旧約聖書の神)
ユダヤは旧約のみ、キリスト、イスラムは旧約が聖典に入っている。
つまり、元ネタVS盗作犯
(宗教は元ネタを基本的に明かさないので盗作です。
キリスト教ならユダヤ教という偽の元ネタでなくて、
真の元ネタのミトラとオルフェウスと拝火教
+ピタゴラス学派思想+プラトン哲学+トラキア思想ね。
オルフェウス教とトラキア思想とは、
「生まれる=悪。
死ぬ=善」
詳しくは後述。)
刀側の死神の卍解は「卍」でわかるようにインド意識。
(イエスの元ネタのミトラも元はインドの「契約」と盟友の神。契約の神はインド派生。聖書からではない)
ユーハバッハ
呼称の由来は「YHVH(ヤハウェ)」
=ゼウス(雷を投げる)
=バアル
=雷と嵐の牛神。
ヤハウェ、バアル、 ヨッド・へー・ヴァヴ・ヘー、アドナイ、エロヒム……全部本名ではありません。
本名(=住所。目立つ的)を知られると本名を知る者に魔術で操られてしまうからです。
聖書の神と聖書で悪魔とされるバアルは、実は同一人物、もとい同一神物です(後の引用をどうぞ)。
(…)
フェイド大帝 @FeydoTaitei
イルミというのは思想が問題で あって、特定の人物や組織が 焦点ではないぞ? 要は犬やライオンのアルファ 権勢症候群の人間版みたいなもん。 本能的に人間という生物種に 備わっていると思った方がいい。 つまり、イルミ思想というのは 自然発生する。
いくら遺伝子交配で改良しても おバカ犬っているだろう? 処分するのも一つの手だが、 大半は「しつけ」で矯正を 試みる。 「しつけ」と言うのはぶっちゃけ 人間で言う「教育」と思えばいい。
ところがヨーロッパの王族とか 貴族とかの子供は庶民が通う様な 学校には行かないし、普通は勉強 しない「帝王学」を親から まなばされる。
「帝王学」や「拝金主義」というの 「道徳」、「倫理」と相反する。
困った事に、「道徳」というのは 宗教みたいなもんなんだよな。 絶対的で不可侵な常住する 「善」が存在しないと成り立たない。
で、ヨーロッパ庶民の「道徳」の 教育担当がキリスト教だったわけ。 ところが教会もローマ帝国も 意図的なのか、失敗したのか 結果論だけ言うと「道徳」の 先生を上手くやれなかった。
哲学というのは「道徳」を 究める学問ではないからね。 ルネッサンス時代にルソーの ヨタ噺を間に受けたフリーメイソン も結局は「道徳」は教えられない。 そもそもキリスト教を改修して 正しい方向に向かわせれば済んだ 話を、革命によって排除する 方向に走ってしまった。
あらゆる主権を倒した後、 メイソンは何を教える? ルソーにプラトンをトッピング したジャンクしか残ってないだろう?
東洋はまた別問題。 仏教が間違えたのは 「常住善」を否定したこと。 だから、天台宗や華厳宗が 勘違いして「悪も仏性なんだ」 という曲った解釈をしてしまった…
もちろん釈迦はバカじゃないから、 一応の対策を考えることはした。 それが「戒」。 これはユダヤやイスラームの 律法と同系の考え方なんだけどね。
この世に善も悪もないなら 人間は何でも自由にやってしまう。 さてどうする? (フリーメイソンの「自由」追求の 思想的欠陥もここにある)
取り敢えず明らかにコレを やったらマズイだろうと 釈迦が判断する行為を リスト化して、ルール化しよう。 これが仏教のタブーのルール集 「戒」。
不殺生、不邪淫は「戒」と 捉えるのが一般的なのだが。
西洋人の神は常住善と常住悪の 肯定から来ている。プラトンの 言うイデアと一緒ね。 仏教は無常を説くので、 そもそもイデアなんか存在しません というスタンス。 ちなみに常住というのは実存する という意味ね。反対語が無常。
「福島産の食材には消費税が 掛かりません」 という政策があったらイルミさんも 賢いのだが……
コクマー=叡智、ビナー=理解ね。 ユダヤ カバラでは叡智は人間の 言葉では表現出来ないとされてる ので、叡智を理解するという プロセスを経て 初めて人の言葉に変換される。 これを男女の結び付きに隠喩 してるので、父母の関係になる。
最上位のセフィラ ケテルを「王冠」 と表しているのが鍵です。 カバラでは「アイデア」(つまり プラトンのイデアでもある) というのは人間の頭から生まれる のではなく、身体の外から やって来るという発想。 だからケテル「王冠」は人間の 頭の上に被る物
として表現されます。アイデアが 頭の中で固まって具体化すると 「叡智」になるわけです。 それを「理解」することで 初めて「応用」が出来る形になる。 この考え方はカントの理性の 捉え方にも通ずるでしょう。
この思想の恐ろしいところは、 究極的には人間に自立した 思考等存在せず、人間の考える 事は全て「神」から発生するので、 神の命じるままに動きなさいよと 言う聖職者達にとって実に 都合のいい思想な所です。
そもそも角川を除いた大手 出版が同族経営の株式非上場の 独占禁止法スレスレのオーナー 企業ばっかりが「利権の温床」 でないはずがあるまい。
