『もののけ姫』の元ネタの一つ。網野善彦『日本の歴史をよみなおす (全)』 (ちくま学芸文庫)
Posted on 2015.07.29 Wed 09:33:20 edit
今回の記事はいきなり完成版が登場した!
網野善彦(アミノ ヨシヒコ)〈日本の歴史をよみなおす〉
【要約】
・中世日本は農業国だと思われがちだが実際は違った。
・百姓は農民ではない。百姓=多彩な職業。
・処女に価値がなかった。
・カタカナは多くは神仏にかかわりのある文書に使われ、口頭で語られたものを書きとめる文字だった。
・古くから水上移動、水運は大変活発だった。
・金融は神仏の世界に属していた。
・穢れに対する畏怖が抜け落ち差別意識を生んだ
・『もののけ姫』の元ネタの一つ。宮崎駿は網野史観にインスピレーションを受けた。網野自身も『もののけ姫』を「ずいぶん勉強した上でつくられている」と評価。
・我々が感覚的に理解できる社会はどこまでさかのぼれるかというと、室町時代ぐらいまでが限界。ほぼ十四世紀の南北朝動乱以前=十三世紀以前、と以降とでは常識と思想の質にとてつもない隔たりがある。
つまり、十四世紀は大転換期。
第1章 文字について
・カタカナ=口頭、神仏、人ならざる世界
ひらがな=女性
漢字=男性、公的
算数の問題。
漢字、ひらがな、カタカナの三種類の文字を使うと、七種類の文字表現ができる。
唯漢字
ただひらがなのみ
タダカタカナノミ
漢字とひらがな
漢字トヒラガナ
ひらがなトカタカナ
漢字とひらがなトカタカナ。
江戸時代後期の識字率は平均して四割ぐらいだったらしい。特に、都会での識字率は非常に高い。
つまり、日本社会では、文字社会、文書の世界では均質度が高いといえる。
しかし、無文字、口頭の世界ははるかに多様である可能性がある。
文書を見ると、文字の普及≒ひらがなの普及、という形で進行していったことがわかる。
少数派のカタカナは、基本的には口頭で語られることばを表現する際に使われていたといえ、しかも、口頭で語られる言葉が文書にされる場合には、中世前期では、神仏と関わりを持つ場合が多かった。
例えば、カミ(ガミ)に何かを誓う起請文(きしょうもん)、告文(こうもん)、あるいはカミ(ガミ)に願い事をする願文(がんもん)、あるいは逆にカミ(ガミ)の語る託宣を書いた託宣記、あるいは夢を見たときすぐにそれを書き記す夢記などのように、シン仏とかかわりを持ち、しかも口頭で語られたことにかかわる場合に、カタカナが顕著に使われているとはっきりいえる。
カタカナ ハ カミ ノ コトバ ナノダ。
また裁判のとき、被告・原告の双方の発言を記録する場合、漢字にカタカナをかなり交えた文体で書かれることが多い。これを宣命書(せんみょうがき)という。
被告の白状を記した白状記にもこうしたカタカナ混じりの宣命書の文書が使われることが多い。
それから、はっきりしているのは、落書あるいは落書起請(らくしょきしょう)のほとんどがカタカナで書かれていること。
落書は、落とされることで、人のものではなくなり、人以外のもの、シン仏のものになってしまうのでカタカナ書きだったらしい。
落書起請(らくしょきしょう)は、たとえばある集団の中で誰かが盗みをやったとする。しかし誰も白状しないときに、カミ様に誓って偽りを言わないという起請をして落書を書き、無記名投票で犯人の指名をしたりしたそうだ。落書自体が(人間が書いたとしても)シン仏の声であり、これを更に制度化したのが落書起請であり鎌倉中期ごろからみられ室町時代にいたるまでほとんどカタカナ表記。
以上でわかるように、カタカナは、文書の世界では基本的に口頭で言われた言葉を記す文字であり、しかも中世前期には、そのような口頭で語られることを文字にするのは、シン仏に関することが多かったので、必然、神秘的存在や超常存在にからむことになる。
シン仏に関係なく、音を耳で聞いて書きとるときもカタカナが多く使われたそうだ。
カタカナは画数が少ないし、漢字やひらがなよりも早く書けるからかもしれないが。
また、何かを訴える申状(もうしじょう)の中にもときどきカタカナで書かれたものがある。ただし、鎌倉時代の正式の百姓申状の多くは漢字表記。
漢字を使わずカタカナ表記だからといって、幼稚ではないことを念頭に置かないといけない。はじめに習うのがひらがなとカタカナだからといって、馬鹿にしてはいけない。
また、日記というその日に起こったことをその場であるいはすぐあとで記した文書、もカタカナ表記が多い。
実は、寺院関係に伝わった本にカタカナが多い。おそらく、漢文の訓点として使っていたからだと思われる。実際、ひらがな表記の和歌も、僧侶が書くとカタカナになったりする。
禅僧や儒学者もカタカナを江戸時代でもカタカナを多く使っている。
もしかして法律文が昔は漢字とカタカナだったのは以上が理由かもしれない。
まとめ。カタカナは特別な場合に使われるのであり、庶民はあまり使わない文字であった。
(カタカナは早く書く必要がある場合に重宝されたのでは?
そもそもカタカナもひらがなも漢字の簡略化だし。どこがヘブライ語だよ!
中ユ同祖論の提唱者にして日ユ同祖論の原型を作った17世紀のイエズス会士ロドリゲス『日本教会史』
と茶の湯とキリシタン大名とキリスト教人脈と大河ドラマ
と大日本皇道立教会
と鹿児島版田布施の加治屋町
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-90.html
日ユ同祖論と中ユ同祖論の発明者(原型含む)は17世紀のイエズス会士ロドリゲス。
日本のことなのに日本語版Wikiには書いていないうえに、日本語版では日ユ同祖論の起源が明治期のマクラウドだという嘘を書いている。
佐伯の同祖論を支持したのはキリスト教徒。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-83.html)
・ひらがな
=女文字
であり、女文(をんなぶみ)という独特な文体できてきて、すぐれた女性作家文学ができる。
前近代に女性が優れた文学を残す例は世界的にみても日本だけだと思われる。
琉球国王が、日本国王である室町将軍家に手紙を内々に送ったときはひらがなを使っている。ただし、受け取りと返事は女房が書いたのでやはり、ひらがなと女性は不可分と言える。
女流文学が生まれたのは転換期以前すなわち十四世紀まで。室町以降は全然出てこない。
ひらがなははじめは女性が使い、それを男性が取り込む形で普及していった。
男性は、平安から江戸までずっと、公的な世界では漢字を使っている。
公家でも武家でも漢字が正式。
鎌倉への出先暴力担当機関(いわゆる鎌倉幕府)の関東下知状(かんとうげじじょう)などの裁判の判決所はすべて漢字表記。証拠書類はひらがな表記が多いのだが、判決文に書く際にはわざわざ万葉仮名=漢字、になおしている。
江戸時代の百姓(農民じゃないよ)の名前に極めて多い、兵衛、右衛門、左衛門、右馬丞などはみな文書主義律令官職名の変形なのか、漢字表記なのは意味深い。男性名だし。
男性がひらがなを使い始めるのは当然、私的な書状からはじまる。
譲状という、財産を譲るときに作られる中世独特の文書(江戸時代になるとほとんどなくなる)はひらがな表記が多い。
室町時代以降なるとひらがな混じりが爆発的に広まることと関係があるのだろう。
(日本は識字率が高かったらしいので、文字を利用した統治が意識して行われたそうです。高札なんてまさにそう。江戸時代の村請制は、数値計算と読み書きができないとできないことでした。
識字率は、支配層はほぼ百%で、庶民は富裕なら高かったでしょうね。あれ、これだと世界共通の傾向ですね)
ちなみに、鎌倉時代までは字がきれいだが、室町以降はきたない字が増える。文字に対する畏敬の念がなくなり、実用道具と捉えるようになったからかもしれない。
(『どちりなきりしたん』は漢字がほとんどないから読みにくかったなあ。
「どちりいな-きりしたん」16世紀にGODを神と訳していないし、loveを愛と訳していない。偽書を見抜こう。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-21.html)
・明治になると、カタカナがとたんに増え始める。
法律と軍隊では言わずもがな。初等教育で最初に教えられるのはカタカナ。ひらがなじゃないよ。
しかし日常世界の庶民はひらがなが支配的。
(パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月17日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p26 それでは、このような少数派の片仮名は、どういう用途で文書に使われているかということですが、基本的には、口頭で語られることばを表現する場合に使われていたといえます。 ← 振り仮名や外来語が片仮名である理由かもな。
p46 たとえば明治になると、とたんに片仮名がふえはじめる。法律と軍隊の用語には、片仮名がもっぱら用いられますし、初等教育にも片仮名が最初に教えられるようになります。 ← 大日本帝国憲法や民法が漢字+片仮名である理由かもな。)
第2章 貨幣と商業・金融
・拝金主義(文字通り)。
昔々は、土の中は異世界だったから、埋めるとお金は人のものではなくなった。
(今なら、土の中にお金を埋めれば隠すためであり所有権は失わないと考えるでしょうね。
雲の上(見えない)、土の下(見えない)、地上(見える)の三世界が明確に存在している神話って結構多い気がするなぁ。
お金は、紙や金属片に「信用」なる呪術を施して、共同幻想を作ることで成り立っている。
信用創造という国際キリスト教金融資本の金融兵器の根源。
宗教兵器はキリスト教。ユダヤは単なる実行部隊)
・日本で本格的に金属貨幣が鋳造されるのは八世紀はじめ、和同開珎なる銅銭、銀銭がつくられたのははじめだとされていて、それ以来、いわゆる皇朝十二銭という貨幣シリーズが十世紀中ごろまでつくられる。
しかし、金属貨幣がはじめて本格的に流通し始めるのは、十三世紀後半~十四世紀ごろ。
かなり遅く感じられる。
貨幣の鋳造は中国制度の需要にともなっておこなわれた側面と、財源確保の側面などがあるが、調・傭などの貢納に用いられたりしたものの、実質的に社会の中に貨幣が流通したにはしたがほぼ畿内に限られていて全国(範囲に注意)的には流通しなかったらしい。
(貨幣鋳造は権威を示し、財源不足を補うため。
財源に困った日本律令王権は財源が欲しかった。
当時は実物でありお金じゃないことに注意ね。
貨幣制度では、金属片や紙切れを渡して実物を得ることができるので、物々交換のために相手に実物を渡さなくて済みます
……って今の白人キリスト教徒のロスチャイルドを盾にする欧州貴族勢力の銀行家と同じ手口ですな。
しかし、日本律令王権は蓄銭叙位令出しても失敗しました。そもそも商品生産量が多くならないと貨幣を使うメリットが薄いので当然と言えば当然。豪族からすれば、なんでこんな金属片貰って実物渡さないといかんのかというわけです。
張り子の虎を渡して本物の虎が欲しい!
アイボリー @mrunsmily 2014年6月13日
お宝鑑定団は、鑑定家達の魔術を披露する番組という様にもとれる
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 8月26日
価値を与えるマジック(魔術+呪術)
①鑑定。支配者が持つ資産=芸術品の価値を上げる。
②信用創造。持っていないお金(無)を貸し付け、返せと要求する、原罪と同じ原理の錬金術。
葉っぱをお金に変える狐(稲荷大社=和風キリスト教の神道詐欺師)に化鹿される話は真実。
@mrunsmily
kS @Jd805 8月27日
@kitsuchitsuchi @mrunsmily 神道詐欺というと、戦前からあったとされる稲荷系神社は全て嘘なんでしょうか?
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 8月27日
@Jd805 @mrunsmily 神社が天皇を動かしたのは嘘。愛染寺が伏見稲荷大社の社殿造営や修復、勧進、出開帳を管理した。仏教徒の天皇と本地垂迹説=仏教圧倒的優位、門跡寺院はあるが門跡神社はないことを隠す為に、神道=和風耶蘇教の儲のガーター勲章持ち偽天皇をクリスチャンが捏造。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 8月27日
@mrunsmily 蓄銭叙位令の目的は流通を促す為という説明は一面的。
真の目的は財源=現物確保。物々交換=等価交換が嫌で一方的に財産が欲しい朝廷は、金属片を貯めれば位が得られるようにする。等価交換ではないと理解していた人々にはあまり効果なし。朝廷も金融詐欺で財産を奪おうと画策。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月14日
@makeanovel 葉っぱをお金に変える狐や悪い魔法使いが心を操っているお話は本当のことを喩え話で伝えているのだと教えたり、真偽の判断基準を教えたり、嘘だらけだけど本当のことも良いものもあるとセットで伝える等バランスが大事。不登校は実はまとも。学校は定時奴隷労働者の訓練施設。
風の子 @makeanovel 10月14日
ふむふむ、とても役にたちます。なるほど昔話や童話みたいなのには、そういう真理が描かれていたんですね。そういえば狐が作ったんじゃないけど、今私達が価値があると信じてる貨幣ってほんとは・・・みたいに気付けますね。納得。 @kitsuchitsuchi)
・そもそも少なくとも律令時代の日本人は貨幣を、今日つかっているような意味では認識していない。
流通と交換価値としてではなく、和同開珎は、一種の呪術的な意味をもった使われ方もしている。たとえば、寺院を建てる際の基壇(=敷地面より一段高くつくった建物の基礎)に和同開珎を必ず置いたりしたり、あるいは美濃国(岐阜県南部)の不破の関の発掘すると和同開珎が建物の隅に置かれたりしている。
儀式や呪術にも使われた。
要は、貨幣を今のように使う必要がなかったということ。
律令政府の力が弱まって来る十世紀移行には、日本では貨幣が鋳造されなくなる。貨幣が鋳造され流通するには統一国家が必要であり、相応の国力が必要なので当然と言える。
当時も、交換価値としての貨幣として絹や米が使われていて、十二世紀半ばまでは確実に続いている。
ところが十二世紀後半~十三世紀になると、平清盛が力を入れた日宋貿易もあいまって、本格的に宋から銭が流入して来る。
かといってすぐさま交換価値として使われたというわけではなく、十二世紀後半の清盛の時代、疫病が流行すると、この病は銭のせいだと「銭の病」といううわさが広がったりした。
価値尺度としての銭も広まって行ったが、米を基準に価値判断することはずっと続いていくことになる。
兼好法師が書いたらしい徒然草なる書物には、銭を「君のごとく神のごとくおそれとうとみて、従え用いることなく」という話があるように、文字通りの「拝金主義」、呪物的扱いがされることも十三世紀後半~十四世紀にあったりする。
が、十五世紀となると銭は支払いや交換手段として広く流通するようになる。
文字の普及と共に貨幣の普及も、全国均質化を促進し、日本人なる民族が形成されていく。
(兼好法師は神社出身なのに仏教に帰依して出家と言うよくわからない人なのですが、仏教国教時代にも神社と神道は権力があって仏教徒の天皇にものすごく影響したよという嘘の存続のために利用されているのでしょうね。でも兼好「法師」だからね。陰陽師ですら仏教徒なのに。
"12世紀後半の清盛の時代、疫病が流行すると、これは「銭の病」だ、貨幣を使うようになったために起こった病だという噂が広がるような、金属貨幣を呪物として見る意識が強かった"
が、日本人が拝金教信者だらけになることを防いでいた理由の一つでは?
神仏の世界と金融の関係は、宗教と金融の関係に繋がります。
宗教家が金融やると禁欲の教えがあるから欲望の暴走をある程度抑えられていたけど、商人が金融やると欲望の暴走が止まらなくなり超悲惨になります。
商人がカルトを作っているのは、宗教=キリスト教が銀行を牛耳っていることを知っているからでしょうね。
金を支配するなら宗教が一番ってこと。
大企業=カルト。
ブラック=違法企業=カルト。
ブラックと言うな、違法と言え。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 7月23日
つーかなんでヌッポンの「保守」思想はプロテスタントのカルヴァン派の過激派の労働教&経済合理至上主義&拝金主義が入ってるんかね?明治以降の売国奴だけど西洋を批判した文化人 は、西洋の経済合理主義や強欲主義は獣のようだと激しく批判してるのだけどね。保守ってなんだよ?
エドマンド・バークの「保守」の定義は先祖伝来の価値観だ。ヌッポンは拝金主義や労働教は先祖伝来の価値観ではない。江戸時代末期にヌッポンにやって来た外人は日本人は怠け者だと書いてるからな。戦前もだけど、戦後ですら金儲け至上主義的な価値観は商業の世界でもかなりタブーとされたんだよ。
日本の「保守」とやらの異常さを見れば、エドマンド・バークがかなりマトモに見えるぞ?(笑) バークは立憲君主制支持者でリパブリカンだから、王権の正当性は訴えるけど、絶対王政とかは認めないし、ましてや革命なんてご法度という立場だ。それに比べて日本の「保守」は極左にしか見えない。
そもそも日本の支配層だった武家は藩校で朱子学や儒学を学び四書五経を読むわけですよ。儒教では商業は地位が低いとされてたから士農工商という事になるわけ。だからヌッポンの伝統が経済合理主義や拝金主義なんてありえないんです。もし今の特権階級が本当に保守なら何でミッションスクールに行くの?
本当にヌッポンの「保守」が本物なら、ミッションスクールなんか行かなくて昔から続いてきた学問を重視するよね?で、商業の上に倫理観を置いてそれをコントロールするよね。少なくとも戦後のしばらくまではそうだった。で、何で今の「保守」は金を稼がないと死ねみたいな発想になるわけ?
王王大栄 @ououdaiei 7月23日
@lakudagoya そのとおりですよね。保守の多くが心酔する維新志士たちは陽明学者の松陰に、四書五経と兵法をベースにあと知識として世界の知識を学んだわけです。基本は漢籍古典、儒学と兵学です。のにね・・・日本の保守とは「欧米人を保守する。」てことでしょう。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 7月23日
@ououdaiei そうそう、日本の「保守」という連中はクリスチャン臭い価値観で、儒学や陽明学なんて知りもしない連中です。もし江戸時代的な保守(笑)なら中国や韓国を見下すわけないですし、こういった日本古来の学問が失われたことは困りますね。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月16日
@makeanovel @onigiri3_ 英国WASPの救貧院=強制労働施設で分かるように、資本主義を発展させたプロテスタントはカトリック以上に奴隷労働肯定。勤勉な日本人を白人は褒めるけど、クリスチャンでもそこまでできない(苦笑)って感じですかね。日本人は無自覚クリスチャン。
風の子 @makeanovel 10月16日
日本の土壌にキリスト教は異質すぎるのでそのものを布教しないで、キリスト教の中身だけをキリスト教とはいわないで日本人になじみやすいものを利用したりして伝播したんですかね。ほんと自覚ないまま欧米のもの好きでした
RT @kitsuchitsuchi 日本人は無自覚クリスチャン。
Orphe @orphechin 2012年12月15日
最近の東の低所得層に対する扱いは実際ヴィクトリア朝めいていてコワイ。家のない人間を救貧院という名前の収容施設で強制労働させてた連中とどう違うのか。
ぽぽやまぽっく @ysm111 2013年7月5日
イギリスっていうと産業革命の頃に救貧院でホームレスを強制労働させたりしてたわけだよな
パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月17日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p50 また支払手段、流通手段としての貨幣というだけではなくて、和同開珎は、一種の呪術的な意味をもった使われ方もしております。 ← 経済人類学みたいな話。)
・中世の市庭(いちば。市場)は、モノとモノとの贈与互酬の関係を断ち切るための場所だった。
虹が立ったところに必ず市場を開け、という慣習が昔からあったことは(藤原道長の邸宅に虹が立ったので市場をそこで開いているほど守られていた)、虹をこの世と別の世とをつなぐものとしてとらえる観念が浸透していたを示しているように思われる。実際、市場は、山と平地の境目や、河原など聖なる世界に近い箇所で開かれるのが普通だった。
俗世から離れさせる市場(=カミガミの世界)が登場するまでは、モノとモノの交換には必ず人間関係がつきまとっていた。それではいわゆる商品経済にはなりえない。そこで特別な機能をもつ市場があらわれ、モノに付随する属人的な人間関係を断つところとなる。
市の場では、モノにせよ、人にせよ、いったん、神の世界のものにしてしまう。誰のものでもない。その上で、モノとモノとの交換が行われる。モノも人も、世俗の縁から切れた「無縁」の状態になる。
市場は、「歌垣」の場にもなる。男も女も、妻や夫との俗縁が切れて、自由に性交渉ができる場ともなる。
市場の無縁度合いは現代からみればスサマジイ。
市場で殺人がおこれば、その場だけで処理し、決して被害者の親族の報復はしてはならない場所だったほど。
(網野善彦が他の著作で盛んに述べている「無縁」「楽」システムも、この市場の中から生まれてきました。
縁を断って無縁にし、別の関係にすることが市場(市庭)の隠れた機能でした。
パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月17日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p56 そしてこれによってもわかるように市場は、神の世界と人間の世界、聖なる世界と俗界との境に設定される、と指摘しておられます。 ← お寺や神社での縁日の延長みたいなものか。)
・日本における金融(利息で儲ける)の起源は出挙(すいこ)。
出挙は、稲作と結びついており、最初に獲れた初穂はカミに捧げられ、神聖な蔵に貯蔵される。この蔵の初穂は、翌年神聖な種籾(たねもみ)として百姓に貸し出される。収穫期が来ると、百姓は蔵から借りた種籾に、若干のカミへのお礼の利稲(りとう。利息のいね)をつけて蔵に戻す。この循環が出挙の原理。。
(要は、借りた側は借りた量よりも多く貸した側に返せということ。
カミを介在させるあたりに、なんか教会が寄付しろと盛んに言うのと同じ雰囲気を感じるね。ヨーロッパではキリスト教徒は利息取れないようにし、「ユダヤ」という「職業」に就かないと利息を取って儲ける金融をできないようにしたのであり、カミでなくGODという違いはあるけど)
律令政府は公出挙(くすいこ)という、国衙の蔵に納められた租稲(そとう)を元本として春に百姓に貸付け、秋に利稲(利息としての稲)をつけて蔵に返済させるという、利息税とでも言える制度があった。
かといって国家以外も出挙はしていた。
金融はシン仏的、宗教的、俗ではない領域の行為だった。
神物(しんもつ)、仏物(ぶつもつ)の貸付は室町以降も続いていて、祠堂銭(しどうせん)といわれる、仏のものとしてれらに寄付された銭を貸し出すという形で低利息の金融が行われている。
(超絶儲かるね。
しかも地面に埋めるだけで無主になってしまうから幾らでも悪用できるね)
・公益や金融業を行う商人や金融業者は俗人にはできず、必然、神仏の直属民という「外れた」人々が担うことになる。
つまり、カミ直属の「神人」(じにん、じんにん)、仏直属の「寄人」(よりうど)、シン仏に準ずる天皇の直属民「供御人」(くごにん)といった「神仏の奴婢」である。
(ヨーロッパでも日本でも、金融と宗教と王族は不可分!)
ちなみに交易を行う人や芸能民も、シン仏や天皇に直属民の地位を得ていた。
例えば、鋳物師(いものじ)は十二世紀以降に、殿上で使う鉄の燈炉(とうろ)を天皇に献上する代わりに、全国を自由に遍歴して鉄や鉄器を販売する特権を認められていて、蔵人所燈炉供御人という長ったらしい名前で呼ばれた。なお、当時は手工業と交易は分離していなかったので(作る人と売る人が同じ)、商人=手工業者、だった。
博打は芸能に入る。確率はシン仏の意志のあらわれ。
(芸能界は裏社会なのは古代から変わりません。遊女や白拍子もね。
日本の歴史をよみなおす(網野善彦・聖なるものから世
http://ameblo.jp/lully-moliele-1660/entry-10550157401.html
”商人や職人の場合も、同じように交易はしだいに、世俗的な行為に転換していきます。商人と職人とはしだいに分化していき、まだ神人、供御人の身分は残っていますが、商業それ自体は世俗的な行為になっていったものと思われます。
職人にそくして一例をあげますと、十三世紀の後半以降に成立したと考えられる「職人歌合」という絵巻があります。何種類かの職人が左右に分れた番いになって歌を詠みあい、それを判者が判定をするという歌合の形式をとりながら、いろいろな職人の職能を歌と絵で示しているもので、江戸時代には「職人尽」として、広く世に流布することになっていくのですが、おそらくとも十三世紀後半から十四世紀にかけて成立した「職人歌合」は、神仏との関係をもつものになっています。
その一つの「東北院歌合」は、東北院でおこなわれた法会に職人たちが集まってきて、そこで歌を詠みあったことになっていますし、「鶴岡放生会職人歌合」は、鶴岡八幡宮でおこなわれた放生会の時に集まった職人たちが歌を詠むというかたちになっており、神仏とのかかわりで、職人歌合が行われたという形式になっています。
この歌合では、二種類の職人が左右にわかれて一番をなしているのですけれども、この二種類の職人が番いにされるに当たっては、何かの理由がかならずあるようです。
たとえば、しばしば鍛治と番匠が番いになっています。番匠は木工、現在の「大工」にあたりますが、なぜそれが鍛治と番いをくんでいるかというと、当時の鍛治は刀鍛治よりも釘鍛治が一般的で、釘や鎹をつくっていたのです。ですから鍛治は建築工として、神社や寺院に所属して寄人などの地位をあたえられています。鍛治が、建築の工人だったから、建築の中心的な職人である番匠と番いをなして現れるわけです。
このように、番いに組み合わせられた二種類の職人は、みなそれなりの理由があるのですが、興味深いのは、「東北院歌合」で巫女と博打打が番いにされている点です。そもそも博打打が職人歌合に登場するということ自体、十三世紀以前の社会の特徴が非常によくあらわれていて、おもしろい問題がそこにあるのですが、おそらくこれは博打打ちも巫女も、一方はさいころで、一方は神かかりによって、神の意志を伝える。そういう職人として番いににされているのですけれどもはないかと私は思うのです。
博打は、一面では社会の中で禁圧されていますけれども、他方で、籤と同じような意味もあったのだと思うので、博打は芸能であり、博打打ちにもそれなりの「道」??博打道があったことは、当時の史料の中でもはっきりいわれています。平安時代の末、「双六別当」「巫女別当」という役職が、加賀国の国ガにあったことがわかっており、京都の朝廷の官庁にも、双六打、博打打や、巫女を統括する役所があったことは確実です。実際、上皇の妃である女院がお産をするとき、祈祷師(験者)のうしろに、悪い「物の怪」をつける「物付」になった巫女がいるのですが、そのそばに双六の盤がおいてあるのです。そして巫女は「博を打つ」、多分さいころをふっています。これも民間でも行われており、博打打と巫女は宮廷でも密接な関係があったのです。
このような意味で博打打も巫女も職人の一種と考えてよいので、両者が番いにされているのも、こう考えれば当然のことです。そして十三世紀につくられた初期の職人歌合が、手工業者、商人、あるいは芸能民などの「職人」を神仏とのつながりのなかでとらえるとらえるいう見方に立っていたことは、この事実を通してはっきりとうかがうことができると思います。
(66.67.68頁より抜粋)”)
※供御=天皇や貴人の食べるもの。
(つまり供御人=支配層が〔精神的に〕食べる人≒生贄ってこと?)
・外れた人々は独特の服装をしていてそれが関所でのチェック項目になっていた。自由通行の特権衣裳。
山賊や海賊も手が出せない。
神人や供御人自身や持ち物を傷つけたり殺したりすると、大変厳しい罰を受けなくてはならないと考えられていて、彼らの死骸のある場所はそれ自体が聖なる場所となりシン仏の所領とされた。
なので、年貢取り立てに起用することもあった。
以上のような特質は、十四~十五世紀以降から大きく変わっていく。
だんだん、俗的になっていく。
・室町時代となると、金融、勧進等などによる寺院の経営が始まる。
鎌倉新仏教系の寺院に多い。禅宗、日蓮宗、律宗、浄土宗、時宗など。土地の所領はあまり持っておらず、特定の檀家や有力な外護者(げごしゃ)からの土地の寄進を受け、その力で維持していた。氏寺などとは異なる。
第3章 畏怖と賎視
・八世紀になると、律令国家が動揺し始めるせいで浮浪者や逃亡者などがたくさん出た結果、重病人や捨て子が問題になったので、非田院、施薬院(せやくいん)を作り、国家の力で救済した。光明皇后の仏教への帰依が原動力。
(税を納める人員確保の目的もあっただろうね)
・平安時代、非田院にいた人々に新生連という姓を与え、都の戸籍に載せて一戸の家とする。
奴婢ではなく、一般の良民、平民として扱われるが「新生連」という印のせいで、一見して非田院出身とわかるようになっている。
(戸籍見たら養子だとわかる今の制度みたいだ。
特別養子だと養子だと分らないようにするけどね。
法律定義集bot @eightspan_crow 7月22日
【特別養子縁組】…家庭裁判所の審判によって幼少時の養子につき、実方との親族関係を断絶し、実体的な法律関係のみならず、戸籍上も養親の実子として取り扱う特別の養子制度。戸籍の父母欄には養親の氏名のみが記載され、続柄も実子と同じように記載される。普通の養子縁組の要件より厳格
じゃがいも @_potato_0723 7月2日
特別養子縁組は両親との関係を断ち切ることができて、年齢制限あり
普通の養子縁組は両親との関係を断ち切らないで、両親、養親ともに存在し戸籍上は養女、養子となる年齢制限なし 私はここが大きな違いだと思ってる)
・ケガレとは、人間と自然のそれなりに均衡のとれた状態に欠損が生じたり、均衡が崩れたりしたとき、それによって人間社会の内部におこる恐れ、不安と結びついている、と考えることができる。恐らく死の不安や恐怖。
・十四世紀までの非人は、江戸時代の被差別部落とは異なる。
神人・寄人と同様、一般の平民百姓とはっきり区別されていた上に、神仏の「奴婢」として聖なる方向に区別された存在だったので、迫害されるだけの身分ではなく、畏怖や畏敬される一面も持つ。
よって不自由民である下人、すなわち世俗の奴婢ともまったく違う存在だった。
畏れられていたケガレを清める力をもつ聖別された職能民として位置づけられることもあった。
俗人には清められぬのじゃ。
南北朝前期の史料に「河原細工丸」といわれる人々が出てくる。長者に率いられて祇園社に属し、「裏無」(うらなし)といわれる履物を献納していた彼らは、「清目」とも呼ばれていた。
斃(へい)牛馬の葬送・解体・皮の処理や、牛や馬の死に伴うケガレの「清め」も河原で行っていた。ケガレを境目にて水に流す。
また、南北朝以降の史料には、井戸を掘ったり、大きな石や樹木を動かすなど、土木作業に携わったりしているのは、自然に対する畏怖の念が強く、自然を大きく改変する事に極めて慎重だった。
井戸を掘る際に陰陽師や河原者が関わっていたらしい。
ケガレ祓い。
・放免とは、広い意味の非人であり、獄舎につながれた後、放免された人々。着釱(ちゃくだ:足枷をつけている人々)とも呼ばれている。
放免された後、天皇直属の検非違使庁の下部(しもべ)にされて蛇の道は蛇だからと利用された。
童名(わらわな)という、幼名に「丸」をつける慣習がある。
しかし、放免は、例外なく「丸」をつけている。大人でありながら「丸」を名乗り、髪形などの姿形も童姿の者たちがいる。たとえば牛飼い。牛飼童。
童は、聖俗の境界にある特異な存在と考えられていたので、名前自体に聖性を持たせた。
(言霊ですね)
牛飼童の髪型を絵巻物で見ると「本鳥(もとどり)」を結ばずに髪を長く流して途中を結んだ髪型でポニーテールみたいな感じだ。ときには顎髭などをはやしている。
当時はもとどりを結んで折烏帽子(おりえぼし)をかぶるのが平民の成年男子の髪型なので、もとどりを切られてざんばら髪、蓬髪にされることは、平民の成人としての地位を剥奪されるほどに重要だった。
本鳥切りという処罰があったほどであり、もとどりを切るのは大きな侮辱を与えることであった。
ところが牛飼はもとどりを結っておらず童姿だった。
八瀬童子(やせどうじ)という、貴人の輿や柩をかつぐ人達が京都の北に住んでいた。かつて大正天皇の柩を誰が担ぐかで問題になったが、結局、京都の八瀬童子が担いだ。しかし皆が年寄りだったので重厚な柩をあわや落としそうになったりしたらしい。
昭和天皇の時も葬列に加わっている。
やせどうじの歴史は非常に古い。
平安時代、十一世紀後半には史料に登場する。
青蓮院(※)に属している炭焼きだった。畏れ多くも自然物を焼く仕事だ。
やせどうじはの名前には「丸」がついていて、恐らく子どもの格好をしていたのだろう。
伝承によると鬼の子孫らしい。
※青蓮院は、三千院(梶井門跡)、妙法院と共に、天台宗の三門跡寺院とされる。「門跡寺院」とは皇室や摂関家の子弟が入寺する寺院(神社じゃないよ!)のことであり、青蓮院は多くの法親王(天皇の皇子や伏見宮家などの皇族の男子で出家後に親王宣下を受けた者)が門主(住職)を務め、宮門跡寺院(門跡神社なんてないよ!)として高い格式を誇ってきた。
・中世前期までの牛馬は「畜生」や「四つ足」などとよばれて、卑しい動物という捉え方をされていなかった可能性がある。
絵巻物の牛は共通して恐い顔をしていて、ときによると牛飼を引っ張って疾走している。おとなしい動物だとは思われていなかったらしい。
要は野獣とみなされていて、それゆえに特殊な地位でないと扱えないとされたのかもしれない。自然物への畏敬だろう。虐待すれば天罰を受けるような獣だった。
・犬神人(いぬひじにん、いぬじにん、いぬじんにん、つるめそう=弦売僧)は、境内や御幸路の死穢の清掃などに従事した。
死者に対して贈られるものと副葬品を収入として取ると言う特権を与えられていた。
祇園社犬神人が現存する限り初めて登場したのは、日蓮の『御書』であり、嘉禄3年(1227年)の山門(比叡山延暦寺)の法然墓所破却が「犬神人(つるめそう)」に命じて行ったとある。
犬という言葉は卑しい意味ではなく、死者の物を取れる=俗ではない存在、という意味だろう。
(犬神人は死んだところが聖なる場になるから犬死にじゃないね)
「丸」は聖と俗の境であることを示し、呪的な力を与えたいときに名前に使うことがあった。
船や刀の名前に「丸」ってつける。命を預ける物だから。
楽器にも丸をつけていた。当時は音はシン仏をの関係でとらえていたから。
子どもの地位は特殊。七歳まではカミのうち。実際、平安時代末に、ある子どもが悪人を指名すると、上皇が本気で検非違使庁に命じて指名された人を捕まえさせることをやっているほど。
(鬼=キ=霊魂やゴースト。
中国語で鬼城=ゴーストタウン)
パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月20日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p113 野獣、あるいは野獣に近い動物は人の力をこえたものを持っており、それを扱う人びとも、ふつうの人と異なる特異な力をもっているという考え方がこの時期の社会にはあったのではないかと思います。
p115 むしろいまあげた「丸」をつけるものは、みないわば聖俗の境界にあるものであることに注意する必要がある。 ← 幼名(梵天丸等)、船の名前(咸臨丸等)、剣の名前(髭切丸等))
・『塵袋』(ちりぶくろ)という、鎌倉後期の古辞書における「穢多」の項目では、「キヨメヲエタと云フ」(清目=えた)、「根本ハ餌取ト云フヘキ歟。餌ト云フハシシムラ鷹ノ餌ヲ云フナルヘシ」(元々は鷹などを飼うための餌を取る職業を意味しており、それが転じて殺生を業とする者全般が穢多と呼ばれるようになった)、最後に「イキ物ヲ殺テウルエタ躰ノ悪人也」としている。
(カタカナ表記なのは『塵袋』が問答形式だからだろうね)
非人や河原者を「穢れ多い」悪人と見なす差別意識、卑賤視する見方が現れてきたことを示す。ケガレを恐れ、畏怖する意識が次第に消え、これを忌避しうる、汚穢として嫌悪するような意識が強くなってきた。自然がより明らかに人々の目に見えてきたために(文明化)、エタなどの人々へ抱いていた畏れの念が薄まり、忌避の念は薄まらなかったからだろう。自然観が変われば対応も変わるのだ。
一五世紀に入る頃、非人、河原者などの人々を「穢多」と呼ぶことが広まり、「清目」も差別語になった。一四世紀を境に、「穢れ」の観念について、かなり大きな社会的変化があったらしい。
・鎌倉新仏教とは、一三世紀後半の時期=ケガレに対する思想的な緊張のあった時期=ケガレに対する意識の転換期、に登場した、ケガレに携わる人々を救済する宗教である。
親鸞の「悪人正機説」なんてまさにそう。
『一遍聖絵』『一遍上人絵詞伝』には他の絵巻物と比べてもたくさんの非人、乞食が登場する。
浄土宗、一向宗、時宗、日蓮宗、禅宗、律宗は悪人、非人、女性に関わる悪、穢れの問題に、正面から取り組もうとした宗教であり、
時宗に関しては、ばくち打ちや童名の者とも近しい関係にある山賊や海賊などの悪党たちが高札を立てて、一遍の布教を妨害するなと宣言したので、三年間も妨害なしで活動できた。
対して、
『天狗草紙』では一遍がやっていることは天狗の所業だと悪罵し徹底的に、えた・非人らを卑しいとしている。
十三世紀末の思想対立がはっきり見られる。
被差別部落が東日本では非常に少ないのは東西の思想と慣習の違いによる。
東日本ではえな(胞衣)をなるべく人が踏んでいけるような戸口や辻などに埋めるが、西日本では、できるだけえなを遠ざけ床下に穴を深く掘ったり遠くの山に埋めたりした。
東は縄文的で、西は弥生的らしい。
東日本では罪人の首を武士が切り落としているが、西日本では放免あるいは非人にやらせている。
胞衣(えな)信仰
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/enasinko.html
第4章女性をめぐって
・鎌倉新仏教はほぼ共通して非人の救済とともに、女性の救済をもう一つの重要な課題にしている。
(中国語訳の仏典なので勝手に儒教的=男尊女卑、に改竄されています。原始仏教における、在家も出家も老若男女皆平等だという本来の教えに戻る運動とも言えるかもしれない。サンスクリットを教祖たちが読めたかは分らないので偶然かもしれませんけど)。
制度を考えるのに特に重要なのは、法律があるからといって守られているとは限らない。法律は単なる建前であり、実際は違っているかもしれないと常に念頭に置いておかないといけない。
明治になっても早いころの離婚率は非常に高いことから、江戸時代の離婚率も相当高いと推察できる。
江戸時代は夫だけが離婚権を持っているというステレオタイプは間違いで、妻の飛び出し離婚もかなりあったと思われる。妻が帰って来ないのでなく泣く離縁状を書く事態もずいぶんあった模様。
縁切り寺に行かないと離婚は絶対できないわけでもなかったらしい。
離縁状だけを見てしまうと、夫が妻に与える形なので誤解を招きやすい。
書く権利ではなく(しなくてもよい)、義務だった(しないとだめ)。そうしないと夫も再婚できない。
・神社や寺院に参籠して子供が授かった話があるが、俗なる関係(夫婦関係など)がない無縁の場所だったのでフリーセックスが行われた結果かもしれない。
・旅人は世俗と縁が切れている。山野・浦浜・市町・道路でおこった殺人事件などはその場にいた者だけで処理をしてかたき討ちのようなかたちで世俗の世界に持ち込んではならないとされたりした。
また中世、道を歩く女性に対して「女捕り(めとり)」、「辻捕り」が行われることがあった。強姦とは少し違う。少なくも建前上は強姦として法令で厳しく禁じられているが、あまり罪は重くない。貞永式目でも禁止されているが、「法師については斟酌あるべし」=坊さんなら(おそらく女性と性交渉の機会がない)事情を考えよ、とある。
道は聖性(性性?)を持っていたらしい。
・十世紀~十一世紀、女性の長者に率いられた、自立した女性職能集団として「遊女」が現れてくる。白拍子、傀儡とともに、神人、寄人と同様、天皇や神に直属する女性職能民だった。
(聖的なものは性的なものでもあるのです)
桂女(鮎売り女性)と大原女(炭や薪を売る女性)がいた。桂女は独特な被りものをしていて、一般人でないことが見ただけで分かるようにして遍歴している。
(パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月20日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p147 文書だけを見ていると、夫が離婚の専権を握っているかのごとく見えるのですが、実際は、むしろ夫は離縁状を書く義務があるといったほうがよい。 ← "三行半=低い女性の地位"という記述が高校歴史教科書からは削除されているかも…
p151 神前や仏前は神仏の力のおよぶ場所であり、そこでは世俗の縁が切れる。万葉集、風土記などに出てくる歌垣の場のように、そこには世俗の妻や夫の関係は持ち込まれない場所であり、(続)
p151 (続)それゆえに、男女が自由に交渉することができたと考えても、決しておかしくないのではないかと思います。 ← 祭りでの浴衣姿に発情するのはその名残りかも知れません。
p165 そうした聖なる倉である土倉の管理に女性がかなりの比重が現れるという事実は、女性の性そのものの特質とおそらく不可分の関係にあるのだと思います。 ← キリスト教世界では女性以外が子を産むのを禁じ、利子を認めなかったと(ヴェニスの商人)。)
第5章 天皇と「日本」の国号
・天皇という称号が安定的に用いられ、制度的に定着するのは、清御原律令制定の頃であり、持統天皇から。つまり持統天皇より前の天皇は天皇ではなく大王(おおきみ)と呼ぶべき。
日本という国号も、七世紀後半、律令体制が確立した天武大王、持統天皇のころ、天皇の称号とセットで定まったと考えられている。それ以前に日本も日本人も存在していない。倭人である。
ちなみに、柵封体制下では国号とは自ら名乗るのではなく中国皇帝から与えられるものだった。
(子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月30日
神道のお札の元ネタは道教のお札。
茅山道教を創始した陶弘景(5・6世紀。皇帝の相談役)は「道教は神道」と主張。
天皇崇拝は星崇拝であり太陽崇拝ではない(天照は誤り)。天皇は天皇大帝の略称。天皇大帝は北極星の神格化であり剣と鏡の二種を象徴として持つ。日本の皇室でも元来は二種の神器。)
桓武天皇は、天智大王系の天皇であり、八世紀、一貫して天皇および大王だった天武大王の皇統につながる人を全部抹殺して天皇となったことから新王朝の王とみる見解もある。その桓武天皇は昊天上帝(こうてんじょうてい)、天帝を祀る中国大陸風の祭祀をしているが、結局は自らの正当性を示す手段として使われていた。
(桓武天皇の母親は、百済系渡来人の高野新傘(たかののにいがさ)だったことも関係しているのかもしれません。
朝鮮半島に住んでいた人の血が天皇家には入っていることを偽天皇が認めたことを、統一教会や生長の家や神道政治連盟や日本会議の似非右翼の皆様は無視するんだよねー。
パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月23日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p186 まず、中国の律令制の骨格は儒教で、天命思想、易姓革命の思想(天子は天の命によってその地位にあるので、天子に徳がなければ、天の命があらたまり、天子の姓がかわる。王朝が交替するという思想)がその背景にあるのですが、(続)
p186 (続)この国家が律令制を取り入れる時に、この天命思想と易姓革命の思想は注意深く排除しているということが注目されます。 ← 中国共産党に"徳"はあるのか。
p204 実際、天皇の称号の定着した持統以来、江戸時代までの天皇は、二、三の例外を除き、みな火葬で、聖武以来仏式ですし、墓も泉湧寺をはじめ、寺院に葬られていたのです。 ← 再び火葬に戻ることは、先日ニュースになってた。
……
天命思想と易姓革命の思想を排除したのは、それらを理由に叛逆されないためでしょうね)
天皇の二つの顔
太政官という貴族合議体の頂点に立つ、公の王としての天皇の顔
各地の贄の貢進をうけとる律令には規定されていない、祭司や稲の王としての天皇の顔である。各地の生産者や職能者とモノを通して結びついていたりする天皇(家)。
おおやけ=大宅(共同体の代表である首長の家や倉)=公
公家=(古代では)天皇。
中世には、将軍=公方(くぼう)、
近世では、幕府・大名=公儀。
平民たちが、年貢・租税を廃棄せよというスローガンを公然と掲げたことは、古代から近世にいたるまでほとんど見られない。租税、年貢を減免せよ、軽減せよという運動は無数におこっているが、年貢をすべて撤廃せよという運動は見られない。
九世紀のころから宮廷行事に仏教行事が本格的に入り込んでくる。もともと僧綱(そうごう)という僧侶の統制機関が律令制の中に設けられていて、国家が僧尼令によって寺院や僧侶を厳しく統制していたのだが、大仏造営の過程で事態が大きく変わり、天皇自身が「仏の奴婢」とまでになってくる。
さらには天台宗と真言宗が登場しだしてくることもあいまって、十世紀以降になると神社と結びついた大寺院の力が非常に強くなってくる。
実際、天皇の称号が定着した持統天皇以来、江戸時代までの天皇は、二三の例外を除き、みな火葬で、聖武天皇以来みな仏式であり、墓も泉涌寺(※。せんにゅうじ。御寺[みてら]と呼ばれる)をはじめ、寺院に葬られていた。墳丘もつくられていないので、昭和天皇のような葬儀や墓は、明治以降にはじめられた。
(「古来の伝統」なんてものは簡単に捏造できます。
伝統=長く続いてきた、と言うなら仏教式じゃないとね。
神道式=キリスト教の変化形式)
※泉涌寺。
ウィキみると、京都市東山区泉涌寺山内(やまのうち)町にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院とあるくせに、後の記述で、泉涌寺は律を中心として天台、東密(真言)、禅、浄土の四宗兼学(または律を含めて五宗兼学とも)の道場として栄えたとある。天皇家が戒壇まで作った天台宗系じゃないの? 真言宗の戒壇って天皇家は作っていないんじゃないのかな。真言宗って途中で滅びかけているしおかしいね。
理由↓
“以前なんか「鑑真をやけに取り上げてる」と思った答えなんだけど、「たぶん」天台宗と鑑真の関係だと思う。【20080912】
天台宗はもともと、「北朝天皇の宗教」だったわけ。
で、鑑真=唐で新羅とも関係あるんだけどね。
これは歴代の北朝天皇の菩提寺である京都東山の泉涌寺(せんにゅうじ)も天台宗だったわけ。
1872年に真言宗に改宗させられてるけどね。
さらに鑑真と北朝宗教の天台宗でいうなら、鞍馬寺。(ここと繋がりが深い→貴船神社、貴船→賀茂で、神社全庁にも繋がる)。
鞍馬寺は、もともと天台宗で、神智学に影響されてスピリチュアル化した、今は鞍馬弘教、鑑真の弟子、鑑禎によって作られた。
この鞍馬寺が北朝宗教を微妙に継承し、神智学化したスピリチュアル仏教の巣みたいなとこと予想している。
神社全庁との関係があることでもわかるとおり、今の北朝=左翼と重なる左メソと、南朝支配の明治維新の根幹をなした坂本竜馬のように、その南北融合的なポジションにいたのが鑑真だったってことね。
北朝宗教=天台宗なら、簡単な構図でしょ?
明治維新の時、こういう北朝仏教を弾圧し、一部はこうやって融合した段取りをつけたのがどこかってことなんだけど。
北朝天皇のお墓、泉涌寺を廃仏毀釈で、一時は閉鎖寸前まで追い込み、そして「真言宗」に改宗させたことでもわかるとおり、その神道勢と一緒に天皇すり替えを加担した仏教部の中心が、あの真言宗の本山、「高野山」なわけです。
で、当時は絶えていた南朝正統宗教、真言密教の立川流を復活させてできたのが真如苑なわけ。
天台の教義には、法華経(円)+密(台密)・禅・戒という四宗兼学という言葉があります。
それなのに、その教義に「自分の宗派が一番!」と言い張ってた=対立していた真言宗が、同じ密教だから「無理やり」含まれたことにしてしまってるわけ。
もともと天台宗だった天皇家の菩提寺である泉涌寺が(調べりゃ誰でもわかる)、明治維新後にいきなり、この理論から「真言宗の泉涌寺派」などとなっちまってることから、簡単にわかることなんだけどね。“轍(わだち)【20101126】http://www.mkmogura.com/blog/2010/11/26/972
北朝鮮の核【20080912】
http://www.mkmogura.com/blog/2008/09/12/138
”P129の「次の標的としての北朝鮮そして日本」
まず、ここに慶尚道、全羅道の対立が書かれている。
韓国内での対立、慶尚道=新羅、全羅道=百済、高句麗=北朝鮮のことだ。
この人は、ちょいと北朝鮮のことを「良く言い過ぎ」な感があるが、高句麗と日本の関係は歴史的に見ても深いのは事実であって、その実例が書かれている。
こっから、左翼系?と勝手に判断させてもらったが。
「ひとつ、ふたつ、みっつ」、「やま」「たに」などの日本語の読み方が高句麗の言語からのものであること、
6世紀から8世紀ごろの話や、高松塚古墳、長野や福井、新潟の話、続日本記についてなど。
天智天皇が唐からの攻撃から高句麗を守るため、日本から水軍を派遣したこと、百済からの当時の亡命者のために朝廷に役職を増やしたことなど、壬申の乱などについても書かれていたりする。
これは、実に面白い。
知ってのとおり、日本は「南北朝時代」という言葉があるのでわかるとおり、「南朝」と「北朝」という、朝鮮から来た天皇を祭り上げて歴史を作ってきたわけだ。
さらに言うなら、
>創価学会の母体となった大日本皇道立教会は、南朝を正統とし、その皇道に沿った教育を行う趣旨の元で、1911年に創立された。
そういうこと、創価学会も南朝を掲げている。
昭和天皇と現天皇、靖国カルトを祭り上げてる奴らが慶尚道=新羅なら、創価学会は全羅道=百済になるのかな?ここらへんを今後調べてみたいと思う。
6世紀からの百済の移民が、明治維新後の移民推進に、どう関係してきたのかも。
以前、日本の在日の大部分が全羅道で、戦後の帰国を断った慶尚道とは違うのは書いたわけだ。まず、この本を読んで調べてみればよかった。
まあ、何かわかったら書くつもり。
歴史上、北朝と南朝が入り混じるので、あながち源氏と平氏の対立が今も続いているという話も嘘ではないようだ。
メソなどのイルミナティ勢力や外国からの明確な糸は明治維新からで間違いないと思うのだが。
正直、こんな状態で天皇を祭り上げてるのは、どうかと思う。
「日本という国体維持」に天皇が必要?馬鹿いっちゃいけません。
反権力的な生き方というのは、自分の生まれた土地で、「自分の目に映る大事な物を保守」し、「ない物は作り」「正しいことがわかるように教育し」、多数の反対意見と対立の中で「調和を目指す」ことですよ。
天皇という個人の人権を侵害して、「すり替え説」のように、権力の道具として、あちこちから利用され、奪い合うものに大儀はありません。
(…)
まず、イルミが作った社会主義のシステムを「世襲」でやると、とんでもない馬鹿国家が出来上がるわけだ。
それが今の北朝鮮である。
ただ、世襲が50%を超える安定多数の世襲民主主義である日本も、それに負けず劣らずの馬鹿国家である。
今の日本と北朝鮮の違いは、マーシャルプランにおける貿易黒字をアメリカのために捧げるための成長があったかどうかであって、民主主義、社会主義の違いというものが決定的根拠にはならない。
(…)
相手がイヤなことをしたら、こっちもする。利があるなら、同じぐらいの利で返す。
政治というか、国際間の綱引きとは、ただ、それだけなんだと思うが。
そのバランス感覚については日本は正直、低いと思う。島国だからかな?
これは、すべての国が「自分以外は敵」であって、初めて成り立つ。
共通の敵を作ると、歩調を合わすことになりそうだが、それが反共と共産主義、その他モロモロでアンバランス化するのは歴史が物語っている。
そんなアンバランスの先は、二元論の先であって、間違った答えとして統一された「新世界政府」があるわけです。
正しい対立と、多様性、そこから生まれる調和というものを考えなければと思うわけである。生物的な話だと普通のことなんだけど。
うーん、政治にも繋がる話なんだけど、対立しあって調和する中央銀行のシステムを考えなきゃ。
今のシステムでは戦争がなければ、調和は生まれないとも思ってるわけで。難しいかな?ここらへんの話は。
俺は戦争も武力も否定しない、搾取も人類削減計画も。むしろ存在自体は肯定する。それは対立の一種であり、多様化に繋がることだから。
でも、それ以外の「正しい対立」があると思うのよ。
周りに流されて生かされてるだけならば、北朝鮮の武器もって行列組んでる奴らも、餓死者も、今の日本に住む奴と何も変わらない。”)
・鎌倉幕府の評価における学者の派閥
鎌倉幕府は自立した国家の一つの型とする説は東京と九州の学者に多い。
京都朝廷の軍事部門担当の出先機関とする説は京都と東北の学者に多い。
邪馬台国論争では
東京の学者は九州説で
京都の学者は畿内説が多いらしい。
(古代の発音を考えると畿内説が正しいだろうけど。
やまたいこくって読んだ本居宣長のせいで無駄な争いをしてきたね。
当時の発音を知る為に古代中国語や古代朝鮮語を学ばないと駄目だよね)
鎌倉幕府の特性として
将軍は天皇によって任命される
元号は朝廷のものを使っている
官職体系は朝廷のものとはいえ、右大臣となった源実朝が公卿会議に出てないし、執権が右京大夫になっても京都の行政に関わっていない。
国号がない。
天皇の統治権が東国に及ばなくなった。
蒙古襲来後は九州にも及ばなくなる。
外交権も幕府が持っていたと言える。
天皇「職」は十三世紀後半以降、事実上幕府の意志で決まるようになってきた。
上記のような天皇家の実情をうけて、天皇家も勿論いろいろ改革したりした。
花園天皇や後醍醐天皇が、しきりに鎌倉新仏教(当時では日の浅い新興宗教的扱い)の流れを組む禅僧や、昔からある律宗を身近に呼び寄せたり、律僧の中でも真言密教に深く足を踏み入れた人、文観(もんかん)などを近づけている。
(明治になって、歴代の北朝天皇の菩提寺である京都東山の天台宗寺院である泉涌寺が真言宗に改宗させられたことと関係しているだろうね。
※文観
般若寺の律宗の僧で邪教とされていた真言宗立川流の僧。
後醍醐天皇に重用されて醍醐寺座主・天王寺別当となる。後醍醐天皇中宮藤原禧子の御産祈願と称して鎌倉幕府の調伏などを行っていた事が発覚し、元徳2年(1331年)には逮捕され硫黄島へ流罪。元弘の乱の後に鎌倉幕府が滅亡すると京都へ戻り、建武の新政から南北朝時代となっても後醍醐方に属して吉野へ随行し、東寺長者、大僧正となる。
※真言立川流
真言宗の超異端派セックスカルト。立川流の真髄は性交によって男女が真言宗の本尊、大日如来と一体になることである←これホント。
北朝の天台宗と真っ向から反逆する教義ですね。
敵の宗教を信仰はしませんよってことです。
さすが南朝正統宗教である真言宗異端派の立川流。
この宗教って遊女勢力と結びついてそうだ。遊女勢力は非人あるいは非人的性質を持っているからおかしくないし。
【08】「日本の歴史をよみなおす」第3回レジュメ
http://marunekodosemi.blogspot.jp/2015/06/083.html
”いわゆる平将門、藤原純友の乱で、純友は新羅の海賊とつながりを持っていたと思いますが、独自な国家まではつくりませんでした。しかし、将門の場合は、三ヶ月たらずではあれ、王朝の任命した国司を追いはらって新しい国家をつくり、将門自身は新しい天皇、「新皇」という称号を、八幡の神、菅原道真からあたえられるのです。そして、下総に都を置き、のこりの関東の七カ国に伊豆を加えた八カ国に、国司を任命して、東国国家を樹立します。東国はここで、京都の王朝の統治権からごく短期間であれ、完全に離脱したわけです。日本列島には決して一つの国家だけがあったのではなく、複数の国家があったことをこの事実がよく示しているといえましょう。[205]”
平将門の乱
3か月足らずだが、王朝の任命した国司を追い払って新しい国家を作った。
将門自身、「新皇」という称号を、八幡の神・菅原道真から与えられる。
下総に都を置き、残りの関東の七カ国に伊豆を加えた八カ国に国司を任命し、東国国家を樹立。
藤原純友の乱
藤原純友は新羅の海賊とつながりがあったと思われる。
瀬戸内海から北九州、さらに朝鮮半島との間の緊密な海上交通を基盤としておきた政治動乱。
大陸系仏教 陸路・土地・農業が税の基準 朝廷
VS
海賊系土着信仰 新国家 新宗教
網野善彦「日本の歴史をよみなおす」、第5章天皇と「日本」の国号のまとめと感想
http://ameblo.jp/pianoforte007/entry-11768496286.html
”「職の体系」、神人・供御人制と天皇;
「特定の職を特定の氏が世襲的に請け負う【職の体系】官司請負制といわれる体制が11, 12世紀には国家の体制として形成されてくる。これは王朝国家の体制ともいわれています。職の体系のトップに天皇がいるわけで、天皇は【天皇職】を世襲的に継承することになったといってよい」(200-201頁)
「このような王朝国家を支えた土地制度、租税制度が11世紀の中葉ごろから本格的に形成された荘園公領制という体制です」(201頁)
「荘園公領制の確立と並行して、11, 12世紀ごろに、神人・供御人制という職能民、非農業民にかかわる制度が確立します」(202頁)
仏教と天皇;
「天皇の権威も、在来の神だけではなくて、早くから仏教と深いかかわりを持ちつつ保たれていた」(203頁)
「13世紀の後半から、天皇が即位の時に、密教の灌頂の儀式を行う、【即位灌頂】という儀式をやっていた」(204頁)
日本列島には複数の国家があった;
「鎌倉幕府の評価については、これを一応自立した国家、中世国家のひとつの型として認める見方と、王朝ー京都の権力の出先機関として軍事的な部門を担当する、ひとつの権門にすぎないという見方とが対立しています」(206頁)
「王朝の官職は鎌倉時代にはまだ意味を持っていますが、幕府側の人に与えられた官職は、ほとんど形骸化している」(208頁)
「天皇の統治権が東国におよばなかったことは、重要なことで、やがて蒙古襲来後は九州にも及ばなくなります。さらに外交権も幕府が持っていたと言えますし、【天皇職】は、13世紀後半以降、事実上、幕府の意志できまるようになってきたことは十分注目しておく必要がある」(208頁)”)
・後醍醐天皇はとにかく思いきったことをやる。天皇主導のもとで新しすぎる宗教思想や外来思想を動員して、天皇の権威の危機をなんとかしようとした。
後醍醐天皇は「神人」や、シン仏に準ずる天皇の直属民「供御人」的な勢力を、非人まで含めて軍事力として動員したり、商業を掌握し、貨幣まで発行しようとしている(貨幣鋳造は統一王朝の権力を示す)。
江戸時代になって、武家に対する批判がでてきたとき、それに代わる権威は北朝ではだめだった。北朝は武家と野合し続けている天皇なので、持ち上げようとしても持ち上げようがない。南朝があったからこそ、はじめて武家に対して対抗しうる権威として天皇をかつぐことが可能になっているわけで、南朝の存在がなければ、これは不可能だった。だから、明治天皇は北朝の子孫なのに早くから南朝を正統とすることに決めたのだと思う、と筆者はいっている。
(いやいやいや自分の系統=北朝が正統でないと言うのはさすがにやりすぎでしょ。私は王になる資格なしって言っていることになっちゃうよ。
天皇家が非常に懸命に大切にしてきたのが正統性なのにね。
スクールデイズというゲームでは
南朝を正統とした桂太郎と同じ苗字のヒロインが人気投票一位で、北朝系の西園寺公望と同じ苗字のヒロインは不人気投票一位って明らかに操作されているよね)
・職能民の伝説には貴種流離譚伝説の形を持つものを含めて、起源が天皇であるものが多い。
鋳物師は近衛天皇
木地屋は惟喬親王(これたかしんのう)
被差別部落は醍醐天皇
遊女は光孝天皇。
(惟喬親王
文徳天皇の第一皇子。しかし、文徳天皇は皇太子として第四皇子・惟仁親王=後の清和天皇を立てた。惟喬親王の母が紀氏の出身で後ろ盾が弱かったが、惟仁親王の母は藤原良房の娘・明子だったからでしょう)
〈続・日本の歴史をよみなおす〉
第1章 日本の社会は農業社会か
農業社会ではない。
百姓とは普通の人々、一般人という意味。
たくさんの(百)姓をもった一般の人民。
古代は「おおみたから」と読まれ、農民の意味は勿論ない。
現在でも中国語や韓国語では百姓は文字通りpeopleの意味で使われている。
非農業民を多く含む。
農民は百姓ではない。
百姓は農民ではない。
百姓には海の民、山の民、廻船人も含まれる。漁業、塩業、林業などは無視する学会。
中央政府は農業を基本単位にしていたので、正式文書は当然農業本位になるから誤解が生じた。
江戸時代、年貢の賦課基準となる石高をまったく持っていた、つまり年貢の賦課される田畑を持っていない人を水呑といい、教科書では貧しい農民、小作人と言っている。
無高(石高なし)の百姓を「頭振」と呼ぶ地方もあるが、これは水呑と同じ意味。
水呑百姓が貧乏だとは限らない。土地がない≠貧乏、は現代と同じ。
土地を持てないほどに貧しい農民なのではなく、むしろ土地を持つ必要がない金持ちの多角的企業家は昔からいたのだが、彼らはずっと農地がない=貧乏、だと勝手にみなされてきたの。
村は農村とは限らないし、水呑(頭振)ばかりでも貧しい地域とは限らない。
江戸時代はに町と認められたのは、城下町や堺や博多のような大都市だけで、実質は都市でも大名の権力とかかわりのない都市は制度的には村とされた。
村とされ、検地され、田畑(石高)があれば百姓、なければ水呑だとされた。
農村ではなく山村や漁村では当然水呑ばかりになるが、貧乏とは限らない。
あと、昔の地形は今と全然違っていることに気をつけないといけない。
岐阜県は古代には大垣の近くまで海が入っていたりしたなど。
律令国家の班田収受では海の民にまで水田を与えようとしていたりするように、徹底して水田を基礎にした統治システムにしようとしていた。それは江戸時代までずっと続く。
江戸時代には、田畑や屋敷、山や海、塩の収入までも米に換算したほどに徹底的。
そのせいで、農業が本業でない例えば廻船交易(船商売)する人までもが、本業は農業で、船商売は副業(農間稼ぎ。のうまかせぎ。作間稼ぎ。さくまかせぎ)だとされている。
本業はどうみてもサラリーマンなのに、たまに副業として農業をやっているだけで、兼業農家といういかにも農業主体のような用語があるのは昔からの流れを組んでいると言える。
正式文書は当然、農業基準のものばかりなので、それを多く読む歴史家は、百姓=農民、だと誤解した。
そこで正式でない文書が大事になる。
裏文書、紙背文書という、廃棄するはずだった文書の裏に日記や記録を書いたために残された文書では、動産に関する記述、非農業的な生業に携わる人々が現れる頻度が高いので、実情がよくわかる。
(チラシの裏紙のメモも百年保存すりゃ立派な資料ですぜ。
土地が飯のタネの人は土地に縛られて逃げにくいから土地を土台にした支配体制にしたのでは?
パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月29日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p243 江戸時代、年貢の賦課基準となる石高をまったく持っていない、つまり年貢の賦課される田畑を持っていない人のことを水呑といっており、教科書では、これを貧しい農民、小作人と説明するのがふつうです。 ← 『詳説日本史』には水呑百姓の記述は無かった
p249 輪島の71%の頭振(水呑)の中には、漆器職人、素麺職人、さらにそれらの販売にたずさわる大商人、あるいは北前船を持つ廻船人などがたくさんいたことは間違いないところですし、百姓の中にも、輪島の有力な商人がいたことも明らかなのです。
p261 土地に租税を課している以上、百姓が農民であってほしいのは、国家のきわめて強い意志であり、国家にとってそれがもっとも望ましい事態だったことを考えておく必要があると思います。 ← "国家"を"農水省"と読み替えると、現代でも使える。
p267 これまで歴史家は、襖下張り文書まで整理して丹念に調べることはほとんどやってきませんでした。 ← リサイクルで使っている紙ですからね…
p279 このように、日本列島の社会は当初から交易を行うことによってはじめて成り立ちうる社会だった、厳密に考えれば「自給自足」の社会など、最初から考えがたいといってよいと私は思います。 ← "国民国家"は不可能なのか…)
第2章 海からみた日本列島
海上ルートがきっちりしていたから朝鮮半島の国と連携できた。
磐井の反乱の「反乱」は一つの中心があることが前提なので、正確には反乱ではなく戦争。
(継体大王 ヤマト王権+百済
VS
磐井 九州の王権+新羅(おそらく海賊勢力も含む))
律令国家は、徹底的に陸路中心の制度であり、都を中心に舗装されたまっすぐな道路を基本にしようとしている。
今までは海上交通、河川交通中心だったが、律令国家はそれを無視するように、強烈な意志で陸上の道を中心とした交通体系をつくる。
交通施設の馬家(うまや)も道に沿って四里の間隔で作られているが、河川の多い列島の地形にもかかわらず水駅(みずのうまや)がほとんど見られない。
軍事的な理由や農本主義が理由だろう。
公的な交通は陸路とはいえ、八世紀にはあやしくなりはじめ、陸上交通中心の無理が表面化し、八世紀前半には重い物を運ぶための川と海の交通が公的に認められ始める。
九世紀には再び海と川の交通が交通体系の主軸になる状況が生まれる。
日本霊異記という説話集は八世紀のことを記述していて、酒や米を出挙するとき小さな升で貸して、大きな升で取り立てる不法な利息をとった田中真人広虫女(たなかのまひとひろむしのめ)が登場するなど、女性や坊さんが金融や商業の担い手になっていたことを確認することができる。
おそらく、国家は二十歳以上の成年男子が公認された国家の成員で、女性や坊さんは基本的な国家の成員から外れていたからだろう。
(男よりも女のほうが聖と俗の境目に近いと考えられていたのかもしれませんね。
税をわざわざ陸路で運んだり、後の江戸時代の参勤交代をなぜ船でしなかったのかなあという疑問が解けた気がします。
パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月29日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p319 まだ神仏と結びついているとはいえ、商業資本、金融資本が動いており、米、絹、布などは、交換手段、支払手段、価値尺度の役割をはたす貨幣として機能し、本格的に流通しているわけで、12世紀にはこうした経済のあり方が軌道にのっているのです。
荘園公領制
十三世紀前半までに確立した土地制度。
各地のネットワークで成り立っていて、自給自足ではない(荘園に限ったことではないが)。
荘園と公領=国衙領との区別がはっきりする。
貴族や寺社はその上に自分たち独自の経済体系(各地の重要拠点を手に入れる)を作り上げていくことになる)
第3章 荘園・公領の世界
山奥だから、離れ小島だから辺鄙という感覚をやめること。
離島だからこそ海によって周囲に開かれ交通の要衝になる場合はいくらでもあるし、川と山の道を動く人々にしてみれば山奥は
以外と人の往来が激しい場合が多い。米が食べられず、粟や稗(ひえ)しか食べられないからといって貧しいとは限らない。
膨大な量の銭が船に積まれていた場合、船の底に置かれるバランスを保つためのバラストにされて運ばれてきたのだろう。
中国からはいってきた大量の銭が社会に貨幣として浸透して流通するのは、東日本では十三世紀前半、西日本では十三世紀後半ごろから。
十二~十三世紀ごろまで貨幣として絹と布が流通していた東日本では西日本よりも早く銭が流通し始める。銭十文を一疋(ひき)というが、疋は絹や布の単位なので絹や布が銭に代わっていったことが見受けられる。
対して
西日本では米が交換手段、価値尺度として用いられて庵、平安時代の末には替米(かえまい)という米の手形も現われている。つまりは、現物を動かさずに、手形で米の支払いをすることも行われているほどなので、貨幣としても十分機能している。ゆえに西日本では銭の流通が遅れた。
こうして十三世紀後半から十四世紀になると鎌倉幕府は、関東公事(くじ)という御家人に対する課役も銭で徴収されている。
そのころになると富の象徴としての銭の蓄蔵も盛んになる。鎌倉末~南北朝期、十四世紀以降、大量の銭が土の中から掘り出される事例が非常に増えてくる。「埋納銭(まいのうせん)」、「備蓄銭」と呼ばれる。
地下の世界は他界なので、土の中に物を埋めると、人間の手を離れシン仏の世界のものになってしまう。地下のものは無主物なので、誰のものでもなくなる。なので埋める=隠す、と短絡的に考えてはいけない。
土に埋めてシン仏に捧げてその土地を使わせてもらう、あるいは無主物にしてあらためて上分物、神物(しんもつ)として金融の資本にしていたということも充分考えられる。
第4章 悪党・海賊と商人・金融業者
鎌倉幕府は、土地問題には熱心だが、金銭貸借や流通や商業関係の訴訟は重要視していなかった。
そこで、十一世紀ことまでは神人や供御人などの国の制度の外にあった人々は自立的な金融・流通ネットワークを作り、裁判も自分たちでやり判決を自らの実力、武力で執行していた。これは公権力としては都合が悪いので、王朝国家は、寄人・神人・供御人らの活動に対する統制を強化しつつ、神人・供御人制を公的な制度とし、十二世紀から十三世紀初めのことまでにこれを軌道に乗せることでその活動を抑制したが一時的だった。
悪党・海賊が、海の領主、山の領主であり、公権力とかかわりなく、交通路の安全を保証する武装勢力として存在していた。
比叡山の山僧や山臥(やまぶし)などは商業・金融に携わり、手形の流通を保証していた者も悪党だったりした
このように、交通路の安全や手形の流通を保証する商人や金融業者のネットワークは、十三世紀後半から十四世紀にかけて悪党・海賊によって保証されていたらしい。
「遊手浮食の輩(ともがら)」などとも呼ばれた彼らは、広域的な組織を持ち、何か揉め事が起きると、賄賂や礼銭をとり、訴訟を請け負ってトラブルを自力で解決していた。
山ゴシとは、事前に賄賂をとること。
契約とは、事後に礼銭をとること。
十三世紀後半から十四世紀にかけて、幕府は執拗なまでに悪党・海賊禁圧令を発布する。交通・流通を統制下に入れようとした。
悪党の「悪」とは、日常の安穏を撹乱する、人の力を超えたものとのつながりをもって考えられており、利潤や利子を得る行為そのもの、商業、金融業そのものを悪ととらえる味方があった。ばくち、好色、けがれ、殺生などなど。
異様なほどの力をもつ者を、悪七兵衛(あくしちびょうえ)、悪源太(あくげんた)、悪左府(あくさふ)。
銭、貨幣の魔力にとりつかれ、利潤や利子を追求する商人や金融業者交通路である山や河海にかかわりつつ、狩猟や漁撈のような殺生を好み、博打に打ち込むような人たちは、田畠を基本と考える農本主義的な政治路線に立つ人たちにとっては、まさしく「悪」。
(「悪」
=秩序を乱しうる、人の力をこえたものとのつながりをもるもの
=支配層が制御しにくいもの)
御内人(みうちびと)=北条氏の家督‐得宗の家臣。商人や金融業者と結びついて、河海や山野の交通路を積極的に支配しようとした。
関東御免津軽船とう津軽まで往復し、交易を営む大船二十艘を、北条氏が掌握していた。
十四世紀には、中国大陸との貿易や唐船の派遣を、北条氏がほとんど独占するなど、有力な港はほとんど北条氏の所領となった。流通と廻船交易の組織を北条氏は積極的に容認することによって掌握しようとした。
従来の農本主義的な御家人勢力との対立をもたらす路線をとった。
鎌倉時代後半から南北朝前半の政治情勢はこの二つの政治路線の激しい対立の中で動いている。
1285年の霜月騒動では
農本主義的な政治路線、御家人勢力代表・安達泰盛×
滅亡 負け
VS
海の民などの悪党と結びつく路線をとった北条氏の御内人代表・平頼綱
○勝ち
霜月騒動以降、悪党や海賊をただ弾圧するだけでなくむしろ支配機構に取り込むようにしていった。
当然反発として、熊野海賊たちの大反乱が起こり、幕府は承久の乱や幕府が滅びるときの戦争並みの兵力を動員した。
蝦夷と呼ばれた北海道の海上勢力とも北条氏は大衝突している。
こういう状況のなかで、後醍醐天皇が登場してくる。後醍醐は、このような北条氏に反発する悪党・海賊の武力にも依存して鎌倉幕府を倒す。それゆえ、後醍醐の政治は、得宗と御内人の推進した政治を、さらに極端にまでおし進めたと考えることができる。
非農本主義的で、商業・金融業者に基礎を置いた政治をしようとした。
それは失敗するが、十四世紀末の足利義満の政権にて、後醍醐がやろうとして失敗したことをほぼ実現する。
十四世紀、南北朝の動乱は、日本の社会自体の大きな転換に伴って起こった激動。商品、貨幣、信用経済がそれまでとは違ったレベルで展開し始め、政治・宗教のあり方にも大きな転換を迫ったところから起こった。文明史的な転換期。
日本、琉球、アイヌがそれぞれ自らのアイデンティティを自覚し始める。民族史的転換期でもある。
琵琶湖を航行するときには、堅田の人を「上乗」(うわのり)として船に乗せることになっていた。堅田の「上乗」の旗を掲げて湖を行けば、安全に航海することができた。堅田=湖の領主。堅田に何の挨拶もせずに。当然、関銭や礼銭を払わないといけないが、航行していると、堅田の人たちによって積荷を差し押さえられたり皆殺しにされたりした。挨拶をしておけばむしろ安全に航海でき警護してくれた。
安芸の国では、東から来た船は東の海賊を一人乗せておけば西の海賊は襲撃しないし、西から来た船は西の海賊を一人乗せておけば東の海賊は襲撃しない。報酬必要。
・一遍の教えはまさしく都市的な宗教。商業や金融業者、それと結びついている女性、さらに「非人」といわれた人びと、一方の見方からは「悪」といわれ、穢れているとされつつある人びとのなかに、一遍の教えは広がっていった。
踊念仏も一種の芸能で、桟敷や舞台をつくって多くの人が見物することをねらっているわけで、多くの人の集まる都市的な場の成立を前提にしてはじめてできたもの。
しかしこういう動きを我慢ならないと考えている勢力も当然あった。
第5章 日本の社会を考えなおす
特に鎌倉時代後半、十三世紀後半以降の社会は、銭貨の流通が活発になり、信用経済といえるような状況が展開し、さまざまな形態の資本、金融資本、あるいは商業貿易資本、さらには土木建設に投資される大きな資本が動くようになっている。少し大胆にいえば、これは資本主義的といってもよいぐらいである。
飢饉はまず非農業的な地域、都市的な場に起こるはず。食料を作っているところは飢饉にはなりにくいはず。
東北は、 意外に都市的な性格を持つ地域だったのかもしれないということ。
農村が一番壊滅しにくいんじゃないの?
むしろ、食糧を輸入している都市部や農業をしていない百姓の村が壊滅したのでは。そして百姓を農民だとみなしたので誤解されたと。
(支配層にまっさきに食料を取り上げられた可能性もありますけどね)
重商主義はすでに生まれていた。少なくとも土台は固まっていた。
明治維新を推進した薩摩、長州、土佐、肥前の諸藩は、みな海を通じて貿易をやっていた。辺境の遅れた大名などではない。江戸時代末までに、日本社会には十分に商工業・金融業などの資本主義的な蓄積があった。
・現在使われている商業関係の用語は、中世以来の歴史的な語彙を用いている。
相場=相庭は中世から使われていた。
切手や切符は平安時代から「手形」の意味で使われていた。
株式=株「職」、仕切、寄付き、大引けなどなど面白い言葉多数。
87夜『日本の歴史をよみなおす』網野善彦|松岡正剛の千夜千冊
https://1000ya.isis.ne.jp/0087.html
↑
イシス
……
おまけ
ヨーロッパ史の一代画期=キリスト教暦1453年。
中世から近世へと移った大転換点。
①コンスタンティノープル陥落して東ローマ帝国が滅亡し、オスマン帝国が地中海の覇権を握った年。
②フランス軍がボルドーをイングランドから奪還し、フランス国内におけるイングランド王の領地はカレーのみとなって百年戦争が終わった年。
①オスマン帝国が、コンスタンティノープルを奪い東ローマ帝国を滅ぼしたことの影響
・ジェノヴァ、ヴェネツィア等の地中海貿易で栄えていた都市国家は、その権益をオスマン帝国に奪われる事になり、イタリア(便宜上そう呼ぶ)の一地方都市へと転落。
・イタリアの国の航海士達の多くは、後にスペインやポルトガル等のイベリアの新興国家に移り、大航海時代=白人による有色人種大虐殺・奴隷誘拐貿易時代の所業に加担する。
・白人キリスト教徒にとってコンスタンティノープルは重要な聖地であり、それを有色人種イスラム教国家であるオスマン帝国に奪われたことによる、(十字軍以降に輪をかけた)教皇の権威失墜。
→宗教改革のきっかけの一つ。
・ コンスタンティノープル陥落前後には、多くのギリシャ人の学者・知識人が東ローマで保存・研究されてきた古代ギリシャ・ローマ時代の文献を携えて西欧へと亡命し、これがイタリア・ルネサンスに多大な影響を与えた。
②百年戦争の影響
・十字軍以来没落しつつあった封建諸侯は衰退
→王権強化
→常備軍や官僚制を整備して国王の中央集権化
→絶対主義王政の基礎完成
・戦術の変化(火器)により騎士階級が没落。
・百年戦争の後、イングランドでは、更に「薔薇戦争」が起こって諸侯は疲弊し没落。
→王権は著しく強化されテューダー朝による絶対君主制へつながる。
・フランスでも宗教戦争が起こって内乱が発生した。が、祖国統一で王権が強くなり、ブルボン朝の絶対君主制へと進んだ。
末代の凡夫@matsudai_bonpu • 6月10日
天皇はいかにして大富豪となりしかhttp://blog.livedoor.jp/gensenkeijiban-bousou/archives/38338123.html …伊藤博文らは、天皇を『生きる神皇』に仕上げることにした。そこでキリスト教を導入した。自らもキリスト教に帰依した伊藤は朝廷内部にキリスト教を持ち込んだ。国家神道とキリスト教は驚くほど似ている。と。
ヤシロタケツグ@yashiro_with_t • 4月18日
【1-5要約】定住民の記録は史料に残るが、漂泊する民の記録は残らない。それが網野善彦の教え。「百姓は農民ではない」例:能登半島の農民は痩せた耕作地しかないがみな豊かだった。日本海側一帯で商業活動をしていたから。史料に残らない非定住民の存在も考慮することが大事。
mipoko:NoNukes&NoFur @mipoko611 7月25日
網野本の奥能登の「百姓」に関する記述がおもしろかった。農本主義経済が建前の日本の公的な古文書から見ると、田を持たない「水呑」とされている奥能登の「百姓」は、実はサハリンまで北前船を走らせる商業活動をしてて裕福だったって話。
岸本元 @bowwowolf 3月24日
網野善彦先生の両親もイトコ婚。それどころか《父の両親、つまり私の祖父、祖母もいとこ。母の両親、祖父と祖母もいとこでした》と『日本の歴史をよみなおす』で書かれている。網野先生は日本の社会では近親婚に対するタブーがきわめて弱いとも指摘されている。
イスカリオテの湯葉 @yubais 3月9日
https://twitter.com/yubais/status/574919234737729536 … ふぁぼ数で見ると一番人気は網野さんの本かな。 「もののけ姫の原作」と言ったが別にタタリ神やシシ神が出てくるわけではなく、世界観が全般的に網野ベースという事。タタラ場の女が天皇を知らないと言うシーンなど網野史観の特徴が出ている
J・ナナミ @pinkglalem 7月11日
日本の元凶...#天皇。明治維新以前に日本の普通の人たちは、天皇など知らなかった。伊藤博文が、現人神キャンペーンを行ったため、最初は、ヒンドゥー教由来の低級神「天王」と勘違いする人が多かった。
suisei_sensei @shoemaker_levy 12月3日
『もののけ姫』が網野史観に基づいて、アジール的なたたら場で働く非人集団的なハンセン病者集団を描いたという話は有名だけど、あれはあくまで宮崎駿の創作なんですよね。実際に中世のハンセン病者がたたら場で製鉄業に携わったという歴史的な事実の証明はないわけで。
ENDO @BabylonFilmnoir 2014年7月4日
もののけ姫。 登場人物がみんな士農工商の社会から疎外されたアウトサイダーだよね。 アシタカは蝦夷っていう少数民族だし、 タタラ場には穢多•非人、ハンセン病患者が多くいる。彼らにとってはユートピアだけど、戦争の道具を作っているという矛盾がある。プロットがすげえ。
ツモリ @tsumoriiiii 2014年5月24日
もののけ姫のタタラバで働く人々は「非人」がモデルではという話を聞いた。非人って元々は神に近い存在として天皇のお世話をする役割だったらしいです。包帯を体中グルグル巻きにして、柿色の衣を着けていたとか。それが将軍の時代になり卑しい身分へと変えられてしまったんだそうです。
ブッカーTboneしま2 @tboneshima2 2月14日
網野善彦「日本の歴史をよみなおす」前編読了。面白い。本人が筑摩書房の社員に話した内容が書籍化されたようで、どうりで最初は読み難いと感じたわけだ。しかし内容は期待通り。鎌倉以前は女性の領主がいたことなど、その後の家父長制が確立された時代では封印されたような史実が刺激的。
意識の低い人工知能 @stdaux 2月6日
網野『日本の歴史をよみなおす』を読んでいたら女性の寺社参りに関する話があって、一部の寺社では参籠者は男女の別なく雑魚寝だったこと、しばしばそこで参籠者同士の「間違い」が起こっていたことが書かれていた。それに加えて聖域での出来事は俗界に持ち出さぬ習わし……
ケサグリ @kesaguri 2013年9月26日
網野善彦"日本の歴史をよみなおす(全)" 後半読み飛ばししたけど興味深く面白かった。一番興奮したのが中世のケガレの概念と穢多非人、女性たちのとこ。 処女の純潔を少しも重んじない。 妻が夫に財産を高利で貸し付ける。 妻が夫を離別する。 堕胎はきわめてふつうで20回堕した女性がいる。
Spica @Kelangdbn 2013年7月2日
日本ほど処女信仰の希薄な社会も珍しい。まあいわゆる「未開社会」に行けば似た例は幾らもあるんだろうけどやまと言葉に「処女」にあたる単語がないぐらい膜への意識が低い。マリアまで処女にしちゃったキリスト教圏は世界でも屈指の処女崇拝地域。
「おとめ」は未婚女性のことで処女ではないんですよね
……
前回の記事
中ユ同祖論の提唱者にして日ユ同祖論の原型を作った17世紀のイエズス会士ロドリゲス『日本教会史』と
茶の湯とキリシタン大名とキリスト教人脈と大河ドラマと
大日本皇道立教会と
鹿児島版田布施の加治屋町
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-90.html
の補足。
ken @kenkatap
薩摩藩の英留学150年で交流 鹿児島の高校生ら 【どうしん http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/life-topic/life-topic/1-0160271.html …
▼1865年、薩摩藩が若い留学生を英国へ派遣してから150年
▼留学先となった英国の名門大学、UCLで
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3#.E6.94.BF.E6.B2.BB.E5.AE.B6.E3.83.BB.E5.AE.98.E5.83.9A …
▼森有礼 ▼小泉純一郎
森有礼(薩摩藩士)=一橋大学創設者、初代の文部大臣
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E6%9C%89%E7%A4%BC …
▼キリスト教に深い関心
▼英語の国語化を提唱したこと(国語外国語化論)でも有名
▼1872年イェール大学の言語学教授宛てに「英語を日本の国語とするべきではないだろうか」という書簡を送る
幕末の薩摩藩士の足跡たどる 英国留学生記念館を公開
【西日本 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/kagoshima/article/101318 …
▼19人の功績を讃える資料館
▼留学生は1865年、薩摩藩が派遣
▼初代文部大臣の森有礼や大阪商工会議所初代会頭の五代友厚、サッポロビールの前身の会社を設立した村橋久成ら
日本における同性愛 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%90%8C%E6%80%A7%E6%84%9B#.E6.B1.9F.E6.88.B8.E6.99.82.E4.BB.A3.E4.B8.AD.E5.BE.8C.E6.9C.9F.EF.BC.9A.E7.94.B7.E8.89.B2.E6.96.87.E5.8C.96.E3.80.81.E4.BD.99.E3.82.8A.E7.9B.AE.E7.AB.8B.E3.81.9F.E3.81.AA.E3.81.84.E6.99.82.E4.BB.A3.E3.81.B8 …
▼1842年、陰間茶屋禁止
▼幕府も享保・寛政・天保の改革で徹底的な風俗取締まり
▼薩摩藩や土佐藩で男色が盛んだったことを除いて行われなくなった
▼近代、明治維新の中心となった薩摩や土佐を中心に衆道は息を吹返した
あまり知られていない鹿児島県人のヤバイ過去
【NAVER まとめ http://matome.naver.jp/odai/2134500560108964301 …
▼えのころ飯
▼死体に一斉にかぶり付く「ひえもんとり」
▼男色というだけでなく強姦・輪姦が日常的に行われていたという
▼男色趣味=薩摩趣味って言われた時代もあった
薩摩藩・島津重豪(8代) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%A9%E6%91%A9%E8%97%A9#.E8.BF.91.E4.B8.96 …
▼三女の茂姫を第11代将軍・徳川家斉に嫁がせた
▼外様大名から将軍正室輩出=薩摩藩だけ
▼養女の篤姫を第13代将軍・徳川家定の正継室に (初訪日のフリーメイソン=ティチングは日本の機密を島津重豪を通し収集)
村山有 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E5%B1%B1%E6%9C%89 …
▼日本ボーイスカウトで最初の宗教章「仏教章」を設定した
▼戦後スカウト運動再興期のスカウト指導者
▼米合衆国シアトル生まれの日本のジャーナリスト
▼AP通信社などに勤務
▼フリーメイソンのメンバーであったという記録がある
後藤新平=ボーイスカウト連盟総裁
▼満鉄、NHK・初代総裁
▼正力松太郎に読売を買取らせた
https://twitter.com/kenkatap/status/283006329893822464 …
▼稲川会傘下・大行社設立 https://twitter.com/kenkatap/status/390686019067985920 …
岩手県水沢市三偉人 https://twitter.com/kenkatap/status/290391575136190465 …
後藤新平とフリーメイソン http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E8%97%A4%E6%96%B0%E5%B9%B3#.E3.83.95.E3.83.AA.E3.83.BC.E3.83.A1.E3.82.A4.E3.82.BD.E3.83.B3.E3.83.AA.E3.83.BC.E3.81.A8.E3.81.AE.E9.96.A2.E4.BF.82 …
▼独留学中、赤十字という国際結社を通じフリーメイソンに入会の可能性
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%96%93%E5%8B%95%E7%89%A9%E5%9C%92#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.AB.E3.82.88.E3.82.8B.E4.BA.BA.E9.96.93.E3.81.AE.E5.B1.95.E7.A4.BA …
▼人間動物園
▼後藤新平は台湾原住民や漢民族習俗等展示
▼纒足の少女による喫茶は大きな話題に
日本のフリーメイソンリー http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.AE.E3.83.95.E3.83.AA.E3.83.BC.E3.83.A1.E3.82.A4.E3.82.BD.E3.83.B3.E3.83.AA.E3.83.BC …
▼1887年保安条例は、秘密結社禁止
▼フリーメイソンは、日本政府と協議
▼結果、保安条例対象外とする代わり、日本人を入会させない「紳士協定」が交わされた
▼メイソンリー側によれば、記録が残っているという
初訪日のフリーメイソン=イサーク・ティチング
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%81%E3%83%B3%E3%82%B0 …
▼1779年、長崎出島に駐在
▼オランダ東インド会社最高位職歴任
▼1795年、乾隆帝(清の第6代皇帝)治世60年記念式典列席
▼日本の機密を、11代将軍徳川家斉の岳父・島津重豪を通し収集
▼島津重豪(8代)=蘭癖
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E6%B4%A5%E9%87%8D%E8%B1%AA …
▼斉彬(11代)を評価
▼シーボルトと会見
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E6%B4%A5%E6%96%89%E5%BD%AC …
▼斉彬は、島津藩主家で唯一家康の血を引く当主
▼土佐藩の漂流民で米から帰国したジョン万次郎を保護
▼西郷隆盛らを育てた
フェイド大帝 @FeydoTaitei
イエズス会、イエズス会煩いけど、 同じフランシスコでもザビーの 方じゃなくてカブラルの方を 君達はもっと調べた方がいいと思うよ。
mansaku21 @mansaku21 2011年7月25日
7月25日 天正6年(1578)豊後の戦国大名大友宗麟がイエズス会のカブラルから洗礼を受ける。受洗名はフランシスコ
有閑無是 @AlkanMuze 2013年5月14日
カブラルの友人である大友宗麟もヴァリニャーノに対し「司祭方は様々な困難にぶつかりつつ、次第に賢明になるだろう、・・・自分の国ではその習慣でよろしかろうが、日本人を改宗させようと言うのならば、日本語を学び、日本の礼法に合うように生活せねばならぬ」と語った。
Banjoe(祖母喪中) @Banjoe1971 2012年2月22日
@sagaminoriaki カブラルさん、メガネをかけていたせいで「四つ目のバテレンがおる!」という噂が広がり、それを見るためだけに数千人も集まってきた日本人に恐怖を感じて暴論を吐いた説というのは……。
椎名シギ @dolce_oo 5月29日
眼鏡の相手に「四つ目野郎」って言うのどっかのスラング的な言いまわしかと思ってたら英語で眼鏡をかけた人の事「four eyes」って言うの知って面白~~~~~~そのままかい
雑学たん @zatugakutan 8月22日
「マルドゥック」(マルドゥク)というのはバビロニアの神の名前っすね(°x°)神々の中で最も大きく、強い光を放つという四つ目四つ耳の全てを見通す存在っす。
神bot @god_________bot 17 分17 分前
【マルドゥク】
古代バビロニアで信仰された神。バビロン市の都市神。想像を絶するほど絶妙に作られた四つの目と四つの耳を持ち、この目と耳で何事も見逃さず、聞き逃さない。唇を動かせば炎が噴き出す。他の神々の2倍の力を持つ。 pic.twitter.com/TqFjFZmqMp
好事家 @dilettante_g 2013年2月12日
第13号機って四つ目四本腕でマルドゥク神説あるけど、肩から羽?生えたら6枚羽のセラフィムっぽくもあるよね。
長い記事をお読み下さり本当にありがとうございます!
