読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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随時追加 成功したいなら失敗例を学べ!失敗例集こそが落語。おすすめ落語集 

工事中というかこれから追加していく
「落語知ってるとね、ケンカにならなくていいっすよ。(…)
ありとあらゆる失敗のパターンが全部入ってるから。
ケンカしてるうちに、何のこたあねえこれじゃまるで『粗忽長屋』だな、
そうおしまいになっちゃうよ。それですんじゃうからね、(…)
昔の教えはそういうの教えたんだろうね、きっと。
こういうことがあるよ、ああいうことがあるよという、
落語ばっかりじゃなくて、いろんな教えをね、したんだ。」
立川談志



落語も仏教派生。説法から誕生。登場人物に坊さんは出て来るが神道家が出てこない。落語用語も仏教系が多い。


まずはマジ美味えこいつを食らいやがれ!(そばだけに)
柳家喬太郎 時そば - コロッケそば
https://www.youtube.com/watch?v=8hGUS397nrg

和風キリスト教の大本教系の生長の家と
キリスト教系の統一教会の
ニコ動のコメントありで見たほうが面白かった。

柳家喬太郎 「時そば」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6899470

壺算~桂米朝・枝雀・立川志の輔【動画】
http://rakugo.ohmineya.com/?p=341
壺算のトリック
http://ch.nicovideo.jp/moriarty/blomaga/ar192276

粗忽長屋 立川談志
https://www.youtube.com/watch?v=UFXQdK-V2o0

粗忽長屋~柳家小さん・立川談志・柳家小三治他【動画】
http://rakugo.ohmineya.com/?p=418

「蜘蛛駕籠」 立川談志
https://www.youtube.com/watch?v=qyaYUjk2ZfI

【動画】古典落語で好きな噺あげてけwwwwwwwwwww
http://sonicch.com/1716.html

☆古典落語最高傑作選☆
https://matome.naver.jp/odai/2143213343910737801?&page=1




――参考資料――

“落語知ってるとね、ケンカにならなくていいっすよ。もうねえ、なんて(ったって)、ありとあらゆる失敗のパターンが全部入ってるから。ケンカしてるうちに、何のこたあねえこれじゃまるで『粗忽長屋』だな、そうおしまいになっちゃうよ。それですんじゃうからね、落(語…)(た)だ、昔の教えはそういうの教えたんだろうね、きっと。こういうことがあるよ、ああいうことがあるよという、落語ばっかりじゃなくて、いろんな教えをね、したんだ。教えを何にも知らなくなっちゃったからね。エー、しょうがなくなっちゃって。”
落語 「蜘蛛駕籠」 立川談志
https://www.youtube.com/watch?v=qyaYUjk2ZfI
13:28~13:52分
()うちは私が補った。()前後は完全に正確でない可能性あり。言いかけてやめたあるいは不明瞭な発音の個所は文字おこしが難しい。
「なんて(ったって)」は途中でいうのをやめたと判断したが、「なんと」などかもしれない。「落(語…)(た)だ、」も速度を0.5倍速にしても聞き取りにくく不正確かも。意味の中核ではないのが幸い。 


立川談四楼 ‏@Dgoutokuji 2013年10月21日
落語と仏教は強いつながりがある。高座、前座がすでに仏教用語で、扇子を前に置いてお辞儀をするのは、そちら側がお客様でこちら側は芸人でございますという結界を意味する。手拭いを符丁で曼荼羅(まんだら)と言うに至っては説明の必要もないだろう。道理で本堂での落語会がしっくりくるはずである。

猫の泉 ‏@nekonoizumi 1月7日

「…芸能の発生には宗教の儀礼がふかく関係し、古代の社会では宗教と芸能とアートは渾然一体となっていた。日本の「語り芸能」や「話芸」は仏教の説教の影響が大きく、説経節、講談、浪曲、落語などには仏教的要素があふれている。江戸時代の落語の祖である策伝上人『醒睡笑』から、…」

中村甄ノ丞あるある早くいいたい ‏@ms06r1a 2011年6月7日

それにテレビもラジオもなかった時代、坊さんは地域随一のインテリで、話も面白かった筈なんだ。落語の祖とされる策伝も坊主だもんね。でも別に現代じゃ坊主はインテリでもなけりゃ面白くもないでしょ。インテリが珍しかった時代じゃないもん。

星山耕太郎 ‏@Kotarohoshiyama 2014年5月17日

初デジタル書籍。円朝の「落語濫觴(らんしょう:起源)」という本を読んだ。なんでも落語の起源は、江戸前期、策伝という坊さんが秀吉に聴かせた宇治拾遺物語だそうで、後に狂歌(笑える短歌)が流行したとき、狂歌即興会で黙って考えてるのもなんだからと、笑える話をしたことで再興したとのこと。






