読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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支配層に都合がいい定義に従う教え=イルミナティ、メーソン、ユダヤ、悪魔崇拝の定義を示さない陰謀論は偽。大西英文『はじめてのラテン語』、谷内意咲『今日から読めるヘブライ語』。外国語学習に役立つものまとめ。 

あなたが使う言葉があなたの現実になる。
支配層に都合がいい定義で言葉を使ったら支配層に都合がいいあなたの現実が形成される。
定義を明確にしないのは本質を隠す為か、自分で何を話しているのかわかっていないってことだからダメなんだよ。
支配層に都合がよい定義の言葉(=1984年のニュースピーク)の典型例がイルミナティ、メーソン、ユダヤ、悪魔崇拝。


真似は言語では絶対に必要なものとしてされている。
古典言語学習は副産物こそが目的

「健全な精神は健全な肉体に宿る」という、
元の意味は願望や「そうするべき」なのに、
「である=断定された事実」に歪曲されて伝えられることの恐ろしさを実感できる格言があります。
誤った引用は詭弁術の一つですが、引用だと明記することは大事。
引用しても歪曲は免れないのだから、出典も言葉の定義もきちんと示さない陰謀論者を私はまったく信用しません。
特にイルミナティとユダヤの定義が重要。
元祖イルミナティのヴァイスハウプトが
ユダヤ教徒ではなく、
ロスチャイルドと無関係で、
反カトリックで、
啓蒙主義(反知性主義と新プラトン主義とオカルトの否定)で、
王政を否定したことを知らない人が、教会のデマをもとにイルミナティを騙っているのを見ると笑っちゃいます。
上記の要素を含まない定義でイルミナティを使う人は、支配層に都合がよい定義に従っているので論外。

ユダヤ人はまともな定義がないので言ったもん勝ち。
イスラエルの帰還法のユダヤ人の定義
①ユダヤ人が母←Xの定義にXは使えない。
②ユダヤ教徒←宗教で民族は定義不可。
∴ユダヤ「人」という「民族」は捏造。

こんな定義すらできないものを黒幕とする時点で確実に寸止め陰謀論
=囮(ユダヤと在日)に罪を押しつけキリスト教を守る行為。
「真の黒幕=一神教的多神教X>キリスト教>ユダヤ」
キリスト教の上層部がXだから真の黒幕はキリスト教(神学とシステム)だというのが今の私の結論。

【ユダヤ=金融業の資格】 と定義する方が適切。
資格「を与える側」のほうが地位が高いので【ユダヤ】は叩かれ役。
資格を与える側=キリスト教会と選帝侯〔神聖ローマ帝国の大貴族〕の末裔。
選帝侯はユダヤの支配権と通貨発行権を持っていて、子孫の一つが英国王室。
ロスチャイルドをスカウトしたのは選帝侯勢力。

私は今でも辞書を引いたり百科事典を読んだりするけど、昔のある時期はまともに文章を読み進められないレベルで引きまくっていたな。言葉の定義を考える習慣ができた。

峨骨 ‏@Chimaera925
ミームの乗り物に怒ったところでしょうもない。
綺麗でそれっぽい看板を掲げておけば、納得して(言いくるめられて)しまう。子供騙しだが、語彙と思考が制限されると子供騙しに簡単に引っ掛かる。 定義や実体について議論しなくてはならないのに、イメージについてああだこうだと議論にもならん議論をする羽目になるのだ。

呼称がもたらすイメージで解った気にさせて、本質には突っ込ませない。ゲリラ豪雨の指すゲリラはあくまでイメージ上のゲリラであり、ゲリラの定義は含まれない。 法案や団体名でも同じ事だ。その呼称を聞いて中身まで解った気になって、その中身まで見ず、まして議論などしない。故に何の影響力もない

ゲリラ豪雨などと味気ない造語が一般的に用いられるのは語彙力の低下から。ゲリラ(のイメージ)+豪雨の組み合わせで構成されている。定形のイメージをもたらす単語と単語の合成。
オーウェルの1984年では語彙や思考を縛り、党のイデオロギーに反する物事を考えられなくすることに成功している。

読む対象に適切な語彙のプールを選ぶのも要点か。多くの者に幅広く読まれたいと思うならば、携帯小説程度の語彙量に絞り漢字を減らし、ひらがなやカタカナの容量を増やす。漢字だらけの文章にすれば、変な輩が滅多に噛み付いて来ないという利点もあるが、読者を増やしたいならばお勧めはしない。


有名?アカウントがお勧めの本を紹介しているから、紹介しなさそうな必読書を紹介してみる。
百科辞典、ことば選び実用辞典。このあたりは必須。調べるのではなく繰り返し読む。物事を考える時、頭の中で言語化されている。語彙が少なければ、深く考える事はできないし、それを表現する事もできない。

ことば選び実用辞典は歌詞を書くときに非常に重宝した。横文字で誤魔化さず、韻を踏みつつ、表現したい内容に適切且つ不自然でない言い回しを探す際に大活躍だ。読むための文章にも緩急が必要だけど、歌詞は緩急だけでなく音の響きやそれの与える心理や印象も重要だからね。漢文や漢詩も役立ったな。

百科辞典の語彙や定義が頭に入っていれば、そこにあるものだけであらゆるものごとを言葉で表現することができる。故事成語や四字熟語、歳時記に親しんでおくとより豊かな表現が可能となるだろう。

そういや、別アカ使って工作するのは個人の自由だけど、文体や語彙のプール、癖が一緒だからバレバレだぜ。もっと工夫しましょう。 pic.twitter.com/uPfeoWeA7I

つまり語彙や語義を統一させなければ、相互不理解を達成出来るわけだ。世代間の分断は語彙面からも生じているのだろう。非日本語圏の人間からしたら日本語の語彙や語義の幅広さから悪魔の言葉と呼びたくもなるわな。

自分自身を知る事は読書よりも重要。勿論、言語化できない思考は思考できないから語彙を増やしたり考え方のパターンを増やす上で必須なのだけれど、自分自身を知らなければ価値判断の物差しが無い。無ければ何処からか借りてくるしかない。価値判断でバイアスがかかれば自分の判断が出来なくなる。

安易にバカやアホという言葉は使いたくない。たった2文字で罵ったつもりになるような知能も語彙も足りていない連中と一緒ではないか。バカやアホと叫ぶだけでは面白くないし、根拠を示さねばならない。具体的にどのあたりがバカでアホなのか説明できない時の感情は大抵、外から植え付けられたものだ。

Twitterやメモを書く時は語彙が狭まらないよう気を遣う。語彙を限定してしまうと、発想力が失われてしまう。人は普段使っている語彙でしか思考しないし言語化もしない。常用外の漢字も使う。日本語や頭に纏足靴を履かせる真似はしたくない。

酒の肴に一九八四年。新訳版は巻末付録だけでも買う価値あり。ニュースピークについての記述がある。語彙がいかにして削減、意味の改竄、思考統制に用いられたか記されている。語彙の選択範囲が狭まれば思考そのものも狭められ、自由に思考する事すら出来なくなる。

まるで1984年のニュースピークだ。文法と語彙を単純化し、政治的に作られた合成語(日本だと輸入語も含む)政府や財界にとって好ましい思想を話者に植え付ける為の単語や定義が曖昧でイメージだけの単語、意図的に連想を防ぎ考えさせない為の略語等が用いられる。言語化できない事柄は思考できない

オーウェルの1984年で使われるニュースピークみたいのものだろうか。作中ではニュースピークが「世界で唯一、毎年語彙の数が減ってゆく言語」と記述されていたけど、現実世界では世界史で唯一とは言えなさそうだ。政府はダブルスピークやダブルシンクを使いこなすし、現実は小説よりも奇なりってか

学生の頃は西洋哲学や社会学に傾倒した頃もあったけど、ある時からその手の知識を収集しようとしなくなった。知識を詰め込む事よりも、自分が何を考えたか、何を感じるかの方が大事だ。だけど、それを意識下で理解するには語彙や言語能力が要る。人間は言語能力の外にあるものを理解できないから。

知らず知らずの内に日本人は二重思考で物事を考えている。物事を単純化し誰でも理解出来るよう言い換える時、意味と語彙の削減が行われる。複雑な手続きがYESかNOかの二元論になる。二つの解の信奉者は対立しているように見えるがどちらもall or nothingの信奉者である。

コンキスタドール スペイン語で〈征服者〉(中略)彼らは征服によって新しい領土を獲得し,黄金・財宝を貪欲に探し求めたが,同時に偶像崇拝,人身御供などを伴う“邪教”を絶滅し,キリスト教を未知の世界の人びとへ伝えるという使命感をも持っていた。 世界大百科事典 第2版より

人工知能で百科全書。この先、ありえない話ではないだろうな。Wikiもその内、人工知能が指定された項目を検閲しつつ編纂するようになったりしてな。今でも既に行われていてもおかしくはないが。コピペ的な意味合いでね。

百科全書、正式なタイトルは「百科全書、または学問・芸術・工芸の合理的辞典」 タイトルを見てピンと来るマニア向け。百科全書第1巻が刊行されると、イエズス会の攻撃を受け、2巻が刊行されると国王の名において発禁されたという曰く付き。 https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4003362411/ref=mp_s_a_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&qid=1473252707&sr=1-1&pi=SL75_QL70&keywords=%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%89%E3%83%AD%E3%80%80%E7%99%BE%E7%A7%91%E5%85%A8%E6%9B%B8 …

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年11月26日
バチカンの科学弾圧により秘密結社=科学研究所誕生。
百科事典=聖書を否定する科学の本。
1728年チェンバーズ百科事典
1751年百科全書(↑の影響)
1768年ブリタニカ百科事典
1914年平凡社(下中弥三郎)
1919年啓明会(同上)
下中弥三郎は万教帰一(宗教統一)賛同者。

MTGフレイバーbot ‏@MTG_FTbot 8月31日
単語───辞書の中にいる間は、かくも無垢で無力な物。しかしそのつなげ方を知るものの手にかかれば、その善良かつ邪悪なることよ!
──ナサニエル・ホーソーン
《文書管理人/Archivist(8ED)》


バズワードとは、何か新しい重要な概念を表しているよう見えるが、実際は明確な定義や範囲が定まっていない、都合よく引用される言葉。 「陰謀論」がレッテル張りに悪用される場合も陰謀論はバズワード。 | 読めないニックネーム(再開版)
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-118.html



大西英文『はじめてのラテン語』

人間は人間にとって狼である。
homo homini lupus.
ホモ― ホミニー ルプス

homo(,hominis m,f 人間)は第三変化名詞(子音幹)、単数、主格。
hominiはhomoの単数、与格(~にとって)。
lupus(,i ルプシー 狼 m)は第二変化名詞、単数、主格。
前2世紀の喜劇詩人プラウトゥスPlautus(,i プラウティー m) の喜劇の科白を基にした格言。
英語のbe動詞にあたるsumの変化形は省略。

vita brevis, ars longa.
ウィータ ブレウィス アルス ロンガ

vita(,ae f )は第一変化女性名詞「人生」、
brevis(,e)は-is,e型の第三変化形容詞「短い」、
ars(,rtis f)は第三変化 i幹女性名詞「技術、学術」。
arsの原義は医学などの「学術」「学芸」のほうがより正確。
朱熹(朱子)の「少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず」がぴったり。
longus(,a,um)は第一・二変化形容詞「長い」。
逆順でars longa, vita brevisもあるが、原句(医学の祖と言われるギリシアのヒッポクラテスの言葉)の順のほうを挙げた。
ヒッポクラテスはこのあと、「機会は早く〔逃げ去り〕、経験は不確か〔なもの〕にして、判断は困難〔なもの〕である」と続く。

mens sana in corpore sano.
メンス サーナー イン コルポレ サーノー

mens(,ntis 精神、心 f) 、
sanus(,a,um 健全な)、
in≒英語のin(奪格を支配する前置詞、~の中に)、
corpus(,poris 身体、肉体 n)。

「健全な精神は健全な肉体に宿るから肉体を鍛えよ」という意味ではない。
帝政期の風刺詩人ユウェナーリスJuvenalis(,is m)の原句では「 健全な精神mens sana」のほうに力点がある。 mens sanaは具体的にはストア派の理想である、何があってもめげず、落ち込まず、喜びも悲しみも、運も不運も、幸も不幸もすべて従容として受け入れる「心の平静さ」アタラクシアataraxia(,ae f)のことで、
「そうした健全な精神と健全な肉体の両者が揃えばそれに越したことはない、あれが欲しい、これが欲しいと願うのだったら、何よりそう神に祈るべきだ」 というのが元の意味。
これにはむしろ、肉体だけは健全で精神は病んでいる人間、
メンス インサーナ イン コルポレ サーノー 
mens insana in corpore sano.
insanus(,a,um 不健全な)に対する風刺が込められている。
大西英文『はじめてのラテン語』の旧版pp. 95-97の要約。



(またストア派! アタラクシアはエピクロス派限定ではありません!
アタラクシアは女性名詞。

éichi ‏@philo0331 1月17日
アタラクシア(Ἀταραξία、Ataraxia)とは、心の平静不動なる状態。ストア派は、アパテイア(理性にしたがって生きることで得られる不動心)も重視、エウダイモニア(幸福)は、この二者があって初めて成立と説く。wikipedia
エピクロスbot ‏@Epikouros_bot 1月17日

心境の平静(アタラクシアー)とは、これら全て(神話、死後に果てしなく続く恐ろしいこと、或る不条理な勝手な妄想)から全く解放されていることであり、全般的でしかも最も重要な事柄をたえず記憶していることである。

Neko Chan ‏@nekochan214 2013年2月2日
原文 : Orandum est ut sit mens sana in corpore sano. 訳 : Orandum(祈る) est(義務)ut(~のように、that)sit (有る)
mens(精神) sana/sano(健全な) in (中に)corpore (肉体)


みっちぃ ‏@micchy_MMD 2011年2月15日
「健全なる精神は健全なる身体に宿る ”mens sana in corpore sano”」 → ラテン語原詞「…強健な身体に健全な魂があるよう願う(祈る)べきなのだ。 ”...orandum est ut sit mens sana in corpore sano.”」


ぐら(鯱のほう) ‏@gramyth 2013年8月15日
Orandum est ut sit mens sana in corpore sano.
「(人は祈る時にあれこれ欲張り過ぎだ。)健康な体に健康な心でありますように、と祈るべきだ」 詩人ユウェナリス

『健全な精神は健全な肉体に宿る』の元の文。意味が全然違うんだよね


地理少年 ‏@chirishonen 9月1日
Orandum est ut sit mens sana in corpore sano.
健全な精神が健全な肉体にある「ように祈られるべきである。」

というユウェナーリスの願望だったんだよなあ。

哲学科の鶴丸国永bot ‏@tetsu_tsuru 9月1日
【mens sana in corpore sano.】これは【(orandum est un sit)mens sana in corpore sano.】から()部分が割愛された諺だが、すると祈りではなく「健全な精神は健全な身体に宿る」という事実を述べる文になってしまうな



少年老い易く~の作者の可能性が一番高いのが室町時代の臨済宗の坊さん観中中諦(かんちゅうちゅうたい)らしい。
“現在のところ、本来の作者である可能性が最も高いのは観中中諦であり、朱熹が作者である可能性は最も低い”
少年老いやすく学なりがたしhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%91%E5%B9%B4%E8%80%81%E3%81%84%E3%82%84%E3%81%99%E3%81%8F%E5%AD%A6%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%8C%E3%81%9F%E3%81%97


methylone 信越五岳 ‏@methylone 2011年
「少年易老学難成 一寸光陰不可軽 枕上未醒芳草夢 階前梧葉已秋声」 
これ,朱子の漢詩だと習った気がするけど,最近になって,室町時代の臨済宗の僧,観中中諦の作である可能性が高いのだと.http://bit.ly/jZIpOA

教科書で習うのよりも、観中中諦のほうがリアルに焦りを感じられる。第3句が違うだけだけど。

少年易老学難成
一寸光陰不可軽
枕上未醒芳草夢
階前梧葉已秋声

室町の臨済僧、観中中諦の漢詩。 後半が刺激的でシビレルよね。
「おまえ未だ10代のつもりだろ?カガミ見てみろよ、白髪混じってるぜ?」

運気の上がる名言 ‏@mikiofx 9月1日
人生は短く、芸術は長く、機会は去りやすく、経験は疑わしく、判断はむずかしい。by ヒポクラテス


文系医療チームの本棚bot 塚崎匡平 ‏@iryoseisakubot 8月30日
生命(ビオス)は短く技芸(テクネー)は長し。機会(カイロス)は逸しやすく試み(ペイーラ)はつまずくもの、そして判断(クリシス)は難しい byヒポクラテス


(アタラクシアはエピクロス派限定ではありませんので注意。

近代オリンピックの変なところ
・モットーはラテン語(ギリシャ語ではない)
・モットーを考えたのが神父
(古代オリンピックの息の根を止めたのがキリスト教)
・古代オリンピックが買収、宣伝が横行する腐敗まみれだった点は忠実に守る


・quem di(=dei) diligunt juvenis moritur.
神々が愛する者は若くして死ぬ。

quemは関係代名詞で先行詞isは省略。
diはdeus(i m「神」の複数主格「神々」deiの別形。
diligo 3愛する。
juvenis(,is, m,f 若者) juvenisは述語=主格補語「若者として」。
moriturはmorior 3b「死ぬ」の変化形。
この言葉はギリシアの喜劇作家メナンドロスの一句をラテン語訳したもの。
逆にいえば憎まれっ子世にはばかる。摂理の不合理とでもいうのだろうか。

一見不合理に見えるそうした人の世の営みも、人間には窺い知れない神の深い慮りからくる試練とみなして、あくまで摂理の善性を信じたのがストア派。
ストア派の最大のモットーは
sequere naturam!(自然に従え)あるいは
secundum naturam!(自然に従って)。
何事も自然のままに、あるがままに。
ストア派の「自然」は
「神」deus(,i m 神)とも
「摂理」providentia(,ae f 摂理)とも
「理性」ratio(,onis f 理性)とも
「コモン・センス」sensus communis
〔sensus(,us m 感覚) communis(,e)共通の〕
とも言い換えることができる。

sequere:sequor 3 従う、追う(対格目的語をとる形式所相動詞)の二人称・単数・現在命令形。
secundumも同根(sequ-=secu-)で対格支配の前置詞「~に従って」。
secundus, a, umも同根で、後ろに従うので「二番目の」であり、後ろからフォローするので「助けを与える、支持する、好意的な」。
なのでventus(,i m) secundusは「追い風、順風」(二番目の風ではない!)、
res secundae (res, ei f)は好意的な状況、物事・状況=「順境」
英語のセカンド、タッチアウト。ボクシングのセコンド(介助者)。「その意見をセコンド(支持)します」。
pp. 198-199を要約
※長母音、短母音記号は省略。引用or引用ページ数は旧版のもの。他の内容メモも同様。

(自然=神=摂理=理性=コモン・センス=善に従って生きよ!
自然を被造物として拝む対象ではないとするのが一神教。
よって一神教では自然は神ではありえない。よって自然の擬人化=神々なんてありえない。
自然のままにあるがままにという意味かどうかは今の私にはわかりません。単に老荘思想的な勝手な解釈かもしれないから要勉強。

Latin Principal Part ‏@LatinVerb4Parts 9月28日
morior morī mortuus sum moritūrus / to die / 死ぬ / Quem dī dīligunt adulēscens moritur (Plautus))

中世末期に成立したいわゆる「大学」はラテン語で
universitas(,atis f 宇宙、世界、共同体)あるいは
collegium(,i n 同僚組織、共同体、組合)と言う。
これは新しい知識や知的刺激を求めてボローニャやパリに集った学者や教師、学生たちの一種のギルド(組合、共同体)のようなものを結成して大学組織を営んだことに由来する。
カリキュラムの柱が英語でliberal arts
ラテン語でartes liberales
(,ars,rtis f 学芸、学科
liberalis,e 自由人にふさわしい、自由な)。
「市民」として「人間」として善く生きるためには万般の教養が不可欠とするギリシア・ローマの理想の人間観であり、教育理念でもあった、
humanitas(,atis f 人間性、人間的教養、人文学)の伝統に則る。
自由学科七科目。
文法は語り、弁証法(論理学)は真なることどもを教え、修辞学は言葉を治め、
音楽は歌い、算術(数学)は数え、幾何学は量り、天文学は星を見守る。
Grammatica loquitur,
Dialectica vera docet,
Rhetorica verba ministrat,
Musica canit,
Arithmetica numerat,
Geometrica ponderat,
Astronomica colit astra.

学科名は全て第一変化の女性名詞。
loquor 3a語る
verus,a,um真の
doceo 2教える
verbum,i n 言葉
ministro 1治める、司る
cano 3歌う
numero 1数える
pondero 1量る
colo 3耕す、崇める、護る
astrum,i n 星。
pp. 248-249

(『二ノ国』のアストラム語はラテン語が元だったのか。
自由七科目には詭弁術も含まれることが重要。
今の日本の学校のモデルは神学校なので文化祭、体育、音楽などがあります。
「論理には滅法弱いどころか全くできないのに、不思議な事に修辞学だけは異様に上手い人がゴロゴロ」いるのは、
⓵工作用テンプレ集をもらっている
(少し単語を入れ替えるだけ。それすらできなくておかしな日本語の輩もいるが)
②普段から読んでいるものが詭弁まみれなのでそれのコピーを語るので当然中身は詭弁まみれになる
(詭弁術すら身についていない輩がいる)
③あなたが考えておくれ
などが考えられる。

ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 5月3日
陰謀論で人を騙すには知識で騙すのと論理で騙す方法があって知識のない分野でも論理のおかしさや詭弁を指摘できれば見抜けます。 また論理が弱いなら知識でカバーするのもいけます。詭弁に弱いおいらは知識でカバーしてるとこがあります。 主婦は論理に弱いのに知識で武装もしない丸腰なのはなぜ?

リチャード・コシミズを批判したら信者から工作員扱いされた。典型的な詭弁を使ってたな。 「ソクラテスの弁明」を読めば、政治のために黒いものを白にする修辞学や弁論術を教えるソフィストとソクラテスが一緒くたにされるシーンがあるけど、この時代から陰謀論コミュと同じで詭弁が多かったらしい

陰謀論コミュの世界の七不思議は、論理には滅法弱いどころか全くできないのに、不思議な事に修辞学だけは異様に上手い人がゴロゴロいます。 あれぇ?おかしいですね。普通なら論理と同時に修辞学も並行して覚えているのに、何で修辞学「だけ」ディベートの達人のようなのはどーゆー事なんですかぁ?

菊池さんに絡んできたこーさくいんは「レトリック芸人」と言っていい程詭弁が上手かったな。 てか陰謀論コミュでマトモな議論をできた人ってサージ船長かUさんか菊池さん以外いたっけ? 議論を深めて楽しい人はほんと10本の指に収まっちゃう! まず結論ありきだから論説が鍛えられない問題がある

神の敵はサタンではなくて本当はソクラテスなので、中世以降の哲学はソクラテス方式の問答法を破壊して、最初から結論ありきで議論を誘導していく議論誘導洗脳術と成り果てました。 そこで培った技術が陰謀論コミュの工作現場に投入されてます。

もうれつ先生 ‏@discusao 2013年10月31日
@mikiosida 修辞学のシニシズム・詭弁の研究なんかで、虚偽が四つに種類分けできるというのがあって、
①分かっていて「正しい」とつく嘘
②分かっていないゆえ混迷に陥った状態での嘘
③政治的正否(イデオロギー対立、「立ち場」が正否に重く関わる事例)(続く
続き)④嘘だと分かっていて、あからさまに嘘であることを示唆・肯定しながらつく嘘(シニシズム)、と区分けしている。で、「③を①で批判している」という話。現在は4番目のシニシズムが中心的議題とされるので、議題としても「古典的」かと。


オックスフォード大学出版局 ‏@OUPAcJapan 9月5日
【Oxford English Dictionary】近年では「雑学」という意味で使われる"Trivia"(トリビア)。中世においては学問の基礎とされる「リベラルアーツ」(自由七科)のうち、三学を形成する「文法学・論理学・修辞学」の事を指しました。

串間保育士bot@保育士試験対策 ‏@kushimateach 8月24日
中世欧州の修道院学校ではキリスト教を基に[七自由科]が学ばれていたわ。文法、修辞学、弁証法、そして算数、幾何学、天文学、音楽のことね。当時の音楽は数学の1つ。計算し尽くされた音と音の調和は神へ捧げられた算式だったのよ。

蝉川夏哉@カクヨム迷宮の子 ‏@osaka_seventeen 9月14日
自由七科と四書五経を教えよう(グルグル目で)

キリスト教リベラル派bot ‏@trinity_kristo 9月25日
神学と数理学 中世欧州の大学生は専門科目に先立ち自由七科を学んだ。内容は三学(文法・修辞学・弁証法)と四科(算術・幾何・天文・音楽)で、履修後に哲学部へ進み、哲学部に残るか、神学、医学、法学の三学部のいずれかに進むかを決めた。このようにキリスト教神学は数理学の履修が前提だった。

小山田浩史 ‏@magonia00 1月19日
『自由七科』ッ! それは! 文法学・論理学・修辞学の「三学(トリウィウム)」と! 幾何学・算術・天文学・音楽の「四科(クワードリウィウム)」の総称! これらこそ……『自由七科(セプテム・アルテス・リベラレス、septem artes liberales)』!! (荒木飛呂彦調に)

Sparhawk ‏@sparhawkk 6月21日
Septem Artes Liberales (7 Özgür sanat)
Trivium: Gramer Mantık Retorik
Quadrium: Aritmetik Geometri Müzik Astronomi pic.twitter.com/FBPqUWvCfl
)


・ラテン語の副詞の比較級でおそらく最も有名なのは
近代オリンピックのモットー
“Citius, Altius, Fortius!”
より速く、より高く、より強く。
ドミニコ派の神父ディドンの発案で、クーベルタンが1897年から採用。

形容詞→【副詞の原級→比較級(より、比較的)→最上級(最、一番)】の順
citus(,a,um)強い,    cito,  citius,  citissime
altus(,a,um)高い,    alte,  altius,  altissime
fortis(,e)強い・勇敢な,  fortier,  fortius,  fortissime
similis(,e)似ている,   similiter, similius, simillime

※citusの副詞形がciteではなくcitoなのは不規則変化だから

p.272 をまとめ+形容詞原級比較級最上級の()は私が補足した個所あり

(オリンピックのモットーはギリシャ語じゃねーのかよ!
カトリック神父がラテン語のモットーを考え、「オリンピックは哲学であり宗教」という思想のフランス貴族が採用したのがオリンピック。ルネサンスと啓蒙主義もからむ。
カトリックとグラントリアンが優遇されそう。プロテスタントには不利な、多神教には不利の中の不利な判定が下されてもおかしくないね。
柔道はスイスが本部だからスイスのスポーツだよね!乗っ取られているのに日本の誇りとか恥ずかしいぞ!柔術を誇ったら?
古代ギリシャのオリンピックにとどめを刺したがキリスト教なのになぜクリスチャンの「ギリシャ語ではなくラテン語の」モットーを採用する?
あと古代オリンピックも普通に買収が横行し宣伝場と化して腐敗していたからね!
今と同じだね!

