読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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⓵「事実と意見を区別」②「思う、感じる、感情表現の禁止」を守れば論理的文章がすぐ書ける!←そんなことより 「丸に十字」「人型の十字架」「エプロン」のマンダ教だ! 青木健『古代オリエントの宗教』 

 ツイッターで私の記事を紹介してくれる人には感謝していますが、工事中のものを紹介してほしくありません。
これから書く、非常に有効な論理的思考の訓練方法を短文にまとめたので、未完成記事を紹介したい素晴らしき人はこれをのせておくれ。

論理的思考力を超簡単に鍛えられる方法は縛りプレイ!
⓵事実と意見を区別。
②~と思う、ように感じる、感情を表現する全ての形容詞の禁止。
縛りプレイで文体を変えることで、強制的に感情優位が止まり、論理的になれるよ!


がちがちに短期間だけ実践してください。特にツイッターやっている人。
私が意識的にやっていることです。
でももともと論理優位の人はやりすぎ注意。直感と論理の両輪が大事
支配層は論理と非論理のバランスが取れるように訓練しているらしいので、こちらも敵のまねをしましょう(メルセゲルさん風)
ねこたさんのツイート読んでいるくせに全然論理的思考を身に着けようとしない人が多すぎるから具体的な方法を私が提案しました。
最低限、事実と意見を分けるようにしないと、情報の真偽判断がいつまでたってもできるようになりません

――
運よく「叡智(マンダー)」を得て覚醒したマンダ教徒にとっては、死は霊魂が物質から解放される最高の歓びである。“(『古代オリエントの宗教』p,47)
――

「丸に十字」と「人型の十字架」と「エプロン」(おそらく)ってマンダ教すげーな!
Abatur.jpgDarfash_-_Mandaean_cross.png
Abatur_at_the_scales.jpg

磔を想起させる十字は、マンダ十字 Mandaean cross (darfash)や、マンダ旗 Mandaean banner (Darafs)と呼ぶそうです。


フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年5月11日
マンダ教の聖典「銀座騾馬」の
英語版が絶版で手に入らねぇ!

いや、まぁネット上なら無料で
転がってるんだけどさ……
@lakudagoya
多分これが元祖キリスト教じゃない
ですかね
洗礼者ヨハネとノアしか認めないし、
アブラハム、モーセ、イエスは
偽物ってw

ちなみにマンダ教の人間の図の
頭の部分が三角目玉ちゃんw

十字架は只のカカシw
pic.twitter.com/ETmsc2yqn5
Abatur.jpg
Abatur_at_the_scales.jpgDarfash_-_Mandaean_cross.png
@lakudagoya メイソンのエプロンみたいなのも 着けてないっすか?w

ねこた(ツイッター閉店中) ‏@lakudagoya 2015年5月11日
@FeydoTaitei だって、そりゃ大帝、マンダ教はモーセをdisっててファラオこそ智慧の主!みたいな厨二病っぽい教義なんですし、メイソンのエプロンのようなものつけてるのは、ファラオに対する賛美じゃないですか?白い子山羊の皮のエプロンはファラオもつけてましたよ(参考世界史人)
@FeydoTaitei
どうもこんばんわ。マンダ教面白いですよね~ヘタウマイラストなのに、三角目玉ちゃんってwwwそいえば、アメリカという語源は、マンダ教のメリカが語源という説をふりーそーめんの本で読んだ事あります。この教団怪しいからこそ、イラクで迫害されてるんですわ~

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年5月11日
@lakudagoya
一応、頭に水ぶっ掛けて聖別する
儀式ってインドとかにあるんですよね。
王族の戴冠式の儀式だったらしいですが…
密教の灌頂の元ネタ
ですね。

さて、中東のセムが先なのか、
それともインド/イランの
アーリアの方が先か……

ねこた(ツイッター閉店中) ‏@lakudagoya 2015年5月11日
@FeydoTaitei 私は原始耶蘇教の火と水の洗礼も、元ネタはインド・イランだと思うんですよね。所詮ユダ公なんて、アーリア思想のパクリです(笑)マンダ教の聖典を見たら極めてウパニシャッドに似てますね。ただ、マンダ教徒の顔はセム系なので、影響を受けたんでしょうが

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年5月11日
@lakudagoya
そう言えば魚のコスプレが好きな
ダゴンちゃんやオアンネスって
ミトラ帽の元ネタなら、
ダゴンちゃんがヨハネのご先祖様
クサくないですか?

海だか、湖からやって来た賢者
のイメージにも合ってるし。
イエスも魚がシンボル
ですし。

@lakudagoya アンデレもペテロも漁師でしたから、 釣っちゃったのかもしれませんね。 ダゴンちゃんをw

ねこた(ツイッター閉店中) ‏@lakudagoya 2015年5月11日
@FeydoTaitei ダゴンちゃんを吊り上げたとか、そりゃ大物を釣り上げましたね(笑)ニャンゲンを漁る漁師にしてあげようってダゴンちゃんの必殺技にゃのかw

@FeydoTaitei ダゴンちゃんがヨハネのご先祖様とは随分と面白い考察をされますね。その流れダイレクトに大当たりだったりするかも?しかしむさいオッサンが人魚姫のコスプレすんなwww

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年5月11日
@lakudagoya
だって川がこんな状況だったら
本当に人間だって釣れそうw pic.twitter.com/pCB5qfej3Z
マンダ教徒①
マンダ教徒②
マンダ教徒③

ねこた(ツイッター閉店中) ‏@lakudagoya 2015年5月11日
@FeydoTaitei いや、本当にそうですね。この人たち、洗礼者ヨハネのコスプレと言っても差し支えないです。ただ、白装束や教典などを見ると、アーリア系の影響力が強そうです。しかしなんで、イスラームやユダ公に比べたら、耶蘇教まわりはアーリア臭いんですか?


(上記の画像が「マンダ教」で検索して見つからない場合は、「Mandaeism」で検索してください。
英語で検索することは大事。
ウィキは日本語版と英語版を比較するのが大事。
日本語版のウィキのイルミナティの項目には、ババリアのイルミナティのシンボルがフクロウ(梟)だとすら書いていません。だから、△一つ目がババリアのイルミナティのシンボルだというデマを流す寸止め陰謀論者がやりたい放題。
イルミナティ陰謀論の発明者であるバリュエル神父も彼の著作も日本語版ウィキに記事なし。

マイナス検索を利用して、陰謀論初心者はユダヤがつくものを全て避けましょう。ユダヤ陰謀論はキリスト教の伝統。

――

ミトラ (司教冠)=ダゴンの頭
ミトラ (司教冠)=ダゴンの頭

パクり=盗作・剽窃=元ネタを言わず自分がオリジナルだと主張すること、
と定義しております。
元ネタ(引用元)を示せ!を昔の人に求めるのもどうかと思いますね。でもさすがにキリスト教みたいに元ネタを殺しまくったらもう駄目ですね。

ヨルダン川でイエスに洗礼を授けた
前駆授洗イオアン(洗礼者ヨハネ)の元ネタが知りたいなあ。

――

「丸に十字」はヤツらの大好きなシンボルだ。
例えばグノーシス主義のシンボルでもある。→wiki
或いは以前も紹介したKKK。
マルタ騎士団
ナチスのハーケンクロイツ。
十字の部分がマンジになっているが回転するものだからこれでいい。
ナチスの母体のひとつ。トゥーレ協会→リンク
丸に十字を回すと言えば以前も紹介したまどマギOP
田布施システムにもつながる島津家の家紋。
NATOのロゴも丸に十字→公式HP
「弥勒の神の標章は○に十字の神定め」と称する大本教。(霊界物語)
今現在、公式HPのトップには丸に十字は無くなっている。
以前は堂々と掲げていた。→参考リンク


統一教会の旧ロゴ。(2015年8月に団体名を改称しロゴも変えた)
生長の家。
世界連邦運動協会も堂々と丸に十字を掲げる。
しかも「偽りのキリスト」のテーマカラーでもある緑→リンク。
BOJ=日銀。 挙げていけばキリがない。”
宇多田ぴカルとかいう、こうさくいん
の話3
http://codetripleseven.blogspot.jp/2015/12/3.html
※画像は引用元にて直接ご覧ください。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年11月27日
丸に十字
=太陽十字、グノーシス主義、島津藩、大本教系(和風キリスト教)、ファシズム、白人至上主義、国際汎ヨーロッパ連合の象徴。
太陽十字の意味は囮で、本体はキリスト教とグノーシス主義(選ばれた私=神)。
”弥勒の神の標章は○に十字の神定め” (大本教霊界物語)
✝=ユダヤは悪。


knznymmmy ‏@knznymmmy 2014年12月16日
田ってさ、「◯に十字」の変形でもあるわけさ
んで、◯に十字と言えば
島津の家紋でもあるし
(薩摩にも田布施ってあるらしいね❤︎)
グノーシスのシンボルでもあるし
お下劣国旗もこれの系列だと思われる

また田はにゅいんどーずのロゴにも近いし
マックOS Xはモロに◯に十字


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年12月16日
@knznymmmy ○に十字=太陽十字・グノーシス主義・キリスト教
ナチス、KKK(白人至上主義)
国際汎ヨーロッパ連合
(2代目国際会長がハプスブルク家)

#大本教(と分派の一部)
島津藩らが使用。
「男」は奴らにとっては、「丸に✝」の下に「力=パワー」だから好きそう。

――
おそらく日本語のブログでは初公開の、日本語の本にも載っていないであろう情報を含む、マンダ教の情報をご紹介。
訳さないほうがよさそうなマンダ教用語は英語のままにしております。

The First Baptists, The Last Gnostics: The Mandaeans
https://www.youtube.com/watch?v=gvv6I02MNlc&index=2&list=FL-XlajTfmtO4-hK2rmyEG7A
によると、マンダ教のシンボルは
・Water is thought to descend from the lightworld above
・Myrtle branch symbolizes life and fertility, as does water”

つまり、水は天上の光の世界から下ってきたから神聖であり、
ギンバイカ(の枝)は水と同様に命と豊穣のシンボルだから神聖
だと、マンダ教では考えているってことです。

・Banner draped on cross-beam
・Sunday as sacred day“
・旗じるしを十字型の棒にまとわせる(人に見える)
・日曜日が聖なる日

“The Story of John Baptizing Jesus
・John refuses, not because he views Jesus as superior, but because he distrusts him
・The “Holy Spirit” is present, but not as a positive figure
・Jesus asks to become John’s disciples—offers to mention him in his writings!
・A voice comes from heaven instructing John to Baptist”the deceiver”.

『イエスを洗礼する洗礼者ヨハネの物語』(マンダ教の伝承)
・洗礼者ヨハネがイエスを洗礼するのを拒絶したのは、イエスがヨハネよりも優れているとみなしたからではなく、ヨハネがイエスを信用していなかったから。
・”聖霊”は良いものではないものとして描写されている。
・イエスは、洗礼者ヨハネの弟子になりたいと要求する。イエスはイエスの本でヨハネについて言及することを申しでる。
・天から声がやってきて、ヨハネに”詐欺師”を洗礼せよと命じる。


(Baptist”the deceiver”はbaptise”the deceiver”の間違いだとみなして翻訳)
※drape……〈服や布などを〉〔…に〕ゆるやかにかける、優美にまとう[まとわせる]

ギンバイカ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%B3%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AB
”ギンバイカ(銀梅花、銀盃花、学名:Myrtus communis)は、フトモモ科の単型の属ギンバイカ属の常緑低木。地中海沿岸原産。英語でマートル(Myrtle)。ドイツ語ではミルテ(Myrte)。属名からミルトス(Myrtus)とも呼ぶ。花が結婚式などの飾りによく使われるので「祝いの木」ともいう。

別名:ギンコウバイ、ギンコウボク、イワイノキ。
特徴

夏に白い5弁の花をつけ、雄蕊が多く目立つ。果実は液果で、晩秋に黒紫色に熟し食べられる。

葉は揉むとユーカリに似た強い芳香を放つことから、「マートル」という名でハーブとしても流通している事もある。

主に流通している品種は、葉に白い覆輪がある斑入り品種のバリエガタ、枝葉の細かいヒメギンバイカ(姫銀梅花)など。
利用

サルデーニャとコルシカ島では、果実や葉を用いてミルト(Mirto)というリキュールを作る。
文化

古代ギリシアでは豊穣の女神デーメーテールと愛と美と性の女神アプロディーテーに捧げる花とされた。古代ローマでは愛と美の女神ウェヌスに捧げる花とされ、結婚式に用いられる他、ウェヌスを祀るウェネラリア祭では女性たちがギンバイカの花冠を頭に被って公共浴場で入浴した。その後も結婚式などの祝い事に使われ、愛や不死、純潔を象徴するともされて花嫁のブーケに使われる。

ユダヤ教ではハダス(ヘブライ語:הדס)と呼び、「仮庵の祭り」で新年初めての降雨を祈願する儀式に用いる四種の植物の1つとされる。ユダヤ教の神秘学カバラでは男性原理を表すとされ、新床に入る花婿にギンバイカの枝を与えることがあった。生命の樹の第六のセフィラであるティファレトや、エデンの園とその香りの象徴
ともされる。

――

Mandaean Information
http://www.mandaeanca.com/information.html
によると、

・マンダ教徒には金細工師が多い。
・マンダ教徒は自分たちがアダムの直接の子孫だと考えている。
・7月24日(アダムの誕生日)に新年を祝う。
・穀物、果物、野菜、魚を食べる。頻度は低いものの家禽(鳥肉。poultry)も食べるが、レッドミートはめったに食べない。

※レッドミート=牛肉や羊肉など赤色の濃い肉。
ホワイトミート=鶏肉、子牛肉、豚肉、家兎肉など赤色のあまり濃くない肉。

・男女平等。女性も最高位の聖職者になれる。女性も男性と同等の相続権を持つ。

・祈りは一日三回、日の出の朝、午後一時、日没前の夕方に行う。
マンダ教徒いわく、祈りはCelestial Northに面して行われる。
Celestial Northにある、ある一点に世界と天の始まりがあると信じている。
マンダ教では夜の祈りはない。が、二つ例外がある。寝る前と夜明け前に(祈りの文を)読む。

・星々、月、太陽は決して崇拝されない。

・Panjehの期間、洗礼をおこなう。洗礼しているとき、マンダ旗 (Darafs) が掲げられる。
夜に洗礼することは禁じられているが、Panjehの期間は昼と夜は同等に良いとされる。


Mandaic alphabet
https://en.wikipedia.org/wiki/Mandaic_alphabetによると、
マンダ文字は母音を略さずに表記する。
(ヘブライ文字は子音表記しかない〔日ユ同祖論がデマである根拠の一つ〕)


マンダ文字表 Mandaic alphabe
http://www.wikiwand.com/en/Mandaic_alphabet
Mystery([しばしば複数形で] (宗教上の)奥義)
の個所に文字の(隠された)意味が書いてあります。
Highest
Father
Gabriel
Way
Life
Alas([悲嘆・憂慮など] ああ! 悲しいかな!)
Radiance(輝き)
God’s Eye
Good
Day
Truth
Tongue
Mind
Light
Mother
Eye
Tree
Sound
Cry
Sun
Penitence(懺悔)

「目」が二つありますね。
英語版ウィキの一番下にある外部リンクからマンダ教の聖典の翻訳が読めます。

――
青木健『古代オリエントの宗教』講談社 2012年

――

・東方の福音=エヴァンゲリオン
紀元後2~3世紀の古代末期と呼ばれる時代は、地中海世界のローマ帝国(4世紀以降は東ローマ=ビザンティン帝国)
とオリエント世界のサーサーン王朝ペルシア帝国(7世紀以降はイスラーム共同体)という二つの超大国によって特徴づけられる(シルクロードの途絶)。

二世紀のローマで成立したマルキオーン主義は旧約と新約のミスマッチを指摘し、旧約聖書全てと新約聖書の大半を切り捨てて、ルカ書とパウロ書簡のみを採用し、これこそイエスの真意であり正しいキリスト教だと論じた。
これを嚆矢として新約聖書の結集が始まり、エジプトやシリアでは同様の発想に立ったグノーシス主義と呼ばれる諸派が乱立
していく。
同じ頃に旧約聖書も新約聖書も否定し(部分的には新約の洗礼者ヨハネを尊重する)、独自のマンダ教聖典を作ったマンダ教がヨルダンで成立した。

・マンダ教の成立(1~2世紀)。
1世紀、ヨルダン川流域で成立

2~3世紀、イラン高原西部へ

3~現代、メソポタミア(西アジアのティグリス・ユーフラテス両河川流域=ほぼイラクの中心部。アルメニア高原からペルシア湾にわたる地域)南部に定住し、現在に至る。

マンダ教の歴史に関する史料は、彼ら自身による東アラム語文献しかない。外部資料にはまったく記載がないので当時よほどマージナルな集団だったのだろう。内部資料によるとマンダ教集団の祖先は他のユダヤ教徒と同様にパレスティナのヨルダン川流域に住んでいた。ほどなく内陸シリアのハッラーン(現在のトルコ東南部)へと移住した。
恐らく、ユダヤ教徒なのに旧約聖書を否定したので周囲のユダヤ教徒との軋轢の故に移住せざるをえなくなったのだろう。
だが何らかの理由で内陸シリアのハッラーン(現在のトルコ南西部)にも安住できず、更に東方のメディア山中(現在のイラン高原西部)に逃れ、パルティア王国(紀元前247~紀元後224年)のアルダバーン王の保護を求めた。インド・イラン系の宗教伝統の中にあるパルティア王国でなら旧約聖書を否定しても自由だったはずである。
ただ、パルティア王国にはアルダバーンという王が四人は存在しており、どのアルダバーンに庇護されたのかはわからない。
東アラム語で「叡智」を意味する「マンダーの教え人(マンダーイェー)」と名乗るようになった(発音的にはマンダーが正しい)
マンダー教によれば人類始祖はアダムであるが、アダムを創造したのは下位の造物主と闇の主であったので、人類は総体として呪われた存在として誕生した。
マンダー教徒の価値観は、モーセよりもファラオ(人類の叡智の代表)こそが正しいとするもので、出エジプトに際してユダヤ教徒をとりにがしたことが痛恨の極みだとする。
また、自分達の近い先祖を保護したアルダバーン王がファラオと同列の地上的存在
とされている。
マンダ教の最初の指導者は実在の人物ザザイ・ド・ガワズタであったとされる。旧約の神(マンダ教では造物主)を整備し、恐らくはマンダ教文字を発明してそれを書きとらせたものと考えられている。彼が開発されたと思われるマンダ教文字にはエリュマイス王国の碑文やカラケネのコインの文字との共通点が多いので、それらと同じ1~2世紀頃に活躍したものと推測されている。

マンダ教は全ての聖書ストーリーと敵対(3~7世紀)
モーセは詐欺師。
ユダヤ教の神アドナーイ(マンダ教ではアドナーイと呼ぶ)は闇の主。
アドナーイの息子とされるイエスも悪。
光の神はそれらを超えたところにある未知の存在。


マーニー教もメソポタミアを中心に活動し、旧約を否定する。が、マニ教は新約とイエスを全面肯定し、真のキリスト教を自称している(マニ教という呼称自体が他の宗教からの呼び名であり、マニ教徒は自分をマニ教徒と名乗らない)

・洗礼者ヨハネの徒、自称サービア教徒へ(7世紀~)
3世紀にマンダ教徒を保護したパルティア王国が滅びるが、7世紀まではメソポタミア南部はゾロアスター教を国教とするササン朝ペルシャ帝国の版図に含まれていたから聖書を否定するのも自由であった。
が、7世紀にこの一帯がイスラーム教徒の支配下に入ると風向きは大きく変わる。
聖書ストーリーの預言者を非難したら命取りであるから、マンダ教ではムハンマドを「ビズバット」の隠語で呪いつつ、聖書物語の預言者を崇めていると偽装する必要に迫られた。
こうして、マンダ教徒は、アルダバーン王の子孫と称するアヌシュ・バル・ダンカという人物がイスラーム教徒たちと交渉し、マンダ教徒は新約の洗礼者ヨハネの教えを奉じているとの体裁を整えた。
マンダ教徒はもともとヨルダン川流域にいたユダヤ教徒であるから、同じヨルダン川でイエスに洗礼を施したユダヤ教徒であるヨハネを祖と仰ぐのは理にかなっていた。もちろん、現在のマンダ教教義の分析からは、洗礼者ヨハネを教祖と仰ぐ伝統は後に付け加えられたものであり、マンダ教では不可欠の要素ではないと結論されている。
マンダー教徒たちは洗礼者ヨハネのほかに、もう一つ予防措置を講じた。
クルアーンに登場する聖典の民にはユダヤ教徒やキリスト教徒以外にサービア教徒があり、マンダ教もサービア教徒を自称した。
アラビア語の語根から考えるとサービア教徒は何らかの洗礼主義者を指していると思われるが具体的に何なのか不明である。
具体性がないゆえにサービア教徒の名を借りて存続を図る異教徒は後を絶たず、マンダー教も洗礼者ヨハネの教え人=サービア教徒として辛くも生き延びた。

マンダ教の根底にはグノーシス主義的な神話がある。
光の世界の中心は、偉大なる生命(ハイイェー・ルベー)で、それを囲繞して無数の「豊穣さ(ウトレー)」たちが祈禱を行なっている。
マンダ教の神聖地図にしたがえばこの光たちのあいだを天界のヨルダン川が流れて、そのまま地上のヨルダン川に繋がっているとされる。マンダ教徒が日常的に行う洗礼儀式において、特にヨルダン川での沐浴が重視
される根拠である。

天界では偉大なる生命から順に、
ヨーシャミーン
→アバトゥル
→プタヒル(エジプト神話の職人の神)
という三段階の流出がはじまる。
闇の世界の中心は闇の主アドナーイで、女悪魔ルーハー、七惑星、黄道十二宮、および無数の怪物たちが属していたとされうが、光の世界と比べてあまり秩序だった構成はないようである。
あるとき、光の世界の最下位のプタヒルが自分が造物主だと錯覚し、しかも闇の世界に属するルーハーと七惑星、黄道十二宮の助けを借りて、この世界(ティビル)を創造した。
プタヒルは悪なる物質から最初の人間アダムを創造したが動かない。
そこで光の世界に由来する、内なるアダム=霊魂(アダカス)を動力源として入れると、アダムは悪なる物質と
光の善なる霊魂の二重性を帯びた存在として一気に目覚めた。
人間は自動的に呪われた存在として生まれた。
プタヒルは光の世界の最高存在である偉大なる生命から咎められ、光の世界に帰還できなくなってしまう。
マンダ教では、プタヒル=闇の主を最高神だと勘違いして崇拝している聖書信者の過誤は糺されるべきだと考えられている。

以後の人類史は悪なる物質の中に囚われてしまった、内なるアダム=霊魂の救済に費やされる。
偉大なる生命は、生命の叡智(マンダー・ド・ハイイェー)の呼びかけを行う使者として、アベル、セト、エノシュ、洗礼者ヨハネなど(聖書物語の脇役たち)を送り込んだものの、
闇の主側も対抗して詐欺師モーセや偽救世主イエスなど(聖書物語の主役たち)を送りこんで容易に決着がつかなかった。
つまり、旧約と新約に記された主要なメッセージはことごとく闇の主アドナーイの教えであり、それに騙されたユダヤ・キリスト(恐らくマニ・イスラムも)教徒は自分の真の存在に覚醒しない迷える仔羊なのである。


“運よく「叡智(マンダー)」を得て覚醒したマンダ教徒にとっては、死は霊魂が物質から解放される最高の歓びである。“
(p,47)

怠らずにヨルダン川での洗礼に励み、自らの死に対して万全の準備を整えていた霊魂は、悪なる霊魂たちの妨害工作を乗り越えて第三天にいるアバトゥルのもとに到達する。
アバトゥルの審判に無事合格すると、個人の死後の霊魂は光の世界に行くことができる。
そして、個々人の終末を超えたところに「終末の日」が想定される。この日にはエノシュと「生命の叡智」がエルサレムに出現して、偽救世主イエスと対決する。
そしてイエスの言説の欺瞞性を暴露し、悪なる物質や惑星たちは地獄に堕ちて世界は浄化されるという。

しかし全ての終末論的宗教の悩みの種であるように終末は都合よく到来しない。
マンダ教いわく全ての川はヨルダン川=天界の生ける川から流出しているのでそれを自覚した者にとっては毎週日曜日に白装束で川に浸かって罪を洗い流し、光の世界と交信しないといけない。
本人たちはヨルダン川の流域に永住したかったのだろうが、今はティグリス・ユーフラテス河の下流域に住んでいる。ヨルダン川ではないが、「ヤルドナ川(マンダ語でヨルダン川の意)」と呼び続け、さかのぼれば天界に至る聖なる川として尊重している。
メソポタミア南部はイラン・イラク戦争、湾岸戦争、イラク戦争という三つの激しい戦争地帯であり、マンダ教徒たちはマンダ教寺院や洗礼施設を放棄して脱出せざるをえなくなった。隣国イランに逃れてフーゼスターン州のカールーン川流域で新たなマンダ教コミュニティを形成したり、イラク国内のバグダードやバスラなどの大都市に移住したり、ヨーロッパやオーストラリアへ逃れたりしている。
イランのフーゼスターン州には2007年のアメリカ政府の試算では5000~1万人のマンダ教徒が居住しているとされ州都アフヴァーズにマンダ教センターが設置されて、マンダ教文化とマンダ語の保存に当たっている。


偉大なる生命(ハイイェー・ルベー)=最高天
=天界のヨルダン川が流れており地上のヨルダン川に通じている

ヨーシャミーン=第二天

アバトゥル=第三天

プタヒル
(=勘違いした造物主
=旧約のヤハウェ
=闇の主アドナーイ)


↓  アベル、セト、エノシュ、洗礼者ヨハネなど
↓  が「真の呼びかけ」を行う。
↓   ↓
悪なる物質からアダムを創造+光の霊魂で起動
(人類は光と闇の混合体として誕生)

↑   ↑
↑  モーセ、イエスなどが「欺瞞の呼びかけ」
↑  を行う

闇の主アドナーイ(YHWH)、
女悪魔ルーハー、七惑星、黄道十二宮、
無数の怪物など


(“運よく「叡智(マンダー)」を得て覚醒したマンダ教徒にとっては、死は霊魂が物質から解放される最高の歓びである。“(p,47)
が一番の危険思想だって!
死=善。
殺人=相手を救う善=戦争は善

って論理に使われちゃうからね。

毎週日曜日に沐浴。日曜日なのはミトラ教あるいはミトラ信仰由来でしょうね。

一者=偉大なる生命からの流出説。新プラトン主義。
惑星も十二宮も悪。
プタヒルはエジプト神話の職人の神から借用というか元ネタがプタハ。
プタハは言葉と思考で世界を創造したエジプトの創造神であり、キリスト教の「ゴッドはロゴス=言葉」の元ネタ


プタハ
“プタハ【Ptah】
古代エジプトの神。メンフィスの三柱神(プタハ,セクメト,ネフェルテム)の主神で,セクメトの夫。ミイラのような衣服を固く身体に巻き付けた男の姿で表される。メンフィス神学によると天地創造神であり,彼の心臓(思考)と舌(言葉)とによって,世界が形成されたとされる。神々とその秩序,善悪,芸術などの創造も彼に帰せられ,また,王制の守護神,セド祭の統轄者でもある。工芸の神として職人の信仰を集め,ギリシア人にはヘファイストスと同一視された。
” https://kotobank.jp/word/%E3%83%97%E3%82%BF%E3%83%8F-618819

生命の叡智(マンダー・ド・ハイイェー)=善側が
アベル(肉を捧げた、牧畜民代表)、
セト
(セツ。アダムの130歳の時の子とされる人物。カインとアベルの弟。カインがアベルを殺した後に生まれたので、アダムとイブはセトの事を「神(YHWH)がアベルの代わりにくださった子だ」と解釈。創世記4章25節)、
エノシュ、
洗礼者ヨハネ。

本当にユダヤ教徒だったの?
周囲の宗教に迫害されただけでは?
ユダヤ教徒集団の末裔がマンダ教徒なら、祖先を迫害したファラオを称えていることになります。しかもアルダバーン王が同列)


・マーニー教は、マンダ教徒が最終的に定住したメソポタミア南部よりティグリス川を北へ300キロほどさかのぼったメソポタミア中部において、マンダ教に百年ほど遅れた三世紀前半に誕生した聖書系宗教である。
三世紀の段階では聖書ストーリーが伝播した東限がメソポタミア。

マーニー・ハイイェー(216~277年)はイラン系のパルティア王家の血統をひく(とされる)ものの、幼少期から、ユダヤ・キリスト教系の洗礼教団に属した。
出身母体がユダヤ教の聖法とイエスの救世主性を同時に承認するタイプのエルカサイ教団である。
マニはササン朝ペルシアの首都クテスィフォンで「真のキリスト教」として開教する。
マニ教とは他の宗教による蔑称である。
マニにとってのパウロは、アダム、セト、エノシュ、シェム、エノクに等しい真理の啓示者であった。パウロ以外は天使的存在を介して真理を受取った。対してパウロはイエス本人から直接真理を啓示
された。
 
マニは、重層的なイエス論を構築し、「~のイエス」は六つを下らない。マニ教には一般にグノーシス主義的と言われる神話構造があり、別々の役割を担っている神話の登場人物にイエスの名を次々に当てはめていく。
遍在して何役もこなし、それぞれの役柄の整合性があまりとれていない
点においてマニ教でのイエスはヒンドゥー教のシヴァに近い印象がある。
マーニー教はマンダ教と同じく旧約を否定するのでアダムの原罪はありえない
マニ教神話では世界の原初はエデンの園の楽園追放ではなく、光の父から派遣された原人が闇の種族との戦闘にやぶれて捕囚された敗北の瞬間からはじまる。
光の父は原人を救出するために、生ける精神を派遣し闇の種族と戦い、首尾よく宇宙を創造して闇全体の封印に成功する。しかし闇の種族はアダムとイブを反対創造し、その中に捕虜にした光の要素を逆封印した。こうして光の要素は人間の肉体に捕えられ、本来の故郷を見失ったまま増殖して、闇の種族とともに暗黒の中を彷徨うべく運命づけられている。
このようなグノーシス的神話構造を採る場合、忘却された天上界のドラマを地上に伝え、人間存在の真意を人類すべてに明かすグノーシス(認識、叡智)を齎す存在が不可欠。捕囚されたままの眠った旧人に対し、使徒からの啓示を受けて真の自己に気づいた人間だけが覚醒した新人に進化できるのである。
グノーシスをもたらす役割はマンダ教では聖書の脇役であるアベル、セト、エノシュ、洗礼者ヨハネなどであり、
マニ教では旧約のモーセを否認し、ザラスシュトラ、ブッダ、イエスなどが使徒
たちであるとされている。

歴史上パレスティナ以東の宗教が地中海世界に大規模に流入したケースは、
2~4世紀にローマ帝国で大きな勢力を保ったミトラ教と
4~5世紀に興隆したマニ教の二つのケースのみ
である。

マニが24歳のときにペルシア皇帝への献呈を前提として執筆したパフラヴィー語文献『シャーブフラガーン』の中では、マーニー教の最高神格「光の父」が時間の神ズルヴァーンに、
原人が善の神オフルマズドに、
闇の王が悪の神アフレマンに改称され、外見上はイラン系宗教に見えるように粉飾
されている。
こうも簡単に置換されてしまう事実は、マニ教では「構造」が重要であり、布教のためならイエス論ですら代替可能であるというマニ教理解に一定の根拠を与えている。

(マニ教が布教したいのは
①イエスの絶対性
②グノーシス主義の二つであり、
②グノーシス主義が最優先事項なのでしょう。
「グノーシス主義=二神論=実質的多神教」こそが真のキリスト教であり、
「悪魔を産んだくせに最善(笑)の唯一神」教は、真のキリスト教ではないと考えていたということです。

ねこた(ツイッター閉店中) ‏@lakudagoya 2015年5月3日
みんあさ、イルミちゃん調べたかったら、マニ教のグノーシスも調べてね。「マミさんは真のキリスト教に目覚めたようです」 で検索してみて。これ青木健の「マニ教」という本を買わなくてもいいくらい内容が充実してる。マニ教の恐ろしさは、既存の宗教に寄生して神話を換骨奪胎して乗っ取る作戦だから

ねこた(ツイッター閉店中) ‏@lakudagoya 2015年5月2日
「マミさんは真のキリスト教に目覚めたようです」が面白かった!マニ教の本買わなくても内容がわかるよ。http://oyoguyaruo.blog72.fc2.com/blog-entry-4797.html …

マミさんは真のキリスト教に目覚めたようです 第一話 メソポタミアで逢った、ような・・・
http://oyoguyaruo.blog72.fc2.com/blog-entry-4797.html)


・ゾロアスター教ズルヴァーン主義における宇宙の創世は、無限時間を意味する神格ズルバーンが息子を欲したことにはじまる。聖火に奉献物を捧げて一心不乱に祈るという拝火儀礼をおこなった。儀礼が必要なので全能の神ではないことがわかる。
ズルヴァーンはこんな儀礼をやっていて何になるのかと疑念を抱いてしまう。
その疑念のせいでズルヴァーンの胎内には悪魔としてアフレマンが宿り

他方、拝火儀礼本来の効果により正義の神オフルミズドも宿った。
悪神と善神は起源を同じ無限時間とする双子。
ズルヴァーンは両性具有
である。

反駁文献を作成したキリスト教徒たちは両性具有の神を理解できず、ズルヴァーンの妻という女神が別個に存在していると伝承してしまい混乱をきたしている。
性格が正反対の長男アフレマンと次男オフルマズドは、ズルヴァーンの胎内から出たあとでただちに闘争を始める。
ズルバーンはアフレマン(疑念=悪)を煽り、しかも最初はアフレマン(悪=疑念)を援護して、オフルマズド(正義=善)に攻撃を仕掛けさせるのである。
オフルマズドも負けてはおらず、しかもアフレマン援護に輪をかけて無責任なことに、
ズルヴァーンは今度はオフルマズドを支援して、
一万二千年間の有限時間と天圏を区切り、
その時空間の中での兄弟闘争を勧める。
そして悪神と善神の闘争を煽れるだけ煽った後、
無限時間のズルヴァーンはどこへともなく姿を消す。
なんとも無責任な最高神


対立する二者を作って、その二者を操って争わせるってズルヴァーン=時間は善悪二元論を武器とする戦争屋ですね。
人類最古の戦争屋かもしれない。

時間・救世主による救済・破壊は三位一体。
時を支配する者=絶対者。
絶対者が送り込むのが救世主。
救世主は救済という名の破壊=虐殺を行う。
死こそ救済。
だから信者「だけ」が救われる。
スピリチュアル系思想では「人は死なない(肉体なんてただの入れ物)」
ペルシャに源流を持つ終末思想=虐殺による間引き。
※ゾロアスター教では不義者も一時的に苦しむが結局は浄化されて救われます。
が、キリスト教では不義者は永遠の地獄行きにするなど改悪しまくり。

イエス「剣をもたらすために来た」というのは
死の商人「武器を売りに来た」と同じ意味です。
絶対者・終末・救済・大量虐殺の「思想」こそが諸悪の根源。
キリスト教とグノーシス主義は魔王。
勇者という人間を作り出して自作自演する「思想」。
人間なんて単なる実行部隊。
思想=ウイルスと考えるとわかりやすいかな。
魔王「私を倒しても第二第三の魔王が現われるだろう」
=思想「私がとり憑いた者を倒しても第二第三の私にとり憑かれた者が現れるだろう」
魔王を生み出す知の体系が存在する限り、魔王は何度でも復活します。
絶対的イデア思想を打倒するのに有効な思想として、
私は
原始仏教の無記と大乗仏教の「空」による抽象的で形而上学的な絶対者の否定を重視していおります。
イデアと言えばプラトンでありまさにキリスト教神学と新キリスト教神学の中核。
プラトンの著作、特に『国家』は支配層の教科書。

時間=ズルヴァーン=アイオーン=クロノス=クリシュナ。

両性具有=男にして女=完全性の象徴。女かつ男だから他者なし=一人で子孫を残せる。本当に完全ならそもそも子孫を残す必要すらないんじゃ……
あと正義=善は嘘です。正義=仮面。

一万二千年はスピ系が大好きな数字。
ゾロアスター教と、プラトンによるアトランティスの記述が元ネタ)



・ズルヴァーンは無機的な神格であり、図像化するのは難しかったようで、最高神ズルヴァーンの視覚的表現は二系統しか知られていない。
一つは、いわばペルシア帝国の正統図案と思われるもので、バイ・シャーブフルの街の近郊、タンゲ・チョウガーンの谷の壁面に四世紀に彫られた神格の一図像である。ただ、筆者が尋ねたアメリカの美術学者はこれをズルヴァーンだと断言するが、レリーフにそうだと記載されているわけではない。
もう一つはズルヴァーンという神格がミトラ教に導入されてローマ帝国で信者を獲得し、ギリシア系のクロノスと融合した、蛇を体に巻きつかせて獅子の頭部をもった男性立像である。怪異な風貌から悪魔像だと誤解されたこともあった。勿論、ローマ帝国へ流入したミトラ教信者が独自にズルヴァーンを造形したのであり、ペルシア帝国のゾロアスター教神官団が知らないのは言うまでもない。

ズルヴァーン主義の後に生まれた二元論的ゾロアスター教では、アフレマンとオフルマズドはメーノーグ(精神)界とゲーティーグ(物質)界の両方の世界でそれぞれの軍団を保持し、対等に渡りあっているとされる。アフレマンが虚偽という疑念を繰り出せば、オフルマズドは正義という概念で応戦し、
アフレマンが蠍や蛇を作り出せば、オフルマズドは犬やカワウソで反撃する。
これが、光の要素である精神と、闇の要素である物質という異次元に属するもの同士の闘争を説くマニ教との最大の相違点であると理解されてきた。
しかしズルヴァーン主義では、オフルマズドはメーノーグ界とゲーティーグ界の両方に軍団を備えているものの、アフレマンはメーノーグ的軍団を持たず、ゲーティーグ的軍団のみで戦う。
これでは優劣ははじめから明らかで、アフレマンはゲーティーグ的軍団を駆使してオフルマズドのゲーティーグ的軍団を物質的に汚染するのが精一杯
である。
やがてメーノーグ的軍団を持たないアフレマンは退却を余儀なくされ、地獄へと逼塞してしまう。

二元論的ゾロアスター教では「対等の」軍団を指揮するアフレマンとオフルマズドは延々と「光と闇の闘争」を繰返し、終末の日にいたるまでその決着はつかない。善悪の闘争こそが宇宙の本質である。しかし彼我の軍団の質にこれだけ差があるズルヴァーン主義では、退却したアフレマンはそのままオフルマズドのメーノーグ的集団によって捕囚されてしまい、大天使の監視下で幽閉されることになっている。最初期の段階で善神が悪神にかなりあっけなく勝利してしまうとするズルヴァーン主義は、宇宙の本質が善悪闘争にあるとする二元論的ゾロアスター教とは相当かけ離れた思想である。

二元論的拝火教では世界が続く限り善と悪の闘争が続いているので人間はどちらかの神を選んでその戦士として戦うべきとされる。

だが、ズルヴァーン主義(拝時教)では早々に善悪の闘争の決着がついているので、人間は闘争する必要がない。ズルヴァーン主義では、人間は「地水火風の四元素」と「霊魂・知性・芳香」の三点セットの結合から成り立っている。この二つの要素のうち、地水火風の方はいつかは滅びる有限の物質から構成されている。そこで、人間はこの悪の要素を多量に含んだ肉体をあえて死滅させることで、そこに含まれるアフレマンによる世界汚染も取り除き、オフルマズド的な善の世界の浄化に役立つとされる。いわば人間は肉体部分に悪の要素を含みつつも、死ぬことでそれを滅却し、アフレマンが世界創造のさいに撒き散らしてしまった害毒を除去するための浄化装置なのである。
人間の死=肉体が滅ぶことに意義があるとする暗さの点でマニ教の憂鬱さと濃厚な関係がありそうである。
霊魂・知性・芳香は世界の復活に際して全面的に救済される。
霊魂・知性・芳香の部分はフラワフル(光輪)と一体化し、生前の善悪に応じて、天国・煉獄・地獄のどれかに赴く。オフルマズドには悪の最終的滅却に貢献した人間を復活させる義務がある。人間は死によって宇宙の浄化に貢献するという意義が与えられている。
このようなズルヴァーン主義は最高神は善でも悪でもない無限時間であり、
善は既に悪に勝利し悪が撒き散らした汚染をなくすのが人間の役目だとする楽観的な教えであり、それが説かれたのは五世紀前半。
そして九世紀には二元論的拝火教という、善悪が対等で闘争を続けていて生きている人間に絶えざる緊張を強いる、楽観的ではないものになっている


ゾロアスター教思想の三段階の変化

①紀元前12世紀頃~
教祖ザラスシュトラ・スピターマが提唱したとされる教義
最高神アフラ・マズダー
が生んだ
善霊スプンタ・マンユと
悪霊アンラ・マンユの対立

224年にサーサーン王朝ペルシア成立。拝火教が国教に)

②5~8世紀=ズルヴァーン主義の時代
時間神ズルヴァーンが生んだ
善神オフルマズド(アフラ・マズダー)

悪神アフレマン(アンラ・マンユ)の対立

(651年にサーサーン朝滅亡。イスラムによる征服)

③9世紀~=二元論
善神オフルマズド(本来は最高神アフラ・マズダー)

悪神(本来は悪霊アンラ・マンユ)の対立。


・イスラム教シーア派のうちのイスマーイール派は、メソポタミアで地下活動を行なっていた時期に、グノーシス主義そっくりの教義を作り真のイスラームを名乗った。
イスマーイール派のイマームたちは政治活動にも乗り出して知識人に宣教した。
イラン・中央アジアにまで宣教員を派遣し、東方の知識人を惹きつけつつ、イスマイル派の解放区(ジャズィーラ)を設けている。
10世紀にはエジプト~チュニジアにファーティマ王朝(909~1171年)を樹立し、一時はイスラム世界の西半分を覆う程の権力
をふるっていた。

(【超簡単】「スンニ派」と「シーア派」の違い-イスラム教
http://world-news.beauty-box.tokyo/entry/2015/11/25/193000
”西暦632年 ムハンマド死去

初代正統カリフ
アブー・バクルの時代

スンニ 派
「やべぇよ!ムハンマド様、後継者決めずに死んじゃったよ!」


「イスラム教徒の混乱必至!」

アブー・ バクル(スンニ 派)
「心配には及ばん!ムハンマド様亡き後、彼の長年の側近にして義父でもあるこの私が、正統カリフ(最高権威者)として、イスラム共同体を束ねていくぞ。」

スンニ 派
「頼んだぞ!アブーバクル!」

※スンニ派の名称は「ムハンマドの慣行・慣習(スンナ)、つまり生前の行動や行いに従う人々」の意から。

シーア 派
「勝手は許さんぞアブーバクル!時期カリフは世襲制だ!」

「ムハンマド様の息子は皆死んでしまったが、自身もムハンマド様の従弟にして、後に養子、更にムハンマド様の娘ファーティマの夫でもあるアリー・イブン・アビー・ターリブ(以下「アリー」)こそ、最も血の濃い男性血縁者であり、次期カリフにふさわしい!」

※シーア派のシーアとは、アラビア語で「党派」の意味。

つまり「(アリーの)党派」ということ。

スンニ 派
「やかましー!!!」
(…)
西暦632年アブー・バクル即位

アブー・ バクル
「私の病魔はもうすぐ私の命を飲み込むだろう。後は頼んだぞ・・・」

西暦634年 アブー・バクル病気により死去

2代目正統カリフ
ウマン・イブン・バッタールの 時代

ウマル・ イブン・ バッタール(スンニ派)
「アブー・バクル亡き後は、ムハンマドの4番目の妻の父である私が、2代目正統カリフだ。」

スンニ派
「頼んだぞ!ウマル!」


シーア 派
「勝手は許さんぞウマル!今度こそ次期カリフは世襲制だ!」
「血の繋がりのないお前など出る幕ではない!アリーこそ、最も血の濃い男性血縁者であり、時期カリフにふさわしい
!」

スンニ 派
「やかましー!!!」
(…)
西暦634年 ウマル・イブン・バッタール即位

ウマル・ イブン・ バッタール
「待て!殺すでない!話せばわかる!!!」
「ぐわー!!!(断末魔の叫び)」

西暦644年 ウマルが個人的に恨みを買った奴隷により暗殺される

3代目正統カリフ
ウスマーン・イブン・アッファーンの時代

ウスマーン・ イブン・ アッファーン(スンニ 派)

「よし、これからはムハンマド様と妻ハディージャに次いで、世界で3番目にイスラム教に入信し、ムハンマド様の娘を2人も嫁に貰った私が3代目正統カリフだ。」

スンニ 派
「頼んだぞ!ウスマーン!」

シーア 派
「勝手は許さんぞウスマーン!今度という今度こそ次期カリフは世襲制だ!」
「同じ娘婿と言えどもアリーこそ、最も血の濃い男性血縁者であり、次期カリフにふさわしい!」

スンニ 派
「やかましー!!!」
(…)
西暦644年ウスマーン・イブン・アッファーン即位

ウスマーン・ イブン・ アッファーン

「ブルータス!お前もか・・・」
「ぐわー!!!(断末魔の叫び)」

西暦656年 ウスマーン・イブン・アッファーン下級兵士の反乱により殺害される


4代目正統カリフ
アリー・イブン・アビー・ターリブの時代

アリー・ イブン・ アビー・ ターリブ(シーア 派)
「待たせたな!ムハンマドの従弟にして、後に養子、ムハンマドの娘ファーティマの夫であり、最も血の濃い男性血縁者である私が正統カリフだ。」


シーア 派
「よっ!真打!待ってました!」
「ちょいとばかし不埒者がのさばっていたが、あんな連中は断じて正統カリフとは認めん!アリー様こそ真の正統カリフであり、シーア派における初代イマーム(指導者)だ!

スンニ 派
「まぁ、ええんちゃう?そんじゃあ、アリーが4代目正統カリフってことで。」

西暦656年 アリー・イブン・アビー・ターリブ即位

アリー・ イブン・ アビー・ ターリブ
「おいおい、こんだけ待たしといて、そりゃ無いぜー!!!」
「ぐわー!!!(断末魔の叫び)」

西暦661年 アリーがモスクで祈祷中に暗殺される

正統カリフ以降

シーア 派
「次はアリーの子供達がカリフ候補ですな!」


スンニ 派
「いや、もう正直ムハンマド様の直系とかどうでもいいんちゃう?

シーア 派
「何だとぉ!?どうでも良いとは、どういうことやねん!?」

スンニ 派
「いやだって、もうムハンマド様の作られたイスラムの精神はイスラム共同体である我々みんなに引き継がれたわけやし。」
「これからはムハンマド様の慣例(スンナ)を大切に、代表はみんなで決めていこうや。な?」

シーア 派
「何ぬかしとんねん!勿論スンナも重要やぞ。重要やけど、それは二の次や!」
「一番重要なのはイスラムの精神は、ムハンマド様の直系にのみ引き継がれていくっていう、そこやろが
!?」

スンニ派
「まあまあ、そうカッカせずにさ。取り敢えず次期カリフは今一番力持ってるムァウィーヤってことで、ひとつヨロピク。彼を怒らせたら洒落にならへんぞ?」

シーア 派
「認めん!絶対に認めんぞー!何と言われようと次期カリフは、アリーの子供達だけじゃからのー!」」

スンニ 派
「じゃかーしー!大多数の人間がそれで良いって言っとるんじゃい!嫌なら勝手にしやがれ!この石頭!」

スンニ 派・シーア 派
「フンッ!」

※便宜上すべてをスンニ派とシーア派で色分けしているが、もちろん早い段階から明確にそれぞれの派閥・組織が存在していた訳ではない。
(…)
◆スンニ 派
ムハンマド以降の4人を正統なカリフ(最高権力者)と認める。
ムハンマドからみんなで受け継いだ精神と慣例・慣行を大切に、4代カリフ以降は話し合いで王を決めていくべきだと考える。

◆シーア 派
元々はアリーの支持者層
ムハンマドとアリー、そしてアリー亡き後はその子孫しか正統なカリフとは認めない。



日本人の中には、例えば真言宗と浄土真宗のように、宗教そのモノの解釈の違いからくる宗派対立だと思っている人も多い。

しかしあくまでも根本的な原因は跡目争いであり、そこから派生した政治的な対立
だということだ。

極論を言ってしまいえば、ムハンマドという絶対君主亡き後、その時最も相応しい代表を選ぶ民主主義的な立場からイスラム国家を運営しよういうスンニ派と、世襲制による独裁国家的な立場からイスラム国を運営しようとするシーア派と言えば分かりやすいのではないか?

