読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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ドラクエは✝王様と教会の宣伝! 庵野もオウム側!エヴァもオウムもスクエニも神智学(インド風キリスト教)の霊性進化カルト! 『ライブ・ア・ライブ』(LIVE A LIVE) 

キリストきょうはユダヤガワルイをとなえた!
キリストきょうをたたけなくなった!










子子子子子(ねここねこ)‏@kitsuchitsuchi
旧約のロトを理由にドラクエがユダヤの宣伝だと言う人には、
セーブに王や教会が、
死者蘇生に教会への寄付が必要で、
聖ジョージの龍退治(キリスト教の布教)が元ネタで、
敵に龍の魔法使いがいることを指摘して、
単にキリスト教(社長)が派遣社員のユダヤに汚れ役をさせているだけだと説明しましょう。


スピリチュアルや宇宙人を混ぜ検証不可能にして妨害。
悪魔を創った神=弱点を消した神智学と人智学(スピリチュアルの祖)はキリスト教の変形。
カルト工場の大本教(紅卍字会)と元大本教儲で心霊主義運動の父の浅野和三郎がスピリチュアルを広めた。
猫太
”理性を突き詰めてやってた人たちからスピリチュアルがにょろんと生まれるのがほんま皮肉ですね。彼らは理性による統治を目指したけど、結局非理性による統治がベストだって気がついたのかな。”
”ドラクエのストーリーってモロに耶蘇教そのまんまですね。竜王が魔法使いなのもね。”
本物潰し

『二ノ国』のラスボスは、女王とジャボーに憑依したイルミナティ思想とシステム。戦うまでに主人公は学習を積んでいる(脳筋ではない)ことが重要。旅により得た智慧と力が元凶を倒しジャボーと女王を救う。 まどマギのキャラ名は姓名ではなく名名。名字がないのはなぜ?天皇家?
猫太
”二ノ国のやり方はほんと現実世界の陰謀の解決策になってますよね。ジャボーや女王様さえ救ってしまうオリバー君の優しさには感動です。主人公が旅によって智慧を獲得するゲームいいですね。イルミゲームですが名作だと思います。” ”ドラクエは耶蘇教臭いですね、エニックスも。”
知力と武力

賢者の杖は木製で棒+角。賢者は魔法使いと僧侶(キリスト教)より上位。ダーマ(ダルマ)神殿(チベット)で転職してなれる。後に神殿では(輪廻)転生も可能になる。チベット仏教が最上位。遊び人が悟りの書なしで賢者になれるのは性魔術を極めたからかも。

旧約のロトを理由にドラクエがユダヤの宣伝だと言う人には、セーブに王や教会が、死者蘇生に教会への寄付が必要で、聖ジョージの龍退治(キリスト教の布教)が元ネタで、敵に龍の魔法使いがいることを指摘して、単にキリスト教(社長)が派遣社員のユダヤに汚れ役をさせているだけだと説明しましょう。

勇者は派遣。斬る側かつ切られる側。
ドラクエの原点は聖ゲオルギウスの竜退治=✝布教。
セント・ジョージ・クロスは英国の国旗やロシアの国章に採用。
竜王=黙示録の竜=キリスト教の敵
を殺した勇者は処分されないためにお姫様と子作りしましたとさ。


猫太”残虐性でいえば勇者もいい勝負なのですけど、魔道師さんはいつも悪役。俺は勇者を焚きつける白い魔法使いのガンダルフみたいなやつが真犯人と思いますがね。こいつらクソ左翼なみのプロの扇動者”
キリストきょうはユダヤガワルイをとなえた!
キリストきょうをたたけなくなった!
✝が黒幕。

猫太”龍退治モロにキリスト教ですよね。龍は大地の象徴でもあり、龍退治は自然征服文明。でもこの世界を操ってる悪の魔道師を倒すのはニート勇者しかなく。しかしなぜ魔道師はいつもあくやなのかな?” 魔導士=技術を持つ賢者。 支配層に従わない魔導士を悪として迫害。魔導士の知恵と技術を独占。

猫太”龍てか蛇が邪悪なのはゾロアスター教の文化ですよね?ミトラ教もそうで、ミトラはギリシアではペルセウスと呼ばれてました。ペルセウスはメドゥーサを退治した英雄。意味はペルシアから来たもの。ヨハネの黙示録はゾロアスター教のパクリ” 異教=悪魔教が元ネタのキリスト教は悪魔教の集合体。


猫太”メイソンやイルミちゃんはサンスクリット好きですよね。ベーダガンダムとかマルガ(道)とか。まあメイソンかが後生大事に持ってるギリシア哲学がインド=イランの思想ですしね。” フランクリンらAPS製の△一つ目。当初は一つ目の下はインド・イランの拝火壇。





ドラクエの龍王=魔法使い=マギ
の超有名なセリフが「世界の半分をお前にやろう」。
イラン中部のイスファハーンが別名「世界の半分」。
国際商業都市として繁栄した。
クリスチャンの国王が派遣した脳筋勇者に言っても効果なかったけど。
国王がいないとセーブすらできない。
初代は教会セーブではない。
日本だと当然のように十字架のキリスト教教会だったが、
海外だとキリスト教でもなく、棺桶✝でもない。
「潜在意識が仏教の日本人にはキリスト教を押し付けろ!」
日本が耶蘇の植民地ってことさ。

もうすでに言っている人いたわ。

とうゆき‏@touyuki 2013年7月8日
久通の「世界の半分をくれてやる!」発言は自分としてはかなり会心の出来だと思うが、サファヴィー朝時代のイスファハーンが「世界の半分」と讃えられていた事と松永久通が城主だった龍王山城とドラクエ1のりゅうおうを組み合わせたネタだなんて普通は気付かねーよ。馬鹿じゃねーの。

とうゆき‏@touyuki 2013年7月8日
久通の「世界の半分をくれてやる!」発言は自分としてはかなり会心の出来だと思うが、サファヴィー朝時代のイスファハーンが「世界の半分」と讃えられていた事と松永久通が城主だった龍王山城とドラクエ1のりゅうおうを組み合わせたネタだなんて普通は気付かねーよ。馬鹿じゃねーの。





km‏@kmc_52i 2月13日
「イスファハンは世界の半分」だけでも十分パワーワードだけど、原語の「エスファハーン・ネスフェジャハーン」は韻を踏んでいてもっとパワーワードだと思う。

語壷にない語源bot‏@rbot_etymology 2月12日
古代ペルシャ語で「大軍の集結地」という意味の言葉に由来する、世界遺産に登録されている金曜モスクやイマーム広場が位置するイランの都市で、16世紀末にはサファヴィー朝のアッバース1世により首都に定められ、その繁栄ぶりから「世界の半分」と称されたのはどこでしょう?【イスファハーン】

∸――
以上をRTしてまもないツイートだからエアリプ。

ぐだトマト‏@pteras14 27 分27 分前 23:37 - 2017年2月23日
旧四角はたった一人のイラン人王族
プログラマーにおんぶに抱っこだった
からガチだろ。


ねこた‏@lakudagoya 18 分18 分前 23:46 - 2017年2月23日
そのイラン人の旧王族な。こいつらパフラヴィー朝は王様が薔薇十字会のメンバーな!

leona_jp‏@leona_jp 2015年4月23日
「初期のFFで伝説のように語られるナーシャ・ジベリ(※)さんも、FFの前に入ってますよね

(※) 数々の逸話を持つ天才的なゲームプログラマ(参考:Wikipedia)

坂口:ナーシャですね。彼は元々イランの王族で、イラン革命のときに国外に出て米国に渡ったと聞いています



――




ken‏@kenkatap
康芳夫=伝説のプロデューサー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%B7%E8%8A%B3%E5%A4%AB …
▼父は駐日中華民国大使の侍医の中国人
▼石原慎太郎と知己
▼猪木対アリのコーディネート
▼現在は『家畜人ヤプー』関係の仕事が中心
▼「楯の会」の森田必勝、オウム真理教の麻原彰は康の事務所に出入り


ムー (雑誌)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%BC_(%E9%9B%91%E8%AA%8C) …
▼鳩山由紀夫は愛読者、妻・幸が08年、記事掲載
▼麻原彰晃 - 読者参加ページに寄稿
▼上祐史浩をはじめ、ムーでの麻原の記事をきっかけにオウム真理教に入信した信者は多い

オウム真理教放送=92~95年まで放送されたオウム真理教のラジオ番組放送局 https://twitter.com/kenkatap/status/489941657643540480 …
国営放送ロシアの声の送信機を露通信省が無償貸し
▼題名はギリシャ語で神聖世界の絶対的真理
▼静岡県富士宮市で編集、モスクワに空輸、ウラジオストクから放送


ロシアの声 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%81%AE%E5%A3%B0#.E9.96.A2.E9.80.A3.E9.A0.85.E7.9B.AE … ▼オウム真理教放送(ロシアの声の送信機使用) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%A6%E3%83%A0%E7%9C%9F%E7%90%86%E6%95%99%E6%94%BE%E9%80%81 …
▼ギリシャ語で「神聖世界の絶対的真理の告知」
▼静岡県富士宮市教団総本部で編集、モスクワ市のロシアの声のスタジオに空輸、日本に放送

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年8月26日
インド神学では聖音オウム=新秩序創造の為の破壊。
オ=創造=ブラフマー
ウ=維持=ヴィシュヌ
ム=破壊=シヴァ
の三神一体(トリムルティ)。
エヴァの元ネタのエウアンゲリオン(福音)放送をしたオウム。
二ノ国の灰の女王の傍にオウム。
@ekousagitan @lanekota


キリスト教、インド、ペルシャが大好きなのがゲーム・アニメ・漫画業界。

ツイッターでオウム真理教
(アーレフ=ヘブライ文字の一番目)を伏字的に「インコ」と呼んでいる人がいる。
元ネタはゲーム『ライブ・ア・ライブ』(LIVE A LIVE)(スクウェアより1994年9月2日に発売)
の敵組織の兵器のインコ大仏≒エヴァ。
思想はバラモン教風キリスト教=神智学が中核のオウムであり、仏教ではない。
神智学は仏教破壊用カルトなので、敵を大仏にして潜在意識に仏は敵だとすり込もうとしている。


ライブアライブの敵がラテン語「憎しみ」なのは、オウム思想が、薔薇十字・マニ教系の反カトリックだから。
主人公の名前が心が読める超能力者の晃(アキラ)=太陽光。
麻原彰晃の「晃」と同じ。
敵の暴走族(上司が陸軍)の名前がクルセイダーズ=十字軍。
黒幕がラテン語名だから、当然カトリック。

ちなみに、ヨガ漫画の一部と三部のジョジョの敵ディオ(不老不死の吸血鬼)はイタリア語で「神」だからカトリックの象徴。
だから敵。
時間操作するからズルワーン要素あり。
WASP側の主人公の先祖が英国貴族で、主人公一行がクルセイダーなのはカトリックへの嫌がらせ。

ジョジョの人間賛歌
=カトリック的神の否定。
(ルネッサンスのヒューマニズム。反カトリシズム)

ビート、心臓を制御=呼吸を制御したからディオ=神に勝てた。
インド思想ではヨガを極めた人間は神より強い。
時間停止と不老不死もインドのヨガ由来。
911予言の三部はタロットと生命の木の対応が重要。
四部がペプシ推しなのはペプシ=WASP系バプテストのロックフェラー系だから。
(バプテストはプロテスタントだからユダヤ教ではない)
jojoは分析ずみだが記事はまだ。
長くなりそうなので以下略。



“フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei
別に文明が悪いわけじゃないと
思うけどねぇ……

巨神兵だって土木工事や救護
に使ってれば役に立つだろう?

スクエニのライブアライブと 天地創造は重要なゲームだから プレイしとけよ。
ライブ〜は小学館プロデュースで インコ教のテロを事前予告してるしね。
後、ルドラの秘宝ってのも 重要なゲームだから。

インコ心理教ってやつ。 スーファミ時代のスクエニの ライブアライブ現代編に登場した 敵の黒幕の新興宗教。
近未来編だった…… https://m.youtube.com/watch?v=JhtBn6jlXdA …

インコ大仏、液体人間という人間の 心だけ抽出した液体を 燃料として動く
エヴァの元ネタと言われてます
ちなみにこのゲーム、四角製ですけど、 監修は小学館、現代編のイラスト担当は 庵野と同級生の島本和彦w

pic.twitter.com/41MQrNQecI

(戦闘シーンの床がメーソン模様なんですよね)“
『もののけ姫』の元ネタ⑤=アスラ(自然)崇拝=反バラモン
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-95.html




”シンデルマン
「・・・・かわいそうに・・・・君にはこのすばらしさがわからんのか・・・・
人間と人間が一つにとけ合い・・・・身も心も分かち合えるのですよ!
憎しみも・・・・争いもないすばらしい世界・・・・

それを得るためには汚らわしい肉体など捨てねばならんのだッ!
まぁよい・・・・いくら説明してもわからんだろう・・・・
陸軍が時間をかせいでいる間にすでに2000人の液体人間はささげられた!
この寺のいけの水!これこそ60000リッターの液体人間なのだ!!」”
http://privatter.net/p/655630
LIVEALIVE近未来編セリフ集3(築波研究所後~最後)

綴弄月‏@t_rougetsu 2016年8月28日
「主人公がロボットに乗って」
(何だろう・・・)
「心や精神ってワードが頻出して」
(エヴァかな?)
「人が液体人間になって」
(エヴァだ!)
「今は昔のバビロニア」
「鋼の拳が天を突く!!」
_人人人人人人_
> 近未来編 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄

ゆーずぃ低‏@yuzySAI 2016年12月22日
近未来編の話ってエヴァとグレンラガン足したような感じですよね。エヴァでも液体人間みたいな話あるし、カミナは無法松をイメージしてると思う。

ゆとKING OF PRISM布教中‏@yutobira 2015年7月25日
LIVE A LIVE 近未来編の液体人間のくだりはエヴァの補完計画と元ネタが一緒っていうのは聞いたことがあるから、似ているのは当たり前だと思うんだけど、液体人間の色とLCLの色が似てるのはなんとなくおもしろいな。赤だと生々しい、青や緑は生物らしさがない、故の黄色かとは思うが。

そーすけ‏@sousukeryu 2015年6月24日
あと近未来編の島本和彦さんが自分でラジオで語ってるけど、液体人間になって色んな人間が一つになるってアイディアはエヴァより先だよって笑い話にしてたけど確かにその通りだよね。エヴァの庵野さんと島本さん同期の大阪芸大卒だし同じようなインスピレーションがあったのかな。

∸――
庵野監督が元オウム信者の疑惑がある。
オーム教のロシア向け放送の名前が「エウアンゲリオン=エヴァンゲリオン」。
ロシア通信省が許可したことが重要。


エヴァの英語版出版人のMatt greenfield Anno hideakiで検索した結果は後述。
英語だと直接的に庵野はオウム信者って断言している人がいる。
日本語情報はポアしたんだろうね。

真言オーム真理教がロシアから放送していたラジオ番組エウアンゲリオンは古典ギリシア語で「福音」。
オウムの中核は✝だから当然ともいえます。

オウムのエウアンゲリオンの放送期間は1992年4月1日~1995年3月23日。
『ライブ・ア・ライブ』は1994年9月2日発売。
エヴァは1995年10月4日から。
オウムの思想的後継者。

東浩紀
「庵野は元々のエヴァの筋書きを大きく変えた。 理由はオウム教の教義と共通点が多過ぎたから」

アニメ界もはじめから怪しいぞ。
手塚治虫は、映写機の全く普及してない時代に、小学二年生の頃からディズニーアニメを観まくっていたので怪しいな。
案の定、手塚治虫の親父や先祖を辿ると面白いよ。
手塚の父は亡命ユダヤ人と関係があったらしいので、フグ計画辺りに絡んでるかもね。

当時普及していないものに多く触れたり、和訳本どころか原書すらほとんどない時期にそれらを間違いなく知っていた人は重要人物。

エヴァの庵野←神智学(インド風キリスト教)→オウム

庵野が信者かは不明ですがシンパではしょうね。
飼い主が同じ。

当時普及していないものに多く触れたり、和訳本どころか原書すらほとんどない時期にそれらを間違いなく知っていた人は怪しいがらみで思い出したのですが、
イスマーイール派は人類史を七周期にわけました。
神智学と人智学もです。
ブラバッキーやシュタイナーらはどうやってイスマイール派の思想を知ったのでしょうね?おそらくメーソン経由。



“陰謀論者の本を読む代わりに『現代オカルトの根源』を読むべきです!
アイクも登場しますよ。アイク本読もうとしているなら先にこの本を読むべきです。
本書は私のお勧め本ランキングの上位に位置します。
ナチスも大本教もオウムもユダヤ=フリーメーソン陰謀論を唱えていて、どれも思想の中核がキリスト教と選民思想!”“

“・オウム思想の中核は神智学の霊性進化論=神か獣かの善悪二元論。
人間の霊魂は輪廻転生を繰返しながら経験を積み霊性のレベルを向上させ「神人」に近づいてゆく。
が、「獣人」へと退化・堕落する霊魂も存在する。
霊性の進化と退化という二元論で捉える図式を本書では「霊性進化論」と称する。


オウムにおいて顕著なように、霊性進化論は、
神に進化
VS
動物に堕落
の二つに一つという極端な二元論
を生む。”

オウムはインド風に偽装しているけど
神vs獣の善悪二元論・
終末論・
ハルマゲドン・
隣人愛
でわかるように中身はキリスト教!
オウム思想の中核は神智学
(インド風キリスト教。創世記とギリシャ哲学の動物蔑視)
の霊性進化論
=神か獣かの善悪二元論+霊的カースト制度。
神智学がユダヤ陰謀論=キリスト教の伝統を広めるのに協力。
大田俊寛著『現代オカルトの根源』(ちくま新書)。

「誠の神様はただ一柱」とする大本教は
「天地の創造神」というキリスト教的な神を導入しつつも多神教の枠組みを一応維持していた平田派神学以上にキリスト教。

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-75.html

―― 【参考資料】

すごいかもしれないサイト見つけた
かもしれないっていうのは警戒する為。
だってカルト系のやつばかりだもん。
なんと2007年の記事で大本教や、
メーソン=(薔薇十字系というよりは)マニ教系というシュタイナーの考えなどを紹介していて、
メーソンとユダヤはイコールじゃないと言い、
何よりもイルミナティ陰謀論の発生源が二人のカトリック信者(一人が私がよく紹介しているバリュエル神父でイエズス会士)だと指摘。

あれ、ロビソンはカトリックか調べても出なかった記憶が。
イエズス会関係者の2冊の本とあるが、これはバリュエルが
first two volumes of his eventual four volume studyのことか?
全四冊の内二冊ってことか?
もしかしたら読者の中にはねここねこはこのサイト知っていなかったことに驚きとか言われそうだけど題名だけは何か聞いたことがあったぞ。
kenさんありがとう

ken ‏@kenkatap 2014年6月1日
マニ教とフリーメーソン・・・
【悲しき秀才・改 http://sassasa1234.seesaa.net/article/64281261.html …
▼マニ教は根本的に非キリスト教的
▼光の国は戦いでなく、柔和、寛大、慈悲によって闇の国を克服
▼フリーメーソンは薔薇十字会の流れにも結びついているが、本来マニ教の霊統に属するものである

2007年11月03日
マニ教とフリーメーソン・・・
http://sassasa1234.seesaa.net/article/64281261.html
”とりあえず
「フリーメーソン」≠(不等号)「ユダヤ」ということは理解していただいた上で。

「マニ教」 ルドルフ・シュタイナー(西川隆範・訳)より
 

 聖アウグスティヌスはマニ教に対して戦ったが、カトリック教会に加入する以前は、マニ教に属していた。

マニ教は、西暦三世紀に生きたマニという人物によって樹立された。マニ教は中近東の国王たちによって支配されていた地域、つまり小アジアの西方で発生した。マニ教は最初は小さなセクトだったが、やがて力強い霊的な流れになった。

中世のアルビ派、バルド派、カタリ派はマニ教の霊統を受け継ぐものである。さらに、神殿騎士団とフリーメーソン(*1)もこの霊統に属する。フリーメーソンは薔薇十字会などの流れにも結びついているが、本来マニ教の霊統に属するものである。

 マニの生涯はつぎのようなものである。

 中近東に、非常に学識に富んだ商人がいた。彼は、『秘儀の書』『聖職者の書』『福音の書』『宝の書』という四冊の本を書いた。この商人は死に際して、これらの本をペルシア人であった彼の未亡人に残した。そして、この未亡人はそれらの本を、身請けして自由にしてやった奴隷に残した。その奴隷がマニである。

 マニはこれらの本を学び、またミトラ神の秘儀に参入した。マニは「寡婦の子」、マニ教徒たちは「寡婦の子どもたち」と呼ばれた。マニ自身は自分を、キリストが人類に約束した「聖霊」と呼んだ。マニは自分を聖霊の受肉のひとつだといっているのであって、彼が唯一の聖霊だといっているのではない。聖霊は人間に再受肉してあらわれ、自分はそのような聖霊の再受肉のひとつだと考えているのである。
 
 マニが告げた教えに対して、カトリック教会に移ったアウグスティヌスははげしく戦った。アウグスティヌスはファウストゥスという人物が語るマニ教の教えに対して、カトリック的な観点から戦った。ファウストゥスはアウグスティヌスの敵対者だった。

 通常マニ教は、その悪に対する見解によって、西洋キリスト教と区別されている。カトリックは、悪はもともと神的なものが転落したもの、もともと神の善霊が転落したものと考えている。それに対してマニ教は、悪は善とおなじく永遠のものであり、肉体の復活はなく、悪がなくなることはないと教えているのではないか、と考えられている。悪は善と同じく昔から存在するものであり、なくなることはないというのが、マニ教の教えだと思われている。

 このような教えを説いているのなら、マニ教は根本的に非キリスト教的であり、まったく理解しがたいものである。
 
 ここで、マニ自身が語る神話によって、本来どういうことが問題になっているのか、真相を究めようと思う。秘儀参入に関係する霊統はすべて、みずからの本質を顕教的神話のなかで表現している。マニ教の神話は宇宙的、超感覚的な神話である。

 昔、闇の霊たちは光の国に進撃しようと思った。光の国の境まで来て、光の国を征服しようとした。しかし、彼らは光の国に対してなにもできなかった。そして~ここが大事なところなのであるが~彼らは光の国によって処罰された。しかし、光の国には悪しきものはなにも存在せず、ただ善だけが存在していた。だから、闇の悪魔たちは、もっぱら善なるものによって処罰されたのである。
 
 どのようなことがおこったのだろうか。光の国の霊たちは、自分たちの国の一部を取って、それを物質的な闇の国のなかに混ぜたのである。光の国の一部が闇の国と混ぜられたことによって、闇の国のなか真に混沌とした渦が生じた。この渦から、いままでになかったもの、すなわち死が生じた。闇の国はたえずみずからを消耗し、みずからを消滅させる萌芽を内に担ったのである。そして、このようなことが生じたことによって人間が発生した、と語られている。原人(*2)は闇の国と混ざり、閻の国に存在すべきでないものを死をとおして克服するために、光の国から派遣されたのである。
 
 重要なのは、光の国は戦いによってではなく、柔和、寛大、慈悲によって闇の国を克服するということである。悪に対して戦うことではなく、悪と混ざることによって、悪を救済するのである。光の一部が悪のなかに入り込むことによって、悪はみずからを克服するのである。
(中略) 
 カトリック教会のもっとも重要な人物であるアウグスティヌスが、なぜ『神の国』において教会の現在の形態を創造し、なぜ未来を準備する形態のはげしい敵対者にならねばならなかったかが理解できる。アウグスティヌスは現在の教会の形態を作った。ファウストゥスは未来の形態を準備しようとする。

 このような対立が紀元三、四世紀にあらわれた。この対立は、神殿騎士団、蓄薇十字会、アルビ派、カタリ派に対するカトリック教会の戦いとして表現されている。これらの異端は物質界では根絶やしにされたが、その内的な生命は活動をつづけている。のちに、この対立は弱まったが、西洋文化から生まれた二つの流れ、イエズス会(アウグスティヌス主義)とフリーメーソン(マニ教)として表現されている。カトリックや高位のイエズス会士のことはよく知られているが、もう一方のマニの精神において戦う流れはその表面しか知られていない。

 イエズス会(アウグスティヌス主義)とフリーメーソン(マニ教)が対立している。古代の霊統の子どもたちである。イエズス会にもフリーメーソンにも、古代の霊統の儀式が継承されている。イエズス会の教会には、修練士、学究生、霊務幇助士、立誓修士の四段階の秘儀参入があり、本来のフリーメーソンの秘儀参入の位階も同様である。この両者は平行線をたどりながら、まったくべつの方向にむかっている。・・・(後略)


(*1)原注:シュタイナーは一時期、フリーメーソンの高位指導者として活動しており、神智学協会内における「認識儀式」はフリーメーソン儀式を基にしていた。

(*2)引用者注:原人=アダムだ・・・(碇ゲンドウの口調で)

・・・わかりやすく言うと、マニ教神話では、光の国の霊たちが自分たちの国の一部(光の要素)を取って、それを物質的な闇の国のなかに混ぜたことが人間の発生(肉体+魂)ということです。

<心に青雲>殿的に言えば、これが「弁証法」の始まりでもありますね。相互浸透。


「・・・フリーメーソンは薔薇十字会などの流れにも結びついているが、本来マニ教の霊統に属するものである。」

↑ここ、試験に出ますから・・・(笑)



ついでに言っとくと、出口王仁三郎とシュタイナーの比較研究するんだったら、このへん押さえないと意味ないですよ~ 八幡書店さ~ん(笑)

あと、ムーから勝手に引用させてもらったお礼に言うと、ナオと王仁三郎の対立(大本vs皇道大本/旧・愛善苑)と、ブラバッキーとシュタイナーの対立(神智学vs人智学)も比較してみて~(笑)”

2007年10月31日
昭和神聖会よりも過激(笑)
http://sassasa1234.seesaa.net/article/63619888.html
”出口王仁三郎が「昭和神聖会」の次にやったことは、より過激にパワーアップ(笑)

終戦直後に「愛善苑」を設立。(現在の宗教法人愛善苑とは別もの)。

この活動と、霊界物語特別編「天祥地瑞」の内容がリンクして、第三次大本事件へとつながって行く。

このあたりについてはたぶん誰も書いてない・・・

つーか、わかっててもヤバすぎて書けない(笑)

お楽しみに~


2007年11月06日
「イルミナティの陰謀・・・」という陰謀(笑)
http://sassasa1234.seesaa.net/article/64986757.html
”真面目な話しますと、さすがの私からしても「イルミナティの陰謀」ってのは箸にも棒にもかからないシロモノでして。

目くらまし用語、撹乱用語ですね。

まあ、欧米では昔から「イルミナティの陰謀」論はメジャーで、1960年代以降のカウンターカルチャー・ムーブメントと並行したオカルトブームも、ほとんどに「イルミナティ云々」
という話が絡んできますね。

『コスミック・トリガー ~イルミナティ最後の秘密~』 ロバート・A・ウィルソン 八幡書店

<コスミック・トリガーの謎 超人結社イルミナティの陰謀> (昔のムーの特集の採録)

なんかっていえばイルミナティ、イルミナティ・・・

逆に、カウンターカルチャー・ムーブメントの背景を知るには勉強になりましたが。


で、イルミナティ話の元ネタをたどっていくと、イエズス会関係者の2冊の本に行き着く、と。

『フリーメーソン、啓明結社ならびに主要結社の秘密会合において実行されたヨーロッパの全宗教全政府に対する陰謀の証拠』 ジョン・ロビソン
Robison, John: Proofs of a Conspiracy against all the Religions and Governements of Europe carried on in the Secret Meetings of the Freemasons, Illuminati and Reading Societes. 1797

『ジャコバン主義の歴史のための覚書』 バリュエル神父
Barruel, Abbé Augustin: Mémoires pour servir à l'histoire du Jacobinisme. 1803

原文読んだわけじゃないですけどね。日本語訳あるのかな?

まあ、この2人のよく出来た陰謀論話を下敷きに、いろいろなバリエーションが創作されてきたんでしょうね。

本物の陰謀を隠すのに、とにかく便利なイルミナティ、ってところじゃないでしょうか。

参考:
http://www.masonicinfo.com/illuminati.htm

<追記>
「明るいシリウス 我らの未来」
というのが彼らのスローガンだったような。。。”





オウム真理教放送
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%A6%E3%83%A0%E7%9C%9F%E7%90%86%E6%95%99%E6%94%BE%E9%80%81
”オウム真理教放送(オウムしんりきょうほうそう)あるいはエウアンゲリオン・テス・バシレイアス(古典ギリシア語:ΕΥΑΓΓΕΛΙΟΝ ΤΗΣ ΒΑΣΙΛΕΙΑΣ, εὐαγγέλιον τῆς βασιλείας, euangelion tēs basileias)は、1992年4月1日から1995年3月23日まで放送されたオウム真理教のラジオ番組放送局である[1]。
放送開始の経緯

そもそも、ロシアの国営放送局の国際放送機関である「ロシアの声」(当時はモスクワ放送)の送信機を保持するロシア通信省が、所有する送信機の無償貸し出しを開始したことから、日本では放送内容の問題で放送できないオウム真理教の布教を目的に、関連番組を専門に扱うことを目的として、1992年4月1日から「エウアンゲリオン・テス・バシレイアス」という番組題で放送開始した[1]。

題名はギリシャ語で「御国の福音=神聖世界の絶対的真理、あるいは神聖世界の絶対的真理の告知」という意味だった。当初はこの番組題のみがアナウンスされたが、すぐに「オウム真理教放送」という名称があわせてアナウンスされるようになった[1]。
放送形態の変遷

番組は当初、静岡県富士宮市にあった同教団総本部のスタジオで編集・制作され、モスクワ市にあるロシアの声のスタジオに空輸し、ウラジオストク中継基地から日本に向けて放送された[1]。

当時は、22:00-00:00(以下、時間はすべて日本時間)の1日2時間の日本語による放送が実施されていた。前半1時間は短波15.315MHz(1992年6月以降は17.710MHz)、後半1時間はロシアの声日本語番組でも使用されていた中波720kHzを通じての放送であった[1]。

しかし1993年元日から、短波は季節ごとの周波数変更があることなどから中止、中波は一部地域での受信状態の問題があることから周波数が変更され、1476kHzでの放送となった。これに伴って、放送時間は22:15~翌日の1:15に拡大・変更。その後1994年元日から00:00~03:00に変更され、衛星中継による生放送番組も行われるようになった[1]。

他方短波では、1992年6月15日より、英語による番組が05:30と13:30の1日2回(各30分間)、ロシアの声の全世界向け英語放送の一部周波数を利用して放送されるようになった。また、同年9月1日からは、ロシア国内向けのラジオ放送、マヤークを介したロシア語放送も行われるようになった[1]。

ところが、1995年3月20日に発生した地下鉄サリン事件の影響も絡み、同年3月23日放送を最後に放送中止となり、そのまま廃局となった[1]。
参考文献

井上順孝編『情報時代のオウム真理教』(春秋社 2011年)

脚注

^ a b c d e f g h オウム真理教放送の開始から中止まで(アジア放送研究会制作「オウム真理教放送録音集」解説文から)

関連記述

オウム真理教モスクワ支部

外部リンク

アジア放送研究会による解説
Radiofly・オウム真理教放送

最終更新 2016年11月19日 (土) 16:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

「Matt greenfield Anno hideaki Aum Shinrikyo」や
「Matt greenfield Anno hideaki Aum Shinrikyo Russia」 
で検索

POST GAME: Aug. 16, Tokyo Summer Comic Market
https://whyweprotest.net/threads/post-game-aug-16-tokyo-summer-comic-market.45286/
"One of the anime/manga series parodied in this manga has a peculiar relationship to that most famous Japanese cult, Aum Shinrikyo - now known as Aleph.

That cult infiltrated government agencies, harassed critics, made sarin gas, tried to bring about the end of the world and then paid those those "new religious movements academics" Gordon Melton and James R. Lewis to come and defend them - you know the drill.

The Evangelion anime started airing on TV a few months after this attack (the manga had already started), and its apocalypbic themes seemed to jive with what Japan had been going through.

The US and UK distributor, ADV commented on it like this to Anime Insider magazine in 2004:

CULT FOLLOWING

‘EVANGELION’ CREATOR HIDEAKI ANNO’S SHOCKING RELIGIOUS INFLUENCES

In March 1995, 10 members of a religious sect called Aum Shinrikyo released deadly sarin poison gas on the subways of Tokyo during rush hour. Twelve people died; thousands were injured. The attack drew worldwide attention.

Elements from the Aum cult’s violent and shocking worldview later turned up in the unlikeliest of places: Neon Genesis Evangelion. Or perhaps it isn’t so unlikely; Evangelion creator Hideaki Anno drew from a wide range of religions and philosophies when creating his masterpiece.

Explains ADV co-founder Matt Greenfield, currently hard at work adapting the Evangelion director’s cut for English-speaking audiences, the parallels between Aum and Evangelion are prominent. “The objective of the Aum cult was that they were going to cause a massive disaster which they would not claim responsibility for,” Greenfield says. The motive was that countries would blame each other, leading to conflict. “Basically [Aum] was trying to start World War III, the idea being to wipe out all human life so everything could be started over…with them, of course, being the survivors. This is actually basically what Evangelion is! Ultimately, it’s about restarting the human race.

Was Anno himself a Aum cultist? “There’s a space in his life that he doesn’t talk about,” Greenfield says, “but I can’t say ‘Yes, he was in a cult’ or not.”

However, Greenfield does say that the Russian-language broadcasts that Aum produced to promote its beliefs were titled Evangelion. Spooky…
-Tom Root"

Aum Shinrikyo (Tokyo Sarin Death Cult) Anime - The Internet - YouChew
http://youchew.net/forum/index.php?/topic/75229-aum-shinrikyo-tokyo-sarin-death-cult-anime/
” Posted December 29, 2010

On 2010/12/29 at 10:40 AM, The Neoprene Junebug said:

Hideaki Anno was a member of this cult in the early 90s.


JazzDanceForChildren

Crouching Spider, Hidden Wagon

I've never seen any of his stuff, but I know it's supposed to be really trippy and weird. While I smoke pot, that's not the same as doing LSD which is what these Aum guys did. The closest thing I ever did was a hallucinogen called DMT once and yeah, if you deprived me of sleep, put me in these bizarre religious ceremonies, and put the stuff in my food and told me I was gaining extrasensory perception and was gaining absolute knowledge and becoming one with the fabric of the universe, yeah, I'd probably believe you.
(…)

NAveryW

A Good One

Posted December 29, 2010

On 2010/12/29 at 10:40 AM, The Neoprene Junebug said:

Hideaki Anno was a member of this cult in the early 90s.

An unsubstantiated rumor, like most things said about Anno on the Internet. Matt Greenfield is apparently the one to start the rumor, and almost everything he's said about Evangelion is wrong. But there are connections between the Aum Shinrikyo attacks and Evangelion. According to Azuma Hiroki, otaku scholar and acquaintance (friend?) of Anno,
Evangelion's scenario had to be changed because after the Aum Shinrikyo attacks, Anno considered certain elements of the story "too close to reality" and he feared it would "not be suitable for broadcasting".

Azuma Hiroki said:
But anyway, the original scenario is so shockingly close to the political motivation of the Aum Shinrikyo group, they fight against the upshot of the enemy, without knowing what the enemy really is. The angels change their form for example into pyramids, into shadows. I asked Anno about such abstract characteristics of the angels. He said that this reflects the feelings of his generation. For his generation the enemy is not political. It is also not definite. I mentioned to Anno that such abstract characteristics of the enemy are very close to the conception of Aum as enemy (e.g. poison gas) which he admitted. He also admitted the similarity of >>Evangelion<< with Aum. Nevertheless it is too simple to conclude that Anno was sympathetic with Aum. He emphasizes the closedness and exclusiveness of this group. They lost any contact with reality. In Anno's view this again is very close to the situation of anime fans. In fact >>Evangelion<< criticizes anime fans, and anime culture: it begins with ambiguous flirtations with conditions central to Aum, and ends with its critique as launched on the situation of anime fans.





お読みくださり感謝します。
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空をまなぶならミリンダ王だね『空の思想史』『』『龍樹』 

随時追加予定 今まで見た中一番わかりやすい、初期仏教と大乗仏教の比較。





憑かれた大学隠棲:再稼働リプレイスに一俵‏ @lm700j 5月14日
「寺院は津波で被災したが神社は残った。これは霊力の問題?」
「寺請制度って知ってるか?」
「えっ」
「江戸時代は寺が役場と小学校と公民館の役割があったわけで」
「それか」
「そういう公共施設って集落の便利なところにあるだろ」
「あっ」
「対して神社は山の上でも問題なかった」

魔王アモン‏ @mryensrh11 3時間3時間前
要は日本は仏教国 神社なんか完全にいらん子





映画やドラマの陰陽師、指導多し☆高橋圭也‏@Keiya_Takahashi
江戸時代初期は何でも神道ブームの時代で儒学者・林羅山の理当心地神道や朱子学者(儒学の一種)の山崎闇斎の垂加神道などが生まれ、土御門安倍家は吉田神道を取入れ、後に垂加神道の影響で陰陽道を神道化した。だが実はこの時代の神道は仏教や儒教、道教などの影響が非常に濃いゴチャ混ぜ状態だった。
戦国時代末に衰えた陰陽道を土御門安倍家は吉田神道によって再編し、後に江戸時代の儒学でも何でも神道化する神道ブームの際、山崎闇斎の垂加神道などの影響で陰陽道を神道化した。だが、それ以前の陰陽道は道教が混入した密教経典等を参考にして陰陽道祭祀を作ったから、密教的観点からの再考も重要。

「賀茂保憲や安倍晴明の陰陽道の技術を現在も伝えている」という所があるそうだ。だが賀茂本家は戦国時代に断絶し、安倍家は豊臣秀次の事件に関係したとされ、秀吉の怒りを買って島流しにされて陰陽道の技術や資料の多くを失って江戸時代に吉田神道を学んで作り直したから、信用するのはちょっと無理。

氏家法雄‏@ujikenorio 2012年6月27日

興味深いもう一つは、キリシタン批判の吉田神道から受洗者がでているという話題(知りませんでした。吉田兼右の甥・清原枝賢、さらにその娘(伊与局)が入信、伊与局が細川ガラシャを信仰に導くことになる。伊藤聡『神道とは何か』、253-254頁。

ken‏@kenkatap 2013年5月9日

吉田神道の正体【匿名党 http://tokumei10.blogspot.jp/2011/12/blog-post_18.html … ▼清原枝賢は公卿であったが 唯一神道とうを唱えた吉田兼倶の曾孫▼ロレンソに説き伏されて キリシタンに改宗▼娘・清原マリアは細川忠興夫人に侍女として仕え、セスペデス司祭の指導の下にガラシャの霊名で洗礼を授けた。

世界史bot(古代〜近代)‏@World_h_bot 2月19日

【ベネディクトス戒律】ベネディクトスがモンテ=カシノに開いた修道院を筆頭に修道院が増える。モットーは「清貧・純潔・服従」合言葉は「祈り、働け」

(奴隷への命令かな?
金を持つな、セックスするな、従え、信仰しろ、働け)


燈火‏@to_moshibi 2月22日

個人的に考えている歴史の教科書に載せるべきもの

・一国を統べる者が血の繫がらない有徳者へと位を譲る話
・書物など文化面での時代ごとの伝播図と年表
・宗派の発生や学派の系統などの、宗教や思想の全体の流れ
・歴史上に見られる地位継承の方法や統治理論
・世紀ごとの交易路を示した図や表



蜜蜂の八の字ダンスって結社大好きシンボル満載だな
蜜蜂と八jの事アナレンマ太陽軌道

 なにか人に注意をするときは、直前にほめることだ。それが露骨なお世辞であっても、その後の悪印象を薄めてくれる。私たちはほめられた後では、苦言を苦言と感じにくくなる。
素晴らしいな。
言っている人が読図なのは置いといて。

立川武蔵『空の思想史』(講談社学術文庫)

『空の思想史』

仏教は、「ある」と「ない」の二元論じゃないのが中核。
「ある」にも最低でも二種類の「ある」がある。
「ない」にも最低でも二種類の「ない」がある。

テトラレンマ思想が理解できないと意味不明らしいので資料はいつも通り下の方にある。




龍樹の「空=縁起」(あなたがいるから私がいる。私がいるからあなたがいる)思想が日本人の潜在意識に流れている。中観派の中核メモ。
中村元『龍樹』(講談社学術文庫)
読書262ページから
メモは64から 64までは目盛った

・仏教の伝統的用語では「空」の思想を「空観」(くうがん)とよぶ。
空観とは、あらゆる事物(一切諸法)が空であり、それぞれのものが固定的な実体を有しない、と観ずる思想である。
空はすでに原始仏教において説かれていたが、大乗仏教初期の『般若経』で発展し、基本的教説となった。
龍樹が空を哲学的・理論的に基礎づけ、大乗仏教の思想を確固たるものとしたので、龍樹は「八宗の祖師」(南都六宗+天台+真言)と呼ばれる。大乗仏教は、みな龍樹から出発した。のちの仏教のいろいろな思想は彼に負うところが非常に多い。


・大乗仏教は、もろもろの事象が相互依存において成立しているという理論によって、空の観念を基礎づけた。
空(くう、梵: śūnyatā〈シューニャター〉、巴: suññatā〈スンニャター〉)
の語源は、「膨れあがった」「うつろな」という意味。膨れあがったものは中がうつろ(空)である。
ゼロはサンスクリット語ではシューニャ。
インド人が発見したゼロは、西記1150年ころにアラビア人を通して西洋に導きいれられた。

・大乗仏教、とくにナーガールジュナ(竜樹)を祖とする中観派の哲学者たちは次のように主張した。
――何ものも真に実在するものではない。あらゆる事物は、見せかけだけの現象にすぎない。その真相は空虚。その本質を「欠いて」いる。シューニャは梵語では「……を欠いている」という意味。
無も実在ではない。あらゆる事物は他のあらゆる事物に条件づけられて起こるのである。
空は無や断滅ではない。
肯定と否定、有と無、常住と断滅というような、二つのものの対立を離れたものである。したがって、空とは、あらゆる事物の依存関係(relationality)にほかならない。

・龍=ナーガ。
樹はアルジュナ(昔の英雄の名)の音写。
龍樹は150-250年ごろの人と推定されている。

・龍樹に関する複数の記録の共通点。
① 南インドと関係。
② バラモン階級の生まれ
③ 博学で特にバラモンの種々の学問を修めた。
④ 一種の錬金術を体得していた。
※インドでは錬金術をシヴァ教の一派の水銀派なるものが昔から行っていた。
この水銀派の開祖をやはりナーガールジュナという。

ナーガールジュナ複数説。
『中論』などの空思想を展開した著者としての、化学(錬金術)の学者としての、など複数のナーガールジュナが考えられる。

・大乗仏教は、上座部仏教を「小乗」であり利己的で独善的だと攻撃した。
大乗仏教は、利他行を強調した。大乗仏教では慈悲の精神に立脚して、生きとし生けるもの(衆生)すべてを苦から救うことを希望する。

・中央インドのマトゥラー市と西北インドのガンダーラ地方とが仏像制作の中心地だった。
マトゥラーではアショーカ王以来のインド国粋美術の伝統に従っているが、
ガンダーラではギリシア美術の影響がいちじるしい。

(釈迦は個人崇拝も偶像崇拝も禁止したのにね。法を説く人を崇め奉るのではなく、法を実践せよと説きました)

・般若経典における空観
すでに原始仏教において、世間は空であると説かれていた。

P.60“「常に心に念じて、〔何ものかを〕アートマン(我)なりと執する見解を破り、世間を空であると観察せよ。そうすれば死を度(わた)るであろう」『スッタニパータ』一一一九”

般若経典ではさらに発展せしめ、大乗仏教の基本的教説とした。
般若経典としては、『大般若波羅蜜多経』、『般若心経』、『金剛(般若)経』、『理趣経』などがある。

われわれは固定的な「法」という観念を懐いてはならない。
一切諸法は空である。
何となれば、一切諸法は他の法に条件づけられて成立しているものであるから、固定的・実体的な本性を有しないものであり、「無自性」であるから、本体をもたないものは空であるといわねばならぬからである。
そうして諸法が空であるならば、本来、空であるはずの煩悩などを断滅するということも、真実には存在しないことになる。かかる理法を体得することが無上正等覚(むじょうしょうとうがく。さとり)である。そのほかに何らかの無上正等覚という別なものは存在しない。
実践はかかる空観に基礎づけられたものでなければならない。
救う者も空、救われる衆生も空、救われて到達する境地も空。
また身相(身体的特徴)をもって仏を見てはならない。
あらゆる相はみな虚妄であり、もろもろの相は相に非ず、と見るならばすなわち如来を見る。
かかる如来には所説(説いている事柄)の教えがない。教えは筏のようなものであり、衆生を導くという目的を達したならば捨て去られる。
かかる実践的認識を 智慧の完成(般若波羅蜜多)と称し、
与える(布施)・
いましめをまもる(持戒)・
 たえしのぶ(忍辱)・
 つとめはげむ(精進)・
 静かに瞑想する(禅定)
 という五つの完成と併せて<六つの完成>(六度、六派羅蜜多)と称する。

・在家仏教運動
空観からの論理必然的な結論として、輪廻とニルヴァーナとはそれ自体としては何ら異ならぬものである、と教えられた。
しからばわれわれの現実の日常生活がそのまま理想的境地として現わし出されねばならぬ。
理想の境界はわれわれの迷いの生存を離れては存在しえない。
空の実践としての慈悲行は現実の人間生活を通じて実現される。
この立場を徹底させると、ついに出家生活を否定して在家の世俗生活の中に仏教の理想を実現しようとする宗教運動が起こるに至った。

・『華厳経』の趣意は、現象界の諸事象が相互に密接に連関しているという、いわゆる事事無礙(じじむげ)の法界縁起の説にもとづいて菩薩行を説く。
菩薩の修行には自利と他利との二方面があるが、菩薩にとっては、衆生済度ということが自利であるから自利即他利である。


・浄土教
一部の大乗教徒は現世を穢土であるとして、彼岸の世界に浄土を求めた。
阿閦仏(あしゅくぶつ)の浄土たる東方の妙喜国、弥勒菩薩の浄土である上方の兜率天(とそつてん)などが考えられ、これらの諸仏を信仰することによって来世にはそこに生まれることができると信じたのであるが、後世もっとも影響の大きかったのは阿弥陀仏の浄土である極楽世界の観念である。
阿弥陀仏の信仰は当時の民衆の間に行われ、諸大乗経典の中に現われているが、とくに主要なものは左の浄土三部経(『仏説無量寿経』、『仏説観無量寿経』、『仏説阿弥陀経』)である。

・『法華経』は、とくに有名な鳩摩羅什訳による『妙法蓮華経』によると、
声聞乗(釈尊の教えを聞いて忠実に実践すること)
縁覚乗(ひとりでさとりを開く実践)
菩薩乗(自利利他をめざす大乗の実践)
の三乗が一乗に帰することを、非常に強く主張している。
従来これらの三乗は、一般に別々の教えとみなされていたが、
それは皮相の見解であって、いずれも仏が衆生を導くための方便として
説いたものであり、真実には一乗法あるのみである、という。
種々の教えを成立せしめる根源は、時間的・空間的限定を超えていながらしかもその中に開顕し来る絶対者・諸法実相の理にほかならない。これが久遠の本仏である。世間の一切の天・人は釈迦如来がシャカ族から出家し、修行してさとりを開き、八十歳で入滅したと考えているが、実は釈尊は永遠の昔にさとりを開いて衆生を教化しているのであり、常住不滅である。人間としての釈尊はたんに方便のすがたにほかならない。


・古代インドにおける伝統的保守的仏教(いわゆる小乗仏教)のうちでも代表的な哲学派であった説一切有部(略して「有部」)は中観派を目して「都無論者」(とむ ろんじゃ。一切が無であると主張する論者)と評している。
しかし『中論』はけっして「無」を説いているのではない。『中論』では、有と無との二つの極論(二辺)を排斥している。
ナーガールジュナは「有」を否定するとともに、「有」がない以上、当然「有」と相関関係にある「無」もありえない、と主張する。
さらに有と無を否定する以上、当然事物の常恒性を主張する見解(常見)と事物の断滅を主張する見解(断見)とも排斥している。
『中論』が排斥しているこの断見のほうが虚無論(ニヒリズム)と呼ばれるものであり、現にそういう意を訳している学者もある。

と見rんだ王のやつ読んだらここに追加する予定





みづはし ‏@the_tenth_art 2015年8月9日
デカルトは意識は松果体にあると言った。これは何でも物事を区分けして考えようとするアリストテレス以来の西洋哲学の悪癖。インド哲学では、ミリンダ王の問いに見られるように一つ一つに分解せずに物事を総体として見る考えがあった。車を車たらしめているのは車輪でも座席でもない。全体が車なのだ。

T-T ‏@TT32768 2010年10月1日
大乗仏教の「ミリンダ王の問い」では「車輪、イス、その他、どれが車か?」と問われ「どれも車ではない」と答え「手、足、体、どれが私か?」と問われ「どれも私ではない」と答え、「ならば私とは何か?」「それらの集まりだ」つまり「すべての名は「仮」のものだ」とする。多一論もそういうものか。

蒼穹のカウパー ‏@shiomura_kojin 1月20日
ミリンダ王の問い、開幕から「坊さん(偉い)がミリンダ王の前世にゴミを捨てるよう命令するも無視したので殴られ、異常に怯えながらゴミを捨てる」だったので腹を抱えて笑ってる。

ミリンダ王の問いに代表される空
http://libpsy.com/mirinda-kuu/4054/
”この世に存在するものは全て実体はない。

すべて因縁によって存在するようになったのが「空」です。

つまり『色即是空(しきそくぜくう)、空即是色(くうそくぜしき)』(この世界の森羅万象は空で、しかも森羅万象は空から発生する)のです。
(…)
この理解が難解至極のために、ヨーロッパの学者からも、仏教内でさえも仏教は「ニヒリズム(虚無主義)、無神論、否定主義」などと批判された歴史があります。
(…)
西洋の論理の伝統であるアリストテレス論理(形式論理学)以来の実在論によれば、有か無かどちらかしかないのです。

しかし、ナーガールジュナが著(あら)わしたインド大乗仏教中観派における空の理論の「空観」。そして彼の代表著作の「中論」。
これらでは「有」とともに「無」をも否定しています。

ここに分かりやすい日本の事例をいくつか挙げておきます。

●江戸時代前期の臨済宗の僧の至道無難(しどうぶなん:1603~1673)は
「草木国土、悉皆成仏」(仮名法語)と歌っています。

『草木も 国土もさらに なかりけり ほとけといふも なおなかりける』

ここでは「仏はいない」と仏教僧が公然と言っています。

●浄土宗の開祖の法然(1133~1212)も「空」が難解すぎて全く理解できず、臨済宗の開祖の栄西(1141~1215)に仏について質問しました。その際に栄西は、

『仏などいない、いるのは狸と狐ばかりである』

と言いました。

キリスト教の宣教師が、江戸時代に日本に来た時に日本の僧侶が仏像を拝むのを見て、
「仏なんかは塵芥(ちくありた:チリ、ゴミ)だ」と僧を批判しました。
キリスト教では愚像崇拝はいけないことだ、と頭から決め込んでいるのです。
しかし、僧は『仰るとおり、仏など塵(ゴミ)に過ぎない』と言って一喝したというエピソードがあります。
「神はあるか?」と問われれば、(ギリシャのアリストテレスの)形式論理学で言えば「ある」「ない」の二つしかない。
キリスト教やイスラム教では「ある」と答えないと信者にはなれない。
「ない」と答えれば無神論者になる。
しかし仏教では「仏はない」「仏なんぞ塵芥(ゴミ)にすぎない」と答えても立派に仏教徒でありうる。


●愚管抄の著者の慈円(1155~1225)は、

『ひきよせて むすべば柴の 庵にて とくればもとの 野はらなりけり』

と歌っています。これも「空」の歌です。
庵(いおり)とは草木で結んで作った質素な小屋のことで、僧や世捨て人が仮住まいとしていたものです。庵は「建築する」のではなく「結ぶ」と言ったのです。その辺の柴をかき寄せてて結んで作って庵、もし結び目を解いてしまえばそこには何もない。
結べば庵はある。結び目を解けば庵はない。
したがって、あるといえばあるし、ないといえばない。
庵はもともと存在しなかった。が、空(非実在性)は実在を生み出す。
結びさえすれば庵ができる。
庵は存在せず「無」。柴を結んで「有」になる(=空即是色)。結びを解けば庵はなくなる(=色即是空)。


●豊臣秀吉の辞世の句では、

『露(つゆ)と落ち 露と消えぬる わが身かな 浪華(なにわ)のことは 夢のまた夢』

と歌われました。夢とは実在ではないが、夢を見ているときは確かに存在していると思っている。秀吉は貧しい農家で生まれ、足軽、侍大将、摂政関白にまでなったことは現実のことなのか、夢ではいけないのか、現実と思うことが誤りではないのか。すべては仮説ではないのか。
・・空と唯識に対しての大変深い理解をうかがえます。

●織田信長が好んで舞った、能の「敦盛(あつもり)」の、

『人間(じんかん)五十年 下天のうちに比べれば 夢幻のごとくなり』

・・これも空とも考えられます。

●戦国大名の大内義隆(1507~1551)が家臣の陶晴腎(1521~1522)に襲われて殺された折りの辞世の句

『討つものも 討たるるものも もろともに 如露亦如電(にょろやくにょでん) 応作如是観(おうさぜにょぜかん)』

討つ側(陶側)と討たれる側(義隆ら)も、露が落ちるように、また、稲光が一瞬の閃光とともに消え去るように、変転果てしが無いこの世の万物の理である。それは、仏が種々に実身を変幻し、他の容を示現する作業と同じことであろう。私は、これらの事を、ありのままに観じ、自己を捨て去ろう。
・・これも同じく空です。

龍樹(ナーガールジュナ)の空の理論を、
古代ギリシャ哲学のアリストテレスの形式論理学を超えたという意味で
『超論理学』と呼びます。

こう呼ばれるのに至ったにも、西方の形式論理学と、東方の超論理学が正面対決したエピソードがあります。
それが「ミリンダ王の問い」(中村元、早島鏡正・訳)です。

ミリンダ王は、凄まじい権力者で哲学教養も豊かでな人物で、紀元前160~140年頃にインドへ侵入してパキスタンを首府にインドを統合しました。
その際に、ミリンダ王は、インドの真の知的優越者ナーガセーナ長老に会いました。
ここで形式論理学(ミリンダ王)vs 超論理学(ナーガセーナ)のバトルが行われました。

この議論の最後に、ミリンダ王は「空」を悟ります。

ナーガセーナ「王よ、あなたが車でここまでやってきたのなら、何が車であるか告げてください。軸ですか?車輪ですか?車体ですか?」

ミリンダ王「どれも違う。」

王は、ナーガセーナの問いに全て「否」と答えた。
ではそこに車はないのか、そこに存在する車は何なのか。名前だけのものか。

ミリンダ王「軸に縁って、車体に縁って、「車」という名前が起こるのです」

ナーガセーナ「そうです。王よ。あなたは車を正しく理解されました。私自身も、形に縁って、感受作用に縁って、表象作用に縁って、形成作用に縁って、識別作用に縁って、ナーガセーナという名前が起こるのであります。そこで人格的個体は存在しないのです。」

ミリンダ王は、実念論(realism リアリズム:普遍的に概念が実在している立場)だけでなく、
文字色唯名論(nominalist ノミナリスト:存在するのは個々のものだけ、普遍的なものは便宜上の名前に過ぎないという者)も克服しました。

この「車の譬(たと)え」は、昔から人々に愛好されたストーリーで仏教入門として最良のものです。

このように車を車輪などのいくつかの構成部分に分解して、車という実体はないと観ずる説明を「析空観(しやつくうがん)」と言い小乗仏教の説く空です。
対して大乗仏教では、ものの存在そのものを空であると見なします。
小乗は、空のみを見て不空を見ないから「但空(たんくう)」で、
大乗は、一切の事物を空であると見なしながら、同時に空でない面も見るから「不但空(ふたんくう)」=中道空(ちゅうどくう)なのです。


『ミリンダ王の問い』(Milinda Pañha, ミリンダ・パンハ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%80%E7%8E%8B%E3%81%AE%E5%95%8F%E3%81%84

『ミリンダ王の問い』
http://hishikai.exblog.jp/8109223/


インド文学・数学・仏教

親としてのインド思想

西洋思想への影響の情報集
http://kawauchi.la.coocan.jp/bukyoeikyo.htm
”わが国では江戸時代のベストセラーかつロングセラーであった『塵劫(じんこう)記』(吉田光由著)に初登場している。これは古くインドの仏典にあり、後、中国の『算法統宗』他各名著に記録され、これがわが国に輸入されたのである。一、十、百、千までは一桁の単位で、万以上は四桁ごとの単位である。

万、億、兆、京、垓、杼、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙(こうがしゃ)、阿憎砥(あぞうぎ)、那由化(なゆた)、不可思議、無量大数[無量(1068)と大数(1072)を別にすることもある]。これらの数詞には仏典由来のものが少なくない。

〔使用例〕千載(1047)一遇[各種国語辞典には「千載(千年)に一回しかあえないようなめったにない好機会(chance of a lifetime)」などとしているが、数学では 載年=(1047)年であり、広辞林(三省堂1941版)では千年一遇としていて、千載一遇は載せていない。]

◆小さな数の呼び名

前掲『塵劫記』に、大きな数の呼び名と共に記録されている。このほうは、分が100分の一で、他は一〇分の一単位となっていて、23桁あり、(10-25)になっている。

分、厘、毛、糸、忽、微、繊、沙、塵、埃、渺、漠、模糊(もこ)、逡巡、須庚(しゅゆ)、瞬息、弾指、刹那、六徳、虚、空、清、浄
(→極微→0→涅槃)  (→極微→原子論) 〔使用例〕塵埃とか、繊細な神経、または説明が暖昧模糊としている。
虚であり、空であり、清であり、浄であるのは、仏教の涅槃への段階でもある。また極微から原子論への進展もある。

[参考〕比の表し方の一つである歩合では、"割”の単位が”分”の前にある。打率が三割二分五厘とか金利などがそれである。割(ten percent,10のマイナス2乗)は日本独特のもの。

しょう‐じょう【清浄】シヤウジヤウ 清くてけがれのないこと。「―潔白」 

〔仏〕悪業の過失や煩悩のけがれをはなれていること。「六根―」(広辞苑)

ごく‐み【極微】〔仏〕(梵語 paramanu) それ以上分割できない物質の最小単位。七つの極微で一微塵を構成し、それらが集まって物質が構成されるとする。極微塵。(広辞苑)

ごくみ<極微>は、梵語パラマーヌ「最も微細な粒子」の訳。あらゆる物質の本質的な構成要素で、見ることも触ることもできないものとされる。現在の原子論は「極微」説に由来するといわれる。(岩本裕著日常仏教語 中公新書288)
(…)
宗教集団としてのピタゴラス派はオリエント風の信仰で、霊を善、肉体を悪とし、霊肉二元論として魂の不死と転生を説く。霊魂の浄化をたんなる祭祀や秘儀にだけでなく、道徳的、政治的活動に、さらに知識の獲得に求めるようにした。霊浄化の手段は純粋の知識の獲得(法門無量誓願学)にテオーリア(静観・理論の意味で、仏教の禅定、仏道無上誓願成)に求められた。

輪廻説のような「東洋的で非ギリシア的な思想」(インドからマケドニア、トラキア起源といわれるオルフェウス教を哲学的に発展させたとされる)はやがてプラトンにもみられるギリシア思想の宗教的潮流となっていく。
(オルフェウス教:レナル・ソレル著、脇本由佳訳、白水社「文庫クセジュ」863)

オルフェウス教は、19世紀以降、墓地の発掘の際に「オルフェウスの金板」が幾つか発見され、それによると、紀元前5~4世紀に遡り、アッテカ(アテナイを含む地域)からシチリア島へ、南イタリアからローマへ伝わったことが証明される。紀元前1~2世紀に宇宙と神々の誕生を説明する新しい説が二つ生まれた。「24の叙事詩からなる聖なる言説」とヒエロニュモスとヘラニコスのものといわれる宇宙誕生譚である。ギリシア各地で「オルフェウスの流れ」が不意に出現してから一千年以上もたった紀元5~6世紀にアテナイとアレキサンドレイアの新プラトン派学者たち(シュリアノス、プロクロス、オリュンピオドス、とくにダマスキオス)が、とりわけオルフェウス教の宇宙と神々の誕生譚に関心を抱くようになり、それを「聖なる書」と見なした。彼等はそれを体系的にプラトンと調和させようと努めることになった。プラトンの著作が一種の神学を伝えると確信していたからだとされる。オルフェウス教の宇宙誕生譚がわたしたちに伝えられるのは、それがギリシア神話に関係づけられるからなのである。そして他方では間接的影響が初期キリスト教に確実に及んだ。聖パウロの神論で、人間の魂はオルフェウス教でいう意味でも、さらにはプラトン的意味でも、「神的なもの」ではない、と断言されていた。オルフェウスは新プラトン派の中心的教義を先取りしていたのだが、その教義を後にキリスト教思想が発展させ、完成することになるのだと説いている。

ピタゴラスの宗教上の意見は輪廻転生の説であり、イタリアのクロトーンにおいて道徳的宗教的教団を組織し、厳格な戒律を布き、宗教的改革家として多大の感化を与えた
。(波多野精一著「西洋哲学史要」大日本図書株式会社刊 P34)

釈迦と同時代であり、関係の深さを示す次のような伝説が残っている。
ピタゴラスはシャカと会見し、人間の転生について意見が一致したというギリシアの伝説である。史実は別にして、それほど関係が深かったことに驚いた。

しゃか‐むに【釈迦牟尼】(梵語 ?akyamuni 「牟尼」は聖者の意) 仏教の開祖。その生没年代は、前五六六~四八六年、前四六三~三八三年など諸説がある。インドのヒマラヤ南麓のカピラ城の浄飯王(ジヨウボンノウ)の子。母はマーヤー(摩耶マヤ)。姓はゴータマ(瞿曇クドン)、名はシッダールタ(悉達多)。生老病死の四苦を脱するために、二九歳の時、宮殿を逃れて苦行、三五歳の時、ブッダガヤーの菩提樹下に悟りを得た。その後、マガダ・コーサラなどで法を説き、八○歳でクシナガラに入滅。シャーキヤ‐ムニ。釈尊。釈迦牟尼仏。(広辞苑)

ピタゴラス【Pythagoras】ギリシアの哲学者・数学者・宗教家。サモスに生れ、南イタリアで教団を組織、霊魂の救いを目的とする新宗教を説き、宇宙の調和の原理を数とそれの比例とした。(前570頃 ―)

こんな伝説があるくらいで、仏教思想の影響が大きいと思われ、ギリシア哲学の「アトム」の思想は「極微」によるとされる。(日常仏教語 岩本裕著 中公新書)
(…)
アレクサンドロス大王東征によるヘレニズムと仏教の融合

   (アレクサンドロス大王と東西文明の交流展による)

アレクサンドロス大王の東征の後、中央アジア、インド亜大陸では、クシャーン朝下のガンダーラにおいてグレコ・バクトリア・ローマ・インド・イラン式のガンダーラ仏教美術が誕生した。このガンダーラ美術を再読すると、次のように解することができると説いている。神ではないが、「霊魂の導師的存在」であるギリシア神話の中の海獣(ケートス、トリトン)を重視し、それらが仏教の到彼岸=涅槃=極楽往生のエスコートとして用いられ、やがてその役割が釈迦牟尼仏陀に取って代わられ、仏像が創造されたという新しい見解を提示した。また、ディオニュソス神に関係するエロティックな図像も積極的に用いたが、これらが通説とは異なり、到彼岸=涅槃=極楽往生の至福悦楽を具体的に再現している聖画像であったからである。この交流展では、ギリシアの諸神がガンダーラにおいて仏教や天部の直接モデルとなることを図像学的に示していた。例えば「花綱を担うエロスの浮き彫り」(クシャーン朝、2-3世紀、パキスタン、スワート出土)では、花綱はギリシア起源で死者の霊魂を無事にあの世に導くものと考えられ、エロス(アモール)と共にローマ時代の石棺装飾に多用された。これが仏教美術に採り入れられ、ストゥーパの仏伝図を荘厳していた例などが挙げられる。
さらにギリシア神の「ヘルメス」は「大黒天」となって日本に渡り、また「ヘルメス」は「毘沙門天」となって伝わった。「北風ボレアス」は「風神」となり、「ゼウス+雷てい」は「帝釈天」に、「ヘラクレス+棍棒」は「執金剛」「金剛杵」そして「仁王」となり、「テュケ女神」は「訶梨帝母」となり中央アジア原産の石榴を伴って「鬼子母神」となった。「海獣ケートス」はドラゴンに姿を変え、そして龍となって仏教を守護する。また、菩薩像の首飾りによく見られる像であるという。仏塔基壇などを支える「アトラス神」はギリシア神話で天空を支える巨人神であり、肩でストゥーパを支える。ガンダーラで仏教彫刻に採り入れられたギリシア神は、ヘルメス(メルクリウス神で商業の神、体育・教育施設の守護神)、ヘラクレス神(体育・教育施設の守護神)、ディオニュソス神(バッカス神)、ボレアス神(北風神)、テュケ女神(豊穣と都市の守護神)、ニケ神(勝利の神で、ナイキの語源)、ヘパイストウス神(造化・鍛冶の神)、アトラス神(天空を支える巨人神)、ポセイドン神、ニュクス=ノクス女神(夜の神)、エロスなどが上げられている。このようにギリシア神と仏教の融合は極めて深いものがあったのである。

拝火教の影響─弥勒菩薩と東大寺お水取りの火の行法「だったん」

(…)
バクトリア王国 ミリンダ王の問い

アショカ大王の死後統一力を失ったマウリア王朝。 そのため、西北インドはギリシャ王の支配するところとなった。紀元前の2世紀中頃、現在のアフガニスタンのカーブル近郊で生まれたギリシア人のミリンダ(メナンドロス)王は、紀元前2世紀の後半、この西北インドを支配した。王であるとともに偉大な哲人であった彼は次々とインドの哲学者を論破していく。仏教の思想を論破するため当時の仏教教団の指導者の一人であったナーガセーナ長老と対論を始めた。ナーガセーナ長老はインドの仏教界の中で唯一ミリンダ王と対論することが可能であるだろうと思われるインド随一の哲人であった。

あなたは誰か――ミリンダ王の問い (隔月誌『Paramahamsa』27号より)

今よりおよそ二千年以上も昔のこと、古代ギリシアの人々は地中海世界を征服し、その勢いはインドの西北、現在のアフガニスタン、パキスタン辺りにまで及んでいた。そこにギリシア人たちは王国を建て、中でも繁栄を極めたバクトリア王国は、インド内部にまでその版図を広げた。その最盛期に現れたのがメナンドロス王である。メナンドロス――インド名ミリンダ――は実在した王であり、また仏教には、彼に帰せられる『ミリンダ王の問い』なる準聖典が伝えられている。ギリシア人としての哲学的素養からか、ミリンダ王は征服地であるインドの哲人を訪れたいと考えたようである。当地の仏教サンガを率いていた長老ナーガセーナのもとを訪ね、挨拶を交わし、型通り相手の名を問うところから彼の問いは始まる。
「あなたは名を何と言われますか」
「大王よ、私はナーガセーナとして知られています。だがこの『ナーガセーナ』という者、単なる呼び名であり、標識、記号、ただの言葉に過ぎませぬ。人格の実体などは存在しないのです」
王は、これは異なこと、と、そこに居合わせた人々に呼びかけた。
「皆々方、私の言うことを聞かれい。これなる人物ナーガセーナは、ここに人格の実体がないとおっしゃる。さてこんなことを認めてもよいものだろうか」
そしてさらに長老に問うた。
「もしあなたの言われる通りなら、あなたに布施をする者、それを受けて修行する者などはいったい何者でしょうか。戒を破り罰を受ける者とは誰なるや。言われる通りなら、善も悪も、それを行う者も行わせる者もないし、あなたを殺す者にも罪なしとはなりませぬか。あなたは『私はナーガセーナと知られている』と言われるが、その『ナーガセーナ』とはいったい何ですか。頭髪か、肌か、爪か、歯か」
「そうではありません」
「では肉か筋か骨か、腎臓か心臓かそれとも脳髄か」
「そうではありません」
「では肉体、感覚、思い、性格、意識のいずれかですか」
「違います」
「ならば、そういったものとは別に『ナーガセーナ』があるのですか」
「そうではありません」
「何と!私はあなたに問いを重ねながらも、『ナーガセーナ』が何なのか一向に合点まいりませぬ。それは単なる名称に尽きますのか。とはいえ実体なくして名称のみあるはずもない。あなたの言われることは無茶苦茶ですぞ。『ナーガセーナは存在せず』などとは」
長老ナーガセーナはこれに対しこう問い返した。
「大王よ、あなたは今日ここに歩いてこられましたか、それとも車に乗られてか」
「車に乗ってです」
「さらば、あなたは車の何たるかをご存知であろう。私にそれが何かを教えて下さい。それは轅ですか」
「いえ、そうではありませぬ」
「車軸が車だろうか。それとも車輪か、車室か、車台がそれか」
「そうではありませぬ」
「では、軛か綱か鞭か」
「違います」
「ならばそれらを寄せ集めれば車になりますか」
「そういうわけでもありませぬ」
「となれば、それ以外に車なるものがありますか」
「いや、さにあらず」
「大王よ、私は車が何なのか一向に合点できませぬ。それは名称に過ぎぬのか。あなたの言われることは無茶苦茶ですぞ。さてや皆の衆、このような嘘偽りを果たして認めてもよいものだろうか」
この問答を聞くや、ギリシア人たちは長老に歓呼し、王を励まして言った。
「さあ大王様、精一杯弁論して下さいよ!」
ミリンダ王は長老ナーガセーナにこう抗弁した。
「私は嘘偽りなど申してはおりませぬ。『車』というは、轅・車軸・車輪・車室・車台に依存し、呼び名・標識・記号として成り立つものにござる」
ナーガセーナ長老、ここでわが意得たりと、こう言った。
「よくぞ言われた、大王よ。あなたは車の何たるかが分かっておられる。それとまるで同じですぞ。私ナーガセーナとは、頭髪・肌・爪、骨に肉、心臓に脳髄、感覚、思いなど、もろもろに条件的に依存し、呼び名・標識・記号として成り立つ一方、人格の実体ではござりませぬ」
これにはさすがの大王も歓びの声を上げた。
「驚嘆に堪えません、ナーガセーナ殿!まこと鮮やかな問答であります。尊者ブッダがここにおられたなら、さぞお褒めになったでありましょう。ナーガセーナ殿、お見事」
王と長老の問答はこうして始められた。

賢者の論と王者の論 

以下は有名な「賢者の論」と「王者の論」について語ったくだりである。
ミリンダ王 「尊者ナーガセーナよ。私とともにまた対論しましょう。」
ナーガセーナ長老 「大王よ。もしもあなたが賢者の論をもって対論なさるのであるならば、私はあなたと対論するでしょう。しかし、大王よ。もしもあなたが王者の論をもって対論なさるのであるならば私はあなたと対論しないでしょう。」
ミリンダ王 「尊者ナーガセーナよ。賢者はどのようにして対論するのですか。」
ナーガセーナ長老 「大王よ。賢者の対論においては、解明がなされ、解説がなされ、批判がなされ、修正がなされ、区別がなされ、細かな区別がなされるけれども、賢者はそれによって怒ることがありません。大王よ。賢者は実にこのように対論するのです。」
ミリンダ王 「尊者よ。また王者はどのようにして対論するのですか。」
ナーガセーナ長老 「大王よ。しかるに実に諸々の王者は対論において1つの事のみを主張する。もしそのことに従わないものがあるならば、『この者に罰を加えよ』と言って、そのものに対する処罰を命令する。大王よ。実に諸々の王者はこのように対論するのです。」
ミリンダ王 「尊者よ。私は賢者の論をもって対論しましょう。王者の論をもって対論しますまい。」

ここにおいて長時間にもわたる「ギリシア思想」対「仏教思想」の問答が開始されたのであった。
①時間の起源とは?
ミリンダ王「過去の時間の起源は何ですか。未来の時間の起源は何ですか。現在の時間の起源は何ですか」
ナーガセーナ長老「過去の時間と未来の時間と現在の時間の起源は、
無明(一切の煩悩の根源)を表している。無明(一切の煩悩の根源)を縁として行(形成力)が生まれ、
形成力を縁として識(認識作用)が生じ、
認識作用を縁として名色(心・精神の有する物)が生じ、
名色を縁として六処(認識領域)が生じ、
認識領域を縁として触(感覚器官による知覚)が生じ、
触を縁として受(感受)が生じ、
感受を縁として愛(迷妄の執念)が生じ、
愛(迷妄の執念)を縁として取(執着)が生じ
執着を縁として有(生存)が生じ、生存を縁として生(誕生)があり、
誕生を縁として苦(苦しみ)が生じる。
このようにしてこのすべての時間の始源(一切の煩悩の根源)は認識することができない。」
ミリンダ王「尊者ナーガセーナよ、あなたは『始源は認識することができない』と言われましたが、その始源とは何ですか」
ナーガセーナ長老「大王よ、過去の時間がその始源です」
ミリンダ王「尊者ナーガセーナよ、あなたは『始源は認識することができない』と言われましたが、尊者よ、始源はすべて認識できないのですか」
ナーガセーナ長老「大王よ、あるものは認識され、あるものは認識されません」
ミリンダ王「尊者よ、それはいかなるものが認識され、いかなるものが認識されないのですか」
ナーガセーナ長老「大王よ、それよりも以前には全然いかようにも無明(煩悩の根源)が存在しなかったというこの始源は認識されません。しかし以前には存在しなくてもいま生じ、存在してふたたび滅びるというもののこの始源は認識されます」
②輪廻とはなにか?
ミリンダ王「尊者ナーガセナよ、あなたが輪廻と言っているところの、その輪廻とは何ですか」
ナーガセーナ長老「大王よ、この世で生まれたものはこの世で死に、この世で死んだものはあの世に生まれる。あの世で生まれたものはあの世で死に、あの世で死んだものはさらに他所に生まれる。大王よ、このようなものが輪廻です」(77項)
ミリンダ王「尊者ナーガセーナよ、死んでからのち、次の世に生を結ばないものがいますか」
ナーガセーナ長老「ある者は次の世に生を結びますが、ある人は次の世に生を結びません」
ミリンダ王「誰が次の世に生を結び、また誰が次の世に生を結ばないのですか」
ナーガセーナ長老「大王よ、煩悩のある者は次の世に生を結びますが、煩悩のない者は次の世に生を結びません」
ミリンダ王「それでは尊者よ、あなたは次の世に生を結びますか」
ナーガセーナ長老「大王よ、もしも私が執着を持っているなら、次の世に生を結ぶでしょう。またもし執着を持っていなければ、次の世に生を結ばないでしょう」(32項)

長時間にわたりナーガセーナ長老と対論を交わしたミリンダ王は、その後仏教徒になった。

参考書籍:清水書院 森祖道・浪花宣明著「ミリンダ王~仏教に帰依したギリシア人」
       東京書籍 中村元著「仏教経典散策」
       角川ソフィア文庫 増谷文雄・梅原猛著「仏教の思想 智慧と慈悲」
ギリシア科学のベースとなる分析・総合に、仏典(倶舎論)に見られるような五位七十五法表の分析や解脱の考え方や極微の考えが影響しているのではないかと考えられる(私注)。

アレクサンドロス東征以後で、インド王とギリシア王の交流があったことを示す話が伝えられている。このころ、インド王がギリシアにイチジクと酒と哲学者を注文した際、アンティオコス王は、「イチジクと酒はお送りするが、学者の売買は禁止されていて、できない」と返書したという。

くしゃ‐ろん【倶舎論】(梵語 Abhidharmako?a-bhasya) 三○巻。世親の著。玄奘(ゲンジヨウ)の訳。詳しくは阿毘達磨倶舎論。小乗仏教の教理の集大成である「大毘婆沙論」の綱要書。一切諸法を五位七十五法に分け、迷いと悟りについて詳細に論ずる。仏教の基礎的教学書。倶舎。(広辞苑)

せしん【世親】(梵語 Vasubandhu  旧訳は天親テンジン) 西紀320-400年頃、いまのアフガニスタンのペシヤワル(ガンダーラ)に生まれた北西インドの僧。初め小乗仏教を学び、後に兄無着(ムジヤク)に教化されて大乗に入った。兄と共に唱えた唯識仏教は中観学派と並んでインド大乗仏教の二大系統をなした。著「倶舎論」「唯識二十論」「唯識三十頌」「浄土論」など。世親菩薩。ヴァスバンドゥ。(広辞苑)

ガンダーラ【Gandh ra・健駄羅】パキスタン北西部、ペシャーワル地方の古名。紀元前後より数世紀間にわたって、この地を中心にギリシア美術の影響を受けた仏教芸術が発達。ケンダラ。

「ゼロの発見」(少なくとも前2世紀という)に始まるインド数学の発展は、おそらく、クシャン朝からグプタ朝へと成熟してきたものだろう。その時期は、大乗仏教哲学の形成期でもある。

ゼロの記号を数の記号中に人類が用い始めるまで千年を費やしたという。(カヂヨリ著「数学史講義」一戸直蔵訳 大鐙閣刊 P4)

だいじょう‐ぶっきょう【大乗仏教】‥キヤウ 紀元前後頃からインドに起った改革派の仏教。従来の部派仏教が出家者中心・自利中心であったのを小乗仏教として批判し、それに対し、自分たちを菩薩と呼んで在家者を重視し、利他中心の立場をとった。中国・日本・チベットなどの北方仏教はいずれも大乗仏教の流れを受けている。(広辞苑)

インド哲学の特質について、ホルステッドのように、「空虚な無に対して、単に位置・名称・記号のみでなく、有力な力を与えたのは、その母胎たるインド民族の特質による。それは涅槃を能動力につくりかえたのに似る」などの説もある。インドのゼロを涅槃に結びつけるなら、2世紀からの中国数学における負数を陰陽に結びつ:けることは誰でも思いつくかも知れない。

ギリシア数学が「俗界」を否定し、純粋性を求めたことは、仏教の出家修行の考え方の影響ではないか(私注)。

ギリシア懐疑派の始祖、ピロン(前360-270ごろ)はペロポネソス半島のエリス市の人で、アレクサンドロス大王の軍に従って東方へゆき、インドで行者の苦行をみたという。帰国後エリスで学校を開いた。彼は生の終局目標を心の平静(アタラキシア)におき、このためすべての判断をやめること「判断中止」(Pyrrhonism)を説いた。これは仏教の「無分別」と酷似する。(玉井茂著「西洋哲学史 上」青木書房 P145)

あらや‐しき【阿頼耶識】〔仏〕(梵語 alaya-vijnana) 人間存在の根底をなす意識の流れ。経験を蓄積して個性を形成し、またすべての心的活動のよりどころとなる。唯識派で説く。八識の中の第八識。旧訳(クヤク)では阿梨耶識。略して阿頼耶・頼耶・阿梨耶・梨耶とも。

*インド科学の歴史には、グプタの後の時代に、現在まだ知られていないギャップがあるが、これは遠からず埋められるものと期待される。それは大部分インド半島の発展だったように思われる。平野は蛮族の侵入にあまりにもさらされていて、その侵入は、同じ時期にヨーロッパをも侵し、そこの概してギリシア、ペルシャ型の文化を破壊し、11世紀のアフガニスタンのガズニー朝のマハムード王の略奪で絶頂に達した。しかし、デカン高原と、そのさらに南方には、諸文化の一大会合地があったように思われる。すなわち、北方と海上からはギリシア―ローマ文化が、やはり海上からアラブとペルシャの文化が、また陸路による仏教の巡礼と海路による商人とによって中国文化が運ばれてきた。これらの刺激を得た以上当然ながら、繁栄と文化的進歩の諸条件の下にあった土着のインド人の才能は、知識の総合を生みだし、今度はそれが初期のイスラム科学を鼓舞することができた。科学への主な寄与は、数学と化学にあったように思われる。数学上の観念は、その形からみて、またその誤りの点ではおそらくなおさら、初期の中国のものを手本にした証拠がみられるが、インド人はパビロニア人の概念をも発展させたらしく思われる。(バナール著「歴史における科学 1 」 P103)

8世紀以降、ギリシアがイスラムと交代する。ギリシア数学を継承したのは、イスラム世界であった。ギリシアが現世から遮断された純粋性の中に体系を見出したのと反対に、イスラム人は課題の密着することで問題解決の技術に数学を見出した。特にインドの記数法とも結びついて、数量的処理が発達した。ピタゴラス的哲学でなく、ありのままの量として数を処理することになった。この思弁的でない「数概念」は成熟していった。負数や無理数に「数」としての権利を獲得させたものは、哲学や体系ではなく、この日常性であったという。

これは、インドでの出家から在家の日常への大乗仏教の広がりが影響していたのではなかろうかと思える(私注)。
(…)
仏教論理学と認識論  (三枝充悳著 「仏教入門」 岩波新書 p201-206) 

インドでは仏教誕生以前から対論や論争が実にさかんであり、それが論理学の形成を促した。このことは古代ギリシアと類似し、いわゆる論理学が組織的に研究されてその体系を確立したのは、人類史上ギリシアとインドに限られるといってよい。

その論理学を、仏教では「因(理由命題)にもとづく学」(へートゥヴィトヤー、因明いんみょう)と、インド哲学ではニヤーヤ(正理しょうり)と呼ぶ。
仏教論理学の歴史も古い。二世紀ごろの成立と推定される医学書の『チャラカ本集』、漢訳の残る『方便心論』(ナーガールジュナ著述説もある)、ナーガールジュナ著の『廻諍論えじようろん』といったテクストに、論理学への発言が伝えられ、それらに用いられる諸術語は、後代の仏教論理学にもインド論理学のニヤーヤ学派にも、ほぼそのまま共有される。

仏教論理学は精密な理論体系を誇る唯識説において磨かれ、そのひとりディグナーガ(陣那)が、知識論―認識論とともに樹立する。ディグナーガには『プラマーナ・サムッチャヤ』(知識集成論、『集量論じゅりょうろん』と訳されるチベット訳のみ)の主著のほかに、漢訳の『観所縁論』『掌中論ようちゅうろん』『因明正理門論いんみょうしょうりもんろん』などがある。
ディグナーガは、正しい認識(プラマーナ、量という)の根拠として、直接知覚(プラナィヤクシャ、現量)と推論(アヌマーナ、比量)との二種のみを承認し、直接知覚は分別(判断に相当しよう)を離れていて無内容であるが、それに推論が加わることによって具体的な認識として成立するという(このあたりはカントの感性論と分析論とにおける認識の成立と酷似する)。このように推論が効果(アルタクリヤー)を有することは、日常の経験から確認される(この点でアプリオリ…先天的、またトランスツェンデンタール=先験的〔超越論的〕を説くカントから離れる。ただしカントも弁証論では、対象との接触を欠いた理性は仮象を生むという)。
さらにディグナーガは、
推論を「自分のため(スヴァ・アルタ)の推論」と
「他人のため(パラ.アルタ)の推論」とに二分して、その認識論を進め、以後この二種の推論を論証に用いつつ、かれの最大の功績である論理学の確立に向かう(この「他人のための推論」を弁証論と名づける現在の専門家もいるが、それは少なくともカントのいうディアレクテイクとはかなり異なる)。かれはまた、認識の対象を個別(スヴア・ラクシャナ、自相)と普遍(サーマーニャ・ラクシヤナ、共相ぐうそう)とに分け、認識にさいしては両者がかかわると説く。ただし普遍は一種の観念的な存在(分別の所産)にすぎず、独立の個別がただ一回かぎりの刹那ごとに直接の認識の対象となるのであり、存在ではなくて、「他者の排除」を内容とすることを主張する。この排除(アポーハ、離)の話とその応用は、その後の仏教をふくむインド哲学の各学派に重用され、それぞれの認識論のキーワードとして論究される(それはスピノザの説く「否定」がヘーゲルにおいて最重要視された軌跡と類似する)。
ひとこと付加すると、認識の根拠について、上述の直接知覚と推論のほかに、古い資料(たとえぱ『廻諍論えじようろん』など)は「聖典のことば」(アーガマ、聖教量しょうぎょうりょう)と比喩(ウバマーナ、讐喩量)とを加えて四つ(四量)とする。しかし、験伽行派唯識(たとえば『解深密経』、ステイラマティの『唯識三十頒への註釈』)では比喩を除いて三つとし、またディグナーガは「聖典のことば」も推論にふくめて、上述のように二つとする。それは認識の対象が二種(個別と普遍)であることにもとづく。この二根拠(二量)説は、かれ以後の論理学に携わる人々(ダルマキールテイはもとより、バヴイヤなども)に伝えられ、守られた。

ディグナーガの論理学は、推論に関して、理由命題(ヘートゥ、因という)の具えるべき条件を三種として、これを「因の三相」という。その名称のみあげると、遍是宗法性へんぜしゅうほっしよう、同品定有性どうぽんじよううしょう、異品遍無性いほんへんむしょう であり、主として周延しゅうえん関係をいう。また理由命題のあり得る条件を九種あげて、これを九句因(やはり周延に関係して、九種のうち二種のみが正しい因とする)と称する。因の三相はアサンガがすでに説いているが、九句図説はディグナーガの新説とされる。とりわけかれの名は三支作法さんしさほう と呼ばれる新しい推論式の確立によって、インド全体に著名となり、これは新因明しんいんみょう と名づけられる。それはインド論理学(インド正統哲学にあり、またその諸派が採用)の伝統が五つの命題を掲げていた(五分作法ごぷんさほう という)のを、三つの命題(三支)に改革し、かれ以後はインド論理学のすべてに普及した。三支は、宗しゅう(プラナィシュニャー、主張命題。論証されるべきもの)、因いん(へートゥ、理由命題。論証の根拠)、喩ゆ(ドゥリシターンタ、実例。同喩と異喩との二つ)からなる。例はつぎのとおり。

宗……声(音)は無常である

因……(声は)つくられたものであるから

喩……すべてつくられたものは無常である、たえば瓶のように(同喩)。すべて常住のものはつくられたのではない性質をもつ、たとえば虚空のように(異喩)

新因明も因明も論証につねに喩を立てるという特徴があり、その喩は経験にもとづくと考えてよく、その全体は帰納的論理とみなされよう。かれの論理学には、年代不明のシャンカラ・スヴァーミン(商掲羅生しょうからしゅ、天主てんしゅ)の著わした『因明入正理論いんみようにっしようりろん』(玄装訳、サンスクリット本もある)という入門書がある。ディグナーガの論理学は、七世紀のダルマキールティ(法称ほつしよう)によって完成をみる。ダルマキールティの七種の著述がチベットに伝えられるなかで、(1)『正理しょうり一滴論』(『ニヤーヤ・ビンドゥ』、論理学小論)、(2)『量決択りょうけっちゃく』(『プラマーナ・ヴィニシチャヤ』、知識の決定)、(3)『量評釈』(プラマーナ・ヴァールヅティカ、知識批判書)の三部が主著とされ、それぞれ全体または一部にサンスクリット本が発見公刊され、チベット訳は完備する。各本とも諸註釈書があって、同時代にも後代にもいかによく読まれたかが知られる。
ダルマキールティは唯識説によりながら、かなり軽量部きょうりょうぶ に近く、たとえば外界を八識の所産に帰するのではなく、外界の存在は推理されるという。ただし有部うぶ のような外界の素朴実在論的ではなく、外界は推理されるのみと限定する。さらにかれは軽量部の刹那減の説を導入して、対象は刹那減であることを論証し、その意味においては非連続であり、同時にその流れは意識の流れと相応して連続を構想すると主張する。また推論の効果(アルタクリヤー)を重視して、認識の現実性は対象との斉合性であるともいう。
ダルマキールティは認識論にしても、論理学にしても、ほぼすべての問題を網羅し徹底的に論究した。ダルマキールティの全貌解明が現在進められているなかで、かれは仏教論理学を演繹えんえき的ないわゆる三段論法に一新した、と評する専門家もいる。かれの何人かの弟子のうち、デーヴェーンドラブッディなどが知られる。掉尾とうび を飾るかのように、モークシャーカラグプタ(十一―十二世紀)が出て、名著『タルカバーシャー』を著わした。タルカは論理またとくに推論、バーシャーはことばを意味する。この書は、ダルマキールティ説とそれ以後の展開とを、簡潔で内容豊かに紹介し解説して、仏教論理学の最もすぐれた綱要書とされる。
このような諸学問はその後も絶えることなく継承されたが、すでに信者の数も減少し、さらにイスラーム軍による寺院の破壊と出家僧の殺害にみまわれて、その拠点を失い、仏教はインドに衰滅を迎える。

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デカルト【Ren Descartes】フランスの哲学者。近世哲学の祖、解析幾何学の創始者。「明晰判明」を真理の基準とする方法により一切を方法的に疑ったのち、疑いえぬ真理の第一原理として「考える自己」を見いだし、そこから「思惟する精神」と「延長ある物体」とを相互に独立な実体とする二元論の哲学体系を樹立。著「方法序説」「第一哲学についての省察」「哲学原理」「情念論」など。(1596 1650)

スピノザ【Baruch de Spinoza】オランダのユダヤ系哲学者。デカルトの方法をさらに徹底させ純幾何学形式によってその体系を組み上げた。永遠で絶対な自己原因としての神が唯一の実体であり、唯一の存在である(一元論)。すなわち、神即自然(汎神論)。この神の属性中、吾人の認識し得るのは思惟(意識)と延長(拡がり)との二つだけで、世界の万物はこの二属性の諸様態にほかならない。この様態の世界では一切は厳密な必然性に従って生起し、同じく思惟・延長の二様態の合一体としての人間にもまた自由意志というものはあり得ない(決定論)。真の自由は知的観照を通じてこの必然性を「永遠の相の下に」洞察することにあり、これが神に対する知的愛であり、最高の善であるとする。著「エチカ」「知性改善論」「神学政治論」など。(1632 1677)    (仏教入門203頁)

ライプニッツのモナッドと仏教
ライプニッツ【Gottfried Wilhelm Leibniz】ドイツの数学者・哲学者・神学者。微積分学の形成者。モナド論ないし予定調和の説によって、哲学上・神学上の対立的見解の調停を試みた。今日の記号論理学の萌芽も示す。近代的アカデミー(学士院)の普及に尽力。主著「形而上学叙説」「単子論」「弁神論」「人間悟性新論」。(1646 1716)  (仏教入門182頁)

カントと仏教 (仏教入門202頁)
カント【Immanuel Kant】ドイツの哲学者。ケーニヒスベルク大学教授。科学的認識の成立根拠を吟味し、認識は対象の模写ではなく主観(意識一般)が感覚の所与を秩序づけることによって成立すること(コペルニクス的転回)を主張、超経験的なもの(物自体)は科学的認識の対象ではなく、信仰の対象であるとし、伝統的形而上学を否定し、形而上学を批判的基礎づけの学とした。同様に道徳や美的判断の根拠を明らかにし、文化の諸領域を基礎づけた。著に「純粋理性批判」「実践理性批判」「道徳形而上学原論」「判断力批判」など。(1724 1804)

ヘーゲル (仏教入門203頁)
ヘーゲル【Georg Wilhelm Friedrich Hegel】ドイツ古典哲学の代表者。彼の哲学は自然・歴史・精神の全世界を不断の運動・変化・発展の過程として、その内的連関を明らかにしようとした巨大な試みであり、これを絶対的イデー(宇宙的理性または神)の弁証法的発展として把握した(絶対的観念論)。その弁証法はマルクスにより史的唯物論に基づく歴史の論理として批判的に継承され、キルケゴールやフォイエルバッハ、さらにはサルトルの実存主義などにも影響を与えた。主著「精神現象学」「論理学」「エンチクロペディー」「法律哲学綱要」のほか、死後出版された哲学史・歴史哲学・美学・宗教哲学などの講義がある。(1770 1831)

ヘーゲル‐がくは【―学派】(Hegelianer ドイツ) ヘーゲルの哲学を種々の方向へ発展させた人々。ヘーゲルの死後、学派は、 宗教的には正統派的、哲学的には思弁的、政治的には
保守的な右派(ガプラー・ヴェルダー・グッシェルら)、 
無神論的・唯物論的・急進的な左派または青年ヘーゲル学派(シュトラウス・フォイエルバッハ・シュティルナー・マルクスら)、 
中間派(ローゼンクランツ W.Rosenkrantz 1821 1874・エルトマン J.E.Erdmann 1805 1892 ら)の三傾向へ分れ、一九世紀末にようやく萎靡(イビ)したが、二○世紀になって各国のヘーゲル学者を一括して新ヘーゲル学派と呼ぶことがある。

ショーペンハウエルと仏教
ショーペンハウアー【Arthur Schopenhauer】ドイツの哲学者。カントの認識論を現象主義的に徹底させて、世界を表象とみなし、その根本原理は生への盲目的意志であり、人間生活においては意志は絶えず他の意志によって阻まれ、生は同時に苦を意味し、この苦を免れるには意志の滅却・諦観以外にないと説いた。主著「意志と表象としての世界」。(1788 1860)

フォイエルバッハ【Feuerbach】 (Paul Johann Anselm von ~) ドイツの刑法学者。犯罪から遠ざけるために心理強制説を主張し、罪刑法定主義を基礎づけ、近代刑法学の父といわれる。著「現行ドイツ普通刑法教科書」。(1775 1833) (Ludwig ~) ドイツの唯物論哲学者。 Ⅰの子。ヘーゲル哲学を批判し、思弁哲学は神学であり神学の秘密は人間学であるという立場から宗教を批判、マルクス・エンゲルスに多大の影響を与えた。著「キリスト教の本質」など。(1804 1872)

キルケゴールの「主体性が心理」と仏教 (仏教入門182頁)
キルケゴール【S ren Kierkegaard】デンマークの思想家。合理主義的なヘーゲル的弁証法に反対し、人生の最深の意味を世界と神、現実と理想、信と知との絶対的対立のうちに見、個的実存を重視、後の実存哲学と弁証法神学とに大きな影響を与えた。著「あれか、これか」「不安の概念」「死に至る病」など。(1813 1855)

ニーチェ【Friedrich Wilhelm Nietzsche】ドイツの哲学者。実存主義の先駆者。キリスト教倫理思想を弱者の奴隷道徳とし、強者の自律的道徳を説き、この道徳の人を「超人」と称し、これを生の根源にある権力意志の権化と見た。また伝統的形而上学を幻の背後世界として否定し、神の死を告げた。著「ツァラトゥストラはかく語りき」「善悪の彼岸」「権力への意志」など。(1844 1900)

(…)
「創世直後、十の三十二乗分の一(10-32)秒の間に、宇宙が十の百乗倍(10100)に一気に膨張した時期があったという理論です。計算によると、この過程で〈子の宇宙〉〈孫の字笛〉という具合に、次々と宇宙が生まれる。互いに行き来はできませんが、理論的には我々のいるこの宇宙以外にも、宇宙は無数にあることになる。最近ではこういう考え方を<ユニバース>になぞらえて、〈マルチバース〉の理論と呼んでいます」

―宇宙がいったん誕生した後の筋道が見えてきたとすると、今度は「宇宙の始まり」そのものがナゾになってきますね。

「そこが長い間、ビッグバン宇宙論の問題点でした。時間をさかのぽっていくと宇宙が膨張し始めるポイントがある。そこでは宇宙の物質が一点に集まって密度が無限大になる。そこは現在の物理理論が適用できない〈特異点〉と呼ばれます。説明不能なら、宇宙を生み出したのは<神>と言うに等しい。だから、宇宙論には宇宙をスタートさせた<神の最初の一撃>という言葉もある。言ってみれば、この世界には神様の入ってくる<穴>が開いていたわけですね」

「ところが、今ではこの問題を解決してしまう理論さえ出ている。イギリスの宇宙物理学者、スティーブン・ホーキングなどが唱える説がそれです。彼によれば、創世の時の宇宙は我々の生きている時間とは違う〈虚時間〉の中で始まったことになる。この辺の話になると、皆さんキョトンとするんですけどね。要するに、虚数の時間というものを考えると、そこには始まりという点がない。そこからある時、今のような時空が始まった。

--まるで禅問答のような話ですね。

「この理論では、特異点なしで宇宙が始まることができる。いわば、神様が入ってくる穴をふさいでしまったんですね。もちろん、そういう物理法則がなぜあるのかという話になれば、これは説明できないと言うしかありませんが」



(…)


(…)



「ミリンダ王の問い」『バラモン教典,原始仏典』 長尾雅人編、大地原豊訳、中央公論社〈世界の名著 1〉、1969年5月30日。ISBN 978-4-12-400081-8。

「ミリンダ王の問い」『バラモン教典・原始仏典』 長尾雅人編、大地原豊訳、中央公論社〈中公バックス 世界の名著 1〉、1979年2月20日。ISBN 978-4-12-400611-7。

『ミリンダ王の問い インドとギリシアの対決』第1巻、中村元・早島鏡正訳、平凡社〈平凡社東洋文庫 7〉、1963年11月。ISBN 4-582-80007-6。

『ミリンダ王の問い インドとギリシアの対決』第1巻、中村元・早島鏡正訳、平凡社〈ワイド版東洋文庫 7〉、2003年5月。ISBN 4-256-80007-7。

『ミリンダ王の問い インドとギリシアの対決』第2巻、中村元・早島鏡正訳、平凡社〈平凡社東洋文庫 15〉、1964年3月。ISBN 4-582-80015-7。

『ミリンダ王の問い インドとギリシアの対決』第2巻、中村元・早島鏡正訳、平凡社〈ワイド版東洋文庫 15〉、2003年5月。ISBN 4-256-80015-8。

『ミリンダ王の問い インドとギリシアの対決』第3巻、中村元・早島鏡正訳、平凡社〈平凡社東洋文庫 28〉、1964年10月。ISBN 4-582-80028-9。

『ミリンダ王の問い インドとギリシアの対決』第3巻、中村元・早島鏡正訳、平凡社〈ワイド版東洋文庫 28〉、2003年5月。ISBN 4-256-80028-X。

「弥蘭陀王問経」『国訳大蔵経 経部』第12巻、国民文庫刊行会編、山上曹源訳、国民文庫刊行会、1917-1918。



空(くう)とミリンダ王の問い
http://ameblo.jp/healing-quigon/entry-12105936306.html
”では空を理解するための最適なテキストはなんでしょう?

