読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

08 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 10

護身術にも最適!『実戦スパイ技術ハンドブック』エシュロンの範囲や警察車両を追跡できるソフト(オウムが開発)を購入していた警視庁など暴露満載! 

※本記事は犯罪行為も紹介しているが、これは防衛のためです。
手口を知ることが防止への近道です。
本書の知識を悪用して犯罪行為を行ってはいけません。
違法行為を推奨するものではありません。
善を行うためには悪も知らないといけません。
でないと、無自覚の悪を善だと勝手に妄想して実行してしまいますから。



”計画的な攻撃のほとんどは宗教の狂信者らによって実行されている”
『実戦スパイ技術ハンドブック』p.286

”情報収集活動にかかわる世界では、計画的な攻撃のほとんどは宗教の狂信者らによって実行されている。”
p.286『実戦スパイ技術ハンドブック』

(犯人が狂信者だった、頭がおかしかったと報道される
=黒幕が実行犯に狂信者を選んだ
と考えるべき。大事なことなので二回目)

”2000年3月、日本の警視庁は、覆面パトカーを含む150台の警察車両を追跡できるソフトウエアシステムを購入していたことを発表したが、そのソフトがオウム真理教によって開発されていたことが判明した。1995年に東京の地下鉄に毒ガスをまいて、12人を死亡、6000人を負傷させたあの教団である。この事実が明らかになったとき、教団はすでに115台の車両について機密扱いになっている追跡データを入手していた。さらに教団は、日本企業80社、ならびに10の政府機関向けにソフトウエアを開発していた。ほかの企業の下請けとして仕事を受注し、企業や政府機関などの組織にはソフトの開発者が誰かということがほとんどわからないようにしていたのである。下請け会社として、教団が「トロイの木馬」をしかけておいて、のちのサイバーテロ攻撃を容易にすることも可能だった。”
『実戦スパイ技術ハンドブック』p.276

(警察車両を追跡できるソフトをオウムが開発していたと暴露している。
115台の車両について機密扱いになっている追跡データを入手していたことと、
日本企業80社、ならびに10の政府機関向けにソフトを開発していたことから、
最先端のスパイ組織でもあったとわかる。
ほかの企業の下請けとして仕事を受注することで足がつかないようにしていた。
完全に領土なき宗教国家だな。)

暗殺

”多くの場合、一般市民は暗殺が行なわれたことに気づかず、
犠牲者は事故死か自然死だと信じこまされている。
事実、暗殺か自殺かを区別するのがむずかしい場合もある。
政府が自殺だと説明すれば、ほかの可能性を示す証拠は存在せず、
したがってそれは自殺となる。
結局、状況とは複数の見方で解釈が可能なのだ。”
p.219


”暗殺までの過程はいたって単純である。
まず情報機関の幹部が、
ある特定の人物もしくは複数の人物の処分が
あきらかに妥当だと判断することから始まる。
こうして暗殺の決定が下されると、
プロジェクトはその任務にふさわしい組織にゆだねられる。
暗殺実行の責任者は、計画を立て、人を組織し、指令を実行する。”
p.221


”情報機関の内部部隊はおもに、
家屋の爆破方法やガスもれに見せかけるテクニックなど、
具体的な暗殺技術にかんする有効な知識をもったスペシャリストから構成される。
こうしたスペシャリストたちはこのような仕事に対して適性があり、
それをあくまでも日常の仕事として扱う、ごくふつうの九時から五時まで働く公務員である。
ところが、外国人エージェントを暗殺する場合、大部分の極秘作業は特殊部隊が行なう。”
p.222


(犯人が狂信者だった、頭がおかしかったと報道される
=黒幕が実行犯に狂信者を選んだ
と考えるべき)

スパイ系の本が最重要だと言ったので本記事にどんどん足していく。


一般人も自衛に活用すること!

格闘術だけが自衛じゃないぞ!

本書の格闘術が打撃ばかりなのに注目。
投げや関節は習得に時間がかかるし、
最終的に腕力勝負になるので、
非力な女性には打撃がオススメ。
あと非力な人ほど筋トレも必要。
必要な動きを何度も何度もやっていたら最低限必要な筋力はつくけどね。
筋トレは正しいやりかたをやれば、筋肉以外の重要な要素が鍛えられるの!
だから大事なの!
自分の身体イメージと身体感覚と実際の動きの一致!
これこそが目標!
そして奥義!


実戦スパイ技術ハンドブック

原題:The Spycraft Manual: The Insider's Guide to Espionage Techniques

著者 バリー・ディヴィス(Barry Davies)、
リチャード・トムリンスン(Richard Tomlinson)
翻訳者 伊藤綺
原書房
2007年9月25日

本書にある著者の経歴

バリー・デイヴィス
英国陸軍特殊空挺部隊SASに18年つとめた。
国家勲章を授与されている。
現在スパイスクールのインストラクター。

リチャード・トムリンソン
MI6の元諜報部員。
ロシアなどの諜報活動に従事。
イギリスの諜報活動の暴露本を出版し、一時投獄された。
ダイアナ妃の死はイギリス政府による暗殺だと証言して話題となった。

(すごい経歴だな。

カッコ内は基本的に私の感想など。
本に書かれていること=事実
と意見を分ける為。
書かれていること=事実
とは内容の真偽ではなく、
とりあえず書かれているということ自体は事実という意味ね。
むろん、
絶対にばらしたらいけないところ=ばらしたら殺されることと確定レベル
はぼかすか書かないはずだし、
嘘も混ぜてあることを念頭に置いて読んでください。
例えば、エシュロンがあるのに911を防げなかったとか、
テロリストの侵入を許したとか嘘をついている。
自作自演なのでわざと無視したの間違い。
著者が明らかに英米系がバックなので仕方ない。

また、この日本語訳が出たのは2007年なのに注意。
原著が出たのはSeptember 1, 2005)


・スパイの中でずば抜けて危険なのは工作担当官(ケース・オフィサー)の仕事。
このタイプのスパイのとりわけ重大な任務は、現地人エージェントや利用できそうな人間、
あるいは命令すれば喜んで殺しを実行する人間を徴募することだ。
こうした人々を見つけることが、いかなる諜報作戦においても成功の秘訣。
まっさきにすべきことはふさわしい人物、
つまり汚れ仕事を遂行できるか、
あるいはそのためのスキルをもちあわせた人物を特定することだ。
目星をつけたらスカウト。
弱みを見つけて利用する。
たいてい、工作担当官(ケース・オフィサー)は複数のエージェントの徴募と指揮を同時に行うが、
誰一人としてほかのメンバーの存在を知ることはない。

(実行するのはエージェントであり、指揮官は直接は手を汚さない





・観察力を鍛える訓練。
数メートル離れた場所にものをたくさん並べる。
短時間内に置かれたものをすべて観察する。
それがすむと片づけられ、そのあと数時間は観察したものを書き留めることは許されない。
(記憶力と観察力の訓練が重要。
魔術修行でやるキムのゲームじゃないか!)


・愚か者はいつでも利用しやすいのですきを狙って管理下に置く。
人々に関心を持つことで自分への注意をそらせる。
たいていの人々は自分の社会的地位や富、家族、職業といったものを自慢するのが大好きなので、
利用する。
「それは面白そうですね。きっとすばらしいお仕事なのでしょう」

「ガールフレンドにふられたばかりでして。じつは彼女は、別の女性とかけおちしてしまったんです」
こうした発言は同情だけでなく、
元ガールフレンドの性的嗜好にも強い好奇心を掻き立てる。
(レズですね)

エージェント候補を探すさいに有効なもう一つの切り出しかたは

「宝くじに当たりましてね。一等ではありませんが結構な額なんですよ」

通りを歩いているときほんの一時間前に別の場所で見かけたのと同じ人物を再び見かければ
「これはただの偶然だろうか?」
と考える。

・自分の弱みと強みを、
担当区域とその住民を知ること。
担当区域ではよそ者よりも住民に顔を知られているほうが望ましい。
身を守るための偽経歴を持つ。
脱出の潮時を知っており常に逃走経路を確保。
状況が急変して捕獲されても決してあきらめない。

・偽経歴はできるかぎり真実に近い話を作り上げる。
年齢、出身地、学歴、好き嫌いといったものを具体的に織り込む。
突っ込んだ質問対策。

(自分の嗜好とあまりに違うと演技が不自然になるから設定が難しい)

多くのスパイが、大使館員や外交使節団を装って他国に潜入する。
一部の国では、国防武官は親スパイ(スパイマスター)にほかならない。
その地位のため直接作戦に参加することはできないが、
自国のために働いているスパイとエージェントのネットワークを庇護する役割を果たす。
スパイはときどき政府に雇われることがあるが、それは彼らがその任務ぴったりの資格を持っているからだ。
たとえば、他国との取引を獲得したばかりのビジネスマンなどがそうである。
これによってこの人物は、自動的にニセ経歴と正当な渡航理由を与えられる。
とはいえこうした例はいずれも、また国家間の協定の点でも、
またスパイ活動訓練の欠如という点でも、かぎられたものだといっていいだろう。
真に有効な対策とは、スパイ候補者にスパイ技術を身につけさせ、
まことしやかなニセ経歴を与えることである。

ニセ経歴の具体例
IRA(アイルランド共和軍)の情報を得るため、アイルランド国境地帯に派遣。
地元農民から情報収集。
セールスマンとして農業トラクターの後部にとりつける、古いコンクリートを破壊するためのインパクターという
商品を売りつつ活動。
地域の農家や小作農のほとんどを訪問し、
昼休みには地元のパブに入った。
もっともよく投げかけられた質問は、
「ここで何してる?危険な地域だと知ってるだろ?」
「それは新聞に書いてあるだけですよ。問題なんてまったく見当たらないですね」
と返答し、
相手がIRAがこの地域で行ってきたことをしゃべってもらう。
会話が五分以上続いた場合は、
スパイはさりげなく一杯やらないかと誘う。
「車にボトルが一本あるんですよ」
断る人はほとんどいない。
二か月のうちに彼は友好的な農民リストを作成し、
昼休みには必ず決まったパブで一杯飲む。
出会った人間全員を値踏みしたあと、何人かに的を絞る。
パブの経営者の娘に目をつけ、恋仲になり、セックスまでする。
三か月間この関係は続いた。
二人きりになるたびにスパイは一見なにげないようすで質問したが、
質問はすべて入念に予行演習したものであり、
娘が話す言葉はなにもかも小型マイクでしっかり録音。
けっして夜に活動しないことでIRAの道路封鎖に出くわすことをうまく避けた。
アルコールを餌に話を聞き出す。

(ハニートラップは別に女スパイから男にしかけるとはかぎらない。
酒屋は情報収集の場。イスラム圏だとどうするんだろ)


・スパイはそれぞれの国の情報機関に勤めている。
彼らは自分たちのことを通常、ケースオフィサーとみなしているが、
通常は「ハンドラー(調教師、エージェントの管理者)」と呼ばれる。
ハンドラーはみずから他国に潜入することも、汚れ仕事をすることもめったにない。
スパイが他国で作戦行動を行う場合、情報を収集するのにももっともよい方法は現地人のエージェントを雇うこと。
基本的なやり方は、自分の素性はけっして明かさずに、こうしたエージェントに何かを盗ませることである。
いったん正式に雇ったら、スパイはこれらエージェントを自由に使うことができる。

採用されたエージェントのほとんどは、
プライマリーまたはアクセスのいずれかに分類される。
プライマリー・エージェントは情報収集に直接たずさわり、
一方、アクセス・エージェントは仲介役をつとめる。
作戦の計画段階には、一定の額の資金がまずハンドラーへ、
そしてハンドラーから新人エージェントへと分配される。
エージェントをさらに雇うため、スパイは追加の資金が必要になることもある。
その資金は情報機関の予算から出ることもあれば、
武器や麻薬の密売といった作戦を通じてみずから捻出することもある。
金でたいていのものは手に入る
ーー友情も、好意も、セックスと麻薬もーー
とはいえ、麻薬はおそらく情報機関からじかに供給されるだろうが。
しかしながら、ハンドラーがもつもっとも効果的なツールは、
まことしやかな嘘がつける能力である。


(政府の情報機関が武器や麻薬の密売でスパイの資金を稼いでいるという暴露。

大帝も本書の読者!

フェイド大帝 @FeydoTaitei
15年6月20日

これかw

スパイ マニュアル本にSASなどの
諜報組織は予算が足りない時、
押収した麻薬等を諜報員に売らせて
資金調達すると書いてあったぞ。




エージェントのねらい目は、
孤独な秘書、
不平不満を持つ人間。
コンピュータ・プログラマーや暗号解読者も候補者にふさわしいが、
情報分析者のほうがより多くの情報に接近できるので望ましい。
スキのある、あるいは不満を持つ人物。
祖国を捨てた亡命者。
減刑を求めている政治犯もしくは囚人。
捕獲され寝返った他国のエージェント。
ダブル・エージェント(二重スパイ)と呼ばれる。
ゆすりや脅しが効く人物。
金銭的報酬につられやすい人物。

(これ政治家や社長の秘書がカルト信者系エージェントのことがある理由だよね。
巣鴨プリズンのA級戦犯)

未来のエージェントを選んだ、
ハンドラーはその人物を評価し、
試し、最終的には必要とされる任務を果たせるように訓練しなければならない。
ハンドラーはまたあたかもきわめて重要な職業についているかのように、
いささか横柄にふるまう。
関係がより深まりいくぶん信頼関係が築かれたらやや親切にふるまいはじめる。
候補者のおおよその収入からエージェントの生活状況や生活に必要なものを推測できる。
それによって報酬を引き上げることもあるが、
引き上げを伝えるときは疑われないようにつねにもっともな理由をつけくわえる。
(ツンデレ作戦。
2ちゃんで鍛えてツイッターに来る工作員がいるらしいが、せめて口調を変えろよと思う)

エージェントに危険をおかして情報を入手するよう依頼するときはハンドラーは金銭的報酬だけに頼らない。
脅迫などの第二、第三の選択肢を用意。
未来のエージェントが断固として協力を拒んだり、
当局に通報するそぶりをみせたりしたら抹殺を検討しなければならない。

候補者を見つけたら、ハンドラーはテスト段階として、
エージェントに要求された情報を提供する能力があるかどうかを詳細にチェックする。
良い効果が出ればエージェントの訓練が始まる。
自分との接触の方法や尾行のまきかたなどを教える。
死んだ郵便箱(DLB、秘密の投函所。地面にカプセルを突き刺すものなどがある)
の設置と目印のつけ方、
また情報を手に入れるのに役立つ、小型カメラなどの装備の使い方を学ぶ。
エージェントの武器がセックスなら隠しカメラや録音機の使い方を教えられる。
セックスを利用した脅迫はい新しいエージェントを雇おうとするときにとても効果がある。
ハンドラーがエージェントに銃や爆弾を支給することはめったにない。
なぜなら関係がうまくいかなかったときにハンドラー自身に向けられる可能性があるからだ。
エージェントと親密になりすぎ、作戦上の安全が危うくなったと思われたときには、
エージェントを別のハンドラーに譲ることもある。
エージェントには連絡を絶つことも、仕事を放棄することも、
またやめることも決して許さないことが重要である。

ハニートラップ(甘い罠)は写真頼みとはかぎらない。
妊娠したと告げたり、自分がエイズだと言ったりする場合もある。
事実でないがターゲットに圧力をかけるのに役立つ。
ほかには、事件を仕立て上げて有罪の疑いをかけられるように仕組む。
証人となるのは通常ハンドラー支配下のほかのエージェントで、
候補者が有罪になるような証言をする。

(痴漢冤罪問題放置ってこのため?
電車を男女別にしたらほぼ解決するのにやらないでしょ?)

エージェントをしっかり味方につけておくためには、
金銭にしてもなんにしても約束した報酬はかならず与えなければならない。


エージェントの目的はただ一つ、
ハンドラーの命令に従うことだけだ。

二重スパイ、ダブルエージェントは一般にモグラと呼ばれ、スパイにスカウトされそうな
立場にあえて身を置く。典型的なモグラとは、スパイに徴募されたあと、敵側に正体を見破られたエージェントのことをいう。
正体が発覚すると死ぬか二重スパイになるかの選択を迫られるが、たいていは後者が選ばれる。
こうした理由から、スパイは徴募している相手が本物か確かめるため、
テストする必要が出てくる。
通常このテストは対情報活動のスペシャリストである将校が行う。
このテストはふつうある機密情報を新米エージェントにだけ教え、
この情報が別の情報源から明らかになるかどうかを見守る形で行われる。
本物であることが明らかになるまで新米エージェントを使いすぎないようにすることが肝要。


・エージェントとの情報交換方法、尾行されていないか確認する方法、
暗号などは省略。
手品グッズで売っている中空の硬貨
dead letter box, DLBは地面に埋めたり、ベンチの下やごみ箱の中などに置く。
設置場所は複数、制限時間も決める。偽のDLB も数多く持つ。
一回限り暗号帳OTP、コードブック。
見えないインクは炭素を主成分とする液体が使える。牛乳やレモンジュースなど。
紙にアイロンをかけてあぶりだす。
モールス符号。
ビッグペン。
暗号円盤。

デジタルデータの中にテキストデータを隠す。
人目を引かない画像ファイルの中に機密データを隠す。
ステガノグラフィー(音声や画像などのファイルに秘密のメッセージを埋め込む技術)
は画像にデジタル透かしを入れるのにも利用される。
ビットマップ画像はピクセル(画素)で構成されているが、
これに変更をくわえてメッセージを保存できる。
変更を加えた画像(メッセージのテキストファイルを含んだ)をほかの誰かが見たとして、
通常の画像にしか見えない。
画像のピクセルを構成しているビットの一部をとりのぞくか、あるいはそれに変更を加えてテキストに置き換えるだけ。
人間の目にはこうした変更はとるに足りない応報を取り除いたとしか見えないのでデジタル画像全体に行うことができる。
画像の中にテキストを隠すのに最適なシェアウェア・プログラムの一つはステガンICE で無料ダウンロード可能。
(なんでもない画像をよく上げている、工作員くさいアカウントの画像を分析したら何かでるかも)

・エシュロン
とは世界のどこであれ、電話を盗聴し、ファックス、電子メールを読み取ることが可能な監視システムの名。
高度な人工衛星システムと地上局、レーダーおよび通信ネットワークを駆使し、船舶や航空機も利用するこのシステムは、
軍事上の通信から一般市民の交信にいたるまで?監視が可能。
本来このシステムは冷戦中に英語圏の国々がソ連とその同盟国間の通信傍受のために開発したものだった。緊急性がなくなった今では従来型のスパイ活動のほか、テロリスト間の通信傍受や犯罪組織の活動監視にも用いられている。
詳細は現在も明らかにされていないが、いくつか判明している点もある。
エシュロンのシステムの中心にいるのはアメリカとイギリスとであり、
それをカナダ、オーストラリア、ニュージーランドが支援し、各国が世界をいくつかに分けて監視している。
たとえばアメリカは、
中南米の大半と
アジア、
ロシアのアジア地域、
中国北部の担当。

イギリスはヨーロッパ、
アフリカ、
ウラル山脈以西のロシア担当。

カナダは旧ソ連北部と北極地方。

オーストラリアはインドシナ半島、インドネシア、中国南部。

ニュージーランドは太平洋西部。

アメリカでエシュロンを担当するのは国家安全保障局(NSA )であり、
ワシントン近くのフォートミードに本部を置く。
(これって本部はここじゃないってことでは?
本部であって本体ではない)

この局の人員と予算はCIAとFBIを合わせたよりも多いと考えられている。
カナダでは通信安全保障機構がエシュロンのプログラムを担当するが、
この機関は国家安全保障局に属し、オタワに本部を置く。
一方イギリスは、
チェルテナムにある政府通信本部(GCHQ )が担当。
ただし世界各地の戦略上重要な位置にも小さな基地が設置されている。

エシュロンにはかなりいただけない部分もある。
システム運営に参加する国々が、
商業的利益のためにエシュロンを利用して競争相手を蹴落とし、
自国経済が優位に立てるように抜け駆けをおもなっているという告発の声が上がっている。
エシュロンシステムの非参加国やEU内ではエシュロンに対する賛否が議論されている、

(商業利用はされるよね。
エシュロンは実在しないって言ってたやつは誰だ!)


・監視工作員は特徴のない人でなければならない。
人々に紛れても誰も注意を払わず、
目立つものがなく、
体型も普通、
服装もありふれている。
まったくとるにたりない人物であるように徹底的に訓練を受けているので、
他人の注意を引くことはまずない。

変装術
立派な服装に変えるよりもラフな服装にするほうが簡単。
若く見せるより年寄りに見せるほうが簡単。

本当に足を引きずるために靴下の中に石を入れる。

靴底に中敷きを入れて背を高く見せる。

帽子をかぶる。帽子をとれば背が低く見える。

折りたたんだ新聞紙を両肩に入れて厚みを出しウエストを細く見せる。

生綿を口に入れ頬をふくらませる。

眼鏡をかけ外し。

コルクを燃やして顔のふだんはひげをそっている部分を黒くし無精ひげをはやしている風を装う。

煤、燃やした紙、タルカム・パウダーやたばこの灰などを使って髪の毛の色を変える

濃い茶色の靴墨(スポンジタイプ)を持ち歩き、顔や手、首にぬれるようにしておく。

ポケットにキャリーバッグや折り畳み杖、たばこ、
野球帽、ビニール製レインコートなどを入れて持ち歩く。

(タルカムパウダーは、
フェイスパウダーやファンデーション等様々なメイク用品の原料や、入浴後の汗止めとしても使われる滑石の粉を主体としたもの。)


・無線用アルファベット、監視術などの記述は割愛。
地域の役所に行けば住宅内部の詳細な間取りがわかる建築申請書も自由に入手できる。
洗濯物調査。

ゴミ捜査
ゴミを分析して生活実態を知る。

監視されていると思ったらゴミ袋を他人のごみ容器に捨てる。
銀行の収支報告書は絶対に捨てない。
その中には住所変更用紙が入っているので、
それを使って別人がほかの住所に新しいカードを発送してもらうことも可能。
処分したカードのレシートなどから署名を盗まれることもありうる。

(ゴミには注意すること。
知られたらまずい個人情報は例えば、
ばらばらにして、それぞれ違う場所に捨てるとか、
焼くとか溶かすとかすること。
シュレッダーは復元されうるので、かけたあとはバラバラにして分けて捨てる。
私がRTしたストーカーもゴミを調べるっていってたな。


対監視行動
ターゲットが監視に気づいたことを示す。
(要はあなたの日常の護身に使えってこと)

立ち止まり、向きを変えて背後を見る。
突然向きを変えたり、行く先を変える。
ゆっくり歩いたり突然足を止めたり。
角を曲がったところで足を止めて、あとから来る人をうかがう。
パブなどの建物に入り、すぐ別のドアから出る。
店のウインドウを利用してつねにあたりを観察
わざとものを落として誰かが拾うかどうか確認。
バスや地下鉄を利用するときは最後に乗る。
次の駅で降りてあとのバスや電車を待つ。
わざと何かを落として、だれかが拾うかどうか確かめる。
見た目や服をかえる。

(私は入り口に背を向けるところには座りたくないし、
あまりに奥に行くのも避ける。
鏡みたいになるショーウインドーなどを利用してうまく背後を見る)

基本的な監視チームは三人組。

・手紙爆弾の引き金は、誕生日やクリスマス用の
メロディカードで作ることができる。
こういったカードはほとんどのカードショップにあるが、
スパイが利用するために作られたようなものである。

・遠隔操作の軍事監視用無人飛行機も何年も前から利用されている。
昆虫の大きさ程度の大きさのものもある。
超小型航空機(MAV )は大きさが
30センチから3センチのものまであり、
小型のもはほとんど目視できない。
(原著が2005年なのに注意。すでに昆虫並みの小型のものが存在する。
公開されているということはもっとすごいのがあるということ。
蚊レベルものはすでにある。毒や爆弾を仕込むんだろうな)


ハッキング対策に、
パソコンに別のワープロシステムを入れることも可能で、
発見されることはまずない。
指定ユーザーがこのシステムを作動させ終了したあと、
特定のキーの組み合わせを押すだけで通常状態に戻せる。
これにより文書を作成し保存する。
パソコンをなくしたり盗まれたりしても文書は発見されない。

ほかには、コンピュータ上に書いた文書を小型の
SRAC装置でダウンロードできるSRAC(短距離諜報員通信)がある。
この装置はたばこの箱より少し大きい程度で、
絶え間なく低出力の妨害信号を出す。
受信するエージェントが100メートル程度まで近づくと、
SRAC装置は自動的に連絡相手の装置とコンタクトを取り、
送信文書を一気に受信する。


・暗証番号破り用の小さな円盤型装置(名称は機密扱い)
は数字キーパッドの上に置くと、正確な暗証番号がすぐに表示される。
一つ一つ微妙に異なる押しボタンの圧力を計測できる。
押された時の違いを、さらに順番も測定可能。
数字キーパッドの70パーセントに有効

(ボタンを押すとそこが熱を持つのでそれを読み取る機械を使う手口が紹介されていたのを
見たことがある。サーモグラフィーみたいに押したボタンが一目瞭然。
適当に違うボタンも同じだけ押すこと!)

・日中侵入の最善の方法は、
ドアをどんどんをたたき
(呼び鈴は壊れている可能性があるのでダメ)
誰かが家にいるか確かめる。
応答されたらすぐさま代替計画に切り替え、
義援金を集めているのですが
などと言う。
(居留守対策はないのかな)

・ドアマット、植木鉢、
家に一番近いところにある庭石や置物の下、
郵便場の中などを覗いてひもがないか調べる。
人々はこうした場所に鍵を隠す。
(ここらへんは避けましょう。
ここは大丈夫という隠し場所は案外、
ほかの人と被るので注意)

・スパイダーマン・サッカーズ
垂直な壁を昇るための装備。
四つの真空パッドはどんな表面にでも付着する。
各パッドはコンピュータ制御され、
真空効果が測定・調整される。
パッドそれぞれの積載能力に関する調整能力に関する警告シグナルが
視覚と音で使用者に伝えられ、
誤作動防止機能によって同時に二つ以上のパッドは動かせないようになっている。

(すごい写真だ。見たら忘れられないぞ)


・事前の盗聴器設置
最善の方法の一つがターゲットがこの先現れる場所を予見すること。
アメリカに入国したソ連スパイの行動にパターンがあった。
ソ連大使館推奨の不動産会社があり貸し出しを行っていることと、
特定の車レンタル会社を利用していることを突き止めたCIA。
そこでCIAはその会社から車を借りて装置を装着。
その不動産会社から借りた家にも同じことを行った。
このテクニックはまわりくどく、おそらく少々場当たり的な感じがするかもしれないが、
非常に費用効果が高く、いくつか大きな成果もあげた。

(そうえば、本書はCIAの失敗例は載っていない。
IRAとソ連は敵役)


技術的監視をにおわせるもの

過去に移動もしくは固定的監視を察知したことがあるが、
現在は監視されていないと確信している。
この場合、敵はすでに監視を技術的なものに変え、
監視装置使用中かもしれない。

家の中のものがすべてあるべき場所にない。
家具はほんのわずかではあるが動かされているようだし私物がいつもの場所にない。
(わざと監視を知らせる場合もあるらしい)

自宅やオフィスが盗難にあったが大事なものは何も盗られていない。
これはプロのチームが内部に入って多数の技術装置を仕込んだことを意味する。
(偽装のためにある程度貴重なものを何か盗っておくのでは?)

壁をぞんざいに塗ったような跡や漆喰のくずが残っているかもしれない。
スパイなら電話をはじめあらゆる電子機器をチェック。
何かを裏付ける跡やふくらみがないか壁や天井をチェックし、
火災警報器、ソケット、照明器具や壁時計など、
固定されたものは残らず開けて確認。

ドアの鍵が以前のようにスムーズに開け閉めできない。
これは誰かがピックを使って侵入した明らかな証拠。
スパイなら平均的な錠前屋でも開錠にてこずるくらいのデッドボルトタイプの施錠システムをとりつける。
また痕跡はないかドア枠も調べる。
ドア枠を広げるために油圧式ジャッキを使用し、
そこからカギとボルトをとりはずしたことがわかるかもしれないからだ。

電話に雑音が入る。
誰もかけていないのにベルが鳴ったり、
受話器を置いたときに音がしたりすることもある。
これはすべて盗聴器の存在を示している。

テレビやカーラジオ、AM、FMラジオに奇妙な障害が多くなる。
テレビやラジオがいじられ、ワイヤレス・マイクが埋め込まれているのが原因かもしれない。
またテレビやラジオ付近に装置があり、
その音をひろいあげている可能性もある。

セールスマンがペンやぬいぐるみ、時計付きラジオなど無料プレゼントをもってくる
ことがある。中にはワイヤレス通信機のついたオーディオヴィジュアル(AV)機器が埋め込まれている可能性がある。

自宅付近の道路に突然バンタイプの車が姿を現すようになったら注意を向ける。
たいてい電気やガス工事、商売用車両を装っている。
そばを歩いてその車両をチェックする。
内部がはっきり見えなければ、中に監視用技術装置があることを疑う。
マイクロ波の振動音が聞こえないか聴診器をガラスにあてて聞いたり、
窓から見えるところにほかに車両はないかチェック。

相当な理由なしには誰も自宅にいれようとしない。
電話や電気技師が不意に現れることはない。
よく知らない相手の身元はチェックし疑いを抱いているなら作業中も見張る。
(何か言われたら、
「いやあ、すみません、以前悪質業者に被害にあったんですよ。
いやあなたたちがそうだと言っているのではないのですが、
ここは私を安心させてください、おねがいします。
それにどんな作業をしているか興味がありますし。
電気系統を勉強中なんです」
とか言えばOK)

自宅やオフィスに侵入されたと判断したら自分の情報機関の技術担当者を呼んで
盗聴器の探索をしてもらう。


・友好的なゲリラや革命舞台に配属される場合、
エージェントと特殊部隊は軍用爆薬を使わずに爆破作業を実施
しなければならないこともある。
外国の友好的勢力の訓練では、
即席爆薬の基礎を教えることも多い。
この適例が、
アメリカのエージェントがソ連のアフガニスタン侵攻中に
アルカイダの兵士を訓練した例である。

(すごいこと書いてるな。
アメリカがアルカイダの兵士を訓練したことありだと)

・探知機突破法
は誤って認識さえれば突破が可能になる。
電流柵でも感震器だろうがだ。
大きな金属物を長いひもの端に結び付けて利用する方法がもっとも簡単。
これが電流柵、感震器が埋められているのがわかっている地帯に投げ込む。
すると国境警備隊が調査を始める。
カメラ監視もあるのでかならず敵から見えない位置で実行。
警備隊が来て去っていったらこの手順を繰り返す。
嵐や暴風時ならそのうち警備隊は探知システムを切るか、
誤作動とみなして警報を無視するようにする。

(地震についてわざと誤報を流す手口もある。
オオカミ少年)


・SBS(イギリス特殊舟艇隊)
(SpecialBoatService
ワンピースの質問に答えるコーナーの元ネタでしょ)

・暗殺

”多くの場合、一般市民は暗殺が行なわれたことに気づかず、
犠牲者は事故死か自然死だと信じこまされている。
事実、暗殺か自殺かを区別するのがむずかしい場合もある。
政府が自殺だと説明すれば、ほかの可能性を示す証拠は存在せず、
したがってそれは自殺となる。
結局、状況とは複数の見方で解釈が可能なのだ。”
p.219


”暗殺までの過程はいたって単純である。
まず情報機関の幹部が、
ある特定の人物もしくは複数の人物の処分が
あきらかに妥当だと判断することから始まる。
こうして暗殺の決定が下されると、
プロジェクトはその任務にふさわしい組織にゆだねられる。
暗殺実行の責任者は、計画を立て、人を組織し、指令を実行する。”
p.221


”情報機関の内部部隊はおもに、
家屋の爆破方法やガスもれに見せかけるテクニックなど、
具体的な暗殺技術にかんする有効な知識をもったスペシャリストから構成される。
こうしたスペシャリストたちはこのような仕事に対して適性があり、
それをあくまでも日常の仕事として扱う、ごくふつうの九時から五時まで働く公務員である。
ところが、外国人エージェントを暗殺する場合、大部分の極秘作業は特殊部隊が行なう。”
p.222


・セックスの前に女性に鞭で打たれることに悦びを感じていた男を暗殺するために、
大半の売春か行われているカフェに暗殺チームの女性エージェントを送り込んだ。
一週間足らずでその若いエージェントはターゲットの性的ニーズを満たすよう声をかけられ、
すぐさま同意。ターゲットの家に連れてこられると、家に入る前に武器を携帯していないかチェックを受けた。
一時間後エージェントは家を去り、カフェに戻ってチームに回収された。
その夜遅く、毒を浸した鞭で打たれた結果、ターゲットは死亡。
女性エージェントは、毒がターゲットの血管に確実に入りこむよう、
毒塗りの鞭打ちで念入りに皮膚を裂いていたのである。

(いやな死に方だと思ったけど、
本人にとっては最高のご褒美?)

・処理チーム、清掃チーム
身元が割り出されないようにする。
指紋、虹彩、網膜、歯、人相スキャンなど記録されているおそれのある身体部位や、
入れ墨など識別できる特徴はすべてとりのぞくか損壊する必要がある。
死体を完全に損壊する一般的な方法が、酸の使用。
硫酸の濃厚溶液を手や顔にかければ目などの顔の造作は完全に消え去り、
指先は焼きとられ、歯のエナメルは腐食する。
酸以外なら焼却があるが、その前にハンマーで歯をとりのぞかなければならない。

・ノルウェーで、モサドが間違って別人の男を暗殺してしまったが、
殺された男の妻(妊娠七か月)に対してモサドは一切賠償金を支払っていないし、
モサドのメンバーというだけで実刑判決が二年に減刑された実例が載っている。

(モサドは悪だと印象付けたいの?)

・ペン型の銃や携帯電話型銃などの武器の紹介。


・スパイが新しい身分を手に入れるために利用する理想的な方法は、
死者の身分を盗むことだ。
死亡が最近であればあるほど成功チャンスは高まる。
死亡記事を調べ上げ、
自分と同一の人種、年齢、性別の人物を探し出す。
調査は大都市で行う。死亡件数が多いからだ。
適合者の情報をできるだけ多く収集し可能なら写真も入手する。
死者の住所は通常新聞記事から入手でき、
ごく最近死んだのなら家を訪問して昔の友人を装ってもいい。
そこまで行けば肩身の品として最近の写真を所望できる。
死者が一人暮らしだと判明したらくすねてきてもいいだろう。
運が良ければパスポートや出生届が見つかることもある。
通常は親戚がこういうものを探し出して確保する。
だがそれ以外のものは何も盗まないように気を付ける。

(見た目や境遇が似ている人を暗殺して入れ替わることもやってそう)

もう一つは、地元の検視局の代表を装うことである。
偽造IDを所持して遺族に会う約束をする。
スパイは必ず検視局の終業時刻をまわってから電話をかけること。
誰も確認のしようがないからだ。
遺族に社会保障番号、パスポート、出生証明書など見つけられるかぎりの関連文書が必要だと話す。
たいていの人は検視局とかかわることなど滅多にないのでこれが普通の手続きだと思い込む。

(今だとネットで調べる人がいるだろう。
職員が身内にいるかもしれないから職員名簿もほしいなあ)

死者の正式な出征証明書の写しを入手し、
新規パスポートを申請。
自分自身の写真を使う。
多くの場合死者はスパイに似ていないであろうがたいした問題ではない。
自分と死者の顔の画像をスキャンで取り込み、
モーフィング・プログラムを使って半分ずつ合成する、
最終的に自分のような顔に仕上がる。
印画紙を使用してパスポート用の写真を印刷しこれを添えてパスポートを新規申請。

死者のパスポートの写しがなんとか手に入った場合は
パスポート事務所でセカンド・パスポート申請で身分を変えることが可能。
多くの国では商業目的のセカンド・パスポートを発行するが、
商業目的だと証明しないといけない。
それにはまず観光ビザをたくさん貼り付ける手がある。
外国ビザの証印を転写技術を使ってコピー。

板ゼラチンを利用してあるパスポートから別パスポートへコピーされたビザ。

ほかには盗むのが一番てっとりばやいかもしれないが、
通報されれば無効になるし違法だ。
ほかには先に偽名で航空券を購入し、
そのあとパスポート以外のなんらかの身分証明書を使って申請。
これは旅行業者を介して最も使われる。
スパイはまずパスポートは持っていたが財布ごと盗まれたと主張して、
現地の大使館へ顔写真四枚を持っていく。
そして明日出国予定だと訴え新しいパスポートの発行を求める。
現在持ち合わせている身分証明が航空券しかないとまで言い張る。
少々運が良ければよくに面倒な問題もなく発行してもらえる。

(スパイもできるだけ合法に動く)



・破壊工作
燃料タンクに砂や砂糖を詰める。
電話線の電柱を切り倒す。
列車の車軸油に滑り止めの研磨剤を混ぜる。
竹槍落とし穴

特殊部隊隊員がゲリラの訓練を支援している場合は、
爆発物を使用しない小規模な破壊工作を一般市民に行なわせるのがもっとも望ましい。
とくに学生はこの活動に向いている。
一部の例外を除いて、ほとんどの国では学生がなんらかの問題で政府と争っている。
学生を動かせるかどうかは、たんに潜入と組織化の問題である。
最良の方法は、学生仲間として通じるエージェントを使って、
学生運動の内部で武装分子となるよう任務を課すことだ。
それができたら、あとはゲリラが潜入できるような学生騒動を起こさせればいい。
ひとたびゲリラが火をつけさえすれば、
暴動は無限に続く。
政府は予想どおり過度の暴力を用いて逆襲し、
暴動はまずまずエスカレートして火炎瓶などが使われるようになる。

(大学生が狙い目。大学にカルトがいる理由の一つはスカウトのため)

破壊工作テクニック
(CIAハンドブックより)

道路に倒木
車の排気管にジャガイモ

ガソリンタンク内に砂、砂利、砂糖。
エンジンにはあまり損傷を与えずに動けなくできる。


折り曲げた釘と頑丈な鋲。
電話線切断。呼び出し音を出す装置を破壊。
水道は出しっぱなし、
水道管を叩き潰して破裂させる、
電話線を引きずりおろす、
(電話線を引き下ろすためのフックの作り方の図。
金属棒を電柱などを利用して真ん中から曲げる。
さらにωみたいに曲げる。これを二つ組み合わせる。
見る方向次第では「十」に見える)

ブービートラップの作り方がいろいろ載っているが割愛
(図がないとよくわからないし、
それ専用の本もすでにあるし)



地域の変電所を破壊、
路上の車両を炎上、
政府軍立ち入り禁止区域を作る。

”2000年3月、日本の警視庁は、覆面パトカーを含む150台の警察車両を追跡できるソフトウエアシステムを購入していたことを発表したが、そのソフトがオウム真理教によって開発されていたことが判明した。1995年に東京の地下鉄に毒ガスをまいて、12人を死亡、6000人を負傷させたあの教団である。この事実が明らかになったとき、教団はすでに115台の車両について機密扱いになっている追跡データを入手していた。さらに教団は、日本企業80社、ならびに10の政府機関向けにソフトウエアを開発していた。ほかの企業の下請けとして仕事を受注し、企業や政府機関などの組織にはソフトの開発者が誰かということがほとんどわからないようにしていたのである。下請け会社として、教団が「トロイの木馬」をしかけておいて、のちのサイバーテロ攻撃を容易にすることも可能だった。”

『実戦スパイ技術ハンドブック』p.276

(警察車両を追跡できるソフトをオウムが開発していたと暴露している。
115台の車両について機密扱いになっている追跡データを入手していたことと、
日本企業80社、ならびに10の政府機関向けにソフトを開発していたことから、
最先端のスパイ組織でもあったとわかる。
ほかの企業の下請けとして仕事を受注することで足がつかないようにしていた。
完全に領土なき宗教国家だな。

でも、インド風キリスト教のオウム真理教は潰さなかったしグルだな。
オウムは警察より上の組織なのだろう。
サリンは嘘でほかのものを作って以下略
あと装備の提供元はおそらく米軍と自衛隊以下略
スクエニのゲームの根幹がこのインコ耶蘇教と同じ以下略。

そういえば大本教は弾圧されたから正しい組織だったって詭弁言ってたやつがいたな。
オウムも弾圧されたんだけどそれは無視。
支配層は一枚岩ではないし、大本がやったことを考えれば弾圧されようがされまいが悪じゃん。
政府と反政府の両建て茶番。
どっちに転んでも異端寄りのヤソ。
教祖なんて普通に殺されるレベルのエージェント=代理人。
しかも大本を弾圧したって派生団体潰してないから手加減してるでしょ?
一族と中核団体とその派生すべて潰さない限り手加減しているのさ。
真に潰した例を探してみては?
「一族皆殺し+根拠地焼き討ち+派生団体もすべて狩り尽くす」
をできる限りやるのが「潰す」ということだ。

そこまでやるのはコストがかかりすぎるから、
派生団体のボスと幹部も逮捕するぐらいはしたらいいのにやらなかった。
鬼サブロウの元含め内弟子と側近は全員アウトだろ普通は。
大本は女性が一応トップなので女性も当然逮捕ね。
空襲食らうまで収監。
で、刑務所を空爆すれば処分は簡単。

まとめてすましたいなら、
都合の悪い奴を集めて核爆弾落ととすとかね。原爆かな?

思想とシステムに姿を変えられると完全に潰すのは無理だけどね。
マニ教がわかりやすい実例。
信者全滅しても似ているあるいは混ざったものが復活しちゃう。
カトリックがあれだけ必死にやっても無理だから消しきれない)

・オウム真理教団はエボラ出血熱ウイルスのサンプルを得るために、
1992年にザイールへ渡航したことも知られている。

(『20世紀少年』の殺人ウイルスも全身から出血だから元ネタだろうね。
あの防毒マスクセールスマンのアタッシュケースも実際の事件が元)

炭疽菌は大量に培養することが容易な微生物で、
乾燥した状態でもきわめて安定している。
人間にエアロゾル化した炭疽菌を用いると死に至る。
1979年、ソ連のスベルドロフスクで炭疽の流行が突発。
そこには軍の生物兵器施設基地があった。
およそ66人、施設から4キロ以内に居住していた人全員が死亡。
同じ風向きに沿って、50キロ離れたところでも羊や牛が死んだ。
(意図的に流出させた?ソ連がやったとは限らない)

・いつも次のことに気をつけておくべき。

(以下の内、外部から観察されるものは、
たまに「守らない(ふり)」も大事だろう。
あまり守るとプロっぽく見えてしまうから。
そういえば、顔つきを頼りない感じにする技術があるらしい。
偽経歴が遊び人、気分屋、きまぐれなら行動を急に変えても怪しまれないな)

・危険性の高い要素がある地域を頭に入れておく

・よい精神状態を保つ。酔うとかならず無防備になるので注意

・決まりきった行動をとらない。予測できないように

・車が左側通行なら道路の右側を歩く。
こうすると自分に向ってくる車両を観察する時間がたっぷりとれる。
ただし、背後からの追跡は監視しにくくなる。

・敵に自分の今後の動きを予測されるよう目立つ行動パターンは避ける。
飲食する場所を定期的に改める。

・毎日同じ停留所や駅からバスや電車に乗る習慣を改める。

・電話でタクシーを呼ぶときは気をつける。敵がそれを盗聴して、敵の車を手配するかもしれない。
エージェントと接触する場合は、家から数百メートル離れた場所でタクシーを降り、
そのあと反対の方向へと歩く。

・信用できない人物に自分の行動の詳細を明らかにするときは用心する。
交通手段の予約をすることは避ける。
どうしても予約しなければならないときは偽名を使う。

・公共交通機関を利用するときは、ほかの乗客を観察できる位置に座り、
すぐに逃げられるようドア付近の席をとる

・つけられていると思ったら、
乗り物を降りてきた道を引き返し、
誰かが尾行していないかどうか確かめる。

・計画がうまくいかなかったときのための代替計画を考えておく。

・車はガレージに保管(ある場合)。

・日ごろから道に駐車してある車の写真を撮り
新しい車がないか確かめる。

・動きを感知する高性能のアラームをつける。

・運転する場合、バックミラーとサイドミラーがよく見えるようにしておく。


・車に物を置きっぱなしにしない。
ブービー・トラップをしかけられる可能性がある

・重要書類はかならず身に着けておき、書類かばんは見かけだけのために持つ。

・暗く人通りのない場所には近づかない。
夜は特に気をつける。
夜遅くに公園を歩いて通り抜けることは避ける。


・理想を言えば、危険な状況の最初の兆候が現れたときに、
とりあえず安全だとわかっている場所までなにげなく歩くか
もしくは車で移動してその場から抜け出す。

・それができない、あるいはさえぎられた場合は、
逃亡ルートを探さなければならない。
見つからないときは、差し迫った攻撃に備える必要があるが、
とにかく動き続ける。

・行く手を遮るものに果敢に立ち向かう。

・戦って逃げる

・緊急の救出を要請する
(支援を要請したときの問題は、スパイの正体がわかってしまうことだ)


スパイの護身の基礎

※最善の方法は、できるかぎり暴力を避けることである。
しかし他に選択肢がなければ、適切な準備を整えておくことだ。



・”情報収集活動にかかわる世界では、計画的な攻撃のほとんどは宗教の狂信者らによって実行されている。”
p.286『実戦スパイ技術ハンドブック』

(犯人が狂信者だった、頭がおかしかったと報道される
=黒幕が実行犯に狂信者を選んだ
と考えるべき。

情報収集活動に限らない)


・敵と対決する状況では、
いつも落ち着いて体勢を整えておく。
正当な行動が仮にも弱点に見えるようではいけない。
自信たっぷりに見せてその場の危険を鎮め、
たえず逃げ道を探す。
相手が大量に酒を飲んでいたり、
薬物の影響を受けていたりする場合には、
それほど遠くまで走らないうちに息が切れてしまうだろう。
戦闘が避けられそうもない場合には、
すばやく、ありったけの攻撃力で先に一撃を加える。

(武器を使う。
できるだけ一撃で仕留める。
仕留められなかったことも考える。
先に攻撃する。
相手が一人とは限らない。
法律うんぬんは生き残ってからの話。
死んだり重大な後遺症が残る負傷をしたら
裁判しても得られるものはむなしいだろう)

バランス

戦争スキルはどのような形であっても、
すべて一つの要素にかかっている。
それはバランスだ。
どんな敵でも打ち負かせるスキルを得るには、
一つのすぐれた原則がある。
それは
「バランスが悪ければ力は出ない」
である。

体が適切な均衡を保っていなければ、
すなわちバランスが崩れていれば、
二人の人間が素手で戦う場合に純粋な筋肉の力だけに頼ることになる。
つまり力の強い方が勝つ。
自分より力の強い人間に勝つためには、
前向きな心構えと、スピードと攻撃力を用いないといけない。

(素手限定ではない。
戦場に丸腰で行ってどうする?)

敵と対決したときに勝つ秘策は、
バランスが取れていること。

・敵を見る。
ただし周囲の状況には気をつける。

・腕を持ち上げて、攻撃と防御に備える

・体は横向き

・ひざをわずかに曲げる

構えは自動的に身体をバランスの取れた位置にもっていく。
足は肩幅、
片足を少し前に出し、
両膝を軽く曲げ、
両肘を曲げて脇を締め、
顔や首を守るために両手は上へ向ける。

エージェントならリラックスした状態で立ち、
わずかにジャンプしてそのまますぐに構えの姿勢に入れる。

体をこわばらせたり、
しっくりいく姿勢を見つけようともぞもぞしない。
自分は静止しているバネなのだと言い聞かせる。
まず、相手の攻撃をさえぎるように利き手を前に出し、
同時に反射的にもう片方の手を顔の下のほうへもってくる。
鼻と口を守るためだが、視界を遮らないように注意。
次に、
相手が自分の腹部をパンチしてくることを想定する。
姿勢を維持しながら、
両脇を締め、
上半身をひねる。
これで足を動かしてバランスを崩すことなく、
上腕部の筋肉が防御の位置に来る。

バランスを保つ練習。
床の上を動き回る。
まず片足を後ろへ引いて、
もう一方の足をすばやく引き寄せる。
どのように動いても、
足が正しい位置に来るまで足をあちこち動かしたりせず、
確実に正確な動きで、
かならずバランスをとったまま瞬時に静止できるようになるまで繰り返す。
動くときは流れるように動く。
蹴ろうとするのでないかぎり足は持ち上げない。
足は交差させない。
どのような攻撃に対しても反対の方向へ動く。
相手に攻撃してもらってかまえの姿勢を練習。

(相手がいなくても独習は最低限すること)

弱い部分




のど

みぞおち
腹部
腎臓
股間
ひざ
(他にも急所はあるので確認すること。
体の中心に急所が集中していることに注意。
体の中心を守るように構えはできている)





噛みつきの対象。
両耳を手のひらで叩くと頭の中にしびれたようなひどい音を生じさせ、
意識を失わせることもある。



噛みつきの対象
殴る対象
上向きの一撃は相手の顔を上に向けさせるので
喉があらわになりそこへ次の攻撃を仕掛けることができる。
手のひらで相手の鼻を押し上げる緩い動きでも
相手が掴んでいる力を緩めさせることができる。


のど

は非常に弱い。
生命維持に必要な管の殆どがここにある。

みぞおち
腹部
腎臓
肋骨が左右に分かれるあたりを狙った心臓へのパンチは
破壊的な効果をもたらす。
たいていの人は筋肉隆々の腹部をもっていない。


股間
睾丸
女にも苦痛を与える。
睾丸を摑んでひねることもできる。
あなたが女なら嫌かもしれないが驚くほどの結果をもたらす。

ひざ(から下)
追っ手を止めるには、
ひざ関節への打撃が効果的。
前方から組みつかれたり、
後方から掴まれたりした場合には、
むこうずねを蹴るといい。
つま先を思い切り踏みつけても思うような効果を得られる。

(できれば安全靴がよい。
靴は武器になるので、素足が見えたり、
強度がないものは望ましくない。
見た目もよくて丈夫なものを探そう)


片手で相手の髪の毛をひっぱりのけぞらせて、
むきだしになった首を残りの手で殴っている図。
この動きは死をもたらす可能性があるので、
命が危険にさらされているときのみ使う。
一発で仕留める動きを学び用いる。

攻撃者が横を向くことがあったら、
あるいはスパイが自力で相手の側面に入ることができたなら、
次のような行動をとる。

・頭のてっぺんの髪の毛をつかんで、
仰向けに強くひっぱる

これで攻撃者のバランスが崩れて喉があらわになる。
相手の気管にこぶしで強い一撃を加える。

仰向けにひっぱり続ければ、攻撃者は地面に崩れ落ちる。

攻撃者につかめるような髪の毛がない場合、
スパイはかぎづめのように使って鼻や目をつかみ、
力づくで頭をそらす。

体が自由になった、蹴ってはなれ、逃げる。

SASには昔からこんな言葉がある。
「相手の髪の毛をつかめ。身体はあとからついてくる」

極意は背後からしっかりとつかんで、決して敵に体をひねらせないことだ。

(えり首やそでなどを摑むのもあり。服を摑むのも基本。
えり首やそでなどにカミソリを仕込んでいる可能性は低い。

格闘技の試合、特に寝技ありなら、上半身裸かつ半ズボンかブリーフなら、
技の数を制限することができる。

髪の毛は短髪か坊主が望ましい。
女性だと短髪が限界。
女性の短髪はつかめるレベルのことが多いが、
長いよりはかなりまし。
日常の自衛のためにも短髪がよい。
例えば電車のドアや機械に髪の毛が巻き込まれたら悲惨。

上段蹴りは手わざより遅く、バランスも崩れるので勧めない。
せいぜい中段までにしておくべき)


使用部位
(素手の場合。
武器は肉体の延長であり、一部である)

握りこぶし
親指を外に出してぎゅっと握りしめる。
鼻、あご、こめかみ、腹部を狙う。

(手のひらの攻撃の方が手を傷めないが、
拳の方がリーチが長い。
手刀で突くのが一番長いけど、突き指する。
よって、手刀は目を切る、首などを打つのに使う。
手刀は目つぶしに有効。
指先で突くのではない。
目突きは当たりにくいし、外すと指を折ったりするのですすめない。
目打ちか、手刀で目をこするほうがいい。
目打ち
=目のあるあたりをスナップをきかせて指の外側(手の甲側)で打つ。

手刀で目をこする
=手刀を切るように手先で目をなぐ。

両者とも目突きよりかわしにくいし、外してもひるませることができる。
そもそも人間は顔を優先的に守るし、
触れられるだけで大げさに反応しがち。

両者ともこれで失明はしないのもよい。

本書は手刀の項目はなかったので書いといた)


平手
両耳に同時に平手打ち。すばやく鋭い動きがもっとも効果がある。
首の横や後ろをチョップするような動きも効果的。
熊の手パンチの画像。

(熊手がおすすめ。
熊手で顔面を打つと勝手に指が目に入るからだ)

手のひらの付け根
(掌底のこと)

掌の付け根を使って行うあごへの突きは、
パンチに全体重をかける。
前方から攻撃するときは指を拡げて目を狙う。
背後から攻撃するなら、
首の後ろのちょうど生え際の下に強力なパンチを打ち込む。
頭が前に倒れたら、指で髪の毛を摑んで素早く引き戻す。
掌の付け根をうまく使う方法なら自分の手を負傷することがあまりない。

ひじ
ひじの一撃の際に腰を回転させてその力を利用すると、
信じられないほど強力な攻撃になる。
自分が横を向いているか攻撃者に背を向けている場合ひじは強力。

腹部をひじで突くとたいていは倒れる。
地面に倒されている場合は、ひじで上向きに攻撃者の睾丸を突いてみる。


ひざ
相手を(絵では髪の毛を掴んで膝に引き寄せて頭に膝蹴り)ひざにもってくるとさらに強力。
動きが限られている。
体の低い部分しか向けることができない。
睾丸か太ももの外側を狙う。



特殊な訓練を受けていない限り、
蹴りは腰よりも低い場所にとどめる。
バランスが崩れるからだ。

ひざを蹴っている絵。正確であることは役に立つが、必須ではない。


かかと
背後から掴まれたら踵を後ろへ振り上げる。
背後から掴みかかられた時は、
かかとがすばらしい護身手段。
足の甲にかかとを叩きこむか、
あるいは続けざまに足で踏みつける。
くるぶしを蹴るのも効果的。


どこを噛んでも有効。
耳と鼻を狙うのがベスト。
肌があらわになっているならどこでも構わない。

(布越しに噛むさいは素材を吟味すべし。
歯をもっていかれかねない)


どんなものでも武器になる。

見たところ普通だが武器として利用できるアイテムを、
おうおうにしてスパイは数多く携帯している。

くし
金属製のくしやヘアブラシは、すばやく相手の両目をこすれば苦痛をもたらす。
肌をひっかくだけでも手を緩めさせることができる場合がある。


硬貨
小銭をいっぱい握って拳を作ると、攻撃強度を増すことができる。
ハンカチの隅に効果をいくつか結んでおけば、
非常に強力なおもり入り棍棒になる。
こめかみや頭蓋骨全体めがけてふりまわす。

(そでや靴下や帽子などに入れて使う。
コインではなく、砂や石でもいい。
ベルトはすでに重りがついているので便利。





雑誌や新聞
丸めて棒状にすると、
逆手でも順手でも中央を持って突くか、
棒の端を持って頭を打つ。
丸めた新聞はナイフ攻撃をかわすための防御武器となる。


ペン
ほとんどの種類のペンは先がとがっている。
パンチの要領で使えば突き刺さる。
ナイフのように持ち、敵の露出している部分に使う。
首、手首、こめかみなど。


伸縮可能な棒
キーホルダーなどに隠しておく。
頭、ひじ、ひざなど骨の部分を狙う。
相手の方が人数が多い時に大変役立つ。

灰皿
パブやレストランなどに沢山ある。
吸い殻がたまっているなら、灰を顔めがけて投げつける。
そのあとには灰皿が続く。
ほとんの灰皿は丸い形状をしているので、重量にかかわりなく
フリスビーのような飛び道具として用いることも可能。

(砂かけや胡椒かけと同様、風向きに注意)


ビリヤードの突き棒


自転車
持ち上げて盾にする。
同じように椅子も利用できる。
自転車用の空気入れも手軽に使えるし、
すぐにとりはずせるならチェーンも利用できる。
これは1960年代の不良少年が使った武器の定番。

熱湯
お湯でなくともコーヒー、紅茶、スープでもいい。
コーヒーメーカーや電気ケトルにはたいてい1メートルほどの電気コードがついている。
いざというときはコードをコンセントと電気器具の両方から抜いて武器とする。
電気器具に接続する側を手に持ち、
プラグをふりまわす。
頭を狙うと効果的。
コンピューターやプリンターのケーブルも利用できる。



履き心地が良いだけでなく頑丈であるのが望ましい。
ゴム草履履いて蹴りでダメージを与えようとしても難しい。
くるぶしまでくるようながっしりした靴なら、
どこにあたっても痛めつけることができる。
足を狙うのがベスト。
遠く走れるように軽く、
それでいて気絶さえるほどの一撃を繰り出せるくらい丈夫な
靴を慎重に選ぶ。
(裸足で練習、靴履いて練習、靴下履いて練習、すべてやること)

ビン

瓶は町のけんかで好んで使われる。
形状は戦いのために使われたと言っていいほどだ。
スパイは瓶の底をわざわざ叩き割って取るようなことはしない。
たいていは丸ごと割れてしまうから。
棍棒のように使って頭やこめかみを攻撃。
ひじや膝頭などの間接に当ると特に痛い。

ベルトのバックル
金属製バックルがついたベルトならどれでも優れた防御武器。
ベルト末端を何重か手に巻き付けて、
鞭を打つ動きで使う。
顔、首、手など肌があらわになっている場所に攻撃を集中させる。

椅子
片手は椅子の背を掴み、
もう片方は座部の前側を持つ。
敵がナイフを持っているなら
かならず椅子で攻撃してみる。
座部は盾、脚で頭や胸を突く。


ライター
身動きできない、あるいは
背後から自分より力の攻撃者に拘束されている場合に使う。
炎があればどんあに強く押さえられていてもふりほどける。
自由に動けるようになったら、
ライターを固く握ったこぶしでこめかみを打つ。
(とまとさんもオススメしている武器。
鼻の中に着火)

コート
武器というよりむしろ盾。
脱いで闘牛士のように使う。
敵の頭に投げかけても数秒速く走りだすことができるだけかもしれないが、
コートがなければそれだけ早く走れる。

デオドラントスプレー
ヘアスプレーはとくに目に吹きかけるか、口や鼻の穴に直接かけると効果がある。

※護身に関する本ではライターを使ってスプレー缶から噴霧される薬剤に火をつけることをすすめているが、
 スパイは滅多に行わない。缶が手の中で爆発する可能性が五分五分より高いからだ。
(殺虫スプレー、催涙スプレーなど。
風向き注意)

(腕に巻いてナイフや犬に備える)


消火器
加圧されている消火剤を顔に吹きかけることができる。
目を潰したら消火器本体で頭を殴りつけてもいい。


(大昔、私は水筒を投げつけたことがある。
ひも付きだとなお強い。
飲み物以外も詰められる)


懐中電灯
暗い夜に懐中電灯を持って歩くのは常識。
警棒の代わりにもなるマグライトタイプの対中電灯は
すぐれた武器。
棒を使うように用いる。
( ドライバーよりも持ち歩いていても大丈夫だな!
いつ大災害が~って言えばOK

峨骨‏ @Chimaera925 2011年11月14日
こないだは現場の武闘派爺ちゃんにカチコミの作法を教わった。
車に
角材と
バットに
グローブ、
ボールを常備とかもうね。
俺はせいぜいエマージェンシー・ハンマーと
赤いセロファン貼り付けたミニマグライトと
星座早見盤、
人工呼吸用マスクに
応急セットくらいだな。
ナイフや工具はパクられるし。)


掌にキーホルダーをのせて、
鍵が指の間から飛び出るように持つ。
頭や首の急所を狙う。


石と土
投げる。
砂や泥を顔に投げつける。

(ものを投げるのは基本にして強力。
武器を使えと言われて持ってないってほざく人がいるが、
下に石も砂も棒などもないの?
ないなら仕方ない。
投石と槍投げもいいウホ)


小型のプラスティック製の棒を車の鍵につけて持ち歩くと言い。
なくさないしすぐれた防衛武器。


ハサミとねじまわし


靴下
砂や砂利や土などを入れると簡単に実践に役立つ重り入り棍棒になる。
ポケットの小銭を使ってもいい。
頭を攻撃。

もっともすぐれた防御アイテムの一つは重り入り棍棒。

胡椒スプレー
胡椒とカレー粉。


背後から襲われて、攻撃者の腕か手が目の前にあるときは、
とりあえず噛みついてみる。
だが皮膚に歯を食い込ませることができるとしても、
ほんの小さな部分だけにしておく。
そうすることでしっかりと噛みつけるうえ、
大きな苦痛を与えられる。
小さな部分の方が引きちぎりやすい。
歯をこすり合わせて肉片をもぎ取る。

攻撃者が胸ではなく腹のあたりに腕をまわし、
低い位置に組みついてすり抜けにくい場合は、
後方へ頭突き。
つま先立ちで背伸びし、上半身を前に折り曲げてから後方へ
鋭く頭を叩きつける。その際、敵の鼻にあてるようにする。
また腰を左右どちらかへずらして股間を狙ってもいい。
(絵はでは後方に頭突きしながら、股間に裏拳)



攻撃者が背後から片方の腕を回してつかみかかってきたら、
体重を前にかけて、
自分をつかんでいる敵の腕とは逆の方向へ体をひねる。
同時に、
つかまれている側のひじを自分の前へできるかぎり高く持ち上げる。
すると
敵は反射的にあなたをひっぱり戻そうとする。
これを利用して先ほどの方向へ体をひねる。
今回はあなたと敵の勢いを利用してひじを顔面へぶつける。
この動きは
もう片方の手を使って背後へ打撃を加える動きと組み合わせることができる。
すなわち敵の睾丸へ握りこぶしを叩きこむ。



攻撃者が背後からつかみかかってきて、
両腕を脇に固定されて動けなくなったら、
尻を敵の方へ突き出すと同時に
両手の指を組合わせる。
ひざを曲げてかがみ、ひじを外へ突き出すように左右にふる。
体をゆすったりひねったりする動きを使って、
腰からぐるりと回り、
右ひじを敵の腹部に叩きこむ。
後方への頭突きか、
足で踏みつけるかして締めくくる。
体が自由になったら蹴って離れ、逃げる。



右掌を敵の顎に当て(打って)(おそらく押している)、
左手で敵の右手を抑え、
股間に左ひざげりしている絵。
正面からの攻撃は前に出した手で遮り、
ほかの部分すべてを使って攻撃。
(このまま地面に投げる?)


ほとんどの攻撃は通常前からくる。
捕まる前にとる行動は、
戦闘姿勢をとる。
左腕で攻撃をさえぎって右手でパンチか、
あごを鋭く突く。
その動きを繰り返す。
敵のバランスを崩すために敵の頭を後ろに押しやる。
自分の体のバランスがとれていることを確認してから敵の股間にひざ蹴り。
敵に自分の体や服を掴ませないように。
自由になったら蹴って離れて逃げる。


敵が両手で首を絞めるように喉を掴んでくることもある。
たいていはその状態のまま地面に押し倒される。
可能なら体の力を抜くようにすれば、
首締めの効果が弱まる。
敵が掴みかかったばかりの初期段階では、
右手で握りこぶしを作って左肩のところへもっていく。
ふりあげて勢いをつけ、
拳の甲(裏拳)をこめかみへ叩きこむ。
うまくいかないなら、
自分と敵のあいだで両手の指を組合わせる。
両手をしっかり結び、腕を頭の上でAの字になるように持ち上げ、
振り下ろす。
Aの状態が崩れないように、
ひじは手より低い位置に保つ。
これで組つきをほどけるか、
最悪でも頭を前にもってくることができる。
結び合わせた腕を振り下ろすときに同時に額を敵の鼻に打ち付ける。
これは立っていても地面に横たわっていても使える。


蹴りの秘訣は低い位置にとどめること。
睾丸に必中するのでないかぎりひざより上は蹴らない。
足を掴まれてしまう可能性があるからだ。
くるぶしの側面やひざの前面を蹴ると効果が大きい。

階段での蹴りは相手を強く後ろへ押す。
敵の前にまわり、
最上段付近に上がってから、
かがんで最上段か手すりにつかまり、
前かがみになってひざを曲げ、
後ろ向きに蹴る。
敵の胸の高さあたりにあてる。
敵を階段から落とす。




(ふと思い出した。
たしかるろ剣で、
集団との戦い方で、
逃げながら走って、
追いついてきた奴がいたらすぐに振り向いて攻撃することで、
実質一対一にする技術があったな。

急にしゃがむと相手がしゃがんだ自分の体につまづいてころぶので、
そこを攻める手もある)


地面から起き上がる方法。
すべて体を一回転させる連続した動きの中で行う。
腹這いになるようにすばやく左側に回転。
両掌を地面について押し上げる。
同時に右ひざを体の下へ引き込む。
左足を勢いよく体の下へもってきて、
足の裏が地面に着くようにする。
その体勢から素早く立ち上がり、敵と向き合い、構える。


(受身の練習必須。頭を守れ。へそを見るようにして背を曲げることで、
頭を打たないようにする)

次の方法はよく映画に出て来るが、
少し練習すればできるようになる。

仰向けに転がる
体を前後に揺らすような動きで、
ひざを胸のあたり、
さらに頭の上へもっていく
前転から起き上がるように前方へ回転
左右どちらかの掌を地面において、
飛び起きるようにして立ち、
敵と向き合い構える。


武器に対する防衛
銃をかまえている人を判断する。
武器を取りあげれば相手にできるか?
自分の行動を判断。
どれくらい近寄っているか?
(プロは攻撃が届く範囲内には入らない)
武器を見る。
自動拳銃オートマか、
回転式リヴォルバーか。
撃鉄は起こされているか?
安全装置はオンかオフか?


相手が目の前に立っていて、
自分の両手が空いているなら、
直接両手で銃を下向きにひったくる方法が上手くいくことがある。
銃をつかんだらありったけの力で、
銃を自分から相手の方へ向ける。
そうなると相手は引き金を引くのをためらうだろう。
銃身をしっかり握ることができれば、
敵から奪える。
武器を手に入れたら、
あるいは武器が相手の手から離れて落ちたら、
手の届かないところへ蹴るか投げるかする。
そうすれば互いに銃を持たずに対等に戦うことができる。

(奪った銃は使わないの?
銃って複数用意するものでは?
わざと暴発する銃を落として相手に使わせる戦術がある)

オートマもリボルバーも
撃鉄のすぐ下の薬室に入っている弾丸しか撃つことができない。
オートマのスライドを抑えるか、
リボルバーのシリンダーをつかめば、
二発目を撃たせないようにすることが可能。

こちらの背中に銃を押し付けて、
動かずに立っている場合、
武器が強く押し当てられたときに不意に体をひねって
向きを変えようとしてみる。
手の甲の一撃で敵の武器を持った手を遮り、
積極的に攻撃を続ける。
敵の武器を持っている手をつかんで押さえ、
銃を撃たせないようにする。
可能なら敵が握っている武器を手放させる。
一時的でも手放さえることができたら、
武器をひろいあげる。
できないなら銃を持つ相手から離れる。
まずは20メートルもあれば十分。
この距離なら走っている相手に命中させることはほとんど不可能。
ジグザグに走る。
銃弾があったのを感じても止まらない。
致命傷ならどのみち倒れる。
敵と自分との距離を50メートルはとる。
敵の狙撃能力が低くてもまぐれ当たりで死ぬこともあるからだ。


(背中に押し付けるのはよくない。
銃の利点をなくしてしまっているし、
素手で簡単に対抗されてしまう。
プロは敵の攻撃が届かず、
かつ自分の攻撃、銃撃が届く距離を保持するはず)

著者は二度撃たれたことがあるのでわかるのだが、
撃たれた直後は実際にはまだ動けるのに感覚がなくなったように感じる。
銃弾による傷のおよそ70%は手足、致命的でない身体部位に起こっている。



フル・オートマティック(全自動式)武器
不安的な地域、すなわちある程度の暴力が存在する地域で
スパイは作戦行動を行うことが多い。
そのような地域には自動式武器があふれかえっているのもまた悲しい現実。
たいてい、こういった武器を用いているのは訓練も規律も欠いた人々で、
その多くは子供。
自動式武器をたずさえた人間に直面したなら、
スパイは相手のいうことに従う。
自動式武器に対する真の防御手段は、自分も武装して先に撃つことだけだからだ。
フル・オートマティックの武器に対してできることはほとんどない。


ナイフ攻撃
には二種類ある。
1 言い争いをしているときにナイフがたまたま手元にあったので攻撃する場合。
このタイプの人は突き刺したり切りつけたりすることはあまりなく、
脅すために使おうとする。
突き刺したらどういうことになるかを攻撃者にわからせて、
この段階でけんかをやめればいいことになる。
うまくいかないこともあるが、
ナイフ戦に慣れていない人は人のいうことを聞き分けるものだ。

2 大きな相手、または攻撃的な相手と互角になろうと考えて、
攻撃者がナイフを持ち出すケース。
こちらがナイフを手にしたらどういうことにあるかを敵にわからせてやればたいていは引き下がる。

日ごろからナイフを持ち歩いている人との争いに巻き込まれたら、
引き下がるほうがよいこともある。
衝突を避け、できれば走って逃げる。
ナイフは殺すことができるし、実際に殺されることも多い。
戦いを余儀なくされたら次のことを実行。

ナイフ攻撃をくいとめるには椅子を使う。
椅子など攻撃をさえぎることができるものを探す。
片方の腕にジャケットやコートなど保護できるものを巻き付ける。
切りつけてきたらナイフから遠ざかる。
突く動きをとったら、コートなどを巻き付けた腕で刃を受け止める。
棒、ほうき、傘などを使ってナイフを持った手を受け流す。
ナイフを持った手ではなく、ひざから下を狙って蹴る。

(腕だと的が狭いから蹴りが当てにくい。

トマトさんいわく、ナイフ最強。二刀流が特に。
一本しか持っていないようにみせかけ、
その一本を持っておる手を両手でつかませる。
そしてもう片方の手に二本目のナイフを持って刺すか切る。
ついつい両手で必死に押さえにいってしまうものなのを利用。
なおこの二刀流は棒術や剣術などでも使われる。
武器は強い。本当に強い。武器を持つと三倍は強くなる)


最新の拷問室の多くは、
捕虜を延命させるためだけでなく
苦痛を増大させるために医者を雇っている。

非常に効果の高い拷問方法は
捕虜の東部に何日間も続けて水を滴らせるものだ。
(これ本当にやばいらしい)
ほかに頭部を濡らした枕で覆う方法がある。
捕虜は空気を求めて口を開けることを余儀なくされる。
現代の拷問に使われるえりすぐりの道具は、
日曜大工の電気工具のようだ。
しかし拷問の証拠になるので、
電気ショック装置を使用するほうがはるかに一般的。
ほとんどあるいはまったく見た目の証拠を残さないからだ。
短期使用なら体に傷はほとんど残らないが、
長期的だと生涯続く精神疾患や心臓まひにつながる。


体力と精神力で苦痛をしばらくのあいだ寄せ付けなくすることはできる、
それには苦痛そのものに神経を集中させることだ。
どこがもっとも痛むのかを分析して、
その耐えがたさを評価する。
そうすることで痛みを耐えられるものに変えることができる。
対して、
苦痛と戦おうとしないと生き延びようとする意欲が弱められてしまう。
苦痛の中できっと大丈夫だという楽観的な考えをもって頭を働かせるには、
特別な思考努力と意志の力が求められる。
だが体が極限まで苦痛を受けると自動的に意識を失う。


疲労、倦怠、孤独
殺されなかっただけましだと思いなおす。
必要なら独り言を口にして今後の計画を立てる。
逃亡後のことを話し、つねに頭を使い、没頭できる問題を考える。
検体や孤独が入るスキを与えず、
疲労を克服する助けになる。
捕虜は長期的な脱出計画を立てじっくり考え抜いて実現させる。
(聞かれたらまずそうなのだが)

敵手脱出は省略。

犬対策。
走り続ける。
垂直な地形を登るか、
飛び降りるかする。
川を泳ぐ。
集団ならばらばらに行動
風下へ向かって走る
調教師を惑わせる
障害物、たとえば川を渡り、
それから200メートルほど下流まで歩いて、
皮をまたわたって戻るといい。
これを何回か繰り返せば調教師は犬がスパイを見失ったと考えて
犬を呼び戻す。


攻撃している犬は目の前に置かれた障害を前脚で叩き落そうとするので、
頑丈な棒で進路をさえぎるといい。
犬はふつう噛みつこうとして照準を定める。
クッションをまいた腕を犬に差し出す。
犬が食らいついたら胸を刺すか、
石や棒で頭を殴りつける。
かならず犬に致命傷を与えられるようにしないと、さらに厄介になる。
調教師が近くにおらずほかに武器がないなら、
両腕を前に突き出して大声をあげながら犬に突進してみる。
犬よりも体が大きい人が突然の予期せぬ攻撃に出れば犬の木をくじくことができるかもしれない。
こうした行動で犬の地震と安心感が弱まることがあるからだ。
犬を匂いから遠ざけるために
胡椒と同じような効果の化学物質を用いてはならない。
これは匂いの地図を強力にするだけだ。
犬と調教師の両方に追いつけられたなら武器を持っていない限り降参したほうが賢明。

犬に襲われたら殺すか殺されるかだ。
逃亡者に犬が襲い掛かってきたら、
犬がこちらを地面に倒すのに必要な勢いをそぐようにする。
犬が1メートルくりあの距離に近づいてくるまで木などの横に立つ。
最後の瞬間にさっと木陰に移動。
犬は向きを変えるために速度を落とさざるをえないのでその瞬間をうまく利用。

(マスターキートンで、犬の口の奥にこぶしを突っ込んで窒息させていた。
口に深く入れられると噛めなくなるらしい。
クマの口もそうらしい。
嗅覚中心の生き物は鼻を殴るのがいいらしい。
いつから敵が人間だけだと錯覚していた?)