人類にプラスのレガシーを ~オリンピックの素晴らしさ~
http://www.joc.or.jp/olympism/olympian2008/index2.html
“クーベルタンは、オリンピズムを世界に広く伝えるために、さまざまな工夫をしています。オリンピックムーブメントの活動と五大陸の団結を表すというオリンピックのシンボルやオリンピック旗、開会式や閉会式の式典内容、オリンピック憲章などがあります。オリンピックのモットーとして知られる「より速く、より高く、より強く」(ラテン語でCitius-Altius- Fortius)もそのひとつです。
オリンピックの名句
「より速く、より高く、より強く」は、より優れた存在になることを目指すという意味で、オリンピックや競技スポーツの代名詞のようにも使われます。この言葉はもともと、高校の校長をしていたドミニコ会のアンリ・ディドン神父が考案し、1891年に生徒たちの陸上競技大会で学校のモットーとして述べた言葉です。すべての生徒が、自分のレベルの中で少しでも向上できるように頑張ろうという意味で、他人と比較しての優劣ではなく、基準はあくまで自分自身であり、現在の自分から一歩でも前に進もう、そのために行動しよう、ということを説いています。
この競技会を参観していたクーベルタンは、1894年のIOC設立時の会議で「より速く、より高く、より強く」をオリンピックのモットーにするよう提案し、採用されました。


おりんぴっく Olympic Games 日本大百科全書(ニッポニカ)
https://japanknowledge.com/introduction/keyword.html?i=76
“フランスの貴族クーベルタンはプロイセン・フランス戦争(1870~1871)に敗れた祖国を立て直すために、教育改革を主張しているうち、肉体と精神の調和を目ざす古代ギリシアの体育に魅せられるようになった。1894年IOC(国際オリンピック委員会International Olympic Committee)を創設し、全世界の青年の平和の祭典としてオリンピックを4年ごとに定期的に開くことに成功した。IOCはすべての国にオリンピックへの参加を呼びかけることとし、また宗教・人種・政治によって差別待遇をすることを厳禁した。
(…)
▲古代オリンピア祭

 一般に古代オリンピックとよばれているが、古代ギリシアの祭典競技であり、定説によればおよそ1200年にわたり定期的に催された。
紀元前13世紀から始まったインド・ヨーロッパ語族の移動の第二陣がペロポネソス半島に定着したころから、オリンポス山の神々への奉納祭典に変化が生じてきた。トロヤ戦争を経た後に、英雄の葬礼や陣中の慰安のため軍技競技が行われ、これが祭典の行事に加えられるようになった。オリンピアで主神ゼウスを祭ったオリンピア祭は前776年に復活されたといわれるが、その起源は古くドーリス人の間で行われていた祭儀であるとするのが定説である。復活の年については、そのころフェニキアから文字が伝わって優勝者名が記録され始めたのが前776年の大会であり、それを第1回としたという説や、前1580年、前1195年、前884年を各創始年とする諸説がある。その後、デルフォイのアポロン神域で行われたピティアPythia祭(前582)、コリントスの海神ポセイドンを祭るイストミアIsthmia地峡祭(前582)、ゼウスのためのネメアNemea祭(前573)が始まり、これをギリシアの四大祭典競技という。オリンピアは半島の北西部の辺境にあったので内乱や興亡にあまり影響されず、オリンピア祭は紀元393年ローマの属州時代まで続いた。祭典は理由は明確でないが4年ごとに行われ、のちにシチリアのティーマイオス(前356?~前260?)などが、この4年を1オリンピアードOlympiadと名づけた。大会はその第1年に開かれ、記録のあるものとしては293回続いた。ただしJ・トインビーによると、非公式の「かくれオリンピア祭」が9世紀の終わりごろまでタイナロン岬で行われていたとしている。
他のギリシアの神域がそうであったようにオリンピアも狭かった(約2万5000平方メートル)ので、初めは短距離(1スタディオン、オリンピアでは191.27メートル)1種目で、前724年から、中距離競走、長距離競走、五種競技(幅跳び、円盤投げ、短距離競走、槍(やり)投げ、レスリング)、レスリング、ボクシングの順に徐々に加えられ、英雄時代から盛んであった戦車競走や競馬は前7世紀になってからであった。その後パンクラチオン(レスリングとボクシングを合成したような競技)、武装競走、ラッパ手競技、伝令競技が行われたが、戦車競走には二頭立て、四頭立てや駿馬(しゅんめ)、ラバなどの種別があり、競馬にも種別があったので、全大会を通じて行われたのは約19種目。ほかに、ほぼ満18歳以下の少年の競技が前7世紀から始まり、短距離競走、レスリング、五種競技、ボクシング、パンクラチオンの5種目があった。一つの大会で全競技行われたのではなく、全盛期でもだいたい十数競技といわれる。
祭典の時期は7月から9月(そのころのギリシアの1月から3月)の盛夏に開かれ、22回大会(前692)まで会期は1日のみであったが、前5世紀のなかばペルシアに勝ってギリシアの最盛期を迎え、オリンピア祭の会期も5日間と盛大になった。5日のうちには選手の宣誓式、祭儀、優勝者の招宴などが行われたが、その1日はかならず満月にあたっていた。豪華を極めるようになったオリンピア祭は政治家、軍人、文人の宣伝の場となり、参加各都市はその名誉のためには不正手段を使っても勝つことに熱中し、有望選手の引き抜き、審判(初め1人であったが、最盛期には12人となる)や相手選手を買収するなど、内部的には腐敗しきっていた。
参加資格は厳重で、純血のギリシア人で市民権を有すること、刑罰を受けたことがないこと、神に不敬の行いのないことのほか、最盛期には、自分の都市で訓練を受け、祭礼の前にはペロポネソス半島のエーリス地方で1か月の強化合宿を受け、その成績によって参加が判定された。市民権のない女子は参加できないばかりか、競技を見物することも厳禁されていた。参加者は戦車や馬の御者以外は全裸で試合をした。競技の規則も定められ、格闘競技で相手を殺すと判定負けとなり罰金が科せられ、目の中に指を突っ込むことや股間(こかん)を蹴(け)り上げることも禁じられていた。優勝者1人が決定され、それ以外の順位は認められなかった。優勝者の特権は、公式的にはオリーブの葉冠と大会の最後の日に神域の祝宴に招待されるだけであったが、実際には、自分の都市に帰ったときには社会的な地位と多額の賞金が贈られ、それが、スカウトされて他の都市に買われていく選手を生んで、大会を汚濁していった。
また優勝者の記録の公認などはなかった。なお各都市は祭礼を高く評価していたため、ペルシア戦争に勝ったころまでは、祭典の前後3か月はいっさいの武力闘争を中止するという取り決めが各都市間でよく守られていた。しかしこれも第二次アッティカ海上同盟(前377)ごろから崩れ、会期中でさえオリンピアが兵火にみまわれた(前364)。ギリシア人一般に体育よりも弁説を尊ぶ風潮が出てきたことも見逃せない。アテネの体操場などで若者たちと哲学的会話を楽しんだソクラテスの罪状が、若者を肉体的鍛錬から離れさせ、好ましくない方向に導いたというものであったことは、この風潮が為政者にとって無視しえない影響力があったことを示している。マケドニアのフィリッポス2世が、彼による征服を恐れるギリシア人観衆の不興の視線のなかで競馬に優勝(前356)したのは、非ギリシア人として最初であった。その子アレクサンドロス大王は全ギリシアを統治下に置いたが、彼自身は競技に父ほどの興味を示さなかった。その後、ギリシアはローマに征服され、あるときは成年選手全部がローマに運ばれて、オリンピアでは少年競技だけが行われ(前80)、ネロの参加のために祭典が2年遅れる(後67)こともあり、祭典は名実ともに堕落した。
肉体を単なる魂の奴隷として軽視した初期キリスト教がローマ帝国内で着実に地歩を占め、紀元380年にテオドシウス帝はキリスト教を国教と定めて異教を弾圧した。最後に開かれた大会の翌年の394年にはオリンピア祭も禁止され、その後まもなく神殿は破壊された。フェイディアス作の金と象牙(ぞうげ)でできたゼウス像は運び去られ、オリンピアはまったくの廃墟(はいきょ)となり、さらに大地震や洪水で長く地中に埋没することとなった。19世紀の初めまでオリンピアの所在が不明であったのは、このあたりの地名が入植した人々の言語であるスラブ語に変わっていたためであった。”

オリンピックの顔、ピエール・ド・クーベルタン男爵
http://www.ambafrance-jp.org/article3022
” スポーツと文化のメタファー、オリンピズムの哲学
オリンピアの遺跡が発見された18世紀末から19世紀末にかけて、オリンピック競技大会を復活させる試みが何回か見られました。1834年と1836年のスカンジナヴィア・オリンピック、1843年のモントリオール運動競技大会(1844年と1845年の呼称はオリンピック競技大会)、1859年と1870年のアテネのザッパス・オリンピックなどが挙げられます。とはいえ、これらの試みには国際的な連盟が欠けていました。
こうした背景の中でピエール・ド・クーベルタンは1890年、イギリスの熱心なスポーツ愛好家で多彩な顔(医師、予審判事、植物学者)を持つウィリアム・ペニー・ブルックスの招きを受け、彼が1850年来イギリスの小さな町マッチ・ウェンロックで毎年開催しているオリンピック競技大会を観戦しました。フランスに帰国後、クーベルタンは1892年に、事務局長を務めていた「フランス運動競技協会連合」で彼のオリンピズムの概念を発表しました。ほとんど反響はありませんでしたが、1894年にはイギリス、アメリカ、ジャマイカ、ニュージーランド、スウェーデンの支持を得て、「オリンピック競技大会復活会議」を開催しました。12カ国の代表2,000人近くが出席し、オリンピック復活を満場一致で決議しました。4年ごとの開催も確立され、クーベルタンは1896年に国際オリンピック委員会(IOC)の会長に選任されました。同年、アテネで開かれた近代オリンピックの最初の大会に、14カ国の選手241人が参加しました。
ピエール・ド・クーベルタンにとって、「オリンピック競技大会は、人類が自らに与えた大いなる哲学の教えである。それは幸福、完全、愛を映す鏡」です。彼のオリンピズムの定義は4原則に集約されます。それは1)一つの宗教であること、すなわち優れた人生、完全への希求という理想に賛同すること、2)出自に関して完全に平等なエリートを代表し、「騎士道」をそのすべての道徳的特質とともに体現すること、3)「4年に1度の人類の春の祭典」という休戦を確立すること、4)「芸術と思想の競技への参加」によって美を称えることです。彼は5つの互いに組み合わされた輪を創案しました。彼自身が説明するように、「5つの輪はオリンピズムによって一つになった世界5大陸を、6つの色は今日の全世界で翻る国旗の色」を表しています。この五輪旗は1920年のアントワープ大会で初めて掲げられました。
クーベルタンの考えは時に論争の火種をまき(とりわけ女性の競技参加に反対)、そのことで彼はIOCで少数派として孤立、1925年に辞職しました。彼は1937年にジュネーヴで心臓発作のために亡くなりました。遺体はローザンヌに埋葬され、心臓はオリンピア遺跡の近くに葬られました。
彼の信条となった「参加することに意義がある」は、ペンシルヴァニア司教の「人生において大切なのは勝利ではなく、闘いであり、最も重要なのは勝利したことではなく、健闘したこと」という講話に感化されたもので、彼自身が生み出した言葉ではありません。とはいえ、ピエール・ド・クーベルタンがオリンピック競技大会をスポーツの国際舞台の頂点に押し上げ、オリンピックの金メダルという最高栄誉をめざす多くのスポーツ選手の精神を培うことに成功した事実に変わりはないでしょう。
”)




M ‏@tabibitom 2012年4月24日

大西英文『はじめてのラテン語』読了。現在の各言語の基礎となっていて面白い。ラテン語の「私の女主人(mea domina=メア・ドミナ)」がイタリア語で「Madonna(マドンナ)」になり、フランス語では「Notre-Dame(ノートルダム=聖母)」になるなど変化が興味深いです。

cai ‏@cai_9 2010年10月20日

本日の格言。errare humanum est.迷うは人の常。大西英文著『はじめてのラテン語』は読みやすいし面白い。

陸 ‏@anima_solaris 2011年9月1日
@kiribu50mekki ラテン語がどのようなものか知りたければ「はじめてのラテン語」(大西英文)を読んでみてください。教科書ではありませんが読み物としておすすめです。

ysAhnk ‏@ysAhnk 2012年1月10日
講談新『はじめてのラテン語』大西英文 #dokusyo 新書300pの結構なヴォリューム。教科書過ぎない取っ付き易さも有り、それでいて記述は(素人目には)十分(に見える)。英語の語源、文法の出来方を探る意味でも興味深い。ラテン語文化の読み物としてなら中公新書の『ラテン語の世界』が



tn-samurai ‏@ttsamurai616 2010年2月24日
紀伊国屋で『はじめてのラテン語』購入。これオモロいな〜。著者は大西英文さんという方で、ラテン語への愛をビンビン感じます!曰く、ラテン語は死んでいない「日本でも土曜の午後5時55分から短波の17900kH2で聞ける」ラジオ放送があるという◯得情報もGET。1997年第1刷発行。


Yooza (よーざ) ‏@Kohelang 2014年8月10日
大西英文『はじめてのラテン語』などの少し古い本だと voice に「相」という訳語が当てられていますが、現在では voice は「態」で、代わりに aspect が「相」です。



谷内意咲『今日から読めるヘブライ語』ミルトス


・ローマ・サンピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂の入口にあるミケランジェロ作のモーセ像である。この像には二本の角が生えている。
聖ヒエロニムスがウルガタと呼ばれるラテン語訳聖書に訳すさいに誤訳した角だとするのが定説。
(誤訳じゃなくて正しい訳。「定説」にして必死に否定。ヤハウェはバアル系だから、自分以外のバアル系を迫害するのさ。自称唯一神様だから同族にも厳しいのさ)

出エジプト記34章。モーセの顔の皮が光を放っていたという記述。
「光を放った」(karan)という動詞を、
「角が生えた」とヒエロニムスが訳した(keren=角) 〔角のある顔(Cornuta facies)〕
ヒエロニムスは35歳の時にベツレヘムにこもり、70歳の天寿を全うするまで聖書研究に明け暮れた。彼はユダヤ教徒から直接ヘブライ語の手ほどきを受けているのに、誤って角ををつけるだろうか。
このnrk
という語根
(右から左読みヘブライ文字の並びが逆になるのでアルファベットで代用。
ק クフはk
ר レーシュはr
ן ヌンはn。
どう母音を補うかが問題)
から派生した語を聖書の中で調べると、動詞は全部で4回、うち3回はkaranでモーセのこの個所にしか登場しない。
あと1回はmakrin (左から右読み)で詩篇69:32に1回だけ「角を持つ」の意で登場。
名詞keren(左から右読み)はアラム語を含めて90回、ほぼすべてが「角」の意で登場。
つまり、モーセのこの個所以外でnrkから派生した語は全て「角」の意味合いで登場。
アッシリア語、アラビア語、などヘブライ語に近い言語を見ても、語根 nrkの意味は「角」。光という意味は二次的。
ヒエロニムスは 語根nrkの根本的な意味を大切にし、なおかつ『ミドラッシュ』(ユダヤ教の注解書)も参照した上で訳したと思われる。「角」と解釈した注解がある。
(p.64-65 を要約+補足)
(英語の翻訳は信用できませんな。
ミケランジェロ、ドレ、シャガールはモーセに角をはやしているから結社員の可能性が高いですな)

・p.92-93
ユダヤ教の『ミシュナ―』 には「人間には4つのタイプがある」という前置きで始まる個所がある。
①私のものは私のもの、貴男のものは貴男のもの は普通の人
②私のものは貴男のもの、貴男のものは私のもの は無垢な人
③私のものは貴男のもの、貴男のものは貴男のもの は聖徒
④私のものは私のもの、貴男のものは私のもの は悪い人

この同じ個所で、創世記19章の神に滅ぼされた町ソドムの住人のタイプは①=普通の人だとしている。
①は確かに普通のタイプだが、自分の他人の区別がはっきりしている、良くも悪くも互いに関わり合いがなく、助け合う関係もない、その冷たい無関心が町を滅ぼしたのだと『ミシュナ―』は語っている。
(タルムード=本文ミシュナ+注釈ゲマラ
なのでタルムードの教え。
①から④の要素をすべて持つのが「普通の人」なんじゃないの?
搾取支配用宗教なら③私のものは貴男のもの、貴男のものは貴男のもの を聖徒としてお勧めするのは当然。
無垢じゃなくて風変りという意味である可能性あり。

魔王アモン ‏@mryensrh11 5月12日
ミシュナー アボット篇に曰く 人には四つのタイプがある。
「私のものは私のもの。あなたのものはあなたのもの」という人は普通の人。
「私のものはあなたのもの。あなたのものは私のもの」という人は風変わりな人。

私のものはあなたのもの。あなたのものはあなたのもの」という人は神を敬う人。
「私のものは私のもの。あなたのものは私のもの」という人は悪人である。 ヘブライ語入門 日本ヘブライ文化協会p82 元祖ジャイアニズム乙)


・p.109 ダ・ヴィンチ・コードに登場する換字式暗号「アトバッシュ」が登場。
アトバッシュでは1番目の文字を22番目の文字(ヘブライ文字では最後の文字)と交換し、2番目の文字を21番目の文字と順番に交換していく方式。
この暗号の歴史は古く、すでにタルムードに言及されているとか。
(あくまで伝聞情報らしい)

・p.115 ヘブライ語で聖書は「ミクラー」といい、「カラー」(呼ぶ、読む)という語から派生した単語。聖書(旧約)は口伝で、口頭で使えられてきたものなので声を出して読むのが本来の読み方。



英語重要。日本語でヘブライ語を学ぼうとネット巡回すると、だと日油同祖論洗脳とセットのやつがまぎれているので
英語だと英湯同祖論がでかねないがいまのところでくわしていません
日油同祖論の先祖が英湯同祖論。
布教するにはつながりがないと布教しにくいから無理やりつながりを作るため。
仏教徒水と油過ぎ。
一神教は自然崇拝は偶像崇拝で悪で、自然は被造物だから神ではない。
自然を擬人化した神々とは相性悪すぎ。
仏教は実在論を否定するから一神教どころかギリシア哲学と神学の根本を否定。
仏教と一神教の根っこが同じは百パー嘘だから注意。根っこ自体が別。
永遠の実在は絶対正しい=西洋思想すべて
VS
永遠の実在は妄想=仏教


Learn the Paleo Hebrew Alef-Bet to the tune of do-re-mi.wmv
https://www.youtube.com/watch?v=G7CL7-QxVys

Aleph Bet (Hebrew Alphabet Song) - ONLY LETTERS LOOPED
https://www.youtube.com/watch?v=LzIxfKndY5A


プーと帝が大喜びの動画 アニメの出来がいいな ファーティマの手まで出て来るぞ 生命の木  チャクラ

Aleph Bass — an aleph bet song by Darshan :: אלף בית – דרשן
https://www.youtube.com/watch?v=a6EnyQ0Dy50


“J・ナナミ @pinkglalem 2月10日

古代のセム語族はフェニキア人、アラム人、ヘブライ人。この三つをミックスして創作されたのが聖書の中のユダヤ人。実在の民族ではありません。聖書の神は残忍でコレを信仰するユダヤ人を糾弾することで、ゾロアスター教を貶めたのです。

J・ナナミ @pinkglalem · 11月14日

この神話(ギルガメッシュ)をオリエントやアジアへ運んだのは、陸路や海路で広く交易をしていたアラム人やフェニキア人。セム語系で、バアル信仰の人達です。アケメネス朝ペルシャは彼らを庇護しました。彼らがもたらす交易の利益が目当てで...

J・ナナミ @pinkglalem · 11月10日

ユダヤ陰謀論というのは現代の“#魔女狩り”。勿論、魔女なんていやしない。もともと魔女狩りはゾロアスター・ミトラ教を駆逐する為に教会が画策し大衆を煽動して行われた大虐殺。キリスト教は最凶最悪のカルトだョ。

J・ナナミ @pinkglalem · 3月8日
実はユダヤ人なんて存在していないことを教会は隠している。アシュケナージはイディッシュを話すゲルマン人で、大半の魔女狩りの犠牲者だった。パレスチナもフェニキア人の土地。古代ヘブライ人の末裔はイエメンユダヤ人。

金貸し、金融ユダヤ人というデマを流したのも教会。高利貸しの起源はテンプル騎士団。今の金融システムの本をただせば、全部キリスト教。資本主義の起源は、プロテスタントが唱えていた予定調和説。ユダヤのユの字も出て来ない。

J・ナナミ @pinkglalem · 1月19日
パレスチナ人がユダヤ人だという話があるけど、ユダヤ人なんていない。Aリベラはユダヤの抵抗鎮圧の為にヘラクリアスの依頼でヴァチカンがイスラムを造ったと証言している。皇帝の父はカルタゴの総督で、カルタゴの滅亡以後ユダヤ人が歴史に登場している。つまり、フェニキア人=(歴史上の)ユダヤ人

J・ナナミ ‏@pinkglalem 2014年1月1日

ダビデの星はユダヤの象徴ではない。...ロスチャイルドとイエズス会が捏造した「ユダヤ」...: http://youtu.be/LwZW2X54aw0 @youtube;HEXAGRAM - The Truth Behind the "Star of David"


ユダヤ教は初期の段階で、魔術や生贄を否定した。アブラハムはイサクを殺さなかった。コレに対しキリスト教は魔術を行い。生贄になった者(キリスト)を崇めた。ダビデの星をシナゴーグで見ることは出来ない。ラビが嫌っている為。ところが教会では至る所で見る事が出来る。

J・ナナミ ‏@pinkglalem 2013年12月6日

一方、キリスト教は生贄を神として祀る、明らかなバアルの伝統にねざしている。彼らが強いるのは常に自己犠牲。このバアル教をユダヤ教に偽装する為に書かれたのが、聖書。パレスチナの地の信仰の中心はバアルだった。

J・ナナミ @pinkglalem · 2013年11月15日

面白いと思うのは、「ペルシャ」とはギリシャ人が使っていた呼び名で、当時ペルシャが自分たちをどう呼んでいたのか?は分かっていないンだそーです。古代ユダヤ人も実はヘブライ人ではなくて、同じセム語系のアラム人やフェニキア人をユダヤ人と呼んでいた可能性があるンだそーです。

knznymmmy @knznymmmy
マタイ伝19章にね、 「金持ちが天国に入るのはラクダが針の穴を透るのより難しい」 という有名な説法が出ている。
バチカンども全員地獄行き確定だなw

ユダヤは八百長プロレスの俳優なのさ さあ、この八百長プロレスの脚本を書いてる奴を 引きずり出そうぜ

そもそもユダヤ人という「人種」はいません。
一応、(1)母親がユダヤ人、または、(2)ユダヤ教徒 ...がユダヤ人なのですが
(2)は論外。 仏教徒は仏教人という人種になりますか? キリスト教徒はキリスト人という人種になりますか? だから(2)は論外。

では、現在ユダヤ人を名乗っている「あの人々」は何なのでしょう?
答え>ただのユダヤ教徒です。人種的には有名な スファラディやアシュケナジーだったりします。 アシュケナジーはロシア南部の人種で偽ユダヤとしても 最近有名になってきました。

かと言ってスファラディだって、「本物のユダヤ人」かというと どうも嘘くさいです。さっきの定義でいけば (1)母親がユダヤ人 つまり母方の先祖を辿れば 古代イスラエルに辿り着けば「本物」なんでしょうが 実は、この「本物」に該当する人々は現在イエメンにいます

「聖地」エルサレムからは1000キロほど離れています。 そして彼らはユダヤ人なんぞとは自称していません。 では、アシュケナジーを除いた 自称本物ユダヤ人とは 一体何なのでしょう? 仮説としてはフェニキア人です。

つまり「嘆きの壁」「聖地」「失われた十部族」「シオニズム」 ぜーんぶが詐欺、ぜーんぶがデタラメという事です。 詐欺民族が詐欺宗教の詐欺聖典を根拠に詐欺国家を作って 詐欺戦争をしている。それが中東です。

なぜそんな事をするのか?バカなんですか?カネの無駄じゃねえの? これは八百長プロレスの台本を誰が書いているのかに関わる問題です。 ヤツらにしてみれば練りに練った計画のクライマックスシーンですから カネに糸目なんぞつけません。バカなんじゃなくてカルトなんです

証拠のひとつ
なぜ自称ユダヤ人はカギ鼻や白人だったりするのか? 中東の民族なら黄色人種でないのか?
答え>彼らは"自称"ユダヤです

証拠のひとつ。
エルサレム掘っても古代イスラエル王国の遺跡が出土しないのはなぜか? 
答え>そこは聖地じゃないから

証拠のひとつ。だけど嘆きの壁はユダヤの神殿じゃないのか?
答え>あれはバアル神殿です。他宗教の神殿の前で御大層に お祈りしてる暇人がユダヤ教徒です。

(J・ナナミ @pinkglalem • 2013年12月6日
一方、キリスト教は生贄を神として祀る、明らかなバアルの伝統にねざしている。彼らが強いるのは常に自己犠牲。このバアル教をユダヤ教に偽装する為に書かれたのが、聖書。パレスチナの地の信仰の中心はバアルだった。


knznymmmy ‏@knznymmmy 2013年12月6日
@pinkglalem 北イスラエルがバアル崇拝に堕落したのではなく 元々バアル教だったとかかな? だとすると、正統派を主張する南イスラエルこそ ヤハウェや聖書を偽造した異端児か。胸熱w

ふーむ。 ユダヤ人=フェニキア人、ハザール人(プラスその他?)
聖書=己の優秀性を自画自賛するために捏造した偽典
エルサレム=あそこが聖地になったのは新約の時代からですw こんな感じか


RT> 聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。

恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、
向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。
マタイ伝7-6 つまり放射脳、放射脳ってファビョりだすって事だ だから聞く耳を持つ人にしか教えなくていい 死にたいヤツは勝手に死ね

「キリスト教など信じられない」と言いたいのなら簡単です。「死者の復活なんて信じられない」で終了なのです。死者の復活が無ければ、殉教者達の血も、全ての聖書の記述も、空しくなります。ヨブ記も「結局この世において財産回復されて良かったねの話でしかないじゃないか」になります。 以上コピペ

ヨブ記が面白いのはね ヤハウェことバアル、改め牛君が ヨブに論破されちゃってファビョりだすところ こいつぁー、全知全能でもないし善でも正義でも何でもねえぞってところ

RT>私の好きなのは、、、 神様でありながら、悪魔の安っぽい煽りに乗せられて ヨブをいびりまくったけど ヨブにツッコミ入れられて論破されそうになったんで とりあえずブチ切れてみましたけどそれが何か? 、、、だな! ヨブ記ほとんど丸ごとコレw

第四エズラ記(ラテン語聖書には入っている) にもヨブ記と似た展開が出てくる。 神と契約した民が邪教の国に 蹂躙されるのはなぜかとか 義人しか天国に入れないのに 罪人をも神が創造したのはなぜかとか 結構鋭いツッコミをエズラが行う。

ヤハウェ=バアルの考えているのは 結局、人間を殺したい、人間を苦しませたい という事。それが根本原理。 だから、地獄行きな罪人も、はじめっから 殺す気マンマンで作る。 彼らが苦しみ悶える様を想像して ニヤニヤしながら作る。悪魔そのものだ。

RT>モーゼが十戒授かってる間 イスラエルの民は黄金の牛の像を 作って拝んでいた。 明らかにバアルでしょw しかも、モーゼが山から降りてきた時 彼には角が生えていたらしくて (一般の聖書では顔が輝いていたと 書いてあるがこれは意図的な誤訳)

なぜ角なんか生えるのかというと、そりゃ、 牛君=バアルに面会してきたって事でしょw で、自分は牛の角なんか生やしてるくせに モーゼは民が牛の像を作った事に ブチ切れる。折角貰った十戒の石板 ブチ壊すほどブチ切れる これは、神様=牛君っていう図星を つかれたのが痛かったからだろう


自分がバアルだっていう黒歴史を 消そうとしてる目の前で 「バアル、バアル」言われたら そりゃファビョるよwww しかし、こいつが黒歴史を隠蔽する意図は 何だったんだろうな?