網野善彦(アミノ ヨシヒコ)〈日本の歴史をよみなおす〉
【要約】
・中世日本は農業国だと思われがちだが実際は違った。
・百姓は農民ではない。百姓=多彩な職業。
・処女に価値がなかった。
・カタカナは多くは神仏にかかわりのある文書に使われ、口頭で語られたものを書きとめる文字だった。
・古くから水上移動、水運は大変活発だった。
・金融は神仏の世界に属していた。
・穢れに対する畏怖が抜け落ち差別意識を生んだ
・『もののけ姫』の元ネタの一つ。宮崎駿は網野史観にインスピレーションを受けた。網野自身も『もののけ姫』を「ずいぶん勉強した上でつくられている」と評価。
・我々が感覚的に理解できる社会はどこまでさかのぼれるかというと、室町時代ぐらいまでが限界。ほぼ十四世紀の南北朝動乱以前=十三世紀以前、と以降とでは常識と思想の質にとてつもない隔たりがある。
つまり、十四世紀は大転換期。
第1章 文字について
・カタカナ=口頭、神仏、人ならざる世界
ひらがな=女性
漢字=男性、公的
算数の問題。
漢字、ひらがな、カタカナの三種類の文字を使うと、七種類の文字表現ができる。
唯漢字
ただひらがなのみ
タダカタカナノミ
漢字とひらがな
漢字トヒラガナ
ひらがなトカタカナ
漢字とひらがなトカタカナ。
江戸時代後期の識字率は平均して四割ぐらいだったらしい。特に、都会での識字率は非常に高い。
つまり、日本社会では、文字社会、文書の世界では均質度が高いといえる。
しかし、無文字、口頭の世界ははるかに多様である可能性がある。
文書を見ると、文字の普及≒ひらがなの普及、という形で進行していったことがわかる。
少数派のカタカナは、基本的には口頭で語られることばを表現する際に使われていたといえ、しかも、口頭で語られる言葉が文書にされる場合には、中世前期では、神仏と関わりを持つ場合が多かった。
例えば、カミ(ガミ)に何かを誓う起請文(きしょうもん)、告文(こうもん)、あるいはカミ(ガミ)に願い事をする願文(がんもん)、あるいは逆にカミ(ガミ)の語る託宣を書いた託宣記、あるいは夢を見たときすぐにそれを書き記す夢記などのように、シン仏とかかわりを持ち、しかも口頭で語られたことにかかわる場合に、カタカナが顕著に使われているとはっきりいえる。
カタカナ ハ カミ ノ コトバ ナノダ。
また裁判のとき、被告・原告の双方の発言を記録する場合、漢字にカタカナをかなり交えた文体で書かれることが多い。これを宣命書(せんみょうがき)という。
被告の白状を記した白状記にもこうしたカタカナ混じりの宣命書の文書が使われることが多い。
それから、はっきりしているのは、落書あるいは落書起請(らくしょきしょう)のほとんどがカタカナで書かれていること。
落書は、落とされることで、人のものではなくなり、人以外のもの、シン仏のものになってしまうのでカタカナ書きだったらしい。
落書起請(らくしょきしょう)は、たとえばある集団の中で誰かが盗みをやったとする。しかし誰も白状しないときに、カミ様に誓って偽りを言わないという起請をして落書を書き、無記名投票で犯人の指名をしたりしたそうだ。落書自体が(人間が書いたとしても)シン仏の声であり、これを更に制度化したのが落書起請であり鎌倉中期ごろからみられ室町時代にいたるまでほとんどカタカナ表記。
以上でわかるように、カタカナは、文書の世界では基本的に口頭で言われた言葉を記す文字であり、しかも中世前期には、そのような口頭で語られることを文字にするのは、シン仏に関することが多かったので、必然、神秘的存在や超常存在にからむことになる。
シン仏に関係なく、音を耳で聞いて書きとるときもカタカナが多く使われたそうだ。
カタカナは画数が少ないし、漢字やひらがなよりも早く書けるからかもしれないが。
また、何かを訴える申状(もうしじょう)の中にもときどきカタカナで書かれたものがある。ただし、鎌倉時代の正式の百姓申状の多くは漢字表記。
漢字を使わずカタカナ表記だからといって、幼稚ではないことを念頭に置かないといけない。はじめに習うのがひらがなとカタカナだからといって、馬鹿にしてはいけない。
また、日記というその日に起こったことをその場であるいはすぐあとで記した文書、もカタカナ表記が多い。
実は、寺院関係に伝わった本にカタカナが多い。おそらく、漢文の訓点として使っていたからだと思われる。実際、ひらがな表記の和歌も、僧侶が書くとカタカナになったりする。
禅僧や儒学者もカタカナを江戸時代でもカタカナを多く使っている。
もしかして法律文が昔は漢字とカタカナだったのは以上が理由かもしれない。
まとめ。カタカナは特別な場合に使われるのであり、庶民はあまり使わない文字であった。
(カタカナは早く書く必要がある場合に重宝されたのでは?
そもそもカタカナもひらがなも漢字の簡略化だし。どこがヘブライ語だよ!
中ユ同祖論の提唱者にして日ユ同祖論の原型を作った17世紀のイエズス会士ロドリゲス『日本教会史』
と茶の湯とキリシタン大名とキリスト教人脈と大河ドラマ
と大日本皇道立教会
と鹿児島版田布施の加治屋町
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-90.html
日ユ同祖論と中ユ同祖論の発明者(原型含む)は17世紀のイエズス会士ロドリゲス。
日本のことなのに日本語版Wikiには書いていないうえに、日本語版では日ユ同祖論の起源が明治期のマクラウドだという嘘を書いている。
佐伯の同祖論を支持したのはキリスト教徒。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-83.html)
・ひらがな
=女文字
であり、女文(をんなぶみ)という独特な文体できてきて、すぐれた女性作家文学ができる。
前近代に女性が優れた文学を残す例は世界的にみても日本だけだと思われる。
琉球国王が、日本国王である室町将軍家に手紙を内々に送ったときはひらがなを使っている。ただし、受け取りと返事は女房が書いたのでやはり、ひらがなと女性は不可分と言える。
女流文学が生まれたのは転換期以前すなわち十四世紀まで。室町以降は全然出てこない。
ひらがなははじめは女性が使い、それを男性が取り込む形で普及していった。
男性は、平安から江戸までずっと、公的な世界では漢字を使っている。
公家でも武家でも漢字が正式。
鎌倉への出先暴力担当機関(いわゆる鎌倉幕府)の関東下知状(かんとうげじじょう)などの裁判の判決所はすべて漢字表記。証拠書類はひらがな表記が多いのだが、判決文に書く際にはわざわざ万葉仮名=漢字、になおしている。
江戸時代の百姓(農民じゃないよ)の名前に極めて多い、兵衛、右衛門、左衛門、右馬丞などはみな文書主義律令官職名の変形なのか、漢字表記なのは意味深い。男性名だし。
男性がひらがなを使い始めるのは当然、私的な書状からはじまる。
譲状という、財産を譲るときに作られる中世独特の文書(江戸時代になるとほとんどなくなる)はひらがな表記が多い。
室町時代以降なるとひらがな混じりが爆発的に広まることと関係があるのだろう。
(日本は識字率が高かったらしいので、文字を利用した統治が意識して行われたそうです。高札なんてまさにそう。江戸時代の村請制は、数値計算と読み書きができないとできないことでした。
識字率は、支配層はほぼ百%で、庶民は富裕なら高かったでしょうね。あれ、これだと世界共通の傾向ですね)
ちなみに、鎌倉時代までは字がきれいだが、室町以降はきたない字が増える。文字に対する畏敬の念がなくなり、実用道具と捉えるようになったからかもしれない。
(『どちりなきりしたん』は漢字がほとんどないから読みにくかったなあ。
「どちりいな-きりしたん」16世紀にGODを神と訳していないし、loveを愛と訳していない。偽書を見抜こう。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-21.html)
・明治になると、カタカナがとたんに増え始める。
法律と軍隊では言わずもがな。初等教育で最初に教えられるのはカタカナ。ひらがなじゃないよ。
しかし日常世界の庶民はひらがなが支配的。
(パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月17日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p26 それでは、このような少数派の片仮名は、どういう用途で文書に使われているかということですが、基本的には、口頭で語られることばを表現する場合に使われていたといえます。 ← 振り仮名や外来語が片仮名である理由かもな。
p46 たとえば明治になると、とたんに片仮名がふえはじめる。法律と軍隊の用語には、片仮名がもっぱら用いられますし、初等教育にも片仮名が最初に教えられるようになります。 ← 大日本帝国憲法や民法が漢字+片仮名である理由かもな。)
第2章 貨幣と商業・金融
・拝金主義(文字通り)。
昔々は、土の中は異世界だったから、埋めるとお金は人のものではなくなった。
(今なら、土の中にお金を埋めれば隠すためであり所有権は失わないと考えるでしょうね。
雲の上(見えない)、土の下(見えない)、地上(見える)の三世界が明確に存在している神話って結構多い気がするなぁ。
お金は、紙や金属片に「信用」なる呪術を施して、共同幻想を作ることで成り立っている。
信用創造という国際キリスト教金融資本の金融兵器の根源。
宗教兵器はキリスト教。ユダヤは単なる実行部隊)
・日本で本格的に金属貨幣が鋳造されるのは八世紀はじめ、和同開珎なる銅銭、銀銭がつくられたのははじめだとされていて、それ以来、いわゆる皇朝十二銭という貨幣シリーズが十世紀中ごろまでつくられる。
しかし、金属貨幣がはじめて本格的に流通し始めるのは、十三世紀後半~十四世紀ごろ。
かなり遅く感じられる。
貨幣の鋳造は中国制度の需要にともなっておこなわれた側面と、財源確保の側面などがあるが、調・傭などの貢納に用いられたりしたものの、実質的に社会の中に貨幣が流通したにはしたがほぼ畿内に限られていて全国(範囲に注意)的には流通しなかったらしい。
(貨幣鋳造は権威を示し、財源不足を補うため。
財源に困った日本律令王権は財源が欲しかった。
当時は実物でありお金じゃないことに注意ね。
貨幣制度では、金属片や紙切れを渡して実物を得ることができるので、物々交換のために相手に実物を渡さなくて済みます
……って今の白人キリスト教徒のロスチャイルドを盾にする欧州貴族勢力の銀行家と同じ手口ですな。
しかし、日本律令王権は蓄銭叙位令出しても失敗しました。そもそも商品生産量が多くならないと貨幣を使うメリットが薄いので当然と言えば当然。豪族からすれば、なんでこんな金属片貰って実物渡さないといかんのかというわけです。
張り子の虎を渡して本物の虎が欲しい!
アイボリー @mrunsmily 2014年6月13日
お宝鑑定団は、鑑定家達の魔術を披露する番組という様にもとれる
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 8月26日
価値を与えるマジック(魔術+呪術)
①鑑定。支配者が持つ資産=芸術品の価値を上げる。
②信用創造。持っていないお金(無)を貸し付け、返せと要求する、原罪と同じ原理の錬金術。
葉っぱをお金に変える狐(稲荷大社=和風キリスト教の神道詐欺師)に化鹿される話は真実。
@mrunsmily
kS @Jd805 8月27日
@kitsuchitsuchi @mrunsmily 神道詐欺というと、戦前からあったとされる稲荷系神社は全て嘘なんでしょうか?
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 8月27日
@Jd805 @mrunsmily 神社が天皇を動かしたのは嘘。愛染寺が伏見稲荷大社の社殿造営や修復、勧進、出開帳を管理した。仏教徒の天皇と本地垂迹説=仏教圧倒的優位、門跡寺院はあるが門跡神社はないことを隠す為に、神道=和風耶蘇教の儲のガーター勲章持ち偽天皇をクリスチャンが捏造。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 8月27日
@mrunsmily 蓄銭叙位令の目的は流通を促す為という説明は一面的。
真の目的は財源=現物確保。物々交換=等価交換が嫌で一方的に財産が欲しい朝廷は、金属片を貯めれば位が得られるようにする。等価交換ではないと理解していた人々にはあまり効果なし。朝廷も金融詐欺で財産を奪おうと画策。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月14日
@makeanovel 葉っぱをお金に変える狐や悪い魔法使いが心を操っているお話は本当のことを喩え話で伝えているのだと教えたり、真偽の判断基準を教えたり、嘘だらけだけど本当のことも良いものもあるとセットで伝える等バランスが大事。不登校は実はまとも。学校は定時奴隷労働者の訓練施設。
風の子 @makeanovel 10月14日
ふむふむ、とても役にたちます。なるほど昔話や童話みたいなのには、そういう真理が描かれていたんですね。そういえば狐が作ったんじゃないけど、今私達が価値があると信じてる貨幣ってほんとは・・・みたいに気付けますね。納得。 @kitsuchitsuchi)
・そもそも少なくとも律令時代の日本人は貨幣を、今日つかっているような意味では認識していない。
流通と交換価値としてではなく、和同開珎は、一種の呪術的な意味をもった使われ方もしている。たとえば、寺院を建てる際の基壇(=敷地面より一段高くつくった建物の基礎)に和同開珎を必ず置いたりしたり、あるいは美濃国(岐阜県南部)の不破の関の発掘すると和同開珎が建物の隅に置かれたりしている。
儀式や呪術にも使われた。
要は、貨幣を今のように使う必要がなかったということ。
律令政府の力が弱まって来る十世紀移行には、日本では貨幣が鋳造されなくなる。貨幣が鋳造され流通するには統一国家が必要であり、相応の国力が必要なので当然と言える。
当時も、交換価値としての貨幣として絹や米が使われていて、十二世紀半ばまでは確実に続いている。
ところが十二世紀後半~十三世紀になると、平清盛が力を入れた日宋貿易もあいまって、本格的に宋から銭が流入して来る。
かといってすぐさま交換価値として使われたというわけではなく、十二世紀後半の清盛の時代、疫病が流行すると、この病は銭のせいだと「銭の病」といううわさが広がったりした。
価値尺度としての銭も広まって行ったが、米を基準に価値判断することはずっと続いていくことになる。
兼好法師が書いたらしい徒然草なる書物には、銭を「君のごとく神のごとくおそれとうとみて、従え用いることなく」という話があるように、文字通りの「拝金主義」、呪物的扱いがされることも十三世紀後半~十四世紀にあったりする。
が、十五世紀となると銭は支払いや交換手段として広く流通するようになる。
文字の普及と共に貨幣の普及も、全国均質化を促進し、日本人なる民族が形成されていく。
(兼好法師は神社出身なのに仏教に帰依して出家と言うよくわからない人なのですが、仏教国教時代にも神社と神道は権力があって仏教徒の天皇にものすごく影響したよという嘘の存続のために利用されているのでしょうね。でも兼好「法師」だからね。陰陽師ですら仏教徒なのに。
"12世紀後半の清盛の時代、疫病が流行すると、これは「銭の病」だ、貨幣を使うようになったために起こった病だという噂が広がるような、金属貨幣を呪物として見る意識が強かった"
が、日本人が拝金教信者だらけになることを防いでいた理由の一つでは?
神仏の世界と金融の関係は、宗教と金融の関係に繋がります。
宗教家が金融やると禁欲の教えがあるから欲望の暴走をある程度抑えられていたけど、商人が金融やると欲望の暴走が止まらなくなり超悲惨になります。
商人がカルトを作っているのは、宗教=キリスト教が銀行を牛耳っていることを知っているからでしょうね。
金を支配するなら宗教が一番ってこと。
大企業=カルト。
ブラック=違法企業=カルト。
ブラックと言うな、違法と言え。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 7月23日
つーかなんでヌッポンの「保守」思想はプロテスタントのカルヴァン派の過激派の労働教&経済合理至上主義&拝金主義が入ってるんかね?明治以降の売国奴だけど西洋を批判した文化人 は、西洋の経済合理主義や強欲主義は獣のようだと激しく批判してるのだけどね。保守ってなんだよ?
エドマンド・バークの「保守」の定義は先祖伝来の価値観だ。ヌッポンは拝金主義や労働教は先祖伝来の価値観ではない。江戸時代末期にヌッポンにやって来た外人は日本人は怠け者だと書いてるからな。戦前もだけど、戦後ですら金儲け至上主義的な価値観は商業の世界でもかなりタブーとされたんだよ。
日本の「保守」とやらの異常さを見れば、エドマンド・バークがかなりマトモに見えるぞ?(笑) バークは立憲君主制支持者でリパブリカンだから、王権の正当性は訴えるけど、絶対王政とかは認めないし、ましてや革命なんてご法度という立場だ。それに比べて日本の「保守」は極左にしか見えない。
そもそも日本の支配層だった武家は藩校で朱子学や儒学を学び四書五経を読むわけですよ。儒教では商業は地位が低いとされてたから士農工商という事になるわけ。だからヌッポンの伝統が経済合理主義や拝金主義なんてありえないんです。もし今の特権階級が本当に保守なら何でミッションスクールに行くの?
本当にヌッポンの「保守」が本物なら、ミッションスクールなんか行かなくて昔から続いてきた学問を重視するよね?で、商業の上に倫理観を置いてそれをコントロールするよね。少なくとも戦後のしばらくまではそうだった。で、何で今の「保守」は金を稼がないと死ねみたいな発想になるわけ?
王王大栄 @ououdaiei 7月23日
@lakudagoya そのとおりですよね。保守の多くが心酔する維新志士たちは陽明学者の松陰に、四書五経と兵法をベースにあと知識として世界の知識を学んだわけです。基本は漢籍古典、儒学と兵学です。のにね・・・日本の保守とは「欧米人を保守する。」てことでしょう。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 7月23日
@ououdaiei そうそう、日本の「保守」という連中はクリスチャン臭い価値観で、儒学や陽明学なんて知りもしない連中です。もし江戸時代的な保守(笑)なら中国や韓国を見下すわけないですし、こういった日本古来の学問が失われたことは困りますね。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月16日
@makeanovel @onigiri3_ 英国WASPの救貧院=強制労働施設で分かるように、資本主義を発展させたプロテスタントはカトリック以上に奴隷労働肯定。勤勉な日本人を白人は褒めるけど、クリスチャンでもそこまでできない(苦笑)って感じですかね。日本人は無自覚クリスチャン。
風の子 @makeanovel 10月16日
日本の土壌にキリスト教は異質すぎるのでそのものを布教しないで、キリスト教の中身だけをキリスト教とはいわないで日本人になじみやすいものを利用したりして伝播したんですかね。ほんと自覚ないまま欧米のもの好きでした
RT @kitsuchitsuchi 日本人は無自覚クリスチャン。
Orphe @orphechin 2012年12月15日
最近の東の低所得層に対する扱いは実際ヴィクトリア朝めいていてコワイ。家のない人間を救貧院という名前の収容施設で強制労働させてた連中とどう違うのか。
ぽぽやまぽっく @ysm111 2013年7月5日
イギリスっていうと産業革命の頃に救貧院でホームレスを強制労働させたりしてたわけだよな
パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月17日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p50 また支払手段、流通手段としての貨幣というだけではなくて、和同開珎は、一種の呪術的な意味をもった使われ方もしております。 ← 経済人類学みたいな話。)
・中世の市庭(いちば。市場)は、モノとモノとの贈与互酬の関係を断ち切るための場所だった。
虹が立ったところに必ず市場を開け、という慣習が昔からあったことは(藤原道長の邸宅に虹が立ったので市場をそこで開いているほど守られていた)、虹をこの世と別の世とをつなぐものとしてとらえる観念が浸透していたを示しているように思われる。実際、市場は、山と平地の境目や、河原など聖なる世界に近い箇所で開かれるのが普通だった。
俗世から離れさせる市場(=カミガミの世界)が登場するまでは、モノとモノの交換には必ず人間関係がつきまとっていた。それではいわゆる商品経済にはなりえない。そこで特別な機能をもつ市場があらわれ、モノに付随する属人的な人間関係を断つところとなる。
市の場では、モノにせよ、人にせよ、いったん、神の世界のものにしてしまう。誰のものでもない。その上で、モノとモノとの交換が行われる。モノも人も、世俗の縁から切れた「無縁」の状態になる。
市場は、「歌垣」の場にもなる。男も女も、妻や夫との俗縁が切れて、自由に性交渉ができる場ともなる。
市場の無縁度合いは現代からみればスサマジイ。
市場で殺人がおこれば、その場だけで処理し、決して被害者の親族の報復はしてはならない場所だったほど。
(網野善彦が他の著作で盛んに述べている「無縁」「楽」システムも、この市場の中から生まれてきました。
縁を断って無縁にし、別の関係にすることが市場(市庭)の隠れた機能でした。
パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月17日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p56 そしてこれによってもわかるように市場は、神の世界と人間の世界、聖なる世界と俗界との境に設定される、と指摘しておられます。 ← お寺や神社での縁日の延長みたいなものか。)
・日本における金融(利息で儲ける)の起源は出挙(すいこ)。
出挙は、稲作と結びついており、最初に獲れた初穂はカミに捧げられ、神聖な蔵に貯蔵される。この蔵の初穂は、翌年神聖な種籾(たねもみ)として百姓に貸し出される。収穫期が来ると、百姓は蔵から借りた種籾に、若干のカミへのお礼の利稲(りとう。利息のいね)をつけて蔵に戻す。この循環が出挙の原理。。
(要は、借りた側は借りた量よりも多く貸した側に返せということ。
カミを介在させるあたりに、なんか教会が寄付しろと盛んに言うのと同じ雰囲気を感じるね。ヨーロッパではキリスト教徒は利息取れないようにし、「ユダヤ」という「職業」に就かないと利息を取って儲ける金融をできないようにしたのであり、カミでなくGODという違いはあるけど)
律令政府は公出挙(くすいこ)という、国衙の蔵に納められた租稲(そとう)を元本として春に百姓に貸付け、秋に利稲(利息としての稲)をつけて蔵に返済させるという、利息税とでも言える制度があった。
かといって国家以外も出挙はしていた。
金融はシン仏的、宗教的、俗ではない領域の行為だった。
神物(しんもつ)、仏物(ぶつもつ)の貸付は室町以降も続いていて、祠堂銭(しどうせん)といわれる、仏のものとしてれらに寄付された銭を貸し出すという形で低利息の金融が行われている。
(超絶儲かるね。
しかも地面に埋めるだけで無主になってしまうから幾らでも悪用できるね)
・公益や金融業を行う商人や金融業者は俗人にはできず、必然、神仏の直属民という「外れた」人々が担うことになる。
つまり、カミ直属の「神人」(じにん、じんにん)、仏直属の「寄人」(よりうど)、シン仏に準ずる天皇の直属民「供御人」(くごにん)といった「神仏の奴婢」である。
(ヨーロッパでも日本でも、金融と宗教と王族は不可分!)
ちなみに交易を行う人や芸能民も、シン仏や天皇に直属民の地位を得ていた。
例えば、鋳物師(いものじ)は十二世紀以降に、殿上で使う鉄の燈炉(とうろ)を天皇に献上する代わりに、全国を自由に遍歴して鉄や鉄器を販売する特権を認められていて、蔵人所燈炉供御人という長ったらしい名前で呼ばれた。なお、当時は手工業と交易は分離していなかったので(作る人と売る人が同じ)、商人=手工業者、だった。
博打は芸能に入る。確率はシン仏の意志のあらわれ。
(芸能界は裏社会なのは古代から変わりません。遊女や白拍子もね。
日本の歴史をよみなおす(網野善彦・聖なるものから世
http://ameblo.jp/lully-moliele-1660/entry-10550157401.html
”商人や職人の場合も、同じように交易はしだいに、世俗的な行為に転換していきます。商人と職人とはしだいに分化していき、まだ神人、供御人の身分は残っていますが、商業それ自体は世俗的な行為になっていったものと思われます。
職人にそくして一例をあげますと、十三世紀の後半以降に成立したと考えられる「職人歌合」という絵巻があります。何種類かの職人が左右に分れた番いになって歌を詠みあい、それを判者が判定をするという歌合の形式をとりながら、いろいろな職人の職能を歌と絵で示しているもので、江戸時代には「職人尽」として、広く世に流布することになっていくのですが、おそらくとも十三世紀後半から十四世紀にかけて成立した「職人歌合」は、神仏との関係をもつものになっています。
その一つの「東北院歌合」は、東北院でおこなわれた法会に職人たちが集まってきて、そこで歌を詠みあったことになっていますし、「鶴岡放生会職人歌合」は、鶴岡八幡宮でおこなわれた放生会の時に集まった職人たちが歌を詠むというかたちになっており、神仏とのかかわりで、職人歌合が行われたという形式になっています。
この歌合では、二種類の職人が左右にわかれて一番をなしているのですけれども、この二種類の職人が番いにされるに当たっては、何かの理由がかならずあるようです。
たとえば、しばしば鍛治と番匠が番いになっています。番匠は木工、現在の「大工」にあたりますが、なぜそれが鍛治と番いをくんでいるかというと、当時の鍛治は刀鍛治よりも釘鍛治が一般的で、釘や鎹をつくっていたのです。ですから鍛治は建築工として、神社や寺院に所属して寄人などの地位をあたえられています。鍛治が、建築の工人だったから、建築の中心的な職人である番匠と番いをなして現れるわけです。
このように、番いに組み合わせられた二種類の職人は、みなそれなりの理由があるのですが、興味深いのは、「東北院歌合」で巫女と博打打が番いにされている点です。そもそも博打打が職人歌合に登場するということ自体、十三世紀以前の社会の特徴が非常によくあらわれていて、おもしろい問題がそこにあるのですが、おそらくこれは博打打ちも巫女も、一方はさいころで、一方は神かかりによって、神の意志を伝える。そういう職人として番いににされているのですけれどもはないかと私は思うのです。
博打は、一面では社会の中で禁圧されていますけれども、他方で、籤と同じような意味もあったのだと思うので、博打は芸能であり、博打打ちにもそれなりの「道」??博打道があったことは、当時の史料の中でもはっきりいわれています。平安時代の末、「双六別当」「巫女別当」という役職が、加賀国の国ガにあったことがわかっており、京都の朝廷の官庁にも、双六打、博打打や、巫女を統括する役所があったことは確実です。実際、上皇の妃である女院がお産をするとき、祈祷師(験者)のうしろに、悪い「物の怪」をつける「物付」になった巫女がいるのですが、そのそばに双六の盤がおいてあるのです。そして巫女は「博を打つ」、多分さいころをふっています。これも民間でも行われており、博打打と巫女は宮廷でも密接な関係があったのです。
このような意味で博打打も巫女も職人の一種と考えてよいので、両者が番いにされているのも、こう考えれば当然のことです。そして十三世紀につくられた初期の職人歌合が、手工業者、商人、あるいは芸能民などの「職人」を神仏とのつながりのなかでとらえるとらえるいう見方に立っていたことは、この事実を通してはっきりとうかがうことができると思います。
(66.67.68頁より抜粋)”)
※供御=天皇や貴人の食べるもの。
(つまり供御人=支配層が〔精神的に〕食べる人≒生贄ってこと?)
・外れた人々は独特の服装をしていてそれが関所でのチェック項目になっていた。自由通行の特権衣裳。
山賊や海賊も手が出せない。
神人や供御人自身や持ち物を傷つけたり殺したりすると、大変厳しい罰を受けなくてはならないと考えられていて、彼らの死骸のある場所はそれ自体が聖なる場所となりシン仏の所領とされた。
なので、年貢取り立てに起用することもあった。
以上のような特質は、十四~十五世紀以降から大きく変わっていく。
だんだん、俗的になっていく。
・室町時代となると、金融、勧進等などによる寺院の経営が始まる。
鎌倉新仏教系の寺院に多い。禅宗、日蓮宗、律宗、浄土宗、時宗など。土地の所領はあまり持っておらず、特定の檀家や有力な外護者(げごしゃ)からの土地の寄進を受け、その力で維持していた。氏寺などとは異なる。
第3章 畏怖と賎視
・八世紀になると、律令国家が動揺し始めるせいで浮浪者や逃亡者などがたくさん出た結果、重病人や捨て子が問題になったので、非田院、施薬院(せやくいん)を作り、国家の力で救済した。光明皇后の仏教への帰依が原動力。
(税を納める人員確保の目的もあっただろうね)
・平安時代、非田院にいた人々に新生連という姓を与え、都の戸籍に載せて一戸の家とする。
奴婢ではなく、一般の良民、平民として扱われるが「新生連」という印のせいで、一見して非田院出身とわかるようになっている。
(戸籍見たら養子だとわかる今の制度みたいだ。
特別養子だと養子だと分らないようにするけどね。
法律定義集bot @eightspan_crow 7月22日
【特別養子縁組】…家庭裁判所の審判によって幼少時の養子につき、実方との親族関係を断絶し、実体的な法律関係のみならず、戸籍上も養親の実子として取り扱う特別の養子制度。戸籍の父母欄には養親の氏名のみが記載され、続柄も実子と同じように記載される。普通の養子縁組の要件より厳格
じゃがいも @_potato_0723 7月2日
特別養子縁組は両親との関係を断ち切ることができて、年齢制限あり
普通の養子縁組は両親との関係を断ち切らないで、両親、養親ともに存在し戸籍上は養女、養子となる年齢制限なし 私はここが大きな違いだと思ってる)
・ケガレとは、人間と自然のそれなりに均衡のとれた状態に欠損が生じたり、均衡が崩れたりしたとき、それによって人間社会の内部におこる恐れ、不安と結びついている、と考えることができる。恐らく死の不安や恐怖。
・十四世紀までの非人は、江戸時代の被差別部落とは異なる。
神人・寄人と同様、一般の平民百姓とはっきり区別されていた上に、神仏の「奴婢」として聖なる方向に区別された存在だったので、迫害されるだけの身分ではなく、畏怖や畏敬される一面も持つ。
よって不自由民である下人、すなわち世俗の奴婢ともまったく違う存在だった。
畏れられていたケガレを清める力をもつ聖別された職能民として位置づけられることもあった。
俗人には清められぬのじゃ。
南北朝前期の史料に「河原細工丸」といわれる人々が出てくる。長者に率いられて祇園社に属し、「裏無」(うらなし)といわれる履物を献納していた彼らは、「清目」とも呼ばれていた。
斃(へい)牛馬の葬送・解体・皮の処理や、牛や馬の死に伴うケガレの「清め」も河原で行っていた。ケガレを境目にて水に流す。
また、南北朝以降の史料には、井戸を掘ったり、大きな石や樹木を動かすなど、土木作業に携わったりしているのは、自然に対する畏怖の念が強く、自然を大きく改変する事に極めて慎重だった。
井戸を掘る際に陰陽師や河原者が関わっていたらしい。
ケガレ祓い。
・放免とは、広い意味の非人であり、獄舎につながれた後、放免された人々。着釱(ちゃくだ:足枷をつけている人々)とも呼ばれている。
放免された後、天皇直属の検非違使庁の下部(しもべ)にされて蛇の道は蛇だからと利用された。
童名(わらわな)という、幼名に「丸」をつける慣習がある。
しかし、放免は、例外なく「丸」をつけている。大人でありながら「丸」を名乗り、髪形などの姿形も童姿の者たちがいる。たとえば牛飼い。牛飼童。
童は、聖俗の境界にある特異な存在と考えられていたので、名前自体に聖性を持たせた。
(言霊ですね)
牛飼童の髪型を絵巻物で見ると「本鳥(もとどり)」を結ばずに髪を長く流して途中を結んだ髪型でポニーテールみたいな感じだ。ときには顎髭などをはやしている。
当時はもとどりを結んで折烏帽子(おりえぼし)をかぶるのが平民の成年男子の髪型なので、もとどりを切られてざんばら髪、蓬髪にされることは、平民の成人としての地位を剥奪されるほどに重要だった。
本鳥切りという処罰があったほどであり、もとどりを切るのは大きな侮辱を与えることであった。
ところが牛飼はもとどりを結っておらず童姿だった。
八瀬童子(やせどうじ)という、貴人の輿や柩をかつぐ人達が京都の北に住んでいた。かつて大正天皇の柩を誰が担ぐかで問題になったが、結局、京都の八瀬童子が担いだ。しかし皆が年寄りだったので重厚な柩をあわや落としそうになったりしたらしい。
昭和天皇の時も葬列に加わっている。
やせどうじの歴史は非常に古い。
平安時代、十一世紀後半には史料に登場する。
青蓮院(※)に属している炭焼きだった。畏れ多くも自然物を焼く仕事だ。
やせどうじはの名前には「丸」がついていて、恐らく子どもの格好をしていたのだろう。
伝承によると鬼の子孫らしい。
※青蓮院は、三千院(梶井門跡)、妙法院と共に、天台宗の三門跡寺院とされる。「門跡寺院」とは皇室や摂関家の子弟が入寺する寺院(神社じゃないよ!)のことであり、青蓮院は多くの法親王(天皇の皇子や伏見宮家などの皇族の男子で出家後に親王宣下を受けた者)が門主(住職)を務め、宮門跡寺院(門跡神社なんてないよ!)として高い格式を誇ってきた。
・中世前期までの牛馬は「畜生」や「四つ足」などとよばれて、卑しい動物という捉え方をされていなかった可能性がある。
絵巻物の牛は共通して恐い顔をしていて、ときによると牛飼を引っ張って疾走している。おとなしい動物だとは思われていなかったらしい。
要は野獣とみなされていて、それゆえに特殊な地位でないと扱えないとされたのかもしれない。自然物への畏敬だろう。虐待すれば天罰を受けるような獣だった。
・犬神人(いぬひじにん、いぬじにん、いぬじんにん、つるめそう=弦売僧)は、境内や御幸路の死穢の清掃などに従事した。
死者に対して贈られるものと副葬品を収入として取ると言う特権を与えられていた。
祇園社犬神人が現存する限り初めて登場したのは、日蓮の『御書』であり、嘉禄3年(1227年)の山門(比叡山延暦寺)の法然墓所破却が「犬神人(つるめそう)」に命じて行ったとある。
犬という言葉は卑しい意味ではなく、死者の物を取れる=俗ではない存在、という意味だろう。
(犬神人は死んだところが聖なる場になるから犬死にじゃないね)
「丸」は聖と俗の境であることを示し、呪的な力を与えたいときに名前に使うことがあった。
船や刀の名前に「丸」ってつける。命を預ける物だから。
楽器にも丸をつけていた。当時は音はシン仏をの関係でとらえていたから。
子どもの地位は特殊。七歳まではカミのうち。実際、平安時代末に、ある子どもが悪人を指名すると、上皇が本気で検非違使庁に命じて指名された人を捕まえさせることをやっているほど。
(鬼=キ=霊魂やゴースト。
中国語で鬼城=ゴーストタウン)
パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月20日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p113 野獣、あるいは野獣に近い動物は人の力をこえたものを持っており、それを扱う人びとも、ふつうの人と異なる特異な力をもっているという考え方がこの時期の社会にはあったのではないかと思います。
p115 むしろいまあげた「丸」をつけるものは、みないわば聖俗の境界にあるものであることに注意する必要がある。 ← 幼名(梵天丸等)、船の名前(咸臨丸等)、剣の名前(髭切丸等))
・『塵袋』(ちりぶくろ)という、鎌倉後期の古辞書における「穢多」の項目では、「キヨメヲエタと云フ」(清目=えた)、「根本ハ餌取ト云フヘキ歟。餌ト云フハシシムラ鷹ノ餌ヲ云フナルヘシ」(元々は鷹などを飼うための餌を取る職業を意味しており、それが転じて殺生を業とする者全般が穢多と呼ばれるようになった)、最後に「イキ物ヲ殺テウルエタ躰ノ悪人也」としている。
(カタカナ表記なのは『塵袋』が問答形式だからだろうね)
非人や河原者を「穢れ多い」悪人と見なす差別意識、卑賤視する見方が現れてきたことを示す。ケガレを恐れ、畏怖する意識が次第に消え、これを忌避しうる、汚穢として嫌悪するような意識が強くなってきた。自然がより明らかに人々の目に見えてきたために(文明化)、エタなどの人々へ抱いていた畏れの念が薄まり、忌避の念は薄まらなかったからだろう。自然観が変われば対応も変わるのだ。
一五世紀に入る頃、非人、河原者などの人々を「穢多」と呼ぶことが広まり、「清目」も差別語になった。一四世紀を境に、「穢れ」の観念について、かなり大きな社会的変化があったらしい。
・鎌倉新仏教とは、一三世紀後半の時期=ケガレに対する思想的な緊張のあった時期=ケガレに対する意識の転換期、に登場した、ケガレに携わる人々を救済する宗教である。
親鸞の「悪人正機説」なんてまさにそう。
『一遍聖絵』『一遍上人絵詞伝』には他の絵巻物と比べてもたくさんの非人、乞食が登場する。
浄土宗、一向宗、時宗、日蓮宗、禅宗、律宗は悪人、非人、女性に関わる悪、穢れの問題に、正面から取り組もうとした宗教であり、
時宗に関しては、ばくち打ちや童名の者とも近しい関係にある山賊や海賊などの悪党たちが高札を立てて、一遍の布教を妨害するなと宣言したので、三年間も妨害なしで活動できた。
対して、
『天狗草紙』では一遍がやっていることは天狗の所業だと悪罵し徹底的に、えた・非人らを卑しいとしている。
十三世紀末の思想対立がはっきり見られる。
被差別部落が東日本では非常に少ないのは東西の思想と慣習の違いによる。
東日本ではえな(胞衣)をなるべく人が踏んでいけるような戸口や辻などに埋めるが、西日本では、できるだけえなを遠ざけ床下に穴を深く掘ったり遠くの山に埋めたりした。
東は縄文的で、西は弥生的らしい。
東日本では罪人の首を武士が切り落としているが、西日本では放免あるいは非人にやらせている。
胞衣(えな)信仰
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/enasinko.html
第4章女性をめぐって
・鎌倉新仏教はほぼ共通して非人の救済とともに、女性の救済をもう一つの重要な課題にしている。
(中国語訳の仏典なので勝手に儒教的=男尊女卑、に改竄されています。原始仏教における、在家も出家も老若男女皆平等だという本来の教えに戻る運動とも言えるかもしれない。サンスクリットを教祖たちが読めたかは分らないので偶然かもしれませんけど)。
制度を考えるのに特に重要なのは、法律があるからといって守られているとは限らない。法律は単なる建前であり、実際は違っているかもしれないと常に念頭に置いておかないといけない。
明治になっても早いころの離婚率は非常に高いことから、江戸時代の離婚率も相当高いと推察できる。
江戸時代は夫だけが離婚権を持っているというステレオタイプは間違いで、妻の飛び出し離婚もかなりあったと思われる。妻が帰って来ないのでなく泣く離縁状を書く事態もずいぶんあった模様。
縁切り寺に行かないと離婚は絶対できないわけでもなかったらしい。
離縁状だけを見てしまうと、夫が妻に与える形なので誤解を招きやすい。
書く権利ではなく(しなくてもよい)、義務だった(しないとだめ)。そうしないと夫も再婚できない。
・神社や寺院に参籠して子供が授かった話があるが、俗なる関係(夫婦関係など)がない無縁の場所だったのでフリーセックスが行われた結果かもしれない。
・旅人は世俗と縁が切れている。山野・浦浜・市町・道路でおこった殺人事件などはその場にいた者だけで処理をしてかたき討ちのようなかたちで世俗の世界に持ち込んではならないとされたりした。
また中世、道を歩く女性に対して「女捕り(めとり)」、「辻捕り」が行われることがあった。強姦とは少し違う。少なくも建前上は強姦として法令で厳しく禁じられているが、あまり罪は重くない。貞永式目でも禁止されているが、「法師については斟酌あるべし」=坊さんなら(おそらく女性と性交渉の機会がない)事情を考えよ、とある。
道は聖性(性性?)を持っていたらしい。
・十世紀~十一世紀、女性の長者に率いられた、自立した女性職能集団として「遊女」が現れてくる。白拍子、傀儡とともに、神人、寄人と同様、天皇や神に直属する女性職能民だった。
(聖的なものは性的なものでもあるのです)
桂女(鮎売り女性)と大原女(炭や薪を売る女性)がいた。桂女は独特な被りものをしていて、一般人でないことが見ただけで分かるようにして遍歴している。
(パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月20日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p147 文書だけを見ていると、夫が離婚の専権を握っているかのごとく見えるのですが、実際は、むしろ夫は離縁状を書く義務があるといったほうがよい。 ← "三行半=低い女性の地位"という記述が高校歴史教科書からは削除されているかも…
p151 神前や仏前は神仏の力のおよぶ場所であり、そこでは世俗の縁が切れる。万葉集、風土記などに出てくる歌垣の場のように、そこには世俗の妻や夫の関係は持ち込まれない場所であり、(続)
p151 (続)それゆえに、男女が自由に交渉することができたと考えても、決しておかしくないのではないかと思います。 ← 祭りでの浴衣姿に発情するのはその名残りかも知れません。
p165 そうした聖なる倉である土倉の管理に女性がかなりの比重が現れるという事実は、女性の性そのものの特質とおそらく不可分の関係にあるのだと思います。 ← キリスト教世界では女性以外が子を産むのを禁じ、利子を認めなかったと(ヴェニスの商人)。)
第5章 天皇と「日本」の国号
・天皇という称号が安定的に用いられ、制度的に定着するのは、清御原律令制定の頃であり、持統天皇から。つまり持統天皇より前の天皇は天皇ではなく大王(おおきみ)と呼ぶべき。
日本という国号も、七世紀後半、律令体制が確立した天武大王、持統天皇のころ、天皇の称号とセットで定まったと考えられている。それ以前に日本も日本人も存在していない。倭人である。
ちなみに、柵封体制下では国号とは自ら名乗るのではなく中国皇帝から与えられるものだった。
(子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月30日
神道のお札の元ネタは道教のお札。
茅山道教を創始した陶弘景(5・6世紀。皇帝の相談役)は「道教は神道」と主張。
天皇崇拝は星崇拝であり太陽崇拝ではない(天照は誤り)。天皇は天皇大帝の略称。天皇大帝は北極星の神格化であり剣と鏡の二種を象徴として持つ。日本の皇室でも元来は二種の神器。)
桓武天皇は、天智大王系の天皇であり、八世紀、一貫して天皇および大王だった天武大王の皇統につながる人を全部抹殺して天皇となったことから新王朝の王とみる見解もある。その桓武天皇は昊天上帝(こうてんじょうてい)、天帝を祀る中国大陸風の祭祀をしているが、結局は自らの正当性を示す手段として使われていた。
(桓武天皇の母親は、百済系渡来人の高野新傘(たかののにいがさ)だったことも関係しているのかもしれません。
朝鮮半島に住んでいた人の血が天皇家には入っていることを偽天皇が認めたことを、統一教会や生長の家や神道政治連盟や日本会議の似非右翼の皆様は無視するんだよねー。
パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月23日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p186 まず、中国の律令制の骨格は儒教で、天命思想、易姓革命の思想(天子は天の命によってその地位にあるので、天子に徳がなければ、天の命があらたまり、天子の姓がかわる。王朝が交替するという思想)がその背景にあるのですが、(続)
p186 (続)この国家が律令制を取り入れる時に、この天命思想と易姓革命の思想は注意深く排除しているということが注目されます。 ← 中国共産党に"徳"はあるのか。
p204 実際、天皇の称号の定着した持統以来、江戸時代までの天皇は、二、三の例外を除き、みな火葬で、聖武以来仏式ですし、墓も泉湧寺をはじめ、寺院に葬られていたのです。 ← 再び火葬に戻ることは、先日ニュースになってた。
……
天命思想と易姓革命の思想を排除したのは、それらを理由に叛逆されないためでしょうね)
天皇の二つの顔
太政官という貴族合議体の頂点に立つ、公の王としての天皇の顔
各地の贄の貢進をうけとる律令には規定されていない、祭司や稲の王としての天皇の顔である。各地の生産者や職能者とモノを通して結びついていたりする天皇(家)。
おおやけ=大宅(共同体の代表である首長の家や倉)=公
公家=(古代では)天皇。
中世には、将軍=公方(くぼう)、
近世では、幕府・大名=公儀。
平民たちが、年貢・租税を廃棄せよというスローガンを公然と掲げたことは、古代から近世にいたるまでほとんど見られない。租税、年貢を減免せよ、軽減せよという運動は無数におこっているが、年貢をすべて撤廃せよという運動は見られない。
九世紀のころから宮廷行事に仏教行事が本格的に入り込んでくる。もともと僧綱(そうごう)という僧侶の統制機関が律令制の中に設けられていて、国家が僧尼令によって寺院や僧侶を厳しく統制していたのだが、大仏造営の過程で事態が大きく変わり、天皇自身が「仏の奴婢」とまでになってくる。
さらには天台宗と真言宗が登場しだしてくることもあいまって、十世紀以降になると神社と結びついた大寺院の力が非常に強くなってくる。
実際、天皇の称号が定着した持統天皇以来、江戸時代までの天皇は、二三の例外を除き、みな火葬で、聖武天皇以来みな仏式であり、墓も泉涌寺(※。せんにゅうじ。御寺[みてら]と呼ばれる)をはじめ、寺院に葬られていた。墳丘もつくられていないので、昭和天皇のような葬儀や墓は、明治以降にはじめられた。
(「古来の伝統」なんてものは簡単に捏造できます。
伝統=長く続いてきた、と言うなら仏教式じゃないとね。
神道式=キリスト教の変化形式)
※泉涌寺。
ウィキみると、京都市東山区泉涌寺山内(やまのうち)町にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院とあるくせに、後の記述で、泉涌寺は律を中心として天台、東密(真言)、禅、浄土の四宗兼学(または律を含めて五宗兼学とも)の道場として栄えたとある。天皇家が戒壇まで作った天台宗系じゃないの? 真言宗の戒壇って天皇家は作っていないんじゃないのかな。真言宗って途中で滅びかけているしおかしいね。
理由↓
“以前なんか「鑑真をやけに取り上げてる」と思った答えなんだけど、「たぶん」天台宗と鑑真の関係だと思う。【20080912】
天台宗はもともと、「北朝天皇の宗教」だったわけ。
で、鑑真=唐で新羅とも関係あるんだけどね。
これは歴代の北朝天皇の菩提寺である京都東山の泉涌寺(せんにゅうじ)も天台宗だったわけ。
1872年に真言宗に改宗させられてるけどね。
さらに鑑真と北朝宗教の天台宗でいうなら、鞍馬寺。(ここと繋がりが深い→貴船神社、貴船→賀茂で、神社全庁にも繋がる)。
鞍馬寺は、もともと天台宗で、神智学に影響されてスピリチュアル化した、今は鞍馬弘教、鑑真の弟子、鑑禎によって作られた。
この鞍馬寺が北朝宗教を微妙に継承し、神智学化したスピリチュアル仏教の巣みたいなとこと予想している。
神社全庁との関係があることでもわかるとおり、今の北朝=左翼と重なる左メソと、南朝支配の明治維新の根幹をなした坂本竜馬のように、その南北融合的なポジションにいたのが鑑真だったってことね。
北朝宗教=天台宗なら、簡単な構図でしょ?
明治維新の時、こういう北朝仏教を弾圧し、一部はこうやって融合した段取りをつけたのがどこかってことなんだけど。
北朝天皇のお墓、泉涌寺を廃仏毀釈で、一時は閉鎖寸前まで追い込み、そして「真言宗」に改宗させたことでもわかるとおり、その神道勢と一緒に天皇すり替えを加担した仏教部の中心が、あの真言宗の本山、「高野山」なわけです。
で、当時は絶えていた南朝正統宗教、真言密教の立川流を復活させてできたのが真如苑なわけ。
天台の教義には、法華経(円)+密(台密)・禅・戒という四宗兼学という言葉があります。
それなのに、その教義に「自分の宗派が一番!」と言い張ってた=対立していた真言宗が、同じ密教だから「無理やり」含まれたことにしてしまってるわけ。
もともと天台宗だった天皇家の菩提寺である泉涌寺が(調べりゃ誰でもわかる)、明治維新後にいきなり、この理論から「真言宗の泉涌寺派」などとなっちまってることから、簡単にわかることなんだけどね。“轍(わだち)【20101126】http://www.mkmogura.com/blog/2010/11/26/972
北朝鮮の核【20080912】
http://www.mkmogura.com/blog/2008/09/12/138
”P129の「次の標的としての北朝鮮そして日本」
まず、ここに慶尚道、全羅道の対立が書かれている。
韓国内での対立、慶尚道=新羅、全羅道=百済、高句麗=北朝鮮のことだ。
この人は、ちょいと北朝鮮のことを「良く言い過ぎ」な感があるが、高句麗と日本の関係は歴史的に見ても深いのは事実であって、その実例が書かれている。
こっから、左翼系?と勝手に判断させてもらったが。
「ひとつ、ふたつ、みっつ」、「やま」「たに」などの日本語の読み方が高句麗の言語からのものであること、
6世紀から8世紀ごろの話や、高松塚古墳、長野や福井、新潟の話、続日本記についてなど。
天智天皇が唐からの攻撃から高句麗を守るため、日本から水軍を派遣したこと、百済からの当時の亡命者のために朝廷に役職を増やしたことなど、壬申の乱などについても書かれていたりする。
これは、実に面白い。
知ってのとおり、日本は「南北朝時代」という言葉があるのでわかるとおり、「南朝」と「北朝」という、朝鮮から来た天皇を祭り上げて歴史を作ってきたわけだ。
さらに言うなら、
>創価学会の母体となった大日本皇道立教会は、南朝を正統とし、その皇道に沿った教育を行う趣旨の元で、1911年に創立された。
そういうこと、創価学会も南朝を掲げている。
昭和天皇と現天皇、靖国カルトを祭り上げてる奴らが慶尚道=新羅なら、創価学会は全羅道=百済になるのかな?ここらへんを今後調べてみたいと思う。
6世紀からの百済の移民が、明治維新後の移民推進に、どう関係してきたのかも。
以前、日本の在日の大部分が全羅道で、戦後の帰国を断った慶尚道とは違うのは書いたわけだ。まず、この本を読んで調べてみればよかった。
まあ、何かわかったら書くつもり。
歴史上、北朝と南朝が入り混じるので、あながち源氏と平氏の対立が今も続いているという話も嘘ではないようだ。
メソなどのイルミナティ勢力や外国からの明確な糸は明治維新からで間違いないと思うのだが。
正直、こんな状態で天皇を祭り上げてるのは、どうかと思う。
「日本という国体維持」に天皇が必要?馬鹿いっちゃいけません。
反権力的な生き方というのは、自分の生まれた土地で、「自分の目に映る大事な物を保守」し、「ない物は作り」「正しいことがわかるように教育し」、多数の反対意見と対立の中で「調和を目指す」ことですよ。
天皇という個人の人権を侵害して、「すり替え説」のように、権力の道具として、あちこちから利用され、奪い合うものに大儀はありません。
(…)
まず、イルミが作った社会主義のシステムを「世襲」でやると、とんでもない馬鹿国家が出来上がるわけだ。
それが今の北朝鮮である。
ただ、世襲が50%を超える安定多数の世襲民主主義である日本も、それに負けず劣らずの馬鹿国家である。
今の日本と北朝鮮の違いは、マーシャルプランにおける貿易黒字をアメリカのために捧げるための成長があったかどうかであって、民主主義、社会主義の違いというものが決定的根拠にはならない。
(…)
相手がイヤなことをしたら、こっちもする。利があるなら、同じぐらいの利で返す。
政治というか、国際間の綱引きとは、ただ、それだけなんだと思うが。
そのバランス感覚については日本は正直、低いと思う。島国だからかな?
これは、すべての国が「自分以外は敵」であって、初めて成り立つ。
共通の敵を作ると、歩調を合わすことになりそうだが、それが反共と共産主義、その他モロモロでアンバランス化するのは歴史が物語っている。
そんなアンバランスの先は、二元論の先であって、間違った答えとして統一された「新世界政府」があるわけです。
正しい対立と、多様性、そこから生まれる調和というものを考えなければと思うわけである。生物的な話だと普通のことなんだけど。
うーん、政治にも繋がる話なんだけど、対立しあって調和する中央銀行のシステムを考えなきゃ。
今のシステムでは戦争がなければ、調和は生まれないとも思ってるわけで。難しいかな?ここらへんの話は。
俺は戦争も武力も否定しない、搾取も人類削減計画も。むしろ存在自体は肯定する。それは対立の一種であり、多様化に繋がることだから。
でも、それ以外の「正しい対立」があると思うのよ。
周りに流されて生かされてるだけならば、北朝鮮の武器もって行列組んでる奴らも、餓死者も、今の日本に住む奴と何も変わらない。”)
・鎌倉幕府の評価における学者の派閥
鎌倉幕府は自立した国家の一つの型とする説は東京と九州の学者に多い。
京都朝廷の軍事部門担当の出先機関とする説は京都と東北の学者に多い。
邪馬台国論争では
東京の学者は九州説で
京都の学者は畿内説が多いらしい。
(古代の発音を考えると畿内説が正しいだろうけど。
やまたいこくって読んだ本居宣長のせいで無駄な争いをしてきたね。
当時の発音を知る為に古代中国語や古代朝鮮語を学ばないと駄目だよね)
鎌倉幕府の特性として
将軍は天皇によって任命される
元号は朝廷のものを使っている
官職体系は朝廷のものとはいえ、右大臣となった源実朝が公卿会議に出てないし、執権が右京大夫になっても京都の行政に関わっていない。
国号がない。
天皇の統治権が東国に及ばなくなった。
蒙古襲来後は九州にも及ばなくなる。
外交権も幕府が持っていたと言える。
天皇「職」は十三世紀後半以降、事実上幕府の意志で決まるようになってきた。
上記のような天皇家の実情をうけて、天皇家も勿論いろいろ改革したりした。
花園天皇や後醍醐天皇が、しきりに鎌倉新仏教(当時では日の浅い新興宗教的扱い)の流れを組む禅僧や、昔からある律宗を身近に呼び寄せたり、律僧の中でも真言密教に深く足を踏み入れた人、文観(もんかん)などを近づけている。
(明治になって、歴代の北朝天皇の菩提寺である京都東山の天台宗寺院である泉涌寺が真言宗に改宗させられたことと関係しているだろうね。
※文観
般若寺の律宗の僧で邪教とされていた真言宗立川流の僧。
後醍醐天皇に重用されて醍醐寺座主・天王寺別当となる。後醍醐天皇中宮藤原禧子の御産祈願と称して鎌倉幕府の調伏などを行っていた事が発覚し、元徳2年(1331年)には逮捕され硫黄島へ流罪。元弘の乱の後に鎌倉幕府が滅亡すると京都へ戻り、建武の新政から南北朝時代となっても後醍醐方に属して吉野へ随行し、東寺長者、大僧正となる。
※真言立川流
真言宗の超異端派セックスカルト。立川流の真髄は性交によって男女が真言宗の本尊、大日如来と一体になることである←これホント。
北朝の天台宗と真っ向から反逆する教義ですね。
敵の宗教を信仰はしませんよってことです。
さすが南朝正統宗教である真言宗異端派の立川流。
この宗教って遊女勢力と結びついてそうだ。遊女勢力は非人あるいは非人的性質を持っているからおかしくないし。
【08】「日本の歴史をよみなおす」第3回レジュメ
http://marunekodosemi.blogspot.jp/2015/06/083.html
”いわゆる平将門、藤原純友の乱で、純友は新羅の海賊とつながりを持っていたと思いますが、独自な国家まではつくりませんでした。しかし、将門の場合は、三ヶ月たらずではあれ、王朝の任命した国司を追いはらって新しい国家をつくり、将門自身は新しい天皇、「新皇」という称号を、八幡の神、菅原道真からあたえられるのです。そして、下総に都を置き、のこりの関東の七カ国に伊豆を加えた八カ国に、国司を任命して、東国国家を樹立します。東国はここで、京都の王朝の統治権からごく短期間であれ、完全に離脱したわけです。日本列島には決して一つの国家だけがあったのではなく、複数の国家があったことをこの事実がよく示しているといえましょう。[205]”
平将門の乱
3か月足らずだが、王朝の任命した国司を追い払って新しい国家を作った。
将門自身、「新皇」という称号を、八幡の神・菅原道真から与えられる。
下総に都を置き、残りの関東の七カ国に伊豆を加えた八カ国に国司を任命し、東国国家を樹立。
藤原純友の乱
藤原純友は新羅の海賊とつながりがあったと思われる。
瀬戸内海から北九州、さらに朝鮮半島との間の緊密な海上交通を基盤としておきた政治動乱。
大陸系仏教 陸路・土地・農業が税の基準 朝廷
VS
海賊系土着信仰 新国家 新宗教
網野善彦「日本の歴史をよみなおす」、第5章天皇と「日本」の国号のまとめと感想
http://ameblo.jp/pianoforte007/entry-11768496286.html
”「職の体系」、神人・供御人制と天皇;
「特定の職を特定の氏が世襲的に請け負う【職の体系】官司請負制といわれる体制が11, 12世紀には国家の体制として形成されてくる。これは王朝国家の体制ともいわれています。職の体系のトップに天皇がいるわけで、天皇は【天皇職】を世襲的に継承することになったといってよい」(200-201頁)
「このような王朝国家を支えた土地制度、租税制度が11世紀の中葉ごろから本格的に形成された荘園公領制という体制です」(201頁)
「荘園公領制の確立と並行して、11, 12世紀ごろに、神人・供御人制という職能民、非農業民にかかわる制度が確立します」(202頁)
仏教と天皇;
「天皇の権威も、在来の神だけではなくて、早くから仏教と深いかかわりを持ちつつ保たれていた」(203頁)
「13世紀の後半から、天皇が即位の時に、密教の灌頂の儀式を行う、【即位灌頂】という儀式をやっていた」(204頁)
日本列島には複数の国家があった;
「鎌倉幕府の評価については、これを一応自立した国家、中世国家のひとつの型として認める見方と、王朝ー京都の権力の出先機関として軍事的な部門を担当する、ひとつの権門にすぎないという見方とが対立しています」(206頁)
「王朝の官職は鎌倉時代にはまだ意味を持っていますが、幕府側の人に与えられた官職は、ほとんど形骸化している」(208頁)
「天皇の統治権が東国におよばなかったことは、重要なことで、やがて蒙古襲来後は九州にも及ばなくなります。さらに外交権も幕府が持っていたと言えますし、【天皇職】は、13世紀後半以降、事実上、幕府の意志できまるようになってきたことは十分注目しておく必要がある」(208頁)”)
・後醍醐天皇はとにかく思いきったことをやる。天皇主導のもとで新しすぎる宗教思想や外来思想を動員して、天皇の権威の危機をなんとかしようとした。
後醍醐天皇は「神人」や、シン仏に準ずる天皇の直属民「供御人」的な勢力を、非人まで含めて軍事力として動員したり、商業を掌握し、貨幣まで発行しようとしている(貨幣鋳造は統一王朝の権力を示す)。
江戸時代になって、武家に対する批判がでてきたとき、それに代わる権威は北朝ではだめだった。北朝は武家と野合し続けている天皇なので、持ち上げようとしても持ち上げようがない。南朝があったからこそ、はじめて武家に対して対抗しうる権威として天皇をかつぐことが可能になっているわけで、南朝の存在がなければ、これは不可能だった。だから、明治天皇は北朝の子孫なのに早くから南朝を正統とすることに決めたのだと思う、と筆者はいっている。
(いやいやいや自分の系統=北朝が正統でないと言うのはさすがにやりすぎでしょ。私は王になる資格なしって言っていることになっちゃうよ。
天皇家が非常に懸命に大切にしてきたのが正統性なのにね。
スクールデイズというゲームでは
南朝を正統とした桂太郎と同じ苗字のヒロインが人気投票一位で、北朝系の西園寺公望と同じ苗字のヒロインは不人気投票一位って明らかに操作されているよね)
・職能民の伝説には貴種流離譚伝説の形を持つものを含めて、起源が天皇であるものが多い。
鋳物師は近衛天皇
木地屋は惟喬親王(これたかしんのう)
被差別部落は醍醐天皇
遊女は光孝天皇。
(惟喬親王
文徳天皇の第一皇子。しかし、文徳天皇は皇太子として第四皇子・惟仁親王=後の清和天皇を立てた。惟喬親王の母が紀氏の出身で後ろ盾が弱かったが、惟仁親王の母は藤原良房の娘・明子だったからでしょう)
〈続・日本の歴史をよみなおす〉
第1章 日本の社会は農業社会か
農業社会ではない。
百姓とは普通の人々、一般人という意味。
たくさんの(百)姓をもった一般の人民。
古代は「おおみたから」と読まれ、農民の意味は勿論ない。
現在でも中国語や韓国語では百姓は文字通りpeopleの意味で使われている。
非農業民を多く含む。
農民は百姓ではない。
百姓は農民ではない。
百姓には海の民、山の民、廻船人も含まれる。漁業、塩業、林業などは無視する学会。
中央政府は農業を基本単位にしていたので、正式文書は当然農業本位になるから誤解が生じた。
江戸時代、年貢の賦課基準となる石高をまったく持っていた、つまり年貢の賦課される田畑を持っていない人を水呑といい、教科書では貧しい農民、小作人と言っている。
無高(石高なし)の百姓を「頭振」と呼ぶ地方もあるが、これは水呑と同じ意味。
水呑百姓が貧乏だとは限らない。土地がない≠貧乏、は現代と同じ。
土地を持てないほどに貧しい農民なのではなく、むしろ土地を持つ必要がない金持ちの多角的企業家は昔からいたのだが、彼らはずっと農地がない=貧乏、だと勝手にみなされてきたの。
村は農村とは限らないし、水呑(頭振)ばかりでも貧しい地域とは限らない。
江戸時代はに町と認められたのは、城下町や堺や博多のような大都市だけで、実質は都市でも大名の権力とかかわりのない都市は制度的には村とされた。
村とされ、検地され、田畑(石高)があれば百姓、なければ水呑だとされた。
農村ではなく山村や漁村では当然水呑ばかりになるが、貧乏とは限らない。
あと、昔の地形は今と全然違っていることに気をつけないといけない。
岐阜県は古代には大垣の近くまで海が入っていたりしたなど。
律令国家の班田収受では海の民にまで水田を与えようとしていたりするように、徹底して水田を基礎にした統治システムにしようとしていた。それは江戸時代までずっと続く。
江戸時代には、田畑や屋敷、山や海、塩の収入までも米に換算したほどに徹底的。
そのせいで、農業が本業でない例えば廻船交易(船商売)する人までもが、本業は農業で、船商売は副業(農間稼ぎ。のうまかせぎ。作間稼ぎ。さくまかせぎ)だとされている。
本業はどうみてもサラリーマンなのに、たまに副業として農業をやっているだけで、兼業農家といういかにも農業主体のような用語があるのは昔からの流れを組んでいると言える。
正式文書は当然、農業基準のものばかりなので、それを多く読む歴史家は、百姓=農民、だと誤解した。
そこで正式でない文書が大事になる。
裏文書、紙背文書という、廃棄するはずだった文書の裏に日記や記録を書いたために残された文書では、動産に関する記述、非農業的な生業に携わる人々が現れる頻度が高いので、実情がよくわかる。
(チラシの裏紙のメモも百年保存すりゃ立派な資料ですぜ。
土地が飯のタネの人は土地に縛られて逃げにくいから土地を土台にした支配体制にしたのでは?
パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月29日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p243 江戸時代、年貢の賦課基準となる石高をまったく持っていない、つまり年貢の賦課される田畑を持っていない人のことを水呑といっており、教科書では、これを貧しい農民、小作人と説明するのがふつうです。 ← 『詳説日本史』には水呑百姓の記述は無かった
p249 輪島の71%の頭振(水呑)の中には、漆器職人、素麺職人、さらにそれらの販売にたずさわる大商人、あるいは北前船を持つ廻船人などがたくさんいたことは間違いないところですし、百姓の中にも、輪島の有力な商人がいたことも明らかなのです。
p261 土地に租税を課している以上、百姓が農民であってほしいのは、国家のきわめて強い意志であり、国家にとってそれがもっとも望ましい事態だったことを考えておく必要があると思います。 ← "国家"を"農水省"と読み替えると、現代でも使える。
p267 これまで歴史家は、襖下張り文書まで整理して丹念に調べることはほとんどやってきませんでした。 ← リサイクルで使っている紙ですからね…
p279 このように、日本列島の社会は当初から交易を行うことによってはじめて成り立ちうる社会だった、厳密に考えれば「自給自足」の社会など、最初から考えがたいといってよいと私は思います。 ← "国民国家"は不可能なのか…)
第2章 海からみた日本列島
海上ルートがきっちりしていたから朝鮮半島の国と連携できた。
磐井の反乱の「反乱」は一つの中心があることが前提なので、正確には反乱ではなく戦争。
(継体大王 ヤマト王権+百済
VS
磐井 九州の王権+新羅(おそらく海賊勢力も含む))
律令国家は、徹底的に陸路中心の制度であり、都を中心に舗装されたまっすぐな道路を基本にしようとしている。
今までは海上交通、河川交通中心だったが、律令国家はそれを無視するように、強烈な意志で陸上の道を中心とした交通体系をつくる。
交通施設の馬家(うまや)も道に沿って四里の間隔で作られているが、河川の多い列島の地形にもかかわらず水駅(みずのうまや)がほとんど見られない。
軍事的な理由や農本主義が理由だろう。
公的な交通は陸路とはいえ、八世紀にはあやしくなりはじめ、陸上交通中心の無理が表面化し、八世紀前半には重い物を運ぶための川と海の交通が公的に認められ始める。
九世紀には再び海と川の交通が交通体系の主軸になる状況が生まれる。
日本霊異記という説話集は八世紀のことを記述していて、酒や米を出挙するとき小さな升で貸して、大きな升で取り立てる不法な利息をとった田中真人広虫女(たなかのまひとひろむしのめ)が登場するなど、女性や坊さんが金融や商業の担い手になっていたことを確認することができる。
おそらく、国家は二十歳以上の成年男子が公認された国家の成員で、女性や坊さんは基本的な国家の成員から外れていたからだろう。
(男よりも女のほうが聖と俗の境目に近いと考えられていたのかもしれませんね。
税をわざわざ陸路で運んだり、後の江戸時代の参勤交代をなぜ船でしなかったのかなあという疑問が解けた気がします。
パン屋襲撃 @c3po2006 2013年11月29日
『日本の歴史をよみなおす(全)』 p319 まだ神仏と結びついているとはいえ、商業資本、金融資本が動いており、米、絹、布などは、交換手段、支払手段、価値尺度の役割をはたす貨幣として機能し、本格的に流通しているわけで、12世紀にはこうした経済のあり方が軌道にのっているのです。
荘園公領制
十三世紀前半までに確立した土地制度。
各地のネットワークで成り立っていて、自給自足ではない(荘園に限ったことではないが)。
荘園と公領=国衙領との区別がはっきりする。
貴族や寺社はその上に自分たち独自の経済体系(各地の重要拠点を手に入れる)を作り上げていくことになる)
第3章 荘園・公領の世界
山奥だから、離れ小島だから辺鄙という感覚をやめること。
離島だからこそ海によって周囲に開かれ交通の要衝になる場合はいくらでもあるし、川と山の道を動く人々にしてみれば山奥は
以外と人の往来が激しい場合が多い。米が食べられず、粟や稗(ひえ)しか食べられないからといって貧しいとは限らない。
膨大な量の銭が船に積まれていた場合、船の底に置かれるバランスを保つためのバラストにされて運ばれてきたのだろう。
中国からはいってきた大量の銭が社会に貨幣として浸透して流通するのは、東日本では十三世紀前半、西日本では十三世紀後半ごろから。
十二~十三世紀ごろまで貨幣として絹と布が流通していた東日本では西日本よりも早く銭が流通し始める。銭十文を一疋(ひき)というが、疋は絹や布の単位なので絹や布が銭に代わっていったことが見受けられる。
対して
西日本では米が交換手段、価値尺度として用いられて庵、平安時代の末には替米(かえまい)という米の手形も現われている。つまりは、現物を動かさずに、手形で米の支払いをすることも行われているほどなので、貨幣としても十分機能している。ゆえに西日本では銭の流通が遅れた。
こうして十三世紀後半から十四世紀になると鎌倉幕府は、関東公事(くじ)という御家人に対する課役も銭で徴収されている。
そのころになると富の象徴としての銭の蓄蔵も盛んになる。鎌倉末~南北朝期、十四世紀以降、大量の銭が土の中から掘り出される事例が非常に増えてくる。「埋納銭(まいのうせん)」、「備蓄銭」と呼ばれる。
地下の世界は他界なので、土の中に物を埋めると、人間の手を離れシン仏の世界のものになってしまう。地下のものは無主物なので、誰のものでもなくなる。なので埋める=隠す、と短絡的に考えてはいけない。
土に埋めてシン仏に捧げてその土地を使わせてもらう、あるいは無主物にしてあらためて上分物、神物(しんもつ)として金融の資本にしていたということも充分考えられる。
第4章 悪党・海賊と商人・金融業者
鎌倉幕府は、土地問題には熱心だが、金銭貸借や流通や商業関係の訴訟は重要視していなかった。
そこで、十一世紀ことまでは神人や供御人などの国の制度の外にあった人々は自立的な金融・流通ネットワークを作り、裁判も自分たちでやり判決を自らの実力、武力で執行していた。これは公権力としては都合が悪いので、王朝国家は、寄人・神人・供御人らの活動に対する統制を強化しつつ、神人・供御人制を公的な制度とし、十二世紀から十三世紀初めのことまでにこれを軌道に乗せることでその活動を抑制したが一時的だった。
悪党・海賊が、海の領主、山の領主であり、公権力とかかわりなく、交通路の安全を保証する武装勢力として存在していた。
比叡山の山僧や山臥(やまぶし)などは商業・金融に携わり、手形の流通を保証していた者も悪党だったりした
このように、交通路の安全や手形の流通を保証する商人や金融業者のネットワークは、十三世紀後半から十四世紀にかけて悪党・海賊によって保証されていたらしい。
「遊手浮食の輩(ともがら)」などとも呼ばれた彼らは、広域的な組織を持ち、何か揉め事が起きると、賄賂や礼銭をとり、訴訟を請け負ってトラブルを自力で解決していた。
山ゴシとは、事前に賄賂をとること。
契約とは、事後に礼銭をとること。
十三世紀後半から十四世紀にかけて、幕府は執拗なまでに悪党・海賊禁圧令を発布する。交通・流通を統制下に入れようとした。
悪党の「悪」とは、日常の安穏を撹乱する、人の力を超えたものとのつながりをもって考えられており、利潤や利子を得る行為そのもの、商業、金融業そのものを悪ととらえる味方があった。ばくち、好色、けがれ、殺生などなど。
異様なほどの力をもつ者を、悪七兵衛(あくしちびょうえ)、悪源太(あくげんた)、悪左府(あくさふ)。
銭、貨幣の魔力にとりつかれ、利潤や利子を追求する商人や金融業者交通路である山や河海にかかわりつつ、狩猟や漁撈のような殺生を好み、博打に打ち込むような人たちは、田畠を基本と考える農本主義的な政治路線に立つ人たちにとっては、まさしく「悪」。
(「悪」
=秩序を乱しうる、人の力をこえたものとのつながりをもるもの
=支配層が制御しにくいもの)
御内人(みうちびと)=北条氏の家督‐得宗の家臣。商人や金融業者と結びついて、河海や山野の交通路を積極的に支配しようとした。
関東御免津軽船とう津軽まで往復し、交易を営む大船二十艘を、北条氏が掌握していた。
十四世紀には、中国大陸との貿易や唐船の派遣を、北条氏がほとんど独占するなど、有力な港はほとんど北条氏の所領となった。流通と廻船交易の組織を北条氏は積極的に容認することによって掌握しようとした。
従来の農本主義的な御家人勢力との対立をもたらす路線をとった。
鎌倉時代後半から南北朝前半の政治情勢はこの二つの政治路線の激しい対立の中で動いている。
1285年の霜月騒動では
農本主義的な政治路線、御家人勢力代表・安達泰盛×
滅亡 負け
VS
海の民などの悪党と結びつく路線をとった北条氏の御内人代表・平頼綱
○勝ち
霜月騒動以降、悪党や海賊をただ弾圧するだけでなくむしろ支配機構に取り込むようにしていった。
当然反発として、熊野海賊たちの大反乱が起こり、幕府は承久の乱や幕府が滅びるときの戦争並みの兵力を動員した。
蝦夷と呼ばれた北海道の海上勢力とも北条氏は大衝突している。
こういう状況のなかで、後醍醐天皇が登場してくる。後醍醐は、このような北条氏に反発する悪党・海賊の武力にも依存して鎌倉幕府を倒す。それゆえ、後醍醐の政治は、得宗と御内人の推進した政治を、さらに極端にまでおし進めたと考えることができる。
非農本主義的で、商業・金融業者に基礎を置いた政治をしようとした。
それは失敗するが、十四世紀末の足利義満の政権にて、後醍醐がやろうとして失敗したことをほぼ実現する。
十四世紀、南北朝の動乱は、日本の社会自体の大きな転換に伴って起こった激動。商品、貨幣、信用経済がそれまでとは違ったレベルで展開し始め、政治・宗教のあり方にも大きな転換を迫ったところから起こった。文明史的な転換期。
日本、琉球、アイヌがそれぞれ自らのアイデンティティを自覚し始める。民族史的転換期でもある。
琵琶湖を航行するときには、堅田の人を「上乗」(うわのり)として船に乗せることになっていた。堅田の「上乗」の旗を掲げて湖を行けば、安全に航海することができた。堅田=湖の領主。堅田に何の挨拶もせずに。当然、関銭や礼銭を払わないといけないが、航行していると、堅田の人たちによって積荷を差し押さえられたり皆殺しにされたりした。挨拶をしておけばむしろ安全に航海でき警護してくれた。
安芸の国では、東から来た船は東の海賊を一人乗せておけば西の海賊は襲撃しないし、西から来た船は西の海賊を一人乗せておけば東の海賊は襲撃しない。報酬必要。
・一遍の教えはまさしく都市的な宗教。商業や金融業者、それと結びついている女性、さらに「非人」といわれた人びと、一方の見方からは「悪」といわれ、穢れているとされつつある人びとのなかに、一遍の教えは広がっていった。
踊念仏も一種の芸能で、桟敷や舞台をつくって多くの人が見物することをねらっているわけで、多くの人の集まる都市的な場の成立を前提にしてはじめてできたもの。
しかしこういう動きを我慢ならないと考えている勢力も当然あった。
第5章 日本の社会を考えなおす
特に鎌倉時代後半、十三世紀後半以降の社会は、銭貨の流通が活発になり、信用経済といえるような状況が展開し、さまざまな形態の資本、金融資本、あるいは商業貿易資本、さらには土木建設に投資される大きな資本が動くようになっている。少し大胆にいえば、これは資本主義的といってもよいぐらいである。
飢饉はまず非農業的な地域、都市的な場に起こるはず。食料を作っているところは飢饉にはなりにくいはず。
東北は、 意外に都市的な性格を持つ地域だったのかもしれないということ。
農村が一番壊滅しにくいんじゃないの?