スパイは自衛のために、
次のような点を心掛けている。

・威嚇的な犬を飼う。二匹ならなおいい。

・できればなんらかの武器を手元に置く。
野球のバットなどはうってつけ。

・自宅内に安全な部屋を一つ用意する。
最低五分間は破られない作りにして、
この部屋から警報器を作動させ、
警察に電話できるようにしておく。

・車は使用していないときでも日中でも、
つねにガレージに入れる。

・ガレージには鍵をかけ、警報器をセットする。

・センサー作動式カメラを設置し、
自宅周囲の動きを常に記録する。

・大音量の警報システムを選ぶ。

・外部のドアにはすべて埋め込み錠をつける。

・覗きドアや窓には解体用バールをそなえつける。

・弱く破られやすい侵入口は、電磁接触器や窓ガラスセンサーで防御する。

・すべての鍵を鍵ケースに補完し、
誰が鍵を持っているかきちんと把握しておく。

・窓にはすべて遮光カーテンをつける。
これによって夜間、暗殺者に外から狙撃されるのを防げる。

・家の周囲の暗いところには十分な照明を設置する。

・夜間でもつねに照明をつけておく。

・家の中から操作できる非常灯を設置する。

・ガスカンテラや懐中電灯など家の中ですぐに使える非常灯を用意する。

・庭の周囲に高いフェンスや塀を作るなど
出入りを難しくして、いかなる攻撃者にもそなえる。

・郵便箱に自宅の番地や名前を書かない。

・すぐにドアを開けず、必ずまず相手を確認する。

・ドアチェーンをかける。

・メーターの検針員や作業員など自宅を訪ねてきた相手には、
かならず身分証明書の提示を求める。
(声と顔と名前くらいは覚えよう)

・見知らぬ人物が付近にいるときは自宅を出ない。

・ほんの数分家を空けるときでも、
つねにドアと窓には鍵をかける。

・友人の来訪時には、事前に電話を入れるように頼む。

・深夜の訪問者はすべて疑ってかかる。

・自宅を空けるときはその期間にかかわらず、
定期配達物はすべてキャンセルし、
隣人に頼んで郵便箱を空にしておいてもらう。

・自分の仕事や出かける予定をだれにも話さない。


爆弾攻撃は車に対してしかけられることのほうが多いようだが、
自宅に配達される手紙爆弾もまた脅威。
この手紙は来るはずのものか?
差出人は知っている人物か?
手紙は便箋二枚分よりも厚いか?
何か塊や硬いものは入っていないか?
こうした点に確信がもてなければ、次の手段をとる。
手紙爆弾の疑いがあれば、ワイヤーと紐を使って安全な場所から開封する。

ごく細いワイヤーを慎重に封筒の底に押し込んで通す。
ワイヤーを輪にしたら、長い紐に結びつける。
手紙爆弾の大半は少量の爆薬しか使用していないので、
紐の長さは3メートルもあれば十分だ。
封筒を地面に置き、動かないように、
手紙がつぶれないくらいの重しを慎重に乗せる。
そして安全な距離から、ワイヤーを引いて封筒の底を切り開く。
爆発しなければ底を上にして手紙をひろいあげてもかまわない。
手紙爆弾は封筒上部を開けたり中身を動かしたりすると爆発するものが多い。
どちらの方法も手紙の底を開封することで確認できる。
メロディつきの重たいグリーティング・カードは疑ってかかったほうがいい。


(手紙が密閉されていて中に毒ガスやウイルスが入っていたら?
毒生物や毒針が仕込まれていたら?)


スパイが自宅に武器を置いておく場合は、
つねに手元に置く。
枕の下に銃を置いて寝るスパイもいる。

コンピュータは4~6週間おきに内部のハードディスクドライブを
フォーマットしてクリーンアップしたほうがいい。
効果は絶大。
重要な仕事の場合、
著者はバックアップ用ハードドライブを再インストールする。
スパイが電子メールを使う場合は、
かならず暗号化し、重要書類はデジタル画像に隠して送る。

自宅の電話はできるだけ使用頻度を減らし、
重要な仕事にはけっして使わない。
スパイは第三者に会話を聞かれていることを前提としているので、
話すべきはないことは話さない。
電話機はとりはずし、いじられていないか確認。
スパイならば別のクリーンな電話を持っており、
特別な相手と話す必要があるときは、
そのときだけコンセントを差し込む。
一時的に匿名で電話をかけたり受けたりする場合、
携帯電話は安価で簡単な方法だ。

自動車爆弾は運転席の近くに置くのがふつう。
だからスパイは運転席付近を入念にチェックする。
乗っていないときはかならず車をガレージに入れ、
乗る前には車を調べる。
ボンネット、車の下、座席の下、両側の窓、
さらには反対側のドアにいじった痕跡やワイヤーなどがないかチェック。
車に乗るたびに実行。

敵が車を攻撃する方法は四つある。

・爆弾装置を直接しかけて乗車したりエンジンをかける際に爆発

・車に装置をしかけて無線操作で移動中に爆発

・通り道沿いの排水溝や堤防に大型爆弾

・ロケット推進型グレネードを発射


(5 自動運転ならハッキングして事故死

自動運転車は使っちゃだめだね)


補足資料











(スパイってウインドウズ使わないのでは?
表向きはウインドウズに見えても中身はマックやリナックスかもしれない。
NSAがいつでもウインドウズを掌握可能なら、
自分らは使わないだろう。

以下の引用は画像省略。

”しかしwindowsの抱える問題にはセキュリティ系の問題もある。

例えばwindowsには、バックドアが仕掛けてある
という噂がある。例→リンク

NSAとwindows セキュリティと暗号化機能に使用するドライバが
NSAのアクセスを可能にし、そのドライバは、DVAPI.DLL
このドライバはC:\\Windows\systemに有る。
NSAは一瞬でウィンドウズをコントロール下に置く事が可能。

人によってはwindows95以降は程度の差はあれ、
こういうスパイウェア的な機能が隠してあると主張している。

windows8あたりからそれが更に悪化して
windows10に至っては開き直りすらしている。

参考→リンク1
German Gov. CONFIRMS:
Key Entities Not To Use Windows 8 with TPM 2.0,
Fearing Control by ‘Third Parties’ (Such As NSA)

参考→リンク2
最強のスパイウェア「Windows 10」をインストールするな!
(このブログはカレイドスコープ。ぶっちゃけ、こうさくいんw
全ての記事をホイホイ鵜呑みにしないように)

こういうスパイウェア疑惑やNWO的管理社会の話は
誰でも一度ぐらいなら聞いているだろう。

例えば今年の2月にこういうツイートを見かけた。
(現在このアカウントは凍結済み。
スクショは私のtwitlongerより)

これ作り話ではなくマジの話。
つい最近、ニコ生のアンチ安倍系生主の放送中に起こった出来事。
コメント欄に現役の米軍兵士を名乗るユーザーが登場。
そして生主にskypeコンタクトを要求
→その自称・現役米軍兵士(陸軍兵)は、
スカイプに何通かヤバイ画像を送って来た後、
その放送に来ていた全員のユーザーに向けて、
「君達の住所は簡単に分かるよ」とコメント。
そして、一人のユーザーが、
「じゃあ俺の住所を今すぐ晒してみろよ」と挑発コメント
他のリスナーの煽りコメントの5秒後、
なんと、その米軍兵士は、英語でnaraken〇〇〇〇と、
番地まで入ったコメントを書いてきました。
そのコメントを見たユーザーは→
「おい!辞めろ!消せ!」とコメント。
なんと一瞬でリスナーの住所を特定したのです。これガチの話

いや、噂話レベルで済まない問題も既に起きている。
→リンク
PC系のセキュリティ会社のエフセキュアが騒動を起こした。
マイナンバーや自衛隊関連のセキュリティすら担当する
大手企業なのに騒動を起こした。
エフセキュアの社員が、
「facebookで非公開設定にしてある情報」を
盗み見たばかりか、web上に晒しあげて問題になった。
エフセキュアは「不適切なSNSの利用」という事で
幕引きを図りたいようだが・・・→リンク
これがセキュリティのプロの回答か?
このやる気の無さは夏休みの読書感想文の間違いじゃないのか?
頑なにセキュリティ系の話題を無視するのはなぜなのか?
facebookで「非公開に設定していた」にも拘わらず
読めてしまったのはセキュリティ的に問題ではないのか?
なぜ読めたのか?
会社としては無関係だと主張するのなら
この社員がスーパーハッカーだったとでも言うのか?
凄腕のプロを雇うのは大いに結構だが
人間である以上魔が差す事だってあるのではないか?
業務上何をしているのか管理できるような体制は完備しないと
セキュリティ会社失格だと思わないのか?

原因究明も今後の対処も何ひとつ出てこない。
こんなやる気も誠意も一切感じられないポエムを発表して
それで幕引きするつもりか?
今現在、絶賛証拠隠滅中 or 証拠捏造中だから何も言えないのか?
しかも「本人の意志で退職」はおかしいだろう。
普通は懲戒免職だろう?
あくまでも依願退職にしたのは、
この犯人の逃亡を手伝っているようにすら見えるのだが。
あまりにひどすぎ。あまりに論外。

しかし大部分の人はこういうwindows関係の
不穏な話を聞いても、えなりかずきばりに
「そんな事言ったって、しょうがないじゃないか」
としか言わないのだろう。
今回の騒動でエフセキュア止めた人、一体何人いる?
ましてwindows止めた人なんか皆無だろう?

しかし、それは奴隷の思考そのものだ。
ウソか本当か知らないが、犬を鎖につないで
逃げようとする度に電気ショックを与え続けると
やがては鎖をはずしても逃げなくなるという。
(米心理学者 マーティン=セリグマン)

ならば諸君が「しょうがない、しょうがない」だけ連呼して
何ひとつ行動に移さないというのは
洗脳であり、陰謀であり、諸君は犬でしかないという事だ。
ましてカネが無い無いと毎日のように泣き言を言っているのに
新OSには嬉々としてカネを払う人などバカの中のバカ。
そういうエリート級の大馬鹿を私は嫌という程見てきた。

だから、「しょうがない」の壁を乗り越えようと提案したい。
1歩でいいから外の世界を歩こうと提案したい。
大企業や役所なら「キチンと」「ちゃんと」してくれる
というのは甘えた考え、間違った考えだ。
そうやって自分の怠慢に言い訳を続ける人が多すぎるせいで
ヤツらは調子に乗りすぎだ。

ヤツらに下駄を預けるな!
下駄は取り返せ。主導権・決定権を取り返せ。反旗を翻せ。

便利さ、ラクさに負けて何もかもオマカセにしすぎたツケを
我々は現在払わされている。しかし少々過払いがすぎるようだ。
たっぷり利子をつけて取り返そうじゃないか。

そこで「外の世界」 で生きていくツール、OSとして
linuxを紹介したい。

linuxと聞くと脊椎反射で「難しい」と思考停止するバカが
いまだに多い。一体何十年前の話をしているのか?

あんどろいどのスマホはりなっくすです!

小学生でもスマホは使っているではないか。
アレは小学生がlinuxを使いこなしているという事だ。
「りなっくすはむずかしい」としか言わないバカは
小学生以下の知能指数しか無いという事だ。

確かに20年程前ならlinuxの日本語入力設定だけで
面倒だった時期もあった。
しかし20年前ならwindowsだって似たようなものだ。
20年前なら「ぱそこんやってます」なんて言ったが最後、
問答無用でキモヲタ認定されていたはずだ。

そこからwindowsは発展し、社会全体に広まった。
しかし発展したのはwindowsだけではない。linuxも同様だ。
windowsだけが必要以上にイメージアップしたのは
マイクソソフトがボッタクリ価格で儲けたカネを
広告費に投入して、それを諸君がホイホイ鵜呑みにしたという
それだけの話だ。洗脳乙。プロパガンダ乙。
そこで私がギアスキャンセラーをかけたい。

twitter、facebook、youtube、amazon、google map、
DVD、CD、オフィス文書作成、ブログ、
デジカメ写真管理、メール送受信
その他日々パソコンで一般に行うような内容は
全てlinuxでできる。・・・windowsはいらん子確定w

しかしlinuxは弱小も含めると何十種類どころか
数え方によっては何百種類もある。
まずはどれを選ぶのか?というのが問題になる。

ここで私が「○○がお勧め」と書く事はできる。
実際次回記事では書くつもりだ。
しかし今、それを書いてしまうのは問題だ。
マイクソソフトの言う事を鵜呑みにしていたのが
knznymmmyの言う事を鵜呑みにする、
に変わっただけでは意味がない。

つい先程書いたはずだ。
最終判断権、最終決定権を自分の手に取り戻せと。
ラクさ、便利さに流されすぎたのを少し反省しようと。”
華麗なるlinuxの世界1
http://codetripleseven.blogspot.jp/2015/11/linux1.html
読了感謝
スポンサーサイト
読書メモ  :  trackback 0   :  comment 0   

プレゼン系。「続ける技術」、マーケティング、広告系。『伝わるデザインの基本』『プレゼンテーションzen』『マンガ学』『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』 

プレゼン前に唱えましょう。
書写山の社僧正シャア少佐の肩たたき器を暖かく迎え入れた柿食う客飛脚の東京特許許可局局長、高架橋橋脚上の究極高級航空機にて六カ国協議今日急遽休暇許可拒否。
公序良俗やお綾や親にお謝り お綾やお湯屋に行くことと骨粗鬆症訴訟勝訴を八百屋にお言い。
老若男女の低所得者層ジャズシャンソン歌手総出演新春シャンソンショー。
 探査車除雪作業中に京のなま鱈奈良なま学鰹に竹立てかけた高速増殖炉内の白装束集団の魔術師助手魔術修業中摘出手術中、集中術著述。



菊池 ‏@kikuchi_8 4月17日
今まで工作員に遭遇した経験から、彼らには色々「技」がある事が分かった。かかる「工作員忍術」の一つに「赤の他人を装って連携するの術」がある。ツーマンセルなのだが、それを隠して偶然の様に同時に仕掛ける訳である。ネトウヨ系は単独で現れる事が多いが、それ以外は複数同時に出現する事が多い。

Minako ‏@MinakoDB 2月23日
ツイッターをお金稼ぐツールとして利用してる人にとっては、炎上させてアクセス数アップして、タイムリーに反省・謝罪して、あら思ったほど悪い人じゃないじゃないと思わせるなんて、もう鉄板の炎上マーケティングとしか思えなくなっているのが悲しい

メルセゲル ‏@Meretseger2 2015年11月10日
時々炎上マーケティングして過去ログを読んでもらう



人は見た目が九割って漫画の作り方が大半だったんだけど。
人は見た目が九割は麻雀漫画の哲也の原作者が書いてるから当たり前か。
プレゼンの良いスライドはまさに漫画の印象的なコマそのまんまだからプレゼンにも役立つ。

【画像】こういう「ためになる画像」をくれ
http://blog.livedoor.jp/kinisoku/archives/4609727.html
にあった











(息を止めていられる時間ってせいぜい30秒くらいだろうから、最初の数ページで世界観は語り終えないといけない。しかも短文で。
ヒット作の第一話冒頭を大量に比べたらいい。末尾もね。)
おかざき真里『阿・吽』5巻発売中‏ @cafemari 3月9日
「子供は ちょい長めの説教を全く聞いていない!」と嘆く声が流れてくるたび、
昔 小室哲哉先生が言った
人は最初30秒で全ての判断をするので僕はサビを頭に持ってきた」正しさを噛みしめる。


“”豆腐メンタルな子豚たちが不安で切る前に、早々にヒロインを確定させて安心させてやる必要がある。その制限時間が3分なのだ。この「3分」という制限時間は動画に関わるものならば経験から知っているものであるらしい。例えば小池一夫はその著書でこう語っている。
漫画だと、冒頭の7ページ。キャラクターを好きになってもらう。映像なら3分が限界ですが、YouTubeやニコニコ動画なら20~30秒でしょう。そこまでにキャラクターを絶対に起ててしまわなければなりません。
小池一夫のキャラクター新論 ソーシャルメディアが動かすキャラクターの力
これは一般的なテレビ番組でも同様の制限時間であるらしい。
テストみたいな、試金石みたいなことですが、結論的に3分はちょうど人間の心理にぴったり合うというのがだんだんわかってきたのです。これが第1点です。なにしろ視聴率20%、2000万人のデータですから、これは圧倒的です。
________________________________________
私はうまくいったと思っていましたが、3分30秒ぐらいからチャンネルを変えられている。
映像を取り入れたプロモーション|株式会社イズ・アソシエイツ”
http://honeshabri.hatenablog.com/entry/soap_anime
なぜラノベ原作ヒロインは3分以内に脱ぐのか

∸―

∸――









このオッサンのパワポ作成術が 秀逸だよ。 情報を何でもギュウギュウと 詰め込めば良いわけじゃない。
http://www.garrreynolds.com/preso-tips-jp/design-jp/
(スライドデザインのヒント)

ぐだトマト ‏@pteras14 9月27日
学者はともかく、サラリーマンってのは グラフが小綺麗だと結構それで通っ ちゃう企画が多いからなぁ。 外資系のインチキグラフとか、鈍痛の プレゼン資料とか本当に計算され 尽くされてて、毎回引っかかる馬鹿 が絶えないw

鈍痛社員はこの本に書いてある事を ちゃんと実践して資料作るから、 手強いよ。免疫の無いアホはコロッと 騙されるw

(伝わるデザインの基本 増補改訂版 よい資料を作るためのレイアウトのルール((大型本))
高橋 佑磨 (著), 片山 なつ (著)
のアマゾンリンク))

∸――

3日坊主から離脱する→やめたいことをやめ、やらなくてはならないことを続ける仕組みをつくる行動デザインシート
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-category-24.html
”特別な行動は目新しいため耳目を集めるが、特別であるために実施コストは高く、今回の表現で言えば「不足行動」になりがちである。つまり実施されにくく、すぐにやめることになりやすい。
 
 一方では、我々は「わかっちゃいるけどやめられない」行動も行っており、そちらはむしろ減らしたいと考えている。
 この記事と以下に示すフォーマットは、普通は害ある行動として否定的に捉えられる(今回の表現で言えば)「過剰行動」から、本当は増やしたい「不足行動」の増やし方を学び、逆に「不足行動」からは「過剰行動」の減らし方を学ぼうという試みである。
 

 必要なのは、当たり前の行動を組織立てて実際に実施することであり、それを続けることである。
 目的の行動を増やしたり減らすために、それを持続するために、どんなことをできるかを漏れなく網羅できるように、不足行動/過剰行動の特徴とそれに応じた対策をそれぞれ1枚の表フォーマット
にまとめてみた。
 まずは表を示し、その後にこれらの表の成り立ちと意味を解説することにする。
 (省略した表の要点

不足行動の特徴(足りなくて増やしたい行動)
行動するのが大変
ライバル行動に負けてしまう
すぐには成果が見えない

不足行動を増やすには
行動のきっかけを作る
行動のハードルを低くする
ライバル行動を遠ざける
行動に対してごほうび



過剰行動の特徴(やりすぎてるから減らしたい行動)
行動するのが簡単
ライバル行動がない
すぐに成果が現れる

過剰行動をへらすには
行動のきっかけを取り除く
行動のハードルを高くする
ライバル行動をもってくる
行動に対してペナルティ



 わかりやすいように、行動を便宜的に二つに分けておこう。
 これから自分が増やしたい行動と減らしたい行動とに、である。
 増やしたい行動は、現状では足りないと思う行動(不足行動)である。
 たとえば、三日坊主で終わってしまう英語の勉強とか、体重を減らすためのジョギングとか、休みがちのブログ書きとか、である。
 増やしたい行動とその前後に起こっていることを観察すると、増やしたい行動がなぜ現状では低い水準に留まっているかを知ることができる。
 
 減らしたい行動は、現状ではむしろ多すぎると思う行動(過剰行動)である。
 たとえば、喫煙(吸い過ぎだ、減らしたい)や飲酒(飲みすぎだ、肝臓をもっと休ませなくては)や食べること(食べすぎだ、なんとかしてくれ)といったことである。
 減らしたい行動とその前後に起こっていることを観察すると、減らしたい行動がなぜ現状では高い水準に維持しているかを知ることができる。

 「意志の弱さ」のようなスケープゴートを用意することを控えて(それは自己嫌悪と自己憐憫にしか使えない概念である)、まずは観察できる自分の行動とその前後を調べよう。
 
 2つの正反対の行動に分けたおかげで、自分の行動から次のような知見を得ることができる。
 不足行動を増やすコツは過剰行動から学ぶことができる。なぜなら過剰行動は行われやすい理由があって、高い水準に維持されているからである。
 過剰行動を減らすコツは不足行動から学ぶことができる。なぜなら不足行動は行われにくい理由があって、低い水準に押し留められているからである。



不足行動はなぜ行われにくいのか?

 不足行動の特徴は3つにまとめられる。
(1)行動するのが大変
(2)ライバル行動に負けてしまう
(3)すぐには成果が見えない


 勉強を例にしよう。
 もともと「勉強」という漢語には「無理をする」という意味しかない(俗語で商人が「勉強しまっせ(値引きしますよ)」というのもこの意味から来ている)。
 苦労して行うことだけれど、一日か二日勉強したところで効果がすぐにあらわれる訳ではない。
 おまけに勉強よりももっと簡単にできてすぐに成果があらわれる誘惑(たとえばネットを見たりマンガを読むこと等。こうしたものをライバル行動と呼ぼう)がいくらもある。
 もう少し丁寧いえば、ライバル行動は、その行動をしていると当の目的の行動をすることができない(目的の行動と両立しない)ような行動である。
 ライバル行動になるものは、次に見る(ついついやりすぎてしまう)過剰行動の特徴を持つものが多い。ライバル行動は強力である。
 
過剰行動はなぜ行われやすいのか?

 過剰行動の特徴も3つにまとめられる。

(1)行動するのが簡単
(2)ライバル行動がない
(3)すぐに成果が現れる


 喫煙や飲酒を例にしよう。
 タバコを吸うことや酒を飲むことは簡単である。
 そして、その効果はすぐに現れる。
 しかも、強力なライバル行動がない。




不足行動を増やすコツは過剰行動から学ぶ

 不足行動になりやすい行動には、3つの特徴があった。
 過剰行動にも、それらと対応する3つの特徴があった。
 不足行動を増やすために、その3つについて、不足行動を過剰行動に近づけることを考えよう。
 
(1)行動するのが大変→行動するのが簡単

 大変な行動を、少しでも簡単にできるようにするのが、第一のアプローチである。
 これには
(1a)行動のきっかけをつくる
(1b)行動のハードルを低くする
の二つがある。
 
 たとえばダイエット法のひとつに「自分の食べたものを記録する」というものがある。これを続けるための工夫を考えてみよう。
 家に帰ってからノートに記入しようというのだと、何度か忘れたり飛ばしたりするうちに、いつしかやらなくなってしまう。 記録用紙を持ち歩いた方がいいし、もっといいのは常に持ち歩いているもの(たとえばスマホ)を記録に使うことだ(行動のハードルを低くする)。
 通知機能をつかって、食事を終えているはずの時刻、たとえば8時、13時、21時アラームと共に「入力しましたか?」というメッセージを出す(行動のきっかけ)。


(2)ライバル行動に負けてしまう→ライバル行動がない
=>ライバル行動を遠ざける

 
 このアプローチは、目的の行動をできるだけ自分に近づける(1)のアプローチと、裏と表の関係にある。
 つまりライバル行動(目的の行動と両立しない行動で過剰行動になりやすいもの)をできるだけ自分から遠ざけるのが第二のアプローチである。
 
 勉強するスペースからマンガとゲームを追い出す、というのはありきたりだが効果は馬鹿にできない。
 机から、ほんの1メートル遠ざけただけでも効果がある、という報告もあるくらいだ。


(3)すぐには成果が見えない→すぐに成果が現れる
=>行動に対して「ごほうび」


 不足行動を過剰行動に近づける3つめのアプローチは、直接の成果(ダイエットなら体重の減少)がすぐには現れないならば、すぐに現れる別のものを「ごほうび」を与えること、これが第3のアプローチである。
 つまり決めた行動をやり終えたらすぐに、アメとムチのアメを自分に与えることである。
 これは各自の好みのもので、時間がかからないものを用意しておく。所定の運動をやったら、本当にアメを舐めることもある。
 直接的な「ごほうび」の他に、やったことを記録することも、ひかえめだが効果がある。
 行動はやり終えた瞬間に消えうせるが記録は残る。そして蓄積する。
 
 先ほどの挙げた「自分の食べたものを記録」のためのアプリは、食べたものを入力すると即座にカロリーを計算して示してくれる。些細なことだが効果は小さくない。





過剰行動を減らすコツは不足行動から学ぶ

 過剰行動になりやすい行動には、3つの特徴があった。
 不足行動にも、それらと対応する3つの特徴があった。
 過剰行動を減らすために、その3つについて、過剰行動を不足行動に近づけることを考えよう。
 
(1)行動するのが簡単→行動するのが大変
(1a)行動のきっかけを取り除く
(1b)行動のハードルを高くする

 簡単すぎてすぐにやってしまえる行動を、できるだけ大変な行動に近づける
のが第一のアプローチである。
 
 再び喫煙を例にするなら、タバコを捨てる、ライターを捨てる、灰皿も捨ててしまう、などが「(1a)行動のきっかけを取り除く」である。
 同様に、自動販売機でタバコを買えないように、taspoを持たない、小銭を持ち歩かない、などが「(1b)行動のハードルを高くする」ことである
 

(2)ライバル行動がない→ライバル行動に負けてしまう
=>ライバル行動をもってくる

 こちらも(1)のアプローチと、裏と表の関係にある。
 つまりライバル行動(目的の行動と両立しない行動)がないなら持ってくることである。
 
 喫煙の例を続けると、多くのタバコは口で吸うものだから、何か口を使う行動を「ライバル行動」としてぶつけるのである。
 ガムをかむことや、禁煙パイプを使うことなどがこれに相当する。


(3)すぐに成果が現れる→すぐには成果が見えない

 このアプローチは少々複雑である。
 というのも過剰行動と、そのすぐ後に現れる成果(効果)を切り離すのは普通は難しく、直接的に「成果(効果)が現れない」状態にもっていくことができにくいからだ(少ない例外として、アルコール依存症に処方されるアセトアルデヒドデヒドロゲナーゼは、血中のアセトアルデヒド濃度を高めることで、飲酒による不快感をもたらす)。
 
 かわりに過剰行動のできるだけすぐ後に、マイナスの「ごほうび」、つまりペナルティをぶつけることで、過剰行動の成果(効果)を打ち消す。
 例えば、タバコを吸ったら罰金を取る。しかしペナルティは嫌なことであるため、「ペナルティを与える」という行動は一般に不足行動になりやすい(つまり自分だけでは続けられにくい)。
 誰かしっかり罰金措置を実行してくれる協力者がいるといい。
 しかし「その人におごる」というのは良くない。「おごり」は協力者にとって過剰行動になるから、協力者は無意識にであれ、あなたにタバコを吸いやすくするかもしれない。
 
 ここは発想を変えて、標的とする過剰行動とは両立しないライバル行動に「ごほうび」を出す
手もある。”

今度こそ、続けよう→3日坊主にさよならする技術
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-520.html
”1.優先順位をつける……すべては実現できない

(1)ノートを用意する
(2)はじめようとすることを1ページの最初に書く。(例:「英語を勉強する」)
(3)(英語を勉強すると)どんないいことがあるかを、なるべくたくさん書きだして、リストにする。
(4)人生でやりたいことを、これもなるべくたくさん書きだして、リストにする。
(5)(3)と(4)のリストを見比べて、「英語を勉強する」が〈人生でやりたいことリスト〉の第何位に入るか、どれより上で、どれより下かを確認する。
 ランキングで該当する順位のところに、赤字で「英語を勉強する」を書き入れる。



2.時間を確保する……人生は有限である

(1)日頃のスケジュールを1週間分ノートに書き出す。

(2)1週間のスケジュールの中で「英語を勉強する」にあたって〈犠牲にするもの〉を決める。
〈人生でやりたいことリスト〉で、「英語を勉強する」よりも下位にランキングされたものが参考になるだろう。

(3)〈犠牲にするもの〉の時間を減らす、他に移すなどして、時間を確保し、空いたところに赤字で「英語を勉強する」を書き入れる。

※この作業をしておくことで「仕事が忙しいから」系の言い訳を封じて、加えて〈犠牲にするもの〉の重みでコミットメントを強固にする。




3.目標を決める……目標は具体化する

(1)達成目標:「英語を勉強」してどのような状態になりたいか〈達成目標〉を具体的に決める。

(2)行動目標:確保した時間をつかって具体的にどんな行動をするかを決める。

(i)自分の行動、
(ii)行動の期間と量(「毎日2ページ」「1週間10ページ」)、
できれば(iii)素材の具体名(教材名、コース名など)
を盛り込んで、具体的な目標にする

※目標を具体的にすることで(a)行動の進み具合が明確になり、(b)進み具合によって計画を補強したり修正したりが細かく行えるようになり、(c)また人を挫折に導きやすい、完璧にできた/全然できなかった、という「100か0か主義」に陥りにくくなる。



4.標的行動を設定する……雪だるま効果をねらう

(1)目標達成につながる標的行動

 必ず増やしたい、続けたい標的行動を設定する。

 毎日、ナントカという英語のテキストを勉強する、という場合は簡単である。
 「毎日、帰りにファミレスによって1時間勉強する」というのを標的行動にすればよい。


(2)「~しない」目標には、替りになる行動を


 問題は「~しない」という目標(たとえば「禁煙する」(タバコを吸わない)が目標)の場合だ。
 「~しない」という目標は達成しずらい。人間は放っておいても何かをしてしまうものであるから。
 また「~しない」目標は、一度でもしてしまうと「おしまい」になってしまいやすい。挫折を導きやすい「100か0か主義」の罠にはまりやすいのだ。

 さらに「~しない」は我慢を続けることを意味する。
 行動が喜びを生む要素がないので、行動自身がやる気に生み出し、ポジティブ・フィードバックで自律的に楽しく続けられる〈習慣化のターンパイク〉に乗ることがない。

 そこで「~しない」替りになる行動を増やすように考えたほうが取り組みやすい。

 具体的に言うと「禁煙する」(タバコを吸わない)ことを目標にする場合は、そのかわりとなる行動を設定するとよい。
 タバコを吸うことと両立しない(しにくい)行動が最適だ。たとえば、走りながらタバコを吸う人は少ないから、〈ジョギングする〉ことを標的行動に加える。
 「ジョギングなんて、やれても一日せいぜい30分だ。あとの起きてる時間は全部タバコを吸えるのだから無意味だ」と考える必要はない(それが「100か0か主義」の罠だ)。
 一日30分でもタバコを吸わない時間をつくることができるのであれば、全然OKだ。ポジティブな行動は〈部分点〉的発想で考えることができる。

※最初は小さな行動でも、ポジティブ・フィードバックが働けば、雪の積もった斜面を小さな雪の玉が転がりながら大きくなるように波及的に働いていく(スノーボール・エフェクトという)。これが「~しない」こととの大きな違いである。
 今の「禁煙する」(タバコを吸わない)例で言えば、タバコの本数が減ることが、ジョギング中の呼吸の楽さにつながり、ジョギング自体の楽しさを下支えしていく。

5.行動を記録する……可視化はご褒美である  

 目標も、行う行動も、とことん具体化する理由は、行動を記録すること、そうして達成までどれだけ近づいたかを日々刻々と自分に伝えることである。「~しない」ではなく「~する」ことを標的行動にするのも、細かく記録できることが大きい。 


 行動は、数値で記録する。そしてグラフ化する。
 数ヶ月の期間なら、折れ線グラフでいい。

 長い期間なら、縦7×横52の小さなマス目を使う。
 縦1列が一週間分で、目標が達成できた日だけ、マス目を塗りつぶす。
 これで1年分の記録が一覧できる。小さくまとまるので数年分の記録の視覚化に使える。
 成果(達成度)がパターンとして一瞬でつかめる。

 データを後で改竄したい誘惑があるなら、紙に手書きが修正が効かない分、有利かもしれない。
 こちらの方がパソコンにデータを収納するより、他人の目に触れやすくなるので、合わせ技でパブリック・ポスティングにもなる利点はある。

 手軽さならパソコンやスマホで記録をとる。
 これもグラフ化してネットで晒すとパブリック・ポスティングになる。

パブリック・ポスティングは、他人に見えるように結果を表示することで、個人のパフォーマンスを増加させる技法をいう。バックアップの強化子(追加のご褒美)なしで効果があることが確かめられている。表示する結果は、これまでの成果のグラフだったり、現状のパフォーマンスだったり、これまでの最高点(記録更新した場合に書き換える)だったりする。



 「晒す」といったが、グラフ化は罰ではなく、自分へのご褒美である。

 パブリック・ポスティングが効果を発揮するのが、個人を批判する手段としてではなく(営業成績の右肩下がりのグラフを背景に、叱られてる営業マンという光景が目に浮かぶが、この場合はうまくいかない)、個人の努力を認めるためのものとなっている場合であるのと同様である。


6.計画を修正・補完する……自分に対する人格攻撃は無益である

 決めた通りの量がこなせなかったり、毎日続かなったりするのは想定内である。

 そんな時、くれぐれも「自分は意思が弱い」などという、自分に対する〈人格攻撃〉に陥らぬこと。
 自分を〈人格攻撃〉することは、他人に対して〈人格攻撃〉するのと同じくらいに、物事の進捗には役立たない。
 他人に対する〈人格攻撃〉を差し控えようという慎みのある人でも、自分に対する〈人格攻撃〉についてはとんと脇が甘かったりする。
 他人にするのと同じくらいに、自分を大事に扱うのが、メンタル・リテラシーのいろはのいである。

 では、どうするのか?
 神様やエライ人に頼るのでなく、データを取れ。
 計画の修正は、データに基づいて行え。

 我々は標的行動を設定したのだから、問題は、
(a)標的行動が起こらない(少ない)こととして生じているはずである。
(b)標的行動と両立しない対立行動が起こっている(多い)ことも観察されるかもしれない。

 ここでは、標的行動(時には対立行動)の直前と直後に何が起こっているかを観察する。

直前(行動はどんな状況で起こるか) 標的(対立)行動 直後(行動によってどんな結果が生じているか)
        


(1)まず〈直前の状況〉を変える

 まずはコントロールしやすいのは、「行動はどんな状況で起こるかの部分」つまり〈直前の状況〉の方である。
 計画修正はまず、この〈直前の状況〉を変えることを考える。
 どうも標的行動が起こりにくい(対立行動が起こりやすい)状況になっているなら、それを変えられないか考えること。

直前(行動はどんな状況で起こるか) 標的行動 直後(行動によってどんな結果が生じているか)

帰りの電車のなかで 英語のテキストを開いて読む   


 帰りの電車がいつも満員なら、「英語のテキストを開いて読む」という行動は、どうしたって生じにくい。
 テキストを開く、時と場所を変えられないか? 電車に乗る前、あるいは乗った後、どこかのファミレスで1時間くらいの時間がとることができれば、「英語のテキストを開いて読む」という行動はずっと生じやすくなる。

 標的行動が生じるやすくなるかどうかは、やってみないと分からないことも多い。
 いくつかの〈直前の状況〉を試してみることが必要な場合もある。
 この場合でも、あちこちを一度にいじるのでなく、他は固定して〈直前の状況〉を変えて試すことで、計画修正が無軌道になることを防ぎ、効果のあるものを選びやすくなる。



(2)〈行動の結果〉を補完する

 〈直前の状況〉をいろいろ試しても、標的行動が増えない場合は、行動の後に生じるもの、すなわち〈行動の結果〉を変える。
 〈行動の結果〉は、より変えにくい。行動が同じなら、それに付随する結果も変わらないはずだから。
 したがって〈行動の結果〉を変えるためには、本来なら行動に付随しない結果を付け加えることになる。

 本来なら行動に付随しない結果とは何か?
 一番ベタなやつでいえば〈賞罰〉を出す。
 標的行動にはご褒美を、対立行動にはお仕置きを、付け加える。


※我々が、飽きっぽく気がそれやすく、未来の利益よりも目先の快楽をほとんど不合理なまでに高く評価してしまう(例:太ると分かっていても甘いものを食べてしまう)のは〈仕様〉である。

 「このケーキを食べないほうがいい。食べると、全然分からないくらい皮下脂肪が増え、全然分からないくらい健康を損ない、全然分からないくらい心臓疾患その他にかかる確率が増す」といっても、食べるのを止められる人はいないだろう。
 遠くの、現時点では分かりにくい利益ではなく、目先のはっきりした利益は効く。
 自分で決めた行動をやるのに自分にご褒美を出すなんて、自分を甘やかせるみたいに思う向きもあるだろう。
 だが計画を放り投げてしまうくらいなら、姑息でも人間の〈仕様〉に合わせた手を打つのは合理的である。恥ずべきものでは全くない。


 ただし〈賞罰〉を出す基準をゆるくしてしまうとグダグダになる。
 具体的に設定した標的行動(例:腹筋を40回やったら、テキストを4ページやり終えたら)があると、自分をごまかしにくくなる。

直前(行動はどんな状況で起こるか) 標的行動 直後(行動によってどんな結果が生じているか)
帰宅して着替えたら夕食の前に 腹筋を40回 疲れる+(ご褒美としての追加)お気入りのブログを読む


(3)リワード・キーパーを依頼する

 どうしてもグダグダになる場合は、最終手段、誰かにリワード・キーパー(賞罰の管理人)を頼む。
 リワード・キーパーが終始行動を監視する訳にはいかないから、毎週1回、行動の〈成果物〉を提示して、目標の90%以下の場合は、ペナルティを与える。

週間計画表課題 成果物 時間(予定) 時間(実際) ポイント

序論の第3節を書く 4ページ分の原稿 8時間   8point
実験装置の図を書く 装置の図 1時間   1point
データ分析をする グラフ2つ 2時間   2point
来週の計画を立てる 来週分の計画表 30分   0.5point
合計       11.5point


 アメリカで学位論文を書いている(結構、ぐずぐず主義に悩まされたり、挫折する人がいるのだ)若い研究者のために開発されたプログラムでは、あるユダヤ人研究者の例だと、リワード・キーパーに5ドルの小切手を10枚預けておいて、毎週の〈成果物〉が90%以下の場合は、次の手紙を添付してアメリカ・ナチス党へ小切手が送るという約束が事前に結ばれた。

何度か週間目標を達成できずに、何10ドルかをアメリカ・ナチス党に寄付する事になった(リワード・キーパーが契約を貫徹した。ここで手控えては、クダクダになってしまい、学位論文は完成しなかっただろう)。

 しかし何度しくじっても、それで終わりではない。
 若き研究者は行動を継続し、なんとか論文を書き上げた。それは高く評価されるものだった。”

ーーー

伝わるデザインの基本 増補改訂版
よい資料を作るためのレイアウトのルール
 
サンプル
http://gihyo.jp/book/2016/978-4-7741-8321-3

・明朝体や筆書体
伝統的で高級感

ゴシックやポップ
現代的にカジュアル

セリフやスクリプト
高級感や大人っぽさ

サンセリフやポップ
現代的で優しい

ポップや筆書体
稚拙で不真面目

個性的な書体ほど読みにくい

ビジネスや研究発表などまじめな場では
明朝とゴシック。

横より縦線が太く、とめウロコはらいがある
明朝は可読性が高い(疲れにくい、目立ちにくい)
ので長い文、本文、字数の多い読ませる資料に最適。

縦横の線の幅が同じでとめウロコはらいがない
ゴシックは視認性が高い(疲れやすい、目立つ)
ので短文や見出し、タイトル、プレゼンのスライドなど見せる資料に最適。

セリフという装飾がある
セリフは明朝、
サンセリフはゴシックにあたる。

・相当の理由がない限りポップと筆書体は避ける。
飾り気のない書体を選ぶのが望ましい。

お買い得! ポップ
幼稚園だより ポップ

真鯛の京風和え造り 筆書体、手書き風
炭火焼とりきち   筆書体、手書き風

晩秋の京都 明朝、ゴシック
法律事務所 明朝、ゴシック
京浜東北線 明朝、ゴシック

・ゴシックやサンセリフでも細いウェイト(線の太さ=ウェイト)なら長文にも使える。
細いほど可読性が高くなる。
長文には太い文字全般を避ける。


・フォントサイズ=仮想ボディが同じでも、フォントの種類によって字面の大きさは異なる。
和文は仮想ボディの大部分を文字が占めているので、欧文に比べ、行間が同じでも窮屈に見えてしまう。
見かけの字面同士の間隔=文字間隔にムラが生じるので、
和文では字間調節=カーニングが重要になる理由。

字面の小さなフォント(游明朝、游ゴシック)ほど可読性が高い。
一般に字面の大きいフォント(メイリオ、ヒラギノ角ゴシック)ほど視認性が高い。
仮名の字面が漢字より小さい和文フォントや、
エックスハイトの低い欧文フォントほど可読性が高い傾向。

・スライドではクリアタイプフォントを使う。
MSゴシックやMS明朝などはクリアタイプではないので見栄えが悪く読みにくい。
メイリオ、游ゴシック、ヒラギノ角ゴを使う。

ウィンドウズならゴシックならメイリオや游ゴシック、
明朝なら游明朝。
マックならゴシックならヒラギノ角ゴや游ゴシック、
明朝ならヒラギノ明朝や游明朝。
あと小塚ゴシックPro。
欧文ならArialやCenturyではなく、
Segoe UI, Palatino, Calibri, Helvetica Neue,
Minion Pro, Adobe Garamond Pro, Times New Romanなどが美しくオススメ。

レイアウトを崩さないためにPDF化。
そうしないと相手のPCに同じフォントが搭載されていなければ他のフォントに変換されてしまう。
互換性の低い特殊フォントを使うのは避ける。
ウインドウズのパワポとワードにはフォント埋め込み機能がある。
エクセルにはない。
なおフォントの埋め込みをすると他人のパソコンでは編集できなくなるので注意。

・判読性の高い、誤読の少ないフォントとは
字面が大きくフトコロが広い(くびれが小さい)フォント。
メイリオなどの現代的ゴシックは字面が大きくフトコロが広い。
掲示物やスライドなどでは判読性の高いフォントにする。
欧文では3 8 a o S 5 O Cなど似た文字が区別しやすく、アキが大きいSegoe UIなどを使う。

パバピビプブイワタUDなど、UD、ユニバーサルデザインフォントという判読性が高いフォントがある。

・太字と斜体に対応していないフォントがあるので注意。

・お勧めフリーフォント。グーグルとAdobeが開発したNoto Sans CJK JP(源ノ角ゴシック)は七つのウェイトが揃っている。
お勧めフォント集あり。美しさと読みやすさ、互換性、フリーフォントの三要素別に紹介。
お勧め欧文フォントの一部をカタカナ読みで抜粋。
シーゴー、カリブリ、ヘルベチカ ノイエ、ミリアド、パラティノ、ギャラモン、キャズロン、エイリアル(アリアル)。

・欧文に和文フォントは使わない。プロポーショナルフォントを使う。

・英数字が比較的読みやすい和文フォントがメイリオ、游ゴシック、ヒラギノ角ゴ、游明朝、
Noto Sans CJK JP(源ノ角ゴシック)で英数字もOK.
なお和文には和文フォント、欧文には欧文フォントを使うのが基本。英数字には欧文フォント。

・パワポのフォント置換機能でファイル全体でフォントを統一すること。

・和文と欧文が混ざる文章
英数字が混ざるなら、可読性を高め、より美しくするため、和文には和文フォント、英数字に欧文フォントを使うのが基本。

・小見出しのデザイン
小見出しで読み手の負担を減らす。内容と構造を把握しやすくする。
小見出しは本文より目立たせる。
強弱には階層性を持たせる。
(違いをはっきり)
太字、色、サイズ。
なお装飾しすぎると可読性低下。
フォント、太さ、サイズ、色を併用するのは避ける。
冒頭に「・」をつけたり、下線をつけてもあまり目立たず、十分な強弱ではない。

・インデントは不要。文字の強弱で表現すること。
小見出しと中身の箇条書きが区別しづらくなるからと箇条書きの前にインデントを入れてしまう例をよく見かける。
が小見出しが目立ちはするが文頭ががたがたになると読みやすくなったとは言いいがたい。

・文章の入れ子構造も強弱で解決
左端が揃っていないと見栄えが良くない上に、文章構造が把握しづらく読みづらい。
箇条書き同様に文章の入れ子構造も印伝度だけで示すのは無理がある。
入れ子構造はインデントではなく太さや大きさの強弱で表現すれば、
左端に一直線にそろえられる。
ただし、文字サイズがあまり似たようになりすぎるのはよくないので、階層があまりに多いならインデントも上手く使うこと。
スライドなどの資料では四種類以上のフォントサイズを使わない方が無難。
(東京駅からのアクセス
説明本文
注釈
仙台からのアクセス
説明本文
注釈
と実例にある。
東京~の塊と、仙台~の塊の間は少し開ける。
悪い例では「 ※~」というようにインデントあり。
良い例では、※がインデントなしで使用。※の個所は本文より小さめ。
見出し(太字)>本文>※注釈の順)

・数字の強調。数字は大きく、単位は小さく。

・欧文で文字同士がぶつかったり、接近しすぎる問題が生じることがあるがタイトルや大きな文字なら合字を使うとこの問題を解決可能。

・日本語には全角約物を使う。欧文フォントの半角の約物は欧文用なので日本語より下がって見える。文章の上下ラインが凸凹になる可読性が下がる。
文字が大きい時かっこの前後に生じる余白が気になるときがあるのでカーニングする。
欧文フォントの半角約物は小文字サイズ、エックスハイトに合わせてあるので大文字や数字に約物を使用すると約物が文字より低く見えてしまう。
約物の高さを合わせるのは文字が大きく印刷したり投影するときに重要。ポスターや看板。

約物はカッコ悪いこともある。
/、縦棒、囲み、スペースなどですっきりした印象にできる。
かならずしもカッコやコロン、セミコロンを使わなくてもいい。

・文頭のカッコは厄介
行頭にかっこがあると左揃えでもそろわなくなる。
ワードなら段落設定で行頭記号の1/2幅にすることができるが、
パワポではできない。和文フォントの半角を使えばよい。
鍵カッコは日本語にしか使用しない記号なので日本語の高さに合うように作られている。
和文フォントの半角の!?も日本語とよくなじむ。
これらを二つ続けて使う場合は和文フォントの半角なら余計なスペースが消え間の抜けた印象が亡くなる。

・ハイフンは単語の途中で改行する場合や複合単語を作るときに使う。
エンダッシュはtoやandのような範囲を表わす意味で使われる。
エムダッシュは文の途中の挿入句の前後に( )と同じような意味で使われたりする。
アポストロフィ、クオート、ダブルクオート、プライム(日本語ではダッシュ)、ダブルプライムの使い分け。

(このページにen dashの使用例があるけど、複数ページの範囲なのにp.はおかしい。pp.でないと。
「p.」はpageで、「pp.」はpagesの略。
[研究] ページ番号の書き方
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20090912/1252704636

エンダッシュとエムダッシュの使い方
http://beikokupat.com/blog1/964/

英語の引用符について知っておくとよい3つのこと
http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20100517/226165/
上記三つのサイトのルールをきちんと守っていたら書き手が論文を、おそらく何度も書いたことがあると判る。
私がサイト信頼度を判定するのに使っている。
私もできるだけ守っている。もう癖だな)

・左揃え。二行目以降にインデント。
項目間の間隔を設ける(空白行を入れるのではない)。
小見出しを目立たせたり、・の代わりに●
余計な入れ子構造を無くす
改行の位置に注意を払う
 不要なインデントを入れない
行長が長すぎない(二段組みも検討)

・文字は歪めない、飾り過ぎない。
縦横比を変えると読みにくくなる。
日本語にはもともと斜体の概念がないので斜体にしてはいけない。
輪郭をつけると字がつぶれてしまう。
影や反射も可読性や視認性や判読性を下げる。悪目立ちは避ける。
太さ大きさ色程度のシンプルな装飾にする。
1バイトフォントは使わない。コレノコトネ。

絵や写真の上に文字を配置するなら袋文字。
パワポなら、同じテキストボックスをコピペで二つ作り、
二つの内、一つのテキストにだけ枠をつける。
二つのテキストを 揃え でぴたりと重ねると
黒文字で白枠の袋文字が作れる。

・普通に読む文章は18~32pt。
強調したいならそれ以上、18pt以下は重要度の低い文章。
低14 16 18
中18 20 24 28 32 36
高32 36以上
重要なのは相対的サイズであり絶対的サイズではない。

明朝体の文章で強弱をつけるのは太めのゴシック体が効果的。
下線を引くのは明朝体の太字よりは目立つがゴシック体ほどは目立たない。
( pt⇔mm変換一覧表
http://blog.ddc.co.jp/mt/words/archives/20090701114500.html
“一般的にDTPでは1ポイント(1pt)≒0.35278mm(0.3528mm)

14 pt
4.94 mm 4.9389 mm
16 pt
5.64 mm 5.6444 mm
18 pt
6.35 mm 6.3500 mm
20 pt
7.06 mm 7.0556 mm
22 pt
7.76 mm 7.7611 mm
24 pt
8.47 mm 8.4667 mm
26 pt
9.17 mm 9.1722 mm
28 pt
9.88 mm 9.8778 mm
30 pt
10.58 mm 10.5833 mm
36 pt
12.70 mm 12.7000 mm

10 mm 28.35 pt
28.3465 pt

15 mm 42.52 pt
42.5197 pt

20 mm 56.69 pt
56.6929 pt


補足:PostScriptの単位系はポイントなので、mmからの変換誤差に注意
PostScriptの単位系はポイントになっています。
このためDTPのソフトウェアはポイントによる計算を基本に行っているものが多く、ポイント以外の単位(例:mmなど)でレイアウトを行うと、単位をポイントに変換するときの誤差で実際の位置からずれてしまうことがあります。“)

・文字サイズの0.5から1も自分の行間を開けるのが一般的。
明朝体よりゴシック体のほうが行間を広めにとったほうがよい。
一行が長くなるとより広い行間が必要。
タイトルなど一行が短いなら行間が狭くても問題ない。

・明朝体や細いゴシック体で書かれた長文なら基本的に字間調節不要。
スライドなどではゴシック体を使った短文では、
文字をむやみに大きくするよりも字間を広くした方が読みやすくなることがある。
特にメイリオなど字面の大きいフォントや太いフォントでは、
初期設定のままでは窮屈に見えるので字間を少しだけ広げるとよい。
字間は文字サイズの5~10パーセントくらいにするのが理想。
字間と行間が同程度になると読みにくいので注意。

(縦読みか横読みかわかりにくくなるからね。
例の狭すぎる字間と少し広げた字間の違いがわからない)。

・大きな文字では字間に注意。字間調節=カーニング。
記号や約物の前後は時間をつめる。
ひらがな、カタカナ(特にトやノ)、促音、拗音前後は字間が開いて見えるのでつめる。

・行頭は左揃え。中央ぞろえは避ける。文章の開始点をわかりやすくする。
文章は左揃えか両端揃え=均等配置にする。
小見出しも左揃え。中央だと読み落とされるかもしれない。
ページ内に複数の文がないなら中央でも問題なし。

・英数字文ではワードスペース(単語間の空白)が空きすぎると可読性が低下するので、
左揃え、両端ぞろえのまま一行を長くする、ハイフネーションを使うの三つの解決策がある。

日本語と英数字の間隔をあける。半角スペースを入れる。

・箇条書きの揃えは意味のあるそろえ方をして強弱をつける。
 ←こんな感じに箇条書きの「・」の下に文字が来ないようにする。
「・」だけが外へ飛び出すようにする。ぶら下げインデント。

・項目ごとにグループ化。

・「・」より●を使い強弱をつけると見やすい。



・オブジェクトの装飾
やたらと色付けして悪目立ちしないように。
色付けは塗りつぶしか枠のどちらかだけにする。

MSオフィスは色も枠も両方ありが初期設定なので片方を無しにすること。

文字が多いなら塗り色だけが無難
文字は千で構成されているので文字と枠線はたがいに干渉し文字が多い時に枠線が増えるとごちゃごちゃした印象になる。枠ではなく塗りを使う。
塗り色と文字色の組み合わせに注意。塗り色は薄くする。

枠をつけるなら塗りは薄く
枠と塗りの両方に色付けしたいなら枠は薄くすると輪郭がぼやけるので枠の色は普通は濃い色。
しかしそこに濃い塗り色が組み合わさると多くの場合色が干渉し、複雑な印象になり文字に集中しづらくなるので、塗り色を薄くする。

枠線の太さを指定できる。
一般には、線が細いほどまじめで落ち着いた印象を与え、
千がなければ現代的で洗練された印象。
一方、千が太いほどやさしく、柔らか(ある意味では、幼い)印象。
ただし、文字と干渉する中途半端な太さだとかえって悪い印象。
囲みなどのオブジェクトを使うなら線の有無による印象の違いや太さによる印象の違いを正しく認識すること。


・項目内の行間よりも項目同士の行間を広くする。

・改行の注意点
単語を分離しない。行が短い文章では、成り行きの改行だと
可読性が下がる。行末に到達する前に、
改行しましょう。
ワードなど1行40文字程度なら問題ないが、行長が長くなると改行により単語が分断される頻度が上昇する。
一般的なスライド、1行20文字前後なら単語と単語の間や、読点などの位置で改行すると読みやすい。

強調箇所をばらばらにしない。
関連の強い言葉は
分離させない、ぶつぎりしない。

文末の微妙なはみ出しは避ける。
最後の行は句点。を含めて最低でも三文字はあるほうが格好が良い。一文字だけ飛び出してしまう改行は不格好なので避ける。

改行まで意味を完結させない方がいい。
ちょうど意味が切れる個所での改行も避ける。改行前の行末で文章が成立してしまうと文が完結しているのか次に続くのかが判断できないから。改行箇所に読点を打つのも一案。文末に。をつけるルールを設けるのもあり。

×
文末に見えると誤解する(ここに点を打つか改行せず続ける)
聴衆がいる
改行が文末に見える時(同上)
よからぬ誤解が発生(句点を打つ)

リズムがあるとさらに良い。
長い短い中くらい、短い長い短いなどのように文長にリズムを持たせましょう。

×
リズムが悪いと
印象が悪くなる
こともあるので、要注意

改行により行末に
リズムがあると見栄えが
よくなります


リズムが悪いと
印象が悪くなることも
あるので、要注意

改行により行末に
リズムがあると
見栄えがよくなります
――
項目の最終行に注意。少し余白を残す。
・改行位置を調整していない段落や箇条書きでは最終行
が右端に達しない方が項目を認識しやすい
・箇条書きや段落最後の空白のおかげでグループ化が
 明確になり各項目が認識しやすい
・これも読みやすさのための改行位置調節の一つです

・エンターキーで改行しない。スペースで調整もその後の修正のたびにスペースの数も調整しないといけなくなる。
そこでシフトを押しながらエンターを押す。

インデントをむやみに入れると可読性が下がる。
段落が短いなら段落間隔を利用。段落間隔があればインデントはいらない。
長文では2段落目以降にのみインデント。一段落目はなし。

行長を長くし過ぎない。2段組みも検討。段組みは紙面も節約できる。

(書式統一とか形式コピー機能が非常に便利。

ツイッターはエンターだけだと送信になっちゃうので注意。シフトも押さないとと改行できない。先にシフトを押してからエンター。

意味の切れ目で区切ることと、文が続いているか否か、別の意味に誤解されないかなどを防ぐための記号であり改行であることに注意。記号使用だけが区切りじゃない。以下を読んで実感してください。


この文章は。と、に関する極めて短い考察であるそもそも昔は。も、もなかったそうであるそれどころか濁点半濁点すらなく改行もあまりしなかったそうでそうしたことから考えるに昔の人は現代人よりも文章の読解力にすぐれていたと言えそうだ現代では。はともかくとして、や改行の濫用によって読みとばしということが可能になったつまり読みとばしをしても充分意味が判読できるわけでありこうしたことがますます現代人の文章読解力を衰えさせているのではないだろうかぼくは一度。はともかくとして、は文章にそもそも必要ないのではないかたいていの文章は音読されることはないのだからと考えて意識的に、をすべて省いた小説を書いたことがあるその結果読みづらくてかなわんという意見はひとつもなかったことから大いに意を強くしたものだそこで今度は、どころか。すらない小説を書いてみようと思っているさらにまたそれでもさほど読みづらくないという意見が多ければ本来。や、を打つべきところに。も、も打たずとんでもないところに。や、を打った小説を書いてみようかと思っているただし本来打つべきでないところに。や、を打ったとしてもそれはそれで別のルールに則っていなくてはならない現在その別のルールというのを模索中である何かいい手法はないか
“筒井康隆『句点と読点』
行頭に一字分の空白もないね。
句点。を。とも、読点、を、とも書かず、このように「」も、と。の前後に付けないから面白いな、と思ったので、私、子、子。子!子?子もこんな感じで表記し、しかも、線、重、的みたいに、も、にしたらとんでもない文章になりそうだ。
「点線、重点的」の「点」も「、」と表記してみた結果↑ 点線「や」重点的なら明確だね。


こばやしゆたか‏ @adelie 2016年4月2日
句点と読点は最近コアラモード.も増えました。RT @ray_fyk: たとえば、モーニング娘。と藤岡弘、と本田美奈子.のことを一度に語る人がおった場合、なんだか筒井康隆の実験小説みたいになってしまう件。)


・文字を枠で囲むのは便利。
できるだけ同じ形の図形に統一して囲む。
楕円の囲みはなるべく使わない。
角は丸めすぎない。
まるみは必ず統一する。


・矢印は歪めない。目立たなくする。線の矢印や淡い色にする。
派手な装飾は消す。既存の複雑なオブジェクトは避ける。立体感、グラデーション、影、枠線を削除。
吹き出しも歪めない。

・余白は必ず作る。上下の人も自分以上の余白を確保。
圧迫感を無くす。文字数が多いほど余白を多めに、少ないほど余白を少なめにする。
文字数が多いほど行間を多めにするのと共通。
文字数があまりに少ないなら人も自分の余白でもスカスカな印象。

・MSオフィスで余白を作る場合。
直接書き込まない。オブジェクトとテキストを別々に作る。
文字を書き込んでいない四角形のオブジェクトの上に、
背景色を突けていないテキストボックスを重ねる。。
特にワードなら余白を手動設定したうえで文字を書き込むのが最良かもしれない。
上下の余白は均等にする。

・色数を増やさない。塗りと枠線の両方に色を付けない。オブジェクトの形を増やさない。

・自然な流れで視線誘導
左上から右下に動くので、
情報は左から右、上から下へ流れるようにする。
時計回りにする。
図の流れを反時計回り、右から左、下から上にするのは避ける。
風呂チャート配置と大きさをそろえる。
視線の動きを邪魔しない配色にする。
鮮やかでお軽い色は淡く暗い色より目を引くし、
赤は普通は緑や青よりも誘因力が強い。
そのためフローチャートの下流(一番最後)が赤だと最初に下流の部分に誘引され、
上流を飛ばしてしまう。
色自体に意味がない場合やそれぞれの項目に重要度に差がないなら、
流れの上流側に誘引力の強い色を配置する。
例では一番最初が赤色になっている。

(横書きで左から右に読む規則の言語話者が多い場合ね。
アラビア語やヘブライ語話者だらけなら右から左になる、
というか言語自体が右から左だから自然に右から左の流れの図になりそう。
そういえば、下から上に読む言語って聞かないね。
時計回りは文字通り時計からだろう)


ラスタとベクタの違いとは【初心者のためのIllustrator使い方講座】
https://www.tutorialmaniacs.net/page-1813/page-1778

ラスター・ベクターレイヤーの比較
https://howto.clip-studio.com/library/page/view/comicstudio_tora_layer_010

画像ファイル ~ 主なファイル形式と特徴 ~
http://yamanjo.net/knowledge/others/others_11.html

・文字を外に出し、引き出し線と袋文字で見やすい図と解説にする。
角度や長さなどつーつを決めて引く。
オフィスなら引き出し線に図形効果の光彩を白に設定しぼかしサイズや透明度をゼロにして光彩サイズを調整すれば周囲に白枠がついた線にできる。

・割合 円、ドーナツ
比較グループが三つ以上なら積み上げグラフのほうが良い。

要素値の違いを項目間で比較(横軸に数値がない場合)なら棒。

二つの要素間の関係なら散布図。必要に応じて近似直線を追加。

ある要素の値の変化(時間変化など)なら(横軸が連続性のある数値の場合)折れ線。

積み上げグラフは割合をグループ間で比較。

項目数が六つを超えると理解に負担がかかる。
項目が多いならパターンがわかりやすくなるように必要に応じて項目をまとめて示す。

目盛り範囲が広すぎると値の比較が難しくなる。範囲は適切にする。
(正しい事実で騙す手口に悪用される)

横軸の要素の違いで縦軸の要素=結果がどのように変化するのか示すのが普通。
特に散布図では横軸が原因、縦軸が結果になるようにする。
 入場者数が縦=結果、日照時間が横軸=原因。

横軸の項目の順序は意味の或る、理解しやすい順序にする。
棒グラフなら左から、朝食昼食夕色その他。
(円グラフなら右回りにすべきだから、その他は左の上の方に来るよね。時計盤の十時から十一時あたり)
色の使い過ぎに注意。

・エクセルのグラフはそのままだと、プロット(マーカー)が目立ちすぎたり、余計な線が多かったり、グラデーションや影がついたりしているせいで、煩雑な印象を与えてしまい、フォント(MSPゴシック)も読みやすくないので、必ず編集してから使う。

棒グラフ

主な問題
棒のグラデーションと影が余計
フォントが良くない(すべてMSPゴシック)
棒が細くて弱弱しい
グラフの補助線(横線)が目立ち過ぎ
横軸と縦軸の色が薄くて見えにくい
凡例(どの棒が何を示しているのかわかる記述)がグラフから飛び出ている
グラフ周りの枠線は不要

細かな問題
軸の数字が小さい
軸のタイトルが読みにくい
縦軸の範囲が無駄に広い

受けてはデータを知りたいだけなのでデータ理解を助ける要素以外は削除し出来るだけシンプルにする。
和文には和文フォント、英数字には欧文フォントを使い、グラデーションと影を消し、棒を太くする。
誤差バーの色を棒に合わせる。


折れ線グラフ

主な問題
プロットの塗りと枠の両方に色がついている
プロットの影とグラデーションがある
プロットの形がかっこ悪い
横軸と縦軸の色が薄い
補助線が目立っている
フォントが読みにくい
凡例がグラフから飛び出ている
グラフ周りの枠は不要

細かな問題
縦軸の数字が小さい
軸のタイトルが読みにくい
縦軸の数値が小刻みすぎる

影とグラデーションを無くし、プロットを●にし、線の色をなしあるいは塗りを白にする。
横線は黒。補助線は不要。


円グラフの作成

主な問題
グラフ全体に不要な影がついている
グラデーションがついている
色が派手すぎる
凡例が見にくい
フォントが良くない
グラフ周りの枠は不要

色と色同士が互いに接しあうので、色数が多いと相性の悪い色が接してしまったり、似た色同士が接して境目がわかりにくくなったりするので各項目に白い枠線を付けるとよい。
背景色が濃いと黒文字は読みにくくなる。寄り実例では文字は白で項目の間に白い線を入れて区切っている。欧文フォントの数字も白。

円グラフでは凡例は各パイの中に文字を書き込むと直感的に理解しやすくなる。パイが狭すぎるなら引き出し線を使う。


散布図

主な問題
プロットに影やグラデーション
プロットの塗りと枠の両方に色
補助線が目立ちすぎる
縦軸と横軸の色が薄い
グラフの上のタイトルは不要または不適切
フォントが良くない
細かな問題
凡例は不要(本書実例の場合)
縦慈雨と横軸の数字が小さい
縦軸の数値が小刻みすぎる
横軸の値の最小値が不適切
グラフの周りに無駄な枠がついている

凡例は線の近くに配置し色を統一する。

体裁を崩さずグラフを張り付けるなら形式を選択して貼り付けの中から図(PDF)や図(拡張メタファイル)を選んではりつければよいが、張り付けたグラフは編集できない。

・表の作り方
英数字は欧文フォント(Arial, Helvetica, Segoe UIなど)、
日本語は和文フォント(メイリオやヒラギノ角ゴなど)にすることが第一。

余計な線を無くし行間を広く。碁盤目状はダメ。列間の黒い縦線は不要。
最低限必要な線は、表の一番上と一番下の線、
そして一行目(項目名)と二行目(データ)の間だけ。
また、行間をゆったりさせる方がデータを読み取りやすくなる。線の太さにも気を付ける。
数値が入っている列は右そろえ、
単語や文章は左そろえが基本。
小数点をそろえる機能を使う。
短い単語なら中央揃えでもOK.
見せる表では背景色が効果的。背景色を利用して余計な線をなくせる。
横線を入れるならば白線にするとあまりうるさくならない。
セル内に色を付けると罫線が不要になるのでプレゼンに重宝する。

横に長いなら一行おきに背景(しましま)。横長だと一つの行を正確に目でたどるのが困難になるので。

表の中にも余白が必要。セルの上下左右に余白を設ける。
文字が多いなら細めのフォント。
文章はセル内で左上に寄せる。上下中央揃えや、左右中央揃えは避けた方が無難。

・レイアウトの五つの法則
余白をとる、繰り返す、揃える、グループ化する、強弱をつける。

情報の整理
=情報の構造や情報同士の関係を明確にする。
 盛り込みたい要素(情報)について、各要素の従属関係(親子関係)、並列関係(対等関係)、さらには情報の優先度や因果関係なども明確にすることで情報が伝わりやすくなる。

どんな資料でも本文の文字で人も自分くらいの余白を設ける。史料やオブジェクトの周りだけでなく、枠に入れた文字の周囲や文と文の間にも余白(マージン)が必要。
余白がない方が迫力あるデザインになることもあるが高い技術が必要なので周囲に一定の余白を釣るほうが無難。

揃えて配置するために仮想グリッド線(格子状のガイドライン)を設ける。
上と左のグリッドを第一優先にレイアウトする。

輪郭のはっきりないあるいは複雑なオブジェクトは四角形で囲む。枠や背景の四角形に薄い灰色や既出の色の同系色などを使うと美しい。

グループ化では関連の弱い者の間には思い切って余白を設ける。

キャプション(図の説明文)は図の幅に揃える。上下や左右の幅をそろえる。キャプションは左揃え文章にするのが基本。
図とキャプションの間には行間と同程度の余白をとる。

下線による協調は目立たない。
サイズ、色、太さ、背景、囲み。
階層性=優先順位を明確にする。
なおサイズなどがあまり似たようにならないようにすること。

ジャンプ率を高めて強弱をつける
ジャンプ率=本文の文字サイズに対するタイトルや見出しサイズの比率。
ジャンプ率が低いと落ち着いた印象になり、
高いと躍動感あるる印象になる。(ここでかくする。)
ジャンプ率は視線誘導でも大切。低いと読む順番が明確でなく内容は悪に時間を要する。
強弱を明確にするには強調箇所を減らすのが一番。
共著は最重要箇所にとどめる。