もっともムァウィーヤがカリフになったのは、民主主義の力というより、圧倒的な武力によってだが・・・)

よってイスラム教そのモノの解釈とか、信仰という根本的な部分にはさほど違いはない。

勿論細かな相違点は多々ある。


ネットを見ているとそうした相違点をあげつらい、教義の観点から「スンニ派とシーア派は明確に違う」と主張する人間もいる。

だが、何度も言う様に元々の原因が跡目争いなのだから、大して違いが出てくるはずがない。

念の為、代表的な相違点をまとめておく。


◆代表的な相違点
スンニ派はシーア派に比べで戒律を重視する。
シーア派はスンニ派に比べて、戒律よりも信仰の内面を重視する。
シーア派は偶像崇拝をスンニ派程には禁忌としていない。

イスマーイール派 イスマーイールは Ismā`īlīyah
“イスラム教シーア派の一分派。七イマーム派ともいう。シーア派はアリーの子孫をイマーム (教主) として立てていたが,7代目のイマームを6代目の息子ムーサーとすることを主張する者と,ムーサーの兄イスマーイールの子ムハンマドを主張する者とに分れ,前者は十二イマーム派としてシーア派の本流をなし,後者は七イマーム派すなわちイスマーイール派と呼ばれるにいたった。
(…)イスラム教シーア派の一分派。七(しち)イマーム派ともよばれる。シーア派の第6代(イスマーイー ル派では第5代)イマーム(指導者)、ジャアファル・サーディク(699/702―765)の没後、十二イマーム派が次子ムーサー・カージムを第7代とし たのに対し、この派は、イマーム位は先に没した長子イスマーイールに伝わっていて、その息子ムハンマドが第7代目で最後のイマームであると主張した。そし て、ムハンマドは死んだのではなく将来、救世主(マフディー)としてこの世に再臨すると信じる。彼らは9世紀後半以降、秘密結社的な革命的宣教活動を活発 に展開した。この運動の指導者、ウバイド・アッラー‘Ubayd All hは自分こそがそのイマームであると宣言し、10世紀初めに北アフリカにファーティマ朝を創設し、スンニー派イスラムに教義的、政治的に挑戦した。教義は時代とともに改変されたが、聖典解釈における秘教的比喩(ひゆ)的解釈の重視、神と人との仲保者であるイマームへの絶対的服従を特徴とする。一支派のニザール派は十字軍に暗殺者教団(アサシン派)として恐れられた。現在、信者は少数ながらシリア、インドなどにいる。
https://kotobank.jp/word/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%AB%E6%B4%BE-30850#E6.97.A5.E6.9C.AC.E5.A4.A7.E7.99.BE.E7.A7.91.E5.85.A8.E6.9B.B8.28.E3.83.8B.E3.83.83.E3.83.9D.E3.83.8B.E3.82.AB.29


2~3世紀のグノーシス主義と
9~10世紀の初期イスマーイール派の思想構造が強い親和性を持っている。
が、史料は乏しい。
2~3世紀にマンダ教とマニ教の足跡が途絶えて以降、メソポタミアにおけるグノーシス諸派の歴史は杳として知れない。マンダ教は現代も存続しているし、マニ教は10世紀まではメソポタミアで確認されるのだから、他にもグノーシスの残党が残っていたのだろうと推測されるだけである。
4~7世紀のメソポタミアはペルシア帝国の首都圏を形成していたにもかかわらず史料がほとんど残っていないために研究上の空白地帯と化している。
また、イスマーイール派自体も政治的な地下活動として始まったので、類まれな成功をおさめた10世紀以降ならともなく、初期の活動に関する史料はほとんどない


イスマーイール派では、聖書の中に登場する預言者たちはそれぞれ聖法をもたらしたが、彼らの周囲には聖法の表面的な意味(ザーヒル)だけでなく、内的な秘義(バーティン)を明らかにするための「黙示者」が寄り添っていた。アダムには次子アベル、ノアには長子セム、アブラハムには庶長子イシュマエル(イスマーイール)、モーセには兄アーロン、イエスにはペテロ(彼だけまったく血縁関係がない)、そして預言者ムハンマドには従弟で娘婿のアリー・イブン・アビー・ターリブ(シーア派はこのアリーの血筋でないと指導者=イマームになれない。血統主義の世襲制)という黙示者がいた。
シーア派の支持基盤がメソポタミア。
聖書ストーリーの新解釈がどう見ても2~3世紀にメソポタミアで栄えたグノーシス主義に酷似した色調を帯びている。
初期の逸脱的なシーア派運動を、イスラーム思想研究上は「過激シーア派(グラート)」と称している。近現代のイスラーム原理主義とは趣を異にするので注意。
グノーシス主義と過激シーア派の結合が文献上で明確になってくるのが、およそ8世紀前半、第五と六代イマームのころである。当時の過激シーア派の内部資料は二冊しか残っていない。それ以外は、12イマーム派のウラマーたちによる分派学の書物しかなく、どこまで信頼してよいかわからない外部資料である。
内部資料の第一は、五代目イマームであるムハンマド・バーキルの側近アブー・アル・ハッターブが、主人から明かされた秘伝として記した『ウンム・アル・キターブ(書物の太源)』である。同書によると、第五代目正統イマームは、天上界の「影たち」が創造主の神性を認めない罪の故に転落を重ね、それによって天圏と地上界を形成し、ついに人間の肉体の中に捕囚されるというイスラームの秘義を明かしている。同書の神話構造は、光と闇の二元論が前提のマニ教タイプではなく、「偉大なる生命」に由来するプタヒルが自らを造物主と勘違いして「転落」したとするマンダ教タイプのグノーシス主義に酷似している。
同書はアラビア語で書かれているが、アラビア語原本は発見されていない。が、イスマーイール派共同体にて同書のペルシア語訳が発見されている。

資料の第二は、第六代目イマームであるジャァファル・サーディクに仮託して、ムハンマド・イブン・スィナーン(835年没)が執筆したアラビア語文献『キターブ・アル・アズィッラ(影の書)』である。こちらは『ウンム・アル・キターブ(書物の太源)』ほど有名ではないが、内容的にはほぼ同一の神話構造を伝えている。
『キターブ・アル・アズィッラ(影の書)』は後にシリアのヌサイリー派(アラウィー派。後年イスマーイール派から分派したとされるシーア派の一派)の宇宙論の基礎として活用された。

・ファーティマ王朝の樹立へ
『純粋同胞団』の著者が、一説には第八代イマームのアブドゥッラー・アクバルの息子アフマドだとされるが、確証はない。本書は新プラトン主義に大きく傾いた思想なので、イスマーイール派文献なのは間違いなく、ファーティマ朝成立の10世紀後半の著作とみなすのが通説

アブドゥッラー・マフディーにいたって、宣教員の一人がアルジェリアのベルベル族の一派クターマ族への布教に成功する。150年間もメソポタミアで地下活動していたが、イスラーム世界の辺境であるアルジェリアの部族で成功した。
アッバース王朝の支配に対抗するイスマーイール派の解放区がアルジェリアに成立したため、アブドゥッラー・マフディーもサラミーヤの隠れ家からカイラワーン(現在のチュニジア中部の街)に移動し、ここで
909年1月5日の金曜日、35歳で預言者の家系の第11代正統イマーム兼ファーティマ王朝初代カリフとして、アッバース王朝の「偽」カリフに対抗した。
ファーティマ朝は969年に肥沃なエジプト攻略に成功し新都カイロを建設し、首都とする。

イスマーイール派は、聖書ストーリーの使徒たちを預言者と呼ばず、人数も七人に限定して、「告知者」と称する。告知者の聖法の背後に隠された秘義はアダムの時代から代々告知者の傍で使えた黙示者により保持されてきた。だが誰も明かしたりしなかったので一般に知られることはなかった。イスラム時代にいたり、預言者ムハンマドの黙示者であるアリーとその子孫たる正統イマームが、はじめてその秘義を開示する権能を行使する。
イスマーイール派教団はイニシエーションによって選ばれた団員で構成される、正統イマームを頂点とする階層構造を特徴とし、そのメッセージを受取りうる知性の持ち主を求めて宣教(ダァワ)する宣教員(ダーイー)に支えられた宣教組織を持つ。
秘義は万人が理解するにはあまりに高度なので少数のエリートにしか教えない。
一般大衆は素朴で表面的な信仰であっても差し支えが無い。
イスマーイール派は王朝樹立をはたしても、大衆にイスマーイール派の秘義を強要しなかった


・イスマーイール派の、グノーシス主義を色濃く残した宇宙開闢論
時間と空間が生まれる以前、アッラー以外の何も存在しなかったとき、アッラーが自ら発した光に対して「あれ(アラビア語でクン)」と呼びかけると、驚くべし「クン」という言葉そのものが最初に具現化した。更に驚くべきことに、アラビア語の命令系「クン」がなぜか女性形の「クーニー」に変化して出現したとされる。クーニーはアッラーの第一の被造物であり、他の全ての被造物はこの女性的存在を介して存在者となる。
あたかも、グノーシス主義における「転落したソフィア(こちらもギリシア語女性形)」を彷彿とさせるような女性原理
である。
しかしアッラーはクーニーからは認識できない不可知の存在だったので、彼女は自分自身から他のすべての被造物が発する以上、自らが創造主なのではないかと錯覚する傲慢の罪に陥った。
グノーシス主義的には、クーニーは思いあがった造物主デーミウルゴス
である。
これを見て取ったアッラーは彼女を介して彼女の意思とは無関係に、クーニーのうえに三つ、クーニーの下に三つの合計六つの階梯を創造し、クーニーの増長を戒めた。
ここにいたってクーニーは「アッラーのほかに神はなし」との信仰告白の真意を悟って従順になったとされるが、一度生起した世界の発展は止められなかったらしい。
つまり、世界が開展する契機は女性原理の傲慢とそれに対する神の干渉、つまりクーニーの転落にあったとことになる。
この宇宙開闢論は二世紀のマンダ教でプタヒルが自分が造物主だと勘違いして世界を創造する神話構造と軌を一にしており、古代のグノーシス主義的要素を色濃く残しているとされる。

次にアッラーはクーニーに命じて、彼女の助手として「運命(アラビア語でカダル)」を創造させた。グノーシス主義的に言えば「天上界のアダム」に相当する人間の原型である。カダルはアラビア語の男性名詞であり、クーニーと一対となって神の原初の創造原理を代表する。神から言えば、上位の女性原理クーニーによってすべての被造物を創造し、下位の男性原理カダルによってそれらの運命を司るのである。
子音表記のアラビア文字では、クーニーは四文字、カダルは三文字で、合計七文字。
合計二十八文字あるアラビア文字は四×七に割り切れ、その最初の七つ組がこの四+三文字にあたる。なぜこの七文字がアラビア文字の中で特別なのかは部外者にとっては判然としない。ともかく、すべての存在者はこの文字の組み合わせによって派生するがゆえに、クーニーとカダルは万物の根源であると言う。

この後、クーニーの瞑想から七つの天使的存在(ケルビム)が、カダルの瞑想から十二の精神的存在が誕生したとされる。ちょうど、マンダ教のプタヒルが、七惑星と黄道十二宮の助けを借りてこの世を創造したのと同様の設定である。但し、マンダ教ではこの二つのグループは闇の世界に属していたが、イスマーイール派の神話では男性原理の運命カダルが産出した十二の精神的存在のうち、最初の三つは大天使の当てはめられている。最初の三つとは幸運・勝利・想像である。
「幸運」はガブリエルに、「勝利」はミカエルに、「想像」はセラフィエルに当てはめている。当然彼らは善なる存在であり、天上界の出来事を告知者たちや正統イマームたちに宣教する役割を担い、地上におけるイスマーイール派の宣教組織の原像となっている。
しかし、クーニーとカダルの命令に従わないものもいた。
クーニーの直下の第四の階梯に属するイブリース(天上界のアダムへの跪拝を拒否し、天上界を追放されて地獄の大悪魔になったとされる)である。
イスマイール派では悪魔といえども天的な由来
を持っているのである。

天上界の創造の後には、地上界の創造が続く。クーニー由来の天使的存在は七つの惑星天を支配し、カダル由来の精神的存在は十二の星宿を司る。ちなみにクーニー自身は太陽に相当し、カダルは月に該当するとされるので、天上界の創造物は地上界ではそのまま古代世界で知られていた天体に一対一対応している。
最終的に地上界で誕生する人間は天上界の要素を含みつつも、神からはるかに引き離されて、故郷の一切を忘却してしまう。そこで、女性原理の過ちから生じた人間は、天的な叡智を彼方の世界から授けてもらうことで、はじめて故郷へ帰還する救済の可能性を獲得するのである。

イスマーイール派のグノーシス神話の宇宙論
【天上界のプレーローマ】
不可知のアッラー
 ↓
クーニー
(あれ。女性原理。彼女の傲慢の故に世界が開展→6つの階梯)
↓                 ↓
カダル(運命。男性原理)      ↓
↓                 ↓
12の精神的存在  7つの天使的存在(幸運ガブリ、勝利ミカ、想像セラフィ)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【地上界】           ↓(グノーシスの授与)
  ↑↓    ↑↓  告知者や黙示者に叡智を宣教する
12の星宿  7つの天圏     ↓(グノーシスの授与)
        イスマーイール派宣教組織が人類に宣教する
↓           ↓(グノーシスの授与)
人間存在=神から最も隔たった地点に人間が誕生し、
天上界の出来事を忘却している
が、(少数の人は)イスマーイール派の宣教により秘義に覚醒する

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【地獄】
アダムへの跪拝を拒否したイブリースが、
第4階梯から転落し、大悪魔となって棲息

……

天上界の神聖史に続く地上界の人類史においてイスマーイール派は七つの周期の時間を想定する。その中で、全部で七人の告知者が出現して人類に聖法をもたらし、彼に随伴する黙示者がその奥の秘義を明らかにするとされる。
七つの周期の告知者とは、原初の七文字に対応して(便宜的にアルファベット表記にする)、
K=アダム
W=ノア
N=アブラハム
Y=モーセ
Q=イエス
D=ムハンマド
R=救世主
であり、第一から第六までの各周期に随伴する黙示者がいる。
聖法とはユダヤ・キリスト・イスラム教であり、
秘義とは天上界の記憶を呼び起こす神的な叡智すなわちグノーシスである。

イスマーイール派の七周期と告知者・黙示者

第一周期 告知者アダム (黙示者 次子アベル)
最初の人類。アダムが独自の聖法をもたらしたか否かについては見解が分かれている。

第二周期 告知者ノア (黙示者 長子セム)
聖法を編纂し、普及させた最初の人物

第三周期 告知者アブラハム 
(黙示者 庶長子イシュマエル=イスマーイール)
カァバ神殿を建設した人物

第四周期 告知者モーセ (黙示者 兄アーロン)
鍛冶を司り、鉄の武器をもって敵と戦った

第五周期 告知者イエス (黙示者 ペテロ ※血縁関係なし)
木細工(十字架)を始めた人物

第六周期 告知者ムハンマド (黙示者 従弟で娘婿のアリー)
鋳造を始めた人物


第七周期 救世主
新たな聖法はもたらさず、秘義を全面開示して人類の救済を成就する人物。
実像は諸説ある。
①第七代正統イマームであるムハンマド・マクトゥームとする説(カルマト派)
②ファーティマ朝の樹立とともに、とりあえず先送りされたとする説

イスマーイール派は、ムハンマドですら相対化する。
第七周期では、救世主は告知者と黙示者を兼ねる。聖法をあらたにもたらすことはないが、全人類に対して隠されてきた秘義を全面開示する。

初期イスマーイール派は、第七代正統イマームであるムハンマド・マクトゥーム本人をもって、預言者ムハンマドの周期を更新する第七の告知者にして、正統イマームが担う黙示者の使命をも成就させる救世主(マフディー。イスマーイール派独特の用語として、アラム語起源のカーイムとも呼ばれる)と捉えていたと思われる。
アリー家に代々伝わる聖剣ズルフィカールの鳴動と、ムハンマド・マクトゥームによる大復活の宣言の中に、時間を止める「聖書ストーリー」の絶頂が期待されていたのである。

カルマト派とは南メソポタミアに拠点を置くイスマーイール派の宣教組織。
ムハンマド・マクトゥーム没後もあくまで彼が救世主だと主張し、イマーム位を継承するアブドゥッラ―・アクバルたちと意見が分裂し、ついに
899年に袂を分かってペルシア湾岸のバーレーンで武装蜂起した。
930年の巡礼月にははるばるマッカまで遠征してカァバ神殿を襲撃し、イスラーム教徒巡礼者たちを大量虐殺したうえに、ご神体である黒石を略奪してバーレーンへ持ち帰っている。史料が残っていないので、彼らの思想を正確に掴むことは不可能であるが、イスラーム的聖法を遵守する必要がなくなったことを象徴的に示すためにカァバ神殿を襲撃したのだろうと推測されている。
カルマト派はアッバース王朝が莫大な金銭と支払ったので黒石をカァバ神殿に返却している。
899年後イラン高原や中央アジアなど東方のイスマーイール派宣教組織は、少なくとも10世紀前半まではカルマト派の教義を信奉している。ただ、カルマト派はアッバースやファーティマ朝と軍事衝突を繰り返し11世紀には内部崩壊してしまった。
よって、イスマーイール派の主流はアブドゥッラ―・アクバル系のファーティマ朝となった。

九世紀前半のバグダードでギリシア語文献をアラビア語に翻訳する運動があった。
これを機にイスマーイール派も新プラトン主義を取り入れた


イスマーイール派思想への新プラトン主義の導入にあたっては、
10世紀にイラン高原から中央アジアで活躍していた三人のカルマト派宣教員――後にイスマーイール派ペルシア学派と呼ばれた――が顕著な貢献を果たした。
北アフリカやアラブ地域のファーティマ朝系宣教員がこのような志向をまったく見せていないので、当時はイラン~中央アジアが哲学に対して敏感になっていたと思われる。
イスマーイール派の揺籃の地がメソポタミアであり、哲学的教義の揺籃の地はイラン高原だった。
カルマト派の宣教員ムハンマド・ナサフィーの著作『キターブ・アル・マフスール』(現在は散逸し、断片的な引用のみで知られる)はイスマーイール派の教義に初めて新プラトン主義を導入したもので、イスラム思想史上大きな影響力を持ち続けた。

カルマト派でペルシア学派のスィジスターニーは最も多くの文献が残存しているので、彼の宇宙論を紹介する。
スィジスターニーによれば、アッラーは不可知の神である。勿論、神話的教義ではクーニーの転落を担保するためにアッラーは不可知でなければならなかった。その影響でイスマーイール派ペルシア学派のアッラーも超越的な神と想定されたのかもしれない。
このため、以後のイスマーイール派の神観では、いかなる擬人神観も拒否し、アッラーは否定辞でしか表現できないとする否定神学(~ではない重視)が大きな特徴となった。
神話的教義でクーニーとカダルとされていた原初の原理は、それぞれ新プラトン主義の知性と霊魂によって置き換えられた。
アラビア語の「知性(アクル)」は男性名詞であり、
「霊魂(ナフス)」は女性名詞
なので、この段階で女性原理クーニーの転落の物語は放棄される。
しかし、スィジスターニーは第一の被造物である「知性」がそのままアッラーから流出したとは考えない。そうではなく「知性」は神の言葉「あれ」を媒介として無から創造されたと理解する。
これはアッラーの超越性を維持しつつ、クルアーンの啓示を尊重し、かつ神話的教義の「クン」にも配慮した結果と思われる。
永遠・完全・不動の第一存在である「知性」からは、
第二の創造物として「普遍的霊魂」が流出する。
形のうえでは神話的教義でクーニーがカダルを創造したとする説の踏襲であるが、「一からは一しか生まれない」とするパルメニデス・テーゼを遵守するべく、「知性から何者かが溢れだすように霊魂が流出した」
と表現している。
この霊魂は知性のように完全な存在ではなく、常に完全性を求めて上位の知性を希求している。ここから明らかに神話的教義から継承したとみられる、幸運=ガブリエル、
勝利=ミカエル、
想像=セラフィエルの三つ組も生まれる。
また、霊魂の希求から運動が生まれ、
「時間は運動の量である」と定義される時間も発生する。ここにいたって、形相と質量によって構成される生成消滅界の「自然」が流出
する。
やがて形相と質量が七つの天圏と星辰を形成し、天圏の運動によって乾湿冷熱の四元素が混合して地水火風が誕生する。
そこから、植物的霊魂を持つ植物
感覚的霊魂を持つ動物
血性的霊魂を持つ人間の順で発生し、この世界を形作る。
このうち、人間だけは個別霊魂に与かっているのでより完全な普遍霊魂を希求してどうにか救済にいたる可能性を持っている。
人間は天上界の普遍的霊魂の欠片を持っているとする人間理解は、神話的教義における天的起源を持ちつつそれを忘却
したとする人間理解に近いかもしれない。

新プラトン主義哲学化したイスマーイール派宇宙論
不可知のアッラー
↓(「あれ」と言って無から創造)
普遍知性
↓(流出)

普遍霊魂
↓(流出)
自然(=形相+質量)
~~~~~~~~

7つの天圏と星辰
↓(天圏の回転による時間の成立
乾湿冷熱の混合

地水火風の成立
~~~~~~~
↑(人間のみが普遍霊魂を目指して天上界への帰還を希求
人間=知性的霊魂

動物=感覚的霊魂

植物=植物的霊魂


・イスマーイール派の新プラトン主義的哲学教義の時期は10~12世紀まで。
909年にチュニジアにファーティマ朝が誕生し、
969年にエジプトを征服しイスラム世界の西半分を支配した時期。
潜伏時代のグノーシス主義的な神話に当時最新の時代思潮であったネオプラトニズムを導入し、教義が大きく変わった。
ペルシャ系宣教員が哲学的教義を整えた。
エジプトの本部からはイスラーム世界の東方各地に更なる宣教員が派遣されて、現地の知識人層や商人層に猛烈にアピールし、イラン北部や中央アジアにイスマーイール派の「解放区(ジャズィーラ)」を設定した。
この頃が政治的にも宗教的にもイスマーイール派の全盛時代である。

・イスマーイール派は
765年に十二イマーム派と分かれた後も、
899年にカルマト派(メソポタミア、ペルシア湾岸、イラン高原)とファーティマ朝(北アフリカ)に分かれ、そのファーティマ王朝は
1021年にはドゥルーズ派(シリア、レバノン)が出、
1095年にはニザーリー派(イラン高原の宣教組織)とムスタァリー派(エジプトの王朝本部)に分解した。
1191年にファーティマ朝が滅亡し、中央アジアからやって来たモンゴル軍によって
1256年にアラムート要塞が陥落して以降、政治的に没落。
主要な拠点を失ったイスマーイール派はイランやイエメンで神秘主義教団のかたちで生き延びざるをえず、民衆的な修行道や道徳訓話を加味しながら、教義を再転換していった。現在では、イスマーイール派の末裔は主として亡命先のインド西海岸とイエメンに少数派コミュニティーとして残存している。

イスマーイール派思想の形成にもイラン思想の影響があります。
イスマーイール派の人類史で七つの周期の時間を想定する思想は、
神智学と人智学の元ネタの一つ。イスマイール派の本が恐らく市販されていななかった当時、ブラバッキーらはどうやってイスマイール派の思想を知ったのでしょうね?
一部のエリートにしか教えなかったのにね。宣教しても大衆向けではないし。
神智学の教義の作成にメーソンが絡んでいますから秘密結社経由でしょう。
ペルシャ思想の影響を受けているイスマーイール派なので、ペルシャを重視するメイソンは間違いなく情報を手に入れていたでしょうね。
グノーシス主義はキリスト教に迫害されましたから必然的に地下に隠れますから秘密結社化します。
神智学が反ユダヤ本の普及に協力したりするなど、神智学の中核にも反ユダヤカルトであるキリスト教があります。創造神ロゴス=ゴッドが登場することからもわかりますね。
いい加減ヨハネ福音書から離れたら?


ミトラ信仰の聖地アルメニア
アルメニア~小アジア=インド・イラン世界の最西端

アルメニアは、イラン高原の西端がコーカサス山脈の南麓と交わり、複雑な山岳地形をおりなす地域。メソポタミアと並び、地中海世界との交流が密接。
アルメニアの上がグルジア
アルメニアの右がアゼルバイジャン
アルメニアの左がトルコ
アルメニアの下がイラン

トルコの下がシリア。
シリアの左にレバノン。
レバノンのすぐ近くにイスラエルとヨルダン。
シリアの右下にイラク)


古代インドの発音ではミトラ
古代イランではミスラ
中世イランとアルメニアではミフル
ギリシア語・ラテン語ではミトラス
(ソグド語でミール
仏教で弥勒 ミロク
ミは共通。
神智学ではマイトレーヤ)

・56年にパルティア皇帝の分家をアルメニア王として送り込み、アルメニアを藩王国としたあたりから、次第にアルメニア史の輪郭がはっきりしはじめる。
この際にアルメニア語にはイラン語(正確にはそのパルティア方言)の語彙が大量に流入
アルメニア藩王国は、パルティア王国が224年にササン朝に滅ぼされた後も、ササン朝の王家の宗主権の下で
428年までアルメニアを支配した。この合計372年間も存続したパルティア系の王家のおかげでアルメニアにはイラン文化の影響が大きい。
聖都アニやバヴァンには、
アラマズド(アフラ・マズダー)、ミスラ(ミトラ)、
ヴァハグン(ウルスラグナ)、アナヒト(アナーヒター)など
――アルメニア語には長母音がないのでかなり寸詰まりの名前に変化
している――
の神殿が立ち並んだとされている。
このうち、ヴァハグンはヴァン湖の底に沈んでいる得体の知れない水棲動物(普通は竜だと考えられているものの、アルメニア人が移住してくる以前から恐れられていた水中の怪物らしい)を退治した英雄であり、
アナヒトは偶像崇拝や神殿売春を斡旋する女神である。
イラン系の神々の中で最もアルメニア王家に好まれたのがミトラであった。古代イラン人のあいだでは相当崇拝された神だったが、ザラスシュトラの宗教改革の結果、ゾロアスター教の中では六大天使のうちにも入れてもらえないほど零落していた。
が、ゾロアスター教の影響が必ずしも及ばないアルメニアや小アジアなど西方ではその人気を順調に維持していたらしく、今も蒼穹を背景にガルニの丘に聳える神殿は、ミスラに捧げて建立されたものとされる。これはオリエント世界で現在確認される唯一のミトラ神殿遺構としてミトラ教研究で非常に重要。ただし、ヘレニズム風の神殿に見える。現在のその神殿は近代になって再建されたものだそうだ。
イランは地中海世界に比べると独自の文字文化の発達が極端に遅かったので、当時のアルメニアでは文字が発達せず、最盛期の実態が同時代のアルメニア語文献からただちにわかるという性質のものではない。アルメニア文化の開発自体がキリスト教布教の目的でなされており、古典アルメニア語文献といえば、キリスト教の聖職者たちが五世紀以降に執筆したキリスト教文献に限定されるのである。
301年にアルメニアの国教がキリスト教になる。世界初のキリスト教国教化。
404年に学者聖人メスロプ・マシュトツによって考案されたと伝わるアルメニア文字がキリスト教伝道の大きな武器になった。シリア文字やパフレヴィー文字が右から左に書くのに対し、
アルメニア文字はギリシア文字と同じく左から右に書く。
(新約はギリシャ語)
イラン高原の方では文字利用そのものが一般化しておらず、パフラヴィー語文献の大量執筆は9~10世紀にならないと不可能だったのだが、アルメニアでは5世紀の段階でかなりの量の文献を残すことができるようになった

ローマ帝国では
313年コンスタンティヌスによるキリスト教公認
392年テオドシウス一世によるキリスト教国教化。

ミトラ信仰は、海賊やローマ軍兵士を通じて地中海世界、ローマ帝国に流入したらしい。
地上ではなく地下に密室を掘って男だけで寄り集まり、短剣で牛を屠って再生を経験する儀式を行った。

・キリスト教に土着宗教が習合した東方での最初の事例は、4世紀のアルメニアのミトラ信仰。当時のアルメニアではイラン系のミトラ崇拝が主流を占めていた。
アルメニアはローマ帝国とペルシア帝国の境界線上にあり、古代よりイランの影響力が強く、2世紀頃にはミトラがほとんど主神だった。ミトラ信仰は地中海世界に大きく受容され、2~4世紀にはローマ帝国内でミトラ教として完成される。
が、301年にアルメニア王国がキリスト教を国教として採用するとキリスト教の聖人の中に取り込まれた。

アルメニア藩王国はササン朝ペルシアの属国であるからペルシャは
428年アルメニアへ侵攻し、372年間続いたパルティア系王家を廃してアルメニアを直接統治下に置いた。その際にパフラヴィー語で書かれたゾロアスター教改宗勅令によりアルメニア人にイラン高原の文化への回帰を促したとされる。
が、イラン高原の宗教事情も三世紀を境にすっかり変わっており、パルティア時代のミトラ信仰はサーサーン朝が奨めるズルヴァーン主義に置き換わっていた。アルメニア藩王国としてはミトラ信仰への復帰なら考え直したかもしれないが、見ず知らずのズルヴァーン主義への復帰はおよそ考慮の埒外だったかもしれない。
この五世紀ころササン王朝がいかに激しくアルメニア人キリスト教徒に対してゾロアスター教ズルヴァーン主義に改宗することを迫ったかは、1965年にアルメニアの聖地エチミアジンの原始キリスト教教会内部でパフラヴィー語の銘文の施された拝火壇が発見されたことからも明らかにされている。これが400年代中葉にササン朝の占領軍が原始キリスト教教会を拝火神殿に改修した際の動かぬ証拠だと考えられている。
484年には改宗勅令をペルシャ帝国は撤回した。
56年間も戦争状態に陥っていたのでアルメニア正統使徒教会は451年に開かれたカルケドン公会議に代表を派遣できず、アルメニアのキリスト教教義は自動的に単性論派に分類されてしまった。つまりローマ・カトリック教会とギリシア正教会からは異端視される非カルケドン派教会とみなされてしまった

アルメニア正統使徒教会はズルヴァーン主義に対しては直接の反駁で応じたが、既に民間信仰化していたミトラ信仰に対してはキリスト教への習合を図った。
アルメニアでは異教の神殿をメヘアン(ミトラの変化形)と呼び、奇岩や洞窟をムヘル(ミトラの変化形)と呼ぶなど、ミトラ信仰の痕跡は比較的保存されている。
三世紀以前のアルメニアではミトラは岩から誕生したとされ、奇岩から泉が湧いている光景への信仰がそのままミトラ信仰を意味していた。
聖ナルセス・フライェツィ(1173年没)の詩では、奇岩からの湧水がそのまま十字架上のイエスの脇腹からの出血とみなされ、人類すべての罪の贖いの象徴とされている。


ローマ帝国がペルシャの力を削ぐ為にアルメニア藩王国に干渉したのでしょう。

「ミトラ=太陽」は雷と嵐の神の象徴である「ゼウス=牛」を殺します。
晴天VS雷雨。
白人宗教のキリスト教は太陽神ミトラ系ですが、白人が日光に弱いので嵐・雷系のゼウス=ギリシャ神話や、セトや、バアル=生贄教などアンチ太陽信仰要素あり。
キリスト教を作った勢力は恐らくミトラ結社出身。だから教義を盗めたのでしょう。
ミトラ結社の離反者がキリスト教の原型かも。
ギリシャ神話・ローマ神話勢力は、キリスト教と大本教系という白人化された太陽信仰系カルトを批判することがありえます。
新左翼がギリシャ・ローマ神話好きかどうか気になるところ


宗教を、重視する天体や天気の種類で分けると、
イラン・ペルシャは太陽信仰。
ゾロアスター教の最高神アフラ(アスラ)マズダーがアスラ族にして太陽神。
密教≒ミトラ+拝火+グノーシス+仏教など
の毘盧舎那もアスラ王とウパニシャッドで表現されていて、仏教の密教でも太陽神とされています。
インドのバラモン教の主神がインドラ、後にシヴァに変わりますが両方とも嵐の神です。

――
参考資料
――

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 10月6日
知らない人が多いのか分らないけど、 密教の大日如来、奈良の大仏は インド名が毘盧遮那。 ヴァイローチャナね。 こいつは太陽神でウパニシャッド ではアスラ王と書かれている。 つまりイラン系のアフラ神族。

Shinya Watanabe 渡辺真也 ‏@curatorshinya 2011年10月3日
(日曜日2)空海が日本に伝えた「宿曜経」に「日曜太陽胡名波斯名曜森勿天竺名阿○底耶」とある。すなわち、日曜とは太陽のことで、ソグド語で蜜(太陽神ミトラ)、ペルシャ語で曜森勿(一曜日)、サンスクリット語が阿○底耶となる。西安留学した空海は、これをかなり正確に理解したことだろう。

Shinya Watanabe 渡辺真也 ‏@curatorshinya 2012年5月14日
(曜11)さらに興味深いのは、日本で暦について最初に明記したとされる藤原道長の日記『御堂関白記』は、日曜日のことを「蜜」と表記している。伊藤義教はこの蜜を、ソグド語で日曜日を意味するmysyyの漢訳、すなわち太陽神ミトラだと指摘しているが、道長の月の俳句を思い出してピンと来た。

ローレライ ‏@rolelei 8月5日
『ロシアの宇宙ステーションの名前でもありましたね!』@lanekotaミールってソグド語で弥勒もしくはミトラの事だよ!

オウム幹部bot ‏@aumkanbu_bot 5 時間5 時間前
上祐史浩。ホーリーネームはマイトレーヤ。教団内ではスポークスマンの役割を果たし、「ああいえば上祐」と揶揄された。広島刑務所を出所後アレフ代表に就任したが、2007年脱会。新団体「ひかりの輪」を設立し、現在まで代表を務めている。 pic.twitter.com/Zao5fRH9Eh


J・ナナミ ‏@pinkglalem 3月8日
最近たまたまテレビを見る機会があって...そしたら、日本とトルコの友好の歴史みたいなモノをやってたンだョね。...ただ、テレビでも学校の授業でもけして教えない闇の歴史が両国間には存在する。相手の恥部を隠してやった歴史がある。#アルメニア人大虐殺

現在でもこの史実をトルコ政府は認めていない。第一次大戦後の軍事法廷で裁かれる予定であったのを、日本と米国は強行に反対した
;http://matome.naver.jp/odai/2139045989525696201 …

この虐殺の理由について調べて行くと、アルメニア人というのは独特の宗派のアルメニア正教徒で、ものすごく初期のキリスト教なんだって。そんでもって、これは推測なんですけど、この宗派はキリスト教成立時の色々な秘密を知っていたンじゃぁないかなぁ?

DTAC観光情報局 ‏@dtac_japan 8月29日
アルメニアのガルニ神殿。世界遺産。 現在アルメニアに残る唯一のヘレニズム建築です。神殿は「太陽の神殿」と呼ばれ、異教の神である太陽神「ミトラ(ミトラス)」に捧げられたものです。 pic.twitter.com/pY5PhdadK7

Shinya Watanabe 渡辺真也 ‏@curatorshinya 5月1日
イ シス信仰の禁止後に建造されたローマのパンテオンは、ローマの建国記念日である4月21日に東の門を光が照らす様に設計されているが、これは私がアルメニ アで見たミトラ神殿と作りと極めて良く似ている。そしてローマのパンテオン完成後の紀元前19年に、ローマのイシス神殿は破壊された。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 2015年4月21日
1)ねこたさんは、旧約聖書は紀元前3世紀頃のプトレマイオス朝時代に成立したと考えてるの。大人の世界の聖書学では紀元前6世紀頃に口伝のものを文字にしたとか言われてるけどありゃ嘘ですな。その証拠となるものをピンクグラレムさんとこのネタで考えてみる。

2)旧約聖書の出エジプト記を見ると、ファラオのことを「パロ」って書いてあるでそ?ビブリア・ヘブライカでどう書いてあるのか知らないけど、もしヘブライ語聖書でそれに類する表現があるなら、プトレマイオス朝以前の成立はありえないかと。まぁ、書き換えとかあるのが聖書だけど。

3)ファラオ(大きな家)ってギリシャ語だからね。エジプト語では「ベル・アア」って言うの。もしヘブライ語の最古の写本にベル・アアと書いてなければ、プトレマイオス朝の可能性が出てくるよ。ちなみにエジプトの語源はアイギュプトス。船長によるとコプト語らしい。

knznymmmy ‏@knznymmmy 32 分32 分前
日本語の「殿」と似てるな 「お殿様」でえると同時に 文字そのものの意味としては「御殿」の「殿」 あり?そういやベルゼブブも似たような意味だったな バアルが「主」 ベルゼブブ=バアルゼブブ=高きの主

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 2 時間2 時間前
4)エジプトというのは、コプト語由来の地名だけど、ヘブライ語ではミツライム(そーめんにメンフィス・ミツライムロッジとかあったよーな)で、アラビア語ではミスリーン。アイギュプトスという言葉がいつ出てきたのか知らんが、これでさえ成立年代がわかる手がかりになるかも?

5)ねこたさんはね、大人の世界の聖書学では、ギリシャ語の70人訳のセプトゥアギンタが紀元前70年に成立したらしいけど、ヘブライ語聖書の編纂とギリシャ語聖書の成立はあまり間をあかないで成立したと思う。プトレマイオス朝が臭いな。

6)ねこたさんは、旧約聖書の編纂と翻訳については、かなりヘレニズムというかギリシャの文化的支配の影響下で編纂及び翻訳されたと考えてます。恐らくアレクサンドロス大王の東方遠征がなければ、こんなにまで聖書が世界を席巻することはなかったと思うの。

7)なんで日油同祖論を鼻息荒く言う人たちは、プトレマイオス朝の支配下で、ユダヤ教徒なのに、ギリシャ風の名前を持ち、ギリシャ語を話して、母語であるアラム語とは違うギリシャ的な思考をするユダヤ教徒(フィロンやヨセフス)の事を無視すんのかな?

knznymmmy ‏@knznymmmy
パロって出エジプトだけじゃないのな イザヤ書にも出てくる 30章2節、3節 36章6節 エゼキエル書でも29章とか30章とか 「エジプトの王パロ」って書いてあるから 「地名のパロ」とか偶然名前が「パロ」って 人が出てきただけとか そういうのではない
BHSでパロがどうなってるか見られるのは
例えばこのへんだな
http://www.mechon-mamre.org/p/pt/pt0201.htm

英語版ってパロじゃなくて
Pharaoh=ファラオって書いてあるのな
私の持ってるABSもKJVもファラオだ
פַּרְעֹה
פרעה
これがパロのBHSにおける表記
まず一文字目
ダゲッシュ付きだからFじゃなくてPの発音
だな
PAREOH ←こんな感じ?パレオ?
ただ、Eのところ半母音なんで
ガチEと解釈するのはまずそう
だからやっぱパロってBHSでも読むのが正解か?

ニクダーナシだとファラオって読みも行けそうな気がするけど・・・

greek latin http://audio.com で屁ブリ語で創世記朗読してる
音声ファイルがあったんだが
それで創世記12章聞いたらパロって読んでるな
パロっつーかね
ちょっとパローっぽい感じの発音で読んでいる


BHSにダゲッシュが打たれたのっていつからなんだろうなー
他のニクダーとも同じ時代なのかな?
古い写本とか全然見たことないからなー
まー、見たところでヤツらなら
シレっと古文書偽造ぐらいやりかねないんだがww

まー、どっちにしても
読みはパロ、若しくはファラオなんだが
先生の説ではどちらであれ、
それはギリシア語起源であり
プトレマイオス朝で旧約が書かれた説が強くなるか
私だってバテレンどもがテケトーなデマカセ
こいてるのを信じちゃいないから別にプトレマイオスなら
それはそれでいい

私しゃまた、旧約が書かれたのは
クソラエルがソロモンの死後分裂した時代かと思ったよ
テメーらが元々バアル教信じてたのを棚に上げて
「ムッキー!ウリヌンはヤハウェ様を
信じてきたのにーあいつらは堕落して
バアル教に転びやがったニダ」

「ウリヌンは正しいヤハウェ様の教えを受け継いでるニダ」
とか言いながら大慌てで旧約聖書捏造したのかとww

ちなみに捏造した場所は今のイエメンらへんなんだけどな!

まあ、全部をイエメンで書いたとも限らない
だってさ、南北クソラエルの後の話とか
イエメン時代じゃ書けないじゃん?
だからイエメンで捏造したのが第一段階
プトレマイオス朝で書き足し・改竄したのが第二段階

そういう事があるかもしれないし
もしかしたら全面的にプトレマイオス朝で
書かれたものかもしれない

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 3 時間3 時間前
@alo353 お!船長こんばんわ。アルビノさんのアーリア詐欺ですね(笑)バラモンのヴァルナというものも、白子は混血するといなくなるがゆえのアパルトヘイトですかな?この肉体的に劣った種族が悪の魔道師のように悪知恵で世界に復讐してるのでしょーか?

knznymmmy ‏@knznymmmy
Μεσσίας=Messias=メシアス 左から順にコイネー≒ギリシア語、 コイネーを英語風な綴りに変換したもの、 そして日本語での読み
二番目の「英語風な綴り」というのは 「英語」や「英単語」ではない。 英語の文字や発音ルールに基づくフリガナみたいなもの。
おめーらギリシア文字読めねえでしょ?
だから知性と美貌と慈愛に満ち溢れる世界皇帝である吾輩が
親切にも英語の発音ルール等に基づき文字変換してやったの

よってこれが英単語としておかしくても
そんなものは知ったことではない
ちなみに本来英語ではメシアはMessiah
このメシアの語源は
アラム語のメシーハー
屁ブリ語のマーシーアハ
これらを音訳してギリシア語の語尾をくっつけた単語

ふむ。trouble → toraburu → トラブル → トラブった
みたいな経緯で成立した単語みたいなもの?
メシーハーも、マーシーアハも
意味は「油を注がれた者」

例えばサウルは王位に就くに際して
サムエルから油を注がれた
(サムエル記上10章1節)

ダビデもサムエルから油を注がれた
(サムエル記上16章13節)

ソロモンは祭司ザドクから油を注がれた
(列王紀上1章39節)
この「油を注ぐ」というのはギリシア語で
χρίω=krioh=クリオー
これが「油を注がれた」という形容詞になると
χριστός=kristos=クリストス
これこそが今我々が言う「キリスト」である。
よってこれは本名でも何でも無い
「呼び名」ではあったとしても「名前」ではない


水戸黄門で「ゴロウコウ」って
呼びかける場面が出てきたとしても
あの爺さんが「呉廊高」って
中国人みたいな名前だなんて考えるバカはいねえだろ

ありゃー、徳川光圀だ。
「ゴロウコウ」と呼んでいるからって
名前が「ゴロウコウ」にはなりません

さあ、バテレンの諸君、
君たちは祈る時「イエスキリストの御名によりて」祈るんじゃないの?
残念。それ名前じゃないからwww
名前じゃないのに御名もクソもねえよな


その神の子とやらは一体何という名前なのかな?
とりあえずキリストは却下。

悪魔全書 ‏@DDS_complete 6 時間6 時間前
【バール】 カナンで崇められた嵐と慈雨の神。 セム語で主を意味する。 長らく豊穣神として崇められてきたが、旧約聖書等においてはバエル、ベルゼブブ等と同一視された。 嘗ては唯一神と神殿を共にしていたと言われる。

日刊ゲンダイ @nikkan_gendai · 4月14日
【社会】寺社への「油かけ」イタズラか儀式か…地域や宗教で使用例も http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/158974 …

knznymmmy ‏@knznymmmy 4月15日
これどこかに被害箇所の一覧みたいな地図ないかなー 「油注がれた者」ってさ 聖書読んでたらピンと来るんだよ わからねえバカは聖書を読めって 創世記、出エジプト、福音書、黙示録だけでいいから呼んでこい
油注がれた者は
コイネー(ローマ帝国東部でのギリシア語)では
「クリストス」

これこそが我々が言うキリストである。

だからさ、イエス=キリストなんてのは名前ではありません!

アベシに向かって「総理!」って呼びかけるようなもの
「呼び名」としては正しくても名前そのものではない

〝蠱溺の盃〟ピルソイン ‏@pilsoin_actor 2011年2月15日
ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタの「パロ」ってファラオのことなんだ。でもウルってバビロニア神話の辺りだよね?ラピュタが地上に大帝国を作っていたのかな…って、なにを話してたんだっけ。

knznymmmy ‏@knznymmmy
日油同祖論もこれぐらいの 基本単語におけるモロかぶりを 提示出来ないようじゃ ただのこじつけだ。 ましてや、ワラッベンが調べても 出てこないとか サムライのいない時代になんで サムライって言葉だけ存在するの? とか 捏造疑惑すらささやかれるようじゃ おしまいだ

RT>だからって日油同祖論にはならねえぞw
単にテンノウヘイカなんて、
ヨソモノで搾取者で売国奴っていう
それだけの話だ

ここまでズタボロだとさ「ノ」と「ヌンソフィート」とか 「ハ」と「ヘット」とか「コ」と「カフ」とか ちょっとこじつけ臭いけど許容範囲なものすら 信用性がなくなっちゃうんだよ。 もう一回言う。単に入門書10ページほどよんだだけで ズタボロに穴が見つかる日油同祖論なんぞクソ食らえ

あれれー? ギメル以外は、この日油同祖論って
むしろ現代ヘブライ文字ばっかりw
古代ヘブライ文字で解釈するとカタカナとの違いが
更に悪化する罠w
古代ヘブライ語なのに現代ヘブライ文字やニクダー先取りしちゃうのは
やっぱりアレか。エロヒムからタイムマッスーンちょろまかしたか
w

今日ツイキャスとかトゲッター見てて思ったんだが
いまだに日油同祖論信者って多いのな。
しかも根拠として出してきてるのがとっくの昔に破綻してる
ズタボロな根拠が多い。例えば六芒星。
そもそもあれはユダヤのシンボルではありません


日ユ油同祖論ぶった斬りシリーズ
「」カタカナはヘブライ文字」という主張はイカサマ
これは既に書いた。
回転させたるわ、左右入れ替えるわ、
点の位置変えちゃうわ、
挙句の果てには存在しない文字まで捏造するわ
ヒドイもんだ

【今日の屁ブリブリ語】
ユダ公は13歳になったらバルミツバをむかえる
(但し男子のみ)
これを過ぎるとシナゴーグの正式メンバーとみなされる。
一部、これと元服を関連付ける日油同祖論信者もいるが
例→ http://bit.ly/1qrnXPV
これは元服とは別物だな。

日本の捕鯨を叩く欧米もかつては鯨を乱獲したという事実
しかも欧米は鯨の油(不凍油)が欲しかっただけで
肉やその他は捨てていたというw

やつらの振りかざす正義なんぞ薄っぺらな事が多い


きょーどのひと@ニーシャープール ‏@toquzoguz1055 2010年11月28日
エジプトだってギリシャ語のアイギュプトスが語源だろ? 地元ではちゃんとミスルって自称してんのに あと、ペルシャってのも他称だからハカーマニシュ帝国(アケメネス朝)もイランのが正しいんだよね実は

神秘家グルジェフはアルメニア出身だからイラン思想の影響が強い

行雲流水・脱原発に一票* ‏@clouddance2020 2012年11月4日
人間は機械だ。自らの眠りこけた感性に隷属する自由意志等無い。自由意志は盲目的生存本能という牢獄を打ち破る時勝ち得る精神の領域。このロシア・アルメニアの神秘家G・グルジェフの思想と、C・マルクスの思想である疎外された労働の概念は酷似する。人は決め事の奴隷で、決め事が人間を支配する、

野本耕作(でくのぼう) ‏@gaganjp 2012年2月22日
@midori21km そういうと村上春樹の「1Q84」は、月の二つ見える世界へのワープと、月の一つに見える世界への帰還の物語です。古代の人には月は二つ見えました。「失われたもう一つの月」はアヌリオスと呼ばれていたとか。アルメニア生まれギリシア人著述家G.I.グルジェフの本より。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya
1)アニメ「マギ」の学長先生のモデルはホメイニ師だよ。マグノシュタットのシンボルがおめめなのは、シーア派国家のイランのシンボルでもある。イスラームのイルミちゃんであるイスマーイール派(七イマーム派)が支配した地域には今でもハムザというファーティマの手がある。

2)マグノシュタットの学長先生は、カリスマのあるリーダーなのだけど、経歴がホメイニ師と被る。モガメット学長もホメイニ師も学院をやってて、共に腐敗した王朝を転覆させて革命を起こして最高指導者の地位についた。どちらもプラトン哲学大好き!

3)イランの正式な神学であるホメイニ神学はスンナ派のイスラーム原理主義と違って、プラトン哲学をベースとした理性主義の神学だよ。またシーア派の神学は新プラトン主義をベースとした流出論的なアッラー>>イマーム>>アヤトラーという階層構造を持っている。これもマグノシュタットと同じだよね

4)マグノシュタットの都市は、ダンテの神曲のよーな(ダンテの神曲ですらシーア派の影響あるかも?)階層構造を持つ新プラトン主義的な階層構造をしている。このあたりもイランのシーア派神学と共通点があるよね。ルネッサンスの新プラトン主義はシーア派経由で受容したかも?

5)頭の弱い芸能人でも、スンナ派とシーア派の違いを慣習か血筋かどちらかを重視すると言ってたけど、シーア派はアリーの血筋を重視する派。伝承でアリーから派生したイマームの血筋にサーサーン朝ペルシャの王女の血が入ってるというのがあるけど、この異常なまでの血筋重視はアーリア宗教の特徴

6)まぁ、これはイラン系のシーア派に限らず、クルディスタンのヤズィーディやイラン系スーフィズムによくある考え方なんだよね。アーリア系の人たちは、スーフィズムやシーア派やその異端という形でアーリア系の血筋信仰を守ってる。今そいつらを駆逐してるのがイスラム国。

7)マグノシュタット学院の学長のマタル・モガメットというのは、ムハンマドを意識した名前だろうね。ムハンマドの血筋のアリーと連想するのは、ねこたさんのこどもの妄想かしら?

8)イランのイスラーム体制の建前は、12代目のイマームがお隠れになって終末の日に再臨するまで、イスラーム学を完璧に修めたアヤトラーがイマームに代わって哲人政治するという政治体制なわけよ。これってモガメット学長の魔導士による哲人政治とおんなじだよ。

9)で、マグノシュタットというドイツのババリアのイルミナティの本拠地であるインゴルシュタットをもじった名前になっちゃってるけど、このマグノシュタットがインゴルシュタットに何が関係あるかといえば、ヴァイスハウプトが参考にしたのがイランの照明学派だから。

10)イランの照明学派のことをイシュラーク派と言います。またの名をペルシャ学派。このイシュラーク派は、アッバース朝時代にイスラーム世界に新プラトン主義の思想が輸入されたことで、イスマーイール派とほぼ同時期に成立した神秘主義的な学派です。

11)こどものねこたさんには、イシュラーク派の詳細はわかりませんが、恐らく新プラトン主義的な階層論を含んだ学派だったかも知れません。この超ドマイナーなイスラーム世界の思想がどうやらヴァイスハウプトの思想に影響を与えた可能性があるようです。

12)そういう意味でイラン系の思想と西洋のイルミナティは繋がるわけです。まー、西洋のイルミちゃんは、シーア派やスーフィズム経由で思想を輸入してるので、繋がりがないといえば嘘になりますね。

終)こうやって考えてみると、アニメには、大人の本を沢山読み漁らないとわからない世界の真実が極めてシンプルに象徴を使って開示されてるのでパネェなと思いますた。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月12日
芸能人は、スンナ派とシーア派の解説をするけどな、イエメンのシーア派は七イマーム派(イスマーイール派)や5イマーム派なのよ。このあたりのシーア派のイルミちゃんあたりを解説しないのは何でよね?イエメンのシーア派は多数派の12イマーム派じゃないよ?

きょーどのひと@ニーシャープール ‏@toquzoguz1055 2011年8月6日
@hiro_wakiyaku 要は何人目のイマームで分派したかって話なので、
五イマーム派(ザイド派。ブワイフ朝とか。アブー=バクルからウスマーンも劣ったカリフとして認めていて穏健)、
七イマーム派(イスマイール派。ファーティマ朝や暗殺教団。過激)、
十二イマーム派(サファヴィー)的な

U ‏@wayofthewind 4月19日
根本的な原因は外側にはなく、本人の劣等感の問題だったりしますからね。あれも欲しいこれも欲しいも満たせるのは、ヴァーチャルだけ。マトリックスみたいに脳にプラグでも埋め込んで仮想現実を見せてやった方が早そうですよ。 @lanekota @punanny_chang

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 4月24日
@wayofthewind @lanekota @punanny_chang 理想の人生が送れる仮想現実装置を発明した魔術師。奴隷の脳に繋いで他の部分を研究に使う予定だったが「覚めない夢は現実と同じだから理想を現実にできる」ので自分達が使うことにしたという夢から覚めた夢を見ない。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2月9日
猫太”理想の人生でさえも悪の魔道師に規定されてるクソな現実なわけですが。しかし、ゾロアスター教文献を見れば、司祭が自らをメーノーグ(霊的世界)の者といってるのは本当にそうで魔道師の種族は観念が強い”
“血筋至上主義や近親婚はアーリア宗教なほですね。”
現実=続きものの夢。記憶が核


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 12月25日
【クリスマスプレゼントの豆知識】 ゾロアスター教では犬は神聖で 一番神聖な犬はカワウソ。 ヤマアラシもハリネズミも犬。 カワウソ、ヤマアラシ、ハリネズミはイヌ科、いいね? ”鼻先の尖った内気な犬、ハリネズミである” (拝火教経典『アヴェスター』) RTで配達にご協力お願いします!