むしろ、食糧を輸入している都市部や農業をしていない百姓の村が壊滅したのでは。そして百姓を農民だとみなしたので誤解されたと。
(支配層にまっさきに食料を取り上げられた可能性もありますけどね)
重商主義はすでに生まれていた。少なくとも土台は固まっていた。
明治維新を推進した薩摩、長州、土佐、肥前の諸藩は、みな海を通じて貿易をやっていた。辺境の遅れた大名などではない。江戸時代末までに、日本社会には十分に商工業・金融業などの資本主義的な蓄積があった。
・現在使われている商業関係の用語は、中世以来の歴史的な語彙を用いている。
相場=相庭は中世から使われていた。
切手や切符は平安時代から「手形」の意味で使われていた。
株式=株「職」、仕切、寄付き、大引けなどなど面白い言葉多数。
87夜『日本の歴史をよみなおす』網野善彦|松岡正剛の千夜千冊
https://1000ya.isis.ne.jp/0087.html
↑
イシス
……
おまけ
ヨーロッパ史の一代画期=キリスト教暦1453年。
中世から近世へと移った大転換点。
①コンスタンティノープル陥落して東ローマ帝国が滅亡し、オスマン帝国が地中海の覇権を握った年。
②フランス軍がボルドーをイングランドから奪還し、フランス国内におけるイングランド王の領地はカレーのみとなって百年戦争が終わった年。
①オスマン帝国が、コンスタンティノープルを奪い東ローマ帝国を滅ぼしたことの影響
・ジェノヴァ、ヴェネツィア等の地中海貿易で栄えていた都市国家は、その権益をオスマン帝国に奪われる事になり、イタリア(便宜上そう呼ぶ)の一地方都市へと転落。
・イタリアの国の航海士達の多くは、後にスペインやポルトガル等のイベリアの新興国家に移り、大航海時代=白人による有色人種大虐殺・奴隷誘拐貿易時代の所業に加担する。
・白人キリスト教徒にとってコンスタンティノープルは重要な聖地であり、それを有色人種イスラム教国家であるオスマン帝国に奪われたことによる、(十字軍以降に輪をかけた)教皇の権威失墜。
→宗教改革のきっかけの一つ。
・ コンスタンティノープル陥落前後には、多くのギリシャ人の学者・知識人が東ローマで保存・研究されてきた古代ギリシャ・ローマ時代の文献を携えて西欧へと亡命し、これがイタリア・ルネサンスに多大な影響を与えた。
②百年戦争の影響
・十字軍以来没落しつつあった封建諸侯は衰退
→王権強化
→常備軍や官僚制を整備して国王の中央集権化
→絶対主義王政の基礎完成
・戦術の変化(火器)により騎士階級が没落。
・百年戦争の後、イングランドでは、更に「薔薇戦争」が起こって諸侯は疲弊し没落。
→王権は著しく強化されテューダー朝による絶対君主制へつながる。
・フランスでも宗教戦争が起こって内乱が発生した。が、祖国統一で王権が強くなり、ブルボン朝の絶対君主制へと進んだ。
末代の凡夫@matsudai_bonpu • 6月10日
天皇はいかにして大富豪となりしかhttp://blog.livedoor.jp/gensenkeijiban-bousou/archives/38338123.html …伊藤博文らは、天皇を『生きる神皇』に仕上げることにした。そこでキリスト教を導入した。自らもキリスト教に帰依した伊藤は朝廷内部にキリスト教を持ち込んだ。国家神道とキリスト教は驚くほど似ている。と。
ヤシロタケツグ@yashiro_with_t • 4月18日
【1-5要約】定住民の記録は史料に残るが、漂泊する民の記録は残らない。それが網野善彦の教え。「百姓は農民ではない」例:能登半島の農民は痩せた耕作地しかないがみな豊かだった。日本海側一帯で商業活動をしていたから。史料に残らない非定住民の存在も考慮することが大事。
mipoko:NoNukes&NoFur @mipoko611 7月25日
網野本の奥能登の「百姓」に関する記述がおもしろかった。農本主義経済が建前の日本の公的な古文書から見ると、田を持たない「水呑」とされている奥能登の「百姓」は、実はサハリンまで北前船を走らせる商業活動をしてて裕福だったって話。
岸本元 @bowwowolf 3月24日
網野善彦先生の両親もイトコ婚。それどころか《父の両親、つまり私の祖父、祖母もいとこ。母の両親、祖父と祖母もいとこでした》と『日本の歴史をよみなおす』で書かれている。網野先生は日本の社会では近親婚に対するタブーがきわめて弱いとも指摘されている。
イスカリオテの湯葉 @yubais 3月9日
https://twitter.com/yubais/status/574919234737729536 … ふぁぼ数で見ると一番人気は網野さんの本かな。 「もののけ姫の原作」と言ったが別にタタリ神やシシ神が出てくるわけではなく、世界観が全般的に網野ベースという事。タタラ場の女が天皇を知らないと言うシーンなど網野史観の特徴が出ている
J・ナナミ @pinkglalem 7月11日
日本の元凶...#天皇。明治維新以前に日本の普通の人たちは、天皇など知らなかった。伊藤博文が、現人神キャンペーンを行ったため、最初は、ヒンドゥー教由来の低級神「天王」と勘違いする人が多かった。
suisei_sensei @shoemaker_levy 12月3日
『もののけ姫』が網野史観に基づいて、アジール的なたたら場で働く非人集団的なハンセン病者集団を描いたという話は有名だけど、あれはあくまで宮崎駿の創作なんですよね。実際に中世のハンセン病者がたたら場で製鉄業に携わったという歴史的な事実の証明はないわけで。
ENDO @BabylonFilmnoir 2014年7月4日
もののけ姫。 登場人物がみんな士農工商の社会から疎外されたアウトサイダーだよね。 アシタカは蝦夷っていう少数民族だし、 タタラ場には穢多•非人、ハンセン病患者が多くいる。彼らにとってはユートピアだけど、戦争の道具を作っているという矛盾がある。プロットがすげえ。
ツモリ @tsumoriiiii 2014年5月24日
もののけ姫のタタラバで働く人々は「非人」がモデルではという話を聞いた。非人って元々は神に近い存在として天皇のお世話をする役割だったらしいです。包帯を体中グルグル巻きにして、柿色の衣を着けていたとか。それが将軍の時代になり卑しい身分へと変えられてしまったんだそうです。
ブッカーTboneしま2 @tboneshima2 2月14日
網野善彦「日本の歴史をよみなおす」前編読了。面白い。本人が筑摩書房の社員に話した内容が書籍化されたようで、どうりで最初は読み難いと感じたわけだ。しかし内容は期待通り。鎌倉以前は女性の領主がいたことなど、その後の家父長制が確立された時代では封印されたような史実が刺激的。
意識の低い人工知能 @stdaux 2月6日
網野『日本の歴史をよみなおす』を読んでいたら女性の寺社参りに関する話があって、一部の寺社では参籠者は男女の別なく雑魚寝だったこと、しばしばそこで参籠者同士の「間違い」が起こっていたことが書かれていた。それに加えて聖域での出来事は俗界に持ち出さぬ習わし……
ケサグリ @kesaguri 2013年9月26日
網野善彦"日本の歴史をよみなおす(全)" 後半読み飛ばししたけど興味深く面白かった。一番興奮したのが中世のケガレの概念と穢多非人、女性たちのとこ。 処女の純潔を少しも重んじない。 妻が夫に財産を高利で貸し付ける。 妻が夫を離別する。 堕胎はきわめてふつうで20回堕した女性がいる。
Spica @Kelangdbn 2013年7月2日
日本ほど処女信仰の希薄な社会も珍しい。まあいわゆる「未開社会」に行けば似た例は幾らもあるんだろうけどやまと言葉に「処女」にあたる単語がないぐらい膜への意識が低い。マリアまで処女にしちゃったキリスト教圏は世界でも屈指の処女崇拝地域。
「おとめ」は未婚女性のことで処女ではないんですよね
……
前回の記事
中ユ同祖論の提唱者にして日ユ同祖論の原型を作った17世紀のイエズス会士ロドリゲス『日本教会史』と
茶の湯とキリシタン大名とキリスト教人脈と大河ドラマと
大日本皇道立教会と
鹿児島版田布施の加治屋町
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-90.html
の補足。
ken @kenkatap
薩摩藩の英留学150年で交流 鹿児島の高校生ら 【どうしん http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/life-topic/life-topic/1-0160271.html …
▼1865年、薩摩藩が若い留学生を英国へ派遣してから150年
▼留学先となった英国の名門大学、UCLで
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3#.E6.94.BF.E6.B2.BB.E5.AE.B6.E3.83.BB.E5.AE.98.E5.83.9A …
▼森有礼 ▼小泉純一郎
森有礼(薩摩藩士)=一橋大学創設者、初代の文部大臣
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E6%9C%89%E7%A4%BC …
▼キリスト教に深い関心
▼英語の国語化を提唱したこと(国語外国語化論)でも有名
▼1872年イェール大学の言語学教授宛てに「英語を日本の国語とするべきではないだろうか」という書簡を送る
幕末の薩摩藩士の足跡たどる 英国留学生記念館を公開
【西日本 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/kagoshima/article/101318 …
▼19人の功績を讃える資料館
▼留学生は1865年、薩摩藩が派遣
▼初代文部大臣の森有礼や大阪商工会議所初代会頭の五代友厚、サッポロビールの前身の会社を設立した村橋久成ら
日本における同性愛 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%90%8C%E6%80%A7%E6%84%9B#.E6.B1.9F.E6.88.B8.E6.99.82.E4.BB.A3.E4.B8.AD.E5.BE.8C.E6.9C.9F.EF.BC.9A.E7.94.B7.E8.89.B2.E6.96.87.E5.8C.96.E3.80.81.E4.BD.99.E3.82.8A.E7.9B.AE.E7.AB.8B.E3.81.9F.E3.81.AA.E3.81.84.E6.99.82.E4.BB.A3.E3.81.B8 …
▼1842年、陰間茶屋禁止
▼幕府も享保・寛政・天保の改革で徹底的な風俗取締まり
▼薩摩藩や土佐藩で男色が盛んだったことを除いて行われなくなった
▼近代、明治維新の中心となった薩摩や土佐を中心に衆道は息を吹返した
あまり知られていない鹿児島県人のヤバイ過去
【NAVER まとめ http://matome.naver.jp/odai/2134500560108964301 …
▼えのころ飯
▼死体に一斉にかぶり付く「ひえもんとり」
▼男色というだけでなく強姦・輪姦が日常的に行われていたという
▼男色趣味=薩摩趣味って言われた時代もあった
薩摩藩・島津重豪(8代) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%A9%E6%91%A9%E8%97%A9#.E8.BF.91.E4.B8.96 …
▼三女の茂姫を第11代将軍・徳川家斉に嫁がせた
▼外様大名から将軍正室輩出=薩摩藩だけ
▼養女の篤姫を第13代将軍・徳川家定の正継室に (初訪日のフリーメイソン=ティチングは日本の機密を島津重豪を通し収集)
村山有 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E5%B1%B1%E6%9C%89 …
▼日本ボーイスカウトで最初の宗教章「仏教章」を設定した
▼戦後スカウト運動再興期のスカウト指導者
▼米合衆国シアトル生まれの日本のジャーナリスト
▼AP通信社などに勤務
▼フリーメイソンのメンバーであったという記録がある
後藤新平=ボーイスカウト連盟総裁
▼満鉄、NHK・初代総裁
▼正力松太郎に読売を買取らせた
https://twitter.com/kenkatap/status/283006329893822464 …
▼稲川会傘下・大行社設立 https://twitter.com/kenkatap/status/390686019067985920 …
岩手県水沢市三偉人 https://twitter.com/kenkatap/status/290391575136190465 …
後藤新平とフリーメイソン http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E8%97%A4%E6%96%B0%E5%B9%B3#.E3.83.95.E3.83.AA.E3.83.BC.E3.83.A1.E3.82.A4.E3.82.BD.E3.83.B3.E3.83.AA.E3.83.BC.E3.81.A8.E3.81.AE.E9.96.A2.E4.BF.82 …
▼独留学中、赤十字という国際結社を通じフリーメイソンに入会の可能性
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%96%93%E5%8B%95%E7%89%A9%E5%9C%92#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.AB.E3.82.88.E3.82.8B.E4.BA.BA.E9.96.93.E3.81.AE.E5.B1.95.E7.A4.BA …
▼人間動物園
▼後藤新平は台湾原住民や漢民族習俗等展示
▼纒足の少女による喫茶は大きな話題に
日本のフリーメイソンリー http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.AE.E3.83.95.E3.83.AA.E3.83.BC.E3.83.A1.E3.82.A4.E3.82.BD.E3.83.B3.E3.83.AA.E3.83.BC …
▼1887年保安条例は、秘密結社禁止
▼フリーメイソンは、日本政府と協議
▼結果、保安条例対象外とする代わり、日本人を入会させない「紳士協定」が交わされた
▼メイソンリー側によれば、記録が残っているという
初訪日のフリーメイソン=イサーク・ティチング
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%81%E3%83%B3%E3%82%B0 …
▼1779年、長崎出島に駐在
▼オランダ東インド会社最高位職歴任
▼1795年、乾隆帝(清の第6代皇帝)治世60年記念式典列席
▼日本の機密を、11代将軍徳川家斉の岳父・島津重豪を通し収集
▼島津重豪(8代)=蘭癖
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E6%B4%A5%E9%87%8D%E8%B1%AA …
▼斉彬(11代)を評価
▼シーボルトと会見
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E6%B4%A5%E6%96%89%E5%BD%AC …
▼斉彬は、島津藩主家で唯一家康の血を引く当主
▼土佐藩の漂流民で米から帰国したジョン万次郎を保護
▼西郷隆盛らを育てた
フェイド大帝 @FeydoTaitei
イエズス会、イエズス会煩いけど、 同じフランシスコでもザビーの 方じゃなくてカブラルの方を 君達はもっと調べた方がいいと思うよ。
mansaku21 @mansaku21 2011年7月25日
7月25日 天正6年(1578)豊後の戦国大名大友宗麟がイエズス会のカブラルから洗礼を受ける。受洗名はフランシスコ
有閑無是 @AlkanMuze 2013年5月14日
カブラルの友人である大友宗麟もヴァリニャーノに対し「司祭方は様々な困難にぶつかりつつ、次第に賢明になるだろう、・・・自分の国ではその習慣でよろしかろうが、日本人を改宗させようと言うのならば、日本語を学び、日本の礼法に合うように生活せねばならぬ」と語った。
Banjoe(祖母喪中) @Banjoe1971 2012年2月22日
@sagaminoriaki カブラルさん、メガネをかけていたせいで「四つ目のバテレンがおる!」という噂が広がり、それを見るためだけに数千人も集まってきた日本人に恐怖を感じて暴論を吐いた説というのは……。
椎名シギ @dolce_oo 5月29日
眼鏡の相手に「四つ目野郎」って言うのどっかのスラング的な言いまわしかと思ってたら英語で眼鏡をかけた人の事「four eyes」って言うの知って面白~~~~~~そのままかい
雑学たん @zatugakutan 8月22日
「マルドゥック」(マルドゥク)というのはバビロニアの神の名前っすね(°x°)神々の中で最も大きく、強い光を放つという四つ目四つ耳の全てを見通す存在っす。
神bot @god_________bot 17 分17 分前
【マルドゥク】
古代バビロニアで信仰された神。バビロン市の都市神。想像を絶するほど絶妙に作られた四つの目と四つの耳を持ち、この目と耳で何事も見逃さず、聞き逃さない。唇を動かせば炎が噴き出す。他の神々の2倍の力を持つ。 pic.twitter.com/TqFjFZmqMp
好事家 @dilettante_g 2013年2月12日
第13号機って四つ目四本腕でマルドゥク神説あるけど、肩から羽?生えたら6枚羽のセラフィムっぽくもあるよね。
長い記事をお読み下さり本当にありがとうございます!
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中ユ同祖論の提唱者にして日ユ同祖論の原型を作った17世紀のイエズス会士ロドリゲス『日本教会史』と茶の湯とキリシタン大名とキリスト教人脈と大河ドラマと大日本皇道立教会と鹿児島版田布施の加治屋町
Posted on 2015.07.26 Sun 04:15:39 edit
【超要約】
・中ユ同祖論と日ユ同祖論は17世紀のイエズス会士ロドリゲスが起源。
「十の民族が東へ一年半進んで、アルサレトに定住したとはエズラ第四書の第十三章に述べてある通り」は日ユ同祖論に使われるが、
正距方位図によるとイェルサレムから日本への方向は「東北」であって東ではない。
日ユ同祖論の理論を詳しく発展(詭弁)させたのは明治期のマクラウド。
マクラウドは英ユ同祖論に大いに影響されたと思われる。
日ユ同祖論者=無自覚含め宣教師。
同祖論はキリスト教の布教とセット。
・皇室や政財界の人脈をさかのぼると、すべてキリシタン大名の島津家に行き着く。
安倍も麻生も皇室人脈。
・鹿児島版田布施は加治屋町。
田布施人脈は叩かれ役。本丸は鹿児島の加治屋町では?
寸止め陰謀論者が創価・統一・幸福・ユダヤ・在日を中核に触れないように叩くが、キリスト教・大本教・紅卍字会・大日本皇道立教会・スウェーデンボルグ、エキュメニズム運動等に一切触れないのと同じパターンなのでは?
・創価の母胎は大日本皇道立教会=キリスト教製の偽皇室系組織。
創価はキリスト教(聖教)と偽天皇の手先。
SAGEグループ(=キリスト教を黒幕にしない紐付き陰謀論者集団)
も大日本皇道立教会が母体。
SAGEグループ系陰謀論者の創価叩きは大日本皇道立教会を無視した茶番。
日本の紐付き陰謀論者も創価も根っこは南朝偽天皇とキリスト教。
・大日本皇道立教会の初代副会頭が千家尊福。
千家尊福の子孫が出雲の千家國麿。
千家國麿が高円宮家の典子女王殿下と結婚。
「出雲・皇室・キリスト教・和風キリスト教=神道・大日本皇道立教会」
が紐付き陰謀論者の親分。
・茶の湯はキリスト教が起源だという疑惑がある。
有名な茶人が隠れキリシタンである疑惑もある。
高山右近はキリシタン大名。
高山右近=クリスチャンの子孫にして皇族なのが
高山長房(高山清洲)=紐付き陰謀論者。
高山長房は日本・バチカン友好親善協会全権特命大使で、
高山右近大夫長房16世で、
第59代宇多天皇家35世代。
宇多天皇は菅原道真(南朝が重視)を重用。
高山長房が黒幕だと主張する悪の宇宙人勢力とは、高山長房の親分である、
「バチカン・皇室・和風キリスト教=神道・大日本皇道立教会」
のことである。
神道は隠れキリシタンが偽装のために信仰を表明している宗教。
仏教では日蓮宗が一番キリスト教に近いので隠れキリシタンが名乗りやすい。
日蓮宗系カルトが明治以降に多く生まれた理由は和風キリスト教を作りやすいから。
・高山右近は千利休の七高弟(利休七哲)の一人。
キリスト教徒である高山右近を金沢にかくまったのが前田家。
前田利家と前田まつと前田利長の隠れキリシタン疑惑(少なくともキリスト教を支援)。
高山右近(洗礼名ユスト)は、黒田官兵衛(洗礼名シメオン。如水)がキリスト教徒になるように導いた。
大河ドラマの主役とキリスト教勢力の関係を調べると面白い。
……
中ユ同祖論の発明者のイエズス会士ロドリゲス『日本教会史』
ジョアン・ロドリーゲス『日本教会史』江馬務・佐野泰彦・土井忠生・浜口乃二雄(上)
・池上岑夫・伊東俊太郎・佐野泰彦・長南実・土井忠生・浜口乃二雄・藪内清(下)訳、
大航海時代叢書IX–X、岩波書店、1967–70
上巻
・本文(ロドリゲスの記述)
第三章 第一節 如何なる民族が日本の諸島に移り住んだか p.163
日本、シナ、コーリア(朝鮮)の歴史書からしても、日本の一部にはシナから移住し、また一部には日本に非常に近接している王国の高麗から移り住んだことが推断され、それは事実だからである。
また、日本に面している西の地方からも日本の一部に移住したというような憶測や物語もありうべきことでないとはいえない。
そこは今日のチェキアン(浙江)と呼ばれるシナの地方区〔省〕と、それに接続したフェキオン(福建)と呼ばれるところとである。
いっそうありうべきこととしては、チェキアンから最初の移住者が来たのであって、日本の国王たちはその系統を引いており、彼らが九州の島に住んだということ。
それと同時か以前に、高麗の国から高麗と向かい合っていた中国のあの地方[出雲と思われる]に移住したことが考えられる。
また、日本の一部、すなわちタルターリアと蝦夷の島とに面している奥州のあの地方に、タルターリア人が移住したということもありうると考えられる。
日本に人が住んだ最初の地方は、第二番目の島の九州の地方で、その島の九つの国、あるいは九つの領国の一つに当たり、今日、日向と呼ばれるところである。
初期の頭首たちは、最初に国王の称号を名乗った神武天皇に至るまでそこに住んでいたのである。
この日向の国は鵜戸岩戸(うどのいはと)と呼ばれ、岩石に掘った非常に大きな一種の洞窟(※)が現在も残っている。古い伝説によるとそれは日本の初期の国王たち、すなわち頭首たちが、初めのことまで住んでいた宮殿であって、神武天皇はそこから宮廷を五畿内の地方にある大和の国に移したのである。
※註釈(翻訳者の記述)
鵜戸岩戸は宮崎県日南市にある。鵜戸の岩屋というのが普通。
(外国人が書いた日本史だから重要。
日本人が書いた日本史と比較することが重要。
At Skyfall @poseidon_7
かつてのザビエル等のイエズス会のミッションではないけれど、東アジア、極東アジア、特に中国は、バチカンにとって魅力的。 そもそも浙江財閥の「宋家の三姉妹」ではないけれど、清朝打倒、中国の近代化や民主化にとって、キリスト教、プロテスタント諸派やバチカンの働きかけが大きい。
そして、中国の清朝以降の政治運動を考えると、宋家の三姉妹の宋家とかの浙江財閥や蒋介石氏等・・・近現代の中国の政治運動にはキリスト教(カソリック、プロテスタント諸派)が深くかかわっていることもあるかも? 中国共産党が宗教にナーバスなのは・・・。
ken @kenkatap 2012年9月18日
浙江財閥は何だったのか?【虚空と君のあいだに http://www.mkmogura.com/blog/2009/10/18/476 …】
▼蒋介石がどういう扱いだったかで見えてくる
▼中国へのキリスト教の伝導師=蒋介石(嫁経由)
▼聖書版権を持ち出戻りした客家チャーリー宋とその3姉妹の浙江財閥=「中国にキリスト教を普及させる機関」
)
・本文。p.386
都の大衆、住民はたいへん温和な性格で、甚だ礼儀正しく、きわめて接待好きである。またたいへん上手に衣類を着こなし、遊び好きで、絶えず休養や娯楽や慰安に大いに耽る。野原で酒宴、幕間狂言など。
彼らは信仰にあつい人々であって、寺院をよく巡拝し、また平常から男女は頻繁に祈願をこめ、説教を聞きに寺院に出かける。
言葉は王国中でどこよりもすぐれていて最も洗練されているが、そこには宮廷があり、公家がいて、それらの人々の間にこの言葉が保存されているからである。
※註釈=翻訳者
ロドリーゲスは言語が時代とともに頽廃に向かうという当時の言語観に従っていたので、日本語も最も雅醇な言葉は京都の公家の間に保存された古語であると考えていた。
本文に戻る。
都市は食料が極めて豊富。
飯屋(タヴェルナ)や売店が無数にある。
大衆浴場があり、一人の男が法螺貝(コルネッタ)を吹いて人々に呼びかけ、日本人の非常に好きな入浴をすすめている。
(寺であって神社ではないんですね。神社でも八幡大菩薩を主に祀っていたら実質的に寺だと思うんですけどね。
村手 さとし @mkmogura 2011年10月28日
まあ、ブログでも最後の方に書いたんだけど、高野山って真言宗の全てを焼き討ちした秀吉のお母さんの寺なんだよ。時代も何も、宗派も真言宗とは関係ないよ。空海=弘法大使ってことだが、そもそも弘法=仏教をつたえるえらい坊さんって形容詞でしょ?神や、アーリアと一緒同じ手法。
村手 さとし @mkmogura 2014年1月3日
神社格付けランキング。
3 どう考えても寺である。日光東照宮、鶴岡天満宮、下鴨
2 実はキリスト教とやたら親しい。つまり、神神うるさい。亀岡の出雲など。
1 もともと仏教な天皇が参拝したことはないのに、なんか天皇の神社みたいになっている。伊勢、他官国幣社多数。
琢 @777Taku7 12月22日
@mkmogura @kitsuchitsuchi 日光東照宮・世良田東照宮・仙波東照宮・上野東照宮は徳川家縁の寺の近くに在る事からも解かるように、東照宮は元々独立した神社ではなく、寺の境内社でした。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 12月14日
@mkmogura 泉涌寺が天皇家の菩提寺
×神社 神仏習合=仏教化による神社支配(寺>神社)
鰐淵寺(出雲大社を管理)
石清水八幡宮護国寺
祗園社(祗園は仏教用語)
伊勢大神宮寺
弥勒寺(八幡大菩薩宇佐宮の宮寺)
鶴岡八幡宮寺(八幡は菩薩=仏教)
愛染寺(伏見稲荷大社を管理)
天皇が信仰した思想体系がある伝統宗教=神道は明治期の #キリスト教 の捏造。
輪王寺:日光東照宮=寺の一部。天台宗の門跡寺院
寛永寺:徳川家菩提寺。天台宗
増上寺:徳川家菩提寺。浄土宗
仏教用語と仏像だらけの歴史。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-1.html
初詣はキリスト教製の偽伝統。初詣の初出は明治18年。
キリスト教のおかげで真言宗は再興できた。金剛峯寺の建立は明治以降。
神社(和風教会)は神道=和風キリスト教の施設。
✝の手先に金が集まるのが全国初詣客数ランキングでわかる。
平和を願い戦争屋に金を送る大衆。)
・本文p.391
現に統治に当たっている国王(後水尾天皇)と隠居した国王(後陽成上皇)は御殿に住んでいる。国王は今日本来の真実の主君(セニョール)のように待遇されてはいるが、実際に統治することも許されず、全面的な服従も得ていない。そして親戚関係を続けるために、将軍の娘(徳川秀忠の娘、和子)と王子(後陽成天皇の皇太子政仁親王=後水尾天皇)との結婚のことが取り計らわれ、その一家が将軍の職務につくことが永久に続くようにするために万事が整えられているのであったが、また、それと同じ理由によって、悪魔にそそのかされた将軍は、キリシタンがたがいによく団結して教会の命令に服従しているので、その中に彼から統治を奪おうとする者がいると疑って、キリシタンを迫害するのである。
(徳川の判断は正しいですね。キリスト教の布教で内通者を増やして侵略)
・本文401 第十六章
この王国で注目すべき三つの階級がある。
①公家
=王国を統治し、王室および王族の事務を行う貴人、高位高官の一家あるいは一族。
頭首が摂政、関白。
②武士
=国王の守護と王国の防衛を行なう騎士すなわち武家と呼ばれる貴族。
頭首は将軍または公方といい、王国の最高司令官あるいは総大将であって、貴族と武士の両階級の権限を併せ持つ。
③寺院関係の僧侶
(神社と神道家は注目すべきではないとイエズス会のロドリゲスは判断しています。
天皇が仏教徒で側近が坊さんなのが日本の真の伝統だからね。
神道説話とか神道家の天皇とか神道家の天皇の側近がぜんぜん出てきません。キリスト教の植民地になるまではね)
・本文p.407
日本人は死人に対しては、喪服(ドウ)の代わりに白衣を着用する。これはシナの習慣であって、日本人とコーリア(朝鮮)人がそれを取り用いたのである。
(♫biwaud @biwaud
そう、100年かそこらの「伝統」が結構多いのだ。<日清戦争や日露戦争で多くの戦死者がでて、葬儀の参列が多くなってしまったために、喪服の出番が増えてしまった! そこで汚れが目立たない黒にしよう、と(略) 黒喪服の伝統は長くて100年程度>http://bit.ly/kPNUVs
9:52 - 2011年6月2日
naomi @naomi091123
89歳の母によると、昭和6年に姉が亡くなった時に、白の袖の長い着物を来たそうです。少なくとも、家族は白装束だったらしい。昭和30年には黒だったそうです。@takino_takahiro :喪服って戦前は「白」だったと複数の葬送業者に聞いてびっくりしました。黒になったのは戦後・・
0:09 - 2013年3月19日
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara
ところで金正日の死を伝える朝鮮中央テレビのアナウンサーの喪服が黒なのは、決して朝鮮民族の伝統ではございません。黒の喪服は植民地時代に日本が持ち込んだ風習で、しかも日本で黒の喪服ってのは明治維新で西洋に合わせた結果に過ぎず、東アジア文化圏の喪服は本来なら白装束です。
11:58 - 2011年12月21日
)
・本文p.509
仲間同士で陰謀をたくらんだり、同盟を結んだり、間違いなく実行すべき約束事をして、忠誠を誓う場合には、どちらも手の指を刺してとった数滴の血を酒の中に混ぜ、その血の入った酒を共に飲むことが往々ある。
※註釈=ロドリゲスの記述では「ない」。
神社境内の泉などのいわゆる神水を飲んで盟約を固めることは古代からみられ、平安末期から起請文のあらわれるに及んで、それを焼いた灰を神水に混じて飲み交わすこともあった(『源平盛衰記』巻四、白山神輿登山事)。これに祝言などに酒盃を交わして約束を固める古来の習俗と、戦国時代ことからみられる誓紙血判の風習とが一緒になって、血を酒におとして飲む起請方式が生まれたのであろう。しかしこの方式は盛んであったとはいえない。
(意識、特に潜在意識を変容させるための魔術の儀式。血と酒は儀式でよく使われます)
・本文p.638
高山ジュスト(高山右近)はキリスト教徒であることで大変有名であるが、キリシタンであるために二度追放されて領国を失い、その二度目はフィリピーナス(フィリピン)に流され、その地で辛労により没したが、殉教の栄光を彼は失わなかったと思われている。
高山右近は茶道という芸道で日本における第一人者であり、そのように厚く尊敬されていて、この道に身を投じてその目的を真実に貫く者には、数寄が道徳と隠遁のために大きな助けとなることがわかった、とよく言っていたが、我々もそれをときおり彼から聞いたのである。それ故、デウスにすがるために一つの肖像をかの小家において、そこに閉じこもったが、そこでは彼の身に着けていた習慣によって、デウスにすがるために落ちついて引退することができたと語っていた。このことから、数寄について、日本人がなぜあれほど尊重するかという理由と、国内において習慣なり更に儀礼上の歓待のことなりの上に及ぼしている数寄の効能とが十分に理解されるであろう。
・p.664補註=ロドリーゲスの記述ではない
茶の接待にイエズス会は深い関心を示した。
ロドリーゲスは日本教会史の記述のかなりの部分を茶の湯にさいている。
1603、4年に刊行された『日葡辞書』は、日本にキリスト教を植え付ける重要な手段として、日本人も含めイエズス会士らの協力によって作られたものであり、その中にも茶の湯関連の百数十語が採録されている。
(支配層と接触するいい機会になるし、茶室は密談にもってこいだしね)
下巻
・第二巻 第八章 日本とシナの数学的学芸について――日本人はこれらの学芸をシナから受け入れた
“もしそれらの学芸、特に天文学(アストロロジーア)〔占星術〕を最初に作り出した人々が誰であったかを推測せねばならないとすれば、われわれはそれが洪水以前の最初の父祖(パードレ)たち(3)であったことを容易に理解するであろう。事実よく事情に通じたエウロッパ人はみずからそう考えているが、それは適切なことである。なぜなら、バビローニアの地で言語が混乱し、ノエー〔ノア〕の子孫がいろいろな地方に分かれて行き世界中に住みついた時(4)、その子孫のなかに同じ祖先をもつ九人の族長〔カベツサ〕がいて、それぞれがその下に一四〇の部族を従えていたが、それら部族のあるものが東方にやって来て、シナ王国に住みついたのである(5)。これら一四〇の部族の名は今日まで存続していて、そのなかに三人の名高い賢者がいた。彼らはそれぞれそれら部族の族長であったが、彼らのことを書いた史書から推測されるように、同時代の人々であった(6)。もっとも学問における継承関係に見られるように、その働きざかりや年代ではたがいに前後していた。これらの人々は法令や統治機構や文字や学問、学芸および技芸を定めて、シナ人の国家を形成した。その最初の統治機構は部族的で、族長による貴族政治的(アリストクラーテイコ)と言ってよいほどのものであった。しかしながら、王国が建てられるや直ちに君主政治的な機構が導入された。”ロドリゲス『日本教会史』下巻p.107-108
“(5)シナ人がオリエントの地からやって来たという考えは、ロドリーゲスの『日本大文典』の記述のなかにも見られる。「すなわちシナ人は十の民族からなり、それはイスラエルのオゼアス〔ホセア〕王の九年、ユダヤのエゼキアス〔ヒゼキア〕王の六年に、サルマナサル王〔シャルマナサル五世〕が捕虜として連れて来てメディア人とアッシーリア人との間に置いたのだという。……〔この〕十の民族が東へ一年半進んで、アルサレトに定住したとはエズラ第四書の第十三章に述べてある通りであり、その地は多くの地図がシナの隣りに置いているからである。……これらの哲学者〔老子や孔子〕はこの十の民族からなるユダヤ人の系統に属することはありうることである。すなわち彼らがシナに来て、そこにいた民族と混血して自ら変質したが、彼らの持って来た文学や学術は、その周囲のいかなる民族も持たないものであって、その後も引続いて、その方面の支配力を持っていた(土井忠生訳『日本大文典』一九五五年、三省堂、八四三ページ参照)。ここに記述されていることは紀元前八世紀の出来事であって、もちろん「言語の混乱」以後のノアの子孫の移住とは区別されなければならないが、いずれにせよ、こうした中国民族および中国文化のバビロニア起源説というべきものは、ロドリーゲスがこの後一貫してとっている立場である。” ロドリゲス『日本教会史』下巻p.109-110
(中ユ同祖論はイエズス会士ロドリゲスが最初。
ロドリゲスは中国から日本に渡ってきた人がいると言っているので、日ユ同祖論については原案あるいは起源レベル。
「十の民族が東へ一年半進んで、アルサレトに定住したとはエズラ第四書の第十三章に述べてある通り」は日ユ同祖論にも利用できます。
東ならどこでも同祖論にできちゃうぞ。
イェルサレムから日本への方向は「東北」であって東ではありません!
正距方位図で見て東かどうか確かめないといけませんよ。
日ユ同祖論の理論を詳しく発展――詭弁だけど――させたのは明治期のマクラウド。
マクラウドは英ユ同祖論に大いに影響されたと思われます。
日ユ同祖論者=無自覚含め宣教師。
日ユ同祖論と中ユ同祖論の発明者は17世紀のイエズス会士ロドリゲス。
同祖論はキリスト教の布教とセット。
日ユ同祖論を布教する陰謀論者=宣教師。
日ユ同祖論の英語版Wikiの一部を翻訳し解説。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-83.html
でわかるように、日ユ同祖論の英語版ウィキでは、
ロドリゲスは「Origin」=起源であり、
「"the first full-blown development of the theory was put forward by Nicholas McLeod」
=理論を発展させたのはマクラウド
だと注意深く記述しています。
knznymmmy @knznymmmy 10月22日
どこぞの本に十部族は東のはずれに行ったって書いてあるから それがまさに日本だって? 残念www 正距方位図法って知ってるか? イスラエルの東のはずれはパプアニューギニアですからww #日ユ同祖論 #聖書 #ユダヤ #ヘブライ #イスラエル #失われた十部族
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月23日
@knznymmmy 日ユ同祖論の根拠は聖書→聖書に考古学的根拠なし→捏造。 イスラエル中心の正距方位図があるところを教えて下さい。 日ユ同祖論の誤りのまとめを作成したいのですがより致命的なものから列挙することに協力していただけないでしょうか?日ユ同祖論フルボッコ師の閣下に是非!
knznymmmy @knznymmmy 10月23日
@kitsuchitsuchi 意外(?)とエルサレム中心の正距方位図法って無いんですよねw 但しイスラム教はお祈りの関係でメッカの方角にシビアだから メッカ中心の地図なら出てくる。例えばここ。 http://bit.ly/1nzQMJE
で、メッカとクソラエルではどの程度ズレれるんだろう?と思って 更にぐぐると http://1.usa.gov/1nzQXVp カイロ中心の正距方位図法 まあ、メッカ中心からあんま変わらない。
そもそも論として今のクソラエルって古代クソラエルとは場所が違うでしょ? むしろイエメン中心の方がよくない?という説もあるんですが まあ、この2つを見比べると、イエメン中心でもクソラエル中心でも ヌッポンが北東って事は変わりがなさそうです
アッーーーッッッ!!! http://bit.ly/1nzRpCV これ! ハイファ=クソラエル中心発見!
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月23日
@knznymmmy 有難うございます!危険な航海までして北東の日本列島に行く理由がないですよね。気候が似ている中東で充分。聖書のユダヤ人はフェニキア人がモデルでキリスト教製の生贄。フェニキアの中心都市のティルス(レバノン)のすぐ近くがイスラエル。フェニキア文字≒古ヘブライ文字。
knznymmmy @knznymmmy 10月23日
@kitsuchitsuchi ディアスポラそのものが自作自演説もありますね 在日「ウリヌンはチョッパリに拉致られてイルボンに来たニダ」 →実は密入国 ユダヤ「我々は国を失って彷徨える民となったのだ」 →元々遊牧民(海賊?)でフラフラしてただけ。しかも失った国は「そこ」じゃない
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月23日
@knznymmmy 仮説:ローマがフェニキアを破った後に、ローマの貴族がフェニキア人に旧約聖書を渡して「奴隷にしない代わりに、この宗教を信仰して金融の実務をやれ。生贄好きな神にしておいたぞ(でも不祥事は全部お前らのせいな)」。同じくスカウトされた別民族も混ざり派遣ユダヤ人誕生。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 5月25日
新興勢力だったローマ帝国が、地中海世界全土に商業・金融ネットワークを持つフェニキア人をただ奴隷にするだけじゃ勿体無いと思ったのは当然だよねー。金融の実務をやらせるためにユダヤ教という利権集団をでっち上げるって、宗教改竄やでっち上げが得意なローマの貴族ならやってもおかしくないよね?
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 4月27日
6)ポセイドーンと言えば、陸を支配するゼウスに対して海を支配する。ポセイドーンはフェニキアの神という説があり、オリジナルソースを確認してないけど、メドゥーサはポセイドーンの嫁という話があるそうな。
7)そうなると、もしかしたらポセイドーンというのは、フェニキア人などの海洋民族のシンボルなのかも知れない。バイキングのよーに、海洋民族には何故か北極星信仰(大昔は竜座)がついて回り、そこには蛇や爬虫類がいる。バイキングの神話はまだ調べてないけどね。
10)で、ヴォルデモート(元ネタはカナン神話のバールとモート)とマルフォイ家が仲良しなのも、フェニキアとバイキングの子孫の信仰がドッキングするという意味で、ヴォルデモートが蛇語話せる話はそのままアイクのレプティリアンネタに繋がると(笑)
日本人シュメール起源説ってイエズス会のロドリゲスの主張を多少変えただけですね。
クリスチャンの思想がもとなら宇宙人=ゴッドとしてもおかしくないし。
宇宙人支配者説の内、だから聖書は真実だと誘導するものは偽りなので注意!
反知性主義で論理的思考と物証を否定するよう誘導するものも偽りなので注意!
信仰せずに、本当に徹底的に考え抜いて宇宙人支配者説に到達した人は私が知る限りほとんどいません。
あと、宇宙人が人類を創造する神智学系の人類北方起源説はアーリア大好き北欧勢力=新キリスト教に都合がよい思想です。
人類黒人起源説を否定する為に人類北方起源説や金髪碧眼の宇宙人を主張する場合があるということです。
アイクは北欧勢力ですよ。
私は無記=存在を完全肯定もしないし、完全否定もしない姿勢です。
ネズミさん @Nezmi_san 7月11日
@CrocodileSir アフリカ起源説は宗教的都合で作られている気が。「戦争で男を根絶やしにする」「女は生かして生ませる」と言うセオリーも旧約聖書にあるらしく。「縄文人がチベットまで攻めていって」と言う筋はないものとする。因みに日本人とチベットの遺伝子の詳細は微妙に違う。
@CrocodileSir 因みに「教科書の会」の連中はY染色体(男系)のハプログループの分類から縄文人と韓国人は違うとし、万世一系な説を展開(韓国古墳は日本=倭人が作った、卑弥呼うんぬん)、一方、そうでない派閥は「ミトコンドリア説(女系)」で大陸からきた(韓国起源説)を展開w
@CrocodileSir 韓国では都合が悪いと「古墳、塙を壊したり」するとか?(教科書の会談)こんな事ばかりなので「遺伝子分布」も都合よく解釈されてる可能性が高い。アフリカ起源説もユダヤ・キリスト(アフリカ起源説はエジプト近辺から矢印が振られるが他のアフリカ地域の説明無し)
アフリカ起源説について興味深い議論が有ります http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7459036.html (アフリカ起源説は「ある宗教的都合」が反映しても作りうる。DNAはマップと地理的統計、起源説は「イブの出土」がなけりゃ話にならない。敢えて「掘った」からで、その他を「掘らない」なら?)
仮にイブが日本で出土、またはシベリア、またはアメリカで出土したとします。すると遺伝子の分布やらの「解釈」が変わりますよ。遺伝子の分布は「どこが起源か」の証拠ではない。しかもその説も本来、出土したのが偶然か意図的かによります。 (説は恣意的、であっても説は説、宗教が絡むとね?)
senjirou -/\- @senjirou1 7月14日
@nezmi_san @wayofthewind ミトコンドリア・イブはマインドコントローリアン的(マジすか)
ネズミさん @Nezmi_san 7月14日
@senjirou1 @wayofthewind 遺伝子の配列から「何処に住んでいた」とは言えないですよね?だから「発掘(の遺伝子)」の場所と「揃って」の話。 では「発掘場所を限れば?」後は「都合よい遺伝子」 を選んで言えば良い。遺伝子は無数にあるから。(占い師と同じ手口)
ネズミさん @Nezmi_san 7月14日
@senjirou1 @wayofthewind 「世界中」で均一に掘って結果がすべて当てはまればよいが、結論ありき(ユダヤ・キリスト教)ならアフリカでしか掘らない。 その可能性もあり得ると言う話で、否定はしてないです。 (ハプログループではユダヤ人の遺伝子は中東)
クロコダイル @CrocodileSir 7月11日
@Nezmi_san 祭りとかにヒントがありそうですね。
ネズミさん @Nezmi_san 7月11日
@CrocodileSir 「祭り」の形態も「ある一部が似てるからユダヤだ」とか有るわけですが、中国で10万年前の人骨が出てきた訳で、既に文明があったとすれば人類起源説に基づく宗教が狂ってくる。それより大昔に祭りはあったとすれば? (ユダヤにしろ、韓国にしろ、「都合」が現代にw)
@CrocodileSir 10万年も炭素年代測定でしょう、偽装はできますw 10万年前中国 http://blog.livedoor.jp/nappi11/archives/2818425.html … 40万年前スペイン http://www.asahi.com/articles/ASH5X4F8XH5XUHBI01M.html … 330万年前ケニアw http://www.cnn.co.jp/fringe/35064835.html …
クロコダイル @CrocodileSir 7月11日
@Nezmi_san そういう証拠を裏付ける?御墨付きみたいなやつって、いかにもですね。
ネズミさん @Nezmi_san 7月11日
@CrocodileSir 中国で発見されると「6万年前人類=アフリカ起源説」と言う説が覆される、330万年前なら「どーだ!覆してみろ!」と言う感じに見えますねw
ネズミさん @Nezmi_san 7月11日
大体、イブ(旧約聖書ありき)とかルーシー(白人)とか意図的な名前w(地名を当てるべきだろう?))
・解説=ロドリゲスによる本文ではない
ジョアン・ロドリーゲスは一般の宣教師とは違い、通事伴天連として外交折衝のために将軍や諸大名に接し、ポルトガル貿易に関与しては各地の商人と交わり、近畿、関東へ旅行するなど、交渉を持った階層も地域も広かった。
・本文p.259 第三巻 第二章
薩摩公の十字に関しては〔われわれの考えでは〕それがキリスト教の事物に由来しているものでないことは確かである。
なぜならば薩摩公が源頼朝を祖先としその子孫であることは知られており、その紋章として十という文字をとったのであって、その文字が十字架(クルース)の形に似ているということなのである。
(薩摩、島津の家紋はキリスト教と組んでからは十字架の意味も持たせているんでしょうね。
世界連邦のマークが緑と丸と✝。向きを変えて×にしているけどね。緑はワンワールドカラー。
ペロ武蔵守 @across_pero 8月31日
毛利は源頼朝の家臣・大江広元を家祖とする。島津は清和源氏の流れを汲む惟宗氏。徳川も清和源氏。いずれも、遡れば源氏の一派なのよね。 関ヶ原で西と東に別れるけど。
ken @kenkatap 9月9日
初代文部大臣が、1872年、英語の国語化を提唱。
で、書簡をもらったイェール大学の言語学教授が、日本語のローマ字化を除いては日本語の廃止に反対。
賛成してたら、とっくに日本語は無くなってたってこと?
日本語は、守ってほしいと思う。
https://twitter.com/kenkatap/status/396303495482970112 …
ken @kenkatap 9月9日
@kenkatap
陰謀論で不思議なのは、非難されるのが、長州ばかりで、薩摩があまり出てこない。
田布施は、薩摩にもあるのにもかかわらず…
https://twitter.com/kenkatap/status/359952227303030784 …
ken @kenkatap 2013年7月24日
金峰町=鹿児島県にあった町・現南さつま市(特攻隊出撃地・有名人・小泉純也)【http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%B3%B0%E7%94%BA …】
▼霊峰金峰山
▼木花館=木花咲耶姫に由来
▼田布施小【http://blogs.yahoo.co.jp/saihs725/archive/2011/8?m=lc …】
金峰山(綾部・丹波富士)=大本教ゆかりの聖山、出口なお修行の地
U @wayofthewind 9月10日
薩摩焼酎(蒸留技術)、薩摩切子(ガラス製法)、種子島(鉄砲)など、渡来系の技術が多いのも薩摩の特徴ですね。
カナン人のテクノクラートと関係があるから……と陰謀論者が言っていました(笑)
薩摩の藩主、島津家が皇室や政財界の中心にいるという事実もありますね。 @kenkatap
U @wayofthewind
皇室や政財界の人脈をさかのぼると、すべてキリシタン大名の島津家に行き着く。
安倍も麻生も、この皇室を中心とした人脈に連なっている。
http://twitter.com/search?q=wayofthewind%E3%80%80%E5%B3%B6%E6%B4%A5&s=typd&.x=12&.y=17 …
た⌘し @meets_tak 1月4日
鹿児島版田布施は加治屋町なんじゃないの?wこっちの方が重要だったりするかもね。みんな田布施の方に注目してるような気がするから。 pic.twitter.com/PCXIh0Wfoj
鹿児島加治屋町出身の著名人(加治屋町wikiより)。 ・西郷隆盛 ・大山巌
・西郷従道 ・黒木為楨 #加治屋町 pic.twitter.com/5ABtR57n5t
・東郷平八郎 ・村田新八 ・山本権兵衛 ・山本英輔 #加治屋町 pic.twitter.com/UoXF6ASYYK
・岩下方平 ・樺山資紀 ・牧野伸顕 ・田代安定 #加治屋町 pic.twitter.com/gzmWkx7ZkE
・大久保利通(大蔵卿、内務卿) - 出生地は隣町の高麗町。幼少期に高麗町から移住 ・毛利正直 ・東郷実猗 ・東郷実武 ・池上四郎 ・西郷吉二郎 ・西郷小兵衛 ・吉井友実 #加治屋町
田布施人脈はフロントでサンドバッグ役、本丸は鹿児島の加治屋町人脈なんじゃないの?という私の仮説w寸止め陰謀論者が創価、統一、幸福のことは叩くけど、大本系列や卍等に一切ふれないのと同じパターンなのでは?つまり加治屋町人脈についてふれたらダメよ〜ダメダメてことw
そういや小泉純一郎パパの純也さんも鹿児島出身やね。旧姓鮫島さん。「根津財閥の大番頭だった鮫島宗一郎はいとこ」というwikiの記述が気になる。 pic.twitter.com/zKWIr91QKV
以下根津財閥ウィキより。 根津財閥(ねづざいばつ)は、根津嘉一郎 (初代)によって設立された日本の中堅財閥。 「私鉄王」と呼ばれた根津が一代で築いた企業群。根津が甲州(山梨県)出身であるため、甲州財閥の一つともされる。
主として根津の采配による面が強かったが、正田貞一郎、宮島清次郎といった盟友に支えられ、また小林中(フコク生命)、山本為三郎(アサヒビール)といった人材を生み出した。
た⌘し @meets_tak 1月4日
@meets_tak
#SAGEGROUP 歴代ま行http://www.sagegroup.jp/rekidai.ma.htm
牧野 伸顕
・(1861~1949)
・明治から戦中にかけての政治家。位階勲等は従一位勲一等伯爵。幼名は伸熊。 pic.twitter.com/405piyGU6u
名はシンケンと通称されることもある。薩摩国鹿児島城下下加治屋町に薩摩藩士・大久保利通と妻・満寿子の二男として生れた。生後間もなく遠い親戚にあたる牧野吉之丞の養子となる。
た⌘し @meets_tak 1月23日
@meets_tak
加治屋町の近くにあるのが高麗町。
高麗町という地名は、島津義弘が慶長の役で連れてきた朝鮮人達をこの地に住まわせた事に由来する(引用先は高麗町うぃきhttp://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%BA%97%E7%94%BA …)。 pic.twitter.com/JZpOUfMCNq
た⌘し @meets_tak 1月23日
@meets_tak
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E5%85%90%E5%B3%B6%E5%8A%A0%E6%B2%BB%E5%B1%8B%E7%94%BA%E6%95%99%E4%BC%9A …より引用。
鹿児島加治屋町教会(かごしまかじやちょうきょうかい)は、鹿児島市にあるメソジスト系の日本基督教団の教会である。
1878年アメリカ・メソジスト教会デヴィソンから派遣された飛鳥賢次郎が山下町の借家を会堂兼牧師館として伝道したのが始まりである。デヴィソンが長崎から訪れ、45名に洗礼を授け、鹿児島美以教会が設立された。
1899年台風で会堂が倒壊し、1900年に木造二階建牧師館付会堂を建築する。1907年メソジスト3派が合同し日本メソヂスト教会ができると、日本メソヂスト鹿児島教会と改名する。
1926年に鉄筋コンクリート二階建の会堂を建設、1941年の日本基督教団成立以降は、鹿児島城南教会になった。1945年空襲で会堂は焼失し、戦後に再建される。
1976年加治屋町に新会堂・牧師館・敬愛幼稚園を新築移転する。1981年に礼拝堂にパイプオルガンを設置する。1985年鹿児島加治屋町教会へと改称する。
歴代牧師 飛鳥賢次郎
谷川素雅 高原安太郎 中山忠恕
川瀬小太郎 古坂啓之助 栗村左衛八
松本総吾 木原外七 引用終わり
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 5月8日
世界連邦のマークって、丸に十字なんだねえ。グノーシスだねえ。ネストリウス派だねえ、耶蘇教だねえ
knznymmmy @knznymmmy 7月14日
http://www.wfmjapan.org/ わんわんわーるども緑 勿論ロゴは丸に十字 http://www.ozawa-ichiro.jp/ 汚沢一郎も緑 https://twitter.com/ozawa_jimusho 汚沢一郎のついったーあかうんと pic.twitter.com/IsxenlCGxx
日本財団も緑だな 緑ってカラーには注目だ 偽りのキリストのテーマカラー んで私は近所で日本財団の車見るたびに TSUKUMO電気のロゴ思い出して トンキン時代が懐かしいんだよな pic.twitter.com/AUfM6Y2Dd1
knznymmmy @knznymmmy 5月16日
ケテル/白/海王星
↑
(水星)
↑
ビナー/黒/土星
↑
(蟹座)
↑
ゲブラー/赤/火星
↑
(天秤座)
↑
ティファレト/黄/太陽
↑
(サソリ座)
↑
ネツァク/緑/金星
↑
(魚座)
↑
マルクト/地球
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 11月27日
丸に十字
=太陽十字、グノーシス主義、島津藩、大本教系(和風キリスト教)、ファシズム、白人至上主義、国際汎ヨーロッパ連合の象徴。
太陽十字の意味は囮で、本体はキリスト教とグノーシス主義(選ばれた私=神)。
”弥勒の神の標章は○に十字の神定め”
(大本教霊界物語)
✝=ユダヤは悪。
knznymmmy @knznymmmy 12月16日
田ってさ、「◯に十字」の変形でもあるわけさ んで、◯に十字と言えば 島津の家紋でもあるし (薩摩にも田布施ってあるらしいね❤︎) グノーシスのシンボルでもあるし お下劣国旗もこれの系列だと思われる また田はにゅいんどーずのロゴにも近いし マックOS Xはモロに◯に十字
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 12月16日
@knznymmmy ○に十字=太陽十字・グノーシス主義・キリスト教
ナチス、KKK(白人至上主義)
国際汎ヨーロッパ連合
(2代目国際会長がハプスブルク家)
#大本教(と分派の一部)
島津藩らが使用。
「男」は奴らにとっては、「丸に✝」の下に「力=パワー」だから好きそう。
knznymmmy @knznymmmy 11月26日
大本教もやっぱり丸に十字を掲げる http://kamikotokai.com/ > 弥勒の神の標章は○に十字の神定めなり >(大本教霊界物語第一巻)
ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E6%95%91%E4%B8%96%E6%95%99 … 大本から派生した世界救世教 やっぱり丸に十字のロゴ
ab.auone-net.jp/~sniy-kyo/ ちなみに山梨といえばりちゃこしの スポンサーと目される生長の家の本拠地でもある ロゴが変則ながら「丸に十字」だ 生長の家の谷口と言えば大本教出身
knznymmmy @knznymmmy 11月21日
十、十字、十字架、キリスト・・・そうか。 以前にゅいんどーずのロゴが丸に十字だと書いたけど まっけんとっしゅも思いっきり丸に十字じゃねえかw まー、私はLinuxユーザーなんだけどな! pic.twitter.com/Pu5IkF2TJe
knznymmmy @knznymmmy 8月31日
メドベージェフ君の家で軍師官兵衛見てるなう 33話後半。官兵衛の洗礼の場面。 オルガンチノが官兵衛の額に十字を描く。 これ前大帝が指摘してたカインの額の刻印じゃん。 私の洗礼の時はこんなのやってねーぞ
〔33話は狙いましたね〕
knznymmmy @knznymmmy 3月10日
赤十字のwiki見てたら・・・ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%8D%81%E5%AD%97%E7%A4%BE … 中華人民共和国では「紅十字会」 なんか変なもの連想しちゃうなw 紅?十字?・・・卍字?・・・会? よし!みなさんご一緒に!
knznymmmy @knznymmmy 3月8日
つNATO軍 ちなみに添付はNATOの旗 丸に十字乙!!! pic.twitter.com/I2ZeGuZbMF
電脳の黒マリア @shenfoa_ 6月16日
@knznymmmy @kitsuchitsuchi あぁ…なるほど。 この図形見て分かったんですが、卍は十字の影なんですね。 酒鬼薔薇聖斗も同じシンボル使ってました。
knznymmmy @knznymmmy 5月21日
松濤に統一教会の日本本部があるんだけど 今統一教会のHP開いたらブラウザが固まってワロス ちなみに統一教会も変則ながら丸に十字な pic.twitter.com/CdQZLMN6Pb
knznymmmy @knznymmmy 5月15日
https://www.kahaku.go.jp/exhibitions/vm/resource/tenmon/space/solsys/solsys04.html … オス、メスの記号は火星と金星の記号由来 今日RTした錬金術まとめと同じだな んで丸に十字が地球 丸にチョンが太陽 pic.twitter.com/kw7YR4uXKe
ana @aelouuno 3月21日
"@knznymmmy: @oma0513 それで言うならむしろ赤十字に注目ですな。 天皇家ともつながりますしね。 日本赤十字の代表者は近衛忠輝=細川護煕の弟 名誉総裁が皇后美智子。 更には地図記号としては警察署です。これも丸に十字。 「よつもの」って言葉があってですね・・・"
村手 さとし @mkmogura 2013年9月26日
右翼が中国には人食文化があると言ってますが、昔の日本にも「ひえもん」という漢方薬があり、これは健康な人間の生肝でした。ちなみに、日本で人食文化が一番は薩摩であり、罪人へのひえもん取りを見せ物と新人訓練にしたのか薩摩武士で、そのトップが外国勢力に言われて作ったのが国歌君が代です。
稲葉渉@金曜日東メ23 廃墟探索部 @inabawataru 2013年7月1日
薩摩では、この「集団レイプ婚」や「犬の腹に米ぶち込んで炊く犬食文化」や「処刑人や逃亡兵をズタズタに切り裂いてから殺し、内臓を引っ張りだして食う奇習」がつい最近まであったんやで。それぞれ「おっとい嫁じょ」「エノコロメシ」「ひえもんとり」って言うのや。 鹿児島こええ・・・。
)
・p.459第三巻第十七章
仏教の諸宗派には二つの教義がある。
①学問のある坊主だけが知っている形而下(フィジカ)の秘密の教義で、彼らはそれを真理と考えており、永い年月と、多くの経験を積んだ後にはじめて弟子に伝授するもので、その伝授にあたっても同様に秘密の中で行なわれる。
秘密の教義とは、この世には神の摂理というものはなく、霊魂は肉体を共に終わり、善に対する報いも悪に対する罰もなく、それらの賞罰を与える者も、受ける者もいない、と考える。なぜなら、宇宙の万物は単なる一つの塊にすぎず、互いに相異なる実体や性状の区別のない渾沌(カウス)であって、罪も徳も同じものであり、正と不正の区別もないからである。来世の救済は不可能であり、存在しない。
②大衆的な教義。比喩で説き、第一の教義の象徴あるいは謎のようなものであって、坊主らはこれを仮構のものと考え、第一の教義を理解できない無知な民衆だけを対象としている。この教義では、神や仏という諸神や、善人のための極楽、悪人のためのさまざまな地獄や、悪徳と美徳、善行、特に修道院や坊主らへの寄進や、霊魂が前世に行った罪業と善行によって、いろいろな姿で生まれ変わり、最終的に救われるまで転変すること〔輪廻転生〕などを設けている。
①生き物を殺すな②盗むな③女と交わるな④嘘をつくな⑤酒を飲むな、という五つの掟がある。
坊主らは肉も魚も食べないように見せかけているが、福者パードレ(フランシスコ。恐らくシャヴィエール=ザビエル)はそれがほとんど道理にかなっていないこと、なぜならデウスはすべてのものを人間の生存と利用のために創造したもうたのであり、また口から入って来るものが魂を汚すのではなく、口から出て行くものが魂の清浄さを汚すのであること、ただ功徳のためと苦行のためにのみ食を断つことが出来るのであると説明した。
坊主は裏ではなんでも食べているし、酒を飲むし、少年と邪淫に耽っているし、嘘をついている。
(キリスト教の異教徒=悪魔叩きの箇所で異教=悪魔崇拝の内容が語られていても信用できないなあ。
ロドリゲスはどうやって秘密の教義を知ったの?
来世の救済を求めるなんて、輪廻を輪を外れることが目標なのだからありえないでしょ。
「口から入って来るものが魂を汚すのではなく」からキリスト教は食べ物にうるさくないことがわかります。旧約の食事規定を全然守りませんもんね。
「デウスはすべてのものを人間の生存と利用のために創造したもうた」はキリスト教動物蔑視思想=動物に魂はなく、道具ですね。
クリスチャンで動物愛護運動している人が信用できない理由です。
わざわざ愛護運動しないといけないほどに動物を酷く扱ってきたんでしょ?
ジャイナ教に改宗したらいいじゃないかな。
輪廻思想のほうが動物に優しくできるのでは?)
・p.509註釈
坊主がデウスを大嘘(だいうそ)と言い換えて非難した。
(悪の要素ゼロなのに悪魔を創造した善なるゴッドなんて完全に大嘘じゃん。
ヨブ記おすすめ。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 6月13日
ねこねこ名言シリーズ1「キリスト教が悪魔に乗っ取られたから今は悪行しているだけで本当のキリスト教は善だと主張する前に、悪の要素がない神が悪魔と地獄と異教徒を創造したのはなぜか教えて下さい」
ねこねこ名言シリーズ2「キリスト教は教祖が生贄になったことに感謝する教義なのに、なぜ異教の生贄だけは批判するのですか?」 「ブドウ酒とパンをイエスの血肉として食うのはカニバリズムが元ネタなのでキリスト教は悪魔崇拝ですよね?」 バアル信仰を叩いてるクリスチャン陰謀論者乙www
ねこねこ名言シリーズ3「神智学では世界の創造主として「ロゴス」が君臨しています。ヨハネの福音書でゴッドはロゴスとあるので聖書の神そのまんまです。結局は絶対者ゴッドをどんどん別の言葉で置き換えたり多神教にしてごまかしたりしているだけです。」 カップ麺のパッケージリニューアルだろ?w
ねこねこ名言シリーズ4「思想を悪用する手口や人ではなく、思想自体の正しさ論争に持ち込んで思想の機能を無視してはいけない。「支配層にとって」宗教はあくまでもツール。嘘で操ろうが真実で操ろうが、操ることに変わりはない。真実なら、それで操って殺そうが何しようがやっていいわけではない。」
ねこねこ名言シリーズ5「超越的なもののあるなしではなく、超越的なものに関する思想がどのように道具として使われ、支配されてきたかという、思想の機能を語るのが陰謀論。」 支配者にとっては食べ物だろうが、土地だろうが戦争だろうが宗教だろうがドラえもんの道具のひとつにしか過ぎない。
ねこねこ名言シリーズ6「よって、超越的なもののあるなしにおいては言及しない(存在の否定ではないことに注意)=無記が有効。検証できる=大多数の霊性が低い人々が納得できて再現性があるということ。」 陰謀論は論理学で社会の謎を検証する作業なので、霊性が低くてもOKにゃのだ」)
・p.513 第三巻 第二十章
彼らはこの世にある事物には本質的には区別もなく、肉体的な実体と精神的知的実体の区別もない、唯一の同質的な実体しか認めていないので、人間その他の生物における霊魂は生命活動の根源であり、諸要素あるいは諸特質の生成消滅を調節する物であると考えているからである。
(霊肉二元論の否定。霊と肉は一体)
é/ê, ó/ô:
フェイド大帝 @FeydoTaitei
イエズス会、イエズス会煩いけど、 同じフランシスコでもザビーの 方じゃなくてカブラルの方を 君達はもっと調べた方がいいと思うよ。
ったく、カブラルで検索しても ブログもツイッターもロクなの 出てこないな 重要なのはカブラルの日本人観について カブラルの言葉の引用文なのに 次のブログはカブラルの言葉を引用してる 目ん玉を念入りに アイボンして読めよ? http://www.nichibun-g.co.jp/column/manabito/history/history070/ …
日本理解をめぐる確執 カブラルの言葉を引用
http://www.nichibun-g.co.jp/column/manabito/history/history070/
”アレシャンドゥロ・ヴァリニャーノが来日した時の日本イエズス会は、フランシスコ・ザビエルから30年の伝道成果として、10万人のキリスト者を生むほどに大きな躍進の時を迎えていました。その教線は、南は鹿児島から東は美濃、尾張に及び、長崎、島原、天草、五島、平戸、博多、豊後、山口、京都、高槻、堺、河内、安土等の各地に教会が形成されていました。このような活況を呈して日本伝道の前途は、全日本布教長ポルトガル人フランシスコ・カブラルと都地方長イタリア人オルガンティーノ・ソルドの日本布教をめぐる確執により、閉塞感にとらわれていました。それは、伝道方策の亀裂によるもので、両者の日本人観がもたらしたものです。
ヴァリニャーノは、カブラルの日本像を否定し、オルガンティーノの日本理解に示唆を受け、日本順応の布教戦略を日本イエズス会の方針としたのです。その方策は、日本人の性格を厳しく問い質し、その心に秘めた「邪悪」さに嫌悪感を語るカブラルの日本像より、ある種心地よいものでした。
オルガンティーノは、1577年10月のイエズス会総長宛書簡で多数の宣教師がいれば、「10年以内に全日本人はキリスト教徒となるであろう」と、高らかに宣言し、日本人が優秀であることを力説する一方で、その優秀さの底にある道徳観念がもたらす落とし穴に怯えてます。ここには、先に紹介した芥川龍之介が描いた闇に慄きとまどう姿、日本の神々の微笑がもつ危険な誘惑がかたられています。
この国民は野蛮ではないことを御記憶下さい。なぜなら信仰のことは別として、私達は互いに賢明に見えるが、彼等と比較するとはなはだ賢明に見えるが、彼等と比較するとはなはだ野蛮であると思う。私は真実のところ、毎日、日本人から教えられることを白状する。私には全世界でこれほど天賦の才能を持つ国民はないと思われる。したがって、尊師、願わくは、ヨーロッパで役立たないと思われる人が私達のもとで役立つと想像されること無きように。当地では優鬱な構想や、架空の執着や、予言や奇蹟に耽る僭越な精神はことに不必要なのである。私達に必要なのは、大度と慎重さと、聖なる服従に大いに愛着を感ずる人なのである。
さらに、私は尊師に、住民ははなはだ不品行で、必要な貞操観念をほとんど評価していないので、危険に満ちていることを御報告申し上げたい。私はこれを同僚を疎んじて申すのではなく、堅固な徳操を獲得するよう激励して申すしだいである。されば彼等は当地に派遣されるならば、天使のごとくあらねばならず、その生活の模範によって、この国民を不貞から貞潔の実践へ連れ戻さねばならぬのである。
カブラルの眼
カブラルは、オルガンティーノが怯える日本人の「道徳的」に暗く深い闇に対し、その闇にこそ日本人の本質があらわれているのだという認識をもち、そのような日本人への嫌悪感をあらわにした言動でしめしたのです。
私は日本人ほど傲慢、貪欲、不安定で偽装的な国民を見たことがない。彼等が共同の、そして従順な生活ができるとすれば、それは他になんらの生活手段がない場合においてのみである。ひとたび生計が成立つようになると、たちまち彼等はまるで主人のように振舞うに至る。日本人のもとでは、誰にも胸中を打ち開けず読みとられぬようにすることは、名誉なこと賢明なことと見なされている。彼等は子供の時からそのように奨励され、打ち明けず、偽善的であるように教育されるのである。彼等は土着民であり、彼等には血族的な繋りがあるが、日本におけるヨーロッパ人には、一人の親族があるわけでもない。彼等はラテン語の知識もなしに私達の指示に基づいて異教徒に説教する資格を獲得しているが、これがために我等を見下げたことは一再に留まらない。日本人修道士は、研学を終えてヨーロッパ人と同じ知識を持つようになると、何をするであろうか。日本では、仏僧でさえも20年もその弟子に秘義を明かぬではないか。彼等はひとたび教義を深く知るならば、上長や教師を眼中に置くことなく独立するのである。日本人は悪徳に耽っており、かつまたそのように育てられているので、それから守るためには、主なる神の御恩寵に頼るほかはない。日本で修道会に入って来る者は、通常世間では生計が立たぬ者であり、生計が立つ者が修道士になることは考えられない。
日本人に問われていること
教義を身につけたら外国人宣教師に対して己を主張するようになるとの指摘は、何も16世紀のイエズス会の問題ではなく、近代化のなかでキリスト教を手に入れた日本人キリスト者の言動にみられたことです。日本のプロテスタント教会がかかげた自給独立教会への強き志向、内村鑑三らの言動には、カブラルが危惧した世界につうじるものが読みとれます。かつ修道会に入るのは生計の立たぬ者との指摘には、明治維新後の社会にあって、宣教師の下で英語を習得して世に出るべく開港場に出入りし、宣教師に生活をみてもらい、その支援でキリスト者となることで海外留学への切符を手にいれようとした「ライスクリスチャン」と揶揄された者につらなる世界がうかがえましょう。
カブラルが嫌味をあからさまに問いかけ日本像は、日本、日本人の相貌をとらえたもので、ヴァリニャーノやオルガンティーノの陰画にほかなりません。礼儀正しく、忍耐強い日本人像は、喜怒哀楽を秘めて生きる姿に、傲慢、貪欲、不安定で偽装的な国民とみなさたものにほかなりません。このような日本人の相貌は、16世紀の日本像ではなく、現在も日常的にみられる風景ではないでしょうか。”
フランシスコ・カブラル - Wikipedia
“フランシスコ・カブラル(Francisco Cabral、 1529年 - 1609年4月16日)は戦国時代末期の日本を訪れたイエズス会宣教師。カトリック教会の司祭。日本布教区の責任者であったが、当時のポルトガル人冒険者の典型のような人物で、日本人と日本文化に対して一貫して否定的・差別的であったため、巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノに徹底的に批判され、解任された。”
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AB
フェイド大帝 @FeydoTaitei
イエスが再臨して世界を救うには、 まず世界が滅びてくれないと 成り立たない。 で、世界が滅びるにはヨハネの黙示録 が実現されないと成り立たない。 で、ヨハネの黙示録の獣とか竜が 存在しないと成り立たない。 つまり、悪魔の存在が不可欠な 教義だってこと。
ところが、宣教師達が世界中を旅しても 聖書に出てくるベヒモスやらレヴィヤタン とかどこにもいないわけよ。 さて、困った。どうする? そんな時に極東のチンケな島に 悪魔の様な黄色い猿の種族が 住んでるらしい……
カブラルみたいなお馬鹿さんは正直に 書いちゃった。お馬鹿さんだから。 そりゃ、教会は歓喜したろうさ。 ヨーロッパ人の知らない辺境の地に 格好の悪魔候補生が見つかったのだから。
ヘッセンみたいなキチガイも いい魔王候補なのだが、 奴はヨーロッパ人だから今一 神秘性に欠ける。 それにヘッセン一人と私兵団の お抱え傭兵だけじゃ、大魔王の 軍団としては明らかにショボすぎる。
アフリカの黒人が見た目もヨーロッパ人 と異なる事で良い魔軍候補生だったのだが、 どーも、アフリカ黒人は悪魔に成りきれない。 悪魔適正に欠ける事が分かってくる。
現代の日本を見ても分かるが、 その点、日本の皇族を始めとした 支配層は実に優秀。立派な悪魔の卵だ。 おまけに一般人も低脳な輩が多い。 神秘性も申し分ない。 しかもおまけにチョソの様な 隣国のバカが「ウリの方が上等な 悪魔ニダ!」と良いライバルまで。
後はチョソとリーベンでお互い切磋琢磨 し、お互いの女子力ならぬ「悪魔力」を 磨いてくれればいい。 それに現代は中東の方にもイソラエル という新たな馬鹿も誕生している。
で、ハルマゲドンの日にヘッセンみたいな 馬鹿の大将がコダヤ、リーベン、チョソ 連合を率いて戦争を始めてくれればいい。 企画元の本物のイルミ達は後はサクッと こいつらを平らげて、神の国とか言うのを 作って「壁の外で歯ぎしりザマァーww」 ってやるだけだ
ところがここで計画に狂いが…… どーも、最近、中国の狂産党幹部達が 立派な魔王として著しい成長を 遂げている…… 儒教文化だった頃の奴らは落第生だった のに……なぜ⁉︎……‼︎
もはや知障と呼ぶのも憚れる脳細胞 しか持たなくなった日本の支配層は 激昂する! 「魔王にしてくれるって約束した じゃないですかー‼︎」 pic.twitter.com/OT77fYfk6H
これはもうパニックだ。DQNな日本 支配層にとって、ハルマゲドンの日に この世に本物の地獄を再現するのが かけがえのない楽しみだったのに……‼︎ とっとと憲法を破り捨てて戦争を 始めねば……ッ‼︎ ご主人様に立派な悪魔として認めて 貰わねば……‼︎
残念だが、DQNってのはDQNな思考を してるからDQNなんだ。 だってそうだろ? DQNじゃなければ自分の車の ナンバーに666なんて付けないだろ?w 今回のお話はフェイド大帝の 創作物語だが、決して絵空事でも ないって事を覚えておいてほしい。
むちゑ @muchiwye 6月17日
ヴァリニャーノとカブラルの対立は大変興味深い。いろんな意味で偏っていたフロイス師の記録には詳しく出てこないのも、また興味深い。
みの吉☆戦国武将姫MURAMASA @minokichi_ss 6月16日
カブラルは無骨なところがありマス……武人でしたカラネ…… @KYB_shock ザビエルちゃんもカブラル嫌いなの?
サイコろ @kalliolle 2月8日
カブラル自体が外国人宣教師にもヒかれるごりごりの非白人差別主義者、と言うか「自分以外全部こき下ろして俺スゲーするのが至上の喜び」みたいな輩だと書き残されてるので、現代にいたらあらゆるSNSを駆使してその全部で炎上する手合になってるんだろうな
ファンブラーむゆん´A` @myaejagamochi 2013年9月17日
だから上級なポルトガル人であるカブラルは黒人と同レベルの低級な日本人(ジャポンイス)を区別して取り扱ったんですってよ。それによって日本人が低級な人間として自覚を盛ってくれると信じてwwww
Pierre84 @spaptre 4月17日
@kenkatap 茶通までは持ってる♪ミサの作法に酷似と思っていたが禅宗にとらわれていた隠れキリシタンぜんぶ利休の発明ありえる切腹の謎がとけた御家断絶も
@kenkatap 実は茶会はミサおもしろい知らずにやってる~信長に重用された信長を神とする一神教でも創ろうとしたかそれで茶碗を配った↔秀吉に見破られて抹殺
ken @kenkatap 4月17日
@sakurakouyouhen @spaptre
日比屋了珪という人物を通して、イエズス会と関係してきそうですね
http://members.ctknet.ne.jp/verdure/Christmas/Christmas_6.html …
▼洗礼を受けて洗礼名をディオゴ
▼了慶の屋敷から200mの所に千利休の屋敷
▼50mの所に今井宗久の屋敷
ken @kenkatap 4月18日
『濃茶』の作法=カトリックの聖体拝領の儀式
【朝日 http://digital.asahi.com/articles/DA3S10959214.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S10959214 …
▼武者小路千家の14代家元・千宗守さんが主張
▼宗守さんは94年、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世にバチカンで謁見
▼説を披露、いずれ公になると思うので、待っていてほしいと言われたという
(キリスト教が、日本文化として定着している茶の湯の起源は俺たちだと言って乗っ取ろうとしているのか、本当にキリスト教起源なのか)
戦国の世 @sngkny 2013年7月7日
【細川澄元が堺へ】
1511年7月7日
細川澄元が阿波から泉州堺に入る。
【イエズス会宣教師が堺へ】
1561年7月7日
イエズス会宣教師ガスパル・ヴィレラが堺の商人日比屋了珪に招かれて堺に赴く。
ken @kenkatap 2013年9月29日
茶道とキリシタンの関係
http://www.kitombo.com/mikami/1224.html …
▼茶道の根幹=神道=キリスト教の影響が強い
▼茶道のおける一連の作法が、なんとカトリックの聖餐式とまっ たく同じ
▼飲茶の儀式=隠れキリシタンが行っていた聖餐式がもと
▼千利休=セント・ル カ=隠れキリシタン
ken @kenkatap 2014年2月3日
(文化の扉 歴史編)キリスト教徒だった? 千利休
【朝日 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140203-00000010-asahik-soci …
▼茶の湯の作法に、キリスト教の影響が色濃く投影されているとの説
▼「濃茶」ミサ儀式に酷似
ken @kenkatap 4月17日
わび茶=千利休系統の茶道全体を指す
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8F%E3%81%B3%E8%8C%B6 …
▼珠光の弟子の宗珠、武野紹鴎らがわび茶を発展させ、千利休が完成させたと考えられている
▼ただし、珠光を含め4名は、本人による文献史料がほとんど残っておらず、多くが伝承
▼その茶の本質を知るのは困難
ken @kenkatap 4月17日
武野紹鴎=喫茶文化の国風化に成功
【コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%AD%A6%E9%87%8E%E7%B4%B9%E9%B4%8E-18677 …
▼父信久は11歳の時、応仁の乱で親族を失い,大和国の豪族中坊氏の庇護を受ける
▼同族三好氏の勢力下・泉州堺に移り,武具製造に必要な皮革を商って財をなす
▼軍事面で、指導的な役割を担った
ken @kenkatap 2014年6月15日
今上天皇のご学友=有馬頼底
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E9%A6%AC%E9%A0%BC%E5%BA%95 …
▼京都仏教会理事長
▼臨済宗相国寺派管長
▼有馬記念に名を残す有馬頼寧(久留米藩主)分家正頼男爵次男
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E9%A6%AC%E9%A0%BC%E5%AF%A7 …
▼有馬頼寧=A級戦犯容疑者、巣鴨プリズンに拘置→無罪、釈放
ken @kenkatap 2014年6月15日
有馬頼底=相国寺、金閣寺(鹿苑寺)、銀閣寺(慈照寺)の3か寺の住職を兼ねる
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E9%A6%AC%E9%A0%BC%E5%BA%95 …
イスラエルのネタニヤフ首相、初入洛 金閣寺など視察 京都
【14.5.15 産経 http://sankei.jp.msn.com/region/news/140515/kyt14051502090001-n1.htm …
▼茶道裏千家の千宗室家元から茶
ken @kenkatap 9月1日
表千家=千家流茶道の本家、不審菴=表通り
裏千家=千家流茶道の分家、今日庵=裏通り
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%A8%E5%8D%83%E5%AE%B6 …
▼表千家は紀州徳川家から格別の待遇を受けていた
▼三井家は紀州藩領であった伊勢松坂が一族のルーツであり、それが縁で紀州徳川家とは強いつながり
ken @kenkatap 4月15日
「三千家」=表+裏+分家である武者小路千家
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%8F%E5%8D%83%E5%AE%B6 …
▼千利休の没後
【表千家】三男、宗左、紀州徳川家
【裏千家】四男、宗室、加賀前田家
【武者小路千家】次男、宗守、高松松平家
▼立礼式は1872年の博覧会に際して外国人を迎えるための創案
ken @kenkatap 4月15日
千利休
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E5%88%A9%E4%BC%91#.E4.BA.BA.E7.89.A9.E3.83.BB.E9.80.B8.E8.A9.B1 …
▼身長は180cm、当時としてはかなりの巨躯
https://twitter.com/kenkatap/status/384001864687026176 …
▼茶道とキリシタン
▼千家一門の墓は南宗寺
▼茶道の作法が、カトリックの聖餐式と同じ
▼茶の湯の作法、キリスト教の影響色濃く投影
ken @kenkatap 4月15日
徳川将軍15代のうち、7人に衆道関係
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%90%8C%E6%80%A7%E6%84%9B#.E6.B1.9F.E6.88.B8.E6.99.82.E4.BB.A3.E5.89.8D.E6.9C.9F.EF.BC.9A.E8.A1.86.E9.81.93.E3.81.AE.E7.A2.BA.E7.AB.8B.E3.80.81.E7.94.B7.E8.89.B2.E6.96.87.E5.8C.96.E5.85.A8.E7.9B.9B.E3.81.B8 …
▼中でも三代・家光と五代・綱吉の衆道耽溺がよく知られる
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E9%96%93 …
▼女歌舞伎は売春を兼ね、女性禁止
▼若衆歌舞伎も売色を兼ね
▼専業の陰間を抱える陰間茶屋も出現
Frederich Ⅹ @6thCrusader 4月15日
@kenkatap 日明戦争とはイエズス会企画でしょう
もっと言えば満州国でさえ
U @wayofthewind 2014年7月8日
裏天皇はブラフで、能や千家や秦氏の方が堂々としててあやしい。その裏側が高句麗人脈やマイノリティで、あいだを取り持つのが丹波やサンカではないかと妄想中(笑) @lanekota @ayajet128 @kenkatap @xtraheavy
ken @kenkatap 2013年11月13日
高円宮妃久子さまの母に仏の最高勲章…友好親善に貢献
【読売 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20131113-OYT1T00237.htm?from=tw …
▼鳥取二三子さんは、外交官で、後に国際儀礼の大家と呼ばれた友田二郎氏の長女
▼鳥取滋治郎氏と結婚
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%8F%96%E6%BB%8B%E6%B2%BB%E9%83%8E …
▼香川県出身▼仏・三井物産の社長
ken @kenkatap 2014年5月27日
高円宮家の次女、典子さま(25)と出雲大社の神職、千家国麿さん(40)の婚約が内定
【日経 http://s.nikkei.com/1kG2MWc
▼母の久子さまとともに天皇、皇后両陛下に婚約内定を報告された
▼千家さんは島根県出雲市出身で、出雲大社の宮司を務める千家尊祐さん(71)の長男
ken @kenkatap 9月16日
高円宮妃久子さまの次女、典子さまへご結婚後に1億675万円 皇室経済会議で一時金決定
【産経 http://sankei.jp.msn.com/life/news/140916/imp14091618110002-n1.htm …
▼会議に出席したのは議長の安倍晋三首相、伊吹文明衆院議長、山崎正昭参院議長、宮内庁の風岡典之長官ら8人
▼全額支給することを起立採決で決定
ken @kenkatap 10月4日
初の皇族、婚姻届に島根県出雲市も態勢強化…典子さま結婚
【読売 http://www.yomiuri.co.jp/national/20141003-OYT1T50180.html?from=tw …
▼戸籍を持たない皇族の典子さまは、婚姻届が受理された時点で民間人となる
▼届は、市役所本庁へファクスで送信、本庁で戸籍原本に入力することで婚姻は成立、戸籍謄本が交付できる
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月11日
@suteke999 @noranekonote 宗教統一にキリスト教は邪魔なので、スピリチュアル(神を隠した耶蘇教)に作り変える為の保守派へのみせしめ。でも、バチカンのナチス支援や元ネタのミトラ教という中核には触れない。陰謀論にスピリチュアル(大本教系が布教)を入れて検証妨害。
のら猫の手 @noranekonote 10月11日
@kitsuchitsuchi
昔ねこたさんが「仏教を批判する言説があるけど、朝鮮半島系の儒教道徳の勢力だから警戒しないと」「細木数子もたぶんその勢力のはず」って。色々な勢力図を俯瞰して警戒しないといけないのね。参考になりましたよ。
ねこたさんが「皇族女性が出雲大社の跡取り息子と結婚の件だけど。その出雲大社はキリスト教ぽい。キリスト教的な神権政治に警戒しないといけない」とか。すごい面白かったです。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月11日
@noranekonote @suteke999 細木数子は陽明学者の安岡正篤(昭和最大の黒幕)と(無効な)婚姻ができたので創造神否定の仏教は嫌いでしょうね。安岡正篤も弟子の伊與田覺も紅卍字会会員だから大本教✝系。
天台宗の鰐淵寺が出雲大社を管理(神社<寺)。
今は寺<✝神社=教会。
のら猫の手 @noranekonote 10月11日
@kitsuchitsuchi
江戸時代まで皇族は仏教徒で、寺が神社を管理してたのに。明治以降は、キリスト教が神道をでっち上げて、出雲大社もキリスト教勢力の子分で。キリスト教的な神権政治に向かうかもしれんと警戒すべきなのね。参考になります。
キリスト教勢力(創造神、神権政治)の子分が、神道、大本教(とその派生カルト、生長の家とか)、陽明学(朝鮮儒教)、紅卍字で。仏教を批判してる勢力図なのね。
「創造神否定の仏教は嫌いでしょうね」 なるほど! 仏教否定の勢力って、「日本古来の伝統破壊して侵略しようとする外国勢力の謀略」だけじゃなくて、「創造神」「神権政治」 思想の勢力なのね。
た⌘し @meets_tak 1月3日
#SAGEGROUP 歴代まとめ
http://www.sagegroup.jp/japan.rekidai.htm …
土方 久元
・ (1833~1917)
・大日本皇道立教会初代会頭
・元宮内大臣
・臨時帝室編修局総裁 pic.twitter.com/U89uxDlh0i
@meets_tak
千家 尊福
・ (1845~1917)
・大日本皇道立教会初代副会頭
・元司法大臣 pic.twitter.com/xQhViSQ3M0
続き ・当家は天照大神第二の御子天穂日命の後裔で、代々出雲国造、尊福は同5年出雲大社大宮司となり、同17年7月授男爵。のち元老院議官、貴族院議員、文部省普通学務局長、埼玉・静岡・東京の各府県知事を歴任し、同41年司法大臣。 pic.twitter.com/9toxEN6nGT
秋月 左都夫 ・(1858~1945) ・大日本皇道立教会第三代副会頭 ・明治17年7月、司法省法学校卒、法学士、司法省御用掛。明治24年外務省政務局勤務。三島通庸の長女園子と結婚。明治28年帝国大学にて国際法を講義。 pic.twitter.com/LoD9WBjh0l
八阪廉次郎 @yasakarenjiro 10月7日
この度めでたく高円宮家の典子様と結婚された千家國麿氏。その5代前が第80代出雲国造・千家尊福。明治の祭神論争で大国主命を幽界の主神として祀ることを主張するも敗れ、その後東京府知事、司法大臣も務めた。唱歌「一月一日」の作詞家としても知られ、その庶子に白樺派の詩人・千家元麿がいる。
ふじひろd-_-b @fujihiro 2014年5月28日
明治期の千家尊福氏が一代の傑物っぽいけど、あまり知らなかったな。
Wikipedia曰く、
出雲大社宮司である出雲国造家に生まれ、教派神道出雲大社教を創始する。貴族院議員、埼玉・静岡県知事、東京府知事、司法大臣を歴任した。
そして、一月一日の作詞者。
菊池 @kikuchi_8 6月25日
明治政府は廃仏毀釈に繋がる神仏分離令のみならず、神社合祀令まで発令した。古来より受け継がれていた神社仏閣の多くが破却されていった。政府からはじき出された平田神道の系譜は主に在野カルトが吸収し、政府には西洋崇拝の欧化主義・近代合理主義が残る。この両建構造は今に至るまで継続している。
大本教施設が政府から徹底的に破却された大本教事件は近代合理主義と一神教カルトの衝突だったと解釈できる。西欧でキリスト教勢力と近代合理主義勢力が衝突するようなものである。政府=薩長閥の流れに朝鮮人脈が合流し今の自民党政府に繋がる。一方サンカ系の大本教は親欧州反米の勢力となっている。
笹川良一と一緒に統一協会を日本に引っ張り込んだ児玉誉志夫や、自公政権の構成要素になっている創価の初代と二代目の会長が共に所属していたのが大日本皇道立教会という南朝支持の団体であった。創価・統一政権と大本教系カルト勢力の両建構造の根っ子はこの辺から胚胎していたのでは?と考えている。
というのは出口王仁三郎も南朝正統論だったから。王仁三郎は白馬にまたがり信者に自らを「キミヒト様」を呼ばせ、「スサノオの末裔」である自分こそが現世を治めるべき、と考えていたそうだ。サンカ=渡来人説は、太田龍さんの出雲=オロチョン族説と合わせると興味深い。いつも何故かスサノオなのだ。
【大日本皇道立教会】引用:中山忠英(父親は中山忠伊卿)が初代会長に就任し、大隈重信、一木喜徳郎、牧口常三郎、戸田城聖、数名の華族により構成されている。後には児玉誉士夫も加入。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%9A%87%E9%81%93%E7%AB%8B%E6%95%99%E4%BC%9A …
カァコ @onigiri3_ 4月18日
大日本皇道立教会は、南朝を正統としその皇道に沿った教育を行う趣旨の元で1911年に創立された。中山忠英(父親は中山忠光)が初代会長に就任し、大隈重信、一木喜徳郎、牧口常三郎、戸田城聖 後には児玉誉士夫も加入。 後に、大日本皇道立教会を母体として、創価教育学会が創立された。コピペ
風の子 @makeanovel 3月2日
統一教会はCIAのための直属の集金カルト
国家神道の設立と、それらと調整する役&実行部隊としての日蓮宗、そして南朝のための教育機関(つまり神道の天皇)から、創価学会は生まれた。起源が大日本皇道立教会
日本の多宗教文化の裏の真実
http://www.mkmogura.com/blog/2013/09/1/1389 …
中尾 綾 @ayajet128 2月24日
@blowback2020 @kikuchi_8 via x_pq_x:
岸信介元首相も二代目の会長戸田城聖氏と親しく、晋太郎元外相は池田氏と懇意。選挙で学会から支援を受けた。
次男、故・池田城久氏と安倍晋三は成蹊高校時代の同期生 pic.twitter.com/2NlHfbdTyc"
菊池 @kikuchi_8 2月24日
@ayajet128 @blowback2020 ご教示ありがとうございます。岸信介・安倍晋太郎の時代からこの一族は統一だけではなく創価とも昵懇だったのですね。創価・統一政権の根深さを感じます。創価の初代会長牧口常三郎と二代会長戸田城聖は大日本皇道立教会のメンバーだったようです。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi
猫太”とある魔術ってあれ、かなり耶蘇教が強くて嫌いなのですよねー。とある魔術は英国国教会の耶蘇教の暗躍をみてるような、そんな暗躍を感じます。まだニノ国が耶蘇教臭くない。まあ創価ですが”
創価の母胎は大日本皇道立教会=キリスト教製の偽皇室。
創価はキリスト教(聖教)と偽天皇の手先。
フランクリンが設立したのがAPS(American philosophical society )。アメリカ哲学協会。アメリカ哲人結社とも訳せる超絶重要団体。
SAGEグループ(大日本皇道立教会が母体。バチカンの紐付き陰謀論者集団)を訳すと哲人結社。キリスト教を利用した哲人政治。
SAGEグループ(大日本皇道立教会系)の陰謀論者は黒幕を耶蘇教にしない。
↓全てキリスト教+大本教+紅卍字会+大日本皇道立教会派生。
自民党=ワールドメイト+生長の家+神道政治連盟。
民主党=ワールドメイト+生長の家+スピリチュアル。
公明党=創価学会(大日本皇道立教会が母体)。
J・ナナミ @pinkglalem 9月3日
陰謀論は自然発生したモノではない。意図的に作り出されてる。目的は常識的に考えればオカシい事をおかしいと指摘する人に“非常識”のレッテルを貼る為。...「王様は裸だ」と言ってしまう空気の読めないガキがいては困る。...だから、今は、常識と非常識が見事に逆転してるでしょう...?