“ 日本の話芸の研究者の関山和夫氏は、「現在でも、落語の世界での「高座」「前座」「マンダラ(手ぬぐい)」「師匠と弟子」「一席・二席」などの用語や、講談でいう「中座読み」「修羅場」などの用語は、全てこうした、高座で演じた、仏教の説教から出たものである」と言われている。そして、日本の独特な話芸の源流には、仏教伝来当初から、言葉に節をつけて、説教(唱導)が、行われていたと言われている。そうした節付説教は、平安末期から鎌倉時代にかけて出現した天台宗の澄憲(1126?~1202)とその子の聖覚(1167~1235)が樹立した「安居院流」と、寛元年間(1243~1247)に定円が創始した「三井寺派」などを中心にして行われていたが、この「安居院流」を樹立した聖覚が、法然上人に帰依して、浄土宗に入り、やがて真宗に伝承され、真宗において、独特の型を生み出し、『節談説教』として、江戸時代から、昭和の初期まで、隆盛を極めた”
落語と仏教  ・・落語の源流はお説教?・・  
http://www.jiin.or.jp/turezure1/rakugo.htm


“落語の祖 策伝上人
第五十五世 策伝上人

戦国時代、誓願寺の第五十五世法主「安楽庵策伝上人」は、優れた説教師であるとともに、松永貞徳・小堀遠州らと親交を深めた文化人でもありました。

策伝上人は、ともすれば小難しくなりがちな「お説教」に、ふとした笑い話を含め、人々に分かりやすく、また親しみやすくお話になられました。またそれらの話を集めた「醒睡笑 (せいすいしょう:八巻)」という書物を著し、それが後世、落語のネタ本となったことで「落語の祖」とも呼ばれ、それにより誓願寺も落語発祥の地として知られております。
(…)
当誓願寺では、毎年十月初旬の日曜日に「策伝忌」を営み、追慕の法要とともに奉納落語会を開催しております。 (日程の詳細は、トップページの行事カレンダーをご参照いただくか、直接当山までお問い合わせ下さい。)
(…)
文人としては、「醒睡笑 (せいすいしょう)」が有名である。元和元年 (1615)から同9年 (1623)にかけて、自らの体験談、見聞録を出来るだけ面白く、さらに諷刺、教訓、啓蒙的な要素を附加して巧みに書き下ろしたものである。その滑稽の縦横なことは、まさに落語の教科書と称えるべきもので、その数々の咄は、落語中興の祖・烏亭焉馬を経て延々今日にまで及んでいるのであって、策伝上人が落語の始祖と言われているのは不自然ではない。 茶人・古田織部が、秀吉の「御咄の衆」 (主君の話し相手となる老巧の士)であった という事実も、策伝上人という笑話の天才が生まれるに至る機智性の血脈を知る上で注目される。

「醒睡笑」を完成するやかねてより隠居の志あった策伝上人は塔頭、竹林院を創立し、境内にあった茶室、安楽庵 (広島県、誓願寺に安楽庵好みと伝えられる八窓の茶室が復元されている)に入り、自ら安楽庵と号した。

寛永19年 (1642)正月8日、89歳で示寂するまで19年間、竹林院を訪れる風流人は絶えなかった。 陰欝な戦乱の世でも常に明るい面に眼を向けて、楽天的に笑い続けることを長寿の妙楽とし、ことに風雅と戯笑に満ちた晩年における生活は、文字通り悠々自適の余生であった。

落語の祖 策伝上人/浄土宗西山深草派 総本山 誓願寺
http://www.fukakusa.or.jp/p016.html


“立川談志師があなたも落語家になれる―現代落語論其2という本のなかでこう述べている。

   私の惚れている落語は、けっして『笑わせ屋』だけではないのです。
   お客さまを笑わせるというのは手段であって、目的は別にあるのです。
   なかには笑わせることが目的だと思っている落語家もいますが、
   私にとって落語とは『人間の業』を肯定しているというところにあります。
   「人間の業」の肯定とは、非常に抽象的ないい方ですが、
   具体的にいいますと、人間、本当に眠くなると
   「寝ちまうもんだ」といっているのです。

   分別のある大の大人が若い娘に惚れ、メロメロになることもよくあるし、
   飲んではいけないと解っていながら酒を飲み
   「これだけはしてはいけない」ということをやってしまうものが、
   人間なのであります。
   こういうことを、八つぁん、熊さん、横町の隠居さんに語らせているのが、
   落語なのであります。(中略)
   落語のなかには、人生のありとあらゆる失敗と恥ずかしさのパターンが入っている。
   落語をしっていると、逆境になった時にすくわれる。
   すくなくとも、そのことを思いつめて死を選ぶことにはなるまい、
   と私は思っている。   

このことは、落語のみならず喜劇全体の本質をも突いている。
喜劇は、人の愚かさに触れ、それを自身に振り返させると同時に、
人の不完全さについて改めて認識させるといった効用がある。”
45.月見座頭
http://choroku569.blog.fc2.com/blog-entry-46.html