角川もラノベに関しては 独占企業だからね。 電撃だとか、スニーカーだとか 全部角川の子会社だから。 だけど角川は株式上場してるから アマゾン辺りに敵対買収されれば 経営体質が変わる希望はある。
ではアマゾンに対抗するため に、日本の出版、印刷連合が 何をやっているかと言うと 「文化庁」などの政府機関 とツルんで外資を閉め出す規制の 政策ばかり作ろうとしている。
まぁ、アマゾンも文化庁と 同じメイソン、イルミ系企業だが アマゾンは税金を払わない企業 だから、日本のイルミ達からは 嫌われているんだろう。
ちなみに文化庁は「まどマギ」に 賞をくれてやった所ね。 他にも「電脳コイル」や「カイバ」 みたいな思想的にヤバイ アニメに 賞をくれている。
アニメミライなんてご大層な 名前と、日本のアニメ産業の 発奮などと理念はご立派だが、 そもそもディズニーに全く歯が 立たない時点で日本のアニメに 「ミライ」など全くない。
ドイツの「Laura's stern」とか ジブリよりも出来いいぞ? まぁ、日本のアニヲタ達はこういう 物は観ないのだろうけど。
ちなみにディズニーが 「ナディア」や、 「ジャングル大帝」をパクった 時に庵野や虫プロがあまり 騒がなかった理由をよく 考えたことあるかな? 日本のアニメ業界はディズニーに 足を向けて寝ることは出来ない からね。むしろディズニーさまさま だろうね。
日本のアニヲタ達はピクサーの 監督が専門学校時代に作った 「電気スタンド」のアニメ群 ぐらいは観た方がいいぜ? フェイド大帝はあれ観た時に こりゃ勝てんと悟ったね。
ちなみにもう一つ面白いこと を教えてやろうか? 君達アニヲタに好評な 新海誠っているだろう? あいつがグランプリとった コンテスト(猫のアニメで入賞 したやつね)ってのはプロ経験 のある奴は応募出来ないんだ。
ところが奴は日本ファルコムで アニメを作っていた経歴を 隠して応募したんだ。 本当はあのコンテストの グランプリは二位の奴が 受賞すべきだったんだ。
新海誠のアニメは所謂伝統的な 2Dアニメだったが二位の人のは 完全なフル3Dアニメ。 二位の人がグランプリを 取っていれば、日本のアニメも 3Dに移行する方向に進んだ はずだったんだ。
ところが新海が大賞を受賞した せいで、日本アニメはまた古臭い 2Dに逆戻り。 そして3D路線に完全に移行した ディズニーを始めとした海外勢に 大きく水を開けられることになる。 取り返しのつかないほどに。
ついでだ。もう一つ取っておきの タブーを教えてやるよ。 ドラえもん初のフル3Dアニメ 「stand by me」って最近出ただろ?
あれは元は東宝を受けた就活生 の考えた企画が元ネタだ。 当然その就活生は落とされている。 当時、東宝で採用担当していた 人事担当者はその後、本社に 呼び戻されて出世している。
これは「stand by me ドラえもん」 が封切りされる五年前の話だから、 大体あの手のアニメの制作期間 ぐらいの見積もりになる。 いや〜、明るいねぇ〜、 日本のアニメの未来って奴は。w
イタチ @mapetitebelette 11月3日
身内から紹介された(←冗談なのか本気なのか)護身用具の通販ショップ、品揃えがかなりバラエティ豊富で面白い。でも吹き矢って何よ。http://www.body-guard.jp/kate/hukiya.htm
フェイド大帝 @FeydoTaitei 11月3日
@mapetitebelette タクティカル ペンという ただの固いボールペンを 購入したフェイド大帝という 人物がいた事も忘れないで下さい。
警棒とかもそうですが、あの手の 護身具はプロ用です。 だって相手を殺さずに加減して 痛めつける必要があるのって プロしか考えられないでしょう? あ、プロというのは警官や警備員 のことね。アウトローさんのこと じゃないですよ〜。
イタチ @mapetitebelette 11月3日
@FeydoTaitei そうですね、プロ用と明記してありましたしね。 催涙スプレーなどは女性の護身具とありましたけど、それだって余程の身の危険を感じた時にしか使用しないシロモノですしねえ。 所持していても警察に没収されるんじゃ、持ってる意味ないしw
フェイド大帝 @FeydoTaitei 11月3日
@mapetitebelette 昔、仲良くなったベテランの暴走族 が良く携帯してたのが工具の ドライバー。 安い、長さが色々ある、武器として 見られない。使った後その辺に 捨てれる、……
イタチ @mapetitebelette 11月3日
@FeydoTaitei なるほどー。武器として見られずに済むというのがミソですね。厄介ごとを避けようと思うなら重要なポイントだと思います。
フェイド大帝 @FeydoTaitei 11月3日
@mapetitebelette ただしマイナスドライバーは ピッキング用によく使われるため 警官に難癖付けられるリスクが あるので、玄人の不良は プラスドライバーを持つの だそうです。w