繰り返しパターンを守る。すべてのページでタイトルの色やサイズや余白や文字の大きさなどを統一。無意識のうちに安心させる。


タイトルより上に内容を書かない。タイトルよりも下に内容を書く。
タイトルを右下に情報を治める。右下の領域からはみ出すものは従属関係のないものとみなされる。タイトルより左に内奥がはみ出さないようにする。実例のダメな法では●がタイトルより左にある。良い方ではタイトルの左端にちょうど●がくる↓
タイトル
●文章
●文章

枠は最低d減にする。囲みすぎは絶対ダメ。
枠は揃える。角を丸くし過ぎない。

余白を恐れず余白を使って内容を整理する。

・視線の流れを意識。
横がきならZ、
縦がきならNに視線が動くのでこれを妨げない。囲みや矢印や番号も使っていいが、まずは使わないレイアウトを考えること。

・写真は縦横比率が買わないように拡大縮小すること。シフトキーを押しながら拡大縮小する。形を変えたいならトリミング。
複数資料を使うならできるだけ同じ形にトリミング。上下左右の写真の位置もそろえる。

・余計な要素を減らす。アニメーションや日付、発表の名前、企業ロゴなど。

・アイキャッチャー=一瞬で目を引く要素
で魅力を加える。すべての項目を目立たせるよりも一つの項目を極端に大きくす方が目を引く。
巨大なイラスト、重要文字を大きくする、円やギザギザの円。

(色の話はほかのサイトで学ぶ方がいい)
・色は背景色を含めて四色程度がよい。
彩度の高すぎる標準色は使わない。トーンを抑えた少し落ち着いた色を選ぶ。
同系色を使って色数を減らす。
灰色を使って色数を減らす


・同一色相でトーンを変える
同じトーンで色相を変える
補色を組合わせる
モノクロで色が少ないと落ち着いたおとなしい印象、
色が多くて明度彩度が高いとにぎやかで元気な心象。

Adobe Color CCのサイトではお勧めの組み合わせを提案してくれる。
類似色(同一色相)、補色(色相環で反対側)、
シェード(同一色相の明度違い)、
モノクロマティック(同一色相の明度と彩度を変えた色)、
トライアド(色相環三分割)、コンパウンド(補色と類似色の中間)を選べる。

・背景が暗いなら文字はできるだけ明るく。
背景が白など明るい色なら灰色の文字ではなくできるだけ濃い色、暗い色。

明度が近い色の組み合わせは避ける。明度に差をつけた配色にする。
明度と彩度がともに似ているとハレーションというちかちかする現象が発生、

・一つの色には一つの意味を持たせる。
慣習に従う。冷たいなら青く、熱いなら赤く。

合計四色まで。
背景色、文字の基本色、メインの色、強調の色。
二つを同じ色にして合計三色でもいい。

白い背景を利用するのが伝わる美しいデザインの基本。背景に色があると画像を美しく配置するのが難しくなる。

図や写真で使われ知恵る種王な色を選び死霊のメインカラーや強調色にすると楽に統一感を出せる。

・数パーセントだけ明度を上げることで少し灰色文字にして可読性上げる。
明らかに灰色だと読みにくなる。

・色覚バリアフリーも意識
暖色と寒色を組合わせるとバリアフリー
似た色相の色でも明度に差をつけるとバリアフリー

棒グラフの棒の色を、一方な塗りつぶし、もう一方の色を///(色付き)にする。
プロットを一方を塗りつぶし●、もう一方を塗りつぶしなし○にする。


※色覚異常に対応するためにも、色覚シュミレーションアプリなどがある。

・背景の写真は避ける。半透明の背景でも根本解決にならないので△。

・行長に抑揚をつける
単調増加と単調減少は避ける。
こんな
かんじで ハ みたいに
だんだんとながくなったり

逆ハ みたいにだんだんみじかく
なっていく
ような

ことは避けるべきで
こんな感じで < や > みたいに
長い短い長いなどにする。

・印刷会社で印刷するならトンボと塗り足しに注意。背景は塗り足しにはみだす。
仕上がり腺から3ミリくらい空けることで祭壇1がずれても文字などが途切れないようにする。

・三つ折りパンフレットの作り方やモノクロ印刷対策もある。

モノクロ対策にも、
装飾無くす、コントラスト高くする、明度の差で塗り分ける、背景薄く、ゴシック体(明朝体よりも可読性や判読性が下がりにくい)などが有効。
グレースケールと単純白黒印刷の違いに注意。
(この本かなりの大当たりで名著だった)

・[法則1]余白を十分にとる
[法則2]揃えて配置する
[法則3]グループ化する
[法則4]強弱をつける
[法則5]繰り返す
ってノンデザイナーズ・デザインブックからだよね。


「伝わるデザインの基本」という本を社会人1年目で読んでおきたかった。
http://oreno-yuigon.hatenablog.com/entry/2016/11/19/225305
“デザインの原則によると、
図の色は「塗りつぶし」と「枠」のどちらかだけ
です。
枠線を塗って、かつ色までつけてしまうと、図形が悪目立ちしてしまうからです。

囲みやフローチャート、イラスト、グラフ、どの場合でもこのルールは有効だといわれています。
「配色をおとなしくして、図が変に目立つことのないようにデザインする」ということを意識して、実際に雑誌などを見てみると、たしかにどの雑誌もその原則にしたがってデザインされているように感じました。

柄の太さと矢じりの形を変形させない
のが矢印を使う時のルールです。
また、図形の原則に従って配色はできるだけ目立たないようにします。
矢印が必要以上に目立ってしまうと、資料の内容の理解を妨げる可能性があるからです。
「矢印を目立たせすぎない」という意味で…
立体矢印もできるだけ使わない方がいいです。
僕は以前はよく立体矢印を使ってしまっていたので、反省しました。

グラフや図形について、共通に言えることは以下のとおりです。
• デフォルトの図形は派手すぎるので修正する
• 影と枠線、立体感、グラデーションを削除する
• 吹き出しや矢印を歪めない
• 派手な図形は使わない


表計算ソフトを業務で使う人も多いと思います。
基本はExcelです。
Excelも何も考えずに使うと、フォントは「MS Pゴシック」で、枠線も引いてあって見づらい表になってしまいます。
表を書くときの基本原則は、
• 余計な線をなくし、行間を広く取ること
• 数値は右揃え、単語や文は左揃え
• 横に長い場合は1行おきに薄い色をつける
• 英数字は欧文フォント(Arial,Helvetica,Segoe UI)
• 日本語は和文フォント(メイリオ、ヒラギノ角ゴ)

ビジネスにおいて、最終的に何かを判断するのは機械ではなく人間なので、見た目が与える印象というのはけっこう重要なわけです。
正しい数字、正しいデータは大前提として、それの見せ方も工夫する余地はあるのではないでしょうか。

フォントについても、より美しいフォントを選びましょう。
Windowsでそのまま使うと、だいたいのフォントがMSゴシックになりますが、こいつは線がガタガタのギザギザになります。
なので、メイリオや游ゴシック体を使うのがいいです。
ちなみに游ゴシック体は「ゆうゴシックたい」と読みます。
メイリオや游ゴシック体はクリアタイプフォントと呼ばれていて、文字の輪郭を滑らかにすることで美しく表示されるようになっています。
クリアタイプフォントではアンチエイリアス処理というのが行われています。
アンチエイリアス処理とは、ギザギザを少なくさせるために、色を滑らかに変化させる処理のことです。

なお、アルファベットや英数字の場合は、CalibriやSegoe UI、Times New Romanなどが美しいフォントと言われています。

• 余白をとる
• 揃える
• グループ化する
• 強弱をつける
• 繰り返す
文字で書いても伝わりにくいかもしれませんが、本では図を見せながら解説してくれているので安心してください。
簡単に説明すると、「余白をとる」というのは、紙面の端から端までびっちりと文字で埋めてはいけないということです。
横と縦に、ちょっとゆとりを持たせましょう。
窮屈な資料は読む気がなくなります。
図と図の間、文字と文字位の間、資料の端っこから余白をとるようにします。
次に、「揃えて配置する」について。
当たり前のことですが、図や文字は統一感を持って配置することが大切です。

ガタガタにしないで、ちゃんと横を揃えましょう、ということです。
手元にExcelしかないのですが、PowerPointとかだとグリッド線を出してくれますね。
ああいうグリッド線を見逃さないようにしましょう。
「繰り返す」というのは、全てのスライドでデザインを統一するということです。
タイトルや色、文字のサイズ、フォントなど、全体で統一されたものを繰り返すことが大切です。
繰り返すことによって、安定感のある資料を作ることができます。

「上手に見せる」ということは、見る側の負担を減らすということでもあります。
つまり、デザインとは思いやりなのだと。”




ーーー

『プレゼンテーションzen』

著者が曲解した禅の心(笑)は一切無視して技術だけ学ぼう(鈴木大拙を取りあげる輩は警戒せよなど理由は後述)。

・セス・ゴーディン
話し方、服装、ボディ・ランゲージを観客は審査する。
二枚目のスライドを説明しているころにはプレゼンの判定は既に下されていることも多い。
ロジックだけでは足りない。コミュニケーションとは感情を伝えることである。

スライドは言葉をそのままなぞったものではなく、言葉を効果的に演出するものでなければならない。
感情に訴える証拠資料を準備し、内容が正確で真実だと実証するスライド。

一枚のスライドには6語まで。絶対厳守。
(もちろん英語。ヤフーニュースのタイトルは日本語で13文字以内らしい)

安っぽい画像は使ってはいけないl。プロの写真を使う。
環境保護庁データの箇条書きをスライドで並べるよりは、
データを読み上げながら大量の死んだ鳥やスモッグや公害病患者の肺の写真を見せるほうが効果てきめん。

オーバーラップや回転といった変化を画面に加えるのはやめる。シンプルに。

配布資料を作成する。好きなだけ脚注を付けたり、詳細を書き込んだりするとよい。
プレゼン開始時に「発表内容の詳細が載った文書を終了後に配布しますので、話したことを全部書き取る必要はありません」と告げておこう。
プレゼントは聴き手の感情に訴えて説得することだと忘れないでほしい。
スライドは配布しなくていい。あなたがいなければスライドに意味はない。

・厳しい制約の中で仕事することを強いられると創造力は最大限になる。最も豊かなアイデアが生まれる。
完全な自由を与えられると仕事が散漫になる可能性が高い。
プロのデザイナーから学ぶべきことは以下の二点。
1 制約は敵ではなく心強い味方
2 自らに条件や制約を課すことは良質で創造的な仕事に欠かせない要素であることが多い

・ペンと紙、ホワイトボード、ポストイットなどアナログでアイデアをまとめる。
いきなりパワポを使えばいいと思うかもしれないが、初めからパワポでストーリーボードを作るとかえって時間がかかってしまう。標準表示とスライド一覧表示の間を常に行ったり来たりしなければならないから。

・無意識が問題を分析し解明するのを促すために孤独は欠かせない要素。

・プレゼンの質問集
持ち時間
会場はどんなところ
時間帯
聴衆はどんな人々か
聴衆のバックグラウンド
聴衆は何に期待しているか
なぜ私にプレゼン依頼が来たのか
自分は聴衆にどうしてほしいか
状況や聴衆から考えてどのような視覚メディアを使うのが最適か
プレゼンの根本目的
プレゼンで何を言わんとしているか
究極的メッセージはなにか
=たったひとつのことしか聴衆の記憶に残らないとしたらそれは何であってほしいか

・何か言いたい? なぜそれが重要?
プレゼンターにとって自分の題材はあまりに身近なのでなぜそれが重要なのかは明白であり、改めてアピールするまでもない気がしてしまう。しかしなぜ重要かということこそが人々があなたから聞きたいことだ。
「それは我々とどんな関わりがあるのか?」に答えるために、筋の通った議論に加えて、感情に訴えたり共感する必要がある。ここでいう共感とは、プレゼンターにとっては明白であってもみんながそれを分かっているわけではないことを知ること。
ダカラナニ? 
ソレデ?
その話はテーマに即している? 確かに面白いかもしれないがそれは欠かせない要素? ただ自分にとって印象的(だが大多数にとってはそうでない)だからプレゼンに取り入れたの?

エレベーターテスト
30~45秒でメッセージを伝えねばならない。
現実に、予告なしに20分を5分に縮めろとか1時間を半分に減らされる可能性がある。
メッセージの核を把握せざるをえなくなるシュミレーション

・スライドはスピーカ支援でありあなたのサポート。

・心に残るアイデアには6つの共通法則がある
単純明快、意外性、具体性、信頼性、感情に訴えること、物語性。
simplicity, unexpectendness, concreteness,
credibility, emotions, stories.
頭文字を繋げるとサクセスSUCCESs。

単純明快
核は何か、キーは何か、なぜ重要か。

意外性
一番いいのは質問を投げかけること。
知識の穴を指摘しそれを埋める。自分の知識に空白があると自覚させ問題の解答を与える、あるいは解答へ導く。

具体的
抽象的な話は避け、具体的実例をあげる。
ことわざはいい。

信頼性
イメージがはっきり浮かぶ形でデータを表現

感情に訴える
何かを感じてもらわないといけない。
人が感情的つながりを覚えるのは抽象概念ではなく人間に対してだ。

物語性がある
人は自分が語る物語を通じて自己表現しようとする。
物語を使った指導。
人は物語にひかれる。

・編集には自制心が必要
無慈悲に容赦なくカットせよ。

・簡素化による増幅作用

ビジュアルに関するシンプルな表現法を学ぶなら、マンガから学べ。
スコット・マクラウド(1998)『マンガ学-マンガによるマンガのための漫画理論』美術出版社を読むのが一番いい。
漫画の抽象的な絵は細部を排除することは特定の細部に重点を置こうとする努力のあらわれ。

・良いデザインは足し算ではなく引き算で考えよう。シンプルすぎると失敗するので注意。シンプルさは不要物を慎重に取り除くことで得る。

・七つのデザインの一般原則
シグナル/ノイズ比
画像優位性効果
余白
ビッグ4(コントラスト、反復、整列、近接)
(またあの本か)

シグナル/ノイズ比(SNR)
=無意味な情報に対する意味のある情報の比率
表(グリッド)の線はかなり細く、薄くできるし、すべて省いて構わない場合もある。
フッターやロゴは取り除いた方が効果的な場合が多い。
二次元グラフにする。三次元は避ける。
すべてのスライドに会社ロゴを入れる必要はない。


(画像見るに、色の数を減らす、目立たせたいところを目立たせるためにそれ以外は地味にする。
グラフを見せるのだから、グラフの意味を大きく短文で文字で上に書いて、
項目もはっきり見えるようにして、
グラフを描く。
グラフとグラフの項目名とグラフのタイトル以外はできるだけ削る。
目立たせたい個所は赤系。
1~10まで箇条書き図で、奇数は灰色、偶数は白にしてしましま。見やすい。強調箇所は赤)

1-7-7の法則
1枚のスライドに1トピックまで。
テキストは最大7行まで。
1行に使う言葉は最大7語まで。
問題は「この法則は有効か」
このやり方は本当に良いアドバイス?
これは本当に適切で効果的なビジュアル?

機能だけでなくデザインも必要
議論よりも物語
焦点よりも調和
論理ではなく共感
まじめだけでなく遊び心もほしい
蓄積より生きがいを目指そう


画像優位性効果
言葉より画像のほうが記憶に残りやすい。
何気なく情報を見せられた場合や、ごく短時間しか見なかった場合はこの傾向が強まる。
見せた直後だと絵でも言葉でも記憶に差はない。
が、30分以上経過すると画像が優位になる。

いい写真が手に入るサイト紹介は省略

引用句で信憑性を加える。
画像の内部にテキストを組み込む。

余白は高品質、洗練、拡張高さを伝えられる。無駄なスペースではない。

画像で視線誘導
画像の人の視線がグラフや文字に向くようにする。

三分割法
カメラマンが構図法として学ぶ基本技術
カメラのファインダーの縦横を三等分に区切る。四本の交差する線と、三目奈良部のゲーム版に似た9の枠ができる。
主要な被写体はファインダーの中心ではなく
これら四本の線が交差する点(この交点はパワーポイントと呼ばれる)
の上に置くとよい。
三分割は黄金比に近づくための手軽な方法。

・高橋メソッド
スライドは文字のみ。

・スピーチの長さは腹八分で。
集中力は15~20分を過ぎると急激に低下する。

・TEDおすすめ。
(会話などとにかく使える話のコツまとめ
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-163.html

・証明はつけたまま
常にスピーカーの姿を見せる。姿が見えないと聴衆と一体感を持つことが難しくなる。
本人の姿が見えないと聴衆は話に集中できず貴方の言葉に耳を傾けなる可能性が高い。

聴衆とのあらゆる障壁を取り除く。
書見台は避ける。ワイヤレスマイクを使ってリモコンでスライドを進められるようにする。動き回れるようにする。


後述
プレゼン技術だけ取り入れるべき、というのが私の結論。
本書の著者のように何度も鈴木大拙を引用するくせに禅の心ってほざく輩の禅論についてはまったく信用していない。キリスト教的に歪めて解釈した単なる禅カルトだから。
大拙はインド風キリスト教=神智学的に禅仏教を歪めているので、キリスト教圏に受け入れられやすかったからだろう。
シンプルさはあくまで目的(解脱=欲望を滅して得られる長く続く平静な心)のための手段。
禅である必要がない。
腹八分もべつに禅の特権ではない。
やっぱりZENは✝を前後につけるべきだな。
本書の著者など欧米人が紹介する禅は鈴木大拙(禅仏教風✝)の影響が強いな。よって偽物の野狐禅。インド風✝のニューエイジと神智学経由だから中核が見事に耶蘇教によって破壊されている。マインドフルネスは欲望を滅しないように改悪している。そもそも欲望を滅したらプレゼンなんてしないだろ。資本主義=欲望あおりが正義が前提のビジネスも否定するものをそのまま広めるわけないからね。

↓ジョブズも禅仏教を曲解
SHIVA‏ @francisco_bot 2015年9月2日
ジョブズは、大学時代のLSDなどのサイケデリクスや瞑想・仏教の教えや禅の修業などを通して「抽象的思考や論理的分析よりも、直感的な理解や意識のほうが重要だと、このころ気づいたんだ」と語っている。




菊池‏ @kikuchi_8 3月19日
鈴木大拙は禅を神秘主義とした。鈴木は臨済系だが「臨済録」には「念々馳求の心を歇得せば便ち祖仏と別ならず」とあり。執着してあくせく外に求め回る事を止めた平常無事の心を「仏」とした。原始仏教の趣旨と殆ど同じである。一方神秘主義では外に立てた実在を渇望しそこに合一する事を目指す。真逆。






小森健太朗‏ @komorikentarou 2011年9月4日
返信先: @akokuboさん
鈴木大拙は、神智学日本支部京都ロッジの長つとめてました。日本の神智学ムーブメントの中心的人物ですね。RT @akokubo 今まで、鈴木大拙って、全然読んだことがなかったので、知らなかったけど、神智学関係者だったのか。 from 『ネメシスの虐笑』




ビジネスマン必見の名著!「プレゼンテーションZEN」から学ぶ、プレゼン資料作成で外せないポイント解説
http://sket.asia/magazine/kotsu/zen_kaisetsu/
に参考になるスライド画像集


「プレゼンテーションZen」はスゴ本
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2009/10/zen-7058.html
” デザインの原則――「コントラスト」「反復」「整列」「近接」を使って、凡庸なシートが、ダイナミックで統一感をもったものに変わっていく過程は、"見た"瞬間に理解できる。
 世界プレゼンコンテストで第1位のジェフ・ブレンマン[URL]とか、「でかいプレゼン」で有名な高橋メソッド[URL]、マレーシア大学薬学部教授の講義スライドを読むというより、"見て"いるうちに、優れたプレゼンのキモに親しむことができる。もちろんビジュアルもテーマも全然ちがうが、どのような効果を狙っているか?そのためにどんなデザイン戦略でいるのか?が伝わってくる。
 いっぽうで、いわゆる「ハウツー本」に慣れている人はとまどうかもしれない。特定のフォーマットやプロセスを見開き一頁で解説するようなものではないから。著者は、「メソッドではなく、アプローチ」だという。進むべき道や方向、心構えを意味し、時には哲学まで示唆する。プレゼンの本なのに、(比喩的とはいえ)禅や武道まで言及しているのがユニークだ。
 もっと面白いことに、
    「まず、パソコンから離れろ」
と助言する。12ポイントの箇条書きとデータに埋め尽くされた、悪夢のようなPowerPointは、全てをPCで行おうとする過ちの結果なんだ。スピーチに必要なのは、ストーリーテリング(物語り)。それは資料の作成よりもむしろ、ドキュメンタリー映画の技法と共通するする部分が多いという。そして、スライドはあなたの言葉をそのままなぞるものではなく、言葉を効果的に「演出」するものでなければならない。そのためには、紙とエンピツだけをもって、一人になって、次のことを突き詰めろという。
    「何が言いたいのか、なぜそれが重要なのか」
 もしPowerPointを使うのなら、空白のシートをプリントアウトして、ラフスケッチを作れとアドバイスする。空白のシートは、ファイル→印刷で印刷プロパティを出し、以下の設定で印刷する。
  ・ 印刷対象を「配布資料」
  ・ 配布資料の「1ページあたりのスライド数」を2~3
  ・ チェックボックス「スライドに枠を付けて印刷する」にチェック
 すると、白い枠と、その横に罫線が並んだペーパーができあがる。これにエンピツで自由に書き込む。ビジュアルをイメージしたり、要点を出すのに使える。どんなシートに何のスピーチをするのか、スピーチ全体のレイアウトを決めるのだ。
 さらに、ホワイトボードの活用を提案する。これも大賛成。ホワイトボードのおかげでチームで課題を共有することができるし、文字どおり「一歩離れたところ」から問題を眺めることができる。全体的にまとまりのないプレゼンは、この「一歩離れたところ」からの視点がない。PowerPointよりもホワイトボードを用いることで、解消できる。「これで全部」が一目で見えるから、それ以外のユニークな視点や新たな要素を吟味することができる。そして、この段階で、リラックスした気分で次の疑問を自問せよという。
1. 持ち時間はどれくらいか?
2. 会場はどんなところか?
3. 時間帯はいつか?
4. 聴衆はどんな人か?
5. 彼らはどういったバッグラウンドを持っているのか?
6. 聴衆はわたしに何を期待しているのか?
7. なぜわたしにプレゼンテーションの依頼がきたのか?
8. 自分は聴衆にどうしてほしいのか?
9. 今回のプレゼンテーションの根本的な目的は何か?
10. 今回のプレゼンテーションの究極的なメッセージは何か?言い換えると、「もし、たった一つしか聴衆の記憶に残らないとしたら、それは何であって欲しいか?」
 そう、「誰に」「どんな」メッセージを伝えるかは、作りながらである場合が多い(経験談)。そのため、場当たり的で、データや主張を詰め込んでいるうちに、なんとなく「形」ができているような気がしてくる。そんな「まずいプレゼン」にしないために、上の質問はリマインダーとして残しておこう。これらの質問の順番を逆転させると、プレゼンの中に「物語」を与えることができる。パソコンから離れ、ストーリーボードを作るのが先決なのだ。
 こんな心構え的なものに限らず、もっと実践的なアドバイスもある。ハッと気づかされたものを二つ、紹介しよう。「詳細は配布資料で、スライドはシンプルに」と「余白の使い方」の二つだ。
 まず、配布資料について。準備段階で、きちんとした配布資料を作っておけという。配布資料のおかげで、スライドやプレゼンはのびのびとやれる。よく、スライドをそのまま配布資料として用いる人がいるが、絶対にやってはいけないと警告する。スライドはスライド、資料は資料で、同じものではないという。
 つまりこうだ。スクリーンに出すスライドは、できるだけ視覚的なものでなければならない。すばやく、効果的に、そして強力に論点を裏付ける必要がある。いっぽう、配布資料は、(スピーカーがいない場で)プレゼン自体よりもさらに突っ込んだ内容や範囲を持った情報を提供するものなのだ。
 スライドの本質は、スピーカーである「あなた」を支援するもので、スライド単体では成立しない。もし、スライド単体で成立するのであれば、「あなた」が前に立っている必要などないとまで言う。配布資料を用意するだけで、何もかもスライドに詰め込まなければならないという思いから解放できる、これは大きい。
 次は、余白の活用について。うまいプレゼンの例は確かに余白を多用しているが、なぜ重要なのか?その答えがちゃんと書いてある。空白部分があると、見る人の視線は自然に空白以外の方向へ導かれる。新しいスライドが表示されたとき、聴衆の目は真っ先に画像(大きく、カラフル)へと引き付けられ、その後すぐにテキストへと移っていく。
 つまり、画像を使って視線を誘導するためには、余白がどうしても必要なのだ。そして、余白を使うための定石「グリッドと三分割法」を紹介している。シートのタテヨコを三等分に区切り、テキストはその線分上に配置するのだ。そして、画像の位置はタテヨコの交点に合わせる。全体をこの形に統一するだけで、余白を戦略的に活用したシートになる。はデザイナーにとっては常識らしいが、わたしには初だったのでありがたい。
 プレゼンの達人は、精進を怠らない。著者は、TED(Technology, Entertainmane, Design)でスピーチのお手本を探している[URL]。そして、スティーブ・ジョブズとビル・ゲイツのプレゼンテーションを比較して、こう述べる。ジョブズのスピーチに占めるビジュアルは、ゲイツよりも大きい、ほとんど不可欠な構成要素となっているという。
ジョブスは物語を演出するためにスライドを使う。そして、めったに聴衆に背中を向けることなく、そうしたスライドをスムーズに操っている。それは物語を語る手段なのである
 いっぽうゲイツにとってのビジュアルは「お飾り」や「添え物」であり、スライドを背景にスピーチするというよりも、スツールに腰掛けて自分の考えを話し、聴衆との質疑応答形式の方が得策なのだという。”


スライドデザインのヒント
http://www.garrreynolds.com/preso-tips-jp/design-jp/
1. スライドはシンプルに
パワーポイントはスライドを横長方向で使用する。このソフトは、講演者や講演内容を補助する視覚的情報を表示するのに便利なように設計されていて、スライド自身が「ショーの主役」になるように作られているわけではない(「主役」は、もちろん聞き手なのだから)。聞き手は、あなたに会い、あなたの言葉やメッセージに心を動かされたり、新しいことを学んだりするために来ているのだ。スライドが不必要に複雑だったり、ごちゃごちゃしていたり、エドワード・タフティが言うところの「ゴミグラフ」でいっぱいになったりしていては、あなたのメッセージや話を伝える能力を脱線させてしまう。スライドに不必要なものがあっては絶対ならない。

スライドには十分な余白や空間があるべきだ。空いたスペースを何とか埋めなければと、ロゴマークやその他の不必要な画像、またはこれといって理解の助けにならないテキストボックスなどを入れてはいけない。スライドがよりシンプルであればあるほど、その分視覚的なメッセージが効果的になるのだ。
2. 箇条書きと文章量を制限する
講演は聞き手のためのものだ。けれども箇条書きだらけのスライドは聞き手を飽きさせるだけで、ほとんどためにならない。これは文章量についてもいえることで、もっとも出来のよいスライドには、テキストはまったく含まれていないだろう。最近は誰もが文章過多のスライドに頼り過ぎているため、これは信じられないかもしれないが、もっともよく出来たパワーポイントのスライドは、ナレーション(つまりあなた自身)がなければ意味がないも同然なのだ。スライドは話し手を補助するためにあるもので、話し手を不必要にするためではない、ということを心にとめておこう。
講演に来られなかった人はよくこんなことを言うだろう。「出席できなくて残念でした。すごく良かったそうですね。できればパワーポイントのスライドだけでも送ってくれませんか?」しかし、よくできたスライドなら、あなたなしではほとんど意味がないはずだ。パワーポイントのスライドよりも、講演内容の要点をまとめ、さらにその内容をふくらませた文書を事前に準備しておく方がはるかに役に立つ。聞き手にとっても、ただ単にパワーポイントのスライドを印刷したものより、講演内容をさらに詳しくまとめた印刷物を持ち帰る方がずっとよい。聞き手に、詳細をまとめた資料や出版物を講演の後に渡す用意をしていれば、パワーポイントのスライドを大量のテキストで埋めようとする必要もないのだ。
この内容については後のセクションでまた詳しく触れるが、テキストに関して必ず覚えておくことは、聞き手に背を向け、スライドのテキストを一字一句読みあげるようなことは絶対にしてはならない、ということだ。

このようなシンプルなスライドを目指そう。

このような文章過多の(そして眠気を誘う)スライドは避ける。
3. 画面の切り替え効果とアニメーションを制限する
スライドのアニメーションと画面の切り替え効果を使う時は注意しよう。箇条書きを順に表示するアニメーションは、全てのスライドに使ってはいけない。多少のアニメーションは効果的だが、できる限りさりげなく、プロらしく(夜のニュース番組で見られるようなやり方で)使うこと。シンプルな「左から右へのワイプ」(「アニメーション」メニューの一つ)は箇条書きに有効だが、「スパイラル」や「ターン」は長ったらしくて遅すぎる(にもかかわらず、最近の多くのプレゼンテーションで使われている)。聞き手は、アニメーションを使ったスライドを次々に見せ続けられるとすぐに飽きてしまう。スライド画面の切り替え効果は、せいぜい2-3種類以下に押さえるようにし、全てのスライド間に効果を設定しないようにしよう。
4. 高品質な画像を使う
写真を含め、画像は全て品質の良いものを使うこと。自分のデジタルカメラで良いイメージを撮影したり、プロ用のストック写真集を購入したり、またインターネット上に多量にある高品質な画像を使ったりするのもいいだろう(ただし、著作権の問題には気をつけること)。画質の低い小さな画像を決して引き延ばしてはいけない。解像度をより悪くしてしまうからだ。
パワーポイントのクリップアートや、漫画のような線画は使わないようにしよう。繰り返して言うけれども、ソフトウェアに付随したものは、見る人も何百回と目にしているのだ。1993年当時には興味を誘ったのかもしれないが、現在ではこういったクリップアートを使うと、たいていの場合講演者のプロらしさを弱めてしまう。もちろん例外はあるし、すべてのパワーポイントのクリップアートがひどいというわけでもないが、使う時はとにかく注意深く慎重に使うこと。

こうした安っぽいクリップアートは避ける。

このような手を加えたストック写真の方がより効果的でプロらしく見える。
わたしはよくスライドに「人」の画像を使う。「人」の写真を使うと、聞き手がスライドにより情緒的に共感を覚えやすくなるからだ。写真の重要度が低い場合、わたしは明るさを下げ、フォトショップの「ガウスぼかし」や「モーションブラー」フィルタをかけてやる。写真が一番重要な場合は、聴衆に(製品の写真などに)注目してほしいので、画像をより目立たせてテキストをほとんど(または一切)なくしてしまう。

このスライドでは、画像が最重要だ。

同じプレゼンテーションのこちらのスライドでは、イメージは補助的なため、フォトショップで事前に加工して後ろの方に「押しやって」いる。
5. パワーポイントのテンプレートではないビジュアルテーマを使う
プレゼンテーション全体に渡り一貫したビジュアルテーマを使うべきだが、パワーポイントに入っているテンプレートのほとんどは、聞き手はすでに何度となく見たことがあるものだ(それ以前にこれらのテンプレートはそれほどできのいいものではない)。聞き手は、(少なくとも彼らにとって)新しく、独特の内容のプレゼンテーションを期待している。そうでなければ、彼らはわざわざあなたの話を聞きに来る必要はないのだ。聞き手は似たり寄ったりのプレゼンテーションには興味をそそられないので、パワーポイントのデザインテンプレートや補助画像は避けなければならない。プレゼンテーションが型にはまった既製品のように思わせてしまうからだ.
自分のニーズに合ったオリジナルのテンプレートを作ることも可能だ。作成したファイルをデザインテンプレート(.pot)として保存すれば、このテンプレートは次回以降通常のパワーポイントのテンプレートに加えて表示されるようになる。また、専門家が作成したテンプレートをオンライン購入してもよい(例えば、www.powerpointtemplatespro.com など).
6. 適切なグラフを使う
どれだけの情報が適切か、常に考えること。講演者は大抵、画面で表示されるグラフにデータを詰め込みすぎてしまうのだ。データをグラフにするには、いくつかの表示方法がある。以下に留意すべき点を挙げる。
円グラフ
割合を示す場合に使用する。割合の要素は4-6個に押さえ、色を変えたり位置をずらしたりして、もっとも重要な要素を引き立たせること。

縦棒グラフ
時系列に量の変化を示す場合に使用する。棒の数を4-8本に限るともっとも効果的だ。

横棒グラフ
量を比較する場合に使用する。例えば、会社の売上高を地域ごとに比較するなど。

折れ線グラフ
傾向を示す場合に使用する。例えば、この図は毎年売上高が上昇していることを示す、単純な線グラフだ。良い傾向が示されている。この点を強調するためには、矢印を後から表示させるようにする。ほら、先行きは順調だ!

一般的に、テーブル(表)形式は数量的なデータを並べて比較する場合に向いている。ただし、テーブルは視覚的なインパクトに欠ける。例えば、あなたの貢献度が他の二つのグループに比べて著しく高いということを示す場合、棒グラフ(下段右)にして表示するのが最も効果的だろう。逆に、貢献度が他に比べて低いことを目立たせないようにしたいなら、テーブル形式にするとより目立ちにくく、より感情に訴えにくい表示になるだろう。


7. 色をうまく使う
色は感情を引き起こす情緒的なものである。色をうまく使うことで、説得力を強くしたり、興味をかき立てたりすることができる。調査によると、色の使い方によって関心を強め、学習の理解力と記憶力を高められることが判明している。

色彩理論の専門家である必要はないが、ビジネスのプロとして多少の知識は持っておくべきだ。色は次の2つの一般的なカテゴリーに分類できる。寒色(青や緑など)と暖色(オレンジや赤など)だ。寒色は見ている人から背景方向へ遠ざかって見えるため、背景に使用するのが効果的だ。暖色は手前に向かってくるように見えるため、前面にあるもの(テキストなど)で最も効果的に働く。こうしたことを考えると、よくあるパワーポイントのスライドが青の背景に黄色いテキストの配色になっているのも不思議ではない。必ずしもこの配色を使わなければと思う必要はないが、このような配色にバリエーションをつけて使うとよいだろう。

大きなホールなどの暗い場所で講演をする場合、暗い(紺や灰色など)背景に、白や明るい色のテキストはよく合う。しかし、ほとんど照明をつけたままにする(非常に賢明な)手法を取るならば、白い背景に暗いテキストの方がずっとうまくいく。周りにある程度光がある部屋では、暗い背景に明るい文字はひどい結果になるが、暗い色のテキストに明るい背景の場合には画像の鮮明度をある程度維持してくれるだろう。
もっとよく知るには:
• PresentationPro.comには、Flashによる優れたチュートリアルがいくつかあり、色についてのものもある。
• 色についてもっと知るには、CreativePro.com を見るといい。
• Dummies.comには、パワーポイントでの配色の使い方についての短い記事がある。
8. フォントをうまく選ぶ
フォントは、それ自身の持つイメージがさりげなく伝わるため、フォント選びは慎重に行うべきである。フォントの組み合わせは、プレゼンテーションのスライド全体を通して一貫性を持つようにし、同系列のフォント(例えば明朝体と明朝体のボールドなど)は2種類以内にする。セリフフォント(Times New Roman などの飾りひげ付きの書体、和文フォントでは明朝体)とサンセリフフォント(Helvetica や Arial などの、ひげのない書体、和文フォントではゴシック体)の違いを知っておこう。セリフフォントは小さなサイズでも読みやすいと言われているが、スクリーンでのプレゼンテーションではプロジェクターが比較的低い解像度であるため、ひげの部分(もしくは細い部分)が消えてしまいがちになる。サンセリフフォントは一般的にパワーポイントでのプレゼンテーションに最も向いているが、どこででも見かけるHelveticaフォントやMSゴシックなどはなるべく避けるようにしよう。私はGill Sansフォントをよく使用している。このフォントはセリフフォントとサンセリフフォントの要素を持ち、プロらしく見えるにもかかわらず親しみやすく“対話的”なのだ。どんなフォントを選んだとしても、部屋の後ろからでもテキストが読めるようにしておくこと。

Timesフォント

Arial Black フォントと Arial フォント
9. ビデオや音声を使う
ビデオや音声は適切に使うこと。ビデオクリップを使って具体例を見せると、情報を認知するプロセスがより促進される。これは人間の自然な学習過程である。アプリケーションを切り替えたりビデオレコーダを操作したりせずに、パワーポイントでビデオクリップを再生することもできる。ビデオクリップを使えば、主張をよりはっきり示せるだけでなく、気分転換にもなるので、聞き手の興味を高める効果もある。音声(インタビューなど)を使うのも同様に効果的だ。ただし、パワーポイントに含まれる安っぽい効果音(スライドのアニメーションの時に流すホルンや拍手の音のようなもの)は使わないこと。アニメーションに過剰な効果音をつけると、聞き手の信頼を簡単に失ってしまう。
10. スライド一覧で時間を費やす
マルチメディア学習理論における文節化原理(Segmentation Principle)によれば、情報を小さな固まりや区切りに分けて提示すると、人間はそれをより良く理解できるという。これをパワーポイントに置き換えて言えば、スライド表示画面を抜け出してスライド一覧を表示すると、プレゼンテーション全体の論理的な流れよくわかる。このように見て、さらに論理的で自然な流れのプレゼンテーションにする必要があれば、1つだったスライドの内容を2-3つに分けてみるのもいいだろう。この表示画面では、見る人の視点からプレゼンテーション全体の統一性を良く把握できる。また、削除すべき余分な画像データをより見つけやすくなり、視覚的にさらにすっきりとわかりやすくなる。



準備段階のヒント
http://www.garrreynolds.com/preso-tips-jp/prepare-jp/
1. 終わりを意識して始める
パワーポイントを立ち上げる前に、プレゼンテーションをする日のことをよく考えてみよう。そもそもの目的は何か?なぜあなたがプレゼンを依頼されたのか?聴衆は何を期待しているか?例えば50分のプレゼンをするならば、その中で最も重要で、聞き手に覚えてもらいたい情報は何か?単に情報を共有するように求められたとしても、それだけでは聞き手は満足しないだろう。情報を得るためだけならミーティングやセミナー、プレゼンテーションは必要ない。本や配布資料を読めば良いのだ。
2. 聞き手のことを可能な限り理解する
聞き手にとって最も有益な情報を提供する素晴らしいプレゼンターになるためには、プレゼンテーションのコンテンツを作成する前に、まず聞き手に関する基本的な情報を正しく把握しなければならない。最低でも次の5つについては明確にしておこう。
彼らはどのような人たちか?
どんな社会的背景を持っていて、あなたが提供しようとしている情報についてどれだけの知識を持っているのか?
イベントの目的は何か?
インスピレーションを与えるため?実用的な情報を得るため?アドバイスより理論やコンセプトを求めているのか?
なぜあなたが話すように依頼されたのか?
あなたに期待されることは?
どこでやるのか?
場所や設備等について出来る限りの情報を得ること。
いつやるのか?
準備に十分な時間は取れるのか?何時から始まるのか?他にもプレゼンターがいるなら、あなたは何番目か?(選択できるなら、最初か最後の順番を選ぶのが良い)何曜日に行われるのか?これらは全て大切な要素である。
3. 内容がすべて
どれだけデリバリーが上手くても、またスライドに素晴らしいビジュアルを使用して美しくまとめていても、プレゼンテーションの内容自体がしっかりしたものでなければ、それは成功とは言えない。内容が良ければそれでいいという訳でもないが、プレゼンテーションの準備段階では、聞き手に適した内容を考え、それを聞き手が共感できるようなストーリーへと作り上げることが大切だ。

注意事項:内容を充実させることは重要だが、聞き手に大量のデータを投げつけることは避けよう。これは残念ながらよくあることなのだが、聞き手が消化できる限界を超えたデータを盛り込み過ぎ、またそのデータの持つ意味を分かりやすく説明しようとする努力を怠るプレゼンターがたくさんいる。これは全てを盛り込まないと要点を理解してもらえないかもしれないという恐れからくることが多いが、実は全く逆効果だ。
4. シンプルにまとめる
シンプルにするというのは手を抜くという意味ではない。複雑な内容をシンプルにするのはプレゼンターにとってはとても大変なことだが、聞き手には分かりやすく、受け入れられやすい。そのためにはより注意深く情報を精査し、何を入れて何を省くか、慎重に考えなければならない。あなたが伝えようとしているメッセージの根幹となるものは何か?準備段階では常にそれを考えながら内容をまとめること。迷った時は自分にこう問いかけてみよう:
EXERCISE
聞き手に覚えておいてもらいたい3つの要素は何か?
その3つを補足する情報以外の要素は増やさないようにしよう。
(1)__________
(2)__________
(3)__________
5. アイデアをアウトプットする
準備段階ではアナログな方法をお勧めする。つまり、いきなりパワーポイントやキーノートに情報を打ち込むのではなく、紙とペンを使ってアイデアを書き出していこう。私はいつもオフィスにある大きなホワイトボードに自分の考えを書き出してブレインストーミングする(アップルに勤めていた時は、オフィスの壁一面がホワイトボードだった)。私にはホワイトボードはとても効果的で、制限されることなく自由に考えをアウトプットすることができる。そして一歩下がって全体像を俯瞰し、書き出したアイデアをどう論理的に構成してパワーポイントに落とし込むかを考えることもできる。また要点を抽出し構成をまとめていく上で、補足的なチャートや写真などのビジュアル要素も思いつくままにラフでそこに描いていく。プレゼンテーションにはデジタル技術が必要だが、話をして聞き手と繋がりを築くという行為はとてもアナログなものだ。
クリフ・アトキンソン氏は2005年に著書「Beyond Bullet Points」で次のように述べている。
「プレゼンテーションをいきなりパワーポイントで作り始めるというのは、まるで映画監督が台本もないのに配役し撮影を始めるようなものだ。」
準備段階はアナログで
私はよくメモパッドとペンを使ってストーリーボードのラフ案を書き出す。前述したように、アイデア出しをする時はアナログの方法の方がよりクリエイティブに考えられるからだ。ソフトウェアの使い方に迷うこともないし、全体の流れを見ることも簡単にできる。ある事柄について補足的にイメージを使用したい場合、例えば写真を入れたり、グラフを用いたりなど、手書きでそのラフをさっと描くこともできる。そんなやり方は時間の無駄で、始めからパワーポイントで作った方が二度手間が省けるのでは?と思う人もいるだろう。しかし実際そうしてみたところ、その方がもっと時間がかかることに私は気づいた。なぜなら、全体像を見ようとすると、スライドビューから全体ビューへ何度も行ったり来たりを繰り返さなくてはならず、より手間がかかるのだ。紙やホワイトボードを使うアナログなやり方は、 伝えたいメッセージを整理しシンプルにする作業が容易にできる。そのプロセスを経てからパワーポイントを使うと、よりスムーズに形にすることができるのだ。その際、私はあまりメモパッドやホワイトボードに書き出したラフ案を見ることはない。なぜならその時点で既に頭の中で明確にメッセージの構成と流れが出来上がっているからだ。時々ラフ案を見直して、どんなイメージを使おうと考えていたかを確認し、iStockphotoなどのストックフォトサイトや自分が撮った写真のライブラリーからそれに合ったイメージを探し、スライドに挿入する。アナログとデジタルを上手く活用しよう。
6. 聞き手を惹き込むロードマップを作る
プレゼンテーションの構成作りは最重要ポイントだ。しっかりと考え抜かれた構成がなければ、スムーズなデリバリーも美しいビジュアルも無意味なものになってしまう。最初の段階でアイデアをじっくりと抽出し、それらを論理的な流れに落とし込めば、あなたの考えは明確になるだろう。また聞き手はあなたのプレゼンの流れを理解する必要がある。これは、プレゼンの最初に議題を示したスライドを見せれば良いというのではない。実際の構成自体を論理的な流れに基づいたロードマップとして描き、そしてその旅に聞き手を導こう。
7. だから何?
プレゼンテーションの準備段階で、 私はよく「だから何?」「それで?」と自分に問いかける。プレゼンターは常に聞き手の立場になって考えることを忘れてはいけない。 あなたの話す内容が相手にとってなぜ 大事なのか、どう関係するのか?「だから何?」の質問にうまく答えられないなら、その情報は省いてしまう方が良いだろう。
8. エレベーターテストに合格できるか?
あなたのメッセージの明確さをエレベーターテストで試してみよう。このエクササイズは、あなたのメッセージを30-45秒以内に「売る」ための練習だ。こんな状況を想像してみよう。あなたはマーケティング部長に新しい企画について説明するアポを取りつけた。納期も予算もかなり厳しい中、この企画の承認を得るために、部長に直談判できるのはとても大きなチャンスだ。部長室の前に到着すると、急に部長が部屋から飛び出して来た。手にはコートとブリーフケースを持っている。「悪いが急用が出来て外出しなければいけなくなった。時間がないので、一緒にロビーまでエレベーターで降りよう。その間に企画について聞かせてくれないか?」果たしてあなたは、エレベーターがロビーに着くまでに自分のアイデアを上手く説明できるだろうか?実際にこんな状況は起こらないかもしれないが、プレゼンテーションの持ち時間を半分にするように要求されることはあるかもしれない。例えそんなことが起こらないとしても、そんな状況でいかにあなたの考えを簡潔にまとめられるかを考えながら準備すると、よりメッセージが明確になり、伝わりやすくなるのだ。
9. ストーリーの美学
素晴らしいプレゼンテーションにはストーリーがある。一流のプレゼンターはよく個人的なストーリーを語って自らのメッセージをより深く描写する。複雑なアイデアをわかりやすく伝えるには、参考例をたくさん挙げるか、そのアイデアが活かされた経験談などをストーリーとして語ると効果的だ。ストーリーは聞き手の記憶に残りやすい。プレゼンテーションの内容をしっかりと覚えてもらいたいなら、聞き手が共感でき、記憶に残るストーリーを考えてみよう。良く出来たストーリーは明確な起承転結で構成されている。単に事実やデータを示すだけではなく、それがどういう意味を持つのか、関連性のあるストーリーを語ってみよう。
10. どうすれば自信を持てるか
プレゼンテーションをする際、緊張するという人は少なくないが、準備を周到にすれば緊張は減らすことができる。プレゼンテーションの論理的な流れを作り、適切でプロフェッショナルな補足ビジュアルを用い、しっかりと時間をかけて準備したならば、何も緊張することはない。それに加え、実際のコンピュータとプロジェクターを使用してリハーサルを何度か行えば、緊張感はいつの間にか消えてなくなってしまうだろう。私たちは無知なことに対して不安や恐れを感じる。プレゼンテーションの内容をしっかりと熟知し、リハーサルも行い、次にどのスライドが来るか把握し、どんな質問が来そうか予め想定し、それに対して答えを用意しておく。そうやって準備すれば無知の要素はほとんどなくなるだろう。わからないことや不安に思うことを一つ一つ取り除けば、自然と不安に思う気持ちはなくなり、その代わりに自信が満ちあふれて来ることだろう。

講演のヒント
http://www.garrreynolds.com/preso-tips-jp/deliver-jp/
1. 熱意を見せる
講演のヒントを一つだけあげるとすれば、話そうとする話題に情熱を持ち、それを態度に示すということだ。もちろん、内容自体も素晴らしく、映像表現も専門的で優れたデザインであるべきだが、そういったものすべては、あなたがその話題について心の底からの信念を持たなければ意味がない。凡庸な講演者と偉大な講演者の最大の違いは、聞き手と嘘のない刺激的な関係を築ける能力があるかどうかにある。尻込みせず、自信を持つこと。そして、話題への情熱を聞く人すべてに突きつけるのだ。
2. 始まりを効果的に
第一印象の影響は強いと言われるが、まさにそのとおりだ。講演の最初の2-3分は最も重要な部分で、聞き手は最初の数分間はあなたを気に入ろうとする。この機会を逃してはならない。それなのにほとんどの講演者は、講演内容の背景を不必要に説明したり、個人的もしくは専門的な経歴などについて長々と話し続けてしまい、この機会を外してしまうのだ。
3. 講演は短めに
人間は、講演者の話を座ったまま受け身で聞いている時は、そんなに集中力が持たないものだ。聞き手の集中力は始まりがもっとも高く、“最後に…”という話をされると再び高くなる。こうした反応は人間の習性であり、特に忙しい(そして大抵疲れた)現代の労働者には特に顕著である。なので話す時間が30分ある場合は、25分以内に終わらせるべきだ。聞き手には、もう十分聞いたよと思わせるより、もっと聞きたいと思わせる方が良い。プロのエンターテナーはこうしたことをとてもよく心得ているものだ。
4. 演壇から離れる
聞き手により近づくために、演壇から離れるか、もしくはその前に出よう。講演の目的は聞き手とうまく繋がることなのに、演壇はあなたと聞き手との間に壁を作ってしまう。物理的な障壁をなくせば、聞き手との関係はより築きやすくなり、気持ちも通じやすくなる。
5. リモコンを使う
スライドやアニメーションをより効果的にするため、小型の携帯型リモコンを使おう。リモコンを使えば演壇から離れることができる。これは至上命令といってもいい。キースパンというメーカーが提供する商品に良いものが2つあり、Keyspan Presentation RemoteとInterlink remote。
6. “B” キーを忘れずに
パワーポイントなどのスライドを表示している時にキーボードの”B”を押すと、画面が真?暗になる。スライドの内容から脇道へそれたり、別の話をする必要がある時にこの機能は便利だ。スライドを無にすることで、聞き手の注意をあなたに引き戻せられる。元に話題を戻る時は、”B”キーをもう一度押すことで画面は再表示される。
7. アイコンタクトをうまく取る
聞き手全体を見渡すのではなく、一人一人の目を見るようにしよう。コンピュータを使って講演をしているのだから、背後のスクリーンを見る必要は全くない。内容を確認するには、コンピュータの画面をちらりと見ればいいのだ。聞き手に背を向けると、聞く人は確実に減ってしまう。また、うまくアイコンタクトをとっている時に、笑顔を見せることも忘れずに。深刻な内容でない限り、笑顔はとても効果的だ。
8. 照明はつけたままに
会議室や教室で講演をする時、スライドがよく見えるように部屋の照明を消したくなるものだ。しかしスクリーンの明るさと部屋の明るさのバランスに注意しよう。照明を消してしまうと、眠気を誘う効果はもちろん、すべての注意がスクリーンに集中してしまう。聞き手はスクリーンよりもあなたを見ているべきだ。最近のプロジェクターは明るいので、照明をほとんどをつけたままでも十分に対応できる。
9. 少人数にはテレビを使う
少人数のグループに対して講演をするなら、コンピュータを(S端子経由で)大きめのテレビにつなげるといい。テレビ画面を使えば、部屋の照明はほとんどつけたままにしておける。この時、スライドの文字や画像がテレビの画面でもちゃんと見えるような大きさにしておくこと。プロジェクターの時より文字サイズをかなり大きくしなくてはいけないだろう。
10. いかなる時も、礼儀正しく、愛想良く、プロフェッショナルに
聞き手から質問やコメントがあった場合、まずそれに対し丁寧に感謝の意を示すべきだ。たとえ扱いにくい相手でも、卑屈にならず常に上品に振る舞い、礼儀正しく対応しなくてはならない。真のプロフェッショナルは常に冷静に自分を保つことができる。こうした態度は、あなたの評判に直接関わるということを忘れず、聞き手の中の最大の難物にも丁重な態度を崩してはならないのだ。

ーー
『マンガ学―マンガによるマンガのためのマンガ理論』


スコット マクラウド, 岡田 斗司夫監訳, Scott McCloud
『マンガ学―マンガによるマンガのためのマンガ理論』

漫画の定義
“意図的に連続性をもって並置された絵画的イメージやその他の図像。
情報伝達や見る者の感性的な反応を刺激することを目的として描かれる。”

要は
“連続的芸術”
(定義が認識を作る。定義を変えれば漫画でなかったものが漫画になる)


1519年にスペイン人のコルテスが発見した、コロンブス到着前のアメリカの英雄譚の絵物語、
(こんな感じの絵


古代エジプトの壁画、
マックス・エルンストの絵画なども漫画。
(私の画廊記事にある



・コマとコマの間のすきまを間白(かんぱく)といい、漫画の本質を担う。
この間白で想像力が二つのイメージをつないでひとつのアイデアに変える。
記号がボキャブラリーなら補完は文法。
つながりのある絵がマンガの定義なので、
マンガは補完そのものとある意味言える。
時間と空間の断片であるコマとコマをつなぐのは読者の補完。
字間と運動はコマとコマの間で補完またはコマの中で行われる。
(絵が並ぶと無関係だと考えない人間の性質を利用)

・p、55の7コマ目、ふきだしに顔があり、顔の部分は輪郭のみで中にセリフ。つまり、ふきだしと顔の輪郭の役割が入れ替わっている。
(衝撃的。主人公だけが落書きみたいな『おやすみプンプン』思い出す。たしか頭部が黒塗りでセリフが描かれていたコマがあった。

何度でも言う。「おやすみプンプン」は素晴らしい - 誰が得するんだよこの書評
http://d.hatena.ne.jp/daen0_0/20111111/p1
“破壊力の源泉は、この物語が一人称で語られる点にある。主人公のプンプンはひよこ型の謎の生命体として描かれているが、作品日世界ではただの内気な男子学生である。当然、人間だ。主人公とその親族以外は、ふつうの人間として描かれているのに、なぜ主人公を人間の姿で描写しないのか。それは、この作品が一人称で描かれる、主観的な物語だからだ。
主人公の姿を人間として描写してしまえば、その時点でそのマンガは第三者の視点から見た客観的な物語になってしまう。そもそも、人は普段、自分を人間としては認識していない。なぜなら視野の中に自分の姿は映らないからだ。だから、人は自分のことを客観視できず、どこか特別扱いしてしまう。そういった己の自己中心的な視野を保ちつつ、マンガにするのは至難の業だと思う。小説なら一人称で書けばそれですむ。しかし、マンガで一人称の視点から描くと、主人公の姿が一切出てこなくなり、読者は物語の環境がまったく理解できなくなる。
そこで著者の浅野いにおは、主人公を抽象的なひよこ型のなにかに置き変えることで、この問題を解決したのだ。だから絵的に見れば、神の視点から見た三人称の話なのだが、そのストーリーは一人称のそれとなっている。画期的だと思う。著者には最大限の賛辞を送りたい。
”)


コマ割に見る日本のマンガと欧米のマンガの違い - Togetterまとめ
https://togetter.com/li/96582

藤本由香里 日本帰国‏ @honeyhoney13 2011年2月2日
日本では1つのコマには一つの時間しかない。
欧米のコマには、その中に複数の時間がある。
日本では1つのコマには一つの時間しかないから、「その瞬間に必要なベストの顔が描ける」。」
しかし複数の時間がある欧米のマンガでは、ただの「ある人の普通の顔」になる。まさに至言。)









ーー
スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン




「スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン」を読んだ
http://akiyoko.hatenablog.jp/entry/2015/01/13/013924

第一幕 ストーリーを作る
シーン 1: 構想はアナログでまとめる

プレゼンテーションを作る際、最初の段階でパワーポイントのことは一旦忘れ、まずは紙と鉛筆で筋書きを作ることからはじめる。

シーン 2: 一番大事な問いに答える

聴衆は「なぜ気にかける必要があるのか」を絶えず自問している。聞き手に覚えておいてほしいポイントをひとつだけピックアップして、それを何度もプレゼンの中ではもちろん、他のマーケティング媒体の中でも繰り返し使うこと。


シーン 3: 救世主的な目的意識を持つ

「顧客のよりよい暮らし」のために製品を売っている、という情熱を持つ。
自分だけの「パッションステートメント」を作る。

シーン 4: ツイッターのようなヘッドラインを作る

製品やサービスのビジョンを一文で表す、簡潔で70文字以下のヘッドラインを作る。具体的で、受けて自身のメリットを示し、「よりよい未来」を提案すること。
「アップルが電話を再発明する」
「1000曲をポケットに」
「速度は2倍、価格は半分」

シーン 5: ロードマップを描く

3点ルールを使う。
主要メッセージを 3つまで絞り込む。


シーン 6: 敵役を導入する

プレゼンの早い段階で敵役(顧客が痛みを感じるポイント=問題)を導入する。敵役(問題)を提起する。


シーン 7: 正義の味方を登場させる

製品やサービスがどのような形で痛みを和らげてくれるのか、分かりやすい言葉で説明する。

第二幕 体験を提供する
シーン 8: 禅の心で伝える

プレゼンのスライドでは箇条書きは避けること。
一枚のスライドではひとつのテーマに絞り
、それを写真や画像で補強して、見た目が美しいスライドにすること。

シーン 9: 数字をドレスアップする

中核となるテーマに、それを支持するデータを用意すること。
データを聞き手の暮らしに密着した文脈に置くこと。

シーン 10: 「びっくりするほどキレがいい」言葉を使う

コピーの文句をすっきりさせる。直して、直して、さらに直す。
繰り返しをなくし、バズワードをなくし、ジャーゴン(専門用語)をなくす。

シーン 11: ステージを共有する

顧客からもらった推薦の言葉をプレゼンに組み込む。

シーン 12: 小道具を上手に使う

魅力的かつ実質的なデモを、設計の段階から組み込む。デモは短くすること。
デモは全力で行うこと。

シーン 13: 「うっそー!」な瞬間を演出する

感動の瞬間に向けた筋書きを作る。十分に盛り上げてから爆弾を落とすこと。
爆弾投下はよく練習しておくこと。

第二幕 仕上げと練習を行う
シーン 14: 存在感の出し方を身につける

アイコンタクトを保つ、開いた姿勢をとる、必要に応じて身ぶり手ぶりも活用する。
抑揚をつける、声を大きくしたり小さくしたりする。
自分がしゃべっているところを録画して見る。

シーン 15: 簡単そうに見せる

一に練習、二に練習、三、四がなくて五に練習。
厳しい質問への対応はバケツ方式(カテゴリーに分類)で対応する。

シーン 16: 目的にあった服装をする

今の立場ではなく、こうなりたいと願うリーダーと同じような服装を選ぶ。
優れたリーダーは、他の人よりも少しだけよい服を着る。
場の文化に即した服を着る。

シーン 17: 台本を捨てる

台本を捨てる 5ステップを実行する。
1) パワーポイントのノートにしゃべる内容を文章で書いておき、
2) キーワードをハイライトし、
3) キーワードだけを残し、
4) スライドごとにひとつのキーアイデアを頭に叩き込み、
5) 最後にメモも捨てて、練習を繰り返す。


シーン 18: 楽しむ

プレゼンを「インフォテインメント」だと考える。
聞き手は学びと娯楽、両方を求めている。

スティーブ・ジョブスのプレゼンの歴史を、時系列に沿ってまとめてみようと思ったのですが、
スティーブ・ジョブズのプレゼン動画まとめ(アップル時代) | Steve Jobs museum
http://www.stevejobsmuseum.net/2012/01/blog-post.html

のサイトのまとめを見つけてしまい、何もすることがなくなってしまいました。

か、完璧すぎる。

おまけ

シーン 14 にて、

研究によって数字に揺れはあるが、聴衆が受け取る印象の 63% から 90% がボディーランゲージやしゃべり方によると言われている。スティーブ・ジョブスは、力強い言葉に合ったしゃべり方をしている。”







ーー
『データ・ドリブン・マーケティング――最低限知っておくべき15の指標』

『データ・ドリブン・マーケティング――最低限知っておくべき15の指標』
内田和成氏推薦
早稲田大学ビジネススクール教授
「デジタル時代のマーケティングの要諦はデータの可視化と成果の測定に尽きる」
1 ブランド認知率
2 試乗(お試し)
3 解約(離反)率
4 顧客満足度(CSAT: Customer Satisfaction)
5 オファー応諾率
6 利益
7 正味現在価値(NPV: Net Present Value)
8 内部収益率(IRR: Internal Rate of Return)
9 投資回収期間
10 顧客生涯価値(CLTV: Customer Lifetime Value)
11 クリック単価(CPC: Cost per Click)
12 トランザクションコンバージョン率(TCR: Transaction Conversion Rate)
13 広告費用対効果(ROAS: Return on Ad Dollars Spent)
14 直帰率
15 口コミ増幅係数(WOM: Word of Mouth、ソーシャルメディア・リーチ



ーー
ーーー


心を動かすプレゼンテーション術の資料作成編
http://www.hitachi-solutions.co.jp/column/tashinami/presentation/
”○プレゼンテーションとは予告編だ

○自分の知りたいことではなく、相手の知りたいことを示す

○見た目は中身

○スライドは、ガイドラインを引いて空間を活かす

○はじめにシナリオを書き、プレゼンをしながらスライドをつくる

○見えない(読めない)プレゼンをしない

○整列・近接・コントラストを心がける”

心を動かすプレゼンテーション術 ~発表編~ 説得力のあるプレゼンテーションスキルを身につける
http://www.hitachi-solutions.co.jp/column/tashinami/presentation2/
”基本はスーツです。一言にスーツといっても、デザイン性の高いものや、派手な色のものなどありますが、その会社を受験に行くつもり、あるいは結婚相手の親御さんに、結婚の申し込みに行くつもりで選んでください。

スーツだけでなく、靴やバッグ、アクセサリー、メイクにも注意。スーツの印象が良くても靴やバッグが場違いなものであったり、女性であればアクセサリーやメイク、ネイルなどが派手であったりすれば、それを不愉快に思う人がいるかもしれません。

相手も人間なので、見た目で嫌悪感をもってしまえば、内容を見る目も変わってきてしまいます。相手の受ける印象が悪くなる可能性のあるものは全部外すようにしましょう。

また、発表のときの姿勢にも注意してください。フラフラして落ち着かない様子を見せたり、女性が仁王立ちになっていたりしていると、いくら服装がきちんとしていても、発表者の印象が悪くなり聞き手に不快な思いをさせてしまいます。

Point ・その会社を受験に行くつもりで服装を選ぶ ・マイナス印象になる要素を排除した服装にする ・発表時の姿勢に気を付ける

プレゼンテーションの始め方

まずは自己紹介をして、次にどのくらいの時間で、どのような順序で進行していくのかという全体の流れを説明しましょう。所要時間と話のポイントを伝えておけば、相手も「どれだけ時間がかかるのだろうか」などと心配することなく、安心して聞いてもらえます。

また、質問は最後に受け付けるということを伝えておきます。そうすれば、発表の最中に質問を投げかけられることもなくなります。

Point ・全体の流れと所要時間、話のポイントを伝えておく ・質問は最後に受け付けると伝えておく

プレゼンテーションの終わり方

プレゼンテーションの最後には、再度、全体の内容をおさらいしましょう。「今日お伝えしたのは、一つ目に……、二つ目に……、三つ目に……でした。」と簡潔にまとめてください。

そして、もっとも重要なのは決定に向けての念押しをすることです。相手に行動を起こさせることがプレゼンテ―ションの目的ですが、その場で結論が出ることはなかなかありません。

例えば、自社の商品を売るためのプレゼンテーションであるなら、「ぜひ、当社の商品をご購入ください」などと念押しした後に、結果がいつ出るのか確認したり、「明後日、お電話しますので、その際に返事をお聞かせください」などと期限を設定することも忘れないでください。

あるいは、「○日まではキャンペーン中で割引になるので、それまでにぜひ」などと伝えれば、すぐ決断するつもりがなかった人も購入する気になるかもしれません。

・プレゼンテーションの要点を復唱しておさらいする ・行動に移してもらうために念押し、決断の期限を伝える

相手を不快にさせず、好感をもってもらえるためのコツ

基本的なことですが、相手の社名や氏名、ブランド名など、固有名詞を間違えるのは絶対にNGです。大文字・小文字の使い分けや、ハイフンやピリオドの場所まで注意してください。特に、ライバル会社の製品名と間違えたりするのはご法度です。

また、提案する相手に対するNGワードが分かれば、把握しておいた方が良いでしょう。例えば、ライバル会社の話、学歴の話など、その人が嫌うキーワードがあれば、避けるようにしてください。

相手の個人的な嗜好まで調べられない場合でも、ホームページなどである程度会社のことを調べておくことができ、その会社が喜びそうな演出、嫌いそうな話題などが分かるはずです。また、最近はFacebookをやっている人も多いので、事前に相手のことを調べておくこともできます。

反対に、相手の趣味・嗜好に合わせたものでプレゼンテーションを固めるという手法もあります。例えば、ある旅行会社の営業の方は、A社に行くときは赤のネクタイ、B社に行くときは青のネクタイ、というように訪問する取引先のコーポレートカラーに合わせて取り換えているそうです。

相手の社名や氏名、ブランド名など、固有名詞は絶対に間違えない 提案する相手の趣味・嗜好、NGワードなどが分かれば把握しておく


所定の時間内にプレゼンテ―ションを 終わらせるためにはどうすればいいのですか

所定の時間で収まるような内容に構成することが前提です。しかし、実際にやってみなければ分かりませんから、事前にリハーサルをして収まるか確認しておくようにしてください。

リハーサルをしていれば、時間通りに終わるはずですが、万一、早く終わってしまったときのために、あらかじめ"おまけ"の話を5つくらい用意しておくことをおすすめします。「ちなみに、弊社のテーマカラーは赤で……」などビジネス的なもの、「ちなみに、私は猫を飼っていまして……」などパーソナルなものをそれぞれ用意して、シーンによって使い分けましょう。

自分で気が付かないような話し方や 立ち振る舞いのクセはどうやって直せばいいのですか?

