読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

11 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 01

お年玉3つ ①明治18年にできた初詣は伝統じゃねーよ! ②修験者の法螺貝はインド起源。埴輪の帽子もユダヤと無関係。マイナス検索が大事。 ③『ヨーガの哲学』と良ツイート集 

 キリスト教暦に従って新年の挨拶なんてしたくねーよ!
 何がめでたいの?
 同調圧力に屈しているだけなんじゃないの?
 時間は我々のイメージの中にのみ存在します。
 時間教は、我々を閉じ込める檻。
 空間教よりも悪質な、イメージの檻。


 子子子子子(ねここねこ)が贈る、三つのお年玉をどうぞ。 
(お年玉は鎌倉時代かららしいので真の伝統)

 今年もよろしくお願いします。

【おとし玉①~明治18年にできた初詣(笑)は伝統じゃねーよ!

キリスト教「お前らの新年祝いは俺の暦のお陰だぞ。感謝しろよ」 。
神道家=キリスト教の手先の偽書の見抜き方。
平山昇『鉄道が変えた社寺参詣 · 初詣は鉄道とともに生まれ育った』
の読書メモ。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-47.html
明治以降のキリスト教と和風キリスト教(神道)により『創られた伝統』
神道、神道の天皇、現人神、神前結婚式、
仏前結婚式、金剛峯寺、
武士道、戦場は白兵戦が主流、
国技としての相撲、
全面的に良い意味としての「愛」、
個人の誕生日(満年齢)を祝う、
初詣、年越しの風物詩としての除夜の鐘、年賀状、
「勤勉な日本人」、「働かざる者食うべからず」。


初詣は、神社勢力(和風キリスト教の戦争屋)の資金集めの為に明治中期に成立した創られた伝統。
参詣客が増えたのは鉄道という交通網の発達のお陰。
全国初詣客数ランキングを見るとキリスト教が再興した真言宗(金剛峯寺ができたのは明治以降)や、和風教会の神社に客が集まっていることがわかる。


※誤字など修正。

本来日本の誕生日は旧暦の正月で一斉に歳を取った(数え年)ので、個人の誕生日(満年齢)を祝うのはキリスト教の強制です。

”ユダヤに金融特権を与えたカトリックは大金持ち。
資本主義を発達させたのはプロテスタント。
ユダヤは単なる実行部隊。
キリスト教=奴隷労働教=貧乏人を働かせろ(でも金持ちにさせるな)。
働かざる者食うべからずの元ネタは新約聖書であり日本の伝統ではない。
働けば自由になる=ナチス=バチカン製。


”日本はキリスト教が作った奴隷労働教儲が多過ぎですよね。過労死多過ぎ。「働かざる者食うべからず」は聖書が元ネタだし、「勤勉な日本人」だって明治以降の偽伝統。神学校がモデルの労働者育成用学校で規則と時間を守るように訓練させて、砂糖入り飲料を飲む労働者を育成。”

”ゼイリブでの支配者の命令である「8時間働け。8時間寝ろ。8時間遊べ」に従う方が現状が改善されるって本当に日本は異常だと考えます。日教組の先祖が下中弥三郎の啓明会(イルミナティの和訳。百科全書派系)ですし。会社に砂糖入りコーヒーや紅茶の自販機が置かれたり。”

”「愛」は仏教では執着=悪。キリスト教では創造神が与える善。
なのでアガペーは16世紀(仏教が国教)の『どちりな きりしたん』では「御大切」と訳されました。
明治維新でキリスト教の植民地になって以降、愛=善というキリスト教思想に染まったのが今の日本人です。”

戦争屋の集金装置である✝神社✝にお賽銭を入れて平和を願う人は、戦争を願うが神社にお賽銭を入れない人よりも結果的には有害である。悲しいことに、想いに関係なく、お金を送ったか否かの行動だけで結果が決まってしまう。善い意思を悪い結果に変換するシステム。初詣と年賀状の一般化も明治✝から。

”キリスト教国家の服を着て、キリスト教の神学校がモデルの学校に通い、キリスト教の暦(西暦)を使い、日曜日に休み、教会で結婚し、キリスト教原理主義のアメリカに逆らえない植民地にいることを意識させない為に、神道・神前結婚式・仏前結婚式・金剛峯寺の偽伝統を明治以降にキリスト教が捏造した。”

”洋服。洋食。ハーフ賛美。ブランド。白人が多い広告。西暦。日曜日が休み。神学校がモデルの学校。教会で結婚。神道=和風キリスト教・神前結婚式・初詣の偽伝統は明治以降のキリスト教製。陰謀ではなく陽謀。どこが在日とユダヤの文化?”

”日本はキリスト教が作った奴隷労働教儲が多過ぎですよね。過労死多過ぎ。「働かざる者食うべからず」は聖書が元ネタだし、「勤勉な日本人」だって明治以降の偽伝統。神学校がモデルの労働者育成用学校で規則と時間を守るように訓練させて、砂糖入り飲料を飲む労働者を育成。”

”病院に✝、歌詞に英語を混ぜ、金髪にし、偽皇族がキリスト教大学に行き、偽天皇が英国の騎士団員になるなど最も表に出ている✝の支配に気づかせない為に、偽伝統を捏造。伝統だということにして意識させない。”

”洋服。キリスト教の暦(西暦)。日曜日が休み。神学校がモデルの学校。教会で結婚。神道=和風キリスト教。初詣は神社(和風教会)の集金事業。神道・神前結婚式・仏前結婚式・金剛峯寺・初詣の偽伝統は明治以降のキリスト教製。”

”八紘一宇と仏前結婚式を作ったのが国柱会=和風キリスト教。教祖の田中智学の名は神智学と人智学=キリスト教の変形が元ネタ。国柱会は日蓮聖人700年遠忌記念事業でオラトリオ=カトリック製音楽を流すキリスト教仏教部です。”

”宗教統一が目標の国柱会は満州国建国の思想的支柱で、満州国に皇軍慰安隊を派遣し、関東軍を支援。信者:金子彌平(初代京都局長)、近衛篤麿(近衛文麿の父)、宮沢賢治、石原莞爾、北原白秋夫人菊子、高山樗牛、武見太郎、藤牧義夫、神崎武雄。”

”武士道
初出は江戸初期編纂の『甲陽軍鑑』。意味は個人的生存術。
山鹿素行(朱子学批判で赤穂に配流。門弟に大石良雄)の士道論など儒教道徳が影響。
耶蘇だらけの佐賀藩の山本常朝『葉隠』は生きる為のマナー本で禁書。
新渡戸の耶蘇流武士道。”

”反仏教の儒教とキリスト教が大好きbushido!仏教伝来以前と明治以降=偽伝統。仏教国教時代=真伝統。仏教説話はあるが神道説話はなし。愛は仏教では迷妄と執着を齎す悪。仏教嫌いは愛の歌大好き。”

日ユ同祖論の年代矛盾。

ダビデの星がユダヤの象徴になったのは十七世紀から(イエズス会製)。
伊勢神宮のダビデの星がある石灯籠の設置は戦後。
ユダヤ・カバラで生命の樹理論の元型ができたのは12世紀(盲人イサク)から。
クリスチャン・カバラ(生命の木中心)は15世紀にピコが創始。


"江戸末期以降の神道系宗教の名前を見るとキリスト教系と区別できないことがある。
『古事記』では神道を「本教」等と表現。
偽国学者でクリスチャンな平田篤胤の『本教外篇』は本教=和風キリスト教にしたもので、
国家神道=天皇一神教や大本教という和風キリスト教の手本。"

"国学はキリスト教の隠れ蓑。
平田篤胤(✝。『本教外篇』で本教=和風キリスト教)
→大国隆正(平田篤胤門下。本教本学を提唱)。
→福羽美静(大国隆正門下。明治天皇の侍講)、
玉松操(岩倉具視の腹心。大国隆正門下)。

平田篤胤→大国隆正→福羽美静→明治天皇。"

天皇が信仰した思想体系がある伝統宗教という意味での神道は捏造。
天皇が信仰した思想体系がある伝統宗教は仏教(創造神否定)。
なので明治天皇以前の天皇は伊勢神宮(反逆者の宗教施設)を参拝しない。
土着の信仰を隠れ蓑→革命→宗教と王をすげ替え→伝統を捏造。


「神道」も「天皇」も道教用語であり神道用語ではないです。神社なんて単なる地方土着の祭壇で天皇に影響力なし。
#日ユ同祖論 も聖書が根拠のキリスト教に見えないキリスト教思想。仏教徒の天皇を否定し、神道とキリスト教の関係を隠す為に紐付き陰謀論者✝が布教。


神道に教義や教典がないとしたのは、単なる土着の信仰だったのでそもそもそんなものがなかったのを隠す為。超古代や明治以降を強調し仏教国教時代を無視。神仏習合は神と仏が対等だと思わせるデマ。本地垂迹説は寺が土着の信仰を管理支配する為。神宮「寺」や別当「寺」。

”18世紀初頭、四史攸編(聖書中国語訳でGOD=神が初登場)
1806年、本教外篇(平田篤胤。本教=和風耶蘇教=神道)
1813年、新遺詔書(GOD=神と訳す)
神を伝統だと強調する朝鮮・欧米支配の神道勢力。”

新聞での「初詣」の初出は東京日日新聞で
明治18年1月2日の記事”川崎大師へ初詣”。
明治30年頃までは初詣はほとんど全てが川崎大師との関連で使われている。
歳時記に初詣が初登場するのは明治41年。しかも例句なし。初詣の俳句が登場するのは大正以降らしい。
明治33年=1900年。


江戸時代の参詣は日にちと場所について様々なルールがあった。
川崎大師の縁日は毎月の21日であり元日ではなかった。
居住地から見てその年の恵方に当たる寺社に参詣するのが恵方詣。
縁日とも恵方とも関係のない新しい正月参詣を意味する語が初詣。
二年参りが都市部で一般化したのは昭和から。


除夜の鐘は特別なイベントではなかった。
明治・大正期の人にとって大晦日は非常に忙しく、除夜の鐘はいつのまにか鳴ってしまうものだった。
終夜運転は仕事をする人用で、初詣用ではなかった。
除夜の鐘が年越しの風物詩として定着したのは昭和以降で、ラジオが年越し番組に除夜の鐘を扱ったから。


初詣は、神社勢力(和風耶蘇教の戦争屋)の資金集めの為に明治中期に成立した創られた伝統。
参詣客が増えたのは鉄道(交通網)の発達のお陰。
キリスト教が再興した真言宗(金剛峯寺の建立は明治以降)や、和風教会の神社に客が集まっていることが全国初詣客数ランキングでわかる。
””

ken ‏@kenkatap 12月26日
初詣
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%9D%E8%A9%A3 …
初詣が習慣化=明治中期
▼俳句で「初詣」が季語に採用=明治末期
▼俳句登場=大正以降
▼鉄道の発展で成立
▼川崎大師、成田山新勝寺などにアクセス容易に
▼京成、京浜、成鉄など、参拝客輸送を目的として開業された鉄道会社も登場


成田山新勝寺 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%90%E7%94%B0%E5%B1%B1%E6%96%B0%E5%8B%9D%E5%AF%BA …
江戸時代まで寂れ寺
▼市川團十郎が「成田屋」の屋号、成田参詣が盛んに
日清戦争当時から軍人らが深く信仰
▼1938年、陸海軍に戦闘機を献納
▼真珠湾攻撃の翌日にそれぞれに10万円を献納するなど、新勝寺は積極的に協力


陰陽師の作品、気付くと多く指導☆高橋圭也 ‏@Keiya_Takahashi
江戸時代までは神仏習合(仏本神従、仏が本来の姿で神は化身)のために神社でお経を、お寺で祝詞や祓詞を読んでも大丈夫だったし、一部を除いて神社の祭りは全て僧侶が行い、神職は助手的存在だった。また昔は仏教を内典、儒学や老荘、日本書紀等を外典として、全ては仏の教えから出たものと考えた。

時代劇に出てくる神社に宮司や神主が出てくるが、実際は仏教が神社を管理していたから、僧侶か修験者、または僧侶なのに神主の姿をする人間のはず。また昔の神社の境内には観音堂や大黒堂などの仏教施設があるのが普通。現在でも地方に行くと宮司と住職の区別が付かない人がいるが、それが普通だった

「日本の年末年始はクリスマスでキリスト教、除夜の鐘で仏教、初詣で神道」とよく言うが、江戸時代まで神仏習合(仏本神従、仏が本来の姿で神は化身)だから仏教が神社を管理し(一部を除く)、境内に仏教施設があって僧侶か修験者、神職姿の僧侶がいたから年末年始は仏教だった(キリスト教は禁止)。

U ‏@wayofthewind
昔話に「お寺」や「お坊さん」はたくさん出てくるけど「神社」や「神主」は滅多に見かけない。
日本に「神」という概念が普及していたら、これほどの多くのお寺は存在しなかったんじゃないかな?
仏式の葬儀や檀家制度もなかっただろう。


神仏習合は仏教圧倒的優位.、日本の真の伝統は仏教。
仏教は仏すら実体はないとします。
空の思想=絶対的存在の否定。
朝廷の思想が本地垂迹説=仏>神なのだから、
神仏習合は八百万の神々を仏教化して仏教に取り込んで、
国教=仏教勢力逆らえないようにする為に行われたものです


村手 さとし ‏@mkmogura 2014年1月3日
神社格付けランキング。
3 どう考えても寺である。日光東照宮、鶴岡天満宮、下鴨
2 実はキリスト教とやたら親しい。つまり、神神うるさい。亀岡の出雲など。
1 もともと仏教な天皇が参拝したことはないのに、なんか天皇の神社みたいになっている。伊勢、他官国幣社多数。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年12月15日
泉涌寺が天皇家の菩提寺 ×神社
神仏習合=仏教化による神社支配(寺>神社) 
鰐淵寺(出雲大社を管理)
石清水八幡宮護国寺
祗園社(祗園は仏教用語)
伊勢大神宮寺
弥勒寺(八幡大菩薩宇佐宮の宮寺)
鶴岡八幡宮寺(八幡は菩薩=仏教)
愛染寺(伏見稲荷大社を管理)

天皇が信仰した思想体系がある伝統宗教=神道は明治期の #キリスト教 の捏造。
輪王寺:日光東照宮=寺の一部。天台宗の門跡寺院
寛永寺:徳川家菩提寺。天台宗
増上寺:徳川家菩提寺。浄土宗
仏教用語と仏像だらけの歴史。

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-1.html

琢 ‏@777Taku7 2014年12月22日
@mkmogura @kitsuchitsuchi 日光東照宮・世良田東照宮・仙波東照宮・上野東照宮は徳川家縁の寺の近くに在る事からも解かるように、東照宮は元々独立した神社ではなく、寺の境内社でした。

富田恭敏 ‏@aoKaeru 2011年2月1日
「旧正月」という言葉、違和感がある。「正」正月だろう。自然・歴史を無視した意味ない1/1の日本の「正月」。上のものに洗脳されるって恐いね。逆に忘れるのが得意なことが日本の技か。今の「常識」を疑いたい。

moto ‏@motonm 2011年2月1日
同感です。キリスト教歴の定めた1月1日をお正月と称して神社仏閣に初詣に行く愚かさにいつ気づくんでしょうね。@aoKaeru 「旧正月」という言葉、違和感がある。「正」正月だろう。自然・歴史を無視した意味ない1/1の日本の「正月」。上のものに洗脳されるって恐いね。逆に忘れるのが得

富田恭敏 ‏@aoKaeru 2011年2月1日
奇怪です。日本の寺社仏閣は春節に何も行事をしないのかな?とふと疑問。RT @motonm: 同感です。キリスト教歴の定めた1月1日をお正月と称して神社仏閣に初詣に行く愚かさにいつ気づくんでしょうね。@aoKaeru 「旧正月」という言葉、違和感がある

エビフライ@宇宙の人 ‏@kiruria281 2014年1月1日
【正月の現在の形での風習の始まり】
こま→奈良時代
すごろく→奈良時代?
かるた→平安時代
鏡餅→室町時代
門松→室町時代
お年玉→中世?
書き初め→江戸時代
雑煮→江戸時代
羽子板→江戸時代元禄期
福笑い→明治?
初詣→明治時代中期
年賀状→1873年



以下の、プー閣下ブログの引用の「猫2号」とは、私=「ねここねこ」のことです。

皇族や桜に潜む日本のイカサマ疑似伝統1
http://codetripleseven.blogspot.jp/2015/11/blog-post_4.html
”一般に「日本の伝統」と考えられているものは
明治以降に捏造されたものでしかないという点を説明したい。

例えば皇室行事も明治以降に新設されたものが多い。
皇居の宮中三殿=賢所、皇霊殿、神殿。天皇の伊勢神宮参拝。
これらはすべて明治以降の話である。
天皇の親祭する13の祭典のうち11は明治以降に「新設」された。
皇族が儀式で着る服も江戸時代までは唐服だった。
今皇族がもっともらしいツラして着てる服は明治以降に着始めたもの

それが平安時代のデザインを踏襲していようが何だろうが
明治になって大慌てでデッチ上げたイカサマ伝統文化だという事に
変わりはない。
日本初の神前結婚式は1900年の皇太子の結婚式。
ちなみに元ネタはキリスト教


そもそも神社は結婚式を取り扱うような場所ではなかった。
いや、それ以前に日本文化は仏教の影響が余りにも大きい。
神道なんぞ完全に、いらん子扱い
でしかなかった。

例えばNHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」でも26話で
恵林寺の快川和尚は帝に仏法をお教えする国師にございます」
という明智光秀の台詞が出てきた。
参考→快川紹喜wiki  国師wiki

ネット検索等をしていると「天皇陛下は神道の最高位の祭司」等と
よくわからない妄想を語っている人がいる→リンク
或いは「世界最強の天皇陛下」という、滑りギャグとしか思えない
NAVERまとめもある→リンク

常識で考えてみたらいい。
その「最強で最高位」な歴代天皇の墓はどこにあるのか?
(古墳ではない 寺だ!)
その「最強で最高位」クンが坊主から仏教を教わるのはなぜなのか?
明らかに天皇よりも坊主の方が格上
じゃないか。

別の喩えにしてみようか?
ローマ法皇が毎週参禅したらどうだろうか?
ローマ法皇が○○寺の住職から仏法を教わっていたら?
比叡山だかどこかに歴代ローマ法皇の墓があったら?
法皇が枢機卿でもひきつれて毎年お盆に墓参りでもしてたら?
バチカンやキリスト教の権威は失墜、ガタ落ちだろう。

天皇家も神道も本来はその程度の底辺の存在でしかなかった。
その失墜したはずの天皇が、現人神だの日本の象徴だの
痛い事を言い出すのは明治以降。

また、日ユ同祖論ともつながる話題だが、
天皇家の家紋が菊花紋というのも明治以降の話だ。
「十六八重表菊」が公式に皇室の紋とされたのは、
1869年(明治2年)8月25日の太政官布告第802号による」
(wikiより) やはり明治時代ですり替わっている。
江戸時代までの天皇家の家紋と言えば五七桐紋


注:菊紋の存在を否定する訳ではない。
存在はしたが桐紋よりもマイナーだったと書いている。
「表紋」「裏紋」「替紋」「女紋」という言葉の意味を調べたらいい。
桐紋、菊紋の話題はちょっと長くなるので別記事にしてupする。
とりあえずは「日本=天皇=菊紋」「桐=秀吉」
このマヌケな固定観念を捨てろと言いたい。

明治以降と言えば「桜」の文化も捏造されている。
ネトウヨ系のツイッターアカウントやブログでも
必要以上に桜を前面に出しているものが多い。
だが、あんなものは精神病の発作程度に考えておけばいい。

「花は桜木 人は武士」とは江戸時代からよく言われた言葉だった。
しかしこれは「桜ってキレイだね」程度の意味でしかなかった。
べつに桜が日本の心を象徴等とは誰も言っていなかった。
(…)
それが何をどうこじらせたのか
「桜が散るのは美しい」だの「潔く散るのは日本人の美意識」だの
言いだしたのは幕末の混乱期の話だ。
この辺りは桜オタクの本居宣長の影響も大きい。
例えば「敷島の大和心を人とはば朝日に匂ふ山桜花」

ところで本居宣長、平田篤胤と言えば、
師匠も「こいつらバテレンだから要注意」と言っている→リンク

そもそも「桜=散る」というイメージは、明治時代に
基地外のように日本全国にソメイヨシノを植樹したせいで定着した。
これは、それ以前の山桜より、ソメイヨシノは散りやすいからだ。
同じ明治時代には、本来武家が敬遠したはずの桜が
帝国陸軍の記章になった。
「桜のように散れ=死ね」だの何だのアホ満開な事を真顔で語りだす
バカがのさばった時代でもある。

「桜=キレイ」       ←江戸時代
「桜=散る=キレイ」    ←明治時代
「桜=散る=死ぬ=キレイ」 ←大日本帝国軍

「平民は死ね!俺はお前らを踏み台にして生きるけどな!」
(ヤツらの本音)

そもそも明治時代・・・。「明」はイルミちゃんではないのか?
illuminati → illuminate イルミネーションのイルミだ。
そりゃ、日本文化もおかしくなるはずだ。

「花見」にしても、本来は田植えのシーズンを判断するために
「花を見る」という意味であった。
つぼみを見て、「あー、そろそろ準備しなきゃなー」とか
花の咲き具合を見て「おっ、今年は豊作かもしれないぞ」とか
そういう意味で「花を見ていた」。

それが今のような宴会、飲み会としての花見になったのは
これは朝鮮人メンタリティの影響ではないのか?

日本は「言の葉挙げぬ国」「以心伝心」の国のはずだ。
一方、朝鮮人は静かなのが嫌いだ

何でも無駄に騒がないと気がすまない。

例えばパチンコ。朝鮮産業として有名だが耳が悪くなりそうな程うるさい。
他にもカラオケだって朝鮮産業だ。
歌広場、ジャンボカラオケ広場等、在日企業が多い。
カラオケ発祥の地も神戸(関西は在日が多い)→リンク
(…)
イルミは若い女を狙う これはひとつのポイント。
創世記のエデンの園でも蛇が誘惑したのは女だ。非常に象徴的


そうやって日本文化を潰していった結果
今回の記事で書いてきたように「日本文化」と思われるものは
どれもこれもデッチアゲで捏造で偽文化でしかなくなっている。
天皇、菊紋、神道、神前結婚、桜、花見、極真空手、
宮本武蔵、刃牙道、ハロウィン
・・・。

何もこれだけで済む話ではない。
猫2号ブログを見れば日本文化がいかに「ヤツら」によって
デタラメまみれにされてきたのか
例えば「初詣」は捏造文化だと解説する記事がある。→
リンク

勿論初詣だけで済む話ではない。日本史だって捏造まみれだ。
そのあたりの事情も猫2号ブログには解説があるので
一度は読んでおかないと恥をかく。

では、捏造文化、偽文化が横行しているとして、
逆に日本文化の本質とは何か。

私は日本文化の中心は正座ではないのか?
と思う。
そう思う理由はまた追々。 ”


【お年玉②~修験道がユダヤ教って言う奴は法螺吹き!~】

 修験道のほら貝の起源はインド。
ユダヤ教のラビのほら貝も、おそらくインド起源。
インド神話で極めて重要なヴィシュヌ神のシンボルがほら貝で、ヴィシュヌはほら貝を吹きます


 しかも、修験道含め、日本の伝統宗教には自然崇拝思想が根付いています。
一神教では、自然はゴッドの創造物なので拝んではいけません。
根本思想が違っていたら、いくら表面的な共通点があっても別物
です。

日油同祖論信者にとって、
日本とイスラエルの中間にあるインド・イランはタブー

AとBが似ている場合、
①AがBの元ネタ(A→B)
②BがAの元ネタ(B→A)
AもBもCが元ネタ(A←C→B)
④偶然の一致
などがあります。

中間とほかの選択肢を考えない、典型的な二元論を悪用した詭弁。
二元論による支配術である、右翼と左翼の対立茶番みたいですね。
両端をわざと極端な目立つ囮にして、真ん中という本体を目立たたせないようにする隠蔽術


 日油同祖論(ユダヤが起源)も、
(なんでもかんでも)日本起源説(平田篤胤系の神道カルトに多い)も、
イスラエルと日本の中間にある、真の起源(である可能性が極めて高いもの)であるインド・イランを意図的に無視するのが特徴です。

菊池 ‏@kikuchi_8 3月6日
3)古代のラビと修験者の頭巾やほら貝、服装が似ていたとしても「だから何」という程度の話に過ぎない。そんな事より、明らかに意図的に「天地の創造主」というキリシタン神学由来の概念を導入した平田篤胤の方が問題である。出口王仁三郎もその神観を継承している。同祖論もこの周辺が主に唱える。

”・キリスト教など一神教のタブーは
①人間が神になる
②人間が神に取って代わる
③人間を神格化する
④人間を神として神社などに祀る
⑤神と一体化する
など。
ゴッドは絶対不可侵。
人間は絶対にゴッドに到れない。
人間がゴッドになれるなら、ゴッドが唯一神でなくなるので多神教になってしまう。

・キリスト教には、人間と動物のあいだには決して越えることができない境界線がある。
人間は神の前に立つことができる存在として神によってつくられたがゆえに、他の被造物から区別される。
人間に特権的な地位を与えるのが、仏教や神道と比較した場合のキリスト教的救済観の特徴。
(…)
・神の被造物である自然を拝むことは、十戒の偶像崇拝の禁止を破る。
(…)
・統一教会系ネトウヨの反駁の仕方ってすごく耶蘇教神学的でなんかアウグスティヌスっぽい。
ネトウヨが話の核心部分ではなくて、細かな矛盾点を指摘して全論をひっくり返そうとする話の持って行き方とかほんとそっくり。

(日油同祖論デマ、「秦氏は景教徒」デマ、「茶道はミサ」デマ、「利休はキリシタン」デマも、中核の致命的な矛盾は無視して細かい表面的な共通点でごり押し)

・「利休キリシタン説」は日油同祖論と景教渡来説の手口に酷似。
類似点があれば些細な事でもこじつけ、相違点はどんなに本質的決定的なものでも無視。

「茶道の元ネタはキリスト教の儀式」説は仏教破壊用のデマ。
「茶道がキリスト教の儀式が起源説」は、同祖論デマと秦氏ユダヤ詐欺と同じ、仏教文化破壊工作。
形式的に一致しても、思想が真逆なら別物。
茶道に影響した禅は「創造主」と
「不滅の霊魂」(キリスト教の大前提)を完全否定。

「茶道は禅仏教の発想によってできたもの。
当然、キリスト教的な意味は最初から意図したものではない。クリスチャンが聖書的な意味を勝手に後付けで新たに見出しただけ」

事実(証拠をあげて裏付けできる)と意見(判断、推論)をきっちりわけないといけない。
利休キリシタン説と茶道ミサ説は意見(どころかデマ)の領域。

日ユ同祖論を布教する陰謀論者=宣教師。
「~は実はキリスト教」デマを流す者=宣教師。

一神教と仏教、多神教の論理の違いを押えておけば、「○○同祖論」「●●渡来説」の類に簡単に騙されなくなる。
ヤハウェ(エジプト系の雷神)が奈良の大仏(アーリア系の太陽神仏)なわけないし、
真言宗が景教(人の神格化禁止)なわけない。

中ユ同祖論の提唱者にして日ユ同祖論の原型を作ったのは、17世紀のイエズス会士ロドリゲス。

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-111.html
「利休キリシタン説」と「茶道の元ネタはキリスト教の儀式」説は仏教破壊用のデマ!   『神学の思考』で一神教のタブーを学べば騙されない!


 ネット検索には、「マイナス検索」という、「-(マイナス)」を頭につけたキーワードを除外できる機能があります。
みなさんもご活用してください。
「-ユダヤ」の有り無しで結果がまったく違うことを体験すると、
ユダヤ陰謀論者=宣教師」と
日ユ同祖論者=宣教師」の工作活動がいかに大規模かを実感できます。
支配層が検索結果を操作するのは当然なので、マイナス検索は重要な技術です。

「修験道  ほら貝 -ユダヤ」で検索して出た資料を引用します。

三重修験道会 - 法螺貝とは
役行者霊蹟札所会 * 修験道の法具
http://www.ubasoku.jp/presentation/tools.htm
”法螺
写真:法螺貝

「法螺(ほら)」は、密教の儀式で使用される法具の一つで、一種の楽器です。

もともとは、インドで釈尊が霊鷲山で法華経を説かれた時、人を集めるための合図として使われたと序品才一に出ており、仏教の伝来によって日本にもたらされました

日本で法螺に使われる貝は、その名も「法螺貝」で、巻き貝としては日本最大。ひそかに食用としても珍重されてきましたが、高値で売れると言うことから乱獲され、近年は生息数が激減したと言われています。

法螺は、日本に密教が伝来してより、その儀礼において象徴的に使用されていましたが、やがて修験道においても使用されるようになります。当初は、ただ熊などの獣よけのために使っていたようですが、やがて仏教と同様に修験道の儀式などに使用される法具となりました。さらに法螺は、その音が遠くまで響き渡るということから、武士達が戦の折に合図として用いるようにもなっています。”

三重修験道会 - 法螺貝とは
http://www.shugendojapan.com/horagai.html
”法螺貝とは
法螺貝の音色(画像クリックで音色が聴けます)

インドの行者の貝(約 15cm長)「シャンク」

日本の行者の貝(約 43cm長)「法螺貝」

ユーラシア大陸の文明文化の道を通り、インド伝来のバラモン教、ヒンズー教の法具である「シャンク」は、チベット、中国を経て文明文化の終着点である日本に到着しましたが、それを否定するどころか、飲み込み自分達の都合の良いように改良、改善して今日の法具、「法螺貝」としてみごとに変化融合させてきました。全ての物質存在は波動から成り立ちますが、音の波動は、音霊としての波動を持ち、次元を超えて、浄化作用や共鳴反応を起こし、行者のみならず、祈りの対象を清らかな本来の存在への変換する法具であります。

法螺貝の起源

修験道と言えば法螺貝、法螺貝と言えば修験道と言えわれる。 起源はインドのバラモン教、ヒンズー教の司祭が使う法具として「シャンク」と呼ばれる貝を、ホーマの儀式(護摩)などで吹き鳴らすことから、古代インドやチベットの大乗仏教においても同様に貝を法具として使用している。 「あ・うん=オーム」の「あ」は宇宙創造の音で、「うん」は地球創造の音として、その聖なる原初音を法螺貝は再現すると言われる。 密教ご真言で「おん~~~」の「おん」はこの宇宙創造の原初音で、ご真言=マントラを法具の貝で吹奏するころからの起源。

法螺貝の起源1 法螺貝の起源2

法螺貝の教相

「法螺を吹く」と言うと、一般に「大げさに言う」「でたらめを言う」ことを指すが、本来の意味は仏典中、「法華経」には「大法螺を吹いて、大法鼓を撃つ」とあり、また 「鼓音経」には「大戦鼓を撃つ」とあり、法螺はあくまでも大日如来法身説法の内証を示すものであり、過去、現在、未来の三世における諸仏が出世さられて説法される時に、必ず、大法螺を吹かれて、如来説法を一切衆生にいきわたらせ、迷界の衆生の妄心を覚醒されたと伝えられる。

法螺貝吹奏

法螺貝吹奏の目的

謹んで吹奏し奉る金剛三昧の法螺と云者、金剛界バン字の智体にして法身説法の内証なり。 又、天界の音楽なれば、一度之を吹き奉れば、其の響き十方世界に周偏して、諸々の不浄を清め、邪気を除き、悪気魔障立ち所に降伏せしめ奉る。恭しく法楽荘厳の御為に丹誠を致して吹奏し奉らんとす。願わくば本尊聖者哀愍納受を垂れ給はんことを。 三昧法螺聲 一乗妙法説 経耳滅煩悩 当入阿字門 (訳=法螺貝の音は瞑想であり(三昧) 一乗妙法説(法華経そのものである)耳にふれれば煩悩を滅すまさに、阿字本不生の境地に入らん)すわなち、*祈祷においては「諸々の不浄を清め、邪気を除き、悪気魔障立ち所に降伏せしめ奉る。」 *ご法楽や大護摩供においては「法楽荘厳の御為に。」すなはち、「信は荘厳より生ず。」*修行においては、「大日如来説法の内証」「三昧瞑想」「即身成仏」への法具である。(「法螺表白文」より) ”

 ※画像は省略しましたが、上記の引用元には、インド神話のヴィシュヌが、彼の象徴であるほら貝を持っている画像があります。



フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月10日
”山伏、山伏、ラビ、ラビ、しつこいけど
いきなりイスラエルから日本に飛ぶから
おかしな事になる。

常識から考えてイスラエルと日本の
中間に何があるか調べるのが先
だろう。

ヒントは次の画像!

ほら貝がシンボルであるビシュヌ神の画像)”

むすたふぁ ‏@kampungkulon
インドのヴィシュヌは法螺貝を持ってるんや。インドネシアのウィスヌはよく法螺を吹くけどね。。。 https://twitter.com/god_________bot/status/681752733058220032 …
神bot ‏@god_________bot
【ヴィシュヌ】
ヒンドゥー教の神
である。一般には、4本の腕を持ち、右にはチャクラムと棍棒を、左にはパンチャジャナ(法螺貝)と蓮華を持つ男性の姿で表される。そのためチャトゥルブジャ(4つの武器を持つ者)という称号も持っている。 pic.twitter.com/NjRXPSnP91

完全閉店 ‏@lakudagoya 10月16日
お魚の姿でマヌの前に表れたヴィシュヌ神とか(崖の上のポニョか?w)、クリシュナちゃんとか、いやー耶蘇教の元ネタを探る上で面白いネタがいっぱいありますねー。そーいえば法螺貝を吹くのもヴィシュヌ神だっけ?(笑)こりゃーメイソン教の嫌がらせにはインドネタが最高ですな。うひゃひゃひゃ

ヴィシュヌ - www.cam.hi-ho.ne.jp
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/azreiji/hindi/vishnu.htm
” 左上手に持っているのは法螺貝です。神話では、この法螺貝は元はパンチャジャナという海に棲む悪魔だったのですが、クリシュナに退治されたのだそうです。ヴィシュヌがこの法螺貝を吹き鳴らすと、神々は勇み立ち、悪魔は震えあがると言われます。仏教でも釈迦の説法を「大法螺を吹く」という比喩で表現しますし(今ではいいかげんなことを言う意味になってしまいましたが)、ジャイナ教でも法螺貝は宗教的シンボルのひとつです。このように、三教とも同じ土壌で育った関係から、宗教的形象には共通点が多いのです。千手観音の持物はその総覧のようなものと言えます。ヴィシュヌの法螺貝は普通と逆の反時計回りの螺旋を描いていて、仏教ではこれを仙螺(せんら)と呼んでいます。自然界にもまれに存在するらしく、1887年にセイロン(スリランカ)で発見された左巻きの法螺貝は700ルピーという高額で売買されたという記録が残っています。”

ヴィシュヌ神とヴィシュヌ置物の販売
http://sebastian-company.com/india-gods/vishunu.htm
”ヴィシュヌの持ち物は、主に、
棍棒(知力の象徴)、ほら貝(存在の根源を表す)
車輪、円盤又はチャクラ(創造と破壊の力)
蓮華(太陽や、ヴィシュヌのへそから生えている生命の木を表す)
などがあります。
(…)
リグ・ヴェーダでは、そんなに重要な神様では無かったです。
当時の神話も、少数の讃歌を除けば、主要神インドラが悪と闘う際の
友達のひとりとして伝えられるくらいです。

その後の、ヒンドゥー教の時代になって、大人気!!
ブラフマー、シヴァと共に三神一体(トリムールティ)の最高神になりました!
(…)
やはりヴィシュヌの特徴で最も有名なものは、アバター(化身)です。
10の姿に化身し、それぞれの化身にそれぞれの神話があります

三神一体論(又は、三神一座(トゥァ、トリムリティー)では、3つの最高神の1つで世界を維持する役目があるとされます。

ヴィシュヌのアバター(化身)

ヴィシュヌは、アバターと呼ばれる10の姿に変身して地上に現れるといわれています。 特にクリシュナ、ラーマなどが有名で、人気です。
クリシュナは叙事詩「マハーバーラタ」で、ラーマは叙事詩「ラーマーヤナ」の物語で活躍する神様です。


また、仏教の開祖ブッダ(仏陀)もヒンドゥー教ではヴィシュヌのアバターとされていますが、
ブッダが有名になったので、ブッダもヴィシュヌの化身にしてしちゃおう!という話もあります(^_^)


ヴィシュヌのアバター(化身)の詳しい説明です。
ラーマ

抒情詩「ラーマーヤーナ」の主人公で、ラーマ王子の活躍する物語。
魔王ラーヴァナと戦う話です。ハヌマーンという「猿の王様」がでてきます。
奥さんは「シータ」といいます。
クリシュナ(人気でモテモテ神様)

叙事詩 「マハーバーラタ」の英雄。
特にその挿話バガヴァッド・ギーターで活躍。
恋人ラーダやイタズラ好きな神様。
妻の数は1万6千人、子供は無限と言われています・・・
ヴィシュヌの唯一の完全な化身と言われています。
マツヤ (魚)

大洪水の時に賢者(けんじゃ)マヌの前に現われ7日後の大洪水を預言し、
船にあらゆる種子と7人の聖者を乗せるよう言った。
クールマ (亀)

神々が不死の霊水アムリタを海から取り出そうとした時、
亀の姿になって現われて作業を助けた。
ヴァラーハ (猪)

大地が水の底に沈められようとしたときに、
猪の姿で現われ大地をその牙で支えた。
ヌリシンハ (ライオン男)

半人半獅子の姿で悪魔ヒラニヤカシプを退治した。
ヴァーマナ・矮人(わいじん)

悪神バリによって世界が支配されたときに現われ、
バリと3歩歩いた広さの土地を譲り受ける約束をした後、
巨大化し世界を2歩で歩き、3歩目でバリを踏みつけた
パラシュラーマ (斧を持つラーマ)

クシャトリャ族が世界を支配した時、神々、ブラフマン、人を救った。
ゴータマ・ブッダ (仏陀)

偉大なるヴェーダ聖典をアスラから遠ざける為に、
あえて偽の宗教である仏教を広めた(バーガヴァタ・プラーナ)

↑仏教寺院にヒンドゥー教は、入れますが、ヒンドゥーの寺院に、仏教徒は入れない場合があるそうです
( ; o ; )

(…)
カルキ (時間)

救世主 カリ・ユガ(世界が崩れて行く最悪時代)の最後、
世界の秩序が完全に失われた時代に現れて悪から世界を救い、
新しい時代(ユガ)を始める。 黄金期はクリタ・ユガといわれます。”

 予想通り、バラモン、ヒンドゥー教でも、仏教破壊工作をしていますね。
 ビシュヌがやった、敵に化けてマイナスの宣伝をする手口は今もよく使われております。

 あと、三神一体論(三神一座、トゥァ、トリムリティー)はキリスト教の三位一体論の元ネタでしょうね。
 
 次は、埴輪の帽子がユダヤの帽子と同じだというデマを否定する資料を紹介します。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 7月25日
埴輪の帽子って明らかにコレだろ。 pic.twitter.com/sSIjCe6WxA
「韓服 帽子」、「聽琴賞蓮」、「韓国 衣装」、「新羅 服装」「朝鮮通信使 帽子」の画像検索で出る画像

日本文化の元ネタは大半が、インド、中国大陸、朝鮮半島産です)

超正統派の初代と19世紀後半のラビ。 初代は18世紀の人。 あれ?w、じゃ、埴輪は19世紀以降 に捏造された事になる?ww pic.twitter.com/A1sRSwaqht

超正統派の被る帽子は fedoraという20世紀に流行った帽子 が元らしい。 https://en.m.wikipedia.org/wiki/Haredi

完全閉店 ‏@lakudagoya 7月25日
@FeydoTaitei おお!参考になります。ありがとうございました。日ユ同祖論って白人ユダヤはガセとか言いながらベースがそれなんですよね。カバラが紀元前六世紀からあるとか(笑)

(ローレライ ‏@rolelei 2014年10月8日
生命の木カバラは中世からなので、古代ユダヤの生命の木(と日本)云々ときたら嘘確定。シオニズムはキリスト教思想。シオニストはクリスチャン
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-40.html

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年10月13日
ユダヤ関連の日に事件を起こしユダヤのせいにするキリスト教の手口。生命の木カバラは中世から。シオニズムはキリスト教製でナチズム(バチカンが支援)。シオニストはクリスチャン。ユダヤ教超正統派はイスラエルを否定(ダビデの星はイエズス会製)。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-40.html

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 7月25日
@lakudagoya
fedora。1882年におフレンチ人の
女性劇作家が書いた演劇に出てくる
fedora姫というのが元らしい。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Fedora pic.twitter.com/8A4PLhef91

このfedora姫を演じたのがおフレンチの サラ ベルナールで、その時被ってた衣装 の帽子がこのfedora帽になったとの事。 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AB … pic.twitter.com/OMtXuEOQTi

つまり!埴輪のモデルはサラ ベルナール だったぁああッ‼︎‼︎⁈ つ、つまり……日本人の祖先は おフレンチ人だった‼︎(キリッ pic.twitter.com/lbTEPO7EJB

完全閉店 ‏@lakudagoya 7月25日
@FeydoTaitei へー。日ユ同祖論の信者ってこうもタイムワープがすげーのは驚かされます


J・ナナミ ‏@pinkglalem 2013年11月15日
日ユ同祖論がマユツバなのは、シルクロードを通って日本にこのオリジナル(ギルガメ)の方が入って来た可能性の方が高いこと。諏訪大社の御柱祭ってフンババとの戦いの話だし、祇園祭は「ノアの方舟」では無くて「ウトナピシュティムの方舟」の話が元ネタの可能性が高い。

菊池 ‏@kikuchi_8
3)古代のラビと修験者の頭巾やほら貝、服装が似ていたとしても「だから何」という程度の話に過ぎない。そんな事より、明らかに意図的に「天地の創造主」というキリシタン神学由来の概念を導入した平田篤胤の方が問題である。出口王仁三郎もその神観を継承している。同祖論もこの周辺が主に唱える。

1)修験道も日猶同祖論において定番である。小箱の頭巾やほら貝が猶太教で使われる物と似ているといった類である。しかし、修験道と猶太教は根本的に世界観が異なる。修験道は原始アニミズムを色濃く継承し、木石など自然物を崇敬する。超越神を崇拝する猶太教でそれはあり得ないだろう。根幹が違う。

日本に影響を及ぼした思想を日本の神道も含めて「神儒仏道」と呼んだりするが、それぞれの特質というか概要を個人的な視点から一度、素描としてまとめておきたい。というのも、神智学や各種カルトでは根本的に相異なる中東以西の思想と日本や東洋のそれを意図的に混合するからだ。では以下。

【神道】縄文時代以来のアニミズムに弥生期以降の農耕儀礼が加わり、仏教渡来時に自覚化の必要に迫られ易経由来の「神道」という語を名称とした。西洋で言う「宗教」ではなく日本人の感性・生き方とその作法化。だが江戸後期に平田篤胤がキリシタン神学を密輸入。これが明治以後の神道カルトに繋がる

【仏教】仏教の要点は一言で言うと「執着を減らせば苦しみが減る」ではないか。仏陀は苦しみの発生過程を合理的に観察。果から因を順に遡ると「苦→執着→快・不快→感受作用→感官と対象の接触→名称と形態(所謂「モノ」)→識別作用→言葉の広がり→無知=無明」。この過程を貫く縁起と無常の理。

【儒学】身に道徳を備え家を整え最終的に天下を治める「修己治人」の教え。倫理学と政治学を合わせた様な思想。基本的に「怪力乱神を語ら」ない合理主義。外面的な道徳規範の押しつけ一辺倒のイメージだが本来は孟子の言う「良知良能」を発揮するという自律的な教え。後仏教の影響を受け哲学化=宋学。

【道教・道家】道教と道家は本来は別物。道教は不老長生や病気治癒を掲げる現世利益的多神教。錬丹術=一種の錬金術も行う。道家は天地自然の原理である「道」に従う事で人為的な道徳に縛られない「無為自然」の境地を目指す(真人)。老子は形而上学的傾向、荘子は現象主義的傾向。荘子は禅に繋がる。

@katakiuchin 日本文化が縄文以来の強固なアニミズムの基盤を持っているのも大きいと思います。「天地の創造主」という概念は日本人は長らく持たずに来ました。「神々はこの国土そのものに宿っており、この世界は価値があるのだ」という信念がキリスト教の侵入を防止した様に思います。

@katakiuchin 仏教も本来、実体としての彼岸を求めるより生きて悟りを開くことが中心の教えになっていると思います。ただ、日本仏教ではアニミズムの影響を受けて「山川草木悉有仏性」という仏性論が中心となり現世肯定的な側面が印度より強くなっており、根を下ろしていると思います。

「世界の創造主を想定しないと道徳が保てない」というのは西洋のキリスト教徒の偏見である。明確に宇宙の創造主を否定したアニミズム的な宇宙観を持つジャイナ教は不殺生=アヒンサーの徹底という極端とも言える倫理道徳を導き出した。仏教と似ているがジャイナ教は実体を立てる実在論である点が違う

@aoyamaakiko3 確かに大抵の外来文化導入の場合はアニミズム的世界観を保持しています。ですが非汎神論的枠組みのキリシタン神学を導入した平田派はアニミズムの枠組みを失って一神教化してしまい排他独善的なオカルト神道と化してしまいました。その結果が廃仏毀釈でした。

【お年玉③~ひも付き陰謀論者が避ける真のインド思想
+良ツイート集】

 「(無自覚含め)宣教師」に騙されたい方はお読みになってはいけません。


立川武蔵『ヨーガの哲学』の読書メモ



・聖紐(せいちゅう。ヤジュナ・ウパヴィータ)という木綿の糸をよった細いひもの輪を、左肩から右腹にかけるものがバラモン教社会にある。
これを受取ることでバラモン社会の一員となる。
(ゾロアスター教のクシュティと同じですね。元は同じ宗教だったんでしょうね)

古典的なヨーガによれば、心の作用をどこまでも否定していかねばならない。ヨーガの究極的段階において心の中に何らかのイメージが残ることは許されない。
イメージが存在することは心が存在することを意味するからだ。
だが、後世は精神を集中させて何らかの、たとえば神のイメージをありありと生む型のヨーガが実践されるようになった。


・ヴィシュヌ教では神に対する献身(バクティ)を説く。バクティとは人格をもつ神ヴィシュヌへの帰依である。眼前に立つ神への祈りは、やがて全存在を神へとゆだねる行為へと昇華される。
このような神とのかかわりもヨーガの一種であると考えられ、神へと身と心を献身させるべく精神集中をおこなうという意味で、
バクティ・ヨーガ(献身のヨーガ)とよばれる。

ヨーガは行為であるにもかかわらず、行為の止滅した状態を目指している。
無行為のための行為


人間の行為には三つの要素がふくまれている。

(1)目的
(2)現状認識(世界観)
(3)手段


ヨーガという行為は、それ自体行為であるにもかかわらず、行為の止滅それは行為にはカルマが付きまとい、カルマからの脱却とは、無行為の行為を求めざるを得ないのだ。

現世、すなわち人為の滅したところに、よき何ものかが存在するとインドは信じてきた。それはブラフマン(梵)といった宇宙の根源的原理であるかもしれないし、神ヴィシュヌであるかもしれない。
よき何ものかをどうとらえ何とよぶかはさまざまだが、すべての種類のヨーガ――そしてインドのほとんどの哲学、思想――は、あらゆる人為を鎮めるならば、自分たちの求めるものがそこに存在するはずだという楽天主義に支えられている。
一切は苦だという仏教のスローガンすらも、決してペシミスティックな響きを有するものではない。
さまざまなヨーガ行法はインド思想の根幹にあるこの楽天主義の伝統の中で育ってきたもの
であることを忘れてはならない。

・三つの世俗的な繁栄(アビウダヤ)は、人生の目的として重視された。
ダルマ(法。社会的正義)、アルタ(財)、カーマ(愛欲の対象)の三つである。
これら三つの世俗的な繁栄を、他の国々の宗教と同様にインドの宗教もしばしば目的としてきた。ヴェーダに基づく祭式の多くは、個人の精神的救済を目的とするというよりは、息子の誕生や祖先の供養などを目的としていた。
ヒンドゥー教の崇拝には、天然痘をつかさどる女神シータラーに対する崇拝のように、病気治癒などの現世利益を目的としたものが多くふくまれている。

(天然痘を司る女神って怒らせたらヤバすぎる……
ってインド神話は怒らせたらヤバいのだらけですけどね。
踊りで世界を破壊するカーリーとかね!
シヴァがカーリーの破滅の踊りのクッションになったけどね!)

・第四の目的「解脱」
法・財・愛欲の三目的に加えて、
後世に、解脱(モークシャ)が第四の目的として認められた。
モークシャとは「解き放つ」を意味する動詞mucムチュからつくられた名詞であり、限りなき輪廻から解き放たれることを意味する。
この第四の目的こそ、世俗をはなれた清明な境地で求められる、個人的「精神の至福」(ニヒシュレーヤサ)である。
シャーキャ・ムニは「最後の生を有するもの」と呼ばれた。
つまり、王子であることをやめ、サールナートで説法をはじめた、かの生涯が、輪廻転生を続けてきた中の「最後の生」だというのである。
クシナガラの地で入滅した以後は、彼は再び生を受けて生まれ変わることはない。
輪廻する「生の連続体」がシャーキャ・ムニの涅槃によって終息したのだ。
彼は「生」を超えたなにものかにいたったのである。
解脱を究極的目的としたのは仏教のみではない。
ヒンドゥーの哲学学派および、ジナを開祖とするジャイナ教のほとんどすべての派が、解脱を究極目的としている。ヴェーダ祭式に関する儀軌(ぎき)の解釈体系を打ち立てようとしたミーマーンサー学派でさえ、後世は「個人的な精神の至福」を目的の一つとした


現世利益を求める宗教行為は途切れることなく行なわれてきた。
が、ウパニシャッドの哲人たちに続いてシャーキャ・ムニ、更にはジャイナ教のジナが出世したあとは、個人的な「精神の至福」がインドの宗教史において重要なものとなった。
また、後世のヒンドゥー教の知的エリートたちも、個人的な
精神の至福により大きな比重をおいた。
ヨーガの目的は
精神の至福=ニヒシュレーヤサ
の獲得にほかならない。

生まれ変わらない=解脱した釈迦の生まれ変わりを自称する宗教家は全員詐欺師

・人生の四住期=生涯モデル
に組み込まれているヨーガは、いわばエシュタブリッシュメントにとってのヨガである。
バラモン教によれば、上層階級、とくにバラモンたちは、自分達の人生を次のような四つの時期に分けて過ごすようにすすめられていた。

人生の四住期
①学住期(ブラフマチャルヤ。梵行)
②家住期(グリハスタ)
③林住期(ヴァーナプラスタ)
④遊行期(サンニヤーサ)


第一の時期、学住期(ブラフマチャルヤ。梵行)には、師の家に弟子入りしてヴェーダ経典などの学習をする。
第二の時期、家住期(グリハスタ)には、結婚し、家長となって子孫の養育にあたる。
第三の時期、林住期(ヴァーナプラスタ)には、家長の地位と義務から解放されて森に行き、いわゆる隠居生活を送る。
最後の第四の時期、遊行期(サンニヤーサ)には、森のなかで生活する力もなくなるのであるが、ふたたび家にもどってもよく、あるいはほかのところを遊行してもよい。

前半二つが、世俗的繁栄を求める現世肯定の「促進の道(プラヴリッティ・マールガ)」であり、
後半二つが、世俗的繁栄から退きあるいは投げ捨て究極的には精神的至福を求める現世否定の「寂滅の道(ニヴリッティ・マールガ)」である。

・バラモン正統派のなかではじめて明確なヨーガの哲学の体系化がおこなわれたのは、古典ヨーガ学派によってであった。この学派の人々が第一義的にめざしたものは精神的至福(ニヒシュレーヤサ)であった。
よくいわれるさまざまな超能力はヨーガの「副産物」であって目的ではない

古典ヨーガ学派がめざした精神的至福は、仏教の場合とは異なる意味づけを与えられている。
それは純粋精神としての霊我(プルシャ)を本来の状態に戻すことであった。

サーンキャ哲学(古典ヨーガ派の思想的背景)は、
「プルシャ(霊我)=純粋精神」と
「世界の展開の質量=原質(プラクリティ)」

との二原理によって世界の創造や精神の至福を説明する。
サーンキャ哲学ではプルシャとプラクリティの二原理は特殊な関係で結びついてはいるが、本質的にはまったく別の存在である。
霊我は観照者とも呼ばれるように、それ自身は原質の活動を見守るのみであり、能動的な働きをすることはない。
プルシャは個人的原理であり、一人の人間に一つのプルシャが存在すると考えられている。
したがって、この世界における人間の数だけプルシャが存在する。
プルシャは、いわゆる宇宙に一つのみ存在し世界を統括するといった世界精神ではない。

プルシャは元来、男、人を意味する語であった。これはサーキャ哲学とそれに基づいたヨーガ哲学では基本的には個人個人の解脱が問題だったことを物語るものであろう。
もっともこの場合の個人とは、世界における特定の個人ではなく、どの個体ともなりうる不特定の個人である。
霊我は世界を創造する神ではないし、宇宙のリズムを定める理法でもない。我々の感覚器官、その諸対象、身体などすべての現象界を超えたところに存在する何ものか
である。
霊我=プルシャの存在は消極的であり積極的なものではない。

世界の実質的形成はもう一つの原理である原質によっておこなわれる。
原質と呼ばれる根本物質が自らを変形、変質させた結果がこの現象世界なのである。
原質=プラクリティのなかにはもともと世界構造のプランが組み込まれており、その状況に対応してそのプランが実行にうつされる。
原質(プラクリティ)には、世界形成の素材としての質量因であるとともに、世界形成の動力因でもあるという二面が存在している。
原質(プラクリティ)を物質とおきかえることには問題がある。
われわれの感覚、意欲、認識などはすべて原質(プラクリティ)のはたらきだからだ。
「わたしは霊我である」と思うことは原質の思い上がりであるが、やはりまぎれもなく原質の作用であり、霊我のあずかり知らぬことである。
原質はグナと呼ばれる3要素によって構成されている。
グナとは哲学的には属性、性質を意味し、
しばしば属性が存する基体としての実体(ドラヴヤ)と対になる概念である。
たとえば「花が赤い」という事態は、インドでは「地」の要素でできた花に赤色が「のっている」というように表象される。
ここで赤色――赤色の「もの」ではなく、色素「赤」――はグナ(属性)であり、花は「地」というドラブヤ(実体)である。
実体と属性の関係はインド哲学の根本問題であった。

両者に厳然とした区別があると主張する者
(論理学派=ニヤーヤ学派、
自然哲学派=ヴァイシューシカ学派)
もいれば、
両者の本質的区別は存在しないと考える者
(ヴェーダーンタ学派や
仏教

もいた。
サーンキャ学派および古典ヨーガ学派はどちらかといえば後者、両者の本質的相違を認めない。
つまり、属性とその基体とのあいだの本質的相違を認めようとはしない傾向が強い。
したがって、サーンキャ哲学においてグナとは原質の属性、様態を指すと同時に、属性様態の基体としての原質そのものをも指している。
原質を構成するのは、
三つのグナ(三徳)=純質・激質・暗質(あんしつ)の3要素
である。

原質=純質+激質+暗質。

純質(サットヴァ)=知性、光輝の要素
激質(ラジャス)=経験、動力の要素
暗質(タマス)=感性、暗黒の要素。


宇宙の展開の根本素材である原質は、現象世界へと展開(転変)する以前は、
未顕現なもの(アヴィヤクタ)と呼ばれる。具体的なかたちをとってあらわれていない、原初の質量である。
未顕現なもの(アヴィヤクタ)の状態においては、かの三つのグナは完全な均衡状態にある。

未顕現の原質は、やがてある救済論的目的のために、均衡状態という本来の状態を離れて、
大(だい。マハット)と呼ばれる力の塊となってあらわれる。
この大(だい。マハット)は覚(かく。ブッディ)と呼ばれることがもある。
(大=覚。 マハット=ブッディ)

原質は更に大(覚)の状態から、「自己-感覚」(アハンカーラ。我慢)の状態へと転変する。
自らをつくりかえるのである。
この「自己-感覚」(アハンカーラ。我慢)とは集合的な自己統覚作用の原初的形態、つまり心理原理であるが、明確に意識された個人的経験を欠く、世界全体の原理である。
個々人の自己感覚あるいは自己意識ではない。

(「大=覚」→「自己-感覚」
三つのグナの均衡が崩れた力の塊
→個人的経験が無い、世界全体の原理)

この未発達の「自己-感覚」(アハンカーラ。我慢)の塊はその後、異なる二つの方向へと転変を続ける。
つまり、一方では主観的現象世界へと転変し、
他方では客観的現象世界へと転変する。
「自己-感覚」(アハンカーラ。我慢)から現象世界の出現を引き起こす原因は、三つのグナの間の勢力の不均衡である。
あるグナの勢力が他のグナの勢力に勝るとき、その勢力のあるグナに相応して、かの「自己-統覚」の塊が自らの姿を現象世界へと変えるのである。
アハンカーラの中で純質(サットヴァ。知性、光輝)の勢力が支配的なときには、
十一の器官(十一根)
――意(マナス。思惟器官)と五感覚器官(五知根)と五行為器官(五作根)――
があらわれる。
五感覚器官(五知根)
=眼、耳、鼻、舌、身(皮膚)。
第六の器官「マナス(意志。思惟器官)」は意識作用を司り、知的活動と運動との連結点となる。

五行為器官(五作根)
=発声器官、手、足、排泄器官、生殖器。

グナ暗質(タマス。感性、暗黒)が勢力を得ると、
「五微細元素(五唯。ごゆい)
=物質的世界が発生するための種子」
があらわれる。
五微細元素
=五感覚器官の諸対象
=色彩(色)、音声(音)、臭い(香)、味、「温度・硬軟など」(触)。

五微細元素から世界の物質的基礎となる「五大元素」(地、水、火、風、空[エーテル])が生ずる。五微細元素(五唯)
「五大元素」
=地、水、火、風、空[エーテル]
によって人間をとりまく、いわゆる自然が形成されるが、自然の中での変化は五大元素間の循環運動となる。
サンスクリットで「五大の状態となる」といえば、「死んで『土』に還る」ことをいう


「激質(ラジャス)=経験、動力の要素」からは、主観的現象世界と客観的現象世界の両者が出現する。このグナは慣性、活動の性質を帯びており、原質が転変する動力となるからである。激質のはたらきがなければ原質の転変も存在しない。

(「自己-感覚」(アハンカーラ。我慢)
=純質(サットヴァ。知性、光輝)的自己-感覚
+激質(ラジャス。経験、動力)的自己-感覚
+暗質(タマス。感性、暗黒)的自己-感覚。

本書の図表によると、
「激質(ラジャス。経験、動力)的自己-感覚」は十一器官にも五微細元素(五唯)にも矢印が伸びている)


このように、現実的世界へ原質が自ら変形、変質した24の存在原理(諦)――原質、大、自己感覚、十一根、五微細要素、および五大元素――とするサーンキャ哲学にあっては、
宇宙は「光」を性質とする感覚器官と、「暗」を性質とする感官の対象とが対立し、その両者に動力が存するという構造をもっている。光と暗とのあいだを力が突きぬけると、現象世界が成立するのである。