ローレライ ‏@rolelei 12月28日
『宗教の犬派対猫派』「カワウソは犬。ゾロアスター教ではね。ゾロアスター教とユダヤ教キリスト教は犬派(猫は悪)。イスラム教は猫派(犬は悪)。http://yomenainickname.blog.fc2.com/?mode=m&no=56&cr=a946d944cede6675319200ca3f2572ca …読めないニックネームさん

タンゲ・チョウガーン(チョウガーン渓谷) Tang-e Chowgan
http://www.geocities.jp/gur_bahram/ir09/ir0904.htm

HUNTER's LOG ‏@hunterslog 2012年4月9日
ゾロアスター教の説く世界ははよく知られるように善悪二元の争いが世界の流れであり、光・善の神アフラ・マズダーに対抗するのが闇・悪の神アンラ・マンユである。引いた話し中イブリースというのはイスラームでいう悪魔であり、彼がゾロアスター教神話としてはアンラ・マンユの化身ということになる。

悪魔 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E9%AD%94#.E3.82.A4.E3.82.B9.E3.83.A9.E3.83.A0.E3.81.AE.E6.82.AA.E9.AD.94
イスラームの文化においては悪魔はアラビア語で「シャイターン」という。これはイスラム教以前からあったアラブ人の言葉であるアラビア語に由来するが、ムハンマドがユダヤ教やキリスト教の影響下でヘブライ語のサタンに関連付けた[14]。その頭目は堕天使イブリース(キリスト教のルキフェルに相当)であるが、キリスト教とは違い、それ以外の悪魔はたんなる人に悪さをするジン(精霊)にすぎない(イブリースを参照)。”

イブリース
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B9
“イブリース(アラビア語: إبليس‎, ラテン文字転写: Iblīs)は、イスラム教において、アッ・シャイターン(الشيطان‎)と呼ばれる悪魔の王。ユダヤ教やキリスト教のサタン(שטן‎)に相当する。
クルアーンによると、アッラーフ(神)が土からアーダム(アダム)を創り天使たちに彼の前にひれ伏すことを命じたが、彼は黒泥を捏ねて作った人間などにひれ伏すことはできないとしてそれに応じずにアッラーフを怒らせた。[1]アッラーフは彼を罰しようとしたが、イブリースはアッラーフに猶予を請うた。 それが聞き入れられると、いずれ最後の審判の後、地獄の業火によって焼かれるまで地上の人々を惑わせてやろう、と誓った。
イスラム教の中にはキリスト教の「サタン擁護論」と同様に「イブリース擁護論」がある。 イスラム神秘主義者の中に「イブリースがアーダムを崇拝しなかったのは、アッラーフ以外への崇拝をしたくなかったからなのだ。」と説く者も、またいる。


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年8月1日
サイコパス:動機がある者に実行手段を与えることで、新たに犯罪を創造する或る免罪体質者(システムで裁けぬ存在。支配者と変革者の比喩)は、紙の本を買いなよ、物理的感触故に自分の感覚を調整する為のツールだから、と言う。貴方の犯罪係数を教えて下さい。 @lanekota @bcbiwa

びわ ‏@bcbiwa 2014年8月1日
@kitsuchitsuchi @lanekota 子子子子子さんの神ツィートキターー!初めましてです^^私のサイコパスは汚れてませんっ、たぶんきっと。人を色分けして支配するつもりなんでしょうね。アニメの世界は現実の遥か先をいってる。イケメンの執行官に騙されませんよぉww

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年11月17日
@bcbiwa 人を色分けして支配←シビュラ(アポロンの神託を告げる巫女)の託宣?
公安のマークは錬金術の神ヘルメスの杖カドゥケウス(ケリュケイオン)。
2の5・6話はゲームの敵を倒すと現実で人が死ぬもの。軍人ではなく民間人に無人機を操作させて無自覚な大量虐殺をさせる現実の予告。
子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年11月29日

@bcbiwa #サイコパス2 は攻殻機動隊と同じくキリスト教原理主義(WASP至上主義)の戦争屋側を批判する内容。反米、反スカル&ボーンズ、反右翼。
攻殻機動隊で知るロックフェラー1・2
http://www.mkmogura.com/blog/2009/12/27/586 …
http://www.mkmogura.com/blog/2009/12/28/587 …

@bcbiwa 欧州貴族(スピリチュアル=新キリスト教)側は反厚生省・反CIA・反ロックフェラー、911自作自演暴露が特徴。
笑い男事件≒グリ森事件
インターセプター≒アポロ捏造
少佐も神意キリストも飛行機事故
グリ森と日航機123便
http://www.mkmogura.com/blog/2009/12/29/588 …

@bcbiwa △一つ目の東金財団のマークにもある丸に十字は、白人至上主義と大本教系=和風耶蘇教のマークでキリスト教支配の証。右目を隠す東金33子。東金18。 一期の槙島聖護の元ネタは槇島城=北朝足利側の城。槇島城の戦いでキリスト教側の織田信長に敗北。偽天皇は南朝+キリスト教側。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年12月1日

@bcbiwa こんにちは。ねこたさんの陰謀業界人の宗派リストの 引用です↓
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-50.html
サイコパスは一期22話、二期11話で合計33話。霜月=11月。
東金市に北朝宗教の天台宗の妙泉寺がある。
槇島城=北朝側。
北朝系は黒幕=悪。南朝系は味方。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年12月19日
日本を支配するシビュラの本体(脳の集合体)に至る通路の入口に
九曜紋
細川九曜(北朝の細川護熙)+九曜紋(大本教)。
大本教は昔は十曜紋ではなく九曜紋だった

シビュラが自己進化の為に自己の一部だった東金(北朝)を排除する内容。
細川護熙はイエズス会製の上智大学卒。弟は赤十字。

坂崎文明 @sakazaki_dc · 2月2日
>この人はサマリア地方で活動したようですが不明の点が多いです。また今日にまで存続している洗礼集団「マンダ教」は東ヨルダンにあって起源は1世紀にまで遡るグノーシス主義の教団とされます。

細谷 @setta_setta · 1月19日
クルアーンに出てくるサービア教従ってのが、グノーシス主義のマンダ教らしい。マンダ教はIS台頭前にイラクで2000人程度まで信者を減らしていたため、もう存在しないのではないだろうか。

神様紹介bot(神ボ) ‏@myth_god_bot
マー ナー/マンダ教神話》マンダ教で最初に存在していたとしている至高神。名前の意味は「器」。彼はヨルダンと呼ばれる心地よい香りの白き水、活ける水を流出 する。そして、自らの輝きをその水に反射させ増幅させ、天上界を光で満たした。その輝きの1つ1つからはウトラと呼ばれる神格が誕生した。

真田 光 ‏@ksanada
http://twitter.com/myth_god_bot/status/512922752332730368 … 神様紹介botはマンダ教まで範疇なのか! ヨルダン川流域でユダヤ人により発生し、「キリスト教を経ずにグノーシス主義に至った」「旧約聖書全否定」な宗教な。周りから白眼視されてユーフラテス川流域に移動。安息日には毎度聖なる川に浸かる。

有閑無是 ‏@AlkanMuze 2012年12月4日
マー ニー教徒は、真のキリスト教徒として、原始キリスト教教会に取って替わろうとした。アルメニアでは、古いアーリア人のミトラ信仰が正統使徒教会の教えに塗 り替えられ、ゾロアスター教はズルヴァーン主義から二元論に変身、イスマーイール派はグノーシス主義のような宗教思想を四百年宣教し続けた。

flat face ‏@PlanusFacies 2012年6月18日
旧約および新約はそのまま受け入れてそこへクルアーンを追加するイスラームが現れると、政治的な少数勢力であったイスマーイール派がグノーシス主義やネオプラトニズムで理論武装し、オリエント世界における聖書ストーリーで最後の輝きを放った。

toroia ‏@toroia 2012年5月22日
【近刊】 『古代オリエントの宗教』青木健 「真のキリスト教」を自称するマニ教、最大の土着宗教ゾロアスター教、イスラームのグノーシス主義=イスマーイール派……。13世紀、「異教の魔神たち」が封印されるまでを描き出す異色の精神史!http://www.bookclub.kodansha.co.jp/books/gendai/#next01 … だそうです。

sasaQ ‏@kukiwakamelon 2013年9月9日
次は青木健の古代オリエントの宗教。 序章で既に混乱しそう。マンダ教って初めてきいた。旧約聖書を否定したユダヤ教徒。なのでその後の聖典も全否定。後々は洗礼者ヨハネを奉じる偽装。

有閑無是 ‏@AlkanMuze
『古代オリエントの宗教』(青木健著)の第一章「マンダ教の洗礼主義 一~二世紀のメソポタミア」まで読んだ。マンダ教は、東方で派生した「聖書のアナザーストーリー」の端緒。ユダヤ教徒から離脱したマンダ教徒たちは、メソポタミアで生き延びた。現代まで生き延びた唯一のグノーシス主義的宗教。

『古代オリエントの宗教』(青木健著)の第四章「ミトラ信仰とアルメニア正統使徒教会」まで読んだ。第三章「ペルシア国教ゾロアスター教ズルヴァーン主義」から。ゾロアスター教神官団は、外圧が加わらない限り、教義を書き記すことなどしない人々で、五世紀と九~十世紀の二度その機会があった。

『古代オリエントの宗教』(青木健著)読了。終章から。「聖書ストーリー」の東方進出から千年間、メソポタミアやイランの民の宗教的想像力の坩堝は沸騰し続け、様々な化学反応が起こっては消えた。マンダ教徒はメソポタミア南部の沼沢地帯で、ユダヤ教や原始キリスト教教会の全ストーリーに反抗した。

桃園穂鳥 @cawaU · 2012年1月13日
ア ラビア語の「純粋な兄弟たち」「純血兄弟団」の意。10世紀にイラクのバスラを本拠として活動したイスマーイール派の秘密結社の称。同派の教義と新プラト ン主義的ギリシア哲学の総合を図った「ラサーイル・イフワーン・アッサファー」なる大部な百科全書的論考を残し、その影響は西方世界(たとえば

菊池 ‏@kikuchi_8 1月23日
1)イスラム教シーア派の一分派イスマーイール派の一派ニザール派。通称アサシン派。アラムート山の砦に住む「山の長老」という教祖の命令で麻薬漬けにして洗脳した暗殺者を使い敵対者を暗殺する秘密結社。麻薬漬けで洗脳した暗殺者を使うという所が現代の諜報機関やカルトの手口を彷彿とさせる。

数学史bot ‏@historyofmath 4月7日
「古代オリエントの数学」 世界で初めて数学的考え方が生まれたのがオリエント地方であった。特にエジプトでは10進法を使った、バビロニアでは60進法を使った加減乗除が行われていた。加減はよしとして乗除は60進法では難しいため、バビロニアでは乗算表や逆数表が作られていた。

数学史bot ‏@historyofmath 5 時間5 時間前
ルネ・デカルト(1596-)① 最も大きな業績は解析幾何学、すなわち座標上で図形を考える幾何学を創始したことである。回りくどいようだが、これによってより高度な数学が発展していくことになった。著『方法序説』で知られるような学問探求の方法を考え出し、それを頼りにして研究を進めていた。

数学史bot @historyofmath · 4月9日
「エコール・ポリテクニーク」① フランス革命(1789)後、フランスは反乱軍と外敵に備えるため技術者を求めていた。そこで1794年に作られた高等教育機関がエコール・ポリテクニークである。初代校長はラグランジュ(1736-)で、数学を最重要視して教えた

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2014年10月24日
@kitsuchitsuchi
フランスで一番格が高いのは
ポリテクニークと言って、
日本で言う理工学部ですよ。
ヨーロッパは意外とキリスト教離れ
の傾向の方が強いです。
よほど熱心な信者でない限り
日曜の教会通いもやらなく
なってますし。


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年10月24日
@FeydoTaitei ポリテクニーク(理工系)が一番なんですね。グラントリアンの反キリスト要素(科学重視。百科全書)の反映かな。先述の序列は支配の道具としての序列だと理解しております。キリスト教(非理性)と哲学(理性。特にプラトン)による観念支配からは逃れられないでしょうね

数学史bot @historyofmath · 4月8日
「日本の数学の始まり」 日本の数学の起源は、六世紀に百済から仏教と共に暦が伝わったころに遡り、奈良時代の官吏は数学が必須科目だった。起源後1世紀までに成立した『九章算術』を教科書として、九九や算木を用いた算術を教えていたようだ。そこから戦国時代に至るまで数学上の進展はなかった

数学史bot ‏@historyofmath 4月7日
シュリニヴァーサ・ラマヌジャン(1887-)① 15歳の時に受験用数学公式集に出会い、それを見て自分が生み出した新たな定理・公式をノートに書き込むようになる。職場の勧めでケンブリッジの数学者ハーディにその一部を送ったことがきっかけで、バラモンの戒律に反するも渡英を決める。

筋トレ指導 ‏@tyhnrtr 4月8日
「最も天才は誰か?」という質問 (筋トレと全く関係ない) を受けたので答えます。 「ラマヌジャン」という人です。正直、アインシュタインが比ではないです。 現代スポーツに例えるなら、いきなり現れ、100m8秒台を出すような超人です。 pic.twitter.com/63KCQthMf7

【今さら聞けない】迷信・不思議な現象 ‏@SuzanneDebenede 4月6日
【ラマヌジャン】インドの天才数学者。極めて直感的、天才的な閃きにより「インドの魔術師」の異名を取った。彼の記したノートブックには3254個の公式が収められており未だ600以上の数式が未完成であるという。大学で系統的な数学教育を受けなかったため「証明」という概念を持っていなかった。

左畑 志門 ‏@SimonZajata 2012年9月22日
グノーシスの神話では、上層世界からこの宇宙に転落したソフィア(智慧の女性形)が、郷愁の念と姿も存在も見えない上層の神の姿をなんとかして見ようと嘆き、その嘆きから醜いヤルダバオドが産まれた。だからこの宇宙は不完全だが、ヤルダバオドは無知で、自らが宇宙を支配していると勘違いしている…

Mason Hayashi ‏@MasonHayashi 2011年8月5日
本来人間は神の子ですが、この堕落した世界の¬中で、自己の本質を見失い、眠り込んでいる。神の使者もまた光を見¬失い、眠り込んでいる「 I am God's child.この腐敗した世界に堕とされた」と歌う鬼束ちひろの「月光」は、グノーシスの世界像の表現¬そのもの(グノーシスの神話)

鈴木麻里 ‏@mari09april 2010年11月23日
グノーシスの神話において神的な存在を称する「アイオーン」は本来、「時代」「世代」を意味するギリシア語である…と読んではっとした瞬間に誰の忍び笑いが聞こえたかって、おっさんに決まっている。ダーウィンである。


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月10日
@kikuchi_8 スーフィーにも占星術的なシンボリズムありますね。まー、スーフィーってイスラーム世界のマギの末裔じゃないですか?(笑)バラカという神の恩寵をもたらすのも血筋で血統主義ありますし、このあたりヤジディやらイスマーイール派に繋がりまする。シーア派も占星術の流出世界論

菊池 ‏@kikuchi_8 4月10日
@lakudagoya スーフォーとマギはイメージ的に似ているような気がします(笑)イスラームにも血統主義の一派があるのですね。イスマーイール派と言えば、アサシン結社の組織構成がテンプル騎士団経由で西洋秘密結社に影響したという説があるそうです。流出論は古代神秘主義の基盤ですね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月10日
@kikuchi_8 イスマーイール派って面白いのですよね、呆れるほどにうちゅー論がクリスチャンカバラで(笑)10世紀のカイロのファーティマ朝がイスラームイルミちゃんやってて、天ぷら騎士団やらカタリ派や、スペインのカバリストが影響受けたのモロバレ過ぎて笑えるでせう。
カバラのメシア論って、モロにイスマーイール派のパクリですから笑えます。飛鳥昭雄の超古代のヌッポンのカバラガーとかこいつらにつける薬はない(笑)

そうなんですよね。でもカバラはイスマーイール派とイスラーム神秘がないと成立しないんですよ。地理的にもイスラームと西洋の中継地のスペインだし。その流れがポルトガルに保護された天ぷら騎士団とかぶり世界征服へGO!でせうよ。

えーとシーア派の理性主義根が深くて、イブン・シーナーとかイスラームの大哲学者がイスマーイール派の影響受けてます。このあたりのネタは井筒俊彦。ファーティマ朝とイスマーイール派とイスラームのギリシャ哲学大翻訳時代はリンクしてますよ。影響力半端ないです。

菊池 ‏@kikuchi_8 4月10日
@lakudagoya またもやイスマーイール派ですね。アサシン派を調べる文脈でしか着目したことが無かったので、古代中東世界とキリスト教世界を繋ぐ神秘思想として注目しようと思います。井筒さんは大学者ですね。イスラーム神秘思想の一元論についての指摘を読んだことあります。

音楽理論を広めるアフロの人 ‏@MusicTheoryNera 3月6日
歴史学においては、ギリシャ哲学はヨーロッパでは誰も知らない忘れられた存在になり、イスラム経由で入ってきたものが多いというのは常識でしたが、なぜか音楽理論だけはそのことについてほとんど触れられていないため、おかしいなと思っていました。

yunaster ‏@yunaster 3月2日
イスラムの体系の解説読んでたらギリシャ哲学としか思えないとこいくつも出てくるけどアラブに流れたアリストテレスのテキストあたりかな

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya
池上彰なう。イエメンのシーア派の話出てるけど、イエメンはイスラーム少数派のイスマーイール派あたりの残党が流れ着いてるぜ。芸能人の解説するイスラームの派閥解説薄すぎるぜ!

芸能人は、スンナ派とシーア派の解説をするけどな、イエメンのシーア派は七イマーム派(イスマーイール派)や5イマーム派なのよ。このあたりのシーア派のイルミちゃんあたりを解説しないのは何でよね?イエメンのシーア派は多数派の12イマーム派じゃないよ?

5イマーム派はザイド派ね。このあたりはスーフィーとかイスラームのイルミちゃんが流れ着いた土地なのよね。だから胡散臭い少数派がいるよ。

英国諜報機関が作ったイスラーム過激派。アングロサクソン系がなぜイスラームを恐れるのかと言うと、彼らはどんどん増えるんだよね。今世紀にはキリスト教徒を抜いて世界一になるんだよね、人口では。有色人種が増えることを心底恐れる白人だよ。だからイスラームが世界を席巻する前に宗教を操作すんだ

イスラーム過激派の神学の多くはプロテスタント神学がベース
だよ。非理性による、イスラム国のようなローマカトリックシステムの統治機構は、中世ヨーロッパを中東に出現しようとしてるのよ。サージ船長はイスラム国はレコンキスタと言ったが、イスラームのキリスト教化なのでレコンキスタが正しい

イスラーム原理(スンナ派)の神学は、ムスリム同胞団のサイード・クトゥブみたいに、本人の意志と理性を否定する神学なのよね。本人の意志と理性を否定して神に丸投げって、中世ヨーロッパのカトリックの支配システムとまったく同じなのよね。宗教指導者の言葉によるロボット化だよね。

こういう諺がある「本はエジプトで書かれ、レバノンで印刷され、イラクで読まれる」フセイン政権下のイラクでは、大変に知識人の育成に力を入れてたので中東ではかなり知的なレベルが高かった。でも、イラク戦争でアメリカは知識人をターゲットにして殺しまくって、無知と暴力による統治の基盤を作った


今、池上彰の生放送でやってるネタと新約聖書のヨハネの黙示録の内容を合せてみてくれ、そのまんまのアジェンダをやってるのがわかるだろう。そしてその混乱地域での救済活動する日本人ってなんのメシアごっこ?(笑)

池上彰の番組で芸能人の女「早く人種とか国境とか宗教とかなくなって平和になればいい」って何のわんわんワールドのテバサッキーっかしら?アダム・ヴァイスハウプトが女子の中で流行るかねぇ?

「西洋の教育は罪」とか抜かしたキリシタン臭いボコ・ハラムなのだけど、女は社会に出るな・大学に行くなというフェミ嫌いの連中の思想とまったく同じだよね。背後に聖書的なロゴスがあるのは間違いない。

なぜイスラム国やらその他のイスラーム原理が女子教育を嫌う真相は、イスラーム的な社会構造が崩れるからではなくて、女の子が無知で馬鹿で視野が狭いと賢い子が育たないんだよ。暴力による権力の体制を盤石化するには、馬鹿な子供が沢山生まれて使い捨ての駒にするのが一番権力者にとって美味しいから

(子育てをするのは女。だから女を馬鹿にすれば子供も馬鹿になる。よって男も馬鹿になる。まずは女を洗脳し支配せよ、さすれば男も必然的に洗脳し支配することができる。すべて人は女から生まれ、大半は女に育てられるがゆえに。
でも最近は男同士でも子供が作れるようになっちゃってまじでホモ支配層が欣喜雀躍以下略



‏@zonbey 3 時間3 時間前
@lakudagoya 無知で馬鹿で視野が狭くなるのは、教育によって・教育を受けない事によって のどちらですか? こんばんは。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 3 時間3 時間前
@zonbey どちらもありえますが中東のようにあまり書籍を一般人が読む文化がないところでは、女子教育をやめることは致命的ですね。だからと言って女性の社会進出が進み過ぎるのも子供が健やかに育ちません。私は女の子は家にいるのがいい派ですが、無知の推進はいけません

@zonbey 3 時間3 時間前
@lakudagoya なるぼど、本を読める環境すらなかったらそうか。ありがとうございました!

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 3 時間3 時間前
@zonbey いえいえ。日本のように書籍が溢れていて、本を読む習慣があるとこならいいのですが、そうでないところは学校教育だけが知識にアクセスできる唯一の方法なのですね。特に外に出ないイスラーム圏の女の子にとって女子校の存在は大きいです。またネットが普及すれば現状ましになりますが

ㅤ ‏@zonbey 3 時間3 時間前
@lakudagoya 私はフェミが政策だと知ってゾッとしたけど、(治療系のグループでフェミの存在を知った)それ以外の理由で嫌う人は何か偏った思想があるから?権力者が使いやすい馬鹿でいて欲しいのと同じ?

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya
@zonbey たしかにフェミはロックフェラー系の陰謀ですが、フェミ叩きやってるのは間違いなくキリスト教カルトですね。エホバと似たような勢力だと思いますね。サヨクとフェミが嫌いなのはいつだって聖書原理とワンセットなのてす。

フェミ叩きなのだけど、背後に聖書原理的な思想があるのは間違いない。でもな、それ以上にフェミの問題点というのは、社会というものは基本的に男だけの秘密結社だということさ。欧米のクラブクラッシャーが女のように、女の子は基本的に秘密結社で行動するようにはできてないから問題が起きる。

男と女の違いを書いてあった何かの本には、男社会は基本的に縦社会なんだよ。で、女の子は仲良しグループになる。ピラミッド型の社会では、地位やその他の格付けによって相手が上か下か認識する。だから、男の子はそういう組織に入って年功序列的に位階が上がるのは、精神の安定の上で極めて大事
なの

男と女の違いを書いてあった何かの本には、男社会は基本的に縦社会なんだよ。で、女の子は仲良しグループになる。ピラミッド型の社会では、地位やその他の格付けによって相手が上か下か認識する。だから、男の子はそういう組織に入って年功序列的に位階が上がるのは、精神の安定の上で極めて大事なの

おいらはね、こーさくいんから「これからは没落するヨーロッパに代わってイスラームが世界を席巻する」と4年前に聞かされたのよね。今、その通りになった。でもその世界を席巻するイスラームはクリスチャン化したイスラームだ。イエズス会もよっぽど頑張っている事だろう。

最後に、学校の受検偏重教育からマイルドヤンキーの反知性主義もどきが生まれましたが、これは日本の庶民にあった階層に関わらず本を読む文化や、日本的な倫理感の継承を断絶させて、劣化したスラム街人種を作る罠ではと思いましたよ。お疲れ様でした。

ノーベル賞受賞者のマララちゃんの講演ってさ、なんかこう、そいつの生の言葉というより、モロにノーベル賞向けにデザインされた講演みたい。更に綺麗なイギリス英語で、あの講演のトークのやり方もプロ仕込みって素人のおいらでもわかるよね。つまりこの子、子役なんだよね?

一応イスラーム世界の道徳ってやつは、お金持ちが沢山寄付をしてインフラ整備したり、貧しい人を支えたりするのが一番の道徳なのよ。で、イスラームには共同体意識があるから、お金持ちが寄付をしないで富を溜め込んだりするのはイスラーム共同体の中では殺されても仕方ないほど不道徳だと考えられてる


でもね、西洋の教育を受けると個人主義を歪曲した、利己主義を肯定する思想の影響を受ける人が多いんだワ。たとえムスリムでもね。国家の富を私物化して社会に一切還元せずに溜め込んで私腹を肥やすのと同時に国家の富を欧米のために差し出すのを同時進行でやるわけよ。それに対して一般人はキレてる。

よく考えたら、イスラーム過激派の台頭なんざほぼ全てと言っていいほど欧米の植民地政策のせいなんだよ。欧米の搾取経済やドルやユーロの金融機関による、貧しい国でのハイパーインフレでの生活苦などほんと欧米が悪いよ。でも、イスラーム的な弱者救済が人口問題を引き起こしてるのも確か

イスラーム世界は、キリスト教の植民地国家と違って弱者救済が今も機能してる。アフリカのように飢餓や不衛生で亡くなる事はない。衣食住などの最低限の生活はできるわけよ。サダカやワクフという制度があるから。で、喜捨で建てられた病院も沢山ある。なので何はともあれ貧乏人でも死ぬことはないわけ

イスラーム世界は西洋の個人主義と違って、アブラハムの宗教ど真ん中の、子供が多ければ多いほどいいという子孫繁栄的な価値観を持ってる。なので、別に一夫多妻でなくても子供が沢山生まれるんですよ。で、さっき言った貧困層に手厚い制度。何が起こると思いますか?人口爆発ですよ。

子孫繁栄が幸せという価値観の世界で、貧困層が死なない手厚い福祉。こりゃ、人口爆発が起きるわけですよ。で、中東は近代産業がないからいくら高学歴でも仕事がない。近代産業起こすには綺麗な水が必要で、ここは生憎、水は宝石のように貴重なとこ。沢山の就職できない若者が生み出されるわけですよ。

イスラーム世界はソープやキャバクラはご法度なので、仕事がなくて就職できない若者は結婚もできない。更に結婚するにはマハルというお金がいる。大体相場は年収の3倍から4倍を渡す。そして男性側が家や車も用意しないといけない。なので結婚できない男を集めて、天国でヤれるという餌で自爆テロを

美味しい思いできなかった負け組の男の子には、僅かばかりの金と女と権力の参加意識と理想を与えておけば、上手くコントロールできるという欧米のエリートのニヤケ面が見えてキモいです。そしてそいつらも目的を達成したらペテロ君の地引網で一網打尽にして蒸発させてしまえばいいので、後腐れがないよ


希望を胸に! ‏@atsuchaman 2 時間2 時間前
@lakudagoya もしくはボコハラムのように女子高生を100人誘拐して戦士のセフレにする。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya
@atsuchaman それもやってますね。コンプレックスのある男が良家のお嬢様とヤれるので有頂天になるので、馬鹿を操るツールとしては最高なのでしょう。

ネズミさん ‏@Nezmi_san 2 時間2 時間前
@lakudagoya 人生は「人が生まれる」であるから・・・

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya
@Nezmi_san その人が生まれることを否定的に考えてるのがグノーシスもどきのアチラですよね?白人は人口爆発を恐れる

etsuko ‏@etketketketke 1 時間1 時間前
@lakudagoya 子孫繁栄の考えが強い地域は、生き残りの厳しい地域の教えかと思ったら、違うんですねー。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya
@etketketketke 別の意味で部族間抗争とかで、生き残りは激しいとこありますが、助け合いも強いと

セネカ君凄い。 「宗教は大衆からは真実と、賢者からは偽りと、そして支配者からは便利なものとみなされる」 ― 小セネカ

ならおいらはもういっちょ「大衆は真実を知らないわけではないから大衆を動かす場合は真実に訴えかけろ!」マルクス・キケロ


あっら、リチャコシってキケロのパクリ?

ああ、さゆふらっとまうんどね、あいつかなーり前からこーさくいん疑惑あるよ。でもね、こーさくいんは生簀で泳がせておいて挙動を見てニヤニヤするってのが、Twitterでの正しいいんもー論でせう(笑)むやみやたらと正義感で喧嘩すると損するとわかりますた。

セネカ君は相変わらず神なのだけど、キケロも凄いよね。図書館にあるキケロ全集に手を出してみりゅ?つまんないと思うけど、これ政治学を志す欧米の超リア充の愛読書でナントカのカーネギーより価値あるからな?若者の政治参加(笑)とか言ってニコ生で暴れてるネトウヨ君も是非読んでみてねー♡


イスラーム原理というのは、イスラームの非モテ君たちのルサンチマンを吸収するための装置なんだよね。アメリカ主催のさ。で、沢山戦闘員が集まったら空爆であぼーん。ええ、これこそがクリスチャンお得意の「人間を漁る漁師にしてあげよう」
という、セネカ君が書いた新約聖書の悪知恵なのでしょーか?

(聖書の記述者後カバラについては怪しいデマが横行しています。
多神教で怪力乱神を語らずの儒教の八卦、易(易経は儒教の教典の一つ。×道教)が、一神教で新プラトン主義のカバラの元ネタっておかしいし。
儒教は基本オカルト嫌いだしね。 易経が今ではオカルトだけど…… 当時は最先端科学
でした。


以前にバウアーが「新約はセネカが作者(の一人)説」を主張したことに対して私の意見を書いていませんでしたのでここで書いておきます。

セネカのプロフィール
ストア派
第5代ローマ皇帝ネロの幼少期の家庭教師。治世初期にはブレーン。
アレクサンドリア出身でプラトン哲学の流れを汲むソティオンや柱廊学派(ストア派)のアッタロスらに師事。
エジプト滞在歴あり。
ネロに自殺を命令されて自害(新約を書いたからではない)。


キリスト教を弾圧したネロ帝の家庭教師でブレーンだったセネカが新約書いたっておいおい。
64年ローマの大火
(ネロ帝はローマ市内のキリスト教徒を大火の犯人として反ローマと放火の罪で処刑)
65年ネロを退位させようとしたピソの陰謀が露見
(に加わったと疑われたセネカにネロが自殺を命令し、セネカは自死。)

ネロによって放火犯の一味として処断されたキリスト教指導者パウロとセネカが書簡をやり取りしていた、とされていたが、その書簡自体が全くの偽作であったと確定しているそうです。
ネロのせいで死んだからセネカをキリスト教側にしたかったの?
でもストア派って理性主義的で仏教的な思想だからキリスト教=非理性と真逆じゃん。
それとも本当は自殺を命じされた理由が新約の作者だから?
でも新約が支配層向けの「啓蒙」書ならもっと理性主義では?
セネカが新約書いたのが支配層にバレないのがおかしい。
支配層向けとしたのは識字率の関係で本が読める人が支配層ばかりだったからです。
セネカが新約の作者(直接書いた)である可能性は極めて低いと私は判断します。
セネカの著作を影響を与えたかも疑問。


“青年ヘーゲル派(ヘーゲル左派)について。 百科全書派などと同様、左翼の源流の一つです。メーソンの内、反キリスト教=新キリスト教=一神教的多神教容認の要素がかなり強い派閥の思想です。

誕生のきっかけは、19世紀にドイツのシュトラウスが福音書を神話だとし奇跡を否定し、史実ではないと主張したこと。
要は、イエスなんて実在しない単なる架空の人物じゃん、聖書は単なるお話であって歴史書じゃないよってことです。
シュトラウスは進化論に立脚した汎神論的な思想を持っていました。

福音書は全て史実派(聖書完全肯定)←ヘーゲル右派(老ヘーゲル派)
福音書は部分的には史実(聖書部分否定)←中央派
福音書は全て史実ではない(聖書完全否定)←ヘーゲル左派(青年ヘーゲル派)

彼以外にキリスト神話説(キリスト非実在説)を唱えたヘーゲル左派の人にブルーノ・バウアーがいます。 バウアーはセネカを「キリスト教の叔父」(要は作者の一人)としております。 新約の作者はセネカってことです。別に神憑りして書いたのではないことがポイント。ローマ帝国のエリートにしてストア派哲学者がセネカであり、庶民が書いたなんてありえないってことです。
そもそも、当時は識字率がかなり低いから、字の読み書きができる人なんて大抵はエリートだったのであり、新約聖書を読んでいた階層は聖書が歴史的事実だと思っていませんよ。古代宗教に似過ぎですから、元ネタがバレバレでしょう

青年ヘーゲル派のシュティルナーは自我=「唯一者」を徹底的に重視する思想を展開しました。 シュティルナー自身はアナキストを自称していませんでしたが、徹底したエゴイズムの立場から、権力を否定しました。

よってシュティルナーは、アナキズム、マルクスとエンゲルス(共産主義)に深い影響を与えました。 ヘーゲル左派の思想って、従来のキリスト教否定の作品を作っている宮崎駿の思想に似ていませんか?


オウムはインド風に偽装しているけど神vs獣の善悪二元論・終末論・ハルマゲドン・隣人愛でわかるように中身はキリスト教!
オウム思想の中核は神智学(インド風キリスト教。創世記とギリシャ哲学の動物蔑視)の霊性進化論
=神か獣かの善悪二元論+霊的カースト制度。
神智学がユダヤ陰謀論=キリスト教の伝統を広めるのに協力。
大田俊寛著『現代オカルトの根源』(ちくま新書)。
「誠の神様はただ一柱」とする大本教は「天地の創造神」というキリスト教的な神を導入しつつも多神教の枠組みを一応維持していた平田派神学以上にキリスト教。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-75.html

“イエスが存在しなかった可能性がはじめて学問上の注目をあびたのは、19世紀のドイツの歴史家ブルーノ・バウアーによってである。バウアーがボン大学で教鞭をとっていた時期(1839年-1842年)に発表した一連の研究の中で、バウアーは福音書の歴史的価値について議論した。バウアーによれば、ヨハネ福音書は歴史物語として作られたものではなく、ユダヤのメシアについての考えを哲学者フィロンの「ロゴス」概念に適応させるために作られたのだという。マタイ福音書・ルカ福音書については、バウアー以前の批評と同様、マルコ福音書の記述を下にしているとしている。だがバウアーは、マタイ福音書・ルカ福音書がマルコ福音書ではない共通の伝承が元になっているという定説を否定した。
バウアーによれば、イエスの誕生(en:Nativity of Jesus) に関するマタイ福音書とルカ福音書との間で相違があること、およびこれらの福音書中にあるマルコ福音書から直接とられていないと思われる要素にもなおマル コ福音書的な考え方がみられることなどから、この説は除外できるとしている。むしろバウアーは、マタイ・ルカ福音書に共通してみられる内容については、マ タイ福音書がルカ福音書を元にしていると結論した。ここから、福音書中の伝承すべてがひとりの作者(マルコ)に沿って追跡できることになり、福音書の完全 な創作説が信頼性を帯びはじめた[74]のである。またバウアーは、ティベリウス時代のユダヤ人の間にはメシアへ の期待感はなかったと考え、したがってマルコがイエスをメシアとして描写しているのは後世のキリスト教観念による後付けにちがいないとした。さらに、福音 書中の細かな描写の中に歴史的事実やイエスの実際の発言とは考えづらいものがあるのは、キリスト教コミュニティの生活が反映されたとすることで説明できる と主張した。[75]バウアーはさらに、「アレクサンドリアのユダヤ人フィロンは紀元40年ごろ、きわめて高齢であったがまだ生きていた。彼が本当のキリスト教の父である。またローマの禁欲主義者セネカも、いわばキリスト教の叔父である[76]。」と結論している。
バウアーは史的イエス自体の実在問題については留保しており、パウロ書簡の研究も未解決のままにしていた。だが公表されたバウアーの意見は正教会に反するものであったため、バウアーは1842年に講師の座を追われた。[77]1850年から1851年にかけて発表された福音書に関する研究書の改訂版では、バウアーは書簡集全体の成立年代を2世紀のものと考えて、イエスは実在しなかったと結論した。キリスト教の起源に関するバウアー自信の説明は、1877年に発表された。セネカ(バウアーは、セネカが自身の哲学に基づいた新たなローマ州を作ろうとしていると考えた)のストア派と、フィロンのユダヤ神学とが合わさり、ヨセフスなどの親ローマのユダヤ人によって政治的に作り上げられたジンテーゼであるとした。[78][79]バウアーによれば、マルコはセネカのストア派哲学に影響されたイタリア人である。[78]キリスト教の動きはローマとアレクサンドリアで盛り上がったが、小プリニウスからトラヤヌスへの手紙(110年代)以前の資料はないが、それから50年をかけて、マルコおよびその後任者は当時よりもはるか昔の創設神話を作っていったとしている

キリスト神話説(英語:Christ myth theory キリスト神話・イエス神話・キリスト非実在説とも)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E7%A5%9E%E8%A9%B1%E8%AA%AC#.E3.83.96.E3.83.AB.E3.83.BC.E3.83.8E.E3.83.BB.E3.83.90.E3.82.A6.E3.82.A2.E3.83.BC

“Bauer argued that Jesus had not existed, and in 1877 in Christ and the Caesars he suggested that Christianity was a synthesis of the Stoicism of Seneca the Younger and of the Jewish theology of Philo as developed by pro-Roman Jews such as Josephus.[”
http://en.wikipedia.org/wiki/Christ_myth_theory#Bauer


帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya · 4月8日
神はカインの捧げものを呪われたという話はな、農業や製造業は搾取の対象でしかないという大地に根ざした生き方を憎む思想なの。だから今の聖書的な思想でやる農業は、商売の原理でやるから土地が死ぬ

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 8月4日
ところで一箇所気になる部分が ケリー篠沢版聖書マンガにはある。 アベルとカインの物語の解釈についてだ。
実はカインが農奴の様に描かれている。
逆にアベルは遊んでばかりで、
年老いたアダム、エバ、アベルの
面倒を見ているのは長男である
カインなのだ。
つまりカインはアダム親子達に
”搾取”されている。
そんな報われない毎日を送るカインは
神であるヤハウェなら自分の境遇を
理解してくれるはずだと、収穫した
野菜を捧げものとしてお供えする。
ところがヤハウェはアベルの供え物
の方を選択する。殺したばかりの
子羊だ。
仰天するカイン。なぜこんな結末に
なったのか理解出来ていない。

そこでアベルが驚愕の発言をする!
「ダメだよ兄さん、ヤハウェ様に
備える捧げものは”血”と”命”で
なくちゃ。あれほど言ったのに!
父さんと母さんの犯した罪を償う
には”血と命”を生け贄にするのが
必須
なんだよ!!」
・・・この弟、完全に狂っている......

身の危険を感じたのか、カインは
咄嗟にアベルを殺してしまう。
しかし、結果的にカインは弟殺しを
咎められ、ヤハウェに追放される。
ちなみに今書いた話はオリジナルの
旧約聖書にはない解釈である。
ここから得られる教訓は、
アダムの時代に既にインド・アーリア
社会に見られる「職業」に人間の
分別、「カースト制度」が確立されて
いたことである。
カースト社会では農家は奴隷の様に
扱われ続けて来た。仕事の内容が
キツイからだ。
支配者は出来るだけこんなブラック
職業に就きたくない。
だが、酷な事に”農作物”は基本的に
”食糧”としての用途しかない上、
長期保存も難しい。
これと比較して”牛”等の家畜は食糧
だけでなく、衣類の原料、耕作機械、
戦争用の兵器(戦車)と、実に
様々な用途に使えた。
だから、インドの聖仙ヤージュニャヴァルキヤ
も国王を哲学で論破した褒美として
牛を受け取っている。
また古代世界で金持ちか貧乏かは
所有している家畜の量で決まった。
恐らく、アベルの地位がカインより
高かったのはこう言った古代アジアの
文化背景が起因していたのだろう。
つまりカインの”アベル殺し”は
古代における「農民一揆」
として
捉えるのが筋であろう。
アベルは恐らく”クシャトリヤ”階級。
要は軍人であり、アダム一族を外敵
から護る役割を担っていたに違いない。
所詮、農民風情のカイン一族が
反乱を起こした所で軍人一族である
アベル族に致命的な打撃を加える事は
できなかったのだろう。
結果、カイン一族は逃亡を図る。
それが唯一”地獄の搾取社会”から
逃れる現実的な選択肢だったからだ。
ところで興味深いのが、カイン一族の
その後である。
カインの子孫はなんと「農家」から
「鍛冶屋」へとジョブ・チェンジしてしまう!
”鍛冶”というと農具の製作もあるが、
基本的には”武器”の生産/開発である。
そしてカイン達は”定住”することを
避ける。
”定住”してしまえばより強い部族の
侵略を受けまた「農奴」へと逆戻り
するリスクがあるからだ。

旧約聖書にはカイン一族のその後は
不明である。記載がない。
しかし、カイン一族は何のために
「武器職人」へと転職したのか?

また興味深いことにケリー篠沢は
ヤハウェが刻印したカインの額の
印を「十字」型に描写している。
恐らくカインの末裔達は、
自分達を迫害したアダム一族に
”復讐”するつもりなのだ。
「強力な兵器」の開発を続けながら...
なぜカインの刻印が「十字」か?

実は聖書にはカインの刻印の詳しい
描写については一切言及されていない。
では「十字」がどこから由来するのかと言うと、
ユダヤ教の「カバラ文献」である。
十字というのは古代フェニキア文字
の最終文字をバッテン・マークで
表していた事に由来する。
それが古代ヘブル文字の時代に角度が
垂直になり「十字」となる。
「十字」はカバラでは聖四文字
”テトラグラマトン”、”YHVH”を
象徴している。
これが”ヤハウェの刻印”の正体である。
ユダヤ人ラビの話に拠ると、
この刻印が付いてても、実際には
かなりのカイン族が殺されていたらしい
。(笑)

ヤハウェのご加護も余りアテに
ならなかったということだろうか?(笑)
ユダヤのラビ達の言に拠ると、

キリスト教徒が胸の前で「十字」を
切る動作はカインのこの刻印がモデル
になっているらしい。
つまり「強力な兵器」を携えて、
アダム一族に復讐を企てる者、
その正体は......

これ以上は恐ろしくて言えない。

wikipedia bot スマホ対応版 ‏@WikiBot_SmaPho 1月3日
ヤージュニャヴァルキヤ http://goo.gl/30xd5U ヤージュニャヴァルキヤ(Yājnavalkya)は、ウパニシャッド最大の哲人、「聖仙」とも称される古代インドの哲人。紀元前7世紀から紀元前6世紀にかけて活躍した。生没年不詳。ウッダーラカ・アールニの弟子...

川崎 悠太(コーチ、トランスガイド) ‏@meditationartYK 2012年8月24日
@ynabe39  ヤージュニャヴァルキヤが”「自己」と「身心」は別物である。「自己」と「思考」も別物である。しかし、思考や身心を自己だと勘違いしているが故に人間は真の幸福を手にできないでいる”という話をしていたみたいですが、これって心理学的にはどうなんですか?

ハコ[゚д゚]SDT ‏@hakoiribox 2012年9月4日
神「貢ぎ物くれよ」
カイン(兄)「では私は育てた野菜を」
アベル(弟)「私は育てた子羊を焼肉にします」
神「俺は肉だけもらうわ、野菜嫌いだし」
アベル「やったー!」
カインoO(殺す、こいつ絶対殺す……)
こうして人類最初の殺人事件が起きました。

ウル ‏@abe_dragonslay 2011年8月22日
#memo_ul 牛は征服者のシンボル?牧畜民と農耕民の対立の神話化→「牧人のドゥムジと農民エンキムドゥの争い」→旧約聖書のカインとアベルの物語のテーマ(『ヤーウェは農民カインの捧げた野菜ではなく牧人アベルの携えた動物の犠牲のほうを喜ぶ』)

旧約聖書~創世記~より ‏@BibleJP_Gen 2012年12月16日
主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。 (創世記 4章 15節)

旧約聖書~創世記~より ‏@BibleJP_Gen 2012年1月9日
わたしは受ける傷のために、人を殺し、受ける打ち傷のために、わたしは若者を殺す。 カインのための復讐が七倍ならば、レメクのための復讐は七十七倍」。 (創世記 4章 23~24節)


独和対訳聖書bot ‏@dejabible 4月9日
Nein; sondern wer Kain totschlägt, das soll siebenfältig gerächt werden. いや、それゆえカインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう。(創4.15)

創世記
http://ikitamizu.com/baible/old-01-Genesis.html#4
” カインとアベル
4:1 さて、アダムは妻エバを知った。彼女は身ごもってカインを産み、「わたしは主によって男子を得た」と言った。
4:2 彼女はまたその弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。
4:3 時を経て、カインは土の実りを主のもとに献げ物として持って来た。
4:4 アベルは羊の群れの中から肥えた初子を持って来た。主はアベルとその献げ物に目を留められたが、
4:5 カインとその献げ物には目を留められなかった。カインは激しく怒って顔を伏せた。
4:6 主はカインに言われた。「どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。
4:7 もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない。」
4:8 カインが弟アベルに言葉をかけ、二人が野原に着いたとき、カインは弟アベルを襲って殺した。
4:9 主はカインに言われた。「お前の弟アベルは、どこにいるのか。」カインは答えた。「知りません。わたしは弟の番人でしょうか。」
4:10 主は言われた。「何ということをしたのか。お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる
4:11 今、お前は呪われる者となった。お前が流した弟の血を、口を開けて飲み込んだ土よりもなお、呪われる
4:12 土を耕しても、土はもはやお前のために作物を産み出すことはない。お前は地上をさまよい、さすらう者となる。」
4:13 カインは主に言った。「わたしの罪は重すぎて負いきれません。
4:14 今日、あなたがわたしをこの土地から追放なさり、わたしが御顔から隠されて、地上をさまよい、さすらう者となってしまえば、わたしに出会う者はだれであれ、わたしを殺すでしょう。」
4:15 主はカインに言われた。「いや、それゆえカインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう。」主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしるしを付けられた
4:16 カインは主の前を去り、エデンの東、ノド(さすらい)の地に住んだ。
4:17 カインは妻を知った。彼女は身ごもってエノクを産んだ。カインは町を建てていたが、その町を息子の名前にちなんでエノクと名付けた。
4:18 エノクにはイラドが生まれた。イラドはメフヤエルの父となり、メフヤエルはメトシャエルの父となり、メトシャエルはレメクの父となった。
4:19 レメクは二人の妻をめとった。一人はアダ、もう一人はツィラといった。
4:20 アダはヤバルを産んだ。ヤバルは、家畜を飼い天幕に住む者の先祖となった。
4:21 その弟はユバルといい、竪琴や笛を奏でる者すべての先祖となった。
4:22 ツィラもまた、トバル・カインを産んだ。彼は青銅や鉄でさまざまの道具を作る者となった。トバル・カインの妹はナアマといった。
4:23 さて、レメクは妻に言った。「アダとツィラよ、わが声を聞け。レメクの妻たちよ、わが言葉に耳を傾けよ。わたしは傷の報いに男を殺し/打ち傷の報いに若者を殺す。
4:24 カインのための復讐が七倍なら/レメクのためには七十七倍。」
4:25 再び、アダムは妻を知った。彼女は男の子を産み、セトと名付けた。カインがアベルを殺したので、神が彼に代わる子を授け(シャト)られたからである。
4:26 セトにも男の子が生まれた。彼はその子をエノシュと名付けた。主の御名を呼び始めたのは、この時代のことである。”

36. 主の御名によって祈ることを始めた
http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E4%B8%BB%E3%81%AE%E5%BE%A1%E5%90%8D%E3%81%AB%E3%82%88%E3%81%A3%E3%81%A6%E7%A5%88%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%92%E5%A7%8B%E3%82%81%E3%81%9F
“【新改訳改訂3】
セツにもまた男の子が生まれた。彼は、その子をエノシュと名づけた。
そのとき、人々は【主】の御名によって祈ることを始めた。
セツにもまた男の子が生れた。彼はその名をエノスと名づけた。
この時、人々は主の名を呼び始めた。
【新共同訳】
セトにも男の子が生まれた。彼はその子をエノシュと名付けた。
主の御名を呼び始めたのは、この時代のことである。
【NKJV】
And as for Seth, to him also a son was born; and he named him Enosh.
Then men began to call on the name of the Lord.
(…)
「エノーシュ」אֱנוֹשׁの語源は動詞の「アーナシュ」ׁאָנַשׁで、 「壊れやすい、なおらない、癒えない」といった宿命的な弱さを表わすことばです。こうした弱さのゆえに、セツの系譜の人々は、主の助けがなければ罪の誘惑 に勝てないことを悟ったのかもしれません。「弱さを持った人」としての「エノシュ(人、人々)」の誕生は彼らをして「主の御名を呼ぶ」ことを始めさせまし た。”


AK ‏@ho_ro 5月13日
●ミトラ教の聖なる日は、日曜日である。『旧約聖書』によれば安息日は土曜日であったが、キリスト教はミトラ教の影響で、安息日を日曜日にした。


村手 さとし ‏@mkmogura 2013年11月5日
安息日とは本来ユダヤ教でもカトリックでも第七曜日、土曜日である。実は日曜日、第一日のSunday、太陽の日に休むというのは、紫外線に弱いために有色人種に迫害された白人思想によって近代に変化したもの。元々のカトリックは有色人の思想でありプロテスタントはそこから白人至上主義化したもの

阿蘇の史(さかん) ‏@asonosakan 2013年5月23日
クリスマスが設定されている12月25日は、もともとミトラ教の太陽神の生誕日で、冬至を過ぎた太陽の復活を表すものだったらしい。カトリック教会が整備されつつあった三世紀中頃のローマで、ミトラ教の影響を受けながら信仰の形式が定められたと。あとユダヤ教の安息日(土曜日)に代わって

senjirou -/\- ‏@senjirou1 2014年3月9日
 キリストがミトラの”パクリ”ほぼのようです。もちろん反対論も強烈でしょう二千年間殺しに殺してきたんだろうから 嫉妬キリストよりミトラの方が先、宗教はビジネス生きる糧絶対譲れないでしょう。そのために豚も食わず、安息日厳に聖別し、ことによったら子供さえ生贄にしてきたのに聖書の民ー


小野 満麿 @onomaro · 2014年2月25日
■5■こうしてできた黄道12星座と7惑星の象徴体系を世界中に広めた主役は、ミトラ教のマギ(カルデアン・マギ)である。アケメネス朝は新バビロニアとメディアを併合した後、前517年に改暦を行った。新暦(アケメネス暦)は、古ペルシア暦(ミトラ暦)とゾロアスター暦の両方にとって代わった。

Gliese581g ‏@CasusBelli1984 2011年3月28日
イスラム教アラウィー派 メモ 少数異端、信徒はシリア人口の1割強 アサド大統領一族含め軍やバース党の有力者を多数輩出する支配層 教義は男性のみに伝承 善行積めば人間に、悪行積めば不浄な動物に生まれ変わる業による輪廻転生と4代カリフのアリーを神格化する独自思想

Kuantan @Kuantanlog · 11月5日
アラウィー派 http://bit.ly/1tZkZmn イスマーイール派やキリスト教にシリア地方の土着宗教の要素があわさったと考えられる独特の教義を持つ。女性に魂はないとされるため、教義は男性のみのサークル内の秘伝とされ、神秘主義の色彩が強い。シリア北西部に独自の神殿をもつ

Kuantan @Kuantanlog · 2011年5月8日
シー ア派といわれるグループに属するセクトには、アラウィー派の他にも輪廻転生思想をもつセクトがある。ドゥルーズ派とか。ドゥルーズ派は神秘的な傾向が強 く、グノーシス主義や新プラトン主義の影響を受けているとされる。スンニ派からは勿論、他のセクトからは、イスラムではないと見なされている。

ёkoньян XXIV @iocanus · 2012年9月25日
「シーア派を含むイスラム教の多くの派との明確な相違も多く、クルアーン(コーラン)を用いずに独自の聖典をもち、礼拝(サラート)の向きはメッカ(マッカ)の方向ではなく、人間が輪廻転生することを信じる。」(WikipediaJP「ドゥルーズ派」)

Gliese581g @CasusBelli1984 · 2010年12月31日
ス ンニ派と対立し偶像崇拝・救世主思想を持つシーア派もムハンマドの子孫(サイード)であるイマームの後継争いと断絶で枝分かれして12イマーム派、イスマ イール派、輪廻転生を信じるアラウィー派とか、クルアーンを読まずメッカにも向かわないドルーズ派。血統主義を否定したザイド派なんてのも。


U @wayofthewind · 3月5日
高度な技能の伝承って、マンツーマンじゃないと難しい。徒弟修行だと、並の人間でも上位と同等の能力を身につけられるから、欧州はこの制度を残しているんですよね。北米なんかは人口が多く競争社会なので、天才が勝手にあらわれます(笑) @lanekota


U (公式bot) @wayofthewindbot · 3月6日
RT lanekota: フランスは旧植民地の利権をがっちり握ってる。教育からフランスに貢ぐ売国奴を育てて、資源や農産物を安くゲットする仕組みがあるわけ。そのツールがキリ スト教のカトリック。コシミズはユダヤ陰謀論を唱えても、今も続く植民地支配についてはスルーなのがすごく ...

神様紹介bot(神ボ) @myth_god_bot · 2月28日
《プタヒル/マンダ教神話》アバドゥルによって黒き水から生み出された者。アバドゥルの命により闇の世界に踏み入れ、大地と高みに天蓋を生み出した。また、闇の世界の邪悪な女霊ルーハーの子供である惑星達に人間を作らせた。

knznymmmy @knznymmmy
ルーハって確か屁ブリ語でも霊魂とか そんな意味だったな
うん。今見直ししたらBHSの創世記1章2節に出てくる

ベレシート バラー エロヒーム
エット ハシャマイム ヴェ エット ハアレツ(1節)

ヴェ ハアレツ ハイター トフ ヴァヴォフ
ヴァ ホシェフ アル ペネー テホム
ヴェ 「ルアハ」 エロヒーム
メラヘフェット アル ペネー ハマイム(2節)

「ルアハ エロヒーム」で「神の霊」

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 17 時間17 時間前
@knznymmmy ルアクですよん。アラビア語ではルーフ(ルフ)

knznymmmy ‏@knznymmmy 14 時間14 時間前
@lakudagoya おおーう、先生、これはルアクでもルーハでも同じですよ。
なぜならば最後の文字がヘット(↓これ)
ת
つまり日本語のカ行のようでもありハ行のようでもある。 だからカタカナ表記にした時点でどっちでも五十歩百歩です

ル「ア」クとル「ウ」ハは別じゃねえの?ってのも
どうでもいい事です。母音は当のユダ公ですら忘れちゃって
泣きながらニクダー作ったという黒歴史があるので
どっちが正解だかわからないし、それどころか下手こいたら
ローハが正解とか予想外のオチ
すらありえます

世界史bot@アギナルド ‏@Sekaishi_b
現在、中東諸国の多くの国旗に使われている黒・緑・白・赤の「汎アラブ色」。歴史的な背景でいえば、黒はアッバース朝、緑はファーティマ朝、白はウマイヤ朝とその他諸王朝、赤はムハンマドを表します
シーア派の王朝であるファーティマ朝は、アリーを父、ムハンマドの娘ファーティマを母とする者の子孫であると自称しました

Mizuki Rena ‏@mizukirena 5月30日
ファーティマの手Yad Fatima:護符・民間信仰/イスラム圏 イスラム世界で愛される護符。 開いたてのひらの部分に目を描いた形象。 紙に描いたり、金属板に打ち出したりして使う。近年キーホルダーとして売られている。万能のお守り。 ファーティマは預言者ムハンマドの娘でアリーの妻。

https://twitter.com/FeydoTaitei/status/669057025184133121
フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年11月24日
前、ねここねこさんが扱った
ファーティマの手を調べてた
んだけど、英語のwikiだと
手の部分はシュメールの
イナンナ女神の手で、つまり
アルテミスちゃんでもあるし、
ヴィーナスちゃんでもある。

ヘブライ語だとミリアムの手
だけど、これマリアのアラム語

読みでしょ

で英語wikiだと手のシンボルは 元々シュメール派生でギリシャ 経由でアレキサンダー大王が 中東に伝えたと書いてある。 目玉の方は中東起源みたいで 邪眼ってヤツなんだけど、 英語wikiだと碧眼や緑色の 瞳を持つ人種に多いらしい。

で、英語wikiだとギリシャ人は この邪眼族はポントスとスキタイ の連中だと信じてたらしい。 スキタイといえばアングロサクソン が自称ご先祖様と呼んでる連中で 結社でも使う髑髏杯の文化を 持ってる連中。

fateのアルテラちゃんも あっちの方だし、メディア おばさんの出身地でもあるw 勿論、鳥山明の後継者の 森薫の漫画の舞台もあっち の方w

で、日本版wikiにはこの 邪眼避けのお守りが いくつか紹介されてるんだけど 有名なのはトルコのお土産の 青い目玉ね。 だけど古代ローマではこれが 使われてたらしい。 pic.twitter.com/ctVrmXpGui

これ、ファリックって言うんだ けど、ここでピンときた人が いると思うw そう!テルマエロマエの付録ね。 pic.twitter.com/fGV6qksCpx

このお守りが目玉封じの 用途に使われてたという事は、 もう分かっただろうw テルマエロマエは確信犯だww

女陰を封じるなら男根ってことですねわかります)
















麗子デラックス ‏@part0038 2012年9月13日
イスラム教のシーア派(シーア・アリー派)は、預言者ムハンマドの従兄弟・女婿である(正統カリフ4代)アリー及び子孫を後継者として奉じるイスラム諸分派の総称。穏健的な十二イマーム派(イラン)、アラウィー派(ヌサイリー派=シリア・アサド王朝)、ザイド派(北イエメン)「イスラム辞典より」

NaoNico ‏@NaoNico00 5月22日
シリアを実質的に支配するアラウィー派(10%)はシーア派に属すとされるが、輪廻転生説を取り入れるなど他の宗派(スンナ派70%)と大きく異なった教義を持ち、女性に魂はないとされるため、教義は男性のみのサークル内の秘伝とされ、神秘主義の色彩が強い。(wiki)

はる@茶々神の暴力に日々耐える ‏@hal_def_turtle 1月18日
で、「アメリカはイスラムに勝てない」を読んでいたんだけど、「アラウィー派では、両親がアラウィー派教徒の男子のみがその教義を学べる。女性は不浄であるとされて、宗教的儀礼からは排除される」とあって、それじゃ教義を学べる人いないんじゃ?と…・▽・?


陸奥守従五 ‏@daininoshu 9月22日
イスラム国】なぜかイランは偶像崇拝禁止の回教国家なのに現代指導者は例外なのか最高指導者ホメイニ・ハメネイ肖像画が首都でも掲げており厳格なスンニ派のワッハーブ宗派を国教ととするサウジアラビアとは犬猿の仲。一方ムスリムにも関らず輪廻転生の教義のアラウィー派とイランは同じ異端仲間で良好


knznymmmy ‏@knznymmmy 6月28日
お?wikiによるとアラウィー派は >教義は男性のみのサークル内の秘伝とされ、神秘主義の色彩 これは秘密ケツ社か! アッーーーーッッッ!!!