@pinkglalem 逆転している常識と非常識の説明を取り繕わなければならない。シンプルで誰にでも分かり易い「ユダヤの陰謀」とか...陰謀厨や陰謀論者はカルト出身のメンヘラばかり。...別に不思議なことではないと、最近気が付いた。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 9月4日
@pinkglalem 陰謀論のタブー。
・ユダヤ陰謀論はキリスト教の伝統思想。
・選帝侯(キリスト教)がユダヤ(キリスト教製の銀行利権名)を管理した。
・メーソンはキリスト教の科学と異教弾圧が産んだ。
・日ユ同祖論は仏教徒の天皇を隠す為。
・大本教、紅卍字会、大日本皇道立教会。
@narukemist キリスト教国家の服を着て、キリスト教の暦(西暦)を使い、キリスト教の神学校がモデルの学校制度で学び、アイドルは処女というキリスト教道徳に騙され、キリスト教原理主義のアメリカに逆らえない国で暮らしていることを意識できない程に巧妙に支配されているよって言おう!
説明には段階が必要。一週間七日で日曜日が休みはキリスト教思想だとか身近なところからね。ユダヤ陰謀論は全てユダヤのせいにするキリスト教の伝統だとか、神道も神前結婚式も仏前結婚式も金剛峯寺も明治以降にキリスト教が捏造した偽の伝統だといきなり伝えてはいけないよ。
ken @kenkatap 4月1日
ラッセル商会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%AB%E5%95%86%E4%BC%9A …
▼上海に拠点、横浜に支店
▼阿片輸出と生糸と茶の輸入
▼著名人
・W・ハンティントン=イェール大内スカル・アンド・ボーンズ創設
・W・デラノ・Jr=F・ルーズベルトの母方祖父
・J・マレー・フォーブス=J・ケリーの曽おじ
Ikuo Gonoï @gonoi 4月6日
⑦ジョアン・ロドリゲス、1634年『日本教会史』: 「蝦夷Yezoと呼ばれるタルタロスの島は、津軽公がそこに一部の土地を持っており、津軽公に臣属する土着の日本人領主が所有している日本人集落が二つあるため、部分的には日本に属している」(マカオ版1956. pp. 102~103.)
何が言いたいかというと、アイヌの話をするんだったら「ローマのイエズス会公文書館の史料に目を通してから語れよ」とか「J.ロドリゲス『日本教会史』の マカオ版当たったの?」とか、「北海道中フィールドワークしてからな」などと、史学や国際関係史の専門外の方に求めるのは、まあ野暮というもの。
竹村玉翠園本舗(京) @takekyou24 3月31日
@kinkin_s マルコ・ポーロの飲んだのは、中国のお茶なので、覆下では無いはずですし、日本で覆下が開発されるのは、安土桃山時代のちょっと前と言われています。 覆下が文献に出てくるのは、ジョアンロドリゲスの日本教会史が初出です。今んとこはね~。
霧生典子 @norikokiryu 11月21日
決定的だったのが、畑に覆いを被せて栽培する覆下茶園の工夫だった。イエズス会宣教師ジョアン・ロドリゲスの「日本教会史」には、「茶園なり畑なりで、その上に棚をつくり、葦か藁かの蓆で全部をかこい…」と、現在に通じる栽培法が紹介されている。日光を遮ると、新芽は光を求めて薄く広がるとともに
高田ゆうき @balicpapan 2014年6月6日
ロドリゲス「日本教会史」上巻は、教会とは無縁の「日本に行ってみた本」なのです。外国人がみた京都なので当時の人には当たり前すぎることがちゃんと書いてある。洛中の風呂屋は法螺貝で呼び込みするとか、草履取りは傘も持ち歩いてるとか、奏者(多分幸村がやってた仕事)は常にノート持ってるとか。
「日本教会史」の上下巻のうち「下巻」は、8割は教会のこと、2割は筆(ロドリゲスにはおもしろいらしい)、日本の刻の数え方をかいてあるだけなので、私 にはおもしろくないです…。上下のセット売りだったからいたしかたなし。図書館でぱらよみするなら上巻だけでいいとおもいます〜。
中世の古文書 @kojima_sakura 2014年5月
ロドリゲスは、日本大文典・小文典の他に、『日本教会史』という本も書いていて、これがまたすごい。「教会史」の部分は実は半分もなくて、基本は日本文化の紹介。参与観察による文化人類学のモノグラフそのものです。1634年に死ぬまで書き続けた稿本が、岩波の『大航海時代叢書』から出ています。
『日本教会史』の宴会についての叙述は、日本の食の歴史を書く上で不可欠なんですね。「信長や太閤のころ」茶会の影響で発達した料理によって、大饗以来の 伝統とも言える冷たく見るだけの料理は捨てて「暖かくて十分に調理された料理が適当な時に出され」るようになり、「大いに改善」されたそうです。
ジョアン・ロドリーゲスの『日本教会史』、酔っ払い文化の叙述が秀逸です。「すべての宴会、遊興、娯楽は、さまざまの方法で度が過ぎる程酒を強いるように 仕組まれており・・多くの者が完全に前後不覚になってしまう・・祝宴や遊興において酔っ払うのは無礼なことだとは思われていないからである。(続
承前)その宴会を開いてくれた家の主人に敬意と好意を示し・・接待を喜ぶ気持ちを表そうとして、生来飲めない者までも飲もうと努める・・飲める人のように 振る舞って、このような儀礼に順応していく者も多い」(第26章 訪問客に対してなされる主要な第一の礼法である酒と肴で招待する方法について)
「泥酔に陥った時、その飲みっぷりの強く勇ましい元気さを話題にしてほめ・・皆と張り合って怯みも負けもしないで飲む。・・まるで戦場か個人の決闘かに赴 いた時のように、飲むことを挑戦してきた相手に負かされないのを立派だと思って、このような技倆を身につけるのを誇りとする」(ロドリゲス同前)
ロドリゲスの酔っ払い文化論 続「大酒を飲むように勧めるために、悪魔が日本人に教えた数々の工夫や方法を見ると、甚だ驚くべきものがある。生来ほとんど飲まない者にさえ飲むことを強 制することがしばしば・・その言訳を聞き入れてもらえないで、身の健康を害してまで飲まねばならない場合もある。
承前)このように他人に飲むよう勧めるためには、数多くの方法と、酒をさらに飲みたくなるように刺激し、食欲をそそる食べ物である珍しい肴sacanas の種類を考え出す・・飲みたい者は、口を付けた盃をある人のところに持って行く。その相手はその盃を受けて飲むことを体面上拒むことができない。
ロドリゲスによれば、「この酒の飲み過ぎと飲酒癖の悪習は、ほとんど全アジアに共通」だそうで、酔っ払うのを無礼としない、というくだりは、中国人と日本 人について述べたものです。共に酔っ払うこと=「へべれけ共同体」を作るかどうかというのは、文化の型を考える上で興味深い問題かもしれません。
ロドリゲスは1610年にマカオへ追放された後、中国語と中国文化にも通じ、『日本教会史』もそこで書かれたので、日中比較があるのも興味深いです。日本人との「つきあい方マニュアル」としては結局役に立たなかった、というのは少しせつないですね。現代の歴史屋には大いに役だっているわけですが。
ロドリゲスは、秀吉や家康の覚えが大変よかった。これだけ日本の言葉や礼法に通じている異人は、それだけでも「愛(うい)やつ」になるでしょう。まさに語 学の天才なのですが、ところが、地方の出身で、なんとポルトガル語の作文が苦手。訳者も苦労されたそうです。案外、そんなものかもしれません。
酒は、私は「生来ほとんど飲まない」方なので、戦国時代に生きるのは無理です。もっとも、飲めたとしても、あんな飲み方では長生きはしないでしょうね。中世の武士で、黄疸が出て死んだというと、薬剤性の肝障害=毒殺を考えるのですが、飲み過ぎもあるかもしれません。
茶 @syorenan 2014年5月14日
【日本教会史】 宣教師ジョアン・ロドリゲス(Joao Rodriguez, 1561-1634)が『日本教会史』のなかで記述した、宇治における碾茶の製法とも基本的には同じ。
お茶と食料雑貨[ラサ] @lasahJP 2013年2月23日
1577(天正五)年、イエズス会の宣教師であったポルトガル人ロドリゲス(Girao Joao Rodriguez)が来日。『日本教会史』の稿論をのこす。この中に茶の文化史についての記載があり宇治で覆い下栽培が作られているといった記述もある。
お茶と食料雑貨[ラサ] @lasahJP 2013年2月24日
昨日も書いたが天正五(1577)にイエズス会のポルトガル人宣教師ファン・ロドリゲスが来日して『日本教会史』を書いたがその中に宇治で覆下茶が作られているとの記載あり。同じ年、武野紹鴎の門下であった武将茶人の松永弾正久秀が戦没し、織田信長に所望された平蜘蛛の釜を討ち割り供に火中した
ことり @ydatui 2月28日
宣教師側の右近の茶の湯についての記述はロドリゲス『日本教会史』第一巻に記してあるそうです。右近が日頃からキリスト教徒に対して茶の湯が大変役立つ、と言っていたこと、茶室の中に祈るための肖像を置いていたこと、習慣として茶室で瞑想していることが記されています
中島千賀子(無稽会) @mukeikai 7月22日
天文12年1543年 ザビエル来日 慶長20年1615年 キリシタン大名 高山右近フィリピンで死去 昭和23年1948年 長崎でザビエル渡来400年祭 平成27年2017年6月25日 没後400年 バチカン牧師が右近生誕地訪問 7月22日 戦後70年フィリピン残留日本人2世会見
えのき@オッサン @enochtheos 7月22日
@phan_tomcat 高山右近は最近カトリックで列聖列福運動が高まってるのと、昨年の大河ドラマの「軍師官兵衛」で主人公の黒田官兵衛をキリシタンへと導いた人物として描かれていたので、自分の中ではよりキリシタンイメージが強いですね…なおドラマでのこにたん
仏像紹介BOT @butsuzobot 7月12日
本行寺キリシタンの秘仏:日蓮宗寺であるが、戦国から江戸期にはキリシタン信仰の隠れ寺として機能した。この地を支配した前田利家はキリシタン大名・高山右近を加賀に迎え、修道所を設けて北陸での布教を支援した。禁教後も当寺は南蛮文化を伝えた。 pic.twitter.com/HVQfUA2VnK
戦国史bot @bot_1059 6月27日
ガラシャ ……… 1563~1600 細川忠興の正室。明智光秀の娘。本名は玉。父が本能寺の変を起こしたため忠興に離縁されるが、のち復縁。高山右近の影響でキリシタンになる。関ヶ原の戦いの際、石田三成に人質に取られそうになるが拒否。屋敷を軍勢に包囲され、家臣に胸を突かせて絶命した。
フランシスコ @101NewLifeNet 2012年4月4日
高山右近は、千利休の七人の弟子の一人でした。茶の湯の道の草創期、利休の弟子の中にはキリシタンが多く関わっていました。日本の歴史家にはタブー視されているようですが、茶の湯の所作とミサの所作の印象がとても似ていることは、日本のカトリック教徒の間では、よく語られることです。
萩の殉教福者熊谷元直 @hagicatholic 2014年3月30日
サビエルが1549年に日本渡来、キリスト教を初めて九州・山口で伝えた。イエズス会神父が近畿で宣教。約20万人のカトリックがいた。茶人七哲の高山右近・蒲生氏郷・古田織部・牧村兵部たちキリシタン大名もいた。黒田官兵衛も茶の湯の交流で天正12年(1584年)に受洗。洗礼名はシメオン。
J・ナナミ @pinkglalem 10月28日
#黒田官兵衛 をなぜ犬HKがドラマにするか...?黒田孝高は #イエズス会 のバックアップを得ていた。黒田が庇護していたキリシタン大名の明石氏の末裔が #明石元次郎。 #北朝鮮 と #台湾 の建国に携っている。コレは陰謀論でもタブーなのね。#紅卍字会
【キリシタン大名まとめ】受洗年・洗礼名
大村純忠・1563年・バルトロメオ
高山右近・1564年・ジェスト
小西行長・≒1569年・アグスチノ
大友宗麟・1578年・ フランシスコ
黒田官兵衛・1583年・シメオン
蒲生氏郷・1585年・レオン
#軍師官兵衛
田野英二 @t_rantan 1月10日
キリスト教の茶の湯への影響 http://bit.ly/1w6Qury
↑ こちらの考察は興味深いですね。堺商人であった千利休と、堺から入ってきたキリスト教。千利休の弟子である高山右近。キリシタン大名の隆盛、そして、禁教、迫害。それらの関係性?
風の子 @makeanovel 4月8日
きゃりーぱみゅぱみゅと、あとパヒュームも仄めかしが指摘されてるけど、両者のプロデューサーの中田ヤスタカが結社員かも?説もありますよね。中田ヤスタカはキリシタンな金沢出身で、北陸新幹線開業で、金沢駅の発車音の制作とかも任されてた。 https://twitter.com/goma311/status/585689969638952960 …
ごま @goma311 4月8日
@onigiri3_ @makeanovel @ayajet128 @Jd805 ご存知かもしれませんが、きゃりーぱみゅぱみゅの「つけまつける」https://www.youtube.com/watch?v=NLy4cvRx7Vc …のPV、なんとも気持ち悪い世界観です。仄めかし満載っぽいです。わたしは殆ど気付けませんが。
風の子 @makeanovel 4月8日
キリシタン高山右近を金沢にかくまっていたし、前田利家もまつもほんとはキリシタンだったと根強い噂?が。金沢の尾山神社っていうのはステンドグラスがはまってて、どう見てもキリスト教の教会でしょみたいな感じ。今も中心街にドでかい教会が知ってるだけでも2つありますね。 @goma311
風の子 @makeanovel 5月4日
前田家が高山右近をかくまって金沢に住まわせていたというのと、利家もまつも洗礼を受けたがっていたほどのキリシタンだった説は金沢の人からも聞いたことがあるので、ただの陰謀論ってわけじゃなさそうですね。金沢は大きな教会多く、ミッション系幼稚園だらけでもあるなと @nekonomatu
風の子 @makeanovel 5月29日
金沢出身のフォロワーさんと、市役所並びの一等地に巨大な教会があるという話題をこないだしてたんですが、加賀藩が保護した形で金沢に移り住んできた高山右近が住んだのが市役所の反対側の隣の金沢21世紀美術館のあった場所らしいです。だから今の教会のある場所も当時から関係ある土地だったかも?
高山右近は、外国人宣教師たちによってキリシタンとなった高山飛騨守の長子。右近は、高槻城を開城せねば都の宣教師を殺すとつきつけてきた織田信長の下へ。事態は好転して再びキリシタン大名として領地を治める。
秀吉が1587年に「伴天連追放令」を出して、加賀藩1代当主利家からの招きを受けて「耶蘇宗の一ヶ寺建立くだされば参るべし」との条件をだし、利家がそ れを受け入れて金沢にやってきたと。だからその時点で、金沢にキリスト教の教会はできたということで、右近の住居は21世紀美術館。今の教会付近
利家の死後、2代目利長が家康に謀反を?という嫌疑がかかったとき、右近が当時大坂の家康に弁明にでかけたりしてる。こういう感じで利長の信頼を得ていっ たのかしらん?あと利長が割と早く利常に家督を譲り、富山にうつったことは書いたが、金沢の支配権まで譲ったわけではなかったそうだ。
金沢にいる右近が、富山に隠居したとはいえ実権を握る利長の右腕みたいなかんじで重要な政務をこなしていたみたい。右近は元々高槻城主だったので、こういうのは得意だったらしい。で、このふたりの信頼関係のなかから、利長もキリスト教に興味を持っていく感じなのかな。
利長がキリスト教を家臣に奨励しており、さらに自分の母(利家の妻、まつ)や、姉妹にもキリスト教の説教を聞き、洗礼を受けるようにすすめたそうだ。だか らまつが洗礼を受けたがったというのは、2代目の息子の利長の影響。まつは心を動かされて説教を聞くためにわざわざ当時都から大坂へ出向いた。
利長があまりにも手放しでキリスト教に好意を寄せるので、右近が困惑するほどだったという。自分はすでに半分キリシタンである、などと語るので、キリシタン嫌いな武士たちが不都合なことをしでかさないために、右近が話題を転じる必要があったことすらあったという。
これらは、「キリシタンの記憶」木越邦子(桂書房)に書いてあったことをまとめたものです。まだまだ興味深いことがたくさん載ってたので、また少しずつ紹介してみたいです。
この「キリシタンの記憶」というのは金沢在住でキリスト教徒で金沢の教会に勤務されてる著者が、これまで調べたことなどをまとめた本だそうで、陰謀論とかではなく、むしろ熱心なキリスト教徒の方の書いた本なので、トンデモとかではないですね。
当時の外国人宣教師がローマのイエズス会本部に送っていた年報によれば、1601年金沢にきた外国人宣教師は右近の費用で建てられた教会で120名の洗礼 を授けたが、そのうちの13名は利長の家臣、その後51名の洗礼のうち24名がやはり利長の家臣だった。間違いあったので再ついーと。
しかし故郷富山県西部のゆるキャラといえば、利長くん、その利長くんががキリシタンだったとはねーーーー!!
ここからは妄想。NHKの朝ドラ「まれ」は能登半島が舞台。能登の七尾市出身の世界的に活躍してるというパティシエ辻口氏が番組でお菓子の指導をしてると か。ところで高山右近は国外追放されてマニラで病死したのが表向きだが、能登には密かに生きてて帰国した右近とかその子孫が?という伝説も残る。
木越さんの本「キリシタンの記憶」で紹介されていたが、七尾のキリシタンゆかりの寺、七尾本行寺には、胸元に隠し扉がついてて、あけるとそこに十字架が現 れる仏像などが残っている。右近かその子孫が能登に戻ってきた説はまだミステリーでこの木越さんも調査中らしいが、隠れキリシタンがいた土地かも
朝に連続ツイートしてた、キリシタン関係の話の続きで、これが能登のお寺に残ってるという、胸部を開くと十字架が隠されているという仏像の写真~^^; pic.twitter.com/15pU2ApOcz
目覚め Пробуждение ♂ @cintamani_dhatu 5月30日
日蓮坐像の胸部を開くと十字架が… “@makeanovel: 朝に連続ツイートしてた、キリシタン関係の話の続きで、これが能登のお寺に残ってるという、胸部を開くと十字架が隠されているという仏像の写真~^^; pic.twitter.com/1qIfA2pAHP”
(日蓮宗は仏教の中で一番一神教に近いから、隠れキリシタンが名乗りやすいです。
神道も隠れキリシタンが信仰していると偽装している宗教。
今も隠れキリスト教徒が表向きは神道家を名乗っている場合があります)
風の子 @makeanovel 5月30日
まあキリスト教黒幕説を知った今となっては、ずーっとイエズス会とのつながりのあった高山右近が暮らした場所なので、なにか根城としてバックアップを受けていたんじゃないかという気もします。江戸がかなり耶蘇教を弾圧した後もそれは続いたかもですね?妄想ですが @usagi_mochi22
そうだ、金沢は茶の湯が盛んというのも、千利休の七高弟の一人、高山右近が持ち込んだ感じなのかもですね。文化を政策とすべしっていうのも、そもそも右近の入れ知恵だった可能性もありますね(それをいろいろ目くらましにしたのかもなー。鉄砲作るのがメインで) @usagi_mochi22
風の子 @makeanovel 5月31日
3代目利常(1代目利家の子で、利長とは異母兄弟みたいですね)は確かに馬鹿殿のフリをしてた伝説がありますね。江戸からなにかと目をつけられていたのでそういうので目くらましだったのでしょうかね。これも右近(キリスト)の智慧かと邪推 @nekonomatu @usagi_mochi22
風の子 @makeanovel 6月25日
わー、400年前の功績が讃えられて(日本侵略の礎?)高山右近が今、ローマ法王庁から「福者」とかいうのに認定されるの?そんなこともあって右近のいた金沢とかゆかりの能登が持ち上げられてるのかな。ドラマ「まれ」は能登。隠れキリシタン聖地? https://twitter.com/onigiri3_/status/614035087009538048 …
カァコ @onigiri3_ 6月25日
.@navylovesong 「ローマ法王庁 高山右近を「福者」認定へ」新聞記事のほうが詳しくかいてるね。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150625/k10010127421000.html … pic.twitter.com/Q7yZTcu0hW
風の子 @makeanovel 6月25日
右近没後400年に合わせて北陸新幹線も開業したんだったりしてね。。でも右近はマニラで死んだことになってるけど、密かに生きて帰国して能登で生きてた伝説も能登にあったりするらしい。七尾のお寺に案外いたとかね。七尾には「まれ」でお菓子の指導してるパティシエ辻口氏の実家の和菓子店がある。
全国の旅館で、旅行業のプロが選ぶNo.1にずっと選ばれ続けてる能登の旅館「加賀屋」もこの七尾にあります。この加賀屋が経営を任されている辻口氏のパティスリーが能登と、金沢市内にある。
辻口氏のお店は自由が丘にある本店が有名だし、パティシエの世界大会とかで優勝してて、世界的に活躍してる日本人パティシエの第一人者的な人なんじゃないでしょうか。。
能登の出てくるドラマ「まれ」のみならず、北陸新幹線でやたら金沢ブームだというし、金沢の星稜高校出身の松井、そしてホンダがACミランっていう、イタリアの名門チームにとか、あとはこの間の高校サッカーも星稜が優勝とかももしや?とか思っちゃうわ^^; @makeanovel
能登の七尾にある、例の仏像の中に十字架が隠してあるやつがあるお寺って、もしものときのために建てられてて、江戸が本格的に耶蘇教を禁止したとき、金沢の信者が密かにみなその七尾のお寺に逃げて匿われたんだと。それからひっそりずっと信仰を?前田家も実は?とかね。 @makeanovel
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 12月1日
@noranekonote 高山長房:日本・バチカン友好親善協会全権特命大使。 高山右近大夫長房16世。高山右近はキリシタン大名。 第59代宇多天皇家35世代。宇多天皇は菅原道真(南朝が重視)を重用。 あなたの言う悪の爬虫類人は偽皇室とバチカンであり、あなたも仲間?と質問したい。
変な外科医 @spec_z 2月11日
佐藤某との共同セミナー開催者、高山 清洲 (高山長房)の公表プロフィールについて。 第59代宇多天皇家35世代。高山右近大夫長房16世。第59代宇多天皇家旭日会総裁。第123代大正天皇家扶桑会総裁。
のら猫の手 @noranekonote 12月2日
@kitsuchitsuchi 「高山長房」? 誰?って検索をしたら又ものすごい新キャラですね! 『人類への警告III ドラコニアンvsレプティリアン これが<<吸血と食人>>の超絶生態だ!』ヒカルランドw それでいて天皇と大名の子孫で! 竹田平民より強烈!
「悪の爬虫類人」をとなえるのって、欧米からのバチカン、キリシタン人脈ばかりなのね。高山長房もそうなのね。天皇やキリシタン大名って名門の子孫というのがなんとも。面白い情報ありがとう。もう強烈!
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 12月10日
@oma0513 神智学、スピリチュアル、ニューエイジ、宇宙人説、出口王仁三郎の霊界物語、大本教系の日月神示の元ネタが北欧貴族のスウェーデンボルグ(クリスチャン)。
太田龍: #ユダヤ陰謀論 はバチカンの伝統だと見抜けていない。
高山長房:日本・バチカン友好親善協会全権特命大使。
sakhalinsk'15 @sakhalinsk2 4月9日
金沢がキリシタン都市で中田ヤスタカも松井秀喜も本田圭佑も世界的な活躍をしているのはキリスト教系の結社のおかげで尾山神社のステンドグラスも教会建築っぽいし前田利家は高山右近を匿っていたから隠れキリシタンなのが証拠だっていうすごい電波を受信しましたよ((((;゚Д゚)))))))
ともこ @zuuutomoko125 3月22日
前田利家とお松が祀られている尾山神社。ステンドグラスがあしらわれて和洋折衷な作りの素敵な神社。てっぺんの避雷針は日本最古だそう。 pic.twitter.com/Twfp3xerfn
茶の湯におけるキリシタン受容の構図
http://www.h4.dion.ne.jp/~js.maeda/chayutochristian.html
” 「その比(ころ)、天下に御茶湯仕らざる者は人非仁に等し。諸大名は申すに及ばず、下々洛中洛外、南都、堺、悉く町人以下まで、御茶湯を望む。その中に御茶湯の上手ならびに名物所持の者は、京、堺の町人等も大和大名に等しく御下知を下され、ならびに御茶湯座敷へ召され、御咄(はな)しの人数に加えらる。この儀によって、町人等、なお、名物を所持す。」
天正16年(1588)、山上宗二(1544~1590)は師と仰ぐ千利休(1522~1591)の秘伝を書き留めた『山上宗二記』の中で、16世紀の茶の湯の流行の様子をこのように記した。「数寄の覚悟は禅宗を全と用うべきなり」、「惣別、茶湯風体、禅宗よりなるにより出で、悉く学ぶ。」と書き、大徳寺の伝統を伝える南宗寺に集う茶人たちの規範となっていた。
龍興山南宗寺 唐門 茶室 実相庵 茶道具
十六世紀という時代の背景は、応仁・文明の乱(1467~1477年)後の世相を引きずって、まだ、戦乱の絶えない激しい群雄割拠の世相にあり、そのような中、天文19年(1550)12月イエズス会宣教師フランシスコ・ザビエル(日本滞在:1549~1551)によりキリスト教という異文明が衝撃的に堺の港に上陸した。
聖フランシスコ・ザビエル上陸の地芳躅碑(堺市櫛屋町) 南蛮渡来図 襖絵(西本願寺堺別院)
イエズス会宣教師ジョアン・ロドリ-ゲス(日本滞在:1577~1610)は「数寄と呼ばれるこの新しい茶の湯の様式は、有名で富裕な堺の都市にはじまった。その都市は日本最大の市場で、最も商取引の盛んな土地であり、きわめて強力なので、以前には、信長および太閤までの時代には、日本の宮都と同じように、長年の間、外部からの支配を認めない国家のように統治されていて、そこはすこぶる富裕で生活に不自由しない市民やきわめて高貴な人たちが住んでいる。彼らは相次ぐ戦乱のために各地からそこに避難して来ていた。その都市で資産を有している者は、大がかりに茶の湯に傾倒していた。また日本国中はもとより、さらに国外にまで及んでいた商取引によって、東山殿のものは別として、その都市には茶の湯の最高の道具があった。」と、日本の茶の湯の文化をヨーロッパに詳細に紹介した。
堺市役所高層館1階 壁面画 住吉祭礼図屏風 江戸時代初期 (原画は、堺市博物館蔵、堺指定有形文化財)
日本人キリシタンの柱石で、有能な戦国大名でもあった高山右近は、禅宗の一様式と言われた茶の湯をたしなみ、千利休の高弟七人のうち2番目に数えられるほど茶の湯の世界に受け入れられた。その後、牧村長兵衛、蒲生氏郷および織田有楽など利休七哲に数えられた茶人で大名でもある3人が洗礼を受けキリシタンになった。
十六世紀、世界的な大航海時代の潮流の中で、日本文化の規範である茶の湯が戦国時代の混乱期に異質なキリスト教文明とどのように向き合い受け止めていったのか、茶の湯文化の側面から茶の湯に関する史料として評価の高い『天王寺屋會記』とイエズス会宣教師報告書にキリシタン受容の構図を追ってみた。
『天王寺屋會記』の書き出しは天文17年(1548年)12月に始まり、その翌天文18年(1549)6月24日、三好長慶が「江口の戦い」(現の大阪市東淀川区)で仇敵・三好政長を倒し三好政権を樹立した。さらに、ほぼ時を同じくして天文19年(1550)12月上旬、キリスト教宣教師フランシスコ・ザビエルが都を目指して堺に上陸した。
五畿内におけるキリシタン受容の背景
『天王寺屋會記』は、元亀年間(1570~1573年8月)以前の三好政権時代に続き、天正年間(1573~1593年)の織田・豊臣政権時代に大別され、キリスト教の到来による茶の湯におけるキリシタンの軌跡を記録していた。
三好長慶に始まった三好政権は、管領を前提としない武家政権として成立し(1549年)、流通経路の要所を押さえる地域型の政治を行い、堺商人を茶の湯を活かし西国大名に対する外交政策の担い手と位置付けた。堺に三好一族の宗廟として大徳寺派の伝統を受け継ぐ南宗寺を建立し、茶の湯大成の拠点となった。
都を目指したキリシタン宣教師の上陸地となった堺の港近くに住む堺商人・日比屋了珪は、キリシタン宣教師の活動拠点として自宅を提供し(1561年)、献身的な支援の一方、自宅にもつていた茶室を通して茶の湯の文化が堺で大成し、日本の武将や商人など富裕層の多くの交流の場として活かされていることを伝えた。
宣教師が堺に滞在中、多くの人が聴聞に訪れたが、「その人たちはいずれも他郷の人たちで、堺の住民ではなかった。(堺の住民は)思いのままに悪習に(耽っており)倣慢不遜であって、主なるデウスが(恩寵という)宝を授け給うにまったく値せず、また(彼らはそれに与れるだけの)能力もなかった」と宣教師の間では堺の住民に対する評価は悪かった。
深野池より飯盛山を望む 飯盛山城跡からの展望
三好政権の政治戦略で摂津国および河内国が栄え、河内国では最高の権力者の一人松永弾正久秀(霜台)の有能な家臣・結城山城守進斎忠正と外記(太政官)・清原枝賢がヴィレラの説教を聴き洗礼を受けてキリシタンになったのが大きな反響を与え、飯盛山、岡山、三箇、砂、若江など河内国の武将や住民の多くが洗礼を受けキリシタンになった。この時、松永弾正久秀の命により沢城主になっていた高山厨書も当時12歳であった高山右近を含め家族ともども洗礼を受けキリシタンとなった(1564年)。最盛期には、河内国および摂津国のキリシタンは4万人に達した。
織田政権も同じく、交易拠点の支配に重点を置き、安土や摂津を重要拠点として国づくりを行った。織田信長は、茶の湯を政道と位置付け武将に対して許可制にした。茶道具狩りをおこなって名物を一個一城の知行同等と価値づけ権力に結び付けた。
1573年、織田政権下で政治的に重要拠点である高槻城主となった高山右近は、主従関係にあった摂津国主・荒木村重から茶の湯の手ほどきをうけ千利休を紹介され師事した(1577年)。織田信長からは荒木村重に続いて茶の湯を許された。
高山右近は、荒木村重が織田信長に対して謀反を計画した時、家族を人質に出してまで引きとめにかかったが失敗に終わった。意を決し自ら高槻城主を辞して信長の勧告を受け入れ、単独で織田信長のもとに下りキリシタン宣教師や信者を救済する道を選択した。神仏を否定し、キリシタンに関心を持って布教に理解を示していた織田信長は高山右近の行動を高く評価し、荒木村重討伐後、再び高山右近を高槻城主に安堵した。
豊臣秀吉は、織田政権時代の茶湯政道を引き継ぎ、特に千利休を重用して茶の湯を大成させた。日本は神仏の国であるとの考えからキリシタンは悪魔の教えを説くと危険視し伴天連追放令(1587年)を発して迫害した。
茶の湯におけるキリシタンの受容
キリシタンが、茶の湯の見聞録をイエズス会に報告したのは1565年10月25日付ルイス・デ・アルメイダ発信書簡が初見で、厳冬期の長旅による病気療養で25日間世話になった日比屋了珪の茶室における体験についてであった。フロイスは、永禄12年(1569)3月11日、上洛した織田信長に拝謁するために都へ赴く途中、ソーイ・アンタンという最初に都で改宗した名望あるキリシタンの家で賓客として茶室に泊められ体験した。
堺市 茶室 伸庵(大仙公園) 武者小路千家(堺大茶会にて)
アルメイダとフロイスは、茶の湯に出会った機会は異なったが共に茶室を清浄で地上の安らぎを与える場であることを認めた。とりわけ司祭の資格を有するフロイスにとっては、茶室はキリシタンを集めミサ聖祭を捧げるに足る神聖な場所であった。
ヴァリニャーノは、五畿内巡察の後、安土滞在中に「日本の風習と形儀に関する注意と助言」を著し、その中で日比屋了珪から得た情報をもとに茶の湯について触れ、日本では茶の湯が身分の高い領主たちに最も尊敬され、客に対する愛情と歓待を示す作法であることおよび領主たちが自ら茶を点てるために茶の湯を習っていることに注目した。
さらに、ヨーロッパ人と日本人イエズス会員の融和、ならびに聖職者と世俗の人々との円滑な交流のための心得を説き、日本でイエズス会員が修道院や教会を建築する際には、「日本の大工により日本風に建築されるべきであること、階下には縁側がついた二室からなる座敷を設け、そのうち一室は茶室にあてるがよい」と記した。その成果は、織田信長自らが安土城のおひざ元に土地を手当し、高山右近の献身的な尽力もあって茶室を有する立派なセミナリヨ(神学校)として実現した。
安土城天守閣跡から琵琶湖を望む
安土セミナリヨ跡から安土城址を望む 安土セミナリヨ跡 高山右近像(高槻城跡)
高山右近は、天正2年(1574)日本布教長フランシスコ・カブラルから教理の再教育を受けてキリシタンに目覚め、自ら卓抜な説教者となり多くの人々を改宗しキリシタンに導いた。
高山右近は、茶の湯を禅宗の一様式としてではなく芸道としてとらえ、この道に身を投じてその目的を真実に貫く者には数寄が道徳と隠遁のために大きな助けとかると悟り、日ごろ付き合いのあった利休の高弟7人衆(利休七哲)に機会あるごとにキリシタンの教えを聞かせ、牧村長兵衛をはじめ蒲生氏郷、織田有楽など多くの茶人をキリシタンに導いた。
金沢城跡 茶匠・南坊(高山右近) 市中の山居(例、汎庵・万里庵(万博公園)
しばしば、隠遁の境遇を求めたいと願ったが、領主の身分を維持してキリシタンの支柱となり五畿内のキリシタン宗団を守り通してゆく責任感を強くし、信仰がより堅くなるよう教育し、激励する立場が必要と考え率先した。
高山右近が本格的に茶の湯に没頭したのは、関白秀吉が伴天連追放令を発し改易(所領、地位没収)された後、天正16年(1588)、豊臣秀長など多くの貴人からの嘆願により五畿内以外の地での行動の自由を許され、加賀藩・前田利家に茶匠・南坊(南之坊)として迎えられてからであった。それは慶長19年(1614)、徳川家康が発した伴天連国外追放令によりフィリピンへ亡命するまでの約26年間であった。
まとめ -「芸道」としての茶の湯、キリシタンの受容について
キリスト教宣教師は、日本の社会支配の重要な位置づけにある有力者が茶の湯を尊敬し、生活文化の規範としていることを発見した。日比屋了珪は、都を目指して堺の港に上陸したキリシタン宣教師に帰依し、自らも洗礼を受けてキリスト教信者となり献身的に布教活動を支え、生活文化としての茶の湯を伝える役目を果たした。
一方、高槻城主となった高山右近は、1573年、主従関係にあった摂津国主・荒木村重から茶の湯の手ほどきを受け、千利休を紹介され師事した。1574年、日本布教長カブラルからキリスト教教理を再教育され、あらためてキリスト教に目覚め、自ら卓抜な説教者となり五畿内キリシタンの柱石となった。
キリシタンとして偶像崇拝を認めない高山右近は、禅宗の一様式としてではなく茶の湯を「精神を浄化し、救霊を成就する芸道」と受け止めた。つまり、仏教に通じる「禅」(座禅)の精神としてではなく、デウスの導きを深め、すがるための体験的な「道」としての時空間(市中の山居)と位置付けた。
従って、高山右近は、ときおりキリシタン宣教師に「この道(キリスト教信仰)に身を投じてその目的を真実に貫く者には、数寄が道徳と隠遁のために大きな助けとなるとわかった」と言い、また、「デウスにすがるために一つの肖像をかの小屋(茶室)に置いてデウスにすがるために落ち着いて隠退することができた」(ジョアン・ロドリ-ゲス『日本教会史』、p.638)と語り、茶の湯がキリシタンにとっても相入れ合う様式(文化)であることを伝え、日本巡察師ヴァリニャーノに「礼法指針」への茶室の折り込みを促した。
キリシタンは、茶の湯を「禅宗」の一様式してではなく「禅」の一様式として、冒頭の山上宗二の記述に従えば「数寄の覚悟は“禅”を全と用うべきなり」、「惣別、茶湯風体、“禅”よりなるにより出で、悉く学ぶ」と受け止めていたと考察する。
”
お読み下さり誠にありがとうございます!
・中ユ同祖論と日ユ同祖論は17世紀のイエズス会士ロドリゲスが起源。
「十の民族が東へ一年半進んで、アルサレトに定住したとはエズラ第四書の第十三章に述べてある通り」は日ユ同祖論に使われるが、
正距方位図によるとイェルサレムから日本への方向は「東北」であって東ではない。
日ユ同祖論の理論を詳しく発展(詭弁)させたのは明治期のマクラウド。
マクラウドは英ユ同祖論に大いに影響されたと思われる。
日ユ同祖論者=無自覚含め宣教師。
同祖論はキリスト教の布教とセット。
・皇室や政財界の人脈をさかのぼると、すべてキリシタン大名の島津家に行き着く。
安倍も麻生も皇室人脈。
・鹿児島版田布施は加治屋町。
田布施人脈は叩かれ役。本丸は鹿児島の加治屋町では?
寸止め陰謀論者が創価・統一・幸福・ユダヤ・在日を中核に触れないように叩くが、キリスト教・大本教・紅卍字会・大日本皇道立教会・スウェーデンボルグ、エキュメニズム運動等に一切触れないのと同じパターンなのでは?
・創価の母胎は大日本皇道立教会=キリスト教製の偽皇室系組織。
創価はキリスト教(聖教)と偽天皇の手先。
SAGEグループ(=キリスト教を黒幕にしない紐付き陰謀論者集団)
も大日本皇道立教会が母体。
SAGEグループ系陰謀論者の創価叩きは大日本皇道立教会を無視した茶番。
日本の紐付き陰謀論者も創価も根っこは南朝偽天皇とキリスト教。
・大日本皇道立教会の初代副会頭が千家尊福。
千家尊福の子孫が出雲の千家國麿。
千家國麿が高円宮家の典子女王殿下と結婚。
「出雲・皇室・キリスト教・和風キリスト教=神道・大日本皇道立教会」
が紐付き陰謀論者の親分。
・茶の湯はキリスト教が起源だという疑惑がある。
有名な茶人が隠れキリシタンである疑惑もある。
高山右近はキリシタン大名。
高山右近=クリスチャンの子孫にして皇族なのが
高山長房(高山清洲)=紐付き陰謀論者。
高山長房は日本・バチカン友好親善協会全権特命大使で、
高山右近大夫長房16世で、
第59代宇多天皇家35世代。
宇多天皇は菅原道真(南朝が重視)を重用。
高山長房が黒幕だと主張する悪の宇宙人勢力とは、高山長房の親分である、
「バチカン・皇室・和風キリスト教=神道・大日本皇道立教会」
のことである。
神道は隠れキリシタンが偽装のために信仰を表明している宗教。
仏教では日蓮宗が一番キリスト教に近いので隠れキリシタンが名乗りやすい。
日蓮宗系カルトが明治以降に多く生まれた理由は和風キリスト教を作りやすいから。
・高山右近は千利休の七高弟(利休七哲)の一人。
キリスト教徒である高山右近を金沢にかくまったのが前田家。
前田利家と前田まつと前田利長の隠れキリシタン疑惑(少なくともキリスト教を支援)。
高山右近(洗礼名ユスト)は、黒田官兵衛(洗礼名シメオン。如水)がキリスト教徒になるように導いた。
大河ドラマの主役とキリスト教勢力の関係を調べると面白い。
……
中ユ同祖論の発明者のイエズス会士ロドリゲス『日本教会史』
ジョアン・ロドリーゲス『日本教会史』江馬務・佐野泰彦・土井忠生・浜口乃二雄(上)
・池上岑夫・伊東俊太郎・佐野泰彦・長南実・土井忠生・浜口乃二雄・藪内清(下)訳、
大航海時代叢書IX–X、岩波書店、1967–70
上巻
・本文(ロドリゲスの記述)
第三章 第一節 如何なる民族が日本の諸島に移り住んだか p.163
日本、シナ、コーリア(朝鮮)の歴史書からしても、日本の一部にはシナから移住し、また一部には日本に非常に近接している王国の高麗から移り住んだことが推断され、それは事実だからである。
また、日本に面している西の地方からも日本の一部に移住したというような憶測や物語もありうべきことでないとはいえない。
そこは今日のチェキアン(浙江)と呼ばれるシナの地方区〔省〕と、それに接続したフェキオン(福建)と呼ばれるところとである。
いっそうありうべきこととしては、チェキアンから最初の移住者が来たのであって、日本の国王たちはその系統を引いており、彼らが九州の島に住んだということ。
それと同時か以前に、高麗の国から高麗と向かい合っていた中国のあの地方[出雲と思われる]に移住したことが考えられる。
また、日本の一部、すなわちタルターリアと蝦夷の島とに面している奥州のあの地方に、タルターリア人が移住したということもありうると考えられる。
日本に人が住んだ最初の地方は、第二番目の島の九州の地方で、その島の九つの国、あるいは九つの領国の一つに当たり、今日、日向と呼ばれるところである。
初期の頭首たちは、最初に国王の称号を名乗った神武天皇に至るまでそこに住んでいたのである。
この日向の国は鵜戸岩戸(うどのいはと)と呼ばれ、岩石に掘った非常に大きな一種の洞窟(※)が現在も残っている。古い伝説によるとそれは日本の初期の国王たち、すなわち頭首たちが、初めのことまで住んでいた宮殿であって、神武天皇はそこから宮廷を五畿内の地方にある大和の国に移したのである。
※註釈(翻訳者の記述)
鵜戸岩戸は宮崎県日南市にある。鵜戸の岩屋というのが普通。
(外国人が書いた日本史だから重要。
日本人が書いた日本史と比較することが重要。
At Skyfall @poseidon_7
かつてのザビエル等のイエズス会のミッションではないけれど、東アジア、極東アジア、特に中国は、バチカンにとって魅力的。 そもそも浙江財閥の「宋家の三姉妹」ではないけれど、清朝打倒、中国の近代化や民主化にとって、キリスト教、プロテスタント諸派やバチカンの働きかけが大きい。
そして、中国の清朝以降の政治運動を考えると、宋家の三姉妹の宋家とかの浙江財閥や蒋介石氏等・・・近現代の中国の政治運動にはキリスト教(カソリック、プロテスタント諸派)が深くかかわっていることもあるかも? 中国共産党が宗教にナーバスなのは・・・。
ken @kenkatap 2012年9月18日
浙江財閥は何だったのか?【虚空と君のあいだに http://www.mkmogura.com/blog/2009/10/18/476 …】
▼蒋介石がどういう扱いだったかで見えてくる
▼中国へのキリスト教の伝導師=蒋介石(嫁経由)
▼聖書版権を持ち出戻りした客家チャーリー宋とその3姉妹の浙江財閥=「中国にキリスト教を普及させる機関」
)
・本文。p.386
都の大衆、住民はたいへん温和な性格で、甚だ礼儀正しく、きわめて接待好きである。またたいへん上手に衣類を着こなし、遊び好きで、絶えず休養や娯楽や慰安に大いに耽る。野原で酒宴、幕間狂言など。
彼らは信仰にあつい人々であって、寺院をよく巡拝し、また平常から男女は頻繁に祈願をこめ、説教を聞きに寺院に出かける。
言葉は王国中でどこよりもすぐれていて最も洗練されているが、そこには宮廷があり、公家がいて、それらの人々の間にこの言葉が保存されているからである。
※註釈=翻訳者
ロドリーゲスは言語が時代とともに頽廃に向かうという当時の言語観に従っていたので、日本語も最も雅醇な言葉は京都の公家の間に保存された古語であると考えていた。
本文に戻る。
都市は食料が極めて豊富。
飯屋(タヴェルナ)や売店が無数にある。
大衆浴場があり、一人の男が法螺貝(コルネッタ)を吹いて人々に呼びかけ、日本人の非常に好きな入浴をすすめている。
(寺であって神社ではないんですね。神社でも八幡大菩薩を主に祀っていたら実質的に寺だと思うんですけどね。
村手 さとし @mkmogura 2011年10月28日
まあ、ブログでも最後の方に書いたんだけど、高野山って真言宗の全てを焼き討ちした秀吉のお母さんの寺なんだよ。時代も何も、宗派も真言宗とは関係ないよ。空海=弘法大使ってことだが、そもそも弘法=仏教をつたえるえらい坊さんって形容詞でしょ?神や、アーリアと一緒同じ手法。
村手 さとし @mkmogura 2014年1月3日
神社格付けランキング。
3 どう考えても寺である。日光東照宮、鶴岡天満宮、下鴨
2 実はキリスト教とやたら親しい。つまり、神神うるさい。亀岡の出雲など。
1 もともと仏教な天皇が参拝したことはないのに、なんか天皇の神社みたいになっている。伊勢、他官国幣社多数。
琢 @777Taku7 12月22日
@mkmogura @kitsuchitsuchi 日光東照宮・世良田東照宮・仙波東照宮・上野東照宮は徳川家縁の寺の近くに在る事からも解かるように、東照宮は元々独立した神社ではなく、寺の境内社でした。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 12月14日
@mkmogura 泉涌寺が天皇家の菩提寺
×神社 神仏習合=仏教化による神社支配(寺>神社)
鰐淵寺(出雲大社を管理)
石清水八幡宮護国寺
祗園社(祗園は仏教用語)
伊勢大神宮寺
弥勒寺(八幡大菩薩宇佐宮の宮寺)
鶴岡八幡宮寺(八幡は菩薩=仏教)
愛染寺(伏見稲荷大社を管理)
天皇が信仰した思想体系がある伝統宗教=神道は明治期の #キリスト教 の捏造。
輪王寺:日光東照宮=寺の一部。天台宗の門跡寺院
寛永寺:徳川家菩提寺。天台宗
増上寺:徳川家菩提寺。浄土宗
仏教用語と仏像だらけの歴史。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-1.html
初詣はキリスト教製の偽伝統。初詣の初出は明治18年。
キリスト教のおかげで真言宗は再興できた。金剛峯寺の建立は明治以降。
神社(和風教会)は神道=和風キリスト教の施設。
✝の手先に金が集まるのが全国初詣客数ランキングでわかる。
平和を願い戦争屋に金を送る大衆。)
・本文p.391
現に統治に当たっている国王(後水尾天皇)と隠居した国王(後陽成上皇)は御殿に住んでいる。国王は今日本来の真実の主君(セニョール)のように待遇されてはいるが、実際に統治することも許されず、全面的な服従も得ていない。そして親戚関係を続けるために、将軍の娘(徳川秀忠の娘、和子)と王子(後陽成天皇の皇太子政仁親王=後水尾天皇)との結婚のことが取り計らわれ、その一家が将軍の職務につくことが永久に続くようにするために万事が整えられているのであったが、また、それと同じ理由によって、悪魔にそそのかされた将軍は、キリシタンがたがいによく団結して教会の命令に服従しているので、その中に彼から統治を奪おうとする者がいると疑って、キリシタンを迫害するのである。
(徳川の判断は正しいですね。キリスト教の布教で内通者を増やして侵略)
・本文401 第十六章
この王国で注目すべき三つの階級がある。
①公家
=王国を統治し、王室および王族の事務を行う貴人、高位高官の一家あるいは一族。
頭首が摂政、関白。
②武士
=国王の守護と王国の防衛を行なう騎士すなわち武家と呼ばれる貴族。
頭首は将軍または公方といい、王国の最高司令官あるいは総大将であって、貴族と武士の両階級の権限を併せ持つ。
③寺院関係の僧侶
(神社と神道家は注目すべきではないとイエズス会のロドリゲスは判断しています。
天皇が仏教徒で側近が坊さんなのが日本の真の伝統だからね。
神道説話とか神道家の天皇とか神道家の天皇の側近がぜんぜん出てきません。キリスト教の植民地になるまではね)
・本文p.407
日本人は死人に対しては、喪服(ドウ)の代わりに白衣を着用する。これはシナの習慣であって、日本人とコーリア(朝鮮)人がそれを取り用いたのである。
(♫biwaud @biwaud
そう、100年かそこらの「伝統」が結構多いのだ。<日清戦争や日露戦争で多くの戦死者がでて、葬儀の参列が多くなってしまったために、喪服の出番が増えてしまった! そこで汚れが目立たない黒にしよう、と(略) 黒喪服の伝統は長くて100年程度>http://bit.ly/kPNUVs
9:52 - 2011年6月2日
naomi @naomi091123
89歳の母によると、昭和6年に姉が亡くなった時に、白の袖の長い着物を来たそうです。少なくとも、家族は白装束だったらしい。昭和30年には黒だったそうです。@takino_takahiro :喪服って戦前は「白」だったと複数の葬送業者に聞いてびっくりしました。黒になったのは戦後・・
0:09 - 2013年3月19日
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara
ところで金正日の死を伝える朝鮮中央テレビのアナウンサーの喪服が黒なのは、決して朝鮮民族の伝統ではございません。黒の喪服は植民地時代に日本が持ち込んだ風習で、しかも日本で黒の喪服ってのは明治維新で西洋に合わせた結果に過ぎず、東アジア文化圏の喪服は本来なら白装束です。
11:58 - 2011年12月21日
)
・本文p.509
仲間同士で陰謀をたくらんだり、同盟を結んだり、間違いなく実行すべき約束事をして、忠誠を誓う場合には、どちらも手の指を刺してとった数滴の血を酒の中に混ぜ、その血の入った酒を共に飲むことが往々ある。
※註釈=ロドリゲスの記述では「ない」。
神社境内の泉などのいわゆる神水を飲んで盟約を固めることは古代からみられ、平安末期から起請文のあらわれるに及んで、それを焼いた灰を神水に混じて飲み交わすこともあった(『源平盛衰記』巻四、白山神輿登山事)。これに祝言などに酒盃を交わして約束を固める古来の習俗と、戦国時代ことからみられる誓紙血判の風習とが一緒になって、血を酒におとして飲む起請方式が生まれたのであろう。しかしこの方式は盛んであったとはいえない。
(意識、特に潜在意識を変容させるための魔術の儀式。血と酒は儀式でよく使われます)
・本文p.638
高山ジュスト(高山右近)はキリスト教徒であることで大変有名であるが、キリシタンであるために二度追放されて領国を失い、その二度目はフィリピーナス(フィリピン)に流され、その地で辛労により没したが、殉教の栄光を彼は失わなかったと思われている。
高山右近は茶道という芸道で日本における第一人者であり、そのように厚く尊敬されていて、この道に身を投じてその目的を真実に貫く者には、数寄が道徳と隠遁のために大きな助けとなることがわかった、とよく言っていたが、我々もそれをときおり彼から聞いたのである。それ故、デウスにすがるために一つの肖像をかの小家において、そこに閉じこもったが、そこでは彼の身に着けていた習慣によって、デウスにすがるために落ちついて引退することができたと語っていた。このことから、数寄について、日本人がなぜあれほど尊重するかという理由と、国内において習慣なり更に儀礼上の歓待のことなりの上に及ぼしている数寄の効能とが十分に理解されるであろう。
・p.664補註=ロドリーゲスの記述ではない
茶の接待にイエズス会は深い関心を示した。
ロドリーゲスは日本教会史の記述のかなりの部分を茶の湯にさいている。
1603、4年に刊行された『日葡辞書』は、日本にキリスト教を植え付ける重要な手段として、日本人も含めイエズス会士らの協力によって作られたものであり、その中にも茶の湯関連の百数十語が採録されている。
(支配層と接触するいい機会になるし、茶室は密談にもってこいだしね)
下巻
・第二巻 第八章 日本とシナの数学的学芸について――日本人はこれらの学芸をシナから受け入れた
“もしそれらの学芸、特に天文学(アストロロジーア)〔占星術〕を最初に作り出した人々が誰であったかを推測せねばならないとすれば、われわれはそれが洪水以前の最初の父祖(パードレ)たち(3)であったことを容易に理解するであろう。事実よく事情に通じたエウロッパ人はみずからそう考えているが、それは適切なことである。なぜなら、バビローニアの地で言語が混乱し、ノエー〔ノア〕の子孫がいろいろな地方に分かれて行き世界中に住みついた時(4)、その子孫のなかに同じ祖先をもつ九人の族長〔カベツサ〕がいて、それぞれがその下に一四〇の部族を従えていたが、それら部族のあるものが東方にやって来て、シナ王国に住みついたのである(5)。これら一四〇の部族の名は今日まで存続していて、そのなかに三人の名高い賢者がいた。彼らはそれぞれそれら部族の族長であったが、彼らのことを書いた史書から推測されるように、同時代の人々であった(6)。もっとも学問における継承関係に見られるように、その働きざかりや年代ではたがいに前後していた。これらの人々は法令や統治機構や文字や学問、学芸および技芸を定めて、シナ人の国家を形成した。その最初の統治機構は部族的で、族長による貴族政治的(アリストクラーテイコ)と言ってよいほどのものであった。しかしながら、王国が建てられるや直ちに君主政治的な機構が導入された。”ロドリゲス『日本教会史』下巻p.107-108
“(5)シナ人がオリエントの地からやって来たという考えは、ロドリーゲスの『日本大文典』の記述のなかにも見られる。「すなわちシナ人は十の民族からなり、それはイスラエルのオゼアス〔ホセア〕王の九年、ユダヤのエゼキアス〔ヒゼキア〕王の六年に、サルマナサル王〔シャルマナサル五世〕が捕虜として連れて来てメディア人とアッシーリア人との間に置いたのだという。……〔この〕十の民族が東へ一年半進んで、アルサレトに定住したとはエズラ第四書の第十三章に述べてある通りであり、その地は多くの地図がシナの隣りに置いているからである。……これらの哲学者〔老子や孔子〕はこの十の民族からなるユダヤ人の系統に属することはありうることである。すなわち彼らがシナに来て、そこにいた民族と混血して自ら変質したが、彼らの持って来た文学や学術は、その周囲のいかなる民族も持たないものであって、その後も引続いて、その方面の支配力を持っていた(土井忠生訳『日本大文典』一九五五年、三省堂、八四三ページ参照)。ここに記述されていることは紀元前八世紀の出来事であって、もちろん「言語の混乱」以後のノアの子孫の移住とは区別されなければならないが、いずれにせよ、こうした中国民族および中国文化のバビロニア起源説というべきものは、ロドリーゲスがこの後一貫してとっている立場である。” ロドリゲス『日本教会史』下巻p.109-110
(中ユ同祖論はイエズス会士ロドリゲスが最初。
ロドリゲスは中国から日本に渡ってきた人がいると言っているので、日ユ同祖論については原案あるいは起源レベル。
「十の民族が東へ一年半進んで、アルサレトに定住したとはエズラ第四書の第十三章に述べてある通り」は日ユ同祖論にも利用できます。
東ならどこでも同祖論にできちゃうぞ。
イェルサレムから日本への方向は「東北」であって東ではありません!
正距方位図で見て東かどうか確かめないといけませんよ。
日ユ同祖論の理論を詳しく発展――詭弁だけど――させたのは明治期のマクラウド。
マクラウドは英ユ同祖論に大いに影響されたと思われます。
日ユ同祖論者=無自覚含め宣教師。
日ユ同祖論と中ユ同祖論の発明者は17世紀のイエズス会士ロドリゲス。
同祖論はキリスト教の布教とセット。
日ユ同祖論を布教する陰謀論者=宣教師。
日ユ同祖論の英語版Wikiの一部を翻訳し解説。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-83.html
でわかるように、日ユ同祖論の英語版ウィキでは、
ロドリゲスは「Origin」=起源であり、
「"the first full-blown development of the theory was put forward by Nicholas McLeod」
=理論を発展させたのはマクラウド
だと注意深く記述しています。
knznymmmy @knznymmmy 10月22日
どこぞの本に十部族は東のはずれに行ったって書いてあるから それがまさに日本だって? 残念www 正距方位図法って知ってるか? イスラエルの東のはずれはパプアニューギニアですからww #日ユ同祖論 #聖書 #ユダヤ #ヘブライ #イスラエル #失われた十部族
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月23日
@knznymmmy 日ユ同祖論の根拠は聖書→聖書に考古学的根拠なし→捏造。 イスラエル中心の正距方位図があるところを教えて下さい。 日ユ同祖論の誤りのまとめを作成したいのですがより致命的なものから列挙することに協力していただけないでしょうか?日ユ同祖論フルボッコ師の閣下に是非!
knznymmmy @knznymmmy 10月23日
@kitsuchitsuchi 意外(?)とエルサレム中心の正距方位図法って無いんですよねw 但しイスラム教はお祈りの関係でメッカの方角にシビアだから メッカ中心の地図なら出てくる。例えばここ。 http://bit.ly/1nzQMJE
で、メッカとクソラエルではどの程度ズレれるんだろう?と思って 更にぐぐると http://1.usa.gov/1nzQXVp カイロ中心の正距方位図法 まあ、メッカ中心からあんま変わらない。
そもそも論として今のクソラエルって古代クソラエルとは場所が違うでしょ? むしろイエメン中心の方がよくない?という説もあるんですが まあ、この2つを見比べると、イエメン中心でもクソラエル中心でも ヌッポンが北東って事は変わりがなさそうです
アッーーーッッッ!!! http://bit.ly/1nzRpCV これ! ハイファ=クソラエル中心発見!
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月23日
@knznymmmy 有難うございます!危険な航海までして北東の日本列島に行く理由がないですよね。気候が似ている中東で充分。聖書のユダヤ人はフェニキア人がモデルでキリスト教製の生贄。フェニキアの中心都市のティルス(レバノン)のすぐ近くがイスラエル。フェニキア文字≒古ヘブライ文字。
knznymmmy @knznymmmy 10月23日
@kitsuchitsuchi ディアスポラそのものが自作自演説もありますね 在日「ウリヌンはチョッパリに拉致られてイルボンに来たニダ」 →実は密入国 ユダヤ「我々は国を失って彷徨える民となったのだ」 →元々遊牧民(海賊?)でフラフラしてただけ。しかも失った国は「そこ」じゃない
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月23日
@knznymmmy 仮説:ローマがフェニキアを破った後に、ローマの貴族がフェニキア人に旧約聖書を渡して「奴隷にしない代わりに、この宗教を信仰して金融の実務をやれ。生贄好きな神にしておいたぞ(でも不祥事は全部お前らのせいな)」。同じくスカウトされた別民族も混ざり派遣ユダヤ人誕生。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 5月25日
新興勢力だったローマ帝国が、地中海世界全土に商業・金融ネットワークを持つフェニキア人をただ奴隷にするだけじゃ勿体無いと思ったのは当然だよねー。金融の実務をやらせるためにユダヤ教という利権集団をでっち上げるって、宗教改竄やでっち上げが得意なローマの貴族ならやってもおかしくないよね?
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 4月27日
6)ポセイドーンと言えば、陸を支配するゼウスに対して海を支配する。ポセイドーンはフェニキアの神という説があり、オリジナルソースを確認してないけど、メドゥーサはポセイドーンの嫁という話があるそうな。
7)そうなると、もしかしたらポセイドーンというのは、フェニキア人などの海洋民族のシンボルなのかも知れない。バイキングのよーに、海洋民族には何故か北極星信仰(大昔は竜座)がついて回り、そこには蛇や爬虫類がいる。バイキングの神話はまだ調べてないけどね。
10)で、ヴォルデモート(元ネタはカナン神話のバールとモート)とマルフォイ家が仲良しなのも、フェニキアとバイキングの子孫の信仰がドッキングするという意味で、ヴォルデモートが蛇語話せる話はそのままアイクのレプティリアンネタに繋がると(笑)
日本人シュメール起源説ってイエズス会のロドリゲスの主張を多少変えただけですね。
クリスチャンの思想がもとなら宇宙人=ゴッドとしてもおかしくないし。
宇宙人支配者説の内、だから聖書は真実だと誘導するものは偽りなので注意!
反知性主義で論理的思考と物証を否定するよう誘導するものも偽りなので注意!
信仰せずに、本当に徹底的に考え抜いて宇宙人支配者説に到達した人は私が知る限りほとんどいません。
あと、宇宙人が人類を創造する神智学系の人類北方起源説はアーリア大好き北欧勢力=新キリスト教に都合がよい思想です。
人類黒人起源説を否定する為に人類北方起源説や金髪碧眼の宇宙人を主張する場合があるということです。
アイクは北欧勢力ですよ。
私は無記=存在を完全肯定もしないし、完全否定もしない姿勢です。
ネズミさん @Nezmi_san 7月11日
@CrocodileSir アフリカ起源説は宗教的都合で作られている気が。「戦争で男を根絶やしにする」「女は生かして生ませる」と言うセオリーも旧約聖書にあるらしく。「縄文人がチベットまで攻めていって」と言う筋はないものとする。因みに日本人とチベットの遺伝子の詳細は微妙に違う。
@CrocodileSir 因みに「教科書の会」の連中はY染色体(男系)のハプログループの分類から縄文人と韓国人は違うとし、万世一系な説を展開(韓国古墳は日本=倭人が作った、卑弥呼うんぬん)、一方、そうでない派閥は「ミトコンドリア説(女系)」で大陸からきた(韓国起源説)を展開w
@CrocodileSir 韓国では都合が悪いと「古墳、塙を壊したり」するとか?(教科書の会談)こんな事ばかりなので「遺伝子分布」も都合よく解釈されてる可能性が高い。アフリカ起源説もユダヤ・キリスト(アフリカ起源説はエジプト近辺から矢印が振られるが他のアフリカ地域の説明無し)
アフリカ起源説について興味深い議論が有ります http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7459036.html (アフリカ起源説は「ある宗教的都合」が反映しても作りうる。DNAはマップと地理的統計、起源説は「イブの出土」がなけりゃ話にならない。敢えて「掘った」からで、その他を「掘らない」なら?)
仮にイブが日本で出土、またはシベリア、またはアメリカで出土したとします。すると遺伝子の分布やらの「解釈」が変わりますよ。遺伝子の分布は「どこが起源か」の証拠ではない。しかもその説も本来、出土したのが偶然か意図的かによります。 (説は恣意的、であっても説は説、宗教が絡むとね?)
senjirou -/\- @senjirou1 7月14日
@nezmi_san @wayofthewind ミトコンドリア・イブはマインドコントローリアン的(マジすか)
ネズミさん @Nezmi_san 7月14日
@senjirou1 @wayofthewind 遺伝子の配列から「何処に住んでいた」とは言えないですよね?だから「発掘(の遺伝子)」の場所と「揃って」の話。 では「発掘場所を限れば?」後は「都合よい遺伝子」 を選んで言えば良い。遺伝子は無数にあるから。(占い師と同じ手口)
ネズミさん @Nezmi_san 7月14日
@senjirou1 @wayofthewind 「世界中」で均一に掘って結果がすべて当てはまればよいが、結論ありき(ユダヤ・キリスト教)ならアフリカでしか掘らない。 その可能性もあり得ると言う話で、否定はしてないです。 (ハプログループではユダヤ人の遺伝子は中東)
クロコダイル @CrocodileSir 7月11日
@Nezmi_san 祭りとかにヒントがありそうですね。
ネズミさん @Nezmi_san 7月11日
@CrocodileSir 「祭り」の形態も「ある一部が似てるからユダヤだ」とか有るわけですが、中国で10万年前の人骨が出てきた訳で、既に文明があったとすれば人類起源説に基づく宗教が狂ってくる。それより大昔に祭りはあったとすれば? (ユダヤにしろ、韓国にしろ、「都合」が現代にw)
@CrocodileSir 10万年も炭素年代測定でしょう、偽装はできますw 10万年前中国 http://blog.livedoor.jp/nappi11/archives/2818425.html … 40万年前スペイン http://www.asahi.com/articles/ASH5X4F8XH5XUHBI01M.html … 330万年前ケニアw http://www.cnn.co.jp/fringe/35064835.html …
クロコダイル @CrocodileSir 7月11日
@Nezmi_san そういう証拠を裏付ける?御墨付きみたいなやつって、いかにもですね。
ネズミさん @Nezmi_san 7月11日
@CrocodileSir 中国で発見されると「6万年前人類=アフリカ起源説」と言う説が覆される、330万年前なら「どーだ!覆してみろ!」と言う感じに見えますねw
ネズミさん @Nezmi_san 7月11日
大体、イブ(旧約聖書ありき)とかルーシー(白人)とか意図的な名前w(地名を当てるべきだろう?))
・解説=ロドリゲスによる本文ではない
ジョアン・ロドリーゲスは一般の宣教師とは違い、通事伴天連として外交折衝のために将軍や諸大名に接し、ポルトガル貿易に関与しては各地の商人と交わり、近畿、関東へ旅行するなど、交渉を持った階層も地域も広かった。
・本文p.259 第三巻 第二章
薩摩公の十字に関しては〔われわれの考えでは〕それがキリスト教の事物に由来しているものでないことは確かである。
なぜならば薩摩公が源頼朝を祖先としその子孫であることは知られており、その紋章として十という文字をとったのであって、その文字が十字架(クルース)の形に似ているということなのである。
(薩摩、島津の家紋はキリスト教と組んでからは十字架の意味も持たせているんでしょうね。
世界連邦のマークが緑と丸と✝。向きを変えて×にしているけどね。緑はワンワールドカラー。
ペロ武蔵守 @across_pero 8月31日
毛利は源頼朝の家臣・大江広元を家祖とする。島津は清和源氏の流れを汲む惟宗氏。徳川も清和源氏。いずれも、遡れば源氏の一派なのよね。 関ヶ原で西と東に別れるけど。
ken @kenkatap 9月9日
初代文部大臣が、1872年、英語の国語化を提唱。
で、書簡をもらったイェール大学の言語学教授が、日本語のローマ字化を除いては日本語の廃止に反対。
賛成してたら、とっくに日本語は無くなってたってこと?
日本語は、守ってほしいと思う。
https://twitter.com/kenkatap/status/396303495482970112 …
ken @kenkatap 9月9日
@kenkatap
陰謀論で不思議なのは、非難されるのが、長州ばかりで、薩摩があまり出てこない。
田布施は、薩摩にもあるのにもかかわらず…
https://twitter.com/kenkatap/status/359952227303030784 …
ken @kenkatap 2013年7月24日
金峰町=鹿児島県にあった町・現南さつま市(特攻隊出撃地・有名人・小泉純也)【http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%B3%B0%E7%94%BA …】
▼霊峰金峰山
▼木花館=木花咲耶姫に由来
▼田布施小【http://blogs.yahoo.co.jp/saihs725/archive/2011/8?m=lc …】
金峰山(綾部・丹波富士)=大本教ゆかりの聖山、出口なお修行の地
U @wayofthewind 9月10日
薩摩焼酎(蒸留技術)、薩摩切子(ガラス製法)、種子島(鉄砲)など、渡来系の技術が多いのも薩摩の特徴ですね。
カナン人のテクノクラートと関係があるから……と陰謀論者が言っていました(笑)
薩摩の藩主、島津家が皇室や政財界の中心にいるという事実もありますね。 @kenkatap
U @wayofthewind
皇室や政財界の人脈をさかのぼると、すべてキリシタン大名の島津家に行き着く。
安倍も麻生も、この皇室を中心とした人脈に連なっている。
http://twitter.com/search?q=wayofthewind%E3%80%80%E5%B3%B6%E6%B4%A5&s=typd&.x=12&.y=17 …
た⌘し @meets_tak 1月4日
鹿児島版田布施は加治屋町なんじゃないの?wこっちの方が重要だったりするかもね。みんな田布施の方に注目してるような気がするから。 pic.twitter.com/PCXIh0Wfoj
鹿児島加治屋町出身の著名人(加治屋町wikiより)。 ・西郷隆盛 ・大山巌
・西郷従道 ・黒木為楨 #加治屋町 pic.twitter.com/5ABtR57n5t
・東郷平八郎 ・村田新八 ・山本権兵衛 ・山本英輔 #加治屋町 pic.twitter.com/UoXF6ASYYK
・岩下方平 ・樺山資紀 ・牧野伸顕 ・田代安定 #加治屋町 pic.twitter.com/gzmWkx7ZkE
・大久保利通(大蔵卿、内務卿) - 出生地は隣町の高麗町。幼少期に高麗町から移住 ・毛利正直 ・東郷実猗 ・東郷実武 ・池上四郎 ・西郷吉二郎 ・西郷小兵衛 ・吉井友実 #加治屋町
田布施人脈はフロントでサンドバッグ役、本丸は鹿児島の加治屋町人脈なんじゃないの?という私の仮説w寸止め陰謀論者が創価、統一、幸福のことは叩くけど、大本系列や卍等に一切ふれないのと同じパターンなのでは?つまり加治屋町人脈についてふれたらダメよ〜ダメダメてことw
そういや小泉純一郎パパの純也さんも鹿児島出身やね。旧姓鮫島さん。「根津財閥の大番頭だった鮫島宗一郎はいとこ」というwikiの記述が気になる。 pic.twitter.com/zKWIr91QKV
以下根津財閥ウィキより。 根津財閥(ねづざいばつ)は、根津嘉一郎 (初代)によって設立された日本の中堅財閥。 「私鉄王」と呼ばれた根津が一代で築いた企業群。根津が甲州(山梨県)出身であるため、甲州財閥の一つともされる。
主として根津の采配による面が強かったが、正田貞一郎、宮島清次郎といった盟友に支えられ、また小林中(フコク生命)、山本為三郎(アサヒビール)といった人材を生み出した。
た⌘し @meets_tak 1月4日
@meets_tak
#SAGEGROUP 歴代ま行http://www.sagegroup.jp/rekidai.ma.htm
牧野 伸顕
・(1861~1949)
・明治から戦中にかけての政治家。位階勲等は従一位勲一等伯爵。幼名は伸熊。 pic.twitter.com/405piyGU6u
名はシンケンと通称されることもある。薩摩国鹿児島城下下加治屋町に薩摩藩士・大久保利通と妻・満寿子の二男として生れた。生後間もなく遠い親戚にあたる牧野吉之丞の養子となる。
た⌘し @meets_tak 1月23日
@meets_tak
加治屋町の近くにあるのが高麗町。
高麗町という地名は、島津義弘が慶長の役で連れてきた朝鮮人達をこの地に住まわせた事に由来する(引用先は高麗町うぃきhttp://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%BA%97%E7%94%BA …)。 pic.twitter.com/JZpOUfMCNq
た⌘し @meets_tak 1月23日
@meets_tak
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E5%85%90%E5%B3%B6%E5%8A%A0%E6%B2%BB%E5%B1%8B%E7%94%BA%E6%95%99%E4%BC%9A …より引用。
鹿児島加治屋町教会(かごしまかじやちょうきょうかい)は、鹿児島市にあるメソジスト系の日本基督教団の教会である。
1878年アメリカ・メソジスト教会デヴィソンから派遣された飛鳥賢次郎が山下町の借家を会堂兼牧師館として伝道したのが始まりである。デヴィソンが長崎から訪れ、45名に洗礼を授け、鹿児島美以教会が設立された。
1899年台風で会堂が倒壊し、1900年に木造二階建牧師館付会堂を建築する。1907年メソジスト3派が合同し日本メソヂスト教会ができると、日本メソヂスト鹿児島教会と改名する。
1926年に鉄筋コンクリート二階建の会堂を建設、1941年の日本基督教団成立以降は、鹿児島城南教会になった。1945年空襲で会堂は焼失し、戦後に再建される。
1976年加治屋町に新会堂・牧師館・敬愛幼稚園を新築移転する。1981年に礼拝堂にパイプオルガンを設置する。1985年鹿児島加治屋町教会へと改称する。
歴代牧師 飛鳥賢次郎
谷川素雅 高原安太郎 中山忠恕
川瀬小太郎 古坂啓之助 栗村左衛八
松本総吾 木原外七 引用終わり
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 5月8日
世界連邦のマークって、丸に十字なんだねえ。グノーシスだねえ。ネストリウス派だねえ、耶蘇教だねえ
knznymmmy @knznymmmy 7月14日
http://www.wfmjapan.org/ わんわんわーるども緑 勿論ロゴは丸に十字 http://www.ozawa-ichiro.jp/ 汚沢一郎も緑 https://twitter.com/ozawa_jimusho 汚沢一郎のついったーあかうんと pic.twitter.com/IsxenlCGxx
日本財団も緑だな 緑ってカラーには注目だ 偽りのキリストのテーマカラー んで私は近所で日本財団の車見るたびに TSUKUMO電気のロゴ思い出して トンキン時代が懐かしいんだよな pic.twitter.com/AUfM6Y2Dd1
knznymmmy @knznymmmy 5月16日
ケテル/白/海王星
↑
(水星)
↑
ビナー/黒/土星
↑
(蟹座)
↑
ゲブラー/赤/火星
↑
(天秤座)
↑
ティファレト/黄/太陽
↑
(サソリ座)
↑
ネツァク/緑/金星
↑
(魚座)
↑
マルクト/地球
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 11月27日
丸に十字
=太陽十字、グノーシス主義、島津藩、大本教系(和風キリスト教)、ファシズム、白人至上主義、国際汎ヨーロッパ連合の象徴。
太陽十字の意味は囮で、本体はキリスト教とグノーシス主義(選ばれた私=神)。
”弥勒の神の標章は○に十字の神定め”
(大本教霊界物語)
✝=ユダヤは悪。
knznymmmy @knznymmmy 12月16日
田ってさ、「◯に十字」の変形でもあるわけさ んで、◯に十字と言えば 島津の家紋でもあるし (薩摩にも田布施ってあるらしいね❤︎) グノーシスのシンボルでもあるし お下劣国旗もこれの系列だと思われる また田はにゅいんどーずのロゴにも近いし マックOS Xはモロに◯に十字
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 12月16日
@knznymmmy ○に十字=太陽十字・グノーシス主義・キリスト教
ナチス、KKK(白人至上主義)
国際汎ヨーロッパ連合
(2代目国際会長がハプスブルク家)
#大本教(と分派の一部)
島津藩らが使用。
「男」は奴らにとっては、「丸に✝」の下に「力=パワー」だから好きそう。
knznymmmy @knznymmmy 11月26日
大本教もやっぱり丸に十字を掲げる http://kamikotokai.com/ > 弥勒の神の標章は○に十字の神定めなり >(大本教霊界物語第一巻)
ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E6%95%91%E4%B8%96%E6%95%99 … 大本から派生した世界救世教 やっぱり丸に十字のロゴ
ab.auone-net.jp/~sniy-kyo/ ちなみに山梨といえばりちゃこしの スポンサーと目される生長の家の本拠地でもある ロゴが変則ながら「丸に十字」だ 生長の家の谷口と言えば大本教出身
knznymmmy @knznymmmy 11月21日
十、十字、十字架、キリスト・・・そうか。 以前にゅいんどーずのロゴが丸に十字だと書いたけど まっけんとっしゅも思いっきり丸に十字じゃねえかw まー、私はLinuxユーザーなんだけどな! pic.twitter.com/Pu5IkF2TJe
knznymmmy @knznymmmy 8月31日
メドベージェフ君の家で軍師官兵衛見てるなう 33話後半。官兵衛の洗礼の場面。 オルガンチノが官兵衛の額に十字を描く。 これ前大帝が指摘してたカインの額の刻印じゃん。 私の洗礼の時はこんなのやってねーぞ
〔33話は狙いましたね〕
knznymmmy @knznymmmy 3月10日
赤十字のwiki見てたら・・・ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%8D%81%E5%AD%97%E7%A4%BE … 中華人民共和国では「紅十字会」 なんか変なもの連想しちゃうなw 紅?十字?・・・卍字?・・・会? よし!みなさんご一緒に!
knznymmmy @knznymmmy 3月8日
つNATO軍 ちなみに添付はNATOの旗 丸に十字乙!!! pic.twitter.com/I2ZeGuZbMF
電脳の黒マリア @shenfoa_ 6月16日
@knznymmmy @kitsuchitsuchi あぁ…なるほど。 この図形見て分かったんですが、卍は十字の影なんですね。 酒鬼薔薇聖斗も同じシンボル使ってました。
knznymmmy @knznymmmy 5月21日
松濤に統一教会の日本本部があるんだけど 今統一教会のHP開いたらブラウザが固まってワロス ちなみに統一教会も変則ながら丸に十字な pic.twitter.com/CdQZLMN6Pb
knznymmmy @knznymmmy 5月15日
https://www.kahaku.go.jp/exhibitions/vm/resource/tenmon/space/solsys/solsys04.html … オス、メスの記号は火星と金星の記号由来 今日RTした錬金術まとめと同じだな んで丸に十字が地球 丸にチョンが太陽 pic.twitter.com/kw7YR4uXKe
ana @aelouuno 3月21日
"@knznymmmy: @oma0513 それで言うならむしろ赤十字に注目ですな。 天皇家ともつながりますしね。 日本赤十字の代表者は近衛忠輝=細川護煕の弟 名誉総裁が皇后美智子。 更には地図記号としては警察署です。これも丸に十字。 「よつもの」って言葉があってですね・・・"
村手 さとし @mkmogura 2013年9月26日
右翼が中国には人食文化があると言ってますが、昔の日本にも「ひえもん」という漢方薬があり、これは健康な人間の生肝でした。ちなみに、日本で人食文化が一番は薩摩であり、罪人へのひえもん取りを見せ物と新人訓練にしたのか薩摩武士で、そのトップが外国勢力に言われて作ったのが国歌君が代です。
稲葉渉@金曜日東メ23 廃墟探索部 @inabawataru 2013年7月1日
薩摩では、この「集団レイプ婚」や「犬の腹に米ぶち込んで炊く犬食文化」や「処刑人や逃亡兵をズタズタに切り裂いてから殺し、内臓を引っ張りだして食う奇習」がつい最近まであったんやで。それぞれ「おっとい嫁じょ」「エノコロメシ」「ひえもんとり」って言うのや。 鹿児島こええ・・・。
)
・p.459第三巻第十七章
仏教の諸宗派には二つの教義がある。
①学問のある坊主だけが知っている形而下(フィジカ)の秘密の教義で、彼らはそれを真理と考えており、永い年月と、多くの経験を積んだ後にはじめて弟子に伝授するもので、その伝授にあたっても同様に秘密の中で行なわれる。
秘密の教義とは、この世には神の摂理というものはなく、霊魂は肉体を共に終わり、善に対する報いも悪に対する罰もなく、それらの賞罰を与える者も、受ける者もいない、と考える。なぜなら、宇宙の万物は単なる一つの塊にすぎず、互いに相異なる実体や性状の区別のない渾沌(カウス)であって、罪も徳も同じものであり、正と不正の区別もないからである。来世の救済は不可能であり、存在しない。
②大衆的な教義。比喩で説き、第一の教義の象徴あるいは謎のようなものであって、坊主らはこれを仮構のものと考え、第一の教義を理解できない無知な民衆だけを対象としている。この教義では、神や仏という諸神や、善人のための極楽、悪人のためのさまざまな地獄や、悪徳と美徳、善行、特に修道院や坊主らへの寄進や、霊魂が前世に行った罪業と善行によって、いろいろな姿で生まれ変わり、最終的に救われるまで転変すること〔輪廻転生〕などを設けている。
①生き物を殺すな②盗むな③女と交わるな④嘘をつくな⑤酒を飲むな、という五つの掟がある。
坊主らは肉も魚も食べないように見せかけているが、福者パードレ(フランシスコ。恐らくシャヴィエール=ザビエル)はそれがほとんど道理にかなっていないこと、なぜならデウスはすべてのものを人間の生存と利用のために創造したもうたのであり、また口から入って来るものが魂を汚すのではなく、口から出て行くものが魂の清浄さを汚すのであること、ただ功徳のためと苦行のためにのみ食を断つことが出来るのであると説明した。
坊主は裏ではなんでも食べているし、酒を飲むし、少年と邪淫に耽っているし、嘘をついている。
(キリスト教の異教徒=悪魔叩きの箇所で異教=悪魔崇拝の内容が語られていても信用できないなあ。
ロドリゲスはどうやって秘密の教義を知ったの?
来世の救済を求めるなんて、輪廻を輪を外れることが目標なのだからありえないでしょ。
「口から入って来るものが魂を汚すのではなく」からキリスト教は食べ物にうるさくないことがわかります。旧約の食事規定を全然守りませんもんね。
「デウスはすべてのものを人間の生存と利用のために創造したもうた」はキリスト教動物蔑視思想=動物に魂はなく、道具ですね。
クリスチャンで動物愛護運動している人が信用できない理由です。
わざわざ愛護運動しないといけないほどに動物を酷く扱ってきたんでしょ?
ジャイナ教に改宗したらいいじゃないかな。
輪廻思想のほうが動物に優しくできるのでは?)