・ヨーガ行者の世界
この「宇宙」は天と地があり、陸や海に生物があり、人間もその一部であるというかたちで考えられた世界ではなくて、一人の人間が自分の感覚器官をもちいて経験した「世界」である。世界についてのこのような考えかたはインドが古代からもちつづけてきたものだ。
ヨーガがかかわった世界もまた、このような世界である。つまり、ヨーガの行法が統御すべき世界は、ヨーガ行者個人が自らの感覚器官を用いて経験することのできる、「周囲の世界」なのである。

世界を個人の「周囲の世界」として理解する態度は、仏教においても見られる。
初期仏教においては、心身の構成要素として五蘊が教えられた。
五蘊とは、色かたちあるもの(色)、感受(受)、観念(想)、意欲や行為の慣性(行)、認識(識)である。
第一の色はいわゆる物質的存在であり、残りの四要素が心的作用である。
五蘊は決していわゆる宇宙の構成要素ではない。
すべての個体を包み込み、すべての生類がそこで生きているといった宇宙は、少なくともサーンキャ、古典ヨーガ、初期の仏教には考えられていなかった。

ヨーガにおいて止滅させられるべき世界は、このように行者の個人的世界である。ヨーガの最終段階において行者に顕現する「聖なるもの」は個体を離れた観念的、抽象的なものではなく、具体的な個体において直証されるものである


古典ヨーガ学派は、サーンキャ哲学の世界観に基づいて、自分の周囲の世界を原質の活動としての三つのグナの抗争、つまり光と時と運動との抗争ととらえ、この三つのグナの均衡を取り戻して世界の展開を止め、かの純粋精神(霊我)の本来の姿を目のあたりにしようとする。何らかの手段によって、三つのグナの均衡状態が成立し、原質の活動がやむならば「世界」は展開をやめ、原初の統一へと戻る。世界(宇宙)が始原へ回帰した状態でこそ、プルシャ(霊我)は本来の姿で輝き、それを眼前にしたヨーガ行者に精神的至福が訪れる

“ ヨーガの師たちは、ことばによって説明することをいとわない。むしろ、ことばや知識の体系に忠実であろうとする。そうすることによって、ヨーガの伝統がより広く、より正確に伝えられると信じたからである。
たしかにヨーガの究極的な境地をことばによって表現することは、ほとんど不可能であろう。しかし、だからこそヨーガは、その直前の境地をなんとかことばによって語ろうとするのだ。ことばを尊重することは、バラモン正統派の哲学でも仏教においても同様である。後世のインド密教においては、在野の行者たちもことばによる説明を忘れない。
チベットの有名なヨーガ行者ミラレーパは、論理学などの知的体系をきらった。しかし、彼とても弟子たちに説明するときには、ことばの有効性を信じてうたがわなかった。インド、チベットでは、ヨーガを伝える際に、「不立文字」という態度はとらなかった。
ヨーガ行者は、自分たちのおかれている「世界」について綿密な考察をし、しかもそれをことばによって表現した。ヨーガは元来は実践なのではあるが、世界観(現状認識)のため、さらにはその実践の過程におけるさまざまな経験を伝えるために、精緻な哲学をうちたてることができたのである。
いっぽう、中国的、日本的ヨーガともいうべき禅は、世界観や手段の伝達のために、ことばの精緻なシステムをつくりあげようとはしない。インドのヨーガと禅との重要な相違の一つはここにある。“p.57-58

(禅で不立文字とはいうものの、言語能力なしに禅することはできません。
スピ信者は言葉や論理を軽視する癖に、インド思想ってほざくからね。
スピ信者のうち、「ニューエイジやスピリチュアル系でない=キリスト教のフィルターがかかっていない」インド思想と仏教を勉強した人って少ないんじゃないの?
スピ系が大好きなチベットの仏教も論理的思考による納得を重視しているからね。
あと、不滅の霊魂を否定する禅もスピ否定だからね。

徹底的に論理的に思考できる人でないと、論理と非論理の境目がわかりません。
論理と非論理の境目がわからないと、論理で説明できる領域まで「非論理=神秘」だと騙されてしまいます。
スピ信者が崇めているものの大半は、論理の領域から脱していないものですので、崇める価値すらありません。
真に神秘的なものとは、ありふれたもののことですよ。

山本七平bot ‏@yamamoto7hei 2014年2月13日
インドというと、いわば「神秘主義」といった見方が強いわけですが、同時にインドは人類最初の論理学の国です。
これは人間のもつ二面性のようなもので、徹底的に論理的になりますと、その論理で把握できない面が抽出されたような形で神秘主義になっていきますから、当然の結果
といえます。)

古典ヨーガ学派の根本経典、『ヨーガ・スートラ』はヨーガを「心の作用の統御である」(一、二)と定義している。

ヨーガという語は「馬に軛(くびき)をかける」という意味の動詞yuj(ユジュ)から派生した。
古典ヨーガ学派の思想、さらにはインドの思想一般にとって、「心の作用」とは単に個人の精神作用にとどまらず、いわゆる現象世界をも指している。これはサーンキャ哲学における世界が、個体が自らの感覚器官を通して経験することのできる周囲世界を指していることと矛盾しない。
つまり、サーンキャ哲学の主張する世界が個人を通して見えたものであったとしても、それは個人の枠を超えたいわゆる宇宙を指していたからである。
個体が把握する世界は、同時に個体を超えた世界でもあるというが、インドにおける世界の理解である。
それゆえにこそ、心の作用を統御することが、五元素、行為器官、五感覚器官などに分化して活動している世界を、その原初の状態へと戻すことを意味することができる
のである。

・ニローダは統御あるいは止滅のいずれをも意味してきた。
心の作用が止滅(ニローダ)されたときには、純粋な観照者である霊我(プルシャ)はそれ自体の本来の状態に留まる。
心の作用が止滅したときとは、世界の根本物質である原質(プラクリティ)が展開して現象世界となった過程を、逆に短期間にたどっていたりつく原初の状態を指している。ヨーガが目指しているのはそのような状態である。

心の作用が止滅されていないとき霊我(プルシャ)は心のもろもろの作用に同化したかたちをとっている。原質が精神的原理である霊我に対してはたらきかけつづけているのが、心の作用の止滅していないときの状態なのである。
霊我は各個人に存在しているが、それらの霊我は世界に遍在している。世界には個体の数だけ霊我が重なりあっていることになる。
原質も世界に遍在していて、霊我と原質とが互いに関係しあう。原質は現象世界のさまざまなありさまを霊我に見せつけ、霊我自体は苦渋に満ちたこの世界とは無関係な純粋精神であることを霊我に悟ってもらおうと考えるのである。
サーンキャ哲学によれば、この多様な現象世界をつくりあげたーー厳密にはこの世界へと自分をつくりかえたーー原質は、実はかの見守るだけの役をしている霊我のためにこそ存在するのである。原質の複雑な展開は霊我を救済するためのはたらきであった、とサーンキャ哲学は告白する。

・「心の作用」というときの「心(チッタ、citta)」は「認識する、知覚する」あるいは「照る、輝く」という意味の動詞「チット(cit)」から作られた過去受動分詞であり、文字どおりには「認識されたもの」を意味する。
ヨーガスートラではチッタの明確な定義は与えられず、「内官」、「心的複合体」、「意識」、「思考原理」などと置き換えられてきた。用法から判断するに、ヨーガスートラの「心」はあらゆる意識活動、精神活動を可能にする機構
を指していると思われる。
心は霊我ではもちろんない。原質が転変をはじめた初期段階である「大」とか「自己意識」でもない。「思考器官(意、マナス)」の背後にあって、思考を可能にするものが心なのである。心は霊我と原質との結びつきを可能にするものである。心の作用が霊我に「染め移される」ことによって霊我と原質とを結びつける

煩悩には潜在的なものと顕在的なものがある。前者の形態で存する煩悩は「心を逆に転変させる」ことでのぞくことができる。心、つまり心的作用を有する根本物質(原質)は大(マハット)、自己-感覚、現象界というように転変してきたが、ヨーガによって霊我の本質を知った心は、これまでの転変の方向を変えて原質(プラクリティ、「自性」とも訳される)へと逆に転変するのである。
逆方向を向く心は、潜在的な煩悩を未発のままに、原初の根本物質のなかへと退行させ還滅させるのである。すでに顕在化した煩悩は、かなり進んだヨーガの段階である静慮によってのぞかれる。このようにしてヨーガは無意識をも統御しようとするのである。
心の意識作用および潜在印象を統御、あるいは止滅させたとき、「見るもの(霊我)」と「見られるもの(原質)」との結合がなくなる。それによって霊我は「自分のみで存在する状態(独存位)」を獲得する。霊我のこの状態をえるためには、秩序立った修練をしなければならない


心の作用が消え去っても、心が働いたときの勢い(慣性)は印象として心に残る。この潜在印象はサンスカーラ(行)と呼ばれる。サンスカーラには記憶と煩悩と業遺存(ごういぞん)とがあるが、業遺存とは「煩悩を原因とし、現世あるいは他性において経験される可能性のあるもの」であると言われている

ヨーガスートラの哲学は自在神(イーシュヴァラ)の存在を認めており、有神論である。
この意味で無神論であるサーンキャ哲学とは異なる。もっともヨーガの神イーシュヴァラは世界の創造主でもないし、宇宙の根本原理でもない。自在神とは煩悩や業によって汚されていない特別なプルシャ(霊我)であるといわれるが、このプルシャはサーンキャ哲学のプルシャとはいささか異なり、ヨーガ行者のモデルと考えられた人格的存在である。
イーシュヴァラは「太古のグル(師)たちにとってさえもグルである」


鋼の錬金術師のイシュヴァール人のモデル?
イシュバール=イシュタル+バアル?
太陽神イシュヴァラを主神とするイシュヴァール教を崇める民族がイシュヴァール人。
イシュヴァール人は髪が銀色で肌が褐色で目が赤い。民族衣装はゆったりとした白いローブ


人間が激怒したときには吸う息、吐く息の感覚は短い。気を落ちつけるためにわれわれは意識的に大きく息を吸う。
催眠術によって金縛りにあち、硬直状態にあるときも「大きく息を吸いなさい」という命令に従うことによって、その状態から脱出できるのである。「気」(プラーナ)の調整は精神と肉体の調整の状態である

プラーナとは息、呼吸を意味する。
が、座った行者が行う「気(プラーナ)」の流れの調整における「気」は息ではなく、気あるいは生命エネルギーのことだ。プラーナには生命という意味もあり、プラーニン(プラーナを有するもの)とは生類のことである。
気と息とは深い関係にあり、気の調整は実際には息を整えることによってはじまる。
調息(じょうそく)に関するヨーガスートラの説明は短く、註釈家による解釈もさまざまだが、ようするに調息のめざすところは「呼息と吸息の流れを絶つこと」だ。吐く息と吸う息にかかる時間を、かぎりなく「長く細く」していくことによって、息をしているかしていないのかわからない状態に入るのである。このように呼吸のしかたが統御されれば、体内における気の流れがよどみなく、すっきりとしたものとなる。

・ハタ・ヨーガでは、現実の身体は粗大な身体と呼ばれ、身体を理解するために考えた身体モデルは「微細な身体」と呼ばれている。


ハタ・ヨーガにおいては、身体は五つの元素に対応する部分から成り立っている。
足から膝にいたるまでの部分は地(シンボルは四角)の要素に対応し、
膝から肛門までの部分は水(三日月)、
その上から心臓までの部分は火
(三角。頂点を上にする場合と下にする場合がある)、
その上から眉間までの部分は風(ダビデの星。△+▽)、
その上から頭頂までの部分は空(エーテル。円)
にそれぞれ対応している。
地、水、火、風、空という順序はそれぞれの元素の重さの順番になっている。地が一番重く、その上に存する水は地より軽い。
したがって、ハタ・ヨーガにとって身体は、
下から四角、三日月、三角、ダビデの星、円の積み上がったものである。
五元素でできた身体モデルは、身体の中央を走る脈(ナーディー)と、その節目節目に存在するエネルギー・センター(チャクラ)、およびそこを流れる気(プラーナ)とのシステムに移しかえられる。

チャクラとは円盤という意味だが、細い脈の円形にからまったもの(叢)と考えられている。この円盤は生命エネルギーが終結しているエネルギーセンターなのだが、細い脈がからまっているために中脈の中を気がよくとおらない。それゆえ、ハタ・ヨーガはこの叢の緊張を解いて中脈の中に気がよく通ることを目指すのである。
一般には六つのチャクラが考えられており、
下がら尾てい骨、生殖器、へそ、喉、心臓、眉間に相応する場所――もちろん「微細な身体」においてである――に存在する。
足から膝までの部分を支配していた地の元素は、微細な身体の背の基底部のチャクラの中に、
膝から肛門までの部分の水の要素は、生殖器のところにあるチャクラに、
火の要素は臍にあるチャクラに、
空の要素は喉にあるチャクラにその性質を反映させ、
第六チャクラは五元素を超えている。

頭頂にある第七チャクラはサハスラーラ(千の光を備えたもの)と呼ばれる。千の花弁を有する蓮華で表されるが、ここにあるのは光ばかりである。第六チャクラに到達したときにすでに得られていた五感を超えた状態は、ここにいたって根本物質「大」をも超えた状態――ブラフマン(大宇宙)とアートマン(小宇宙)の合一した状態――となるのである。
サハスラーラの存する領域である頭頂は「ブラフマ・ランドラ(ブラフマンの穴)」と呼ばれている。厳密には「頭の頂」ではなく、頭頂の上というべきである。
したがってインド人たちはサハスラーラをヨーガ行者の頭頂にではなく、頭頂よりわずか上方に描くのである。

(カバラのケテルが王冠=頭より上にあるもの、である元ネタ?)


ヴェーダンタ哲学によれば唯一無二のアートマンが実在し、それは心的なものであり、歓喜そのものである。この世界はアートマン(宇宙我ブラフマンと本来は同一である「真の自己」=真我)の有する幻影力(マーヤー)によってあらわれたものであって実在するものではない。アートマンを知ったとき、幻影としての世界は唯一の実在のなかに溶けいるのである。そのときには真我アートマンと宇宙我ブラフマンは合一するといわれる。

現観(げんかん。アビサマヤ)とは対象の姿(形相)をありのままに見ることである。
現観(アビサマヤ)はすべての心作用の止滅というよりはむしろ心作用の活性化をめざす。
現観(アビサマヤ)と呼ばれている体験はヨーガ・スートラのいう三昧――心は空になり、対象ばかりになったような状態――を指しているのだろう。
現観(アビサマヤ)のめざしたことは対象をそのままのすがたに見ることであり、対象のイメージはこの場合には止滅させられるべき俗なるものではなく、聖化された世界のすがたである。このように対象のイメージを聖化させる方法は、後世のタントリズムの方法と相通ずるものがある。事実、現観(アビサマヤ)はタントリズムにおける重要な実践方法である観想法(成就法)の基礎となった。


“インド人の思考は論理的だ。古代において論理学の体系を発展させたのはインドとギリシャのみである。ヨーガが論理、理性、ことばといった人間の思考力を超えたものを究極的にめざしていることは、すべてのインド人が知っているのであるが、そのことを説明するためにインド人は論理と理性をもちいる。
 だが、中国にはインドやギリシャにおけるような論理体系の発展の歴史はない。中国人はそれほどの論理整合性を自分たちの生活のために必要としなかった。中国人はおびただしい数の仏教典籍を漢訳したが、そのなかで論理学、認識論に関するものは、おどろくほどすくない。論理学の体系を発展させなかったという事情は、日本の場合も同様である。
 ちなみに、チベット人たちは議論好きであり、論理学が好きである。チベット人たちは仏教の論理学、認識論、さらには先にのべた現観について、驚歎するほどの数の註釈書を残している。論理学や認識論の側面のみではなく、宗教実践の階梯についても、インド仏教の考えかたとチベット仏教のそれとは非常に近いのである。“p.197

“ことばを捨てるもの
 禅は論理の体系、知識の整合的な積みかさねを必要としない。インドやチベットのヨーガ行者は、ことばと論理とが究極的には捨てられるべきものであることを知りつつも、可能なかぎりことばと論理による説明をやめようとしない。禅師たちはインド・チベットのヨーガ行者とはまったく異なった道をあゆむ。つまり、ことばと論理とをはじめから捨ててかかるのだ。”p.205

“ 本文(91ページ)にも書いたが、ヨーガ行者はことばを超えたものを体験しようとする。だが、ヨーガの階梯を進んでいく際には、ことばが必要となる。ことばに依らなくては、ヨーガの実践者が自らの状態を省みることも、師の説明を理解することもできない。
禅もヨーガの一種と考えられるが、禅寺ではことばは不要だ、と考える人がいるかもしれない。だが、たとえば、言語中枢の傷害によってことばを理解できなくなった人は、禅の修行をすることはできないのである。”p.217-218

(論理を否定する癖にインドインドうるさい奴は大抵の場合スピリチュアル、神智学系。
禅を学ぶには言葉は必須)


ヨーガは意識にのぼった心の作用を統御する技術であることはいうにおよばず、無意識の世界にもおりて行き、それを調整・支配する技術である。

・ヨーガの実践は超能力を生むといわれてきた。
超能力の獲得を重視する傾向は古くからあるようで、たとえば『ヨーガ・スートラ』の約四分の一の量が、ヨーガの実践の結果としての超能力の説明にあてられている。
ヨーガ・スートラ自身が超能力を得た段階で満足してしまってはならないと忠告しているにもかかわらず、そんなにも多くのスートラを超能力の説明にあてたことは、ヨーガスートラが編纂された当時、すでに超能力に対する人気と欲求があったと考えざるをえない。

超能力得たら選民思想を持ちかねないから修行には邪魔。

真理を知ると幸せになれるって勘違いしちゃいけません。真理が醜悪だったら?
「陰謀論=真相の探究」をして支配の現実を知るだけじゃ幸せになれないよ。
それを元に現実を改善しないと無意味。選民思想的な優しい嘘を信じて自己肯定したいのかな。

スピリチュアルな神智学が元ネタのオウムも中核はキリスト教です。オウムを叩いている陰謀論者で、オウムの中核がバラモン教風キリスト教だと指摘している人を、あなたは何人ぐらいご存知でしょうか?

スピ系の人に、オウムの思想の中核は神智学の霊性進化論そのままであることを教えたりすると、なぜか、霊性進化論は存在するかしないかの話になることがあります。思想が悪用されていることは二の次のようです。在る無し論争をしてくるのは信者である証拠です


“日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
サーンキヤ学派
さーんきやがくは
Skhya
インド六派哲学の一つ。漢訳では数論(すろん)。サーンキヤとは、数または熟考を意味するサンキヤーsakhyから導かれ、25原理を数えて身心と世界を説明する、または真の自己に関する熟考の意味に解される。ヨーガ学派と密接な関係がある。伝説上この学派の開祖はカピラという。この思想の特色は、純粋の霊魂を世界や身心の諸要素から区別する二元論的思考と、諸原理の列挙にある。
(…)
 この学派の哲学は、世界の生成転変を説明するとともに、人間存在の分析を通して、解脱(げだつ)の可能性を示す。まず身心や世界は物質的な根本原因から展開し、またそのなかに解消する。根本原因プラクリティから覚(かく)が生じ、覚より我慢(がまん)が生じ、我慢より一方に意と五感器官と五行為器官が生じ、他方、五微細元素が生じ、それより五粗大元素(地水火風空)が生ずる。因であるプラクリティも果である23原理もともに同質であって、純質・激質・闇質(あんしつ)の3要素からなる。この3要素の作用によって、諸原理の展開(転変)と、自然界や身心の状態が説明される。一方この因果を超越し、単にプラクリティの所産たる身心を眺める独立の霊魂プルシャ(霊我)が各自に存在する。霊我が身心とは別であることを自覚することによって死後に完全な解脱を得ると説く。”
サーンキヤ学派(サーンキヤがくは)とは - コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A4%E5%AD%A6%E6%B4%BE-70504

“ヨーガ学派
ヨーガがくは
Yoga
インドの正統バラモン系統の哲学派の一つ。ヨーガの修行によって解脱に達することを教える学派。パタンジャリに帰せられる『ヨーガ・スートラ』を根本経典とする。この学派の思想には,仏教の影響もあり,形而上学説はサーンキヤ学派のものと概して同じであるが,一個の霊魂としての最高神を認める点を異にしている。
(…)
サーンキヤ学説と違うところは,サーンキヤ学説では区別されている統覚機能(ブッディ),自我意識(アハンカーラ),思考器官(マナス)を,一括して心(チッタcitta)と称することが多い点,また,サーンキヤ学説では認めない最高神(イーシュバラīśvara)を認める点にある。
(…)
『ヨーガ・スートラ』は、最初にヨーガを心の働きの停止と定義し、このときに観照者は真の霊魂プルシャ(霊我(れいが))の本性に安住するという。ついで心の働きを説明し、修行の方法を説くが、それはヨーガの八支にまとめられる。八支とは、禁戒、勧戒(かんかい)、坐法(ざほう)、呼吸の抑制、感官の制御、執持(しゅうじ)(集中)、静慮(じょうりょ)、三昧(さんまい)である。禁戒とは不殺生(ふせっしょう)、真実、不偸盗(ふちゅうとう)、貞潔、無所得の五戒。勧戒とは潔斎(けっさい)、満足、苦行、読誦(どくじゅ)、至上神への帰依(きえ)の五つ。これらを守って息を調え感官を制御し、心の集中、統一を行い、最後に、心の働きとは別な霊我の存在を知り、霊我の本性に安立することを解脱(げだつ)(独存)とする。”
ヨーガ学派(ヨーガがくは)とは - コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC%E5%AD%A6%E6%B4%BE-145922

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月31日
ぬこたさんは、最近アーリアン思想のアニメやラノベを解析するためにインドの宗教について調べてるけど、まさか検索するまでアートマン=息って知らなかったよ。アートマン=息だとすると、天人と混血しないと魔術使えない「魔術士オーフェン」というのが、アーリア思想だってよくわかるわ。

だって、ポピュラーな「音声魔術」ってアートマン=息という観念そのままでしょう?インド・イランの宗教には(仏教も含め)お経を声に出して唱えるってのがあるし(般若心経やヨーガにすらマントラってあるでそ?)そこがわかれば、本質がわかるのかも?

ほれ、魔術士オーフェンのWikiだhttp://mjk.ac/2LX9Es フォルテ・バッキンガムってロスチャイルドを連想したぞ?wwwドラゴン種族と混血しないと魔術使えないって、バイキングの竜座のα星の北極星信仰だろうな。まあ北欧神話だし、アーリア思想マンセーなのかも?

siki ‏@sipdstki 8月28日
「お前よりキツい奴って世の中に沢山いるよね なのに苦しい、 つらいとか言っちゃってるの?」 という意見には、 2000年以上前のインドで 「王族でも、 金持ちでも、 犯罪者でも、 誰でもつらいもんはつらい、 ええんやで……」と仏陀が完全論破してくれてるんやね……

Tamo2 ‏@samurajo 8月12日
チベット仏教の夢ヨーガでは夢の中で守り本尊イダムと一体化する。 夢の中でフーンの文字を心臓のチャクラに観想する。 夢の中で心臓のチャクラから光を発し体も含めてすべてをフーンの中に溶け込ませる。 最後はフーンの文字もすべて解体し、光明の中で空性を悟るのである。

うに ‏@unitkhs 9月1日
最近聞いたんだけど、何かに没頭していわゆる「気がついたら四時間経ってた」みたいな状態って肉体は実際にその四時間ぶん歳とってないらしいのね。だから趣味極めてる人や芸術家は若く見えるっていう話で、彼らは没頭する時間が長いからこそあれほど若々しい見た目を保っているんだそう。なるほどなあ

JUMPILIKEYOU ‏@jumpilikeyou
であれば不老長寿の妙薬は没頭だね

(瞑想に没頭したら長生きできそう。ヨーガの理論。
究極の不自然により、死という自然を克服する技術)


小川一水 ‏@ogawaissui 8時間8時間前
絶対一神教というものはすべての宗教の原型である「真の宗教」が存在するものであると措定してそれに触れようとするのだとか、コーランは神の手元に何言語でもない完全言語の完本があり、それがアラビア語で語られたことそのものが福音なのだとか。科学者の世界像追求みたいな考えがいちいち出てくる。

菊田裕樹@indivisible ‏@Hiroki_Kikuta 7時間7時間前
一神教の一神というのは自然から解離し世界の象徴の役目を果たしていない時点ですでにおかしい。世界の上位概念なのに人間になぞらえているなんていくらなんでも適当過ぎる

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 9月11日
ユダヤカバラでは「人間を 神に似せた」という箇所は 人間には神と同じ様に 自由意志を持つ存在、 つまりただ盲目的に上位者の 命令に盲従するロボットに ならないで欲しいという 神の思いが込められてるんだと。
となると、キリスト教というか 旧約の原罪とは何だったんだ という事になるわけだが…… ヘブライジョークは高度過ぎて よう分からんぜ!ww

まぁ、冗談は置いといて、 元ネタのバラモン教では 「人間」の定義は生物の ホモサピエンスの事を 指していない

ってか、SF作家やゲーム屋は インド哲学とか勉強しないの かねぇ……

厳密に言うと、バラモン教では 草も牛も「人間」なんだぜ?

あ、フェイド大帝の言うカバラは ムーの飛鳥カッバーラや、 黄金の夜明けメイザース カバラ の事じゃないぜ? ちゃんとヘブライ語で書かれた ユダヤ教のカバラの事だからな? パンツは履き違えても、 そこの所ははき違えるなよ?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 7月27日
ヨーロッパ人が勘違いしてるのは、
日本とヨーロッパでは「人間」の
定義が違うという事。

ヨーロッパの一般庶民の「人間」
は日本語では「皇族(ギリギリ公務員含む)。

ヨーロッパの「庶民」という
言葉は日本語では「私奴婢」と訳す
のが妥当。


村手 さとし ‏@mkmogura 2012年7月8日
@lanekota 今さら、やばいとか気にしないよ。つまり、すごい数なわけよ。例えば寺も、すでにキリスト傘下であって、愛語という言葉を全国の寺で使う。うちの寺もよく出てくる禅宗なのにね。これは無量寿経というなかの和顔軟語というのを、愛にむりやりすり替えたわけ。

村手 さとし ‏@mkmogura 2011年10月28日
まあ、ブログでも最後の方に書いたんだけど、高野山って真言宗の全てを焼き討ちした秀吉のお母さんの寺なんだよ。時代も何も、宗派も真言宗とは関係ないよ。空海=弘法大使ってことだが、そもそも弘法=仏教をつたえるえらい坊さんって形容詞でしょ?神や、アーリアと一緒同じ手法

木村 仁 ‏@mucunren 7月17日
命を攻撃する事は悪いことです。愛は何かを好んで可愛がるので、一見攻撃とは無関係で悪とは無縁に見えます。 しかし、普通の人が言う「愛」は大体執着による「渇愛」です。 渇愛ならば愛する者を失えば悲しみ、傷つけられれば怒り、恨みます。 つまり渇愛は攻撃などの苦と表裏一体なのです。

菊池 ‏@kikuchi_8 12月1日
1)仏教への西洋的神秘思想の混入を破すために仏教とグノーシス主義の違いを指摘する。グノーシスでは物質と精神の二元論で、物質は悪とされそこから文字通り脱却して純粋な霊の世界に至ることを目標とする。仏教では、渇愛とともに嫌悪も執着とされるので、物質を嫌悪し憎み悪と断じることはしない

y_hotta(桑名市) ‏@JR2ENQ 2011年2月11日
・・・この愛が仏教用語です。仏教では「一切苦悩を説くに愛を根本と為す」とあるように、愛は迷いや貪りの根源となる悪の心の働きをいいます。のどが渇いたときに水を欲しがるような本能的な欲望で、貪り執着する根本的な煩悩を指します。愛欲、愛着、渇愛などの熟語は、そのような意味を持っています

仏教ちょっと教えて - 仏教の「愛」について - Biglobe
http://www2s.biglobe.ne.jp/~posteios/PROJ_C023.htm

菊池 ‏@kikuchi_8 9月1日
まことにその通り。デモ信者の対話のできなさは宗教信者と酷似。ニューエイジはLSDで「神秘体験」。この三者本当に同じ範疇。引用:娯楽は支配層が用意する。デモも支配層が用意する。宗教も支配層が用意する。宗教とデモも麻薬であり、娯楽の一つhttp://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-101.html

神秘主義の究極目的は「非日常的意識状態を経験すること」と考える。この意識状態を引き起こすために、各種瞑想や激しい踊り、奇怪な密儀などが行われる。 薬物で変性意識状態を引き起こす事がこれに加わる。非日常的な意識状態に到達する事が目的なら、薬物に手を出す必然性は初めからある訳である。

日常からかけ離れた意識状態に大した価値はないのではないか?と疑問に思わない神秘主義者たち。「神秘体験」の主な問題点は二つ。
①異常体験下では正常な 判断能力思考能力が失われる事。泥酔したり、所謂「ラリる」状態と変わらない
②異常体験を経たことで「自分は特別な存在」という傲りが生じる事。

ニューエイジ文化が麻薬臭いのは、「神秘体験」という名の異常精神状態を体験したい、という衝動によるものと思われる。異常精神状態を惹起するには、瞑想 だろうが密儀だろうがイベントによる集団催眠だろうが薬物だろうが代わりはない、と。ニューエイジの気持ち悪さは異常体験志向に由ると思われる


ニューエイジ批判をすると、逆五芒星=逆ペンタグラム(バフォメットの象徴とされる)を掲げるニューエイジャーからキチガイ呼ばわりされた事があったが、 文字通りキ○ガイな意識状態を到達目標とするニューエイジャーがそれを言うのはツッコミどころがありすぎて、逆に返す言葉を選ぶのが大変だ(笑)

「ニューエイジは仏教の影響を受けた」というが「仏教を曲解した」が正解。感情や欲望を調整して平静な意識状態を保つ事を目指すのが仏教。神秘主義は自我 と究極実在の合一を目指すものだが、仏教は「無我」「空」が基本なので、実体としての自我も究極実在も否定。前提条件からして神秘主義と相違。

「神秘主義は自我と究極実在の合一を目指すもの」と書いたが、これは自我=アートマンと宇宙の究極原理ブラフマンの合一を説くバラモン教の「梵我一如」思 想が典型。これを否定する所から始まった仏教が神秘主義のはずがない。最初から「実体」を認めないのだから「実体」間の合一を説く道理がない。


西洋神秘主義の基盤には「一者」との合一を説く新プラトン主義があると思うが、この新プラトン主義は基本的にバラモン教の梵我一如思想と同質である。違い は、自我と究極原理との間に段階を置いているか否かだけである。新プラトン主義では一者・ヌース・プシュケー・ヒューレーの四段階が想定される。

1960年代にヒッピーたちが禅に傾倒して日本に参禅に来たことがあるそうだ。だが、禅は「平常心是道」とか「正念相続」とか言うようにあくまで平常な日 常のあり方を重んじる、神秘主義とは無縁なもの。ヒッピーは禅を神秘主義と紹介した神智学協会員でもある鈴木大拙の影響を受けていたと思われる

菊池 ‏@kikuchi_8 8月13日
神秘主義の特徴
①なんらかの非日常的な意識状態をもって到達目標とする
②そのためには自我なり魂と、何らかの究極に実在(「一者」「宇宙意識」)などとの「合一」を強調する
③その意識状態に到達する為の何らかの儀式・イニシエーションが設定される
(これは狭義の儀式に限らず音楽ライブ等も含む)


西洋の神秘主義の流れがサブカルチャーという装いでかなり浸透していると思われる。その証拠に本来は既存文化への「対抗文化」のはずが、「普通の人」の文化扱いになっている。ここに日本独特の問題がある。つまり元々キリスト教社会ではない日本には西洋神秘主義が侵入しやすい。大本教や鞍馬寺が例。

日本の思想国防上の課題は現地の伝統に組み付いて換骨奪胎して侵入を図ってくる西洋神秘主義の基本的思想フレームを明確に把握し、日本の伝統思想との違いを明確に認識し、伝統思想やポップな文化の装いで入り込んでくる思想ウィルスを見抜いて摘出する事であろう。これは明治から一貫した課題である。

例として仏教と神秘主義の相違点を挙げる。仏教に置いては意識外に設定される究極実在と合一する、という思想パターンではなく、あくまで現実の心を調整し、貪欲や瞋恚などの強い負の情念を自制し取り除く、という事に重点が置かれる。縁起=無実体=空が基本であり、従って究極実在は設定されない。

伝統思想と神秘主義を見分ける際の一つの指標になるのが、この「実体」「究極の実在」を想定するか否かという点。仏教に限らず日本の伝統的霊魂観では魂が増減する=気の固まり、みたいな非実体的イメージで捉えられている。支那の現象主義=気一元論と相性がよい。禅=神秘主義とした鈴木大拙は誤り


日本の伝統思想とキリスト教の違いは一見明らかだが、神秘主義との違いは結構詰めて検証しないと見えにくい。だからキリスト教徒は人口の1%に満たないのに、神秘主義はかなり広範囲に影響している。もっともキリスト教・一神教と神秘主義は究極実在を設定する同根の思想。偽装を施して一神教も侵入

「神秘主義はかなり広範囲に影響している」と書いたが具体例を挙げる。浄土真宗僧侶藤無染が神智学の影響を受け折口信夫に影響、鈴木大拙が禅を神秘主義扱いしスウェーデンボルグを紹介、同じくボルグに影響を受けた出口王仁三郎の教義がスピ界隈に広く浸透、歴史ある鞍馬寺が神智学に宗旨替え、等。

菊池 ‏@kikuchi_8 2012年5月9日
5)空思想はありのままの現象界にそのまま「不二」を見るが、神秘主義は「二を一にする」という作為を経なければ一なる真理にたどり着けないとする。たとえば禅は日常の行住坐臥に真理を現すが、神秘主義では非日常の神秘体験に真理を見ようとする。

菊池 ‏@kikuchi_8 2014年12月29日
神秘主義者は平常心に価値を見出さず異常な体験を求める。「神との合一」と言うが要するに非日常的な異常体験のこと。神秘主義者がLSDなどの薬物に手を出すのも彼らの異常体験志向のなせる業。これは単なる意識状態の変容で「神との合一」ではない。CIA協力者のティモシー・リアリーなどが典型

serenityandpassion ‏@raisincream 9月2日
@kikuchi_8 @wolvesknow 今幸福の科学で活動している人がアマゾンの秘境で神秘体験をしたそうですが、結局”ハーブ”でらりって幻覚症状を体験しただけみたい。所詮薬物を使用した精神的な支配なのかも

菊池 ‏@kikuchi_8 9月2日
@raisincream @wolvesknow ご返信ありがとうございます。恐らくそうだと思います。南米にアヤワスカってありますね。CIAに協力していたらしいティモシー・リアリーがLSDを神秘主義に導入してから、薬物と神秘主義というのは切っても切れない関係になっているようです。

serenityandpassion ‏@raisincream 9月2日
@kikuchi_8 @wolvesknow 本人は特別に頂いたその貴重な”ハーブ”で浄化されたと思い込んでいるという、非常に怖い実例ですよ。その流れで、ハワイ支部でも、夜な夜な偽装右派(?)エルカンターレ流の”ハーブ”で幻覚を楽しんでいても全く不思議じゃありませんね。

菊池 ‏@kikuchi_8 9月2日
@raisincream @wolvesknow そう思います。ついさっき書きましたが、「神秘体験」の問題点は、それを経験したことで傲りが生じ「自分は特別な人間」と言う思い込みが生じる事だと思います。カルトはその思い込みを利用して精神支配を強化するのだと思います。

菊池 ‏@kikuchi_8 2014年7月19日
西洋オカルト・一神教勢力は日本文化にとり憑くな、日本文化の内部破壊工作はいい加減にしろ、と言いたい。神智学協会のヘンリー・オルコット大佐はスリランカの上座部仏教を顕彰したがこれなども伝来の文化に憑りつく典型例である。仏教は神智学協会が好きな神秘主義ではない。

菊池 ‏@kikuchi_8 2014年9月14日
3)道義に反する命令を下す宗教指導者は全員詐欺師でありイカサマ師であり場合によっては工作員である。そのようなものには一切従う必要はない。信仰は悪を成してもいい理由にはならないのだ。この点道義や真理そのものを「法」(ダルマ)として信奉する仏教は合理的体系を備えている

菊池 ‏@kikuchi_8 9月29日
仏教の要点は「執着を増す程苦しみが増す」であり、執着の発生過程は①感官と対象の接触②そこで生じる感受④感受より生じる「快」「不快」の感情➄「苦」を避けるには執着と執着の原因である感覚と表象に気をつけよ、という事であろう。この勘所を押えておけば後世の複雑な仏教の展開に迷わされない。

「執着の原因である感覚と表象」と書いたが、感覚は眼耳鼻舌身の五識=五感であり、表象は第六意識=認識作用が思い浮かべるイメージや概念を指した。仏教の認識論では五感のみならず意識が対象を表象として思い浮かべる事も感官と対象の接触と捉えた。後者は言葉を伴う。この六つが執着の因となる。

原始仏教は現実の観察に基づいた非常にシンプルな発想であり、後世仏教が発展あるいは堕落するにつれて、大きな変貌を遂げていくが、前記の事を踏まえていればセーフ、踏まえていなければアウト、であろう。もう一つの指標は形而上学的実体観を持ち込んでいるか否かである。この基準で鑑識できるはず。

スッタニパータ1086 (ブッダが答えた)、「ヘーマカよ。この世において見たり聞いたり考えたり識別した快美な事物に対する欲望や貪りを除き去ることが、不滅のニルヴァーナの境地である。」※「見る」「聞く」「考える」も識別作用。つまり何かを認識することから快・不快を感じ執着が生まれる。

要は原始仏教では「認識した」ことに自覚的であり、気を付けていて、執着しすぎないように注意せよ、と言っているのだと解釈した。これは「宗教」というより心を平静に保つ一つの技法と言える。原始仏教は現実の観察に基づく実践哲学であって「宗教」とはかなり異なっているようだ。現代人向きである。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 8月20日
型月の武内ってガンガンで 漫画描いてたんだな。 スクエニ系ね。 大高忍もガンガン出身だったな。

スクエニというと、筆頭株主の 創業者が二人共あやしい人物だなw インド放浪って何だよ?w ジョブズかテメーはww ちなみにエニックスは フェニックスが語源らしい。

フェニックスと言うと 手塚の火の鳥や角川の ロゴが思い付くが、 インドではイラン系というか ペルシャ系というか、アーリア人の 拝火教でしか使わん。

アグニホートリってやつね。 釈迦がカッサパ兄弟を改宗させた 時に連中が信仰してた
やつ。

これね。 pic.twitter.com/WEVo3YkqQ3

[鳥型の祭壇。
vedic ritual で検索すると出る画像。
インド・イラン系宗教の情報は日本語ではあまり出ません


Rekindling a vedic fire ritual
http://timesofindia.indiatimes.com/life-style/Rekindling-a-vedic-fire-ritual/articleshow/7352633.cms

業務連絡 ‏@altindoarisch 6月2日
ヴェーダではそんな惨いことはしなーい!と言いたいのでは全くなくて,アグニチャヤナAgnicayana祭(大規模ソーマ祭の一種)では,人間の頭部を,鳥の形に煉瓦を積み上げた火壇の下に埋めることになっています

業務連絡 ‏@altindoarisch 2014年11月30日
Athiraathram - The Ritual of Fire - Reperformed: https://www.youtube.com/watch?v=f1vF-WUoIj0&feature=youtu.be

2006年にインド,ケーララ州で行われた大規模ソーマ祭,Agnicayana祭の紹介。"5000 year old ancient hindu ritual of fire" とありますが,この設定も古すぎると思います。整備され始めたのは,紀元前1000年頃でしょう。

https://en.wikipedia.org/wiki/Agnicayana

A collection of Agnicayana fire altar ritual implements
http://masterpieces.asemus.museum/masterpiece/detail.nhn?objectId=10627

Trisoor- The point where Science and Spirituality meets
https://moonwrites.wordpress.com/2011/04/12/trisoor-the-point-where-science-and-spirituality-meets/

Altar of Fire documentary full 1975 Dr. Frits Staal - Harvard University
https://www.youtube.com/watch?v=UnbqnMhbB44]

明治時代のイギリス人神道研究家 の話だと八咫烏のルーツも これじゃないか?と推察している。 トルコの方でもやってたそうだ。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 8月20日
@FeydoTaitei 大帝おひさしぶりです。まじですかwwwスクエニのアーリア思想の傾斜っぷりはこいつのせいだったんですね。それは知らなかった!

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 8月20日
@lakudagoya 福嶋ナントカってオッサン。 フォーブスでは豊田章一郎より ランキングが上だった……

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 8月20日
@FeydoTaitei へええ!フォーブスより豊田章一郎より上とは。興味深いですね。あ、お話変わりますけど、ぶっちゃけカバラを勉強するのにタルムードの理解ってどれくらい必要なんですか?まさかゲマラがわからないと詰むってことはないんですか?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 8月20日
@lakudagoya カバラはタルムード余り 使ってない印象ですね。 少なくとも最初の方は。 タルムード自体はゲマラないと 分からんと思いますよ。 注釈が重要なので。ユダヤ系は。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 8月20日
@FeydoTaitei ありがとうございます。カバラはあまりタルムード使ってないのですね。それは知りませんでした。日本語訳のタルムードを読んだ感じだとユダヤ系ってやたらと穢れなどにこだわるところってある意味アーリア系の影響をたくさん受けてそうで。ペルシアの通貨出てるので露骨に

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 8月20日
@lakudagoya まぁ…あの辺ペルシャ帝国領 でしたし…… 影響あっても不思議じゃないですね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 8月20日
@FeydoTaitei ですね。この穢れにこだわるとことりあげて神道に似てる(笑)とか言う人いるんでしょうけど、インドやイランを無視してそりゃないわと思いました。わざわざありがとうでした。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 8月20日
西洋人の学者の言う トルコ(アナトリア)の八咫烏。 コインの図柄ね。 ケルトのトリスケリオンが 元ネタではないかとか…… http://www.academia.edu/444355/Three-Legged_Animals_in_Mythology_and_Folklore … pic.twitter.com/C4aEfjZMbN

[Fig. 4c: a coin of Lycia
Three-Legged Animals in Mythology and Folklore
http://www.academia.edu/444355/Three-Legged_Animals_in_Mythology_and_Folklore]

ZIMBA ‏@zimba_1213 2013年11月2日
藍綬褒章で調べると、ゲーム会社創業者は受賞歴あるな 上月景正(コナミ)、中村雅哉(バンナム)、福嶋康博(スクエニ)、辻本憲三(カプコン)

mr ‏@rogers_otto 2月27日
タイトーってイスラエル人が作った会社だったのか・・・。そしていつの間にかスクエニ傘下に。>タイトー創業者親族、相続税110億円滞納 海外財産分(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150227-00000056-asahi-soci …

♬カネゴン♬•*¨*•.¸¸♪ ‏@kanegon3724 2013年7月1日
以外と知られてない関係 ガンホー創業者の孫泰蔵の兄は孫正義(ソフトバンク社長)。ついでにホリエモンと中学、高校が同級生

相沢良美 ‏@aizawa69 2013年5月9日
孫正義・泰蔵による兄弟ビリオネア誕生: SNSゲーム企業ガンホー・オンライン・エンターテイメント創業者の孫泰蔵会長(40)の資産がついに、33億ドル(約3260億円)に達した。泰蔵氏は、ソフトバンク社長の孫正義氏(55)... http://bit.ly/173ZNB2


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 8月20日
ハリー・ポッターの思想の源流を調べるために「マヌ法典」を読んだんだ。マヌ法典には、理想的なバラモンの生き方として「学習期・家住期・林住期・遊行期」という4つの区分があるんだけど、魔法族がホグワーツに通うのはバラモンのヴェーダ「学習期」に相当するのか?よくわからないよ。

「マヌ法典」には、ヴェーダを学習しないバラモンはダメみたいな記述があるんだけど、魔法族の子供がホグワーツでないと一人前じゃないという記述はこのバ ラモンの義務であるヴェーダの学習に相当するのかなぁ?アーリア系の思想を持つ結社製ファンタジーはよくわからんのよね。

おっと、「マヌ法典」といったらカースト制度の差別の種本でもあるんだけど、ハリー・ポッターの魔法族とマグルっていう思想だってこの「マヌ法典」だろう よ。アニメ「マギ」の場合はあれはむしろプラトニズムなんだよね。どっちかといえばゾロアスターやストア派だろうね。インドよりもっと西より。

そういえば、和風耶蘇教ではやたらと先祖崇拝を仏教とかいって強調するけど、先祖崇拝って儒教だとみんな思ってるけど「マヌ法典」を読んだらバラモン教の 影響も相当にあるんじゃね?イランのゾロアスターのノウルーズだってインドの文化と表裏一体かもよ?和風耶蘇教ってなんでこうもインドくせーの?


※画像はツイッター検索などで原典を見てください。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年11月26日
信長の宝具ね。 三千世界ってヤツ #FateGO #FGO pic.twitter.com/TUx4w3BWYa

キリスト教を公認して、延暦寺を焼き討ちしたやつの「三千世界」。仏教肯定文脈ではなく、仏教否定文脈だから大本教の「三千世界」。
ワンピースのゾロみたいに鬼とセットなら大本教


ねこた@白旗上げました ‏@lakudagoya 2015年11月26日
@FeydoTaitei 三千大千世界ですか~これって法華経のうちゅー論とかかわりがあったりしませんか?法華経にはガンジスの砂の数ほど世界が存在してるとかなんとか。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年11月26日
@lakudagoya インド系の数字って結構 テキトーに決めてますからねぇ…… まぁ、史実では信長が実際に あそこまで種子島沢山集められた か、疑問視されてるみたいですし。

ねこた@白旗上げました ‏@lakudagoya 2015年11月26日
@FeydoTaitei へえ、インド系の数字適当なんですか。カルパという単位スゲーとか思ってたのですが、うちの親父は馬鹿なのでこれは瞑想してわかった事実だ!とのたまいますwインドは歴史はあまり重視しないんですよね、たしか。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年11月26日
@lakudagoya 基本ソーマ引っ掛けて ラリって書いた文章ですからねw

@lakudagoya このソーマ、レシピが失われてる らしいんですが、一般的には 麻黄(エフェドラ)だと言われてる んですよねぇ。 ウパニシャッドにはイチジクって 書いてありましたけど…… 茎を潰すと牛乳みたいな物が 出ると書いてあるので
イチジク系のボダイジュ だと思うんですよねぇ……
インドボダイジュと ベンガルボダイジュの汁は 啜った事ありますが、てんとう虫 の臭い汁みたいな感じで あまり美味くはないですね……w

ねこた@白旗上げました ‏@lakudagoya 2015年11月26日
@FeydoTaitei あははw流石大帝。あっ、エゼキエルやエノクもこういったアーリアちゃんのソーマとかハオマでトリップするヤキインディアンに憧れるヒッピーみたいなノリでやってたんだろうか?wユダヤって意外にフラワーチルドレンだなーとw

@FeydoTaitei しかし、古代のバラモンというかインド人もですけど、何でこいつら肉体で地上で暮らすのが嫌いなのか?やたらと瞑想とかヤクでトリップしたがるこの感性、やっぱこいつら人間じゃなくてうちゅー人ではないだろうか?と思いますけどどうでしょうか?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年11月26日
@lakudagoya インド人は肉体は「人間」 じゃないんですよ。 あくまで本体は「霊魂」。 ホモサピエンスの猿に この「霊魂」が一時的に 乗り移ってるって認識なんです

@lakudagoya ダイ大ですけど、 ミストバーンと同じコンセプトw pic.twitter.com/4LbFn81EFs
(ミストバーンは「DRAGON QUEST -ダイの大冒険-」のキャラ)

ねこた@白旗上げました ‏@lakudagoya 2015年11月26日
@FeydoTaitei あ、どうもです~バーン様かっこいいですね。高いほうのウパニシャッド、県立図書館に買ってもらうように申請しますかね。ハリー・ポッターのヴォルデモートもウパニシャッド哲学好きそうですしねw ウパニシャッドには世界の秘密が書いてありそうかも!?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年11月26日
@lakudagoya キリスト教でもハトが 乗り移るからそうなんじゃない ですかね?w
@lakudagoya FF13のサッズの頭の中に チョコボが住んでるのも オマージュだと思うんですけどねぇw pic.twitter.com/KKADoPfxUi

ねこた@白旗上げました ‏@lakudagoya 2015年11月26日
@FeydoTaitei ほうほう、素晴らしい絵画をありがとうございます。そう考えるとアニメ「マギ」のルフ(ヘブライ語でるあく?)が鳥さんなのも意味があるって事ですよね~神のヒュポスタシスってなんなんでしょうか?w

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年11月27日
fategoの信長の再臨素材の 黄金髑髏ってもちろんアレの 事だよね?w #FGO #FateGO pic.twitter.com/0mjC8FBoV4

@lakudagoya リプ遅くなってスミマセン。
三位一体とかのヨタ話はインド 哲学よりも道教の「神、気、精」 の理論で考えた方が分かりやすい かと。
まぁ、道教の哲学的な所は 元はバラモン教文化だと 思ってますけどw

(knznymmmy ‏@knznymmmy 5 時間5 時間前
練精化気
練気化神
練神還虚
虚至神霊・・・だな。
とうぜん
太極→少林拳→インドとつながる
タイチーとシャオリンってつながるんだよ
一般の中国拳法の人はむしろ
対立概念だとすら思い込んでるけど
それは嘘
共産党政府が垂れ流したウソを
福昌堂と松田隆智がホイホイ信じただけ)

@lakudagoya
神=ブラフマー=アートマン=現代の 自我。

精=キリスト教の子=人間=現代の 肉体・ホモサピエンス

気=プラーナ=キリスト教の聖霊
=「神」と「精」を繋ぐ媒体=
現代で言うネットとPCを繋ぐ LANケーブルみたいな物

インド人の自我ってのは 肉体の外から乗り移って やってくる物という認識がある様 です。
どこから?というと、ブラフマン からなんですが、肉体の内側 じゃない事が重要。
ブラフマーじゃなくて ブラフマン
でしたね。訂正。

で、どういう形でやってくるの?
というと「呼吸する息の形で」 なんですね。
目が見えなくても死なないけど 息を止めたら死ぬという事で、
息こそが生命の本質
と考えた わけですね。

重要なのは、「自我=アートマン= 霊魂」ってのは「息」そのもの ではないんです。
「息」はあくまで乗り物の 媒介物であって、中身は ないんです。
LANケーブルはただの電線です けど、情報そのものである データはケーブルとは別 という感じですね。

じゃ、「データ」に相当する物、 つまり人間の「霊魂」の事ですが、 は何か?というと、 バラモン教では「言葉」なんですね。
ねこたさんの好きなギリ哲や キリスト教神学でいう「ロゴス」
ってやつですね。

これはなぜそうかと言うと、
人間の思考ってのは「言葉=言語」 で表現するわけです。
だから、言葉をまだ覚えてない 赤ちゃんの時の記憶って「表現」 出来ないんですね。
「言葉」も「意味」もまだ 確立されてないわけですから。

ウパニシャッドで父親が息子に 乗り移る事が可能だって 書いてあるんですね。
父親の本質=父親本人のアートマン
自我ですから、それは何で出来てる かと言うと「言葉」で出来てる わけです。

で、「言葉」ってのは「息」 を媒体とするので、「口伝」が 重視される様になってくるんですね。 「文字」は媒体の紙とか パピルスが劣化=つまり不老不死 ではない、その上、息子がその 知識を吸収する時は「視覚」、 つまり目で見て覚えるわけです。

これがバラモン教ではNGだって 事はもう分かりますよね?w
「目」は生命の本質ではない わけですから。
だから、結果的に東大生の 好きな「暗記力」がバラモン教 では重要な位置を占める
様に なってくるわけです。

こっからは画像で説明します。 エジプトのカー、キリスト教の 鳩ポッポのご先祖様と考えても いいでしょうw pic.twitter.com/WGblMcWuet

マギのルフが鳥である理由でしょうね。マギの原案を考えているのは間違いなく大学者。作画している人ではありませんね

で、このカーや聖霊と似たような 役割を果たしてるのがエジプトの 「アンク」。生命の本質だとか 言われてるやつですねw
アクエンアテン時代では アテン神=ブラフマンが ファラオの鼻の中に 突っ込んでます
w pic.twitter.com/txj9J5p4i8

マギのイル・イラー=アテン=ブラフマン?

多分、この「アンク」は先程の 「カー」や「鳩ポッポ」の 略図でしょう
ブレイク作のルシファー君も 右手に意味深な物握ってますねw
占星術マニアは「金星」だとか 言うでしょうけどもw pic.twitter.com/DVcay5w4hX

(スウェーデンボルグに影響されたブレイクは間違いなく結社員)

日本の鳥居?みたいなアンク図。 天辺の丸の中に八咫烏さん らしきなのがいますねw pic.twitter.com/GK436XngJX

ヤタガラス=太陽=ニワトリ

コアなんですかコレ? 普通にウパニシャッドとか 読んでれば、そういう解釈に ならない?と思いました。
もちろんフェイド大帝の一解釈 なんで、これが絶対に正しい とは言いませんけど。

ねこた@白旗上げました ‏@lakudagoya 2015年11月27日
大帝の聖霊論凄くわかりやすかった!インド哲学の暗躍度半端ねぇ! ドルイド教の口伝の文化ってインド・イランなんですねぇ ああ、これで欧州貴族がインド哲学に執着する理由がよくわかったぜ! 大帝、本当に画像つきでありがとうございました!

ドルイド教とインド哲学の共通点はわかった。 不思議なのはさ、インド人の理想の人生は四住期と言って、最後は出家してヒマラヤに篭って修行するのが理想ってのがわかんないんだ。 で、インドではリシというかシッダマスターを探してヒマラヤの山中で行方不明になる人までいるとかw

ドルイド教に関しては情報は口伝で基本的に内部情報ってのないからな、ギリシャ・ローマ人が外側から観察したものだけが唯一のドルイド教情報なのだ。 もう俺さ、陰謀論やめたけど、基本的にあのひとたちの集団って口伝が重要視されてんじゃね?と思うわけよ。ヨーガでも口伝で伝授するしさ。

まあ、俺はそろそろバイバイキーンするからもうこだわんないけどなw ずっとインド・イランからケルトにかけてユーラシア大陸を横断するアーリア文化ってのに凄く気になってる部分はあるわけだよね。インドもイランもケルトも基本的に文献読んでみりゃわかるが史料が圧倒的に足りないw

ねこた@白旗上げました ‏@lakudagoya 2015年11月27日
@FeydoTaitei 本当に今まで色々な思想に触れ、色々な作品を読んで何か腑に落ちない部分があったのですよ。で、その一番の中核がインド哲学=ウパニシャッド哲学ってわかりましたから、これは本当にありがたかったんです。本当に嬉しくて感謝してもしきれません。

@FeydoTaitei コアというか、普通に耶蘇教世界の人たちが嫌がるネタでしょう。だからこそウパニシャッドの高いほうなんて普及してないですし、こういう大事な部分はネットで暴露すらされない。これでドルイド教と欧州貴族の精神文化がインド哲学にあると理解できました。感謝です!

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年11月26日
@lakudagoya まぁ、多分アレクサンドリアに なんかあるんでしょうね。
パウロ君の使徒行伝にも パウロが伝道する以前に アポロンとか言うのが既に 広めていたみたいですし。
パウロ自身もあっちの方の地域 の話ってあまり語らないんです よねw 当時の大都市だったのにww
アポロンじゃなくてアポロ
みたいですね。ややこしいw

キリスト教神学の本読んだ 感じですと神学者達自体は 余り気にしてる感じは なさそうでしたけど。 アウグスティヌスやアクィナスとか 古臭いと思ってるみたいですしw 韓国とかアジアは分かりません けど、欧米の現代の神学者達は 結構柔軟な人多い印象ですけど。
むしろ、佐藤優の影響も あると思いますけど、 カール・バルトみたいな 古臭い物をゴリ推しする方が ヤバイと思ってますけどね。 教養としてバルトを知っておく のは別にいいと思いますけど。

ねこた@白旗上げました ‏@lakudagoya 2015年11月27日
@FeydoTaitei おお、そうなんですか。ああ耶蘇教世界が嫌がるというと神学者ではなくて石屋さんでは?という意味で。石屋さんは19世紀後半から結構ウパニシャッド好きだったみたいですけど、もしこの部分が暴露されたら困るって発想になりませんか?インドのアンギラスみたいに。

ねこた@白旗上げました ‏@lakudagoya 2015年11月27日
@FeydoTaitei こん前ですね、古代ローマの宗教史の本読んでたのですけど、その時代のパピルスはエジプトのお金持ちでも貴重品だったのに、テント職人のパウロ君が書簡出しまくるって厨二設定に見えましてwアレクサンドリアに言及しないパウロ君の摩訶不思議アドベンチャーなのでふw

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年11月27日
聖書学者が言うには、あれ テント職人って言ってますけど、
実際は流通、販売、商社みたい な事もやってたみたいですね。
結構金を稼いでて、寄付金以外の 重要な資金源だったのではないか
と言われてるみたいです。

ねこた@白旗上げました ‏@lakudagoya 2015年11月27日
@FeydoTaitei へえ、そうなんですか~。知らなかったです。聖書学の世界は面白いですね。そういえば、イエスの親父の職業の大工ってのも実は誤訳で学者という説もあると聞いたことあります。アレクサンドリアに穀物倉庫持ってたユダヤ人みたいですねパウロ君は。

本当の一番のタブーはウパニシャッドだったでござる! みんあも高いほうのウパニシャッドに触れて世界の秘密を覗き込もうぜ?


ねこた@白旗上げました ‏@lakudagoya 2015年11月26日
佐藤優もおすすめの原典訳のウパニシャッド。 おいらはハリー・ポッターのヴォルデモートとか、FF14に出てくるFF3の魔王を理解するためにも是非欲しいのだけど、県立図書館に買ってとお願いしに行くのに2000円以上かかるでござる。


ジョジョ=インドのヨガの奥義を伝える漫画の分析。
画像は
https://twitter.com/FeydoTaitei/status/609596690237034496
でどうぞ。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月13日
もう一つネタを投下してやろう。 アニメで話題のジョジョのDIOについてだ。

DIOと言うと本当は第一部の 耳の三つのホクロの方が重要だ このホクロ、美内すずえのアマテラス の魔女の首筋にもあるし、 最近では大高忍のマギのアルバや まどマギのキュウベェにも三つの ホクロの謎がある pic.twitter.com/HVY9rCra0Q

三つのほくろってもしかしたら、「本物の結社員」と「結社員のふりをしている偽物」を区別するためのサイン?