それはズバリ「ミリンダ王の問い」です。このテクストは初期仏典の一つになります。ミリンダ王とは古代のギリシャの哲学王で、古代ギリシャ人らしく論争が好きです。反対にその相手役のナーガセーナ長老はインド人です。ミリンダ王はギリシャの伝統の実在論に立ち、ナーガセーナ長老はアビダルマ派を代表する非実在論者になります。実在論とは、この場合肉体とは別の魂の実在を認めることであり、反対に非実在論は魂の実在を否定する立場です

空の極意を現したものを以下引用します


「大王どの、もしやあなたが車でおいででしたのなら、それがしに車(のなんたるか)を述べてくださいませ。大王どの、轅がくるまでしょうか」
「いや、先生、そうではありませぬ」
「車軸が…車輪が…車室が…車台が…軛が…軛綱が…鞭打ち棒が、車ですか」
「いや先生、そうではありませぬ」
「そうではなくてと、では大王どの、轅・車軸・車輪・車室・車台・轅・轅綱・鞭打ち棒とは別に、車があるというわけですか」
「いや、先生、そうではありませぬ」
「大王どの、それがしはあなたに問いを重ねつつ、車(のなんたるか)をいっかな合点できませぬ。車とは大王どの、単なる名辞に尽きるのか。そえにしても、(存在なくして名辞はないはず、)ここで車とは何ものか。大王どの、あなたは事実無根の虚言をなされますぞ、『車(なるもの)は存在せず』と。大王どの、あなたは普天のもとに覇王たるかた、しかるに何をおそれてうそ偽りを語られるか。ご参集の各位― 五百のギリシア系市民および八千の比丘衆 ―は、それがしの提言を聞かれたい。これなる人物ミリンダ王は、『それがしは車で参りました次第で』などと申しつつ、『大王どの、もしあなたが車でおいでしたのなら、それがしに車(のなんたるか)を述べてくださいませ』と求められる段には、車(なる存在)を確証できぬ始末ですぞ。このこと、はたして是認してよろしかろうか」
このような弁論がなされるや否や、五百のギリシア系市民は長老ナーガセーナに歓呼し、ついでミリンダ王にこういった
「さあて今度は、大王さま、力の及ぶかぎり弁じてくださいませよ」-と
するとミリンダ王は、長老ナーガセーナに向かってこういった
「それがしは、ナーガセーナ長老、うそ偽りしゃべってはおりませぬ。(と申しますのは、)『車』とは、轅・車軸・車輪・車室・車台に依存し(た相関関係のもとに)て、(はじめて)呼称・標徴・記号表出・言語的通念・名のみのものとして成立する(にとどまり、それ自体としての存在はない)のでございます」-と
「よくこそ申された、大王どの、あなたは車(のなんたるか)がおわかりでいらっしゃる。それとまったく同様でございます、大王どの―それがしにつきましても『ナーガセーナ』とは、頭髪・膚毛……脳髄に依存し、様態・感受・知覚・表彰・認識に依存し(た相対関係のもとに)て、(はじめて)呼称・標徴・記号表出・言語的通念・名のみのものとして成立する一方、絶対的次元におきましては、ここに(相即して特定の)人格的実体(が存在するものと)は認められぬ― という次第であります。
(引用終了 太字はブログ主による)

車という概念は、それ単独で存在するのではなく、そのほかの概念に支えられて我々の前に現れます。つまり我々の自我が車という概念を選び出したとき、その下には様々な概念がぶら下がっていうということです。そして空とは概念のなかで一番抽象度の高いTOPに置かれます。一番上なので任意の概念をすべて包摂します。なにもかもを包摂しているのであらゆる状況に対応できます

空を悟ることができればあらゆることに対応が出来るようになります。あらゆる状況に対応できるとは、なにも先手を打つということではなくあらゆる状況を受け入れられる状態のことをいいます。受けいれられるので、常にリラックスしていて前頭前野で思考できます。そしてその抽象度の高い思考が病を治したり、IQが上がったり、生産性があがることを助けるでしょう

世界の名著〈第2〉大乗仏典 (1967年)/中央公論社”


まんどぅーかネットで連載しているリーディング教材のうち、日本語訳部分だけを抜き出したもの
http://www.manduuka.net/i/p/r/index.htm
[出典記号]
ア=アナセンリーダー
高=高楠『巴利語仏教文学講本』
水=水野『パーリ語仏教読本』

まんどぅーか ミリンダ王の問い
自己はない(名前の問い、車のたとえ)(ア55 高4-1)
http://www.manduuka.net/i/p/r/milinda/mi11.htm
”さて、まことにミリンダ王は、尊者ナーガセーナのいる所に近づいた。近づいて尊者ナーガセーナにあいさつした。日常のあいさつの言葉を終えて、一角に座った。尊者ナーガセーナもまた親しくあいさつをかわし、それによってミリンダ王を喜ばせた。
さてミリンダ王は、尊者ナーガセーナにこれを言った。
「尊師はどのように知られていますか。尊者よ、何という名ですか」と。
(ナーガセーナ)「大王よ、私はまことにナーガセーナとして知られています。大王よ、同輩の僧たちは私をナーガセーナと呼びます。にもかかわらず父母はナーガセーナと、またスーラセーナと、またヴィーラセーナと、またシーハセーナと名づけています。にもかかわらず、この、ナーガセーナとよばれるものは、名称、通称、概念、慣用、名のみのものであり、ここに自己は発見されません」と。
そこでミリンダ王はこう言った。
「尊者たちよ、500人のギリシア人と80000人の乞食修行者たちは私のいうことを聞け。このナーガセーナはこう言った。『ここに自己は発見されない』と。これを賞賛することがはたして有益かどうか」と。”


”さてミリンダ王は、尊者ナーガセーナにこれを言った。
「尊者ナーガセーナよ、もし自己が発見されないならば、それでは誰があなたがたに法衣や乞食の食物や寝具や医薬品や必需品を与えるのですか。誰がそれを享受するのですか。誰が道徳を守るのですか。誰が修行を実践するのですか。誰が生物を殺すのですか。誰が与えられないものを取るのですか。誰が姦淫をなすのですか。誰が偽って話すのですか。誰が酒を飲むのですか。誰が五無間業をなすのですか。それゆえによいことはなく、よくないことはなく、よいことやよくないことを、するものもさせるものもなく、善行や悪行の行為の結果である報いはありません。尊師ナーガセーナよ、もしあなたを殺すものがいても、彼の殺生もありません。尊師ナーガセーナよ、あなたには師匠もなく戒を授ける教師もなく具足戒もありません。あなたが『大王よ、同輩の僧たちは私をナーガセーナと呼びます』と言うなら、この場合のナーガセーナとは誰なのですか。尊師よ、いったい髪がナーガセーナなのですか」と。
(ナーガセーナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「体毛がナーガセーナなのですか」と。
(ナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「爪…(くりかえし)…、歯、皮膚、筋肉、腱、骨、骨髄、腎臓、心臓、肝臓、肋膜、脾臓、肺、腸、腸間膜、胃、大便、胆汁、痰、膿、血液、汗、脂肪、涙、リンパ、唾液、鼻汁、関節滑液、小便、頭における脳が、ナーガセーナなのですか」と。
(ナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「尊師よ、いったい物質がナーガセーナなのですか」と。
(ナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「感受作用…概念…構成…意識がナーガセーナなのですか」と。
(ナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「尊者よ、それなら物質および感受作用および概念および構成および意識がナーガセーナなのですか」と。
(ナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「尊者よ、それなら物質・感受作用・概念・構成・意識以外のものがナーガセーナなのですか」と。
(ナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「尊者よ、それなら私は質問しても質問してもナーガセーナを発見できません。尊者よ、いったいナーガセーナとは音声だけのことなのですか。それならここにいるナーガセーナは誰なのですか。あなたは偽って『ナーガセーナはいない』とウソの言葉を話しているのですか」と。 ”
http://www.manduuka.net/i/p/r/milinda/mi12.htm


”さて尊者ナーガセーナは、ミリンダ王にこれを言った。
「大王よ、あなたは実に王族で繊細に育ち、非常に繊細でおられます。大王よ、そのあなたが真昼間に、熱せられた土地や熱い砂の上を、固い小石や砂利や砂を踏みつけて、徒歩で来たのなら、足は痛み身体は疲れ心は病み苦痛を伴う身体の意識が起きます。あなたは徒歩で来たのですか、それとも乗り物でですか?」と。
(ミ)「尊者よ、私は徒歩で来たのではなく、車で来ました」と。
(ナ)「大王よ、もしあなたが車で来たのなら、車を私に告げてください。大王よ、いったい轅(ながえ)が車なのですか」と。
(ミ)「いいえ、尊者よ」と。
(ナ)「車軸が車なのですか」と。
(ミ)「いいえ、尊者よ」と。
(ナ)「車輪が…車のかごが…車の杖が…くびきが…手綱が…むちが車なのですか」と。
(ミ)「いいえ、尊者よ」と。
(ナ)「大王よ、いったい轅および車軸および車輪および車のかごおよび車の杖およびくびきおよび手綱およびむちが車なのですか」と。
(ミ)「いいえ、尊者よ」と。
(ナ)「大王よ、それなら轅・車軸・車輪・車のかご・車の杖・くびき・手綱・むち以外のものが車なのですか」と。
(ミ)「いいえ、尊者よ」と。
(ナ)「大王よ、それなら私は質問しても質問しても車を発見できません。大王よ、いったい車とは音声だけのことなのですか。それならここにある車は何なのですか。大王よ、あなたは偽って『車はない』とウソの言葉を話しているのですか。大王よ、あなたはインド全体の王であるのに、何を怖れて偽って言うのですか。尊者たちよ、500人のギリシア人と80000人の乞食修行者たちは私のいうことを聞け。このミリンダ王はこう言った。『私は車で来ました』と。『大王よ、もしあなたが車で来たのなら、車を私に告げてください』と言われて、『車を用意できない』と。これを賞賛することがはたして有益かどうか」”
http://www.manduuka.net/i/p/r/milinda/mi13.htm


”こう言われて、500人のギリシア人たちは尊者ナーガセーナに同意の声をあげて、ミリンダ王にこれを言った。
「大王よ、さあ今こそ、あなたは可能ならば言え」
さてミリンダ王は、尊者ナーガセーナにこれを言った。
「尊者ナーガセーナよ、私は偽って言うのではありません。轅によって、そして車軸によって、そして車輪によって、そして車によって、そして車の杖によって、車という、名称、通称、概念、慣用、名が起こるのです」と。
(ナ)「実に結構です。大王よ、あなたは車を理解なさいました。まさにこのように、私もまた、髪、体毛…脳…物質…意識によって、ナーガセーナという名称…名のみのものが起こりますが、最上義(勝義諦)からは、ここに自己は発見されないのです。大王よ、また女性乞食修行者(比丘尼)ヴァジラーはこのことを世尊の目の前で言いました

♪部分の集積によって車という語があるように要素があって衆生という名がある」と。

(ミ)「尊師ナーガセーナよ、不思議なことです。尊師ナーガセーナよ、驚くべきことです。質問に対するすばらしい知性が出されました。もし仏陀がご存命ならば、同意の声をあげるでしょう。実に結構です。ナーガセーナよ。質問に対するすばらしい知性が出されました」 ”
http://www.manduuka.net/i/p/r/milinda/mi14.htm

”ミリンダ王は、以下の発言からもわかるように、霊魂を感覚する主体として認識していた。

身体の内にある個我は、眼によって形を見、耳によって音を聞き、鼻によって香りを嗅ぎ、舌によって味を味わい、身体によって触れられるべきものに触れ、意によって事象を識別する。それは、ちょうどこの宮殿に座っている我々が、東西南北どの窓からでも眺めたい窓から眺めることができるのと同じことである。[12]

感覚器官が五感ではなくて、仏教的に、眼、耳、鼻、舌、身、意という六処(Sanskrit: Ṣaḍāyatana; Pāli: Saḷāyatana)となっている点は、ギリシア人の主張として不自然であるが、それでもこの発言を仏教徒による完全な創作と断じることはできない。なぜなら、個我(abbhantare jivo)は、他のパーリ語の聖典には見当たらないからである。この観念は、どうやらミリンダ王独自のもののようである。

ナーガセーナは、ミリンダ王に対して、次のように問い返し、霊魂が存在しないと言う。

ここの宮殿に座っている私たちは、これらの窓を開けて、顔を外に出せば、大虚空を通していっそうよく形を見ることができるでしょうが、それと同様に、眼の門が除去されると、内にあるこの個我は大虚空を通して、いっそうよく形を見るのでしょうか。また、耳、鼻、舌、身体が除去された時には、大虚空を通していっそうよく音を聞き、香りを嗅ぎ、味を味わい、触れられるべきものに触れることができるでしょうか。[13]

もしも人間の中に小人がいると想定し、その小人を感覚の主体とする認識モデルを肯定するなら、小人の中にさらに小人を想定しなければならず、無限後退に陥る。霊魂がそういう意味での実体として身体の中に存在するのではないのは、車を解体すると、中から小さな車の実体が出てくるのではないのと同じことである。

ギリシアの一般人はともかくとして、ギリシアの哲学者たちはそのような粗雑な実体主義には陥っていなかった。例えば、アリストテレスは、霊魂と身体が形相と質料、現実態と可能態、実体と偶有性の関係にあると言う。

霊魂は実体、それも可能的に生命を持つ自然的物体の形相という意味での実体であるということになる。しかし、この意味での実体は現実態であり、霊魂はこのような自然的物体の現実態ということになる。しかし、この現実態は知識(エピステーメ)と知識活動(テオーリア)という二通りの意味で言われる。[14]

形相と質料は概念的に区別できても、空間的に切り離すことはできない。だから、アリストテレスの哲学では、霊魂は身体の中の小人ではありえないのである。アリストテレスが認識しているように、霊魂は知識の選別を行う情報システムであり、知識活動は、物質を通じて行われ、また物質を離れては存在しないものの、情報システムを物質と同一視することはできない。

無我(Pāli: anattā; Sanskrit: anātman)説は、上座部仏教における三相(Pali: tilakkhaṇa; Sanskrit: trilakṣaṇa)、大乗仏教における三法印、つまり、仏教をそれ以外の教えから区別する三つの教義のうちの一つであるが、ガウタマ本人の本来の教えは、「自我への執着を捨てよ」という倫理的実践的教説であって、「自我は存在しない」という形而上学的教義ではなかった。ガウタマは、「死後霊魂は存在するか」といった形而上学的に問題に対して答えず、無記(Pāli: avyākata; Sanskrit: avyākṛta)、すなわち、真でも偽でもないものとした。そうした問題について論争をすると、自説への執着が生じ、修行の妨げになるからである。

では、なぜ無我や無常(Pāli: anicca; Sanskrit: anitya)が仏教の三法印あるいは三相になったのだろうか。もしも自我が存在しなければ、自我への執着はなくなる。自我への執着を捨てたいという願望が、自我は存在しないという思い込みにつながったと考えられる。同様に、富や権力が一時的ではかないものであるならば、それらに対する執着もなくなる。物への執着を捨てたいという願望が、すべては無常であるという思い込みにつながったと考えられる。サンユッタ・ニカーヤ2が無我や無常の否定を「悪魔の思想」とするのは、それが自我と物への執着を呼び醒まし、迷いの原因となるからである。

こうした願望を実現するための思い込みは、仏教に特有の思考である。仏教は、女が不浄であるというが、この女性蔑視の思想は、男の修行僧が女性への執着を断ち切るために、女性が汚くて魅力がなければよいのにという願望を抱くようになり、そしてその願望を実現するために、女性は不浄であると思い込むことで出来したものである。

ガウタマの死後、ガウタマを名乗った仏典が数多く書かれたが、ガウタマでない仏教徒がガウタマに成りすますのは、仏教は無我を法印としており、霊魂の実体的同一性を認めないので、自分とガウタマとを区別する理由がないからと説明することもできるが、ガウタマのようになりたいという仏教との願望が、自分はガウタマであるという思い込みに発展した結果であると説明することもできる。


4 : 輪廻説と無我説は矛盾しないのか

インドでは、生き物は、生前の業、すなわち、カルマ(Pāli: kamma; Sanskrit: kárman)の結果、別の生き物に生まれ変わるという輪廻(Pāli, Sanskrit: Saṃsāra)の思想が古くからあり、仏教もこれを受け継ぎ、生死を超えた因果応報説を信者に説いた。古代ギリシアでは、ピタゴラス学派やプラトンなどの例外はあるものの、輪廻転生説は一般的ではなく、ミリンダ王も輪廻転生に関して多くの質問をしている。無我説は、輪廻説と矛盾しているように見えるし、霊魂の実体的同一性を否定すると、因果応報説が倫理的に無意味になるように思えるからだ。

ナーガセーナによると、輪廻の主体は名色(みょうしき; Pāli, Sanskrit: Nāmarūpa)である。名と色のうち、色は色蘊に、名は他の五蘊に対応する。両者は、アリストテレスの哲学における質料と形相との関係に似ているが、名色は、名も色も実体的同一性を持たないという点で、質料や形相とは異なる。現世の名色と来世の名色は異なるが、因果の関係で結ばれているので連続性があることをナーガセーナは以下のような例を用いて説明している。

ナーガセーナ:それは、搾り出された牛乳がしばらくすると酪になり、さらに酪から生蘇となり、生蘇から醍醐となるようなものです。大王よ、牛乳が酪、生蘇、醍醐と同じであるということは正しいでしょうか。

ミリンダ王:尊者よ、そうではありません。それに依存して、他のものが生じたのです。

ナーガセーナ:大王よ、事象の連続はそれと同様に継続するのです。生じるものは、滅びるものとは別のものではあるが、両者はあたかも前後別物でないかのごとく継続しているのです。このように、それは同じでも異なるのでもないものとして、最後の意識に上るのです。[15]

酪、生蘇、醍醐というのは、チーズやバターのような乳製品で、牛乳を乳酸発酵して作る。乳酸発酵によって、分子の形が変わるので、形相は変化するが、質料は自己同一性を維持すると言うことができる。質料が自己同一性を維持すると言っても、素粒子には実体的な自己同一性はないので、量子力学的なミクロのレベルでは非連続的に連続性を観る仏教的世界観の方が正しいと言えなくもないのだが、ここで例に挙げられているようなマクロなレベルでは、そうした解釈は正当化されない。

ナーガセーナは、牛乳を買うという契約が、牛乳が酪となることによって無効にはならないという例を引き合いにして、名色が不連続であっても、輪廻によって前世の悪業を免れることはできない[16]と言う。だから、無我説は、輪廻転生説や因果応報説とは矛盾しないというのであるが、もしも悪業をなす名色とその報いを受ける名色が、たんに因果関係で結ばれているだけで、実体として異なるものであるとするならば、悪業を免れることになるし、もしも悪業を免れることがないというのなら、変動する偶有性とは別に、責任の主体となる人格の実体的同一性を想定しなければならなくなる。

矛盾している教えを和することを仏教では会通(えつう)というが、ナーガセーナの会通は説得力に欠く。その最大の理由は、無我説を「自我に対する執着を捨てよ」という倫理的教義ではなくて「自我は存在しない」という形而上学的教義にしてしまったところにある。自我に執着するから、自我と一緒に輪廻転生を繰り返すのであり、自我への執着を捨てるなら、輪廻転生から解脱することができる。自我への執着を不可能にするために、自我は存在しないということにすると、存在しない自我がなぜ輪廻するのか、なぜ解脱するとなぜ輪廻転生から免れるようになるのかがわからなくなってしまう。 ”
https://www.nagaitoshiya.com/ja/2012/milindapanha/
ギリシアの有の哲学対仏教の無の哲学


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参考資料




二而不二(ににふに)
http://metalogue.jugem.jp/?eid=2870

ブッダと龍樹の四句分別
http://metalogue.jugem.jp/?eid=2869

2種の否定と2種2階の否定
http://metalogue.jugem.jp/?eid=2868

4値は東に、2値は西に
http://metalogue.jugem.jp/?eid=2867



龍樹の「テトラレンマ」 建築を志す人たちが知っておくべき「建築」の原理原則 No4
http://norisada.at.webry.info/201303/article_3.html

菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
論理の話の続き。よく「日本人は論理的思考が苦手」と言われるがさにあらず。我が国は奈良時代に論理学を受け入れていた。「それは一部の仏僧(当時の知識人)のみ」と言ったところで西欧で最初にアリストテレス論理学を受け入れたのも一部の神父のみである。しかも受容の時期は日本の方が数百年早い。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
我が国が奈良時代に受け入れた論理学は印度に由来するもので「因明=いんみょう」と言う。奈良の仏僧によって学ばれた。因明は古因明と新因明に分かれる。古因明は印度の哲学学派「ニヤーヤ派」が整備した。それに対し新因明は唯識派に属する陳那が整備した。我が国に輸入されたのは新因明の方である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
ニヤーヤ学派は提案(宗)・理由(因)・喩例(喩)・適用(合)・結論(結)という五支からなる「五支作法」と呼ばれる論証式を作った。陳那はこれを提案(宗)・理由(喩)・喩例(喩)の三支に改めた。前者が古因明で、後者が新因明である。因明は流派を問わず印度の各哲学学派の共有財産となった。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
陳那の論理学まとめ。①提案・理由・喩例(宗・因・喩)からなる論証式=三支作法。②因の三相(正しい理由である為の三条件)。「AはBである。Cであるから」という論証の場合Cが正しい理由である為の条件は三つ。①CはAの性質である。②CはBに随伴(BがCを遍充≒包摂)③Cは非Bから排除。
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• •
陳那が唱えた「遍充」とは概念間の包摂関係を意味する。類概念は種概念を遍充している。例えば「人間」という概念は「生物」という概念によって遍充されている。より普遍的な概念がより特殊な概念を遍充するのである。主張命題の述語が根拠を遍充しているとそれは正しい理由とされる(因の第二相)。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
西洋の論理学が「演繹」重視なのに対し、印度の論理学は「帰納」重視だと言われている。陳那はある命題の根拠が正しいと言える為の条件(因の三相)を究明した。因の三相は帰納推理が成り立つ為の条件。印度の論理学の論証式では必ず具体的事例を挙げる事を必須とする点も「帰納」重視の表れと言える。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
陳那は論理学と認識論を重視したが、認識論においては確実な認識手段を知覚(現量)と推理(比量)に限定した。そして概念(共相)を介在しない知覚(現量)を対象そのもの(自相)を捉える一番確実な認識手段とした。このような陳那の経験主義的な姿勢も帰納重視の論理学に反映していると思われる。


菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
「AはBである。Cだから」という命題で「因の三相」を考える。①第一相・CはAが持つ属性でなければならない。②第二相・Cが必ずBに随伴する事。全てのBがCである必要はない。③第三相・Cは非Bの集合から排除されていなければならない。そうでないならば「AはBである」理由になり得ない。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
陳那(ディグナーガ)が唱えた「因の三相」とは何らかの命題を立証する場合に挙げる根拠や理由が正しいと言える為の条件を明らかにしたものである。「因の三相」を備えていれば(三つの条件に全て適合していれば)その理由は正しいとされる。自他の主張命題の根拠を吟味する際に役に立つ考え方である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
日本人にとっての陳那の因明は西洋人におけるアリストテレスの論理学みたいなものではないだろうか。こういう知的遺産は是非掘り起こして活用していくべきだと考える。戦国時代においてアリストテレスの論理学を駆使するイエズス会宣教師に対して仏僧は陳那が開発した因明を駆使して対抗した事だろう。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
陳那の因の三相は此縁性(しえんしょう)と呼ばれる「縁起」のもっとも基本的な形式「此れが有れば彼有り。此れが無ければ彼無し。」をベースにしていると思われる。随伴と排除の関係である。「渇愛が有れば苦が有る。渇愛が無ければ苦が無い。」「火が有れば煙が有る。火が無ければ煙が無い」など。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
西洋では認識論が発達するのが遅かった。「神」が認識を保証してくれるという前提があったからである。それが崩れ始める近世初頭になるまで本格的な認識論は現れなかった。一方、「絶対神」の観念が希薄な印度では認識論が早くから発達した。特に仏教の認識論は精緻を極めた。陳那はその大成者の一人。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
説一切有部は外界(境)がそのまま認識されるとした。経量部は外界は直接認識されず外界が表象として認識されるする表象主義的な認識論である。これは近代になってカントが論じた認識論と似ている。唯識では外界の存在そのものを否定し、主客は相互依存(依他起)しており全ては認識作用=識だとした。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
陳那の認識論では有効な認識手段は知覚と推理に限定したが、ニヤーヤ学派では知覚・推理・証言・比定の四つを有効な認識手段として認めた。陰謀追及的には「証言」は重要である。情勢分析のソースも大半がニュース、ネット情報、書籍などの謂わば「証言」だからだ。ソースの信頼性の吟味が重要になる。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
陰謀追及における情報の分析では情報のソースの信頼性や複数のソースを比較対照するなど十分に吟味する必要がある。証言は「見る」「聞く」など知覚によって認識するものの証言で指し示されている事実そのものについては直接知覚している訳ではない。証言を知覚や推理と区別する意義はあると思われる。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月28日
「論理」を考える為の資料として印度哲学の中でも論理の研究を専門としたニヤーヤ学派とその姉妹学派であるヴァイシェーシカ派について少し調べた。印度哲学と言えば「梵我一如」を旨とするヴェーダーンタ学派のような神秘主義的な学派のみならず合理主義的な学派もある。神智学一派が無視する側面だ。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月28日
NWO征略で思想工作を担当する神智学一派は印度思想に執着して憑依の対象とするが彼らが利用するのは神秘主義的思想ばかりである。論理と合理を重視する学派は無視する。支配ツールに向かないからだろう。現に印度では論理学はヴェーダの権威を軽視するものとして当初支配階級から警戒されたらしい。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
古代印度の六派哲学の一つにヴァイシェーシカ派という学派があった。「勝論派」と言う。勝論派では世界を「六句義」という六つのカテゴリで説明する。六句義は実体・属性・普遍・特殊・運動・内属の六つである。「概念に対応する実在が外界に存在する」「世界は言語表現通りに存在する」という思想。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
勝論派では「白い牛が歩く」という事態は「白い牛が歩く」という言語表現に正確に対応していると考える。「歩く白い牛」という実体に「牛性」という普遍、「白い」という属性、「歩く」という運動が内属していると考える。主体・運動・属性は相互依存=縁起すると考える龍樹とは正反対の発想である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
勝論派哲学は言葉と逐一対応する事物が実在すると考えるとどういう世界観が出来上がるかを示すモデルケースだと言える。逆に「言葉と現実にはズレがある」と考えたのが龍樹である。勝論派と中観派は全く逆方向に思考を徹底したよき論敵同士だった。それにしても印度人の思考の徹底ぶりには驚かされる。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
ヴァイシェーシカ派の姉妹学派が論理学と認識論の研究が専門のニヤーヤ学派である。認識と論証に関する十六のカテゴリを設定。ベーダーンタ派が「梵我一如」という神秘的境地に至る事を「解脱」としたのに対し、ニヤーヤ派は「論理学と認識論を極める事」を「解脱」とした。合理主義的な学派である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
ニヤーヤ派とヴァイシェーシカ派はベーダーンタ派などに比べると合理主義的な学派である。西洋の結社やその手先のカルト勢力は印度哲学の神秘主義的な部分だけをつまみ食い的に剽窃して利用するが印度哲学の強靭な論理的思考は忌避する。印度哲学を神秘主義だけと思い込むと神智学一派などに騙される。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
ヴァイシェーシカ哲学の六句義の「句義」(パダ・アルタ)とは「語の対象」を意味する。即ち語が示す対象的実在には六つのカテゴリがあるというのが「六句義」の意味である。語が示す概念を実体視・実在視する考えである。概念の実体視を批判する龍樹とは対照的な発想であり、激しい論争が行なわれた。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
印度哲学は神秘主義的な学派と合理主義的な学派に二分される。ベーダーンタ派やミーマーンサー派は前者で、ニヤーヤ派とヴァイシェーシカ派は後者。サーンキャ派は二元論的。ヨーガ派のヨーガは全学派共通。仏教は合理主義的だが渇愛を取り除いて苦の滅を目指す倫理的な色彩の強い実践哲学だと言える。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
原始仏教もニヤーヤ派やヴァイシェーシカ派と同じく合理主義的だが主知主義的ではない。ニヤーヤ派は論理学と認識論を極める事を目指すが、原始仏教は「渇愛の滅による苦の滅」を目指す実践重視の哲学である。だが後には中観・唯識に至り論理学と認識論が発達した。ニヤーヤ派とはライバル関係である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
仏教の中で論理学と認識論を重視したのは唯識派で論理学を確立したのが陳那。三支作法や因の三相については先日述べた。ニヤーヤ派の論理学が古因明で陳那の論理学が新因明。我が国は奈良時代に後者を輸入。因明が伝統として残っているのは日本だけだそうである。日本人は論理的思考は苦手ではない。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 15 時間15 時間前
弁証法について。「弁証法戦略」と言う場合の「弁証法」は主にヘーゲルのそれである。だが「弁証法」は物事を固定化した相で捉える形式論理学に対し「物事を変化の相で捉える思考方法」という意味で広義に用いられる場合がある。ソクラテス以前のヘラクレイトスの哲学などが弁証法に分類されたりする。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 15 時間15 時間前
論理学の教科書には形式論理学、記号論理学と並び弁証法論理学についての項目があったりする。そこではソクラテス以前のギリシャ哲学者などに広義の意味での弁証法的思考があったとされる。だがヘーゲルの弁証法は歴史の目的因というか終着点を想定している点で古代ギリシャ哲学の発想とは異質である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 15 時間15 時間前
ヘーゲルの弁証法では正・反・合の変化の過程を設定するものの、歴史の最終到達点みたいなものを想定する点でギリシャ的というよりペルシャ的である。ヘーゲル哲学はプロテスタント神学の哲学版などと言われる所以である。キリスト教はペルシャ起源の「歴史の終わり」を想定する終末史観が濃厚である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 15 時間15 時間前
「変化の相を捉える思考方法」という「弁証法」の広義の意味では東洋の哲学にも当てはめられる場合がある。だが「弁証法」というとヘーゲルの弁証法が真っ先に連想されるので好ましい分類法とは思えない。ある種の憑依型戦術である。そもそも弁証法とは古代ギリシャでは問答法とか対話術を意味した。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 15 時間15 時間前
「論理学を生み出したのはギリシャとインドだけ」と言われるが、アリストテレスが整備したギリシャの論理学は諸学問をやる為の「オルガノン(道具)」という性質なのに対し、インドの論理学は各哲学学派間の論争から生まれた討論術を起源としているようだ。後者はさながら討論マニュアルのようである。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 15 時間15 時間前
ニヤーヤ学派が論理学を研究する学派だった(古因明)が、これに対して陳那が新しい論理学を確立した。陳那が確立した論理学(新因明)は我が国も奈良時代に取り入れている。中村元氏によると因明が現在も伝統として学ばれ続けているのは日本だけだそうである。日本人には論理学の伝統があるのである。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 14 時間14 時間前
陳那の論理学まとめ。①三支作法②因の三相③九句因。①三支作法とは主張命題(宗)・理由(因)・例証(喩)の三支から成る論証式。それ以前の論証式はニヤーヤ派が確立した主張命題(宗)・理由(因)・例証(喩)・適合(合)・結論(結)からなる五支作法だった。陳那は合と結を削り三支とした。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 14 時間14 時間前
②因の三相とは主張命題を立証する理由が備えるべき三つの条件。㈠遍是宗法性。理由が主張命題の主辞に属す。㈡同品定有性。理由が主張命題の賓辞を必ず伴う(煙があれば必ず火がある等)㈢異品遍無性。理由が主張命題の賓辞の補集合から排除。㈡㈢を合わせて遍充(賓辞が理由を包摂する関係)と言う。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 14 時間14 時間前
③九句因とは理由(因)の9のパターンの事。理由が賓辞の集合の全体にあるか・一部にあるか・全くないかの3パターンあり、それが補集合にも言えるから3×3で全部で9パターンとなる。正しい因(正因)は因の三相を満たすもののみ。それ以外は全て間違った因(相違)と正否不明の因(不定)である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 14 時間14 時間前
こういう論理学が奈良時代から学ばれていた事を見ても「日本人は論理的思考が苦手」は嘘だと分かる。日本には西洋の自由七科=リベラルアーツに相当する「五明」があった。どちらも論理学を含む。戦国時代に襲来したイエズス会宣教師は論理学を身に着けていたが、我が国の学僧は因明を身に着けていた。

戦国時代に日本がキリスト教の侵略を打ち払う事が出来たのは宣教師が身に着けていたアリストテレス論理学に対抗できる「因明」という論理学で鍛えた論理的思考があったのも大きいのではないかと考えている。当時の仏僧は宣教師と対等以上の論争を行なっている。武力だけで思想工作を破る事はできない。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 11 時間11 時間前
因の三相を「主張命題:声は無常である。理由:原因によって成るから。」で説明。①遍是宗法性とは「原因によって成る」が主辞「声」の属性である事。②同品定有性とは「原因によって成る」が必ず賓辞「無常」を伴う事。③異品遍無性とは「原因によって成る」が賓辞「無常」の補集合「常住」に無い事。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 10 時間10 時間前
同じく「主張命題:声は無常である。理由:原因によって成るから。」で「遍充」を説明する。この場合、遍充とは主張命題の賓辞「無常」が理由「原因によって成る」を包摂する関係である。包摂されるので「原因によって成る」は必ず「無常」の集合に存在し、無常の補集合「常住」には決して存在しない。


846夜『空の思想史』立川武蔵|松岡正剛の千夜千冊
http://1000ya.isis.ne.jp/0846.html

菊池 ‏@kikuchi_8
日蓮思想とキリスト教の類似点①末法思想という終末思想が前提②法華経の教え以外の全面禁止の要求(排他性)③久遠本仏という実体的な超越者の崇拝④上行菩薩というメシア待望論➄宗派によっては日蓮が本仏とされ、ゴッド=イエス思想と類似。●平田派の系譜の神道系カルトと並び日蓮系カルト多し。

統一協会はユダヤ・キリスト教的な創造神崇拝、創価は日蓮思想由来の「久遠本仏」思想、という一神教的な「超越者」を設定する所が似ているように思います。私見では、日蓮思想は日本仏教の中で最も一神教に近い宗教思想のように思います。

酒井勝軍は元々プロテスタントの牧師で反猶太主義から親猶太主義に転向した人物で、戦後の日猶同祖論系の陰謀論は酒井の流れだと思います。田中智学のは日蓮主義ですが、日蓮思想そのものが「久遠の本仏」という実在を信仰する思想なのでもともと一神教的だと思います。

久遠の本仏を説く法華経信奉者の北と、基督教的な世界観を持つ大川。明治政府が近代合理主義的な西洋化をしていたことは自明として、それに敵対していたはずの近代日本の在野右翼の巨頭が二人とも西洋一神教的世界観を持っていたことは何を暗示するか。非常に興味深い次第である。

戦前の右翼陣営に影響をもった一神教的な宗教として、大本教と並び立つのが日蓮主義だと思うが、法華系仏教の「久遠の本仏」という超越的実体的な仏の概念が根底で日蓮主義の一神教的な排他性を規定しているように思う。

救済者としての久遠の本仏を掲げ、森羅万象を一つに収斂しようとする傾向のある天台をはじめとする法華経哲学よりも、森羅万象の多様性そのものに帰還する事事無礙法界を説く華厳哲学の方が、より神道に適合的である。華厳の究極では理=真理すら現象界に溶け込むのだ。これはまさに神道の発想である。

1)スピリチュアリズムは西洋神秘主義から派生した。西洋神秘主義の根には古代の新プラトン主義がある。新プラトン主義と言えば「一者」。そして前述の「時は一性(一者)」この様に近代哲学信者とスピ信者が同類だというのは決して誇張ではないことが分かる。一者の観念はキリスト教神学に影響。

2)つまりキリスト教、スピリチュアル、西欧近代哲学は根を同じくする「だんご三兄弟」ならぬ「一者三兄弟」なのである。そしてこの三兄弟は社会組織で言うと、キリスト教会・英国系フリーメイソン・仏蘭西系フリーメイソンにおおよそだが、それぞれ対応する。根を同じくするこれらの分進合撃戦術。

3)西洋思想は複雑に見えるが案外単純である。同じ基本概念を装いを変えて何千年も使い回しているに過ぎないからだ。その基本概念とは主に二つ。一つは「実体」。もう一つはそこから生まれる二元論である。実体という概念が理解できれば西洋思想は至極単純であることが分かる。実体=自存的な基体。

4)西洋思想を見抜くポイントは「何に実体を置くか」と「何と何の二元論か」である。この二つのポイントに着目することで西洋のコケオドシの体系はあらかた解剖される。例えば、実体を神に置くのがキリスト教、自我がそこに合一する究極実在に置くのが神秘主義、理性や物自体などに置くのが近代哲学。

5)「時は一性」なんて言うのもその一バージョン。「時」に実体を置いたわけだ。一旦実体が設定されると「実体」とそれ以外の二元論となる(実在と現象など)。実体が複数設定されると実体Aと実体Bの二元論となる(善と悪など)。小難しい表現をしていても西洋思想はかかる基本的枠組みの使い回し。

6)今まで実体視された概念の具体例を挙げる。「四大」「原子」「イデア」「一者」「造物主」「善と悪」「自我」「理性」「精神と物質」「物自体」「時間」さて、次はどこに置く?どこに於いても大差はないが。「イワシの頭」はどうだろうか?まあ、頑張ってくれ。>西洋人及び脳内西洋人達 (了)

キリスト教世界で言う「神」と「悪魔」は一対。「西欧思想フルボッコシリーズ(笑)」で書かせて頂いた、①実体を設定②二元論的構図を設定(この場合は実体を複数設定し、その実体Aと実体Bの二元論)という順序で言うと、神・悪魔という二つの実体が設定され、この二つが二元論的に対置される構造。

地中海オリエント・西欧(中東以西と取りあえず呼ぶ)の文明の推移は「神中心→人間中心」という流れである。哲学的に分析すると、「神」に実体を置く世界観から「人間」に実体を置く世界観への遷移である。超越者を実体視しても人間を実体視しても、その帰結は排他独善的な支配と破壊の衝動である。

太田龍氏が「西洋文明の根本は我欲我執」と書いておられたが、本当にその通り。さらに分析すると、この我欲我執は「実体観」から来ている。例えば仏教が実体観を排斥するのは、単なる哲学的関心からではなく、「実体」という観念が必然的に執着を引き起こすからだ。執着は主に貪欲と怒り→支配と破壊。

執着は「実体」という対象へ向けて二方向に発現。対象を引き寄せる方向で行けば「貪欲」に、対象を排除する方向に行けば「瞋恚」(怒り)に。それは実体視を引き起こす「無知」による、とする。貪瞋癡の三毒とは事実を錯認し「実体」を仮構する「癡=無知」を根本とする。実体を執する西洋=癡の文明。

耶蘇教徒や近代哲学信者と話すと分かるが、「実体」に執する者達は自己相対化ができないので、友好的で対等な対話がほぼ不可能である。対等な対話の為には各自の自己相対化が必要だが、それが彼らには不可能なのだ。彼らは実体観への執着が強い程異なる考えの者とは闘争か支配の関係しか構築できない。

という訳で、太田龍氏の言う「西洋文明は我欲我執が根本」という指摘は、実感的にも納得が行くのである。「実体」を一旦立てると、それがどのようなものであれ、執着を引き起こし、闘争や支配の衝動に駆り立て、その貪欲さはとどまるところを知らない。寛容さを失い、他者と共存ができなくなるのだ。

「西洋文明は我欲我執が根本」という太田龍氏の指摘を自分なりに少し突っ込んで分析してみた過程とも絡み、仏教と認識論や科学で少し考えた事があるので挙げます。さきほど考察した西洋、もっと言えば地中海オリエント世界以西の根本的思考形式である「実体論」と一応関係する思考です。

仏教では五蘊に依って自己があると説かれる。五蘊=色・受・想・行・識=身体・感受・構想・意志・認識。そして大乗では五蘊は其々相互依存的・相互浸透的=縁起・空だと説かれる。ここには感性=受と知性=識を其々「実体」として立てるが故の「感性と知性の統合」などという偽問題は生じない。

禅の六祖慧能の弟子二人がたなびく旗を見て「旗が動く」「いや、風が動く」と問答をした。慧能は其を見て「心が動く」と言った。認識対象は認識主体と相関的であり、「旗」とは厳密に言えば視覚的な知覚与件。従って「旗がたなびく」とはこの知覚与件が動く、という事。「心が動く」は間違っていない。

つまり某哲学者風の言い方をすれば「射映的現相」が動くと。見えた限りでの対象が動く、という事は視覚そのものが動くという事。常に変動する視覚的与件を「旗」という概念で固定化。さらに言語表現して「旗が動く」となる。慧能の弟子は視覚的与件を外部化させて「旗が動く」「風が動く」とやったと。

相対性理論によれば、空間・時間・物質等は全て相互浸透的・相互依存的・相互規定的だとされる。つまり、それらが縁起的に関係し合い四次元世界を形成しているという。華厳の重々無尽の縁起説を思いだす。華厳思想は宗教的ドグマを説くものではなく、一種の世界観モデルを提示するものと捉えている。

「西欧思想フルボッコシリーズ(笑)」のおまけ編としてまた一つ書きたいことが出ました。なのでそれについて少し書こうと思います。西欧側による「仏教は虚無を説く」という曲解があるようなので、その辺について自分なりの見解を述べます。それプラス、形而上学的思考が生まれる機制についてです。

仏教は仏陀が「自己と法に頼れ」と弟子に言い残したように「法」を重視する教えである。法とはいくつか意味がある。人が則るべき規範であり、宇宙の法則であり、法則によって存在する事物である。総じて一定の規範や決まり、法則を意味しており無秩序や混沌と言うニュアンスの「虚無」とは真逆である。

iseakira ‏@iseakira 2015年6月16日
@kikuchi_8 法を重視するとともに、それを絶対視せず疑って研鑽するベクトルを第一に重要視することで、固定観念化を牽制しているところがポイント。

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年6月16日
@iseakira さすがであられます。まさにおっしゃる通りですね。「法が真理」と言うと実体視が起きやすい。だから法を実体視しない、「空亦復空」の実践が大事だと。「法」を実体化したら形而上学と同じになってしまいますからね。実践や現象と相即的に「法」を理解すべきだと思います。

西洋近代哲学信者は仏教を虚無主義と曲解するが前述の通り間違い。イメージだけで物事を論じストローマン(相手の主張をねじまげて解釈する詭弁の一種)を駆使するあたり、キリスト教原理主義者が異教徒を「悪魔崇拝者」と妄想するのと酷似。やはり近哲信者は耶蘇やスピと共に「だんご三兄弟」だ(笑)

では何故に西欧近代哲学信者は仏教を虚無と曲解するのか?それは特殊な思考傾向に由来するはっきりした理由がある。彼らは個々の事物や現象を自存的な実体と見ることしかできない。従って実体であるはずの事物や現象が無常である事に耐えられないのだ。だからプラトンの様に形而上学的実体に逃げ込む。

現象は常に変化するが、そこには変化しない規則性・法則性がある。つまり現象には変化と不変の性質が含まれている訳である。華厳と易経の表現を借りると「事は易にして不易」という事である。ここを見抜けない者は現象の変化に頼りなさを覚えイデア説や一神教など数々の形而上学的迷信を作り上げた。

「法を重視するとともに、それを絶対視せず疑って研鑽するベクトルを第一に重要視することで、固定観念化を牽制しているところがポイント。」というiseakiraさんのご指摘は非常に重要。ここを見逃すと、仏教であろうと形而上学に堕してしまう。「久遠本仏」みたいなのが出てくるのだ。

ふぎさやか ‏@maomaoshitai 2015年11月28日
日蓮正宗では
久遠元初の本仏(この世界が生まれたと同時に悟りを開いた最初の仏)=上行菩薩=日蓮大聖人
という解釈になります。なんでこうなるのというのは、向こうの口伝や法華経・御書の解釈もあるので省きますが。



Nirone ‏@Via_Nirone7 1月18日

得意な事を「十八番(おはこ)」と呼ぶのは歌舞伎十八番が元ネタだと思ってたけど、「大無量寿経」で阿弥陀如来が立てた四十八の誓いのうち、浄土宗などでは最も重視され「王本願」とも呼ばれる第十八番目の誓いが本来の元ネタらしい。ホント仏教ってさらっと色んな言葉の元ネタになってんのね。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2014年8月15日
仏教は亀をひっくり返して遊ぶと 地獄に落ちる。これ豆知識ね!
@tomikanjizai @WorldWildWow
日本の仏教は大乗仏教という
ジャンルに含まれます。上座系の
経典も最初は入って来たのですが、
咒要素の強い密教等が日本の
貴族に好まれたのです。
ちなみに初期仏教は咒や占いを 禁止しています。 それらはバラモン教の十八番でした。 ただし、現代の上座仏教にもパリッタ という呪文のような物があるので、 純粋な原始仏教はもう残っていないかも。


ナーガールジュナの時間論・空間論 - j-world
http://www.j-world.com/usr/sakura/replies/buddhism/buddhism16.html
“もし自性論を認めれば、ものの自性は自立・独立・永存していることになりますから、過去・現在・未来はそれぞれまったく別の事象を指しているのか、それと も同一の事象を指しているのか、ということになります。ところが、もし、それぞれが同じものを指しているとすると、過去も現在も未来もその区別がなくなっ てしまうという受け入れがたい事態に落ち込んでしまいます。他方、それぞれがまったく独立した事象であるとすると、明らかに認められる過去と現在と未来の 関係が、全く説明できないという別の受け入れがたい事態に落ち込んでしまいます。こういう受け入れがたい事態に落ち込んでしまうのは、もともと、時に自 立・独立・永存の自性を想定するという間違いを犯しているからだ、というのがわたしの理解するナーガールジュナの批判(1節から3節)です。
もう一つの興味深い批判(6節)は、「もの」と「時間」との関係に関するものです。
もしも、なんらかのものに縁って時間があるのであるならば、そのものが無いのにどうして時間があろうか。しかるに、いかなるものも存在しない。どうして時間があるであろうか。(中村元訳)
「時間はない」というのがナーガールジュナの結論ですが、もちろん、「時間は自性として存在していない」、という意味です。これをわたしなりに具体例を挙げて解説してみますと次のようになります。
たとえば、ふたりの子どもがかけっこをしているとします。ゴールにいる人が、まずA君が到着し、そのあとB君が到着したことを見ました。ここで「A君の到着」という事象と「B君の到着」という事象の間には、先後関係があることが認識されます。この先後関係のことを「時」というわ けです。「過去・現在・未来の三世」とは、事象の先後関係のことに他なりません。さらに、A君とB君がかけっこをしている間にC君はブランコに乗って遊ん でいたとすると、ブランコの「振り」の数で、A君とB君の到着の先後関係を数量可することができます。たとえば、A君が到着してからC君が「3振り半」し たときB君が到着した、といった具合です。これが時計の原理です。つまり、時間という何かがあって、水が川を流れるように、存在の背景でそれが流れている のではありません。あるのは、「A君の到着」という事象とか、「B君の到着」という事象とか、「C君がブランコに乗って遊んでいた」というような事象とそ れらの間にある関係だけです。これらの事象がなければそれらの先後関係、すなわち「時間」もありません。このことをナーガールジュナは
なんらかのものに縁って時間がある・・・
と言っているわけです。つまり、田畑さんが想定されているような、事象の背後に「時間」という背景が事象とは別に存在していて、それが「最初からプログラムされている」というようなものではなく、むしろ、ものから離れて時間は存在しないというのがナーガールジュナの語る時間です。
ナーガールジュナは、さらに、そういう個々の事象(もの)というものも、それ自体で自立しているのではなく、さまざまな原因や条件に依存しているので、ど こまでいっても、他に依存しないで自存するものはない、というぐあいに、自性論者の逃れ道をふさいでしまいます。それが、
しかるに、いかなるものも存在しない。どうして時間があるであろうか。
という後半の部分の、いわば「だめ押し」とでもいうべき批判になります。
まとめると、ナーガールジュナの時間論は次のようになります。
(イ)「先(過去)」とか「後(現在・未来)」は独立した別々の存在でもなく、また、同一存在の単なる別名でもない。それらは依存関係(縁起)をしめす。
(ロ)先後関係そのもの(時間)も、事象に依存している。だから、事象がなければ時間もない。
(ハ)時間が依存しているところの事象さえも、それ自体で成立しているのではなく他に依存している。
このように、時間はさまざまなレベルの縁起によって成立している。

(2)空間論
わたしは、ナーガールジュナが特別に空間について語っている資料を知りませんが、上記にあげた「時の考察」の章のなかで、「過去」が「現在・未来」に依存しているという論証のすぐ後、つぎのように言っています。
これ[過去が現在・未来に依存しているという論証の例]によって、順次に、残りの二つの時期(現在と未来)、さらに上・下・中など、多数性などを解すべきである。(4節)
この「上・下・中」が空間に相当すると考えられます。したがって、時間が「過去・現在・未来」という事象の先後関係として理解されるように、空間も「上・ 下・中」あるいは「左・右」などの物の位置関係として理解できる、と考えてよいのでないかと思います。つまり、ナーガールジュナが一つの例をあげて「あと も皆同じである」として残した空間論の宿題を、わたしなりまとめてみますと、
(イ)「上・下」「右・左」は独立した別々の存在でもなく、また、同一存在の単なる別名でもない。それらは依存関係(縁起)を示す。
(ロ)「上下・左右」の位置関係そのもの(空間)も、事物に依存している。だから、事物がなければ空間もない。
(ハ)空間が依存しているところの事物さえも、それ自体で成立しているのではなく他に依存している。
このように、空間はさまざまなレベルの縁起によって成立している。
というようなことにでもなるのではないかと思います。
このように、時間とは「先後関係」のことであり、空間とは「位置関係」のことであって、時間や空間は事物の背景として、事物とは別に存在している何かではなく、事物の間にある先後関係や位置関係そのものに すぎない、というのが、わたしの理解するナーガールジュナの時間論・空間論です。したがって、言うまでもないことだと思いますが、「時のながれ」というよ うなものをナーガールジュナは認めていません。彼にとって、流れるような何かがあって、それを「時」と呼んでいるのではないことは明らかだからです。

(3)「始め」の概念
このように、ナーガールジュナは、なんでもかんでも縁起として解釈してしまうので、ナーガールジュナの思想は「始めに縁起ありき」である、と解釈する仏教学者もいます(たとえば、長尾雅人博士)。ですから、
縁起とは時の流れのように最初からプログラムされているのでしょうか。
というご質問がでてくるのもやむを得ないと思います。しかし、ナーガールジュナはどこにも、まず縁起があって、それから、すべてが続く、というようなこと は、どこにも、書き残しておりません。むしろ「始め」とか「最初」という概念そのものが、縁起を否定するものとして、しばしば否定されています。「初めが ある」という主張は、原因や条件なしに事象があることを意味するからです。これは、決してナーガールジュナだけに限らず、初期の頃から一貫して、「始め」 の概念は因果関係・縁起を否定するものとして、仏教では認められることはありませんでした。世界とか存在に関する「始め」とか「最初」という言葉ははなは だ非仏教的な概念と言えます。
ある古い仏典には、ひとりの弟子が、「死後の世界はあるか」とか「世界は永遠であるか」とかなどについて教えてくれなければわたしは教団を去る、とブッダ に文句を言う場面がありますが、ブッダは、そのような事柄は人間の経験的知識の領域を越えるものとして、それらについて語ることは避けました。そのとき の、「わたしが説かないことは説かないと了解せよ」というブッダの言葉が示すように、「世界の始め」とか「無限の世界」とかという、形而上学的存在に関し ては語らず、というのが仏教の長い伝統です。したがって、すべては縁起である、というナーガールジュナの主張も、「初めから」という意味ではなく、「見渡 す限り」という意味における主張と解すべきだと思います。


四句
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E5%9B%9B%E5%8F%A5

Ⅱ 四句分別という論法

1 四句分別の起源と概観

(1)仏典は四句分別で出来ている
http://imachannobennkyou.web.fc2.com/84.htm

(2)西洋式に合理化した解釈
http://imachannobennkyou.web.fc2.com/85.htm







お読みくださり感謝します。
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菊池 ‏@kikuchi_8  唯識はユングとフロイトよりはるか格上。思想や哲学は世界をどう解釈するかという「世界観モデル」に過ぎない 

ア随時追加
国際秘密力研究
kokuhiken.exblog.jp
珍しくブログもやっている。


ずっといい忘れてたんだけどさ、私は思想の比較研究がすきなのであって、陰謀論も思想の一種として趣味で研究してるんだ。支配層って思想系の資料は特に改竄やらかすしプロパガンダやらかすから迷惑なんだ。だから支配層叩きもやっているわけよ。嘘からほんとうを見つける作業さ。というの本ブログみても資料集的側面が強いでしょ?

時代が進むごとに、だんだん東洋と中東思想っぽくなるのが西洋思想。 そして自分らは最先端だと言い張る。 東洋中東を取り入れて改悪しただけなのにね。 西洋の最先端思想=古代中東東洋思想を科学的やそ的に改造しただけ。 最先端どころか周回遅れ。 こーさくいんっぽいユングの思想って、阿頼耶識縁起のぱくりっぽい。 仏教は無意識の研究どころか、阿頼耶識という潜在意識を浄化して悪影響を取り除く技術まで紀元前に開発ずみなのにね。
西洋のいう進化って悪化と劣化の間違いなんじゃねーの?

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年5月8日
オカルトと陰謀論のセット売り現象について議論していたのが、いつの間にか霊現象の有無について議論している事になっている怪。

閉店です ‏@lakudagoya 2015年5月8日
@kikuchi_8 いつもこのパターンです。でも、デリケートな問題ではあるようです。

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年5月8日
@lakudagoya 信仰を否定された宗教者の火病反応に近いものを感じますが。しかし、現実には私もねこたさんもオカルト現象自体を否定しているわけでもない。「無記」とお互い言っていただけなわけですよね。それがいつの間にかあのような大炎上になっていて驚きました。

閉店です ‏@lakudagoya 2015年5月8日

@kikuchi_8 うーん、このあたりの事は何故かうまく伝わらないんですね。なので陰謀論とオカルトのセット売りと、オカルトの実在については両論併記か別に話す必要があると思ってます。別に二枚舌ではなくて、うまく説得するにはどうしたらいいか?といつも悩みますね。


菊池 ‏@kikuchi_8 2015年5月8日

@lakudagoya スピと陰謀論は野球とサッカーみたいにジャンルが違うとはっきりおっしゃっているわけですよね。野球もゴルフも趣味だという人は別に二枚舌という訳ではないです。しかし野球のルールをゴルフに適用することはカテゴリーミステイクと。そういうご趣旨と承っているのですが。

閉店です ‏@lakudagoya 2015年5月8日

@kikuchi_8 自分は非魔導師の魔道師研究家なので、ホロスコープやゲマトリアがどのくらい効果があるのかは不明なんですが、そういう力が支配力の源泉になってるかもですね。この場合は、不可視な力を用いてと、それを人を騙す宗教詐欺の道具に使っての2パターンあるのでは?と思いますが。

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年5月8日

@lakudagoya そう思います。魔術という意味でのオカルトは現実に使用されていると思います。タヴィストックの洗脳科学とかはまさにそうで。「自己の意志を強制し人や自然を操作する技術」とクロウリーあたりが魔術を定義してたようですが、これは近代科学の定義にも当てはまりそうです。

閉店です ‏@lakudagoya 2015年5月8日

@kikuchi_8 私はですね、魔術に関してもできるだけ当たり前に説明したいんですよね。潜在意識が現実を規定してるというものがあれば、いじめとかで自閉気味になってる事で人とうまくコミュニケーション取れなかったりする問題がありますよね。仏教ではそれを阿頼耶識と言いますが

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年5月8日

@lakudagoya 魔術を一つの現実的な技術として定義されるお考えは魅力的だと思います。私も唯識は興味あります。人間の思考や行為の積み重ねが、潜在意識のあり方を規定し人格を形成していく、という阿頼耶識縁起の考え方ですね。これはよく考えるとごく当たり前のことなんですよね。

閉店です ‏@lakudagoya 2015年5月8日

@kikuchi_8 私は、スピ系のオカルトを超常現象のように扱う姿勢はどうも苦手なんです。たとえば否定しかされなかった人は自分に自信がない。自信がないから何をやってもうまく行かないみたいな当たり前の話なんですよ。なのでそれを変えるには潜在意識と行動を変えるしか。当たり前の事です

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年5月8日

@lakudagoya それはまさに「現行熏種子 種子生現行」という阿頼耶識縁起そのものですね。表層意識でなされる行動の影響が潜在意識に影響を与え、そこに蓄えられた影響力の残滓がある機縁を得て表層意識に上り具体的な行為として現象する。それがまた潜在意識に・・。という循環です。

閉店です ‏@lakudagoya 2015年5月8日

@kikuchi_8 魔術ってですね、そういう仏教で言われた当たり前の法則を「認識」して現実を操る「認識(グノーシス)」の技なんですよね。まあこういうところは自然科学に対する人文科学のようなところがありますけどね、スピ系の言う大きな事じゃないと思う。こういう姿勢が嫌われます(笑)

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年5月8日

@lakudagoya 唯識も古代の深層心理学だと思います。性的抑圧で一元的に説明する感じのフロイトや集合無意識という形而上学を立てるユングよりも、より現実に即した理論だと私は思います。魔術も要するにそういう現実に即した近代以前からある経験科学という解釈ですね。納得できます。

閉店です ‏@lakudagoya 2015年5月8日

@kikuchi_8 阿頼耶識や倶舎論ですっけ?そっちのほうがユングやフロイトよりも現実に即してますね。オカルトと切り捨てられるものは大抵経験科学なんですが、一応道教呪術でも何でもそうなんですけど、法則性というものを重視しますよね?スピ系はこのあたりの緻密な法則性無視しますしね。

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年5月8日

@lakudagoya 私はそう思っています。阿頼耶識は無記性で、善でも悪でもないという規定は現実的に思います。深層心理に心的実在が宿っているという話でもないです。それなりに経験的に確かめられた限りでの事が理論化されている趣です。法則性より超常性に拘る方が多いのでしょうか?

閉店です ‏@lakudagoya 2015年5月8日

@kikuchi_8 経験則で確かめられた話で仏教などでは既に理論化されてますけど、それが言葉ではなく、体験でしかわからない真理!とか迫ってくるのが苦手なだけで。超常性にこだわる方で私の事を霊的な事体験してないからと見下してくる人は、とても多いですね。量産型イエスキリストさんとか

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年5月8日

@lakudagoyaなるほど。経験はそれなりに言語化しないと人には伝わらないですからね。「歩く」という現象は実際に歩いてみないと分からないにしても、「私は歩く」という表現は普通に通用します。超常性に拘ると、なにがしかの選民意識に囚われがちと思うのは私の偏見でしょうか。

菊池 ‏@kikuchi_8 2016年5月

初期仏教の研究者(仏教の思想第2巻存在の分析より)によると我が国では江戸時代までは仏教の宗派を問わず学僧達が倶舎論や唯識学を「性相学」として学んでいたとの事。仏教の基礎学として哲学的なアビダルマ=論が学ばれていた。往生要集で有名な源信は一面では倶舎論研究の学者だったそうである。

しかし、明治以後は仏教宗派を問わず性相学を学ぶという伝統は廃れてしまったそうだ。ここにも憑依型戦術に侵入された原因の一つを見る。江戸時代までは学僧達が初期仏教や初期大乗の基礎学を修める事で異質な要素の流入を防いでいたが、明治以後はその枠が無くなり神智学などに侵入される隙を生んだ。

「桃栗三年柿八年」にかけて論蔵習得の難しさを例えて「唯識三年倶舎八年」と言われる。こういう格言がある事自体、日本ではアビダルマがしっかり学ばれていた事を物語っている。こういうよき伝統はやはり明治で廃れてしまっている。仏耶一元論や神智学化など、この伝統があれば防止できたはずである。

倶舎論と唯識学を習得したほどの学僧ならば、仏耶一元論や神智学など鼻で笑うはずである。鈴木正三などが切支丹に対したように、徹底的に論破した上で日本の伝統思想を換骨奪胎して西洋化する思想攻勢を完全に防ぎ得たはずである。こういう知的武装が解除されてしまったが故に、侵攻を許したと考える。

唯識では、眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識という「心王」(しんのう)と、
貪瞋癡など煩悩の心所や無貪無瞋無癡の善の心所など「心所」(しんじょ)
の組み合わせで心=識の構造を説明する。心王とは心の要素の中心。心所とは心王に付随する心作用である。心王と心所が相応する。

唯識の心王心所論の原型は部派仏教の説一切有部の心・心所論だと思われる。
説一切有部を批判する事で中観派の空の哲学が完成し、空を踏まえた上で、説一切有部のアビダルマを再構成したものが唯識である。唯識とはいわば大乗のアビダルマである。アビダルマとは経・律・論の三蔵の中の論の事である。

唯識は最初ちんぷんかんぷんでよく分からなかったが、興福寺僧侶が書いた「唯識 こころの哲学―唯識三十頌を読む」という解説書を読んだら概要がつかめてきた。興味があられる方がおられたらお勧めする。心理や洗脳の分析はフロイトやユング(彼ら自体が罠だから)ではなく唯識を応用して分析したい。

唯識とフロイトでは、深層心理に対する捉え方が異なる。フロイトは表層意識と対立す深層心理はドロドロした動物的衝動が渦巻く領域という捉え方だと思うが、唯識では、深層心理は表層意識のあり方次第で善にも悪にもなり、深層心理自体は価値的に無記だと見る。唯識の捉え方の方が合理的だと感じる。

フロイトはタヴィストック理論に多大な影響を与え、ユングはグノーシスや錬金術など秘密結社と密接な理論なので、彼らの理論自体が国際秘密力の思想ツールと言える。従って秘密力の心理戦術や洗脳工作を分析する場合には彼らの理論をも俯瞰して見ないといけない。だから日本に根付いた唯識理論を使う。

「なんでこやつは唯識の話ばかりしているのだ?」と疑問に思われた方もいるかもしれないが、唯識の理論をよく使っているのは今述べた理由による。フロイトやユングに対抗しうる日本及び東洋の知的遺産を「破国際秘密力」に応用したいという意図である。この古代心理学は現代でも通用すると考えている。

それそのものが国際秘密力の思想ツールであるフロイトやユングを相対化し、日本人として自前の立脚地に基づいて彼らの心理戦術を分析する場合、唯識理論は極めて貴重な「視点」「枠組み」「武器」となると考える。唯識は奈良時代から日本に根付く伝統なのである。活用させて頂かない手はない。

前にも何度も書いているが思想や哲学は世界をどう解釈するかという「世界観モデル」に過ぎないと考えている。世界を分析する為の「枠組み」である。したがって、特定の思想哲学を絶対化する事は危ない。唯識もそういう態度で活用している。何より唯識自身がそういう態度なのである。そこがよいと思う。

つまり、フロイトやユングなど国際秘密力系の心理理論を相対化する為に唯識の視点・枠組みを活用するという事である。

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年3月26日

@aliceizer ユングは興味深いですね。心とは、集合無意識という共通の場と自我という固有の領域の二つから成る、というお考えでしょうか?私はそれとは違って、「自己」というあり方そのものが間主体的に形成されており、それが同時に固有のものである、と考えています。

菊池 ‏@kikuchi_8 2016年4月9日
易経は「占いの書」と「義理の書」(哲学の書)という二つの側面がある。義理の書として易経が説く人生哲学は「謙虚」に集約されると思う。驕るとろくなことがないという「真理」は古代も今も変わらないのだろう。慎みを宝とした老子や我執を戒める仏教など年月に耐えてきた思想は大体同じことを言う。
易経の説く所では、四季の様に事物には勢いが伸びる時節と縮む時節があり、要するにバイオリズムだが、事物の循環の中でその時その場で適正な行動を選択する「中庸」が重要であるとする。勢いが伸びても驕らず縮んでも落ち込み過ぎない、中正の態度である。直線的な時間観の終末思想とはかなり異なる。

西洋の終末思想では、「世界の終わりが来て救世主が降臨して最終戦争が起きて」という断定的に空想を語るのが特徴だが、易経では「予言」というより、人生や歴史の経験則を「大体こうすれば大過はないのでは?」と人間の身の処し方を諭す形である。前者は宿命論だが、後者は「生き方指南」の趣である。

仏陀が「世界は有限か無限か」など答えの出ない形而上学的問いを「苦の克服」という実践には役に立たない命題として避けた態度を「無記」と言う。妙な終末論やオカルトが陰謀追及者を惑わし「援兵化」する道具になっているが、現実的な命題を中心とする「無記」の態度は誘導防衛策としても適切である。
易経のよい所も、空想的予言を語るのではなくあくまで歴史や人生の経験則に則って生き方の指針を示す所である。陰陽思想も元々は自然の観察から得られた一つの世界観モデルに過ぎない。自然界で四季が循環する様に人事もまたしかり、という解釈である。東洋の古典は現実的であまり飛躍が無い所が良い。

中尾 綾 ‏@ayajet128 2016年4月9日
@kikuchi_8 ユングも易に興味をもってましたね。

菊池 ‏@kikuchi_8 2016年4月9日

@ayajet128 そうですね。ユングは禅や道教など東洋思想にも興味を持っていたようです。でも、正しく解釈していたとは思えませんが。

中尾 綾 ‏@ayajet128 2016年4月9日

@kikuchi_8 ユングはノーベル物理学賞を受賞したヴォルフガング・パウリと共同研究し、同期性と非因果的な連結の原理という論文を。ユング研究所から共著、自然現象と心の構造を刊行。ヘルマン・ヘッセ、ライプニッツも易を高く評価しています。

菊池 ‏@kikuchi_8 2016年4月9日

@ayajet128 ご教示ありがとうございますm(_ _)mライプニッツが易の影響を受けたというのは何かで読んだ記憶があります。量子論の理論物理学者であるニールス・ボーアが易経や老荘思想に傾倒していたようです。







菊池 ‏@kikuchi_8 2016年4月10日

@take35c @ayajet128 ご教示感謝ですm(_ _)m初期仏教が説く生住滅の三相ですね。確かにコンピュータ科学の基礎になった2進法は陰爻と陽爻で万象を表す易経の世界観と似ていると思います。古代の東洋思想ほど、最先端科学が導き出した世界観と似ているという不思議ですね。

(似ているのでなく真似ただけ。
最先端科学=西洋発。
東洋と中東思想の西洋への流入量が増えるにしたがってそれを反映した科学技術が生まれただけ)

竹田 ‏@take35c 2016年4月11日

@kikuchi_8 @ayajet128 全くもってご理解の通りです。
一切はあっという間に滅して、変化している→「一切行無常」。
全ては滅して変化しているので、変わらぬ自分など無い→「一切法無我」。
それが解らず執着したり、身体や意識を自分と思う事で苦の連鎖に→「一切皆苦」。
解らない人のために少し補足すると、刹那滅であるから一切行無常。全てはあっという間に生滅して変化している。 なので一貫して観察する主体などあり得ない。 ところが仏教ではその一貫した主体を「我」としている、故に一切法無我。
菊池 ‏@kikuchi_8 2016年4月12日

@take35c @ayajet128 その通りですね。もし変化しない実体としての「我」があるとすると、「観察」という時間的幅を持った働きは一連の変化の過程なので不可能になります。例えば、甲という事物の一瞬を捉えた視覚Aが永遠に不変であれば、甲の変化する動きを捉えられません。

政志@綺麗な声に憧れる← ‏@nioumasashi 11 分11 分前

@take35c @kitsuchitsuchi @kikuchi_8 @ayajet128 直リンはしないでおきますh ttps://twitter.com/ryomashiro/status/640472463923503105





菊池 ‏@kikuchi_8 2016年5月21日

西洋キリスト教社会では、人と動物の関係に関して二つの見方があるように思う。一つは「人は動物より一段高い」とする見方である。もう一つは「人など所詮動物に過ぎない」という見方である。これは実はどちらも動物蔑視観に基づいている。動物を蔑視した上で人を上にするか否なの違いに過ぎないのだ。

キリスト教では人間は動物より一段高いという前提がある。反対のフロイト思想等は「生物学主義」と言われ、人間を動物と同じ次元に引き下げると批判される。生物学主義は人間など所詮動物だとする。正反対に見えるが、実はどちらも動物蔑視観が前提である。日本人は人も動物も等しく尊いと考える。

フランシス・フクヤマが東洋人は人を動物と同じと考えていると批判していたと記憶している。西洋では「動物は下等」という前提があるので人を動物と同一視したら人を卑しめる事になるのかもしれないが、東洋では人も動物も等しく生命であり尊いとするので「人と動物は同じ」と言っても意味が全く違う。

まとめると、西洋の「人間と動物は同じ」は、「動物は下等」という前提のもと、人間をそこに「引き下げる」というニュアンスであるが、東洋の「人間と動物は同じ」は、「人間も動物も等しく尊い」というニュアンスなのである。前提の違いを無視するととんでもない曲解をしてしまう事になる。

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年1月6日
スッタニパータ1035【 師は答えた、「アジタよ。世の中におけるあらゆる煩悩の流れをせき止めるものは、気をつけることである。(気をつけることが)煩悩の流れを防ぎまもるものでのである、とわたしは説く。その流れは智慧によって塞がれるであろう。」】←洗脳防止の指針にもなりうる名句かと。

「 ブッダのことば スッタニパータ」中村元訳(岩波文庫)から引用。碩学・中村元先生のわかりやすい名訳。定番である。一読をお勧めする次第である。


菊池 ‏@kikuchi_8 2月17日
参考。唯識は現在でも十分活用できる考察が多い。個人的にはフロイトやユングなどより参考になった。https://twitter.com/kikuchi_8/status/828258668852371456 …
菊池‏@kikuchi_8 2月5日
唯識が言う対象を識別した際の意識の展開過程
①卒爾心(そつにしん)対象に気づく漠然とした認識)
②尋求心(じんぐしん)「これは何だろう?」と推求する心
③決定心(けつじょうしん)「これは〇〇だ」と判断する心
④染浄心(ぜんじょうしん)対象に執着する心➄等流心(とうるしん)執着心の持続。

菊池 ‏@kikuchi_8 2月
対象認識の発生プロセスを唯識の用語を借りて分析①卒爾心(対象に気づく)②尋求心(「これはなんだろう?」と対象を推求)③決定心(対象について「これは〇〇だ」と判断)④染浄心(対象に愛着や嫌悪が発生)➄等流心(染浄心の継続)
〇「気を付ける」はできれば①~③で行う。④からは誘導の領域。

言葉は強力である。ある言葉を繰り返し刷込まれるとその言葉が示す概念が実在する様な感覚になる(宗教や形而上学)。我々が認識している「世界」も自分で知覚して確かめたものは少なくて(特に国際政治)、大半が誰かが与える情報によって構築されている。だから情報をしっかり吟味する事が不可欠だ。

「意志を強制して対象を操り支配する」というのが「魔術」の本質だが、その定義からすると情報操作や洗脳宣伝、思想工作などはまさに「魔術」そのものだと言える。これらは人間の概念的思考に働きかける。情報も思想も言葉≒概念の塊なので「魔術」を破るには言葉の性質を見破るのが近道だと考える。

言葉の性質の一つが何度か述べている「名と義の相互客塵性(言葉の表記とそれが示す概念・事物の結びつきは本来必然的ではない)」。ある事物をある名称で呼ぶのは社会的な慣習・約束事に基づく。だが、繰り返し使用している内に必然だと思えてくる。西洋のロゴス中心主義はここから来る。魔術の源泉。

ある事物をある名称で呼ぶと実質が無いのにその名称通りの性質があるように思えてきたり(「安倍は愛国保守」等)、証拠もないのに何かの存在を名辞で示すとそれが実在と思えてくる(造物主概念やイデア論など)。ある意味言葉は人間の心理的環境を作り出す力がある。だから魔術師は言葉≒概念を操る。

対「洗脳」「魔術」対策で着目すべき言葉≒概念の性質は主に二つあると思う。
①仮構作用。仮構とは言葉によって事物存在を認識の中に立ち上がらせる作用である。「丸いざらざらしたそれ」を「りんご」として立ち上がらせるなど。知覚が伴わない概念的存在は言葉とイメージ(表象)のみで立ち上がる。

②執着の対象。知覚的存在にしろ概念的存在にしろ、概念によって「それ」として認識された対象は苦(不快)・楽(快)・不苦不楽(どちらでもない)いずれかの値を帯びる。苦は引き離し、楽は引き寄せる。この時点で行動が促される。まとめると言葉の魔術は①対象ひいては環境を作り出し②行動を操る。

言葉の二つの性質①事物存在を認識の中に立ち上げる②認識者の行動を促す。かかる性質を持つ言葉=ロゴスを操作する事で魔術師は人の「(心理的な)環境」を作り人の「行動」を促し操作する。言葉の性質を悪用した技術である。よって対処法は言葉の性質を見破り言葉の魔術を無効化する事と結論できる。

唯識で言う「遍計所執性」とは概念の仮構作用によって立ち上がった事物存在に執着している心理状態を示す。つまり言葉の魔術に嵌められている状態である。「遍計所執性」を破り言葉の魔術に惑わされなくなった心理状態を「円成実性」と名付けた。唯識はある意味「魔術の破り方」そのものだと言える。

吾人が唯識を頻繁に活用しているのは魔術を破る為のヒントがあると見ているからである。国際秘密力は「意志を強制する技術=魔術」を駆使して世界を支配しようとする。印度で1500年以上前に生まれ、日本では1300年以上の歴史を持つ「唯識」という学問は「魔術を解除する方法」としても読める。

一神教や神秘主義などに憑依されていない伝統的学問を活用して魔術を破る。これぞ「破国際秘密力」の醍醐味であると思う。唯識は日本の伝統的学問の中でも極めて論理性が高い。陳那(ディグナーガ)などの論理学を伴うので当然と言えば当然であるが。論理性の高さ故どうしても活用する頻度が高くなる。

とはいえ、唯識を金科玉条にしては元も子もない。どのようなものであれ、あくまで「学問として活用する」「参考程度」という姿勢が大切だと考える。何分1500年以上前のものなので不合理な点も無きにしも非ずである。活用できる部分を活用すべきであろう。思考し活用するのは常に自分自身である。





閉店です ‏@lakudagoya 2017年2月19日
菊池氏のRTにエアリプ。

おばちゃん、それ古典的な記憶術やで。ローマ時代からあるやつ。

4福音書を12宮に関連付けて覚えた強者の話とか。
記憶術って便利やで。
本は一度読めば大抵どの本に何が書いてあったか思い出せる。
商品の棚に置いてあるものも大抵記憶できるから、買い物の無駄足が無くて良いな。
後はインプットに少し時間かかるけど、図書館や大型書店の本棚にどこにあるのか覚えたり。
でも日常のは忘れる。
知識は記憶術を駆使すれば、世界で一番軽い資産になるわけ。
金塊は重くて持ち運べないけど知識や智慧は空気よりも軽いからね。
ほーしゃのー等で脳みそのハードディスクがやられない限り。
あと、記憶術便利なのは一度読めば記憶できるから、本を借りて済ますことができる所かな?
遊牧民が知識や智慧を重んじるのは、持ち運べる中で一番軽い資産だから。
今のようにトラックがあるわけじゃないから、遊牧民は家畜かアクセサリーか知識か智慧くらいしか資産を持てない。
それだから、あまり持っててもしょうがないので溜め込む事があまりないから金離れが良い。

記憶術は古代の哲学者が使ってた通常能力です。
書物文化のあるギリシャ・ローマでも本を丸ごと覚えたりするの普通なのに、書物を使わないケルトとかどうやってたんだろ?
賛歌や詩の文化は文字を持たない地域の記憶術でもあるよ。
ほれヴェーダ宗教。




菊池 ‏@kikuchi_8
西洋思想には「観念論VS唯物論」という両建構造がある。これを「火がついたロウソク」の喩えで「破両建」する。観念論とは「ロウソクがなくても火が単独で燃える」という説である。唯物論は「火はロウソクだ(火は無でロウソクに還元される)」という説である。どちらも不合理である事が分かる。

「火がついたロウソク」の喩えでは火を「精神」に、ロウソクを「身体」「物質」にそれぞれ喩えた。龍樹が「アートマンと心身の不一不異」を論証する為に中論で使った有名な比喩を借りたのである。

「火がロウソク抜きで単独で燃える」とするのは不合理だが、「火は非実在でロウソクは実在なので、火は全てロウソクに還元される」というのも不合理だ。ロウソクに依って火はあるが、だからといって「火はロウソクだ」と還元する事はできない。火とロウソクは同じでも異なるでもない。不一不異である。

「心身と自己」の関係も「火とロウソク」の関係と同様に不一不異である。心身の諸要素を離れて「自己」はないが「自己」は心身の諸要素に還元し尽くされる訳でもない。「音とメロディー」の関係と同じである。個々の「音」を離れて「メロディー」はないが、個々の「音」が「メロディー」なのではない。


たまたま読んだ某印度哲学者の見解があまりに変だと思ったから唐突にこの様な事を書いた。「心身とは別の常住不変のアートマンがある」という見解。証明しようもないが、不合理さは明らかである。「不変」だから心身の動きとは全く無関係で何をしようと影響がないので「努力」などは全く無意味となる。


「無我論」は「自己は無い」論ではなく「実体=自性としての自己は無い」論であり「他に依って(無自性なものとして)自己はある」論と言える。端的に「自己は無い」ではなく「依存関係によって自己はある」と言っている。「常住不変のアートマン」を設定する印度哲学よりこっちの方が合理的だと思う。


印度哲学は国際秘密力研究的にも重要なのでたまに調べるが、印度哲学・仏教哲学クラスタの人々は「アートマンの有無」という形而上学的命題を紀元前さながらに論じている。あまり意味があるとは思えない。定義次第である。「不変」という定義をするなら、あってもなくても全く無意味な概念と言える。

「不変の自己=アートマン」という概念が無意味である事は先に述べた通りである。文字通り「不変」であるなら「自己変革」「自己の向上」という「変化」はありえないので「努力」とか「修行」は全く無意味となるからである。かといって自己=無でもない。変化しつつ持続する。それが「自己」である。


「他に依ってある自己」は「変化しつつ持続する」ので「常住」でも「断滅」でもない。
よって常住論でも虚無論でもない。
そういった両極端を排するのが「中道」である。それはまた現実の観察から得られるので、
仮定と想像に基づく無意味な形而上学的思索=戯論を排する無記の立場でもある。


印度哲学を調べていると、印度哲学や仏教哲学の愛好家達が己の形而上学的見解に固執して無意味な争いをしているのが目に入り、うんざりする事がしばしばである。「ブッダはアートマンを説いたか」などどうでもいい話である。ブッダが説こうと説くまいと「不変のアートマン」は論理矛盾に陥るのだから。

正統印度哲学者など「常住不変のアートマン」に固執する立場からの「無我」説批判は「無我=自己は無い=虚無論」と曲解して藁人形論法の方式で非難する場合が殆ど
である。「無我」とは「自己に常住不変の実体はない→依存関係によって自己はある」という意味なので完全にこの批判は的外れだと言える。


「無我」とは「変化する現象として自己はある」の意味。
端的に「自己は無い」と言っているのではない。
「空」も同様である。「依存関係に基づいて生起する現象としてある」から「空」なのであって「無」ではない。
「空」であるものは「ある」のである。虚無論でも常住論でもない。だから「中道」。



「自己」とは「実体」ではなく一種の「ゲシュタルト」だと考える事も出来る。「自己」は心身の様々な要素(「五蘊」などと言う)に依存して存在するが、個々の心身の要素がそのまま「自己」なのではない。要素に依存して成立するが、要素そのものでもない。「音」に対する「メロディー」と同様である。

要素に依存して成立するゲシュタルトは個々の要素そのものではないが、個々の要素を離れてあるのでもない。
誰が歌っても同じ「桃太郎唱歌」(プロフィール写真にちなむ)であるが、個々の歌い手の「声」「音」は違う。個々の「声」「音」を離れて「唱歌」があるのでもない。要素と全体は相互依存関係


「アートマンという常住不変の実体がないと認識作用も宙に浮いてしまう」とあるインド哲学者が書いていたがそうではないと思う。抽象的に考えるからそういう結論に陥る。認識作用は抽象的ではなく常に具体的なものである。例えば「見る」作用は常に「具体的な何か」を見ている。「見る」一般は無い。

注記。「アートマン観念が無いと認識作用が宙に浮く」とは「Aさんのアートマン」「Bさんのアートマン」がないとある認識作用がAさんのものなのかBさんのものなのかが区別できないという意味である。印度六派哲学の立場に立つ某印度哲学者の所論である。

「アートマン(常住不変な「私」)がないと誰の認識作用か分からなくなる」という事は無い。認識作用の個別具体性を規定するのは抽象的な「私」ではなく認識が行なわれる「場」である身体が置かれた空間的配置である。空間的配置こそが「個」を規定する、と思う。そこに「私」という名称を与えるのだ。

逆に人から個別具体的な属性や作用、性質を全てはぎ取った末に残る「アートマン(私)」は何の特徴も持っていない無色透明で没個性な抽象的存在(「存在」と言えるのかすら疑問)なので、逆にこのアートマン概念を以てしては自他の区別ができなくなる。近代的な「個人」や「自我」の観念にも通じる。


ここで言っているのは一般的に使われる「個性」「個性的」とかの話ではなく、もっと原理的な話です。「個人」「自己」とはどのような条件で存在しているのか?という。人間は抽象的存在ではありえない。必ずある時間のある空間に配置されている。

どんなに「無個性」と言われる人間でも「個別具体性=個性」はどこまでも付きまとう。まず、人は特定の親から生まれ、特定の環境で育ち、ある時間にある空間を占めつつ存在する。この具体的条件を置いて「個人」は存在しえない。ここで論じたのはそういう個人存在が持つ不可避の構造についてである。
「あいつは個性的だ」「個性的でなければいけない」「没個性な人だ」等々の一般的な価値判断の話ではない。「自己」とか「個人」そのものの存立構造の話である。言葉の定義やニュアンスは「名と義の相互客塵性(能記と所記の結合の恣意性)」の為に様々な解釈が可。よって定義のすり合わせが不可欠。


前出印度哲学者は龍樹ら仏教哲学者は「認識主体は無い」と主張したとして批判していたが「認識対象と認識主体の相互依存性」を説いたのであって端的に「認識主体は無い」と言ったのではないだろう。「行為」と「行為者」も同じ。行為と行為者はそれぞれ実体としてあるのではなく相互依存的に成立する。

六派哲学(ヴァイシェーシカなど)の様な実体論に固執すると「存在は実体としてある」と頑なに信じるようになる為か「依存関係による生起=縁起」が見えなくなるので、長年印度哲学を探求してきたような人こそかえって不合理な結論に陥る場合があるようだ。印度哲学クラスタを観察して得た感想である。

「認識作用が属する常住不変の自己がなければ、ある認識作用が誰のものか区別がなくなる」はない。逆にあらゆる性質や属性を捨象した「自己」ではかえって自他の区別ができない。認識作用が誰に属するかを規定するのは、その認識作用が機能する「場」である心身が置かれた空間的時間的配置だと考える。

ある「個人」から具体的な行為、性質、属性等々を全てはぎ取っても残る「自己」とは無色透明なそれこそ無個性な「存在」?である。これでは自他の区別すらつかない。その人が生きてきた環境や履歴を離れて「個性」はない、と言える。抽象的な「自己」「個人」とは実は「個性」とは真逆の概念である。

印度六派哲学の一つヴァイシェーシカ派(勝論派)は「合理主義的実在論」とされる。しかし実体を想定する実在論は「合理的」である事は難しい。何故なら変化する現象と実体の概念は矛盾するからだ。だから実体観を維持しつつ整合性を保とうとすると現象と実在の二元論(二世界論)にならざるを得ない。
「不変の実体」という概念と現実に観察される変化する現象の整合性を取ろうとすると必然的に「実在界」と「現象界」を二分する二世界論になる。「イデア界」を設定したプラトンが典型である。
部派仏教の説一切有部も無常な現象と実体としての「ダルマ」(それ以上分割不能な存在の構成要素)を分けた。

実体論を徹底すると二世界論になるし合理的であろうとすれば無実体論に落ち着く。ヴァイシェーシカ派が実体論に固執しつつも二世界論になっていないのは思考の不徹底さ故だと言える。しかし、それがまた西洋哲学のプラトニズム的伝統とは違った印度哲学の健全な現実感覚をも表しているのかもしれない。

菊池 ‏@kikuchi_8 2月14日
「『認識主体』を認識しようとすると『認識対象』になってしまい『認識主体』を認識する事はできない」と書いた。
所謂無限後退である。これは「認識するもの・認識されるもの」で構成される認識の構造から来る必然。「認識主体」と「認識対象」は常に相対しているので前者が後者になる事はできない。

この事を踏まえた上で神秘主義を分析する。新プラトン主義では「一者」という実在を対象として立てる。そこに認識主体たる自己が合一するという考えだ。これが何故「神秘主義」とされるのか。「認識主体が認識対象になる事はできない」以上「合一」は「神秘」と説明するしかない。要するに「逃げ」だ。

物事を論理的合理的に思考した上で、その限界を見極め沈黙する事と、最初から論理をすっ飛ばして適当なドグマを作って「神秘」と言い張るのでは全く意味が異なる。理性や論理の限界を弁える者は「無記」「沈黙」にはなるが、「神秘主義」にはならない。主義=イズムとは何らかの独断を意味するからだ。

新プラトン主義(西洋神秘主義の原型)は「一者が存在する」という独断と「一者から世界が流出した」という独断と「我が一者と合一する」という独断から構成される。これは理性を限界まで駆使して見極めた、という類のものではない。沈黙とは逆で言葉で明確にドグマを立てているからである。
つまり、新プラトン主義を原型とする西洋神秘主義では、言葉で明確にドグマを説きながら、その非論理性を誤魔化す為に「神秘」を持ち出しているに過ぎないのである。「非合理故に我信ず」の類である。中途半端に言葉を用いて「神秘」を語るくらいなら、最初から何も語らない方が誠実であると言えよう。

菊池 ‏@kikuchi_8 2月13日

自明視されている「精神と物質」というカテゴリーも歴史のある時点で制作されたものかもしれない。古代日本では「モノ」という言葉で精神も物体も表した。仏教で言う「色」とは「いろ・形」の事で視覚という感覚との関連で物質が捉えられている。精神と物質の境界が西洋のカテゴリより曖昧である。

「精神と物質」を巡る様々な主張も収拾がつかない形而上学的命題の一つである。人の経験世界(知覚し認識する世界)の中で視覚や触覚の作用に「物質」という名称を与えた外部化し、それに対する認識主観の側を「精神」とした、という機制かもしれない。思う程「精神」と「物質」の境界は明確ではない。

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年1月6日

@ayajet128 @kitsuchitsuchi なるほど。フランクフルト学派のアドルノの理論がタヴィストック研究所の洗脳科学に大きな影響を与えたそうですね。フロイトがドラック本を書いているのですね。深層心理について研究したフロイトの心理学も洗脳科学の基盤の一つのようです。

中尾 綾 ‏@ayajet128 2015年1月6日

@kikuchi_8 フロイトは1884年、コカについてという有名な論文を書いてました。マリファナじゃないです。コカがインディオの労働に欠かせないものとして使われていることや実験した結果、発見なども記してます。フロイトはアインシュタインと文通してましたね。養老孟司が翻訳してます。

中尾 綾 ‏@ayajet128 2015年1月6日

@kikuchi_8 フロイトは1884年、コカについてという有名な論文を書いてました。マリファナじゃないです。コカがインディオの労働に欠かせないものとして使われていることや実験した結果、発見なども記してます。フロイトはアインシュタインと文通してましたね。養老孟司が翻訳してます。

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年1月6日

@ayajet128 ご教示ありがとうございます。中南米系の麻薬ですね。「アヤワスカ」という植物を神秘主義の実践に用いている人たちがおりますね。インディオがコカを傷口に塗って痛みを緩和させていたという話を読んだことがあります。猶太系の科学者同士で繋がりがあったのですね。>文通

中尾 綾 ‏@ayajet128 2015年1月6日

@kikuchi_8 イエズス会についての社会学的研究はロヨラによって定められた心霊修行がそれに従う人々の全ての行動におのずと与えている影響を調べること。この研究はある特定の社会の栄枯盛衰に作用を及ぼしうる諸条件を、イエズス会の構造の分析から一般的に明るみにだすことになるだろう。

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年1月6日
@ayajet128 おお、これはまさにイエズス会の手口を現代の洗脳科学に応用しようとしたという決定的証拠になりそうですね。まさに「認知操作」の科学的研究以外の何物でもありませんね。ヴァイスハウプトもイエズス会出身でイルミナティの組織構成はイエズス会から影響を受けているそうです。

中尾 綾 ‏@ayajet128 2015年1月6日

@kikuchi_8 アドルノに関する本を借りたのがかなり昔で、今日メモしたノートを見てたらイエズス会がでてきて。自分でもびっくり。当時はイエズス会にあまり注目してなくて。

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年1月6日

@ayajet128 なるほど。すごい発見だと思います。そうやって以前はさほど注目していなかった情報が後々繋がってきて一つの全体像が浮かび上がってくるのが陰謀研究の面白いところですね^^

中尾 綾 ‏@ayajet128 2015年1月7日

@kikuchi_8 タバコを嫌ったヒットラーは覚醒剤の愛好家だった。主治医モレル博士はビタミン剤と偽って覚醒剤の注射をしていた。1942年夏以降依存症状を見せ始める。ナチスドイツはパイロットたちに覚醒剤を支給。英国、連合国、ソ連軍も使用。フロイトはコカイン依存症だった。
トゥーレ協会から勉強した方がいいかも。

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年1月7日

@ayajet128 ご教示ありがとうございます。ヒトラーの演説時とかの異常興奮、自己陶酔はパラノイアだからと説明されることが多いですが、薬物の効果でもあったのですね。納得です。フロイトがコカインに関する本を書いていたことを教えていただきましたが、コカイン依存症だったのですね。








子子子子子(ねここねこ)
‏@kitsuchitsuchi

陰謀追及者必読リスト
※本を出せる陰謀論者のブログや本や講演会は以下(最低限心理操作術と支配層の視点を学んでから)で判断基準が育つまで一切無視しないと信者化!
ネット上に要約があるものもあるので検索推奨
(ネット上で無料で読める)詭弁のガイドライン
チャルディーニ『影響力の武器』

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燈火
9年B組 セティくん
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C.F.E.
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子子子子子(ねここねこ)

19:25 - 2016年11月27日
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子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2016年11月27日

子子子子子(ねここねこ)さんが菊池をリツイートしました

グーラ『論理で人をだます法』
野崎昭弘『詭弁論理学』
架神恭介『完全教祖マニュアル』
マキアヴェリ『君主論』
大田俊寛『現代オカルトの根源』←@kikuchi_8様とねこたさんオススメ
https://twitter.com/kitsuchitsuchi/status/801322992584232961 …

子子子子子(ねここねこ)さんが追加
菊池 @kikuchi_8
オカルト好きの人におすすめの本がある。「現代オカルトの根源」大田俊寛著。現代のオカルトの起源が思想史的に解明されている良書。現代の各種思想・思潮というものは必ず過去を遡れば起源やネタ元がある。その辺に自覚的だとどっぷり洗脳されない耐性が身に就くと思う。思想史的な予備知識は…
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子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2016年11月27日

子子子子子(ねここねこ)さんが子子子子子(ねここねこ)をリツイートしました

ハフ『統計でウソをつく法』
孫子
佐藤優『神学の思考』
聖書(創世記、出エジプト、マルコ伝、黙示録)
魚川祐司『だから仏教は面白い!』
稲生平太郎『定本 何かが空を飛んでいる』
プラトン『国家』
フリース『イメージ・シンボル事典』

子子子子子(ねここねこ)さんが追加
子子子子子(ねここねこ) @kitsuchitsuchi
君主論や完全教祖マニュアル以外の良書集↓
https://twitter.com/ououdaiei/status/791890550550990848 …
https://twitter.com/ououdaiei/status/791891112382205952 …
https://twitter.com/ououdaiei/status/791892495584022528 ……
1件の返信 5件のリツイート 6 いいね
子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2016年11月29日

子子子子子(ねここねこ)さんが菊池をリツイートしました

『統計でウソをつく法』
①誰がそういっているのか?出所
②どういう方法で分かったのか?調査方法
③足りないデータはないか?隠されている資料
④いっていることが違ってやしないか?問題のすりかえ
⑤意味があるかしら?どこかおかしくないか?