・p.509註釈
坊主がデウスを大嘘(だいうそ)と言い換えて非難した。
(悪の要素ゼロなのに悪魔を創造した善なるゴッドなんて完全に大嘘じゃん。
ヨブ記おすすめ。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 6月13日
ねこねこ名言シリーズ1「キリスト教が悪魔に乗っ取られたから今は悪行しているだけで本当のキリスト教は善だと主張する前に、悪の要素がない神が悪魔と地獄と異教徒を創造したのはなぜか教えて下さい」
ねこねこ名言シリーズ2「キリスト教は教祖が生贄になったことに感謝する教義なのに、なぜ異教の生贄だけは批判するのですか?」 「ブドウ酒とパンをイエスの血肉として食うのはカニバリズムが元ネタなのでキリスト教は悪魔崇拝ですよね?」 バアル信仰を叩いてるクリスチャン陰謀論者乙www
ねこねこ名言シリーズ3「神智学では世界の創造主として「ロゴス」が君臨しています。ヨハネの福音書でゴッドはロゴスとあるので聖書の神そのまんまです。結局は絶対者ゴッドをどんどん別の言葉で置き換えたり多神教にしてごまかしたりしているだけです。」 カップ麺のパッケージリニューアルだろ?w
ねこねこ名言シリーズ4「思想を悪用する手口や人ではなく、思想自体の正しさ論争に持ち込んで思想の機能を無視してはいけない。「支配層にとって」宗教はあくまでもツール。嘘で操ろうが真実で操ろうが、操ることに変わりはない。真実なら、それで操って殺そうが何しようがやっていいわけではない。」
ねこねこ名言シリーズ5「超越的なもののあるなしではなく、超越的なものに関する思想がどのように道具として使われ、支配されてきたかという、思想の機能を語るのが陰謀論。」 支配者にとっては食べ物だろうが、土地だろうが戦争だろうが宗教だろうがドラえもんの道具のひとつにしか過ぎない。
ねこねこ名言シリーズ6「よって、超越的なもののあるなしにおいては言及しない(存在の否定ではないことに注意)=無記が有効。検証できる=大多数の霊性が低い人々が納得できて再現性があるということ。」 陰謀論は論理学で社会の謎を検証する作業なので、霊性が低くてもOKにゃのだ」)
・p.513 第三巻 第二十章
彼らはこの世にある事物には本質的には区別もなく、肉体的な実体と精神的知的実体の区別もない、唯一の同質的な実体しか認めていないので、人間その他の生物における霊魂は生命活動の根源であり、諸要素あるいは諸特質の生成消滅を調節する物であると考えているからである。
(霊肉二元論の否定。霊と肉は一体)
é/ê, ó/ô:
フェイド大帝 @FeydoTaitei
イエズス会、イエズス会煩いけど、 同じフランシスコでもザビーの 方じゃなくてカブラルの方を 君達はもっと調べた方がいいと思うよ。
ったく、カブラルで検索しても ブログもツイッターもロクなの 出てこないな 重要なのはカブラルの日本人観について カブラルの言葉の引用文なのに 次のブログはカブラルの言葉を引用してる 目ん玉を念入りに アイボンして読めよ? http://www.nichibun-g.co.jp/column/manabito/history/history070/ …
日本理解をめぐる確執 カブラルの言葉を引用
http://www.nichibun-g.co.jp/column/manabito/history/history070/
”アレシャンドゥロ・ヴァリニャーノが来日した時の日本イエズス会は、フランシスコ・ザビエルから30年の伝道成果として、10万人のキリスト者を生むほどに大きな躍進の時を迎えていました。その教線は、南は鹿児島から東は美濃、尾張に及び、長崎、島原、天草、五島、平戸、博多、豊後、山口、京都、高槻、堺、河内、安土等の各地に教会が形成されていました。このような活況を呈して日本伝道の前途は、全日本布教長ポルトガル人フランシスコ・カブラルと都地方長イタリア人オルガンティーノ・ソルドの日本布教をめぐる確執により、閉塞感にとらわれていました。それは、伝道方策の亀裂によるもので、両者の日本人観がもたらしたものです。
ヴァリニャーノは、カブラルの日本像を否定し、オルガンティーノの日本理解に示唆を受け、日本順応の布教戦略を日本イエズス会の方針としたのです。その方策は、日本人の性格を厳しく問い質し、その心に秘めた「邪悪」さに嫌悪感を語るカブラルの日本像より、ある種心地よいものでした。
オルガンティーノは、1577年10月のイエズス会総長宛書簡で多数の宣教師がいれば、「10年以内に全日本人はキリスト教徒となるであろう」と、高らかに宣言し、日本人が優秀であることを力説する一方で、その優秀さの底にある道徳観念がもたらす落とし穴に怯えてます。ここには、先に紹介した芥川龍之介が描いた闇に慄きとまどう姿、日本の神々の微笑がもつ危険な誘惑がかたられています。
この国民は野蛮ではないことを御記憶下さい。なぜなら信仰のことは別として、私達は互いに賢明に見えるが、彼等と比較するとはなはだ賢明に見えるが、彼等と比較するとはなはだ野蛮であると思う。私は真実のところ、毎日、日本人から教えられることを白状する。私には全世界でこれほど天賦の才能を持つ国民はないと思われる。したがって、尊師、願わくは、ヨーロッパで役立たないと思われる人が私達のもとで役立つと想像されること無きように。当地では優鬱な構想や、架空の執着や、予言や奇蹟に耽る僭越な精神はことに不必要なのである。私達に必要なのは、大度と慎重さと、聖なる服従に大いに愛着を感ずる人なのである。
さらに、私は尊師に、住民ははなはだ不品行で、必要な貞操観念をほとんど評価していないので、危険に満ちていることを御報告申し上げたい。私はこれを同僚を疎んじて申すのではなく、堅固な徳操を獲得するよう激励して申すしだいである。されば彼等は当地に派遣されるならば、天使のごとくあらねばならず、その生活の模範によって、この国民を不貞から貞潔の実践へ連れ戻さねばならぬのである。
カブラルの眼
カブラルは、オルガンティーノが怯える日本人の「道徳的」に暗く深い闇に対し、その闇にこそ日本人の本質があらわれているのだという認識をもち、そのような日本人への嫌悪感をあらわにした言動でしめしたのです。
私は日本人ほど傲慢、貪欲、不安定で偽装的な国民を見たことがない。彼等が共同の、そして従順な生活ができるとすれば、それは他になんらの生活手段がない場合においてのみである。ひとたび生計が成立つようになると、たちまち彼等はまるで主人のように振舞うに至る。日本人のもとでは、誰にも胸中を打ち開けず読みとられぬようにすることは、名誉なこと賢明なことと見なされている。彼等は子供の時からそのように奨励され、打ち明けず、偽善的であるように教育されるのである。彼等は土着民であり、彼等には血族的な繋りがあるが、日本におけるヨーロッパ人には、一人の親族があるわけでもない。彼等はラテン語の知識もなしに私達の指示に基づいて異教徒に説教する資格を獲得しているが、これがために我等を見下げたことは一再に留まらない。日本人修道士は、研学を終えてヨーロッパ人と同じ知識を持つようになると、何をするであろうか。日本では、仏僧でさえも20年もその弟子に秘義を明かぬではないか。彼等はひとたび教義を深く知るならば、上長や教師を眼中に置くことなく独立するのである。日本人は悪徳に耽っており、かつまたそのように育てられているので、それから守るためには、主なる神の御恩寵に頼るほかはない。日本で修道会に入って来る者は、通常世間では生計が立たぬ者であり、生計が立つ者が修道士になることは考えられない。
日本人に問われていること
教義を身につけたら外国人宣教師に対して己を主張するようになるとの指摘は、何も16世紀のイエズス会の問題ではなく、近代化のなかでキリスト教を手に入れた日本人キリスト者の言動にみられたことです。日本のプロテスタント教会がかかげた自給独立教会への強き志向、内村鑑三らの言動には、カブラルが危惧した世界につうじるものが読みとれます。かつ修道会に入るのは生計の立たぬ者との指摘には、明治維新後の社会にあって、宣教師の下で英語を習得して世に出るべく開港場に出入りし、宣教師に生活をみてもらい、その支援でキリスト者となることで海外留学への切符を手にいれようとした「ライスクリスチャン」と揶揄された者につらなる世界がうかがえましょう。
カブラルが嫌味をあからさまに問いかけ日本像は、日本、日本人の相貌をとらえたもので、ヴァリニャーノやオルガンティーノの陰画にほかなりません。礼儀正しく、忍耐強い日本人像は、喜怒哀楽を秘めて生きる姿に、傲慢、貪欲、不安定で偽装的な国民とみなさたものにほかなりません。このような日本人の相貌は、16世紀の日本像ではなく、現在も日常的にみられる風景ではないでしょうか。”
フランシスコ・カブラル - Wikipedia
“フランシスコ・カブラル(Francisco Cabral、 1529年 - 1609年4月16日)は戦国時代末期の日本を訪れたイエズス会宣教師。カトリック教会の司祭。日本布教区の責任者であったが、当時のポルトガル人冒険者の典型のような人物で、日本人と日本文化に対して一貫して否定的・差別的であったため、巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノに徹底的に批判され、解任された。”
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AB
フェイド大帝 @FeydoTaitei
イエスが再臨して世界を救うには、 まず世界が滅びてくれないと 成り立たない。 で、世界が滅びるにはヨハネの黙示録 が実現されないと成り立たない。 で、ヨハネの黙示録の獣とか竜が 存在しないと成り立たない。 つまり、悪魔の存在が不可欠な 教義だってこと。
ところが、宣教師達が世界中を旅しても 聖書に出てくるベヒモスやらレヴィヤタン とかどこにもいないわけよ。 さて、困った。どうする? そんな時に極東のチンケな島に 悪魔の様な黄色い猿の種族が 住んでるらしい……
カブラルみたいなお馬鹿さんは正直に 書いちゃった。お馬鹿さんだから。 そりゃ、教会は歓喜したろうさ。 ヨーロッパ人の知らない辺境の地に 格好の悪魔候補生が見つかったのだから。
ヘッセンみたいなキチガイも いい魔王候補なのだが、 奴はヨーロッパ人だから今一 神秘性に欠ける。 それにヘッセン一人と私兵団の お抱え傭兵だけじゃ、大魔王の 軍団としては明らかにショボすぎる。
アフリカの黒人が見た目もヨーロッパ人 と異なる事で良い魔軍候補生だったのだが、 どーも、アフリカ黒人は悪魔に成りきれない。 悪魔適正に欠ける事が分かってくる。
現代の日本を見ても分かるが、 その点、日本の皇族を始めとした 支配層は実に優秀。立派な悪魔の卵だ。 おまけに一般人も低脳な輩が多い。 神秘性も申し分ない。 しかもおまけにチョソの様な 隣国のバカが「ウリの方が上等な 悪魔ニダ!」と良いライバルまで。
後はチョソとリーベンでお互い切磋琢磨 し、お互いの女子力ならぬ「悪魔力」を 磨いてくれればいい。 それに現代は中東の方にもイソラエル という新たな馬鹿も誕生している。
で、ハルマゲドンの日にヘッセンみたいな 馬鹿の大将がコダヤ、リーベン、チョソ 連合を率いて戦争を始めてくれればいい。 企画元の本物のイルミ達は後はサクッと こいつらを平らげて、神の国とか言うのを 作って「壁の外で歯ぎしりザマァーww」 ってやるだけだ
ところがここで計画に狂いが…… どーも、最近、中国の狂産党幹部達が 立派な魔王として著しい成長を 遂げている…… 儒教文化だった頃の奴らは落第生だった のに……なぜ⁉︎……‼︎
もはや知障と呼ぶのも憚れる脳細胞 しか持たなくなった日本の支配層は 激昂する! 「魔王にしてくれるって約束した じゃないですかー‼︎」 pic.twitter.com/OT77fYfk6H
これはもうパニックだ。DQNな日本 支配層にとって、ハルマゲドンの日に この世に本物の地獄を再現するのが かけがえのない楽しみだったのに……‼︎ とっとと憲法を破り捨てて戦争を 始めねば……ッ‼︎ ご主人様に立派な悪魔として認めて 貰わねば……‼︎
残念だが、DQNってのはDQNな思考を してるからDQNなんだ。 だってそうだろ? DQNじゃなければ自分の車の ナンバーに666なんて付けないだろ?w 今回のお話はフェイド大帝の 創作物語だが、決して絵空事でも ないって事を覚えておいてほしい。
むちゑ @muchiwye 6月17日
ヴァリニャーノとカブラルの対立は大変興味深い。いろんな意味で偏っていたフロイス師の記録には詳しく出てこないのも、また興味深い。
みの吉☆戦国武将姫MURAMASA @minokichi_ss 6月16日
カブラルは無骨なところがありマス……武人でしたカラネ…… @KYB_shock ザビエルちゃんもカブラル嫌いなの?
サイコろ @kalliolle 2月8日
カブラル自体が外国人宣教師にもヒかれるごりごりの非白人差別主義者、と言うか「自分以外全部こき下ろして俺スゲーするのが至上の喜び」みたいな輩だと書き残されてるので、現代にいたらあらゆるSNSを駆使してその全部で炎上する手合になってるんだろうな
ファンブラーむゆん´A` @myaejagamochi 2013年9月17日
だから上級なポルトガル人であるカブラルは黒人と同レベルの低級な日本人(ジャポンイス)を区別して取り扱ったんですってよ。それによって日本人が低級な人間として自覚を盛ってくれると信じてwwww
Pierre84 @spaptre 4月17日
@kenkatap 茶通までは持ってる♪ミサの作法に酷似と思っていたが禅宗にとらわれていた隠れキリシタンぜんぶ利休の発明ありえる切腹の謎がとけた御家断絶も
@kenkatap 実は茶会はミサおもしろい知らずにやってる~信長に重用された信長を神とする一神教でも創ろうとしたかそれで茶碗を配った↔秀吉に見破られて抹殺
ken @kenkatap 4月17日
@sakurakouyouhen @spaptre
日比屋了珪という人物を通して、イエズス会と関係してきそうですね
http://members.ctknet.ne.jp/verdure/Christmas/Christmas_6.html …
▼洗礼を受けて洗礼名をディオゴ
▼了慶の屋敷から200mの所に千利休の屋敷
▼50mの所に今井宗久の屋敷
ken @kenkatap 4月18日
『濃茶』の作法=カトリックの聖体拝領の儀式
【朝日 http://digital.asahi.com/articles/DA3S10959214.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S10959214 …
▼武者小路千家の14代家元・千宗守さんが主張
▼宗守さんは94年、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世にバチカンで謁見
▼説を披露、いずれ公になると思うので、待っていてほしいと言われたという
(キリスト教が、日本文化として定着している茶の湯の起源は俺たちだと言って乗っ取ろうとしているのか、本当にキリスト教起源なのか)
戦国の世 @sngkny 2013年7月7日
【細川澄元が堺へ】
1511年7月7日
細川澄元が阿波から泉州堺に入る。
【イエズス会宣教師が堺へ】
1561年7月7日
イエズス会宣教師ガスパル・ヴィレラが堺の商人日比屋了珪に招かれて堺に赴く。
ken @kenkatap 2013年9月29日
茶道とキリシタンの関係
http://www.kitombo.com/mikami/1224.html …
▼茶道の根幹=神道=キリスト教の影響が強い
▼茶道のおける一連の作法が、なんとカトリックの聖餐式とまっ たく同じ
▼飲茶の儀式=隠れキリシタンが行っていた聖餐式がもと
▼千利休=セント・ル カ=隠れキリシタン
ken @kenkatap 2014年2月3日
(文化の扉 歴史編)キリスト教徒だった? 千利休
【朝日 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140203-00000010-asahik-soci …
▼茶の湯の作法に、キリスト教の影響が色濃く投影されているとの説
▼「濃茶」ミサ儀式に酷似
ken @kenkatap 4月17日
わび茶=千利休系統の茶道全体を指す
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8F%E3%81%B3%E8%8C%B6 …
▼珠光の弟子の宗珠、武野紹鴎らがわび茶を発展させ、千利休が完成させたと考えられている
▼ただし、珠光を含め4名は、本人による文献史料がほとんど残っておらず、多くが伝承
▼その茶の本質を知るのは困難
ken @kenkatap 4月17日
武野紹鴎=喫茶文化の国風化に成功
【コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%AD%A6%E9%87%8E%E7%B4%B9%E9%B4%8E-18677 …
▼父信久は11歳の時、応仁の乱で親族を失い,大和国の豪族中坊氏の庇護を受ける
▼同族三好氏の勢力下・泉州堺に移り,武具製造に必要な皮革を商って財をなす
▼軍事面で、指導的な役割を担った
ken @kenkatap 2014年6月15日
今上天皇のご学友=有馬頼底
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E9%A6%AC%E9%A0%BC%E5%BA%95 …
▼京都仏教会理事長
▼臨済宗相国寺派管長
▼有馬記念に名を残す有馬頼寧(久留米藩主)分家正頼男爵次男
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E9%A6%AC%E9%A0%BC%E5%AF%A7 …
▼有馬頼寧=A級戦犯容疑者、巣鴨プリズンに拘置→無罪、釈放
ken @kenkatap 2014年6月15日
有馬頼底=相国寺、金閣寺(鹿苑寺)、銀閣寺(慈照寺)の3か寺の住職を兼ねる
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E9%A6%AC%E9%A0%BC%E5%BA%95 …
イスラエルのネタニヤフ首相、初入洛 金閣寺など視察 京都
【14.5.15 産経 http://sankei.jp.msn.com/region/news/140515/kyt14051502090001-n1.htm …
▼茶道裏千家の千宗室家元から茶
ken @kenkatap 9月1日
表千家=千家流茶道の本家、不審菴=表通り
裏千家=千家流茶道の分家、今日庵=裏通り
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%A8%E5%8D%83%E5%AE%B6 …
▼表千家は紀州徳川家から格別の待遇を受けていた
▼三井家は紀州藩領であった伊勢松坂が一族のルーツであり、それが縁で紀州徳川家とは強いつながり
ken @kenkatap 4月15日
「三千家」=表+裏+分家である武者小路千家
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%8F%E5%8D%83%E5%AE%B6 …
▼千利休の没後
【表千家】三男、宗左、紀州徳川家
【裏千家】四男、宗室、加賀前田家
【武者小路千家】次男、宗守、高松松平家
▼立礼式は1872年の博覧会に際して外国人を迎えるための創案
ken @kenkatap 4月15日
千利休
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E5%88%A9%E4%BC%91#.E4.BA.BA.E7.89.A9.E3.83.BB.E9.80.B8.E8.A9.B1 …
▼身長は180cm、当時としてはかなりの巨躯
https://twitter.com/kenkatap/status/384001864687026176 …
▼茶道とキリシタン
▼千家一門の墓は南宗寺
▼茶道の作法が、カトリックの聖餐式と同じ
▼茶の湯の作法、キリスト教の影響色濃く投影
ken @kenkatap 4月15日
徳川将軍15代のうち、7人に衆道関係
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%90%8C%E6%80%A7%E6%84%9B#.E6.B1.9F.E6.88.B8.E6.99.82.E4.BB.A3.E5.89.8D.E6.9C.9F.EF.BC.9A.E8.A1.86.E9.81.93.E3.81.AE.E7.A2.BA.E7.AB.8B.E3.80.81.E7.94.B7.E8.89.B2.E6.96.87.E5.8C.96.E5.85.A8.E7.9B.9B.E3.81.B8 …
▼中でも三代・家光と五代・綱吉の衆道耽溺がよく知られる
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E9%96%93 …
▼女歌舞伎は売春を兼ね、女性禁止
▼若衆歌舞伎も売色を兼ね
▼専業の陰間を抱える陰間茶屋も出現
Frederich Ⅹ @6thCrusader 4月15日
@kenkatap 日明戦争とはイエズス会企画でしょう
もっと言えば満州国でさえ
U @wayofthewind 2014年7月8日
裏天皇はブラフで、能や千家や秦氏の方が堂々としててあやしい。その裏側が高句麗人脈やマイノリティで、あいだを取り持つのが丹波やサンカではないかと妄想中(笑) @lanekota @ayajet128 @kenkatap @xtraheavy
ken @kenkatap 2013年11月13日
高円宮妃久子さまの母に仏の最高勲章…友好親善に貢献
【読売 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20131113-OYT1T00237.htm?from=tw …
▼鳥取二三子さんは、外交官で、後に国際儀礼の大家と呼ばれた友田二郎氏の長女
▼鳥取滋治郎氏と結婚
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%8F%96%E6%BB%8B%E6%B2%BB%E9%83%8E …
▼香川県出身▼仏・三井物産の社長
ken @kenkatap 2014年5月27日
高円宮家の次女、典子さま(25)と出雲大社の神職、千家国麿さん(40)の婚約が内定
【日経 http://s.nikkei.com/1kG2MWc
▼母の久子さまとともに天皇、皇后両陛下に婚約内定を報告された
▼千家さんは島根県出雲市出身で、出雲大社の宮司を務める千家尊祐さん(71)の長男
ken @kenkatap 9月16日
高円宮妃久子さまの次女、典子さまへご結婚後に1億675万円 皇室経済会議で一時金決定
【産経 http://sankei.jp.msn.com/life/news/140916/imp14091618110002-n1.htm …
▼会議に出席したのは議長の安倍晋三首相、伊吹文明衆院議長、山崎正昭参院議長、宮内庁の風岡典之長官ら8人
▼全額支給することを起立採決で決定
ken @kenkatap 10月4日
初の皇族、婚姻届に島根県出雲市も態勢強化…典子さま結婚
【読売 http://www.yomiuri.co.jp/national/20141003-OYT1T50180.html?from=tw …
▼戸籍を持たない皇族の典子さまは、婚姻届が受理された時点で民間人となる
▼届は、市役所本庁へファクスで送信、本庁で戸籍原本に入力することで婚姻は成立、戸籍謄本が交付できる
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月11日
@suteke999 @noranekonote 宗教統一にキリスト教は邪魔なので、スピリチュアル(神を隠した耶蘇教)に作り変える為の保守派へのみせしめ。でも、バチカンのナチス支援や元ネタのミトラ教という中核には触れない。陰謀論にスピリチュアル(大本教系が布教)を入れて検証妨害。
のら猫の手 @noranekonote 10月11日
@kitsuchitsuchi
昔ねこたさんが「仏教を批判する言説があるけど、朝鮮半島系の儒教道徳の勢力だから警戒しないと」「細木数子もたぶんその勢力のはず」って。色々な勢力図を俯瞰して警戒しないといけないのね。参考になりましたよ。
ねこたさんが「皇族女性が出雲大社の跡取り息子と結婚の件だけど。その出雲大社はキリスト教ぽい。キリスト教的な神権政治に警戒しないといけない」とか。すごい面白かったです。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 10月11日
@noranekonote @suteke999 細木数子は陽明学者の安岡正篤(昭和最大の黒幕)と(無効な)婚姻ができたので創造神否定の仏教は嫌いでしょうね。安岡正篤も弟子の伊與田覺も紅卍字会会員だから大本教✝系。
天台宗の鰐淵寺が出雲大社を管理(神社<寺)。
今は寺<✝神社=教会。
のら猫の手 @noranekonote 10月11日
@kitsuchitsuchi
江戸時代まで皇族は仏教徒で、寺が神社を管理してたのに。明治以降は、キリスト教が神道をでっち上げて、出雲大社もキリスト教勢力の子分で。キリスト教的な神権政治に向かうかもしれんと警戒すべきなのね。参考になります。
キリスト教勢力(創造神、神権政治)の子分が、神道、大本教(とその派生カルト、生長の家とか)、陽明学(朝鮮儒教)、紅卍字で。仏教を批判してる勢力図なのね。
「創造神否定の仏教は嫌いでしょうね」 なるほど! 仏教否定の勢力って、「日本古来の伝統破壊して侵略しようとする外国勢力の謀略」だけじゃなくて、「創造神」「神権政治」 思想の勢力なのね。
た⌘し @meets_tak 1月3日
#SAGEGROUP 歴代まとめ
http://www.sagegroup.jp/japan.rekidai.htm …
土方 久元
・ (1833~1917)
・大日本皇道立教会初代会頭
・元宮内大臣
・臨時帝室編修局総裁 pic.twitter.com/U89uxDlh0i
@meets_tak
千家 尊福
・ (1845~1917)
・大日本皇道立教会初代副会頭
・元司法大臣 pic.twitter.com/xQhViSQ3M0
続き ・当家は天照大神第二の御子天穂日命の後裔で、代々出雲国造、尊福は同5年出雲大社大宮司となり、同17年7月授男爵。のち元老院議官、貴族院議員、文部省普通学務局長、埼玉・静岡・東京の各府県知事を歴任し、同41年司法大臣。 pic.twitter.com/9toxEN6nGT
秋月 左都夫 ・(1858~1945) ・大日本皇道立教会第三代副会頭 ・明治17年7月、司法省法学校卒、法学士、司法省御用掛。明治24年外務省政務局勤務。三島通庸の長女園子と結婚。明治28年帝国大学にて国際法を講義。 pic.twitter.com/LoD9WBjh0l
八阪廉次郎 @yasakarenjiro 10月7日
この度めでたく高円宮家の典子様と結婚された千家國麿氏。その5代前が第80代出雲国造・千家尊福。明治の祭神論争で大国主命を幽界の主神として祀ることを主張するも敗れ、その後東京府知事、司法大臣も務めた。唱歌「一月一日」の作詞家としても知られ、その庶子に白樺派の詩人・千家元麿がいる。
ふじひろd-_-b @fujihiro 2014年5月28日
明治期の千家尊福氏が一代の傑物っぽいけど、あまり知らなかったな。
Wikipedia曰く、
出雲大社宮司である出雲国造家に生まれ、教派神道出雲大社教を創始する。貴族院議員、埼玉・静岡県知事、東京府知事、司法大臣を歴任した。
そして、一月一日の作詞者。
菊池 @kikuchi_8 6月25日
明治政府は廃仏毀釈に繋がる神仏分離令のみならず、神社合祀令まで発令した。古来より受け継がれていた神社仏閣の多くが破却されていった。政府からはじき出された平田神道の系譜は主に在野カルトが吸収し、政府には西洋崇拝の欧化主義・近代合理主義が残る。この両建構造は今に至るまで継続している。
大本教施設が政府から徹底的に破却された大本教事件は近代合理主義と一神教カルトの衝突だったと解釈できる。西欧でキリスト教勢力と近代合理主義勢力が衝突するようなものである。政府=薩長閥の流れに朝鮮人脈が合流し今の自民党政府に繋がる。一方サンカ系の大本教は親欧州反米の勢力となっている。
笹川良一と一緒に統一協会を日本に引っ張り込んだ児玉誉志夫や、自公政権の構成要素になっている創価の初代と二代目の会長が共に所属していたのが大日本皇道立教会という南朝支持の団体であった。創価・統一政権と大本教系カルト勢力の両建構造の根っ子はこの辺から胚胎していたのでは?と考えている。
というのは出口王仁三郎も南朝正統論だったから。王仁三郎は白馬にまたがり信者に自らを「キミヒト様」を呼ばせ、「スサノオの末裔」である自分こそが現世を治めるべき、と考えていたそうだ。サンカ=渡来人説は、太田龍さんの出雲=オロチョン族説と合わせると興味深い。いつも何故かスサノオなのだ。
【大日本皇道立教会】引用:中山忠英(父親は中山忠伊卿)が初代会長に就任し、大隈重信、一木喜徳郎、牧口常三郎、戸田城聖、数名の華族により構成されている。後には児玉誉士夫も加入。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%9A%87%E9%81%93%E7%AB%8B%E6%95%99%E4%BC%9A …
カァコ @onigiri3_ 4月18日
大日本皇道立教会は、南朝を正統としその皇道に沿った教育を行う趣旨の元で1911年に創立された。中山忠英(父親は中山忠光)が初代会長に就任し、大隈重信、一木喜徳郎、牧口常三郎、戸田城聖 後には児玉誉士夫も加入。 後に、大日本皇道立教会を母体として、創価教育学会が創立された。コピペ
風の子 @makeanovel 3月2日
統一教会はCIAのための直属の集金カルト
国家神道の設立と、それらと調整する役&実行部隊としての日蓮宗、そして南朝のための教育機関(つまり神道の天皇)から、創価学会は生まれた。起源が大日本皇道立教会
日本の多宗教文化の裏の真実
http://www.mkmogura.com/blog/2013/09/1/1389 …
中尾 綾 @ayajet128 2月24日
@blowback2020 @kikuchi_8 via x_pq_x:
岸信介元首相も二代目の会長戸田城聖氏と親しく、晋太郎元外相は池田氏と懇意。選挙で学会から支援を受けた。
次男、故・池田城久氏と安倍晋三は成蹊高校時代の同期生 pic.twitter.com/2NlHfbdTyc"
菊池 @kikuchi_8 2月24日
@ayajet128 @blowback2020 ご教示ありがとうございます。岸信介・安倍晋太郎の時代からこの一族は統一だけではなく創価とも昵懇だったのですね。創価・統一政権の根深さを感じます。創価の初代会長牧口常三郎と二代会長戸田城聖は大日本皇道立教会のメンバーだったようです。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi
猫太”とある魔術ってあれ、かなり耶蘇教が強くて嫌いなのですよねー。とある魔術は英国国教会の耶蘇教の暗躍をみてるような、そんな暗躍を感じます。まだニノ国が耶蘇教臭くない。まあ創価ですが”
創価の母胎は大日本皇道立教会=キリスト教製の偽皇室。
創価はキリスト教(聖教)と偽天皇の手先。
フランクリンが設立したのがAPS(American philosophical society )。アメリカ哲学協会。アメリカ哲人結社とも訳せる超絶重要団体。
SAGEグループ(大日本皇道立教会が母体。バチカンの紐付き陰謀論者集団)を訳すと哲人結社。キリスト教を利用した哲人政治。
SAGEグループ(大日本皇道立教会系)の陰謀論者は黒幕を耶蘇教にしない。
↓全てキリスト教+大本教+紅卍字会+大日本皇道立教会派生。
自民党=ワールドメイト+生長の家+神道政治連盟。
民主党=ワールドメイト+生長の家+スピリチュアル。
公明党=創価学会(大日本皇道立教会が母体)。
J・ナナミ @pinkglalem 9月3日
陰謀論は自然発生したモノではない。意図的に作り出されてる。目的は常識的に考えればオカシい事をおかしいと指摘する人に“非常識”のレッテルを貼る為。...「王様は裸だ」と言ってしまう空気の読めないガキがいては困る。...だから、今は、常識と非常識が見事に逆転してるでしょう...?
@pinkglalem 逆転している常識と非常識の説明を取り繕わなければならない。シンプルで誰にでも分かり易い「ユダヤの陰謀」とか...陰謀厨や陰謀論者はカルト出身のメンヘラばかり。...別に不思議なことではないと、最近気が付いた。
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 9月4日
@pinkglalem 陰謀論のタブー。
・ユダヤ陰謀論はキリスト教の伝統思想。
・選帝侯(キリスト教)がユダヤ(キリスト教製の銀行利権名)を管理した。
・メーソンはキリスト教の科学と異教弾圧が産んだ。
・日ユ同祖論は仏教徒の天皇を隠す為。
・大本教、紅卍字会、大日本皇道立教会。
@narukemist キリスト教国家の服を着て、キリスト教の暦(西暦)を使い、キリスト教の神学校がモデルの学校制度で学び、アイドルは処女というキリスト教道徳に騙され、キリスト教原理主義のアメリカに逆らえない国で暮らしていることを意識できない程に巧妙に支配されているよって言おう!
説明には段階が必要。一週間七日で日曜日が休みはキリスト教思想だとか身近なところからね。ユダヤ陰謀論は全てユダヤのせいにするキリスト教の伝統だとか、神道も神前結婚式も仏前結婚式も金剛峯寺も明治以降にキリスト教が捏造した偽の伝統だといきなり伝えてはいけないよ。
ken @kenkatap 4月1日
ラッセル商会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%AB%E5%95%86%E4%BC%9A …
▼上海に拠点、横浜に支店
▼阿片輸出と生糸と茶の輸入
▼著名人
・W・ハンティントン=イェール大内スカル・アンド・ボーンズ創設
・W・デラノ・Jr=F・ルーズベルトの母方祖父
・J・マレー・フォーブス=J・ケリーの曽おじ
Ikuo Gonoï @gonoi 4月6日
⑦ジョアン・ロドリゲス、1634年『日本教会史』: 「蝦夷Yezoと呼ばれるタルタロスの島は、津軽公がそこに一部の土地を持っており、津軽公に臣属する土着の日本人領主が所有している日本人集落が二つあるため、部分的には日本に属している」(マカオ版1956. pp. 102~103.)
何が言いたいかというと、アイヌの話をするんだったら「ローマのイエズス会公文書館の史料に目を通してから語れよ」とか「J.ロドリゲス『日本教会史』の マカオ版当たったの?」とか、「北海道中フィールドワークしてからな」などと、史学や国際関係史の専門外の方に求めるのは、まあ野暮というもの。
竹村玉翠園本舗(京) @takekyou24 3月31日
@kinkin_s マルコ・ポーロの飲んだのは、中国のお茶なので、覆下では無いはずですし、日本で覆下が開発されるのは、安土桃山時代のちょっと前と言われています。 覆下が文献に出てくるのは、ジョアンロドリゲスの日本教会史が初出です。今んとこはね~。
霧生典子 @norikokiryu 11月21日
決定的だったのが、畑に覆いを被せて栽培する覆下茶園の工夫だった。イエズス会宣教師ジョアン・ロドリゲスの「日本教会史」には、「茶園なり畑なりで、その上に棚をつくり、葦か藁かの蓆で全部をかこい…」と、現在に通じる栽培法が紹介されている。日光を遮ると、新芽は光を求めて薄く広がるとともに
高田ゆうき @balicpapan 2014年6月6日
ロドリゲス「日本教会史」上巻は、教会とは無縁の「日本に行ってみた本」なのです。外国人がみた京都なので当時の人には当たり前すぎることがちゃんと書いてある。洛中の風呂屋は法螺貝で呼び込みするとか、草履取りは傘も持ち歩いてるとか、奏者(多分幸村がやってた仕事)は常にノート持ってるとか。
「日本教会史」の上下巻のうち「下巻」は、8割は教会のこと、2割は筆(ロドリゲスにはおもしろいらしい)、日本の刻の数え方をかいてあるだけなので、私 にはおもしろくないです…。上下のセット売りだったからいたしかたなし。図書館でぱらよみするなら上巻だけでいいとおもいます〜。
中世の古文書 @kojima_sakura 2014年5月
ロドリゲスは、日本大文典・小文典の他に、『日本教会史』という本も書いていて、これがまたすごい。「教会史」の部分は実は半分もなくて、基本は日本文化の紹介。参与観察による文化人類学のモノグラフそのものです。1634年に死ぬまで書き続けた稿本が、岩波の『大航海時代叢書』から出ています。
『日本教会史』の宴会についての叙述は、日本の食の歴史を書く上で不可欠なんですね。「信長や太閤のころ」茶会の影響で発達した料理によって、大饗以来の 伝統とも言える冷たく見るだけの料理は捨てて「暖かくて十分に調理された料理が適当な時に出され」るようになり、「大いに改善」されたそうです。
ジョアン・ロドリーゲスの『日本教会史』、酔っ払い文化の叙述が秀逸です。「すべての宴会、遊興、娯楽は、さまざまの方法で度が過ぎる程酒を強いるように 仕組まれており・・多くの者が完全に前後不覚になってしまう・・祝宴や遊興において酔っ払うのは無礼なことだとは思われていないからである。(続
承前)その宴会を開いてくれた家の主人に敬意と好意を示し・・接待を喜ぶ気持ちを表そうとして、生来飲めない者までも飲もうと努める・・飲める人のように 振る舞って、このような儀礼に順応していく者も多い」(第26章 訪問客に対してなされる主要な第一の礼法である酒と肴で招待する方法について)
「泥酔に陥った時、その飲みっぷりの強く勇ましい元気さを話題にしてほめ・・皆と張り合って怯みも負けもしないで飲む。・・まるで戦場か個人の決闘かに赴 いた時のように、飲むことを挑戦してきた相手に負かされないのを立派だと思って、このような技倆を身につけるのを誇りとする」(ロドリゲス同前)
ロドリゲスの酔っ払い文化論 続「大酒を飲むように勧めるために、悪魔が日本人に教えた数々の工夫や方法を見ると、甚だ驚くべきものがある。生来ほとんど飲まない者にさえ飲むことを強 制することがしばしば・・その言訳を聞き入れてもらえないで、身の健康を害してまで飲まねばならない場合もある。
承前)このように他人に飲むよう勧めるためには、数多くの方法と、酒をさらに飲みたくなるように刺激し、食欲をそそる食べ物である珍しい肴sacanas の種類を考え出す・・飲みたい者は、口を付けた盃をある人のところに持って行く。その相手はその盃を受けて飲むことを体面上拒むことができない。
ロドリゲスによれば、「この酒の飲み過ぎと飲酒癖の悪習は、ほとんど全アジアに共通」だそうで、酔っ払うのを無礼としない、というくだりは、中国人と日本 人について述べたものです。共に酔っ払うこと=「へべれけ共同体」を作るかどうかというのは、文化の型を考える上で興味深い問題かもしれません。
ロドリゲスは1610年にマカオへ追放された後、中国語と中国文化にも通じ、『日本教会史』もそこで書かれたので、日中比較があるのも興味深いです。日本人との「つきあい方マニュアル」としては結局役に立たなかった、というのは少しせつないですね。現代の歴史屋には大いに役だっているわけですが。
ロドリゲスは、秀吉や家康の覚えが大変よかった。これだけ日本の言葉や礼法に通じている異人は、それだけでも「愛(うい)やつ」になるでしょう。まさに語 学の天才なのですが、ところが、地方の出身で、なんとポルトガル語の作文が苦手。訳者も苦労されたそうです。案外、そんなものかもしれません。
酒は、私は「生来ほとんど飲まない」方なので、戦国時代に生きるのは無理です。もっとも、飲めたとしても、あんな飲み方では長生きはしないでしょうね。中世の武士で、黄疸が出て死んだというと、薬剤性の肝障害=毒殺を考えるのですが、飲み過ぎもあるかもしれません。
茶 @syorenan 2014年5月14日
【日本教会史】 宣教師ジョアン・ロドリゲス(Joao Rodriguez, 1561-1634)が『日本教会史』のなかで記述した、宇治における碾茶の製法とも基本的には同じ。
お茶と食料雑貨[ラサ] @lasahJP 2013年2月23日
1577(天正五)年、イエズス会の宣教師であったポルトガル人ロドリゲス(Girao Joao Rodriguez)が来日。『日本教会史』の稿論をのこす。この中に茶の文化史についての記載があり宇治で覆い下栽培が作られているといった記述もある。
お茶と食料雑貨[ラサ] @lasahJP 2013年2月24日
昨日も書いたが天正五(1577)にイエズス会のポルトガル人宣教師ファン・ロドリゲスが来日して『日本教会史』を書いたがその中に宇治で覆下茶が作られているとの記載あり。同じ年、武野紹鴎の門下であった武将茶人の松永弾正久秀が戦没し、織田信長に所望された平蜘蛛の釜を討ち割り供に火中した
ことり @ydatui 2月28日
宣教師側の右近の茶の湯についての記述はロドリゲス『日本教会史』第一巻に記してあるそうです。右近が日頃からキリスト教徒に対して茶の湯が大変役立つ、と言っていたこと、茶室の中に祈るための肖像を置いていたこと、習慣として茶室で瞑想していることが記されています
中島千賀子(無稽会) @mukeikai 7月22日
天文12年1543年 ザビエル来日 慶長20年1615年 キリシタン大名 高山右近フィリピンで死去 昭和23年1948年 長崎でザビエル渡来400年祭 平成27年2017年6月25日 没後400年 バチカン牧師が右近生誕地訪問 7月22日 戦後70年フィリピン残留日本人2世会見
えのき@オッサン @enochtheos 7月22日
@phan_tomcat 高山右近は最近カトリックで列聖列福運動が高まってるのと、昨年の大河ドラマの「軍師官兵衛」で主人公の黒田官兵衛をキリシタンへと導いた人物として描かれていたので、自分の中ではよりキリシタンイメージが強いですね…なおドラマでのこにたん
仏像紹介BOT @butsuzobot 7月12日
本行寺キリシタンの秘仏:日蓮宗寺であるが、戦国から江戸期にはキリシタン信仰の隠れ寺として機能した。この地を支配した前田利家はキリシタン大名・高山右近を加賀に迎え、修道所を設けて北陸での布教を支援した。禁教後も当寺は南蛮文化を伝えた。 pic.twitter.com/HVQfUA2VnK
戦国史bot @bot_1059 6月27日
ガラシャ ……… 1563~1600 細川忠興の正室。明智光秀の娘。本名は玉。父が本能寺の変を起こしたため忠興に離縁されるが、のち復縁。高山右近の影響でキリシタンになる。関ヶ原の戦いの際、石田三成に人質に取られそうになるが拒否。屋敷を軍勢に包囲され、家臣に胸を突かせて絶命した。
フランシスコ @101NewLifeNet 2012年4月4日
高山右近は、千利休の七人の弟子の一人でした。茶の湯の道の草創期、利休の弟子の中にはキリシタンが多く関わっていました。日本の歴史家にはタブー視されているようですが、茶の湯の所作とミサの所作の印象がとても似ていることは、日本のカトリック教徒の間では、よく語られることです。
萩の殉教福者熊谷元直 @hagicatholic 2014年3月30日
サビエルが1549年に日本渡来、キリスト教を初めて九州・山口で伝えた。イエズス会神父が近畿で宣教。約20万人のカトリックがいた。茶人七哲の高山右近・蒲生氏郷・古田織部・牧村兵部たちキリシタン大名もいた。黒田官兵衛も茶の湯の交流で天正12年(1584年)に受洗。洗礼名はシメオン。
J・ナナミ @pinkglalem 10月28日
#黒田官兵衛 をなぜ犬HKがドラマにするか...?黒田孝高は #イエズス会 のバックアップを得ていた。黒田が庇護していたキリシタン大名の明石氏の末裔が #明石元次郎。 #北朝鮮 と #台湾 の建国に携っている。コレは陰謀論でもタブーなのね。#紅卍字会
【キリシタン大名まとめ】受洗年・洗礼名
大村純忠・1563年・バルトロメオ
高山右近・1564年・ジェスト
小西行長・≒1569年・アグスチノ
大友宗麟・1578年・ フランシスコ
黒田官兵衛・1583年・シメオン
蒲生氏郷・1585年・レオン
#軍師官兵衛
田野英二 @t_rantan 1月10日
キリスト教の茶の湯への影響 http://bit.ly/1w6Qury
↑ こちらの考察は興味深いですね。堺商人であった千利休と、堺から入ってきたキリスト教。千利休の弟子である高山右近。キリシタン大名の隆盛、そして、禁教、迫害。それらの関係性?
風の子 @makeanovel 4月8日
きゃりーぱみゅぱみゅと、あとパヒュームも仄めかしが指摘されてるけど、両者のプロデューサーの中田ヤスタカが結社員かも?説もありますよね。中田ヤスタカはキリシタンな金沢出身で、北陸新幹線開業で、金沢駅の発車音の制作とかも任されてた。 https://twitter.com/goma311/status/585689969638952960 …
ごま @goma311 4月8日
@onigiri3_ @makeanovel @ayajet128 @Jd805 ご存知かもしれませんが、きゃりーぱみゅぱみゅの「つけまつける」https://www.youtube.com/watch?v=NLy4cvRx7Vc …のPV、なんとも気持ち悪い世界観です。仄めかし満載っぽいです。わたしは殆ど気付けませんが。
風の子 @makeanovel 4月8日
キリシタン高山右近を金沢にかくまっていたし、前田利家もまつもほんとはキリシタンだったと根強い噂?が。金沢の尾山神社っていうのはステンドグラスがはまってて、どう見てもキリスト教の教会でしょみたいな感じ。今も中心街にドでかい教会が知ってるだけでも2つありますね。 @goma311
風の子 @makeanovel 5月4日
前田家が高山右近をかくまって金沢に住まわせていたというのと、利家もまつも洗礼を受けたがっていたほどのキリシタンだった説は金沢の人からも聞いたことがあるので、ただの陰謀論ってわけじゃなさそうですね。金沢は大きな教会多く、ミッション系幼稚園だらけでもあるなと @nekonomatu
風の子 @makeanovel 5月29日
金沢出身のフォロワーさんと、市役所並びの一等地に巨大な教会があるという話題をこないだしてたんですが、加賀藩が保護した形で金沢に移り住んできた高山右近が住んだのが市役所の反対側の隣の金沢21世紀美術館のあった場所らしいです。だから今の教会のある場所も当時から関係ある土地だったかも?
高山右近は、外国人宣教師たちによってキリシタンとなった高山飛騨守の長子。右近は、高槻城を開城せねば都の宣教師を殺すとつきつけてきた織田信長の下へ。事態は好転して再びキリシタン大名として領地を治める。
秀吉が1587年に「伴天連追放令」を出して、加賀藩1代当主利家からの招きを受けて「耶蘇宗の一ヶ寺建立くだされば参るべし」との条件をだし、利家がそ れを受け入れて金沢にやってきたと。だからその時点で、金沢にキリスト教の教会はできたということで、右近の住居は21世紀美術館。今の教会付近
利家の死後、2代目利長が家康に謀反を?という嫌疑がかかったとき、右近が当時大坂の家康に弁明にでかけたりしてる。こういう感じで利長の信頼を得ていっ たのかしらん?あと利長が割と早く利常に家督を譲り、富山にうつったことは書いたが、金沢の支配権まで譲ったわけではなかったそうだ。
金沢にいる右近が、富山に隠居したとはいえ実権を握る利長の右腕みたいなかんじで重要な政務をこなしていたみたい。右近は元々高槻城主だったので、こういうのは得意だったらしい。で、このふたりの信頼関係のなかから、利長もキリスト教に興味を持っていく感じなのかな。
利長がキリスト教を家臣に奨励しており、さらに自分の母(利家の妻、まつ)や、姉妹にもキリスト教の説教を聞き、洗礼を受けるようにすすめたそうだ。だか らまつが洗礼を受けたがったというのは、2代目の息子の利長の影響。まつは心を動かされて説教を聞くためにわざわざ当時都から大坂へ出向いた。
利長があまりにも手放しでキリスト教に好意を寄せるので、右近が困惑するほどだったという。自分はすでに半分キリシタンである、などと語るので、キリシタン嫌いな武士たちが不都合なことをしでかさないために、右近が話題を転じる必要があったことすらあったという。
これらは、「キリシタンの記憶」木越邦子(桂書房)に書いてあったことをまとめたものです。まだまだ興味深いことがたくさん載ってたので、また少しずつ紹介してみたいです。
この「キリシタンの記憶」というのは金沢在住でキリスト教徒で金沢の教会に勤務されてる著者が、これまで調べたことなどをまとめた本だそうで、陰謀論とかではなく、むしろ熱心なキリスト教徒の方の書いた本なので、トンデモとかではないですね。
当時の外国人宣教師がローマのイエズス会本部に送っていた年報によれば、1601年金沢にきた外国人宣教師は右近の費用で建てられた教会で120名の洗礼 を授けたが、そのうちの13名は利長の家臣、その後51名の洗礼のうち24名がやはり利長の家臣だった。間違いあったので再ついーと。
しかし故郷富山県西部のゆるキャラといえば、利長くん、その利長くんががキリシタンだったとはねーーーー!!
ここからは妄想。NHKの朝ドラ「まれ」は能登半島が舞台。能登の七尾市出身の世界的に活躍してるというパティシエ辻口氏が番組でお菓子の指導をしてると か。ところで高山右近は国外追放されてマニラで病死したのが表向きだが、能登には密かに生きてて帰国した右近とかその子孫が?という伝説も残る。
木越さんの本「キリシタンの記憶」で紹介されていたが、七尾のキリシタンゆかりの寺、七尾本行寺には、胸元に隠し扉がついてて、あけるとそこに十字架が現 れる仏像などが残っている。右近かその子孫が能登に戻ってきた説はまだミステリーでこの木越さんも調査中らしいが、隠れキリシタンがいた土地かも
朝に連続ツイートしてた、キリシタン関係の話の続きで、これが能登のお寺に残ってるという、胸部を開くと十字架が隠されているという仏像の写真~^^; pic.twitter.com/15pU2ApOcz
目覚め Пробуждение ♂ @cintamani_dhatu 5月30日
日蓮坐像の胸部を開くと十字架が… “@makeanovel: 朝に連続ツイートしてた、キリシタン関係の話の続きで、これが能登のお寺に残ってるという、胸部を開くと十字架が隠されているという仏像の写真~^^; pic.twitter.com/1qIfA2pAHP”
(日蓮宗は仏教の中で一番一神教に近いから、隠れキリシタンが名乗りやすいです。
神道も隠れキリシタンが信仰していると偽装している宗教。
今も隠れキリスト教徒が表向きは神道家を名乗っている場合があります)
風の子 @makeanovel 5月30日
まあキリスト教黒幕説を知った今となっては、ずーっとイエズス会とのつながりのあった高山右近が暮らした場所なので、なにか根城としてバックアップを受けていたんじゃないかという気もします。江戸がかなり耶蘇教を弾圧した後もそれは続いたかもですね?妄想ですが @usagi_mochi22
そうだ、金沢は茶の湯が盛んというのも、千利休の七高弟の一人、高山右近が持ち込んだ感じなのかもですね。文化を政策とすべしっていうのも、そもそも右近の入れ知恵だった可能性もありますね(それをいろいろ目くらましにしたのかもなー。鉄砲作るのがメインで) @usagi_mochi22
風の子 @makeanovel 5月31日
3代目利常(1代目利家の子で、利長とは異母兄弟みたいですね)は確かに馬鹿殿のフリをしてた伝説がありますね。江戸からなにかと目をつけられていたのでそういうので目くらましだったのでしょうかね。これも右近(キリスト)の智慧かと邪推 @nekonomatu @usagi_mochi22
風の子 @makeanovel 6月25日
わー、400年前の功績が讃えられて(日本侵略の礎?)高山右近が今、ローマ法王庁から「福者」とかいうのに認定されるの?そんなこともあって右近のいた金沢とかゆかりの能登が持ち上げられてるのかな。ドラマ「まれ」は能登。隠れキリシタン聖地? https://twitter.com/onigiri3_/status/614035087009538048 …
カァコ @onigiri3_ 6月25日
.@navylovesong 「ローマ法王庁 高山右近を「福者」認定へ」新聞記事のほうが詳しくかいてるね。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150625/k10010127421000.html … pic.twitter.com/Q7yZTcu0hW
風の子 @makeanovel 6月25日
右近没後400年に合わせて北陸新幹線も開業したんだったりしてね。。でも右近はマニラで死んだことになってるけど、密かに生きて帰国して能登で生きてた伝説も能登にあったりするらしい。七尾のお寺に案外いたとかね。七尾には「まれ」でお菓子の指導してるパティシエ辻口氏の実家の和菓子店がある。
全国の旅館で、旅行業のプロが選ぶNo.1にずっと選ばれ続けてる能登の旅館「加賀屋」もこの七尾にあります。この加賀屋が経営を任されている辻口氏のパティスリーが能登と、金沢市内にある。
辻口氏のお店は自由が丘にある本店が有名だし、パティシエの世界大会とかで優勝してて、世界的に活躍してる日本人パティシエの第一人者的な人なんじゃないでしょうか。。
能登の出てくるドラマ「まれ」のみならず、北陸新幹線でやたら金沢ブームだというし、金沢の星稜高校出身の松井、そしてホンダがACミランっていう、イタリアの名門チームにとか、あとはこの間の高校サッカーも星稜が優勝とかももしや?とか思っちゃうわ^^; @makeanovel
能登の七尾にある、例の仏像の中に十字架が隠してあるやつがあるお寺って、もしものときのために建てられてて、江戸が本格的に耶蘇教を禁止したとき、金沢の信者が密かにみなその七尾のお寺に逃げて匿われたんだと。それからひっそりずっと信仰を?前田家も実は?とかね。 @makeanovel
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 12月1日
@noranekonote 高山長房:日本・バチカン友好親善協会全権特命大使。 高山右近大夫長房16世。高山右近はキリシタン大名。 第59代宇多天皇家35世代。宇多天皇は菅原道真(南朝が重視)を重用。 あなたの言う悪の爬虫類人は偽皇室とバチカンであり、あなたも仲間?と質問したい。
変な外科医 @spec_z 2月11日
佐藤某との共同セミナー開催者、高山 清洲 (高山長房)の公表プロフィールについて。 第59代宇多天皇家35世代。高山右近大夫長房16世。第59代宇多天皇家旭日会総裁。第123代大正天皇家扶桑会総裁。
のら猫の手 @noranekonote 12月2日
@kitsuchitsuchi 「高山長房」? 誰?って検索をしたら又ものすごい新キャラですね! 『人類への警告III ドラコニアンvsレプティリアン これが<<吸血と食人>>の超絶生態だ!』ヒカルランドw それでいて天皇と大名の子孫で! 竹田平民より強烈!
「悪の爬虫類人」をとなえるのって、欧米からのバチカン、キリシタン人脈ばかりなのね。高山長房もそうなのね。天皇やキリシタン大名って名門の子孫というのがなんとも。面白い情報ありがとう。もう強烈!
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi 12月10日
@oma0513 神智学、スピリチュアル、ニューエイジ、宇宙人説、出口王仁三郎の霊界物語、大本教系の日月神示の元ネタが北欧貴族のスウェーデンボルグ(クリスチャン)。
太田龍: #ユダヤ陰謀論 はバチカンの伝統だと見抜けていない。
高山長房:日本・バチカン友好親善協会全権特命大使。
sakhalinsk'15 @sakhalinsk2 4月9日
金沢がキリシタン都市で中田ヤスタカも松井秀喜も本田圭佑も世界的な活躍をしているのはキリスト教系の結社のおかげで尾山神社のステンドグラスも教会建築っぽいし前田利家は高山右近を匿っていたから隠れキリシタンなのが証拠だっていうすごい電波を受信しましたよ((((;゚Д゚)))))))
ともこ @zuuutomoko125 3月22日
前田利家とお松が祀られている尾山神社。ステンドグラスがあしらわれて和洋折衷な作りの素敵な神社。てっぺんの避雷針は日本最古だそう。 pic.twitter.com/Twfp3xerfn
茶の湯におけるキリシタン受容の構図
http://www.h4.dion.ne.jp/~js.maeda/chayutochristian.html
” 「その比(ころ)、天下に御茶湯仕らざる者は人非仁に等し。諸大名は申すに及ばず、下々洛中洛外、南都、堺、悉く町人以下まで、御茶湯を望む。その中に御茶湯の上手ならびに名物所持の者は、京、堺の町人等も大和大名に等しく御下知を下され、ならびに御茶湯座敷へ召され、御咄(はな)しの人数に加えらる。この儀によって、町人等、なお、名物を所持す。」
天正16年(1588)、山上宗二(1544~1590)は師と仰ぐ千利休(1522~1591)の秘伝を書き留めた『山上宗二記』の中で、16世紀の茶の湯の流行の様子をこのように記した。「数寄の覚悟は禅宗を全と用うべきなり」、「惣別、茶湯風体、禅宗よりなるにより出で、悉く学ぶ。」と書き、大徳寺の伝統を伝える南宗寺に集う茶人たちの規範となっていた。
龍興山南宗寺 唐門 茶室 実相庵 茶道具
十六世紀という時代の背景は、応仁・文明の乱(1467~1477年)後の世相を引きずって、まだ、戦乱の絶えない激しい群雄割拠の世相にあり、そのような中、天文19年(1550)12月イエズス会宣教師フランシスコ・ザビエル(日本滞在:1549~1551)によりキリスト教という異文明が衝撃的に堺の港に上陸した。
聖フランシスコ・ザビエル上陸の地芳躅碑(堺市櫛屋町) 南蛮渡来図 襖絵(西本願寺堺別院)
イエズス会宣教師ジョアン・ロドリ-ゲス(日本滞在:1577~1610)は「数寄と呼ばれるこの新しい茶の湯の様式は、有名で富裕な堺の都市にはじまった。その都市は日本最大の市場で、最も商取引の盛んな土地であり、きわめて強力なので、以前には、信長および太閤までの時代には、日本の宮都と同じように、長年の間、外部からの支配を認めない国家のように統治されていて、そこはすこぶる富裕で生活に不自由しない市民やきわめて高貴な人たちが住んでいる。彼らは相次ぐ戦乱のために各地からそこに避難して来ていた。その都市で資産を有している者は、大がかりに茶の湯に傾倒していた。また日本国中はもとより、さらに国外にまで及んでいた商取引によって、東山殿のものは別として、その都市には茶の湯の最高の道具があった。」と、日本の茶の湯の文化をヨーロッパに詳細に紹介した。
堺市役所高層館1階 壁面画 住吉祭礼図屏風 江戸時代初期 (原画は、堺市博物館蔵、堺指定有形文化財)
日本人キリシタンの柱石で、有能な戦国大名でもあった高山右近は、禅宗の一様式と言われた茶の湯をたしなみ、千利休の高弟七人のうち2番目に数えられるほど茶の湯の世界に受け入れられた。その後、牧村長兵衛、蒲生氏郷および織田有楽など利休七哲に数えられた茶人で大名でもある3人が洗礼を受けキリシタンになった。
十六世紀、世界的な大航海時代の潮流の中で、日本文化の規範である茶の湯が戦国時代の混乱期に異質なキリスト教文明とどのように向き合い受け止めていったのか、茶の湯文化の側面から茶の湯に関する史料として評価の高い『天王寺屋會記』とイエズス会宣教師報告書にキリシタン受容の構図を追ってみた。
『天王寺屋會記』の書き出しは天文17年(1548年)12月に始まり、その翌天文18年(1549)6月24日、三好長慶が「江口の戦い」(現の大阪市東淀川区)で仇敵・三好政長を倒し三好政権を樹立した。さらに、ほぼ時を同じくして天文19年(1550)12月上旬、キリスト教宣教師フランシスコ・ザビエルが都を目指して堺に上陸した。
五畿内におけるキリシタン受容の背景
『天王寺屋會記』は、元亀年間(1570~1573年8月)以前の三好政権時代に続き、天正年間(1573~1593年)の織田・豊臣政権時代に大別され、キリスト教の到来による茶の湯におけるキリシタンの軌跡を記録していた。
三好長慶に始まった三好政権は、管領を前提としない武家政権として成立し(1549年)、流通経路の要所を押さえる地域型の政治を行い、堺商人を茶の湯を活かし西国大名に対する外交政策の担い手と位置付けた。堺に三好一族の宗廟として大徳寺派の伝統を受け継ぐ南宗寺を建立し、茶の湯大成の拠点となった。
都を目指したキリシタン宣教師の上陸地となった堺の港近くに住む堺商人・日比屋了珪は、キリシタン宣教師の活動拠点として自宅を提供し(1561年)、献身的な支援の一方、自宅にもつていた茶室を通して茶の湯の文化が堺で大成し、日本の武将や商人など富裕層の多くの交流の場として活かされていることを伝えた。
宣教師が堺に滞在中、多くの人が聴聞に訪れたが、「その人たちはいずれも他郷の人たちで、堺の住民ではなかった。(堺の住民は)思いのままに悪習に(耽っており)倣慢不遜であって、主なるデウスが(恩寵という)宝を授け給うにまったく値せず、また(彼らはそれに与れるだけの)能力もなかった」と宣教師の間では堺の住民に対する評価は悪かった。
深野池より飯盛山を望む 飯盛山城跡からの展望
三好政権の政治戦略で摂津国および河内国が栄え、河内国では最高の権力者の一人松永弾正久秀(霜台)の有能な家臣・結城山城守進斎忠正と外記(太政官)・清原枝賢がヴィレラの説教を聴き洗礼を受けてキリシタンになったのが大きな反響を与え、飯盛山、岡山、三箇、砂、若江など河内国の武将や住民の多くが洗礼を受けキリシタンになった。この時、松永弾正久秀の命により沢城主になっていた高山厨書も当時12歳であった高山右近を含め家族ともども洗礼を受けキリシタンとなった(1564年)。最盛期には、河内国および摂津国のキリシタンは4万人に達した。
織田政権も同じく、交易拠点の支配に重点を置き、安土や摂津を重要拠点として国づくりを行った。織田信長は、茶の湯を政道と位置付け武将に対して許可制にした。茶道具狩りをおこなって名物を一個一城の知行同等と価値づけ権力に結び付けた。
1573年、織田政権下で政治的に重要拠点である高槻城主となった高山右近は、主従関係にあった摂津国主・荒木村重から茶の湯の手ほどきをうけ千利休を紹介され師事した(1577年)。織田信長からは荒木村重に続いて茶の湯を許された。
高山右近は、荒木村重が織田信長に対して謀反を計画した時、家族を人質に出してまで引きとめにかかったが失敗に終わった。意を決し自ら高槻城主を辞して信長の勧告を受け入れ、単独で織田信長のもとに下りキリシタン宣教師や信者を救済する道を選択した。神仏を否定し、キリシタンに関心を持って布教に理解を示していた織田信長は高山右近の行動を高く評価し、荒木村重討伐後、再び高山右近を高槻城主に安堵した。
豊臣秀吉は、織田政権時代の茶湯政道を引き継ぎ、特に千利休を重用して茶の湯を大成させた。日本は神仏の国であるとの考えからキリシタンは悪魔の教えを説くと危険視し伴天連追放令(1587年)を発して迫害した。
茶の湯におけるキリシタンの受容
キリシタンが、茶の湯の見聞録をイエズス会に報告したのは1565年10月25日付ルイス・デ・アルメイダ発信書簡が初見で、厳冬期の長旅による病気療養で25日間世話になった日比屋了珪の茶室における体験についてであった。フロイスは、永禄12年(1569)3月11日、上洛した織田信長に拝謁するために都へ赴く途中、ソーイ・アンタンという最初に都で改宗した名望あるキリシタンの家で賓客として茶室に泊められ体験した。
堺市 茶室 伸庵(大仙公園) 武者小路千家(堺大茶会にて)
アルメイダとフロイスは、茶の湯に出会った機会は異なったが共に茶室を清浄で地上の安らぎを与える場であることを認めた。とりわけ司祭の資格を有するフロイスにとっては、茶室はキリシタンを集めミサ聖祭を捧げるに足る神聖な場所であった。
ヴァリニャーノは、五畿内巡察の後、安土滞在中に「日本の風習と形儀に関する注意と助言」を著し、その中で日比屋了珪から得た情報をもとに茶の湯について触れ、日本では茶の湯が身分の高い領主たちに最も尊敬され、客に対する愛情と歓待を示す作法であることおよび領主たちが自ら茶を点てるために茶の湯を習っていることに注目した。
さらに、ヨーロッパ人と日本人イエズス会員の融和、ならびに聖職者と世俗の人々との円滑な交流のための心得を説き、日本でイエズス会員が修道院や教会を建築する際には、「日本の大工により日本風に建築されるべきであること、階下には縁側がついた二室からなる座敷を設け、そのうち一室は茶室にあてるがよい」と記した。その成果は、織田信長自らが安土城のおひざ元に土地を手当し、高山右近の献身的な尽力もあって茶室を有する立派なセミナリヨ(神学校)として実現した。
安土城天守閣跡から琵琶湖を望む
安土セミナリヨ跡から安土城址を望む 安土セミナリヨ跡 高山右近像(高槻城跡)
高山右近は、天正2年(1574)日本布教長フランシスコ・カブラルから教理の再教育を受けてキリシタンに目覚め、自ら卓抜な説教者となり多くの人々を改宗しキリシタンに導いた。
高山右近は、茶の湯を禅宗の一様式としてではなく芸道としてとらえ、この道に身を投じてその目的を真実に貫く者には数寄が道徳と隠遁のために大きな助けとかると悟り、日ごろ付き合いのあった利休の高弟7人衆(利休七哲)に機会あるごとにキリシタンの教えを聞かせ、牧村長兵衛をはじめ蒲生氏郷、織田有楽など多くの茶人をキリシタンに導いた。
金沢城跡 茶匠・南坊(高山右近) 市中の山居(例、汎庵・万里庵(万博公園)
しばしば、隠遁の境遇を求めたいと願ったが、領主の身分を維持してキリシタンの支柱となり五畿内のキリシタン宗団を守り通してゆく責任感を強くし、信仰がより堅くなるよう教育し、激励する立場が必要と考え率先した。
高山右近が本格的に茶の湯に没頭したのは、関白秀吉が伴天連追放令を発し改易(所領、地位没収)された後、天正16年(1588)、豊臣秀長など多くの貴人からの嘆願により五畿内以外の地での行動の自由を許され、加賀藩・前田利家に茶匠・南坊(南之坊)として迎えられてからであった。それは慶長19年(1614)、徳川家康が発した伴天連国外追放令によりフィリピンへ亡命するまでの約26年間であった。
まとめ -「芸道」としての茶の湯、キリシタンの受容について
キリスト教宣教師は、日本の社会支配の重要な位置づけにある有力者が茶の湯を尊敬し、生活文化の規範としていることを発見した。日比屋了珪は、都を目指して堺の港に上陸したキリシタン宣教師に帰依し、自らも洗礼を受けてキリスト教信者となり献身的に布教活動を支え、生活文化としての茶の湯を伝える役目を果たした。
一方、高槻城主となった高山右近は、1573年、主従関係にあった摂津国主・荒木村重から茶の湯の手ほどきを受け、千利休を紹介され師事した。1574年、日本布教長カブラルからキリスト教教理を再教育され、あらためてキリスト教に目覚め、自ら卓抜な説教者となり五畿内キリシタンの柱石となった。
キリシタンとして偶像崇拝を認めない高山右近は、禅宗の一様式としてではなく茶の湯を「精神を浄化し、救霊を成就する芸道」と受け止めた。つまり、仏教に通じる「禅」(座禅)の精神としてではなく、デウスの導きを深め、すがるための体験的な「道」としての時空間(市中の山居)と位置付けた。
従って、高山右近は、ときおりキリシタン宣教師に「この道(キリスト教信仰)に身を投じてその目的を真実に貫く者には、数寄が道徳と隠遁のために大きな助けとなるとわかった」と言い、また、「デウスにすがるために一つの肖像をかの小屋(茶室)に置いてデウスにすがるために落ち着いて隠退することができた」(ジョアン・ロドリ-ゲス『日本教会史』、p.638)と語り、茶の湯がキリシタンにとっても相入れ合う様式(文化)であることを伝え、日本巡察師ヴァリニャーノに「礼法指針」への茶室の折り込みを促した。
キリシタンは、茶の湯を「禅宗」の一様式してではなく「禅」の一様式として、冒頭の山上宗二の記述に従えば「数寄の覚悟は“禅”を全と用うべきなり」、「惣別、茶湯風体、“禅”よりなるにより出で、悉く学ぶ」と受け止めていたと考察する。
”
お読み下さり誠にありがとうございます!
宇宙人が必ず「人間的」になってしまう人間の性質を悪用するカルトに注意! 支配層やカルトが素直に実在している(かもしれない)正しい宇宙人像を流すわけないでしょ!
Posted on 2015.07.08 Wed 21:56:11 edit
【目次】
①人間がXを宇宙人とみなす条件
②区別できるか問題
資料の要約
資料
……
①人間がXを宇宙人とみなす条件
人間は自然現象そのままを神々としてを崇めるのではなく、自然現象を擬人化してから神々として崇めます。
人間は擬人化により物事を理解するので、宇宙人も「人間的」になってしまいます。
神や宇宙生命体の姿をイメージすると、思わず人型になってしまうのは当然。
地球の重力に縛られた人型宇宙人は、そもそも人間的でないと宇宙人だとみなさないという、人間の精神構造に沿っています。
人間の心理構造に基づく理解を遙かに超えた宇宙人は、そもそも認識されないか、人間の認識では自然現象に見えます。
宇宙人がもしプラズマなどの、人型でもなく霊的存在でもない自然現象なら単なる鬼火などと解釈されておわりです。
あと、宇宙人が霊体で肉体がないなら別に悪霊や善霊や仏や天使でもいいです。
いやそれが宇宙人そのものかも?
その際に前提されていることは、
ゴッド=宇宙人説の前提と同様に、
宇宙人が
「人間的な意志を持ち」
「人間が知的だとみなせる」
「生命体」であること。
地球外のものが地球上のものに影響しているのは当然ですが、
地球外から来た
「人間的な意志を持つ」存在が影響しているか否かが宇宙人説の争点です。
「『人間が意志とみなすもの』を持つ宇宙人が人類を創造したのではなく、
『宇宙人が意志とみなすもの』を持つ宇宙人が人類を創造した。
だから創造主たる宇宙人の精神構造が人類に継承された。
順番が逆」
という解釈が可能ですけどね。
「ずっとできるまで長い期間放っておいたら、人間的意志を持つ地球外生命体の干渉なしで、半獣半人(半人半獣)の超古代人が地球に誕生した。
生まれるまでずっと放っておいたので、確率が低すぎるという反論は無効。
できるまで放っておいたのだから、偶然とも必然とも言える。
すでにできてしまった後から考えるから、誕生する確率を飛躍的に上げる知的生命体の意志による干渉があったに違いないと思ってしまうだけ。
超古代人には、動物の頭部と人間の身体を持つ獣人(半獣半人)と、
人間の頭部と動物の身体を持つ半獣人(半人半獣)がいた。
彼らは死刑囚や、猿などを改造して奴隷、つまり現在の人類を創造した。
今の人間に牙などの強力な武器がないのは、創造主に逆らえないようにするため。
知能を与えたのは、ある程度複雑な命令を理解させるため。
神話や壁画に登場する獣人は、動物の擬人化や、ある個人の性格を獣の頭で表現したものもあるが、実在した超古代人をそのまま描いたものも含まれている。
『超古代人が意志とみなすもの』を持つ超古代人が人類を創造した。
だから創造主たる超古代人の精神構造が人類に継承された。
順番が逆。
超古代人が宇宙人と交流していたかは不明」
という解釈も可能ですけどね。
私は、宇宙人「の実在」については二の次で、
宇宙人がいる「という思想がいかに人間を操ることに利用」されているかに注目しています。
「そもそも宇宙人カルトが流す宇宙人像は、上層部が知っているかもしれない実在する(かもしれない)宇宙人像を少なくとも末端信者にはそのまま教えないのでは?
洗脳ツール用に加工されているのでは?」
という疑念もありますし。
宇宙人説と、聖書原理主義・白人至上主義・アーリア主義は密接にリンクしています。
チベットという名前が含まれるカルトを運営していた人が出した本が今のスピ系宇宙人論の元ネタになっている可能性が高いです。
スピリチュアルの元祖である北欧貴族のスウェーデンボルグ(スヴェーデンボリ)も宇宙人について言及しています。
北欧はアーリア主義者が大好きな金髪碧眼が多いことで有名です。
宇宙人論者はまずはスウェーデンボルグなどの宇宙人思想の流れを検討すべきです。
スウェーデンボルグ(スヴェーデンボリ)の思想は神智学、スピリチュアル、ニューエイジ、ニューソート(生長の家に影響とは驚き)など、進化論やインドの輪廻思想を取り入れて更に凶悪化した新キリスト教の根幹です。
人型の宇宙人は聖書神話を維持するのに非常に都合がよいことに警戒してください。
目撃される宇宙人に、完全な球形だったり、頭部がない触手うねうねが全然出てこないことが不自然ですし。
支配層が流す宇宙人像が、「とにかくエイリアンは人型!」と洗脳する意図が感じられるのです。
エイリアンが人型だと、人間は神(エイリアン)と同じ姿という聖書神話を維持できます。
シュメール神話云々は後付けでまずは聖書神話の維持という都合が最優先でしょう。
つまり、宇宙人こそが神にして創造主。
「だから聖書は正しい」と誘導していたら偽りです。
「聖書のユダヤ教徒は宇宙人だ!
だから地球に物証がなくて当然!
聖書は真実!」
とほざくカルトって既にありそう。
また、
反知性主義=考えるな! に誘導するものも偽りです。
キリスト教の中核である反知性主義をそのまま継承した、
新キリスト教=スピリチュアル、神智学、ニューエイジなど、
論理的思考を否定し、
非論理をひたすら崇める(反知性主義)
ように誘導するものも偽りです。
非論理はあくまで真理探究の技術の一つであり、それ自体を崇めさせるものは偽りということです。
そもそも疑って検証することを否定する奴が真理探究なんてほざいてんじゃねーよ。
コピー機が「これは真理!」なんて言っていたら笑ってしまいます(笑)
なお、論理(的思考)も非論理と同様に、便利な道具として扱うべきであり、論理という道具自体を信仰したら理性狂・合理主義狂儲になってしまいますので注意。
非論理「という道具」自体を信仰させるのがスピリチュアル=反知性主義(キリスト教の中核)。
論理という嘘を見破る武器「自体を信仰」させるのが理性教・合理性至上主義。
……
②区別できるか問題
カントは、人間のものごとのとらえ方には、習慣によって作られた信念ではなくて、それ以外ではありえないような型があると考えました。
ものごとのとらえ方の基本的な枠組みをカテゴリー(範疇)と言います。
カテゴリーとは
「ものの量」
「ものの性質」
「ものとものとの関係」
「もののありよう」
のことです。
人間はカテゴリー(=認識の大前提)を外れたものは認識できません。
ものごとをとらえるとき、すでに必ずカテゴリー(=認識の根源)に従っているからです。
「まず」カテゴリー「によって」ものごとがとらえられ、「そこから」あなたの認識が「はじまる」のです。
カテゴリーに引っかからない地球外存在は「人間にとっては存在しません」。
カテゴリーに引っかかった地球外存在であっても、
・単なる自然現象、
・人間が持つような知性がない生命体、
・人間が生物とみなさないもの、
は宇宙人とはみなされません。
おそらく、カテゴリーに縛られた人間
(カテゴリーがないとそもそも人間ではありません)
特有の問題が、
「区別できるか問題」
すなわち、
「言葉やイメージで違いを理解することはできるけど、
実際に区別することができない、という人間の認識の限界に由来する問題」
です。
例えば、
・実際にその姿なのか、単に擬人化しただけか
・仮想世界装置による覚めない夢か、現実か
・臨死体験は死んでいないので死にかけの状態の夢なのか、
本当に死後の世界に行ったのか
(死んでいないのに行ける?)
・タイムマシンで百年前に自分が行ったのか、
タイムマシンにより周囲が百年前と同じ状態に変化したのか、
・他人は心がある人間か
哲学的ゾンビ
(=言動も見た目も心がある人間とまったく同じに見えるが実際は心がないロボット)か
・人間に化けた宇宙人か、宇宙人に変装した地球人か
などです。
今回問題となるのは最後の例。
「地球人にそっくりな宇宙人と、宇宙人を名乗るただの地球人を区別できるのか」、
という問題です。
「違いは認識できるが、実際には区別できない」という人間の認識の制約により生じる問題です。
「宇宙人と名乗る見た目がどう見ても人間である宇宙人」
と
「宇宙人と名乗る宇宙人っぽく変装している地球人」
の区別です。
(最初の例の「実際にその姿なのか、単に擬人化しただけか」と似た問題)
スピ系の人によると宇宙人はシェイプシフト(変身)できるんですよね?
どうやって判定するのですか?
シェイプシフトは人型限定なのですか?
宇宙人が陰謀の黒幕なら、人型以外に化けるほうが隠れられますよね?
UFOを見たら「人型の」宇宙人が「乗っている」以外の発想が浮かばない人は洗脳されているか、頭がかたすぎます。
UFO自体が宇宙人では?
人間製の無人機では?
区別できるの?
確実に言えるのは
「何かが空を飛んでいる」ってことだけでは?
などのさまざま可能性を挙げたうえで
どれが正しいかを区別(判定)できるのでしょうか?
だから私は断定できないことに対しては
「無記」=「現時点ではわからないので断定しない」
という二元論=二択の罠にひっかからない姿勢をとっています。
欧州貴族の特殊な血統信仰と人種差別と選民思想は、
ネアンデルタール人の血脈を維持するためなのか、
RHマイナスや金髪碧眼で白い肌(白人種)の血筋を維持するためなのか、
ファンタジーのエルフやドワーフみたいに人間と混血可能な亜人種の血筋を維持するためなのか、
爬虫類宇宙人の血筋を維持するためなのか、
他の理由なのか、
区別がつきません。
まあ、
超古代人
=宇宙人(ハーフ含む)
=金髪碧眼白い肌のネアンデルタール人
(≒金髪碧眼の白人が多い北欧の伝説のエルフやドワーフ)
かもしれませんけど。
「白人」の定義すらいい加減であることからわかるように、人種だって観念です。
アーリア人は実在しない言語学の観念ですけどね。
間違いなく言えるのは、
支配層は「自分ら支配層は、お前ら奴隷とは『違う種族』だ」「という思想」
に基づき動いていること。
「本当に」別の種族や生物(宇宙人など)であるかどうかは不明です。
思想「自体の真偽」と、その思想「を利用して大衆を操る」ことは別です。
「思想自体が正しいかどうか」の議論と
「思想という人間を操る道具をいかに支配層が悪用しているか」の議論
の違いは大きいです。
ちなみに、「思想という人間を操る道具をいかに支配層が悪用しているか」という話をしているのに、
文脈を無視して「思想自体が正しいかどうか」の議論にすり替えてくるのが工作員(無自覚含む)の特徴ですので覚えておいて下さい。
文脈無視ってそもそも会話する気がないよね?
布教だよね?
人類を創造したのが宇宙人だろうが、宇宙人でなかろうが、
人類を創造したのが宇宙人である「という思想」が人にどう影響しているのかは判りますからね。
なお、上述の例には二分法の詭弁が含まれている可能性がありますのでご注意!
まあ、私は宇宙人の実在に対しては無記ですのでコメントで嚙みつくのはやめくださいね。
前々回の記事
【大前提と資料編】支配層が正しい宇宙人像を流すわけがないので、宇宙人支配者説を検討しつつ修正。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-87.html
で述べた通り、立証責任は現状(通念、定説)を変更する側が負うので、宇宙人支配者説
の立証責任は主張する側にあることもお忘れなく。
「宇宙人が存在し「ない」と証明しろ!
できないだろ?
だから宇宙人は存在する!」
という詭弁は受け付けませんのであしからず。
私は宇宙人説の矛盾点を突いたり、宇宙人思想が悪用されていることを指摘しているだけで、宇宙人の実在に対しては否定も肯定もしない「無記」だということをお忘れなく。
反証できない、あるいは反証しにくいことは、疑ってかからないとカルトに絡めとられますから警戒しないとね。
……
【引用資料の要約】
・宇宙人がもしプラズマなどの、人型でもなく霊的存在でもない自然現象のようなものなら許容されるのか。
宇宙人という概念には聖書神話的な人間中心主義がある可能性。
・人間は自然現象そのままを神々を崇めるのではなく、自然現象を擬人化してから神々として崇める。
地球の重力に縛られた人型宇宙人は人間の精神構造に沿っている。
人間の心理構造でも理解を遙かに超えた宇宙人は、人間の認識では自然現象に見える可能性。
・宇宙人は、地球人という低レベルな存在に理解できないほど凄い存在だから、金髪碧眼の白人にシェイプシフト(変身)して地球人にわかりやすい姿になっている、というのは詭弁。
地球人そっくりに変身しているのなら、宇宙人ではないかもしれない。
(「地球人にそっくりな宇宙人と、宇宙人を名乗るただの地球人を区別できるのか」、という問題です。
「違いは認識出るが、実際には区別できない」ことは人間の認識の制約上、たくさんあります)
・今の地球人の技術では、目の前に現れた金髪碧眼の白い宇宙人なのか、単なる白人の地球人なのか判別できない。
宇宙人視点だと地球の科学はレベルが低すぎるそうだが、もしその「低レベルの科学的認識」で宇宙人の存在を立証するには物証がないと困る。
・宇宙人論はレトリックの分析の練習問題にも使える。矛盾点をつつくことで議論に強くなる。
・欧州貴族の信仰する特殊な血脈がネアンデルタール人の血脈である可能性。
ファンタジーのエルフやドワーフみたいに人間と混血可能な亜人種の可能性。
・引用「ネアンデルタール人からの混入遺伝子は、現生人類の皮膚、爪、髪形成などの繁殖に重要でない遺伝子部分に細分化されて多く残っており、白っぽい皮 膚、金髪や赤毛、青い目などはネアンデルタール人から受け継いだ可能性が高いとしている」
が宇宙人起源説の元ネタの可能性。
・現人類に比べ、ネアンデルタール人の特徴は圧倒的な劣勢遺伝で混血を繰り返してたら特徴が消えてしまうから差別をしている可能性。
もしネアンデルタール人が、肉体的な現実的感覚より、形而上の観念的な感覚が発達してたとしたら、そういった特殊な血脈の子孫が宗教を捏造しまくっている可能性。
イスラーム世界でも、形而上の観念を発達させたのはアラブ系よりイラン系などのアーリア系(笑)が断然に多い。
・「言葉はモノの名前ではない」
言葉は、人間がモノ「に対するイメージ」につけられた名前。
言葉はそのモノ自身のことではない。
イメージの分類に使われる区分けの道具の一つが「神」。
だから、多神教だった。
一神教はより多くの人々から資産を巻きあげるための詐欺。
・人間は嘘を信じないと心の平静を保てないカモ。
・宇宙人説と、聖書原理主義・白人至上主義・アーリア主義は密接にリンクしている。
科学思想により聖書神話が揺らいだ。観測技術の発展で雲の上には天国も天使もないことがわかる。
ブラバッキー夫人の神智学がチベットのマハトマをプロデュース。
マハトマは人類よりはるかに進化した存在でチベットあたりに引きこもって人類を指導しているという設定。
未開の地だったチベットに西洋人が入れるようになると、チベット人が特別でも何でもないことが判明。
高次の存在が住んでいる場所が、チベットから宇宙に移動。
ある思想が崩壊するとすぐさま別の思想が用意される懇切丁寧な、きめ細かいサービスのような展開。
・宇宙人論が本格的に登場する前は、チベットの下にあるシャンバラや地底人がメインだった。
漠然としていた宇宙人論がいきなり明確になるのが1950年代。
アダムスキーという、チベットという名前が含まれるカルトを運営していた人が出した本が恐らく今のスピ系宇宙人論の原型。
1960年代はアポロ計画でわかるように、アメリカでは宇宙開発が大ブームとなり、その大ブームに乗ってアダムスキーのUFO本も大ブームになる。
アポロ計画がなかったら、今のスピリチュアル系宇宙人論はここまでメジャーになることはなかっただろう。
チベット系カルトをやっていたアダムスキーからUFOと宇宙人の話が出て来る。
宇宙人論と、チベットのマハトマ論はダイレクトに繋がっている。
宇宙人論は非宗教的であることになっているが、アダムスキーの本を検索すると宗教書ばかりが出てきたので、UFOと宇宙人論もカルトである可能性。
アダムスキーの「地球人が一丸となって宇宙に目を向けよ」という本は、アイアンマウンテンレポートを彷彿とさせる。
(ヴァン・アレン帯を抜けられないのアポロが「有人では」月に行けません。
アイアンマウンテン報告には、外部の危険を演出して大衆をまとめて操作する手法が書かれています)
・リチャード・コシミズは反米なのに追っていることは統一教会の息がかかったキリスト教原理主義と同じ言い分。ユダヤ叩きは宗教教義のためにそうしているのであって、事実と関係ない可能性。
(コシミズは欧州系っぽいのにアメリカの白人至上主義的であるのは、親分が左右の胴体に近い生長の家だからでしょうね。
①天皇絶対(天皇擁護)
②万教帰一(ワンワールド推進用の東アジア共同体礼讃)
という生長の家の教義に忠実なコシミズ。
創価とキリスト教と南朝偽天皇の関係は絶対に突っ込まないコシミズ。
聖教=キリスト教新聞。
キリスト教と相性が良い日蓮思想。
統一教会とスウェーデンボルグ思想の関係は絶対に突っ込まないコシミズ。
スウェーデンボルグ思想は生長の家と大本教の根っこでもあるからね。
た⌘し @meets_tak 1月24日
以下、島田裕巳著『創価学会』(新潮新書)より引用。第一章 なぜ創価学会が生まれたのか (P29)から。 pic.twitter.com/lviTxsGBtf
しかし、牧口の場合、宗教として元々親しんでいたのは、日蓮正宗ではなかったし、仏教でもなかった。北海道尋常師範学校は札幌にあったが、札幌には、内村鑑三や新渡戸稲造といったキリスト者を生んだ札幌農学校があり、キリスト教プロテスタントの伝道の拠点であった。
牧口自身、「苦学力行の青年期に敬愛し親近した師友は、大概基督(キリスト)教徒であった」(『創価教育学体系楩概』)と述べている。 (引用は以上)
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi
@meets_tak 創価学会の母胎は
#大日本皇道立教会=キリスト教製の偽天皇系組織。
#sagegroup=紐付き陰謀論者の巣窟の母胎も大日本皇道立教会。
創価の表層を叩かせるのは、偽皇室とキリスト教が陰謀論業界のボスであり、創価とsagegroupを作った黒幕なのを隠す為。
小沢も大本教系。
創価がキリスト教製なのを隠す為に、初代と二代目ボス、創価の母体の大日本皇道立教会を避けるRK。
隠れキリシタン?
自民党=ワールドメイト+生長の家+神道政治連盟。
民主党=ワールドメイト+生長の家+スピリチュアル。
bcxxx @bcxxx
宮沢賢治はスウェーデンボルグ主義の影響強いんじゃないかと思います。スウェーデンボルグはスピリチュアリズム(心霊主義)の元祖になったイタコ体質の人で、キリスト教から派生したニューエイジの元祖でもある。エコ、イルカ、ヒッピー、宮沢賢治、統一教会、宗教右翼。このへん土台は同じ。
あ、大本教はスウェーデンボルグ主義の日本版解釈です。それが日本の宗教右翼の元祖になる。で、統一教会も別口でスウェーデンボルグの影響受けてる。こっちも宗教右翼になる。宮沢賢治も右翼でしょ。ヒッピー的・農村回帰的・エコロジー的右翼。
統一教会の教祖、文鮮明の師匠にあたるのがちょっとカルトっぽい韓国のキリスト教会の牧師なんですが、この人もスウェーデンボルグ研究者。統一教会は大本 教にも影響受けてるんで、二十三重に。あとマルチとかの「思考は実現する」系の自己啓発思想もスウェーデンボルグの流れ。
東邪西毒 @whokilledxxxxx 3月16日
田中智學が考案した世界連邦構想(八紘一宇)が大東亜戦争の理論的根拠になったんは事実やが、八紘一宇は日蓮上人を頂点とする国體での世界統一だし、また同化主義の危険性の指摘や死刑廃止を訴えた先駆者でもある。彼により創設された宗教右派団体の國柱會の理念を否定するなら宮澤賢治も否定するべき
bcxxx @bcxxx 3月16日
.@whokilledxxxxx 私、宮沢賢治もその側面は否定してます。スウェーデンボルグ主義者で元祖スピだし。
bcxxx @bcxxx 3月16日
ついでに言うとスウェーデンボルグ主義は大本教にも統一教会にも影響与えてるから、日本の宗教右翼のルーツの一つなんだよな。それと、スピってる現代のふんどし野郎がすぐヘイト陰謀論に飛びつくのは、無関係じゃないんだよ。
統一教会は韓国軍政と同じく、日本帝国の鬼っ子ですからね。
大本教の影響は直接あったのかな?スウェーデンボルグの影響を受けているのは間違いないのだが。何にせよ宮沢賢治も統一教会も日本の戦後宗教右翼も、同じ源流から生まれた。)
・宇宙人は人型で肉体があるからプレミアがつく。
プラズマなら単なる鬼火、自然現象でおわり。肉体がないなら仏や天使でもいい。
・儀式をすると意識に切り替えが容易にできる。
神秘体験しやすい血族がいる可能性。
「自分らはホモ・サピエンスあるいは有色人種とは違う。あいつらは単なる動物だから殺してもいいし、徹底的に自分らが管理しないといけない」
という意識があれば残虐なことが平気でできる。
おそらくナチスや優生学はそういった感覚から生まれた。
・最近やたら日本バンザイ番組が多いのは、日本人は優秀だから侵略してOKという大義名分を作る為だろう。
プロパンガンダによって半島人と中国人を見下しはじめたのであって、幕末までは知識人は中国の古典を学び漢文の読み書きができ、中国をとても尊敬していた。
神道カルトによる「日本は神の民」という洗脳工作は、日本による海外侵略と植民地支配と連動していた。
・「人種」という観念は怪しい。
違うのは人種ではなく、宗教や文化や風土や言語なのでは?