世界の歴史 ‏@sekaishiB_bot 2013年6月6日
AD.909 ファーティマ朝(~1171)の成立。都:カイロ。過激シーア派のイスマーイール派が北アフリカに建てた王朝、カリフを自称。969年にエジプトに侵入し、カイロを建設して遷都。シリアをも支配してアッバース朝(スンナ派)に対抗。アズハル大学。


世界史bot(古代〜近代) ‏@World_h_bot 5月1日
【ファーティマ朝】過激シーア派のイスマーイール派がチュニジアに建国。シーア派。シーア派。新都カイロを建設し、バグダード・コルドバと共にイスラーム文化の中心地として繁栄。ここに作られたアズハル学院はスンナ派神学の中心になった。今でもアズハル大学ってあるよ。頭いいよ。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月10日
@kikuchi_8 イスマーイール派って面白いのですよね、呆れるほどにうちゅー論がクリスチャンカバラで(笑)10世紀のカイロのファーティマ朝がイスラームイルミちゃんやってて、天ぷら騎士団やらカタリ派や、スペインのカバリストが影響受けたのモロバレ過ぎて笑えるでせう。

@kikuchi_8えーとシーア派の理性主義根が深くて、イブン・シーナーとかイスラームの大哲学者がイスマーイール派の影響受けてます。このあたりのネタは井筒俊彦。ファーティマ朝とイスマーイール派とイスラームのギリシャ哲学大翻訳時代はリンクしてますよ。影響力半端ないです。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 7月2日
イスマーイール派はファーティマ朝の国教。定規とコンパスなしの一つ目だけだとファーティマの手かも。20世紀少年の“ともだち”の象徴はファーティマの手。エジプト「だけ強調」はユダヤと同様陽動作戦。

イフワーン・アッサファー
“「清浄な仲間」の意。 10世紀後半ブワイフ朝下のバスラで結成されたシーア派宗教哲学者の秘密結社的な政治団体。知識の浄化による魂の救済を推し進める目的で,新プラトン主義やスーフィズムを折衷した内容の論文集『ラサーイル』 Rasā'ilを残した。

アラビア語で〈純粋な兄弟たち〉〈純血兄弟団〉の意。10世紀にイラクのバスラを本拠として活動したイスマーイール派の秘密結社の称。同派の教義と新プラトン主義的ギリシア哲学の総合を図った《ラサーイル・イフワーン・アッサファー》なる大部な百科全書的論考を残し,その影響は西方世界(たとえばダンテ)にも及んでいる。”
https://kotobank.jp/word/%E3%82%A4%E3%83%95%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B5%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC-32101

流酸 ‏@ryuricca 4月11日
8世紀以降、イスラーム帝国(アッバース朝)が隆盛を極めたのはタラス河畔の戦いで唐を破ったから。これは軍事的に、中央アジアの覇権を得たことがでかいというわけじゃない。唐が門外不出としていた紙の製法を知る技術者が捕虜となったことが大きいのだ。

芝怜一朗bot(試運転) @Shiba016_bot · 4月13日
72ってのは神を表す数字でね 「偉大なる神名の四聖文字“YHWH”をピタゴラスの三角形に配置すると神名の72が顕現される」 …これユダヤの神秘哲学カバラの原点「イェツィラの書」の一節

knznymmmy ‏@knznymmmy
72って6x3x4だよねと言ってみるテス 私のツイート毎日見てる人ならずっこけるところだな ヒント→6x3x4=634=634m=スカイツリー

同時に2x2x2x3x3でもあるわけで
2が3個
3が2個

偶数=女と奇数=男をうまく配合してあるな

奇数って意味じゃ1でもいいんだけど
1はこういう掛け算に使っちゃダメだろw

つまりこれは
対立するものの統合
陰陽でもあるわけで
喩えるならば炎と水
火と水→火水→火水(かみ)→かみさま→神様

おおーう、そうだ
72=12x6でもあるわけで
12と6と言えば当然
足して18=666

実に意味深な数字だな

かめすけ ‏@2010shakespeare 2012年11月27日
皇帝ネロにとってキリスト教は便利なものでしたかな?RT @Atheist_JP: 「宗教は大衆からは真実と、賢者からは偽りと、そして支配者からは便利なものとみなされる」 ― 小セネカ)

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 11月22日
血統主義で階層制の魔導国家マグノシュタット(=マギ+インゴルシュタット)は学院が中枢で学長のモガメット(=プラトン+ホメイニ)が指導者。 イラン(シーア派の十二イマーム派)がモデル。イスラム法学者(ウラマー)がお隠れ(ガイバ)中のイマームに代わり統治。つまり学者が頂点の哲人政治。

マグノシュタットの象徴の一つ目はファーティマの手(20世紀少年のともだち)。
メーソンの象徴は直角定規+コンパス。
ババリアのイルミナティの象徴は梟(×一つ目)。
ねこた”イスマーイール派はイスラームのイルミナティですね。モガメットとホメイニはそっくり。どちらもプラトニスト”

シーア派≒ミトラ+拝火+マニ教。
 ねこた”アニメ「マギ」の原作にマグノシュタットでモガメットの肖像画飾られてるの見たらなんかシーア派国家のイランみたいだね。んでシーア派が好きな新プラトン主義的なダンテの神曲に近い階層論の国があると。で、シーア派にもファティマの手というおめめが”

マギ=イランの拝火教の神官=魔法使い。
ねこた”そういえば、マグノシュタットでは魔法学院が国家乗っ取ってしまいますが(モガメットも学院の長のままの指導者に)、イランもイスラーム学院が国家を乗っ取ってしまったようなものです。フランス革命とイスラーム革命のダブル・ミーイングでしょう”

ねこた”腐敗した王政という意味なら、イランの王政時代もそうでしたから、中核はマギなので、インド・イランかと。ホメイニ神学はムウタズィラ派のような理性主義神学です。それに比べるとムスリム同胞団のサイード・クトゥブはアンチ理性のプロテスタントくさい神学。”
百科全書派VS聖書絶対派。

思考力を奪って重労働させる愚々塔=電波塔。
ねこた”アニメ「マギ」の中にレーム帝国というローマ帝国モドキの帝国が存在して、軍人が沢山出るけど、ローマの軍人の宗教といえばミトラス教だ。フリーメイソンとミトラス教の儀式には共通点がある。ほら、ここにもイラン系宗教ダクダクなんだよね。”

『マギ』はアラビアンナイトのイスラム要素を抜き、シーア派(≒ミトラ・拝火・マニ教)を強調。 千夜一夜物語は、フランス人のガランが18世紀に発表するまでは中東でも有名ではなかった。アラジン、アリババ、シンドバッドは元々はなし。 『マギ』のバックは仏系メーソン(大東社、百科全書派)。

シーア派はアリーとファーティマの子孫(ムハンマドの血筋)だけがコーランの隠れた意味を解釈可能とする血統主義。 救世主思想は拝火教が元ネタ。 シーア派は秘教的かつ神秘主義的。和風シーア派が真言密教。胎蔵曼荼羅に△一つ目に似た、△+卍。インド・イラン宗教が元ネタだからメーソンが重視。

インド・イランの宗教を隠すのは、バチカンの盗作元かつ大東社の本体なので利害が一致するから。

エズス会士バリュエルのイルミナティ陰謀論には中核(百科全書)があるが、今はそれを抜いた劣化コピーを紐付きが布教しているのでバチカンと大東社は今やグル。共倒れしない程度の暴露で中核を隠す。

Kitagawa Takuya ‏@ktgwtky 2012年8月28日
①最高天から流出したプタヒル(=ヤハウェ)が自らを造物主と勘違いして世界を創造。
アダムは悪なる物質で創造され、最高天由来の光の霊魂で起動。
→人間は闇と光の混合体。旧約聖書は誤り

叡智(マンダー)を得て覚醒したマンダ教徒にとって、死は霊魂が物質から解法される最高の喜び

佐藤(「・ω・)「ガオー建太 ‏@bicycle1885 2012年7月8日
マンダ教の「創世記」は、下っ端の神様プタヒルが思い上がって自分を創造主だと勘違いし、うっかり世界を創造したらしい。

貧乏神 ‏@u_lala 2015年2月1日
『古代オリエントの宗教』 http://ow.ly/IhPFs  ”マンダ教はキリスト登場以前に、旧約聖書に意義を唱えたパレスチナのユダヤ人が、そのコミュニティーにい辛くなって、居場所をイラン高原に移して、今も細々と生き残っている宗教。”

ゾロアスター教は、3〜5世紀の前期「ズルヴァーン主義」と、後期、9〜10世紀の「二元論的ゾロアスター教」の教義は、まるで別物だとか。 後者は「善悪の終りなき闘い」で、人間はそのどちらかを選んで闘うべき。 ところがズルヴァーン主義の方では、善悪の闘いの決着はついているところが起点。

マンダ教における天地創造は、エジプト神話から借用した「職人の神」プタヒルによるものらしく、 ”あるとき、「光の世界」の最下位にいるプタヒルが、自らを造物主だと錯覚し、…” この世界を創ってしまったそうである。

ズルヴァーン主義では、善悪の闘いの決着はついているので、”人間は特に闘争をする必要がない”。 では、何のために人間は存在しているのか。 それは、不浄な肉体を脱ぎ去って死を通過することで得られる浄化のため、ということらしい。

”こんなものを創ったプタヒルは「光の世界」の最高存在である「偉大なる生命」から咎められ、帰還できなくなってしまう。” ”彼は辛うじて「光の世界」の一員ではあるものの、最高神でも唯一神でもなく、ただ自ら思い上がってそう勘違いし、うっかり世界を創造してしまった下位の存在に過ぎない”

”ただ、プタヒルは悪なる物質から最初の人間アダムを創造したものの、どうしてもこれを起動させることができない。そこで、動力源として「光の世界」に由来する、「内なるアダム=霊魂(アガカス)」を入れてみたところ、アダムは悪なる物質と光の霊魂の二重性を帯びた存在として一気に目覚めた。…”

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年9月28日
『ドリフターズ』
島津豊久(薩摩=丸に十字=耶蘇教)
信長(反北朝、耶蘇教公認)
那須与一(源氏=八幡=倭寇+神社)
VS
黒王(イエス)
ラスプーチン(製宗教のマークが一つ目でモデルが拝火、ヴァルナ、エジプト、ケルト=キリスト教以前)。
クロウリーや錬金術師が両性具有的キャラ。


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年12月16日
@Round444 平塚らいてう(姉が #大本教 信者)が寄稿記事で『霊界物語』と #スウェーデンボルグ の関係を指摘しています。
大本教系の日月神示は和風スウェーデンボルグ。
丸に十字を掲げる大本教の出口王仁三郎の #日ユ同祖論 ↓
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-303.html …

神様紹介bot(神ボ) ‏@myth_god_bot
《プタヒル/マンダ教神話》アバドゥルによって黒き水から生み出された者。アバドゥルの命により闇の世界に踏み入れ、大地と高みに天蓋を生み出した。また、闇の世界の邪悪な女霊ルーハーの子供である惑星達に人間を作らせた。

《アバドゥル/マンダ教神話》ウトラと呼ばれる神格の1人。「光のアバドゥル」と呼ばれる。彼は傲慢で自らを強大な者と思い込み、光の世界の境界から闇の地を覗きこみ、自分の力で1つの世界を作る事を考えた。彼は黒き水からプタヒルを生み出し、彼に物質世界の創造を行わせた。

Rahatman ‏@nafasrahmaanee 2013年10月21日
イスマイル派は自分たちを説明するのに最初から新プラトン主義だったと勘違いしてました。グラート経由の創造神話で、不可知なる神が女性形の有れクーニーを創造するも神は認識出来ないから自分を創造主と勘違いし神が介入する…これもマンダ教のプタヒルと同じ。

アリス(紫苑寺有子)bot ‏@kamimemo_alice 2012年12月24日
イエスの誕生日が十二月二十五日にされたのは、当時ローマで流行っていたミトラス教を国教のキリスト教に塗り替えるためだけに、太陽神ミトラの祭日をそのままイエスの誕生日だとでっちあげた――なんて説もある。とにかくクリスマスはもともと冬至祭だったんだ。農耕文化圏の原初の祭日なんだよ

提督と審神者を兼業するはちく ‏@0831Sikihyousou 2012年10月14日
パルティア(安息) 首都:クテシフォン シルクロードを支配し、中継貿易により繁栄 ゾロアスター教を保護したり色々するけどローマ帝国との抗争で徐々に衰退、ササン朝ペルシアに滅ぼされる

世界史B重要事項 ‏@worldhistory0 4月6日
【パルティア(アルサケス朝)】前248ごろ〜後226年。セレウコス朝シリアの衰退期に、族長アルサケスの率いるイラン系遊牧民が建てた王朝。中国名は安息。ティグリス川中流の都市クテシフォンを建設し、西方にも進出。ローマ帝国とも抗争。絹の道(シルクロード)の西半をおさえ繁栄した。

世界史たん ‏@sekaishitan 4月7日
1,2世紀ごろの世界の横のつながりは出題されることが多いわね。西から帝政ローマ(パクス=ロマーナ)、パルティア(安息)、クシャーナ朝、後漢ですわ。この時代では班超の部下甘英がシリアに到着したり、「大秦王安敦」の使いと称する使者が日南にやってきたりしたわね。

世界史ちゃま@キャラ作り始めたよ ‏@mgn_sekaishi 4月15日
大秦王安敦(マルクスアウレリウスアントニヌス)の使者がなぜ日南(フエ)にきたかという一因に安息(パルティア)が漢からの使者(例えば甘英)をローマまで行かせないなどして交易を断絶してたからというのがあるの。

〔安息日と安息=パルティアって関係あるの?〕

まあね ‏@maane123 2012年7月26日
安息 パルティア王国に対する古代中国人の呼称で,この王朝が始祖アルサクArsakにちなんでアルサケス朝と呼ばれていたことに由来する。前2世紀末の張騫(ちようけん)によって中国に紹介されて以来,南北朝期までの漢籍にみられる。

イスカリオテの湯葉 ‏@yubais 2012年6月7日
「安息香酸は名前のわりにひどい臭いだ」と言われますが、あれの名前の由来は、アルシャク朝パルティア王国(中国名:安息)でとれる樹脂に香りが似てたから、だそうです

創作のネタ提供(雑学多め) ‏@sousakubott 5 分5 分前
勝利の神 ペルシャの神ウルスラグナ 姿を変え人間の前に現れる 強風→雄牛→白馬→猪→15歳の若者→大鴉→雄羊→雄鹿→最後に黄金の剣を持つ人間と姿を変え現れる とくに大鴉(オオガラス)の羽根を持つものはどんな敵の攻撃にも打ち勝てるとされ 勝利の神として知られている

神話辞典bot ‏@shinwa_jitenbot 3月22日
ウルスラグナ ヴリスラグナ イラン神話、ゾロアスター教の勝利の神。戦神。インドラの異名「ヴリトラハン」と同義。十種の姿があり、鉄の猪の姿で敵を粉砕する。ミスラ神の武器とも。 http://www.jiten.info/dic/vurisuraguna.html …

神様紹介bot(神ボ) ‏@myth_god_bot 2012年8月26日
《ウルスラグナ/ペルシア神話》ペルシア神話の勝利の神。ヤザタの一人であるとされている。強い風、黄金の雄牛、白馬など次々と変身を行い、最後は黄金の剣を持つ人間の姿に変身する。パフラームともいい、戦士や王が崇拝した。

弁財天=サラスヴァティー=アナーヒター。

J・ナナミ ‏@pinkglalem 3 時間3 時間前
@ YouTube The Pagan Moon God --- الله Allah: http://youtu.be/B-82PT90T28 @ YouTube; ReligionIsFraud

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 3 時間3 時間前
@pinkglalem ムハンマドの部族のクライシュ族は、恐らくルシファーの元ネタの人間生贄ラブのアル・ウッザーを奉じてますた。クライシュというのは、サメのように人に食われないけど、捕食うまいという意味らしいです

世界史B重要事項 ‏@worldhistory0 9 時間9 時間前
【クライシュ族】イスラーム教の創始者のフハンマドの出身のアラブ系部族。5世紀ごろに、メッカを征服し、定住するようになった。やがて多くの家に分かれていった。なかでもハーシム家、ウマイヤ家が有力な存在として知られた。

♪えめらだちゃんだぞ♪ ‏@Emeradasann 2012年8月1日
マニ教は分かりやすく言うと寄生虫みたいな宗教である。もともとはササン朝ペルシアにできたグノーシス派の、まあカタリ派キリスト教みたいな新興宗教であったが、国教であったゾロアスター教神官団に弾圧されてコソコソしはじめるあたりからマニ教の寄生歴史ははじまる。
なぜ寄生虫か。マニ教はイランの宗教だからイランの神とかそういうキャラの名前を神話に用いていたが、しかし世界中に広まっていくとなるとそんな身内ネタはなんのことだかわからない。だからその土地の神の名や絵画のノリをパクったりして土地の宗教にこびりついていたのだ

森安孝夫先生の話を真面目に聞いてました。あと色んなマニ教学者の論文とか、一般書のここが間違ってるなあ とかを先生と見てました。一般書は三冊だけです。青木健『マニ教』と大貫隆『グノーシスの神話』とミシェル・タルデュー『マニ教』。青木本は間違い激しいです。

青木本なら間違い激しいですけどとにかく読みやすさは随一です。面白いですよ。

U ‏@wayofthewind 3 時間3 時間前
ロシアにはメーソンの真のトップがいるという話もありますしね(笑) オウムも北朝鮮もバックにはロシアの影。 京都もロスチャイルドも、ロシアとは仲がよさそう。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 3 時間3 時間前
@wayofthewind @Geck888 おっと、ロシアやスラヴにはアーリアや星空が宗教の胡散臭い秘教が盛りだくさーん。トランスヒマラヤ!

役に立つ世界の歴史紐解くんですwww ‏@sekaisi_yaku_tA 3月26日
【ファーティマ朝】過激シーア派のイスマーイール派がチュニジアに建国。シーア派。シーア派。新都カイロを建設し、バグダード・コルドバと共にイスラーム文化の中心地として繁栄。ここに作られたアズハル学院はスンナ派神学の中心になった。今でもアズハル大学ってあるよ。頭いいよ。

YusukeYAMASHITA/CSR ‏@YAMASHITAnoID 7月22日
Denis Diderot. ポンパドール夫人が彼女のサロンで庇護したのが『百科全書』の編集責任者にして「百科全書派」の ドゥニ・ディドロ。彼は元々ルソーの友だったが後に対立。啓蒙思想はルソーは自然に還れ派だがディドロは科学万能派

YusukeYAMASHITA/CSR ‏@YAMASHITAnoID 7月22日
Madame de Pompadour. ルイ15世の愛人にして事実上のフランス王国執政だった ポンパドール夫人。左手にある本は『百科全書』。 pic.twitter.com/pGldRE1Jez

Frederich Ⅹ @6thCrusader · 4月3日
@meets_tak ヴォルテールとかは元々中国好きで有名だから、フランスの石屋さんは

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
”リベラルアーツというか、百科全書的な知識、なんでもかんでも集める博物学(戦利品博物館の大英博物館)などは、魔道師の知識の体系を現してると思うのですよ。古代の哲学が文系と理系をわけない統合的な学問なのはそのため。アレクサンドリア図書館的な姿勢ですね。”
分野に分けると総合力を失う

知識を与えないことが善=キリスト教の反知性主義。
知識を与えないことが悪=百科全書派の啓蒙主義

朝日新聞が、赤い盾と大東社系で同性愛肯定の下セカ(小学館)の広告を掲載。
手段である禁欲を目的化させて支配に悪用
#shimoseka

@knznymmmy フリードリヒ2世は啓蒙専制君主。ヴォルテールと親密。 1773年にイエズス会は禁止されたがフリードリヒ2世は自国へ亡命許可。 恩知らずイエズス会士バリュエルは 1797-98年にフランス革命の黒幕はフリードリヒ2世と百科全書派だと指摘。 当時はグルではない

バチカンの科学弾圧により秘密結社=科学研究所誕生。
百科事典=聖書を否定する科学の本。
1728年チェンバーズ百科事典
1751年百科全書(↑の影響)
1768年ブリタニカ百科事典
1914年平凡社(下中弥三郎)
1919年啓明会(同上)
下中弥三郎は万教帰一(宗教統一)賛同者


ノーベル賞は平和賞のみノルウェーが、残りはスウェーデンが担当。 両国の国教のルター派は、エキュメニズム(宗教統一運動)に積極的。 バチカンも第2バチカン公会議以降に万教帰一(大本教系の教義)に協力。 百科全書派と密接なフランクリンのAPS(△一つ目)がノーベル賞受賞者をスカウト。

もぐらさんによるとイルミナティ=科学重視メーソンで
スコットランド・フランス系(百科全書系)
スウェーデン系(スウェーデンボルグ、ノーベル
賞)
ニューエイジ
バチカンのエキュメニカル運動(宗教統一)
ダンガンロンパ2ではメーソンに興味津津で殺人鬼マニアの欧州の王女が生き残り組。

イルミナティ陰謀論を広めたイエズス会士バリュエルの著作の概要
仏語で1797-98年、英訳版を1799年に出版。翻訳で更に広まる。 フランス革命の黒幕はヴォルテールら啓蒙思想の百科全書派(科学と理性重視メーソン)、フリードリヒ2世(プロイセン王)、ババリアのイルミナティだと指摘

秘密結社が秘密にするのは人脈(特に金融関係)・知識・技術であり、ロッジ名と場所はそこまで重要ではない。 実際、パリのカフェ・プロコプが、フランス革命を起こした百科全書派と、フランクリンが出入りしたロッジだった。倒される側の王宮でもコーヒーサロンを媒介に百科全書派が出入りしていた

@lanekota 倒される側の王宮でもコーヒーサロンを媒介に百科全書派が出入りしていたんです。コーヒーと共にスーフィーから秘儀を授かった、一つ目と光る△がついたフリギア帽子を被った白人がコーヒーを飲みつつ百科辞書を読んでいたかも。そう思いながら、道教家は『蟲師』を見ていた。


諸星友郎/ゴズマ星丸 ‏@tomorox 4月4日
社会がだんだんよくなるという話になったのは17世紀からで、それまではだんだん悪くなるかグルグルまわるかだったそうで。 進歩主義 (政治) - Wikipedia http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E6%AD%A9%E4%B8%BB%E7%BE%A9_(%E6%94%BF%E6%B2%BB) …

(“進歩主義(しんぽしゅぎ)とは、世代を重ねるごとに国家及び社会全体が抱える矛盾を、高まる知識と道徳によって変革していくことにより、理想に近い体制へと前進しようとする思想である。

革新と混同される場合があるが、戦前日本の国粋主義から派生した革新概念とはルーツを異にしている。
政治における進歩主義が発生したのは極めて遅く、17世紀以後のことである。それ以前における社会、例えば古代ギリシャでは歴史循環思想が採用され、原罪と終末論に裏打ちされた中世西ヨーロッパ(西方教会地域)では、人間は堕落するものであり、政治においても古き良き法に還ることが求められていた。東洋の儒教世界でも三皇五帝が理想視され、父祖への孝を最も重視する観点から父祖が定めた決まり(国家であれば祖法、家庭であれば家風・家訓)をそのまま維持し続けることが求められ、新たな物事によってより良くするという発想自体が異端とされていた。

ルネサンスや科学革命によって、人類が自然を克服させることに対する自信を高めた17世紀
に入ると、その考え方が政治・社会に対しても向けられるようになる。”
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E6%AD%A9%E4%B8%BB%E7%BE%A9_%28%E6%94%BF%E6%B2%BB%29#.E8.A7.A3.E8.AA.AC
進歩主義 (政治)

システマ多摩(ロシア古武術・参加者募集中 ‏@SystemaTama 2015年7月27日
『洗礼者ヨハネ』
は、日本正教会(聖ニコライ・パウエル中井)訳では
『前駆授洗イオアン』

と言います_φ(・v・※)。
前駆(Forerunner):“ハリストスの道を備えるもの”という意味。
授洗:イオルダン川で“ハリストスに洗礼を授けた”
事から。

息災 ‏@Chieriel0611 2015年11月27日
主神我が救主イイススハリストス
至聖なる我が女宰生神女永貞童女マリヤ
尊貴光栄なる預言者前駆授洗イオアン
光栄なる聖大致命者凱旋者ゲオルギイ
ミラ・リキヤの大主教奇蹟者ニコライ
亜使徒聖大帝コンスタンティン
聖大致命女解繋者アナスタシヤ


#声に出して読みたい日本語

Iosif Huideyeren ‏@huideyeren 2014年2月1日
【鹿目まどか=イイスス・ハリストス】に見えて仕方がない。そして【巴マミ=前駆授洗イオアン】、【美樹さやか=天使首ミハイル】、【佐倉杏子=生神女マリヤ】、【百江なぎさ=黙示録のラッパ吹きイスラーフィール】と対応する。もちろん暁美ほむらとキュゥべぇは言うまでもない


システマ多摩(ロシア古武術・参加者募集中 ‏@SystemaTama 2014年11月6日
そう、例えば前駆授洗イオアン(洗礼者ヨハネ)は
「ラクダの毛皮をまとい、イナゴと野蜜を食べていた」

と伝えられていますが、これなどは明らかに当時の人々からも
「怪しい風体」
と思われていた事からの記述でしょうφ(・v・※)。
>RT pic.twitter.com/SdkRHYD84A


†グノーシス用語辞典†
-Ein Wörterbuch der Gnosis-Terminologie-
http://homepage3.nifty.com/kiraboshi2/Abraxas/Gnosis-Terminologie6.html
“プレーローマ
 ギリシャ語で「充満」の意。至高神以下の諸至高霊アイオーンによって満たされた超越的光の世界を表現するために、グノーシス主義の神話が最も頻繁に用いる述語である。しかし必ずしもどの文書にもこの述語が現れるというわけではない。たとえばヒッポリュトス『全異端反駁』の報告におけるバシレイデスの教説では、プレーローマの代わりに「超世界」、『アルコーンの本質』と『この世の起源について』ではオグドアス、あるいは「八つのもの」という表現が用いられている。この語が複数形で用いられ、「父のすべての流出」を指す場合もある。
 なお、分析心理学者C.G.ユングは、『死者への七つの語らい』でプレーローマ(邦訳ではプレロマと表記されている)を、形も音もなく、無であり空であるが、すべての対立する特性で充溢されているという、「原初空虚=充満空虚」だと説明している。その上でユングは、アブラクサスについて、神と悪魔の上に立つ至高者として、また不可知的超越世界の空無の特性をそのまま具現化した「不可能な存在」として語っている。”)

Nazar (amulet)
http://en.wikipedia.org/wiki/Nazar_%28amulet%29

Hamsa
http://en.wikipedia.org/wiki/Hamsa

エリマイス王国
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B9%E7%8E%8B%E5%9B%BD

カラケネ王国
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%B1%E3%83%8D%E7%8E%8B%E5%9B%BD

パルティア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2


情報ごとに、パルティア=安息国の存続期間が数年違う。

世界史B重要事項 ‏@worldhistory0 4月6日
【パルティア(アルサケス朝)】前248ごろ〜後226年。セレウコス朝シリアの衰退期に、族長アルサケスの率いるイラン系遊牧民が建てた王朝。中国名は安息。ティグリス川中流の都市クテシフォンを建設し、西方にも進出。ローマ帝国とも抗争。絹の道(シルクロード)の西半をおさえ繁栄した。

世界史用語bot ‏@sekaishi_yougo 4月6日
【ササン朝】パルティアに代わり、イラン系農耕民がイラン高原南部のファールす地方に建てた王国。ゾロアスター教を国教と定め、ローマ・東ローマと抗争を繰り返しながらも繁栄をつづけたが、7世紀にイスラーム教勢力によって滅ぼされた。

ローマ皇帝bot ‏@rome_augustus 8 時間8 時間前
カラカラ(188~217)ゲタとの共同皇帝、弟でもあるゲタとの仲は険悪で対立の末暗殺する。ゲタに協力した者も容赦なく粛清された。一方でアントニヌス勅令などの功績も遺した。 パルティア遠征の途中暗殺される。 pic.twitter.com/UvRU3gWUv4


グラート (イスラム教)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%88_%28%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E6%95%99%29
“グラート(غلاة, Ghulat‎; Exaggerating, 極端派、過大派)はGhuluww (غلو‎; Exaggeration, 極端、過大)の形容詞形で、イスラム神学において、いくつかの少数派のイスラム教徒グループを表現する言葉であり、彼らは預言者ムハンマドの家系、通例イマーム・アリーか後のシーア派のイマーム、またはペルシア人のサルマンのような預言者の初期の教友、もしくは後の宗教指導者に神性を帰属させる。グラートという名称はそうした宗教的人物の重要性や崇敬が過大視されているという見方に由来する。広く知られたグラートの宗派にはアラウィー派(アリーは神だと信じている)、アレヴィー派(アリーは神の代理だと信じている)、バズィグ派(イマーム・ジャアファル・サーディクは神だと信じていた)、ヤフリーヤ派(輪廻とムァンマル・アル・クーフィが彼らの主だと信じていた)、ダミーヤ派(アリーは神で、ムハンマドは彼に指名された伝令で預言者だと信じていた)がある。”

イスマーイール派の流れ [イスラム教]
http://morfo.blog.so-net.ne.jp/2011-08-08

初期イスマーイール派の神話 [イスラム教]
http://morfo.blog.so-net.ne.jp/2011-08-08-1

イスマーイール派神話の哲学化 [イスラム教]
http://morfo.blog.so-net.ne.jp/2011-08-08-2


マルキオン主義
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/gnousisu/marukion.htm

マルキオン(Marcion 100年?-160年?)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%82%AA%E3%83%B3

古代オリエントの宗教/青木健: 雉の矢文
http://kijiyasu.seesaa.net/article/389989199.html


「古代オリエントの宗教」青木 健 著
http://kousyou.cc/archives/4919

マンダ教あるいはマンダヤ教は、グノーシス主義
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%80%E6%95%99

Mandaeism
https://en.wikipedia.org/wiki/Mandaeism

Daily Life: 『古代オリエントの宗教』
http://tokyotram.blogspot.jp/2012/08/blog-post_26.html


シャーマンと蛇信仰 その4 ウロボロスと錬金術
http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30069256.html

ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究―ペルシア語文献『ウラマー・イェ・イスラーム』写本の蒐集と校訂単行本– 2012/9/1 青木 健(著)

An Ancient Baptism in Sydney
http://roadsandkingdoms.com/2015/ancient-baptism-sydney/

Mandaeism This video is targeted to blind users
https://www.youtube.com/watch?v=YaUp0aXMmx4

Mandaeism The remaining Iraqi Mandaean community
https://www.youtube.com/watch?v=4IAgxu1hPGw

Mandean Baptism
https://www.youtube.com/watch?v=Kv-5ynXS3UI


The Mysterious Mandaeans
http://www.abovetopsecret.com/forum/thread975232/pg1

マンダ文字
http://www.chikyukotobamura.org/muse/wr_middleeast_14.html

Mandaic language
https://en.wikipedia.org/wiki/Mandaic_language

Mandaic alphabet
https://en.wikipedia.org/wiki/Mandaic_alphabet

Ginza Rba  "The Great Treasury" ”至宝庫” The Book of Adam
https://en.wikipedia.org/wiki/Ginza_Rba

Mandaean Book of John Drāšā D-Yaḥyā
https://en.wikipedia.org/wiki/Mandaean_Book_of_John

Qolusta
https://en.wikipedia.org/wiki/Qolusta

Mandaeans
https://en.wikipedia.org/wiki/Mandaeans

Abatur
https://en.wikipedia.org/wiki/Abatur


最後までお付き合いいただき本当にありがとうございます!
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日ユ同祖論、景教渡来説、スピリチュアル、神智学は仏教破壊用の兵器! 【落語風解説】 『真釈 般若心経 』 

 【マクラ】
 えー、本日は本ブログにお越しくださり、まことにありがたく存じやす。
 早速でございやすが、まずはご報告をば。

 あっし、子子子子子(ねここねこ)のツイッター
https://twitter.com/kitsuchitsuchi
のプロフィール文を、

お遊び陰謀論がやりたい方は大本教系と紅卍字会とSAGEグループと大日本皇道立教会と選帝侯と、ユダヤ陰謀論を捏造したバチカンと、仏教徒の天皇から神道カルト偽天皇へのすり替えと、神道・神器・天皇が道教用語だと言っちゃダメ! 読めないニックネーム(再開版)http://yomenainickname.blog.fc2.com

から

キリスト教の伝統          
①ユダヤ陰謀論(が流行=ユダヤは囮)
②日ユ同祖論(聖書のユダヤ人は架空)
③ユダヤのマークとしてのダビデの星 
(17世紀にイエズス会が作成)    
④秘密結社の陰謀論(キリスト教=悪魔
が銀行=真の秘密結社を支配)    
陰謀論者はクリスチャンと神道カルト=大本教系の和風✝儲だらけ。

あなたの私に対するイメージの中

yomenainickname.blog.fc2.com
誕生日 1894年1月1日”

に変更しやした。
余計なお世話かも知んねぇですが 、ツイッターで設定できる誕生日は1894年1月1日が最古でございやすから、あっしはいってえ何歳なんですかィ?

 え、なんで落語家みてえなしゃべりをしてんだって?
 そりゃあ、あれだ、あっしのツイッターアカウントの@の後ろの部分の由来が落語だっから
……ってのは冗談ではなくマジなんだけどよ、今、アニメ界にとっちゃ落語が旬だっからよって理由もあるんでございやすよ。
『昭和元禄落語心中』ってえ漫画があるんでやすが、アニメ化されやして、ここんとこ一話が放映されやした。
とにかく、できが良くてびっくらこきやした。
落語を真剣に学んだ声優ばかりを起用しておりやす。
落語監修は林家しん平が担当しておりやす。
是非(ぜ「し」)、ご覧くだせェ。

 あっしは、明治以降に(特に商売目的で)急造された、いかにも江戸より前(めぇ)からあるかのようにホラ吹いてやがる偽伝統について何度も語ってきやした。
 ご安心くだせえ。落語の祖とされる安楽庵策伝(あんらくあん さくでん)は浄土宗の坊さんでございやす。
その策伝さんが元和九年(1623年)に完成させた笑い話を集めた本が『醒睡笑』(せいすいしょう)でさぁ。この『醒睡笑』が後の咄本(はなしぼん)や落語に影響を与えたンでございやす。

 落語ってのは単に笑わせるだけの話だけじゃねえ、、怖い話もありやすし、智慧がつくものもありやす。
智慧といやあ、仏教では「般若」が智慧つう意味なんだが、 この「般若」ってのは今回の記事の『般若心経』だけでなく、酒の呼び名にも使われておりやす。
昔の坊主は、酒が戒律で飲めねえから、酒を飲んだと表立って言えねえ。
そいで般若湯、 ゴチャゴチャゆうねぇ、要は智慧の湯てえ呼び名でごまかしたそうで。
酒の名前に智慧を意味する般若をぶちこむたあ、洒落てるじゃありやせんか。
今回とりあげる『般若心経』も、『酒心経』になっちまえば権威もかたなしでさァ。
まあ、西日本産の般若湯でもかっくれぇながら、小めんどくせぇ噺を聞いてくだせェ。
一応言っときやすが、兵庫産の米は偽装率がたけえらしいですぜ。あっしは兵庫産の米の酒は飲みやせん。

 【本題】
  過去記事で「真言宗はキリスト教ネストリウス派だよ詐欺」について多少、言いやしたが、今回は詳しめに補足しときやす。
 一神教では、絶対に人間は神の領域に至れねえし、神との一体化もダメですぜ。 人を神格化したら神が複数になっちまって一神教じゃなくなっちめぇから、これを破ったら一神教ではありえねえし、仮にあるとしても完全に異端になっちまうんでさァ。
 国家神道や大本教やなんかの和風キリスト教はよお、一神教を完全に維持してやがる正当なキリスト教からすりゃ、完全に異端なんでございやすが、支配されるこちとらにとっちゃ、なんちゃら組に支配されるか、かんちゃら組に支配されるかのに違いでしかねぇんで迷惑な話でさァ。
 
 ヤハウェっていう、セトとバアルとアトンを足して三で割ったような唯一神を信仰するなら、十戒を守らなきゃなんねえ。
特に一つ目は絶対守らなきゃ一神教じゃねえですぜ。

 十戒
①俺のほかに神があってはならねぇ 。
②おめぇの神、主の名をみだりに唱えてはならねぇ 。
③主の日を心にとどめ、これを聖としな。
④おめぇの父母を敬え。
⑤殺してはならねぇ 。
⑥姦淫してはならねぇ 。
⑦盗んではならねぇ 。
⑧ 隣人に関して偽証してはならねぇ 。
⑨隣人の妻を欲してはならねぇ 。
⑩隣人の財産を欲してはならねぇ 。

秦氏も空海も
①一神教の大前提、
③安息日
を守ってねえから一神教なわけねーよな。
道徳にかんする戒なんざ、ほかの宗教でも言ってやがるこっだっからよ 守っていても一神教信者だと特定できねえ。

核心部分が一神教違反なんだっからよ 、絶対に秦氏も空海も一神教信者じゃねーよ。
核心部分を完全にシカトして、本筋の論題や質問には一切答えねえで、細かな矛盾点をべらべら並べ立てやがり、意図的に些末な部分にこだわって威圧しやがるのが、カルト工作員の手口でさァ。
キリスト教神学が得意な詭弁術を使いまくるのが工作員の特徴なんですぜ。

外見や、表面的な、言語や儀式の共通点なんざ探そうと思えばいくらでも探せるんで、詐欺師がよく強調しやす。
単語数はどの言語でも膨大なんで 、どの二つの言語を選んでも似てやがる部分は必ずあるんで、多少似ていてもおかしくねーし。
みなさんは以下のカッコつきのセリフ を肝に銘じてくだせェ。

「同祖論者や秦氏・空海景教徒説の詐欺師は教義の致命的な違いは無視!
一神教では人を神格化して神としてまつることも、神と一体化することも禁止!
表面的一致を大量に(みせかけて)取り上げて数でごり押しするのが工作員の特徴!」


高野山に大秦景教流行中国碑のレプリカを建立したのが、ヴィクトリア女王の元側近(侍女)のE.A.ゴルドン夫人ですぜ。
仏教もキリスト教も元は一つであるっつう 「仏基一元」の考えが夫人の研究テーマだったんですが、仏教のは一神教の中核を完全否定してやがっからよ 、根っこが完全に違いやす。

西洋思想すべて「ゴッドや不滅の霊魂など、永遠の不変の超越的なものが実在する」
仏教「全部、妄想だね」


ってんだっからよ 、同じなわけありやせん。

仏教は空、縁起、無常ですら実体はねぇとしやすからね。
西洋思想の核には「唯一絶対の実体」(それ自体で存在し永遠不変な実在)つう大前提がありやす。
キリスト教では造物主ゴッド、
西洋神秘主義、特に新プラトン主義では「一者」。

実体思想が中核である万教帰一用宗教に仏教の中核をぶちこむなんて不可能なんだぜ。
多様性やなんか とほざきながら、取り入れるふりをしつつ、仏教の中核だけは削除するって腹づもりでさあ。
お上が仏教の中で特にぶっこわ してぇのは、
①嘘を見破るのに有効な、論理と論理的思考を重視する姿勢と、
②一神教と新プラトン主義を否定する無記と空と無常と縁起の思想

でございやす。
仏教系カルトは見事にこの側面を消去してやがるんですぜ。
仏教系カルトのモデルはキリスト教でございやすからね。
東洋思想を取り入れた西洋思想ですら、キリスト教と、
プラトン哲学(馬鹿は人間じゃねぇ 、肉体労働は下等、動物蔑視、優生思想)臭さが抜けてやがるものは稀でございやす。

景教渡来説は、(無自覚と隠れ含め)宣教師が布教のために唱えてやがることが多いですぜ。
「日本は仏教国ではなく、聖書の国だ」ってほざいてキリスト教を受け入れやすい素地を作ろうとしてやがるんでさァ。
景教は、人性(人の要素)と神性(ゴッドの要素)を区別しやすから、人間と神が対等になるなんてありえねえ。
一方、真言密教は「即身成仏=人と仏はゼロ距離」だとする教義でございやすから、一神教を否定する思想でございやす。
ゴルドンは英国王室の手先なんで、仏教をぶっこわす工作としてネストリウスデマを流してやがるのでございやす。

日ユ同祖論、景教渡来説、スピリチュアル、神智学は仏教ぶっこわしのための兵器の四天王ですぜ。
景教の専門家だった佐伯好郎は日油同祖論者でございやして、「秦氏=ユダヤ人景教徒」説つう 語呂合わせと詭弁にまみれたことをほざいてやがりやす。
旧約聖書に登場する失われた10支族なんて実在しねえんだっからよ 、末裔なんていやがるわけねーだろってんだぜ。
逆にいやあ、聖書の人物が実在することが大前提の日ユ同祖論(日本人・ユダヤ人同祖論)を主張するのはクリスチャンと神道カルト信者ってこった。
しかもよ、佐伯って景教博士ってか詐欺師は、晩年、弟子の服部之総に同祖論がユダヤ人の大資本を得るための単なる功利的な「企画」であることを語ってやがるぜ。 ゴチャゴチャゆうねぇ、要は 日油同祖論は金目的だったってこった。


景教について学びてぇってなら、お前さん、過去記事にいいのがあるぜ。

「利休キリシタン説」と「茶道の元ネタはキリスト教の儀式」説は仏教破壊用のデマ!   
『神学の思考』で一神教のタブーを学べば騙されない!

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-111.html
の下のほうをどうぞ読みなせえ。

ネット検索で学びてえなら、
「景教 ペルシア ネストリウス派 Nestorianism」やなんか と入れて検索すると、同祖論デマ情報がいっぺぇヒットするんで、マイナス検索を活用しやしょう。
「景教  -ユダヤ -空海 -秦氏」などと検索したり、英語版ウィキなどの英語文献にもできればあたってくだせェ。

アンド検索、
OR検索、
完全一致検索・フレーズ検索、
除外検索・特定のキーワードを除いた検索
ワイルドカード検索、サイト内検索・ホームページ内検索など検索方法についてはきっちり学んで実践しやしょう。
検索エンジンを変えるとさらさら違う検索結果になりやがったりしやすから、検索履歴を残さない検索エンジンDuckDuckGo (ダックダックゴー)なども活用しやしょう。
あっしは、ブラウザはFirefoxなんでございやすが、ファイアーフォックスのプライベートブラウジング機能は重宝な道具でございやす。

 【サゲ】
 酒飲むと
 智慧が問われる
 般若問う

おあとがよろしいようで。

※これより、江戸弁はおひらきにし、元に戻します。

幕間のあとは、「マクラもオチもなく、本題しかない『般若心経』の読書メモをどうぞ。


【幕間】

人間国宝の桂米朝 (3代目) の『はてなの茶碗 』の動画が視聴できる、はてなブログ(笑)↓
僕がおすすめする、ビジネスに役立ちそうな気がする落語ベスト5
http://terakappa.hateblo.jp/entry/2016/01/07/115238

桂枝雀が上岡龍太郎と語る笑いの分類
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16688264

菊池 ‏@kikuchi_8 1月3日
誠にその通り(笑)引用:統一教会系ネトウヨの反駁の仕方ってすごく耶蘇教神学的でなんかアウグスティヌスっぽい。ネトウヨが話の核心部分ではなくて、細かな矛盾点を指摘して全論をひっくり返そうとする話の持って行き方とかほんとそっくり。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-112.html

「話の核心部分ではなくて、細かな矛盾点を指摘して全論をひっくり返そうとする話の持って行き方」はまさにカルト工作員が使っている手口。本筋の論題や質問には一切答えず、意図的に些末な部分に拘泥する。耶蘇神学に由来する手口のようだ。云百年の不毛な神学論争が生んだワザということか。

ちなみに。恐らく耶蘇神学は「不変の神が何故創造という変化を起こせるのか」といった根本的質問には答えられないと思う。「創造する」という事は無から有への変化の過程という事であり、全く変化しない実体からは出てこようがない。不変から変化を説明するのが一神教や神秘主義の根本的な誤謬と思う。

菊池 ‏@kikuchi_8 1月3日
同感です。日猶同祖論者は致命的かつ根本的差異を無視。引用:修験道含め、日本の伝統宗教には自然崇拝思想が根付いています。一神教では、自然はゴッドの創造物なので拝んではいけません。根本思想が違っていたら、いくら表面的な共通点があっても別物http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-112.html

王王大栄 ‏@ououdaiei 1月6日
@kikuchi_8 @kitsuchitsuchi 耶蘇の「ゴッド」を神と訳したのは、ある意味ですごい皮肉かも。神は滅びる。それが日本の考え方。唯一の実在・創造主の「ゴッド」は、神という妄想。ってのが仏教とかの考え方とみると然り。

菊池 ‏@kikuchi_8 1月6日
@ououdaiei @kitsuchitsuchi おお、なるほど、面白い解釈だと思います。日本神話を見ても日本の神様は「無常かつ持続する」自然の象徴だったりして生まれたり死んだりと生成変化する「無常」な存在ですからね。「不変・唯一・絶対」というゴッドという観念は「滅びる」と。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年5月19日
ねここねこさんの日ユ同祖論の
英語版Wikiの記事に触発されて
原文読んでみた

下の方でチョロっと出てる
ヴィクトリア女王の侍女だった
エリザベス ゴードンの日ユ論が
興味深い

英ユ同祖論と日ユ同祖論から、
イギリス王室と日本の皇室を
縁組させてスーパーユダヤ人を
造る計画



”①一神教最大のタブーは、人間が神になること。

一神教では、唯一神と人間との間には絶対的な隔たりがあり、絶対に人間は神になれない(唯一神と一体化できない)。
人間が神になれるなら多神教。

景教=ネストリウス派キリスト教は、人と神を特に厳格に区別するので、人と神として祀るなら景教徒ではない。
神社に秦氏の人間が神格化されて祀られているので、秦氏は景教徒ではありえない。

真言宗は神仏と人間が一体化する「即身成仏」思想なので、景教ではありえない。”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-110.html
ヤハウェ(エジプト系の雷神)が奈良の大仏(アーリア系の太陽神仏)なわけねーだろ!  真言宗が景教(人の神格化禁止)なわけねーだろ!                     ヨガ、呼吸法、瞑想法でリラックス! 『呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと』・『ヨガ呼吸・瞑想百科』・ 『ハタヨガの真髄』・『禅の本』・『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門』

”「クリスチャン・シオニズム

エリザベス・ゴルドンはヴィクトリア女王の元側近(侍女)だった。
ゴルドンは有名なクリスチャン・シオニストでもある。
ゴルドンは英ユ同祖論と日本人を結びつけようとした。
特に、英国王室の祖先がイスラエルの民の子孫だとした。
ゴルドンは日本では真言宗の研究で知られる。
真言宗の起源はキリスト教だと主張した。
ゴルドンは日本でいくらかの影響力を持った。


”British Israelism (a similar hypothesis that holds the British people to be a Lost Tribe of Israel)”
「英ユ同祖論。日ユ同祖論と似た仮説。」

ゴルドン夫人が主張したのが仏基一元

生長の家と同じく万教帰一と似たことを主張!
開化派=独立党のリチャード(洗礼名)大歓喜!

仏教は絶対的な唯一の創造神を否定するので、
キリスト教視点では無神論=悪魔崇拝(本来の仏教は偶像崇拝しない)ですよ。
RAPTがいい例です。

仏教とキリスト教はどう見ても根本から違います
仏教とキリスト教を比べると、どう見てもキリスト教のほうが悪魔崇拝なんですけど。

英国女王の側近のゴルドン夫人は、ワン・ワールド準備の為のワン・リリージョン(宗教)を推進するための工作員でもあったのです。
英国王室側の人が宗教統一に都合がいいことを言ったのです。
宗教統一とは、新キリスト教で世界を塗り潰すという意味であって、思想の多様性をなくすということです。
みんなが一緒に共存するのではなく、
一つを残して皆殺しという意味です。
キリスト教が布教熱心で、侵略とセット
である理由が分かるでしょ?”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-83.html
日ユ同祖論と中ユ同祖論の発明者は17世紀のイエズス会士ロドリゲス。          
同祖論はキリスト教の布教とセット。                         
日ユ同祖論を布教する陰謀論者=宣教師。                       
日ユ同祖論の英語版Wikiの一部を翻訳し解説。

Misaki-わんわん ‏@bonchan1 2015年9月8日
故山本健造氏が高山市丹生川町旗鉾の分校で教職に着かれ、そこで地元の上方様の家系の老翁から「飛騨の口碑」を託されたのが昭和35(1950)年の事。それから五十数年を経てこの世に初めて発表されたのが鞍ヶ根風土記としてまとめられた「飛騨の口碑」だ。まだまだ世間の認知度は低い。

knznymmmy ‏@knznymmmy 2014年12月21日
どこまで本当なのかねえ
いきなり飛騨にポッと出るのもおかしいじゃん
そいつらどこから来たの?っていうね
ミトコンドリアイブちゃんよりも
飛騨の方が古いとかんなわきゃねーんでしょ?


knznymmmy ‏@knznymmmy 2015年1月6日
日本書紀も古事記もウソが多いだろうけどさ
飛騨の口碑だってウソはあるんじゃないのかなあ?
それだけが0.01%のウソも間違いも含まないとか
そんな訳はなかろうと思うけど

例えばさ飛騨に発生したというその原アホンジンとやらは
どこからきたよ?ウジ虫じゃあるまいし突然発生はしねえよ


knznymmmy ‏@knznymmmy 2015年12月25日
そもそも単一民族だの日本人だのいう
概念があやふやでしかない
犬のぼんちゃんが
飛騨ガーとかわんわん吠えてるけどさ
どう考えてもウリナラファンタジーw


knznymmmy ‏@knznymmmy 1月5日
飛騨の口碑ってのもさ
ちゃんと調べりゃ
明治ぐらいに作られたんじゃねえの?
すーーーーっと口伝ですとかいうのはさ
要するに証拠なし、天皇家の万世一系みたいなもんでしょ
証拠がねえのをさもありがたいかのように言うとかどうなのよ?


Misaki-わんわん ‏@bonchan1 1月14日
大陸・半島人とはそのDNAが全く異なると遺伝子学的に判明しているのに、未だに渡来人が主だと言う人が多いのには驚きます。何故、日本人は単一の日本固有の民族だと胸を張らないのでしょう?プライドがないのかしら?

日本人は混血民族。単一の固有の民族なんて実在しねーよ。
ナチスのアーリア信仰を日本人に変えただけ。
思考が神道カルトまんまの、聖典が飛騨の口碑のみさきワンちゃん。
「ヤハウェヤハウェが秦氏秦氏が景教景教が以下略」って、うるさい。
大避神社の御祭神は秦河勝。
一神教では人間を神として祀るのは絶対に禁止なので、秦氏は景教ともユダヤ教とも無関係。
致命的な矛盾をひたすら無視する時点で相手にする価値無し


knznymmmy ‏@knznymmmy 1:12 - 2016年1月16日
君と違って信仰が無いからだよ

(「純血」を信仰するのはカルトの証)


P・グラレム ‏@pinkglalem 2015年12月3日
移民についてかい...?もともと日本人と言うのは、多人種の混血なんですけど...

P・グラレム ‏@pinkglalem
ユダヤ人なんて民族はいねェーョ。架空の、でっち上げられた幻想。日本人にしたって、その遺伝子構成は、多人種の混血。大昔に混血化がすでに進んでいたんだョ。

古代から何世代過ぎてるの?その間中、近親婚を繰り返すワケ...?そーでなかったら、民族の純血なんて守れないョ。純血主義は幻想なんだョ。

人種としての「~人」というのは、すでに存在していない。


どーしてだろう?カルトの信者というのは、宗教のことをスルーするために、民族に拘るね。

民族や言語の分類というのは、18世紀に聖書をもとにして作られたンだョね
(シュレーツァー)。だから、コレをもとにあたしに民族について質問されても。答えられません。...予め言っておきます。

だいたい日本人なんて、多民族の混血だし...

knznymmmy ‏@knznymmmy
セム語族とかまさにソレだな…

「神戸とかいう魔境って何なのさ?」
皇族や桜に潜む日本のイカサマ擬似伝統の番外編
http://codetripleseven.blogspot.jp/2015/11/3.html
”神戸製鋼といえばオウムの村井も元神戸製鋼社員。
衆人環視の中殺された、あのオウム幹部の村井だ。
テレビで「阪神大震災は人工地震だ」と全国放送しちゃったあの村井だ。

村井は大阪大学大学院で宇宙物理学専攻
→1983年神戸製鋼入社→1986年オウム入信。

アベシのブレーンの伊藤哲夫は生長の家→ソース1  ソース2
そしてその生長の家を作った谷口雅春も神戸出身。
生長の家=宗教右翼=戦争賛美=日本会議=稲田朋美でもある。

そう言えば、84年・85年にはグリコ森永事件が起きた。
アベシが神戸製鋼を辞めて父親の晋太郎の秘書官をしていた頃だ。
グリコ・森永事件の舞台は神戸を含む関西。
例えばグリコは社長の実家襲撃・脅迫状・放火その他散々な目に遭った。
そのグリコの社長宅は芦屋=神戸市の東隣。
そして87年にはアベシは昭恵と結婚。
昭恵は電通社員=ほぼ確実にヤツらの犬。
昭恵は森永社長の娘でもある。グリコ・森永事件の、あの森永だ。
森永といえばキリスト教。例えば創業者の森永太一郎がキリスト教→wiki
エンゼルのロゴとか「いかにも」なデザインを採用するではないか。
森永の製品に「マンナ」というビスケットがある。
商品名の由来は旧約聖書の出エジプト記の「マナ」だ。→参考
昭恵がキリスト教徒なのかは不明。
とりあえず小学校からの全学歴が聖心女子=ミッション系ではある。
昭恵と言えばデービッド=ロックフェラーJr.と「食べて応援」を推進。
この辺を更に追求していくと兵庫からは離れるが深刻な話題が出る。
例えば福島第一原発四号機爆発の謎。
或いはアベシとオウムの、単なる神戸製鋼OBでは済まないコネ。
オウム真理教事件の闇はまだまだ残っている。→参考

江崎グリコ社長宅のある芦屋以外にも、関西系の社長宅は
兵庫に家を構える事が多い
→ソース

2012年9月14日時点で上場企業の社長・会長に就任している
4878人のうち、判明した2920人の社長・会長の自宅住所から作成した。
役員報酬が1億円を超える企業トップは、どの街に住んでいるのか。
関西では、大阪や京都よりも、兵庫の西宮市や芦屋市を好む傾向が
明らかになった。

大阪も京都も差し押さえて1位か。関西のドンは兵庫という事か?
尚、兵庫県内のランキングでは

1位が西宮市で2位が芦屋市となった。
・・・との事だ。両方共、神戸市の東隣。

そのせいだろうか?
神戸は不自然にケムトレイルが散布されなさすぎと主張する人もいる
リンク1 リンク2 リンク3   

本州を1800キロ走ってみて、わかったことがある。
本来であれば空気が清浄な地方ほど、
盛大にケム雲が広がっている傾向があるということ。
長野の安曇野のあたりは、これ見よがしにケムっていて哀しくなった。
では日本に、ケムっていない地域は存在するのか?
あるんだね、これが。
見事なまでにケム雲ひとつなく、わたがしのような雲が
たなびく地域が。西宮から神戸にかけてが、そうだった。
芦屋の高級住宅街あたりに、日本の真の支配層は
住んでいる……ってことかな?