物盗りが目的の場合、鉄パイプ で殴る場所も相手の太腿だったり 決まっています。 痣が服で隠れる、致命傷にならない、 逃げにくくなる… 殴っても動じない相手からは 直ぐに撤退します。 金を直ぐに差し出すカモを 効率よく回転させるのがコツです。w
ただし、要注意は外国人で ロシアや東欧系。 奴らは刑務所を怖れないので 危険です。 紛争だとか戦争のある国の 性なのかもしれませんが…… 後、海外は銃持っている場合も あるので注意。
何だかんだ言って一番安全なのは 危険な場所に行かない、交番に 駆け込むだと思いますよ。 複数で行動するとか。 暴漢を撃退する人もいますが、 金を直ぐに出して追っ払う方が リスクが少ないと思います。
これは一つコツなのですが…… 学生さん限定です。
ある程度の規模の不良グループは 必ず盗品市場を開いてる奴がいます。 そういう奴はやたらと地元のギャング や不良グループの勢力図や分布に 詳しかったりします。 ヤンキー漫画の解説キャラみたいな やつね。w
そういう奴と仲良くなっておくと、 街のどこにどんな危険な人間が いるか分かるので、そういう場所を 避ければいいのです。w
大人の場合、警察か地元の自治会 とかでそういう情報を収集している 可能性もあるので、結局は コミュニケーションが大事って ことですかね。
イタチ @mapetitebelette 11月3日
@FeydoTaitei 仰る事、とても分かります。笑 コミュニケーションは大切ですね。いつどのような貴重な情報を得られるか分かりませんから。そのためには人との間に信頼関係を築いておくことですよね。
アルテピアッツァ株式会社 @ArtePiazza 2月7日
【倉庫】今やほとんど使われていないマイナスねじ。しかも今、先端の幅0.5cm以上、長さ15cm以上の大きなマイナスドライバーを、業務等正当な理由なく隠して屋外で携帯すると、最悪の場合、通称ピッキング防止法違反に問われる可能性もあるとか。十分ご注意を。(志)
あーちゃん @Archan_Japan 10月18日
ちなみに、バッグや車のダッシュボードにハサミを入れてるだけで軽犯罪法で捕まえることができる。マイナスドライバーはピッキング防止法に引っかかかる。警察がその気になれば、起訴できるかどうかは置いといて何とでも理由つけてしょっ引くことはできる。
まくはりきょうとう @maq_kyoto 10月8日
それよりも「マイナスドライバーやカッターナイフをかばんに忍ばせた」”だけ”で、ピッキング防止法違反や銃刀法違反になることのほうが知られていないし、現実に判例もあるというのになぜこちらは「知られていない法違反になる行為」で取り上げられないか不思議。
タケダモトツグ @Mototsugooday 2013年3月27日
なんで、マイナスドライバーを所持してはいけないかというと、特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律(ピッキング防止法)の「指定侵入工具」に指定されており、 >業務その他正当な理由による場合を除いて「隠して携帯」すると処罰されることとなった。
ちゃーるう @tya_ruu 2012年6月18日
『仮にこれが、凶器にもピッキングにも使えない只のプラスドライバーだったとしても、工具の不法所持でアウトでしょう。 いずれも軽犯罪法ですが、有罪にすることができます。 2009年の秋葉原では、そうゆうことが本当に横行していたことはネットニュースでも話題になりました。』
魔法使いハンターねこた @lanekota
トラキアの話をまとめてみた(グダグダ要注意)
http://togetter.com/li/611489
“トラキアン・コード見終わったぞ!感想いくで。重要な事がわかったよ!グノーシスの源流かもしれない”
“トラキア。ねこたはね、ディオニュソスやヘルメス神の故郷で、遊牧騎馬民族でいわゆるイラン語派にあるよーな人たちかな?という認識しかなかった。でもこの国重要よ!単なるマケドニアの隣国じゃない!”
“ねこたはトラキアの宗教に対してはほんと、知識がなくてオルペウス>>ピュタゴラス>>プラトンという順序でギリシア哲学に多大な影響を与えたって話しか 知らなかったの。そしたらやべえことがわかったんだよ!テレビの情報なんでクロスチェックしてなくてすまないけど、引用する”
“引用「トラキア人。人が生まれると悲しみの歌を唄い人が亡くなると喜びの歌を唄った。肉体は魂のひつぎであり死ぬと魂が解放され自由になるのだと考えられ ていた。」おお!これグノーシスやん。しかもトラキア人は本来のニャン間の居場所は星の世界にあると信じてたらしいんだ。”
“ギリシア神話のヘルメースはトラキアから来た神なんだよね。エジプトの時代になってヘルメスはヘルメス・トリスメギストスになり、ヘルメス文書というのが書かれたの。私2バージョン持ってるけど、ヘルメス文書の世界観がさ、これまたトラキアの宗教観そのまんまなんだよね!”