練習しているときの自分の様子を録画して確認するか、練習のときに社内の人にチェックしてもらうようにしてください。見てもらう場合には、立ち方なのか、話し方なのか、話すスピードなのか、どこをチェックしてほしいのかポイントをあらかじめ伝えておきましょう。

最初に「3分ほど時間をいただきます」と、きちんと伝えていました

ポイントを三つに絞って簡潔に説明できていたのも良かったですね。四つ以上あると、「多い」と相手が身構えてしまうので、三つがベストです。そして、最後に、きちんと内容をまとめて復唱

ここで、笑顔で話をするテクニックをお教えします。「一つ目は……、二つ目は……、三つ目は……」と説明するときに、「一つ目は」と言う前に口角を上げる、「二つ目は」と言う前に口角を上げる、などと決まりを作っておく…
口角を上げるポイントを台本にも書いておきましょう。

まず、大きな声で話すように意識してください。本番でいきなり大きな声で話すのは無理なので、練習のときから本番と同じ音量で話すようにしましょう。

また、直前に大きな声を出していないと、本番に同じ音量の声を出せません。可能であれば、待ち時間、廊下や会場に入る前に、本番と同じ大きさの声を5分以上出し続けるのがおすすめです。

それから、大きいだけでなく、聞き取りやすい声を出すコツもあります。「ア」は口を全開に、「イ」は口を横方向に全開するなど、一音一音丁寧に、口を大きく開けるように意識しましょう。

Point ・大きな声で話すように心がける ・できれば、直前に本番と同じ大きさの声を出す・口を大きく開けて、一音一音を丁寧に発声する
好印象を与える話し方とは

ゆっくり話すことでゆとりがあるように聞こえ、聞き手に好印象を与えます。実際、話のテンポが遅いと悩んでいる人は少なく、ほとんどの人は早口になってしまう傾向にあります。アナウンサーのようなプロの話し手でも、ベテランから指導を受ける際に「早すぎる」と指摘を受けるのです。

そこで、ゆっくり話すテクニックをお教えします。「一つ目は○○です」と言いながら、スライドに映し出された資料の該当個所を指し示し、さらに「二つ目は△△です」と言いながら該当個所を指すといったように、手で指し示す動きを付ければ、自然と話すスピードがゆっくりになります。

スライドなど指し示す資料がない場合は、心の中に資料を思い描いて、手で指し示す動きを想像しながら話しましょう。そうするだけでも、実際に手でスライドを指し示すのと同じような間が取れ、聞き手に伝わりやすくなります。

また、ゆっくり話すことを含めて時間内に話せるような内容構成にしておくことも忘れないでください。

Point ・ゆっくり話すことでゆとりがあるように見え、聞き手に好印象を与える ・手でスライドを指し示しながら話すと、自然とゆっくり話せる ・スライドがなくても、心の中で資料を手で指し示すイメージをするとゆっくり話せる
聞き手とアイコンタクトを取るには

横に並んでいる2~3人の相手にプレゼンテーションする場合は、だいたい真ん中にいる人が決定権をもっているキーパーソンなので、まずはその人と目を合わせて、ほかの人とも右から左、左から右と、順番にまんべんなく落ち着いて目を合わせていってください。

大きな会場で大勢の前で発表する場合は、前列からZを描くようにして右から左へ、左から右へとジグザクに目線を動かしていきましょう。最後尾まで行ったら、また、前から同じ動きを繰り返してください。

全員と目が合うとは限りません。目線を合わせるのが苦手な人もいますので、そう感じたら短く見て、次の人に移しましょう。

・キーパーソンを見極めて、その人から目線を合わせる ・横に並んでいるときは、右から左、左から右に満遍なく目線を動かし、目線を合わせる ・オーディエンスが多い場合は、前列からZを描くようにジグザグに目線を合わせる
聞き手の視線を誘導する方法とは

聞き手にスライドの一部に注目してもらいたいときは、見てもらいたい個所を、レーザーポインターや指示棒、手で指し示します。

指示棒や手で指し示す場合に気を付けたいのが、必ずスライドに向かって右側に立つということ。資料は一般的に左から右に文字が書かれていますから、左側に立ってしまうと、資料を指示棒や手で指し示しながら話をするとき、文字が発表者の体に隠れていくことになるからです。

また、レーザーポインターが会場に準備されていることもありますが、ない場合は、指示棒を用意しておくと良いでしょう。手で指し示しても良いのですが、自分の体でスクリーンへの投影を邪魔してしまうことも考えられますので、指示棒を使うことをおすすめします。

延長式のペンタイプなら100円ショップにもあります。また、棒の先にキャラクターがついているものを使っても話題づくりになります。自分だけのオリジナルキャラクターを付けた自作の指示棒を使い、プレゼンテーションに成功した人もいます。人とは違ったオリジナリティーのある指示棒を使うというのも印象付けに効果的です。もちろん、聞き手がプレゼンテーションの内容に注目しやすくなるというメリットもあります。

レーザーポインターや指示棒を使う場合は、振り回さないように注意。また、使わないときも、聞き手にだらしない印象を与えないような持ち方をするように気を付けましょう。

Point ・スライドを指示棒や手で指し示す場合は、右側に立つ ・オリジナルの指示棒でライバルに差を付ける

居眠りをするなど、聞き手の注意が散漫になったときの対処法

発表者が演台やスクリーンのところに立って話しているなら、居眠りしている人の近くに向かって歩きながら話をしてみましょう。近づくだけで声が大きく聞こえるので、目が覚める場合もあります。

また、「そちらの黄色い服を着た方は、○○と△△どちらが良いと思いますか」など、話の内容が理解できているかを確認したり、相手に考えさせたりするのも手です。

Point ・注意を引きつけたい人に近づきながら話をする ・注意を引きつけたい人に質問を投げかける

あがり症には特効薬はありません。練習を繰り返すことでしか解消できないのです。1回より2回、5回より10回練習した方が上手になっているはずです。ぶっつけ本番で臨むか、10回練習して臨むか、その差は歴然です。

あがり症の度合いによって練習回数は違ってきます。3回だけでいい人もいれば、10回練習しないといけない人もいます。また、人生をかけた大事なプレゼンテーションなら、何度練習してもしすぎるということはありません。自分のあがり症度、本気度によって練習回数は変わってきます。

実際に、最初は手が震えるほど緊張していた人が、何度も実践を重ねるなかで、いつのまにか堂々と発表できるようになったという例も見てきました。

発表中に頭が真っ白に……。どうすればいいのですか


そんなときのための台本です。「ここだけは言っておきたい」という要点を、どんなに慌てていても見えるような大きさの文字で、目立つ色の付せんなどに書いておきましょう。台本は誰かに見せるわけでもありませんから、どんな形でも色でもいいのです。

あるいは、手に書いておくというもの一つの方法です。その場合、手のひらに書いたり、手首の内側に書いて腕時計で隠したりして、聞き手に見えないような個所に書くようにしましょう。

「一つ目は」の後に一呼吸置いて、本題に入るようにするとより良くなると思います。

口を大きく開ければ、自然と話し方もゆっくりになりますし、声も大きくなります。発声まではしなくてもいいので、発表直前に、声を出さずに、大きく広げるように意識して口を動かしてしてください。それにより、あごが緩んで声が出しやすくなります。その際、特に縦方向に大きく開くようにするといいですよ。

聞き手に話しかける方法とは

「○○部長」などと相手を指名して、質問を投げかけたり、意見を聞いたりしてコミュニケーションを取っていくのが一番いいですが、名前が分からない場合は、「そちらの黄色い服を着た方」などと言って話しかけても構いません。

うなずきながら真剣に話を聞いてくれる人、表情のいい人は協力的な場合が多いので、そういった方を指名していくといいですね。また、挙手していただいた中から指名するという方法もあります。

反対に、寝ている人や興味のなさそうな人を、興味をもってもらうために、あえて指名することもあります。

Point ・名指しするか、服装などの特徴で呼びかける ・協力的な人を選んで話しかける ・非協力的な人をあえて指名して、興味をもってもらう

聞き手の理解度を確かめる方法とは

理解度を確かめるために、区切りの良いところで、質問を投げかけみましょう。クイズ形式にして、「Aだと思う方」「Bだと思う方」などと、挙手してもらってもいいですし、指名してもいいと思います。

理解していない人がいると分かったら、「分からない方もいらっしゃったようなので、繰り返します」と言って、要点を復唱しておさらいしましょう。

ただし、プレゼンに付き合わされたうえ、理解度を試されるというのはあまり気分の良いものではありませんから、ゲーム感覚で楽しめる程度のものにとどめておいたほうが良いでしょう。

Point ・区切りの良いところで質問を投げかける ・質問はゲーム感覚で楽しめる程度のものに押さえておく


発表の最中に質問をされて流れを さえぎられてしまったときはどうすればいいですか

発表の冒頭で「質問は最後にまとめて受け付けます」と宣言しておきましょう。それでも、話の最中に質問を投げかけられることがあるかもしれません。そのときにも、「質問には最後に答えます」と伝えて、自分が説明すべきことを最後まで話してしまいましょう。ただし、質問された内容はきちんとメモしておいて、質疑応答の時間が来たら、質問を募る前に、最初にその質問に答えてあげてください。

分からないことを質問されてしまったらどうすればいいですか

分からないことを質問されたら、知ったかぶりせずに「分からない」と正直に答えましょう。その際に「不勉強で申し訳ありません。
後ほどあらためて回答しますので、電話(メール)でお返事でもよろしいですか」など、何らかの形で回答するということを伝えておくと良いでしょう。

自分の立場では判断できない質問を されてしまったらどうすればいいですか

上司の判断が必要になるなど、自分の立場ではその場で答えられないこともあります。その場合は、「その話は持ち帰らせてください。明日、社内で会議があるので、明後日午前中にはお返事させていただきます」などと伝えておくと良いでしょう。

立場上答えられない際どい質問や、反対意見などがあった場合は、「立場上回答を控えさせていただきます」、あるいは「時間が限られているので、その質問には個別に受け付けます。この後詳しくお話しましょう」などと断って、次の質問に移ります。

伝えるべきことがきちんと入っていて、会社の三つの特徴である、「お客さま視点でシステムを提案できる」、「人材力がある」、「技術力がある」ということを聞き手に印象付けやすいように、頭文字を取って「"お・じ・ぎ"で覚えてください」と言っていたのもおもしろかったです。

お得なことをきちんと「お得だ」と伝えることも大切です。例えば、自社の商品を売りたい場合、「限定100個しかありません」など希少価値をアピールして、お得感を出したり、「この件はあなたに一番にお話しします」など、特別感を出したりして、購入意欲をかき立てるような演出をするのも手です。

また、配付資料にもスライドにもないものを渡すこと、出すことをおすすめします。例えば、私は、著書やHPの案内を書いた自作のポストカードを作って、プレゼンテーションのときに配っています。ポストカードなら邪魔にならず、相手にも負担になりません。そのほか、例として売り込みたい商品の実物を持っていったり、プレゼンボードを作っていったりもします。

こうすることにより、ほかの人がやっていないことでサプライズを演出することができます。

いかに相手を喜ばせるかというホスピタリティ精神をもつことが、プレゼンテーション成功のカギを握ります。
おさらい/説得力のあるプレゼンテーション資料を作成するためには

「目的」を明確にもって発表に臨む

聞き手や会場のことなどを事前に下調べして対策を準備しておく

慌てたときに見ても分かるような台本を用意しておく

必ずリハーサルをして本番に臨む

マイナスの印象を与える要素を排除した服装をしていく

発表の最初に、かかる時間と話の流れ、ポイントを説明しておく

発表の最後には、行動に移してもらうための念押しと、決断の期限を伝えることを忘れない

ゆっくりと話すとゆとりがあるように見えて好印象を与える

聞き手とコミュニケーションを取りながら話す”
(上記を参考にしたチェックリスト
導入
プレゼンの目的は具体的に明示したか
最初に全体像や流れを伝えたか
聞き手の関心や興味を引き出したか

本論
構成や流れが自然で矛盾などはなかったか
情報量は適切か
聴き手の理解を確かめていたか
時間配分は適切だったか
わかりやすい説明だったか
印象づけるビジュアルツールは使用されていたか
データ、具体例などは適切か
双方向コミュニケーションがとれていたか
聞き取りやすい声か
ボディランゲージ、アイコンタクトはできていたか
重要ポイントが強調されていたか

結論
全体の要約と再度強調はできていたか
対象者への利益が明確に伝えられていたか
期待と感謝による結論が述べられていたか
質疑応答の回答は適切なものであったか

総合
身だしなみは適切か
プレゼン全体に共感・納得できたか

本番に近い状況を作って練習したか
時間を細かく計り練習したか)


劇的にプレゼンが上手くなる5つのコツで聴衆を魅了する方法
http://rules-of-success.jp/technique/presentation-point/
”プレゼンのコツ1:「つかみ」をマスターする

■質問を投げかける

「さっそくですが、皆様にお聞きしたいことがあります。皆様の中で、いつも小切手帳の収支を合わせるようにしている、という方はどのくらいいらっしゃいますか」

⇒聴衆のほとんどが挙手

「それでは次に、そうするのが『好きだ』という方はどのくらいいらっしゃいますか」

⇒全員が手をおろす
(米国大手ソフトウェア会社創業者、スコット・クック氏)

これは同社が新たに開発した会計ソフトのプレゼン。

難しい技術の解説から始めるのではなく、まずは聴衆に寄り添い、うまく関心を向けさせています。

「収支合わせは必要なことだが、面倒な作業である」

という一般認識を浮き彫りにした上で、簡単で使いやすい自社ソフトをアピールする、という流れです。
■秘密を打ち明ける

「最初に告白させてください。20年ほど前にしたあることを私は後悔しています」
(作家・ビジネスジャーナリスト、ダニエル・ピンク氏)

冒頭でこんなことを言われれば、思わず聞き入ってしまいますよね。

人間の好奇心をうまく煽った巧みなつかみです。
■インパクトのある演出で驚かせる

「ご存じのとおり、マラリアは蚊が媒介します。みなさんにも体験していただこうと思って、今日は何匹か連れてきました。ちょっとばかり自由にしてやりましょう。貧しい人しかこんな体験ができないというのも、おかしな話ですから」

(マイクロソフト共同創業者、ビル・ゲイツ氏)

アフリカのマラリア問題についてのプレゼンで、ゲイツ氏は蚊の入ったガラス瓶を壇上で掲げました。

聴衆は驚くとともに、大爆笑をしながら拍手喝采。

もちろん中の蚊を本当に放すわけではありませんが、こういった予想外のことをされると強く記憶に残るものです。
■エピソードから入る

「二週間前、パリにある自分のスタジオにいると、電話が鳴って『ちょっとJR、TED Prize 2011受賞だって。世界を救おうって願いを伝えるのよ』」
(ストリートアーティスト、JR氏)

自分が実際に体験したエピソードから語り始めるというテクニック。

セリフもあって程よくコミカルで、聴衆がイメージしやすい内容になっています。

「この後どう展開していくのかな?」と自然と引き込まれるプレゼンです。
プレゼンのコツ2:ノイズを減らす

プレゼンに関わらずですが、話をする際に「あー」「えー」などを多用してしまう人がいます。

また無意識のうちに同じフレーズ、例えば「つまり」「要するに」「というか」などを繰り返してしまうことがあるかと思います。

これらはすべて、聞き手にとってはノイズ、つまり雑音でしかありません。

神経質な相手であれば、これらのノイズへ意識が移ってしまい、プレゼン内容が理解できなくなります。

更に悪影響としては、ノイズを発せられるたびに「また言ってる」と感じるようになり、最終的にはイライラさせてしまうことも。

せっかくプレゼンの機会を手に入れ、入念な準備をしたのに、相手に悪い感情を残してしまったら。

プレゼンしたことがマイナスにならないよう、ノイズの除去を意識しましょう。
プレゼンのコツ3:適度な間を取り入れる

聞き手はプレゼンの最中に、3つのことを行なっています。

同時に復数のことを行えば、それだけ意識が拡散するのは必至。

それぞれの行為に集中できる工夫が必要です。

聞き手が行なう3つの行為は以下の通り

スライドのテキストを読む
写真やイラスト、グラフを見る
プレゼンターの発する言葉を聞く

それぞれが並行して行なわれるので、完全にひとつのことに集中してもらうのは難しいかもしれません。

しかし工夫一つで、極力、各行為に集中してもらうことができます。

その工夫とは、プレゼン中に適度な間をとること。多くの聞き手は、プレゼン資料が変わるたびに、画面に意識が移ります。

投射されている内容のもっともインパクトがある部分に目線が行き、意識も移ることでしょう。印象的な図や写真があればなおのこと。

ページを更新する
このページで伝えたいことを端的に言う
聞き手がざっと資料を眺める時間をとる
印象的な写真があれば、「写真をご覧ください」と一言付け加えて間を空ける
「それでは◯◯について説明いたします」と意識を自分の発言に向けさせる

このように、適度な間を取りながらプレゼンテーションを行なう工夫が必要です。
プレゼンのコツ4:資料を音読しない

ついついやりがちなのが、プレゼン資料の音読。苦労して出来上がった力作だからといって、資料に書いてあることを読み上げるだけのプレゼンはいただけません。

書いてある内容を読み上げるのであれば、時間と場所を用意してプレゼンを行なう必要がありません。

メールに添付して送ればそれで済んでしまうもの。

その場に聞き手を集めて、あなたが想いを込めた言葉で語るからこそ、プレゼンは効果を発揮します。

また聞き手の心理としても、資料を読み上げられるばかりでは退屈してきます。

「それ、書いてあるよ」と思われてしまったら、聞き手は読み手と化します。

手元に資料を印刷していたら、あなたのペースを無視して、次々にページをめくっていくことでしょう。

資料を見終えたら、あとは退屈そうに座っているか退席するだけ。

この残念な事態をさけるためには、実は事前準備である資料作成が重要です。

テキストをだらだらと書き込まない
要点のみを箇条書きにして、説明を聞きたい内容にする
写真や図を盛り込んで、読み解きたくなる仕掛けをつくる
資料には入れていない情報を口頭で補う
資料の内容そのままではなく、口頭用に言い換えるなどのアレンジをする

これらの工夫することで、資料だけを読み進められてしまう失敗は防げるでしょう。

資料作成のコツについては後の章でご紹介しますので、そちらもチェックしてみてください。
プレゼンのコツ5:ベネフィットは情熱的に語る

聞き手として一番退屈でつまらないプレゼンとは、どのようなものでしょうか?

それは、プレゼンター、もしくはプレゼンする対象物の自慢話に終始するプレゼンテーション。

聞き手は別に、あなたや商品、会社の自慢を聞きたいわけではありません。

プレゼンされる対象が、自分たちにどのようなベネフィットがあるのかを知りたいだけ。

製品や機能、特徴についてだらだらと話されると、聞き手の感情はマイナスの方向へ動いてしまいます。

では、どんな内容を伝えるのが正解なのか。

聞き手にとってのメリット、そしてベネフィットを伝えるようにしましょう。

ここで知っていただきたいのが、メリットとベネフィットの違い。

メリットは多くの人が理解して、プレゼンの場でも用いているかと思います。

自分や商品、企画の利点を伝えることです。メリットを提示するのは非常に重要なことですから、資料においてもきちんと明示しておきたい項目です。

プレゼンの場となったらもう一歩踏み込んで、メリットから派生するベネフィットを提示する工夫をしましょう。

ベネフィットとは、プレゼンした内容を取り入れることで得られる結果や未来のこと。

ある新企画をプレゼンする際を例にして考えてみましょう。

新企画は提案相手のメリット、例えば働いている従業員の満足度が上昇するというメリットがあります。

この時点で興味を持ってもらえる可能性が高いのですが、更に踏み込んだ成果や未来を伝えてみましょう。

新企画を取り入れることで、従業員の満足度が高まり、その結果どうなるのか。

おそらく満足度の高まった従業員は、よりいっそう仕事へ励むことでしょう。

その結果、会社として売上の増加が見込めるかもしれません。

このような単純な話ばかりではありませんが、大事なのはベネフィット=取り入れることでの成果や未来を見せてあげることです。

プレゼンの場ではメリットの提示だけでなく、ベネフィットの提示が重要。

特にベネフィットは未来を見せることですから、熱量を込めて語るのが効果的です。

熱量を込めるわけですから、時には身振り手振りをつける、声に強弱をつける、絶妙な間を取る、視線を有効的に使う、など細かなテクニックも効果的です。

これらはすぐに身につくものではありませんので、初心者としては、とにかくベネフィットを見つけ出し、自分事のように語ることを意識しましょう。
2.今すぐ実践できる、プレゼン資料作成のコツ5つ

プレゼンに欠かせないものといえば、プレゼン資料。

口頭でのプレゼンのベースとなるものであり、重要事項を視覚情報で伝えることのできる心強いツールです。

「資料作成なんて面倒だし苦手だな…」という方もいらっしゃると思います。

しかし資料作成の過程は、プレゼンの構成をブラッシュアップするのにも多いに役立つ行為。

プレゼンの構成を考えるための基本的なポイントは、別記事『プレゼンを上手く行なうための「構成」のコツ』でご覧いただくとして、ここでは資料作成におけるコツをご紹介したいと思います。
プレゼン資料作成のコツ1|テーマを明確化する

プレゼン資料の肝となるのは、全体像・枠組みを固めること。いわゆる「テーマ設定」を行ないます。

テーマが定まっていないと、プレゼン内容自体があちらこちらへ拡散し、聞き手の理解を妨げることになります。

場合によっては聞き手が途中で離席してしまうことも。

どれだけ素晴らしい提案だとしても、テーマが定まっていない=優れた提案だと思われない、という結果につながってしまうこともあります。

話があらぬ方向にジャンプを繰り返し、聞き手にそっぽを向かれないためにも、以下の6つを意識してテーマ設定を行ないましょう。

プレゼンの目的・ゴールを明確にする
プレゼンする相手が誰なのかを明確にする
プレゼンする内容の対象範囲を明確にする
提案するあなた自身の立場を明確にする
一番伝えたいことが何かを明確にする
テーマ名、資料のタイトルを明確にする

これらを明確化することで、論点や主張がブレない資料を作成することができます。
プレゼン資料作成のコツ2|目次をざっくり作る

テーマが明確になったら、次は目次を作成しましょう。

最初は、あなたが資料作成のガイドとして利用できれば合格。完璧につくり込むのは、もっと後の段階です。

ラフスケッチの感覚で、章立てを考えていきましょう。

例えばプレゼンの目的が「企業にMacを導入してもらうこと」であれば、次のような目次を考えます。

Macを導入することで得られる利益
その利益が得られる根拠
Macでなければダメな理由
OSや機種ごとの性能の違い
導入までの手順

このように、大まかな章立てを行なうことがスタートです。

作文の授業で習ったことがあるかもしれませんが、起承転結を意識するのも良いでしょう。

また上手なプレゼン、およびプレゼン資料では、いわゆるサビ、クライマックスを最初に持ってきて、その後にデータや分析結果を引用して根拠付けする傾向があります。

章立てのポイントとして、主題となることを冒頭で伝え、根拠付けしていき、最後に改めてテーマに落とすという流れを意識してみると良いでしょう。
プレゼン資料作成のコツ3|内容が一目瞭然の見出しを作る

ここまでで、プレゼン資料のテーマと大まかな目次が決定しました。

資料の大まかな枠組みが決まったということ。ここからいよいよ、資料の中身をつくっていきます。

各ページに吟味した情報を注ぎ込んでいく工程の始まりです。

最初に行なうのは、先ほどざっくり作った目次をブラッシュアップして、見出しを作成すること。

各スライドの一番上に置く、ページの内容が最も伝わる、キーフレーズともなる文章の作成です。

資料において、最大のポイントと言っても過言ではありません。

意識したいのは、見出しを見ただけで何を伝えるページなのかが分かること。

これから話す内容が一目瞭然で、興味を持って聞きたくなるフレーズが必要です。

ただし興味付けまで意識すると、慣れないうちは時間がかかりますし、つくった本人だけが満足して、聞き手や読み手には理解できなくなる危険性も。

まずは、「ページの内容が一目瞭然の見出し」であることを合格ラインとしましょう。

イメージしていただきたいのは、新聞の見出しやヤフートピックスのタイトル。

ヤフートピックスのタイトルは、13文字で作成すると決まっています。

たった13文字ですが、どんな情報が掲載されているかがよく分かる好例です。

余談ですが、13文字に決まった理由は、空間的制約もさることながら、最低限の情報を伝えながらも、人が理解できる最適な分量であること。

読ませるのではなく、見せることを意識したそうです。文章を読んで理解してもらうのではなく、ぱっと見た瞬間に理解、興味喚起ができることを意識したのでしょう。

プレゼン資料とインターネットニュースの違いがありますので、無理に13文字で作成する必要はありません。

重要なのは「じっくり読み込まなくても、ページに書いてある内容を理解できる」こと。プレゼン資料の見出しづくり、意識してみてください。
プレゼン資料作成のコツ4|情報を詰め込み過ぎない

見出しが決まったら、情報の内容を入れていきます。

ここで注意したいのが、情報を詰め込み過ぎないこと。伝えたいことが多いとあれもこれもとたくさんの情報を入れたくなりますが、情報過多は理解の妨げになります。

また、プロジェクターで投影する場合などは文字サイズが小さく読みにくくなってしまい、それでは意味がありません。

情報量に注意をする際に意識していただきたいのは、自分がつくり易い資料ではなく、相手が理解し易い資料をつくること。

これを意識すると、具体的に以下のように、情報の出し方を検討することが可能です。

テキストばかりではなく、画像で見せる方が理解し易いのではないか
文字で作成したデータをグラフ化することで理解し易くならないか
データを並べただけでなく、そこから読み取れる解釈を入れているか
比較対象を増やしすぎて混乱しないよう、主要な比較対象のみに絞れないか
文字の大きさは読みやすいか、重要なキーワードは強調されているか
黒いテキストばかりで退屈な資料になっていないか
たくさんの色を使いすぎて、要点が分からなくなっていないか

これらを意識して、情報過多の資料とならないように気をつけましょう。
プレゼン資料作成のコツ5|推敲をかさねて質を高める

いよいよ、資料作成の最終工程です。各ページ、そして資料全体の整合性を取り、推敲をかさねることで、プレゼン資料を完成させましょう。

ページごとの推敲で意識したいのは、以下のポイント。

目次と各ページの見出しが同じになっているか
見出しはページ内容を理解できる内容になっているか
見出しを補足、根拠となる情報が入っているか
話がつながっているか
誤字や脱字がないか
適度にグラフや図を用いて、退屈しない見た目になっているか

資料全体においては、以下の内容を確認しましょう。

テーマがきちんと伝わるか
起承転結を意識して作成されているか
ページの順番は適切か
前後のページと重複する内容を入れていないか
話の流れは辻褄があっているか

これらを何度も見直して、伝わる資料作成を行ないましょう。

最後の見直しでは、是非、客観的な目で見ることを意識してください。

資料を作成した自分自身では理解できても、初めて見る・聞く人には伝わらない場合が多々あります。

相手を気遣い、理解しやすい、印象に残る、感情が動かされる資料になっているか、充分に確認しましょう。
プレゼン当日までに確認すべきこと

以上が資料作成のコツですが、せっかくの準備が台無しにならないよう、プレゼン当日までに確認しておくべきことがあります。

多くの場合は、パソコンで作成した資料をプロジェクターで投影するなどし、あなたが解説を行なうことになるでしょう。

事前に資料を印刷して、聞き手に配るケースも。資料作成を行なう際に、まずは以下のことを確認しておきましょう。

プロジェクターに投影することが可能か
プロジェクターとパソコンを接続できるか
プレゼン資料を印刷して配るか
聞き手の人数は何人で資料を何部印刷するか

特に気をつけたいのが、プロジェクターとパソコンの接続。

例えばあなたのパソコンがMacだった場合、プレゼン会場のプロジェクターが対応していないことも。

まったく接続できないわけではなく、専用の接続ケーブルが必要となる場合があります。

また聞き手の人数を確認しておくこともマスト。急な参加者にも対応できるよう、何部か多めに資料を印刷しておくと安心できますね。
3.プレゼン成功のために覚えておくべきこと

前章までは、プレゼンを成功させるためのテクニック論についてお伝えしてきました。

ではそもそも、プレゼンの成功とはどんな状態を指すのでしょうか。
プレゼンのゴールを明確にする

プレゼンの成功、ゴールとはどこにあるのでしょうか。

まずここを徹底的に理解すること、自分のプレゼンの目的を考えることから始めましょう。

プレゼンを行なうからには、何かしら売り込みたい、宣伝したいものがあります。

自分自身のことであったり、会社のことであったり、商品のことであったり、新規事業の企画であったり。

なぜこれらをプレゼンする必要があるのか。答えは単純明快で、相手の賛同や許可が必要だからですね。

「Yes」「いいね!」と言わせる。結果として、自分のことを覚えてもらったり、会社に入社してもらえたり、仕事をもらえたり、資金を提供してもらえたりする。

つまりプレゼンのゴールとは、相手にプレゼンのコアな部分について理解してもらい、共感してもらい、なんらかのアクションを起こさせること。

資金を調達するためのプレゼンであれば、出資者に名乗りを挙げてもらうこと。

商品の売り込みであれば、「それ、買うよ」と言わせて申し込みをしてもらうことがゴールになります。

3-2:提案内容がもたらす未来に共感してもらう
ちょっとビジネスから遠ざけて、日常生活で考えてみても同じです。あなたが長年の恋を実らせて、プロポーズをすることになった場合。

ゴールは「結婚してください」「はい。結婚しましょう」と言わせることですね。そういう意味では、プロポーズもプレゼンです。

プレゼンの成功とは、こちらの意図通りに相手を動かすこと。

そのために必要なのが、あなたの提案内容を取り入れたことで得られる未来に対して、心から共感してもらうことです。
感情を揺り動かす

プレゼンのゴールである、相手にアクションを起こさせること。

そのためには相手の感情を揺り動かすことが欠かせません。果たしてどんな状態が、感情を揺り動かされた状態といえるのでしょうか。

期待感:「わくわくする」「何それ?もっと知りたい」という感情が生まれる
欲求の喚起:「それ、欲しい!」という欲求が喚起される
共感:「その通り! そうなんだよね」という納得と共感が生まれる
イメージ:「面白そう」「美味しそう」「自分にもできそう」というイメージが湧く

上記に挙げたような感情を持ってもらえたら、あなたのプレゼンによって相手の心が動かされています。

ひとつ注意したいのが、プレゼンの聞き手は「説得してほしい」とは思っていないこと。

説得よりも納得、納得よりも共感したい、というのが本心です。あなたが相手に対して

「この案を取り入れるように説得してやろう」と思っていたら、きっとそのプレゼンは成功しません。

興味のないことを説得されて、半ばだまされたように取り入れるよりも、自分自身が納得して共感したほうが、実行する気持ちになるはず。

説得することよりも、共感してもらうことを意識しましょう。

プレゼン成功の可否は、共感を得られるかで決まる。

聞き手の感情を揺り動かすことが、プレゼンの命。これを念頭に置き、具体的なコツをあらためてチェックしてください。
4.テクニックの先にあるプレゼンの「本質」

前の章ではプレゼンのコツについて紹介しました。

しかしコツを知ったとしても、付け焼き刃のノウハウや一夜漬けの準備だけでは、必ず上手くいく保証はありません。

プレゼン上手な人は、テクニックだけでなく「本質」を理解しています。

プレゼンを成功させるために知っておきたい「本質」とは何か。優秀なプレゼンターとして有名な方が紹介しているポイントと共に確認してみましょう。
プレゼンをコントロールできるくらいの自信を持つ

マッキンゼー・アンド・カンパニーに、ジーン・ゼラズニーというビジュアル・コミュニケーション・ディレクターがいます。

氏の著書『マッキンゼー流プレゼンテーションの技術』では、“優れたプレゼンターが持っている3つの条件”を紹介しています。

その一つ目が、事前準備を徹底すること。

著書では優れたプレゼンターの特徴として、「自信」を持っていることと紹介しています。

優れたプレゼンターはプレゼンの最中に、どんなことが起きても冷静に対応する自信を持っているそうです。

自分自身が行なうプレゼンのすべてを把握していて、急な質問やトラブルが起きても動じない。

プレゼン資料についても精通していますし、聴衆のことも理解して、プレゼンの場と時間を自らコントロールできている。

それが優れたプレゼンターだと紹介しています。

注目すべきは、プレゼンの場を自分の物にするためには「入念な事前準備を行なうこと」を重要としている点。

3分のプレゼンテーションであっても、その何十倍もの時間をかけて、イメージやロープレを行なう人が多いようです。

ぶっつけ本番ではなく、充分な事前準備をすることが、優れたプレゼンターの共通項といえるでしょう。
誰よりも提案内容の妥当性に確信を持つ

優れたプレゼンターの特徴二つ目として、提案する内容の妥当性に確信を持っていることと挙げています。

当たり前のことではあるのですが、自分が行なう提案に対して、内容が妥当であるという確信を持っていなければ、聴衆が「良い」と感じてくれるとは期待できません。

すなわち、提案する内容を何度も振り返り吟味し、疑問が残るようであれば提案内容を変更するなど、確信を持てるプレゼン内容を用意することが重要です。
絶対に伝えたいという熱意を持つ

最後に3つ目の共通点です。根性論、気合論のように聞こえるかもしれませんが、優れたプレゼンターの共通点として挙げられているのが「熱意」です。何が何でも自分の提案内容を伝えたいという強い意志、熱意。

上手に喋ることができたり、ロジックで聞き手を頷かせ続けることができたら、それは素晴らしいプレゼンでしょう。

しかし、極端な話として、下手でも熱意さえあれば、一定のところまでは相手の心に届きます。

逆に、いくらテクニック的に申し分のないプレゼンだったとしても、発信者の熱意が感じられなければ、聞き手は心を動かされないのではないでしょうか。

もしあなたがプレゼンに苦手意識を持っていたとしても、絶対に伝えたい提案があり、熱意を持って真摯に語りかけたら。

あなたの熱い思いは聞き手に伝わります。

真剣に伝えようとしている人の話であれば、自分自身も真剣に聞こうと思った経験は誰にでもあるでしょう。

本稿で紹介する様々なテクニックは、あなたが伝えたいと思う熱意の上で成り立っていることを忘れないでください。

逆に考えると、どんなテクニックを身につけて、豪華絢爛な演出をしても、熱意がなければ見透かされ、プレゼンのゴールに達することは難しくなる、ということです。
5.プレゼンにおける苦手を克服する方法

プレゼンにおいて最も重要なものが、熱意であるとお伝えしました。

とはいえ、やはり心情としては、熱意あるプレゼンを出来る限りスマートに行ないたいもの。

プレゼン下手だと自認する人は、いくつか苦手なポイントがあることでしょう。

ここでは、苦手ポイントの克服方法について考えてみます。
あがり症を克服する方法①

プレゼンに限らない話ですが、人前に出ると「あがって」しまい、上手に話ができないという悩みを抱えている人は多いでしょう。

そもそも日本は欧米に比べて、学校生活でスピーチを行なう機会が少なく、訓練ができていない人が多いという現状があります。

「いやいや、日本人にだって、上手にスピーチやプレゼンをする人がいるよ?」

と思いますよね。でもそれは、先天的なものではなく、本人の努力や訓練、場数による慣れで発揮されている能力です。

多くの訓練を受けていない人にとって、人前で話をする、プレゼンを行なうという行為は緊張をともなうもの。

あがってしまったとしても、ごくごく普通のことなのです。

実はいま述べた「あがってしまうのは普通のこと」が重要なキーワード。

あがってしまうことは、誰にでも起きる状態だと理解しましょう。

あがってしまうあなたが「異常」なわけではありません。そもそもあがるという状態は、基本的には心理的な作用。

いってみれば、あがりやすい人は敏感であったり繊細な部分を持ち合わせているだけのこと。少しその状態が顕在化し易く、他の人よりも「あがっている状態」が目に見えるだけのことです。

大勢の人の前で話をするのだから、緊張するのは当たり前のこと。

あがってしまったこと自体は上がり症でもなんでもなくて、人間として普通のことです。問題はその状態を「あがってしまった」「異常な状態だ」と捉えてしまうこと。

克服の一歩として、「人前で話をするときに緊張するのは当たり前。

あがってしまった自分が異常なわけではない」という認識をしましょう。
あがり症を克服する方法②

次に紹介するのは、あがってしまうと感じているあなたがプレゼンのときに実施するべき、心を落ち着かせる方法。

身体的にリラックスして、緊張を解きほぐしてください。
1|水を用意する

といっても、緊張した自分の頭を物理的に冷やすためではありません。

水を飲むという行為は、精神を安定させる働きがあります。緊張が強くなったと感じたら、手元にある飲料水を一口含みましょう。

聴衆からしても、これから話をする人が喉を潤すという行為に対して、なんら疑問は抱きません。
2|深呼吸をする

ゆっくりと深呼吸をしてください。ゆったりとした呼吸のリズムを意識することで、緊張が解れていく効果があります。

また自分の呼吸のリズムを意識してみることもお勧めです。ゆったりとした呼吸のリズムは精神を落ち着かせる効果があり、それを自分自身で意識する、感じることにより、更なるリラックスが期待できます。

3|姿勢を正す

まっすぐと胸を張って立ちましょう。身体と心は切り離されているものではありません。

身体の向きや動きによって、心理的な変化が訪れるのです。しっかりと胸を張り前を向く。それだけで身体から心へと、自信が伝わってくる作用が期待できます。
棒読みを克服する方法

棒読みをしてしまうという悩みを抱える方も多くいます。

プレゼンに限らず、普段の会話のときから指摘されるという方もいるかもしれません。

発声が棒読みになっていると、プレゼンにおいて重要な「熱意」が伝わりにくいというマイナスの効果があります。

ではどのようにして棒読みを解決するか。

棒読みの発声とは、平たく言うと声に抑揚がない状態です。聞き手としては感情が伴っていないように感じます。

つまり感情を込めれば、抑揚が出てくるということ。

プレゼンで喋る内容を一言一句書き出してみることからスタートしましょう。

文章にできたら、一文ごとにじっくりと見直していきます。ここでのポイントは、重要である、伝えたいと思う単語をチェックしていくこと。

ひとつの文章で、多くても1つか2つまでが妥当でしょう。

チェックが済んだら、その文章を声に出して読んでみましょう。

ポイントは、チェックした単語の部分だけ、少し声を高めにすること。これだけで、「高い声」という抑揚のひとつが加わりました。

次にもうひとつ意識して音読してみましょう。

意識するのは、文章の始まりを山の頂上として、文章の終わりを山の麓に見立て、高いところから低いところへ、山を降りていくように発声すること。

重要な単語を少し高い声で発生する。

文章全体を通じて、山を降りるように高い声から低い声へと発生する。

この2つを組み合わせると、明らかに抑揚のある発声になります。

慣れないうちは声が裏返ってしまったり、山を降りることだけに注力してしまい、重要な単語で声を高くすることを忘れてしまうかもしれません。

それでも意識して練習していけば、必ず抑揚のある話し方を体得できます。最初はふたつのポイントのどちらかひとつからでもかまいません。まずは意識すること、そして練習することが重要です。
6.おすすめの本

プレゼンにおける様々なテクニックやコツをご紹介しました。

ここでは、上手なプレゼンを学ぶために役立つ書籍をピックアップしています。

誰もが知っている名書であり、一度は読んでおきたい本。自分の趣味嗜好に合いそうな一冊を選んでみてください。
スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン|著者: カーマインガロ

あまりにも有名な書籍です。プレゼンテーションが上手な人は誰か?という問いをすれば、おそらく多くの人がスティーブ・ジョブズの名前を上げるでしょう。彼がどのような準備をして臨み、どのような仕掛けでプレゼンを盛り上げたのか。その方法ではなく、考え方を学ぶことで、きっとあなたのプレゼン力が向上するでしょう。
TED 驚異のプレゼン|著者: カーマインガロ

プレゼンテーションの場として有名なTED。人気プレゼンターから学ぶ、9つの法則が解説されています。シェリル・サンドバーグ、ビル・ゲイツ、アンソニー・ロビンズなどが行なったTEDでのプレゼンを、科学的に分析しています。
プレゼンは資料作りで決まる|著者: 天野暢子

提案する側と決裁する側の立場で、1000を超えるプレゼンに携わってきた著者が明かす、通る資料の作り方。プレゼンのキーツールである資料の作り方を、通る資料作りの極意から学ぶことが出来ます。
孫正義 奇跡のプレゼン|著者: 三木雄信

孫正義氏のプレゼンについて解説されています。本稿でもプレゼンに最も大切なこととして紹介した、情熱、熱意。孫正義氏のプレゼンも「情熱を持って志を語ること」が特徴と解説されています。プレゼンにおける情熱、熱意の込め方が学べます。
ひとつ上のプレゼン|編集:眞木 準

著名なコピーライター、クリエイティブディレクター、CMプランナーなどのクリエイターによる、プレゼンに勝ち続けるノウハウが紹介されています。実際のエピソードを交えながら、ノウハウやアイデア、経験、哲学を知れる書籍です。
7.まとめ
6つの章にわたり、プレゼンのコツやノウハウをご紹介しました。

繰り返しになりますが、最も大切なのは、必ず伝えたいという熱意です。”

バカ売れキーワード1000感想レビュー|売れるタイトルには訳がある
http://webfood.info/bakaure-keyword/

A 特長
B 気づき
C 強調
D 人気
E 感情
F リアル感
G お得感
H 標的
I 誘導

と大きく分かれています。一つ一つ、気になったキーワードとその下に例文をご紹介します。左の数字はキーワードに1から1000まで振られた通番です。通番がないものは、例文の中で見つけた気に入ったキーワードです。

グレーのボックスは私のコメントです。
A 特長
087 はかなき〇〇

肌触りはかなき繊細さが一層引き立つ〇〇
103 ガイドブックには載っていない〇〇

ガイドブックには載っていない地元の名産品が食べたい
取材お断りの〇〇
177 確かな実感

翌朝目が覚めると確かな実感!
183 見極めてください

見極めてください!室内の広さと全体のバランス
B 気づき
193 〇〇すればいいじゃない

比較すればいいじゃない!そこには〇〇情報がいっぱい
196 〇〇で活躍しそう

夏場のオフィスで活躍しそう!足元の寒さ対策には〇〇
208 〇〇には意味がある

苦いのには意味がある!緑黄色野菜の栄養

デメリットを先に出すのに使えそう
218 ↓(矢印)

↓↓↓申し込みの手順はとても簡単!

この矢印って一般的に通じるんですね。
なにっ
231 正しい〇〇の仕方ご存知?

正しい重ね着の仕方ご存知?知らないと損する〇〇
235 なぜ〇〇できない?

なぜ合格できない?受験に必要な絶対〇〇
290 〇〇を賢く使う

保険会社を賢く使う!使い方次第でこんなにお得
308 去年とはまるで違う

去年とはまるで違う!肌の質までがガラリと変わった〇〇
347 〇〇ウラの裏

住宅建築ウラの裏!プロだけが見分けることができる〇〇
360 〇〇には理由がある

ウマイには理由がある!秘伝のタレにたっぷりと漬け込んだ〇〇
364 〇〇の共通点

急成長するレストランの共通点!人気メニューで見る〇〇
〇〇の必須条件
365 〇〇の告白

有名旅館女将の告白!お客様がいつも感動する〇〇
〇〇の意外なホンネ

予備校講師の意外なホンネ!受験に必要なのは〇〇
C 強調
415 〇〇以上の使用は控えて

たった1粒で十分だからそれ以上の使用は控えて!
473 手ごたえありの〇〇

手ごたえありの英会話学校!ビジネスシーンで手ごたえを実感
560 関係者が驚いた〇〇

関係者が驚いた炊き上がりのモチモチ感!米どころから〇〇
D 人気
570 〇〇が殺到

すぐにリピーターが殺到している爽快シャンプー!
585 行列のできる〇〇

予約にさえ行列のできる名門旅館!一度泊まってみたい〇〇
586 記録を塗り替えた〇〇

発売後あっさり記録を塗り替えたRPGの定番〇〇
594 断トツ〇〇

断トツのリピート率を誇る新潟産コシヒカリ
パンクするほどの〇〇

モニター募集に電話回線がパンクするほどの反響!
E 感情
〇〇感抜群の

ゆったり感抜群のマタニティーウェア!清潔に保てる
〇〇についニッコリ

自分の後ろ姿についニッコリ!シャープなバックスタイルを〇〇

子供の元気な姿にニッコリ
740 〇〇年の人生で初めて××

50年の人生で初めての目にした絶景!窓からの眺めに〇〇
745 息を呑む〇〇

その肌変化に思わず息を呑む!秘密にしておきたいとさえ〇〇
F リアル感
764 〇〇%××する

95%翌日に感動する保湿クリーム。ぷるぷる肌を取り戻したい〇〇
765 〇〇100!

食べて痩せるダイエット100!食べながらダイエットしたい〇〇
100通りの楽しみ方が〇〇
773 〇〇を××させる△つのポイント

株式投資を成功させる7つのポイントとは?資産運用の達人が〇〇
774 〇〇を感じるベスト××

冬に魅力を感じるベスト5ツアー!冬ならではの魅力で一杯の〇〇
G お得感
817 〇〇でこの価格

本格和食コースに飲み放題でこの価格!新年会はこれで決まり!
832 卸屋びっくり価格

卸屋びっくり価格!同業者泣かせの価格の連続に思わず感激!

同業者泣かせ
833 家計に無理ない〇〇

家計に無理無い低燃費設計!ガソリン代の心配がいらなくなる〇〇
840 直営工場より〇〇

お買い得の理由は直営常用よりの直送にあります!
H 標的
904 〇〇な方におすすめ

意志簿弱な方におすすめ!食べながら痩せるという選択肢!

意志簿弱な方におすすめ、使えそう
910 ひとり〇〇応援します

ひとり生活応援します!24時間お好きな時間にいつでも〇〇
I 誘導
947 〇〇はもう常識

日常英会話はもう常識!これからはビジネスの世界だけじゃない!

幼児のオンライン英会話はもう常識!とか
955 同じ悩みをもつ〇〇だから

同じ悩みをもつビジネスマンだから、この資格をオススメしたい!
956 〇〇賢い選択

プロに相談して決めるという賢い選択!信用できる専門家が〇〇
957 探していたのは〇〇

探していたのはこんな家!家族そろってそれぞれの好みを叶え〇〇
958 大丈夫!もっと〇〇になる

大丈夫!もっとつやつやになる!髪の毛に栄養を与える〇〇

大丈夫もっとペラペラにしゃべれるようになれる
959 断然〇〇で決まり

断然ごま油で決まり!ごまの豊かな風味が味噌にベストマッチ!
960 使う人の立場で考えたら〇〇

使う人の立場で考えたらコレを選ぶのが正解!
961 毎日使う〇〇だから

毎日使うフレグランスだからコレを選ぼう!セクシーな男の〇〇

毎日受けるレッスンだからちゃんと選びたい
963 理屈抜きで〇〇

理屈抜きで選ぶならこの商品!必要な付属品もセットして〇〇
966 〇〇し倒せ!

冬の味覚を味わい倒せ!カニのベストシーズンに味わい尽くす!

英語をしゃべり倒せ!
968 〇〇するとわかります

サンプルを使用するとわかります!実施に使ってみるのが一番!
973 この機会にどうぞ

先着100名様限り!この機会にどうぞお買い求めください!
974 〇〇モードにスイッチ

乙女モードにスイッチ!可愛いアイテムを手に入れて可愛く〇〇
982 お見逃しなく!

お見逃しなく!北海道以外でこの商品を購入できるのはここだけ
感想

さきほどは売れるために必要なキーワードと言いましたが、アフィリエイトにおいてはGoogleの検索結果からクリックされるためのキーワードという側面が強いです。

検索結果で、どのページをクリックするかは、タイトルに興味を持てるかにかかっています。魅力的なタイトルをつけられれば、クリック率があがり、結果的にさらに上位表示できるようになります。

自分は狙う検索キーワードを決めたあとにタイトルのアイディアが出てこない時に、この本をペラペラめくっていればかなりの確率でいいタイトルが思いつきますね。”

バカ売れキーワード1000等のキャッチコピー本は辞書的に使うとブログが早く書けて便利!
http://worklife-create.com/bakaure-keyword1000.html
”【もくじ】こんなことが書いてあります的な。

1 キャッチコピーが面白いほど書ける バカ売れキーワード1000の目次と主な内容
1.1 A.特長:提供するモノの特長をより効果的に伝える
1.2 B 気づき:あなたの前にいるお客さまに気づきを与える
1.3 C 強調:優れている部分をより際立たせて効果的に伝える
1.4 D 人気:お客さまから熱烈に支持されていることを表現する
1.5 E 感情:お客さまの感情をとことん刺激する
1.6 F リアル感:数字を活用してより現実的に表現する
1.7 G お得感:お得感を強調してお客さまを刺激する
1.8 H 標的(ターゲット):ターゲットを絞って特長を際立たせる
1.9 I 誘導:目的とする行動へとお客さまを誘導する
1.10 登場したキーワード一覧
2 まとめ
3 共有:

キャッチコピーが面白いほど書ける バカ売れキーワード1000の目次と主な内容

GoogleやヤフーSEOを意識したキーワードの選び方ではなく、読者をひきつける言葉選びだよ 色々な表現ができないということは表現力がないのではなく、ちょっとした日常の会話に気づいていなかったり、『お!?』と思っても記憶に残っていいだけにすぎません。 それが意識せずともできるようになるにはちょっと時間が必要ですが、プロブロガーさんや敏腕ライターさんはこれをなんにも考えなくても、鼻歌歌いながらでも簡単にできてしまいます。 ただ、私のような素人の場合は、段階を踏んでちょっとずつ文章を書く技術、ブログで言えばもっと総合的な技術が必要と思っているわけですが、その一時的なサポートするアイテムとしてこのような本は助かります。 この本はA~Iの9章からなっており、A-1~A-6などのように章節があります。 キーワード1000となっていますが、1000個キーワードが載っているわけではなく、その章節のなかの少項目が1000個あり、その例文も含めると4000もの例文があるので結構なボリュームです。
A.特長:提供するモノの特長をより効果的に伝える

新規制・新しさ
歴史・古さ
品質の高さ
限定・希少性
簡単さ・気軽さ
信頼感・安心

以上に訴える6項目で分かれて書かれています。 新しい物好きの方、お手軽なアイテムというものは注目されやすく、よく売れます。 自分が売り込みたいものが具体的にイメージしやすいように、他のものや同類のサービスとくれべでどう差別化して訴えるのか?というキーワード・キャッチコピーを網羅。

食べながらダイエットするという新しい法則! 女優並みの素肌を目指す!素肌が喜ぶ○○! 完成されたおもてなし!


B 気づき:あなたの前にいるお客さまに気づきを与える

呼びかけ、気づきを与える
第三者の意見お客様の評価を活用する
欲望・快感・願望に刺激を与える
不満、不安要素を活用する
知識欲、知的好奇心を刺激する
逆説表現を活用する

頭の性質・特性上、人は有用な情報と聡でない情報を振り分けて、必要なものしか自分の頭に残らないようにできています。そのなかで興味を引き寄せて、立ち止まってもらえる、読みとどまってもらえるるようなフレーズを多用。

素肌が悲鳴をあげるとき! ○○する人、しないひと?あなたはどちら? 二重あごで大丈夫?今なら間に合うダイエット○○ ショートヘアはモテないと決めつけないで!アレンジ次第で○○


C 強調:優れている部分をより際立たせて効果的に伝える

blog

インパクト、強調したい時に活用する
こだわり、特別感を表現する
付加価値(おまけ、プラスアフファ、さらに)を表現する
比較要素、比較優位を訴える

同じようなサービスやものでも、伝え方次第でその印象やイメージは大きく異なってきます。 そんなにすぐれた商品でも、そのメリットが正確に伝わらなければ無意味なものとなってしまいます。提供するもののすぐれた点をいかにに引き出した言葉をチョイスできるのかがポイントとなってきます。 このメリットを最大限に際立たせる言葉をピックアップして、インパクトあるキャッチフレーズにしていきましょう。

○○にとにかく強いタフばボディ! 予想を超える絶景に声を失う!並外れた○○! メイクひとつでここまで若くなる!ここまで○○となる!


D 人気:お客さまから熱烈に支持されていることを表現する

売れている・人気を示す
好み、強い嗜好性を表現する
流行・トレンドを表現する

『客が客を呼ぶ』というように、売れているものにはワケがある。 それを更に加速させるような状況をリアルな表現を用いて、ガッチリとつかみます。

憧れの海外ウエディング!一生の思い出作りを応援する○○! クセになる食感!口に入れたあの食感がたまらない! こんな○○が欲しかった!シンプルなデザインの○○!


E 感情:お客さまの感情をとことん刺激する

体験、体感を表現する
五感に訴える
幸福感、ラッキー要素を表現する
感動を訴える

悩む⇒買うという流れのときの心理には、必ず感情に動きがあります。 この感情をちょっとだけ背中から後押しするように、心に引っかかるようなキーワードが厳選されています。

子育てがもっと楽しくなる!子供と楽しみながら学ぶ○○! 快適で暮らしやすい○○!家族にふさわしい○○ 大自然の心地よいリズムを体感する。絶景を楽しみながら○○


F リアル感:数字を活用してより現実的に表現する

jobujob

データ、数字を活用する
期間、期限、時間、季節を表現する

ブログでも良くある種法です。 客観的なデータや事実を提示することによって、今から訴えたいことや売りたいものがいかに信用できるものであるのかを表現します。「○○万人がご愛用!」というテレビCMなどのフレーズは、これの確固たる例です。

○○種類の●●から厳選! ○○を●●させる△つのポイント! 美味しさの○つのキーワード ○○からいよいよサービスがはじまります!


G お得感:お得感を強調してお客さまを刺激する

価格の低さを訴える
無償提供、無料を訴える

人は得をするということに大きく反応します。 値段が安いといっても、ナニを基準とするのか、その安さの理由を強調する必要があり、この点をいかにわかりやすく訴えかけるかがキーポイントとなります。スーパーなどでよく目にするものは、ここに該当するものが多いです。

○○%オフ レジにて更に全品30%オフ! ○○しかも無料!このボリュームでしかも無料!

H 標的(ターゲット):ターゲットを絞って特長を際立たせる

ターゲットを分類する
ネーミングに活用する

物を売るのにターゲットを絞るのは当たり前ですが、絞っただけではその層の人には響きません。 絞り込んだ上で、提供するものの価値を感じてくれるターゲットへ向け、更なる特長やメリットを送り込むことで購買意欲や成約率が格段に上がることは間違いないので、積極的に組み込んでいきましょう。

意志が弱い人にお勧め!食べながらやせるという選択枝! ○○必需品 ビジネスマン必需品!携帯情報ツールで必要な情報を常に○○


I 誘導:目的とする行動へとお客さまを誘導する

推薦、おすすめを表現する
行動に駆り立てる

読者・お客さんの行動を自在に操るようにするのは容易ではありません。 行動を起こす前に一度踏みとどまったりしてしまうので、そのストップをいかにストレスなく、スムーズに次の段階へと導いてくれるかがポイントとなります。ここでは、商品・サービスのメリットを適切に分かりやすくする言葉を選ぶことでそれを可能にします。

○○はも常識 英会話はもう常識! ○○チェック 最終チェック!要チェック!あなたの目でチェック!


登場したキーワード一覧

本書で出てきたキーワードが3.5ページに凝縮されて一覧になっています。 ここに気になったワードをアンダーラインなどの印をしておくと、ブログを書いているときにパッと開くだけでスイスイと進むときが多いので意外に使用頻度は高い。熟読するものではなく、パラパラめくって流し読みしているだけでもずいぶん頭に残ります。

[カラー改訂版]バカ売れキーワード1000
posted with ヨメレバ
堀田 博和 KADOKAWA/中経出版 2014-01-25
Amazonで購入
Kindleで購入
楽天ブックスで購入

この本はあくまで、「これが来たらこれを当てはめる」、「こういう場合はこの表現を使うと効果的!」ってことは、余分な解説がなくて一覧になっているしわかりやすい。 しかし、これを読んでいるだけでは『なぜ、こうなるのか?』という所までは理解できないので、一歩踏み込むのであればもうちょっと詳しい参考書などが必要かな、と思います。 それを簡単に説明してくれてて、いちばんわかりやすいのがこれでしょう。
全米NO.1のセールス・ライターが教える 10倍売る人の文章術

posted with ヨメレバ
ジョセフ・シュガーマン PHP研究所 2006-03-16”


バカみたいに売れるキーワードBest3
http://shigotane.com/archives/1021
”3位【標的】ターゲットを絞って伝えたい相手に届ける。

数多くいるお客様の中でも「本当に伝えたいお客様」が存在するかと思います。
そのターゲットを明確にすることで、よりメッセージが伝わりやすくなります。
売りたい商品やサービスを最も必要とするお客様をまずは絞っていきましょう。
また下記のキーワードはターゲットとなるお客様の姿をイメージしたうえで、
ぜひそのお客様の合うキーワードを活用してください。

■◯◯歳を超えたら
「対象となる年齢以上の人」が注目するよう呼び掛ける。

例)
・30歳を超えたらくすみケア年齢!気になっていたお肌年齢も◯◯
・28歳を超えたら要注意!今からでも始めたい集中ケア
・20歳を超えたら人生の勉強を始めよう

類似語)
◯◯歳を境にして、オンナ◯◯歳××、◯◯歳になったら××する。 (引用: バカ売れキーワード1000 より)

■◯◯好きにはたまらない

「ある趣味や嗜好について感心が強い人」の注目を集めるための表現。

例)
・スイーツ好きにはたまらない!いちごのもつ奥深い甘さがグッド
・温泉好きにはたまらない宿!温泉情緒ある雰囲気がたまらない
・辛いもん好きにはたまらないガツンとくる辛さ!激辛の◯◯

類似語)
◯◯好きだけが知る。◯◯ファンには。◯◯と聞いてピンとくる。  (引用: バカ売れキーワード1000 より)

■◯◯欲しい人集まれ!
「ターゲットが欲しがるモノ」をストレートにぶつける表現で注目させる。

例)
・美味しい無農薬野菜が欲しい人集まれ!こだわり農家が◯◯
・ブランドバック欲しい人集まれ!憧れのブランド小物が◯◯
・彼氏欲しい人集まれ!街の中で輝いて魅せる簡単メイク!

類義語)
◯◯を探すなら。◯◯を買いたいなら。◯◯が欲しいなら。  (引用: バカ売れキーワード1000 より)


2位【お得感】お得感や特別感を出して、お客様の心を刺激する。

お客様はいつも「得をしたい」と考え、常にお得な情報を探している。
「お得な情報とその理由」を組み合わせて表現することで、
お客様の感情に「お得感」をわかりやすく伝えてみましょう。
ただし、一つ注意すべき点がある。
価格の安さや無料を訴えるにあたり、なぜその価格なのか?なぜ無料なのか?
理由や根拠が必要となる。
理由が明確でない価格の安さは、逆に「安かろう悪かろう」と不信感に繋がる恐れがある。
上記の注意点を踏まえ、キーワードを活用してみてください。

■◯◯%オフ
「安くなる割合を具体的な数字で表現する」ことで、どの程度やすいのかをわかりやすく伝える。

例)
・レジにてさらに全品30%オフ!今ついている値札より値引き◯◯
・店内商品全て30%〜60%オフセール開催!じっくり掘り出せ◯◯
・50%オフのオール半額セール!どれを選んでも通常価格の半額!

類義語)
最高◯◯%引き。◯割引。◯◯%の値引き価格で。◯割引価格。  (引用: バカ売れキーワード1000 より)

■◯◯への挑戦
「価格が安いことを意味する言葉」と組み合わせて、その安い状況へと挑戦するという意味。インパクトを与える。

例)
・安さへの挑戦!とことんまで値段の安さを追求しました!
・限界への挑戦!こだわりの商品の価格の限界にチャレンジ!
・激安価格への挑戦!競合店の値段とぜひ比較してみてください!

類義語)
◯◯へのチャレンジ。挑戦価格で◯◯。◯◯への挑戦状。勝負価格。  (引用: バカ売れキーワード1000 より)

■◯◯ギリギリ価格
「価格の安さにインパクトを与える」ために、その価格自体が「ギリギリのものである」という意味を込めて訴えかける。

例)
・原価ギリギリ価格でもぜひ一度お買い求めいただきたいんです!
・赤字覚悟のギリギリ価格!在庫入れ替えのため、この価格でご奉仕!
・損切り覚悟のギリギリ価格!絶対に損はさせない自信があります!

類義語)
◯◯限界価格。極限価格に挑戦!。目いっぱいのご奉仕価格で◯◯。  (引用: バカ売れキーワード1000 より)


1位【人気】お客様から熱烈に人気がある事を表現する。

売ろうとする商品やサービスが実際に「売れている」あるいは「人気がある」ものであるなら、
お客様からの人気という状況をうまく演出し、表現に取り入れると効果的。
そんなに売れているのなら見ておかないと損をしてしまうかもしれない。
みんなが欲しがっているモノなら、私も手に入れて得をしたい。
など、人の感情の動きから「客が客を呼ぶ」のです。
インパクトある表現とともに、人気度合いをより身近な表現で伝え、
お客様が行動に至る感情を刺激しましょう。

■◯◯完売
「すべて売り切れる」という意味をもつ「完売」という言葉と、
「売り切れている状況を詳しく表現する言葉」とを組み合わせ、人気ぶりを強調する。

例)
・驚きの即完売!スタッフさえもその売れるスピードに◯◯
・前回販売時に3時間ですぐに完売!リピーターがまとめて購入!
・3週間連続完売御礼!ここまで売れ続けるのは特殊成分◯◯

類義語)
即売り切れ◯◯。スグに売り切れる◯◯。売り切れ必至!  (引用: バカ売れキーワード1000 より)

■憧れの◯◯
「強い嗜好示す表現」として「憧れ」という言葉を活用し、目的とするものを目立たせる。

例)
・憧れの旅路を満喫する!あなたのわがままをカタチにする◯◯
・憧れの海外ウェディング!一生の思い出づくりを応援する◯◯
・憧れのスリムボディーを手にいれる!夏までに間に合う◯◯

類義語)
夢見る◯◯。思い焦がれる◯◯。◯◯に恋しちゃう。恋する◯◯。  (引用: バカ売れキーワード1000 より)

■◯◯予告
「多量に売れていることから起こりうる現象」を表現することで、
これから売れることが当たり前のような印象を与える。

例)
・欠品予告!前回販売に引き続き早々の欠品が予想されます。
・完売予告!人気物件のためすぐに売れてしまいます
・大ブレイク予告!今年の夏のトレンドを先取り!

類義語)
◯◯を先読みする。確実に◯◯する。絶対に売れる◯◯。  (引用: バカ売れキーワード1000 より)”


【アイデア】『バカ売れ販促アイデア500』堀田博和
http://smoothfoxxx.livedoor.biz/archives/51980767.html
”【ポイント】
■1.ライブ(生放送)化しなさい

ライブには、ライブでしか出せない多くの魅力が存在する。失敗できない緊張感と本物だという自信、うそや偽りのなさ、真実そのもの、臨場感などをリアルタイムで伝えることができるのだ。提供するものに自信があるのなら、普段見せない部分でもいい、ぜひ、ライブで本来の姿、本当の良さや価値をとことん表現して伝えてみなさい。

●作業しているところをショーのように見せる

◆これで思い出すのがこちらの本。

外食の天才が教える発想の魔術
外食の天才が教える発想の魔術

参考記事:【オススメ!】「外食の天才が教える発想の魔術」フィル・ロマーノ(2008年03月20日)

著者のフィル・ロマーノは、「全国展開されたレストランコンセプト」が6つもあるというアイデアマン。

彼が手がけた「ナッグズヘッド・パブ」というレストランの中央に置かれた炭火焼グリルは、現在のオープンキッチンの先駆けでもあります。


■2.形や素材を予想外のものに変えてみなさい

商品の価値は、その品質や中身だけで評価されるものではない。その商品の外観や形が変わるだけでも価値は大きく変わるものだ。形状や外観に意外性があれぱ、それを目にした人にインパクトを与え、外観から伝わる雰囲気や印象から、感じる価値自体も変わってくる。中身はそのままでも、商品の形や素材、外観を予想外のものに変えてみなさい。

●通常の形と異なる形状や構造にする

◆この本には、紙飛行機が折れる便箋が紹介されていました。

最強の文房具 (別冊宝島) (別冊宝島 1786 カルチャー&スポーツ)
最強の文房具 (別冊宝島) (別冊宝島 1786 カルチャー&スポーツ)

参考記事:【10選】『最強の文房具394』から選んだ注目のガジェット10選(2011年07月17日)

なお、最近GIGAZINEさんで紹介された製品は、便箋どころか、丸ごと封筒セットだったりします。

flying letter
flying letter

ちょっとお高いですが、確かにインパクトは絶大w


■3.自宅で楽しめるようにしなさい

商品やサービスが、「自宅で楽しめるようになる」というだけで、ひとつの大きな価値を生むことがある。「自宅で楽しみながら○○したい」「自宅でくつろぎながら○○したい」「自宅で時間を気にせず○○したい」「自宅で人の目を気にしないで○○したい」「自宅で家族とー緒に○○したい」などの欲望をかなえてあげる方法をとことん考えてみなさい。

●自宅で楽しめる自宅用キットをつくる

◆私自身、ちょっと欲しくなってしまったのが、こちらのキット。

いえそば
いえそば

トップのレビューが☆5つで、それに対して120人中118人が「YES」票を投じているという人気商品。

もうすぐ年越しそばの季節なんで、何とかヨメを説得したいな、とw


■4.もっと見やすくしなさい

せっかくの情報や言葉も、見てほしい人が読み取れなければ、そこに存在しないのと同じだ。いかに、伝えたいことや情報を物理的に読みやすくするかが重要になる。もっと、見やすく。もっと、読みやすく。もっと、読み取りやすく。もっと、目に入るように。もっと、鮮やかに。とことん工夫を重ねて、もっと見やすくしなさい。

●お客さまが見やすい位置(高さ・場所)にする

◆ことこうした売り場の工夫については、この本はマストだと思われ。

なぜこの店で買ってしまうのか―ショッピングの科学
なぜこの店で買ってしまうのか―ショッピングの科学

参考記事:【スゴ本!】「なぜこの店で買ってしまうのか―ショッピングの科学」パコ・アンダーヒル(2007年10月09日)

「子ども用品は子どもの目の高さに陳列する」等、言われてみたらごもっともな指摘が満載です。


■5.「手書き」の部分をつくりなさい

あなたが目にする文字のほとんどは、読みやすく加工された文字だろう。人力された文字の配列は、読みやすいが、文章に変化が感じられない。だからこそ、本当に伝えたいことや、言葉を「手書き」にすることでより目立たせることができるのだ。目立たせたいところを、文字でも署名(サイン)でも、印やマークでもいい、手書きにしてみなさい。

●手書きのメニューやカタログをつくる

◆当ブログでも「手書き」ネタは色々ご紹介してきましたが、やはり出村邦彦さんのご本は捨てがたいところ。

1冊選ぶとしたら、これかな、と。

もっと儲かる全国手書きチラシ実例集
もっと儲かる全国手書きチラシ実例集

参考記事:「もっと儲かる全国手書きチラシ実例集」出村邦彦(著)(2006年08月18日)

この本のテーマは「チラシ」ですが、豊富な手書きの事例はきっと参考になるハズ。


■6.お客さまが「より多く買える」ようにしなさい

お客さまが物理的、心理的な障害のため、多く買えないという状況がある。たとえば、保管する場所がない、持って帰りにくい、手がふさがっていて持てない、買い物する余裕がないなどがそうだ。大切なのは、お客さまの置かれている状況を把握し、買えない障害をなくしてあげることだ。そして、より多く買える良い方法をお客さまに提案しなさい。

●買い物カゴ・買い物カート・台車を用意する

◆「買い物カゴは、店内のあちこちに用意すべし」というやり方は、この本で知りました。

ついこの店で買ってしまう理由(わけ)
ついこの店で買ってしまう理由(わけ)

参考記事:【スゴ本再び?】「ついこの店で買ってしまう理由」博報堂パコ・アンダーヒル研究会(2007年11月06日)

確かに、カゴがなかったり、足りなかったりすると「また今度でいいか~」となりがちですよね。


【感想】
◆とにかく読んでいて、活用例の多さに圧倒されました。

本書の構成についてちょっと説明しておくと、下記目次のようにまず大きなテーマが7つ。

そのテーマごとに、個別のテクニックが連なり(計106個)、その下にアイデアが(計500個)、さらにそのアイデアごとに活用例が複数個提示されている(計1500超)、という感じ。

今回、上記ポイントの引用部分の最後に「●」で挙げているのが、活用例の前のアイデアになります。

アマゾンの方の目次には、106個の個別テクニックが挙げられてますので、気になる方はご覧アレ。


◆ただ、あまりに活用例が多すぎることもあってか、実際にお店や会社でやってみてどうだったか、といった事例については、収録されていません。

その辺が、事例がないとイメージしずらい方にはつらいところかも。

もっとも活用例より上のレイヤーである個別のテクニックですら、106個もあるわけですから、それぞれに事例を載せてたら、ページが何ページあっても足りません。

トレードオフと割り切って、活用例を「自社(店)に当てはめてイメージする」ことがキモとなりそうです。


◆本書は、実際にお店や会社で集客や販促したい方にとっては、すぐにでも取り入れられるノウハウが詰まっています。

その点では、「お値段安杉」というか、余裕でペイするかと。

裏を返せば、そういったニーズがない方だと「脳内起業」して頂かないといけないのもまた事実です。

とはいえ、「直接的なアイデア」だけを頭に詰めるのではなく、こうした「今すぐには使わない」アイデアを脳内に保管しておくと、何かの拍子に科学反応起こして凄いアイデアが生まれるかもしれません。


良質なネタの数々に脱帽しました!