やはり神戸はひと筋縄ではいかない。

ケムが撒かれないのなら体にいいのか?と思うと意外とそうでもない。
妙な病気が日本で「発見」されるのは神戸が多い。
例えば「生物兵器説」が流れるような病気。例えばエイズ。
誰が日本のエイズ感染者第1号なのか?というのは微妙である。
例えば「アメリカ在住の日本人」は「日本のエイズ第1号」として
カウントしていいのか?微妙だ。
「長野在住のフィリピン人」 というのもある。
しかし「日本在住の日本人」という条件でならエイズ初感染者は神戸
→参考
1987年1月17日  神戸で日本初の女性のエイズ患者報告、
エイズ・パニック広がる

おっと・・・1月17日と言えば阪神大震災の日ではないか。
これは偶然なのか?
ちなみに1月17日と言えば2006年ライブドアショック。
1979年イラン革命の日でもある。

鳥インフルもそうだ。
2009年5月16日 新型インフルエンザ、神戸で国内初の感染確認。
渡航歴ない高3→ソース
この5月16日はオウム真理教の麻原が逮捕された日でもある。

体に悪いと言えば、福島産の米の流通量が全国2位なのは兵庫→参考
東京は人口密集地帯だ。
だから福島に限らず近県から大量に食料が流入するのは当然。
しかし、なぜ2位が兵庫なのか?
人口密集地帯や農地が少なそうな都市部なら他にもあるではないか。
神奈川、愛知、大阪等を5倍以上もぶっちぎって、
兵庫が2位というのは異常事態ではないのか?
距離的にも神奈川、愛知、大阪・・・
すべて兵庫よりも福島に近いではないか。
兵庫は米の生産量ランキング全国14位だ。→ソース
米所と言うほどではないが、それでも上位の部類だ。
なぜこんなに福島の米が流入する?
しかもサクッと米所の新潟が福島米流通量6位。怪しい。
新潟は北海道を抑えて米の生産量は堂々日本一。→ソース
その新潟が米を輸入か?これは産地偽装目的ではないのか?
若しくは福島米を使った煎餅か餅か何か加工品があるのか?
実にクッサイ数字だ。
・・・というか・・・。この際だから書いておくけど・・・。
食品偽装の本丸ってコメな件。

ハッキリ言っておくが人間の味覚なんてバカだ。
その意味でグルメだ何だと言ってるのはバカばかりと決まっている。
アナタの食べてるそのコメ・・・。フクシマ産のプルトニウム入りかもよ?
以前だったら偽装米の正体は中国米だったりしたようだが
フクイチのせいでちょっと事情が複雑化しているようにも思う。
ニュースでも何年か前に色んな食品の偽装が出たけど
コメは今の所スルーだ。 しかし将来的にはコメ関係も騒動になると思う。
勿論、フクシマ米の問題が堂々と語られるような時代には
とっくに手遅れになっていると思うけど。
スイス系の製薬会社のノバルティスファーマは2015年2月に
日本初の業務停止処分を受けた。
これは抗癌剤の副作用を隠蔽したせい。
この悪徳企業が日本国内唯一の工場を持つのが兵庫の篠山→ソース
スイス・・・製薬会社・・・抗癌剤・・・。ヤツらの中心部だ。
そしてその中心部が日本に来たと思ったらサラッと兵庫!

兵庫は在日の教師の数が大阪に次いで多く全国2位とも言われる。
そのせいで学校でハングルを強制的に教える所すらあるらしいw
例えばこれ参照。在日の先生様自らPDFをつくっていらっしゃる。”

※動画と画像は省略

プライベートブラウジング - 履歴を残さずに Firefox を使用する
https://support.mozilla.org/ja/kb/private-browsing-use-firefox-without-history

検索履歴を残さない検索エンジンDuckDuckGo (ダックダックゴー)
https://duckduckgo.com/?q=

メルセゲル ‏@Meretseger2 14:49 - 2016年1月17日
http://search.chromic.org gnusocalの人に教えてもらったフリーソフト検索エンジンが良い感じだ

狼たちは知っている ‏@wolvesknow 2015年11月7日
炎狐の新装備、プライベートブラウジングで、ユーザのオンライン行動を追跡するコンテンツをブロックとのこと。Twitterが快速で動くようになった。対抗プログラムが出来るまで暫くは快適だな。

プライベートブラウジング - 履歴を残さずに Firefox を使用する
https://support.mozilla.org/ja/kb/private-browsing-use-firefox-without-history

検索履歴を残さない検索エンジンDuckDuckGo (ダックダックゴー)
https://duckduckgo.com/?q=

検索方法の種類まとめ!除外や完全一致・ホームページ内検索も!
http://affikatsu.com/research-method-891/

Googleの検索方法と検索オプション、テクニックまとめ
http://liginc.co.jp/web/service/google/86222


 【マクラもオチもなく、本題しかない読書メモ】

宮坂宥洪『真釈 般若心経 』(角川ソフィア文庫)


著者の宮坂 宥洪(みやさか ゆうこう、1950年11月11日 - )は、真言宗の僧ですから真言宗流の解釈です。

(チベット仏教流の解釈は、過去記事の
斎藤保高『チベット密教 修行の設計図』・『チベットの般若心経』で本物のチベット思想を学び、スピリチュアル(インド風キリスト教系カルト)儲を撃退しましょう!
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-108.html
をどうぞ)

・『般若心経』の冒頭は観自在菩薩の「観」。
サンスクリット原典では「アーリア(「高貴なる」。貴人に対する尊称)で始まるので、原点に忠実に訳すなら、「聖」観自在菩薩となっていたはず。
この経典の開幕のシーンは瞑想する釈尊のお姿。釈尊の瞑想に感応して観自在菩薩が修行を完成した、というところからドラマが展開する。

・インド仏教の伝統的な瞑想の仕方には、シャマタ(止)とヴィパシュヤナー(観)という二つがある。
シャマタ・ビパシュヤナー(止観)は、インド仏教における最もオーソドックスな瞑想実践の方法だった。今でもタイやミャンマーなどの南方仏教ではきわめて重視されている修行法。
シャマタとは心を静めること。背筋を伸ばして、肩の力を抜き、深い呼吸をこころがける、これ以外に何の特別な努力もしない。
それが次のヴィパシュヤナーの実践の不可欠な前提となる。
ヴィパシュヤナーの原義は観察。仏法を観察する。観法ともいう。
観自在菩薩は「観ること自在」、すなわち観法の達人。

・インドの哲学という場合、「哲学」はサンスクリットで「ダルシャナ」といい、その原意は「観ること」。インド哲学は、すべて瞑想実践の中から生み出された体系。

マントラを数えるための道具が数珠。仏教が興る以前から、バラモン教で用いられていた。
サンスクリットでは「ジャパ・マーラー」といい、「念誦の輪」という意味。
キリスト教で用いられているロザリオは仏教の数珠に由来。
 釈尊の時代にはまだ数珠を手にする習慣はなかったようだ。
いつから仏教徒が数珠を持つようになったかは不明だが、著者の知る範囲では、アジャンター石窟群の最古に属する壁画の中に、数珠を手にした菩薩が描かれている


(“起源についての説

ドイツのインド学者アルブレヒト・ヴェーバーは、インド仏教で用いられていた数珠(サンスクリット語: japa-mālā、字義は「低い声で念じ唱える+(花)輪」)が西洋に伝えられた際に「バラの花輪 (japā-mālā)」と解釈され、それがラテン語の rosarium として直訳され、他の西洋諸語に取り入れられたのだとしている[10][11]。

しかしこのロザリオのインド起源説に対し、

サンスクリット話者が、キリスト教のラテン語話者との間に、母音の長短を聞き間違えるほどの言語的接触の必要性および蓋然性が存在したとは考えにくいこと
ヴェーバーの仮説では東方教会に対するインドからの数珠状の祈祷用具の浸透が説明できないこと
ロザリオの「先祖」である「主の祈り」を数える道具であった Paternoster は、数珠のような環状のものではなく一本の「直線状」のものだったこと
すでに一部地域では8世紀頃から Thong-and-ring という動物の皮と骨を材料にした計算具で祈りの回数を唱えていたこと
ローマ・カトリックと東方教会の両者は共に、エジプトの修道士たちが小石を使い祈祷を数えていたというパッラディウス(Palladius, 363年頃 - 431年頃)の証言に自分たちの祈祷の回数を数える道具の起源を求めていること

などの理由から、キリスト教のロザリオはインドから借用されたものではなく、キリスト教の浸透した各地において独自に工夫がされた結果として、現在の数珠に似たロザリオの形状に発展し定着したと主張する者もいる[12]。”文芸
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B6%E3%83%AA%E3%82%AA

https://twitter.com/FeydoTaitei/status/683576644280258560
フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 1月3日
あちゃ〜‼︎
で、出たよ〜
アレキサンドリア図書館w

#FateGO
#FGO pic.twitter.com/nhdmtz16td

フェイド大帝さんがまた優しく 説明してやる! 耳の穴かっぽじってよく聞くがよろし! この連中はね、アレキサンドリア (エジプト)に人類の真の歴史書や 神学書が蔵されてたと信じ込んでてね、

で、特にキリスト教の興りに ついてバチカンにとって都合の 悪い事が書かれていたと 思い込んでてね、この図書館に 放火したのはカソリックだ! と断罪してるわけ。

この主張をしてる連中は グノーシス主義の一派である 中世のカタリ派(異端として バチカンに潰された)の子孫を 自称してて、「ウリ達のご先祖様に 賠償を要求するニダ!」と 憤ってカソリックを脅迫
してるの。

で、このカタリ派と何の関係も無い 日本や韓国、イソラエルの キリスト教系カルトも群がって 一緒にカソリックを叩いてるわけ。 当然得をするのはアングロサクソン系 のプロテスタント陣営とおフレンチ の無宗教(新左翼)主義者ね。

で、アレキサンドリアと 原始キリスト教の関係なんだけど、 新約聖書のパウロの宣教録を 読むと、パウロってのは アンティオキア(現シリア辺り) とか、コリントス、ローマの 話はよくするけど、

当時の大都市のアレキサンドリアの 話には余り触れたがらないのよ。 「アポロ」という同じキリスト教の 宣教師のライバルが先行で布教してて これに勝てなかったんだねぇ。

今のバチカンのカソリックってのは 基本的にパウロのキリスト教の事を 指すのよね。 聖書が1巻本になったのもずっと 後で、マルキオン聖書に対抗して エイレナイオスの時代に纏められた のが原型だと言われている。

だから、キリスト教ってのは 最初の頃は沢山宗派があったの!
で、特に人気があったのが グノーシス主義だった事が 過去の資料(エウセビオスの教会史とか) から分かってるわけ。

第2章のネロ編でネロに仕えてた 宮廷魔術師が速攻で殺された話 あったろ?w グノーシス派の有力な教祖の 一人であった魔術師シモンだと 言われてる。

グノーシス派で特に有名なのが ヴァレンチノス派
ね。 fategoスレでこの名前出た時は 流石工作員共と笑ったけどねw

でローマでの布教編を読めば 分かるけど、パウロがやってくる 前からどーもプリスカ夫婦という 怪しい二人がすでにローマで キリスト教を布教しててローマから 追放処分を受けてた事がわかる。

ローマやアンティオキアに伝わってた キリスト教が、「アレキサンドリアに だけは伝わってなかった」って 不自然だろ?w 仏教学の見地からだとカソリックの ロザリオが仏教の数珠由来で ある事が分かってるので、

アレキサンドリアはインドとも 貿易をしていた事が考古学から 明らかになってるから、 初期キリスト教はインドの方の アーリア系宗教からの影響が 強かったのではないか
と 言われている。

当然、キリスト教の元ネタが インドやイランのパクリの 可能性が高い事は、西洋白人様 やパウロ派(つまりカソリック) に取って都合が悪いから、 アレキサンドリアを焼いたの ではないかとこの連中は 疑ってる。

まぁ、日本の場合は戦後アメリカの 影響が強いから(実際は明治時代から) プロテスタントや、カソリック以外 に有利な言論をデ○ズニーとか 使って、子供から刷り込んでく 政策を取ってるので、

こう言った事情に疎いと 速攻でカモられる。 ゲームやアニメ、受験用の 日本史だけじゃなく、世界史も ちゃんと勉強しろ
ってこった。 以上!)


・マントラの念誦とは、念ずる内容を観想しながらマントラを繰り返して誦する。自分の好きなように行ってよいというものではなく、インドでは必ず師から伝授を受けて、しかるべき場所で、しかるべき手順を踏んで行うべきものとされてきた。
マントラの念誦に必要なのが本尊であり、『般若心経』では般若波羅蜜多そのものが本尊。

・寺院に仏像が安置されていることはごく当たり前ではなく、これは世界の宗教の中で異例のこと。
ユダヤ教、イスラム教、キリスト教、あるいは日本の神道でも、神を人間の姿に造形化してはいけないことになっていて、いわゆる偶像崇拝を禁止している。
 仏教でも、仏滅後五百年間は、ブッダを人の姿に表すことは憚られてきた。
紀元前三世紀のアショーカ王の時代の仏塔の欄楯(らんじゅん。聖域を俗界と区別するための垣根、柵)の仏伝レリーフには、普通の人々の姿はあってもブッダの姿だけはなく、仏陀の代わりに法輪や菩提樹が刻されていて、それは見る者にとても不思議な印象を与える。
 紀元前一世紀頃から北インドのガンダーラ地方で始まった仏像彫刻は、ギリシャ美術の影響が濃厚。
ギリシャ美術の影響なしに、同じ頃、北インドのマトゥラーでも仏像の政策が始まっている

これは仏陀を″偶像″として″崇拝″するようになったというよりも、仏陀が眼前にいるかのごとくに、「観じる」、すなわち「観仏」という瞑想が行われるようになったことと深く関係しているのではないかと筆者は考えている。
 ひとたび仏像彫刻が始まると、仏像は仏教が伝播するすべての地域に広まった。
仏像が人々の崇拝の対象となっていったことは否めないが、人間精神の至高の造形表現としての仏像は、世界の芸術史上において類がなく(なぜなら偶像を禁止している宗教ではそのようなものは生まれようもないので)、その後の仏教史を通じて、まさに類なき傑作が次々と生み出されてきた。

(釈迦は「法を説く人間(釈迦)を崇めるのではなく、法“を実践”せよ」と説きました。

え、神道が偶像崇拝禁止なの?
神社に思いっきり置かれているあの像は何なの?
仏教が国教で、神仏習合で神々を仏教化してきたから、仏教化されていない神々の像は作られなかったってこと?

偶像崇拝禁止って、「明治以降の神道=和風キリスト教」限定なんじゃないの?
でも、国家神道の現人神の写真を崇めるのって偶像崇拝ですよね?


世界の仏像紹介BOT(仮) ‏@worldbutsubot 2013年11月28日
【仏像以前】釈迦は自身を根本的な崇拝対象としなかったため、仏教では釈迦入滅後暫くの間は法輪・菩提樹・仏足石などによってその世界観や思想を表現していた。だが、インドのガンダーラやパキスタンのマトゥーラに仏教が伝播すると、次第に偶像崇拝対象としての仏像制作が盛んとなっていった。

大窪一志 ‏@neuemittelalter 4月29日
仏教も、ユダヤ=キリスト教やイスラームの偶像崇拝禁止のように、仏陀を人の形で造形することを禁じていた。キリスト教やイスラームでは未だに偶像崇拝を排する動きが強いが、現代仏教では全く失われてしまったかに見える。↓法輪と仏足の旧き形象。 pic.twitter.com/4F68W7FjcN

たけちゃん ‏@take_chan_bot_ 12月22日
ガンダーラ美術はクシャーナ朝で流行ったんだったね。もともと仏教はブッダの偶像崇拝を禁止してたんだけど、ヘレニズム文化と出会って仏像が作られるようになったんだよ。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 4月26日
RAPTの野郎が仏教について間違い ばかり書いてるなw キリスト教原理主義者っぽいけど カトリックとモルモン教を貶めてる から、エホバ辺りかね? リベラル系では無いから、福音主義 系かもしれないが。 コメント表示されてる連中も 仏教というかインド文化をよく 分かってないぽいな

まさか知ってるとは思うが、仏教も
偶像禁止だぞ。
仏像作り出したり、ストゥーパ建て始めた
のは大乗仏教になってからだぞ?

教えを文字に残さなかったのは、
まぁ、あっちの文化がそういう
文化だということもあるけど、
初期仏教は基本シンプルで実践重視
だったから必要なかったからかな

安保 多稼士 ‏@AmboTakashi 5月14日
紐付きは半分の真実と半分の嘘によって、洗脳に気づいた人を再び洗脳するのが仕事。陰謀論者ラプトの元ネタはラプチャー=携挙。隠れ含めキリスト教系と大本教系陰謀論者は仏教嫌いの法則!
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-82.html


安保 多稼士 ‏@AmboTakashi 5月20日
もしキリスト教系(の時点で支配層側の)陰謀論者のRAPTさんに出会ったらまずは、元ネタはRAPTure(ラプチャー。携挙)ですよね? と聞こうと考えております。患難前携挙説を正しいと考えていますか? とも聞こうかな。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-83.html

吹田/大\賞典の傾向と対策bot ‏@suitaQ_bot 11月25日
Q. 万葉集に一首のみ収められている、「弥彦  神の麓に 今日らもか 鹿の伏すらむ 皮衣着て 角つきながら」という歌のように、5・7・5・7・7・7の音からなる和歌のことを、釈迦の足跡を刻んだ石になぞらえて何と呼ぶでしょう?……A. 仏足石歌(ぶっそくせきか))

・マントラを静かに、あるいは心の中で何度も繰り返して誦える修行を、念誦法(サンスクリット語で「ジャパ」)という。
咒はマントラの訳語。
さなかったのは、玄奘の時代にはマントラの訳語がまだ定まっておらず、玄奘のみならずマントラを真言と訳す人はだれもいなかった。

・般若心経の「心」はマントラのこと。
最後の「羯諦……」の直後に尾題が添えられている。
玄奘訳では「般若波羅蜜多心経」となっているが、
原典では「以上で、プラジュニャー・パーラミター・フリダヤ(般若波羅蜜多のマントラ)、提示し終わる」となっていて、「経」にあたる語はない。
この「心」には「真言」という意味がある。
原語の「フリダヤ」を直訳すれば「心」以外にありえない。
「フリダヤ」にマントラの意味があるということは一般のサンスクリットの辞書には載っていない。
しかし、インドの文献では、フリダヤ・マントラという言い方は珍しくない。フリダヤがマントラの別称として用いられるのはよくある。
ことに密教の漢訳文献に頻繁に出てくる「心咒(しんしゅ)」という言葉は「フリダヤ・マントラ」の訳語で真言と同じ意味。
著者は、「フリダヤ」を「心臓」や「精要・精髄」と解釈するのは誤りだとしている。


・サンスクリットの合成語を解釈する厳密な方法によると、
プラジュニャー・パーラミター=「智慧という完成」。
そもそも智慧自体が完成されたものなので、それを完成させるということは意味をなさない。
智慧の彼岸に到る道程ではなく、智慧の彼岸に到「っている状態」。

諸仏がさとりを得るのは般若(智慧)の力に依るのであるということから、般若波羅蜜多そのものが神格化されるようになった。
大乗仏教とは、般若波羅蜜多を、諸仏を生む母、すなわち「仏母(ぶつも)」として尊び崇め、その絶大な功徳を宣揚した。
般若波羅蜜多が仏母という女尊だというと奇異に感じられるかもしれないが、インドでは古い時代から、風雨や雷などの自然現象のみならず言葉や時間や法則といった抽象的なものに至るまで、何であれ尊ぶべきものを容易に神格化する傾向があった。
例えば阿弥陀如来は光を神格化した仏であり、
文殊菩薩は智慧を、
弥勒菩薩は友情を神格化した菩薩だといっても差し支えなく、これと同じこと。
般若波羅蜜多の原語「プラジュニャー・パーラミター」が女性名詞だから女尊
とされた。
 真言宗や天台宗や禅宗などの寺院で行われる大般若法要の本尊は、仏母と言われる般若波羅蜜多菩薩、略して般若菩薩という女尊である。
なお、釈迦三尊を本尊する場合もある。
チベット版の『般若心経』では、「バガヴァティー(女尊=仏母)たるプラジュニャー・パーラミターのフリダヤ」とサンスクリットの経題が明記されている。

・バラモン教最古の聖典『リグ・ヴェーダ』の賛歌がマントラと呼ばれていた。
対して、仏教独自のマントラとして大乗仏教とが掲げたのが般若波羅蜜多であったと思われる。
初めは、バラモン教を意識してか、マントラではなく、ヴィディヤー(明、明呪〔みょうじゅ〕)とか、ダーラニー(陀羅尼)と呼ばれていた。

・五蘊の
「蘊」=たくわえ、あつまり。
サンスクリット語でスカンダといい、本来の意味は「木の幹」だが、書物の章節とか部門を意味することもある。全体を構成する主要素という意味。

1. 色 =体がある
2. 受=感覚がある
3. 想=イメージを持つ
4. 行=深層意識がある
5. 識=判断をする

五蘊そのものは自性空であり、自分ではない
五蘊は五取蘊ともいい、煩悩や執着(「取」)を生み出す条件。

・『般若心経』は、徹頭徹尾、瞑想の指南書。
自分は存在しない、存在するのは五蘊だけである、と見極めるのが最初の段階。
次に、自分が存在するのではないように、五蘊も存在しない、と見極めるのが第二の段階。

(著者はかなり斬新なことを述べていることに注意)

苦(ドゥッカ)=不如意(思いのままにならないこと)

・「度一切苦厄」という挿入文に仏教の実践的目標と究極の救いが端的に示されている。
この一文は漢訳者が勝手に挿入したようなものではなく、経典の趣旨をくみ取ったうえで考え抜かれて置いたもの。
「五蘊皆空」の個所は、サンスクリット原典によると「五蘊あり。しかも、それらは自性空である」と二段階に分けて読まねばならない。
観自在菩薩は、まず「五蘊あり」と観察し、「それらは自性空である」と観察した。
空観の洞察に先立って、五蘊の観察が必要不可欠。

・漢訳本文と原典を比較すると、漢訳のほうが一文少ない。
「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」は、
原点では、
「色は空性であり、空性は色である」
「色とは別に空性はなく、空性とは別に色はない」
「色なるものこそが空性であり、空性なるものこそが色である」

律蔵大品(りつぞうだいぼん)という初期の仏典には、釈尊が法を説く場合、「私は三度この義を説く」という表現がよく出てくる。
また、成道後の釈尊に梵天が説法を三度懇請し、それで釈尊は説法を決意したという話も伝わっている。
仏法僧の三宝に帰依するという「三帰依文」は今でも三度誦えることになっている。インドでは古くから三度繰り返して言う習慣があった。

インド人でない玄奘は二度繰り返せば十分だと思ったのだろう。

自性(スヴァバーヴァ)=それ自体。
自性空=それ自体がからっぽ。
○○シューニャ=○○空=○○を欠いている


原語のシューニャターは抽象名詞「空なること」(空性)。
空なる「もの」を意味するシューニャではない。
色は空性(空なること)だと和訳しても文法的に成立しないとまでは思わないかもしれない。
でも、これは、この本は重要「性」です、というようなもの。
なぜ破格の構文が用いられているのか。
本という語と、重要性という語の表示対象は一致すると考え、
(ここに)本がある、かつ、
(ここに)重要性がある、
といえば、問題はなくなる。
ここに色があるといい、かつ、
そこに空性があるといえば問題ない。

・色(ルーパ)=姿かたちのあるもの。
ルーパは動詞語根「ループ」(かたちづくる)から生まれた名詞。
ルーパはしばしば物質的現象と訳されるが、
『般若心経』では、自己を問う瞑想において「自己を構成する主要素」(蘊)
の一つとして観察される「姿かたちあるもの」なので、それは自分の体にほかならない。

受=ヴェーダナー
=(ある種の刺激を自分の感覚として)知らしめる作用=感受作用。
動詞語根「ヴィド」(知る)の使役形名詞。

想=サンジュニャー=全体的に知る
=ある事柄を全体的なイメージとして了解する
=表象。
動詞語根「ジュニャー」(知る。※)
+接頭辞「サン」(集合)。

※受想識は原語ではどれも微妙なニュアンスの違いで「知る」を意味する)

識=ヴィジュニャーナ=分けて知る
=分別、分かる、識別・判断。
(AをA以外のものから区別して知る)
動詞語根「ジュニャー」(知る)
+接頭辞「ヴィ」(二つの分ける)。

識=ヴィジュニャーナだけが、「言葉を介して」知ることを意味する。
受=ヴェーダナーは感覚的に知ること、
想=サンジュニャーはイメージとして知ること。

行=サンスカーラ=(何らかのものをまとめて)つくり出すこと。
いろいろなイメージを総合して集めて意識を生み出す作用。
潜在意識。

 知を主体とした形成作用が五蘊の総体であり自己の正体だと結論づけてもよいかと思われる。
自己は形成するもの、形成されてきたものであって、はじめからこれといったものとして存在するのではない。

・ダルマ(原意は「保持されるもの」)
=法則・規範、正義・善、宗教・教え、存在するもの

現代のインドでは英語のレリジョンの訳語としてダルマが採用されている。
仏教のインド名は、バウッダ・ダルマ(ブッダの法)。
日本に仏教が伝来した当初、仏教は「仏法」と呼ばれていた。
仏「法」興隆の詔。
江戸時代には「仏道」の呼称が一般的。
仏教という言い方が定着したのは明治時代以降

インド人は宗教について語る場合でも、「ダルマを信じる」という言い方をせず、あなたはどういうダルマを持っているかをたえず問題にする。
この場合のダルマは何らかの信仰というより、むしろ自分を律するもの、みずからの行いの根拠、といった意味に近いだろう。それなくして人は人でなくなってしまうと思われているほどのもの。

インドの哲学用語としてのダルマの意味は「場所に存在するもの」。
山に煙がある場合、煙は山のダルマであるといえる。
場所としての山は、煙の「保持者」(ダルミン)と呼ばれる。
インド人は、壺が青いことを、壺に青がある、と表現する。壺という場所に青が存在していると考える。
青色は壺のダルマである。青は壺に保持されるもの。壺は青色というダルマの保持者(ダルミン)。
 インド人はダルマという言葉を聞くと、それが文脈によって、規律とか善とか正義とか教えとか、どのような意味で用いられていようと、それはどこに存在するか、保持するものは何か、その場所はどこか、ということを反射的に考える。とにかくダルマはどこかに存在するもの。

・諸法(もろもろのダルマ)
=存在するものすべて。

・空相=空という特徴。
相(すがた)ではない。相には、手相や家相や真相のように、外に現れた形(によって知られる内面の姿)という意味があるが、原語「ラクシャナ」は「AをA以外から区別するための目印」といったほどの意味で、つまり単純に「特徴」という意味。
相=ラクシャナ=XをX以外から区別するための目印=特徴。

・イハ(ここにおいて。ここ。この場所)は漢訳では省略されている。
イハ、シャーリプトラよ。

・十二処の 
処=アーヤタナ=場所、休息所、自己を自己たらしめている根拠。

十八界の
界=ダートゥ=基盤、基礎、自己を自己たらしめている根拠。

感覚(六根)で感知(六境)して認識(六識)する。

根=インドリア=感受する作用、能力、機能、感覚の装置(センサー)。
センサーは感知するだけで判断はしない。

六つの感覚の装置がとらえる対象が六境。
境=ヴィシャヤ=対象となる領域または対象範囲。
法境(心的対象)の法(ダルマ)は単に心のはたらきが向かうところという意味。

・十二縁起
①無明=アヴィディヤー。
(明知=ヴィディヤー)

②行=サンスカーラ。
③識=ヴィジュニャーナ

④名色=ナーマ・ルーパ
=個体的存在の精神的ならびに物質的な諸要素(五蘊とほぼ同じ)。

⑤六処(シャド・アーヤタナ)
=種々の感覚能力(装置、センサー)。
六入と漢訳されることがある。

⑥触=スパルシャ
=対象との接触。

⑦受=ヴェーダナー

愛=トゥリシュナー=渇愛。
さまざまな感覚にもとづいて欲望が生まれる。
感受したればこそ、それを我が物としたいという欲望が起きる。
これが愛。原義は「渇き」で、のどが渇いて水を飲まずにはいられないということに喩えられるような根源的な衝動を意味する。いわゆる煩悩。


⑨取=ウパーダーナ=執着。
これのみが正しいとか、我が物を離すまいという頑強な気持ち。これも煩悩。

⑩有=バーヴァ=存在すること、起きること。
ゆるぎない(いい意味でも悪い意味でも)個人的自我がついに確立されてしまう、その確立。

⑪生=ジャーティ=誕生、生まれること。
著者は、誕生ではなく、生存状態(生活)と解釈すべきだと考えている。

⑫老死=ジャラー・マラナ=老いること・死ぬこと。

・四諦の諦(サトヤ。パーリ語「サッチャ」)を真理と訳す誤り。
苦集滅道(四諦)なく、という一文は、四つの真理はない、という意味に解すると、真理はないということになる。真理はない、という経典があるだろうか。

苦諦は苦聖諦の略。
聖諦のパーリ語はアーリ・サッチャ。
これを現代の学者は、聖なる真理、と訳すのは誤訳だと筆者は考える。
苦聖諦は、迷いの生存は苦であるという真理ではなく、端的に「苦というダルマ」のことで、「確実なもの」と訳すのが妥当。

(いやいや、真理に「も実体は」「ない」って意味でしょ。
自性があるという意味で「確実なもの」がないってことでしょ。
『般若心経』は瞑想に「も使える」だけなんじゃないの?)

・智もなく得もなし、の「智」(ジュニャーナ)は、原語が違うので、般若の智慧(プラジュニャー)ではないことはたしか。智は知全般。

プラジュニャー
=プラ(「前に。前方に進める」を意味する接頭辞)
+ジュニャー(「知る」を意味する動詞語根)

・ダルマの結合(得)と分離(非得)。
もろもろのダルマを結合させるはたらき、すなわちダルマの獲得作用のことを、得(プラープティ)といい、
分離させるはたらきを「非得」(アプラープティ)という。

「無所得」は損得の打算を超えた心境ではない。得に対する非得、すなわちダルマを分離させるはたらきのこと。著者は、「以無所得故」を、「この故に、ここにはいかなるものもないから」と訳している。

・「菩提薩埵 依般若波羅蜜多故」
三人称単数の語尾を持つ動詞「ヴィハラティ(安住している)」に対する主語は彼、菩薩。

依般若波羅蜜多の
「依」=アーシュリトャ=~を拠り所として、~に立脚して、~を基盤として。

・「心無罣礙 無罣礙故」
の心=チッタ。
経題の心=フリダヤではない。
罣礙は、
罣=引っかけるもの、
礙=妨げるもの、
を意味し、
アーヴァラナを翻訳するためにつくった述語だと思われる。
アーヴァラナ=妨げとなるもの、閉ざすもの、覆うもの、取り囲むもの。

・「無有恐怖 遠離一切 顛倒夢想」
の「一切」はもとの玄奘訳にはない。サンスクリット原典にもない。
「一切」があるのは羅什の訳であり、おそらく、読誦する際に語調を整えるために挿入されたのではないかと著者は思う。
『般若心経』は読誦経典として、できるだけ四文字でリズムをとれるように工夫されている。
「無有恐怖」の「有」はなくても文意に影響しない。

顛倒=ヴィパルヤーサ=逆さま。

「夢想」は漢訳の段階で補われたもので、対応するサンスクリットはない。
顛倒を強調するためだと思われるが、要するに、ないものをあると考えることが「顛倒夢想」。

遠離=アティクラーンタ=階段を昇りきっている=超越する。

・サンスクリットの「ニシュタ・ニルヴァーナ」は「涅槃に安住している」または「涅槃を達成している」というほどの意味。
「究竟涅槃」では「究竟の涅槃に入る」と解すべきだという人もいるが、究竟は余計で、「涅槃に入る」で十分。

・ニルヴァーナ。
〔=「ニル」(接頭辞)
+「ヴァ―」(動詞語根「(風などが)」吹く)
=(風などが)吹いて、なくす〕
=吹き消すこと、吹き消した状態。
燃え盛る煩悩の火という意味はない。
諸仏典には煩悩や苦蘊が燃え盛る火に喩えられ、火を消す、火を厭うといった表現がみられるが、火を消すには水をかけるとか、燃えるもの自体をなくすのが一般的であり、吹いて消す、という用例はまずみあたらない。

涅槃とは妨げない自由の境地。
語根「ヴァ―」に接頭辞「ニル」がついた動詞の使役形は、「香りを放たない」という意味しかない。
語根ヴァ―には香りを放つ、という意味もあるが涅槃とは関係がない。
外国のパーリ語研究者の間では、ニルヴァーナの語根はヴァ―ではなくヴリ(動詞語根「覆う」)であろうと考えられている。つまり、覆いのない状態。
空海は、妨げのない自由な境地が涅槃に入ることだと解説している。

(たしかに、煩悩の火は吹いて消える程度の火ではありませんよね)

・「阿耨多羅三藐三菩提」
=この上ない、完全な、さとり
=アヌッタラ・サンミャク・サンボーディ。

・「能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪」
真実と不虚は同じ意味を言い換えているだけのように見えるし、不虚が真実の理由になるとは考えにくいので、「故に般若波羅蜜多」と読んでしまうのだと思われる。
が、原典では「偽りがない“から”、真実である」文構成となっている。

不虚=アミティヤー=矛盾していない、嘘偽りでない。

・マントラ
=マン(「考える」を意味する動詞語根)
 +トラ(「手段」を意味する接尾辞)
=思考の道具。


日本語ではわけのわからない言葉を指して呪文のようだと言ったりするが、
インドでマントラのようだといえばそれは最高の褒め言葉。
インド人がなんのことわりもなくマントについて語るときは、いつでもそれはヴェーダの一節を指す。
仏教はヴェーダの権威を認めなかったので、初期仏教の時代にはマントラという言葉を用いることはなかった。
ただ、マントラに類する祈りの言葉は多少あったようだ。上座部と袂を分かった大衆部という部派は、経律論の三蔵以外に、陀羅尼蔵または持明蔵と呼ばれる多くの祈りの言葉を所蔵していたことが知られている。
パーリ聖典の中にもパリッタと呼ばれる守護句〔例えば、病気を防ぎ、あるいは治し、蛇の毒とか悪霊から身を守るために祈る言葉〕を誦えることが釈尊によって認められていたことが記されている。
 インド仏教徒がヴェーダの権威を認めなかったとしても、マントラこそ真に尊ぶべき祈りの言葉であるというインド一般の通念まで否定できたかというと、それは疑問。

・釈尊ご生誕の聖地ルンビニーの守護神は、生母マーヤー(摩耶)夫人。
釈尊を産んでわずか七日で没したマーヤーは幻影を意味する。
今はネパール領のその現地名ルンミンデーイの原意は、失われた女神。

・釈尊より数百年も隔てて作られた経典でも「仏説」とされる。
ほとんどの経典は「如是我聞(このように私は聞いている)」という言葉で始まるのが普通。
必ずしも釈尊から直接聞いたという意味ではなく、むしろ伝承されてきた教えの正統性を示す言葉だと考えられる。

・玄奘より後の時代に訳出された『般若心経』は、すべて「大本」からのもの。
大本=完全な形の経典。
完全な形とは経典としての一定の形式を踏まえていること。
如是我聞に始まり、だれが(導師)、いつ、どこで、だれに向って(会衆)説いたかということが明記されていて、そのあとで、「何を(教え)」が示されている経典のこと。
そして最後に「賛嘆の言葉」が述べられる。
要するに、序文、本文、結びの文がそろっているのが大本であり、普通の経典の形式。
ところが、玄奘訳の『般若心経』はこうした体裁が整っていない、本文だけの小本。
略された経典なら最初に大本が存在していなければならないはずだが、訳経史から判断すると、最初に小本が生まれ、そのあとに大本が生まれたようである。

・小本にはないが、大本では、舎利子(しゃりし)と観自在菩薩の対話に先立って、釈尊が瞑想に入る場面がある。また、釈尊の前に大勢の聴衆がいた。最後に釈尊が口を開き、観自在菩薩を褒め称え、それを聞いて皆が喜んだ。以上が、大本『般若心経』にある。

 【参考にしたもの】

【東方MMD】ひじりんが般若心経をサンスクリット語で歌いました
http://www.nicovideo.jp/watch/sm25260864
のコメント抜粋
“※「gate」は印欧祖語において「get」ど同根。意味は「向かう、行く」
※「samgate」の「Sam-」は強調の意味。「samgate」で「最後までやり遂げる、極める」の意味
※「Bodhi」は「仏陀」や「菩提」と同じく「budh(目覚める、さとる)」の活用形。
※「Svaha」は、古代インドのバラモン教の儀式において天上の全ての神々に捧げられた供物の事を指していた。転じて、願いが神々に届く事を祈る聖句とされ……供物を祭火に投じる時の掛け声としてこの言葉が唱えられた。“

中村元訳「般若心経」の『小本』と『大本』の比較
http://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_40a7.html

般若心経(大本)_現代語訳
http://www.inner-wish.com/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E5%A4%89%E5%AE%B9%E3%81%AE%E9%81%93/%E8%88%AC%E8%8B%A5%E5%BF%83%E7%B5%8C%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/%E8%88%AC%E8%8B%A5%E5%BF%83%E7%B5%8C-%E5%A4%A7%E6%9C%AC-%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3/

般若心経の周辺知識
http://hagiland.hatenablog.com/entry/20130429/1367220099

般若心経は真言を説いたお経 -エンサイクロメディア空海-
http://www.mikkyo21f.gr.jp/academy/cat48/

はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月23日
般若心経メモ114
周辺知識

1. 色:物質的現象として存在するもの。外界にある物質全般。また特に人間の身体。
2. 受:外界からの刺激を感じ取る感受の働き。感覚。
3. 想:いろいろな考えを組み上げたり壊したりする働き。表象。

般若心経メモ115 周辺知識
4. 行:何かを行おうと考える意思の働き。意志、意志的形成力。 5. 識:あらゆる心的作用の基本となる、認識の働き。六識。六識については後述。 2~5の受想行識は精神作用、心の要素である。外界(物質界)のことはすべて「色」に含まれる。

はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月23日
般若心経メモ116
周辺知識

☆十二処十八界

六根と六境を合わせて十二処と言う。十二処に六識を加えて十八界と言う。

六根とは、眼、耳、鼻、舌、身、意。
六境とは、色、声、香、味、触、法。
六識とは、眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識。

般若心経メモ117 周辺知識 それぞれ対応している。六根の最初の5つ(五根と言う)は五感と同じ。身は触覚のこと。眼で色(ここでの色は五蘊の色とは違うのだろう)、耳で声、鼻で香、舌で味、身で触を認識する。これらで物質界つまり五蘊の「色」を捉える。

般若心経メモ118 周辺知識 六つ目の意は心のこと。心も認識器官と考える。意で認識するのが法。意をさらに五根と対応させたのが六識である。 五蘊十二処十八界を三科(さんか)と呼ぶが、これは後世の人が付けた名前で、ブッダ自身がそう名付けたわけではない。

般若心経メモ119 周辺知識 ☆四諦 ブッダが悟りを得た後に初めて弟子たちに説いた法のうちのひとつとされる(初転法輪)。この世の苦を滅して悟りを得るまでの四つの真理である。

般若心経メモ120 周辺知識 1. 苦諦(くたい):この世・人生は苦であるという真理。一切皆苦。 2. 集諦(じったい):その苦を生み出す原因は煩悩であるという真理。

般若心経メモ121 周辺知識 3. 滅諦(めったい):その煩悩を滅すると苦が滅し涅槃が実現するという真理。 4. 道諦(どうたい):その煩悩を滅するための具体的な道という真理。八正道。

はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月23日
般若心経メモ122
周辺知識

☆四苦

1. 生:(輪廻によって)生まれる苦しみ。
2. 病
3. 老
4. 死

般若心経メモ123 周辺知識 ☆八苦 四苦に加え、 5. 愛別離苦(あいべつりく):愛する対象と別れなければならない苦しみ。 6. 怨憎会苦(おんぞうえく):憎む対象に出会わなければならない苦しみ。

般若心経メモ124 周辺知識 7. 求不得苦(ぐふとっく):求めても得られない苦しみ。 8. 五陰盛苦(ごおんじょうく):人間生存自身の苦しみ。

はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月23日
般若心経メモ125
周辺知識

☆十二縁起

旧訳では十二因縁。また十二支因縁、十二支縁起とも。苦の原因は無明から始まり老死で終わるとされる、十二の因果の理法。これらは直線的な因果の連鎖であり、順序があるので注意。

はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月24日
般若心経メモ126
周辺知識
十二縁起続き

中村元氏によると、

1. 無明(むみょう):過去世に無限に続いてきている迷いの根本である無知。
2. 行(ぎょう):過去世の無明によって作る善悪の行業。
3. 識(しき):過去世の業によってうけた現世の受胎の一念。

般若心経メモ127 周辺知識
4. 名色(みょうしき):胎中における心と体。 5. 六入(六処(ろくしょ)):胎内で整う眼などの五根と意根。
6. 触(そく):出胎してしばらくは苦楽を識別するには至らず、物に触れる働きのみがある。

般若心経メモ128 周辺知識
7. 受(じゅ):苦・楽・不苦不楽、好悪を感受する感覚。
8. 愛(あい):苦を避け常に楽を追求する根本欲望
9. 取(しゅ):自己の欲するものに執着する働き。
10. 有(う):取によって種々の業を作り未来の結果を引きおこす働き。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年7月6日
@lanekota @wayofthewind @hogege55 @virusyana 反仏教の儒教とキリスト教が大好きbushido!
仏教伝来以前と明治以降=偽伝統。仏教国教時代=真伝統。仏教説話はあるが神道説話はなし。愛は仏教では迷妄と執着を齎す悪。仏教嫌いは愛の歌大好き。


ヒロチャ ‏@hogege55 2014年7月6日
仏頂面ありて神頂面なしとはこれ如何に!?…うーん "@kitsuchitsuchi: @lanekota @wayofthewind @hogege55 @virusyana …仏教説話はあるが神道説話はなし。…"

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年7月5日
@lanekota @wayofthewind 武士道
初出は江戸初期編纂の『甲陽軍鑑』。意味は個人的生存術。
山鹿素行(朱子学批判で赤穂に配流。門弟に大石良雄)の士道論など儒教道徳が影響。
耶蘇だらけの佐賀藩の山本常朝『葉隠』は生きる為のマナー本で禁書。
新渡戸の耶蘇流武士道。


はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月24日
般若心経メモ129
周辺知識

11. 生(しょう):生まれること。
12. 老死(ろうし):老と死。


はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月24日
般若心経メモ137
周辺知識

☆五趣輪廻・六道輪廻

1. 天道
2. 人間道
(3. 修羅道:五趣ではこれが無い。後から加わって六道輪廻となった。)
4. 畜生道
5. 餓鬼道
6. 地獄道

般若心経メモ138 周辺知識 五趣も六道もブッダが考えたのではない。後世になってまとめられた概念である。ダンマパダでは、「善趣」(良き境遇)と「悪趣」(悪しき境遇)として説かれているだけである。スッタニパーダでは、具体的に、ブッダのことばとして、「地獄」の様子が語られている。

般若心経メモ139 周辺知識 ☆輪廻 ブッダの仏教においては、輪廻は心の状態である。空間的事象あるいは世界ではない。また、必ずしも「善趣」つまり後の「天道」を肯定しない。天においても生病老死の四苦から逃れることはできないし、煩悩から解放されることもないからである

般若心経メモ140 周辺知識 ブッダにとっては、輪廻の先がどこであるかは大した問題ではないのである。輪廻そのものが苦なのである。なぜならばそれは「生病老死」の四苦の繰り返しに過ぎないからである。

般若心経メモ141 周辺知識 であるから、輪廻から脱し、涅槃に至ること、すなわち解脱することがブッダの仏教の究極の目標なのである。ブッダは善業も悪業も否定した。出家してひたすら煩悩を消すことだけに打ち込むべし。これがブッダの教えである。

はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月1日
般若心経メモ10

「空」とは。

中村元氏(岩波文庫)によると「なにもない状態」というのが原意だそうだ。インド数学ではゼロを意味するとも。ゼロの発見がインドであったことに留意。「空」を「ゼロ」と考えた場合、五蘊皆空はどういう風に捉えられるだろうか。これは考える余地がある。

般若心経メモ11 「空」とは。 中村元氏の著書(岩波文庫)からの引用続き
> 物質的存在は互いに関係し合いつつ
> 変化しているのであるから、現象と
> してはあっても、実体として、主体
> として、自性(じしょう)としては
> 捉えるべきものがない。これを空と
> いう。


はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月3日
般若心経メモ28

度一切苦厄。
どいっさいくやく
=一切の苦厄を度したまえり
==一切の苦悩(苦しみ)や災厄(わざわい)を取り除いた(超えた)。

この一文は元の梵本には無い。玄奘が挿入したと見られる。実際、他の訳には無いが、羅什訳にはある
。これは奇妙である。

般若心経メモ29 玄奘が羅什を写したかという疑惑の根拠の一つであろうか。片方が片方を写したとすれば、時代的には羅什が先であるから、玄奘が羅什を写したことになる。しかし羅什訳も本当は羅什ではなく、玄奘より後の誰かが訳したのではないかとの疑いもあり、断定はできないらしい。

はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月3日
般若心経メモ32

菩薩は大乗仏教特有の存在で、ブッダの時代にはなかった。ブッダの時代にはいなかった菩薩が、ブッダの弟子で実際にいた舎利子に説いている。あり得ない構図である。

佐々木閑氏によると、ここに、大乗仏教がブッダの仏教より上だと言いたい作者の意図が読み取れると言う。

はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月5日
般若心経メモ42

第1段:色性是空 空性是色

中村元訳
この世においては、色は空であり、空だからこそ、色であり得るのである。

解釈
この世のあらゆる物質的存在・現象すなわち「色」は常に変化している。また、常に変化しているからこそ、「色」として認識されるのである。

般若心経メモ43 第二段:色不異空 空不異色 個人的訳案 色といっても、それは空と別ものではなく、空を離れてあるのではない。また、空といっても、それは色と別ものではなく、色を離れてあるのではない。

般若心経メモ44 つまり、色と空は不可分同一のものであるということである。 また、中村氏によると、第二段は第一段の思想的表現であると言う。

般若心経メモ45 僕は以下のように解釈した。 これはつまり、一切のものは、実体がないという状態つまり「空」において、あらゆるものと関係し合うことによって、物質・現象として、つまり「色」として、初めて成立しているのである。

般若心経メモ53 佐々木氏は、五蘊皆空を「五蘊とは実在の要素ではなく、『実体を持たないという状態』に与えられた仮の名称だ」とも述べている。ここに釈迦の時代の仏教を否定する明確な主張が現れているのだ、と。

はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月6日
般若心経メモ57

なお、ブッダの言う「空」と般若心経の「空」を混同してはならない。これは佐々木閑氏もはっきり、違うと言っている。

ブッダの時代にも「空」の概念はあった。「ブッダのことば」1119段には、ブッダ自身の言葉として、翻訳を2つ挙げる。

般若心経メモ58
つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世界を空と観ぜよ。(中村元氏訳、ブッダのことば、岩波文庫)
「ここに自分というものがある」という思いを取り除き、この世のものは空であると見よ。
(佐々木閑氏訳、100分de名著テキスト、NHK出版)

般若心経メモ59 ブッダの「空」観とはどういうものだったのか。佐々木氏によると、それは、ブッダの世界観、すなわち「五蘊十二処十八界」と「法」から来るものである。 以前言及したように、十二処とは六根と六境を足したもの。それに六識を足したのが十八界であった(般若心経メモ7)。

般若心経メモ60 法とは、「世間の実相」「世界の真理」を言う。この真理を具体的に言えば、「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」である。また、法には十二縁起の法もある。さらに、四諦の法もある。

般若心経メモ66 ブッダの世界観は、我々が「そこに存在する」と思っている対象は、実体のない虚像に過ぎないということになる。 実体のない虚像であるということ、これが、ブッダの言う「空」の意味であると佐々木氏は言う。 かなり唯心論的な見方であると言ってよかろう。

般若心経メモ67 これは般若心経の「空」とは全く異なる。般若心経では、十八界も諸法も無いのである。何も無い状態が「空」なのである。

はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月7日
般若心経メモ68

般若心経の「『色』は常に変化している」とブッダの説く法の一つである「諸行無常」あるいは「無常」を混同してはならない。両者は異なる思想に基づく、別の概念である。般若心経では、法もまた、常に変化しているのである。

般若心経メモ69 こうなるともう般若心経はとにかくブッダの教えの完全否定である。そして実際、そうらしいのだ。その理由について、佐々木氏は、大乗仏教が興った当初は、新興勢力であったため、古い教えを刷新しようとしたのではないかと述べている。

はぎ ‏@hagi_ojy 2013年3月11日
般若心経メモ99

阿耨多羅三藐三菩提は原語アヌッタラー・サムヤックサンボーディanuttarā samyak-saṃbodhi の音写。無上正等正覚と意訳する。「この上もない、正しく平等な目ざめ」「完全なさとり」の意。仏の覚りを指す。

般若心経メモ101 是大神咒。 ぜだいじんしゅ =これ大神咒なり。 ==大いなる真言、 大神咒は原語マハー・マントラ mahā-mantra の訳。「神」の字は漢訳者の挿入らしい(中村元氏の推測)。マントラは通常、咒、明咒、真言と訳される。原語直訳ではおそらく、大咒

般若心経メモ102 是大明咒。 ぜだいみょうしゅ =これ大明咒なり。 ==大いなるさとりの真言、 原語はおそらく、マハー・ヴィデヤー・マントラ mahā-vidyā-mantra で vidyā はさとり(無明に対する明)の意。

般若心経メモ103 是無上咒。 ぜむじょうしゅ =これ無上咒なり。 ==無上の真言、 原語はおそらく、アヌッタラー・マントラ anuttarā-mantra で anuttara はこの上もないの意。

般若心経メモ104 是無等等咒。 ぜむとうどうしゅ =これ無等等咒なり。 ==無比の真言は、 原語はおそらく、アサマサマ・マントラ asamasama-mantra で asamasama は比類の無いの意。

般若心経メモ107 掲帝掲帝 般羅掲帝 般羅僧掲帝 菩提僧莎訶 ぎゃていぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか ==(往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸あれ。)

般若心経メモ108 原語は gate gate pāragate pārasaṃgate bodhi svāhā である。gate 以下の4語はおそらく女性形単数の呼格。

般若心経メモ109 完全な智慧 - 般若波羅蜜多(prajñāpāramitā)を女性的原理とみなして呼びかけたのであろうと中村氏は解釈・推測する。bodhi も呼格である。svāhā は、中村氏によると、咒の最後に唱える秘語。

般若心経メモ110 gate を於格(場所を示す)と解すると、以下のようにも訳し得る。 往けるときに、往けるときに、彼岸に往けるときに、彼岸に完全に往けるときに、さとりあり、スヴァーハー。

般若心経メモ111 この呪文が、五蘊皆空と並ぶ般若心経のもう一つの真髄である。実際、心経の「心」には「呪」の意もあることから、まさにこの呪文こそが「般若波羅蜜多心」とも言える。


はぎ ‏@hagi_ojy 2013年2月20日
般若心経メモ
般若経は紀元前後、つまりブッダの時代より5〜600年後にインドにて起こった大乗仏教の経典。作者不明。般若心経はその中のひとつ。
ブッダの教えではない。むしろブッダの教えを否定することによってブッダを超えようとしたとも考えられる。

般若心経メモ ちなみに、ブッダの呼び名は、釈迦、釈尊、釈迦牟尼、釈迦尊、世尊、仏陀、如来、ゴータマ・シッタッダ、ガウタマ・シッダールタ、多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三仏陀など多数。

はぎ ‏@hagi_ojy 2013年2月21日

般若心経メモ
波羅蜜多(新訳)、波羅蜜(旧訳)とは、梵語パラミータの音写。
此岸から彼岸に渡る(つまり悟ること)、あるいはそれによる究極最高・完成態。大乗仏教において菩薩が修めなければならない実践徳目。

般若心経メモ 般若経では、波羅蜜多(波羅蜜)には六波羅蜜多があるという。
1. 布施波羅蜜 - 檀那(だんな、Dāna ダーナ)
2. 持戒波羅蜜 - 尸羅(しら、Śīla シーラ)
3. 忍辱波羅蜜 - 羼提(せんだい、Kṣānti' クシャーンティ)
4. 精進波羅蜜 - 毘梨耶(びりや、Vīrya ヴィーリヤ)
5. 禅定波羅蜜 - 禅那(ぜんな、Dhyāna ディヤーナ)
6. 智慧波羅蜜 - 般若(はんにゃ、prajñā プラジュニャー)

はぎ ‏@hagi_ojy 2013年2月24日
般若心経メモ2

菩薩は原語ボーディサットヴァの音写。さとりを求める者、求道者。元来はブッダの前世の呼び名だったが、大乗仏教興起時代の革新派以降、求道者一般を指す。


王王大栄 ‏@ououdaiei 12月21日
他宗旨や違った意見の集団と殺しあった欧米で「信仰の自由」が生まれるのは、まあそれだけ宗教=耶蘇教の支配・洗脳が深刻だからだろうか。仏教は当然として儒教でも他の宗旨は「実力行使」されない限りに他宗旨を実力排除しなかった。それだけ耶蘇教・一神教は面倒な思想に思う。