“トラキア人は、プラトンやピュタゴラスが言うように肉体を魂の墓場だと考える思想を持っていた。みんあ知らんけど、トラキアのオルペウス教の影響を受けた ピュタゴラスのギリシア哲学に対する影響はパネエものがあってね、ソークラテースが死ぬのウキウキしてた話もピュタゴラス派と対談の中だよ!”
“さっき引用したようにトラキア人は、子供が生まれると悲しみ、人が死ぬと魂の開放として喜び、星辰の世界が本来の人間の住処だとおもってたらしい。これっ てさ、オフィス派の世界観やヘルメス文書などのグノーシス文書にあるよね?地上を抜けた魂は、月下界を抜け、遊星点を抜け、最後は恒星点に行く”
“かなりトラキア人の宇宙論はグノーシス系の宇宙論とかぶるよね。トラキア人の王は、死ぬとき最愛の女房を道連れにするんだけど、この感覚ってインドのサ ティーに似てるわ。旦那が死ぬと未亡人が後を追って死ぬの。これ、上流階級だけの習慣なんですよ。インドの。トラキアでも同じみたい。”
“トラキアの遊牧騎馬民族の文化っていわゆる、インド=イラン系のアーリア(笑)人の文化とかなり似てる。文字を残さなかった所とか、インドでも同じで肉体 は仮住まいだと思ってた所とか、騎馬民族とか、イラン人の美的感覚もこの世のものでないような幻想的な感覚だよね?ああ、なんかgdgdだわw”
“とにかく、トラキア人の文化は、いわゆるアーリア(笑)人と呼ばれるサカ族とか、ペルシア人とかそういったイラン系の遊牧民と共通点があると思われます。 青木健先生の「アーリア人」という本を見ればそのあたりの感覚がよくわかります。遊牧騎馬民族で文字を持たず、冶金に長けてた。コーカサスもそう”
“またヒクソス、トラキア、コーカサス、ケルト、イランこのあたりは馬と馬車を持ち込んだ遊牧騎馬民族なんですよ。私このラインすごく怪しいと思ってます。このラインを追っていくとなぜか、輪廻転生だの独自の宗教観や、金属加工などに優れた面などが出てくるわけですよね。”
“またトラキアってワインの名産地でしてね、ギリシアにディオニュソスの密儀を持ち込んだのもトラキア人なんですよ。ディオニュソスといい、ヘルメスといい、西洋神秘主義で重要な役割をしている神はどうもトラキアに関係あるんですよ。ヘルメスとトラキアhttp://tsukinoshizuku2012.weebly.com/30334295391239829579.html”
“遊牧騎馬民族というのは、アラブのベドウィンもそうだけど、いわゆる商業民でもあるわけやな。中央アジアのゾロアスター教の担い手で有名だったソグドやク シャナ人など、中央アジアのイラン語派系遊牧騎馬民族は有能な商業民でもあった。おそらくトラキアもそうだったんだろうな。”
“あとトラキアのラインを追いかけていったら、陸上の移動としての馬(広大なペルシア帝国は幹線道路が整備されてて早馬だと端から端まで7日でした)とフェ ニキア人などの海洋民族とドッキングしたりもするわけか。フェニキア人も金属加工に優れて民族で、錫を求めてブリテンにまでいってるんですよね。”
“フリーメイソンはフランス語で言うと、リベルタメイソンになり、なんか言葉がおかしいのでフルリ人という意味もある。フルリ人か。ここね、トラキアとフェ ニキアがドッキングした土地なんだよね。ここでの言語は確かイラン語派だったような覚えがあります。フルリ人謎が深いです。gdgdすんません”
“ケルト・フェニキア・トラキア・フリギア・フルリはどうもアナトリアの西部あたりでドッキングすることがわかってんだよな。有名な「イーリアス」に出てく るトロヤはミダス王で有名な黄金文明のフリギアと同じだし、トラキアに繋がる。またローマ人は我々はトロヤから来たという伝説がある。”
“フルリ人といえば、不思議な話があって、フルリ人はアナトリアに住んでたのに、ゾロアスター教の経典の言葉であるアヴェスター語(サンスクリット語とも深 い関連があるで)とそっくりの言葉を話してたんだよ。あのね、ザラスシュトラが話してたアヴェスタ語は、イランのホラサーン辺りの言葉だよ。”
“ゾロアスター教の経典のアヴェスター語は、ヴェーダの言葉であるサンスクリット語と深い関連性があってね、元々はインドに近いイラン東部の言葉なの。そう いった古いインド=イラン語がアナトリアで話されてて、フルリ人の名前がメーソンのダブルミーイングがあってさ、なんかおかしいよね?”