ただ、ホクロの話はヤバすぎるので ここまでにしとく。 DIOに戻るが、こいつのスタンドの 能力は既知の通り「時を止める」だ。


実はジョジョ第一部をよく読んで 頂ければ、当時の荒木はインドの ヨーガ哲学からアイデアを得ていた 事が分かる。 波紋のメカニズムをツェペリが説明 する場面でインドでの修行の話が 出てくる。

この波紋、発動させるとき「ビート」 という単語を荒木は採用
している。 pic.twitter.com/H9GA9lFwo9

この「ビート」、心臓の鼓動の 事を指すが、音楽用語でもある。 作曲における時間(拍子)の単位の事だ。 一般的には荒木がロックのファンだから という事でこの語を使用したと言われている。

第三部のDIO戦で承太郎がDIOに 心臓の鼓動を聴かれないために、 スタンドで心臓を止める場面がある。 pic.twitter.com/CVdgFviwzs

ところでDIOは吸血鬼である。 従って、作中では寿命に因る「死」 から解放された元人間である。 DIOが「時間を止める」事に執着する 理由も、インド哲学の異常な「時間」 と「不老不死」に対する拘りから 来たのだろう。

心臓の話に戻るが、インドのヨーガ では時間の細かな測定は呼吸のリズムや 脈拍で測る。 そして、呼吸や脈拍をコントロール する事はつまり、 「時間のコントロール」 する事でもある。

実は、呼吸を止める事によって 時間を止める描写は同じジャンプ 漫画家の鳥山明も採用している。 ドラゴンボールのグルド
だ。 pic.twitter.com/UHslOjYK7F

承太郎は「時を止める」強敵のDIO を、この心臓を止める技でピンチを 脱出している。 つまり脈拍=ビートのコントロール (つまり第一部の波紋の理論に荒木が 実は忠実だった事が分かる) が如何に重要であるかが分かる。

纏めると、鳥山と荒木には 共通するヨーガ哲学思想がある。 両者同士の交流で意見交換したか、 ジャンプ編集部(つまり相賀家の介入) の入れ知恵の可能性が指摘される。

そう言った意味では、ジョジョは ただの娯楽漫画などではなく、 ヨーガの秘伝も伝えている作品になる。 元は「時間と寿命を超越したい」 バラモン教の思想から出発
している。 こういった事に注意しながら DIO戦を視聴頂ければ更に アニメを楽しめるだろう。

ジョジョの作者が若々しいのは、呼吸法と輸血のおかげでしょうね

U ‏@wayofthewind 9月12日
同じ系列の結社から、元ネタを得ているんでしょうね、売れっ子漫画家や編集者は。

ジョジョの呼吸法はインドのヨガやチベット密教で、スタンドは守護霊とか人智学のオカルトそのまんま


@feydotaitei

漫画、アニメ、ゲームといった媒体では、予言めいたリークがわりとよく見受けられる。 これらのクリエイターは結社に所属していて、そこから情報を授かっているのかも? http://twitter.com/search?q=wayofthewind%E3%80%80%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%80%80%E7%B5%90%E7%A4%BE&s=typd&.x=3&.y=22 …

U ‏@wayofthewind 2014年6月17日
結社員の階級の見分け方は、与えられている情報の質ですね。手塚治虫、小松左京
石ノ森章太郎、藤子不二雄あたりは、クリエイターとしては上位でしょう。それ以上の階級になると、最初から表には出てこないでしょうね。血筋と教育も重要になってきそうです。
 @lanekota

ろたす ‏@Lotus2_331 6月14日
大切なのは認識すること、できて当然と思う精神力 エンヤ婆いいこというな、これ大事よね

名無しのゴンベエ 求職中 ‏@774nogonbee 6月18日
DIO様の時止めの時間長くするためにエンヤ婆が言ってた出来て当然と思う、認識することが大事っての何事にも通じるよね

りょーさん ‏@xxxrxyxoxxx 2月21日
@yukariiixwb @0chihide0 できて当然と認識することがスタンド能力を操るコツだってエンヤ婆が言っていた!

「できて当然」という認識の技は結社から教わったのかな?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 7月29日
奈良の大仏時代の菩提僊那という
バラモン僧が重要そう。
コイツが華厳経とインド呪術を
日本に齎したらしい


聖武の娘の孝謙天皇という 女の天皇がかなり怪しい。 こいつは重祚して称徳天皇、所謂 道鏡事件の時の天皇。 この女の怪しい所は、自分に反抗した 連中に呪いのあだ名を付けたり、 百万塔陀羅尼みたいな密教系の呪術が 大好きな所。

陀羅尼ってのはいわゆる「真言」って やつなんだ。 マントラってやつね。 だけど密教系は空海の遣唐使帰還後に 入ってくるはずなんだ。 孝謙の寵愛してた道鏡は法相宗。 西遊記の三蔵法師の玄奘が興した やつで、これはガチ哲学系なんだ。 呪術とかやらない。

となると孝謙がどこでタントラ仏教呪術 を学んだかが肝になって来るんだが、 そこで怪しいのが菩提僊那という事に なってくる。 菩提僊那の持って来た華厳経ってのは 一番カバラ思想に近くて、ネオプラトニズム に近い教義なんだ。 成立時期もカバラと重なる


しかも孝謙は法華寺という寺と 関係あるし、母親は藤原家の光明子。 名前もイルミちっくだろう?w 法華経の天台宗と華厳経の華厳宗ってのは セットの仏教だから(本場の中国でって 意味だぞ?)、最澄の遣唐使からってのは また怪しい話になる。

呪術家の卑弥呼に、呪術好きの 聖徳太子。称徳天皇(孝謙ね)は 読み方も一緒
だw この天皇娘にはもっと秘密が ありそうだw

王王大栄 ‏@ououdaiei
@FeydoTaitei @kitsuchitsuchi  道教は雑密の「如意輪法」を修得していたとか。役行者は孔雀明王法。東大寺の2月堂は十一面観音菩薩悔過法の法要をする。雑多な呪法はすでに多く入っていた

雅楽ネタbot ‏@Gagakutopics 7月30日
菩提僊那(南インド出身の僧)
仏哲(ベトナム出身の僧)天平八年(736)来日。天平勝宝四年(752)東大寺大仏開眼会で、菩提僊那は開眼導師を勤める。二人は林邑八楽(りんゆうやがく)の「胡飲酒」「迦陵頻」「万秋楽」「安摩」「陪臚」「抜頭」「蘭陵王」「菩薩」を伝える。

仏像紹介BOT ‏@butsuzobot 7月20日
【東大寺大仏開眼供養会】開眼供養参列者は以下。
開眼:菩提僊那(インド)
講師:大安寺隆尊律師
読師:元興寺延福法師
参列者:聖武上皇、光明皇太后、孝謙天皇、藤原仲麻呂、李密翳(ペルシャ)、仏哲(ベトナム)、胡人(トルキスタン)pic.twitter.com/5kUjlsJAaX

源統隱士 休齋 ‏@minamoto33 2012年8月6日
菩提僊那(ボディセーナ、ボォディヒセンナ)。 http://wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/428145/%95%EC%92%F1%99A%93%DF/?guid=ON&vl_sesid=14079_159938 … インドのバラモン階級に生まれ、遥か唐を経て日本へ渡来したインド人高僧。東大寺大仏開眼の導師となる。

仏像紹介BOT ‏@butsuzobot 2013年8月22日
【東大寺四聖】東大寺(華厳宗)では造立の功労者を四聖と定めているので、四聖建立の寺とも呼ばれる。四聖とは、聖武天皇(発願)・行基(勧進)・良弁(開山)・菩提僊那(開眼)を指す。菩提僊那はインドのバラモン階級に生まれた僧で、入唐使の要請で渡日し、大安寺に住し、大仏開眼に尽力した。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月2日
洗礼って、アーリア系の習慣だよ?ユダヤ教にはないし、沐浴みたいなの(ミクベ)もあるが、あれは関係ないんじゃ?洗礼名というそのものがなんというかユダヤ人臭くないのは気のせいだろうか?

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月6日
今「聖剣伝説」のうぃきを読んでるのだが、やっぱりスクエニ(旧スクウェア)はアーリア思想か。北欧神話がベースだし。でも微妙にグラントリアンの女神信仰&自然好きっぽいとこも入ってるんだよな。

「聖剣伝説レジェンドオブマナ」のうぃきを見てるんだがhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E5%89%A3%E4%BC%9D%E8%AA%AC_LEGEND_OF_MANA …キャラの「マナの七賢(ギリシア7賢人のパクリww)」にガイアとトートって、はっ?結社ですか?wwしかもトートに関しては海を渡るとか大人が誰も知らないエジプト神話に忠実なネタを出してる

子供の世界のゲームの洗脳レベルやべぇよ!だってさ、エジプト神話のトートが実は西の海の果てから(アヴァロンかよ!?)渡ってきてエジプトに知識をもた らしたって、そんなの一般の大人が知ってる内容じゃないよ?エジプト神話好きでも一部しか知らない。この神話の徹底した知識ってガチで結社
だよ?

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月9日
本気を出した大帝の慧眼過ぎるツイートに涙が出そうにゃ。私は2007年くらいからブログに書いてたけどスピって霊的カースト制度あるからバラモン教じゃね?カーストとか、支配者にとってこんなに便利なものはないだろ?だからスピを普及させたいのは世界規模のカースト制度にするため?とか思ってた

スピってバラモン教なんかよりも悪質なのは、金儲けや現世利益がセットになってて、お金儲けこそ魂の向上という思想がついてくること。これってバラモン教 より悪質じゃね?バラモン教だって、子育てと仕事が終わって定年退職する頃になったら、出家して修行する文化があるじゃん?スピはそれすらもない

もし金儲けが偉いんだったら、ヴァイシャ(商人)のカーストが下から2番目なわけないだろ!?でもね、最近のスピの傾向見たら、商売人が宗教家みたいなこ とやってるので、バラモン教より悪質な宗教を作ろうとしてるのがわかる。バラモンって祈る事が仕事だし、菜食主義しないといけないから制約が。

最近、露骨にアーリア思想が強い作品が出てきたのでインド哲学を調べてみようと思って。そしたらハリー・ポッター祭りで、ハリポタを調べたらこれバラモン教じゃん?って。こっち見るとhttp://mjk.ac/QqzBd6 魔法族がホグワーツに入るのはバラモンのヴェーダ学習期から来てる?

ヴェーダの注釈でも、バラモンは生まれた時からバラモンじゃない。ちゃんとヴェーダを学習する事でバラモンになるんだって書いてあった。でさっきの引用し たとこには「バラモンも、生まれたときはシュードラにすぎません。」って。これは魔法族がホグワーツ卒業しないと一人前じゃないのと同じかも?

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月28日
なんかな、欧州貴族の血脈を調べたツイートとかたまにTLに流れてくるけど、欧州って日本なんかより、遥かに血筋が最重要視される社会なんだってわかった。社会で成功するかしないかって、実力よりも完全に血筋じゃん。本人に実力がなければ、結社のバックアップとかで実力のあるように見せかけるしな

欧米はヌッポンより実力主義で~なんて嘘八百もいいところだろ?www特定の結社員の血脈なんかさ、実力がなくても結社がフルサポートして学歴も論文も会 社の成功すらでっち上げる。そんなにまでして「血筋」ってのは守らないといけないもんだろうか?俺はこの血筋信仰ってのが大嫌いだし理解できん。

ハリー・ポッターとか見ると、この血筋に対する信仰ってのが嫌と言うほどわかるぞ?ホグワーツに入学するのも生まれた時に決まり、入る寮も家系で決まる。 魔法族ってのが7年間の魔法教育を受けないと一人前の種族になれない話は、バラモンは、ヴェーダの学習をしないと一人前になれない話に繋がるな。

なーんだ。ハリー・ポッターって西洋の話かと思ったらバラモン教の話だったんだ。魔法族という観念がマヌ法典みたいな話だな。おっと英国と言えば、アーリ ア人(笑)というウリナラファンタジーの元ネタであり、アパルトヘイトもやってたよな。ハリポタの魔法族も一般人とは隔離して住みたがるしな。

アーリアン思想の強い作品では魔法使いは種族だ。でも素のままでは一人前の魔法使いでないので教育システムを持ってる。俺がいっつも思うのは、その魔法族 の教育システムを一般人に適用したらどうなるんだろうか?
とか思ってしまう。WinのマシンにAndroidを乗せるような無理な話だろうか?

この世界が魔導士の種族(魔法族)が操ってるのならば、俺らパンピーは魔法使えないかも知れないけど、せめてその魔法族の教育システムの知識部分だけでも 公開してくれよ?そうしたら、パンピーと魔法族の非対称崩せるじゃん?魔法族に対する理解も深まるしいいかも?と思ったけど、無理かw

そりゃそうだよな、魔法族が圧倒的大多数のパンピーに対して優位を保てるのはその知識や技術をパンピーに秘密にしてる事だもんな。もし魔法が使えないパン ピーどもに知識部分でも公開したら圧倒的少数である魔法族にいつだって牙を剥く可能性あるしな。バラモンがパンピーに知識に近づかせないのもそれ

バラモンは、クシャトリヤ以下のカーストの連中が筆記用具を触ろうとしただけで猛烈に嫌う。そういう意識ってさ、自分たちが常に迫害される可能性あるか ら、知識と技術を秘伝にする事で大衆をコントロールしなきゃいけないという強迫観念があるような気がする。それはインドに限らず英国貴族もそうかと


みんあ、イルミシステムの原点を思い出してくれ。それは今のグローバルエリートの思想にも通じるけどイルミシステムというのは、少数で大多数をコントロー ルするという原理になってる。だからこそ彼らはパンピーがのほほんと暮らしてる間に、子供の頃から遊ばせず教育って、根底にこんな思想があるから)

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 3月30日
最近みんなジョブズの真似して 禅仏教とかやってるからな。 マインドフルネスなんて今迄 上座仏教コーナーの隅に置いて あったマイナーな物まで心理学コーナー の一番いい棚に置かれるように なってるし。
MITの怪しい学者の裏付けは ともかくとして、マインドフルネス に関しては裏にカルト産業の 思惑も深く関わってそうだが。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月8日
全てのアブラハムの宗教の捏造の大地アレクサンドリア。FF9のスタート地点もアレクサンドリアだったよね? Melodies Of Life - (English) - Final Fantasy IX https://youtu.be/Ye7BGnlTZmQ @YouTubeさんから

アリストテレスのカテゴリー論で思い出したんだけど、旧約聖書でアダムはエデンの園でモノに名前をつけまくるんだけど、もしもだよ、旧約聖書がアレクサン ドリアで捏造されたならば、ここにはアリストテレスのペリパトス派の本拠地があった。聖書捏造の過程でアリストテレスの影響ってあるんだろうか?

おいらは、旧約・新約を含めて捏造した連中の脳味噌に、アカデミア派(プラトン)とペリパトス派(アリストテレス)とストア派(ゼノン)とエピクロス派 (エピクロス)の成分がどの程度詰まってたんだろうか?って事が気になるんだよね。この4学派って、その当時のメインストリームだったからね。

おいらは、常々ユダヤ=フリーメイソンというのは煙幕で、本質はインド・イランのアーリア思想だって言い続けてきたけど。これはどうやら古代から変わって ないようだ。あんなカナン地方の部族的な宗教からいきなり、抽象的な神観念を持つ一神教がにゅるっと生まれるってなんかおかしいと思わないか?

やつらって、古代からユダヤをカバーにしてたんじゃないかな?これって2ちゃんねるの派遣叩きのようにわかりやすい構造だ。同じく旧約聖書だって極めてユ ダヤ的な味付けでみんなユダヤだと思い込むけど、本質の思考の部分は極めてギリシャ的という罠
が張ってあるんじゃないだろうか?って睨んでるよ。

この本質だけ同じもので、外側のカバーだけ別のものを沢山作って騙すみたいな手法ややつらがいつだってやってる手法だから覚えておいてね。神道カルトもイ スラーム原理だって中身は耶蘇教なのに、まったく別物だと思わされてるから。あとやつらは時代毎にパッケージ作りなおすのはいつもの事だよ。

もしかしたら~ギリシャ哲学のウーシア(本質)とか質料形相論ってもしかしたら~この本質は同じで外側の形だけ変えて色々なモノを使いまわすためにあるん じゃないんだろうか?質料形相論って何それ意味ない論争してんじゃねーよ!とバカにしてる側から、俺らはそいつらの罠にハマってたワケね

で、うぃきぺでぃあのウーシアの項目を見たら、ハイデガーそれって美味しいの?って思ってたけど、少しだけ言ってる事がわかるよーな気がしたよ。ああ、 やっぱし近代哲学を完璧に理解するには中世以降からの耶蘇教神学を完璧にマスターするのが必須なのか。そうなのか。と理解できますたねこたさんです

わからない事があったらその背後となる知識や前提となる事がわからないとちゃんと理解できないよ。無駄にゲームの攻略本を読んで執拗なまでにネタ元を探し 出す事が役に立ったというわけか。何でもルーツとなるものを理解すると、驚くほど腑に落ちるように理解できるので、そのポイント探し大事だよね

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月6日
ちなみに、禅宗では霊魂を認めてないってのは、仏教というのが実はアートマンを否定してるって事だよね?で、梵我一如思想の話を読んでたら、ブラフマンが世界を支配する理でアートマンがその人を支配する理って、なんかストア派ちっくな思想だなぁ。ってこっちがパクりなだけか。インドの影響力パネェ

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月30日
欧州貴族の人のツイートを見ると、人を支配しないといけないという強迫観念が物凄いな。二元論をベースとした思想で支配を正当化するなら、これを粉砕できるのは仏教だろうな。神道カルトを含めたクリスチャンが仏教を目の敵にしてるのは、西洋文明の根本を粉砕できる破壊力があるからじゃねえの?

そもそも、選民思想や英雄思想などそういった思想の根本は二元論にあるのだから。ある意味ギリシア哲学はゾロアスターの影響下にあるんですよ。西洋の論理 学は、色々なものを二つにわけたり、三段論法などで関連づけたりして秩序を作り出すわけです。だから社会を構成する力があり大帝国が生まれます。

それに引き換え、仏教の論理学は西洋論理学の三段論法のAとBの関連性を認めて同じであるという結論を否定するようです。AとBは同じである?AとBは独 立しててまったく別物じゃねえの?みたいな感じで。この関連性を認めない論理学って西洋にとってどれほどの脅威かわかるか?おいらはわかるぞ。

西洋の論理学は、AとBの関連性から同じ性質=本質?を抽出するようで。これは学問的な追及の上ではかなり有効な方法ですが、これを社会の運営に適用する と必然的に似てるものは何でも同じ♪というワンワールド効果を作り出します。その西洋思想から似てるものをごちゃ混ぜにした万教帰一が産まれる。

(日ユ同祖論者=宣教師の詭弁そのまんまですね!
修験者とラビの法螺貝が共通しているから同祖だと言ったりするのは中間を無視した詭弁。
イスラエルと日本の間にあるインドのヴィシュヌのシンボルが法螺貝。
「イスラエル←インド→日本」
じゃないの?)

恐らくこれが一神教の原理だと思われます。アブラハムの宗教の捏造の大地アレクサンドリアには、アリストテレスのペリパトス学派がアテナイから引っ越して ここにあった。言葉は神もそうなんですけどこういうギリシア的な思考から生まれたのは想像に難くない。セム系テイストってカバーなんじゃねえの?

本当はアーリア思想ど真ん中なのに、セム系テイストを偽装するって、オウムのユダヤ陰謀論みたいだねっ(笑)この形而上学に弱く現実的な感性が強いアラブ とかユダヤをカバーにして中核はアーリア思想って、この時代からやってた詐欺だったのか。それは知らなかったな~。ユダ公はいつだって派遣社員♪


昨日、大帝ともしかしたらアレクサンドリア図書館には、大乗・小乗ごちゃ混ぜの仏典のコレクションがあったかも知れないよね?って話になったの。アレクサ ンドリアにはインド人もいたからわからない話じゃないよね?で、新約聖書が仏典のパクリ臭い所あるのは、これを素材に宗教捏造したんだよね?

耶蘇教は、地中海・オリエント世界の宗教をごちゃ混ぜにして作ってるとはよく言われる事なんだけど、まさか混ぜてる対象が仏教まで入ってるとはみんあ思わ ないよね?耶蘇教原理主義がエキュメニズムを批判するけど、おまいらこそが元祖「帰一教」なんだよ!敵は古代から帰一教を作った勢力だ!

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月29日
今朝、大帝がもしかしたらアレクサンドリア図書館には仏典のコレクションがあったかも~?という話になったんだけど、それはあると思う。インド人もいた事が記録にあるし、ヤマザキマリの漫画ではないけど、プリニウスの「博物誌」には、死海の周りに仏教徒がいたと書いてあったりするわけで。

アレクサンドリア図書館に集められたあらゆる知識を使って、古代の万教帰一のよーな耶蘇教がでっち上げられたかもぉ?という話は凄い胸熱だよね~。もしか したらふりーそーめんなどの欧米の秘密結社が世界中の知識を集めたりしたのも、宗教捏造などの文化的支配をするためにあるのかもね~。

まあ、支配なんかする気はなくても、新たな文化を作るとか知的創造のためには自前でアレクサンドリア図書館を持つのはインフラとして必要だと思うの。だか らぬこたさんは、大人がパチョンコや飲み屋ばかりに金かけるのは亡国の極みだって言ったの。その辺の事を色々書きたいと思ってる。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月25日
新バビロニアの崩壊でアケメネス朝ペルシャがメソポタミア地方を支配してカルデア人の占星術的な信仰とイラン系宗教が習合したのは学術書にも書いてあるのだが。おいらは子供なのでこの手の宗教に詳しくて当然と思ってたのだけど、知らない子もいるのね。

たしかゾロアスター教文献のブンダヒシュンやデーンカルドにも占星術的な教義は書いてあったはず。 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%92%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B3 …ゾロアスター教ってやっぱし秘教のルーツなんですよ、なんたって終末論の家元だし。カルデアとイランならゾロアスター教ズルワーン主義だな。

ゾロアスター教文献、特に中世ペルシャ語文献の成立は結構遅くて三世紀頃
。恐らくアケメネス朝時代にはカルデアの宗教と混ざってたはずだけど。この占星術 的な周期論と終末論の影響って、新約聖書のヨハネの黙示録で世の終わりをアイオーンと言っちゃうとこに痕跡があるのかなぁ?と妄想しちゃう。

ゾロアスター教ズルワーン主義結構気になる。FF3のネタと繋がるし。ズルワーンからアフラマズダーとアーリマンの双子が生まれてとかとても今のゾロアス ター教にしたら信じられない教義なんだけど。やつらは占星術的な終末論を持ってるのでこの宗教極めて重要な思想なんだけどね。大人はわからない。

ズルワーンと言ったら、そのまんま「時間」の名前を持つクロノスやインドのカーラチャクラあたりの関係も気になるな。あとは大帝が言ってたウパニシャッド の創造神の話とかさ。占星術というものは時間信仰だもんな、終末論には絶対「暦」が関連してて当然だ。イエスの誕生を祝いに来たのは占星術師。。

ギリシャ語の「マゴス」という言葉は常に占星術師を連想してた。恐らく、カルデア人の占星術信仰とイラン系宗教のミックスはギリシャ人にとって当たり前の 認識ではなかったのか?ユリアヌス父子のカルデアの神託が後にゾロアスターのものとされたのは妄想ではないと思うね。そういう認識があったんだよ


イルミナティカードでぶっちぎりの戦闘力を持つのは「ヘルメスの達人」だ。ヘルメス哲学は占星術・魔術・錬金術の三本柱からなってる。新教のユグノー教徒が時計産業の担い手になったり薔薇十字団のパンフに錬金術の話を新教とヘルメス哲学の関係を妄想 pic.twitter.com/wiQ3NKyvcm

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月21日
コドモの小説「イブン・ルシュドの弁明」http://ncode.syosetu.com/n9558ck/ 大人の世界では話題にすらならないイスラーム哲学の面白さがちょろっとだけわかる。中世イスラームのムウタズィラ派とかに比べたら同時代の耶蘇教思想家(西方教会)は見劣りするというかお粗末というか。

子供のラノベの「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」という本あるんだけど、その主人公が超やる気のない魔法学院の講師で~って設定なんだけど、おいらがその 作品の設定を借りてキャラ作るなら、イスラーム哲学担当の先生かな?イスラーム法学や神学を解説することで、新たな知見を提供するキャラ?

次世代リーダー育成とか言ってる大人たちは多いけど、次世代のリーダーを育成するために世界は西洋の思想一色に塗りつぶされてるから、この行き詰った社会 を改善する知見をゲットできるよにイスラームの知見を身につけさせようと言い出す大人はいないよね~おいらはイスラームの思考の有益度高いと思う

リーダー育成なら耶蘇教神学をやるより、イスラーム哲学のほうが思考力は高まると思う。このコドモの小説http://ncode.syosetu.com/n2586cq/ を見ればわかるけど、このイスラーム哲学の禅問答というのかな、西洋の思考に比べて極めて合理主義的なので、ISが破壊したい伝統はこういうものか

おいら的にイスラーム世界のファルサファ(フィロソフィーのアラビア語訛り)の伝統は美味しいぞっと。イスラーム哲学って、地理的条件に恵まれてたせい か、ギリシャ哲学とインド哲学両方から影響を受けてていいとこ取りしとる。で、物凄く合理的なのに抽象的な哲学の伝統が出来上がった。

欧米ってさ、自分たちがギリシャ・ローマ文明の後継者ニダ!ってホルホルしてるんで、イスラーム世界のギリシャ哲学の伝統をあることすら世界に知らせない よね。テレビではイスラーム法学者は迷信の塊みたいに描かれてるけど、こいつらの頭の中に西洋よりも洗練された思考が入ってるとか誰も思わないよ

イルミちゃん的な哲人政治という視点なら、ある意味イスラームはその統治で成功してる成功例のひとつだろうな。アッラーという極めて抽象的観念の神ならび にシステマティックなシャーリア。それを統治するのはギリシャ哲学的ロゴスを極めた法学者という仕組み。どう見てもプロテスタントよくできてます

別にね、おいらイスラームびいきでもないけど、西洋と違う知見という意味ではイスラームはまじでおすすめなのね。同じ一神教でなおかつ中東という地域なん で極東と違うけど東洋なんですわ。西洋と比較研究する上で見えてくるものは多いし、一番おすすめな点は耶蘇教システムの輪郭が明確に見えてくる事

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月20日
なんかスピ本って書店にガッツリ平積みされてるんだけど、スピ系はインドマンセーなのに、何で肝心要のインド人が書いたスピ本って殆どないんだろうか?おいらは一冊だけ確認した事あるけど、これってさ、日本仏教に対する本のほとんどが欧米人が書いてるくらい異常な事なんですけどぉ?

(スピ=インド風キリスト教だから別におかしくない。改造版キリスト教を欧米の白人キリスト教徒が主張してもおかしくない)


英国の邪悪さの本質を、特に宗教や伝統に憑依して伝統文化を破壊してる事で乗っ取るマニ教的手法を認識してる大人たちはいるかえ?そういう世界各地で極悪非道の限りを尽くしてるのに、英国の上流階級は国家のための奉仕をしててそれが尊い生き方だ!みたいに思ってるし。

ほんとーにスピリチュアルは耶蘇教みたいに形がないから、色々な分野(自然保護、エコな生活、鍼灸、アロマete)に入り込んでるよ。そうやってあらゆる 分野に憑依する事で万教帰一を達成しようという魂胆なんだな。とりあえず連中の力を削ぐために、みんあ英国の手法を無力化するのがいいと思うの。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月3日
いっつも思うのは、世界の結構コアな情報を(陰謀論でも結構ハイレベルなネタを)なんで大人のドラマとかじゃなくてアニメでほのめかすのかねぇ?アニメ「マギ」のマグノシュタット篇で簡潔に語られてる事だって、大人の世界だと本を何十冊も読まないとわからない事なのに。

俺は近代哲学(近世もコミで)は好かんが、カントだっけ?そいつが言ってる「理性」みたいに、ニャンゲンには元々世界を理解する能力が備わってて、そう いった神的なものが「理性」だーーという事はあながち嘘ではないと思うぞ?(笑)真実には人の心を感動させる何かがあるのは間違いないって事だ。

アニメ「マギ」のマグノシュタット篇を本当に深い所まで理解するには、百科全書的な知識が必要なのよね。上げただけでも、ギリシア哲学、ギリシア哲学とイ ンド・イラン宗教の関係、シーア派、新プラトン主義、イルミナティ、ストア派eteこれだけを横断的に知ってる大人はそうそういないだろ?(笑)

アニメ「マギ」に出てくるルフ(ルーフ)だって、インドのシャンカラだっけ?梵我一如思想がわからないとね?アートマンって息だよね?アラビア語でルーフ だって霊魂と訳されてるけど、実はヘブライ語のルーハーだもん。あからさまにインドの思想が見え隠れしてる。ここまでわかる大人っている?

ただ、お嬢様というやつは、ミッション系学校に行って西洋の智の体系を勉強しながら、耶蘇教とギリシア哲学が対立するのは何でだろう?とトマス・アクィナスのよーに悩まない
のが摩訶不思議アドベンチャーだわwww?

画像が大事なツイート
https://twitter.com/FeydoTaitei/status/609585140159754242
フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月13日
RAPTで話題にしてるインドの女神 カーリー。「時間」を意味する 「カーラ」から来ていると言う。 時間は終わりと死を齎すので、インド 哲学では良いイメージがない。 ウパニシャッドの創造神「死」も これと関係してるだろう。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月13日
@FeydoTaitei ところでアーリア系で時間といえば 東のクロノスさん事、ズルワーンだ。 ライオン頭の天使に蛇が巻き付いている 格好だ。 pic.twitter.com/v0U74IMXe7

ライオン頭の鳥っぽいやつと言えば、 シュメールのマルドゥクにたおされた アンズーがいる。 アンズーは天の運命を司る「ME」 を盗んだとされる。 (ズルワーンと同じ神ならMEは 時間に関する物、つまり暦法か 天文技術のことだろう)

アンズーの図。 ワシミミズクにも似ている? pic.twitter.com/jZ1H8hzAMU

この「ライオン頭の天使」がアッカド に行くと疫病と風の邪神パズズになる。 疫病とは言っても「死」を齎すので、 元はウパニシャッドの「死」と 無関係ではなかろう。 pic.twitter.com/jaWiKPbVzv

この「ライオン頭の天使」、実は エジプトにもいる。 疫病と破壊と死の女神セクメトだ。 pic.twitter.com/On9jsbpLVm

似てるだろう? この片手を挙げるポーズはバアル系の 宗教の神格に多い。 pic.twitter.com/fvN7ciGB5W

チ◯ポがカドゥケウスなのも 同じだしww 実はシュメールのエンキのシンボルは 魚の他にもヤギがある。 両者が合体して山羊座のカプリコーン になった。 pic.twitter.com/1LJUvwfo16

オマケ。 pic.twitter.com/27jg7KoUVG

誤解しないために補足しておくと、 釈迦が誕生後に「天上天下唯我独尊」 と言ったという説話は初期仏教には 現れない。 後世になって付け加えられた 箔付けのエピソードである。

ジョン(John)の語源のヨハネだけど、 一般的にはヘブライ語のヨハナン、 「ヤハウェの慈悲」から来ていると 言われている。 コレ、ギリシャ語だとイオアネス (IOANNES)という。 実はこの語は魚野郎のダゴン=オアンネス が語源という説がある!

オアンネス自身はシュメールの 水神エンキ(エア)が元ネタだと 言われている
古代の占星術だとエンキは水星
つまりヘルメスに対応する
エンキの帽子がカドゥケウスと同じ 形をしているし、着ている服は鯛の 鱗を模してると言われてる
鳩っぽいのもいる


コレがエンキ。 pic.twitter.com/hry1cnxkco

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya 占星術でいうとプトレマイオスの テトラ何とかと言うのが鉄板らしいです。 和訳はないですね。アルマゲストは あるのに。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei テトラビブロスですね。和訳ないのが残念ですね。的外れな質問。ほんと失礼しました。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya 後、西洋漢方のハーブマジックとか ですかね?錬金術も重要そうですが。 ただ錬金術は中国の外丹術とほぼ 一緒かも?

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei そですか。錬金術詳しくないのでわからないんですけど、中国拳法みたいに西洋の錬金術はヨーガや気孔みたいに体鍛えたりするんですか?錬金術まったくわからなくて。。。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya 中国も最初は外丹が始まりですよ。 気功とかの内丹が流行り始めたのは、 水銀がどうもヤバイというのが 分かってからですw

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei なるほど~そうなんですか。その外丹が漢方になったかも?日本だと気功とかも割りとお気軽に習えますけど、西洋では超秘密臭いですよね。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya バラモン教の「生命は息」という 理論でいくと、息を吐くと息が 抜けちゃうわけです。 で、変態インド人は人が一生終えるまで 何回呼吸するか数えたわけです。
「そうだ!出来るだけ呼吸のスピード を遅くすれば死ぬのが遅くなるん じゃないか!?」 と閃いたのがヨーガのプラーナヤーマ の始まりですw だから呼吸を自在にコントロールする 技術なのです。 初期ジョジョの波紋もそう仄めかしてますよ?


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei インド人ってガチヤバイですね(笑)すごいヨギは1分間に一回しか呼吸しないとか。呼吸が浅いと長生きできないらしい。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya インド野郎の徹底ぶりは異常ですよw 空気が漏れるとアカンという事で ケツの穴を閉めるための技術とかも 整備されてますからww
日本も気功は偽物が多いですよ。
結局は外丹も内丹も寿命を 伸ばすのが目的なんですよ。 で最初は薬でやってみようと 思ったわけです。 結局うまくいかなかった。

かあこ ‏@0nigiri_3_ 7月14日
@makeanovel @kitsuchitsuchi ずっと知りたかったのはどうして小説やマンガや映画に仄めかしがされているのかってことで。。。その答えがここに書かれてありますね
https://twitter.com/kitsuchitsuchi/status/621030836482150400 …
子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 7月14日
創作物はあらかじめ嘘=フィクションだと言っているので、真実が多い。
嘘つきにこそ真実を言わせよ。真実を告げる者は嘘つきに仕立て上げろ。
よって✝支配層✝が暴露を許可。
物語
=現実の陰謀から現実感を奪う魔法
=潜在意識操作による洗脳。

@onigiri3_
@makeanovel

風の子 ‏@makeanovel 7月14日
ねここねこさんの解説はいつもながらにすごい。なるほどね、ウソが前提の物語の作者に真実を言わせて、真実を言う人がうそつきにしとくんですね。ほんと現実の陰謀から見事に現実感が奪われる魔法です。潜在意識のレベルでかける魔法!! 
@kitsuchitsuchi @onigiri3_

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月14日
なんで論理的説明は人を動かす力なくて物語=神話である宗教が強烈な洗脳かけれるのは、ニャンゲンの精神構造と神話は深く結びていてるから。脳の深い所にアクセスできるがゆえに宗教の洗脳は効きやすい。パトスとロゴスどちらも悪の魔道師の武器RT https://twitter.com/kitsuchitsuchi/status/621042538628034560 …
子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 7月14日
宗教と物語=魔法はタネが割れれば単なる騙す技術。 論説文よりも物語のほうが強烈な洗脳をかけられる。 オススメ商品に警戒し、自分が「既に」洗脳されていることを自覚して気を付けることが大事。 自分だけは無関係と思っている人ほど洗脳が酷い。 @makeanovel @onigiri3_

風の子  ‏@makeanovel 7月14日
幼児が一番アニメにどっぷりはまります。あたかもその時期だけはそれが現実なんじゃないかと思うほど。そこに洗脳をひそませると大成功!ですね。そんなの映画の中の話だよ~!ってみんな陰謀を信じないのは幼児期にがっちり洗脳されてるから  @kitsuchitsuchi @onigiri3_

ほんとですね。論説文は難解で理解しようとしながら読むけど、物語はわかりやすくテンポよく読めるような作りになってるのでダイレクトに入る感じ。警戒心なく読んで洗脳か。。 RT @kitsuchitsuchi @onigiri3_ 論説文よりも物語のほうが強烈な洗脳をかけられる。

風の子 ‏@makeanovel 10月7日
なるほど。善悪の区別のできない無意識に働きかけて洗脳か!映画ではしかも増えすぎた人類を削減する役は黒人みたいです。英国紳士がそれを防いで世界を救う!ギャグー RT @lakudagoya 無意識は善悪を区別できない。理性の働きは一番新しい脳の部位なんですね。だから洗脳がよく効く

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 7月22日
フィクションの魔法描写で現実の魔法は目に見えないことを隠す。
宗教と物語で潜在意識を改悪。
闇の魔術に対する防衛術
=洗脳技術の名前を学び、見える化して洗脳を自覚。
名づけ
=分類して存在を自覚させる魔術。
差別や病気も名づけで捏造。

@onigiri3_
@makeanovel

風の子 ‏@makeanovel 7月22日
知らない間に洗脳という魔法にかかってる(目に見えないから)が、物語の中の魔女のやることが本物の魔法だと知らずに認識(小学生が読む漫画や物語で潜在意識に訴えて)して、自分が魔法にかかってると気づかせないんですね。目からウロコ。 

なーるほどねえ。魔法使いが呪文唱えるとか大仰なことがなされないと魔法ってかからないみたいな印象操作。子どもの本を見る機会が増えてますが小学生向けに魔女モノ多くてビックリです

RT @kitsuchitsuchi @onigiri3_ フィクションの魔法描写で現実の魔法は目に見え

しかも一番かかりやすい幼児期に入念にアニメなどの物語で潜在意識に潜ませておくので、長じてから仕掛けに気づいたとしても、洗脳からなかなか抜け出せないみたいになってるのが怖いですねえ。頭で理解してても的な

ほんとは存在しないけど名前をでっちあげて流布すれば簡単に捏造されちゃうんですね。これも魔法。ありもしない病気に大金払って治療。  RT @kitsuchitsuchi @onigiri3_ 名づけ =分類して存在を自覚させる魔術。 差別や病気も名づけで捏造。


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月3日
仏教とかインド哲学とか物凄い理詰めの伝統があるんだよね。数学が得意なインド人というのは、そういった論理的思考が強いって事だろ?インド哲学とか仏教の哲学的な面を調べてたら、インド文化=スピるじゃないんだなって。非論理なインド文化ばかり紹介してるニューエイジャーうざいわ。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月2日
おおそうだ、もし陰謀論で見えない世界を扱う場合、こういう方法取ればいいんでないの?と思った。これは「失われた超先進文明アトランティス」という本に書いてあった事だけど、例えば陰謀論で千里眼などの超能力でゲトした情報を扱う場合、その情報の現実的裏づけを取ってすり合わせるのってどうよ?

この本ねhttp://mjk.ac/6Q7U7S まずあなたが千里眼などの超能力を使って100年前の風景を透視しまーす。そしてその状況をノートにつけます。そして、地元の郷土史博物館とか郷土史家を訪ねて100年前のその当時の状況を徹底的に調べます。で、それでズレがなければOK。

ようは超能力と現実の調査と両方使ってやって両者の整合性が取れるとその情報は信憑性が高いとなるわけだ。こういう扱い方なら俺は別に見えない世界の事も 陰謀論で語るのは悪くはないと思う。非合理と論理を両方使っていければ核心に触れられるかも?でも世間では両方使って捜査しましょうとはならない

俺はただ非魔導士(ゴイ)なので、千里眼とかこのあたりについてはからっきしだ。スピ系の人は超能力があるなら、そのお得意の悟った力を使って陰謀論の捜 査に協力してくれないかい?両方使うなら問題なくね?でも何でスピ系の人は論理的検証作業を嫌うのかな?その思考がアチラ側の罠だとしたら?

この本の著者、スピ系のリーダーとプロフィールに書いてあるのにも関わらず、ひじょーにアトランティスに対してはリアリストの視点でびびった。徹底的に非 現実的な事は言わない。こーゆースピ系なら好きになれそうだ(笑)でも訳者が問題で、こいつは世界救世教の信者だ。流石徳間書店(笑)だな。

knznymmmy ‏@knznymmmy 6月3日
そりゃダメだ 先に郷土史博物館で下調べしてから 自称超能力とやらを使うパターンがやりたい放題じゃん

意図的な誤訳の可能性
失われた超先進文明 アトランティス [完全ガイド決定版] (超☆スピ) 2011/2/25
ジョン・マイケル・グリア (著), 高橋 和子 (翻訳) )

完全閉店 ‏@lakudagoya 6月28日
うちゅー人がもしプラズマだったら、プラズマは超高温なので近づいただけでニャンゲンは消し炭になるんだけど、もし人型じゃなくてでも霊的存在でもなくて、自然現象のよーなうちゅー人だったら許容できるだろうか?うちゅー人ってどうも、聖書神話的なニャンゲン中心主義があるようなキガスル。

恐らくニャンゲンの心理構造って、自然現象そのままの姿をニャンゲンを作ったうちゅー人とかいって崇拝できないと思う。雷をユピテルに喩えたように、必ず神話では自然現象の擬人化が行われるんだよね。で、うちゅー人なのに地球の重力に縛られたヒト型うちゅー人はニャンゲンの精神構造に沿ってる。

自然現象を擬人化する事でしか理解できないニャンゲンの精神構造があるとしたら、もし本当に地球の重力に縛られないうちゅー人がいたとするならば、ニャンゲンの心理構造での理解を完璧に超えた存在がいるかも知れない。で、それはニャンゲンの認識では自然現象に見えるかもしれないのがミソ
なんだよ。

まあ、それに対する詭弁的反論として、うちゅー人は低レベルの地球人には理解できないほど俺SUGEEEな存在だから、金髪碧眼の白い人にシェイプシフトしてわかりやすい姿になって地球人の未来を心配してやってんだぜ?と言われるけど、じゃあそれだとうちゅー人じゃないかも知れないじゃん。

何はともあれ、今の地球人の技術では、その目の前に現れた金髪碧眼の白いうちゅー人なのか、単なる白人のおねえさんなのか判別がつかない。
うちゅー人目線で言えば、地球の科学はレベルが低すぎるとの事だけど、もしその「低レベルの科学的認識」でうちゅー人を成立させるには物証がないと困るよね。

とまあ、うちゅー人はいるかいないかわかんないけど(ぬこたさんの直感ではいない気が)うちゅー人論に関するお話ってレトリックの分析の練習問題にも使えますよね?うちゅー人に対する矛盾点をつつくことで議論に強くなります。でおいらが望むのはうちゅー人の超科学技術で福島の綺麗にして欲しいな?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 9月29日
キリスト教(新、旧、正)、
古神道、神社本庁(主に度会教)、
グノーシス教、メイソン教、
ニューエイジ教(部落派月子教)
の区別が出来てない人が 多すぎるな
根っこが同じだから皆んな同じ! と叫ぶ人は無勉強すぎだな。
帰一教はグノーシス、メイソン教、 ニューエイジ教の流れ
だ。

「完全教祖マニュアル」 よりもアメリカの 「教会経営学」の方が レベル高いぞ? アメリカには「教会運営ソフト」 とかも販売されてる。 フェイド大帝が注目してるのは 「オンライン献金」という 機能だなw

アメリカの主要な教会運営ソフト の仕様比較一覧な。 http://ccmag.com/cms/index.php?chartid=1
(Church Management Software (ChMS) Feature Chart)

教会経営学本ね。 pic.twitter.com/bDJr6RPMmA

一応、無神論者も擁護しとくと 最低限この三冊は読んでおくべし。 有名な物理学者とこれに 反論したプロテスタント神学 の有名な神学者。 最後のは心の哲学の有名な哲学者な。 pic.twitter.com/CPa9QPdDGw

(【神は妄想である―宗教との決別/リチャード・ドーキンス】

『神は妄想か?―無神論原理主義とドーキンスによる神の否定 』(A.E. マクグラス、J.C. マクグラス著 教文館)

ダニエル・C・デネット『解明される宗教――進化論的アプローチ』阿部文彦訳、青土社、2010年。 )


何かの主張を批判する時は、 それを擁護している物と、 反論している物を両方紹介した 上で、自分の考察を加える。 面倒だけど、キチンとこういう ステップを踏んだ方が文章の 完成度が上がるよ。 どちらか一方の主張だけってのは カルトと間違われやすい。

だからフェイド大帝も メイソン教の話をする時は カトリックの言い分も引用するし、 メイソン公式ロッジの主張も ちゃんと紹介するでしょ?

訂正。ドーキンスは生物学だったね。 別の奴と勘違いしてた。

風の子  ‏@makeanovel
それは洗脳によってこころが囚われてるって頭でわかってるのに、それをやめようとすると恐怖でやめられなかったりみたいなのが自分にもまだあるというか、だから洗脳なんだなと。深層心理に恐怖として染み付いてる。幼い頃から物語を使ったり、学校でも繰り返して教え込まれたり。すごいことだなと。

自分から見て、それあきらかにおかしいでしょっていうことをやってる人々も、意外と本人たちもおかしいって気づいててやめられてないようなことも往々にしてあるのかもね。

誰かに指摘されたりしてあっさり認められて即変われるものなら、それは特に洗脳ではなかったということかもだしね。

家庭だろうが学校だろうが、躾がないと、人間は社会的に生きられないのよ、理性が大切、動物的なのはマナー違反で社会に受け入れられません!!みたいな感 じになってるけど、よく考えるとほんとにそうなのかみたいな。だからといって好き放題に犯罪も、し放題なのが本来だとかいう主張じゃなくてね。

風の子  ‏@makeanovel 7月14日
幼児が一番アニメにどっぷりはまります。あたかもその時期だけはそれが現実なんじゃないかと思うほど。そこに洗脳をひそませると大成功!ですね。そんなの映画の中の話だよ~!ってみんな陰謀を信じないのは幼児期にがっちり洗脳されてるから  @kitsuchitsuchi @onigiri3_

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
ふーむ、どうも初期キリスト教の 布教史でアレクサンドリアでの活動 記録が乏しいのは気になるな。 アレクサンドリアはインドの方とも 貿易が盛んで、仏教というかアーリア系 宗教も入ってきてたらしいから怪しすぎる。

エルサレムで興ったはずのキリスト教が どうやってアレクサンドリアまで伝わった のか謎すぎる パウロがやって来る以前にアポロとか 言うのが既に布教してたみたいだし

ヘレニズム都市だったからギリシャ語 新興宗教のキリスト教が簡単に根付いた んだよ! という解釈は余りにも短絡的過ぎないか?

エフェソス辺り(ヨハネの黙示録の舞台 近辺)のトルコ地方にもパウロ派以外の 派閥がゴロゴロいたようだから、 そもそものキリスト教自体が一体 なんだったのか?
という疑問が。

フェイド大帝的には、 初期キリスト教=バアル教エル派(ユダヤ教) ×ゾロアスター系イラン宗教+初期仏教 だったのではないかと推察。 エルサレム発と言うよりアレクサンドリア (申し訳ない程度にアンティオキア)経由 で広まったのではないか?

で元々名前のなかった新興バアル教に パウロ達がキリスト教という名前を 後から付けて回った。

これであれば例のコリントスの プリスカ夫妻の謎も解ける。 プリスカはクラウディウス帝時代 (50年代)に既にキリスト教狂信者として ローマを追放されている。 つまりパウロがやって来る以前にローマ でキリスト教が布教されていた事になる。

イエスがくたばったのが通説で 西暦30年代だと言われてるから、 僅か十数年でエルサレムからローマ に伝染したというのは新興宗教としては 驚異的なスピードだぞ。

しかもエルサレムとローマの中間に あるアテーナイ、コリントス、リュディア にはまだ広まっていなかったようだから、 どうやってローマまで伝わった
のかが 謎過ぎる。

だからアレクサンドリアが怪しいと 睨んでる。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei 全ての宗教の捏造地点アレクサンドリア~♪大帝おかえりなさい。夕方はありがとうございました。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya アメリカ大陸紙幣 pic.twitter.com/smxFEbH6Up
例のイランの拝火檀。 一説にはメイソン伝承に拠ると アレクサンドリアの大灯台の 松明とも。 アレクサンドリア怪しすぎでしょ。 pic.twitter.com/ruOugaAaKw

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei FF9のスタート地点もアレクサンドリアですね。私はフィロンちゃんも含めてアブラハムの宗教の捏造地点はここかも知れないと見てますが?拝火儀礼といえば、ボヘミアングローブなくらい火が好きですよね、彼ら。おそらくケルトのベルファイヤーとも繋がるかも?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya 聖書に出てくるガラテアという地域名は ケルトと同義だとか…… ケルト人をケルトイ。 ガラテア人ならガラトイと 呼ぶのも有りらしいです。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei ケルト人って古代では結構中東近くにいましたもんね。関係がありそうですね。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
英語のプロビデンスの目のWikiの 編集者同士の掲示板で面白い投稿が。 イスラームのハディースにダジャル という一つ目の偽預言者の伝承が あるらしい。 イスラームの神学者に拠ると三角目玉は ダジャルの目の事らしい。 日本ではねこたさんが話題にしてる カレイドなんとかぐらいしか扱ってないが、カレイドはダジャルを ユダヤ人としているが、英語版では クザア部族の出身と書かれている。 ハディースに拠ると、 「ダジャルはアッラーではない。 何故ならアッラーは一つ目ではない からだ」 とある。

ところでユダヤ教の偽預言者は アルミルスと呼ばれている。 ローマの創始者のロムルスを もじっているとも言われているが、 一説ではその語源はゾロアスター教の 邪神「アンラマンユ」ではないか とも考えられている。

@lakudagoya ハディースのアッラーの発言で こんなのが: 「ユダヤ教やキリスト教では教えて ない偽預言者の㊙︎情報を特別に アッラーが明かそう!」 「実は偽預言者ダジャルは一つ目 なのだ!」 ちょw、アッラーww

ちなみにハディースに拠ると ダジャルの潰れてる方の目は 右目らしい…… 1777年のフリーメイソン設立とは なんだったのか……

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei ちょwアッラーwwwムスリムだけに出血大サービスですな。私はイスラーム世界にある聖書ネタの口伝やハディースの伝統など面白いと思ってるんですよね。割と西洋の耶蘇教世界にはないネタがあったりしそうなんです。それはタルムードもそれで興味があり。

@FeydoTaitei 私は、欧州のフリーメイソンなどの秘教の流れはイスラームから来てるんではないか?と見てます。西洋秘教伝統のシンボリズムとスーフィズムのシンボルかぶりますしね、クリスチャン・ローゼンクロイツの留学先はモロッコとかシリアとかスーフィズムの聖地ですわい

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya どーも、イスラーム設立以前のあそこの 土着宗教(つまりバビロン、アッシリア、 ペルシャ、ギリシャ、ローマの宗教) に秘密がありそうですね。 ハディースの成立が一番遅いので 1000年代だとすると、フリーメイソン 創立の1777年より前に目玉野郎が暗躍していた事実は驚異ですぞ。
後、一つ目で怪しいのがケルトの バロールと北欧のオーディン。 ちなみにウラヌスの子供の サイクロプスとヘカトンケイルは アーリアのミトラとヴァルナに そっくり。

実はヴェーダではミトラは一つ目、 ヴァルナは無数の目で隠喩されてるん ですね。 昼間は太陽一個だけしか見えない=ミトラ 夜間は星が一杯=ヴァルナ。 両方とも「空」の形態ですね。 ギリシャでは「天空」神ウラヌスの 子供ってオチ


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei ミトラちゃんは一つ目なんですか。知らなかったです。インドのカーストがなぜ夜=星であるヴァルナとされてるのか?そのあたりが不思議ですね。ミトラ=一つ目とくるとふりーそーめんがユダちゃんじゃなくて、アーリア思想持ってる理由がわかりますね。

@FeydoTaitei たしかに驚異かも知れません。でも中東にはファティマの手や目玉のお守りがあるのでは?セム系のアブラハムの宗教の背後には、アーリア宗教ってきわめて秘密がありそうですね。本当にアーリア人(笑)なんていたんでしょうか?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya 更に気になるのが、イスラームの伝承 ですと、ダジャルの部下にはイスファハン 出身の7万人のユダヤ人がいるらしいん ですね。 で、イスファハンってのはイランに あるんですねw

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei そうそうwイスファハーンなんですよね。素敵なモスクがあるとこ。セム系宗教って本当にアーリア系宗教を敵に回してますよね~?(笑)イスラームの勃興だってサーサーン朝ペルシャの破壊を狙ってましたし。何でここまでセム系ってアーリア系を嫌うのでしょうか?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya 多分、昼と夜は永遠と闘い続けねばならない という思考なんでしょう。 で、この闘いの原動力が時の神こと クロノス=ズルワーン=ウパニシャッドの 創造神「死」。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei そうなんですか。へえ、ウパニシャッドの創造神ってズルワーンの事だったんですね。ズルワーン神学では、アフラマズダーとアーリマンの親ですよね。ロードスの一応のラスボスがカーラ(時間)だったのもそういう意味なのですね。時間の属性を持つキャラに要注意。


フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
ウパニシャッドには「死」としか 書かれてないので、厳密には ズルワーンではないのですが、 ズルワーン自体はこの「死」 から派生してると思われます。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei なるほど~興味深いですね。賢者の石の永遠の命の話もそこから出てそうですねw

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei ドラゴンランス伝説で最後、レイストリンという(過去と現在の主、砂時計の目)をした魔術師が神になる話があるんですけど、そいつが支配してる「未来」が(この作品も多次元宇宙論です)死んだ世界なんですよね。ということは、ウパニシャッドにかなり忠実に描かれてる?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya キリスト教というか、教会や帝国が 頑張り過ぎちゃったせいで、他の 物語が存在しないから、皆んな同じ 元ネタからパクってるから似通った 作品しか出来ないんですね。 アニメで言うジブリ病、庵野病みたい なものですね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei たしかにそうですね。でもメイソンのイラン人でもインド人でもないのにアーリア思想好きって異常に見えますよ?イエイツだってウパニシャッドにハマってたそうですし、おめー関係ねーぢゃん!みたいなw

Frederich Ⅹ ‏@6thCrusader 6月8日
@lakudagoya @FeydoTaitei メーソンは教会嫌いだから別の所に拠所が欲しかったってのがあるのと、ヨーロッパに昔からある東方コンプレックスの変種だと思う

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@6thCrusader @FeydoTaitei ああ、キリストの代わりに賢者のイメージのザラスシュトラを持ち上げたりですね(笑)この東方コンプレックスをこじらせて、アーリア人(笑)みたいな観念をでっち上げたのか。19世紀末の中産階級とかいいですよね~こういう中二病信じれてw

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya @6thCrusader インドラやルドラのシヴァが デーヴァ=文明神であることを 考えると、ナイルの氾濫じゃない ですけど、水っぽい奴=文明=「死」より 強い!(キリッ! って発想なのかもしれない。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei @6thCrusader 何でやつらって文明生活享受しつつ、アスラちゃんみたいなのが好きなんですかねぇ?謎過ぎるw


フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya @6thCrusader とは言えども、当時の西洋人にとったら プラトンを凌駕する賢者が褌一丁で 氷山に引き篭もって氷の上で 変な方向に体ひん曲げてたら 衝撃ですよ?w 奴ら牛の小便も飲むしw

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei @6thCrusader 物凄いショックを受けたでしょうね(笑)牛の小便飲むのか?wwwそういうインドの行者に影響されてインド哲学だとかそういうものにハマったと。西洋の貴族って、修道院とか別として修行の文化ってないのが不思議ですね。友愛結社はあるのに。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya @6thCrusader そんなねこたさんに、ドラえもんが ポケットから面白いドーグを 出してあげよう! ハイ!イエズス会プロデュース「霊操」! pic.twitter.com/HlBrtRbYk4

Frederich Ⅹ ‏@6thCrusader 6月8日
@FeydoTaitei @lakudagoya 牛といえばシュメールだが、アーリヤ信仰ってシュメールの半神信仰なんじゃねーの元ネタ 今思ったわ あれはガセだと思うが、五島のヒトラーの神人計画とかまんまこれだろ 血縁から優良種を作るとかも

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月8日
@lakudagoya よく分からんのがゼウスの扱い。 アーリアのディヤウスが元としても クロノスに比べたら、明らかに ショボイ神格なのですが…… 時や輪廻より強いって、もう解脱者の ブッダしかいないのですが…… ゼウスってイメージではない。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月8日
@FeydoTaitei ゼウスが最強って意味不明ですよね。まあ、雨降らすのでインドラみたいに人気があったのでは?

Frederich Ⅹ ‏@6thCrusader 6月8日
@lakudagoya @FeydoTaitei 暴風雨の神の神格はだいたいどの神話でも最高位って奴じゃないの オカルト的に考えれば動けば雷電の如し発すれば風雨の如しの晋作のペルソナはオーディンであろうよ。軍事指揮官としてのセンスも高いし

Frederich Ⅹ ‏@6thCrusader 6月8日
@lakudagoya @FeydoTaitei イギリスの社会主義運動とか見るとシュタイナーだし、社会主義運動自体が実はオカルトだから調べて見なされ

竹田義男 ‏@take35c 4 時間4 時間前
@kikuchi_8 ソーメン握手で仲良しこよし。 虚空 と 君 の あいだ に メロン 財閥 ロック フェラー でグーグル検索part2 http://confessionforexist.blog77.fc2.com/blog-date-20110303.html … http://www.amara.org/en/videos/GLfvZpinKkst/ja/614253/ … pic.twitter.com/5HILyowenF

菊池 ‏@kikuchi_8 3 時間3 時間前
@take35c 資料をありがとうございます。バチカンとメーソンがグルな事が視覚的に分かりますね。ティモシー・リアリーのスポンサーもメロン家らしいですね。LSD研究の資金や土地を提供されたそうです

竹田義男 ‏@take35c 2 時間2 時間前
@kikuchi_8 見せかけの対立、千の看板、百の組織。そういうものを超えて、流れを作っている者が居るでみたいしょう。 「神智学協会」「英国心霊現象研究会」「トゥーレ協会」「ゴールデンドーン」から、「テモシーリアリー」「ビートルズ」「アリスベイリー」「ニューエイジ」へ。

菊池 ‏@kikuchi_8 2 時間2 時間前
@take35c おっしゃる通りです。表向きの看板組織は時代によって変えてきますが、西洋奥の院が背後に控えているのは何も変わっていないと思います。しかも、表の看板組織も多少趣向を変える程度で同じフレームを何度も使いまわしてきます

菊池 ‏@kikuchi_8 8月6日
【両建の定義】国際秘密力は基本的戦略思想として「正・反・合」のヘーゲル弁証法を採用。現実への適用例「相対立する政治勢力AとBを作りだし、両方を操作して予め意図した結論Cに誘導」AvsB→C。AvsBという構造自体に着目すると「両建構造」、操作主体に着目すると「両建戦術」と呼ぶ。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月7日
@lakudagoya @ceezneverdiffer ネストリウス派がシルクロードを 渡る前から、原始キリスト教が 東の方で布教されていた事が 考古学調査によって明らかに されています。 景教が東進するに辺り、既存の キリスト教をベースに布教、吸収 していました。
グノーシス、グノーシス、異端と 騒がれがちですが、そもそも現代の キリスト教の様な教えになったのは かなり後の方ですね。 黎明期の頃はグノーシスぽい教えの 方が人気があった様です。
例えば四福音書の中でも後期の 成立のヨハネ福音書がグノーシスくさい 文体とか……などです。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月7日
@ceezneverdiffer @lakudagoya ローマのミトラス教の事であれば 大した関係はないと思いますよ 東條ミトラ教はよく分からんです 基本的には作り話だと思いますが 西洋の学者は嘘吐きで真の情報は イラン人が隠して公開してないと 言われれば素人はお手上げです

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月7日
@FeydoTaitei @ceezneverdiffer こんばんわ、大帝。東條ミトラ教はあれ、原典資料を巧妙に使いながら作り話でっち上げてますねん。やつの言ってる元ネタは本当ですけど、誘導の仕方がマニ教的なコバンザメ作戦ですね。ああいう嘘は困りますね。


フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月9日
英訳だから効果があるのか分からないけど、 カトリックのおまじない集。 最後の方に退魔の祈祷も載ってる。 本来はラテン語ね。 http://www.catholicdoors.com/prayers/latin/latin040.htm …

(RITUS EXORCIZANDI
OBSESSOS A DÆMONIO
(Rite Of Exorcism)
http://www.catholicdoors.com/prayers/latin/latin040.htm)

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月9日
神義論、神義論、しつこいから 補足するとユダヤ カバラでは 最初が悪。エドムの十人の王の セフィロトと言うのが最初にある。 で、ヤハウェ クラッシュ!で エドムのセフィロトをぶっ壊して その上に従来のセフィロトを作る。

エドムの砕けた玉の殻は下の方に 溜まる。 だからクリポトの事を「殻の国」 と呼ぶわけ。 GD系は原罪論を正当化するために 最初善だった物が堕落してヤマタノオロチ が目覚めて悪が生まれたとしているけど、 本来のユダヤ カバラとは関係ない。

要するに悪をぶっ倒して正義を 導入するッッ〜‼︎!という理屈。 バラモン教の 創造→維持→破壊⇨創造の サイクルに似てるだろ?w

つまり、この思想は世の中が 良くなるためには、世界を一度徹底的に 破壊しつくさないといけないという 極端な解釈にも繋がる。 これに固執すると終末論的破壊カルト (DOOMSDAY CULT)になりやすくなる。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月16日
あれ?wikiのプロビデンスの目の 解説に写真の教会の場所と フリヴニャ紙幣とかが追加されてるな。 流石に引用元を隠すのはマズイと 思ったのか。 ちなみに↓はドイツのアーヘン大聖堂 pic.twitter.com/7JiwLPU2xo

このポントルモの「エマオの晩餐」って 本当に16世紀の作品かね? この題材を扱ってる画家の中で 三角目玉入れてるのコイツだけ なんだが…… pic.twitter.com/PKzwSyfvwM

ああ、やっぱり後世になって 後付けされたものなのねw http://www.salvastyle.com/menu_mannierism/pontormo_emaus.html …

いや、何が言いたいのかというとね、 欧米では1616年に発行された ザクセン選帝侯のヨハン ゲオルグ一世の 硬貨がヨーロッパでの図としての 三角目玉ちゃんのデビュー日らしい のよね。 pic.twitter.com/31LKpWH6xz

で、ゲオルグ一世は30年戦争期の 選帝侯なのだけど、ちょうど前話した プロテスタント カルトのケルピウスが アメリカのフィラデルフィアに引き篭も りに行った時期と重なるw
へへ、君達の大好きな1ドル札の ご先祖様だw

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月16日
@FeydoTaitei 大抵ナイス!選帝侯ってのがユダちゃんの金融特権といい、欧州貴族の反教会思想と繋がりますねん。プロテスタント運動だって所詮、ユダちゃんの金融特権を欲しかった王侯貴族がルターのスポンサーで、欧州貴族都合のプロテスタント欲しかっただけですし。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月17日
へへ、インゴルシュタッドには 実はイエズス学園ってのがあるんだぜ? イエズス会創設者のロヨラはスペイン版 イルミの「アルンブラドス」との 接点を疑われて一度異端審問にも 掛けられた事もあるんだぜ? pic.twitter.com/ab3WfOxIBr

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月18日
啓蒙主義とロマン主義。
調べときな!