という事でやっぱヤハウェ=バアル=牛君 で、牛君と対面してたせいで、ウシが感染っちゃった?せいで モーセには角が生えた・・・?

...私のよく使う表現では牛君だから。 で、ヤハウェはその牛を見てパニクってしまう。 これって図星突かれたからじゃないの?って事。 なにしろ、ヤハウェは自分の正体を隠すのに熱心だから。 あとヤハウェ=バアルと私は考えていて バアルって牛の神じゃなかったっけ?

ベリアル=バアル+イラフ=「バアルこそ神なり」? 確かにね、創世記1章はエロヒムだね。 これがエルの複数形だってのも有名。

私は、ヤハウェが必死に名前を隠すのはなぜだろう?と 不思議に思って、そのへんを調べてたら、 どうも、ヤハウェは半獣半人の神様でバアルじゃね?って事になった。 しかも、その「バアル」すら偽名で、 マルドゥックとも名乗るみたいだけどこれも偽名で...

ヤハウェ=バアルがなぜ執拗に名前を名乗るのを拒否するか? エクソシストとか見ていると分かるのだが 相手に名前を知られて、名前で命じられると 拒否ができないルールがあるっぽい。

例えば、モーセに角が生えたのも 牛の神と対峙したから。 また、シナイ山にモーセが篭っている間、 イスラエルの民は牛の像を作りました。 それはヤハウェ=バアル=牛だからです。 それを見たヤハウェは怒り狂い 今すぐ山を降りろとモーセに命じました。 なぜ怒り狂う必要があるか?

ヤハウェにしろバアルにしろ偽名です。 ヨッド・へー・ヴァヴ・ヘーにしろ アドナイにしろエロヒムにしろ 全部「コイツの本名」ではありません。 そして、両者とも中東の神で、牛の神で 雲を乗り物とし、雷を投げ・・・ 要するに同一人物です。 あ、いや、人間じゃないんですけど。

キリスト教会でこんな発言をすれば 冗談抜きでブン殴られかねないです。 なぜならばバアルは悪魔の代表格で 旧約聖書にも何度も登場するからです。 しかし、ヤハウェにしろ、バアルにしろ あまりにも共通点が多過ぎます。 例えば名前を隠すことに必死な事。

一般のキリスト教ではヤハウェ=牛なんて 教えません。むしろヤハウェは自分自身の 正体を必死になって隠そうとするので それに同調しておくのがキリスト教です。 が、私はあえてもうひとつ言っておきます。 ヤハウェは牛の神であり、 同時にバアルでもある。

少なくともヨブには神が悪魔でもあるという 事は理解ができていました。 だからこそ、彼は 「神から幸いを受けるのだから 災いをも受けるべきだ」と 言ったのです。 「あなたを祝福する」だの何だの 調子の良い事ばかり言う神様から 災いを受ける・・・ これは矛盾してはいません

ふざけるな! ユングの名著「ヨブへの答え」にも 書いていますが、明らかにこれは ヤハウェの失態です。 ここから分かるのはヤハウェは 全知全能でも何でもないという事。 都合が悪くなったらヒステリーを起こす事。 そして悪魔とも普通に お友達付き合いをしている事です。

(聖ヒエロニムスの像。 ヘブル語の聖書をラテン語に翻訳。 助手となったのがパウラだが、先だたれ、パウラの頭蓋骨を机に置いて翻訳作業を成し遂げた。 しかし、大きな誤訳をしてしまった。
◎モーセが光輝いていた。
×モーセに角が生えた。)

誤訳じゃないよ ヒエロニムス訳が正解だ カラーだったかな?何か聖書の中に 2回しか出てこない珍しい単語が出てくるんだよね んで1回はモーセの顔の所 これは光と訳しても角と訳しても文章が破綻しない でもう一箇所はどう考えても角にしかならないそうなw

(美輪様の名言 ‏@miwasamameigen 2013年10月5日
黒があるから白さが分かる。悲しみや苦労を経験した人ほど、幸せのありがたみが分かる。


黒も白も悲しみも苦労も幸せすらも 知らない人こそが幸せな人。 つまり、この世に生まれた時点で 完全に失敗。 生まれない人こそが勝ち組 聖書のヨブ記や伝導の書を読んでみよう!

バアル、ヤハウェ、若しくは牛君の 特徴として本名を晒すのを異常に恐れている。 だから出エジプトでモーセに名前を聞かれても "I am who I am"ってごまかしちゃう。 バアルもそう。 「高き所にお住まいのお方」とか たしかそんな意味じゃなかったっけ?

【今日の屁ブリ語】 今やっと18課まで来たんだがそろそろ飽きてきた(w 19課が済んだら「はじめての屁ブリ語」は卒業だな 次は青木偉作著「はじめての聖書屁ブリ語」やりたい。 だけど、この人、名前がモルモンくさいなあ”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-66.html
今週のジャンプの『BLEACH』(ブリーチ)でファーティマの手が登場。ギリシア哲学(特にプラトン)とキリスト教「思想」(人は単なる部下)が真の黒幕であり、黒幕の中核(源流。本体)はインド=イラン「思想」。思想は領土がなくても生き残る霊魂。馬と馬車と金属加工の技術を持った秘教集団。トラキアの「死は善。生は悪」が悲劇の起源?良ツイート集。


P・グラレム ‏@pinkglalem 2013年12月6日

アブラハムは、なぜイサクを殺さなかったのか?人身御供と言うのはバアルの慣習で、この話は、ヘブライ人のバアルへの決別宣言ではないか?彼らはオリエントの超多数派とは違う信仰を持ったために、メインストリームから追われた少数派になった。アシールに聖書の記述と同じ地名が残るのは、そのため.

P・グラレム ‏@pinkglalem 2013年12月25日

以前、「サンタ-クロース」の意味は、“サタン+ルシファー”で、クリスマスは、子供を生贄に捧げるサタナリアの儀式。...という動画を紹介しました。起源はバビロニアで、日本にもシルクロードを経て、この風習は昔から伝わっていて「子供」を子を供えると書くのはそのなごり。

モレクでもバアルでも生贄を丸焼きにする。サンタが煙突をツタって、暖炉からやって来るのは、そー言うワケ。

キリスト教はミトラ教とバアル教が習合したモノで、ユダヤ教から派生した宗教ではない。共に太陽信仰。キリストは死後3日で生まれ変わる。冬至から3日後の25日から夜の長さが短くなって行く。つまり死からの再生を意味してる。

ユダヤ教では、アブラハムがイサクを生贄に捧げる事を拒否したし、魔術を否定している。ところが、キリストは奇跡と称して様々な魔術を行っている。そして、(人々の為に死んだ)生贄となったキリストを神として信仰するカルト。ユダヤから派生したとしている聖書は後年の捏造

P・グラレム ‏@pinkglalem 2014年1月1日
ダビデの星はユダヤの象徴ではない。...ロスチャイルドとイエズス会が捏造した「ユダヤ」...: http://youtu.be/LwZW2X54aw0 @youtube;HEXAGRAM - The Truth Behind the "Star of David"

ここに知恵が必要である。思慮ある者は、獣の数字の謎を解くがよい。数字は人間を指している。そして、数字は666...つまり、この数字は六芒星。「hexagon」とは「6に置け」という意味。コレは古代の魔方陣で、ソコで性や生贄の儀式をして悪魔を呼び出す。

ユダヤ教は初期の段階で、魔術や生贄を否定した。アブラハムはイサクを殺さなかった。コレに対しキリスト教は魔術を行い。生贄になった者(キリスト)を崇めた。ダビデの星をシナゴーグで見ることは出来ない。ラビが嫌っている為。ところが教会では至る所で見る事が出来る。

イエスは言った「...私は明けの明星」…黙示録22;16...「明けの明星」は、ラテン語で「ルシフェル」(Lucifer)...つまり、悪魔のこと。

(ルシファーが生まれたのはクリスチャンのラテン語訳のせいだからヘブライ語原典ではルシファーは当然登場しません。結局ルシファーを生んだのはキリスト教信者)

P・グラレム ‏@pinkglalem 2014年1月6日

@YouTube すなわち、666の数字が指し示す人とは、イエス・キリスト。
昔はこんなふーには思っていませんでしたが...恐らく、イエスは実在の人物ではありません。サタニズムを偶像化したモノです。

P・グラレム ‏@pinkglalem 2014年7月19日

@pinkglalem 旧約聖書はキリスト教が書いた。その信憑性を高める為に「死海文書」という偽装工作を行ったンですけど...バチカンはすぐに公開を禁止した。理由は放射性炭素年代測定法。ウィラード・リビーが1947年に特定の炭素量を測ることでその年代が分かることを発見したから..
つまり「死海文書」の存在は、聖書の信憑性どころか、聖書がキリスト教の捏造であることの確たる証拠となってしまうワケ。バチカンは墓穴を掘ったのwww。

ローレライ ‏@rolelei 2014年7月20日

『バチカンが、トルコで、イエス・キリストが十字架に磔にされたことを否定する、1500年前の聖書のページが見つかったことに激しい懸念を表しました。http://japanese.irib.ir/news/latest-news/item/46821- …イランラジオ』@pinkglalem聖書がキリスト教の捏造である
(グノーシス主義ではイエスは磔にされていないという思想。なぜなら肉体=物質=悪だから、磔で肉体的に苦しんで死んだらイエスは悪になってしまうから)

P・グラレム ‏@pinkglalem 2014年7月21日

@rolelei ヴァチカンがなぜ懸念するか?が面白い。理由は、イスラム側の捏造だから...。こー言うことはよく行われている。ムハンマドは、イサクではなくて、イシュマエルが生贄に選ばれたと主張しているし...
(グノーシス主義陣営=反カトリック側じゃないの? イスラムでグノーシス入っているならシーア派)



シャフト一つ及ばないクロウ ‏@crow5874 8月26日
ビジネス英語の勉強の本で最初のほうにぶっちゃけ通訳雇っちゃえば手っ取り早いよの注意書きがあるのは良書。


Googleブックス上の英語書籍を簡単に機械翻訳にかける方法について
http://ch.nicovideo.jp/y_noseru/blomaga/ar1054834


文字と読みさえできればあとは楽
一番の壁だから
⓵新たに文字を覚えないといけない言語は大変
②文字と読みが一致しないことが多い言語は大変

つまり、日本人なら漢字とアルファベット言語は敷居が低い。
古代ギリシャ語や古代ヘブライ語よりおラテン語のほうが楽。
小学生にローマ字を教えるのは意図的だろうね。
ローマ字は文字通りローマの文字だからラテン語読み。
小学生が英語勉強するよりも前からやっているし、日本語完全にローマ字表記にして言語破壊して過去の漢字文献を読めないようにすることを昔から今まで必死でやっていますし。日本人を滅ぼすほうが早いと考えているみたいですけど。


発音と読みの例外が少ない言語の例としてスペイン語があります。
よさそうなサイト見つけたので紹介。

旅行で使える即席スペイン語学習
スペイン語のアルファベットと発音
http://spanish-study.net/spain1.html
“1.geは[ヘ]、giは[ヒ]と発音します。

2.hは発音しません。

3.llaは[ジャ]もしくは[リャ]と発音します。

 [リャ]は日本語の[リャ]と[ジャ]の中間のような音です。
 難しいので[ジャ]でいいと思います。
 lle他も同様。

4.queは[ケ]、 quiは[キ]と発音します。

5.yaは[ジャ]もしくは[ヤ]と発音します。

 [ジャ]が多いので、[ジャ]でいいと思います。
 ye他も同様。

6.zaは濁らず[サ]と発音します。ze他も同様。

7.上記以外はだいたいローマ字読み。
(…)
ga[ガ] ge[ヘ] gi[ヒ] go[ゴ] gu[グ]
(…)
ja[ハ] je[ヘ] ji[ヒ] jo[ホ] ju[フ] 
※語尾にjがついたときは、ほとんど発音しません。
(…)
lla[ジャ/リャ] lle[ジェ/リェ] lli[ジィ/リィ] llo[ジョ/リョ] llu[ジュ/リュ]
※地域によってジャ行・リャ行になります。
(…)
va[バ] ve[ベ] vi[ビ]  vo[ボ] vu[ブ] 
※bの発音と一緒です。
(…)
x クスと発音します。子音の前ではスと発音する場合もあります。
ya[ジャ/ヤ] ye[ジェ/イェ] yi[ジ] yo[ジョ/ヨ] yu[ジュ] 
※地域によってジャ行・ヤ行になります。
za[サ] ze[セ] zi[スィ] zo[ソ] zu[ス]
(…)
スペイン語のアクセントの位置には法則があるので簡単です。基本は最後から2番目の音節になります。例外も含めると以下の3種類しかありません。

1.最後から2番目の音節

 母音(a, e, i, o, u)やn, sで終わる単語は、最後から2番目の音節になります。

 madre(マドレ) 母
 derecha(デレッチャ) 右
 examen(エクサメン) 試験

2.最後の音節

 n, s以外の子音で終わる単語は、最後の音節になります。

 usted(ウステッ) あなた
 ciudad(スィウダッ) 町
 hotel(オテル) ホテル

3.アクセント記号がついた音節

 アクセント記号が付いてる単語は、アクセント記号が付いてる音節になります。

 adiós(アディオス) さようなら
 más(マス) もっと
 sábado(サバド) 土曜日


ほとんどの単語が「1.最後から2番目の音節」になります。”

英語とフランス語の読みのでたらめさ(文字と発音が一致しないことが多い)がよくわかりますよね。
hは発音しないがh音が必要ならh音を表す文字があるはずで、実際にjとge [ヘ]、gi [ヒ]がh音
などいろいろ考えながら学習しましょう。
言語は必要性が最も変化する原因ですからね。あまりにもよく使われる単語が不規則変化する理由です。あまりにもよく使われるので原型が長い場合、実際は非常に短くなるとかね。

~した ~だった 過去だと示す印を覚えること
ラテン語だとbaやbe  バ べ   印とそのつなぎ方のパターン、規則
規則を覚える能力が非常に高い人が言語の天才だと言われるのかな
結局は規則を実例と共に覚えるにつきる 聞き取り話作文も同様
リズムの良い名文がいい  リズムがいいというのはリズムがいいと覚えやすいから 韻を踏むと記憶しやすいのと同じ   リズムがいい文章はたいていはその言語の特徴をとらえているからさらによい   
ラテン語やギリシア語やヘブライ語だと例文が聖書だったり哲学書だったり歴史書だったりする  



哲学の畑 資料集 ストア派(とエピクロス派の比較)

”―最高善、ないし我々の行為の目的に関して、哲学者達の間には、三つの意見があります。
すなわち、快楽であると言うエピクロスの意見と、徳であるべきだというゼノンの意見と、
精神と肉体の全ての完成によって成り立つという、アリストテレスの意見です。
(デカルト「エリザベトへの書簡」)

ストア派とエピクロス派の比較
  宇宙(コスモス) 善 目標 理想 社会生活
ストア派
物質(=神)の理性的秩序→必然的法則(=自然法則=運命)の支配
善=徳=理性に従う生活
克己 感情を支配 アパテイア(無情念)
世界市民主義(コスモポリタン)


エピクロス派
原子論 偶然性 無「神」論
快楽=善 
個人の幸福=快楽の総量の最大化 アタラクシア(心の平安)
徹底的個人主義「隠れて生きよ」

*コスモポリタン(cosmopolitanizm)とは、コスモス(宇宙)が自分の国(ポリス)だという思想
 宇宙の理性は一つであり、理性にしたがって行動するなら、正しい行動は一つだから
、日本人とかアメリカ人とか中国人とか、関係ない。

キュプロスのゼノン(333/2-261B.C.)

「ピレモンもまた『哲学者たち』という劇の中で、次のように述べているからである。
   一片のパンと、おかずは乾し無花果、それに水を飲むだけのこと。
   この人は新しい哲学を創り出し、
   飢えることを教えているが、それでも弟子たちは集まってくるのだから。」

「というのも、彼は、九十八歳まで生きて世を去ったのであるが、生涯の最後まで病気にかかることもなく健康を保っていたからである。
ところで、彼の最期の模様は次のようなものであった。すなわち、彼は学園から出かけて行くこうとしたとき、つまずいて倒れ、足の指を折った。それで彼は、大地を拳で叩いて、『ニオベ』の中から、
   いま行くところだ、どうしてそう、わたしを呼び立てるのか。
という一行を口にした。そしてその場で、自分の息の根をとめて死んだのであった。」

「このゆえに、ゼノンが最初に、『人間の自然本性について』の中で、(人生の)目的は「自然と一致和合して(ホモログーメノース)生きること」であると言ったのであるが、そのことは、「徳に従って生きること」に他ならなかったのである。なぜなら、自然はわれわれを導いて徳へ向かわせるからである。‥‥しかしまた、クリュシッポスが『目的ついて』第一巻の中で述べているように、「徳に従って生きる」ことは、「自然によって生ずる事柄の経験に即して生きる」ことに等しいのである。なぜなら、われわれの自然(本性)は、宇宙万有の自然の部分だからである。
それゆえに、自然に随従して(アコルートース)生きることが(人生の)目的となるわけであり。すなわちそれは、各人が自分自身の自然(本性)にも、また宇宙万有の自然にも従っているということであり、そしてその場合には、共通の法(コイノス・ノモス)が―この共通の法とは、万物に遍くゆきわたっている正しい理法(オルトス・ロゴス)であり、それはまた、存在するものすべてを秩序づけるにあたっての指導者である、あのゼウスと同一のものなのであるが―通常禁止していることは何ひとつ行わないのということなのである。そしてまさにそのことが、幸福の人が身につけている徳であり、かれの生の淀みなき流れなのであるが、それは各人の傍らにつきそっているダイモーン(守護霊)と、万有の統括者の意志との間の一致協和にもとづいて、全てのことが行われる場合に生ずることなのである。」

(以上、ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者たちの生涯と学説』第七巻(加来彰俊訳)より)

セネカ (5/4B.C.-65A.D.)

「我々は、単に外見だけの善ではなく、堅実で不変で、しかも、隠れたほうの部分ほど美しい或る善を求めようではないか。…
ストア派のすべての人々の間で意見の一致をみているように、私は自然の定めに従う。自然から迷い出るころなく、自然の法則と理想に順応して自己を形成すること、これが英知なのである。
(セネカ「幸福な人生について」(茂手木元蔵訳)より)

エピクテトス (55?-135?)

「世にはわれわれの力の及ぶものと、及ばないものとがある。
われわれの力の及ぶものは、判断、努力、欲望、嫌悪など、一言でいえば、われわれの意志の所産の一切である。われわれの力の及ばないものは、われわれの肉体、財産、名誉、官職など、われわれの所為(せい)ではない一切のものである。われわれの力の及ぶものは、その性質上、自由であり、禁止されることもなく、妨害されこともない。が、われわれの力の及ばないものは、無力で、隷属的で、妨害されやすく、他人の力の中にあるものである。」

「人を不安にするものは、事柄そのものではなく、むしろそれに関する人の考えである。だから、死は本来、それ自体として恐ろしいものではない、そうでなかったら、ソクラテスもまた死を恐れたはずである。死が恐ろしいものだという先入的な考えがむしろ恐ろしいのである。それゆえ、われわれは、何者かによって妨げられ、不安にされ、あるいは悩まされたなら、決して他人を咎めてはならない。むしろ責むべきものは、われわれ自身、ことにそれに関するわれわれの考えである。自分の不幸のために、他人を責めるのは、無教養者の仕方であり、自分を責めるのは、初学者の仕方であり、自分もを他人をも責めないのが、教養者の、完全に教育された者の、仕方である。」

「君が知恵の正しい進歩を欲するならば、次のような誤った考えをまず取り除かねばならぬ、「自分の財産を不注意に取り扱うならば、やがて生計の道を失うだろう。自分の息子を罰しなければ彼は悪人になるであろう。」不安の心を抱いて贅沢三昧に暮らすよりも、恐れと憂いなしに死んだ方が勝っている。自分が不幸になるよりも、息子が悪人になる方が勝っている。」

「忘れてならないことは、君は人生において、饗宴の席におけるように振る舞わなければならぬことである。馳走の皿が君の前に回ってきたなら、手を差し伸べてその中から控えめに少しの分量をとれ。君の好むものが、しばらく回ってこなかったからといって、強いてそれを求めてはならぬ。むしろそれが君のところに回ってくるまで待っていよ。妻子や身分や富に関しても同様に振舞うが良い。そうすれば君は、いつかは神々の客人となるであろう。」

「あまりに長く肉体上のことに、例えば飲食やその他のことに、かかわっているのは、品性の卑しいしるしである。これらのことはすべて余計なものとして取り扱わねばならぬ。時間と精力とは、もっぱら精神のために用いなければならぬ。」
(以上の引用は、ヒルティ『幸福論』「エピクテトス」(草間平作訳)より)

マルクス・アウレリウス (121-180)
(…)
平凡社『世界大百科』の説明は以下のようである。
ストア学派
ギリシア・ローマ哲学史上,前3世紀から後2世紀にかけて強大な影響力をふるった一学派。その創始者はキプロスのゼノンである。彼はアカデメイアに学び,後にアゴラ(広場)に面した彩色柱廊(ストア・ポイキレ Stoa Poikile)を本拠に学園を開いたのでこの名がある。
 ストア学派の思想によれば,あらゆる認識の基礎をなすのは感覚である。世界は感覚的認識の総体であり,それゆえ物質的存在である。しかしその中には物質に還元できない英知が宿っており,それが物質世界に一定の秩序を与えている。この事物を秩序立てる力を〈神的火〉,または〈運命〉と呼ぶ。人間は内在する英知を自覚することによって,世界という秩序(コスモス kosmos)を認識しなければならない。人生の目的は,この自然の秩序にのっとって生きることであり,それが最大の幸福をもたらす。それが道徳であり,義務であるとともに宇宙と一体化する修行法なのである。世界は巨大なポリスであり,人間は〈世界市民(コスモポリテス kosmopolites)〉として,この世俗においても一定の役割を果たさなければならない。宇宙秩序に対する透徹した観照から,情念や思惑にかき乱されない〈不動心(アパテイアapatheia)〉を養い,厳しい克己心と義務感を身につけてこの世を正しく理性的に生きること,これをストア学派的生活と呼ぶが,この事情は英語のストイック stoic,ストイシズム stoicism などの語に反映されている。
 ゼノンの高邁(こうまい)な生き方は,クレアンテス,クリュシッポスに受け継がれた。これを古ストア学派と呼び,論理学,自然学に多大の業績を挙げた。前2~前1世紀の中期ストア学派に属するパナイティオス,ポセイドニオスは道徳的,実践的局面を強調し,人事における神的英知の介入として〈摂理〉を説いた。新ストア学派にはセネカ,エピクテトス,マルクス・アウレリウスなどが属する。またパウロや初期キリスト教の教父,さらにはルネサンス期のリプシウス,F. ベーコン,T. モア,グロティウスなどに与えた影響も無視できない。
(大沼 忠弘)
(…)
岩崎允胤『ヘレニズムの思想家』 講談社(人類の知的遺産10→講談社学術文庫)”