“フルリ人で検索しましたところ、なんということでしょう。ヒッタイトの関連性が出てきました。たんぽぽさんは、エジプトに侵略した謎の民族のヒクソスは ヒッタイトとフェニキアとユダヤの連合軍ではないか?と言ってました。またしても遊牧騎馬民族と金属加工技術が繋がるわけですよ。”
“トラキア人はテレビでもあってたように、ものすごく緻密な金銀細工を作ってる。この冶金って技術大事な視点だよ?錬金術は元は冶金なのよ。トラキア、ケル ト、ヒッタイト、ヒクソスあたりどうやら冶金技術との関連がもりもり出てくるわけよ。なぜ騎馬民族に金属と言えば馬具の必要性からね?”
“なんかこう、gdgdになってもうたけど、フリメの背後に、インド=イラン系の馬と馬車と金属加工の技術を持った秘教集団がおるみたいでな。トラキアもそ の一部で、トラキアのさかさまーな宗教観が古代ギリシアに影響を与えまくってて、その影響から現代も抜けきれないというやばい状態なのよねー”
“フリーメイソンで特別の聖人といえば、カインとトバルカイン。カインは罪人やけど、鍛冶屋の祖でもある。鍛冶屋などの特別な技術を持ったギルドの祖なのよ わかる?また、せんじろうさんの話ではもののけ姫のたたら場(多々良は百済だよ)みたいに鍛冶をやってると目をやられるんだってさー。おめめー”
“おっと、トラキアの生死観の間にあるのがオルペウス教の神話。オルペウス教の詳しいのはこっち読んでね。http://morfo.seesaa.net/article/196190386.htmlこれすごく、イザナギとイザナミの話に似てるよね?それが西洋の輪廻転生やらグノーシスのモトネタとはな”
“引用「オルペウス派によれば、人間はティタンがディオニュソスを殺害した原罪を引き継いでいて、これに対する罰として霊魂が肉体に閉じ込められて輪廻を続 けるのです。 ですから、オルペウス派は肉体を霊魂の墓と考えました。オルペウス派によって初めて本格的な輪廻思想が西洋世界に持ち込まれました”
“引用「ポンポニウス・メッラは、「ヨーロッパの最大勢力であるトラキア人を注意深く観察する者は、この蛮族がおそらく自然信仰のためであろうが、死を恐れないということに容易に気付くであろう」と物語っている。」ここにグノーシスの秘密があると思うんだ。”
U @wayofthewind 2014年1月31日
現代の社会システムは、社畜や生贄(保険m)というヘルメスっぽい哲学で回していますよね。太田龍は何十年も前に、そこに気づいていたところがすごい。 @lanekota“太田龍先生が牧畜こそ邪悪の根源といってましたから、ヘルメスは羊飼いの遊牧民のトラキアの神”
ヒロチャ @hogege55 2014年1月5日
エルメスと苦悩死素が交差する時貧乏が生まれる…!? "@lanekota: トラキアから来たヘルメースとアレクサンドリアでできたヘルメス思想(こっちはヘルメス・トリスメギストス)とグノーシスが交差する時、陰謀は生まれる~♪"
Angeliqua @Ripple1975 2013年9月14日
ヘルメスについてはよく調べてください。彼は古くはトラキアの風の神様。認識と意識、言葉の神様であることをよく理解してから、その神話を追いかけてください。トート神も古くは原初神。その性質は酷似してる。この視点を確実に認識しながら神話を読むと凡てが解明されます。汝自身を知れの格言通り。
罰ゲームメイカー @DoppelDomes 2011年6月24日
《幻想コーナー》【ハルパー】ギリシャ神話の怪物メデューサの首を落としたペルセウスの剣。ヘルメスから与えられた黄金の剣。鉤爪の様な湾曲の刀身で、内側が刃になっている片刃の曲刀。ギリシャの古刀の名称でもあり、ローマ時代ではトラキアの剣闘士の持つ曲刀を指した。切断を象徴する鎌状の短剣。
senは墨と狼喰ってます @sen_wired 2013年12月16日
トラキアのヘルメスの方だったら一応羊飼いと風の神様なんですけどね
平川哲生 @bokuen
時代順に話を進めます。古代ギリシアのディオニュソスの密儀、オルフェウス教、ピュタゴラス教団などは、人と神の「一体化」を求める神秘主義でした。プラトンはこの影響を受け、さらにプロティノスの新プラトン主義に受け継がれます。
へぼん辞林 @hebon_jirin