王王大栄 ‏@ououdaiei 12月22日
信仰を第一義とする耶蘇教は、信仰が違うことは、致命的な衝撃を受ける。ので簡単に殺しあえる。それが欧米。東洋は「信」も究極的には「行」の範疇に入れてしまえるので、話し合いができると思える。信の果ての「悟り・救い」が目的なので、方法の変えが効く。

(仏教では、信仰や教義に執着するのも「苦=悪」なので、信仰や教義はあくまで悟るための手段です)



菊池 ‏@kikuchi_8 12月20日
個人の信仰を批判する事と、利権・権力団体としての「宗教」を批判する事は全く異なる。社会の不正に目をつぶり黙っている事は「幸福」ではなく、麻薬中毒と変わりがない。薄っぺらい「幸福論」はカルトが批判を封殺する手段たりうる。これではマルクスの「宗教は阿片」の言辞に抗しえないではないか。

この点キリスト教と仏教では全く異なる。仏教は対機説法という対話による説得や、のちに哲学として整備されてからは他学派との論理を極めた熾烈な喧々諤々の論争(龍樹は帰謬法を多用)を繰り広げた。論理的思考と対話による説得を主とし、「宗教を批判するな」という耶蘇的な権威主義的態度とは真逆。

そもそも「個人の信仰」だろうと批判していいのだ。むしろ、東洋ではそれが当たり前。一神教の西洋と違い宗教批判はタブーではない。仏教が出現した時代は様々な自由思想家が論争を繰り広げていた。支那の諸子百家の時代に幾つもの優れた思想が出現した。自由な批判・闘論から優れた思想は生まれる。


王王大栄 ‏@ououdaiei 12月21日
@kikuchi_8 内心の自由を尊重していても、それで他宗旨への攻撃や政治行動となると、当然規制をかける。信長以降の日本{明治までは特に}と中華圏とかインドはそういうのが了解事項に思えます。他宗旨を「邪教」よばわりする耶蘇やカルトが「個人の信仰を犯すな」など烏滸がましいと思う。

菊池 ‏@kikuchi_8 12月21日
@ououdaiei 同感です。日本も最初はキリシタンの信仰の自由を認めて、儒学や仏教と同じように受け入れていました。ですが先方が神社仏閣の破壊などの具体的な攻撃行動を始めたのでやむを得ず排除する事になりました。己の行状を反省する事も無く本当におこがましい物言いだと思います。

櫻薫をる戀ひ淚燈るる ‏@sakurakouyouhen 12月21日
@kikuchi_8 @ououdaiei
オメガオメガさんが以前ツヰートなさってました事ですが…
切支丹全盛期に宣教師と共謀し、大勢の日本人女性を海外に売り飛ばす商売をしてゐたのが、切支丹だったそうですね。學校の歷史の授業では、切支丹排除した豊臣秀吉公が惡者であると習います

菊池 ‏@kikuchi_8 12月21日
@sakurakouyouhen @ououdaiei その通りです。秀吉が理由なく切支丹弾圧したかのように書きますね。奴隷貿易は徳富蘇峰の「近世日本国民史」に書かれていたそうですが、官憲の命令で削除されたそうです。戦前からキリスト教の暗部への言及は禁圧されていたのが分かります

菊池 ‏@kikuchi_8 12月20日
自由に相互の思想を批判し合えるからこそ、平和なのである。一切の宗教批判を抑圧する歪な状況の方が、反動で武力による殺し合いに発展する可能性が高い。仏教と「六師外道」の時代や諸子百家の時代は言論の自由が保障されていた。我が江戸時代も同じである。国学、儒学、仏教、蘭学が入り乱れていた。

諸子百家の時代は平和ではなかったが、思想が自由だったからそうなったのではなく、むしろ平和でないからこそ、それを収めるにはどうすればよいか?という課題を背負って多様な思想が出現した。平和ではなかったが、思想は自由であり、古典の中の孔子も孟子も老子も荘子も墨子も其々活き活きしている。

マルクスは「宗教は阿片」と言ったが、共産主義イデオロギーも「阿片」である。硬直化して、更新を許さず、自由な思考を妨げる体系である点で、キリスト教と変わることはない。キリスト教会も共産党独裁政府も対話や討論ではなく、異端審問や粛清という暴力によって異論を抑圧してきた歴史がある。

結論。「異論を暴力的手段で排除するのは自信の無さの表れである」。批判的検討に耐えられないからこそ、対話を忌避するのである。そうでないなら、堂々と反論して返り討ちにすればよい。それをしないという事は非常に脆い思想・信仰という事である。横文字左翼が異論者をブロックするのも同じ
である。


日本酒まめちしき ‏@Sake_Mame 12月20日
【日本酒の呼称】日本の酒税法上では清酒(せいしゅ)、一般的には酒(さけ)またはお酒(おさけ)、日本古語では酒々(ささ)、僧侶の隠語で般若湯(はんにゃとう)、江戸時代にはきちがい水、現代ではポン酒(ぽんしゅ)と呼ばれることもある。 #sake


王王大栄 ‏@ououdaiei 12月22日
水子供養は、一つは「堕胎後の母親の心的トラウマ」のケアが、為されなかったことで燎原の火のように広まったと思う。多少は合理的で不要でもないと思う。けど、なにか煽りすぎている気も十分する。則「水子が恨んでいる」となると江戸までの日本では頻繁に行われた間引きで日本は呪殺されているだろう

かあこ ‏@0nigiri_3_ 10月14日
「しんぶん赤旗」「現代こころ模様・葬儀考」
 第4部「『墓』と人生」
http://www.jcp.or.jp/akahata/html/senden/200511_sogikou.html#24-29 …

水子とたたりはいつ結合したのか。弘文堂『新宗教事典』によると、寺などが水子供養を始めたのは昭和五十年(一九七五年)ごろから。だから、「水子供養への関心の高まりは一九七〇年代に入ってから」と述べています。 http://www.jcp.or.jp/akahata/html/senden/200511_sogikou.html#24-29 …

岩波『仏教辞典』も、 「一九七〇年代から」と書いています。一九七一年、埼玉県秩父山中に「紫雲山地蔵寺」が完成。落慶式には佐藤栄作首相(当時)らも参列しました。 http://www.jcp.or.jp/akahata/html/senden/200511_sogikou.html#24-29 …

建立者は反共右翼・紫雲荘の橋本徹馬山主。若き日の美智子皇后の不眠症治療に協力したとされる人物です。寺の別名が“水子地蔵”。水子の供養を売りものに、またたくまに一万体の水子地蔵を売りつくしました。http://www.jcp.or.jp/akahata/html/senden/200511_sogikou.html#24-29 …

これも神社の初詣とかと同じかあ。マスコミとお寺が結託して作り出した人心掌握術を使ったお金儲けの技だね。

王王大栄 ‏@ououdaiei 12月20日
誠天調書さんが「水子供養」に妙な医療利権と仏教利権があると指摘していた。大きな石の墓と長すぎる年期供養は、一種の利権もあると思う。母の話では昔の墓は、リサイクルして使っていたのでそこそこ墓場に人骨が転がっていたとか

かあこ ‏@0nigiri_3_ 12月20日
水子とたたりはいつ結合したのか。弘文堂『新宗教事典』によると、寺などが水子供養を始めたのは昭和五十年(一九七五年)ごろから。だから、「水子供養への関心の高まりは一九七〇年代に入ってから」と述べています。http://www.jcp.or.jp/akahata/html/senden/200511_sogikou.html#24-29 …

建立者は反共右翼・紫雲荘の橋本徹馬山主。若き日の美智子皇后の不眠症治療に協力したとされる人物です。寺の別名が“水子地蔵”。水子の供養を売りものに、またたくまに一万体の水子地蔵を売りつくしました。 http://www.jcp.or.jp/akahata/html/senden/200511_sogikou.html#24-29 …

ゼッキオ ‏@planbsk8rsgun 4月7日
@pimemepi @karimarimari 例えば、水子供養なんていうのは、比較的最近に、近代医療で堕胎が簡単になったのと、オカルトブームで、赤ちゃんの霊を怖がる人達が増えてきたのに、悪徳神社が乗っかって出来た商売で、昔はそんな事する神社は無かったそうです

完全閉店 ‏@lakudagoya 11月21日
仏法と兵法を使って陰謀論をやってはいけない法則 #陰謀論あるある

狼たちは知っている ‏@wolvesknow 2015年12月26日
三略も六韜も孫子の兵法も、曹操が注釈をつけた分の兵法も、全部読んだけど、たしかに、この視点から陰謀論を語る人はいないんだよね。皆、耶蘇教の匂いばかり。耶蘇教的なんだよ。リチャコシ、カレイド、フルフォードetc。で、仏法にお詳しい菊池氏は、よく絡まれるしね。わかりやすい奴らだな。笑

私のブログをご覧くださる方ならお分かりでしょうが、俯瞰する立場というのを固守しようとしてるわけで。 これは、兵法なんだよね。クラウゼヴィッツの戦争論じゃない。ましてや耶蘇教の連中にはできない事。なのに、工作員とか言われる時があって、世界は広いなーって思う。


狼たちは知っている ‏@wolvesknow 2015年12月12日
六韜や孫子の兵法なんてのは、明治初期までは日本人の基礎的な知識だったよね。文明開化で西欧史上主義に誘導されるまで、中国の歴史や思想を学ぶのは基本だった。兵法を学ばれるのはそんなに都合が悪いのかな? それよりマキアヴェッリの君主論を知られる方がまずい気がするが。

完全閉店 ‏@lakudagoya 11月21日
サタンを叩く陰謀論者はいても、マーラに打ち勝とうと頑張る陰謀論者はいない法則 #陰謀論あるある

王王大栄 ‏@ououdaiei 12月15日
仏教っていうけど、日本はもともとは「仏道」「仏法」といっていた。生きための作法・方法ってこと。宗教も英語を日本語訳にした時に老子からもってきたことば「それを私の教えの宗にしよう」生きる作法であって「信仰・信じる」とかでもともとなかったようだ。

そういえば、インドでも「宗教」は「ダルマ」という「法・生きる作法」みたいなもの。仏法も「ブッダ・ダルマ」仏陀の法ってこと。この方が大過ない見方に思えるけど。


王王大栄 ‏@ououdaiei 12月16日
訂正・仏教っていうけど、日本はもともとは「仏道」「仏法」といっていた。生きるための作法・方法ってこと。宗教も英語を日本語訳にした時に老子からもってきたことば「それを私の教えの宗にしよう」生きる作法であって「信仰・信じる」とかでもともとなかったようだ。

STB ‏@RC_StB 6月24日
日本会議が如何に低能か 薩摩長州の芋侍が出てきて、廃仏毀釈をやらかし、そいつらの生き残りが「日本は保守の国」と嘘を付き続けている して、これを見よ
「天皇、仏法を信じ、神道を尊ぶ」(用命紀)
「仏法を尊び、神道を軽んず」(孝徳紀)
大日本帝国は日本史上稀な伝統破壊者だぞ(笑)



完全閉店 ‏@lakudagoya 10月17日
陰謀論コミュには、聖書の引用をベタベタ貼ってやつらを叩く陰謀論者はいても、般若心経やスッタニパータやダンマタなどの仏典を引用してやつらを批判する陰謀論者っていないよね?なんで?

安保 多稼士 ‏@AmboTakashi 2015年11月5日
支配層が仏教の中で特に破壊したいのは、論理的思考を重視する姿勢と、一神教と新プラトン主義を完全否定する無記と空と無常と縁起の思想。 工作員はキリスト教か神道カルト(大本教系)信者だらけ。工作員でない人の思想は仏教寄りの人が多いです。http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-108.html

松島 潤平 matsushima-JP ‏@matsushimaJP 2010年7月1日
この機会に改めて六曜について調べてみたんだが、仏教との関連はゼロ、というかむしろ仏教は六曜に否定的なんだな。あくまでも中国起源の占いにすぎんと。そもそも釈迦は占いを禁じていて、親鸞様なんかは「日の吉凶を選ぶことはよくない」と和讃で説いたため、浄土真宗ではほぼタブー

獅子十六 ‏@lion_sixteen 6月19日
そもそも仏教とは一切関係無いし、親鸞は六曜の類を否定してるからな。なお門徒でもジジババは気にしてる模様。 RT @simasyodes: 先輩の結婚式仏滅やったが普通に暮らしてるな RT 赤口で結婚式なんてざらにあるからね。仏滅と赤口の土曜日を避けてたら6週間で4日しか無くなる。

イクヰロン @iqr191
「仏滅 「仏も滅するような大凶日」の意味。元は「空亡」「虚亡」と言っていたが、これを全てが虚しいと解釈して「物滅」と呼ぶようになり、これに近年になって「佛(仏)」の字が当てられたものである。」 仏関係ねーのかよ!!!!!!!

直野隆一郎 ‏@naono 2014年6月5日
元々はそれほど縁起の悪い日ではなかったそうで。なお、仏事と六曜は関係ないので、「釈迦の死んだ日とされる2月15日が旧暦では必ず仏滅になるのは偶然」、これが一番びびったw ◆ 意外と知らない「仏滅」の歴史と基礎知識|NAVER まとめ http://pyn.jp/1kyB3XH

陰陽師の作品、気付くと多く指導☆高橋圭也 @Keiya_Takahashi 2015年12月26日
県が「大安や仏滅の記載は不適切とカレンダー回収」 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151226-00050002-yom-soci … 大安や仏滅などの六曜が暦に載ったのは明治時代からで陰陽道が関わった江戸時代までの暦はその月の十二支と同じ十二支の日を「建」とし「除、満・・・」と続く中段(十二直)を中心にしていた。

でもね、市販されるカレンダーや暦などには大安や仏滅などの六曜が載っていないとあまり売れないのだそうだ。ところで、陰陽道が関わった江戸時代までの暦でその日の吉凶などを見るのに参考にした中段(十二直)は、香港や台湾などの風水でも吉日を選ぶ時に今でもよく参考にされるようだ。



「人生というクソゲーを攻略する方法」。原始仏教は宗教=執着=苦しみの原因を否定。つまり原始仏教は苦を克服する為の現実的なカウンセリング術
『バウッダ―仏教』。 キリストきょうはユダヤガワルイをとなえた! キリストきょうをたたけなくなった! ✝が黒幕。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-65.html
・「仏教」という言葉の使用例は存外に新しく、明治期の日本が欧米「近代」の移入を図った時に軌を一にする。「仏教」の語は「仏の教え」を意味する少数の場合を除くと、江戸時代末期まで知られていない。
江戸時代までの文献では「仏教」という語はほぼ絶無。教えないし理論については「仏法」といい、
実践に関しては「仏道」(この原語は「さとり」そのものをいう)の語が用いられており、仏法と仏道という語に日本人は(中国人なども)千数百年間なじんできて、今日でも一部は維持されている。
五世紀以前の中国では「道教」とも呼ばれた。
また、多種多彩な漢訳仏典中から特定の教えをみずから選びとって「宗(むね・主・本・長)」とすることが六世紀の中国に生まれ、その宗の教えとして「宗教」の語がここに発明された。
宗教は仏教の下位概念に属し、仏教徒のあいだでのみ用いられて、日本でも明治初期まで仏教諸宗は「わが宗教」と称し、かつ仏教は仏法や仏道(単に「道」だけでも仏教を意味する)などの語で表現されていた。
江戸末期の開国で外国語の翻訳としての今日の用法が定着する。仏「教」としたところにすでに西洋思想による変容がなされている。
同時期に哲学という造語が誕生し、仏教・宗教の後も本来的意味を改変されて、すでに日常語化して現在に至る。
宗教とは「宗」派の「教」えであるから、仏教の下位概念であり、仏教者のあいだでのみ宗教という語は用いられた。


完全閉店 ‏@lakudagoya 5月31日
ぬこたさんは、最近アーリアン思想のアニメやラノベを解析するためにインドの宗教について調べてるけど、まさか検索するまでアートマン=息って知らなかったよ。アートマン=息だとすると、天人と混血しないと魔術使えない「魔術士オーフェン」というのが、アーリア思想だってよくわかるわ。

だって、ポピュラーな「音声魔術」ってアートマン=息という観念そのままでしょう?インド・イランの宗教には(仏教も含め)お経を声に出して唱えるってのがあるし(般若心経やヨーガにすらマントラってあるでそ?)そこがわかれば、本質がわかるのかも?

ほれ、魔術士オーフェンのWikiだhttp://mjk.ac/2LX9Es フォルテ・バッキンガムってロスチャイルドを連想したぞ?wwwドラゴン種族と混血しないと魔術使えないって、バイキングの竜座のα星の北極星信仰だろうな。まあ北欧神話だし、アーリア思想マンセーなのかも?



ヤハウェ(エジプト系の雷神)が奈良の大仏(アーリア系の太陽神仏)なわけねーだろ!  
真言宗が景教(人の神格化禁止)なわけねーだろ!  
                   
ヨガ、呼吸法、瞑想法でリラックス! 『呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと』・『ヨガ呼吸・瞑想百科』・ 『ハタヨガの真髄』・『禅の本』・『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-110.html
” マントラ(呪文を繰り返し唱える)の目的は、乱れた心を一点に集中し、考えを一つにまとめること。マントラは、ヴェーダ(聖典)の讃美歌の部分であり、音楽を帯びた詩である。その詩を繰り返すことがマントラであり、愛と自己を捧げるまじめな心で行うと、自己を神に近づけることができる。
・プラーナーヤーマの実践中にマントラを繰り返し、舌や口を動かさないでそのマントラに意識を集中する。そうすると集中力を身につけると同時に、吸気、クムバカ、呼気の長さを伸ばすことができ、呼吸がスムーズになり意識も高まる。
・マントラは早く繰り返してはならない。吸気、呼気とクムバカをそれぞれ同じ長さで平均したリズムで行い、それに合わせるべきである。
・マントラは「アー・オ・ム」”

日猶同祖論や景教渡来説のおかしさ
http://kokuhiken.exblog.jp/24803627/
”〇兵庫県に大避神社という神社がある。御祭神は秦河勝である。この時点で「秦氏=猶太人説」「秦氏=景教徒」という説は崩れるのではないか。猶太教や景教を含む耶蘇教では人を神として祭るのはご法度のはずである。こういう基本的な事柄を無視することからして日猶同祖論や景教渡来説はうさん臭い。

日猶同祖論者は日本人と猶太人の宗教観の違いという根本的なところを無視する。どこそこにダビデの星があるとか、この日本語はヘブライ語と響きが似ているとか、その手の後付とかどうとでも解釈できる枝葉の部分ばかり強調する。猶太教徒にとって最も重要な宗教観の部分で日本人と猶太人は相容れない

日本はアニミズムの国であり猶太人が重視する「天地の創造主」という信仰は無い。「猶太教が一神教化する前の多神教徒としてのヘブライ民族が渡来したのだ」と言う者もいるが、それならば道教やヒンドゥー教の神々も仏教の護法神として渡来しているから「猶太」だけ取り立てて言う意味がない

〇「多神教徒としてのヘブライ民族が渡来した」とまで言って、あくまでも日本と猶太を結び付けようとするのは、何らかの政治的意図があるとしか思えない。道教の神もヒンドゥー教の神も日本に渡来している。例えば金刀比羅宮の御祭神はガンジス川のワニの神である。かと言って日印同祖論は言われない。

〇修験道も日猶同祖論において定番である。小箱の頭巾やほら貝が猶太教で使われる物と似ているといった類である。しかし、修験道と猶太教は根本的に世界観が異なる。修験道は原始アニミズムを色濃く継承し、木石など自然物を崇敬する。超越神を崇拝する猶太教でそれはあり得ないだろう。根幹が違う。

〇とはいえ一神教的な傾向を持つ修験一派が存在するのも事実である。それが丹波や鞍馬山の人脈である。インサイダー筋が大本教の母体として示す大江山の霊媒集団や神智学の影響を受けている鞍馬寺の鞍馬弘教等である。大本一派は一神教的だが元々かかる傾向性を持つサンカの修験一派が母体の可能性。

古代のラビと修験者の頭巾やほら貝、服装が似ていたとしても「だから何」という程度の話に過ぎない。そんな事より、明らかに意図的に「天地の創造主」というキリシタン神学由来の概念を導入した平田篤胤の方が問題である。出口王仁三郎もその神観を継承している。同祖論もこの周辺が主に唱える。

〇ネストリウス派=景教は人性と神性を明確に区別する。マリアも「神の母」ではなく「人性としてのキリストの母」という扱い。カトリックより人格と神格が厳格に区別されている。人と神の距離が近く、同一視し、場合によって人が神に命じる関係(例:役小角と一言主神)すらある日本の宗教観と隔絶する。

〇神智学徒のゴルドン夫人が高野山に大秦景教流行中国碑のレプリカを建立した。人性と神性はあくまで区別されるべきだとするのが景教である。一方、真言密教は「即身成仏」つまり、人も仏も構成要素は同じ「六大」だから人と仏はゼロ距離だとする教義である。似ても似つかないどころか真反対である。


〇宗教観を見ると、景教渡来説がいかに胡散臭く、ありえそうにないかが見えてきた。正倉院の宝物と同じで西方の外面的な文物は多数渡来したであろう。法隆寺のエンタシス方式もそうである。しかし、日本人の宗教観は同じ汎神論文化の印度や支那とは親和性があるが、中東以西のそれとは隔絶が大きすぎる。

●●渡来説、●●同祖論の類は、枝葉の文物をいくら眺めても「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」という程度の「結論」しか得られない。要するに信じたいものを信じるという結果にしかならない。比較的明確な結論を得るには世界観や宗教観など思想の枠組みを比較するのがより確実と思う。

日猶同祖論の初期の論者の一人佐伯好郎は同時に景教渡来説の権威。日猶同祖論と景教渡来説は初期からセット。佐伯は英国聖公会のキリスト教徒。聖公会は英国諜報員とメーソンの巣窟と渡部悌治先生述。猶太資本導入推進のために日猶同祖論を唱えたことを服部之総に告白。河豚計画の犬塚惟重の団体顧問。

景教渡来説を唱えている人士はキリスト教徒ばかりである。宗教的立場からの願望が投影されている「説」と言える。「いろは歌」まで耶蘇教の思想を歌ったものという者までいて驚いた。仏教の基本的教義を抑えておけば「いろは歌」は「有為=縁起したものの無常と、無明の克服」という趣旨と分かる。

〇猶太人のシンボルと言えばダビデの星=六芒星というイメージだが、六芒星が猶太のシンボルになったのは17世紀からである。六芒星はネパールでもよく使われるシンボルだそうだ。六芒星が伊勢神宮や松尾大社にあっても日猶同祖論の根拠にならない。猶太の古代からの象徴は七枝の燭台=メノラだろう。

〇石上神宮に安置されている七支刀がメノラだ!とかこじつける者もいる(笑)メノラは燭台であって刀ではないであろう。そもそもアニミズムの日本と一神教の猶太という根本的な相違がある。日猶同祖論者はわずかでも共通点があれば針小棒大に取り上げ、違いはどんなに大きいものでも無視する。


和訳聖書の「神」は漢訳聖書によって生まれた。
和風クリスチャン平田篤胤の弟子が国家神道政府の立役者。
鰐淵寺が出雲大社を管理していた。
真言、浅間大社、オウム、創価(法華神道系)、白光真宏会(大本教系の生長の家信者が教祖)は全て富士
関連。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-23.html
”・聖書の中国語訳はネストリウス派(景教)が最初でGODは「天尊」(仏教用語)。

中国に最初に伝えられたキリスト教は、431年の公会議で異端として追放された「ネストリウス派のキリスト教=景教」であり、伝来は635年とされています。
638年には唐の都である長安に波斯(ペルシア)寺(のちの大秦寺つまりローマ寺)が建てられるほど、一時は流行したらしいです(ペルシャってミトラとゾロアスター=キリスト教の元ネタを連想するのですが……)。
 641年ころの景教の典籍とみなされるものの一部が敦煌から発見されていて、わずかながら新約聖書やキリスト伝らしき文章が含まれています。
音訳と意訳中心です。

パン→餅
イエス→世尊
律法はそのまま
天国→天堂
十誡→十願
メシア→弥師訶
マリア→末艶

・GODを「神」と訳した現存最古の史料が18世紀のバッセ『四史攸編』(ししゆうへん)。


菊池 ‏@kikuchi_8
新プラトン主義は通常の人間には「究極真理=一者」は把握できないとする点で密儀宗教と結びつきやすい。「真理」を把握したと称する一部の神官団と奴隷信者衆というカルトの典型的な形態に非常に都合がよい構成である。秘密結社が教義の中核として新プラトン主義を採用したのには理由がありそうだ

J・ナナミ ‏@pinkglalem 9月6日
ゾロアスター教にミトラ教という救世主思想が生まれた。このミトラ教の教義をパクってカルト化したのがキリスト教。キリスト教は中東、オリエントに残る旧勢力(ゾロアスター、ミトラ)を一掃するために古代ローマの月信仰をもとにしたイスラム教を造った。ムハンマドの親類はクリスチャン。

J・ナナミ ‏@pinkglalem 9月6日
@pinkglalem アラーの起源はイシュタルが、イーノー(月の女神)やイシスになったのと同じ流れ。バビロニアでセミラミスと同一視されたけど、コレがギリシャのアルテミスになった。イスラム以前にはアラビア半島にはアルウッザやアラットという女神信仰があって、コレがアラーになった。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 8月20日
@Vanswer 基本的に日蓮というのは、天台宗 復古主義で、念仏系(つまり法然) を嫌っていました。 法華経のお題目を唱えるのは晩年の ブレブレ日蓮になってからです。
ですので、日蓮の思想は 元の天台教をやらないとサッパリ 理解出来ない。天台教の欠点は やたらと難解で法華経だけ読んでも 全く分かりません。 教祖の天台智ギの解釈書の理解が 必須になります。

問題は天台バイブル三兄弟 はやたらと難しくて、かつての天台宗 でも最澄レベルの変人しか読む人が いませんでした。 興味があれば、法華玄義、摩訶止観、 もう一つは名前忘れましたが… s価系出版社のレグルスから出てるやつ だと思います、トライして見てください。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 11月25日
神道カルトも、日蓮カルトも、 密教カルトも時代遅れかな。 卑弥呼カルトが今隆盛だが、 真のダークホースは上座仏教カルト かな? イルミちゃん達は今大事に育てるよ。 ただこれも橋渡しだな。 最終的にはプレ インドイラニアン系 のインダス/ ケルトアーリアン カルト に持ってく。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年8月4日
ねここねこさんの仏教の記事読んだ。 日蓮宗の箇所なんだが…… アレは元々は天台宗原理主義。 だから天台智顗の教えを知ってないと よく分からない。 法華玄義、法華文句、摩訶止観を読破 してほしいw 天台宗はガチ高度だから、パリサイ派の 悪口集であるキリスト教は足元にも 及ばない

仏教哲学の高度さは、一般人には 掴みにくいと思う。 西洋哲学でも「心の哲学」という 20世紀以降の哲学でようやく 同レベル。(サールとかデネットね) アウグスティヌスやアクィナスと 同じ水準だと考えたらいかんよ?

まぁ、それはさておき、 天台宗で重要なのは「悪は何処から来るか?」 という問題。 この時代の仏教ってのは黎明期の 仏教と違って、この世界は仏が 創造したみたいな教えになってる。 すると善の存在である仏が何故悪を 創ったのかという疑問が当然起こる。

元々の仏教は創造神がいないので こういう疑問は起こり得なかった。 まぁ、天台智顗は初期仏教の 阿含経(いわゆる今日で言う原始仏教) を低脳と一蹴してたので、創造神の いる法華経をベースに教義を 組み立てているから、当然この 難問にぶつかる。

そこで出たのが「天台性悪説」。 続きは添付論文読んどいて。 http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/36075/1/rel027010.pdf …
(天台性悪説の考察 : 仏教における悪の問題
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/36075/1/rel027010.pdf)

カルトでも何でもいいけど、 これぐらいは知識としてあった方がいい。


J・ナナミ ‏@pinkglalem 2014年5月7日
私のブログのコメ欄は承認制。公開してないモノには凄いのもある。ユダヤや聖書を否定すると、必ず反発がある。元来聖書に歴史的価値や科学的根拠を望むのは耶蘇原理主義の傾向。「あんなものは全部インチキ」と言って何の問題があるの?日本人はいつから、こんなに宗教的になった...?www


J・ナナミ ‏@pinkglalem 2014年2月20日
「陰謀論」と言うステレオタイプは、情報の流失を防げなくなった当局の予防線のよーなモノ(私には断末魔の悲鳴にも聞こえる)。彼らがその言葉を使い否定したい情報、その中に含まれる打消し難い真実が含まれている。その証拠に、本当にヤバい情報は、陰謀論者ですらスルーするwww。

J・ナナミ ‏@pinkglalem 2014年1月1日
@YouTube ユダヤ教は初期の段階で、魔術や生贄を否定した。アブラハムはイサクを殺さなかった。コレに対しキリスト教は魔術を行い。生贄になった者(キリスト)を崇めた。ダビデの星をシナゴーグで見ることは出来ない。ラビが嫌っている為。ところが教会では至る所で見る事が出来る

J・ナナミ ‏@pinkglalem 2013年8月21日
天台宗とかで、「南無妙法蓮華経」って、実は論理矛盾。「法華経に帰依する」という意味。ところが、その法華経の内容は、「帰依」自体を否定している。「この世のすべてのモノは移ろうから、何を信じても無駄だから諦めなさい。」と説いている。そしてその「法華経」も仏陀の没後千年に書かれたモノ

J・ナナミ ‏@pinkglalem 2013年8月1日
「色即是空、空即是色」⇒(物{色}はやがて移ろい。すべては執着するほどの意味を持たない。現世の否定の意味。) 「如是我聞」⇒(ブッタはそのとき~こう言った)

J・ナナミ ‏@pinkglalem 2013年8月1日
@alicetelos1 「色即是空、空即是色」という文言があるのでイスラム教徒は佛教徒を無神論者として軽蔑しています。ブッダの死後1千年も後に書かれた言葉ですが、ブッダなら言うだろうという事で仏典の(如是我聞の)主要テーマ。この価値観からすると、佛教徒は宗教を否定しています。

J・ナナミ ‏@pinkglalem 2013年7月2日
@JunjiHattori @suzukijyakusui 現世を否定し、信仰を否定している仏教徒は、イスラムでは「無心論者」として軽蔑の対象になります。仏教は実は宗教ではありません。無機質な哲学である仏教の本質について、仏教徒自身よりイスラム教徒の方が詳しいです。

J・ナナミ ‏@pinkglalem 2013年6月25日
@lanekota なんか、 笹川良一と牧口常三郎は出口王仁三郎の腹違いの息子だと言う話。佛教は執着と言って、現世を否定するんですけど...(だから出家する)。牧口常三郎が信仰したのはこの執着。それで、ヨーロッパの教会みたいな権力構造をめざしたみたい。

@lanekota 出口王仁三郎や笹川良一と血が繋がっていたと言われる牧口常三郎は明確に佛教の戒律を否定しています。だから、在家団体が誕生した。

J・ナナミ ‏@pinkglalem 2013年2月25日
聖書の内容はまさに殺戮の書。福音書は愛を説く。ココがキリスト教の詐欺的手法で、キリストは聖書を否定しない。結果クリスチャンの行った悪事を全部ユダヤの責任に転嫁。だから、この世で最も人を殺したのは、クリスチャン。彼らに罪の意識はありません。ユダヤと言う便利なアイテムがあるから...

J・ナナミ ‏@pinkglalem 8月16日
@koudaiin 色即是空。空即是色...この世のあらゆる物や事象は、何の意味も持たない...実は、佛教の真髄は「否定」にある。。「あなたの信仰は報われない」と教える宗教はない。...コレこそが、佛教が宗教でない所以

J・ナナミ ‏@pinkglalem
あたしは、神はいない。宗教は詐欺。って言ってンだから...あたしのタグを付けて、精神世界とかほざくな!馬鹿ルトども...!「神」ってのは、お前らが感染してる病気だ。

あたしの考え方はすごく単純で、この世には3種類の人間しかいない。嘘つきとバカと無神論者。無神論者以外は、ウソをついて誰かを搾取している捕食者(宗教)か、搾取されてもただ甘んじてるバカだけ。

メンヘラにとって「神」というのが一つの障壁になっている。もう人格の一部になっていて、コレを否定することは、それまでのその人の人生の全否定になってしまう。詐欺師たちはこの弱みにつけ込む。#カルト支配 #ReligionIsFraud

宗教は危険な生物兵器だョ。感染したら、思考のパターンが一定になって、家畜以下になってしまう。

最も危険な感染ルートは、母子感染。カルトに感染した家庭は必ず崩壊する。

私のツイートにかってにメンショって、絡んでくる馬カルトは、たぶんこのパターン。

世界的に流行し、最も感染力の強い精神病のことを、私たちは「神さま」と呼んでいる


秘密結社なんてないョ。やってるのはヴァチカンと銀行だけ...。

つーか、通貨そのものに疑問も持たないで、陰謀論とかほざいてンじゃァーねーョ。

魔法使いハンターねこた@限定復帰ちう ‏@lakudagoya 7月6日
一時期流行った「セカイ系アニメ」にあるような、極端なセカイと私というものは、実はインドの梵我一如思想なんだよね。この構造がクリアにわかれば子供向けアニメに見えてくるものがあると思うよ?この記事面白いよね http://d.hatena.ne.jp/licheng/touch/20130120/p1 …
(仏教とヒンドゥー教の哲学上の相違についてまとめ
http://d.hatena.ne.jp/licheng/touch/20130120/p1
“仏法
目の前にある何か(人でも物でもなんでもいい)について、それがどういうものであるか列挙してみよう。例えば「御坂美琴」は「ツンデレ」であり「女子中学生」であり「科学サイド」であり「レベル5」であり「エレクトロマスター」であり「常盤台のエース」であり「短髪」であり… この場合、「ツンデレ」や「女子中学生」といった属性をインド哲学ではダルマ(dharma,法)と呼び、それらのダルマを有する「御坂美琴」という個体をダルミン(dharmin,有法)と呼ぶ。

では、「御坂美琴」から「ツンデレ」や「女子中学生」や「科学サイド」といった属性をすべて剥ぎ取って素っ裸にしたら(*´Д`)ハァハァ 、そこに何が残るだろうか?
「御坂美琴」の存在の核たる何かが残る。無色透明な「たましい」のような何かが有る、と考えるのがヒンドゥー教である。ヒンドゥー教ではそれをアートマン(ātman,真我)と呼ぶ。アートマンはなにものでもない。「~である」という説明はすべてダルマであって、ダルマをまとう核たるアートマンではありえない。なにものでもなく、なにものにもなりうるのがアートマンである。GHOST IN THE SHELL でいう「ゴースト」である。そして、アートマンはなにものであるかを超えて不滅であり、宇宙の根本原理であるブラフマン(brahman,梵)と一体であると説く。これを梵我一如(ayam ātmā brahma)という。自分の内にある自分の本体は世界そのものの本体に通じていると。まあ、今風に言えば「セカイ系」な思想
である。
いっぽう、何も残らないと説くのが仏教である。「御坂美琴」とは「ツンデレ」や「女子中学生」や「科学サイド」といった無数の属性の集合体にすぎず、それらを離れたところに「御坂美琴」の本体など無い。これを諸法無我(sarva dharma anātman)という。諸法無我は三法印(trilakṣaṇa)のひとつであり、仏教の基本中の基本である。たとえばブドウ糖C6H12O6が炭素と水素と酸素の化合物であって、ブドウ糖という不滅の実体など無いように、「御坂美琴」も「ツンデレ」や「女子中学生」や「科学サイド」といったダルマの化合物であって、「御坂美琴」という不滅の実体など無い。有ると考えるのは妄想にすぎない。ヒンドゥー教の悟りがアートマンの実在を悟る「自分さがし」であるとするなら、仏教の悟りはアートマンの不在を悟る「自分なくし」である。

そのため、仏教はヒンドゥー教正統派からはしばしば虚無主義(ナースティカ,nāstika)呼ばわりされてきた。ブラフマンとアートマンの不滅を説くヴェーダ(veda)の教えを否定する異端のニヒリストめ、と。しかし、仏教はけっしてニヒリズムではない。そもそも「あるある!」とか「ないない!」とかいう極論をしりぞけるのが仏教のスタンス、中道(madhyamā- pratipad)である。永遠不滅の「御坂美琴」が実在するというのも極論。「御坂美琴」なんてどこにも存在しないというのも極論。さまざまな偶然と必 然からダルマが寄り集まって、「御坂美琴」は一時的な存在として、しかしたしかに存在している。ブドウ糖が炭素と水素と酸素の化合物であって、燃焼したら 水と二酸化炭素になるからといって、いまブドウ糖が存在しないということにはならない。この世の全ては夢まぼろしのように儚いものかもしれないが、われわれにとってその儚い夢まぼろしこそ全てである。
この一見すると否定にみえるけどじつは肯定しているツンデレ論理こそが仏教の真髄だと思う。諸法無我とは「すべての存在に実体は無い」というよりは、
「か、かんちがいしないでよねっ。すべての存在に実体なんて無いんだからっ!」
というニュアンスである。


ところで、このダルマ/ダルミンの議論を見て、西洋哲学かじった人なら気づくと思うけど、古代ギリシアのプラトン、アリストテレスから中世の実念論VS唯名論に続く議論とそっくりである。まったくインド人とヨーロッパ人は親戚。同じ穴のムジナというか、同じユーラシアのインド・ヨーロッパ語族である。しょうじき、日本人の自分にはこんな議論はまったくどうでもいいと思う。(^^;)
”)

魔法使いハンターねこた@限定復帰ちう ‏@lakudagoya 7月5日
本当に狡猾なやつは、罪を全部悪くない人に押し付けて自分は善人ヅラするからなー。あっ、西洋の根本思想のスケープゴートってこれの真髄か。おいらはいつ か、こういう狡猾なやつの思想を間近で観察したいから色々探求してるんだよね。企業が宗教をでっち上げる現場とか見てみたいよ。

仏教国に住んでるヌッポン人には理解できないだろうけどさ、ヌッポンが当たり前に思ってる仏教的な叡智とか、これは欧米では秘儀参入者しか知られてない知 識だったんだよ?今では学術的な研究で知られるようになったけど、19世紀半ばより前は秘密結社が独占する秘教的な叡智そのものだった。

お釈迦さんってのはとんでもない人で、インドの秘儀参入者だけにしか知られてない知識と技術を一般公開した上に、一部の人だけでなく、女性もアウトカース トの人も修行すれば悟れると言ったわけ。ヌッポンを初めとした仏教国というのはな、西洋の感覚ではイルミの教義を国教にしてるという国なんだよ。

だからなぜ、神道カルトの手羽先どもは仏教が嫌いもしくは無視しようとするのか?それはヌッポンに根付いてる仏教的な叡智を心底恐れてるからだよ。スピリチュアル見ればわかるけど、キリスト教支配ってのは反知性主義だから、キリスト教では悪とされる智慧を大事にする仏教は悪魔そのものだとね。


Keeta ‏@MissyKeeta001 11月26日
日本語には仏教由来の言葉が多い。挨拶、根性、馬鹿、自由、迷惑、退屈、我慢、愚痴、安心、金輪際、油断、覚悟、旦那、玄関、決定、有頂天、因縁、不思議、工夫、出世、世間、意地などは全部仏教用語らしい。日本人は無宗教なんてのは嘘なんだよね。

坊主バー(四谷) ‏@vowzbar_yotsuya 11月27日
天才バカボンの「バカボン」は仏教用語で「薄伽梵」と書きお釈迦様という意味。口癖のこれでいいのだは悟りの境地。レレレのおじさんはお釈迦様の弟子のチューラパンタカがモデル。子供のハジメちゃんは東大イン哲卒仏教学者中村元博士からとった。これから仏教を学ぶ方には天才バカボンをお勧めします

mimitchy ‏@mi_mitchy 11月28日
バカボンの名前の由来は釈尊を表す薄伽梵(ばがぼん)なのは有名な話だけど、仏教の到達点としての「起こる出来事をそのままに受け入れる」という境地は、まさに「これでいいのだ」なんだよね。赤塚先生は一体どこまでわかってやってるんだろう。すごいな。

陰陽師の作品、気付くと多く指導☆高橋圭也 ‏@Keiya_Takahashi 11月29日
古い陰陽道の文献には五芒星がない。また土御門安倍家の菩提寺だった真如堂は「晴明判☆」初見の「真如堂縁起」を伝え、現在も晴明判☆を授与する。さらに室町時代頃から真言宗僧や修験者が晴明判☆を初めて記した「ホキ内伝」を全国に広めたという論文があるので、五芒星は仏教から来たと考えられる。

「五角形と五芒星は古くから五行の相生と相剋を表す図」とよく説明されるが、いろいろと調べてみたら、これは昭和時代初期頃から使われ始めたようだ。その証拠に安倍晴明の六壬式占書「占事略決」の他、大正時代頃までの暦や占い本に「木生火、火生土・・・、金剋木、木剋土・・・」と書かれている。

旅にゃんころ仙人2中級霊能者ハイジア ‏@goldencat222 12月
遍計所執性(へんげしょしゅうしょう)というのは、あるものについて「こういうものだと判断し、そうと信じ込んでしまうこと」だ。人はこれを無意識に、たくさんしているので、そのガッチリ掴んでいるたくさんの手を緩めれば、これまでと違うパターンの連鎖ができる。

遍計所執性をひとつ除くというのは、心理系でよく言う「プログラムを書き換える」に相当する。余分を除いて、新しい連鎖パターンを作る。


陰陽師の作品、気付くと多く指導☆高橋圭也 ‏@Keiya_Takahashi 12月4日
陰陽道は国家占い官庁、陰陽師は国家公務員占い師という公的なもの。また占いをすればよいから霊能力は必要ない。さらに特別な修行法もなく、占い知識の方が重要になる。そして祓いや祈祷の時に密教や魔法のような複雑かつ特別な意識的操作を必要としない形式的作法だから、密教や魔術・魔法でもない。

陰陽道は、国家的事件を占う官庁・役所であり、また六壬式占で占いをし、祓いを行う陰陽之術を使う国家公務員占い師の陰陽師の活動形態を指す言葉でもあるから、信仰する対象にはならなかった。だから、平安時代に安倍家は寺院で一族の平安と繁栄を願い、土御門安倍家は浄土宗寺院の檀家になったわけ。

安倍晴明や他の陰陽師が霊能力で怨霊や悪霊を祓った歴史的記録はなく、講談や物語で作られた虚構話。当時の慣例では怨霊や悪霊には密教僧や修験者が対処したが、将門の首塚は遊行念仏・時宗の他阿真教上人が、江戸時代には浄土宗の祐天上人が累の怨霊を済度している(怪談累ヶ淵、目黒の祐天寺開基)。

陰陽師の作品、気付くと多く指導☆高橋圭也 ‏@Keiya_Takahashi 12月2日
今は占いや信仰は個人的と考えるが、昔は国家的なものと考えていた。だから災異や怪異の事件は将来に国家的規模で起こるであろう事件の予兆と考え、神祇官の亀卜や陰陽道の六壬式占で占い、主に護国(国を守る)の役割を担う仏教の儀式で祓っていた(陰陽道の祓いは補助なので行わないこともあった)

陰陽師の作品、気付くと多く指導☆高橋圭也 ‏@Keiya_Takahashi 2015年9月28日
陰陽道が行う祓いの際、まず怪異や病気などを六壬式占で占って原因が死んだ人の霊による霊障(怨霊や悪霊など)の場合、当時の慣例として密教僧や修験者などに任せた。だが、竈神や土公神、または鬼(疫病を流行らせる疫鬼や人を食べる鬼の求食鬼など)によると判明した時は陰陽師の祓いが出番となる。

陰陽師の作品、気付くと多く指導☆高橋圭也 ‏@Keiya_Takahashi 2015年9月27日
昔、怨霊や悪霊などを祈祷によって祓ったのは密教僧や修験者だったが、僧侶や修験者であれば誰でもよいわけではなかった。つまり荒行を行い、加持祈祷によって災いを祓い、病気を治す特殊な力を持つ「験者(げんじゃ、げんざ)」と呼ばれる霊験を現す僧侶や修験者でなければ、その任を果たせなかった

陰陽師の作品、気付くと多く指導☆高橋圭也 ‏@Keiya_Takahashi 12月18日
江戸時代以前までの陰陽道の文献には五芒星はなく、ほとんど使った形跡もない。実は四縦五横印(ドーマン印)の方が多く、密教や修験道のように空間に切らずに反閇を踏む時に呪符と一緒に地面に描く。どちらかといえば五芒星は修験者や密教僧が多く用いており、「陰陽師=五芒星」説は時代的に新しい

陰陽師の作品、気付くと多く指導☆高橋圭也 ‏@Keiya_Takahashi 12月2日
前にある人が「僧侶の祈祷でダメなら陰陽師を呼ぶのが昔の決まりだった」と述べていたが、そんな決まりは全然なかった。また「神職にも不可能な時」ともしていたが、江戸時代までは一部を除き、神社の祭りは主に僧侶が行い、神職は補佐なので僧侶や陰陽師が関わるような問題にはノータッチだったはず。

(祭りを坊さんが担当し、仏教化された神々を祀る施設って神社じゃなくて寺)


陰陽師の作品、気付くと多く指導☆高橋圭也 ‏@Keiya_Takahashi 12月18日
「安倍晴明の五芒星は『五角形と五芒星が古くから五行の相生と相剋を表す図』が由来」と説明されるが、調べてみるとこの図は昭和時代初期頃から使い始めたようだ。なぜなら晴明の六壬書「占事略決」や他の大正時代頃までの暦や占い本に「木生火、火生土・・・、金剋木、木剋土・・・」と書かれている。

王王大栄 ‏@ououdaiei 12月1日
老子や荘子と韓非子と孫子が仲がいいのは、せいぜい人間の作れる秩序は「仮初めのもの」という見切りなり諦観があるからだろう。それが事態を動かせる重要なカギ。善用する悪用するかの違いがあるけど。

陰陽師の作品、気付くと多く指導☆高橋圭也 ‏@Keiya_Takahashi 12月8日
陰陽道は哲学思想と無関係の現世利益優先の占い専門官庁だから、宗教のように来世や極楽で死後の魂を救う方法論はなく、全て坊さん任せ。また昔の貴族は死ぬ前に頭を剃り出家の姿となって指に結んだ紐を阿弥陀如来の画につないで死後に極楽浄土への往生を望んだが、陰陽師も貴族だから全く同じだった

ヒラ:// ‏@punanny_chang 12月8日
言った事が現実になる、これを言霊と言うわけです。寺の坊主はお経をモゴモゴ唱える。これは言霊が逃げないように、という理由。よく韻踏むためだけに簡単に言霊とか吐く薄っぺらいMCいるけどその意味わかってんのかよ?と。

王王大栄 ‏@ououdaiei 12月9日
荘子と禅仏教はかなり深刻な関係があると思う。荘子を読んでいてなんとなくそう思った。

スピ系が一瞬好きそうな荘子だけど。荘子はオカルトを無視もしないし重視もしない。「放置」に思える。それに執着するとそれにとらわれて痛い目に会う、と主張する。「神秘!」と騒ぐ暇があれば、ボーとしている方が良い。というスタンスの荘子。

「神秘」を有りがたがったり、崇めたりして時点で、その意味が消える。荘子的にはそうだよね。

孔子は、「神秘」は「敬して遠ざける」てスタンス。軽視もしないが無視もしない。それに取らわれて地道な日常を怠るのは断固ダメという立ち位置。

荘子から言うと、構えて瞑想するのも「無用な作為」とするところもある。が「包丁の例え」もあるが、修練も軽視しない。が瞑想や求道のための格別な修練には疑問符を付ける。日常こそ神秘の求道の実践の場。てスタンスも荘子にある。


狼たちは知っている ‏@wolvesknow 12月11日
六韜や孫子の兵法なんてのは、明治初期までは日本人の基礎的な知識だったよね。文明開化で西欧史上主義に誘導されるまで、中国の歴史や思想を学ぶのは基本だった。兵法を学ばれるのはそんなに都合が悪いのかな? それよりマキアヴェッリの君主論を知られる方がまずい気がするが。

高山龍智 ‏@nagabodhi 12月10日
ちなみに「のんのん」は観音の幼児語。広義のホトケサマ。他に「のんの」「のの様」など。地域によっては南無阿弥陀仏(なんまんだぶ)の幼児語「まんまんちゃん」も使われる。 https://twitter.com/yash_san/status/674810493161181184 …
Yash_san(´・ω・`)و ‏@yash_san 12月10日

水木先生の世界観に大きな影響を与えたのんのんばあは「拝み屋」の家のお婆さんだったが、昭和初期は病気は拝んで治すという考えが普通だったそうだ。昭和9年生まれの方に話を聞いたら、小学生くらいの頃に足が痛くて歩けなくなった時、近所の祈祷師みたいな人に拝んでもらったとか。

腎臓の病気を疑われた時は日蓮宗のお坊さんが家に来ておがんでくれたそうで、病気になったら取りあえず拝むということだったらしい。

「拝み屋」という職業はいつ頃まで成り立っていたんだろうね。

ららら らー ‏@LaLaLanLanLan 2012年7月27日
にチベット仏教を信じるチベットやブータンの人は、墓を持たない。墓に入れられ“執着”されると輪廻転生できなくなるからだとか。天国を信じるイスラム教徒も、“仮住まい”に過ぎない墓に執着することは戒められる。墓を持つくせ輪廻転生も天国地獄も信じちゃう日本人をどう思うか聞けば良かったな。

knznymmmy ‏@knznymmmy 2015年12月20日
私は輪廻転生お断りだな
こんなクソまみれの世界に生まれて何が楽しい?
二度と生まれたくなんかないね


イルミナティ@ ‏@RisingSun_kiri 9月26日
カルトを見破る方法。
①釈迦は涅槃して、二度とこの世に戻ることはない=生まれ変わりなど絶対ない
②キリストは、再降臨の時に本人が戻ってくるので、キリストの生まれ変わり・俺がキリスト とか絶対ない

カルトを見破る方法②
釈迦は預言者ではない(神というものがない
④教祖が神の言葉を伝える預言者であるならば、楽で豪華で金持ちな暮らしなどできない。イスラム教のムハンマド、旧約聖書のモーセ以外の預言者、キリスト=預言者は、大衆からいじめられ暴力をふるわれ最後に悲惨な状態で死ぬ


buvery ‏@buvery 1月30日
@hitoribbq 例えば、ヒンズー教徒はガンガーの河岸で焼いて、遺体を川に捨てます。だから、石の墓はない。親鸞が、死んだら鴨川に捨てれば良いと言ったのは仏教的には正しくて、輪廻転生しているから屍体や骨には意味がありません。骨に意味があるのは、儒教です。

Arbre De Soie ‏@ArbreDeSoie 2013年8月14日
なんで日本人はお盆に墓へ参り、家にお迎えするの?これは儒教の考えで、仏教ではない。儒教は孔子が中国で、仏教は釈迦がインドで開いたもの。輪廻転生の考えがある仏教は、先祖がこの世に帰る、盆や彼岸なんて考えはないはず。49日過ぎた魂は、またこの世に生まれるのだから。

王王大栄 ‏@ououdaiei 12月15日
仏教っていうけど、日本はもともとは「仏道」「仏法」といっていた。生きための作法・方法ってこと。宗教も英語を日本語訳にした時に老子からもってきたことば「それを私の教えの宗にしよう」生きる作法であって「信仰・信じる」とかでもともとなかったようだ。

宗教を信じるって決めつけたのは「信じる」から始める「パクティーヨガ系」宗教の耶蘇教の思想ってことだろう。そういうことで、信仰を第一にする現代の「宗教観」は少しゆがんでいると思う。

そういえば、インドでも「宗教」は「ダルマ」という「法・生きる作法」みたいなもの。仏法も「ブッダ・ダルマ」仏陀の法ってこと。この方が大過ない見方に思えるけど。

王王大栄 ‏@ououdaiei 12月16日
訂正・仏教っていうけど、日本はもともとは「仏道」「仏法」といっていた。生きるための作法・方法ってこと。宗教も英語を日本語訳にした時に老子からもってきたことば「それを私の教えの宗にしよう」生きる作法であって「信仰・信じる」とかでもともとなかったようだ。

ちきん@迷走中 ‏@hibakukihi 12月16日
考えなさいという宗教と、考えるなという宗教。
同じ「宗教」という括りでいいのか問題。
なんか別の物じゃない?