子子子子子(ねここねこ)さんが追加
菊池 @kikuchi_8
@kitsuchitsuchi 「詭弁論理学」はいいですね。あと、香西秀信氏の「論理病をなおす!」「レトリックと詭弁」「論より詭弁~反論理的思考のすすめ~」なども参考になりました。工作員の駆使する詭弁術の種明かし本としても活用可能だと思います。
1件の返信 10件のリツイート 7 いいね
子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2016年11月29日

knznymmmy”統計でウソをつく法はおもしろいぞおー♥
全くなにひとつも不正なしに統計を出した結果を操作する実例が紹介されてたりする”

必読真偽判定術
史料批判方法
http://1st.geocities.jp/huhito80/F-M-Siryouhihan.html …
歴史学研究法
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%AD%A6%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%B3%95 …
1件の返信 8件のリツイート 4 いいね
子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2016年11月30日

木下是雄『理科系の作文技術』
”事実(証拠をあげて裏付けできる)と意見(判断、推論)をきっちりわけろ
事実を述べる文に主観に依存する修飾語(意見)を入れない…
ここからは「意見…区切りを明確に…”http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-118.html …

藤村シシン『古代ギリシャのリアル』

井筒俊彦bot ‏@Izutsu_bot 1月27日

ただ、いわゆる客観的現実と、いわゆる主体的意識とが混淆し融合して渾然たる一体をなしたものが現世している。それが見方によって、力点をどこにおくかによって、客体的現実になったり、主体的現実になったりして現れてくるだけのこと。『イスラーム哲学の原像』



読んでくださり感謝しますが、この人のツイートとブログを直接お読みになってくだされば幸いです。
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がこつ王子 我は山の骨、キマイラ 峨骨 ‏@Chimaera925 のゲーム実況オススメ 

骨か?
キマイラか?
いや、パンだ!
イエスの肉体と化した王子が、
甘き血潮を身にまといその身を焼く!
その食パンの荒行が、
同居人マートンの精神を浸食していく……!


※訳:パンにジャムをつけて焼いているだけ。
制作者はパンの焼き方について真剣に議論したのだろうか?

峨骨(Gakotsu)
酒を飲みながら淡々と実況配信等をしていきます。
https://www.youtube.com/channel/UCealzz3NJPwNk0iVXqLGAwg

峨骨はパンのリスエストが通ってうれしいな。
峨骨はパン=イエスの肉体。ゲームでジャムまみれになっていたのはketueki の比喩表現であり最後に焼かれないといけないのは生贄そのものだよね、槍ならぬフォークに刺されないからぜったに違うっぽいし、ギャグ解釈だからマニ受けちゃだめよー。



追加中 本当の自分=実在しない嘘。×自分 ○環境から染み付いた癖。
自分なんて存在しない。「癖」=偏り、習慣、傾向のみが存在する。

ずっといい忘れてたんだけどさ、私は思想の比較研究がすきなのであって、陰謀論も思想の一種として趣味で研究してるんだ。支配層って思想系の資料は特に改竄やらかすしプロパガンダやらかすから迷惑なんだ。だから支配層叩きもやっているわけよ。嘘からほんとうを見つける作業さ。というの本ブログみても資料集的側面が強いでしょ?

陰謀論とは陰謀について論ずるものなので、言葉の定義特に中核概念が曖昧だと何を言っているのかわかっていないってことわかったきになっているだけ
言葉に鈍感なものは言葉に操られる
支配層最大の武器はロゴス、つまり理性(ロゴス)的に使用される武器「言葉」(ロゴス
使用は理性的でも効果は感情的であるように言葉を操るのがポイント
自分自身使用者は自身が自身の武器で操られないように気を付けている

リンゴ=リンゴの木からはえるもの
それでもいいをなさないがさらいにひどくなると
リンゴ=リンゴの土から噴き出すものみたいな定義自体が完全にまちがっていたいるする。
X=XのA Aすら間違っている

峨- [人名用漢字] [音]ガ(呉)(漢)山が高くけわしいさま。「峨峨・嵯峨(さが)」[補説]「峩」は異体字。

この人はおそらく神かみを信じていないが、神シンにかなり近い。
魔法使いだよ


峨骨 ‏@Chimaera925 2月14日
視点が変わっても、全部書き割りだね。なんて皮肉なんだ。

峨骨 ‏@Chimaera925 2015年7月17日
古来から神社売春や寺売春、同性愛なんて普通だったし、性はタブーでもなんでもなかった。日本人の伝統だとか価値観だとか言われているものは、キリスト教。
国家神道だってクリスチャンの平田篤胤が現人神思想とスウェーデンボルグ思想を元ネタに創作した和風キリスト教。
ここから価値観が変わった。


峨骨 ‏@Chimaera925 2015年7月30日
大体、陰謀なんざ何処にでもあるし、
少し歴史を見れば権謀術数渦巻く権力闘争に
他国に対するや野望、陰謀など腐るほどある。
人の歴史は殆どそれだ。
それが無い?
運命や行動は全て予定されていて神の予定通りに行動しているとでも?
キリスト教の運命予定説か。どんな手を使っても勝者は肯定される訳だ。


ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 10月20日
@Chimaera925 失礼します。もう峨骨さんならおわかりだと思います。

やつらの世界を支配するペテン術はみんな西洋魔術の技術の応用でできてると思います。
それを考える場合、ロック爺さんが悪い陰謀論なんて意味ないと思いませんか?
敵は知識と技術と思想のトリニティなのに。

峨骨 ‏@Chimaera925 10月20日
@lakudagoya ええ、取替えの利く駒ですから(笑)
排除しても代わりがいるもの。
特権や力があるとしたら、それを与える源泉、根拠となるもの、それを命じたもの、根底となる思想や知識、技術に着目しますね、普通は。

@lakudagoya ただ、思想や源泉だけに言及すると論理の飛躍と取られかねないので、代えの利く部品の役割の一部と認識してそこに繋がるヒトモノカネの流れを追う作業も必要かな。核心部分を見て結論を取り出しても、そこへ至るまでの証明が出来なければどうしようもないので。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 10月20日
@Chimaera925 もちろん、その作業が必要なのは言うまでもありません。
ですが、その思想のフィルターを通してやつらにとって金や権力でさて自分の意思をこの世界に押し付けるためのツールに見えます。

この世界をどうにかしたいからあらゆるものを利用するという視点が必要です


使い方わからん ‏@Show_BujuBanton 2017年2月14日
↓宗教(特に十字架)家真っ青
その後顔真っ赤にして反論しそう。

まともな反論なんか出来やしないであろう。

峨骨 ‏@Chimaera925 2017年2月14日
どれを殺して食おうと、選んで殺しているのは一緒だ。選んで殺す対象が違うだけで貴賤は無いし、善悪もない。それを許さないのは、許さないことにして自身の脳内にある序列や貴賤の下位に他者を組み込みたがる者だ。

誰かに代わりに殺して貰って、パッケージで包装された死の匂いのしない商品を食っていると、感覚が麻痺するのかもしれないな。自分の手で殺した事が無いから、それを野蛮だの残酷だなどと簡単に言える。殺さなければ食えない。好き嫌いや善悪の感情論が入り込む余地は無い。

殺して食うのが宗教的な罪ならば、全知全能とやらの神は何故、人が食わねば生きられぬように創造したのやら。
そもそも、何故、そのような行動が取れるやら。
創ったというならば禁じられる以前に、「最初から出来ない」「しようとも思わない」のでは無いのかね。
そうせねばならぬようにしておいて罪?


罪悪感を植え付けておいて、罪悪感を利用して言いなりにする常套手段だな。償えと言いながら、償えと言う連中に奉仕させる。まったくもって馬鹿げたペテンだ。
死がケガレなら、この世はケガレに溢れているな。おー怖い怖い。






絶対的な正義や悪、道徳に不道徳、常識に非常識、法、真理、それらは存在しない。存在するのは解釈。環境や時代、価値観、民族、統治や管理の為のご都合主義、要求、これらによって生み出された解釈でしかない。ある時代と場所で善とされたものが悪となり、また別の場所では善となる。普遍的ではない。

法は宗教的な法ではない。法で裁かれる罪は宗教的な罪とは異なる。便宜上作られたソレに反する者は宗教的な罪を犯した者ではない。マナーや常識も同じだ。しかし、日本では混同されている。故に、それらを利用する者が容易く絶対的な存在であるかのように神格化される。カルト教の運営法そのままだ。



峨骨 ‏@Chimaera925 2月14日

スカル・アンド・ボーンズ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA …
んで、こっちはイェール大学にある秘密結社。
>ウィリアム・ハンティントン・ラッセルと、従兄弟のサミュエル・ラッセルが1832年に設立した。また彼らはラッセル商会とカルパーリングをも創設した




峨骨 ‏@Chimaera925 2016年7月19日

自由や平等、これもまた呪いだ。自由や平等を万能の魔法のように捉え、他者のそれらを尊重するでもなく勝ち取ろうとする。そうして、自由や平等を与えると偽りの誓約を行った者に空手形一つで支配される。まるで、自由や平等が数限りある特権であるかのように。呪われて勝ち取る為の闘争に呑まれる。


峨骨 ‏@Chimaera925 2016年12月6日
今日も元気だ。酒がうまい。ドーキンスの「神は妄想である」なんぞツッコミ入れながら読んでみる。
社会や国家、貨幣、全部妄想だから、神が妄想でも今更感が。大多数が共有する妄想が常識で現実とされているだけで。

物質やシステム、媒体で括って偶像や呪物にすると、まるでそれらが現実に存在し、影響するかのように振る舞う。生じた事象は、実際はそれらを信じる人々が、それらが真実であるかのように振る舞った結果。偶像や呪物は何もしていない。後からやってきて祝福したり呪ったりして自分の力だとのたまう。

神が世界を作ったなどと言う連中は何故、救世主を崇めるのだろう。
この地上に苦しみが溢れているのは神がそのように作ったのだとしたら、
そんなものの遣いや子なんぞやって来たら、普通に考えて崇めるどころか抹殺するだろうに。
苦しみを与えておいて救済者を遣わして崇めろと言うのだから。


俺よりも遥かに賢いであろう人々が、何故そのような巨大な見えているマッチポンプを無視して崇めるのだろうな。人々を支配し富を集める為に崇めさせる舞台装置として用いる為に、信じなさいと訴えて利益を得る者が全くそれを信じていないのなら話は別だけども。

神の都合でそのように作っておいて贖罪しろって馬鹿かよ。テメェの都合で原発作っておいて、事故が起きたら賠償金を国民に負担しろ、要は責任は国民にあるから賠償しろなどという意味不明な言い掛かりと大して変わらない。

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年7月30日
@Chimaera925 人脈は金脈。経歴も金脈。経歴は素晴らしく見えるように、詐欺にならない範囲内で負の側面を省き粉飾する。成功者は競争しない。競争させる事で利益を得る。リスクも犯さない。たまたま成功した者は、その経歴を利用して評論家やセミナーで稼ぐ。ハイリスクを負うのは顧客。

競争や闘争を煽る者は競争しないし、闘争もしない。安全地帯で談合しながら、人々を競争させて利益を得、闘争させて利益を得る。煽動される人々が居なくなれば、彼らは食っていけなくなるから肩書きや経歴を利用してさそれらを煽る。

「私はこれで儲かった、あなたも真似をすれば儲かりますよ」と情報商材やセミナーでそのノウハウを提供する成功者。ノウハウは飯のタネ、独占するからこそ実践する上で強みになる。売れば売るほど陳腐化して参入者が増えて儲からなくなる。それなのに売る理由は一つ。

(中核を抜いて真似されても競合他社になれず地位を逆転されないように劣化させてから売る。
劣化コピーを粗製乱造するのが一番儲かる。
公開されたノウハウは表ノウハウ。裏ノウハウを探し表と合体させて初めて使い物になる)

tyuukakuwonuitearukaramanesaretemokyougoutashaninaranaikarautteiru )





閉店です ‏@lakudagoya 2月14日

人工的なエデンの園で純粋培養で育てられたお嬢様は社会経験ないまま組織の実権を握るけど、男と張り合ってきたフェミよりも社会常識というタガがないので、ものすげーわがままをして組織を潰したりするのよくある。

マジで純粋培養お嬢様はサイコパス以上にこえー存在っすよ!

峨骨 ‏@Chimaera925 2月14日

モノによるけど、行動力のある純粋培養のお嬢様で親が親バカでなまじ権力持ってると手に負えない。あれは災難だった。予想外、想定外の事態に巻き込まれて、学生時代えらい目に遭いかけたな。手も出してねぇし、押し掛けられて抵抗した被害者なのにバカ親が出てきて。親娘揃って人の話を聞かない。

暴走お嬢様よりもヤクザの娘の方がまだマトモだったし、その親もまだ話が通じた。どっちも病んでたけど。人の話を聞かず、人の都合を考えない奴が周りにかたらと多かったな。

@mabatakey 手出してないのに、「娘を傷物にしたな。面貸せや」と呼び出し食らってね。娘の狂言だと理解させて、詫び入れさせるまでが物凄く面倒臭かったよ。

フリーランスでネット関係だよ。アフィやオークションではない。
何でも屋だね。文章書いたり、翻訳したり、テープ起こししたり、特にコレってのは無いよ。国外の仕事だとドル建てで割りがいいから、最近は専ら国外の仕事探して拾っている。
失業保険無いから、働けなくなると詰むので、社保完備のバイトと掛け持ちした方が無難っちゃ無難だろうね。お勧めはしないよ。
風鳴 道草 ‏@mabatakey 2月14日

@Chimaera925 それでも僕はその道に進みたい。ならば、答えはひとつ。弟子にして下さい!

峨骨 ‏@Chimaera925 2月14日

@mabatakey んな大層な者でもないから(笑)堅実な仕事で根気よく実績と信頼を築き上げる、単純で地味で教えるような事は無いよ。必要が学ばねばならない事を教えてくれる。起きた問題が教材だね。必要になった事をその都度学んで身に付けて、手札を増やして、やれる事を増やす。地味だね。
IT革命の時みたいに自分で営業かけて仕事取ってくる手間が無いから楽になったものだよ。
自分ひとりでケツを捲れる範囲をこなして、必要以上に手を拡げすぎないのが鉄則だよ。どうにもならない、なりそうもない仕事は最初から請けてはいけない。安請け合いは出来ないね。ホイホイと安請け合いする奴が居たら信用できない奴だよ。
y 順序つっても、フリーランスの求人フォーラム探して登録して仕事漁るのが手っ取り早いかな。主婦向けで簡単なんて触れ込みの奴は簡単だけどピンハネがな。スキルが無いなら、その分野の派遣なりバイトなり会社に所属してスキル身に付けるのが独学より手っ取り早いだろうね。
とはいえ、日本はこの分野が政策で拡大されて行くのが分かりきっていて、尚且つ派遣の大手も絡んで来るだろうから単価が下がっていくのが分かりきっている。国外の仕事を受注する上で、英語を多少は読み書きできる方が良いだろうね。
あと役立ちそうな事と言えば、税務申告と節税のやり方は調べて活用すべきだ。脱税じゃなくて、あくまで節税。

前世系の純正培養、箱入りお嬢様(山田花子似)は俺を恐怖させた数少ない人間の一人だ。ストーカーはぼちぼち居たけど、あれほどの恐怖は無かった。今なら淡々と対処できるのだろうけど、まだまだ対処に慣れていない当時は強敵。人の話を聞かないから、今でも手こずるだろうが、付け入る隙はやらねぇ。


峨骨 ‏@Chimaera925 2月14日

高級ブランド服としてのバーバリーを買い続ける太客からしたら、低価格路線なんて出されたら安物イメージがしちまうよな。若者にも買いやすい価格帯なんて安価な路線取ったって、若者には金がないんだから無駄無駄無駄ッ!百貨店が業績低迷して買いに来る層は、安物が欲しいわけじゃない。

百貨店というブランドの高級ブランドのイメージを買いに来るわけだ。こいつを中途半端に価格破壊すると店舗の少ない百貨店は特別な商品を売る少数店舗・特化型から、多数店舗・薄利多売型と競い合うハメになる訳だ。最初から規模で負けている。


規模産業にとって、最大の敵はV字カーブの死の谷を越えてくる企業。参入されるとパイの取り分が少なくなる。規模産業同士は買収や経営統合、パートナーになりうる。独占すれば独占禁止法に引っ掛かるから、最終的には寡占。Appleとマイクロソフトの関係。新規参入を阻む利益は一致している。

政治も寡占。寡頭政治、独裁政治ではない。共産はニッチ産業と同じで、あのポジションが一番利益を得る。自民が富裕層や大企業向けの政策を行うから、そこから漏れた層から共産等は支持を受ける。弁証論の正と反と合。反対されることで正は正となり、正があるからこそ反が成立し、権力は維持される。

そして、中央で起きている政治によって決定されると錯覚させる。そこで話し合われ決定したかのように、まるで独立国家であるかのような偽装が可能となる。その偽装が維持される間は、仮初めの権力は特権として機能する。

(陰謀論業界も
①外食チェーンやコンビニのように多売薄利、大規模化、規模産業で収益を上げるか、
②少数の店舗で専門性に特化したニッチな商品 で分かれています。
①はほとんどがひも付き。②にも当然ひも付きがいる。
①にひっかからない層を取り込むのが②)

峨骨 ‏@Chimaera925 2月14日

んで、低価格商品でテコ入れか。一気に大規模展開型に移行できないとV字カーブの谷間に転落してそのまま消滅コースだ。栄枯盛衰だなぁ。
日本企業にありがちだよな。業績悪化すると安売りしてそのまま自爆するヤツ。んで、中の人の待遇が悪化してノルマもキツくなってますます士気が下がる。安くする分、どこかから削らないと採算取れないから従業員から絞る。そして優秀な営業や開発、末端のやり手販売員が抜けていく。

トップダウンで上層部の頭脳が決定した戦略があれば上手く行くと勘違いしている企業は、末端の声なんざ聞き入れないし、業績悪くても末端の努力不足だなんて意味不明なことを言って泥舟でふんぞり返っている。能力と判断力があるヤツは「こいつはヤバいな」と沈みかけた泥舟から逃げる。

あるいは自分が抜けたら大変な事になると、気負って逃げられなくなって、あれこれ抱え込んで自滅する。これも多いな。職場にぶら下がって一日言われた事していればなんとなく安泰だと漠然と考えている層はこんな事にはならないのだが。評価制度なんて言っても、コストカットにしか使われんから

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年12月7日

「心が貧しいから貧困になる」なんの事はない、腐れカルトやスピリチュアル、自己啓発と一緒だ。苦しみの種を植え付けて、金や労力を吸い上げ、「苦しいのは修行が足りないから」「成長や進歩していないから」と縛り付けて奴隷にする。そういや、この発言した奴って親学関係者だっけか。

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年9月21日

スピリチュアルやクリスチャンサイエンス、ニューエイジ、自己啓発、カルト教ではこの逆を行い欲望や自意識を増大させて破滅へ導くものもあるので、お勧めはしない。よくもあそこまで依存させ、生きた傀儡を作るようなおぞましい手口を広めようと思うものだ。良いことだと思っているなら救いようがない

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年10月10日
カルヴァン派の予定説では、神の救済に預かる者は最初から定められている。禁欲的に天職に勤める事で成功する者が選ばれるのではないか、と。ここで言う禁欲とは、目標(利潤の追求)の為に全精力を傾ける禁欲さ。己の才覚や努力で富を為したと考える中産階級や成金から支持を受けた。エリート選民思想

これに嵌まった者は自分が特別だと思うだろうな。天職に禁欲的に励み(利潤の追求をした)己の才覚や努力で富を築いた、俺は特別だ。神に選ばれているに違いない、と。ここから宗教色を脱色すると政商の説くありがたい労道教の教えやビジネス自己啓発になる。神が出せないから成長や感謝、自己実現等と

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年6月2日

解決を成長・自己実現に、実践を努力や感謝、ポジティブシンキング等に置き換えると自己啓発になる。日本の労道なんかまんまソレ。成長や自己実現の定義が無いから、都合のいいようにやりたい放題。やってる事も洗脳と変わらん。峨骨 ‏@Chimaera925 2016年6月2日

スピリチュアル系は終末思想もセットで付いてくるから、毒にも薬にもならんどころか毒にしかならねぇ。不安を掻き立てて、実践しても解決しない。解決しないのは実践(信仰)の仕方が悪いのだ、と。信じる者は救われる、救われていないのは信仰が足りないから。正気の頭ならひっかからんのだけど。

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年6月2日

エヴァなんかモロにあっち系。シンジ君を家族がキリスト教系のカルト教の信者で、カルト教に入信させられた被害者として見るとタチの悪い自己啓発セミナーアニメに見える。ネガティブなシンジ君を見てポジティブになればいいのに、と思ったら思う壺。正解は「逃げちゃダメだ」の逆。逃げなきゃダメだ

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年6月1日

大本の元幹部で生長の家創設者の谷口雅春はクリスチャン・サイエンスの本を幾つも翻訳し、プロテスタント系のカルヴァン主義への反発で生まれたニューソート https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%88 … を光明思想として日本に持ち込む。自己啓発やビジネス自己啓発、ポジティブ思考はコレ

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年2月13日

意味や価値、成長や進歩に強迫観念持ったタイプは多感な時期に人格を否定されて育つか、条件付けでしか存在を肯定されなかったケースが多い。洗脳の第一段階の自己否定が完了しているから、あっさり洗脳にかかる。もしくは既に洗脳されている。自己啓発、クリスチャンサイエンス=スピリチュアルとかね

峨骨 ‏@Chimaera925 2015年1月7日

オカルトまがいの子供騙しが蔓延る。オカルトそのものは実在する。大抵の人が想像するようなソレでない。オカルティックなシンボルやレトリックを剥ぎ取れば意識や無意識をコントロールする技術。自己啓発系はオカルトの技法を使って科学の体裁を取るが肝心な部分が嘘なんてざら。毒にしかならん。

峨骨 ‏@Chimaera925 2012年11月16日

オカルト中毒もそうだけど、自己啓発中毒もタチが悪い。疲れて栄養ドリンクを大量に飲んで元気になったつもりになるようなもので、それらは根本的な原因を取り除きはしない。実践したから良くならなくてはいけないと言う脅迫観念と、良くなっていないと言うギャップがまた次の投資を生む。

ライフハックにしても自己啓発にしてもそうだけど、損してはいけない、得しなくてはいけない、利益につながらなくてはいけない、すぐ結果を出さなくてはいけない、時間をコストに一分一秒生産性を上げなくてはいけない、成長しなくてはいけないって思想は生き難くてかなわんだろうな。

峨骨 ‏@Chimaera925 2012年2月3日

自己啓発書や自己啓発セミナー行って自分を洗脳して、心身のバランス崩し、燃え尽きてしまうケースをしばしば見かける。上からの要望はカイゼンで下からの要望は甘え、そうやって押さえつけられなくなって来たら外国人移民させて使い捨ての労働力確保。出来る範囲で生きやすい世の中にして行きたいね。

峨骨 ‏@Chimaera925 2011年12月21日

自己啓発マニュアルにあるような自尊心あるいは自信を得たりポジティブになる手法と言うのは無理がある。RPG風に言うとMPをHPに変換して無理矢理活動せよと言っているようなもの。不自然な催眠やアファメーションを繰り返し、やがてMPが枯渇してバーンアウトを起こす。

峨骨 ‏@Chimaera925 2月14日

セム系一神教派生の労務真理教の教義なんて末端しか信じていない。今の境遇が苦しいのは神からの試練で、信仰(努力)すれば報われる。なんて苦しみを与えて搾り取る側が吹き込んで、それを信じさせる。そうして搾り取って富を築いた者は、自分は努力して報われた。特別な人間だから報われていると。

峨骨 ‏@Chimaera925 2月14日
逃げちゃダメだと言われたときは、逃げるか、逃げられないなら逃げなくてはいけない危険を物理的に排除・抹殺しなくてはいけない。その選択肢をハナから捨てると、逃げるという選択肢が消える。愛だの協調だのと自分に言い訳して自分を騙す間に、その思想にどっぷり漬かったゾンビにされてしまう。

ガキの頃いじめを受けていた事があったけど、そいつらの仲間内に相互不信埋め込んで仲違いさせたり、皆の前で笑いものにして去勢してみたり、教師の前でわざと殴られて停学にしたり色々やってから、俺をいじめるヤツは居なくなったな。現状維持して潰れていたら今の俺は無いだろう。逃げるか排除だ。
話せば分かると言うが、話しても分らないから犬養毅は殺された。話し合いが通じないなら逃げるか消してしまうかしかない。あるいは、手出しできない状況を作るか。手を出すとヤバイと思わせるのが一番手っ取り早い。殺一警百だ。

いじめられている事よりも、他者に危害を加えてはいけないという洗脳が染み付いていて、やり返そうとすると体が拒絶反応起こすのが子供心にキツかったな。あの一線を越えて、境界線を自由に行き来できるようになるまでが長かった。マキャベリ先生ともっと早く出会っていれば少しは違ったかもな。
飼い主を噛もうとして条件反射で動きが止まる犬みたいに暴力や加害が抑制された子供を作るのが学校教育。反抗せず、言われるまま上位者に従い、集団行動を取る管理しやすい人間を製造する。そこから抜けた結果がコレだから、いいんだか悪いんだか。後悔はしていない。

知力でも魅力でも財力でもいい、何か一つ武器があると世渡りが楽になる。相手の有利な土俵でなく、自分の有利な土俵で獲物を待ち構えて狩る。あるいは有利な土俵に行く。モテるってのも、自分の持っている力が有利な場所に行かないと意味が無いのと同じで。自分の武器を発掘して、とりあえず特化させる

何か一つでも特化させていくと、特化のさせかたが解るから非常に効率が良い。どんなつまらない事でも自分だけの特技、自分だけの強み。これを持っているヤツはどんな分野の人間でも話して居ると非常に面白くて為になり、役立つ。全部極めるなんて無理だし、全部極める必要も無い。
表現したいものが無くなってしまったから音楽はもうやる事は無いだろうけれど、そこで培った経験はあちこちで生きている。専門バカは潰しが利かないと言われるけど、潰しの利かせ方が解ると何かと応用が利く。何かを身につけるための情報収集能力や試行錯誤する根気、習熟のコツ、これらは教われない。

情報噛み砕いて自分なりに血肉に変えて応用する技術は誰も教えてくれない。教わって身につくものでもないけれども。これが一番役に立っている。

作曲でコードの組み合わせが出尽くしているように、世の中にある物事や思想なんて大抵出尽くしていて、完全オリジナルでどれとも被らないものなんて存在しない。あらゆるものを咀嚼して、そのエッセンスを盗み、組み合わせて自分なりの理論や思想を構築していく。ゼロから創造する天才は居ない。

天才や奇才がゼロからオリジナルを産み出す、ロマン主義の幻想だ。全て既存の組み合わせ。オリジナリティ溢れる天才や奇才とやらは、その原典が何処にあるか解らないように組み立てただけだ。原典を知り、現代の事情に擦り合わせ、どのように編集し、既存の概念の組み合わせるか、これが重要なセンスだ

あれもパクリ、これもパクリ。先人の技術や知識を積み重ねていく行為を否定している。研究でもなんでも積み重ね。引き継いで次に手渡す財産だ。こいつを独占されると、独占したヤツの一人勝ちになる。模倣の積み重ね、真似び、学びも基礎も無しに一流になった者など居ない。
世阿弥の風姿花伝は良書だぞ。あれはお勧めできる。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年7月6日
@lanekota @ekousagitan @wayofthewind 能面が無表情なのは能は表現しないことで表現する控えめさの権化だから。芸能界における裏社会の暗躍は、世阿弥が「好色・博奕・大酒。三重戒。これ、古人の掟なり」と『風姿花伝』=秘伝書で言う程に当時から深刻でした。

えこうさぎ ‏@ekousagitan 2014年7月6日
@kitsuchitsuchi 「風姿花伝」は世阿弥が本当は口伝だけにとどめておくべきところを、後の事を憂えてやむにやまれず書いたんですよね。将軍家の保護も薄くなった上に近頃の若いもんは、、みたいな。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年7月6日
@lanekota @wayofthewind @ekousagitan ギリシア仮面と伎楽面は後頭部まで包む。能面は顔の前を覆う。能で面をかけられるのは主人公(大抵死者)のみ。
能の多くは最初に脇役が登場し大抵は僧。大袈裟(仏教由来)で喋りまくるのは和風耶蘇でっちあげ伝統多いよ。

猫太”芸能界のヤクザ臭いの大嫌いです”
”天皇崇拝やキリシタンを見破るには、言葉を重んじない日本文化を知るだけでいいですからねー(笑)天皇の神聖さを言葉でまくしたてるのはクリスチャン” 働かざる者食うべからずの元ネタは新約聖書

Hizuru@mirgliP ‏@mirgliPilgrim 2016年12月5日

ココのとこ能楽に関する本を読んでるんだけど、いわゆる能(夢幻能)というのは、旅人が異界に紛れ込んで亡霊と対話し、時間を超越する、日本古来のファンタジー装置であること知った。そのうえ独特の節回しのある謡(うた)によって、観客をトランス状態に誘い込み、異界を体感させるとか何ソレやばい

なんなん ‏@7_nannan 2016年1月27日

>RT くっそワロタwwww

能は旅の僧侶が宿を求める始まりが多いんですよwww
「これは諸国一見の僧にて候…」
とか 決まり文句ですがwwww

菊池 ‏@kikuchi_8 2016年7月9日

能「車僧」の天狗・太郎坊と車僧の問答が哲学的で奥深い。
太郎坊「浮世を車で走り回るとは輪廻の輪を脱していないと見える」
車僧「回る「輪=我」に元々実体などない(=空)のだ。何が回ろうぞ」。
輪=我を実体視する「実体観」に立った生悟りで嘲笑する太郎坊を車僧が「空観」で見事に論破している。

「車僧」では、車僧を「魔道」に引き入れようとする太郎坊は本物の知恵を持つ車僧に打ち負かされる。「人を支配したい」「人を傷つけたい」「人を騙した い」という不純な動機が根底にあるので、国際秘密力や工作員には本当の知恵者はありえない。おまけに彼らには太郎坊のような愛嬌も潔さも無い。

能「車僧」で天狗・太郎坊はもっともらしい理屈とレトリックで車僧を堕落させ「魔道」に引き込もうとする。工作員は高慢で、一見もっともらしい理屈をこねて工作対象者をおかしな道に引き込もうとするが、この天狗の姿とそっくりである。能の筋書きは人間心理の洞察の賜物という感じがする。

初期仏教や唯識のアビダルマの心理論では「怒り」と一口に言ってもいくつかに分けている。まず基本となるのが「瞋」(根本煩悩の一つ)である。
次に随煩悩として「忿」がある。これは杖で相手を殴りたいほどの激しい怒りである。
さらに「恨」。忿が瞬間的な怒りであるのに対して持続的な怒りである。
「恨」とは謂わば「瞋」(怒り)が沈殿して憎悪とか怨念になった感情である。ある対象を思い浮かべて持続的に怒りを持ち続けている状態である。人間だから時には怒る事があるのも当然だが、不快な事が起きても「瞋」の段階で止めた方がよい。「忿」は暴行に結びつくし、「恨」は己自身を蝕んでいく。


(心所(しんじょ、巴: cetasika, チェータシカ、梵: caitasika, チャイタシカ)とは、仏教における心・精神の構成要素・機能。
仏教は西洋よりはるか昔から心理学も無意識の研究も応用も実践もやっていた)


峨骨 ‏@Chimaera925 2016年7月16日

ロマン主義以降、著作物は才能や個性、オリジナリティ、ゼロから創造されるものと考えられるようになった。それまでは模倣から始まる職人的なものだった。守破離、守無しに破や離は不可能。個人が全てを創造するなんてのはお伽噺みたいなものだ。古典的フレーズを使うとパクり扱いでは音楽は作れない。

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年9月5日

著作権や特許でガチガチに縛られて「あれがパクリだ」「これがパクリ」なんて騒ぐ世相が何のためのものか解りやすいわな。論文は思い付きだけでは書けないから、参考文献が要る。曲は組み合わせが限られているから、古典に学んで現代風にアレンジする。それをパクリだ金よこせと言われたら何も出来んぞ



参考に。気になる良い記事。渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }
”峨骨 ‏@Chimaera925 2016年10月19日
会がお開きになったのは2時くらいだけど、そこから何時もの自営仲間と話し込む。そいつは話し始めるとまた長い長い。相槌や会話が呼び水になって話題が広がり議論が尽きない。自立とはなんぞやってなお題の話しが結構おもしろかったな。そいつは長い事、自営で生活してきて自分の力でどうにかしてきた

そんな自負があるから、何か自分の中の強みを核とした精神的な自負や能力が自立の条件だとする。俺は自分自身に依存し過ぎるのは危険だと言う。確かに柱となるものを内面に持つのは大事だが、外に広く浅く依存の対象を広げてリスクを分散させて一点によりかからない、中庸であること、これが自立だと。

ゲリラやレジスタンスがセーフハウスや物資の隠し場所を幾つも持つように、再起できる拠点(精神的なものや技術も含め)を幅広く用意しておく事が大事だ。一点豪華主義や決め打ちは視野を狭めて、そこで行き詰ったときに対処出来なくなるではないか、と。人は何かに依存している。依存しているように
見えないほど、蜘蛛の糸のように依存を張り巡らせるのだ。どのみち、何にも依存せず生きることなどできはしないのだから。一つがダメでも次、これが安全だ。奴としては、そうなった時、誰も助けてくれないし社会は厳しいから知恵と経験で乗り切るものだと言っていたが、俺としてはその環境に落ち込む
これこそが下策だと考える。追い詰められる前に安全地帯を幾つも作っておく。一点に依存して重く圧し掛からなければ、そう、宿り木程度の場所を確保しておくくらいならばそう負担ではないだろう、と。どちらも経験から来る考えで間違いでは無いのだろうけど。奴は孤立無援が多かったからな。

一点に依存したとき、その重みに耐えられなくなれば折れてしまう。それでは共倒れになる。自身の心が折れるだけならば、いくらでも再起できるだろうが折れてしまって取り返しの付かないものはいくらでもある。氷の上を歩くように、重みを分散させて歩むのだ。
一芸に秀でる、聞こえは良いけど潰しが利かない。一芸をある程度修めて、それらを修める課程で身に着けたものやそれらの応用で他のものにも通じる事が可能となれば話しは別だが、単なる専門バカになると自身の手にした手法を無理矢理当てはめて全てをどうにかしようとするから破綻が生じる。

自分のできる事、得意な事にしか手を出さなくなる、これは貪欲さが足りない。全く異なる分野や一見関連の無い分野でも視点を変えればいくらでも活用できる。百科全書的な考え方だな。


もともと不器用なので、耳に痛い事もあるけど、大事な話に思う。

百姓すらまともにできないが、ほかにすることがないので、している。

ともわれ、それもあって、ほかの分野にも、興味を持つようにしている。


>一芸に秀でる、聞こえは良いけど潰しが利かない。一芸をある程度修めて、それらを修める課程で身に着けたものやそれらの応用で他のものにも通じる事が可能となれば話しは別だが、単なる専門バカになると自身の手にした手法を無理矢理当てはめて全てをどうにかしようとするから破綻が生じる。


日本人って、この手の破綻が多い。

名投手が、投身自殺や強盗に走ったとかの記事をみて、唖然として悲しくなる。

当人も不器用だったのだろうが、「潰しが効く・応用が効く」という柔軟性や多様性を切り捨てて栄光を手にした悲劇だが、それで栄光すら得られず破滅する人の方こそ多い。

教育も、考え方も、完全に変えないといけないところが、日本にはあると思う・・・


そうしないと、悲しい死滅しかなさそう・・・


ただ、その柔軟性・多様性を切り捨てることにより、斬り捨てられた多くの「か弱き者」の復讐が果たされただけかもしれない・・・。


差別も、ネオコン思想も、確実に復讐されるのだ、因果応報という事で・・・。



お読みくださりありがとうございます。”
http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%90%91%E3%81%91%E3%81%8B%E3%82%82%E3%80%80%E3%80%80%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%83%8F%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%8B%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E4%BD%9C%E6%B3%95%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%8B/%E5%8F%82%E8%80%83%E3%81%AB%E3%80%82%E6%B0%97%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%E8%89%AF%E3%81%84%E8%A8%98%E4%BA%8B%E3%80%82

峨骨 ‏@Chimaera9252017年2月15日

日本語が母国語の利点ってのは言語的な特性もあるだろうけど、一番は膨大な量の日本や中国の古典が母国語で読めるって点だな。四書五経を始めとした数々の重要な文献が在り、尚且つ古本屋で安価に手に入る。これは貴重だ。なかなか無いよ。

宗教としてのナショナリズムってのはとてつもなく有害だ。宗教ナショナリズムを推進した明治政府は国家神道を道徳という形で強制。国民の道徳だとして宗教、信教の自由の上に置いた。 宗教を愛し、それを守っていくには、それを守らぬ者を憎んだり、迫害したりする必要はない モンテスキュー
末端の使い捨ての兵隊や労働者にするには都合のいい教育なのだろうな。くだらぬ道徳や善良さ、勤勉さを持ち、権威に言われた事を懐疑せず従順に従い、論理を理屈と呼んで好まず、分かりやすい感情論を好んで感情で動く。恐ろしい教育だ。

道徳心や愛国心(教育勅語?)に成績付けるクソカルトな学校への登校を拒否させたら児童虐待の疑いだろ?明治テロ政府は国家神道を宗教ではなく道徳だとして、宗教より上位に置いて教育。先日のサミットは各国首脳を国家神道の聖地伊勢神宮に参拝させる。メディアには報道管制かけて訪問と発表させたか

そもそも、針刺されるくらいでいちいち気にした事が無い。ただ、採血で並ぶときはベテランっぽいおばちゃんの列に並ぶ。不慣れそうな若手は避ける。ここ何年も採血なんてしていないけれども。

峨骨 ‏@Chimaera925 2月13日

自分探し?本当の自分?そんなもの無ェよ。最初からありもしないものを有ると信じさせて、今の自分より良いものだと思わせれば、劣等感を持った連中は簡単に言いなりになる。そうして植え付けられた自分なんて概念は連中の考えた都合のいい概念だ。自分なんざありはしない。環境から染み付いた癖だ。

最初から無いものをあると信じさせておけば、最初から存在しないのだから何とでも言える。主観であるとさえ錯覚させておけば現実に無くとも、信者はそれが現実であるかのように振る舞う。宗教なんざ、まさにそれだ。そして力を持つ。あるいは、あるものを無いと信じさせる。使い古された手口だ。


峨骨
‏@Chimaera925
善玉菌、悪玉菌の分類をいつまで続けるのだろうか。善と悪の呼称で括って本質が見えなくなる。悪玉コレステロールだか悪玉菌だかのように悪を作って退治するナニカを売るには、悪が必要だわな。善玉菌が優勢だと便の滞留時間が短くなり栄養吸収率が下がる、悪玉菌は逆。後者は飢饉や小食の助けになる。

飢餓の時に食料からエネルギーを吸収せずに捨てていたら死んでしまうし、少量の食事で済ませようと思えば後者が優勢であったほうがいい。また、悪玉菌と呼ばれる細菌の毒素は、他の有害な細菌から宿主、人間を守ってくれている。口内細菌なんかでも居なければ口の中にカビが生えてしまう。

無菌室で飼育された、腸内細菌を持たない無菌ラットなんかは病原菌が腸内に入ると大増殖して死んでしまう。適度に群雄割拠して隆中策、天下三分の計よろしく争い釣り合っていてくれたほうが宿主としては都合が良い。まあ、共生関係とはいえ、宿主の体にガタが来ると見切りを付けて殺しに来るんだが。

人間が物を食うとき意識するのは口に入れて楽しみ、腹を満たす感触を楽しみ、それで元気になったと錯覚しておしまい。そこからは臓器や腸内細菌の仕事。そうして、知らず知らずのうちにくたびれ果てた臓器や偏った腸内細菌群に見切りを付けられて大病を患う。大病を予防するには食を慎む所から。

あれを食えば健康になる、元気になると思い込んであれこれ腹に詰め込む。病気になると尚更、あれがいい、これがいいと食う。これがいけない。ものを消化する時はエネルギーを使うから、動物は弱ったときはものを口にせず休養を取り自然治癒に任せる。人間は食や薬でどうにかしようとする。

食わなければ元気になれないと恐れて無理に食い寿命を縮め、薬を飲まねば健康になれないと薬を飲んで症状をごまかし、自然治癒を待つ。あるいは細菌を殺して腸内環境を滅茶苦茶にし、副作用の為に副作用を抑える薬を飲み、更に薬を飲む。得をするのは誰か。少なくとも自分自身ではない。

爪でみるあなたの健康状態 http://www.93tsukada.com/nail/nail.html
一日一食か二食の生活だけど不便を感じた事が無い。爪や舌、髪を見て不足している栄養があればそれを重点的に補うくらいか。自身の健康状態を知る方法はいくらでもある。飯を支度する時間や食う時間を読書に充てられるしな

人間の本来持っている自然治癒力や生命力を伸ばす生活をしていれば、休養を取る事で体力や健康状態が回復する。自然治癒、自己回復せずに外部からの何か、薬や食品を取る事で体力を回復する。ゲームで言えばほっとけば体力回復するゲームと回復アイテムがなければ体力回復しないゲーム。後者はキツい。

そして、回復アイテムを買うには金がかかる、と。実にマゾゲーだ。働いて、働くための健康を維持する為に収入を削り、働く。いつしか、生きるために働くでも、より良く生きるため働くでもなく、働くために生きるになってしまう。

体、内臓を冷やさない事が第一、あとは適度な運動。深い腹式呼吸なら内臓が刺激されて一石二鳥。あとは要らないものを摂取しない。まずはそれが基礎。基本的なことが出来ていないのに後付けで健康になれると言われるモノを飲食しても焼け石に水。却ってよろしくない。

血がドロドロだとかサラサラで健康なんてのは疑似科学。医学的根拠は無い。あれはオカルト。血液を採取して空気に触れれば凝固する。採血して観測する前の時間をずらせば粘性が高いように見せる事ができる。採血前に水を飲んで粘性を低くすることも可能か。血をサラサラにする納豆?腸で分解されるよ。

仮に腸から吸収されて血栓、あるいはたんぱく質を溶かすならたんぱく質分解酵素だな。血を凝固させる血小板が分解されるならば、血が止まらなくなるし、貧血や黄疸、免疫力の低下なんてのも考えうる。何かを食ってもそのまま使われるわけじゃない。肉を食ってもそのまま肉にはならないようにね。

食品で健康や体作りを考えるならボディビルの文献が非常に勉強になる。食って体を大きくする為に多くの被験者(ボディビルダー)が試行錯誤した結果が書いてあるから、下手な栄養学の本より参考になる。

食う回数を減らして、その浮いた金で美味しくて質のいいものを食うのもいいし、粗食にして浮いた金で上質な嗜好品を楽しむのもいい。三食ただ腹を満たすよりもずっと贅沢だ。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 10月20日
知り合いの特権階級の姉が亡くなったらしい。相当に不摂生してたから(サシの入った高級にくにくを食べまくってた)仕方ないなと。

あんま食べなくなってやはり峨骨さんが言うように美食をするって内蔵の負担がきついのね。

その人美食しまくりだから50代か60代で果てたのか。

峨骨 ‏@Chimaera925 10月20日
美食を尽くした古代ローマ人ですら、暴飲暴食し味覚や食感を楽しんで吐いていた。

(注釈:ウィテリウス帝は)「食事は常に三度、ときには四度にもわたって、朝食と昼食と夕食と夜更けの酒盛りを摂り、いつも嘔吐によって、どの食事も難無くこなしていた」スエトニウス著『ローマ皇帝伝』

暴飲暴食して嘔吐もせずに全て胃に収めていたら、そりゃね。
水を2リットルほど飲まされたら拷問だと思うのに、砂糖や香料が入った水は飲めてしまう。溺死する事の無いように。溺死しなくともロクな事は無いが。


峨骨 ‏@Chimaera925 9月9日
共産主義社会では、人が人を搾取していると聞く。 一方、資本主義社会ではその逆だ。

(すごいなこの表現。人が人を搾取の逆は人が人を搾取。つまり資本主義も共産主義も搾取の檻ってこと。「その逆」なのに地獄ってことがポイント。逆なのは表面だけで目的は同じってこと。双頭のワシ)






M:tGの名言 フレーバーテキストBOT ‏@mtgFlavor_bot 10月20日

最高の指導者は、その取り巻きが作る。(オンスロートブロック) pic.twitter.com/wOPfQomjTC


あの大魔導士も言っているだろ?自分で単位を創れって。

自身の言葉を縛れば地震で地震の思想を変容させられる
ゲッシュ


MTGってプレイヤー=「人間」の魔法使い」が「神の怒り」と「ハルマゲドン」を使うんですよね(笑)しかも四回(枚)使える(笑)しかも「神の怒り」と「ハルマゲドン」が白属性(笑)まあWrath of God耶蘇教ですな
「解呪」も「暗黒の儀式」も「対抗呪文」もできるしすごいなあ。天使まで使役するしなあ。死者をよみがえらせるしなあ。
それにしてもプレイヤーのライフ20点ってタフなのかよくわかりませんな。ライフが「点」ってのがやばいなあ。ブラストダームは本当にやめてください。



峨骨 ‏@Chimaera925 6分6分前

MTGの初期、神の怒り/Wrath of God(Wrath、七つの大罪の憤怒だ(笑)は
Bury all creatures.全てのクリーチャーを埋葬と書かれていた。当時は破壊して再生できないと生贄に捧げるがテキストで別れていなかった。だから、全てのクリーチャーを生贄とも取れた


峨骨
‏@Chimaera925

青単パーミッションはよく使ったな。相手の手札を予想して、片っ端から打ち消して何もさせない―――ように見えて、実際は手札に打ち消し呪文が無いなんてざら。「ん?その呪文使うなら打ち消すよ」とか「それくらい別にいいよ」と言わんばかりの余裕綽々の態度で手札に土地しか無いなんてよくある。
15:35 - 2016年10月20日
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峨骨 ‏@Chimaera925 10月20日

ブラフや読み合い、詐欺の色。計画通りと思わせて時間を稼ぎ、思考や動きを鈍らせて切り札を潰してロックをかけてこちらがフィニッシャーを出して殴り倒す。処理しきれなかったクリーチャーにライフ残り1点まで削られる事もあるけど、削りきれば良い。押し切れると思わせて置けば手が緩むしな。
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峨骨 ‏@Chimaera925 10月20日

人の嘘や追い詰められた時のブラフを見抜いたり、ポーカーフェイスで腹芸するような場面でもこの経験は結構生かされている。たかがゲームと言われそうだけど、なんだかんだで生きる上で役立っている。英語版のほうが安かったから英語版のブースターばかり買っていたお陰で、英語も多少はね。
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峨骨 ‏@Chimaera925 10月20日

青黒もよく使ったけどカードパワーが残念で色拘束が厳しくて結構難しかった記憶が。対抗呪文が版落ちしてからはパーミッションやれなくなったから、他の色で補うしか無かった。どっちみち嫌がらせと妨害で遅延さえたり相手にやりたい事をさせずに勝つタイプのデッキばかり作っていたな。
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峨骨 ‏@Chimaera925 10月20日

妨害や嫌がらせに対する最大の対抗手段は、常に最善手を打つ事。それができないなら、できないなりにプレッシャーをかけること。手を緩めて妨害や嫌がらせの手段を得られる前に押し切る。逆に逃げ腰になって待ちの姿勢を取ると、そのまま駆け引きできずに場を押さえられて負けてしまう。
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峨骨 ‏@Chimaera925 10月20日

現実の交渉や駆け引きでも同じ事が言えるな。場をコントロールする前に心理をコントロールする。コントロールされれば負ける。特に勝ちパターン持ってる奴はね。その勝ちパターンを崩してやれば、主導権を握られていてもまだやりようがある。相手の得意な戦法で戦うなってのは言うまでもないけれど。
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峨骨 ‏@Chimaera925 10月20日

手札でも場でもなく心理戦で勝つのはよくあった。ゲーム後に手札を見せてもらうと、切り札満載で到底凌ぎ切れず負けるような手札なんてざら。「どうして使わなかった」と聞くと、俺に打ち消されると思った、と答えが返ってくる。余裕の演技なんだ。手札に打ち消し呪文満載なんてそんな事無いから(笑)
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峨骨 ‏@Chimaera925 10月20日

逆に手札に打ち消し呪文が無いと見せかけて切り札出させて打ち消したり、手札に打ち消し呪文が無いから場に出されて、内心焦りつつも計算通りのような表情で手札に反す呪文を使って時間を稼ぐなんてのも。手がそこそこでも心理戦で勝てばどうにか勝ちが拾えた。ブラストダーム、テメェだけはダメだ。
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峨骨 ‏@Chimaera925 10月20日

注:ブラストダームは打ち消し損ねると手札に返せない。そうなると対処不能。そして、こちらはそいつに4回殴られると死ぬ。あれは悪夢のようなクリーチャーだと思っていたら打ち消されないクリーチャーや対抗呪文の弱体化なんてのが来たり、軽量で嫌な能力持ちが居たりと、パーミッションは衰退した。

”Blastoderm / ブラストダーム (2)(緑)(緑)
クリーチャー — ビースト(Beast)

被覆(このクリーチャーは呪文や能力の対象にならない。)
消散3(このクリーチャーは、その上に消散(fade)カウンターが3個置かれた状態で戦場に出る。あなたのアップキープの開始時に、それから消散カウンターを1個取り除く。できない場合、それを生け贄に捧げる。)
5/5”
http://mtgwiki.com/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%A0/Blastoderm


ライブラリーアウト (Library Out/Decked)http://mtgwiki.com/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88


MtGフレーバーテキストBOT ‏@mtg_bot_ 10月24日
千冊の本を読破した魔術師は強力な魔術師になる。千冊の本を記憶した魔術師は狂気の魔術師になる。 《機知の戦い》



イメージは「多数の呪文書(カード)が置かれた書庫や図書館」や「呪文を扱うための知識」。また、毎ターンカードを引くことから、「未来」や「運命」。
http://mtgwiki.com/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC

MTGは試合になると「デッキ」って言わずに魔法の本が詰まってる「ライブラリー(図書館)
山札切れだと負けちゃうよね 呪文がなくなるからね  本当に魔術師発想だな
カードだからタロットのキャラを戦わせてみたが発送元かな
M:TG Text ‏@MTG_text 2013年11月5日
古代の書はゆっくりと朽ち、その秘密も埃と化していく。しかし、大魔術師の頭の中ではすべての言葉が歌っているのだ。 - 図書館の大魔術師/Magus of the Library
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• • 是名 ‏@zena_pheno 2015年12月21日
MtGの世界観ではカード=魔法が込められた本って扱いだから、カードが集まったデッキはlibrary=図書館って呼ばれるのです
0件の返信 1件のリツイート 2 いいね
• • あるすと(まよちゃん) ‏@813_my_st 2015年7月5日
私も工様がmtg講習会するっていったら、ライブラリー?図書館ですか???マリガン??、とか言い始めながら参加すると思うよ
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• • アベイズム(信仰) ‏@ELE9o9ELE 2014年6月17日
MTGは試合になると「デッキ」って言わずに魔法の本が詰まってる「ライブラリー(図書館)」っていうから素敵。 さぁ!みんなでやろう!MTG!(ステマ)



峨骨 ‏@Chimaera925
ミームの乗り物に怒ったところでしょうもない。

百科全書、正式なタイトルは「百科全書、または学問・芸術・工芸の合理的辞典」 タイトルを見てピンと来るマニア向け。百科全書第1巻が刊行されると、イエズス会の攻撃を受け、2巻が刊行されると国王の名において発禁されたという曰く付き。 https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4003362411/ref=mp_s_a_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&qid=1473252707&sr=1-1&pi=SL75_QL70&keywords=%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%89%E3%83%AD%E3%80%80%E7%99%BE%E7%A7%91%E5%85%A8%E6%9B%B8 …


(ねここねこは今も辞書を引いたり百科事典を読んだりするけど、昔のある時期はまともに文章を読み進められないレベルで引きまくっていた。言葉の定義を考える習慣がつくのでおすすめ)

綺麗でそれっぽい看板を掲げておけば、納得して(言いくるめられて)しまう。子供騙しだが、語彙と思考が制限されると子供騙しに簡単に引っ掛かる。 定義や実体について議論しなくてはならないのに、イメージについてああだこうだと議論にもならん議論をする羽目になるのだ。

呼称がもたらすイメージで解った気にさせて、本質には突っ込ませない。ゲリラ豪雨の指すゲリラはあくまでイメージ上のゲリラであり、ゲリラの定義は含まれない。 法案や団体名でも同じ事だ。その呼称を聞いて中身まで解った気になって、その中身まで見ず、まして議論などしない。故に何の影響力もない

ゲリラ豪雨などと味気ない造語が一般的に用いられるのは語彙力の低下から。ゲリラ(のイメージ)+豪雨の組み合わせで構成されている。定形のイメージをもたらす単語と単語の合成。
オーウェルの1984年では語彙や思考を縛り、党のイデオロギーに反する物事を考えられなくすることに成功している。

読む対象に適切な語彙のプールを選ぶのも要点か。
多くの者に幅広く読まれたいと思うならば、携帯小説程度の語彙量に絞り漢字を減らし、ひらがなやカタカナの容量を増やす。漢字だらけの文章にすれば、変な輩が滅多に噛み付いて来ないという利点もあるが、読者を増やしたいならばお勧めはしない。


ことば選び実用辞典は歌詞を書くときに非常に重宝した。横文字で誤魔化さず、韻を踏みつつ、表現したい内容に適切且つ不自然でない言い回しを探す際に大活躍だ。読むための文章にも緩急が必要だけど、歌詞は緩急だけでなく音の響きやそれの与える心理や印象も重要だからね。漢文や漢詩も役立ったな。

百科辞典の語彙や定義が頭に入っていれば、そこにあるものだけであらゆるものごとを言葉で表現することができる。故事成語や四字熟語、歳時記に親しんでおくとより豊かな表現が可能となるだろう。

有名?アカウントがお勧めの本を紹介しているから、紹介しなさそうな必読書を紹介してみる。
百科辞典、ことば選び実用辞典。このあたりは必須。調べるのではなく繰り返し読む。物事を考える時、頭の中で言語化されている。語彙が少なければ、深く考える事はできないし、それを表現する事もできない。


MTGフレイバーbot ‏@MTG_FTbot 8月31日
単語───辞書の中にいる間は、かくも無垢で無力な物。しかしそのつなげ方を知るものの手にかかれば、その善良かつ邪悪なることよ!
──ナサニエル・ホーソーン
《文書管理人/Archivist(8ED)》

バズワードとは、何か新しい重要な概念を表しているよう見えるが、実際は明確な定義や範囲が定まっていない、都合よく引用される言葉。 「陰謀論」がレッテル張りに悪用される場合も陰謀論はバズワード。 | 読めないニックネーム(再開版)
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-118.html


峨骨 ‏@Chimaera925 10月
呼吸法で息を止める時、よくありがちな間違いは流れは止めない。息を吐ききって下腹部の筋肉が収縮した状態で静止する。この時、肛門を腸に引き込むように閉めた状態。喉で息を止めるイメージは誤り。緩めると息が入ってくる訳だ。緩めて空気が肺に入るに任せて、弛緩させたまま静止。喉で止めない。

水を一気飲みするみたいに喉は開けたまま。これが極意。
歌うときもこうすると、歌がブツ切りにならない。フレーズが途切れても歌の流れが続く。歌わない箇所は休む場所じゃない。歌わない箇所も歌の一部。ここで休むとそこまでの流れが途切れてしまう。

呼吸の訓練では流れを止めない。息は生きること。流れを止めないように意識するとやり易いだろう。もっとも、俺の一番効率の良いやり方に最適化されているから流派(?)ごとにやり方があるだろうけども。

初歩段階では、上体に無駄な力を入れず脱力して息を吐く事を会得する。これを飛ばして吸う段階に行こうとすると無駄な力が入る癖が取れない。濡れた布を詰めた管楽器を思いっきり吹いても楽器は壊れはしないが、声帯は故障する。脱力して息を吐く事を体で覚えるまでは息を吸う事は意識しなくてよい。

一般的な腹式呼吸では腹を前後に膨らませるイメージだが、実際には下腹部の末端から内臓を押し上げるように収縮させ徐々に下腹部が凹み、次に腹部。丁度、切れかけの歯みがき粉のチューブを絞るような感じだ。上に押し上げるような動きだが、イメージでは体が沈み込むように。肩幅に足を開き行うと、

地に根が張ったかのような安定感が感じられるだろう。意識と神経と筋肉を連動させて、より長く細かく制御して段階的に吐けるよう体作りすることで、限界まで声が振り絞ることができる。
声帯に負担をかけず、体に負担をかければかけるほど大きく強く高い声が出せる寸法。

ありがちな誤りが、大きく強く高い声が出そうとして上へ上へ意識を持っていくこと。足を踏ん張って下へ下へ行くのが正しい。喩え悪いけど、トイレで踏ん張るあの感じ。両足上げては踏ん張り利かない訳で。意識を上へ上へ持っていくと息の制御が甘くなり、首周りにも力が入る。

呼吸の訓練はしっかりやっていれば必要な筋肉は勝手についてくる。上体を脱力してから、できるだけ時間をかけて徐々に筋肉を収縮させて息を吸い切った所で静止、筋肉を徐々に緩め吸った時間と同じ長さ息を吸い、静止
。これを繰り返すことで発声に必要な繊細な息の制御が可能となる神経や肉体が作られる

中学の頃、ボーカルのトレーニング本を何冊も読んだけど、まず腹式呼吸について書かれていても一頁程度。具体的には書いてないし、それで身に付いたかどうかも解らない。息が身に付かないのにトレーニングや技術の話。スポーツで言えば競技に必要な知識や体作りが無いのにいきなり競技の技術練習。

下半身の強化は別途必要か。俺の場合、スキー、スケート、剣道、陸上(短距離走と高跳び)でそれなりに鍛えていたから走り込みとスクワット、たまに站樁功 くらいしかやらなかったけど、粘り強く力強い足腰があった方が重心が安定して踏ん張りが効くしパワーも出る感はある。
呼吸の補足:息を吐ききったあとて脱力して自然と入ってくる過程を息を吸うと表現している。腹を膨らませて吸う必要は無い。脱力が身に付かない段階でそれをやれば息を吸おうとして余計な力が入りいつまでも脱力が体得できない。肩が上がって胸式呼吸になってしまい本末転倒。変な癖が付くと遠回りだ。


歌手の歌真似して変な癖や喉を潰しかねない歌癖が付いてしまうと、なかなか治せない。自分自身の手で自身の声の力、魅力を掘り起こさなくてはならないのに、誰かの劣化コピーになってしまいがち。基礎が無いのにそれをしようとすれば、喉を潰しかねない。百害あって一理無しだ。
役者は体作りから入るのに、歌はカラオケ等で誰でも歌えるから軽視されやすい。昔と違ってマイクや音響機器の性能向上で声が拾いやすくなり、編集やエフェクトも簡単に付けられるから声楽ほどは重視されないし、求められてもいないだろうが、何本もライブ演って持たないのはちょっとな。

あの呼吸法は精神状態や力を入れる箇所、呼吸の加減によってツボに嵌まると呼吸するだけで快楽や多幸感が得られるパターンがある。ある種間違ってはいないがそのやり方はお勧めしない。呼吸だけで賢者モードになり日常や健康に支障が出る。それで悟ったなんて勘違いしても不味い。脳内麻薬の錯覚だ。

そのようにはならないように書いているので恐らく危険は無いだろうが、偶然そうなる可能性もあるので。これで得てしまった神秘体験や特別な体験に思えるものは脳内麻薬の産物で錯覚だ。ほどほどに付き合って、快楽や優越感に溺れてはいけない。それは破滅の第一歩。引き返せ。

敢えて心と書かないのは神秘主義やオカルトが入り込まないように。人間、期待すると見たいものを脳内で作り出して見てしまう生き物なので。そっちは無防備に踏み込むと実に危険で、良いことなど何一つ無い。カルトにハマるくらいならまだマシなくらいに。タチが悪いのを拗らせると人間として終わる。

呼吸法で心身を健やかに、歌唱力を向上させ本来持つ声の魅力を引き出す。求めるのはこれくらいで充分だ。神秘体験や特別な力は求めてはいけない。欲や誘惑に囚われないと思っていても、求めないのが無難だ。そんなもの無くても人間は生きられる。いや、手段に依存するくらいなら最初から無い方が良い。

ありがちなカルトのイニシエーションでまやかしの神秘体験をしてカルトにハマる者を見れば危険性は解るだろうから、これくらいで。

人間ってのは、ある環境や条件、前提となる知識が揃うと簡単に神秘体験のようなものを脳内で作り出して体験してしまう
ので、研究する側としては面白いのだけどね。やってはいけない見本だ。それを悪用する連中は軽蔑に値する。風上にも置けん連中だ。恥を知れ、と。

白魔術だの黒魔術だの分類されているように見えるが本質は同じだ。まじないにしても呪い。どれも意識の変容の技術。使い方によっては他人の意思をねじ曲げる技術でもある。戯れに手を出して効果が無ければ幸い、あれば最悪。道具は使う者の倫理観に委ねられる。相手を幸福にするから白など単なる欲目。

カルトの教祖の下半身が大抵暴走するように、精神を鍛えてもいない強い倫理観を持ってもいない欲にまみれた俗物がその手の技術を手にしても、肥大化した強烈な自我や欲望を制御できずに破滅に向かう。それならばまだマシだろう。破滅していないならば、破滅と厄災を振り撒き周囲を巻き込む。

ボイトレの定番なぁ。定番ではないけど、仁義を切るhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%81%E7%BE%A9%E3%82%92%E5%88%87%E3%82%8B のが練習になったな。言い間違えたり迷ったりしたら殺されると自己暗示かけて、追い込みかけてからやると一回だけでも身の入った良い練習になる。多分俺以外にやった奴は居ない。

実践に即したトレーニングでは精神面の強化も取り組むと良いだろうな。ライブやっていると人前で表現する度胸や慣れが生じるけど、慣れっこになる内に自分自身や表現に対する甘さが出てくる。そんな状態で練習したって効果は並。ダラダラやって変なクセ付けるくらいなら、短時間で濃密にやるかな。

発声や身体操作による表現は、それを視聴する観衆、相手がいて成り立つ。だからこそ相手に届けなくてはいけない。聴く相手を意識して、どこに向けて伝えるか意識して発声練習をすると、地声はもちろんマイクに声を乗せる時にも効率よく声を伝達できるようになる。標的に声を当てる感じだ。

あとは自分の発声練習を録音して聞く。この作業が非常に重要。自分で発声して聞こえる声と相手に聞こえる声や録音して聞く声は違う。この齟齬を理解しないで自分の聞こえる自分の声だけで判断してしまうと、自分にとっては良い声でも相手にとってはそうでもないなんてお寒い事態に。客観観は大事だ。

呼吸と脱力の鍛練をしていくと息が効率的に運用できるような体と神経が徐々に作られ、次第に声の出力が上がるので、そこからは呼吸を鍛えつつ声の制御。イメージさせたい声を出す、これが難しい。声に感情を乗せるなんて言うけど、それは相手が感じとるもので自分の感情などどうでもよい。自己満足だ。

自分がこのような感情だから相手にも伝わるはずだと自己陶酔して表現するのはあまりにもお粗末。共感性の高い者には伝わるかもしれないが、そうでない者にも伝えないといけない。このあたりはシビアにやらないと身にならない。独りよがりで終わってしまう。理解されないのは相手が悪いなんてのは最悪。

声に感情を込めるのは技巧であって、感情そのものではない。電話口で謝罪する時、感情を込めて謝るよりも頭を下げた姿勢を取り発声することで声の反響やくぐもり方が変わり、それほど感情を込むていなくても相手に謝意が伝わるなんてのも技巧だわな。自分の感情と相手がどう思うかは別物。

主観はそこまで重要ではない。相手がどう感じるか、相手からどう見えるか、客観視する。これだ。これを意識しないと、自分の思うように自分に対するイメージや感情を操作することができない。この操作こそが一種のカリスマ性を作る。肩書きやら宣伝なんかのハロー効果を使わずにな。

自分自身が作品、キャラクターになるってことだ。誰もがやっている事だけど、意識して行う者は少ない。もっとも、俺のやり方は妖刀を作るような邪道なやり方だろうな。ただ、このやり方は才能や生まれは関係なく身に付けられる技術だ。音感も訓練で鍛えられる。俺は才能なんて言葉は嫌いだ。

勿論、感性だって鍛え上げ育てる事ができる。才能ではない。ゼロから産み出された完全なオリジナルのものなんて無いしな。全ては模倣と組み合わせだ。そうでないように見えるものは出典が解らないか、解らないようにしているだけで全ては既存の組み合わせから作られている。だからこそ全ては模倣から。

その際には良い手本を選ぶのは勿論のこと、癖を模倣しないこと。悪い癖が付くとそこからの修正が困難になる。癖なんてのは意図的に繰り返す事で相手が勝手に癖だの味だのと特別視して錯覚するものだから、後からいくらでも付けられる。徹底した基礎と体作り、そしてオーソドックスな題材の模倣。

基礎と言いながら、全て独学だったりする。今思うと、変な指導者に付くよりはマシ
だったなと。


ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 1時間1時間前

ねこた(基地外勇者様)さんが峨骨をリツイートしました

お見事!この何でもイメージでしか物事を考えない記号的思考は恐ろしいですよね。ナチスのコスプレというわかりやすい「記号」にとらわれていれば、ナチズムはネオリベに化けた事すら気付かない。

実は偶像崇拝禁止ってのはこのイメージ操作を封じる思考なんですよね。仏像の爆破でなく。 RT

ねこた(基地外勇者様)さんが追加
峨骨 @Chimaera925
中傷させてイメージ合戦しておけば肝心の政策の中身について話さなくていいしな。イメージ、心象、心の問題、信仰のお話。信じるか信じないか。中身について論じる事無く、誰も触れる事無く、気付いたら決定していて、あとは騙されたと叫んで終わりさ。信じる者は巣食われる。誤字ではない。



そこに付いている名前などどうでもよい。ネズミに悩んでいて猫を飼うとしよう。この場合、ネズミを捕ってくる猫がもっとも良い猫だ。その猫の血統や見た目などどうでも良い。ネズミを捕ってくる猫かそうではないかではなく、血統や見た目、毛並み、色、そんなものを議論したところで問題は解決しない。


どれだけご大層な名前や肩書きがあったってネズミを捕ってこない(問題を解決しない)のならば、何を選ぼうと一緒だ。ネズミ(問題)に悩まされ続ける。中身を見ない、見せない、中身の無いイメージ戦略、○○劇場、中傷合戦ってのはそういうこった。
ん?どれを選んでもネズミを捕ってこない猫しか居ない?その猫を飼わせようと思ったら、ネズミ(問題)から一旦目をそらさせて、それと関係の無い条件で売り込むだろうな。
よくある定義のすり替え。定義をすり替えて、議論の内容をすり替える。良い猫の定義をすり替える事で、別の猫を選ばせる。



反対されたくない法案にはきれいな名前をつけるのさ。人権救済だの、子供を守るだの、それっぽい名前をね。事前に反対する者に対する負のイメージを抱くように、メディアを使って悪の偶像を提示してそれに嫌悪感を集めさせて、反対する者を同一視させて悪のレッテルを貼りやすいように巧妙にやるんだ。

だからこそ、負のイメージを集める象徴や偶像あるいはアイコンが提示された時は、その下準備だと考えたほうが良い。不満の矛先を逸らし、怒りや憎しみに変換させ無意識に焼き付ける。そうすると焼き付けられたものとの類似点があるものに同じ感情を抱く。これが偏見というものだ。

(仏教も偶像崇拝禁止だったし、キリスト教ですら偶像崇拝禁止だった)

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 42 分42 分前

おいらは悪の魔導師のイメージ操作を封じたいのだけどそれをやるにはアブラハムの宗教くらいしかないからね。

おねショタおじさんも言ってたけど所詮ニャンゲンはシンボルとイニシエーションだからこの思考回路何万年も続けてきたからイスラム原理主義者みたいにはなれないんだよ。結構無理してる。
まぁ、それでも近代法の解釈法を作り直してイスラームの法解釈の理論を入れて作り直すくらいの事をしたらマトモにはなるかも知れんけど、日本の特権階級は嫌がるだろうね。 言葉とモノの乖離を許さないという事は虚飾的な神話の上に成り立ってる特権階級の立場を破壊するからね。
言葉とモノの乖離を許さない文明は、虚飾性の上に成り立ってるものをすべて破壊するからね。 そうなると「暗殺はカリフ制の華」にしかならないもの。 古代から支配者が偶像崇拝やパンとサーカスに熱心だったのはこれなの。 人間の心の構造は所詮シンボルと儀式なんでそれが自然だから。



所詮、ニャンゲンの人生は神話と儀礼とシンボルなんだよ。それを操る側がいつだって支配者だよ。

だから一般人にはそれらに注意を払わないといけない。

食べられないシンボルを纏うためにバカみたいな努力をしてるのさ。

おいらはそれから逃れたくてもできなくて苦しんだんだ。大変だよ。
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峨骨 ‏@Chimaera925 6月14日
峨骨さんが峨骨をリツイートしました
99%対1%の戦いが仮にあって勝利しても、後から指導者が送り込まれて元の木阿弥。奴隷の存在無しには生活が成り立たないエリートが、それらを自己正当化する為の詭弁を振りかざし、同じように支配する。思想を破壊しなければ無駄骨。
峨骨 ‏@Chimaera925 4月20日

支配者を打ち倒した後、それらを指導した者達が同じ事を行う。または指導者は後からやってくる。
ボルシェビキ革命の七ヶ月前に皇帝は退位していた。その時、レーニンとトロツキーはロシアに居なかった。米国に居たのだ。彼らは強力な支援を受けてボルシェビキ革命の準備が整ってから送り込まれた。

ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 2015年5月2日

映画「レッドクリフ」(三国志の赤壁の戦いな)に凄い名言がある。都市国家が国を守ろうと頑張ってる中、おばちゃんが「どうせ支配者が変わっても私たちは年貢の納め先が変わるだけだ」ってね。イルミの思考の罠はまさにこのおばちゃんの言葉に集約されていると言っても過言ではない。


峨骨 ‏@Chimaera925
俺の呼吸と発声の訓練法の話ってあれだ、スカイリムのスゥームやシャウトの訓練法みたいなノリだなと今更ながら。あそこまで破壊力は無いけどな。 スゥーム http://dic.nicovideo.jp/t/a/%E3%82%B9%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%A0
(” スゥームとは、ベセスダ・ソフトワークスのRPG『The Elder Scrolls』シリーズに登場する魔法の一種である。

「Thu'um」「Su'um」「Dragon Shout」「Storm Voice」とも。
概要

スカイリムの住人であるノルドの民に古くから伝わっている魔法であり、「シャウト」「声秘術(せいひじゅつ)」とも呼ばれる。もとは定命の者たちを支配していたドラゴンが使っていたもので、ドラゴン語による魔法「ドラゴンシャウト」を祖とする。スゥームというのはノルド側の呼び名である。

ドラゴン語ではその一語一語に力が宿っている。スゥームは声を発動の鍵としており、それ一語だけでも力を発現できるが、単語を三つ合わせて一セットとして発音することによりさらなる力を発揮する。

使用者によっては強大な力となり、ノルドの英雄タイバー・セプティムもスゥームの強力な使い手であった。その力はタイバー・セプティムがなにか話すだけで雪崩を引き起こす、山一つ動かせるほどだったとか。ちなみにグレイビアードがスゥームで予言を行った際には山の麓にある村が消し飛んだという。

ただし覚えるのは容易ではなく、シャウトの扱いを知らぬ者がただ発音だけまねても効果はない。また、一語習得するだけでも数年という時間を要するため、マスタークラスになるのは至難の業である。

ただし『Skyrim』の主人公はドラゴンボーンであるため、これには当てはまらない例外となる。
→ 「ドラゴンボーン」
スゥーム(シャウト)について

シャウト自体にも意味があり、トレイラームービーで主人公が発しているドラゴンシャウトも以下のように解釈できる。

Fus Ro Dah (揺るぎなき力)

Fus (ファス / フス)
Ro (ロー)
Dah (ダー)

構成ワード"Fus"が(力)、"Ro"が(バランス)、そして"Dah"が(押す)を意味する。

"Fus(力)"のみでは相手をよろめかせる程度しか使えないが、3つ揃うことにより相手を吹き飛ばす強力な魔法となる。”

“ドラゴンボーン(能力者)
八大神の一柱とされている竜神アカトシュに祝福された存在。ドラゴンボーンとは人間の言葉で「竜の血族・竜の血脈 (Dragonborn)」を意味し、ドラゴン語で「ドヴァキン」「ドヴァーキン」ともいう。作中においては、生態系の頂点に立つドラゴンすら恐れる究極のドラゴンスレイヤーである。
ドラゴンと同じく「シャウト能力(スゥーム)」を使うことができ、更に倒したドラゴンの魂や力を吸収する能力を持つ。これにより、本来は不滅の魂を持つはずのドラゴンを完全に倒すことができる。また、シャウトに対する適応力が非常に高く、素養のあるものですら非常に長い年月をかけて会得しなければならないシャウトを、ほんの些細なことで覚え、使えるようになってしまう。 [1]
帝国の皇帝タイバー・セプティムの一族に代々この能力を持つ者がいたことから、皇帝の血族しかドラゴンボーンになれないと考えられていたが、ドラゴンボーンを代々導いてきた組織であるグレイビアードいわく、皇帝以外にも同様の力を持つ者が時代の変わり目にはたびたび現れていたらしい(ドラゴンボーンの祝福はアカトシュが特定の対象を選んで与えるものなので、ドラゴンボーンだった者の子孫だからといってドラゴンボーンになれるわけではないということである)。
また、ドラゴンボーンとなり歴史を築いた者たち(シロディール帝国皇帝)、ドラゴンボーンを補佐する組織(ブレイズ)、ドラゴンボーンを導いてきた組織(グレイビアード)など、地域によってはドラゴンボーンが世界に対して及ぼした影響を示す痕跡が現在も残る。” http://dic.nicovideo.jp/t/a/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B4%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%B3)

峨骨 ‏@Chimaera925 6月1日

スピリチュアルや自己啓発、ビジネス系自己啓発が流行る中、それを通して頭の中がクリスチャンに書き換えられている。「強く願い潜在意識に働きかければ実現になる」これはニューソート。魔術と比較すると、「ああ、コレは失敗するわ」ってな方法が書いてある。成功しないから依存して固定客になる。


峨骨 ‏@Chimaera925 5月7日

人間の心理を熟知して、よく練り込まれている。無から価値を産み出すかのような魔術的な手口だ。価値を所有したかのような夢を見ているに過ぎないが、夢は覚めるまで夢とはなかなか解らないし、覚める術を知らねば自分の意思で覚めることも難しい。
峨骨 ‏@Chimaera925 2012年12月13日

プルーストの場合、マドレーヌを紅茶に浸した匂いで主人公が幼年期を回想するのだったか。魔術では特殊な薫香を焚いたりするけど、意識を変容させる上で特殊な香りを嗅ぐのは非常に効率が良いのかもしれん。


峨骨 ‏@Chimaera925 2012年9月17日

仮に拘束され四肢の自由を奪われ真っ暗闇の中にただ一人閉じ込められても精神は自由だ。思索と想像は暗闇を照らしてくれる。魔術とは意識の変容、目覚めたままで夢を見る技術。パンを生み出す技術ではない。最高のパンを食べたクオリアは生み出せるが。




峨骨 ‏@Chimaera925 7月18日

ガラス玉とダイヤをテーブルに置いて、ガラス玉を選ばせ、自身はダイヤを手にする魔術がある。物体そのものには価値が存在しない。物体に人の手で縫い付けられた影のようなものが価値。これは案外簡単にすり替える事ができるのだ。

峨骨 ‏@Chimaera925 7月5日

@lakudagoya あれも面白いですね。偶像崇拝どころか見世物にしてますし。非教徒から見るとイエスが磔にされるアトラクションはシュールです。ああ、魔術の儀式も似たようなものでしたw

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 7月5日

@Chimaera925 教祖が生贄になった事に感謝するのに、悪魔崇拝の生贄の儀式ガー!って何のブーメランだよとw

聖書学者や考古学者を集めてこんなもの作っちゃうところには脱帽者ですね。日ユ同祖論もお台場にソロモン神殿建てるくらいのことやったら少しは許してやるwって感じです。

峨骨 ‏@Chimaera925 7月5日

@lakudagoya アベルを殺害したカインが殺されないように印まで付ける神ですから。子孫にまで恵まれてますし。神を見習ったんです(笑)

自由に石を切り出せる巨大な虫を遺伝子組み換えで作って、使役する所から開始ですね。日ユとか無茶な事を言うくらいだからそれくらい出来ますよ。


峨骨 ‏@Chimaera925 2012年11月16日

真っ当な魔術だと願望成就より先に理論と精神鍛錬、内観する所から始まるけど、多くの人が手軽に手を出せるオカルトはまず願望ありき。意識の変容を行う技術でしかないものを、欲望塗れで願望器として使う。そりゃ、悪魔憑きとか狐憑きになるわ。低級霊の餌だしな。


峨骨 ‏@Chimaera925 7月7日

新暦の七夕か。人間の都合でコロコロ予定が変わる織姫と彦星もたまったものではないな。
暦なんざ人間が作ったもの。その暦に合わせて都合よく起こる事件や奇跡は人為的に作られたものだ。運命や偶然があるとして、それがわざわざカレンダーを見てやってくる筈がない。占星術や魔術はそれを利用する。



峨骨 ‏@Chimaera925 10月16日
今週も勢いだけで乗り切ったから、ちょっと疲れたな。何時になったら仕事量減るかね。逆に全く無くなるのも、それはそれで恐ろしいのだけども(笑)
20代の頃はビールなんてちっとも旨く感じなくてウイスキーのチェイサー程度にしか思っていなかったが、味覚ってのは変わるものだなァ。

無性にライブがやりたい。あの業界とは関わりたく無いけれども。錆び付いていてお話にならないけどな。歌は歌えばいいものじゃない。体作りが基本、アスリートと一緒だ。思うように身体を操作するための筋肉と神経、声帯操作のトレーニングにあとは呼吸と発声に必要な人体構造の知識、練習で歌う?論外

最低限が出来てないのに歌ってみて練習なんて最悪だ。練習にもならない。変な歌癖が付いてロクな事にならんよ。ポリープやら何やら出来て手術か引退コースだ。スポーツで言えば、練習しないのに練習試合やるようなもん。無茶苦茶だ。今日日は誤魔化し利くから、歌い手なんて単なる素材だけどな。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 10月16日
@Chimaera925 これっていわば肉体の訓練ですよね。自分の意思通りに肉体をコントロールするの。イメージ操作に肉体のコントロールが乗ると最強かも。。。ごくり。

前にカラオケでユーミン歌ってる時に音階のイメージと肉体の発声がかぶればこれはやばいと気付きましたで。

峨骨 ‏@Chimaera925 10月16日
@lakudagoya ええ、肉体と神経、脳のコントロールです。ボックス呼吸と組み合わせるのが正しい利用法だったり(笑)身体、呼吸を操作すれば心理状態や脳波も思いのままに再現できますよ。

お、ユーミン歌うんですかい。


尚、対象の呼吸を限定することで意図した心理状態に操作する事も可能。


大抵の人は呼吸が浅く、胸で息をしているから不安にさせるのは比較的簡単。腹式呼吸なんて言っても、大抵腹式呼吸出来ていない。この呼称が誤解の原因かもしれないが。漠然と腹を膨らませても、苦しいだけで意味がない。腹では浅い。吸うとき逆に腹を凹ませてみると丹田、腸の付近が重要だと解る。
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峨骨 ‏@Chimaera925 24 時間24 時間前

息を吸うのはそこまで重要じゃない。腹を凹ませて丹田のあたりがじわりと熱くなる筋肉の動き、これを吐く時に使う。このように息を吐く事で効率よく息を吐き切る事ができる。すると、反動で勝手に空気が入ってくる。歌のブレスコントロールに必要なのがこの筋肉。笑いすぎると痛くなる筋肉もこの付近。

あと意識するのは背筋か。肩を上下させる胸式呼吸では息が調節し辛い。自分の筋肉を意識して、息の強弱をコントロールして声帯を振動させて、そいつを骨や身体を使って増幅してやる、これが極意。あとは最大効率を得るための脱力。慣れると首を振りながらシャウトできるようになるはずだ。


突き詰めると、一番盛り上げるサビのパートを花の香りを嗅ぐ程度の呼吸をひとつしただけで歌えるようになるだろう。無駄を省いて効率化して最後まで吐いた息を使い切るなら肺活量はそこまで関係ない。無駄な力……特に肩や首、舌、喉あたりが主、あるいは変な歌癖があると難しいな。


@lakudagoya ええ、肉体と神経

リラクゼーションのすすめ ~自律訓練法~
http://www.kaimin.info/part/suffer/dia05.html
この自律神経訓練法をプログラムに組み込むと脱力のコツが掴みやすい。催眠誘導なんかにも使われる古典的な手法だけど、なかなか侮れない。
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峨骨 ‏@Chimaera925 23 時間23 時間前

ちなみに、深い腹式呼吸を行うと腸の血行が良くなり、便秘や内臓の冷えの解消の役にも立つはずだ。なかなかハードな運動になる。素早く鼻から息を吐いて吸うのを片方づつ行うと心身が活性化される。満腹時や妊娠、体調不良時は避ける事。深く息を吐けば勝手に入ってくるので、吸うのは意識しなくて良い


四半世紀くらいやると勝手に身につくので、ユルく、気楽に、テキトーに。完全に手探りだったから時間かかったけど、ある程度のポイントがわかっていればそんなにかからない筈だ。

ここでは滅茶苦茶ざっくり書いたけど自分の脳に電極をセットしたり、fMRIで脳を輪切りにしてデータ取ったりもしたので、それなりにネタは色々あったりする。歌の為に歌以外の事をする奴って他に見かけないな。周りは皆、真面目にひたすら歌っていた記憶が。


腹式呼吸の利点は、他には腹が据わる。動じにくくなる。呼吸の重心が胸に行っている時は動揺しやすく、頭に行っているときは文字通り頭に血が上ったりのぼせやすくなる。おかしな手法で能力開発やらやると頭に行きやすいかな。あとは冷静さを失った時なんかはね。そんな時に呼吸を変えると意識が変わる


催眠誘導の弛緩法と組み合わせて寝る前にゆったりと行うと、リラックスして眠れるかもしれん。俺の場合、フランキンセンスとミルラの香を焚いて、固い床の上で死者のポーズで意識を落とさず横になる事で1~2時間くらいで充分な脳の休息が取れる。時間が無い時はこれで仕事に行ったけど健康体だったな



あとは表情・顔の筋肉と姿勢もポイント。顎を突き出した猫背は最悪。胸部や頚椎が圧迫されるから呼吸が浅くなる。わざと浅い呼吸をしてみれば解るけど思考にもやがかかり精神が不安定になる。顎が突き出される事で舌の位置もおかしくなり、口呼吸にもなりやすい。低位舌はロクな事が無い。

姿見を置いて家を出る前に理想的な姿勢を取ってみて身体に覚えこませて正しい・美しい姿勢を習慣化させたり、作業する傍に鏡を置いて表情を確認するのも効果的だ。なんだか、マイ・フェア・レディみたいな話になってきたな。その流れで行くと、本の朗読をして録音し聞く
、これもまた一つの手だ。



姿勢は発声にも影響してくるとはいえ、猫背に慣れると正しい姿勢に必要な筋肉が足りていないので低負荷のチューブトレーニング、アイソメトリクストレーニングやストレッチ、ヨガ等からできるものを軽く行うと良いだろう。まあ、一番は美意識だな。もとの造りが変わらずとも、立ち居振る舞いが変われば


自然と美しく見えるものだ。そうあろうと思う事が一番の近道、かもしれない。あまり気負わず、街中で人間観察して「この姿勢は格好悪いな」と思ったら人の振り見て我が振り直せってな具合に。「見習いたいな」と思えば模倣する。このように動機付ければ人を見ただけでトレーニングが常に意識できる。
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峨骨 ‏@Chimaera925 22 時間22 時間前

常に人の目を意識する、これは結構重要かな。自意識過剰になれって訳じゃなくて、客観的に見て自分がどう見えるか、見られるかを意識する。あるいは、どう見られたいか。自然にこれが意識できるようになると、以前書いた心理誘導の手法を使って自由に自分を演出することができるようになる。守破離だ



やれ本当の自分だ、ありのままの自分だなんだと言うけれど、大切な人や場所に赴くのに全裸で行ったり目脂だらけの顔で行ったりはしない。それに相応しい装いで向かうはずだ。相手も自分も恥をかく。表情や姿勢も一緒。自分らしさは相応しい立ち居振る舞いをして、隠そうとしても内から滲み出るものだ。
0件の返信925 22 時間22 時間前

それは知性だったり品性だったり色気だったりするかもしれない。ちょっとした演出でそれが滲み出ていると相手に錯覚させる。ジョハリの窓を引き合いに出すまでも無く、人間は様々な表情を持っている。それはひょっとしたら、自分の気付いていない一面かもしれない。そう思うと面白いものだ。


まずは脱力。頭のてっぺんにハンガーのフックが付いていて、それに釣られて立っているイメージ。座っている時もこれ。その際に、腹式呼吸のあの熱を持った部位に軽く力を入れてやると骨盤が安定して腹が据わり自然と背筋が伸びる。あとは背骨の一本一本を意識して隙間を開けて筋肉で支えるような感じで


あとは軽く胸を開いて顎を引く。ヤジロベェのように上体が骨盤の直立するようなイメージだ。椅子の背凭れから拳一つ分離れた位置に座ってこの姿勢を取り上体をユラユラさせてみると、腹部に軽く意識を置く事で安定した姿勢になっているのが確認できるだろう。式典でも役に立つ楽な座り方。
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峨骨 ‏@Chimaera925 21 時間21 時間前

この立ち姿で足を肩幅に開くと、非常に歌いやすい。重心が下にあるから安定性が高い。上に意識があると、首や肩に無駄な力が入り喉が絞まったり、ピッチが不安定になったりしやすい。なにより、シャウトしにくい。

腹が据わらないから上体が上手く脱力できずに、ふんばりも利かない。これは歩くときも一緒。ハイヒールを履いて猫背気味に顎を突き出して歩いている残念な姉ちゃんを見てみればわかるけど、頭部と胸部にかけて重心がある。あれではモデルみたいには歩けない。重心の位置が間違った位置にあるからだ。


ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 22 時間22 時間前

@Chimaera925 よくお金持ちがこういった空気や雰囲気のコントロールをするのでどんな秘術があるのかと知りたくてしょうがなかったのですが、こんな秘密があったんですね。

こんな明晰なわかりやすい言葉で雰囲気で相手を洗脳する方法を知れてとても嬉しいです。やっぱ姿勢と座法大事なんですね。いやはや、ひとつひとつにちゃんと意味があって無駄がない美しさがありますね。


峨骨 ‏@Chimaera925 21 時間21 時間前

@lakudagoya 日本の金持ち、成金でそこまでやっているのはあまり見ないですね。声のトレーニングも全く。コントロールの為の重要度は見た目(ファッション・立ち居振る舞い)、声(話し方・リズム・声質)、最後に話す内容。印象はこれらのトータルコーディネートで成り立っています。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 23 時間23 時間前

@Chimaera925
ユーミンの歌をカラオケで歌ってもしや。。。と気付いたのですが大当たりでした。

これやばいっすよ。なんて応用の幅が広すぎる技術なんでしょう考えるだけでですよ。
0
峨骨 ‏@Chimaera925 23 時間23 時間前

@lakudagoya かなりはしょったので(本来は本が一冊書ける為)抜けが多い気がしますが、経験が役に立つようなら何より。一応、入門にヤバい情報や手法は省いたので危険は無いかと思われます。
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ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 23 時間23 時間前

@Chimaera925 いやいや、実に素晴らしく要点が纏まっており素晴らしいです。こんな実践アドバイスを集めた本があれば私の宝物になるでしょう。

はい、危ない情報は省いてあり、むしろこんな安全なアドバイスだらけのものはあまりないかもですね。

適格でわかりやすいです。
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峨骨 ‏@Chimaera925 23 時間23 時間前

@lakudagoya それは良かった。セルフ人体実験して「ん!?まちがったかな」した甲斐があるというものです(笑)

ええ、巷に溢れる自己啓発やスピ系のこの手の情報は危険が一杯で、あまりにも不誠実で、見ていてツッコミ疲れます。時に血の気が引きますね。却って逆効果なんてのも多々。
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ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 23 時間23 時間前

@Chimaera925 いやいや、ここまで実験する人はレアですし、その記録は殆ど外に出ませんから凄く参考になるのです。

スピ系はほんと血の気が引くのわかりますよ。不誠実というか、意図して大事な所をくり抜いて技術としては危なっかしすぎるのに、陰謀論とセット売りなんて。。。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 24 時間24 時間前

@Chimaera925 あ。。。やはりですか。歌などにも使える技術なわけですから隠れな人音楽の世界にも多いでしょうね。

音楽の再現や脳内の理想のイメージを肉体を操作して自由自在にできればこれはやばいかと。

はい。下手くそですけど、はたとカラオケで気付いた人です。
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峨骨 ‏@Chimaera925 24 時間24 時間前

@lakudagoya 音楽はトランス状態に入る儀式の一つですからね。通じるものがあります。

そのあたりの同期は自分の発声を録音して繰り返し聞き、また発声して録音して聞く作業を繰り返し、自己認識と現象の齟齬を丹念に埋めていくことで可能となるでしょう
。便利な世の中になったものです
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ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 23 時間23 時間前

@Chimaera925 そうそう。その方法でやれば凄くうまく行きますね。

というかこの方法は、科学技術が発達すればするほど面白いことできるような気がする。

これを見て、おいらがますますこういうのを血眼で見つける事に熱心になりそうです。狩人として(笑)
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峨骨 ‏@Chimaera925 23 時間23 時間前

@lakudagoya VRやリアルな3Dのゲームは便利ですよ。今では動画どころかモーションキャプチャーまで。

ここに体感が加わればより一層面白いことに。それだけ催眠や洗脳を受ける危険性も伴いますが、所詮は道具なので使い方次第です。


マイクもアンプも使わず、声を届ける範囲を決めて壁の素材や反響考慮して歌うには軟弱な事は言っていられなかったから、当時はそりゃもうひたすらトレーニングだったな。感動や衝撃を与えた時、報われた気がしたけど雨の日も雪の日もよく歌ったものだな、我ながら頭がおかしい。
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峨骨 ‏@Chimaera925 10月16日

おかしくなけりゃ、人前で自己表現なんてやれるかよ(笑)「俺の歌を聴け!」なんて普通に頭のおかしな人だろ。狂気の佐多ほど面白い。テレビ出た時は自分でも、「俺を取材するとか正気か?」と思ったな。所詮は過去の話。今、何か表現している訳じゃないから今は大した事は無い。


最初に曲を作ろうと思ったのは中学の時か。作ってみたら出来た。簡単だったな。そこから知識が付くと、編曲で発狂したくなる事実に気が付く訳だけども。日本の歌は愛だの恋だの夢だの希望だの、それしかないのかと気に食わなかったな。それくらいしか商品として求められていないのだろうけどな。
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峨骨 ‏@Chimaera925 10月16日

ドロドロした人間関係やら業界やら、あれさえ無ければな。無くなりはしないだろうし、話題の電2やら大学のアレも似たような事が起きていてああなんだろうなとは思うが、ああいうのがあるから、あの手のモノには一切関わりたくない。人の夢や希望を食い物にする。俺が潔癖過ぎるだけかもしれないが。
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峨骨 ‏@Chimaera925 10月16日

それなりに満たされてしまうと良いものが作れなくなる。歌詞と曲を同時に一日一曲ペースで、編曲していないから完成させたとは言わないが書き溜めてたいた時期なんかは完全に逃避だったな。まともな心理状態ではなかった。表には出せないから内に溜め込む。そんな時ほど創作が捗った。不思議なもので。
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峨骨 ‏@Chimaera925 10月16日

葛藤や苦しみが解消されてしまうと、表現したいものが無くなるのだ。腹が一杯の時に次は何を食べようとか何が食べたいなんて心の底から思わないようにね。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
ちゃんとアトキンソンの本を実践で活かすには、あのディクシャというイニシエーションでウン百万ぼったくる、ヨグマタこと相川圭子の本を読んで補完しながら使うとまぁ、使い物になります。

何でアトキンソンの本を読むのにあのぼったくり合宿のおばちゃんの本読まないといけないか意味不明だよw

峨骨
‏@Chimaera925
@lakudagoya アトキンソンの本は忘却のプロセスを組み込むとそれなりに使えます。暗示や魔術で使われるオーソドックスな手法ですな。そうすると引き寄せの法則ではなくなる訳ですが(笑)
あの本に書いてある手法だと引き寄せどころか引き離される危険性が。
強力な執着だけ生まれて、願望が達成されない。そして、その願望が手放せなくなるから、法則にますます依存する。なんともおぞましい手口です。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
@Chimaera925そーそーアトキンソンの言ってるのわかりますよ。あれ忘却プロセス入れてないのでダメです。
やっぱカルトビジネス用にデザインされてのかな?w

峨骨 ‏@Chimaera925
@lakudagoya 使われない知識ほど意味の無いものは無いですから。役立てば幸い。

引き寄せはモロに福音派。マルコの福音書11:22~とヨハネの福音書15:7を見れば一目瞭然。(聖書は)神からの言葉だからそうなるのだ、と。そして祈りだから忘却のプロセスが無く欠陥品。

@lakudagoya 引き寄せを入り口にして、疑似科学の権威を使って元ネタの聖書、福音派を自画自賛しつつジーザス・キャンプにご招待なんて使い方も可能でしょうね。宗教色抜いた自己啓発セミナーがその役割を担いそうですが。やることはそう大差無いかと。

@lakudagoya 引き寄せの手法は連中の言う悪魔の魔術書からパクっているあたり、ロックを悪魔の音楽と言いながらクリスチャン・ロックやメタル作って布教活動するのとそっくりですな。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
@Chimaera925 こんな見も蓋もないギャグってありませんよねw

ジーザスキャンプの子供洗脳技術もここからでしょう?