“『あなたも落語家になれる―「現代落語論」其(その)二』は、談志が「落語は人間の業の肯定を前提とする一人(いちにん)芸」と定義した名著だ。
 忠臣蔵で例えれば、落語が本来、主題とするのは、亡き主君の敵(かたき)を討った四十七士ではなく、逃げたその他大勢の家臣の方だと本書は説く。大義名分ではなく、小さなことにクヨクヨする人生の、ありとあらゆる失敗と恥ずかしさのパターンが詰まっている落語を知っていれば、「逆境になった時に救われる」のだと。
 さて、読み終わったところで、余韻にひたりながら、ちょっと一杯……よそう、夢になるといけねえ。”
書店員に聞く この落語家を読め!
http://book.asahi.com/reviews/column/2015060500005.html

峨骨 ‏@Chimaera925
叶わなかった者は静かに消えて行くから、願って叶った者だけがそれを語る。願って叶わなかった者の言葉を集めて、どうすれば失敗するのかを研究できれば、願いを現実にする術に近付くだろう。しかし、死人に口なし。死して屍拾う者なし。

ビジネス書にありがちな、「こうすれば成功する」なんて成功体験はクソ程役に立たない。たまたま上手く行っただけで、同じことをして骸を晒したの者は声を上げないのだ。 重要なのは失敗の蓄積。「こうすれば必ず失敗する」これらを集めて失敗の種を潰していくのが近道だろう。
成功体験は勝ち馬に乗りたいワナビーを集めて金儲けするのに役立つ。しかし、そのノウハウが役立つ事はあまり無い。 バブル期に小遣い貰って就活して金持ちになった連中が同じ価値観や生き方を続けて落ちぶれたように、何をやっても上手く行く時代とそうでもない時代があるから、個人の力なんてのは
成功の為の因子のほんの僅かなものなのだろう。その、ほんの僅かなもので明暗が別れる事もあるだろうけどな。
バブル期に成功していた落ちぶれたジジイの成功体験聞いて見れば、成功体験が何の役にも立たないのがよく解る。

スピリチュアルや自己啓発、ビジネス系自己啓発が流行る中、それを通して頭の中がクリスチャンに書き換えられている。「強く願い潜在意識に働きかければ実現になる」これはニューソート。魔術と比較すると、「ああ、コレは失敗するわ」ってな方法が書いてある。成功しないから依存して固定客になる。

悪が存在しなければ存在意義の無い受動的な正義のヒーローよりも、日々試行錯誤を重ねて、何度ヒーローにやられても何度失敗しても諦めずに目的の達成しようとする悪の秘密結社には見習う所が山ほどある。「努力しても報われる補償は無い」「油断すれば足下を掬われる」と数々の教訓を残してくれた。

歴史にしたって勝者の都合の良いように書かれている。だからといって歴史を学ぶ必要が無いわけではない。知らなければ矛盾を探し出す事も不可能だし、人に矛盾を説明する事もできない。歴史を学ばない認めない、われわれの説あるいは教義が正しい。疑うな。心の問題だ。これでは単なる信仰。宗教だ。

彼を知り己を知れば百戦殆うからず 孫子『謀攻』
敵則能戦之、少則能逃之、不若則能避之ともある。
ただ知っていれば勝てる訳ではない。
勝てない敵には勝機を見出す時まで守りを固めるか戦いを避け、勝てる状況を作り出し勝つ。
五行無常勝、四時無常位、日有短長、月有死生
絶対の勝者は無い。

万全な計画や実行力によってそれらが全て計画通りに行っている訳ではない。全て計画通りで絶対的であると見せかけているだけであれは絶対でも全知全能でもない。最適な手を打っているように見せかけて、不十分だったり過剰だったり、不発だったりで大してコントロールできていない。
数打ってそこそこ当たったものがメディアで取り上げられる。失敗に近い成功でも目的達成の為に宣伝を繰り返してそれと認識させたならば、成功に近付けることができる。不発は話題にならない。数打てば当たる。凄腕のナンパ師だって片っ端から声かけて、ようやく一人でも成功例だけ見れば凄腕だ。

起こされた事象は素材。目的に沿ってイメージ操作を行う素材。素材として必要されなければ大してメディアや政府は騒がず、目的があって注目させたい場合は露骨に煽る。本来は時間をかけて刷り込むものを、ここまで露骨にやるのを見る限り定められたスケジュールにあまり余裕が無いのだろう。



捻くれた目で見ると、「なるほど、こうやって権威付けするのか」と見て取れる。アブラメリンは17~8世紀に書かれたドイツ語版、18世紀のヘブライ語版とフランス語版の写本。有り難がらずに同人本くらいの感覚で読むと面白い。14~5世紀のドイツに住んでいたユダヤ人 が著者だと書かれているけど、これもハク付けだろうなと見ている。

The Big O - Rui Nagai - Big-O! https://www.youtube.com/watch?v=PyosK5bielo … THEビッグオーの主人公、ロジャー・スミスは一流の敏腕ネゴシエーター。いつも交渉が失敗して、巨大ロボを呼び出して交渉。最後は暴力がものを言うと教えてくれた作品です。

―――
聴いてくださり感謝します。
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