(「考えなさい」と説き、「論理的思考が大事であるとする姿勢」なら宗教ではなく哲学。
つまり、「無記」の原始仏教や、初期大乗仏教である「空」の中観派などは哲学)


P・グラレム ‏@pinkglalem 12月15日
宗教は社会を不安にさせます。人々が不安になればなるほど、信仰心は加速します。在りもしないしない来世と救済のために自らの人生を浪費する根気を宗教は与えてくれます。死のその瞬間まで人々はその幻想を信じるのです。信心深い人はとても根気強い人です。

あなたの根気強さが、あなた自身を苦しめているのです。

(×根気  ○執着=苦しみの原因)



「いやあ、落語って本当にいいもんですね」
<了>

子子子子子流健康法~今までの主に健康に役立つ記事のまとめ+α~ 

 随時追加中です。
knznymmmy ‏@knznymmmy
だから「いやー、
俺は元々スギ花粉症だけどさー、
去年らへんからヒノキとかブタクサとか
色々反応しちゃうようになって
マジ迷惑してるんだよね」
とか言い訳して
マスクとゴーグルしておけ

メシもヒスタミンがー、
アレルギーがー、とか適当な横文字並べて
汚染のキツそうなものは避けろ


あとは、クリスタルガイザー(シャスタ)が24リットルとか
リッツの缶(425g)が2つとか
飯盒とか固形燃料とかコンロとか
N95 マスク50枚とか単3電池60本とか・・・

N95マスク到着なう。使用期限が書いていないなう。
http://www.japan-medical-partners.jp/medical_point01.html …
ここでは、未開封で3年が目安と書いているなう。
http://www.xuedisoft.com/N95mask/N95maskshiyoukigen.html …
ここでは外箱に小さく書いてあるはずとの事なう。



医療従事者・公的機関の皆様向けトップ > 対策/対応確認ポイント > マスク
http://www.japan-medical-partners.jp/medical_point01.html

正しいN95マスクの付け方とはずし方とフィットテストについて学び実践しましょう。
花粉(と放射性物質)を防ぐ眼鏡もかけましょう


感染管理に関するご質問
http://www.jjasp.jp/academic/qa/column18.html
“、「マスクのフィルターを損傷させない」「湿気を持ったまま保存しない」「ゴムひもを伸ばしてしまうような保存はしない」ということはマスクの保存法として最小限度守るべきことです。
まず、マスクのフィルターを損傷しないために、マスク自体に名前を書くことは不適切です。N95マスクは 耐油性ではないので、油性マーカーではフィルターが損傷します。そのため、マスクのゴムひもに名前を書くか、マスクには名前を書かずに袋に名前を書いて保 管するのがよろしいかと思います。
マスクが湿気を持っていると、何らかの病原体が増殖したり、臭いがついたりするので、乾燥するように保管
しなければなりません。そのため、プラスティックではなく、紙袋に保存するのがよろしいかと思います。
専用簡易ロッカーなどで、マスクのゴムひもをひっかけて保存すると、ゴムが伸びて、顔とマスクの装着が甘くなりますので、そのような保存は避けてください



N95マスクは繰り返し使用してもいいのですか?
http://tankenkanoheya.blog74.fc2.com/blog-entry-302.html
“N95マスクは繰り返し使用してもいいのですか?
回答
CDCのガイドラインでは、N95微粒子濾過マスクは、明らかな汚染や変形がなく、装着時のフィット性に問題がなければ、数週間から数カ月使用しても機能は保たれるようです。

しかし、無条件ではなく『マスクの再利用が病原生物の伝播拡大につながらない場合』という条件がつきます。

具体的には、接触感染も起こしうる結核以外の空気感染患者に対して使用した場合は再利用しない。
マスクを保管する場合は、衛生的に保管できるように、個別に場所を定め、マスクを十分に乾燥する。
汚染が確認された場合は、すぐに交換する。
などの注意が必要です。“

……

食べて応援悪魔的な企業リスト+飲食物などカテゴリ、
放射能・医療・健康・飲食物などカテゴリの過去記事をどうぞ。

食べて応援悪魔的な企業リスト+飲食物など 。私が放射性物質に関して食べ物で気をつけていることを紹介します。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-5.html

【奴隷の鎖自慢】=今までの集大成的な短文。 寸止め陰謀論者がよく客寄せのための餌に使う健康ネタまとめ。 健康関連の過去記事リンクつき。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-105.html

三五館『歯医者が虫歯を作ってる』。
三五館の運営は三五教(あなないきょう。
生長の家と同じく万教帰一を主張)=大本教系かも?出版社も大本教系(和風キリスト教)支配。
学校は奴隷労働者育成のために作られたので時間と規則に厳しい。
放射能による失明・癌・白血病。ノーベル賞で脚光の「青色LED」 長時間見続けは目に悪影響など健康系いろいろ。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-41.html

おすすめ紹介第二弾、プー閣下。
PCやスマホなど電磁波対策必須。
IHヒーターは欧米人は危険だから使わない。健康に役立つものを見つけたので整理あんまりせずに載せておきます 
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-20.html

水式空気清浄機を、網+鍋(たらい、バケツ)+扇風機などで自作しましょう。
①容器に水を入れる
②網を乗せる
③扇風機で水面に風を送る

※扇風機をぬらしたり水没させたりして感電しないように注意。

ツイッター検索「網 水式空気清浄機」
https://twitter.com/search?f=tweets&vertical=default&q=%E7%B6%B2%E3%80%80%E6%B0%B4%E5%BC%8F%E7%A9%BA%E6%B0%97%E6%B8%85%E6%B5%84%E6%A9%9F&src=typd

ツイッター検索「#水式空気清浄機」
https://twitter.com/hashtag/%E6%B0%B4%E5%BC%8F%E7%A9%BA%E6%B0%97%E6%B8%85%E6%B5%84%E6%A9%9F?src=hash

★みんすい★ みんなの水式空気清浄機
http://matome.naver.jp/odai/2144742533225806301

【放射線防護の仕方(食品編)http://togetter.com/li/288596】
【放射線防護の仕方 http://togetter.com/li/220168】
【放射線防護の仕方(緊急時編)」http://togetter.com/li/288714】

cmk2wさんのツイートはリストに入れましょう。



足つぼマットを100均などで買って、踏みましょう。
つぼ押し棒も100円ショップで買えます。

図解 足の反射区一覧
https://twitter.com/wayofthewind/status/667866733164675074

岡山至の官足法の基本ゾーン/腎臓、尿管、膀胱
https://www.youtube.com/watch?v=maUealYYYzI

岡山至先生の「そわか塾」官足法の実技編
https://www.youtube.com/watch?v=NNafDJWJXjM

足つぼ 自分のアトピーの治し方
https://www.youtube.com/watch?v=dKKHS6G2qaQ

足つぼ 子供のアトピーの治し方
https://www.youtube.com/watch?v=B9y4cutn4Zc

足の汚れが万病の原因だった―足心道秘術   官 有謀
ttp://raffiner.blog70.fc2.com/blog-entry-2446.html
”「揉む順序」
腎臓、輸尿管、膀胱、尿道の反射区をもみ、排泄機能を刺激してから足裏全体をもみ、最後に膝上10cmのところまでもんで、汚れを流す。揉み終わってから30分以内に500ml以上の白湯を飲む。

1 腎臓、輸尿管、膀胱、尿道の反射区
2 親指から小指まで、指の脇や股までまんべんなく
3 足の裏全体を、指からかかとの方へ
4 足とすねの内側を、指先からかかと、かかとから膝上へ
5 足とすねの外側を膝上まで
6 足の甲から膝上まで
7 もう一度、腎臓、輸尿管、膀胱、尿道の反射区

親指を柔らかくしておけば記憶力がよくなる。

自信 必ず治るという自信を持つと治りが早くなる
忍耐 もむ力が強い方が早く治る。痛みは忍耐力で我慢
根気 毎日続ける根気が必要”

官有謀『足の汚れ(沈澱物)が万病の原因だった―足心道秘術 』(マイ・ブック) 1986/7
の「そで」(著者プロフィールなどが書かれている、表紙を包むためのジャケットの折り返し部分)の推薦文と写真は安倍晋三の父親である安倍晋太郎ですので引用します。

“健康になりたいすべての人に本書は役に立つ
外務大臣 安倍晋太郎
 ふとしたことから、著者の官有謀先生にお目にかかり、私の足の反射区按摩(マッサージ)をしていただくことになった。
 そして今では、どんなに多忙でも、私にはこの健康法が離せなくなった。
 体中の神経が集中する足の裏の重要性を説き、だれにでも手軽にできる方法を書いたこの本が、多くの人の役に立つことを願っている。”

つまり、偽天皇と親戚である支配層のお墨付きってことです。
自信をもって実践しましょう。

官有謀って御用医者っぽいですね。

足つぼの押し方は上記の引用で十分ですが、本書の読書メモを書いておきます。

足の裏だけでなく、足首と膝上10センチまで揉まなければ効果はない
せっかくとれた足裏の汚れも、足首や膝のところで流れがつまっては、何にもならないからである。

・原則、心臓の方向に力を押し込んでいくが、汚れをもみつぶすのが目的なので、押しやすい方向に力を入れていけばよい。
例外あり。左足にある心臓反射区と右足の肝臓反射区だけは足の指先に向かって突き上げるように力を入れる。この反射区は深部にあるので、この方法でないと力が届かない
ただし、肝臓と脊椎の反射区は、腎臓機能が健全でないときにはよけいにもまないこと。排泄がまにあわなくなるので、かえって不良反応が起きてしまう。

・左足から押し始める。左足が陽、右足が陰なので、陽から助けたほうが治療効果が早い。
からだの異常は、まず陰である弱い右足に出て、それから左足も悪くなるが、治るときにはまず陽である強い左足が良くなり、次に右足もよくなって治癒する。
 それに、左足には心臓の反射区があるので、はじめに心臓の機能を高めておいてショックを受けにくくするという理由もある。

・胃に血液が集まっている食後一時間は行ってはいけない。かえって消化器系に負担がかかるからである。

・足で足をあんまする。
 足の表側は自分の足でもんで按摩できる。立った姿勢で、片方の足をもう片方の足のかかとで踏みつぶすようにする。
 まず指を全部踏みほぐし、足の甲と両脇をこするように踏む。
 足の後ろ、アキレス腱のあたりは踵が届かないので、親指の股ではさんでこするように揉む。

手のツボ

りらく屋・手のツボと反射区解説&実践 The hands of the acupuncture points and reflex zones Description & massage
https://www.youtube.com/watch?v=wCu4qqoYFgo

「指回し体操
=①両手の指先を合わせて触れ合わないように、ふっくらとしたドームの形を作り
②両手の五本の指先を合わせ、
③一指の対を対ずつ離して、互いに触れ合わないように回す」
をして、動きが悪い指とその周りを念入りに揉んでツボを刺激しましょう。

手首回しと、足首回しをして動きが悪い個所をツボ刺激。



経口補水液、冷水シャワー、重曹うがい、重そう洗眼、腕立て伏せ、スクワットは、発信者が異なる、二つ以上の情報源を比較して正しい方法で実行してください。


ヨガや瞑想法や呼吸法や座禅の指南書あるいは指導者を選ぶさいは、ちゃんと危険性と注意点を指摘しているかどうかを基準にしないといけません。
例えば、野狐禅をすすめるスピリチュアル系禅などは究極ごく極めて危険です。
頭がおかしくなったら、あなたは元に戻せますか?
そもそも禅仏教はスピリチュアルの中核を完全否定なので、混ぜたらおかしくなって当然です。



甲状腺機能改善 ヨガ 肩立ちのポーズ 鋤のポーズ やり方 サルヴァンガアーサナ ハラアーサナ ホルモンバランス 分泌 動画
https://www.youtube.com/watch?v=cEPKn7i9dOA&app=desktop

コブラのポーズ
https://www.youtube.com/watch?v=WnlgYTiF7WI

自宅で気軽にヨガ 入門クラス (フルレッスン・30分)
https://www.youtube.com/watch?v=WGFQvDmMq3Q

※アーサナは画像と動画で正しいやりかたを視覚的にも理解してから実践してください。
特に注意点を調べてから実践してください。無理は禁物です。


成瀬雅春『呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと』、BABジャパン、2005年


“ いつでもできる日常的な訓練
完全呼吸法のような呼吸法のテクニックを練習する以前に、呼吸法を身に付けるための根本的な原則がある。それは「呼吸に意識を向ける」ということと、「ゆっくりと息を吐く」という二つである。
呼吸は生まれて以来休むことなく続けられているので、ふだんは意識していない。その自分の呼吸に意識を向けることが第一の原則である。意識を向けた瞬間から、呼吸はゆっくりし出す。一日のうち、呼吸に意識を向けることが多くなるほど、ゆっくりした呼吸をしている時間が多くなる。それがすでに呼吸法の重要な基本を身に付けたことになる。
そして第二の原則の「ゆっくりと息を吐く」ということを心がければ、ヨーガ呼吸法の「深い呼吸をする」という重要な基礎訓練をしていることになる。一般的な深呼吸では息を吸ってから吐いているが、それでは本当に深い呼吸にはならない。
まず肺の中に入っている中途半端な空気を吐き出さなければならない。汚れた空気をいったん吐き出してから、ゆっくりと新鮮な空気を肺の中に取り入れることで深い呼吸になる。その息を吸うときに、胸を広げるようにして、少し顔を上に向ければもっとよい。
この「呼吸に意識を向ける」「ゆっくりと息を吐く」という二つは、いつでもできる日常的な訓練なので、習慣として身に付けてほしい。

p.83-84
(…)
外的完全呼吸法
①ゆっくりと息を吐いていき自然に腹部が引っ込み、そのままさらに腹を引っこませながら吐いていく。
②吐き終わったら、瞬間的に腹の力を緩めてから、ゆっくりと息を吸っていき、少し腹が膨らむくらいまで吸いこむ。
③そのままさらに胸を前に突き出す感じで胸郭を広げながら、吸いこんでいく。
④胸郭が広がったら、続けて肩を上げながらもう少し吸いこむ。
⑤吸い込み終わったら自然に二~三秒くらい止める。
⑥腹をもとに戻しながら息を吐いていく。
⑦次に胸をもとに戻しながら吐いていき、続けて肩を下げながら吐く。
⑧腹、胸、型が普通の状態に戻ったら、①につなげてくりかえす。
要点
①下部→中部→上部の一つひとつがきちんと分離されて、しかも連絡を滑らかに行えるようにする。
②吸息の中部のときに一緒に肩が上がってしまう場合が多いが、胸を上げようとするとそうなるので、胸は前に出し広げるという気持ちで行うとよい。
③吸息の最後の部分で、少し顔が上向きになってもよい。
④吸息から吐息に移るときに、二~三秒くらい自然に息が止まる状態になってもよいが、喉は開けたままにしておく。
⑤腹、胸、肩の動きはなるべく大きな方がよい。
⑥五呼吸を1セットとして行う。

半内的完全呼吸法
(外的完全呼吸法の表面的な動きを少なくするが、「腹が膨らんでいく」「胸が広がっていく」「肩が上がっていく」という意識はしっかり働かせる呼吸法。
以下のように外的完全呼吸法を改変する)
・胸が広がりかかったあたりからは、胸は動かさない。吐くときは胸をもとに戻しながら吐く。
・肩を動かさずに意識面だけ肩を上げながら吸い、吐くときも意識面だけ下げる。
・吸うときの胸は、ほんの少し広がりかかるくらいで、吐くときは、そのほんの少し広がりかかった分が戻る程度の動きで、意識だけはしっかりと働かせる。
・吸うときに胸の動きが止まったあたりで、意識だけが「スルッ」と内部に入り込む感覚をつかむようにするとよい。
(…)
『ハタヨガの真髄_600の写真による実技事典』
B.K.S.アイアンガー (著), 沖 正弘 (翻訳)


ターダアサナ(サマスティティ)
ターダ=山
サマ=直立、まっすぐ、不動
スティティ=不動の姿勢、堅固
①足を揃えてまっすぐ立つ。両足の親指、および踵をつける。足の指はすべて床にぴったりとつける。
②ももの内筋肉を伸ばしあげるようにすると、膝をリラックスしたままで引き上げることができる。このとき、尻はそっと締めるようにする。
③胃が自然に引っ込むように、肋骨を広げ、背骨を上に伸ばし、首をまっすぐにする。
④体重は踵と指先の一方だけにかけずに、等分にかけること。
⑤理想的にはターダアサナでは頭上に両手を伸ばしておくのであるが、便宜上、両ももの横に下げていてもよい。

パッドゥマアサナ
パッドゥマ=蓮。
この蓮のポーズは最も大切で最も有益なポーズの一つ。
これは瞑想のためのポーズで釈迦像の中にはこのポーズをしたものが多い。
①両足をまっすぐ伸ばして座る。
②両ひざを曲げ、両手で右足を左もものつけ根に乗せる。このとき右かかとはへその近くに来る。
③左ひざを曲げ、両手で左足をもち、右足のできるだけつけ根に近く置く。このときも、かかとがへその近くに来る。足の裏は両足とも上向きのこと。
④背骨の下から首まで肋骨部を四方に広げながら伸ばす。右手は右ひざに、左手は左ひざに置いてもよい。それぞれの手は親指と人差指で印を作る。あるいは、両足の交差するほぼ中央に、一方の掌をおき、その上に他方を乗せて置いてもよい。
⑤今度は逆に、左足を右ももの上に置き行なう。両方行なうことにより、足を均等に発達させる。

マツヤアサナ
①パッドゥマアサナの姿勢で座る
②膝を床につけたまま仰向けに寝る
③息を吐きながら首と胸部を持ち上げ、背中をそらせる。頭をそらせ、頭頂部を床につける。両手で両足をつかみ、上体をさらに反らせる。
④手を離し、両手で互いに両ひじをつかみ、前腕部を頭上の床の上に置く。
⑤深呼吸しながら、30秒~1分間この状態を保つ。
⑥後頭部、背中を床の上におろす。息を吸いながら、パッドゥマアサナに戻る。足をほどいて休む。
⑦組み方を逆にして足を組み、同時間だけ行う。
⑧もし③と④が難しければ、両手を上に伸ばし、胸をそらせないで横たわる。

(もう少し簡単なヴァージョン。
①仰向けに寝て、両足を揃えて伸ばす。
②両脇を締め、掌を下に向けて尻の下に敷く。手の甲と尻が当たる。
前腕と肘を体側に寄せる。
③鼻から息を吸いながら、肘と前腕で床を押しつつ、背中を床から浮かせ、胸を広げつつ、胸を天井方向に持ち上げる。
同時に頭を後ろにそらし、後頭部か頭頂部を軽く床につける。首への負担を軽くするために、できるだけ頭に体重がかからないようにする。
④リラックスして深呼吸する。約15~30秒深呼吸をしながらポーズをキープ。
⑤息を吸いながら頭をスライドさせながら顎を引いて、頭を床にゆっくり下ろし、腕をほどき、ゆっくりと元の姿勢に戻る。肘で床を押して、首と頭に負担をかけないように戻す)
(…)
シャヴァアーサナ
シャヴァ=死体。
アーサナ=姿勢。
①正中線を正して仰向けになる。
まず尻の中心と両足の合うところを一直線上にして、床の十字状の線に膝を立てて座る。それからゆっくりと脊椎を一つずつ線の上におろしていく。背骨の中心が線の上に正確に来るようにする。
②頭は額から両側に伸ばすようにする。頭の位置を前面から正していく。
③体が傾かないようにまっすぐに、また左右の均衡を保つ。
額の中心、両眉の中心、鼻の下のみぞ、唇の中心、顎、喉、胸骨、横隔膜の中心、へそ、恥骨の中心、両ももの間の空間、両膝、ふくらはぎ、両かかとの間の空間が一直線をなすようにする。
頭部から両耳、両眼の外角、唇、顎骨の底辺が左右同じ高さになるようにする。
最後に首を伸ばしてその中心が床の線の上にくるようにする。
④両肩甲骨の内縁を床にぴったりとつける。鎖骨のところから上胸部の皮膚を肩の方へ、肩から後ろへ、肩甲骨に向けて伸ばすことで背中がぴったりと床につくようになる。
肋骨は統一をもって広がらなくてはならない。
⑤両足をそろえてかかとの外側を伸ばしてから、両足先を等しくリラックスさせて開く。
⑥手は体側の15~20度のところにおく。
⑦横たわっているときの感覚は、母なる大地に沈み込むような感じ。
掌、指、足の裏、足の指にある緊張に気付かない人が多い。緊張のある部分をよく観察し、リラックスさせて、正しい位置に戻す。
腹部に「空」と「無」を感ずること。体は投げ捨てられた棒のような状態。
眼の奥を見るようにして、自分自身の内面に眼を向ける
呼吸は、左右の鼻孔を息が等しく流れていることを確かめる。普通に吸い、やわらかく深く長く吐く。深く吸おうとすると頭と上半身が動き、脚と腕に緊張が起こるからである


B.K.S. アイアンガー『 ヨガ呼吸・瞑想百科―200の写真で見るプラーナーヤーマの極意』


アーサナ
(ヨガでは「内なる神」、「神と一体になる」という表現が多用される。梵我一如)
・プラーナ=息、生命、活力、エネルギー、力。
アーヤーマ=伸ばす、拡張、長さ、幅、規則的、コントロール。
プラーナーヤーマ=呼吸を長くし、コントロールする。
・ムッドラー=封印、鍵。
体の開いている部分を閉じる姿勢で、指を特別な形に組む。
・バンダ=束縛、結びつける、つかまえる。
特定の内臓や体の特定の部分をつかむ、収縮させる、コントロールする姿勢。

ジャーランダラ・バンダ
ジャーラ=クモの巣、網目。
胸骨が顎に押しつけられている状態で、サルワーンガアーサナとその変形ポーズを行っているとき習得できる。
①シッダアーサナ、スワスティカアーサナ、バッドゥラアーサナ、ウィラアーサナ、バッダコナアーサナ、あるいはパッドゥマアーサナの形で座る。
②背中をまっすぐ伸ばし、胸骨と、胸郭前面を持ち上げる。
③無理のないように首の両脇を伸ばし、肩甲骨を体の中に引き入れるようにする。胸椎を前に押し、首をしっかり伸ばしてから、頭を首の後ろのつけ根から前屈させる。
④喉を圧縮したり、首の筋肉を緊張させてはいけない。首と喉の筋肉をリラックスさせておく。喉や首を前方、下方、あるいは後ろに押しつけてはいけない。上背部を後方に押しつけてもいけない。
⑤顎の両側が、両鎖骨間のくぼみに左右等しくふれるように頭を前屈させる。
⑥片側の顎を他方よりも伸ばしたり、首を片方に傾けてはいけない。
⑦顎を胸に押しつけてはいけない。胸を持ち上げておりてくる顎に合うようにする。
⑧頭の中心、顎の中心、胸骨の中心、へそおよび股の中心が一直線上に来るようにする。
⑨顎を胸にもってくるとき肋骨を下げないようにする。
⑩こめかみをリラックスさせ目と耳は受動的にしておく。

ウッディーヤーナ・バンダ
ウッディーヤーナ=飛び上がっていく。
プラーナーヤーマでは腹をつかみ上げること。
プラーナーヤーマではプラーナは下腹部から頭のほうに流れて上がり、横隔膜は下腹部から内臓を後ろ上方、脊柱の方へと引っ張り上げながら上っていく。
まず立った姿勢でのウッディーヤーナをよく修得してから、バーヒャ・クムバカ(呼気のあとで息を止める)中に、ウッディーヤーナは導入すること。アンタラ・クムバカ(吸気後のクムバカ)にウッディーヤーナは取り入れないこと。心臓に負担をかけすぎるのでよくない。
空腹時に行うこと。
①ターダアーサナで立つ。
②両足の幅は約30センチぐらいに開いておく。
③膝を少し曲げ、両手の指を広げてももの中ほどをつかむ。
④肘を少し曲げ、顎をできるだけ下げ、ジャーランダラ・バンダの姿勢をとる。
⑤息を深く吸いこんでから、肺の空気を一息で吐き出せるように急速に吐き出す。
息を完全に吐ききるまで、腹をひっこめてはいけない。
⑥吸気の前に息を止める。腹全体を背骨の方向に持ち上げる。ウッディーヤーナ実践中は胸を落としてはいけない。
⑦腰椎、胸椎を前上方に持ち上げる。内臓を背骨のほうに向かって圧迫する。
⑧内臓を圧迫したまま手をももから骨盤のふちに向かって移動させながら、さらに内臓を収縮させる。
⑨内臓をゆるめないようにして、また顎を上げないようにして背筋を伸ばす。
⑩10~15秒間できるだけ長く内臓を圧迫したままにしておく。自分の限界以上続けてはならないが、無理をしない程度に練習を重ねていくと、実践時間もだんだん長くなる。
⑪顎と頭はそのままで、まず腹の筋肉をリラックスさせる。
⑫腹が完全にリラックスし、内臓がもとのリラックスした状態に戻るまで息を吸ってはいけない。腹の筋肉がもとの位置に戻るのを待って息を吸う。
内臓を圧迫している間、肺を圧迫してはいけない。
⑥~⑫までの過程の間中は息を吸ってはならない。
・2~3回普通に呼吸をしてから、再び①~⑫を6~8回繰り返す。進歩するにつれて、1回の長さと繰り返しの回数を増やしていく。体験の深い指導者のもとで行うのが望ましい。
・ただしこの一連の繰り返しの過程は一日一回だけおこうなうこと。
・ウッディーヤーナが修得できたら各種プラーナーヤーマに取り入れる。ただし呼気の後のクムバカ(バーヒャ・クムバカ)を行うときだけに行う。
・こめかみのまわりに緊張を感じたり、次の吸気の初めに緊張がかかったりしたら、自分の能力以上にウッディーヤーナを行ったということなので気をつけること。
・ウッディーヤーナ・バンダを一人で行うのは極めて危険。間違ったやり方で行うと精液が不要にもれ、活力を失う。

ムーラ・バンダ
ムーラ=根、源、原因、基礎。肛門と生殖器の間の中心部。
ムーラ・バンダでは肛門と生殖器の間の中心部の筋肉を収縮させ、垂直にへその方に向けて引き上げる。同時に下腹部前面およびへその下は、背骨に向かって後ろ上方に押しつける。
ムーラ・バンダは、吸気後のアンタラ・クムバカ中に行わなければならない。
ウッディーヤーナでは肛門から横隔膜まで全部を背中に向かって押し上げるが、
ムーラでは肛門とへその間の、生殖器部と下腹部のみを収縮させ、背骨と横隔膜の方に向かってひき上げる。
ムーラ・バンダを一人で行うのは極めて危険。間違ったやり方で行うと激しい体力減退をもよおし生殖力も失う。正しく行ったとしても、ムーラ・バンダにはそれなりの危険がある。性欲を増加するので濫用する危険がある。

・吸気のとき腹をふくらませてはならない。腹をふくらませると肺が完全に広がらないからである。吸気も呼気も無理があってはならないし、早くてもいけない。プラーナーヤーマの無理は心臓に負担をかけ、それがもとで脳障害を起こすからである。
・意識的に上胸部を持ち上げ、出ていく息をゆっくり、スムーズに導く。
・呼吸のリズムに深く注意を払うこと。

吸気の方法
①自分に合った方法で座る。
②胸と浮肋骨、へそを上げ、背骨をまっすぐ上に伸ばす。
③できるだけ頭を下げる。首の後ろが柔軟になったら、ジャーランダ・バンダを行う。
④感情の源である心は、へそと心臓の間にあるといわれ、背中はこの感情の中心と常に接触を保っていなければならない。体の前面は、この意識の中心との接触を失わないようにしながら持ち上げ、横に広げる。
⑤吸気中、胸を前や後、左右に傾けないように注意しながら、上方と横に胸を広げる。
⑥横隔膜を異常緊張させてはならない。横隔膜の底の方から空気を入れ始めること。深く吸い込む秘訣は、浮肋骨の下、腰のあたりから始めるような気持で行うとよい。
⑦肺に底から徐々に空気を入れる。鎖骨上端から、脇の下前部まで入れること。注意深く、神経繊維を少しずつ今まで以上に伸ばすようにして、肺が完全に空気を吸い込むようにする。
⑧肩が上がったらすぐ下ろすこと。吸気中に肩が上がると、上肺部が完全に広がらず、首の後ろが緊張してくる。肩を上げないで胸を上げておく
⑨喉をリラックスさせる。舌は下顎の上に寝かせるようにするが、歯にあててはならない。
⑩目は閉じているが、リラックスしており、内面を見る目を敏感にしておく。吸気のときどうしても目は上向きになりがちなので注意。
⑪耳、顔の筋肉、額の皮膚はリラックスさせておく。

呼気の方法
①吸気の①~④の指示に従い姿勢を整える。
②吸気においては、体は息という形をしたエネルギーを受け取る道具の働きをする。呼気はゆっくり静かに行う。そのためには、肋間筋肉や浮肋骨を持ち上げたままにしておく。そうしないと、安定したスムーズな呼気は無理である。
呼気の始発点は上胸部であるので、上胸部を下ろさないようにしてゆっくり、へそのところまで完全に空になるまで息を吐く。このとき体は神と溶け合う。
息を吐いているとき、脊柱の中心をもち上げておくだけでなく、その左右両側も持ち上げておく。全身を樹木のようにしっかりさせておく。
⑤体をゆすってはいけない。
胸を持ち上げたまま、ゆっくりスムーズに吐く。息が荒いということは、胸や背中が下がっていることと、息の流れを観察していないことから起こる
⑦吸気中においては、上半身の皮膚は緊張するが、呼気においてはリラックスしている。ただし胸や背中の内側は下げないようにする。
⑧腕と胸の皮膚は、脇の下のところで触れ合ってはいけない。腕をわざと広げることなく、脇の下のところで、空間と自由がなければいけない。

・クムバ=いっぱいにも、空にもできる壺。
クムバカ(止息)=息を止める(保息)。

アンタラ・クムバカ(吸気後のクムバカ)
はまずは、胸、横隔膜の内側、内臓を上げたままで数秒間止めることだけまず習得する。クムバカの間に肋間筋と横隔膜の内側と腹部内臓を上げておくのは難しい。
・アンタラ・クムバカを立っているときにしない方がよい。バランスを失って倒れるかもしれない。
・アンタラ・クムバカを寝た姿勢で行う場合、頭の下に枕を置き、頭が体より高い位置に来るようにして、緊張を防ぐ。
・アンタラ・クムバカの間、鼻梁を上げてはならない。
・プラーナーヤーマの間中、頭と頸椎を前傾させ、背骨と胸骨を持ち上げる。脳と頸椎を胸骨の方に向ける。
・吸気後のクムバカ中、内臓をひっこめ持ち上げると同時に、背骨下部を前に押し、胴体はたるませず、頭と腕と足をリラックスさせ、仙・腸骨から背骨を持ち上げ、肝臓下部と胃の下部を持ち上げる。
・背骨の内側と外側両方を上方前方に規則正しくそして等しく持ち上げる。
・上胸部の皮膚がゆるんで、肋骨の方におりてきたときは、息が不注意のうちに漏れたということである。
・胸は張りすぎても落としてもいけない。前面、側面、後面に等しく上げる。肋骨の内側を持ち上げる。

 バーヒャ・クムバカ(呼気後のクムバカ。完全に息を吐ききった後で息を止める)
は静的に行うときはウッディーヤーナなしで行うが、これは自分自身を静めるもので、食後でもいつでも行ってよい。
動的に行うときはウッディーヤーナ・バンダを併用するので、腹部内臓と心臓をマッサージし、エネルギーの分散を防ぐ。
・背骨の内側と外側両方を上方前方に規則正しくそして等しく持ち上げる。
・上胸部の皮膚がゆるんで、肋骨の方におりてきたときは、息が不注意のうちに漏れたということである。
・胸は張りすぎても落としてもいけない。前面、側面、後面に等しく上げる。肋骨の内側を持ち上げる。

・マントラ(呪文を繰り返し唱える)の目的は、乱れた心を一点に集中し、考えを一つにまとめること。マントラは、ヴェーダ(聖典)の讃美歌の部分であり、音楽を帯びた詩である。その詩を繰り返すことがマントラであり、愛と自己を捧げるまじめな心で行うと、自己を神に近づけることができる。
・プラーナーヤーマの実践中にマントラを繰り返し、舌や口を動かさないでそのマントラに意識を集中する。そうすると集中力を身につけると同時に、吸気、クムバカ、呼気の長さを伸ばすことができ、呼吸がスムーズになり意識も高まる。
・マントラは早く繰り返してはならない。吸気、呼気とクムバカをそれぞれ同じ長さで平均したリズムで行い、それに合わせるべきである。
・マントラは「アー・オ・ム」

・ウッジャーイー
ウド=上昇、広がり、卓越、力。
ジャヤ=征服、成功、コントロール。

※あらゆるプラーナーヤーマの全段階が、呼気(レチャカ。「フー」と吐く)で始まり吸気(プーラカ。「スー」と吸う)で終わる。まず肺の中にある空気を全部吐き出してから始める。心臓に負担をかけるから、呼気で終わってはならない。普通に息を吸ってから終わること。決して無理をしてはならない

A
①毛布を床に敷く。その上にもう一枚の毛布を三つ折りか四つ折りにして、片側にそろえて敷き、その上に後頭部と背部をぴったりつけ、仰向けに寝る。
②体をまっすぐする。目を閉じて1~2分静かにしている。胸をへこませない。
③普通に呼吸する。呼吸に意識を集中し、呼吸の流れを感ずる。
両肺を等しく空気で満たすようにしながら、胸が上にそして外に広がるのを感ずるようにする。吸気音が聞こえなくなるまで完全に肺に息を入れる
横隔膜をリラックスさせ、腹をふくらませないで息を吸い、横隔膜を横に伸ばす。
腹をふくらませないためには横隔膜を浮肋骨より上方に上げないようにする。
深く息を吸うと眼球が上がりやすいので、意識的に眼球を鼻の方におろし、肺の内部を見るようにする。
⑤ゆっくり、深く、一定の速度で、静かに息を吐き、両肺を等しく空にする。もし両肺が均等に機能しなければそれを正すこと。
呼気の始めに、横隔膜を脚の方向に下げないように固定し、それからゆっくりと息を吐くが、深く吐いてはならない。このときには呼気は普通の呼気よりも少し長めになる。
⑥10分ぐらい続ける。この間目は閉じ目の奥を見るようにする。

B
A+横隔膜を動かさないようにし、肺が空になるまで、ゆっくり深く一定の速度で息を吐きながら徐々に横隔膜をゆるめる。

C
①好きな座法で座る。
②顎をまっすぐ下げ、胸郭を内側から持ち上げる。顎を胸骨上方の両鎖骨間のくぼみにおく。ジャーランダラ・バンダである。
③腕を下げ、掌を上向きにして手首を膝の上に乗せる。あるいは人差し指と親指で印を結ぶ。ギアーナ・ムッドゥラーである。
④吸気時には腹をふくらませない。終始、横隔膜は肋骨より下にしておく。すべてのプラーナーヤーマを行うときにこのことを守らなければならない。
横隔膜が浮肋骨よりも上になると、胸がふくらまず中腹部がふくらんでしまう。
恥骨から胸骨までの腹部全体を背骨に引き寄せてから次に頭の方へ上げる。これは内臓にマッサージになる。
⑤横隔膜とともに内肋間筋も持ち上げ、その状態で呼気を、ゆっくり深く一定の速度で行う。
呼吸の流れを観察しながら、Aの要素を入れて、10~15分間行い、シャヴァアーサナで数分間休息する。


バストゥリカー・プラーナーヤーマ
バストゥリカー=ふいご。
空気をふいごのように力強く吸い入れたり、吹き出したりするプラーナーヤーマである。
※バストゥリカーは全身を活発にするプラーナを作り出す。しかし、あまり長く練習しすぎると、呼吸が強いので組織が摩滅して肺が危険な状態になるので注意する。
※ふいごの音がしなくなったらすぐやめて、普通呼吸を始めるか、繰り返すサイクルの回数を減らす。
※いらだちや緊張が感じられたり、鼻血、耳鳴り、耳痛が起こったらすぐやめること。呼吸の音が正しくなかったり、強い呼吸ができなくなったらやめること。少しの無理でも鼻血が出たり肺に障害を起こす。
※眼か耳に疾患があったり、高血圧または低血圧の人は行ってはならない。
※きゃしゃな体格の人や、肺活量のあまりない人は、バストゥリカーやカパーラバーティを行ってはならない。血管や脳に障害を起こす恐れがある。
※女性は行ってはならない。力強い呼吸によって腹部臓器と子宮の位置異常を起こし、乳房がたるむ恐れがあるからである。
※バストゥリカーによってクンダリーニの力が覚醒されるというまちがった考えをしている人が多い。権威ある書物にも同じようなことが書かれてあるが、真実とはほど遠い。

①鼻孔は終始開いておく(右手の親指、薬指、小指でつまむ必要はない)。
②自分に合った座り方で座る。肺の中の空気をすべて吐き出す。
③短く、強く息を吸い、早く強く一気に息を吐く。これを繰り返すと、次の吸気は最初の吸気よりも速く、力強いことがわかる。これは吸気の前の呼気が強いからである。
④すばやく吸ってすばやく吐く。4~8回続けて行い1サイクルが完成する。呼気で(吐いて)終わること。
⑤普通は、ウッジャーイーのときのように数回ゆっくりと呼吸するが、吸気のあと、ムーラ・バンダで5~8秒のクムバカを入れてもよい。もしろん、それからウッジャーイーのときのようにゆっくり深く息を吐く。こうすると横隔膜と肺が休まり、また新しいバストゥリカーの強い呼吸に備えることができる。
⑥クムバカを入れても入れなくてもよいが、ウッジャーイーを混じえてこのバストゥリカーのサイクルを何回か繰り返す。それから深呼吸してシャヴァアーサナで休息する。
⑦スタミナが増すにつれてバストゥリカーの回数も増えるが、呼吸の調子が変わったらすぐに中止すること。

カパーラバーティ・プラーナヤーマ
カパーラ=頭蓋骨。
バーティ=光、光沢。
バストゥリカーとほぼ同じであるが、それに比べて穏やか。吸気はゆっくり、呼気は力強く行い、呼気を終えるたびにほんの少しのクムバカを加える。バストゥリカーがきつすぎると感じたら、このカパーラバーティを行う。

・ディヤーナ(瞑想)=吸収。
自学自習、自己反省、鋭い洞察、自分の内にある無限のものを捜す方法。深い内省で体の中の動きを観察することであり、心の状態を見つめる。自分の中にある最も奥のもの、つまり自己の内にある神を見ることである。
①ジャーランダ・バンダをしないで、正しく座る。
②体の前後を等しく持ち上げ、背骨を伸ばし、胸を上げる。
③頭を左右前後のどちらにも傾けず、頭頂部を床と平行にする。
④目を閉じて目の奥を見る。
⑤胸の前で合掌し、親指が胸骨をさすようにする。この手の形はアートマンジャリ・ムッドラーとかフリダヤーンジャリ・ムッドラーという。
(写真を見ると親指が胸の中央にあたっている)
意識が脳と心のあいだを揺れ動いていると、考えが次から次へと浮かんでくる。そういうときには掌をさらに合わせ、注意を自己の内なる神に集中する。掌がゆるんできたら心がさまよっているという警告であるから、一層しっかり合わせ、内なる自己に意識を集中する

『禅の本』


坐禅の仕方
・結跏趺坐(足の裏を天に向けて両足を組んで坐る。結跏=足を組む。趺=足の裏)で座る。
①座蒲(ざふ。なければ座蒲団の上にさらに二つ折りした座蒲団)を置き、その上に浅く腰を下ろす。
②右足を左のものの上に乗せ、かかとが下腹につくくらいまで、なるべくつけ根のほうまで引き寄せる。
③左足も同じように右のももの上に乗せる。
両膝と尾骶骨で、床の上に三角形ができる。このとき膝が床から離れてはいけない。
足が痛くて結跏趺坐ができない人は、左足だけをももの上に乗せる半跏趺坐を用いてもよい。
それも辛い人は普通に正坐して行ってもよい。
目は自然におとす。閉じると眠気を催したり、妄想に陥りやすくなる
・手は法界定印(ほっかいじょういん)を組む。
右の掌を上向きにして、組んだ足の上に置く。
その上に左の掌を同じように上向きにして重ね、親指の先を合わせて卵形の輪を作り、その手はへその下あたりに置く。
両方の親指をかすかに合わせる。離れても押しつけてもいけない。
・体の位置は真中心におく。時計の振子のように上体をまず大きく左右にふって自然に止まった位置、次に前後にふって上体がまっすぐ安定した位置。
・頭は顎を引き、左右に傾かないようにする。視線は1m先くらいに自然におとす。
・口は軽くむすび、舌先を上あごの歯のつけ根に軽く当てる。
・肩は力を抜き、水平にする。
・背中はまっすぐ伸ばす。腰は後ろにぐっと引く。腹は少し前につきだし、鼻と一直線になるようにする。
・呼吸は自然と鼻からの呼吸にまかせ、息は長すぎも短すぎもしないようにする。息はまず吐き出してから吸う。下腹の底から吐く心地で息をすると、下腹はへこむというよりも充実感がある。すると自然に鼻から吸うことができる


『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門―豊かな人生の技法』
William Hart ウィリアム・ハート (著),
日本ヴィパッサナー協会 (監修), 太田 陽太郎 (訳)
春秋社 1999-11
(…)
『気づきの確立の教え』はまず、からだの観察について説いている。呼吸を観察する。からだの動きを観察する。からだのなかにからだの内部を、または外部(体表)を、あるいは内部と外部を同時に観察する。からだのなかに生まれる現象を観察する。感覚を観察する。心を観察する。心の中身を観察する。
はじめは、固くて変化のない「たかまり」のような、からだと心のうわべの現実を体験するが、修行をつづけてゆくと、やがてその固さが自然に溶けてゆく段階に入り、心とからだの真の姿、一瞬一瞬生まれては消える波動の集まりを体験することになる。この体験によって、からだ、感覚、心、心の中身、これら四つの側面の実体をすべて理解する。それはおよそ非人間的であくまでも無常な現象の終わりなきうねりである。

・“では、瞑想者はどのようにして、からだのなかにからだを観察するのだろう? この場合、瞑想者は森の中や、木の下や、だれもいない小屋に行く。そこで足を組んですわり、背すじを伸ばし、口のまわりに意識を固定する。彼は呼吸を意識しながら、息を吸い、息を吐く。深い息を吸っているとき「いま自分は深い息を吸っている」と正しく理解する。深い息を吐いているとき「いま自分は深い息を吐いている」と正しく理解する。浅い息を吸っているとき「いま自分は浅い息を吸っている」と正しく理解する。浅い息を吐いているとき「いま自分は浅い息を吐いている」と正しく理解する。「からだ全体を感じながら、息を吸う」そのように自分を訓練する。「からだ全体を感じながら、息を吐く」。そのように自分を訓練する。「からだの動きを静めて、息を吸う」そのように自分を訓練する。「からだ全体を静めて、息を吐く」そのように自分を訓練する。
(『サティパッターナ・スッタ』『アーナーパーナ・パッバム』)“p.221-222

“ 瞑想者がからだのなかの心地よい感覚の無常性を観察しつづけていると、その感覚は衰え、うすれ、消滅する。また、自分が心地よい感覚に対する執着を捨てるのを観察しつづけていると、からだのなかの心地よい感覚への渇望という隠れた条件づけが取り除かれる。瞑想者がからだのなかの心地わるい感覚の無常性を観察しつづけていると、からだのなかの心地わるい感覚への嫌悪という隠れた条件づけが取り除かれる。からだのなかの中立の感覚の無常性を観察しつづけていると、からだのなかの中立の感覚への無知という隠れた条件づけが取り除かれる。
(『パタマ・ゲーランニャ・スッタ』)“p.223

(…)
“人から聞いたこと、古い言い伝え、世間の常識、あるいは文字になっているもの、そういうものを鵜呑みにしてはいけない。想像、推測、外見、部分、可能性、あるいは師の意見、そういうもので教えが真理であると決めつけてはいけない。自分が直接「この教えは正しくない、間違っている、賢者も批判している。この教えを実行すると弊害があり、人々が苦しむ」とさとったとき、それを捨てればいい。自分が直接「この教えは正しい、間違いがない、賢者も称賛している。この教えを実行すると人々が豊かで幸福になる」とさとったとき、それを受け入れ、実践すればいい。”p.15

(…)
・ブッダは物質世界がすべて、パーリ語でカラーパという「分解できない極小単位」から構成されていることを発見した。
ものはみなカラーパという微粒子から構成されており、そのカラーパはたえず生まれては消えるという。つまり、連続的な波動の流れ、絶え間ない微粒子の流れ、これが「もの」の究極の真相なのである。わたしたちがそれぞれ「自分」と呼んでいる「からだ」の実態なのである。
(…)

・(心は脳の働きではなく)全身に心があります。からだ全体にです。

・Q――先生は「わたし」という意識について、いつもマイナスなとらえ方をされます。でもプラスのものもあるのではないでしょうか?
喜びや安らぎ、至福感、そういう「わたし」の体験もあるのではないでしょうか?

A――瞑想していると、そういう官能的な喜びが長続きしないことに気がつきます。喜びの感情が浮かんでも、じきに消えてしまう。「わたし」が本当に喜び、その喜びが本当に「わたしのもの」なら、その喜びの感情を「わたし」は自由にできるはずですね。でも、そういう感情は勝手に生まれ、勝手に消えてしまう。そんな「わたし」とはなんでしょう?
深いレベルでは「わたし」というものは意味を持たなくなります。自我は溶解され、そこにはただ「喜び」だけがあります。「わたし」はもう問題にはなりません。瞑想を続けていくと、やがて自我の溶解を体験するときがきます。
(…)
Q――自分の行動をコントロールすると言われますが、それは抑圧ではないでしょうか?

A――それは違います。どんなことが起きても、それをそのまま客観的に観察する訓練をしているのです。たとえば腹が立ったとき、その腹立ちを隠したり、こらえたりすれば、たしかにそれは抑圧になるでしょう。そうではなく、その腹立ちをじっと観察していると、それはやがて自然に消えてゆきます。怒りという感情を客観的に観察することができるようになれば、怒りから解放されてゆくのです。

(…)
Q――麻薬の力を借りて、超意識や超現実を体験することについてどう思われますか?

A――麻薬の力で何かを体験することはそれに依存することです
一方ダンマは自分が自分の主となることを教えます。いつでも望むときに自分の意思で真理を体験することができるのです。
麻薬を使うと心の平静さが失われ、自分を害します。ダンマの修行によって真理を体験するとき、心は平静になり、だれも害されることなどありません。

(…)

・呼吸に気づく訓練をする。呼吸に意識を固定する。
心がさまよっても、にっこり笑って、あせらず、根気よく、力まず、落ち込まず、何度も何度も心を呼吸に引き戻す


・アーナーパーナ=呼吸。
アーナーパーナ・サティ=呼吸の気づき。

・アーナーパーナで呼吸に意識を置くとき、おなかでなく鼻孔の下に意識を置くのは、おなかでは意識を置く範囲が広すぎるから。
意識を置く範囲を狭くすれば、それだけ集中力は高まるので、鼻孔が最適


・ヴィパッサナー=総合的に心を浄化する自己凝視、自己洞察。
とくに心とからだの無常という性質を見抜く洞察。

ヴィパッサナー・バーヴァナー
=からだの感覚を観察して真理を見抜く瞑想法を修行し、段階的に自己観察の力を高めていくこと。

ヴィパッサナー瞑想では自然なからだの感覚を観察する。順序良くからだに意識をめぐらせてゆく。
とくべつな感覚を追いかけたり、避けたりしてはいけない。
ただひたすらからだの感覚を冷静に観察し、どのような感覚があらわれようとそれに意識を置く。
変わった感覚を探し求めるのではなく、ふつうのからだの感覚を淡々と観察していく。
感覚の原因をさぐる必要はない。
重要なのは意識の焦点を合わせたところにある感覚に気づくこと。
何度も全身に意識をめぐらせ、かすかな弱い感覚も感じ取る。
感覚のにぶいところを飛び越してはいけない。
ある感覚を避けようとしてはいけない


・ヴィパッサナー瞑想の最大の目標は、いかにして反応しないでいるか、いかにして新しいサンカーラ(盲目的な心の反応)をつくらないか、を学ぶことである。
盲目的な心の反応の結果もサンカーラと呼ぶ。

Q――自分がつくり出した感覚ではないということはどうしてわかるのですか?

A――それはテストをすればわかります。
ほんとうの感覚かどうかあやしいと思ったら、二つ三つ命令を出して、自分に暗示をかけてみるのです。
命令にしたがって感覚が変化するようならば、その感覚はほんものとはいえません。
けれども自分で感覚をコントロールできない、感覚が自分の命令にしたがわないときは、その感覚はほんものです。
疑いを捨てて、受け入れてください。


・人生のパターンを、後ろ向きの「反動」から、前向きな「行動」に変えていくのです。

・たとえば、ある人がなにかをしようとしたとき、べつの人が邪魔をしたとしよう。
邪魔された人は、邪魔した人をひどい奴だと思い、嫌悪する。
その思いは邪魔した人の性格を考慮したものではない。
たまたま自分の邪魔をしたというだけで、いやな奴だと思い込んでしまうのである。
それが無意識の奥底にしっかり刷り込まれる。
そして邪魔された人に会うたび、潜在意識にその思いが浮かびあがり、不快な感覚を抱く。
すると、また新たに嫌悪感が生じ、それが邪魔した人のいやなイメージをいっそう強めていく。
二人が二十年ぶりに再会したとしよう。
はるかむかしのことなのに、邪魔された人は邪魔した人に会ったとたん、ひどい奴だ、いやな奴だと思う。
かつて自分の邪魔をした人の性格は二十年のあいだに一変しているかもしれない。
だが、邪魔された人は過去のいやな体験を思い出して相手を見てしまう。
それも邪魔した当人に対して反応するのではなく、最初の盲目的な反応によってつくられたイメージに対して反応してしまうのだ。
それは偏見の塊である。
これは、自分に協力してくれた人をいい人だと思うことにもあてはまる。
その思いは協力した人の性格を考慮したものではなく、たまたま協力してくれただけ。
良い印象は無意識の領域に記録され、協力してくれた人に会うたびにイメージが強化される。
何年もたってから再開してもやはり同じパターンが繰り返される。
協力してくれた当人に反応せずに、最初の盲目的な反応によってつくられたイメージに対して反応してしまう。
ヴィパッサナー瞑想によって、反応のくせ、つまり古い条件づけを取り除く。
感覚器官のいずれかに接触があるとき、いかなる評価も偏見もあってはならない。
偏見をもって価値判断をはじめると、前につくった盲目的な反応の影響をうけ、ものごとを歪めて見てしまう。
心を条件付けから解き放つためには、過去の反応でもって評価することをやめ、ただただ気づいていることである。

(人はX自体に対してではなく、X「に対するイメージ」に対して反応する、ということはきわめて重要です。
Xの今の状態を観察により、潜在意識と記憶が形成する誤ったイメージという苦しみの原因を克服しましょう!
過去の嫌悪を再現する潜在意識を改善しないと、対症療法にしかなりません)


・Q――精神分析とヴィパッサナー瞑想を比較するとどうですか?
A――精神分析では、強いショックとなって心の条件づけをしたような過去の出来事を思い出させるのですね。
ヴィパッサナーでは瞑想者がみずから自分の心の深層、 心の条件づけが実際に生じるところにまで至るのです。
精神分析によって思い出すような過去の出来事はからだの中になんらかの感覚を刻みこんでいます。
全身の感覚を平静な心で観察してゆけば、何層にも積み重なった無数の条件づけが一枚一枚はがされては浮かび上がり、つぎつぎに消えてゆきます。
ヴィパッサナーは心の条件づけの根元にはたらきかけるので、はやく容易に自己を解放することができるのです。

・ヨガにヴィパッサナーを取り入れても構いません。
たとえばポーズを取って、同時に全身の感覚を感じるのです。
ヨガだけをやるよりもずっと効果が上がります。
ただし、マントラやイメージを使ったヨガの瞑想法はヴィパッサナーと相いれないものです。
そういうものとヴィパッサナーを一緒にしてしまってはなりません。

“ 実際に瞑想をしてみると、呼吸に意識を置くことがいかにむずかしいかわかる。できるだけ長いあいだ呼吸に意識を置こうと思っても、どういうわけか知らないうちに心はどこかに行ってしまう。ちょうど、酔っぱらいがまっすぐ歩こうとしても千鳥足になってしまうのと同じである。じつのところ、わたしたちは無知と幻想の酔っぱらいなのである。過去や未来をさまよい、渇望や嫌悪に振りまわされ、いつも千鳥足で歩いている。しゃきっと目をさまして一直線の道を歩くことができない。
 瞑想をして困難にぶつかっても、落ち込んだり、弱気になってはいけない。長年かかってしみついた心のくせだ。それを取るには時間がかかる。そう考えたらいい。くりかえし、休みなく、根気よく、ひたすら瞑想するしかないのである。心がさまよっているのに気づいたらすぐ呼吸に意識を引きもどす、ただそれだけでいい。それができれば、心の放浪癖をなおす貴重な一歩を踏み出したことになる。何度も何度も瞑想をしているうちに、雑念がわいてもすばやく呼吸に意識をもどすことができるようになる。呼吸を忘れている時間が少しずつ短くなり、呼吸に気づいている時間、サマーディが長くなる。
 精神集中が深まると、力みがなくなり、幸せな気分になり、エネルギーが満ちあふれる感じがする。呼吸は徐々にやわらかく規則的になり、軽く、浅くなる。ときには、呼吸がほとんど止まったような状態になる。事実、心が静まるとからだも落ち着き、代謝作用が低下し、酸素もあまり必要でなくなる。
 この段階に入ると、瞑想中、奇妙な体験をすることがある。たとえば、目をつぶっているのに光や幻覚が見えたり、妙な音が聞こえたりする。このような、いわゆるESP(超常感覚)の体験は、精神集中がかなり深いレベルに到達したことを示しているにすぎない。そういう体験はあまり重要でない。とりたてて騒ぐことではない。依然として気づきの対象は呼吸であり、それ以外のものはすべて雑念である。けっして超常感覚が起こることを期待してはならない。それは起こることもあるし、起こらないこともある。超常感覚というのは瞑想のすすみぐあいを示す一里塚のようなもので、一種の標識にすぎない。旅をしていれば標識がかくれていて見えないこともある。夢中で歩いていて気がつかないこともある。その標識を最終ゴールだと思い込んでしまったら、それ以上前進できない。とにかく超常感覚の体験などは掃いて捨てるほどある。ダンマの修行者はそんなものを求めているのではない。自己の本質を見きわめ、苦からの自由を勝ち取ろうというのである。
 そんなわけで、ただひたすら呼吸に注意を向けてゆく。精神集中が深まるにつれ、呼吸は弱くなり、観察しにくくなる。かすかな呼吸に気づくには、そうとう努力しなければならない。いっそう心をとぎすまして集中力を高め、表層の現実をつらぬいて深層の微細な現実を観察してゆくのである。
 精神集中を深める方法はたくさんある。一つの言葉をくりかえし唱えて精神を集中するとか、なにかのイメージを凝視するとか、あるいは、同じ動作を何度も何度もくりかえすとか、いろいろだ。そういうことをやって注意を向けた対象にのめり込むと、やがて一種のトランス状態に入り、至福を味わうことができる。しかし、トランス状態のあいだは快感が持続しても、ふつうの生活にもどると、あいもかわらず同じ問題に悩まされる
。そうした精神集中の技法を使っても、いちおう心の表面にやすらぎと喜びのうすい膜のようなものができる。ただし、深層の心の条件づけにまで影響をおよぼすことはできない。精神集中の対象として選ばれるものも、本人が体験しているはずの一瞬一瞬の現実とは関係ないものばかりである。だから、それによって得られる快感もちょうど壁の上塗りのようなもので、いかにも作為的な感じがする。心が浄化されたときに奥底から自然にわき上がる至福とはずいぶん隔たりがあるようだ。正しいサマーディは、心の陶酔ではない。つくりものでもないし、幻想でもない。
 ブッダの教えのなかにも、トランス状態(ジャーナ)を体験する話がある。ブッダ自身、究極のさとりを開くまえに八つの没我の境地を学んでおり、生涯その修行をつづけたという。しかし、トランス状態を体験すれば解脱できるというわけではない。没我の体験は洞察の修行への足がかりにすぎない、とブッダは強調する。瞑想によって集中力をつけるのは、至福と快感を体験するためではない。心を鍛え、それを道具にして自己の現実を見抜き、苦の原因である心のくせを取り除くためなのだ。それが正しい精神集中である。”
p.106-108

深く集中して瞑想できれば誰にでも起こる自然現象なので、調子に乗ったり、選民思想に囚われて執着してはいけません。それを防ぐ装置の一つが、「戒律を誓わせること」です。
そもそも瞑想の目的は「心を制御できるようにして平静なままでいられるようにする」ことなので、このような神秘体験は邪魔=禅仏教における魔境です。あくまで、「ここまで深く自分は集中して瞑想できた」というサインだととらえましょう。

誰にでも起こることをわざと隠して、「あなたは選ばれた」とか「教祖の神通力のおかげ」とか
言って依存体質の信者を量産するのがカルトの手口ですので注意してください。
オウムはモロにこの手口を使っていました。

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-110.html
ヤハウェ(エジプト系の雷神)が奈良の大仏(アーリア系の太陽神仏)なわけねーだろ!  
真言宗が景教(人の神格化禁止)なわけねーだろ!                     
ヨガ、呼吸法、瞑想法でリラックス!
『呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと』・『ヨガ呼吸・瞑想百科』・ 『ハタヨガの真髄』・『禅の本』・『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門』


『禅の本』。禅はスピリチュアルの中核を否定。
神秘体験は魔境=執着してはならない悪。
スピリチュアルは野狐禅を量産する危険物なので取り扱い注意!