いやー、この技術って面白いのはどんなものもあいぽんのカバーというかふりかけの味として使えて色々なうまい棒を捏造できるところですねw

@Chimaera925 いやいや、こうやって個人が押し入れにしまっちゃってる技術が凄いお宝ですから。こういった本で完全に端折られる技術的な説明は私にとってはお宝ですよ。

まぁ、思いっきりに福音左派の匂いがします(笑)実際に引き寄せで強固な洗脳かけたりやってますしねw

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 46 分46 分前

宝物がひとつ増えたな。

こんな素敵な明晰な言葉で簡潔に内容が語られてる宝物はないよ。

おいら如きには勿体無いくらいだ。

こんなのはもらったらラッキー!と布に包んで大事にするんだ。

ぼったくりヨガの行者のおばちゃんの公式サイトw http://www.science.ne.jp/ このオバハンの本、インド哲学の心の構造を西洋哲学っぽく理解するには結構ベストで、この本でスピリチュアル本を補完しながら読むので保管用にはまぁ使えないことはないね。

峨骨さんが、スピリチュアルやニューソートは不誠実だと言ってたけど、あれデザインしたやつは意図的にやってるね。 おいらはニューソートのご先祖様のアトキンソンの本を取り寄せて読んだんだけど、まぁ、あれは一番大事な所をドーナツのようにくり抜いてインド哲学の用語で誤魔化してたw




リラクゼーションのすすめ ~自律訓練法~
http://www.kaimin.info/part/suffer/dia05.html
”心身がリラックスする時はまず、手足の筋肉が弛緩します。これは、なんとなく手足が重たいという状態です。次に、筋肉が弛緩すると血流がよくなり、足の皮膚の温度が上がって暖かさを感じるようになります。これを、意識の方から手足が重い、暖かいと自己暗示を加えることで本当に心身がリラックスしてくるわけです。

この訓練法は標準練習が段階的に公式化されているため、誰でも自宅で簡単に行うことができます。
自律訓練法の手順

ステップ0
背景公式
ステップ0:背景公式
気持ちが
とても落ち着いている

ステップ1
四肢重感公式
ステップ1:四肢重感公式
両手両足が
とても重たい

ステップ2
四肢温感公式
ステップ2:四肢温感公式
両手両足が
とても温かい

ステップ3
心臓調整公式
ステップ3:心臓調整公式
心臓が静かに
規則正しく打っている

ステップ4
呼吸調整公式
ステップ4:呼吸調整公式
楽に呼吸している

ステップ5
腹部温感公式
ステップ5:腹部温感公式
おなかがとても温かい

ステップ6
額部冷感公式
ステップ6:額部冷感公式
額が気持ちよく涼しい

消去動作
両手の開閉運動

両肘の屈伸運動

大きく背のび

深呼吸

自律訓練法では、特有の生理的変化や意識状態(めまい、脱力感など)が生じることもあるため訓練の後は必ず消去動作(取り消し動作)を行います。

«姿勢»
体全体の筋肉が弛緩しやすいような姿勢がベスト。
椅子に深く腰をかけた姿勢や布団の上で仰向けになって行います。
姿勢

ステップ0から6までが1クールですが、慣れないうちは最初から最後まで全て練習しなくてもかまいません。初めのうちはステップ0から3までというように部分的に行うだけでも、体のリラックス状態を意識的に練習することができるでしょう。できれば眠る前の入眠儀式として毎日行うのが理想的です。”

峨骨 ‏@Chimaera925 6月26日
答えたくない事柄には言葉尻を掴まえて非難し、質問内容をうやむやにし、レッテルを貼り観衆の感情に働きかけ同調させる。ディベートの訓練を受けていない者は、質問に答えられず揚げ足取りした者に正当性を感じる。多数派を味方に付けたから。多数派が正しいとする誤った教育を受けると議論が解らない

@Chimaera925 声がでかく、勝者に見せかけて多数派を味方に付けた者が勝つ。何を言ったかではない。多数派を味方に付けたか、そうでないか。(強そうに見える)強者に従うだけの反知性主義。そこに知能などいらない。強者に媚び、弱者に反逆されないよう、でかい声で強く見せるだけでよい

チンピラは自分を強く見せるのが上手い。威嚇して予想外の言動を取ることで混乱させて主導権を握る。日本の成功者にドロップアウトした元ヤンキーやチンピラみたいな者が多いのはその為。日本の教育を受けた者は、そのような者に従順になるよう教育されている。披雇用者になる訓練しか受けていない。

市民や国民、あるいは雇用者、支配を受けない自由人になる為の必要最低限の教育や訓練を全く受けていない。海外の○○のような人材や経営者が出てこないと言うが、そのような教育も訓練も受けていないのに出てくる筈がない。無理なお話だ。
峨骨さんが追加
峨骨 @Chimaera925
自分は市民だ、国民だと言うけれど、働いて納税し、選挙に行きさえすれば市民や国民だと思っている。市民や国民である必要最低限の教育を受けていない。国家権力側は市民や国民になって貰っては困るのだ。ペテンが見破られるから。効力の無い徒労を繰り返して貰ってガス抜き出来なくなるから。


峨骨 ‏@Chimaera925 6月26日
そして、管理する側は少しだけそのような教育や訓練を受けていれば簡単に支配できる。理系や文系と教育を分割すれば更に支配は簡単になる。どちらが欠けてもアートではない。アートでなければ駄目なのだ。

金持ちや社会的地位の高い者に見える服装や言動をした時と、貧乏そうな服装や言動をした時では態度が明らかに違う。実験してみれば解るだろうが、前者のように見せただけで媚びてすり寄ってくるような、誇りも矜持も美意識も無い者があまりにも多い。だから本物の金持ちはパッと見そうとは解らない。

だから簡単にハリボテの力や権威に目がくらみ騙されて、本当の福の神を見抜けない。観察眼が節穴だ。よく観察すれば成金やチンピラが付けるような下品な高級品でなく、一見高級品に見えないが質や造りが良い衣服や装飾品を身に付けている。あるいは安物か。本物は見せびらかす必要が無い。

当たり障りの無い範囲だと、靴を見れば大まかには解る。足下を見ると昔から言われて、客が上客かそうでないか見極める下足番の仕事。靴に金と手入れの手間を惜しまない者は大抵上客だ。履き潰されていたり、シワや汚れ、踵の減りかた歩き方で職や育ちが大まかに解る。質屋の靴コーナーは面白いぞ。

観察と情報の蓄積、プロファイリングの要領だ。まあ、解っても無粋だから言わないし、職を聞く事も無い。職質じゃあるまいし。この街の酒場に飲みに行くと大抵、初対面の客やバーテンダーですら職質して来やがる。観察眼が無い。相手が自分より上か下か解らないと、態度の取り方すら解らないのだろう。

この手の観察結果や情報を蓄積しておくと、思うがままに相手の自分に対する印象を変えられる。相手に印象付けたい自分の姿に相応しい服装や立ち居振舞いを演出して効果的に、相手に「この人はこういう人だ」と気付かせればいい。自分で気付いた事は外部から植え付けられた偏見でも疑わないものだ。
@Chimaera925 なぜならば、多くの者は実物ではなく、そこから得た自分の頭の中のイメージを見ているからだ。人々は各々、見たいものを都合よく見たいように見て、信じたいものを都合よく信じたいように信じている。

だからこそ不思議なのは、選挙候補者。服装、立ち居振舞いや話し方の訓練をしているのだろうか。確かに人前で話し慣れているようだが、発声が素人。狙っているであろう主題から想像して、必要な声を想定すると、印象付けたい発声が出来ていない。話しの内容が印象に残らなくとも声や姿は印象に残る。

何故、印象操作に最善を尽くさないのか俺には全く理解できないが、党の公認を受けて名前を連呼するだけでハロー効果で安泰ならば、そんなもの必要無いんな。

日頃からそうやって印象操作しているように思われそうだから弁解しておこう。身に付けた知識や技術は自分の欲を満たす為に悪用しないと決めている。暴走しない為の自戒だ。とはいえ、印象なんてものは所詮は偏見。どこまでいっても偏見。真の理解なんて無いし、願ってもいけない。受け入れるだけだ。

自分なんてのもあやふやなものだ。実体がない。自分はこうだと偏見を持っているだけで気付かない側面などジョハリの窓を出すまでもなく、いくらでもある。自分はこうだと決め付けず、自身を観察して様々な顔を見付けて受け入れる。そうして好きな顔をよく観察して、相応しく引き立たせる。

@Chimaera925 あるいは、そのヤンキーやチンピラの社会での上下関係から強者への接し方や弱者を支配する手法を実践しながら技術を本能的に体で覚える。思考力を奪う手段や、支配しやすいカモの探しかた、相手の弱点を見付けて抉る手口、暴力。全能感があるから一般人より行動力がある。
@Chimaera925 仮初めの全能感に指を突っ込んで抉ると赤子のように喚いてすぐに暴力を振るう。本質は臆病なのだ。だからこそ、自分より弱いものや支配しやすいものを目敏く見つけ出し、支配する事で自尊心を満たそうとする。
峨骨 ‏@Chimaera925 6月27日
用意されたシステム下でゲームマスターに勝つには、ゲーム外で勝利するか、チートを使うしかない。完璧なロジックなど存在しないからシステムの脆弱な欠陥、セキュリティーホールはある。しかし、目につく場所にはない。気付いたと察知されれば対策されるから、突くならば一度にやらなければならない。

票を投じる者は何も決定できない。投票を集計する者がすべてを決定するのだ。 ヨシフ・スターリン

>「Yes / No」 >を二元論で問いかける国民投票 二元論に落とし込まれてYESかNOかでしか答えられない白紙委任状がそんなに民主的か?おかしな事を。




峨骨 ‏@Chimaera925 6月25日
タビストック人間関係研究所 wiki >英国支配階級のための国際諜報機関 >最終目的は、英米覇権維持のための国際的な大衆プロパガンダおよび完全な人間の心理操作の追求であり、その手段・技術の研究を行い、成果を実践すること。現在に至るまで数多くの各種の大衆洗脳工作の実施に関与との証言

今回の国民投票の監修にダヴィストック洗脳研究所が関わっていると俺は見ている。寧ろ、技術があって使えば有利になるのなら、使わない方があまりにも不自然。

ヒトラーはダヴィストック洗脳研究所で製造されたって説もある。確かに、独学で心理操作の技術や知識を獲得したか、それを囁いた者が居るはずだ。スピーチを聞いても、心理操作の技術に基づいた訓練を受けているのが解る。現代のプロモーション活動に使われる技術が利用されていて今尚通用する。

英米覇権ってのは寸止めだろうし、ロックフェラーも使いっ走り。話半分でいい。宗教と血統と金融(経済の血液)が本体。国家はそれらを包む包装紙。必要無くなれば包装紙は破り捨てられ、新しいものに変わるだろう。米国なんて東インド会社の北米支社に過ぎない。

不正選挙があるから正しい選挙が存在する。これはペテン師の弁証法。一方を不正とする事で一方を正であると見せかけて、正しい選挙さえすれば良くなると誘導する。 権力を分割統治する手段の一つに組み込めるのならば肯定。仲間内とはいえ立場の違いや利害の対立がある。互いに潰しあって貰うのが良い

ヒュプノスの子、人の夢に入りあらゆる人の姿を取って神のお告げを伝える夢の神の名を持つ男。モスグリーンの服を着た彼が差し出すのは、赤のカプセルと青のカプセル。二つに一つ。しかし、どちらも正解ではない。選べば夢の虜囚。正解は紫のカプセル pic.twitter.com/tJM8EjpGyC
いや、作り物の神の虜囚か。ご都合主義のデウス・エクス・マキナ。機械仕掛けのハリボテ、巨大な舞台装置。夢オチか。

赤にも染まらず、青にも染まらず、中庸であれ。緑は赤と青の構造を作り出した者の遣い。どちらを選んでも行き着く先は緑。提示された選択肢を選ぶ限り、道乗りが異なるだけで行き着く先は同じ。
補足:宗教には思想も含まれる。思想に対する崇拝。

同調圧力などと聞くが、俺はその圧力を感じた事がない。圧力が「ある」と信じているから、実際にあるものとして感じなければならないのではないか。空気を読めなどと言うのは、(権威ある多数派だと信じている)自分に従えと命令し支配する手口。多数決を民主主義とする誤った教育の憐れな犠牲者。

多数派は正しさをどのように証明するのだ?多数決は正しさを証明しない。数の力を正しさと盲目的に信じているだけだ。ある種の力の信仰。強い者が正しい、仮にそうならば証明は必要無いし多数決すら不要。多数派で争いあって最も強い者が決めれば良い。そうして消耗して一人になったら不意討ちしよう。

彼らは絡め手を卑怯だと言う癖に、数の暴力を卑怯だとはちっとも、これっぽっちも思わないし、自身の正しさを疑う事も無い。常に勝者の側に付きたいだけで正しさなど求めない。独自の美学や信念が無いのだ。そして、より力ある者が現れれば媚びる。故に多数と同化できる。

峨骨 ‏@Chimaera925 2011年11月5日
たまに入る喫茶店。店入るなり顔見知りの店員に挨拶しつつアイコンタクト。向こうも頷き返す。水とウェットティッシュのセットと一緒にいつものコーヒー。ブラックしか飲まないので、ミルクは付いて来ない。こんな地味な面にも関わらず、何故かすぐ覚えられるから不思議だ。

オールバックはかなり捗る。セットは髪整えて表面にジェルを撫でつけるだけ。男の世界じゃ、見た目が若いとナメられるので俺は三十路に見られない女顔+童顔なのでオールバック必須。ブローしないで手櫛入れると崩れやすいので、表面だけ固めてやるといい。

髪型や服装や仕草は心理状態を作る。いつもオドオドして自分に自信が無い男は額を出して額と目元を出し、毅然とした態度を心掛けるといい。額は自信や威厳を現す。男と張り合うバリバリのキャリアウーマンが額を出すのもそんな側面がある。形から入っても良い。積み重ねればそれも本物の自分だ。

補足 額は知性も現すので、知的に見られたい場合は額をチラ見せするのも有効。勿論、服装等のトータルコーディネートが重要ではあるが……人は見た目の印象で8割は決まるから、自己演出を考えてコーディネートして行った方が良い。無論、TPOも重要だけどね。

仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺して、初めて解脱を得、物と拘わらず、透脱自在也……か。なかなか難しいものだな。

同僚のおっさんに役者をやっているのかと問われる。声の通りや声量が圧倒的に違うらしい。昔ちょっと声楽をかじった程度ですと答えておく。実は全力の2割程度で手抜きですと言うのは無粋。17年近く積み重ねたボイトレは伊達じゃないが、そんな事、俺だけが知って居れば良い。結果が全てだ。

他者を敵か味方か分類するのは危険。味方の面をして「あいつは敵だ。お前の事を恨んでいる」本当だろうか?戦場に落ちた剣は誰の味方か解らない。しかし、害意を持った者の手に渡れば危害を及ぼすだろう。害意で目が曇れば、剣を拾う者全てが害意ある者に見える。弱者の恐怖と猜疑は手に負えん。

己の敵意や害意を殺せば、敵を一網打尽にしたに等しい。曇り無き眼で観極め、斬らば斬れ。修羅道は六道輪廻の三善趣に含まれる。

らすこり ‏@lascomini 9月6日
「情報断絶状態にすると脳が情報に飢えるからなんでも肯定的に受け取るので都合のいい情報流しやすい」 「情報過剰状態にすると脳が過負荷状態になって思考能力奪われるから都合のいい情報流しやすい」 洗脳の基本みたいですよ


演出 印象  @Chimaera925 ワード検索+期間限定検索で一連のツイート保存


ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 10月20日
おいらは、様々な思想や宗教や色々な社会運動その他を調べたけどさ、おかしいのは、究極の自立の象徴的思考を切り詰めていくと、消去法でファンタジーの魔導師しか見つからないんだよ。 それ以外はみんなドグマというか依存させる要素が入ってる。 それが世の中のおかしいところなんだよ!

結局、自分の「意思」を世界に押し付けるという視点でやつらの計画が動いてる。 この魔王思想を見誤るとリシャール・コシミズのようにやつらは金が欲しいからやってるとかいうアホな話になるよ。 おいらが魔王討伐の勇者とか言ってるのはこの部分の退治だよ。わかるかな?

その思想を切り詰めていくと、結局は「意思(思想)を実現するための知識と究極の三位一体」しか残らなくなる。 このトリスケリオンの女神様は、誰に憑依してもいいんだぜ? それはあなたを明日から拉致して、徹底して洗脳と教育を施せば魔王が乗る座にはなるわけ。 だから敵の正体はだよ。

ぶっちゃけわかりやすい例はさ、ロードス島戦記でさ、カーラが憑依したサークレットを取った盗賊のウッドチャックがかぶっちゃったでそ? 四十路過ぎのムショから出たすぐ盗賊にもカーラが憑依してさ、しかもそのカーラの憑依は取れてもカーラの知識は残るんだぜ? 魔王の正体ってこれでね?

だからさ、魔王はゲームでよく言うでそ?「私を倒しても第二第三の魔王が現れるだろう」と。 これの正体はこれなんだよ。 だからさ、魔王の製造装置を叩かないといけない。 魔王を生み出すシステムが問題。 魔王を生み出すのは世界を支配する知識と技術を思想で統合した教育体系だよ!

魔王が世界征服をしたくても、その願望はその目的を達成する知識と技術がないと実現しえない。 その三位一体を魂のように結晶化させるには、実現のための知識と技術を思想によって統合して、知識と技術の習得段階が進めば進むほど洗脳がかかるような感じにしないといけない。これが魔王製造法。

人はそいつの人格ではなくて、大部分は技術に動かされてる。 それが嫌なんだよ。おいらはさ。 特に人を動かす技術を持った紐付きどもに洗脳されてる連中にさ、ガッカリしたの。 人の善意なんて技術の前には踏みつけにされる。 特に心理学とか見ると人間の心のロボ化は許せないんだ。

洗脳もさ、あまりに深いとショック療法とかでないと解けないんだよ。 特に五感を使った洗脳なんて説得で解けないのはカルトに接してわかってる。 でもカルトの洗脳を解くには、感情的な技術を駆使したがいいとか言われるけど、それはおいらは嫌いだから地味に啓蒙活動とかむくわれないことしてる

リシャール・コシミズのロック爺さんが何でも悪い陰謀論ってさ、ロック爺さんもロス茶も存在する前からこの支配構造あったんだよ? ロス茶なんてただのサラ金屋ぢゃん。 じゃあ、ロック爺さんがいない時代はこの世はやつらの支配しない天国だったのかね? そーぢゃねーだろ?

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 10月20日
@Chimaera925 失礼します。もう峨骨さんならおわかりだと思います。 やつらの世界を支配するペテン術はみんな西洋魔術の技術の応用でできてると思います。 それを考える場合、ロック爺さんが悪い陰謀論なんて意味ないと思いませんか? 敵は知識と技術と思想のトリニティなのに。

峨骨 ‏@Chimaera925 10月20日
@lakudagoya ええ、取替えの利く駒ですから(笑)排除しても代わりがいるもの。特権や力があるとしたら、それを与える源泉、根拠となるもの、それを命じたもの、根底となる思想や知識、技術に着目しますね、普通は。

ただ、思想や源泉だけに言及すると論理の飛躍と取られかねないので、代えの利く部品の役割の一部と認識してそこに繋がるヒトモノカネの流れを追う作業も必要かな。核心部分を見て結論を取り出しても、そこへ至るまでの証明が出来なければどうしようもないので。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 10月20日
@Chimaera925 もちろん、その作業が必要なのは言うまでもありません。 ですが、その思想のフィルターを通してやつらにとって金や権力でさて自分の意思をこの世界に押し付けるためのツールに見えます。 この世界をどうにかしたいからあらゆるものを利用するという視点が必要です。

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年7月6日

100均で買ったシュシュが思いのほか重宝している。家でいちいち使ったらヘタるシリコンゴムの使い捨てのヤツを使うのもな。間違っても、このまま外には出ないが。だいたい男の髪が短いのは古代ローマの慣習から。あとはイングランド内戦のクロムウェル派、ピューリタン。あとは仏革命。西洋文化。

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年1月11日

男の化粧や長髪、男色なんかは日本の伝統。現代の男らしさは西洋化した明治以降に作られた価値観。西洋人の価値観を持つ日本人の日本の伝統に対する眼差しは西洋人のソレにも見える。未開や野蛮、途上と異文化を見る時、価値観の根底には西洋が中心にあるのに日本人だと思っている。

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年7月24日

カルヴァン派の予定説では、神の救済に預かる者は最初から定めら れており、禁欲的に天職に勤める事で成功する者であるといった思想だ。つまり、富を築いた者はなるべくしてそうなった、と。ここで言う禁欲とは、目標(利潤の追求)の為に全精力を傾ける禁欲さのことを指す。天職思想はルター。

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年11月14日

『戦争は人間の霊魂進化にとって最高の宗教的行事』だっけか、あれは大本とも関わりのある生長の家の創始者の谷口雅春の言葉だろ。ニューソートを光明思想として日本で紹介した人物。大東亜戦争に負けたのは島国根性に凝り固まった「偽の日本」で、真の「神洲日本国」は負けていないなんてのも迷言。

峨骨 ‏@Chimaera925 8時間8時間前

答えが出ないものは、無理に答えを用意する必要が無い。答えや真理など無くとも世界は回っていく。それが無ければ不安だとするならば、詐欺師どもの用意した、紛い物の答えや真理を掴まされて、いいように使われ、精神も肉体も貪り尽くされる。思想はより良く生きるための道具。信仰するものではない。

峨骨 ‏@Chimaera925 1月1日

それら道具に使われる者は、道具としてそれらを扱う者に使われる。無いものをあると同意させ、信じさせたあるいは存在するかのように振る舞わせただけで影響下に置ける。世界中にこのような呪いは溢れている。無いもの始めから無いものとして否定し解呪するならば、呪いから身を遠ざける事が可能だろう

偶像や呪物、シンボルは道具として使うには便利だ。しかし、それらを崇拝してはいけないし、在るものとして扱ってもいけない。必要な時に作り、その場だけ在るものとして心の底から信じて用が済んだら破棄して忘却する。これをしないで扱うのは危険だし、扱うための訓練も必須。

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年10月24日

宗教も企業も道具な。その道具を使う連中に道具のように使われていてはいけない。言葉も単なる道具だ。使うものであって依存したり有り難がるものでもない。道具に従う必要は何処にもない。道具を介するものを見聞きし、感じて、自分の意思で選択する。捕らわれるのも捕らわれぬのも自由自在だ。

峨骨 ‏@Chimaera925 2015年7月16日

サンスクリット語のマントラは呪文や真言を指す言葉として用いられているが、本来はマン(考える)とトラ(道具)を組み合わせた言葉で「考える道具」の意味を持つ。憲法や法、民主主義、人権、思想、哲学は唱えただけで何かが変わるような念仏ではない。これもまた考える道具、思考の歩行器。

峨骨‏@Chimaera925 2月
最も人を殺す生き物に法人が含まれないのがミソだね。

法律よりも法人が優先される不思議の国。労基法よりも法人の都合が優先されているから、労働者は法で守られていない。リヴァイアサン読むまでも無く、本来ならば、力が強く社会的に多大な影響力を持つ法人が、個人、労働者より縛られるはずなのに、「厳しくすると法人が逃げる」だったか?規制緩和。

逃げるぞと脅せば言い分が通り、規制が緩和されるならば、法が存在する意味が無い。どれだけ法人が個人を犠牲にしても、経済を引き合いに出せば通る?とんでもない話だ。金儲けする以前のお話で、倫理観も無ければ個人を守る気も無い。そんな法人に利潤の追求の自由を与えても百害あって一利無しだ。

「小の虫を殺して大の虫を助ける」を地で行く。その大の虫が害しか撒き散らさないくせに「大きすぎて潰せない」なんて言いながら助けるのだから、笑ってしまう。


お客様が神だって言うんならチェーンソーでバラしてもいい訳だ。神だからと横柄な態度を取る奴にとって、神ってのはそういうイメージなんだろうな。そのような傲慢な神が人間に滅ぼされるなんて逸話を知らんのだろうか。神に傅く立場になると言いなりになるようなタイプなのだろうな。

涙を流すのが人間的?涎を垂らしてもそんな事は言われねぇ。どっちも単なる体液だ。人間性の証明では無い。その涙というものに貼り付けられた記号を見て人間性の証明と錯覚する。
そういや、過去に「人間性が無い」と何度か言われた事があったな。同情や共感のポーズを取って思い通りにならないと、「人間性が無い」と言われたものだ。特に「人間性が無い」と言われても何とも思わないけどな。そんなもの定義する者による。誰もが定義を共有する人間性なんざ無い。

定義を受け入れ、罪悪感をまんまと植えつけられてしまえば、人間性という概念上にしか存在しないもので他者に操られ、支配されてしまう。ありもしないものに支配されるのだ。

峨骨‏@Chimaera925 2012年4月17日
ジェンフリは性差を否定して無性人間作るってカルトだ。フェミの元祖フーリエの思想がマルクスに継承され、レーニンが政策を実行。離婚増加、出生率低下、風俗の乱れ、非行少年急増で国が乱れ、スターリンが撤廃。ブルジョアを粉砕せよ、と男『性』を粉砕せよと何が違うのか。わかんねーだろーな。


峨骨‏@Chimaera925 2月14日
絶対的な正義や悪、道徳に不道徳、常識に非常識、法、真理、それらは存在しない。存在するのは解釈。環境や時代、価値観、民族、統治や管理の為のご都合主義、要求、これらによって生み出された解釈でしかない。ある時代と場所で善とされたものが悪となり、また別の場所では善となる。普遍的ではない。

峨骨‏@Chimaera925 2016年1月26日
キリスト教に被れた奴が働かざるもの食うべからずなんて言ったけど、近代になって活用したのはレーニン。不労所得で贅沢三昧の特権階級、資本家や貴族を批判した。今じゃ傷病者や失業者やホームレスを自己責任だ飢えて死ねと叩く言葉に。サテロニケの信徒への手紙では働けない者は食うなとは書いてない

峨骨‏@Chimaera925 2016年4月20日
支配者を打ち倒した後、それらを指導した者達が同じ事を行う。または指導者は後からやってくる。 ボルシェビキ革命の七ヶ月前に皇帝は退位していた。その時、レーニンとトロツキーはロシアに居なかった。米国に居たのだ。彼らは強力な支援を受けてボルシェビキ革命の準備が整ってから送り込まれた。

本人が解説してくれました。

峨骨‏@Chimaera925 2月22日
看板と指導者を変えると、本質的に同じものでも別のものに見える。 https://twitter.com/Chimaera925/status/774056876061274112 …
峨骨‏@Chimaera925 2016年9月9日
共産主義社会では、人が人を搾取していると聞く。 一方、資本主義社会ではその逆だ。


峨骨‏ @Chimaera925 2012年1月12日
全ては模倣、ごっこ遊びから始まる。真似びは学びに転ずる。見て真似び、試してみて、また見て真似び、幾度と繰り返し真似び、試みる内に洗練され初めて己の業になる。これぞ学業。蓑虫が色鮮やかな色紙や金の毛糸で絢爛豪華な蓑を作っても、素晴らしい色紙や毛糸は蓑虫の業ではない。

峨骨‏ @Chimaera925 2017年3月12日
俺自身、継ぎ接ぎだらけのキメラだからどこまでが業になったやら。少年老い易く学成り難し、だな。

ある種の本は準備が整っていない者が読むのを拒む。準備が整うと、ある日突然その内容が読めるようになる。

短い眠りで充分な睡眠を取る方法は幾つかある(以前に一つは書いたか)が、そのうち機会があれば書いてみよう。




















――
お読みくださり感謝しますが、このお方のツイートを直接ご覧くだされば幸いです。
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魔法使い初級おねしょた兄貴 

どんどん追加していく ”陰謀追及者において重要なイスラム教の特徴
・異端審問の禁止
(人が神に代わって裁くことの禁止)

・多数派は信仰告白が義務
(信仰隠しは少数派の教義のみ)

・神学も法学も、理性と論理的思考も重視
(反知性主義の否定)

・ユダヤ教神学もイスラム神学の理性と合理主義重視派に影響されている
(合理的なものほど異端になるのがキリスト教神学の特徴)


イスラム教徒って工作員に全然向いてないってこと。
信仰隠しを一番するのは新キリスト教系工作員

23470円=おねショタおじさん ‏@douteimaturi さんの傑作
”イスラームでは異端審問をしてはならない事になってます
これは人間があれがムスリムでこれはムスリムではないという文言を封じるためです。
それがわかるのは最期の日な訳で
人間が人間を異端扱いして勝手に裁き殺したなら地獄でやかれる事になります。

陰謀ではお金の流れも重要ですが、もっと重要視せねばならないのは尊厳の流れかもしれません。
むしろ、魔術師退治を考えるなら、尊厳という認識がいかにして作られるかという部分に着目すべきではないかと。

魔術師というものは言葉で人を縛り上げる術に長けていて、そこが魔術の根幹なのです。
例えば、選挙という単語を出すだけでさまざまな言葉が発生します。 不正、民主、多数決などなど、この連想させる力自体が魔術師の魔法なのです。 言葉を支配し、言葉が言葉を繋げる魔術これが最強の魔法です。

謀議論をやる上で必要なもの。 歴史学、神学、心理学、天文学、幾何学、哲学、占星術、数学、帝王学。 特に歴史学と神学、心理学が重要。 基本、歴史に名が残っている先祖の末裔を探し、そいつらが今なにしているかで大体予想がつく。組織もそう、正史を知っていればしっかり繋がる。

紐付きはこの正史の部分を隠そうとするので隠さない人は比較的本物。次に大切なのは神学についてどういう立場をとるかを見る。日本人の95%以上は仏道及びケを信じている人達なのでそうでない場合は立ち位置ありとの判断でその人間の批判の仕方をみて決める。悪魔とか言っちゃうとー評価みたいに

この3つで考えてください 1、反証性 2、論理性 3、合理性
この3つに従ってものを考えれば、そう間違える事はありません
もし、間違えるのであればまず貴方の信じたい事、事実ではない事、思い込みたい事がそこに入っているということです
だから、間違えるのです

わしゃ帰ってきてよく思ったよ 仏法はよくできすぎだし、漢籍はよく完成されてる
まだ、漢籍については戦国策や韓非、孟子しか読んでないけど
この思想と西洋哲学じゃあ2000年遅いことを西洋はやってる こりゃあ、破壊したいし、隔離したいのがよくわかるよ”

工作員=異端審問官
なので異端含め✝系ばかりでイスラム系がゼロ。仏教に詳しい人々に絡む工作員。
私もいつ消されるかわからないので保存お願いします!後悔したいの?
藤原偽天皇”
陰謀追及者において重要なイスラム教の特徴  
イスラム神学と法学の理性の扱いが完全に耶蘇教の右目の中の右目派の基盤でびっくり!
桜井啓子『シーア派』などイスラム資料集
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-130.html

更新中ヘブライ語とアラビア語が似すぎ!どこが日本語?
ヘブライ語(イブリット)とアラビア語勉強メモ
『アラビア語が面白いほど身につく本』アラビア語勉強中
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-126.html

ねこた ‏@lakudagoya
「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」というラノベで一番面白いのは、主人公の持つ必殺技「愚者の世界」というもので、一定時間そのエリアの魔術の発動を完全に無効化できるっての。 それくらいの力を持ってるよ、イスラーム側の視点は。 やつらの幻術をすべて木っ端微塵にする力があるもの。

私はたまにこのイスラーム側の視点という、やつらの幻術封じを使ってフィールド魔法を解除してるけどな。 あのラノベでも、魔術の発動を完全に封殺した上で敵を無力化してボコってたけど。 これくらいのカードがないとやつらとは戦えないのよ。 これ考えたの陰謀論者では私が初めてだわ。

イスラーム側の視点使って陰謀論って、やりだしたのは私が初めてかな。 おねショタおじさんがもっと凄いの出してる。 だからさ、このカードを持たない陰謀論者は、いくら頑張ってもやつらの手の内から逃れられないよね。 そこ大きなアドバンテージだわ。大きすぎるくらい。






おねショタ魔法使い初級おじさん ‏@douteimaturi 2016年10月25日
中東で日本では毎日、朝に家を出てずっと会社や仕事場に夜遅くまで居て、家に帰るような仕事をして生活をしている、していたと言ったら
「それは人間の社会ではなく、家畜の社会で人間が羊や牛のように屠殺されているので貴方はそのような社会に帰るべきではない」
高々、8ー19時の仕事だったが…
因みに中東では皆、暇や隙があれば茶やコーヒーを飲みます また、大体のお役所や個人商店では昼ご飯後は一回閉めて自宅に帰るなり昼寝したり、子供と遊んだりしてから夕方前に2時間位仕事してから家に帰って家族と一緒に過ごすので仕事はしてますが無駄に働いてはいません
例、個人商店のおっさんの一日 朝礼拝ー二度寝ー朝食、出勤(徒歩5分)ー8時開店テレビ見たり携帯弄ったり世間話ー昼礼拝帰宅後昼食ー昼寝、家族と過ごすー夕方4時再度開店ー夕方と夜の礼拝を店でし、日中と同じ様に仕事ー夜11閉店ー帰宅後シャワーと深夜の礼拝後12時就寝

中東でも立ち仕事やいつ休んでいるんだろう、と思う仕事はありますよ ナン焼き職人とか、ケバブ屋の兄ちゃんや携帯屋の職人とかいますけど日本みたいにストレスが溜まるような働き方はしてませんし、いつどんな時でも茶やコーヒーを飲む瞬間は絶対に忘れません

日本は「過労死や孤独死出来る環境」なんです 例えば、独居老人とか世界にもいますけど毎日親戚が顔出したり、今はSNSがあるから年寄りでも携帯ポチポチしてメールやSNSをしているのはよくある光景です だから、少しでも連絡途絶えたら親族が直ぐ駆けつけますし、大概は周りは知り合いです

毎日、町の礼拝堂に朝来ていた爺さんが今日だけ来なかったとなれば、周りの人が昼前までには爺さんに何かあったかはわかってます つまり、個人が孤独状態に陥るという事は殆どなく、中東で死んで体が腐った状態で発見される事なんて戦場で戦って死んだのに葬られていない死体くらいなものでしょう

こんな事を言うと日本と海外は違うとのたまう人がいるのですけど、はっきり悪いものを自己都合で追認することは絶対不動の悪でしかなく 絶対不動の悪というのは人間の生命環境を狭めたり、汚した上で私益を貪り、そのために詭弁を使うことは絶対不動の悪で絶対不動の悪は相対でほじくり出すのです

中東でもし、現地会社員で親がなくなったので休みが欲しいと言った際に仕事が優先で休むなと言った日本人上司はその瞬間に殴り殺されているか、何か都合の良い鈍器で殴り殺されるか、無視して出て行かれるかの三択でしょう 日本人が中東で商売したら絶対に失敗するというのはこういう部分でしょう



厳しい言い方をすると過労死や孤独死というのはあある程度の相互監視と扶助がある社会であるならば、ありえない現象なのです
特にSNSなどが発達した現代でも孤独死や過労死が発生するという事は社会秩序がない事でしかなく、ロックが言った「万民が万民の敵」というのは日本のことなのです

(ホッブスやルソーではないの?)

こんな事を言うと「日本から出ていけ!」何て短絡的な事を言う人いますけど、実際出て行きましたし帰りたくもないのです それでも帰るのは親、親戚や友人がいるからであり、己が日本という土地に絶対者が創ったのはそれを改めさせる義務からであり、程度の低い感情ではなく義務と命令からなのです



おねショタ魔法使い初級おじさん ‏@douteimaturi 2017年2月13日
ハラール認証の話 そもそもشرکت 会社や法人の存在がハラームなのでそこに関係した上にクルアーンを切り売りする行為は地獄行きなので全部ハラームで地獄に堕ちる為の行為なので地獄で焼かれたかったら食えば? 以上終わり

ルパン@6月からフィンランド移住 ‏@Asena0330 2月12日
マジで日本でイスラム教徒の子供に生まれたら大変だよ。僕は親がガチガチのイスラム教徒だったから、ファストフードだめ、ファミレスもだめ、お祭りもだめ。博多生まれなのに博多ラーメンだめ。中学の打ち上げで何も食べれない。友達には距離置かれるし一種の地獄だよ
あと民族衣装着せられるのが嫌だった。すごい注目浴びて恥ずかしいから小学生には辛かった。そのトラウマで今もすごい人の目を過剰に意識しちゃう。日本にいるイスラム教の偉い宗教家の方は是非日本で生まれたムスリムの子供ができるだけ自由にできるよう働きかけてほしい。




あと酒を飲むイスラム教徒は山ほどいます 留学生の知り合いも「日本酒うめえええええ」と1週間に何度か飲んでいます。しかしこれは破門される案件ではありません。偉い人も「異国の地に住んでもストレスなくイスラムを信仰できる生活をすればいい」と言っていました。
最後に 昨日から「父のせいで」と父のこと書いてきましたが、父は好きです。あくまで「宗教を強制する父が嫌い」なだけで、海外から移住してきて僕を私大にまで行かせてくれた父を心の底から嫌いなわけありません。20歳まで一滴も酒は飲まずにすみましたので。



もしこれから皆さんがイスラム教徒と出会ったら ・最初は寿司屋かうどん屋に連れて行ってください ・こちらから肉、酒の話はしないようにしましょう ・向こうが肉を注文したら日本はハラールじゃないけど大丈夫?と聞いてあげてください ・それで大丈夫と言ったら焼肉に連れて行ってください
逆に父がイスラム教徒でよかったのは、肉が食べれないから寿司屋によく連れて行ってもらったこと。父の友達のムスリムの方達がお小遣いをよくくれた事。仲間意識が強いから僕が小学校でいじめられた時にアラブ系の人10人を引き連れて職員室に文句を言いにいいってくれた事ですね。
ハラールよりもまず先にムスリムの子供達がいじめられない環境作る方が優先だと思う。多感な時期にいじめられるのがどれだけ辛いか、しかも自分で選べないことが原因のせいで。そういういじめや偏見問題よりも給食の方が大事だとは思えない。まず先にハーフや外国人の子供が勉強しやすい環境作りを。

おねショタ魔法使い初級おじさん ‏@douteimaturi 2017年2月13日
うーん こういうのを見ると最低限毎日、五回の礼拝だけはしとけと何食うにしろ必ず「ビスミッラーヒルラフマーニルラヒィーム」と言えばいいよ というのが最低限の線だろうねえ シーア派のイスマイール派以降ならタキーヤで逃げれるけど、スンニ派だったら一番緩く考えてこうだろうねえ

例えば、スンニ派だとアッラーと個人の契約で押しきりますがこれだと「両親が信徒であれば、子も信徒である」のならば、それは個人の契約ではなく集団の契約と考える他なくなるのです
確かに解釈はいく様にもありますが基本はクルアーンの記述と伝承から離れてはできない部分があるのです

で、一番不味いのは棄教宣言でそういう家庭なら最低でも一回はシャハーダ・信仰告白を言ってしまっている可能性があるのでその場合は告白→後日、強制させられたという場合は棄教という扱いになります これが強制させられて信仰告白というならば信徒ではないは使えるのですが逆の場合はだめです
後、日本人は低脳過ぎて勘違いしているけど、宗教というのは生活原理なのです 全ての生活の原理は宗教素地があった上で成り立っているわけで宗教なき生活と生活なき宗教というものはないのです 例えば、お辞儀 これも道・儒教の宗教思想が複雑なお辞儀の体系を産んだ訳でそれは原理なのです
正直、やべえなぁ…と思ったのはどんなにぐうたらで酒や豚食うムスリム・ムスリマでもネットや外の世界で信じていないや棄教宣言は死んでもしないし、するなら命懸けの事なのにフィンランドでしょ…あそこ地味にイスラーム人口が多いので日本の現状をそのまま持って行ったら村十分くらうかも知れんない
これが日本人というのであれば問題はないのですけどねぇ…取り敢えず、両親が信徒である事がバレない事を本気で祈るまでです

うーん やっぱりダメだ、完全に勘違いしている 両親が信徒であれば、強制という定義は使われないので棄教になる で、無理のないと信仰というのは他者から排除されないという意味であって、基本的な信仰行為が邪魔されないのであれば、それは無理のない信仰が成立しているので言い訳にならない



そもそも、イスラームでは破門というのは存在しないが棄教は存在するので如何なるぐうたらな連中でも棄教になる事だけは本気で避ける
これは中東だけではなく、全世界にあるイスラーム集団に追われる事を意味するのでスンニ・シーア・スーフィー・異端派の全てが「敵に回る」のでガチでこれは避けるの
これはイスラームというのがキチガイとか、狂っているじゃなくて、そいつ自身が完全に狂った事を意味しているので日本で言えば、何処でも全裸で自慰しながら、うんこ塗りたくってそこらじゅうをうろつき回るようなものでそれが正しくて、社会的常識何て言ったら精神病院行きでしょ?

だから、そう思ってもそれだけは口に出さないわけ
日本語って、全く言葉に重みがない言語だからそれでいいだろうけど、アラビア語や英語となると意味合いがまたガラッと変わるからその延長を海外に持って行ったらかなり危険というか、普通にリンチ受ける
いやまあ、わかっているだろうけどtl

また、自由というのも勘違いしているなぁ…自由というのは物質的なものではなく、何かを規定した上で成立する自由が本来の自由であって 所謂、形而下の自由というのは本能的な自由でしかないのね
そういうと何故に「何か」が悪を作ったのかというけど、これも頭の程度が知れる質問なのね

「何か」というものは至善なわけで悪は行わないし、悪を用意することはないの
悪を用意しない存在は完全なる善であり、
またその存在は「何をも必要としない、絶対単性」なわけで悪と善でわかれていればそれは必要としている存在であり、それは「何か」ではないわけ、まずここで破綻しているの

(「悪を用意しない存在は完全なる善」
全でも悪でもないあるいは善悪の分類が無意味な存在というカテゴリーが抜けている。
アッラーの善悪の話だから善でも悪でもないカテゴリーはそもそも想定していないのかも。)

では、その「何か」は何を人に与えたのかというと全ての力・知・生の土台を与えたのよ
例えば、包丁の持つ力・知識というのは何かを切ったり、安全に調理したりする為のものだけど、時には人を殺すわけ で、「何か」は人を殺す事を命令したのだろうか?するわけがない、殺す事は悪だからだ

(包丁からあらかじめ人を殺す性質を消去しなかったのはなぜか。
悪の芽を摘み取らない理由はなぜか。
そもそも殺人に使うこと自体を不可能にしなかったのはなぜか。
あと全知全能=結果がわかるのに「試す」や「審判」の理由がわからない。
少なくともシーア派神学はヨブ記は誤りとするらしいが、結果が見えるのになぜそんなことをするのか。
無駄で無意味なことはしないのではなかったのか)

と、すると強制されている・予定という概念は成立しない
なんで?何で悪という事を「何か」が強制して、しかも地獄に堕ちる事を確定させるんだよ?
そんなの善なる存在ではまったくないでしょ? そんなのは単純な論理でわかるわけ、そんな事もわからないのが現代のやそとスンニ派の大部分です
だから、人間にはその「何か」の力と知識を使う能力があり、その能力をどう使うか「だけが」問題なの
これが「何か」の絶対公正性なわけ、これが神学で哲学・ハシタメのご主人様の正体なわけだ 御主人様は古いようで常に新しいのでショタジジイみたいなものだね、やっぱりおねショタに帰結するんや
(自由意志の必要性!
悪をなす能力がありながら善を選んでなすなら善なる存在と言える。
善「しか」なせないならそもそも「善」なる存在なのか?
悪の性質も悪をなす能力もあるがそれをなさないなら善)




面白くわかりやすくする設計図
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-118.html


おねショタおじさん ‏@douteimaturi
じゃあ、支配者は何であんなにオカルトみたいなのが好きなの?
と、聞かれれば儀式に依存しているわけで儀式を大量に作り出して選別しているだけなのです
つまり、儀式依存症なわけでその儀式に漏れる事を恐れるわけなのです
深い知識や意味があるのではなく、儀式を作って自分から依存してるのです

狼たちは知っている ‏@wolvesknow
バラモン教は、自己の権威を高めるために複雑な祭式規定を発達させたんだよな。







森の人 ‏@mountainhermitt 2015年3月15日
ゴールデンカムイ読んでいたら、アイヌ民族は赤子に病魔が近づかないよう汚い名前をつける風習があると描写されていたのだけど、同じ風習がモンゴルにもあるのよね。
タイだと人間だと思われないよう動物の名前をつけたり。
この風習が広まった経過がとても気になる。

丸焼け ‏@maruyake4 2015年3月5日
そういえばゴールデンカムイでアイヌでは魔除けに幼い子供に汚い名前を付ける風習が出てたけど、モンゴルにも似た習慣があるみたいだし日本の幼名(××丸)もおまるから取ってるって聞くからそれぞれ同じ起源があって分散していったのかしら。


樹木 ‏@ichinenjyu 9月5日
「世界の名前」って新書を読んでると複数の国でわざと悪い名前をつけるってことがでてきて、そうするとアイヌの『幼少期は汚い名前で悪霊を遠ざける』のもそう珍しい傾向じゃないのかなって思えてくる

いざよい@自家通販中 ‏@izayoisakenomi 2月3日
グラニアの名前の意味が醜悪って、アイヌの子供が爺さんの尻の穴とか平安時代の子供がくそまろとか(どちらも魔除けで敢えて汚い名前をつけられる)そういうのとは違うんやろ……フィンの名前なんて黄金の髪が美しいから名付けられたんやろ……何故そんな名前をつけられた……呪術か……妄想するで……

おねショタおじさん ‏@douteimaturi 10月
言葉は呪いで祝詞だと思ってください
そして、邪悪でもあり聖善だと解れば、言葉が持っている本来の属性が分かるはずで
言葉は人の思考を縛るんです
すべての両義的なものは言葉から生まれるのでその言葉は何を縛るのか?という、視点で考える事です

特に日本語は抽象的な表現や暗喩が滅茶苦茶多いので言葉が様々な意味を縛りあげるのです
例えば、ネタ
これだけで噺の種や食べ物、様々な言葉を繋げて縛りあげるわけで
言葉を自由に扱うものは様々な言葉や意味を繋げるのです
だから、言葉を創る仕事が悪の下っ端魔術師の主な仕事なのです

では、上級魔導士は何をしているのかと言うと言葉を創るための源を作ってます
それは表現だったり、物質だったり、階級だったり、社会構造
だったり、
単純に考えてください
何で家は家というのですか?
何で猫は猫というのですか?
何で本は本というのですか?
その名前は誰が決定したものですか?
タコという言葉は何で海に住む生き物と空にあげる遊び道具と同じ名前なのですか?
いかという言葉は何で海に住む生き物と体を治す学術、ある標準よりも下のことを同じ発音で発声するのですか?
こういう疑問が出てこないこと、当然とするための言葉作りが上級魔導士の最高魔術で導きの力なのです

つまり、己が魔導士になりたければ言葉を創る苦悩をすればいいのです
言葉を創り、それを独り歩きさせられれば言葉はまるで式神のように人々に取りつくのです
魔導士の仕事は翻訳と言葉の現地化です、
それで全く無関係な文化圏に共通性を創造して、自分が言葉の魔法で人を操るのです

人間は基本何でも出来るように出来ているのです
家も一人で作れるし、物が壊れれば自分で直せるし、多芸に秀でる必要はなく、あれもできるこれもこなせる
それでいいのです
そもそも、分業社会は消費の増大と依存の為にさせられているわけで
秀でていなきゃいけないという妄想や迷信は捨ててください


人類を幸せにできない
思想は全部妄想で出鱈目です、そういったものは完璧なるうそです
それは能力があるものはあるものとしての責任があり、ないものはないものとして責任が免除されている訳なのですが
それが逆転している日本社会は反人類社会でしかないので人類は日本では生きていけないのです

神はいません、但し絶対的なる統治者がいてその知識と神智がこの世界を支配する方法の全てです
要は人類が目指すべき統治法というのは神権、民権でもなく融和した神智政治です それは犠牲を強要する世界ではなく、すべての存在が神智を持っているという世界観であり、其れが最後の日だと信じてます

最後の日というのは全ての存在が神智を得た日であり、全ての存在がこの世界に絶対者に相応しい世界を完結した日でもあるのです
また、それは物質的な意味ではなく精神的に完結した世界とも取れる事ができます
どちらにしろ大乗的、全ての集団が救われる世界というのは精神の共有化にあります

全ての存在には仏性があり、全ての存在には神智がある
要はそれを育てる事ができれば、この世界に仏国土ができ、天国ができ、地獄というものは消えだるわけです
つまりは地獄というのは想像の中にあるのではなく、この世の中にあり
また、地獄を産み出しているのは限定的な善意がその正体でしょう

即ち、己の組織、己の親戚、己の財布、己の家族という限定的な善意によってこの世界に地獄が沢山創られているわけなのです
つまりは執着、または見える範囲での利益共有が交差していくことで私たちは日々地獄をこの世界に増やしている訳なのです
又言葉が増えるというのは執着が増える事を意味します

地獄を減らすには不要な言葉を減らす必要があります
不要な言葉の最たるものがシンボル、象徴です
言葉がこの世に地獄をもたらす種であるならば、シンボルはその果実であり、
果実は種を持ちそれをまた撒き散らすので象徴に意味を持たさない、意味を消す事が地獄を消す方法でしょう

例えば、日の丸
あのシンボルが持つ意味というものを無効化できるのであれば、アレに集団としての帰属性を無効化できますし、
他にもその象徴による儀式体系も認識も滅ぼす事ができます
それにはシンボルを追うのではなく、シンボルを無効化する思想を創造せねばなりません

即ち、魔導士の仕事であるシンボルを追うのではなく、シンボルに力を与えない儀式自体を無効にさせるための構造を作り上げる必要があるのです
しかしながら、それは出来ないでしょう
何故なら、人類史はシンボルと共に歩んできたようなものです
人は滅亡まで表現し、世界に顕現させるからです


(人間から視覚を奪うとどうなる?
目が見えない人もシンボル操作されるの?)

人が絶対に進化しない理由の一つとして、表現をやめない、表現を無効化させずに積んでいくというのがあります
私が絵描きさんしかフォローしない理由も彼らは挫けても表現する事はやめない、やめない故に表現を継続していくことにあります
人類が進化するというのは今迄の表現が無効になる事です

私が言う事の全てが陰謀的な話ではないかもしれませんが様々な陰謀を無効化する術を言っているだけであり、
これを徹底できれば世拾い人になれます
必要な物だけ拾い、不要なモノは鼻からない状態にし、
それは世を捨てたのではなく元からあると勘違いしていた脱いだだけのことなのです

こうやって、魔術師というのは言葉を創るのですが
悪の魔導士は種あり葡萄の様に言葉の中に大量の種を入れては言葉を創り

善の魔導士は種のないぶどうの様にその言葉だけで完結し、
種を作らせない言葉を創り出しては
種ある葡萄を根っこから、種から刈り取るのです
だから、善の魔導士は恐ろしいのです

人の執着の数だけ言葉がある
言葉の数だけ欲求がある
欲求の数だけ執着する
お釈迦様が矛盾する事を言うのは言葉に意味はないということをはっきりさせるために言葉を操っているわけで
矛盾と言っている時点で言葉に意味を求めてしまっているのです
それが執着なわけであり、臨済さんが言うような「頭の上に頭を置くな」というところに帰するわけです


『景徳伝燈録』訳文 - 愛知学院大学 禅研究所
http://zenken.agu.ac.jp/research/25/12.pdf
”宝峯和尚が僧に尋ねられた。 「昔の禅僧は、 一 本のしっかりした道筋をもって、 後輩や初学者を指導している。 貴僧は、 このことを知っていますか」 と。
僧は、 「師にお願いします。 昔の禅僧の 一 本のしっかりした道筋をお示しください」 と言った。
師は、 「そうであるなら、 貴僧はもう既に知っ てしまっています」 と言われた。
僧は、 「頭の上に更に頭を置くというもので、 丁寧もいいところです」 と言った。
師は、 「私、 宝峯は、 ひときまに尋ねるべきではありませんでした」 と言われた。
僧は、 「尋ねることに不都合はありません。 どうぞ質問してください」 と言った。
師は、 「ここ (宝峯院) では、 今まで、 理屈を捏ね回して喋り散らす人は 一 人もいなかった。 出て行きなさい」
と言われた。”



おねショタおじさん ‏@douteimaturi 10月21日

言葉は呪いで祝詞だと思ってください
そして、邪悪でもあり聖善だと解れば、言葉が持っている本来の属性が分かるはずで言葉は人の思考を縛るんです
すべての両義的なものは言葉から生まれるのでその言葉は何を縛るのか?という、視点で考える事です

特に日本語は抽象的な表現や暗喩が滅茶苦茶多いので言葉が様々な意味を縛りあげるのです 例えば、ネタ これだけで噺の種や食べ物、様々な言葉を繋げて縛りあげるわけで言葉を自由に扱うものは様々な言葉や意味を繋げるのです だから、言葉を創る仕事が悪の下っ端魔術師の主な仕事なのです

では、上級魔導士は何をしているのかと言うと言葉を創るための源を作ってます それは表現だったり、物質だったり、階級だったり、社会構造だったり、単純に考えてください 何で家は家というのですか?
何で猫は猫というのですか? 何で本は本というのですか? その名前は誰が決定したものですか?

タコという言葉は何で海に住む生き物と空にあげる遊び道具と同じ名前なのですか? いかという言葉は何で海に住む生き物と体を治す学術、ある標準よりも下のことを同じ発音で発声するのですか? こういう疑問が出てこないこと、当然とするための言葉作りが上級魔導士の最高魔術で導きの力なのです

つまり、己が魔導士になりたければ言葉を創る苦悩をすればいいのです 言葉を創り、それを独り歩きさせられれば言葉はまるで式神のように人々に取りつくのです 魔導士の仕事は翻訳と言葉の現地化です、それで全く無関係な文化圏に共通性を創造して、自分が言葉の魔法で人を操るのです


(ユダヤ教のタナハ=キリスト教視点では旧約 
は当然ヘブライ語原文を翻訳せずに読む。
翻訳には積極的ではない。コーランも。しかしキリスト教はやたらと翻訳に積極的。翻訳こそが魔法の場を作る=陣地作製から)

だから、表現規制を言う連中のどの顔見ても下品で知性を持ち合わせていないのは必定なのは 要は連中が己の頭で解釈出来ないものを言葉にする事が出来ないから、発狂しているのです 私は如何なる表現規制を否定します、それは言葉や表現の発明は人類が滅亡まで続く開拓知ですから

人間は基本何でも出来るように出来ているのです 家も一人で作れるし、物が壊れれば自分で直せるし、多芸に秀でる必要はなく、あれもできるこれもこなせるそれでいいのです そもそも、分業社会は消費の増大と依存の為にさせられているわけで秀でていなきゃいけないという妄想や迷信は捨ててください

人類を幸せにできない思想は全部妄想で出鱈目です、そういったものは完璧なるうそです それは能力があるものはあるものとしての責任があり、ないものはないものとして責任が免除されている訳なのですが それが逆転している日本社会は反人類社会でしかないので人類は日本では生きていけないのです




さとう こうじ ζ Koji Sato ‏@sato11koji33 2月7日
キリスト教におけるお辞儀は神様への尊敬や服従を意味しているので、謝罪にお辞儀が付くという考え方がないと思われます

西欧では謝罪でお辞儀があるみたいですが、腰を曲げるのは男性だけです

イスラム教は対人間へのお辞儀は忌み嫌われ、
ユダヤ教は神様以外へのお辞儀は禁止です





閉店です ‏@lakudagoya 2016年10月15日

日本語でシーア派の情報というと、桜井啓子先生のシーア派の本や、松山洋平さんの「イスラーム神学」が参考になるよ。

でもシーア派ってそれくらいしか情報ないよね。

となるとやっぱペルシャ語情報必須なんだよ。

あとシーア派の説明にはね、スンニ派と違って独自のロジックがあるから。

Shi'@Ali ‏@Al_Muwahhidun 2016年12月5日

@lakudagoya 日本語書籍ですと、慶應義塾大学出版、ムハンマド・ホセイン・タバータバーイー著「シーア派の自画像」がシーア派視点で勉強になるとおもいます。桜井氏のは宗教学、松山氏のはスンナ派護教学の視点からみたシーアですから。





今生はただの遊び、戯れ。来世こそが本当の生。もしも彼らが知っているとしたら。(クルアーン29章64節) 『イスラームの論理』https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Daps&field-keywords=%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%81%AE%E8%AB%96%E7%90%86 … 『イスラーム法とは何か』
「神」という単語をアラビア語における「イラーフ=真に仕えられるべき/崇拝されるべき者」の意で用いる。



これが、アーダム(アダム)創造以降、地上のあらゆる民に遣わされた使徒(人々に創造主の使信を伝えることを命じられた預言者)が訴えた、「タウヒード(唯一なる者となすこと)」の教えである。使徒たちがもたらしたこの教えを受け入れ、創造主のみを崇拝する者を、アラビア語で「帰依(イスラーム)する者」、ムスリムと呼ぶ。


おねショタ魔法使い初級おじさん ‏@douteimaturi 2016年10月26日

名家が道家や法家などなど、諸派から批判を受けたのは単純で中国古代思想は基本的に現象と言葉の乖離を嫌うので論理学と言っても、起きている現象と離れた論理を説くのを否定します
なので、中国古代思想は名と実を別々に認識出来ながらもそれをくっ付ける事に重きをおきます


おねショタ魔法使い初級おじさん ‏@douteimaturi 2016年10月27日

善の顕現としてはお釈迦様やさまざまな預言者等がここに当たるわけであり、悪の顕現としては世界の悪政者や悪魔と言われる存在がここにあるわけです
その上で神道は世界的な宗教論や哲学論を共有して、論理的に組み立てる事ができるわけなのです
だから、神学が必要で組み立てねばならないわけです
で、えぐい事を言えば神話とかなんて偽書を作ってしまって組立ちまえばいいんです 例えば、当時の日本には文字があったなんて言いたいのであればホツマツタエみたいな粗製品ではなく、古代揚子江や長江で発掘されている文字にアルメニアあたりの文字を拾い上げて当時の音声表記すればいいのです

んで、紙とかも当時位に工業的に劣化させて地面に埋め埋めしたものに大切なのは時代時代によって解釈されたような解釈本をちゃんと用意すること 奈良後期、平安時代、鎌倉時代、室町等々ちゃんと歴史考証加えられているように捏造しなきゃいけません
こんなヤバイ偽書が出てきたら怖いねえ 作ったやつは絶対に確信犯だし、やり口がえぐいし、どうせ馬鹿な学者は歴史考証で騙されるんだろうから、カルトの無自覚的なプロパガンダになるだろうしね でも、こういうのが出てこないのは本当に俗世間の陰謀というやつは小学生向けなんだろうね

こういった、天皇主義者や国体論者が出てこない限り彼等を私は信用しないし、できない まあ、出てくることはないだろうね なぜなら、日本人って超排他的で徹底して考える癖を捨てているから、但し天才が現れたなら神学を組み立て直して、哲人的なものを作り出すかもしれないけどね


現代(西)アルメニア語 単行本 – 2004/1
佐藤 信夫
グルジア語の語彙本9000語
グルジア語文法
アラム語入門―ペルシア帝国の国際公用語キリストの日常語―そして現
古代の歴史ロマン2 アラム語—イエスの誕生、キリスト教の全貌
はじめての古代エジプト語入門≪ヒエログリフ入門≫ (オリエンス語シリーズ)
ヒエログリフの勉強を始めようという方はまず、吉成 薫のヒエログリフ入門、ジャニス・カムリン(斎藤 久美子訳)の古代エジプトのヒエログリフ、マーク・コリア(坂本 真理訳)のヒエログリフ解読法あたりから始めて、もっと例文を解読したいと思ったらこの本を購入するのがいいと思います。発音記号、文字の並び方に惑わされずに知識を深めることができます。(*^。^*)

本の紹介 其の四『アルメニア語文法』
http://iftah-yaa-simsim.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_720b.html

『基礎アラビヤ語』
  著者:内記良一 出版社:大学書林 
  価格:5,040円(本体4,800円+税)
  発行年月:1983年1月
  ISBN:4475010470
  購入場所:東京・蒲田/駅ビルのサンカマタか
         パリオの書店 
  購入時期:1988年初夏の頃

 中学までフランス語一辺倒でやってきた僕が、高校に入学し初めてフランス語以外で興味を持った外国語がアラビア語でした。この『基礎アラビヤ語』は4冊目の本です。実際は中学の一時期ドイツ語にも手を出し、その時に買った本が3冊目なのですが、今は訳あって手許にないのでまた別の機会に御紹介したいと思います。話をアラビア語との出逢いに戻せば、何故アラビア語だったのかは実はよく覚えていません。と言うよりも、恐らく当時たまたま書店でパラパラとページをめくってみたのが本書で、そこに書かれていたアラビア文字に何となく興味を持ったというただそれだけの理由だったのではないかと思います。

 どうでもいい事なのですが、この本のタイトルが『基礎アラビア語』ではなく『基礎アラビヤ語』となっているところに大学書林らしさを感じてしまいます。先程アラビア語を選んだ特別な理由はないというようなことを言いましたが、この本はよく利用しました。つまり、当時アラビア語の勉強に結構のめり込み、独学で勉強した割には簡単な文章なら書いたり読んだりできるようになりました。この本には別売りテープがありますが(しかし高い!!)、本来が「アラビア語を話し聞く」ということに主眼を置いていないため、アラビア語の会話の勉強は別の本によってだいぶ後になってから始めることになりました。この本は、アラビア語の基礎的な文法事項をクルアーンやアラブの諺などを多数引用し、極めて簡潔に解説した文法書です。文法説明はさっぱりしているのですが、練習問題が豊富なので文法の知識を整理する意味でのドリルとしての使用も適しているかも知れません。内容はガチガチのフスハー(正則アラビア語)の教科書ですが、初めての外国語に接する時は多少お堅い位の共通語(標準語)に接するのが良い、と考えている僕には肌の合った教科書だったと思います。

 因みに、別売りカセットに吹き込まれているアラビア語は完全なるフスハーですから(これも一寸妙な言い方ですが)、口語では一般的に発音されない語尾の格変化部分 や名詞のタンウィーンまでしっかり発音されています。アラブの人からするとよそよそしい、やや肩に力の入ったアラビア語といった印象でしょうか。

アルメニアの公用語「東アルメニア語」および「西アルメニア語」を学ぶためのYoutube動画まとめ
http://tagengo-gakushuu.hatenablog.jp/entry/2015/11/11/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%81%AE%E5%85%AC%E7%94%A8%E8%AA%9E%E3%80%8C%E6%9D%B1%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%8B%E3%82%A2%E8%AA%9E%E3%80%8D%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3

勉強するためでしたら、戸部の本は、中古でも買わないほうがいいですし、ただでももらわないほうがいいです。
戸部の本以外の泰流社の本は、もちろんものによりけりですが、大野徹の「ビルマ語入門」や土井久弥「ヒンディー語入門」などは、よくできたいい本です。

泰流社がつぶれたのは戸部の本のせいだと噂されたほどです。あまりにひどいので、泰流社の本全般の印象が悪くなって、他のいい本も売れなくなったのだと。実際は、それだけじゃなく、いくら私費出版請負でも最低限の内容の保証もないような本の出版を自社名で乱発するような経営方針に問題があったはずですが。

私は語学オタクで、戸部の本は出るたびに立ち読みをしてあきれていました。昔、大学図書館に、友人と連名で、こんなひどい本を購入してはいけないと抗議したことがありますが、寄贈してくるので捨てるわけにいかないという返事でした。

戸部の「ケチュア語入門」などは、あるとき大修館の雑誌「言語」で、原著の誤植までまる写しにした本だと指摘されてことがあります。
「ウズベク語入門」には、口蓋垂閉鎖音を表すキリル文字 Ғ (喉の奥の「ガ」)の発音をカタカナで「ファ」で記してあり、ローマ字の f と勘違いしているのです。
「モンゴル語入門」は、大学書林語学学校の小沢重男の授業の配布教材の一部をそそまま載せ、そのままだったらまだいいのですが、自分で理解しないままこれに間違った説明を書き添えています。
「コンカニ語入門」では、「コンカニ語ってどこの言葉だと思いますか。私もそう思いました」なんてレベルの人に入門書を書いてほしくない。

その他多数の「~語入門」は、ほとんどが種本を、自分で十分に理解しないままに和訳して、そこに誤訳と大量の誤植を加え、さらに不正確な説明を添えただけのものです。しかも、種本が不十分のものが多く、簡単な文法説明のあとは単語集だけというのも多いです。それが100ページもないのに新刊書で1万円前後の値段でした。しかも、種本が何かを記さない本が多い、これはマナーとしても問題です。

以上のような本ですから、知識のない人が戸部の本で学ぶのは危険です。それをわかった上で好事家として収集するのでないかぎり、ただでもおすすめしません。
戸部実之 - 同社で多数の語学書を出版していた人物。
実用アラビア語入門の筆者、どこかで見た名前だと思ったらこの人のアイヌ語入門読んだことあるわ というか幅広い言語の入門テキスト書いてるんだな戸部実之

寝んどロイド・にきⰏⰵⱅⱀⰵⱃ傲慢公 ‏@Medtner1880 2016年5月28日

【戸部実之】
言語オタにとっての有名な地雷
新古書店じゃなくてガチの古本屋に行くとずらっと並んでいて、知らずに買っていく人を想像すると真顔になってしまう
#リプで来たものについて語る

中西裕樹 ‏@baslerhund 2014年3月29日

@a_oik 「戸部実之」で検索をかけるとわかりますが、残念ながらこの辞典はトンデモ本かと思われます。中身を見ずに言うのは良くないのですが、ほぼ間違いないかと……。ご存じだったらすみません。

C.C.Beijing 鈕祜祿・一順 ‏@GolminAlin 2014年9月9日

@BlogJoseph 第2期の語学書の内容がなかなか「トンデモ本」で著者の戸部実之(東京外国語大英米科卒らしい)のナントカ語入門本を高額で各自治体の図書館に売り込んでた時期がありまして…。




P・グラレム ‏@pinkglalem 2015年3月8日

最近たまたまテレビを見る機会があって...そしたら、日本とトルコの友好の歴史みたいなモノをやってたンだョね。...ただ、テレビでも学校の授業でもけして教えない闇の歴史が両国間には存在する。相手の恥部を隠してやった歴史がある。#アルメニア人大虐殺


@pinkglalem 現在でもこの史実をトルコ政府は認めていない。第一次大戦後の軍事法廷で裁かれる予定であったのを、日本と米国は強行に反対した;http://matome.naver.jp/odai/2139045989525696201 …

@pinkglalem この虐殺の理由について調べて行くと、アルメニア人というのは独特の宗派のアルメニア正教徒で、ものすごく初期のキリスト教なんだって。そんでもって、これは推測なんですけど、この宗派はキリスト教成立時の色々な秘密を知っていたンじゃぁないかなぁ?

The Armenian Genocide: http://youtu.be/6A1emayyhmI @YouTube;
المذبحة التركية الإسلامية للأرمنTurkish Islamic massacre of Armenians: http://youtu.be/548lD5SvERk
@YouTube トルコ政府の「移送」は絶滅を意味する暗号として伝達, 実行された...;http://www.geocities.jp/armenahit/genocide.htm … …

ローレライ ‏@rolelei 2015年3月8日

『トルコが親日の理由?』@pinkglalemアルメニア虐殺追求を日本と米国は強行に反対した!


P・グラレム ‏@pinkglalem 2012年10月25日

アケメネス朝 #ペルシャ は当時オリエントに栄えた巨大文明で、エジプト、バビロニアから、トルコ、アルメニア、今のアフガニスタン辺りまであって、その地域の人たちに朝貢させていたという。そこから #アレクサンダー大王 が略奪して持ち帰った物って、何だったのか?


P・グラレム ‏@pinkglalem 2013年12月21日

@lanekota @rideigan グルジェフは元々アルメニア正教でしょう?ペルシャの近くの...イランにはアルメニア人がいっぱい住んでる。彼の弟子ウーペンスキーの著作の中にこの実験の模様が書かれています。別の弟子が(確か)アヘンを用いていたと証言しています。



グルジエフ「エニアグラム講義録」郷尚文訳
ゲオルギイ・イヴァノヴィチ・グルジエフ(Георгий Иванович Гурджиев, George Ivanovich Gurdjieff, 1866年1月13日? - 1949年10月29日)はアルメニアに生まれ、一般に「ワーク」として知られる精神的/実存的な取り組みの主導者として、および著述家・舞踏作家・作曲家として知られる。ロシア、フランス、アメリカなどで活動した。

ギリシャ系の父とアルメニア系の母のもとに当時ロシア領であったアルメニアに生まれ、東洋を長く遍歴したのちに西洋で活動した。20世紀最大の神秘思想家と見なされることもあれば、怪しい人物と見なされることもあるというように、その人物と業績の評価はさまざまに分かれる。

以下のうち(1)から(3)はAll and Everythingと題された著作三部作を為しており、グルジエフはこれらは必ず順番どおりに読むように求めた。もともとロシア語とアルメニア語で書かれたものを生徒たちが英語に翻訳した。

(1) Gurdjieff: Beelzebub’s Tale to His Grandson

グルジエフの主著で原書で千ページを越える超大作。グルジエフはまずこれから読むように強く求めた。若き日の反逆ゆえに宇宙の中央を追放されて惑星地球にやってきた主人公ベルゼバブが宇宙船カルナークのなかで孫に語る人間に関する壮大な物語。宇宙、人間、歴史、文明、芸術、宗教、教育などをめぐるグルジエフの見解が総合的に反映されている。英語版も日本語版も翻訳が二種類ある。

グルジエフ『ベルゼバブの孫への話 - 人間の生に対する客観的かつ公平無私なる批判』 浅井雅志訳、平河出版社
グルジエフ『ベルゼバブが孫に語った物語 - 人間の生に対する客観的で公正な批判』 郷尚文訳、電子書籍:Amazon

(2) Gurdjieff: Meetings with Remarkable Men

自伝的体裁の著作だが、「竹馬に乗って砂嵐のなかを旅する」など、あからさまに実話ではないストーリーも含まれていて、ノンフィクションとはなっていない。父、少年時代の師、青年時代に探求の旅を共にした「真理の探求者」のグループの仲間たちなどを章ごとに取り上げ、彼らの人生の軌跡や彼らと共にした東洋の辺境をめぐる旅などについて語る。最終章「物質的問題について」は、カネをめぐるグルジエフの奇想天外な立ち回りや壮絶な闘いの記録となっている。電子版の新訳は、原書の段階から表記などに細かい誤りが多かった地名や人物名や民族・歴史的事項を再調査のうえ、脚注と地図リンクを付与したものである。

グルジエフ『注目すべき人々との出会い』 星川淳訳、めるくまーる
グルジエフ『注目すべき人々との出会い』(脚注・地図リンク付き新訳版) 郷尚文訳、電子書籍:Amazon

(3) Gurdjieff: Life Is Real Only Then, When ‘I Am’

グルジエフはこの第三集で最終的な知識の開示を計画していたが途中で執筆を断念する。現在はその未完の状態のままに出版されている。

グルジエフ『生は<私が存在し>て初めて真実となる』 浅井雅志訳、平河出版社
グルジエフ『生は<私が存る>ときにのみリアルである』郷尚文訳


⓵「事実と意見を区別」②「思う、感じる、感情表現の禁止」を守れば論理的文章がすぐ書ける!←そんなことより 「丸に十字」「人型の十字架」「エプロン」のマンダ教だ! 青木健『古代オリエントの宗教』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-115.html
”・二世紀のローマで成立したマルキオーン主義は旧約と新約のミスマッチを指摘し、旧約聖書全てと新約聖書の大半を切り捨てて、ルカ書とパウロ書簡のみを採用し、これこそイエスの真意であり正しいキリスト教だと論じた。
これを嚆矢として新約聖書の結集が始まり、エジプトやシリアでは同様の発想に立ったグノーシス主義と呼ばれる諸派が乱立していく。
同じ頃に旧約聖書も新約聖書も否定し(部分的には新約の洗礼者ヨハネを尊重する)、独自のマンダ教聖典を作ったマンダ教がヨルダンで成立した。

・マンダ教の成立(1~2世紀)。
1世紀、ヨルダン川流域で成立

2~3世紀、イラン高原西部へ

3~現代、メソポタミア(西アジアのティグリス・ユーフラテス両河川流域=ほぼイラクの中心部。アルメニア高原からペルシア湾にわたる地域)南部に定住し、現在に至る。
(…)
・ミトラ信仰の聖地アルメニア
アルメニア~小アジア=インド・イラン世界の最西端。
アルメニアは、イラン高原の西端がコーカサス山脈の南麓と交わり、複雑な山岳地形をおりなす地域。メソポタミアと並び、地中海世界との交流が密接。
アルメニアの上がグルジア
アルメニアの右がアゼルバイジャン
アルメニアの左がトルコ
アルメニアの下がイラン。
(トルコの下がシリア。
シリアの左にレバノン。
レバノンのすぐ近くにイスラエルとヨルダン。
シリアの右下にイラク)

古代インドの発音ではミトラ
古代イランではミスラ
中世イランとアルメニアではミフル
ギリシア語・ラテン語ではミトラス
(ソグド語でミール
仏教で弥勒 ミロク
ミは共通。
神智学ではマイトレーヤ)

・56年にパルティア皇帝の分家をアルメニア王として送り込み、アルメニアを藩王国としたあたりから、次第にアルメニア史の輪郭がはっきりしはじめる。
この際にアルメニア語にはイラン語(正確にはそのパルティア方言)の語彙が大量に流入。
アルメニア藩王国は、パルティア王国が224年にササン朝に滅ぼされた後も、ササン朝の王家の宗主権の下で
428年までアルメニアを支配した。この合計372年間も存続したパルティア系の王家のおかげでアルメニアにはイラン文化の影響が大きい。
聖都アニやバヴァンには、
アラマズド(アフラ・マズダー)、ミスラ(ミトラ)、
ヴァハグン(ウルスラグナ)、アナヒト(アナーヒター)など
――アルメニア語には長母音がないのでかなり寸詰まりの名前に変化している――
の神殿が立ち並んだとされている。
このうち、ヴァハグンはヴァン湖の底に沈んでいる得体の知れない水棲動物(普通は竜だと考えられているものの、アルメニア人が移住してくる以前から恐れられていた水中の怪物らしい)を退治した英雄であり、
アナヒトは偶像崇拝や神殿売春を斡旋する女神である。
イラン系の神々の中で最もアルメニア王家に好まれたのがミトラであった。古代イラン人のあいだでは相当崇拝された神だったが、ザラスシュトラの宗教改革の結果、ゾロアスター教の中では六大天使のうちにも入れてもらえないほど零落していた。
が、ゾロアスター教の影響が必ずしも及ばないアルメニアや小アジアなど西方ではその人気を順調に維持していたらしく、今も蒼穹を背景にガルニの丘に聳える神殿は、ミスラに捧げて建立されたものとされる。これはオリエント世界で現在確認される唯一のミトラ神殿遺構としてミトラ教研究で非常に重要。ただし、ヘレニズム風の神殿に見える。現在のその神殿は近代になって再建されたものだそうだ。
イランは地中海世界に比べると独自の文字文化の発達が極端に遅かったので、当時のアルメニアでは文字が発達せず、最盛期の実態が同時代のアルメニア語文献からただちにわかるという性質のものではない。アルメニア文化の開発自体がキリスト教布教の目的でなされており、古典アルメニア語文献といえば、キリスト教の聖職者たちが五世紀以降に執筆したキリスト教文献に限定されるのである。
301年にアルメニアの国教がキリスト教になる。世界初のキリスト教国教化。
404年に学者聖人メスロプ・マシュトツによって考案されたと伝わるアルメニア文字がキリスト教伝道の大きな武器になった。シリア文字やパフレヴィー文字が右から左に書くのに対し、
アルメニア文字はギリシア文字と同じく左から右に書く。
(新約はギリシャ語)
イラン高原の方では文字利用そのものが一般化しておらず、パフラヴィー語文献の大量執筆は9~10世紀にならないと不可能だったのだが、アルメニアでは5世紀の段階でかなりの量の文献を残すことができるようになった。
ローマ帝国では
313年コンスタンティヌスによるキリスト教公認
392年テオドシウス一世によるキリスト教国教化。

ミトラ信仰は、海賊やローマ軍兵士を通じて地中海世界、ローマ帝国に流入したらしい。
地上ではなく地下に密室を掘って男だけで寄り集まり、短剣で牛を屠って再生を経験する儀式を行った。

・キリスト教に土着宗教が習合した東方での最初の事例は、4世紀のアルメニアのミトラ信仰。当時のアルメニアではイラン系のミトラ崇拝が主流を占めていた。
アルメニアはローマ帝国とペルシア帝国の境界線上にあり、古代よりイランの影響力が強く、2世紀頃にはミトラがほとんど主神だった。ミトラ信仰は地中海世界に大きく受容され、2~4世紀にはローマ帝国内でミトラ教として完成される。
が、301年にアルメニア王国がキリスト教を国教として採用するとキリスト教の聖人の中に取り込まれた。

アルメニア藩王国はササン朝ペルシアの属国であるからペルシャは
428年アルメニアへ侵攻し、372年間続いたパルティア系王家を廃してアルメニアを直接統治下に置いた。その際にパフラヴィー語で書かれたゾロアスター教改宗勅令によりアルメニア人にイラン高原の文化への回帰を促したとされる。
が、イラン高原の宗教事情も三世紀を境にすっかり変わっており、パルティア時代のミトラ信仰はサーサーン朝が奨めるズルヴァーン主義に置き換わっていた。アルメニア藩王国としてはミトラ信仰への復帰なら考え直したかもしれないが、見ず知らずのズルヴァーン主義への復帰はおよそ考慮の埒外だったかもしれない。
この五世紀ころササン王朝がいかに激しくアルメニア人キリスト教徒に対してゾロアスター教ズルヴァーン主義に改宗することを迫ったかは、1965年にアルメニアの聖地エチミアジンの原始キリスト教教会内部でパフラヴィー語の銘文の施された拝火壇が発見されたことからも明らかにされている。これが400年代中葉にササン朝の占領軍が原始キリスト教教会を拝火神殿に改修した際の動かぬ証拠だと考えられている。
484年には改宗勅令をペルシャ帝国は撤回した。
56年間も戦争状態に陥っていたのでアルメニア正統使徒教会は451年に開かれたカルケドン公会議に代表を派遣できず、アルメニアのキリスト教教義は自動的に単性論派に分類されてしまった。つまりローマ・カトリック教会とギリシア正教会からは異端視される非カルケドン派教会とみなされてしまった。

アルメニア正統使徒教会はズルヴァーン主義に対しては直接の反駁で応じたが、既に民間信仰化していたミトラ信仰に対してはキリスト教への習合を図った。
アルメニアでは異教の神殿をメヘアン(ミトラの変化形)と呼び、奇岩や洞窟をムヘル(ミトラの変化形)と呼ぶなど、ミトラ信仰の痕跡は比較的保存されている。
三世紀以前のアルメニアではミトラは岩から誕生したとされ、奇岩から泉が湧いている光景への信仰がそのままミトラ信仰を意味していた。
聖ナルセス・フライェツィ(1173年没)の詩では、奇岩からの湧水がそのまま十字架上のイエスの脇腹からの出血とみなされ、人類すべての罪の贖いの象徴とされている。

(ローマ帝国がペルシャの力を削ぐ為にアルメニア藩王国に干渉したのでしょう。

「ミトラ=太陽」は雷と嵐の神の象徴である「ゼウス=牛」を殺します。
晴天VS雷雨。
白人宗教のキリスト教は太陽神ミトラ系ですが、白人が日光に弱いので嵐・雷系のゼウス=ギリシャ神話や、セトや、バアル=生贄教などアンチ太陽信仰要素あり。
キリスト教を作った勢力は恐らくミトラ結社出身。だから教義を盗めたのでしょう。
ミトラ結社の離反者がキリスト教の原型かも。
ギリシャ神話・ローマ神話勢力は、キリスト教と大本教系という白人化された太陽信仰系カルトを批判することがありえます。
新左翼がギリシャ・ローマ神話好きかどうか気になるところ。

宗教を、重視する天体や天気の種類で分けると、
イラン・ペルシャは太陽信仰。
ゾロアスター教の最高神アフラ(アスラ)マズダーがアスラ族にして太陽神。
密教≒ミトラ+拝火+グノーシス+仏教など
の毘盧舎那もアスラ王とウパニシャッドで表現されていて、仏教の密教でも太陽神とされています。
インドのバラモン教の主神がインドラ、後にシヴァに変わりますが両方とも嵐の神です。”



まずは根本的な世界観の理解を



MB13 ‏@MB13 2016年1月30日

話題の松山洋平『イスラーム神学』購入。スンナ派の解説云々、ナサフィー信条和訳も付いてるよ!というような書評を目にしていたので概説的な本なのかと思っていたらとんでもない。ナサフィー信条についての極めて丁寧な訳解が大部分で、えっ、こんなすごい本が日本語で読めていいのかと逆に困惑


正典としてのクルアーン―ヘブライ語聖書・新約との比較分析2007/10
中田考
イスラーム神学

著者/訳者:松山 洋平

日亜対訳 クルアーン――「付」訳解と正統十読誦注解 単行本 – 2014/8/2
中田 考
メヴレヴィー教団(-きょうだん トルコ語Mevlevilik)とはイスラム教のイスラム神秘主義(スーフィズム)の教団の一つ。13世紀にジャラール・ウッディーン・ルーミー(1207年 - 1273年)によって開基された。
概要
セマー(旋舞)の様子
セマー

メヴレヴィー教団は日本語では旋舞教団といわれ、スカートをはいた信者が音楽にあわせて、くるくると回転をし踊るという宗教行為(セマー)で知られる。これは祈りの手段であり、回転は宇宙の運行を表し、回転することで、神との一体を図るというものである。


教団の中心地はルーミー最期の地であるトルコのコンヤであり、墓廟がある。
スーフィズム教団間を統括するような教理体系は現れなかったが、おおむね一致する教理として次のようなものがある[1]。つまり、創造者である神と被創造物である人間の内的な繋がりを仮定し、強い愛の力によって両者の隔たりを消滅させ、精神的合一を目指すというものである。

スーフィーの修行は階梯にたとえられ、神の与えてくれる心的状態(アフワール)を経験するとひとつ上の段階に移行できる。すべての階梯を登り切ると忘我の境地に至り、霊知(マアリファ)と真理(ハキーカ)と呼ばれる高い意識を永続的に得られると考えられた。

スーフィズムでは禁欲的で厳しい修行を行う。 修行法は様々だが、もっとも重要な行はズィクルと呼ばれる祈祷句を読み上げる儀礼である[2]。神に思念を集中し一心不乱に連祷することでファナー(消滅・消融)と呼ばれるトランス状態に入り神秘体験をする。

ファナーに入るために音楽や踊りも盛んに用いられた。たとえば、白い布状の服を身につけて一心不乱に回る、回旋舞踊(セマー)と呼ばれるものを行い、神との一体化を求めた。スーフィーは導師の指導の下、決められた修行(マカーマート)を段階的にこなし、準備を進める。最終段階では、雑念を捨て去り一心に神の事をのみ考え、神と合一したという悟りが訪れるのを待つ。この境地に至った者は、時として聖者に認められ、崇拝の対象となった。
ルーミーによる著作は『精神的マスナヴィー』、『シャムセ・タブリーズ』、『ルーミー語録』などがあり、とくにルーミーが14年の歳月を費やし著した『精神的マスナヴィー』は全6巻で2万5000句から構成され「ペルシア語のコーラン」と呼ばれている。

メヴレヴィー教団

13世紀に小アジアに興った神秘主義教団。旋回する舞踏を行いながらアッラーとの一体化を求める。
 イスラーム教が西アジア及びその周辺に定着、拡張していく上で大きな意味のあった神秘主義(スーフィズム)をかかげた神秘主義教団(ターリカ)の一つ。13世紀に小アジア(アナトリア)のコンヤでスーフィーの聖者と仰がれたルーミーを中心に組織された。今もコンヤのルーミーの墓廟は、その聖地として巡礼者が多く、また旋回する舞踏によって神との一体感を得るという独特の信仰が守られている。メヴレヴィー(メウレヴィー、メフレヴィーとも表記する)とは、「我らが導師」を意味するマウラーナーというルーミーに対する尊称に由来する。メヴレヴィー教団はオスマン帝国時代にはムラト2世のころから歴代のスルタンの保護を受け、有力な教団として発展した。

聖者ルーミー
 その創始者ジェラレッディン=ルーミー(1207~1273)は、イスラーム神学者の子として現在のアフガニスタンのバルフにまれ、放浪の末、1229年ごろアナトリアのコンヤに定住した。コンヤはルーム=セルジューク朝の都だったので、彼はルーミーと号した。シリアに留学してイスラーム神学を研究していたが、1244年に放浪の托鉢僧シャムス=アッディーン=タブリージーと合い、その生き方に神の愛の完全な像を見いだして、それまでの生活を一変させ、神秘主義のスーフィーとして修行に転じた。神の愛を歌い上げるたくさんの詩を作り、また踊りながら陶酔の境地となって神との一体感を得ようとした。その詩はマスナビーと呼ばれて2万6千句に及び、ペルシア語で書かれ、散文の『ルーミー語録』とともに神秘主義の文化の最高水準とされている。その墓地は現在もコンヤに残されており、信仰を集めている。

Episode 踊る宗教
 メヴレヴィー教団の教義はキリスト教やプラトンの思想も包摂する寛容さにあり、社会の上層部から民衆にまで受けいれられる要素があったが、最大の特色は「音楽に合わせて集団で旋回する」(サマーともいわれる)という舞踏を行うことである。ヨーロッパでは彼らは「踊るデルウィーシュ」Dancing Derwishes と呼ばれた。1925年には他の神秘主義教団と共にその修道場は閉鎖されたが、社会の各層にはなお根強い支持者がいる。<平凡社『イスラム事典』1982 p.378>
 現在、トルコ有数の観光地となっているコンヤでは、メヴレディー教団で行われていた修道者の舞踏が観光用のショーとして行われ、今も白い肖像をまとった踊り手が集団でクルクル旋回する舞踏を見せてくれているという。

参考文献
『コーラン』I, II 訳:藤本 勝次, 伴 康哉, 池田 修
中公クラシックス

『世界文学大系68:アラビア・ペルシア集 精神的マスナヴィー』 訳:蒲生 礼一
筑摩書房

levha.net
13世紀の宗教者/文学者ルーミーの作品読み下しを中心にその周辺から果ては身辺雑記まで。
http://levha.net/

『ルーミー詩撰』はてな館
http://d.hatena.ne.jp/kyoko_nishida/

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 8月4日
ねここねこさんの仏教の記事読んだ。 日蓮宗の箇所なんだが…… アレは元々は天台宗原理主義。 だから天台智顗の教えを知ってないと よく分からない。 法華玄義、法華文句、摩訶止観を読破 してほしいw 天台宗はガチ高度だから、パリサイ派の 悪口集であるキリスト教は足元にも 及ばない

仏教哲学の高度さは、一般人には 掴みにくいと思う。 西洋哲学でも「心の哲学」という 20世紀以降の哲学でようやく 同レベル。(サールとかデネットね) アウグスティヌスやアクィナスと 同じ水準だと考えたらいかんよ?