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月18日
伝説の民、ペラスゴイ人というのが 気になるのだが……

いやね、ポセイドンとシヴァの持ってる 三叉鉾に注目しててね。 世界を破壊する槍ね。 これインドでは「トリシュラ」って言うん だけど、古代ローマでの訳が 「十字」 pic.twitter.com/wO5CLVxLfL

このトライデント、魚を捕るための 道具である事に注目。 ローマのグラディエーターも演出 のためトライデントを使っていたが、 魚の兜を被って、相手を網で捕らえて 銛で刺して闘うスタイルだった。 pic.twitter.com/UBSzA2Kk1a

ペラスゴイ人というとエウリュノメーと オピオーン神話が有名だが、これ 北極星と竜座が元ネタだろう。 で、北極星と竜座というとモーセだ。

魚と言ったらイクチスのイエスだ。 トライデントがローマで十字なら 十字に掛けられたイエスは、 銛に刺さった魚か? (つまりシヴァとポセイドンの餌)


興味深い事にモーセの海を 割る能力、イエスの水上歩行と 嵐を鎮める能力。 ポセイドンさんだと言われれば 確かに。

ポセイドンさんはペラスゴイ時代では 大地の神であった。 得意技は黒魔法「クエイク」 そう地震だ。 FFシリーズのタイタン(ティターン) の必殺技が地震なのは興味深い。 pic.twitter.com/TXcMVaScPC

地震は例のトライデントで起こしてた のだが、世界をぶっ壊す程の大地震の 事であり、冥王ハーデスもぶったまげる 程だった。

そしてこのトライデントはシヴァも 世界を破壊する際に使う。 シヴァは元々、ルドラ(嵐の神)だ。

そもそも嵐といえば船での航海 との関連の方が強いだろう。
となるとシヴァやルドラは元々、 ポセイドンと同じ海系の神だった のかもしれない。

ところで、地震が起きれば津波も 発生する。 ポセイドンさんのもう一つの 必殺技でもある。 pic.twitter.com/ziWcI1a15S

面白い事にヤハウェが世界をぶっ壊す! のに使った技は洪水だ。

しかもヤハウェは元々中東の 「嵐の神」だったとも言われている。 (フェイド大帝的には月の神も可能性 高いが) そう言えばシヴァの野郎、頭に 三日月を載せている。 pic.twitter.com/qOPPuwMDIw

まぁ、月で満潮や干潮が起きるから なのかもしれないが。

キリスト教ってのは基本 「終末論ベース」の宗教だ。 だから賛否両論だったが、結局は ヨハネの黙示録は聖典入りとなった。 世界がぶっ壊れてくれないと キリスト教の教義は成り立たないからだ。 (世界が壊れなければイエスが復活する 必要もない)


つまりだ、キリスト教ってのは クリスマスにもみの木を飾って プレゼントを片手に「与える喜びと〜 貰う喜びを〜」と呑気に歌い踊る 教えじゃないって事だ。

イエスやモーセを通して、 世界を破壊する神、シヴァと ポセイドンについて考える。 中々面白いと思わないかい?

ギリシャの一つ目野郎 キュクロプス君 神話では鍛冶技術に長けてると 言われてる 実は昔の鍛冶屋は火の粉が目に 入らない様に片側に眼帯をしてた 鍛冶屋と眼帯の画像を載っけたかた んだが海外で検索しても日本の アニメばかり出てくるw pic.twitter.com/GKDSCX3J2o

で、鍛冶屋というとトバルカインw 後、海賊と眼帯のイメージは 小説「宝島」の影響が強いらしい。 最もバイキングのオーディンさんが 元ネタだと思ってるけども。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya
あのさー飛鳥昭雄とか露骨に結社じゃん。「聖別された肉体」とかアーリア売りならファンタジーをぶった切った本を読んでたら、大本教系のスピ系陰謀本に書いてあるレトリックのほとんどはみんなアーリア系秘密結社製品じゃん。これで石屋を叩く事にいんちきさはもはやお笑いレベル(笑)

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月26日
最近の城下町ブームってなんか怪しいと思ってたらキリシタン大名の城下町だったのか。金沢とかああいうのな。Uさんによればキリシタン大名じゃないとこの城下町は空襲で焼け野原にって。如何にクリスチャン人脈が卑劣かよくわかるわー。

飛鳥昭雄とか見るとさ、敬虔なクリスチャンほど信仰のために嘘をつく。またヌッポンが聖書や耶蘇教の世界では蚊帳の外なので、キリシタンの世界では大きな 顔できないヌッポン人のキリシタンは日ユ同祖論でホルホルして、聖書ストーリーにヌッポン人を強引にねじ込むことで心の平穏を得るのだろう。

つまり日ユ同祖論はキリシタンの世界では大きな顔できないヌッポン人のウリナラファンタジー的な精神安定剤ってわけだ。だからこそあそこまで日ユ同祖論に執拗にしがみつくわけだ(笑)

てゆーか、何でヌッポンのカバラガー!とか言うやつは、何でこうもクリスチャン・カバラに偏ってるんだろうか?誰かおせーて。あと何で文献を書いてくれな いの?あと西洋のカバラとの対比とかやって欲しいなぁ。あとなんでアブラフィアさんやモーゼス・マイモニデスは無視されんの?ww

日ユ同祖論という裏返しの聖書原理主義妄想は聞きあきました(笑)そんなに聖書原理なら福音派の巣窟のバイブルベルトにでも引っ越してください。

まーたモルモン教のウリナラファンタジーを信じちゃってwwというか、なんであなたはロクに調べもせずに露骨にカルトの工作員の飛鳥昭雄の説を鵜呑みにすんの?(笑)南無阿弥陀をヘブライ語とか痛い人だなw

逆質問ですけど、ヌッポンのカバラがウリジナル!というなら文献を5つくらい上げてくださいね?あと西洋のカバラとの類比点をよろしく~

その前にあんたの説の情報源を開示よろしく。参考文献はなに?w

そこ答えられないだけじゃないの?(笑)その質問に答えたら答えてやるよ

やっぱそこは答えられないんだねw

ヌッポンのカバラの文献を具体的によろしく~

埴輪とユダ公が似てるってwww似たものを並べただけでユダ公起源とか笑えるんですけどぉ?カバラ文献をほらおせーてよ?

飛鳥昭雄の漫画を本気で信じてるあなたはとってもメルヘン脳ですね(笑)ましてやフリーメイソンが捏造したモルモン教の言う事を本気で信じてるなんてプギャーwww

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月27日
ついったーでおいらが求めた事は揚げ足取りのレトリックの応戦ではなくて、議論をすることによって深い考察をしたいそれだけだった。でもそういったギリシャ哲学的な手法って歓迎されてないってわかったよ。表面ではその方法で真実の探求(笑)してるように見せかけてもな。守りたいものは「信仰」だ


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月26日
ニャンゲンには、本当に不要な能力がオプションでなくて標準装備でついてくんだなと。俺はスピリチュアルな能力ってモグラ君のいうように、イルカが地上で暮らすための能力なんじゃね?俺はイルカが海で暮らして何が悪い!と思うんだ。イルカが地上で暮らせないってだけで何で見下されるわけ?

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月16日
こんな感じで超常的な手段で手に入れた情報はしっかりと今わかってる情報と照合することで真実を導き出せる可能性があるのだけど、スピリチュアルなやつらは超常的な方法でゲットした知識だけを本当ってみなして現実世界の事と合流点を探そうともしない。うまく使えば面白い事わかるのにもったいない。

この、オンム・セティつう人すげー不思議体験する人だなー。で、客観的に見たら古代エジプトの神々の力ってすげー霊験があんだな。その辺の神社だとかヤハ ウェなんかよりご利益がパネェ。こりゃ、常識的に考えてもふりーそーめんのやつらが耶蘇教信じないで古代エジプトの宗教信じる理由がよくわかる。

おいらは普通に生きていく上で不思議なもんはいらんと思ってる人ですが、この世界には魔法のような技術が仕様としてビルドインされてんだなと。これを見るにつけ、この世界を作った創造神(笑)とやらがいるとするならば、つくづくクソだなと思ってるワケよ。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月15日
スピリチュアルな人たちはあまり、そういった見えない世界の法則性とかカラクリには興味ないみたい。

著名なエジプト学者のウォーリス・バッジって、今読んでる本によるとエジプシャン魔法使いだったのか。悪の魔道師めは日常に潜んでるよな?

今「転生者オンム・セティと古代エジプトの謎」を読んでるけど(これスピリチュアル本じゃないぞ?w)この人小さいときに千里眼が自動で発動しとる。魔法 使い研究家としては古代エジプトの巫女のこのリアリティーある前世は興味深い。あっ俺は前世があるかどうか俺にはわからんのでその点には無記なw

なんで、スピる体験をすることがそのまま優越感に繋がるのか?幽霊が見えちゃう人は別にそのまんまでもいいし、否定はしないけど何で陰謀論コミュでは優越感になるんかね?

俺はあんまり神秘的な事や見えない世界の事は言いたくないんだよ。だって、言い出した途端、スピリチュアル系のアホどもがピラニアのように食らいついて来て我田引水しようとするからマジうざい。だから言いたくないね。俺は特にスピ系の優越感丸出しの選民思想が死ぬほどキモチワルイと思うぜ?

俺はスピリチュアルな能力って、モグラ君が言うようにイルカが地上で暮らすような能力だと思う。イルカが地上で暮らせるのは凄い事かも知れないが、別に海 の中で暮らせるんだからそんな能力必要ねぇだろって?海の中で普通に暮らしてるのに、地上で暮らせないだけで見下されるとかマジ意味がわからない


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月15日
なんで流行らないんだ「ギリシャ哲学の陰謀論」いや、流行らせるように頑張ってはいるんだけど、紐付きやら大御所の連中が完全にスルーしやがるし、やつらの商売道具なんかな?論理学を使った詭弁術って。だって大御所みんあ騙されんな!と叫ぶ割りに騙されないためにキケロさん読もうとは言わない謎。

悪徳弁護士で黒いものを白にして大衆扇動術に長けたキケロさんの本は騙されないためにためには結構有効なネタが詰まってんだよね。特に講演が上手い紐付き 陰謀論者に対して耐性がつくと思うけど、こういうのダサいというイメージってなんだろう、どういう印象操作をやってんだろうか?

おいらが悲しかった事はな「ねえねえ、やつらにカモられないためにプラトン読もうよ!」と言ってこの指に止まってくれたのはねこねこさんだけ。「日ユ同祖 論やろうよ!」なら吐いてすてるほどいるんだけど、こういう哲学書を読むのがダサいみたいな風潮を作ったのは誰のせいた?団塊の世代のせいだ。

あのさー、日ユ同祖論だってロジックなんだぜ?論理で組み立てた積み木だから崩すことも不可能じゃない。で、おいらはそれを崩そうとしたら日ユ同祖論は 「言葉じゃない」とかおかしな方向に持っていってさ、言葉じゃないなら、何でモーセの10戒は石板に書いてあるのかなん?(笑)その意味を考えてね

キリストはヌッポンに来たニダ!それは言葉ではない!って鼻息荒く言ってる人は是非ヨハネの福音書の第一章一節を読んで
見てね。 http://d.hatena.ne.jp/shinkozai/touch/20121026/1351213758 …

あれー!?「新約聖書ギリシア語四週間」を読んでると、随分と翻訳されたものよりイメージがちゃうでやんの。例えば「聖霊は真理である(と・ぷねうま・え すてぃん・へー・あれてぃあー)」という一文のだってこれだとよくわからないけど、ストア派の思想を重ね合わせるとよくわかるかも?とか妄想。

ニートには難攻不落なエリコの壁だけどもしかしたら新約聖書をギリシャ語で噛みしめながら、意味をひとつひとつ調べながら読むと深い部分で作品の意図がわ かるかも知れないけどそれはニートにとってはエリコの壁。でも日ユ同祖論よりもこっちのほうが深い事がわかるような気がするのは気のせいだろか?

ヘブライ語とギリシャ語の入門書を見てて思うのは、あくまで素人の見方だけど、ギリシャ語は過去形や未来形がしっかりしてるのに対して、古典ヘブライ語は 過去形・未来形がないんだそうな。この言語による時間感覚の比較って面白くて耶蘇教を支配してる観念ってユダヤではなくてギリシャ的でないの?

日ユ同祖論は流行っても新約聖書をギリシャ語で読んで書いたやつの陰謀を明らかにしよう運動ってのは流行らない。俺もできないけどさ。旧約聖書は起源前 10世紀に成立したって陰謀論コミュではそういうことになってるけど、何で出エジプト記にファラオとかエジプトなんてギリシャ語が出んのよ?(笑)

古代エジプト語ではファラオは「ペル・アア」だぜ?あとエジプトってのはアイギュプトスというコプト語でエジプト語では「ケメト(黒い土地=肥沃な土 地)」って言うんだぜ?こういうあからさまにギリシャ語由来の言葉が入ってる事に日ユ同祖論を唱えてる人はなんとも思わないのかなぁー?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 7月15日
@lakudagoya 昔のギリシャ語は今で言う英語みたいな 位置づけだったので、商売とかやる 場合はギリシャ語を使わざるを得なかった。 ユダ公もディアスポラ化が激しくて ヘブライ語を母語としてる人間は 少なかったらしいっす

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月15日
@FeydoTaitei だから旧約聖書が編纂される過程でかなりのギリシャ的なものが入り込んだ可能性がありそうですね。セプトゥアギンタとか、露骨に怪しいと思いますし。結局、ユダ公も色々な文化の影響を受けてるので、日ユ同祖論が想定するようなものは存在しないと(笑)

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 7月15日
@lakudagoya 「ユダヤ人」ってのはあくまで イスラエルの南の一部族の事 でしかないですからね。 「イスラエル人」ってのはユダヤ部族 以外にも沢山いるって事をまず認識 するのが大事。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月15日
@FeydoTaitei もしも、他のイスラエル人が厳格な一神教でなかくて、カナン地方のメジャーな宗教信じてたら周辺部族とあまり違いがないように見えますね。むしろユダ公を特別な存在にしてるのは宗教のような気がします。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 7月15日
@lakudagoya まぁ、パレスチナ辺りはアラム語の 方がメジャーだったみたいですし。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月15日
@FeydoTaitei なるほどー。パレスチナのヘレニズム化以降、かなりギリシャ化したユダ公がいたみたいですね。アレクサンドリアのフィロンとかヨセフスとか。陰謀論コミュではこのあたりのヘレニストユダ公に対するツッコミが甘いと感じます。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 7月15日
@lakudagoya 当時のイスラエル地域の人口とかも キーポイントでしょうね。 あれ、一気に出て行ったわけでなく、 滅亡する前からちょくちょく外国に 移住してたらしい。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月15日
@FeydoTaitei そうなんですか。バビロンとかアレクサンドリアとかユダちゃんが好きなお金儲けのできそうな所に移住した可能性あるのですね?ディアスポラってむしろ商売の都合で移住した人多そうで。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 7月15日
@lakudagoya ヘロトドスも割礼はエジプトから パレスチナまで幅広く行われてたと 書いてあるので、色んな場所に いたのでしょう

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月15日
@FeydoTaitei あれ、割礼ってたしかエジプトの神官の義務でもありましたよね?その辺との関係も気になりますね。

今日のツイートは単なるおいらのやっかみなんだけどさ、メジャーな陰謀論って随分と楽しくみんなで群れてできるもんだなぁ~と感心する。ねちっこく文献を 読まなくても、色々と考察を組み立てなくても随分とイージーに「真実」とやらにたどり着けるもんだなぁ?と。そしてその陰謀論は流行ってるし。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月14日
ぬこたさんの陰謀論って結構地味なんだよね。ウケないよね。ギリシャ哲学を叩けない陰謀論者に価値なし!と言ったのぬこたさんがほぼ最初だと思うけど(一 番最初はたんぽぽさんだけど)なんで紐付きどもはギリシャ哲学を叩かないんだ!?アウグスティヌスの護教のために哲学を利用しろっつー陰謀か?

でもぬこたさんは、イルカに地上で暮らす能力が不要なよーにニャンゲンも別にスピリチュアルな能力いらないと思うんだけど(モグラ君のパクり)問題なのは こういった能力を使って世界を支配してるやつがいて死ぬほど「うぜぇ!」のでどうしたものかと考えてしまうわけだ。悪の魔道師許すまじ!

ある方と魔王の哲学について語り合うことができて嬉しかったのだけど、元はニャンゲンだけど魔道を極めた高位魔道師は究極のルネッサンス人になるわけ。魔 法のみならず、自然科学にも詳しいし、色々な技術にも通じる物凄い多才。だからスピ系と違って見えない世界たってロゴスとパトスを両方使うの。

ねーイルミちゃんを叩きながら日ユ同祖論とかUFOとか言ってるそこの君!何でイルミちゃんが理性(つーかロゴス。ラテン語でラティオ)を崇拝してるのか?何でそれがやべぇ!のか。あとアダム・ヴァイスハウプトの言う「理性」って本当に理性という意味なの?とか突き詰めて考えないといけないかも?

これは脳科学でもあってたけど、論理的思考を司る部分は脳の中でも一番新しい分野なのね。で、その次が感情を司る部分。これも結構太古の感覚でニャンゲン が論理で動けないのはここに原因がある。女は恐らくここが発達してる。で、一番古い層がおまいらが大好きな爬虫類脳で神秘体験とかする部位らしい

そもそも陰謀の「論理的」探求って、イルミちゃんカードで陰謀論者が無力なよーに現実を変える力はないわけ。人は論理で動かないから。で、そのあたりのニャンゲンの法則性を理解してる悪の魔道師は思考はロゴス、行動はパトスと使い分けまふ
。 pic.twitter.com/NquXbzWmT1

ちゃんと「陰謀」を認識して正しい行動を取るには論理的思考が必要なんです。でも人は論理では動かないから、現実に社会を動かそうと思ったら真実の暴露だ けでなく正しい認識に基づいた行動が必要なわけです。まぁ、真実で人を動かすなら感情に訴えかける紐付きどもと同じになるのでその手法は取らない

ただ、陰謀を認識して正しい行動なんて普通の勤め人やニートにはなかなか難しくてできる事が限られてる事がネックなんですよね。ある程度金と自由時間、ノ ウハウがないと具体的な行動を取りづらい。だからこそやつらは中間層を潰してシステムの奴隷にならないと生きれない人ばかりにしたわけです。


@etketketketke わかってくれるひとがいて嬉しい。例えば何かイベントするのもお金いりますから、ある程度のお金と時間がないと動きようがない。あと人脈も。

山本七平bot ‏@yamamoto7hei 2014年2月13日
⑧インドというと、いわば「神秘主義」といった見方が強いわけですが、同時にインドは人類最初の論理学の国です。
これは人間のもつ二面性のようなもので、徹底的に論理的になりますと、その論理で把握できない面が抽出されたような形で神秘主義になっていきますから、当然の結果といえます。

knznymmmy ‏@knznymmmy 8月25日
これ、聖書にはちゃんとでてくるよ 誰が地獄行きで誰が天国行きかは 最初から決まってる 外典とか偽典じゃないし、カトリックだけが採用とか そういうのでもない 福音書でキリスト自ら語ってる
御子柴百太郎(みこしばももたろう) ‏@Namazu_tan 11月11日
@IakobGoldstein @amatukaze01 カルヴァンとルターの違いの一つは予定説にありますね。カルヴァンの「天国と地獄に行く人間は生前の善行では判断できなく、運命的に決められている」という考え方が、「個人の内面の孤独化・孤立化⇒個人の内面の誕生」(続く)

ヨガ サーンキヤ
http://mitea.mods.jp/yoga/sankiya.html

サーンキヤ学派
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A4%E5%AD%A6%E6%B4%BE

アーユルヴェーダの基本理論 - アーユルヴェーダライフ
http://www.ayurvedalife.jp/basic_theory_of_ayurveda.aspx

最後までお読みくださりありがとうございました。
スポンサーサイト

「利休キリシタン説」と「茶道の元ネタはキリスト教の儀式」説は仏教破壊用のデマ!   『神学の思考』で一神教のタブーを学べば騙されない! 

 メリー・クランパス!
(意味を知りたくない人は私のツイートを絶対に見ちゃダメ!)

 一神教の知識は膨大ですが、
これ一つだけで沢山の嘘を見抜ける知識」をできるだけ多くプレゼントします。

【忙しい人々のための要約】

キリスト教など一神教のタブーは
①人間が神になる
②人間が神に取って代わる
③人間を神格化する
④人間を神として神社などに祀る
⑤神と一体化する
など。
ゴッドは絶対不可侵。
人間は絶対にゴッドに到れない。
人間がゴッドになれるなら、ゴッドが唯一神でなくなるので多神教になってしまう。


キリスト教には、人間と動物のあいだには決して越えることができない境界線がある。
人間は神の前に立つことができる存在として神によってつくられたがゆえに、他の被造物から区別される。
人間に特権的な地位を与えるのが、仏教や神道と比較した場合のキリスト教的救済観の特徴
人間は特権的地位を持っているがゆえに、この世界に対する責任も特別に大きくなる。

「人間は動物の王にして支配者だから”保護と管理”をしてやらないといけない」、
というキリスト教思想が欧米の動物愛護偽善の中核。
クリスチャンが動物愛護なんて言っても説得力ゼロ。

日本の真の伝統思想の仏教では、人間と人間以外の生物に断絶はない同じ仲間だとみなす、輪廻転生と自然と共に生きる自然観が特徴


キリスト教は性悪説
キリスト教は人間の良心に積極的な価値を与えない。人間の良心はあくまで外部の神の啓示によって呼び出されたもの。
神抜きに人間の良心は成立しない。
キリスト教が自由を肯定するのは、悪の原因を人間にするため。

人間が自由意志によって悪から逃れる選択をすることはできない。
人間の自由意志には悪に打ち勝つ力がない。人間の自由意志は罪の奴隷となることを選択する意志。

(罪の奴隷になるしか選択肢がないと言ってるくせに自由意志ってほざいてんじゃねーよ)

キリスト教はアンチ・ヒューマニズム(反人間中心主義)
キリスト教では、神に触れることのない、人間だけのヒューマニズムに肯定的価値を与えない。
人間は原罪を負っているので、神の恩寵にあずからない、自然のままの人間にキリスト教は肯定的価値を与えない。キリスト教神学では自然のままの人間性を尊重するヒューマニズムは否定的概念である。

キリスト教思想に基づく教育を受けて初めて人間扱いするのがキリスト教ってことです)

イエスの肉(パン)と血(ワイン)を食べる儀式の元ネタは、バアル教の食人習慣
考古学の発掘調査や古代ローマの文献からバアル信者の食人習慣の事実は裏付けられている。
バアル教の盛んだった地域では幼児の骨が異常な程、沢山出土している。

「個々人の生命は有限でも大儀のために命を捧げる事で永遠になる」
=キリスト教の論理(ロゴス)の中核

イエスを生贄にしたことで永遠の命を手に入れた。

佐藤優は「人殺しの思想には自己犠牲が入っている」と指摘。
自己犠牲はキリスト教思想のど真ん中
復活を信じるキリスト教徒は自身の命を犠牲にしても悪と戦っていく気構えを持つ。
自己犠牲賛美なのがキリスト教。

キリスト教徒「だけ」が「選ばれていて」「救われる」
=選民思想


中身がないのに権威だけってのが耶蘇教の本質。

神の被造物である自然を拝むことは、十戒の偶像崇拝の禁止を破る。

キリスト教の中核は反理性と反知性主義。
キリスト教は人間の知性を信用しない。
人間が神について知ることができるのは、真の神で真の人であるイエスを通じてのみ。
人間が神の教えを正確に理解できると発想が、傲慢で自己神格化につながると考える。
キリスト教神学では、論理的に整合性がとれている説のほうが異端とされる傾向がある。

(反知性主義=愚民化して支配。
キリスト教のせいで苦しみが増大している人を救済する自作自演)

「神が造った世界に、なぜ悪があるのか」
についての論を神義論(Theodizee)、弁神論
という。

神学には神が悪を造ったか否かという問題は存在しない。
結論は当然決まっている。
神が悪を造ることはありえず、神には一切この世の悪に対する責任がない。

(既存のキリスト教の矛盾点をなんとかごまかすための弁神論から
スピリチュアルなどの「新キリスト教=一神教的多神教」が生まれました)


・カトリック神学では悪は「善の欠如」と定義している。
イエス・キリストの退場により人間の原罪は贖われているので根源となる悪は存在しないと考える。
そのドクトリンは教会によって維持されているので、教会に所属することで確実に救われる。

(善は悪があるから存在できるんじゃないの?
善しかないなら悪という概念は生まれないんじゃないの?
善と悪は相互依存しないと存在できないんじゃないの?

善=ゴッドが善の欠如=悪をつくったっておいおい。
全知全能なら悪を消せるので、悪に対する責任があるでしょ。
善だけど悪に勝てないなら無力じゃん。
神学は虚学。
キリスト教神学の中核は循環論法=詭弁。

哲学は神学のはしため
=哲学は神学の奴隷
=神学>哲学
=宗教>論理的思考で疑う

人知をこえているので考えない、という言い訳は弁神論を突つかれたクリスチャンが使います。
都合が悪くなったら人間には判らないと逃げるくせに神学論争を仕掛ける工作員が沢山います。

和風神学では神=現人神=偽天皇=和風イエス。
大悪魔=ゴッド=偽天皇を免責するために
天皇教=和風キリスト教があります)

・悪は人間の試練とするのが自然法神義論。
善が悪を克服することができるという形而上学が前提。

(虐待死は試練なの?)

イスラーム教と比較するとキリスト教の特徴がよくわかる。
イスラム教のアッラーは、人間との間に媒介となる存在がいない。
ムハンマドは預言者なので神の言葉を人間に伝える機能を果たすのみ。
ムハンマドに人間を救う力はない。
イスラムでは神は人間に直接働きかける


日本では神々については言葉で多くを語らないのが特徴。
キリスト教はやたら神について言葉で語るのが特徴。

(日本の真の伝統では黙って合掌して拝みますから、神は仏扱いです。
やたら神を口に出すのはキリスト教臭い)


キリスト教では科学は悪だから悪魔崇拝扱いされて迫害された。
悪魔と魔女には科学者が含まれる。


・耶蘇教を凶悪にしたのはアウグスティヌス。
耶蘇教にかかればどんな美しいものでも明晰なものでも、迷信や悪質なものに早変わり。

欧米発の社会運動はなんでも、最初に理念があってそれを無理やり現実に当てはめようとしている。
この観念主導のやり方は耶蘇教神学(形而上の観念が絶対的に正しい)の変形


人権思想の元ネタもキリスト教。
人権も神が自然法を通じて、人々に与えた
権利。
神が与えた権利を国家が奪うことはできない。

佐藤優は創価学会のファンであることを隠さない。
創価学会 初代会長 牧口常三郎だが、宗教として元々親しんでいたのは、仏教ではなく、キリスト教プロテスタント

創価学会の母胎は大日本皇道立教会=キリスト教製の偽天皇系組織。
紐付き陰謀論者の巣窟sagegroupの母胎も大日本皇道立教会

(「スウェーデンボルグ派キリスト教の日本版である大本教系カルト」のうち、教祖が紅卍字会に属していると叩かれません。
創価と統一は叩かれるの役目の囮ですから、格下です。
でも、創価の中核が偽天皇を崇拝する組織であり、有名陰謀論者を飼っていることは隠されています。
格上はネットでも名前があまり出ません)

悪魔崇拝を生み出しているのはキリスト教。
キリスト教があるから悪魔崇拝が存在する。
キリスト教はバカを作ることに特化している。
反知性主義のキリスト教に満足できない知識人が、悪魔崇拝(古代異教と科学)に走るのは当然。
キリスト教に構造上の問題があるのに日本のせいにするRAPT。

・大本教のボスである出口王仁三郎のは平田篤胤というカトリックをパクった神学を国学院で学んだ。
出口王仁三郎の腹心の浅野和三郎は横浜のメイソンロッジに出入り。

・『日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰』
いわく、「アジアのキリスト教徒は日本の大東亜共栄圏に協力しなさい」。
日本基督教団を成立させ、統理である富田満は伊勢神宮にて大東亜戦争を聖戦とみなし、
「愛国機の献納」や「殉国=殉教」という日本的キリスト教を生み出す。

・古代ローマは、ギリシャから手に入れた進んだ文明を植民地にプレゼントすることで文化支配していた。
与えることで支配
する。

娯楽は支配者が用意する。
パンとサーカスを与えるのは支配層側。

(物語で潜在意識を変えられると、人は自分の意志でそれを選んでると思いこみます。
だから、紐付き結社員が作った娯楽を支配層が流行らせることで効率的に大衆を洗脳します)


あなたが自分だと思っているものは実は欲であり、それを自我と信じ込んでいるだけ。

・よその民族を滅ぼすために贅沢漬けにする手口は聖書にもある。

「働かざる者食うべからず」の元ネタは新約聖書なのでキリスト教思想。
「勤勉な日本人」は明治以降に労働を強制する為の偶像。
資本主義を発展させたのがプロテスタント(ユダヤではない)

厳密にいうと、予定説のあるカルヴァン系のプロテスタント。
元はおそらく、ペラギウス主義。

「人は“その人自身の努力によって”救われる。
人は“努力すれば”罪のない生活を送り、罪のない存在に“なれる”」
という、人間の自助努力を肯定するのがペラギウス主義。

しかし、「人間の側が功徳を積む努力をすることが大事」だとするペラギウス派は異端とされた。

ペラギウス「神の愛は人の努力や功績によって支払われる」

アウグスティヌス「神の愛は贈り物として弱い人間に到来する」


”○ペラギウス主義:人間は神の恩寵を待ち望まなくとも自らの努力によって救済を獲得できる

×アウグスティヌス主義:原罪による堕落は食い止められず、人間の行為では贖罪はできず、神に自らの運命をゆだねる。

?ペラギウスPelagius360頃-420頃イギリスあるいはアイルランドの修道士.400年頃ローマに定住し,神の恩寵と原罪についてアウグスティヌスと論争を展開する.救済は人間の力によって達成されるという論(ペラギウス主義)は,416年および418年の宗教会議で異端とされる.破門されると,ローマから姿を消し,その後の消息は不明.”
http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/~ssuzuki/ClassLecture/Indivisualism_todorov.htm



人の努力で何とかするのは ペラギウス派と言って原則異端。
カルヴァン主義が若干ペラギウス要素がある。

ペラギウス主義は「努力の足りない弱者は死ね」 とういう意味も含んでいる。
キリスト教神学の定義では、 「努力した=結果を出した」。
つまり「努力しても結果が実らなかった人」は努力が足りないということ


“働かざる者食うべからずの元ネタは新約聖書であり日本の伝統ではない...
日本はキリスト教が作った奴隷労働教儲が多過ぎですよね。過労死多過ぎ...「勤勉な日本人」だって明治以降の偽伝統”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-47.html

これ↑を補足するとカルヴァン主義。

プロテスタント系でもルーテル(ルター)派は弱者に施しをするのが美徳。
カルヴァン主義の努力しない奴は駄目人間という考え方はカトリックが廃絶してきたペラギウス主義が元。

・現代社会は、隅々まで異端を含めた耶蘇教の教義の成分で構成されている。
日本のお嬢様教育はスコラ学、
結婚式も耶蘇教。
日本の勤勉さを尊ぶ労働観念もペラギウスの影響を受けたカルヴァン主義。
どれだけ世界は耶蘇教的観念によって塗り潰されてるんだろうか。

統一教会系ネトウヨの反駁の仕方ってすごく耶蘇教神学的でなんかアウグスティヌスっぽい。
ネトウヨが話の核心部分ではなくて、細かな矛盾点を指摘して全論をひっくり返そうとする話の持って行き方とかほんとそっくり。

(日油同祖論デマ、「秦氏は景教徒」デマ、「茶道はミサ」デマ、「利休はキリシタン」デマも、中核の致命的な矛盾は無視して細かい表面的な共通点でごり押し)


「利休キリシタン説」は日油同祖論と景教渡来説の手口に酷似。
類似点があれば些細な事でもこじつけ、相違点はどんなに本質的決定的なものでも無視。

「茶道の元ネタはキリスト教の儀式」説は仏教破壊用のデマ。
「茶道がキリスト教の儀式が起源説」は、同祖論デマと秦氏ユダヤ詐欺と同じ、仏教文化破壊工作。
形式的に一致しても、思想が真逆なら別物。
茶道に影響した禅は「創造主」と
「不滅の霊魂」(キリスト教の大前提)を完全否定


茶道は禅仏教の発想によってできたもの。
当然、キリスト教的な意味は最初から意図したものではない。クリスチャンが聖書的な意味を勝手に後付けで新たに見出しただけ」

事実(証拠をあげて裏付けできる)と意見(判断、推論)をきっちりわけないといけない。
利休キリシタン説と茶道ミサ説は意見(どころかデマ)の領域


日ユ同祖論を布教する陰謀論者=宣教師。
「~は実はキリスト教」デマを流す者=宣教師。

一神教と仏教、多神教の論理の違いを押えておけば、「○○同祖論」「●●渡来説」の類に簡単に騙されなくなる。
ヤハウェ(エジプト系の雷神)が奈良の大仏(アーリア系の太陽神仏)なわけないし、
真言宗が景教(人の神格化禁止)なわけない。

中ユ同祖論の提唱者にして日ユ同祖論の原型を作ったのは、17世紀のイエズス会士ロドリゲス


スピリチュアル系は基本、アメリカ生まれの新興宗教が大半。
インド原産の純粋なスピリチュアルを見たことない。
ヨガなどが出てきても、西洋人のヒッピーみたいなのを仲介して紹介されてたりする。
ヨーガ関係もヒッピーや神智学のフィルターがかかっている。
西洋経由だから、キリスト教の影響をモロに受ける。
ヨガナンダとかあのあたりも耶蘇教に迎合。
従って、アメリカ生まれのスピ系は、キリスト教文化的な盲従思考が特徴として表れている。
グダグダ理屈で考えてないで信仰しろ!
グダグダ理屈で考えてないで感じろ!

(インド思想派の特徴の一つが論理的思考。
つまり、論理や理性を否定する時点でインド思想ではありません。

①キリスト教の反知性主義を中核(中身)とし、
②外側だけインド「っぽく」して、
③インド思想で重視される論理的思考を抹殺した、
最悪の新キリスト教がスピリチュアル。
「論理的思考という、カルト化を防ぎつつ、嘘を見抜ける武器」を取りあげられているのに気づかない悪質な酔っぱらいがスピ信者)


科学は経験則
見えなくても再現性があるなら科学
西洋と東洋は一長一短。両方やるのがベスト。
ただ、見えない世界については嘘が蔓延るのでシンプルに論理的に説明するのがベスト

・東洋医学と西洋医学は大前提となる理論がまったく違うので、
「漢方の作用成分が〜」っていう批判は見当外れ。
中医学も陰陽五行説を背景理論としてるから、当然、西洋医学の理論とは関係ない違う知の体系。
そこを認識せずにただ間違っているという非難はダメ。

・この世界で起こる事象を上手く説明でき、かつ法則性があれば、それはもう立派な学問。
魔術ならその方法を体得している専門家が同じ現象を何度も出現させることができる。
近代科学の実験も、技法を体得した専門家(自然科学者)が同じ環境で実験を繰り返せば同じ結果を導ける。
魔術と近代自然科学は同じ方法論をとっている。

・『聖トマスの懐疑』という絵画で有名な、聖トマスは、 イエスの復活を「主の傷痕に指を差し入れるまで復活を信じない」姿勢。
「私は見た物以外信じない」自体が新約聖書のエピソード。
グラントリアンの国であるフランスでは、科学を学生に教えるときに、この聖トマスの例を用いて科学検証の重要性を説く。

西洋の認識思想は、聖トマスの立場と一緒。
「見えない(観測出来ない)」ものは存在しないというのが基本
なので、顕微鏡や望遠鏡などの観測器具が発達。

・マリのドゴン族のシリウス神話というのは記憶の編纂で最近できたもの。
最近知った新しい知識を神話にアダプトしただけ。ドゴン族がシリウスの1等星の質量なんか知るワケない。コレと同じことが世界中の神話に言える。
人間の記憶ほど曖昧なモノはないからこそ、歴史の編纂や捏造は可能。
自分の都合の良い方に解釈を変えたりする。

・昔のアラビア半島にはアルウッザやアラットという女神信仰があった。
この月の女神信仰がアッラーの元ネタ。
キリスト(ミトラ=太陽)とアッラー(月)は対になっている。

キリスト教は中東、オリエントに残る旧勢力(ゾロアスター、ミトラ)を一掃するために古代ローマの月信仰をもとにしたイスラム教を造った。ムハンマドの親類はクリスチャン。

エジプト派(グラントリアン。独仏)
vs
インド・イラン系(アーリア。英米)

アングロサクソン系メイソン
(インド・イランの宗教、北欧やケルト神話、シーア派、ギリシャ哲学、血族主義)

vs
グラントリアン(大東社)
(エジプト大好き、女神信仰、自然大好き、百科全書派、頑張れば誰でも出世)


血族主義、ギリシャ哲学、インド・イラン哲学は両者ともあるし、
シーア派はグラントリアン寄り
だというのが私の意見。
アングロサクソン系はキリスト教原理主義と白人至上主義が強い


・陰陽道は宗教ではなくて占いの技術陰陽師は仏教徒


【茶道の中核は禅宗】

「わび・さび」で有名な茶道の中核思想は禅宗です。
千利休などの各時代の代表的な茶匠は大徳寺(臨済宗)の住持に帰依し、参禅しています。


【禅仏教はキリスト教を完全に否定する思想】

仏教では「神」は輪廻に囚われた格下の存在です。
仏教の目標は、自然の法則の縛りから離れること
です。

仏教では、人間と動物のあいだには本質的な差異はありません。
なので輪廻転生で人間が動物になったり、動物が人間になったりします。
創造者や被造物という発想が仏教にはありませ
ん。

対して、一神教では、
人間は、ゴッドにより霊を吹き入れられた特別な存在だから、
他の動物と異なり、人間の特権的な地位がある

と考えます。
人間以外の生き物は魂なきゾンビなので、キリスト教は動物蔑視思想です。

茶道の中核思想が、キリスト教思想とあまりにも真逆でびっくりするでしょ?

禅についてさらに知りたい方は、
『禅の本』。
禅はスピリチュアルの中核を否定。
神秘体験は魔境=執着してはならない悪。
スピリチュアルは野狐禅を量産する危険物なので取り扱い注意!

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-109.html
をどうぞ。

【「利休キリシタン説」は日油同祖論と景教渡来説デマに酷似】

菊池 ‏@kikuchi_8
日猶同祖論者は類似点があれば些細な事でもこじつけ、相違点はどんなに本質的決定的なものでも無視する。かかる強引な便法を駆使しない事には「日猶同祖論」など成り立たないという事。初期の日猶同祖論者の佐伯好郎は服部之総に日猶同祖論は北海道開発に猶太資本を呼び込む為の便法だと語っている。

6)だからもう一つの「憑依型」戦術が出てくる。これは、現地国家に元からある伝統や文化に憑りついて別の物に変貌させる、という形で行われる。これは、革命のようにあからさまには行われず、徐々に進行されるため気付かれにくく、現地人からの警戒や反発を最小限に回避しつつ、

7)いつの間にか占領された状態が現出している、という恐るべきものである。歴史を観察すると日猶同祖論のように「お前達のルーツは我々だよ」と精神的に屈服させるやり方(○猶同祖論は世界各地にある)や伝統的思想を換骨奪胎して別のものに変えてしまうやり方などがあることがわかる。

15)統一、大本というのは一神教がベースのカルトであり、日本の伝統思想とは絶対に相容れないはずなのに、一神教カルトのお先棒を担ぎつつ日本主義を呼号するという矛盾である。そして戦前から意図的に流布されたおかしな日猶同祖論が罷り通っている。保守層を標的にした一連の思想ギミックである。

16)保守陣営の一部には熱烈な親イスラエル一派がいる。渡部悌治先生の御著書によると日猶同祖論の資金源の一つが大本教だそうである。そのような工作の結果、共産中国に長年武器援助してきたイスラエルを翼賛しつつ反中国の主張をする、という両建マッチポンプが実際に起こっている。

一神教と仏教、多神教の論理の違いを押えておけば、「○○同祖論」「●●渡来説」の類に簡単に騙されなくなる。
【ヤハウェ(エジプト系の雷神)が奈良の大仏(アーリア系の太陽神仏)なわけねーだろ!
真言宗が景教(人の神格化禁止)なわけねーだろ!】

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-110.html

中ユ同祖論の提唱者にして日ユ同祖論の原型を作った17世紀のイエズス会士ロドリゲス『日本教会史』
茶の湯とキリシタン大名とキリスト教人脈と大河ドラマと
大日本皇道立教会と
鹿児島版田布施の加治屋町
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-90.html

日ユ同祖論と中ユ同祖論の発明者は17世紀のイエズス会士ロドリゲス。          
同祖論はキリスト教の布教とセット。                        
日ユ同祖論を布教する陰謀論者=宣教師。                      
日ユ同祖論の英語版Wiki
の一部を翻訳し解説。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-83.html


【「茶道の元ネタはキリスト教の儀式」説は仏教破壊用デマ】

キリシタン迫害時代のキリシタンたちの「聖餐式」の代わりに茶道が行われた可能性はあります。
切支丹が、十字架が隠された茶器を使ったり、
お茶菓子はパン(キリストの体)の代わりに、
お茶はぶどう酒(キリストの血)の代わりにして茶会を行った可能性はあります。
キリシタン人脈と茶道人脈は一部重なりますし、茶室は密談に最適ですし。
茶室の入口が狭いのは、聖書の「狭き門より入れ」が元ネタだと主張する人もいますが、
そういう意味を後付けしただけで、最初から意図したものではない。クリスチャンが聖書的な意味を新たに見出しただけ
だと私は考えます。

茶道人脈がキリシタン人脈とかぶっていたのなら、秀吉が、キリシタンに警告するために利休を死なせてもおかしくありません。
利休がクリスチャンである必要がありません

「茶道がキリスト教の儀式が起源説」は、同祖論デマと秦氏ユダヤ詐欺と同じ、仏教文化破壊工作です。
形式的に一致しても、思想が真逆なら別物。
茶道に影響した禅は「創造主」と
「不滅の霊魂」(キリスト教の大前提)を完全否定
しています。

というか、事実(証拠をあげて裏付けできる)と意見(判断、推論)をきっちりわけろ、読み分けろと以下略。
利休キリシタン説と茶道ミサ説は意見(どころかデマ)の領域
です。



一神教の知識は膨大ですが、
これ一つだけで沢山の嘘を見抜ける知識」をできるだけ多く吸収してください。。


【著者自身の思想傾向と立場を分析】

『神学の思考/佐藤優/平凡社』の著者である
佐藤優(さとう・まさる)は、同志社大学 大学院 神学研究科の出身で、
外務省入省後、主任分析官として対ロシア外交の仕事に就いたことから推測できるように、クリスチャンです。

出版社が、聖書を百科事典で否定する百科全書派系の平凡社なのが皮肉ですね。
百科事典=科学の本(アンチ聖書)。
百科全書派はフランスのグラントリアン系。
下中弥三郎や世界連邦と一緒に調べると左右の胴体が見えてきます(過去記事あり)

紐付き陰謀論者並みに警戒しないといけないと判断しましたので、先に判断基準になりそうな資料を載せておきます。


knznymmmy ‏@knznymmmy 10月31日
【定期】「潮」(2011年7月号)より佐藤優大先生の名言w

「筆者(=佐藤優)は創価学会が民主主義の砦であると確信している。
それと同時に創価学会の思想を、池田大作氏という
傑出した宗教人から虚心坦懐に学びたい」
「筆者(=佐藤優)は創価学会のファンであることを隠さない」


安保 多稼士 ‏@AmboTakashi 7月9日
創価学会初代会長牧口常三郎だが、宗教として元々親しんでいたのは、日蓮正宗ではなかったし、仏教でもなかった。キリスト教プロテスタントであったという。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-89.html

安保 多稼士 ‏@AmboTakashi 7月25日
創価学会の母胎は大日本皇道立教会=キリスト教製の偽天皇系組織。
紐付き陰謀論者の巣窟の母胎も大日本皇道立教会。
創価の表層を叩かせるのは、偽皇室とキリスト教が陰謀論業界のボスであり、創価とsagegroupを作った黒幕なのを隠す為。

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-36.html

た⌘し ‏@meets_tak 1月24日
以下、島田裕巳著『創価学会』(新潮新書)より引用。第一章 なぜ創価学会が生まれたのか (P29)から。 pic.twitter.com/lviTxsGBtf

@meets_tak しかし、牧口の場合、宗教として元々親しんでいたのは、日蓮正宗ではなかったし、仏教でもなかった。北海道尋常師範学校は札幌にあったが、札幌には、内村鑑三や新渡戸稲造といったキリスト者を生んだ札幌農学校があり、キリスト教プロテスタントの伝道の拠点であった。
牧口自身、「苦学力行の青年期に敬愛し親近した師友は、大概基督(キリスト)教徒
であった」(『創価教育学体系楩概』)と述べている。 (引用は以上)

(「スウェーデンボルグ派キリスト教の日本版である大本教系カルト」のうち、教祖が紅卍字会に属していると叩かれません。
創価と統一は叩かれるの役目の囮ですから、格下です。
でも、創価の中核が偽天皇を崇拝する組織であり、有名陰謀論者を飼っていることは隠されています。
格上はネットでも名前があまり出ません



帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月29日
佐藤優の「神学の思考」パラパラ読んでみた。うーん、なんなんだろう、この神学の説明を聞いてスッキリしない感覚つーか、健康食品屋の店先で煙に巻かれてるおばちゃんな感覚は。こりゃ、知識人は耶蘇教よりも古代のイルミちゃん思想にハマるののもしゃーないわって思ったぞ?(笑)

RAPTみたいにさ聖書を妄信して一ミリも疑問を持たない幸せな連中ならいいんだよ。でもそれだけじゃ我慢がならない連中はいるんだよ。そんなやつは昔だ と受け皿がないから「悪魔崇拝」に走るんだよね。RAPTが悪魔崇拝を叩くクセにその耶蘇教世界の偏狭さが悪魔崇拝作り出してるってわからない?

日ユ同祖論を妄信してる幸せなやつは、悪魔崇拝(古代異教と科学)に走る知識人の気持ちはきっとわからないだろうな。第四のエズラ書も読まない、聖書も読 まないのに日ユ同祖論を妄信できる感覚がそいつらにしてみたら信じられないだろう。悪魔崇拝は耶蘇教世界の構造的な問題だとしたら?

まあでも、そんな抵抗勢力だったイルミちゃんも、今や権力の座に食い込む事で中国共産党ばりの腐敗の限りを尽くしてるのであります(笑)まあ、菊池さん じゃないけど、理性崇拝だのルシファー信仰だの俺ら非耶蘇教世界の住民にとっては「知らんがな」って話なんだよね。内ゲハはあっちでやってね♪

おっと、補足しとくけど、元祖イルミちゃんのアダム・ヴァイスハウプトは極度のオカルト嫌いの神秘主義とか騙しのツールみたいなモグラ君のスタンスだった けど、その飼い主のゴータ家はオカルト大好きだったかも知れん。理性崇拝は結構だが、リアルでニャンゲンの生贄はアカンだろうと?

結論。悪魔崇拝ってやっぱし、耶蘇教世界の構造的な問題デスワ。耶蘇教があるから悪魔崇拝が存在する。影のよーなもん。本当に悪魔崇拝根絶する気があれ ば、耶蘇教と聖書もろともゴミ箱へ捨てる覚悟がいるかと思われます。おい、そっちの構造的問題を日本のせいにすんなよRAPT!

出口王仁三郎は平田篤胤というカトリックをパクった神学を国学院で学んだし、出口王仁三郎の腹心の浅野和三郎は横浜のメイソンロッジに出入りしてますが、それだけでも陰謀と言わずなんと言うんでしょうか?


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月1日
さゆふらもRAPTもな、ネタが薄いんだよ。大御所の陰謀論者は何でDEEPな陰謀論トークができないんだろうねぇ?濃い陰謀論トークする人は多くてもフォロワーが1000にも届かなかったりするしね。

RAPTもさゆふらもコメント欄見る限りだとあまりに不自然というか、自作自演じゃねーの?とか思っちゃう。不幸の科学だって、信者が本を買い支える事で ベストセラーを意図的に作り出したりしてるよーに、耶蘇教信者が合同でサクラやってんじゃねーの?(笑)あと、炎上商法もやってるよな、絶対。

この前、佐藤優の「神学の思考」読んでたら、プロテスタント神学は、見える教会と見えざる教会という2つの教会があると信じると書いてあった。おや、薔薇 十字団の見えざる大学かね?(ルター家の紋章は薔薇十字)この神学の定石を知ってるだけでも、RAPTの思考が一発で背後まで読み取れるのさ。



           薔薇十字ルター


【少年サンデー マギ】232話 ソロモンはイエスだった!?
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-650.html
ソロモンが神イル・イラーを乗っ取り
アルマトランのありとあらゆる種族に
自分を犠牲にして魔力(聖霊)を分け与える
エピソード、

これはキリスト教のイエスがパンとワインを
自分の肉、血として弟子達に分け与えた
”最後の晩餐”のシーンが元ネタ
だ。

そしてフザケたことに大高はここで
宗教界最大のタブーを破る。

「人間自身が神になる」

ユダヤ教を始めとする一神教系の宗教では
「人間が神に取って代わる」というのは禁句である。

何故なら、神というのは絶対不可侵の概念であり、
人間にはその完全なる認知が不可能であることを
前提として成り立っているからだ。


これは異端扱いのカバラやグノーシスでも基本的にこの
前提を踏襲しており、カバラやグノーシスは神の意図を
「予知/予測」するアプローチ法であり、「神そのものになる」
ことを指しているわけではない。

だから、フリーメイソン教ですら「神になる」ことは
前提されていない。

仏教やバラモン教で「梵我一如」という概念が
あるが、これも「神になる」事とは違う。

そもそも仏教やバラモン教では「神」は
格下の存在である。

なぜなら「神」という種族もまた輪廻に捕らわれた
存在であり、サンサーラから抜け出せない
存在だからだ。

仏教の「仏陀」やバラモン教の「解脱」というのは
「神になる」よりもずっと深い概念であり、
「創造神だとか自然の法則から離れる」ことを
目標にしている


では、なぜ大高忍やその担当編集である石橋が
こんな基本的な事が分かっていないのか?という
疑問が生じる。

それは大高達はキリスト教で言えば”神学”も
勉強していないし、イスラーム哲学の知識もない。
また、仏教もS学会系のトンデモ仏教レベルの
理解しか示していない上、当然ユダヤ・カバラの
原典すら読んだ事が無い。

要は”浅い”のである。

特にキリスト教というのは難しい。「キリスト教神学」
という学問に対する基本的な理解がないと実に
難解なテーマなのだ。
橋爪大三郎のような「社会学者」の教える内容とも
全く異なる。

口を酸っぱくして再三言うが、

キリスト教を扱うなら、キリスト教神学は
必修である!

ところが問題は基本的にこの「キリスト教神学」、
牧師とか神父を目指す人間以外はまず勉強する
機会もないし、必要も無い。

従って、無料で勉強しようと思うと中々良い
教材がない。

ベタだが、それでも「キリスト教神学」に
金を出したくない人用に入門ブログを紹介
しておく。

ttp://webheibon.jp/blog/satomasaru/archives.html

悪名高き佐藤優のサイトで申し訳ない。
しかし、無料でと言うと彼のサイトぐらいしか
資料がない。彼はバルト、フロマートカ・マンセー
主義なので多少バイアスが掛かっているので
その点だけは注意してほしい。

ただ「キリスト教神学」が如何に通常の学問と
異色かということは掴めると思う。

ところで、キリスト教というのは「三位一体」を
重視する。
実はこの概念はキリスト教独自の考え方で、
元のユダヤ教や後代のイスラーム教にはこの
概念が無い。
一応カバラで無理矢理屁理屈で三位一体論を
導き出す事は可能だが、ユダヤ文化からはかなり
かけ離れた異質な概念であることをまず
念頭に置いて欲しい。

また「三位一体」という言葉は初期キリスト教には
現れない。後代になって考え出された理論である。

では、こんなユダヤ教にも無い様な概念がなぜ
急にポッと出るのかというと、

この「三位一体」という考え方はセム系宗教の
バアル教がこの理論を採用している。

父=エル、母(聖霊)=アーシラト、
子=バアル(もしくは竜神のヤムウェ)

という構図である。

エルというのは、エル・シャッダイや
エロヒム、ミカエルの”エル”なので、
ヤハウェの元ネタだと言われている
神である。
ギリシャ神話のクロノスに相当する。

当然その息子のバアル=イエスである。
バアルというのはセム系では単純に
「主人」という敬称なので、実は
バアル神というのは複数いる。
だからバアルは雷神/嵐の神だから
イエスよりゼウスのイメージに近いじゃないか!
と思われる方も多いと思う。
実は、別のバアル神に嵐ではなく「豊穣神」
バアルというのもいる。
イエスの場合はこちらがそうである


一つ謝らないといけないのが、以前「まどマギ」
のカバラ的解説でイエス=ティファレトと
説明したことがある。
実はこれの元ネタはフォーチュンの”神秘のカバラー”
なのだが、最近カバラ原典を読んでこれが
間違いであることに気付いた。

イエス=イェソドが正しい。

名前も似ているでしょ?

イェソドというのは男根を表すので、
マルクト(女性)に種を撒くセフィラである。
だから「豊穣神」のイメージにピッタリだ。
イエスが撒く種とはもちろんキリスト教信仰の
事だ。(つまり聖霊のこと)
パウロも元々サウロというユダヤ教狂信者だったが
聖霊にレイプされた事によって”キリスト信仰”を
孕まされてしまった。

ところでイエスのシンボルは魚である。
これは彼が、空腹者に魚を増やして与えたから
とか、ローマ政府に見つからないための暗号だとか、
アフロディーテの神話から来ているだとか、
水瓶座時代の前の魚座時代から来ているだとか
色々囁かれているが、

これはウガリット神話のダゴン(バビロニアのオアンネス)
から来ている。



この神は同じウガリット系のフェニキア人が信仰して
いたとも言われている。

じつはこの老人が冠っている魚の衣装が
ローマ法王のミトラ帽の元ネタだと言われている。



だが、あくまでフェイド大帝論だと

イエス=バアルである。ダゴンじゃない。

ダゴンというのはイエスを生け贄(磷付)にした連中
のことであり、キリスト教会の司祭達であると
考えている。

だからイエスを売ったユダや、イエスが
逮捕された時に真っ先に逃げたあの
使徒達のことだ。

この十二使徒達は後にイエスの高名を
利用して初期のキリスト教会を
築いていく。

ここで注意して頂きたいのが、

この十二使徒、”最後の晩餐”で
イエスの肉(パン)と血(ワイン)を
喰らっている。


実はキリスト教のこの儀式は実に異質である。
教祖の肉や血を喰らうなんて、

麻原の入浴した湯の水を飲むではないが、

普通の常識から考えたら、マトモな宗教だとは
思えない。

実はこれはバアル教で子供の生け贄の肉を
信者達が喰っていた風習に由来
する。

実はこのセム系の”食人習慣”はかなり古いもので
恐らく、モーセの時代から人肉を食べていたのでは
ないかと思われる。(モーセの件はまた別の記事で書く)

これはフェイド大帝の妄想ではなく、
ちゃんと考古学の発掘調査や古代ローマの
文献からもバアル信者の食人習慣の事実は
裏付けがされている。
(バアル教の盛んだった地域では幼児の骨が
 異常な程、沢山出土している)

イエスは”息子”を象徴している。

つまり極端な解釈をすれば”子供”だ。

これが十字架に磷付にされて、父なる神である
創造神=死の下へ送られる。
これは明らかな生け贄の儀式である。
イエスは人類の幸福(つまり原罪の撤廃)の
ために代わって犠牲となった。

これはユダヤ人の憎むバアル神を
ようやく懲らしめたということになる。

ところで皆さん、神様にお供えした後の
お供え物がどうなるかご存知だろうか?

お下がりとして有り難く頂いているのではなかろうか?

これは神道や道教でもお馴染みの光景である。
神様が口にした食物には霊力が宿ると言われ、
人間がこれを食べると大変な開運効果
があるという。

基本的に古代セム人もこれと同じ考え方だ。

生け贄にした後は皆で有り難く喰う。

そう、だから子供を生け贄にしたあと、モレク教信者
やバアル教信者は生け贄にした子供の人肉を
美味しく頂くのである。

当然、イエスの肉も喰うわけである。

これがキリスト教のパンと葡萄酒の儀式の
ルーツだ。

漫画ではソロモンの霊をシバ達が喰らったわけだ。
シバの髪型が牛の角が生えている様に見えるのは
偶然ではない。
子供を生け贄にして食べていたモレク(バアル)教
の神が牛型なのだ!