修辞学ゼミ
(rhetoric)
http://www.ne.jp/asahi/village/good/rhetoric.htm
考えること、その考えを人に伝えることは、一つの技術である。ここで、その技術を磨いて欲しい。

[論証の方法と説得の技術]

アリストテレスは『弁論術(修辞学)』の中で、
「(この人は信用できるという)話し手の人柄に係っている説得」
「聞き手の状態(感情)に訴える説得」
「言論そのものに係っている説得」
という三種類を挙げている。(言論内容以外の要素も大きい。)

(1)論理的演繹
 →論理的推論の性質(基本的には、A→B、B→C、故にA→C、という三段論法;トートロジー)
 →様々な誤謬推理を見破る
 →隠れた前提(大前提や媒概念)を探す
  (トゥールミンは、「主張(claim)」と「データ(data)」を結びつけている隠れた前提を「論拠(warrant)」と呼ぶ。)

[例題1a]
「エイリアンも生き物なんだから、必ず、死ぬ」という主張(議論)の論理構造を分析せよ。
[解]
「エイリアンは生き物である(A)。生き物は必ず死ぬ(B)。ゆえに、エイリアンは死ぬ(C)。」つまり「A∧B⊃C(A+B→C)」という形の論証。
この(B)が、隠れた前提(大前提)であり、しかも間違った前提だ。(トゥールミンの議論モデルでは、「A」というデータと「C」という主張を結びつける論拠が「C」。)

[例題1b]
次の主張は正しいか、考えよ。
「東大はよい教育をしているとは思えない。単に最良の学生を選んでいるだけで、それらの学生がのちに成功したら、それが東大の功績と考えられているだけのように思える。」(小野田博一『論理的に話す方法』より)

(2)対人論証
(論証の非論理的な部分)
 →動機を明らかにする(なぜ、そう言う?)
 →権威に基づく論証(例えば「子どもが可哀想だ」といった決まり文句;誰も反論できない前提;統計やデータという数字のマジック)
 →インパクトを与える

[例題2]
プロ野球一リーグ化で、誰がどんな利益を得るのか、指摘せよ。

(3)トポスの発見
(「トポス」とは、観葉植物ではない(それはポトス)。ギリシャ語で、有効な論点が見出される「場所」のこと。)
 →反論を組み立てる
  (反論を聞かず、自分の主張だけを繰り返せば、議論に負けることはない。そもそも議論にならないのだから。
  反論するためには、まず相手の主張とその根拠を分析しなければならない。)
 →対立する議論(立論と反論)の共通点を探す;弁証法
  (将棋で「三手の読み」と言う。次に自分が指したい手だけなく、それに対して相手が指してくるだろう手を考える、そして更にそれに対する自分の指し手を考える、ということ。基本は、「主張とそれに対する反論」の繰り返しだ。しかしその時、将棋とは違い、両者が同じ主張を繰り返せば、「水掛け論」に終わる。ヘーゲルはこれを「悪無限」と呼んだ。主張と反論の前提にある隠れた主張を明らかにすることが、議論の発展を可能にする。それが「弁証法(=対話法)」だ。)
  反論には、立論とは違う主張をする「異論」と、立論の主張の不適切さを示す「批判」という、二つ形式がある。例えば「美味しい店があるから、今日はラーメンを食べよう」という主張に対して、「僕はカレーが食べたい」と言うのは「異論」だ。両者は必ずしも矛盾しない。この場合なら、お昼はラーメン、夜にカレーを食べればいい。「ラーメンを食べてはいけない。なぜなら、第一に、ラーメンだけでは栄養が偏るし、第二に、君が行きたいと言うラーメン屋は、…」と言うのが「批判」だ。”

エピクロス派
「エピクロス―古代の午後の幸福」(ニーチェ)
http://www.ne.jp/asahi/village/good/epikuros.html
”a)死や超自然的存在(神)がもたらす恐怖からの解放

「死はわれわれにとって無関係である。なぜなら、われわれが現在するときには死は現在せず、死が現在する時にはわれわれは存在しないから。」
という有名なエピクロスの主張は論理的に正しい。
自分の死を経験することは誰もできない。
人が死を恐れるのは、他人の死(その原因はしばしば怪我や病気である)を見て、死は恐ろしいと思うからだろう。
しかし怪我や病気は苦痛であるから悪であるが、死そのものは経験できないから、善とも悪とも言えない。
存在しないものを恐れる必要はない。死への恐れは、想像力の生み出す妄想である。

「神々はたしかに存在してはいる、なぜなら、神々についての認識は、明瞭であるから。しかし、神々は、多くの人々が信じているようなものではない。…多くの人々が神々について主張するところは、偽りの想定であって、それによると、悪人には、最大の禍が、いや(犠牲を捧げたりなどすれば)最大の利益さえもが、神々から降りかかるというのだからである。」(岩崎允胤訳)
神が自分を見ていて罰を与えたり地獄に落としたりするだろう、という考えも、妄想である。
神に祈ることで願いがかなうなら、世界はすでに滅びているだろうとエピクロスは言う。
「死」と「神」という世間の人が恐れる二つのものは、存在しない。


b)快楽の追求

したがって、人は楽しく生きていくことを追求すればよい。
快楽が、唯一最高の善であり、人間の生活の目標である。
ただし、この場合の快楽とは、美食や性的快楽の追及ではない。
なぜなら、肉体的快楽は、「欠乏の充足」である。
つまり、まず「空腹」といった欠乏状態(=苦痛)があって、それが満たされる時に生じるのが肉体的快楽の特徴である。
さらにまた度を越えて食べたり飲んだりすれば、苦痛が生じる。
こうした欠乏や過剰が生じない状態、つまり空腹でもなく食べすぎでもない、腹八分の状態がベストである。
すべての快楽は善いものである。しかしある種の快楽は結果として快楽より多くの苦痛を生む。
そうした快楽は思慮によって慎重に避けるべきだ。
食べすぎ(飲みすぎ)は、本当はもう美味しくないのに、最初の一口が美味しかったから次も同じように美味しいはずだと思う想像力によって生じる。
そうした幻想を排する「素面の思考(=思慮)」が真の快楽をもたらす。
追及さるべき最高の快楽とは、したがって、肉体的には健康で苦痛がないこと、精神的にはアタラクシア(心の平静)、
すなわち静かな喜びに満ちた精神的な生活を意味する。

c)社会生活

公的生活も、死の恐怖と同様、幸福な生活を乱すから、これに関与してはならない。
政治など、馬鹿がすることだ。
「隠れて生きよ。」
”)


【ヘブライ語】




例えばキリストが主の祈りを教えるときに 「こういう祈り方はダメだ」と いくつか批判しているんだが キミタチは読んだ事がないのかな?ん? モーセが約束の地に入れなくなった理由は 何か知っているかな?ん? ヒント→民数記20章 モーセもキリストも知らねえって 一体どこのカルトだ?

アホどもはここでも見てこい http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%81%A8%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%81%8C%E7%B4%84%E6%9D%9F%E3%81%AE%E5%9C%B0%E3%81%AB%E5%85%A5%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E8%A8%B1%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%9C%9F%E3%81%AE%E7%90%86%E7%94%B1 … モーセとアロンが約束の地に入ることが許されなかった真の理由

モーセとアロンは民に対する怒りのあまり 感情的になってしまったのか、 岩に命じることなく、 かつてしたように権威の杖をもって岩を打ちました。 しかも、二度。 これがモーセが約束の地に入れなくなった理由。おk? で、どこぞのアホウは血が出ても門を叩くそうだがw

ぐぐったらたまたま出てきたからさっきのURL貼ったけど 意外と面白いこと書いてるな http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?FrontPage …

「奥行きをもって味わう」とは、 みことばを原語(ヘブル語やギリシア語)で味わうことです。 このHPでは、単に原語の「読み表記」のみならず、 「原語」の基本形を表記しています。 それはそのことばについて自ら調べることができるためです。

なんかこの牧師もBHSやネストレアーラント 読んじゃうタイプか? ていうか神学校行きゃBHSぐらい読まされないの?
お?お?お? ヘブル語について色々語ってるな http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E3%83%98%E3%83%96%E3%83%AB%E8%AA%9E%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%A0 …
例えば「ヤコブの改名の秘密」のコラム 「イスラエル」の語源的意味は、 「神と⼈と争って勝利する」という意味と、 「神が⽀配する」という意味と、 「わざわいが来る」という三つの意味合いが含まれています。 ・・・だってさ

おもすれえ事言うオッサンだ。 神の支配=災いって事? ヤハウェ=疫病神?

ちょ・・・!おま! たいへんなものを見つけてしまった
meigata-bokushinoshosai.info/index.php?%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A3%E8%AA%9E%E6%96%87%E6%B3%95%E3%81%AE%E8%B1%86%E7%9F%A5%E8%AD%98 … さっきの牧師のHPの中な ギリシャ語新約聖書の朗読のサイトはこちら って書いてあんじゃん? ほう?とか思って開くじゃん?

helding.net/greeklatinaudio/greek/ … ここが出てくんじゃん? え・・・?これって。。。 閉鎖しちゃったhttp://greeklatinaudio.com じゃん しかもまだ音声ファイルダウソできるし
やべえ 超やべえ ヘブライ語データやラテン語データも生きてるぞ 私は元々ダウソしてたからいいけどさ お前ら要領わりいからヘブライ語の朗読音声とか ちゃんと保存してねえだろ 今すぐちんちん握りしめてダウソしてこい
ん? ていうかgreek latin audio .com 生きてたのか? http://www.greeknewtestamentaudio.com

さっきのHP面白いな http://meigata-bokushin.secret.jp/swfu/d/auto_x4ffnS.pdf … 「ベート」(בּ)の秘密」 BHSがベートで始まるのはなぜか? むしろアレフで始まった方がよかったんじゃね? いえいえ、実はベートに込められた意図があるんすよ、奥さん

第五の概念は最も重要なことで、 「ベーン」は「⼦」(「ベーン」)「息⼦」(「バル」)を表わしている ということです。 あれ・・・ベンは知ってたけど 息子ってバルって言うの? それってバアル? 神の子ってバアルなの?ねえねえ?

(
『まずはこれだけヘブライ語』p.22でבַּעַל「バアル」が「夫」、
p.25でבַּיִת-
בַּעַל「バアル-バイト」が「主人」を意味すると書いてあって驚きました。
「バイト」は「家」。


https://en.wiktionary.org/wiki/%D7%91%D7%A2%D7%9C
より
Master, owner.
Husband, male spouse.

マスター。
オーナー。
所有者。
夫。
配偶者。)

ぐーぐる翻訳ではsonを訳してもベンが出てくる件

wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/1200000952 … んー? エレド ヤルダー オーレール オーラール ナアル タフ ああ、ヘブライ語も辞書欲しいな 軍資金が足んねえや

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1244908262 … 子供の名前をヘブライ語にちなんでつけたいのですが次の単語は、なんと発音するのでしょうか? あほー知恵袋 この親は何モンだ?
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1045774760 … IDから質問一覧見たら >ひどい過食症で悩んでいます。 >今心療内科でジェイゾロフト50ミリを二錠 やーっぱ病んでるんだよな

doitinhebrew.com/Translate/default.aspx?kb=US+US&l1=en&l2=iw … うん やーっぱ息子はベンじゃないのか?

やべえな さっきの牧師のヘブライコラム おもすれえ http://meigata-bokushin.secret.jp/swfu/d/auto_ADicsv.pdf … アレフは牛 ベートは家 ギメルはラクダ ヨッドは手 ラメドは突き棒 ここまではいい

エロヒムってエルじゃん? んでエルってアレフラメッドじゃん? つまりアレフは牛で力の象徴だから ラメどは教える指導する意味もあるから エル=力強いリーダー ・・・。あのさ、それってさ、 「僕達の飼い主は牛くんです」って 読めるんスけど アテクシは目が悪いのかな?

同時に私が書いた まどマギブログにもつながる せんせえが目玉焼きの話で支持棒折るじゃん? あれってラメドじゃないの?って書いたけど ラメドが先生や弟子やタルムードにつながるなら やーっぱあの記事ビンゴっぽいな

「僕達の飼い主は牛君です」の続きね ヘブライ語にはbe動詞が無い おk? 2つ並べたら その2つがイコールであるという意味 だから「ぼくドラえもん」とか「オス、オラ悟空」と同じ つまりさ、アレフとラメッドが並ぶなら? ほれ、「ボクたちの飼い主は牛くんです」

meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E3%83%98%E3%83%96%E3%83%AB%E8%AA%9E%E3%81%AE%E6%99%82%E5%88%B6%E6%A6%82%E5%BF%B5 … ヘブル語の時制概念 ヘブル語の時制概念はかなり自由です。 ヘブル語の時制は完了形と未完了形しかありませんが、 未完了形といっても必ずしも未来の行為を表わすとは限りません。 過去の行為を表わすこともできます。
特に、神が主語となる場合には、過去と未来が厳密に分けられることがありません。
未完了形の動詞が過去の行為を表わすと同時に未来の行為をも表わすことができるのです。 また反対に、完了形の動詞がまだ起こってしない神の行為に対しても使われます。 ・・・これ何ていうオートリバース説?

meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E5%87%BA%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88%E8%A8%983%E7%AB%A014%E7%AF%80 … エーヘイエーアシェルエーヘイエーとは何か? これさ、「ハヤー」が出てきてんじゃん? このコラムでは「働く」とか「存在する」とか 書いてあるけど「ハヤー」って息をする でもあるよね




meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E5%85%B1%E8%A6%B3%E7%A6%8F%E9%9F%B3%E6%9B%B8%E3%81%AF%E3%82%82%E3%81%A8%E3%82%82%E3%81%A8%E3%83%98%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E8%AA%9E%E3%81%A7%E4%BC%9D%E3%81%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F … 共観福音書はもともとヘブライ語で伝えられた やべえ 予想以上に面白いじゃねえか やるなクソジジイ 褒美に火炙りの刑にしてやろうか?
マタイ伝がもともとヘブライ語原文だった痕跡があるので、紹介したい。 洗礼者ヨハネのことばに、 「『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな(自慢するな、ということ)  神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる」

ここの「石」と「子」はヘブライ語でアバニームとバニーム(それぞれ複数形)である。 聖書の原文は、実は語呂合わせになっている。アラム語ではこうならない。 洗礼者ヨハネがヘブライ語で人々に語った、その可能性は大きい。

ふむ。マタイ伝3章だな。 確かにねえ コイネーの割りには 妙にヘブライ臭くない?ってのは指摘される。 ただ、その元のヘブライ語テキストが出てこねえんだわww あとねえ、パレスチナ地域の共通語はコイネーだ 山上の垂訓とか大群衆に向けて語った(という設定)じゃん?

そういう場面じゃ普通は共通語使うんじゃねえの? って話も捨てがたい

語った言葉がヘブライ語でも 最初に文字化されたのはコイネーなのかねえ? どういうキャラ設定でこいつら 書いてやがるんだか・・・? ただ、コイネーであれ、ヘブライであれ キリストなんぞ存在しねえって所は動かない

meigata-bokushin.secret.jp/swfu/d/auto_CB7Amj.pdf … ヘブライ文字の解釈 なんだよ このオッサン おもしろすぎるじゃねえか 褒美にエロ画像の1枚でもやろうか?

アレフは 発音の無い文字 (要するに母音担当だったりするのね) ここから見えない神を意味する
違うな私の解釈は 神様に名前はありません って事だ だからエーヘイエーアシェルエーヘイエーも 名前を答えてはいない 無いもの答えられるわけねえだろ



あ、針じゃねえや釘ね
1~10 アレフからユッドまでが基本要素。これ以降は 1~10 の組み合わせ。 ・・・。これ何ていうマルセイユタロット?
meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E3%83%98%E3%83%96%E3%83%AB%E8%AA%9E%E3%81%AE%E7%89%B9%E7%95%B0%E6%80%A7 … ヘブル語では「約束する」という固有の動詞はありません。 ・・・ほう。

(”ヘブル語の特異性は一つの単語の意味領域が日本語と比べてといも広いということです。”
どうみても日本語とかけはなれているヘブライ語)

(モーセとアロンが約束の地に入ることが許されなかった真の理由
http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%81%A8%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%81%8C%E7%B4%84%E6%9D%9F%E3%81%AE%E5%9C%B0%E3%81%AB%E5%85%A5%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E8%A8%B1%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%9C%9F%E3%81%AE%E7%90%86%E7%94%B1
"「水」の問題はいのちにかかわる問題で、「水」がないということは生存を脅かす事柄ですから、そのことで民は指導者といつも争いをしたようです。その争いの最初の記事が出エジプト記17章にあります。そこにおける「水」の民のつぶやきに対して、主はモーセに杖(権威の杖)をもって岩を打つならば、その岩から水が出る」と示しました。民数記20章でも同じ問題が起った時、このとき主はイスラエルの会衆の前で岩に命じれば、岩は水を出すと語りました。ところが、モーセとアロンは民に対する怒りのあまり感情的になってしまったのか、岩に命じることなく、かつてしたように権威の杖をもって岩を打ちました。しかも、二度。確かに、民や家畜の渇きをいやす水がわき出ましたが、この出来事によって、モーセとアロンは、約束の地を踏むことが許されませんでした。

1. 約束の地に入れないと言われたモーセとアロンの真の問題点

エジプトで苦しんでいたイスラエルの民を約束の地に導き入れるということがモーセの召命でしたが、その目的を達成することができなくなりました。厳しい神のお取り扱いです。なにがそうさせてしまったのでしょうか。実は、民数記だけではここの問題が見えて来ません。20章だけを読むならば、モーセとアロンが神の指示通りしなかったことがあげられます。あるいは、あたかも民の渇きを彼らが満たすかのような発言をしたからだと言う者もいます。つまり、栄光を神に帰さず、自分たちがこの問題を解決するかのような発言をしたということです。確かに、そのような面があるかも知れませんが、ここでモーセとアロンが約束の地に入れなかった最大の問題は、二人が岩を「二度打った」という事実にあります。 ")


【ギリシャ語とラテン語】



ラテン語の名詞変化はこう覚える(その1:"Bravo!"とは失礼しちゃうわ)
http://d.hatena.ne.jp/lar-lan-lin/20120909/1347181657


ラテン語の名詞変化はこう覚える(その2:格変化 6つあろうが 怖くない)
http://d.hatena.ne.jp/lar-lan-lin/20120916/1347804174

ラテン語の名詞変化はこう覚える(その3:ローマの詩人は男ばかり?)
http://d.hatena.ne.jp/lar-lan-lin/20121028/1351416840


ギリシャ語とラテン語の格変化について
http://togetter.com/li/278627
”日本語では「助詞」が名詞の役割を示しているように、ギリシャ語やラテン語では「名詞の語形変化」が同様の機能を果たしています。ゆえにこれらの言語を習得するためには変化パターンの知識が欠かせません。そしてそれを身につけるためには、ギリシャ語であれば5つの格を主格「~は」、呼格「~よ」、対格「~を」、属格「~の」、与格「~に」の順に配列し、ラテン語であればさらに奪格「~から」を加え「主格・呼格・対格・属格・与格・奪格」の順に並べて暗記する方法が有効だと考えられます。そこで私がそのように思う理由をまとめ、togetterの記事として公開することにしました(格語尾には古形や別形も存在しますが、以下の文章ではそれらには言及していません)。”

陸 ‏@anima_solaris
まだ極めたというほどではありませんが、最初は『はじめてのラテン語』(大西英文)を読んだり、『羅和辞典』を眺めて好きな単語を探したり、ネットで『山下太郎のラテン語入門』などのラテン語に関するサイトの格言集を見たり、語形変化の問題に挑戦したりしていた記憶があります。
これからラテン語を始めるのであれば、入門書は『はじめてのラテン語』、教科書は『しっかり学ぶ初級ラテン語』や『独習者のための楽しく学ぶラテン語』、文法書は『古典ラテン語文典』や『新修ラテン文法』、日本語の辞書としては『羅和辞典』などをおすすめします。

ギリシャ語とラテン語をこれから始める人には是非、名詞や形容詞の格変化(曲用)パターンを
「主格・呼格・対格・属格・与格・奪格」の順番で覚えてほしいなと思う。

主格・呼格・属格・与格・対格・奪格のほうがやりやすいという人はそれでもいいと思うけど、私はこの順番にこだわってる。

最初に主格、最後に奪格を配置することについて異論はないと思う。主格はいわば名前としての形だし、ラテン語にあってギリシャ語にない奪格は一番後ろに置いたほうがわかりやすい。

また呼びかけの形である呼格はその多くが主格と同形だから、自然と主格の次に置くことになる。

つまり違いは「対格・属格・与格」と「属格・与格・対格」の並びだけなんだけど、これらを比較すると前者のほうが覚えやすいと思う。
ギリシャ語でもラテン語でも中性名詞は主格・呼格・対格が数ごとに必ず同形となる。中性名詞には本来能動の格である主格がなく、これらの言語が成立する前から対格によって補充されてきたと考えられている。この歴史に鑑みても主格・呼格のセットには対格を続けるのが自然だと感じられる。

またギリシャ語には主格・呼格・対格属格・与格で共通した挙動を見せる単語が多い。双数形がまさにそうで、前者と後者がそれぞれ同形になる。類似例としてμοῖρα「運命」やθάλαττα「海」の幹母音が単数主格・呼格・対格でᾰ、それ以外でᾱ/ηと変化することなども挙げられる。

アクセントにもこのような例が多い。たとえば第一・第二変化名詞の語末にある鋭アクセントは属格と与格で曲アクセントに変化するし、第三変化の単音節語が持つアクセントは属格と与格に限り語末に移動する。これらを暗記するためにもやはり、主格・呼格・対格を連続させておくのが望ましい。

加えて第三変化名詞の複数対格は複数主格を流用したものであることも多い。この事実も「主格・呼格・対格・属格・与格」という並びにとっては追い風になる。

ラテン語では第三変化・第四変化・第五変化名詞の複数主格・呼格・対格が必ず同形になるし、すべての変化パターンにおいて複数与格と奪格が一致する。特に後者は歴史的変化によって見分けがつかなくなったのではなく、起源的にも同一語形だったと考えられている。

さらに第一変化と第五変化では単数属格と与格が、第二変化のすべてと第三変化の一部では単数与格と奪格が同一語形になる。また前述の通り奪格はギリシャ語に存在しないから、両方覚える人のためにも最後に配置したい。
そして何より、この並びにすれば似たような形の連続する箇所が多くて覚えやすい。

例としてラテン語の第一変化名詞であれば、
単数は主格:-a,呼格:-a,
対格:-am,
属格:-ae,与格:-ae,
奪格:-ā
と並ぶことになるし、
複数形も主格・呼格:-aeをae系、
対格:-āsと属格:-ārumをā系、
与格・奪格:-īsをīs系と記憶しておくことができる。

同様に第二変化-us型名詞であれば、
単数は主格:-us,
呼格:-e,
対格:-um,
属格:-ī,
与格:-ō,奪格:-ō
という列になり、やはり同一語形が連続する。
複数形も主格・呼格:-īをī系、
対格:-ōsと属格:-ōrumをō系、
与格・奪格:-īsをīs系
と解釈すれば覚えやすい。

単数呼格の-eだけが例外的だけど、ラテン語の中で主格と呼格の形が異なるのは外来語を除けばこの箇所に限られるから、ここは妥協するしかない。

第二変化-um型名詞に至っては
単数が主格・呼格・対格:-um,
属格:-ī,与格:-ō,奪格:-ō
と並び、極めて明瞭な列になる。
複数形も主格・呼格・対格:-a,
属格:-ōrum,
与格・奪格:-īsの列となり、
-us型の後に暗記すればすぐ理解できることになる。

中性名詞の複数主格・呼格・対格はギリシャ語でもラテン語でも短母音の-α/-aに終わる
けれど、この-α/-aの歴史は古く、本来はcenturia(ケントゥリア)「百人隊」のような女性集合名詞の語末と同一の意味を持っていたらしい。

locus「場所」の複数形としてlocīとlocaの二語形が存在しているのを見ればわかるように、この集合格語尾の名残りは古典期にも生き残っている。ギリシャ語でも中性複数の主語と動詞の三人称単数を組み合わせる統語方法にこの記憶のかけらを見ることができる。
以上に示した起源や実用性を総合すると、変化表の並びとしては「主格・呼格・対格・属格・与格・奪格」が最適だという結論に至ることができる。

逆に主格・呼格・属格・与格・対格・奪格の並びを作る理由は、名詞の変化パターンを示すための手段として主格と属格の組み合わせが用いられるからだと思う。

ラテン語の辞書でanima(アニマ)という単語を引くと、該当するページには「anima,-ae,f:呼吸,微風,魂」といった記述が登場する。これは「単数主格がanima、単数属格がanimaeとなる女性名詞(f)」という意味であり、辞書の大半はこの形式を採用している。

名詞の語根は単数属格から語尾を除去した形に等しいから、この単語はanim-の語根を持ち、
単数主格:anima,呼格:anima,対格:animam,
属格:animae,与格:animae,
奪格:animāといった曲用を行う第一変化の女性名詞だと理解できる。

ラテン語の属格語尾は
第一変化ā幹:-ae,
第二変化o幹:-ī,
第三変化i幹/子音幹:-is,
第四変化u幹:-ūs,
第五変化ē幹:-eī/-ēī
と明確に異なっているから、見出し語と共に単数属格(anim-ae)を示せば「語根」と「変化パターン」が同時に提示されることになる。

m,f,nはそれぞれmasculīnum(マスクリーヌム)「男性名詞」、
fēminīnum(フェーミニーヌム)「女性名詞」、
neutrum(ネウトルム)「中性名詞」の略であり、現代語の辞書にも使われている。