まぁ、それはさておき、 天台宗で重要なのは「悪は何処から来るか?」 という問題。 この時代の仏教ってのは黎明期の 仏教と違って、この世界は仏が 創造したみたいな教え
になってる。 すると善の存在である仏が何故悪を 創ったのかという疑問が当然起こる。

元々の仏教は創造神がいないので こういう疑問は起こり得なかった。 まぁ、天台智顗は初期仏教の 阿含経(いわゆる今日で言う原始仏教) を低脳と一蹴してたので、創造神の いる法華経をベースに教義を 組み立てているから、当然この 難問にぶつかる。

そこで出たのが「天台性悪説」。 続きは添付論文読んどいて。 http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/36075/1/rel027010.pdf …

カルトでも何でもいいけど、 これぐらいは知識としてあった方がいい。

天台性悪説の考察――仏教における悪の問題――
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/36075/1/rel027010.pdf
悪を「欠如」とする考え方がキリスト教の伝統のなかにある。つまり存在するものは善なのだが,完全に善なる
存在である神にとっては,神以外の存在は不完全なものであり,善が欠如していることになる。そして,世界が全体として完全であるためには,あらゆる段階の不完全さをも含んでいなければならない。このようにして,神の絶対性から悪の存在が説明されたのである。仏教では悪について全く違う考え方をする。さしあたり私は仏教を,あらゆる種類の還元論を
否定するものと大まかに捉えておきたい。ここでいう還元論とは,唯一絶対の存在を想定し,一切の事物をそのような根源に由来するものとして説明しようとする思想の傾向を指している。それに対し,仏教がまず関係性から出発し,あらゆるものの相互依存を「縁起」として説くとするなら,その縁起の網の目から超越する存在などありえないことになる

(…)
天台性悪説とは,狭義には智顗(538-597)の『観音玄義』において説かれた思想であり,その主張の要点は,如来が行為としての悪(修悪)は断じていても,本性としての悪(性悪)は持っているというものである。ひいては,悪は世界の本質(理毒)であり,何か否定されるべきものとして存在するのではないということになる。この性悪説は他の思想的伝統と天台を区別する特徴的な主張であるとされ,中国と日本の天台教学においては一貫して正統なものとみなされてきた。この教説は思想史的にみても非常に興味深い問題を提起しているし,仏教の思想的背景から出てくる独特の倫理と実践を端的に表わしているものとみることもできる。性悪説への導入もかねて,悪についてもう少し一般的な議論を考察の出発点としたい。M. ヴェーバーは,宗教に課された世界の不完全さという問題を,神義論(Theodizee)として一般化した「諸宗教の重要な特性はまさしくこうした要求によって形づくられた。」(ヴェーバー:49)
このような前提から,ヴェーバーは世界宗教における神議論の三つの類型を示した。
1 予定説(キリスト教,イスラム教)
二元論(ゾロアスター教,グノーシス)
3 業・輪廻の思想(仏教,ヒンドゥー教)
予定説においては,全知全能の神が限りなく世界から超越しているが故に,その被造物の世界における善悪のような尺度を神に適用することはできない。人間の運命は神によって決定されており,それは神の御意として人間的に測り知ることはできないものである。また,二元論は世界を神と悪魔,善と悪などに表わされる二つの原理の混濁と戦いの場所として説明する。最後の業の教説とは,輪廻の信仰に基づき,この世における苦難や幸福は過去の行為の結果であると説明する。そして罪業や功徳は来世において必ず報いを受けるとされる。ヴェーバーの関心は宗教と合理主義の関係にあったわけだが,ここでは次の指摘の重要性を確認しておくだけにしたい。 それは, 悪の問題は単に苦難の説明や正当化という問題にとどまらず救済を求める実践と直に結びついているということである。つまりそれは,さまざまな救済の前提あるいは方法として,日常の実践や倫理に重大な影響を及ぼすということである。また「性悪」という言葉は中国の儒教思想における性善・性悪の議論と混同されてしまう恐れがあるかもしれない。通常,孟子が本来人間は善である(性善説)と主張したのに対し,荀子は逆に人間の本性は悪だと(性悪説)反論したとされる。しかし二つの説はこのように単純に対置できるものではない。孟子は善へ向かう傾向が人間に本来的なものだとしたのに対し,荀子は人間の性向の後天的な要素を重視した。だから荀子は性(本質)を「礼」によって変化させることを重視する。つまり性を何か絶対善のような本質的な存在として前提とするか,しないかの議論だとみることもできる。いずれにせよ,ここで重要な点は,儒教的な意味での「性(せい)」はあくまで人間の生得的な本質 心理的傾向と捉えられているのに対し, 仏教でいう「性(svabhāva)(しょう)」とは人間に限らず存在する全ての事物(諸法)に適用される言葉であるということである。したがって仏教の文脈で「性」は悪であるといった場合, それは単なる人間社会の問題にとどまらず, そのまま宇宙観・世界観の問題となることに注意しておきたい。
(…)
闡提とは一闡提(いっせんだい)(icchantika)の略であり,断善根とも訳される。それは悟り・成仏の可能性をもたない者のことをいう。この一闡提の存在をどう考えるかは大乗仏教の伝統においても大きな問題とされ, 『涅槃教』においては全てのものが仏性を持つ(悉有仏性)(しつうぶつしよう)という立場から一闡提の成仏も説かれた。この『観音玄義』の場合,如来と一闡提を対比的に捉えつつも,決定的な断絶というものを両者の間に想定しない 如来は実際の行為としての悪 修悪 は断じているが本質・可能性としての悪(性悪)は具えているという。逆に,一闡提は行為としての善(修善)はないが,本質・可能性としての善(性善)を具えているのである。もし悪を完全に断ち切っていたら,如来は煩悩の世界から切り離され,そこにおいて活動できなくなってしまうだろう。悪を断じていないからこそ 如来は衆生の世界において自在に衆生を救うことができるのである(2)。
その逆もまた言えるだろう。つまり,性善というものが,一闡提に限らず凡夫の成仏の根拠となる
のである。
(…)
四明知礼は, 「即」のさまざまな解釈を示しつつ,天台の立場を明らかにしようとしている。それぞれ異なるものとしての善と悪が合一している(二物相合)のではなく,同一のものの表裏一体の関係において善と悪がある(背面相翻)というのでもない。天台の当体全是とは,悪を切り離したり善に還元することを説くのではなく,善は善,悪は悪としてそのままで即同一であるというのである。
(…)
このようにして中国で確立された天台教学は,日本においては,いわゆる本覚思想 と呼ばれるものを生み出していくのである。本覚思想においては, 「善悪本より自仏なるが故に,迷ひの時も悟りの時も全く欠くることなし。己心所具の法なり。常住にして改めず。」(『三十四箇事書』, 日本思想大系9,169)というように,善と悪の対立関係すらなくなり,悪は悪としてそのまま肯定される,という方向に思想が展開していくことになる
(…)
いわゆる天台教学というものの根幹をなすものが『法華文句』, 『法華玄義, 『摩訶止観』の『天台三大部(5)』といわれるものである。そこで示された智顗の思想において基本となっているのが心を観察すること(観心)である。その際,観の対象(境)とされる心が実は世界そのもの(法)であると観ずることが重要なわけであるが,その心=法のあり方が十界として表される。
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏の世界が分けられ,それぞれの世界が分割されつつ,互いを分有しているという世界観が智顗の思想の根幹にある。悟りの世界も迷いの世界も孤立しておらず,相互に関連して成り立っているのであり,つまり心は地獄から仏,悪から善へと様々に転化しうる可能性があるとされる。このような心の捉え方は一闡提の成仏の可能性を「性善」とし,如来の救済の能力を「性悪」とした性悪説の理論的な背景
となるものといえる。
このような天台教学の体系において悪とはいかなる意味を持つものであるのか。仏教でいう悪とはすなわち煩悩のことである(6)。天台では煩悩に三種を数える。見思(けんじ),塵沙(じんじや),無明の三惑である。
まず見思の惑とは見惑と思惑の二つの惑のことである。見惑とは物の道理に迷う知的方面の煩悩のことをいう。すなわち空の道理を知らずに事物には実体があると誤認することで生じる諸々の見解である。思惑とは物事に執着して喜怒哀楽する人間の感情的・身体的方面の煩悩をいう。
次に塵沙の惑とは,菩薩化導障ともいい,菩薩だけがもつ煩悩とされる。誤った社会的知識により,人びとを救済できないことである。最後に無明の惑とは根源的な無知のことで,分別された世界を生み出す煩悩である。
この三惑を観心の実践によって克服していくのが,天台の基本的な主張だといえる。しかし,智顗は単純にこのような悪を消滅させてしまえばよいと考えていたわけではない


凡夫の心の一念に即ち十界を具し 悉く悪業の性相あり ただ悪の性相は即ち善の性相なり
悪によって善あり。悪を離れて善なし。(『法華玄義』,大正33,743c)

このように 善と悪は相対性かつ相互依存的なものだと説かれている 見惑(空を見ないこと)と思惑(貪怒痴)によって実体化(有見)が生じ,その有見が善悪の違いを生むのだから,要するに善と悪は有見(一切法,つまり存在するものを有とみてとらわれるありかた)に由来することでは同じである。悪とは端的にいって, 「心=一切法のありかたを有とみるところに成立するいわば認識論的態度」(新田1975:145)だといえるだろう。

大乗にも亦心は一切法を生ずと明かすは 十界を謂うなり 若し心は是れ有なりと観ずれば
善あり,悪あり。...皆是れ中道実相の法にして畢竟清浄なり。誰かは善,誰かは悪...此十法
の邐迤浅深は皆心より出づ。(『摩訶止観』,大正46,52bc)

「煩悩即菩提」とか「生死即涅槃」といった言葉は智顗の著作のいたるところに見出すことができる。それと同じ事態が「十界互具」という言葉で表されているとしたら,観心の対象とされる諸法の実相も,善と悪をともに含んだものでなければならないはずである

凡夫の一念に皆な十界の識名色等の苦道の性相有り...苦道を離れて別に法身有らず
(『法華玄義』,大正33,744a)

このような主張は性悪説と変わるところはない。それはもちろん,悪の正当化ではない。
「汝今云何ぞ善を呵して悪に就かん。」(『摩訶止観』,大正46,19a)。
悪がそのものとして正当化されるというのは,空へ執着(悪取空)しているものの言葉である

大乗の観心は,悪心を観ずるに悪心にあらず。また悪に即して,しかも善なり。また即ち悪にあらず,善にあらず。善心を観ずるに善心にあらず。また善に即して,しかも悪なり。また善にあらず,悪にあらず。一心を観ずるに即ち三心あり
(『法華玄義』,大正33,778c)

天台教学において悪とは,善と同じ根源をもつものであり,つまり善と悪はともに諸法としてそのまま真理(実相)なのである

4 縁起的世界としての諸法実相
ここで,天台思想の核心を表わす言葉である諸法実相(しよほうじつそう)ということが問題となってくる。現象世界(諸法)がそのままで実相(真実のあり方)なのだ,という考え自体は龍樹にさかのぼることができる。中村元によれば,中論において縁起, 「『縁って生ずること』がそのまま諸法実相として捉えられ」(中村2002:283)ている。このように,諸法と実相との二項対立を立てないことが仏教,特に大乗仏教の根幹をなす考えであったとするなら, 『法華玄義』の解釈は法華経の教説を単に正確に注釈するというよりも,むしろその思想的本質を継承し,解釈しなおしたものといってよいだろう。
(…)
縁起は法の本来的なあり方であり,生滅変化してやまない世間の相も,縁起である限りそのままで法の住,法の位,即ち常住であるということである。つまり世間,これは現実の煩悩の世界といってよいと思うが,それが悟りの世界と同じものだと解釈することができる。「法」と「世間」は究極的には同一の真理をあらわすものである。
(…)
真理と現実の断絶を認めるものではないのである。
世界と断絶していたり,すべてがそこに還元されてしまうような超越的存在のようなものはその前提からしてありえない。それは, 「如来・仏」であろうが「心」であろうが例外ではない
。このような思想が実践的に展開したのが性悪説であるとみることができる。
(…)
天台の説く如来とは,世界から超越しない如来なのである。つまり,如来といっても単に悪を断ち切って別の世界に行ってしまった存在とは全く異なる 「悟り」というものも世界から隔絶された何か別の存在に変身することではない
(…)
また重要なのは,天台教学で心が法であるといわれるとき,法と心のどちらかに一方が還元される,という意味ではないということである。それは「心法を仏法や衆生法の根本とするが如き唯心論的思想とは趣を異にしている。」(安藤1968:138)。
(…)
一心が一切法を生じるという説,心とは別に存在している一切法を一心が認識するという説,また心に一切法が還元されるとする説,このような考えがすべて否定されている。心と一切法は時間的,あるいは空間的に関わるのではない
(…)
ここまで考察してきた天台性悪説の思想構造と特徴をまとめてみれば,すべてが相互依存において成り立つという縁起論的世界観の徹底と,実践的問題意識の追求の二つだといえるだろう。
否定的なものが同一性に回収されない世界を性悪説は説いているといえる。天台の説く世界には中心が無いのである。
性悪説において最も特徴的なのは,救済と修行の基盤・根拠として超越的なものを想定しないということである。超越や還元という考え方こそ,天台思想が批判するものであった。このような観点から性悪説を捉えなおしてみれば,どうなるだろうか。
天台性悪説へ向けられた批判の一つは,その倫理性であった。もちろん悪の正当化であるという理解は誤解である。性悪説は縁起論の正統な理解に基づき,悟りと救済の根拠として説かれた
のである。
(…)
性悪説は一闡提の成仏と如来の救済の根拠として説かれた教説であった。その主張によれば,如来といえども縁起の世界から超越した存在ではない。悪を完全に断じた仏・如来という想定は縁起によって成り立つ世界を否定してしまうからである。如来/一闡提という実体が本性として善/悪を持つと理解すると誤解が生じる。いずれも縁起的存在として理解すべきである。そしてこのような性悪説の主張は,決して異端的なものではなく,天台教学,そして仏教の思想の中で正当化できることを示してきた。性悪説は現世の単純な肯定でも拒否でもなく,超越者や絶対の真理というものの実体化を徹底して避ける縁起思想が実践論となったときに行きつく必然的な帰結なのである。
(…)
田辺は天台教学の用語を借用しつつ, 「区別はありながら,互いに融通し合って相互にもちつもたれつ,相即不離の関係をたもち,動的統一を形造るというのが,空仮中の三諦が円融しておるということなのです。」(田辺2003:70)ということを重視する。このような議論は天台と華厳の論争を想起させる。性悪説とは, 「翻善之悪は理に違し物を損す。不善の相は麁にして上位に通ぜず。」(『探玄記』,大正35,319b)というような華厳がたてる理(真如)の基体的性格(7)に対して唱えられたものであった。田辺は,あらゆるものが善なる一者において階層的に発出し,還元されるプロティノス的な基体論,流出論を批判したのである。(…)
如来が悪でなければならないのは,悪が如来そのものだからなのである。このような意味で,性悪説は超越者のいない倫理である。

(…)
超越者のアプリオリな前提が,他者への暴力やニヒリズムというように袋小路に陥ることは歴史が示してきた。今村仁司は,仏教に別の道を探ろうとしている。

超越存在を否定しても,あるいは超越的な神を除去しても,広義の「宗教的態度」が可能であり,また人倫的行為(仏教でいう慈悲行)が完全に可能であり,その可能性が現実的になるということこそ,仏教が教えるもっとも重要な事実であり,またそこに仏教の最大の特徴があり,人類思想史上卓越した意味がある。(今村2004:456)
(…)
仏教の「自他不二」という対場が決してニヒリズムに陥らず,逆に実践の原理となることを示した歴史的な例もある。寂天(じやくてん)の『菩提行経』は,中観派の立場から他者に対する奉仕の実践を説いている興味深い書物である。
まず仏教というものは知っているだけでは何の意味もなく,実践として具現化されなければ何の意味もないとされる。「口に誦するも身に行わざらば,当に何に喩うる所を得べき。譬えば重病人に空しく薬の力を談ずるが如し。」(大正32,547b)。仏教の実践とは苦しみを避けることであった。「如来及び法とは,有情と平等なり。」(大正32,550a)。このように「自他不二」を観ずれば,自分の苦しみと他人の苦しみは別のものではない 「彼が苦怖より脱せずんば,自らに於て当に何にか勝るべき。」(大正32,554c)。つまり自他が不二であることに,他人の苦しみを救う理由があるのである。「自らの苦を消除せずして,他の苦を消除せんと欲す。」(大正32,554c)。
苦しむことが,苦からの脱却を目指す実践となる。性悪説の意味するところは,この逆説なのである。
「十界互具」というものも,本当は悪人も仏なのだというように還元主義的に誤解してはならないだろう。逆にいえば,仏も本当は悪なのである。このことが示すのは, (十界の)ある状態を特権化してそこに安住してはならないということである それ自身であり続けるものなどない。
全ては変わらずにはいないのだし,分節化された世界に住む以上,行為の網の目から超越(善悪の彼岸)することはできない。これは,各々の存在の状態はつねに流動的な円環のなかにあるということに他ならない。悟りに至った如来としてのあり方も一つの始まりにすぎない。地獄を含むどの世界も一つのあり方であると同時に新しい局面の始まる出発点を示している。このような意味で,われわれは仏の影響の外に出ることはできないともいえよう

(…)
仏教の考える悪の消滅とは,悪という実体が消え去ることではなく,悪を悪たらしめていた条件が解体することであろう。仏・如来というのも超越的な存在ではなく,縁起している世界そのものである。このことの自覚が涅槃である。そこでは,善悪や真偽のような二項対立自体が消え去っているはずである。つまり,涅槃によってこの世界が否定されるのではないということである。何かが否定されたり排除されるのではない。差異は差異としてそのまま法なのである。これこそ,十界互具という言葉で言い表された事態でもある。
このように徹底した縁起論的前提に立てば,実体化された善や悪や絶対神といったものに安住することは決してできないし,安易な現実肯定に陥ることもないだろう。悪はなぜ存在するか,という冒頭の問いに戻るなら,性悪説の立場からはこう答えられるだろう。悪も善(如来)もそのものとしての実体はなく,超越的な存在ではない。両者は救おうとする働きと救われる対象が生み出される働きとして,同一のものなのである。そしてここに, 「救済」と「修行」という実践の根拠を見出すことができるのである。
(…)
仏に性悪があることによって,極悪人が悪をなし,罪を犯すにいたった心情を理解することができ,ひいては救済の能力も出てくるのであり,善のみで悪を知らなければ,悪人を救済することができず,したがって仏の資格にふさわしいものではない。
(…)
悪をめぐる議論は天台だけでなく,仏教全体に関わる問題である。善悪の問題については原始仏教の時代から論じられてきた。仏教にとって悪をなさない,といわれることの根拠は外面的に表れた行為そのものではなく,欲望にある。これが典型的な仏教の考え方だといえるだろう。だから単純に悪がなくなり善だけが残ればよい,というのではない。悪というのは善と同様,欲望がとる一つの形態に過ぎない。逆に,行為をいくら外面的に規制したところで欲望が変わらなければ無意味となる 目指されるべきは欲望のコントロールである 原始仏教では この解脱の道としての善(kusala)と世俗的な意味での対概念である善(puñña)と悪(pāpa)は実は明確に区別されている。”

過去の最低帝国  ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドの創世神話全文公開
”ウパニシャッドというのは古代インドの哲学書。
「奥義の書」とも呼ばれ、基本はヴェーダの解説書でもあります。
言葉的には”近くに座る”という意味が一般的で師匠の側に座って
秘儀を授かるという意味。

そんなウパニシャッド、日本では複数の訳本がある。
高いのと安いのがある。

高いやつは2万5千円以上するので、一般的に入手しやすい
のは文庫系の安いやつだと思います。

「ところが安い文庫はウパニシャッドが全巻載っていない」

またブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドが抜けている場合が多い。
このウパニシャッド、有名人の大哲人ヤージュニャヴァルキヤさんが
活躍するウパニシャッドなのに......
ヤージュニャヴァルキヤは心の哲学とか勉強されている方には
なじみ深い人物だと思います。

皆さんも漫画やアニメで聞いた事がある、「ブラフマン/アートマン」
哲学の大元の人です。

そんな有名なウパニシャッドなのに何故か文庫版では
ことごとく省かれている。
実はブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドにはもう一つ
重要な説話があって、

「それが創造神話である」

インドってのは創造神話のパターンがいくつもあって
中国、北欧神話の様に巨人を切り裂いて天地を作った話や
道教の様に何もない無極から世界が生まれた、世界卵から
生まれた等、世界中の創造神話が集まっているのではないか
ぐらい豊富なのです。
ですから、武術の様にこの創造神話ってのはむしろインドから
世界に広がっていったのではないかとフェイド大帝は考えています。
(実際インド/アーリア人ってのはブリテン島にまで上陸している)

でブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドの創造神話の何が
問題かというと、

「神の正体が何なのかはっきり書いてある」

実はユダヤ教やキリスト教、イスラーム教ってのは
唯一神が何なのか一切教えないんですね。
多分、神様の権威を守るためにわざと教えてないんだと
思いますが。
ただそれがブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドには
はっきり書かれてある。
だから、インド/イラン系宗教に洗脳されやすい日本の出版界ってのは
ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドを闇に葬りたいのだと思います。

そこで、今回はネットにこのブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドの
創造神話を全文載せます。
はっきり言って、この神話を日本国民の目から隠し続けるのは
もはや犯罪レベルと言っても差し支えないぐらいですから。

訳の元本は湯田豊訳版を使います。

以下、本文:
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

初めに、ここには全く何もなかった。まさに死によって、
これは覆われていた、飢えによって。
なぜなら死は飢えだからである。
「私は体を具えるようになろう」と、死は決心した。
そこで死は讃歌を歌いながら行った。
それが讃歌を歌っていたときに、水が生じた。
「まことに私が讃歌を歌っていた時に、私のために水が
 生じた」と。
まさにこれが讃歌の讃歌たる所以である。
このように、この讃歌の讃歌たる所以を知っている人、
その人にはまことに、水が生じる。

讃歌は、まことに、水であった。
そこで水の泡であったもの、それは凝固して大地になった。
死はその上で苦労した。それが労苦によって疲れ、熟した時に、
それの熱=精髄は火になった。

それは自己自身を三重に分けた。
三分の一を太陽に、三分の一を風に。
これが三重に分けられた息である。それの頭は東の方角である。
そして、両腕は南東と北東である。それから、それの尾は
西の方角である。そして、それの両腿は、南西と北西である。
そして、脇腹は南と北である。そして、背は天である。
腹は大気である。胸は大地である。これは水において
確立されている。このように知っている人は、どこへ行こうと、
それが行く所で確立されている。

死は欲した。
「私に第2の自己が生まれる様に!」と。
飢えである死は、その思考によって言葉と性交した。
それの精液であったものは年になった。それよりも以前に
年は存在しなかった。これだけの時間、すなわち、一年だけ
死はそれを保持した。
これだけの時間が過ぎた後で、死はそれを流出した。
それが生まれるや否や、死はそれを呑み込もうとして
口を開けた。
それは”ブハーン”と叫んだ。まさにそれが言語になった。

死は熟慮した。
「まことに、もしも私がこれを殺害するとすれば、私は
 食物をより少なくするであろう」と。
その言葉およびその身体によって、それはおよそここに
存在する全ての物ーリグ・ヴェーダ讃歌、ヤジュル・ヴェーダ
の祭詞、サーマ・ヴェーダのウドギータ、韻律、祭祀、人間
および家畜ーを流出した。
自分が流出したものが何であろうと、死はまさにそれを
喰い始めた。まことにそれは全てを食う(アド)ゆえに
それはアディティと呼ばれる所以である。
このように、このアディティのアディティたる所以を
知っている人は、この一切を喰う人になるのであり、一切は
その人の食物になる。


死は欲した。
「より大きな祭祀によって、私は更に供物を捧げよう!」と。
それは労苦によって疲れ、激しく熱した。それが労苦によって
疲れ、熱した時に、それの栄光=力は立ち去った。
諸生気はまことに栄光=力である。諸生気が立ち去った時に
それの身体が膨らみ始めた。しかし、まさにそれの身体には
思考が存在していた。

死は欲した。
「私のこの身体(死体)は祭祀に適したものになるように!
 この身体によって私は自己を具えるように!」と。
それからその身体は馬になった。それは膨らんだので、
馬祀祭に適したものになった。まさに、それが馬祀祭の
馬祀祭と呼ばれる所以である。
このように馬祀祭を知っているこの人、彼はまことに
馬祀祭を知っている。

とにかく馬を囲い込むことなく、死は、馬を囲い込もうと
考えた。一年後にそれは自己自身のためにそれを屠殺した。
それ以外の家畜を、それは神々に引き渡した。それゆえに
人々はプラジャーパティに属する馬を一切の神々に捧げられた
ものとして屠殺する。

ここで燃えている太陽はまことに馬祀祭である。
年はそれの身体である。この火はアルカである。
これらの世界は、それのもろもろの身体である。
それらの二つは、アルカ(祭火)および馬祀祭りである。
更に、それらはただ一つの神格、まさに死である。
このように知っている人は再死を避ける。
この人に死は到達しない。死は彼の自己になり、
これらの神格の一つになる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

太字にした所に注目して欲しい。
貪り食う死は”アディティ”である
と説かれている。

「アディティとは大女神ディヴのインド版である」

つまり、東條ミトラ教の最高神の正体は死である!

そしてもしアルティメット・まどかのモデルが大女神ディヴで
あるとすると......考えただけでも恐ろしい!

「オタクが”まどか、まどか”と騒いでいる場合じゃない」
「お前ら喰われるぞ、まどかに」

日本のアニメ/コミック業界が広めようとしている
女神信仰、これの正体のおぞましさが理解できましたかな?


はじめましてムックと言います。
今このアニメコミック陰謀論を読んだのですがこれまた興味深いですね。
ミトラ教というのはよくわからんのですがかなり危険な宗教なのですか?
まあ軽くここを読んだ感じですとオカルティックな話だなあと思うのですが
この人達の目的というのが今ひとつわからんのです。
仮にアニメコミックを通してこの宗教の教えを広めたとして具体的に何に
なるのかなあって………

大女神ディヴ=死と解釈するなら人類皆死ぬってことですかね?
私はまどマギはよく知らんのですが制作チームにオカルト信仰者がいて
作品内にその要素を散りばめた所で視聴者にそこまで影響を与えるとは思えないのですが………

仮にこれで洗脳されたとしてもその洗脳力は弱そうですし本気でやるならもっと効率的なやり方があると思います。
結局作品内にオカルト要素を入れてるのは製作者の自己満足であり我々が懸念剃る必要などないでしょう。

ただこういう見方自体は面白いと思います。
私自身陰謀論は嫌いではありませんよ。
[ 2013/07/28 06:12 ] ムック [ 編集 ]
Re: タイトルなし
ムックさん初めまして。
コメント有り難う御座います。

”陰謀論”という書き方をしてしまいましたが、
アニメやマンガに於いてオカルト的な情報や図柄を
入れるのは実際には験担ぎみたいなものだと思います。

フリー・メイソンのシンボル群というのは元々西洋魔術
が起源でして、神社のお守りの護符とかと似た様な物です。
一番最初にアニメ業界やマンガ業界でこういったシンボルを
導入したのが誰かは分かりませんが(多分ディズニーだと思います)
フリー・メイソンのシンボルを入れる事によって作品がよく
売れるかもしれないというような業界慣習があるのではないかな、と
思っています。音楽業界も同じだと思います。

特にこれで誰かを”洗脳”しようだとか、世界を支配してやろう
というような深い意味では使っていないと思います。

まどマギに関しては元々の題材が”魔法”少女物なので
”魔法”の世界観を演出するために美術監督辺りが
フリー・メイソン等の西洋魔術のデザインを
参考にしただけの様な気もします。

ただ、傾向的にこういったデザインを活用する
クリエイターさんが多い様な気はします。
まぁ、日本は信仰の自由が保証されている近代国家
ですから、中には”ガチ”でこういうオカルト思想に
ハマっている人が制作者の中にいたとしても不思議では
ありませんが。
[ 2013/07/28 14:33 ] フェイド大帝 [ 編集 ]
返信ありがとうございます。

験担ぎですか……確かにそういうものにハマっていれば十分ありそうですね。

>特にこれで誰かを”洗脳”しようだとか、世界を支配してやろう
>というような深い意味では使っていないと思います。

まあ実際こんなこと考えてるならもっと効率的な方法がありますからね。
視聴者の限られる深夜アニメで洗脳するったって費用対効果が悪すぎるでしょう。

>フリー・メイソン等の西洋魔術のデザインを
>参考にしただけの様な気もします。

陰謀論やオカルト好きのスタッフが面白半分にこういうネタをいれたらネットでメーソン作品だなんだと騒がれてしまったなんて例もありそうですね。

メーソン作品と言えば以前テレビ東京でエヴァとメーソンのつながりを指摘する番組があったようですがこれって実は日テレにエヴァを奪われたテレ東によるちょっとした嫌がらせとかだったんじゃないでしょうか?

まあ元々エヴァはこういうオカルトアニメの筆頭みたいな感じですが………


>まぁ、日本は信仰の自由が保証されている近代国家
>ですから、中には”ガチ”でこういうオカルト思想に
>ハマっている人が制作者の中にいたとしても不思議では
>ありませんが。

まあ製作者が何教徒であろうと人様に迷惑をかけたりしなければ問題はないと思いますが最近のアニメって昔に比べて随分あからさまにこういうのを全面に出しますよね。昔は出したとしてももう少し薄っすらとしていたように感じますが…………

これはどういうことなんでしょうか?
制作チームにおけるオカルト信仰者が昔より増えたとかそんな感じですかね。
それともお上のご命令?
[ 2013/07/28 18:55 ] ムック [ 編集 ] ”




[ゆっくり朗読] 付喪神絵巻(崇福寺本)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm30556752

付喪神絵巻でわかるように、
付喪神は神道的アニミズムではなく、
真言宗の説く「草木非情 発心修行 成仏」(命あるものが発心修行して成仏できるのであれば、どうして山河草木瓦石瓶盆など命のない物にそれができないといえるだろうか)、
すなわち非情成仏
=草木や国土など情 (こころ) のないものでも仏になれる。
アニミズムと混ざっていてもはや不可分。
霊とか魂≒仏性。
『大般涅槃経』では、仏性を衆生(人間)に限らず、山川草木や生類すべてに仏性があるとする、
「草木国土は悉く皆成仏す」
一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)が説かれた。非常に神道的アニミズムと相性が良い。

[ゆっくり朗読] 付喪神絵巻(国会図書館本系統)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm29742951

[ゆっくり妖怪雑話] 付喪神入門
http://www.nicovideo.jp/watch/sm30058634

[ゆっくり妖怪雑話] 付喪神絵巻考
http://www.nicovideo.jp/watch/sm30264011


おねショタ魔法使い初級おじさん ‏@douteimaturi 2月11日
けものフレンズは無為自然
荘子の無用の用等がけものフレンズの正体なので荘子と老子の説く、小国寡民があの世界
けものフレンズをシーア派的に見ようか? カバンちゃんの正体はعقلアグル、知識及び技術というものは悪意や個人利益等による汚染がない限りは如何なる存在、如何なる状況でも必ず良い結果がやってきて、それは来訪神のように通り過ぎて行くの 知識や技術は必要な時に必要として用いられるのでね
あの世界は無知なのではなく、無用の用と用とする時に用を用いる世界で完知された世界なの
だから、そういう世界では無駄に意味を作り出す言葉は存在する必要がないの 言葉が最低限の世界は象徴も最低限にしか存在しない、それは認識や必要が完全に共有されているから象徴で誤魔化さないの
そして、純然に技術と知識を用いる事が出来るのは困ったことはあっても「不足しているものがない」から
不足しているのものというのは物質的な物から、抽象的なモノまで不足していない世界であり、
不足していないからで不足していないが故に様々な存在がその特性を使い切れる世界なのである
知識が不足すると無知と有知で別れる
物が不足すると過剰と不足で必要と不要で別れる
能力が不足すると無能と有能で別れる
心情が不足すると妬みや嫉妬、傲慢と軽蔑で別れる
シーア派的にはعدلアドル公正・公平が完成された世界であり、このけものフレンズは絶対公平世界と断言でき
ディストピアとか、ユートピアというアホで抽象的な下らない・ゴミ・核廃棄物以下の物ではなく 公正が完成された世界であり、象徴的な思考をする必要のない「用が完結した世界」なのであって、それは荘子が説く世界であり シーア派的にはアッラーの公正で満たされた世界となる

おねショタ魔法使い初級おじさん ‏@douteimaturi 2017年2月13日
象徴があっても、思想があったとしても現代にも出てこないというのは再現性がないもの
再現性がないものは不要なものであるか、元々ないもの
元々ないものであるなら、それは復元のしようがないわけで
元々ないものを復元しよいなんて土台無理ってこと
厳しいけど、意味ある文化なんてそうないんだよ
これも勘違いしているけど、文化というのは根本的にその文化集団に属しているもの以外にとっては全く無意味なの
例えば、食文化なんかわかりやすいけど片方常に米を炊く文化があれば、パンを作る文化があり
米を炊く文化はどこでも米を炊こうとし、その逆もまた真であるのだよね
じゃあ、じゃがいもを茹でる文化の人達にとって米や麦というものは価値があるのだろうか?
食料以上の価値はなく、そこには文化的な意味を持っている物ではないということ
特性帯びるのは文化というか、生活によって発生しているわけで別に何か意味があって行っているものでは根本的にないという事
ここで分かるのは文明は文化の延長では全くないこと
文明はどこの土地だろうが、猫も杓子も関係なく共通した認識の中で共有しあえるものであって、それが文化と文明との大きな違い
で、文明というものには必ず普遍的で不変な知識と技術が存在するのそれを満たさないと文明ではないわけ
言うなれば、米というものを炊く・生産するという技術や知識というのは文明で
その米の食べ方や集団的意味を与えるのが文化と言っていい
んで、シーア派が言うتخت قدرت خدا 全ての力の土台はアッラーさんが用意されたもので文明というのはこの土台を意味するの、それは文化ではないの
なので、全ての種子を集めて保存するというのと全ての知識を集めて保存するというのは全く違うか、真逆な事をしているの
種子=文化
・知識=文明なので種子が幾らあろうとも文明の種にはならんし、
知識さえあれば場合によっては特定の文化を再度発見することができる
なので、文明=知識を集めるの
そんな事を言うと特有の文化が消えていくのはー、と言うのだろうけど
言語何かもそうだけど、何で言語が消えるのかはピジンができないからであり、結局はそれで商売できるのかという事でしかないの
そこから考えるように文化というものは「実用性」によって消える用な代物でしかないのよ
言い方を変えれば、日本のような高度に翻訳文化が発生した土地は様々な文明をつまみ食いした文化を作り出すのが容易いという事でもあるのね だから、文化が素晴らしいというよりも何時でも・如何様にも文明を自由に選択できるというのが強みなわけでそれは文明を盾に文化を守っているとも言える
なので、どっかの文明に被れる必要がないのだからさっさと様々な文明を総合研究して自家薬籠中みたいなものを作り出せばいいわけ
所謂、西洋文化も中華文明もインド文明もイスラーム文明もギリシャ文明も日本にはクソだってわかった・わかっているのなら勝手に作ればいいわけ、ちょー簡単でしょ
思想的に独立するというのはこういう事で思想が独立していれば、文化は不動なの
だから、文化が不動な人々は他の文明は利用しても文化は動かないわけだから、何処にいたって己の中にあるとらわれるべきものは不動なわけ
これが文化を守る魔法でこの魔法はオカルトではなく、反証・合理・論理なのさ
だから、儀式や物質では文化を守ることはできないし、それを守る事が文化を守る事ではないのよ
文化を守るというのはその社会の独立した行動様式を守る事であって、それを弄られると独立した動きができなくなり まるでおもちゃの様に操られては不要になれば捨てられるわけ、でそうなっているよね?
なので、博物学的な英国面・石屋面に堕ちたこと自体が悪の根源なわけ
でも、簡単にそれは捨てれるんだよ?
何でかというと、日本は大量に「自国の言葉と意味で解釈し」翻訳されている古典が腐るほどあるから
なので、困ったら古典を読めばいいし、簡単に帰られるわけこれってかなりの利点なんだよ
例えば、ウルドゥー語やパシュトゥーン語なんかはカントやデカルトですら碌に翻訳されていないし、全部英語となるわけ 但し、英語となるともちろん「英語風の解釈で汚染」されているわけでそこにはその言語独自の意味で解釈されていないわけ その時点でその文化はかなり弱いわけなのだよ
でも、パシュトゥーン人何かがそれでも独自の文化を守れているのはその文化が絶対であり・固定化された生活だからで不動な軸を持っている上に物理的に強い人達だからというのもあるわけ
文化を維持するというのは物理的強さと集団性が必要なのだけど、それは当然ファシズム如きの下らないものではない
そもそも、こういったものを現代の学術的方便で言い回す事が大間違いでファシズムや社会主義という単語以前に彼らはその様な生活をしてきたわけだから、そういった単語で表現する事が意味なく・大間違いなのね
なので、こういった単語はそういう風に見える程度の意味合い以上は持たないし、持てない
なので、そういう風に見える程度の意味合いしかない言葉をそうなければならないとか、それが彼等の固有の文化なんて誇大妄想に取り憑かれる事が迷妄そのものでしかないの
それって、最初商人が来て・やそ乞食が来て・最後に軍隊が来るの精神版なの
だから、左翼というのは文化侵略の手羽先なのよ
それで発生した右翼という発想も文化侵略の手羽先から守るという思想が発生した時点で二元論が発生し、文化探しを始めては物質や儀式としての文化を見つけては己の固有というのを見つけだそうと躍起になるわけ
で、記号化された固有というのは博物でしかないのよ、その時点で完全敗北なのよ
そう考えると西洋の豚共は邪悪で悪辣な流石邪教を捏造するその性癖には驚きを隠せない
イスラームではوطن バタンやأمة ウンマというのには二つ意味がある、
一つは己が属している母集団=故郷と
二つは必ず帰る元がある=イスラームがあり
形而上と形而下で両方の意味での母集団があると見る
なので、形而上での帰る元を想定しない限りは永続的な循環論が続くだけで意味がない
それで捏造したのがヤソ多神教なのだけど、これが大失敗
だって啓典もねえ、預言者がいねえ、思想もねえ、そんなゴミ以下のケツ拭く紙にもならないものを前提にしたので絶望な迄に大失敗したわけ
せめて、仏教か儒教を前提にした上で捏造すりゃ良かったのにただの少しは利口な革命戦士には脳内妄想を外部化するだけの能力がなかったんだろうし、あれってただの英国とフランスの代理戦争以外の意味がないからそこまで手が回らなかったのだろうね
なので、皇道立教会みたいなもん作ったのだけどね
なので、ぜーんーぶ物質で誤魔化したwww
ヤスクンニ神社や軍珍神社みたいな象徴もテンちゃんという物質もテンちゃんだけがする儀式も皇族という象徴もぜーんーぶ物質で物神をこねこねシコシコ作って誤魔化したわけ
で、右も左も物神に取り憑かれているでしょ?
なので、イスラームは全否定すんの
象徴が何故に絶対悪なのかというと、それ自体に全く全然意味がないのにそこに無益に意味を与えてしまうからなんだよ
但し、アッラーがそういう風に作ったのは知恵と知識というものの副産物であり、やっぱりそういう風に認識してしまうのだからそれを外部化するのはやめましょうというのよ
物事って、至極単純で明快で完結しているの もし、そうじゃないのならどっかが間違っているのではなく根本が間違っている事を疑ったほうが早い
確実に土台のどっかが大間違いだから、上に立ち上げているものがズレているわけ
なので、困ったら土台を調べる事 これ以外の方法はまずないです


〔 ピジン言語(Pidgin language、単にPidgin)とは、異言語間の意思疎通のために簡略化された接触用言語。

社会言語学たん ‏@socioling_tan 2016年12月1日
ピジンの具体例はたくさんあるけど、例えばハワイに移住した日系人のピジン英語(英語+日本語)、旧満州国でのピジン日本語(日本語+中国語)などが挙げられるわ。ピジンはベースとなった言語より文法などが簡略化されているのが大きな特徴よ。これを母語とする人間が現れると、クレオールになるわ。

木村接骨院 ‏@kimuraseikotuin 2月9日
ピジンが話されている環境で育った子どもたちが、ピジンをまねするのではなく、一貫性のある文法規則を備えた言語を自然に生み出し…中略…
こうして子どもたちが使うようになった独自の言語を、「クレオール」といい、この現象を「クレオール化」と言う。
─酒井邦嘉『言語の脳科学』p279〕

おねショタ魔法使い初級おじさん ‏@douteimaturi 2月13日
イスラームに存在するのは解釈で解釈全てです
しかも、解釈しその宗教令に辿り着くまでには
アラビア語の語形論サルフとナフブ
クルアーンの読み方と暗記
教条論・アガーエド
ルバイアート・伝承・物語・逸話
歴史とその解釈
の上に科学的知識が入るのでアフカームはイスラームの結晶です

即ち、宗教令を蔑ろするというのは結晶を蔑ろにするのと同じなのですが西洋的な自由思想・実態はただの相対主義に汚染されはじめているのでそれに毒されたバカがしょっちゅうお粗末な宗教令を出す事で信頼がガンガン下がっているのです 例えば、ポケモンGOの話

アズハル大学の学者はポケモンGOをシルク・多神教崇拝とかボケた事を抜かして、失笑されましたがシーア派12イマーム派ウスール学派のイランの学者は単純に社会影響が大きいという社会悪に決めて禁止しました 前者は典型的なローマ法・後者は中国とかでは典型的な社会統治論とかけ離れているのです
イスラームは社会統治論と社会道徳論と社会救済論と社会規範論すべてを合流させたものでそれはあっらーの力と知が生きているから、こういったものが出てきたのです で、それは全て完全に論理・反証・合理で説明されるもので神秘というのはクルアーンと預言者と指導者達の存在で担保されているのです

だんから、イランは憎まれる そりゃそうさ、表面上共産主義にして中身は儒等の合理的社会統治論に変え切った中国と違って、イランは表も裏も社会統治論でやっているから、大量にデマが流される まあ、極右もいるけど、正直他の極右よりもかなり冷静で馬鹿ではないというか極右って学者集団だからね
イランにおいては極左も極右もどっちも学者集団なので活動家というより、学者同士の喧嘩というのが本当のところ しかも、博士とってとかではなくてそこから何十年も学問やっている人が右・左に分かれている訳なのでこれも他の国のレベルとはかけ離れた世界なの、想像ができないだろうけどね

おねショタ魔法使い初級おじさん ‏@douteimaturi 2月14日
イランの薬草学凄い
こいつら食虫植物まで薬草にするし、ケシでシロップ作ったりするし、しかもその作り方が平然と書いてあるから真似できる
朝顔科の植物の花を干したものを15分1リットルの水で煮出して、すぐ様取り除いてこしたものに500gの砂糖かはちみつを混ぜてシロップ作ると書いてある

不眠症の食餌療法とか書いてあって、夜の8時・10時くらいにはこういったものを食べたり、逆に食べるなと書いてあって これが1000pくらいのイランの薬草学百科事典につらつらと書いてある うん、やっぱりあるよ不思議な知識体系と実践思想 多分、他の分野でも発掘すればあると思う

しかも、よくわからないのがニンニクジュースとか、香菜ジュースとか、玉ねぎジュースとか書いてあって他にもイマームサーデック(ع)の伝承を取り上げて野菜や果物の効能についても書かれている うん、やっぱり大学者の知識というものは制限がないから、大学者なのだろうね かなり興奮・驚いた

おねショタ魔法使い初級おじさん ‏@douteimaturi 2月19日
凄い知識や発想というのは石のようにころがっている
石だから拾うものはないが拾うものにとっては如何なる貴金属・宝石に比べる事ができないほどの宝である、宝はものではない
常に認識という叡智の中にしかない

理性は超能力なのだけど、その理性をバンバカ簡単に使えてしかも時には閃きがやってきて世界に光明をついつい差してしまえるようになるには一つのお約束を徹底すればいいだけです
そのお約束が「善悪の判断と基準を確定させる事」これが守れれば、理性や閃きはバンバンやってきます、バンバンです

それでも降ってこない場合はその善悪は相対善・相対悪でしかなく、絶対善・絶対悪ではないという事です
まだまだ、削ったりする事が出来る部分があるという事実なのです
最悪なのは相対善・相対悪を絶対悪・絶対善と決めつける事ですね、
これすると永続に迷いますので形而上を否定するのが無難です

なので、日本で一番資料があって・翻訳されていて・読みやすいのは
形而上をするのであれば孔子・孟子・荀子・朱子・陽明学をやるのが無難で
形而上を絶対殺戮する気なら唯識などの古典仏教と臨済さんとかの古い禅のおっしょさんの文献に当たるのがいいでしょう
それ以外は何一つオススメしません

形而上をやるのなら、本当に良い先生に当たらなきゃいけないけど、
殺すのであれば独学でできます
というかできちゃったからお釈迦様が現れちゃったのだけどね
まあ、お釈迦様が善の化身みたいのを見たとあるけど
あれは後世の真っ赤な嘘ね
だって、生涯形而上的なものを否定した人が見るわけねえじゃん

正しくは無記だけど そういった存在がそういったものを前提に語る事はないわけで
それは無記というのをとった存在の思考ではないのね
そもそも、この世界が悪くなっているのは完全悪が蔓延しているわけで
その完全悪は相対善・相対悪の積み重ねによって誕生したとんでもない奇形児なの

つまり、相対善と相対悪を積み重ねて出てくる結論は簡単で
己以外悪・己だけ善
または己の集団が善・それ以外は悪
という相互が悪と断定する事で全ての存在が悪として戦い出すので
何かはそれだけは絶対に避けるために悪魔を創造したのだけど、
悪魔はあくまでも同じ宗教を信じるものの中にしかいないの

何故なら、悪魔は基本信じているものにしか近づかないし、
ハナから迷っているものはずーっと迷い続けているのだから放置しているの
そういうと「何か」は無力だと完全悪に浸った連中は言うがその為に永続の地獄と天国を用意したわけ
神学って、人間が考える程度の事はちゃんと潰しているから神学なの

ここでわかるだろうけど、宗教を信じないや無神論とか言う人達は完全悪の存在なわけ
これらは己の功利に当たるものだけが善、それ以外は絶対悪と考えているわけで
そのような連中をサイコパスというわけでサイコパスは完全悪な存在なの、
悪魔はサイコパスには近づかないのだって完全悪そのものだからだ

むしろ、シャイターンや悪魔は人を惑わすだけだが完全悪は人間に実害を与える
なので、神学はその完全悪なる悪魔よりも恐ろしい存在が発生させないための防御手段であり
その為に「何か」は法・宗教というものを与えたのです
勿論、人間は自由な存在なので完全悪を発生させる能力と抑える能力があるの

はっきり言うと日本というのは完全悪な社会です、
完全悪の社会では人間は生存できません
ホッブスが懸念したものはこの現代の日本というところで出てきたわけなのです
なので、もしこの地上で一片足りとも光明が差していない社会というのは日本だけでしょう
こればかりは如何なる例外もありません

仏教の弱い所はここで人間は形而上が無くとも広義の宗教を見つけるといいますが、
それは本当に漢字の意味での宗族の教えとなり集団の功利と功利がぶつかるだけの世界になります
んで、それを歴史として顕現したのが中国史なわけで彼等が何故に儒を用いあのような思想体系を産み出したのはその理由です
下は宗族でぶち殺しあっているが
せめて同じ認識を共有する者達だけは殺しあったり、
害をなさないようにしようというお約束が俗習の上にある儒なのです
全ての知識や発見というのは勿論、用意されているのですが
必要によって見つけるのです
歴史という形而下はその意味で最強で強固なものなのです








おねショタ魔法使い初級おじさん‏@douteimaturi 2月22日
知識は工具みたいなもん
工具は一杯あって、一つ一つ使い方があるように使い方と道具は一緒なの
だから、プラスドライバーでプラスのネジを開けるわけで場合によってはマイナスドライバーでネジも開けられるけど、正しい使い方ではないのね
でも、開けられるわけでその感覚が大切なの

しかし、小さいドライバーでは大きい穴や大きいネジは開けられないし、逆も然りなの よくあるユダヤがーとか、中国がーというのは大きいプラスドライバーみたいなものでそれで開けられるネジは少ないわけ、但し何かをぶち壊す事は出来るわけで殆どの人はその破壊と破壊力を楽しんでいるだけなの

で、よく工具セットとかってあるでしょ? あれが哲学とか、神学なのだけど工具セットにも色々なものがあって道具が完備されていて何時でも整備出来、小さいものから大きいものまで何でもできるのもあれば逆に全部サビてたり、工具自体が壊れているものもあるのなのでそこに警戒しないとダメ
では、良い工具というのは長い間使われていて、壊れないものであるという鉄則を守れば古い哲学や神学をやるのがお約束なわけ 物事って至極単純なんだ、問題なのは常にその使い方で使い方を間違えたり・わからないとバールのようなもので破壊しか出来ないわけ、で今起きている事は正にそれなわけだ

工具で開けたり・閉じたりできるというのは人間が作ったものでなければ出来ないわけ 明らかに人間が作ってないもの・わからないものは工具の使いようがないわけでそれは触れる必要がない=仏教、工具を開発しよう=形而上を想定した哲学・神学なわけ だから、使う工具が目的によって違うのさね
そういう意味では特定の宗教ではない・工具箱の大きさが限られていない、翻訳文献が大量にある・工具の設計図と説明書が膨大にある社会というのは幾らでも工具セットを作りたい放題できるわけ これって、とんでも無い程の利点なのだけどコレに気づかないという事はその程度でしかないという事だ

おねショタ魔法使い初級おじさん‏@douteimaturi 2月23日
組織で大切なのは個人を追う意味は全くないこと
大切なのはその連中が集まった時に何の目的と議題を共有しているかであること
おいら、個人について話さないでしょ?
それは固有名詞を無駄に増やしてもしょうがないのと
固有名詞というのは魔術の塊だから、
それについて言わないのが簡単な白魔術なんよ
それにもっと厳しいことを言うと固有名詞を追うことは無駄、
本当に上から下の社会であるなら
一日に三回は上からの命令が変わると思っていれば、
組織やその組織同士の繋がりを見る事は無意味で
上というものは勿論所謂組織ではなく、同じ認識なので組織や個人を追うことは全く無意味と簡単にわかる

なので、同じ認識を共有しているという事が重要で
認識の後に組織が出来るから、
まず認識を踏まえる事だけが全て
ただ、ハッキリ言っとくけど認識が共有されていても物質で繋がっている連中は
物質での上下にはかなりの乖離があるということ
例えば容姿・知識・見識で位があるようなもん

なので、そういう不純な連中を知ったところで博物的な知識でしかないのよ
おいらがこういう事を追う事のをやめたのは
形而下を追ったとしても形而下で上位のもの歴史や心理を追う事に意味はあっても、
下位の組織論を追っても大した事が見つからない癖に直接危険があるから意味がないわけよ

こういうのを「金にしかならない、物質にしか変換しない知識」なわけ、
だから過去の人は金にしかならない知識を道具として使っても、
それを最上の知識とは思わなかったのよ
所詮、道具は道具でしかないからね なので、
この感覚を持っている形而上的知識はすべてを統括・支配するのよ


おねショタ魔法使い初級おじさん‏@douteimaturi 2017年2月26日
物事の単純な解決法としては二つです
逃げるか殺すです
逃げられるのであれば、徹底的に逃げる
逃げられないのであれば、殺す・殺し尽くすしかありません
如何なる社会運動でも究極的に逃げる・殺す以外の選択肢がない社会運動は偽物です
同じことを度々言っていますが備忘録として書いておきます

自然法則だけではただの創造物でしかないのです、
そこに一定の規範を与えたことでやっと統治が始まるわけでそれが何かの公平に繋がるのです
シーア派12イマーム派ウスール学派ではعدالت 公平の中にはشرعتی 規範・法とتکوینی 創造が存在すると考えられています

法や規範は人間も作り出せますが創造に関しては何かだけの特性となります
但し、その創造の痕跡を探す事ができるのは現状人類だけであり、
その特性が全ての存在と人間の差でもあるわけです
動物は本能だけで精霊や天使・悪魔は力はありますが善・悪しかありません
人間は本能と善悪二つ持っている
わけで性質を他の存在よりも多く持っているのは人間だけに与えられた特性であるわけです
つまり、人間にとっての自然というのは動物とは完全に隔絶され、
また善悪を超えた・普遍的な真理とされるものを探求することにあるのです
それが何かから与えられた人間が唯一持っている自然なのです

人間の自然はさまざまな存在の正体を探る事であり、それは形而下の現象の事ではありません
自然というのは何かが創り出した力や知恵の根源を探る事なのです
これが人間にとっての大自然なのです
何で、人間はどこにあろうとも何かの知恵の痕跡の中に存在するので何処でも自然でしかないのです

なぜに何かが人間にシャリーアを与えたのかといえば、単純に人間が人間を支配する為の法であるならば恣意的要素しか入らないからです
しかし、超越した何かの法であればそれは絶対に公平です
ストア学派の失敗は絶対公平を発見することが出来なかった、全てはここに尽きるわけです

イスラームにおいての人間規定は制限能力者と能力者の違いがあります
例えば、ダウン症や自閉症のように産まれから欠格事由がある存在は様々な義務が免責されていますので
彼等は天国へ行く事が確定していますが
能力者はそうではなく
知恵とモノを知れるという時点で能力分せねばならないのです

これはウマイヤ朝の失敗が関与しており、アラビア語においてのバルバロイのような事を言って差別して、
結果として自滅したという部分からの反省でもあり
また、預言者(ص)は伝承の中で白だろうが、黒だろうが最も信仰するものだけが尊いと仰られておるので
そこからも優生的観点は否定されます

むしろ、関係なく人を含んで行ったのが現代のまで続く拡張であるので
知恵がない人種は存在しないというの大前提です
当然、理解の幅・仕方の幅はあります
但し、それは何かが根拠があって創造したのであるから、
その多様性をイスラームが否定する事は絶対にありえません
それは創造の否定ですから

なので、私が大本みたいのを全否定するのは何かの創造が何故に多様させたのかについて思考しないからです
全ては一つといっても、それはまずその一つが何かを考えた上で多様が矛盾せずにあるのかを考えないからです
で、何かの法というのは動きません・不動であるから法であり、動くものは方便です

人類が凄いのは不動の発見であり、その不動というのは死や生などの現象には存在しないと見つけた事なのです
ここで付け足すなら、人間は不死であるというのを発見したのがインド哲学であり、不死であるからこそ解脱せねばならなかったわけでそれを教義化したのが唯一の発見だったのです
であるならば、宗教思想や痕跡を探るのであれば地中海からインドまでの宗教思想を理解していないと何故に唯一を発見したのか、何故に繰り返す生から離れようとしたのかがわかりません
そう考えると中華というものは世界の端なのに独立した思想を作り出したというのは非常に異様な事なのです












おねショタ魔法使い初級おじさん‏@douteimaturi 2017年2月27日
DQNというが男なら、美意識につけこんで孫子辺りを読ます事は簡単で
実社会でどういう風に使うかもチャンと説明すれば彼等は納得する
問題は女
女に関しては正直無理、
何故ならまず語彙を得ようという美意識がないのが多い
で、唯物でしかないので思考や思想による優位という発想がない

女には統治論が不要で連中に必要なのは状況優位でしかない事
状況優位というのは朝礼暮改の社会であり、それだけでは成立しない
中東は法や規範が一日五回変わる事がある社会だが、
それが可能なのは絶対的なる規範が存在する事によって成り立っているので
ローマ法だけではないから成立するのです

よく社会は男性的・女性的という連中が多いが
中東というのは男女の役割が確立して動かないので両性社会です
本来は女性的・男性的と言っている連中の程度が知れるものなのですが、
全ての存在が仕事を与えられているのでそのような社会では
性による仕事が確定されています、なので単性なんてないのです

なので、両性社会でなければ・性による立場が確立していない社会というのは
無政府状態・無統治状態という事でしかなく、
それは何かが性をわざわざ作った理由にならないのです
故に現代社会・西洋文化に汚染された社会というのは無政府・無統治状態でしかないので
それを前提にした政治何て無意味です

神智政治というのは両性社会であり、役割の分担と配分がしっかと確立された世界であり、
そこには虚飾性が一分足りとも入らないのです
入ったとしても状況によって飾る必要がある時だけであり、
それすらも礼儀と規範によって確定されているものなので虚しい物ではなく、意味しかないのです

神学はこの世界が「意味しかない世界と認知してから始まりです」
意味がないものを何かが創造する事はなく、
この世界は人間が不要と思うものですら、何かしらの要があるのです
老子や荘子の要という発想も神学の基礎であり、
全ての思想や学問の基礎は要しかないという前提であり、それが神学なのです

リンゴは北部コーカサスが原産でこの時期、イランではリンゴとみかんが大量に出回ります
因みにイランは北と南で気候差が激しいので北部ではりんごが南部では棗やしとか普通に取れます
しいていうなれば、バナナはとれないみたいでバナナだけはパキスタン辺りからの輸入らしいと聞きました

おねショタ魔法使い初級おじさん‏@douteimaturi 2017年2月28日
http://jamali.info/simorgh/zalezar-ya-zardosht-azmayesh-kardan-az-ruzgar/ …
えーとね、これはزالペルシャ語でアルビノを指す単語なのだけど
ここにあるزال زرというのが どうやら ザラトーシュトラを意味するみたいで直訳すると古い金になるのね
で、زال زر というのは 最上の人間を意味するみたい

で、زرتشت というのは導き者なので預言者を意味して、多分意味したいところ唯一の預言者として唯一な何かにイランへ送られた存在でシーマルグを何なのかわからないが「全ての人間に時間を教えた」と書いてある どうやら、このサイトはゾロアスターについて詳しい人が書いてるみたい

取り敢えず赤くなっているところだけ 次にザールザルزال زرの唯一なる何かは直訳すると看護婦・しかしここでは実の母ではなく乳母で「ザールザルの唯一なる何かは乳母であり、教師・先生ではない」しかし後に世界と時間を教える彼の先生、または乳母となると書いてある

で、下の赤は「イランの文化として、絵画乳を与える乳母を描く」と書いてあり アレに関係してすべての人間に関与する、時間・人々・世界と書いてある 一応、グーグル翻訳で見たけどある程度は意味がとれるからそのままかけて平気だと思う

ちょっと個人的には部分・部分わかるけど、全体的に意味を取ることはまだできないな 正直、多分この文章はゾロアスター教の基礎を知っている上での文章だから、こっちのゾロアスターについての基礎教本を探して、読んで、理解した後のものかな うーん…暇を見つけたら怪しいもの探しに行こう…。

直感的にザルトーシュトラはアルビノだった可能性がある زالی で、アルビノの人を指すのでもし関係しているのなら、名前がそのまま表していると想定したら またはザラトーシュトラがいた、場所はタジク人とか混じっているので髪は黒いが肌はイラン人と比べて白いのでそれもあるかもしれない

結社員で固定化した発想する連中は下位です
上位は白魔術と黒魔術を自在に操れる
・言葉の効用と反作用を知って使える
ので高須のおっさんは下位の下位
・そもそも、上位は固有名詞を使わないし
・使われないし結社員のお約束から放たれている、
下位が知らない存在が本当に上位なのです

なので、私が本当に結社員の上位の存在であるなら、
結社員の決まり事を知らないふりをして試すでしょう
むしろ、他人を試せる存在というのが絶対上位者の立場であって、
いつの時代も絶対上位者というのは下位のものを試すわけです
それは神学にしろ、伝承にしろ、古典の逸話にしろ全部同じです

だから、よく結社員の決まり事みたいな象徴がネットでよー出て来ますが
あれはある一定の地位者同士での下位と上位でしかないでしょう
いいですか、本当に上位者というのは決まりを創る存在です、
その決まりを堅守しているというのは上位者でありません
上位者は上と下から全部を見れる存在なのです

上位者というのは解釈できる存在です
なので、解釈に従っている存在は結社員の上位者でない事は単純に見据えるのです
つうか、解釈できるようになって一人前なのでまだ下の中ですが
殆どが下の下の下であるので
結社員というのはそういった奴隷以下の虫けら層が大量にいるので幾らでも誤魔化せるのです

因みに高須のオッサンは虫けら層で一生虫けら層でしょう
ああいった結社というのは何代か経て、一定の貢献を続けていないと上に上がれない、
秘跡を得る事が出来ないので一生虫けら層でしょうね
それは東京の小中学校のPTA会長が地元に住んで15代目とかから選ばれるのと全く同じです

相続税を廃さないのもコレが理由です
即ち、自分達以外の結社・地元の血族的繋がりを否定してすり潰して逃散させるのが目的であり
GHQの土地改革も結社という視点から見れば、
血族的結社の破壊が目的という視点で見ることができるのです
相続税は日露戦争からですよね?
はい、そういう事です

つまり、反乱とかしながらも残っていた血族的結社を破壊するために
死ぬと国によって強制的にタワケさせられるのが相続税なわけです
当時は税が重くなかったとか言うでしょうけど、
日常的に殺し合いの運動していた時代ですから国が金や土地を毟るのに躊躇するのは当たり前です

だから、私がしつこく言うように不満があるなら、役所や省庁を焼き討ちすればいいのです
税が重いなら、国税庁や総務省を片っ端から焼き討ってデータサーバーから何から何まで破壊しきって納税関係のデータを消しちまえばいいのです
実際、史記で蕭何が秦の首都で書簡回収したのはそれが理由です

度々、中国史で戦乱が起きると税庫が焼かれる・焼くのはこれが理由です
なので、焼けばいいのです
何も人間が繰り返してきた「自然な営み」なのです、
小・大便をする・子作りする・ご飯を食べる
・困ったから困っているもの同士集まって役人を殺戮して、書類を焼く・非常に自然な行為なのです

私が言っているのは歴史的事実であり、それは必ず起こるという事でしかありません
革命とか、そんな大層な方便じゃないんです
困窮民が日常道具を持って・集まって・殺して・破壊するたったそれだけの事だから恐ろしいのです
これを起こさせない為に結社を解体し、無力化させたのです

小澤 祥司‏ @ozawashoji 2015年12月15日

年末調整で一喜一憂される方もいるかと思いますが、源泉徴収制度が1940年に戦費調達を確実に効率よく行うため始まったことをお忘れなく。
日清戦争の時には所得税の増税、日露戦争時は酒税と相続税、増税はつねに戦争とともにあり、一度できた税は二度となくならないんです。

宇宙人ぶー‏ @Bu_uuu 2016年1月8日

例えば、日本では、日清戦争では所得税、日露戦争では相続税、大東亜戦争では、源泉徴収税が、それぞれの戦費を調達するために導入された。そして次は「消費税」が導入された←いまここ http://fidelcastro01.seesaa.net/article/399961226.html …



おねショタ魔法使い初級おじさん‏ @douteimaturi 2017年2月28日

うーん、ただの文化紹介的なサイトだったみたい
やっぱり、物を探さないとだめだなぁ…。

うーん、سیمرغ というのはキメラみたいなものなにだけど 象徴ではなく、あれは人間の知恵の一部みたいなものであると言われた あーやっぱり、イスラームは象徴に囚われずに無意味又は性質を問うように考えるように出来ているし、製造元はあれが性質の塊である事を理解しているわ、敵わんね

象徴というのはアレ自体が何か意味するところ、何かの性質でしかないので彼等自身の性質を理解していないと象徴の意味と性質がわからない で、よく共通性とか言われるけど、大陸である以上は影響があるし、また同時発生もありうるので共通性で無理矢理結びつける事は無意味で性質だけを問うべきなの

だから、象徴学辞典がぐちゃぐちゃなのは当然の事なわけでアレはその集団の特性と性質を理解していない限りは象徴同士で結ぶことは出来ないというか、象徴はその集団の性質と特性でしかないので違う集団の象徴同士つなげる事は無意味で繋がる事は絶対にないの うわー、ひっでぇなんだそりゃ

即ち、西洋的な分類学だと象徴の共通性や固有性やらとかを探そうとするけど、全体的に見てあれは性質を顕現したものと見れば、彼等を表す印以上の意味がないの 所詮、影響されあった性質・自家化した印でしかないので追うのであれば彼らの性質を知るためのモノでしかない 西洋魔術完全死亡ひっでぇー


――
お読みくださり感謝しますが、この人のツイートを直接お読みくだされば幸いです。
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おすすめ落語集.成功したいなら失敗例を学べ!失敗例集こそが落語。 

「落語知ってるとね、ケンカにならなくていいっすよ。(…)
ありとあらゆる失敗のパターンが全部入ってるから。
ケンカしてるうちに、
何のこたあねえこれじゃまるで『粗忽長屋』だな、
そうおしまいになっちゃうよ。それですんじゃうからね、(…)
昔の教えはそういうの教えたんだろうね、きっと。
こういうことがあるよ、ああいうことがあるよという、
落語ばっかりじゃなくて、いろんな教えをね、したんだ。」
立川談志



落語も仏教派生。説法から誕生。
登場人物に坊さんは出て来るが神道家が出てこない。
落語用語も仏教系が多い。


①時そば

まずはマジ美味えこいつを食らいやがれ!(そばだけに)
柳家喬太郎 時そば - コロッケそば
https://www.youtube.com/watch?v=8hGUS397nrg

和風キリスト教の大本教系の生長の家と
キリスト教系の統一教会の
ニコ動のコメントありで見たほうが面白かった。

柳家喬太郎 「時そば」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6899470

②つぼ算

壺算~桂米朝・枝雀・立川志の輔【動画】
http://rakugo.ohmineya.com/?p=341

壺算のトリック
http://ch.nicovideo.jp/moriarty/blomaga/ar192276

③粗忽長屋

粗忽長屋 立川談志
https://www.youtube.com/watch?v=UFXQdK-V2o0

粗忽長屋~柳家小さん・立川談志・柳家小三治他【動画】
http://rakugo.ohmineya.com/?p=418

④蜘蛛駕籠

「蜘蛛駕籠」 立川談志
https://www.youtube.com/watch?v=qyaYUjk2ZfI

⑤鰻の幇間

非常に勉強になる枕。
相手の願望を見抜き、
あわせつつ、
自分はあまりしゃべらず、
相手にしゃべらせ、
とても興味を持って聴き、
「おお、よく聞いてくれたね」と言われるような質問をすることが、
相手の起源を良くするコツ。
万事に通じる。
幇間=太鼓持ちが実践している技術。

■古今亭志ん朝 鰻の幇間*
https://www.youtube.com/watch?v=uNIre7msnbg

⑥だくだく

立川志の輔 だくだく
https://www.youtube.com/watch?v=HwAJ675xUz0
は傑作、のつもり。


⑦垂乳根(たらちね)

たらちね 柳家喬太郎
https://www.youtube.com/watch?v=yDKCzdIfK4I
を元ネタに
星新一が『ネチラタ事件』を執筆。
上品な言葉と下品な言葉が逆転する病気がはびこる話。
映像化した、世にも奇妙な物語「ネチラタ事件」を見ると爆笑できる。


⑧たちぎれ線香

桂米朝 たちぎれ線香(落語)
https://www.youtube.com/watch?v=RVTlLDQtEX0

人間国宝の米朝は、結社員の小松左京と飲み歩いていた仲で、芸者遊びもするほどだと枕で言っている。


⑨はてなの茶碗

人間国宝の桂米朝 (3代目) の『はてなの茶碗 』の動画が視聴できる、はてなブログ(笑)↓
僕がおすすめする、ビジネスに役立ちそうな気がする落語ベスト5
http://terakappa.hateblo.jp/entry/2016/01/07/115238

これみると節税の手口を思い出す。高名な鑑定士と仲良くなる。現金を美術品に変える。高額の値段のお墨付きをもらう。必要な時に換金。思いついたのだが、やっている金持ち多そう。

アイボリー‏ @mrunsmily 2014年6月13日
お宝鑑定団は、鑑定家達の魔術を披露する番組という様にもとれる

子子子子子(ねここねこ)‏ @kitsuchitsuchi 2014年8月27日
価値を与えるマジック(魔術+呪術) ①鑑定。支配者が持つ資産=芸術品の価値を上げる。 ②信用創造。持っていないお金(無)を貸し付け、返せと要求する、原罪と同じ原理の錬金術。 葉っぱをお金に変える狐(稲荷大社=和風キリスト教の神道詐欺師)に化鹿される話は真実。 @mrunsmily

アイボリー‏ @mrunsmily 2014年8月27日
@kitsuchitsuchi どうもこんばんわ。鑑定家の魔術の内容、そちらの記述で合ってると思います。鑑定士は皆錬金術師でしょうね~。

子子子子子(ねここねこ)‏ @kitsuchitsuchi 2014年8月28日
@mrunsmily 蓄銭叙位令の目的は流通を促す為という説明は一面的。真の目的は財源=現物確保。物々交換=等価交換が嫌で一方的に財産が欲しい朝廷は、金属片を貯めれば位が得られるようにする。等価交換ではないと理解していた人々にはあまり効果なし。朝廷も金融詐欺で財産を奪おうと画策。


⑩代書

昭和10年代、副業として代書人(≒行政書士)だった4代目桂米團治が、その経験から創作した新作落語。

朝鮮人が客(?)に来る場面=当時の貴重な資料を勝手にカットしたり無音するの本当ににやめてほしいね。他の落語も含めて。

作者の4代目米團治の直弟子である3代目桂米朝の代書
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5494251

昭和12年当時の台本のままらしい。

代書~桂米朝・枝雀・立川談志他【動画】
http://rakugo.ohmineya.com/%e4%bb%a3%e6%9b%b8%ef%bd%9e%e6%a1%82%e7%b1%b3%e6%9c%9d%e3%83%bb%e6%9e%9d%e9%9b%80%e3%83%bb%e7%ab%8b%e5%b7%9d%e8%ab%87%e5%bf%97%e4%bb%96%e3%80%90%e5%8b%95%e7%94%bb%e3%80%91/

越境する民の記録:上方落語「代書」に聞こえる済州島方言
http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20100925/p3

たかちゃん‏ @w1919taka 2012年10月26日
桂枝雀
「東の志ん朝、西の枝雀」と言われた人気落語家。
演目「代書」には済州島の朝鮮人が出てくる。
(日本統治時代、朝鮮と済州島と大阪を結んで君が代丸が運航していた)
だが、この話はカットしていた。
主役のガタロ(川底ざらい・在日が多かった)も何故かポン菓子屋に変えて、自殺した。

yasu‏ @yasu_s 2013年8月15日
ところで、そのドキュメンタリーでわかったこと。落語の「代書屋」にあるガタロ、「ガタロ商を営む」のガタロは、落語のほうでは河川の廃品回収のことですが、語源は「河太郎」つまり河童と通じているようだいうこと、 #rakugo

kabujirou‏ @kabujirou 2013年9月18日

戦前でさえ、半島から日本に来るときは
渡航証明書をとるのが基本だったんですが。。。。落語の「代書」でもあつかわれてるんですがね。。

「代書」って落語は、実は、「ちびくろサンボ」とおなじで、朝鮮人が出てくる場面があるんだけど、だいたいカットしますわな。。「景清」といっしょ。

遠森慶◆発信専用◆鉄道◆姉絵‏ @tmk_8jasmin 2月10日

日韓併合時の大阪を舞台にした落語で、日本に来た朝鮮人が、代書業者に戸籍申請書を書いてもらう、という噺があります(『代書屋』の一形態)。済州島の人なんですが「慶尚南道済州島」って言います。当時はあそこ慶尚南道だったのね。で、大阪の代書屋も朝鮮のローカルな地名を漢字で書く書く!(笑

⑪狸賽(たぬさい)

たぬきが恩返しにサイコロに化けて博打で大勝…はしない。
ジョジョで宇宙人がサイコロに化けた話の元ネタ。

化ける瞬間を見られたらタヌキは、目撃者を消さないといけないらしい。
魔法使いかな?

柳家小さん「狸賽」
https://www.youtube.com/watch?v=ywBcYP6KS04

特選 米朝落語 「狸の賽」
https://www.youtube.com/watch?v=x1_Vn-rht64

ドラマチックに死にたくない!‏ @from_paraiso 2014年10月7日
古今亭志ん朝 (三代目) Shincho Kokintei 狸賽 落語 Rakugo:
https://www.youtube.com/watch?v=mUSkCql14A4&feature=youtu.be

ぽんぽこナレーションの中の人はこちら。
ぽんぽこ上映にちなんだ狸の噺。志ん朝は一番聴きやすくてオヌヌメ。


⑫まだまだ追加していく予定





【動画】古典落語で好きな噺あげてけwwwwwwwwwww
http://sonicch.com/1716.html

☆古典落語最高傑作選☆
https://matome.naver.jp/odai/2143213343910737801?&page=1



桂枝雀が上岡龍太郎と語る笑いの分類
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16688264

日ユ同祖論、景教渡来説、スピリチュアル、神智学は仏教破壊用の兵器! 【落語風解説】 『真釈 般若心経 』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-114.html

――参考資料――

“落語知ってるとね、ケンカにならなくていいっすよ。もうねえ、なんて(ったって)、ありとあらゆる失敗のパターンが全部入ってるから。ケンカしてるうちに、何のこたあねえこれじゃまるで『粗忽長屋』だな、そうおしまいになっちゃうよ。それですんじゃうからね、落(語…)(た)だ、昔の教えはそういうの教えたんだろうね、きっと。こういうことがあるよ、ああいうことがあるよという、落語ばっかりじゃなくて、いろんな教えをね、したんだ。教えを何にも知らなくなっちゃったからね。エー、しょうがなくなっちゃって。”
落語 「蜘蛛駕籠」 立川談志
https://www.youtube.com/watch?v=qyaYUjk2ZfI
13:28~13:52分
()うちは私が補った。()前後は完全に正確でない可能性あり。言いかけてやめたあるいは不明瞭な発音の個所は文字おこしが難しい。
「なんて(ったって)」は途中でいうのをやめたと判断したが、「なんと」などかもしれない。「落(語…)(た)だ、」も速度を0.5倍速にしても聞き取りにくく不正確かも。意味の中核ではないのが幸い。 


立川談四楼 ‏@Dgoutokuji 2013年10月21日
落語と仏教は強いつながりがある。高座、前座がすでに仏教用語で、扇子を前に置いてお辞儀をするのは、そちら側がお客様でこちら側は芸人でございますという結界を意味する。手拭いを符丁で曼荼羅(まんだら)と言うに至っては説明の必要もないだろう。道理で本堂での落語会がしっくりくるはずである。

猫の泉 ‏@nekonoizumi 1月7日

「…芸能の発生には宗教の儀礼がふかく関係し、古代の社会では宗教と芸能とアートは渾然一体となっていた。日本の「語り芸能」や「話芸」は仏教の説教の影響が大きく、説経節、講談、浪曲、落語などには仏教的要素があふれている。江戸時代の落語の祖である策伝上人『醒睡笑』から、…」

中村甄ノ丞あるある早くいいたい ‏@ms06r1a 2011年6月7日

それにテレビもラジオもなかった時代、坊さんは地域随一のインテリで、話も面白かった筈なんだ。落語の祖とされる策伝も坊主だもんね。でも別に現代じゃ坊主はインテリでもなけりゃ面白くもないでしょ。インテリが珍しかった時代じゃないもん。

星山耕太郎 ‏@Kotarohoshiyama 2014年5月17日

初デジタル書籍。円朝の「落語濫觴(らんしょう:起源)」という本を読んだ。なんでも落語の起源は、江戸前期、策伝という坊さんが秀吉に聴かせた宇治拾遺物語だそうで、後に狂歌(笑える短歌)が流行したとき、狂歌即興会で黙って考えてるのもなんだからと、笑える話をしたことで再興したとのこと。






“ 日本の話芸の研究者の関山和夫氏は、「現在でも、落語の世界での「高座」「前座」「マンダラ(手ぬぐい)」「師匠と弟子」「一席・二席」などの用語や、講談でいう「中座読み」「修羅場」などの用語は、全てこうした、高座で演じた、仏教の説教から出たものである」と言われている。そして、日本の独特な話芸の源流には、仏教伝来当初から、言葉に節をつけて、説教(唱導)が、行われていたと言われている。そうした節付説教は、平安末期から鎌倉時代にかけて出現した天台宗の澄憲(1126?~1202)とその子の聖覚(1167~1235)が樹立した「安居院流」と、寛元年間(1243~1247)に定円が創始した「三井寺派」などを中心にして行われていたが、この「安居院流」を樹立した聖覚が、法然上人に帰依して、浄土宗に入り、やがて真宗に伝承され、真宗において、独特の型を生み出し、『節談説教』として、江戸時代から、昭和の初期まで、隆盛を極めた”
落語と仏教  ・・落語の源流はお説教?・・  
http://www.jiin.or.jp/turezure1/rakugo.htm


“落語の祖 策伝上人
第五十五世 策伝上人

戦国時代、誓願寺の第五十五世法主「安楽庵策伝上人」は、優れた説教師であるとともに、松永貞徳・小堀遠州らと親交を深めた文化人でもありました。

策伝上人は、ともすれば小難しくなりがちな「お説教」に、ふとした笑い話を含め、人々に分かりやすく、また親しみやすくお話になられました。またそれらの話を集めた「醒睡笑 (せいすいしょう:八巻)」という書物を著し、それが後世、落語のネタ本となったことで「落語の祖」とも呼ばれ、それにより誓願寺も落語発祥の地として知られております。
(…)
当誓願寺では、毎年十月初旬の日曜日に「策伝忌」を営み、追慕の法要とともに奉納落語会を開催しております。 (日程の詳細は、トップページの行事カレンダーをご参照いただくか、直接当山までお問い合わせ下さい。)
(…)
文人としては、「醒睡笑 (せいすいしょう)」が有名である。元和元年 (1615)から同9年 (1623)にかけて、自らの体験談、見聞録を出来るだけ面白く、さらに諷刺、教訓、啓蒙的な要素を附加して巧みに書き下ろしたものである。その滑稽の縦横なことは、まさに落語の教科書と称えるべきもので、その数々の咄は、落語中興の祖・烏亭焉馬を経て延々今日にまで及んでいるのであって、策伝上人が落語の始祖と言われているのは不自然ではない。 茶人・古田織部が、秀吉の「御咄の衆」 (主君の話し相手となる老巧の士)であった という事実も、策伝上人という笑話の天才が生まれるに至る機智性の血脈を知る上で注目される。

「醒睡笑」を完成するやかねてより隠居の志あった策伝上人は塔頭、竹林院を創立し、境内にあった茶室、安楽庵 (広島県、誓願寺に安楽庵好みと伝えられる八窓の茶室が復元されている)に入り、自ら安楽庵と号した。

寛永19年 (1642)正月8日、89歳で示寂するまで19年間、竹林院を訪れる風流人は絶えなかった。 陰欝な戦乱の世でも常に明るい面に眼を向けて、楽天的に笑い続けることを長寿の妙楽とし、ことに風雅と戯笑に満ちた晩年における生活は、文字通り悠々自適の余生であった。

落語の祖 策伝上人/浄土宗西山深草派 総本山 誓願寺
http://www.fukakusa.or.jp/p016.html


“立川談志師があなたも落語家になれる―現代落語論其2という本のなかでこう述べている。

   私の惚れている落語は、けっして『笑わせ屋』だけではないのです。
   お客さまを笑わせるというのは手段であって、目的は別にあるのです。
   なかには笑わせることが目的だと思っている落語家もいますが、
   私にとって落語とは『人間の業』を肯定しているというところにあります。
   「人間の業」の肯定とは、非常に抽象的ないい方ですが、
   具体的にいいますと、人間、本当に眠くなると
   「寝ちまうもんだ」といっているのです。

   分別のある大の大人が若い娘に惚れ、メロメロになることもよくあるし、
   飲んではいけないと解っていながら酒を飲み
   「これだけはしてはいけない」ということをやってしまうものが、
   人間なのであります。
   こういうことを、八つぁん、熊さん、横町の隠居さんに語らせているのが、
   落語なのであります。(中略)
   落語のなかには、人生のありとあらゆる失敗と恥ずかしさのパターンが入っている。
   落語をしっていると、逆境になった時にすくわれる。
   すくなくとも、そのことを思いつめて死を選ぶことにはなるまい、
   と私は思っている。   

このことは、落語のみならず喜劇全体の本質をも突いている。
喜劇は、人の愚かさに触れ、それを自身に振り返させると同時に、
人の不完全さについて改めて認識させるといった効用がある。”
45.月見座頭
http://choroku569.blog.fc2.com/blog-entry-46.html

“『あなたも落語家になれる―「現代落語論」其(その)二』は、談志が「落語は人間の業の肯定を前提とする一人(いちにん)芸」と定義した名著だ。
 忠臣蔵で例えれば、落語が本来、主題とするのは、亡き主君の敵(かたき)を討った四十七士ではなく、逃げたその他大勢の家臣の方だと本書は説く。大義名分ではなく、小さなことにクヨクヨする人生の、ありとあらゆる失敗と恥ずかしさのパターンが詰まっている落語を知っていれば、「逆境になった時に救われる」のだと。
 さて、読み終わったところで、余韻にひたりながら、ちょっと一杯……よそう、夢になるといけねえ。”
書店員に聞く この落語家を読め!
http://book.asahi.com/reviews/column/2015060500005.html

峨骨 ‏@Chimaera925
叶わなかった者は静かに消えて行くから、願って叶った者だけがそれを語る。願って叶わなかった者の言葉を集めて、どうすれば失敗するのかを研究できれば、願いを現実にする術に近付くだろう。しかし、死人に口なし。死して屍拾う者なし。

ビジネス書にありがちな、「こうすれば成功する」なんて成功体験はクソ程役に立たない。たまたま上手く行っただけで、同じことをして骸を晒したの者は声を上げないのだ。 重要なのは失敗の蓄積。「こうすれば必ず失敗する」これらを集めて失敗の種を潰していくのが近道だろう。
成功体験は勝ち馬に乗りたいワナビーを集めて金儲けするのに役立つ。しかし、そのノウハウが役立つ事はあまり無い。 バブル期に小遣い貰って就活して金持ちになった連中が同じ価値観や生き方を続けて落ちぶれたように、何をやっても上手く行く時代とそうでもない時代があるから、個人の力なんてのは
成功の為の因子のほんの僅かなものなのだろう。その、ほんの僅かなもので明暗が別れる事もあるだろうけどな。
バブル期に成功していた落ちぶれたジジイの成功体験聞いて見れば、成功体験が何の役にも立たないのがよく解る。

スピリチュアルや自己啓発、ビジネス系自己啓発が流行る中、それを通して頭の中がクリスチャンに書き換えられている。「強く願い潜在意識に働きかければ実現になる」これはニューソート。魔術と比較すると、「ああ、コレは失敗するわ」ってな方法が書いてある。成功しないから依存して固定客になる。

悪が存在しなければ存在意義の無い受動的な正義のヒーローよりも、日々試行錯誤を重ねて、何度ヒーローにやられても何度失敗しても諦めずに目的の達成しようとする悪の秘密結社には見習う所が山ほどある。「努力しても報われる補償は無い」「油断すれば足下を掬われる」と数々の教訓を残してくれた。

歴史にしたって勝者の都合の良いように書かれている。だからといって歴史を学ぶ必要が無いわけではない。知らなければ矛盾を探し出す事も不可能だし、人に矛盾を説明する事もできない。歴史を学ばない認めない、われわれの説あるいは教義が正しい。疑うな。心の問題だ。これでは単なる信仰。宗教だ。

彼を知り己を知れば百戦殆うからず 孫子『謀攻』
敵則能戦之、少則能逃之、不若則能避之ともある。
ただ知っていれば勝てる訳ではない。
勝てない敵には勝機を見出す時まで守りを固めるか戦いを避け、勝てる状況を作り出し勝つ。
五行無常勝、四時無常位、日有短長、月有死生
絶対の勝者は無い。

万全な計画や実行力によってそれらが全て計画通りに行っている訳ではない。全て計画通りで絶対的であると見せかけているだけであれは絶対でも全知全能でもない。最適な手を打っているように見せかけて、不十分だったり過剰だったり、不発だったりで大してコントロールできていない。
数打ってそこそこ当たったものがメディアで取り上げられる。失敗に近い成功でも目的達成の為に宣伝を繰り返してそれと認識させたならば、成功に近付けることができる。不発は話題にならない。数打てば当たる。凄腕のナンパ師だって片っ端から声かけて、ようやく一人でも成功例だけ見れば凄腕だ。

起こされた事象は素材。目的に沿ってイメージ操作を行う素材。素材として必要されなければ大してメディアや政府は騒がず、目的があって注目させたい場合は露骨に煽る。本来は時間をかけて刷り込むものを、ここまで露骨にやるのを見る限り定められたスケジュールにあまり余裕が無いのだろう。



捻くれた目で見ると、「なるほど、こうやって権威付けするのか」と見て取れる。アブラメリンは17~8世紀に書かれたドイツ語版、18世紀のヘブライ語版とフランス語版の写本。有り難がらずに同人本くらいの感覚で読むと面白い。14~5世紀のドイツに住んでいたユダヤ人 が著者だと書かれているけど、これもハク付けだろうなと見ている。

The Big O - Rui Nagai - Big-O! https://www.youtube.com/watch?v=PyosK5bielo … THEビッグオーの主人公、ロジャー・スミスは一流の敏腕ネゴシエーター。いつも交渉が失敗して、巨大ロボを呼び出して交渉。最後は暴力がものを言うと教えてくれた作品です。

村手 さとし‏@mkmogura 2014年4月2日
ドイツの哲学者ショーペンハウアーは、定義からの不一致(ズレ)が、人間の笑うことの衝動であると定義づけた。 論理的考察を鍛えたければ、誰かを笑わせる文章を訓練すべきである。 ストーリー性、必要事項、時系列。客観的印象も計算して、かつ短く、そこからズレ=落ちで笑わせるのである。

この社会における常識とは、客観性、冷笑的な皮肉ともいえる視点をあえて見ないふりをする『隣の人に右習え主義』であり、笑わせる文章におけるストーリー、定義そのものである。
誰がどんな定義に縛られてるかを考察し、その常識という筋道に外れた『笑い』のような物こそ珠玉の視点である。

村手 さとし‏@mkmogura 2013年12月18日

いいですか。Twitterでボケる、笑いをとるというのは、誰もつっこんでくれない事を気にしないところから始まります。
それは、自分の人格について誤解されても強く生きて行くという事に他なりません。
ピエロとも言います。

弱い自分をごまかして強く生きていきましょう。

村手 さとし‏@mkmogura 2012年8月10日

@lanekota ヒューム哲学。aよりbが価値があるなら、意味がある。権威とか餌とかではなく、もっと比較からバランスをとる反抗精神のほうがいいよ。たとえば、さっきのスピとかも、批判ではなく、指さして笑い者にするぐらいがいいと思う。


"哲学では概念という言葉がしばしば重要な役割を担う。英語で言うと「コンセプト」で、「作品のコンセプトは何ですか」とインタビュアーがアーティストなどによく聞いたりするので何となくニュアンス的には知っているだろう。「物事の概括的な意味内容」と辞書を引くとある。つまり、花という言葉に花の定義(本質)が定められることによってすべての実在の花に花という言葉が当てはまる。だが、世界はあまりに広く多様である。中には定義にピタリと当てはまらない花も存在するかも知れない。この不一致を笑い理論に関連付けたのが19世紀ドイツ哲学者のショーペンハウアー。

「笑いが生じるのはいつでも、ある概念と、なんらかの点でこの概念を通じて考えられていた実在の客観との間に、突然に不一致が知覚されるためにほかならず、笑いそのものがまさにこの不一致の表現なのである」と氏は断じる。
前編の「期待と現実の突然の不一致」が笑いを引き起こすというカントの理論と構造的に似ている。カントのときと同様、ショーペンハウアーの言う具体例を見よう。
パリのある劇場の観客が、かつてラ・マルセイエーズの演奏を要求したが、それが演奏されなかったので、叫喚と狂乱が生じた。そこでついに制服を着た一警部が舞台にあらわれ、劇場ではプログラムにあるのとは別のことがなされることは許されないと言明した。すると一声があがった。
「でもあなたもまたプログラム中にありますか」と。

だれかが、自分はひとりで散歩するのが好きだと言ったとき、あるオーストリア人は彼に言った。
「あなたはひとりで散歩するのが好きだ。私もそうだ。だから私たちは一緒に散歩することができる」と。
ふたつの例を挙げたのには意味がある。実は氏いわく可笑しさには2種類あり、実在的なものから概念に移行するときは「機知」、その逆が「とんちんかん」と定義しているからだ。つまり、最初の例が「機知」、二番目は「とんちんかん」。見ての通り、舞台にあらわれた一警部(実在的なもの)の次に正しい劇場のプログラム(概念)が現れているのに対し、二番目はひとりで散歩するのが好きな私たちがそれをふたりで一緒に楽しめる(概念)、私たちは一緒に散歩することができる(実在的なもの)と順序が逆なのである。概念と実在の不一致の順番を逆にすると笑いの種類がガラリと変わる、実践的なおもしろい理論である。

笑いといえばまさに「笑い(Le rire)」という本を書き残した哲学者を忘れてはならない。彼はフランスの哲学者ベルクソン。彼の笑い論はかなり有名だしその分量も多いので、ここで詳述しないが一応簡単にエッセンスを挙げておく。
「笑うべきことは、注意深いしなやかさと生きた伸縮性があって欲しいそのところに、一種の機械的なこわばりがある点だ」
これも抽象化の度合いが高い定義なのでよく分からないだろう。よって例を紹介する。
「往来を走っていた男がよろめいて倒れる。
すると通りがかりの人びとが笑う。(中略)笑いを催させるものは彼の態度の急激な変化ではなくして、変化の中にある不本意的なものであり、不器用である。(中略)しなやかさに欠けていたせいか、うっかりしていたせいか、それとも体が強情を張っていたせいか、こわばり、もしくは惰力のせいで」

「人間の体の態度、身振り、そして運動は、単なる機械を思わせる程度に正比例して笑いを誘うものである」とも言う。
そう言われてみると昔、何かのコントでロボットのようなぎこちない動きや機械的な声を真似た芸人を見てゲラゲラ笑う観衆を見た記憶がある。ロボットでなくても、不慣れでぎこちない動作で商品を間違えたり落っことしたりとヘマばかりするコンビニの店員のコントで笑いが巻き起こることなどは今もよく見られる。

最後に、同じくフランス哲学者のバタイユのかなり風変わりな笑い論を見よう。「非―知(Le non-savoir)」という不思議なタイトルの本の中に収められたもので、
「笑わせるものとは単純に、知りえぬものなのかもしれない。(中略)われわれが笑うのは、ただ情報や検討が不十分なためにわれわれが知るに到らないといった性質のもつ何らかの理由のためではなく、知らないものが笑いを惹き起こすからこそ笑うのです」と言う。
ベルクソンの例に当てはめると、通行人が倒れることは誰もあらかじめ知り得なかったことだ。私見だが、この理論ならもしや赤ん坊が笑う理由を説明できるかも知れない。
これまで挙げてきた哲学者が笑いの理由として使った期待の不一致、概念、実在、機械的、そうしたものを一切知らないのに、赤ん坊は笑うのだから。

笑いはいまだ未知の領域。そもそもアリストテレスの指摘した「人だけが笑う動物」なのはなぜかも分からない。ここはひとまずニーチェがぼそりと述べた言葉で末尾を飾るとしよう。
「人間のみが、笑いを考案せざるを得ないほどに深く苦しむのである」"
http://www.excite.co.jp/News/bit/E1361768527021.html
「人はなぜ笑うのか」を考えた哲学者たち【後編】






• 安楽庵策伝著、鈴木棠三訳『醒睡笑』(平凡社東洋文庫、1964年)
•文庫判では、『醒睡笑』(鈴木棠三校注、岩波文庫 上・下、1986年)と、
『醒睡笑 全訳注』(宮尾與男訳注、講談社学術文庫、2014年)がある。

―――
聴いてくださり感謝します。
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復活ねこた ‏@lakudagoya 2017年2月分(2/8から)ツイート保存 

閉店です ‏@lakudagoya 2017年2月8日
なぜに「真の日本人」と称する人たちは、真性のピュアな民族主義のはずなのに、従軍慰安婦の問題で騒ぎ立てる朝鮮人のように、日本人一般大多数に対する憎しみがあるのは何故だろう?

「真の民族主義」でさえ、根っこが反日であればそれは一般人の生活が良くなるわけないなと思った。

この国では、「真の民族主義」ですら根底にある感情は一般人多数に対する憎しみないしは、ルサンチマンの裏返しとしての選民思想だ。 更にもっと突っ込めば、その「真の日本人」論争にある属性は全てなぜかキリスト教の信仰に根ざしてる事がわかるのが不可解でしょうがないと思う。

「民族主義」だって、オリジナリティと同じで19世紀のロマン主義で創作された観念だから。

民族主義を主張する人たちは、一番民族の固有の思考回路を壊すはずの西欧の学問に対して一ミリも批判しないどころか、西欧の博物学的な価値観で自分たちの特異性を語るという性質がある。
彼らが、民族主義を掲げながら、反グローバリズムを唱えながら、西欧の智の体系に対しては一切批判しない事は不可解でしょうがない。 また彼らが西欧に対する熱烈なまでの信仰心を持つのは、西欧のバックアップがなければ、選民思想で「俺すげー」する事すら不可能という事にあるのではないか?