三浦建太郎のベルセルクの”蝕”もこれが由来だ。

よくキリスト教の司祭が子供を生け贄にして
その人肉を喰らったり、飲血をしているという
噂もこのバアル教の伝統から来ている。”

※画像は省略

「神学の思考」佐藤優氏
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/158335/1
の要約。

・キリスト教では世の中の掟よりも、心の中に突然聞こえてくる神の声(召命)を重視。

世の中の掟がキリスト教に基づいているんですけど)

キリスト教は性悪説。性悪だから戦争も起きると考える。
が、自分も性悪であるから、本当に悪いのは誰かの答えは「神のみぞ知る」であり、自分が正しいと思う道を行くしかないとも考える。
聖書では、キリストを捕まえようとした人に対して、弟子が武器を先制行使している。欧米諸国は正当防衛と信じれば、武力行使に躊躇しない理由。

キリスト教のせいで今も戦争はなくなりません。性悪のせいではありません

・「取りつかれた妖怪によって運不運が決まる『妖怪ウォッチ』の物語は、絶対にキリスト教圏からは出てこない。自分が悪いかもという発想がないからである。

世界の勝ち組クラブであるキリスト教の発想を知っておいて損はない


【読書メモ】

(創価ファンの)佐藤優『神学の思考 キリスト教とは何か』


キリスト教はアンチ・ヒューマニズム(反人間中心主義)。
キリスト教では、神に触れることのない、人間だけのヒューマニズムに肯定的価値を与えない。
キリスト教は人間の理性と衝突する。
キリスト教は、人間は原罪を持っているので、人間が作り出した社会制度や文化に肯定的価値を与えることは、根源においてできない。


人間が神について知ることができるのは、真の神で真の人であるイエスを通じてのみ。

人間が神の教えを正確に理解できると発想が、傲慢で自己神格化につながるとプロテスタンティズムは考える。
プロテスタント神学において、教義(ドイツ語の単数系のドグマ Dogma)は本質において成立しない。
人間が神学的に物語ることができるのは、教理(ドイツ語のドグマの複数形 Dogmen)の一つにすぎない。

・著者である佐藤優はプロテスタント教徒で、所属は日本基督教団。日本基督教団はプロテスタントの合同教会。
佐藤優が日本基督教団に転会したのは社会人になってからで、子供のころから通っていた教会は、長老派(カルバン派)
の日本キリスト教会だった。
なので、佐藤優の神学的な思考にどうしてもプロテスタンティズムの改革派(ツビングリやカルバンの宗教改革の影響を受け継ぐグループ)の思考の鋳型が無意識のうちに反映されている
また、佐藤優は、同志社大学神学部と大学院ではチェコの神学者ヨゼフ・ルクル・フロマートカについて研究した。

フロマートカは改革派に近い神学だが、
「受肉=神がイエスという人間になったこと」
や十字架に対する解釈はルター派の伝統に従う。
佐藤優の神学理解はフロマートカとカール・バルトの影響を強く受けている。
佐藤優はフロマートカの弟子の個人指導を受けた。
ロシアの知識人からロシアの宗教哲学の影響
を受けた。

(knznymmmy ‏@knznymmmy 7月27日
http://uccj.org/confession
日本基督教団 第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白
>わたくしどもは、教団の名において、
>あの戦争を是認し、支持し、
>その勝利のために祈り努めることを、
>内外にむかって声明いたしました。
偽善者

Đằng Văn Hiếu☂ ‏@Tonbi_ko 7月15日
で、日本基督教団はサイトトップに「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を載せていながら戦争法案になんもいわんの? 言えないよねえ。もう中枢部は宗教右翼に牛耳られてるもんね

荒木俊三 ‏@toshizoaraki 12月12日
日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰
http://ln.is/ja.wikipedia.org/wik/LcYDg …

これもすごいな。アジアのキリスト教徒は日本の大東亜共栄圏に協力しなさい、とw よく戦犯にならなかったね

ヒラノ ‏@punanny_chang 10月30日
日本プロテスタント教会は大東亜戦争における国民総動員の一環として日本基督教団を成立させ、統理である富田満は伊勢神宮にて大東亜戦争を聖戦とみなし「愛国機の献納」「殉国=殉教」という日本的キリスト教を生み出すに至る。)


・近代国家はみな立法権を持っているが、立法権を持っているのは神のアナロジーだから。
人権も神が自然法を通じて、人々に与えた権利という意味がある。
神が与えた権利
を国家が奪うことはできないから、憲法に人権条項を作ってはっきりと書きこんでおく。
自然法はいつ制定されたかと言えば、天地がつくられたのと同時のはず。
そこで、ネイチャー(神がつくったそのまま)の法と呼ばれる。

市場メカニズムにもキリスト教は独特の意味付けをする。
はじめキリスト教は、市場メカニズムに懐疑的で、商品の価格を自由に決めさせなかった。中世にはジャスト・プライス(正当価格)というものがあって、靴やパンの価格は伝統的に決まっていた。それによりそれぞれの職業が守られていた
アダム・スミスによる、「神の視えざる手」により需要供給の関係で商品価格が決まる市場メカニズムの正当化は革命的だった。

(フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 11月21日
@shukyogakutan 日本ではないけど、ユダヤ人が エルサレム神殿前で両替してた 「天国で流通してる通貨」という やつが一番の傑作だと思ってる。w しかもあの世に送金するには 賽銭箱に入れないといけない所が ポイントね。ww

ネズミさん ‏@Nezmi_san 12月20日
なんで欧州が死刑制度に反対なのか?それはキリスト教が背景だ。「普通だと思って真似してる?」その前に人権→キリスト教の背景も言わないとね。背景を隠して烏合と非難するが、江戸時代は仇討ちがあった訳。 https://twitter.com/x__ok/status/678716695532445696 …
エリック ・C ‏@x__ok 20 時間20 時間前
なんで日本だけ、みんなが死刑制度に賛成しているのか。それは日本国内での周囲のみんなが死刑制度に賛成しているから多い方を普通だと思って真似をしているからだ。周囲のあり方が無意識に普通だと刷り込みされてしまっている例。

ネズミさん ‏@Nezmi_san 12月20日
犬権、猫権は無い訳(スペインの村では人権を与えた例があるらしいが)、何故ならキリスト教では犬、猫、畜生は神の創造物じゃない。え?神は人間を作る前に動物を作った?いやいや、この辺の解釈は曖昧である。「人間が動物を革にした、食った→神に怒られなかった→ok」と拡大解釈してるに過ぎん。

knznymmmy ‏@knznymmmy 5 時間5 時間前

つ創世記

全然拡大してないから

聖書基準で考えるなら肉食はノアの洪水の後)


キリスト教は人間の知性を信用しない
学識や科学技術に対しても究極的な信頼をよせない。
人生は苦しいものだと考える。
キリスト教は人間を苦しみから解放することを目的とする。

反知性主義=愚民化して支配。
キリスト教のせいで苦しみが増大している人を救済するって自作自演じゃん。

神学は最初から結論ありき。
「真理=ゴッドとイエスの実在」は決まっているので要は、詭弁による弁護であり、真理の探究ではありません。


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya
最近やたらと海外で活躍するヌッポン人とかあってるけど、国際貢献の活動とか欧米とかじゃ違う意味のグローバル企業ゴロだかんな。古代ローマが自国のギリシャからパクった進んだ文明を植民地にプレゼントすることで文化支配の構造できんだよ。与えることで支配する。佐藤優の本にも書いてある事

ピザをオーブンに入れてきたお。で、返却期限が近くなったので、佐藤優の「危機を克服する教養」を読んでる。佐藤優は、エリートは危機を克服するために、耶蘇教などの長い歴史を潜り抜けてきた神学の智慧が必要だとか言ってるしww神学って護教のための哲学の体系だろ?

あー佐藤優のさ「個々人の生命は有限でも大儀のために命を捧げる事で永遠になる」ってやつ、これこそが耶蘇教社会を動かす論理(ロゴス)の中核じゃない か!?イエスを生贄にした事で永遠の命をゲトしたんだよ!そのためにおまいらイエスを見習って特攻しろ!と焚きつける靖国崇拝者はクリスチャン臭い

佐藤優は公平にも「人殺しの思想には自己犠牲が入ってる」とちゃんと指摘してるわけなんだけど、そこをマルクス主義者の話にしちゃって、耶蘇教がそのど真ん中だということに目を逸らすのは譲れない信仰心があるからかしらー?


俺は、中流であることという定義は「智を愛する者である」という事だと思ってる。フィロソフィアですよ。中流の人たちが俺ら超下層階級のニートと違うのは、「知性」を崇拝してるか否かですね。で、佐藤優は教養のためにはギリシア語やれとか言ってるんだけど。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月16日
これ帝王学のヒントになるので引用「市場とは何かというと、多くの人が同一の価値観においてそれを良いと認めるものが土台になってる。本当は同一の価値観など幻なのだけどその幻影があるかのようにみせるのが広告力です。世界共通の美人がいると思うの? 違うよ、共通美人を広告で創造してる。

彼らがなぜワンワールドにおける価値観(その大本となる宗教)の統合を目指すのか?世界中の宗教に耶蘇教が憑依して世界の価値観の規格化を目指そうとする のか?それは大きな支配を生むからだ。で、帝王学とは佐藤優も言ってたけど、物語などを作って民衆を導くものだと。神学もそうだと言ってたな

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月13日
耶蘇教はバカを作ることに特化した宗教になってる。前にネズミさんが言ってたけど、カトリックの司祭の独身制や修道院って賢い男(女も)を断種するためにあるんじゃないって?勉強をするには修道院か神学校に行くしかなくて知的なものを求めると子供を作らなくなる。つまり知的なものが継承されないと

知識はみんな教会と修道院が一元的に管理していてそれにアクセスするには、キリスト教の洗脳というもので思考を破壊して子孫を残さないことを誓ってじゃな いと触れさせないとかほんとよくできてたシステムだなと。そして魔女狩りや異端審問で教会以外の智を求めるものは火炙りなんだよな。

この現状を強引に変えてきたのはふりーそーめんなどの秘密結社だ。だからさ、修道院や神学校での教育がベースのミッション系お嬢様教育というのはどういう 意図のもとに生まれたかその背後まできっちり理解できないといけない。そんなスコラ学がベースのお嬢様教育なんて、純ヘレニズム哲学には敵わんよ

言っちゃ悪いが、お嬢様教育って心の教育とかいって反知性主義的なものを無理やり知性主義にねじ込んでるわけなんだよね。だから佐藤優のように凄く頭がい いのに中核的な部分で反知性主義的なものがあるわけ。それなら、最初から反知性主義的なものがない純ヘレニズム哲学のほうが頭よくなると思うの


平兵衛:大阪はピノチェト政権 ‏@heibay 7月13日
ルネッサンスで五線譜が出来た(コンスタンチノーブルから入ってきたかも?)
その後、教会が門外不出にしていた音楽をモーツアルトが一回聴いただけで五線譜に書き残し、教会がもったいぶっていた、曲の神秘的な価値はなくなってしまったと。
@lakudagoya

完全閉店 ‏@lakudagoya 7月13日
@heibay 知識の世俗化が行われたわけですよね。)

(帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月2日
今の学者がエラソーなのは神学者(護教のための哲学=神学を修めて社会の観念を操る者)がルーツだってのは凄い記事。 http://blog.sizen-kankyo.com/blog/2012/03/001041.html …やっぱし、現代ってなんでも耶蘇教システムが隅々までも。中身のないのに権威だけってのが耶蘇教の本質でもあるなぁ。

@FeydoTaitei 神学書はアクィナスやアウグスティヌス、エイレナイオスやクレメンス、バレイシオスとか色々と手を出してみたいのですけど(神学知らないから)こういうのは県立図書館にしかない上にぶ暑いし注釈も必要なので大変ですよね。ちびちび頑張ってみます。いつもありがとうです。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 7月2日
@lakudagoya スコラ哲学ならスコトゥスも入れるべき かと。
そもそもルネサンスの人文主義者が 本当に純粋に科学をやりたかったのか 疑問視されてるのと、 キリスト教がギリシャ哲学に手を出した 理由の一つは、パウロのエピソードでも 分かる通り、ギリシャ人受けが悪かった ってのも大きいかと

キリスト教で突っ込むべきは三位一体論 だと思います。 ユダヤ教やイスラーム教に無い、否定 されたこの理論がどうやって湧いて 出たのか? キリスト教の他の教えは程度が低くて 単純なのに、何でこれだけ異質なのか? 等々……

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月2日
欧米発の社会運動でもなんでも、最初に理念があってそれを無理やり現実に当てはめようとしてるでそ?おいらに言わせればこのやり方がガンだ。この観念主導のやり方って、やっぱし耶蘇教神学が形而上の観念が絶対的に正しくてみたいなものの変形に見えるよ。ネオリベや共産主義も同じ悪影響の出方してる

やっぱり耶蘇教を凶悪にしたのはアウグスティヌスか。耶蘇教にかかればどんな美しいものでも明晰なものでも迷信や悪質なものに早変わりってのは恐ろしい性質だよな。 http://blog.sizen-kankyo.com/blog/2012/01/1022.html … ギリシャ哲学も耶蘇教がなかったら共産主義やら凶悪な魔物を産み出さなかったのに。)


神学の思考の特徴は類比(アナロギア)。
神の意志が働いて世界が創造されたので、被造物にも神の意志が働いているとパウロは考えた。これを「創造の秩序の神学」という。被造物という存在を類比し、神の意志を見出している

神の被造物である自然を拝むことは、十戒の偶像崇拝の禁止を破るので、プロテスタント神学の立場からは認めることができない

カトリック神学では、人間が既存の秩序を維持している状態をまっさらな自然としてとらえるが、貨幣も国家も人間が生まれなければつくりだされなかったので、まっさらな自然は存在しない。
創造の秩序の神学は、人間がつくったものを神がつくったものと混同する危険がある。
プロテスタント神学の使命は、創造の秩序の神学をいかに打破していくか、存在の類比をいかに否定するかということにある。
なので、存在の類比ではなく、関係の類比、イエスとイエス周辺の人達との具体的な人間界、神とイエスの関係から類比的に見ていかないといけない。

カトリシズムでは神学と哲学を整合的に解釈しようとする傾向が強い。
宗教改革時の(古)プロテスタンティズムは濃淡の違いはあっても哲学に対しては否定的。

逆に、啓蒙主義を克服した自由主義的なプロテスタント神学は、哲学を内部に取り入れようとするのが特徴。

それに対して、カール・バルトは再び神学から哲学を切り離すという宗教改革の神学に回帰した。
現代神学は、基本的にカール・バルトの切り開いた地平の上で展開されている。
特に、現代プロテスタント神学は、哲学では、神学が究極的に追及する事柄には到達できないという共通理解のうえで展開されている


神学には独自の方法論がある。
それは、「神は自らを与える。その現実は、神の言葉によって明らかにされる」という自己言及的な方法論。
別の表現で言えば、神を観照によって捉えることはできないということ。
観照とは、ギリシアにおいて生まれた哲学の基本的な方法。眺め、考えることで、物事の本質をとらえることができるという了解である。いかなる場合においても、神学を哲学的に基礎づけようとする神学者の場合においてすらも、哲学の方法を神学にそのまま適用することはできない。

(哲学は神学のはしため
=哲学は神学の奴隷
=神学>哲学
=宗教>論理的思考で疑う)



神の存在は神の自己証言によってのみ明らかになる。この自己証言をキリスト教神学では啓示と呼ぶ。啓示は人間の理性を超越した神からの働きかけ。
従って、人間の理性を基礎にする哲学によって啓示を理解することはできない
神が啓示を行うか否かは神の自由に属する。
人間の側からは神はきまぐれで恣意的な存在にしか見えない。しかしそこには神の自由にもとづく神の強力な意志がある。
神が人間に与えた最大の啓示がイエス・キリスト。
キリスト教神学では、イエスが救世主であることを認めることによって神の現実存在を承認する。

(キリスト教神学の中核は循環論法=詭弁)



・三位一体論=三一論。
大雑把に言って、西方教会、つまりカトリック教会、プロテスタント教会の伝統においては、三一論の一を重視する傾向が強い。
それが行き過ぎると、イスラーム教の唯一神理解に近くなる。
特にカルヴァン派の神観はイスラム教に近くなることがある。
対して、
東方教会、つまりギリシア正教会、ロシア正教会、ウクライナ正教会、ルーマニア正教会、日本ハリストス正教会などは、三一の三を重視する傾向が強い。
英国国教会(聖公会)は西方教会の伝統に属するが、三を重視する傾向にある。
これは英国国教会の神学が、中世のリアリズム(実念論)の影響を強く受けて形成されたため。

神の目的は人間の救済。よって神は人間の歴史に具体的に介入する。

(今すぐ救ってくれませんかね)


神の意志によって一方的に行なわれる、人間が神と出会う瞬間
=神学用語で「召命」。
召命に関して人間が主体的に働きかけることができる要因は一切ない

プロテスタンティズムの三原理(聖書のみ、信仰のみ、恩恵のみ)の「恩恵のみ」によって、召命は解釈されるべきとフロマートカは考える。

神が造った世界に、なぜ悪があるのか
善なる神がつくった世界には悪があり、人間は苦難の中で生きていくことを余儀なくされる。
神の善とこの世の悪との関係をどのように理解するかということを、神学や哲学では神義論
(Theodizee)という。
ギリシア語の神=theos

正義=dike
とからなるライプニッツの造語。

神学には神が悪を造ったか否かという問題は存在しない。
結論は当然決まっている。
神が悪を造ることはありえず、神には一切この世の悪に対する責任がない。
結論が決まっているので、理屈をつけていく。
神が正しいことを証明するから神義論。
神が悪に関与していないと弁護することでもあるので、弁神論と表現することもある。
神義論という言葉を造ったライプニッツが悪の問題を真剣に考えるようになったきっかけは、十七世紀の三十年戦争。
ライプニッツは中世哲学と啓蒙主義の橋渡し的存在。

(既存のキリスト教の矛盾点をなんとかごまかすための弁神論から
スピリチュアルなどの「新キリスト教=一神教的多神教」が生まれました)



カトリック神学では悪は「善の欠如」と定義している。
イエス・キリストの退場により人間の原罪は贖われているので根源となる悪は存在しないと考える。
そのドクトリンは教会によって維持されているので、教会に所属することで確実に救われる。

(善は悪があるから存在できるんじゃないの?
善しかないなら悪という概念は生まれないんじゃないの?
善と悪は相互依存しないと存在できないんじゃないの?

サタンって実はゴッドの息子ではなくて、実はゴッドの一部だったのでは?
ゴッドが善であるために、サタン=悪という「役割」を切り離したのでは?
善を「担当」する息子がイエスなら、悪を「担当する」息子がサタンでは?
サタンが男なのか女なのか両性具有の完全な悪なのかはわかりませんけどね。
でもヨブ記でサタンがヨブに対して悪をなす許可を出したのはゴッドなんだけどね。
全知全能ならわざわざ信者を「試す」必要なんてないですよね。
だって結果があらかじめわかっているから。
無用な苦しみをわざわざ与える存在が善なんておかしいです。
神の観点では悪ではないって?
人間が苦しんでいたらダメでしょ。
神が悪とみなさなくても。
我々は人間なのだから)



・プロテスタント神学では教会が「見える教会」と「見えない教会」に分かれている。
地上にあるのは見える教会。
世界の終わりに、見えない教会のメンバーが明らかになる。
神学書には「教会以外に救いなし」という言葉がよく出て来るが、この「教会」は人間が感知できない見えない教会を指している。
プロテスタントの視座からは、ローマ教皇をトップとする地上の見える教会に救いの根拠は無い。
プロテスタントが教会に所属するのは、神から見てはどうかわからないが、自分が帰属している教会が救いの根拠であり、我々は選ばれていると信じているからである。
救済されるの選ばれている人のみ。

(キリスト教徒「だけ」が「選ばれていて」「救われる」
=選民思想)



ロシア正教やギリシア正教では、イエスによる救済に関して「悪魔の身代金」説という考え方をする。
神が身代金として自分の子供であるイエスを悪魔に払ったことにより、人間は罪から脱却できたという説。
神が悪でないのは当然の事実だが、この世に悪が存在しているのも事実。そのメカニズムは人知をこえたところにあるので考えない、というのが正教の結論。
不合理ゆえに我信じる、という信仰の形にもっていく。
また、正教では人間の理性はごく一部でしかないと考えるので、人知をこえたものは考えないという結論も受け入れやすい。
悪はあるが、神に悪の責任はなく、神は見えないので神の正義を見ることもできない。
神が悪を許しておく理由はわからないけれど、神がそれでいいと考えていることをわれわれは然りと受け止めて、個別の状況においてイエスに倣う。正教の教えはドストエフスキーの小説によくあらわれている。

(ゴッドが身代金として自分の息子であるイエスを、自分の子供である悪魔に払った……って自作自演ですか。どこが全能なのですか。
迫害される異教徒と地獄と悪魔をつくったのはゴッドなんですけどね。
善=ゴッドが善の欠如=悪をつくったっておいおい。
全知全能なら悪を消せるので、悪に対する責任があるでしょ。
人知をこえているので考えない、という言い訳は弁神論を突つかれたクリスチャンが使います。都合が悪くなったら人間には判らないと逃げるくせに神学論争を仕掛ける工作員が沢山います。

和風神学では神=現人神=偽天皇=和風イエス。
大悪魔=ゴッド=偽天皇を免責するために
天皇教=和風キリスト教があります



アウグスティヌスは悪を善の欠如というカトリック神学を考えた。
アウグスティヌスは悪と原罪を切り離し、原罪を遺伝のようなものだと理解していた。
キリスト教には極力セックスしない、修道院で清い生活をするという禁欲的イメージはアウグスティヌスの考えから生まれている。
アウグスティヌスは元マニ教徒だったので、西のキリスト教はマニ教の影響下から抜け出せていない。
アウグスティヌス神学の影響を受けていないのが東方教会であり、原罪観が違うのでアウグスティヌス型の禁欲的な傾向は無い。
アウグスティヌスの考えはライプニッツによってもう一段階進み、「より大きな善のために小さな悪が容認される」という基本的な流れが救済に向かっている「予定調和」の神学になった。

(マニ教はセックス禁止で、
肉体は悪で霊は善という善悪二元論で、
グノーシス主義で、
真のキリスト教を自称しました。
善なる全知全能なら小さな悪すらあったらダメでしょ。
善だけど悪に勝てないなら無力じゃん。
神学は虚学)



悪は人間の試練とするのが自然法神義論。
善が悪を克服することができるという形而上学が前提。

(虐待死は試練なの?
死ぬまでが試練なの?
生まれた瞬間殺された赤ちゃんは?
生まれてすぐだからまだ洗礼を受けていないよね?)



プロテスタント神学では、人間が自由意志によって悪から逃れる選択をすることはできない。
人間の自由意志には悪に打ち勝つ力がない。人間の自由意志は罪の奴隷となることを選択する意志。

(罪の奴隷になるしか選択肢がないと言ってるくせに自由意志とかほざいてんじゃねーよ。
人間の自由意志を認めないと、悪を人間のせいにできないから自由意志を認めているんでしょ?)



・アウグスティヌスは神は人間と自然を自らの外部に作り出したと考えた。
しかしこれだと神は人間と自然がない領域には遍在していないことになる。
神が支配していない領域、神の主権が及ばない領域が存在することになる。
そこでモルトマンはカバラー思想を援用して、神の自己限定(神の収縮)を主張。
神が収縮したあとにできた空間で、我々は創られた。
創造は神の外部ではなく内部において起きた。
旧約聖書の創世記には空間の創造に関する記述が無い。
神が収縮した結果、神が存在しない原空間が生じる。
人間の自由意志は、この原空間で悪を作り出す。この人間の悪事に対して神は責任を負わない。
悪が生起する場所は既に神が去った場所であることをモルトマンは強調する。
神が去ることによって出来た無の場所に神は存在しない。
が、人間は神の側から働きかける恩恵によって神と繋がっている。
人間が神との関係を断ち切ってしまえば無の中に沈んでしまう。
この無が地獄として表象されている。
人間が生きている世界は神が存在しない世界。
だから神との繋がりを失った人間が悪霊に引き寄せられてしまうことがよくある。
神が収縮し撤退した虚無の世界には確実に悪が存在する。
被造世界には、神が責任を負うことのできない被造世界に存在する悪、人間の罪があるにもかかわらず、神は人間を愛し続けている。この愛が神によるひとり子、救い主イエス・キリストの派遣という形で示された。
神の力によって人間が引き起こす戦争や大量殺戮を阻止することはできない。
それは神が収縮し、その結果できた場所で人間が自由に生きているという現実から必然的に導かれる帰結。
人間は神の操り人形ではなく、自由を持つ。人間の自由から悪が生まれる。
神は無力ではない。
神は聖霊により人間に希望を抱かせることを通じて、神を信じる人間を通じて、人間とこの世界に強く働きかけている。神が人間を通じて世界を変化させる。
ここでキリスト教の復活信仰が意味を持つ。
復活を信じるキリスト教徒は自身の命を犠牲にしても悪と戦っていく気構えを持つことができるからだ。

戦争や大量殺戮をやりまくっているのは教会とキリスト教財閥じゃねーか。
ユダヤ陰謀論デマで「ユダヤ=囮にしてバイト君」に罪を押しつけているし。
神学者は思想的に支配層✝の協力者。
自己犠牲賛美なのがキリスト教。
教祖が生贄になった前例がありますからね。
キリスト教が自由を肯定するのは、悪の原因を人間にするためです。
神の収縮が悪が生じる結果になったのなら、神の収縮以外の手段をとればいいだけの話。
全知全能だからできるでしょ。
で、悪は野放し?
面白い弁神論だけど、これって神を否定したらこの世は地獄って脅してますね。
悪を取り除ける能力があるのにやらない時点で悪に対する責任あるじゃん。愛しているんでしょ?



キリスト教は、自由は苦難を経ることなくして獲得できないという旧約聖書の預言者イザヤの思想を継承している。
苦難を経由して自由を獲得することをプロテスタント神学は特に重視する。

(キリスト教の中核はミトラ教とゾロアスター教。
「異教=悪魔教」というキリスト教に従うなら、キリスト教は悪魔教が合体した大悪魔教ですね。
キリスト教は反ユダヤかつ異教に厳しいのに、異教徒の経典である旧約聖書を採用していることに疑問を持つべきですね。
ユダヤ教派生だと見せかけつつ、ユダヤを汚れ役にする戦略



・エゼキエル書にある、ヤハウェが枯れた骨の上に筋をおき、肉をつけ、皮膚で覆い、霊を吹き込むことで死者を生き返らせた物語は有名。
ヤハウェによる復活は段階的に行なわれることが重要。
骨に筋→肉→皮膚が形成され、形は人間と同じになるが人間ではなくゾンビのようなもの。
第二段階として、神により霊を吹きいれられることにより人間が復活する。この神が霊を吹き入れる特別の関係が、他の動物と異なる人間の特権的な地位を担保する


なお、サドカイ派は祭司と上流階級が多く、聖霊、天使、復活を否定したと言われている。

人間以外の生き物は魂なきゾンビだから、キリスト教は動物蔑視思想。
ゾンビ映画=キリスト教の黙示録映画


ネズミさん ‏@Nezmi_san
ハロウィンで「ゾンビ」など従来はかぼちゃのオバケ、子供の祭りだったのに、大人がゾンビの格好だw (こういうのは一種の洗脳だね。宗教知識がない日本人にゾンビの本質を知ることは無い、単なる「うさばらし」だw)

テレビなど各局が「ハロウィン=ゾンビ」を出す、無論欧米でもその傾向で、そうした仮装グッズが沢山出回っているし、大人も仮装するようになった。だがカ トリックではハロウィンはありえないわけで、それは「ゾンビ」ってのはプロテスタントの宗教観だからだ。つまり米英属国の日本がゾンビに嵌められ

前にも書いたが、黙示録の中で「天国に行けない人間」というのがいる。アルマゲドンが起きるとそいつらが「よみがえる」ってのがあるからだ。 注目は「死者復活」 よみがえりドラマがブームの兆し http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK22011_S4A520C1000000/ … (ブームとは作られるのだ)

米国で「よみがえり」ブームはわざと起されてるし、「ウォーキングデッド」とかイルミナティカードにある「ゾンビ」なんてのも全部「黙示録」に基づいている、だからハロウィンにゾンビブームを乗っけるのは「意図的」なんだよ。 (背景を知らない若者は、うさばらしの中に洗脳を入れられるw)

全てが繋がるんだよ、 中東~ウクライナ情勢→ナチス議員→ハロウィンのゾンビ→宗教戦争→アルマゲドン→核戦争ってこと、 (世の中の「ブーム」ってのは一部の工作員によってなされる、そして操作される。そんなものでうさばらしは、所詮砂場の遊びでしかない、サンドボックスw)

書きそびれたが、そういう「ゾンビ」なる存在は宗教の話だ、何でヨーロッパでゾンビは否定され英米ではゾンビが盛り上がるか、それはカトリックとプロテス タントの宗教観の違い、である、キリストが再臨したなら「ゾンビ」が復活するわけだよ。その時は黙示録によれば核戦争が起るってね

ちなみに「ゾンビと黙示録」に関して面白い情報、あのIMFラガルドの予言であるマジック7は聖書にあった、下記黙示録(revelation 6:8~)ってとこ。 http://youtu.be/vjBWqzn98Ng 簡単には神が降臨する時期あたりで「墓から死人が蘇る」これをゾンビと言う。

スローター(slaughter)は虐殺だ、つまり偉大な7の年(7はキリスト)虐殺のゲームが起こり、新たなミレニアムが近い事を示す、その時死体が蘇ると。

テレビが「ゾンビ」を煽る理由、日本でもゾンビコスチュームをハロウィンで流行らせたのも日本人の若者をコケにして渋谷で黙示録を「実行」した訳だよ。フジテレビはあえてゾンビコスチュームを家から着たまま見せてたし、警察も取り締まらない
し、ね。

@pirorinpipipi 黙示録では終りの時までに人類の1/4が死ぬとされており (アンダーザドームのドラマでも同じ事を言ってました、ドーム内の食料が尽きるので町の1/4の廃棄者をリストにして選別すると。選別リストはヤバイ訳です。)

ヒロチャ ‏@hogege55 11月3日
@Nezmi_san 今年のハロウィーン時期のタイミング、地上波での映画のバイオシリーズの連続放送もありましたしねぇ(今回のⅣⅤの連続放送のあと、一週空けてⅠⅡの一挙放送とかっ!?)…うーん)


人間は原罪を負っているので、神の恩寵にあずからない、自然のままの人間にキリスト教は肯定的価値を与えない。キリスト教神学では自然のままの人間性を尊重するヒューマニズムは否定的概念である。
キリスト教は人間の良心に積極的な価値を与えない。人間の良心はあくまで外部の神の啓示によって呼び出されたもの。
神からの召命抜きに人間の良心は成立しない。
神は人間に対して個別的に語りかけるが、人間の観察や知識によって理解不能。

(キリスト教思想に基づく教育を受けて初めて人間扱いするのがキリスト教ってことです)



創世期では、神は「我々にかたどり、我々に似せて」人を造った。
人間に「海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させ」ることにした


人を創造するさいに「我々」という一人称複数形を用いている。
神が自らを複数で言及する聖書の箇所は他にもある。神は自問自答しながら語りかけるときには複数系を用いる。これを「熟慮の複数」と言う。神は何度もよく考えて人間を創造した。

(熟慮したわりには欠陥だらけの人間ができたね。
そう言えば、悪魔を創った描写がないね。

「熟慮の複数」って何だよ。
霊ある存在は人間がまだ生まれていないからゴッドのみ。
「我々」は、同胞に近い存在がいないとしない表現。
霊ある存在がゴッドしかいないなら一人称すら不要じゃん。
多重人格ならぬ多重神格なの?
異教=悪魔教の三相一体、三柱神から盗作した三位一体なの?
まあ、悪魔と天使がすでにいたから「我々」なんでしょうね。

「我々」が複数でも、動詞が単数なら、複数存在ではなく「偉大な」を意味することがあります。

“エロヒムがエル(バアルの父)の複数形だから ヤハウェはバアルではないって?
だからこそ黄金の牛を崇めていたら激怒したって?

ヘブライ語では複数形が文字通りの複数あることを意味するだけではなく
「偉大な」というニュアンスを示す用法があります
と過去記事に書いておきました。

“創世記第一章第一節。 「はじめに神は天と地を創造された」
「創造する」の意味で「バラー」という動詞が使われています。 
ここではエロヒム(エルの複数形)は「偉大なエル=神」と訳す方が自然。
なぜなら、動詞バラーが 「文法的には三人称・単数・完了・男性形」だから。
(『はじめての聖書ヘブライ語』 青木偉作著 国際語学社 p.52より
著者はヘブライ大学国際政治学科卒)”

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-category-5.html

三位一体論は異教を取り込むために、異教から取り入れられたのだろうとよくわかる資料

Trinity(三相一体)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/trinity.html

U ‏@wayofthewind 2月26日
聖書の不自然は、人間以外の動物が極端に出てこないあたり。 人間至上主義を通り越して、自然を憎んでいるのではないかと思うことも。 日本人の感性とは、かけ離れている。 @ayajet128“旧約聖書の創世記について。大洪水にも溺死しない魚類、海の生き物に言及してない”

キリスト教派生カルトは、水瓶座とかアクエリアンとか好みますしね。 バチカンのお偉いさんも、ダゴンを模したような魚っぽい帽子をかぶってますし(笑) @aibasingunka“魚はキリスト教のシンボルなのにね” @ayajet128

ヒラ//: ‏@punanny_chang 2月26日
@wayofthewind @aibasingunka @ayajet128 鯉のぼりなんかも関係あるんですかね? ちなみに隅田川等鯉を放している川がけっこうあるそうで鯉は汚い水でも生きれるんですって。逆に鯉が死ぬような川は汚染がハンパないという指標なんだそうです。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月13日
イスラーム原理というのは、イスラームの非モテ君たちのルサンチマンを吸収するための装置なんだよね。アメリカ主催のさ。で、沢山戦闘員が集まったら空爆であぼーん。ええ、これこそがクリスチャンお得意の「人間を漁る漁師にしてあげよう」という、セネカ君が書いた新約聖書の悪知恵なのでしょーか?


教父(古代キリスト教会の神学者)は、「神の似姿(imago dei)」と「神のかたち」を区別する。神は人間を「神の似姿」につくったが、人間は罪を犯し「神の似姿」を失う。
しかし、堕罪後も「神のかたち」は残る。人間の救済の観点では「神のかたち」は必要条件だが、「神の似姿」は必要かつ十分条件になる。
このような論理整合的な救済観はイエスとパウロの主張と異なる。ヘブライ的思考とは異質な、理性を重視するギリシア的な思考が入り込んでいる。
アウグスティヌスは人間を動物から区別する基準として理性を考える。
アウグスティヌスの理性観だと、人間は自力で救済を獲得する可能性が生まれる。カトリック神学は理性を重視する。なので、救済における自助努力を重視。結果、救済の根拠を信仰と理性に求めることになる。
対して、
プロテスタント神学は「信仰のみ」を強調。プロテスタント神学も理性の存在を認めるが、理性は人間救済の根拠にはならないと考える。
理性(ヌース)の起源はギリシア古典哲学。
新プラトン主義哲学は心の内なる理性と宇宙の原理である理性の合一を求める。
アリストテレスにとって哲学の目的は、人間が理性による観照を行うことで理性的神をとらえることだった。
啓示宗教であるキリスト教は、神とギリシア的な理性の間には、質的に決して克服することができない断絶があると考える。
カトリック神学は啓示と理性を整合的に解釈しようとしているのに対し、
プロテスタント神学は啓示と理性の断絶を強調し、理性に人間が依存することを誡める。その意味でプロテスタント神学は反理性的性格を帯びている。

(カトリックを更に反知性主義=考えるな! に改悪したのがプロテスタント。
白人海賊アングロサクソンのプロテスタントWASP至上主義
=キリスト教原理主義である理由の一つ。

新約聖書はギリシャ語なのが重要。だからロゴス=理性が神。
でも世界最悪の非理性、理性否定宗教がキリスト教。
キリスト教の反知性主義をインドっぽくしたのが神智学=今のスピ思想の基盤。
神智学でも創造神がロゴスなので改造版キリスト教ですね。
キリスト教を批判するくせに、自分の思想がキリスト教の変形だと気づけないスピ系陰謀論者は悪質)



人間は神の前に立つことができる存在として神によってつくられたがゆえに、他の被造物から区別される。人間に特権的な地位を与えるのが、仏教や神道と比較した場合のキリスト教的救済観の特徴。人間は特権的地位を持っているがゆえに、この世界に対する責任も特別に大きくなる。
キリスト教は、人間と動物のあいだには決して越えることができない境界線がある。


仏教では、人間は因果関係によって、つまり有情(サットーバ)の業(カルマン)の結びつきでできていると考える。人間と動物のあいだには本質的な差異はない。
なので輪廻転生で人間が動物になったり、動物が人間になったりする。
創造者や被造物という発想が仏教には無い。
日本人には被造物と言う感覚が皮膚感覚でよくわからない。

(「人間は動物の王にして支配者だから”保護と管理”をしてやらないといけない」、
とするキリスト教思想が欧米の動物愛護偽善の中核。
日本の真の伝統思想の仏教では、人間と人間以外の生物に断絶はない同じ仲間だとみなす、輪廻転生と自然と共に生きる自然観が特徴。
キリスト教は動物を差別しまくったから動物愛護運動が生まれました。
人間のうさばらしのために下層階級として動物をつくったの?
クリスチャンが動物愛護なんて言っても説得力ゼロ。
ジャイナ教や仏教に改宗したら?


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 3月16日
東洋思想を取り入れた西洋思想ですら、キリスト教とプラトン哲学(馬鹿は人間ではない、肉体労働は下等、動物蔑視、優生思想)臭さが抜けているものは稀。
神学の中核は哲学。プラトンがアトランティスを広めた。プラトニック・ラブ✝に注意


招犬 ‏@y_okina 2月8日
動物愛護を叫ぶ人が何故ジャイナ教に入らないのかが不思議。空気中に居る小さな虫を吸い込んで殺してしまわないように常に口を布で覆い、足元に居る虫を踏んで殺してしまわないようにホウキを持ち歩く位、徹底して不殺生を貫くインドの宗教。勿論野菜主義。中には野菜も生命と考え断食し餓死する人も。)


人間は神が創造者であることを知ることによって、己が被造物であることを知る。
換言すれば、自らが被造物であることを認識することなくして、人間が神を知ることはできない。
キリスト教神学では最も重要な事柄について考えていくと、必ず同語反復(トートロジー)になる。
同語反復という形でしか理解できないということは、その事柄が人間の認識の臨界に達していることです。

(そりゃ神学の最も重要な事柄=中核が聖書は真実だという嘘の維持だからね。
聖書が真実である証拠が聖書だったり、神とイエスが実在するからだとか中核は同語反復・循環論法の詭弁が神学の前提。

論理的思考を封殺するために反知性主義=キリスト教で統治。
反知性主義こそがキリスト教の中核。
スピリチュアル、神智学、ニューエイジなどは「愚民化のための思想=反知性主義」をそのまま継承している、バラモン風の新キリスト教。
カトリックのキリストの「愛」も、スピリチュアルの霊的体験も、「物質ではない」=反証できないもので、支配者にとって、とても都合がいい。
反証できない物で価値観を形成するのは全て洗脳=答えの押し付け



キリスト教神学者たちは、長年の間、神はまずアダムという男をつくってから女をつくったという、男が女より上位だとする解釈をしてきた
この男権主義的な聖書解釈を脱構築することが現在の神学の課題。
神が男を先に創って、男を助けるために女を男のあばら骨から創ったという解説は女性の地位を不当に貶めている。神は人をつくったのであり、神は男と女のあいだに優劣を設けなかった。

三位一体は父・子・聖霊。
ゴッドは男。イエスも男。女が登場しないことからわかるように露骨に男尊女卑なのがキリスト教。
ゴッドを父と呼ぶのをやめたら?
クリスチャンのフェミニストなんて信用できません



・キリスト教では、男は男、女は女という特徴を維持しつつ「交わる」という関係を重視するので、男女間のコミュニケーションを重視する。

女は教会では黙れって聖書に書いてあるのですが、これも女性蔑視ですね。教会では男女間の会話禁止ってことじゃん


男女の対立を「統一する」という両性具有を志向する考えがある。プラトンは『饗宴』で両性具有の神話を受け入れている。
一般的に、聖書による啓示の神は「交わりの神」で、
合理的思弁の神は「統一の神」。

(父という片方の性別だけなら完全ではないです。両性具有こそが完全なる神)



・カトリックと正教では、結婚は洗礼、聖餐と並ぶサクラメント(イエスによって定められた救済を保証する儀式。カトリックでは秘跡、正教では機密と呼ぶ)。
プロテスタントは結婚にサクラメントとしての地位を与えていないが、離婚を奨励しないし、禁止もしない。
カトリックは離婚禁止

正教はカトリックほど厳しくはないが、離婚は特定の条件下でしか認められない。

サクラメントをフィクションの名前に埋め込むなら「サクラ」「桜」になるでしょうね。
女性キャラでクリスチャン臭かったらビンゴでしょう



イエス・キリストを認めないグノーシス主義。
グノーシスは、ギリシア語で「知識・認識」。
キリスト教とほぼ同時期に地中海世界で起こった宗教・思想運動。
グノーシス主義は、一世紀にローマ帝国の辺境地域で発生し、二から三世紀に最盛期を迎え、四世紀まで無視できない影響力を持った。
グノーシス主義はキリスト教の異端派ではなく独自に生まれたもの。
グノーシスの二元論。
①神的・超越的な本質(光と霊)
②物質的・肉体的実体(闇と物質と肉体)

グノーシスの中には①と②の媒介項として魂を持って来る潮流もある。
個々の人間の本質(光と霊)は、物質的肉体を超えることができる宇宙の神的・超越的な本質と同じ。
なので、個人は宇宙に回帰し合一することで救済される。
グノーシスの救済の根拠は外部にある神ではなく、自己の内部に宿っている神的・超越的本質。
グノーシスは徹底した自力本願の教え。
肉体は低次元の存在なので超越性を持たないから、受肉した神(神が肉体をまとったのがイエス・キリスト)を認めないのがグノーシス主義者。
グノーシスではエデンの園の蛇こそが人間に知恵を授けた恩恵者で、創造主である神は抑圧者。
グノーシス主義はユダヤ・キリスト・ギリシア・プラトン思想を取り入れて独自の神話を構成する。
つまり、グノーシス主義は既製の思想を編集する力を持つ。

(創造神=反知性主義で支配する悪
だとするグノーシス主義が本来のキリスト教なんじゃないの?
だからグノーシスのマニ教が真のキリスト教を自称したんじゃないの?
この世界の創造神=悪ってインド思想だから、それが伝わって来た?
神との合一は梵我一如だろうし。
グノーシス=自力救済からキリスト教=他力救済に変わったのかも。
自力救済では広まらないから他力救済になるのって、仏教と同じですね



・モナルキア主義
=唯一神論、単一神論(三位一体の否定)。
モノ=一つ。
正統派のキリスト教神学は、神が人間になったというロゴス・キリスト論を採用する。
しかし、ここからは神は二柱になってしまうのではないかという疑問が生じる。
三一論=三位一体論では聖霊が加わるのだが、
これをイスラムは、キリスト教が三神教だと非難する。

モナルキア主義は二から三世紀に流行した。
キリスト教神学では、論理的に整合性がとれている説のほうが異端とされる傾向がある

モナルキア主義には二つの傾向がある。
①キリストの人性、すなわち、人間イエスを強調し、単なる人間にすぎなかったイエスが、神によって養子とされたために、他の人間を救うことができる特別の力を得たと考える傾向。
神の動的な力に注目するのでデュナミスムと呼ばれ、勢力論、動態論と訳される。

②キリストの神性を強調する傾向。
父なる神自身が形を変えてキリストになったと考える。
神は聖霊にも変容する。
これはモダリズムと呼ばれ、様態論と訳される。

モナルキア主義だと、イエス・キリストが真の神だと十分に表現できなくなるのが問題。イエスが養子ではなく実子であるという表象で、父なる神と子なる神が一体であることを表現しようと、使徒や古代の教父は考えた。
神の聖霊が満たされることで人間イエスが神の子イエスになったという考えもあるが、子なる神の地位を父なる神、聖霊なる神よりも低くなるので三一論に矛盾。

イスラーム教と比較するとキリスト教の特徴がよくわかる。
イスラム教のアッラーは、人間との間に媒介となる存在がいない。
ムハンマドは預言者なので神の言葉を人間に伝える機能を果たすのみ。
ムハンマドに人間を救う力はない。
イスラムでは神は人間に直接働きかける

それは人間の側からは神の恣意としてしかとらえることができない。
キリスト教の立場だと、人間との媒介を持たない神では、原罪を負った人間が救われるという根拠を得ることができない。
モナルキア主義では、イエスはもともと真の神ではないが、養子になったことで神とみなされるようになったという論理構成。
しかしキリスト教神学ではイエスと神の結びつきが弱い、神自身が人にならなくては人間を救済する根拠として不十分であると考える。

キリスト教はの中核は反理性。
日本では神々については言葉で多くを語らないのが特徴。
キリスト教はやたら神について言葉で語るのが特徴。
日本の真の伝統では黙って合掌して拝みますから、神は仏扱いです。
やたら神を口に出すのはキリスト教臭い


啓示は反復されないからこそ特別の意味を持つ。
これは魔術とは対極的。
魔術ならその方法を体得している専門家(悪魔、魔女)が同じ現象を何度も出現させることができる。
近代科学の実験も、技法を体得した専門家(自然科学者)が同じ環境で実験を繰り返せば同じ結果を導ける。
キリスト教神学の立場からすれば魔術と近代自然科学は同じ方法論をとっている。

(イエスが生贄にすると贖罪されるって黒魔術ですね。
魔術はキリスト教も使っています。モーセも魔術使っているし。
悪魔・魔女=科学者。
キリスト教では科学は悪。
科学は魔術の一分野。
宗教は魔術の一分野。


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月8日
アリストテレスが開発したカテゴリー論というモノは凄くて、モノの名前のラベルを貼り変えるだけで人は同じものだと認識できない。いい例を出せばハリポタだな。ハリポタでは魔法族は科学を使わず、科学を使うのは普通の人間のみ。でも、魔法も科学もそのラベルを外してみたら中身は同じもんだよ。

ハリポタの罠は、魔法族が近代科学のテクノロジーを拒否してる事でまるで魔法と科学は別のもののように読者に催眠をかけてるんだけど、このカテゴリー論の フィルターを外してみたらどうだろうか?科学=サイエンスって知るという意味だよ?もし自然の隠された法則を知るというプロセスを経てるならば

魔法族のやってる手法と普通の人間がやってる手法が違うだけでないの?サイエンス=知るという意味なんだからその知った自然法則ほどうやって技術として応 用して使ってるだけの違いじゃないのかな?魔法族は人を使って普通のニャンゲンは機械などを使ってだよ。これはね、魔術と錬金術の違いでしかない


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月2日
おそらくアレクサンドリアで捏造されたアブラハムの宗教がホモ禁止なのは禁酒法のようにホモソーシャルを独占するため。でもそのアブラハムの宗教は大帝国を生み出すから、そういう高度な文明が発展すればするほど上流階級はホモになる。それを見越して禁止な。魔術禁止も同じような理由だろうな

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月21日
テオロギア、一瞬神学かとおもた。イアンブリコスの新プラトン主義魔術のテウルギアの事か。ほら、やつらの好きな御用学派である新プラトン主義を使った魔術だ。俺、イアンブリコスの「エジプト密儀」は読んだ事ないけど、このテウルギアって考え方は極めて面白いと思ってます。)


一昔前、キリスト教会では新約聖書を中心に読み、旧約聖書は参照程度にとどめた。
現在も、ロシア正教会は、神父の指導を受けないで、信者が旧約聖書を読むことについては慎重

また、自由主義神学の父だるシュライエルマッハーは、神学的には旧約聖書を正典から外しても構わないが、とりあえず教会で混乱を起こさないようにするためには現状を維持するという立場を表明した。


【主に参考にした資料】

菊池 ‏@kikuchi_8 3月6日
1)修験道も日猶同祖論において定番である。小箱の頭巾やほら貝が猶太教で使われる物と似ているといった類である。しかし、修験道と猶太教は根本的に世界観が異なる。修験道は原始アニミズムを色濃く継承し、木石など自然物を崇敬する。超越神を崇拝する猶太教でそれはあり得ないだろう。根幹が違う

菊池 ‏@kikuchi_8 3月10日
猶太人のシンボルと言えばダビデの星=六芒星というイメージだが、六芒星が猶太のシンボルになったのは17世紀からである。六芒星はネパールでもよく使われるシンボルだそうだ。六芒星が伊勢神宮や松尾大社にあっても日猶同祖論の根拠にならない。猶太の古代からの象徴は七枝の燭台=メノラだろう

菊池 ‏@kikuchi_8 2014年7月28日
7)いつの間にか占領された状態が現出している、という恐るべきものである。歴史を観察すると日猶同祖論のように「お前達のルーツは我々だよ」と精神的に屈服させるやり方(○猶同祖論は世界各地にある)や伝統的思想を換骨奪胎して別のものに変えてしまうやり方などがあることがわかる

菊池 ‏@kikuchi_8 2014年7月28日
1) 国際秘密力が侵略戦争以外の方法である国家を攻略する場合、二つの方法があると思う。「革命型」と「憑依型」である。まず「革命型」であるが、これは標的とした国の内部に反体制分子を育成して、正面から国家を破壊する場合である。仏蘭西革命や社会・共産主義革命がその典型である。

2)おそらく原型は、バチカン・イエズス会が行った、キリスト教宣教師を送り込み改宗者を増やして軍隊を組織し現地政府を転覆させる、というやり方であろう。これは戦国期に我が国も仕掛けられた

3)アダム・ヴァイスハウプトはイエズス会の出身者で、イルミナティの組織構成はイエズス会の軍隊組織(創設者のイグナチウス・デ・ロヨラは元々軍人)を模したようなのでイルミナティやそれが浸透した大東社の革命戦術路線はイエズス会に原型があるように思う。

4)しかしこの「革命型」は標的になった国家が脆弱であるとか、多様な勢力に分散して相互に争っているとか、為政者の悪政によって民衆の不満が極度に鬱積しているとか、そういう諸条件が無い、もしくは作り出さないと成功しにくいであろう。

5)しかも革命理論の製造及びプロパガンダ、暴力を集約的に行使するための反体制分子の組織化等々、大きな手間がかかる。もともと正面から、ある一つの文化共同体の成員の思想を改変し国体(伝来の国家社会の形態)を破壊することは難しいことなのだ。

6)だからもう一つの「憑依型」戦術が出てくる。これは、現地国家に元からある伝統や文化に憑りついて別の物に変貌させる、という形で行われる。これは、革命のようにあからさまには行われず、徐々に進行されるため気付かれにくく、現地人からの警戒や反発を最小限に回避しつつ、

7)いつの間にか占領された状態が現出している、という恐るべきものである。歴史を観察すると日猶同祖論のように「お前達のルーツは我々だよ」と精神的に屈服させるやり方(○猶同祖論は世界各地にある)や伝統的思想を換骨奪胎して別のものに変えてしまうやり方などがあることがわかる。

8)特に後者についてであるが、文化を構成する主な因子は言語だと思うが、その言語で表されるさまざまな文化的概念を改変することで、現地の文化を別のものに変えてしまうわけである。「神」という表記、「カミ」という音声、が示す概念内容をキリスト教的な造物主概念で置き換えるようなことである。

9)文化はそれを構成する重要な要素である言語の概念内容が変われば変貌してしまう。自生的に生成してきた伝来の文化が外国勢力によって変改されることは、外国勢力による人為的な文化支配が完成することを意味する。

10)そして文化のあり方と密接不可分な思考言動の習慣が変えられ、それによって形成される国家社会の構造が変貌し、いつの間にかもとからあった独自の文化・国体は消滅している。

11)日本が中国や印度の文物・思想を移入しながら、独自性を失わなかったのは、もともと日中印の文化に汎神論の伝統という共通した大枠がありそれによってスムーズな文化移入が行われたからだと考えている。平田派のキリシタン神学密輸はその大枠そのものから逸脱した
。がこれはまた別の話である

12)正面から向ってくる「革命型」の場合は、その国家や文化共同体がある程度安定していれば、防ぐことはたやすい。今やマルクス・レーニン主義者、左翼過激派の言い分をまともに受け取るのは少数派の中の少数派である。

13)だから左翼は偽装転向したり、エコロジーや人権運動、「歴史認識問題」の形を取らざるを得ないのである。(とり憑く対象が伝統ではないとはいえ、一般的に受け入れられているエコや人権擁護を利用するという点で「憑依型」と言える。人間の「良心」を利用するわけである。)

14)しかし、ステルス戦術で徐々に内部破壊を遂行する「憑依型」戦術は、伝統を重んじる心や愛国心すら利用するので、きわめて巧妙である。本来は伝統を護持し愛国心を持って国を守ろうと志すはずの保守愛国勢力は親米派と反米派に分かれつつ統一・大本というカルトの影響下に組み込まれている。

15)統一、大本というのは一神教がベースのカルトであり、日本の伝統思想とは絶対に相容れないはずなのに、一神教カルトのお先棒を担ぎつつ日本主義を呼号するという矛盾である。そして戦前から意図的に流布されたおかしな日猶同祖論が罷り通っている。保守層を標的にした一連の思想ギミック
である。

16)保守陣営の一部には熱烈な親イスラエル一派がいる。渡部悌治先生の御著書によると日猶同祖論の資金源の一つが大本教だそうである。そのような工作の結果、共産中国に長年武器援助してきたイスラエルを翼賛しつつ反中国の主張をする、という両建マッチポンプが実際に起こっている。

17)このように、自分は愛国者のつもりでいるのに、いつの間にか国家を破壊することに手を貸していた、そんなことが起こるのである。左翼の国家破壊行動を批判するのは大事だが、伝統保守の側にも魔の手が浸食していることを自覚しないと危ない。

18)正面から来る「革命型」戦術は見えやすいので反左翼は多い。しかしステルスに遂行される「憑依型」戦術は見えにくい。だから偽装保守・カルト保守の批判はあまり多くないのが現状である。その結果が安倍極悪犯罪者仁風林ニセ内閣の横暴である。愛国心を利用した誘導の結果である。

19)己の意思を強制し人間や自然を操作する技術体系が魔術だと思うが、愛国心をも利用して国家を破壊する戦術というのはまさに魔術以外の何物でもない。かかる発想は西洋の底知れない闇の中枢からしか出てこない発想である。まさに悪知恵も極まれりである。(了)


ネズミさん ‏@Nezmi_san 19 時間19 時間前
なんで欧州が死刑制度に反対なのか?それはキリスト教が背景だ。「普通だと思って真似してる?」その前に人権→キリスト教の背景も言わないとね。背景を隠して烏合と非難するが、江戸時代は仇討ちがあった訳。 https://twitter.com/x__ok/status/678716695532445696 …
エリック ・C ‏@x__ok 20 時間20 時間前
なんで日本だけ、みんなが死刑制度に賛成しているのか。それは日本国内での周囲のみんなが死刑制度に賛成しているから多い方を普通だと思って真似をしているからだ。周囲のあり方が無意識に普通だと刷り込みされてしまっている例。

ネズミさん ‏@Nezmi_san 19 時間19 時間前
犬権、猫権は無い訳(スペインの村では人権を与えた例があるらしいが)、何故ならキリスト教では犬、猫、畜生は神の創造物じゃない。え?神は人間を作る前に動物を作った?いやいや、この辺の解釈は曖昧である。「人間が動物を革にした、食った→神に怒られなかった→ok」と拡大解釈してるに過ぎん。

knznymmmy ‏@knznymmmy 5 時間5 時間前
つ創世記

全然拡大してないから

聖書基準で考えるなら肉食はノアの洪水の後

kS ‏@Jd805 13 時間13 時間前
@Nezmi_san つまり、仇討ちされる様な事を日常的にやってる連中が反対してる訳ですね。

ネズミさん ‏@Nezmi_san 2 時間2 時間前
@Jd805 死刑執行が「日本だけ」と言うのはおかしく、これが死刑トップ5国、無論米国も
https://m.facebook.com/thenwowillfail/posts/464612316935102 …
ロンポールは、「保守は死刑賛成」「リバタリアン・民主反対」だが死刑コストに言及・・・
https://m.facebook.com/the.new.illuminati/posts/10153540522274560 …

@Jd805 「死刑は金かかる、裁判や証拠性」と言うことで試算したら税金7%も死刑でコストアップ。「保守は金」かよw 死刑廃止のカトリックの国である欧州と、死刑バンバンなプロテスタントの国である米国、と言う事情・・・

kS ‏@Jd805 1 時間1 時間前
@Nezmi_san 呆れるほど何から何までカネか!という世の中ですね。リンク先の死刑執行TOP5で、中国の次にイラン・イラク、アメが4位ですが、これは戒律的な物よりかはアメ支配下という影響が強いんですかね?未だに粛清実行中?

ネズミさん ‏@Nezmi_san 33 分33 分前
@Jd805 18世紀以前は世界中で「死に至る刑(軽犯罪でも罰で死ぬケース有り)」は主に見せしめ、犯罪抑止に使われましたが、産業革命→人権(キリスト教)が、死刑を軽犯罪と分離、制度化。次の波は「死刑を無くす」これも産業革命を起こした連中の考えに基づくものでしょう。

産業革命→奴隷解放→人権、産業革命が資本家と消費者を産み出した。消費者とは消費するだけの人間を意味する。実はあくまで身分は奴隷である。

死刑を無くすとは、最高刑は無期懲役である、もし「人を殺せば報われる」と言う仕事や宗教があったら、犯罪者はやりたい放題となる。

キリスト教、イスラム教など宗教の場合は「神との繋がり→天国行き」だけが最終ゴールだから、なりふり構わぬ奴は「神に背かなきゃやりたい放題」となる。刑務所に行こうが関係ない。キリスト教に忠実な「人権」、それを奪う最大の権利剥奪が死刑として、それを無くすとは、何を意味するか?


フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
儒教も易経とかオカルトじゃねーか!
ってツッコミは場違いよ?

当時の易や占いってのは最先端の
学問だったの。現代の物理学が
まだ存在しなかったからね。

中医学も陰陽五行説を
背景理論としてるから、当然
西洋医学の理論とは関係ない。
漢方の作用成分が〜ってのは
見当外れなのよね


完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei 違う知の体系なんですよね。そこを認識しないで間違ってるはないわと(笑)
西洋だってガレノスの体液論信じてたので良い勝負
ですけど。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya
この世界で起こる事象を上手く説明でき、
かつ法則性があれば、それはもう
立派な学問ですからね。

勿論、西洋の物理学や医学も
優秀で優れた学問の一角である
と認識してるのが私のスタンスです。
それぞれ一長一短
はあるけれど。

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei 科学って私は経験則だと思ってて、たとえ見えなくても再現性があるなら科学だと思います。ほんと、西洋と東洋は一長一短ですね。できれば両方やるのがベストかと。ただ、見えない世界については嘘が蔓延るのでシンプルに論理的に説明するのがベストだと思いますよ。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya
事象の認知と認識の仕方が異なって
いるのですよね。

西洋は基本、聖トマスの立場と一緒で
基本「見えない(観測出来ない)」
物は存在しないというのが基本
なんですね。

だから、やたらと顕微鏡やら望遠鏡
だとかの観測器具が発達した
んですね。

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei 見えないものは存在しないって、トマス・アクィナスがルーツとは知らなかったですね。このスタンスはどうもキリスト教神学の悩みの中から出てきたような気がします。聖書というファンタジー小説が悪いんぢゃ!(笑)

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya
そっちのトマスじゃなくて、イエスの
直弟子の方のトマスですね。
最後までイエスの復活を信じなかった奴w

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei なるほど。勘違い失礼しました。西洋と東洋の違いは二元論的に対立するものと考えられやすいので、うまく陰謀論との絡みを矛盾せずに説明するにはどうしたらいいと思いますか?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya
同じ事象を説明してるのであれば、
本来は矛盾しないはずなのですが……
とは言っても、
それぞれ、向き/不向きがありますから、
ケースバイケースで使い分けるのが
良いのではないでしょうか?