ギリシャ語の辞書も同様で、ψυχή(プシューケー)の項目には「ψυχή,-ῆς,ἡ:呼吸,魂」という記述が出現する。そしてこの単語はψυχ-の語根を持ち、単数主格:ψυχή,呼格:ψυχή,対格:ψυχήν,属格:ψυχῆς,与格:ψυχῇと変化する女性名詞(ἡ)だと理解できる。

ギリシャ語の場合も基本的に第一変化:-ας/-ης,第二変化:-ου,第三変化:-οςという属格語尾を確認できる。ゆえにラテン語同様、見出し語と単数属格(ψυχ-ῆς)を併記することで「語根」と「変化パターン」を同時に示すことができる。

ὁ,ἡ,τόはそれぞれ定冠詞の男性・女性・中性形で、ギリシャ語の辞書ではこれがm,f,nの役割を担っている。

念のために付け加えておくと、ラテン語には冠詞が全く存在しない。古典ギリシャ語には定冠詞ならあるけど不定冠詞はない。そういう意味でいえばこれらの言語、特にラテン語は日本人にとって現代欧米語よりも親しみやすいかもしれない。

主格と属格のこのような役割を考えると、なるほど「主格・呼格・属格・与格・対格・奪格」の並びも無意味ではないなという気がするけど、それを踏まえた上でも私は「主格・呼格・対格・属格・与格・奪格」がベストだと思う。

両者を比較してみると、やはり「主格・呼格・対格・属格・与格・奪格」のほうがギリシャ語やラテン語の格体系を幅広く網羅している。格はすべて覚える必要があるわけだから、主格と属格の役割にこだわらず、似たような形を連続させたほうがいい。

主格や属格とそれ以外で使用頻度に大きな差があるということなら話は別だけど、実際のギリシャ語やラテン語は主格と対格を中心に統語を行っている。だから一部の名詞にしか残っていない地格とは異なり、改めて後ろに送る必要もない。

これらの言語が主格と対格を中心としていた証拠としては、中性名詞の主格として対格が補充されてきた歴史などに加え、子孫言語であるロマンス諸語がラテン語の対格のみを受け継ぐ傾向を持っていたことが挙げられる。

さらにいえば辞書の見出しに主格と属格が用いられていることこそ、逆に「主格・呼格・対格・属格・与格・奪格」の重要性を物語っているように感じる。

主格の隣に属格を併記する理由はやはり、主格と対格を並べただけでは変化パターンの区別がつかないからだと思う。中性名詞や第三変化複数名詞の一部はもちろん、主格:-usと対格:-umが共通しているラテン語の第二・第四変化名詞なども、主格と対格を見ただけではその違いが判然としない。

それは逆にいえば「主格と対格には類似点が多い」ということを意味している。だからこそ変化表では「主格・呼格・対格・属格・与格・奪格」の配列を行ったほうがいいと思う。

そういうわけでギリシャ語やラテン語に興味があるという人には、格変化の記憶法として「主呼対属与奪」の利用をおすすめします。
主要参考文献:高津春繁『ギリシア語文法』、水谷智洋『古典ギリシア語初歩』、大西英文『はじめてのラテン語』、国原吉之助・松平千秋『新ラテン文法』、小林標『独習者のための楽しく学ぶラテン語』、中山恒夫『古典ラテン語文典』、水谷智洋『羅和辞典』

格変化をマスターするにあたっては変化表の暗記が必要になるけど、それだけでなく「格の用例」を記した短文を用意するのが効率的だと思う。名詞の曲用グループ1つごとに主格の用例、対格の用例、属格の用例といった感じで様々な語形が登場するフレーズを作るようにすれば楽しいし記憶効率も向上する。

たとえばanima,-ae,f「魂」を使って第一変化名詞の曲用を覚えるときは
主格anima、対格animam、属格animae、与格animae、奪格animāやその複数形が登場するフレーズをそれぞれ1つずつ用意してみる、といった感じになる。暗唱するだけよりも覚えやすい。
ひとつの名詞で作れる例文には限りがあるだろうから混乱する心配がなければ主格puella、対格āram、属格deae、与格aquae、奪格rosāというように同一変化パターン内で単語を分散させてもいいけど。

私は変化表を見つめるのも好きなんだけどそれだけじゃ集中力が続かない可能性もあるし、何より様々な角度から語形変化に興味を持てるようにするのがベストだろうからね。

ἀρχή,-ῆς,ἡ「始まり」
<単数>主格ἀρχή 呼格ἀρχή 対格ἀρχήν
属格ἀρχῆς 与格ἀρχῇ <複数>主格ἀρχαί 呼格ἀρχαί 対格ἀρχάς 属格ἀρχῶν 与格ἀρχαῖς

ギリシャ語の第一・第二変化名詞には「語末音節の鋭アクセントは属格・与格のときに限り曲アクセントに変わる」という法則がある。そのため鋭アクセントを取る格(主格・呼格・対格)と曲アクセントを取る格(属格・与格)は連続させて覚えることが望ましいものと思われる。

θάλαττα,-ης,ἡ「海」 <単数>主格θάλαττα 呼格θάλαττα 対格θάλατταν
属格θαλάττης 与格θαλάττῃ <複数>主格θάλατται 呼格θάλατται 対格θαλάττας 属格θαλαττῶν 与格θαλάτταις

第一変化ᾰ幹名詞の幹母音は単数主格・呼格・対格のときにᾰ、単数属格・与格のときにᾱ/ηとなる。

τέκνον,-ου,τό「子供」 <単数>主格τέκνον 呼格τέκνον 対格τέκνον
属格τέκνου 与格τέκνῳ
<複数>主格τέκνα 呼格τέκνα 対格τέκνα 属格τέκνων 与格τέκνοις

中性名詞の主格・呼格・対格はいかなる変化パターンを持つ名詞であろうと必ず同形になる。また複数主格・呼格・対格は約音名詞などの例外を除き集合名詞語尾-ᾰに終わる。

ἅλς,ἁλός,ὁ「塩」 <単数>主格ἅλς 呼格ἅλς 対格ἅλα 属格ἁλός 与格ἁλί <複数>主格ἅλες 呼格ἅλες 対格ἅλας 属格ἁλῶν 与格ἁλσί(ν)

第三変化名詞における単音節語のアクセントは属格・与格のとき語末に移動し、複数属格ではさらに曲アクセントとなる。ただし例外も数語ある。また融合の結果1音節語になった単語はこの法則に従わない。

ἄντθωπος,-ου,ὁ/ἡ「人間」
<双数>主格ἀντθώπω 呼格ἀντθώπω 対格ἀντθώπω
属格ἀντθώποιν 与格ἀντθώποιν

双数では男性名詞や女性名詞であっても主格・呼格・対格と属格・与格がそれぞれ同一形になる。

anima,-ae,f「魂」 <単数>主格/呼格anima 対格animam
属格animae 与格animae 奪格animā
<複数>主格/呼格animae 対格animās
属格animārum
与格animīs 奪格animīs

ラテン語の複数主格・呼格と複数与格・奪格は全曲用パターンにおいて同一形になる。単数主格と呼格もまたごくわずかな例外を除いて共通した形を持つ。第一変化名詞では他にも単数属格と与格が同一形になっている。

lupus,-ī,m「狼」 <単数>主格lupus 呼格lupe 対格lupum
属格lupī 与格lupō 奪格lupō
<複数>主格lupī 呼格lupī 対格lupōs
属格lupōrum
与格lupīs 奪格lupīs

第二変化の男性名詞や女性名詞では単数与格と奪格が同じ形になる。また単数主格と単数呼格の形が異なるのはギリシャ語からの借用語を除けばこの曲用のみとなる。

verbum,-ī,n「言葉」
<単数>主格/呼格verbum 対格verbum
属格verbī
与格verbō 奪格verbō
<複数>主格/呼格verba 対格verba
属格verbōrum
与格verbīs 奪格verbīs

ギリシャ語同様、中性名詞の主格・呼格・対格は必ず同形になる。また複数主格・呼格・対格は集合名詞語尾-aに終わる。

vōx,-cis,f「声」
<単数>主格/呼格vōx 対格vōcem
属格vōcis 与格vōcī 奪格vōce
<複数>主格/呼格vōcēs 対格vōcēs 属格vōcum 与格vōcibus 奪格vōcibus

第三変化子音幹名詞では複数主格・呼格・対格が同一形になる。

ignis,-is,m「火炎」
<単数>主格/呼格ignis 対格ignem
属格ignis 与格ignī
奪格igne/-ī

<複数>主格/呼格ignēs
対格ignīs/-ēs 属格ignium 与格ignibus 奪格ignibus

第三変化混合i幹名詞も子音幹とほぼ同様。こちらでは単数与格と奪格が同一形になることもある。

manus,-ūs,f「手」
<単数>主格/呼格manus 対格manum
属格manūs
与格manuī/manū 奪格manū
<複数>主格/呼格manūs 対格manūs
属格manuum 与格manibus 奪格manibus

第四変化名詞では複数主格・対格・呼格が同一になる。また単数与格と奪格も同形になることがある。

rēs,reī,f「物事」 <単数>主格/呼格rēs 対格rem 属格reī 与格reī 奪格rē
<複数>主格/呼格rēs 対格rēs 属格rērum 与格rēbus 奪格rēbus

第五変化名詞は単数属格と与格、複数主格・呼格・対格がそれぞれ同一形になる。この曲用はラテン語誕生後に発生したもので第一変化を基盤としているらしい。

ギリシャ語やラテン語の前置詞は副詞から二次的に誕生した存在に他ならない。両者の境界は曖昧で、副詞と前置詞の用法を兼ね備えている単語も多数知られている。実用的には「前置詞とは独立性を失い常に名詞の特定の格と共に用いられるようになった副詞のことである」と理解しておけば問題ない。

前置詞がラテン語で対格や奪格と、ギリシャ語で対格・属格・与格と結びつく理由はこれらの格に副詞的な用法があることによって説明できる。前置詞とは独立性を失った副詞であり、副詞とは動詞や副詞を修飾する機能語である。翻って前置詞と名詞からなる前置詞句はまさに副詞的存在だといえるだろう。

この説を裏付ける事実として、ギリシャ語には対格・属格・与格が、ラテン語には対格・奪格が固定化した副詞が豊富に存在している。時には消失した地格や具格が副詞として命脈を保っている例までもが見られ、悠久の過去から連綿と受け継がれてきた記憶の流れが実感できる。

例外的に主格が固定化したと思われる副詞も少数見られるが、これは名詞や形容詞の「副詞的同格」という用法から派生したものだろう。

Quem dī dīligunt adulēscens moritur.「神々が愛する者は若くして死ぬ」(プラウトゥス)

この格言はEum dī dīligunt.「神々は彼を愛する」とIs adulēscens moritur.「彼は若くして死ぬ」を連結した文章で、「若い」を意味するadulēscensが「若くして」という副詞の役割を果たしている。このような名詞や形容詞の用法を副詞的同格という。

Ὃν οἱ θεοὶ φιλοῦσιν ἀποθνῄσκει νέος.「神々が愛する者は若くして死ぬ」(メナンドロス)

ローマの喜劇作家プラウトゥス(前254-前184)の格言はこのアッティカの喜劇作家メナンドロス(前342-292)の格言に由来しているものと思われる。ここではνέος「若い」が副詞的同格に相当する。

この格言はΤοῦτον οἱ θεοὶ φιλοῦσιν.「神々は彼を愛する」とἈποθνῄσκει οὕτος νέος.「彼は若くして死ぬ」を関係代名詞で繋げた文章だと解釈できる。

副詞的同格とは逆にラテン語では副詞が形容詞として名詞を修飾しているケースもある。これは民衆語的用法で用例はあまり多くない:puellae semper cāritās「少女の常なる優しさ」

こうして生まれた前置詞は近代語の中で単純化した格変化に代わって単語の役割を示すための指標のひとつとなり、古典語以上に大きな役割を担うようになった。ロマンス諸語や英語で前置詞が多用される背景にはこのような歴史がある。

西洋における品詞分類の歴史はプラトーンがλόγος「文章」をὄνομα「名詞」とῥῆμα「動詞」に分けたことで幕を開けた。それ以来様々な分類法が考案され、最終的にはディオニューシオス・トラークスの分類法が基盤となり、多少の修正を経て現代に至っている。

Mementō morī, nōn es deus.「死ぬことを忘れるな。お前は神ではない」
メメントー・モリーは本来こういうニュアンスの言葉だったようです。凱旋式を挙げた将軍に対してささやかれたといわれていますね。傲慢になってはいけない、あなたは神になったわけではないのだから、と。
後世になって疫病が流行ると人間の命の儚さを自嘲的に語る警句としても使われるようになっていくけどね。

【マクロン付きラテン文字】Ā ā Ē ē Ī ī Ō ō Ū ū Ȳ ȳ 古典ラテン語入力のお供にどうぞ。

ᾇ ←こういう文字を見るとよくここまでひとつの文字にいろんな記号をつけられるもんだなと感心すらしてしまう。
具体的には有気記号(ἁ)と曲アクセント記号(ᾶ)と下書きのイオータ(ᾳ)がついてます。

クセノポーンは古典時代の著述家で、同時代の名高い文人同様アッティカ方言で著述を行った。彼の散文には他方言の要素が多く含まれており、いわばコイネーの先駆をなしている点に大きな特色がある。語彙の面ではアッティカ方言での使用率が低いσύν「共に」を多用していることで知られている。

σύνは「共に」を意味する前置詞で、語接頭辞としてはσυμμαχία「同盟」のような多数の単語を生んだものの、アッティカ方言ではμετάに押されて単独の前置詞としては衰退していく傾向にあった。ただしσύν θεοῖς「神々の加護の下に」のような慣用句の中では命脈を保っている。

他に重要な人物としてはΞενοφάνης「クセノパネース」が挙げられる。この名前はξένος「異国の」とφαίνω「現れる」の合成語で「異国からの来訪者」という意味を持つ。

クセノパネースは独自の宇宙観を持つ前6世紀の哲学者で、最も注目に値すべき点として、ホメーロスの叙事詩に描かれる人格を持った神々を「盗みや騙し合いを働く悪質な存在」と批判したことで知られている。また彼は「賢者を見つけるには自分自身が賢者でなければならない」という言葉も残している。

名高い思想家を多数輩出した古代ギリシャ人や古代ローマ人は「神々とはどのような存在なのか」という命題について多くの議論を交わしていた。そして常に神々と共にあった彼らの印象に反して、キケローが『神々の本性について』の中で言及しているように、無神論や不可知論を唱える人々も存在していた。

無神論や不可知論以外にも、もし神々がホメーロスの叙事詩に描かれているような存在であったら信仰には値しないと生きている人間の立場から断言した哲学者や、神々とは過去に実在した偉大な人物が祀られたことで生まれた存在であると考えその起源に迫った思想家もいた。


http://togetter.com/li/582240
https://twitter.com/anima_solaris/status/394240281240801280
陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日
ラテン語の完了幹形成法について。


ラテン語の動詞は文章上での役割に応じて様々な形に変化する。その体系を理解するには多くの活用の基本となる形――例としてamō「愛する」であれば、辞書に掲載されているamō, amāre, amāvī, amātumという4つの基本形を記憶しておく必要がある。


それは能動態の直説法現在一人称単数のamōが辞書の見出し語であると同時に、不定法現在のamā-reからは現在幹が、直説法完了一人称単数のamāv-īからは完了幹が、目的分詞対格のamāt-umからは完了分詞幹と目的分詞幹が規則的に導き出せるからに他ならない。


屈折語であるラテン語の習得にはこのような「語幹」に対する意識が欠かせない。中でも現在幹から完了幹を導く方法については体系的な理解が必要となる。


ラテン語の動詞の完了幹はその形成法によって複数のパターンに分類されている。


【ラテン語の完了幹形成法】
1.v完了:amō「愛する」 am-ā-re→am-ā-v-ī
2.u完了:moneō「忠告する」 mon-ē-re→mon-u-ī
3.s完了:carpō「摘み取る」 carp-e-re→carp-s-ī


4.畳音完了:tendō「伸ばす」 tend-e-re→te-tend-ī
5.延長完了:veniō「来る」 ven-ī-re→vēn-ī
6.語根完了:dēfendō「防ぐ」 dēfend-e-re→dēfend-ī
7.不規則完了:sum「~である」 es-se→fu-ī


この中の最大勢力はv完了で、第一・第四変化動詞の大半がこの形式に属している。u完了はその変種であり第二変化動詞の大半に用いられている。v完了はラテン語の歴史を通じて生産的であり、他の形式を押して拡大していく傾向があった。
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‏@anima_solaris

表からもわかる通り、v完了の大半が幹母音を含む現在幹+vで形成されているのに対し、他のパターンの完了幹はすべて語根(より厳密には動詞幹)から形成されている。語根はいわば動詞の意味の根源となる存在で、大半の動詞においては現在幹から幹母音や接辞を除いた形に等しい。

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vague

9:10 - 2013年10月27日
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

ただしv完了も常に現在幹から作られているわけではなく、現在幹の一部に見られる-n-や-sc-などの接中辞や畳音接頭辞が挿入されることはない:crēscō「成長する」 crē-sc-e-re, crēv-ī
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

v完了のv[w]はおそらく古い印欧語文献の中で散発的に使われている完了の[w]と同じものだが、ラテン語の中で特に大きく発達し、この言語の完了組織の特徴というべき存在感を示している。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

第四変化動詞のv完了では時にこのvの脱落が発生する。このとき母音の直前に位置した母音は通常短縮され(audiō「聞く」 aud-ī-re→aud-ī-v-ī>*audīī>audiī)、sの前ではそのまま融合する(aud-ī-v-istī>*audīistī>audīstī)。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

同様の現象は第一・第二変化動詞のv完了でも発生することがある。ただし第四変化動詞とは異なり幹母音ā/ēの短縮は起こらず、融合の結果は常にā/ēとなる(dēleō「滅ぼす」 dēl-ē-re→dēl-ē-v-ī, dēl-ē-v-istī>*dēlēistī>dēlēstī)。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

u完了のuはv完了のvが母音化したもので、起源ははっきりしないが、書籍によっては直前の母音が消失したことで生まれた形だという説明を載せていることもある(genō「生み出す」 gen-e-re→*gen-a-v-ī>gen-u-ī)。この*aは印欧祖語の喉音が母音化したものらしい。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

s完了はギリシャ語のσ完結相のσと起源を同じくする存在で、ラテン語の動詞組織の完了相と完結相が融合したことに伴い完了幹形成法の一種となったものだと思われる。このときsは直前の子音と接触することで様々な音韻変化を引き起こす。また語根の母音延長を伴うことがある点にも注意。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

p+s>ps:carpō「摘み取る」 carp-e-re→carps-ī
b+s>ps:scrībō「書く」 scrīb-e-re→scrīps-ī
c+s>x:dīcō「言う」 dīc-e-re→dīx-ī
g+s>x:regō「支配する」 reg-e-re→rēx-ī
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

t+s>s:sentiō「感じる」 sent-ī-re→sens-ī
d+s>s:claudō「閉じる」 claud-e-re→claus-ī



t+s, d+sは短母音の直後などでは時にssとなることもある:
t+s>ss:discutiō「打ち砕く」 discut-e-re>discuss-ī
d+s>ss:prōcēdō「前進する」 prōcēd-e-re>prōcess-ī
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

gerō「運ぶ」 ger-e-re→gess-īの変化は不規則に見えるが、この単語の語根はges-であり、現在幹ではsが母音間で規則的にrへと変化しているにすぎない(これに対してt+s, d+sから二次的に生じたsは例外的に母音間でも変化しない)。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

mittō「送る」 mitt-e-re>mīs-īではtts>ts>sの変化によって複数の子音が失われたため、先頭音節に母音の代償延長が発生している。このようにs完了のsが引き起こす変化は多岐に渡る。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

畳音完了は「先頭子音+e」を接頭辞として形成する完了形で第三変化動詞に多く(tendō「伸ばす」 tend-e-re→te-tend-ī)、ギリシャ語ではこの形が多数派を形成している(παιδεύω「教育する」 παιδεύ-ειν→πε-παίδευ-κα)。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

このとき第二音節の母音は弱化することが多い:
a>i:canō「歌う」 can-e-re→ce-cin-ī
a>e:parcō「許す」 parc-e-re→pe-perc-ī
ae>ī:caedō「倒す」 caed-e-re→ce-cīd-ī
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

母音弱化とは広母音から狭母音への変化を意味する現象で、ラテン語では文献以前の第二音節に発生し、aは開音節ではiに、閉音節ではeに変化したといわれている。ae>īの変化は独特だが、aeがēの近似音であることを踏まえてē>īのようなものだと解釈すれば理解しやすい。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

他にはe>i, o>u, au>ūといったパターンが存在するが、ラテン語の畳音完了にはあまり見られない。また長母音に関しては短母音や二重母音と比べて遥かに安定性が高かったらしく、弱化現象とは無縁であることが多い。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

またe以外の母音を用いた畳音完了も存在するが、これらは類推形だと考えられている:
mordeō「噛む」 mord-ē-re→mo-mord-ī (古形:memordī)
currō「走る」 curr-e-re→cu-curr-ī (古形:cecurrī)



sp-, st-のような2子音で始まる動詞の場合は「2子音+e」が畳音に用いられる。このとき元の語根の先頭子音は失われることが多く、完了幹は特殊な形を呈する:stō「立つ」 stā-re→ste-t-ī
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

延長完了は語根の短母音を長母音に変えることによって形成する完了であり母音交替完了ともいう。このときaはēに変化することが非常に多く、これを延長完了とは別にカウントしているケースも少なくない。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

母音交替は極めて古い時代の印欧語に見られた現象で、語根に含まれる母音の長さや音質を変えることで単語の文法的な性質を表すことをいう。そのため単なる母音融合や母音弱化のような自然変化は含まれない。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

母音交替には質的交替(音質の変化/母音の消滅)量的交替(長さの変化)とがあり、両者が併用されていることも多い。延長完了は主にこの量的交替を用いたものだと考えればいい。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

a>ē:agō「行う」 ag-e-re→ēg-ī
e>ē:legō「読む」 leg-e-re→lēg-ī
i>ī:videō「見る」 vid-ē-re→vīd-ī
o>ō:voveō「誓う」 vov-ē-re→vōv-ī
u>ū:fugiō「逃げる」 fug-e-re→fūg-ī
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

他にa>āの純粋な延長を行う動詞が少数存在する:
lavō「洗う」 lav-ā-re→lāv-ī
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

語根完了は現在幹と完了幹の間で語根が共用されている特殊なパターンで、vertō「回す」、minuō「減らす」、dēfendō「防ぐ」のようなごく少数の動詞にしか見られない。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

これらに含まれない不規則完了はごくわずかで、その多くは本来規則的であったものが環境の変化によって不規則に見えているにすぎない。


この中で最も古いのは畳音完了と延長完了の2つであり、これらは印欧祖語の時代に遡る完了幹形成法だと考えられている。時代の変化と共に完了幹の形成法が変わった動詞も多く、その背景にはv完了の発達や類推変化の隆盛といった言語の歴史がある。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

母音延長を伴うs完了は古来の延長完了と完結相起源のsが融合したものと解釈することもできるかもしれない。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

またラテン語には現在幹に接中辞(-n-, -sc-)や語根重複(先頭子音+i)が用いられている動詞が一定数存在するが、これらの動詞は現在幹と完了幹が著しく異なる形を見せるため特に注意を要する。このような語彙は特に第三変化動詞に多い。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

例としてvincō「勝利する」の語根はvic-だが、現在幹は接中辞-n-によってvinc-に、完了幹は母音延長によってvīc-に、目的分詞幹はtによる規則的な延長によってvict-という形になる。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

そして数は比較的少ないが、上述した延長完了とは違った印欧祖語時代の母音交替システムを維持している動詞にも注意が必要となる。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

例としてgignō「生み出す」にはgen/gnという2種類の語根が存在し、現在幹には弱語根(縮減階梯)gnと先頭子音重複によるgign-という形が、完了幹には強語根(完全階梯)genとu完了によるgenu-という形が用いられている。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

この動詞には前述したgenōという別形も存在するが、こちらの語根はgen-で一定している。
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

またsistō「立てる」(語根st-)の現在幹がsiste-、完了幹がstet-(類推形stit-)であることからもわかるように、同じ畳音でも畳音現在が「1子音+i」であるのに対し、畳音完了は「2子音+e」によって形成されているという違いがある。


これらの接中辞や畳音接頭辞は現在幹にしか現れない。中には例外らしき動詞も存在するが、これが類推変化なのかそもそも接辞ではなく元の語根の一部なのかは不明:poscō「要求する」 posc-e-re→po-posc-ī
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陸 ‏@anima_solaris 2013年10月27日

以上のようにラテン語の完了幹形成には極めて緻密でありながらも多岐に渡る方法が用いられている。このパターンの多さは一見すると複雑にも映るが、言語学的に見ればかなり規則性が高いといえる。



‏@anima_solaris

rosaやolīvaなどの導入経路ははっきりしない。これはギリシャ語のῥόδονやἐλαίαと同一起源の語だが、おそらくは文献時代よりも前に分布していた未知の地中海諸語からの共通の借用語だと考えられている(この手の語彙としては「酒」を意味するϝοῖνος及びvīnumが有名)。

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七瀬遙に感謝するシン
朱楽@山籠り
子子子子子(ねここねこ)

6:24 - 2015年8月26日
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

この語がエトルーリア語の経由で借用されたかどうか、謎の“地中海語“がエトルーリア語を含む既知の言語と系統関係のある存在だったかどうかについては目下のところ不明と言っておくしかないだろう。なお「ユリ」を意味するλείριον/līliumはエジプト語由来だといわれている。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