ナチスや英米の連中は、ヨーロッパのキリスト教徒で同じ白人でもラテン系やスラヴ系も白人とは認めてなかった。
イタリアやスペインなんかは、アラブ系と混血してる人が多いので認めない理由は判るが、ドイツやイギリスより白いスラヴ系を白人と認めないのが分からない。
スラヴ系は映像で見るとアングロサクソンより真っ白で金髪率が異常に高い。
「白人」の定義もいい加減なので、血筋やら人種だって観念でいいだろう。
爬虫類宇宙人の血筋だって、アーリア人(笑)だって、実在するか不明。
アーリア人(笑)は実在しない言語学の観念。
・ナチスが、スポンサーであるバチカンの超古代の科学調査隊である可能性。
キリスト教はアレクサンドリア大図書館の破壊など、世界中にある過去の文明のヒントとなるものを意図的に破壊している。
超古代文明に繋がるかもしれないネタが出て来ると宣教師が破壊する。
恐らく、古代の智慧を独占するためにやっている。
・神や宇宙生命体の姿をイメージすると、思わず人型になってしまうのは当然。
人間の思考形態に当てはめないと思考すらできないから。
カテゴリー(=認識の大前提)を外れた宇宙存在とは交流不可。
正確には、存在自体を認識しないから交流以前の問題。
カテゴリーのことを相手に伝えることは不可能。
カテゴリーは頭の中や心の中にあるものではなく、「実際に活動しているその活動の中に“示されている”形式」。
活動中に意識するなんてありえない。意識しようがない。
「まず」カテゴリー「によって」ものごとがとらえられ、「そこからすべてがはじまる」。
・人格神は全能ではありえない。
人間化=不完全化され、人間が解釈できて人間の理解の範囲のことだけができる、
宗教家の操り人形だから。
「全知全能」という記述すらも人間の理解の範囲内にある。
そもそも物事の誕生の根源があるとすれば、それは創造神ではなく、「変化」それ自体である。
Aが存在し「ない」状態から、
Aが存在「する」状態への「変化」がなければ何も誕生することができない。
「変化」がなければ創造神は何もなすことができない。
その創造神に人格があるとされていることも奇妙だ。
人格がない状態のときには既に変化は存在していた。
つまり、創造の根源は存在していた。
したがって、意志によって初めて創造が行われたとするのは誤り。
その「意志」が誕生するための「変化」こそが創造の源泉なのだから。
仏教ではこの「変化」を
“諸行無常”
と呼んでいる。
無論、人格はないので、解釈者=宗教家が支配に利用することができないようにしている点が重要。
万物の根源が「人格と意志ある」存在だという宗教家の主張は嘘。
人格と意志が誕生する為の前提=変化が根源。
・擬人化して人間の認識、言語をあてはめて物事を理解するのが人間。そして人は擬人化ならぬ「擬私化」して他者などを理解する。
・ある日、神から心を与えられたロボットが「今日からぼくは心があるんだぞ」と言うはずがない。そのとき与えられた心は、その内側から見れば「そのとき与えられた心」ではない。「はじめからずっと存在していた心」。
この変化は、他人たちにも自分自身にも、だれにも知られることはない。だれにとっても変化ではない。それでもこれが変化だといえるとすれば、それはこれが神による変化だからであり、まさにこのような変化を与えることこそ、神にふさわしい業である。
このロボットは、心を付与されるだけではなく、私になるのだとしよう。そこに私に識別可能なはっきりした変化が起こっているだろうか。
神が昨夜、私に心をあたえてくれたのだとしても、私はそれを知ることができない。だから、それは<私に>起こった変化ではない。むしろ神が、そして神だけが起こしうるある変化によって、私ははじめて誕生したのである。それまでもずっと存在しつづけてきたとの確信とともに。
これはいわば開闢である。しかし、この開闢は、実際に「それまでもずっと存在しつづけてきたこと」と<だれにも>区別がつかない。
・「私」を着脱する能力者が「ある人の私」を剥奪して、
哲学的ゾンビ
(=言動も見た目も心がある人間とまったく同じ見えるが実際は心がないロボット)
になったとしても、その人以外の人にとっては何の変化もないし、その変化を感じる「その人の私」はもはや存在しない。つまり、実質「何も起こらない」。
・1970年に自分がタイムトラベルするとしたら、そのときその瞬間に起きた出来事は
①「自分が1970年に行った」
②「自分の周りの世界が全て復元された」
のか
(区別できない)
・「人生の内側には、たくさんの意味づけができるし、生きがいはある。
でも、人生の全体を、つまり人生が存在したことを、まるごと外から意味づけるものなんて、ありえない。そんなものがありえないってことこそが、それをほんものの奇跡にしている。
人生の内部のさまざまな行為や出来事に意味を与えるのと同じように、自分の存在そのものにも意味を与えてしまったら、人生の深い味わいの大半は失われてしまう。
ぼくらは意味づけの病に陥っている」
「でも、もしかしたら、ぼくの存在には神さまの計り知れない意志が働いているのかもしれない」
「もしそうだとすれば、そんなことは絶対に考えられない。
自分を産み出している培養器の中の脳について考えられないのと同じ意味で、ほんとうに存在する神については決して考えることができない。それについて考えたり語ったりすることさえ、絶対にできない。だから、そういうことが分かるとか、知っているとか言う人は、絶対に信じちゃいけない」
(思考は言語でなされるので、言語の限界が思考の限界。
「自分を生み出している培養液の脳」について考えたとしても、
その「自分を生み出している培養液の脳」は自分の言語でなされる思考の枠内なので、
決してその外にあるかもしれない「自分を生み出している培養液の脳」自体を考えることはできません。
「」内を神などに変えても同じ。
非言語の体験でも感じることはできません。
自分の理解力、認識、知覚の枠内を出られません。
その存在「の想定」をあなたの思考「の中に出現させているだけ」で、絶対にあなたの思考の外の存在には至れません。
言葉はモノそれ自体ではないし、
認識もモノそれ自体ではない。
人生全体を意味づける神を信じなさいとか、あなたの人生の意味は~だ!
とか言う人はできっこないことをできると言っているので詐欺師かあまり考える力がないかそれ以外の何かでしょうね。
枠外に出る方法はあると思いますよ。
でも、言語や認識の枠外に出たら個人としてのあなたは死ぬか人ならざる何かになるかでしょうね。
枠外を出た人が、人生全体を意味づける神を信じなさいとか、あなたの人生の意味は~だ!
と言わないでしょうし)
・ニヒリズム
はすべては無意味だ、という思想では「ない」。
むしろ逆。ニヒリズムは、すべてには意味「しかない」という考え。
自分は何のために生まれてきたという問いこそが虚無的(ニヒル)な問い。
もし何かひとつの全体的な意味づけの中に一生涯没入して生きる人がいるとしたら、それこそがむなしい、ニヒリストそのもの。
若いころは自分の素質や能力が自分自身の人生を決めていくような感じを持っている。
でも、それは錯覚。ほんとうは、思いもよらない偶然が人生を決定してしまう。
幸福な偶然も不幸な偶然も、幸福でも不幸でもない偶然もある。
文字通り偶然なので、何の根拠も意味もない。
でも、そういう意味のないことがたまたま起こったってことには意味がある。
その意味のなさこそをよくよく味わわないと。そこでこそ、全宇宙の存在の奇跡と君の存在の奇跡が出会う。
そういう偶然を味わうためにこそ、一回かぎりこの世に生まれてきたとさえ言える。
・新聞やテレビや、学者や評論家を、絶対に信用しちゃだめ。世の中で通用するってことは、ほんとうに大事なことはぜんぶ『はしょって』あるってことの証拠。
哲学から学べるような一般論は、自分に固有の体験の場で鍛えられてはじめてほんものの知識になる。
(捏造云々以前に『はしょって』いる=思考過程をあまり説明しない、ことが問題。
疑問をもってあれこれ考えてウロウロする過程なしに、いきなり答えを押しつけ、疑うことを許さないことを、宗教といいます)
・こころや意識のないロボットを人間の仲間に入れて人間扱いしさえすればそのとたんにロボットにも心や意識が生じる。ロボットと同じく人間もいくら解剖しても心も意識も見つからない。人間は人間に似たものしか心あるものとみなさない。
(宇宙人が「人間的」である理由です。
ゴッド=宇宙人説の大前提は、
宇宙人が「人間的な意志を持つ」
「人間が知的だとみなす」
「生命体」であること。
だから「重力に縛られた」
「頭部が上にあり」
「足が下にある」
「二足歩行する」
「液体を固体で覆った肉体を持ち」
「音声で情報伝達する」
人型が想定されます。
もっと柔軟に考えろよと思う。
カルト信者は思考がテンプレ化してて、UFO見たら「人型の」宇宙人が「乗っている」以外の発想が浮かばない(笑)
UFO自体が宇宙人じゃないの?
人間製の無人機かもよ?
区別できるの?
確実に言えるのは
「何かが空を飛んでいる」ってことだけでは?)
・夢=心の中にあって外界に存在しないもの。
・カントは、人間のものごとのとらえ方には、習慣によって作られた信念ではなくて、それ以外ではありえないような型みたいなものがあると考えた。
ものごとのとらえ方の基本的な枠組みみたいなものをカテゴリー(範疇)と言う。
「因果性」や、「ものとその性質」というとらえ方もカテゴリー。
ものごとをとらえるとき、すでに必ずカテゴリーを使っている。
さまざまな感覚的経験にカテゴリーが適用されることによって、はじめて、それが【客観的な現実】として認められることになる。
(子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi
『ボクと魔王』の黒幕は「分類」の力で設定と役割を強制的に与え支配。
分類を外れたものだけが抗え、「~として反応せよ」など支配者の命令が見える。
真実の寓話の分類が笑い話。
旧約は人が生物に名付けの呪術を施す。
差別や病名は言語=分類術で誕生。
猫太
”「魔法(魔術)=理系+文系の総合学問」と書かれてますけど、古代の哲学というモノがゲームの魔道師の知識体系そのまんまなんです。博物学とも言うのでしょうか。欧米の博物館が何でも集めるのは魔道師の陰謀”
”知識と智慧と意思の三位一体の話良かったです。”
文系と理系で分類し分割支配
”リベラルアーツというか、百科全書的な知識、なんでもかんでも集める博物学(戦利品博物館の大英博物館)などは、魔道師の知識の体系を現してると思うのですよ。古代の哲学が文系と理系をわけない統合的な学問なのはそのため。アレクサンドリア図書館的な姿勢ですね。”
分野に分けると総合力を失う
”私はずっと哲学と魔法(テクニカルな呪術や人を支配する人文科学なども含め全部)は一緒だと思ってました。ソークラテースのような古代ギリシアの哲学者たちは魔法使いのアーキタイプだと思っております。実際、プラトンはマギの教えを受けたという伝承があります。”
インドとイランは魔法使いの国
紐付き陰謀論者が「これは真実!」と言ってから話すことは核心部分が虚偽。
フィクションは「今から言うことは嘘」と言ってから話すので殆ど本当。
洗脳された因囚が馬鹿にするものは真実を告げる。
私は因囚が馬鹿にするものが好きです。SAGEに注目。
猫太
”今の大人って本当に本質を見抜く目がない、子供の物語の背後の話がわかる教養がない、西洋の本質を何もわかってない大人が多いのは由々しき事です よ。大人のための西洋入門とかやらねばねー”
”オウムはアテーナーのシンボルでもありますな”
”ボクと魔王の黒幕がアリストテレスのカテゴリー論”
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya
アリストテレスが開発したカテゴリー論というモノは凄くて、モノの名前のラベルを貼り変えるだけで人は同じものだと認識できない。いい例を出せばハリポタだな。ハリポタでは魔法族は科学を使わず、科学を使うのは普通の人間のみ。でも、魔法も科学もそのラベルを外してみたら中身は同じもんだよ。
アリストテレスのカテゴリー論で思い出したんだけど、旧約聖書でアダムはエデンの園でモノに名前をつけまくるんだけど、もしもだよ、旧約聖書がアレクサン ドリアで捏造されたならば、ここにはアリストテレスのペリパトス派の本拠地があった。聖書捏造の過程でアリストテレスの影響ってあるんだろうか?
かまど @kamadoi 9月11日
僕魔の分類世界に住んでいた人々、外の世界の人々、どちらから見てもどちらの世界も、無いと思っていた(無いという認識すらなかった)場所に突然現れた世界なのかなあ
影絵劇場@FE白2周 @Kage_e_Geki_jou 9月11日
@kamadoi 外の世界の住人は分類に支配されていない筈なので、外の世界から見た時、分類支配されていたボクと魔王世界がどう認識されていたのか非常に興味深いですねえ
かまど @kamadoi 9月11日
@Kage_e_Geki_jou 分類の力を作用していたのが人によるか街(国)によるかですかねえ。管理下にある世界全体に、存在していないという分類をかけてそれによって外の世界から切り離していたとか。
2014/09/04【フィクションこそが真実を伝える】
ソニー『ボクと魔王』。
分類(強制設定。レッテル張り)と二元論による操作技術。
誤訳による情報操作。
時計と暦は時間による奴隷生活管理術。
○の中に△(拝火教ナルトの暁、『恐怖の谷』ホームズ)も、△の中に○も魔法陣。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-32.html
『ボクと魔王』は今も実況プレイ動画があがるほどに根強い人気があるので、内容の良さは本物と言えます。
超オススメ)
・論理的な正しさは、前提や結論の事実的な正しさとは関係ない。
二つの前提が「もし」正しい「としたら」、結論も「どうしても」正しく「なくちゃいけない」っていえるかどうか、これがポイント。
最初の方の推論は前提も結論も事実的には間違っているけど、もし二つの前提が正しかったら、結論は「どうしたって」正しくなっちゃうから正しい推論。
内容的には間違っていてもいい。論理的な道筋の正しさは、個々の内容が現実と合っているかどうかとは関係ない。
ある議論が正しいかどうかを問われると前提や結論が現実と一致しているって意味で正しいかどうかをついつい考えたくなる。
でもそういうことは論理的推論そのものの正しさとは関係ない。
今でも科学者や評論家の中にもこのことが良く分かってない人が結構いるから注意した方がいい。
(論理とは事実的な正しさとは無関係に、前提が正しければそうなってしまう構造、手続き。
論理的=正しい、では「ない」ことに注意!
あくまで便利な道具として扱うべきであって、論理という道具自体を信仰したら理性狂・合理主義狂儲になってしまいます。
非論理=反知性主義という道具自体を信仰させるのはスピリチュアル。
論理的な文章や論理的な思考が何を教えるには、実際にその文章や思考を示さないといけません。)
・「時間が急に止まっちゃうとか、逆流しちゃうとか、それからタイムトラベルなんてことも絶対不可能。
考えることもできないことは、起こることもありえない。
考えられるかぎりのどんなにへんてこなことが起こったって、ぼくらはそれが時間が止まったなんてみなさないから時間は止まらない。
「でもぼくらにはわからなくても、ひょっとしたら、いつか時間が止まったり終わったりすることがありうるかもしれない」なんてことは、最も根本的な意味で「ありえない」。
ぼくらはぼくらの知っているこの時間空間しか知ることはできない。
だから、そういう意味で、タイムマシンに乗って過去へ戻るなんてことはありえない。
もしぼくらが「これから」タイムマシンに乗ってどこかへ行くなら、行きついた世界がどんなにむかしの世界であろうと、それは出発時から見て未来の出来事。
どういうわけか未来の中身が過去と瓜二つだったってだけのこと。
「いまから」ぼくらが過去へ戻るなんてことは論理的にありえない。
(百年前に自分が行ったのか、
周囲が百年前と同じ状態に変化したのか、
区別はつきません)
……
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya
うちゅー人がもしプラズマだったら、プラズマは超高温なので近づいただけでニャンゲンは消し炭になるんだけど、もし人型じゃなくてでも霊的存在でもなくて、自然現象のよーなうちゅー人だったら許容できるだろうか?うちゅー人ってどうも、聖書神話的なニャンゲン中心主義があるようなキガスル。
恐らくニャンゲンの心理構造って、自然現象そのままの姿をニャンゲンを作ったうちゅー人とかいって崇拝できないと思う。雷をユピテルに喩えたように、必ず 神話では自然現象の擬人化が行われるんだよね。で、うちゅー人なのに地球の重力に縛られたヒト型うちゅー人はニャンゲンの精神構造に沿ってる。
自然現象を擬人化する事でしか理解できないニャンゲンの精神構造があるとしたら、もし本当に地球の重力に縛られないうちゅー人がいたとするならば、ニャン ゲンの心理構造での理解を完璧に超えた存在がいるかも知れない。で、それはニャンゲンの認識では自然現象に見えるかもしれないのがミソなんだよ。
まあ、それに対する詭弁的反論として、うちゅー人は低レベルの地球人には理解できないほど俺SUGEEEな存在だから、金髪碧眼の白い人にシェイプシフト してわかりやすい姿になって地球人の未来を心配してやってんだぜ?と言われるけど、じゃあそれだとうちゅー人じゃないかも知れないじゃん。
何はともあれ、今の地球人の技術では、その目の前に現れた金髪碧眼の白いうちゅー人なのか、単なる白人のおねえさんなのか判別がつかない。うちゅー人目線 で言えば、地球の科学はレベルが低すぎるとの事だけど、もしその「低レベルの科学的認識」でうちゅー人を成立させるには物証がないと困るよね。
とまあ、うちゅー人はいるかいないかわかんないけど(ぬこたさんの直感ではいない気が)うちゅー人論に関するお話ってレトリックの分析の練習問題にも使え ますよね?うちゅー人に対する矛盾点をつつくことで議論に強くなります。でおいらが望むのはうちゅー人の超科学技術で福島の綺麗にして欲しいな?
うちゅー人さんも、自分らは俺SUGEEEな超科学技術持ってわざわざ地球に出張してんだからさ、「地球の科学技術はレベルが低い」と揶揄する暇があった ら、せめて福島とその周辺の放射能汚染くらい綺麗にしてもいいだろ?それをせずに見下すだけってなんか冷やかしに来るDQNとあまり違わないよな
おっはよー。ねこねこさんの記事読んでる。いつも取り上げてくれてTHX。欧州貴族の血筋信仰なんだけど、特殊な血脈ってネアンデルタール人の子孫でございますって言えばいいんでね?ファンタジーのエルフやドワーフみたいにニャンゲンと混血可能な亜人種という話なら別に驚かんし?
引用「ネアンデルタール人からの混入遺伝子は、現生人類の皮膚、爪、髪形成などの繁殖に重要でない遺伝子部分に細分化されて多く残っており、白っぽい皮 膚、金髪や赤毛、青い目などはネアンデルタール人から受け継いだ可能性が高いとしている」←これは面白いな。うちゅー人起源説の元ネタになる。
ネアンデルタール人は一時期栄えてたけど、環境の変化で滅びに向かったというワケね。何が原因で現人類が派生したのかは不明だけど、現人類に比べたらネア ンデルタール人の特徴は圧倒的な劣勢遺伝で混血を繰り返してたら特徴が消えてしまう運命だったと。それでマヌ法典みたいなアパルトヘイトをする。
ネアンデルタール人は発掘された骨の構造から、脳みそが今の人類とはかなり違う構造をしたのがわかってる。脳みその容量もちょっとだけ多かったとか。で、 彼らがどんな文明や宗教を築いてたかはまったくわからないんだけどね。もし、そういう人たちが普通に生きてるホモ・サピエンスと違って
肉体的な現実的感覚より、形而上の観念的な感覚が発達してたとしたら、そういった特殊な血脈の連中がやたらと宗教を捏造しまくってるのも理解できるかも知 れないと思うわけだ。イスラーム世界でも、形而上の観念を発達させたのはアラブ系よりイラン系などのアーリア系(笑)が断然に多いんだよ。
J・ナナミ @pinkglalem
#言葉はモノの名前ではない。私たちは自然の事象に独自のイメージを持ち、それらを無意識にカテゴライズしている。このカテゴリーの一形態が「言葉」。「神」は、このカテゴリーに過ぎない。だから、多神教だったのだ。
#言葉はモノの名前ではない。...であるならば、文化や思想が他とアダプトすることは、ありえないことなんだョ。十人十色と言うけど、ソレが個人から集団に単位が変わったら、途端に整合性が生まれるのかなァ?...ヘンでしょう...?
数が増えれば、百人百色...千人千色に変わるでしょう...
実はこれこそが、古代宗教が多神教だった理由なんだョね。そして、より多くの人々から、資産を巻上げようとしたときに一神教が生まれたワケ。つまり、創造主、造物主とは詐欺なんですョ。...ぶっちゃけ。
あたしは、ナゼ、古代の宗教が多神教で、現代のが一神教なのか?と言う問題について、「神」と言うのが分類用のタームだと考えています。古代には宗教に信仰が無かったと考えているンです。文明の初期の段階において自然は驚異であり、その現象を理解する必要があったワケ。
「#言葉はモノの名前ではない」人は事物に対する自己のイメージのある状態に対して名前をつけたのです。コレが言語。
自己のイメージの名前。そのモノじしんの事ではありません。そのイメージの分類上の棚が「神」と言う言葉なんです。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 5月7日
@pinkglalem 古代において自然(天体・山や海、川、泉など)の擬人化が神なんですよね。自然から切り離して、観念上の「神」を拝めとか詐欺もいいところです。新約聖書の言葉は神ではないですが、言葉を神とすると詐欺連発になりますね。
J・ナナミ @pinkglalem 5月7日
@lakudagoya もともと人間は現実(自然)からかけ離れた存在で、現実を模倣した想像の世界(文明)でしか生きることを許されなかった生き物です。類人猿の奇形児ですから...
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 5月7日
@pinkglalem 確かに。まあ、想像の世界でしか生きれないからこそ、自然の二次元妄想が発展して悪い人がそれで詐欺やるようになったと。
J・ナナミ @pinkglalem 5月7日
@lakudagoya 問題とすべきは、答えが存在しないこと。もともと文明は模倣された“嘘”なんです。いくら進んでも正解はありません。じゃぁ、どこかに“答え”はあるか?...ありません。残念なことに...
だから、詐欺をやってる人たちは嘘のつき放題。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 5月7日
@pinkglalem そうなんですよ。空なんですもん。嘘つき放題。でもニャンゲンは嘘を信じないと心の平穏を保てないと言う因業な習性を持ってますね。カモ人種です最初から
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 2015年6月29日
うちゅー人関連の話をまとめると、どうやらうちゅー人絡みのネタの周辺には、聖書原理主義と白人至上主義(+アーリア主義)が密接にリンクしてるのがわかった。そのあたりの系譜について色々と書いてみようと思う。
1) 事の発端は19世紀半ば、科学的世界観が発達する前は欧米人は聖書的世界観を信じてた。雲の上には天使がいて、天の遥か彼方には天国があるというような感 じで。でも観測技術の発展でどこにもそんなものがないとわかると、従来の価値観の崩壊でその時代の悩んでたわけなのね。
2) で、みんあがウジウジ悩んでる中、颯爽とブラバ月子ちゃんのプロデュースで登場したのが、チベットの「マハトマ」さん。人類よりも遥かに進化した存在でチ ベットのあたりに引きこもって人類を指導してるっていう設定な。で、信仰の問題で悩んでた一部のインテリはとりあえず納得?する。
3) とりあえず、聖書的世界観を取るのか?科学的世界観を取るのか?で悩んでた人は、もしかしたら神(のような)存在はチベットのよーな人が及ばない所に引きこもってるという事で安心した?と思うんだけど、問題はそこでは終わりではなかったわけよ。
4) 交通網の発達で、それまでは未開の土地だったチベットに徐々に西洋人が入れるようになるワケ。そしたらチベットが特別でも何でもないというのがわかって来 た。そしたら、マハトマさんの住処がなくなっちゃって、高次な存在が住んでる場所ってのがうちゅーの彼方に移動したみたいなんだ。
5) おっとカンのいい子は気がついたかな?聖書的世界観の崩壊とリンクして、ふって沸いたように高次のうちゅー人論の元ネタになる話が出てきたと。これって、 喫茶店に入るとすぐお冷とケーキセットがついてくるくらい、懇切丁寧すぎるきめ細かいサービスだよね。ほんと、高次の存在って空気読める子
6) で、聖書的世界観の権威の失墜と共にうちゅー人が出てくるという、空気が読めすぎる高次の存在のサービスに、進歩派と呼ばれる人たちは食いついちゃったの。まあうちゅー人論が本格的に出てくるのは1950年代なんだけどそれより前はチベットの地下にあるシャンバラとか地底人がメインだった。
7) で、漠然としてたうちゅー人論がいきなり明確になるのが1950年代。ジョージ・アダムスキーという「チベットの高貴なる騎士団」というカルト宗教を運営 してた人が「空飛ぶ円盤同乗記」という本を出して、その本がベストセラーになるの。この本結構凄くて今のスピ系うちゅー人論の原型っぽい。
8) 折りしも1960年代は、アポロ計画でわかるよーに、アメリカではうちゅー開発が大ブームになった。アダムスキーのUFO本もその流れに乗って大ブームに なったわけよ。もしアポロ計画がなかったら、今のスピリチュアル系うちゅー人論はここまでメジャーになる事はなかっただろうねぇ。
9) ちょっと待って!うぃきを読んでみると、アダムスキーが運営してた新興宗教が「チベットの高貴な騎士団」だって?しかも、アダムスキーは8歳から12歳ま でチベットに留学してたって言ってるとか。ふーん河口慧海も同時代に留学してるんだけど、結構大変なんだよ?この話本当かね?
10) いやー話が繋がってきましたねー。おいらが最初、高次の存在はうちゅー人ではなくて、チベットにいるマハトマさんだったと。そのマハトマさんを信仰するカ ルト宗教をやってたおっさんからうちゅー人話が出てくるとか、話がダイレクトにピコーン!ですよ。こんなわかりやすい話があるとはね。
11) 間違いない。うちゅー人の話はチベットのマハトマさんからシームレスに繋がってるとわかったよね?で、ヌッポンではうちゅー人の話は非宗教的な話題となっ てるけどさぁ、amazonでアダムスキーの本を検索したらさ、宗教書みたいな本ばかり出てきたんだよ?つまりUFOってカルトだよね?
12) アダムスキーの「地球人よひとつになって宇宙へ目を向けなさい!」って本だけど、この人類が一丸となってうちゅーに目を向けなさいってアイアンマウンテン レポートを彷彿とさせる気がするのは気のせいでしょか?チベットの話からシームレスにうちゅー人とか何かあるな~とか陰謀論者は考える
13) おっとチベットといえばUFOネタより前に、ナチスがアーリア人(笑)の故郷として探してたネタは有名だよね?ナチズムは極めて白人至上主義が強くて、西 洋の伝統芸能であるユダヤ陰謀論のホロコースト詐欺をやったのは有名だ。で、アメリカのユダヤ陰謀論はナチズムの末裔として続いて行く。
14) アイアンマウンテン・レポートで検索していたらこんな論文見つけた。http://cruel.org/books/ironmountain.pdf …この論文によると、アイアンマウンテン・レポートはアメリカの極右の聖典なんだそうな、またユダ金が世界を支配してる本も、この極右の人たちにとってはバイブルなんだそーで。
15) おや?この論文で書かれてる話は主にアメリカの極右派(耶蘇教原理主義だと思う)で言われてる言説だって。これとまったく同じ事がリチャード・コシミズが 唱えてるんだけどコシミズってアメリカ嫌いで独立したいんじゃなかったっけ?それなのにアメリカの耶蘇教原理と同じ事行っちゃってるよ?
16) リチャード・コシミズが唱えてる事は、アメリカでは統一教会の息がかかった耶蘇教原理主義と同じ言い分だ。実はコシミズのユダ公叩きって宗教教義のために そうしてるんであって、事実と関係ないって事じゃない?反米なのに言ってる事はアメリカの宗教原理と同じってやっぱこーさくいんだわ。
17) かねがね、リチャード・コシミズには統一教会疑惑があったけど、こういう思想の背後関係からコシミズが統一教会のこーさくいんだという可能性も浮かび上が るワケ。統一教会というと、壷カルトの勝共なイメージしかないけど、本当は右も左も関係ないのかも?北朝鮮と仲良しだしねー。
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寸止め陰謀論者の話を聞いたり本を読んでも真理の探究の障害になるだけ。
①天皇絶対(天皇擁護)
②万教帰一(ワンワールド推進用の東アジア共同体礼讃)
という生長の家の教義に忠実なコシミズ。
教皇派vs天皇派ってキリスト教保守VS新キリスト教派?
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-82.html
カァコ @onigiri3_
@lakudagoya @makeanovel @MomoRaburin ”うちゅー人は電気つーことかな?”面白いです!!肉体を捨てて電波になる?! ....エジソンが屍者の研究してたって話にもつながるような。。
私も全然詳しくないですが、宇宙人の定義が人間に近い形でもなく電波かも?っていうのが面白いなと思いました。一般にはETみたいな情報を流してるけど本当は電波だった、、みたいなのだったら面白いなと。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya
@onigiri3_ @makeanovel @MomoRaburin あはは。その可能性あるかもですね。まあ、そうなっちゃったらもううちゅー人自然現象になっちゃいますぞ?うちゅー人はETみたいだからプレミアがつくのですっ!力説
そう、プラズマだったら単なる鬼火で終了ですよ(笑)肉体がなければ仏や天使でもいいですしね。
うちゅー人が電波とかそういう存在だったら、うちゅー人単なる自然現象になっちゃうよーな?うちゅー人は大槻教授の言うプラズマだったら、全然ありがたみがないというか、お土産うちに持ってきてくれない可能性高いから。。。ぐすん。
そういえば、関の都市伝説でフランシスコ法王(by イエズス会)がうちゅー人に関するネタを発言してたけど、主にUFOやうちゅー人の目撃証言のあるのは中南米などのカトリックの国が多いよな?で、法王の うちゅー人発言だ。うちゅー人騒動の裏にはイエズス会あたりが一枚噛んでるのではないか?
サイエントロジーもアダムスキーのチベット&UFOカルトもそうだけど、ファンタジーテイストの聖書信仰と違ってSF小説で騙しちゃえみたいな感じ。この手のカルトってさ、なんか教義もシステムもそうなんたけど、レトルト食品やインスタントラーメンで教義を作ってるような偽者感?を凄く感じる。
コーヒーブレイク レプティリアン脳?
http://lakudanekoneko.blog.fc2.com/blog-entry-16.html
”この前、犬HKの番組で臨死体験の話があってたんだけど、脳科学の研究では人が神秘体験をする時は、脳の一番太古の部分である爬虫類脳が反応するんですって。
おおっ、これってまさかデーヴィッド・アイクの言うレプテリアンの話の真相に近づけるか?と思ったもん。
もしかして爬虫類宇宙人って、この爬虫類脳と関係あるのかな?
アイクが言う爬虫類宇宙人と言われる支配者って、やたらと暴虐で儀式が好きで権力欲が旺盛とある。歴代の中国皇帝とかもそうだし、世界中の支配者たちはアイクの言う爬虫類宇宙人みたいに、暴虐で儀式好きで権力欲が旺盛なのよね。ちゃんとした資料にあたったわけではないので、確定された事実とは言えないけど、爬虫類脳が強く活性化すると人は暴力的で残忍になると聞いた事あるような。
爬虫類脳って、そういった野蛮さだけでなく、神秘体験とも密接に深く繋がってたとしたらどうなるだろうか?
世界中の宗教は、主に神秘体験をした事で啓示を得て生まれてるわけよ。
儀式をすると、意識の切り替えが容易にできるので、場合によっては爬虫類脳にアクセスして神秘体験ができるかもしれない。瞑想と爬虫類脳が活性化する薬物を組み合わせれば確実かな?
となると、アイクが言う爬虫類宇宙人みたいな権力者は、歴史上では権力者であると同時に宗教的権威でもあることが往々にしてあるから、もし爬虫類宇宙人の血筋というものがあるのなら、人間だけでなく哺乳類や爬虫類にもある、爬虫類脳が強くて神秘体験しやすい血族がいるのかもしれない。支配者がやたらと血筋にこだわるのは残虐だけど神秘体験とかしちゃって電波を受信しやすい血筋を守ってるのかもね。もっともこんな血筋があったとしても、生物学的に証明するのは無理に等しいのだけど。
で、儀式好きで残虐で冷酷で権力欲が強いなら、普通の良心がある人を支配するなんてたやすいし、一般人が爬虫類宇宙人みたいな真似をしようと思っても、良心の呵責などで挫折するかキチガイになるかでできないわけよ。
どんな悪行の限りを尽くしたとしても、良心の呵責に耐えられなくならないのってやはり血筋のせいだろうか?サイコパスは欧米では100人にひとり、東洋人ではおよそ1万人にひとりで存在するわけだけど、このサイコパスの割合って何か意味のあるのかね?
白人がインディアンや黒人やアボリジニをいくら殺しても平気だったのって、この血筋のせいがあるのだろうか?
普通の人でも、犬や猫や動物を殺すのと人間を殺すのでは、抵抗感や罪悪感がまるで違うのだけど、もし白人に限らずだけど、そういう血筋の人が「自分らはホモ・サピエンスとは違う」という意識があったとして、黒人やインディアンや下層階級の白人を犬や猫のように捉えてたとしたならば、それはありゆるわけよ。
俺は普通のヌッポン人だからさ、「自分は有色人種とは違う」という感覚がわからないわけよ。でもそういう血脈の人に聞いたらその人たちは、一般のホモ・サピエンスとは違うという感覚を持ってるわけなんですわ。
生物学的な事実がどうであれ、そいつらが「自分はホモ・サピエンスと違う」という感覚を体感的に持ってたとしたら、凶行に及ぶのはわけないよね。
科学的な学説やら宗教の教理やらがどうであれ、体感的に「自分たちはホモ・サピエンスと違う。ホモ・サピエンスの一般人は犬や猫と変わりないからいくら殺してもいいし、徹底的に自分らが管理しないといけない」というものがあったとするならば、止める手段なんざ殆どないってわけさ。
おそらくナチスやらの優生学だって、先にそういった感覚があって、時代が時代なので科学的でないと誰も信じないから優生学という科学のフリしてたわけで、最初から別に優秀な白人がいるということを証明しようというわけではないと思う。証明できたらそれこそ世界中の植民地主義に対する大儀名分ができるんだけど。
まあでも、それも作られた観念だと思うんだよね。
最近、やたらと日本万歳番組があってるのってさ、日本人が優秀=世界を支配する大儀名分を作るためじゃないかって思うのよね。戦前、日本は半島人や中国人に対しても見下してたでしょ?そういう意識だって最初からあったわけじゃない。幕末まで、知識人といったら漢文を書けて、中国の古典を勉強してた。幕末まで中国に対する侮蔑の念なんかまったくなくて、とても尊敬してたんだよね。それが日中戦争の後になって中国に入植すると見下しの感情になってしまうわけなんだよね。これプロパガンダとしか思えないんだけど。
戦前、日本はあちこちに植民地をもってたんだけど、それと連動して、植民地主義の尖兵のような連中の神道カルトが「日本人は神の民」みたいな洗脳工作をやってたんだよね。それって結局、白人は世界でも優れてる民族=それゆえに支配する大儀名分があるとかいってたイギリスの洗脳工作と何一つ変わらないんだよね。
西ヨーロッパのキリスト教(カトリックやプロテスタント)は自然と切り離された感覚を持ってるゆえに、クリスチャンという連中は神父や牧師の言葉で動くロボットがいっぱいいるんだよね。
だから、日本が戦前マスゴミで中韓に対して見下すようなプロパガンダを、キリスト教教会がやって「有色人種は人間ではない」とか言ってたら、そうやって動かされる人は沢山いるだろうねえ。
そういうわけで、爬虫類脳やらそういう血筋やら優生学やらって、現時点では観念でしかないわけよね。
人種という観念だって怪しいもんだ。日本人だって、DNA的に見たら中国人や半島人と変わらないし、見た目だって見分けがつかないのに、中国や韓国とは違うと感じるわけだから。違うのは、人種じゃなくて宗教や文化や風土や言語が原因かも知れないのに。
このナチスやら英米が言う「人種」ってかなり怪しいんだよね。
ナチスやら英米の連中は、ヨーロッパのキリスト教徒で同じ白人でもラテン系やスラヴ系も白人とは認めてなかった。イタリアやスペインなんかは、アラブ系と混血してる人が多いんでわからんでもないけど、ドイツやイギリスより白いスラヴ系を白人と認めないのは正直意味がわからん。スラヴ系、映像で見るとアングロサクソンより真っ白で金髪率が異常に高いわけで。
このような感じで「白人」の定義もいい加減な有様なわけだから、もう血筋やら人種だって観念でいいだろうと。
色々な事でさえ、確定された事実なんざ驚くほど少ないってわけでね。
だから爬虫類宇宙人の血筋だって、アーリア人(笑)だって、実在するかどうかわからんわけだ。アーリア人(笑)はあからさまに実在しない言語学の観念なんだけどな(笑)
それでも血筋信仰やら爬虫類脳と神秘体験やらに悶々としてるのが俺ってことさ。”
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya
ナチスはバチカンの超古代?の科学調査隊だったというねこねこさんの説は面白いな。だってナチスのスポンサーはバチカン。チベットに近づいたのもバチカン様が秘密の情報を奪って秘匿するためだし、聖書的な創造論にあわせてこいつら世界中で前文明の痕跡となるものを意図的に破壊してるからな。
おいらは、超古代文明論はどこまで本当かよくわからないと思うのだけど、もしも科学を発達させるための「文明の種」が保存されてたら、また文明を再現する のは難しくないと思うよ。その「文明の種」というのは、ギリシャ哲学のような科学のもとになる考え方や高度な文明を作るための帝王学とか。
仮にカタストロフで超高度な科学技術が失われたとしても、それを発展させる手法さえ保存しとけば時間はかかるけど、再生させるのは不可能じゃないんだよ。 自然科学の持つ方向性すらきちんとしてればいつかは真理にたどり着くからね。よって、科学文明は今の文明がはじめてというのはインチキだよ。
耶蘇教の挙動を見てると、アレクサンドリア大図書館の破壊から始まって、こいつらは世界中にある過去の文明のヒントとなるものを意図的に破壊してるから な。これは南山宏の「沈黙の大陸」に詳しく書いてある。超古代文明に繋がるか?と思うネタが出てくるとみーんな宣教師が破壊してやがる。
こいつらが、どんな目的で前文明の遺物を破壊してるか知らないけど、単に世界は6000年前に創造されたというアホ教義を守るためではなさそうだ。多分、 アレクサンドリア大図書館破壊でやったような古代の智慧を独占するためだろうな。表では科学は悪魔と言っても本心は超強欲なんだよねー。
も @gatchim16 2013年9月10日
2009年度阪大国語大問2問4選択肢ア 「ドラえもんは自分の存在理由を消し去るために存在している」 ドラえもん怖すぎワロタ
おーみ @kamakiri_v_g 2012年6月9日
@yuno_rabbit 確か阪大が「ドラえもんはのび太の子孫がのび太に借金させないように未来から送り込んだロボットだから、逆に成功するとその未来ではドラえもんは不要。つまりドラえもんの存在意義は自分の存在意義を消すことにある」って評論を出してたな
Tak Nakamori @psr1509 6月7日
阪大の国語で出たというドラえもんの哲学論の出展はこれか。 永井均「マンガは哲学する」http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4006031831/knowledgephil-22/ref=nosim/ …
永井均『翔太と猫のインサイトの夏休み』を再読したのでメモ。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-64.html
”・“「もしね、もしもだよ、かりに立花由美が生まれてから一度も怒ったことがないとするよ、そしてね、急にいま死んじゃうとするんだ。」
「死んじゃうの!?」
「もしも、だよ。そういう場合、彼女がほんとうは怒りっぽかったっていうことがありうると思う?」
「それ、どういうこと?」
「別に立花由美じゃなくたっていいんだけどさ、ある人が一生怒ったことがなかったんだけど、それはたまたま不当な目にあうとか、そういう怒らなきゃならない状況に出くわさなかっただけで、ほんとうは生涯ずっと怒りっぽい人だったってことがありうるか、っていう問題なんだ。」”p.21
彼女はほんとうは怒りっぽいとか、この部屋は見られていないときは存在しないとか、ぼくたちが培養器の中の脳だとか、そういうことが主張できるためには、ぼくたちが実際に手に入れられるような根拠がなくちゃいけない。
・「生前には認められなかったけど、その人の死後で実はすごく重要な仕事をしていたってことが分かることがある(みなされる、そう評価される)。
そういうことがあるんなら、死んでからもずっと永遠に認められなくたって実はほんとうは凄く重要な仕事をしていたって人がいたっていいと思わない?」
「あまりにも天才的すぎて百年、千年たってもその人の仕事の意味が誰にもわからないってことはありうると思うよ。そのうち人類が死滅しちゃえば、その人は結局、なんでもなかったことになっちゃうけど……」
「結局何でもなかったってことに(原文だと「に」が抜けている。脱字)なるってことは、結局何でもなかったってことなのさ。その人は『ほんとうは』天才だったって主張に、意味を与えることはできないんだよ。」
「誰にも認められなくても確かめられなくてもほんとうは……」という立場は、
実在論といってとても由緒正しい立場。
英語だとリアリズム(realism)といい、「ほんとうは」(really)からきているから
「ほんとうは主義」と訳した方がいいかもしれない。
ぼくらが絶対に知ることができなくてもほんとうはそうだってことがある、って考えるのが実在論。
「誰にも認められなくても確かめられないなら結局何でもなかったってことなので、『ほんとうは』天才だったって主張に、意味を与えることはできない」
という立場が、
反実在論とか非実在論とか呼ばれる立場。
哲学に関する様々な対立の根底にはたいていこの実在論と反実在論の対立がある。
・今見えているものが実在しているかどうかは疑えるが、見ていると「思っている」ことは疑えない。主観体験の見え=私は見えていると思っている、は疑えない。
触れている「と感じている」、ということも疑えない。
・幻覚なんてものはめったにない。だから見えたらもうあるって思い込んでいい。もっと強く言えば、ものを見るってことは、見た通りにあるって思い込むこと。
だから、見えたのにそれがあるって思わないで、ないかもしれないなんて言う人がいたら、そんな人の方がそう言うための根拠を示す必要があるんだよ。特に根拠もないのに、見えたのにないかもしれないって言う人は、もうそれだけで懐疑論者だよ。
懐疑論者は用心深いように見えるけど、実はそうじゃなくて、けんかっぱやいんだよ。おまえはそう決めてかかってるけど根拠がないじゃないかって、すぐに食ってかかってくるんだ。
そう言われてみると、こっちもよく考えたた(「た」が一つ多い。言っておきますが、“”でくくっていない箇所は原文とまったく同じではありません)うえで決めたわけでもないから、困っちゃうわけさ。でも実はものごとにはそれぞれものによって勝手に決め込んでいい方向、決めこまなくちゃいけない方向っていうのがあるのさ。それを疑うことに意味が出て来るのは、よほど特別の事情がある場合だけ。
いったん売られたけんかを買っちゃったら何か根拠づけが必要だから懐疑論者の勝ちははっきりしているんだけど、そもそも売られたけんかは買っちゃいけないんだよ。挑戦をうけつけない限りは、こっちの勝ちが決まってる。懐疑論者がけんかを売ってきたらね、おまえのその挑戦自体がまとはずれなんだ、と言い続ければいいのさ。そうすれば勝負はこちらの勝ち。
(…)
・ぼくたちがこころや意識のないロボットをぼくたちの仲間に入れてぼくたち扱いしさえすればそのとたんにロボットにも心や意識が生じる。人間もいくら解剖しても心も意識も見つからない。ぼくたちは人間と、それに似たものしか心あるものとみなさない。
・性質がまったく同じものが二つありうるのは、時間と空間ってものがあるからなんだよ。時間と空間が無い可能世界ってものを想定するとね、そこでは性質がまったく同じものは個数としても同じもの、つまり一個のものになっちゃうんだよ。つまり全性質が同じであるってことと、個数が一個であるってことが、区別できなくなっちゃうんだ。
そもそも、そういう世界では、一個、二個って数えられるような物ってものが考えられなくなっちゃうからね。二つのボールの区別は、時空的な連続性が重要。
・バークリー「何かが存在するとは知覚されているってことにほかならない」
ヒューム「因果の概念は習慣によって作られた我々の信念でしかない」
因果関係そのものは想定されるだけで見えない。
・夢=心の中にあって外界に存在しないもの
・カントは、
“ぼくらのものごとのとらえ方にはね、習慣によって作られた信念なんかじゃなくて、それ以外ではありえないような型みたいなものがあるって考えたんだ。そういう、ものごとのとらえ方の基本的な枠組みみたいなのをカテゴリーって言うんだけどね。日本語で言えば範疇だな。因果性のほか、まえから使っている『ものとその性質』なんていうとらえ方もカテゴリーなんだ。ぼくらは、ものごとをとらえるとき、すでに必ずカテゴリーを使ってるんだ。
カテゴリーのくわしい話はまたにするとして、とにかく、さまざまな感覚的経験にカテゴリーが適用されることによって、はじめて、それが【客観的な現実】として認められることになるんだよ。カントは『視霊者の夢』って変な本を書いてるんだけど、これはね、スウェーデンボルグっていう当時流行の視霊者、つまり霊を見たと称するやつなんだけど、まあ霊媒みたいなもんだな、そいつの言ってることがほんとうかってことを考えた本なんだけどね。結論を言うとね、どんなにありありと見えたとしても、それはありえないこと、つまり『夢』にすぎないんだ。つまり、客観的な実在と対応してないんだよ。なぜかっていえば、要するに因果性のようなカテゴリーが適用されないからなんだな。まあ、カントに言わせれば、猫と話をするなんてことも、ありえないことだ、だからやっぱり『夢』でしかないってことになるかもね。
カテゴリーが適用されることによって、対象は客観的なものになるって言ったけど、そこには統覚っていうはたらきが必要なんだ。統覚っていうのはね、自分が知覚したり経験したりするさまざまなものごとを、カテゴリーに従って秩序づけるはたらきだ〔原文ママ〕なんだけど、それをするのが自我のはたらきなんだ。カントはね、デカルトの『私は考える』っていうあの原理を統覚作用として読み変えたんだ。カントによれば、『考える』っていうことはカテゴリーを適用するってことだからね。
カテゴリーがぼくらがものごとを理解する枠組みだとすると、時間空間はぼくらがものごとを感覚する枠組みなんだけど、その話はまたにしよう。とにかく、カントのこういう考え方はね、バークリーたちみたいに、現実を夢だって言って心の中で起こる夢にしちゃうんじゃなくてね、逆に、時間空間とカテゴリーで、まず心の中で起こる夢みたいなものを考えておいて、客観的な現実全体が実はその中にあら【ねばならない】んだって言う、ってやり方なんだよ。”p.105-107
※〔原文ママ〕も【】も原文にはなく、【】内一文字一文字に傍点。
国家神道=新キリスト教
=平田篤胤思想+現人神思想+ #スウェーデンボルグ 思想。
スウェーデンの貴族スウェーデンボルグの思想が神智学、スピリチュアル、ニューエイジ、宇宙人説、出口王仁三郎の霊界物語、大本教系(主要政党を支配)、大本教系の日月神示の元ネタです。
平塚らいてう(姉が #大本教 信者)が寄稿記事で『霊界物語』と #スウェーデンボルグ の関係を指摘しています。
大本教系の日月神示は和風スウェーデンボルグ。
丸に十字を掲げる大本教の出口王仁三郎の #日ユ同祖論デマ
1766年 - 『形而上学の夢によって解明された視霊者の夢』
Träume eines Geistersehers, erläutert durch Träume der Metaphysik
“1766年、『視霊者の夢』を出版[注釈 3][6]。カントはエマヌエル・スヴェーデンボリについてこう述べている[7]。
「別の世界とは別の場所ではなく、別種の直感にすぎないのである。-(中略)-別の世界についての以上の見解は論証することはできないが、理性の必然的な仮説である。スウェーデンボルクの考え方はこの点において非常に崇高なものである。-(中略)-スウェーデンボルクが主張したように、私は、〔身体から〕分離した心と、私の心の共同体を、すでにこの世界で、ある程度は直感することはできるのであろうか。-(中略)-。私はこの世界と別の世界を同時に往することはできない。-(中略)-。来世についての予見はわれわれに鎖されている。」
”
イマヌエル・カント(Immanuel Kant, 1724年4月22日 - 1804年2月12日)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%8C%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%88#.E7.94.9F.E6.B6.AF
“スヴェーデンボリへの反応は当時の知識人の中にも散見され、例えば哲学者イマヌエル・カントは『視霊者の夢』中で彼について多数の批判を試みている。一方で、限定的に「スヴェーデンボリの考え方はこの点において崇高である。霊界は特別な、実在的宇宙を構成しており、この実在的宇宙は感性界から区別されねばならない英知界である」(K・ ペーリツ編『カントの形而上学講義』から)と評価も下している。”
エマーヌエル・スヴェーデンボーリ(Emanuel Swedenborg, 1688年1月29日 - 1772年3月29日)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%8C%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%AA
英知界:理性による思考・観念によって捉えられるもの
現象界:感覚的に経験、物理的に認識できるもの
人間はこの二つの世界にまたがって存在している。
(…)
・「人間は動物ではない。
犬は人間である。
それゆえ、犬は動物ではない。」
「魚は水中を泳ぐ。
マグロは水中を泳ぐ。
それゆえ、マグロは魚である。」
前者が論理的に正しい推論で、後者は非論理的な論理的に正しくない推論。
前者を形式化すると
すべてのBはCではない。
すべてのAはBである。
それゆえ、すべてのAはCではない。」
明らかに論理的に正しい推論。
後者は
「すべてのBはCである。
すべてのAはCである。
それゆえ、すべてのAはBである。」
二つの前提ではAとBの関係については何も言っていないんだから、そこからAとBとの関係について推論なんてできるわけがない。明らかに論理的に間違った推論。
論理的な正しさは、前提や結論の事実的な正しさとは関係ないんだ。二つの前提が「もし」正しい「としたら」、結論も「どうしても」正しく「なくちゃいけない」っていえるかどうか、これがポイント。最初の方の推論は前提も結論も事実的には間違っているけど、もし二つの前提が正しかったら、結論は「どうしたって」正しくなっちゃうから正しい推論。
内容的には間違っていてもいい。論理的な道筋の正しさは、個々の内容が現実と合っているかどうかとは関係ない。
ある議論が正しいかどうかを問われると前提や結論が現実と一致しているって意味で正しいかどうかをついつい考えたくなっちゃうね。でもそういうことは論理的推論そのものの正しさとは関係ない。今でも科学者や評論家の中にもこのことが良く分かってない人が結構いるから注意した方がいいよ。
(論理とは事実的な正しさとは無関係に、前提が正しければそうなってしまう構造、手続きであって示されるしかない規則なのでしょうね。論理的な文章とか論理的な思考が何を教えるには、実際にその文章や思考を示さないといけないから。)
(…)
・“ある時点で時間が創られるって話は、ぼくらには理解不可能なんだよ。だって、ある時点で創られたんなら、それよりまえはどうなってたんだ、ってことになるからね。ぼくらの時間概念は、そういう時間の創造とか、時間の開始って問題が考えられるようにはできてない、って言ってもいいな。何かが創られたり始まったりするのは、すべて時間の中でのことなんだ。」
「時間が創られたとすると、それは時間内のある時点で、じゃなくて、なんて言ったらいいのか、時間の外からってことになるんじゃない?」
「なるかもしれないけど、そんなことイメージできる? 時間の外から時間を創るなんて。そもそも時間が始まるってこと自体が、ぼくらには理解しようがない観念じゃないか? ぼくらが理解してる『始まる』とか『創られる』って概念はそもそも時間的な性質を持った概念だからね。それを時間そのものに適用しちゃうことなんかできないのさ。」
「空間も同じかな? 空間を空間の外から創るっていうのはどうかな?」
「そもそもね、空間が創られるまえの状態なんて想像できるかい? 時間は流れているんだけど、空間は存在しない世界なんて、そもそも考えられないだろう?」”p.185-186
空間が無い状態を、何かカラッポなイメージをしても、それは結局は空間を想定してしまっている。
空間はどこまで広がっているのかとか、時間はどこから始まってどこまで続いているのか、なんて問いには意味が無い。空間を空間現象だとみなしたり、時間を時間的現象だとみなしてしまうのは錯覚。ぼくらは時間と空間の外に出て対象として眺めることはできない。
だからカントは時間空間はカテゴリーと並ぶ主観の側の形式だと言った。
じゃあ、時間が急に止まっちゃうとか、逆流しちゃうとか、それからタイムトラベルなんてことも絶対不可能ってことになるね。
ぼくらが考えることもできないことは、起こることもありえないさ。要するにね、考えられるかぎりのどんなにへんてこなことが起こったって、ぼくらはそれが時間が止まったなんてみなさないんだからね。だから時間は止まらないのさ。
もうきみは「でもぼくらにはわからなくても、ひょっとしたら、いつか時間が止まったり終わったりすることがありうるかもしれない」なんてことは言わないだろうね。そういうことは最も根本的な意味で「ありえない」ことなんだよ。ぼくらはぼくらの知っているこの時間空間しか知ることはできないんだ。だから、そういう意味で、タイムマシンに乗って過去へ戻るなんてことはありえないさ。もしぼくらが「これから」タイムマシンに乗ってどこかへ行くなら、行きついた世界がどんなにむかしの世界であろうと、それは出発時から見て未来の出来事なんだから。どういうわけか未来の中身が過去と瓜二つだったってだけのことさ。「いまから」ぼくらが過去へ戻るなんてことは論理的にありえないことなんだ。
(百年前に自分が行ったのか、周囲が百年前と同じ状態に変化したのか、区別はつきません)
ある物差しの長さに疑問を持ってその正確な長さを知りたいと思ったら別の物差しが必要。もし物差しが世界に一本しかなかったら、その物差しの正確な長さを計ろうなんて無理な企て。他の全ての者がその物差しで測られるだけで満足しなくちゃならないんじゃないか。
(時間や空間も、たった一つの物差し)
・死は体験じゃないんだよ。痛みや悲しみや欲望のように、他人や自分が持つものじゃないんだ。だから死んだ人だって死を体験してはいないさ。臨死体験はありえても、死の体験はありえないんだ。体験する主体そのものが消滅するってことなんだから、まさにその体験がありえないってことこそが、死ってものの根底的な意味なんだよ。
自分が消滅した状態を自分が「思い描く」っていうことは本質的に不可能。
でも自分の消滅するってことの意味を自分が「考える」ことはできる。
死ぬのが嫌なのは、死んでるって状態が嫌なんじゃなくて、もう生きられないってことが嫌なんだよ。だから長生きはいいことだと思うけど。長死に(大昔に死んで今まで長く死んでいること)は別に悪いことだって思わない。
“愛ってのはね、どこまでいっても、結局は話なんだ。それに対してね、存在と無は、生と死は、究極的にはね、話じゃないんだよ。それは、現実なんだよ。ただ、受け入れるべき現実なんだよ。」
「存在って、ぼくが存在してるってこと?」
「そうさ。それはほんとうの奇跡なんだよ。どんな因果性からも説明できないし、どんな理由や根拠づけも、そこにはおよびえないんだ。『なぜか』そうだったってことから、すべては始まるんだよ。必然も偶然もそのあとの話さ。“p.203
『』は原文にはなく、原文は『』内の一文字ずつに傍点。
“人生に意味を求める人が多いんだけど、あれはまちがいだよ。人生の内側には、もちろんたくさんの意味づけができるし、生きがいはあるさ。でも、人生の全体を、つまりそれが存在したってことを、まるごと外から意味づけるものなんて、ありえないさ。そんなものがありえないってことこそが、それをほんものの奇跡にしているんだからね。そこを誤解しないようにしないとね。人生の内部のさまざまな行為や出来事に意味を与えるのと同じように、自分の存在そのものにも意味を与えてしまったら、人生の深い味わいの大半は失われてしまうんだよ。そもそもね、ぼくらはね、みんな、意味づけの病に陥っているんだ。世の中で何か事件が起こると、新聞やテレビや、学者や評論家が、意味づけ合戦を始めるだろ? あれはもう病気だよ。世の中で起こったことに、意味なんかないのさ。ただ、たまたま起こっただけなんだ。そしてね、表舞台で演じられるああいう意味づけ合戦が、どうしても自分自身に向けられたものとは感じられない『まともな』人々が、かわいそうなことに、自分自身に直接向けられたメッセージを探しに向かうんだよ。でもね、翔太、そんなものはどこにもないんだよ。」
「でも、もしかしたら、ぼくの存在には神さまの計り知れない意志が働いているのかもしれないよ。」
「もしそうだとすれば、そんなことは絶対に考えられないと思うよ。ぼくらはね、自分を産み出している培養器の中の脳について考えられないのと同じ意味で、ほんとうに存在する神については決して考えることができないんだよ。ぼくやきみが生まれてきて、いまここにこうして存在していることには、ひょっとしたら、何か、ぼくらの知らない、ほんとうの意味があるかもしれないよ。でも、もしあるとしても、それがほんとうにほんとうの意味なら、ぼくやきみがそれを知ることはもちろん、それについて考えたり語ったりすることさえ、絶対にできないんだから、こんなふうに言うこともできないんだよ。だから、そういうことが分かるとか、知っているとか言う人は、絶対に信じちゃいけないんだ。」
「でも、もし媒介者がいたらどうなる? そういう超越的な世界とぼくたちが住んでるこの世界とをつなぐような。たとえばイエス・キリストみたいな。」
「もし、それを信じることでこの世界での人生が意味を持つのであれば、そういう話はぜんぶ嘘だって断言できるね。でも、そうでないなら、ひょっとしたら、信じられるかもね。」
「そうでないって?」
「それを信じても、何の意味もないような話なら、ってことさ。たとえば、宇宙は巨人族の庭にあるバケツで、ぼくらは彼らの食料のための餌として備蓄されている虫だ、ってな話なら、信じてもいいさ。それを信じても、自分の人生全体が意味づけられるわけじゃないからね。そうでなくて、人生全体に意味や価値や物語を与えるような話は信じちゃいけないんだ。翔太、きみはニヒリズムって言葉を知っているかい?」
「知ってるよ。すべては無意味だっていう思想でしょ? だから、生きていることなんか意味がないって。」
「むしろ逆だな。ニヒリズムっていうの〔原文ママ。恐らく「は」抜け〕ね、すべてには意味しかないっていう考えのことなんだ。人生は何のためにあるのか、とか、自分は何のために生まれてきたのか、とか、そういう問いこそが虚無的(ニヒル)な問いなんだよ。そして、もし何かひとつの全体的な意味づけの中に一生涯没入して生きる人がいるとしたら、それこそがむなしい、ニヒリストそのものなんだ。」
「でも、宗教って人間を救うためにあるんでしょ? だから、それを信じることによって救われるなら、それでいいんじゃないの?」
「たしかにね、人生の内部での自分の欲望の現実化だけをそのつどの人生の目標として生きていくのもむなしいさ。どんな満足感も慣れれば薄れていって、すぐにまた不満足に変わってしまうからね。だから、そうした全体を意味づける何かが欲しくなる気持ちはわかるよ。特にね、不満足な人、不幸な人はね、まさにそのように不幸であることに、自分が生きているほんとうの意味を見いださざるをえないときがあるからね。それは、やむをえないことさ。
(…)
いま、きみ自身が持っているいろんな素質とか能力とかがあるだろう。若いころはそういうものが自分自身の人生を決めていくような感じを持っている。でも、それは錯覚なんだ。ほんとうは、思いもよらない偶然が君の人生を決定してしまう。幸福な偶然(グッド・ラック)もあれば不幸な偶然(バッド・ラック)もあるさ。幸福でも不幸でもない偶然もたくさんある。そういったことは文字どおりたまたまなのだから、何の根拠も意味もない。でも、そういう意味のないことがたまたま起こったってことには意味があるんだ。その意味のなさこそをよくよく味わわないと。そこでこそ、全宇宙の存在の奇跡と君の存在の奇跡が出会うんだ。そういう偶然を味わうためにこそ、君は一回かぎりこの世に生まれてきたとさえ言える。
(…)
新聞やテレビや、学者や評論家を、絶対に信用しちゃだめだよ。世の中で通用するってことは、ほんとうに大事なことはぜんぶ『はしょって』あるってことの証拠だからね。哲学から学べるような一般論はね、そういう自分に固有の体験の場で鍛えられてはじめてほんものの知識になるんだ。“p.204-208
『』は原文にはなく、原文は『』内の一文字ずつに傍点。
宗教は人間を支配するためにあります。少なくとも布教熱心な宗教は侵略用。キリスト教が典型例。
その宗教が何人救ったかは数えにくいが、何人殺したかは数えやすい。
私たちは私たちの言語と私たちの理解力、認識、知覚の外に出ることはできません。可能性というのはそのなかでしか考えられません。だから、あなたの人生全体の意味がわかる人はこの世に存在することができません。あなたの人生全体の意味がわかる存在がもしいるならば、その存在は私たちの言語、理解力、認識、知覚の外にいますので、私たちは考えることができません。できるって?
それは錯覚。その存在「の想定」をあなたの思考「の中に出現させているだけ」で、絶対にあなたの思考の外の存在には至れませんから。
だから宗教は、宗教の神はインチキなのです。特に唯一神は大ウソ。
“答えが用意されているような問いは、ほんとうの問いじゃないんだ。そういう問いは、答えがないほんとうの問いを問うための練習にすぎないんだよ。問いのまえで茫然とするしかないような問いこそがほんとうの問いなんだよ。”p.209
“哲学することが流行したことなどかつてなく、これからもない。しかし、人間が哲学することをやめたことはかつてなく、これからもない。ただそれだけのことだ。一般の理解に反して、哲学とは主義主張や思想信条のことではない。その正反対である。哲学とはむしろ、主義主張や思想信条を持つことをできるだけ延期するための、延期せざるをえない人のための、自己訓練の方法なのである。少なくとも、本書が思想書として読まれるようなことだけはないようにと、私は願っている。"p.216-217
”
永井均『マンガは哲学する』。藤子・F・不二雄『藤子・F・不二雄[異色短編集]1 ミノタウロスの皿』・〈異色短編集〉2『気楽に殺ろうよ』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-62.html
”2 異文化との出会い?――藤子・F・不二雄「ミノタウロスの皿」,「サンプルAとB」,「絶滅の島」
異星人が地球人AとB(男女の若いカップル)を観察し母星に報告する話「サンプルAとB」
性行為=“外皮を取り去った両者の体には相違点がある(…)ともあれAとBはその相違点を奇妙な形で利用しあったのである。(…)この行為は相求める両者の欲求の帰結であったらしい。AもBも深い充足感に満たされた”
※相違点利用図=挿入断面図つき。
服って確かに、最外部の皮膚=第二の皮膚だよな
剣による戦い
=“彼等の行動の意味は我われには理解しがたいものであった。上肢に持った金属片を相手の体の中に挿入するのが目的のようである”
食事
=台上の物体にはかつて生命活動をおこなっていたらしい形跡がある。A、A´、A″はこれを身体上部の穴へ押しこみはじめた(…)
哲学を学ぶほどに哲学をただ研究するだけの人になってしまう。これは歴史学者に似ている。歴史学の真に正しい姿勢とは定説も自説もどうでもいいと思って取り組むことであるが、そんな者はそもそも歴史学者になりはしない、という構造に似ている。となると、アマチュアの重要性は極めて高いと言える。そして同時に、素人の見解、特に素朴で常識的な疑問こそが大事なのだ。専門バカはこの文章読んでも理解できないだろうな。理解できても実践しなけりゃ理解していないのと同じです。
(…)
第四章 時間の謎
1 ドラえもんは何のためにいるのか――藤子・F・不二雄『ドラえもん』
のび太のせいで大借金をいまだ払い続けている孫のセワシ君は、「特定意志薄弱児童監視指導員」の肩書きを持つドラえもんをのび太のもとに送り込む。ここまではいい。
では、のび太が借金を子孫まで残すような大失態をやらかす原因が、ドラえもんによって消えたならば、ドラえもんがのび太のもとにいる原因(理由)そのものが消えてしまう。
そう、ドラえもんは、自分自身の存在理由自体を消し去ることが存在理由なのだ!
“自分の存在理由を消し去ることがその存在理由である存在! 彼が少しでも内省力のあるロボットなら、ある日そのことに気づいて、「ぼくっていったい何のために存在しているのだろう」という実存の不安に襲われるはずである(実際にはそんなようすはまったく見られない。のび太ほどの思索力もない、能天気なやつなのである)。p.125-126
ドラえもんはのび太ほどの思索力もない、能天気なやつなのかー。
のび太の言うことの方が哲学的な気がする。
蛇足
ドラえもんを送り込んだセワシ君自信は借金から逃れられないんじゃないの?
けいと@keitotanner
1970年に自分がタイムトラベルするとしたら、そのときその瞬間に起きた出来事は、「自分が1970年に行った」なのか。それとも、「自分の周りの世界が全て復元された」のか?(「タイムトラベルの
哲学」からかいつまんで引用)
(…)
T・M(タイムマシン)は絶対に
“しられたくない秘密はだれにでもあるもんだ。
個人の情事から、それこそ国家機密にいたるまで。
それがあるうちはT・Mは実用化されないんだよ永久に。“
p.151
タイムマシンが実用化されない理由は技術的問題だけじゃないことを描く。
過去に行って過去の自分に出会っても別に何も起こらないからね。
いや、その過去に行った自分が過去の自分に出会ったという記憶があったら会っていいし、なかったら会っちゃだめ、というのが正しいかな。
ちなみに、過去に行った自分にとっては、過去世界は未来世界だ。過去世界は未来から来た人にとっては新天地にすぎないからね。
あと、侵入者は国家機密側の人だろうね。
(…)
“アンタガ今ヤッテルノハヒョットシテ、
生体ノ組織ニ異物ヲ挿入シコレヲ破壊シヨウトイウココロミデハアリマセンカ。
ナラバムダデス次元がチガウ。”p.231
三次元より上の次元では三次元のようにものとものが衝突することはないから当然、手錠や銃も無駄。高次元から射影で三次元世界に存在しているのがこの兎なのだろうか。うさぎが本来四次元存在なら、この兎のすがたは四次元存在の「断面」=三次元立体、であるが、このようなはなしは別の機会があればすることにする。
ドラえもんの四次元ポケットにあんなにも詰め込めるのは、この「詰め込む」ということ自体が四次元では当て嵌まらないからだ。四次元では三次元のようなものとものの衝突はありえないから。
これいじょう子どもをまきこむのはやめてくれ、とパパは頼むが
エッソレハチョットオカシイノデハ……
という大きな兎。
となると、うさヒョンには子どもと大人の区別がついていることになるな。
でも子どものマーちゃんはきょうはくのまさに当事者である。
だって最後の場面で明かされるが、ヒョンヒョローって落ちてきた星(のかけら)こそがヒョンヒョロなのであり、マーちゃんが持っているのだから。
マーちゃんにひょんうさがきょうはく状を送ったのは、そのマーちゃんこそがヒョンヒョロの所有者だからだ。
例えばヒョンヒョロ初版版を要求するならば、ヒョンヒョロ初版版を持っている人に要求するように。
しかし変則ダガヤクソクスルデス。
と言ったように子どものマーちゃんをまきこまないことを約束するでかうさぎ。
もはやヒョンヒョロを渡す機会は失われ、ヒョンヒョロの正体が絶対にわからなくなってしまう。
時間通りにパパが
宝石や札束=石ころと紙クズ、をもってくるがうさぎは激怒。
ヒョンヒョロとは何かと大人たちはきく。
“宇宙最高最大ノ価値アル、アノヒョンヒョロヲ!?
非常識ナ! アマリニモ非常識ナ!!
イーヤ信ジラレナイ!!“p.237
知っているのに知らない振りして誤魔化したと思ったのだろう。
これが兎側の「常識と非常識」だ。
(…)
・サンプルAとB
小森麻美作画。元ネタはロミオとジュリエット。
・語り手は炭素系生物ではない(人間を炭素系生物と表現しているので)。
・p.117“各個体の外観は まちまちで 体の大部分は繊維質の外皮に包まれている。”
外皮=服。
p.117“上肢に持った金属片を 相手の体の中に挿入”
=剣術。
語り手は金属系生物ではないだろう。金属系なら我々の一部などと表現するだろうし。プラズマ生命体かな。
・p.118“彼等は二本の下肢の付根を支点とし 重心の移動によって前進する。”
彼等という表現から語り手は個体の区別がついている生命体であり、全員で一個体=群体ではないことがわかる。
・受光孔(眼)と太陽光で認識。
・大気の振動でコミュニケーションを行う。
・p.120“石と木で構築された巣。巣に共生する他の個体 いずれもAグループ。サンプルAと近似点多し。以下A´と呼ぶ。A´´と呼ぶ。台上の物体には かつて生命活動を おこなっていたらしい形跡がある。A、A´、A´´はこれを身体上部の穴へ押しこみはじめた。”
サンプルA=ロミオ。Aグループ(モンタギュー家陣営)
・p.121“彼等は これを摂取 することによって 身体構成素子を増殖し活動のエネルギー源としているらしい。 数時間後 不要物質の排出が見られた。 摂取→排出孔は 曲りくねった長い管で接続されている。 極論すれば この生物のモデルは 一本のチューブで表わし得るわけだ。 その後の観察によって チューブを満たす行為は彼らの日常生活の 主目的となっていることが明らかにされた。”
・p.122“彼等の目的地は Bグループその他の大群生地であった。これは先刻の激しい反発ぶりからみて不可解というほかはない。
群は上肢をつなぎあい律動ある単調な運動をくり返している。”
手をつないでダンスしている。観察存在には戦いの訓練という概念がないのかもしれない。
・p.124“一つの因子と推定されたのは頭部表面の凹凸である。 他の個体の観察例を集計した結果 凹凸の微妙な差と異変との間に明らかな相関関係が示された。”
美醜=頭部表面の凹凸の微妙な差。
美人=「異変を起しやすい」絵と、不美人=「きわめて起しにくい」絵が描かれている。
・p.125“二個は発振孔を接した。前述した通り発振孔は栄養摂取孔をもかねている。 彼等はこのような時にも栄養摂取欲を失わないのである“
キスの起源は口移しかも。
・p.126“AはBグループ群生地に引き返しBの静止室に接近した。
註:彼等は 生活単位時間の 三分の一を静止状態で過す。このための区画が静止室だ。”
観察存在に睡眠の概念はないのだろう。
・p.128“静止不足”=睡眠不足。
・p.129“A、B両者が恒常的に近接して存在したい”=結婚したい。
・p.130“この儀式には A、B、Xの他に第三者が介在していたようだ。「至高の存在・万能者」などとXは呼んでいた。 そんな高等動物にならぜひ会ってみたいと 手をつくして探査したが ついに発見できなかった。”
儀式=ロミオとジュリエットの内密の結婚式
X=僧ロレンス。
ゴッド=高等動物、ならば探査すれば見つかるはずだという合理的思考。
・p.132“鉄片はa´の中に吸いこまれた。 組織が破壊され搬送液がまきちらされた。 a´は生命活動を停止した。 おどろくべきもろさである。 こんどはAがbの生命活動を停止させたのだ。 前出の規制者(Zと呼ぶ)がきた。 ZはAに対し棲息地を遠く移すことを命じた。 A、Bは永遠に離れて存在することを強いられたわけである。”
語り手は人間よりは死ににくいらしい。
・p.133“Bは受光孔から液体を分泌した。この液体は他の個体の思考波に影響を及ぼすものらしい。Yは影響された。”
涙。
p.134“外皮を取り去った両者の体には相違点がある。 他のあらゆるサンプルについても この相違点は認められた。種族の違いか? それとも単なる個体差か? ともあれAとBはその相違点を奇妙な形で利用しあったのである。 この行為は相求める両者の欲求の帰結であったらしい。AもBも深い充足感に満たされた。 相違点の利用は夜中 飽くことなくくり返された。”
相違点利用図=女性器及びその内部の男性器を示す断面図。
交尾しまくったということ。
=有機物質で構成された先が丸い円柱状のものを、同じく有機物質の壁によって構成された蠕動する窪みに挿入する行為の繰り返し。
充足感という概念などから、観察存在は人間に似通っている(そもそもそうしないと人間が理解できない)。
・p.135“朝をむかえ A、Bは大気振動を交わす。 以下はその大意である。
ちがう あの大気振動は昼行性飛行小型生物によるものではない。あれは夜行性飛行小型生物のものである。
事実と相違する。遠距離上方を受光せよ。 分裂していく浮遊水滴集団をふちどる朝の光を ただちにこの位置から移動しなければ 生命活動停止あるのみ。
それもよい 光は衛星からのものと仮説する 大気振動は夜行生物のものと仮説する。 Aも移動したくはない。現状の継続こそ望ましいのだ。
いや朝だ あの不快な大気乱振動は昼行生物のもの。時間を消費せず移動せよ。光量が増大してくる。
Aは長距離移動した。“
ここで中野好夫訳『ロミオとジュリエット』(新潮文庫)の該当箇所が登場する。これは気が狂っていた(虚航船団風)ということはない。
p.135あたりから始まる第三幕 第五場が元ネタ。
p.136”ほら、御覧、あの向うの東の空、別れていく雲の裂目を縁どって、あの意地悪い朝の光を。(中略)往って生命を助かるか、ぐずぐずすれば死があるだけだ。“
観察している存在は昼夜の区別があるところに住んでいるのだろうか。
p.136より観察存在も生命活動停止は一大事であることがわかる。
p.137“恒常的近接生活は 通常 非生命体との間にはおこなわれない。 したがってBは「元生命体貯蔵所」に放置されるはずだ。”
p.138“頭部保護細管”=頭髪。”
永井均の著作三冊:『子どものための哲学対話』・『翔太と猫のインサイトの夏休み』・『私・今・そして神』
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”クジラは魚である!
“ペネトレ:クジラは魚のように見えるけど、ほんとうは哺乳類で、魚じゃないってはなし、聞いたことある?
ぼく:もちろんあるよ。クジラは、魚のようにえらでじゃなくて肺で呼吸するし、魚のように卵の形で子どもを産むんじゃなくて、クジラの形で産むんだよ。それで、産まれてきた子どもは水中で母乳を飲んで育つんだ。だから、クジラは魚のように見えるけど、ほんとうは哺乳類で、魚類じゃないんだよね?
(…)
ペネトレ:つまり、『そういう点ではクジラはどうしても哺乳類のように思えちゃうけど、肝心な外形や生活環境が魚みたいだから、ほんとうは魚なんだ』って言ったら?”
ぼく:なんで外形や生活環境のほうが肝心なのさ?
ペネトレ:そんなら、なんで内部のしくみのほうが肝心なのさ?
ぼく:だって外形のほうがだいじなら、ほんものと見分けがつかないようなにせもののダイヤモンドは、ほんもののダイヤモンドだ、ってことになっちゃうよ!
ペネトレ:そうなんじゃない? とくに宝石なんて、見かけの美しさこそがいちばん肝心なんだから。内部構造はぜんぜんちがうけど、いちばん肝心な見かけがおなじだから、『ほんとうは』ダイヤモンドなんだ、って言えると思うよ。
ぼく:そんなの、なんかおかしいよ。
ペネトレ:それはきみが科学に洗脳されているからだよ。科学っていうよりもっと根本的な、ある種のものの見かたにだな。見かけや外形の奥にかくれているものこそが、その物のほんとうの姿である、っていうような。
ぼく:そうじゃないの?
ペネトレ:それは、ひょっとしたら、奥にあるものを知っている人が知らない人たちに対して権力を持つために作り出した作り話だったんじゃないかな? みんな、うまくだまされちゃったのかもしれないよ。
ぼく:まさか!
ペネトレ:でも、分類のしかたによってはクジラは魚でもあることは、たしかなことだよ。外形や生活環境よりも内部のしくみを重視するって前提があってはじめて、クジラはほんとうは魚じゃないなんて言えるんだ。じゃあ、なぜ内部のしくみのほうを重視するのかっていえば、それはぼくらがそういう文化の中に生きているから、としかいいようがないんだよ。いつか人間たちが、クジラはやっぱり『ほんとうは』魚だったって思うようになる日がくるかもしれないんだ。“
p.94‐97 ※『』内は原典では太字
科学は、構造や構成要素や因果関係を解析するのが目的ですから、ものの内部が本質だと考えますからね。
むしろクジラが哺乳類ってことは、「教えられなければわからない」ので、
人間の自然な感覚からしたら不自然で、魚だという認識の方が自然でしょう。
その教える側の教師や教科書だって、クリスチャンで白人の銀行家(金の支配者)と銀行家を手先として使っている王侯貴族たちが都合よく決めるのですから。
あとダイヤモンドの話ですが、違いが分かる人が存在しなければ、本物も贋物もありませんから。
目利きがいなけりゃみーんなモノホンってこった。
厳密にはな、パチモン・ホンモン自体が成立せーへんねんけどな。ナンセンスや。
8 地球は丸くない!
ぼく:地球が丸いってことも、太陽のまわりをまわっているってことも、『発明された』の?
ペネトレ:そうさ。でも、地球は丸いのに、どうした下のほうにいる人が落ちちゃわないんだと思う?
ぼく:そりゃあ、引力があるからじゃん!
ペネトレ:でも、引力って引っぱる力だろ? そんなものがあるんなら、もっと地面に引っぱられているような感じがするはずじゃないかな? どうして引っぱられて、はりついているような感じがしないんだろうね?
ぼく:たしかに、そんな感じはしないけど……。
ペネトレ:だから、ほんとうは、ぼくらは引っぱられてなんかいないんじゃないかな? 『引っぱられるっていうのは、この地面の上にいて、ひとに腕を引っぱられたりするときの、あの感じについてだけ、言えることなんじゃないかな?』
ぼく:じゃあ、引力はないって言うの?
ペネトレ:引力がないだけじゃなくて、地球が丸いっていうのも、ちょっとあやしいな。
ぼく:どうしてさ!?
ペネトレ:丸いっていうのは、この地面の上にある、スイカとかボールとかについてだけ、言えることなんじゃないかな?この地面が球体であるって考えたとたんに、ぼくらは地球というものを、この地面のことじゃなくて、この地面の上のほうにある巨大なボールのようなものだと考えてしまっているんじゃないかな?その証拠に、地球は丸いのに下のほうにいる人が落ちないのは引力があるからだ、なんて考えてしまうだろう?
ぼく:どこがいけないのさ?
ペネトレ:地球には「下のほう」なんてないはずだからだよ。でも、ぼくらは上下のある絵しか描けない。できるって言うんなら、上下のない地球の絵を描いてごらんよ。世界地図だって、地球儀だって、星座早見盤だって、必ず上下がある。それはつまり、地面の上に乗っているってことだよ。だから、ぼくらが住んでいるとされる地球という名前の惑星をふくめて、ほんとうは、すべてのものが、この地面の上にあるんじゃないかな?
ぼく:ペネトレ、それ本気で言ってるの?!!!”p.100‐102
※『』内は原典では太字
物理法則という客観的だとみなされている(この法則の観測は主観的になされる)のですが、結局のところ、人間の肉体的制約や生活様式の前提に縛られます。
肉体的制約とは、左右対称、上下非対称などで、
生活様式の前提とは、重力下で生活(頭は上、足は下)などです。
地球上にいる時、われわれにとっての地球とは地面のことであり、そこから逃れられないのです。
仮に、人間の体が完全な球体だとすれば、文字は左から右へだとか、その逆だとか、縦書きだとか、横書きだとか、という概念が生まれるか?
などなどさまざまな思考実験ができますな。
(…)
ぼくが生まれるために必要なこと(2)
“ペネトレ:まだ人間のいない世界を考えてみよう。そこで神さまが五人の人間を作るとする。もちろん、それぞれ顔かたちも性格もすべてちがう五人だよ。さて、そのとき、ただたんに五人のちがう人間が作られるだけじゃなくて、その五人のうちに自分というものがふくまれているためには、神さまは、それぞれ個性を持った五個の肉体と精神を作る以外に、なにをしてくれればいいのだろう?
ぼく:自分って、このぼくってこと?
ペネトレ:そうだよ。でも、その世界には、まだ、きみというものは一度もあらわれたことはないんだ。そのとき、神さまがいまのきみのような肉体と精神を作ったとしても、そいつがきみになるかどうかはわからない。どれかひとりがきみであるためには、なにが必要だろう? 神さまは、なにをしてくれればいいんだろう?
ぼく:五人のうちのひとりがぼくであるためには、神さまが五人に、それぞれちがった肉体と精神を与えるだけじゃ、足りないね。それだけじゃ、五人がそれぞれみんな平等に、それぞれの個性を持ったそれぞれの自分である、ってことにしかならないからな。その中のひとりだけが、ぼくであるという特別のありかたをするためには、肉体や精神のもつ個性とはちがったなにかが必要だな。
ペネトレ:しかし……、そのなにかを与える能力が、神さまにあるだろうか?全能の神でも、その能力だけはないんじゃないだろうか?
ぼく:どうして?
ペネトレ:もし、「その五人のうちのひとりがなぜかたまたま自分だったとしても、そんなことはなかったとしても、神さまには、そのちがいを見分けることができない」からだよ。だって、その二つの世界は、五人のうちに自分というものがふくまれているかいないかという点以外は、まったくおなじ世界なんだから。
ぼく:見分けることができないんだから、作りわけることもできないってこと?
ペネトレ:神さまにできることは、さまざまな心や体を持ったさまざまな人間を作ることだけなんだ。
ぼく:その中にぼくがいるかどうかは、神さまにとっては、なんのちがいもないのか……。つまり、神さまは、ぼくが存在していることを知らないんだ。だから、神さまは、ぼくのような人間を作ることはできても、ぼくというものを作ることはできないのか……。”p.110‐113
※「」内は原典では太字
宗教における死後の世界を「生きている」人間にわかるはずがない。
全部嘘っぱち。
あるいは錯覚。
(…)
主に言語を学べる条件について考える。
実は、『ロボット』とか『人間』とか『黒』とか『痛み』などの言葉の意味を習得しつつある子供には、人間がロボットに見えるとか、黒が白く見えるとか、痛みが眠気に感じられるとかを主張する権利はない。
意味が固定=基準が決定、された後にはじめて事実に関する極端な主張ができるようになるのであって、意味を学びつつある段階では、誰もが凡人。
なぜなら、
人間=ロボット、だと認識している人が、
人間がロボットに見える=人間とロボットは一般的には別物である、と言えるはずはないから。
子供のころから汚水をきれいだと感じて、浄水をきたないと感じる人がいたとすると、その人は『きれい』や『きたない』の言葉の意味を学べない。
なぜなら、私たちは言葉の意味を「実例を通じて学ぶので、最初から多数と判断が一致していないと、そもそも意味を学ぶことはできない」から。
つまり、感じていること、考えていることなどが同じ(あるいは「ほぼ」同じ)だという前提のもとで、はじめて意味を教えたり学んだりすることが可能になる。
例えば、日本語が母国語の人が、マレー語をまったく知らずにマレーシアに行ったとしても、その人は少しずつわかるようになっていくだろう。
なぜなら、なんとなくわかることがあるから。
自分を指差して何かを言ったら自己紹介をしているのだろう、
自分以外を指差して何かを言ったら指差されたものについて何か言っているのだろう、といったことなどだ。
ではなぜ、「何かを指差して何かを言ったら、その言った内容は指差したものに関係しているはずだ」って思うのか?