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei なるほど、アドバイスありがとうございました。スピ系の人は現実の陰謀語ってたら、いきなりスピ的な解釈で陰謀説明できると言ってくるので、両論併記がベターかなと思ってたのですが。それでも納得しないようですね。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya
この前のキリスト教徒とのやり取り
で気になったのですが、ある程度
相手の教義の考え方とか、特性は
把握して置いた方がいいかと。

例えば、ユダヤ三兄弟でも、ユダヤ教
とキリスト教、イスラーム教で
考え方が全然異なりますからね。

キリスト教徒は怒るかもしれませんが、 神学者のバルトとかもそういうスタンス ですし、聖書でもパウロの演説は 頭のいいギリシャ人にはあまり受けなかった と書かれてますねw

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei だからヨブ記スタイルで知識人を焚書坑儒でやっつけろみたいなごり押し戦法になるんですね。キリスト教神学が発展したのも、イスラーム神学の影響がモロですしね。今のイスラム国はそういう、理性主義的イスラーム法解釈を無視した感じの異端派に見えますね

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei ちなみによく、スピ系(インド原産)では西洋と東洋は対立しますけど、中国の中医学とか道術とか、風水や四柱推命などはあまり西洋のものと対立しない雰囲気なのが不思議です。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya
気を付けないといけないのは、所謂
スピ系って呼ばれてるのは基本、
アメリカ生まれの新興宗教が大半
なんですね。
純インド系って意外にも余り出回って
ないんですよね。ヨガとか出てきても
大体、西洋人のヒッピーみたいなの
を仲介して紹介されてたりします。

(①キリスト教の反知性主義を中核(中身)とし、
②外側だけインド「っぽく」して、
③インド思想で重視される論理的思考を抹殺した、
最悪の新キリスト教がスピリチュアル。
「論理的思考という、カルト化を防ぎつつ、嘘を見抜ける武器」を取りあげられているのに気づかない悪質な酔っぱらいがスピ信者)

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei そうなんですよね。インド原産の純粋なスピって見たことないんです。ヨーガ関係も大抵ヒッピーや神智学のフィルターがかかってて、西洋経由だとそりゃキリスト教の影響をモロに受けるよねって話になりますね。ヨガナンダとかあのあたりも耶蘇教に迎合してますしね

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya
従って、所謂アメリカ生まれのスピ系って
なんだかんだ言って、先程言ったキリスト教
文化的な盲従思考が特徴として表れて
いる
んですね。

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei となると、グダグダ理屈で考えてないで信仰しろ!がグダグダ理屈で考えてないで感じろ!それを信じれって話になるんですね。しかしなぜ、純インド産ヨーガなどが出回ってないのか不思議です。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya
理性よりも信仰を重視するタイプの
教えの信者と議論すると、会話が
成り立たなくて喧嘩になりがちなのは
こういった背景も関係してたりしてるので
はないでしょうか?

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei そうなんですよね。インド原産の純粋なスピって見たことないんです。ヨーガ関係も大抵ヒッピーや神智学のフィルターがかかってて、西洋経由だとそりゃキリスト教の影響をモロに受けるよねって話になりますね。ヨガナンダとかあのあたりも耶蘇教に迎合してますしね。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya
例えば、バラモン教で「生命の本質は
息である」という命題があったとします。
それは何で?と質問します。

「だって目、見えなくても死なないじゃん。 だけど息止めたら死んじゃうでしょ?」
なるほどって思うじゃないですか?w

@lakudagoya イスラームで 「一夫多妻制は認められるか?」 という命題があったとします。

「認めるけど、全員を幸せに出来ないなら 一人で我慢したら?」
これも、確かにそうですねって 言えますよね?w

@lakudagoya ところがキリスト教だと、 「イエスは死んでから三日後生き返った」 なんで?って質問すると、

「聖書にそう書いてあるんだよ!」 なんじゃそりゃー!!
ってw

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei 確かに納得しませんよね。ちゃんとした説明をする点でイスラームやバラモン教が理性的に見えます(笑)

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya
ただ、私みたいに比較出来る人はいいんです
けど、キリスト教しか知らなかったり、
スピ系にしか興味が無かったりすると、
彼らは自分のドグマ以外の考え方が
出来なくなってしまうんです
ね。

それでも大人しい人はその人の
信仰の問題なので放っておけば
いいんですけど、中にはシツコク
ちょっかい出して絡んで来るのがいるw
その場合、例えばキリスト教徒に イスラームや仏説を説いても 納得しませんから、アメリカ式だと 相手とボクシングになったりしますがw、 同じキリスト教の土俵に上がるしか ないと思うんですよ。

つまり誰よりもキリスト教に詳しく なれば、結構いい線の会話に持って ける可能性がまだ生まれる余地が 残っていると思うんですよね。


完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei なるほど、とても参考になる話です。だから神学がっつりやってないと不都合が生まれるのですね。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya
ねこたさんのスタイルですと、そこが
個性でもあるのですがw、
多分、キリスト教徒はカチンときやすい
んじゃないかな?w

ですから、メチャクチャ キリスト教に
明るければ相手も分かってくれると
思うんですよね。隣人の関係までは
無理だったとしても
w

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei そこが盲点なんですよね。だから、他の智の体系を理解できないから平行線になってしまうですしね。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya
スピ系ですと、ご先祖様の神智学
ブラバ月子ちゃんはしっかり勉強
しておきたいですね。w
これもベイリーかパウエルかで 変わって来るので厄介ですがw

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei そうですよね。ブラバ月子ちゃん、パウエル、ベリーは必須ですね。わかりやすいのが「現代オカルトの根源」ですが、理性を否定するスピ系の源流の神智学の最高神がロゴスって何の冗談だよと思いました(笑)

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya
なんと!謎の東アッシリア教会=ネストリウス派

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei ありがとうございます。確かにそうです。東アッシリア教会というアラム語を話す集団が東へ行ってイスラームやサーサーン朝ペルシアにヘレニズム的学術を教えたりしてましたね。ハランのサービア星教などとも関係がありますね。

このあたりは7世紀の日本に来た渡来人や、そのあたりの人脈とも絡んでるし、東方ではイスラーム文明を作ったりしてるので秘密結社のど真ん中の流れかもしれない
ですよ。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya 面白いものをお見せしましょう。 まず英語版。 pic.twitter.com/VOGsjBLyMd
次、日本語版。 pic.twitter.com/F492vx3BTa

東アッシリア教会という謎の宗派が 一番古いですよね? では、続いてこちらを。 pic.twitter.com/krhWTBpO2Z

なんと!謎の東アッシリア教会=ネストリウス派!
ネストリウス派は漢語で「景教」。 中国では滅びてしまいました。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei ありがとうございます。確かにそうです。東アッシリア教会というアラム語を話す集団が東へ行ってイスラームやサーサーン朝ペルシアにヘレニズム的学術を教えたりしてましたね。ハランのサービア星教などとも関係がありますね。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 5月8日
@lakudagoya 実はこの景教、教本が日本に残ってる のだとか…… 浄土真宗の「世尊布施論」という 説や、
大阪の図書館に四冊、パリに一冊……
バチカンよりも古い、キリスト教が 実は日本に残ってた……ロマンチック だと思いません?

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei 思います。とても。このあたりのこと持ち上げて日本の大本系やキリスト教系が日本こそユダヤがーとかイエスがーとか言う理由もわかります。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月8日
@FeydoTaitei いえいえ最高に面白い話を感謝してます。なるほど、日油同祖論の元ネタはネストリウス派のクリスチャンの侵食の歴史かもですね。

@FeydoTaitei 大帝がネストリウス派にノーマークとは信じられませんでした。このあたりは7世紀の日本に来た渡来人や、そのあたりの人脈とも絡んでるし、東方ではイスラーム文明を作ったりしてるので秘密結社のど真ん中の流れかもしれないですよ。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月1日
ところで、面白い検索ワードを 紹介しよう。 「来なさい。癒してあげよう」 漫画などでよく出てくるこのセリフ、 漫画家達はインド人の怪しいグルに この台詞を言わせているが、 果たして……!?

(モルモン教を検索ワードに追加してみましょう)


フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 9月4日
ネストリウス派の景教碑文
の論文ね。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000372/files/4707_9678.html …

(大秦景教流行中國碑に就いて
http://www.aozora.gr.jp/cards/000372/files/4707_9678.html)

中国の景教のこの碑文には ヤハウェの事をアラハー(allaha) というシリア語で読んでたらしい 古文学者によるとこれは イスラームのアッラーの語源では ないか?との仮説もあるようだ。

旧海軍の調査だと「景教は 一般的には原始キリスト教だが、 実質はユダヤ教」 と書いてあったので、この 景教って本当に謎なのよね。

初期のキリスト教では神の 事をヤハウェと読んでなかった のかもね。 フェイド大帝のイスラーム最古説 の活躍の時か⁈

厳密に言うと、イスラームが 興る前のあの地域の信仰、 つまりカァバ神殿の旧神 になんか秘密がありそうだ。 正にブラックボックスw
pic.twitter.com/TjFATUTUJk

景教関係の本って少ない上に 殆どが絶版になってて入手 出来ないのよね。

(Nestorian Stele
https://en.wikipedia.org/wiki/Nestorian_Stele

Jesus Sutras
https://en.wikipedia.org/wiki/Jesus_Sutras)

Happy きょ ‏@_kyorus_ 5月10日
『聖トマスの懐疑』 イエスの復活を目撃してない弟子トマスが「主の傷痕に指を差し入れるまで復活を信じない」つって実際に復活したイエスの傷痕に指を差し込んでる絵らしいんだけど、この感じ、すっごい萌える、何だろう。 pic.twitter.com/cyNN5EBsKx

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 10月24日
おフレンチ人は本当に 聖トマス好きだな〜

魔法使いハンターねこた@限定復帰ちう ‏@lakudagoya 10月24日
@FeydoTaitei 流石グラントリアンの国ですね。。。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 10月24日
@lakudagoya 「私は見た物以外信じないッ!」 キリッ!
これ自体が新約聖書のエピソード なのに……w
おフレンチ国では科学を学生に 教える時に、このトマスの例 を用いて科学検証の重要性を 教師が説くんですわ。 大体、中学〜高校ぐらいの 理科の授業が多いかな?


魔法使いハンターねこた@限定復帰ちう ‏@lakudagoya 10月24日
@FeydoTaitei あははwこの方法だったら教会にもdisられないで科学検証や理性を追及できますね。もうひとりのトマスさんのアクィナス(理性と信仰は対立しない)さんのほうも好きそうなのかも?この徹底した理性主義ってほんと面白いものがありますね。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 10月24日
ヨハネの福音書のトマスを 引用したのは、日本でトマスという とアクィナスの方を認識する 傾向が強いからね。 ヨーロッパではトマスと言うと 福音書の方のオヤジのほうね。

STB ‏@RC_StB 10月24日
タンムーズのギリシャ語形がトマス(Thomas)

中村甄ノ丞あるある早くいいたい ‏@ms06r1a 2012年9月19日
https://twitter.com/gishigaku/status/248228254383751170 … トマスは生贄の神タンムーズに由来する名だからトマスは=生贄=身代りなって云々、という話の最初の出所はどこなんだろう。バーバラ・ウォーカーの時点で可成り纏まってる感じがするからもっと古そうだけど。
原田 実 ‏@gishigaku 2012年9月19日
新約外典『トマス行伝』には聖トマスを「キリストの双子」と呼ぶ箇所があることから、かつて鹿島昇はイエスは兄弟のトマスを身代わりにして東方に亡命、インドで客死したが、後にその伝説の舞台が日本に置き換えられて青森のキリストの墓ができたと主張。

ディヤーナ ‏@0Dhyana 1月7日
タンムーズ - Wikipedia バビロニアでは、その名の元となった神タンムズを讃えてタンムズの月が決められた。 この神はシュメールの牧羊の神ドゥムジ(DumuzidまたはDumuzi)を源とし、イナンナの夫である。 http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%82%BA# …

古代シュメール人たちのつぶやき ‏@bigfatcat666 2014年7月28日
ドゥムジ(タンムズ)神。 牧羊神でイナンナ女神の夫、愛人。 ジェクティン・アナ女神という妹がいて、牧畜の手伝いをしている。 最近、一番気になる神。 起源が古くシュメールから見ると外来の神ではないかという気がする。 「聖婚儀礼」ではイナンナ女神と共に儀式の一翼を担う神様です・・・・

P・グラレム ‏@pinkglalem 9分9分前
聖書はごく最近書かれたものだョ。マリのドゴン族のシリウス神話と言うのがあるけど...コレは記憶の編纂というヤツ。最近知った新しい知識を神話にアダプトしただけなんだョ。ドゴン族がシリウスの1等星の質量なんか知るワケないじゃん。コレと同じことが世界中の神話とかに言えるワケ。

@pinkglalem 人間の記憶ほど曖昧なモノはないと思う。だからこそ、歴史の編纂や捏造は可能なんだと思う。昔読んだ本とか昔観た映画、聴いた音楽を今、観たり聴いたりし てみると、あれ?こーっだったけ?てことが良くある。あたしは、自分の都合の良い方に解釈を変えていたンだと気づくワケ

イスラム教徒の悲劇は、キリスト教の都合を押し付ける為に彼らの記憶の編纂が行なわれたこと。昔のアラビア半島にはアルウッザやアラットという女神信仰が あって、ローマの月信仰をアダプトするために、コレがアッラーになったワケ。キリスト(太陽)とアッラー(月)は対
になってる

J・ナナミ ‏@pinkglalem 9月6日
ゾロアスター教にミトラ教という救世主思想が生まれた。このミトラ教の教義をパクってカルト化したのがキリスト教。キリスト教は中東、オリエントに残る旧勢力(ゾロアスター、ミトラ)を一掃するために古代ローマの月信仰をもとにしたイスラム教を造った。ムハンマドの親類はクリスチャン。

J・ナナミ ‏@pinkglalem 9月6日
@pinkglalem アラーの起源はイシュタルが、イーノー(月の女神)やイシスになったのと同じ流れ。バビロニアでセミラミスと同一視されたけど、コレがギリシャのアルテミスになった。イスラム以前にはアラビア半島にはアルウッザやアラットという女神信仰があって、コレがアラーになった。

完全閉店 ‏@lakudagoya
メガテンのメシア教とガイア教の違いって、大帝がブログに書いて説明してたアーリアちゃんの、デーヴァvsアスラみたいやねー。グラントリアンあたりには、ガイア教みたいな無秩序社会ハヒャー!みたいな連中がいそうだぬ

ほうほう、緑色というのは、ゾロアスター教で聖なる色であり、エジプトの宗教でもホルスの色であり、イスラームでも聖なる色である。緑色のピラミッドにおめめというのは、エジプト派(グラントリアン)vsインド・イラン系(アーリア)の統合のシンボルであるのか。まさに万教帰一に相応しい色だな。

ピケティブームは今のアングロサクソン系のブルーロッジの横暴に対するグラントリアンの逆襲か(笑)最近、ラノベの世界はすっかりアーリア思想全開のブルーロッジ一色になってしまったな(笑)昔はグラントリアン系だったのに最近露骨に安部壷蔵政権に媚びてアーリア思想プッシュなラノベ作家とか?w

今「聖剣伝説」のうぃきを読んでるのだが、やっぱりスクエニ(旧スクウェア)はアーリア思想か。北欧神話がベースだし。でも微妙にグラントリアンの女神信仰&自然好きっぽいとこも入ってるんだよな。

子供の世界のアニメやゲームにはふたつの思想潮流があって主にアングロサクソン系メイソンのアーリア思想派(インド・イランの宗教、北欧やケルト神話、シーア派、ギリシャ哲学も)フランスのグラントリアン(大東社)のエジプト大好き、女神信仰、自然大好きな百科全書派にわかれてる。英仏の戦い。

ていうか、ヌッポン古来のウリジナルと言われてる陰陽師ネタのファンタジーラノベに「 急々如律令 」って天帝の命令文みたいなのが書いてあるのは気のせいですか?(笑)なんで南朝崇拝のやつらは陰陽師好きなのか謎過ぎる。

この「東京レイヴンズ」という陰陽師ネタの作品、モロに現政権よりというか更に大本教よりに作られてんなー。なんか陰陽道という枠を飛び越えて大本教の心霊主義になってる。で、本質の部分で中国道教のパクりという部分も見逃せない。こうやって大本教は宗教を換骨奪胎するのかといういい見本です。

最近、露骨にアーリア思想臭いラノベが増えてるが、これがグラントリアン系より嫌らしいポイントは血族主義だな。この流れは世襲社会になっていく中で支配者に都合のいい価値観だろうけど、この考え方に洗脳されたくない。頑張れば誰でもっていうグラントリアン思想ほうがまだマシだ

この「東京レイヴンズ」って作品、陰陽道がシステム化されたのは旧日本軍って、また大本教ですかっ!陰陽道と大本教の関係はどこにあるんだろうね?まぁ、陰陽道=中国道教のパクりなのかも知れなくて、平田篤胤に繋がるんだろうけど、またここにもネオ満州国っすよ!

おいらは、この血族主義とか血筋至上主義ってものを心底嫌ってるわけ。秘密の知識と技術を特定の血族のみで独占してるのが不幸のはじまりだと思う。血筋だけで努力も情熱も才能もないのに無条件で偉いってなんかおかしい。血筋至上主義はシステムに群がるハイエナどものための装置だろうな。

(陰陽道は宗教ではなくて占いの技術だから、陰陽師は仏教徒)



Frederich Ⅹ ‏@6thCrusader 7月2日
@lakudagoya ローマ自体はホモではないがね

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月2日
@6thCrusader ですね。ローマはホモバカにされてたそうですし。でもミトラス教とか家族から切り離された軍人組織は必然的にホモに。そいえば、前にフリードリッヒさん?呟いてましたが、欧州貴族は意図的に子供をホモに改造するはなし面白かったですよ。

Frederich Ⅹ ‏@6thCrusader 7月2日
@lakudagoya 世界史で当たり前に上流階級はホモだからね それ否定する奴は下層民なだけだよ

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月2日
@6thCrusader そうなんですよね。織田信長を例を出すまでもなく。世界の上流階級がホモなのって女に飽きてしまうとか、魔女の性質に嫌気が差すとか、あとは上流階級って観念の世界に生きてるので、極めてイデア的な恋愛と憧憬をつきつめたらホモになるのかな?

Frederich Ⅹ ‏@6thCrusader 7月2日
@lakudagoya 女は意味不明なことで切れて会話が成立しないからと言う点につきる 大抵の女性は推論能力がないから関係性が成立しにくい

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月2日
@6thCrusader その通りかと。おいらも女の子(おばちゃん)ですし。欧州の上流階級が好むのはクレオパトラのような女魔道師ですしね。ある意味哲学って女嫌いのバリエーションって物凄く感動しましたよ

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月3日
@6thCrusader ローマの歴史家のカッシウスによれば、クレオパトラは魔術を使うと言ってるので女魔道師らしいですが(エジプトの王族はみんなそう)ヌッポンの上流階級にどのくらい西洋の魔道師がいるか気になりまする。こういうのは詮索するといけないネタなのかも知れませんがね。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月29日
これ、どちらかと言うとカルヴァン系の プロテスタントね。まぁ、元はペラギウス 主義なんだろうけど。 https://twitter.com/rolelei/status/575059658043363328 …
ローレライ ‏@rolelei 3月9日
「働かざる者食うべからず」の元ネタは新約聖書なのでキリスト教思想。「勤勉な日本人」は明治以降に労働を強制する為の偶像。資本主義を発展させたのがプロテスタント(ユダヤではない)http://yomenainickname.blog.fc2.com/?mode=m&no=67&cr=2917189433b4f915c4a1c210e2af4bbb …読めないニックネームさん

生活保護川柳 ‏@seihosenryu 11月16日
追い詰めて自殺しようが自己責任

ナルケミスト ‏@narukemist 4時間4時間前
自己責任って呪文、ホントに日本人によく効く呪文だよね。

おじさん ‏@zuk2y 2014年7月28日
ならば自分の努力で単位を獲得できると考えるのはペラギウス主義に陥ってますね

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei
人の努力で何とかするのは ペラギウス派と言って原則異端。
カルヴァン主義が若干ペラギウス 要素があるぐらいか?

これ、補足すると予定説のある カルヴァン主義ね。 プロ系でもルーテル派とかは弱者に 施しをするのを美徳としてる。 カルヴァン主義の努力しない奴は 駄目人間という考え方はカトリックが 廃絶してきたペラギウス主義が元
。 https://twitter.com/sunson1/status/615188613060407296 …
sunson1 ‏@SUNSON1 6月28日
働かざる者食うべからずの元ネタは新約聖書であり日本の伝統ではない...日本はキリスト教が作った奴隷労働教儲が多過ぎですよね。過労死多過ぎ...「勤勉な日本人」だって明治以降の偽伝統
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-47.html

2週間ツイ禁する電気ネズミ ‏@kdkatodai 2014年7月4日
人間は自らの努力によって罪のない生活を送り、罪のない存在になれる、と唱えたペラギウスのほうがキリストの考えに沿ってると思う。 洗礼という一定の手続きを経なければならないとするよりも、努力によって救われるという考えの方が、非キリスト教に受け入れられやすい気がする。

secilia2010 ‏@secilia2010 2013年5月21日
(_ _).。o○(猫が可愛いのは猫の自由意思による一方的恩恵で、人間の努力の成果だと考えるのはペラギウス主義=異端

筆硯独語(HikkenDokugo) ‏@HikkenDokugo 2012年9月25日
いやあ人間の側の努力は大事なんじゃあないかなというペラギウス派が異端とされたわけですが。勿論、ルターによる宗教改革もありますね、人間に神さまを信じるような浄いこころはないと。このように、

筆硯独語(HikkenDokugo) ‏@HikkenDokugo 2012年8月9日
ペラギウス派、西方教会における、異端の代表って言うのは、そんなことなくね?ちょびっとは、人間の側の努力で功徳が積めたりしね?なんですよね。すると、近代西欧哲学でも、そんなこたーねーよ、そりゃ異端だね、と言っていると考えることもできますね。つまり、人間が神になろうぜ、なう=アウシュ

筆硯独語(HikkenDokugo) ‏@HikkenDokugo 2012年6月30日
アウグスティヌスが、ペラギウス派に対して、人間の努力なんて無功なんだよぅ、信心ひとーつ ヽ(#・◇・)ノ┌┛ガッΣ(ノ`◇´)ノ というので、異端とされた、ペラギウス派は、破門になったはず。しかし、後に、宗教改革がおきますね。これは、サン・ピエトロ大聖堂を建築するために贖宥状を

筆硯独語(HikkenDokugo) ‏@HikkenDokugo 2011年11月18日
…異端。少なくとも当時のアウグスティヌスにとっては。というかペラギウス派はアウグスティヌスによるおまいら異端というのが採用されて破門になってますので、その時代のカトリック全般で異端。同じくカドフェルから「人は、神の恩寵を受けるために日々努力… RT @bun_history:

有原シンスケ ‏@alsinceke 2011年8月28日
マクグラスの本で他に興味深かったのは「ペラギウス論争」というもので、古代の神学者の論争なんだけど、神の愛は人の努力や功績によって支払われるものなのか(ペラギウス)、それとも「賜物」「贈り物」として弱い人間に到来するのか(アウグスティヌス)、という対立。やっぱり「恵み」なんだよね。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 18分18分前
これね、落とし穴があって ペラギウス主義は言い換えると 「努力の足りない弱者は死ね」 とういう意味も含んでるのよね。 でキリスト教神学で言う「努力」 の定義がまた曲者で、 「努力=結果を出した人」なのよ。 つまり「努力しても結果が 実らなかった人」は努力が足りん! ってわけ

分かり易く例えると、ペラギウス主義 ってのはカンストすまないさんが 一生報われないfategoみたいな 世界の事なのさ pic.twitter.com/YSkyE6SSlg


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月29日
@FeydoTaitei 大帝どうも。新約聖書は初期仏典のパクリ臭い要素があると聞いた事ありますね。でも唯一神への帰依を解くイエスってなんか仏教っぽくないよね~という話もありますね。チェックしてみます~RT&コメントどうもでした~

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月29日
@lakudagoya 多分、アレクサンドリアに入って 来たのが大乗も小乗も全部ごっちゃ混ぜ の仏典だった可能性が高いのと、 エイレナイオスがグノーシスっぽい部分 を全部抜いたら、今の福音書で使用された 部分しか残らなかったのではないかと。

一番古いカバラ文献と、カバラ に近い華厳経のインド原本が 書かれたであろう時期がエイレナイオス の生きていた時期と被ってるので、 可能性高そうですね。

あ、エイレナイオス、エイレナイオス うるさいのは新訳聖書のコンプリート 本を初めて作ったのがエイレナイオス くさいという聖書学の主流論
を ベースに考えてるからです。 陰謀論家の妄想じゃないっすよw

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月29日
@FeydoTaitei 面白い考察どもです。エイレナイオスって「全異端反駁」という本を書いたばかりでなく、新約聖書のコンプリート本を初めて作った人なんですね。それは知らなかったでふ。他にもカバラ文献と華厳経の関係とか本当に胸熱なしられてない東西交流があって面白いですね。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月29日
@lakudagoya 元々、何か本を作ろうと考えたのは モンタノスらしいのですが、 モンタノスに対抗して新約聖書の ご先祖様を作らねば!と鼻息を 荒くしながら唱え始めたのが エイレナイオスだそうです。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月29日
@FeydoTaitei へえ、モンタノスって知らなかったのですが、異教の人なんですね。耶蘇教ってなんかこう、異教や異端に触発されて教義整えたりそーゆー行動する事が多いですね

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月29日
@lakudagoya あ、ごめん、モンタノスじゃなくて マルキオンだった。 モンタノスは電波ちゃんの方か。 う〜ん、まだ西の方の人物名は 頭に入りきってないなぁ。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月29日
@FeydoTaitei あら、マルキオーンでしたか。耶蘇教の歴史って人物名が多すぎるし、引用でしか登場しない著者さんも多いので全部頭に入るの大変ですよねー。マルキオーンはマニ教が大好きだったくらいものすげー説得力ありますよね?www

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月29日
@FeydoTaitei あーそうですね。アレクサンドリアにはインド人もいたので、バラモン教の文献も仏典も図書館にコレクションして翻訳してたかもですね。その素材を使って色々なものをごちゃ混ぜにして宗教捏造とか胸熱ですねw元祖万教帰一なのかも知れませぬ~

野本耕作 「木偶之坊」主人 ‏@gaganjp 6月29日
@lakudagoya @kitsuchitsuchi @FeydoTaitei 焼失しても、必要な時には現れてくるでしょう。バチカンの図書館には、中世に魔女狩りなどで禁書とされた古代の科学が保存されているのでしょう。いつ頃この知的遺産が生かされるのでしょうか?不思議な世界。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月29日
@gaganjp @kitsuchitsuchi @FeydoTaitei そうですね。恐らくバチカンの図書館など一部の場所に秘匿されてそうですね。それを独占して今までウマウマしてたんですね。科学は悪魔というのは、異教徒の知識を奪うための口実だったりするんじゃないかな?と思うです

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月29日
@FeydoTaitei フェイド大帝のお気に入りの 新約聖書のエピソードは ヘロデがあっさり天使に殺されるシーン。 マタイであれだけラスボス臭を醸し 出してたのに、お前は少女マンガの 脇役のザコ敵キャラか!ってなぐらい 酷い扱われ方w

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月29日
カルヴァン派の教義が、まさか異端のペラギウス主義だって知らなかったな~。今度、アウグスティヌスの本をチェックしてみよう(県立にしかないから取り寄せるの大変よ)。現代社会って、隅々まで異端を含めた耶蘇教の教義の成分で構成されてるってわかって物凄いショックを受けてるぬこたさんですw

ヌッポンのお嬢様教育はスコラ学だし、結婚式も耶蘇教。ヌッポンの勤勉さを尊ぶ労働観念もペラギウスの影響を受けたカルヴァン主義とか、どんだけ世界は耶 蘇教的観念によって塗り潰されてるんだろう?と思った。イスラームを知るうちに、世界は耶蘇教観念でできてるとわかったけど、これほどのものとは

そいえば、統一教会系ネトウヨの使うレトリックの話をしてたら、ネトウヨの反駁の仕方ってすごく耶蘇教神学的でなんかアウグスティヌスっぽいよね?って話 になったの。ネトウヨが話の核心部分ではなくて、細かな矛盾点を指摘して全論をひっくり返そうとする話の持って行き方とかほんとそっくりだな~


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月24日
なんというか、「文化」も「社会」も基本的に自分で子供を産み出せない男が作るものだ。だから、基本的に男性優位になる。女は組織体で動くようにできてないんでな。そのなかで割りを食わされてる連中を扇動するのはいつだってあちらのやり口。奴隷の不満を扇動して耶蘇教は信者を拡大したのね。

耶蘇教統治システムとして覚えてほしいけど、共産主義もアラブの春も基本的に割を食ってるマイノリティの不満を使って革命を扇動して乗っとるという手法。 なんのために耶蘇教が虐げられてる人々に優しいイエスを登場させたか、それはこの統治のため。やはり聖書は支配のマニュアルだわん


フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月25日
@lakudagoya 虐げられてる人の味方としての キリスト教の事を扱う「解放の神学」 という神学分野が実際にあります。 南米とかで盛んみたいです

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月25日
@FeydoTaitei おはようございます、大帝。解放の神学、実際の救済活動ですね。イエズス会あたりが頑張ってたようです。フランシスコ法王も。ただ、南米は超格差社会なので、こういうことをやらないでいい社会だといいのですが。


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月3日
@RC_StB 単にオタクはスケープゴートにしやすいというより、クリスチャン系の工作員としたら、イルミ系のアニメ業界の結社員はロッジも違うし、序列的に上位なので、オタク叩きは結社の内ゲハ的な側面もあるのでは?とずっと睨んでましたね。

STB ‏@RC_StB 7月3日
@lakudagoya 陰謀的視点では、アニメに混ぜた陰謀暴露が迷惑だから貶めてやるといった目的もありそうですが ただ、油屋RF一族でも原子炉メーカーを所有し原燃以外で核利権を確保するように、創作中心との対立側派閥も共に創作を利用しあっていて、その中での対立と思いますが

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月3日
@RC_StB そう、娯楽というものは古代ローマから支配者が用意するものですし、政治対立を剣闘士のショーで代理に行うこともありそうでしたし、結社の派閥争いですね。ただ、オタク文化はマニ教っぽいとこあって、気がつけば大人の文化の足元が瓦解してたから恐怖かも?

STB ‏@RC_StB 7月3日
@lakudagoya 娯楽は支配者が用意する はパンと見世物の例えをより直接的に支配の観点を暴き出した名文句だと思います 大人文化への侵食は大分進行していて、もう以前の状態には戻りませんね。垣根は相変わらず残っていますけれど、明治の化石みたいに大人を演ずることもなくなりましたし

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月3日
@RC_StB ちなみに、よその民族を滅ぼすために贅沢漬けの大盤振る舞いしろとは聖書にも書いてある話で、団塊の世代が何でも与えられたのはいずれ日本を奪うための布石だったんですよね。拝金主義と我欲を煽っていつまでも若者気取りで次世代を育てないようにして、大人にさせない。

STB ‏@RC_StB 7月3日
@lakudagoya アメリカナイズ・感性のスポイルですね 昔浄土宗の坊さんの講釈を聞いたのですけど、さすがに言い方がうまくて、色即是空を引用しながら、あなたが自分だと思っているものは実は欲であり、それを自我と信じ込んでいるだけだと講じていましたね

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月3日
@RC_StB 流石お坊さん凄いですね。団塊の世代が独立した個人崇拝なのもある意味西洋流の我欲や我執を肥大させることが大人の条件だと思い込んだからですよね。これは西洋発の欧州貴族の精神文化に似てますが、目的があくまでも我欲や我執の拡大のみって感じですね

物語で潜在意識を変えられると、人は自分の意志でそれを選んでると思いこみます。
だから、紐付き結社員が作った娯楽を支配層が流行らせることで効率的に大衆を洗脳します


STB ‏@RC_StB 7月3日
@lakudagoya 個人の内面の他、社会的な変容から家族形態を変化させ、近現代的な工業化や都市化(ゲマインシャフト→ゲゼルシャフト)で人同士を解体していく流れとも結び付くから(これも操作で)、一定のビジョンに向けて進められてきたわけですね

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月3日
@RC_StB だって大人って物凄くカッコ悪いです。大人というものを子供を差別するためのツールとしか考えてなくて、酒やパチョンコまみれ。会社のために嘘をつくのが、真実から目をそむけるのが大人だと勘違いしてるし。このあたりの問題は意図的に仕掛けられたかも知れませんけどね

@RC_StB 日本で大人がここまで憎まれたのは、大人になることが思考停止や真実の探求しないこととイコールだったことが原因です。ちゃんと大人の文化を作るなら大人が真実を封殺したり単に威張るためのツールとするのをやめて子供の心に響く大人像を作らないとダメですよね

@RC_StB これは子供叩きと同じで長期計画なんですよ。この国のマトモな大人を潰すために団塊の世代を贅沢で骨抜きにして、尊敬できない大人を大量生産して、その家畜化された大人に対するアンチテーゼとして子供文化に真実を混ぜ混む。こういった両建て作戦で国を破壊してます。悪質です。

@RC_StB ありがとうございます。ニコニコ動画見てると、著作権問題も含めてとても支配者でないとできないことがヒントになってます。アニメやゲームは結構凄いので すが、そういう凄みを使って文化を破壊するような面がありますね。大人ってロールプレイだとバレたからもう戻れないんです

STB ‏@RC_StB 7月3日
@lakudagoya 創作は、感性や思考のフレームをそれと知られず異質なものに組み換えていくのに最適な媒体ですからね 自ら望んで情報操作に飛び込んでいくようなもので 操作の最も成功した形は、自分からやらせること Facebookしかりスマホしかり

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月3日
@RC_StB そうそう。欧米が聖書神話の押し売りに熱心だった本当の理由です。聖書ストーリーを使うことで土着の文化や思考を書き換えてますね。まぁ、今のアニメ業界のやってることはマニ教的な神話の換骨奪胎そのものです。なんでも自分流にアレンジすることで思考のフレームを変化させますね

STB ‏@RC_StB 7月3日
@lakudagoya 娯楽は〜のフレーズは時々目にしますけどねこたさんのオリジナルでしたか 短い言葉で非常に端的に表せているので大衆操作を警告する格言として残せるくらいの出来ですよ 過激な知性破壊・認識欺瞞の技術ですからね娯楽は 全てを欺かれている日本の現状の例えとして相応しい

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月3日
@RC_StB いやーもう、こんなベタ誉めされて恐縮です。古代ローマ見るまでもなく、今の娯楽でも欧州貴族のお下がりですしね。旅行やスポーツなどもね。文化とは常に支配のために支配者がでっち上げるもんです。高度な文化は戦争せずに征服できますしね。日本は上からではないとこもあり

ヒラ//: ‏@punanny_chang 7月3日
@lakudagoya @RC_StB 中国ドラえもんの放送を中止したり。 ニューヨークヤンキースの帽子でアメリカはいくら稼いだのか? なんでもないようなことでもよくよく考えると影響力ってかなりあると思うんですよ

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月3日
@punanny_chang @RC_StB この影響力こそが力の根源ですね。これを築くために徹底的な洗脳工作をしてました。耶蘇教を中心とした文化支配ですね。

STB ‏@RC_StB 7月3日
@lakudagoya スポーツは本当に貴族のお下がりばかりで、そういうの程、格式(笑)が高い 旅行もグランドツアーでアルプス越えて、その体験がピクチャレスクの元になりましたしね

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月3日
@RC_StB そう、スポーツもそうですけどゲージュツもなんでも意味不明なのに格式ばかり高いのは欧州貴族の文化のお下がりだからなんですね。おいらは欧州貴族の精神文化(大陸ではなくて英国)に興味あって、バチカンに対抗するための精神文化が貴族文化で本人はそれを修験道みたいに捉えてそう

ヒラ//: ‏@punanny_chang 7月3日
@lakudagoya @RC_StB テニス、ゴルフは皇室の人間もやりますがイギリス発祥ですよね ヴォーグの編集長もテニスうまくなりたいって言うし

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月3日
@punanny_chang @RC_StB そうそう、上流階級のスポーツですな。

ヒラ//: ‏@punanny_chang 7月3日
@lakudagoya @RC_StB で、終わったらクラブハウスでゴニョゴニョ密談するって流れなんでしょうね なんで政治家やらヤクザの親分がゴルフすんのか? 楽しいのはもちろんでしょうが非公式の会談の場なんだろうな、と

STB ‏@RC_StB 7月3日
@lakudagoya 単純にオタクの叩きやすさもあるでしょう 90年代くらいまではいい年した大人がアニメ観たらからかわれましたし アニメ的な表現が幼く見えもする そういう人間の感性を考慮して計画を練ってきますからね。広告心理学も同じですよ。基盤には人間性の悪用がある

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月3日
@RC_StB で、「人間を採る漁師にしてあげよう」ではないですが、真実の探求したい人はある意味子供の世界に閉じ籠るようになったんですね。だってアカデミックなリア充の世界では哲学なんてやらせないから。それはナチスの言う永遠の子供を捏造するための陰謀でもあるのですけどね。

@RC_StB この子供っぽさへのアンチってのは欧米発の大人文化に対するアンチとして意図的に仕掛けられてますね。日本にある子供の肯定的な思想は、欧米の耶蘇教系紐 付きの子供を動物と見る教育者には許せないことでしょうし。で、大人の世界は嘘で塗り固めて哲学的な事はここだけでさせた

@RC_StB この子供っぽさも意図的に利用されたますね。欧米では元々子供のための文化を押し付けるのが普通でそれが日本に入ってきて受容されて、学生運動崩れがアニメ業界に入ることで子供っぽさがなくなっていきますね。まぁ、グラントリアンの暗躍なのでしょうけど、それから

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月6日
@lakudagoya ブログで「バチカンがパウロ派云々〜」 の箇所、ちと補足をお願いいたしたく。 パウロ原理主義のスタートはマルキオン が始まりらしく、初めて聖書を作ろうと したのもマルキオンとのこと。 で、ローマ教会はこれヤベーと思って 自分達も大慌てで本を作り始めたの
のが、聖書の始まりだそうです。 元々、アーリア系の様に初期キリスト教は 口伝重視で、余り文書を書くという 文化がなかったそうです。 聖霊降ろしのご先祖様はモンタノス派 らしくて、こういうのを抑えるためにも 聖典を作る必要が出てきた様です。
多分、口伝だったのはイエスの使徒 とかいうのが文字が書けなかった のではないか?というのも あるのかな?と。 使徒が書いた文書というのが ありませんし、アンデレやペテロ も漁師でしたし。 で、当時は製本技術がショボかったので
聖書の一巻本というのが無くて、 バラ売りしてたんですね。 本は厚くなると製本が難しくなるので。 コンプリート本が出始めるのが 5世紀ぐらいからなんですね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月6日
@FeydoTaitei ああ、佐藤優の神学の本にも大工や漁師のような下層階級が文字をかけるわけがなかったと書いてありますね。その下層階級の弟子たちが書いた事になってるコイネーの設定ってある意味不思議だと思いました。ギリシア語書けるのはエリートですしね。

@FeydoTaitei 5世紀ですか。グノーシス派の文献に異様に神経を尖らせる気持ちがわかったような気がしました。結構遅くてビックリです。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月6日
@lakudagoya グノーシス学者の解釈が本当なら、 グノーシス派の教えの方が正統派より ずっと高度な印象を受けるんですよね。 ギリシャ哲学の影響もあるでしょうけども。 創造神=悪はイラン系ですし。 多分ローマ人受けするのもパウロの 説教よりもこっちかとw
@lakudagoya あれだけ高度な教えだったのに、 正統派は何であんなにショボく してしまったのだろう…… 布教しやすさを追求した結果? カースト毎に教えを分けたかった? 元のキリスト教が何だったのか ますます興味深いですね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月6日
@FeydoTaitei そうですね、グノーシス文献が正しければ、インテリにウケるのはこっちですね。書いてる人一流の知識人としても通りますよ。創造神=アクってのは、インドの思想を理解してないとすっとわからないですよね。書き方も仏教説話のような弟子にたいする話かけですし。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月6日
@lakudagoya 本願寺にある「世尊布施論」が マタイの一部しかないのが、 注目している所なんですよ。 多分、元本が一巻本以前の時代の 文書である可能性が高いのでは?と。 一巻本からバラコピーした可能性 もありますが……

@lakudagoya グノーシスのナグハマディの方が 古いじゃないか!とツッコンで来る 輩もいると思うので一言。 あれの原文って虫喰いや穴だらけの 歯抜け状態で、とてもアレから 正確な内容なんか読み取れないかと。 学者の解釈も推測みたいな感じですし。

@lakudagoya だからバチカン重視の口伝である 「伝統=TRADITIO」を除外すると 5世紀の一巻本ぐらいしか いわゆる「キリスト教」ってやつの 教えの根拠になる物がなさそう なんですよ。

@lakudagoya で、東は劣化しやすいパピルスを 使わない+仏典や儒教の写本技術 のノウハウから、景教はかなり 状態の良い物が残っているのではないか? というのが私の推論です。 単純に景教がバチカンよりも 古いんだぁッ〜‼︎って書くとキレる 儲も出てきそうなので。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 6月6日
@FeydoTaitei 修正完了です。書物の宗教のセム系と違って、たしかにアーリア系は文書を書く事は少ないですね。ゾロアスター教文献の少なさでもわかる通り。だから、秘教的キリスト教解釈では、口伝による奥義の伝承が重視されるのはインド・イランの文化なんですねえ?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月4日
教会史で有名なエウセビオスに よるとヨハネの黙示録は ケリントス作だという。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 6月3日
佐藤優と副島の対談本で ピケティはルソー人脈ではないかと 批判してたな。 ルソーはメイソン教のグル。 副島はケインズを絶賛してたけど、 ロックは自伝でケインズより シュンペーターだと言ってたw


ヒラ:// ‏@punanny_chang
シバキ隊だろ、実質 差別!差別!連呼する者もまたレイシストなんだな。 深淵を覗く時、深淵もまたお前を覗いている。
カンパ、この概念も宗教的だよね。SEALDsリーダーの父親が牧師だよ?そのネットワーク使わないわけないでしょw

まぁ戦時中の日本基督教団は戦争反対じゃなく賛成の立場だった偽善者集団だし国内のキリスト教信者は人口の1%とという話だがそこから総理大臣が8人出てるんだっけか?なにしろ胡散臭いんだよ。
デモの裏の目的は銀行口座解約、ストライキ、不買運動から目をそらすため 安倍を対象に絞ることであらゆるロビー活動、企業活動から目をそらすため でしょ?


バカはまんまと乗っかる。そもそも戦争したいんじゃなくて儲けを出すための手段として戦争があるわけだ。そこを気づかないって本当に手遅れだよ。お花畑でうつぶせになってな。

お前に3つ意地悪に聞こえる至極真っ当な質問を。 1、あなたはSEALDsの会計等にたずさわったことありますか? 2、SEALDsの集会で最も効力があるだろう銀行口座解約、ストライキの話しないのはなぜですか? 3、なぜ国会議事堂前でのデモなのでしょうか?

これら3つの質問の答えっていうのがSEALDsが官製デモである所以になるわけで。 個人的にどうこうとは言いたくないがSEALDsのリーダー奥田君のお父さんも相当グロい人ですよ?牧師とは言ってるけどそれって赤い十字架の教会じゃないの?教会の十字架が赤と白の二種類あるってのは常識


 長文記事読了心底多謝。

ヤハウェ(エジプト系の雷神)が奈良の大仏(アーリア系の太陽神仏)なわけねーだろ!  真言宗が景教(人の神格化禁止)なわけねーだろ!                     ヨガ、呼吸法、瞑想法でリラックス! 『呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと』・『ヨガ呼吸・瞑想百科』・ 『ハタヨガの真髄』・『禅の本』・『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門』 

 ヨガ、呼吸法、ヴィパッサナー瞑想の本の読書メモだけど悪質な仏教破壊工作を発見したので先にフルボッコにします。

【ヤハウェが奈良の大仏ではない理由の要約】

一神教最大のタブーは、人間が神になること。

一神教では、唯一神と人間との間には絶対的な隔たりがあり、絶対に人間は神になれない(唯一神と一体化できない)。
人間が神になれるなら多神教。


景教=ネストリウス派キリスト教は、人と神を特に厳格に区別するので、人を神として祀るなら景教徒ではない。
神社に秦氏の人間が神格化されて祀られているので、秦氏は景教徒ではありえない。

真言宗は神仏と人間が一体化する「即身成仏」思想なので、景教ではありえない。



ヤハウェと奈良の大仏は属性が真逆なので対立する神仏。

ヤハウェ=エジプト系の雷と嵐の唯一神
エジプトの唯一神アトン+雷と嵐の神バアル≒セト。牛+豚

奈良の大仏=アーリア系の太陽神仏
太陽神または光系のイラン系のアフラ神族。
華厳宗大本山の東大寺の奈良の仏
=毘盧遮那仏。

毘盧遮那〔ビルシャナ〕
=ヴァイローチャナ
=インド神話のアスラ〔アフラ〕の王。

ビルシャナ=広く照らす=太陽あるいは光



これよりしばらく、
knznymmmy code777
http://codetripleseven.blogspot.jp/
https://twitter.com/knznymmmy/with_replies

でおなじみのプー閣下風のノリで、景教詐欺をフルボッコにしていく。
まずはフルボッコされる対象を見てくれ。こいつをどう思う?

Misaki-1192 ‏@bonchan1 11月7日
東大寺大仏の正体は、秦氏の神・大日如来=ヤハウェである。

Misaki-1192 ‏@bonchan1 11月21日
奈良東大寺の大仏の正体はヤハウェ。
秦氏が最も信仰する神。

Misaki-1192 ‏@bonchan1 11月25日
秦氏は景教ネストリウス派の信者。最澄、空海が新旧聖書をお持ち帰り。秦氏が建てた東大寺の大仏は大日如来様=ヤハウェなんですねえ。御宮参りされる方は新羅韓神と共にヤハウェにも詣でている事になりますねえ。お遍路さんも怪しくなって来ました。http://www.ne.jp/asahi/davinci/code/history/japan/index4.html …

Misaki-1192 ‏@bonchan1 12月3日
東大寺の大仏は大日如来。秦氏の神のヤハウェが大仏さん。
修学旅行に行ったっけな。くそう。

Misaki-1192 ‏@bonchan1 12月4日
最澄は新約聖書、空海は旧約聖書を持ち帰った。唐の原初キリスト教ネストリウス派景教の洗礼を受けた二人。東大寺の大仏の正体は大日如来=秦氏の神・ヤハウェだったのです。日本人には何ら関係ないですね。http://www.ne.jp/asahi/davinci/


( ゚д゚)ポカーン
すごく……一神教について無知じゃねーか!
この手のデマを流す奴らは教義の決定的な違いを無視だからな。
宗教で一番大事なのは教義だろーが!
信者かどうかは教義を守っているかどうかで判断しねーとダメだろーが!!
例えばさ、十戒を破る奴らがユダヤ教徒なわけねーじゃん?
だから神道がユダヤ教であるわけねーじゃん?

日ユ同祖論デマって聖書が根拠だから、流している奴は無自覚含め宣教師。
景教ガー、ネストリウス派ガーってうるさい奴も、無自覚含め宣教師であることが多い


まず、おめーらさんに一神教で一番知っておかないといけないタブーは、人間がヤハウェやゴッドやアッラーになることだ。
人間は絶対に絶対にぜーーーっったいに神になれないし、
絶対に絶対にぜーーーっったいに神として祀るなんてありえない。
ネストリウス派は、ただでさえ人間の神格化が禁忌である一神教の中でも、特に人と神を区別する。
つまり、秦氏が人間を神様として祀っている時点でアウト中のアウトなんだよ!

え?
秦氏が、ネストリウス派を国家神道みたいな和風キリスト教に改造して信仰していたかもしれないって?
それもはや景教じゃねーじゃねーか!

この際だから言っておくけど、国家神道のモデルは平田篤胤な。
平田篤胤は、神道を名乗るくせに、キリスト教神学を取り入れるのはOKだという和風クリスチャン
だ。
当然だが、正統派のキリスト教神学からみたら平田神学は異端だ。
現人神OKの国家神道なんて完全に異端。
まあ、キリスト教をそのまま布教するのに失敗したので、植民地用にカスタマイズしたのが、
「現人神=偽天皇=キリスト」にした国家神道
=一神教的多神教(新キリスト教)


一神教のタブーをおめーらさんは今この時点で知っているはずだよな?
でも、ちゃんと理解したとは限らねーよな?
ちゃんと理解したなら応用できるよな?

おめーらさんが勝手に応用して、
「真言宗はキリスト教ネストリウス派だよ詐欺」を打破しやがれ!
説明は省略!

では不親切なので、答えとして菊りん(国際秘密力研究)の以下のツイートをよーく読んで学ぶんだ!

菊池 ‏@kikuchi_8
ネストリウス派=景教は人性と神性を明確に区別する。マリアも「神の母」ではなく「人性としてのキリストの母」という扱い。カトリックより人格と神格が厳格に区別されている。人と神の距離が近く、同一視し、場合によって人が神に命じる関係(例:役小角と一言主神)すらある日本の宗教観と隔絶する。

兵庫県に大避神社という神社がある。御祭神は秦河勝である。この時点で「秦氏=猶太人説」「秦氏=景教徒」という説は崩れるのではないか。猶太教や景教を含む耶蘇教では人を神として祭るのはご法度のはずである。こういう基本的な事柄を無視することからして日猶同祖論や景教渡来説はうさん臭い。

景教渡来説は米国のプロテスタントの宣教師が布教の為に唱えている場合がある。「日本は仏教国ではなく、聖書の国だ」と言ってキリスト教を受け入れやすい素地を作ろうとしていると思われる。そのために景教=ネストリウス派キリスト教が古代から日本に根付いているという説を流布する。

景教渡来説を唱えている人士はキリスト教徒ばかりである。宗教的立場からの願望が投影されている「説」と言える。「いろは歌」まで耶蘇教の思想を歌ったも のという者までいて驚いた。仏教の基本的教義を抑えておけば「いろは歌」は「有為=縁起したものの無常と、無明の克服」という趣旨と分かる。

日猶同祖論の初期の論者の一人佐伯好郎は同時に景教渡来説の権威。日猶同祖論と景教渡来説は初期からセット。佐伯は英国聖公会のキリスト教徒
。聖公会は英 国諜報員とメーソンの巣窟と渡部悌治先生述。猶太資本導入推進のために日猶同祖論を唱えたことを服部之総に告白。河豚計画の犬塚惟重の団体顧問。

神智学徒のゴルドン夫人が高野山に大秦景教流行中国碑のレプリカを建立した。人性と神性はあくまで区別されるべきだとするのが景教である。一方、真言密教は「即身成仏」つまり、人も仏も構成要素は同じ「六大」だから人と仏はゼロ距離だとする教義である。似ても似つかないどころか真反対である。

思うにですが、この手の説を唱える方というのは仏教の教義内容まで立ち入って分析していない場合が多いと思います。「仏」が構成要素に分解できるとする空海の六大縁起思想は耶蘇教ではありえないと思います。

いろは歌にキリスト教の教義を詠み込んでいるという説は、プロテスタント系のキリスト教原理主義者のHPで得々と語られていました。要するにキリスト教関係者による宣伝としか思えないです。日猶同祖論と同じ性質ですね。

馬小屋で生まれた等のエピソードは景教の影響として入ってきていた可能性がありますが、景教の宗教としての教義そのものは公には入ってきていないと思います。日本の色々な伝統宗教を調べても人性と神性を厳格に分ける景教の痕跡がありません。

秦氏すら秦河勝を御祭神として祭っています。人を神として祭る。これは人と神を厳格に区別する景教ではタブーです。宗教としての景教渡来説は佐伯好郎が猶太資本を北海道開発に導入するために日猶同祖論を唱えたのとセットだと思います。服部之総が明かしていますね




さあ次は、ユダヤ教のヤハウェの属性だ。
世界初の一神教はエジプトのアトン一神教だ。
ヤハウェの唯一神という属性はエジプト由来だ。

また、ヤハウェは雷と嵐の神だ。
牛にして嵐と雷の神バアルと共通点が多い。
また、バアルはエジプトに入ってセト(暴風と雷鳴の神)と同一視された。
つまり、バアル≒セト。
でも、バアルは牛だけどセトのシンボルは牛ではない。
セトのシンボルの一つが豚。
ユダヤ教は豚を食べてはいけない。
え、不浄だからだって?
神聖だから、表向きは不浄だということにしたのかもよ?
ヤハウェにブタ神であるセトの要素があるから、という理由もあるかもよ?

さあ、ここで、ねこた先生(完全閉店 ‏@lakudagoya)の以下のツイートを読むんだ!
ユダヤ教の教義がエジプトの貴族由来だとよくわかるだろう。

(いんちき陰謀論調査隊を消したぬこた先生。だからあれほど保存しておけと以下略。
実は一部が本ブログにあるからそれを保存以下略)

完全閉店 ‏@lakudagoya 11月23日
ローマの宗教史を扱った「神々のあふるる世界」さ。エジプトの神官の生活について史料をベースに色々語ってるけどさ、蹄の割れた獣は食べませんとか、割礼もそうだけど、色々な意味でユダヤ教ってエジプトの貴族の宗教臭いんだぜ?これモグラ君が言い出した事だけど、大当たりだったと思うんだ

ユダヤ教のウリジナル in 古代エジプト
1 十戒(死者の書に書いてある42の戒律が元ネタw)
2 レビ記の食物規定(エジプトの神官の戒律が元ネタw)
3 割礼(神官の通過儀礼w)
4 経典の宗教(読み書きできるのは神官と貴族だけw)
おおっ!こんなにも香ばしいネタがざくざくと


完全閉店 ‏@lakudagoya 11月23日
おっと、古代エジプトでは神官は1日2回は沐浴してたっぽい。で、風呂桶みたいなもんが神殿に常設されてたらしい。ああエジプトでは流水使わないっぽいんだよね。やっぱユダ公のミクベはエジプト起源の可能性あるな。つつけばつつくほどユダ公の習慣は古代エジプトの貴族のそれじゃないかw

(モグラ君=虚空と君のあいだにで有名な、もぐら師匠) 



次は、華厳宗の東大寺の奈良の大仏の属性について。

フェイド大帝(過去の最低帝国)のツイートと、
猫2号(読めないニックネームの子子子子子=ねここねこ)の記事を引用する。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2014年10月6日
知らない人が多いのか分らないけど、
密教の大日如来、奈良の大仏は
インド名が毘盧遮那。
ヴァイローチャナね。
こいつは太陽神でウパニシャッド
ではアスラ王と書かれている。
つまりイラン系のアフラ神族


大日如来は遍照如来とも称し、またビルシャナ仏とも言われる。ビルシャナ=太陽。
ビルシャナに関係するインド神話のヴァイローチャナはアスラ(アフラ)の王とされる

アフラ・マズダー(知恵王)の関連が云々されることになる。
太陽神に思えるが、ゾロアスター教の太陽神はフワル・クシャエータであって、アフラ・マズダーではない。

太陽神ミトラと同一視されたりするアフラ・マズダは太陽神の性格も持つはずですが、本来は太陽をも超越した光自体か、金星なように思えます

密教でも大日如来をただちに太陽と同一視しているわけではない。
日天(にってん。アーディティヤ)は十二天の一つとして、曼荼羅の最外院に別に存在する。世間の太陽と大日如来は区別される。”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-52.html
キリスト教(太陽+来世に期待)と
ユダヤ教(嵐+現世利益)は根本思想が違いすぎる

ラクダが家畜化されるのは紀元前10世紀以降なので旧約にラクダが登場するのはおかしい。
岡田明憲『ゾロアスターの神秘思想』 講談社現代新書 。
岡田明子・小林登志子『シュメル神話の世界 』中公新書



で、どこが、セト(暴風と雷鳴の神)かつバアル(牛君)系の唯一神ヤハウェと同じなの?