加えてアナトリア地方の君主を指す言葉だったτύραννος「支配者,僭主」はエトルーリア語にもturonのような形で例証があり、エトルーリア神話の愛の女神Turan「トゥラン」とも語源関係がある可能性が高い。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

ちなみにo>aの変化はヒッタイト語を初めとする古代地中海世界に分布していた/o/を欠く言語によく見られる変化で、あるいはエトルーリア語の一部においてもこれに類する変化が起こった可能性を検討してみるべきかもしれない。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

ラテン語におけるエトルーリア語由来の語彙の中にはoやōを含むものもあるため、それらがすべてラテン語における変異でなければ、少なくとも初期のエトルーリア語には/o/の音素があったか、そうでなくても/u/は音声レベルでは[o]のように聞こえることがあったということなのかもしれない。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

なおエトルーリア語ではoの転写にはuが用いられていたようだ(ex. Ἰάσων「イアーソーン」→Easun)。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

他に言及を要すべき語彙としてGāius「ガーイウス」が挙げられる。これはgaudeō「歓喜する」と語源関係があると見られる名前で、古代イタリアでは非常に人気が高く、ローマ人のみならずオスク人の名前としても広く使われていた。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

この名の古形はおそらく*Gāviosで、オスク語ではGāviusとして文証される。そして重要な点として、この語に相当する人名はエトルーリア人の間でも一般的だったようだ。そのためこの語についてはイタリック語派の言語からエトルーリア語への借用語と見るべきかもしれない。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

同様にGnaeus「グナエウス」に相当する人名などもエトルーリア語に存在する。これらの語の流行にエトルーリアが関与していた可能性や他の言語からラテン語への導入が行われた可能性もあるかもしれないが、現段階ではイタリック語派に広く見られる人名としておくのが無難だろう。



他にPompeius「ポンペイウス」やTarpeia「タルペイア」などの人名に見られる接尾辞の-eius/-eiaに関してもエトルーリア語起源説があるが、これらはオスク・ウンブリア語起源の可能性もある。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

エトルーリア語の系統的な帰属関係については謎が多く、今でも探求が続けられている。伝統的には印欧語族に属さないことだけはほぼ確実とされており、現在でも一般的には系統不明とされている。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

しかしながらかつては印欧諸語にもセム諸語にも属さないと見られていたリューディア語やリュキア語がヒッタイト語・パラー語・ルウィ語などと同じ印欧語族アナトリア語派に属するとわかった現在では「アナトリア語派説」などからの見直しも必要になってくるのではないか、と唱える学者もいるようだ。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

エトルーリア語をアナトリア語派の一員と見なす説の根拠としては属格の-s, -(a)l、地格-thi、そして与格と推測される-iなどの格語尾や人称代名詞のmi、そして指示代名詞のca, taや代名詞の対格語尾-nなどが特に注目に値する。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

これらの要素は確かにヒッタイト語の名詞属格-(a)s、代名詞属格-el、指示代名詞ka-「これ」、そして印欧語全般に及ぶm-を基幹子音とする一人称代名詞や-iを用いた与格/地格とも類似する。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

またエトルーリアの伝説上の王Tarquīnus「タルクィーヌス」及びその名に由来する地名Tarquīnia「タルクィーニア」(エトルーリア語:TarchuまたはTarchuna)はヒッタイト語の語根tarḫ-「征服する」や雷神Tarḫu「タルフ」の名と語源関係があると見られる。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

しかしながらエトルーリア語を印欧語族と見なす説には大きな問題もないわけではない。印欧語族という概念の発見に繋がったサンスクリット語・ギリシャ語・ラテン語の同系性の証明の決め手となったのは基数詞や親族名だが、エトルーリア語のそれと既存の印欧語との類似性は判然としない。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

また形態法、特に動詞の活用組織は古代印欧語のものとはだいぶ異なる印象がある。名詞に関しても数と格の標識の様相はタイプとしては現代のインド・イラン諸語やアルメニア語などと似ており、これらの言語のように独自の再編が行われたという想像もできるが、数の標示のあり方など独特の要素も多い。



現段階ではエトルーリア語の帰属を判断することは難しい。非印欧語と考え、一部に見られる類似性の多くを隣接言語との相互影響による収斂と見なすのも、アナトリア諸語などの印欧語との同系性を見出すのにも一定の理があるように見えるが、詳細に関しては今後の進展を待って慎重に判断すべきだろう。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

ところでラテン語で「左の」を意味する語としてはlaevus, scaevus, sinisterなどがあるが、このうちlaevusやsinisterには「不吉な」と「縁起の良い」という相反する2つの意味がある(『羅和辞典』P356, 606)。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

印欧語では一般的に右を表すdexterなどの語のほうが左を表す語よりも全体としてはいい意味で使われることが多い傾向があるが、このように左がプラスの意味を帯びるケースもある。ラテン語の場合、この現象の背景には鳥が飛んだ方向で神託を伺い物事の吉凶を占う「鳥占い」の文化が関係している。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

ギリシャ人は北を向いて鳥占いを行ったようで東(右)に飛べば吉、西(左)に飛べば凶という判断になるのが普通だった。これに対してエトルーリア人は南を向いて鳥占いを行い、東のある左を吉兆の証拠とするのが普通だった。そのためローマ人もその影響を受けているケースがある、ということになる。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

古代イタリア半島周辺は古くからリグリア語・エトルーリア語・ラテン語・ファリスク語・ウンブリア語・オスク語・メッサピア語・ギリシャ語・フェニキア語など、印欧語・非印欧語を問わず様々な言語がひしめく多言語地帯だった。https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d8/Iron_Age_Italy.png …
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

やがてローマが台頭するとラテン語がイタリア半島を初めとするヨーロッパ各地に広まっていくが、当時は公用語と地方語の使い分けはよく見られた光景であり、他の言語がすぐに使われなくなったわけではない。特にオスク語やエトルーリア語は長く存続していた。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

後1世紀のポンペーイーにはオスク語の落書きが相当あり、この言語が帝政初期に至るまで健在だったことを窺わせる。またラテン語の末裔である現代イタリア語の方言の中にはオスク語の影響が見られるという説がある変種が少なくない。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

たとえばラテン語のmundus「世界」を受け継ぐイタリア語の標準語のmondoとナポリ方言のmunneを比較すればわかるように、イタリア中南部の方言では-nd-が-nn-に変化していることがある。これはオスク・ウンブリア語の影響の可能性があるという(『イタリア語の起源』P9)。



仮にこの想定が正しいとすれば、この変化が起こったのはオスク語話者がラテン語を習得した際に元の第一言語であるオスク語の影響が生じたからだと説明できる。このとき乗り換え前の言語を「基層言語」という。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

フランス語はガッリア人がラテン語を習得したこと影響でガッリア語などのケルト諸語が基層となっており、さらに後の時代にはフランク人がフランス語への切り替えを行ったことによるゲルマン諸語の影響も見られる(V2語順起源の文法要素や音節の脱落による単音節化など)。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

多数派の例ではないが、ラテン語・オスク語・エトルーリア語をすべて操れる人物は帝政期にも存在し、キケローやスウェートーニウスの著作などにもエトルーリア語の語彙などに関する記述が登場する。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

アウグストゥスの腹心の部下であるマエケーナースはエトルーリア人の血を引く人物であり、当人もそれを誇りにしていたという。エトルーリア人は早くから独自の文明を発達させた一方で民族としては徐々にローマ人に同化していったが、その言語や文化の少なくとも一部は帝政末期まで存続していたようだ。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

興味深いことに古代ローマの詩人や劇作家の多くはローマ生まれではない。エンニウス、プラウトゥス、テレンティウス、カトゥッルス、ウェルギリウス、ホラーティウス、オウィディウスなど多くの人物が地方都市あるいはイタリア以外の地域の出身者として知られている。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

たとえば初期のローマ詩人として名高いエンニウスはオスク語圏である南イタリア・カラブリア地方のルディアエの出身者であり、ローマに属しながらもギリシャ人の血を引き、オスク語、ラテン語、ギリシャ語を自在に操れたといわれている。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

ウェルギリウスやオウィディウスと共に古代ローマ三大詩人として名高いHorātius「ホラーティウス」の名もエトルーリア語起源の可能性があるという。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

今回エトルーリア語に言及するに際しては松本克己の『歴史言語学の方法』によるところが大だった。民族名及び歴史はP411-412、文字及び音韻はP414-415、語彙及び文法体系はP415-417、系統関係の考察はP417-148、エトルーリア系語彙に関してはP477などに詳しい。



その他エトルーリア文明に関してはドミニク・ブリケル『エトルリア人―ローマの先住民族起源・文明・言語』、ギリシャ文字やラテン文字に関しては高津春繁『ギリシア語文法』や風間喜代三『ラテン語とギリシア語』、ラテン語の歴史に関しては小林標『ラテン語の世界』などが参考になる。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

先史時代のギリシャの言語状況やエトルーリア語の立ち位置などについては今回挙げた『歴史言語学の方法』に様々な記述があるため通読を推奨する。高津春繁他『世界言語概説<上>』にも有益な情報があるが、エトルーリア語の解読が今よりも進んでいない時代の本であるためその点には注意を要する。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

印欧語歴史言語学に新たな光を当てたアナトリア諸語の概説や教科書としては大城光正・吉田和彦『印欧アナトリア諸語概説』という記念碑的な名作がある。この著作ではヒッタイト語、パラー語、楔形文字ルウィ語、象形文字ルウィ語、リュキア語、リューディア語の6言語の概説を中心に構成されている。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

エトルーリア語の単語に関しては『歴史言語学の方法』にも数詞などの記載があるが、手近なところでは英語版wikipediaでもいくつか列挙されている。
https://en.wikipedia.org/wiki/Etruscan_language …
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

同サイトにはエトルーリア神話に関するページもある。英語版はこの手の記述を扱った手軽に見られるページにしては出典が比較的充実しているため、手始めに見ておくのも有意義だと思われる。https://en.wikipedia.org/wiki/Etruscan_mythology …
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

エトルーリア語の語彙には表記の揺れも多く、その実態を解き明かすのは必ずしも容易ではないが、一部には母音交替が見られたと思われる例もある。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

たとえば「息子」を意味する単語はclanだが、格語尾-śiを加えた形は*clan-śi>clen-śi、複数形は*clan-ar>clen-ar、両者を共に付加した*clan-ar-śiはclen-ar-śiのような形になったようだ。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

また『歴史言語学の方法』P417ではmethlum「国」→methlum-eś「国の」methlum-er-ś「国の」のように属格-sの異形態として-(e)śが、複数接辞-(a)rの異形態として-erが挙げられている。この違いはおそらく音環境によるものだろう。



このように名詞の複数は接尾辞-(a)rで示されるが義務的ではなく、特に無生名詞や数詞を伴う名詞では使われないことも多いという。また名詞形態素の順序はclen-ar-śi「息子-たち-に」のように「語幹-数-格」という配列になっているようで、これは類型的に最も普通のタイプとなる。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

また、『歴史言語学の方法』P477には掲載されていないが、他にエトルーリア語からの外来語である可能性が指摘されている語彙としては次のような例が挙げられる。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

arēna「砂地,闘技場」、arista「麦穂」、ās「12部分から成る単位」、balteus「剣帯」、caerimōniae「儀式」、fala「高い足場」、fenestra「窓」、ferrum「鉄」、lanista「剣闘士養成者」、lūdus「ゲーム」、merx「商品,商業」
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

mīles「兵士」、mundus「世界」、oleum「オリーブオイル」、olīva「オリーブ」、rosa「バラ」、satelles「護衛,仲間,支持者」、spūrius「庶出の」、tīna「酒瓶」、tīrō「新兵,初心者」、tunica「トゥニカ」
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

Aprīlis「4月」、Hadria「ハドリア海」、Herculēs「ヘーラクレース」、Horātius「ホラーティウス」、Lār「ラール,守護精霊」、Mercurius「メルクリウス」、Palātium「パラーティウム」、Rōma「ローマ」、Sāturnus「サートゥルヌス」
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

Ulixēs「オデュッセウス」、Varrō「ワッロー」
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

なお、これらのエトルーリア語彙の中にはエトルーリア語にとっても借用語である中間経由語彙が含まれているという点に注意されたい。たとえば前掲書のtriumphus/triumphusはtriampeのような形で文証されるが、これは無論ギリシャ語のθρίαμβοςに由来している。
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陸 ‏@anima_solaris 2015年8月26日

エトルーリア人の活動が現れる最後の記録は古代末期、ゴート人の王アラリック1世によるローマ包囲時、異民族撃退の祈りを捧げていたという記述で、公的なものとしてはこれが最終期のものとなる。



魔王アモン ‏@mryensrh11 8月7日

違法な業者とかがよくやる古典的な手口でさ
名前だけ変えて別会社のフリして
営業続けるってよくある話だよね
「ええ、アテクシたちはAですけど?
は?B?なんですかそれは?」っていうの

さーて、これはフェニキアがユダヤを名乗った時の手口でもあるんだが

それ「だけ」か?
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ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人)
‏@lakudagoya

@mryensrh11 それ何万社もある派遣屋みたいやね。

で、ラテン人がアルファベットを使うようになったのはエトルリアの影響なんだとか。出典「ラテン語のしくみ」

エトルリアあんま資料ないですけど、部族社会のローマくらいから古くいるけど、ローマと混血して消えました。


ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 8月7日

ローマ人と混血して「消えた」エトルリア人。ローマと戦って「消えた」フェニキア人。

たんぽぽさんの言うように、フェニキアはヘルメスのように姿を隠す帽子を持ってるくさい。

なぜにやつらはあれだけ古代から多大な影響力を持って消えるのか?

国家という肉体を捨てたのだよね。

ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 7月28日

ほれ、「経典の宗教」なら各種アルファベットの対応表だべ。

地中海・オリエント世界に(北欧やケルトも含め)文字をもたらしたのはフェニキア人かもな。

こんなに似てたら面白いだろ?

「経典の宗教」ってやつらの発明でないの? pic.twitter.com/jk7zl1GOFm






ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 8月5日

ローマに高度な建築技術をもたらしたのはエトルリア人。ローマ特有のアーチ工法はエトルリアからもたらされた。

石屋さんでもロイヤルアーチ云々あるのは関係あるのかな?

あ、エトルリアってフェニキア語使ってたんだよね。

またやつらか! pic.twitter.com/rEQocUzUBd





P・グラレム ‏@pinkglalem 2015年10月12日

仁徳天皇陵は、実はなんだかわからない遺跡なんでしょ?今は大仙陵古墳って言われてるの?ホントは誰も正体を知らない。ピラミッドはエジプト人が造ったと言われてるけど、何で新しいのをまた造らないのか?そんな話...エジプト人は造り方を知らない。造ってないから...
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P・グラレム ‏@pinkglalem 2015年10月12日

@pinkglalem ...造ってないから知るワケがない。スフインクスには明らかに大雨で侵食されたと思われる跡が残ってる。つまり、その昔、エジプトには長い雨季があった。エジプトがジャングルだった時代は1万5千年以上前、その頃スフインクスとかは造られてる。
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P・グラレム ‏@pinkglalem 2015年10月12日

@pinkglalem キリスト教はヒラムとか言う空想上の人物を登場させて、ピラミッド建設の説明をしてる。コレはフリーメイソンとかのデマのもとになった話でしたっけ...?ソロモン神殿を造ったのもこの人になってるの...?
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ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人)
‏@lakudagoya

@pinkglalem このあたりのネタすべてガセですけど、ヒラムというとフェニキアの王様の名前ですね。ちなみにローマに高度な知識と技術持ち込んだエトルリア人はフェニキア語使ってて、アーチ構造もエトルリア人のもの。アーチといったらフリーメイソンで重要でふね。

9
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社会毒はいらない!!さようなら偽善!
ねこのさや
子子子子子(ねここねこ)

21:03 - 2015年10月12日
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子子子子子(ねここねこ) ツイート内
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@lakudagoya @pinkglalemさんへ返信する


P・グラレム ‏@pinkglalem 2015年10月12日

@lakudagoya ローマの水道橋はアーチなんでしたっけ?真似た構造のがメガネ橋というのが軽井沢にあります。碓氷峠の...ヒラムは殺されたンで建築技術が絶えたって話。聖書だと世界の歴史は6000年ほどだから、辻褄合わせがタイヘン...
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ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 2015年10月12日

@pinkglalem フリーメイソンの神話ではヒラムは太陽を中天にあがるころに拝んでました。ユダヤ教には午後の祈りをする習慣はありません。このへんがヒント。はい、ローマの水道橋はアーチです。ドーム構造もアーチ構造を使うことで鉄筋なしで作れたりします。




Kanatani, Joe 金谷 譲 ‏@BlogJoseph 8月17日
小林標『ラテン語の世界』(中公公論新社2006/2)に、ラテン語に対するギリシア語の関係を指して、「傍層語」=すぐ近くにあって長時間影響を横から与える言語との位置付けがなされている(「Ⅳ 拡大するラテン語」99頁)。例えば日本語は以前は中国語で今は英語がそれに当たるとの敷衍あり。


Lecture 7: Biblical Hebrew Grammar I - Dr. Bill Barrick
https://www.youtube.com/watch?v=4AvtDzbOqHk

Reading Exercise for Chapter 4 of Basics of Biblical Greek
https://www.youtube.com/watch?v=1fcyBNJfGSI




新約聖書のギリシア語文法
織田 昭 (著)
『日本語対訳 ギリシア語新約聖書』(教文館)
佐藤淳一著 「はじめてのヘブライ語」ミルトス 1993年刊
青木偉作著「はじめての聖書ヘブライ語」国際語学社 2010年刊
青木偉作著「まずはこれだけヘブライ語」国際語学社 2008刊
「ヘブライ語入門」日本ヘブライ文化協会
2008年第3版刊 p363
(この本は当ブログの過去記事で
登場したミスターガチプロこと、阿部望先生が編集委員の1人)

野口誠・野口良哉著「聖書ヘブル語四週間」
いのちのことば社 1994年刊 p110
(この本のp76では「霊 or 風」の「ルアハ」は
ルーハとは読まないとも書いてある。)

よって「ルアハ=風=霊」
藤村シシン│特別展古代ギリシャサポーター ‏@s_i_s_i_n 2015年6月14日
個人的なおすすめルートは、【1】『古典ギリシア語のしくみ』植田かおり→【2】『ギリシア語入門』田中&松平/【3】『古典ギリシア語入門』池田黎太郎(※併用)→【4】『ギリシア語文法』高津春繁、でしょうか! @Englishugarin https://twitter.com/Englishugarin/status/610077705502130176 …

【1】は文法書未満の優しい古代ギリシャ語解説書で読み物として面白い、【2】は攻守ともにバランスがいいが、問題集に解答がないので独習者向けじゃない、【3】は活用表が見やすく実践的に使える、【4】は方言、時代ごとの文法変化にも対応した本、という感じです


ヘブル語コラム
http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E3%83%98%E3%83%96%E3%83%AB%E8%AA%9E%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%A0



Introduction to Biblical Greek: Unit 1: Alphabet
https://www.youtube.com/watch?v=IgznaS7zDwE



1を辞書的に使いながら 2 神々の名前篇を見ることを勧める
古典ギリシア語入門 1 ギリシア文字と発音記号
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17114700

古典ギリシア語入門 2
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17114994

神ごとに説明がついているので神話の勉強になる
古典ギリシア語入門 2 神名編 
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17153567

古典ギリシア語入門 2 単語を読む練習
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17114994

古典ギリシア語入門 3 ω動詞
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17215335


古典ギリシア語入門 4 語尾が長母音のαで終わる名詞
http://www.nicovideo.jp/watch/sm18416269
※4で終わり

一番の壁は知らない文字と読み方
意味は分からないがとにかく単語は読める状態にいかに早く持っていくかが大事



ギリシア語入門 改訂版 (岩波全書 137) /田中美知太郎・松平千秋著

knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト1
http://codetripleseven.blogspot.jp/2016/07/knznymmmy1.html
“エトセトラ et cetra
紀元後のAD anno domini
午前のam ante meridiem
午後のpm post meridiem
推理小説のアリバイ alibi
大学のPh.D philosophiae doctor
手紙のPS post scriptum
漫画とかでA対Bのvs versus
ゲームのグラディウス gladius=ラテン語で「剣」
自動車のアルト ラテン語で「高い」
自動車のアウディ ラテン語で「聞く」
自動車のコロナ ラテン語で「冠」
自動車のミラ ラテン語で「驚くべき」
自動車のセルシオ ラテン語で「高い(比較級)」
自動車のクレスタ ラテン語で「トサカ」
自動車のフィアット ラテン語で「成るように」
自動車のジェミニ ラテン語で「双子」
自動車のグロリア ラテン語で「栄光」
自動車のイプサム ラテン語で「自身の」
自動車のルシーダ ラテン語で「明るい」
自動車のメルセデス ラテン語で「報酬」
自動車のプリウス ラテン語で「先頭の」

また墓に書くR.I.P.「安らかに眠れ」はラテン語
requiescat in pace
英語のrest in peaceもちょうどR.I.P.なので
こっちでも間違いではない。しかし元祖はラテン語。

またセブンネットショッピングが
オムニセブンになったのもラテン語系。
「系」というのはセブンはラテン語ではないから。
ラテン語でomnisという形容詞は
英語のeachやeveryに相当する。
文脈次第では「全ての」「あらゆる」と訳できる事もある。
食品でも本でも「何でも」揃う
あのネットショッピングには適切な名前だ。

アカヒ新聞のコラム「天声人語」の由来は
"vox populi vox dei"と言われる。
これは「民の声は神の声」という意味。
(…)
コイネーの勢力圏=パレスチナでキリスト教は発生した。
だから新約聖書も最初はコイネーで書かれた。
教皇すら初期はコイネーで書簡その他を残している。
やがてキリスト教は勢力を広げローマ帝国の本丸
イタリア半島その他、西方にも広まった。
つまりコイネーの地域を飛び出してラテン語の地域に波及した。
ここでギリシア語だけではなくラテン語での聖書が必要になる。
そこへラテン語訳聖書を引っ提げて聖ヒエロニムス見参!
これこそがウルガタ(ラテン語訳)聖書。
新約は383年、旧約は405年に翻訳完成。
ウルガタとはvulgatusというラテン語の形容詞。

私が持っている辞書は
the new college latin-english dictionary 3rd edition
by john c. traupman ph.d bantam books 2007年刊
安い割には英羅と羅英がセットになっていてお買い得。
紙質は新聞紙的な安物臭が漂うがアマゾンでも高評価。
ガチKGBのラテン語辞書オヌヌメナンバーワンだ。
(いや、まあ、他の辞書知らないから
上から数えても下から数えても1番という意味だけどな!!)

さて、この辞書によるとvulgatusは形容詞で
general, well-known
これの女性形がvulgataに他ならない。
(聖書は女性名詞だから形容詞が女性形になる)
私が持っているウルガタの正式なタイトルは
webster-gryson biblia sacra vulgata
editio quinta 2007年刊

ブルガタではない。Uの文字は後から開発された。
元々Vの字が現在のUの役割を果たしていた。
例えばウイルスがvirusなのはこの関係。
「ゔいるす」ではない。「ういるす」
VがUの役割を果たしていた時代の名残だ。

後から追加された文字はUだけではない。
ラテン語のアルファベット(エレメンタという)を見ると
今の英語のアルファベットと比較して J K U W が無い。
それから小文字も無い。昔は大文字しかなかった。
但しラテン語の歴史も長いのである程度後期の文献・写本には
JやKその他が使われる等、変遷がある。
私の持っているbiblia sacra vulgataは
最古かどうかは知らないが、文法や表記が結構古い。

さて、ブルガタならぬウルガタの意味は
「一般の」という事。ある意味標準語。
当時の一般大衆が日常使っていたラテン語だという事。
翻訳のしようによっては「口語訳」とも言える。
文学的な表現ではないという事。

そもそも紀元前、まだローマが弱小でしかなかった頃
イタリア半島にはギリシアの植民地があった。
(画像省略)
さっきの地図をもう一度見るといい。
ギリシアとイタリアは結構近い。
最短部分だとせいぜい50キロ程度。 朝鮮半島と九州より近い。
当然、当時のギリシアは先進国。ローマは後進国。
だから上層階級もギリシア語を話す事を好んでいた。
当時のラテン語は"sermo plebeius"(庶民語)と揶揄された。
下等な言語と考えられていた。
(「教会ラテン語への招き」田淵文男監修 江澤増雄著 p112)

「教会ラテン語事始め」田淵文男監修 江澤増雄著の
p12によると
こういうラテン語よりもギリシア語が格上だとする風潮は
紀元前だけではなく紀元後にも残っていたという。

また、ラテン語内部でも
sermo vulgaris 下層大衆の言葉
sermo urubanus 教養人の言葉
の区別があったようだ。
ウルガタ聖書はsermo vulgarisの系列。
「教会ラテン語事始め」p14


knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト2
http://codetripleseven.blogspot.jp/2016/07/knznymmmy.html
” ex opere operato
ex opere operantis
「教会ラテン語への招き」p36以降に
典型的なキリスト教論理が掲載されている。

司祭という立場に「価値・意味」があるのであって
司祭個人がどんな人物であるかは不問だという主張。
メチャクチャだ。

まず
司祭である男性信徒が身に受けた叙階の秘跡は
キリストがお定めになったものであり
その男性信徒が司祭として振る舞う時
その男性信徒の「個人的人柄・教養・学識・知的水準・人徳」
に関わりなくキリストから信徒への恩寵が保証されている。

保証されていません!
そもそも定めてもいません!