【オルフェウス教】オルフェウスきょう 紀元前七世紀頃,ディオニュソス崇拝から成立したギリシャの宗教。オルフェウスの詩に基づき,宇宙の起源や神々の系譜を説き,霊魂不滅信仰を中心に密儀を行い,禁欲的苦行を行なった。ピタゴラス教団やプラトンに大きな影響を与えた。 #daijirin
よぼよぼ @yoboyobo · 2011年2月8日
〖Orpheus〗オルフェウス ギリシャ神話に登場する,トラキアの詩人・音楽家。オルフェウス教の創設者とされる。アポロンから与えられた竪琴に合わせて歌う彼の歌は鳥獣・山川草木をもひきつけたという。アルゴー号の遠征に参加。死んだ妻エウリュディケーを冥府から連れ戻 #daijirin
桃園穂鳥 @cawaU
ギリシアの伝説的詩人、音楽家。トラキアに生まれ、母は詩女神カリオペといわれる。オルフェウス教の開祖。竪琴を奏で、美しい声で歌うと、人も木も石も動いたという。死んだ妻エウリュディケを冥府から連れ戻すのに失敗し、いつまでも嘆き悲しんでいたため、トラキアのマイナデスたちに体を裂かれた。
オルフェウスを開祖と仰ぐ古代ギリシアの密儀宗教。英語でOrphism。時間神クロノスや卵生神話を含む宇宙創成論、ディオニュソス=ザグレウスの死と復活に仮託された人間論および輪廻転生説など、特異な教義で知られる。ピュタゴラス学派とは密接な関係にあると思われ、古代末期まで存続、新プラ
風橋 平( 㷑 ) @Kazahashi_O
人が産まれると悲しみの歌を歌い、人が死ぬと喜びの歌を歌う。それは肉体は魂の牢屋であり、自分達は魂として星の世界へ行く。 -トラキアの伝承より
安中 @yasunakayo
トラキア人の、肉体は魂の牢獄だから生まれたときに悲しみの歌を、死んだときに喜びの歌を歌い、星の世界に本当の魂の世界があるってのすごいなぁ
野生の瀬宮ニャンがあらわれた @shin_semiya
これどこから来たのかというと黒海北西部のトラキア発祥で、トラキアにおいては、地上とはあの世であり、人間は生きている間精神生命体として星々の海を巡り、死ぬと原罪により地上で懲役刑みたいな感じで生きることになるとされた。 よく生きよく死ねば、原罪は購われ、より高位の存在になるとされた
くろゑ@3月中旬新曲(予定) @xhloe · 12月13日
Illuminatiシリーズはグノーシス主義的な世界観を借りていますが、グノーシス主義オフィス派は蛇=人類に知恵を授けた聖なる遣いとして信仰していたそうです。
グノーシス主義オフィス派派の『バルク書』によれば、第二の男性原理エロヒムの天使が、第三の女性原理エデンまたはイスラエル(体は女性、足は蛇身)の女性体の部分の土からアダムを創り(蛇身の土から動物を創った)、エデンが魂を、エロヒムが霊を置いた
神話辞典bot @shinwa_jitenbot · 10月10日
ヤルダバオト グノーシス主義のオフィス派の説で7人のアルコンの一人。アリエルとも。名前の意味は「カオスの子」。 創造神として、「不可知な父」「未知の神」のすぐ下の地位を占めている。 http://www.jiten.info/dic/europa/ialdabaoth.html …
まだ夏だった白玉もち @siratamamoti777 · 2014年1月17日
ヒッタイトさん世界初鉄製武器使用戦車使用。バビロニア滅ぼしちゃうぜ。ミタンニさんフルリ人支配しちゃうぜ。 前十二世紀海の民がヒッタイト潰してエジプト後退させる。バルカン半島にまたギリシア系下りてくる。その名もドーリア人。ミケーネ諸王国南下の過程でいくつか潰す。
文キューちゃん @bunkyubotchan · 2月22日
紀元前16世紀頃にフルリ人が メソポタミア北部に建てた国 ミタンニ
世界の歴史 @sekaishiB_bot · 2013年5月17日
BC.1550 フルリ人がアッシリアの北西部にミタンニ王国を築き、西は北シリアから地中海に面したウガリト(現在のラス・シャムラ)まで、東はアッシリアを征服してチグリス川の東方まで進出した。
wikipedia bot スマホ対応版 @WikiBot_SmaPho · 12月21日
フルリ語 http://goo.gl/Giy5ZJ フルリ語は紀元前2300年ごろから紀元前1000年ごろまでメソポタミアに暮らし、ミタンニ王国を築いたフルリ人の言語。ウラルトゥ語と近く、二つをまとめてフルリ・ウラルトゥ語族と呼ぶ。フルリ・ウラルトゥ語族が孤立的である...