考えれば、考える程、原発論争にしても陰謀論にしても、西欧の智の体系は出力された「結果」を「盲信」するか「選民思想」に走るかというものを作り出す洗脳装置にしか見えない事だ。 どう考えても、西欧の思考法には土台が腐ってる。だから考えれば考える程発狂する。
民族主義だって、西欧に「戦争用」に創作された観念だもの。 それまでは、宗教で集団が分類されていた。または部族単位。 凄いな。民族主義にしても、オリジナリティにしても、全てがラノベの創作観念を現実に押し付けてるからこんなおかしな事になるわけか。 実用性皆無だもの。

ユダヤのタルムードの解釈やイスラーム法の解釈のように、限定的思考法をしないから、出力された「仮説」と現実の区別がつかないのか。 こんな馬鹿丸出しの思考法をしてたら、そりゃーユダヤ教に食い物にして下さいという状態じゃあるまいか。 そこを指摘しない人は多いのは何故かな?
「真の日本人」にしても、言葉に縛られる。じゃあ「真の日本人」の定義は何ですか? サンカの真の日本人説にしてもDNA鑑定がなかった時代だよね? ふふふ、どんなものでも「論説」に落とし込んだ時点で、三段論法になりさえすれば破壊できるわけだ。

よく見えないカルトの幹部についてわかった事を書いていく。 カルトというと、このついったーにも沢山いるけれども、露骨に頭悪そうな人たちがいる。 けれども、東大や京大のエリートからカルトの幹部候補生が選ばれてると来る。 こんな頭悪い集団に何故エリートが?と不可解だったのだけど。
恐らく、そこでリクルートされる統一教会の原理研などの幹部は、ネット工作のように露骨に頭悪い「カルト臭い」業務ではなくて、秘密結社の思想を洗脳するためのアニメやゲーム会社の社長や、出版社のお偉いさんなど、カルトには見えない「綺麗な」仕事につくと思われる。
例えば、菊池氏と論争して日蓮宗系のカルト信者とバレたウェイクアップ氏のように、元ジャーナリストで一児の母、で今はオーストラリア在住のような、見た目おしゃれでとてもカルトとは想像もつかないような「綺麗な」仕事を与えられるのでないか?と思うわけですよ。
今の時代、東大京大出ても正攻法では官僚だとか大企業のエリートコースが精々だもの。 若者が憧れるような仕事には簡単につけない。 けれども、統一教会の原理研のような表面から見たら馬鹿馬鹿しいカルトだけどそこに所属さえしたら無数のバラ色の未来が開けるのであるならばそちらに行くだろ。


そういった人たちは、大学在学時代から色々とうまみを与えられるのだろう。

またオウムに釣られた理系のように、今の西欧の学問の智ではわからない秘教的叡智を与えつつ釣るという方法も考えられられる。

共産党の民青でいい大学通ってる子を青田買いする事もあるだろうと思う。


さて、考察がまとまったので、またな。

いやー見てると思った以上にカルト信者の巣窟だねぇここは。

日本は日本人が想像してる以上にカルト国家で、論説を展開してる人を見ても譲れない思考の固定された糸がミエミエすぎてよくこれで人を騙した気になってるんだなと感心するよ(笑)

「真の日本人」と称する方々も、従軍慰安婦問題を持ち出す朝鮮人の方々なみに、日本人一般大多数を憎んでるのならば、それは国民の生活が豊かになったりはしない。 いくら西欧の博物学的な価値を積んで「特別だ」という選民思想を焚き付けても幸せになれないのは、根底にある感情が奴隷根性だから。


「西欧人と日本人は特別な血筋がー」と言うのは、「特別な血筋(と主張するもの)」以外持ってなかったのだろう?

つまるところ文化も大多数の人を幸せにする社会システムも思想も何もかもなかったってわけだろ?

血筋崇拝は2500年前の中国の政治思想にも勝てないのだから。
優生学が言うように、「本当に」西欧が特別な血筋で本当に優れてるのならば、東洋思想より凄い政治思想や社会システムが生まれないのはおかしい。 イスラーム哲学の初心者に完膚なきまで土台から木っ端微塵にされるレベルの智の体系で「優れてる」ってそれはとても考えられない事だよ。

あきれた事に、陰謀論者の中にすらそういう西欧の博物学的思考を相対化できずに、マイノリティは世界中の文化の画一化の中でオリジナリティ(笑)を保ってて偉いとかそんな価値観に洗脳されてるのだからどうしようもない。 陰謀論者でも殆どが西欧の価値観を脱却できない点で負け組だよ

「ユダヤが悪い」だの「日本人は特別」だの、パプア・ニューギニアのカーゴカルトのような発想してる人たちがいるけど、そいつらだって西欧の思考というフィルターを通じてでしかすげーと認識できないのさ。 諸悪の根源は西欧の智の体系だよ。 で、これは東洋思想にも憑依するから要注意。

戦前の思想家(笑)だって、彼らの思想は東洋思想と耶蘇教をアマルガムさせただけの代物だから。 もう、耶蘇学問というものと混ぜる時点で負けが確定してる。 西欧を叩いてる民族主義(笑)こそ、西欧の思考回路から抜けれないってパターンが多いのは民族主義すら西欧の価値観だからね。

日本を救うのは、特別だとか博物学的な価値ではないよ。 大多数の人が幸せになるように頑張る「青雲の志」だよ。 戦前戦後の人たちには、そういう清らかな青雲の志を持った人かいたのだけど、博物学的な価値を担保された特別な血筋の人たちは心根が卑しいのは本当に不思議で仕方ありません。

「博物学的な価値」ってのは、所詮18世紀の社交界でアフリカから捕まえてきたライオンを披露して「お〜」とか言う見世物のためだからね。 こんな宴会の余興みたいなもんいくら積んでも社会は良くならないよ。 こんな貴族の暇つぶし学問が社会に役に立つわけない。

「大卒は役に立たない」って、大学行くのが無意味ではなくて、西欧の智の体系そのものが修道院とかで論じられる空理空論の類で、博物学なんざ貴族の暇つぶしの同人活動のようなものだから、最初から役に立つようにできてない。 そこを指摘してると思うのだけど。

生活に何一つ役に立たないどころか、世界に害毒ばかりもたらして、更に頭の悪くなる機能つきのクソ学問。それが西欧の智の体系。 きっと、大卒以外は伝統智の中で生きてるんだよ。中国思想などの生活智をベースとした価値観でものを見てるから西欧の智の伝統は不可解に見えるんだよ。

西欧人が「伝統を守れ」と言うのは、博物学的な価値の高い見世物としての文化を守れって意味だから。 見世物ばかり集めても幸せになれない。 西欧の智の体系はこうやって人を不幸にする思考回路が埋め込まれてるわけ。 短絡的で破滅的で社会秩序すら何もない退廃的なものね。

頭の悪そうな軽薄なカルトの教義に縋ってる国会議員とか見てると、こいつらの盲信してる「人類の進化」って本当かね?と思う。 東洋思想には既に進化の過程を経なくても反証性の高いものがあるけど、それらを見たら「進化」なんて嘘っぱちにしか見えないわけで。

ユダヤやイスラームなどの中東の部族社会マインドを見てると、文明を憎んだり、社会秩序(特に共同体の掟)がない西欧って、本当にアブラハムの宗教か?と思う異質さを感じる。 一神教の皮をかぶった西欧のイレギュラーな気持悪い思想が悪の根源でないかと思う。
部族社会を動かすルールはどう考えてもDQN的な価値観なのだよね。 それに比べると、西欧のあの去勢されたような女っぽさは何だろうか? 中東の部族社会のような荒っぽさから去勢されてないと人間にならないという強迫観念が、特にお受験ママとかに強い傾向だよ。

昔の人は、西欧の教育は馬鹿になるとわかってた人が多かったのだけど、今や受験崇拝でそんなのすらない。 このお受験信仰もそうだけど、特定の陰謀論者への盲信も含め、西欧の智って何でここまで何もかも「何かに対する猛烈な信仰」や「選民思想」を生み出すような思考回路なんだろうね。

そもそも、「コルプス・クリスティアヌム(キリスト教共同体)」にローマ法が入ってる事自体おかしい。 ローマ法なんて、完全に自己都合でできる人為法を聖書解釈に適応しても一神教として機能しないだろう。 マニ教モドキのアメーバ的な存在になるのは決まってるの。

閉店です ‏@lakudagoya 2月9日
おおっと、燈火さんに差し上げたいネタを忘れてた。 ポケモン「サン&ムーン」は密教の日輪と月輪でないかな? ポケモン「サン&ムーンのキャンペーン」を見るたびに言おうとずっと思ってた。 このあたりは、ユダヤ・カバラ背乗り思想あたりも絡んできて胸熱だな。

(ソルガレオがにちりん、ルナアーラががちりんポケモン。



↓右に太陽、左に太陽が来るようにしている。



火と水、太陽と月など相反する要素の二元論の思想だろうね。 ついでに密教はやつらの大好きな太陽信仰なのでは? 最近、密教思想の押し付け臭いアーリア思想のラノベが沢山あって、エホバの証人の宣教なみにウザいと思う今日この頃(笑)

やつらの密教かぶれは、チベットもだけど中央アジアのイスラーム以前の宗教に関係あるんでね? あの時代、大乗仏教だか密教だかバラモンだかよくわからない宗教が中央アジアにはあった。 またぞろアーリア人(笑)の元ネタという所だろうよ。 そこがルーツだと主張したい歴史捏造ドラマだな。

燈火さんのネタでもう一本。 仮面ライダー?だかの「RX」の太陽信仰って、あれ古代のキリスト教マークのPX(カイとロー)か?と間違いそうだった。 コンスタンティヌス大帝が空に浮かんで見えたのがこれだし。 Rって何?Rosicrucianか?まさかな?(笑)

密教というか中観仏教以降の仏教には、バラモン教から取り入れた要素が色々あって、その要素がやつらの好きな部分でね?って話。 密教についてはよくわからない。 火を崇拝するような頭おかしい連中の系譜が、やつらの思想のパクリ元臭いという事だけわかってそうな気がする。

キレもない考察だけするようになって、賞味期限切れかもね。 最近、ラノベ見てるとあまりにも、エホバの証人の宣教並に押し付けがましい密教思想の押し売りにやれやれな感じ。 これらのアーリア思想(笑)には、血筋崇拝を入れろという指示が露骨に見えてて頭悪いなと思った。

最近のラノベで血筋崇拝のゴリ押しされるのって、安倍晋三のように政治学の授業に一回も出席しないけど卒業してたという、頭悪くても、実力もなくても凄いと思えという特権階級の究極の甘やかしに見えるな。

で、それすらもイギリスが背後にいてゴリ押ししてるという情けなさ。

TUNER ‏@stone_cold_1 2月9日

@lakudagoya ラノベは知りませんが進撃の巨人も王族じゃないと使えない能力とかありますよね。


閉店です ‏@lakudagoya 2月9日

@stone_cold_1 あーやっぱし。そんな思想の押し付けばかりですね。ラノベもそうですよ。


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年11月25日

進撃の巨人:巨人ユミルの死体を材料に世界が創造される北欧神話(+ギリシア神話。タイタン=巨神)。東洋人が絶滅寸前で白人だらけで偽の王が君臨する階層世界。大義の為に死ねというナチス的戦争屋が喜ぶ話。ドイツ語の歌詞。体重や誕生日は数秘術用に設定。壁を崇める宗教で壁の秘密を探らせない。

竹河巻 ‏@takekanomaki 2016年10月14日

『進撃の巨人 answer』で作者が言っていた。
“東洋”とは“東の海”を意味する、『進撃』の“東洋”は現実世界の”東洋”ではない、と。
マーレから見て東の海にあるのはパラディ島では?
86話では国土とあるけど元からそうだったのかな?

閉店です ‏@lakudagoya 2月9日

クルディスタンのヤズィーディーとか、中東に残ってるエスニックな集団の中には、カースト制度が教義に入ってるものがある。

アンチセミズムってユダヤがーとかでなくて、それらの宗教を駆逐したセム系一神教が許せないという欧州の特権階級のルサンチマンではないかと思うことがある。

欧州は辺境だったので、色々と気持ち悪いものが残ってたのだろうな。 日本の気持ち悪いものの多くはクリスチャン謹製だけど。 そいつらは、大文明圏の辺境で優れた文化も社会システムもないから、血筋がー!とか言ってシコってるだけかも知れないね。

中世の欧州とか見たら、琉球王国や李氏朝鮮なみに悲惨。 東ローマの豊かさに比べたらゴミのようなもので、あーだから東ローマの文化レベルの高さや凄まじい豊かさは無かったことにされてるのか。 東ローマの実態がリアルにわかるだけで、自分らのブランドが崩れるから。

東ローマ帝国の皇帝の寄進で建てられた修道院の豪華絢爛な金の壁とか見ながら思ったのは、「特別な血筋がー」とか言うならば、何故に上下水道を引く技術もなかったのかね? そして本当に特別ならば、東洋思想よりも優れた思想を生み出せるはずなのにそれもない。 何かがおかしい。

「特別な血筋」のクセに便所紙にもならないこんな頭の悪くなる思想しか生み出せないって何かおかしい。。。 ネアンデルタール人?の血筋やRh−の特別な血筋は本当は劣勢でないのか? ついでに西欧かぶれになればなるほど精神まで劣化するので淘汰されるべきはこっちの人たちかもね。

本当に優生学の言うことが本当ならば、世界中の思想のオリジナルを破壊しなくても、自分らの優れた思想が世界中のものを駆逐できるだろう? またスピリチュアルのようにインド哲学の背乗りの軽薄な劣化コピーをしないといけない時点で何もないって言う事の証明でないか。


もし戦争すると考えるならば、敵の兵力や戦術、武器の質などがわからないと作戦すら立てられないのに、敵を単に悪魔だと騒ぐだけではそもそも戦争以前のお話だ。

こんなのは、ラノベクラスの戦争ものの小説見てもわかる事だけど。
もし陰謀論を戦争だと例えるならば、敵を正確に分析する事も放棄するようなクリスチャン陰謀論者のブログのようなものは、軍師にとってこの世界から消滅すべき邪魔なものだと思うな。 あれだけ戦争でダメなパターンの思考を凝縮したものはなかなかないわ。

よく戦争もののラノベで本当は千の兵力しかないのに、一万もの大軍に見せかける陽動作戦を音や霧などの自然環境を使ってやる話はあるけど、その陽動作戦にまんまと食いつくどころか、更に敵を10倍だと思い込むような軍師として絶対にダメな思考がクリスチャン陰謀論者のブログには詰まってる。
クリスチャン陰謀論者のブログって、戦争をする軍師の立場からしたら一番いけない思考パターンの集大成だな。 どう考えたら、こんなゴミどころか、もっとも邪悪な有害物質のような思考になるんだろうね。 これだとユダヤ様にカモって下さいと言ってるのと同じだよね。

ユダヤ思想って、構成が極めて中国思想に似てるんですけど(たとえ話によって説明する所や、実際に生活に使える処世術としての側面がそっくり)、中国思想ってもしかして悪魔崇拝でしたっけ?(笑) もしかして、ユダヤ思想って単に東洋思想の1カテゴリーに分類できる代物では?(笑)

何のことはない。ユダヤ思想なんてただの東洋思想その1だ。 きっと、中国やペルシャなど様々な所からパクってるだろうね。 パクってるというか、編纂された場所がバビロニアだから様々な文化や宗教や思想の影響を受けるのが当たり前だったんだろうなと。 そんな話だよ。

東ローマ帝国ですら、中国のパクリを堂々とやってるのに、メソポタミア在住の人たちがやらないのも不思議な話だ。 帝国に攻めてくる異民族に金銀財宝を渡したり、皇族の娘を嫁にやったり、豪華絢爛な文化で侵食するのは昔から中国が周辺の蛮族に対してやってた事のパクリだもの。

東ローマ帝国は6世紀に絹の製法を盗んで来たくらいだから、それ以外の情報も仕入れてただろ。 しかし、東ローマ帝国の皇帝は随分と中国皇帝に近いようなポジションになってて笑える。 中国思想がどれくらい耶蘇教国家の成立に影響を与えたか気になる所なんだよね。

東ローマ帝国と言えば神学論争が有名だけれども、なぜに悪魔崇拝&異端の歴史で修道の中心地だったカッパドキアなどは無かったことにされてるんかね?

異端や異説などは教育水準の高いところで生まれるならば、西よりも東に注目しても良いんじゃないかな?
東の異端のボゴミール派も確か震源地はカッパドキアだよな。 この東の耶蘇教やイスラームなどの影響を意図的に無視してるのは、東方の流れを正確に書くと、西ヨーロッパ中心史観に傷がつくという女々しい意図をもって意図的に無かったことにされてると思う。

ユダヤがー!とか言ってる人を見ると、和風キリスト教臭い空気を感じ取ってしまう。 そして、日本人が特別だとかアーリア人(笑)の主語を日本人にすり替えただけのような事言ってる、博物学的な思考に洗脳された東洋主義者(笑)も、あーカルト沢山いて気持悪いなと思うわけ。
結局、一般人の多くは大本教に洗脳される事に最適化された思考回路をしてるくさい。 だからもうツイートするのも嫌になったんだ。 最近は美味いもの食うのに凝ってるから、陰謀論のカルト臭さの愚痴はここまでにしたい所。

亡国のプティラノドン ‏@dhtdhtdhtdht 2月10日

鯨漁なんか倫理的だと思うんだよね。
畜産よりライオンがシマウマ取って食うのに近いし、一頭で多くの肉が取れる。
欧米人はなんで家畜ばっかり差別するんだろうね?
自分たちの畜産という文化を温存したままで、動物殺しの罪悪感も背負わずに済む理屈をでっちあげてるようにしか見えないんだよね。 https://twitter.com/youkopyua/status/829638969654603777 …

閉店です ‏@lakudagoya 2月10日
@dhtdhtdhtdht 本当に西欧のキリスト教の価値観は意味わからんです。

まだまだイスラム原理主義のほうが理詰めで考えたらわかりやすいです。

動物愛護にしても聖書に根拠なんてどうでも良くて、誰かがこれが尊いと言うと盲信してるだけのように見える。これは原発盲信もそうで。
@dhtdhtdhtdht 結局、何でもキリスト教にできるから定義ができないのかも。聖書なんてあってないようなもんですし。 原発。放射能つき飯は嫌ですが、原発にしても西欧のどちらも偽の二元論など頭悪くなるの罠が仕掛けられてるので要注意です。

キリスト教ってなぜか軸のないアメーバのように見えてきてしまう。 なぜに部族社会的なDQNさを捨てたのだろう。 捕鯨についても、原発についても誰かが盲信しろと言ったら盲信する態度が、ひたすら何につけても偶像崇拝に見えて仕方ない。

こんな鯨にしても、原発にしても偶像崇拝のように何かに盲信するような態度ではユダヤ様に食い物にされるのも当然のような気がする。 正直考えて、処世術的にも戦略的思考にしてもこんな頭悪くなるのような西欧の思考が諸悪の根源でないかと思える今日この頃。日本人は真似したらいけません。


亡国のプティラノドン ‏@dhtdhtdhtdht 2月9日
広瀬某「娘婿の夫の姪がロスチャイルドに嫁いでいる。あいつもロスチャイルドファミリーだ!」
正直、ロスチャイルドを煙幕にして何かを誤魔化したいとしか思えないぞw https://twitter.com/lakudagoya/status/829815935036829697 …

閉店です ‏@lakudagoya 2月10日
@dhtdhtdhtdht ロス茶だから悪いってのも循環理論ですね。悪魔崇拝と同じロジックです。

こんな頭悪い思考してたら、別にユダヤでなくても、もし隣に中国人でもいたら同じく迷信深い思考をするクリスチャンは食い物にされてたような気がして仕方ありません。

亡国のプティラノドン ‏@dhtdhtdhtdht 2月10日
@lakudagoya
>こんな頭悪い思考してたら
これ今の日本人にそのまま当てはまるような(笑)
自分たちの精神に問題があるのに誰かに責任転嫁するのはルサンチマンだと思います。

あと、復活されたんですね。また鋭いツイート期待しております。

閉店です ‏@lakudagoya 2月10日

@dhtdhtdhtdht 復活したかどうかはまだ未定ですけど、このルサンチマンは一般人のみならず、特権階級のアイデンティティを形成してるものなので、マトモな保守思想が生まれないわけです。

ルサンチマンと被害者意識を焚き付けるのが西欧の工作ですし。

日本のみならず、世界中の博物学的な価値を持つ特権階級って、アイデンティティの基盤が韓国の従軍慰安婦問題の活動家のように、被害者意識とルサンチマンなので、マトモな保守思想が生まれるわけないなと思った。 なぜ特権階級なのに奴隷の発想なのだろう?というのが不思議だ。
韓国の従軍慰安婦問題の人が日本を憎むのはよくわかるのだけど、「真の日本人」などのピュアな民族主義や背後にフランスなどが憑依してそうな白足袋族などの京都の特権階級のアイデンティティの基盤がルサンチマンの裏返しとしか思えないような選民思想というのがよくわからない所。

フランスの特権階級はやたらと京都が好きだけども、「日本の固有の文化」とかで、海外の勢力から凄いと認定されたような、博物学的な価値を持つ特権階級がなぜに、国内ではアイデンティティの基盤をルサンチマンと被害者意識なのが謎なのだよ。 王者の風格がないというか。

特権階級の精神の基盤がルサンチマンと被害者意識では、マトモな保守思想なんて生まれるわけないもの。 なぜにここまで奴隷根性が蔓延ってしまったのだろう? この特権階級のアイデンティティが「奴隷根性化」ってのも大きな問題だと思うぞ。

さぁて、ローマ史に詳しいと、古代ローマで耶蘇教が下層民の被害者意識とルサンチマンを煽って活動してたのは周知の事実だけど、なぜに今特権階級と言われる人たちまでも精神の中核が古代ローマのキリスト教徒のような被害者意識とルサンチマンがアイデンティティなのだろうか?

「本当の日本の支配者」とか言われてる人たちは、何でここまで精神が卑しく、時にヤクザのような胡散臭さを感じるのだろうか? そして民衆を生贄にするとか、ルサンチマンの裏返しのような選民思想とか、なぜに「やつら」と変わらない思考なのか? こいつら単なる手先の奴隷だろ?

もしかして、陰謀論の世界で「真の支配者」と言われてる人たちも、精神が卑しい時点で偽物でないかと思う。 手先が骨の髄まで奴隷根性で売国に勤しむのも、アイデンティティを形成してる中核の部分がやつらから与えられたものだとしたら、そこの辺りに秘密があると思うな。

「あいつもロス茶でこいつもロス茶」 「あいつもユダヤこいつもユダヤ」
結局、ロス茶やユダヤの悪を作り出してる「元凶」って何なんですか? 西欧の中核となる理論は全て循環理論で「悪魔崇拝だから悪い」「ユダヤだから悪い」それが崩壊すると神学的に問題でも起きるのかな?

ユダヤ叩きでも、マトモなユダヤ本を参考にしない中途半端さ。この和洋折衷のダッサイ和風キリスト教風味がなんか、添加物だけで作られた豚骨ラーメンを好むような日本人の中途半端な軽薄さを感じるようで嫌だ。 こんなんだからマガイモノ食品と大本教が蔓延るのもよくわかる。

閉店です ‏@lakudagoya 2017年2月12日
@dhtdhtdhtdht 気がつけば西欧の思考に完全に背乗りされてそうですね。

博物学的なオリエンタリズムとしての日本上げとか日本凄いとか愛国心をくすぐりつつ西欧の思考に洗脳されるので、見世物としての「文化」よりも思考回路を守らないとという保守思想はないですよね。

在外人の日本上げって、オリエンタリズムと博物学なんだよね。 日本の祭りを遥か2000年前に滅びたローマの多神教の生きた化石のような目で見て「価値がある」とかさ(笑) 所詮、見世物なんだよね。 見世物としての文化だけ残して思考回路は全部西欧化させるバナナ野郎。

(西欧のプロトコールってこえーよな。得体の知れない恐ろしさがある。 http://www.protocol.jp/index.html 西欧の恐ろしさは、イスラム原理主義のように軸がない得体の知れないけど、虚飾性にだけ全振りしたこの性質なんだよね。

少なくとも、サラフィー・ジハード主義に関しては、イブン・タイミーヤの思想を読み解く事で異教徒でも理解する事ができる。 サラフィー・ジハード主義って預言者の時代になかった&もしくは言及されてないものには判断を保留するってもんなのね。 でも西欧のものは理屈でわからない。

まだハルマゲドンを待望してる頭のおかしい聖書原理主義のほうがわかるってやつだ。 まだまだディスペンセーション主義とかのほうがわかりやすい。 聖書原理も神学がわかれば理解できるけど、この神学という軸のない言葉でのマナーやプロトコールや帝王学なんざ「ユダヤ」並にバズワード。

何で西欧って中身はないのに「なんか凄い」と思わせる虚飾的な霧のような発想なんかね? 異教徒でもイスラームの法解釈はとてもわかりやすいのに。 この違いはどう考えても思考法の土台が腐ってるとしか思えないのだが。

これ、骨の髄まで西欧かぶれの人が「日本人としてのアイデンティティをー」とか言ってる。 やはり日本人としてのアイデンティティなんちゃらなんて、西欧の思考法をするようになって「発見」された博物学的な価値観なんだね。 http://www.protocol.jp/index.html)

だから「西欧」の価値観に一般人よりも洗脳が深いクリスチャン右翼みたいな人たちが、一般人よりもやたらと和風や日本人のアイデンティティに煩くて、それを一般人が指摘されたらコロリと騙されるわけか。 「日本万歳」は西欧かぶれのバロメーターだな(笑)

なぜに西欧かぶれってこんな醜い顔になるのだろうね? http://www.protocol.jp/instructor.html 西欧かぶれの怖いところは、この何もかも贅沢文化を付随させる所だな。 簡素な美的感覚ってものが駆逐されつつあるような気がして仕方ない。

(贅沢文化がついてくるキリスト教お嬢様教育って本当に帝王学として機能してるだろうか? 中国の歴史を見れば贅沢で滅びるパターンが山のように転がってるので、在来型の帝王学である中国の古典を読んでるなら、支配者層なら国の滅びるパターンは避けようとするよね。)

帝王学としてなら、中国の古典に優るものはそうそうないなー。 ローマ史も参考にはなるけど、中国の古典ほどの実用度は高くない。 で、在来の学問にはプロトコールの教室のような華やかで虚飾的な部分が本当にないので、なぜか凄く地味なイメージがある。

東洋思想いいよー。近世以降の西欧の思想はハッキリ言ってゴミ。 というか世界にどうやって有害物質を撒き散らすかという汚染で偉大だと認定されたものばかりに見える。 だからやればやるほど頭悪くなったり、発狂したりするのか。 それで凄く納得してしまってる。


浪費させて国力を削ぐのは、もう2500年前からやられてきた手段。更に贅沢漬けにする事で反乱をも潰してる。 日本の特権階級は見事にそれでやられてるわけ。 あれだけ高い金出してお嬢様学校に行かせても国家を運営する側の視点がつかない。 如何にその視点を持ってる人の少なさと言ったら

中国は攻めてくる遊牧民を贅沢で汚染して骨抜きにするの何年やってると思ってんだ。 チンギス・ハーンはそれがわかってたから、イスラム系の官僚を使ってたのだけど。 うーんやはり、キリスト教系名門校は奴隷根性と奴隷側の視点しか見につかなくなるもんだなと思う。

西洋古典なら、別にキリスト教でなくても良いからね。 というか、キリスト教が広まる前に書かれた古典のほうが良いものがあるってのも皮肉な話だな。 ギリで教父哲学までは読めるけど、それ以降は?だな。 で、古典好きは結構イレギュラーなんだよね。

見世物としての博物学的な「文化」には税金にタカって保護して、日本の守るべき思考回路や道徳、商習慣は徹底的に拝金主義のネオリベ思想で破壊する。 こんなん見世物だけいくらあってもしょうがない。 欧米人の文化を守れとか言うのは世界に見世物小屋的異郷の地を残せって話だから。

だからテレビで言う「日本文化」ってものがまるで博物館のガラスケースの中にあるような違和感を感じてたのさ。 更にこの手の和風趣味には、西欧かぶれした嫌らしい欧州貴族猿真似の気持ち悪い世界までついてくる。 和風趣味だって欧州の評価が中心の見栄の張り合いの世界。

この国は、一般人は金稼ぎしかできず、文化事業は大抵カルト宗教に牛耳られてる。 庵野秀明がいんこ教の疑惑か。ありえるな。 あのサンプルは、いかにカルト宗教の幹部が世間一般ではカルトに見えないような「きれいな仕事」についてるかよくわかる例って事ね。

日本のカルト宗教の教義が、西洋の神秘主義思想の劣化コピーなのは何でだろう?と思ってたのだが、一般の奴隷信者はあんな頭悪くなる教義信じるけど、上層部には秘教部門があって、組織内組織で結社やイエズス会にも繋がってて、そこで悪の魔導師がいると。そこの人たちは外部からの勧誘だと。

で、恐らく日本のカルト宗教の幹部は奴隷信者の叩き上げでなくて、外部から有名大学卒のエリートを青田買いしてくるのであろうね。 おっと、共産党の民青みたいなやり方。 それらの特権階級は、ネット工作員のように頭悪くなる教義を鵜呑みにしてるのではなくて、秘教的な解釈をしてるはず。

おいらはね、なぜ日本の悪の魔導師さんは大本教などのカルト宗教絡みが多いのか気になってたんだ。 あんな頭悪いカルト挟まずに純粋に、秘教伝統だけやらないのは何故なのかな?って。 西洋のリベラルアーツをやりつつ、秘教伝統に手を出すならカルトにならないはずなのにって。



でもその正体がわかったよ!

リベラルアーツやキリスト教文化をしっかりやって秘教伝統をやるのは「秘教趣味者」なんだ。

それとは別に、社会の中核の支配の現実的な方法論として用いられてる所があって、それがカルト宗教の上層部などのインナーサークルであると。
参ったなー、やつらは組織を常に二重三重構造にするのにこれに気が付かなかったって。 カルトの幹部候補生は統一教会の原理研などからリクルートするの、はぁ?と思ってたけど。 まさかこんな構造になってたとは思いもよらなかったな。 なぜこんな構造がずっと隠されてたのだろう?

単なる「秘教趣味者」には、現実的な出世の手段としてバリバリにこれらのものを使う世界があるとは夢にも思わないであろうな。 「秘教趣味者」の多くがごく普通の人だから。陰謀論ですらトンデモだと思うような感じだもの。 たまにその世界の欠片を見ても想像さえできないみたいな。

「日本は世界有数のカルト国家」この言葉はとても重い。頭悪い神道カルトにハマってる安倍の嫁のような感じじゃない。 宗教はひとつの国家内国家だ。 恐らく、ミニ版KGBのような工作活動などの知的な犯罪や陰謀をやってる可能性がある。 でも頭悪いカルトにハマるなんてその程度だけど。

恐らく、カルト宗教の上層部にいながら結社や外国の諜報機関の手先をやってるような人たちは、恐らく一般人の奴隷信者のようにカルトの教義には囚われてないと思う。 それでも、安倍の嫁のように頭悪い神道カルトを信じてる手合も多いだろうけど。 これが大企業ともグルだよ。

庵野秀明があの事件を起こしたいんこ教信者。 このケースは芸能人のみならず、各界の著名人は殆ど当てはまるだろうね。 恐らくほぼ全ての世界がそれらの人脈の暗躍があるんだろ。 船瀬俊介が黒いペンタゴンと叩いてもカルトには逆らえなかったんだろうね。
なぜ陰謀論の世界では殆どがカルト宗教の信者がやってんだろ?と思ってたのだけど、政財界はもとよりこんな全ての世界にカルト宗教の信者によって幹部が占められてるのならば、ネット工作費用なんて幾らでも出るでしょ?って。 更に言えば陰謀論コミュはカルトのシマなんだよ。

この構造に言及したのは、とまーてさん他数名かな?   あれだけ陰謀論者がいても、この部分は一番のアキレス腱だから絶対に触れない。 ユダヤの陰謀はこれだけあっても、カルトによる各界の人脈支配は絶対に言及にされない。 これは何の詐欺かな?


松下幸之助の根源の社って、始めて聞いたときはこんな軽薄なもの信じるバカだなと思ったもん。

商売ばかりで、思想のオリジナルを知らないからこんな石屋教の理神論の劣化の劣化コピーを有難がるんだね。

で、松下幸之助は思想だってニューソートのパクリだし。
スーパー行けばわかるけど、そこで流れてる音楽の軽薄さ、商売人なんて金稼ぎばかりやり過ぎて、美意識がないのわかるだろ? 軽薄な音楽、古代思想を使いまわしたマガイモノの軽薄な思想など、本当にカルトって商売人に最適化されたものなんだねと思った。
商売人は金は稼げても、思想は何一つ自作してない。 日本のカルト絡みの上層部も国家戦略すら自作してない。 この国では、どの分野見渡しても命令を実行するだけで自ら思想や国家戦略を考えたりするって部分が本当にスポイルされてるもの。 完成された奴隷国家だよね。

さてさて、アリストテレスの教育論を見てみましょう。
奴隷には技術的な教育だけして、自由人はそうでないものを。
安倍の文系の予算削減は、この思想ね。 ルサンチマンと被害者意識がアイデンティティの基盤の京都のエスタブリッシュメントがこんな事考えるんの?違うでしょ?

よく陰謀論では、「京都には日本の真の支配者がいてそいつらが支配のための作戦立案をしてる〜」 とか言われるけど、なぁんでその作戦の設計図が、マキャベリの君主論とかアリストテレスの奴隷の教育論とかの骨の髄までの西洋思想の使い回しなのぉ? 本当に設計図書いてるか?(笑)

「日本の真の支配者」なんて言われてても、何でそんなに欧州貴族も黙る権力持ってんなら、マキャベリの君主論などの西洋邪悪支配術や中国の兵法書よりも凄い支配技術などの智の体系を持たないのは何でよ? そして何故にアイデンティティの基盤がルサンチマン何だ? 本当に支配者の態度か?

大体、京都の支配者(笑)が立案してると言われてる計画なんて、なんでここまで西洋の古典的な支配術そのものなんですかねぇ? どーせこの計画書なんてイエズス会のお偉いさんが書いてるのではないのかね? 対象を弱体化させる支配手法は西洋特有のもんだね。思考回路が日本でないわ。

ルサンチマンとその裏返しの選民思想がアイデンティティの基盤の京都の支配者なんて、漢字が読めない安倍と同じでとてもじゃないけど、作戦を考えて世界中を出し抜くような事できないだろうな。 そもそも、アイデンティティの基盤をそこに置いてる時点で奴隷根性に憑依されてる。

例えば、宇野正美とかが言ってたけど、日本の真の支配者(笑)はもう一般人は自動車離れさせるのに決めたとか。 この思想は、資源や地球上の物質をエリートが管理するという優生学の裏返しとしての自然主義という西欧の思想がないと思いつかない。 これ日本の思想じゃないだろ?
日本の支配者と言いながら、漢字が読めない安倍のように自分らで作戦を立案したり、計画の設計図を書いたりもできない奴隷根性丸出しの「なんか凄そう」というイメージだけの存在。 そもそも、自前の智の体系を持ってない時点でやつらとは戦えないわけなのね。


戦前の知識人は統治論として植民地主義と人種差別の毒抜きのため儒学をベースにした近代社会の設計図を書こうとした。

でもね、儒学って普遍主義だからロマン主義の観念である、博物学的な価値を認めないものだからね。

だから博物学的な価値に縋る支配者(笑)はそれは取れない。
琉球王国もそうだけど、欧米によって博物学的な価値を与えられたマイノリティって、現実の統治論は全く持たないから、博物学的な見世物としての価値を与えられる以前はゴミ扱いだったんじゃないかね? そんなやつら、現実的な政治能力ないから最底辺なのは当然だろ。

やつらは文明を憎んでるから、マトモな社会秩序とか道徳とか真っ当なものを持ってる所を文化破壊で壊し、逆に現実的な政治技術も道徳もないような、最底辺を持ち上げる。 西欧の博物学的な発想は、そういった下賤を高貴にするような社会にとって毒でしかない発想をするようになる。

(下賤を高貴に=いじめられっ子をいじめっ子に)

やつらが自然崇拝を持ち上げるのも、マトモな文明や社会秩序を憎んでの事だからね。 あと資本主義がクソだから、農法主義しかない発想は、倫理観のある商業という事を思いつかない、ニューエイジ版中世の封建国家で支配するって気がするなぁ。 カルトやニューエイジの動向見てると。

農本主義って、ニューエイジとか好きそうな世界連邦運動臭い結構それらの講演とか本とか見てきたけど、なぜかそれらは文明を憎んでるんだよね。 琉球王国や李氏朝鮮のような反知性主義社会にしたい本音を隠してバラ色のユートピアを宣伝して回ってる気がするんだね。

西欧が言う博物学的な価値って、あれ王侯貴族のコレクションの見世物だからね。 そもそも西欧の学問がこんな、王侯貴族の暇つぶしの同人活動のような社会にとって何ら現実的な益のないものだもの。 博物館に行くのが豊かさってのも欧州貴族の猿真似なんだよね。

反知性主義的なニューエイジ臭い自然主義による閉鎖世界での封建支配って何の中世ヨーロッパですかと。 こいつらが商業の毒を説いて資本主義がダメだから商業を持たない敬虔なキリスト教国家みたいな事言うのだよね。 で、なぜか知性や文明を憎んでるって人を支配したいだけだろ?

だからさ、自然主義は結構だけどさ、資本主義がクソ過ぎるからそれ以外の価値観で生きたいってのはわかるけど、なぜに文明を憎むわけ? 宮崎駿と同じ思想だよね。 そもそも自然崇拝と文明の二元論的な対立は西欧お得意の偽の二元論でないのかね? 精神と物質みたいなさ。

別に自然崇拝が悪いとは言わん。でもあれ、西洋邪悪文明を攻撃してるように見せかけてガチ西欧の思考だもの。 更に言えば言ってる背後が世界連邦臭いので、ああ中世ヨーロッパの王族の田舎臭い封建社会の発想しかないのかとわかった。

文明を憎む世界連邦運動臭い自然主義と資本主義は多分同根だね。 どう考えても、今の資本主義はどれだけの文明や文化を壊してきたかって。 で、ここで問題なのはなぜに西欧から「文明を憎む」ような世界でも極めてイレギュラーな思考が生まれたのか? そこを解明しないといけないぞ?

今の資本主義のような無茶な自然の使い方してると、あれいつかは崩壊するよ。 なぜ資本主義とタイムリミットつきの終末論などがプロテスタントから湧いてきたかを考えないと。 世界中の文明を崩壊させたくて逆に無茶な資本主義や科学主義やってる気がするよね。

よく言われる通説が「文明を破壊するのは一神教」という話。 確かにキリスト教はローマの多神教文化を潰したのだけど、これだって違和感あるんだよね。 西ローマ帝国崩壊で西欧ではローマの科学技術は消えたけど、東の方ではギリシャの古典も科学技術も生きてたのだよね。

6世紀にユスティニアヌス帝が建てた教会や修道院がまだ残ってる事を考えると、6世紀にはまだそれらの建築技術はあったんだよ。 で、何で西欧だけそれが失われたんだろう? 東ローマ帝国を調べれば調べるほど、キリスト教がローマの文明を破壊したってなんか変だと思う。

9世紀頃のアラブの使節が、アヤソフィアの中で見た機械じかけの動物やせり上がる皇帝の玉座なんかの記録を見るとまだ東ローマには科学技術残ってたんだよ。 だから東ローマ帝国ではローマの科学技術もギリシャの古典も残っていた。西欧の略奪の記録を書いた人もホメロスを引用してる。

じゃあ質問の範囲を狭めて聞こう。 何でローマ帝国の版図の中でも元ドルイド教圏だったキリスト教世界のみなぜローマの文明が見事に失われたのだろうか? もしかしたら、文明の破壊=一神教という定説を覆す秘密が残ってるのかも知れないというのはロマンなんだろうか?
ただ、ドルイド教に関しては扱いは極めて要注意で、ドルイド教に文明を憎む思想があったのか文献には一切残ってない。 だから、ドルイド教というラベルは違うかもなんだ。 でも、西欧には「文明を憎む」という謎思想が間違いなく存在する。この得体の知れない思想の正体知りたいよ。

あと、口伝宗教ってゾロアスター教の変遷を見たならば、ズルワーン主義が二元論的なゾロアスター教に変質したりするのを見ると、当てにならないのだよね。 だから真実は永遠に闇の中。 でも西欧には、なぜか一神教世界の中ではイレギュラーな「文明を憎む」という思想が存在する。

逆に西欧って「キリスト教」というラベルをつけると見えないものがあるのかも。 例えば人工的に超人を生み出したい思想は、北欧の文字にも言葉にもされない無形の工業文化がある所の伝統のようなもので、オカルト思想を纏ってようやく実体が生まれたようなそんなのあるんだろうなぁ。

ヨーロッパは辺境だったから、クルディスタンのヤズィーディーのようなアーリア系の変な宗教が残ってるんだろうなぁ。 それも大部分がキリスト教によって破壊されたので、教会に対するルサンチマンとセム系より古いんだというアイデンティティにしがみついてるのだろうなぁ。






(ぐだトマト ‏@pteras14 2017年2月12日
エリートや知識人が変なカルトに
群れるのは、多分、平安時代の
寄進地荘園という古典的脱税テクの
現代版だろうね。
宗教法人だと税金掛からないから。

後、この国は「法人化」すると商法
とか会社法が憲法を出し抜いて
最高法規性を持ってしまうのが問題。




そりゃ、お前さん、なんの為に 司法権を独立させてるの?って話よ。 誰も裁判所に行かなかったら、実質上 行政権と立法権しかねーじゃねーかw しかも立法権の方は「法人野郎」 の立てた候補しか当選出来ない様に 骨抜きにされてるww
ト◯タはまだマシな方ってのも問題だな。 中小/零細ブラック企業だったら実質上 労働基準法なんか守ってないっしょ。


トヨタの独自の暦って宗教みたいだな。 トヨタの幹部はエジプトかぶれなので、どこかで石屋のメンフィス・ミツライムのような儀式やってるかもね。 そこを誰かすっぱ抜いてくれれば愉しいけど。 日本の大企業の秘教思想かぶれの度合いを調査したいけど、なかなか機会がないねぇ。
トヨタにしてもさ、松下幸之助にしてもさ、なぜに企業が作るこういった「文化」はなぜプラスチックのような軽薄な感じがするんだろ。 商人の作るものは本当に本物感がないね。 マニ教の偽物作り技術が商人に重宝されるのもわかる気がする。 マガイモノ売ってなんぼだもの。

商人が文化や宗教作るとロクなものが出力されないのは何でだろう?  商人の宗教の成功例はイスラームくらいだろうに。 何というか社長の自慢話本を見たらば、なぜここまで知的レベルが残念なのかなと思う。 それなのに、金儲け万能主義っておかしい。
商人って、何でもできて何でも知ってるように見えて、なぜに全てがマガイモノなのだろう? 社長ほど軽薄なカルトや自己啓発にハマる。 秘教趣味でも、キリスト教神秘主義じゃなくて大本教やスピ系一択とか。 あの全てが軽薄な感じがする企業文化ってものが好きになれない。
ああ、日本企業が大学院卒や博士号持ってる人を嫌うのは、経営者がカルトにハマるほどの軽薄な知性だから、高学歴がいるとカルト信者に洗脳しづらいから嫌がるってわけか。 ここまで日本が世界でも類を見ない低学歴社会なのは、カルトが原因なんだね。



この国、骨の髄までカルト国家だよ。

あと宗教色のない陰謀論者についてだけど、中核派などの左翼の一部が大本教に繋がってるのそのあたりの疑惑を考えてるんだ。

陰謀論コミュの凄い系の一部はそれかも知れないとね。

どちらにしてもカルトなんだよね。

閉店です ‏@lakudagoya 2017年2月13日
ドルイド教、文献が少なすぎて思想を知ることは壊滅的に無理。

ただ、元ドルイド教圏だけローマ帝国の文明が徹底的に破壊された思想の秘密は知りたい。

ヤズィーディーのようなアーリア思想その1なのかなぁ?

セム系一神教よりは古いだろうけど。
あと、生きた化石としての秘教にしても、ナマの生きた伝統と欧米の博物学的な価値を与えられた干物では全然別物。 ヤズィーディーやスーフィズムの一部のようなナマモノは恐らくイスラム圏にしか存在しない。 あとは局所的にも中国の一部ね。 だからイスラム国がですよね。

あとさ、魔女のハーブがー!とか言われるけど、ハーブの本場は中東っすよ。 この土地の伝統医学ですよね。 また、女性は表に出ないからわからないけど、現地の女性相手に治療してるマジもんの魔女は中東に存在すると思う。 これらの人たちの伝統はマジで古代から連綿とですよ。

本物の魔女がイスラム圏にいるかも知れぬ。 西欧のマガイモノと違って。 ただ、西欧の連中が勝手に「魔女」認定してるだけで、ハーブ治療の伝統医学はイスラム法的に問題ないから。 ただ変に教会が伝統破壊してた西欧と違って、イスラム圏の場合これらは殆ど手付かずの可能性が。

なぜに魔女の知恵を語るのならば、あれだけハーブの使用法を極めたイスラム医学は無かったことにされてるのだろうか? 中世イスラムの医学書を無視して魔女のお話は不可解なよーな? なんか西欧の話は、こうやって大事な所が無かったことにされてる感じがするんだよね。
例えば、ユダヤ人がイスラム資本を持ってきて西欧を経済的に間接支配してた話とか、キリスト教徒の陰謀論者は絶対に触れないね。 変なプライドのせいで、あれもこれも無かったことにするのはマジやめてくれ! 結局、西欧人のプライドに配慮した世界史を陰謀論という型で押し付けられてる。

西欧の説明に納得しないのは、なぜかいつも大事な所を隠してる気がするんだよね。 魔女の説明についても神話的過ぎる。 例えば欧州貴族や天皇家が古代エジプトの子孫って話もさ。あまりにも非現実的だよね。 モグラブログに張り付いてたカルト信者はどう足掻いても盲信してたけど。

例えば、預言者ムハンマドの子孫はイスラム圏全域に存在して、もちろん中国の回族の中にもいるのね。 でも普通に考えると、中国よりも中東に多くいるのは当然だよね。 それと同じように考えると、古代エジプトのファラオの子孫は現地のエジプトのほうが沢山いると考えて自然だよね?
じゃあ何で、エジプトから程遠い欧州に古代エジプトのファラオの子孫が沢山いると考えるの? これは先程の、中東よりも中国の回族の中のほうに預言者の子孫が沢山いるって話なみにおかしい事なのだけど。 なぜ陰謀論ではこんな話が当たり前のようにまかり通ってるわけ?

キリスト教系の陰謀論の記事はこんなばっかり。 じゃあ100万歩譲って、ケルトとエジプトが交易があったとしても、それらの考古学的な証拠を出さないといけない。 何でこんな和牛ひと切れだけ入れて和牛100%という詐欺的な思考がまかり通るのは何でだろ?
ユダヤが悪い、イルミが悪いというくせに、なぜキリスト教陰謀論者はこんな迷信的な思考をしてるのだろうか? これではユダヤ様に永久に食い物にして下さいと言わんばかりの頭悪くなる発想。 まずこのおバカを真っ先に改善して欲しいなぁ。

考古学を扱うならせめて、BC何年頃か書いてね! 日本は秘教のルーツらしいけど、これBC何年くらいの話だろうね?   近代になって企業がそれらのシンボルを使ってても、どーせ石屋だか耶蘇による博物学的な設定や解釈を吹き込まれたんだろうね。

金髪のパキスタン人がいるエリアで、あなた達はアレクサンドロス大王の部下の末裔ですと言ったりする詐欺。石屋が世界中でやってるぞ〜 日本の古くからの秘教のルーツも、後付された価値観の可能性がある。 古代からマジで連綿と続いてるものは中東にあるものがちょっとでないかな?

「日本のために」みたいな人を見ればわかるけど、神道の家系とかああいうとこには、石屋がすり寄ってくるからね。 実際に本人も周りに石屋の友達がいるって言ってたし。   それで適当な西欧の価値観での「日本凄いとか」「実は日本は」なんて話を持ち上げながら吹き込まれるのだろうね。



だから、日本の秘教の話も西欧の博物学以上の意味づけしかできないのなら、後付の価値観ね。

ナマモノの中東の秘教の凄さは、博物学的な後付の価値観におさまらない思想を持ってる所かな?

そのナマモノの言葉は西欧の後付の価値観をゆうゆうと上回る所が凄いなと。







シャフト一つ及ばないクロウ ‏@crow5874 2017年2月13日
じゃぱりぱーくってノアの箱船的な?
(じゃぱりぱーくは「けものフレンズ」の舞台となる世界。 )

閉店です ‏@lakudagoya 2017年2月13日
@crow5874 ノアの方舟つーより、ゾロアスター教の神話にある、イマ(閻魔さん。ノアのイラン版パクリ元)とその地下施設の種子貯蔵庫でしょう。

そこでは、人類を人工的に作ってたとか。

氷河期にあわせてイマさんは、ノルウェーの地下施設のようなもの作ってたそーです。

シャフト一つ及ばないクロウ ‏@crow5874 2017年2月13日
@lakudagoya
そうだったんですか。
そもそも動物園って種の保存が目的ですしね。
面白そうなので調べておきます。

閉店です ‏@lakudagoya 2017年2月13日
@crow5874 これ日本語訳の本が引用でしか存在しないけど(グラハム・ハンコックの「神々の魔術」で引用)、旧約聖書はイラン宗教からもパクってた可能性あると思うと面白いので探してみて下さい。


閉店です ‏@lakudagoya 2017年2月13日
ゾロアスター教の神話では、氷河期が来るとイマさん(閻魔さん)は、ノルウェーの地下施設みたいなのを作って種子とか何でも保存して、人間も人工的に作っちゃうそーですよ? で、進化とかまたナチ臭いワードが「けものフレンズ」から出たけど、あの進化だとか稲田朋美臭い思想って何なのあれ?

北欧には進化を続けて人類を人工的に作っちゃう思想があるみたいで、単にブラバッキーのおばちゃんに洗脳されただけではない思想があるのかね? その言葉にされない北欧地域のよくわからない思想がブルーブラッドよ思想の一部なのかね? よくわからない。
また北欧は、中央アジアと関係あるから、アーリア人の末裔とか言って、ゾロアスター教文献(日本語未訳だが引用あり)にあるような、イマさんが作った氷河期の地下施設を再現してるわけではないよね? そんなお台場のガンダムのようなノリで作ったなら気持ち悪いのだけど。
北欧が中央アジアの思想にしがみつく意味もわかんないのだが。 もし欧州貴族が中央アジアから来たとしても、密教やゾロアスター教入った大乗仏教徒その1だと思うのだけど。 今更そこにアイデンティティを持ち出すのもお台場のガンダムのような気がしないでもない。

せっかく、シンボルがあっても語る言葉や思想を持ってない時点で厳しいのだな。 仮に大本教が言うような超古代日本文明があったとしても、遺物や遺跡から推測されるだけで文字で書いたものが見つからないとどうにもこうにも。 思想や知識として残ってないのは厳しいねぇ

(おねショタ魔法使い初級おじさん ‏@douteimaturi 2月11日
けものフレンズは無為自然
荘子の無用の用等がけものフレンズの正体なので荘子と老子の説く、小国寡民があの世界
けものフレンズをシーア派的に見ようか? カバンちゃんの正体はعقلアグル、知識及び技術というものは悪意や個人利益等による汚染がない限りは如何なる存在、如何なる状況でも必ず良い結果がやってきて、それは来訪神のように通り過ぎて行くの 知識や技術は必要な時に必要として用いられるのでね
あの世界は無知なのではなく、無用の用と用とする時に用を用いる世界で完知された世界なの
だから、そういう世界では無駄に意味を作り出す言葉は存在する必要がないの 言葉が最低限の世界は象徴も最低限にしか存在しない、それは認識や必要が完全に共有されているから象徴で誤魔化さないの
そして、純然に技術と知識を用いる事が出来るのは困ったことはあっても「不足しているものがない」から
不足しているのものというのは物質的な物から、抽象的なモノまで不足していない世界であり、
不足していないからで不足していないが故に様々な存在がその特性を使い切れる世界なのである
知識が不足すると無知と有知で別れる
物が不足すると過剰と不足で必要と不要で別れる
能力が不足すると無能と有能で別れる
心情が不足すると妬みや嫉妬、傲慢と軽蔑で別れる
シーア派的にはعدلアドル公正・公平が完成された世界であり、このけものフレンズは絶対公平世界と断言でき
ディストピアとか、ユートピアというアホで抽象的な下らない・ゴミ・核廃棄物以下の物ではなく 公正が完成された世界であり、象徴的な思考をする必要のない「用が完結した世界」なのであって、それは荘子が説く世界であり シーア派的にはアッラーの公正で満たされた世界となる

おねショタ魔法使い初級おじさん ‏@douteimaturi 2017年2月13日
象徴があっても、思想があったとしても現代にも出てこないというのは再現性がないもの
再現性がないものは不要なものであるか、元々ないもの
元々ないものであるなら、それは復元のしようがないわけで
元々ないものを復元しよいなんて土台無理ってこと
厳しいけど、意味ある文化なんてそうないんだよ
これも勘違いしているけど、文化というのは根本的にその文化集団に属しているもの以外にとっては全く無意味なの
例えば、食文化なんかわかりやすいけど片方常に米を炊く文化があれば、パンを作る文化があり
米を炊く文化はどこでも米を炊こうとし、その逆もまた真であるのだよね
じゃあ、じゃがいもを茹でる文化の人達にとって米や麦というものは価値があるのだろうか?
食料以上の価値はなく、そこには文化的な意味を持っている物ではないということ
特性帯びるのは文化というか、生活によって発生しているわけで別に何か意味があって行っているものでは根本的にないという事
ここで分かるのは文明は文化の延長では全くないこと
文明はどこの土地だろうが、猫も杓子も関係なく共通した認識の中で共有しあえるものであって、それが文化と文明との大きな違い
で、文明というものには必ず普遍的で不変な知識と技術が存在するのそれを満たさないと文明ではないわけ
言うなれば、米というものを炊く・生産するという技術や知識というのは文明で
その米の食べ方や集団的意味を与えるのが文化と言っていい
んで、シーア派が言うتخت قدرت خدا 全ての力の土台はアッラーさんが用意されたもので文明というのはこの土台を意味するの、それは文化ではないの
なので、全ての種子を集めて保存するというのと全ての知識を集めて保存するというのは全く違うか、真逆な事をしているの
種子=文化
・知識=文明なので種子が幾らあろうとも文明の種にはならんし、
知識さえあれば場合によっては特定の文化を再度発見することができる
なので、文明=知識を集めるの
そんな事を言うと特有の文化が消えていくのはー、と言うのだろうけど
言語何かもそうだけど、何で言語が消えるのかはピジンができないからであり、結局はそれで商売できるのかという事でしかないの
そこから考えるように文化というものは「実用性」によって消える用な代物でしかないのよ
言い方を変えれば、日本のような高度に翻訳文化が発生した土地は様々な文明をつまみ食いした文化を作り出すのが容易いという事でもあるのね だから、文化が素晴らしいというよりも何時でも・如何様にも文明を自由に選択できるというのが強みなわけでそれは文明を盾に文化を守っているとも言える
なので、どっかの文明に被れる必要がないのだからさっさと様々な文明を総合研究して自家薬籠中みたいなものを作り出せばいいわけ
所謂、西洋文化も中華文明もインド文明もイスラーム文明もギリシャ文明も日本にはクソだってわかった・わかっているのなら勝手に作ればいいわけ、ちょー簡単でしょ
思想的に独立するというのはこういう事で思想が独立していれば、文化は不動なの
だから、文化が不動な人々は他の文明は利用しても文化は動かないわけだから、何処にいたって己の中にあるとらわれるべきものは不動なわけ
これが文化を守る魔法でこの魔法はオカルトではなく、反証・合理・論理
なのさ
だから、儀式や物質では文化を守ることはできないし、それを守る事が文化を守る事ではないのよ
文化を守るというのはその社会の独立した行動様式を守る事であって、それを弄られると独立した動きができなくなり まるでおもちゃの様に操られては不要になれば捨てられるわけ、でそうなっているよね?
なので、博物学的な英国面・石屋面に堕ちたこと自体が悪の根源なわけ
でも、簡単にそれは捨てれるんだよ?
何でかというと、日本は大量に「自国の言葉と意味で解釈し」翻訳されている古典が腐るほどあるから
なので、困ったら古典を読めばいいし、簡単に帰られるわけこれってかなりの利点なんだよ
例えば、ウルドゥー語やパシュトゥーン語なんかはカントやデカルトですら碌に翻訳されていないし、全部英語となるわけ 但し、英語となるともちろん「英語風の解釈で汚染」されているわけでそこにはその言語独自の意味で解釈されていないわけ その時点でその文化はかなり弱いわけなのだよ
でも、パシュトゥーン人何かがそれでも独自の文化を守れているのはその文化が絶対であり・固定化された生活だからで不動な軸を持っている上に物理的に強い人達だからというのもあるわけ
文化を維持するというのは物理的強さと集団性が必要なのだけど、それは当然ファシズム如きの下らないものではない
そもそも、こういったものを現代の学術的方便で言い回す事が大間違いでファシズムや社会主義という単語以前に彼らはその様な生活をしてきたわけだから、そういった単語で表現する事が意味なく・大間違いなのね
なので、こういった単語はそういう風に見える程度の意味合い以上は持たないし、持てない
なので、そういう風に見える程度の意味合いしかない言葉をそうなければならないとか、それが彼等の固有の文化なんて誇大妄想に取り憑かれる事が迷妄そのものでしかないの
それって、最初商人が来て・やそ乞食が来て・最後に軍隊が来るの精神版なの
だから、左翼というのは文化侵略の手羽先なのよ
それで発生した右翼という発想も文化侵略の手羽先から守るという思想が発生した時点で二元論が発生し、文化探しを始めては物質や儀式としての文化を見つけては己の固有というのを見つけだそうと躍起になるわけ
で、記号化された固有というのは博物でしかないのよ、その時点で完全敗北なのよ
そう考えると西洋の豚共は邪悪で悪辣な流石邪教を捏造するその性癖には驚きを隠せない
イスラームではوطن バタンやأمة ウンマというのには二つ意味がある、
一つは己が属している母集団=故郷と
二つは必ず帰る元がある=イスラームがあり
形而上と形而下で両方の意味での母集団があると見る
なので、形而上での帰る元を想定しない限りは永続的な循環論が続くだけで意味がない
それで捏造したのがヤソ多神教なのだけど、これが大失敗
だって啓典もねえ、預言者がいねえ、思想もねえ、そんなゴミ以下のケツ拭く紙にもならないものを前提にしたので絶望な迄に大失敗したわけ
せめて、仏教か儒教を前提にした上で捏造すりゃ良かったのにただの少しは利口な革命戦士には脳内妄想を外部化するだけの能力がなかったんだろうし、あれってただの英国とフランスの代理戦争以外の意味がないからそこまで手が回らなかったのだろうね
なので、皇道立教会みたいなもん作ったのだけどね
なので、ぜーんーぶ物質で誤魔化したwww
ヤスクンニ神社や軍珍神社みたいな象徴もテンちゃんという物質もテンちゃんだけがする儀式も皇族という象徴もぜーんーぶ物質で物神をこねこねシコシコ作って誤魔化したわけ
で、右も左も物神に取り憑かれているでしょ?
なので、イスラームは全否定すんの
象徴が何故に絶対悪なのかというと、それ自体に全く全然意味がないのにそこに無益に意味を与えてしまうからなんだよ
但し、アッラーがそういう風に作ったのは知恵と知識というものの副産物であり、やっぱりそういう風に認識してしまうのだからそれを外部化するのはやめましょうというのよ
物事って、至極単純で明快で完結しているの もし、そうじゃないのならどっかが間違っているのではなく根本が間違っている事を疑ったほうが早い
確実に土台のどっかが大間違いだから、上に立ち上げているものがズレているわけ
なので、困ったら土台を調べる事 これ以外の方法はまずないです


〔 ピジン言語(Pidgin language、単にPidgin)とは、異言語間の意思疎通のために簡略化された接触用言語。

社会言語学たん ‏@socioling_tan 2016年12月1日
ピジンの具体例はたくさんあるけど、例えばハワイに移住した日系人のピジン英語(英語+日本語)、旧満州国でのピジン日本語(日本語+中国語)などが挙げられるわ。ピジンはベースとなった言語より文法などが簡略化されているのが大きな特徴よ。これを母語とする人間が現れると、クレオールになるわ。

木村接骨院 ‏@kimuraseikotuin 2月9日
ピジンが話されている環境で育った子どもたちが、ピジンをまねするのではなく、一貫性のある文法規則を備えた言語を自然に生み出し…中略…
こうして子どもたちが使うようになった独自の言語を、「クレオール」といい、この現象を「クレオール化」と言う。
─酒井邦嘉『言語の脳科学』p279〕

菊池 ‏@kikuchi_8 2017年2月13日
よく哲学などで「真の自己」とか言われる。しかし「真の自己」という概念を対象として持つと、それが「取り付く島」となり、かえって執着が増す恐れがある。真の自己を対象的に求めようとするより、心に起こる執着や妄執、妄念が払われて心が自然に働いている状態を「真の自己」と呼ぶのでは、と思う。
「真の自己」は哲学や禅の哲学的解釈などで言われる事が多いが「大我」なども同様である。印度哲学のアートマン、神秘主義やスピの「真我」など。これらは全て対象的な概念であり執着の対象となる「取り付く島」となる。認識は認識主観と認識対象で構成されるが、これ等の概念は全て後者の範疇である。
古代印度にヤージュナヴァルキヤという哲人がいた。「アートマン」は「ではない」と否定表現でしか示せないと説いた。これは実質的に認識作用の事である。認識主体は気絶や熟睡などで途絶するので「常住不変の実体」ではないが、認識主体を認識しようとした途端認識対象となり認識主体は無限後退する。
「認識主体」を認識しようとすると、それは「認識対象」になってしまい認識する事が出来ない。自分の顔を見る事が出来ない様に「認識主体」を認識する事は原理上不可能である。そもそも認識主体と認識対象は相互依存的に成立するもの、と考える方が整合性があると思う。能知と所知の不二性などと言う。
「真の自己」は概念なので、どこまでも認識対象である。認識する当の本人は「認識するもの」であり「認識されるもの」ではないので「真の自己」には到達できない。「真の自己」を対象的に求めるより妄執や煩悩を払う事に集中した方がよいと思う。真の自己がもしあるとすれば実体ではなく心の状態では
「空」とか「無我」も対象として捉えると当然概念である。これも「取り付く島」となり、執着の対象となる。執着を断つために説かれた「空」も概念として固執するとかえって執着の対象となり本末転倒となる。認識対象はなんであれ執着の対象となる。概念としての「空」「無我」も例外ではない訳である。
原始仏典ではよく「自己を整える」と言う。対象的に「真の自己」を求めるのではなく己の心を整える事が重要だという事であろう。「真の自己」は「アートマン」みたいに形而上学化されがち。だから「本当の自分を探そう」などと洗脳誘導にも使われる。問題はあくまで現実に働く具体的な自分の心である。
概念を対象として立てて執着するのではなく、むしろそういった執着を少しずつ減らしていく所に自ずと現れる心の自然な働きに仮に名前を与えて「真の自己」と言うと解釈する方が合理的。重要なのは「真の自己」を対象的に求める事ではなく、悪感情や煩悩などをその都度払う「心の剪定作業」だと考える。
「自分探し」がブームだが「本当の自分を探そう」という洗脳誘導もあるので注意が必要。宗教団体と比較すると自己啓発セミナーなどがカルトだと気付かれにくいように「〇〇(神や教祖)を信じよう」ではなく「自分を探そう」だと警戒されにくい。対象として浮かぶ概念である点で「自分」も〇〇も同じ。
「自分」も概念である以上「対象」であると知れば「自分探し」教もカルトと同じ構造だと分かる。メーソンの「心内の声を聴く」(心内の声を聴いて国境を脱するというNWO誘導)心霊術系の思想が典型である。反宗教に見せる神智学や理性主義も宗教と同じ構造である。全ては認識の構造から来ている。
吾人が認識論的考察を重視しているのは表面に惑わされずに思想生成の構造を根本的に分析できると考えるからである。「表面」とは「宗教」「反宗教」などの表面的ラベルである。例えば既成宗教を否定する神智学系の神秘思想は別の宗教を提示しているに過ぎないし、ソ連型共産主義は無神論カルトである。
一見「反宗教」「非宗教」に見せつつ実はカルト、という事が多い。神智学やニューエイジ系の思想にその傾向がみられる。宗教批判しつつ別の宗教を提示している訳である。左翼過激派も「カルトみたいなもの」だろう。宗教・反宗教問わず「思想」は「概念の塊」である。思想を絶対化すればカルトである。
どのような思想も言葉、概念、イメージで出来ている。これらは全て認識対象として心に浮かぶものである。だから、執着の対象となる。思想やイデオロギー、宗教が原因で争いが起きるのはかかる認識の機制から来ていると分析する。知覚で認識される「物」への執着が争いを起こすのと仕組みは同じである。
一つの判断を下すとそれとは別の判断は排除される。現実的に検証できる事柄であれば証拠に基づいて真偽が判定できるが、現実的に検証できない形而上学的命題においては必ず二律背反に陥る。形而上学に対して無記であるのは思考経済の為という以上に争いを防ぐ為でもあると思う。「平和」の為である。
例えば「空」と言うと実在論者から反発を受ける事もある。こちらはあくまで一つの世界観モデル、認識上のモデル(モノの見方)として言及しているに過ぎないが絶対の世界観に固執する人にはそうは受け取られない。こうして思想に関する見解を語るだけでも望まぬ争いを仕掛けられる可能性は常にある。
このように認識と執着の発生メカニズムからして「思想」は取り扱いが難しい代物である。「思想」の為に人の道を踏み外さないようにしたいものである。

峨骨 ‏@Chimaera925 2月13日
自分探し?本当の自分?そんなもの無ェよ。最初からありもしないものを有ると信じさせて、今の自分より良いものだと思わせれば、劣等感を持った連中は簡単に言いなりになる。そうして植え付けられた自分なんて概念は連中の考えた都合のいい概念だ。自分なんざありはしない。環境から染み付いた癖だ。
最初から無いものをあると信じさせておけば、最初から存在しないのだから何とでも言える。主観であるとさえ錯覚させておけば現実に無くとも、信者はそれが現実であるかのように振る舞う。宗教なんざ、まさにそれだ。そして力を持つ。あるいは、あるものを無いと信じさせる。使い古された手口だ。


―――
西洋魔術の「真の意志」とは他者、特に支配層が都合よく埋め込んだ欲望(真の自己や意思に擬態)を区別して消去する作業を通じて見えてくると思う。当然執着と欲望を弱めることが必須。)

閉店です ‏@lakudagoya 2017年2月13日
おねショタおじさん凄い。ありがとう。他の文化圏ではシンボル同じでも解釈や意味づけは別物なのね。 知識や思想があっても、確かに使えなくなるものはそうかも知れない。



(姫様が金髪で、赤髪の魔女が主人公の、ドイツ系アニメの終末のイゼッタ。
敵のシンボルが単眼のフクロウだった。
大きな目ではなく単に顔なしかもしれないけど。




メーソン柄ミサイル↓



最近ナチズム臭いアニメが多い。 そのナチズムってなんか適当に作った感じが強いから大事な所をくり抜いた、イスラム色を完全に抜いたアラビアンナイトのような違和感が。 ラノベの「ロクでなしの魔術講師と禁忌経典」とか、貴族主義の押し付けがましさにうんざり。

やつらって、自分たちの思想のルーツがチベット密教だと思ってる臭い。 このよくわからない中央アジアの密教の正体なんだろうね? てか、今更なんでそんな事言い出すのだろうね。意味不明。



文明を憎まない自然主義ってないのかな?
自然主義を取るのは、文明を永続的に継続するにはイデオロギーに関係なく自然主義は取らざるを得ないから。
あと反知性主義者じゃない自然主義者ってなかなかいないんだよね。 それって難しい注文なのかな?

宮崎駿は何であんな頭悪い思想してるのかな? 西欧おバカ思想の原因を一般人に押し付けて。 中庸を知らない頭悪い西欧人のやることを人類のグローバルスタンダードだと想わないで下さい。
宮崎駿って持ち上げられてるけど、文明を憎む思想が何で子どもたちにとって良い思想なんだよ? 文明がなくなれば、社会秩序も道徳も何もかも破壊されるのに。 大人ってやはりアホや。
だからあんなマニ教だか耶蘇臭い絵本を有難がってるわけか。

(おねショタ魔法使い初級おじさん ‏@douteimaturi 2017年2月13日
文明を憎まない自然主義はイスラームです 自然法というシャリーアがあり、そこに人間が探し出し見つけ形とした叡智は自然法によって用意されていたものだからです
そもそも、文明と自然は対義語ではなく
自然の反対は不自然、即ち人口というのもアッラーの前では自然発生したものにすぎないのです
なので、人口ではなく人間の悪意や憎悪で組織を運営したりものを開発するような不自然な事が自然の反対なのです
つまり、自然と文明ではなくそれ自体には感情も何もないもので根本的に悪意と焦燥感に駆られた悪意ある構造という不自然なモノだけが反自然の全てなのです)

亡国のプティラノドン ‏@dhtdhtdhtdht 19 時間19 時間前

宗教信者と宗教っぽい学問信者で似たも同士なんだから仲よくすればいいのにね。
されても困るか(笑) https://twitter.com/lakudagoya/status/830791463155818496 …

閉店です ‏@lakudagoya 19 時間19 時間前

@dhtdhtdhtdht どちらも盲信的過ぎる態度ですね。

学歴崇拝が何であそこまで中身関係なしに敬虔なのがよくわからないです。


燈火 ‏@to_moshibi 17 時間17 時間前

イスラム世界と東ローマ帝国が高校の世界史など歴史関連で軽視されがちなのは、おそらくですが西欧中心史観に陥っている影響が強いのがあると思います。あとは知識や智慧や技術がそれらから多く生まれた事実を隠す狙いもありそうです(もし知られれば西欧に憧れを持たせる手段をとれなくなるため)。

閉店です ‏@lakudagoya 2017年2月13日
@to_moshibi TBSオンデマンドで「東ローマ帝国」があってたのですが、あれを見たら東ローマの豪華絢爛な文明は凄くて、西欧なんて後進国のようにしか見えなくなったので、西欧のブランドイメージを破壊されるので特に東ローマは無かったことにされる傾向がたかいのでしょうね。

燈火 ‏@to_moshibi 17 時間17 時間前

@lakudagoya 嫌な部分は隠すということですね。歴史関連ではよくありますね。

(うろ覚えですが)東ローマは首都の宮殿内はエレベーターのようなものがあったと本で読んだことがあります。他にもギリシアの火など技術面で凄かったので、一部が隠したがっているのかもしれません。

閉店です ‏@lakudagoya 2017年2月13日
@to_moshibi ああ、あったみたいですね。

東ローマの科学技術は残ってたのに、何でローマは6世紀に滅びたとしつこくテレビで主張されるのは、西欧人の自尊心を満足させるための史観の押し付けて、ネトウヨも南京大虐殺は叩いてもこういう西欧中心史観は無視しますね。

燈火 ‏@to_moshibi 7 時間7 時間前

@lakudagoya 返信が遅れてすみません。

本当に西欧中心史観にはうんざりしますよね。ローマ帝国自体が15世紀まで続いているのにビザンツ帝国などと表現して古代のローマ帝国と別物のように扱うなど、色々と変な所があります。西欧中心史観に疑問を持つ人が増えてもいいでしょう。

閉店です ‏@lakudagoya 2017年2月13日
子供たち向けに書かれてる絵本って、何であんな教会の説教だとかマニ教臭い話ばっかなんですかね? しかも、ストレートに読んでもよくわからない象徴表現ばかり多様して、大人がわからないのに子供たちにわかるわけねーだろ?と。 だから俺は絵本が大嫌いだったんだ。
母親が好む絵本だとか童話って例外なく耶蘇臭い話なんだよな。 中二病の子供たちが好むのはグノーシスで、なぜに母親は正統派耶蘇教の話が大好きなんだ? 絵本だとか童話ってあの福音派並に押し付けがましい態度が大嫌いだったんだね。

耶蘇と並んで「真の耶蘇教」を自称するマニ教の話も母親に受けが良いね。 正確にはマニ教の影響を受けたアウグスティヌスの神学だが。 二元論、なぜ母親にこんなに好まれるんだ。 あの子供の本の二元論のきつさは、プロテスタントの神学の影響受けてるのかね?

本屋行っても、神学書なんざカール・バルトくらいしか置いてねーよ! 組織神学以外の神学ないんか? でも、子供の世界はどっぷり神学思想だよね。 日本昔話って結構仏教説話が多そうだけど、なぜに子供の世界はここまでプロテスタント神学臭いアウグスティヌス主義に塗りつぶされてるのか?

アニメってカルトの神学だよ。 世の中は神学で動いてる。 もっと世間の人は神学のえげつなさを知るべき。

耶蘇教で二元論がきつくなったのはルターのせいか。 ルターの影響を少なからず受けてるわけね。 フィオーレのヨアキムとか神秘主義でよく出てくるけど、こんなくっさい人物だったとは? やっぱ、世の中は神学だ。 どこつついても耶蘇臭いのがこの国かよ?
西欧の思考って何で何から何まで不幸になるものの集大成なんですかって。 西欧や北欧の一部にはこの世に対する絶望があるからと正当化してた人がいたけど、じゃあなんで中東の中のグノーシス宗教の名残のあるシーア派の異端やスーフィズムは世界を破壊して回らないか不思議でしゃーない。

そもそも、この世に対する絶望があるから世界中を破壊するとか設問が間違ってるような気がする。 中東の秘教が好きなのは、そのほっとするような普通さかな? そもそも、西欧の思考では、設問も答えも全て間違ってるゴミなものだという時点でおかしいわ。
ドルーズ派にしても、マンダ教にしても中東の秘教は凄く日常生活の中に息づいてる感じがいい。 そのまま占星術に使える暦の中で生活してるイラン人の話とか。 中東の秘教を見て、ますます西欧が世界を破壊してグロテスクなNWOとか作りたがるのが異常にしか見えないのだが。

もし本当に西欧が特別な血筋なら、何でこんな頭の悪くなるゴミのような智のシステムと、世界中の優れた文明を破壊して、劣ったものを押し付けてでも上でいないといけないという「性癖」があるのですかね? これ見ると本当に特別な血筋だから優れてるって本当か?

もし西欧が優れてるなら、何で思想的にも東洋思想よりも優れたものを生み出せないのだろう?

社会システムも思考もゴミで、特別な血筋がー!ってのは、マトモな文明も作り出せない人たちが縋るものじゃないかな?

もし旧人だとしても淘汰されるのはそっちだろうに。
東洋思想などを知ってよくわかった。 特別な血筋がー!とかそんなものに縋るのは、マトモも社会システムも道徳も凄い文明が何もない所が縋るもんだと。  本当に万人を幸せにする社会システムや道徳があれば、そんな博物学的な見世物としての価値に縋る必要性がないもの。

そもそも真っ当な社会や食生活などを破壊してまでも自分が支配しないといけない、上に立たないといけないとか、マトモな文明や社会秩序や道徳がある社会を破壊しないと自分たちが栄えないという悪意というかちょーマイナス思考が劣性でないのかな?

中央アジアは元仏教圏だったので、もし欧州貴族が中央アジアがルーツだとしたら、仏教的な思考を持ってきてないのが不思議。 グロテスクな選民思想丸出しの神秘主義とかそんなものばかりじゃないだろうに。

そもそも、優生学とか言って優れてるなら、何でよその中央アジアやインドの文化を引っ張り出してアーリア人(笑)なんて言う必要があるのか? アーリア人なら、西欧や北欧はそのご当地アーリア思想はどこに持っていったんですかと(笑) あまりにツッコミ所多すぎ
アーリア人(笑)なんて、そんな事言ってるやつに限って、博物学的な対比で日本人は特別とか言うから、あなたはナチスの残党ですかとツッコミたくなるわ(笑)  日本人は特別とかいう発想もナチスのお下がりだからねー。

ゾロアスター教の文献の「ブンダヒシュン」には、黒人は悪魔(デーヴァ=インドの神族)が作ったと書いてあって、これ見つけた頭の悪い白人至上主義の馬鹿は、「この宗教こそ俺らの元の宗教だ!」とキャッキャウフフしたのだろうけど、これ本当にそうなの?
そもそも、白人至上主義と言うけど、イラン人って金髪碧眼じゃないだろ?w
特にアーリア人の土地こと「エーラーン・シャフル」と呼ばれたエリアはイランのかなり南部。 テヘランの周辺ですら日差しが強くて日中はかなり温度が上がるのに北欧のような金髪碧眼がいるって嘘のようにしか見えない。

そして、いくらペルシャ帝国がゾロアスター教が国教だとしても、あそこは多民族国家な上に布教しないから、トランプとその取り巻きが喜びそうなキリスト教原理主義臭い白人至上主義政策が本当に実行されてたかとても怪しい。 あーアーリアネタは凄く恣意的過ぎて現実感がねーなー(笑)
そもそも「アーリア人の侵略」って本当かね? パキスタンあたりの遊牧民が旱魃で食うに困ってインドに一部が「移住」しただけでないの? そして遊牧の文化とインドの農業の文化の混合が起こっただけかも。 この何で「侵略」なんて、西欧の馬鹿っぽい思想が真実とされるんか?w

何でパキスタンの遊牧民が「移住」した話が、輝かしい建国神話(笑)みたいな扱いなんだよ。 侵略して文化を押し付けて白人至上主義政策を敷いたとか、頭悪いやつらの願望をそのまま投影するような神話の押しつけはほんと気持悪いね。

なんかな、最近アーリア思想つーかナチズムのゴリ押しがウザいからつっこんでみたけど、大本教やナチスの言うアーリア人って凄く恣意的だな。 現実を一切無視してる完全なファンタジーじゃん。 しかもグロテスクなだけで、思想性がオリジナルの断片の寄せ集めと言ったら。

なんか、中央アジアの宗教にしても、自分たちのご都合主義の宗教というユートピアを探していて、たまたまご都合主義に近そうなもの見つけて自尊心を満足させてるようなそんな感じ。 この軽薄な思想性のないアニメってこんなノリで作られてるんだよね。 しかも戦争馬鹿という単細胞だし。

仮にサンカがインド系移民だとしたら、イギリスに移住したパキスタン系移民は2000年経ったら選民思想丸出しで他のイギリス人を差別するの? なんかサンカにしても何にしても超古代を持ち出して権利を主張する話は戦時中の強制連行なんかよりずっと根拠が胡散臭い気がするのは何でだろう?
サンカの話は、超古代の権利を持ち出してパレスチナ人を迫害するイスラエルみたいだな。 しかし、何でそういったサンカなどの「ピュアな日本人」の話が、日本国の発展じゃなくて、大多数の一般国民に対する憎しみという、従軍慰安婦問題のような感情なのが意味がわからない。
何でこういった「超古代」の話は、常に被害者意識とルサンチマンばかりで、その超古代文明の末裔という「属性」がキリスト教の信仰に紐付けされてて、選民思想の元になるそんなパターンしか世界中に存在しない。 そういった超古代の権利書でプラスな話はついぞ聞いたことない。
だから博物学的な価値を付与されたマイノリティは、西欧によってアイデンティティの基盤が被害者意識と選民思想になってるので、ひたすら売国に熱心になるという。 世界中の下層民や被差別民に被害者意識と選民思想を煽って偽の貴族主義を作るのが特別な血筋のやる事なのか?

アーリア人論争で変だと思うのは、イランによくある灌漑設備のカナートのような施設は、水が蒸発するのを防ぐために地下に水を流すわけで、そもそも金髪碧眼の人らが存在するほど日差しがきつくないなら、地下に流す必要もないのだが。 インド人もイラン人も金髪碧眼じゃないしなー。



西欧の価値観についていけなくて困ってた人生だった。

イスラム国に行くような人たちは、きっと近代のリア充的な価値観についていけなかったんだよ。

なんだかんだ言って中世的な価値観は生きやすいのだろうね。

普通の人生が肯定されるつーか。

2ちゃんねるの鬼女版のまとめとか恐ろしくて見れないよ。 何でキリスト教お嬢様教育受けるとあそこまで精神が劣化するのだろうかと疑問で仕方ない。 偏狭で差別的な精神性つーか。 あれは悪の温床としか思えない。 あの恐ろしさって体感したことあるか?ないな?俺はある。
イスラーム主義の人たちが西欧の教育を良くないように思ってるのは、あの道徳や社会秩序を重んじない所だよ。 特権階級になればなるほど道徳や社会秩序から自由になると考えてて、道徳なんてものは下層民に押し付けるものだと思ってる。 そういう我欲に満ちた態度が許せないと思う。
何で西欧って、道徳や社会秩序ってものは特権階級の完全なご都合主義を下層民に押し付けるためだけの愚民化政策の装置だと思い込んでるんだろうね? 今の安倍もそういう態度だし。 西欧ってものは、マトモな倫理観も社会秩序も道徳も何もない所だったのでないの?だからあそこまで邪悪。

世界でも邪悪の根源のひとつはローマ法の解釈術だと思う。 あの完全に自分のご都合主義で軸がないものを押し付けれる。 キリスト教の聖書解釈もローマ法の解釈使うから完全に自分本位の人為的なものができる。 そもそもあれを使って一神教とか言ってても一神教として機能しないもの。

聖書解釈の柱がこれなので、部分智と整合性のない聖書解釈がまかり通る。 聖書解釈ならユダヤ教のものが正しいと思う。だって、動かせない軸として律法があるから。 そもそも人間が法律を作れる時点で一神教でないから。
キリスト教お嬢様教育の隠れた需要のひとつが、ローマ法によるご都合主義解釈の習得があると思う。 日本社会はそういう考え方は基本しないから、日本社会でお互い譲り合って暮らしてる中で、ひとりだけ自分本位のやつがいると利益がフリーライドできるから経営者にとって使えるのだろう。

お嬢様と自分の思考回路の違いは何だろう?と考えたら、ローマ法の考え方の有無だったのか! と気付いた時には遅かった。 西欧の思考にハマればハマるほどこれらの毒が効いてくるから怖い。気をつけないと。 社会を運営するにはそれでも法律は必要だとは思うのだけどね。
田舎者のヤンキーとは価値観が違うとよくお嬢様は言うけど、そりゃ宗教と文化的な背景が違うなら思考回路も違うさ。 こういう所を言葉にしないでなんかよくわからないものにして差別するとか頭悪い。 オスマン帝国の宗教ごとのミレット制が凄く正しくて合理的に見えるぞ?

(ミッレト - 世界史の窓
http://www.y-history.net/appendix/wh0803-034.html
"オスマン帝国のキリスト教徒・ユダヤ教徒などの宗教団体。団体ごとに自治を認める寛容な宗教政策がとられた。
 オスマン帝国での宗教政策で、メフメト2世の時に始まるという。メフメト2世はイスタンブル再建にあたって、ムスリム以外の異教徒を、三つの宗教共同体(ミッレト、またはミレット)に組織した。3つとは、ギリシア正教徒、アルメニア教会派、ユダヤ教徒でありすべての非ムスリムはこのいずれかに属し、各ミッレトはその長を任命し、ミッレトごとに貢納の義務をもつかわりに、彼らの固有の信仰と法と習慣を認められ、自治を行った。オスマン帝国での寛容な宗教政策であり、イスラーム世界のズィンミー(納税することによって自分たちの信仰を認められた被保護民)が生かされている。

Episode ミッレト制という用語は西欧人が用いた
 ミッレト制はメフメト2世の時に始まるとされてきたが、不思議なことに同時代の史料には全く現れてこない。元来ミッレト(またはミレット)とはアラビア語で「宗教」を意味する「ミッラ」を語源としており、現在のようなミッレト制という使い方はされなかった。どうやら近代に入って西欧人がオスマン帝国でのムスリムと非ムスリムの共存するシステムを解りやすく説明するために用いたため、広く流布するようになったらしい。<鈴木董『オスマン帝国-イスラム世界の柔らかい専制-』1992 講談社現代新書 p.86>")

おいらが、イスラーム社会が物凄く合理的に見えてしまうのは、こういったお嬢様と付き合った時のトラブルや苦労の種が全部潰されてた事かな? 中東は様々な民族や宗教の集団がいるから、そこでうまくやっていくための智慧が詰まってた事さ。 あと暗黙の了解を全て言語化してる所とか。
だからおいらは、カルト臭い政治家が信じてるような「人類の進化」なんか一切信じてない。
西欧の言う「進化」って古い文明圏には先取りしてたもの。
あーこんな古い文明圏だけにある智慧みたいなものを西欧が破壊して回ってるんだよね。
おいらが東方の秘教が好きな理由は、西方のほうに比べてイマジネーション豊かなんだな。 この東方の味をしめると、西方が窮屈で退屈に見えてくる。 この窮屈で退屈な世界に子供を押し込めるのが「教育」だと思い込んでる所が嫌だ。 凄く「去勢」が大好きな感じが。

特に19世紀に書かれたものを見てたら、何でこんなに退屈で窮屈な価値観に恐怖心からしがみついてるんだろうか?と疑問で仕方ない。 まるでイスラム国の恐怖政治のように「常識」から逸脱するという恐怖感で生きてる。 それだって、何らかの宗教的な根拠とかない迷信的過ぎるものだし。

亡国のプティラノドン ‏@dhtdhtdhtdht 2月13日

一般人に尊法精神云々言うのおかしい。
法を守らなければいけないのは公務員。「~してはいけない」ではなく「~した場合公務員が書かれているように処理します」が正しいし、また現実的にそうでしかありようがない。
いけませんと言ってもやる奴はやるんだから(笑)


どうしても各自が「自分は書かれたこと破っちゃいけないんだ」と思わなきゃいけないとしたら、北朝鮮並のゴリゴリの思想統制を敷くかイスラム国化するしかないんじゃないか?
つまり法律とか社会科学とかの問題ではなく、宗教とか洗脳の所轄事項。

閉店です ‏@lakudagoya 2月13日

@dhtdhtdhtdht どうもイスラム国の運営の方法見てますと、あの運営のやり方は西欧謹製の頭の悪さが垣間見えますね。知恵がない。

人が生活する上で必要な法律や規範がなぜ必要かという納得の上に作られたものが必要ですね。

亡国のプティラノドン ‏@dhtdhtdhtdht 2月13日

@lakudagoya
クトゥブがそもそも怪しくないですか?
アメリカに留学してたこともあるみたいだし、「こいつ工作員なんじゃないの?」と思ってしまうのは短絡的ですかね?
変な原理主義は時系列的にアメリカのキリスト教が先らしいですし。

閉店です ‏@lakudagoya 2月13日

@dhtdhtdhtdht あ、それモロに工作員じゃないですか?w

こいつの論文、自由意志を完全に否定してるの書いてるのでプロテスタントくせーなとw

こいつは、西欧の「堕落」した価値観で原理主義にかぶれたパターンで日本上げとは逆バージョンですね。




閉店です ‏@lakudagoya 2月13日
@dhtdhtdhtdht 同じようなやつ沢山。で、西欧かぶれのくせに民族主義の選民思想を唱えるカーゴカルトみたいになるんですよ?(笑) 保守派って何でここまでクリスチャン臭いのかよくわからないなと思ってました(笑)

@dhtdhtdhtdht そもそもイスラーム原理主義なるものが、日本上げ愛国ポルノと同じで西欧の価値観を挟まないと生まれないものではないですか? そして、なぜかプロテスタントのピューリタン臭い法学だけをピックアップしてるのですよね。イギリスは。
@dhtdhtdhtdht なんというか、この手の保守派って常に西欧に対してどうかってのが日本人の誇りに繋がってて、自己完結してないんですよね。

頭の中身西欧なのに、やたらと和風や偽伝統までも大和魂とかいいだすので一般人は騙されちゃうのかな?

お嬢様と付き合うのは大変やで。 そもそも人工的に作ったエデンの園みたいに原罪のない世界で隔離してお花畑に育てましょうって、まるで世界に災いをもたらすためにパンドラを送り込んだ、バチカンあたりの陰謀でないかと本気で考えてしまうのだよね。



それを考えると、イスラーム勢力を支援したのは異端派の暗躍を考えてしまうんだよね。

異端審問したら地獄行き
知識を隠すのも悪


この「異端派には智慧を。正統派には盲信を」という構造を考えた上で子供の世界と女の世界を対比すると面白い。

世の中の不思議は、もっとも原理主義と言われてるイスラーム勢力が、なぜに西欧とその価値観に支配された世界に効果的にネガキャンのために怖さや不自由さを「見せる」事に特化した偶像崇拝そのものの発想をしてるのが不思議で不思議で仕方ありません。
そもそも、偶像崇拝を禁止する思考を持ってる文明強いなと思う。 大本教の手羽先どもがユダヤが悪いと朝から晩まで吠えてるけど、こいつらはユダヤがなぜ強いのか?というマトモな分析をしたことないのはなぜだろう?




閉店です ‏@lakudagoya 2月13日

@dhtdhtdhtdht こいつの記事読みましたが、「光の家」というワードでマニ教を連想しましたが、黄金時代というキーワードで、これイスラム版アクエリアンエイジ詐欺の可能性があるなと。偽イスラムとまではいきませんけど、この愛と平和の砂糖菓子味から石屋臭い耶蘇の臭いがします。
ギュレンにしても、アフマディーヤムスリム協会にしても、バハイ教のような西欧的価値観の保持と、甘ったるい砂糖菓子のような中身のない愛と平和みたいな感じが凄く、石屋臭い耶蘇の臭いがする。 そしてどいつもこいつもマフディーを名乗る。 あーわかりやすいなー西欧の工作員は。
何で西欧って中身のない具体的な話をしない愛と平和とかそんな砂糖菓子のようなものが好きなのが意味わからない。 あの甘ったるさと気持ち悪さとスイーツ脳ですぐわかる。 こういった西欧謹製の偽イスラムみたいなものは、領域国民国家大好き!西欧の法律大好き!だもの(笑)
@dhtdhtdhtdht あれ日本でやたらと光の時代がー!とか新たな時代がー!とかニューエイジやスピ系が煽ってたでしょう?  黄金の時代って占星術的な観念による宇宙周期論でインド哲学やギリシャ神話あたりからのパクリですねw それ中東でダイレクトにやれないからああやってる。

中東ではアクエリアンエイジ詐欺ができなかったので、ギュレンは西欧的な価値観に日和るイスラーム主義やるしかないのかな?   ついでに弱者救済やらないと求心力得れない中東と違って、日本は本当に騙し放題で笑いが止まらないでしょうねぇ。 石屋からしたら天国だろうに。

サイード・クトゥブが内村鑑三ってたとえがうまいなぁー 日本によくいるクリスチャン保守みたいなものか。 西欧的な価値観にかぶれればかぶれるほど、原理主義的な伝統主義にハマるようでw で、カーゴカルトみたいなのが一丁上がりっと(笑)


愛と平和の甘ったるい砂糖菓子の鯵で耶蘇臭い石屋の詐欺がわかりやすいわー

プテラノドンさん曰く、あのカレーに白砂糖を振りかける味付けってやつか。

何でもかんでも白砂糖かけりゃいいと思ってる発想だもんなぁ

亡国のプティラノドン ‏@dhtdhtdhtdht 2月13日

クソッwwよくわからんがおもしろいw https://twitter.com/lakudagoya/status/831250247821037570 …
閉店です ‏@lakudagoya 2月13日

お嬢様と付き合うのは大変やで。

そもそも人工的に作ったエデンの園みたいに原罪のない世界で隔離してお花畑に育てましょうって、まるで世界に災いをもたらすためにパンドラを送り込んだ、バチカンあたりの陰謀でないかと本気で考えてしまうのだよね。

閉店です ‏@lakudagoya 2月13日
@dhtdhtdhtdht これフェミを考察する上において重要です! 女を利用して社会を破壊したりする手法がカレーに白砂糖なのですよ。 だから、この手の白砂糖のような甘ったるさをふりかけたものは、世界支配の陰謀の手法でもありますね。
@dhtdhtdhtdht これ、続きがあるけど、その人工的なエデンの園で子育てしたい母親にとって、余計な情報を吹き込むおいらは、まるでエデンの園に侵入する蛇のような扱いをされてたわけですよ(笑)

亡国のプティラノドン ‏@dhtdhtdhtdht 2月13日

@lakudagoya
グノーシスだと善玉ですねw
違ったかな?

閉店です ‏@lakudagoya 2月13日

@dhtdhtdhtdht あ、グノーシスのオフィス派だと正解ですね。

で、フェミを叩くならお花畑の世界で純粋培養されたお嬢様が如何に社会を破壊する恐ろしい存在なのかということを考えたが良いです。

ここは割りと盲点なので、社民党のナントカよりも怖かったりしますぞ?

@dhtdhtdhtdht あとお嬢様の恐ろしさは、フェミよりも猛毒な所あって、嫁ぐ事で組織の実権を握ってわがままをするわけですが、男と張り合うフェミよりも純粋培養なので、社会常識というタガがないぶんまじこえーです。 

この被害にあってきたので、わかります。フェミもクソですが。

女が入っていきづらいものでも、白砂糖をまぶしてわかりやすくは入りやすくすれば、見事にスポイルする事ができます。 何でも白砂糖を振りかけるアフマディーヤムスリム協会だとかギュレン主義だとかは、そういう愛と平和と優しさの味で世界支配する人たちなのです。

甘ったるい愛と平和と多様性とか言ってるスイーツ脳なものはすべからく全てが西欧の陰謀の出先機関なのだよね。 全部に白砂糖がまぶしてあるので、ある意味わかりやすい。 こうやって、女が好むようなスイーツ脳で洗脳していくんだね。 武器のない平和な島(笑)とか。

何で武器がない平和の島(笑)とか、先住民やマイノリティを理想化するのか?  これ障害者番組もそうだよね。インディアンとかも。 西欧こそ、これだけ戦争作ることに全振りしてるくせに、それらと繫がった手羽先が愛と平和とか言うの。




カルロス・カスタネダや江戸しぐさのようなものを捏造するのも結社員のお仕事です。

そして海外旅行に行って超古代核戦争の「痕跡」を見つけてくる簡単なお仕事です。

閉店です ‏@lakudagoya 2月14日
偽イスラムに近いものほど、何でこんなに甘ったるい砂糖菓子のような味がするんだろう? この中身のない愛と平和と多様性のスイーツ脳って、創価や障害者支援のみならず、ニューエイジ臭い自然主義やそれに伴うロハス的な商品にも共通の味の素だよね。 優しさを演出できる味の素みたいな。

大体、「良きサマリア人」ってなんなんでしょーね? サマリア人は今でもユダヤ人を大嫌いなのに。
おーい!サマリア人はユダヤ人と敵対してた勢力だぞ。 ユダヤ戦争で負けて栄えたのはサマリア人だよ。 ローマとサマリア人はなぜか仲良しだった。



何で西欧ってあんなに女っぽいのかな?