人柄の好ましくない司祭、教養に欠ける司祭、
学識の程度の怪しい司祭、常識の程度が疑わしい司祭
生活の態度がだらしない司祭などに遭遇する機会は
ままあります。
(中略)
秘跡は司祭が個人としてどのような人物であろうとも、
常に等しく有効であるとカトリック教会は保証します。
(中略)
聖アウグスティヌスの言い方に従えば
ペトロが洗礼を授けようと、ユダが洗礼を授けようと、
そこで洗礼を授けているのはキリストなのです。
(「教会ラテン語への招き」p38)

テケトーなデマカセを言うなカス。

では聞くが、聖書の何書の何章何節に
叙階の秘跡は出てくる?ん?“

knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト3
http://codetripleseven.blogspot.jp/2016/07/knznymmmy_15.html
” グレゴリオ聖歌があるからこそ、だからこそ、
それに適したデフォルメがされている可能性がある。
毎週歌うから、毎週聞くから、
だからこそ変形している可能性がある。

例えば英語やフランス語の学習をしていても
不規則活用の動詞が出てくるのはどういう場合か?

英語はbe動詞だけ異常な活用をするのはなぜなのか?
フランス語のêtreやavoirが異常な活用なのはなぜか?
中国語で「一(数字のイチ)」の発音が特殊ルールなのはなぜか?
日本語の「する」がサ変という特殊活用になっているのはなぜか?

要は「よく使うから 毎日使うから
使いすぎた結果、変形した」のに他ならない。

私はある展示会で仕事熱心な左官のコテが
指の形にへこんでいるのを見た事がある。
ベートーベンが練習に使ったピアノは
鍵盤が磨り減っていると聞いた事もある。
某中国拳法家が(ちなみに松田隆智ではない)
毎日公園で練習をしていたら
型の往復のしすぎで溝ができたと聞いた事もある。”





knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト4
http://codetripleseven.blogspot.jp/2016/07/knznymmmy4.html
”参考図書(パクリ元とも言う)は
「ラテン語四週間」 村松正俊著 大学書林
1961年第1版発行 1998年第35版

「聖書のラテン語」 足立昭七郎著 創流出版株式会社
2012年刊 このあたり。

ラテン語の品詞は8つある。
名詞 形容詞 代名詞 動詞
副詞 前置詞 接続詞 間投詞

ラテン語の文法の目玉は活用。語尾がやたらと変化する。
厳密には名詞 形容詞 代名詞の変化が「格変化」
動詞の変化が「活用」
しかしこのへんは本によっても用語が違う事もある。
副詞、前置詞、接続詞、間投詞に活用は無い。

私はラテン語に限らず文法は必要悪と考えている。
だから「格変化」だろうが「活用」だろうが
「こんじゅげぞん」だろうが「こんじゅがしお」だろうが
「でくりなしお」だろうが
そんな用語は重箱の隅でしかないと考えている。
だから私の文法用語は結構テキトウ。雑。
そんなもの暗記する暇があったら
例文のひとつでも暗記した方がマシだ。
要は語尾(と偶に単語の中)がゴチャゴチャするという事。

このゴチャゴチャにより、
その単語の文中での役割分担(主語?目的語?)や
位置づけ(どれを修飾しているのか?)が判定できる。
多少真面目に文法用語の検討をすると、
こんじゅがしおはラテン語の動詞の活用=coniugatio
"こんいうがてぃお"ではない。
昔は J の文字が無かったと既に説明済。

ではiuはどう読むべきか?
この組み合わせはラテン語の複母音の中には無い。
だから私はこれは「子音+母音」=「じゅ」と解釈した。
ただしこの根拠はフランス語だ。
フランス語で動詞の活用を
conjugaison=「こんじゅげぞん」と言う。

ドイツ人司祭がドイツ語訛りのラテン語で
ミサを行っても許されるのなら
ガチKGBがフランス語訛りのラテン語で
ブログを書いたって許されるはずだ。
ex opere operato ex opere operantis
個人的資質は関係ありません(キリッ

でくりなしおは名詞/形容詞の格変化=declinatio
フランス語で言えばdéclinaison=でくりねぞん
ついでにtioをしおと読むのもフランス語ルール。
だからリスニングや発音はデタラメでいくとあれほど(ry

名詞は数・格によって変化する。

数とは単数・複数の2種類。
Sだけつければ9割終わる英語と違い、ラテン語は面倒。

格とは主格 呼格 属格 与格 対格 奪格の6つ。
(…)
6つの格と2つの数で、6x2=12通りの語尾変化が基本。
単数形と複数形の区別しか無かった英語が
いかに雑かよく分かるw
英語でも代名詞は主格・所有格・目的格があった。
だから多少ラテン語的だ。
i-my-me, we-our-us, he-his-him, they-their-them
ああいう感じ。

主格とは主語や述語。 英文法のSVCのSとかC
呼格とは呼びかけ 「〜よ!」等と訳する
属格とは英文法の所有格的な何か
与格とは英文法の間接目的語的な何か
対格とは英文法の直接目的語的な何か
奪格とは雑用係
上の5種類に該当しないものを一手に引き受ける的な何か
例えば「〜で」等と手段を表す。その他諸々。

格は日本語では助詞が担当している。
「ラテン語は」は主格
「ラテン語の」は属格
「ラテン語を」は対格
「ラテン語で」は奪格
「ラテン語よ」は呼格
日本語では別の単語の扱いになっているものが
ラテン語ではひとつの単語の語尾変化
という扱いになっている。

「ラテン語よ」ってどんな使い方するんだろうね?
「おお、ラテン語よ!
貴様はなんという変態言語なのだ!」って感嘆文?

形容詞 代名詞は数と格だけではなく
性による語尾変化も考慮する事になる。
男性・女性・中性。つまり2x6x3=36通りの変化。
名詞の活用で出て来なかった性がここで出る理由は
被修飾語=名詞が必ずどれかの性に分類されるから。
その名詞の所属するグループに対応した形に
形容詞や代名詞は変化させる必要がある。
「vulgatusがvulgataになるのはbibliaが女性名詞だから」
と書いたアレだ。

微妙にイルミ趣味な感じの例を挙げてみよう。
「美しい薔薇」の12の変化を書く。
単 複
主=呼 rosa pulchra rosae pulchrae
属 rosae pulchrae rosarum pulchrarum
与 rosae pulchrae rosis pulchris
目 rosam pulchram rosas pulchras
奪 rosa pulchra rosis pulchris
rosa=薔薇 pulcher=形容詞=美しい
薔薇が女性名詞なので
女性形のpulchra及びその変化形で登場している。
こういう活用表を応用していくと
以前予告したまどマギのサブタイトルの問題も確認できる。
また、語順に注目。形容詞は名詞の次に来る。
「被修飾語+修飾語」という語順だ。
(…)
さて、活用が一番クソ面倒なのは動詞だ。
動詞は態、法、人称、数、時制で変化する。

態とは能動態と受動態。
法とは直接法、接続法、命令法。
人称は1人称、2人称、3人称。
数とは単数、複数。
時制とは現在、半過去、未来、アオリスト、
過去完了、未来完了。
2x3x3x2x6=216? ヽ(・ω・)/ズコー

おい、名詞の12の活用でキャッキャ言ってたヤツ誰だ?
3人称単数現在でsつけて過去形・過去分詞でedつければ
9割終わってしまう英語の動詞活用がいかにぬるま湯か。
(…)
まあ、この他に分詞や不定詞もあるんで数は更に増える。
分詞は動詞を形容詞的に使う。
不定詞は動詞を名詞的に使う。

こういう各種活用形を捻出するためには
語幹を意識する必要がある。
この語幹には現在幹、完了幹、すぴーぬむ幹がある。

逆に減る要因も一部はある。
接続法には未来と未来完了が無い。
命令法は現在と未来しか・・・。(以下略)

中途半端な減らし方のせいで余計にややこしい件。

ちなみに半過去というのはフランス語文法の用語。
似ているから私が勝手にそう読んでいる。
一般のラテン語のテキストでは未完了過去とか過去と呼ぶ。
一般のテキストでも著者によって用語が異なるのなら
ガチKGBが勝手な用語を使ってもいいはずだ。
アオリストも同様。これはギリシア語文法用語。
フランス語文法で言えば複合過去。

ところで時制に現在進行形が無いのはなぜなんだぜ?
これは現在形に含まれる。
というかこれはフランス語やドイツ語にも共通。
だから私は英語は異端児、奇形児と何度も主張している。
(…)
まじで?ラテン語の文法ってこんな雑でよかったの?
パトラッシュがどうとか言ってるだけで
結局何も勉強してないんじゃない?

いや、よくは無い。しかし文法はあくまでも必要悪。
ハインリッヒ=シュリーマンの「古代への情熱」
を読んだことが無いのか?
次回以降、「これは男性複数主格」とか書いた時
「格って何ですか?」状態では困るから
そういう用語を紹介しただけ。
「あー何かあったよね」程度の雑な覚え方で
ホンバンに突入する。これがガチKGBスタイル。“

(…)

knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト5
http://codetripleseven.blogspot.jp/2016/07/knznymmmy5.html
“おまけでダメリカ人のpuellaがアザーンを聞いた様子

先程の主の祈りの動画はさすがにバカチンだ。
両方共キッチリ、イタリア式の発音をしている。
たとえば8番目の単語。さんくてぃふぃちぇ・・・。
あるいは「天」のcaeloがちぇろ。

この主の祈りの出典はマタイ伝6章。
ルカ伝11章にも似た内容は出てくる。
では、ラテン語でいってみよう♥

pater noster qui in caelis es
sanctificetur nomen tuum
veniat regnum tuum
fiat voluntas tua
sicut in caelo et in terra
panem nostrum supersubstantialem
da nobis hodie
et dimitte nobis debita nostra
sicut et nos dimittimus debitoribus nostris
et ne nos inducas in temptationem
sed libera nos a malo
amen

日本語での主の祈り(プロテスタント系)は以下。

天にまします我らの父よ。
願わくは御名(みな)をあがめさせたまえ。
御国(みくに)を来たらせたまえ。
御心(みこころ)の天になるごとく、地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。
我らに罪を犯す者を、我らが許すごとく、
我らの罪をも許したまえ。
我らを試みにあわせず、悪より救いいだしたまえ。
国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり。
アーメン。

次に英語訳。
our father who art in heaven,
hallowed be thy name;
thy kingdom come;
thy will be done, on earth as it is in heaven.
give us this day our daily bread.
and forgive us our debts,
as we also have forgiven our debtors.
and lead us not into temptation;
but deliver us from evil.
for thine is the kingdom, the power, and the glory,
for ever and ever.
amen.

え?フランス語も? しょうがないなあ。
notre père qui es dans les cieux
que ton nom soit sanctifié
que ton règne vienne
que ta volonté soit faite
sur la terre comme au ciel
donne-nous aujourd'hui notre pain quotidien
remets-nous nos dettes
comme nous-mèemes avons remis
à nos débiteurs
et ne nous soumets pas à la tentation
mais delivre-nous du mauvais

え?ヘブライ語?BHS?そんなものは無い。
主の祈りはマタイ伝が出典。BHSに出てくるはずがない。
新約をヘブライで読んでもありがたみは薄い。
一応ヘブライ語で主の祈りは「テフィラットハアドン」
(…)
ラテン語でも複数の「主の祈り」がある問題は
このHP(リンク)でも少し書いてある。
nova vulgataというのは1979年に校訂された版の
ラテン語聖書らしい。参考リンク

私が上に書いた主の祈りは
私の持っているウルガタに書いてある内容。
「教会ラテン語への招き」とは少し違う。
私が手元のウルガタを優先した理由は、ひとつには
私の持っている版が結構古い書き方を残している点。
それから「教会ラテン語への招き」が文法的に
大失態をおかしているという点。
これがあまりにもバカすぎる大失態だった。
具体的にはsumの活用を間違えている。
英語のbe動詞の活用を間違えて許されるのは中1までだ!
ここまでのバカなら、主の祈り本文だって
何かやらかしているかもしれないと思ったからだ。
イエズス会の神父(田淵文男)のチェックを受けているのに
このザマだ。まったく油断も隙もあったもんじゃない。
(…)
主の祈りは一般に聖書には全く書いていない内容が
付け足しされている。日本語訳で
「国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。」
と訳されている最後の一文。
英語ではfor thine is the kingdom, the power,
and the glory, for ever and ever.という一文。
こんなものは聖書には元々無い。
上で紹介したラテン語版の動画の中にも出てこない。
もしラテン語で言うとしたら
quia tuum est regnum et potestas et gloria
in saecula [aeterna] となるようだ
(…)
では、そのネストレアーラントにも出てこない
問題の一文は、誰が、いつ、なぜ、付けたのか
これを追いかけるのもまた聖書研究の楽しみ。
ん?LBRP?アテー?マルクト?ヴェ・・・げふんげふん
いやいや、アテクシはそんなけしからん事は言ってませんw

では、おまちかね、ラテン語の文法的な解釈をはじめよう。
表が長くなるから一度説明した単語については
同じ説明を繰り返しはしない。
時制は現在形しか出てこないので省略。
単語 意味 文法的解説
pater 父親 男性名詞 単数 呼格
noster 我らの 形容詞 男性 単数 呼格
qui ? 関係代名詞 男性 単数 主格
es sum=be動詞 動詞 能動態 直説法 3人称単数
in 〜に 前置詞 奪格を要求する
caelis 天 中性名詞 複数 奪格
sanctificetur 聖とされるように 動詞 受動態 接続法 3人称単数
nomen 名前が 中性名詞 単数 主格
tuum あなたの 形容詞 中性 単数 主格
veniat 来ますように 動詞 能動態 接続法 3人称単数
regnum 王国が 支配が 中性名詞 単数 主格
fiat なりますように 動詞 能動態 接続法 3人称単数
voluntas 意志が 女性名詞 単数 主格
tua あなたの 形容詞 女性 単数 主格
sicut 〜のごとく 副詞
et 〜と and 接続詞
terra 地 女性名詞 単数 奪格
panem パンを 男性名詞 単数 対格
nostrum 我らの 形容詞 単数 対格
supersubstantialem 日々の 形容詞 単数 対格
da 与えよ 能動態 命令法 2人称単数
nobis 我らに 代名詞 複数 与格
hodie 今日 副詞
dimitte 許せ 動詞 能動態 命令法 2人称単数
debita 負債を 中性名詞 複数 対格
nostra 我らの 形容詞 中性 対格
nos 我らが 代名詞 1人称複数 主格
dimittimus 許す 直説法 能動態 1人称複数
debitoribus 債務者を 男性名詞 複数 与格
nostris 我らの 男性形 複数 与格
ne 〜ない 副詞(否定)
nos 我らを 代名詞 複数 対格
inducas 導く 能動態 接続法 現在 2人称単数
temptationem 試練 女性名詞 単数 対格
sed しかし 接続詞
libera 解き放て 動詞 能動態 命令法 現在 2人称単数
nos 我らを 代名詞 1人称複数 対格
a 〜から 前置詞
malo 悪 中性名詞 単数 奪格
(…)
まず、神はなぜ父親なのだろうか?
フェミニズム的にはバッシングされる箇所だ。
最近はフェミニスト神学というものがあり
「父」ではなく「両親」と訳さねばならないと
主張する人がいるらしい。
(「教会ラテン語への招き」p68)

おいwww また神様の数が増えちゃう悪寒w
「長崎版どちりなきりしたん」岩波文庫1991年では
「天にまします我らが御おや」と訳されているらしい。
(「教会ラテン語への招き」p68)
(…)
とりあえず創世記1章1節では天が単数形だ。
私の持っているウルガタでは
in principio creavit deus caelum et terram
日本語では
はじめに神は天と地とを創造された。
このcaelumは、天=caelumの単数形対格
(主格と対格が同じ) 複数形対格だとcaela

だから天を単数形で使ってはいけないというルールは無い。
神が作った天以外にもまだ何かあったのだろうか・・・?
ヤハウェくんは本当にカミサマなんだろうか・・・?”

(…)

(「主の祈り」(2) ラテン語
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2006/05/__a4cd.html
” ラテン語訳の聖書っていえば「ウルガタ(Vulgata)」ってことになるけど、これは4世紀すえにできた。Vulgata ってなまえのもとになった形容詞 vulgātus は、「通常の、一般の、公開された、すべてのひとびとに しられた」っていう意味がある。
このラテン語訳で『マタイによる福音書』(6.9-13)の「主の祈り」
(…)
新共同訳でも口語訳でも本文として採用してなかった最後の1行はウルガタにもないみたいだけど、ラテン語の「主の祈り」でこれがついてるものもある。
Quia tuum est regnum et potestas et gloria in saecula [aeterna]. Amen.
クィア トゥウム エスト レーク゚ヌム エト ポテスタース エト グローリア イン サエクラ [アエテルナ]。アーメーン。
クィア トゥウム エスト レ(ン)ニュム エト ポテスタス エト グロリア イン セクラ [エテルナ]。アメン。
発音は、ひとつめが古典式、ふたつめがローマ式。saecula のかわりに、カッコにいれた aeterna になってるのもある。
つぎは単語の説明(発音は古典式):
pater:「父」(男性)の単数・呼格(主格とおんなじかたち)。
noster:所有形容詞「わたしたちの」の男性・単数・呼格。
quī:関係代名詞、男性・単数・主格。ギリシャ語の原文には関係代名詞と動詞はないけど、ラテン語訳でこういうふうに関係代名詞と動詞(es)をつかった訳になってるもんだから、近代語訳でもこれにならった訳になってるものがある(→「「主の祈り」(3) ドイツ語」「「主の祈り」(4) 英語」)。
in:「~に、~において」。
caelīs:「caelum [カエルム]:天」(中性)の複数・奪格。
es:「sum [スム]:ある、いる、~である」の直説法・現在・2人称・単数。
sānctificētur:「sānctificō [サーンクティフィコー]:きよめる、神聖にする」の受動態・接続法・現在・3人称・単数。
nōmen:「名まえ」(中性)の単数・主格。
tuum:所有形容詞「tuus [トゥウス]:あなたの」の中性・単数・主格。
veniat:「veniō [ウェニオー]:くる」の能動態・接続法・現在・3人称・単数。
[adveniat:「adveniō [アドウェニオー]:~へくる、~へ到着する」の能動態・接続法・現在・3人称・単数。]
rēgnum:「王国」(中性)の単数・主格。
fīat:「fīō [フィーオー]:なる、おこなわれる」の接続法・現在・3人称・単数。
voluntās:「意志」(女性)の単数・主格。
tua:所有形容詞「あなたの」の女性・単数・主格。
sīcut:「~のように」。
caelō:「天」の単数・奪格。
et:「そして、~もまた、と」。
terrā:「terra [テッラ]:地、大地、土地」(女性)の単数・奪格。
pānem:「pānis [パーニス]:パン」(男性)の単数・対格。
nostrum:所有形容詞「わたしたちの」の男性・単数・対格。
supersubstantiālem:「supersubstantiālis [スペルスプスタンティアーリス]:生命を維持するのに必要な」の男性・単数・対格。
[quotīdiānum/cotīdiānum:「quotīdiānus [クォティーディアーヌス]/cotīdiānus [コティーディアーヌス]:毎日の、日常の」の男性・単数・対格。]
dā:「dō [ドー]:あたえる」の能動態・命令法・現在・2人称・単数。
nōbīs:「わたしたちに」、人称代名詞の1人称・複数・与格。
hodiē:「きょう」。
dīmitte:「dīmittō [ディーミットー]:おくる、はなつ、ゆるす」の能動態・命令法・現在・2人称・単数。
dēbita:「dēbitum [デービトゥム]:義務、債務」(中性)の複数・対格。
nostra:所有形容詞「わたしたちの」の中性・複数・対格。
nōs:「わたしたちを」、人称代名詞の1人称・複数・対格。
dīmīsimus:「おくる、はなつ、ゆるす」の能動態・直説法・完了・1人称・複数。
[dīmittimus:「おくる、はなつ、ゆるす」の能動態・直説法・現在・1人称・複数。原文のギリシャ語でも現在形になってるものもある。]
dēbitōribus:「dēbitor [デービトル]:負債者、債務者、おい目のあるひと」(男性)の複数・与格。
nostrīs:所有形容詞「わたしたちの」の男性・複数・与格。
nē:禁止をあらわす。
indūcās:「indūcō [インドゥーコー]:みちびきいれる」の能動態・接続法・現在・2人称・単数。
temptātiōnem:「temptātiō [テンプターティオー]:誘惑、こころみ」(女性)の単数・対格。
[tentātiōnem:「tentātiō [テンターティオー]=temptātiō」(女性)の単数・対格。]
sed:「しかし」。
līberā:「līberō [リーベロー]:自由にする、解放する」の能動態・命令法・現在・2人称・単数。
ā:「~から」。
malō:「malus [マルス]:わるい」の男性(または中性)・単数・奪格。男性なら「わるもの」、中性なら「悪、わるいこと」。
quia:「それというのは」。
est:「ある、いる、~である」の直説法・現在・3人称・単数。
potestās:「ちから」(女性)の単数・主格。
glōria:「名声、栄光」(女性)の単数・主格。
saecula:「saeculum [サエクルム]:世代、時代、一生、ながい期間」(中性)の複数・対格。「in saecula」で「永遠に」。
[aeterna:「aeternum [アエテルヌム]:永遠」(中性)の複数・対格。]
amen:「アーメン」。もとはヘブライ語の אמן ʼāmēn [アーメーン]で、「たしかに、ほんとうに、そうなりますように」。
”)


knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト6
http://codetripleseven.blogspot.jp/2016/07/knznymmmy6.html
“ではラテン語実践編・第2弾はアヴェマリア。
別名天使祝詞。
私はプロテスタントだからこれは知らない。
天使祝詞(てんしのりと)と読むのかと思ったら
「てんししゅくし」と読むらしい。
どうも「のりと」は神道用語らしい。
「自分たちは神道とは違うんだ」というプライドで
わざと違う読み方をさせている?
例えば軍隊が長靴「ながぐつ」を
わざと「ちょうか」と読ませるみたいな?

これに注目した理由は、ひとつには
アヴェマリアは多くの作曲家が残した作品だという事。
そしてもうひとつ。昔、謎のこうさくいんがいたらしい事。

なんでも昔、師匠ブログにコメ連投してた女がいたらしい。
それだけならまだしも、
そいつはわざとらしく「私はキリスト教徒ではない」と
断りをいれた上で
「天使祝詞をラテン語で唱えたらパニック障害が治った」
とか、ふかしまくっていたらしい(爆
(…)
この話はこの辺のツイート参照 リンク1(先生)
陰謀論コミュの最大の謎は、
自分はクリスチャンじゃないと言ってるのに
耶蘇教徒と変わらない思考してる人が沢山いること。
まっこうモグラ君のブログに出入りしてたりおさん
「私はクリスチャンではないですが、(中略)
ラテン語の天使祝詞を唱える事で
パニック障害が直りました。」
これ謎過ぎる現象

ここも似た内容 リンク2(猫2号)
”モグラさんの記事は…すべて読んでいるので、
りおさんがカトリックだと確信…りおさんのコメント…
私はクリスチャンではないですが…
ラテン語の天使祝詞を唱える事で
パニック障害が直りました。
つまり悪霊が脳を誤作動させるという
精神疾患が実際にあるのではないでしょうか。

よし、では、早速、バカをこじらせた原因と思われる
天使祝詞の原文、行ってみよう。

ave maria gracia plena dominus tecum
benedicta tu in mulieribus
et benedictus fructus ventris tui iesus
sancta maria mater dei
ora pro nobis peccatoribus
nunc et in hora mortis nostrae
amen

(…)
どこからこんな文章が捻出されたかというと
ルカ伝1-28のガブリエルの受胎告知と
ルカ伝1-42のエリザベツの台詞との事。
最後の一文は中世に腐乱死スコ修道会のニートが追加した。

カトリックでは以下の和訳をしているらしい。

めでたし、聖寵充満てる(みちみてる)マリア、
主、御身(おんみ)と共にまします。
御身は女の内にて祝せられ、
御胎内の御子(おんこ)イエズスも祝せられ給う。
天主の御母(おんはは)聖マリア、
罪人なる我らのために、今も臨終の時も祈り給え。

最近は「アヴェ・マリアの祈り」と称する
こういう訳もあるらしい。

アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、
主はあなたと共におられます。
あなたは女の内で祝福され、
ご胎内の御子イエスも祝福されています。
神の母聖マリア、私たち罪人のために、
今も、死を迎える時も、お祈りください。

(…)
ルカ伝1-28(biblia sacra vulgata)
et ingressus angelus ad eam dixit have
gratia plena dominus tecum benedicta tu in mulieribus

ルカ伝1-28(ABS)
and he came to her and said,
"hail, o favored one, the lord is with you!"
欄外に以下の注釈あり
other ancient authorities add
"blessed are you among women"

ルカ伝1-28(KJV)
and the angel came in unto her, and said,
hail, thou that art highly favored,
the lord is with thee: blessed art thou among women.

ルカ伝1-28(la bible de jérusalem)
il entra et lui dit: «réjouis-toi, comblée de grâce,
le seigneur est avec toi.»

ルカ伝1-28(nestle text)
καὶ εἰσελθὼν πρὸς αὐτὴν, εἶπεν,
χαῖρε, κεχαριτωμένη! ὁ κύριος μετὰ σοῦ.

ルカ伝1-28(口語訳)
御使がマリヤのところにきて言った、
「恵まれた女よ、おめでとう、
主があなたと共におられます」。

ルカ伝1-42(biblia sacra vulgata)
et exclamavit voce magna et dixit
benedicta tu inter mulieres
et benedictus fructus ventris tui

ルカ伝1-42(ABS)
and she exclaimed with a loud cry,
"blessed are you among women,
and blessed is the fruit of your womb!"

ルカ伝1-42(KJV)
and she spake out with a loud voice, and said,
blessed art thou among women,
and blessed is the fruit of thy womb

ルカ伝1-42(la bible de jérusalem)
alors elle poussa un grand cri et dit:
«béenie es-tu entre les femmes,
et béni le fruit de ton sein!»

ルカ伝1-42(nestle text)
καὶ ἀνεφώνησεν κραυγῇ μεγάλῃ,
καὶ εἶπεν εὐλογημένη σὺ ἐν γυναιξίν,
καὶ εὐλογημένος ὁ καρπὸς τῆς κοιλίας σου.