まさにそこがキモ。
要は、相手がこちらが予想できることをしてくれないと、相手の言葉は絶対に学べないということだ。
そうでないと、相手の話している内容を推測して、自分の言葉(おそらく母国語)にあてはめて理解し学んでいくことはできない。
他にも言語を学ぶ前提はある。
相手が言っていることの意味がわかるようになっていくためには、相手が、(こちら側の基準で)まともでありふれた存在でないといけない。
そうでないと予想すらつかない。
相手がほとんど正しいことを言っていると前提しないとどうしようもない。
皆が真理を語るとは限らないが、相手がこちらの観点から見てたいていは真理を語っている、理のあることを、整合性があることを言っていると前提することが、理解の前提。
つまりは、自分とぜんぜん違う言葉が喋っている人が、「汚水はきれいだけど、浄水はきたない」って意味のことを言うことは「ありえない」ってこと。
それが意味理解の前提なので、ひょっとしたらほんとうはそう思っているかもしれないってことすらない。
相手が自分と同じ信念を持ち、自分が真実とみなすものを真実だとみなす、といった言語以前の形式--人間は言語は違っても、重力下で生き、表皮は固体で、左右対称で、生存のためにはエネルギー摂取が必要で、挨拶し、自己紹介し、などなどといった共通項--
を少なく或る程度はもっていると前提しないと、意味の理解ははじまらないってこと。
いや、この「言語以前の形式」以前の形式、
つまり、カントのカテゴリーなどのものさえ共有できていればまだ理解は可能かもしれない。
感性(感覚みたいなもの)的に見出される経験における一般性を支えるのが「悟性」(知性と訳すことあり)である。
悟性的な理解とは、それが何であるかを把握する能力である。
五感で感覚される対象が一般的に何かであることは悟性によって規定される。
悟性固有の形式が、純粋悟性概念=カテゴリー↓
カントのカテゴリー
※悟性…感性が与えてくれた対象を、カテゴリー(質、量、関係、様態など)に基づいて判断。
①分量
(すべてのものか、
特殊なものか、
それともこのひとつか)
②性質
(これは~である、といえるものか、
これは~でない、といえるものか、
これは非~である、といえるものか)
③他のものとの関係
(いついかなる場合であってもこれは~である、といえるのか、
もし…なら、~である、という条件付きのものか、
これは~か…のどちらかである、といえるのか)
④様相(物事のありよう)
(~であるだろう、といえるのか、
~である、といえるのか、
かならず~でなければならないといえるのか)
別の表現だと
1. 量(単一性、多数性、全体性)
2. 質(実在性、否定性、限界性)
3. 関係(実体性、因果性、相互性)
4. 様態(可能性、現実存在、必然性)
[アリストテレスの10のカテゴリー(範疇)
1実体
主語が何であるか
2量
主語がどれほどの量であるか
3質
主語がどのような質であるか
4関係
主語が他のものとどのような関係にあるか
5場所
主語がどのような場所にあるか
6時
主語がいつあるか
7状況
主語がどのような状況にあるか
8状態(所有)
主語が(物との関係で)どのような状態にあるか
9能動
主語が他のものに対してなにをしているか
10受動
主語が他のものから何を被っているか]
カテゴリーは認識のフィルターのようなもので、カテゴリーに引っかからなければ認識されないので、カテゴリーを外れたものは存在しないとみなされる。
言語の話に戻す。
相手が人以外でも同様。
何やらよくわからない異世界あるいは宇宙空間からやって来たらしきものが、どうやら言葉を話しているようなのだが、何を言っているのか意味がさっぱりわからない存在がいたとする。
では、その存在が言語(らしきもの)を話していると仮定して、そいつの言っていることを推測していくにはどうしたらいいのか。
外国語学習とまったく同じく、私たち基準で合理的に行動していると解釈する場合にしか、彼らが言語を持っているとか、何か考えているとか、みなすことはできない。
人間以外の動物や植物なども同様。
よって
言葉は持っていて私たち人間にもその意味もわかるけど、私たち人間と(言語が成立する前提的な意味で)まったく違う考え方をしているものなんて「いない」。
いるかもしれないが私たち人間には決してわからない、なんてことに意味は与えられない。
そして、意味が理解できるようになってはじめて、相手の間違いやこちらの誤解がわかるようになる。
考えや理解の違いを確認するためには、相手がほとんど言葉の意味を間違えず、相手が今まで従ってきた意味体系と同じ体系に従っていると前提しないと成り立たないからだ。
話すたびにまったく違う意味体系に従って喋っていて、なおかつその場にまったく関係ないことしか喋らない存在の言語なんて学びようがないってことです。せいぜい、わめいている、と認識されるのがおちでしょう。
言葉の意味がわかるようになる場合
①相手がまともで言葉が違うだけのとき。
②相手の気が狂っているが、正しく日本語(一例)を使っているとき。
言葉の意味がわかるようにならない場合
(その人が何を信じているかもわからない)
①相手の気が狂っていて、しかも間違った日本語(一例)を使っているとき。
②相手の気が狂っていて、しかも私たちの知らない言葉を使っているとき。
冒頭の引用のような精神病的妄想を持っている人に対して、精神科医やカウンセラーは、普通、相手が言葉の意味自体は誤解していないって前提で接するらしい。
私はナポレオンだ。神がそう言った。
と言ったら、「その人はそういう妄想を持っている」と考える。
言葉自体は受け入れる。
ナポレオンが実は「敵前逃亡の一兵卒」だったり、神が実は「人間」だという可能性は、相手に質問して肯定しない限り、あの有名なナポレオンとみなす。
そうしないと、話が成り立たない。
今度は、「色」という概念が存在しない(必要としない)宇宙生命体(生命体の定義も実に曖昧だがここでは議論しない)を仮定する。
私たちがとらえる世界では、物の種類とその色とは対応していない。
しかしもし、物の種類と色が完全に対応している、例えばカラスは絶対に赤いといった風に、と彼らが認識していたら、彼らに「色」なんて概念は存在しない。
また、例えば三角形は絶対に青いと認識していれば、やはり「色」の概念は存在しない。
「形」と「色」が一体となっているとも言える。
つまり、「形」と「色」が一体となった概念が誕生しているはずだ。
我々から見れば、認識の一部が欠けているとみなされる。
が、先に行ったカテゴリーを少なくともある程度は共有していれば、宇宙生命体の言語も学べるのである。
カテゴリーのことを相手に伝えればいいのではないのか。
と言いたい人がいそうである。
カテゴリーは頭の中や心の中にあるものではなく、言葉を使って「実際に活動しているその活動の中に“示されている”形式」。
活動中に意識するなんてありえない。意識しようがない。
絵がどんなものかは言語で伝えられない。
「とにかく見て!」と言って見てもらわないといけない。
見ないとだめだから「示す」しかないように。言葉の限界を示す。
カテゴリー「について言葉で言う」のではなく、
カテゴリー「に従って『赤いリンゴ五つ!』と言う」。
そうすると、
果物屋は、
「まず」『リンゴ』という「実体」のある場所へ行って、
「次に」『赤い』(性質)のを、
「最後に」『五つ』(個数)選ぶ。
この順序は変えられない。
まず個数から初めて、次に性質、最後に実体(=個数や性質の前提)
なんてことは、カテゴリーの中で生きる人間には想像すらできない。
果物屋のこの「必然的な行動形式の中にカテゴリーが示されている」。
そしてこの「カテゴリーに背後はない」。
カテゴリーは動物の必要からできたってことはありえない。
なぜなら、動物とか生物といったとらえる枠組み自体がすでにカテゴリーに依存しているから。
因果関係が逆。
原因と結果を入れ替えてはいけない。
「まず」カテゴリー「によって」ものごとがとらえられ、「そこからすべてがはじまる」。
神や宇宙生命体の姿をイメージすると、思わず人型になってしまうのは当然だということ。人間の思考形態に当てはめないと思考すらできないから。
カテゴリーを外れた宇宙存在とは交流不可。
正確には、存在自体を認識しないから交流以前の問題である。
(…)
人格神は全能ではありえない。
人間化=不完全化され、人間が解釈できて人間の理解の範囲のことだけができる、
宗教家の操り人形だから。
「全知全能」という記述すらも人間の理解の範囲内にある。
そもそも物事の誕生の根源があるとすれば、それは創造神ではなく、「変化」それ自体である。
Aが存在し「ない」状態から、
Aが存在「する」状態への「変化」がなければ何も誕生することができない。
「変化」がなければ創造神は何もなすことができない。
その創造神に人格があるとされていることも奇妙だ。
人格がない状態のときには既に変化は存在していた。
つまり、創造の根源は存在していた。
したがって、意志によって初めて創造が行われたとするのは誤り。
その「意志」が誕生するための「変化」こそが創造の源泉なのだから。
仏教ではこの「変化」を
“諸行無常”
と呼んでいる。
無論、人格はないので、解釈者=宗教家が支配に利用することができないようにしている点が重要である。
万物の根源が「人格と意志ある」存在だという宗教家の主張は嘘だということだ。
人格と意志が誕生する為の前提=変化が根源だ。
創造神を想定するなら最初は無感情だったということだ。
後に感情が誕生して感情的になったといえる。
つまり、創造神が文字通り無慈悲で無感情だったころがあるということだ。
その創造神が一神教の神ならば、感情、人格を持ってからもやっていることは、無慈悲な悪魔そのものである。
悪、悪魔を創り、そのまま悪を滅していないのだから。
そもそもゴッド=善、ということ自体が悪が存在しないと成立しない。
善と悪は同時に生まれたものだ。
一神教は敵=悪を必要とする。
ゴッドとサタンは同業者であり一心同体。
共倒れしない程度に自作自演しているわけだ。
ゴッドが悪魔を創ったとわかる聖書は世界一流布している本であり、安価(時にはタダ)であることが、聖書が偽りであることの証明である。
支配層にとって都合が悪いなら、ここまで流布することはありえず、値段も高額になるはずだからである。
(…)
“時間的に表現すれば、すべての始まりであって、時間的位置を持たないはずの開闢の奇跡に、その内部に存在する事物の存在基準が適用され、時間的位置を持たされるということだ。つまり、開闢は、それ以上遡行不可能な単なる奇跡にすぎないのに、そこで開闢したものが「存在する」といえる基準は、対比が持ち込まれて共通項が設定された後で、その共通項の中で決まることになるわけだ。
〈私〉についていえば、他人と対比されて自己同一性(self-identity)という問題が生じ、それが他人と同じ人物同一性(personal identity)の基準なしには把握できないものとなる、というわけである。
開闢それ自体が、その内部で後から生じた存在と持続の基準に取り込まれる。そのことによって、われわれの現実が誕生する。だから、現実は最初から作り物であって、まあ最初から嘘みたいなものなのだが、しかし、それこそがわれわれの唯一の現実なのだから、それを認めてやっていかなければならない。この構造こそが、本書全体を通じて私が問題にしたことの根源である。“p.43
“たとえば、五分前に突然できたのか、ちゃんとふつうに継続してきたか、というこの違いのように、われわれの能力によっては原理的に識別できないのに、われわれの知性にはその違いが理解できるようなことがらが存在する。しかしなぜ、われわれの能力によってその違いがけっして識別できないのに、違いがあることが理解はできるのだろうか。
それは、つまり、われわれが神を信じているからなのである。神の存在を、というよりは神の概念を、つまり、われわれに理解できる全能者という概念を、である。
言い換えればわれわれは、(違いが)識別できること、(違いを)理解できること、(違いの)理解さえできないこと、の三つを区別しているのだ。重要なのは真ん中である。つまり、識別はできなくても理解はできるという領域を認めること。それによって、われわれはある種の超越性を容認しているのである。”p.47
永井均の神(の概念)
①人間が理解できることのみをなす(なしたことになる)全能者。
②全ての前提たる開闢(開闢後は、レベルが強制的に下げられてしまう=殺されてしまうもの)。
要は、超越的なものは皆が信じています(あるいは思考の前提になっています)よってこと。単なる自然法則と言う人もいそう。人間の語る神など所詮は人間が勝手に設定した人間の能力に縛られた神でしかないということ。
“心を与える者は、ぜひとも神(あるいは神のごとき者)でなければならない、ということである。これはきわめて重要な条件なのだ。たとえばロボット工学者は、このロボットに心を与える能力がない。ロボット工学のいかなる進歩を想定しても、原理的にない。ロボットがどんな反応をするようになっても、心が付与されたかなお付与されていないかは、いつまでも謎にとどまるからだ。ここで想定されている意味での心を与えるということが何をすることなのか、ロボット工学はけっして理解することができない。
だから、五分前世界創造説の場合と同様、人間に識別できない違いなどはないのと同じことだという立場も、十分に成り立つ余地がある。しかし、人間に識別できないという点こそが重要なのだ。もし神というものに固有の仕事があるとすれば、それは世界に人間には識別できない(が理解はできる)変化を与える仕事だからである。自然や人間にもできる土木工事(世界の物的創造)や福祉事業(心の慰め)は本来の神の固有の領分ではありえない。
だから、ロボットのこの変化を理解し、そういうことがありうると思った人は神の概念を信じているのであり、(識別できるかぎりではこのロボットと変わりがないはずの)他人たちに心があると現に信じている人は、神が現に存在していることを、つまり神の実在を、信じているのである!”p.49
“ロボットに心が与えられるケースは他者に起こる変化であり、人間から心が奪われるケースは私に起こる変化であること、それが問題の本質なのである。
だから、後者のケースの本質は、私から心が奪われることにあるのではなく、私が<私でない>者にされることにある。そこで私ではなくなった者がなお心を(もちろん<そいつの>)持っていたとしても、問題の本質に変化はない。それゆえ、前者のケースであっても、ロボットに心が与えられるだけでなく、そのときロボットが<私になる>のだとすれば(それまでその世界に私は存在しなかったとしよう)、そこに識別可能なはっきりした変化が起こったことになるだろう。
それなら、私におけるこのような変化<と同じこと>が他者における変化の場合にも起こっていることを、私が(識別はできなくても)理解はできるのはなぜだろうか。それは、心を与えたり奪ったりするのが神だからであり、かつ私が神(の概念)を信じているからなのである。実際には私の場合にだけ識別できる違いを、他者にもあてはめて理解するとき、この超越を根拠づける存在は神でしかありえない。
この理解可能性が五分前世界創造説などよりも複雑な構造を持つのはここである。私から心が奪われるとは、私が私でない者に、つまり他者にさせられることであった。すると、他者から心が奪われる場合、他者はもともと私ではないのだから、どうしてさらに他者にさせられることなどができようか。<他者の≪私≫>というものを想定しておいて、それが奪われると考えるほかはないだろう。それはしかし、あの「開闢の奇跡」が複数化されるということなのだ。世界の開闢そのものである私とは、世界にひとりしか存在しない本性上の唯一者なのだから、相並ぶ他の私などはありえない。しかし、神によって、そして神によってのみ、そのありえないことが易々と実現されてしまうのだ。
『省察』のデカルトは、方法的懐疑によって「私の存在」の確実さに到達した後、まずはその内部から「神の存在」の証明をしなければならなかった。『省察』を読む者の多くがそこで躓くが、以上のように考えれば、それは理解しがたいことであるどころか、むしろ、それ以外にはありえないほどの必然的な道筋だったはずなのである。
「心」とは、世界を開く「開闢の奇跡」を世界<の内部に>複数個並存させるためにつくられた高度に抽象的な超越概念である。「個人」も同じだ。だれもがロボットに心が与えられる際の変化の意味を理解できるはずだ、と私が言うとき、私はすでにこの超越性に乗ってその内部で発言している。”p.51-52
<>は傍点の代用。
擬人化して人間の認識、言語をあてはめて物事を理解するのが人間。そして人は擬人化ならぬ「擬私化」して他者などを理解する。しかし私と他者とは別次元のごとき隔たりがあり、「私」に擬するなんて不可能なのではないか。それを繋ぎ可能にするのが超越する何か(永井曰く神だが人格神ではなくてもよいように思える。神の概念でも可)。世界に唯一しか存在していない特別な開闢の前提の私が、特別でもない他者と繋げられるのはなぜかということ。
(…)
開闢=神の死、それは原因と結果の逆転。すべての前提である開闢を理解する為には、開闢のおかげで生まれた言語によって開闢のレベルを下げなければそもそも人間に扱えない。どんな高次のものでも、言語表現するためにはレベルを強制的に下げないといない。
文章でも何でもそうだが、筆者の主張あるいは重要だと考えていることは、形をかえて繰り返されることが多い。読書のコツ。読解のコツ。国語問題を解くコツ。
神(開闢)の死=言語による開闢の隠蔽=(人間の言語)世界の誕生。
“ある夜、哀れに思った神さまが、ロボットに心を与えた。あくる朝、意気揚々と学校にあらわれた彼が、友人たちに向かって「今日からぼくは心があるんだぞ」と言ったら、友人たちはどう反応するだろうか、というのが前節の問いであった。
しかし、彼が「今日からぼくは心があるんだぞ」などと言うはずがない。なぜならその夜、神は彼に心そのものをはじめて与えたのだから。それはつまり、それまでの人生の記憶も与えたということだ。だから、そのとき与えられた心は、その内側から見れば「そのとき与えられた心」ではない。「はじめからずっと存在していた心」なのである。それでも、<神は>彼にそれを与えたのだ。
それでも、神はそれを与えた? しかし、いつ? そして、だれに?
いつ、というなら、それはもちろん「その夜」である。この変化は、他人たちにも自分自身にも、だれにも知られることはない。だれにとっても変化ではない。それでもこれが変化だといえるとすれば、それはこれが神による変化だからであり、まさにこのような変化を与えることこそ、神にふさわしい業だからである。――というのが、私の神学上(?)の見解なのであった。そこで、神に敬意を表して、だれにも知られなくとも、やはり変化はあったのだと考えることにしよう。さてしかし、その変化はだれに起こったのだろうか?
ここで重要なことは、前節の、逆のケースを経由した考察を思い出すことである。逆のケースとは、神が人間から心を奪ってロボットにしてしまうというケースであり、それは私に起こることなのであった。この場合、問題の本質は、私から心が奪われることにあるのではなく、私が私でない者にされることにあることが分かった。この考察を経由して、私はこう書いた。「前者のケースであっても、ロボットに心が与えられるだけではなく、そのときロボットが私になるのだとすれば、そこに識別可能なはっきりした変化が起こったことになるだろう」と。
では、ロボットは、心を付与されるだけではなく、私になるのだとしよう。そこに私に識別可能なはっきりした変化が起こっているだろうか。
たしかに私は、昨夜までは心などなかったのかもしれない。しかし、神が昨夜、私に心をあたえてくれたのだとしても、私はそれを知ることができない。だから、それは<私に>起こった変化ではない。むしろ神が、そして神だけが起こしうるある変化によって、私ははじめて誕生したのである。それまでもずっと存在しつづけてきたとの確信とともに。
つまり、問題は五分前世界創造説の場合とまったく同じなのである。前に使った言葉を使うなら、これはいわば開闢である。しかし、この開闢は、実際に「それまでもずっと存在しつづけてきたこと」と<だれにも>区別がつかない。
五分前世界創造説と対比して、これを昨夜私創造説と呼ぼう。
さて、そこで一つの問題は、後者が私に起こった変化だといえないなら、同様にして、前者も世界に起こった変化だといえないということにはならないか、というものだ。
もう一つの問題は、神による私の創造が昨夜一回だけではなく毎晩であることは可能なことだろうか、というものだ。これはもちろん、世界がそのつど五分前につくられているという想定に対応する。“p.57-59 <>は傍点の代用。
“ロボットが私にさせられるとは、ロボットに記憶が与えられることではない。記憶が与えられても、それだけでロボットは私になるとはかぎらない。ロボットが私にさせられるとはまた、ロボットに感情や感覚が与えられることでもない。思考力や想像力が与えられることでもない。記憶も含めて、そういうものがすべて与えられても、ロボットは私になりはしない。せいぜい人間になるにすぎない。私にさせられるとは、世界が私という特異点を持ち、世界がそこから開かれるようになる、ということなのだ。そこから開かれるような世界が、新たに誕生するということなのである。
さて、このように考えたとき、神には〈私〉の着脱能力があるか。これが問題だ。これは、感情や感覚のような心理状態や、記憶や知覚のような表象状態を着脱するような、なまやさしい話ではない。もし神にこの能力があるのだとしたら、それはロボットに心を与えたりする通常の神より高階の神でなければならない。すなわち、開闢の神である。
通常のオーダーの低い神では、世界の中にそもそも私が存在するかどうか、かりに存在するとして、どれが私であるか、識別する能力がない。神はただすべての人の心をお見通しなだけである。すべての人の心を見通したって、そのうちのどれが私であるかはわからない。識別能力がないのだから、神はもちろん私を創造する能力もない。ある特定の性質をもったある特定の人間を造れるだけである。私が生じるのは神の手の及ばない≪偶然≫である(デカルトの「我」が「欺く神」に対抗できるのはそれゆえである)。
だからもし、神に私を創造する能力があるとすれば、ふつうの神より高階の神を考えなければならない。心を持った人間が複数存在する世界を(主として物理的に)創造する神という神表象を捨てなければならない。どれが私であるかを含み込んだ世界をつくる神を考えなければならない。
さて、私にかんするこの高階の「神の事実」に対応するような、世界にかんする高階の「神の事実」がありうるだろうか。これが問題であった、そしてこれが、これから考えていきたい問題である。
この高階の神なら、実在の過去そのものを作ったり消したりできるかもしれない。なぜなら、どの人間が私であるかを含み込んだ世界をつくる神は、どの時点が今であるかを含み込んだ世界をつくる開闢の神でもあろうから。”p.65-67 ≪≫は本書の傍点の代用。
「私」を着脱する能力者が「ある人の私」を剥奪して、哲学的ゾンビ=永井の言うロボットになったとしても、その人以外の人にとっては何の変化もないし、その変化を感じる「その人の私」はもはや存在しない。つまり、実質なにも起こっていないように思える。
読者などの上位存在だけが認識可能な変化。これこそ魔法である。しかも最上位の。
最も驚くべき点は最上位、否、世界の開闢に関わるのだから位を超越した絶対魔法は、「何も起こらない」のだ!
こんな物語はどうか。
この絶対の魔法による変化が前後でわかる者を探す旅の話だ。
「ずっと……<私>のあるなしを、私の世界の開闢の存在と不在の違いを感じられる存在を、探していた。私にとっては最強にして最高の、他者にとっては最弱で最低どころか無意味の絶対魔法、<私>の着脱を使える術者を」
で、その術者により<私>を持つ存在全員から<私>が抜かれていて、三次元世界に<私>は文字通り存在しないが、高次元に<私>は送られた、というオチ。
<私>が抜かれようが、抜かれまいが、高次元にいようが、三次元にいようが、今の生活が何一つ変化しないことに恐怖を覚えないだろうか?
開闢後の世界で開闢を操作できるのかな?
何せ、操作する操作される、操作「前」・操作「後」の区別すらないのが開闢あるいは開闢以前(以前という言葉に意味があるのかな)なのに。
でも言葉は前後関係無しでは絶対に成立しないから言葉ではそもそも議論できないのでは?
「変化」が根源だと前述したが、その「変化」以前があるかどうかをそもそも議論できないのと同様の問題=言語の限界である。
言葉が通用しない分野ではロゴスの権化たる哲学は無力すぎる。
“デカルトの方法的懐疑では、まずは、これは夢ではないか、と疑い、次に、悪霊に欺かれているのではないか、と疑う。これはいわば、神の位階を上げているわけだ。
<これ>が夢だとしても、夢の中でも外でも、二たす三は五で、四角形の辺は四つである。夢には、現実ではないことを現実だと思わせる力はあるが、それだけの力しかない。神の能力にあてはめれば、これはかなり位階の低い神だ。デカルトが次に想定する悪霊(欺く神)の位階はもっとずっと高い。悪霊には、たとえば、われわれが四角形の辺を数えるたびごとにまちがって四つであると思い込ませるといったような力があるのだ。これはなかなかすごい力だ。そんな力があるなら、言葉の意味をすべてまちがって理解させるといった力もあるにちがいない。しかし、そんな可能性を「疑う」なんてことがそもそも可能だろうか。その疑いの遂行において使われている言葉の意味がすべてまちがっている可能性を疑うなんてことが。(そもそもこういう場合「まちがっている」とはどういう意味なのだろうか。この点については第3章で考えよう。)
夢なら覚めることがある。そして、覚めたかどうかがわかる。たとえそれもまた夢だったとしても、少なくともそれ以前に見ていた夢から覚めたことはわかる。で、悪霊の位階が高いことは、まず、悪霊の欺きから覚めたかどうかがわからない、という点にあらわれるだろう。覚めるということの基準そのものを、いやそれどころか「覚める」という概念そのものを(!)、この悪霊が(われわれを欺いて)作り出しているのかもしれないからだ。さらにまた、もしほんとうに覚めたとしても、悪霊の能力があまりにも巨大なら、欺かれて成立していた世界とその外部の世界とに共通するものは、もう何もないだろうから、やはり「覚めた」といえる根拠はないだろう。たとえば、時間というものそのものをそいつが作っているのだとすると、「覚めた」なんて過去形は適用できない、とか。何度も言うけど、これはすごい力だ。
とすると、そもそもほんものの神とこういう悪霊との区別は、どこにあるのか。この悪霊は何が悪なのか。もちろん、われわれが知っている善悪や真偽の区別は、この悪霊が作り出しているはずだ。それでも、そいつはほんものの神ではなく、私はそいつに<欺かれ>ているのだ、という認定はどこからなされるのか。さらにもっと位階の高い神の視点からか!
それで思い出したのだが、『創世記』のような神の世界創造の場面の描写を読むといつも疑問に思うことがある。それは、ナレーターは誰なのか、という疑問だ。人類未到の山頂への初登頂の模様を、テレビカメラが山頂から撮影しているといったことにちょっと似ている。もしそれが開闢であるなら、そこにナレーターがいるはずがないじゃないか、とよく思ったものである(私は神を信じているにもかかわらず宗教というものに対する不審の念はとことん深い)。
話は逸れたが、欺かれて出来たこの世界の外に本当の世界があるとしても、断絶があまりにも大きくて、私(あるいは私たち)が同一性を保ったまま、その二つの世界を架橋することが不可能ならば、欺かれているという認定には実質内容がなくなる。結局、この世界こそが現実の世界だというほかはなく、悪霊こそが神だということになるだろう。”p.68-70 <>は原文にはなく、原文では傍点。
GODによる世界創造が三人称視点で記述されている=GODの創造を見ている存在がすでにいる。
GODの一人称で記述されていない時点で、創世記はGODがなしたことの記録ではない。一人称という一番厳密な語り方をしない時点で、三人称というより厳密でない=不完全な語りをGODが採用したという、完全ゆえに矛盾だらけな問題が生じる。
三人称視点で記述した文章は「完全」なのだという前提を逆手に取ると、三人称視点が正しいのならGODを見ている何らかの別の存在の視点を認めていることになり、GOD以前あるいはGODと同時にGODに類する存在が生まれていたことになり多神教化する。
ナレーターこそが真の創造神かもしれない(すでに多神教になってしまい一神教破綻)。
創世の物語は文字の読み書きができるエリート層の人間が書きました。識字率は非常に低かったから。てゆうか全知全能のGODなら人間の脳に記憶をインプットすればいいよね。
徹底的に疑って論理を積み上げるが哲学なのに、わざわざ絶対に疑って検証してはならない宗教を信仰するってアホ過ぎますな(身を守るために表向きに表明しているだけである場合は除く)。
悪魔も異教徒も創ったGODが善であるはずはなく、自作自演で騙す悪魔そのものである。ほんものの神がいるとすれば善悪を超越した人格なき単なる世界全体そのものあるいは世界が誕生する前提そのものであるから、原理的に人間が解釈することなどできないし、ましてや意志など存在しない。人格神は絶対に全能になれない。人間が全能ではないからだ。
(…)
“夢を見ているとき、われわれはそれが≪後で思い出される≫ことを意識していない。それは突如として思い出される。かりにもし夢を見ているときに後で思い出されると思っていたとしても、その思いと思い出しとは結びついていない。
現実に生きているとき、われわれはすでにそれが≪後で思い出される≫ことを知っている。思い出される可能性があらかじめ知られていて、それが思い出される。現在は、過去になったときはじめて過去だとわかるのでなく、現在であるその時すでにして必ず過去になることが知られている。つまり、現実の現在は、可能な現在のひとつにすぎないことが、その現場においてあらかじめ知られているわけだ。現在を可能な現在としての過去や未来の視点から位置づける超越論的構造が体験自体に宿っている。
文(命題)は否定できるが、絵(像)は否定できない。否定文(命題)は作れるが、否定絵(像)は描けない。これが言語の本質に属することは、『論理哲学論考』の根本洞察だった。だがそれなら、文は時制変換可能だが、絵はそれが不可能だ、も同じだろう。肯定絵を否定絵に変換する操作と同様、現在絵を過去絵に変換する操作もない。が、肯定文を否定文に変換する操作と同様、現在文を過去文に変換する操作は必ず存在する。言語をもつ存在であるわれわれは、端的な現在を可能な現在の一例として把握できるからだ。そしてそれは、まさにカント的な超越論的構成作用に基づいている。”p.140
“時制と同じことは、人称についてもいえるだろう。一枚の人物画はそれ以外の情報なしには自画像であるともないとも分からない。絵は人称を描けないからだ。対して、文は文自体の中に人称情報を繰り込むことができる。つまり私は私自身を、つまり現実の私を、可能な「私」の一例として把握し、「私は」と語り出すことができる。そのことによって、ただそのことによってのみ、過去や未来と同様、他我(他者の「私」)もまた必然的に存在することになるわけである。いわゆる独我論が誤りであることの根拠は、結局はそこにしかありえないだろう。
客観的時制構造と客観的人称構造を構成することによって、今と私をその内部に含んだ(客観的に位置づけた)客観的世界を成立させることができること、人々が「あたりまえ」のように感じているこの事実は、真に驚くべき事件なのである。いいかえれば、カント哲学の洞察の深さはほとんど驚天動地というほかはないのである。もう一つおまけに四字熟語を使うなら、文字どおり空前絶後。”p.141 ≪≫は傍点の代役
「私」や「今」が唯一絶対のもののはずなのに、「他人も『私』や『今』という言葉を使え、しかも意味が了解できる」。
つまり、「私」や「今」が言語化された瞬間に、レベルが一段階下がってしまい、唯一絶対のはずのものが、共有可能で相対的なものになる。それが成立することは正に奇跡的でスサマジイことである。
(…)
存在論的証明とは、たとえばこんなふうな証明である。「神は定義上完全である。ところで、もし存在しなければ完全さを欠く(完全ならば存在もまたするはず)。ゆえに、神は存在する。」こういう証明である。ん? 何か変だな、と誰でも思うだろう。
この証明をする(読む)人が神の存在を完璧に信じているほうがおもしろい。まちがいなく存在するはずの≪あの≫神に、この証明は到達しえているだろうか。最後に「ゆえに、存在する」とされた≪その≫神は、現に実在する≪あの≫神だろうか? 論証された「ゆえに、存在する」の「存在」の意味は、現に存在するあの「存在」(つまり現存在)を指せているだろうか?
(ここまでp.175 中略)
近代に入ると、デカルトが存在論的証明を復活させた。この伝統に対して、またまたカントが決定的な批判をおこなう。その趣旨は、「存在する」をその他の通常の述語と同列に並べることはできないというものである。定義上「立方体で赤くて軽くて小さい生き物」を考えると、それは定義によって立方体で赤くて軽くて小さい。その定義に「存在する」を加えると、それは定義によって存在もするようになる。つまり、それが赤くて小さいことが必然的真理であるのと同様、それが「存在する」こともまた必然的真理となる。しかし、そうなったからといって現実に存在するようになりはしない。それならというので、定義に「現実に」を付け加えて「現実に存在する」と定義してみても、定義上「現実に存在する」ようにはなるが、少しも現実に存在するようにはならない。「夢ではなく十億円持っている」という夢を見た人が、夢ではなく十億円持っていることにはならないように。そこにはつねに決定的な「断絶」(本章第2節)があるのだ。“
p.174-177≪≫は傍点の代役
言葉の世界の恐るべき特殊性。
“「我思うゆえに我あり」もまた、神の存在論的証明が成り立たないのと同じ理由で、成り立たない。
まちがいなく存在するはずの≪この≫私に、この証明は到達しえているだろうか。最後に「ゆえに、存在する」とされた≪その≫私は、現に存在する≪この≫私だろうか? 論証された「ゆえに、存在する」の「存在」の意味は、現に存在しているこの「存在」(つまり現存在)を指せているだろうか? 先ほどの神の存在を完璧に信じている人と同じ問題がここでも起きる。
神・現実・私・今
私もまた概念と存在(本質と実存)の一致を実現することはできない。
思うことによって存在が帰結するのは、思っていることが直接明らかな「私」だけであることをいくら強調しても、そのことはどの「私」についても言えるのだから、このコギト命題は結局「ある人思うゆえにその人あり」という概念的関係に還元されることになる。
(中略)
神が≪現実に≫存在することを証明するとは、この現実世界に神が存在することを証明することだろう。すると、神が存在しない可能世界もあることになる。このような存在の仕方は、神の本性に反してはいないか。そもそもそうした諸可能世界そのものが神の知性の内部にのみあるのではなかったか。
現実世界は諸可能世界の内の一つの世界であるにすぎない。ところが逆に、それらの諸可能世界はすべて、現実世界の内部で(そこに現実に存在するものを基にして、それを変容させて)構想されているにすぎないともいえる。だから、われわれはその現実世界の存在を「証明」することはできない。それは必然的に(あらゆる可能世界で成立するという意味での必然性よりももっと根本的な意味で必然的に)前提されるほかはない。すべてはそこから始まるのだ。
神はこの意味での(こういう二重性を持った)現実世界の創造者であるのだから、このことに対応して、同じ二重性を持つことになる。それは現実世界に現に存在するという意味では偶然的存在にすぎないが、同時にそのとこ〈引用者註。「そのこと」の間違いだろう〉によって必然的存在である。すべての可能世界はその内部にあるのだから。(ただし、神はその現実世界を超越したその創造者であるから、現実世界の存在とちがって、神の存在を前提にすることはできない。)“p.178-180
「完全」(=「存在する」という設定)という「設定」がある存在ならなんでもかんでも存在を証明してしまう。しかも、その証明はGOD以外の完全な存在を認めてしまう。そして複数いる完全な存在同士を区別したり不在だと証明はできない。
“言語は開闢を隠蔽する。逆に言えば、世界を開く。人称、時制、様相は、客観的世界の成立に不可欠な要件だが、それは開闢それ自体を隠蔽することによって可能になるのだ。「私の今の言語」――この言い方が、言語の内部ではその人称概念と時制概念に吸収されて理解されることになる。”p.222”
①人間がXを宇宙人とみなす条件
②区別できるか問題
資料の要約
資料
……
①人間がXを宇宙人とみなす条件
人間は自然現象そのままを神々としてを崇めるのではなく、自然現象を擬人化してから神々として崇めます。
人間は擬人化により物事を理解するので、宇宙人も「人間的」になってしまいます。
神や宇宙生命体の姿をイメージすると、思わず人型になってしまうのは当然。
地球の重力に縛られた人型宇宙人は、そもそも人間的でないと宇宙人だとみなさないという、人間の精神構造に沿っています。
人間の心理構造に基づく理解を遙かに超えた宇宙人は、そもそも認識されないか、人間の認識では自然現象に見えます。
宇宙人がもしプラズマなどの、人型でもなく霊的存在でもない自然現象なら単なる鬼火などと解釈されておわりです。
あと、宇宙人が霊体で肉体がないなら別に悪霊や善霊や仏や天使でもいいです。
いやそれが宇宙人そのものかも?
その際に前提されていることは、
ゴッド=宇宙人説の前提と同様に、
宇宙人が
「人間的な意志を持ち」
「人間が知的だとみなせる」
「生命体」であること。
地球外のものが地球上のものに影響しているのは当然ですが、
地球外から来た
「人間的な意志を持つ」存在が影響しているか否かが宇宙人説の争点です。
「『人間が意志とみなすもの』を持つ宇宙人が人類を創造したのではなく、
『宇宙人が意志とみなすもの』を持つ宇宙人が人類を創造した。
だから創造主たる宇宙人の精神構造が人類に継承された。
順番が逆」
という解釈が可能ですけどね。
「ずっとできるまで長い期間放っておいたら、人間的意志を持つ地球外生命体の干渉なしで、半獣半人(半人半獣)の超古代人が地球に誕生した。
生まれるまでずっと放っておいたので、確率が低すぎるという反論は無効。
できるまで放っておいたのだから、偶然とも必然とも言える。
すでにできてしまった後から考えるから、誕生する確率を飛躍的に上げる知的生命体の意志による干渉があったに違いないと思ってしまうだけ。
超古代人には、動物の頭部と人間の身体を持つ獣人(半獣半人)と、
人間の頭部と動物の身体を持つ半獣人(半人半獣)がいた。
彼らは死刑囚や、猿などを改造して奴隷、つまり現在の人類を創造した。
今の人間に牙などの強力な武器がないのは、創造主に逆らえないようにするため。
知能を与えたのは、ある程度複雑な命令を理解させるため。
神話や壁画に登場する獣人は、動物の擬人化や、ある個人の性格を獣の頭で表現したものもあるが、実在した超古代人をそのまま描いたものも含まれている。
『超古代人が意志とみなすもの』を持つ超古代人が人類を創造した。
だから創造主たる超古代人の精神構造が人類に継承された。
順番が逆。
超古代人が宇宙人と交流していたかは不明」
という解釈も可能ですけどね。
私は、宇宙人「の実在」については二の次で、
宇宙人がいる「という思想がいかに人間を操ることに利用」されているかに注目しています。
「そもそも宇宙人カルトが流す宇宙人像は、上層部が知っているかもしれない実在する(かもしれない)宇宙人像を少なくとも末端信者にはそのまま教えないのでは?
洗脳ツール用に加工されているのでは?」
という疑念もありますし。
宇宙人説と、聖書原理主義・白人至上主義・アーリア主義は密接にリンクしています。
チベットという名前が含まれるカルトを運営していた人が出した本が今のスピ系宇宙人論の元ネタになっている可能性が高いです。
スピリチュアルの元祖である北欧貴族のスウェーデンボルグ(スヴェーデンボリ)も宇宙人について言及しています。
北欧はアーリア主義者が大好きな金髪碧眼が多いことで有名です。
宇宙人論者はまずはスウェーデンボルグなどの宇宙人思想の流れを検討すべきです。
スウェーデンボルグ(スヴェーデンボリ)の思想は神智学、スピリチュアル、ニューエイジ、ニューソート(生長の家に影響とは驚き)など、進化論やインドの輪廻思想を取り入れて更に凶悪化した新キリスト教の根幹です。
人型の宇宙人は聖書神話を維持するのに非常に都合がよいことに警戒してください。
目撃される宇宙人に、完全な球形だったり、頭部がない触手うねうねが全然出てこないことが不自然ですし。
支配層が流す宇宙人像が、「とにかくエイリアンは人型!」と洗脳する意図が感じられるのです。
エイリアンが人型だと、人間は神(エイリアン)と同じ姿という聖書神話を維持できます。
シュメール神話云々は後付けでまずは聖書神話の維持という都合が最優先でしょう。
つまり、宇宙人こそが神にして創造主。
「だから聖書は正しい」と誘導していたら偽りです。
「聖書のユダヤ教徒は宇宙人だ!
だから地球に物証がなくて当然!
聖書は真実!」
とほざくカルトって既にありそう。
また、
反知性主義=考えるな! に誘導するものも偽りです。
キリスト教の中核である反知性主義をそのまま継承した、
新キリスト教=スピリチュアル、神智学、ニューエイジなど、
論理的思考を否定し、
非論理をひたすら崇める(反知性主義)
ように誘導するものも偽りです。
非論理はあくまで真理探究の技術の一つであり、それ自体を崇めさせるものは偽りということです。
そもそも疑って検証することを否定する奴が真理探究なんてほざいてんじゃねーよ。
コピー機が「これは真理!」なんて言っていたら笑ってしまいます(笑)
なお、論理(的思考)も非論理と同様に、便利な道具として扱うべきであり、論理という道具自体を信仰したら理性狂・合理主義狂儲になってしまいますので注意。
非論理「という道具」自体を信仰させるのがスピリチュアル=反知性主義(キリスト教の中核)。
論理という嘘を見破る武器「自体を信仰」させるのが理性教・合理性至上主義。
……
②区別できるか問題
カントは、人間のものごとのとらえ方には、習慣によって作られた信念ではなくて、それ以外ではありえないような型があると考えました。
ものごとのとらえ方の基本的な枠組みをカテゴリー(範疇)と言います。
カテゴリーとは
「ものの量」
「ものの性質」
「ものとものとの関係」
「もののありよう」
のことです。
人間はカテゴリー(=認識の大前提)を外れたものは認識できません。
ものごとをとらえるとき、すでに必ずカテゴリー(=認識の根源)に従っているからです。
「まず」カテゴリー「によって」ものごとがとらえられ、「そこから」あなたの認識が「はじまる」のです。
カテゴリーに引っかからない地球外存在は「人間にとっては存在しません」。
カテゴリーに引っかかった地球外存在であっても、
・単なる自然現象、
・人間が持つような知性がない生命体、
・人間が生物とみなさないもの、
は宇宙人とはみなされません。
おそらく、カテゴリーに縛られた人間
(カテゴリーがないとそもそも人間ではありません)
特有の問題が、
「区別できるか問題」
すなわち、
「言葉やイメージで違いを理解することはできるけど、
実際に区別することができない、という人間の認識の限界に由来する問題」
です。
例えば、
・実際にその姿なのか、単に擬人化しただけか
・仮想世界装置による覚めない夢か、現実か
・臨死体験は死んでいないので死にかけの状態の夢なのか、
本当に死後の世界に行ったのか
(死んでいないのに行ける?)
・タイムマシンで百年前に自分が行ったのか、
タイムマシンにより周囲が百年前と同じ状態に変化したのか、
・他人は心がある人間か
哲学的ゾンビ
(=言動も見た目も心がある人間とまったく同じに見えるが実際は心がないロボット)か
・人間に化けた宇宙人か、宇宙人に変装した地球人か
などです。
今回問題となるのは最後の例。
「地球人にそっくりな宇宙人と、宇宙人を名乗るただの地球人を区別できるのか」、
という問題です。
「違いは認識できるが、実際には区別できない」という人間の認識の制約により生じる問題です。
「宇宙人と名乗る見た目がどう見ても人間である宇宙人」
と
「宇宙人と名乗る宇宙人っぽく変装している地球人」
の区別です。
(最初の例の「実際にその姿なのか、単に擬人化しただけか」と似た問題)
スピ系の人によると宇宙人はシェイプシフト(変身)できるんですよね?
どうやって判定するのですか?
シェイプシフトは人型限定なのですか?
宇宙人が陰謀の黒幕なら、人型以外に化けるほうが隠れられますよね?
UFOを見たら「人型の」宇宙人が「乗っている」以外の発想が浮かばない人は洗脳されているか、頭がかたすぎます。
UFO自体が宇宙人では?
人間製の無人機では?
区別できるの?
確実に言えるのは
「何かが空を飛んでいる」ってことだけでは?
などのさまざま可能性を挙げたうえで
どれが正しいかを区別(判定)できるのでしょうか?
だから私は断定できないことに対しては
「無記」=「現時点ではわからないので断定しない」
という二元論=二択の罠にひっかからない姿勢をとっています。
欧州貴族の特殊な血統信仰と人種差別と選民思想は、
ネアンデルタール人の血脈を維持するためなのか、
RHマイナスや金髪碧眼で白い肌(白人種)の血筋を維持するためなのか、
ファンタジーのエルフやドワーフみたいに人間と混血可能な亜人種の血筋を維持するためなのか、
爬虫類宇宙人の血筋を維持するためなのか、
他の理由なのか、
区別がつきません。
まあ、
超古代人
=宇宙人(ハーフ含む)
=金髪碧眼白い肌のネアンデルタール人
(≒金髪碧眼の白人が多い北欧の伝説のエルフやドワーフ)
かもしれませんけど。
「白人」の定義すらいい加減であることからわかるように、人種だって観念です。
アーリア人は実在しない言語学の観念ですけどね。
間違いなく言えるのは、
支配層は「自分ら支配層は、お前ら奴隷とは『違う種族』だ」「という思想」
に基づき動いていること。
「本当に」別の種族や生物(宇宙人など)であるかどうかは不明です。
思想「自体の真偽」と、その思想「を利用して大衆を操る」ことは別です。
「思想自体が正しいかどうか」の議論と
「思想という人間を操る道具をいかに支配層が悪用しているか」の議論
の違いは大きいです。
ちなみに、「思想という人間を操る道具をいかに支配層が悪用しているか」という話をしているのに、
文脈を無視して「思想自体が正しいかどうか」の議論にすり替えてくるのが工作員(無自覚含む)の特徴ですので覚えておいて下さい。
文脈無視ってそもそも会話する気がないよね?
布教だよね?
人類を創造したのが宇宙人だろうが、宇宙人でなかろうが、
人類を創造したのが宇宙人である「という思想」が人にどう影響しているのかは判りますからね。
なお、上述の例には二分法の詭弁が含まれている可能性がありますのでご注意!
まあ、私は宇宙人の実在に対しては無記ですのでコメントで嚙みつくのはやめくださいね。
前々回の記事
【大前提と資料編】支配層が正しい宇宙人像を流すわけがないので、宇宙人支配者説を検討しつつ修正。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-87.html
で述べた通り、立証責任は現状(通念、定説)を変更する側が負うので、宇宙人支配者説
の立証責任は主張する側にあることもお忘れなく。
「宇宙人が存在し「ない」と証明しろ!
できないだろ?
だから宇宙人は存在する!」
という詭弁は受け付けませんのであしからず。
私は宇宙人説の矛盾点を突いたり、宇宙人思想が悪用されていることを指摘しているだけで、宇宙人の実在に対しては否定も肯定もしない「無記」だということをお忘れなく。
反証できない、あるいは反証しにくいことは、疑ってかからないとカルトに絡めとられますから警戒しないとね。
……
【引用資料の要約】
・宇宙人がもしプラズマなどの、人型でもなく霊的存在でもない自然現象のようなものなら許容されるのか。
宇宙人という概念には聖書神話的な人間中心主義がある可能性。
・人間は自然現象そのままを神々を崇めるのではなく、自然現象を擬人化してから神々として崇める。
地球の重力に縛られた人型宇宙人は人間の精神構造に沿っている。
人間の心理構造でも理解を遙かに超えた宇宙人は、人間の認識では自然現象に見える可能性。
・宇宙人は、地球人という低レベルな存在に理解できないほど凄い存在だから、金髪碧眼の白人にシェイプシフト(変身)して地球人にわかりやすい姿になっている、というのは詭弁。
地球人そっくりに変身しているのなら、宇宙人ではないかもしれない。
(「地球人にそっくりな宇宙人と、宇宙人を名乗るただの地球人を区別できるのか」、という問題です。
「違いは認識出るが、実際には区別できない」ことは人間の認識の制約上、たくさんあります)
・今の地球人の技術では、目の前に現れた金髪碧眼の白い宇宙人なのか、単なる白人の地球人なのか判別できない。
宇宙人視点だと地球の科学はレベルが低すぎるそうだが、もしその「低レベルの科学的認識」で宇宙人の存在を立証するには物証がないと困る。
・宇宙人論はレトリックの分析の練習問題にも使える。矛盾点をつつくことで議論に強くなる。
・欧州貴族の信仰する特殊な血脈がネアンデルタール人の血脈である可能性。
ファンタジーのエルフやドワーフみたいに人間と混血可能な亜人種の可能性。
・引用「ネアンデルタール人からの混入遺伝子は、現生人類の皮膚、爪、髪形成などの繁殖に重要でない遺伝子部分に細分化されて多く残っており、白っぽい皮 膚、金髪や赤毛、青い目などはネアンデルタール人から受け継いだ可能性が高いとしている」
が宇宙人起源説の元ネタの可能性。
・現人類に比べ、ネアンデルタール人の特徴は圧倒的な劣勢遺伝で混血を繰り返してたら特徴が消えてしまうから差別をしている可能性。
もしネアンデルタール人が、肉体的な現実的感覚より、形而上の観念的な感覚が発達してたとしたら、そういった特殊な血脈の子孫が宗教を捏造しまくっている可能性。
イスラーム世界でも、形而上の観念を発達させたのはアラブ系よりイラン系などのアーリア系(笑)が断然に多い。
・「言葉はモノの名前ではない」
言葉は、人間がモノ「に対するイメージ」につけられた名前。
言葉はそのモノ自身のことではない。
イメージの分類に使われる区分けの道具の一つが「神」。
だから、多神教だった。
一神教はより多くの人々から資産を巻きあげるための詐欺。
・人間は嘘を信じないと心の平静を保てないカモ。
・宇宙人説と、聖書原理主義・白人至上主義・アーリア主義は密接にリンクしている。
科学思想により聖書神話が揺らいだ。観測技術の発展で雲の上には天国も天使もないことがわかる。
ブラバッキー夫人の神智学がチベットのマハトマをプロデュース。
マハトマは人類よりはるかに進化した存在でチベットあたりに引きこもって人類を指導しているという設定。
未開の地だったチベットに西洋人が入れるようになると、チベット人が特別でも何でもないことが判明。
高次の存在が住んでいる場所が、チベットから宇宙に移動。
ある思想が崩壊するとすぐさま別の思想が用意される懇切丁寧な、きめ細かいサービスのような展開。
・宇宙人論が本格的に登場する前は、チベットの下にあるシャンバラや地底人がメインだった。
漠然としていた宇宙人論がいきなり明確になるのが1950年代。
アダムスキーという、チベットという名前が含まれるカルトを運営していた人が出した本が恐らく今のスピ系宇宙人論の原型。
1960年代はアポロ計画でわかるように、アメリカでは宇宙開発が大ブームとなり、その大ブームに乗ってアダムスキーのUFO本も大ブームになる。
アポロ計画がなかったら、今のスピリチュアル系宇宙人論はここまでメジャーになることはなかっただろう。
チベット系カルトをやっていたアダムスキーからUFOと宇宙人の話が出て来る。
宇宙人論と、チベットのマハトマ論はダイレクトに繋がっている。
宇宙人論は非宗教的であることになっているが、アダムスキーの本を検索すると宗教書ばかりが出てきたので、UFOと宇宙人論もカルトである可能性。
アダムスキーの「地球人が一丸となって宇宙に目を向けよ」という本は、アイアンマウンテンレポートを彷彿とさせる。
(ヴァン・アレン帯を抜けられないのアポロが「有人では」月に行けません。
アイアンマウンテン報告には、外部の危険を演出して大衆をまとめて操作する手法が書かれています)
・リチャード・コシミズは反米なのに追っていることは統一教会の息がかかったキリスト教原理主義と同じ言い分。ユダヤ叩きは宗教教義のためにそうしているのであって、事実と関係ない可能性。
(コシミズは欧州系っぽいのにアメリカの白人至上主義的であるのは、親分が左右の胴体に近い生長の家だからでしょうね。
①天皇絶対(天皇擁護)
②万教帰一(ワンワールド推進用の東アジア共同体礼讃)
という生長の家の教義に忠実なコシミズ。
創価とキリスト教と南朝偽天皇の関係は絶対に突っ込まないコシミズ。
聖教=キリスト教新聞。
キリスト教と相性が良い日蓮思想。
統一教会とスウェーデンボルグ思想の関係は絶対に突っ込まないコシミズ。
スウェーデンボルグ思想は生長の家と大本教の根っこでもあるからね。
た⌘し @meets_tak 1月24日
以下、島田裕巳著『創価学会』(新潮新書)より引用。第一章 なぜ創価学会が生まれたのか (P29)から。 pic.twitter.com/lviTxsGBtf
しかし、牧口の場合、宗教として元々親しんでいたのは、日蓮正宗ではなかったし、仏教でもなかった。北海道尋常師範学校は札幌にあったが、札幌には、内村鑑三や新渡戸稲造といったキリスト者を生んだ札幌農学校があり、キリスト教プロテスタントの伝道の拠点であった。
牧口自身、「苦学力行の青年期に敬愛し親近した師友は、大概基督(キリスト)教徒であった」(『創価教育学体系楩概』)と述べている。 (引用は以上)
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi
@meets_tak 創価学会の母胎は
#大日本皇道立教会=キリスト教製の偽天皇系組織。
#sagegroup=紐付き陰謀論者の巣窟の母胎も大日本皇道立教会。
創価の表層を叩かせるのは、偽皇室とキリスト教が陰謀論業界のボスであり、創価とsagegroupを作った黒幕なのを隠す為。
小沢も大本教系。
創価がキリスト教製なのを隠す為に、初代と二代目ボス、創価の母体の大日本皇道立教会を避けるRK。
隠れキリシタン?
自民党=ワールドメイト+生長の家+神道政治連盟。
民主党=ワールドメイト+生長の家+スピリチュアル。
bcxxx @bcxxx
宮沢賢治はスウェーデンボルグ主義の影響強いんじゃないかと思います。スウェーデンボルグはスピリチュアリズム(心霊主義)の元祖になったイタコ体質の人で、キリスト教から派生したニューエイジの元祖でもある。エコ、イルカ、ヒッピー、宮沢賢治、統一教会、宗教右翼。このへん土台は同じ。
あ、大本教はスウェーデンボルグ主義の日本版解釈です。それが日本の宗教右翼の元祖になる。で、統一教会も別口でスウェーデンボルグの影響受けてる。こっちも宗教右翼になる。宮沢賢治も右翼でしょ。ヒッピー的・農村回帰的・エコロジー的右翼。
統一教会の教祖、文鮮明の師匠にあたるのがちょっとカルトっぽい韓国のキリスト教会の牧師なんですが、この人もスウェーデンボルグ研究者。統一教会は大本 教にも影響受けてるんで、二十三重に。あとマルチとかの「思考は実現する」系の自己啓発思想もスウェーデンボルグの流れ。
東邪西毒 @whokilledxxxxx 3月16日
田中智學が考案した世界連邦構想(八紘一宇)が大東亜戦争の理論的根拠になったんは事実やが、八紘一宇は日蓮上人を頂点とする国體での世界統一だし、また同化主義の危険性の指摘や死刑廃止を訴えた先駆者でもある。彼により創設された宗教右派団体の國柱會の理念を否定するなら宮澤賢治も否定するべき
bcxxx @bcxxx 3月16日
.@whokilledxxxxx 私、宮沢賢治もその側面は否定してます。スウェーデンボルグ主義者で元祖スピだし。
bcxxx @bcxxx 3月16日
ついでに言うとスウェーデンボルグ主義は大本教にも統一教会にも影響与えてるから、日本の宗教右翼のルーツの一つなんだよな。それと、スピってる現代のふんどし野郎がすぐヘイト陰謀論に飛びつくのは、無関係じゃないんだよ。
統一教会は韓国軍政と同じく、日本帝国の鬼っ子ですからね。
大本教の影響は直接あったのかな?スウェーデンボルグの影響を受けているのは間違いないのだが。何にせよ宮沢賢治も統一教会も日本の戦後宗教右翼も、同じ源流から生まれた。)
・宇宙人は人型で肉体があるからプレミアがつく。
プラズマなら単なる鬼火、自然現象でおわり。肉体がないなら仏や天使でもいい。
・儀式をすると意識に切り替えが容易にできる。
神秘体験しやすい血族がいる可能性。
「自分らはホモ・サピエンスあるいは有色人種とは違う。あいつらは単なる動物だから殺してもいいし、徹底的に自分らが管理しないといけない」
という意識があれば残虐なことが平気でできる。
おそらくナチスや優生学はそういった感覚から生まれた。
・最近やたら日本バンザイ番組が多いのは、日本人は優秀だから侵略してOKという大義名分を作る為だろう。
プロパンガンダによって半島人と中国人を見下しはじめたのであって、幕末までは知識人は中国の古典を学び漢文の読み書きができ、中国をとても尊敬していた。
神道カルトによる「日本は神の民」という洗脳工作は、日本による海外侵略と植民地支配と連動していた。
・「人種」という観念は怪しい。
違うのは人種ではなく、宗教や文化や風土や言語なのでは?
ナチスや英米の連中は、ヨーロッパのキリスト教徒で同じ白人でもラテン系やスラヴ系も白人とは認めてなかった。
イタリアやスペインなんかは、アラブ系と混血してる人が多いので認めない理由は判るが、ドイツやイギリスより白いスラヴ系を白人と認めないのが分からない。
スラヴ系は映像で見るとアングロサクソンより真っ白で金髪率が異常に高い。
「白人」の定義もいい加減なので、血筋やら人種だって観念でいいだろう。
爬虫類宇宙人の血筋だって、アーリア人(笑)だって、実在するか不明。
アーリア人(笑)は実在しない言語学の観念。
・ナチスが、スポンサーであるバチカンの超古代の科学調査隊である可能性。
キリスト教はアレクサンドリア大図書館の破壊など、世界中にある過去の文明のヒントとなるものを意図的に破壊している。
超古代文明に繋がるかもしれないネタが出て来ると宣教師が破壊する。
恐らく、古代の智慧を独占するためにやっている。
・神や宇宙生命体の姿をイメージすると、思わず人型になってしまうのは当然。
人間の思考形態に当てはめないと思考すらできないから。
カテゴリー(=認識の大前提)を外れた宇宙存在とは交流不可。
正確には、存在自体を認識しないから交流以前の問題。
カテゴリーのことを相手に伝えることは不可能。
カテゴリーは頭の中や心の中にあるものではなく、「実際に活動しているその活動の中に“示されている”形式」。
活動中に意識するなんてありえない。意識しようがない。
「まず」カテゴリー「によって」ものごとがとらえられ、「そこからすべてがはじまる」。
・人格神は全能ではありえない。
人間化=不完全化され、人間が解釈できて人間の理解の範囲のことだけができる、
宗教家の操り人形だから。
「全知全能」という記述すらも人間の理解の範囲内にある。
そもそも物事の誕生の根源があるとすれば、それは創造神ではなく、「変化」それ自体である。
Aが存在し「ない」状態から、
Aが存在「する」状態への「変化」がなければ何も誕生することができない。
「変化」がなければ創造神は何もなすことができない。
その創造神に人格があるとされていることも奇妙だ。
人格がない状態のときには既に変化は存在していた。
つまり、創造の根源は存在していた。
したがって、意志によって初めて創造が行われたとするのは誤り。
その「意志」が誕生するための「変化」こそが創造の源泉なのだから。
仏教ではこの「変化」を
“諸行無常”
と呼んでいる。
無論、人格はないので、解釈者=宗教家が支配に利用することができないようにしている点が重要。
万物の根源が「人格と意志ある」存在だという宗教家の主張は嘘。
人格と意志が誕生する為の前提=変化が根源。
・擬人化して人間の認識、言語をあてはめて物事を理解するのが人間。そして人は擬人化ならぬ「擬私化」して他者などを理解する。
・ある日、神から心を与えられたロボットが「今日からぼくは心があるんだぞ」と言うはずがない。そのとき与えられた心は、その内側から見れば「そのとき与えられた心」ではない。「はじめからずっと存在していた心」。
この変化は、他人たちにも自分自身にも、だれにも知られることはない。だれにとっても変化ではない。それでもこれが変化だといえるとすれば、それはこれが神による変化だからであり、まさにこのような変化を与えることこそ、神にふさわしい業である。
このロボットは、心を付与されるだけではなく、私になるのだとしよう。そこに私に識別可能なはっきりした変化が起こっているだろうか。
神が昨夜、私に心をあたえてくれたのだとしても、私はそれを知ることができない。だから、それは<私に>起こった変化ではない。むしろ神が、そして神だけが起こしうるある変化によって、私ははじめて誕生したのである。それまでもずっと存在しつづけてきたとの確信とともに。
これはいわば開闢である。しかし、この開闢は、実際に「それまでもずっと存在しつづけてきたこと」と<だれにも>区別がつかない。
・「私」を着脱する能力者が「ある人の私」を剥奪して、
哲学的ゾンビ
(=言動も見た目も心がある人間とまったく同じ見えるが実際は心がないロボット)
になったとしても、その人以外の人にとっては何の変化もないし、その変化を感じる「その人の私」はもはや存在しない。つまり、実質「何も起こらない」。
・1970年に自分がタイムトラベルするとしたら、そのときその瞬間に起きた出来事は
①「自分が1970年に行った」
②「自分の周りの世界が全て復元された」
のか
(区別できない)
・「人生の内側には、たくさんの意味づけができるし、生きがいはある。
でも、人生の全体を、つまり人生が存在したことを、まるごと外から意味づけるものなんて、ありえない。そんなものがありえないってことこそが、それをほんものの奇跡にしている。
人生の内部のさまざまな行為や出来事に意味を与えるのと同じように、自分の存在そのものにも意味を与えてしまったら、人生の深い味わいの大半は失われてしまう。
ぼくらは意味づけの病に陥っている」
「でも、もしかしたら、ぼくの存在には神さまの計り知れない意志が働いているのかもしれない」
「もしそうだとすれば、そんなことは絶対に考えられない。
自分を産み出している培養器の中の脳について考えられないのと同じ意味で、ほんとうに存在する神については決して考えることができない。それについて考えたり語ったりすることさえ、絶対にできない。だから、そういうことが分かるとか、知っているとか言う人は、絶対に信じちゃいけない」
(思考は言語でなされるので、言語の限界が思考の限界。
「自分を生み出している培養液の脳」について考えたとしても、
その「自分を生み出している培養液の脳」は自分の言語でなされる思考の枠内なので、
決してその外にあるかもしれない「自分を生み出している培養液の脳」自体を考えることはできません。
「」内を神などに変えても同じ。
非言語の体験でも感じることはできません。
自分の理解力、認識、知覚の枠内を出られません。
その存在「の想定」をあなたの思考「の中に出現させているだけ」で、絶対にあなたの思考の外の存在には至れません。
言葉はモノそれ自体ではないし、
認識もモノそれ自体ではない。
人生全体を意味づける神を信じなさいとか、あなたの人生の意味は~だ!
とか言う人はできっこないことをできると言っているので詐欺師かあまり考える力がないかそれ以外の何かでしょうね。
枠外に出る方法はあると思いますよ。
でも、言語や認識の枠外に出たら個人としてのあなたは死ぬか人ならざる何かになるかでしょうね。
枠外を出た人が、人生全体を意味づける神を信じなさいとか、あなたの人生の意味は~だ!
と言わないでしょうし)
・ニヒリズム
はすべては無意味だ、という思想では「ない」。
むしろ逆。ニヒリズムは、すべてには意味「しかない」という考え。
自分は何のために生まれてきたという問いこそが虚無的(ニヒル)な問い。
もし何かひとつの全体的な意味づけの中に一生涯没入して生きる人がいるとしたら、それこそがむなしい、ニヒリストそのもの。
若いころは自分の素質や能力が自分自身の人生を決めていくような感じを持っている。
でも、それは錯覚。ほんとうは、思いもよらない偶然が人生を決定してしまう。
幸福な偶然も不幸な偶然も、幸福でも不幸でもない偶然もある。
文字通り偶然なので、何の根拠も意味もない。
でも、そういう意味のないことがたまたま起こったってことには意味がある。
その意味のなさこそをよくよく味わわないと。そこでこそ、全宇宙の存在の奇跡と君の存在の奇跡が出会う。
そういう偶然を味わうためにこそ、一回かぎりこの世に生まれてきたとさえ言える。
・新聞やテレビや、学者や評論家を、絶対に信用しちゃだめ。世の中で通用するってことは、ほんとうに大事なことはぜんぶ『はしょって』あるってことの証拠。
哲学から学べるような一般論は、自分に固有の体験の場で鍛えられてはじめてほんものの知識になる。
(捏造云々以前に『はしょって』いる=思考過程をあまり説明しない、ことが問題。
疑問をもってあれこれ考えてウロウロする過程なしに、いきなり答えを押しつけ、疑うことを許さないことを、宗教といいます)
・こころや意識のないロボットを人間の仲間に入れて人間扱いしさえすればそのとたんにロボットにも心や意識が生じる。ロボットと同じく人間もいくら解剖しても心も意識も見つからない。人間は人間に似たものしか心あるものとみなさない。
(宇宙人が「人間的」である理由です。
ゴッド=宇宙人説の大前提は、
宇宙人が「人間的な意志を持つ」
「人間が知的だとみなす」
「生命体」であること。
だから「重力に縛られた」
「頭部が上にあり」
「足が下にある」
「二足歩行する」
「液体を固体で覆った肉体を持ち」
「音声で情報伝達する」
人型が想定されます。
もっと柔軟に考えろよと思う。
カルト信者は思考がテンプレ化してて、UFO見たら「人型の」宇宙人が「乗っている」以外の発想が浮かばない(笑)
UFO自体が宇宙人じゃないの?
人間製の無人機かもよ?
区別できるの?
確実に言えるのは
「何かが空を飛んでいる」ってことだけでは?)
・夢=心の中にあって外界に存在しないもの。
・カントは、人間のものごとのとらえ方には、習慣によって作られた信念ではなくて、それ以外ではありえないような型みたいなものがあると考えた。
ものごとのとらえ方の基本的な枠組みみたいなものをカテゴリー(範疇)と言う。
「因果性」や、「ものとその性質」というとらえ方もカテゴリー。
ものごとをとらえるとき、すでに必ずカテゴリーを使っている。
さまざまな感覚的経験にカテゴリーが適用されることによって、はじめて、それが【客観的な現実】として認められることになる。
(子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi
『ボクと魔王』の黒幕は「分類」の力で設定と役割を強制的に与え支配。
分類を外れたものだけが抗え、「~として反応せよ」など支配者の命令が見える。
真実の寓話の分類が笑い話。
旧約は人が生物に名付けの呪術を施す。
差別や病名は言語=分類術で誕生。
猫太
”「魔法(魔術)=理系+文系の総合学問」と書かれてますけど、古代の哲学というモノがゲームの魔道師の知識体系そのまんまなんです。博物学とも言うのでしょうか。欧米の博物館が何でも集めるのは魔道師の陰謀”
”知識と智慧と意思の三位一体の話良かったです。”
文系と理系で分類し分割支配
”リベラルアーツというか、百科全書的な知識、なんでもかんでも集める博物学(戦利品博物館の大英博物館)などは、魔道師の知識の体系を現してると思うのですよ。古代の哲学が文系と理系をわけない統合的な学問なのはそのため。アレクサンドリア図書館的な姿勢ですね。”
分野に分けると総合力を失う
”私はずっと哲学と魔法(テクニカルな呪術や人を支配する人文科学なども含め全部)は一緒だと思ってました。ソークラテースのような古代ギリシアの哲学者たちは魔法使いのアーキタイプだと思っております。実際、プラトンはマギの教えを受けたという伝承があります。”
インドとイランは魔法使いの国
紐付き陰謀論者が「これは真実!」と言ってから話すことは核心部分が虚偽。
フィクションは「今から言うことは嘘」と言ってから話すので殆ど本当。
洗脳された因囚が馬鹿にするものは真実を告げる。
私は因囚が馬鹿にするものが好きです。SAGEに注目。
猫太
”今の大人って本当に本質を見抜く目がない、子供の物語の背後の話がわかる教養がない、西洋の本質を何もわかってない大人が多いのは由々しき事です よ。大人のための西洋入門とかやらねばねー”
”オウムはアテーナーのシンボルでもありますな”
”ボクと魔王の黒幕がアリストテレスのカテゴリー論”
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya
アリストテレスが開発したカテゴリー論というモノは凄くて、モノの名前のラベルを貼り変えるだけで人は同じものだと認識できない。いい例を出せばハリポタだな。ハリポタでは魔法族は科学を使わず、科学を使うのは普通の人間のみ。でも、魔法も科学もそのラベルを外してみたら中身は同じもんだよ。
アリストテレスのカテゴリー論で思い出したんだけど、旧約聖書でアダムはエデンの園でモノに名前をつけまくるんだけど、もしもだよ、旧約聖書がアレクサン ドリアで捏造されたならば、ここにはアリストテレスのペリパトス派の本拠地があった。聖書捏造の過程でアリストテレスの影響ってあるんだろうか?
かまど @kamadoi 9月11日
僕魔の分類世界に住んでいた人々、外の世界の人々、どちらから見てもどちらの世界も、無いと思っていた(無いという認識すらなかった)場所に突然現れた世界なのかなあ
影絵劇場@FE白2周 @Kage_e_Geki_jou 9月11日
@kamadoi 外の世界の住人は分類に支配されていない筈なので、外の世界から見た時、分類支配されていたボクと魔王世界がどう認識されていたのか非常に興味深いですねえ
かまど @kamadoi 9月11日
@Kage_e_Geki_jou 分類の力を作用していたのが人によるか街(国)によるかですかねえ。管理下にある世界全体に、存在していないという分類をかけてそれによって外の世界から切り離していたとか。
2014/09/04【フィクションこそが真実を伝える】
ソニー『ボクと魔王』。
分類(強制設定。レッテル張り)と二元論による操作技術。
誤訳による情報操作。
時計と暦は時間による奴隷生活管理術。
○の中に△(拝火教ナルトの暁、『恐怖の谷』ホームズ)も、△の中に○も魔法陣。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-32.html
『ボクと魔王』は今も実況プレイ動画があがるほどに根強い人気があるので、内容の良さは本物と言えます。
超オススメ)
・論理的な正しさは、前提や結論の事実的な正しさとは関係ない。
二つの前提が「もし」正しい「としたら」、結論も「どうしても」正しく「なくちゃいけない」っていえるかどうか、これがポイント。
最初の方の推論は前提も結論も事実的には間違っているけど、もし二つの前提が正しかったら、結論は「どうしたって」正しくなっちゃうから正しい推論。
内容的には間違っていてもいい。論理的な道筋の正しさは、個々の内容が現実と合っているかどうかとは関係ない。
ある議論が正しいかどうかを問われると前提や結論が現実と一致しているって意味で正しいかどうかをついつい考えたくなる。
でもそういうことは論理的推論そのものの正しさとは関係ない。
今でも科学者や評論家の中にもこのことが良く分かってない人が結構いるから注意した方がいい。
(論理とは事実的な正しさとは無関係に、前提が正しければそうなってしまう構造、手続き。
論理的=正しい、では「ない」ことに注意!
あくまで便利な道具として扱うべきであって、論理という道具自体を信仰したら理性狂・合理主義狂儲になってしまいます。
非論理=反知性主義という道具自体を信仰させるのはスピリチュアル。
論理的な文章や論理的な思考が何を教えるには、実際にその文章や思考を示さないといけません。)
・「時間が急に止まっちゃうとか、逆流しちゃうとか、それからタイムトラベルなんてことも絶対不可能。
考えることもできないことは、起こることもありえない。
考えられるかぎりのどんなにへんてこなことが起こったって、ぼくらはそれが時間が止まったなんてみなさないから時間は止まらない。
「でもぼくらにはわからなくても、ひょっとしたら、いつか時間が止まったり終わったりすることがありうるかもしれない」なんてことは、最も根本的な意味で「ありえない」。
ぼくらはぼくらの知っているこの時間空間しか知ることはできない。
だから、そういう意味で、タイムマシンに乗って過去へ戻るなんてことはありえない。
もしぼくらが「これから」タイムマシンに乗ってどこかへ行くなら、行きついた世界がどんなにむかしの世界であろうと、それは出発時から見て未来の出来事。
どういうわけか未来の中身が過去と瓜二つだったってだけのこと。
「いまから」ぼくらが過去へ戻るなんてことは論理的にありえない。
(百年前に自分が行ったのか、
周囲が百年前と同じ状態に変化したのか、
区別はつきません)
……
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya
うちゅー人がもしプラズマだったら、プラズマは超高温なので近づいただけでニャンゲンは消し炭になるんだけど、もし人型じゃなくてでも霊的存在でもなくて、自然現象のよーなうちゅー人だったら許容できるだろうか?うちゅー人ってどうも、聖書神話的なニャンゲン中心主義があるようなキガスル。
恐らくニャンゲンの心理構造って、自然現象そのままの姿をニャンゲンを作ったうちゅー人とかいって崇拝できないと思う。雷をユピテルに喩えたように、必ず 神話では自然現象の擬人化が行われるんだよね。で、うちゅー人なのに地球の重力に縛られたヒト型うちゅー人はニャンゲンの精神構造に沿ってる。
自然現象を擬人化する事でしか理解できないニャンゲンの精神構造があるとしたら、もし本当に地球の重力に縛られないうちゅー人がいたとするならば、ニャン ゲンの心理構造での理解を完璧に超えた存在がいるかも知れない。で、それはニャンゲンの認識では自然現象に見えるかもしれないのがミソなんだよ。
まあ、それに対する詭弁的反論として、うちゅー人は低レベルの地球人には理解できないほど俺SUGEEEな存在だから、金髪碧眼の白い人にシェイプシフト してわかりやすい姿になって地球人の未来を心配してやってんだぜ?と言われるけど、じゃあそれだとうちゅー人じゃないかも知れないじゃん。
何はともあれ、今の地球人の技術では、その目の前に現れた金髪碧眼の白いうちゅー人なのか、単なる白人のおねえさんなのか判別がつかない。うちゅー人目線 で言えば、地球の科学はレベルが低すぎるとの事だけど、もしその「低レベルの科学的認識」でうちゅー人を成立させるには物証がないと困るよね。
とまあ、うちゅー人はいるかいないかわかんないけど(ぬこたさんの直感ではいない気が)うちゅー人論に関するお話ってレトリックの分析の練習問題にも使え ますよね?うちゅー人に対する矛盾点をつつくことで議論に強くなります。でおいらが望むのはうちゅー人の超科学技術で福島の綺麗にして欲しいな?
うちゅー人さんも、自分らは俺SUGEEEな超科学技術持ってわざわざ地球に出張してんだからさ、「地球の科学技術はレベルが低い」と揶揄する暇があった ら、せめて福島とその周辺の放射能汚染くらい綺麗にしてもいいだろ?それをせずに見下すだけってなんか冷やかしに来るDQNとあまり違わないよな
おっはよー。ねこねこさんの記事読んでる。いつも取り上げてくれてTHX。欧州貴族の血筋信仰なんだけど、特殊な血脈ってネアンデルタール人の子孫でございますって言えばいいんでね?ファンタジーのエルフやドワーフみたいにニャンゲンと混血可能な亜人種という話なら別に驚かんし?
引用「ネアンデルタール人からの混入遺伝子は、現生人類の皮膚、爪、髪形成などの繁殖に重要でない遺伝子部分に細分化されて多く残っており、白っぽい皮 膚、金髪や赤毛、青い目などはネアンデルタール人から受け継いだ可能性が高いとしている」←これは面白いな。うちゅー人起源説の元ネタになる。
ネアンデルタール人は一時期栄えてたけど、環境の変化で滅びに向かったというワケね。何が原因で現人類が派生したのかは不明だけど、現人類に比べたらネア ンデルタール人の特徴は圧倒的な劣勢遺伝で混血を繰り返してたら特徴が消えてしまう運命だったと。それでマヌ法典みたいなアパルトヘイトをする。
ネアンデルタール人は発掘された骨の構造から、脳みそが今の人類とはかなり違う構造をしたのがわかってる。脳みその容量もちょっとだけ多かったとか。で、 彼らがどんな文明や宗教を築いてたかはまったくわからないんだけどね。もし、そういう人たちが普通に生きてるホモ・サピエンスと違って
肉体的な現実的感覚より、形而上の観念的な感覚が発達してたとしたら、そういった特殊な血脈の連中がやたらと宗教を捏造しまくってるのも理解できるかも知 れないと思うわけだ。イスラーム世界でも、形而上の観念を発達させたのはアラブ系よりイラン系などのアーリア系(笑)が断然に多いんだよ。
J・ナナミ @pinkglalem
#言葉はモノの名前ではない。私たちは自然の事象に独自のイメージを持ち、それらを無意識にカテゴライズしている。このカテゴリーの一形態が「言葉」。「神」は、このカテゴリーに過ぎない。だから、多神教だったのだ。
#言葉はモノの名前ではない。...であるならば、文化や思想が他とアダプトすることは、ありえないことなんだョ。十人十色と言うけど、ソレが個人から集団に単位が変わったら、途端に整合性が生まれるのかなァ?...ヘンでしょう...?
数が増えれば、百人百色...千人千色に変わるでしょう...
実はこれこそが、古代宗教が多神教だった理由なんだョね。そして、より多くの人々から、資産を巻上げようとしたときに一神教が生まれたワケ。つまり、創造主、造物主とは詐欺なんですョ。...ぶっちゃけ。
あたしは、ナゼ、古代の宗教が多神教で、現代のが一神教なのか?と言う問題について、「神」と言うのが分類用のタームだと考えています。古代には宗教に信仰が無かったと考えているンです。文明の初期の段階において自然は驚異であり、その現象を理解する必要があったワケ。
「#言葉はモノの名前ではない」人は事物に対する自己のイメージのある状態に対して名前をつけたのです。コレが言語。
自己のイメージの名前。そのモノじしんの事ではありません。そのイメージの分類上の棚が「神」と言う言葉なんです。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 5月7日
@pinkglalem 古代において自然(天体・山や海、川、泉など)の擬人化が神なんですよね。自然から切り離して、観念上の「神」を拝めとか詐欺もいいところです。新約聖書の言葉は神ではないですが、言葉を神とすると詐欺連発になりますね。
J・ナナミ @pinkglalem 5月7日
@lakudagoya もともと人間は現実(自然)からかけ離れた存在で、現実を模倣した想像の世界(文明)でしか生きることを許されなかった生き物です。類人猿の奇形児ですから...
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 5月7日
@pinkglalem 確かに。まあ、想像の世界でしか生きれないからこそ、自然の二次元妄想が発展して悪い人がそれで詐欺やるようになったと。
J・ナナミ @pinkglalem 5月7日
@lakudagoya 問題とすべきは、答えが存在しないこと。もともと文明は模倣された“嘘”なんです。いくら進んでも正解はありません。じゃぁ、どこかに“答え”はあるか?...ありません。残念なことに...
だから、詐欺をやってる人たちは嘘のつき放題。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 5月7日
@pinkglalem そうなんですよ。空なんですもん。嘘つき放題。でもニャンゲンは嘘を信じないと心の平穏を保てないと言う因業な習性を持ってますね。カモ人種です最初から
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya 2015年6月29日
うちゅー人関連の話をまとめると、どうやらうちゅー人絡みのネタの周辺には、聖書原理主義と白人至上主義(+アーリア主義)が密接にリンクしてるのがわかった。そのあたりの系譜について色々と書いてみようと思う。
1) 事の発端は19世紀半ば、科学的世界観が発達する前は欧米人は聖書的世界観を信じてた。雲の上には天使がいて、天の遥か彼方には天国があるというような感 じで。でも観測技術の発展でどこにもそんなものがないとわかると、従来の価値観の崩壊でその時代の悩んでたわけなのね。
2) で、みんあがウジウジ悩んでる中、颯爽とブラバ月子ちゃんのプロデュースで登場したのが、チベットの「マハトマ」さん。人類よりも遥かに進化した存在でチ ベットのあたりに引きこもって人類を指導してるっていう設定な。で、信仰の問題で悩んでた一部のインテリはとりあえず納得?する。
3) とりあえず、聖書的世界観を取るのか?科学的世界観を取るのか?で悩んでた人は、もしかしたら神(のような)存在はチベットのよーな人が及ばない所に引きこもってるという事で安心した?と思うんだけど、問題はそこでは終わりではなかったわけよ。
4) 交通網の発達で、それまでは未開の土地だったチベットに徐々に西洋人が入れるようになるワケ。そしたらチベットが特別でも何でもないというのがわかって来 た。そしたら、マハトマさんの住処がなくなっちゃって、高次な存在が住んでる場所ってのがうちゅーの彼方に移動したみたいなんだ。
5) おっとカンのいい子は気がついたかな?聖書的世界観の崩壊とリンクして、ふって沸いたように高次のうちゅー人論の元ネタになる話が出てきたと。これって、 喫茶店に入るとすぐお冷とケーキセットがついてくるくらい、懇切丁寧すぎるきめ細かいサービスだよね。ほんと、高次の存在って空気読める子
6) で、聖書的世界観の権威の失墜と共にうちゅー人が出てくるという、空気が読めすぎる高次の存在のサービスに、進歩派と呼ばれる人たちは食いついちゃったの。まあうちゅー人論が本格的に出てくるのは1950年代なんだけどそれより前はチベットの地下にあるシャンバラとか地底人がメインだった。
7) で、漠然としてたうちゅー人論がいきなり明確になるのが1950年代。ジョージ・アダムスキーという「チベットの高貴なる騎士団」というカルト宗教を運営 してた人が「空飛ぶ円盤同乗記」という本を出して、その本がベストセラーになるの。この本結構凄くて今のスピ系うちゅー人論の原型っぽい。
8) 折りしも1960年代は、アポロ計画でわかるよーに、アメリカではうちゅー開発が大ブームになった。アダムスキーのUFO本もその流れに乗って大ブームに なったわけよ。もしアポロ計画がなかったら、今のスピリチュアル系うちゅー人論はここまでメジャーになる事はなかっただろうねぇ。
9) ちょっと待って!うぃきを読んでみると、アダムスキーが運営してた新興宗教が「チベットの高貴な騎士団」だって?しかも、アダムスキーは8歳から12歳ま でチベットに留学してたって言ってるとか。ふーん河口慧海も同時代に留学してるんだけど、結構大変なんだよ?この話本当かね?
10) いやー話が繋がってきましたねー。おいらが最初、高次の存在はうちゅー人ではなくて、チベットにいるマハトマさんだったと。そのマハトマさんを信仰するカ ルト宗教をやってたおっさんからうちゅー人話が出てくるとか、話がダイレクトにピコーン!ですよ。こんなわかりやすい話があるとはね。
11) 間違いない。うちゅー人の話はチベットのマハトマさんからシームレスに繋がってるとわかったよね?で、ヌッポンではうちゅー人の話は非宗教的な話題となっ てるけどさぁ、amazonでアダムスキーの本を検索したらさ、宗教書みたいな本ばかり出てきたんだよ?つまりUFOってカルトだよね?
12) アダムスキーの「地球人よひとつになって宇宙へ目を向けなさい!」って本だけど、この人類が一丸となってうちゅーに目を向けなさいってアイアンマウンテン レポートを彷彿とさせる気がするのは気のせいでしょか?チベットの話からシームレスにうちゅー人とか何かあるな~とか陰謀論者は考える
13) おっとチベットといえばUFOネタより前に、ナチスがアーリア人(笑)の故郷として探してたネタは有名だよね?ナチズムは極めて白人至上主義が強くて、西 洋の伝統芸能であるユダヤ陰謀論のホロコースト詐欺をやったのは有名だ。で、アメリカのユダヤ陰謀論はナチズムの末裔として続いて行く。
14) アイアンマウンテン・レポートで検索していたらこんな論文見つけた。http://cruel.org/books/ironmountain.pdf …この論文によると、アイアンマウンテン・レポートはアメリカの極右の聖典なんだそうな、またユダ金が世界を支配してる本も、この極右の人たちにとってはバイブルなんだそーで。
15) おや?この論文で書かれてる話は主にアメリカの極右派(耶蘇教原理主義だと思う)で言われてる言説だって。これとまったく同じ事がリチャード・コシミズが 唱えてるんだけどコシミズってアメリカ嫌いで独立したいんじゃなかったっけ?それなのにアメリカの耶蘇教原理と同じ事行っちゃってるよ?
16) リチャード・コシミズが唱えてる事は、アメリカでは統一教会の息がかかった耶蘇教原理主義と同じ言い分だ。実はコシミズのユダ公叩きって宗教教義のために そうしてるんであって、事実と関係ないって事じゃない?反米なのに言ってる事はアメリカの宗教原理と同じってやっぱこーさくいんだわ。
17) かねがね、リチャード・コシミズには統一教会疑惑があったけど、こういう思想の背後関係からコシミズが統一教会のこーさくいんだという可能性も浮かび上が るワケ。統一教会というと、壷カルトの勝共なイメージしかないけど、本当は右も左も関係ないのかも?北朝鮮と仲良しだしねー。
///
寸止め陰謀論者の話を聞いたり本を読んでも真理の探究の障害になるだけ。
①天皇絶対(天皇擁護)
②万教帰一(ワンワールド推進用の東アジア共同体礼讃)
という生長の家の教義に忠実なコシミズ。
教皇派vs天皇派ってキリスト教保守VS新キリスト教派?
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-82.html
カァコ @onigiri3_
@lakudagoya @makeanovel @MomoRaburin ”うちゅー人は電気つーことかな?”面白いです!!肉体を捨てて電波になる?! ....エジソンが屍者の研究してたって話にもつながるような。。
私も全然詳しくないですが、宇宙人の定義が人間に近い形でもなく電波かも?っていうのが面白いなと思いました。一般にはETみたいな情報を流してるけど本当は電波だった、、みたいなのだったら面白いなと。
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya
@onigiri3_ @makeanovel @MomoRaburin あはは。その可能性あるかもですね。まあ、そうなっちゃったらもううちゅー人自然現象になっちゃいますぞ?うちゅー人はETみたいだからプレミアがつくのですっ!力説
そう、プラズマだったら単なる鬼火で終了ですよ(笑)肉体がなければ仏や天使でもいいですしね。
うちゅー人が電波とかそういう存在だったら、うちゅー人単なる自然現象になっちゃうよーな?うちゅー人は大槻教授の言うプラズマだったら、全然ありがたみがないというか、お土産うちに持ってきてくれない可能性高いから。。。ぐすん。
そういえば、関の都市伝説でフランシスコ法王(by イエズス会)がうちゅー人に関するネタを発言してたけど、主にUFOやうちゅー人の目撃証言のあるのは中南米などのカトリックの国が多いよな?で、法王の うちゅー人発言だ。うちゅー人騒動の裏にはイエズス会あたりが一枚噛んでるのではないか?
サイエントロジーもアダムスキーのチベット&UFOカルトもそうだけど、ファンタジーテイストの聖書信仰と違ってSF小説で騙しちゃえみたいな感じ。この手のカルトってさ、なんか教義もシステムもそうなんたけど、レトルト食品やインスタントラーメンで教義を作ってるような偽者感?を凄く感じる。
コーヒーブレイク レプティリアン脳?
http://lakudanekoneko.blog.fc2.com/blog-entry-16.html
”この前、犬HKの番組で臨死体験の話があってたんだけど、脳科学の研究では人が神秘体験をする時は、脳の一番太古の部分である爬虫類脳が反応するんですって。
おおっ、これってまさかデーヴィッド・アイクの言うレプテリアンの話の真相に近づけるか?と思ったもん。
もしかして爬虫類宇宙人って、この爬虫類脳と関係あるのかな?
アイクが言う爬虫類宇宙人と言われる支配者って、やたらと暴虐で儀式が好きで権力欲が旺盛とある。歴代の中国皇帝とかもそうだし、世界中の支配者たちはアイクの言う爬虫類宇宙人みたいに、暴虐で儀式好きで権力欲が旺盛なのよね。ちゃんとした資料にあたったわけではないので、確定された事実とは言えないけど、爬虫類脳が強く活性化すると人は暴力的で残忍になると聞いた事あるような。
爬虫類脳って、そういった野蛮さだけでなく、神秘体験とも密接に深く繋がってたとしたらどうなるだろうか?
世界中の宗教は、主に神秘体験をした事で啓示を得て生まれてるわけよ。
儀式をすると、意識の切り替えが容易にできるので、場合によっては爬虫類脳にアクセスして神秘体験ができるかもしれない。瞑想と爬虫類脳が活性化する薬物を組み合わせれば確実かな?
となると、アイクが言う爬虫類宇宙人みたいな権力者は、歴史上では権力者であると同時に宗教的権威でもあることが往々にしてあるから、もし爬虫類宇宙人の血筋というものがあるのなら、人間だけでなく哺乳類や爬虫類にもある、爬虫類脳が強くて神秘体験しやすい血族がいるのかもしれない。支配者がやたらと血筋にこだわるのは残虐だけど神秘体験とかしちゃって電波を受信しやすい血筋を守ってるのかもね。もっともこんな血筋があったとしても、生物学的に証明するのは無理に等しいのだけど。
で、儀式好きで残虐で冷酷で権力欲が強いなら、普通の良心がある人を支配するなんてたやすいし、一般人が爬虫類宇宙人みたいな真似をしようと思っても、良心の呵責などで挫折するかキチガイになるかでできないわけよ。
どんな悪行の限りを尽くしたとしても、良心の呵責に耐えられなくならないのってやはり血筋のせいだろうか?サイコパスは欧米では100人にひとり、東洋人ではおよそ1万人にひとりで存在するわけだけど、このサイコパスの割合って何か意味のあるのかね?