バカ売れ販促アイデア500
バカ売れ販促アイデア500

Part1 お客さまの感じる価値を高める
Part2 ターゲットを絞って接触する
Part3 気づきを与える
Part4 興味を引き欲望を刺激する
Part5 きちんとメッセージを送る
Part6 目的の行動へと導く
Part7 継続した満足を与える”

『バカ売れ販促アイデア500』の読書感想 – 目からウロコ、儲けのヒントはココにあり
http://akit723.com/hhotta_bakaure500/
”困っている人を見つける(P14)

困っている人を助ける=商売のニーズ。お客さんが困っていることの解決策を商品にする。
お客さんが面倒なことをかわりにする(P17)

サービスのなかに、お客さんが面倒に感じていることを取り入れ、かわりにやる。商品にする。

例)

見積もり一括請求サービス、価格比較サービス、情報検索サービス
お客さんを絞り込み、効果的に接触する手段を見つける(P58)

売りたい商品があるのなら、商品に魅力を感じて、それを買ってくれるお客さんと接触する必要がある。

そこで、商品に魅力を感じるお客さんを絞込んで、できるだけ効率的に接触していく方法を考える必要がある。それができて、商品が売れる。
ストーリーで感情を揺さぶる(P120)

人間は感情の生き物。喜怒哀楽によって行動してしまう。

商品の魅力を伝えるときはストーリーを意識し、相手の感情を引きつけること。商品を買って嬉しい変化、商品購入後に起こったことなど、分かりやすく伝える。
数字で具体性を示す(P122)

細かい数字=信用力+説得力。

「91%のお客様が満足」というように、利用できるデータはどんどん利用し、セールスで伝える。
大切なことは繰り返す(P148)

伝えたいことは受け手に何度も繰り返し伝える。セールスレターなら、伝えたいことを、キーワードにして目立たせ、繰り返し使うと効果的。
納得できる購入の決め手を用意する(P186)

お客さんは感情や好みで商品を選ぶが、買うか買わないかは、合理的で納得がいく理由を欲しがる。特に、高額であればあるほど、その金額が納得できる理由が必要。

「この商品を買うのは合理的だ」とお客さんに納得してもらえる理由をいくつか用意しておくこと。”


劇的にプレゼンが上手くなる5つのコツで聴衆を魅了する方法
http://rules-of-success.jp/technique/presentation-point/
“プレゼンのコツ1:「つかみ」をマスターする
プレゼン当日、あなたの発表が始まったら、まず最初に成功したいのが『つかみ』の部分です。
プレゼンの最初で聞き手の意識を自分に向けさせ、かつポジティブに話を聞いてもらえる環境をつくりだしたいもの。
とはいえ、お笑い芸人のようにいきなり大笑いを誘ったり、マジシャンのように驚きというインパクトを残すことは難しいと思います。
そこで特別な話術やテクニックがなくても『つかみ』を成功させる方法を、実際のプレゼンをヒントにいくつか学んでみましょう。
■質問を投げかける
「さっそくですが、皆様にお聞きしたいことがあります。皆様の中で、いつも小切手帳の収支を合わせるようにしている、という方はどのくらいいらっしゃいますか」
⇒聴衆のほとんどが挙手
「それでは次に、そうするのが『好きだ』という方はどのくらいいらっしゃいますか」
⇒全員が手をおろす
(米国大手ソフトウェア会社創業者、スコット・クック氏)
これは同社が新たに開発した会計ソフトのプレゼン。
難しい技術の解説から始めるのではなく、まずは聴衆に寄り添い、うまく関心を向けさせています。
「収支合わせは必要なことだが、面倒な作業である」
という一般認識を浮き彫りにした上で、簡単で使いやすい自社ソフトをアピールする、という流れです。
■秘密を打ち明ける
「最初に告白させてください。20年ほど前にしたあることを私は後悔しています」
(作家・ビジネスジャーナリスト、ダニエル・ピンク氏)
冒頭でこんなことを言われれば、思わず聞き入ってしまいますよね。
人間の好奇心をうまく煽った巧みなつかみです。
■インパクトのある演出で驚かせる
「ご存じのとおり、マラリアは蚊が媒介します。みなさんにも体験していただこうと思って、今日は何匹か連れてきました。ちょっとばかり自由にしてやりましょう。貧しい人しかこんな体験ができないというのも、おかしな話ですから」
(マイクロソフト共同創業者、ビル・ゲイツ氏)
アフリカのマラリア問題についてのプレゼンで、ゲイツ氏は蚊の入ったガラス瓶を壇上で掲げました。
聴衆は驚くとともに、大爆笑をしながら拍手喝采。
もちろん中の蚊を本当に放すわけではありませんが、こういった予想外のことをされると強く記憶に残るものです。
■エピソードから入る
「二週間前、パリにある自分のスタジオにいると、電話が鳴って『ちょっとJR、TED Prize 2011受賞だって。世界を救おうって願いを伝えるのよ』」
(ストリートアーティスト、JR氏)
自分が実際に体験したエピソードから語り始めるというテクニック。
セリフもあって程よくコミカルで、聴衆がイメージしやすい内容になっています。
「この後どう展開していくのかな?」と自然と引き込まれるプレゼンです。
プレゼンのコツ2:ノイズを減らす
プレゼンに関わらずですが、話をする際に「あー」「えー」などを多用してしまう人がいます。
また無意識のうちに同じフレーズ、例えば「つまり」「要するに」「というか」などを繰り返してしまうことがあるかと思います。
これらはすべて、聞き手にとってはノイズ、つまり雑音でしかありません。
神経質な相手であれば、これらのノイズへ意識が移ってしまい、プレゼン内容が理解できなくなります。
更に悪影響としては、ノイズを発せられるたびに「また言ってる」と感じるようになり、最終的にはイライラさせてしまうことも。
せっかくプレゼンの機会を手に入れ、入念な準備をしたのに、相手に悪い感情を残してしまったら。
プレゼンしたことがマイナスにならないよう、ノイズの除去を意識しましょう。
プレゼンのコツ3:適度な間を取り入れる
聞き手はプレゼンの最中に、3つのことを行なっています。
同時に復数のことを行えば、それだけ意識が拡散するのは必至。
それぞれの行為に集中できる工夫が必要です。
聞き手が行なう3つの行為は以下の通り
• スライドのテキストを読む
• 写真やイラスト、グラフを見る
• プレゼンターの発する言葉を聞く
それぞれが並行して行なわれるので、完全にひとつのことに集中してもらうのは難しいかもしれません。
しかし工夫一つで、極力、各行為に集中してもらうことができます。
その工夫とは、プレゼン中に適度な間をとること。多くの聞き手は、プレゼン資料が変わるたびに、画面に意識が移ります。
投射されている内容のもっともインパクトがある部分に目線が行き、意識も移ることでしょう。印象的な図や写真があればなおのこと。
1. ページを更新する
2. このページで伝えたいことを端的に言う
3. 聞き手がざっと資料を眺める時間をとる
4. 印象的な写真があれば、「写真をご覧ください」と一言付け加えて間を空ける
5. 「それでは◯◯について説明いたします」と意識を自分の発言に向けさせる
このように、適度な間を取りながらプレゼンテーションを行なう工夫が必要です。
プレゼンのコツ4:資料を音読しない
ついついやりがちなのが、プレゼン資料の音読。苦労して出来上がった力作だからといって、資料に書いてあることを読み上げるだけのプレゼンはいただけません。
書いてある内容を読み上げるのであれば、時間と場所を用意してプレゼンを行なう必要がありません。
メールに添付して送ればそれで済んでしまうもの。
その場に聞き手を集めて、あなたが想いを込めた言葉で語るからこそ、プレゼンは効果を発揮します。
また聞き手の心理としても、資料を読み上げられるばかりでは退屈してきます。
「それ、書いてあるよ」と思われてしまったら、聞き手は読み手と化します。
手元に資料を印刷していたら、あなたのペースを無視して、次々にページをめくっていくことでしょう。
資料を見終えたら、あとは退屈そうに座っているか退席するだけ。
この残念な事態をさけるためには、実は事前準備である資料作成が重要です。
• テキストをだらだらと書き込まない
• 要点のみを箇条書きにして、説明を聞きたい内容にする
• 写真や図を盛り込んで、読み解きたくなる仕掛けをつくる
• 資料には入れていない情報を口頭で補う
• 資料の内容そのままではなく、口頭用に言い換えるなどのアレンジをする
これらの工夫することで、資料だけを読み進められてしまう失敗は防げるでしょう。
資料作成のコツについては後の章でご紹介しますので、そちらもチェックしてみてください。
プレゼンのコツ5:ベネフィットは情熱的に語る
聞き手として一番退屈でつまらないプレゼンとは、どのようなものでしょうか?
それは、プレゼンター、もしくはプレゼンする対象物の自慢話に終始するプレゼンテーション。
聞き手は別に、あなたや商品、会社の自慢を聞きたいわけではありません。
プレゼンされる対象が、自分たちにどのようなベネフィットがあるのかを知りたいだけ。
製品や機能、特徴についてだらだらと話されると、聞き手の感情はマイナスの方向へ動いてしまいます。
では、どんな内容を伝えるのが正解なのか。
聞き手にとってのメリット、そしてベネフィットを伝えるようにしましょう。
ここで知っていただきたいのが、メリットとベネフィットの違い。
メリットは多くの人が理解して、プレゼンの場でも用いているかと思います。
自分や商品、企画の利点を伝えることです。メリットを提示するのは非常に重要なことですから、資料においてもきちんと明示しておきたい項目です。
プレゼンの場となったらもう一歩踏み込んで、メリットから派生するベネフィットを提示する工夫をしましょう。
ベネフィットとは、プレゼンした内容を取り入れることで得られる結果や未来のこと。
ある新企画をプレゼンする際を例にして考えてみましょう。
新企画は提案相手のメリット、例えば働いている従業員の満足度が上昇するというメリットがあります。
この時点で興味を持ってもらえる可能性が高いのですが、更に踏み込んだ成果や未来を伝えてみましょう。
新企画を取り入れることで、従業員の満足度が高まり、その結果どうなるのか。
おそらく満足度の高まった従業員は、よりいっそう仕事へ励むことでしょう。
その結果、会社として売上の増加が見込めるかもしれません。
このような単純な話ばかりではありませんが、大事なのはベネフィット=取り入れることでの成果や未来を見せてあげることです。
プレゼンの場ではメリットの提示だけでなく、ベネフィットの提示が重要。
特にベネフィットは未来を見せることですから、熱量を込めて語るのが効果的です。
熱量を込めるわけですから、時には身振り手振りをつける、声に強弱をつける、絶妙な間を取る、視線を有効的に使う、など細かなテクニックも効果的です。
これらはすぐに身につくものではありませんので、初心者としては、とにかくベネフィットを見つけ出し、自分事のように語ることを意識しましょう。
2.今すぐ実践できる、プレゼン資料作成のコツ5つ
プレゼンに欠かせないものといえば、プレゼン資料。
口頭でのプレゼンのベースとなるものであり、重要事項を視覚情報で伝えることのできる心強いツールです。
「資料作成なんて面倒だし苦手だな…」という方もいらっしゃると思います。
しかし資料作成の過程は、プレゼンの構成をブラッシュアップするのにも多いに役立つ行為。
プレゼンの構成を考えるための基本的なポイントは、別記事『プレゼンを上手く行なうための「構成」のコツ』でご覧いただくとして、ここでは資料作成におけるコツをご紹介したいと思います。
プレゼン資料作成のコツ1|テーマを明確化する
プレゼン資料の肝となるのは、全体像・枠組みを固めること。いわゆる「テーマ設定」を行ないます。
テーマが定まっていないと、プレゼン内容自体があちらこちらへ拡散し、聞き手の理解を妨げることになります。
場合によっては聞き手が途中で離席してしまうことも。
どれだけ素晴らしい提案だとしても、テーマが定まっていない=優れた提案だと思われない、という結果につながってしまうこともあります。
話があらぬ方向にジャンプを繰り返し、聞き手にそっぽを向かれないためにも、以下の6つを意識してテーマ設定を行ないましょう。
1. プレゼンの目的・ゴールを明確にする
2. プレゼンする相手が誰なのかを明確にする
3. プレゼンする内容の対象範囲を明確にする
4. 提案するあなた自身の立場を明確にする
5. 一番伝えたいことが何かを明確にする
6. テーマ名、資料のタイトルを明確にする
これらを明確化することで、論点や主張がブレない資料を作成することができます。
プレゼン資料作成のコツ2|目次をざっくり作る
テーマが明確になったら、次は目次を作成しましょう。
最初は、あなたが資料作成のガイドとして利用できれば合格。完璧につくり込むのは、もっと後の段階です。
ラフスケッチの感覚で、章立てを考えていきましょう。
例えばプレゼンの目的が「企業にMacを導入してもらうこと」であれば、次のような目次を考えます。
• Macを導入することで得られる利益
• その利益が得られる根拠
• Macでなければダメな理由
• OSや機種ごとの性能の違い
• 導入までの手順
このように、大まかな章立てを行なうことがスタートです。
作文の授業で習ったことがあるかもしれませんが、起承転結を意識するのも良いでしょう。
また上手なプレゼン、およびプレゼン資料では、いわゆるサビ、クライマックスを最初に持ってきて、その後にデータや分析結果を引用して根拠付けする傾向があります。
章立てのポイントとして、主題となることを冒頭で伝え、根拠付けしていき、最後に改めてテーマに落とすという流れを意識してみると良いでしょう。
プレゼン資料作成のコツ3|内容が一目瞭然の見出しを作る
ここまでで、プレゼン資料のテーマと大まかな目次が決定しました。
資料の大まかな枠組みが決まったということ。ここからいよいよ、資料の中身をつくっていきます。
各ページに吟味した情報を注ぎ込んでいく工程の始まりです。
最初に行なうのは、先ほどざっくり作った目次をブラッシュアップして、見出しを作成すること。
各スライドの一番上に置く、ページの内容が最も伝わる、キーフレーズともなる文章の作成です。
資料において、最大のポイントと言っても過言ではありません。
意識したいのは、見出しを見ただけで何を伝えるページなのかが分かること。
これから話す内容が一目瞭然で、興味を持って聞きたくなるフレーズが必要です。
ただし興味付けまで意識すると、慣れないうちは時間がかかりますし、つくった本人だけが満足して、聞き手や読み手には理解できなくなる危険性も。
まずは、「ページの内容が一目瞭然の見出し」であることを合格ラインとしましょう。
イメージしていただきたいのは、新聞の見出しやヤフートピックスのタイトル。
ヤフートピックスのタイトルは、13文字で作成すると決まっています。
たった13文字ですが、どんな情報が掲載されているかがよく分かる好例です。
余談ですが、13文字に決まった理由は、空間的制約もさることながら、最低限の情報を伝えながらも、人が理解できる最適な分量であること。
読ませるのではなく、見せることを意識したそうです。文章を読んで理解してもらうのではなく、ぱっと見た瞬間に理解、興味喚起ができることを意識したのでしょう。
プレゼン資料とインターネットニュースの違いがありますので、無理に13文字で作成する必要はありません。
重要なのは「じっくり読み込まなくても、ページに書いてある内容を理解できる」こと。プレゼン資料の見出しづくり、意識してみてください。
プレゼン資料作成のコツ4|情報を詰め込み過ぎない
見出しが決まったら、情報の内容を入れていきます。
ここで注意したいのが、情報を詰め込み過ぎないこと。伝えたいことが多いとあれもこれもとたくさんの情報を入れたくなりますが、情報過多は理解の妨げになります。
また、プロジェクターで投影する場合などは文字サイズが小さく読みにくくなってしまい、それでは意味がありません。
情報量に注意をする際に意識していただきたいのは、自分がつくり易い資料ではなく、相手が理解し易い資料をつくること。
これを意識すると、具体的に以下のように、情報の出し方を検討することが可能です。
• テキストばかりではなく、画像で見せる方が理解し易いのではないか
• 文字で作成したデータをグラフ化することで理解し易くならないか
• データを並べただけでなく、そこから読み取れる解釈を入れているか
• 比較対象を増やしすぎて混乱しないよう、主要な比較対象のみに絞れないか
• 文字の大きさは読みやすいか、重要なキーワードは強調されているか
• 黒いテキストばかりで退屈な資料になっていないか
• たくさんの色を使いすぎて、要点が分からなくなっていないか
これらを意識して、情報過多の資料とならないように気をつけましょう。
プレゼン資料作成のコツ5|推敲をかさねて質を高める
いよいよ、資料作成の最終工程です。各ページ、そして資料全体の整合性を取り、推敲をかさねることで、プレゼン資料を完成させましょう。
ページごとの推敲で意識したいのは、以下のポイント。
• 目次と各ページの見出しが同じになっているか
• 見出しはページ内容を理解できる内容になっているか
• 見出しを補足、根拠となる情報が入っているか
• 話がつながっているか
• 誤字や脱字がないか
• 適度にグラフや図を用いて、退屈しない見た目になっているか
資料全体においては、以下の内容を確認しましょう。
• テーマがきちんと伝わるか
• 起承転結を意識して作成されているか
• ページの順番は適切か
• 前後のページと重複する内容を入れていないか
• 話の流れは辻褄があっているか
これらを何度も見直して、伝わる資料作成を行ないましょう。
最後の見直しでは、是非、客観的な目で見ることを意識してください。
資料を作成した自分自身では理解できても、初めて見る・聞く人には伝わらない場合が多々あります。
相手を気遣い、理解しやすい、印象に残る、感情が動かされる資料になっているか、充分に確認しましょう。
プレゼン当日までに確認すべきこと
以上が資料作成のコツですが、せっかくの準備が台無しにならないよう、プレゼン当日までに確認しておくべきことがあります。
多くの場合は、パソコンで作成した資料をプロジェクターで投影するなどし、あなたが解説を行なうことになるでしょう。
事前に資料を印刷して、聞き手に配るケースも。資料作成を行なう際に、まずは以下のことを確認しておきましょう。
• プロジェクターに投影することが可能か
• プロジェクターとパソコンを接続できるか
• プレゼン資料を印刷して配るか
• 聞き手の人数は何人で資料を何部印刷するか
特に気をつけたいのが、プロジェクターとパソコンの接続。
例えばあなたのパソコンがMacだった場合、プレゼン会場のプロジェクターが対応していないことも。
まったく接続できないわけではなく、専用の接続ケーブルが必要となる場合があります。
また聞き手の人数を確認しておくこともマスト。急な参加者にも対応できるよう、何部か多めに資料を印刷しておくと安心できますね。
3.プレゼン成功のために覚えておくべきこと
前章までは、プレゼンを成功させるためのテクニック論についてお伝えしてきました。
ではそもそも、プレゼンの成功とはどんな状態を指すのでしょうか。
プレゼンのゴールを明確にする
プレゼンの成功、ゴールとはどこにあるのでしょうか。
まずここを徹底的に理解すること、自分のプレゼンの目的を考えることから始めましょう。
プレゼンを行なうからには、何かしら売り込みたい、宣伝したいものがあります。
自分自身のことであったり、会社のことであったり、商品のことであったり、新規事業の企画であったり。
なぜこれらをプレゼンする必要があるのか。答えは単純明快で、相手の賛同や許可が必要だからですね。
「Yes」「いいね!」と言わせる。結果として、自分のことを覚えてもらったり、会社に入社してもらえたり、仕事をもらえたり、資金を提供してもらえたりする。
つまりプレゼンのゴールとは、相手にプレゼンのコアな部分について理解してもらい、共感してもらい、なんらかのアクションを起こさせること。
資金を調達するためのプレゼンであれば、出資者に名乗りを挙げてもらうこと。
商品の売り込みであれば、「それ、買うよ」と言わせて申し込みをしてもらうことがゴールになります。
3-2:提案内容がもたらす未来に共感してもらう
ちょっとビジネスから遠ざけて、日常生活で考えてみても同じです。あなたが長年の恋を実らせて、プロポーズをすることになった場合。
ゴールは「結婚してください」「はい。結婚しましょう」と言わせることですね。そういう意味では、プロポーズもプレゼンです。
プレゼンの成功とは、こちらの意図通りに相手を動かすこと。
そのために必要なのが、あなたの提案内容を取り入れたことで得られる未来に対して、心から共感してもらうことです。
感情を揺り動かす
プレゼンのゴールである、相手にアクションを起こさせること。
そのためには相手の感情を揺り動かすことが欠かせません。果たしてどんな状態が、感情を揺り動かされた状態といえるのでしょうか。
• 期待感:「わくわくする」「何それ?もっと知りたい」という感情が生まれる
• 欲求の喚起:「それ、欲しい!」という欲求が喚起される
• 共感:「その通り! そうなんだよね」という納得と共感が生まれる
• イメージ:「面白そう」「美味しそう」「自分にもできそう」というイメージが湧く
上記に挙げたような感情を持ってもらえたら、あなたのプレゼンによって相手の心が動かされています。
ひとつ注意したいのが、プレゼンの聞き手は「説得してほしい」とは思っていないこと。
説得よりも納得、納得よりも共感したい、というのが本心です。あなたが相手に対して
「この案を取り入れるように説得してやろう」と思っていたら、きっとそのプレゼンは成功しません。
興味のないことを説得されて、半ばだまされたように取り入れるよりも、自分自身が納得して共感したほうが、実行する気持ちになるはず。
説得することよりも、共感してもらうことを意識しましょう。
プレゼン成功の可否は、共感を得られるかで決まる。
聞き手の感情を揺り動かすことが、プレゼンの命。これを念頭に置き、具体的なコツをあらためてチェックしてください。
4.テクニックの先にあるプレゼンの「本質」
前の章ではプレゼンのコツについて紹介しました。
しかしコツを知ったとしても、付け焼き刃のノウハウや一夜漬けの準備だけでは、必ず上手くいく保証はありません。
プレゼン上手な人は、テクニックだけでなく「本質」を理解しています。
プレゼンを成功させるために知っておきたい「本質」とは何か。優秀なプレゼンターとして有名な方が紹介しているポイントと共に確認してみましょう。
プレゼンをコントロールできるくらいの自信を持つ
マッキンゼー・アンド・カンパニーに、ジーン・ゼラズニーというビジュアル・コミュニケーション・ディレクターがいます。
氏の著書『マッキンゼー流プレゼンテーションの技術』では、“優れたプレゼンターが持っている3つの条件”を紹介しています。
その一つ目が、事前準備を徹底すること。
著書では優れたプレゼンターの特徴として、「自信」を持っていることと紹介しています。
優れたプレゼンターはプレゼンの最中に、どんなことが起きても冷静に対応する自信を持っているそうです。
自分自身が行なうプレゼンのすべてを把握していて、急な質問やトラブルが起きても動じない。
プレゼン資料についても精通していますし、聴衆のことも理解して、プレゼンの場と時間を自らコントロールできている。
それが優れたプレゼンターだと紹介しています。
注目すべきは、プレゼンの場を自分の物にするためには「入念な事前準備を行なうこと」を重要としている点。
3分のプレゼンテーションであっても、その何十倍もの時間をかけて、イメージやロープレを行なう人が多いようです。
ぶっつけ本番ではなく、充分な事前準備をすることが、優れたプレゼンターの共通項といえるでしょう。
誰よりも提案内容の妥当性に確信を持つ
優れたプレゼンターの特徴二つ目として、提案する内容の妥当性に確信を持っていることと挙げています。
当たり前のことではあるのですが、自分が行なう提案に対して、内容が妥当であるという確信を持っていなければ、聴衆が「良い」と感じてくれるとは期待できません。
すなわち、提案する内容を何度も振り返り吟味し、疑問が残るようであれば提案内容を変更するなど、確信を持てるプレゼン内容を用意することが重要です。
絶対に伝えたいという熱意を持つ
最後に3つ目の共通点です。根性論、気合論のように聞こえるかもしれませんが、優れたプレゼンターの共通点として挙げられているのが「熱意」です。何が何でも自分の提案内容を伝えたいという強い意志、熱意。
上手に喋ることができたり、ロジックで聞き手を頷かせ続けることができたら、それは素晴らしいプレゼンでしょう。
しかし、極端な話として、下手でも熱意さえあれば、一定のところまでは相手の心に届きます。
逆に、いくらテクニック的に申し分のないプレゼンだったとしても、発信者の熱意が感じられなければ、聞き手は心を動かされないのではないでしょうか。
もしあなたがプレゼンに苦手意識を持っていたとしても、絶対に伝えたい提案があり、熱意を持って真摯に語りかけたら。
あなたの熱い思いは聞き手に伝わります。
真剣に伝えようとしている人の話であれば、自分自身も真剣に聞こうと思った経験は誰にでもあるでしょう。
本稿で紹介する様々なテクニックは、あなたが伝えたいと思う熱意の上で成り立っていることを忘れないでください。
逆に考えると、どんなテクニックを身につけて、豪華絢爛な演出をしても、熱意がなければ見透かされ、プレゼンのゴールに達することは難しくなる、ということです。
5.プレゼンにおける苦手を克服する方法
プレゼンにおいて最も重要なものが、熱意であるとお伝えしました。
とはいえ、やはり心情としては、熱意あるプレゼンを出来る限りスマートに行ないたいもの。
プレゼン下手だと自認する人は、いくつか苦手なポイントがあることでしょう。
ここでは、苦手ポイントの克服方法について考えてみます。
あがり症を克服する方法①
プレゼンに限らない話ですが、人前に出ると「あがって」しまい、上手に話ができないという悩みを抱えている人は多いでしょう。
そもそも日本は欧米に比べて、学校生活でスピーチを行なう機会が少なく、訓練ができていない人が多いという現状があります。
「いやいや、日本人にだって、上手にスピーチやプレゼンをする人がいるよ?」
と思いますよね。でもそれは、先天的なものではなく、本人の努力や訓練、場数による慣れで発揮されている能力です。
多くの訓練を受けていない人にとって、人前で話をする、プレゼンを行なうという行為は緊張をともなうもの。
あがってしまったとしても、ごくごく普通のことなのです。
実はいま述べた「あがってしまうのは普通のこと」が重要なキーワード。
あがってしまうことは、誰にでも起きる状態だと理解しましょう。
あがってしまうあなたが「異常」なわけではありません。そもそもあがるという状態は、基本的には心理的な作用。
いってみれば、あがりやすい人は敏感であったり繊細な部分を持ち合わせているだけのこと。少しその状態が顕在化し易く、他の人よりも「あがっている状態」が目に見えるだけのことです。
大勢の人の前で話をするのだから、緊張するのは当たり前のこと。
あがってしまったこと自体は上がり症でもなんでもなくて、人間として普通のことです。問題はその状態を「あがってしまった」「異常な状態だ」と捉えてしまうこと。
克服の一歩として、「人前で話をするときに緊張するのは当たり前。
あがってしまった自分が異常なわけではない」という認識をしましょう。
あがり症を克服する方法②
次に紹介するのは、あがってしまうと感じているあなたがプレゼンのときに実施するべき、心を落ち着かせる方法。
身体的にリラックスして、緊張を解きほぐしてください。
1|水を用意する
といっても、緊張した自分の頭を物理的に冷やすためではありません。
水を飲むという行為は、精神を安定させる働きがあります。緊張が強くなったと感じたら、手元にある飲料水を一口含みましょう。
聴衆からしても、これから話をする人が喉を潤すという行為に対して、なんら疑問は抱きません。
2|深呼吸をする
ゆっくりと深呼吸をしてください。ゆったりとした呼吸のリズムを意識することで、緊張が解れていく効果があります。
また自分の呼吸のリズムを意識してみることもお勧めです。ゆったりとした呼吸のリズムは精神を落ち着かせる効果があり、それを自分自身で意識する、感じることにより、更なるリラックスが期待できます。
3|姿勢を正す
まっすぐと胸を張って立ちましょう。身体と心は切り離されているものではありません。
身体の向きや動きによって、心理的な変化が訪れるのです。しっかりと胸を張り前を向く。それだけで身体から心へと、自信が伝わってくる作用が期待できます。
棒読みを克服する方法
棒読みをしてしまうという悩みを抱える方も多くいます。
プレゼンに限らず、普段の会話のときから指摘されるという方もいるかもしれません。
発声が棒読みになっていると、プレゼンにおいて重要な「熱意」が伝わりにくいというマイナスの効果があります。
ではどのようにして棒読みを解決するか。
棒読みの発声とは、平たく言うと声に抑揚がない状態です。聞き手としては感情が伴っていないように感じます。
つまり感情を込めれば、抑揚が出てくるということ。
プレゼンで喋る内容を一言一句書き出してみることからスタートしましょう。
文章にできたら、一文ごとにじっくりと見直していきます。ここでのポイントは、重要である、伝えたいと思う単語をチェックしていくこと。
ひとつの文章で、多くても1つか2つまでが妥当でしょう。
チェックが済んだら、その文章を声に出して読んでみましょう。
ポイントは、チェックした単語の部分だけ、少し声を高めにすること。これだけで、「高い声」という抑揚のひとつが加わりました。
次にもうひとつ意識して音読してみましょう。
意識するのは、文章の始まりを山の頂上として、文章の終わりを山の麓に見立て、高いところから低いところへ、山を降りていくように発声すること。
重要な単語を少し高い声で発生する。
文章全体を通じて、山を降りるように高い声から低い声へと発生する。
この2つを組み合わせると、明らかに抑揚のある発声になります。
慣れないうちは声が裏返ってしまったり、山を降りることだけに注力してしまい、重要な単語で声を高くすることを忘れてしまうかもしれません。
それでも意識して練習していけば、必ず抑揚のある話し方を体得できます。最初はふたつのポイントのどちらかひとつからでもかまいません。まずは意識すること、そして練習することが重要です。
6.おすすめの本
プレゼンにおける様々なテクニックやコツをご紹介しました。
ここでは、上手なプレゼンを学ぶために役立つ書籍をピックアップしています。
誰もが知っている名書であり、一度は読んでおきたい本。自分の趣味嗜好に合いそうな一冊を選んでみてください。
スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン|著者: カーマインガロ
あまりにも有名な書籍です。プレゼンテーションが上手な人は誰か?という問いをすれば、おそらく多くの人がスティーブ・ジョブズの名前を上げるでしょう。彼がどのような準備をして臨み、どのような仕掛けでプレゼンを盛り上げたのか。その方法ではなく、考え方を学ぶことで、きっとあなたのプレゼン力が向上するでしょう。
TED 驚異のプレゼン|著者: カーマインガロ
プレゼンテーションの場として有名なTED。人気プレゼンターから学ぶ、9つの法則が解説されています。シェリル・サンドバーグ、ビル・ゲイツ、アンソニー・ロビンズなどが行なったTEDでのプレゼンを、科学的に分析しています。
プレゼンは資料作りで決まる|著者: 天野暢子
提案する側と決裁する側の立場で、1000を超えるプレゼンに携わってきた著者が明かす、通る資料の作り方。プレゼンのキーツールである資料の作り方を、通る資料作りの極意から学ぶことが出来ます。
孫正義 奇跡のプレゼン|著者: 三木雄信
孫正義氏のプレゼンについて解説されています。本稿でもプレゼンに最も大切なこととして紹介した、情熱、熱意。孫正義氏のプレゼンも「情熱を持って志を語ること」が特徴と解説されています。プレゼンにおける情熱、熱意の込め方が学べます。
ひとつ上のプレゼン|編集:眞木 準
著名なコピーライター、クリエイティブディレクター、CMプランナーなどのクリエイターによる、プレゼンに勝ち続けるノウハウが紹介されています。実際のエピソードを交えながら、ノウハウやアイデア、経験、哲学を知れる書籍です。
7.まとめ
6つの章にわたり、プレゼンのコツやノウハウをご紹介しました。
繰り返しになりますが、最も大切なのは、必ず伝えたいという熱意です。
あなたの提案内容を聞き手に届けたいという強い思いがあれば、プレゼンの半分は成功といえるでしょう。
強い熱意を持った上で、今回紹介した様々なテクニックを用い、納得のいくプレゼンが行なえるように工夫してみてください。あなたの成功を祈っています!







峨骨‏ @Chimaera925 2時間2時間前

実店舗を倉庫代わりにしてネット通販やるようなものだな。この仲介するアプリ会社は在庫を抱える必要も無く、実店舗が取り置きや配送するんなら、仲介しただけで手数料取れるのだろうか。個人の運営するネット通販で注文したらAmazonから商品来たみたいな構図だな。
0件の返信 2件のリツイート 1 いいね
峨骨さんがリツイート
INTERNET Watch‏ @internet_watch 2時間2時間前

リアル書店の在庫をスマホで検索→取り置き・取り寄せが可能に、「honto with」アプリの新機能  http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/1070237.html …
0件の返信 10件のリツイート 11 いいね




読書メモ  :  trackback 0   :  comment 0   

『アイデア大全』はスゴ本! 「類義語による言い換えで言葉で縛る術を破れ」←タルムードでやるから叩かれる。『43個目の発想法「露伴のメトニミー」』 

『アイデア大全 創造力とブレイクスルーを生み出す42のツール』(読書猿/フォレスト出版)はスゴ本! 
「類義語による言い換えで言葉で縛る術を破れ」←タルムードでやるから叩かれる

  タルムードの弁証法
     一文から多くの意味と発想を得る技術

開発者
歴代の
タンナイーム
(1世紀の初めから、ミシュナ―の完成する200年ごろまでのユダヤの
ハハーミーム=賢者の名称。複数形。単数形はタンナー。
彼らの遺産がミシュナと呼ばれる口伝律法の修正である。)

アモライーム
(タンナイームの後、3世紀から6世紀、
イスラエルの地とバビロニアのコミュニティにおいて教授した
ハハーミーム=賢者。
彼らの成果がゲマラと呼ばれるミシュナへの注釈である。
タルムードはミシュナ=口伝律法、
とゲマラ=注釈から成る)
(要は賢者)

①もとになる文章を選ぶ
②重要語句の1~2語に下線を引く。
③下線を引いた語句を次のような語句に入れ替える
同義語、類義語。
同じ単語の別の意味、より古い意味、語源。
文脈からそうあるべき語。
元の語句と直線関係はないが、入れ替えても意味が通る語句。
④語句を入れ替えて作った文章の妥当性をチェックし、その文意を解釈する(意味を発掘する)。

⑤必要なだけ ③と④を繰り返す。

タルムードに見られる最も簡単な例。
「人がもし、他の人に対して罪を犯すと、
神(エロヒーム)がその仲裁をしてくださる」
(サムエル記Ⅰ 2-25)

エロヒームは元は、権威や権力を意味する。
権威や権力とは罪を裁く存在。
エロヒームを裁き人と解釈すれば、
裁き人が仲裁をしてくださる
となる。
作業を続けると裁き手の仲裁とは審判であり、判決でもあるからさらに、
裁き人がその審判を行う
と読める。
到達した表現は元の文言からするとほとんど正反対ともいえる主張

人間の聖邪理非の判定は、地上の裁きの場によるのであり、神はかかわらない。
地上では神ではなく人間たちの間で裁きを行う。


を含むものになっている。
聖書や解釈が奥深く持っていた意味を掘り起こし、
聖書と解釈の間の、また異なる解釈同士の間に発見された齟齬や矛盾を調停していく。

書かれたものを宗教の中心にすえる最初の宗教であるユダヤ教は、
テキストを読み解釈することを生活と社会の中心に置く共同体でもある。
聖なる成文律法は変更することが許されぬゆえ、
彼らは聖典の解釈をその周囲に蓄積することで、時代・場所によって際限なく変化する生活や社会という現実と聖典を結び付け続けた。

タルムードは、
成文トーラーとは別の口伝トーラーを編纂したミシュナと、
ミシュナを解釈したゲマラから構成される。
口伝はさまざまな学派で別々に伝承されてきたものだが、
ミシュナは少数派の伝承をも併記する。
この解釈の集大成であるゲマラでは、複数の解釈が論争された過程ごと記録される。
正典を引用し、推論を加え、互いに論駁しあう様を学ぶことで、学習者には聖典と口伝、口伝と解釈、解釈同士の間の矛盾を発見し、論駁による新解釈を生み出すことが推奨される。

今回取り上げた技法は、現象学とタルムードに深く学んだ哲学者レヴィナスがタルムードで繰り返し用いられていると指摘する
「我々が範例的と呼ぶ思考方法」を元にしたものである。
強力な推論法を用いて解釈の複数性を追求しながら、恣意的な妄想に陥らないために、
タルムード解釈では「読みの歴史的継続性」と「注釈の伝承」が重要となる。
これは師から弟子への対面による口伝によって担保
される。

トーラーの教えにおいて議論と論争は常に推奨された。
ユダヤの賢者は伝統的に2つのタイプに類型化される。

「水一滴も漏らさぬ漆喰を塗った水槽」
師の教えを一滴も漏らさず吸収した賢者。

「湧き出る泉」
批判精神に富み常に論争を挑み納得いくまで主張する賢者。

タルムードはパレスチナとバビロニアの両地で律法研究の基本資料となり、別々に編纂され、
パレスチナ・タルムード(390年ごろ)と
バビロニア・タルムード(500年ごろ)
となった。

神意や超自然の力で問題解決はダメで、理性的議論と対話で問題解決せよ、神の声が~は反則だ、
というユダヤ教の確実に頭が良くなる生活習慣
が耶蘇は気に入らんのだね。

ユダヤ教徒に弁護士が多いのは当然だ。タルムード解釈がそのまま応用できるからね。

直線関係は直接関係の間違いな気がする。

キリスト教は一神教のくせに、人定法>神定法。
聖書より上の聖典が多すぎる。
福音書が四つあって互いに矛盾している時点でめちゃくちゃ。
一神教なら法律書は聖典の解釈書にならないとおかしい。
一神教の根幹を破るのが西方キリスト教=ご都合主義的アンチ論理的思考カルト



  TAEのマイセンテンスシート
  言葉にしがたいものを言葉にする工夫

①取り組もうとしている課題を記入
②課題についてどんな感じがするかを身体感覚として味わい、浮かんできた単語やフレーズを書きだす。
ある程度出せたら重要だと感じるもの数個に下線を引く。

③ ②の単語やフレーズを読み返し、そこからいくつかの語を組合わせて、しっくりきそうな短文を作り、仮マイセンテンスとする。
④仮マイセンテンスの中で重要だと感じるごく(キーワード)に線を引き、その語句を空所(ブランク)にしたものを記入。
⑤仮マイセンテンスで線を引いたキーワードを記入し、辞書的な意味も記入。
⑥ ④を書いた空所(ブランク)のある文を読み返し、空所(ブランク)を埋めてしっくり語句やフレーズを二つ考える。
それぞれを記入し、これらについても辞書的な意味も記入。

⑦ ⑤と⑥のキーワードを④の空所のある文に当てはめて、もう一度読み返す。
キーワードで埋めてできた短文は、キーワードの辞書的な意味で解釈しては意味が通らないことが多い。
これらのキーワードは通常以上/以外の意味を担わされている。
辞書的な意味と比較して、その意味を書きだす。
少し長くなってもかまわない。かけたらその中でも最も重要な語句に線を引いておく。
→言葉にできそうでできない何かをつかむためには、ここが最も重要になる。
無理強いしなければ表せなかった何かこそ、言葉にできなかったものを言語化する手がかりになる。


⑧ ⑤、⑥、⑦で記入した三つのキーワードと、⑦で書いた辞書以上/以外の意味を書いた文で下線を引いた語句を、まとめて記入し、それぞれにどんな感じがするかを味わう。
⑨感じた後、思いついた短文をマイセンテンスとして記入。
⑩ ⑨のマイセンテンスを他の人に説明するつもりで補足説明を考えて記入。
これが「言葉にならない何か」を求めて得られたとりあえずの結果
となる。

タルムードとの共通性
「この感じ」から生まれるつぶやきを書きだすこと、
そこから短文をつくり、あえて空白を空けてそこを埋めようとする言葉を召喚すること、
辞書的な意味を超えた意味に注意を向けさせ、
その言葉で意味したかったことは何かを求めさせる。

「短文をつくり、あえて空白を空けて、そこを埋めようとする言葉を召喚する」
ことは、レヴィナスがタルムードの中で繰り返し用いられていると指摘
する方法、
「我々が範例的と呼ぶ思考方法」を思い出される。

タルムードはユダヤ人にとって聖書と並ぶ法的/生活規範の源泉だが、その内実は聖典の周囲で何百年かけて行われた議論の蓄積であり、絶えず襲ってくる現実と、聖典と伝承の間に矛盾を発見し、神意や奇跡に頼らず議論を尽くして解決していった記録である。
この範例的思考方法は、聖句や伝承の文言について、ある語句を、
元の意味や語源を示す語、
より広い意味や限定された意味の語など関連する語、
文脈から考えて取り替えうる後などに置換しながら思考を進めていく。
この方法は、ある理念を別の風土に移植して、その理念から新しい可能性を収穫するものであると、レヴィナスによって解説されている(『タルムード四講話』)。

文章の重要語を空白にして、その空白に真により近い言葉を召喚する技術!
ロゴス使い=魔法使いの技術!
魔法使いはシンボルを使うんだから、シンボルの一種の文字を使って当然。

①自分である単語を定義する。
②辞書の定義と比較。
③ ①に含まれる辞書以上/以外の意味を抜き出して
=区切って=明確化して=意識して=記憶して=いろいろなことに使う。


悪魔崇拝、ユダヤ人、イルミナティでやってみよう!
これらは大半の人はまともな定義でないのにまともな定義だと思い込んでいるだけの代表的バズワード。
これらの語を含む文章で、これらの語を空白かぎかっこにするとバズワードなにがよくわかる。

これは翻訳サイトでもできる。
翻訳こそが上記の技術が使われる分野。
単語だと効果が薄そうだけど。
悪魔崇拝→Devil worship→悪魔の礼拝。
単語だとあんまりだね。
悪魔は悪いX。
Xを個別具体的に言えないから悪魔と言う。
空白にすると「( )を崇める宗教を信仰」。
具体的に何?ってなりません?

ユダヤ人だと、
「( )=( )を母とする人でかつユダヤ教徒。」
( )の定義に( )があるので定義になっていない。
この定義ではない定義はなんとイスラエルの帰還法という公式な法律。

イルミナティの定義に啓蒙主義も反カトリックも王政否定もないなら嘘の定義。
イルミナティの定義に上記の悪魔崇拝とユダヤ人が入っていたら嘘の定義で確定。


辞書活用法を見ると、
カトリックが
「百科全書派
=メーソンの内、言葉を定義するのが大好きな派閥で、フランス革命の中核」
を弾圧した理由がよくわかるなあ。
ローマ法王がメイソンはマニ教=グノーシス系だと言ったことも重要。
知性と理性の集大成にしてロゴスの本である百科事典を、
反知性主義の既存のキリスト教が叩くのは当然。

無自覚含めクリスチャンがタルムードを叩くのは、
タルムードが理性的議論で問題を解決していく、頭が良くなる本にしてイエスを叩いている本だから。
神意や奇跡に頼らず議論を尽くして解決する姿勢が気に入らないから。
読ませたくないから叩くのは、中国叩きと同じ。
中国古典、特に思想系と歴史系は必読書



  シソーラス・パラフレーズ
  類語辞典を発想の支援ツールにする

①問題を2~3語のキーワードを含む簡単な文で表す。
あるいはもっと簡単に、問題を形容詞+名詞や動詞+名詞の2語で表す。
②類語辞典(シソーラス)などを使い、キーワードのそれぞれを類義語に置き換えることを繰り返し、
置き換えた文を次々つくっていく。
→一文の中のすべての単語を入れ替えてもいいし、一つずつ入れ替えて文をつくっていってもよい。

いかにして散らかった部屋を整理するか?
部屋を片付ける
→空間を整理する
エリアに分けてとりかかかればいいのか!

→スペースを放棄する
部屋の一角に未整理ゾーンを設けて、片づかないものはそこへ押しやることで他の部分を片づける。

アイデア生み出す発想法には、言葉遊びに類するものが少なくない。

言葉を意味で分類し関連語を示した辞書
=シソーラスの語源はギリシア語で宝庫。
シソーラスの発明者である、19世紀のイギリスの医師ロジェは、
類語を意味のグラデーションをなすように配列し、
意味の近しい語は近くに、
意味がずれるごとに離れたところに配置している。
置き換えながら意味をずらしていく目的に合致したレファレンスツールである。

ソシュールは、言語をはじめとする記号をヒトが取り扱う際に、記憶の中で潜在的状態で存在している記号のシステムがどのように働くかを説明して、
記号同士の位置づけに関する統語
(シンタグム=語の並べ方=統合の軸)
的な関係と、
記号同士の代用に関する範列
(パラディグム=語の選び方=選択の軸)
的関係を区別している。
シソーラス・パラフレーズは、タルムードの弁証法と同様に、範例的関係=記号同士の代用関係に根差した技法である。取り替えられるキーワードは文の同じ位置を占めることができるものであり、代替されるがゆえに同時にはあらわれないもの、文を作る際に我々が無意識に選択しているものである。

耶蘇教聖典では唯一絶対不変存在は言葉と論理構造だから、新約盲信人はおフランス系辞書陣営を攻撃。
いろいろ用語を言い換えてみました。
言葉で縛る術を破るのに非常に有効なのが類義語による言い換え!


言葉を入れ替えていくって既存の短編にやったら別物の短編ができそうだね。
これは二次創作なのだろうか。登場人物名や設定まで言い換えたら別物になるね)

 
   ノンストップ・ライティング
   反省的思考=理性のストッパーを置き去りにする

各準備をしてタイマーを十五分間にセット
タイマーが鳴るまでとにかく何でもいいから書き続ける
手を止めてはならない
読み返してはならない
消すなんてもってのほか
下記誤りや句読点や文法、改行や段落なんて気にしない
漢字が出てこないなら平仮名でもカタカナでもいい
主語と述語がちぐはぐでも単語の羅列や繰り返しでも構わない
満足がいかなくてもそのまま進む
もうだめだ欠くことがないとなったら「もうだめだもう書くことがないと」書く。
何でこんなことしなきゃならないんだと思ったらそう書く。
とにかくタイマーが鳴るまで手を動かす。
怖い考えやヤバい感情に突き当たったら〈高い確率でそうなる〉
「ようやくおいでなすった」と思ってすぐ飛びつく
恐らくはそれが書くことを邪魔しているメンタルブロック(あるいはそれにつながるもの)である。
同時にそれはどこかで聞いてきたようなお行儀のいい言葉以上・以外を書くためのエネルギーの源泉
となる。
書きなぐることでアイデアが見えて来る
自己監視と自己検閲を防ぐ。
自分のアイデアが評価されるかもしれないと思うこと(評価観念)は創造性を下げることが実験で確かめられている。
最強不可避の批判者とは自分自身である。
仮想の読み手は素早く反応できないので際限なく書き続けることで逃れられる。

心理療法やストレス解消に使える。
物質的でない思考を物質化させて内容を固定することが重要。
一番消したいところが最重要!
一番消したくなるところ
=一番避けたいところだけもう一回書いて保存したらいいよ



レヴィ・ストロースは書き殴ることから始める。
自分が何を言いたかったのかを見つけるために書きなぐる。
頭の中にあるような気がしていたものはすぐに消え去ってしまう。
書きつけて物質と化した思考のみが、扱うことができる。

書きなぐった原稿の行間にサインペンや色鉛筆で加筆。
原稿が解読不可能な状態になると不要な部分を白く塗りたくり加筆訂正できるようにする。
これも不可能になると切りとって原稿に張り付ける小さな紙きれを使って書き直すべき部分を書き直せるようにする。
コラージュみたいになっている。
(『作家の仕事部屋』ジャン=ルイ・ド・ランビュール/岩崎 力

書きなぐれ、そのあとレヴィ=ストロースのように推敲しよう/書き物をしていて煮詰まっている人へ
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-461.html)


   フィンケの曖昧な部品
  テーマはとにかく後回し

球体、半球、立方体、円錐、
円筒、ワイヤ、チューブ、正方形の板、
L字、直方体、フック、車輪、
十字、リング、取っ手
の十五の部品から三つをランダムに選ぶ。

選んだ部品を組合わせて(拡大回転縮小などOK)
できるだけ自分にとって面白い形をつくり紙に描く。
何を表すか考えない。一度書きだしたらこれ以降は変更しない。

描き出した形に名前を付ける
発明品だと考えて用途と各部分の機能を考えて発明品に名前を付ける。
何かの分野の抽象概念を図式化したものだと想定して、
各部分を表すものと考え、全体の概念名を付ける。
一つの図形についていくつも考えてよい。

創造的アイデアが生まれる条件
・あらかじめテーマを設定するよりも、テーマ設定を後回しにせよ
・組合わせる部品は自分で選ばせるよりもランダムに決定して押し付けよ
・誰かが組み合わせた形を解釈するよりも、自分で組合わせて創った形を解釈せよ。

(部品をさらに足したり、減らしたりしたら面白そう)


   コンセプト・ファン
   固着をはがし、見本から脱却

紙の真ん中に最初の問題を書き丸で囲む。
そこから右側に放射線を描き思いついた複数の解決策を線に沿って書く。

問題をより広い展望でとらえなおすためにステップバックを行う。
問題が生じたのはなぜかと問い原因や背景となっているより根源的な問題を最初の問題の左側に書き丸を囲む。

ステップバックした問題から右側に放射線を描き思いついた複数の解決策を線に沿って書く。
以上を必要なだけ繰り返す。

創造性を押しとどめるのは恐れと固着。
真似しろと言わなくても、見本となりそうなものを少し見せるだけで、その後に生まれるアイデアは見本から強い影響を受けることが実験で示されている。



    仮定破壊
   暗黙を引きずり出せ

検討したい問題の情報を集めて図解する

3列の票を創る。
左列に状況、中列に前提、右列に破壊とタイトルをつける

図解を眺めて状況欄に書きだしていく
状況欄から一つ選びその前提や糧や思い込みや暗黙のルールなどを考え前提欄に書く
前提欄の一つを選びそれを壊しひっくり返して新たな前提や家庭新しい観点捉え方新ルールなどを間が破壊欄に記入。


デュルケム『宗教生活の原初形態』にて
儀礼という様式化された行動が集団を創り出し、
また集団を持続=再生産するのに不可欠
であることを指摘。
儀礼とは集団の外から見ればなぜそんなことに意味があるのかわからない(ほど細かい)ものだが、
集団内の人からすればその細かい所作の一つ一つが時に深刻なほどに重要であり、
自分がしくじれば外から見れば不可解な程に恐怖や後悔の念に駆られ、
また他人がその儀礼に従おうとしていないところを見ると冒瀆されたかのような激しい怒りを覚えるものである。
同じ儀礼をおこなうものが仲間であり違う儀礼を行うものは仲間ではない。
詳細に定められた儀礼は習得に少なくないコストがかかるがゆえに、
集団に属したふりをして集団維持のコストを負担せず利益だけを持っていこうとするフリーライダー(ただノリ野郎)を見分けるのに都合が良い。


儀礼に習熟するには神話=教典の学習が不可欠だし、
物理的動作=儀式でないと人間は確信を得られないことが重要。
あなたの神話=あなたがそれに従って生きている思想
と儀礼=毎日行っている動作は何ですか?
これがない人は存在しないので、
「ない」とか「無宗教」という人は自分に無知なだけ!
神話と儀式を操るものがいつの時代も支配層


 ルビッチならどうする?
  自分の脳内師匠に聞け
 “How would Lubitsch have do it?”
これといった人物を決めておき、行き詰まったらその人ならどうするかを考える。

映画監督ルビー・ワイルダーにとっての師匠エルンスト・ルビッチから命名された手法。
孟子は「孔子ならどうする?」という
私淑(直接教えを受けることはできないがある人をひそかに尊敬し模範として学ぶ)
により儒教を発展させた。
私淑の対義語は親炙(ある人に親しく接してその感化を受ける)。
私淑がなければ孔子の教えが儒教となることはなかっただろう。


   ディズニーの3つの部屋
   夢想と実務と批評の分離

夢想家と実務家と批評家の名前がついているが、
これだとアイデアを束縛しかねないのでやめた方がいいと思う。
よって固有名詞を書かない



紙を1枚用意して線などで3列に分ける。
夢想か、実務家、批評家の項目に分ける。
夢想家から書いていく。
それに対してどうやったら実行できるかを実務家欄に書いていく。
次に「なぜすべきでないか?」を軸に、実務家欄の記述に対して批評し批評家欄に書く。

会議室をそれぞれ分ける(部屋を変える)ことができないならせめて紙の上で分ける。

will/can/must
やりたいこと、やれること、やるべきこと。
この三区分法は意外とある。




いるかアイス/irucaice‏ @irucaice 3月10日

@keisei_1092 会社の研修でこれまんまwill/can/mustって習いました……


  オズボーン・チェックリスト 
 観点の強制増殖=変形法をあらかじめ作り全て当てはめる

他への転用は
応用は
変更したら
拡大したら
縮小したら
代替したら
再配列、アレンジしたら
逆転したら
結合させたら

過剰、欠如、転倒、誤った配置を上記は含む。

(・極端化
・陳腐化
・過剰化
・過少化
・結合
・分離
・逆転
・巨大化
・縮小化
・違う使い方
・違う手順
・違う観点
・以上の観点自体も疑う対象にする。
・毎日新しいことを1つは探す。

画像検索でこれらのワードを入れるのも手)




    モールスのライバル学習
  メルセゲ流「敵の真似が最強」

先行者やライバルの解決法を応用


  源内の呪術的コピーライティング
  ニセ伝統も捏造文化も三代続けば一般化

 使えそうな、類似の、既存呪術を探す。
俗信、迷信、民間信仰、都市伝説、疑似科学などがソースとして利用できる

新しい要素を追加したり、古い要素と新しい要素を入れ替える。

由来を捏造する。
元になった歴史的事例が語られ、時に著名人が事例の登場人物。

人間の脳は連想的な関係が見つければ他の関係も成り立つかのように誤動作することがある。
類似と接触と近接。

(悪用されまくり)


 赤毛の猟犬
 カワウソ祭

インキュベーション(アイデアの閃き、育成)の為の仕込み。
問題についての情報を集めて1項目ずつカードに要約
全てのカードを読み通す(途中で中断せず一度に頭に入れる)。
できればどんな組み合わせがあるかを徹底的に考える。
アイデアが生まれるのを待つ。なにか別の作業をするか休憩をとる。


“だっ‐さい【×獺祭】
1 《「礼記」月令から》カワウソが自分のとった魚を並べること。人が物を供えて先祖を祭るのに似ているところからいう。獺祭魚。おそまつり。うそまつり。
2 《晩唐の詩人李商隠が、文章を作るのに多数の書物を座の周囲に置いて参照し、自ら「獺祭魚」と号したところから》詩文を作るとき、多くの参考書を周囲に広げておくこと。“
https://kotobank.jp/word/%E7%8D%BA%E7%A5%AD-561256


  ポアンカレのインキュベーション
  数学の傑物は閃きをイルミネーションと呼んだ

意識的かつ集中的に問題に取り組む
その後しばらく問題から離れ別の活動を行う、休む、散歩に出るなど
し知恵ると閃きが訪れる
閃きについて再び意識的かつ集中的に取り組み検証する。
ポアンカレはひらめきをイルミネーション(天啓)と呼んだ。

(イルミちゃんがやってくるんだから、光の天「思」でいいのでは?
ぺ天使でないか検証必須)


天啓は無意識からではなく、固着からの解放で生まれる。

ポアンカレは、意識的作業に挟まれた無意識のプロセスを重視した。
無意識の勝枝堂をメインとする彼の考察は、後の研究で実験的に反証された。
問題から一時的に離れることは、
休みなく活動を継続する無意識に続きを任せる
というよりも、次のことをもたらす。

上手くいかないアプローチや観点への固着から離脱すること。

長期記憶において問題に直接関連する情報だけでなく、間接的に関連する情報についても活性化が拡大すること(活性化拡散※)。

問題とは関連のないランダム刺激にさらされること。

休息によって認知資源が解放され認知能力が回復すること。


※活性化=長期記憶に格納された情報が取り出しやすくなること。
活性化のレベルはその情報が最近使用されたかどうか、使用頻度に左右される。
長期記憶はネットッワーク上に構築されており、ある情報が活性化されると、その情報と関連したネットワーク的に近接する情報もまた活性化される。
こうして活性化はネットワークを伝って広がっていくのが活性化拡散であり、自動的に生じると考えられている。


ポアンカレのインキュベーション(孵化)の正体が無意識のハードワークでないこと知ることは次のような恩恵がある。

発想法にまつわる神秘主義の一つを粉砕できること。

無意識という何でも説明できるマジックワードを使わずとも、霊感/天啓を理解できる道を開く。

ポアンカレのアプローチもまたほかの発想技法と同様の原理の上に成り立つ陸続きの手法
であると判ること。



     夢日記
    寝ているからこそ創造的

眠る前に説くべき問題や課題に十分に浸っておく
眠る
起床後すぐに夢を記録する
記録を書く愛間にも記憶はどんどん消えていくので単語やフレーズの断片でもいいので書けるだけ書く。
夢の記録を習慣化すると夢を覚える力も記録できる量と質も改善していく
夢の記録を読み返し解決に使えないか考える

夢を見てるときの脳の活動は発想法のテクニックに酷似
している。

悪魔のトリルという曲は、ジュゼッペ・タルティーニの作品。
1713年の或る夜、彼は夢の中で魂と引き換えに悪魔と契約した。悪魔のヴァイオリンを弾いてみるように手渡してみたところ、
それはそれは素晴らしいソナタの演奏を披露される。
優れた技術と知性に満ち溢れこの世のものとも思えぬ美しい演奏に魅了されとりことなったあまりの美しさに息を詰まらせた彼ははっと目が覚めると急いでで飛び起きてヴァイオリンを摑み夢で聞いた悪魔のソナタを再現しようと慌ててメロディを奏で始めたことで作曲されたソナタは彼の今迄のどの作品よりも素晴らしい曲となった。
(Tartini Violin Sonata in G minor ''Devil's Trill Sonata''
https://www.youtube.com/watch?v=z7rxl5KsPjs

技術と知性あふれる存在が悪魔って典型的な耶蘇思想の夢
インキュベーターの意味はインキュベーションを与える存在。
つまり魔法使いを育てる大魔法使い。

理性的宇宙存在QBが合理的営業を行うとかなり反発されるよね。
一つは必ず願いをかなえてくれるのはかなり良心的。
耶蘇の神はかなえてくれないからね。
そういえば悪魔も願いをかなえてくれるよね)


   『43個目の発想法「露伴のメトニミー」』
のネタバレを求めてきた人、残念だったな!
タイトルにも入れといた。
クイズは~ページの~番目の文字のほうが良かったんじゃないかな。
『×××』と『×××××××××××』を読んでも私はこんな素晴らしい記事は書けないな。

「換喩(メトニミー):隣りあう、接する、近いことに結びつけて意味を拡げる比喩表現」
という普通に調べれば出る情報と、
本書がアイデア発想法一覧なのを結び付ければ、
メトノミーでどんどんいろいろ結びつけていって新たな発想を得る技術なんだろうなー、
幸田露伴の名前があるから彼はこの発想法の達人なんだろうなー
幸田露伴の文章に実例があるんだろうなー
(小説でなはいっぽい。文章術について書いた記事かな?対談かもしれんし随筆かもしれないけど)ぐらいは類推できる。
これが正解かどうかは書かないし、運用のために重要な実例も書かない。
ここまで書かれると読みたくなるでしょ?
私はまず図書館で借りて読んでから、買うべきだと判断し、買いました。

ーー

メトニミーとシネクドキ
http://d.hatena.ne.jp/morohiro_s/20060422/p1
“レトリックについて話す時、メタファー(隠喩)はとりあえずいいんだけど、
隣接性に基づくメトニミー(換喩)と
包摂関係に基づくシネクドキ(提喩)の違いについて、巧いこと説明できなくて困っていた。結構色んな本を見てもいろんな説が書いてあって困る。シネクドキとは、一部をもって全体を、あるいは全体をもって一部を表すもんだから、メトニミーの一種だって書いてある(ヤーコブソンもそうであるよう)のもあるし、いや違うんだってのもあって。
まあ、普通は、メタファーvsメトニミーの話をしてたら良かったんだけど、最近、作品の「タイトル」とは何か、って話を講義でしていて、佐々木健一氏の『タイトルの魔力―作品・人名・商品のなまえ学 (中公新書)』(この本は面白い!)を参考にして話をするんだけど、で、佐々木氏は、絵画に描かれているものをタイトルにする記述型のパターン(《四条河原遊楽図》とか《積み藁》とか、一番多いもの)は、メトニミーではなく、シネクドキだと言っている。なぜならば絵画に描かれた世界は、現実のフィジカルな世界ではないので、隣接関係は成り立たないからだという(上記p.206)。ちなみに、《ミロのヴィーナス》は、メトニミー型らしいが。
…瀬戸賢一氏の『メタファー思考 (講談社現代新書)』の「理論解説:メタファー早分かり」(203-06)…
瀬戸氏によると、メタファー、メトニミー、シネクドキは認識の三角形を形づくるもので、やっぱりメトニミーとシネクドキは、別物として扱わなければいけないらしい。メタファーは似ている(有名な例では「白雪姫」)ってことでいい。
メトニミー(「赤ずきんちゃん」)っていうのは、あくまでも現実世界の隣接関係--主人公の娘がいつもかぶっているもの--に基づくのに対し、
シネクドキ(「人魚姫」)は、意味世界における包摂関係、すなわち類をもって種を表すものであると。なるほど、現実世界と意味世界の違いね。
以下の例が挙げられている。
• 月見うどん(メタファー:卵黄と月は似ている)/きつねうどん(メトニミー:油揚げは狐の好物)/親子丼(シネクドキ:親子という類で、鶏と鶏卵という種を表す)
• たい焼き(メタファー:鯛に似せたかたちをしている)/たこ焼き(メトニミー:蛸が実際に中に入っている)/焼き鳥(シネクドキ:鳥という類で、鶏を表す)



読書猿『アイデア大全』6刷決定‏ @kurubushi_rm 6分6分前

読書猿『アイデア大全』6刷決定さんがなにかをリツイートしました

これは実は、技法化しにくいけれど、発想法としては最強の手法について触れたもので、
アイデアに詰まったら追加的インプットを行うのが、常識的かつ報われる確率が高い。
では何故あまり強調してないかというと、アイデアを生み出すのを回避してインプット作業に逃げる人/場合が少なくないから。

読書猿『アイデア大全』6刷決定さんが追加
なにか‏ @hayaa_memo 7時間7時間前

「特定領域において有用なアイデアを生み出すには、その領域についての深い知識が必要である。「何も知らないことが自由な発想を生み出す」という創造性の神話は現在では否定されている。」(読書猿『アイデア大全』p195)発想法は結局「道具箱」でしかなくて、その材料(=知識)はやはり必要。

「我々の創造性を押しとどめるのは1つは恐れ、もう1つは固着である。」(読書猿『アイデア大全』p119)この本の発想法の殆どは、固着を取り除くために、汎用的かつ具体的な思考の型を用意するものと言える。

「熟練した知の働きを一旦止めて、出会ったことのない奇怪で曖昧な何かを、なんとか読み解くところに新しいものは舞い降りる。」(読書猿『アイデア大全』p100)こういう話ではいつも、「守破離」って単語が思い浮かぶ。苦労して習得したものを、潔く否定することもできる勇気が大切。

「あらかじめテーマを設定して、それに沿ってアイデアを生み出すよりも、テーマ設定を後回しにするほうが、創造的な結果がより多く得られる」(読書猿『アイデア大全』p75)

「あらかじめテーマを設定して、それに沿ってアイデアを生み出すよりも、テーマ設定を後回しにするほうが、創造的な結果がより多く得られる」(読書猿『アイデア大全』p75)
「イライラの種を書き出すことは、健康や幸福感を改善するだけでなく、アダムスによれば、創造力や発明心の優秀な着火剤を蓄積することにもなるという。」(読書猿『アイデア大全』p19)


∸――


読書猿『アイデア大全』6刷決定‏ @kurubushi_rm 6分6分前

読書猿『アイデア大全』6刷決定さんがなにかをリツイートしました

これは実は、技法化しにくいけれど、発想法としては最強の手法について触れたもので、
アイデアに詰まったら追加的インプットを行うのが、常識的かつ報われる確率が高い。
では何故あまり強調してないかというと、アイデアを生み出すのを回避してインプット作業に逃げる人/場合が少なくないから。

読書猿『アイデア大全』6刷決定さんが追加
なにか‏ @hayaa_memo 7時間7時間前

「特定領域において有用なアイデアを生み出すには、その領域についての深い知識が必要である。「何も知らないことが自由な発想を生み出す」という創造性の神話は現在では否定されている。」(読書猿『アイデア大全』p195)発想法は結局「道具箱」でしかなくて、その材料(=知識)はやはり必要。

「我々の創造性を押しとどめるのは1つは恐れ、もう1つは固着である。」(読書猿『アイデア大全』p119)この本の発想法の殆どは、固着を取り除くために、汎用的かつ具体的な思考の型を用意するものと言える。

「熟練した知の働きを一旦止めて、出会ったことのない奇怪で曖昧な何かを、なんとか読み解くところに新しいものは舞い降りる。」(読書猿『アイデア大全』p100)こういう話ではいつも、「守破離」って単語が思い浮かぶ。苦労して習得したものを、潔く否定することもできる勇気が大切。

「あらかじめテーマを設定して、それに沿ってアイデアを生み出すよりも、テーマ設定を後回しにするほうが、創造的な結果がより多く得られる」(読書猿『アイデア大全』p75)

「あらかじめテーマを設定して、それに沿ってアイデアを生み出すよりも、テーマ設定を後回しにするほうが、創造的な結果がより多く得られる」(読書猿『アイデア大全』p75)
「イライラの種を書き出すことは、健康や幸福感を改善するだけでなく、アダムスによれば、創造力や発明心の優秀な着火剤を蓄積することにもなるという。」(読書猿『アイデア大全』p19)



『要点で学ぶ、デザインの法則150』という本です。 https://www.amazon.co.jp/ 要点で学ぶ、デザインの法則150--Design-Index-William-Lidwell/dp/4861009782



nullmyjokes‏ @nlmjks 3月10日

読書猿さんのアイデア大全2回くらい空読みした。「目を引いた文字列があったページだけ記憶に残すように読んで、目を引く文字列がないところは飛ばす」って言うのがここでいう空読み
結果二回とも目にとまったのはモールスのライバル学習とタルムードの弁証法。なるほど、めちゃくちゃ楽しいな

ほんのあや‏ @aya_stroll 2月25日

個人的に印象深かったのは、「源内の呪術的コピーライティング」と「タルムードの弁証法」です。私の中ではこの手のものは発想法というより、悪質なプロバガンダの手法として認識されてたので、「いままで黒魔術だと思い込んでたけど、使い道次第なんだな!」と認識を改めました。







∸―



読書猿さんの良記事の一部紹介


無料でここまでできる→日本語を書くのに役立つサイト20選まとめ
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-715.html



∸――

アイデアの生み出し方~『アイデア大全』のレビュー
http://ada-bana.hatenablog.com/entry/2017/03/12/104735?utm_content=bufferf9b7d&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer

【おすすめ】アイデアが浮かばない時に読みたい発想力・想像力を高める本5選
http://stockeizoku.hatenablog.com/entry/2017/02/13/170326



フローベールの『紋切型辞典』をめぐって
http://yokato41.blogspot.jp/2013/08/blog-post_9.html



ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ(伊:Giambattista della Porta 、1538年 - 1615年2月4日)は、ルネサンス期のイタリア、ナポリの博学者、医師である。中世の魔術師・錬金術師と近代の科学者との間の存在である。

裕福な家に生まれ、家庭で教育をうけた。1558年に出版された著者『自然魔術』には、実験を重視する近代の科学的方法の萌芽と言うべき多くの記述がある。例えば「カメラ・オブスクラ(画家用のピンホールのある暗室)のピンホールにレンズを用いると、像が鮮明になる」ことなどが記述されていた。ナポリで出版された『自然魔術』(ラテン語)は各国語に翻訳されてベストセラーとなった。1560年には自然科学の最初の学会ともいえるOstiosi(怠け者たちの会:Academia Secretorum Naturaeとも)を自宅に開き、科学実験を行ったが、時の教皇パウルス5世により禁止された。1563年に暗号解読術の著書を、1586年に『観相術』を出版した。文芸の分野でも20ばかりの悲劇・喜劇を創作し、後の人々に影響を与えた。

『ポオ評論集』(岩波文庫)

ポーの代表的な詩論である『某氏への手紙』、『詩作の哲学』、『詩の原理』の3編が収められています。
その他は、ディケンズやホーソーン、フェニモア・クーパーの小説、ロングフェローの詩の批評文など。
ポーの知性が優美な形で示されていて、上質のワインでもすするような感覚で楽しめました。
(もっとも、それは、ひょっとしたらポー自身のというよりも八木敏雄氏の訳文の格調の高さによるものかもしれません)

『詩作の哲学』と『詩の原理』については、すでに昔から創元推理文庫の『ポオ 詩と詩論』に収録されていて、古くからのポーのファンにとってはおなじみの評論文です。
(『詩作の哲学』は、創元推理文庫では『構成の原理』というタイトルです)

『金枝篇』(全5巻)、岩波書店〈岩波文庫〉 改版1967年、重版多数
『初版金枝篇』(上下)、吉川信訳、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2003年
『金枝篇』(全10巻、別巻1)、神成利男訳・石塚正英監修 国書刊行会 2004年より刊行中、完結時期未定
『図説 金枝篇』 サビーヌ・マコーマック編 東京書籍 1994年/ 講談社学術文庫上下、2011年4月・5月


今度は、八木敏雄氏の訳。

詩の原理を語るといっても、わたしはそれを徹底的に論じようとか、深遠めかして談じようとかいう意図はない。いわゆる詩なるものの本質を、極めて恣意的に論じながら、わたしの審美眼(テイスト)に最も適い、かつわたしの心に最も明確な印象をのこしているイギリスやアメリカの小詩篇をいくつか引用して考察してみようというのが、わたしの主たる目的である。



永橋卓介訳 『金枝篇』、岩波文庫全5巻:簡約本の訳。
神成利男訳、石塚正英監修 『金枝篇‐呪術と宗教の研究』 (国書刊行会、全10巻別巻、2004年から順次刊行、2012年に第6巻を刊行)、第3版13巻本の完訳。
吉川信訳 『初版 金枝篇』(ちくま学芸文庫 全2巻、2003年)
吉岡晶子訳 『図説 金枝篇』(東京書籍→講談社学術文庫 全2巻、2011年)、S・マコーマックが第3版を要約し、挿絵を付けたもの。


アイドルは殺されなければならない『金枝篇』
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2013/09/post-9ee5.html


自分にとっては非常に重要な問題であったこの一人称の訳し方のほかに、八木敏雄氏の訳によって面目をあらたにしたと思えるのは、引用される詩の訳に関してです。
『詩の原理』のなかで、ポーは、現代では忘れられている詩人、特に日本では無名といっていい詩人、の詩をいくつか優れた詩として紹介し、解説しています。
(これは、言い換えれば、『詩の原理』は優れた詩のアンソロジーとして読むことができるということです)

デュルケム『宗教生活の原初形態』
『作家の仕事部屋』ジャン=ルイ・ド・ランビュール/岩崎 力


しかし、今回、八木敏雄氏の訳で読み直してみると、詩としても優れた詩だという感触を確かにつかむことができました。
ということは、ポーの審美眼、選択眼の確かさもまた再認識できたということです。
優れた詩の批評家、鑑賞家としてのポーの名誉が回復されたという思いです。
私にとっては創元推理文庫で最初に読んだときから20年ぶりぐらい? の名誉回復です。

ということで、今回のこの岩波文庫本で、「わたし」という一人称による落ち着いた、格調の高い文章と優れた詩という2つの楽しみを与えられて、充実した読書の時間をすごせました。

批評文と詩のどちらも読むことが好きな人間には『ポオ評論集』はかなりおすすめです。


キケロの弁論について
アリストレてス弁論術
クインティリアヌスの弁論家の教育
ハーフェズ占い」
セビリアのイシドルスについては『語源』第六巻が上智大学中世思想研究所(編訳・監修)『中世思想原典集成5 後期ラテン教父』平凡社1993年、505–565頁に、また(続)上智大学中世思想研究所編訳『中世思想原典集成 5 後期ラテン教父』平凡社、1993年

セビリャのイシドールス(西: San Isidoro de Sevilla、羅: Isidorus Hispalensis、 英語:Saint Isidore of Seville、560年頃 - 636年4月4日)は、中世初期の神学者で、後期ラテン教父の中でも最も重要な神学者の一人であり、カトリックでは「インターネット利用者およびプログラマー」の守護聖人[2]。 30年以上セビリャ大司教を務めた。中世のヒスパニア[3]の地域で書かれた後の歴史書はすべて、このイシドールスの歴史を範としていた。

後に編纂された『ハーフェズ詩集』は、東西の文化に影響を与え、ゲーテは晩年、ハーフェズの詩に感銘を受け、『西東詩集』が綴られた。ハーフェズの詩についてゲーテは「ハーフェズの詩を理解するには 魂まで一汗かく必要がある」と語ったという。
恋と酒と自然の美などを主題とした作品が多く、民衆に広く愛され、現代でも「コーランなくとも各家庭にはハーフェズ詩集あり」とまで言われている。また、詩集を用いた「ハーフェズ占い」なるものも存在し、街中でおみくじのように売られていたり、各家庭ではシャベ・ヤルダー(冬至の夜)にこの占いをする。
5. 後期ラテン教父

669pp、ISBN:4-582-73415-4、発行年月:1993.9、本体価格: 6,214円
ボエティウス『ポルフュリウス「イサゴーゲー」註解』 21-168
ボエティウス『三位一体論』 169-194
ボエティウス『エウテュケスとネストリウス駁論』 195-238
ヌルシアのベネディクトゥス『戒律』 239-328
カッシオドルス『綱要』 329-418
ブラガのマルティヌス『田舎者たちへの訓戒』 419-440
グレゴリウス一世『対話』 441-504
セビリャのイシドルス『語源』 505-566
セビリャのイシドルス『著名者列伝』 567-600
トレドのイルデフォンスス『著名者列伝』 601-622
リギュジェのデフェンソル『火花の書』 623-668


クルアーン(コーラン)を全て暗唱する者の称号をハーフィズという。ムハンマド・シャムスッディーンも暗誦者であってハーフィズの号を冠しており、それが『ハーフェズ』というペンネームの由来になっている。
• 「自然魔術」 デッラ・ポルタ 青土者
※抄訳である。
「自然魔術 人体編」 デッラ・ポルタ 青土者
※これは「人相術」の抄訳である。
「魔術と錬金術」 澤井繁男 ちくま文庫ハーフィズ著『ハーフィズ詩集』(東洋文庫 299)(黒柳恒男訳) 東京, 平凡社 , 1976.12 ISBN 4582802990

桑原武夫編訳、『百科全書 序論および代表項目(16篇)』 岩波文庫、初版1971年。1472年にドイツで出版された『語源』

『ビュフォンの博物誌』 荒俣宏監修 ベカエール直美訳 工作舎 1991年 ISBN 4-87502-190-9

ベーコンの学問の進歩における情報伝達の技術の項目が気になる。

。またイシドールスの発意によって、セビリャの聖堂学校に倣う形で、ヒスパニア内のすべての大聖堂に神学校設立を命じる法令が出された。イシドールスはゴート族の野蛮な習慣の広まりを、教育によって食い止めようとしたのである。彼の熱意によって、セビリャでは学芸が盛んになり、この時代の啓蒙運動の中心となった。七自由学科のほかにギリシア語とヘブライ語の学科も設けられ、法学と医学についても関心が寄せられるようになった。すべての司教はこの教会会議で定められた教育の方針を義務づけられた[12]。
死後

イシドールスは最後の偉大なラテン教父であり、古代のキリスト教哲学の掉尾を飾っている。イシドールスは疑う余地無く、この時代で最も教養ある人物であり、中世の教育活動に計り知れない影響を広範囲にわたって及ぼした。イシドールスと同時代人であり、友人であったサラゴサの司教ブラウリオは、イシドールスを、ヒスパニアの高度な古代文明に氾濫した蛮族の野蛮の津波からイベリアの人々を守るために、神によって遣わされた人物であると考えて、653年の第8回トレド教会会議で「驚異の学者、カトリック教会が誇る当代の栄光、最近の時代における最大の教養人であり、常に賞賛とともに呼ばれるイシドールス」[13]と述べた。この賛辞は688年に開かれた第15回トレド教会会議で正式に承認された。

ダンテの『神曲』は、教会の神学者や学者の中で、サン・ヴィクトルのリカルドゥスとベーダと並んで、イシドールスに言及する[14]。
1598年カトリック教会によって聖者として列聖され、1722年には教会博士と宣言された。
カトリック教会では、1999年にインターネットの守護聖人の候補として提案され、2003年に正式に「インターネット利用者およびプログラマー」の守護聖人と認定されたが、イタリアでのインターネットを利用した世論調査では、6位にさえ入っていない([1]、Googleによる英語訳:[2])。
SF作家フィリップ・K・ディックの『戦争が終わり、世界の終わりが始まった』[15]に登場する主人公、博識なアマチュア学者ジャック・イシドールはこの聖人にちなんでいる。

パンドラの玉手箱
パンドラの水瓶座の時代
かめとはこ。
残ったものは希望ではなく耶蘇でした。

アランポーの構成の哲学は自作の創作過程を分析したもの



『語源』("Etymologiae")[18]やその他の著作でのイシドールスの簡潔で明快なラテン語は、古典的であるとは言えず、西ゴート族の言葉の影響を受けた俗ラテン語である。これは過渡期の著述家の大部分に見られる特有の欠点であり、またこのことから西ゴート族がヒスパニア社会に顕著な影響を及ぼしたことが判明する。イシドールスはおそらく、ラテン語を母語とする最後の話者の一人である。
『語源』

アラビア人が古代ギリシア哲学の叡智に触れるはるか以前に、イシドールスはアリストテレスを同国人に紹介している。イシドールスはカトリックの同胞のために、一般的な知識を体系的に編纂した最初のキリスト教著述家であり、主著『語源』はまさに百科辞典的な、総合的な内容を持っている[19]。 この全20巻448章にわたる中世最初の百科事典で、イシドールスは古代から彼の時代に至るまでの、聖俗両面にわたる、あらゆる学問体系を集約した。この著作のおかげで多くの古典時代の著作の記述が断片的に散逸を免れた一方、この著作が原著作よりも重んじられることが多かったために、原著作で散逸してしまったものが多いことも事実である。

『語源』に対する高い評価は、百科事典的な著述活動に刺激を与え、中世以降の時代に大きな実を結ぶことになった。この著作は、中世の収集図書の中で最も人気がある概説書[20]で、ルネサンスの時代まで継続した人気を保ち、1470年から1530年の間に10版を重ねるほど印刷され続けた。12世紀にイスラームを経由して再輸入される[21]まで、西ヨーロッパ人にとって、イシドールスはアリストテレスやその他の古代ギリシャの著述の貴重な情報を提供したが、ギリシャの古典全体から見れば、それは限られた一部に過ぎなかった。『語源』は中世の説話集に、好んで引用された。
地球の形状について
イシドールスは『語源』で、地球が球体をしていることを説いている。『語源』での言及の仕方は曖昧であったので、一部の著述家は円盤状と書いてあるのではないかと考えた。しかしイシドールスの他の著作を参照すれば、彼が明らかに地球を球体と考えていたことがわかる。イシドールスは伝説的で証拠がないにもかかわらず、地球の裏側に人が住んでいる可能性を認めていた。 イシドールスの円盤状のアナロジーは中世の地球球体説論者[22]によってしばしば引用された。



レイジングぎゅう‏ @6isnot4 2月19日

「私たちを引き止めているのは聖パウロを恐怖させた律法の耐え難い軛では全然なく、ただの薔薇の生垣である。戒律(ミツヴォート)にしたがう義務はだから私たちにとって宿命的な不幸ではなく、楽園の最初の芳香を運び来るものなのだ、と」(レヴィナス『タルムード四講話』)

歩く人‏ @hitsujiaruki 1月8日

「他者に食糧を提供するとは食糧に食事の性格を保つことです。決して生きる上での必要最低限を供与することであってはなりません。他者に食糧を提供する時はどんな程度のことであれ、他者の気紛れを満足させることが必要です。そうでなければ全ては崩れ落ちてしまうでしょう。」タルムード新五講話

日本におけるアルメニア語学の権威、佐藤信夫先生。まさかアラム語も守備範囲でいらしたとは。 アッシリア語入門―現代アラム語

中田考‏ @HASSANKONAKATA 2010年7月8日

@barhebraeus ミルトスの『現代ヘブライ語入門』もそうだったよね?アラム語もそう? :活用に3語根q-t-l を使うのはアラブ文法学の伝統のよう。面白いのはヘブライ語も全く同じ意味の3語根q-t-l (殺)を例に活用を読みながら説明するようです。


蒙古語入門―シリア系文字と文法
山中 元 / 国際語学社 (2006-08) / 1,944円 / 2 users
タグ 県立 ★語学 カテゴリ:本・雑誌 本・雑誌 / 社会・政治 登録日:2016年11月11日 22時18分14秒 2016/11/11
読了: 2016年11月20日
どうしてモンゴル語とシリア系文字がむすびつくんだろうとまずは思うけど、古代メソポタミアの共通言語であったアラム語のエデッサ方言(シリア語)がネストリウス派の布教に用いられ、中央アジアにもたらされた。それがウイグル文字に取り入れられて、それを参考にモンゴル文字が作られたということらしい。(パスパ文字はまた別の文字、ややこしい。)現代ではモンゴルではキリル語表記が主流、中国の内モンゴル自治区ではモンゴル文字も使われているとのこと。

アラム語の入門・学習用リンク集 (Aramaic Language) - 主に言語とシステム開発に関して
http://language-and-engineering.hatenablog.jp/entry/20110129/p1


外国人に出会った時に仲良くなるための,最低限の必須フレーズ集 (どの言語にも当てはまる,基本の初歩会話集のテンプレート)
http://language-and-engineering.hatenablog.jp/entry/20130702/ListOfCommonLanguageBasicPhrases


冒頭の表を,手軽に作成するための雛型を記載しておく。

コピペ用である。

この空欄に,さまざまな言語での用例を当てはめてゆけばよい。


〜語の最初歩のフレーズ集 (対人関係の構築のために)




















日本語〜語
こんにちは 
ちょっと

すみません
 
あなたは

〜語を

話しますか?
 