あと言っとくけど、ユダヤ教のヤハウェとキリスト教のゴッドは別の神だから。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
キリスト教がユダヤ教派生は嘘。
ユダヤ教とキリスト教の救世主観は全然違う。
ユダヤ教のメシアは現世利益を齎す政治的指導者。
キリスト教のキリストは超越的存在(ミトラと拝火教)。
ユダヤ教は中国と同じく子孫繁栄などの現世利益用。

猫太”そうですね。大きな聖書神話というストーリーの中に閉じ込めさせて行動させる技術ですね。だから彼らは神話を操る。日油同祖論とユダヤ陰謀論という一見アンビバレントなものも、ひっくり返せば磐石な聖書神話を日本人に吹き込むためのツール。そして聖書を洗脳する。”

猫太”エッセネ派ってなんかーユダヤ人っぽくないよ。お金が嫌いで独身主義とか、子孫繁栄と現世利益が強いのがユダヤ教やん?” ”聖霊って不思議な観念ですよね。お金と現世利益が大好きで欲しかったのは現実世界の約束の地というユダヤ人の感性じゃないようにみえる”

ミトラ教(太陽派)+黙示録(拝火教)=キリスト教 嵐派+メシア(人間の指導者)による現世利益=ユダヤ教 根本思想が違い過ぎ。 猫太”オリジナルのユダヤ教は、中国人と全く同じの現世利益的宗教ですから。この基本がわかれば陰謀論の嘘もわかる。” ユダヤは✝の囮




私は‏@bonchan1のツイートをフルボッコにしたのだが、多少擁護しておく。
大本教がキリスト教だと指摘し、平田篤胤と日月神示を批判しているからだ。

Misaki-1192 ‏@bonchan1 1月8日
岡本天明は「飛騨の口碑」は全く知らない。国之常立神とは位山命(丹生川から宮村に遷都した命)であることなど全く知らない。岡本は大本の出口の弟子だというではないか。大本教=キリスト教であり、何故キリスト教信者が位山命のお告げが解るのだ?http://yomenainickname.blog.fc2.com/?mode=m&no=59

Misaki-1192 ‏@bonchan1 1月9日
@ceezneverdiffer そのこともこちらから→http://yomenainickname.blog.fc2.com/?mode=m&no=59 この方や多くの方が日ユ同祖論はデタラメと言っています。第一飛騨の口碑にも♨堕屋など一言も出て来ません。明治維新以降のソーメンつゆみたいなものです。大本教は日本版キリスト教でしょう。

Misaki-1192 ‏@bonchan1 1月7日
平田篤胤が神代文字であると主張したものの題名が神字日文伝。さすがにこの平田(1776~1843)の理論では破綻していたので、昭和19年になって作り治したのが岡本天明の自動書記(笑い)による「日月神示」で、岡本は大本の出口の弟子だ。http://yomenainickname.blog.fc2.com/?mode=m&no=59

変な工作員のデマに引っかかっただけかもしれないけど、悪質なのでフルボッコにした。

では、これから記す読書メモにある呼吸法や瞑想法でリラックスしてくだされ。


…読書メモ…

※アーサナは画像と動画で正しいやりかたを視覚的にも理解してから実践してください。
特に注意点を調べてから実践してください。無理は禁物です。

成瀬雅春『呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと』、BABジャパン、2005年


“ いつでもできる日常的な訓練
完全呼吸法のような呼吸法のテクニックを練習する以前に、呼吸法を身に付けるための根本的な原則がある。それは「呼吸に意識を向ける」ということと、「ゆっくりと息を吐く」という二つである。
呼吸は生まれて以来休むことなく続けられているので、ふだんは意識していない。その自分の呼吸に意識を向けることが第一の原則である。意識を向けた瞬間から、呼吸はゆっくりし出す。一日のうち、呼吸に意識を向けることが多くなるほど、ゆっくりした呼吸をしている時間が多くなる。それがすでに呼吸法の重要な基本を身に付けたことになる。
そして第二の原則の「ゆっくりと息を吐く」ということを心がければ、ヨーガ呼吸法の「深い呼吸をする」という重要な基礎訓練をしていることになる。一般的な深呼吸では息を吸ってから吐いているが、それでは本当に深い呼吸にはならない。
まず肺の中に入っている中途半端な空気を吐き出さなければならない。汚れた空気をいったん吐き出してから、ゆっくりと新鮮な空気を肺の中に取り入れることで深い呼吸になる。その息を吸うときに、胸を広げるようにして、少し顔を上に向ければもっとよい。
この「呼吸に意識を向ける」「ゆっくりと息を吐く」という二つは、いつでもできる日常的な訓練なので、習慣として身に付けてほしい。“
p.83-84

“最近は「解脱」という言葉が流行のように使われるようになった。新興宗教の教祖で「私は解脱した」という人もいるようだ。解脱した人には何の執着もないので、自分から「解脱した」ということはありえない。
しかしヨーガの話の中にはジーヴァンムクタ(生前解脱)という、生きていて解脱した人の例が出てくる。その話があるので「私は解脱した」というのだろうが、これは勘違いなのである。
ジーヴァンムクタというのは、本人がいうことではなくて、周囲の人たちが「あの人は解脱している」と感じるものなのである。周囲の人たちといっても教祖の周囲にいる信者のことではない。利害関係のない第三者のことだ
「あの人は解脱している」ということはあっても、「私は解脱している」ということは絶対にないのである。なぜなら少なくとも「私は解脱している」という意識が消え去らなければ、解脱できないからである。”
p.247
(釈迦は輪廻を外れたので、「私は仏陀の生まれ変わり」と言うやつは全員詐欺師です。
「私は解脱した」と、真に解脱した完全な客観視ができている人が自分で言うことはありうるのでは?
ほとんどは偽物だろうけど。
「私は解脱した」って自分で言うことは、「独我論は正しい」と私が「他人に」言うようなものかな)



外的完全呼吸法
①ゆっくりと息を吐いていき自然に腹部が引っ込み、そのままさらに腹を引っこませながら吐いていく。
②吐き終わったら、瞬間的に腹の力を緩めてから、ゆっくりと息を吸っていき、少し腹が膨らむくらいまで吸いこむ。
③そのままさらに胸を前に突き出す感じで胸郭を広げながら、吸いこんでいく。
④胸郭が広がったら、続けて肩を上げながらもう少し吸いこむ。
⑤吸い込み終わったら自然に二~三秒くらい止める。
⑥腹をもとに戻しながら息を吐いていく。
⑦次に胸をもとに戻しながら吐いていき、続けて肩を下げながら吐く。
⑧腹、胸、型が普通の状態に戻ったら、①につなげてくりかえす。
要点
①下部→中部→上部の一つひとつがきちんと分離されて、しかも連絡を滑らかに行えるようにする。
②吸息の中部のときに一緒に肩が上がってしまう場合が多いが、胸を上げようとするとそうなるので、胸は前に出し広げるという気持ちで行うとよい。
③吸息の最後の部分で、少し顔が上向きになってもよい。
④吸息から吐息に移るときに、二~三秒くらい自然に息が止まる状態になってもよいが、喉は開けたままにしておく。
⑤腹、胸、肩の動きはなるべく大きな方がよい。
⑥五呼吸を1セットとして行う。

半内的完全呼吸法
(外的完全呼吸法の表面的な動きを少なくするが、「腹が膨らんでいく」「胸が広がっていく」「肩が上がっていく」という意識はしっかり働かせる呼吸法。
以下のように外的完全呼吸法を改変する)
・胸が広がりかかったあたりからは、胸は動かさない。吐くときは胸をもとに戻しながら吐く。
・肩を動かさずに意識面だけ肩を上げながら吸い、吐くときも意識面だけ下げる。
・吸うときの胸は、ほんの少し広がりかかるくらいで、吐くときは、そのほんの少し広がりかかった分が戻る程度の動きで、意識だけはしっかりと働かせる。
・吸うときに胸の動きが止まったあたりで、意識だけが「スルッ」と内部に入り込む感覚をつかむようにするとよい。

(引用が多くて素敵な読書メモをどうぞ。私が引用した個所以外の引用があります。
【本】呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと
http://blog.goo.ne.jp/picarin2005/e/b9556fd602c4af1893b819d988a7f50d)


『ハタヨガの真髄_600の写真による実技事典』
B.K.S.アイアンガー (著), 沖 正弘 (翻訳)


ターダアサナ(サマスティティ)
ターダ=山
サマ=直立、まっすぐ、不動
スティティ=不動の姿勢、堅固
①足を揃えてまっすぐ立つ。両足の親指、および踵をつける。足の指はすべて床にぴったりとつける。
②ももの内筋肉を伸ばしあげるようにすると、膝をリラックスしたままで引き上げることができる。このとき、尻はそっと締めるようにする。
③胃が自然に引っ込むように、肋骨を広げ、背骨を上に伸ばし、首をまっすぐにする。
④体重は踵と指先の一方だけにかけずに、等分にかけること。
⑤理想的にはターダアサナでは頭上に両手を伸ばしておくのであるが、便宜上、両ももの横に下げていてもよい。

パッドゥマアサナ
パッドゥマ=蓮。
この蓮のポーズは最も大切で最も有益なポーズの一つ。
これは瞑想のためのポーズで釈迦像の中にはこのポーズをしたものが多い。
①両足をまっすぐ伸ばして座る。
②両ひざを曲げ、両手で右足を左もものつけ根に乗せる。このとき右かかとはへその近くに来る。
③左ひざを曲げ、両手で左足をもち、右足のできるだけつけ根に近く置く。このときも、かかとがへその近くに来る。足の裏は両足とも上向きのこと。
④背骨の下から首まで肋骨部を四方に広げながら伸ばす。右手は右ひざに、左手は左ひざに置いてもよい。それぞれの手は親指と人差指で印を作る。あるいは、両足の交差するほぼ中央に、一方の掌をおき、その上に他方を乗せて置いてもよい。
⑤今度は逆に、左足を右ももの上に置き行なう。両方行なうことにより、足を均等に発達させる。

マツヤアサナ
①パッドゥマアサナの姿勢で座る
②膝を床につけたまま仰向けに寝る
③息を吐きながら首と胸部を持ち上げ、背中をそらせる。頭をそらせ、頭頂部を床につける。両手で両足をつかみ、上体をさらに反らせる。
④手を離し、両手で互いに両ひじをつかみ、前腕部を頭上の床の上に置く。
⑤深呼吸しながら、30秒~1分間この状態を保つ。
⑥後頭部、背中を床の上におろす。息を吸いながら、パッドゥマアサナに戻る。足をほどいて休む。
⑦組み方を逆にして足を組み、同時間だけ行う。
⑧もし③と④が難しければ、両手を上に伸ばし、胸をそらせないで横たわる。

(もう少し簡単なヴァージョン。
①仰向けに寝て、両足を揃えて伸ばす。
②両脇を締め、掌を下に向けて尻の下に敷く。手の甲と尻が当たる。
前腕と肘を体側に寄せる。
③鼻から息を吸いながら、肘と前腕で床を押しつつ、背中を床から浮かせ、胸を広げつつ、胸を天井方向に持ち上げる。
同時に頭を後ろにそらし、後頭部か頭頂部を軽く床につける。首への負担を軽くするために、できるだけ頭に体重がかからないようにする。
④リラックスして深呼吸する。約15~30秒深呼吸をしながらポーズをキープ。
⑤息を吸いながら頭をスライドさせながら顎を引いて、頭を床にゆっくり下ろし、腕をほどき、ゆっくりと元の姿勢に戻る。肘で床を押して、首と頭に負担をかけないように戻す)


魚=マツヤ。
この魚はヴィシュヌの化身であり、宇宙と万物の初源であり、保護者である。昔々、世界全体が堕落して大洪水にみまわれようとしていたとき、ヴィシュヌが魚の姿となり、マヌ(ヒンズーのアダム)にさし迫る危機を警告した。この魚はマヌとその家族と、七人の聖人を船にのせ、自らの頭の角につないで運び去った。この魚はまたヴェーダ経典を洪水から救った。

(聖書の元ネタの一つ。教会は元ネタ潰しをやっているので、参考にしたのではなく盗作
です。
ヴィシュヌの化身にブッダがいるのですが、バラモン・ヒンドゥー教を否定した釈迦を取り込むなど、元祖仏教破壊工作をやっております。

Ayano Kurosawa ‏@ab_kuro 2014年12月23日
て言うか、クリシュナの最期がギリシャ神話的(何たって、左の踵が弱点!)、クリシュナもといヴィシュヌのアバター(化身)であるマツヤの話が、もろノアの箱舟の元ネタだったり、なんやかんやと神話って国や時代を越えてリンクするのよね。


インド神話bot ‏@hindimyths
ヒンドゥー教の三大神の一柱であるヴィシュヌは10の化身で知られるが、化身の数が10しかないのではなく、特に重要なのがマツヤ(魚)、クールマ(亀)、ヴァラーハ(猪)、ナラシンハ(人獅子)、ヴァーマナ(矮人)、パラシュラーマ、ラーマ、クリシュナ、ブッダ、カルキの10の化身ということ。

マヌという男が川で水を飲もうとした際、手に魚が入った。魚はマヌに船を造るように命じた。マヌが船を完成させると大洪水が起き、大きくなった魚に導かれ たマヌの家族だけが助かった。この魚がヴィシュヌの化身マツヤである。酷似した洪水神話は世界中にある。「manu」は男、manを意味する。)

ヒンドゥー教の三大神の一柱であるヴィシュヌの10の化身の一つにブッダ(釈尊)がある。仏教をヒンドゥー教の一派と取り入れるとも、わざと誤った教えを広めて敵を罰するとも言われる。仏教側もまた、ジャータカ(ブッダの前世譚)の中でヒンドゥー教の神話を取り入れている、など、なかなかカオス。

高山龍智 ‏@nagabodhi 12月6日
天魔(破壊神シヴァ)に妨害されたあと成道したゴータマに説法を勧請したのが梵天(創造神ブラフマー)。んで、ブッダは維持神ヴィシュヌの「反則技」の化身にしちまえ、と…なんかヒンドゥー教内部で人事のいざこざがあったとしか思えんな。

現場監督の波旬(シヴァ)「ナメてんじゃねえぞ若造があ」。でもゴータマは屈せず新ソフト開発。気弱な社長の梵天(ブラフマー)「ここは一つブッダ氏の出番ということで」。結局仏教大流行。「アレはね、私の黒歴史でしてね」と営業部のヴィシュヌが調整。…こんな感じだなヒンドゥーの仏教対策。)

シャヴァアーサナ
シャヴァ=死体。
アーサナ=姿勢。
①正中線を正して仰向けになる。
まず尻の中心と両足の合うところを一直線上にして、床の十字状の線に膝を立てて座る。それからゆっくりと脊椎を一つずつ線の上におろしていく。背骨の中心が線の上に正確に来るようにする。
②頭は額から両側に伸ばすようにする。頭の位置を前面から正していく。
③体が傾かないようにまっすぐに、また左右の均衡を保つ。
額の中心、両眉の中心、鼻の下のみぞ、唇の中心、顎、喉、胸骨、横隔膜の中心、へそ、恥骨の中心、両ももの間の空間、両膝、ふくらはぎ、両かかとの間の空間が一直線をなすようにする。
頭部から両耳、両眼の外角、唇、顎骨の底辺が左右同じ高さになるようにする。
最後に首を伸ばしてその中心が床の線の上にくるようにする。
④両肩甲骨の内縁を床にぴったりとつける。鎖骨のところから上胸部の皮膚を肩の方へ、肩から後ろへ、肩甲骨に向けて伸ばすことで背中がぴったりと床につくようになる。
肋骨は統一をもって広がらなくてはならない。
⑤両足をそろえてかかとの外側を伸ばしてから、両足先を等しくリラックスさせて開く。
⑥手は体側の15~20度のところにおく。
⑦横たわっているときの感覚は、母なる大地に沈み込むような感じ。
⑧掌、指、足の裏、足の指にある緊張に気付かない人が多い。緊張のある部分をよく観察し、リラックスさせて、正しい位置に戻す。
⑨腹部に「空」と「無」を感ずること。体は投げ捨てられた棒のような状態。
⑩眼の奥を見るようにして、自分自身の内面に眼を向ける。
⑪呼吸は、左右の鼻孔を息が等しく流れていることを確かめる。普通に吸い、やわらかく深く長く吐く。深く吸おうとすると頭と上半身が動き、脚と腕に緊張が起こるからである。


B.K.S. アイアンガー『 ヨガ呼吸・瞑想百科―200の写真で見るプラーナーヤーマの極意』


アーサナ
(ヨガでは「内なる神」、「神と一体になる」という表現が多用される。梵我一如)
・プラーナ=息、生命、活力、エネルギー、力。
アーヤーマ=伸ばす、拡張、長さ、幅、規則的、コントロール。
プラーナーヤーマ=呼吸を長くし、コントロールする。
・ムッドラー=封印、鍵。
体の開いている部分を閉じる姿勢で、指を特別な形に組む。
・バンダ=束縛、結びつける、つかまえる。
特定の内臓や体の特定の部分をつかむ、収縮させる、コントロールする姿勢。

ジャーランダラ・バンダ
ジャーラ=クモの巣、網目。
胸骨が顎に押しつけられている状態で、サルワーンガアーサナとその変形ポーズを行っているとき習得できる。
①シッダアーサナ、スワスティカアーサナ、バッドゥラアーサナ、ウィラアーサナ、バッダコナアーサナ、あるいはパッドゥマアーサナの形で座る。
②背中をまっすぐ伸ばし、胸骨と、胸郭前面を持ち上げる。
③無理のないように首の両脇を伸ばし、肩甲骨を体の中に引き入れるようにする。胸椎を前に押し、首をしっかり伸ばしてから、頭を首の後ろのつけ根から前屈させる。
④喉を圧縮したり、首の筋肉を緊張させてはいけない。首と喉の筋肉をリラックスさせておく。喉や首を前方、下方、あるいは後ろに押しつけてはいけない。上背部を後方に押しつけてもいけない。
⑤顎の両側が、両鎖骨間のくぼみに左右等しくふれるように頭を前屈させる。
⑥片側の顎を他方よりも伸ばしたり、首を片方に傾けてはいけない。
⑦顎を胸に押しつけてはいけない。胸を持ち上げておりてくる顎に合うようにする。
⑧頭の中心、顎の中心、胸骨の中心、へそおよび股の中心が一直線上に来るようにする。
⑨顎を胸にもってくるとき肋骨を下げないようにする。
⑩こめかみをリラックスさせ目と耳は受動的にしておく。

ウッディーヤーナ・バンダ
ウッディーヤーナ=飛び上がっていく。
プラーナーヤーマでは腹をつかみ上げること。
プラーナーヤーマではプラーナは下腹部から頭のほうに流れて上がり、横隔膜は下腹部から内臓を後ろ上方、脊柱の方へと引っ張り上げながら上っていく。
まず立った姿勢でのウッディーヤーナをよく修得してから、バーヒャ・クムバカ(呼気のあとで息を止める)中に、ウッディーヤーナは導入すること。アンタラ・クムバカ(吸気後のクムバカ)にウッディーヤーナは取り入れないこと。心臓に負担をかけすぎるのでよくない。
空腹時に行うこと。
①ターダアーサナで立つ。
②両足の幅は約30センチぐらいに開いておく。
③膝を少し曲げ、両手の指を広げてももの中ほどをつかむ。
④肘を少し曲げ、顎をできるだけ下げ、ジャーランダラ・バンダの姿勢をとる。
⑤息を深く吸いこんでから、肺の空気を一息で吐き出せるように急速に吐き出す。
息を完全に吐ききるまで、腹をひっこめてはいけない。
⑥吸気の前に息を止める。腹全体を背骨の方向に持ち上げる。ウッディーヤーナ実践中は胸を落としてはいけない。
⑦腰椎、胸椎を前上方に持ち上げる。内臓を背骨のほうに向かって圧迫する。
⑧内臓を圧迫したまま手をももから骨盤のふちに向かって移動させながら、さらに内臓を収縮させる。
⑨内臓をゆるめないようにして、また顎を上げないようにして背筋を伸ばす。
⑩10~15秒間できるだけ長く内臓を圧迫したままにしておく。自分の限界以上続けてはならないが、無理をしない程度に練習を重ねていくと、実践時間もだんだん長くなる。
⑪顎と頭はそのままで、まず腹の筋肉をリラックスさせる。
⑫腹が完全にリラックスし、内臓がもとのリラックスした状態に戻るまで息を吸ってはいけない。腹の筋肉がもとの位置に戻るのを待って息を吸う。
内臓を圧迫している間、肺を圧迫してはいけない。
⑥~⑫までの過程の間中は息を吸ってはならない。
・2~3回普通に呼吸をしてから、再び①~⑫を6~8回繰り返す。進歩するにつれて、1回の長さと繰り返しの回数を増やしていく。体験の深い指導者のもとで行うのが望ましい。
・ただしこの一連の繰り返しの過程は一日一回だけおこうなうこと。
・ウッディーヤーナが修得できたら各種プラーナーヤーマに取り入れる。ただし呼気の後のクムバカ(バーヒャ・クムバカ)を行うときだけに行う。
・こめかみのまわりに緊張を感じたり、次の吸気の初めに緊張がかかったりしたら、自分の能力以上にウッディーヤーナを行ったということなので気をつけること。
・ウッディーヤーナ・バンダを一人で行うのは極めて危険。間違ったやり方で行うと精液が不要にもれ、活力を失う。

ムーラ・バンダ
ムーラ=根、源、原因、基礎。肛門と生殖器の間の中心部。
ムーラ・バンダでは肛門と生殖器の間の中心部の筋肉を収縮させ、垂直にへその方に向けて引き上げる。同時に下腹部前面およびへその下は、背骨に向かって後ろ上方に押しつける。
ムーラ・バンダは、吸気後のアンタラ・クムバカ中に行わなければならない。
ウッディーヤーナでは肛門から横隔膜まで全部を背中に向かって押し上げるが、
ムーラでは肛門とへその間の、生殖器部と下腹部のみを収縮させ、背骨と横隔膜の方に向かってひき上げる。
ムーラ・バンダを一人で行うのは極めて危険。間違ったやり方で行うと激しい体力減退をもよおし生殖力も失う。正しく行ったとしても、ムーラ・バンダにはそれなりの危険がある。性欲を増加するので濫用する危険がある。

・吸気のとき腹をふくらませてはならない。腹をふくらませると肺が完全に広がらないからである。吸気も呼気も無理があってはならないし、早くてもいけない。プラーナーヤーマの無理は心臓に負担をかけ、それがもとで脳障害を起こすからである。
・意識的に上胸部を持ち上げ、出ていく息をゆっくり、スムーズに導く。
・呼吸のリズムに深く注意を払うこと。

吸気の方法
①自分に合った方法で座る。
②胸と浮肋骨、へそを上げ、背骨をまっすぐ上に伸ばす。
③できるだけ頭を下げる。首の後ろが柔軟になったら、ジャーランダ・バンダを行う。
④感情の源である心は、へそと心臓の間にあるといわれ、背中はこの感情の中心と常に接触を保っていなければならない。体の前面は、この意識の中心との接触を失わないようにしながら持ち上げ、横に広げる。
⑤吸気中、胸を前や後、左右に傾けないように注意しながら、上方と横に胸を広げる。
⑥横隔膜を異常緊張させてはならない。横隔膜の底の方から空気を入れ始めること。深く吸い込む秘訣は、浮肋骨の下、腰のあたりから始めるような気持で行うとよい。
⑦肺に底から徐々に空気を入れる。鎖骨上端から、脇の下前部まで入れること。注意深く、神経繊維を少しずつ今まで以上に伸ばすようにして、肺が完全に空気を吸い込むようにする。
⑧肩が上がったらすぐ下ろすこと。吸気中に肩が上がると、上肺部が完全に広がらず、首の後ろが緊張してくる。肩を上げないで胸を上げておく。
⑨喉をリラックスさせる。舌は下顎の上に寝かせるようにするが、歯にあててはならない。
⑩目は閉じているが、リラックスしており、内面を見る目を敏感にしておく。吸気のときどうしても目は上向きになりがちなので注意。
⑪耳、顔の筋肉、額の皮膚はリラックスさせておく。

呼気の方法
①吸気の①~④の指示に従い姿勢を整える。
②吸気においては、体は息という形をしたエネルギーを受け取る道具の働きをする。呼気はゆっくり静かに行う。そのためには、肋間筋肉や浮肋骨を持ち上げたままにしておく。そうしないと、安定したスムーズな呼気は無理である。
③呼気の始発点は上胸部であるので、上胸部を下ろさないようにしてゆっくり、へそのところまで完全に空になるまで息を吐く。このとき体は神と溶け合う。
④息を吐いているとき、脊柱の中心をもち上げておくだけでなく、その左右両側も持ち上げておく。全身を樹木のようにしっかりさせておく。
⑤体をゆすってはいけない。
⑥胸を持ち上げたまま、ゆっくりスムーズに吐く。息が荒いということは、胸や背中が下がっていることと、息の流れを観察していないことから起こる。
⑦吸気中においては、上半身の皮膚は緊張するが、呼気においてはリラックスしている。ただし胸や背中の内側は下げないようにする。
⑧腕と胸の皮膚は、脇の下のところで触れ合ってはいけない。腕をわざと広げることなく、脇の下のところで、空間と自由がなければいけない。

・クムバ=いっぱいにも、空にもできる壺。
クムバカ(止息)=息を止める(保息)。

アンタラ・クムバカ(吸気後のクムバカ)
はまずは、胸、横隔膜の内側、内臓を上げたままで数秒間止めることだけまず習得する。クムバカの間に肋間筋と横隔膜の内側と腹部内臓を上げておくのは難しい。
・アンタラ・クムバカを立っているときにしない方がよい。バランスを失って倒れるかもしれない。
・アンタラ・クムバカを寝た姿勢で行う場合、頭の下に枕を置き、頭が体より高い位置に来るようにして、緊張を防ぐ。
・アンタラ・クムバカの間、鼻梁を上げてはならない。
・プラーナーヤーマの間中、頭と頸椎を前傾させ、背骨と胸骨を持ち上げる。脳と頸椎を胸骨の方に向ける。
・吸気後のクムバカ中、内臓をひっこめ持ち上げると同時に、背骨下部を前に押し、胴体はたるませず、頭と腕と足をリラックスさせ、仙・腸骨から背骨を持ち上げ、肝臓下部と胃の下部を持ち上げる。
・背骨の内側と外側両方を上方前方に規則正しくそして等しく持ち上げる。
・上胸部の皮膚がゆるんで、肋骨の方におりてきたときは、息が不注意のうちに漏れたということである。
・胸は張りすぎても落としてもいけない。前面、側面、後面に等しく上げる。肋骨の内側を持ち上げる。

 バーヒャ・クムバカ(呼気後のクムバカ。完全に息を吐ききった後で息を止める)
は静的に行うときはウッディーヤーナなしで行うが、これは自分自身を静めるもので、食後でもいつでも行ってよい。
動的に行うときはウッディーヤーナ・バンダを併用するので、腹部内臓と心臓をマッサージし、エネルギーの分散を防ぐ。
・背骨の内側と外側両方を上方前方に規則正しくそして等しく持ち上げる。
・上胸部の皮膚がゆるんで、肋骨の方におりてきたときは、息が不注意のうちに漏れたということである。
・胸は張りすぎても落としてもいけない。前面、側面、後面に等しく上げる。肋骨の内側を持ち上げる。

・マントラ(呪文を繰り返し唱える)の目的は、乱れた心を一点に集中し、考えを一つにまとめること。マントラは、ヴェーダ(聖典)の讃美歌の部分であり、音楽を帯びた詩である。その詩を繰り返すことがマントラであり、愛と自己を捧げるまじめな心で行うと、自己を神に近づけることができる。
・プラーナーヤーマの実践中にマントラを繰り返し、舌や口を動かさないでそのマントラに意識を集中する。そうすると集中力を身につけると同時に、吸気、クムバカ、呼気の長さを伸ばすことができ、呼吸がスムーズになり意識も高まる。
・マントラは早く繰り返してはならない。吸気、呼気とクムバカをそれぞれ同じ長さで平均したリズムで行い、それに合わせるべきである。
・マントラは「アー・オ・ム」

・ウッジャーイー
ウド=上昇、広がり、卓越、力。
ジャヤ=征服、成功、コントロール。

※あらゆるプラーナーヤーマの全段階が、呼気(レチャカ。「フー」と吐く)で始まり吸気(プーラカ。「スー」と吸う)で終わる。まず肺の中にある空気を全部吐き出してから始める。心臓に負担をかけるから、呼気で終わってはならない。普通に息を吸ってから終わること。決して無理をしてはならない。

A
①毛布を床に敷く。その上にもう一枚の毛布を三つ折りか四つ折りにして、片側にそろえて敷き、その上に後頭部と背部をぴったりつけ、仰向けに寝る。
②体をまっすぐする。目を閉じて1~2分静かにしている。胸をへこませない。
③普通に呼吸する。呼吸に意識を集中し、呼吸の流れを感ずる。
④両肺を等しく空気で満たすようにしながら、胸が上にそして外に広がるのを感ずるようにする。吸気音が聞こえなくなるまで完全に肺に息を入れる。
横隔膜をリラックスさせ、腹をふくらませないで息を吸い、横隔膜を横に伸ばす。
腹をふくらませないためには横隔膜を浮肋骨より上方に上げないようにする。
深く息を吸うと眼球が上がりやすいので、意識的に眼球を鼻の方におろし、肺の内部を見るようにする。
⑤ゆっくり、深く、一定の速度で、静かに息を吐き、両肺を等しく空にする。もし両肺が均等に機能しなければそれを正すこと。
呼気の始めに、横隔膜を脚の方向に下げないように固定し、それからゆっくりと息を吐くが、深く吐いてはならない。このときには呼気は普通の呼気よりも少し長めになる。
⑥10分ぐらい続ける。この間目は閉じ目の奥を見るようにする。

B
A+横隔膜を動かさないようにし、肺が空になるまで、ゆっくり深く一定の速度で息を吐きながら徐々に横隔膜をゆるめる。

C
①好きな座法で座る。
②顎をまっすぐ下げ、胸郭を内側から持ち上げる。顎を胸骨上方の両鎖骨間のくぼみにおく。ジャーランダラ・バンダである。
③腕を下げ、掌を上向きにして手首を膝の上に乗せる。あるいは人差し指と親指で印を結ぶ。ギアーナ・ムッドゥラーである。
④吸気時には腹をふくらませない。終始、横隔膜は肋骨より下にしておく。すべてのプラーナーヤーマを行うときにこのことを守らなければならない。
横隔膜が浮肋骨よりも上になると、胸がふくらまず中腹部がふくらんでしまう。
恥骨から胸骨までの腹部全体を背骨に引き寄せてから次に頭の方へ上げる。これは内臓にマッサージになる。
⑤横隔膜とともに内肋間筋も持ち上げ、その状態で呼気を、ゆっくり深く一定の速度で行う。
呼吸の流れを観察しながら、Aの要素を入れて、10~15分間行い、シャヴァアーサナで数分間休息する。


バストゥリカー・プラーナーヤーマ
バストゥリカー=ふいご。
空気をふいごのように力強く吸い入れたり、吹き出したりするプラーナーヤーマである。
※バストゥリカーは全身を活発にするプラーナを作り出す。しかし、あまり長く練習しすぎると、呼吸が強いので組織が摩滅して肺が危険な状態になるので注意する。
※ふいごの音がしなくなったらすぐやめて、普通呼吸を始めるか、繰り返すサイクルの回数を減らす。
※いらだちや緊張が感じられたり、鼻血、耳鳴り、耳痛が起こったらすぐやめること。呼吸の音が正しくなかったり、強い呼吸ができなくなったらやめること。少しの無理でも鼻血が出たり肺に障害を起こす。
※眼か耳に疾患があったり、高血圧または低血圧の人は行ってはならない。
※きゃしゃな体格の人や、肺活量のあまりない人は、バストゥリカーやカパーラバーティを行ってはならない。血管や脳に障害を起こす恐れがある。
※女性は行ってはならない。力強い呼吸によって腹部臓器と子宮の位置異常を起こし、乳房がたるむ恐れがあるからである。
※バストゥリカーによってクンダリーニの力が覚醒されるというまちがった考えをしている人が多い。権威ある書物にも同じようなことが書かれてあるが、真実とはほど遠い。

①鼻孔は終始開いておく(右手の親指、薬指、小指でつまむ必要はない)。
②自分に合った座り方で座る。肺の中の空気をすべて吐き出す。
③短く、強く息を吸い、早く強く一気に息を吐く。これを繰り返すと、次の吸気は最初の吸気よりも速く、力強いことがわかる。これは吸気の前の呼気が強いからである。
④すばやく吸ってすばやく吐く。4~8回続けて行い1サイクルが完成する。呼気で(吐いて)終わること。
⑤普通は、ウッジャーイーのときのように数回ゆっくりと呼吸するが、吸気のあと、ムーラ・バンダで5~8秒のクムバカを入れてもよい。勿論、それからウッジャーイーのときのようにゆっくり深く息を吐く。こうすると横隔膜と肺が休まり、また新しいバストゥリカーの強い呼吸に備えることができる。
⑥クムバカを入れても入れなくてもよいが、ウッジャーイーを混じえてこのバストゥリカーのサイクルを何回か繰り返す。それから深呼吸してシャヴァアーサナで休息する。
⑦スタミナが増すにつれてバストゥリカーの回数も増えるが、呼吸の調子が変わったらすぐに中止すること。

カパーラバーティ・プラーナヤーマ
カパーラ=頭蓋骨。
バーティ=光、光沢。
バストゥリカーとほぼ同じであるが、それに比べて穏やか。吸気はゆっくり、呼気は力強く行い、呼気を終えるたびにほんの少しのクムバカを加える。バストゥリカーがきつすぎると感じたら、このカパーラバーティを行う。

・ディヤーナ(瞑想)=吸収。
自学自習、自己反省、鋭い洞察、自分の内にある無限のものを捜す方法。深い内省で体の中の動きを観察することであり、心の状態を見つめる。自分の中にある最も奥のもの、つまり自己の内にある神を見ることである。
①ジャーランダ・バンダをしないで、正しく座る。
②体の前後を等しく持ち上げ、背骨を伸ばし、胸を上げる。
③頭を左右前後のどちらにも傾けず、頭頂部を床と平行にする。
④目を閉じて目の奥を見る。
⑤胸の前で合掌し、親指が胸骨をさすようにする。この手の形はアートマンジャリ・ムッドラーとかフリダヤーンジャリ・ムッドラーという。
(写真を見ると親指が胸の中央にあたっている)
⑥意識が脳と心のあいだを揺れ動いていると、考えが次から次へと浮かんでくる。そういうときには掌をさらに合わせ、注意を自己の内なる神に集中する。掌がゆるんできたら心がさまよっているという警告であるから、一層しっかり合わせ、内なる自己に意識を集中する。

『禅の本』


坐禅の仕方
・結跏趺坐(足の裏を天に向けて両足を組んで坐る。結跏=足を組む。趺=足の裏)で座る。
①座蒲(ざふ。なければ座蒲団の上にさらに二つ折りした座蒲団)を置き、その上に浅く腰を下ろす。
②右足を左のものの上に乗せ、かかとが下腹につくくらいまで、なるべくつけ根のほうまで引き寄せる。
③左足も同じように右のももの上に乗せる。
両膝と尾骶骨で、床の上に三角形ができる。このとき膝が床から離れてはいけない。
足が痛くて結跏趺坐ができない人は、左足だけをももの上に乗せる半跏趺坐を用いてもよい。
それも辛い人は普通に正坐して行ってもよい。
・目は自然におとす。閉じると眠気を催したり、妄想に陥りやすくなる。
・手は法界定印(ほっかいじょういん)を組む。
右の掌を上向きにして、組んだ足の上に置く。
その上に左の掌を同じように上向きにして重ね、親指の先を合わせて卵形の輪を作り、その手はへその下あたりに置く。
両方の親指をかすかに合わせる。離れても押しつけてもいけない。
・体の位置は真中心におく。時計の振子のように上体をまず大きく左右にふって自然に止まった位置、次に前後にふって上体がまっすぐ安定した位置。
・頭は顎を引き、左右に傾かないようにする。視線は1m先くらいに自然におとす。
・口は軽くむすび、舌先を上あごの歯のつけ根に軽く当てる。
・肩は力を抜き、水平にする。
・背中はまっすぐ伸ばす。腰は後ろにぐっと引く。腹は少し前につきだし、鼻と一直線になるようにする。
・呼吸は自然と鼻からの呼吸にまかせ、息は長すぎも短すぎもしないようにする。息はまず吐き出してから吸う。下腹の底から吐く心地で息をすると、下腹はへこむというよりも充実感がある。すると自然に鼻から吸うことができる。


『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門―豊かな人生の技法』
William Hart ウィリアム・ハート (著),
日本ヴィパッサナー協会 (監修), 太田 陽太郎 (訳)
春秋社 1999-11


・ブッダの教えは仏教用語を解説するような形で説明されることが多いようです。しかし、本書では意図的に仏教用語を少なくし、原文の簡潔な英語を尊重して、できるだけ平易な日本語にするようつとめました。
たとえば、八正道を「聖なる八つの道」、
戒定慧を「道徳、精神集中、知恵」、
受想行識を「感覚、知覚、反応、意識」といったぐあいにです。
ヴィパッサナーはブッダの瞑想法をそのままの形で伝えるもので、宗教的な色彩をいっさい持たない
からです。(訳者あとがき)

・ヴィパッサナー瞑想法は長年ミャンマーの仏教徒のあいだで伝承されてきたが、それ自体はまったく宗教的な色彩がなく、どのような背景を持った人でも受け入れ、実践できるものである。
S・N・ゴエンカはヴィパッサナー瞑想法の指導者でり、口癖は「ビー・ハッピー!」。
瞑想の純粋さを維持するためには瞑想をビジネスにしてはならない、とゴエンカ氏は主張する。氏の指導する瞑想コースや瞑想センターは、すべて、まったく営利を目的としないで運営されている。ゴエンカ氏はいっさい報酬を受け取らない。氏の代理としてコースの指導を許可されたアシスタント指導者たちも無報酬

本書で引用したブッダの言葉は、もっともポピュラーな最古の記録書『経蔵』(スッタピタカ)からのものである。『経蔵』は古代パーリ語で書かれており、テーラヴァーダ派の仏教(上座部、南伝仏教)が普及している国々に保存されている。筆者は現代翻訳家の訳文を参考にしつつあらためて翻訳しなおした。
本文の仏教用語はパーリ語のものを使用した。サンスクリット語のダルマの代わりにパーリ語のダンマを、
カルマの代わりにカルマを、
ニルバーナの代わりにニッバーナを、
サンスカーラの代わりにサンカーラ
を、
といったぐあいである。

・ニッバーナ=火が消えること、苦からの自由、究極の現実、束縛のないこと。
サンスクリット語ではニルバーナ。

・サムサーラ=輪廻転生、条件づけられた世界、苦の世界。

・サンカーラ=(心の)形成、意思活動、心の反応、心の条件づけ。
サンスクリット語ではサンスカーラ。

・ブッダの教えは、自己改革の手段として自己洞察を強めてゆくシステムである。
『サティパッターナ・スッタ』すなわち『気づきの確立の教え』(大念住経)という経典のなかで、ブッダは自己観察によって自己洞察を深めてゆくという実践的な方法、すなわちヴィパッサナー瞑想法を示している。

・サティ(気づき)。アーナーパーナ・サティ(呼吸の気づき)。
ヴェーダナー(感覚。心とからだの両面を持つ)に反応することが苦の原因だとブッダは説いた。
ブッダは因果の連鎖において、タンハー、すなわち苦の原因は、ヴェーダナーに反応することによって生まれると説いた。
ヴェーダナーを冷静に観察できれば、新たな渇望や嫌悪の反応がなくなり、自分のなかで無常(アニッチャ)の真理を直接体験できる。執着を取って心を解放するためには、この体験が不可欠である。

・タンハー(原義は「渇き」)=渇望、(渇望の裏返しである)嫌悪。
タンハーが苦の原因。因果の連鎖においてタンハーが感覚への反応として起こる。

・ドゥッカ=苦、不満


・ブッダは対象物と反応とのあいだに第三の要因があり、それがヴェーダナー(感覚。心とからだの両面を持つ)であることを発見した。外の現実に対してではなく、内なる感覚に反応しているというのである。渇望や嫌悪の反応をせずに感覚を見つめることができれば、苦の原因がなくなる。だから苦は消滅する。
ブッダの教えを修行するためには、ヴェーダナーの観察が欠かせないのである。ヴェーダナーの気づきを完璧なものにするには、からだの感覚を観察しなければならない。
からだの感覚に気づくことによって、問題の根っこを深く掘り下げ、それを取り除くことができる。自分自身の奥底に横たわる真実を見きわめ、自分自身を苦から解放することができる。ブッダの教えのなかでは、感覚を観察するということが中心的な役割
を果たしている。

経典『気づきの確立の教え』の「気づき」は、「わたし」という現象の無常性を直接理解しなければ確立しない。その真理を自分自身で直接さとったとき、気づきは確立する。これが正しい気づきである。これによって心が解き放たれる。気づきが確立すると、外の世界ばかりか内なる世界への渇望と嫌悪もおのずと消えてしまう。とくに内なる渇望と嫌悪の根は深く、だれもが無意識に、本能的に自分のからだと心に執着し、しかもそのことに気づかない。
『気づきの確立の教え』はまず、からだの観察について説いている。呼吸を観察する。からだの動きを観察する。からだのなかにからだの内部を、または外部(体表)を、あるいは内部と外部を同時に観察する。からだのなかに生まれる現象を観察する。感覚を観察する。心を観察する。心の中身を観察する。
はじめは、固くて変化のない「かたまり」のような、からだと心のうわべの現実を体験するが、修行をつづけてゆくと、やがてその固さが自然に溶けてゆく段階に入り、心とからだの真の姿、一瞬一瞬生まれては消える波動の集まりを体験することになる。この体験によって、からだ、感覚、心、心の中身、これら四つの側面の実体をすべて理解する。それはおよそ非人間的であくまでも無常な現象の終わりなきうねり
である。

“では、瞑想者はどのようにして、からだのなかにからだを観察するのだろう? この場合、瞑想者は森の中や、木の下や、だれもいない小屋に行く。そこで足を組んですわり、背すじを伸ばし、口のまわりに意識を固定する。彼は呼吸を意識しながら、息を吸い、息を吐く。深い息を吸っているとき「いま自分は深い息を吸っている」と正しく理解する。深い息を吐いているとき「いま自分は深い息を吐いている」と正しく理解する。浅い息を吸っているとき「いま自分は浅い息を吸っている」と正しく理解する。浅い息を吐いているとき「いま自分は浅い息を吐いている」と正しく理解する。「からだ全体を感じながら、息を吸う」そのように自分を訓練する。「からだ全体を感じながら、息を吐く」。そのように自分を訓練する。「からだの動きを静めて、息を吸う」そのように自分を訓練する。「からだ全体を静めて、息を吐く」そのように自分を訓練する。
(『サティパッターナ・スッタ』『アーナーパーナ・パッバム』)“p.221-222


“ 瞑想者がからだのなかの心地よい感覚の無常性を観察しつづけていると、その感覚は衰え、うすれ、消滅する。また、自分が心地よい感覚に対する執着を捨てるのを観察しつづけていると、からだのなかの心地よい感覚への渇望という隠れた条件づけが取り除かれる。瞑想者がからだのなかの心地わるい感覚の無常性を観察しつづけていると、からだのなかの心地わるい感覚への嫌悪という隠れた条件づけが取り除かれる。からだのなかの中立の感覚の無常性を観察しつづけていると、からだのなかの中立の感覚への無知という隠れた条件づけが取り除かれる。
(『パタマ・ゲーランニャ・スッタ』)“p.223


ブッダ(さとりを開いた人)はあくまでも人間でありつづけ、けっして自分が神のような存在であるなどとは言わなかった。なにか特殊な力を持っていたといわれることはあるが、それはあくまで人間として抜きんでていたのであり、人間の持つ力を最大限に発揮させたにすぎない。だからブッダが成し遂げたことは同じようにやればだれにもできる範囲のことなのである。

・ブッダはいかなる宗教も哲学も体系的な理念も説かなかった。その教えをダンマと呼んだが、ダンマとは法、すなわち自然法則にほかならない。ブッダは特定の教義や無意味な施策には関心をもたなかった。そのかわり、万人が抱える共通の問題を解決するための普遍的、実践的な方法を提供してくれた。
ブッダは「むかしもいまも、わたしは苦と苦の消滅について説いている」という。苦からの解放につながる話でなければ議論することもひかえたという。
この教えは自分が発明したものでもなければ、神がかりになってひらめいたものでもない、とブッダは言う。自分が努力して発見した単純明快な真理であり、自分より前に多くの人が同じことを発見しており、自分より後にも多くの人が同じことを発見するだろう、と言っている。真理を独り占めにする気などまったくなかったのである。
ブッダは自分の教えが絶対であると断言することもなかった。それは人々が彼を信頼しきっていたからでもないし、彼の教えが理路整然としていたからというわけでもない。むしろブッダは、自分が体験していないものは疑い、検証すべきである、と述べている。


“人から聞いたこと、古い言い伝え、世間の常識、あるいは文字になっているもの、そういうものを鵜呑みにしてはいけない。想像、推測、外見、部分、可能性、あるいは師の意見、そういうもので教えが真理であると決めつけてはいけない。自分が直接「この教えは正しくない、間違っている、賢者も批判している。この教えを実行すると弊害があり、人々が苦しむ」とさとったとき、それを捨てればいい。自分が直接「この教えは正しい、間違いがない、賢者も称賛している。この教えを実行すると人々が豊かで幸福になる」とさとったとき、それを受け入れ、実践すればいい。”p.15

・ブッダは「わたしの教えには裏も表もない。掌中にかくした秘密はない」と言う。
実際、選ばれた弟子だけに授ける奥義など持たなかった。逆に、多くの人がその恩恵にあずかることを望んだのである。
派閥や個人崇拝の集団をつくって自分がその中心にすわる、などという考えはこれっぽっちもなかった。ダンマの教えに比べたら、教えを説く人はそれほど重要でない。教えを説く人の役目は人々に自己解放への道を示すことであり、盲目の信者をつくることではない、とブッダは言う。極端にブッダをまつりあげようとする者がいると、その人をこうさとした。

「このからだを見てなんになろう、やがては朽ち果てるものを。ダンマを見てわたしを見よ、わたしを見てダンマを見よ」

真理こそが第一であって、真理を説く人ではない。真理を説く人を尊敬するのはいい。
だが最高の尊敬の表わしかたは自分もその人と同じように真理を追究することである。
ブッダは、最期が近づいたころ、自分をひどく崇めたてまつる人々を見てもこうもらしている。

「これはさとりを開いた人をたたえ、敬い、尊ぶ、正しい姿ではない。むしろ、ダンマの道を最初の一歩から最終ゴールにむかってこつこつ歩き、きちんとダンマを修行している僧や尼僧、在家の男女の信者たちこそが、さとりを開いた人を心からたたえ、敬い、尊んでる」


(仏陀 ブッダ ことば 仏教 ‏@Buddha_Words 2011年3月22日
841 マーガンディヤよ、あなたは自分の教義にもとづいて尋ね求めるものだから、執着した事柄について迷妄に陥ったのです。あなたはこの内心の平安について微かな想いさえも抱いていない。だからあなたは「ばかばかしい」と見なすのです(スッタニパータ)

“第四章(アッタカ・ヴァッガ)
p.186 八三六
“(マーガンディヤがいった)、「もしもあなたが、多くの王者が求めた女、このような宝、が欲しくないならば、あなたはどのような見解を、どのような戒律・道徳・生活法を、またどのような生存状態に生まれかわることを説くのですか?」”

 p.186 八三七“師は答えた、「マーガンディヤよ。『わたくしはこのことを説く』、ということがわたくしにはない。諸々の事物に対する執著を執著であると確かに知って、諸々の偏見における(過誤を)見て、固執することなく、省察しつつ内心の安らぎをわたくしは見た。」

宗教否定。~という説を説くときいた相手がそれに執著してしまうことを危惧しているのかもしれない。どのような生存状態に生まれかわるかについて答えていない。わかりっこないからだろうか
。”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-9.html
原始仏教はカウンセリング術。
現世利益を言わない宗教が多いのは、現世利益で幸せになると儲からないから。
『仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 』・
『原始仏典』・
『ブッダの真理のことば・感興のことば』。
あと、生き残るために他の宗教に偽装した宗教や、キリスト教が作った「ユダヤという身代わりの生贄」やズルワーンについてなど
。)

わたしたちは外側ばかり見るくせがついている。自分を知らないことがどれほど危険なことかもわかっていない。自分の中に未知の力がひそんでいて、自分がその力の奴隷になっていることに気づいていない。ブッダが示した道は自己洞察、自己観察の道であり、自己浄化の道でもある。自分自身を観察していると、はじめて自分が反射的に反応していることに気がつくだろう。
この道は歩くのは、貯金をして将来その利息を楽しむとか、死んだあと、あるかないかもわからない天国に行くためではない。利益ははっきりと、あざやかに、その人その人にふさわいい形であらわれ、まさに「いま、ここで」体験できる。

(はっきりいって、未来や「いつか必ず」を強調する宗教は詐欺
です)

ブッダの教えを修行するためには、かならずしも仏教徒になる必要はない

・ブッダは物質世界がすべて、パーリ語でカラーパという「分解できない極小単位」から構成されていることを発見した。
ものはみなカラーパという微粒子から構成されており、そのカラーパはたえず生まれては消えるという。つまり、連続的な波動の流れ、絶え間ない微粒子の流れ、これが「もの」の究極の真相なのである。わたしたちがそれぞれ「自分」と呼んでいる「からだ」の実態なのである。

・ブッダはからだを観察しながら、心も観察した。そして、心が意識(ヴィンニャーナ)、知覚(サンニャー)、感覚(ヴェーダナー)、反応(サンカーラ)という、大きくわけて四つのプロセスから成り立っていることを発見した。
第一のプロセスは意識である。
意識は心のアンテナのようなもので、なにかが起こったことを無差別に感じ取り、それに気づく。からだや心になにかが起こったということだけを察知し、その入力信号をとらえる。内容を識別したり価値判断を加えたりせず、ただなにかが起こったという生のデータを受信する。

第二のプロセスは知覚である。知覚は、認識をする。知覚は意識がとらえたものを読み取る作業をおこなう。未処分のデータをすべてチェックし、分類する。そして好悪の判断をくだす。

第三のプロセスは感覚である。実際には、なんらかの入力があった瞬間に感覚が生じている。なにかが起こったという感覚が生じているはずである。ただ、その入力信号が識別されるまでは感覚がはっきりしない。データが識別されて価値判断がくだされたとき、それに応じて快、不快の感覚が生まれる。

心が何らかの対象物に接触すると、その瞬間、電光石火のごとく四つのプロセスが走る。これをつぎつぎにくりかえしていくのである。
人間をこのように説明してゆくと、その実体というよりも、その虚体とでもいうべき事実におどろかされる。わたしたちは、「わたし」という一貫したアイデンティティー(主体)を持ち、それを生来信じて疑わない。過去の自分、いまの自分、将来の自分、というものを中心にすえて生きている。
ブッダはこのアイデンティティーという直観的な概念に挑戦した。だからといってあらたに独自の概念をつくり、理論に理論をぶつけたわけではない。ブッダは何度もこう念を押している。自分は意見を述べているのではない。実際に体験した事実、だれもが体験できる道、それを述べているにすぎない、と。
人間は完成品でも不変の存在でもなく、一瞬一瞬、休みなく流れつづけるプロセスにすぎない、とブッダはさとった。
ほんとうに「存在している」ものなどなにもない。ただ現象のにが起こりつづけ、ひたすら何かに「なる」
というプロセスが起こっているにすぎない。

(心は脳の働きではなく)全身に心があります。からだ全体にです

・Q――先生は「わたし」という意識について、いつもマイナスなとらえ方をされます。でもプラスのものもあるのではないでしょうか?
喜びや安らぎ、至福感、そういう「わたし」の体験もあるのではないでしょうか?

A――瞑想していると、そういう官能的な喜びが長続きしないことに気がつきます。喜びの感情が浮かんでも、じきに消えてしまう。「わたし」が本当に喜び、その喜びが本当に「わたしのもの」なら、その喜びの感情を「わたし」は自由にできるはずですね。でも、そういう感情は勝手に生まれ、勝手に消えてしまう。そんな「わたし」とはなんでしょう?
深いレベルでは「わたし」というものは意味を持たなくなります。自我は溶解され、そこにはただ「喜び」だけがあります。「わたし」はもう問題にはなりません。瞑想を続けていくと、やがて自我の溶解を体験する
ときがきます。

Q――わたしがこの(ヴィパッサナー瞑想)コースに来たのは、「わたし」がここに来たいと感じたからなのです。

A――もちろん、そうでしょう。便宜上、わたしたちは「わたし」や「わたしのもの」から逃れることはできません。でもそれに執着し、究極的な意味での真実、と錯覚することは苦しみを生むだけです。

・カンマ(サンスクリット語ではカルマ。業)という言葉は一般的には「運命」という意味に解釈されるが、カンマを運命とするとブッダがこの言葉で意味しようとしたものとは正反対になってしまう。
運命というと人間の力ではどうにもならないもの、あらかじめ各自に課せられた天命、というような意味になる。
しかし、カンマの原義は「行為」であり、自分の行為が自分の体験の原因になるというのである。自分の行為を支配できれば自分の運命を支配できる。自分の行為、行動のなかに苦を止める鍵があるのだ、とブッダは言う。
真のカンマ、ほんとうの苦の原因、それは心の反応である。ほんの一瞬の好き嫌いの反応ならそれほど強くないから、ほとんど影響はない。しかし、累積効果というものがある。一瞬一瞬、つぎからつぎへと反応をくりかえしていると、そのつど反応が強くなり、やがて渇望や嫌悪に成長する。いちばん最初の説教をおこなったとき、ブッダはこれをタンハー(渇き)と呼んだ。ないものをどこまでもほしがるという心のくせは、あるものにけっして満足しない、ということと同じである。
苦から抜け出すための第一歩は、苦の現実を受け入れることである。それも頭のなかの概念や信条としてではなく、自分の人生を左右する厳然たる事実として受け入れる
ことである。

・Q――苦しみを体験することによって人はたくましくなり、人間として成長するのではないでしょうか?

A――そうですね。実際、この瞑想法も苦しみを使って心のきれいな人間を作ろうとしています。しかし、それも自分の苦しみを客観的に観察できるようにならなければうまくゆきません。苦しみに執着しているうちは心の清らかな人にはなれないし、苦しみから解放されることもないのです。

Q――自分の行動をコントロールすると言われますが、それは抑圧ではないでしょうか?

A――それは違います。どんなことが起きても、それをそのまま客観的に観察する訓練をしているのです。たとえば腹が立ったとき、その腹立ちを隠したり、こらえたりすれば、たしかにそれは抑圧になるでしょう。そうではなく、その腹立ちをじっと観察していると、それはやがて自然に消えてゆきます。怒りという感情を客観的に観察することができるようになれば、怒りから解放されてゆくのです

・「五つの集合体への執着が苦である」
苦は自分のからだと自分の心に対する並々ならぬ執着である。
からだというプロセス、それに意識、知覚、感覚、反応という四つの心のプロセス、
つまりこの五つのプロセス(過程、現象)への執着、五つの集合体への執着が苦なのである。
人々は自分の心とからだというアイデンティティーにしがみついている。
自分という虚像への執着、実際にはたえず変化しつづける現象にすぎないものへの執着、
これはまさに苦以外のなにものでもない


・執着にはいくつか種類がある。
①官能的な満足を求めるくせへの執着。
麻薬中毒者が中毒がひどくなることを知りながら快感を求めてつい手を出してしまう。
わたしたちはなにかを渇望することに執着している。
欲求の対象はあまり重要ではなく、ただ渇望している状態を維持したくなる。
渇望中毒


②「わたし」という大きな対象の執着。
自分、自我、自分のイメージに対する執着。
わたし「のもの」にも執着する。
自分に付随するものすべてへの執着。
自分に帰属するものに執着するのは、それが自己の延長であり、「わたし」のイメージを支えているから。
わたし「のもの」との別れは必ずくる。
執着が強いほどに苦しみも強くなる


③宗教の形態や儀式への執着。
外形にとらわれて、その根底にある意味を忘れやすい。

(釈尊の思想だと、
宗教の形而上学的な、確かめようがない教義は不毛だから悪。
当然、教義への執着も悪


輪廻転生(サムサーラ)は、一般にいわれているような、魂や自我の移行とは少しちがう。

ふつう、生まれ変わりというと、何度生まれ変わっても魂や自我の主体は変わらないと考えるだろう。
ブッダは、そういうことは絶対にありえない、と言う。
なにか不変の主体(アイデンティティー)があって、それが輪廻転生するのではない、と言う。
「ちょうど、牛から牛乳を取り、牛乳から凝縮乳をつくり、凝縮乳からバターをつくり、天然バターから加工バターをつくり、加工バターからクリーム状の脱脂乳をつくるようなものだ。牛乳は、凝縮乳や天然バター、加工バター、クリーム状の脱脂乳などとはべつのものと考えられる。それと同じで、どの時点においても、過去や未来ではなく、いまこの瞬間に存在している姿のみを真実と考えるべきである」


ブッダは、不変の自我本体が輪廻転生を繰り返すとか、前世も来世もないと言っているのではない。
ある存在からつぎの存在へ、さらにまたつぎの存在へと、ただ生成のプロセスが起こり、わたしたちの行為がそのプロセスに推進力を与えるかぎりその流れがつづく、と言っているのだ。
盲目的な反応をやめたなら、いまここで深い心のやすらぎを得ることができるだろう。
天国も地獄も、いまここに存在する。天国も地獄も、この世で、自分のなかで体験できる


執着をもたない、ということは、無関心や無頓着とは違います

・五戒
1 生き物を殺さない。
2 盗みをしない。
3 性的なあやまちを犯さない。
4 嘘をつかない。
5 酒類をとらない。

・シーラ=道徳。
他人を傷つけ自分も傷つくような、からだと言葉の行為をつつしむこと。

Q――正しい性と間違った性があるということですが、その違いは何ですか? 意思が問題なのですか?

A――そうではありません。生活の中で、性というのは正しい位置付けをされるべきです。それを抑圧してはなりません。むりに抑えれば緊張が高まり、むしろ問題を引き起こします。
しかし一方で、衝動のおもむくまま、誰かれかまわず交渉をもつことは、欲望を野放しにすることです。
抑圧でも放縦でもない中道をダンマは教えます

Q――麻薬の力を借りて、超意識や超現実を体験することについてどう思われますか?

A――麻薬の力で何かを体験することはそれに依存することです。
一方ダンマは自分が自分の主となることを教えます。いつでも望むときに自分の意思で真理を体験することができるのです。
麻薬を使うと心の平静さが失われ、自分を害します。ダンマの修行によって真理を体験するとき、心は平静になり、だれも害されることなどありません


Q――肉食はシーラを破ることになりますか?

A――いいえ、自分で生き物を殺して食べるのでなければ。たまたま肉料理が出され、ほかの料理同様に食べるなら、それだけではシーラを破ることにはなりません。でも避けるのが望ましいです。

呼吸に気づく訓練をする。呼吸に意識を固定する。
心がさまよっても、にっこり笑って、あせらず、根気よく、力まず、落ち込まず、何度も何度も心を呼吸に引き戻す。

・アーナーパーナ=呼吸。
アーナーパーナ・サティ=呼吸の気づき。

・アーナーパーナで呼吸に意識を置くとき、おなかでなく鼻孔の下に意識を置くのは、おなかでは意識を置く範囲が広すぎるから。
意識を置く範囲を狭くすれば、それだけ集中力は高まるので、鼻孔が最適。

・ヴィパッサナー=総合的に心を浄化する自己凝視、自己洞察。
とくに心とからだの無常という性質を見抜く洞察。

ヴィパッサナー・バーヴァナー
=からだの感覚を観察して真理を見抜く瞑想法を修行し、段階的に自己観察の力を高めていくこと。

ヴィパッサナー瞑想では自然なからだの感覚を観察する。順序良くからだに意識をめぐらせてゆく。
とくべつな感覚を追いかけたり、避けたりしてはいけない。
ただひたすらからだの感覚を冷静に観察し、どのような感覚があらわれようとそれに意識を置く。
変わった感覚を探し求めるのではなく、ふつうのからだの感覚を淡々と観察していく。
感覚の原因をさぐる必要はない。
重要なのは意識の焦点を合わせたところにある感覚に気づくこと。
何度も全身に意識をめぐらせ、かすかな弱い感覚も感じ取る。
感覚のにぶいところを飛び越してはいけない。
ある感覚を避けようとしてはいけない。

・ヴィパッサナー瞑想の最大の目標は、いかにして反応しないでいるか、いかにして新しいサンカーラ(盲目的な心の反応)をつくらないか、を学ぶことである。
盲目的な心の反応の結果もサンカーラと呼ぶ。


Q――自分がつくり出した感覚ではないということはどうしてわかるのですか?