部族社会的なDQNさをとことんまで嫌うような感じが。

今でも部族社会って復讐だー!とか言って敵対部族に報復してるのに、愛と平和とかの綺麗事ってなんか中東の部族社会とかにはないセンスだなと。
いや、あの中東の部族社会の中で愛と平和とか言って独身でニートしてたら、間違いなくゴミ扱いされそうな悪寒がする。 あまりに西欧の愛と平和って、中東の部族社会から生まれそうにない感性だなーと。 凄くケルトとかそんな感じがするんだよね。あの女っぽさ。
西欧の愛と平和って、未だに旧約聖書そのものの世界を生きてる中東人見ると、西欧の綺麗事言ってスイーツ脳にする感性はあまりにかけ離れてるような気がする。 なよなよした女が好むような、愛と平和って、部族の誇りなどの価値観と正反対かなーって。
フランスとかセンスが女っぽいんだよね。特に元ケルト圏ほどそういう感じ。 アラブの怖い顔した髭面のむさいおっさんの世界に憧れる女子はいない。 女っぽいって、あのスイーツ脳なとこがウケるのかな?   未だに女の世界の理想はマリー・アントワネットだしな。
ローマ帝国に噛み付いたユダヤ人とイスラム国の感性はほぼ変わってないと思う。 あのイスラム国の戦闘員のようなむさい顔したおっさんが新約聖書の世界の登場人物。 古代ユダヤの再現映像にユダが露骨にアルカイダのテロリストのような配役なのは意図的でしょーか?(笑)
あー考えれば考える程、愛と平和とか中東の部族社会から出てきそうにないなぁ。 凄くイレギュラーな感性なのだよね。愛と平和って。  だから、ローマ帝国の御用知識人がDQNさを抜くべくして色々と仕掛けたんじゃないかな?と妄想してるんだけどねぇ。
ユダって今風に考えれば、イスラム原理主義組織のテロリストで、イスラム国の戦闘員みたなもんだ。 そんなフィルターをかけて見ると生っぽく見える。 だから愛と平和なんてあんななよなよした感覚やっぱ違うよ!
お嬢様はフェミよりも猛毒だから気をつけろ! 結局組織は男社会なんでフェミはなかなか管理職になれないけど、お嬢様は嫁ぐ事で容易に実権握ったりするので、それの暴走は、フェミよりも悪いものがある。
社会で男と張り合ってるフェミよりも常識のない妄想を押し付けてくるこえーよ!



人工的なエデンの園で純粋培養で育てられたお嬢様は社会経験ないまま組織の実権を握るけど、男と張り合ってきたフェミよりも社会常識というタガがないので、ものすげーわがままをして組織を潰したりするのよくある。

マジで純粋培養お嬢様はサイコパス以上にこえー存在っすよ!


@dhtdhtdhtdht あとお嬢様の恐ろしさは、フェミよりも猛毒な所あって、嫁ぐ事で組織の実権を握ってわがままをするわけですが、男と張り合うフェミよりも純粋培養なので、社会常識というタガがないぶんまじこえーです。 

この被害にあってきたので、わかります。フェミもクソですが。

黄皇大栄‏@ououdaiei 2月14日

@lakudagoya  お嬢は姫のような家や他者を背負う気概を感じない。権力の怖さは、まだフェミは知っている。でもお嬢は知らんので、恐ろしい・・。

ねこた‏@lakudagoya 2月14日

@ououdaiei 少なくともお嬢様教育って統治者側の教育じゃないですよ。

中国の古典で、国が滅びるパターンがお嬢様文化には埋め込まれてるわけで怖いです。

お嬢様教育よりも儒学をって誰も言わないですよね?

フェミは男社会の中核には入れないけど、お嬢様は嫁ぐ事で男社会より上位の世界に入るので、本当に権力持ってるのはお嬢様だ。 でもお嬢様文化見てみると、極度に西欧かぶれなんだよね。 男の世界以上にこれは凄い。 だから東洋思想なんざ顧みられない。兵法は必須なのにね。

俺、お嬢様の思考を観察してたんだ。 こいつらは、キリスト教教育のせいで物事を自己都合のローマ法的な解釈をするんだよ。 耶蘇教神学と同じくな。 だから、マジで理詰めの話が通じない。 まだ男と張り合うフェミのほうが説得というカードが切れるだけマシ
おいらは社会秩序の必要性から法治国家を誰よりも望んでるのに、ローマ法をここまで憎むことがあろうとは。 お嬢様ってその親もだけど、マジで交渉という観念がないんだよな。 自分がそう思い込んだら一点張りでさ、利害を調整して丸く収めるような事が一切存在しない。
何でヤンキーよりも、お嬢様はあそこまで自己都合の考え方ができるのだろうか? そこの思想の根源が気になる。 なんか、根拠もないのに物事に対する狂信的なまでの信念とか、やはり受けてきた宗教教育と一般教育の違いで理解するのに相当に苦労して神学書に手を出してしまった。

男は各界で一流になるのは、運もだけど実力や器も問われる。 あそこまで厳しく精査されるのに、お嬢様だけは「お嬢様学校に行った」というブランドや家柄だけで、事業に必要な専門知識とか資格とか統治術とかそんなものは問われないよね?   これエリートのフェミより杜撰な人事でないか?

俺の人生は、お嬢様とつき合いで苦労して神経すり減らした感じだよ。 お嬢様を理解できなくて、キリスト教神学書まで手を出した苦労をわかっておくれ。 その後遺症がきついぜ。 結局、宗教の違いによる思考回路の違いは思った以上に苦労する。 ムスリム相手に豚を出すような所が毎日。
お嬢様こえー! 無罪なのにあれとは。 やつら凄いモンスタークレーマーなので大変だぞ。 凄い些細なことで物凄いクレーマーになるんだ。 で、やつらによる女をつかった世界支配は2000年かけてやってる大プロジェクトなので、絶対のタブーなんだ。

カルトで、臭いがきついと言って空気清浄機2台買わせたりな。 お嬢様のローマ法の解釈のような神学思考によるクレームは面倒くさいから普通の人は折れちゃうんだよね。 この思考回路の違いから、面倒ごとが嫌で被害にあってる人は多いよ。本当に。 敵はローマ法にありか!

マジでパンドラの箱の凶悪バージョンをやってるように見える。 それをバチカンあたりの陰謀に見えてしょうがない。 お嬢様教育って女を純粋培養でモンスター化させてお花畑で育てる事で、日本中の組織を破壊して回るんだよね。 これだけはマララを攻撃したやつ正しいって思えた。



このお嬢様で文化と組織破壊を世界中でやろうとしたけど、パキスタンでは現地人に阻まれて拒否されたりな。

日本もこれくらいの気概を持たないとだめだぞ?

女のお花畑妄想を助長するような事は一刻も早くやめないと。  

結婚式場とかおしゃれなカフェとか。
女の世界とキリスト教や西欧かぶれの闇はもっと深い。 このあたりは絶対のタブーだよね。 女でイスラーム主義にかぶれる人はいなくても、なぜかキリスト教学校や子供に読ませたい本が教会の説教みたいなの。 中田考氏のカリフ論の本でなくて。

もう、女の世界のあれは聖書も教義も何も関係ない。 女の世界ですげー苦労して未だに後遺症がやばい。 女性の社会進出も邪悪な思想だけれども、家庭に入るために純粋培養で育てるのは世界でももっとも邪悪な思想のひとつで、フェミなんか冗談にしか見えないほど凶悪っす。

mothman‏@shortcakebomb 2月14日

@lakudagoya お嬢様というものもファンタジー世界だけの生き物として物語に封じ込める必要がありそうですね。

ねこた‏@lakudagoya 2月14日

@shortcakebomb ほんまに。あれを破壊するだけで世界は平和になる。

女を組織から排除するだけでこんなに楽になるのか。 特に純粋培養のお嬢様は、全部自分のワガママと思いつきを押し付けて実現しようとするからさ、それに付き合わされるほうはたまったもんじゃない。 それで随分と棒に振ってしまったんだよー。とほほ。

プロに頼んだら早いことでも非常識なまでに自分の妄想だけで押し付ける。 仕事にならねぇ、困る。 お嬢様はこんなにも恐ろしいものなんだね。 でも世間のイメージだけは絶対に良いよね。   この言葉と実体の乖離をさ、イスラーム法学の思考で木っ端微塵に粉砕したいわ。

お嬢様の杜撰過ぎる(ついでに死人も数人出てる)組織運営を見てると、イスラームという社会システムは本当に私が困ってた所を全部潰してあって何て出来過ぎた社会システムなんだと感動した。 何でお嬢様って組織を運営させるとここまで壊滅的にダメなんだ。戦えない組織以前の話だ。

死人が数人出ても一切責任を取らず(遺族からは相当に恨まれたが)、全部自分が正しいと思い込んでる。 死人が出ても反省しないお嬢様こえー これ中東だったら、遺族から銃弾投げ込まれたり、焼き討ちにあったりしてるぞ。 お嬢様害って本当に本当に怖いよ。全力で逃げて〜!

亡国のプティラノドン‏@dhtdhtdhtdht 2月14日

亡国のプティラノドンさんがねこたをリツイートしました

影響が大きいとか、同等とかではなく、より上位とな!?

亡国のプティラノドンさんが追加
ねこた@lakudagoya
フェミは男社会の中核には入れないけど、お嬢様は嫁ぐ事で男社会より上位の世界に入るので、本当に権力持ってるのはお嬢様だ。

でもお嬢様文化見てみると、極度に西欧かぶれなんだよね。…

ねこた‏@lakudagoya 2月14日

@dhtdhtdhtdht 上位でなくて陰謀の中核です。藤原氏システム。

これ女の世界にいないとわからないですけど、フェミも実害はあるけど、それ以上に災厄なのが純粋培養のお嬢様です。

フェミは所詮、男社会を支配できないけどお嬢様が黒幕です。これ本当。

純粋培養のお嬢様はなぜにここまでほーしゃのーよりもやばいのだ? 社会を破壊するためのお嬢様ばかり作る西欧は怖い。 やはり2000年かけて女性の智者を破壊して根絶やしにして愚民化してきたやつらだ。 そのノウハウが詰まったものがお嬢様学校の文化なのだろうなと思った。

これ、間近で観察してるからわかるんだ。 お嬢様学校に行った人はなぜか、贅沢文化のような大きな世界に囚われてるようなんだ。   日本は何につけても贅沢を好む文化はあまりない。 この贅沢が身体化されたものは呪いにかかったように身体化してしまうんだ。
そう考えると女性のベールって贅沢や見栄の張り合いで社会を滅ぼさないための方策としてよくできてるな。 服が貴重品だった時代、ベールがあれば貧乏人も困らずに済む。 街中行けば服を売る店ばっかなので如何に服飾に全振りされてるかわかるもの。 それの浪費やべえよ。

贅沢や見栄の張り合いは国家を滅ぼす。でも女の世界ってそれで差をつける事しかない。 フランスの宮廷恋愛みたいなものが流行ると不倫も増えるし。 あー少子化になんないですよね。そりゃーつえーですよ、イスラム文明は。 人口増加で形勢逆転ができるから。
実際の運営はともかく、完成された社会システムとしてここまでのものはなかなかない。 人工物でこれだけのものを作れるのはないよ。 そういう視点で見ると、西欧は社会システムとしてゴミにしか見えないもの。 社会秩序や道徳が破壊された退廃的な所とか。
プティラノドンさんは、フェミだけに囚われず女害の全般に頑張って欲しい所。 わかりますよ、フェミの実害って。 ただ、純粋培養のお嬢様は既存の価値観を壊さないので見えにくいですが、実害は間違いなく存在し組織を内部から破壊してる。 あのお嬢様を操る価値観がバチカン謹製なのですよ。

なぜにお嬢様の理想の価値観がマリー・アントワネットの真似をして、欧州貴族の価値観に近づけるかという事に集約されてるのか? 女性の智者を沢山作り、日本で偉大なる文明や文化を作ろうという事にならないか? そうならず、全部が消費に向けられてるのは陰謀と言わず何と言う?



お嬢様の理想が、なぜマリー・アントワネットなのだ?

女性の智者ではなくて。

このあたりに陰謀が隠されてると見て間違いない。

女をお姫様願望の価値観に押し込めるのは、男性に智慧や霊感を与える性質を奪い取ってるのではないかな?と。
旦那(もしくは交際相手)や子供に智慧を与える存在として女の役割はとても重要なのに、その女の世界に対して誰も指摘しない。 国が滅びる原因である贅沢に汚染されてても、それでもフェミに比べると叩かれない。 そこを改善するだけでも社会を劇的に変えられるからこそタブーなんだろう。
おいらは、フェミ叩きがなぜか凄く「用意された」違和感を感じてた。 確かにフェミの実害は家庭崩壊とかで出てるのだけど、なんか隠されてる感じが強かった。 そこで、純粋培養のお嬢様の実害を思い出し、隠されてる一番の邪悪はのはこれだ!とわかったもの。
何でそれが最大のタブーとされてるのか? 大化の改新以降支配した藤原氏による支配システムだから。 女を使って組織を背乗りする方法で支配を拡大する手法を取ってきたそれらの特権階級として、お嬢様などの女の世界が発火点となって社会改革などが起きた日には大変なことになる。

耶蘇教のやって来た事は、デルフォイの巫女のような男性に智慧や霊感を与える女の智の伝統を根絶やしにしてきた事だ。 だから、重要な側面でもしそれらを与える事があったならば、もしかしたら社会に影響力を与えてるんだよね。 お嬢様はそれらの能力を奪われた女のように見えてしゃーない。

お嬢様学校の先生とかを見て思ったのだけど、なぜああいった人たちは強烈な信念=固まった思考を持ってるのだろう? 純粋培養のお嬢様も初期のキリスト教の殉教者のような固い信念でモンスタークレーマーとなる。 もっと思考は柔軟であるはずなのに、なぜここまで狂信的な性質があるのだろう?

女の世界を生で見てわかったのは、何でここまで殉教者のように物事に対して狂信的なんだろう?という疑問が。
お受験にしてもカルトにしても教育方針にしても。 またいくら高等教育受けても、護教理論のように信仰を強化するためにそれらが使われたりするという現実。

フェミも悪質なら、純粋培養のお嬢様はもっと悪質。 特に純粋培養のお嬢様は、マニ教のように既存の価値観を変質させる事で破壊する悪質さがある。 菊池氏の言う革命型戦術と憑依型戦術の違いだろう。 フェミのように正体を出して改革しようとする革命型戦術はわかりやすい。

でも、「女は家庭に入る」という既存の価値観を壊さないお嬢様は、見えないところで影響力を与えてもフェミのように攻撃される事は絶対にない。 いくらワガママで会社組織を壊しても公共性を破壊しても絶対に絶対に叩かれない。 そのお嬢様文化に対して改善のメスが入ることはない。

男の世界に対して、女の世界は極めて西欧かぶれが進行しており、差別思想の温床になっていても、何も批判される事はない。 男が想像つかないほど、頭が贅沢やワガママで閉められててもその深刻さが理解されない。 国を発展させる責務があるはずなのに、それらが果たされない。

いいとこに嫁いだお嬢様は、組織を運営するために判断力を養わないといけないのにそれが求められる事もない。 お嬢様学校卒のブランドという漠然としたもので、具体的な兵法とか哲学によるシステム設計力などは問われない。 そしてヴィジョンもない。恐ろしい事ですよ?

おいらは日本の特権階級にあるような智慧が欲しい。 日本の特権階級は智慧を皆と一切共有しないから。 きっと、中国の古典の政治思想やギリシャ・ローマの古典よりも、凄い智慧が詰まってるに違いないと妄想するのですが!? 中国の古典より凄い英知ってマジで気になるのですがっ!?

中国の古典は、組織運営とか帝王学としてはこれの右に出るものはなかなか存在しない。 あのスッキリとした物事の解決力は凄いわ。 国家や組織を運営する時にどんな方法を取れば良いかわかる。 それよりも凄い口伝でのみ伝えられた智慧があるとしたらぞくぞくする!
キリスト教お嬢様教育って本当にあれは帝王学だろうか? むしろ帝王学なら、儒学などの中国の古典のほうが必要性満たしてる。 本当に帝王学やるならば、神学をみっちりやるべきだけど、キリスト教お嬢様学校に来るよう人たちは聖書どころか神学書なんて一切読まないならな。
聖書やキリスト教神学の話題を振っただけで気がふれたキチガイ扱いだもの。 ドイツの神学とかは苦手ですけど。 やっぱりこの世界は神学のフレームでうごいてるのだよね。 聖書にも神学書にも興味ないってなぁ。 ギリシャの古典だけだったらキリスト教である必要ないしな。

でも、書店に行ったら神学書って、カール・バルトや教父哲学くらいしかないもんなぁ。 あまり需要がないせいか、安易な耶蘇教本は大量にあっても本格的な神学書はないもんね。 日本では読まれないんだよな。耶蘇教徒が少ないから。 で、キリスト教書店にまで行く必要か。
前にジュンク堂書店の神学書コーナーに行ったらやたらとカール・バルトばかりあったのを覚えてる。 これは困ったな。   とまーてさんも、日本にある神学書はカール・バルトなどの一部の組織神学しかないという話をしてたが。 原典シリーズがあまりないってのが。
日本企業の無能さにも、間接的にお嬢様が多大な影響力を与えてるだろうて。 子供をエスカレーター式学校に行かせてコネ入社させたり、そんな精神性では末端を生贄にするような軟弱な上層部しか生まれないさ。 最近露骨に企業の上層部が知的劣化が激しいのはこの悪影響もあるだろう。
だって、子供に楽させたい一心で安倍のようにエスカレーター式の学校に入れて、政治学の授業に一度も出席しないのに卒業できるような甘やかしが各地で横行してるのだろ? そりゃ、変な選民思想だけ植え付けられて、能力なんて問われないだろうて。 これも母親は安心するわけよ。

そんなエスカレーター式学校を運営するのも例外なく耶蘇だからな。 売国奴として家族ごと囲うためか知らないけど、特権階級の甘やかしによる元凶はああいうエスカレーター式の学校だもん。 で、それらの特権階級は今や生まれがいいのもコネも実力のうちと洗脳しよとしてるからね。

ああいう母親って、指導者層のくせに、自分の子供だけがいい仕事につけばいいって発想だから、あんな選民思想だけ植え付けられるよな。 お嬢様の世界は国家や民の豊かさのために貢献するという思想はない。 昔の武家はそんなのあったのかも知れないけど、今やそんな文化は消えかかってる。
昔の武家は朱子学などに基づいた思想があったからね。戦前の知識人もそれだった。 でもキリスト教名門校で西欧の教育受けた人たちの思想は、そういう戦前の知識人と断絶された、自分だけいい思いをすればに囚われてる。 これ支配者の思想じゃないでよ。
なんか、戦前の知識人のような東洋思想から断絶された特権階級が蔓延るようになってから、日本が急速に劣化したな。 やっぱ思想って大事ですよ。 で、女の世界が恐ろしいのはお受験には熱心でも、朱子学とか伝統的な智には一切興味ない所なんだよ。だからと言って西洋古典もなしだもの。

女の好むものに東洋思想はないんだよね。なぜか民族派右翼で「天誅!」とか言って暗殺してたような大陸浪人みたいなの女には絶対にウケない。 なぜか伝統智って女を寄せ付けない性質があるんだよね。 西欧のものは女心を掴む性質があるみたいなんだ。
お受験に熱心でも、儒学などの伝統智に熱心なママ友はいない。 なぜか世界中の伝統智は男の世界で女を寄せ付けない性質がある。 やはり女の幻想を満たす要素をお嬢様学校は持ってるのかな。 西欧のこの、女にウケる性質やばい。 西欧かぶれは女の世界では最上の価値観だよ。

燈火‏@to_moshibi 2月14日

燈火さんが燈火をリツイートしました

いずれも勘違いや創作から生まれたものです。本当はそういう島ではなく、琉球王国自体、人頭税で自殺者を多く出すなどで命を大切にする集団ではなかったので注意です。

燈火さんが追加
燈火@to_moshibi
琉球王国大好きな奴等ほど、「武器のない平和な島」「命どぅ宝」といった言葉を好む。

ねこた‏@lakudagoya 2月14日

@to_moshibi なんか、おフレンチ謹製臭いこういった先住民上げって、意図的に愛と平和とか争わないとか命が宝とか女にウケそうな白砂糖のやさしさの味の素をふりかけたようなキーワードがピックアップされますよね。

こういう心に響く綺麗事でユートピア見させるみたいな。



庵野秀明は、あのいんこ真理教の信者という噂が。カルトに拉致られたシンジくん。 RT

ねこたさんが追加
亡国のプティラノドン@dhtdhtdhtdht
>「逃げちゃダメだ」の逆。逃げなきゃダメだ
この件だけではなく現代の日本で「逃げちゃダメだ」と言われてることは大抵逃げなきゃ駄目なことです。
0件の返信 7件のリツイート 2 いいね

亡国のプティラノドン‏@dhtdhtdhtdht 2月14日

亡国のプティラノドンさんがねこたをリツイートしました

「いやぁ俺ってリアリストだからさ」(ドヤァ
↑大抵ただの状況の奴隷なんだよなぁ。

亡国のプティラノドンさんが追加
ねこた@lakudagoya
なんか、戦前の知識人のような東洋思想から断絶された特権階級が蔓延るようになってから、日本が急速に劣化したな。

やっぱ思想って大事ですよ。…





ねこた‏@lakudagoya 2月14日

@dhtdhtdhtdht それって、現状追認のベンサム思想による拝金主義というイギリスの思想ですから。

あと保守思想も単なる権力への盲従で、本当に支配者の気概をもって新たな世界を作ろうという意思がない奴隷根性っすな。

亡国のプティラノドン‏@dhtdhtdhtdht 2月14日

@lakudagoya
>ベンサム思想による拝金主義
自称リアリストに限って現実を富とか兵器の量とかで極端に抽象化して考えてたりしますよね。
>権力への盲従
日本人は郷に入れば郷に従うから立派なんだそうですw他人に与えられたルールに簡単に服するのは悪徳だと言いたい(笑)
1件の返信 0件のリツイート 0 いいね

@dhtdhtdhtdht 本物の「保守」が少ないのはこういった奴隷根性による権力盲従が多いからですね。 バークも王室崇拝なとこありましたから。 奴隷根性がないマトモな保守ならば良いと思いますけどね。 なかなかないです。 プティラノドンさんは貴重。

ねこた‏@lakudagoya 2月14日

@dhtdhtdhtdht 本物の「保守」が少ないのはこういった奴隷根性による権力盲従が多いからですね。

バークも王室崇拝なとこありましたから。

奴隷根性がないマトモな保守ならば良いと思いますけどね。

なかなかないです。

プティラノドンさんは貴重。

ケミカルな味をするマガイモノより本物が美味いよ。 でもこれも際限ないんだよね。美味いもの食いって。 女が好む消費や贅沢って際限ない満たされない感じがするんだよね。 精神的充足感を満たす活動をさせないのは近代資本主義の考え方だよね。 それだと消費が伸びないから。



ついったー中毒になるのはさ、1個200円の(元の値段は320円くらい)のハンバーグ食うより、人が読まない本とかの情報を提供してたほうが充足感があったからだよね。

こんなのさゆふらのような馬鹿に利用されるだけだけどね。

人のためになるとか、新たな未來作ってる充足感が必要だよ。


良い社会作ったり、人のためになる事だって、結果を見通す力がなければ行動しても労力が無駄になる。

もしくは、組織維持のための骨抜きにされるとか、カルトの背乗り工作員にやられるとか、まぁそんな結果は避けないといけない。

人生も労力も有限だから。
良い社会形成って、全部の分野でやらないと無理。 指導者は全智に近いものが求められる。 局所的にやったとしても、時間による経過でダメになるとかある。 それを作る思想とシステムがなければ、自己満足で骨抜きで終わるか、金儲けのための組織の現状維持でしかない。

世の中には、色々と社会を良くしていく活動みたいなのあるけど、特に左翼やナントカ団体が介在する運動は自己満足の類が多い。 その方法論に対して何一つ疑いを持たないお花畑さんだけだもん。 とんきんにはこの手の活動家沢山いるよ。でも根底となる思想が間違ってるような気がする。
病気にしても市民運動にしても、根底となる運動の思想はひとつだからね。 あれでは社会に対する求心力ないし、組織運営としてもダメ。 欧米の猿真似市民運動とか、病気の団体にしてもあれ全てが運営手法も何もかも間違ってると思う。 何で何もかも中央集権なんだよ。
サヨクの完全なる相対主義では、組織運営に必要性のある事すら、動物園の珍獣のようなレベルの存在意義だ。 キチガイ隠者様もそんなもんだ。 面白いけど、動物園の珍獣を見るような目でそんな考え方もあるんだ〜って。 いや、だからその相対主義の脳みそでは違うっつーの!
サヨクが組織があまりに脆いから、カルトと企業ばかり蔓延る。 だからさ、それらを統合するための思想や目的遂行のための組織論が必要なんだよ。 こんな千切りにされた相対主義の運動なんて求心力持たないのさ。 あと金儲けしないと組織の生命線絶たれるような有様では。

結局、強い組織は部族社会と中央集権制のハイブリッドだがな。 またの名を秘密結社型の組織という。 部族社会的な合議制を持ちながら構成員を育てる組織で、位階による中央集権機能と教育団体の側面は持ってる。 トップダウンなのに、末端が奴隷でないから強いんだわこれ。

ああ、きっと、統一教会や生長の家や大本教などのインナーサークルはそーなんだろうね。 一人で一騎当千の働きができるよーに高度な魔導師教育受けてる。 その外道ながらも人材に恵まれすぎた組織の典型例が「ロクでなしの魔術講師と禁忌経典」の「天の智慧研究会」としてある。
この「ロクでなしの魔術講師と禁忌経典」の中に出てくる敵さんたちは、あまりに人材に恵まれすぎててそのあたりが面白いポイントなんだわ。 主人公の戦術もうまいけど。 このラノベに出てくる「天の智慧研究会」の人材にホイホイの性質はとても参考になるものだよ。外道でないこんな組織欲しい。

庵野秀明がハマったいんこ真理教はそんなんだったなー。 まぁ、神智学とインド哲学の背乗りに騙される程度ではこんなもんだろうけど。 「天の智慧研究会」っていんこ真理教がモデルか? でもいんこ真理教のように天才やインテリ集めれる組織は強いよなー
アニメやラノベでパクリは叩かれるけど、じゃあ何でラノベやアニメが思想を神智学からパクってるの大量にあるのが叩かれないのはなんでよ? え?意図的に広めてるから?

トヨタはメンフィス・ミツライムというエジプト儀礼大好きな石屋に乗っ取られると考えるとワクワク。 トヨタで出世する条件は、エジプト学のファンになることも必須条件みたいなラノベがあれば楽しい。

何でレプティリアン論争の話は、インド哲学風味のカップラーメンの味がするんだろう? そしてあの精神科病棟の患者のような雰囲気は。


北朝鮮も大本教謹製だと思うとキモいわ。

新プラトン主義でも古代と馬鹿丸出しの近代では相当に解釈が違うし。東方とかも。 そんな非合理=神秘と割り切れるもんじゃなかろうに。 神学の問題からそれらを使った上での神秘主義かと。 東方の神秘主義における新プラトン主義の扱いってそうじゃねーんだもん。
自然崇拝って割りと普遍的な価値観だろうけど、イデオロギーとしての自然崇拝ってドルイド教の固有の観念なのか気になる。 それとも先住民研究の結果と科学思想を混ぜだ考え方なのか。 わーかんねー 資料がないものにはなんとも言えんけど、それらの影響は気になるのだよ。


だから、おいらは宗教研究においては一切、ネット資料を使いたくないのさ。 絶対に本しか使わない。 珍しくこれは参考にはなるけど、扱いは要注意だ。 世界中の神々の対応関係集めて、ほーら世界は万教帰一してますよって本当? まだまだ疑問の余地はあると思うぞー

ネット検索に頼って、集中的に本を読むと書いてある情報があまりにカルトのフィルターがかかってるのて、せっせとウィキペディアの編集に忙しい、いんこ真理教の残党共が日本人を洗脳するために頑張ってる事だろうよ。 大本教が暗躍して真実求める人を洗脳してるつーか!
大体、シンボリズムってお星様はともかく、文化圏によっても意味違うんでね? だから世界中のシンボリズム集めて対応関係集めて、ほーら神道は万教帰一してますよとか、頭の悪い安倍嫁みたいな事嘘だと思うよ。 神話の繋がりから世界中と関係はあるよねってのはありだと思うけど。

なんでこんな純粋培養お嬢様って、神道カルトに騙されるような残念な頭してるのかな? 安倍嫁って世界連邦主義かよ。 純粋培養のお嬢様のくせに、こんな軽薄なニューエイジモドキの宗教にかぶれていて痛々しいんだよ(笑) https://www.google.co.jp/amp/lite.blogos.com/article/197071/amp/ …

ワンワールドもコスモポリタンも所詮、ローマの御用学派の思想の焼き直しだろ? いやーコスモポリタンって思想を作った古代人すげーわ。 それのパクリをひたすらやってるのが、世界連邦だとかいう馬鹿共ですよ。 全部パクリでオリジナリティゼロ!

経歴や自慢話好きなのはカルト教祖の「性癖」なのかな? あと一般人には理解しがたい観念だけど、階級が高くなるとナチュラルに自慢話するようになるくさい。 交友関係の自慢から、子供の成績自慢まで。 中産階級の「性癖」でもあるみたいです。

ねこた‏@lakudagoya 2月15日

これちゃんと神学やってる人に聞いたことだけどカトリックにおける「人間の条件」は「自然法を理解できるか否か」だそうだ。

あれー?これストア学派の背乗り思想っすか?w

人間には理性(自然法則=ロゴスを感じる超能力と言うが正しい)自然法が理解できるって前提なのよ。コスモポリタンって

人間には、理性を感じる超能力があるから、国や民族が違っても人類みな平等みたいな話だった。 ローマ法は一応、その人間社会を貫く自然法としてあるという「設定」だったのよ。 そういう思想があって、ローマ法が存在していた。 ローマ帝国の御用学派の理論なんだ。

まさかこのストア学派の「設定」がカソリックにおける人間の条件になってたとは知らなかった。 だからこそ、ローマ法というものが耶蘇においても重要視されて、神学もローマ法の解釈で成り立ってるんだ。 失礼だけど、これはストア学派の背乗り思想ではないかと思ったよ。

基本的に人為法であるローマ法では構造的に一神教にならないんだよね。 動かせない軸としての部分がなく、完全に経典の宗教としての全体の整合性がなくご都合主義ならば。 そりゃーアメーバみたいなもんになるのは当然かと。 だからユダヤ法における解釈論はあれ一神教としてとても正しい。
で、黒人差別の原因はその当時、アフリカの黒人が自然法を理解しないという事だったそうな。 で、自然法を理解する事が人間の条件という日本人にはよくわからない感覚がある。 で、おいらはお嬢様には自然法を理解しない野蛮人扱いされてるってわけだったんか(笑)

この自然法っていうのは、インド哲学におけるダルマ(法)って感じなんだけどね。 そのあたりのオリジナルの持つ東洋思想臭さは理解されない。 なぜか西欧かぶれの人たちにかかると、自然法という主語を外しただけのただの差別を正当化させる思想のルーツになってるのだが。

あとお嬢様らって、泥臭いものが嫌いで、去勢されてしつけられてないと人間でなくて動物みたいなあの扱いが嫌だ。 だから泥臭く生きてるガテン系だとかアラブ人みたいな部族社会的な価値観とかああいう感性はDQN扱いされて物凄く嫌悪されるって何だろうね?
耶蘇教ってユダヤ教からの派生でないのか?w じゃなんで西欧は、あのユダヤ教特有の中東の部族社会的なDQNさを捨てたのだろう? なんか西欧の何でも洗練されてお上品的な雰囲気は旧約聖書の価値観と物凄い違和感があるんだよな。 このあたりが謎で謎でしょうがないつーか。

あー女の世界ってマジ大変だったわ。 この後遺症が今でもだ。 あの西欧の価値観の中に生きる人たちには相当なカルチャーショックを受けた。 男にとって西欧かぶれは馬鹿にされる価値観だけれども、女(お嬢様)の価値観ではほぼ絶対に近い所があったから怖かった。
お嬢様相手に付き合う苦労は、遭遇してないとわかんないよ。 しなくても良い苦労をしたんだよ。 外国人や異教徒は割り切れるけど、日本人だとなぁ。 なんだろうね、ママ友の見栄の張り合いやるのはヤンキーではなくて、ある程度分譲マンションとかのママ友なのかもな。
で、お嬢様というか女を使ったやつらの世界支配について気付いたわけだが。
女が好むものって、みんな世界支配のためのツールなのだな。 こんなお姫様願望に洗脳されてたら、特権階級なのに統治システムを作ろうとかそんな発想一切生まれなくなるからね。
西欧の智のシステムはあまりに欠陥が多すぎるので、近代的価値観ではどうしてもギリシャ哲学を捨てれないなら、智のシステムをアップデートするとか、西欧のアホ理論以外の統治システムを作るとか、やる事は色々あるだろうに。 そんな発想が浮かばなくなるのはお姫様願望怖いわ。

イスラームが成立の過程でギリシャ哲学を取り入れたようなあの作業を日本でもやりたい! イスラームがギリシャ哲学を取り入れた過程は、その現地の価値観と矛盾なく融和させてるので、この取り入れ方が自然だと思うんだよね。西欧のだけ移植は物凄く不自然。 それを日本でやりたい。

今の西欧の思考システムは土台が狂ってるから、仮説と現実を区別できなかったり、社会にとって毒としかならないような考え方を無意識にしてしまう。 その無意識の思考が怖いよ。   だからそれらの毒を抜くためにもう一度ギリシャ哲学をどうやったら日本の価値観に取り入れられるかやりたい。
もし本気で「日本文明」が作りたかったら智のシステムから作り直さないといけない。 智のシステムがダメだとどうあがいてもマトモなものはできない。


古い家柄の人たち(没落した人も多いが)は割と公共性を重視する人が多いけど、特に明治以降の成り上がりの人らって公共性がなくて、自分の一族だけ栄えればいいみたいな感じになってる。

しかも奴隷根性丸出しの欧州貴族的な女々しさという性癖まで同じでなんだろうねあれ?

今では普通になったけど、古い家柄の人たちと話すことあったけど、精神性がいいんだよね。 古い家ほど家を潰さないために血筋主義でもないし、公共性を重んじる精神があるね。   だからこそ、安倍みたいな能力もないのに血筋崇拝とかあれを見たら生理的な嫌悪感を感じるのだよね。

ただ、実際の韓国人の話を聞いてみたら本当に韓国って大変な所だなと思うよ。 韓国の民衆の精神は、単純にウリナラファンタジーと割り切れない民族主義みたいな、属国の精神ってものがあるんだよ。 そういう気持ちはわからんでもないが、日本にいる特権階級はそれよりもっと酷いからね。

近代教育って古代教育と全く違うのは、イデアを見る力がないとこだなー で、最近の特権階級の教育だって、古代教育にどう足掻いても勝てないって気がする。 古代はそんな金もかけないで小規模な私塾でできてたものに、根底から勝てないなんて。
現存する古典を読むと、名もなき一般の哲学者まで本から流出するような何かがあるもの。 特に16世紀以降、如何に凄いと云われてる人でも西欧人には一切それを感じないのさ。 古代教育にはあって、近世以降の耶蘇教育にはないものはなんだろうね? そこが凄さの秘密だと思う。
ネット検索やりまくってわかったけど、マジでネットの神話や宗教に関する中核的な情報はほんと隙間なく大本教の思想で塗りつぶされてて、本当に政府ぐるみで恐ろしい陰謀が進行中だという事がわかった。 何で中核的な情報を出す人はみな神道上げなんだろうか? あまりにもそのパターンだよ。

だから、調べるには絶対にネット情報を使って調べない。考察しない。 県立図書館の少しだけ古い本とかああいうものを使う。 少くとも学術のルールが適応されてるからまだまだ中立的だよ。 でもこれからは、学術のルールなんて棄てられたカルト本が増えるんだろうね。

最近の雑誌には、露骨にネトウヨのような中韓に対する憎しみから日本上げ神道マンセーみたいな本増えてきた。 なんか文面がカルト臭いんだよね。 恐らく大本教の青写真はカルトの教義で正統派の学問の手法を全部破壊して世界中の文明も知識も自分のものだと主張するつもりだろうね。

安倍とそのカルトの取り巻きどもがこれから何やるか見えてるから、戦後70年で築き上げた遺産を有効活用するか守る事を考えないといけないよ。 こうやって、恐らく古代ローマの本物の哲学の伝統が破壊されたんだろうね。 カルトの教理で智の伝統を破壊するのはやつらの考えそうな事さ。
確かにアニメやゲームなどは本を読ませないための戦術だったんだろう。 でも、アニメもゲームも解釈をしながら学問とセットで活用すれば深い叡智と真実の歴史を知ることができる。 ただ本を読まなくなったのは良くないから、コラボできればよかったのだけどね。
まぁ、自分はアニメやゲームで本を読むようになった人間だからね。 でも本を読まなくなる効果ってやっぱ侮れないから。   でも、いくら本を読んでも直感的叡智を養うには物語が必要なので、本だけ読めばいいってわけではない。 また本とゲームの対立の偽の二元論か。
アニメ「マギ」でシーア派のイスラーム哲学に興味持ったり。 こういう風にアニメやゲームを通じて知識を深めれば良いのだけど、大多数はそうはならん。 まぁ、あの魔導士のおっさんをホメイニ師だと見破ったのはおいらだけなんだけどな。 殆どの人はそれらの正体がわからないから使えない。



このように、アニメやゲームもうまく使えば興味持つきっかけにはなるんだよ。 ただ、大多数の一般人はアニメやゲームで取り上げられてるものが、オリジナルが何かさえ想像できないのが問題だ。 このコラボをやらないで、本とゲームの偽二元論で利権争いしてた大人は本当に有害だな。
例えばウルティマという大昔のゲームがあるけどこれはインド哲学ね。 インド哲学でもバラモンよりも仏教哲学に近い気がする。 プレイしてる時はよくわからなかった事でもインド哲学がわかればそれらの疑問が氷解するのね。 そのゲームの舞台がブリタニアだったけど、まがいもんのスピではない
インド哲学を扱ったゲームの中では、あれは珍しい本物だ。 バラモンと仏教哲学の中間のような感じかな? で、ブリタニアでインド哲学というと、ケルトあたりに関係あるのかなぁー?(笑) このあたりの考察も気になる所ではあるけど、まぁあれは色々と深い作品だわ。
で、シーア派の話に戻るけど、昔ねここねこさんに解説してもらった「二ノ国」というゲームがあるけど、その中で砂漠の国が出てきてアラブのように見えるけど(住人もアラブ人顔)なぜか街の作りがシーア派の聖地のゴムやマシュハドのような作りなんだよね。 アラブなのになぜシーア派の聖地?



アラブ顔でシーア派なら、イラクのほうのナジャフやカルバラーを参考にすれば良いけど、そうでない。

特にカルバラーは、シーア派の心情の元になる「カルバラーの悲劇」が起こった所だから重要度で言えばこちらが高い。

何でアラブに見せてイランに異常にこだわるかってのがわかるわけ。
このアラブ・イスラームに見せかけてシーア派もしくはイランというおかしな構造は、最近のアニメにもよくあるわけ。 アラビアンナイトなのに、イスラーム色を完全に抜いた「マギ」なんか酷くて、シェヘラザードやアリババなどのイラン人の登場人物を金髪に描くとかやる事が露骨なんだよ。
シェヘラザードもアリババもイラン人なんだけど(アラビアンナイトはイスラーム世界全域の物語を集めてるから)流石に金髪碧眼じゃないだろあれ。 まるでスンニ派なんて無かったような扱いだなぁ。 アンチセミズムというものがここまで適用されてるのかなぁ?
そうそう、ガンダムのGレコのスコード教はカソリックと大乗仏教とスンニ派とヒンドゥーらしいが、あれの中のイスラームは、サラフィー・ジハード主義を取ったイスラームだよ。 エジプトなどのムスリム同胞団とアズハルの一部の原理主義のが関わってる思想なんじゃないかなぁ?
うーんスンニ派については詳しくないけど、もしイスラームをワンワールド帰一教として融合させるなら、サラフィー・ジハード主義を取らざるをえないかもねと思う。 あともうひとつは、ローマ法による法学の解釈法でイスラーム法学を乗っ取る。ここのあたりが硬いかな?

俺っちアラビア語もペルシャ語もできないから、細かいところまで法学のバリエーションを調べられない。 できるようになりたいけど。 イスラームを耶蘇化させるには、取れる方法が限られてるからなぁ。 でもスンニ派は不人気だ。多数派なのにな。

ギュレン主義とかアフマディーヤムスリム協会とかああいった西欧の価値観に日和った偽イスラムみたいなものは現地で物凄い反発食らうからあんま上手くいかない。 アクエリアンエイジ詐欺をやりたくても、方法が限られてくる。 そう考えると日本はほんまやられたい放題じゃねーか。

こんな感じで漫画やアニメを解釈していくと、結構深いことわかったりするからねぇ。 イスラームをワンワールド帰一教化させるには従来の4法学派の縛りを外して、ロクに勉強してなくても極端なイジュティハート(自由解釈権)を認めないといけないから、そのプロセスが面倒だと思ってそうやつら。
やつら、世界の宗教を耶蘇教(というかプロテスタント化)させて、カルトを沢山林立させて暗躍するって手法が、従来のイスラームだからできないからそこ暗躍していってるんだろうなぁ。 偽イスラムみたいなものだとあれは反発食らったりするからあんま多用もできんわけ。


このスコード教の話にしても、ここまで妄想する馬鹿はおいらくらいのもんだ。

子供のアニメやゲームを解釈するって結構深い情報が手に入ったりするんだよね。

だから単純に本読めば賢くなるとか言うバカは困るわ。

直感的洞察力が死んで勉強だけできてもどうしようもない。


シンボルってのは絵に描いた本だ。
それらを読み解いて、連想ゲームのように考察すると深い情報が得られる。

みんな設定も何もかも情報として見ろ。

例えば何でアニメ「マギ」のシェヘラザードが金髪なんだ?

これは良い例題だ。

複数の意味がこめられてる。
思想性のない萌えアニメな。 アニメが意図的に性の消費物にされてるの、在日の風俗業界というかそれの関係のアニメの背乗りもあるよな。 2ちゃんでそういうの昔から推進されてて、古いオタクにはあれは凄い違和感をずっとずっと感じてたんだよね。
シェヘラザードはアラビアンナイトの語り部だけど、イラン人なんだよね。アラブ人でなくて。 イラン人だから金髪ってのは、これ事実でなくて、ナチズムの思想を持つ日本のカルトがアーリア人は金髪碧眼って思想をゴリ押しするために、アリババやシェヘラザードを金髪に描いた意図。
で、何でシェヘラザードはレーム(ルーム。ローマ帝国のアラブでの言い方。有名なスーフィーのルーミーはルーム地方の人だから)の皇帝やってんの?って話は。 ペルシャからローマの系譜を表してる。 恐らくペルシャを作った勢力が後でローマ帝国を作ったのかな?
あとこのレーム帝国が進化して大英帝国につながるというシーンが漫画で挿入されてる。 ブルータスの裏切りから進化して英国紳士になってるシーン。 あ、これ白人至上主義馬鹿が、今のヨーロッパ文明はローマ帝国の末裔(笑)と自称するための韓国起源説みたいな話の押し売りだから。
何でアーリア思想という名の白人至上主義のナチズム臭いキリスト教福音派臭い押し付けがましいアニメが増えてるのかと言えば、トランプ絡みもあるだろうねぇ。 ラノベも含めてこれらのアーリア思想(笑)ってオリジナルとは似ても似つかない結社員謹製の頭悪いの思想だもん。
あと、キリスト教福音派と言えば韓国だな。韓国の統一教会をバックにしたやつらがアニメ業界乗っ取って、キリスト教福音派臭いアニメやアニメの性の消費物化をやってんだろ。 で、日ユ同祖論に絡めて、韓国人はアーリア人をやってる。韓国も遊牧民の王いるしね。そんな話かな?

最近は、中身のない萌えアニメ以外にも、やたらと軍国主義の押し付けもうるさいね。 アーリア思想の馬鹿さは、この何でもかんでも軍事馬鹿と、弱肉強食万歳のネオリベの頭の悪さが際立ってる所だ。 イギリスあたりの頭悪い思想を凝縮したような深い思想性のないゴミばかりだしな。

あー軍国主義と言えば旧日本軍のパラダイスの北朝鮮や韓国もね。 大本教とかの軍国主義馬鹿のせいで、韓国の人は徴兵とか大変だよねぇ。 昔、保守派のカルト知識人みたいなのが、韓国の徴兵制をかなり持ち上げてたの覚えてる。 軍国主義者にとって北朝鮮は夢の国なんだろうね。
あと、最近見た「天鏡のアルデラミン」ってアニメ、露骨に銀英伝のパクリらしい。 アニメやラノベも思考力がテンプレ化してダイナミックなもの作れなくなってるなぁ。 受験勉強とテンプレなアニメやラノベばかり作る悪影響ってやつだろうぁ。

ラノベやアニメに限らず、本も知的な生産力落ちてる。 ここまで数十年で劣化するとは思わなかった。 発想力がテンプレ化した作品群と受験勉強で損なわれてるなぁ。 そう考えるとシーア派に洗脳された戦う神学生もののラノベは発想がぶっ飛んでるわ。

発想力だけなら、この世界を支配する悪の魔導師を倒す勇者というクラシカルなRPGの構造に魅了されて現実にも悪の魔導師を倒そうとするドン・キホーテ的な頭のおかしい中学生のはなしとかも発想は色々とある。 発想力だけなら負けないんだけどなぁ。
魔法少女ものだって、まどマギの二番煎じばっか。 イスラーム文化と魔導師文化とかこういう奇抜な考えなら得意。 シーア派ものなら、イスマーイール派もいいんじゃね?教義で本もあるでよ。 あとは、ドルーズ派とかシーア派の派生のグラートの話とか。

何でGレコのスコード教にスンニ派だけしか入ってないの? って話。 で、ヘルメスと薔薇の設計図を持つビーナスグローブ。 え?薔薇?イランの国花ですか? 恐らくビーナスグローブに入ってる知識はシーア派にだけ受け継がれた知識を表すんだろうなぁ。で、ビーナスグローブとスコード教の関係は、あれ薔薇十字団(正体は新教とイエズス会)などの16世紀の科学推進耶蘇とカソリックの関係を描いてておもろい。 あの八百長構造がよーわかる。 で、フランシスコ法王のやることはガンダムのGレコに近付いてるわけよ。

偶像崇拝を禁じるのって、頭の悪いバーミヤンの仏像破壊(これも西欧の演出臭い発想だなぁ)じゃなくて、AKB商法などのカルト商法などのものを根っこから一網打尽にする力がある。
そういうカルトビジネスの思考法をやめましょうっていってるんだから。

王室崇拝などもあったこともない人を善人扱いするこれも偶像崇拝そのものだよな。
こんな偶像を立てるビジネスが禁止されたら、困るもの。
偶像崇拝禁止の発想はユダヤにもあるから、そもそも実体も正確でないのにユダヤが悪いとか言っちゃってる大本教は死ぬまでユダヤに食い物にされるってわけ

そもそも、マスゴミの発想は偶像崇拝そのものだから、いつまでたっても大本教はユダヤには勝てない。 偶像崇拝の禁止の思考はもっと切り詰めれば、女性誌にある現実離れしたおしゃれな暮らしのようなライフスタイルの偶像を立てることでそれに縛られて消費させる手も使えなくなる。

「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」も貴族主義と血統主義の押し売りが酷いであるよ。 しかも主人公の就職だってコネで始まるし、それらを正当化する思想が随所にも。 あと貴族主義の押し売りが酷い。 イギリスの貴族主義って大陸に比べて厳格な血統主義だもんな。


あーもー、ラノベは読んでも読んでも血統主義の押し付けばかりでうんざりする。

努力とか苦労とかそういう価値観が全否定されてるような。

こんな努力を全否定するようなコネや血統主義の思想を広めるって国家からしたら自殺行為だからね。

間違いなく弱体化どころか滅びる思想だよ。
コネや血統主義ばかり肯定すると、安倍ように政治学の授業に一度も出席しないのに卒業できて、それすらも肯定されるって価値観だもん。 最近の各界の若手って、みんなおぼっちゃま顔で凄みとかキレのある顔してないのね。 この特権階級なのに知的能力問われないのはやばい。
学歴崇拝と血統主義とコネの正当化は真っ先に駆逐しないといけない価値観だ。 社会をダメにする思想。 近代のプロテスタント的な個人主義にハマった特権階級は社会に対して責任を取らないもの。 それを間近で見てきたのさ。 共同体の維持や公益なんてものを考えないからね。
最近のラノベはね、コネと血統主義だけでいいポジションについたいいとこの子の、それを認めろっていう叫びにみえて仕方ないよ。 そのコネと血統主義だけでいい地位についたのを認めろって言い出しちゃう精神性がもうね。 だから、コネも実力のうちとか女々しいことを言い出す。
こんな精神性まで女々しい上に、頭も良くない今のいい地位についてる若手。 それらの自尊心を満たしてくれるのがインド哲学背乗りのスピリチュアルのカルマ論とかだろうな。 良いことは全部自分が魂がたかいせい。 こういう馬鹿を何代目はとか言って持ち上げるやつも死刑にしたいな。
で、コネと血統主義の温床になってるのが各種名門校だな。 その中で完結したコネだけで就職も決まる。コネのある社員は東大出の頭いいだけのより仕事が取れるという事で。 こうやって名門校を中心としたコネと血統主義のコネクションで日本を劣化させていくんだろうな。
DNA至上主義なども、あえて劣性遺伝を保護するためにやってそう。 そんな頭よくて能力あって、思想もシステム的にも優れてたらそんなことやる必要もない。 劣性だからこそ、駆逐されないようにゾロアスター教のような近新婚を善行とするような思想がいるわけ。

また名門校によるネットワークは、在日などの人脈による日本人の会社や組織を背乗りするために血統主義ってのもあるな。 大本教系の宗教が組織乗っ取りに特化してるのもそれらの血統による乗っ取りもあるかも知れない。 そうでないと自分たちの集団守れないからね。

おいらは、とんきんに行った時、何であんなに唸るほど金持ちがいるのに、そいつらは美意識も智も極めないのかな〜?と思ってたけど、まもなくその理由が判明する。 日本では極まった智よりも飲み会などの内輪でうまくやるほうが大事なのかってわかった。 引きこもりそれ知らなかった。
脳内妄想だけ行きてた引きこもりは重大な勘違いをしてたわけだ。 飲み会などで内輪でうまくやるほうが大事なのは、マイルドヤンキーだけの必要な事ではないのだと。 これ知的階級であろうが関係ない。 だから、智よりもコネや肩書きがもっとも重要なのか。よくわかったよ。
15年も引きこもるうちに、まさかそんな世界が広がってるとは思いもしなかったわけ。 あーだから、とんきんでもジュンク堂池袋本店みたいなのはそんなに無くて服屋とカフェと飯屋と居酒屋ばかり跋扈するのかと。 うん、コネと肩書きの重さで生きてたらそりゃ本屋には目は向かない。


2ちゃんを読みすぎて、マイルドヤンキー的な価値観とは違う、社交界のような価値観で動く世界があると思いこんでた。

実際、そんな価値観の人が周りにいてそいつとんきんの金持ちと繋がってたから、知的サロン的なものあるのかなと妄想し過ぎてた。

うん、引きこもりの妄想だた。
ずっと前に福岡のジュンク堂書店に行った時、久しぶりだったから、いいとこの子とかこんな唸るような本とかいくらでも買ってもらえるのだのうなぁー。それらの智を小さい頃から身に着けた子は凄い知識人できるんだろうな。 と思ってたけど、智を極めるという思想がないんだってわかった。
うーんいくら本の山という宝があったとしても、思考をギリギリまで詰めて考えるとか、究極の智の極みを目指すとかそんな思想がない限り動機にもならない。 そんなの目指すのは昔の魔王くらいだ。 博物館がー!とか言うのだって、ミュージアムという思想をどこまで理解してる上で言ってるか怪しい

で、いくら本の山があっても、いいとこの子は小さな頃からのお受験教育と大学教育でほぼ直感的洞察力を潰された上だからどうしようもない。 だからおいらの思考はイレギュラー過ぎてまるで動物園の珍獣を見るかのような扱いであった。 まさかこんな違うとは想像外で面白かったね。
ついったーでも変な人という自負はあったけど、まさかノーマルな変な人(だと世間では言われる)所に集まる人の中でももっとももっとも珍獣であったか。 ここまで思考回路が違うのならば、そりゃおいらの妄想するような知識人なんて二次元にしか存在しないのは納得であった。

今の特権階級の目指す世界について書き直し。 ギリシャとヒンドゥーではなくて、ヒンドゥーとローマかな? それも知的部分を完全に抜け落ちた上でのローマ。 日本企業の思想を世界に押し付けてシコシコして日本万歳とやるような「近未来世紀ジパング」でやってるよつなのかも?
大学生ですらマイルドヤンキー的な価値観に影響されてるのであるならば。 飲み会で上手くやる力ってヤンキーとあんま変わらないような。 大衆とは違う思想を持って知的能力を進化させてユーベルメンシュを目指す世界が、特権階級にはあると思ってたんだ。
進化なんてしてません。 進化という虚飾を信じてるのですやつら。

日本企業のやり方を最上のものとしてアジアやアフリカに押しつけてシコシコしたいってのが安倍考えてる価値観。 日本企業のやり方は効率が悪いとかその他顰蹙買いまくってもね。 日本企業盲信カルトと言ったほうが正しいな。あれカルトと旧軍そのものなのにね。
日本企業が、やたらとオフィスが無機質だったり美意識がないおっさんの集まりなのも旧軍かな? 旧軍の同窓会だから。軍人ってカルトとも大変に相性が良いからね。 その美意識のなさが、金は稼いでもひたすら貧相さから抜け出せない原因でもあるかも?



日本企業のダメな所は美意識ない上に、人文の分野を重んじないところと、何でも自分たちの考えが最高だと思ってて知識を取り入れたりしないことかな?

特に大人にこの考えは多い。

この姿勢がカルトそのものだね。

これで世界でやっていくとか無理です。
自分たちの考え方が最高だと思ってるから、知識を取り入れないからますます日本企業の上層部の知的劣化はやばいことになる。 そしてコネ入社でしょう? そしてノウハウを共有したり、普遍化しないから、効率化もできない。 これ悪くなるだけのカードだけ揃ってるよ。



で、なぜか大学院卒嫌ってるから、アカデミックな知識を活用しようとかないでしょう?

だって院卒は洗脳できないから、採りたくないって価値観だし。

これじゃー、西欧にも一方的にボコられるに決まってる。

知的財産にしても、活用がこんな頭悪いなら活かせないよ。
コネ入社とその温床になってるお嬢様学校などの各種名門校はまっ先に潰さないとやばい。 あとキリスト教お嬢様学校の思想にはラテン系国家のような一般人の退廃を容認する思想があるから絶対にダメだ。 コネ入社ってここまで有害なのにその害すら認識されないのはダメ。

マキャベリの君主論いい本だね。 図書館から借りてきて読んで見る。ありがとう峨骨さん。

お嬢様教育には「社会」や「国家」などの上に立つものの思想がない。 儒学などの伝統学問にはあるのにな。 そんな個人の幸福だけのベンサム思想みたいなもんは、かぶれてはダメなんだ。 そんな思想がないからコネ入社なんてものを喜んで蔓延させてるんだろ?
あー労働者をブランド牛みたいにして消費する思考、母親の悪影響受けてるよ。 お嬢様に育てられたエリートコースの子は、そんな偶像崇拝の思考が身体化してるから、消費するだけを当たり前に思う。 それらの行動様式はお嬢様を見てきた俺だからわかるんだよ。
お嬢様学校の女の世界の消費文化の悪影響はエリートコースのいいとこの子にも汚染してるだろうな。 お嬢様文化ってさ、戦時になるとこれほど邪魔になる思考も珍しい。 特に父親が忙しくて小さい頃から母親に育てられるいいとこの子は悪影響をモロに受けてしまうわけよ。


だから最近の特権階級のガキどもが女々しくなったのも、母親の悪影響もあるよ。

だからさ、お嬢様文化の思考回路は子供にも悪影響なわけ。

特権階級の子が、社会や国家とかそういうの考えないで、ひたすら保身に邁進してるとかマジやばいよお嬢様文化。




会社の跡を継いで軌道に乗せたとしてもね、ブルジョワジーは金はあっても本を読む時間はないんだよ。

だって、いくら凄い技術があってもブルジョワジーは形而下のものしか作れない。

人の時間は有限だからさ、おいらの夢は形而上のものを作る事だけど会社やると本読む時間なくなるよね?
いくら形而下のものを作っても、銀行屋に貢献するだけで、働けば働くほどやつらを強くしてしまうもの。 絶対に形而上のものを作れないことにはやつらの支配は打ち破れないもの。 ブルジョワジーで本当に凄い思想や社会システムを作った人いないでしょ? そこがわかってないな!

文化事業するには確かに金がいるよ。 何をするにも金はいる。 でも日本は貧しい引きこもりかカネ稼ぎのブルジョワジーの2択しかない。 金を稼いだらゆとりがなくなってさ、だからカルトばかりが文化事業独占してるわけ。 それだとダメだよ。

いくら日本企業の技術がー!とか言っても、形而下のものだけ作ってもダメだよ。 日本はあまりにも知識や思想を疎かにし過ぎて、形而下のもののみに囚われるのは奴隷根性だよ。 おいらは、形而上のものを作りたいのだよね。 でも、これは金稼ぎの片手間ではなかなか厳しいよね。

昔から国を滅ぼすには、贅沢と血筋至上主義を蔓延させる方法が一番で、それさえ避ければ外患がなければ持つと聞いたけど、名門校などはそれを推進してる前線基地だから、敵国の工作基地じゃねーか! しかもそれらの金のかかる私立校は、親の学歴とか血筋主義を推進してるからな。

お嬢様消費文化の思想はまっ先に潰さないといけないもののひとつだな。 女の発想が消費「だけ」に洗脳されるって怖ろしいぞ? 消費社会で国力を失わせるのは昔からやってきたことだからね。
2ちゃんねるの鬼女版とか見ると消費文化だけに如何に洗脳されてるかわかる。

もし「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」の二次創作というか似たような設定もの書くならば、宗教学の先生のキャラ作りたいね。 宗教学全般とイスラーム法学担当。 イスラーム法学の担当の先生ってない設定だと思うけど。 なぜ宗教学及びにイスラーム法学の考え方が必要なのとかやりたいわ。



お嬢様害のトラウマと戦う毎日。

西欧は階級社会を容認しているから、あのお嬢様の差別的な価値観にはついていけないのさ。

あと、あのお上品な価値観にはついていけない辛さがあった。

女の世界と耶蘇の関係性はあまりに深すぎるんだよね。
おいら、粗野なニャンゲンだからさ、自然法を解さない野蛮人と断定されるのさ。 ストア学派の哲学者って、割りと素朴な生活を好んでたような。 エピクテートスもマルクス・アウレリウスも素朴なんだよね。 あれがどうやったら、お上品でなこれば人間でないって話に化けたか気になる。
あの、イエス・キリストの絵の元ネタになった格好は、エピクテートスおすすめの「自然に則り適切な姿」だそうな。 何でイエスの格好ってユダヤ人の一般的なスタイルじゃなくて、哲学者なのって? ストア学派の思想を耶蘇が背乗りしてるように見えるんだよね。
お嬢様と一般人では、教義を頭で理解しないのに、異教徒は人間でないってのをガチで実行してるからな。 お上品でなければ人間でない。 お上品で去勢されたようにしつけられてないと動物という発想。 だから、エデンの園に忍び込んだこの蛇が子供を洗脳するんじゃねーって扱い。

もうね、西欧人によるアフリカの原住民観察本とか沢山見てきたけどさ、お上品で完全に西欧化されてなくて、野生というかDQN的な性質を持つ原住民の野蛮さを生理的に嫌ってるの。 お嬢様の粗野なヤンキー嫌いは、もうねあれの生理的な野蛮嫌いの西欧人そのまんまなんだわ。

カトリシズムがイスラームに対する見方は「DQN怖い」の一言に尽きるのではないかと。 確かにDQN原理だものな。ユダヤも同じく。 部族社会の価値観はDQNだよ。旧約聖書なんてDQNの歴史を集めた集大成みたいなもんなのに、何でお上品な文化が生まれたんだろ?
俺、とんきんでは一応博物学(動物学かな?)的な価値を持つ動物園の珍獣として相対主義の中に扱われてたが、田舎のお嬢様の世界では、アフリカの土人のようなこの世で忌むべき野蛮人って扱いだったんだよ。 まだ動物園の珍獣のほうがマシだよ。

サヨクは相対主義なので、動物園の珍獣でも存在を否定されることはない。 ただ、女の世界のおしゃれなどに興味ないやつは人間でないというのはやばかったわ。 まだ珍獣扱いされてたほうが面白さがあるけど、お嬢様の価値観はある種物凄いドグマに囚われてるからな。



お嬢様の信念というドグマと戦ってきた啓蒙主義者その1ってとこか。

まるで教会の圧政と戦う異端者のような気持ちで生きてきたわけ。

なぜに女の世界はあそこまでドグマに支配されてるんだろうか。

子供を去勢していい子にするのは許せん。子供の感性を奪うなって何のグノーシス主義者だ?
子供の直感的洞察力を守るため、智慧の供給源だったアニメやゲームを否定する大人と戦ってきたっけ。 あれがいんこ真理教謹製だとわかるとショックだけど、良作は多いよ。 発想がまるでグノーシス主義だ。  厨二病というか子供主義はあれグノーシスだよ。
あと、神よりも天使よりも悪魔よりもニャンゲンが素晴らしいってアニメでよくあるメッセージはルネッサンスのヒューマニズムね。 アウグスティヌスによって否定されたニャンゲンの可能性を極限まで賛美したニャンゲン賛歌なのだあれ。 あれ、ちょー反カトリシズムだよ。

何でグノーシスって廃れないのかなぁ 母親は正統派の耶蘇教的ないい子を好むのに。 アンパンマンって耶蘇の教理そのものではないか。二元論だし。 あのいい子的なアンパンマンの母親が好むような感じが物凄く嫌だった。

女や母親問題を突き詰めればみんな耶蘇問題になってしまうのさ。

アンパンマンやスタジオジブリの作品など、母親や大人が好む作品はなんか押し付けがましい嫌さがあったんだ。 意味もわからないのにいい子的って。 あの押しつけがましさほど耶蘇臭さの本質だと思う。 あれね、多分母親の性質を観察した上によって作られた可能性あんぞ。

母親や大人が好むものは、なぜかキリスト教福音派のような押しつけがましさがある。 それにうんざりした人を取り込むのがマニ教のような絶対に押し付けないけど魅力で足もとから崩す作戦だ。 これ頭よくないとできない。 母親の好むものは、なぜかマニ教の性質を二元論以外持たない。


燈火 ‏@to_moshibi 2016年8月25日
現在アニメが放送されている『ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン』は電撃文庫から出版されているラノベ作品ですね。私は設定を見ただけなのですが、血統主義がとても強く反映されていそうな作品だと思いました。
設定が「~の名門出身」などそのようなものばかりでした。まあ『ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン』に限らず、最近のラノベ作品はそうした傾向が非常に強いですので、下手をすれば知らないうちに高貴な家系素晴らしいの思想を刷り込まれる可能性は否定できません。
閉店です ‏@lakudagoya 2017年2月16日
結局、芸能界を支配してる変なカルトって耶蘇カルトでしょう? 「黒幕はキリスト教徒」だな。 キリスト教神秘主義には変なのも沢山あるからな。 イエズス会の霊操みたいなものの亜種だと思えばわかりやすい。 「受難(笑)」の芸能人も変態的なものに付き合わされるんだな。カルトだな。

何で女人禁制の男だけの秘密結社を採らざるをえないかと言えば、お嬢様のわがままと母親の出来の悪い子を無理やり入れることであっという間に戦えない組織になってしまうから。 日本企業がそれでダメになってる。 そのあたりの問題はもっと言葉にして注意喚起するべきでないかね?



日本ではカルトはやり放題だけど、偽イスラムみたいなものを中東でやったらマジで殺しにかかってくるからな。

あいつらDQN過ぎるから、下手な真似はあんまできないので、DQNさを利用するって事でイスラム原理主義とかやってる。

愛と平和なんて通じない連中だから。
ケルト神話もとっても発想が女っぽいんだよな。初期のローマ人には女っぽさはあまりないのに。 女っぽかったらあそこまで戦争強いDQNさはないだろうけど。 少なくとも紀元1世紀頃には、ローマ人はまだまだDQNだったんだよ。当時の文書からそう見える。 だから愛と平和ってなんか変。

なんか、イエズス会&石屋謹製のカルトはこうも生理的嫌悪感を感じるグロテスクさがあるんだよな。  これは大本教系新興宗教もそう。 この戦前臭いものには気持ち悪いという感覚しか伝わってこない。 だから耶蘇臭いものは滅ぼさないといけないんだ。


安倍の嫁のカルト幼稚園のやつもそうだけど、何でも物事を語るときにまず中国がー!とかを必ず埋め込むのは、あれスケープゴートをするワードを埋め込む事で思考停止もしくは、それに反論するやつは敵という詭弁に持ち込むためにやってる。

あー如何に思考停止させるかって考えた上の策なの。
ニャンゲンを如何にどうやったら思考停止できるかって考えた上に作り出したテンプレが何でも中国がー!だよ。 この思考停止を促進するにはどうしたらいいか?という悪意を元に考えたものがこの手の世界には多すぎる。 この悪意から生まれる感覚が日本人の思考じゃないのよ。
欧米のものには、悪意から意図的に悪くするために仕掛けられたものが沢山ある。 これ本当に日本人の発想なんだろうか? おいらにはとてもそのように見えないわけ。 思考停止なんざ、国家の発展を真剣に考えるならば国力を削ぐことになるから、これの原動力は支配欲で動いてる。

この中国がー!にしても琉球王国の話題にしても、やつらの開発部隊が研究開発した商品を工場で大量生産してその毒を広めてる感じで。 日本の愛国とか言いながら、その根底になる思想も何もかも日本人が設計して作ったものじゃない。 むしろ日本人を支配する悪意で作られてる。
この世の中に存在する、何かを悪くするために作られた反自然的なものはすべて欧米産と言っていい。 西欧のものが何でも不自然に見える理由はそれの塊のせいかも? それらは欧米の思考にかぶれてるとわからないけど、イスラームとかのフィルターかけると物凄くクリアに見えるわけ。

日本の愛国にしても超古代文明などの大本教が広めるネタにしても、何もかも研究開発してるのは日本人じゃない。 まるでコンビニのチェーン店のように本部(外国)が開発した毒入り商品をひたすら工場で大量生産して並べる感じさ。 どちらにしても日本人は主体でなくて奴隷扱い。

ケルト圏は自然崇拝ではなかったのかね? それなのに、何かを悪意をもって悪くするとかこんな反自然なものが大量に生まれるのは元ケルト圏だ。 このねじれとも言える謎思想について知りたいよ。 自然崇拝なら世界中にあるけど、こんな反自然な思想は元ケルト圏だけの局所的な思想だよ。

陰謀論にしてもさ、あれネットで活動してる陰謀論者はコンビニの商品を作る工場のバイトみたいなもんだってわかった。 ごく少数の本部による商品開発という少数による支配があれだけのコピペ陰謀論の氾濫という形で現れてるのさ。 それ知ったときは驚愕したね。本当に。

正式に引用させてもらいます。 古代日本はブーディカ女王が支配するケルトのような女性上位の海洋民族だったのかな? これマジ? イギリス王室とのコラボや俺は海賊王になるぜはギャグでないと? RT https://twitter.com/kinkichi_ishibe/status/820653854161145857 …



燈火‏@to_moshibi 2月16日

聖徳太子とイエスの共通点は誕生した場所が馬小屋で、しかも同時に複数人の話が同時に聞ける・死んで3日後に復活したなど、話が盛られている点にあります。彼らのモデルは存在していたようには思いますが、後年になって権力者などによって神格化されていったのでしょう。

ねこた‏@lakudagoya 2月16日

@to_moshibi 東方教会の伝承では洞窟ですね。何それミトラさん。

これ信者に聞いたので間違いないと思います。

西欧のイエスのものと思われてるの、かなり聖書の誤訳からのあるので、もう馬小屋取り上げる時点で、日本と関わりがあるはずの東の耶蘇ではないわけだから笑えます。
@to_moshibi もし聖徳太子の逸話になるものが当時の耶蘇にあったならば、なぜ接触の可能性のあった東の耶蘇教ではなくて、東方教会の聖職者いわく、聖書のギリシャ語からラテン語での誤訳から生まれた「馬小屋」になるのか。 そのあたりを考えるととても怪しいです。
@to_moshibi 日本が西方教会に接触したのは16世紀です。

聖徳太子の時代に接触できた可能性のある耶蘇はネストリウス派などの東の異端です。

もし耶蘇の影響受けるなら東のものでないといけないのに西のものなのはおかしいでしょう?

明治以降の創作の可能性が。

燈火‏@to_moshibi 2月16日

@lakudagoya たしかに聖徳太子の時代であれば既に大陸と関わりがありますので、その時代なら景教の一派と接触している可能性の方が高いですね。

そう考えると馬小屋関連などは明治以降の創作と考えても違和感はなさそうです。権威の利用の為に国家神道と結びついた可能性はあり得ます。

ねこた‏@lakudagoya 2月16日

@to_moshibi なんか、この手の中世日本の耶蘇がー!って話は東方耶蘇教のにおいがしないのですよ。解釈のやり方が物凄く西方臭くて。

あまりに西方臭いと神道には偽書が多いのを考えるとやっぱコンプレックスからの捏造かなぁ?と思っちゃいます。

燈火‏@to_moshibi 2月16日

@lakudagoya そうなのかもしれないですね。多くの支持者を獲得するためにあえて捏造した可能性はあり得そうです。同時に複数人の話を聞けるなどの現実感の無い話を多く盛るというのは劣等感から行われる場合も多いですからね。


ねこた‏@lakudagoya 2月16日

@to_moshibi あと、似てるものを何でも耶蘇にしちゃうとか。

エピソードを少しだけ盛るとか色々あります。

ジョゼフ・キャンベルなどのジョージ・ルーカスの師匠は、意図的にミトラの話に処女懐胎を持ってましたね。石屋やプロテスタントのよくやる手法です。



この「劫火の経典」面白そうだね! とまーてさんのおすすめの本や漫画は本当に良書が多いよ。 こんなに読んでみたい漫画も久しぶりじゃないかな?

とまーてさんのおすすめの漫画の「劫火の教典」には、何でかカルデアの神託のような「火」への崇拝が露骨に出てくるよね。 これってなんなのかな? 新プラトン主義の教典が「カルデアの神託」だよね。 フェイトGOが「カルデア」なのって、これらの火崇拝に関係ないのかな?
カルデアってアケメネス朝になって、イラン系と混血が起きてる。 バビロニアの占星術師とイラン(メディアなどのマギも)のマギが混合して新約聖書に出てくる「東方の三博士」が出てきた。 占星術と終末論の混合が生まれたのもここ。 やつらの思想の源流でもあるよ。
おっと、二ノ国というアニメに出てくる猫の王様が支配したあれ、建築様式がビザンティン建築だね。 ドームの王宮があるし、街中の建物はギリシャ正教の聖地のアトスやメテオラを参考にしてある。 これアトスの修道院の写真を見て、あー!と気付いたよ。で、兵士が猫の好物の魚の槍を持ってるのは、あれ耶蘇教のシンボルの魚。 あれ東方教会の世界を見えない形で表してたのか。 何でビザンティン建築だろうと思ってたんだけど、意味があったのか。 何か西ヨーロッパ臭くなかったのが気になってたよ。
で、砂漠の国のババナシアはアラブのように見せかけてイランなんだな。 住民はアラブ人なんだけど。 建物の建築様式がシーア派の聖地に似てる。で、宿屋が世界遺産にもなってる伝統的なイランの豪邸とそっくり。 ゲームの建築なんて誰も見ないけど、それも情報の塊。実物より綺麗だから好き。

ゲームの建築物すら、実物の建築物をモデルにしないと描けない。 だからさ、昔の大人が漫画やアニメを完全な無からの創作のように勘違いしてたのはとんでもない間違いなわけ。 必ず元ネタがあって、それらを作ってたのは宗教だよね。 昔の宗教が色々作ったものがなければ何もできない。
猫の国のゴロネールには、モザイク画があったと思う。 モザイク画もまた東ローマの名物なんだよね。 モザイクで作ったイコンは色褪せないもの。 東の耶蘇教の修道院や教会に行ったら至るところにそのモザイク画がある。 あれ金を混ぜてあるから、光るんだよね。

ユダヤの陰謀はさかんだけど、何で異端の流れはスルーなんだ? 例えばカッパドキアは東方教会の修道の聖地だった。ボゴミール派もここが震源地だけど。 ボゴミール派は西のカタリ派にも多大な影響を与えてる。 特に東方教会の異端は都合の悪い情報盛りだくさんなんだねぇー
何で日本では東方教会の情報が極めて少ないのか? 特に東方教会の教会史などね。 これは逆に日本が西欧に支配されてる証拠だし、東方教会の情報が知られると一番困るのは西欧だもの。 世界中のカルトは西欧の耶蘇教をベースに作ってるから東方のがわかれば簡単に嘘がバレる。

だから東の耶蘇教の文書あたりに手を出そうと思ってる。 数は少ないのだけど。 東の耶蘇教の面白いのは、露骨に古代異教の流れを汲んでる所。 イエスの冥界下りもあって、旧約の聖人を引き上げてるそうな。   このあたりの情報、日本のカルトには一切反映されないから笑える。

東ローマの異端は、トルコの内陸部を根城にしていて、6世紀くらいからいた。 東の異端はまた、ムスリムとも仲良しなとこが見逃せない。   東ローマではあんまやってないけど、それでも異端は居心地悪いからイスラーム世界に逃げてたりしたからね。  あ、西の異端も仲良しだった。
だからさ、東ローマの異端などの流れを追っていけば、流れがバレちゃうのさ? なぜ薔薇十字団の人の留学先はイスラーム世界なの? それもまぁ、イスマーイール派あたりがいそうな地域で(笑) 異端とユダヤがタッグを組んでイスラムマネーを背後に暗躍したとしたら?
異端の流れでバレちゃうイスラムマネーを背景にした正統派への転覆計画(笑)なんちゃって。 ここがユダヤ陰謀論者のアキレス腱だ。boさんが一番つついてほしくないとこだ。 何でもユダヤのせいにすれば耶蘇教の異端がどんだけガチでテロやってたか無かったことにできるもの。

そもそもさ、預言者ムハンマドを旧約の預言者の系譜だと認めたのは、
妻ハディージャのいとこのネストリウス派の修道士だよ?
イスラームの成立には異端が関わってるじゃん。
10世紀のアッバース朝などのイスラム文明を作るのにも暗躍してるわけよ異端の皆様はよ。



ローマ帝国はサーサーン朝ペルシャと戦ってて、それに困ったわけ。

ペルシャ側は宣教師をつかまえて死刑にするとかやってたけど煮えきらないわけ。

そのグダグダ状態を一気に解決したのがイスラームの登場で、それによってアーリア宗教が中東から一掃されてしまう。
それがとっても許せないのが欧州貴族の皆さんで、その中の先祖の一部が恐らくクルディスタンなどにいて民族の誇り(笑)を守ってたけど、イスラームによって駆逐されてしまった。 アンチセミズムの根源はユダヤが~!とかでなく、このあたりにルーツがあるのではないかな?

アーリア人(笑)の話は「我ら民族の誇りを踏みにじっだ日帝許せない。民族の誇りを取り戻せ」みたいな話だと思う。 だから、西欧はユダヤ以上にアラブも嫌いでしょう? だからこそ、「マギ」でアラビアンナイトの話なのに無理やりイスラームを無かったことにするって事やってる。

白頭山は朝鮮民族の聖地ならぬ、中央アジアのアーリア宗教は欧州貴族の心の故郷みたいな怨念を持ってるのかも知れない。 そこでは血筋によるカースト制度が引かれていたのに、あのユダヤだかアラブがそれを壊してくれて許せない、セム系一神教潰してでもアーリア宗教復活を!って意気込みなのかも?

なんか、この被害者意識とルサンチマンによる裏返しの選民思想ってのが欧州の特権階級にもサンカにも共通した心情だよな。 しかし、中国国内にいる朝鮮族がずっと自分たちのルーツを語り継ぐならわかるけど、何で欧州貴族とかあっちはここ150年あたりになってルーツが出てきたの?

西欧の思考はここでも迷信的。
例えば、近親婚やり過ぎて奇形の人らが沢山生まれたけど、それらの人を塔とかに隔離してたって話を魔物の話にするし。迷信を製造する頭だけは一流だわ。 その迷信臭い思考が陰謀論を支配してるから嫌だ。何でも童話にしてしまう。
まぁ、アーリア宗教こそ我らの宗教という話もさ、近親婚とカースト制度を肯定するゾロアスター教の教理が自分たちのご都合主義にとって便利だったんだろ? 欧州貴族の血筋主義をなんとしてでも肯定したいのだろうな。 だから、思想とかじゃなくて何でも血筋主義に持っていこうとする馬鹿発想。

「自分たちが神のように上でないと許せない」という性癖、これがRh-などの「特別な血筋」によくある性癖か? 世界中の優れた文化や思想を潰してでも上にならないといけないという性癖は何だろうか? その世界中の優れた文化よりも凄いものを産み出せないって何を根拠に優生学とか言ってるの?

普通、Rh-などの特別な血筋を見ると、世界中の普通の人よりも凄いんだろうって当たり前のように考えるけど、その思考が嘘だと気づかせてもらった。 で、そんな凄い血筋ならさ、何で古代から一貫して優れた文化や思想を生み出せなかったのか? という事が気になるわけよ。

戦争でもローマにフルボッコにされる、文化でもローマに勝てない。 これのどこが優れてるんだ? 更に中世イスラームにも東ローマにも比べて酷い。 農民をいじめるという発想しかできないんだよね。 農業技術も集団戦の技術も無かった。 血筋崇拝って本当に優れたものの根拠かよ?

欧州貴族は、今でも会社経営でも農民いじめの変形しかできない。派遣とかバイトばかり使う。 本当の成熟した商業文化ってものに馴染んでないもの。 発想が全てグローバル企業は封建制度だもの。 これのどこが優れてるわけなんだよ。 血筋崇拝ってもはや宗教なのでは?
あー中世史やってて良かったなぁ 欧州と日本は特別な血筋という詐術にハマらなくて。 そもそも、偉大な文明を築いたのは○○の血筋がって思考誘導も当たり前のようにされてるけど西欧の思考の罠だろ? じゃあ農民出身のローマ皇帝とかああいうのはどーなるんだろ?

血筋崇拝ってジャンプやラノベでよく宣伝されてるけど、これも欧米の指示では? 日本も世界もやつらの手羽先共の系譜を辿ったら、血筋でピックアップされてたとわかってさ。 血筋を徹底的に調べ上げた上で採用してるわけ。見えないけど徹底した血族の組織なんだよ。
やつらの組織形態が物凄く徹底した血筋崇拝によって運営されてる。 だから名門校に入るのも血筋が物を言う。 本人が知らなくても、特別な血筋に生まれてたらある日突然エージェントが来てリクルートされるつーか人生用意してくれるらしい。 そのあたりにも秘密があるよな。


この血筋主義は、中東など西欧と婚姻の形式が全く違う所では型が違うんだもん。

一般人の中で希少な血筋を有難がる精神じゃない。

でも欧州のやり方はそうなんだ。

氏族社会というと血筋主義のように見えるけど、あれは欧州のとは全然違うようなのね。それは知らなかった。
優れた血筋つーより、混血によって消えるであろう劣性遺伝の系譜の子孫を世界中で探し回ってる臭い。 そしてそれらを手羽先としてピックアップして新たな神権政治の王朝による世界支配をやりたい臭い。 所が、残念な事にそれらの血筋はもの作る能力ないから全て盗んできただけのものさ。



血筋だけじゃ何もできないのの見本っすな。

それでも血筋というイデオロギーに執着する性癖があるらしくて、もしかしてそれこそがその特殊な血筋(笑)の特徴なんか?

ナチュラルに差別しないと消えてしまうという恐怖心を抱えてるの?

深層心理に恐怖心があるのが血筋の性質?
混血すると消えるって性質だけでも劣性なのにな。 だから、ナチスのように人工的に養殖しようって話になんのか。 それが逆に優れた証!とか言ってる。 で、遺跡とかに旧人の骨とか落ちてて、今はショボいけど、超古代は凄かったんだー!ってなんという負け組の発想(笑)
日帝に文明を教えてやったのは我ら朝鮮人なのに、何を偉そうに調子こきやがってって歴史問題の話なんだろうか? 旧人と新人の歴史問題を欧州貴族は持ち出してると? だから、新人は昔やったように我らを神として崇め奉れと言ってるのだろうか? なんか捏造臭い歴史問題だな。

自然って不思議なもんで、栄えてたけどある日、旧人にだけ効く致死的なウィルスが出回って今の人類と混血しないと生き延びれない状況にも追い込まれたのだろうか? そうしたらば、みるみるうちに旧人の性質である要素が消えて、超能力まで消えてしまわれた。 だからやばい差別しないと?なの?



おっーとストップ!

この血筋にしても全て言葉に囚われてるよね?

血筋が優れたものを生み出すとは科学的には証明できない。

そもそもいくら生物学的要素が強くてもその使ってる思考法問題でね?

だから、これですら言葉に囚われてるとわかりましょう。

思考法が腐ってるのに血もないよ
血筋崇拝の根拠となる、納得する思考法の土台を壊しちゃったら? その価値を失う。 思考法が違う程度で崩壊する血筋崇拝ってなんなんだ? あー言葉に囚われてるんだね。 これがわかったのもイスラーム哲学で違うロジックで考えれてたおかげだよ。

西欧の思考法って何で考えれば考えるほど腑に落ちなくて悩んでしまうの? この思考法そのものが土台が腐ってる。 イスラーム哲学の話を聞いて、あまりに悩みがない明確に識別できるものにほんと腑に落ちる経験してね。 で、西欧の思考法が今のバカを作り出してるか悩まんもの作りたいそれだけ

ご丁寧にも、耶蘇教文明とイスラーム文明って対になるように作られてるので、西欧のあの霧のような思考をイスラームの論理で思考すると一気にその鍍金が剥げる。 それマジ強烈だわ。 思考停止でなくて、納得という最強の洗脳法やな。 新興宗教がゴミのようにしか見えない。

その腑に落ちる経験してしまったら、西欧の思考ってゴミじゃね? それもその思考から生まれるやつらの統一文明(笑)なんてもっとゴミじゃね?と気付いた。 思考の土台が狂ってるから、近代の哲学者は発狂するのか、古代はそうじゃないのに。   じゃあこんなクソシステムいらねーよ(笑)と。

あー人生損した。って気付いたのさ。 仏教にしても中国思想にしても悩まない智を持ってるよね。 悩まない智も提供できないくせに高貴な血筋とかクソの役にも立たんこと言うな!と。 やっぱね、悩まない智とか腑に落ちるものは本物だよって思うんだよ。 やっぱ西欧はゴミどころか猛毒だわ。

やつらを倒すには、その思考法を正すしかない。 イスラームだって、最初からこれがあったわけじゃない。 だから、日本でもそんな智のシステム欲しいなって思うの。 どうやったらあんなものが構築できるんだろうって思う。 それさえあれば、やつらを倒せるよ!
でもおいらは、変なことしないで仏教と中国思想で行きたいけど、ギリシャ哲学の問題を考えると、科学文明を捨てれないから、どうしても西欧の思想の毒抜きをしないといけない。 でも毒抜き無理っぽいので、日本でもイスラームの成立時のように作っちゃえれば良いかなぁ?とか思うけど厳しいなぁと。



とにかく、変なことしないで日本は仏教や儒学でいきたいけど、科学文明捨てれないし、だからと言ってこのまま日本潰されるのも嫌だし。

取れる選択肢が少なすぎるんじゃい!
それをずっとずっと幕末から知識人は悩んでてどうにか、毒を抜くために西欧と東洋思想を融合しようとしたけど、耶蘇の壁に阻まれてー残念! こっちなら、行けそうな気がするけどなぁ。 それに気付いて民族派右翼はイスラーム手を出したはず。 でも変なことはしたくない。
今の西欧の思考に洗脳された頭では、逆に東洋思想に戻っても西欧の智の汚染が効いて悪いことになる。 西欧の毒を完全に分離できるのはイスラームからの思考だけなの。 それがあれば、東洋思想に憑依した西欧の毒を抜けるんだよ。  西欧の背乗りを目視で認識できるようになる。

だから、まずね。儒学や仏教などの東洋思想で行く前に、イスラームの視点を挟んで西欧の毒抜きをした上で回帰しないとさ、藩校を復活させよとかやってるやつらみたいに西欧思想に背乗りした悪質な東洋思想が生まれるだけだから。 武家の子孫をゲストに招くとかその時点で発想が西欧だよ。

日本は技術力も人間の質の良さもまだある。だから、それがあるうちにその技術力を活かす智のソフトウェアを作りたいのさ。 日本は技術力があるのならば、私は商売とか形而下の事ではなくて、日本を真に活かす智のソフトウェア作りをやりたいのね。 それは誰も考えないよね。

人は環境によって変わるならば、選民思想なんざ無効じゃん。 特権階級は生得的に自分が優れてるから何でも良いんだとか言うけど、単に環境が良かったからに過ぎないと。 この結果論の馬鹿さは進化論の馬鹿さみたいだな。 確かに環境変わると人は変わるのは間違いないよ。暫くは後遺症あるけど
血筋崇拝ってもはや、アブノーマルな性癖なんだな。 本来権力者って、こんな人間をダメにする悪なるものから全力で守るのがお仕事だけど、その過去の指導者が全力を尽くして頑張って作った道徳や社会秩序を文明を憎む西欧は全て破壊してしまうから恐ろしい性癖だわ。
前に貧乏人と金持ちの取り換え子事件あったなぁ。 金持ちの家に生まれた子は取り換え子でトラック運転手になって、その逆の子はいい大学出て不動産屋経営していいおもいしてた。
で、最近の悪質なやつはこの環境だろ?って話すら、カルマで運が悪いのも自己責任にしてるからな。悪質。


ひたすら現状だけ良ければ勝ちなんだって、究極の今さえ良ければ思想そんなのばかり。

資本主義みたいな短絡な発想だな。

で、何で日本の中産階級以上はここまで際限ない自尊心を肥大化させないと満たされないくらい飢餓感に満ちてるのか?

健全な自尊心が形成されてないなかなぁ?


峨骨 ‏@Chimaera925 1時間1時間前
能力の特化のさせ方、伸ばし方が興味を惹くらしいので、さわり程度突っ込んで書いておこうか。才能の有無などと言うけれど、結果が出たものを人は才能があると評価し、自身もその結果、手ごたえをもって自身に才能があると評価を下しているに過ぎない。その評価によって、ますます励むから伸びる。

そこに結果が伴うと才能があった、と後から評価が付いてくる。才能という評価は後出しじゃんけんみたいなものだ。人は大きな目標を立てて、高いハードルを設け、挫折する。たまたま挫折しなかった者は才能があると。実際問題、高いハードルなど無くとも些細な成功体験を積み重ねてやれば手っ取り早い。

自我、自分らしさ、本当の自分などというものは存在しないと以前書いた。では、自我、自分と呼ばれるモノは何か。赤子を見れば解るように快・不快で出来ている。外界、環境から受ける刺激に快・不快を示し、快を学習し、不快を学習する。これを複雑化させたものが人格と呼ばれるもの。

快・不快を自在に入れ替えられれば簡単に自分を作りかえることが出来る。不快なものを継続する事はできない。これを快に置き換え、継続するための環境を作り、小さな成功体験を積み重ねる。これが近道。故に、どのように努力するかではなく、どのようにして快感を憶えるか、好きになるか、これがネック

報酬系、何かを達成したら自身に褒美を与える、これは正解のように見えて誤りだ。その達成すべき課題そのものが目的になっていないから、報酬の為に嫌々やっているに過ぎない。これでは益々嫌に成ってしまう。力ずくで書き換える荒っぽい手段(魔術は意識の変容の技術だ)もあるが、あれは結構リスキー

なので、穏便な手段で考えてみよう。嫌いなものを好きになる手段として、好きなものとの同一視が挙げられる。嫌いなものを好きなものと同一視する。初歩段階として、嫌いなやつと応対するときに、好きなものや人物をその背後に投影して、その背景に投影したものに挨拶してみよう。

嫌いなやつを通して、好きな人物や好きなものを見る。意図的に投影した価値観と嫌いなやつの価値観を混同させていく、そうすると最終的には嫌いなやつは好きな人物にならないまでも、好感くらいは持てるようになる。この書き換えのテクニックを駆使してやると、大抵の事は嫌々やらずに済む。


人間は物質や存在そのものを見ているのではなく、背景にある自身の作り上げた幻想、投影されたものを見ている。それが自身の快・不快や環境から植えつけられたものかはまた別のお話になるけれども、それそのものを見ていない。対象を通して自身の内面を見ているのだ。

内面が恐怖で満ち溢れていれば、自身を守らねば成らないから、全ての存在に敵としての幻影を投影する。敵でもないものに敵を見る。そうすることで自分を守っている。書き換えを習熟して応用が利くようになると、それらの幻影を全て手放す事が可能になる。好きな色を付けられるのだから拘る必要が無い。

「このような人間だ」と他者や環境から纏わされた幻影に従ってやる必要も無くなる。多くの自分の意思だと思っているモノは、そのように外から来て纏わされ、繰り返し染み付いた習慣みたいなものだ。期待だったり蔑みだったり、そのような呪いが自分だと思っているものを作っている。

呪いを解くのに手っ取り早いのは環境を変えること、人付き合いを変える事。自分から良い匂いをさせたければ、良い匂いのする環境や場所に身を置く。それが叶わぬならば、良い匂いのする幻想を投影して、染まらぬ事。

くん とう -たう [0] 【薫陶】 ( 名 ) スル 〔香をたいてかおりをしみこませ,土をこねて形を整え陶器を作る意から〕 三省堂 大辞林

品行下劣な人間に囲まれて気高く生きようなんて、本当に苦痛でしかないからな。大抵の人間は、内面で劣悪な環境と戦って、抗いきれなくなると力尽きて溺れるように染まっていく。気が付かない所から腐り落ちるように染まっていくのだ。戦うのはしんどいだけだ。同化、同一視の応用で境界線を引く。

閉店です ‏@lakudagoya 2時間2時間前

人は環境によって変わるならば、選民思想なんざ無効じゃん。

特権階級は生得的に自分が優れてるから何でも良いんだとか言うけど、単に環境が良かったからに過ぎないと。

この結果論の馬鹿さは進化論の馬鹿さみたいだな。

確かに環境変わると人は変わるのは間違いないよ。暫くは後遺症あるけど

峨骨 ‏@Chimaera925 2時間2時間前

血筋、血統への崇拝も無効だ。金持ちの家の子供と貧しい家の子供が生まれたときに取り違えれば、貧しい家の子供は金持ちの家の子供のように育つし、金持ちの家の子供は貧しい家の子供のように育つ。血統が全てを決めるならば、取り替えられた金持ちの家の子供は金持ちの家の子供らしく育つはずだ。


峨骨 ‏@Chimaera925 2016年9月6日

犯罪者の子供は犯罪者になる。これは貧困等の環境が原因でそうなる可能性が高いってだけだ。金持ちの子供と取り換え子しても割合はそう変わらんだろうよ。しかし、優生思想に染まった者は、原因は貧困や環境ではなく遺伝子、血で決まると考える。だから貧困対策や環境改善などせず、自己責任と。

峨骨 ‏@Chimaera925 1月12日

優秀な者の複製を作ったら、優秀な者になる。これは優生思想だ。能力や才能、優秀さが遺伝すると考えるような遺伝子を崇拝するオカルト。犯罪者の子供が犯罪者になるのは環境だし、金持ちの子供が金持ちになるのも環境、世襲。遺伝ではない。環境と偶然の産物。一卵性双生児でも全く別の個体になるしな

峨骨 ‏@Chimaera925 2時間2時間前

進化論やカルヴァン主義を下敷きにした血統思想や選民思想は世襲を正当化する為の道具でしか無いからガバガバだな。信じさせさえすれば目標は達成するからガバガバでも問題無いのだろうが。一度信じさせてしまえば多くの人間は疑わない。

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年9月7日

>他人を自分の思うように動かすために、その人を特定のタイプの人間として位置づける説得のテクニックを「オルターキャスティング」と呼ぶ。

血液型診断や「日本人は勤勉だ」「日本人は優れている」なんて言葉もそうだし、新渡戸の「武士道」、ルースの「菊と刀」もこれを使ったプロパガンダ。
フィラデルフィアで「武士道」が出版されたのは1900年。日清・日露戦争の間。内村鑑三「日本及日本人」「余は如何にして基督教徒となりしか」「聖書之研究」、アーネスト・フェノロサ「世界史上日本の位置」、岡倉天心「東洋の理想」「日本の覚醒」、ラフカディオ・ハーン「神国日本」出版もこの頃
新渡戸と内村は札幌農学校時代から交遊があり、二人ともキリスト教の洗礼を受けている。熱烈なクリスチャンの新渡戸は武士道を最初は chivalry(騎士道)と表記していた。そして、日本的なものから騎士道の対比として武士道なる要素を創作し、そこにキリスト教を接ぎ木した。

札幌農学校https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E8%BE%B2%E5%AD%A6%E6%A0%A1 … >クラークはわずか8ヶ月の滞在ではあったが、彼に直接科学とキリスト教的道徳教育の薫陶を受けた1期生からは佐藤昌介(北海道帝国大学初代総長)や渡瀬寅次郎(東京農学校講師、実業家)

>2代目のホイーラー教頭もクラークの精神を引き継ぎ2期生からは新渡戸稲造(教育者)、内村鑑三(思想家)、広井勇(土木工学)、宮部金吾(植物学)、伊藤一隆(中川翔子高祖父)らを出した。彼らは「札幌バンド」と呼ばれ
>3期生の斎藤祥三郎は外務省翻訳官となり、その子斎藤博は駐米大使在任のまま、アメリカで客死。他に各市県の知事・市長を歴任した高岡直吉,英語教育者佐久間信恭(五高,高等師範学校,大阪外国語学校等教師),
>北海英語学校(現北海高等学校)設立者大津和多理,4期生には、国粋主義者志賀重昂(しげたか),ジャパンタイムズ主筆頭本元貞,英語青年を創刊した武信由太郎,農商務大臣秘書官等から実業を経て衆議院議員となった早川鉄冶等



閉店です ‏@lakudagoya 1時間1時間前

血筋崇拝ってもはや、アブノーマルな性癖なんだな。

本来権力者って、こんな人間をダメにする悪なるものから全力で守るのがお仕事だけど、その過去の指導者が全力を尽くして頑張って作った道徳や社会秩序を文明を憎む西欧は全て破壊してしまうから恐ろしい性癖だわ。

前に貧乏人と金持ちの取り換え子事件あったなぁ。 金持ちの家に生まれた子は取り換え子でトラック運転手になって、その逆の子はいい大学出て不動産屋経営していいおもいしてた。 で、最近の悪質なやつはこの環境だろ?って話すら、カルマで運が悪いのも自己責任にしてるからな。悪質。

ひたすら現状だけ良ければ勝ちなんだって、究極の今さえ良ければ思想そんなのばかり。 資本主義みたいな短絡な発想だな。 で、何で日本の中産階級以上はここまで際限ない自尊心を肥大化させないと満たされないくらい飢餓感に満ちてるのか? 健全な自尊心が形成されてないなかなぁ?