はい,いいえ 
お会いできて

嬉しいです

(初めまして)
 
私の名前は

〜です
 
私は〜語を

学んでいます
 
私は

日本人です
 
あなたの

お名前は?
 
どうぞ書いて

下さい。
 
〜さん 
ありがとう 
私は〜に

住んでます
 
あなたは

どちらの

出身ですか
 
どうぞ 
ごめんなさい 
さようなら 



∸―




タルムード入門〈1〉 単行本 – 1998/7
A. コーヘン (
タルムード入門〈2〉1998/8
A. コーヘン、 Cohen,Abraham
タルムード入門〈3〉1998/6
A. コーヘン、
ミシュナ〈4別巻〉アヴォート (ユダヤ古典叢書)2010/6
専三, 長窪


タルムード四講話 新装版
 エマニュエル・レヴィナス(内田樹訳)『タルムード四講話』国文社


ギリシャ語とペルシャ語はインド・ヨーロッパ語族


その割には,ペルシャ文字は,アルファベットがヘブライ文字のアレフベート構成とどことなく類似しており,どうもセム語くさい。

その理由は,ペルシャ文字が語族を超えてアラビア文字から借用されているから


中田考‏ @HASSANKONAKATA 2016年7月14日

大雑把に言うと、アラム語話者のイエスの律法の教えを保存していたペテロや主の兄弟ヤコブらヘブライニストが主導したエルサレム教団がユダヤ戦争で消滅し、
パウロらヘレニストのアンティオキア教団の律法蔑視の教えが後のキリスト教になったからです https://twitter.com/YUChurch_youth/status/753557666153193473 …

中田考‏ @HASSANKONAKATA 2010年5月26日

『旧約聖書ヘブライ語独習ー聖書アラム語文法付』神学部図書館で借りてくる。やはりヘブライ語は天国の言語アラビア語が堕落し崩れた言語だとの思える。イスラエルの民がイラク、シリア、シリア、エジプト、パレスチナと移動して言語混交が進んだせいだと説明してもいいけど、それじゃつまんないよね。

中田考‏ @HASSANKONAKATA 2016年8月13日

全く影響を与えていない、と言っていいと思います。 https://twitter.com/lakudagoya/status/764202382792142848 …
ねこた‏ @lakudagoya 2016年8月13日

@HASSANKONAKATA 私はアラビア語読めないので、一般的な文献にはアリストテレスやプロティノスなどがイスラーム世界で好まれたとありますが、ギリシャの古典の中でもストア学派の文献は(あまり現存がないですが)どう扱われたか非常に気になっていた次第です。わざわざすみません。
@HASSANKONAKATA 専門外なのにすみません。これは別にキリスト教の話ではないのですが、イスラーム世界にはギリシャの古典が取り入れられましまよね? その中でアリストテレスなどが好まれたみたいですが、ストア学派の文献はイスラーム世界にあるのか気になってまして。

著書の中でイスラームは移動の自由を重んじると書いてあったのはもの凄い衝撃で。 カリフ制が求められる意味もわかりました。


@HASSANKONAKATA わざわざご返答頂き感謝します。

あら、そうなんですね。

キリスト教史を調べますと、ストア学派はキリスト教に他大な影響を及ぼしてるのに、イスラームでは記述を見ないので不思議だと思ってました。

朝からお忙しい中感謝です。それでは失礼いたします。




お読みくださり感謝。
読書メモ  :  trackback 0   :  comment 0   

永井均『マンガは哲学する』。藤子・F・不二雄『藤子・F・不二雄[異色短編集]1 ミノタウロスの皿』・〈異色短編集〉2『気楽に殺ろうよ』 

やあ、ワタクシはあなたの人生に何回登場しましたかな。
最近あなたの人生に登場する回数が少ないと思いましたので登場したのですぜ


あなたはニーチェぐらいにまじめな人と出会ったことがあるかな。
あるならば、あなたは狂人と出会ったことになる。
ニーチェぐらいまじめ=狂っている、なので結局は狂っていることになるからね。
さあ、まじめに考えよう。そして同時に狂って考えよう。
まじめと狂うは「神」一重。
二兎を追う者は実は一兎を追っているのだ。
ゆかいな狂人の著作の、始まり始まり~

永井均『マンガは哲学する』講談社 2004-08
マンガは哲学する (講談社プラスアルファ文庫)マンガは哲学する (講談社プラスアルファ文庫)
(2004/08)
永井 均

商品詳細を見る


今回の引用ページは↑であって↓ではありません。

マンガは哲学する (岩波現代文庫)マンガは哲学する (岩波現代文庫)
(2009/04/16)
永井 均

商品詳細を見る


「まえがき」より
“ 私はまじめな話がきらいである。この世の規範や約束事をこえた、途方もないくらいまじめな話ならいい。少なくともニーチェのような水準のまじめさなら、まあゆるせる。中途半端にまじめな話はだめだ。ところが、世の中はそうした中途半端にまじめな話で満ちあふれている
 私だってまともな大人だから、それが必要であることは、もちろん百も承知だ。それでもやはり、この世の中で通用している通念や規範を最終根拠とするご立派な主張を耳にしたり(ときには口にしたり)すると、ばかばかしさがこみあげてくるのをどうすることもできない。そうしたすべてをぶち壊すような真実の声を聞きたい、そうでなければやりきれないではないか!
 マンガに、ときにそれが聞き取れることを、私は以前から感じていた。その点で、つまり発想の破天荒という点で、マンガは小説などの他のジャンルをはるかに凌駕しているように私には思われたのである

二十世紀後半の日本のマンガは、世界史的に見て、新しい芸術表現を生みだしているのではないだろうか。世の中の内部で公認された問題とはちがう、世の中の成り立ちそのものにひそむ問題が、きわめて鋭い感覚で提起されているように思われる。だれもが自明と思い、その自明性のうえに通常の世の中的な対立が形づくられているような、《もとのもと》の部分がそこで問題化されている。哲学という形で私が言いたかったこと、言いたいことの多くが、萌芽的な形態において、マンガ作品のうちに存在している。
 いや、それどころか、ひょっとすると、マンガという形でしか表現できない哲学的問題があるのではないか、と私は感じている。私はその理由を解明していない。現在のところは、表現形式の問題もさることながら、ジャンルの世の中での位置のようなものが影響しているのではないかと思っている。マンガは《子ども》が読むものだという通念が、大人が読むマンガの中にまで波及していて、大人の常識に惑わされない問題提起をゆるしているように思われる。たとえばアンデルセンなどの童話が、トルストイやドストエフスキー、夏目漱石や森鷗外などよりもはるかに深く、そして単純な意味で哲学的であるのと似ているだろう。
 私がマンガに求めるもの、それはある種の狂気である。現実を支配している約束事をまったく無視しているのに、内部にリアリティと整合性を保ち、それゆえこの現実を包み込んで、むしろその狂気こそがほんとうの現実ではないかと思わせる力があるような大狂気。そういう大狂気がなくては、私は生きていけない。その狂気がそのままその作者の現実なのだと感じたとき、私は魂の交流を感じる。それゆえ、私がマンガに求めているものは、哲学なのである。
この本は二兎を追っている。マンガ愛好者には、マンガによる哲学入門書として役立つと同時に、哲学愛好者には、哲学によるマンガ入門書として役立つ、という二兎である。マンガ好きの方々には、君たちはそれとは知らずにじつは哲学に興味を持っていたのだよ、とぜひとも言ってみたかったし、哲学好きの方々には、その問題ははるかにポピュラーな形でもうマンガに表現されているのだよ、と言ってみたかった。
私自身のほんとうの執筆意図はむしろ後者にあったが、じっさいには前者の意味で読まれるほうが多いかもしれない。もちろんそれでいい。哲学の兎とマンガの兎に見えたものは、なんとじつは一ぴきの兎だったのだというのが、この本における私の究極のメッセージなのだから
一九九九年十一月
永井均“
《もとのもと》《子ども》は原典では《》は存在せず、《》内の部分に傍点。


第一章 意味と無意味

1  相対主義の原理と限界――藤子・F・不二雄「気楽に殺ろうよ」,「流血鬼」

“ 藤子・F・不二雄は、現実をつねにありえたかもしれない他の可能性との対比の中で見ている。われわれが信じて疑わないこの現実が、彼の目には、そうでなくてもよかったひとつの偶然的なあり方のように見えているのである。藤子のようなこういう感覚をばかばかしいと感じる人もいるだろう。しかし私は、このような感覚に強いリアリティを感じる。
現実を支配している規範を単純に信じ込んでいるような人のほうが、私にはばかばかしい。「気楽に殺ろうよ」は、性欲よりも食欲が隠されるべきもので、殺人の権利が売買されるのがあたりまえであるような、別の世界に入り込んでしまった男の話である。ある日、目覚めてみると、まわりのすべての人がそう信じていたとしたら、どうだろうか。自分のほうが正しいと確信できるだろうか。それとも、自分のほうがおかしくなったと思いはじめるだろうか。
それ以前に、そもそも人前でセックスをすることは恥ずかしいことなのに、人前で食事をすることはなぜ恥ずかしくないのだろうか。ついでに言えば、売買食はゆるされるのに、
なぜ売買春は禁止されているのであろうか。正直のところ、私には意味がわからないことのひとつである。
このようなことを言うと、世の中のまともな(つまりばかばかしい)人々は、すぐに、それではあなたは売買春を肯定するのか、といった話をはじめる。そうじゃないんだよな。そういう種類の話がしたいんじゃないのさ
。“p.18-19


人口爆発の解決策として、殺人権利ではなく、生存権の売買が行われる社会が到来しそうだ。生存「券」を大量所有するのは結局のところ銀行に類似した機関あるいは白人至上主義支配者に集まるんだろうなあ。
生存権の権利って実質は殺人の権利だから、売買できるとなると、死が日常的になってしまい、結果、生殖行為への本能が活発化してタブー度が食事と逆転することがありうるかもしれない


大量殺人をしたくてしたくてたまらない主人公が、前半と中盤までは殺人「券」を大量に集め、殺人権大量所有者になるために頭脳バトルが繰り広げられるが、殺人権大量所有所者となったあとの中盤以降は主人公が大量殺人を喜々としてやりまくり最高の生の充足を他者の大量死のおかげで達成し、最期は自分を殺す権利も買っておいたので、殺人権売買世界では最高難易度の自殺権の行使により、自殺し、歴史書に記録が消滅するまで残ることになる、という物語を考えた。このアイデアは盗作禁止ですよ。


“ われわれが絶対的な悪だと思っているものも、いったん彼らの視点に立ってみれば、そしてすべての人がそうなってみれば、現在の多数派がつくりだしている世界よりも、はるかによい世界なのかもしれない。ひょっとしたらオウム真理教がそうかもしれないなどと言うと、またまた顰蹙を買いそうなのでやめておこう。
ともあれ、どうしても王様が裸に見えてしまうので「王様は裸だ!」と叫んでしまったあの子どもは、まわりの進歩的な大人たちにくらべて、あまりに保守的であっただけだ、という可能性があることは忘れてはならないだろう
。さて、それでは、何がそれを決めるのであろうか。”p.22

家畜人ヤプール人 ウルトラマンA 宇宙のエース


家畜人ヤプー
http://dic.nicovideo.jp/a/%E5%AE%B6%E7%95%9C%E4%BA%BA%E3%83%A4%E3%83%97%E3%83%BC

よりの引用
“10 : ななしのよっしん:2012/08/02(木) 21:30:17 ID: AM3+5oneAk >>5 勘違いしていないか?
あの小説で描かれているのは
白人の楽園ではなくて日本人の天国なんだぞ。

生きる意味、日々の幸せ、死んでいく理由、
それら全てを完璧なまでに保証されているヤプーが
一番人生を楽しんでるんだよ。羨ましくないか?
別に俺はマゾじゃないけどそう思うよ“


ミノタウロスの皿
http://dic.pixiv.net/a/%E3%83%9F%E3%83%8E%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%9A%BF
”主人公
原作では名無し。アニメ版では「立花」という苗字のみがついている。
ビーフステーキが好物。
宇宙船で事故に遭い、たった1人行き残りイノックス星に不時着。
助けてくれたミノアに惚れ、ズン類に食べられる事になった彼女を助けようと奔走する。

ミノア
主人公を助け、彼と交流を持つ美少女。実は「ウス」の中でも特に最高級とされる育ちで
本人もおいしく食べられる事を誇りに思っており
、逃げる様説得しつづける主人公とは
まったく会話が噛み合わない。

本作での設定

・イノックス星を支配しているのは牛のような容姿の「ズン類」で、人間のように見える「ウス」を食用、愛玩用などに飼育している。
・「ズン類」はおおむね理性的かつ文化的だが、宇宙船を飛ばす程の文明はまだない。一方で、「ウス」をおいしく食べるための「活け造り」の技術など妙なところで高いテクノロジーを持つ。
・地球人と酷似した「ウス」は言葉も通じ感情もあり、服なども着ているが、自分達が食べられる存在である事に疑問も持っておらず、むしろおいしく食べられることを誇りと考え同族で競い合っている。特に大祭の時に食べられる「ミノタウロスの皿」に選ばれることは最高の誉れであり、等級が落ちハムやソーセージや肥料にしかならないことを死以上の屈辱
と考えている。


 2  異文化との出会い?――藤子・F・不二雄「ミノタウロスの皿」,「サンプルAとB」,「絶滅の島」

異星人が地球人AとB(男女の若いカップル)を観察し母星に報告する話「サンプルAとB」

性行為=“外皮を取り去った両者の体には相違点がある(…)ともあれAとBはその相違点を奇妙な形で利用しあったのである。(…)この行為は相求める両者の欲求の帰結であったらしい。AもBも深い充足感に満たされた

※相違点利用図=挿入断面図つき。

服って確かに、最外部の皮膚=第二の皮膚だよな


剣による戦い
=“彼等の行動の意味は我われには理解しがたいものであった。上肢に持った金属片を相手の体の中に挿入するのが目的のようである”

食事
台上の物体にはかつて生命活動をおこなっていたらしい形跡がある。A、A´、A″はこれを身体上部の穴へ押しこみはじめた


「絶滅の島」
保護獣指定動物「チキューケナシザル」


 3  この話に作者はいるか――手塚治虫「ブラック・ジャック――第七話 幸運な男」

街で、このところ会っていない人にたまたま出会ったとき、その人が「いやあ、近ごろ、出番が少ないんでね」なんて言ってくれたら、どんなにすばらしいか――あるいはどんなに気味が悪いか――と思うのだが、そんな経験は一度もない。私の人生の作者は、出番のバランスというものをさほど気にしない方のようである。”p.31

4  言語ゲームと哲学的感度――吉田戦車『伝染るんです』

“ 話はそれるが、私は大学の教員をしていて、哲学を学ぶことが哲学的感度を殺してしまう例を、毎年のように見ている。大学一、二年のときには、まだ輝くほどの哲学的感度を持っていた学生が、本格的に哲学の勉強をし、大学院進学を決意しはじめるころには、もうすでに、哲学界で哲学の問題であるとされているものを、ただこねくりまわすだけの人になってしまっているという例を、何度見てきたことだろうか。”p.41-42


吉田戦車「伝染るんです。」ベストセレクション その1
http://www.nicovideo.jp/watch/sm252657


吉田戦車「伝染るんです。」ベストセレクション その2
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5085790


吉田戦車「伝染るんです。」ベストセレクション その3
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8424168



哲学を学ぶほどに哲学をただ研究するだけの人になってしまう。これは歴史学者に似ている。歴史学の真に正しい姿勢とは定説も自説もどうでもいいと思って取り組むことであるが、そんな者はそもそも歴史学者になりはしない、という構造に似ている。となると、アマチュアの重要性は極めて高いと言える。そして同時に、素人の見解、特に素朴で常識的な疑問こそが大事なのだ。専門バカはこの文章読んでも理解できないだろうな。理解できても実践しなけりゃ理解していないのと同じです。

 6  感情の客観性(2)――諸星大二郎「感情のある風景」

感情は形となって周囲の空間に示されるので、他人に対して自分の感情を偽ることができない世界を描く。
あなたの感情が目に見える形で外部に現われたらどんな形をしていますか。
☆♪д^∑※√㈲㈹㈱㏍㍿㍾㍽㍼㍻℡㏾㍘㊤㊥㊦㊧㊨㊚㊛㊟㊂㊃㊄㊅㊆㊇㊈㊉㊊㊋㊌㊍㊎㊏㊐㊑㊒㊓㊔㊖㊗㊘㊙㊜㊝㊞㊠㊡㊢㊣㊩㊪㊫㊬ ㊭㊮㊯㊰жЯЧ₭₡₪¢¤₮₯₫₦฿ƒ£₥€₤₨৲৳₩₠₢ℳ₣₧㎜㎝㎞㎎㎏㏄㎟㎠㎢㎣㎤㎥㎡㍲㍳㍴㍵㍶㎀㎁㎂㎃㎄㎅㎆㎇㎈㎉㎊㎋㎌㎍㎐㎑㎒㎓㎔㎕㎖㎗㎘ ㎙㎚㎛㎧㎨㎩㎪㎫㎬㎭㎮㎯㎰㎱㎲㎳㎴㎵㎶㎷㎸㎹㎺㎻㎼㎽㎾㎿㏀㏁㏂㏃㏅㏆㏇㏈㏉㏊㏋㏌㏎㏏㏐㏑㏒㏓㏔㏕㏖㏗㏘㏙㏚㏛㏜㏝½℃々№㌀㌁㌂㌃㌄㌅㌆㌇㌈㌉㌊㌋ ㌌㌍㌎㌏㌐㌑㌒㌓㌔㌕㌖㌗㌘㌙㌚㌛㌜㌝㌞㌟㌠㌡㌢㌣㌤㌥㌦㌧㌨㌩㌪㌫㌬㌭㌮㌯㌰㌱㌲㌳㌴㌵㌶㌷㌸㌹㌺㌻㌼㌽㌾㌿㍀㍁㍂㍃㍄㍅㍆㍇㍈㍉㍊㍋㍌㍍㍎㍏㍐㍑㍒㍓ ㍔㍕㍖㍗ℳฺℴฺℯゔ〲ヷヸヹヺ ≦≧∪⊃⊂⊇∩⊆∋∈ 〒※≒÷±-×+=≠〓▢▪▫▬▭▮▯▰▱◌◍◈◉◚◛◜◝◞◟◠◡ ◦◧◨◩◪◫◬◭◮☇☈☊☋☄☌☍☡ ☣☤☥☦☧☨☩☪☫☬☭ ☮☯☹☺☻☽☾☿♁♃♄♅♆♇♈♉♊ ♋♌♍♎♏♐♑♰♱✁✂✃✄✌✍✎ ✏✆✇✈✉✐✑✒✓✔✕✖✗✘✙✚✛✜✟✠✡✢✣✩✪✫✬ ✭✤✥✦✧✸✺✼❏❐❑❒❍❘❙❚❛❜❝❞❖❡❢❣❤❥❦❧❶❷❸❹❺❻❼❽❾❿➀➁➂➃➄➅➆➇➈➉➊➋➌➍➎➏➐➑➒➓ ➔➘➙➚➛➜➝➞➟➠➡➢➣➤➥➦➧➨➩➪➫➬➭➮➯➱➲➳➴➵➶➷➸➹➺➻➼➽➾
╎╏═║╒╓╔╕╖╗╘╙╚╛╜╝╞╟╠╡╢╣╤╥╦╧╨╩╪╫╬╴╵╶╷╸╹╺╻╼╽╾╿▔▕┄┅┆┇┈┉┊┋╌╍‒– —―‖‗‘’‚‛“”„‟†‡‣‸‹‱›※‼‽‾‿⁀⁁⁂⁃⁅⁆ܜ∖ʬㄜㄝ ©®™♥♣♦♠♡♧♤◊☺☻♨♩♫♬♪♭♯♮▒▓░☛☚☜☞☝☟◀▶▴▾◁▷▵▿♀♂〄◖◗◈◒◓◔◕◐◑▣▤▥▦▧▨▩₩◘◙☉〠〶 ❀❁❂❃❄✮✯✰✱✲✻✽❉✿✾❅❆❇❈❊❋✳✴✵✶✷✹*:.
☎☏♟♙♞♘♝♗♜♖♕♓♒♚♔♛♕☠☢☀☁☂☃☼☓☒☐☑☸➢☰☱☲☳☷☴☵☶✧۩۞ {}{}〈〉〔〕《》(【】『』≪≫〃仝ゞゝヾヽ々′″‴‵‶‷"‐ヽ_ ̄`´゜゛✞✝^¬⇒⇔∀∃∠⊥⌒∂∇≡∨†√∽∝∞∫∬ξŇ∥∧⊿〆 ╱╲╳/\ ⊥☆★○●◎▼▽▲△■□◆◇§¢¥Å¢£%‰%$$¥∟,゜;;::..,、´.・・`¨…‥∵゙゚∴∮。 ←→→↓←↑~〰◢◤◥◣▀ ▁▂▃▄▅▆▇█▉▊▋▌▍▎┃│▐┗┻━┛┏┳┓└┴─┘┌┬┐╭╮╰╯┼╋┿╂━┨┥┤┫┣ ┠┝├┷┸┯┰[Ⅱξπ∞┓@φ∀×「」♨∴{}--
私の今の感情の形は↓
<⇋⇋⇋⋛∰≓⊂(⌒,_ゝ⌒)⊃≓∰⋛⇋⇋⇋>(´´ψ←剣の形してるね)

では決してありません。


第三章 夢――世界の真相――
 3  現実という性質は客観的か――佐々木淳子「メッセージ」

夢と現実の大きな違い二つ
①夢には現実のような一貫性、連続性がない
②現実の側からは、夢に言及して、夢について(現実の中で)語ることができるが、夢の側からは現実に言及して現実について、(夢の中で)語ることができない。現実は夢に一方的攻撃を――こちらは正しいと(「正しい」という語はそぐわないはずなのだが)――加えているとも言えよう


 4  現実は映像か――佐々木淳子「Who!」

少年の周囲に誰もいなくなる。
ある女性に出会う。
事情を述べると、その女性は、
「ああ 映像物感触回路の故障ね」
と言って、どこかのスイッチをカチリと入れる。
すると少年の周囲に突如として人物に溢れた街並みが現われる。

“ もちろん、もっともっともっともっと哲学的な人が、どこまでもいるだろう。哲学とは、要するに、なぜだか最初から《少し》哲学的だった人が、本来のまともな人のいる場所で――哲学をすることによって――帰ろうとする運動なのだが、小さな隔たりをうめようとするその運動こそが、おうおうにして深淵をつくりだしてしまうのである。”p.106 《》は原典にはない。実際は傍点。

世界最高レベルに哲学的なひとはただの一般人なのかもしれない。


 6  神の不在証明は可能か――楳図かずお『洗礼』

証拠という性質は相対的である。それは、ある根本的な世界解釈の内部でしか役立たない。根本的な世界解釈それ自体を、証拠だてるものなどは存在しない。“p.119

“「人は……真理にしたがって生きるよりも……作り出したかりそめのありえぬ夢に、自分自身をなぞらえ……人生をあてはめ作りあげていこうとする」。しかし、「真理」とは何か?それもまた、つくりだされたかりそめの夢ではないのか
 また、物語の最後に、谷川先生の口からは、次のような言葉が聞かれる。「狂った世界の中にただ一人狂わない者がいたとしたら、はたしてどちらが狂っていると思うだろう?」。だが、おそらく、狂った世界の中にただひとり狂わない者がいるなどということは、《ありえない》のである。「狂っている」という性質は、世界の中のあるひとりを除いて他の全員がそうであることができるような性質ではないのだ。“p.121
《ありえない》の《》は原典にはない。実際は傍点五つ。

狂っている=極少数派に属する、という定義であるから、大多数が狂う=多くの人が極少数派に属する、ということは言葉では作れても現実ではありえない。


第四章 時間の謎  

 1  ドラえもんは何のためにいるのか――藤子・F・不二雄『ドラえもん』

のび太のせいで大借金をいまだ払い続けている孫のセワシ君は、「特定意志薄弱児童監視指導員」の肩書きを持つドラえもんをのび太のもとに送り込む。ここまではいい。
では、のび太が借金を子孫まで残すような大失態をやらかす原因が、ドラえもんによって消えたならば、ドラえもんがのび太のもとにいる原因(理由)そのものが消えてしまう。
そう、ドラえもんは、自分自身の存在理由自体を消し去ることが存在理由なのだ
!

自分の存在理由を消し去ることがその存在理由である存在! 彼が少しでも内省力のあるロボットなら、ある日そのことに気づいて、「ぼくっていったい何のために存在しているのだろう」という実存の不安に襲われるはずである(実際にはそんなようすはまったく見られない。のび太ほどの思索力もない、能天気なやつなのである)。p.125-126

ドラえもんはのび太ほどの思索力もない、能天気なやつなのかー。
のび太の言うことの方が哲学的な気がする。


蛇足
ドラえもんを送り込んだセワシ君自信は借金から逃れられないんじゃないの?

けいと‏@keitotanner
1970年に自分がタイムトラベルするとしたら、そのときその瞬間に起きた出来事は、「自分が1970年に行った」なのか。それとも、「自分の周りの世界が全て復元された」のか?(「タイムトラベルの
哲学」からかいつまんで引用)

 2  殺されつづけるのは誰か――手塚治虫『火の鳥――異形編』

火の鳥の道徳観が浅薄であるのは、とにかく殺人はいけないという一般原理の水準でしかものを考えておらず、殺人禁止の規範の成立根拠までさかのぼって思考していないことにもとづく、と私は考えた。だが、手塚治虫のような大衆的な大御所マンガ家には、錯誤にもとづく道徳観を持つ必要性=必然性があるのだ。
だれもが「とにかく人を殺してはいけない」と信じている社会と「場合によっては人を殺してもよい」と信じている社会とでは、どちらが安全で快適な社会か、と言えば、明らかに前者である。じつを言えば、みんながそう信じ込むということは、安全で快適な社会を実現するための手段にすぎないのだが、そういう社会を確実に実現するためには、道徳がそのための手段にすぎないという事実は、知られないほうが都合がいい。だから、道徳は盲目的に信じ込まされるほうが――信じ込まされる当人にとってさえ――好都合なのである。そして、手塚治虫のような人こそが、そのために一役買う使命を負わされているのである
。”p.136-137

嘘は絶対についちゃいけない」と子どもも大人も嘘をつく
道徳の嘘と原発の守護者・手塚治虫


 5  自分会議の決定を尊重すべきか――藤子・F・不二雄「自分会議」

“ このとき、過去や未来の自分は一種の他人であるという、この章のこれまでの考察から得られた結論が効いてくるのではないだろうか。私はなぜ、九年後や、二十三年後や、三十三年後の自分のために、いまの自分の利益や幸福を犠牲にしなければならないのだろうか。それは一種の利他主義にならないだろうか。長期的な利己的配慮は、それを要求する「自分」たちが他者としていまここに実在してしまえば、もうすでに利《他》主義であり、一種の道徳に転化するのである。真の利己主義は利《今》主義を含むはずなのである。「己」は「今」を含むからである。
しかし、完璧に利今主義的な利己主義者は少ない。たいていの人は、多少とも将来の自分のためにいまの自分を犠牲にする。なぜそうなのか、理由はわからない。だが、もしそうでなかったとしたら、つまりすべての人が利今主義的な利己主義者だったとしたら、道徳や法律は機能しなくなるにちがいない。
道徳や法律というのは、要するに、他人の利害を将来の自分の利害に換算するシステムなのではあるまいか。それらは、結局、他人に害を与えれば、それが(将来の)自分に害を与えることになるようにつくられた社会システムなのだと思う。道徳は、そんなことをすることは《結局は》自分のためにならないと説教し、法律は、未来の当人を処罰する。真に利今主義的な利己主義者にとっては、それらは無意味な──抑止力のない──制度にすぎないだろう
。“p.154-155
《》内部は本文では傍点


第五章 子ども VS.死――終わることの意味

 1  未来にまかれた種としての子ども――楳図かずお『漂流教室』

社会が崩壊したときにはこれまでの常識道徳は役に立たない。だが、道徳的な《しばり》はこれまで以上に必要不可欠になる。このとき必要なのは、道徳の本質に対する洞察である。それは何のために存在し、何を実現しようとするのか。その原理を直観的にであれ、とらえていないと、これまでの安定した社会状態を前提にした常識道徳に頼った、まちがった判断をしてしまいがちなのである。”p.160
《》は原典では傍点。

道徳は個人的感情から生まれた、秩序維持の手段であるから、平時と非常時とでは当然違ってくる。平時では「道徳だから守れ」で上手く行くが、非常時ではそれを主張する「善人」はただの邪魔であり、とんでもない損害を生みかねない。なにせその「善人」は道徳の意味を理解せず、ただ何も考えずに守っているだけだから融通がきかないのだ。実はその意味では、「善人」は全く道徳的でないのだ。不道徳な善人もいれば、道徳的な悪人もいるのだ。
「善人」は道徳的に正しい主張がいつでもどこでも優先されると考えている点で決定的にまちがえている。正しい道徳は大抵の場合は実行されるべきだが、非常時は「大抵」には含まれないのだ



 3  なぜ子どもは大人になるのか――諸星大二郎「子供の遊び」

あなたは大人から生まれたのに、子どもという種族で生まれた。
子どもは不完全な大人ではない。
子どもとは独立した種族なのだ。
ある日、子ども族のあなたは変な動物を飼い始める。
その動物は大人という種族の胎児なのだ。
大人族の胎児は成長し、大人という成人となる。
そして育て親の子どもであるあなたと交替する。
では、あなたはどこへ行ったのですか。


子供が変化して大人になるのならば、変化の基体が変化後にも存在し続ける、つまり、変わらない何かが存在しなければならない。
もし変化の基体が存在しなければそれば変化ではなく消滅(と別のものの誕生)である。
子供と大人の共通点がまったくないのであれば、子供から大人に「変化」することはありえないということ


【閲覧注意】諸星大二郎の意味不明さは異常 駅から出られらないやつの恐怖感は異常
http://narcissu.doorblog.jp/archives/21164103.html


 7  包み込まれていく死――しりあがり寿『真夜中の弥次さん喜多さん』

“ 死ぬということを、この世的な意味の次元に引きもどして考えるなら、だれかの夢の世界に入ることと考えるのがいちばん美しく、またいちばんふさわしい。
 だが、ほんとうの死は、その夢からもなお排除されることなのである。子どもの死も同じことだろう。ある意味では大人の夢の世界に取り込まれることによって、しかしまた同時に別の意味ではそこからも排除されることによって、子どもは死ぬからである
。”p.188

私が死ねば主観的には完全に死ぬ。
そして私の死は半分完了される。
そして、私の記憶と記録がすべてなくなれば、客観的にも完全に死ぬ。
そして私の死は完了される。


第六章 人生の意味について


4  捨てるべきものがあれば――坂口尚『あっかんべェ一休』

後小松天皇の子供であるが、南朝の志を継ぐ可能性を封じるために幼少時に出家させられた一休さんの貴種流離譚の趣のある、真の悟りあるいは禅を求めるお話。


おまえが〝チリ〟という時〝清浄〟が
〝浄らか〟という時〝汚れ〟たものが
おまえの心の中に生まれるのじゃ

おまえが〝善き〟ものと思う時
おまえの心は〝悪しき〟ものを生んでいるのじゃ

坂口尚『あっかんべェ一休』上, 講談社漫画文庫, 1998年,P.278

欲を断ち切ろうと思う時点で、「欲を断ち切ろうという欲」という欲から逃れられていない。この無限背進を断ち切るにはどうしたらよいのか
無意識においてははじめから達成されているのだが。意識ではどうしようもないのかもしれない。

“このマンガの中で、彼は「人の世の争いは無くならぬものでしょうか」という問いに「争いを無くしたいなら平安も求めぬことだ。平安という夢を…信仰を…!」と答えている。過激だが、水で薄められていない禅の極意があるのかもしれない。”p.206

組織に属している限り悟りなんてありえない。
悟りって楽しいの?


 7  これも究極超人だ――赤塚不二夫『天才バカボン』


“ 言葉でやたらに駄洒落を言う人はいるが、あれはくだらない。バカボンのパパは、言葉で駄洒落を言うのではなく、行為で駄洒落を《する》のだ。と言うより、人生そのものが駄洒落みたいなものなのだ。こんなふうに次々とギャグそのものを生きているような人がいたら、さぞ疲れるだろう、というのが私の正直な感想である。
駄洒落というのは、言葉の表層上の類似だから、当然、意味上のつながりを欠いている。意味連関が欠けた生を生きるということは、人生をきわめて短期的に生きていくということだ。キリストも、明日のことを思い煩うな、程度のことは言ったが、三十秒後のことを思い煩うな、とまでは言わなかったし、ましてそんなことを実践することはできなかった。あしたはあしたの風が吹く、どころではないのだ。一瞬ごとに、次は次の風が吹く、ということなのである。人生の意味もへったくれもない。そんなことを言っているから駄目なんだ!
この類型は、文字どおりの超人(スーパーマン)であるから、常人にはまねをすること自体が不可能である。しかし、これが人生の理想の一方の極であることはまちがいない。一休が最後にたどりつくべきなのは、このバカボン・パパの境地なのではあるまいか?“p.213-215


“だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。”
マタイによる福音書の第6章34節


バカボンのパパって絶対に世話をする人が必要だよね。
俺の生活はまかせた。俺は駄洒落をする。←キャーカッコイイ(?)。みたいな感じだ。
バカボンパパと結婚することを決めたママって凄いな。


おまけ 感想や引用がない箇所のタイトル

 5  感情の客観性(1)――中川いさみ『クマのプー太郎』
 7  感覚の客観性――城アラキ・甲斐谷忍『ソムリエ』
 8  合理性の洞察――福本伸行『カイジ』

第二章 私とは誰か?
 1  死んだのは誰か――萩尾望都『半神』
 2  愛は記憶を超える?――萩尾望都『A-A'』
 3  私は記憶を超える?――吉野朔美『ECCENTRICS』
 4  この身体は私のものか――士郎正宗『攻殻機動隊』
 5  もうひとりの私――高橋葉介「壜の中」
 6  私は二人いる――川口まどか「ツイン・マン」
 7  今はオレだ!――田島昭宇・大塚英志『多重人格探偵サイコ』

 1  夢はわたしに覚める――高橋葉介「夢」
 2  固有の夢こそが現実をつくりだす――佐々木淳子「赤い壁」
 5  夢の懐疑とロボットの懐疑――諸星大二郎「夢みる機械」

 4  回帰は実在するか――佐々木淳子「リディアの住む時に」

 2  子どもという狂気――楳図かずお『わたしは真悟』
 4  大人のなり方(1)――松本大洋『鉄コン筋クリート』
 5  大人のなり方(2)――吉野朔美『ぼくだけが知っている』
 6  純化された死――永井豪「霧の扉」

 1  被差別空間の感触――西原理恵子「はにゅうの夢」
 2  人生の意味と幸福――業田良家『自虐の詩』
 3  「真実の愛」が見つかるまで――しりあがり寿『ヒゲのOL藪内笹子』
 5  いながらにしていない――つげ義春「無能の人」
 6  これが究極超人か!――ゆうきまさみ『究極超人あ~る』

第七章 われわれは何のために存在しているのか
 1  倫理から存在論へ――星野之宣『2001夜物語』
 2  答えを超える問い――石ノ森章太郎『リュウの道』
 3  何も守らぬ闘い――永井豪『デビルマン』
 4  守るべきもののリアリティ――岩明均『寄生獣』
 5  私は何のために生まれてきたの?――星野之宣『スターダストメモリーズ』


藤子・F・不二雄『藤子・F・不二雄[異色短編集]1 ミノタウロスの皿』小学館文庫 1995-07
表紙が素晴らしい。あたらしく出たやつよりもこっちのほうが表紙がいいね。

ミノタウロスの皿 (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)ミノタウロスの皿 (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)
(1995/07)
藤子・F・不二雄

商品詳細を見る



読書ガイド↓
Fの異色短編集、何が好き?
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/50926133.html
漫画家 藤子・F・不二雄氏(以下F氏)が手がけた漫画作品群である、「SF異色短編」(以下、「SF短編」)の事について解説する。
http://dic.nicovideo.jp/a/sf%E7%9F%AD%E7%B7%A8


オヤジ・ロック
商品を売りつける相手と自分をひそかに、その商品が売れている場面がある未来へ飛ばし、日本人は「周りに合わせる教」大好きなので超効く「その他の人も買っているよ買っていないのはあなただけ」だと見せつける。そしてひそかに元の時空に戻り、商品を買わせる
濡れ手に粟だね。
しかし、現代で商品が売れる理由が未来にあるというのは変だな。買う場面を見せないとだめだから一つは買う人がいないといけない。まあ身内に自作自演させればいいか。

スタンピード【stampede】
=大挙して逃げたり押し寄せたりする、群衆の突発的行動やパニック。


じじぬき
じじが死ねばみんな上手くいくんだ、という家族たち。
じじは死にました。じじは天国へ。天国でばばと再会。
――――
じじは天国の役所(死役所だね)の戸籍係にお願いして生亡(生き返るという意味だろう)するがやはり家族に嫌がらせをされたので、ついに堪忍袋(どこにあるのだろうか股間かな)の緒が切れたじじは、息子に対して、
おまえを一人前にするまでの養育費 学資のいっさい、今の物価指数に換算して合計してある。応ぜねば訴訟!! 敗訴覚悟で徹底的に争って広く世間にわしの最後っ屁
を撒き散らしてやるんじゃと狂った笑いをした
―――――
という事実はなく、単なる天国の戸籍係の人が、蘇りたいと希望するじじに見せた予見夢だった。
じじは蘇ることをやめて、ばばと一緒に暮らします。
締めに、墓参りに来た家族のうち、母親のおじいちゃんがお喜びになるような良い子になるのよと言う。
今さらおせーよ。おじいちゃんが生きているうちから良い子でいろよ。

それにしても孫の目が怖すぎ。


・自分会議
 学生のぼくはある日突然、時価約三億円の山林の相続者となった。
ここで九年後のぼくが登場する。
九年後のぼくはドボンのギャンブルにはまって金に困っていることは勿論言わずに、山林を売って自分に預けろ(よこせ)と言う。
ここで二十三年後のぼくが登場する。
二十三年後のぼくは、九年後のぼくがギャンブルで金に困っていることを暴露する。
二十三後のぼく(一人称わし)は、わしの時代は爆発的なインフレで三億円が紙クズ同然になっているから山林は売るなと主張する。
ここで三十三年後のぼく(一人称わし)が登場する。
わしの時代では一切の土地が国有化されてしまい今や一文なしじゃ、山林を売るべきじゃ、山林を宝石に変えて全部わしに預けろと主張するのだ。
これらのぼくの主張は皆、学生のぼく視点では本当か確かめるすべがない
より年上の自分に、より年下の自分の言っていることが正しいかと確かめることはできるが、凶暴されていたらアウトだし。
九年後のぼくがギャンブルにはまっていて金に困っているのは本当っぽいけど。
 学生のぼくを主人公にすると、はっきり言って未来のぼくも過去のぼくも他人だから、みな別の時代のぼくを騙そうとしても別におかしくない。
「自分は他人のはじまり

 そうしているうちに未来のぼく(学生のぼく基準で九年後、二十三年後、三十三年後、の三人)と主人公の合計四人が山林を売るか売らないかで多数決をとるが、九年後と三十三年後は売る派、現代のぼくと二十三年後のぼくは売る派となる。同数である。不毛な多数決だなあ。
過去の自分にも発言権があるはずだと幼いぼくを一人呼ぶ。
だが未来の三人の良い争いは激化する。

解決策。
二十三年後のぼくに、学生のぼくの頃でも二十三年後でも高い価値があるものをきいて、それを買っておいて、年代ごとに等分したらいいじゃない
が、そのような結論にいたる前に、険悪すぎる雰囲気に耐えられなくなった幼いぼくが窓から落ちた。
飛び降りたのか、単にどこでもいいから出ようとしたらたまたま窓だったのかはわからないので、最後のコマを見るに死んだのだろう。
つまり主人公も主人公の未来も死にましたとさ。
めでたくなし。めでたくないはなし

最終的な決定権は学生のぼくにあるのだから、実は学生のぼくが最高権力者なんだけどね。
ぼくの人数が少ないのはわざとかな。大勢にしようとしたが短編では収拾がつかなくなったのかもしれない。

9、23、33って数秘術を意識していそうだね

おまけ
 5  自分会議の決定を尊重すべきか――藤子・F・不二雄「自分会議」

“ このとき、過去や未来の自分は一種の他人であるという、この章のこれまでの考察から得られた結論が効いてくるのではないだろうか。私はなぜ、九年後や、二十三年後や、三十三年後の自分のために、いまの自分の利益や幸福を犠牲にしなければならないのだろうか。それは一種の利他主義にならないだろうか。長期的な利己的配慮は、それを要求する「自分」たちが他者としていまここに実在してしまえば、もうすでに利《他》主義であり、一種の道徳に転化するのである。真の利己主義は利《今》主義を含むはずなのである。「己」は「今」を含むからである。
しかし、完璧に利今主義的な利己主義者は少ない。たいていの人は、多少とも将来の自分のためにいまの自分を犠牲にする。なぜそうなのか、理由はわからない。だが、もしそうでなかったとしたら、つまりすべての人が利今主義的な利己主義者だったとしたら、道徳や法律は機能しなくなるにちがいない。
道徳や法律というのは、要するに、他人の利害を将来の自分の利害に換算するシステムなのではあるまいか。それらは、結局、他人に害を与えれば、それが(将来の)自分に害を与えることになるようにつくられた社会システムなのだと思う。道徳は、そんなことをすることは《結局は》自分のためにならないと説教し、法律は、未来の当人を処罰する。真に利今主義的な利己主義者にとっては、それらは無意味な──抑止力のない──制度にすぎないだろう。“永井均『マンガは哲学する』講談社 2004-08
p.154-155
《》内部は本文では傍点


・間引き
ほのぼの狂気が実に上手い。
無差別殺人ではない。ちゃんと相手を厳選しているから差別殺人である。厳選は大事。
人間が食糧になる時代が来る。必ず来るって。狂っていようがいまいが腹は減るのだから。配給制度が始まりお食事券ならぬお食事権を取り合う汚職事件が大量発生するだろうね。共食いもするだろうし。動物もどんどん減っていくだろう。食べるものないから。ペットも全部食用になるかもね。
芥川龍之介の『河童』では河童が本にされております。
人間が食料になるどころか、あますところなく死体があるいは生きたまま利用される時代が来――てほしくないな。人骨の家具なんて嫌だ

あ、中身の話しなくちゃ。

表紙が主人公であるお爺さんの結末そのまま。
腹が減ればモラルも減る、愛情も減る、いろいろ減る。あなたをHELL!
秩序なき世界へGO! この話の感想なのか考察なのか意識か無意識たれながしの無秩序文章へGO! 
どころかすでに無秩序だよん。
クレーマーにはご飯あげることで怒りが緩和されるらしい、という言説って間違いじゃなさそうですね。電話とかだとどうしようもありませんが。
新聞記者の名前を木地捏造って名前にすればよかったのに。

カロリー保険
①被保険者の死亡年齢を平均寿命からさし引き、
②今後摂取されたであろうカロリーの三分の一を食券として遺族に渡す、
③料金は掛け捨てだが安い、
本人の承諾なしでその本人を他人(家族限定かも)が勝手に入れることができる保険。
(掛け捨て=払った金は戻って来ない、だが決してそうは言わないのが詐欺ポイント)
(死亡原因には言及されていないのが怖い

つまり、早く死ぬと腹をすかした遺族が得する保険であり、長生きすると払った金は無駄になるからこの保険に入った人はほぼ間違いなく早死にする超恐ろしい保険である。
(カロリー保険の危険性をわかりやすく説明せよって問題思い付いた。漫画読んで解釈する問題も入試でありだと思う)
愛情を薄れさせるように働きかければ完璧だね。

“On 5月 29th, 2013, まっこうモグラ(管理人) さんのコメント:

人口爆発は収束しないと考えています。
 
根拠は主に二つ。
時間がない。あと数十年で限界値ですから。
そして、もう一つは、掛け算で増えていく人口に対して、資源量は足し算で増えるしかないからです。
 
むしろ、日本の現状は「人口を減らす=収めるためのテスト地域」ではないのかさえ自分は考えていますし。

先進国だから人口は減ってく。収まるわけで、多数の後進国が存在しないと成り立たない国=先進国であるわけです。
大多数の後進国では、人口増加は押さえられません。
だからこそ、後進国に自分達のための経済活動を斡旋しながら「人口を直接的に調整する」方向性が、今、出てきているのだと思います。
 
もし、人口調節のために原発からの放射能流出を計画していたのがテスト地域の日本
でなら、BRICSで、もしくは、それに続きそうな国で、数年後に原発事故がおきる可能性があるかもしれません。
 
人口調整のためにエイズがばら撒かれた、これは、よく考えれば、実に理にかなった「人間というのが平等という考えから離脱した場合」では、「正しいこと」と言えてしまう訳です。“

“On 5月 29th, 2013, まっこうモグラ(管理人) さんのコメント:

人間=平等ではなく、それ以上の視点で正しいことをすべきか?は、啓蒙思想の土台です。
人口が掛け算で増えていくことと、そこらへんの啓蒙思想がどう関わったかは、今、自分達の経済活動がどうなのか、チョコレートを食べたことがない人が、先進国のためにカカオを育てている経済活動の理由とか、ここらへんは、この記事あたりから、関連記事を追いかけていくとわかりやすいかも、しれません。
 
http://www.mkmogura.com/blog/2009/12/17/577“
ベジタリアンで知る今ここにある食の危機【20130502】
http://www.mkmogura.com/blog/2013/05/02/1374

選民思想は経済学から進化論へ【20091217】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/12/17/577


・3万3千平米

広い土地とマイホームが欲しい主人公だが、現実は24坪≒80㎡(一辺4√5≒9メートル)の土地が限界だったが買うかどうか決めかねる。売り手が信頼できる友人だから騙されないことが保障されている土地のなのにそれを買わずに、いかにも詐欺師みたいなやつに、もうまとまりかけている話がなどという典型的な騙し言葉(あせらせて判断力奪う。限定、ぐずぐずしていると他の人に取られて「損をする」と思わせれば簡単に引っ掛かってくれる)に乗せられてそいつから別の土地を買ってしまう。
その土地は緑地地域(緑地帯を維持することを目的に建築物の新増設や景観の変更が厳しく制限される)であり、家が建てられないのだ。法律条件はきちんと満たされているので業者側に落ち度はないので裁判しても負ける。
物権説明書はちゃんと読まないとカモ。
主人公は土地と家が欲しい癖に不動産のこと全然勉強してないのな
。抜け目抜け穴だらけですな。

子どもに家を建ててやれないなんてなどと失意に沈む主人公だが、息子は家なんてめんどくさいものいらないし、借家でいいからもっと広い家に引っ越そうと家だけに建設的なことを言う。不況時代を先取りしとる思考ですな。
以前より、寺主(主人公名)の家に奇妙な格好をした開発局用地課の男が現れ、寺主の持っている3万3千平米の土地を売ってほしいといわれていたのだが、主人公には意味が分からない。
結局、強制的に主人公の3万3千平米の土地は時価三億円の宝石で買い上げられた。主人公は億万長者になり、広い土地とマイホームを手に入れる。
主人公は思い出した。千円出して一万坪の火星の土地を買ったことを。
火星の土地権利証を持っていることを。
開発局用地課の男は
①火星を開発しようとしている異星人
②未来の地球人
のどちらかでしょうね。①だろうけど。
異星人は律義に地球人が勝手に決めた権利や法律を守ろうとし、
地球人は法律を盾に詐欺まがい契約がされているという対比
も印象的だった。
異星人が主人公に(とばっちりだが)まったく誠意がないと言われているし。


おまけ
宅地建物取引業法第35条http://ja.wikibooks.org/wiki/%E5%AE%85%E5%9C%B0%E5%BB%BA%E7%89%A9%E5%8F%96%E5%BC%95%E6%A5%AD%E6%B3%95%E7%AC%AC35%E6%9D%A1
(重要事項の説明等)
第35条  
1. 宅地建物取引業者は、宅地若しくは建物の売買、交換若しくは貸借の相手方若しくは代理を依頼した者又は宅地建物取引業者が行う媒介に係る売買、交換若しくは貸借の各当事者(以下「宅地建物取引業者の相手方等」という。)に対して、その者が取得し、又は借りようとしている宅地又は建物に関し、その売買、交換又は貸借の契約が成立するまでの間に、取引主任者をして、少なくとも次に掲げる事項について、これらの事項を記載した書面(第五号において図面を必要とするときは、図面)を交付して説明をさせなければならない

一  当該宅地又は建物の上に存する登記された権利の種類及び内容並びに登記名義人又は登記簿の表題部に記録された所有者の氏名(法人にあつては、その名称)

二  都市計画法 、建築基準法 その他の法令に基づく制限で契約内容の別(当該契約の目的物が宅地であるか又は建物であるかの別及び当該契約が売買若しくは交換の契約であるか又は貸借の契約であるかの別をいう。以下この条において同じ。)に応じて政令で定めるものに関する事項の概要

三  当該契約が建物の貸借の契約以外のものであるときは、私道に関する負担に関する事項

四  飲用水、電気及びガスの供給並びに排水のための施設の整備の状況(これらの施設が整備されていない場合においては、その整備の見通し及びその整備についての特別の負担に関する事項)

五  当該宅地又は建物が宅地の造成又は建築に関する工事の完了前のものであるときは、その完了時における形状、構造その他国土交通省令で定める事項

六  当該建物が建物の区分所有等に関する法律 (昭和三十七年法律第六十九号)第二条第一項 に規定する区分所有権の目的であるものであるときは、当該建物を所有するための一棟の建物の敷地に関する権利の種類及び内容、同条第四項 に規定する共用部分に関する規約の定めその他の一棟の建物又はその敷地(一団地内に数棟の建物があつて、その団地内の土地又はこれに関する権利がそれらの建物の所有者の共有に属する場合には、その土地を含む。)に関する権利及びこれらの管理又は使用に関する事項で契約内容の別に応じて国土交通省令で定めるもの

七  代金、交換差金及び借賃以外に授受される金銭の額及び当該金銭の授受の目的
八  契約の解除に関する事項
九  損害賠償額の予定又は違約金に関する事項
十  第41条第1項に規定する手付金等を受領しようとする場合における同条又は第41条の2の規定による措置の概要

十一  支払金又は預り金(宅地建物取引業者の相手方等からその取引の対象となる宅地又は建物に関し受領する代金、交換差金、借賃その他の金銭(第四十一条第一項又は第四十一条の二第一項の規定により保全の措置が講ぜられている手付金等を除く。)であつて国土交通省令で定めるものをいう。以下同じ。)を受領しようとする場合において、第六十四条の三第二項の規定による保証の措置その他国土交通省令で定める保全措置を講ずるかどうか、及びその措置を講ずる場合におけるその措置の概要
十二  代金又は交換差金に関する金銭の貸借のあつせんの内容及び当該あつせんに係る金銭の貸借が成立しないときの措置
十三  当該宅地又は建物の瑕疵を担保すべき責任の履行に関し保証保険契約の締結その他の措置で国土交通省令で定めるものを講ずるかどうか、及びその措置を講ずる場合におけるその措置の概要
十四  その他宅地建物取引業者の相手方等の保護の必要性及び契約内容の別を勘案して国土交通省令で定める事項
2. 宅地建物取引業者は、宅地又は建物の割賦販売(代金の全部又は一部について、目的物の引渡し後一年以上の期間にわたり、かつ、二回以上に分割して受領することを条件として販売することをいう。以下同じ。)の相手方に対して、その者が取得しようとする宅地又は建物に関し、その割賦販売の契約が成立するまでの間に、取引主任者をして、前項各号に掲げる事項のほか、次に掲げる事項について、これらの事項を記載した書面を交付して説明をさせなければならない。
一  現金販売価格(宅地又は建物の引渡しまでにその代金の全額を受領する場合の価格をいう。)
二  割賦販売価格(割賦販売の方法により販売する場合の価格をいう。)
三  宅地又は建物の引渡しまでに支払う金銭の額及び賦払金(割賦販売の契約に基づく各回ごとの代金の支払分で目的物の引渡し後のものをいう。第42条第1項において同じ。)の額並びにその支払の時期及び方法
3. 宅地建物取引業者は、宅地又は建物に係る信託(当該宅地建物取引業者を委託者とするものに限る。)の受益権の売主となる場合における売買の相手方に対して、その者が取得しようとしている信託の受益権に係る信託財産である宅地又は建物に関し、その売買の契約が成立するまでの間に、取引主任者をして、少なくとも次に掲げる事項について、これらの事項を記載した書面(第五号において図面を必要とするときは、図面)を交付して説明をさせなければならない。ただし、その売買の相手方の保護のため支障を生ずることがない場合として国土交通省令で定める場合は、この限りでない。
一  当該信託財産である宅地又は建物の上に存する登記された権利の種類及び内容並びに登記名義人又は登記簿の表題部に記録された所有者の氏名(法人にあつては、その名称)
二  当該信託財産である宅地又は建物に係る都市計画法 、建築基準法 その他の法令に基づく制限で政令で定めるものに関する事項の概要
三  当該信託財産である宅地又は建物に係る私道に関する負担に関する事項
四  当該信託財産である宅地又は建物に係る飲用水、電気及びガスの供給並びに排水のための施設の整備の状況(これらの施設が整備されていない場合においては、その整備の見通し及びその整備についての特別の負担に関する事項)
五  当該信託財産である宅地又は建物が宅地の造成又は建築に関する工事の完了前のものであるときは、その完了時における形状、構造その他国土交通省令で定める事項
六  当該信託財産である建物が建物の区分所有等に関する法律第二条第一項 に規定する区分所有権の目的であるものであるときは、当該建物を所有するための一棟の建物の敷地に関する権利の種類及び内容、同条第四項 に規定する共用部分に関する規約の定めその他の一棟の建物又はその敷地(一団地内に数棟の建物があつて、その団地内の土地又はこれに関する権利がそれらの建物の所有者の共有に属する場合には、その土地を含む。)に関する権利及びこれらの管理又は使用に関する事項で国土交通省令で定めるもの
七  その他当該信託の受益権の売買の相手方の保護の必要性を勘案して国土交通省令で定める事項
4. 取引主任者は、前三項の説明をするときは、説明の相手方に対し、取引主任者証を提示しなければならない。
5. 第1項から第3項までの書面の交付に当たつては、取引主任者は、当該書面に記名押印しなければならない。


劇画・オバQ
=「オバQの世界」-漫画的許容+現実的シビアさ。
表紙怖い。

皆が集まって酒に酔っているシーンで、頭だけが子どものころに戻っているコマがある。酔わなければ子どもには戻れないのだ。子どもはもはや異常な状態となってしまっているのだ。
因囚はね、酔った時しか子どもに戻れないの」
「無意識こそが子どもなんだよ。でも殆どの人は意識が大人になって、意識が強くなりすぎて因囚になっていくんだ


ドジ田ドジ郎の幸運
 超大きな悪運偏差のせいで運が超悪い(らしいが死んだり大けがはしていない)ドジ田ドジ郎が、ゴンスケという、自己修復回路の故障で3.5次元の世界を漂流していたロボット(外見は『21エモン』に出てくるゴンスケまんま)と出会う。
ゴンスケの肩書きは「宇宙合目的調整機構統計局均整課偶然係長」。
主人公は突然運が良くなるが、周りの人は運が悪くなった。

ゴンスケは確率操作できるのか。ドラえもんと是非闘っ――いやもしもボックスあるから――いや「たまたま」壊れたんだ――やっぱりゴンノスケの方が――ドラえもんがゴンノスケの能力を知っていて、ゴンノスケはドラえもんの存在すら知らないのならドラえもんの勝ち――以下略


T・M(タイムマシン)は絶対に
“しられたくない秘密はだれにでもあるもんだ。
個人の情事から、それこそ国家機密にいたるまで。
それがあるうちはT・Mは実用化されないんだよ永久に。“

p.151

タイムマシンが実用化されない理由は技術的問題だけじゃないことを描く。
過去に行って過去の自分に出会っても別に何も起こらないからね。
いや、その過去に行った自分が過去の自分に出会ったという記憶があったら会っていいし、なかったら会っちゃだめ、というのが正しいかな。
ちなみに、過去に行った自分にとっては、過去世界は未来世界だ。過去世界は未来から来た人にとっては新天地にすぎないからね

あと、侵入者は国家機密側の人だろうね。


・ミノタウロスの皿
傑作すぎる。まず見るべし。
アニメ版のできもいい。 

ミノタウロスの皿
http://www.nicovideo.jp/watch/sm12672294


イノックス星の家畜(ウス)=見た目は地球の人間
何号舎の所属か決められている。
とはいえ、狭い場所に閉じ込められているわけではない。
愛玩種、労働種、食用種の三種類あるいはそれ以上の区分がある。
ミノア(髪の毛がソーセージに見える)が血統のいい肉用種と呼ばれていたが、これは食用種のさらなる区分けの一つかもしれない。
自分の境遇に関して疑問や抵抗感を全く抱かず、食用種はズン類に「おいしく食べられる」ことこそが一番の栄誉と考えており、自身が「おいしくなる」ために幼い頃から競いあう。「発育が悪い」と判定されたり、体に傷や痣がついて等級が下がりハムやソーセージ(自分の腸の中に自分の他の部位の肉が詰められるのかうげげ)や肥料にしかならないことは何よりも忌まわしい屈辱と考えていて、死への恐れはそれに比べて小さい。
大祭のときに食べられる「ミノタウロスの皿」と判定されることが最高の栄誉で、食われるウス(ヒロイン)が賞賛の言葉を聞きながら食べられたいので、活け造り(人工肺で意識を保るので自分自身が食べられている様子が見られるうげげ)になることを自ら希望するほど。
草や木の実ばかりをエサとして(料理ではない。ウス≒人間は自分たちが食べるものをエサと呼ぶ)食べていることから草食性かもしれないが、単に作者が牛の食べ物を人間に似た生き物に食わせているだけかもしれない


イノックス星の人類(ズン類)=見た目は地球の牛人間ミノタウロス
外観は地球の牛によく似ていて、二足歩行をする。
ウスと違って肉も食べる。ウスの肉も当然食べるので、地球人からみれば牛が人間をくっているように見える。
ズン類はウスを保護し住居とエサを与え、ウスはその愛情にこたえおいしくなろうとつとめる。
また、愛護週間、ギャクタイには厳罰を与えるなど非常に食べ物として大切にしている。
多少訛りがあるもの(東北弁などの地方訛り?)の言葉を喋り(ウスより高い身分であることも象徴かもしれない。身分ごとに言葉が違う)、性格は温厚で理性的

宇宙船を作るほどの科学技術はないが、ウスを美味しく食べるために麻酔薬とソースを兼ねた人工血液や「活け造り」用の人工心肺を作るなどかなり高い技術力を持つ。

家畜人ヤプーよりは設定がソフトだな。
家畜人ヤプーほどスサマジイものもあまりないだろうけど。

http://www.fujiko-f-fujio.com/fan/sf/sakuhin/mino.html
“【ミノタウロス】
 ギリシア神話で、半人半牛の怪物。ミノスの王妃が牡牛と通じて生んだ子。後にテセウスがアリアドネの助けで迷宮ラビュリントスで退治した。
【ミノア】
 『ミノア文明』クレタの伝説的な王ミノスの名にちなんでいう。紀元前20~15世紀を最盛期としてクレタ島に栄えた文明で、エーゲ文明の中心。20世紀初頭、エヴァンズによるクノッソス宮殿の発掘でその存在が知られた。ギリシア本土にも影響を及ぼし、ミュケナイ文明興隆の一因となった。
【イノックス星】
 ミノア文明の遺跡。20世紀初頭にエヴァンズが発掘。迷宮ラビュリントスや壁画で有名。
【カストル条約】
 『カストル』双子座の首星。白色で光度1.6等の連星。“


冒頭で主人公は水も食料もない状態でどうやって行きのびろというんだというシーンでは仲間の死体が描かれている。そう、その死体を食糧および水分補給源だと思っていないことがわかる。


昔はウス=人間似、も食べられるのは嫌だったのでしょう。ですが、おそらくは戦争で負けてそのあとで徹底的な洗脳がはじまったのでしょう。そして今や支配するズン類側でもその歴史を知る者はほとんどあるいはまったくいない状態になっているのではないでしょうか。


“「ここにいたら食べられちゃうんだぞ。」
「じゃ、地球では食べられないの?」
「あったりまえだ!!
牛が人間を食うなんて、そんなベラボーな!」
「まあっもったいない。
ただ死ぬだけなんて……なんのために生まれてきたのか、わからないじゃないの。
あたしたちの死は、そんなむだなもんじゃないわ。
おおぜいの人の舌をたのしませるのよ。
とくべつおいしかったら、永久に大祭史に名がのこるのよ

競争がはげしいの。生まれたときからその日のために努力するの。
すこしでもおいしくなるよう。あたし自信があるわ。
発育が悪いとそりゃみじめなものよ。
並肉でだめならハムかソーセージ。
もっと悪けりゃ畠の肥料……」”p.171-172

どうせ死ぬなら生きてきた意味と栄誉が欲しい。この報酬と引き換えにウスは命を差し出すのだ。
これはイノックス星の存在からすれば残ぎゃくではない。相互理解し、虐待などを禁じているのだからかなり良心(?)的である。傷つけずに管理するのに一番合理的だったからかもしれないけど。
だから、主人公が「残ぎゃくな風習」と言って食人をやめさせようとするが、ズン類の一人は「意に反すて生命をうばわれる」ことだと返す。

有史以来五千年間、食べる者、食べられる者 身分について疑問を持たれた例はかつてない。おおきな視点でみれば食物連鎖の一環に過ぎない。ウスは草を食い ズン類はウスを食い 死ねば土にかえって草をそだてる。うらみっこなしでしょうが。と風呂に入っていたズン類は風呂から出てウス女性に体をふかせたりマッサージさせたりしながら言う。

正論ゆえに恐ろしい。
言葉は通じるのに話が通じない奇妙な恐ろしさだった。


あ、これって人口爆発対策になるね。これから本当にそうなりそうだな。食料がなくなるから。人口減らしつつ食糧確保。うげげ。

あなたは、
米を食べるなんて残虐過ぎる!
すぐにやめなさい!
だって、相手の了解をとらずに一方的に斬り殺して死体を煮て食べるなんておかしい
!」
と言われて、米を食べるのをやめますか?