白人がインディアンや黒人やアボリジニをいくら殺しても平気だったのって、この血筋のせいがあるのだろうか?
普通の人でも、犬や猫や動物を殺すのと人間を殺すのでは、抵抗感や罪悪感がまるで違うのだけど、もし白人に限らずだけど、そういう血筋の人が「自分らはホモ・サピエンスとは違う」という意識があったとして、黒人やインディアンや下層階級の白人を犬や猫のように捉えてたとしたならば、それはありゆるわけよ。
俺は普通のヌッポン人だからさ、「自分は有色人種とは違う」という感覚がわからないわけよ。でもそういう血脈の人に聞いたらその人たちは、一般のホモ・サピエンスとは違うという感覚を持ってるわけなんですわ。
生物学的な事実がどうであれ、そいつらが「自分はホモ・サピエンスと違う」という感覚を体感的に持ってたとしたら、凶行に及ぶのはわけないよね。
科学的な学説やら宗教の教理やらがどうであれ、体感的に「自分たちはホモ・サピエンスと違う。ホモ・サピエンスの一般人は犬や猫と変わりないからいくら殺してもいいし、徹底的に自分らが管理しないといけない」というものがあったとするならば、止める手段なんざ殆どないってわけさ。
おそらくナチスやらの優生学だって、先にそういった感覚があって、時代が時代なので科学的でないと誰も信じないから優生学という科学のフリしてたわけで、最初から別に優秀な白人がいるということを証明しようというわけではないと思う。証明できたらそれこそ世界中の植民地主義に対する大儀名分ができるんだけど。
まあでも、それも作られた観念だと思うんだよね。
最近、やたらと日本万歳番組があってるのってさ、日本人が優秀=世界を支配する大儀名分を作るためじゃないかって思うのよね。戦前、日本は半島人や中国人に対しても見下してたでしょ?そういう意識だって最初からあったわけじゃない。幕末まで、知識人といったら漢文を書けて、中国の古典を勉強してた。幕末まで中国に対する侮蔑の念なんかまったくなくて、とても尊敬してたんだよね。それが日中戦争の後になって中国に入植すると見下しの感情になってしまうわけなんだよね。これプロパガンダとしか思えないんだけど。
戦前、日本はあちこちに植民地をもってたんだけど、それと連動して、植民地主義の尖兵のような連中の神道カルトが「日本人は神の民」みたいな洗脳工作をやってたんだよね。それって結局、白人は世界でも優れてる民族=それゆえに支配する大儀名分があるとかいってたイギリスの洗脳工作と何一つ変わらないんだよね。
西ヨーロッパのキリスト教(カトリックやプロテスタント)は自然と切り離された感覚を持ってるゆえに、クリスチャンという連中は神父や牧師の言葉で動くロボットがいっぱいいるんだよね。
だから、日本が戦前マスゴミで中韓に対して見下すようなプロパガンダを、キリスト教教会がやって「有色人種は人間ではない」とか言ってたら、そうやって動かされる人は沢山いるだろうねえ。
そういうわけで、爬虫類脳やらそういう血筋やら優生学やらって、現時点では観念でしかないわけよね。
人種という観念だって怪しいもんだ。日本人だって、DNA的に見たら中国人や半島人と変わらないし、見た目だって見分けがつかないのに、中国や韓国とは違うと感じるわけだから。違うのは、人種じゃなくて宗教や文化や風土や言語が原因かも知れないのに。
このナチスやら英米が言う「人種」ってかなり怪しいんだよね。
ナチスやら英米の連中は、ヨーロッパのキリスト教徒で同じ白人でもラテン系やスラヴ系も白人とは認めてなかった。イタリアやスペインなんかは、アラブ系と混血してる人が多いんでわからんでもないけど、ドイツやイギリスより白いスラヴ系を白人と認めないのは正直意味がわからん。スラヴ系、映像で見るとアングロサクソンより真っ白で金髪率が異常に高いわけで。
このような感じで「白人」の定義もいい加減な有様なわけだから、もう血筋やら人種だって観念でいいだろうと。
色々な事でさえ、確定された事実なんざ驚くほど少ないってわけでね。
だから爬虫類宇宙人の血筋だって、アーリア人(笑)だって、実在するかどうかわからんわけだ。アーリア人(笑)はあからさまに実在しない言語学の観念なんだけどな(笑)
それでも血筋信仰やら爬虫類脳と神秘体験やらに悶々としてるのが俺ってことさ。”
帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya
ナチスはバチカンの超古代?の科学調査隊だったというねこねこさんの説は面白いな。だってナチスのスポンサーはバチカン。チベットに近づいたのもバチカン様が秘密の情報を奪って秘匿するためだし、聖書的な創造論にあわせてこいつら世界中で前文明の痕跡となるものを意図的に破壊してるからな。
おいらは、超古代文明論はどこまで本当かよくわからないと思うのだけど、もしも科学を発達させるための「文明の種」が保存されてたら、また文明を再現する のは難しくないと思うよ。その「文明の種」というのは、ギリシャ哲学のような科学のもとになる考え方や高度な文明を作るための帝王学とか。
仮にカタストロフで超高度な科学技術が失われたとしても、それを発展させる手法さえ保存しとけば時間はかかるけど、再生させるのは不可能じゃないんだよ。 自然科学の持つ方向性すらきちんとしてればいつかは真理にたどり着くからね。よって、科学文明は今の文明がはじめてというのはインチキだよ。
耶蘇教の挙動を見てると、アレクサンドリア大図書館の破壊から始まって、こいつらは世界中にある過去の文明のヒントとなるものを意図的に破壊してるから な。これは南山宏の「沈黙の大陸」に詳しく書いてある。超古代文明に繋がるか?と思うネタが出てくるとみーんな宣教師が破壊してやがる。
こいつらが、どんな目的で前文明の遺物を破壊してるか知らないけど、単に世界は6000年前に創造されたというアホ教義を守るためではなさそうだ。多分、 アレクサンドリア大図書館破壊でやったような古代の智慧を独占するためだろうな。表では科学は悪魔と言っても本心は超強欲なんだよねー。
も @gatchim16 2013年9月10日
2009年度阪大国語大問2問4選択肢ア 「ドラえもんは自分の存在理由を消し去るために存在している」 ドラえもん怖すぎワロタ
おーみ @kamakiri_v_g 2012年6月9日
@yuno_rabbit 確か阪大が「ドラえもんはのび太の子孫がのび太に借金させないように未来から送り込んだロボットだから、逆に成功するとその未来ではドラえもんは不要。つまりドラえもんの存在意義は自分の存在意義を消すことにある」って評論を出してたな
Tak Nakamori @psr1509 6月7日
阪大の国語で出たというドラえもんの哲学論の出展はこれか。 永井均「マンガは哲学する」http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4006031831/knowledgephil-22/ref=nosim/ …
永井均『翔太と猫のインサイトの夏休み』を再読したのでメモ。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-64.html
”・“「もしね、もしもだよ、かりに立花由美が生まれてから一度も怒ったことがないとするよ、そしてね、急にいま死んじゃうとするんだ。」
「死んじゃうの!?」
「もしも、だよ。そういう場合、彼女がほんとうは怒りっぽかったっていうことがありうると思う?」
「それ、どういうこと?」
「別に立花由美じゃなくたっていいんだけどさ、ある人が一生怒ったことがなかったんだけど、それはたまたま不当な目にあうとか、そういう怒らなきゃならない状況に出くわさなかっただけで、ほんとうは生涯ずっと怒りっぽい人だったってことがありうるか、っていう問題なんだ。」”p.21
彼女はほんとうは怒りっぽいとか、この部屋は見られていないときは存在しないとか、ぼくたちが培養器の中の脳だとか、そういうことが主張できるためには、ぼくたちが実際に手に入れられるような根拠がなくちゃいけない。
・「生前には認められなかったけど、その人の死後で実はすごく重要な仕事をしていたってことが分かることがある(みなされる、そう評価される)。
そういうことがあるんなら、死んでからもずっと永遠に認められなくたって実はほんとうは凄く重要な仕事をしていたって人がいたっていいと思わない?」
「あまりにも天才的すぎて百年、千年たってもその人の仕事の意味が誰にもわからないってことはありうると思うよ。そのうち人類が死滅しちゃえば、その人は結局、なんでもなかったことになっちゃうけど……」
「結局何でもなかったってことに(原文だと「に」が抜けている。脱字)なるってことは、結局何でもなかったってことなのさ。その人は『ほんとうは』天才だったって主張に、意味を与えることはできないんだよ。」
「誰にも認められなくても確かめられなくてもほんとうは……」という立場は、
実在論といってとても由緒正しい立場。
英語だとリアリズム(realism)といい、「ほんとうは」(really)からきているから
「ほんとうは主義」と訳した方がいいかもしれない。
ぼくらが絶対に知ることができなくてもほんとうはそうだってことがある、って考えるのが実在論。
「誰にも認められなくても確かめられないなら結局何でもなかったってことなので、『ほんとうは』天才だったって主張に、意味を与えることはできない」
という立場が、
反実在論とか非実在論とか呼ばれる立場。
哲学に関する様々な対立の根底にはたいていこの実在論と反実在論の対立がある。
・今見えているものが実在しているかどうかは疑えるが、見ていると「思っている」ことは疑えない。主観体験の見え=私は見えていると思っている、は疑えない。
触れている「と感じている」、ということも疑えない。
・幻覚なんてものはめったにない。だから見えたらもうあるって思い込んでいい。もっと強く言えば、ものを見るってことは、見た通りにあるって思い込むこと。
だから、見えたのにそれがあるって思わないで、ないかもしれないなんて言う人がいたら、そんな人の方がそう言うための根拠を示す必要があるんだよ。特に根拠もないのに、見えたのにないかもしれないって言う人は、もうそれだけで懐疑論者だよ。
懐疑論者は用心深いように見えるけど、実はそうじゃなくて、けんかっぱやいんだよ。おまえはそう決めてかかってるけど根拠がないじゃないかって、すぐに食ってかかってくるんだ。
そう言われてみると、こっちもよく考えたた(「た」が一つ多い。言っておきますが、“”でくくっていない箇所は原文とまったく同じではありません)うえで決めたわけでもないから、困っちゃうわけさ。でも実はものごとにはそれぞれものによって勝手に決め込んでいい方向、決めこまなくちゃいけない方向っていうのがあるのさ。それを疑うことに意味が出て来るのは、よほど特別の事情がある場合だけ。
いったん売られたけんかを買っちゃったら何か根拠づけが必要だから懐疑論者の勝ちははっきりしているんだけど、そもそも売られたけんかは買っちゃいけないんだよ。挑戦をうけつけない限りは、こっちの勝ちが決まってる。懐疑論者がけんかを売ってきたらね、おまえのその挑戦自体がまとはずれなんだ、と言い続ければいいのさ。そうすれば勝負はこちらの勝ち。
(…)
・ぼくたちがこころや意識のないロボットをぼくたちの仲間に入れてぼくたち扱いしさえすればそのとたんにロボットにも心や意識が生じる。人間もいくら解剖しても心も意識も見つからない。ぼくたちは人間と、それに似たものしか心あるものとみなさない。
・性質がまったく同じものが二つありうるのは、時間と空間ってものがあるからなんだよ。時間と空間が無い可能世界ってものを想定するとね、そこでは性質がまったく同じものは個数としても同じもの、つまり一個のものになっちゃうんだよ。つまり全性質が同じであるってことと、個数が一個であるってことが、区別できなくなっちゃうんだ。
そもそも、そういう世界では、一個、二個って数えられるような物ってものが考えられなくなっちゃうからね。二つのボールの区別は、時空的な連続性が重要。
・バークリー「何かが存在するとは知覚されているってことにほかならない」
ヒューム「因果の概念は習慣によって作られた我々の信念でしかない」
因果関係そのものは想定されるだけで見えない。
・夢=心の中にあって外界に存在しないもの
・カントは、
“ぼくらのものごとのとらえ方にはね、習慣によって作られた信念なんかじゃなくて、それ以外ではありえないような型みたいなものがあるって考えたんだ。そういう、ものごとのとらえ方の基本的な枠組みみたいなのをカテゴリーって言うんだけどね。日本語で言えば範疇だな。因果性のほか、まえから使っている『ものとその性質』なんていうとらえ方もカテゴリーなんだ。ぼくらは、ものごとをとらえるとき、すでに必ずカテゴリーを使ってるんだ。
カテゴリーのくわしい話はまたにするとして、とにかく、さまざまな感覚的経験にカテゴリーが適用されることによって、はじめて、それが【客観的な現実】として認められることになるんだよ。カントは『視霊者の夢』って変な本を書いてるんだけど、これはね、スウェーデンボルグっていう当時流行の視霊者、つまり霊を見たと称するやつなんだけど、まあ霊媒みたいなもんだな、そいつの言ってることがほんとうかってことを考えた本なんだけどね。結論を言うとね、どんなにありありと見えたとしても、それはありえないこと、つまり『夢』にすぎないんだ。つまり、客観的な実在と対応してないんだよ。なぜかっていえば、要するに因果性のようなカテゴリーが適用されないからなんだな。まあ、カントに言わせれば、猫と話をするなんてことも、ありえないことだ、だからやっぱり『夢』でしかないってことになるかもね。
カテゴリーが適用されることによって、対象は客観的なものになるって言ったけど、そこには統覚っていうはたらきが必要なんだ。統覚っていうのはね、自分が知覚したり経験したりするさまざまなものごとを、カテゴリーに従って秩序づけるはたらきだ〔原文ママ〕なんだけど、それをするのが自我のはたらきなんだ。カントはね、デカルトの『私は考える』っていうあの原理を統覚作用として読み変えたんだ。カントによれば、『考える』っていうことはカテゴリーを適用するってことだからね。
カテゴリーがぼくらがものごとを理解する枠組みだとすると、時間空間はぼくらがものごとを感覚する枠組みなんだけど、その話はまたにしよう。とにかく、カントのこういう考え方はね、バークリーたちみたいに、現実を夢だって言って心の中で起こる夢にしちゃうんじゃなくてね、逆に、時間空間とカテゴリーで、まず心の中で起こる夢みたいなものを考えておいて、客観的な現実全体が実はその中にあら【ねばならない】んだって言う、ってやり方なんだよ。”p.105-107
※〔原文ママ〕も【】も原文にはなく、【】内一文字一文字に傍点。
国家神道=新キリスト教
=平田篤胤思想+現人神思想+ #スウェーデンボルグ 思想。
スウェーデンの貴族スウェーデンボルグの思想が神智学、スピリチュアル、ニューエイジ、宇宙人説、出口王仁三郎の霊界物語、大本教系(主要政党を支配)、大本教系の日月神示の元ネタです。
平塚らいてう(姉が #大本教 信者)が寄稿記事で『霊界物語』と #スウェーデンボルグ の関係を指摘しています。
大本教系の日月神示は和風スウェーデンボルグ。
丸に十字を掲げる大本教の出口王仁三郎の #日ユ同祖論デマ
1766年 - 『形而上学の夢によって解明された視霊者の夢』
Träume eines Geistersehers, erläutert durch Träume der Metaphysik
“1766年、『視霊者の夢』を出版[注釈 3][6]。カントはエマヌエル・スヴェーデンボリについてこう述べている[7]。
「別の世界とは別の場所ではなく、別種の直感にすぎないのである。-(中略)-別の世界についての以上の見解は論証することはできないが、理性の必然的な仮説である。スウェーデンボルクの考え方はこの点において非常に崇高なものである。-(中略)-スウェーデンボルクが主張したように、私は、〔身体から〕分離した心と、私の心の共同体を、すでにこの世界で、ある程度は直感することはできるのであろうか。-(中略)-。私はこの世界と別の世界を同時に往することはできない。-(中略)-。来世についての予見はわれわれに鎖されている。」
”
イマヌエル・カント(Immanuel Kant, 1724年4月22日 - 1804年2月12日)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%8C%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%88#.E7.94.9F.E6.B6.AF
“スヴェーデンボリへの反応は当時の知識人の中にも散見され、例えば哲学者イマヌエル・カントは『視霊者の夢』中で彼について多数の批判を試みている。一方で、限定的に「スヴェーデンボリの考え方はこの点において崇高である。霊界は特別な、実在的宇宙を構成しており、この実在的宇宙は感性界から区別されねばならない英知界である」(K・ ペーリツ編『カントの形而上学講義』から)と評価も下している。”
エマーヌエル・スヴェーデンボーリ(Emanuel Swedenborg, 1688年1月29日 - 1772年3月29日)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%8C%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%AA
英知界:理性による思考・観念によって捉えられるもの
現象界:感覚的に経験、物理的に認識できるもの
人間はこの二つの世界にまたがって存在している。
(…)
・「人間は動物ではない。
犬は人間である。
それゆえ、犬は動物ではない。」
「魚は水中を泳ぐ。
マグロは水中を泳ぐ。
それゆえ、マグロは魚である。」
前者が論理的に正しい推論で、後者は非論理的な論理的に正しくない推論。
前者を形式化すると
すべてのBはCではない。
すべてのAはBである。
それゆえ、すべてのAはCではない。」
明らかに論理的に正しい推論。
後者は
「すべてのBはCである。
すべてのAはCである。
それゆえ、すべてのAはBである。」
二つの前提ではAとBの関係については何も言っていないんだから、そこからAとBとの関係について推論なんてできるわけがない。明らかに論理的に間違った推論。
論理的な正しさは、前提や結論の事実的な正しさとは関係ないんだ。二つの前提が「もし」正しい「としたら」、結論も「どうしても」正しく「なくちゃいけない」っていえるかどうか、これがポイント。最初の方の推論は前提も結論も事実的には間違っているけど、もし二つの前提が正しかったら、結論は「どうしたって」正しくなっちゃうから正しい推論。
内容的には間違っていてもいい。論理的な道筋の正しさは、個々の内容が現実と合っているかどうかとは関係ない。
ある議論が正しいかどうかを問われると前提や結論が現実と一致しているって意味で正しいかどうかをついつい考えたくなっちゃうね。でもそういうことは論理的推論そのものの正しさとは関係ない。今でも科学者や評論家の中にもこのことが良く分かってない人が結構いるから注意した方がいいよ。
(論理とは事実的な正しさとは無関係に、前提が正しければそうなってしまう構造、手続きであって示されるしかない規則なのでしょうね。論理的な文章とか論理的な思考が何を教えるには、実際にその文章や思考を示さないといけないから。)
(…)
・“ある時点で時間が創られるって話は、ぼくらには理解不可能なんだよ。だって、ある時点で創られたんなら、それよりまえはどうなってたんだ、ってことになるからね。ぼくらの時間概念は、そういう時間の創造とか、時間の開始って問題が考えられるようにはできてない、って言ってもいいな。何かが創られたり始まったりするのは、すべて時間の中でのことなんだ。」
「時間が創られたとすると、それは時間内のある時点で、じゃなくて、なんて言ったらいいのか、時間の外からってことになるんじゃない?」
「なるかもしれないけど、そんなことイメージできる? 時間の外から時間を創るなんて。そもそも時間が始まるってこと自体が、ぼくらには理解しようがない観念じゃないか? ぼくらが理解してる『始まる』とか『創られる』って概念はそもそも時間的な性質を持った概念だからね。それを時間そのものに適用しちゃうことなんかできないのさ。」
「空間も同じかな? 空間を空間の外から創るっていうのはどうかな?」
「そもそもね、空間が創られるまえの状態なんて想像できるかい? 時間は流れているんだけど、空間は存在しない世界なんて、そもそも考えられないだろう?」”p.185-186
空間が無い状態を、何かカラッポなイメージをしても、それは結局は空間を想定してしまっている。
空間はどこまで広がっているのかとか、時間はどこから始まってどこまで続いているのか、なんて問いには意味が無い。空間を空間現象だとみなしたり、時間を時間的現象だとみなしてしまうのは錯覚。ぼくらは時間と空間の外に出て対象として眺めることはできない。
だからカントは時間空間はカテゴリーと並ぶ主観の側の形式だと言った。
じゃあ、時間が急に止まっちゃうとか、逆流しちゃうとか、それからタイムトラベルなんてことも絶対不可能ってことになるね。
ぼくらが考えることもできないことは、起こることもありえないさ。要するにね、考えられるかぎりのどんなにへんてこなことが起こったって、ぼくらはそれが時間が止まったなんてみなさないんだからね。だから時間は止まらないのさ。
もうきみは「でもぼくらにはわからなくても、ひょっとしたら、いつか時間が止まったり終わったりすることがありうるかもしれない」なんてことは言わないだろうね。そういうことは最も根本的な意味で「ありえない」ことなんだよ。ぼくらはぼくらの知っているこの時間空間しか知ることはできないんだ。だから、そういう意味で、タイムマシンに乗って過去へ戻るなんてことはありえないさ。もしぼくらが「これから」タイムマシンに乗ってどこかへ行くなら、行きついた世界がどんなにむかしの世界であろうと、それは出発時から見て未来の出来事なんだから。どういうわけか未来の中身が過去と瓜二つだったってだけのことさ。「いまから」ぼくらが過去へ戻るなんてことは論理的にありえないことなんだ。
(百年前に自分が行ったのか、周囲が百年前と同じ状態に変化したのか、区別はつきません)
ある物差しの長さに疑問を持ってその正確な長さを知りたいと思ったら別の物差しが必要。もし物差しが世界に一本しかなかったら、その物差しの正確な長さを計ろうなんて無理な企て。他の全ての者がその物差しで測られるだけで満足しなくちゃならないんじゃないか。
(時間や空間も、たった一つの物差し)
・死は体験じゃないんだよ。痛みや悲しみや欲望のように、他人や自分が持つものじゃないんだ。だから死んだ人だって死を体験してはいないさ。臨死体験はありえても、死の体験はありえないんだ。体験する主体そのものが消滅するってことなんだから、まさにその体験がありえないってことこそが、死ってものの根底的な意味なんだよ。
自分が消滅した状態を自分が「思い描く」っていうことは本質的に不可能。
でも自分の消滅するってことの意味を自分が「考える」ことはできる。
死ぬのが嫌なのは、死んでるって状態が嫌なんじゃなくて、もう生きられないってことが嫌なんだよ。だから長生きはいいことだと思うけど。長死に(大昔に死んで今まで長く死んでいること)は別に悪いことだって思わない。
“愛ってのはね、どこまでいっても、結局は話なんだ。それに対してね、存在と無は、生と死は、究極的にはね、話じゃないんだよ。それは、現実なんだよ。ただ、受け入れるべき現実なんだよ。」
「存在って、ぼくが存在してるってこと?」
「そうさ。それはほんとうの奇跡なんだよ。どんな因果性からも説明できないし、どんな理由や根拠づけも、そこにはおよびえないんだ。『なぜか』そうだったってことから、すべては始まるんだよ。必然も偶然もそのあとの話さ。“p.203
『』は原文にはなく、原文は『』内の一文字ずつに傍点。
“人生に意味を求める人が多いんだけど、あれはまちがいだよ。人生の内側には、もちろんたくさんの意味づけができるし、生きがいはあるさ。でも、人生の全体を、つまりそれが存在したってことを、まるごと外から意味づけるものなんて、ありえないさ。そんなものがありえないってことこそが、それをほんものの奇跡にしているんだからね。そこを誤解しないようにしないとね。人生の内部のさまざまな行為や出来事に意味を与えるのと同じように、自分の存在そのものにも意味を与えてしまったら、人生の深い味わいの大半は失われてしまうんだよ。そもそもね、ぼくらはね、みんな、意味づけの病に陥っているんだ。世の中で何か事件が起こると、新聞やテレビや、学者や評論家が、意味づけ合戦を始めるだろ? あれはもう病気だよ。世の中で起こったことに、意味なんかないのさ。ただ、たまたま起こっただけなんだ。そしてね、表舞台で演じられるああいう意味づけ合戦が、どうしても自分自身に向けられたものとは感じられない『まともな』人々が、かわいそうなことに、自分自身に直接向けられたメッセージを探しに向かうんだよ。でもね、翔太、そんなものはどこにもないんだよ。」
「でも、もしかしたら、ぼくの存在には神さまの計り知れない意志が働いているのかもしれないよ。」
「もしそうだとすれば、そんなことは絶対に考えられないと思うよ。ぼくらはね、自分を産み出している培養器の中の脳について考えられないのと同じ意味で、ほんとうに存在する神については決して考えることができないんだよ。ぼくやきみが生まれてきて、いまここにこうして存在していることには、ひょっとしたら、何か、ぼくらの知らない、ほんとうの意味があるかもしれないよ。でも、もしあるとしても、それがほんとうにほんとうの意味なら、ぼくやきみがそれを知ることはもちろん、それについて考えたり語ったりすることさえ、絶対にできないんだから、こんなふうに言うこともできないんだよ。だから、そういうことが分かるとか、知っているとか言う人は、絶対に信じちゃいけないんだ。」
「でも、もし媒介者がいたらどうなる? そういう超越的な世界とぼくたちが住んでるこの世界とをつなぐような。たとえばイエス・キリストみたいな。」
「もし、それを信じることでこの世界での人生が意味を持つのであれば、そういう話はぜんぶ嘘だって断言できるね。でも、そうでないなら、ひょっとしたら、信じられるかもね。」
「そうでないって?」
「それを信じても、何の意味もないような話なら、ってことさ。たとえば、宇宙は巨人族の庭にあるバケツで、ぼくらは彼らの食料のための餌として備蓄されている虫だ、ってな話なら、信じてもいいさ。それを信じても、自分の人生全体が意味づけられるわけじゃないからね。そうでなくて、人生全体に意味や価値や物語を与えるような話は信じちゃいけないんだ。翔太、きみはニヒリズムって言葉を知っているかい?」
「知ってるよ。すべては無意味だっていう思想でしょ? だから、生きていることなんか意味がないって。」
「むしろ逆だな。ニヒリズムっていうの〔原文ママ。恐らく「は」抜け〕ね、すべてには意味しかないっていう考えのことなんだ。人生は何のためにあるのか、とか、自分は何のために生まれてきたのか、とか、そういう問いこそが虚無的(ニヒル)な問いなんだよ。そして、もし何かひとつの全体的な意味づけの中に一生涯没入して生きる人がいるとしたら、それこそがむなしい、ニヒリストそのものなんだ。」
「でも、宗教って人間を救うためにあるんでしょ? だから、それを信じることによって救われるなら、それでいいんじゃないの?」
「たしかにね、人生の内部での自分の欲望の現実化だけをそのつどの人生の目標として生きていくのもむなしいさ。どんな満足感も慣れれば薄れていって、すぐにまた不満足に変わってしまうからね。だから、そうした全体を意味づける何かが欲しくなる気持ちはわかるよ。特にね、不満足な人、不幸な人はね、まさにそのように不幸であることに、自分が生きているほんとうの意味を見いださざるをえないときがあるからね。それは、やむをえないことさ。
(…)
いま、きみ自身が持っているいろんな素質とか能力とかがあるだろう。若いころはそういうものが自分自身の人生を決めていくような感じを持っている。でも、それは錯覚なんだ。ほんとうは、思いもよらない偶然が君の人生を決定してしまう。幸福な偶然(グッド・ラック)もあれば不幸な偶然(バッド・ラック)もあるさ。幸福でも不幸でもない偶然もたくさんある。そういったことは文字どおりたまたまなのだから、何の根拠も意味もない。でも、そういう意味のないことがたまたま起こったってことには意味があるんだ。その意味のなさこそをよくよく味わわないと。そこでこそ、全宇宙の存在の奇跡と君の存在の奇跡が出会うんだ。そういう偶然を味わうためにこそ、君は一回かぎりこの世に生まれてきたとさえ言える。
(…)
新聞やテレビや、学者や評論家を、絶対に信用しちゃだめだよ。世の中で通用するってことは、ほんとうに大事なことはぜんぶ『はしょって』あるってことの証拠だからね。哲学から学べるような一般論はね、そういう自分に固有の体験の場で鍛えられてはじめてほんものの知識になるんだ。“p.204-208
『』は原文にはなく、原文は『』内の一文字ずつに傍点。
宗教は人間を支配するためにあります。少なくとも布教熱心な宗教は侵略用。キリスト教が典型例。
その宗教が何人救ったかは数えにくいが、何人殺したかは数えやすい。
私たちは私たちの言語と私たちの理解力、認識、知覚の外に出ることはできません。可能性というのはそのなかでしか考えられません。だから、あなたの人生全体の意味がわかる人はこの世に存在することができません。あなたの人生全体の意味がわかる存在がもしいるならば、その存在は私たちの言語、理解力、認識、知覚の外にいますので、私たちは考えることができません。できるって?
それは錯覚。その存在「の想定」をあなたの思考「の中に出現させているだけ」で、絶対にあなたの思考の外の存在には至れませんから。
だから宗教は、宗教の神はインチキなのです。特に唯一神は大ウソ。
“答えが用意されているような問いは、ほんとうの問いじゃないんだ。そういう問いは、答えがないほんとうの問いを問うための練習にすぎないんだよ。問いのまえで茫然とするしかないような問いこそがほんとうの問いなんだよ。”p.209
“哲学することが流行したことなどかつてなく、これからもない。しかし、人間が哲学することをやめたことはかつてなく、これからもない。ただそれだけのことだ。一般の理解に反して、哲学とは主義主張や思想信条のことではない。その正反対である。哲学とはむしろ、主義主張や思想信条を持つことをできるだけ延期するための、延期せざるをえない人のための、自己訓練の方法なのである。少なくとも、本書が思想書として読まれるようなことだけはないようにと、私は願っている。"p.216-217
”
永井均『マンガは哲学する』。藤子・F・不二雄『藤子・F・不二雄[異色短編集]1 ミノタウロスの皿』・〈異色短編集〉2『気楽に殺ろうよ』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-62.html
”2 異文化との出会い?――藤子・F・不二雄「ミノタウロスの皿」,「サンプルAとB」,「絶滅の島」
異星人が地球人AとB(男女の若いカップル)を観察し母星に報告する話「サンプルAとB」
性行為=“外皮を取り去った両者の体には相違点がある(…)ともあれAとBはその相違点を奇妙な形で利用しあったのである。(…)この行為は相求める両者の欲求の帰結であったらしい。AもBも深い充足感に満たされた”
※相違点利用図=挿入断面図つき。
服って確かに、最外部の皮膚=第二の皮膚だよな
剣による戦い
=“彼等の行動の意味は我われには理解しがたいものであった。上肢に持った金属片を相手の体の中に挿入するのが目的のようである”
食事
=台上の物体にはかつて生命活動をおこなっていたらしい形跡がある。A、A´、A″はこれを身体上部の穴へ押しこみはじめた(…)
哲学を学ぶほどに哲学をただ研究するだけの人になってしまう。これは歴史学者に似ている。歴史学の真に正しい姿勢とは定説も自説もどうでもいいと思って取り組むことであるが、そんな者はそもそも歴史学者になりはしない、という構造に似ている。となると、アマチュアの重要性は極めて高いと言える。そして同時に、素人の見解、特に素朴で常識的な疑問こそが大事なのだ。専門バカはこの文章読んでも理解できないだろうな。理解できても実践しなけりゃ理解していないのと同じです。
(…)
第四章 時間の謎
1 ドラえもんは何のためにいるのか――藤子・F・不二雄『ドラえもん』
のび太のせいで大借金をいまだ払い続けている孫のセワシ君は、「特定意志薄弱児童監視指導員」の肩書きを持つドラえもんをのび太のもとに送り込む。ここまではいい。
では、のび太が借金を子孫まで残すような大失態をやらかす原因が、ドラえもんによって消えたならば、ドラえもんがのび太のもとにいる原因(理由)そのものが消えてしまう。
そう、ドラえもんは、自分自身の存在理由自体を消し去ることが存在理由なのだ!
“自分の存在理由を消し去ることがその存在理由である存在! 彼が少しでも内省力のあるロボットなら、ある日そのことに気づいて、「ぼくっていったい何のために存在しているのだろう」という実存の不安に襲われるはずである(実際にはそんなようすはまったく見られない。のび太ほどの思索力もない、能天気なやつなのである)。p.125-126
ドラえもんはのび太ほどの思索力もない、能天気なやつなのかー。
のび太の言うことの方が哲学的な気がする。
蛇足
ドラえもんを送り込んだセワシ君自信は借金から逃れられないんじゃないの?
けいと@keitotanner
1970年に自分がタイムトラベルするとしたら、そのときその瞬間に起きた出来事は、「自分が1970年に行った」なのか。それとも、「自分の周りの世界が全て復元された」のか?(「タイムトラベルの
哲学」からかいつまんで引用)
(…)
T・M(タイムマシン)は絶対に
“しられたくない秘密はだれにでもあるもんだ。
個人の情事から、それこそ国家機密にいたるまで。
それがあるうちはT・Mは実用化されないんだよ永久に。“
p.151
タイムマシンが実用化されない理由は技術的問題だけじゃないことを描く。
過去に行って過去の自分に出会っても別に何も起こらないからね。
いや、その過去に行った自分が過去の自分に出会ったという記憶があったら会っていいし、なかったら会っちゃだめ、というのが正しいかな。
ちなみに、過去に行った自分にとっては、過去世界は未来世界だ。過去世界は未来から来た人にとっては新天地にすぎないからね。
あと、侵入者は国家機密側の人だろうね。
(…)
“アンタガ今ヤッテルノハヒョットシテ、
生体ノ組織ニ異物ヲ挿入シコレヲ破壊シヨウトイウココロミデハアリマセンカ。
ナラバムダデス次元がチガウ。”p.231
三次元より上の次元では三次元のようにものとものが衝突することはないから当然、手錠や銃も無駄。高次元から射影で三次元世界に存在しているのがこの兎なのだろうか。うさぎが本来四次元存在なら、この兎のすがたは四次元存在の「断面」=三次元立体、であるが、このようなはなしは別の機会があればすることにする。
ドラえもんの四次元ポケットにあんなにも詰め込めるのは、この「詰め込む」ということ自体が四次元では当て嵌まらないからだ。四次元では三次元のようなものとものの衝突はありえないから。
これいじょう子どもをまきこむのはやめてくれ、とパパは頼むが
エッソレハチョットオカシイノデハ……
という大きな兎。
となると、うさヒョンには子どもと大人の区別がついていることになるな。
でも子どものマーちゃんはきょうはくのまさに当事者である。
だって最後の場面で明かされるが、ヒョンヒョローって落ちてきた星(のかけら)こそがヒョンヒョロなのであり、マーちゃんが持っているのだから。
マーちゃんにひょんうさがきょうはく状を送ったのは、そのマーちゃんこそがヒョンヒョロの所有者だからだ。
例えばヒョンヒョロ初版版を要求するならば、ヒョンヒョロ初版版を持っている人に要求するように。
しかし変則ダガヤクソクスルデス。
と言ったように子どものマーちゃんをまきこまないことを約束するでかうさぎ。
もはやヒョンヒョロを渡す機会は失われ、ヒョンヒョロの正体が絶対にわからなくなってしまう。
時間通りにパパが
宝石や札束=石ころと紙クズ、をもってくるがうさぎは激怒。
ヒョンヒョロとは何かと大人たちはきく。
“宇宙最高最大ノ価値アル、アノヒョンヒョロヲ!?
非常識ナ! アマリニモ非常識ナ!!
イーヤ信ジラレナイ!!“p.237
知っているのに知らない振りして誤魔化したと思ったのだろう。
これが兎側の「常識と非常識」だ。
(…)
・サンプルAとB
小森麻美作画。元ネタはロミオとジュリエット。
・語り手は炭素系生物ではない(人間を炭素系生物と表現しているので)。
・p.117“各個体の外観は まちまちで 体の大部分は繊維質の外皮に包まれている。”
外皮=服。
p.117“上肢に持った金属片を 相手の体の中に挿入”
=剣術。
語り手は金属系生物ではないだろう。金属系なら我々の一部などと表現するだろうし。プラズマ生命体かな。
・p.118“彼等は二本の下肢の付根を支点とし 重心の移動によって前進する。”
彼等という表現から語り手は個体の区別がついている生命体であり、全員で一個体=群体ではないことがわかる。
・受光孔(眼)と太陽光で認識。
・大気の振動でコミュニケーションを行う。
・p.120“石と木で構築された巣。巣に共生する他の個体 いずれもAグループ。サンプルAと近似点多し。以下A´と呼ぶ。A´´と呼ぶ。台上の物体には かつて生命活動を おこなっていたらしい形跡がある。A、A´、A´´はこれを身体上部の穴へ押しこみはじめた。”
サンプルA=ロミオ。Aグループ(モンタギュー家陣営)
・p.121“彼等は これを摂取 することによって 身体構成素子を増殖し活動のエネルギー源としているらしい。 数時間後 不要物質の排出が見られた。 摂取→排出孔は 曲りくねった長い管で接続されている。 極論すれば この生物のモデルは 一本のチューブで表わし得るわけだ。 その後の観察によって チューブを満たす行為は彼らの日常生活の 主目的となっていることが明らかにされた。”
・p.122“彼等の目的地は Bグループその他の大群生地であった。これは先刻の激しい反発ぶりからみて不可解というほかはない。
群は上肢をつなぎあい律動ある単調な運動をくり返している。”
手をつないでダンスしている。観察存在には戦いの訓練という概念がないのかもしれない。
・p.124“一つの因子と推定されたのは頭部表面の凹凸である。 他の個体の観察例を集計した結果 凹凸の微妙な差と異変との間に明らかな相関関係が示された。”
美醜=頭部表面の凹凸の微妙な差。
美人=「異変を起しやすい」絵と、不美人=「きわめて起しにくい」絵が描かれている。
・p.125“二個は発振孔を接した。前述した通り発振孔は栄養摂取孔をもかねている。 彼等はこのような時にも栄養摂取欲を失わないのである“
キスの起源は口移しかも。
・p.126“AはBグループ群生地に引き返しBの静止室に接近した。
註:彼等は 生活単位時間の 三分の一を静止状態で過す。このための区画が静止室だ。”
観察存在に睡眠の概念はないのだろう。
・p.128“静止不足”=睡眠不足。
・p.129“A、B両者が恒常的に近接して存在したい”=結婚したい。
・p.130“この儀式には A、B、Xの他に第三者が介在していたようだ。「至高の存在・万能者」などとXは呼んでいた。 そんな高等動物にならぜひ会ってみたいと 手をつくして探査したが ついに発見できなかった。”
儀式=ロミオとジュリエットの内密の結婚式
X=僧ロレンス。
ゴッド=高等動物、ならば探査すれば見つかるはずだという合理的思考。
・p.132“鉄片はa´の中に吸いこまれた。 組織が破壊され搬送液がまきちらされた。 a´は生命活動を停止した。 おどろくべきもろさである。 こんどはAがbの生命活動を停止させたのだ。 前出の規制者(Zと呼ぶ)がきた。 ZはAに対し棲息地を遠く移すことを命じた。 A、Bは永遠に離れて存在することを強いられたわけである。”
語り手は人間よりは死ににくいらしい。
・p.133“Bは受光孔から液体を分泌した。この液体は他の個体の思考波に影響を及ぼすものらしい。Yは影響された。”
涙。
p.134“外皮を取り去った両者の体には相違点がある。 他のあらゆるサンプルについても この相違点は認められた。種族の違いか? それとも単なる個体差か? ともあれAとBはその相違点を奇妙な形で利用しあったのである。 この行為は相求める両者の欲求の帰結であったらしい。AもBも深い充足感に満たされた。 相違点の利用は夜中 飽くことなくくり返された。”
相違点利用図=女性器及びその内部の男性器を示す断面図。
交尾しまくったということ。
=有機物質で構成された先が丸い円柱状のものを、同じく有機物質の壁によって構成された蠕動する窪みに挿入する行為の繰り返し。
充足感という概念などから、観察存在は人間に似通っている(そもそもそうしないと人間が理解できない)。
・p.135“朝をむかえ A、Bは大気振動を交わす。 以下はその大意である。
ちがう あの大気振動は昼行性飛行小型生物によるものではない。あれは夜行性飛行小型生物のものである。
事実と相違する。遠距離上方を受光せよ。 分裂していく浮遊水滴集団をふちどる朝の光を ただちにこの位置から移動しなければ 生命活動停止あるのみ。
それもよい 光は衛星からのものと仮説する 大気振動は夜行生物のものと仮説する。 Aも移動したくはない。現状の継続こそ望ましいのだ。
いや朝だ あの不快な大気乱振動は昼行生物のもの。時間を消費せず移動せよ。光量が増大してくる。
Aは長距離移動した。“
ここで中野好夫訳『ロミオとジュリエット』(新潮文庫)の該当箇所が登場する。これは気が狂っていた(虚航船団風)ということはない。
p.135あたりから始まる第三幕 第五場が元ネタ。
p.136”ほら、御覧、あの向うの東の空、別れていく雲の裂目を縁どって、あの意地悪い朝の光を。(中略)往って生命を助かるか、ぐずぐずすれば死があるだけだ。“
観察している存在は昼夜の区別があるところに住んでいるのだろうか。
p.136より観察存在も生命活動停止は一大事であることがわかる。
p.137“恒常的近接生活は 通常 非生命体との間にはおこなわれない。 したがってBは「元生命体貯蔵所」に放置されるはずだ。”
p.138“頭部保護細管”=頭髪。”
永井均の著作三冊:『子どものための哲学対話』・『翔太と猫のインサイトの夏休み』・『私・今・そして神』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-61.html
”クジラは魚である!
“ペネトレ:クジラは魚のように見えるけど、ほんとうは哺乳類で、魚じゃないってはなし、聞いたことある?
ぼく:もちろんあるよ。クジラは、魚のようにえらでじゃなくて肺で呼吸するし、魚のように卵の形で子どもを産むんじゃなくて、クジラの形で産むんだよ。それで、産まれてきた子どもは水中で母乳を飲んで育つんだ。だから、クジラは魚のように見えるけど、ほんとうは哺乳類で、魚類じゃないんだよね?
(…)
ペネトレ:つまり、『そういう点ではクジラはどうしても哺乳類のように思えちゃうけど、肝心な外形や生活環境が魚みたいだから、ほんとうは魚なんだ』って言ったら?”
ぼく:なんで外形や生活環境のほうが肝心なのさ?
ペネトレ:そんなら、なんで内部のしくみのほうが肝心なのさ?
ぼく:だって外形のほうがだいじなら、ほんものと見分けがつかないようなにせもののダイヤモンドは、ほんもののダイヤモンドだ、ってことになっちゃうよ!
ペネトレ:そうなんじゃない? とくに宝石なんて、見かけの美しさこそがいちばん肝心なんだから。内部構造はぜんぜんちがうけど、いちばん肝心な見かけがおなじだから、『ほんとうは』ダイヤモンドなんだ、って言えると思うよ。
ぼく:そんなの、なんかおかしいよ。
ペネトレ:それはきみが科学に洗脳されているからだよ。科学っていうよりもっと根本的な、ある種のものの見かたにだな。見かけや外形の奥にかくれているものこそが、その物のほんとうの姿である、っていうような。
ぼく:そうじゃないの?
ペネトレ:それは、ひょっとしたら、奥にあるものを知っている人が知らない人たちに対して権力を持つために作り出した作り話だったんじゃないかな? みんな、うまくだまされちゃったのかもしれないよ。
ぼく:まさか!
ペネトレ:でも、分類のしかたによってはクジラは魚でもあることは、たしかなことだよ。外形や生活環境よりも内部のしくみを重視するって前提があってはじめて、クジラはほんとうは魚じゃないなんて言えるんだ。じゃあ、なぜ内部のしくみのほうを重視するのかっていえば、それはぼくらがそういう文化の中に生きているから、としかいいようがないんだよ。いつか人間たちが、クジラはやっぱり『ほんとうは』魚だったって思うようになる日がくるかもしれないんだ。“
p.94‐97 ※『』内は原典では太字
科学は、構造や構成要素や因果関係を解析するのが目的ですから、ものの内部が本質だと考えますからね。
むしろクジラが哺乳類ってことは、「教えられなければわからない」ので、
人間の自然な感覚からしたら不自然で、魚だという認識の方が自然でしょう。
その教える側の教師や教科書だって、クリスチャンで白人の銀行家(金の支配者)と銀行家を手先として使っている王侯貴族たちが都合よく決めるのですから。
あとダイヤモンドの話ですが、違いが分かる人が存在しなければ、本物も贋物もありませんから。
目利きがいなけりゃみーんなモノホンってこった。
厳密にはな、パチモン・ホンモン自体が成立せーへんねんけどな。ナンセンスや。
8 地球は丸くない!
ぼく:地球が丸いってことも、太陽のまわりをまわっているってことも、『発明された』の?
ペネトレ:そうさ。でも、地球は丸いのに、どうした下のほうにいる人が落ちちゃわないんだと思う?
ぼく:そりゃあ、引力があるからじゃん!
ペネトレ:でも、引力って引っぱる力だろ? そんなものがあるんなら、もっと地面に引っぱられているような感じがするはずじゃないかな? どうして引っぱられて、はりついているような感じがしないんだろうね?
ぼく:たしかに、そんな感じはしないけど……。
ペネトレ:だから、ほんとうは、ぼくらは引っぱられてなんかいないんじゃないかな? 『引っぱられるっていうのは、この地面の上にいて、ひとに腕を引っぱられたりするときの、あの感じについてだけ、言えることなんじゃないかな?』
ぼく:じゃあ、引力はないって言うの?
ペネトレ:引力がないだけじゃなくて、地球が丸いっていうのも、ちょっとあやしいな。
ぼく:どうしてさ!?
ペネトレ:丸いっていうのは、この地面の上にある、スイカとかボールとかについてだけ、言えることなんじゃないかな?この地面が球体であるって考えたとたんに、ぼくらは地球というものを、この地面のことじゃなくて、この地面の上のほうにある巨大なボールのようなものだと考えてしまっているんじゃないかな?その証拠に、地球は丸いのに下のほうにいる人が落ちないのは引力があるからだ、なんて考えてしまうだろう?
ぼく:どこがいけないのさ?
ペネトレ:地球には「下のほう」なんてないはずだからだよ。でも、ぼくらは上下のある絵しか描けない。できるって言うんなら、上下のない地球の絵を描いてごらんよ。世界地図だって、地球儀だって、星座早見盤だって、必ず上下がある。それはつまり、地面の上に乗っているってことだよ。だから、ぼくらが住んでいるとされる地球という名前の惑星をふくめて、ほんとうは、すべてのものが、この地面の上にあるんじゃないかな?
ぼく:ペネトレ、それ本気で言ってるの?!!!”p.100‐102
※『』内は原典では太字
物理法則という客観的だとみなされている(この法則の観測は主観的になされる)のですが、結局のところ、人間の肉体的制約や生活様式の前提に縛られます。
肉体的制約とは、左右対称、上下非対称などで、
生活様式の前提とは、重力下で生活(頭は上、足は下)などです。
地球上にいる時、われわれにとっての地球とは地面のことであり、そこから逃れられないのです。
仮に、人間の体が完全な球体だとすれば、文字は左から右へだとか、その逆だとか、縦書きだとか、横書きだとか、という概念が生まれるか?
などなどさまざまな思考実験ができますな。
(…)
ぼくが生まれるために必要なこと(2)
“ペネトレ:まだ人間のいない世界を考えてみよう。そこで神さまが五人の人間を作るとする。もちろん、それぞれ顔かたちも性格もすべてちがう五人だよ。さて、そのとき、ただたんに五人のちがう人間が作られるだけじゃなくて、その五人のうちに自分というものがふくまれているためには、神さまは、それぞれ個性を持った五個の肉体と精神を作る以外に、なにをしてくれればいいのだろう?
ぼく:自分って、このぼくってこと?
ペネトレ:そうだよ。でも、その世界には、まだ、きみというものは一度もあらわれたことはないんだ。そのとき、神さまがいまのきみのような肉体と精神を作ったとしても、そいつがきみになるかどうかはわからない。どれかひとりがきみであるためには、なにが必要だろう? 神さまは、なにをしてくれればいいんだろう?
ぼく:五人のうちのひとりがぼくであるためには、神さまが五人に、それぞれちがった肉体と精神を与えるだけじゃ、足りないね。それだけじゃ、五人がそれぞれみんな平等に、それぞれの個性を持ったそれぞれの自分である、ってことにしかならないからな。その中のひとりだけが、ぼくであるという特別のありかたをするためには、肉体や精神のもつ個性とはちがったなにかが必要だな。
ペネトレ:しかし……、そのなにかを与える能力が、神さまにあるだろうか?全能の神でも、その能力だけはないんじゃないだろうか?
ぼく:どうして?
ペネトレ:もし、「その五人のうちのひとりがなぜかたまたま自分だったとしても、そんなことはなかったとしても、神さまには、そのちがいを見分けることができない」からだよ。だって、その二つの世界は、五人のうちに自分というものがふくまれているかいないかという点以外は、まったくおなじ世界なんだから。
ぼく:見分けることができないんだから、作りわけることもできないってこと?
ペネトレ:神さまにできることは、さまざまな心や体を持ったさまざまな人間を作ることだけなんだ。
ぼく:その中にぼくがいるかどうかは、神さまにとっては、なんのちがいもないのか……。つまり、神さまは、ぼくが存在していることを知らないんだ。だから、神さまは、ぼくのような人間を作ることはできても、ぼくというものを作ることはできないのか……。”p.110‐113
※「」内は原典では太字
宗教における死後の世界を「生きている」人間にわかるはずがない。
全部嘘っぱち。
あるいは錯覚。
(…)
主に言語を学べる条件について考える。
実は、『ロボット』とか『人間』とか『黒』とか『痛み』などの言葉の意味を習得しつつある子供には、人間がロボットに見えるとか、黒が白く見えるとか、痛みが眠気に感じられるとかを主張する権利はない。
意味が固定=基準が決定、された後にはじめて事実に関する極端な主張ができるようになるのであって、意味を学びつつある段階では、誰もが凡人。
なぜなら、
人間=ロボット、だと認識している人が、
人間がロボットに見える=人間とロボットは一般的には別物である、と言えるはずはないから。
子供のころから汚水をきれいだと感じて、浄水をきたないと感じる人がいたとすると、その人は『きれい』や『きたない』の言葉の意味を学べない。
なぜなら、私たちは言葉の意味を「実例を通じて学ぶので、最初から多数と判断が一致していないと、そもそも意味を学ぶことはできない」から。
つまり、感じていること、考えていることなどが同じ(あるいは「ほぼ」同じ)だという前提のもとで、はじめて意味を教えたり学んだりすることが可能になる。
例えば、日本語が母国語の人が、マレー語をまったく知らずにマレーシアに行ったとしても、その人は少しずつわかるようになっていくだろう。
なぜなら、なんとなくわかることがあるから。
自分を指差して何かを言ったら自己紹介をしているのだろう、
自分以外を指差して何かを言ったら指差されたものについて何か言っているのだろう、といったことなどだ。
ではなぜ、「何かを指差して何かを言ったら、その言った内容は指差したものに関係しているはずだ」って思うのか?
まさにそこがキモ。
要は、相手がこちらが予想できることをしてくれないと、相手の言葉は絶対に学べないということだ。
そうでないと、相手の話している内容を推測して、自分の言葉(おそらく母国語)にあてはめて理解し学んでいくことはできない。
他にも言語を学ぶ前提はある。
相手が言っていることの意味がわかるようになっていくためには、相手が、(こちら側の基準で)まともでありふれた存在でないといけない。
そうでないと予想すらつかない。
相手がほとんど正しいことを言っていると前提しないとどうしようもない。
皆が真理を語るとは限らないが、相手がこちらの観点から見てたいていは真理を語っている、理のあることを、整合性があることを言っていると前提することが、理解の前提。
つまりは、自分とぜんぜん違う言葉が喋っている人が、「汚水はきれいだけど、浄水はきたない」って意味のことを言うことは「ありえない」ってこと。
それが意味理解の前提なので、ひょっとしたらほんとうはそう思っているかもしれないってことすらない。
相手が自分と同じ信念を持ち、自分が真実とみなすものを真実だとみなす、といった言語以前の形式--人間は言語は違っても、重力下で生き、表皮は固体で、左右対称で、生存のためにはエネルギー摂取が必要で、挨拶し、自己紹介し、などなどといった共通項--
を少なく或る程度はもっていると前提しないと、意味の理解ははじまらないってこと。
いや、この「言語以前の形式」以前の形式、
つまり、カントのカテゴリーなどのものさえ共有できていればまだ理解は可能かもしれない。
感性(感覚みたいなもの)的に見出される経験における一般性を支えるのが「悟性」(知性と訳すことあり)である。
悟性的な理解とは、それが何であるかを把握する能力である。
五感で感覚される対象が一般的に何かであることは悟性によって規定される。
悟性固有の形式が、純粋悟性概念=カテゴリー↓
カントのカテゴリー
※悟性…感性が与えてくれた対象を、カテゴリー(質、量、関係、様態など)に基づいて判断。
①分量
(すべてのものか、
特殊なものか、
それともこのひとつか)
②性質
(これは~である、といえるものか、
これは~でない、といえるものか、
これは非~である、といえるものか)
③他のものとの関係
(いついかなる場合であってもこれは~である、といえるのか、
もし…なら、~である、という条件付きのものか、
これは~か…のどちらかである、といえるのか)
④様相(物事のありよう)
(~であるだろう、といえるのか、
~である、といえるのか、
かならず~でなければならないといえるのか)
別の表現だと
1. 量(単一性、多数性、全体性)
2. 質(実在性、否定性、限界性)
3. 関係(実体性、因果性、相互性)
4. 様態(可能性、現実存在、必然性)
[アリストテレスの10のカテゴリー(範疇)
1実体
主語が何であるか
2量
主語がどれほどの量であるか
3質
主語がどのような質であるか
4関係
主語が他のものとどのような関係にあるか
5場所
主語がどのような場所にあるか
6時
主語がいつあるか
7状況
主語がどのような状況にあるか
8状態(所有)
主語が(物との関係で)どのような状態にあるか
9能動
主語が他のものに対してなにをしているか
10受動
主語が他のものから何を被っているか]
カテゴリーは認識のフィルターのようなもので、カテゴリーに引っかからなければ認識されないので、カテゴリーを外れたものは存在しないとみなされる。
言語の話に戻す。
相手が人以外でも同様。
何やらよくわからない異世界あるいは宇宙空間からやって来たらしきものが、どうやら言葉を話しているようなのだが、何を言っているのか意味がさっぱりわからない存在がいたとする。
では、その存在が言語(らしきもの)を話していると仮定して、そいつの言っていることを推測していくにはどうしたらいいのか。
外国語学習とまったく同じく、私たち基準で合理的に行動していると解釈する場合にしか、彼らが言語を持っているとか、何か考えているとか、みなすことはできない。
人間以外の動物や植物なども同様。
よって
言葉は持っていて私たち人間にもその意味もわかるけど、私たち人間と(言語が成立する前提的な意味で)まったく違う考え方をしているものなんて「いない」。
いるかもしれないが私たち人間には決してわからない、なんてことに意味は与えられない。
そして、意味が理解できるようになってはじめて、相手の間違いやこちらの誤解がわかるようになる。
考えや理解の違いを確認するためには、相手がほとんど言葉の意味を間違えず、相手が今まで従ってきた意味体系と同じ体系に従っていると前提しないと成り立たないからだ。
話すたびにまったく違う意味体系に従って喋っていて、なおかつその場にまったく関係ないことしか喋らない存在の言語なんて学びようがないってことです。せいぜい、わめいている、と認識されるのがおちでしょう。
言葉の意味がわかるようになる場合
①相手がまともで言葉が違うだけのとき。
②相手の気が狂っているが、正しく日本語(一例)を使っているとき。
言葉の意味がわかるようにならない場合
(その人が何を信じているかもわからない)
①相手の気が狂っていて、しかも間違った日本語(一例)を使っているとき。
②相手の気が狂っていて、しかも私たちの知らない言葉を使っているとき。
冒頭の引用のような精神病的妄想を持っている人に対して、精神科医やカウンセラーは、普通、相手が言葉の意味自体は誤解していないって前提で接するらしい。
私はナポレオンだ。神がそう言った。
と言ったら、「その人はそういう妄想を持っている」と考える。
言葉自体は受け入れる。
ナポレオンが実は「敵前逃亡の一兵卒」だったり、神が実は「人間」だという可能性は、相手に質問して肯定しない限り、あの有名なナポレオンとみなす。
そうしないと、話が成り立たない。
今度は、「色」という概念が存在しない(必要としない)宇宙生命体(生命体の定義も実に曖昧だがここでは議論しない)を仮定する。
私たちがとらえる世界では、物の種類とその色とは対応していない。
しかしもし、物の種類と色が完全に対応している、例えばカラスは絶対に赤いといった風に、と彼らが認識していたら、彼らに「色」なんて概念は存在しない。
また、例えば三角形は絶対に青いと認識していれば、やはり「色」の概念は存在しない。
「形」と「色」が一体となっているとも言える。
つまり、「形」と「色」が一体となった概念が誕生しているはずだ。
我々から見れば、認識の一部が欠けているとみなされる。
が、先に行ったカテゴリーを少なくともある程度は共有していれば、宇宙生命体の言語も学べるのである。
カテゴリーのことを相手に伝えればいいのではないのか。
と言いたい人がいそうである。
カテゴリーは頭の中や心の中にあるものではなく、言葉を使って「実際に活動しているその活動の中に“示されている”形式」。
活動中に意識するなんてありえない。意識しようがない。
絵がどんなものかは言語で伝えられない。
「とにかく見て!」と言って見てもらわないといけない。
見ないとだめだから「示す」しかないように。言葉の限界を示す。
カテゴリー「について言葉で言う」のではなく、
カテゴリー「に従って『赤いリンゴ五つ!』と言う」。
そうすると、
果物屋は、
「まず」『リンゴ』という「実体」のある場所へ行って、
「次に」『赤い』(性質)のを、
「最後に」『五つ』(個数)選ぶ。
この順序は変えられない。
まず個数から初めて、次に性質、最後に実体(=個数や性質の前提)
なんてことは、カテゴリーの中で生きる人間には想像すらできない。
果物屋のこの「必然的な行動形式の中にカテゴリーが示されている」。
そしてこの「カテゴリーに背後はない」。
カテゴリーは動物の必要からできたってことはありえない。
なぜなら、動物とか生物といったとらえる枠組み自体がすでにカテゴリーに依存しているから。
因果関係が逆。
原因と結果を入れ替えてはいけない。
「まず」カテゴリー「によって」ものごとがとらえられ、「そこからすべてがはじまる」。
神や宇宙生命体の姿をイメージすると、思わず人型になってしまうのは当然だということ。人間の思考形態に当てはめないと思考すらできないから。
カテゴリーを外れた宇宙存在とは交流不可。
正確には、存在自体を認識しないから交流以前の問題である。
(…)
人格神は全能ではありえない。
人間化=不完全化され、人間が解釈できて人間の理解の範囲のことだけができる、
宗教家の操り人形だから。
「全知全能」という記述すらも人間の理解の範囲内にある。
そもそも物事の誕生の根源があるとすれば、それは創造神ではなく、「変化」それ自体である。
Aが存在し「ない」状態から、
Aが存在「する」状態への「変化」がなければ何も誕生することができない。
「変化」がなければ創造神は何もなすことができない。
その創造神に人格があるとされていることも奇妙だ。
人格がない状態のときには既に変化は存在していた。
つまり、創造の根源は存在していた。
したがって、意志によって初めて創造が行われたとするのは誤り。
その「意志」が誕生するための「変化」こそが創造の源泉なのだから。
仏教ではこの「変化」を
“諸行無常”
と呼んでいる。
無論、人格はないので、解釈者=宗教家が支配に利用することができないようにしている点が重要である。
万物の根源が「人格と意志ある」存在だという宗教家の主張は嘘だということだ。
人格と意志が誕生する為の前提=変化が根源だ。
創造神を想定するなら最初は無感情だったということだ。
後に感情が誕生して感情的になったといえる。
つまり、創造神が文字通り無慈悲で無感情だったころがあるということだ。
その創造神が一神教の神ならば、感情、人格を持ってからもやっていることは、無慈悲な悪魔そのものである。
悪、悪魔を創り、そのまま悪を滅していないのだから。
そもそもゴッド=善、ということ自体が悪が存在しないと成立しない。
善と悪は同時に生まれたものだ。
一神教は敵=悪を必要とする。
ゴッドとサタンは同業者であり一心同体。
共倒れしない程度に自作自演しているわけだ。
ゴッドが悪魔を創ったとわかる聖書は世界一流布している本であり、安価(時にはタダ)であることが、聖書が偽りであることの証明である。
支配層にとって都合が悪いなら、ここまで流布することはありえず、値段も高額になるはずだからである。
(…)
“時間的に表現すれば、すべての始まりであって、時間的位置を持たないはずの開闢の奇跡に、その内部に存在する事物の存在基準が適用され、時間的位置を持たされるということだ。つまり、開闢は、それ以上遡行不可能な単なる奇跡にすぎないのに、そこで開闢したものが「存在する」といえる基準は、対比が持ち込まれて共通項が設定された後で、その共通項の中で決まることになるわけだ。
〈私〉についていえば、他人と対比されて自己同一性(self-identity)という問題が生じ、それが他人と同じ人物同一性(personal identity)の基準なしには把握できないものとなる、というわけである。
開闢それ自体が、その内部で後から生じた存在と持続の基準に取り込まれる。そのことによって、われわれの現実が誕生する。だから、現実は最初から作り物であって、まあ最初から嘘みたいなものなのだが、しかし、それこそがわれわれの唯一の現実なのだから、それを認めてやっていかなければならない。この構造こそが、本書全体を通じて私が問題にしたことの根源である。“p.43
“たとえば、五分前に突然できたのか、ちゃんとふつうに継続してきたか、というこの違いのように、われわれの能力によっては原理的に識別できないのに、われわれの知性にはその違いが理解できるようなことがらが存在する。しかしなぜ、われわれの能力によってその違いがけっして識別できないのに、違いがあることが理解はできるのだろうか。
それは、つまり、われわれが神を信じているからなのである。神の存在を、というよりは神の概念を、つまり、われわれに理解できる全能者という概念を、である。
言い換えればわれわれは、(違いが)識別できること、(違いを)理解できること、(違いの)理解さえできないこと、の三つを区別しているのだ。重要なのは真ん中である。つまり、識別はできなくても理解はできるという領域を認めること。それによって、われわれはある種の超越性を容認しているのである。”p.47
永井均の神(の概念)
①人間が理解できることのみをなす(なしたことになる)全能者。
②全ての前提たる開闢(開闢後は、レベルが強制的に下げられてしまう=殺されてしまうもの)。
要は、超越的なものは皆が信じています(あるいは思考の前提になっています)よってこと。単なる自然法則と言う人もいそう。人間の語る神など所詮は人間が勝手に設定した人間の能力に縛られた神でしかないということ。
“心を与える者は、ぜひとも神(あるいは神のごとき者)でなければならない、ということである。これはきわめて重要な条件なのだ。たとえばロボット工学者は、このロボットに心を与える能力がない。ロボット工学のいかなる進歩を想定しても、原理的にない。ロボットがどんな反応をするようになっても、心が付与されたかなお付与されていないかは、いつまでも謎にとどまるからだ。ここで想定されている意味での心を与えるということが何をすることなのか、ロボット工学はけっして理解することができない。
だから、五分前世界創造説の場合と同様、人間に識別できない違いなどはないのと同じことだという立場も、十分に成り立つ余地がある。しかし、人間に識別できないという点こそが重要なのだ。もし神というものに固有の仕事があるとすれば、それは世界に人間には識別できない(が理解はできる)変化を与える仕事だからである。自然や人間にもできる土木工事(世界の物的創造)や福祉事業(心の慰め)は本来の神の固有の領分ではありえない。
だから、ロボットのこの変化を理解し、そういうことがありうると思った人は神の概念を信じているのであり、(識別できるかぎりではこのロボットと変わりがないはずの)他人たちに心があると現に信じている人は、神が現に存在していることを、つまり神の実在を、信じているのである!”p.49
“ロボットに心が与えられるケースは他者に起こる変化であり、人間から心が奪われるケースは私に起こる変化であること、それが問題の本質なのである。
だから、後者のケースの本質は、私から心が奪われることにあるのではなく、私が<私でない>者にされることにある。そこで私ではなくなった者がなお心を(もちろん<そいつの>)持っていたとしても、問題の本質に変化はない。それゆえ、前者のケースであっても、ロボットに心が与えられるだけでなく、そのときロボットが<私になる>のだとすれば(それまでその世界に私は存在しなかったとしよう)、そこに識別可能なはっきりした変化が起こったことになるだろう。
それなら、私におけるこのような変化<と同じこと>が他者における変化の場合にも起こっていることを、私が(識別はできなくても)理解はできるのはなぜだろうか。それは、心を与えたり奪ったりするのが神だからであり、かつ私が神(の概念)を信じているからなのである。実際には私の場合にだけ識別できる違いを、他者にもあてはめて理解するとき、この超越を根拠づける存在は神でしかありえない。
この理解可能性が五分前世界創造説などよりも複雑な構造を持つのはここである。私から心が奪われるとは、私が私でない者に、つまり他者にさせられることであった。すると、他者から心が奪われる場合、他者はもともと私ではないのだから、どうしてさらに他者にさせられることなどができようか。<他者の≪私≫>というものを想定しておいて、それが奪われると考えるほかはないだろう。それはしかし、あの「開闢の奇跡」が複数化されるということなのだ。世界の開闢そのものである私とは、世界にひとりしか存在しない本性上の唯一者なのだから、相並ぶ他の私などはありえない。しかし、神によって、そして神によってのみ、そのありえないことが易々と実現されてしまうのだ。
『省察』のデカルトは、方法的懐疑によって「私の存在」の確実さに到達した後、まずはその内部から「神の存在」の証明をしなければならなかった。『省察』を読む者の多くがそこで躓くが、以上のように考えれば、それは理解しがたいことであるどころか、むしろ、それ以外にはありえないほどの必然的な道筋だったはずなのである。
「心」とは、世界を開く「開闢の奇跡」を世界<の内部に>複数個並存させるためにつくられた高度に抽象的な超越概念である。「個人」も同じだ。だれもがロボットに心が与えられる際の変化の意味を理解できるはずだ、と私が言うとき、私はすでにこの超越性に乗ってその内部で発言している。”p.51-52
<>は傍点の代用。
擬人化して人間の認識、言語をあてはめて物事を理解するのが人間。そして人は擬人化ならぬ「擬私化」して他者などを理解する。しかし私と他者とは別次元のごとき隔たりがあり、「私」に擬するなんて不可能なのではないか。それを繋ぎ可能にするのが超越する何か(永井曰く神だが人格神ではなくてもよいように思える。神の概念でも可)。世界に唯一しか存在していない特別な開闢の前提の私が、特別でもない他者と繋げられるのはなぜかということ。
(…)
開闢=神の死、それは原因と結果の逆転。すべての前提である開闢を理解する為には、開闢のおかげで生まれた言語によって開闢のレベルを下げなければそもそも人間に扱えない。どんな高次のものでも、言語表現するためにはレベルを強制的に下げないといない。
文章でも何でもそうだが、筆者の主張あるいは重要だと考えていることは、形をかえて繰り返されることが多い。読書のコツ。読解のコツ。国語問題を解くコツ。
神(開闢)の死=言語による開闢の隠蔽=(人間の言語)世界の誕生。
“ある夜、哀れに思った神さまが、ロボットに心を与えた。あくる朝、意気揚々と学校にあらわれた彼が、友人たちに向かって「今日からぼくは心があるんだぞ」と言ったら、友人たちはどう反応するだろうか、というのが前節の問いであった。
しかし、彼が「今日からぼくは心があるんだぞ」などと言うはずがない。なぜならその夜、神は彼に心そのものをはじめて与えたのだから。それはつまり、それまでの人生の記憶も与えたということだ。だから、そのとき与えられた心は、その内側から見れば「そのとき与えられた心」ではない。「はじめからずっと存在していた心」なのである。それでも、<神は>彼にそれを与えたのだ。
それでも、神はそれを与えた? しかし、いつ? そして、だれに?
いつ、というなら、それはもちろん「その夜」である。この変化は、他人たちにも自分自身にも、だれにも知られることはない。だれにとっても変化ではない。それでもこれが変化だといえるとすれば、それはこれが神による変化だからであり、まさにこのような変化を与えることこそ、神にふさわしい業だからである。――というのが、私の神学上(?)の見解なのであった。そこで、神に敬意を表して、だれにも知られなくとも、やはり変化はあったのだと考えることにしよう。さてしかし、その変化はだれに起こったのだろうか?
ここで重要なことは、前節の、逆のケースを経由した考察を思い出すことである。逆のケースとは、神が人間から心を奪ってロボットにしてしまうというケースであり、それは私に起こることなのであった。この場合、問題の本質は、私から心が奪われることにあるのではなく、私が私でない者にされることにあることが分かった。この考察を経由して、私はこう書いた。「前者のケースであっても、ロボットに心が与えられるだけではなく、そのときロボットが私になるのだとすれば、そこに識別可能なはっきりした変化が起こったことになるだろう」と。
では、ロボットは、心を付与されるだけではなく、私になるのだとしよう。そこに私に識別可能なはっきりした変化が起こっているだろうか。
たしかに私は、昨夜までは心などなかったのかもしれない。しかし、神が昨夜、私に心をあたえてくれたのだとしても、私はそれを知ることができない。だから、それは<私に>起こった変化ではない。むしろ神が、そして神だけが起こしうるある変化によって、私ははじめて誕生したのである。それまでもずっと存在しつづけてきたとの確信とともに。
つまり、問題は五分前世界創造説の場合とまったく同じなのである。前に使った言葉を使うなら、これはいわば開闢である。しかし、この開闢は、実際に「それまでもずっと存在しつづけてきたこと」と<だれにも>区別がつかない。
五分前世界創造説と対比して、これを昨夜私創造説と呼ぼう。
さて、そこで一つの問題は、後者が私に起こった変化だといえないなら、同様にして、前者も世界に起こった変化だといえないということにはならないか、というものだ。
もう一つの問題は、神による私の創造が昨夜一回だけではなく毎晩であることは可能なことだろうか、というものだ。これはもちろん、世界がそのつど五分前につくられているという想定に対応する。“p.57-59 <>は傍点の代用。
“ロボットが私にさせられるとは、ロボットに記憶が与えられることではない。記憶が与えられても、それだけでロボットは私になるとはかぎらない。ロボットが私にさせられるとはまた、ロボットに感情や感覚が与えられることでもない。思考力や想像力が与えられることでもない。記憶も含めて、そういうものがすべて与えられても、ロボットは私になりはしない。せいぜい人間になるにすぎない。私にさせられるとは、世界が私という特異点を持ち、世界がそこから開かれるようになる、ということなのだ。そこから開かれるような世界が、新たに誕生するということなのである。
さて、このように考えたとき、神には〈私〉の着脱能力があるか。これが問題だ。これは、感情や感覚のような心理状態や、記憶や知覚のような表象状態を着脱するような、なまやさしい話ではない。もし神にこの能力があるのだとしたら、それはロボットに心を与えたりする通常の神より高階の神でなければならない。すなわち、開闢の神である。
通常のオーダーの低い神では、世界の中にそもそも私が存在するかどうか、かりに存在するとして、どれが私であるか、識別する能力がない。神はただすべての人の心をお見通しなだけである。すべての人の心を見通したって、そのうちのどれが私であるかはわからない。識別能力がないのだから、神はもちろん私を創造する能力もない。ある特定の性質をもったある特定の人間を造れるだけである。私が生じるのは神の手の及ばない≪偶然≫である(デカルトの「我」が「欺く神」に対抗できるのはそれゆえである)。
だからもし、神に私を創造する能力があるとすれば、ふつうの神より高階の神を考えなければならない。心を持った人間が複数存在する世界を(主として物理的に)創造する神という神表象を捨てなければならない。どれが私であるかを含み込んだ世界をつくる神を考えなければならない。
さて、私にかんするこの高階の「神の事実」に対応するような、世界にかんする高階の「神の事実」がありうるだろうか。これが問題であった、そしてこれが、これから考えていきたい問題である。
この高階の神なら、実在の過去そのものを作ったり消したりできるかもしれない。なぜなら、どの人間が私であるかを含み込んだ世界をつくる神は、どの時点が今であるかを含み込んだ世界をつくる開闢の神でもあろうから。”p.65-67 ≪≫は本書の傍点の代用。
「私」を着脱する能力者が「ある人の私」を剥奪して、哲学的ゾンビ=永井の言うロボットになったとしても、その人以外の人にとっては何の変化もないし、その変化を感じる「その人の私」はもはや存在しない。つまり、実質なにも起こっていないように思える。
読者などの上位存在だけが認識可能な変化。これこそ魔法である。しかも最上位の。
最も驚くべき点は最上位、否、世界の開闢に関わるのだから位を超越した絶対魔法は、「何も起こらない」のだ!
こんな物語はどうか。
この絶対の魔法による変化が前後でわかる者を探す旅の話だ。
「ずっと……<私>のあるなしを、私の世界の開闢の存在と不在の違いを感じられる存在を、探していた。私にとっては最強にして最高の、他者にとっては最弱で最低どころか無意味の絶対魔法、<私>の着脱を使える術者を」
で、その術者により<私>を持つ存在全員から<私>が抜かれていて、三次元世界に<私>は文字通り存在しないが、高次元に<私>は送られた、というオチ。
<私>が抜かれようが、抜かれまいが、高次元にいようが、三次元にいようが、今の生活が何一つ変化しないことに恐怖を覚えないだろうか?
開闢後の世界で開闢を操作できるのかな?
何せ、操作する操作される、操作「前」・操作「後」の区別すらないのが開闢あるいは開闢以前(以前という言葉に意味があるのかな)なのに。
でも言葉は前後関係無しでは絶対に成立しないから言葉ではそもそも議論できないのでは?
「変化」が根源だと前述したが、その「変化」以前があるかどうかをそもそも議論できないのと同様の問題=言語の限界である。
言葉が通用しない分野ではロゴスの権化たる哲学は無力すぎる。
“デカルトの方法的懐疑では、まずは、これは夢ではないか、と疑い、次に、悪霊に欺かれているのではないか、と疑う。これはいわば、神の位階を上げているわけだ。
<これ>が夢だとしても、夢の中でも外でも、二たす三は五で、四角形の辺は四つである。夢には、現実ではないことを現実だと思わせる力はあるが、それだけの力しかない。神の能力にあてはめれば、これはかなり位階の低い神だ。デカルトが次に想定する悪霊(欺く神)の位階はもっとずっと高い。悪霊には、たとえば、われわれが四角形の辺を数えるたびごとにまちがって四つであると思い込ませるといったような力があるのだ。これはなかなかすごい力だ。そんな力があるなら、言葉の意味をすべてまちがって理解させるといった力もあるにちがいない。しかし、そんな可能性を「疑う」なんてことがそもそも可能だろうか。その疑いの遂行において使われている言葉の意味がすべてまちがっている可能性を疑うなんてことが。(そもそもこういう場合「まちがっている」とはどういう意味なのだろうか。この点については第3章で考えよう。)
夢なら覚めることがある。そして、覚めたかどうかがわかる。たとえそれもまた夢だったとしても、少なくともそれ以前に見ていた夢から覚めたことはわかる。で、悪霊の位階が高いことは、まず、悪霊の欺きから覚めたかどうかがわからない、という点にあらわれるだろう。覚めるということの基準そのものを、いやそれどころか「覚める」という概念そのものを(!)、この悪霊が(われわれを欺いて)作り出しているのかもしれないからだ。さらにまた、もしほんとうに覚めたとしても、悪霊の能力があまりにも巨大なら、欺かれて成立していた世界とその外部の世界とに共通するものは、もう何もないだろうから、やはり「覚めた」といえる根拠はないだろう。たとえば、時間というものそのものをそいつが作っているのだとすると、「覚めた」なんて過去形は適用できない、とか。何度も言うけど、これはすごい力だ。
とすると、そもそもほんものの神とこういう悪霊との区別は、どこにあるのか。この悪霊は何が悪なのか。もちろん、われわれが知っている善悪や真偽の区別は、この悪霊が作り出しているはずだ。それでも、そいつはほんものの神ではなく、私はそいつに<欺かれ>ているのだ、という認定はどこからなされるのか。さらにもっと位階の高い神の視点からか!
それで思い出したのだが、『創世記』のような神の世界創造の場面の描写を読むといつも疑問に思うことがある。それは、ナレーターは誰なのか、という疑問だ。人類未到の山頂への初登頂の模様を、テレビカメラが山頂から撮影しているといったことにちょっと似ている。もしそれが開闢であるなら、そこにナレーターがいるはずがないじゃないか、とよく思ったものである(私は神を信じているにもかかわらず宗教というものに対する不審の念はとことん深い)。
話は逸れたが、欺かれて出来たこの世界の外に本当の世界があるとしても、断絶があまりにも大きくて、私(あるいは私たち)が同一性を保ったまま、その二つの世界を架橋することが不可能ならば、欺かれているという認定には実質内容がなくなる。結局、この世界こそが現実の世界だというほかはなく、悪霊こそが神だということになるだろう。”p.68-70 <>は原文にはなく、原文では傍点。
GODによる世界創造が三人称視点で記述されている=GODの創造を見ている存在がすでにいる。
GODの一人称で記述されていない時点で、創世記はGODがなしたことの記録ではない。一人称という一番厳密な語り方をしない時点で、三人称というより厳密でない=不完全な語りをGODが採用したという、完全ゆえに矛盾だらけな問題が生じる。
三人称視点で記述した文章は「完全」なのだという前提を逆手に取ると、三人称視点が正しいのならGODを見ている何らかの別の存在の視点を認めていることになり、GOD以前あるいはGODと同時にGODに類する存在が生まれていたことになり多神教化する。
ナレーターこそが真の創造神かもしれない(すでに多神教になってしまい一神教破綻)。
創世の物語は文字の読み書きができるエリート層の人間が書きました。識字率は非常に低かったから。てゆうか全知全能のGODなら人間の脳に記憶をインプットすればいいよね。
徹底的に疑って論理を積み上げるが哲学なのに、わざわざ絶対に疑って検証してはならない宗教を信仰するってアホ過ぎますな(身を守るために表向きに表明しているだけである場合は除く)。
悪魔も異教徒も創ったGODが善であるはずはなく、自作自演で騙す悪魔そのものである。ほんものの神がいるとすれば善悪を超越した人格なき単なる世界全体そのものあるいは世界が誕生する前提そのものであるから、原理的に人間が解釈することなどできないし、ましてや意志など存在しない。人格神は絶対に全能になれない。人間が全能ではないからだ。
(…)
“夢を見ているとき、われわれはそれが≪後で思い出される≫ことを意識していない。それは突如として思い出される。かりにもし夢を見ているときに後で思い出されると思っていたとしても、その思いと思い出しとは結びついていない。
現実に生きているとき、われわれはすでにそれが≪後で思い出される≫ことを知っている。思い出される可能性があらかじめ知られていて、それが思い出される。現在は、過去になったときはじめて過去だとわかるのでなく、現在であるその時すでにして必ず過去になることが知られている。つまり、現実の現在は、可能な現在のひとつにすぎないことが、その現場においてあらかじめ知られているわけだ。現在を可能な現在としての過去や未来の視点から位置づける超越論的構造が体験自体に宿っている。
文(命題)は否定できるが、絵(像)は否定できない。否定文(命題)は作れるが、否定絵(像)は描けない。これが言語の本質に属することは、『論理哲学論考』の根本洞察だった。だがそれなら、文は時制変換可能だが、絵はそれが不可能だ、も同じだろう。肯定絵を否定絵に変換する操作と同様、現在絵を過去絵に変換する操作もない。が、肯定文を否定文に変換する操作と同様、現在文を過去文に変換する操作は必ず存在する。言語をもつ存在であるわれわれは、端的な現在を可能な現在の一例として把握できるからだ。そしてそれは、まさにカント的な超越論的構成作用に基づいている。”p.140
“時制と同じことは、人称についてもいえるだろう。一枚の人物画はそれ以外の情報なしには自画像であるともないとも分からない。絵は人称を描けないからだ。対して、文は文自体の中に人称情報を繰り込むことができる。つまり私は私自身を、つまり現実の私を、可能な「私」の一例として把握し、「私は」と語り出すことができる。そのことによって、ただそのことによってのみ、過去や未来と同様、他我(他者の「私」)もまた必然的に存在することになるわけである。いわゆる独我論が誤りであることの根拠は、結局はそこにしかありえないだろう。
客観的時制構造と客観的人称構造を構成することによって、今と私をその内部に含んだ(客観的に位置づけた)客観的世界を成立させることができること、人々が「あたりまえ」のように感じているこの事実は、真に驚くべき事件なのである。いいかえれば、カント哲学の洞察の深さはほとんど驚天動地というほかはないのである。もう一つおまけに四字熟語を使うなら、文字どおり空前絶後。”p.141 ≪≫は傍点の代役
「私」や「今」が唯一絶対のもののはずなのに、「他人も『私』や『今』という言葉を使え、しかも意味が了解できる」。
つまり、「私」や「今」が言語化された瞬間に、レベルが一段階下がってしまい、唯一絶対のはずのものが、共有可能で相対的なものになる。それが成立することは正に奇跡的でスサマジイことである。
(…)
存在論的証明とは、たとえばこんなふうな証明である。「神は定義上完全である。ところで、もし存在しなければ完全さを欠く(完全ならば存在もまたするはず)。ゆえに、神は存在する。」こういう証明である。ん? 何か変だな、と誰でも思うだろう。
この証明をする(読む)人が神の存在を完璧に信じているほうがおもしろい。まちがいなく存在するはずの≪あの≫神に、この証明は到達しえているだろうか。最後に「ゆえに、存在する」とされた≪その≫神は、現に実在する≪あの≫神だろうか? 論証された「ゆえに、存在する」の「存在」の意味は、現に存在するあの「存在」(つまり現存在)を指せているだろうか?
(ここまでp.175 中略)
近代に入ると、デカルトが存在論的証明を復活させた。この伝統に対して、またまたカントが決定的な批判をおこなう。その趣旨は、「存在する」をその他の通常の述語と同列に並べることはできないというものである。定義上「立方体で赤くて軽くて小さい生き物」を考えると、それは定義によって立方体で赤くて軽くて小さい。その定義に「存在する」を加えると、それは定義によって存在もするようになる。つまり、それが赤くて小さいことが必然的真理であるのと同様、それが「存在する」こともまた必然的真理となる。しかし、そうなったからといって現実に存在するようになりはしない。それならというので、定義に「現実に」を付け加えて「現実に存在する」と定義してみても、定義上「現実に存在する」ようにはなるが、少しも現実に存在するようにはならない。「夢ではなく十億円持っている」という夢を見た人が、夢ではなく十億円持っていることにはならないように。そこにはつねに決定的な「断絶」(本章第2節)があるのだ。“
p.174-177≪≫は傍点の代役
言葉の世界の恐るべき特殊性。
“「我思うゆえに我あり」もまた、神の存在論的証明が成り立たないのと同じ理由で、成り立たない。
まちがいなく存在するはずの≪この≫私に、この証明は到達しえているだろうか。最後に「ゆえに、存在する」とされた≪その≫私は、現に存在する≪この≫私だろうか? 論証された「ゆえに、存在する」の「存在」の意味は、現に存在しているこの「存在」(つまり現存在)を指せているだろうか? 先ほどの神の存在を完璧に信じている人と同じ問題がここでも起きる。
神・現実・私・今
私もまた概念と存在(本質と実存)の一致を実現することはできない。
思うことによって存在が帰結するのは、思っていることが直接明らかな「私」だけであることをいくら強調しても、そのことはどの「私」についても言えるのだから、このコギト命題は結局「ある人思うゆえにその人あり」という概念的関係に還元されることになる。
(中略)
神が≪現実に≫存在することを証明するとは、この現実世界に神が存在することを証明することだろう。すると、神が存在しない可能世界もあることになる。このような存在の仕方は、神の本性に反してはいないか。そもそもそうした諸可能世界そのものが神の知性の内部にのみあるのではなかったか。
現実世界は諸可能世界の内の一つの世界であるにすぎない。ところが逆に、それらの諸可能世界はすべて、現実世界の内部で(そこに現実に存在するものを基にして、それを変容させて)構想されているにすぎないともいえる。だから、われわれはその現実世界の存在を「証明」することはできない。それは必然的に(あらゆる可能世界で成立するという意味での必然性よりももっと根本的な意味で必然的に)前提されるほかはない。すべてはそこから始まるのだ。
神はこの意味での(こういう二重性を持った)現実世界の創造者であるのだから、このことに対応して、同じ二重性を持つことになる。それは現実世界に現に存在するという意味では偶然的存在にすぎないが、同時にそのとこ〈引用者註。「そのこと」の間違いだろう〉によって必然的存在である。すべての可能世界はその内部にあるのだから。(ただし、神はその現実世界を超越したその創造者であるから、現実世界の存在とちがって、神の存在を前提にすることはできない。)“p.178-180
「完全」(=「存在する」という設定)という「設定」がある存在ならなんでもかんでも存在を証明してしまう。しかも、その証明はGOD以外の完全な存在を認めてしまう。そして複数いる完全な存在同士を区別したり不在だと証明はできない。
“言語は開闢を隠蔽する。逆に言えば、世界を開く。人称、時制、様相は、客観的世界の成立に不可欠な要件だが、それは開闢それ自体を隠蔽することによって可能になるのだ。「私の今の言語」――この言い方が、言語の内部ではその人称概念と時制概念に吸収されて理解されることになる。”p.222”
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