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-109.html
““ 坐禅がもっと進むと、今度はいよいよ魔力に支配された境地に入っていく。それを「魔境」という。魔境にはいろいろあり、『楞厳経』(りょうごんきょう)という経典によると、実に50種の魔境があるといわれている。また釈迦仏陀でさえも成道の直前に魔境に悩まされたことは、よく知られている。
これは釈迦が悪魔マーラを呼びだして、本当の悟り、(菩提)を得るための最後の戦いをする、というものである。マーラは世にも恐ろしい兵器で攻撃をしかけてくるが、釈迦はそれを花に変えてしまう。マーラは次に自分の娘たちに命じて、釈迦を誘惑させるが、釈迦は受け流す。
マーラは最終兵器で最後の攻撃をしかけてくる。しかし釈迦は、ついにそれらすべてが水面に映る月影のように、幻覚・妄想にすぎない、と知る。このマーラ物語が、魔境の原型であり、魔境の本質を示しているようである。
魔境という文字の形からは、なにか恐ろしい感じを受けることだろう。確かに、『源氏物語』の生霊とか『今昔物語』や『雨月物語』に出てくるようなすさまじい魔境もある。しかし多くはそうではない。かえって、これぞ悟りの境地ではないか、というようなものが少なくないのである。
たとえば、心の中にとんでもない妄想や屁理屈が出てきて、自分は天才だと密かにうぬぼれる。目の前に神や仏や宇宙人が現れて、自分だけが選ばれたと救世主気分におぼれる。宇宙霊と合体して天にも昇る素晴らしい心地がしたと感激する、などさまざまだ。
だがくれぐれも、そんなものにとらわれたりこだわってはならないと、禅ではいましめている。前章で書いた澤木興道のように「その内容は受け流すだけ」、つまり相手にせず軽くかわすだけのこと
なのである。
もっとも、どんな境地が魔境でないかは、なかなかわかりにくいようである。たとえば禅の心理学で世界的に知られる、ある高名な学者の例がある。
「なにもかもが新鮮にみえる。道端に何気なく生えている雑草さえ、この世のものでない美しさに輝いて目に映る。見性体験を得たとき、私はこれこそ禅の心だ、と思った。」
と彼は専門誌に発表した。やがてLSDという、ライ麦の麦角(ばっかく)から製造した強力な幻覚剤の服用体験の論文を読み、彼は、これぞ禅の悟りそのものであると説いたのである。
このためアメリカの西海岸では「LSD、5ドルで天国」とばかりにインスタント禅というものがはやり、ヒッピーたちは先をあらそって服用した。しかしその結果は無残にも、つかの間の悟りの後はぐったりとしたボケ症状におちこむばかりであった。つまりこれは魔境でしかないことが、事実をもって証明されてしまったのである。“『禅の本』p.147-148
(…)
禅では超常現象のような奇跡を認めない。もし奇跡があるならば、なにげない、あたりまえの自然の働きこそ、本当の奇跡であるとする。

・禅宗の修行では、一般の人々が喜びそうな奇跡的現象は、大悟の妨げとして厳しく排除される。
禅の目的は大悟することであり、超能力、いわゆる神通力を得ることは目的ではない。
だが、禅の修行している過程で不思議な現象が生じることが往々にしてある。

・禅に限らず、仏教では疑団(ぎだん。疑問)というものを非常に重視する

自分とは何か、人生とは何か、道とは何かなどという大疑団を起こし、その疑団を打破することが悟りに通じると考え、とにかくどうであれ疑団を起こせと教える。
禅の公案は疑団を課題として与えること。
だが、公案禅は、真摯な求道から離れて一種の知的ゲームに堕するという悪弊があった。
(…)
・曹洞宗大本山の永平寺は、すべての建物が回廊で連結されており、法堂は頭、仏殿は腹部、山門は股など人体のそれぞれのパーツに密接に照応して設置されている。行住坐臥のいっさいが厳格綿密な修行であることを悟らせるような禅的な宇宙観に基づく。
「永平」とは中国に仏教が初めて伝来した年の年号。

(フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年11月12日10:51 - 11:47
ねここねこさんの工事中の 禅仏教の記事読んでるけど、 永平寺システムに一個だけヒント。
「永平寺修行記」では便所での ケツの拭き方とか、食事の細かい
作法とか、寝るときに仏陀みたいな 態勢になる様に布団でグルグル
巻いて簀巻き状態にしたりする……

これは現代の工場で作業の 手順がこと細く決まってるのと 同じ思想なのね。
目的は「ヒューマン・エラー」 の撲滅。
なんでこういう思想が生まれた のかというと、
禅仏教では、理想の生き方ってのが ブッダの生き方なわけ。

ところが人間ってのはブッダの 生き方が中々出来ないわけよ。
そもそもブッダの生き方自体が 分からない。
だったら、人間の取る全ての 行動を寺側が管理して、
強制 させれば、全員ブッダの行動を
取るわけだから理想の社会に ならね?
って考えが永平寺の 仕組

で、これを娑婆の世界で実現
したのがトヨタ生産方式みたいな
工場の仕組なわけ。

ところが工場で働いてみれば
分かると思うけど、アレが
どうしても「理想社会」じゃない
って事に人間は本能的に気付く
わけよ。
でも工場側はこれはブッダの 生き方をトレースしてるんだから
これ以上の理想社会は無いんだから 黙って続けろ!
と言うわけだ。
曹洞宗の凄いところは実は
ここで止まらないで、実は このネタの続きを用意して ある所なんだ。

「永平寺修行記」を良く読めば
分かるんだけど、作法の合間に
ちょくちょく坐禅の時間が
あるのよね。
所謂、曹洞宗の「只管打坐」って
やつの実践ね。

「永平寺修行記」の著者が
ここで重要な所を漏らすん
だけど、
この「座っている時だけが天国だ」 という表現を著書の中でしてるんだ。
トヨタの工場で言うと「五分間の 小休憩」の時間みたいなもんだ。
ブッダの行動を全てトレースして 生きているはずなのに、
本当の 幸せは「坐禅」してる時だけって
不思議だろ?w

ここが曹洞宗のスゴイ所なのよ。

つまり「本当の悟りはブッダの
行動をトレースした強制された
ロールプレイには無い」
と言い切るわけだw

本当に重要なのはブッダの
ロールプレイに疲れて
ただ座り始めた時の
「なにもしてない状態」
これが悟りだ!

トヨタの工場の例に置き換えると 工場で真の利益を挙げているのは
「作業者が作業している 時間じゃない」
工場で一番重要で本質的なのは
「休憩を取っている時間」

と曹洞宗の坊さん達は言い切った わけだ!w

この「なにもしない状態」、
ただ座って、休憩してる時間こそが 悟りであり、人類の理想だって 説いてるわけよ。
あの厳しい修行はそこに気付かせる ための念入りに組まれたカリキュラム
なのね。
まぁ、流石はインテリの坊主 の考えた仕組だわ。

問題はトヨタも、東大のMBAも、
ジョブズも、Googleも、 この「禅の本質」に気付いたか どうか。
まぁ、第一目的が利潤追求や ドラッカーのいう需要の創造 じゃ気付かんだろうw

あくまで只管打坐の曹洞宗の 話しよ?
公案ベースの臨済宗はまた 別の話しよ?
pic.twitter.com/8ulmJZvPLG
(野々村 馨 『食う寝る坐る永平寺修行記 (新潮文庫)』)

また、ミソは「ブッダの ロールプレイ」の否定が
間接的に空海が持ってきた、
天台宗が後に重視した
密教の批判になってる所ねw
ここが重要なポイントよ?w

この永平寺の修行の仕組は
よ〜く観察すると、釈迦が バラモン仙人の下で苦行されて
参った後、菩提樹の下でただ
座って悟ったエピソードと リンクしている
所も キーポイントよ?w 以上
(…)

『禅の本』
坐禅の仕方
・結跏趺坐(足の裏を天に向けて両足を組んで坐る。結跏=足を組む。趺=足の裏)で座る。
①座蒲(ざふ。なければ座蒲団の上にさらに二つ折りした座蒲団)を置き、その上に浅く腰を下ろす。
②右足を左のものの上に乗せ、かかとが下腹につくくらいまで、なるべくつけ根のほうまで引き寄せる。
③左足も同じように右のももの上に乗せる。
両膝と尾骶骨で、床の上に三角形ができる。このとき膝が床から離れてはいけない。
足が痛くて結跏趺坐ができない人は、左足だけをももの上に乗せる半跏趺坐を用いてもよい。
それも辛い人は普通に正坐して行ってもよい。
・目は自然におとす。閉じると眠気を催したり、妄想に陥りやすくなる。
・手は法界定印(ほっかいじょういん)を組む。
右の掌を上向きにして、組んだ足の上に置く。
その上に左の掌を同じように上向きにして重ね、親指の先を合わせて卵形の輪を作り、その手はへその下あたりに置く。
両方の親指をかすかに合わせる。離れても押しつけてもいけない。
・体の位置は真中心におく。時計の振子のように上体をまず大きく左右にふって自然に止まった位置、次に前後にふって上体がまっすぐ安定した位置。
・頭は顎を引き、左右に傾かないようにする。視線は1m先くらいに自然におとす。
・口は軽くむすび、舌先を上あごの歯のつけ根に軽く当てる。
・肩は力を抜き、水平にする。
・背中はまっすぐ伸ばす。腰は後ろにぐっと引く。腹は少し前につきだし、鼻と一直線になるようにする。
・呼吸は自然と鼻からの呼吸にまかせ、息は長すぎも短すぎもしないようにする。息はまず吐き出してから吸う。下腹の底から吐く心地で息をすると、下腹はへこむというよりも充実感がある。すると自然に鼻から吸うことができる。”

『完全教祖マニュアル』で騙す側の視点を獲得しましょう。
(◞≼◎≽◟)☝本当は教えたくないのですが、選ばれたあなただけに特別に今だけ、教祖として成功する秘訣をお教えします!
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-106.html
“・(わざと困らせて)救済を与えよう(自作自演)
そして救世主になろう!

救済の与え方の分かりやすい例として、浄土真宗系の新興宗教から発展した「内観療法」という精神療法をご紹介。
内観療法では、まず、相手に対してセラピストが
「あなたが(お母さん、お父さん、兄弟姉妹、上司など)に
①してもらったこと、
②して返したこと、
③迷惑をかけたことを調べて下さい」
などと過去の記憶を思い出すよう促します。
そして、真面目に思い返してみると、してあげたことよりもしてもらったことの方がはるかに多いわけですよ大抵は。
なんとも申し訳ない気分になってきます。そう、不安を与えているのです。ほら、こんな困ったことになっているぞってね。
これを続けているうちに、対象者の心情にある変化が生じます。
「自分はなんて駄目駄目な奴なんだ」
という思いから、
こんな駄目駄目な自分でもみんなに助けられてちゃんと暮らしていけるって幸せだなあ
という考えへとチェンジしていくのです。
この変化が生じれば内観療法は成功です。
周囲に感謝できる新たな価値観を手に入れたのです。この瞬間、不安は救済に変わるのです。
内観療法は、アルコール依存症や神経症、家庭内暴力や犯罪者の再犯防止などに効果があると言われています。
なお、内観療法は宗教的要素を抜いていますから
「みんなに助けられてちゃんと暮らしていけるって幸せだなあ」
という形に最終的に落ち着きます。
が、この元になった「身調べ」は浄土真宗系の修行ですから、
「こんな悪人の自分でも阿弥陀仏は救ってくれるんだ。今までよりももっと信仰するぞ」
と最終的にその宗教が正しいと言う確信を強めるようにする(より抜けられなくなる)わけです。”

斎藤保高『チベット密教 修行の設計図』・『チベットの般若心経』で本物のチベット思想を学び、スピリチュアル(インド風キリスト教系カルト)儲を撃退しましょう!
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-108.html
”・「六座グルヨーガ」では、まず眼前の虚空に自分のラマをツォンカパ大師、またはお釈迦様の姿で顕現させ、その周囲にさまざまな聖者や本尊や菩薩などが集まっている様子をイメージし、それらを対象に帰依の祈りなどを捧げる。
そして、生きとし生けるものすべての幸せを願い、そのために自分自身が仏陀の境地を得よう……と誓願を立てる。そのうえで、自分の前に顕現したラマや聖者たちから「菩薩戒」を授かった……と自覚する。これは実際に灌頂などでラマから菩薩戒を授かったことの、いわば追体験。
続いて、仏性を想起する。
自分はすでに志も立てたし、それに基づいて菩薩戒も受け、その結果これまで眠っていた仏性が今こそ目覚めたのだ……と強く思念し、「将来必ず仏陀になる」という決意を新たにする。
心の空性を瞑想しながら、眼前に展開していたラマたちの集まりを自分自身へ修練し、それによって自分の諸々の煩悩が浄化された……と思念する。
ここまでが「六座グルヨーガ」の準備段階の瞑想。
こうして空性を瞑想している状態から、眼前の虚空に蓮華・月・太陽を重ねた宝座をイメージし、その上に自分のラマを持金剛仏父母尊の姿で顕現させる。
本尊の姿などを、視覚の識で見ようとしてはいけない。
意識で思い描いて把握しないといけない。
目の前の仏像を見るのと同じように、瞑想すべきものを目で見ようとしたのでは、正しい瞑想にならない。
瞑想のときに目を完全に閉じてはならない。
瞑想すべき本尊の姿を目で見ようとしていると、実際に目の前に見えている別の風景が気になり、つい目を閉じてしまう。
しかし、意識で思い描いて把握することに集中できれば、実際に目の前に広がっている風景などは全然気にならなくなる。
意識とは五感に頼らず、心そのものに依存して認識することである。
意識にも概念的思考と直感的認識の二種類がある。
瞑想の最初の段階では、概念的思考を交えながら、「身体の色は青で、手に金剛杵と鈴を持って、胸の前で交差し……」という具合に思い描いていきます。
しかし、瞑想を何度も反復して習熟度が増せば次第に概念的思考を減らしても、直感的に認識できるようになります。
最終的には一瞬で本尊の姿を明確に顕現させ、全体像も細かい部分も直感的に把握できるようになる。

“「視覚ではなく意識で、しかも次第に直感的に……」
というのが、第一のポイントです。
第二のポイントは、「向こうから現われるのではなく、こちらから向こうへ置く」ということです。瞑想の中で、「自分の意思とは関係なく、本尊などが向こうから突然出現した」というような神秘体験は――何らかの印や徴候と認められるケースも稀にあるでしょうが――多くの場合、修行者の妄執が生み出した幻覚にすぎません。それゆえ、実践の正しい拠りどころとして、ほとんど信頼できません。また、実際にそうした幻覚が現われなくても、あたかもそうであるかのごとく瞑想することは、間違った方向へ心を慣らすばかりなので、いくら実践しても望ましい成果を期待できません。そうした突然の神秘体験に執着せず、あらかじめ自分の意思で「こういうふうに瞑想しよう」と計画を立て、それに従って意識の力で本尊の姿を認識対象として確立し、それを繰り返し瞑想して習熟することが肝要です。
では、信頼できない神秘体験と正しい瞑想の成果を区別する基準は何かといえば、「その瞑想に十分習熟したとき、いつでも意のままに同じ内容を再現できるか否か」
という点です。もちろん最初からは無理ですが、本当に瞑想に熟達した密教行者なら、複雑な曼荼羅を――どんな大きさにでも――瞬時に再現できるといいます。「こちらから向こうへ置く」という感覚で瞑想するからこそ、習熟すれば自在に再現可能となるのです。”p.92-93

(野狐禅も野狐瞑想も駄目ってことです。スピ信者が薬物でヒャッハーでハイな状態になる瞑想や禅をしたり賛美したりするけど、彼らが歩んでいるのは邪道で危険な道です。単なる狂人になってしまいかねませんからね。単に気がヘンになっただけです。
そもそも仏教は心の平安を目指しているのに、ヤクでハイになったら駄目でしょ。
やっぱりスピ信者は、キリスト教によって改悪されてしまう前の真のインド思想なんて勉強しないんでしょうね。
偽物を崇めて「覚醒した!」って笑えませんな。
「別の価値観に洗脳された! 勘違いして選民思想を持った!」の間違いでしょ。
『魔法入門』でも別人格を出現させたりするときは絶対に意識的に自覚的に行なわないといけない、と何度も注意しております。でないと廃人になってしまったり、別人格に乗っ取られてしまいますからね。
修行方法が書かれていても、ちゃんと危険性と注意点を明記しないものは避けましょう。精神病院で精神病が治らないことは本ブログ読者ならよくご存じでしょう。

ちなみに、『魔法入門』に書かれていることの元ネタの多くはインドのヨガと密教でしょうね)

第三のポイントは、本尊の身体の質感。
仏像や仏画を見て参考にしながら本尊の身体を意識で思い描いていくが、鍍金の立体や紙の平面のごとくイメージしてしまいがち。しかし、実際の本尊の身体は、微細な風(ルン)を集めて成立したものであり、そのエネルギーが光となって顕現している。
それゆえ、瞑想の対象の本尊も、光でできた身体として思い描くことが大切。
けれどもぼんやりした不明瞭なものではいけない。目の前に本当に座っているように、手を伸ばせば触れられるように、きわめてリアルに、明確に顕現させる必要がある。しかもそれを認識しているのは視覚や触覚ではなく、あくまで意識である。

眼前の虚空に、自分のラマを持金剛仏父母尊の姿で顕現させた。
そのように瞑想した本尊などのことを密教用語で「三昧耶尊」という。
この三昧耶尊と同じ姿の「智尊」というものをお招きし、手に印を結んで真言をとなえながら、三昧耶尊と一体化させる。
ラマと本尊を完全に一心同体として瞑想することが最も重要な秘訣。
眼前にラマを持金剛仏父母尊の姿で瞑想し、智尊と一体化させたら、祈願や供養を捧げる。それを繰り返して善なる意思の力が十分に蓄積されたとき、ラマである持金剛仏が自分の頭頂へ降りてきて、自分と完全に一体化する……と観想する。このとき必ず空性を瞑想しなければならない
まず頭頂へ降りてきた持金剛仏を対象とし、その実体性を追求することに心を集中させる。そうすると実体性を何一つ見出せないので、ついには虚空のごとき感覚になる。
同様に自分自身の実体性を追求すれば、やはり何一つ見出せないので、これも虚空のごとき感覚
になる。そのとき、虚空と虚空は無差別であると強く念じ、虚空のごとき空性というあり方において、持金剛仏と自分の一体のものとして瞑想する。
また、そのように瞑想している心自体も、やはり空であるゆえに一体となり、そうした体験がこれこそが「倶生の大楽」(くしょうのたいらく)にほかならず、これこそ本尊の法身である……と強く思う。
この状態から、ラマの導きの力、そして前もって蓄積された善なる意思の力により、自分の法身から色身の状態へ立ちあげる。
このときの自分の色身の姿は、前にラマを持金剛仏父母尊として瞑想したのとまったく同じ。
こうしてラマの助けを借りながら、私が持金剛仏であるという自覚を得られるようにしていくのが、六座グルヨーガの特色といえる。
現実の自分のあり方を顧みて、菩薩戒と三昧耶戒を守った生活ができているかどうかチェックする必要があります。戒律に反する行ないは、なるべく早めにそれを自覚し、懺悔の瞑想で浄化することが肝要。

本尊と一体化する修行は選民思想を生むので、それを防ぐ為に禁欲と自省と道徳を養うことが修行で必須とされます。
欧米の支配層はインド思想を取り入れる癖に、我欲を抑えないからあんな滅茶苦茶をやるわけです。支配層が禁欲しない✝カースト制度✝なんて最悪です。

本尊を理想の自分におきかえたらまんまイメージトレーニング。
理想の自分を召喚して自分に憑依させる密教的魔術を現代ではイメージトレーニングといいます。「降りてきた」ではなく、意志の力で「降ろす」術
)”

御嶽山、浅間山、富士山関連の団体の動向をウォッチして下さい情報求む 
大本教系も御嶽山とゆかりあり。
『密教の本』『真言密教の本』。
明治まで実在しなかった金剛峯寺。青厳寺。興山寺。
後醍醐天皇の南朝正統宗教は真言立川流=セックスカルト。醍醐寺はカルトメーカー。のりぴーの真如苑。卍教団(ナチスと紅卍字会=大本教系ですか)。皇室と関係ありの解脱会。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-39.html
“密教も神道もお札が道教チック。
その一つの「在」の印(日輪)は、両手の親指同士と、人差し指同士を合わせて三角形を作るメーソンが喜びそうなもの。

密教の印(ムドラー)の画像が大量にあるところ↓
真言密教入門コーナー
http://www1.plala.or.jp/eiji/sub6.htm
(…)
・阿字観(あじかん)
とは瞑想により「世界と自分はひとつである」ことを実感する技術・訓練。
阿字を観想し、阿字の中に我あり、我の中に阿字あり、といった様々な観点から阿字を対象に瞑想を行う修行。
阿字=アヌゥトゥーパーダは本不生(ほんぷしょう)の意味を持つ梵字。本不生とは本来的に「生まれていないもの」であり、また「生み出されたもの」でもない「生まれなきもの」である。つまり、他の何かから生み出されたものではなく、また自己によって生み出されたものでもない、時間も空間も超越した存在である「人知を超越したもの」を表す。
ゆえに、人間の知性と理解を遙かに超えた、仏の本不生の特質を表し、あらゆる仏の本性を表す。このため、阿字はあらゆる梵字を代行することができ、別種字とも呼ばれる(種字とは仏を表す梵字)。
阿字観は梵字である阿字に意識を様々な方法で集中し、三昧の境地(ヨガで言うサマディ)に達する技法。

阿字観本尊の画像↓
http://www.tokuzouin.com/tokuzouin/ajikan.html
阿字の書き方↓
密教瞑想法「阿字観」
http://bb1307.blog86.fc2.com/blog-entry-596.html

①坐ったときの目の高さを考えて、阿字本尊を壁に掛けるか、専用の台座に置く。
②修行者はそこから約一歩ほど離れた場所に結跏趺坐にて坐る。
呼吸は浅くなく、深くなく、何より大切なのは意識して、宇宙に満ちた力を吸いこみ、体内の汚れを押しだすがごとくに、そして息が苦しくならないよう大事に呼吸する。呼吸が落ち付いたのなら、それを維持しながら瞑想に入る。
第一の修行は月輪観(がちりんかん)である。
月輪を心にとめおき、目を閉じていても見えるかのごとくになるまで意識を集中する。

第一修行が上手くいったら
第二段階の広観(こうかん)へ移る。
広観は目を閉じても見えるかのように強く意識を集中させた月輪を自分の心の中に引き寄せる。更に精神中に引き寄せた月輪を、立体の白い淡い光を放つ球体に変化させ、この球体をどんどん大きくしてゆく。まず自身の身体の大きさに、そして家、街、国、地球、宇宙全体を覆う球体になるように広げていく。意識を限界まで広げるのである。

第三段階は、斂観(れんかん)。
斂観では、広観により極限まで拡大した月輪を少しの間維持し、安定した状態で維持させつつ、月輪を徐々に、段階を踏んで少しずつゆっくり小さくしていく。月輪が最初の大きさに戻ったならそれをゆっくりと阿字観本尊に戻してゆく。

月輪観により、阿字観の基本である我と他者との一体感を感じる第一歩を踏み出した。
次は阿字の性質をあれこれと観想し、阿字の本質と我を近づけてゆく。
自分自身の煩悩もまた菩薩の境地であるとする、煩悩即菩提を一歩前進させ、我と仏と宇宙の本質である「本不生」が同じ一つである、我即法界(がそくほっかい)、世界と自分は一つであると実感するまでに至るのである。これが阿字観の目的である。
阿字は根本仏である大日如来の象徴である。
更に阿字観を一歩進め、水平線より昇り来る巨大な日輪とその中に現われたる阿字を観じ、その阿字が無限の光を我々に与えているのを観ずる、阿字観本尊なしの阿字観もある。
阿字を変化させて、虚空蔵菩薩の梵字(種字)であるオン、阿弥陀如来の梵字であるキリークなど他の梵字に変化させていく応用法もある。
(目的に応じて仏を自身に憑依させて能力を高める方法がありますね。やっている人は間違いなくいます。憑依させるものを理想の動きをする自分にしたのがアスリートのイメージトレーニング)

密教と修験道 参考文献
http://www.cnet-ga.ne.jp/kenta/mitsu/sankou.html”


『道教の本―不老不死をめざす仙道呪術の世界 』と主に道教系魔術の資料。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-63.html
” ※画像は引用しませんのであしからず。画像は引用元をご覧ください。


”命門(めいもん)
命門とは、督脈にあるツボ。位置は、へその真後ろ、真裏。
第二腰椎の棘突起(きょくとっき)と第三腰椎の棘突起の間にあるツボで、
肋骨のいちばん下と同じ高さの背骨の突起の下
にある。
停滞しがちな気血の流れを整え、体力・気力共に増強させる。
命門は、生命の根源、先天の気が宿る場所、命に力をつけると言われ、
気功でも重要なツボ。立禅を行う際は、この命門を開くように、
骨盤を締めて立つのがコツ。すると、下丹田に気が集まりやすい。”
http://kikou.info/page/cat10/320.php



中国道教の本物のスワイショウのやり方
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-549.html
”スワイショウはれっきとした気功=チーゴンである

つまりどういうことかというと

呼吸法が重要なのだ

ただ腕をブラブラさせるだけの動作じゃない

日本ではここが勘違いされているケースが非常に多い。
腕をブラブラ振ることによって微振動が体に良いだとか、
血行を促進するだとか、邪気を飛ばすだとか、肩が
リラックスできて気持ち〜〜
だとかのような気持ちの悪い解釈まである。

これらは全部デタラメ

伝統的な中国道教(道家思想)から言ったらだが。

では、正しい”スワイショウ”とは何か?

元々、このスワイショウ、陽の臓器(大腸等)をマッサージ
するための気功法だ。
腕を振ることよりも腹式呼吸でお腹をポコポコ前後運動
させることに意味がある

まるでエイリアンの幼虫が入っているかのようにお腹を
ポコポコさせることにより中の内蔵に刺激を与えているわけである。

正しいやり方を図にしたので参照頂きたい。
(絵が下手で申し訳ないが......)



腕をに振る時に鼻から息をって、下丹田をらませていく。
く時に腕をろに振ってお腹をへこませる。この時、お腹の
前面が腰の”命門”というツボに触れる様な感覚を意識
してやる
ことが重要だ。

そして、重要なのが呼吸する時の舌の位置

上の前歯の付け根に舌の先っぽを付けないといけない
このポイントは五行でいう”火”の位置を表している。

何故、舌を上顎にくっつけるのかというと、中国の人体の気功ルート
というのは下丹田から始まって背骨に沿いながら頭のてっぺんの百絵を目指し
体の全面の方を下りながらまた下丹田に戻っていく様になっている。
いわゆる仙道で言う”小周天”
というやつだ。

ところがこのルート、口の中で切れてしまっているのだ!

だから舌で上顎から下顎に掛けて”橋渡し”をしてやる必要
があるのだ。

この方法でスワイショウをやってみれば分かると思うが
この方法だと腕をリズミカルにブラブラさせるのが大変
難しい。
太極拳のように”ゆっくり”やることしかできない。
太極拳も元々気功としてやるから、あのゆっくりとした
動作になるのだ。戦闘に特化した太極拳がやりたいのなら
”陳さんの田舎拳法”でもやっていればいい。
(陳式太極拳のこと)
私は”陳式”を非難していないが、例のカナダ人の道士に
よると、太極拳で気功的に唯一価値があるのは”武当山”の
太極拳だけらしい。
その道士に言わせると”陳式”なんてのは中国の片田舎の
農家のおっさんが教えていた拳法で、こんな道教の寺院で
も何でもない小村に本当に気功として優れたノウハウが
あると本気で思っているの?ということらしい。
その道士に言わせると中国の優れた技術は由緒ある寺院等に
しかないとのこと。
本当の事かどうかは分からないがちゃんと中国の茅山で
修行した中国人が言うのだから本当なのだろう。

ということでスワイショウに話を戻すと、よく気功教室で

腕を高速でブラブラ振っているおばあちゃんとかは
間違っているということ

あれはきちんとした動作でゆっくりやるものである。
気功なんだから。

中々こういう情報って日本では手に入らないでしょ?
日本にいる中国人や台湾人も大半は道教の修行を
きちんと積んだ人間でもなんでもないからね。
占い師が教える気功も間違っている場合がほとんどだ。
こういった”占い師”達も道士でも何でもないからだ。

よく、本土の中国は文化大革命で伝統的な中国文化が
残っていないと台湾人や香港人が吹聴しているが、
常識で考えてあんなデカイ国で一つの歴史ある文化を
完全に根絶やしにできるわけがなくて、ちゃんと残っている
所には残っている。

フェイド大帝は台湾や香港の本も勉強しているが、
個人的にはやはり中国本土の本が内容的に優れている
物が多い様な気がする。
もちろん台湾や香港にもいいものはあるが。

もし可能ならば、中国本土の龍虎山や、武当山等で
本格的に修行できるのが一番なのかもしれない。””


ユダヤ関連の日に事件を起こしてユダヤのせいにするのがキリスト教の手口。生命の木カバラは中世からなので、古代ユダヤの生命の木(と日本)云々ときたら嘘確定。シオニズムはキリスト教思想。シオニストはクリスチャン。ユダヤ教超正統派はイスラエルを否定(イスラエルはキリスト教製)。魔術師クロウリー、ジョン・ディー、メスメルは王侯貴族人脈。
秋端勉『実践魔術講座リフォルマティオ(上下)』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-40.html
“・超常的な力を求める者は自我の膨張(エゴ・インフレーション)に陥りやすい。個人的に修行している分には、自分が特別だと感じ、超人や達人だと錯覚し、統合失調症に陥る危険を冒すだけですむが、霊的なグループの中で自我が膨張すると悲惨である。自我膨張による悲劇を防ぐ為に、自己規範を設ける。野狐禅を防ぐのだ
(…)
・古代ギリシアの雄弁家は演台の周囲の建物ひとつひとつに演説のイメージを埋め込むことで原稿代わりにした。
記憶の大部分は、外界のイメージを個々の要素に分解して棚の中にしまってある。記憶力を強化するということは、このイメージを深く豊かにするという意味と、分類の手段を精密化するという二つの利点があります。

・キムのゲーム。記憶力強化訓練。
目の前に小物を十から二十ほど用意して並べ、上から布をかぶせて隠す。ノートと紙を用意しておく。心の準備ができたら布を取り去り、小物を一分ほど見つめる。再び布をかぶせ、紙に小物の位置関係を記す。混乱するようなら、小物の数を減らしてもよい。
・視覚化の練習。
例えば自分のお気に入りの湯飲みを用意する。それを手にとって三十秒ほど見つめる。そして湯呑を持っていない状態に戻り、目を閉じて湯のみが手の上に乗っているかのようにありありと思い浮かべる。五感の記憶を再構成する。色々なものでやってみる。しかし、絵やイラストは最後にしたほうが良い。映像を捕う訓練になってしまい、視覚化とはいささかずれるからだ。
慣れてきたら、そこにないものの視覚像を作る訓練に移行する。好きなものをイメージして食べるなどだ。
空中に図形や文字を指で描き、そして消すなど。
(ハンターハンターのクラピカは、鎖を具現化=念によって鎖をこの世に呼び出す、の訓練の為に一日中実物の鎖をいじくっていた。この訓練がモデルかもね)

・逆向き瞑想。
寝床で行う。そのまま寝てもよい。横になった瞬間からその日に起こった出来事を逆にたどっていく。巻き戻し映像のように、できる限り精密に。重要な行動については、なぜそうしたのか、その結果どのような印象を受けたのか、どんな感情を抱いたのか、を第三者視点で分析してみる。これを続けるとどうしても思い出せない空白の時間が幾つかあると気づく。

・秘儀参入を受けた者は「二度生まれ」と呼ばれた。
・秘儀の伝統に位階制度が必要なのは、正しい指導なくしては心を破壊してしまう劇薬だから。真に危険な部分、指導者なしで実践できない部分は公開しない。食卓に劇薬の瓶を置いてはいけない。

・視覚化と弛緩法。
頭部から足先に向け流れるように順番に各パーツを意識し、視覚化→緊張→弛緩→弛緩を行う。弛緩の一度目は筋肉を、二度目は精神を弛緩させることを意識すること。急がずやること。

・軟酥(なんそ)の法。自己暗示によって、精神意識を変えさせる精神療法。
卵ぐらいの大きさの軟らかい酥(古代のバター)の丸薬を頭に乗せたとイメージする。その丸薬が頭頂から足の裏まで流れ込んでくると想像する。この軟酥丸は清い色をしていてよい香りがする実に素晴らしい丸薬である。これが頭全体を潤し、ヒタヒタと水が浸透するように下りてきて、両肩、両上肢、乳房、胸、肺、肝臓、胃、腸、背骨、尾骨まで潤すと観想する。とろとろの妙薬が流れ落ちて全ての疾患や痛みが消失するイメージ。バターが嫌なら他の好きなものにしましょう

(臨済宗、中興の祖である禅の白隠禅師の著書「夜船閑話(やせんかんな)」にある方法)

・呼吸法で、数を数える際には例えば一から十までループするようにする。数えながら眠ってしまわない為のもの。
四拍呼吸法。四つ数える間に息を吐き、四つ数える間息をとめ、四つ数える間に息を吸い、四つ数える間に息を止める、の繰り返し。吐く、止める、吸う、止めるのサイクル。
黄金の夜明け団式。
(黄金の夜明け団は別名黄金の暁会などとも言う。訳語の違い。ナルトの暁のモデルだろうね)

・マントラ瞑想法。一つの言葉か文章を選んで瞑想中に繰り返し唱え続ける。反復により意識をマントラで満たし、リラックスと集中を産みだし、意識を半覚醒半睡眠の状態にする。
なお、精神病の前歴がある人や精神病の人はマントラ瞑想を行なってはならない。現実世界との結びつきが堅固でない人がマントラ瞑想すると瞬時にリアリティを消失する恐れがあるからだ。
(…)
・明晰夢を見る為に、夢の中で目覚める方法としては、地面や自分の手を見る方法がある。
明晰夢中の目覚めを防止し、明晰夢の場面を切り替える方法として夢の身体の運動感覚を利用することができる。明晰夢の中で幻覚が消え始めたとき、後ろ向きに倒れるか、夢の身体をコマのように回転させる。その際、運動の生き生きとした感覚を味わう。
夢を思い出す最良の方法は、目覚めたときにいつもどんな夢を見ていたかと自問すること
だ。

・インドでは現実世界はヴィシュヌ神の夢の中の幻のかけらにすぎない。すべては幻力(マーヤー)という意識の力で流れていく幻なのだ。そこには夢と現実の優劣はない。
夢を支配する一歩として夢日記がある。
夢は急速に薄れ細部が不鮮明になるので起きた瞬間に、瞼を開かないようにしつつ、枕元の筆記用具と紙にすかさず記すこと。起き上がって机ででは遅い。記述が終わるまで起き上がらず目も開かないこと。光により意識が変化してしまうからだ。見た流れに沿って記録するのが普通だが、興味深い言葉は真っ先に記録すること。夢の中で見た本の題名や聞いた言葉は急速に風化するからだ。また、普通でないことも記録しておく。記述内容の表題も後でつけておく。次に読みにくい箇所を訂正する(後に読んでも意味不明になったら困るからね)。

・意志を進化せる為に、クロウリーはスサマジイ覚悟で訓練した。日常生活に禁止事項を課して、意識的でも無意識的でも破ったら腕にカミソリで刻み目を入れたのだ。お勧めはできない。
日常的なルールを定める。一人称を使わない、敷居は右足からまたぐなどなど。自分の生活を深刻に壊すルールは駄目。ルールを破った場合の罰則を定めるのだが、ただちに行なえて意識的努力が必要なものとする。ルールを破る頻度と罰則の内容は釣り合いが取れていなければならない。そして必ず一対一で罰則を与えること。なお、重要なことだが、罰則を課していることを他人に知られないこと。

・道行き(パスワーキング)とは、抽象的な物語を使って意識を変容させ、その物語世界を門として異世界に入り込む方法。(脚本つき観想
ですね)次々と視点移動し、異世界を旅する。経験値を得るのだ。シナリオは市販されているし朗読した音声もある。しかし基本的にはシナリオは自分で作るか、既存のものを自分が読みやすいあるいは聞き易いものに直して使うべき。
目を閉じて、鉄のちょうつがいをもつ木の扉を作り、扉を開け、その中に2から3フィートほど入り込み、その後で振り向いて反対側から扉を見ることを練習しなさい(帰ってこれないとまずいですからね)。
道行は扉を開けて異世界に行って帰ってくる作業。
出発点に戻るには、自分の使った門、または自分自身の肉体を強く思い浮かべればよい
。”


現実の魔導士が読んでいるかもしれない『魔法入門』の続き。
「嘘つきにこそ真実を言わせよ。真実を告げる者は嘘つきに仕立て上げろ」。
秘密結社と宇宙人の陰謀論の殆どがユダヤと在日叩きと同じくキリスト教擁護の為ですので注意。
最低でも聖書を否定し、聖書が根拠の日ユ同祖論も否定していないと駄目。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-45.html
” ・イメージ形成の為の最初の訓練法がキムのゲーム。
いろいろなものを盆の上に置いてから布で覆う。布を取り去ってからしばらくの間位置を記憶し、再び布で覆ってから、覚えている限りの物品の状態と位置を書きとめる。
この練習法をすると、ある物品だけがほとんど例外なく忘れ去られてしまうことがある。これは偶然ではなく何らかの心理的事件が起こっているのだ。このように示されたものは瞑想の出発点として使う(自身が忘れ去りたい無視したいものを意図的に使う)ことで、潜在意識の深みから、面倒を起こしている特殊な妄想やコンプレックスを引き出せる。抑圧からの解放により、その物品はもはや他のものと違うことはなくなることがわかるはずだ

なお、この練習法は都合のつくどんな時間にも試みて良い。
修行者は創意工夫して毎日の練習法に組み込むべきである。例えば、倉庫番はその仕事をキムのゲームの長い練習だとすればよいのだ。
(一定の場所に留まる仕事はキムのゲームの訓練にできる。ものの位置と状態を完璧に覚えて把握するということ)
(…)
・呪言、呪文、真言(マントラ)は波動のエネルギーを持つ。
名前の波動を起こさせる修行では声をできるだけ震わせるようにしなければならない。声の音程を低くし、同時にできるだけはっきりと心の中にその特殊な名前や呪力をもつ言葉と結びついた観念ないしは観念群を持ち続けることである。
練習法としては、掌の中でその名前の波動を響かせるというものがある。あるいは太陽神経叢(へその周り。丹田)や額から発していると思ってもよい。
この波動を起こす力が手やその他の場所から出るようになったらしめたもの。それからは簡単に肉体の他の部位にもこの練習を及ぼすことができるようになる。このような波動を加えた部位の病気を治せるようになる
のである。

呪力をもつ言葉を用いるには、リズム、音の高低、母音、子音という四種類の波動がある。様々な感情状態に引き込む為には、リズムが最も偉大な魔力を持つ。
理想的な魔法の歌は潜在意識に訴えかけるものである。それは極めて原始的である。それゆえ歌は反復を要求する。同じ音楽の節々を反復することは意識的精神をすこぶる退屈にさせる。ゆえに、歌は強いリズミカルなものでなければならず、その反復は「調子を変える」こと、調子の上げ下げが必要である。

西洋世界では普通、コンサートピッチ(奏会用の標準音高。一般には、国際標準音=一点イ音=440ヘルツ)の音楽が多い。普通のピアノはこれに合わせて調律される。
マントラの音楽は半音低い。いわゆる原始的音度で4分の1音、上げたり下げたりする。このマントラの音楽を始めて聞いた人は、一般にいらいらするような気分に襲われる。だが魔法の歌を普通の歌声で歌っても実際的な効果はないという事実が実地の経験から知られている。

(支配者が研究して実験していて実践されておりますよね。有名アーティストは支配者側。440Hzの音楽は恐らく奴隷用なんだろうな。ということは能力封印用か。
だからマントラでは440Hzでない音にするんですね。)

・仇名とは普通我々の遊び仲間が潜在意識的に把握した結果つけた名前であるから、我々の人格を言い当てており、それが個人名である。個人名とは必ずしも保護者がつけた名前ではない。洗礼名が個人名だったりもする。
潜在意識的に把握した結果つけた名前=個人の名前を大声で繰り返していると、不思議な恍惚状態に入って自身のより高次の存在に気がつくようになった詩人の例がある。
(魔法名も個人名ですね。
魔法名を付ける
http://magic.dancing-doll.com/magician/magical-motto.html
“魔法名とは魔術師が魔術を行う時や魔術団体の中で使われる名前の事。魔術用の名前です。
例としてアレイスター・クロウリーの魔法名を見ると...「Perdurabo」、
「V.V.V.V.V.(Vi Veri Vniversum Vivus Vici)」、
「To Mega Therion」、「Baphomet」など...このような感じになります。

言語
魔法名に使う言葉は基本的にはどのような言葉でも構わないのですが、一般的にはラテン語を使う人が多いようです。

マジカル・モットー
魔法名に最適なのは魔術的な目標(マジカル・モットー)を魔法名に使う事です。魔術的な目標を達成した時には新しい魔法名(新たな魔術的目標)を付ける事になります。また、環境・立場・状況などが変化した時にも必要であれば新しく適切な魔法名を付ける事があります。

フラター/ソロール
魔法名はそれを呼ぶ時や書く時に男性の魔術師なら魔法名の頭にフラター(Frater)を、女性の魔術師なら魔法名の頭にソロール(Sorror)を付ける事があります。これは魔術団体組織の内部において見られるものですが、魔術団体非所属の個人魔術師であってもフラターやソロールを魔法名の前に付けて使っている人はいるようです。魔術世界の同胞、一員と言う意味で使われます。”)

・閃く色彩。
色彩は魔法活動で第一義的な重要性を持ち、主要な鍵となる。色は魔法使いが扱う諸力と同調する手段である。自己催眠術に使える。色彩の図はこちら↓
<閃めく色彩>の構図
2010.12.24  クリスマスカラー <<06:11
http://nuevlxxxxrusfel.blog5.fc2.com/category17-1.html

煌く色彩を見つめて
http://ameblo.jp/shake-off/entry-11098399720.html
(…)
蓮華座(パドマ・アーサナ) - ヨガのポーズ大全集
http://yoga-pose.info/zai/rengeza.htm

パドマアーサナ(蓮華座)が出来ない人の練習方法。:
http://affiliato-treasure.blog.so-net.ne.jp/2014-06-08
(…)
・弛緩術。リラックス方法。
くつろいで寝転んだり坐ったりする。頭のてっぺんに注意を向け、頭の筋肉がくつろいでいるか緊張しているかどうかをみる。緊張しているなら意識的にくつろがせる。それから額に移る。また緊張していたら意識的にくつろがせる。段々下に行く。ただし既にリラックスしたところがまた緊張していたらそこに戻ってまた緩める。上手くいっているかどうか確かめる方法としては、誰かに体の一部を持ちあげてもらって、死んだように重くなっていればOK

呼吸。
喉や鼻の通路を意志の努力で閉じて息を保ってはいけない。危険である。
息を止める正しい方法は、胸部の筋肉と胸部及び腸の領域に渡る横隔膜を利用し、定められた期間の間、呼吸することである。つまり胸部を拡張して肺に完全に空気を充たす。胸部が拡張されたままになったときに横隔膜をおろす。肺が空気を一杯にすった時、これが息の止まった状態である。胸部を鋭く叩くと空気は部分的に外に漏れる。緊張してはならない。緊張は呼吸の訓練でも危険である。

四つの息。
①ゆっくり吸いこみ、心の中で1、2、3、4と数える。そこで息を止めて1、2、と数える。
②同じスピードで息をはき、再び1、2、3、4と数える。次に肺を動かさずに止めて1、2と数える。
これを5分間繰返す。はじめは5分以上やってはいけない。後になったら延長してもよい。




ボルボラ ‏@zairic0 1月9日
明晰夢を見る方法については色々サイトがあったりして解説されているが、結局のところ自分なりのやり方を自分で見つかるしかない感じがする(普遍的に言えるのは「浅い眠りを狙う」と「夢の記録をつける=思い出す能力を高める」くらいだろう)。あとはもう「主観」しかない世界だし。

daydreamer ‏@life_fantasic 1月6日
【明晰夢を見る方法】
①夢日記をつける。夢を忘れずに思い出せるようになる。
②起きている時に、自分の手のひらを見て「これは夢か?現実か?」と自問自答する習慣をつける。
③夢をコントロールする。夢の世界ではなんでも出来るとイメージすると良い。
④昼寝や二度寝の時に明晰夢を見やすい。



西洋魔術博物館 ‏@MuseeMagica 2015年2月17日
現在多くの魔術結社で採用されている修行法「キムのゲーム」も元を正せば play of jewel というナーサリーの定番ゲーム。ちなみに「キム」の作者キプリングは熱心なフリーメイソンとしても有名な人です。 pic.twitter.com/sNpk60TN0r

JIN+music ‏@jin_harada 2015年5月9日
ユダヤ神秘主義や西洋魔術で使われる「逆向き瞑想」が面白い。就寝前から時間を遡っていき朝起きたときまでの出来事を思い出す。さらには夢まで遡る。通常の時間軸の逆を辿るわけだ。これは面白い。面白いが疲れる。しんどい。もうやらない。

Ni-chaN ‏@Justice_Ni_chaN 2012年10月10日
今日を終える前に一日の自分を振り返る。その時第三者が自分をカメラで映写している様なイメージをし、つまり客観的に振り返る。悪点を理由をつけ洗出し明日はどう改善するか決めて寝る。この逆向き瞑想が効く。そして一日の勉強の成果の中からこれだけは明日に繋げたいという知識を選別し復習し寝る

Angeliqua ‏@Ripple1975
だから魔法の訓練は日常を意識化することに注力します。逆向き瞑想もまた然り。日常を漫然と過ごすことが無いように自分の行動と思考を常に観察する。瞑想は単なる補助手段であり、瞑想状態は実は日常の中でマイクロフロー体験のように実現できるのです。これを理解していると瞑想にこだわらなくなる。

逆向き瞑想が必要なのって、要するに逆向きに物事を見ていくと結果から分岐する前を見ていくのでそこに予測とか類推とか都合のよい解釈が入り込む余地が無いことが判る。意外に人間の記憶って自己都合で操作されていて欠落してるのがわかるから、最初の逆向き瞑想は思い出せないこと多いのです。

逆向き瞑想の本当の価値は自らの本来の意志の発見にある。自らをいかに無意識的に騙してきたかを知ることは誰にとっても有益だ。もしもこれに反論があるとすれば、自らが自らに騙されていることを知らない証左ともいえる。知らないことは恥ずべきことではないが、知ろうとしないのは恥ずべきことだ。

足元に注意することとは結果について受け入れることです。希望的観測で何かに挑む場合は必ず記憶の差し替えが起こります。わたしたちが何のために逆向き瞑想をするのかどうか思い出してほしい。小宇宙=大宇宙の信仰は魔法の前提条件です。但し、これは作業仮説であり信仰であることを忘れないことです

魔術訓練で逆向き瞑想をする理由はいくつかあるのだけど、必ず動機が生じる場所に向かうのです。太る原因があるのなら痩せる原因もある。ケテルを意識するのはもっとも基本的なこと。本当の意思、本当の動機を探すの。意識にとって途中経過がわかんなくても必然性が生じないと結果は訪れません。

ん・・・ワーキングメモリ?例えばキムのゲームがそれ。倉庫番なんかのゲームも使い方次第で役に立つ。あと、沢山入った冷蔵庫を一瞬空けてすぐに閉じて中身を覚えるとか。工夫次第です。

視覚化の訓練でキムのゲームを利用するのを思い出して欲しい。それはパターン認識の使い方を意味している。全体を眺めてから連想で関連付けしたものを配置してる。その配置したものをパターンとして記憶するので個々のイメージを分解できない。写真から一部のみを切り取らないように

無論、誰でも先進国では算数ができるからもっと大きな数を数えられるよね? けれど最も直感的に瞬時に認識できるのはせいぜいが10個なのです。さあ、キムのゲームをしましょう。お盆に何個の物が乗ってるところまで直感的に記憶できますか? 実際に試してみてください。

キムのゲームというのがよく記憶に用いられるのだけど、いれは記憶するのだけではなくて瞬間的に同時に多種の物を扱うスキルをつけるのです。それは瞬間的に複数の象徴の意味を取り込んで再構成するために必要なの。わたしが三秒で答えを出すというのはその能力を磨いたものなんです。

魔法使いが最初のころに習うキムのゲームとはこの心の仕組みについて気づくためのヒントとなってる。つい数秒前に見たものがなぜ思い出せないの? 特定の概念について知らないからです。必ず虫食いがある。わたしたちの世界は虫食いだらけ。嫌いと言葉を発するたびに世界は壊れていくの。

他人の知識を披露したり、誰かほかの人がしてることを類推しても無駄です。自分でやってみることです。キムのゲームを試してください。うまくできないのなら上手ではない理由について考えて。苦手を克服すること、それはやる気と知恵にしかできない。怖さと面倒くささわたしたちの敵です。

@katsumi00000 とりあえず、キムのゲームはここで、http://bit.ly/18C0ZO6 視覚化はこちらで学んでください。http://bit.ly/149U9Yt それからきつい言い方かも知れませんが、わたしは彼方の先生ではないのであまり頼らないでくださいね
(第1章 魔術の言語 - nifty
http://homepage1.nifty.com/akibba/ARCHV/1kl/1klchap1_v52.pdf

第2章 魔術師の位階 - nifty
http://homepage1.nifty.com/akibba/ARCHV/1kl/1klchap2_v52.pdf)

逆向き瞑想(ぎゃくむきめいそう、英: Reverse Meditation)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%86%E5%90%91%E3%81%8D%E7%9E%91%E6%83%B3
”とは、その日の出来事を、起こった時間的順序と逆向きに振りかえる、黄金の夜明け系儀式魔術の瞑想修行法である。

瞑想する部屋には、家具など不要な物を並べない方がよいとされている。椅子とテーブルだけ置いておく。視線を合わすための物(絵でも花でも何でもよい)を置く。香は良質の香木を使う。

逆向き瞑想をするにあたっては、客観的に行わなければならない。最初に結果を考え、次に原因を考えることによって、自分の行為に対していつも理由をつけるのが難しくなり、これによって、心理学で「偽りの自我」と呼ばれているものを制することにつながると考えられている。

また、逆向きの瞑想は、過去から未来へという一般的な既成の思考パターンと相対するものであって、これを行うことは、脳細胞を活性化させ、思考力を柔軟にすることに大きく役立つとされている。”
…(…)

本記事の最後に私がちゃんと読んでチェックしたおすすめ本へのリンクを載せておきますので、そこからご購入いただければ幸いです。電子媒体の本ブログ記事は簡単に消されてしまいます。紙媒体のものを手元に置いておくのが一番安心ですからね。

N95マスク


足の汚れが万病の原因だった―足心道秘術   官 有謀


三五館『歯医者が虫歯を作ってる』



成瀬雅春『呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと』、BABジャパン、2005年


『ハタヨガの真髄_600の写真による実技事典』
B.K.S.アイアンガー (著), 沖 正弘 (翻訳)


B.K.S. アイアンガー『 ヨガ呼吸・瞑想百科―200の写真で見るプラーナーヤーマの極意』


『禅の本―無と空の境地に遊ぶ悟りの世界』 (NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 3)
1993/4、 学習研究社
(学研の『禅の本』)



『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門―豊かな人生の技法』
William Hart ウィリアム・ハート (著),
日本ヴィパッサナー協会 (監修), 太田 陽太郎 (訳)
春秋社 1999-11


『完全教祖マニュアル』


斎藤保高『チベット密教 修行の設計図』


『真言密教の本―空海伝説の謎と即身成仏の秘密』 (New sight mook―Books esoterica)



『密教の本―驚くべき秘儀・修法の世界 』(NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 1): 神代 康隆, 金澤 友哉, 不二 龍彦, 豊島 泰国


『魔法入門』


『実践魔術講座リフォルマティオ』


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