稲は人間の食料にされているが、それは同時に、稲は人間に種の保存を補助させているともいえる


主人公の子孫がやってきて、今度はウスがズン類を食べるのが当たり前になっている世界になっていたという続編を考えた。
が、それ単なる地球だった。否、牛の知性は人間と同等ではないから事情が違うな。

言葉だ無理なら暴力しかないと大祭を中止させようとするが無理だった。
ウスのエサである木の実や草を食べながら主人公は、救助船が来ればうまいビフテキが食える 人造肉じゃないのを腹いっぱい! と思ったり、
鼻輪をつけながら星際法(国際ではない)ってものがあるんだぞ! カストル条約にてらし宇宙連合に提訴し、聯合艦隊をくりだして
 おまえらをビフテキに――など叫んだり、
最後のコマでステーキを食べて泣いたりしている
のですが、
この地球人の主人公の考えはまんまズン類=牛人間と同じ構造だといういうことに本人はまったく気づきません。
主人公はズン類を食べるための牛だと見ていましたし。
人造肉。たしかにズン類がウスからつくった肉も人造肉ですな。

第一処理室で消化器系統を洗浄され、
第二処理室で血をいれかえられ、人工血液により麻酔と味をつけられ、
第三処理室で香料風呂に入ったミノアは食われ、食われている最中で人工心肺につながれて首だけになっておいしいと言う賛辞を聞きながら喜びそして死ぬのでしょう。
ズン類とウスにとってはハッピーエンド。
主人公にとってはバッドエンド。

ちなみに、若い女性の肉がおいしいとは限らないそうです(どこ情報?)。おっぱいは脂肪の塊ですので燃料に使われます。骨はどうするんだろうね。
ウスの味覚は描写されていないので分りませんが。
カノッサの屈辱的には
女性=医薬用外劇物、だそうですから当然ですね。


おまけ
猿は肉を食べるのか その1【20121125】
http://www.mkmogura.com/blog/2012/11/26/1218

猿は肉を食べるのか その2【20121126】
http://www.mkmogura.com/blog/2012/11/25/1211

人は人を食べるのか【20121127】
http://www.mkmogura.com/blog/2012/11/27/1224


女性を、“医薬用外劇物”
“「クリスマス」は異性との生殖行為を誘発するための日”
だと定義づけた貴重な、女性の化け学をかたる動画

クリスマス化学史 元素記号Hの発見
http://www.nicovideo.jp/watch/sm18681098?group_id=deflist
日本のクリスマス
“「もみの木」はドイツ、「サンタクロース」はスウェーデン、「くつ下」はトルコ
「七面鳥」はイギリス、「きよしこの夜」の曲はオーストリア


ミノアが最後当たりの場面で見につけている、○+Tみたいな円形の取っ手の付いた十字は、古代エジプトにおける生命の象徴アンクだね。
もしかして○の部分は太陽で、Tの部分は南十字星?
キリスト教十字のモデルかもね。

エジプト十字(エジプトじゅうじ)とも呼ばれる。そもそも、 Ankh という古代エジプト語自体が生命を意味しており(ツタンカーメンの項目の語源解説を参照のこと)、生命的宗教的象徴とされる。
ツタンカーメンも Tut-ankh-amen の ankh の部分にこの文字が用いられている
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%AF
アンクについて
http://www.karakusamon.com/egypt/ankh.html

ツタンカーメン(トゥトアンクアムン、Tutankhamun[1]、Tutenkh-、-amen、-amonとも。紀元前14世紀、紀元前1342年頃 - 紀元前1324年頃)は、古代エジプト第18王朝のファラオ(在位:紀元前1333年頃 - 紀元前1324年頃)。より厳密な表記ではトゥト・アンク・アメン (Tut-ankh-amen)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%B3
父アクエンアテンの生存中に、唯一神アトン信仰が説かれていたためにトゥトアンクアテン(Tutankhaten、「アテンの生ける似姿」の意)[2]と名乗っていた。アクエンアテンの死後、即位すると伝統的な神であるアムン=ラー(アメン=ラー)[3]の信仰を復活させ、トゥトアンクアムン(「アムン神の生ける似姿」の意)と改名した。


一千年後の再開
 盲亀の浮木・優曇華の華。
もしかしたら、漫画で出てきたゼロよりは大きい最低確率で、ギネス記録かもしれないね。


・ヒョンヒョロ
藤子・F・不二雄 「ヒョンヒョロ」
http://www.youtube.com/watch?v=1wRF8xmAwn8


【藤子】ヒョンヒョロ【短編】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7521671


よりコメント抜粋


ヒョンヒョロ※ジョジョ7部のD4Cの元ネタだろうなとなりのせかい・・・?
ここの宛名が重要なわけね
↑ あいらぶ湯
<◎>  <◎>ボクヲ ツカマエタ ツモリ?幼児言葉
たぶん緑色の大男も宇宙人だな
「常識」ってのがね
「誘拐されるのは子供」という固定観念が、後の大惨事を招いたのか・・・
子供を巻き込まないでくれ・・・これ伏線な
まーちゃん以外の人類全員誘拐されましたあれは息子に対しての脅迫状、そして誘拐の対象は・・・ウサギ族には子供がいない、つまり子供だからという概念は・・・↑いや子供以外を誘拐するのは当初の予定からだぞ だからこそ最初の宛名は「子供宛」だったんだよ
まー君が隣の世界に誘拐されて、あえてそっちを描いたのかと思ってた(隣の世界はドラえもんで言う鏡の世界みたいなもんかと)
子供を巻き込まなかったことの伏線は「それによって、ヒョンヒョロの正体が絶対に露見しなくなった」部分だよな。
「子供は巻き込まない」って約束しちゃったからもう渡す機会ないよ
たかだか地球人ほぼすべての命であの星人からひょんひょろ守ったんだから、結果勝ちでは?大うさぎが「うちの子供と関わらないでくれ」という約束を遵守したら永久に・・・


←何故って事件性もないことに呼び出されたら怒るでしょ
藤子世界って男性の身長低いよね 女性の方が高い傾向がある
Fはドラえもんを「子供を見降ろさない高さ」に設定している
藤子作品の大人「非常識から目をそらす」
まあ確かに死体の肉片食ってるな
俺の持ってる版だと おかしな人→きちがい になってるな
修正前のセリフ「精神病の血統はないんだけどな」
精神病→変な病気、に修正した意図が分からん。精神病は別に差別用語じゃないだろう…
小学館の言葉狩りに酷さは異常
分裂繁殖すげえww
あんたが今やってるのはひょっとして
生体の組織に異物を挿入しこれを破壊しようという試みではありませんか。
ならば無駄です次元が違う。

日本の漫画の言論統制が酷い件【言葉狩り】
http://narcissu.doorblog.jp/archives/20775737.html

大きなうさぎ型の地球外存在の名前はヒョンヒョロではないが、大きな以下略は長くて面倒なのでヒョンヒョロをうさぎっぽいこいつ↓の呼称にするかもしれません(ではこいつの名前を「うさヒョン」にしようそうしない)。
   /∥    ∥ヽ
         | ∥    ∥  |
         |  ∥   ∥  /
        ヽ ∥   ∥ /
         ヽ ∥  ∥ /
         ┴┴─┴┴ - 、
       /             ヽ
      |     MM  MM   |
      |     (゜ ) (。)   │
    三三/⌒    ⊂⊃   ⌒三ミ   
      \____人_______ノ
 Ci^iっ  |       \|/      |
  ヽ \┌─────────-、
   ヽ │ ○   \Δ /  ○ i \
      |        /      |

大人が理解できない存在。なかったことにしたい存在
・子どもだけに見える空想上の友達――ではなく実際は別次元の宇宙人
・単性生殖、分裂による増殖を行う生物
・地球人の次元の干渉が一切不可能な存在
・自分の手紙を読むのがとても恥ずかしい



冒頭の“あいらぶ湯”p.210でなごむとびっくり仰天度が増しますな。

きょうはく状
ヒョンヒョロをください
くださらないと誘拐するてす
マーちゃんどの
”p.212
(する「で」すではなくする「て」す)

宛先がマーちゃんであって両親ではない。
(そもそもあのウサギもどきに子どもと大人区別があるのか不明。分裂で増えるのはわかっているけど)
あと何を誘拐するかを書いていない。
人間の子どもは誘拐される対象だという「常識」で大人たちは対応する。警部らしき人が幼児言葉なのはわざとだね。

保護するためにマーちゃんは遠ざけられる。ヒョンヒョロの意味を知っている人が関われなくなってしまった

マーちゃんは大うさぎを両親の前に連れてくるが両親は幻覚として無視。徹底的にスルー。

葉ッパヤ魚ノ死体ヲ食ウデスカ?
タイヘン素ボクナ食事デアルネ
。”p.219

両親無視。
寝室で両親が、なんでマーくんがあんなになったのかと話をする精神病のけはないんだけどなあとかいって口論になるも仲直りしチューしたあとで二人目をつくるんですかねというところにうさヒョン乱入。
風でドアが開いたと両親は華麗にスルー。

ドウシテヤメルデスカ キョウミアルデス。
ボクノ星ノ生物ミナ分裂繁殖。
イッペン有性生殖ノ実サイヲ観察シタカッタデアリマス
。”p.225

ウサギ族ちゃんには子供がいないだろう(大きさは半分なのかは知らない。一気に三体以上に分かれるのかもしれない)。
ボクという一人称があるが、分裂生殖に異性は不要なので、おそらくは股間のかたちが人間のオスににているからボクにしたのかもしれないし、ボクは女性でも(俺よりは多分)使うので僕が異性も同性も好きになれないのはきっと自分が実は異性生殖生命体にたまたま似ている単性分裂生殖生命体だったんだ――!
話中断――、「私」でいいじゃんそれなら。
おちけつ私!

皆分裂生殖ってことはヒョンがいるところはヒョンみたいなのしかいないのか、他の生物も分裂するんだろうな。

地球の風俗を考証しても、子どもと大人の区別は暗黙の了解なので調べた資料には書かれていなかったのかもしれない。
息子に対しての脅迫状を送ってもなんらおかしくない。
そして誘拐の対象は、子どもと大人を区別しないうえに、人数は書かれていない(もしかして数と言う概念がない? いやいや分裂という概念があるなら数の概念はあるはず。場所と時刻指定の概念もあるし)。
脅迫状の誘拐対象を書かなかったヒョンちゃん側も問題だな。
子どもと大人を区別しない(というよりそういう概念がない)うさぎ存在との対比だね。

出て行けとパパがものを投げる。このときはじめてパパとママはともに同じものを見ているとわかり、でかいうさぎもどきが本物だと確信する。
自分以外にも見えているかどうかもっとはやく確認すればあの悲劇は――否それでもさけられなかっただろうね。

小さな子どもには現実と空想の区別がつかないとパパは言うが、両親の方が現実と空想(幻覚)の区別がついていない皮肉。

で、“続きょうはく状”(日時と時刻が指定されている)を警察に届け、パパはどなりながら依頼する。
誘拐予告犯が警官の目の前にいたりして混乱する警部らしき人。
誘拐のお手本を見せるためにパトカーと運転手をトナリノ世界へと送る。
平行世界なのかひょんうさぎの世界なのか別の世界なのかはわからない。
狂乱の警部はうさぎもどきに手錠をかけたり銃をぶっぱなしするが無効。

“アンタガ今ヤッテルノハヒョットシテ、
生体ノ組織ニ異物ヲ挿入シコレヲ破壊シヨウトイウココロミデハアリマセンカ。
ナラバムダデス次元がチガウ
。”p.231

三次元より上の次元では三次元のようにものとものが衝突することはないから当然、手錠や銃も無駄。高次元から射影で三次元世界に存在しているのがこの兎なのだろうか。うさぎが本来四次元存在なら、この兎のすがたは四次元存在の「断面」=三次元立体、であるが、このようなはなしは別の機会があればすることにする。
ドラえもんの四次元ポケットにあんなにも詰め込めるのは、この「詰め込む」ということ自体が四次元では当て嵌まらないからだ。四次元では三次元のようなものとものの衝突はありえないから

これいじょう子どもをまきこむのはやめてくれ、とパパは頼むが
エッソレハチョットオカシイノデハ……
という大きな兎。
となると、うさヒョンには子どもと大人の区別がついていることになるな。
でも子どものマーちゃんはきょうはくのまさに当事者である。
だって最後の場面で明かされるが、ヒョンヒョローって落ちてきた星(のかけら)こそがヒョンヒョロなのであり、マーちゃんが持っているのだから

マーちゃんにひょんうさがきょうはく状を送ったのは、そのマーちゃんこそがヒョンヒョロの所有者だからだ。
例えばヒョンヒョロ初版版を要求するならば、ヒョンヒョロ初版版を持っている人に要求するように。
しかし変則ダガヤクソクスルデス。
と言ったように子どものマーちゃんをまきこまないことを約束するでかうさぎ。
もはやヒョンヒョロを渡す機会は失われ、ヒョンヒョロの正体が絶対にわからなくなってしまう。

時間通りにパパが
宝石や札束=石ころと紙クズ、をもってくるがうさぎは激怒。
ヒョンヒョロとは何かと大人たちはきく。

“宇宙最高最大ノ価値アル、アノヒョンヒョロヲ!?
非常識ナ! アマリニモ非常識ナ!!
イーヤ信ジラレナイ!!“
p.237

知っているのに知らない振りして誤魔化したと思ったのだろう。
これが兎側の「常識と非常識」だ。

誘拐ヲ実行スル!!”p.237
    |  ∥        //    “LW”  
 実”      ヽ ∥       //      ノ  
“行        ヽ ∥     // /    .誘    
 ス        ┴┴───くY/     .拐  ..
ル      /  ミ m三三三mlllヽ      ヲ
 !!     /  ;;;ミ( \三三/);;|     
       三三/⌒彡彡 ̄(⌒)⌒三ミ
       / ;;;;;人____人__ノ
       / ;;;;;;|l||||||||||||\レ|lll/;;;)
      /  ;;;;;;\llll⌒Y⌒|llll/;/
Ci^iっ  /       \___)/
 ヽ \┌─────────-、
  ヽ / ○   \Δ /  ○ i \
    |          /     |


ヒョンヒョロ所有しているマーちゃん以外の全員が誘拐されてしまったというおち。


うさぎちゃんをドラえもんで置き換えて読み返してみよう。
ドラえもんが受け入れられたことが最大の謎
だとわかるから。

このうさぎはD4Cの元ネタと言っている人がいる。
D4C(いともたやすく行われるえげつない行為)とは、漫画スティール・ボール・ランの登場人物である、ファニー・ヴァレンタイン大統領の持つスタンド能力である。

ファニー・ヴァレンタイン
http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3
”非常に長いスタンド名なため、作中では「D4C」と呼ばれる。物同士に挟まれる事により無数の別次元に移動する能力を持つ。別次元の物を持ち込む事もできるが、同じ物同士が出会うと破壊されてしまう。人間も同様。例外は大統領のみ。自分自身は例外なのを利用してダメージを受けた時、別次元の無傷の大統領と入れ替わってくる事ができたり、平行世界の自分を基本世界へ連れて来て共同で相手を襲ったりできる

詳しくは『D4C』の項目を参照。

D4C -ラブトレイン-

終盤においてD4Cが大統領の所有する遺体(遺体化したルーシー)の力を得た際のスタンド名。遺体を軸にして空間に次元の狭間が出現し、大統領のみがその次元の狭間に入ることが出来る。次元の隙間にいる限り、大統領に対するあらゆる攻撃が無効化し、この世界の誰かがその攻撃を代わりにくらう。即ち、(大統領にとっての)幸運のみを残し不幸を地球上のどこかに吹き飛ばすというとんでもない能力である。ただし”未知なる回転エネルギー”は例外で、次元の壁を打ち破り対抗することができる。”

http://dic.nicovideo.jp/a/d4c
”そっくりそのままの少しだけ違う世界を行き来できる能力を持ち、移動の際には何かの間(ガラス片や水滴のような液状物でも可)に挟まることが必要である。
また、対象を何かの間に挟むことで、それを別世界へ送ることもできる。

一つの世界に「同じもの」は大統領本人を除いて存在することはできず、同じ者同士が出会ってしまった場合、それらはお互いに細切れのスポンジのように崩れ、消滅を始める。(つまり、別世界から金を持ってきても消滅してしまい、お金持ちにはなれない。)
複数の世界から大統領を複数人連れてくることもできる。

さらに、同じ空間上に隣の世界の出来事を同時に起こす事も出来る。
隣の世界は基本的に基準の世界と同じ運命を辿ることになり(時差は有るが)、大統領本人がその運命に干渉できる。

能力の特性上、たたきつけたり、挟み込んで押しつぶすような攻撃が通用せず(Dioの場合は「手刀で突き刺す」方法で攻撃、実際効果はあった)、大統領を絶命させることができずに別世界へ逃亡を許した場合、別世界の『無傷』の大統領が入れ替わり襲いかかってくることとなる。

なお大統領自身は意識を共有しており、作中ではすでにDioとホット・パンツによって3人は倒されている。しかしそのたびに『別次元の大統領』を連れてくるため、実質不死身も同然である。倒すには新たに『別次元の大統領』をつれてくる前に、大統領を全員殺害するしかない。ただし平行世界移動能力を持つのは基本世界の大統領のみであり、他の次元のD4Cは単純な近距離パワー型スタンドと思われる。

”D4C-ラブトレイン-

【破壊力 - A / スピード - A / 射程距離 - C / 持続力 - A / 精密動作性 - A / 成長性 - C】

聖なる遺体をその身に宿したルーシー・スティールを中心に世界中からルーシーにとって「吉良(きちりょう)」なるものが集まり、反対に「害悪」となるものは遠くへとはじかれていく。
その過程でできたルーシーを中心として放射状にできる空間のすき間をD4Cは移動することができる。
すき間にいる大統領およびD4Cへの攻撃(害悪なるもの)はそのすき間の延長線上にいる誰かに何らかの不幸という形でふりかかり(ヘタをつかまされる)、大統領に敵対する人物が何らかの形で負った傷(これも害悪なるもの)もはじかれてその心臓や頸動脈などに到達する。
これを利用して大統領はすき間から一方的に攻撃を加えることが可能になり、その攻撃によって負った傷はかすり傷でも致命傷となる。
また攻撃を加えたものはすき間からヘタをつかまされた誰かの不幸を目の当たりにすることになる。


言葉狩りについて

いかなる言葉も差別用語にすることができる!
「食べ物」を差別用語にして見せよう
「人間」を差別用語にして見せよう
「差別用語」自体を差別用語にしてみせよう

http://www.nicovideo.jp/watch/sm7521671にあるコメント抜粋(今はあるかわかりません)


俺の持ってる版だと おかしな人→きちがい になってるな

小学館の言葉狩りに酷さは異常

修正前のセリフ「精神病の血統はないんだけどな」

精神病→変な病気、に修正した意図が分からん。精神病は別に差別用語じゃないだろう…“

そう、しらないひとがきいたらきちがいだと思うよ。
きちがい→おかしな人
言葉を変えてごまかしても子ども使いまくってるんですけどきちがいって言葉。むしろ子どものほうがよく使います。
きちがいは異常な言葉狩りをする方だ。作者死んでるのに。


わが子スーパーマン
幼い子どもがスーパーマンの力を持ち、超ささいな悪いことをしたものにも過大な暴力を加えて「正義」を実行する話。
ヒーローもののテレビ番組の悪役の中の人をぶっ殺すのだから、現実と虚構の区別すらできていない。
強大な暴力を誰が持つか、使うかが大事だと痛感。
成長したらどうなるんだろうか。
個人が正義を行う時点で、客観的正義なんてありえないし。


・コロリころげた木の根っ子
谷崎潤一郎『途上』
江戸川乱歩『赤い部屋』
確率殺人
(蓋然性犯罪)
=成功する「かも」しれない殺人(事故・病死・老衰・自然災害・人間以外生物など)

昔のくみ取り式便所はメタンガスが溜まりやすいので、トイレでタバコ吸うと爆発したりする。
サルは致死性の感染症を媒介し得る

などなどを利用するのです。
糞夫作家がすべてを知っていたのならそれはそれで面白いな。ガス抜き工作?

不健康になる方法が書かれているので反面教師として健康になれるかもしれないサイト
http://white.ap.teacup.com/otokotosake/106.html
http://white.ap.teacup.com/otokotosake/107.html


『気楽に殺ろうよ』(小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉2)
気楽に殺ろうよ (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)気楽に殺ろうよ (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)
(1995/07)
藤子・F・不二雄

商品詳細を見る


・ミラクルマン

木関(きせき)
=名前の通り奇跡を起こし、思った出来事を実現できるサラリーマン。
=奇跡↓

マンガ物理学
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AC%E7%89%A9%E7%90%86%E5%AD%A6
“マンガ物理学(マンガぶつりがく、Cartoon physics)とは、アニメーションでは通常の物理法則が、ユーモラスな方向で無視されるという事実を、冗談めかして指す言葉である。
例えば、カートゥーンアニメのキャラクターが走って崖の端を越えてしまっても、しばらくそのキャラクターに重力が作用しない、など。”

“空中、または水面を走ることが出来るケース 仲間が危機に陥っている、あるいは自身が敵に追跡されているなどの理由で忘我状態にある場合に限り、特殊な装備や能力を持たなくとも空中あるいは水面を走ることができる。ただし、本人が空中あるいは水面にいる事に気づくと落下あるいは落水する(ただし、溺れているように手足をばたつかせることで数秒間空中に留まれることもある)。『ドラえもん』の野比のび太や『ルパン三世』に例が見られる。より現実的な例としては、同様のきっかけによって足の悪い少女が歩き出すというものがある。”

VS
郷里(ごうり)
=木関の話を合理的に説明するサラリーマン。
=合理↓

夢の仕組み パノラマ視現象
http://d.hatena.ne.jp/ugon105/20101005/1286291962
“また、夢の中で飛び降りたら現実世界でベッドから落ちた、という経験はないでしょうか。仮説ですが、これは「夢の中で飛び降りたから現実でも身体が動いて落ちた」というより、「ベッドから落ちる"瞬間"に飛び降りる夢を見ている」のではないかと思います。事故の瞬間に走馬灯のように映像が浮かんでくるという現象も同じ原理だと考えます。”

・大予言
 脳はせいぜい少し先の未来までくらいしか考えるようにできていない。現在を最優先するのは当然。

・老雄大いに語る
 オチの後が気になる。

・光陰
時間が早く流れるようになる=状態変化が早まる、とする。
主人公たちの状態変化は早まっていなくても、周囲よりは遅くなっているならば、相対的に主人公たちの周りの時間が早く流れるようになっているので主人公の主張は正しい。

・幸運児
創造主は不平等待遇を採用しているなり。

中ピ連
=“中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合(ちゅうぜつきんしほうに はんたいし ピルかいきんを ようきゅうする じょせいかいほう れんごう)は1970年代前半に活動した戦闘的なウーマンリブ団体。中ピ連の略称で知られた。代表は元薬事評論家の榎美沙子。新左翼のものを模した♀印のついたピンク色のヘルメットと過激な活動内容でマスコミを賑わせ、当時の社会現象となった。”
“1973年10月23日には突如日本家族計画連盟主催の討論会「産児制限を考える」に乱入し、「ピルを解禁せよ」とシュプレヒコールをあげたほか、1975年4月5日には京都市内で開催されていた日本産婦人科学会総会に押しかけ、ピル解禁を政府に勧告するよう要求するなどしている。このほか人工妊娠中絶の制限を主張し国会で優生保護法改正を提案していた自由民主党の参議院議員、玉置和郎と当時その秘書だった村上正邦(後に自民党参議院議員、賄賂で逮捕)に対し、「優生保護法改悪反対運動」等と称し街頭で玉置・村上を四方八方から取り囲んでもみくちゃにしたり、玉置・村上の自宅や参議院議員会館に押しかけたりした[1]。

1^ 玉置・村上の支持団体である
宗教法人、生長の家が妊娠中絶に反対している。”のでこの団体が支持している人が叩かれたりしたそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E7%B5%B6%E7%A6%81%E6%AD%A2%E6%B3%95%E3%81%AB%E5%8F%8D%E5%AF%BE%E3%81%97%E3%83%94%E3%83%AB%E8%A7%A3%E7%A6%81%E3%82%92%E8%A6%81%E6%B1%82%E3%81%99%E3%82%8B%E5%A5%B3%E6%80%A7%E8%A7%A3%E6%94%BE%E9%80%A3%E5%90%88

風の子 ‏@makeanovel·1月17日
間接統治などにマイノリティを使う
RT @kitsuchitsuchi キリスト教とその変形が大衆に八百長を見せている。在日とユダヤは単なるバイト
↓両方ともボスは和風キリスト教

自民党=ワールドメイト+生長の家+神道政治連盟
民主党=ワールドメイト+生長の家+スピリチュアル

和風キリスト教  紅卍字会

スピリチュアル
      ↑

金光教→大本教 → 世界救世教
      ↓  ↓  ↓
      ↓三五教 真光
      ↓ 神道=✝↓
      ↓→ワールドメイト
      ↓
   生長の家
→ 白光真宏会
    ↓
幸福の科学(+ GLA)


knznymmmy‏@knznymmmy
神道修成派の教庁は杉並区松庵。幸福の科学の総合本部が一時杉並区松庵に置かれていた。大川隆法(中川隆)の父で善川三郎(中川忠義)はGLAに籍を置いていたが生長の家に生長の家に池田大作氏も傾倒。生長の家の谷口雅春氏は大本の出身。
大本の聖師出口王仁三郎は御嶽教で免許を授かっている


yamtom/山口智美‏@yamtom·5月27日
日本の右派の歴史に、生長の家が果たした役割も大きいし、日本会議を支えている最大の団体は神社本庁だし。70年代以来、フェミニズムは、とくに妊娠中絶をめぐって、生長の家と闘ってきたともいえるし。


生長の家の現役・過去の幹部・有力信者
http://blogs.yahoo.co.jp/mikaeru0628/38314807.html
”>そもそも「生長の家」なるカルトはいったいだれが入信しているのでしょうか?

確か、竹内まりや・・・。良い歌歌っているのに残念ですね。
選挙パワーだけなら創価学会が最強です。しかし、生長の家の
恐ろしさは、楯の会、一水会、在特会、つくる会、日本会議、
チャンネル桜、頑張れ日本はすべて、生長の家
のカルトであり、
右翼組織という暴力装置を支配しているのが生長の家の特徴の
1つ目であり、2つ目の特徴は、生長の家から、法の華三法行、
幸福の科学、白光真宏会、国際正法協会
といった、問題の
カルトを多数輩出している点、この2つの危険性です。GLAも
実質は、生長の家の講師だった園頭広周が内部に潜入して、
教団をGLAと国際正法協会の2つに割ったことから、生長の家の
影響下です。幸福の科学の教祖である大川隆法は、昔、生長の家と
GLAの2教団に入信しておりました
。これで、分かるでしょ、
生長の家のヤバさが。

~生長の家の現役・過去の幹部・有力信者~

★→生長の家の確実に信者
☆→生長の家の信者疑惑あり

★鈴木邦男
⇒一水会の最高顧問、産経新聞社の元記者

★大川隆法
⇒幸福の科学(カルト宗教)の総裁

★古賀浩靖(改名後:荒地浩靖)
⇒楯の会(三島由紀夫が創設した右翼テロ組織)のメンバー、
生長の家の幹部、生長の家の第2代総裁である谷口清超の娘婿

★小賀正義
⇒楯の会(三島由紀夫が創設した右翼テロ組織)のメンバー

★松浦芳子
⇒楯の会(三島由紀夫が創設した右翼テロ組織)のメンバー、
チャンネル桜の発起人の1人、頑張れ日本(右翼団体)の
事務局長

★高橋史朗
⇒チャンネル桜の発起人の1人、新しい歴史教科書をつくる会の
役員

★伊藤哲夫
⇒日本会議(生長の家{カルト宗教}の傘下の右翼政治結社)の
常任理事

★福永法源
⇒法の華三法行(カルト宗教)の教祖



★園頭広周
⇒国際正法協会(カルト宗教)の教祖、GLA(カルト宗教)の幹部

★五井昌久
⇒白光真宏会(カルト宗教)の教祖

★井脇ノブ子
⇒衆議院議員、小泉チルドレンの1人、中曽根康弘
(内閣総理大臣)の秘書

★衛藤晟一
⇒参議院議員、安倍晋三(内閣総理大臣)の兄貴分

★村上正邦
⇒参議院議員

★竹内まりや
⇒歌手

☆平沼赳夫
⇒日本維新の会の国会議員団代表、たちあがれ日本の発起人、
経済産業大臣、徳川将軍一族

☆稲盛和夫
⇒京セラの創業者、KDDIの創業者、JALの名誉会長

☆リチャード・コシミズ

⇒ただのデブ、バイセクシャル、嘘つき、精神病患者

<おまけ>
え~~と、独立党の東北支部の渡部という男が、
生長の家に入信している可能性が強いと私は思っております。

独立党とチャンネル桜を繋ぐものは生長の家。
311当時、被災した渡部さんは、なんと独立党の天敵であるはずの。
チャンネル桜のインタビューに答えて、
しかもチャンネル桜の「2000人委員会の方」として紹介されておりました。

独立党には生長の家もいっぱいいるということです。(高英の言うとおりだ!)
リチャードもそうじゃね?



チャンネル桜は統一教会ではなく、
生長の家が母体になっているようです。

~チャンネル桜の発起人と役員と番組審査員の名簿~
☆発起人☆
★田形竹尾
誇りある日本をつくる会の会長、日本書道教育学会の参与
★梅沢重雄
日本航空学園の理事長、中国国際商会四川商会国際顧問
中国西部国際博覧会組織委員会国際顧問、JAA財団の会長
★松浦芳子→生長の家系
生長の家の信者、楯の会のメンバー、頑張れ日本!の事務局長
★高橋史朗→生長の家系
生長の家の信者、新しい歴史教科書をつくる会の役員”
”この一水会の鈴木邦男さんが、赤軍派の塩見孝也とかオウム村井を刺した徐さんとか、関東連合の中野ジローさんとかとも仲がいいのです。
(自分のお誕生日パーティーに呼んでるから~~~
w)”

・やすらぎの館
 主人公にやすらぎの館に浸らせて厄介払いしようという作戦だったのかもね。
 大きな家具と巨人症の女性により幼い時代に精神後退させる。ガキ大将を母親役が追っ払うことによりお客の母親役に対する依存度を上げ成功率をあげる。真っ白な空間すなわち周りの小道具を置かないことで想像力により更なる幼児退行を促す。すべての義務から解放されすべてを母親に委ねるやすらぎを味わいつくす

これは逃れられない快楽ですな。箱男みたい。


・定年退食
鳥の鳴き声はするが、鳥の姿がまったくないので食べられてしまったか環境汚染で死んだか他の土地に移住したのだろう。いてもロボット鳥だし。
肥満剤と満腹感剤を使う程切羽詰まっているのになんで畑だらけになっていないんだよ。牛肉作るよりは鶏肉の方が餌に比べて肉が得られる量が多く、イナゴなら更に多い。虫を食うのが盛んになるはずだしするだろう。汚染で虫が死にまくったのかもしれないけど飼育箱で育てればいいし


定員法…非生産者となる定年のことを1次定年(56歳から)とし、国家の扶養を失う事を2次定年(75歳から)=切り捨てとする法律。
楢山節考首相が、定員法の更なる縮小を宣告し、一次定年56歳、二次定年57~72歳となり、主人公への食糧年金医療などすべての国家保障は打切りとなった。

・サンプルAとB
小森麻美作画。元ネタはロミオとジュリエット。
語り手は炭素系生物ではない(人間を炭素系生物と表現しているので)。
・p.117“各個体の外観は まちまちで 体の大部分は繊維質の外皮に包まれている。”
外皮=服。
p.117“上肢に持った金属片を 相手の体の中に挿入”
=剣術


語り手は金属系生物ではないだろう。金属系なら我々の一部などと表現するだろうし。プラズマ生命体かな

・p.118“彼等は二本の下肢の付根を支点とし 重心の移動によって前進する。”

彼等という表現から語り手は個体の区別がついている生命体であり、全員で一個体=群体ではないことがわかる


受光孔(眼)と太陽光で認識。
・大気の振動でコミュニケーションを行う


・p.120“石と木で構築された巣。巣に共生する他の個体 いずれもAグループ。サンプルAと近似点多し。以下A´と呼ぶ。A´´と呼ぶ。台上の物体には かつて生命活動を おこなっていたらしい形跡がある。A、A´、A´´はこれを身体上部の穴へ押しこみはじめた。”

サンプルA=ロミオ。Aグループ(モンタギュー家陣営)

・p.121“彼等は これを摂取 することによって 身体構成素子を増殖し活動のエネルギー源としているらしい。 数時間後 不要物質の排出が見られた。 摂取→排出孔は 曲りくねった長い管で接続されている。 極論すれば この生物のモデルは 一本のチューブで表わし得るわけだ。 その後の観察によって チューブを満たす行為は彼らの日常生活の 主目的となっていることが明らかにされた。”

・p.122“彼等の目的地は Bグループその他の大群生地であった。これは先刻の激しい反発ぶりからみて不可解というほかはない。
群は上肢をつなぎあい律動ある単調な運動をくり返している
。”

手をつないでダンスしている。観察存在には戦いの訓練という概念がないのかもしれない。

・p.124“一つの因子と推定されたのは頭部表面の凹凸である。 他の個体の観察例を集計した結果 凹凸の微妙な差と異変との間に明らかな相関関係が示された。”

美醜=頭部表面の凹凸の微妙な差。
美人=「異変を起しやすい」絵と、不美人=「きわめて起しにくい」絵が描かれている


・p.125“二個は発振孔を接した。前述した通り発振孔は栄養摂取孔をもかねている。 彼等はこのような時にも栄養摂取欲を失わないのである“
キスの起源は口移しかも


・p.126“AはBグループ群生地に引き返しBの静止室に接近した。
註:彼等は 生活単位時間の 三分の一を静止状態で過す。このための区画が静止室だ。”
観察存在に睡眠の概念はないのだろう。
・p.128“静止不足”=睡眠不足。
・p.129“A、B両者が恒常的に近接して存在したい”=結婚したい



・p.130“この儀式には A、B、Xの他に第三者が介在していたようだ。「至高の存在・万能者」などとXは呼んでいた。 そんな高等動物にならぜひ会ってみたいと 手をつくして探査したが ついに発見できなかった。”
儀式=ロミオとジュリエットの内密の結婚式
X=僧ロレンス。
ゴッド=高等動物、ならば探査すれば見つかるはずだという合理的思考


・p.132“鉄片はa´の中に吸いこまれた。 組織が破壊され搬送液がまきちらされた。 a´は生命活動を停止した。 おどろくべきもろさである。 こんどはAがbの生命活動を停止させたのだ。 前出の規制者(Zと呼ぶ)がきた。 ZはAに対し棲息地を遠く移すことを命じた。 A、Bは永遠に離れて存在することを強いられたわけである。”
語り手は人間よりは死ににくいらしい。

・p.133“Bは受光孔から液体を分泌した。この液体は他の個体の思考波に影響を及ぼすものらしい。Yは影響された。”
涙。

p.134“外皮を取り去った両者の体には相違点がある。 他のあらゆるサンプルについても この相違点は認められた。種族の違いか? それとも単なる個体差か? ともあれAとBはその相違点を奇妙な形で利用しあったのである。 この行為は相求める両者の欲求の帰結であったらしい。AもBも深い充足感に満たされた。 相違点の利用は夜中 飽くことなくくり返された。”

相違点利用図=女性器及びその内部の男性器を示す断面図。
交尾しまくったということ。
=有機物質で構成された先が丸い円柱状のものを、同じく有機物質の壁によって構成された蠕動する窪みに挿入する行為の繰り返し。
充足感という概念などから、観察存在は人間に似通っている(そもそもそうしないと人間が理解できない)。

・p.135“朝をむかえ A、Bは大気振動を交わす。 以下はその大意である。
 ちがう あの大気振動は昼行性飛行小型生物によるものではない。あれは夜行性飛行小型生物のものである。
 事実と相違する。遠距離上方を受光せよ。 分裂していく浮遊水滴集団をふちどる朝の光を ただちにこの位置から移動しなければ 生命活動停止あるのみ。
それもよい 光は衛星からのものと仮説する 大気振動は夜行生物のものと仮説する。 Aも移動したくはない。現状の継続こそ望ましいのだ。
いや朝だ あの不快な大気乱振動は昼行生物のもの。時間を消費せず移動せよ。光量が増大してくる。
Aは長距離移動した
。“

ここで中野好夫訳『ロミオとジュリエット』(新潮文庫)の該当箇所が登場する。これは気が狂っていた(虚航船団風)ということはない。
p.135あたりから始まる第三幕 第五場が元ネタ。
p.136”ほら、御覧、あの向うの東の空、別れていく雲の裂目を縁どって、あの意地悪い朝の光を。(中略)往って生命を助かるか、ぐずぐずすれば死があるだけだ。“
観察している存在は昼夜の区別があるところに住んでいるのだろうか。

p.136より観察存在も生命活動停止は一大事であることがわかる。
p.137“恒常的近接生活は 通常 非生命体との間にはおこなわれない。 したがってBは「元生命体貯蔵所」に放置されるはずだ。”
p.138“頭部保護細管”=頭髪


・休日のガンマン
虚構を楽しむコツは俗世間のことを持ちこまないことさ!
このテーマパークってリピーターが少なそうだな。金持ち以外。
現実世界での資金力と立場が反映されるテーマパークなんて願い下げさ!

・分岐点
辿らなかった方の人生の分岐点を辿っても特別良いことなんかないよ。

・換身
藤子先生作品では男は女よりも背が低くて太っているな。

・気楽に殺ろうよ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%97%E6%A5%BD%E3%81%AB%E6%AE%BA%E3%82%8D%E3%81%86%E3%82%88
“価値観の変わったもの[編集]
食欲と性欲
種の保存と繁栄に必要不可欠な性欲は公益的性格を持つが故に罪深いものではなく、むしろ個体の生存にのみ必要不可欠である食欲の方が独善的性格を持ち、罪深く恥ずかしいことである。そのことからすると、性を扱った本や映像記録を持つことは恥じることではない。そのため、子供用の絵本であるはずのシンデレラが結婚したシーンに、王子とシンデレラが性交をしている描写がある。逆に食事中の写真をもつ事は恥であり、またポルノの換わりであるという事になる。ちなみに病院の先生は乱食パーティーの写真や8ミリをコレクションしていた。

平日と休日
月曜日が休日となっていることから、日曜日が平日になっている。

公共交通機関
主人公の知り合いが、切符を値切っている。

殺人
殺人が公認されているのだが、1人殺すためには子供を1人作って権利書を貰う必要があると考えられる


登場人物[編集]
主人公
名字は河口で、名前は不明。突然価値観が違う世界に入り込んでしまう。

主人公の妻。夫がおかしくなったと感じ、病院に行くように勧める。
先生
主人公の担当医。
学生のカップル
体型が父親に似た赤ん坊をゴミ箱に捨てて、新しい子供を作るべく駅のプラットホームで性交しようとしたが、駅員に注意される。
駅員
子供を捨てたカップルに対して、「ちゃんとスペア(次の子供)を作ってから保健所へ電話するのが順序だろ」と注意
をする。


・ウルトラ・スーパー・デラックスマン
USDマンと略される。

【藤子】ウルトラ・スーパー・デラックスマン【短編】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm15927984


ウルトラスーパーデラックスマン
http://www.nicovideo.jp/watch/sm13714659

マンガ物理学
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AC%E7%89%A9%E7%90%86%E5%AD%A6
読書メモ  :  trackback 0   :  comment 0   

永井均の著作三冊:『子どものための哲学対話』・『翔太と猫のインサイトの夏休み』・『私・今・そして神』 

永井均『子どものための哲学対話』

子どものための哲学対話子どものための哲学対話
(1997/07/23)
永井 均、内田 かずひろ 他

商品詳細を見る


子供から〈子供〉までの超難問集。
小学生でも読める。
でもわからないかも。
大人でもね。
いや、大人だからこそかな。
本書は何よりも
〈子供〉のためのものだ。


※引用ページは、文庫になる前(哲学本が文庫になるってすごいと思う)のハードカバー本のものです。

永井均,内田かずひろ 『子どものための哲学対話』講談社,1997

※講談社文庫版発売日 2009/08/12
子どものための哲学対話 (講談社文庫)子どものための哲学対話 (講談社文庫)
(2009/08/12)
永井 均、内田 かずひろ 他

商品詳細を見る



二人の人がそれぞれ一つの穴を掘っている。
Aさんが掘っている穴Aの傍には「ボクは今 世の中のためにあなを掘ってます」と書かれた看板がある。
Aさんは、「ヘイ! どう!? ボクのあな!! かんそうおまちしてまス」
と外の人に言ってます。
一方、
穴Bの側には看板が立っていない。穴Bを掘っているBさんは、外に一切話しかけず、「ああ あなをほるのはたのしいな」と心の中で思いながらニコニコして穴を掘っている。

Aはネクラ
…表面的な明るさや暗さではなく「根」が暗い。外部に意義を求める、他人に認めてもらわなくては満たされない人。それが下品ってこと。

Bはネアカ
いつも自分の中では遊んでいる人。「根」が明るい。なにかの目標のために努力しているときも、なぜかいつもそのこと自体が楽しい人。
根本的に、自分自身で充ち足りていて、意味のあることをしていなくても、他人に認めてもらわなくても、ただ存在しているだけで充ち足りている。
それが上品ってこと



根が明るくて上品な人が、自分の遊びのために他人を酷い目に遭わせることは勿論ある。あまりないが、絶対ないとは言えない。
上品な人は道徳的な善悪なんてあまり重視しないから、けっこう平気で悪いとされていることができる。
逆に、下品な人は、道徳的な善悪を重視しがち。なぜなら、自分の外側にしか、頼るものがないから。
それなら、上品な人があまり悪いことをしないのはなぜか。
将棋で例えよう。
上品な人は、勝つという結果が絶対に大事ではなく、勝とうとしながら将棋をするという「過程自体」が大事だから。それが将棋が遊びになったということ。達成目標第一主義ではないってこと。
だから、インチキをしてでも勝つってことはしない。インチキをしてでもわざと負けることはあるかもしれないけど。
下品な人が上品になったり、上品な人が下品な人になったりすることはもちろんありうる。


第一章 8 こまっている人を助けてはいけない?

ぼく:こまっている人や苦しんでいる人がいたら、やっぱり助けてあげなくちゃいけないよね? 助けてあげるべきだよね?
ペネトレ:いや。こまっている人や苦しんでいる人を、やたらに助けちゃいけないよ。そのときかぎりの単純なこまりかたの場合ならいいよ。たとえばけがをしたとか、さいふを落としたとかね。でも、もっと深くて重い苦しみを味わっている人を助けるには、きみ自身がその人の苦しみとおなじだけ深く重くならなくちゃならないんだ。そんなことは、めったやたらにできることじゃないし、できたとしたら、きみの精神に破壊的な影響を与えることになるんだ。もし、「きみ自身が深くて重い苦しみを味わったことがあるなら、それとおなじ種類の苦しみを味わっている人だけ、きみは救うことができる可能性がある。」そういう場合だけ、相手が助けてもらったことに気がつかないような助けかたができるからね
ぼく:なんだかむずかしいはなしだな。
ペネトレ:そんなにむずかしいはなしじゃないんだけど……。じゃあ、これだけ覚えといてくれよ。自分が深くて重くなったような気分を味わうために、苦しんでいる人を利用してはいけないってこと……。“p.30‐31
※「」内は原文では太字


p.31の三コマ漫画
男の子
「どうしたの!? しょんぼりして…」
女の子(泣いている)
「あした えんそう会なのにワタシのクラリネット
“ド”と“ミ”と“ソ”と“ラ”の音が出なくなったの」
男の子
「ちょうどよかった
ボクは“レ”と“ファ”と“シ”の音が出なくてこまってたとこなんだ
協力してくれないかい」

二人ともクラリネットを楽しそうに演奏しています。
その光景を、ぼくとペネトレがにっこりして見ています。
※“”は原典では傍点

破れ鍋に綴じ蓋。


第一章 10 学校には行かなくてはいけないか?

“ぼく:猫はいいなあ。学校に行かなくてもいんだから。
ペネトレ:どうしてきみは、学校に行かなくちゃいけないんだい?
ぼく:だって、お父さんもお母さんも先生たちも、みんなそう言っているよ。
ペネトレ:世の中のいろんなことにはね。公式の答えというものが用意されているんだ。世の中をこのままちゃんと維持していくためには、どうしてもみんなにそう信じてもらわなくちゃこまるってことなんだよ。そういうものを、すこしも疑わずに信じられる人のほうが、うまく、楽しく生きていけるんだけどね。でも、もしどうしても信じられなかったら、無理はいけないな。
ぼく:信じなくてもいいってこと?
ペネトレ:小さい集団にはその外というものが必ずあるからね。外に出ればいいんだ。どうしても学校になじめなければ、行かなければいい。でも、死なないかぎり、この世の中そのものの外に出ることはできないな。『だから、世の中そのものが持っている公式の答え、世の中が成り立つためにどうしても必要な公式の答えは、受け入れなくちゃならないんだ。』すくなくとも、受け入れたふりをしなくちゃならないんだ。それさえどうしてもいやなら、死ぬほかない。あるいは、殺されるほかはない。
ぼく:殺される?
ペネトレ:たとえば、きみがもし人を殺してはいけないという世の中の常識をどうしても受け入れられなくて、受け入れているふりをすることさえもできないなら、そのことで、きみは殺されることになるかもしれないよ。きみの考えをきみ自身に適用することで、世の中はきみに復讐をするのさ。
ぼく:それって死刑ってこと? じゃあ、死刑は必要なの?
ペネトレ:刑務所の中で生きているのでは、世の中の外に出たことにならないとすればね
。”
p.35-36
※『』内は原典では太字


言葉の意味は必要から変わる

気が置けない
気を許せない、信用できない
気を使わずに、遠慮なくつきあえる


情けは人のためならず
他人に情けをかけることは、情けをかけられたその他人のためにならない
他人に情けをかけることは、情けをかけた自分のためになる。

通用している意味(建前、つまり嘘なので、ほとんどの人が表だって公言する意味)
他人のためという利他主義を根拠にして他人に同情しないことをすすめる。
(四の五の言わずに助けろよ! 
めんどくさがってんじゃねーぞ! 
他人に情けをかけるなって言ってるが、本当は単に他人を助けるのが面倒なだけだろうが!
と言いたい人がいそうですねー
ウルトラマンとかエミヤとか上条さんとかね)


本当の意味(ほとんどの人が表だって公言しない意味)
自分のためという利己主義を根拠にして他人に同情することをすすめる。
他人を助ければ、自分を誰かが助けてくれるから結局、得をする。

本当の(もともとの)意味を隠すように、新たな公共の意味が発明される」。
圧倒的な多数派に支持されたから正しい意味になったのではない。
それが必要だったから圧倒的な多数派に支持されるようになったはず。
もっとも、そのこと自体が、圧倒的な多数派の支持があったあとで、はじめてわかることだ。


元気が出ないときどうすればいいか

気分や感情は無理に抑え込もうとすると心の中でくすぶり続けるから、ただ忘れるのが一番いい。
でも、嫌なことほど、心の中で反復したくなるし、嫌な感情ほど、それに浸りたくなる。その嫌なことを忘れてしまうと、自分にとって何か重大なものが失われてしまう気がしてしまう。
嫌なことは、何かで埋め合わせしたいと思うから

どうしたらいいのか。
不愉快な気分や嫌なことを自分で上手く処理する方法を身につけている人が、本当の意味で大人。
じゃあ、子どもでもできるやりかたは?
ヒントだけ。
1、元気が出ない本当の原因や理由を、一度徹底的に考え直してみる。理由や原因を曖昧にしておいては駄目。できたら紙などに書いてみたり、パソコンでワードなどに打ってみたらいい。対策もかきだす。
すべて考え出したと思ったら、そこで考えるのをやめる。できる対策はこれから実行していくことにして、どうしようもないことは諦める。

2、もうそのことは繰り返して考えないことにする。そして、なんでも良いから他のことに没頭する。別の喜びを見出す。今問題になっていることと関係ない遊びをはじめる。
3、時間が経つのを待つ。時が解決。

原因を考えてわかれば不安も解消されます。
1と2はさまざまな場合に有効。

ある感情が沸き起こって来た原因をよく理解すると、その感情が薄れたり消えたりすることがある。頭でよくよくわかれば、心のもやもやも消える。
いやな奴がいやな奴にならざるをえなかった必然性=原因、がある。

心理学を学ぶのも手ですね。これはこういう法則にもとづいているなー。実例が目の前にあるなー、とか思ってたら、冷静でいられますからね



「強さ」について

一生懸命やっても上手くいかなくってがっかりしたり後悔したりする。
でも、そういうことは結局、そうでしかありえなかった。人為だけではできないことはもちろんある。
そうでしかありえなかったのだから、それでいい。そう、自分に言ってやらないと。くよくよ悩む必要なんてぜんぜんない。
誰かがそう言ってなぐさめてくれれば、安心できるのですがねー。
そう思うなら、あなた自身が、自分で自分がいいと思えずになやんでいる人に向かって、そう言ってやればいい。いや、ただ言ってやるだけじゃなくて、本気でそう思えるようになればなおいいね。
あのありかた、そのままでいいんだってね。
あなたがそう心から思えるってことが、その人にとってものすごく力になると思うよ。
誰かがぼく自身にも言ってくれるかな。
誰も言ってくれないさ。他人からそんなこと期待しても駄目だよ。
自分の場合は、自分自身で「これでいいんだ」って思わないと。
ほんとうにそれができることが「強い」ってこと。
でも、
たとえきみがそこまで強くなれなかったとしても、ひとにそう言うことなら、簡単にできる。
言うだけじゃなく、本気でそう信じることだってね


人はみな、肯定を望んでいる。
何かを失っても、その人自体はありのままにそのままです。


第2章  6 友だちは必要か?

“(前略)
いまの人間たちは、なにかまちがったことを、みんなで信じこみあっているような気がするよ。それが、いまの世の中を成り立たせるために必要な、公式の答え(…)なんだろうけどね。でも、その公式の答えは受け入れないこともできるものだってことを、わすれちゃいけないよ
ぼく:猫のことは知らないけど、人間は、自分のことをほんとうにわかってくれる人がいなくては、生きていけないものなんだよ
ペネトレ:そんなことはないさ。そんな人はいなくたって生きていけるさ。それが人間が本来持っていた強さじゃないかな。ひとから理解されたり、認められたり、必要とされたりすることが、いちばんたいせつなことだっていうのは、いまの人間たちが共通に信じこまされている、まちがった信仰なんだ
ぼく:そんなことを言ったのはペネトレだけだよ。
ペネトレ:『人間は自分のことをわかってくれる人なんかいなくても生きていけるってことこそが、人間が学ぶべき、なによりたいせつなことなんだ。』
そして、友情って、本来、友だちなんかいなくても生きていける人たちのあいだにしか、成り立たないものなんじゃないかな?
ぼく:そんなはなしは、はじめて聞いたよ。“
p.62-63 ※『』内は原典では太字


友だちの基準ってなんだろう?
知り合いとの違いは?


いやなことをしなければいけないとき
1、そのことが正当なこと、すべきことであることを自分に言い聞かせる。
それが終わったら
2、じゃあやろうかな、と思って、ちょっと待っている。力を抜いて。そうすると、すーっと、ふと、やれるときがくる。
その時が来るのをただ待つ。大切なのは、不図=意図なしに、やってみること。
なれてくれば、人生全体をふと生きることができるようになってくる。
そして、人生全体から小さな作為をすこしずつ取り去っていく。そうすると最後には、いやなことなんて、なくなっちゃうさ。

勉強や仕事などいろいろ
まずやりはじめてみる。なにかをやりとげようとしないで、ただやりはじめる。はじめるだけでいいって考える。
ふと続けていく。
やめかたのコツは、なんとなく調子が出てきて、もっと続けたいと思うところでやめる。
一区切りついたところでやめると、あとでまた続けるのに力が必要なので、わざと区切りをつけずに持続力を残しておく。


勉強は、人生を遊ぶためにする。
将来遊ぶより、いま遊んだほうがいいいのでは?
ちゃんとした人=自分の未来のために自分の現在を犠牲にできる人
どうしようもないやつ=自分の現在のために自分の未来を犠牲にしちゃう人。

善人=他人のために自分を犠牲にできる。
悪人=自分の為に他人を犠牲にしてしまう
善人や悪人になれるのは、ちゃんとした人だけ。

どうしようもないやつは、ちゃんとした悪人にさえなれない。

善でも悪でもなく中立な人はどんな人なんだろう?

ネクラや下品な人がちゃんとした人になるためには、なにか人生全体に対する「理想」のようなものが必要。そういうものをどっかから借りてきて、その理想の観点から見て、いまやってることに意味があると自分に言い聞かせなければならない。
ネアカや上品な人は、そんな理想は不必要で、未来の遊びのための準備それ自体を現在の遊びにしてしまう。他人のための奉仕を、自分の娯楽にしてしまう



うまく眠るこつ

人間がするたくさんのことのうちには、自力で絶対に実現できないことがある。眠ろうとすることはできても、あとは待つしかない。
自分で何かをやろうとしたらかえって妨げになる。
眠れなくていいんだと信じこまないと。
眠る時にだけ使えるいいやりかたを紹介。
眠るとは、別の世界に入ること。起きている時の世界を忘れること。ただ忘れることは、ただ待つことよりも難しい。
だから逆に、眠ってから入る世界のほうをあらかじめ自分で作ってしまうほうが簡単。夢の世界を勝手に作ってその世界の中で生きている気になっちゃうのさ。それが完璧に成功したときあなたはもう眠っている

羊を数えても効果ないよ。英語だとsheepがsleepを連想させるけど日本語じゃあ無理だから。


青い鳥はいつ青くなったのか?(1)

“答えはね、「あとから青く変わった」でもなければ、「もともと青かった」でもなくて、『「<もともと青かった>ってことにあとから変わった」』
なんだ。”
p.83 ※『』内は原典では太字

×青くない→青
×青→青
○「どっちか不明」だけど青かったことにしとこう→(今も)青(だということにした


ものは見えるからあるのか、あるから見えるのか?
“物はたんに「見えるから存在する」のでもなければ、たんに「存在するから見える」のでもなくて、『「<存在するから見える>というように見える」』ってことになるんじゃないかな
?”
p.86 ※『』内は原典では太字

×見える=原因→存在する=結果
×存在する=原因→見える=結果
○「どっちが原因で結果か不明」

泣くから泣き虫なのか、泣き虫だから泣くのか?

“たんに「しょっちゅう泣くから泣き虫」なのでもなければ、たんに「泣き虫だからしょっちゅう泣く」のでもなくて、『「しょっちゅう泣くから<泣き虫だからしょっちゅう泣く>」』ってことなんでしょ
?”
p.89 ※『』内は原典では太字


自殺に成功すると、「あいつは自殺したかった」と判断される。
自殺に失敗すると、「あいつは“本当は”死にたくなかった」と判断される。
“本当は”は本人のみぞ知る


天才だとか、成功したのは努力が報われただとか当て嵌まる例はいろいろありそうです



青い鳥はいつ青くなったのか?(2)

 “(前略)
ペネトレ:たとえば、人にうまくだまされたりして自分は幸福だと思いこんでいた人が、だまされていたことに気づいたとき、そのとき不幸になるんじゃなくて、もともとほんとうは不幸だったって思うようになるだろう? つまり、たんに「気づいたときに不幸になった」わけでもなければ、たんに「もともと不幸だった」わけでもなくて、「気づいたときに<もともと不幸だった>ことになった」ってわけだ。「青い鳥」の場合はどうだろう?
ぼく:そうか、「青い鳥」の場合はその逆なんだ! 『子どもたちは、そのとき幸福になったわけでも、もともと幸福だったわけでもなくて、そのとき<もともと幸福だった>ってことになったわけだ。』”
ペネトレ:だから、幸福だと思ってはいなくても、ほんとうは幸福だったってことは、ありうることになるね
ぼく:ほんとうは幸福だったってあとから思うってことが、でしょ? それって、ほんとうに、ほんとうは幸福だったってことなのかな?“p.92‐93
※『』内は、原典では太字

人生体験マシンで幸福な人生を体験している人は、幸福なはずです。なぜなら、その中にいる人は「外」なんてものは認識できませんから。
しかし、人生体験マシン内の「私」と人生体験マシンを使用している「私」は違う存在なのでは?


クジラは魚である!

“ペネトレ:クジラは魚のように見えるけど、ほんとうは哺乳類で、魚じゃないってはなし、聞いたことある?
ぼく:もちろんあるよ。クジラは、魚のようにえらでじゃなくて肺で呼吸するし、魚のように卵の形で子どもを産むんじゃなくて、クジラの形で産むんだよ。それで、産まれてきた子どもは水中で母乳を飲んで育つんだ。だから、クジラは魚のように見えるけど、ほんとうは哺乳類で、魚類じゃないんだよね?
(…)
ペネトレ:つまり、『そういう点ではクジラはどうしても哺乳類のように思えちゃうけど、肝心な外形や生活環境が魚みたいだから、ほんとうは魚なんだ』って言ったら?”
ぼく:なんで外形や生活環境のほうが肝心なのさ?
ペネトレ:そんなら、なんで内部のしくみのほうが肝心なのさ?
ぼく:だって外形のほうがだいじなら、ほんものと見分けがつかないようなにせもののダイヤモンドは、ほんもののダイヤモンドだ、ってことになっちゃうよ!
ペネトレ:そうなんじゃない? とくに宝石なんて、見かけの美しさこそがいちばん肝心なんだから。内部構造はぜんぜんちがうけど、いちばん肝心な見かけがおなじだから、『ほんとうは』ダイヤモンドなんだ、って言えると思うよ
ぼく:そんなの、なんかおかしいよ。
ペネトレ:それはきみが科学に洗脳されているからだよ。科学っていうよりもっと根本的な、ある種のものの見かたにだな。見かけや外形の奥にかくれているものこそが、その物のほんとうの姿である、っていうような
ぼく:そうじゃないの?
ペネトレ:それは、ひょっとしたら、奥にあるものを知っている人が知らない人たちに対して権力を持つために作り出した作り話だったんじゃないかな? みんな、うまくだまされちゃったのかもしれないよ
ぼく:まさか!
ペネトレ:でも、分類のしかたによってはクジラは魚でもあることは、たしかなことだよ。外形や生活環境よりも内部のしくみを重視するって前提があってはじめて、クジラはほんとうは魚じゃないなんて言えるんだ。じゃあ、なぜ内部のしくみのほうを重視するのかっていえば、それはぼくらがそういう文化の中に生きているから、としかいいようがないんだよ。いつか人間たちが、クジラはやっぱり『ほんとうは』魚だったって思うようになる日がくるかもしれないんだ。“
p.94‐97 ※『』内は原典では太字


科学は、構造や構成要素や因果関係を解析するのが目的ですから、ものの内部が本質だと考えますからね。
むしろクジラが哺乳類ってことは、「教えられなければわからない」ので、
人間の自然な感覚からしたら不自然で、魚だという認識の方が自然でしょう

その教える側の教師や教科書だって、クリスチャンで白人の銀行家(金の支配者)と銀行家を手先として使っている王侯貴族たちが都合よく決めるのですから。

あとダイヤモンドの話ですが、違いが分かる人が存在しなければ、本物も贋物もありませんから。
目利きがいなけりゃみーんなモノホンってこった。
厳密にはな、パチモン・ホンモン自体が成立せーへんねんけどな
。ナンセンスや。

8 地球は丸くない!

ぼく:地球が丸いってことも、太陽のまわりをまわっているってことも、『発明された』の? 
ペネトレ:そうさ。でも、地球は丸いのに、どうした下のほうにいる人が落ちちゃわないんだと思う?
ぼく:そりゃあ、引力があるからじゃん!
ペネトレ:でも、引力って引っぱる力だろ? そんなものがあるんなら、もっと地面に引っぱられているような感じがするはずじゃないかな? どうして引っぱられて、はりついているような感じがしないんだろうね?
ぼく:たしかに、そんな感じはしないけど……。
ペネトレ:だから、ほんとうは、ぼくらは引っぱられてなんかいないんじゃないかな? 『引っぱられるっていうのは、この地面の上にいて、ひとに腕を引っぱられたりするときの、あの感じについてだけ、言えることなんじゃないかな?』
ぼく:じゃあ、引力はないって言うの?
ペネトレ:引力がないだけじゃなくて、地球が丸いっていうのも、ちょっとあやしいな。
ぼく:どうしてさ!?
ペネトレ:丸いっていうのは、この地面の上にある、スイカとかボールとかについてだけ、言えることなんじゃないかな?この地面が球体であるって考えたとたんに、ぼくらは地球というものを、この地面のことじゃなくて、この地面の上のほうにある巨大なボールのようなものだと考えてしまっているんじゃないかな?その証拠に、地球は丸いのに下のほうにいる人が落ちないのは引力があるからだ、なんて考えてしまうだろう
ぼく:どこがいけないのさ?
ペネトレ:地球には「下のほう」なんてないはずだからだよ。でも、ぼくらは上下のある絵しか描けない。できるって言うんなら、上下のない地球の絵を描いてごらんよ。世界地図だって、地球儀だって、星座早見盤だって、必ず上下がある。それはつまり、地面の上に乗っているってことだよ。だから、ぼくらが住んでいるとされる地球という名前の惑星をふくめて、ほんとうは、すべてのものが、この地面の上にあるんじゃないかな?
ぼく:ペネトレ、それ本気で言ってるの?!!!”p.100‐102
※『』内は原典では太字

物理法則という客観的だとみなされている(この法則の観測は主観的になされる)のですが、結局のところ、人間の肉体的制約や生活様式の前提に縛られます。
肉体的制約とは、左右対称、上下非対称などで、
生活様式の前提とは、重力下で生活(頭は上、足は下)などです。
地球上にいる時、われわれにとっての地球とは地面のことであり、そこから逃れられないのです。
仮に、人間の体が完全な球体だとすれば、文字は左から右へだとか、その逆だとか、縦書きだとか、横書きだとか、という概念が生まれるか?
などなどさまざまな思考実験ができますな。

森博嗣『笑わない数学者MATHEMATICAL GOODBYE』文庫版
にある鏡に映ると左右は入れ替わるが、上下や前後は逆にならない理由↓

鏡に映った像は、左右が反対になりますね。どうして、上下や前後は逆にならないで、左右だけ入れ替わるのか、刑事さん、答えられますか?」(…)
「定義の問題です。左右だけが、定義が絶対的でないからです。上下の定義は空と地面、あるいは、人間なら頭と足で定義されます。前後も、顔と背中で定義できます。では、左右はどうでしょう?左右の定義は、上下と前後が定まったときに初めて決まるのです。人間の体型が左右対称ですし、歩いたりするときも横には動きません。上下と前後の定義が独立していて、絶対的なものであるのに対して、左と右の定義は相対的です。この定義のために、鏡で左と右が入れ替わるんですよ
「待って下さい(…)鏡の映像に……、そんな、人間の考えた定義が関係するのですか?あれは物理現象であって、人間の言葉には関係がないと思いますが……」
「いいえ、我々は、ものを定義して、それを基準に観察するんですよ
(…)僕たちに、顔がなかったとしましょう。そのかわりに、片手だけが大きくて、バルタン星人のようにハサミがついているとします……。この場合……、ハサミのある大きな手が、右と定義される。顔がないから、前後の定義が相対的なものになります。つまり、上下と左右が定まって、初めて前後が決まることになります。この顔なしバルタン星人が、鏡を見たら、前後が逆になりますよ。良いですか?ハサミの方の片手を挙げて、鏡を見てみましょう。鏡の中の自分も、やっぱりハサミの手を挙げているでしょう?つまり、左右は入れ替わっていない
(…)
「それでは……、こういう説明ではどうでしょう。右と前、左と後ろ、この言葉を入れ替えて使う国があったとしましょう。その国では、右という言葉は前のことです。左という言葉は後ろのことです。顔がある方が右、背中が左です。さて、この国では、鏡を見て、左右が入れ替わるでしょうか?」“p.433‐435


ぼくが生まれるために必要なこと(2)

 “ペネトレ:まだ人間のいない世界を考えてみよう。そこで神さまが五人の人間を作るとする。もちろん、それぞれ顔かたちも性格もすべてちがう五人だよ。さて、そのとき、ただたんに五人のちがう人間が作られるだけじゃなくて、その五人のうちに自分というものがふくまれているためには、神さまは、それぞれ個性を持った五個の肉体と精神を作る以外に、なにをしてくれればいいのだろう?
ぼく:自分って、このぼくってこと?
ペネトレ:そうだよ。でも、その世界には、まだ、きみというものは一度もあらわれたことはないんだ。そのとき、神さまがいまのきみのような肉体と精神を作ったとしても、そいつがきみになるかどうかはわからない。どれかひとりがきみであるためには、なにが必要だろう? 神さまは、なにをしてくれればいいんだろう?
ぼく:五人のうちのひとりがぼくであるためには、神さまが五人に、それぞれちがった肉体と精神を与えるだけじゃ、足りないね。それだけじゃ、五人がそれぞれみんな平等に、それぞれの個性を持ったそれぞれの自分である、ってことにしかならないからな。その中のひとりだけが、ぼくであるという特別のありかたをするためには、肉体や精神のもつ個性とはちがったなにかが必要だな
ペネトレ:しかし……、そのなにかを与える能力が、神さまにあるだろうか?全能の神でも、その能力だけはないんじゃないだろうか?
ぼく:どうして?
ペネトレ:もし、「その五人のうちのひとりがなぜかたまたま自分だったとしても、そんなことはなかったとしても、神さまには、そのちがいを見分けることができない」からだよ。だって、その二つの世界は、五人のうちに自分というものがふくまれているかいないかという点以外は、まったくおなじ世界なんだから
ぼく:見分けることができないんだから、作りわけることもできないってこと?
ペネトレ:神さまにできることは、さまざまな心や体を持ったさまざまな人間を作ることだけなんだ
ぼく:その中にぼくがいるかどうかは、神さまにとっては、なんのちがいもないのか……。つまり、神さまは、ぼくが存在していることを知らないんだ。だから、神さまは、ぼくのような人間を作ることはできても、ぼくというものを作ることはできないのか……。”p.110‐113
※「」内は原典では太字

宗教における死後の世界を「生きている」人間にわかるはずがない。
全部嘘っぱち。
あるいは錯覚


“ぼく:夢の中では夢の外のことを考えられない?
ペネトレ:夢の中で、自分はいまふとんの中で眠っていて、夢を見ているだけだ、と思ったとしても、そういう夢を見ているだけのことだろう?夢の外のことを考えたことにならないだろ。それとおなじように、きみが中心にいるこの世界の中で、きみ自身が消滅することを、どんなに考えようとしても、それはどうしても、この世界の中で起こるひとつの出来事になっちゃうんだよ。それから、夢なら、逆に、さめてからその夢の中のことを覚えているから、夢の外からその夢について考えることはできるんだけど、人生の場合はそれもできない。死んでから生きていたときのことを覚えていることはできないからね。だから、人生は、さめたときにはけっして覚えていられない夢みたいなものさ
ぼく:死後の世界はないの?
ペネトレ:だから、考えることができるきみの死後の世界というのは、すべて錯覚なんだ。そういう意味で、死後の世界というものはありえないんだよ。死ぬっていうのは、すべてが終わることなんだ。それなのに、生きているうちは、そういうすべての終わりであるような死について考えられないから、だから、そういう錯覚が起こるんだよ
ぼく:死ねばすべてが終わるのか……。
ペネトレ:世の中がきみに与えることができるいちばん重い罰は死刑だね? 死刑以上の重罰はないだろ? ということはつまり、世の中は、死ぬつもりならなにをしてもいいって、暗に認めているってことなんだよ。「認めざるをえない」のさ。“
p.116‐117
※「」内は原典では太字

死を恐れない存在ほど怖いものはない。
目的しかないから。
未来を対価にして現在における強さを手に入れる。


翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題へのいざない (ちくま学芸文庫)翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題へのいざない (ちくま学芸文庫)
(2007/08)
永井 均

商品詳細を見る


“精神病院で自分はナポレオンだと信じてる患者がいた。
あるとき、医師が
「なぜキミは自分がナポレオンだと主張するんだ」
と訊くと、その患者は、
「神様がおまえはナポレオンだと言った」
と答えた。
すると、すぐそばにいたべつの患者が怒った顔でこう言った。
「おれはそんなことを言った覚えはない!」
” http://koee.net/1096

永井均『翔太と猫のインサイトの夏休み――哲学的諸問題へのいざない』を参考にして、
主に言語を学べる条件について考える。

実は、『ロボット』とか『人間』とか『黒』とか『痛み』などの言葉の意味を習得しつつある子供には、人間がロボットに見えるとか、黒が白く見えるとか、痛みが眠気に感じられるとかを主張する権利はない。
意味が固定=基準が決定、された後にはじめて事実に関する極端な主張ができるようになるのであって、意味を学びつつある段階では、誰もが凡人。
なぜなら、
人間=ロボット、だと認識している人が、
人間がロボットに見える=人間とロボットは一般的には別物である、と言えるはずはないから


子供のころから汚水をきれいだと感じて、浄水をきたないと感じる人がいたとすると、その人は『きれい』や『きたない』の言葉の意味を学べない。
なぜなら、私たちは言葉の意味を「実例を通じて学ぶので、最初から多数と判断が一致していないと、そもそも意味を学ぶことはできない」から。
つまり、感じていること、考えていることなどが同じ(あるいは「ほぼ」同じ)だという前提のもとで、はじめて意味を教えたり学んだりすることが可能
になる。

例えば、日本語が母国語の人が、マレー語をまったく知らずにマレーシアに行ったとしても、その人は少しずつわかるようになっていくだろう。
なぜなら、なんとなくわかることがあるから。
自分を指差して何かを言ったら自己紹介をしているのだろう、
自分以外を指差して何かを言ったら指差されたものについて何か言っているのだろう、といったことなどだ。

ではなぜ、「何かを指差して何かを言ったら、その言った内容は指差したものに関係しているはずだ」って思うのか?
まさにそこがキモ。
要は、相手がこちらが予想できることをしてくれないと、相手の言葉は絶対に学べないということだ
そうでないと、相手の話している内容を推測して、自分の言葉(おそらく母国語)にあてはめて理解し学んでいくことはできない。

他にも言語を学ぶ前提はある。
相手が言っていることの意味がわかるようになっていくためには、相手が、(こちら側の基準で)まともでありふれた存在でないといけない。
そうでないと予想すらつかない。
相手がほとんど正しいことを言っていると前提しないとどうしようもない。
皆が真理を語るとは限らないが、相手がこちらの観点から見てたいていは真理を語っている、理のあることを、整合性があることを言っていると前提することが、理解の前提


つまりは、自分とぜんぜん違う言葉が喋っている人が、「汚水はきれいだけど、浄水はきたない」って意味のことを言うことは「ありえない」ってこと。
それが意味理解の前提なので、ひょっとしたらほんとうはそう思っているかもしれないってことすらない。

相手が自分と同じ信念を持ち、自分が真実とみなすものを真実だとみなす、といった言語以前の形式--人間は言語は違っても、重力下で生き、表皮は固体で、左右対称で、生存のためにはエネルギー摂取が必要で、挨拶し、自己紹介し、などなどといった共通項--
を少なく或る程度はもっていると前提しないと、意味の理解ははじまらないってこと。

いや、この「言語以前の形式」以前の形式、
つまり、カントのカテゴリーなどのものさえ共有できていればまだ理解は可能かもしれない。

感性(感覚みたいなもの)的に見出される経験における一般性を支えるのが「悟性」(知性と訳すことあり)である。
悟性的な理解とは、それが何であるかを把握する能力である。
五感で感覚される対象が一般的に何かであることは悟性によって規定される。
悟性固有の形式が、純粋悟性概念=カテゴリー↓

カントのカテゴリー
 ※悟性…感性が与えてくれた対象を、カテゴリー(質、量、関係、様態など)に基づいて判断。

①分量
(すべてのものか、
特殊なものか、
それともこのひとつか)