A――それはテストをすればわかります。
ほんとうの感覚かどうかあやしいと思ったら、二つ三つ命令を出して、自分に暗示をかけてみるのです。
命令にしたがって感覚が変化するようならば、その感覚はほんものとはいえません。
けれども自分で感覚をコントロールできない、感覚が自分の命令にしたがわないときは、その感覚はほんものです。
疑いを捨てて、受け入れてください。


・人生のパターンを、後ろ向きの「反動」から、前向きな「行動」に変えてい
くのです。

たとえば、ある人がなにかをしようとしたとき、べつの人が邪魔をしたとしよう。
邪魔された人は、邪魔した人をひどい奴だと思い、嫌悪する。
その思いは邪魔した人の性格を考慮したものではない。
たまたま自分の邪魔をしたというだけで、いやな奴だと思い込んでしまうのである。
それが無意識の奥底にしっかり刷り込まれる。
そして邪魔された人に会うたび、潜在意識にその思いが浮かびあがり、不快な感覚を抱く。
すると、また新たに嫌悪感が生じ、それが邪魔した人のいやなイメージをいっそう強めていく。
二人が二十年ぶりに再会したとしよう。
はるかむかしのことなのに、邪魔された人は邪魔した人に会ったとたん、ひどい奴だ、いやな奴だと思う。
かつて自分の邪魔をした人の性格は二十年のあいだに一変しているかもしれない。
だが、邪魔された人は過去のいやな体験を思い出して相手を見てしまう。
それも邪魔した当人に対して反応するのではなく、最初の盲目的な反応によってつくられたイメージに対して反応してしまうのだ。
それは偏見の塊である。
これは、自分に協力してくれた人をいい人だと思うことにもあてはまる。
その思いは協力した人の性格を考慮したものではなく、たまたま協力してくれただけ。
良い印象は無意識の領域に記録され、協力してくれた人に会うたびにイメージが強化される。
何年もたってから再会してもやはり同じパターンが繰り返される。
協力してくれた当人に反応せずに、最初の盲目的な反応によってつくられたイメージに対して反応してしまう。
ヴィパッサナー瞑想によって、反応のくせ、つまり古い条件づけを取り除く。
感覚器官のいずれかに接触があるとき、いかなる評価も偏見もあってはならない。
偏見をもって価値判断をはじめると、前につくった盲目的な反応の影響をうけ、ものごとを歪めて見てしまう。
心を条件付けから解き放つためには、過去の反応でもって評価することをやめ、ただただ気づいていることである。

(人はX自体に対してではなく、X「に対するイメージ」に対して反応する、ということはきわめて重要です。
Xの今の状態を観察し、潜在意識と記憶が形成する誤ったイメージという苦しみの原因を克服しましょう!
過去の嫌悪を再現する潜在意識を改善しないと、対症療法にしかなりません


・Q――精神分析とヴィパッサナー瞑想を比較するとどうですか?
A――精神分析では、強いショックとなって心の条件づけをしたような過去の出来事を思い出させるのですね。
ヴィパッサナーでは瞑想者がみずから自分の心の深層、 心の条件づけが実際に生じるところにまで至るのです。
精神分析によって思い出すような過去の出来事はからだの中になんらかの感覚を刻みこんでいます。
全身の感覚を平静な心で観察してゆけば、何層にも積み重なった無数の条件づけが一枚一枚はがされては浮かび上がり、つぎつぎに消えてゆきます。
ヴィパッサナーは心の条件づけの根元にはたらきかけるので、はやく容易に自己を解放することができる
のです。

ヨガにヴィパッサナーを取り入れても構いません。
たとえばポーズを取って、同時に全身の感覚を感じるのです。
ヨガだけをやるよりもずっと効果が上がります。
ただし、マントラやイメージを使ったヨガの瞑想法はヴィパッサナーと相いれないものです。
そういうものとヴィパッサナーを一緒にしてしまってはなりません


“ 実際に瞑想をしてみると、呼吸に意識を置くことがいかにむずかしいかわかる。できるだけ長いあいだ呼吸に意識を置こうと思っても、どういうわけか知らないうちに心はどこかに行ってしまう。ちょうど、酔っぱらいがまっすぐ歩こうとしても千鳥足になってしまうのと同じである。じつのところ、わたしたちは無知と幻想の酔っぱらいなのである。過去や未来をさまよい、渇望や嫌悪に振りまわされ、いつも千鳥足で歩いている。しゃきっと目をさまして一直線の道を歩くことができない。
 瞑想をして困難にぶつかっても、落ち込んだり、弱気になってはいけない。長年かかってしみついた心のくせだ。それを取るには時間がかかる。そう考えたらいい。くりかえし、休みなく、根気よく、ひたすら瞑想するしかないのである。心がさまよっているのに気づいたらすぐ呼吸に意識を引きもどす、ただそれだけでいい。それができれば、心の放浪癖をなおす貴重な一歩を踏み出したことになる。何度も何度も瞑想をしているうちに、雑念がわいてもすばやく呼吸に意識をもどすことができるようになる。呼吸を忘れている時間が少しずつ短くなり、呼吸に気づいている時間、サマーディが長くなる。
 精神集中が深まると、力みがなくなり、幸せな気分になり、エネルギーが満ちあふれる感じがする。呼吸は徐々にやわらかく規則的になり、軽く、浅くなる。ときには、呼吸がほとんど止まったような状態になる。事実、心が静まるとからだも落ち着き、代謝作用が低下し、酸素もあまり必要でなくなる。
 この段階に入ると、瞑想中、奇妙な体験をすることがある。たとえば、目をつぶっているのに光や幻覚が見えたり、妙な音が聞こえたりする。このような、いわゆるESP(超常感覚)の体験は、精神集中がかなり深いレベルに到達したことを示しているにすぎない。そういう体験はあまり重要でない。とりたてて騒ぐことではない。依然として気づきの対象は呼吸であり、それ以外のものはすべて雑念である。けっして超常感覚が起こることを期待してはならない。それは起こることもあるし、起こらないこともある。超常感覚というのは瞑想のすすみぐあいを示す一里塚のようなもので、一種の標識にすぎない。旅をしていれば標識がかくれていて見えないこともある。夢中で歩いていて気がつかないこともある。その標識を最終ゴールだと思い込んでしまったら、それ以上前進できない。とにかく超常感覚の体験などは掃いて捨てるほどある。ダンマの修行者はそんなものを求めているのではない。自己の本質を見きわめ、苦からの自由を勝ち取ろうというのである。
 そんなわけで、ただひたすら呼吸に注意を向けてゆく。精神集中が深まるにつれ、呼吸は弱くなり、観察しにくくなる。かすかな呼吸に気づくには、そうとう努力しなければならない。いっそう心をとぎすまして集中力を高め、表層の現実をつらぬいて深層の微細な現実を観察してゆくのである。
 精神集中を深める方法はたくさんある。一つの言葉をくりかえし唱えて精神を集中するとか、なにかのイメージを凝視するとか、あるいは、同じ動作を何度も何度もくりかえすとか、いろいろだ。そういうことをやって注意を向けた対象にのめり込むと、やがて一種のトランス状態に入り、至福を味わうことができる。しかし、トランス状態のあいだは快感が持続しても、ふつうの生活にもどると、あいもかわらず同じ問題に悩まされる。そうした精神集中の技法を使っても、いちおう心の表面にやすらぎと喜びのうすい膜のようなものができる。ただし、深層の心の条件づけにまで影響をおよぼすことはできない。精神集中の対象として選ばれるものも、本人が体験しているはずの一瞬一瞬の現実とは関係ないものばかりである。だから、それによって得られる快感もちょうど壁の上塗りのようなもので、いかにも作為的な感じがする。心が浄化されたときに奥底から自然にわき上がる至福とはずいぶん隔たりがあるようだ。正しいサマーディは、心の陶酔ではない。つくりものでもないし、幻想でもない。
 ブッダの教えのなかにも、トランス状態(ジャーナ)を体験する話がある。ブッダ自身、究極のさとりを開くまえに八つの没我の境地を学んでおり、生涯その修行をつづけたという。しかし、トランス状態を体験すれば解脱できるというわけではない。没我の体験は洞察の修行への足がかりにすぎない、とブッダは強調する。瞑想によって集中力をつけるのは、至福と快感を体験するためではない。心を鍛え、それを道具にして自己の現実を見抜き、苦の原因である心のくせを取り除くためなのだ。それが正しい精神集中である。”
p.106-108

(深く集中して瞑想できれば誰にでも起こる自然現象なので、調子に乗ったり、選民思想に囚われて執着してはいけません。それを防ぐ装置の一つが、「戒律を誓わせること」です。
そもそも瞑想の目的は「心を制御できるようにして平静なままでいられるようにする」ことなので、このような神秘体験は邪魔=禅仏教における魔境です。あくまで、「ここまで深く自分は集中して瞑想できた」というサインだととらえましょう。

誰にでも起こることをわざと隠して、「あなたは選ばれた」とか「教祖の神通力のおかげ」とか
言って依存体質の信者を量産するのがカルトの手口ですので注意してください。
オウムはモロにこの手口を使っていました。


『禅の本』。禅はスピリチュアルの中核を否定。
神秘体験は魔境=執着してはならない悪。
スピリチュアルは野狐禅を量産する危険物なので取り扱い注意!

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-109.html
“…神秘体験による凶悪な洗脳の実例…

↓で紹介されている動画では、神秘体験によって洗脳する手法が暴露されているので自分の意見を交えつつ要約します。

条件を整えると誰でも起きる神秘体験を、グルの力によると錯覚させて洗脳。
通常とは異なる体験をしている人に対しては強烈な洗脳をかけることができる。
強烈な神秘体験をするのは、教祖の超能力でも何でもなく、誰でも起きる、人間なら誰でも起きる「変性意識現象」である、という視点が大切。
一見不思議だが脳にとっては当たり前の現象。
信者たちのなかには、リトリートと呼ばれる独房の中にいるときに神秘体験を得た者が多い。
暗い部屋に、それもできれば体温と差のない静かな所に、長い間閉じ込めておくとそれだけで変性意識になる。
上手にヨガをやれば光を見たりする。
そのときに「それはグルのおかげです」だとか「グルの超能力です」と言われて引っかかってしまう。

企業もカルトと同じ手口を使って、軍隊を作る為の訓練=洗脳を行う。
社畜=信者=兵隊。
企業研修=カルト宗教の入信儀式(入隊式)。

大勢の店長の前で(=監視下で)絶叫アピール。
人前で宣言すると宣言したことを撤回することが難しくなる、一貫性の法則の悪用。
絶叫した後で、訓練担当官が絶叫した人を抱きしめることで、洗脳をより強烈にする。
調教されたことに怒るどころか、感謝する奴隷の完成。
×店長が育てば会社が育つ。
○奴隷隊長が増えれば社畜から搾取出来るので会社がより肥え太る

いったん精神を動揺させてから洗脳。
紐付き陰謀論者が衝撃的な(黒幕の核心を外した)ネタで価値観を破壊して、洗脳されやすい状態にしてから、偽の黒幕(ユダヤや在日)を本物だと信じさせる手口と同じ。
紐付き陰謀論者自体がカルトの手先だから当然か。

だから、私は洗脳手法、詐欺の手口、人間心理の傾向、プロパガンダのやり口などをまず学び、紐付き陰謀論者の本やブログや講演を無視しなさいよ、っと言っているんですけどね


prometheus ‏@prometheus2054
【必見】オウム信者を脱洗脳した苫米地博士が、オウムの修行で変性意識状態を作りだし洗脳される過程を解説☞http://youtu.be/_VU7qOPBhJg?t=13m7s … 開始13分~これを見た後、日本の就活や企業研修がこれと似たことを行っていることが分かる→http://bit.ly/b23q0i

(国会議事堂占拠計画-国家権力掌握へ、白い愛の戦士 オウム総括6/10
https://www.youtube.com/watch?v=_VU7qOPBhJg&feature=youtu.be&t=13m7s

餃子のなんちゃら
https://www.youtube.com/watch?v=jpC_kJbS3RQ&feature=youtu.be

ようつべだと、動画再生速度を変えられるので、まとめるのが楽ですね)

以上の洗脳って、禅の修行を意図的に失敗させているとも言えるのですよ。
野狐禅の量産による狂人の量産です。
過労死するまで働く=会社の為に死ねるって十分狂人でしょ?
安息日なしのカルヴァン派プロテスタント的労働思想
=過労死教の狂信者は日本には特に多いです。

禅を学びたいなら、禅を曲解して反知性主義に改造するニューエイジャーやヒッピー系の本ではだめですよ。
スピ系が大好きなインド思想はキリスト教=反知性主義に都合よく改悪されているので、インド思想の論理的思考重視の姿勢をなかったことにしております



禅は神秘体験を否定しているのでスピったらダメ…

 上記で理解していただけたと存じますが、
一定の状況で神秘体験は意図的に作り出せるのですごくもなんともないです。
自分の意思で自在に神秘体験をコントロールできるならすごいです。
つまり、神秘のヴェールをはぎとって「自分の技術」にできるならすごいです。
神秘体験を神秘体験でないようにするのです。
神秘体験や神秘主義は仏教の方向性とは真逆です。
釈迦は神秘主義者ではまったくなく、透徹した合理主義者です。

目の前に神や仏や宇宙人が現れて、自分だけが選ばれたと救世主気分におぼれたり、宇宙霊と合体して天にも昇る素晴らしい心地がしたと感激する、などは魔境であり、悟りの邪魔であるから、囚われたりこだわってはならないと、禅ではいましめています。
つまり神や仏や宇宙人や宇宙霊や選民思想が現れても、相手にせず受け流し、軽くかわさないといけません。
禅はスピリチュアル=インド風キリスト教を否定しているのです。
心の平安と執着からの解放が仏教の目的なのだから、超越的な存在や愛という執着を主張する時点で偽物です。

禅宗の修行では、一般の人々(特にカルト信者)が喜びそうな奇跡的現象は、大悟の妨げとして厳しく排除されます。
そもそも禅の目的は超能力、いわゆる神通力を得ることではありません


(陀羅尼縁学 ‏@daranijizai 11月5日
仏教の宗派には、過剰にスピリチュアルや、霊感、霊能を禁忌として捉える所もあるが、それは一種の禅病を防止する為もある。
瞑想中にそういう不思議な感覚に囚われ行き過ぎた追求をすると、禅病になる。
禅で和尚にパチンと叩かれるのも、禅病予防。禅は追求するとヨガに行き着く
。)

前回の記事などで真の伝統である仏教を学びましょう!

斎藤保高『チベット密教 修行の設計図』・『チベットの般若心経』で本物のチベット思想を学び、スピリチュアル(インド風キリスト教系カルト)儲を撃退しましょう!
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-108.html

(菊池 ‏@kikuchi_8 11月13日
チベット仏教は密教のイメージだが、実は顕教はインド中観派が正統に継承さる
【斎藤保高『チベット密教 修行の設計図』・『チベットの般若心経』で本物のチベット思想を学び、スピリチュアル(インド風キリスト教系カルト)儲を撃退しましょう! 】
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-108.html

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 11月5日
ねここねこさん、フェイド大帝 が紹介したチベット仏教本 読んだのかw
偉いな……
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-108.html

今回の記事の内容、仏教を理解 するには凄く重要なのに、 ブログ拍手がいつもより少ないのが 笑えるw
やっぱ、専門的な話になると みんな読みたがらないのかなー この二冊、仏教書の中では 易しいほうなんだけどなぁ。

仏女・仏教をたたえる天才・偉人bot ‏@genius_200
自分は昔からこれまで、このような素晴らしい教えを聞いたことがなかった。
(仏教を日本に受け入れた 欽明天皇)
(われ昔よりこのかた未だかつてかくの如き微妙(くわ)しき法を聞くことをえず)
それから1500年間日本は仏教国!


STB ‏@RC_StB 6月24日
日本会議が如何に低能か 薩摩長州の芋侍が出てきて、廃仏毀釈をやらかし、そいつらの生き残りが「日本は保守の国」と嘘を付き続けている して、これを見よ
「天皇、仏法を信じ、神道を尊ぶ」(用命紀)
「仏法を尊び、神道を軽んず」(孝徳紀)
大日本帝国は日本史上稀な伝統破壊者だぞ(笑)

(神道家にとって道教と平田篤胤はアキレス腱。神道・惟神・天皇・神器は道教用語であり、神道用語ではないので本居宣長がやろうとした漢意を排除する試み(神仏分離!)は最初から破綻していますな

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-84.html


…今回の最重要な引用…

“ 坐禅がもっと進むと、今度はいよいよ魔力に支配された境地に入っていく。それを「魔境」という。魔境にはいろいろあり、『楞厳経』(りょうごんきょう)という経典によると、実に50種の魔境があるといわれている。また釈迦仏陀でさえも成道の直前に魔境に悩まされたことは、よく知られている。
これは釈迦が悪魔マーラを呼びだして、本当の悟り、(菩提)を得るための最後の戦いをする、というものである。マーラは世にも恐ろしい兵器で攻撃をしかけてくるが、釈迦はそれを花に変えてしまう。マーラは次に自分の娘たちに命じて、釈迦を誘惑させるが、釈迦は受け流す。
マーラは最終兵器で最後の攻撃をしかけてくる。しかし釈迦は、ついにそれらすべてが水面に映る月影のように、幻覚・妄想にすぎない、と知る。このマーラ物語が、魔境の原型であり、魔境の本質を示しているようである。
魔境という文字の形からは、なにか恐ろしい感じを受けることだろう。確かに、『源氏物語』の生霊とか『今昔物語』や『雨月物語』に出てくるようなすさまじい魔境もある。しかし多くはそうではない。かえって、これぞ悟りの境地ではないか、というようなものが少なくないのである。
たとえば、心の中にとんでもない妄想や屁理屈が出てきて、自分は天才だと密かにうぬぼれる。目の前に神や仏や宇宙人が現れて、自分だけが選ばれたと救世主気分におぼれる。宇宙霊と合体して天にも昇る素晴らしい心地がしたと感激する、などさまざまだ。
だがくれぐれも、そんなものにとらわれたりこだわってはならないと、禅ではいましめている。前章で書いた澤木興道のように「その内容は受け流すだけ」、つまり相手にせず軽くかわすだけのことなのである。
もっとも、どんな境地が魔境でないかは、なかなかわかりにくいようである。たとえば禅の心理学で世界的に知られる、ある高名な学者の例がある。
「なにもかもが新鮮にみえる。道端に何気なく生えている雑草さえ、この世のものでない美しさに輝いて目に映る。見性体験を得たとき、私はこれこそ禅の心だ、と思った。」
と彼は専門誌に発表した。やがてLSDという、ライ麦の麦角(ばっかく)から製造した強力な幻覚剤の服用体験の論文を読み、彼は、これぞ禅の悟りそのものであると説いたのである。
このためアメリカの西海岸では「LSD、5ドルで天国」とばかりにインスタント禅というものがはやり、ヒッピーたちは先をあらそって服用した。しかしその結果は無残にも、つかの間の悟りの後はぐったりとしたボケ症状におちこむばかりであった。つまりこれは魔境でしかないことが、事実をもって証明されてしまったのである。“『禅の本』p.147-148


自分は多少マシになっただけで大して目覚めていない覚醒していない、まだまだ洗脳されているからそれに気づく為に気をつけて検証しないといけない、と自覚して自戒する方がよっぽど「覚醒」しています。
信者=酔っ払いの言う「覚醒した!」って「俺は前よりも更に酷く洗脳された!」ってことなんじゃないの?
白昼夢(一応起きているけど夢心地)から目覚めてほしい。
せめて明晰夢(これは夢だと自覚)の状態になってほしい。
スピ系陰謀論者は、「真実は隠されてる!」というくせに、嘘を見抜く技術として重要な論理的思考や、歪められた思想の毒抜きなどを学ぼうとしない、布教活動が主体の人がほとんどです。
スピ系の大半は真実を求めていません。スピ系の大多数の人々が求めているのは選民思想的な優しい嘘。”


斎藤保高『チベット密教 修行の設計図』・『チベットの般若心経』で本物のチベット思想を学び、スピリチュアル(インド風キリスト教系カルト)儲を撃退しましょう!
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-108.html
“禅の詳しい記事は次回にして、今回は、「キリスト教思想で都合よく改悪されていない本物の」チベット密教についてです。
論理と言葉を軽視あるいは否定する、チベットチベットうるさいスピリチュアル(=インド風の新キリスト教)信者に、チベット密教は論理的思考重視でありスピリチュアルを否定していることを示す以下の証拠↓を食らわせたら、迷惑な酔っぱらい(スピ信者)のごく一部はしらふに戻るでしょう。
信者が「自分」だと思っているものは実は欲とカルトの教義であり、それを自我と信じ込んでいるだけ
です。

“仏教論理学(因明[いんみょう])と認識論に関しても、チベット仏教の伝統は、実に高度な論議を蓄積してきました。「比丘や諸々の賢者たちよ。金を焼いて切って磨いて確かめるごとく、私の教えも観察し尽くしてから受け入れるべきであり、尊 敬のゆえに受け入れてはならない」。これは、チベットのラマたちがよく引用する聖句です。お釈迦様は弟子たちに――あたかも金の純度を確かめるがごとく ――自らよく考えて教えの中身を吟味し、その後で初めて教えを信奉するように強く戒めています。チベット仏教では、こうしたお釈迦様の精神を受け継ぎ、盲信や実践至上主義を排し、明快な論理による思考を重視しています。”
p.20、斎藤保高『チベット密教 修行の設計図』春秋社

“「視覚ではなく意識で、しかも次第に直感的に……」というのが、第一のポイントです。
第二のポイントは、「向こうから現われるのではなく、こちらから向こうへ置く」ということです。瞑想の中で、「自分の意思とは関係なく、本尊などが向こうから突然出現した」というような神秘体験は――何らかの印や徴候と認められるケースも稀にあるでしょうが――多くの場合、修行者の妄執が生み出した幻覚にすぎません。それゆえ、実践の正しい拠りどころとして、ほとんど信頼できません。また、実際にそうした幻覚が現われなくても、あたかもそうであるかのごとく瞑想することは、間違った方向へ心を慣らすばかりなので、いくら実践しても望ましい成果を期待できません。そうした突然の神秘体験に執着せず、あらかじめ自分の意思で「こういうふうに瞑想しよう」と計画を立て、それに従って意識の力で本尊の姿を認識対象として確立し、それを繰り返し瞑想して習熟することが肝要です。
では、信頼できない神秘体験と正しい瞑想の成果を区別する基準は何かといえば、「その瞑想に十分習熟したとき、いつでも意のままに同じ内容を再現できるか否か」という点です。もちろん最初からは無理ですが、本当に瞑想に熟達した密教行者なら、複雑な曼荼羅を――どんな大きさにでも――瞬時に再現できるといいます。「こちらから向こうへ置く」という感覚で瞑想するからこそ、習熟すれば自在に再現可能となるのです。”
p.92-93、斎藤保高『チベット密教 修行の設計図』春秋社

“仏教の修行というものはすべて、お釈迦様を信じて拠りどころとしなければ成立しえません。この点で、仏教は、決して単なる人生訓や思想哲学や瞑想テクニックではないのです。
  しかし、「理屈抜きにただ信じる」というわけではない点で、他の多くの宗教とは趣を異にしているといえるでしょう。第二章で引用したお釈迦様の言葉を思い 出してください。「比丘や諸々の賢者たちよ、金を焼いて切って磨いて確かめるごとく、私の教えも観察し尽くしてから受け入れるべきであり、尊敬のゆえに受 け入れてはならない……」。“p.192斎藤保高『チベット密教 修行の設計図』春秋社

“知恵者らよ、自性が空という空性の意味は、縁起の意味である。しかし、功用が空(効果的作用がない)という非存在の意味ではない”
p.54、ゲシェー・ソナム・ギャルツェン・ゴンタ/クンチョック・シタル/齋藤保高 共著『チベットの般若心経』春秋社



神秘主義と光は強固に結びついている
ミルチャ・エリアーデの論考「神秘的な光の体験(『悪魔と両性具有』所収)」に従うならば、ヨーガの修行では星の像、満月の円盤、真昼の太陽、火の輪などを見る体験が悟りの到来を告げる徴候とされる。
イランでは古来、光の顕現を救世主の誕生を告げる徴と考え、これがマタイ伝の霊の記述にも影響を与えたらしい。
また、エスキモーのシャーマンは千里眼能力を得る際に、「天啓の光」というものを経験するという。この光を体験したときに空高く上昇する感覚に襲われるのだが、これはエスキモーに限らない。
円盤が発射した光線に引き上げられて円盤内部に運び込まれる体験と類似。

UFO目撃者の中には、目撃後に一種の人格変換が観察される人々が存在するという報告は、示唆的。光が彼らを変えたのか、変わろうとした彼らが光を必要としていたのかは視点の相違に過ぎない。
僕は何もUFO体験が実は宗教的体験であったと主張しているわけではない。
人間はどういうわけか光を見る生き物なのであり、その体験は長い年月をかけて練り上げられた宗教システムにあっては整合的に組み込まれたというにすぎない。
仮に宗教なんか存在してなくとも光が飛ぶのは見えちゃうんだから。
事実と虚構、現実と非現実の境界に絶対的なものがあると思っちゃいけない。

(宇宙人による遭遇や誘拐が結社への勧誘とイニシエーションを意味している場合があるでしょうね。

超常の存在
=人格に相当するものがあるかは不明のエイリアン

と定義すれば、

――憑依されたか憑依させたかは問わず――
エイリアンと同化した存在
=結社員は「宇宙人」と呼ばれてもおかしくないのではないか?

支配層は「最初から人格がある人型宇宙人」という実際とは異なる、支配層に都合がよい姿に捻じ曲げて発表させているのでは?
エイリアンXには人格がなく、それが人間に憑くと、憑かれた人によって、Xの要素がどのていど反映されるかが決まるのでは?
人によっては爬虫類っぽい顔になるのでは?

で、憑依されやすいあるいは召喚しやすい血液の種類があって、それがRHマイナスでしょうね。大けがしたら真っ先に死ぬ血液を持っているなんて普通は嫌だろうけど、それを補って余りあるメリットがあるからでは?

支配層なら、大怪我をしにくいようにできるし、すぐに処置できるように備えることもたやすい。
血は命。血は魂。あるいは血は命と魂の通貨。
物質と非物質の境目。

血液は400ccあたり1万8千円。
献血といえば赤十字、赤十字といえば天皇家。
支配層の血統重視は異常。
献血で血を抜かれる側はボッタクられていますね。

強制的に狐憑きにして、廃人にならなかったら合格とかやってそう。

結社員
=宇宙人と人の融合体

ってまんまウルトラマンですね。

産みの親の円谷はカトリック。一家全員がカトリック。
腕を十字に組んで放つ必殺技。
初代ウルトラマンにはノアの神も登場します。

「世界シンボル事典」の聖書の「ノア」の項目にフリーメイソンの結社員のことを「ノアの息子たち」と呼ぶと書いてあるそうです
。”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-101.html
空飛ぶレイシズム】 稲生平太郎『定本 何かが空を飛んでいる』②。 
支配層が用意する娯楽=デモ=麻薬=宗教行為。 
工作員の仕事=良心を麻痺させる宗教行為。 デモやるなら皇居や銀行や軍需企業の前でやったら?



…主な参考資料…

完全閉店 ‏@lakudagoya 8月20日
「イメージ・シンボル事典」が欲しいけど手が出ないから図書館で「世界シンボル事典」を借りて読んでたんだ。そしたら聖書の「ノア」の項目にフリーメイソンの結社員のことを「ノアの息子たち」と呼ぶと書いてあった。FF3の魔王の師匠がノアなのもこのシンボリズムを感じるよね。



エジプト神名リスト:セト Seth
http://www.moonover.jp/bekkan/god/seth.htm
"荒ぶる砂漠の神。暴風と雷鳴を象徴とする。

甥のホルスと壮絶な王位争奪戦を繰り広げた神話で知られ、時々卑怯な手も使ってはいたが、その文句なしの強さゆえに、敵を撃退するときには必要とされる戦の神でもあった。エジプト王国の歴史を通じて、混乱期にはセトの力強さが求められた時代も何度かある。単純に善悪では割り切れない神であり、この神を「邪神」や「悪魔」と呼ぶ人は、まず根本的にエジプト神話の特性を理解していないので、その時点であまり信用しないほうがいい
(…)
甥ホルスとの王位継承戦争に敗れたあと、セトは国外を領土とする「異境の神」となった。ナイル河畔の「神々の土地」に対する外の世界=砂漠、または国境の外の世界=異国、である。
外国人の人気も集めた神で、のちにヒクソス人がエジプトに侵入してくるようになると、嵐の神、雷鳴の神としておなじ性格を持つヒクソスの神ステクや、シリア系の神バアルと同一視されるようになった。その影響で異国風の衣装をつけたり、戦車に載る姿で描かれることもあった。

また、新王国時代(第19王朝)のラメセス2世は、ヒッタイトとの戦争後、講和してヒッタイトの王ハットゥシリシュの娘を妃として迎えるとき、山を越えてくる婚礼の一行の道中の安全をセトに祈願している。ヒッタイトの首都は現在のトルコ(カッパドキアの北)。そこからの遠路はるばるの旅路の無事を祈るのは、国内専門の神ではなく国外もサポート対象になっている神。けっこう手広い神様である。もちろん、セトが単なる邪神や悪魔と考えられていたなら、こんなことは在り得ない。
(…)
新王国時代の儀式の中では、セトの身代わりを打ち倒すことにより、王権を確固たるものとすることが行われた。
その儀式でセトの身代わりとされた動物は、以下のような実に多彩な種類である。

・ヘビ⇒アポピスの項を参考に。
・カメ⇒アペシュの項を参考に。
・ロバ⇒なんでだか不明、頭の部分がロバに似てたから?
・雄カバ⇒ホルスと戦うとき、セトが化けたからとされる。とばっちりでセベクがセトの仲間にされた。
・ブタ⇒これもセトが化けたからとされる。"

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月22日
イルミちゃんゆるキャラ解説 その1
・緑のピラミッド(ワンワールドカラー。グラントリアンとアングロサクソン系メーソンの統合)
・蛇くん(レプティリアン。竜座のα星。天帝信仰)
・片眼の赤ちゃん(ホルス君)
・フクロウ君(イルミの象徴) pic.twitter.com/DUXsvYKSlU

イルミちゃんゆるキャラ解説 その2
太陽さん(ミトラス、ソル・インヴィクトス、ドルイド教の太陽崇拝など全て)
・バフォメットちゃん(智慧の頭という意味。レヴィのバフォメットは両性具有のシンボル)
豚ちゃん(セト神のシンボル) pic.twitter.com/Y6oq7WRebV

イルミちゃんのゆるキャラ解説 その3
豚ちゃん(おなじみユダヤやイスラームで禁忌とされる豚肉。でも、豚肉はある神において重要。それはエジプトのセト神(後にバアル神と習合)のものとされる)

イルミちゃんのゆるキャラ解説 その4
・蛇くん(メドゥーサなどの古代の蛇信仰。主に蛇信仰は女神信仰でもある)
・レプティリアン君(目隠ししてるのはふりーそーめんの儀式か!?)
・牛君?(古代の雄牛信仰。セラピスやバアル、ゼウスなど) pic.twitter.com/OBj9Mk9Zo7

完全閉店 ‏@lakudagoya 5月23日
@Jd805 @knznymmmy あはっ!たしかにエースコックのパクリかも知れませんが、豚がアカンということは逆に神聖でもあるということで。古代エジプトでは豚肉は、セト神のシンボル(主神のホルス君の敵)ということで避けられました

エジプト神名リスト:バアル Baal
http://www.moonover.jp/bekkan/god/baal.htm
”もとは、西セム系の神。アナト、アスタルテなどとともに、シリアから渡ってきた神。バアル、という名は「主人」を表し、地方によって「バアル・何々」と後に地名などが続く。

シリア人が大量にエジプトに移住した時代に、シリア人とともに信仰も移り、エジプト風になったものが、エジプトにおけるバアル
神だ。新王国時代には、フツーに昔からエジプトにいましたよってな顔をして登場する。
砂漠、嵐の神であったことから、エジプト神話における似た属性の神、セトと同一化され、妻までセトにとられてしまう(笑) 右図のバアルが元々のカナアン系の姿だが、エジプトでは基本的にセト神と同一視され、セト神の姿で表現されることが多い。(名前だけ"バアル"と記載される)

もともと属する神話はウガリット神話で、そこでの彼は「主神」となっている。また豊穣の神であり、死の神モートと戦って、エジプト神話のオシリス同様に死と再生を繰り返す神でもある。
(…)
エジプト神話側からすると意外かもしれないが、本来のバアルは豊穣神だったらしい。
エジプトでのバアルは、もちろん「戦いの神」。荒ぶる神、セト神と同一視され、眷属か、または同一人物とさえ見なされていた。

その原因のひとつは、どうやらエジプトの砂漠気候にあるようだ。
カナアンでの豊穣神は「雨を降らせる」ことになっている。雨は雷とともに来る。ゆえにカナアンでのバアルは雨・雷・雲、または嵐で象徴された。
だが悲しいかな、エジプトは、雨が降らない国だった…。
水をナイル河に頼っているエジプトでは、豊穣の神は、オシリスやハピといった「河の神」である。雨の神はいないし、雨が豊穣の象徴となることもない。そんなわけで、バアルは雨を降らす神ではなくなり、雷や嵐の力強さに付随した戦いの神という属性だけが残ってしまったのだ。


ところで、本国のバアルには、雨の神らしく「きんと雲」ならぬ、お出かけ用の雲があったらしい。
(…)
バアル、という言葉はセム語で「主人」を意味する。もう少し意味を広げると「神」ともなるようなので、信仰される神という存在の一般名詞でもあったと考えられる。(ちなみに女主人は”バアラト”)
特定の神を指定するには「バアル=○○」と、いう名前がついたらしく、そのようなお名前の神様をたくさん見かけたが正直何が違うんだか全然分からなかった^^;

エジプトに登場する”バアル”は、主に下エジプトに定住した人々の崇めた神で、バアル=サパン、または、バアル=ゼフォンという名前だったそうだ。
サパンは信仰の中心地であった山の名前、ゼフォンは「北の」
を意味するという。

#ちなみにSFアニメ「ラーゼフォン」のゼフォンはここから来ているんだとか?

エジプトでの呼び名はセム語の発音に近い「バアル」(バール)で、発音的にはあまり変わっていないようだ。
名前をヒエログリフで書くと、セトの神聖動物が決定詞として、ついてくる。セトの一人格として見なされたがゆえだろうか。


キリスト教(太陽+来世に期待)とユダヤ教(嵐+現世利益)は根本思想が違いすぎる。
ラクダが家畜化されるのは紀元前10世紀以降なので旧約にラクダが登場するのはおかしい

岡田明憲『ゾロアスターの神秘思想』 講談社現代新書 。
岡田明子・小林登志子『シュメル神話の世界 』中公新書
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-52.html
ミトラ教(太陽派)+黙示録(拝火教)=キリスト教
嵐派+メシア(人間の指導者)による現世利益=ユダヤ教
根本思想が違い過ぎ。
猫太”オリジナルのユダヤ教は、中国人と全く同じの現世利益的宗教ですから。この基本がわかれば陰謀論の嘘もわかる。”
ユダヤは✝の囮

(…)
・メシアとは本来、ヘブライ語の油を注がれた者を意味する。これは一般に王を意味するもので、必ずしも終末論的救世主に特定されていたわけではない。
それがギリシア語でメシアにあたるキリストになると、もっぱら救世主に限定されて使用される。
単なる王としてのメシアから救世主への、メシアの終末論的解釈への変化は、バビロン捕囚以降に属す。ゆえにペルシア文化の影響があるのは否定できない

このメシアの原型と考えられるのが、ゾロアスター教のサオシュヤント。
ゾロアスター教の誕生から三千年の後、世界の終末が来るとする。
三千年は三等分され、千年ごとにゾロアスターの子孫が出現し、世を利益するサオシュヤントになるのである。三人のサオシュヤントは、霊的に保存されたゾロアスターの精子を、聖なる処女が受胎することによって、この世に降臨するとされる。
三人目の最後のサオヤシュントが終末の総審判を行う者である。
この最後のサオヤシュントは、ダハーカ竜を殺す槍を持っている。竜退治の槍。

(バビロン捕囚は嘘なので拝火教的救世主に概念が変わるきっかけがないですね。
ユダヤ教からキリスト教が生まれたのは嘘であることの根拠の一つです。
ユダヤ教は現世利益的で現実的指導者がメシアなんです。
なのにありもしないバビロン捕囚をきっかけに、拝火教的キリストっぽいメシアになるのです。
キリスト教のキリスト概念に上手く繋がるように捏造したのです。
バビロン捕囚がなかったら、キリスト教と救世主の概念があまりにも違うとばれますからね。
キリスト教の救世主概念はミトラと拝火教の救世主そのまんまですから。超常の存在。
旧約聖書ってあまりにもキリスト教に都合が良すぎるんですよね。
存在しないイエスを殺した悪のありもしない民族の教典=異教徒の教典を採用している時点で怪しい。
ゾロアスターの精子バンクで処女のまま妊娠ってキリスト教より論理的ですな。
バビロン捕囚じゃなくて、
紀元前3世紀中頃から前1世紀間に、徐々にヘブライ語の旧約をギリシア語に訳した七十人訳が救世主概念が変わったきっかけだろうね。
ファラオの命でヘブライ人の経典(旧約聖書)をギリシア語に翻訳したもので、ルシファーをラテン語訳で召喚したヒエロニムスも旧約の翻訳の際に参照しています。
また、ルネサンス以前の西欧では、ヘブライ語の識者が殆どいなかったためもあって、重宝されたようです。
七十人訳は最初期のキリスト教=ほとんどミトラ教が採用したものだそうです。アレクサンドリアでの翻訳にミトラ教やゾロアスター教徒あるいはペルシャ出身者が絡んでいたのでは?
新約聖書に引用されている旧約聖書の個所はこの70人訳からの引用

紀元前4、5世紀のヘブライ語原典を、ある程度想像できるから重視されます。しかし、古代ギリシア語の共通語=コイネーによる七十人訳(あるいはラテン語で septuaginta セプトゥアギンタ。「70」の意。LXXと略す)が原典の忠実な翻訳であるとも限らないため、問題は多いです。
意図的な誤訳がありますね。

1. 歯が一本減った人‏@boronology10月28日
1,イザヤ書の「みよ乙女は身ごもりて」が「処女」と訳されたのはギリシャ語の七十人訳聖書
2,非嫡出子という意味はない
3,だいいち当時ディアスポラのユダヤ人の間は「処女」の意味で広まっていたはずである
もちろん福音書記者もヘブライ語はちんぷんかんぷんなので七十人訳聖書でしか知らない。
そうなれば新約の時代においては「処女」こそが正しい解釈になってしまう。

3のところの「処女」って「乙女=若い女」の間違いでしょう。

1. 真央‏@mao49492012年1月18日
本来の原典は『西暦前1世紀』のギリシャ語セプトウアギンタ訳です。現在のキリスト教が主張するセプトウアギンタ訳は西暦前1世紀『以降』翻訳されたもの。それが現在のキリスト教聖典七十人訳聖書 です。
七十人訳聖書(しちじゅうにんやくせいしょ、羅:Septuaginta, 「70」の意。LXXと略す)は、ヘブライ語のユダヤ教聖典(旧約聖書)のギリシア語訳であり、紀元前3世紀中頃から前1世紀間に、徐々に翻訳・改訂された集成の総称を言う。ラテン語読みである。これ改竄でしょう改竄翻

(…)
ガザーリーなど、イスラムの思想家にはイラン出身者が多い。イスラム哲学はペルシア文化の影響下で育まれたのであり、素朴なアラブ人だけでは不可能であった。
特にイスラム神秘主義はイラン人の心性に根ざす。ゾロアスター教の影響がある。
天使論に限っても、イスラム神秘主義のそれは直接ゾロアスター教に連続している


・大乗仏教と小乗仏教の大きな違いは、大乗仏教には菩薩思想があること。菩薩思想とは自己だけの悟りに満足することなく、広く衆生を救わんとする思想である。
大乗仏教の成立地はクシャーン朝下の西北インド。イラン文化の影響がある。
大乗仏教の起源として考えられるのが、ゾロアスター教のサオシュヤント(=利益する者)
弥勒はミスラである。
仏像発祥地のガンダーラから弥勒菩薩像が発見されている。
ガンダーラの仏像で確実に菩薩と断定できるのは、成道以前の釈迦菩薩の他は、この弥勒と観音菩薩だけ
である。

・観音信仰は地母神の信仰と同様の基盤を持つ。観音の起源に西アジアの女神を考える説は十分説得力がある。
特にゾロアスター教のアナーヒター女神は多くの点で観音と共通点がある
ササン朝銀器に刻まれた、観音菩薩と同様に蓮華を手にしたアナーヒターがある(恐らく)壺(花瓶みたい)の写真が本書にあり。
・大乗と密教の違いは呪術を重視するか否か。思想的に大乗と密教に本質的な違いはない。
密教における火の考え方は、仏教に本来的なものではない。
釈尊の仏教では、煩悩の火に焼かれると言うように、否定的。この火を吹き消したのが、仏教で理想とする涅槃である。

(ゾロアスター教にとっては火を消すことは最悪の行為。実際の火ではありませんが、比喩的でも嫌がったでしょう。火事の火はさすがに拝火教でも消すよね?)

が密教では護摩の火で本尊を供養し、護摩の火で煩悩を焼きつくすと考える。
一方では煩悩と見られた火が、他方では仏の智火とみなされる。
密教では、特にこの煩悩を焼く知恵の火を重視し、この点でバラモン教の護摩に対する優越性を主張する。
しかしバラモン教にも薪を煩悩とみてそれを焼く火を智慧とする見解はある。

(執着の塊=宗教

バラモン教否定の原始仏教が、バラモン教や拝火教的になっています。
マギとバラモン僧侶の復讐です。
起源仏教は呪いをかけちゃいかんと言っているのに。
呪いをかけたい=執着

詐欺も横行していたし)

密教の護摩の起源に、バラモン教の護摩、すなわち火天供養があるとは広く言われた説。ヴェーダの時代からインドでは神を祭るのに祭火(アグニ)を用いた。祭火に供物を投入し、火神がそれを天上の神々に運ぶと信じた。
一方イランでも、ゾロアスター教が、火(アータル)をアフラ・マズダーの息子として崇めた。
火は正義(アシャ)を象徴
したものとされ、悪を駆逐し、万物を浄化する神聖なものとみなされた。
ゆえに火を崇拝する拝火教。
形式的な面では、密教の護摩は、はるかにバラモン教と共通点が多い。
密教の護摩は息災(円形の炉)、
増益(方形の炉)、
調伏(三角形の炉。△一つ目の△は恐らくこれ)がある。
バラモン教のヴェーダ祭式でも、
一家の平安を守って燃える「家長の火」は円形の炉で供養され、
神々に供物を捧げ願い事をする「供犠の火」は方形である。
また、死霊、悪霊をまつる火は、半円形の炉で、三角形に近い。しかもこの火は「南の火」と呼ばれるから、密教の調伏法が南面して行なわれるのに通じる。
・息災、増益、調伏の3種護摩が密教で確立するのは7世紀
になってから。
それ以前にすでに、中央アジアの仏教で護摩が使用されていた形跡がある。当時この地方を支配していたのは、イラン系のクシャーン朝である。この王朝の貨幣に描かれた神像にはゾロアスター教起源のものが多く、また、火炎に荘厳(しょうごん。仏像や仏堂を厳かに飾りつけること)された国王像も見出せる。

・ボン教(ラマ教)には拝火教の善悪二元論や救世主サオシュヤント思想が入っている。
チベット密教には、乗(じりんじょう。カーラチャクラ・ヤーナ)という教義がある。
カーラ=時間。時間を根本原理とするゾロアスター教のズルワニズム(ズルワーン主義。時間主義。拝時教)の影響がある。
ズルワニズムは時間と空間を同一視する。
アフラ・マズダーとアンラ・マンユは時間神ズルワーンより生じた双子の兄弟とされる。
そして、一万二千年を三千年ずつ四期に分け、善悪両方の神の戦闘を説く。

(一万二千を強調するのは、アトランティスと、それに言及したプラトンと、拝火教の反映。ニューエイジ、スピリチュアル、神智学あたりね。
エヴァの監督がよく一万二千が出てきたり。ナディアとかね。
あと、一万年と二千年前から~のアクエリオンはみずがめ座の新時代=ニューエイジ=ニューイオン)

阿弥陀仏の原名アミターバは、「無量光(むりょうこう)」を意味し、拝火教の光明神と結びつく。
また別名のアミターユスは「無量寿」と訳され、無限時間を指すズルワーン・アカラナと同じ意味になる。阿弥陀仏は救世主的性格を持つ。
阿弥陀仏を説く経典そのものがクシャーン朝時代に西北インドで成立したと考えられる。
浄土の概念もゾロアスター教的。フラショー・クルティ=拝火教における終末の立て直しにおける世界の浄化の影響を見ることができる。
大日如来は遍照如来とも称し、またビルシャナ仏とも言われる。ビルシャナ=太陽。
ビルシャナに関係するインド神話のヴァイローチャナはアスラ(アフラ)の王とされる。
アフラ・マズダー(知恵王)の関連が云々されることになる。
太陽神に思えるが、ゾロアスター教の太陽神はフワル・クシャエータであって、アフラ・マズダーではない。

(太陽神ミトラと同一視されたりするアフラ・マズダは太陽神の性格も持つはずですが、本来は太陽をも超越した光自体か、金星なように思えます)

密教でも大日如来をただちに太陽と同一視しているわけではない。
日天(にってん。アーディティヤ)は十二天の一つとして、曼荼羅の最外院に別に存在する。世間の太陽と大日如来は区別される。
大乗仏教運動の成立地は中央アジアや西北インドであり、この地のイラン文化の歴史的位置が明らかである



今週のジャンプの『BLEACH』(ブリーチ)でファーティマの手が登場。
ギリシア哲学(特にプラトン)とキリスト教「思想」(人は単なる部下)が真の黒幕であり、黒幕の中核(源流。本体)はインド=イラン「思想」。
思想は領土がなくても生き残る霊魂

馬と馬車と金属加工の技術を持った秘教集団。
トラキアの「死は善。生は悪」が悲劇の起源?
良ツイート集。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-66.html
”なぜ角なんか生えるのかというと、そりゃ、 牛君=バアルに面会してきたって事でしょw で、自分は牛の角なんか生やしてるくせに モーゼは民が牛の像を作った事に ブチ切れる。折角貰った十戒の石板 ブチ壊すほどブチ切れる これは、神様=牛君っていう図星を つかれたのが痛かったからだろう


自分がバアルだっていう黒歴史を 消そうとしてる目の前で 「バアル、バアル」言われたら そりゃファビョるよwww しかし、こいつが黒歴史を隠蔽する意図は 何だったんだろうな?


という事でやっぱヤハウェ=バアル=牛君 で、牛君と対面してたせいで、ウシが感染っちゃった?せいで モーセには角が生えた・・・?

...私のよく使う表現では牛君だから。 で、ヤハウェはその牛を見てパニクってしまう。 これって図星突かれたからじゃないの?って事。 なにしろ、ヤハウェは自分の正体を隠すのに熱心だから。 あとヤハウェ=バアルと私は考えていて バアルって牛の神じゃなかったっけ?
(…)
私は、ヤハウェが必死に名前を隠すのはなぜだろう?と 不思議に思って、そのへんを調べてたら、 どうも、ヤハウェは半獣半人の神様でバアルじゃね?って事になった。 しかも、その「バアル」すら偽名で、 マルドゥックとも名乗るみたいだけどこれも偽名で...

ヤハウェ=バアルがなぜ執拗に名前を名乗るのを拒否するか? エクソシストとか見ていると分かるのだが 相手に名前を知られて、名前で命じられると 拒否ができないルールがあるっぽい

例えば、モーセに角が生えたのも 牛の神と対峙したから。 また、シナイ山にモーセが篭っている間、 イスラエルの民は牛の像を作りました。 それはヤハウェ=バアル=牛だからです。 それを見たヤハウェは怒り狂い 今すぐ山を降りろとモーセに命じました。 なぜ怒り狂う必要があるか?

ヤハウェにしろバアルにしろ偽名です。 ヨッド・へー・ヴァヴ・ヘーにしろ アドナイにしろエロヒムにしろ 全部「コイツの本名」ではありません。 そして、両者とも中東の神で、牛の神で 雲を乗り物とし、雷を投げ・・・ 要するに同一人物です。 あ、いや、人間じゃないんですけど。

キリスト教会でこんな発言をすれば 冗談抜きでブン殴られかねないです。 なぜならばバアルは悪魔の代表格で 旧約聖書にも何度も登場するからです。 しかし、ヤハウェにしろ、バアルにしろ あまりにも共通点が多過ぎます。 例えば名前を隠すことに必死な事。

一般のキリスト教ではヤハウェ=牛なんて 教えません。むしろヤハウェは自分自身の 正体を必死になって隠そうとするので それに同調しておくのがキリスト教です。 が、私はあえてもうひとつ言っておきます。 ヤハウェは牛の神であり、 同時にバアルでもある。

少なくともヨブには神が悪魔でもあるという 事は理解ができていました。 だからこそ、彼は 「神から幸いを受けるのだから 災いをも受けるべきだ」と 言ったのです。 「あなたを祝福する」だの何だの 調子の良い事ばかり言う神様から 災いを受ける・・・ これは矛盾してはいません

ふざけるな! ユングの名著「ヨブへの答え」にも 書いていますが、明らかにこれは ヤハウェの失態です。 ここから分かるのはヤハウェは 全知全能でも何でもないという事。 都合が悪くなったらヒステリーを起こす事。 そして悪魔とも普通に お友達付き合いをしている事です。

聖ヒエロニムスの像。 ヘブル語の聖書をラテン語に翻訳。 助手となったのがパウラだが、先だたれ、パウラの頭蓋骨を机に置いて翻訳作業を成し遂げた。 しかし、大きな誤訳をしてしまった。
◎モーセが光輝いていた。
×モーセに角が生えた。)

誤訳じゃないよ ヒエロニムス訳が正解だ カラーだったかな?何か聖書の中に 2回しか出てこない珍しい単語が出てくるんだよね んで1回はモーセの顔の所 これは光と訳しても角と訳しても文章が破綻しない でもう一箇所はどう考えても角にしかならないそうなw


(美輪様の名言 ‏@miwasamameigen 2013年10月5日
黒があるから白さが分かる。悲しみや苦労を経験した人ほど、幸せのありがたみが分かる。


黒も白も悲しみも苦労も幸せすらも 知らない人こそが幸せな人。 つまり、この世に生まれた時点で 完全に失敗。 生まれない人こそが勝ち組 聖書のヨブ記や伝導の書を読んでみよう!

バアル、ヤハウェ、若しくは牛君の 特徴として本名を晒すのを異常に恐れている。 だから出エジプトでモーセに名前を聞かれても "I am who I am"ってごまかしちゃう。 バアルもそう。 「高き所にお住まいのお方」とか たしかそんな意味じゃなかったっけ?”


ハタヨガの真髄 (1)
http://thanksjico.exblog.jp/8619277/
“ヨガという言葉は、「縛る」「結ぶ」「結びつける」「~をつなぐ」「本人の注意を導き、集中し、使い、かつ応用する」というような意味のサンスクリット 語、「ユジュ」に由来している。また、「結合」とか「交わり」をも意味する。この語の深い意味は、われわれの心と神の心の結合すなわち、神の心を自分の心 にすることである。(p16)

インド思想では、すべての物には絶対の宇宙の精神(パラマートゥマー神)が存在していると考えており、個人の心(ジーワトゥマー)は、その一部であるとみなしている。(p16)

ヨガの段階
1.ヤマ 全人類に共通している、誰にとっても必要な道徳律
2.ニヤマ 修練による心の浄整化法
3.アサナ 正姿勢と動作の訓練(体位法)
4.プラーナーヤーマ 気(食・息・知識)のコントロール法
5.プラティヤーハーラ 欲望、感情および外的対象による支配からの解放行法と自立訓練法
6.ダラーナ 集中統一法
7.ディヤーナ 安定(無心行法)
8.サマーディ サマーディとは、深い冥想によってもたらされる、意識を超えた自他一如の状態のことである。この状態では、冥想の対象物つまり宇宙霊(パラマートゥマー)と一体になることができる。

ヨギとは、自分の本質を知っており、自分自身(アートマン)の中に至上の神の一部が存在するのを自覚している者である。(p21)

ヨガに関するすべての本は、サーダナーあるいはアビヤーサ(たえまない実践)を強調している。(p33)

た とえばアイアンガー師は、「背骨を伸ばせと言うと、皆さんは、まん中の神経路の通る所を伸ばしてしまうがそれは間違いだ。正しくは両脇を伸ばして、まん中 をリラックスさせて置かねばならないのだ」と延べておられます。「伸ばす」といってもけっして外側の筋肉を伸ばすのではなく、あくまで内から自然に伸びて くるようにするのです。つまり、アサナを行っている自分と身体と動作が一体になるように、あくまで辛抱強く、繊細に追求した行い方をしなければならないの です。(p495訳者あとがきより)

「体が心に影響し、体を通じて心を清め、高めることができるのだ」(p496)”

ハタヨガの真髄 (2)
http://thanksjico.exblog.jp/8619355/
“「ハタヨガの真髄 600の写真による実技事典」より

ターダアサナ =サマスティティともよばれる

ターダとは「山」。サマとは「直立」「まっすぐ」「不動」を意味する。スティティとは、「不動の姿勢」「堅固」を意味する。したがって、ターダアサナは、しっかりと山のように立つポーズである。これが立ちポーズの基本となる。

(1)足をそろえてまっすぐ立つ。両足の親指、およびかかとをつける。また足の指はすべて床にぴったりとつける。

(2)ももの内筋肉を伸ばしあげるようにすると、ひざをリラックスしたままでひきあげることができる。このとき、尻はそっと締めるようにする。

(3)胃が自然にひっこむように、肋骨をひろげ、背骨を上に伸ばし、首をまっすぐにする。

(4)体重はかかとと指先の一方だけにかけずに、当分にかけること。

(5)理想的には、ターダアサナでは頭上に両手を伸ばしておくのであるが、便宜上、両ももの横に下げていてもよい。立ちポーズは、各々この、てのひらをももの側面に下げたターダアサナの形で始まる。”

ハタヨガの真髄 (3)
http://thanksjico.exblog.jp/8646069/
“武将のポーズ
ウィーラバッドゥラアサナ


ダクシャが、あるとき戦死者の追悼式を催したが、他の神々を招いていたのに、自分の娘のサティーもその夫で神々の首領であるシヴァも招かなかった。それでもサティーは儀式に参加したが、ひどいはずかしめを受けたので、火の中にとびこみ自ら命を絶った。シヴァはこれを知ってたいへん怒り、自らのもつれた髪の毛を一本ぬいて地上に投げつけた。そこから豪傑のウィーラバッドゥラが生まれ、シヴァの命令を待った。シヴァは彼に向かって、シヴァの軍隊をひきいて、ダクシャの儀式を破壊するように命じた。ウィーラバッドゥラは、軍隊とともに、ダクシャの儀式の場に疾風のごとくあらわれ、儀式を破壊し、他の神々、僧侶を追い払い、ダクシャの首をとった。シヴァはサティーの死を悲しみ、カイラーサにこもり、瞑想にはいった。サティーは、ヒマーラヤの家に、ウマーの名で生まれ変わり、再びシヴァの愛を求めて努力し、ついにシヴァの心を射止めた。
このアサナは、シヴァが自らもつれた髪から創造した豪傑に捧げるポーズである。

(p80)”

ハタヨガの真髄 (4)
http://thanksjico.exblog.jp/8646178/
“亀のポーズ
クールマアサナ

クールマは亀という意味。このアサナは、ヴィシュヌの化身の亀に献呈されたものである。
神々の若さを維持するアムルタ(蜜)のみならず、多くの神の宝が大宇宙の洪水で失われた。なくなった宝をとりもどすために、神々は悪魔と連合して、宇宙の海に波をわきおこすことにした。ヴィシュヌは大きな亀になり、海の底に潜っていった。背中には、波をかきたてるためにマンダラ山をかつぎ、ロープとして、神聖な蛇ワースキをまきつけた。神々と悪魔たちは協力してその蛇をひっぱり、山をくるくるまわし、海に波をかきたてた。その海の波からアムルタと、神々の宝が出てきた。

(p304)”

ハタヨガの真髄 (5)
http://thanksjico.exblog.jp/8664450/
“得と損、勝利と敗北、名声と恥、体と心、精神と魂といった二元性は、アサナの修得によって自然に消えてしまい、求道者は次のプラーナーヤーマの第四段階に入ることができる。(p49)

プラーナーヤーマ(p50-51)

プラーナとは、呼吸・息・生命力・風・エネルギー・栄養力等を意味している。
アヤーマは長さ、広がり、伸ばす、制止等を意味する。
プラーナーヤーマは、呼吸の延長と呼吸のコントロールを意味してもいる。
すなわち、
(1)吸う息=プーラカ(満たす)
(2)吐く息=レーチャカ(空にする)
(3)息を止める=クムバカ。

ハタ・ヨガでは、クムバカという言葉は、吸う息・吐く息・息を止めるの三つの過程を含んだ一般的な意味で使われている。
クムバカには二つの違った状態がある。一つは空気を一杯に吸い込んで息を止める状態と、完全に吐ききって息を止める状態とである。

プラーナーヤーマは、気の科学であり、それは生命という車輪が回転するために必要な中心軸のようなものである。
プラーナーヤーマ行法は一人ひとりの呼吸と、大宇宙の呼吸との調和をはかることであるといえるのである。


(P460-463)
プラーナーヤーマの技術を実習するためには、バンダ、ナーディ、チャクラについての知識が必要である。

バンダとは「束縛」「一緒につなぎ合わせること」「足かせ」「つかむこと」などを意味する。
それはまた、体のある器官、あるいは体のある部分を収縮し、コントロールする姿勢のことも意味する。
プラーナーヤーマに重要なバンダは次の三つ、
(1) ジャーランダラ・バンダ:最初にマスターするもの。首およびのどを収縮し、あごの両鎖骨中央部、胸骨の上のくぼみにつける。心臓、首の腺、脳も含めた頭部 への血液とプラーナの流れを調整する。ジャーランダラ・バンダを行う場合、プーラカ(吸気)レーチャカ(呼気)とクムバカ(保息)の三つのプラーナーヤー マを必ず行うこと。

(2)ウッディーヤーナ・バンダ:「飛び上がる」ということで、横隔膜を引き上げることによって、腹部臓器を背骨の方 に向けて引き込む。ウッディヤーナ・バンダは、レーチャカの後のバーヒャクムバカ中、つまり完全な呼気の後、新たに息を吸う前の息を止めている間にのみ 行ってよい。これは横隔膜・腹部臓器に刺激を与える。

(3)ムーラ・バンダ:ムーラは「根」「源」「根本」「基礎」という意味で、ムー ラ・バンダは肛門とへその間の部分を収縮させて引き上げ、背骨の方に近づける過程である。ムーラ・バンダはまず吸気のあとの保息中に試みること。肛門周辺 の筋肉を収縮させることを練習すると、ムーラ・バンダがやりやすくなる。


人間の体は小宇宙である。ハタは、ハとタの二音節からなり、それぞれが太陽と月を意味する。
太陽と月のエネルギーは、ピンガラーとイダーという二つの主なナーディを流れるといわれている。
ピンガラーは太陽のナーディで、右鼻腔から始まり脊椎最下部に至る。
イダーは月のナーディで、左鼻腔に始まり、脊椎最下部に至る。
この二つのナーディの間に、火のナーディであるスシュムナーがある。
スシュムナー・ナーディは神経エネルギーの流れの中心的経路であり、脊柱の中を通っている。
ピンガラー、イダー、スシュムナーもいろいろなところで互いに交差している。
これらの交差点がチャクラ(輪)といわれ、はずみ車がエンジンを制御するように、チャクラは体の機構を制御する。
主なチャクラは、
ムーラダーラ・チャクラ:肛門の上、骨盤近くにある
スワディシュターナ・チャクラ:生殖器の上にある
マニプーラカ・チャクラ:へそにある
マナス・チャクラおよびスーリャ・チャクラ:へそと心臓の間にある
アナーハタ・チャクラ:心臓にある
ウイシュダ・チャクラ:咽頭部にある
アーンニャー・チャクラ:眉の間にある
サハスラーラ・チャクラ:胸腔にあり、千枚の花びらをもつ蓮とよばれている
ララータ・チャクラ:額の上にある”

背骨を解き放つ
http://thanksjico.exblog.jp/8744406/
“ねじった三角のポーズ(パリヴルッタ・トリコナーサナ)

「YOGA Journal」(Vol.6)を初めて購入。
その中でヨガの基本ポーズを細かく丁寧に解説しているシリーズがあった。
今回は、「ねじった三角のポーズ」「弓のポーズ」「椅子のポーズ」の3つ。

「ね じりのポーズで重要なのは、力の均等な配分である。ほとんどの人は、ねじりやすいところをねじって、ねじりにくいところを避ける傾向がある。つまり、動き やすい首はねじりすぎ、伸展性や反応性が鈍い背骨の中上部はねじり不足になる。しかし、パリヴルッタ・トリコナーサナは、動きにくい胸椎を広げ、その意識 を高める手助けをしてくれる。ふだん意識の及ばない部位を動かすことは、練習の中で心と体を観察する絶好の機会である。」(p102)”


長い記事をお読みいただきありがとうございました!