峨骨‏@Chimaera925 2月16日
存在しないものを存在すると思って戦おうとするから疲れる。存在しないものは存在しないのだ。ありもしないものを在ると主張する連中が、それが「存在しないとする証拠を出せ」とほざくが、つまらぬ詭弁だ。本来ならば、ありもしないものを「存在する」と主張するものが存在証明をしなくてはならない。

存在を証明できないから心の問題や信仰の問題に摩り替える。どころか、無いというなら無い事を証明しろ、と他人に証明させようとする。だったら、「俺が神だ。神でないと言うのなら証拠を出せ」と言ってやろうか。下らん、実に下らん。存在するという主張に存在証明は内包されていない。

悪魔の証明 https://kotobank.jp/word/%E6%82%AA%E9%AD%94%E3%81%AE%E8%A8%BC%E6%98%8E-1724807 … >証明が非常に困難なものごとを表す比喩表現。古代ローマ法において所有権の帰属証明が極めて困難であったことから、この言葉が初めて用いられたとされている。現代においては、権利関係や消極的事実の証明に関する法的表現であるが、



>転じて一般に、証明が極めて難しいこと全般に対し用いられている。例えば、赤いカラスがいないことを証明するためにはすべてのカラスを調べなければならず、立証することは事実上不可能である。特にこうした「事実の不存在の立証が求められること」を悪魔の証明と呼ぶことが多くなっており、
>卑近な論争でも盛んに用いられている。 出典|(株)朝日新聞出版発行

最初からありもしないものを存在すると主張して、存在しないというのなら存在しない証拠を出せと論戦吹っかけてくるような間抜けとやりあう必要は無い。暇つぶしに相手にする程度なら、先に存在する証拠を出させて一つ一つ駄目出ししておけばいい。「ある」と主張する者にそれを証明する義務がある。


ねこた‏@lakudagoya 2月16日
峨骨氏の方法論は仏教に近いよね。変な固定観念から自由になって楽に生きれるだけで有利になるの。

やつらは、人間をひたすら弱体化して能力を出させないことで自分の優位を守りたい性癖という臆病な心に特権階級は満たされてるよね。

峨骨氏の方法論はそれから身を守る良き方法に見えた。

あの気持ち悪いまでに選民思想だとか精神病患者の夢のようなのって、西欧の思考は心が壊れるんだよ。 だから、西欧の教育や思考回路などから自由にならないと抜けれないの。 だから、特権階級も心を壊され飢餓感を与えるために小学生からカルトの洗脳施設のような所で育てられる。



ある意味、特権階級も被害者ではあるよね。

まともな安心感とか健全さを与えられずにカルトの施設で純粋培養なんてさ。

だからさ、その猛毒思想を生み出す発生源を隔離するか消滅させなければいけない。

特権階級が全寮制にこだわるのは洗脳のためだからね。


峨骨 ‏@Chimaera925 1 時間1 時間前

方便
1 《(梵)upāyaの訳。近づく意》仏語。人を真実の教えに導くため、仮にとる便宜的な手段。
2 ある目的を達するための便宜上の手段。「うそも方便」
3 (多く「御方便」の形で)都合のよいさま。

出典 デジタル大辞泉

ありもしないものを方便として使う。方便の前段階で歪んでいるから、存在しないものを存在させてはいけない。真実や目的が既におかしいのだから、方便もそりゃおかしなものになる。

峨骨 ‏@Chimaera925 2016年6月14日

峨骨さんが峨骨をリツイートしました

洞窟の外に世界や太陽はない。そもそもそんな洞窟など存在しないし、イデア界など存在しない。物理の問題にある摩擦係数ゼロの床と同じだ。プラトンは比喩を使って、仮定を同意させる事で、その存在があると信じ込ませた。まやかしの洞窟は二重構造。
峨骨 ‏@Chimaera925 2016年5月29日

イデア論 洞窟の比喩 https://m.youtube.com/watch?v=3nylI0o_RmY … メディアがやっているのはこういうこと。芸能人も政治家も国家も影絵。洞窟の囚人は影絵から目が反らせない。影絵を作り出している光源を見る事もない。プラトンは自身の語る実在ない『国家』論のペテンの手口を自白している。

ねこた‏@lakudagoya 2月16日
そもそも、サウジアラビアのように子供をイギリスに留学させる事こそムスリムにとってありえない事。 本当に厳格なムスリムならば、豚やアルコールや賭博があるような国に喜んで近づいたりはしない。 あくまであの国は、西側にのみ「敬虔なムスリム」に見せるために作られた偽物だね。

だから西欧の価値観が普及すればするほど息苦しいのは、一貫性のない完全なご都合主義だからだよ。 だから、本当のイスラム原理主義の実践は何か?という事を知れば、西欧のやり口はすべてがご都合主義でしかないという事が見破れる。 そういう視点がやつらの幻術を破るのに割と有効。
西欧ってやつは、何もかも軸がないんだよ。 アメーバのように何にでも憑依して毒を撒き散らす汚染水そのものだ。 しかもその汚染水を取り除こうとして除染作業したやつにまで被爆してまた毒出すもの。 だから本当に除染するための見方としてイスラームは有効だと思ってます。


「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」というラノベで一番面白いのは、主人公の持つ必殺技「愚者の世界」というもので、一定時間そのエリアの魔術の発動を完全に無効化できるっての。

それくらいの力を持ってるよ、イスラーム側の視点は。

やつらの幻術をすべて木っ端微塵にする力があるもの。
私はたまにこのイスラーム側の視点という、やつらの幻術封じを使ってフィールド魔法を解除してるけどな。 あのラノベでも、魔術の発動を完全に封殺した上で敵を無力化してボコってたけど。 これくらいのカードがないとやつらとは戦えないのよ。 これ考えたの陰謀論者では私が初めてだわ。

「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」なぁ。設定をもう少しアップデートしたら二次創作の素材として楽しいのだが。 このラノベ出る前に講師ものは考えてたんだけどね。 学園モノのフリしたアクションものではなくて、ガチな教育ものをやりたい。 何のためにこの学問なのかとかね。
「教育が未来を作る」という所を詰めたもの作りたいのね。 だから学問の意義とか、そんな所をちゃんと説明した智のシステムとかね。 既存の西欧の智のシステムに疑問を持たない作品ダメっす。 ガチ教育もののラノベって少ないのではないかな? 二次創作でやりたいネタ。

スレイヤーズの「Give a Reason」って大昔のテーマ曲あれさ、Reasonってロゴスだよ? Reasonはラテン語のラティオはろごすのギリシャ語から訳した言葉。 理性っす。 でもね、ストア学派のロゴスはこの世界を貫通する偉大な自然法則だよ。

だから、訳次第では面白いことを考えれる。英文法的にはどうかしらん。 あと、英知と来てWisdomと思って、あ!これもしくしてホクマー(ギリシャ語ではソフィア)かな?とわかる。 そしたら、英語訳の聖書の「知恵文学」はWisdom literatureだと出た。



合理主義というと、近代の短絡的な軽薄な利得主義だと思われてるけど、そうじゃないよ。

ストア学派にとって合理主義とは、どんな不条理な事でもうちゅー全体にとっては最終的には調和してるという思想だよ。

だから、どんな残酷な運命でも受け入れてセネカは死んだんだよ。
ほい、聖書の「知恵文学」やつらの好きなシェローモ(ソロモン)ちゃんもでてるぞ〜 「ソロモンの箴言」とかな。 やったね!

恵方巻きが終わったらひな祭りケーキだとぉ? いつからひな祭りケーキ一般的になったんだ?

おにぎりも手作りしたら、数時間でマズくなるのに、何でコンビニのは一日おいても味変わんないの? あー怖い。錬金術師の作る世界ってこんなんだったか? なんか、中世イスラームにも錬金術師いたけど、食べ物に毒盛りまくったとか聞かないな。 暗殺とかでもない限りさ。
変な思想に基づいてるやつらがネオリベの手羽先共を使ってるって話です。 今の社会を動かすフレームに錬金術思想があるのは間違いありません。

女子供が好むものほど毒入りなわけ。 特に女が使う綺麗になるグッズは間違いなく毒入り。 女こそ毒を毎日体に取り入れてる。 女はマジで薬草学や錬金術をやるべきなんでね? そしたら添加物のやばさがわかるだろうけど。   女の消費文化ってろくなもんじゃねーな。

とんきんで内臓悪い人多そうだけど、女の綺麗になるグッズを使うがために河川が汚染されてるね。濾過してもな。 あと飲食店の毒入り飯。 お嬢様文化恐ろしいよ。 別に男尊女卑推進派でもないけど、イスラームの女性のベールは色々と偉大な側面もあるのだなと。

女が着飾る事による環境破壊は凄まじい所がある。 ファッションの流行による綿花の栽培の砂漠化と服のゴミ化はあかん。 綿花の栽培でアラル海消えたしな。 お嬢様文化のあの女性誌の影響を受けた世界はまじやばい。 毒まみれ、子供の病気になる原因作ってるわけ。
お嬢様が率先して文化を作っていただければ有り難いのだがね。 文化を作るのは大抵男なのが。 女が作る統治システムとか、思想とかあればなぁ。 お嬢様の消費文化はバチカンの陰謀だろう? あかんわ。 お嬢様教育は女を馬鹿にするシステムじゃ。

「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」の中で魔術師の位階が7段階あるのよね。 名前が  1 ウンデ 2 デュオデ 3 トレデ 4 クアンテ 5 クインテ 6 セクステ 7 セプテンデ だったかな?うろ覚え。 セプテンデと聞いたときに思わずセプトゥアギンタか!?とツッコミたくなた

「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」は、アクション活劇としては映画を見てるような面白さがあるね。 貴族主義と大英帝国万歳の押し売りがちょーうぜーけど。 でも面白いんだよ。 敵の使う作戦や技が凄く意表を突くもので、こんな手もあったか!と面白い。 生徒はいまいち。ルミアいい子。

あの貴族主義の押し売りと大英帝国万歳の愛国ポルノさえなければもっと不快でなく読める。 敵は戦術おもろいけど、バーン様みたいに美学がないただの気持ち悪い外道だもの。 ただ、こいつらの頭のキレと実力は中ボスクラスでも天才揃いだと思うよね。 中ボスが楽しみで見れる本かな?

おいらは敵の組織「天の智慧研究会」の要素を真似して天才ホイホイを作ってみたい。 単なる外道は嫌い。美学がないもの。 あの天才ホイホイ装置凄いなー開発した大導師様は。 やはり物語はいんこ真理教謹製とはいえ、ためになる要素が詰まってるから見ないとダメだ。洗脳されるなだな。

リアルのほうの大導師様は洞窟に埋葬されたらしいけど、あれ探しに洞窟掘るのはいいけど、殺人事件の不明死体が沢山出てきて誰が大導師様かわかんねーよ。 で、何処に埋まってたとかヒント一切なしだからな。 副葬品の文書が目当てだなぁ。都合よく出てこないパターンだなぁ。

リアルの方の大導師様はまさか実在の人物だとは思いませんでした。 マジで実在しやがるのか。 頭おかしいわ。 あれ、このワインセラーみたいなとこはどこっすか?上に建物が近いような。 凄く人の手が入ってないかここ。 この人死んでるように見えない人誰っすか。

よくゲームとかの設定で、悪の魔導師がどこぞの塔だとか遺跡に封印されてる話があるよね。 ああいう話大好きだったんだけど、マジであれリアルかよ。 このゲーム脳なリアルワールドの中心でクソと叫びたかった。 死んでないように見える生気に満ちた死人ってなんだ?ゾンビか。
ゾンビつーより、リッチだな。 リッチはあれ他人から生気を吸わないと生きれないけど。 リッチに近い生き物だと思う。ただ、エネルギーは自給自足できるタイプのリッチ。 「バチカン奇跡調査官」というラノベで、死後死体をゴム化するのあったけどあれとは違う。 世の中不思議だ。



閉店です ‏@lakudagoya 2月17日

正男君を持ち上げてたリチャード・コシミズはやはり華僑の手先なんですね。イエズス会や生長の家や大本教が華僑に繋がるのもわかりますし、安倍がアジア主義のように日本を中心としたローマ帝国築きたがるのは華僑なんですね。

モグラ君やっぱり凄い。うん。 RT https://twitter.com/mkmogura/status/832437001966063616 …
村手 さとし ‏@mkmogura 2月17日
父親がアメリカに担がれてたが、自国核開発を願い、結局kciaに殺された大統領の娘の弾劾とかについてのニュース。
それが訪朝したときから仲よかった金正男の暗殺。慶尚出身。
米の飼い犬に過度な躾の顛末。
CIAよ、なにを無理やりやらせるつもりだ。
本気で東アジアを中東化させる気かよ。

あー、正男の母親が慶尚道の出身、朴槿恵と、そこ出身。書き忘れて送ってまった。
飼い主に逆らった父親も含めて、アメリカの紐付きで保守なら慶尚出身は、やっぱりねーの話。
マサオは逆に、マレーシア、シンガポとかでわかる通り、華僑人脈を頼りにしてた感じ。
彼を殺して1番特をするのはアメ
(村手 さとし‏@mkmogura 1月15日

日本の正式な呼び方は、ニッポン。
なんで、こんなパピプペポみたいな外国語っぽい読み方をするかというとポルトガル語起源だから。

キリスト教布教時、16世紀末から17世紀初冬に日葡辞書のような布教のための教材、日本研究の資料が作られて、それが元になったから外国語読みになった。笑

村手 さとし‏@mkmogura 1月13日

1週間が7日でなく8や12だったら、会社や学校や客商売がうまくローテーションで休みを入れれるので、どれだけ暮らしやすくなるだろうかと思う。
人間の生活の基本単位が10進数でなく12だったら、数学はどれほど進んで、どれだけ歴史が変わっただろうかと思う。
たられば たられば

平兵衛:大阪はピノチェト政権‏@heibay 1月13日

一週間7日 植物の周期が21日ってところからきているのだろうな~
https://twitter.com/mkmogura/status/819920526583861248 …

村手 さとし‏@mkmogura 1月15日

@heibay 違うよー。太陰暦での14+(満月)+14をわかりやすく2で割ったのが一週間の起源であり、中国、ユダヤ教ふくめて、江戸時代の日本とかももちろん、日めくりカレンダーの起源は、世界中どこでもお月様だったのだよ。

U‏@wayofthewind 1月21日

月齢は誰でも簡単に数えられるけど、太陽暦の場合は“智慧”が要りますからね。

太陽暦になって徳をしたのは?

その人たちが現在の支配層なのかなと。

@mkmogura @heibay

hiroaki hatano‏@hiroakihatano 1月21日

@wayofthewind @mkmogura @heibay 太陰暦だと年ごとの日数の調整が大変だから農業的に年間日数が太陰暦より正確な太陽暦が開発されたようですが……まあその太陽暦でもずれがあって古代エジプトは真冬に正月が来たりしたようですが。エジプトの正月は本来夏至。




ねこた‏@lakudagoya 2月17日
華僑ってクリスチャン臭いんだよな。孫文もプロテスタントだしね。

だからこいつらさ、イエズス会の下請けやってたからさ、陰謀のやり方がクリスチャン臭いのね。

アジア主義ってのも中心人物は華僑とイエズス会の手羽先共ではあるだろうけど。

でも華僑は半島より狡猾だと思う。


琉球王国も華僑に間接支配されてるんだね。

日本も冊封体制敷いてなくても、構造的に植民地でない?

で、ピュアな日本人と言われてるサンカも、じゃあ何で列島だけにこだわるなら華僑の手先みたいな事してるわけぇ?と。

そういう所がおかしいんだよね。イエズス会の犬どもはさ。
ピュアな日本人(笑)がさ、韓国の従軍慰安婦問題のように一般の日本人を憎んでたらそりゃー社会良くならないよ。 何でそのピュアな日本人(笑)と言われてる血筋の人たちは権力取って一般の日本人に復讐する事だけが原動力なの? 日本をこう発展させたいってヴィジョンがないの何で?
こんな引きこもりですら、日本をこう発展させたいってヴィジョンはあるよ。   でも博物学的な価値を付与された、サンカだとかお山や神道臭い行者だとか以下そんな人たちは日本人に対する憎しみを感じるのだよね。 怨念だけあってさ、ヴィジョンがないって奴隷の手羽先の発想だよ。



イスラーム哲学の視点でモノを見ると、サンカだとかその他諸々のマイノリティの博物学的な価値観を一気に消失させる事ができる。

これは魔術封じみたいな強烈さがある。

日本が欧米の支配を脱却したいなら、それらに価値を付与する智のシステムを別のものにすげ替えるものだね。
戦前のアジア主義者は西欧の耶蘇学問と伝統学問のハイブリッドを考えてた。 途中から耶蘇のだめさを感じでイスラーム背乗りしようとしたけど。 でもこいつらの基盤は、耶蘇なんだよね。耶蘇の部分を棄ててしまったらアイデンティティの基盤が崩壊する。 でもおいらはそこから自由さ。


おいらは、耶蘇の付与する博物学的な価値を持つマイノリティよりも勝てると思えるポイントはひとつ。

おいらのアイデンティティは耶蘇学問に基盤を置かなくても問題ないって事さ。

だから、いつでも耶蘇学問を切り捨てる自由な動きを撮れるんだよ。

そうしたらば自由に智の体系が作れる。
おねショタおじさんがいつも言ってるよね。悪の魔導師退治には尊厳の流れが大事だと。
尊厳の流れってのは博物学的な価値を持つマイノリティを無意識に価値があるとみなしてしまう智のシステムって事。 そこさえ無効化してしまえば、やつらの魔術を完璧に封じることができるんだ。



尊厳の流れさ。何が価値があるか無意識に判断する智のシステムさ。

それらを博物学的な価値でなく、人々の日常生活やマトモな社会を尊重する智のシステムを作れば良いわけ。

イスラーム哲学の見方を知ったら、マイノリティとかエタ非人のようにしか見えなくなったわけ。下賤が高貴っての解除。
感性は智によって作られるよ。 おいらは、イスラーム哲学の見方を知ることで、今まで西欧によって価値があると見なされてた事がうわぁ、気持ち悪いとしか感じられるようになった。 うん、智のシステムを入れ替えるのはとても重要なんだよ。 それこそがやつらに勝てる鍵さ。
だから、キリスト教お嬢様教育受けた特権階級がやたらと差別的で女々しいのは、そういう智のシステムに憑依されてるわけ。 それは日本を破壊するために仕掛けられた罠だよ。 だからキリスト教お嬢様学校なんざ、真っ先に破壊しないといけないのだとわかんないんだよね。
キリスト教お嬢様学校は女々しい思考を憑依させて国を骨抜きにする装置。 特権階級が女々しくなると著しく国家運営能力が下がって、琉球王国や李氏朝鮮みたいになる。 属国になる思想を憑依させるシステムなんだよあれ。  だから、日本の一番の邪悪はお嬢様教育さ。わかるか?



西欧の行動原理の根底にある価値観はさ、琉球王国や李氏朝鮮のような農民いじめしかない。

それを世界中でやっててグローバルとか言ってる。

グローバルなのは王侯貴族だけで、民衆は領域国民国家(中田考氏用語)に囚われてるの。

こんなのただの農奴制以外の何者でもないよ。
黒人奴隷にしても派遣社員にしても、農奴制や傭兵を使って戦争する事が身体化したものから一歩も抜け出れない。 封建閉鎖社会の田舎っぺ発想から抜けれてない形を変えただけだ。 だから欧州貴族がグローバル企業になったとしても、商業社会に成熟してないんだよ。

あの英国紳士って何であそこまで女っぽいのだろうね。 女々しすぎて吐き気がしてくる。 根底の思想が他人の足を引っ張るママ友みたいな感じだから生理的に気持ち悪いのか。 凄いものを作って世界を制圧するぜー!と言うような朗らかさがないんだなー あの発想は良くないよ。

東ローマ帝国ってのは、欧州貴族にとっては偉大なる歴史(笑)を傷つけるアキレス腱なんだな。 TBSオンデマンドで東ローマ帝国のシリーズを見てたら、なんかな、西欧がさ、発展途上国の野蛮人社会にしか見えなくなる効果ある。 ついでに高級ブランドのイメージまで霧散してしもうた。すげぇ!

中世まではブルーブラッドよりも「紫の生まれ」が価値が高かったんだね。 ローマ皇帝の紫ね。 で、ブルーブラッドはどうやって成立したか知らないけど、もしウクライナとか関わってたら、あそこは奴隷の名産地だよ。 価値観が逆転してるよ。あれー何か変だぞー?(笑)
TBSオンデマンドは無料登録でもポイントもらえるから見れるよ。 2週間無料ので見たけど。 いやー東ローマ帝国の豪華絢爛な文化はすごいなぁ。 東ローマ帝国がなければ、ギリシャの古典が残らなかったんだよね。 西欧の古典主義はよそ行きのような違和感あったのこれか。
あーおいらが、アンチセミズムのルーツはユダヤが〜ではなくて、7世紀の中東のイスラーム化なのは間違いなかったのか。 中東からアーリア宗教が一掃されて、イスラーム化していく事が許せないみたいな。 多分、欧州貴族のルーツの一部に中央アジアがあってそれを持ち出してるのかな?

でもさ、これも恣意的な話だよね。もし欧州貴族のルーツが中央アジアなら、中国国内にいる朝鮮族のようにルーツを忘れないはずなのにね。 なぜ1000年以上経った今になってアーリア宗教を持ち上げてるの? それって、都合よくセム系よりも古いものをアイデンティティにしたかったのでは?

耶蘇教が白人優越主義に結びついてるのは、反イスラムなんだな。 で、ユダヤやイスラームより古いアーリア宗教を「発見」してそれに白人優越主義(っぽいもの)を発見して狂喜乱舞してセム系一神教を破壊して新たな宗教作ろうとしてるわけか。 あーすべてコンプレックスですか。

ゾロアスター教には近親婚を最大の善行とする思想がある。ついでに欧州貴族の好きなキリスト教神秘主義とも相性がいい。 そして血統主義を正当化してくれるカースト制度に、黒人を悪魔の被造物と見なす思想。 やつらは狂喜乱舞したわけだ。これこそ俺らの宗教だー!って。
クルディスタンのヤズィーディーやスーフィズムの一部にも血統主義の考え方あるからね。 こんな宗教を是非復活させたいという一念から日本でカルトを使って洗脳して人体実験してるわけ。 だからスピ系は全部ナチズムの手羽先よ。 あと純粋ゾロアスターだと輪廻転生がないから許せん臭い。

やたらと日本で近親婚や血統主義を洗脳するアニメを作ってるのもアーリアかぶれのバカ共ね。 これナチス研究本にも書いてあるけどさ、ナチ党がいきなりでかくなったのは欧州貴族中の資金が一気に流れてきたからだって。 ナチズムは欧州貴族の夢のプロジェクトだったというわけさ。

あのね、世界の名だたるグローバル企業の経営者の血筋は欧州貴族の末裔だよ。   近代化で欧州貴族は資本家に化けたのさ。 日本の財閥やトヨタなどの日本企業はさしずめ騎士階級って所だろ? でも欧州貴族はなぜか日本に執着してるんだよね。そこは不思議なポイントさ。


小さい頃から特殊な世界に生まれついてやらないと不可能ってわけか。 それを選ばれたと選民思想発動させててキモい。 その思想の根底には、自分は全智全能だから生まれる前から何でも決定してるんだという驕りを感じるね。 それを信じさせるカルトには、純粋ゾロアスターは邪魔になると。
ゾロアスター教では、輪廻転生はないもの。悪人は地獄行き。 それで現世主義だから、耶蘇教のようにあの世で支配するには不向き。 ゾロアスター教の話を見たらさ、王侯貴族のプライドをシコシコできるような話は少なくて、道徳とかそんな話ばかりなのにね。

ねこた‏@lakudagoya 2月17日

イエスが支配する神の国って神権政治のローマ帝国なの?

で、それを強引に作ろうとして天皇崇拝とか利用されてそうな気がする。

極東にハルマゲドンの後の神権政治の国作りたいって。気持ち悪いですよね。 RT https://twitter.com/to_moshibi/status/832563818387513346 …
燈火‏@to_moshibi 2月17日


紫は東ローマ帝国の時代に至っても重視されていて、皇帝である証ともなっていました(最後の皇帝コンスタンティノス11世も紫色の衣を着用し、オスマン軍に突撃する前にそれを脱ぎ捨てたという話もあります)。それだけ東ローマ帝国では紫は高貴な色とされていたのでしょう。
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10世紀の東ローマ皇帝にはコンスタンティノス7世がいて、彼の綽名はポルフュロゲニトスでしたが、それは「緋の産室生まれ」を意味します(ちなみにここでの緋色は紫を指します)。その時代には東ローマ帝国で紫色が高貴な色の扱いであったことがうかがえます。
紫は新約聖書の「マルコによる福音書」にもイエスと関連付けて紫色の衣に関する話が収録されているようです。他、旧約聖書にもいくらか紫にまつわる話が出ているみたいで、紫は古代から高貴さを表現する色として重視されていたのでしょう。
http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30494692.html …
ねこた‏@lakudagoya 2月17日
結局、欧米のものは全て「悪意」から作られてるわけ。 だから不幸になるんだね。 それ以外の文化圏のものは基本的に悪意から作られたものは少ない。
欧州貴族のインドのカースト制度を背乗りしたがる「性癖」は、なんなんだろうね?

多分インドやイランの文化は古いけど、そこを自分らのアイデンティティにしてる意味がよくわからない。

耶蘇教に文化を破壊されたからと言って、なぜよその国の文化を背乗りしないといけないのか?

もし欧州貴族が特殊な血筋だとしても、他の文化を背乗りしたり破壊するしかできないって事は優れてるのと違うんでね? もし血筋が偉大な文化を生み出すなら、耶蘇に破壊されても何回も作れるだろ? おかしいわ。 そこまで、自分が上にならないといけない性癖がすべての根源とはな。
日本は欧米や中国の影響を受けてたとしても、欧米や中国の影響を受けたことそのまま書くよね? パクリ元を潰してでも、自分たちがルーツとか言うような性癖はない。 その性癖がやつらの行動原理の全てらしいわけ。 なぜここまで自尊心に飢えてる程心が壊れてるの?

イスラーム文明ってほんと様々な所から影響を受けてても、自分たちがオリジナルとか言うような性癖はないものね。 その健全さが好きだわ。 でも欧米のものは、全てがその倒錯的な性癖を満足させるような気持ち悪さに満ちてる。 なぜここまで気持ち悪い思想とワンセットなんだろうか。

もし、欧州貴族がカースト制度やりたいなら、マヌ法典を厳格に守らないとダメだぞ? マヌ法典では武器屋ってものが物凄く嫌悪される存在として描かれてる。 そのあたりの戒律も守る気が全くないくせにカースト制度って全部ご都合主義の部分智のパクリじゃねーか!
この背乗りご都合主義インド風耶蘇教もそうだけど、ピュアな日本人という設定も全てが間違ってる。 そんなピュアなもんはない。 思考法を全て潰さない限り、こんな変なの消えることないでしょ? だから西欧の思考法は不幸になるだけのもんなんだよ。



クリスチャン保守ってものはよくわからない。

論理的な整合性がないように見える。

天皇崇拝した時点で多神教になるのに。

モーゼの10戒を破ってるじゃん。
世界中の文明を憎む反自然の思想と、自分が上でないと許せないという気持ち悪い性癖、恐怖心からの臆病さから相手の足を引っ張る行動。 これはネアンデルタール人やRh-などの特殊な血筋の特徴なの?
これ優れてるというより、劣ってる性質そのものなんだけど。

あ、日本人もネアンデルタール人の末裔らしいよな?  日本人にはそんな性癖ないよな。 耶蘇に洗脳されてるバカを除いて。 これ、本当に血筋っすかね? てか日本人こそ血筋崇拝強いとか嘘で、古い家ほど家を潰さないために養子もらったりしてたんだよ。



この世界を悪とみなす思想はオリエントにもあるけど、これらはなぜか内向きで、じゃあ引きこもって修行しようとか、自分たちだけで集団作って引きこもってとか内向きなんですよ。

世界に対して絶望してるから破壊するってのもおかしな話だ。

これだからオリエント好きなんだよね。
東の耶蘇教も凄く東洋的なんだよな。イスラームも東洋思想に近いんだよね。 ユーラシアはバルカン半島から日本まで仏教に近い価値観がある。 そう考えると、西欧って物凄くイレギュラーだよ。

イスラーム法学のわかりやすさは、これハマったら病みつきになるものがある。

凄く単純明快でわかりやすいの。

何で陰謀論はこんなにわかりにくいの?




ねこた‏@lakudagoya 2月18日
コンビニはあかんわ。 あれ、石屋の地所にあったもんだろ? イオンの岡田も含めて、日本人を憎む人たちがせっせと毒入り飯を作ってるんだね。 こういう食品業界ってさ、石屋の司令がきつい業界でないかな? 例えば自然農にしてもカルトの専有物だよ。 食料支配は強いよ。

物事をぱっと見て判断ができる。中身がわかる。 本来はそれが「理性」という名の超能力だよ。 近代的理性ってまがいもんだ。 コスモポリタンってのは、ニャンゲンにはそれらの自然法則をわかる「理性」という名の超能力が備わってるから人類は平等だという思想があるわけ。

古代哲学をやってると、如何に古代哲学が耶蘇教によって背乗りされたかよーくわかる! 例えば「理性」だって、超能力みたいなもんなのに、なぜか近代となると軽薄な利得主義になるのか? 古代では合理主義は不合理なものまで含めて意味があるって考え方だったのにね。


副島隆彦がさー、あの紐付きが、イスラーム哲学でムウタズィラ派が迫害されたのが、強欲拝金の思想だったからって違うよ!

このように、西欧的な価値感にハマったバカは本当に困るわ。

これだから西欧かぶれは困るし、東洋思想と2つしか比較できない東洋主義者も困るわ。
古代思想を西欧のフィルターを外してありのままに見るとさ、如何に背乗りされて骨抜きにされたかよーーくわかる。 もし日本がどうしても、ギリシャ哲学をやりたいなら、イスラム文明の成立でやった時のように、もう一度古代に立ち返ってギリシャ哲学を取り込む作業をやらないといけないよ。

流石、やつらの秘密結社謹製のアニメやゲームは、耶蘇教に骨抜きにされて背乗りされた西欧の表の学問と違って、イスラーム世界の中世哲学の智の伝統を引いている。 だから、直感的洞察力が潰されないこの世界に現存する本物の学問のひとつだ。  中世哲学の輸入版だね。

アニメやゲームのシンボリズムで智を解釈していくとあまりに不可解な事が多くてさ。 ひとつは何で細分化されない有機的な智の体系を持ってるの? 近代の西欧の学問はデカルトやカントなどの思想に従って強固なカテゴリー論で細分化されてるけどアニメやゲームはそうでないでしょ?


ひとつの設定に、歴史、宗教、数学など様々な分野の知識が埋め込まれてる。

大学ではこんな事はやらない。

あらゆる知識を用いて解読しないといけない。

これは恐らく10世紀頃の百科全書派の考え方だけど。

ほら、ムウタズィラ派だとか活躍してた時代だ。それの後裔かも知れない。
子供の世界の智の体系は近代ではなくて、中世哲学なんだよ。 イブン・スィーナーなどの中世イスラームの大学者はあらゆる学問を修めていたけど、ゲームで理想とされてる魔導師はなぜ近代の学者の専門バカと違って総合智を持ってるわけ? 総合智を重んじるのは中世哲学の考え方なんだよ。

あの佐藤優でさえ、(耶蘇教の)中世哲学には総合智に対する博識(細分化された智)って考え方があると言ってる。 医学もそうだけど、なんか近代のは物事をパーツ化されたロボみたいに考えるじゃん。 この考え方がないんだよね。子供の世界の智の体系にはさ。 だって中世哲学だもの。

子供の世界の智の体系はムウタズィラ派などの後裔だったでござる。 百科全書派の系譜かな? じゃあ、エジプトのアズハル大学を作ったイスマーイール派とか関係あるのかな?
中世イスラームの智の体系と子供の世界と考えると楽しそうだなぁ。



アニメ「マギ」でシーア派はやったから、シーア派の中でもイスマーイール派やアレウィーやアラウィーなどもやって欲しいね。

イスマーイール派の宇宙論はとても中二病的で楽しいじゃないか!

日本語の研究書もあるでよ。

アレウィーは英語の教義暴露本があったはず。

耶蘇教とミトラさん。
洞窟生まれ(東方教会の伝承)
地下での儀式(東方教会の岩窟修道院の地下聖堂)
あれー空耳っすか?

子供に友愛させたいとかどんだけ石屋の洗脳だか。ともだちと言えばミトラス教でもあります。 ポケモン「サン&ムーン」と言いアーリア思想のナチズムという名の宗教の押し売りがウザいです。 ついでに「ともだち」は太陽信仰のキーワードです。 RT https://twitter.com/to_moshibi/status/832892890007244800 …


ポケモンシリーズは元々は昆虫採集のようなひとときをゲーム内に表現することが理念のようになっていました。最近ではともだちを前面に出し、強制イベントを増やしてしまっている影響もあって、そのような考えは薄れてきているように感じます。

ねこた‏@lakudagoya 2月18日
「ともだち」は太陽信仰のキーワードだからな!

何でも「イニシエーション」という本の著者曰く、アクエリアンエイジになると太陽信仰の統一文明(ワンワールド文明。宗教も)ができるそーなので(笑)



ねこた‏@lakudagoya 2月18日

@dhtdhtdhtdht うん。そうだよ。友愛しちゃってるわけです。

ちなみに、やつらの大好きな思想である新プラトン主義も太陽信仰ですよ。

ユリアヌス帝は、耶蘇教に対抗するため、太陽を一者とする一神教的な多神教のパンテオンを築こうとしました。


船長さんのツイートのトップに貼ってあるネオプラトニズムの太陽信仰って日本語に資料ないからなんの事かわからないけど、ローマ皇帝のユリアヌス帝が耶蘇教に対抗するため、多神教を太陽=一者を中心とした階層構造のパンテオンを築こうとしたの。 で、やつらの好きなのもこれなわけだ!


サージ船長 ‏@alo353 2016年10月13日
肌寒く、小氷河期のはじまりのようですね。太陽崇拝のネオプラトニズムが流行し、コペルニクスが地動説を唱えた頃のようです。 ゲーテ曰く、「地動説は、我々が毎日経験する感覚と矛盾した、理解しかねる理念に基づく理論だ。我々は認識も理解もしないことを、安易にただ口まねするだけである」
四分割盾の西洋紋章使っていて、
WASP原理主義派生のフラットアースだからカルトだろこいつ


ねこた‏@lakudagoya 2月18日
友愛しちゃうネオプラトニズムってやつか。
おいらはね、このネオプラトニズムの太陽信仰って、コンスタンティヌス帝が信じたソル・インヴィクトスの延長線上にある考え方に見えるんだよね。 耶蘇教の太陽信仰の背乗りは単にエジプトの宗教のパクリなだけであろうか?とそこが気になってて。

ユリアヌス帝は「王なる太陽への賛歌」という本を書いてるよ。

日本でこのユリアヌス帝がさくっと無視されるのは、大本教などの中核にネオプラトニズムを教義に持つやつらにとって都合の悪いからだ。

やつらの教義の中核とも言える。

ネオプラトニズムの教典が「カルデアの神託」な。
このあたりを考察するために、これらのクソ高い本をハラキリで購入しようと思うけど。 価値があるからなー。 あと、イアンブリコスの「エジプト人の秘儀について」もいつか国会図書館行って確認したいよ。 学会誌とかに、こういった貴重な文献があったりするんだよね。

クレープ屋って原価率があまりに良いから儲かる気がする。 とんきんでやればの話だけど。 少なくともケーキ屋よりは儲る。 生地は市販の業務用のやつで、如何に生クリームとフルーツに金をかけれるかって話。 で、いくら仕事しても知的生産して形而上のもの作らんとだめなわけ。

本当にこれはそうですね。田舎にいると図書館の貧弱さから、如何に地方の特権階級は一般人に文化や知識に触れさせようという気がないかわかります。 地方の有力者は国民を賢くしようという意思もないですし、自身も知的な向上心もないようですからね。とても良くないことです。 RT https://twitter.com/to_moshibi/status/832908245400313857 …
燈火‏@to_moshibi 2月18日

学術書の類は基本的に数千円する事が多い為、それらを多くの人に読めるよう無料で提供する上で図書館の存在は重要です。そして1人でも多くの人が歴史や哲学などの知識を身につけられるようにする為にも、車無しでも無料の巡回バスを利用できるようにする等で図書館を利用できる環境は整えるべきです。

ねこた‏@lakudagoya 2月18日
おいらは、市内にある図書館は利用しないで、県立図書館の蔵書を遠隔で借りるけどな! それができるのも、文化や教育に熱心な県庁所在地の市の文化があってこそ。 そういう文化のない市は、ほんと県立図書館まで酷いレベルだからどうしようもないわけ。
とんきんの図書館は、都立図書館や国会図書館を除くとバラバラに点在してる所が多い。 とんきんの図書館は蔵書が点在しててさ、あれは良くないわ。 あのとんきんの人口に比べたら図書館がしょぼいと思う。 如何に特権階級が知的な向上心がないかよくわかるもの。

とんきんの図書館は何箇所か回ったけど、あれとんきんの人口に対してしょぼいね。

あれだけの規模の人口があったならば、図書館や本屋の数はもっとないとダメだ。

居酒屋は星の数ほど存在する。

つまるところそれが日本の特権階級の弱さでもある。
日本の特権階級は智を重んじない。これは今後日本が一方的に凋落する一方だ。 ラノベやアニメにしても内容が物凄い勢いで劣化していて、これでは近いうち何もものづくりできなくなる。 田舎に文化や知的な基盤を作らない特権階級のせいだ。 本は高いから図書館だけが生命線だとわからないかな

こういった知的貧困につけ込んでネットをカルトの洗脳で埋め尽くす。 こんな卑劣なやり方は許せん! あまりに酷い。たまにネットで質問してくる人たち見ても知的基盤がみるみるなくなってると実感するもの。 そして知識はカルトの洗脳しかいらないという事やってるわけよ。

おいらの小さい頃はさ、まだバブルの余波が残ってたから、本は割と買ってもらえたのね。 でも今の子どもたちは本とか高すぎて買ってもらえないわけよね。 それで図書館が必要なのに地方の有力者は気付かない。 日本がどんどん知的生産ができなくなるってわかんないんだよ。

安倍の嫁のような軽薄なカルトにハマる有力者なんてもの見てきたからわかるよ。名門校出なのにカルト脳なの。 この国は、成り上がりの有力者には皆を豊かにするために頑張るような戦前の知識人のような文化はないと。 そもそも向学心がないからどうしようもない。

この国の知的基盤や文化を破壊するために仕掛けられた罠だよ。 血統主義や前世みたいな考え方広めるのは、退廃的な馬鹿な国民を作るための作戦だ。 やつらの理想はフィリピンみたいな社会秩序もない、国民は退廃的なヤクザ国家を作りたいわけ。 それが許せないんだよ。

田舎で知的レベルが低下してるのは、とんきんが頭いい人を皆吸い上げてしまうから。 それだと地方は発展しないから、そりゃー酷くなるよねと。 そして地方はとんきんの植民地になるしかないというか、琉球や朝鮮のような冊封体制そのものになってるし、現にそうなってるからね。
実際、日本の地方の有力者はとんきんの有力者に対して頭叩平伏する琉球王国や李氏朝鮮の王みたいになってるからな。 で、地方の富は全部とんきんに差し出しすって発想なわけ。 キリスト教お嬢様教育などは日本にそれらの思想を憑依させるための洗脳装置なんだよ。



沖縄の上流階級だけでなく、本土の中産階級以上もそんな発想になりつつあります。恐らく、それらの性癖を憑依させるためにキリスト教名門校などが存在します。 RT

ねこたさんが追加
燈火@to_moshibi
沖縄の上流階級は貴族など欧州の支配層と性質が似ています。独占欲が強い・経世済民の発想がない・住民を愚民化させる・弱い立場の者を虐げる・下の人達の重労働に頼り怠惰な生活を送るなど色々と共通点が出てきます。そして彼らの持つ特徴は「下の立場の者が生活に困窮しても全然構わな…

ねこた‏@lakudagoya 2月18日
やっぱ帝王学やるなら、中国史は必須だわ。冊封体制だよな。地方の有力者の発想が。 反中運動って、こういった中国の歴史の智慧から遠ざけるためだな。 フリーメイソンの工作が唯一効かないかのが中国人らしい。 如何にイギリスは兵法を恐れてるかよくわかるわけ。

中国の歴史は、これやったら国が滅びるパターンの結晶みたいなもんだから、指導者の立場ならそれは取らないよな。

でもキリスト教お嬢様学校ではそれらの帝王学は教えられない。

小学校の道徳の教科書(笑)みたいな当たり障りのないもんばっか。

それは本当によくない事だよ。

一般人が想像する「帝王学」って、なんか凄いものを想像するけど、中国史や兵法などの本物の帝王学の虚飾性のなさは凄いわ。 そういった陰謀論で探求する神秘の虚飾性みたいなもんを西欧の思考法は生み出す性質のある。 正体はほこりかぶってる古い本なのにね。

陰謀論の本よりも古典をっておすすめしてきたけど、それらの古典は硬かったりするからつまんないんだろうな。   陰謀論はエンタメだからそんな硬い本山ほど読むの嫌だってのわかる。 でもそれだと、カルトのコピペ陰謀論よりも上に行けないんだよね。だって、基礎がないから。自力で作れない。




安倍の嫁がカルト幼稚園を推奨ですよ。塚本幼稚園でできた「芯」ってカルトのドグマでできた固定観念でしょ?

カルトの洗脳を公教育でもやりたいとか、どんだけ洗脳された馬鹿なんだ。

聖心女子出身の純粋培養お嬢様はカルトに洗脳されてるのが日本の恥なんですけど? RT

東洋思想もカルトのための道具にされてるから、まずイスラーム側の視点で西欧を他のものに憑依してた状態わ融合解除しろと言ってる。 あー古典教育でさえカルトのツールなんだね。 オリジナルでなくて、耶蘇教の進行を強化するための恣意的な解釈で塗りつぶしていくわけか。悪質。


うわーーー!カルト小学校気持ち悪い!

朝鮮人学校かよ。

自衛隊の見学とか何考えてるんだろう?

古事記を小学校からやるとか頭おかしいわ。

何で伝統学問が神道でやらなければいけないの?日本の伝統を奪っておきながら耶蘇教で背乗りするなんてこの悪意は酷すぎる!地政学とか戦後禁じられたものをココだけ解禁かよ。 帝王学やるには必ず神道や天皇崇拝がついてくるとかこんなひどい話はないわ。 ほんとすべて悪意に基づいてる。 中国の古典をやるなら、易姓革命は肯定しないんですか?(笑) ひどすぎるこれは。



でもこいつらは勝てないさ。カルトをベースにする限り。

そして西欧の価値観から逃れられない。

さて、こいつらの足元から破壊するには西欧の智を足元から崩す智の体系を作ることだな。
 
お受験教育をわざと仕掛けてそれに対する開放がカルトの洗脳つきとはやつらの考えそうなやり口だな。


何で日本の心とか言うなら和服でないの?(笑)

西欧式の軍隊を盲信してる西欧かぶれのくせに愛国心とか(笑)

これ旧軍みたい。



やつらのやる事はかならず智慧を得るためにはカルトとのセット売りなわけ。

こんなものはやつらのやり口そのものだよ。

和風耶蘇教ってここまで暗躍してたとはね。

こうやってナチスのヒトラーユーゲントみたいなの作るんだね。酷い話だ。
ここまでやられたら無理だね。 まぁ、ぼちぼち何かやればいいさ。 奴隷労働と金稼ぎとカルトだけの国家か。夢も希望もないな。 そもそも神道カルトのワンワールドにハマるやつらってさ、美意識のないってわからないのかな? あの旧軍の制服のダサさに気付かない時点でダメだね。

とまーてさんおすすめの「劫火の教典」ってタイトル、ヘラクレイトスやストア学派の宇宙の中心としての「火」崇拝と関係あるんじゃね? これはFate GOの「カルデア」にも関係ある思想じゃないかな? だって、やつらの新プラトン主義の教典が「カルデアの神託」でしょ? 太陽信仰かよ?

ストア学派によると、宇宙は火で焼き尽くされるか洪水で滅ぼされるかだもの。 これ「スピキオの夢」って本に書いてあるよ。ストア学派の終末論は火で焼き尽くされるか洪水かのどちらなの。 「カルデアの神託」にも神的な火の崇拝が書いてあるよ。断片だけどね。 新プラトン主義って何?

亡国のプティラノドン‏@dhtdhtdhtdht 2月18日

ユリアヌス帝は耶蘇教に対抗したっていうから多神教信者だと思ってたけど一神教的な信仰を持ってたんですね。 https://twitter.com/lakudagoya/status/832899438683181056 …

ねこた‏@lakudagoya 2月18日

@dhtdhtdhtdht 生まれた頃から耶蘇教に洗脳されてたから、オリジナルの多神教のセンスがわからなくなったのでしょう。

これ耶蘇教の弊害ですね。耶蘇教を排除しようとする側にも背乗りする。

亡国のプティラノドン‏@dhtdhtdhtdht 2月18日

@lakudagoya なるほど「子供」を狙って考え方、物の見方までそれこそ脳髄まで叩き込むわけですね。参考になります。(何のだw)

亡国のプティラノドン‏@dhtdhtdhtdht 2月18日

@lakudagoya なるほど「子供」を狙って考え方、物の見方までそれこそ脳髄まで叩き込むわけですね。参考になります。(何のだw)

ねこた‏@lakudagoya 2月18日

@dhtdhtdhtdht 塚本幼稚園みたいなもんでしょう?その構造的な思考フレームの問題に気付かない限り抜けれないです。怖い事です。

ねこた‏@lakudagoya 2月18日

ねこたさんが月刊ムーをリツイートしました

この元祖細木数子のようなスピ系おばちゃんの師匠のコプト人魔術師って誰だろう? RT

ねこたさんが追加
月刊ムー@mu_gakken
●とあるソシャゲで話題になったので、ご紹介しますね……。神秘学の奥義を著した女傑マダム・ブラヴァツキー、こんな人です! http://gakkenmu.jp/archive/10529/ #ムー @mu_gakkenから


菊池 ‏@kikuchi_8 2月17日
参考。唯識は現在でも十分活用できる考察が多い。個人的にはフロイトやユングなどより参考になった。https://twitter.com/kikuchi_8/status/828258668852371456 …
菊池‏@kikuchi_8 2月5日
唯識が言う対象を識別した際の意識の展開過程
①卒爾心(そつにしん)対象に気づく漠然とした認識)
②尋求心(じんぐしん)「これは何だろう?」と推求する心
③決定心(けつじょうしん)「これは〇〇だ」と判断する心
④染浄心(ぜんじょうしん)対象に執着する心➄等流心(とうるしん)執着心の持続。

菊池 ‏@kikuchi_8 2月
対象認識の発生プロセスを唯識の用語を借りて分析①卒爾心(対象に気づく)②尋求心(「これはなんだろう?」と対象を推求)③決定心(対象について「これは〇〇だ」と判断)④染浄心(対象に愛着や嫌悪が発生)➄等流心(染浄心の継続)
〇「気を付ける」はできれば①~③で行う。④からは誘導の領域。

言葉は強力である。ある言葉を繰り返し刷込まれるとその言葉が示す概念が実在する様な感覚になる(宗教や形而上学)。我々が認識している「世界」も自分で知覚して確かめたものは少なくて(特に国際政治)、大半が誰かが与える情報によって構築されている。だから情報をしっかり吟味する事が不可欠だ。

「意志を強制して対象を操り支配する」というのが「魔術」の本質だが、その定義からすると情報操作や洗脳宣伝、思想工作などはまさに「魔術」そのものだと言える。これらは人間の概念的思考に働きかける。情報も思想も言葉≒概念の塊なので「魔術」を破るには言葉の性質を見破るのが近道だと考える。

言葉の性質の一つが何度か述べている「名と義の相互客塵性(言葉の表記とそれが示す概念・事物の結びつきは本来必然的ではない)」。ある事物をある名称で呼ぶのは社会的な慣習・約束事に基づく。だが、繰り返し使用している内に必然だと思えてくる。西洋のロゴス中心主義はここから来る。魔術の源泉。

ある事物をある名称で呼ぶと実質が無いのにその名称通りの性質があるように思えてきたり(「安倍は愛国保守」等)、証拠もないのに何かの存在を名辞で示すとそれが実在と思えてくる(造物主概念やイデア論など)。ある意味言葉は人間の心理的環境を作り出す力がある。だから魔術師は言葉≒概念を操る。

対「洗脳」「魔術」対策で着目すべき言葉≒概念の性質は主に二つあると思う。
①仮構作用。仮構とは言葉によって事物存在を認識の中に立ち上がらせる作用である。「丸いざらざらしたそれ」を「りんご」として立ち上がらせるなど。知覚が伴わない概念的存在は言葉とイメージ(表象)のみで立ち上がる。

②執着の対象。知覚的存在にしろ概念的存在にしろ、概念によって「それ」として認識された対象は苦(不快)・楽(快)・不苦不楽(どちらでもない)いずれかの値を帯びる。苦は引き離し、楽は引き寄せる。この時点で行動が促される。まとめると言葉の魔術は①対象ひいては環境を作り出し②行動を操る。

言葉の二つの性質①事物存在を認識の中に立ち上げる②認識者の行動を促す。かかる性質を持つ言葉=ロゴスを操作する事で魔術師は人の「(心理的な)環境」を作り人の「行動」を促し操作する。言葉の性質を悪用した技術である。よって対処法は言葉の性質を見破り言葉の魔術を無効化する事と結論できる。

唯識で言う「遍計所執性」とは概念の仮構作用によって立ち上がった事物存在に執着している心理状態を示す。つまり言葉の魔術に嵌められている状態である。「遍計所執性」を破り言葉の魔術に惑わされなくなった心理状態を「円成実性」と名付けた。唯識はある意味「魔術の破り方」そのものだと言える。

吾人が唯識を頻繁に活用しているのは魔術を破る為のヒントがあると見ているからである。国際秘密力は「意志を強制する技術=魔術」を駆使して世界を支配しようとする。印度で1500年以上前に生まれ、日本では1300年以上の歴史を持つ「唯識」という学問は「魔術を解除する方法」としても読める。

一神教や神秘主義などに憑依されていない伝統的学問を活用して魔術を破る。これぞ「破国際秘密力」の醍醐味であると思う。唯識は日本の伝統的学問の中でも極めて論理性が高い。陳那(ディグナーガ)などの論理学を伴うので当然と言えば当然であるが。論理性の高さ故どうしても活用する頻度が高くなる。

とはいえ、唯識を金科玉条にしては元も子もない。どのようなものであれ、あくまで「学問として活用する」「参考程度」という姿勢が大切だと考える。何分1500年以上前のものなので不合理な点も無きにしも非ずである。活用できる部分を活用すべきであろう。思考し活用するのは常に自分自身である。





ねこた‏@lakudagoya 2月18日
菊池氏のRTにエアリプ。

おばちゃん、それ古典的な記憶術やで。ローマ時代からあるやつ。

4福音書を12宮に関連付けて覚えた強者の話とか。
記憶術って便利やで。
本は一度読めば大抵どの本に何が書いてあったか思い出せる。
商品の棚に置いてあるものも大抵記憶できるから、買い物の無駄足が無くて良いな。
後はインプットに少し時間かかるけど、図書館や大型書店の本棚にどこにあるのか覚えたり。
でも日常のは忘れる。

知識は記憶術を駆使すれば、世界で一番軽い資産になるわけ。
金塊は重くて持ち運べないけど知識や智慧は空気よりも軽いからね。
ほーしゃのー等で脳みそのハードディスクがやられない限り。
あと、記憶術便利なのは一度読めば記憶できるから、本を借りて済ますことができる所かな?
遊牧民が知識や智慧を重んじるのは、持ち運べる中で一番軽い資産だから。
今のようにトラックがあるわけじゃないから、遊牧民は家畜かアクセサリーか知識か智慧くらいしか資産を持てない。
それだから、あまり持っててもしょうがないので溜め込む事があまりないから金離れが良い。

記憶術は古代の哲学者が使ってた通常能力です。
書物文化のあるギリシャ・ローマでも本を丸ごと覚えたりするの普通なのに、書物を使わないケルトとかどうやってたんだろ?
賛歌や詩の文化は文字を持たない地域の記憶術でもあるよ。
ほれヴェーダ宗教。

実は西洋古典の記述は驚くほど正確だという事に驚いた。 古代人の観察眼すげー。

考古学者は解読に詰まったら、超能力(通常能力)使ってチートすんだろ? そして現存する歴史資料と突き合わせて合理的な説なら正解なわけだ。 中には、歴史資料に書いてある事知らないのに、次々当てる猛者がいるからな。 そうでもないとやってられないよな。考古学なんて。

ゲームの超古代文明は太陽信仰による統一文明なんだろうか? アクエリアンエイジになるとそうなるって、エリザベス・ハイチのおばちゃんが言ってた。 太陽信仰の統一文明ってきな臭いよねー?

@yoshimichi0409 どうも沢山埋め込みツイートありがとうございます。 本は今高いですから、新刊書なんて年5冊も買えません。 だからこそ図書館は無くてはならないものですが、地方の有力者はカルトにハマる程の軽薄な頭してるので必然性がわからないのではないかと。
とんきんは図書館は沢山ありますが、正直大型書店も図書館もあの人口では少なすぎるくらいです。 日本では知識や智慧よりも、酒の場でコミュ力高いことが重要だから、酒場は星の数ほどあっても大型書店は都内に50もないのかも知れないと思います。
その唯一触れれる知的なものがカルトの洗脳誘導に埋め尽くされてるのだからどうしようもありません。 そいつらが安倍や政府ぐるみで、日本の愚民化政策に貢献してます。 本当に日本を心底憎んでるとしか思えないものですね。
平和による安寧ですか。でも安倍のような成り上がりは古い家に比べると精神性が琉球王国や李氏朝鮮に似てるのは、アメポチをやり過ぎたからなのですね。 差別する意図はないです。 でも日本の特権階級が知的なものに興味ないのはほんと不思議に見えます。


特に地方の有力者ほど安倍の嫁のような軽薄なカルトにかぶれてるケースが多いです。 知的な活動もやらないし、そいつらが作るものの美意識のなさは凄いです。 なぜこんなになってしまったか不思議で仕方ないですね。


戦士系ジョブ(軽装)は、これくらいのチート兵器がないと戦えないわけ。 やつらの魔法を無効化した所でタコ殴りだな。 いやーこの戦術つえーわ。



ずっと隠してたやつらの本音が全開になったわけですね。あー気持ち悪い。公教育にも飛び火するのが目に見えます。 RT

ねこたさんが追加
よーすけ@yoshimichi0409
安倍昭恵が名誉園長を務める塚本幼稚園の件。4、5歳児に天皇主義教育とか常軌を逸しているとしか思えない。幼い頃に植え付けられた考え方は、案外一生付いて回るのは確かだ。子供にこんな教育をしてはならない!

@yoshimichi0409 それらの朝鮮の文化は歪められてますね。朝鮮の戦前の本などを見るとそうでない事がわかりますね。 中国に関してもそうです。

ねこた‏@lakudagoya 2月19日

魔導師を研究して18年。イスラーム世界の調査も地味にやってきてようやく魔導師の深淵の一端を覗くことができた。

ありがたや。ありがたや。

やっぱ存在したんだね。うん。感無量だよ。

田舎で引きこもりやるなら、もっとぶっ飛んだ事やろうぜ! とか言ってトンデモナイ事やりだすのがこの混沌とカオスを齎すニャル子さん属性の俺だ! 皆の衆、ニャルラトホテプをナメてはいかんぞ! 混沌をもたらす俺を。
例えばだ。塔だか館をおっ建てて、世界征服をする魔王ごっことかな。 四畳半の魔王城って何の「はたらく魔王さまだ!?」 本当に世界征服に乗り出して、日本の過疎地を背乗りマニマニしまくって、どこぞのホメイニ師のように国を乗っ取るのもありかな? 今日から魔王国ってか?ネタだよ!


やはり男なら世界征服だよな!

我らが世界征服を目指す集団になってやつらに対抗だ。

生産手段を押さえてたら強いから。

あと文化力。あんなイエズス会謹製のクソカルトに負けてたまるかよ。

優れた文化力は世界征服をする上において武力よりも必要な要素だ。
とかこんなぶっ飛んだ夢のような馬鹿げたことに人は集まるんだ。 例えば魔王軍を組織して物資や金や何らかの貢献があった人たちには魔王軍のメンバーとするとかさ。 農業体験とか、ペンションも素敵だけど、人はもっと馬鹿げた事を求めてるわけ。 それがないと吸引力がないよね。
あくまでネタだから本気にしないよーに。 でも魔王軍とか楽しいよね? 再現とかアニメがリアルで味わえるなんて虚構ではなくてさ、本気でやれる馬鹿みたいなことがいいんだよ。 RPGファンとしては燃えるわこれは。 まー一例ですよ。あくまでネタなんでね?
俺の知り合いの田舎の特権階級の陶芸家もさ、カルトにハマる程の残念な脳味噌してやがる。 馬鹿みたいな箱物に比べたら、あちこちに図書館作りまくるとか大した金でもあるまい。 オリンピックよりも図書館だ。 知的生産できなかったら日本は死ぬがスポーツは無くても構わないから。

石部金吉‏@kinkichi_ishibe 2月19日

福音派原理主義者で思い出した!これ冗談みたいな話だけどマジだよ。プロテスタントの原理主義者はよくやる。あいつらクリスチャン版タリバンだからw https://twitter.com/kinkichi_ishibe/status/814417385662709760 …
石部金吉‏@kinkichi_ishibe 2016年12月29日

カトリック原理主義者の悪口ばかりだけどプロテスタント原理主義者もやばいよ。同じキリスト教徒でも旧約聖書の十戒の規定に反しているといってイエスや聖人の像を作って拝むカトリックや英国国教会を堕落した偶像主義者どもと攻撃するし仏教からの改宗者の仏壇を悪魔の神殿といってハンマーで叩き壊す

石部金吉‏@kinkichi_ishibe 2月19日

カトリック信徒は聖書=教会なんかで神父が読むのを聞くぐらいで、自宅で聖書を読むことは極めて少ない。というかほとんどないかな?聖書は教皇や司教や神父の教導権の解釈の下に読むべきもので、信者が勝手に読んで解釈するものではない!むしろ勝手に読むな!って感じだった。

ねこた‏@lakudagoya 2月19日

@kinkichi_ishibe どうも。カソリックではそんな感じなんですね。確かに解釈権はないかもだと思ってましたが。

聖書原理と違って思想の軸がわからなかったっりしました。

詳しい耶蘇教の話ありがとうございます。

石部金吉‏@kinkichi_ishibe 2月19日

松浦悟郎司教が着座 4代目名古屋教区司教に http://www.christiantoday.co.jp/articles/16337/20150618/matsuura-goro-bishop-nagoya-diocese.htm …
思い出した内にメモ。この人は日本のローカルカトリック左翼指導者だよ。日本のカトリック・プロテスタントをまたぐ反日クリスチャンネットワークのカトリック側の中心人物。ガチの反皇室・反日・親韓国・親中国・反米・反原子力の闘士だけど、昇格してたのか~

ねこた‏@lakudagoya 2月19日

日本の田舎はさ、食べ物に恵まれたり暮らしやすかったりするわけよね。

でも、なぜか文化がない。

こんな豊かな自然環境が沢山あるのに、文化がないってのが良くない。

地方の特権階級がとんきんに対してヘコヘコするだけ。

こいつらが、文化を発達させようとしないのはゴミだ。

黄皇大栄‏@ououdaiei 2月19日

@lakudagoya  江戸時代はそこそこあったように思える。各藩がこぞって文化を競っていた。でも、中央集権化が進み、地方の人材も文化も、中央に吸い取られ踏みつぶされた。日本は中央集権化するには狭すぎるように思えます。

ねこた‏@lakudagoya 2月19日

@ououdaiei そうなんですよね。今の感覚で考えると、あれ?こんな所に文化がってのあります。

でもキリスト教お嬢様教育とか西欧の教育受けると中央集権の植民地主義しか思い浮かばなくなるのが怖い。

あまりにも貴重な人的資源を消費してる。

地方の有力者を見て許せないのは、地元を発展させようとしないって事だね。 先祖から受け継いだ豊かな自然環境や産業があるのに、それらを活かすこともせずに、ひたすら無駄にするだけなのに、何一つ責任を取らないことかな? それマジで許せないと思うんだよね。

黄皇大栄‏@ououdaiei 2月19日

@lakudagoya 宋太宗の太平御覧。永楽帝の永楽大典。康熙帝の康熙字典。家康も武教七書や四書五経の出版に励んでいた。江戸明治の庶民文化をみて西洋人は腰を抜かして賞賛した。で今は・・・。

ねこた‏@lakudagoya 2月19日

@ououdaiei ほんとですね。日本の特権階級は、なぜか中国の古典もカルトとセット売りじゃないと許せないらしく、戦前の知識人に比べると気持ち悪いほど女々しいですね。

黄皇大栄‏@ououdaiei 2月19日

@lakudagoya 兵法は「トップがちゃんと責任取らないとダメ」なのに、教えたら、必ず易姓革命起きますよね・・・。まあ阿呆だからその理解もないのかもね・・。

ねこた‏@lakudagoya 2月19日

@ououdaiei 天皇崇拝はトップが責任を取らない究極の無責任体制なのに、兵法とかギャグですね。

真っ先に易姓革命起こすのが普通。

儒者ってそんな権力に媚びへつらう存在だったっけ?

耶蘇教と儒教のハイブリッドはイエズス会の陰謀。

おいらは、アンシャン=レジーム時代のフランスの貴族文化みたいなのに興味あったから、2ちゃんねるの鬼女版を見たら、まるで精神性が欧州貴族のような人が沢山いるから、それらの華麗な文化があると思ってたのね。 ポンパドール夫人などの百科全書派やコーヒーハウスとか。 そんなのはない!



2ちゃんの鬼女版見たら、欧州貴族のような精神性の人がいるから、目も眩むような貴族文化があると思ってたんだ。

おいらってベルばらの読み過ぎなの!?

でも実際には、百科全書派の後裔はサヨクで、知的階級が集うコーヒーハウスやサロンの文化がないことにショックを隠せなかった。
あるのは、どこの大学を出たのかというブランド偶像崇拝だけ。 おおぅ!ショック。 あのやつら側が集う社交界ですら、知的サロンみたいな性質があるのにね。   日本は、そういった欧米の特権階級が持ってる知的伝統は受け継がなかったわけか。 なんか、そうなんだよね!

日本はカルトに入信して悪の魔導師になる事だけが知識人としての出世コースなのか。 その下としておされなクリスチャン知識人 しかもローマ・カソリックよりも不透明な。 カソリックはイエズス会除いて組織が表に出てるからわかりやすいよね。 うーんずるいぞー!

魔導師ファンとして、カルト被害者なので大嫌いだけど、でもカルトに入信して悪の魔導師になってる人の人生って興味あるね。 名前言わないけど、某ヒット作品の編集者とかね。 恐らくそいつらだけが、日本で真面目に本読んでる連中だからね。 そいつらの教育に興味があるわ。

あれ!? 石部金吉さんのリプが別のクライアントだと表示されるのに私に届いて無い!? なんで? このアカ操作されてんのかなぁー?

カルトの被害者なので、カルトは絶対に許せないのだけど、ファンタジーの魔導師好きからしたら、魔導師のものは何でも興味あるね。 だから、日本社会の上層部にカルト経由で悪の魔導師が蔓延ってるのなら、そいつらを倒したいし、けどそいつらの教育手法や知的伝統が気になるんだよ。
倒す前に、倒す対象の文化をフィールドワークとか、何のバチカンのやり方だよって話だが、でも日本で唯一知的生産を行ってるやつらだよ? そいつらの読書会とか、世界中の情報の集積とかどうしてるのかな? まあ、上からの司令で降ってくるだろうけど、どんな話してるのか気になるかも?

アニメに埋め込まれてる「設定」の中には、恐らく一般人が知り得ないであろう深淵の部分の智慧が凝縮してる可能性がある。 だからこそ、深層心理に響くわけよ。本物の欠片を散りばめてるから。 この判断機能こそが本当の意味での「理性」という名の超能力なの。そこに響くわけ本物は。

やつら、世界中をマガイモノで塗りつぶすくせに、アニメやゲームでは世界中の叡智の結晶の欠片を埋め込んでる。 おいらは、なぜ何もわからない小さい頃から、アニメには真実や智が埋め込まれてると直感的に感じてたわけ。 それを探求すればわかると確信に近いものを持ってたよ。

本来の「理性」というものは、何もわからなくても、これは真実の智があると確信に近い事をわかる超能力だよ。 子供は真実を突くってのは、子供は理性があるって事なんだよ。 これ直感じゃないよ。   でもギリシャ語的にはソフィアーかも知れないけどよくわからない。
ちゃんとした大人は、理性は超能力だと知らない人が多い。 理性こそニャンゲンだけが持つ神的なものという思想が西洋哲学にはあるわけ。 でも近代的理性って、そういった自分の判断を捨てて、何らかの価値観を盲従して利得的な価値観に染まることだと思われてる。背乗りされてるよぉ。
でも少しだけ陰謀論をかじると、安易な解釈をしてしまうわけ。 ゴイムと言ってるからユダヤだとか。 馬鹿言うんじゃねーよ。 こいつらは、タルムードのユダヤのペルシャのパクリとか頭に入らないんだろうなぁ。

pさんって、カソリックの右派なんだね。アンシャンレジーム最高ってやつか。珍しいな。


カソリックの考え方は近代的価値観とは違うからね。
農民と聖職者以外ゴミの中世の価値観が生きてるなかな?とpさんのツイート見たら思った。

フランス系カソリックって、サヨクから無神論を取った以外はそのままだし。

農本主義的な世界観だなと思うわけ。


イメージ戦略って、偶像崇拝の究極だな。 小泉の言うB層という物事をイメージで捉えるバカを減らすための偶像崇拝の否定なのに。 イメージを操作する悪の魔導師を潰すこんなお手軽なものは存在しないのに。 素人でも使えるメイジマッシャーのレプリカだもん。


だから、ガンジーとかいいイメージしかないキリスト教お嬢様とか、イギリス王室とか、マザー・テレサとか。欧米のやる事は何でも実体に乖離した偶像を立てることばかり。

ノーベル賞もそうだよね。

例えばマララみたいに銃撃されたと「受難」を作るだけで聖人化する発想。
神話化された耶蘇教の構造を使って支配してるのがやつら。 だから芸能人の叩かれる「受難」の試練ってイエズス会の霊操みたいに神秘主義でさ、芸能人を聖化させるための儀式のプロセス。 わっ、やめて何でこんなキモいの? まぁ、世の中はそんな気持ち悪い神話操作で動いてるわけ。

芸能人の人生規範って耶蘇教神秘主義なんだね。 だからやたらとJPOPや人生バラエティーで神とか愛とかうるせーのかと。 キリスト教神秘主義による秘儀参入ってのがシュタイナーあたりのスピったおっさんが考えそうな事でもあって。
在日によるクリスチャン人脈の支配と芸能界とそりゃオーバーラップしてるね。 在日左翼とクリスチャンも。 だからあんなに耶蘇臭い。 で、悪の魔導師は神道カルトか。トップに抜擢されると魔導師教育受けるのかね。 そうとしか見えない事象には遭遇したことあるよ。



でもカルト信じて悪の魔導師とか、天皇崇拝小学校で帝王学と同じような毒入りなものを感じるよ。

http://www.mizuhonokuni.ed.jp/curriculum/objective/ …

でもカルトとはいえ、悪の魔導師はカルト特有の嫌らしさがあまり伝わってこないのでそのあたりは何か秘密があるに違いない。
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カエサルが記述したケルトの実情そのままみたいだなぁ。ほんとそっくりでワロタ。 RT

ねこたさんが追加
獅子童 猛丸@ebimayochili
@tristar_963
ペリーは琉球の階級社会をこう表現する。
「最下級の人民(農民)はまったくの【奴隷】であって、
公民権もなくまた個人的自由もない。…
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漏れなくイエズス会に背乗りされてそうな気が。 RT

ねこたさんが追加
亡国のプティラノドン@dhtdhtdhtdht
日本でもアンチフェミをやろうとしたら変なのがついてくる。
右派系の思想をやろうとすると変なのがついてくる。

宗教右派とか…


ねこた‏@lakudagoya 2月19日

@usuichallenge @kikuchi_8 ユダヤじゃなくてロシア正教会のスパイ組織でしょう?

あなたユダヤユダヤうるさいですけど、ユダヤの定義がハッキリしてませんね?

何でもユダヤ言うところから大本教系宗教に近い発想されてて気になってます。




おねショタ魔法使い初級おじさん‏@douteimaturi 2016年11月17日

情報は単独で存在しない
人は過去に縛られて生きている
過去にあって消滅されたとされる集団や知識は条件さえあえば再興する
定義が曖昧、定義を決めないで物事を言うやつは絶対に信用も信頼もしない
全ての意見や思想は主観でしかなく、客観性というのは数と暴力で出来ている
これが陰謀論の基本




ねこた‏@lakudagoya 2月19日

石屋の陰謀のほうがまだ根拠があるよな。

痕跡あるもの。

ユダヤの陰謀って思想性がないよね?

異端扱いされたシャブタイ派の思想とか?

カバリストはユダヤ社会の中では扱いが微妙なんだよ。原理主義者とか変なのとかいるし。
 
ユダヤはどんな思想に基づいてるの?

例えば法政大学とかからユダヤ思想の本が沢山出てるけど、あれに書いてあるユダヤ思想の話を陰謀論コミュで見たことないよ。 何でユダヤ思想にも、タルムードにも無知なのにユダヤの陰謀なんて言えるの? ちっとはユダヤ思想を勉強してから陰謀とか言えよ!

オリエンタリズムね。あれ、ニューエイジやスピってる人たちが、西洋と東洋を対立観念にしてたけどさ、あれも悪質な偽の二元論だよね。 何でギリシャ哲学の系譜と東洋思想が絶対に混じり合わないと思ってるの? ギリシャ哲学を取り込んだイスラーム哲学とか何で無かったことにされてるの?
西欧の価値観って常に何かと対立しないといけないイデオロギーに満ちてる。 そして偽の二元論ね。

魔王を倒しに来た勇者ってISのポイ捨て戦闘員よりも馬鹿だから、魔王と交渉する観念がないね。 サラディンが十字軍騎士に対して城塞の城壁を50万ディナールかな?それで買いたいとか言うような思考をラノベやアニメでは許されないのかな。 交渉する観念がないってのも陰謀かな?

カースト制度もイスラム原理主義みたいなのの変形の英国の陰謀に見えるなぁ。 カースト制度と言っても、ムガール朝時代とかは割と流動的だったものを、固定化させて4000年変わらない真理みたいに押し売りするとかさ。 イスラム原理主義もピュアなものがあると思わせる詐欺。

クルディスタンのヤズィーディーをミトラ教だと言っちゃってる東條真人さん。クソワロス。 このように、神道カルトなどは言葉の定義とかをちゃんとしないのさ。 ヤズィーディーだとちゃんと言えよ。 あとドルーズ派とかシーア派の異端をミトラ教ってこの背乗り野郎が!


シーア派には、ガイバ(お隠れ)というのがあって、12代目のイマームは殺害されたのではなく、お隠れになってると考えてる。 異端で7代目で隠れちゃったバージョンもあるけど。 この12イマーム派の教義の「お隠れ」ってさ、ファンタジーの魔導師文化にも影響与えてると思うよ。
やはり東條真人のやる事は悪質でござった。
ああ、日本には悪質な事ばかりをやるやつが蔓延ってる。 大本教系はほんま悪質やで。

マダム・ブラバッキー(ブラバ月子ちゃん)はイスマーイール派の神話を背乗りしてるな。 7つの周期とか。 日本は会社に行っても本屋に行ってもアニメを見てもどこもかしこもそういった背乗り教に支配さられてる。 日本企業が大本教マインドで作られたからそうなるのかなー。
ユダヤの陰謀だってさ、その定義がはっきりしない言葉での騙しじゃないか。 ミトラ教も同じだよね。 この手のパターンばっかり。 で、こいつらが統一教会の原理研とかのカルトサークルを基盤とした悪の魔導師とそのカルトに支配されてるからほんま悪質だなーって凄く思う。

高位魔導師になると、体の内部に原子炉を搭載した青いタヌキ(猫)みたいになるそーですよ?(笑) だから、死んでも生きててよくわからない、他人から生気を吸わないでも生きちゃってるリッチみたいなものになるらしー。 人間やめちゃった後が面白い。世の中不思議だ。うん。
「人間やめますか?」 酒井法子のシャブポスターなのかな? なんか、錬金術で極めると体の内部に賢者の石みたいなのができるらしいけど、これ胆石? MRI取ってもただの胆石にしか見えなさそうだなぁ。 ヨガの行者が瞑想してると脳内麻薬がー!ってのと同じ話だろうか?
おいらがイスラーム研究を始めたのはファンタジーの魔導師かな? 周りにムスリムがいたからではない。 でも、ファンタジー魔導師を研究していて、イスラームに手を出してそれが陰謀論研究にたまたま役に立った話とか、意図してやってないよな? それが凄く役に立つとか不思議だ。



シャフト一つ及ばないクロウ‏@crow5874 2月19日

スマホチョンゲーみたいな良いとこだけパクリまくり宗教があるらしい?

ねこた‏@lakudagoya 2月19日

@crow5874 マニさん?

シャフト一つ及ばないクロウ‏@crow5874 2月19日

@lakudagoya
それもそうですけど、なんというかソシャゲも宗教も後発組は前例の失敗見ているので、それを踏まえて良いとこ取りになりがちだなと思いました。

ねこた‏@lakudagoya 2月19日

@crow5874 たしかにそうですね。失敗の克服といえば、イスラームも耶蘇教の欠点を潰してますね。完全に。マニさんの影が

ねこた‏@lakudagoya 2月19日

@usuichallenge やれやれ初っ端から詭弁ですか。

私はタルムード殺人を証明する義務はないですよ。

タルムード殺人と言うなら、タルムードの何の書。何ページに書いてあるんですか?良かったら引用元を教えて下さい。

私はタルムード読みましたが見つからなくて。

ユダヤの陰謀だってさ、その定義がはっきりしない言葉での騙しじゃないか。 ミトラ教も同じだよね。 この手のパターンばっかり。 で、こいつらが統一教会の原理研とかのカルトサークルを基盤とした悪の魔導師とそのカルトに支配されてるからほんま悪質だなーって凄く思う。
@usuichallenge あなたがユダヤが悪い、タルムードが悪いと言われますが、タルムード読まれたことあるんですか? もし自分が読んで確認してるならば、何の書の何ページに書いてあったかわかりますよね? 良かったらアマゾンの商品リンクとか貼ってくださると有難いです。
ユダヤが悪い、タルムードが悪いと言う人にユダヤヘビ扱いされたけど、もしおいらがタルムード悪いと言うなら、ページ数は忘れてもなんの本に書いてあったかリンクくらいは貼るよ。 アクエリアンエイジの太陽信仰の統一文明だってどの本に書いてあったかちゃんと紹介したじゃまいか。


@usuichallenge ユダヤが悪いんでしょう?復讐する先間違ってますよ。 えー何で見せれないのです? タルムードのどの本に書いてあったかくらいは言ってもいいでしょう? もし○○が悪いと思想を名指ししてるなら、ちゃんとソースを出す義務があるでしょう?そちらには。

@usuichallenge 私が言ったのは、KGBはユダヤのスパイ組織ではなく、ロシア正教会のスパイ組織な事と、ユダヤの定義をハッキリしてくださいと言ったはずなんですが、何で私が実名出さないといけないの? 実名出せとか議論のルール違反ですよ。

@usuichallenge 私はタルムードのどの本にそれが書いてあるか質問してるのですが、なぜ私の顔と実名を出す義務が存在するのでしょうか? 質問に対して全く違う事を要求するのは議論のルール違反ではないのでしょうか? それにユダヤが悪いのに何で私に復讐するのですか?
タルムード叩くなら、せめてアマゾンのリンクくらい貼ってもいいじゃまいか。 日本語のタルムードは非売品があるなら、タイトルくらいはわかるよね? 大学図書館や県立図書館にあるから、それらを確認してくるよ。 ユダヤ学のマトモな話ができないのが残念だよ。
ユダヤ叩きをするなら、法政大学から出てるユダヤ思想の本を使って切り込もう! イスラム原理主義を叩くなら、イブン・タイミーヤの研究やサイード・クトゥブなどの研究が必要だよねっ!? ユダヤ思想に詳しい人が陰謀論コミュにはいないよね? そこが残念だよ。
@usuichallenge 実名が必要なロジックがおかしいですよ。

えーと、私が聞きたいのがチャーチルが言ったとか他者の情報ではなく、タルムードなどのユダヤ思想側の生贄殺人とする根拠をお聞きしてるのですが、それらのほうは公開されないのでしょうか?そこ気になってて。

おねショタ魔法使い初級おじさん‏@douteimaturi 2016年11月19日

ユダヤがー→で、そのユダヤというのはどういう派閥の人です?
ユダヤ金融のー→で、そのユダヤというのはどういう派閥ですか?
裏政治のー→で、そのユダヤというのはどういう派閥ですか?
貴方はおちょくってー→だから、お前の言うユダヤというのはどういう派閥なのか答えてくれ
例 悪魔教徒の殺人儀式はユダヤ教の一部だー→それはどこの記述を読んでそう思われたのですか?
ユダヤ教がキリスト教のー→で、タルムードのどの部分が悪魔教徒の殺人儀式なのですか?
ユダヤの習慣がー→で、どの記述が悪魔教徒の殺人儀式なのですか?
国際秘密力を研究してー→で、ユダヤのどこが悪魔教徒の殺人儀式的なのですか? ユダヤの習慣知る事は創価でいうー→ですので、ユダヤのどの習慣と宗教儀式が殺人儀式と悪魔教的なのですか?
匙を投げー→で、ユダヤ教のタルムードや伝承と解釈のどこが悪魔教徒で殺人儀式崇拝なのですか?

私はこれを現実にされた事も、したこともあるので相手が勝手に逆ギレされたり、自分も頭に来た事があるので己の中で大凡の定義や認識がはっきりしていない言葉や単語はできる限り使わないようにしているのです なので、固有名詞の内容を説明出来ない単語やカタカナ文字を私は避けるでしょ?そういう事

おねショタ魔法使い初級おじさん‏@douteimaturi 2016年11月20日

あー言っとくけど、金貸しや政商、役人、政治家等名前が世の中に出てくる連中は周辺だからな
本当の中心にいるやつは名前が何個も持っていたり、名前を調べられてもそいつが何者なのか全くわからない奴や表上重要視されない存在や固有名詞を持たない存在が世界の軸にいて、何かしているのを忘れるな
















よーすけ‏@yoshimichi0409 2月19日

よーすけさんがねこたをリツイートしました

現在よく知られているカースト制のイメージは、大英帝国が作り出したもの。元々は階層というよりは職業的区分に近いものだった様だ。英国が植民地化する上で統治し易くするのに固定化させたというのが真相であろう。インドの産業を破壊する意図も其処には含まれていた。

よーすけさんが追加
ねこた@lakudagoya
カースト制度もイスラム原理主義みたいなのの変形の英国の陰謀に見えるなぁ。

カースト制度と言っても、ムガール朝時代とかは割と流動的だったものを…
1件の返信 0件のリツイート 2 いいね

ねこた‏@lakudagoya 2月19日

@yoshimichi0409 イギリスは相当にインドを偽伝統で背乗りしてますね。安倍晋三の神道の小学校とほんとそっくりなやり口で、誰がデザイナーかよくわかります。

インドも相当に偽伝統でやられてる可能性あります。何せイギリスの植民地でしたし。



このイギリスによるインド支配の方法論が日本の神道カルトやイスラム原理主義にも生きてますね。

バークの伝統主義を悪用して支配するの。そして偽伝統で埋め尽くす。

イギリスのやり方はマニ教そのものなので、それらの着想のもとであるマニ教批判もするべきかと。 RT

ねこたさんが追加
よーすけ@yoshimichi0409
@lakudagoya 英国によるインドの植民地支配は18世紀からベンガルやムンバイ周辺を拠点に開始され1857年セポイの反乱を機にムガル帝国を滅ぼし全土で確立された。その過程で旧来の支配層を取り込みインド各地の文化に憑依し簒奪した。その事が広大な印を統治できた秘訣と云えます。
0件の返信 2件のリツイート 3 いいね



日本の伝統(笑)とか言って天皇崇拝してるクリスチャン保守みたいですね。(笑)

頭の中身西欧人のバナナのくせに日本にこだわる。 RT

ねこたさんが追加
よーすけ@yoshimichi0409
サイード・クトゥブは、ムスリム同胞団のイデオローグの1人。アルカイダ等ワッハビズム過激派に多大な影響を与えた学者である。若い頃、欧米かぶれだったというが、ワッハビストに共通する面かも。ただ一貫してるのは米英の手先として働いてる点といえる。イスラム回帰でもイランは全く異な…
1件の返信 2件のリツイート 1 いいね

ムガール帝国の王様の末裔はスラム暮らしか。 やはりイギリスに逆らった王朝は酷い目にあってるな。 逆に王朝の文化をイギリスに保護されたのはイギリスのポチなわけか。 この落差と情報操作はわかりやすいわー(笑) http://omoroid.blog103.fc2.com/blog-entry-53.html …



何でユダヤ陰謀論をする人が沢山いるのに、ユダヤ思想を真面目に研究してる人がいないのは不思議でした。

ユダヤ陰謀論者が出すユダヤ叩き本はプロテスタントなどのキリスト教側のものばかりです。

もしユダヤが世界征服するなら、その思想がユダヤにあるべきですがそれらは提示されない。 RT

ねこたさんが追加
よーすけ@yoshimichi0409
私も同感。ユダヤ主義やイスラム主義=ワッハビズムを批判するなら、その対象となる思想まできちんと内在的に分析批判すべきなのは確か。そうでないと有効な批判にはならない。学問として基本的な事を忘却してる処に俗に言うユダヤ陰謀論の弱点がある。すべき事は幾らでもあるはず。 …
@yoshimichi0409 あれ、引用ツイートが利用できませんと書いてある。記事削除したわけでないのに。 ワッハーブのやる事は偽イスラムみたいなもんですね。 敬虔なムスリムならなぜ、豚や賭博やアルコールがあるイギリスに子供を留学させるのか? それがおかしい。

ユダヤ思想ってイスラームと似てて、西欧のロジックと違うよ。 正しい・間違いを判断して切り捨てるのがギリシャ式だけど、タルムードにあるロジックは、たくさんの異なる解釈や意見をえんえんと書いていくものだよ。 その中での学者の合意を目指す。あれイスラム圏の学者みたいだ。
イスラームをやってから、旧約聖書やったから、旧約聖書が西欧の価値観のフィルターを外してすっと理解できる。 ネットに氾濫する旧約聖書の解釈は全て西欧のフィルターかかってて、ナマの中東の遊牧民の感性とか文化がガン無視されてる。 部族社会の伝統とかも。


ユダヤ学の基礎的な事もわからないのに、ユダヤの世界征服だって?

タルムードとかもっとちゃんと研究したほうが良いよ。

ではユダヤの思想に基づいたワンワールドは、なぜインド風耶蘇教であるスピリチュアルなの?

ハシディズムのようなユダヤ教正統派の信仰でなくて?
あれぇ?ジョン・コールマン大先生は、ワンワールドが成就されると魔術がカリキュラムとして取り入れられるとか言うけどさぁ、あれ?ユダヤの世界征服なんだよね? 異教徒の学校で、小学校からヘブライ語をやって、タルムードの学習を押し付けるってなら話がわかるんだけどさぁ〜?(笑)

もしユダヤが世界支配をしたらさ、小学校でヘブライ語やタルムードの教育が行われて然りだよね? だって日本だって神道カルトが教育支配して戦前は天皇崇拝押し付けてたじゃん。
イスラム国だって教育支配するわけ。 耶蘇教もそうしたじゃん。 ユダヤだって世界中にユダヤ教育押し付けないの?



@usuichallenge @YouTube ほー。唯物論者を自称するのに、なぜあなたはキリスト教徒の側にたち、ユダヤ蛇とか悪魔教徒(笑)とかクリスチャン側の視点について物を考えられてる。 共産主義ユダヤと断定しますが元ネタになったユートピア文学はユダヤでないでしょ?
@usuichallenge @YouTube ユダヤ人がではなくて、ユダヤ思想のどのような思想に基づいて世界征服してるかの思想が重要だと思うのですが、
あなたはユダヤ思想に対する事は全く言われないのが不思議で仕方ありません。 どれに世界征服する思想があるのでしょうか?

@usuichallenge ハンドルネーム書いてなかったですね。失礼。戻しました。 ちなみにその悪魔教徒って具体的にどんな宗派でどんな悪魔を崇拝してる人たちか固有名詞を教えて頂けませんか? 古代からいたのであれば、ローマなどの文献に残ってる可能性ありますし。お願いします。

@usuichallenge 悪魔教徒がイエスを殺したとありますが、悪魔ってユダヤ・キリスト教特有の考え方で(ゾロアスターにもありますが)それまでのローマの多神教にはない考え方ですよね? もしイエスを殺した人がいるなら、それらは多神教なのですか?一神教なのですか?

@usuichallenge あなたの言うイルミナティの定義を教えて下さい。 インゴルシュタット大学のアダム・ヴァイスハウプトのイルミナティでは、ストア学派の思想にかぶれてました。 まさかユダヤ悪魔教徒というのはストア学派の哲学者の事でしょうか?



@usuichallenge これ、キリスト教原理主義者の書いたブログですよ?
唯物論者なのにあなたの出される資料はキリスト教のバイアスかかってませんか?

そもそも私の実名と顔を出さないと証明できないというのは完全な詭弁です。
詭弁はイルミナティ(笑)も使うでしょう?

@usuichallenge 私がいつ人殺しを崇拝したのですか? あなたはタルムードに根拠があってそれらの悪がなされると言うのに、宗教を知る必要というのは論理破綻ではないですか? 根拠を出さずにあなたの言う「ユダヤ」を盲信しろと言うことこそカルトでなくて何でしょうか?

あらら、ユダヤや悪魔の定義を聞いたらブロックして逃げられた。 さゆふらっとまうんどみたい。 ユダヤや悪魔やイルミナティって何で陰謀論ではラベルが変わるのかな? ユダヤが悪いと言うのに、宗教は意味がないって論理破綻もいいところなのになぁ。

ユダヤの定義について真面目に教えてくれない。 庵野秀明がユダヤ・カバラの思想に基づいてるとかなら良いけど。 何でイルミナティもユダヤもミトラ教も陰謀論や神道系では定義がハッキリしないのだろうか?

ユダヤの陰謀って何を目的にしてるのってのがない。 例えばNWOのほうが目的がしっかりしてるよね? でも、ユダヤ陰謀論で陰謀の元となる思想や社会システムなどにユダヤの匂いがしないもの。 世界中を旧約聖書の部族社会にするなら、イスラムのカリフ制のほうがまだ現実味あるでしょうって
あの発明家さんのユダヤの定義には前から気になってたけど、教えてくれなかったから聞いてみたらこんなんなっちゃったー!

今でも、ユダヤの陰謀と言われても、実際にユダヤ教徒が陰謀というか変なことやった痕跡はあるけど、その目的や思想がなんだろう?といつも気になってた。 ユダヤがやつら側で動く目的は何なの? その思想というか何をやりたいかよく説明してないので、?な部分があったと思う。

イエスを殺したのは悪魔教徒って、その当時、ローマ帝国では悪魔教どころか一神教の信者はあまりいなかったのでは? 悪魔教って一神教に付随するものだから、悪魔教は一神教の派生の可能性がある。 で、バアル信仰とかもユダヤ教徒は偶像崇拝扱いして悪魔とは言ってないのだが。

バアル信仰はユダヤ教からしたら、偶像崇拝者であって悪魔教徒ではないよ? 悪魔はユダヤ教徒の側ならサタンなどの神のしもべだよ。 悪魔は一神教では神の被造物なんだけどな。 少なくともイスラームや東方教会はその立場を取るよね? 生贄ならバアル信仰と固有名詞で謂えばいいのでは?

そもそもバアルって誰だろう?


たしかに世の中は、ユダヤが支配してる分野やユダヤが変なことや悪いことやった痕跡はあるよ。

それらを否定しないのだけど、何でユダヤ思想の研究から世界征服の思想は出ないのだろうか?

その思想の部分の説明が弱くていつも消化不良で困ってたんだ。

固有名詞がわからずに。


@japan19890108 @usuichallenge @YouTube えーそうなの?

ユダヤの定義や思想の元ネタを聞いたらコロコロと定義を変えてきたので、残念です。
@japan19890108 @usuichallenge @YouTube そうなんだー。なんか定義を聞くと悪魔のレッテル貼るところが16世紀の宣教師みたいだなぁと。 定義をハッキリするのが嫌なのが、ついったーには多いです。


よーすけ‏@yoshimichi0409 2月19日

@lakudagoya イスラム、クルアーンから入り特にイランのホメイニやシャリーアティーあたりを経由して旧約聖書を読めば西欧的バイアスのかかった解釈を避けられますね。皆さん、なかなか気付かぬようです。食わず嫌いも多分に影響してるかもしれません。

ねこた‏@lakudagoya 2月19日

@yoshimichi0409 なぜ大多数の人たちはそれらのルートを避けるのかな?
 
私はイスラーム研究してたのは、ファンタジー魔導師の研究の延長でしたが、まさかこんなに陰謀論で役に立つとは思っても見ませんでした。

例えば、日本の古代文明にしてもさ、日本を中心とする環太平洋文明圏のほうが正確だよね? トランスパシフィック文明ってのが正確だと思う。 このように、定義をちゃんとするのが嫌いな傾向はあるね。 シーア派の異端のグラートにしても、名前がミトラ教とかおかしいよ!固有名詞あるのに。
ヤズィーディーやイスマーイール派を