②性質
(これは~である、といえるものか、
これは~でない、といえるものか、
これは非~である、といえるものか)

③他のものとの関係
(いついかなる場合であってもこれは~である、といえるのか、
もし…なら、~である、という条件付きのものか、
これは~か…のどちらかである、といえるのか)

④様相(物事のありよう)
(~であるだろう、といえるのか、
~である、といえるのか、
かならず~でなければならないといえるのか)

別の表現だと
1. 量(単一性、多数性、全体性)
2. 質(実在性、否定性、限界性)
3. 関係(実体性、因果性、相互性)
4. 様態(可能性、現実存在、必然性)


[アリストテレスの10のカテゴリー(範疇)

1実体
主語が何であるか

2量
主語がどれほどの量であるか

3質
主語がどのような質であるか

4関係
主語が他のものとどのような関係にあるか

5場所
主語がどのような場所にあるか

6時
主語がいつあるか

7状況
主語がどのような状況にあるか

8状態(所有)
主語が(物との関係で)どのような状態にあるか

9能動
主語が他のものに対してなにをしているか

10受動
主語が他のものから何を被っているか]

カテゴリーは認識のフィルターのようなもので、カテゴリーに引っかからなければ認識されないので、カテゴリーを外れたものは存在しないとみなされる

言語の話に戻す。
相手が人以外でも同様。
何やらよくわからない異世界あるいは宇宙空間からやって来たらしきものが、どうやら言葉を話しているようなのだが、何を言っているのか意味がさっぱりわからない存在がいたとする。
では、その存在が言語(らしきもの)を話していると仮定して、そいつの言っていることを推測していくにはどうしたらいいのか。
外国語学習とまったく同じく、私たち基準で合理的に行動していると解釈する場合にしか、彼らが言語を持っているとか、何か考えているとか、みなすことはできない。
人間以外の動物や植物なども同様。

よって
言葉は持っていて私たち人間にもその意味もわかるけど、私たち人間と(言語が成立する前提的な意味で)まったく違う考え方をしているものなんて「いない」。
いるかもしれないが私たち人間には決してわからない、なんてことに意味は与えられない。
そして、意味が理解できるようになってはじめて、相手の間違いやこちらの誤解がわかるようになる。
考えや理解の違いを確認するためには、相手がほとんど言葉の意味を間違えず、相手が今まで従ってきた意味体系と同じ体系に従っていると前提しないと成り立たないからだ。

話すたびにまったく違う意味体系に従って喋っていて、なおかつその場にまったく関係ないことしか喋らない存在の言語なんて学びようがないってことです。せいぜい、わめいている、と認識されるのがおちでしょう


言葉の意味がわかるようになる場合
①相手がまともで言葉が違うだけのとき
②相手の気が狂っているが、正しく日本語(一例)を使っているとき

言葉の意味がわかるようにならない場合
(その人が何を信じているかもわからない)
①相手の気が狂っていて、しかも間違った日本語(一例)を使っているとき。
②相手の気が狂っていて、しかも私たちの知らない言葉を使っているとき。


冒頭の引用のような精神病的妄想を持っている人に対して、精神科医やカウンセラーは、普通、相手が言葉の意味自体は誤解していないって前提で接するらしい。
私はナポレオンだ。神がそう言った。
と言ったら、「その人はそういう妄想を持っている」と考える。
言葉自体は受け入れる。
ナポレオンが実は「敵前逃亡の一兵卒」だったり、神が実は「人間」だという可能性は、相手に質問して肯定しない限り、あの有名なナポレオンとみなす。
そうしないと、話が成り立たない。


今度は、「色」という概念が存在しない(必要としない)宇宙生命体(生命体の定義も実に曖昧だがここでは議論しない)を仮定する。
私たちがとらえる世界では、物の種類とその色とは対応していない。
しかしもし、物の種類と色が完全に対応している、例えばカラスは絶対に赤いといった風に、と彼らが認識していたら、彼らに「色」なんて概念は存在しない

また、例えば三角形は絶対に青いと認識していれば、やはり「色」の概念は存在しない。
「形」と「色」が一体となっているとも言える。
つまり、「形」と「色」が一体となった概念が誕生しているはずだ


我々から見れば、認識の一部が欠けているとみなされる。
が、先に行ったカテゴリーを少なくともある程度は共有していれば、宇宙生命体の言語も学べるのである。

カテゴリーのことを相手に伝えればいいのではないのか。
と言いたい人がいそうである。
カテゴリーは頭の中や心の中にあるものではなく、言葉を使って「実際に活動しているその活動の中に“示されている”形式」。
活動中に意識するなんてありえない。意識しようがない。

絵がどんなものかは言語で伝えられない。
「とにかく見て!」と言って見てもらわないといけない。
見ないとだめだから「示す」しかないように。言葉の限界を示す。
カテゴリー「について言葉で言う」のではなく、
カテゴリー「に従って
『赤いリンゴ五つ!』と言う」。
そうすると、
果物屋は、
「まず」『リンゴ』という「実体」のある場所へ行って、
「次に」『赤い』(性質)のを、
「最後に」『五つ』(個数)選ぶ。
この順序は変えられない。
まず個数から初めて、次に性質、最後に実体(=個数や性質の前提)
なんてことは、カテゴリーの中で生きる人間には想像すらできない。
果物屋のこの「必然的な行動形式の中にカテゴリーが示されている
」。

そしてこの「カテゴリーに背後はない」。
カテゴリーは動物の必要からできたってことはありえない。
なぜなら、動物とか生物といったとらえる枠組み自体がすでにカテゴリーに依存しているから。
因果関係が逆。
原因と結果を入れ替えてはいけない。
「まず」カテゴリー「によって」ものごとがとらえられ、「そこからすべてがはじまる」。

神や宇宙生命体の姿をイメージすると、思わず人型になってしまうのは当然だということ。人間の思考形態に当てはめないと思考すらできないから。
カテゴリーを外れた宇宙存在とは交流不可。
正確には、存在自体を認識しないから交流以前の問題
である。

このような日常の大前提について徹底的に考えたウィトゲンシュタインが偉大なのは、
「意図的にするはずがないことを意図的にする」
という、いと面白き意図を持って哲学し、哲学史に
「無意識的に意識的になるような」不思議で奇跡な書物を残したからである。

青山拓央『新版 タイムトラベルの哲学』ちくま文庫、2011
p.261における、永井均による本書の解説(本書をヒントにした永井独自の哲学小論)
“ともあれ私は、このような考え方を、というかこのように考えていくやり方そのものを、(二人ともこんな考えは自分とは関係ないと言うであろうが)『純粋理性批判』のカントと本書の青山拓央から学んだ。本書を書いた時点で青山は哲学を学び始めたばかりの学生にすぎなかった。そんな素人の議論と哲学史上最大の古典を並べるのを可笑しく思う人がいるかもしれないが、それは違う。哲学界で慣習的に受け入れられている思考法に依存せずに、自ら手探りでゼロから哲学をするやり方そのものを直に学べるのは、素人と古典からだけであるからだ(言い換えれば哲学の古典はどれも素人の書いた書物である)。だが、素人なら誰でもいいわけではもちろんない。いったい本書の何がこれに類例のないほどの啓発力を与えているのか、それは各人が自らの探究と摺り合わせて確認していただくほかはない。”


永井均『私・今・そして神』

私・今・そして神 開闢の哲学 (講談社現代新書)私・今・そして神 開闢の哲学 (講談社現代新書)
(2004/10/19)
永井 均

商品詳細を見る


『私・今・そして神――開闢の哲学』(講談社現代新書、2004年


“私は、私を叱った先生よりも、私の発言を支持した生徒たちから、理解されなさを強く感じたのを覚えている。
哲学的疑問は理解されない。哲学はつねに無力であり、力があるのは科学や常識や思想である。授業科目や学問領域としての哲学の問題は理解できても、実際に哲学的疑問をなまで感じる人は驚くほど少ない。表明してみても、ほとんど理解されない。理解しているつもりの人も、実際にはぜんぜんちがう意味に取っていることが多い。
 そういう体験を重ねて、私は哲学的疑問をみだりに口にするのはやめた。それは慎みを欠く行為である。いまではその理由もよくわかる。学問領域としての哲学の世界に足を踏み入れてからは、ふだんはみんなと口裏を合わせて、なんとなく適当なことを言っておいて、本当に言いたいことは自分の哲学としてだけ語ることにした。
 もちろん、哲学の世界といえども、中学校と同じで、そこで通用している一般的常識は、これまた驚くほど疑われない。そこにもまた、あの理科の先生のような人たちと、あの生徒たちのような人たちがいる。それは当然のことである。なぜなら、私自身も他者に対しては、そのように振る舞うことにしたのだから。
この本で書いたようなことは、実際の人生の中で口にされることはまずない。そんなことを言うのは、つねに的はずれだろうから。幸か不幸か、私が言いたいと思うことは、なぜかこの種のことが多いのだ。”p.4-5

“音楽を例に取ろう。日々音楽を聴くことを糧として人生を過ごしており、たとえばリパッティの演奏するショパンのワルツやルプーの演奏するシューベルトの即興曲やグリュミオーの演奏するヘンデルのソナタから、えもいわれぬほど大切な何かを聴き取る感性は持つが、しかし楽譜ひとつ読めず練習曲ひとつひけない人と、日々スケール練習に余念がなく、たとえばリストなりパガニーニなりを高速で正確にひけるが、しかし人生の中で音楽を聴く歓びを味わったことのない人、この二者を比較してもらいたい。音楽の本当の意味と価値を知っているのはどちらだろうか。
 この二者の比較であるかぎり、前者の人であることは疑う余地がない、と思う。この比喩によって私は、俗に「ついて論文」といわれる(典型は「○○期××の『△△』の概念について」)研究論文を書くことを主要な仕事としている「哲学」学者を馬鹿にしてはいけない、と言いたいのである。彼らは哲学をそのもの〔原文ママ〕を自分でやってはいない、としばしば言われる。たしかにそうかもしれないが、その彼らこそが哲学の本当の意味を理解している可能性は十分にある。逆に、出来合いの哲学練習問題集に収められている「哲学問題」をどんなにスマートに解くことができても、それはじつはちっとも哲学ではない可能性はきわめて高い。たいへんに頭がよく、とてもよく勉強もしているが、少しも哲学が感じられない(先ほどの比喩でいえば音大生の技巧誇示のような)読むからに寒々しい「哲学論文」を書く人は――私の印象では最近とくに――多い。
 とはいえ、「ついて論文」派と「練習問題」派への分裂は、哲学を殺してしまうように私には思われる。それはたぶん、哲学が学問でありながらも、じつはなにか特別の種類の天才の、凡人に真似のできない傑出した技芸の伝承によってしか、その真価を伝えることができないようにできているからだと思う。矛盾対立する学説がいつまでも淘汰されずに共存しつづけ、敬意を払われつづけるのは、たぶんそれゆえだろう。このことについては、本書の内容とは直接に関係ないから、ここではくわしく論じない。
 かわりに、哲学を志す若い人にちょっとした提案をしたい。先生筋の模範演奏からではなく、古典的名演奏から直接に何かを学び、しかし崇め奉るのではなく、それらを直接勝手に使って、自分自身の哲学をやったらどうか、ということである。たとえばプラトンやアリストテレスを「研究」するのではなく(かといって出来あいの無人称的な「哲学問題」を直接考えるのでもなく)、彼らの仕事を勝手に使って、そこから直接問題そのものを考えたらどうか。本書を書きながら、私はそういう可能性があると感じた。
 私は本書において、ライプニッツとカントをはじめとする古典的な哲学者について論じ、彼らの議論を自分の問題を考えるために利用している。「ついて論文」派の専門研究者から見ればこれらはほとんど牽強付会に近いものだが、それでも彼らの議論のある面は確実に継承されているはずである。哲学の古典はこのように利用してもいいし、むしろそうすべきものであろう。この点に関しては、私の真似をすることを、おおいに勧めたい。”p.6-8

だれも覚えていない過去はつくれない
 世界は、その時そうであった通りのあり方で、本当はまったく実在しない過去を「覚えている」と思い込んでいる全住民ととともに、五分前に突如として存在しはじめた――これは少なくともどういう事態が起こったのかがわかる。だから、全能でいたずら好きの神さまなら、≪その≫事態を引き起こすことができる。しかし、その神さまでさえ、だれも覚えていない過去を≪そのとき≫同時に作り出すことなどはできない。全能の神でさえ、それは≪不可能≫なのである。
 全能なのにできないことがある? そうなのだ。だって、住民のだれひとりとしてその時点で「覚えている」と思い込んでさえいない過去そのものを、≪その時点で≫つくるって、いったい何をすることなんだ?
 もし≪その時点で≫つくられたなら、やっぱり過去には存在しなかったんじゃないか。神が≪いま≫それをつくったということがいったい何をしたことなのか、どういう事態を起こしたということなのか、われわれにそれがわからない。われわれにそれが理解できないのだ。だから、それだから、全能の神でさえ、≪そんな≫ことをすることはできない。神でさえ≪それ≫は作り出せない。≪それ≫はわれわれの言葉で表現され、われわれの理解によって指定されている事態だからだ。神の全能でさえ、この壁は打ち破れない。なぜなら、この壁は神の側からは存在せず、われわれの側からだけ存在する壁だからだ

 だから、ひょっとしたら、気まぐれな神さまは、五分前に、だれも知らない五年前の出来事を急につくったかもしれない。それは五分前にできた以上五年前にはなかったのか、それとも、神が五年前という時点に設置した以上五年前にもうあったのか、答えはない。時間の内部でその時間をつくり直すという想定がわれわれに理解できないかぎり、この想定は不可能な想定なのである。「記憶一般と記憶の対象とを同時に可能ならしめる条件」に反しているからである。世界にはわれわれに理解可能なことしか起こりえない。なぜなら、われわれに理解できる形で捉えられたときにのみ起こったとされるから。この意味において、神もまたわれわれに理解可能なことしかなしえない。“
p.27-28 原典の傍点を≪≫で代用。

人格神は全能ではありえない。
人間化=不完全化され、人間が解釈できて人間の理解の範囲のことだけができる、
宗教家の操り人形だから。
「全知全能」という記述すらも人間の理解の範囲内にある。

そもそも物事の誕生の根源があるとすれば、それは創造神ではなく、「変化」それ自体である

Aが存在し「ない」状態から、
Aが存在「する」状態への「変化」がなければ何も誕生することができない

「変化」がなければ創造神は何もなすことができない。
その創造神に人格があるとされていることも奇妙だ。
人格がない状態のときには既に変化は存在していた。
つまり、創造の根源は存在していた。
したがって、意志によって初めて創造が行われたとするのは誤り。
その「意志」が誕生するための「変化」こそが創造の源泉なのだから。
仏教ではこの「変化」を
諸行無常
と呼んでいる。

無論、人格はないので、解釈者=宗教家が支配に利用することができないようにしている点が重要である。

万物の根源が「人格と意志ある」存在だという宗教家の主張は嘘だということだ。
人格と意志が誕生する為の前提=変化が根源だ。
創造神を想定するなら最初は無感情だったということだ。
後に感情が誕生して感情的になったといえる。
つまり、創造神が文字通り無慈悲で無感情だったころがあるということだ。
その創造神が一神教の神ならば、感情、人格を持ってからもやっていることは、無慈悲な悪魔そのものである。
悪、悪魔を創り、そのまま悪を滅していないのだから。
そもそもゴッド=善、ということ自体が悪が存在しないと成立しない。
善と悪は同時に生まれたものだ。
一神教は敵=悪を必要とする。
ゴッドとサタンは同業者であり一心同体。
共倒れしない程度に自作自演しているわけだ。
ゴッドが悪魔を創ったとわかる聖書は世界一流布している本であり、安価(時にはタダ)であることが、聖書が偽りであることの証明である。
支配層にとって都合が悪いなら、ここまで流布することはありえず、値段も高額になるはずだからである



“外界だけの懐疑論を、五分前世界創造説との類比でつくってみよう。それは、知覚されているものがじつは五十センチ前方でつくられている、というようなことになるだろう。もちろん、記憶はふつうに成立している。これを「五分前世界創造説」に対応させて「五十センチ先世界創造説」と呼ぼう。
少し考えてみると、五分前世界創造説の「五分前」という条件は、なかなか味があることがわかる。第一に、五分前にできたということは、できた時点が固定していて、その後は世界創造の時はしだいに遠ざかっていく、ということである。まさかラッセルは、世界が<つねに>五分前につくられている、なんて想定をしたわけではないだろう。もし、つねに五分前につくられているのだとしたら、これは大変なことだ。そして、じつをいえば、この大変さこそが近ごろの私を捉えて離さないテーマなのだ(ある意味で本書は全体としてこのテーマをめぐって展開しているともいえる)。
第二に、五分前であって今ではないということは、その五分間はふつうの記憶が成立していたということだ。これをもし、今できたということにしてしまうと、今からはじまるふつうの記憶の身分があやしくなってしまう。そもそもそれが記憶であるとなぜいえるのかが不明確になってしまうのだ。すでに成立しているちゃんとした記憶があって、それと<連続的に>贋物の記憶がある、というところが、とてもうまくできているところだ。
五十センチ先世界創造説ではどうか。眼の五十センチ前方であって眼の位置ではないということは、その五十センチの区間はふつうの知覚が成立しているということだ。これをもし、眼の位置でできたということにしてしまうと、それがそれでも知覚であるということの意味が不明確になってしまう。前方五十センチの間はちゃんとした知覚があって、それと連続的に贋物の知覚風景が開けている、という点がとてもうまくできている……と言えるだろうか。
どう考えても、これはまずいところがある。第一に、今から五分前は客観的な時間点だが、私から五十センチ前方は客観的空間点ではない。今と私の性質の違いがどうしても気になる。だって、私の前方三メートルのところにはよく他人というものがいて、なぜだか私に話しかけたりしてきて、場合によっては、五十センチ以内に近づいて、私に触ったりもする。もちろん、触角はすべて本物で、聴覚は(五十センチ以内の至近距離から発せられた音以外は)贋物なのだろうが、それにしても、その他人がもつ知覚はどうなっているのか、という問題はやはり気にはなる。世界を完璧に独我論的に考えるという条件を入れないと、この世界描写は完結しない。”p.33-35
<>は傍点の代役。


気分を率直に語るなら、「私」と「今」とは同じものの別の名前なのではないかとさえ感じている。そもそもの初めから存在する(=それがそもそもの初めである)ある名づけえぬものに、あとから他のものとの対比が持ち込まれて、<私>とか、<今>とか、いろいろな名づけがなされていく、といった感じである。
 他人との対比が持ち込まれれば<私>ということになり、過去や未来との対比が持ち込まれれば<今>ということになる。身体との対比が持ち込まれれば<心>ということになり、外界との対比がもちこまれれば<内界>ということになり、死との対比が持ち込まれれば<生>ということになり、さらに非現実との対比が持ち込まれれば<現実>ということになり、もっとさらに決定論のようなものとの対比が持ち込まれれば<自由意志>ということにもなる……といったぐあいである。
対比が持ち込まれた後では、あたかも対比が成り立つための共通項がもともとあったかのような錯覚が生まれる。そして、この錯覚こそが現実になるわけだ。<私>と他人との対比が持ち込まれると、あたかもそれらに共通の「人間」というものが存在するかのように考えられることになり、<今>が過去や未来と対比されると、あたかもそれらに共通の客観的な「時間」というものが存在するかのように考えられるようになる。
もともと存在しているのは< >で囲んだほうだけなので、それがそれ以外のものと一緒にその内部に位置づけられるような共通項は、じつは存在しない。人間たちの中に私はおらず、時間の中に今はない。むしろ<私>の中に人間たちが、<今>の中に時間がある

< >で囲んだほうが存在することこそが、世界の開闢そのものなのである。これを「開闢の奇跡」と呼んでおこう。
ところが、対比が持ち込まれた後では、話が逆になって、もともと存在していた< >で囲んだほうが共通項の中の一つとされるので、その例外的なありかたを何とかうまく共通項の中に埋め込んで消去しようとする、倒錯的な努力が開始されるわけである。
開闢それ自体が、それによって初めて成立したはずのものの内部に位置づけられることになるわけである
。”
永井均『私・今・そして神』P40-P42より 

時間的に表現すれば、すべての始まりであって、時間的位置を持たないはずの開闢の奇跡に、その内部に存在する事物の存在基準が適用され、時間的位置を持たされるということだ。つまり、開闢は、それ以上遡行不可能な単なる奇跡にすぎないのに、そこで開闢したものが「存在する」といえる基準は、対比が持ち込まれて共通項が設定された後で、その共通項の中で決まることになるわけだ
 〈私〉についていえば、他人と対比されて自己同一性(self-identity)という問題が生じ、それが他人と同じ人物同一性(personal identity)の基準なしには把握できないものとなる、というわけである。
 開闢それ自体が、その内部で後から生じた存在と持続の基準に取り込まれる。そのことによって、われわれの現実が誕生する。だから、現実は最初から作り物であって、まあ最初から嘘みたいなものなのだが、しかし、それこそがわれわれの唯一の現実なのだから、それを認めてやっていかなければならない。この構造こそが、本書全体を通じて私が問題にしたことの根源である。“p.43

“たとえば、五分前に突然できたのか、ちゃんとふつうに継続してきたか、というこの違いのように、われわれの能力によっては原理的に識別できないのに、われわれの知性にはその違いが理解できるようなことがらが存在する。しかしなぜ、われわれの能力によってその違いがけっして識別できないのに、違いがあることが理解はできるのだろうか。
 それは、つまり、われわれが神を信じているからなのである。神の存在を、というよりは神の概念を、つまり、われわれに理解できる全能者という概念を、である。
 言い換えればわれわれは、(違いが)識別できること、(違いを)理解できること、(違いの)理解さえできないこと、の三つを区別しているのだ。重要なのは真ん中である。つまり、識別はできなくても理解はできるという領域を認めること。それによって、われわれはある種の超越性を容認
しているのである。”p.47

永井均の神(の概念)
①人間が理解できることのみをなす(なしたことになる)全能者。
②全ての前提たる開闢(開闢後は、レベルが強制的に下げられてしまう=殺されてしまうもの)。
要は、超越的なものは皆が信じています(あるいは思考の前提になっています)よってこと。単なる自然法則と言う人もいそう。人間の語る神など所詮は人間が勝手に設定した人間の能力に縛られた神でしかないということ。


“心を与える者は、ぜひとも神(あるいは神のごとき者)でなければならない、ということである。これはきわめて重要な条件なのだ。たとえばロボット工学者は、このロボットに心を与える能力がない。ロボット工学のいかなる進歩を想定しても、原理的にない。ロボットがどんな反応をするようになっても、心が付与されたかなお付与されていないかは、いつまでも謎にとどまるからだ。ここで想定されている意味での心を与えるということが何をすることなのか、ロボット工学はけっして理解することができない。
 だから、五分前世界創造説の場合と同様、人間に識別できない違いなどはないのと同じことだという立場も、十分に成り立つ余地がある。しかし、人間に識別できないという点こそが重要なのだ。もし神というものに固有の仕事があるとすれば、それは世界に人間には識別できない(が理解はできる)変化を与える仕事だからである。自然や人間にもできる土木工事(世界の物的創造)や福祉事業(心の慰め)は本来の神の固有の領分ではありえない。
 だから、ロボットのこの変化を理解し、そういうことがありうると思った人は神の概念を信じているのであり、(識別できるかぎりではこのロボットと変わりがないはずの)他人たちに心があると現に信じている人は、神が現に存在していることを、つまり神の実在を、信じているのである!”p.49


“ロボットに心が与えられるケースは他者に起こる変化であり、人間から心が奪われるケースは私に起こる変化であること、それが問題の本質なのである。
だから、後者のケースの本質は、私から心が奪われることにあるのではなく、私が<私でない>者にされることにある。そこで私ではなくなった者がなお心を(もちろん<そいつの>)持っていたとしても、問題の本質に変化はない。それゆえ、前者のケースであっても、ロボットに心が与えられるだけでなく、そのときロボットが<私になる>のだとすれば(それまでその世界に私は存在しなかったとしよう)、そこに識別可能なはっきりした変化が起こったことになるだろう。
それなら、私におけるこのような変化<と同じこと>が他者における変化の場合にも起こっていることを、私が(識別はできなくても)理解はできるのはなぜだろうか。それは、心を与えたり奪ったりするのが神だからであり、かつ私が神(の概念)を信じているからなのである。実際には私の場合にだけ識別できる違いを、他者にもあてはめて理解するとき、この超越を根拠づける存在は神でしかありえない。
この理解可能性が五分前世界創造説などよりも複雑な構造を持つのはここである。私から心が奪われるとは、私が私でない者に、つまり他者にさせられることであった。すると、他者から心が奪われる場合、他者はもともと私ではないのだから、どうしてさらに他者にさせられることなどができようか。<他者の≪私≫>というものを想定しておいて、それが奪われると考えるほかはないだろう。それはしかし、あの「開闢の奇跡」が複数化されるということなのだ。世界の開闢そのものである私とは、世界にひとりしか存在しない本性上の唯一者なのだから、相並ぶ他の私などはありえない。しかし、神によって、そして神によってのみ、そのありえないことが易々と実現されてしまうのだ。
『省察』のデカルトは、方法的懐疑によって「私の存在」の確実さに到達した後、まずはその内部から「神の存在」の証明をしなければならなかった。『省察』を読む者の多くがそこで躓くが、以上のように考えれば、それは理解しがたいことであるどころか、むしろ、それ以外にはありえないほどの必然的な道筋だったはずなのである
「心」とは、世界を開く「開闢の奇跡」を世界<の内部に>複数個並存させるためにつくられた高度に抽象的な超越概念である。「個人」も同じだ。だれもがロボットに心が与えられる際の変化の意味を理解できるはずだ、と私が言うとき、私はすでにこの超越性に乗ってその内部で発言している。”p.51-52
<>は傍点の代用。

擬人化して人間の認識、言語をあてはめて物事を理解するのが人間。そして人は擬人化ならぬ「擬私化」して他者などを理解する。しかし私と他者とは別次元のごとき隔たりがあり、「私」に擬するなんて不可能なのではないか。それを繋ぎ可能にするのが超越する何か(永井曰く神だが人格神ではなくてもよいように思える。神の概念でも可)。世界に唯一しか存在していない特別な開闢の前提の私が、特別でもない他者と繋げられるのはなぜかということ

<>は傍点の代役。

“たとえば、五分前に突然できたのか、ちゃんとふつうに継続してきたのか、という違いのように、われわれの能力によっては原理的に識別できないのに、われわれの知性にはその違いが理解できるようなことがらが存在するのはなぜだろうか。
この問いに対する前節の答えは、それはわれわれが神を信じているからだ、というものであった。そのさい私は「神」の概念を「われわれに理解できる全能者」という概念に言い換えていた。何でもできるのだが、何をやっているのかわれわれに理解できないようなことができるのではなく、やっていることの意味がわれわれにも理解できるようなことが何でもできるような全能者、である。識別できないのになぜ理解できるかといえば、理解には本質的に拡張的な性質があるからだ。”p.53

“自分(たち)が識別できない違いを、識別できないにもかかわらず理解はできることには、だから、必然性がある。自分(たち)が識別できることによって獲得した概念の適用範囲を拡張し、とりわけそれを自分(たち)自身にも遡及的に適用すること、これがわれわれの世界把握の基本的なあり方だからである。
 さて、それでは、神はどこにいるのか。開闢に神の業を見るか。それとも、開闢は自明の所与とみなして、そこからの超越にこそ神の業を見るか。私が存在することが神の業なのか。それとも他者が、つまりありえないはずの他の私が存在することこそが、神の業なのか。今が存在することが神の業なのか。それとも、ありえないはずの他の今が存在することこそが神の業なのか。
 もちろん、どちらも神の業だ。しかし、両者を一つに束ねる「心」とか「自我」とか「個人」とか「実在」とか一様に流れる「時間」とかいった概念が生まれ、そちらのほうが出発点とされることによって、神は死ぬのである。もちろん、神の死は必然である。なぜなら、神が死ななければ、われわれがふつうに理解している客観的世界は生まれないからだ
さてそれでは、なぜ神が世界を五分前に創造したと想定することが可能なのだろうか。それは、結局のところ、こうしてできたわれわれの客観的世界を、開闢の視点へと引き戻してみることが、つねに可能だからなのではあるまいか。そのような仕方で神を復活させることが、つねに可能だからなのではあるまいか。
もちろん、いったん神が客観的に存在するものとされてしまえば、開闢と結びつかない神の業も当然ありうることになるだろう。宗教というものを信じている人は、基本的にこの形で神を表象することになるだろう。だが、それは神の死のもう一つの形態ではなかろうか。“p.55-56

「世界把握」を「世界は悪」と誤変換された。しかし或る意味では「正」変換である。

 開闢=神の死、それは原因と結果の逆転。すべての前提である開闢を理解する為には、開闢のおかげで生まれた言語によって開闢のレベルを下げなければそもそも人間に扱えない。どんな高次のものでも、言語表現するためにはレベルを強制的に下げないといない。
 文章でも何でもそうだが、筆者の主張あるいは重要だと考えていることは、形をかえて繰り返されることが多い。読書のコツ。読解のコツ。国語問題を解くコツ。

神(開闢)の死=言語による開闢の隠蔽=(人間の言語)世界の誕生


“ある夜、哀れに思った神さまが、ロボットに心を与えた。あくる朝、意気揚々と学校にあらわれた彼が、友人たちに向かって「今日からぼくは心があるんだぞ」と言ったら、友人たちはどう反応するだろうか、というのが前節の問いであった。
しかし、彼が「今日からぼくは心があるんだぞ」などと言うはずがない。なぜならその夜、神は彼に心そのものをはじめて与えたのだから。それはつまり、それまでの人生の記憶も与えたということだ。だから、そのとき与えられた心は、その内側から見れば「そのとき与えられた心」ではない。「はじめからずっと存在していた心」なのである。それでも、<神は>彼にそれを与えたのだ。
それでも、神はそれを与えた? しかし、いつ? そして、だれに?
いつ、というなら、それはもちろん「その夜」である。この変化は、他人たちにも自分自身にも、だれにも知られることはない。だれにとっても変化ではない。それでもこれが変化だといえるとすれば、それはこれが神による変化だからであり、まさにこのような変化を与えることこそ、神にふさわしい業だからである。――というのが、私の神学上(?)の見解なのであった。そこで、神に敬意を表して、だれにも知られなくとも、やはり変化はあったのだと考えることにしよう。さてしかし、その変化はだれに起こったのだろうか?
 ここで重要なことは、前節の、逆のケースを経由した考察を思い出すことである。逆のケースとは、神が人間から心を奪ってロボットにしてしまうというケースであり、それは私に起こることなのであった。この場合、問題の本質は、私から心が奪われることにあるのではなく、私が私でない者にされることにあることが分かった。この考察を経由して、私はこう書いた。「前者のケースであっても、ロボットに心が与えられるだけではなく、そのときロボットが私になるのだとすれば、そこに識別可能なはっきりした変化が起こったことになるだろう」と。
 では、ロボットは、心を付与されるだけではなく、私になるのだとしよう。そこに私に識別可能なはっきりした変化が起こっているだろうか。
 たしかに私は、昨夜までは心などなかったのかもしれない。しかし、神が昨夜、私に心をあたえてくれたのだとしても、私はそれを知ることができない。だから、それは<私に>起こった変化ではない。むしろ神が、そして神だけが起こしうるある変化によって、私ははじめて誕生したのである。それまでもずっと存在しつづけてきたとの確信とともに。
 つまり、問題は五分前世界創造説の場合とまったく同じなのである。前に使った言葉を使うなら、これはいわば開闢である。しかし、この開闢は、実際に「それまでもずっと存在しつづけてきたこと」と<だれにも>区別がつかない。
 五分前世界創造説と対比して、これを昨夜私創造説
と呼ぼう。
 さて、そこで一つの問題は、後者が私に起こった変化だといえないなら、同様にして、前者も世界に起こった変化だといえないということにはならないか、というものだ。
 もう一つの問題は、神による私の創造が昨夜一回だけではなく毎晩であることは可能なことだろうか、というものだ。これはもちろん、世界がそのつど五分前につくられているという想定に対応する。“p.57-59 <>は傍点の代用。

“ロボットが私にさせられるとは、ロボットに記憶が与えられることではない。記憶が与えられても、それだけでロボットは私になるとはかぎらない。ロボットが私にさせられるとはまた、ロボットに感情や感覚が与えられることでもない。思考力や想像力が与えられることでもない。記憶も含めて、そういうものがすべて与えられても、ロボットは私になりはしない。せいぜい人間になるにすぎない。私にさせられるとは、世界が私という特異点を持ち、世界がそこから開かれるようになる、ということなのだ。そこから開かれるような世界が、新たに誕生するということなのである。
さて、このように考えたとき、神には〈私〉の着脱能力があるか。これが問題だ。これは、感情や感覚のような心理状態や、記憶や知覚のような表象状態を着脱するような、なまやさしい話ではない。もし神にこの能力があるのだとしたら、それはロボットに心を与えたりする通常の神より高階の神でなければならない。すなわち、開闢の神
である。
 通常のオーダーの低い神では、世界の中にそもそも私が存在するかどうか、かりに存在するとして、どれが私であるか、識別する能力がない。神はただすべての人の心をお見通しなだけである。すべての人の心を見通したって、そのうちのどれが私であるかはわからない。識別能力がないのだから、神はもちろん私を創造する能力もない。ある特定の性質をもったある特定の人間を造れるだけである。私が生じるのは神の手の及ばない≪偶然≫である(デカルトの「我」が「欺く神」に対抗できるのはそれゆえである)。
 だからもし、神に私を創造する能力があるとすれば、ふつうの神より高階の神を考えなければならない。心を持った人間が複数存在する世界を(主として物理的に)創造する神という神表象を捨てなければならない。どれが私であるかを含み込んだ世界をつくる神を考えなければならない

さて、私にかんするこの高階の「神の事実」に対応するような、世界にかんする高階の「神の事実」がありうるだろうか。これが問題であった、そしてこれが、これから考えていきたい問題である。
この高階の神なら、実在の過去そのものを作ったり消したりできるかもしれない。なぜなら、どの人間が私であるかを含み込んだ世界をつくる神は、どの時点が今であるかを含み込んだ世界をつくる開闢の神でもあろうから。”p.65-67  ≪≫は本書の傍点の代用。

「私」を着脱する能力者が「ある人の私」を剥奪して、哲学的ゾンビ=永井の言うロボットになったとしても、その人以外の人にとっては何の変化もないし、その変化を感じる「その人の私」はもはや存在しない。つまり、実質なにも起こっていないように思える。
読者などの上位存在だけが認識可能な変化。これこそ魔法である。しかも最上位の。
最も驚くべき点は最上位、否、世界の開闢に関わるのだから位を超越した絶対魔法は、「何も起こらない」のだ!
こんな物語はどうか。
この絶対の魔法による変化が前後でわかる者を探す旅の話だ。
「ずっと……<私>のあるなしを、私の世界の開闢の存在と不在の違いを感じられる存在を、探していた。私にとっては最強にして最高の、他者にとっては最弱で最低どころか無意味の絶対魔法、<私>の着脱を使える術者を」

で、その術者により<私>を持つ存在全員から<私>が抜かれていて、三次元世界に<私>は文字通り存在しないが、高次元に<私>は送られた、というオチ。
<私>が抜かれようが、抜かれまいが、高次元にいようが、三次元にいようが、今の生活が何一つ変化しないことに恐怖を覚えないだろうか?


 開闢後の世界で開闢を操作できるのかな? 
何せ、操作する操作される、操作「前」・操作「後」の区別すらないのが開闢あるいは開闢以前(以前という言葉に意味があるのかな)なのに。
でも言葉は前後関係無しでは絶対に成立しないから言葉ではそもそも議論できないのでは?
「変化」が根源だと前述したが、その「変化」以前があるかどうかをそもそも議論できないのと同様の問題=言語の限界である。
言葉が通用しない分野ではロゴスの権化たる哲学は無力すぎる。


“デカルトの方法的懐疑では、まずは、これは夢ではないか、と疑い、次に、悪霊に欺かれているのではないか、と疑う。これはいわば、神の位階を上げているわけだ。
 <これ>が夢だとしても、夢の中でも外でも、二たす三は五で、四角形の辺は四つである。夢には、現実ではないことを現実だと思わせる力はあるが、それだけの力しかない。神の能力にあてはめれば、これはかなり位階の低い神だ。デカルトが次に想定する悪霊(欺く神)の位階はもっとずっと高い。悪霊には、たとえば、われわれが四角形の辺を数えるたびごとにまちがって四つであると思い込ませるといったような力があるのだ。これはなかなかすごい力だ。そんな力があるなら、言葉の意味をすべてまちがって理解させるといった力もあるにちがいない。しかし、そんな可能性を「疑う」なんてことがそもそも可能だろうか。その疑いの遂行において使われている言葉の意味がすべてまちがっている可能性を疑うなんてことが。(そもそもこういう場合「まちがっている」とはどういう意味なのだろうか。この点については第3章で考えよう。)
 夢なら覚めることがある。そして、覚めたかどうかがわかる。たとえそれもまた夢だったとしても、少なくともそれ以前に見ていた夢から覚めたことはわかる。で、悪霊の位階が高いことは、まず、悪霊の欺きから覚めたかどうかがわからない、という点にあらわれるだろう。覚めるということの基準そのものを、いやそれどころか「覚める」という概念そのものを(!)、この悪霊が(われわれを欺いて)作り出しているのかもしれないからだ。さらにまた、もしほんとうに覚めたとしても、悪霊の能力があまりにも巨大なら、欺かれて成立していた世界とその外部の世界とに共通するものは、もう何もないだろうから、やはり「覚めた」といえる根拠はないだろう。たとえば、時間というものそのものをそいつが作っているのだとすると、「覚めた」なんて過去形は適用できない、とか。何度も言うけど、これはすごい力だ。
とすると、そもそもほんものの神とこういう悪霊との区別は、どこにあるのか。この悪霊は何が悪なのか。もちろん、われわれが知っている善悪や真偽の区別は、この悪霊が作り出しているはずだ。それでも、そいつはほんものの神ではなく、私はそいつに<欺かれ>ているのだ
、という認定はどこからなされるのか。さらにもっと位階の高い神の視点からか!
それで思い出したのだが、『創世記』のような神の世界創造の場面の描写を読むといつも疑問に思うことがある。それは、ナレーターは誰なのか、という疑問だ。人類未到の山頂への初登頂の模様を、テレビカメラが山頂から撮影しているといったことにちょっと似ている。もしそれが開闢であるなら、そこにナレーターがいるはずがないじゃないか、とよく思ったものである(私は神を信じているにもかかわらず宗教というものに対する不審の念はとことん深い)。
話は逸れたが、欺かれて出来たこの世界の外に本当の世界があるとしても、断絶があまりにも大きくて、私(あるいは私たち)が同一性を保ったまま、その二つの世界を架橋することが不可能ならば、欺かれているという認定には実質内容がなくなる。結局、この世界こそが現実の世界だというほかはなく、悪霊こそが神だということになるだろう。”p.68-70 <>は原文にはなく、原文では傍点。

GODによる世界創造が三人称視点で記述されている=GODの創造を見ている存在がすでにいる。
GODの一人称で記述されていない時点で、創世記はGODがなしたことの記録ではない。一人称という一番厳密な語り方をしない時点で、三人称というより厳密でない=不完全な語りをGODが採用したという、完全ゆえに矛盾だらけな問題が生じる。
三人称視点で記述した文章は「完全」なのだという前提を逆手に取ると、三人称視点が正しいのならGODを見ている何らかの別の存在の視点を認めていることになり、GOD以前あるいはGODと同時にGODに類する存在が生まれていたことになり多神教化する。
ナレーターこそが真の創造神かもしれない(すでに多神教になってしまい一神教破綻)。
創世の物語は文字の読み書きができるエリート層の人間が書きました。識字率は非常に低かったから。てゆうか全知全能のGODなら人間の脳に記憶をインプットすればいいよね。
徹底的に疑って論理を積み上げるが哲学なのに、わざわざ絶対に疑って検証してはならない宗教を信仰するってアホ過ぎますな(身を守るために表向きに表明しているだけである場合は除く)。
 悪魔も異教徒も創ったGODが善であるはずはなく、自作自演で騙す悪魔そのものである。ほんものの神がいるとすれば善悪を超越した人格なき単なる世界全体そのものあるいは世界が誕生する前提そのものであるから、原理的に人間が解釈することなどできないし、ましてや意志など存在しない。人格神は絶対に全能になれない。人間が全能ではないからだ。

哲学のお勉強は、それに先立って相手の問題水準まで自分なりの問題意識から(つまり相手とは独立に)到達していないと、何の役にも立たない。到達していればおおいに役に立つが、それはもちろん、相手の言っていることとは全然ちがうことをそこから読み取ることができる、という意味である。
ライプニッツは真理を、理性の真理と事実の真理の二種類に分類した。理性の真理は必然的で、そうでないことは不可能だが、事実の真理は偶然的で、事実はそうであるが、そうでないことも可能ではある。
理性の真理は、概念を分析するだけで真理であることがわかる。どんな未亡人の夫も必然的に死んでいる。それは世界の事実を調べてみなくても、「未亡人」という概念を分析するだけでわかる。対して、事実の真理は、世界の事実を個別的に調べてみなければ真理であるかどうかわからない。三島由紀夫が割腹自殺する(した)かどうかは、いくら「三島由紀夫」概念を分析してみても、世界の事実を調べてみなければわからない。だから、三島由紀夫が割腹自殺しなかった可能性もじゅうぶん考えられるのである。
しかし、ライプニッツには充足自由律(=十分な理由の原理)というものがある。すなわち、すべての事実には必然的にそうであるべき理由がある、というのだ。だから、「未亡人」という概念(一般概念)に「夫が死んでいる」ということが含まれているのと同じように、「三島由紀夫」という概念(個体概念)にも「割腹自殺する」ことが含まれている。そうすると、「三島由紀夫」という概念を分析するだけで、彼が割腹自殺する(した)ことを知りうる者がいることになる。それはだれか?
神である。つまり、三島由紀夫が割腹自殺することは、もともと「神の知性」の中に用意されていたことなのである。しかし、もともとそうだったのだとすると、神はいつ、どこで、おのれの自由意志を行使できるのだろうか。アルノーのこのような問いに、ライプニッツはこう答えている。

「三島由紀夫と彼の割腹自殺の結びつきは、神の自由意志に依存しないという意味で必然的な結びつきなのではない。というのは、可能的なものとして考えられた神の自由な決定は、可能的な三島由紀夫の概念の中に含まれていたのだが、まさにこの決定が≪現実≫となったとき、つまり、神がそう意志したとき、≪現実の≫三島由紀の原因となるからである。三島由紀夫のような個体的なものは、その個体概念のうちに、神の自由意志を原因として持つ、ということを含んでいるのである。一般概念や理性の真理が、神の自由意思を仮定しないで、もっぱら神の知性にのみ依存するのとは、その点が違っているのである」(『ライプニッツ著作集8』工作舎、二六〇-一頁参照)。

神ではなく、一七世紀のヨーロッパ人にすぎないライプニッツが、なぜ三島由紀夫のことを知っているのか、などという野暮な疑問を持たないかぎり、ここではきわめて重要なことが言われていることがわかる。概念や理性の真理は、もっぱら神の知性にのみ依存し、神の意志を必要としない。それは、神の知性の中にあるあらゆる可能世界に同じように存在するから、≪現実に≫創造される必要がない(正二十面体が可能であることが証明されれば、正二十面体はそれだけで存在する)。対して、個体や事実の真理は、その概念のうちに、現実世界で生じるということが含まれているので、神の知性のみならず神の意志もはたらく必要がある。つまり、神によって≪現実に≫創造されなければならない(三島由紀夫は個体概念として可能であることが証明されても、それだけでは存在することにならない)。だからこそ、≪それ≫が現実には創造され≪ない≫ことも可能であるわけだ。
お勉強ついでに一言。この分類において、神の知性を神の意志に吸収してしまうのが、デカルト哲学。逆に神の意志を神の知性に吸収してしまうのが、スピノザ哲学である。
さて、しかし、三島由紀夫の個体概念が、彼に関して成り立つすべてのことをあらかじめ含んでいるなら、どうして≪彼が≫割腹自殺しなかったことも可能なことではあるのか。それは不可能ではないか。”p.84-87

一般概念・理性の真理(定義的に絶対正しい)
…神の知性にのみ依存。神の自由意志なし。

事実の真理(正しいかどうか検証が必要)
…神の自由意志を原因として持つ。神の知性も必要



“何が起ころうとそれが起こるのは現実世界である。ある意味で、これは自明であって、疑う余地がない。
では、こういう場合はどうか。この現実世界の内容が、あるとき突然、これまでとまったく関係ないものになってしまったとする。人類は突然消滅してしまう。自然法則も無くなって、世界は突如としてまったくの無秩序になってしまう、等々、どんな突飛なことを考えてもいい。何であれ、考えられるようなことは、すべて考えられるようなことなのだから。どんな内容であれ、現実にそれが起こってしまったのなら、それは仕方がない、起こってしまったのである。何が起ころうと、それが起こるのは現実世界なのだから、それは現実だ。
ここまで読んで、「それは、そうだ」と思ったなら、この状況に次のような想定を付け足してみたらどうなるか、考えてみてほしい。現実世界に異変が起こったちょうどそのときから、現実世界のこれまでの歴史経過と内容的に完全に連続した内容が、別の(非現実の!)世界で生起しはじめる、という想定である。非現実というのは、神の知性の中の可能世界でもいいし、だれかが見ている夢の世界でも、何でもいい。だから、もちろん、この連載もその世界でつづくことになる。つづけて読んで下さいね!
さきほど「それは、そうだ」と思った人も、今度はむしろ、内容上の連続性によって、その非現実の世界のほうが現実世界に<なる>、と言いたくなりはしないか。だって、そっちには、これまでどおりの自然法則が支配していて、これまでどおりの人間たちがちゃんといるんですよ。でも、もしそうだとすると、まったくの無秩序になってしまった世界のほうはどうなるのかなあ? <現実に>そうなってしまっただけなのに、非現実ということにされてしまうのか
?
二つの原理が対立している。何が起ころうとそれが起こるのは現実世界だ、という原理と、起こることの内容的なつながりによって何が現実であるかが決まる、という原理だ。この対立は、何が経験されようと経験するのはつねに私だ、という原理と、経験されることの内容的なつながりによってどれが私であるかが決まる、という原理との対立に、平行的である。現実の場合も私の場合も、前者をライプニッツ原理、後者をカント原理と呼ぼう(勝手な命名だが)。
ある意味で、ライプニッツ原理の正しさは疑う余地がない。さまざまな可能性のうち、最も起こりそうなことが起こったのは現実だ、なんていえるわけがないからだ。どんなに起こりそうもないことが起こったって、それが起こってしまったなら、それが現実だ。最も起こりそうなことが起こっている可能世界のほうは、非現実というほかはない。
同じことは私についてもいえる。私とは、現に世界がそこから開けている唯一の原点のことである。だから、何が経験されようと、経験されてしまったなら、それを経験するのは必ず私なのだ。ということは、経験される内容に関係なく、ということである。経験される内容のつながり方によって、どの人物が私で、どの人物が私でないかが決まる、なんてことはない。もし全然つながらないことを経験するようになってしまったなら、つながらないことを経験するようになってしまっただけのことだ。現に端的にそこから世界が開けている主体は一つしかなく、原理的に一つしかありえないのだから、つながり具合を相互に比較してみることなんか、そもそもできないのだ。いちばんつながりぐあいのいいやつが私になるなんて芸当ができるわけがない
私が分裂するという、よくある思考実験の場合だと、別れた二つは内容的にほとんど同じ人物なので、どちらが私になるかは、ただ偶然が(言いかえればただ神の意志が)決める。問題なのは、それまでの私の記憶をちゃんと受け継いでいるほうがなぜか私ではなく、受け継いでいないほうがなぜか私である、という場合だ。ライプニッツ原理によれば、そういうことが起こりうることになる。私である人物の経験内容の継続として最もふさわしい人物は、しかし、他人でありうるわけだ
言うまでもないことだが、この思考実験を物体の分裂と並行的に論じるのは、まったく的はずれである。心的性質を持つ物体である人間や動物でも駄目だ。「現実」の歴史経過と「私」の記憶との類比こそが問題の本質なのだから。並行的に論じて哲学的意味を失わないのは、世界の分裂、今の分裂、そして神の分裂! だけである。
しかし、それにもかかわらず、私の場合と世界の場合とでは、事情が異なるのではないか? だって世界の場合には、現実世界のこれまでの歴史とつながった歴史経過が別の世界で生起しはじめたら、内容上のつながりによって、その非現実の世界のほうが現実世界に<なる>、と言いたくなったではないか。私の場合にも、これと対応することが考えられるだろうか?
もし私の場合と世界の場合とで事情が異なるのだとすれば、その理由は、現実世界とつながった歴史経過が別の世界に起こると考えたときに、その別の世界にもとの世界から連続した<私が>存在しつづけていると感じたからではないか。それはつまり、どの世界が現実であるかはそこに私が(しかも今)存在するか否かで決まる、ということではないか。
もしそうだとすると、神は、人間たちの中から一人を選んで意志によって私を創造するとき、諸世界の中から一つを選んで意志によって現実世界を創造するときの意志と知性の対比をそこでもう一度<反復>したのでは<ない>ことになる。その二つの行為は、じつは二つの別の行為ではなく、同じ一つの行為でしかありえなくなるからだ
。”p.104-108
<>は傍点の代役。

ライプニッツ原理
何が起ころうとそれが起こるのは現実世界だ
何が経験されようと経験するのはつねに私だ
現実世界や私の同一性は、起こったことや経験の内容と無関係
何かが起こったり、何かを経験さえすれば、現実世界や私は同一〔そして恐らく唯一〕のままである)

カント原理
起こることの内容的なつながりによって何が現実であるかが決まる
経験されることの内容的なつながりによってどれが私であるかが決まる
(現実世界や私の同一性を前提とせず、起こったことや経験内容によって現実世界や私であるかが決まる。現実世界や私は、起こったことと経験の大前提なのだが、その大前提が逆転している。これだと、私が二つに分裂して、片方だけが記憶を引き継げるとすると、記憶を引き継いだ側=私、となる。
対して、
ライプニッツ原理だと、今までの記憶を引き継いでい「ない」側が私となり、記憶を継いだ側が他者となりうる。
私が二つに分裂するということが私という言葉の定義上=唯一であると制約上、そもそも想定してはいけないのではないのか。私が、私①と私②に分裂したとしても、私=私①、私②=私あるいは私①から見た他者、となるだけで、私が分裂したことにならないのではなかろうか。他者が増えただけなのではないのか)

何が起ころうとそれが起こるのは現実世界だ
(あまりにも今までも違うことが起こっても、同じ世界のまま。
あまりにも今までと違っていても別の世界とはみなさない)

起こることの内容的なつながりによって何が現実であるかが決まる
(今まであまりにも違っていれば、別の世界とみなす。複数の世界を想定)

何が経験されようと経験するのはつねに私だ
(経験内容に関係なく私はずっと私のままであり、別の私なるものはない)

経験されることの内容的なつながりによってどれが私であるかが決まる
(あまりにも今までと違う経験をする私は、別人Xであり私ではない。
あるいは、その別人こそが真のあるいは新たな私である)


開闢そのものが、それによって開かれた世界の内部に位置づけられ、その内部を支配する条件の側から、その存在と持続の基準を与えられることになる。そうなれば「何が起ころうとそれが起こるのは現実世界だ」などとはもう言えない。これがカントの洞察だ、と。開闢とは、ここでは、その条件設定そのものの開闢である。
で、こんどはカントのお勉強。その条件とは、同じ世界が連続して存在しているといえるための条件である。世界のつながり方には因果性をはじめとする一定の型があって、それに従っていなければ同じ世界が連続して存在しているとはいえないのだ。その条件が、同じ私が連続して存在しているといえるための条件と一体をなしている。それがカントの決定的な洞察である。
一体をなしているから、「我思うゆえに我あり」という原理だけから客観的世界の存在が証明できる。なぜなら、意識に与えられたまとまりのない多様なものが、私の側が与える条件に従ってまとめられることが、すなわち客観的世界を構成する(=客観的世界が成立する)ことだからである。だから、意識の一定のまとまりだけで(そしてそれだけが)客観的世界を成立させることができる。それゆえ、すべての現象は、たとえ外的な事物であっても、ある意味ではやはり内的であるわけだ。
すると「内的」という言葉には二つの意味があることになる。客観的な外的世界をも含み込む意味での「内的」世界と、それを含まない「内的」世界、つまりいわゆる「心の中」とである。
だが、その「心の中」にも、二つの意味があるはずだ。客観的世界を成立させるはたらきそのものであるような「心の中」と、成立した客観的世界の内部に位置づけられるような「心の中」とである。カント的な用語で言えば、前者は「無規定的な(=位置づけられていない)私の存在」の「自己意識」にあたり、後者は「規定された(=位置づけられた)私の存在」に対する「自己認識」にあたる。つまり私は、ただ私であるだけで、この客観的世界そのものをはじめて成立させる主体であり、それと同時に、その世界の内部に存在する、身体をもって持続的に存在する、一人の人間でもあるわけだ。ここにもやはり、開闢を開闢された世界の内部に位置づけるという構造が見て取れるだろう。
しかし、ただ私であるだけのものが、客観的世界をはじめて成立させるはたらきなんぞというだいそれたものを、なぜ持てるのか。それは、私であるというまとまりをなすことが、それだけですでに、客観的世界を成立させるというまとまりをなすことと不可分の関係にあるからだ。だからこそ、「我思うゆえに我あり」という原理だけから、客観的世界の存在が証明できるどころか、証明されてしまわざるをえない、というわけだ。「我思う」から「我あり」を導く「ゆえに」の一語には、客観的世界の成立という大事件が隠れているのでなければならないのだ
しかし、ここにはある循環構造がはらまれてはいまいか。ただ私であるというまとまりをなすことが、<すでにして>客観的世界を成立させるというまとまりをなすことと不可分の関係にあるのなら、その不可分の私は、すでにして成立した客観的世界の内部に位置づけられるような客観的人間なのではあるまいか。”p.109-111
<>は傍点の代用。

“「心の中」の諸表象が因果性その他の条件によって相互に関係づけられれば、そのことによって「心の外」の外界が成立する。そのように関係づけられて外界を成立させたとき、それは知覚や記憶等の客観的判断とされ、そうでないとき、<そのことによって>それは夢や幻覚や妄想等の主観的経験とされるわけだ。私が自らを一人の人間として客観的世界の中に位置づけていれば、たとえ私の客観的判断が他者によって訂正されても、私であるその人間の主観的経験(という名の客観的なもの)の実在が、なお認められるわけである。
因果性その他の条件によって関係づけられる、と言ったが、その条件がカテゴリーと呼ばれるものである。どんなに奇想天外な世界を想定しても、それがおよそわれわれに経験可能な世界であるならば、それはカテゴリーに従っていざるをえない。世界がこういう点で現実と違っていたらこのような概念を使うことができない、ともし語ることができるならば、そのような概念は単なる経験的概念であってカテゴリーではない。そんな場合をそもそも想定することができないとき、その概念はカテゴリーとなるわけだ。
ということは、カテゴリーはそもそも語る(枚挙する)ことができないはずではないか、という疑問(ウィトゲンシュタイン的疑問)が自然に湧いてくるが、それはいまは棚上げしておこう。カテゴリーの適用によって客観的世界が成立するなら、夢もまた客観的世界ではないか
、という疑問もいまは棚上げにしよう。それよりも先に、カントのデカルト主義批判に注目すべきだからだ。
カントは、我思うゆえに我ありという原理だけから客観的世界の存在が証明できると言った。しかしこのことは、世界全体を経験する単一の非物質的な主体(肉体から離脱した霊魂あるいは自我)が実在するという意味ではない。世界を成立させるはたらきそれ自体もやはり世界の中に位置づけようとする傾向のために、われわれは、統覚のこの統一作用を世界の中にある単一の非物質的主体であるかのように誤認しがちである。だが、経験を可能にする統一のはたらきは世界を成立させることそのものなのだから、世界の中の一対象として現れることはできないのだ。客観的世界とそれを成立させる心のはたらきとの、この表裏一体性の認識は、カント哲学の比類なき洞察である。
この洞察によって、私が同じ私でありつづける条件と世界が同じでありつづける条件とが文字どおり一体化する。この洞察によって、私が二つに分裂するという思考実験が世界そのものが二つに分裂することとして理解されなければならない必然性がはじめて理解され、「私の今」が突然三十年前に戻ってしまうと無関係な森昌子も「せんせい」を歌ってデビューせざるをえない必然性がはじめて理解される
だが、カントのこの比類なき洞察にも、致命的な難点が含まれている。たしかにカントは統一的な客観的世界の成立可能性の条件を示した。だが、統一的な客観的世界はまだ唯一の現実的な世界ではない。統一的な客観的世界としての条件を満たすもののうち、どれが唯一の現実世界となるのか。ライプニッツにあった唯一の現実世界の成立条件の問題が、カントにはないのだ。決定的とも見えるカントの批判からデカルトを擁護する道が、そこになお残されているはずなのである。”p.114-116
<>は傍点の代役


“私が夢を見ているとき、私は私の存在を客観的時間の中に位置づけてはいない。しかし、それがわかるのはつねに後からだ。私は、夢の中でも、その世界の他者と客観的世界を共有し、共通の客観的認識に達している――というように自分の諸表象をまとめあげている。私は、夢の中でも、知覚と幻覚を区別して体験することができる。いま私が夢を見ているとしても、私はそういう客観的世界の構成には成功している
夢の中での知覚と幻覚の区別は夢の中での相対的区別にすぎないではないか、と言われるかもしれない。しかし、相対的区別という点では、現実の知覚と幻覚の区別も同じだ、というのがカントの根源的洞察であったはずだ。だから、「それがわかるのはつねに後からである」という構造自体は、夢でも現実でも変わらないだろう。他の諸世界を非現実として内部に位置づけて、いま私が存在する世界こそが、現実世界なのである
夢世界は、他人にとってもまたそうであるという形で現れてくるかぎり、カント的には、統一的な客観的世界である。因果性その他の条件によって相互に関係づけられることで現実が存在するなら、夢もまた現実なのだ。”p.117-118

“私のあずかり知らぬところで、私のあずかり知らぬ主体が、突如として私のこれまでの経験の記憶を(私以上に正しく)受け継いだとしても、それは私には関係ない。たしかに一方ではそう言える。たとえその主体のその記憶がその主体自身にとって真なる記憶で、私にとってはそうでないとしても、である。
しかし他方では、内容的連関こそが「何が起ころうとそれが起こるのはつねに……」という原理を凌駕するとも考えられるのだ。このときはたらく原理は、現実と内容的に連続した世界でありながら現実世界でなくなることはありえない、という原理であり、私と内容的に連続した人でありながら私でなくなることはありえない、という原理である。それはすなわち、そこで神の意志がはたらくことは不可能である、神でさえそこに自由意志をはたらかせることはできない、というカント原理なのである。
ここには原理の対立があるのだが、ここで重要なことは、ライプニッツ原理とカント原理は、一方の原理によって他方の原理を包み込んで消滅させることはできない、ということである。
ただし、カント原理がライプニッツ的現実の内部でしかはたらかなくてもじゅうぶんカント原理だといえたのと同じように、ライプニッツ原理も、カント的に可能なもの『の中からの選択』(そのうち一つの現実化)としてしかはたらかなくても、じゅうぶんライプニッツ原理だといえるだろう。可能性の空間をはじめてつくりだすような強いライプニッツ原理は、むしろデカルト原理と呼ばれるべきかもしれない。

さて、この議論において、カントにはさらにもうひとつの貢献があるだろう。ライプニッツは無数の可能世界の中から一つを選んでそれに現実性を付与する能力が神にあると考えたが、私は、この能力は無数の人間の中から一人を選んでそれを〈私〉にする能力に対応すると考えた。カントは、『もし』神のそういう能力がありうる『とすれば』、その二つは同じ一つの能力でしかありえないことを論証したことになる。”p.126-127『』は傍点の代用。〈 〉は原文ママ。

“夢を見ているとき、われわれはそれが≪後で思い出される≫ことを意識していない。それは突如として思い出される。かりにもし夢を見ているときに後で思い出されると思っていたとしても、その思いと思い出しとは結びついていない。
現実に生きているとき、われわれはすでにそれが≪後で思い出される≫ことを知っている。思い出される可能性があらかじめ知られていて、それが思い出される。現在は、過去になったときはじめて過去だとわかるのでなく、現在であるその時すでにして必ず過去になることが知られている。つまり、現実の現在は、可能な現在のひとつにすぎないことが、その現場においてあらかじめ知られているわけだ。現在を可能な現在としての過去や未来の視点から位置づける超越論的構造が体験自体に宿っている
文(命題)は否定できるが、絵(像)は否定できない。否定文(命題)は作れるが、否定絵(像)は描けない。これが言語の本質に属することは、『論理哲学論考』の根本洞察だった。だがそれなら、文は時制変換可能だが、絵はそれが不可能だ、も同じだろう。肯定絵を否定絵に変換する操作と同様、現在絵を過去絵に変換する操作もない。が、肯定文を否定文に変換する操作と同様、現在文を過去文に変換する操作は必ず存在する。言語をもつ存在であるわれわれは、端的な現在を可能な現在の一例として把握できるからだ。そしてそれは、まさにカント的な超越論的構成作用に基づいている。”p.140
時制と同じことは、人称についてもいえるだろう。一枚の人物画はそれ以外の情報なしには自画像であるともないとも分からない。絵は人称を描けないからだ。対して、文は文自体の中に人称情報を繰り込むことができる。つまり私は私自身を、つまり現実の私を、可能な「私」の一例として把握し、「私は」と語り出すことができる。そのことによって、ただそのことによってのみ、過去や未来と同様、他我(他者の「私」)もまた必然的に存在することになるわけである。いわゆる独我論が誤りであることの根拠は、結局はそこにしかありえないだろう。
客観的時制構造と客観的人称構造を構成することによって、今と私をその内部に含んだ(客観的に位置づけた)客観的世界を成立させることができること、人々が「あたりまえ」のように感じているこの事実は、真に驚くべき事件なのである
。いいかえれば、カント哲学の洞察の深さはほとんど驚天動地というほかはないのである。もう一つおまけに四字熟語を使うなら、文字どおり空前絶後。”p.141 ≪≫は傍点の代役

「私」や「今」が唯一絶対のもののはずなのに、「他人も『私』や『今』という言葉を使え、しかも意味が了解できる」。
つまり、「私」や「今」が言語化された瞬間に、レベルが一段階下がってしまい、唯一絶対のはずのものが、共有可能で相対的なものになる。それが成立することは正に奇跡的でスサマジイことである。

“全宇宙に生起するすべての事実が記されている巨大な書物を想定しよう。その本には、文字どおりすべてが書かれている。昨日私が東千葉駅で見かけた野良猫の、二〇〇四年二月二十一日正午における身体全体の毛の総数までちゃんと記されている。でもその本には、いつが今であるかは記されていない。その本の中の「全宇宙史年表」が時計機能をあわせもっていたとしても、その針は、それだけでは今を示せない。それが今を示せるのは、その本の外に(そして時間の中に)いるわれわれが、それを『いま』見ることによってだからである。
 同じことはもちろん「私」についても言える。その本には、だれが私であるかは書かれていない。全宇宙史年表の時計の針と同様、その本には各人の自己意識の記述があって、『私が』覗けば「永井均」と書かれているわけである。
 どちらも、この本にあらかじめ書き込むことができない。だから、この二つの事実は「実在しない」というわけである。神の意志が神の知性の中にはないように
。“p.144-145

今=私=私の世界=神の意志。 
世界=神の知性

“哲学者たちはいわゆる独我論の誤りをいろいろな形で論じてきた。しかし、逆の問いが手つかずに残されている。すなわち「それなら逆に、その他人たちは私ではないのはどうしてなのか?」という問いである。
「私と同じように心をもち、ただ個性が違うだけの人間に、私でないという根本的な違いが生じているのはなぜなのか?」――肝腎かなめのこの問いに、多少とも肉迫できた哲学者は、史上ひとりもいない。哲学の終焉とか哲学の生き残りとかを語る人々がいるが、私は哲学はまだ始まっていないと思っている。
もう一つの不満は、歴史上の哲学者たちがみなそうだったからであろう、下々の哲学徒たちまでが彼らの真似をして、彼らの下請け作業に没頭するばかりで、ふつうに生きていて素朴に哲学的関心をはぐくめば当然問題に感じてよいはずのこの問いに、だれも迫ろうとさえしないことだ。不可思議な事実のほうはまるで自明の事実であるかのように前提しておいて、それが不可思議であるということに驚嘆した不器用な誇張表現にすぎないいわゆる独我論なんか批判したって、何の意味もないことはあまりにも明らかではないか?
とはいえ、そうでもしなければとことん寄る辺ない存在になってしまう哲学者たちが、ほかのだれよりも伝統や風習や作法や定石(や徒党や流行!)に寄りかかってしまうことは、いまに始まったことではないし
、また同情の余地もあるので、しつこく責めるのはやめて、マクタガートをめぐる議論にもどろう。”p.150-151

p.166“ところで、一般に哲学においては、議論で劣勢にまわる側に魅力的な視点と深い洞察が隠されていることが多いようだ。劣勢とはつまり、問題が解決されない側、解決できない側で、それなのに相手の「解決」にはどこまでも納得できない側である。”

“≪どちらか≫一方が私≪なら≫他方は私ではない。これは前提である。このとき、≪どちらか≫一方だけが私でありうる、というのがカント的意味で、≪この特定の側≫が現に私になってしまっている、というのがライプニッツ的意味だ。後者だけに、神の意志がはたらいている。それは端的な現実を作り出し、そして跡形もなく消えるのである。

 神自身にもあてはまる
 この区別は神自身にもあてはまるのではないだろうか。神の知性と神の意志の区別は、神自身にも遡及的に妥当するのではないだろうか。神の現実存在もまた、神の本質と独立に考えられねばならないからだ。神の存在についての、いわゆる存在論的証明をめぐる問題は、そのことを示している。
 存在論的証明とは、たとえばこんなふうな証明である。「神は定義上完全である。ところで、もし存在しなければ完全さを欠く(完全ならば存在もまたするはず)。ゆえに、神は存在する。」こういう証明である。ん? 何か変だな、と誰でも思うだろう。
 この証明をする(読む)人が神の存在を完璧に信じているほうがおもしろい。まちがいなく存在するはずの≪あの≫神に、この証明は到達しえているだろうか。最後に「ゆえに、存在する」とされた≪その≫神は、現に実在する≪あの≫神だろうか? 論証された「ゆえに、存在する」の「存在」の意味は、現に存在するあの「存在」(つまり現存在)を指せているだろうか?
(ここまでp.175 中略)
 近代に入ると、デカルトが存在論的証明を復活させた。この伝統に対して、またまたカントが決定的な批判をおこなう。その趣旨は、「存在する」をその他の通常の述語と同列に並べることはできないというものである。定義上「立方体で赤くて軽くて小さい生き物」を考えると、それは定義によって立方体で赤くて軽くて小さい。その定義に「存在する」を加えると、それは定義によって存在もするようになる。つまり、それが赤くて小さいことが必然的真理であるのと同様、それが「存在する」こともまた必然的真理となる。しかし、そうなったからといって現実に存在するようになりはしない。それならというので、定義に「現実に」を付け加えて「現実に存在する」と定義してみても、定義上「現実に存在する」ようにはなるが、少しも現実に存在するようにはならない。「夢ではなく十億円持っている」という夢を見た人が、夢ではなく十億円持っていることにはならないように。そこにはつねに決定的な「断絶」(本章第2節)があるのだ。“
p.174-177≪≫は傍点の代役

言葉の世界の恐るべき特殊性。

“「我思うゆえに我あり」もまた、神の存在論的証明が成り立たないのと同じ理由で、成り立たない。
 まちがいなく存在するはずの≪この≫私に、この証明は到達しえているだろうか。最後に「ゆえに、存在する」とされた≪その≫私は、現に存在する≪この≫私だろうか? 論証された「ゆえに、存在する」の「存在」の意味は、現に存在しているこの「存在」(つまり現存在)を指せているだろうか? 先ほどの神の存在を完璧に信じている人と同じ問題がここでも起きる。

 神・現実・私・今
 私もまた概念と存在(本質と実存)の一致を実現することはできない。
 思うことによって存在が帰結するのは、思っていることが直接明らかな「私」だけであることをいくら強調しても、そのことはどの「私」についても言えるのだから、このコギト命題は結局「ある人思うゆえにその人あり」という概念的関係に還元されることになる

(中略)
 神が≪現実に≫存在することを証明するとは、この現実世界に神が存在することを証明することだろう。すると、神が存在しない可能世界もあることになる。このような存在の仕方は、神の本性に反してはいないか。そもそもそうした諸可能世界そのものが神の知性の内部にのみあるのではなかったか
 現実世界は諸可能世界の内の一つの世界であるにすぎない。ところが逆に、それらの諸可能世界はすべて、現実世界の内部で(そこに現実に存在するものを基にして、それを変容させて)構想されているにすぎないともいえる。だから、われわれはその現実世界の存在を「証明」することはできない。それは必然的に(あらゆる可能世界で成立するという意味での必然性よりももっと根本的な意味で必然的に)前提されるほかはない。すべてはそこから始まるのだ。
神はこの意味での(こういう二重性を持った)現実世界の創造者であるのだから、このことに対応して、同じ二重性を持つことになる。それは現実世界に現に存在するという意味では偶然的存在にすぎないが、同時にそのとこ〈引用者註。「そのこと」の間違いだろう〉によって必然的存在である。すべての可能世界はその内部にあるのだから。(ただし、神はその現実世界を超越したその創造者であるから、現実世界の存在とちがって、神の存在を前提にすることはできない
。)“p.178-180

「完全」(=「存在する」という設定)という「設定」がある存在ならなんでもかんでも存在を証明してしまう。しかも、その証明はGOD以外の完全な存在を認めてしまう。そして複数いる完全な存在同士を区別したり不在だと証明はできない。


言語は開闢を隠蔽する。逆に言えば、世界を開く。人称、時制、様相は、客観的世界の成立に不可欠な要件だが、それは開闢それ自体を隠蔽することによって可能になるのだ。「私の今の言語」――この言い方が、言語の内部ではその人称概念と時制概念に吸収されて理解されることになる。”p.222
読書メモ  :  trackback 0   :  comment 0