casipoco @secapoco · 2013年5月21日
ミタンニ:前16世紀にメソポタミア北部からシリアを制圧した王国。人口の大部分は民族系統不明のフルリ人が占めていた。前15世紀にはエジプト・ヒッタイトと並び繁栄したが、14世紀にヒッタイトに敗れ衰退し、後にアッシリアに併合された。
あかりペディア @akaripedia · 9月15日
ミタンニ(ヒッタイト語:Mi-ta-an-niあるいはMi-it-ta-ni、アッシリア語: Ḫa-ni-gal-bat - 「ハニガルバト」)はフルリ人が紀元前16世紀頃メソポタミア北部のハブル川上流域を中心に建国した王国である。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%8B …
神様紹介bot(神ボ) @myth_god_bot · 2013年3月15日
《グルス/ヒッタイト神話》グルスたち。ヒッタイトの女神で名前の意味は「書記」、「運命を決める女性」。彼女達は個々の人間にそれぞれの運命をふりあて、生と死ばかりか、善と悪をも司る。フルリ人は彼女達をフテルナと呼んだ。
AK @ho_ro · 5月5日
エアもしくはエンキは、シュメールの外にも広範な影響をおよぼしたことから、(ウガリットの)エルや、おそらくは【カナン神話の神(エブラの)ヤハと同一視され、フルリ人やヒッタイト人の神話にも、契約の神として登場し人々に特に好まれていた】
神様紹介bot(神ボ) @myth_god_bot · 2013年9月15日
《クマルビ/ヒッタイト神話》先住民フルリ人の神。天候神テシュブに敗れ、復讐のために石の怪物ウルリクムミを生んだ。知恵の神エアが天地を切り離した魔剣でウルリクムミの足を切断して倒し、天候神の支配が確立された。
(石を剣=金属で倒した話。つまりフルリ人の金属加工技術の反映)
愛宕山太郎坊 @HTH_1557_1630 · 2012年9月29日
@pat_1308 ミタンニ王国はフルリ人(民族系統不明)らに建国された国で、ヒッタイトに吸収されたとしか知りませんでしたが、今調べたらサンスクリット系統の言語が使われていて神話も共通しているみたいですね。フルリ人も印欧系の可能性があるんですかね。
パト (派渡)@秘封病怖い @pat_1308 · 2012年9月29日
@Hanumaaaaan あれですよ、確かインド・アーリヤ系の人たちがミタンニのフルリ人を支配してたらしいですね。ヒッタイトとミタンニとの間の条約では「Mitrasil」(=ミトラ)、「Uruvanassil」(=ヴァルナ)、
パト (派渡)@秘封病怖い @pat_1308 · 2012年9月29日
@Hanumaaaaan (続)「Indara」(=インドラ)、あと「Nasatianna」(=ナーサティヤ双神)という神々の名前が出てきましたよ
フェイド大帝 @FeydoTaitei 12月16日
ミトラに拘る人達はヴァルナを もうちょっと調べた方がいい。 ヴェーダ教ではこの二神は ペアでセット。 ミトラが太陽なら、ヴァルナは 夜空の星々。 ミトラが契約の神の意味は? 契約を破った時に罰を 降すという意味さ。 昼はミトラに。夜間はヴァルナに。 監視されてるってことさ。”
”以下、『世界の名著13』内の水野有庸が翻訳した『スキピオの夢』。
全18頁しかないのによくもこれだけ重要個所を詰め込んだものだ。
この水野有庸の翻訳が一番重要。
やはり注釈が大事。
(古代にできた重要本!って神道カルトあたりが捏造しまくっている聖典(笑)があるけどさ、
「では解釈書や注釈書が時代ごとにあるはずですよね?著者名と署名を教えて」
と聞くと黙るよ。
四書五経の注釈書何冊あると思ってんの?
仏典も聖書もコーランもすさまじい量だよ?
当然、偽書か判断するための基準もできているよ。
偽書を創る奴らって解釈書までは捏造する知恵がないからね。
時代ごとに創らないといけないから大変だよね。
当時の知識人が一切言及しない理由もでっち上げないといけないし。
つまり既存の資料の中身を改竄する手法のほうが多いだろうね)
違う翻訳で再読すると見のがしていた重要個所が浮かび上がる。
邦訳が複数ある重要な本は読み比べが有効。
引用で誤字脱字は気を使うが、
特にひらがなやカタカナが連続するところ、
漢字の送り仮名に注意。
ゆっくり音読が有効。
黙読だと見のがす。
漢字は句読点の代わりになるので、文章の区切りとしても重要。
引用すると文書を書いた人の文章の癖が良くわかる。
“太陽は、ほかのことごとくの、光を放つものの群れにとって、その総司令、その首領、その光度の調節者。宇宙の霊であって、そのほどよい和らぎのみなもと。太陽がそなえている力はまことに強大で、あまねく万物を、自分の光で輝きわたらせるほど。この太陽に、従者のように侍り従うのは、片方ではウェヌスの、片方ではメルクリウスの進みゆく道。
しまいに、最下の輪を、月が、太陽の放つ光に照らし出されながら、回(めぐ)ってゆく。けれども、その下には、死すべきものが、崩れ滅びゆくものが、あるばかり。その例外は、神々の恵みによって人類へ授けられた知性だけ。つまり、月より上が、あらゆるものの不滅である所なのである。それからもう一つ、宇宙の中央にあって、九番目のものである地のたま(「たま」に傍点)は、動かずにいるばかりか、下の極みをもなしており、したがって、目方のあることごとくのものは、自分の落ち癖によって、その上へと、ひた走りに急ぎゆく」”
『世界の名著13』内の水野有庸 訳『スキピオの夢』、
九(キケロ『国家論』第十七章p.74
・75頁の大スキピオが語る諸天体の軌道の概略図
円(楕円ではない)の外に円が続いている図。
中央が地球。
地球の一つ外が月。
月の一つ外が水星。
以下、水星、金星、太陽、火星、木星、土星、天球(恒星天)
の順に外に位置している。
(太陽=宇宙の霊は光を放つもののボス。
金星と水星は太陽の従者。
太陽神が最高神の思想は多い。
キケロは太陽派っぽい。
神々が与えた知性は滅びないという思想
・当時から土星までは見えていたことがわかる天体描写。
宇宙には和音が響いている
(らしいが宇宙は真空なので音なんて以下略)
“ そればかりではない。はるか将来に生まれてくる世代が、すすんで、われらひとりひとりの功(いさお)を、跡絶(とだ)えなくその父祖が語るのを継いで、つぎの世に伝え残すようなことをしてくれるとしても、一定の時がいたればかならず襲ってくるはずの、地上の各地に及ぶ洪水と劫火のゆえに(3)、われらが手にすることができる誉れは、永遠であることはおろか、年数(としかず)のながいものでさえないのである。
また、おまえのことが後世の人々の語りぐさになろうと、それに格別どれほどの意味があろうか。過去の時代の人々は、後世の人々にくらべて、人数も少なくないばかりか、優れた人物であったにちがいないのに、この人々の口からは、おまえの話など、出たわけもないことを思えば。
…
(3) たとえばストア派の考えかたによると、一定の周期が回ってくるごとに、天体を構成するアイテールの勢力が極大に達してその火力により全宇宙は炎上し、滅び去る。逆に、海をはじめとする水の勢力が宇宙の日の性ry9億に打ち勝つと、禅地上波洪水に襲われる。ストア派以外にも、たとえばルクレティウスが、『蛮勇について』第五巻第三蜂ゼロ~四一期行で、類似の考えを述べている。”
『世界の名著13』内の水野有庸 訳『スキピオの夢』、
十三(キケロ『国家論』第二十一章p.78(注釈はp.79)
(火が先。水は後。
世界が始まって間もない黄金時代が最高でだんだん劣化していく思想。
進歩主義というだんだんよくなっていくって思想と真逆)
ねこた @lakudagoya 2016年7月23日
マタイによる福音書 3章 11節 「わたしは、悔い改めに導くためにあなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方はわたしよりも優れておられる。わたしはその履物をお脱がせする値打ちもない。その方は聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。 」 え?311人工地震テロ?
先のツイートの参考画像。全て17世紀のもの。
— 夢然堂 (@valet_de_coupe) 2016年8月28日
火=聖マルコ=獅子=剣
風=聖ヨハネ=鷲=杯
水=聖マタイ=人間=銭
地=聖ルカ=牡牛=棒
四大と四福音記者・四聖獣との照応はアグリッパによる。 pic.twitter.com/hVkPc7Zu2B
聖書だと水が先。水の洗礼者よりも火の洗礼者のほうが上。
ストア派だと火が先)
・人=心(が本体であり、肉体は本体ではない)
“神であるぞ、おまえは。”p.81
の文の次にその根拠が続く。
滅するものを不滅のものが動かしているから人は神。
自分で自分を動かすものが不滅。
魂は自分で自分を動かすことにかけてはほかに類のないもの。
∴魂は不滅。
動きのはじめをなすもの(万物を産むもの)とは、自分が自分によって動かされるもののことである。
これは生まれることも死ぬこともない。
(殺人大好きカルトになるのをどうやって防ぐのか?
魂はある一定量最初からあったってこと?
魂の数はあらかじめ決まっている疑惑)
・魂を幽閉する肉の快楽に溺れるな、神々も人間も従うべきである法を犯すな。
・注釈
(スキピオを取り巻く一座の談話が発展し、スキピオが自分が見た夢をみなに聞かせる気になった。このスキピオの夢は長年口外しなかったものであった。)
小スキピオがこの夢を見たのは紀元前149年。
この談話は前129年で、小スキピオ暗殺の直前。
(公式の信用できない耶蘇教成立年代より前かつそこまで前ではないことが重要。
本書は短いし内容も素晴らしいから、外国語学習に便利。
生徒にあらかじめ日本語訳で代表的作者の本のうち短いものを読ませて、一つ選ばせて学習してもらうとよいのでは?)
CiNii 論文 - <研究ノート>新ストア主義研究の新段階 : ギュンター・アーベル著『ストア主義と初期近代-倫理学と政治学の領域における近代思想の発展史-』,とくにその「紀律化」の分析に関して https://t.co/pUF8MaHLAI #CiNii
— なえなつ (@japan19890108) 2017年3月24日
なんか見つけた
”
• アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫(1953年)
• ヘシオドス『神統記』廣川洋一訳、岩波文庫(1984年)
ヘーシオドス『仕事と日』
ヘシオドス『神統記』私訳
http://www.saiton.net/ethics/theo.htm
麹ルクレティウス『物の本質について』ルクレティウス物の本質 本体
| h o m e |