ルカ伝1-42(口語訳)
声高く叫んで言った、「あなたは女の中で祝福された方、
あなたの胎の実も祝福されています。

ふむ。テキスト的な捏造は無さそうだ。
では、文法解釈その他。
今回からかなり略した書き方にする。
例えば名詞とは書かない。「名」とのみ書く。
動詞は「動」、主格は「主」、形容詞は「形」その他。
能動態は「能」とすら書かない。
能動態とは要するに普通の文章なのだから。
同じ理由で直説法も「直」とすら書かない。

また、こういう書き方をするからこそ、
私は半過去というフランス語の用語を使う。
半過去は「半」という省略した書き方ができる。
一般のテキストにありがちな「未完了過去」だと
省略すると「未」だ。これでは未来形と紛らわしい。
「未完」にしても「未来完了」と区別がつかない。
「未過」にすると未来か過去かキレの無い名前になる。
しかも、せっかくなら一文字で統一したい。
だからフランス語文法を持ちだした。
単語 意味 文法的解説
ave (挨拶) 動 命 現 2単
maria マリア 名 女 呼 単
gracia 恩寵 名 女 奪 単
plena 〜で満ちた 形 呼
dominus 主 名 男 主 単
tecum 汝とともに te(名 奪 単) + cum(前)
benedicta 祝された 形 女 主 単
tu 汝 代 主 単
in 〜の中で 前
mulieribus 女 名 女 奪 複
benedictus 祝された 形 男 単 主
fructus 果実(胎児の比喩) 名 男 単 主
ventris 腹 胎 名 男 属 単
tui 汝の 形 属 単
iesus イエズス 男 主 単
sancta 聖なる 形 女 呼 単
mater 母 名 女 呼 単
dei 神 名 男 単 属
ora 祈れ 動 命 現 2単
pro 〜のために 前
nobis 我ら 代 奪 複
peccatoribus 罪人 名 男 奪 複
nunc 今 副
hora 時 名 女 単 奪
mortis 死の 名 女 属 単
nostrae 我らの 代 女 属 単

さて、では検証編。最初のアヴェマリアとは何か?
2010年のカトリックの訳では、諦めてしまって
「アヴェマリア」としか書いていない。
文語訳では「めでたし」

文法的にはこれは命令文であるが、
何かを命令している訳ではない。
慣用的な表現で挨拶として用いられるとの事。
挨拶で・・・。おめでとう・・・。
(…)
状況次第では「万歳」とも訳できるらしい。

続いてmariaはいいとして
「教会ラテン語への招き」p92に面白い指摘があった。
ラテン語で海はmare
「平塚ベルマーレ」のあの「マーレ」だ。
この「海」複数形の主格と対格がmariaになる。
元々マリアと海はつながりがある。
例えば海星高校がどうとかステラマリスとか
そういう話題は私を1年以上フォローしている人なら
1回は見ているはずだ。参考→ wiki「海星」
(…)
次。gracia グラツィア もしくは グラキア
これは戦国時代のキリシタン時代には
ポルトガル語のgraça=グラサがそのまま採用された。
但し発音は多少訛って「がらさ」と言っていたらしい。
これが細川ガラシャの名前の由来。
何しろガラシャは洗礼名だ。本名は明智玉。
もちろんこいつはバテレン。

それからdominus 一般には「主(しゅ)」と訳される。
しかしこの単語も「教会ラテン語への招き」p94で
面白い指摘がなされる。
「家」を意味するdomusとつながりがあるというのだ。
domusは一戸建ての家を意味するが
大邸宅的なニュアンスもあるとの事。
家を支配するから「主」だとの事。
ほう・・・?どこかのバアルも「高き館に住まう主」
という意味だったと思うんだが。例えばバアルゼブル。”

knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト7
http://codetripleseven.blogspot.jp/2016/07/knznymmmy7.html
” ルカ伝8章52節
まずはbiblia sacra vulgataから。

flebant autem omnes. et plangebant illam.
at ille dixit: nolite flere:
non est mortua, sed dormit

(口語訳)
人々はみな、娘のために泣き悲しんでいた。
イエスは言われた、「泣くな、
娘は死んだのではない。眠っているだけである」。

(新共同訳)
人々は皆、娘のために泣き悲しんでいた。
そこで、イエスは言われた。「泣くな。
死んだのではない。眠っているのだ。」

(ABS)
and all were weeping and bewailing her;
but he said, "do not weep;
for she is not dead but sleeping."

(KJV)
and all wept, and bewailed her:
but he said, weep not; she is not dead, but sleepeth.

(la bible de jérusalem)
tous pleuraient et se frappaient la poitrine
à cause d'elle. mais il dit:
«ne pleurez pas, elle n'est pas morte, mais elle dort.»

(nestle text)
ἔκλαιον δὲ πάντες καὶ ἐκόπτοντο αὐτήν.
ὁ δὲ εἶπεν μὴ κλαίετε; οὐκ ἀπέθανεν,
ἀλλὰ καθεύδει.
(…)
単語 意味 原型 文法的説明
flebant 泣いていた fleo 動 半 3複
autem すると

omnes 全員が omnis 形 主 複 男女
plangebant 嘆いていた plango 動 半 3複
illam あの女のために
代 女 対 単
at しかし

ille あの男は
代 男 主 単
dixit 言った dico 動 完 3単
nolite な(禁止命令) nolite 動 命 2複
flere 泣くこと

non 〜ない(否定)

est sum=be動詞
動 3単
mortua 死んでいる mortuus 形 女 主 単
sed しかし

dormit 眠っている dormio 動 3単

では検証。
今回は「原型」というものを少し書いてみた。
ラテン語の動詞や形容詞に原型は無い。
例えば辞書の見出しに出てくるのは
「直説法 能動態 現在 1人称単数」だ。
そういう特定の時制や特定の人称に属さない型はない。
英語のbe動詞の"be"のような孤立した形は無い。
だから原型を書く事にあまり意味が感じられない。
(…)
2番めの単語、autemの位置に注目。
普通英語ではbutやandは文頭。
しかしラテン語では接続詞が2番めに来る事がよくある。
(…)
また、omnesに注目。これは本来形容詞。
しかしここでは名詞扱いになっている。
英語でも"the"をつければ形容詞が「〜な人」という意味になる。
それと似ている。
(…)
ラテン語には冠詞が無い。
不定冠詞も定冠詞も部分冠詞も無い。
まあ、ドイツ語みたいに冠詞込みで活用されても
ハタ迷惑なだけなので、無ければ無いでいいと思う。
冠詞が無いせいで「theプラス形容詞は名詞」というルールが
「形容詞は名詞」という事になる。

またillamやilleに注目。これは指示代名詞。
日本語で言えば「あれ」に相当する。
但し指示代名詞も活用で男性形や女性形になる。格もある。
そこで3人称代名詞の代わりに使われる。
英語で言えばhe said...と言わずにthat one said...
みたいな表現。これがラテン語の通常営業。
実はラテン語には3人称の代名詞が無い。
1人称2人称代名詞はあるのに3人称が無い。
そのくせ、動詞には3人称があるという謎。
要は動詞の活用がギリシア語からの借り物だと思われる。
だから語尾もやたらとギリシア語的。
例えば現在形 1人称単数の語尾が「オー」な事。
be動詞に相当するのは
ラテン語はsum(すむ) ギリシア語はεἰμι(えいみー)
全然別物のように見えて実は活用させると似ている。
例えば3人称単数が
ラテン語でest ギリシア語でἐστιν(=estin)
2人称複数が
ラテン語でestis ギリシア語でἐστε(=este)

あるいは過去形が2つある事。
その2つとは半過去と現在完了な事。
名詞が男性名詞、女性名詞、中性名詞の3つに別れる事。
「私」はラテン語で「エゴー」ギリシア語でも「エゴー」
母親はラテン語で「マーテル」、ギリシア語で「メーテル」
父親はラテン語で「パテル」、ギリシア語で「パテラス」
数字の2はラテン語で「デュオ」ギリシア語も「デュオ」
数字の3はラテン語で「トレス」ギリシア語は「トリア」
しかもこの「トレス」を活用すると中性形が「トリア」
挙げていけばキリが無い。

このへんを根拠に私はラテン語はギリシア語の
劣化コピーだと主張する。

これは何も私一人が主張している内容ではない。
例えば「ラテン語とギリシア語」という本がある。
風間喜代三著 1998年三省堂刊
この本のp23に以下の記述がある。
この2つの言語(ギリシア語とラテン語)は
文法の組織や語彙を比較してみると、
かなり類似しているところがある。
また文化的にあらゆる面でギリシアを範としたローマ人にとって
言葉の上でもどこかにつながりを持ちたいという
気持ちもあったのだろう
(中略)
ローマ時代にもラテン語はギリシア語の一方言である
という見解が口にされ
近代にいたってもこの2つの言語のとくに密接な関係を
仮定しようという説が一部に支持されてきた。
著者の風間は東大名誉教授で専攻は比較言語学。
自称言語学者のアイデルバーグとは発言の重みが違う。

以前も書いたはずだ。
紀元前のイタリア半島にはギリシアの植民地があった。
ローマの上層階級はギリシア=先進国に憧れていた。
だから上層階級はギリシア語を話していた。
ラテン語は庶民語=下等と考えられていた。
私のような貴族階級が、下層民の言語を勉強して
ブログ記事にするなど本来あり得ない事だ。
ラテン語クラスタのゴイムども!ひれ伏せ!
えごーえいみーほばしれうすとぅーこすむー
(訳→我は世界皇帝なり)

さて、今回のラテン語の例文は私の持っているウルガタと
私が読んでいる教科書で微妙に内容が異なる。
上に書いたラテン語は私のウルガタの内容。
私の教科書に書いてある内容だと
flebant autem omnes. et plangebant illam.
at ille dixit: nolite flere:
non est mortua puella , sed dormit
少女=puellaが追記されている。
本家本元ネストレテキストを見ても52節には「少女」は無い。
だから私のウルガタの方が正確。
但し意味的に何か変わっているとは思えない。 ”

knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト8
http://codetripleseven.blogspot.jp/2016/07/knznymmmy8_34.html
” post quos auferet pharao caput tuum,
ac suspendet te in cruce,
et lacerabunt volucres carnes tuas.
創世記40章19節

口語訳
今から三日のうちにパロはあなたの頭を上げ離して、
あなたを木に掛けるでしょう。
そして鳥があなたの肉を食い取るでしょう。

新共同訳
三日たてば、ファラオがあなたの頭を上げて切り離し、
あなたを木にかけます。そして、鳥があなたの肉を啄みます。

ABS
within three days pharaoh will lift up your head
- from you! - and hang you on a tree;
and the birds will eat the flesh from you.

KJV
yet within three days shall pharaoh
lift up thy head from off thee,
and shall hang thee on a tree;
and the birds shall eat thy flesh from off thee.

la bible de jérusalem
encore trois jours et pharaon t'élèvera la tête;
il te pendra au gibet et les oiseaux mangeront
la chair de dessus de toi.

今日は旧約なので原典はBHS
(コピペしたら単語の順番が反対になっているので省略。右から左へ記す言語の弊害だなあ)

まずは文法的な解釈。
post 〜の後で 前
quos
関 男 対 複
(18節の"3日"を修飾)
auferet remove, take away 動 未 3単
pharao ファラオは 名 主
caput 頭を 名 中 対 単
tuum あなたの 形 中 対 単
ac and 接
suspendet つるすでしょう 動 未 3単
te あなたを 代 対
in 〜に 前
cruce 十字架 名 女 奪 単
lacerabunt 引き裂くでしょう 動 未 3単
volucres 鳥が 名 女 主 複
carnes 肉を 名 女 対 複
tuas あなたの 形 女 対 複

そして問題点の検証。
注目点は"cruce" これはcrux=十字架の奪格単数。
キリスト教徒が大好きなあの十字架だ。
(画像省略。単語を覚えるのに画像検索は有効)
例えばcruceで画像検索しても十字架が大量にヒットする。
しかもキリストの処刑のシーンにもこの単語は出てくる。
例えばマルコ伝15章30節。私の持っているウルガタでは
salvum fac temet ipsum descendens de cruce

口語訳だと「十字架からおりてきて自分を救え」
よってcruceが十字架なのは確定。

それなのに創世記40-19で
「十字架」という訳を採用しているのは
ウルガタとエルサレム聖書のみ。他は全て「樹」だ。

エルサレム聖書ではgibetと書いてある。
本来、フランス語で十字架は一般的にla croix
gibetとは何か確認してみた。
私の持っている辞書では「絞首台 磔柱」と書いてある。
そして例として「gibet du christ キリストの十字架」
とも書いてある。私が持っている辞書は
旺文社のプチロワイヤル仏和辞典第4版。
一応googleの画像検索してみた。
(画像省略。画像検索という「訳」が有効なことあり)
画像検索の結果から判断すると絞首刑の台を第一に意味するようだ。
あれ?じゃあ gibet du christ はキリストの十字架じゃなくて
キリストの絞首刑では?
le pendu乙!タロット乙! オーディン乙!

一般的な認識では樹木と十字架は別物のはずだ。
原典のBHSはどうだろうと見てみると「木」だ。
ץע
(コピペしたら文字の並びが反対になっていたので修正。他の長いヘブライ語分は順番を変えてないので注意。消しておこう)
これ(↑)がBHSの中の「樹・木」だ。
本当にコレが樹木なのか不安なら
コピペしてgoogle画像検索すればいい。
(画像省略。
ץע
Ets エツ 男名 木)
ものすごい数の樹木が出てくる。
しかも創世記3章でも同じ単語は出てくる。
アダムとエヴァが「園の中央の木」の実を食べた場面だ。
ウソだと思うのならここでも見てくればいい。
英語の対訳付きのBHSだ。
だからBHSが「木」と書いているのは確定。

ではウルガタの「十字架」は誤訳なのか?というと
私の解釈ではこの箇所に関しては全部の訳が正解。
誤訳は無い。

しかし、樹木と十字架は別物では?
というのは現代人の浅はかな考え。
樹木と十字架は別物ではない。同じものだ。

過去記事でも既に書いた事だが
キリスト教美術では6世紀まで十字架が出てこない。
むしろ、初期の教父は十字架は異教のシンボルだと言って
disりまくった。
ウルガタが書かれたのは 新約は383年。旧約は405年。
まだ十字架が神聖視される以前だ。
そもそも十字架があのプラスの形で
しかも釘で打ち付けるというのは物理的にあり得ない。
人間の体重を支えきれずに手が裂けてしまう。
だからミトラ教みたいなTの字、
いやむしろ、ただの一本柱の方が可能性は高い。
しかし一本柱にしても人間ひとりの全体重を支える訳だ。
地面を掘り返して柱を立てるのは面倒。
樹木があれば樹木を使う方が手っ取り早い。

そしてこの創世記40章19節のせいで
一本柱どころか樹木では?という可能性が更に上昇する。
元々cruxはただの樹木という意味だった(ウルガタ時代)が
後付けで「十字架」「例のプラスマーク」に改竄された疑惑だ。
しかもそのプラスマークの元ネタが異教。

しかもその一本柱or樹木でどう処刑する?という問題が残る。
一本柱だとしても人間の全体重を支えられるほどの釘があるのか?
という問題が残る。
やはり絞首刑の方が簡単・確実ではないのか?
やはり北欧神話のオーディンにつながってきた。
オーディンはユグドラシルの樹で首を吊った。
これがキリスト教の十字架と妙な一致をすると過去記事で書いた。
そして今回のgibetは「十字架」であると同時に
「絞首刑の台」でもある。
十字架はそもそも絞首刑だったのでは?
形も全然十字じゃなくて、ただの樹だったのでは?という疑惑。
絞首刑、首吊り、オーディン、十字架、キリスト。
全部つながってしまう可能性が更に上がってきた。
いやあフランス語勉強しておいてよかった。
意外な所にオーディンの突破口があるもんだ。
(画像省略。足を、逆さにした「4」みたいに組んでいるのも意味があるんだろうね)
くさい。猛烈にくさい。これはマルセイユタロット。
(画像省略。頭の後ろが光っている=神とか聖人扱いの存在がT十字に吊るされている!上半身は青、下半身は赤の服)
これはライダーウェイトタロット
あれ・・・!! Tの字じゃないか!とことん臭い。

この創世記40章19節の臭さまだ他にもある。
ひとつには「木にかけて鳥が肉を引き裂く」という描写。
・・・これはエヴァだ! エヴァンゲリオン旧劇場版だ!
アスカが量産型エヴァと戦う場面。
(画像省略)
ご丁寧に襲撃直前には羽を広げて鳥さんアピールをしてくださる
親切な量産型のご一行様w
(画像省略)
ウルガタでも「鳥」はvolucresだから複数形だ。
単数形はvolcuris
ロンギヌスの槍に刺されるのは
樹木に吊るされるのとは違うのでは?というのはどうでもいい。
(画像省略)
実際にこの後シンジはロンギヌスの槍とともに生命の樹と化した。
(画像省略)
ついでに量産型とのバトル開始時点で弐号機の内部電源が
残り3分半というのも臭い。
33はキリストの死んだ年。つまりヤツらの大好物。
(注:本当は占星術的な意味がある)
3分半と言えば3分30秒で33につながる。
内部電源33秒では短すぎるし33分では長すぎる。
3分3秒も考えられるがあまり細かい秒だと
台詞を言っている間に2分台に入ってしまう。
ならば、もう3分半しかない。

この量産型とのバトルシーンは師匠ブログにも解説がある。
(リンク)師匠はゾロアスター教の鳥葬視点で解説している。
オウム真理教の後に出てきた一番オウムっぽい物と言われた、
福音書アニメ「エヴァンゲリオン」の作品では、
鳥に模した敵(エヴァシリーズ)に食べられる姿、
空を旋回するイヌワシみたいな構図が出てきます。
あれは、このゾロアスター教の鳥葬がモチーフになっています。

師匠ブログでは鳥葬の説明だけにとどまらず
ミトラ教とは何か?ゾロアスター教とは何か?
エヴァで敵が使徒と呼ばれるのはなぜか?
アーリア人とは何か?そのあたり含めザクザク斬りこんでいく。
陰謀論を語るのなら師匠ブログは一度は見ておかないと恥をかく。
ねこた先生をも驚かせた天才・もぐら師匠のブログはこちらです!

アスカが量産型に襲撃される直前にはこういう描写があった。
(画像省略)
ロンギヌスの槍で刺された直後。背景にシレッとピラミッド登場w
いや、これは笑い事では済まない。
この後、初号機が登場するが、ピラミッドが爆発して
十字架状の火柱を吹き上げた中から登場する。
(画像省略)
しかも謎の嵐の渦の中心にいるという描写。
当ブログの読者ならピンと来たはず。
ヤハウェもバアルも嵐の神だ。オーディンもおるでよ♥

更にこのピラミッド描写の問題はまだある。
ピラミッドの中から十字架が出てきた。
ピラミッドの中からキリストもヤハウェも出てきた。
そういう描写に見えなくもない。

これは笑い話では済まない。
聖書はプトレマイオス朝のエジプトで書かれたという疑惑がある。
プトレマイオス朝のエジプトは紀元前306年〜紀元前30年。

一般には、ちょうど同じ紀元前3世紀から紀元前1世紀頃に
ヘレニストユダヤの増加に伴い、ヘブライ語の旧約聖書が
ギリシア語に翻訳されたと言われる。
これがセプチュアギンタ=七十人訳。略称LXX

ヘレニストユダヤとはユダヤ人だがヘブライ語ではなく
ギリシア語を話す人々。
また、紀元前の話なのだからキリスト以前の話だ。
だから当時は新約聖書は無い。

私(や、ねこた先生その他)が考えているのは
「既に存在したヘブライ語の旧約聖書」が
実は存在しなかったのでは?という疑惑だ。

いや、完全にゼロとまでは言わない。
過去記事でも、私自身、旧約聖書は古代クソラエルの
南北朝時代に書き始められたと推測している。
勿論、聖書のパクリ元の書物となればそれよりも更に以前だ。
「書き始めた」だけで、全然未完成だった旧約聖書が
プトレマイオス朝で大幅に加筆、書き換えされた。
それが修正というレベルでは済まない程、大規模だったので
「旧約聖書はプトレマイオス朝で書かれた」と言えるのでは?
という問題提起だ。
勿論、大規模とは具体的にどの程度大規模なのか?
具体的にどことどこがプトレマイオス朝で加筆された部分か?
それは今後の課題でもある。しかし既に判明している内容もある。

ひとつは「パロ」 新共同訳での「ファラオ」
これは先生が鋭い事を書いていた。多少省略しながらコピペ。
リンク1 リンク2 リンク3 リンク4

ねこたさんは、旧約聖書は紀元前3世紀頃の
プトレマイオス朝時代に成立したと考えてるの。
大人の世界の聖書学では紀元前6世紀頃に口伝のものを
文字にしたとか言われてるけどありゃ嘘ですな。
旧約聖書の出エジプト記を見ると、ファラオのことを
「パロ」って書いてあるでそ?
(中略)
プトレマイオス朝以前の成立はありえないかと。
ファラオ(大きな家)ってギリシャ語だからね。
エジプト語では「ベル・アア」って言うの。
もしヘブライ語の最古の写本にベル・アアと書いてなければ、
プトレマイオス朝の可能性が出てくるよ。
ねこたさんはね、大人の世界の聖書学では、
ギリシャ語の70人訳のセプトゥアギンタが紀元前70年に
成立したらしいけど、
ヘブライ語聖書の編纂とギリシャ語聖書の成立は
あまり間をあかないで成立したと思う。
プトレマイオス朝が臭いな。

では問題のBHSを見てみる。
パロ、若しくはファラオとしか読めない単語が出てくる。
参考→リンク
出エジプト1章11節のパロ。どう頑張ってもベルアアではない。

ベルアア=エジプト語=大きな屋敷。
これが本来のエジプトでの王様の呼称。
(バアルゼブブも高き屋敷の主というのをお忘れなく♥)
日本語でも「殿様」の「殿」は「御殿」の「殿」だ。
それと少し似ている。

ベルアアではなくてパロ。
或いはパロのギリシア語読みであるファラオ。
これが当然のように出てくるのは怪しいという先生の指摘だ。
プトレマイオス朝はヘレニズム文化=ギリシア文化系だった。
聖書がプトレマイオス朝で書かれたのならギリシア的な
表現や単語が出てきても、むしろ当然という指摘だ。

「パロ」が出てくるのは出エジプトだけではない。
日本聖書協会HPで聖書の全文検索ができる。
「パロ」は旧約限定でも100回以上出てくる。
創世記、出エジプト記、申命記、サムエル記上、
列王紀上・下、歴代志上・下、エズラ記、ネヘミヤ記
詩篇、雅歌、イザヤ書、エレミヤ書、エゼキエル書にヒットあり。
これだけヒットすれば、かなりの規模の改竄。加筆。
勿論、「パロ」だけが怪しい訳ではない。
怪しい箇所は他にもある。
例えばラクダの飼育が始まったのはいつだ?という問題。
参考→読めないニックネーム
地中海東岸地域でラクダが家畜化されたのは
紀元前10世紀では?と学術的に推測される。
参考→リンク(ナショナルジオグラフィック日本語版)
しかし聖書の中でラクダの初出は創世記12章。
アブラハムの時代だ。
アブラハムは従来の通説では紀元前20世紀頃の人物。
あやしい。実にあやしい。千年以上水増しされている疑惑。

しかもセプチュアギンタの書かれた時代は
3度のポエニ戦争が起きた時代と重なる。
(紀元前264-241、紀元前219-201、紀元前149-146)
そしてポエニ戦争=フェニキア=ユダヤの正体。
あやしい。ユダヤという捏造民族が出て来る丁度その頃に
そのユダヤ人の経典が絶賛執筆中だった疑惑。
しかもその計画立案、指揮命令者のローマを陰で操るギリシア?
(ローマは元々後進国でギリシアの植民地云々の話を思い出せ!)
聖書の中にもこれ本当はギリシア哲学視点で読まないと
意味不明じゃないのか?という箇所はある。
たとえばヨハネ伝1章。ロゴスはテオスとかあのへん。
先生は鍵を握るのはストア派、ネオプラトニズム、ドルイド
あたりでは?と推測中。
そのへんはまだまだ私自身素人。今後の課題。
しかしネオプラトニズムと言えばプロティノスが創始者。
こいつは紀元後3世紀のエジプトの人物。まーたエジプトか!
プラトンは紀元前427〜347。プトレマイオス朝登場の少し前だ。
プラトンが爺さんになった頃アレクサンドロス大王が生まれている。
そしてこのアレ君の帝国が分裂してプトレマイオス朝ができた。

プトレマイオス朝はアウグストゥスによって潰された。
これだって証拠隠滅を兼ねていたのではないか?
情報漏洩を防ぐために遠い異国に発注して、
用事が済めば口封じと証拠隠滅かねて
(画像省略)
「もう貴様に用はない」
アウグストゥスはローマ帝国初代皇帝でカエサルの息子。
厳密にはカエサルの姪の息子。カエサルは厳密には養父。
直接の親子関係は無い。

アウグストゥスがプトレマイオス朝を潰す以前から
ローマ帝国とプトレマイオス朝の間には色々と交流があった。
例えばエジプト起源のイシス教がローマで流行。
或いは絶世の美女として有名なクレオパトラは
プトレマイオス朝のファラオでしかもカエサルの愛人。

イシス教はここ(あほー知恵袋)がなかなか鋭い。
簡単にダイジェストしてみる。

イシス教は紀元前86年にローマへ流入。ローマ帝国で大流行。
イシスはローマ在来の神々と同一視された。
例えば、ミネルヴァ女神やアフロディーテ女神。
(注:ミネルヴァ=や♥つ♥ら♥)
イシス教が流行した理由はいくつかある。
まず、エジプトは神秘的な国と見られていた事。
そして「密儀」「秘密の儀式」がウケた。
(注:ミトラ教も非公開主義だった件)
また、従来のローマの宗教と違い
イシスの儀式に女性も参加できた。だから女にウケた。
(注:キリスト教も昔は女の宗教と叩かれた)
そしてイシス教は個人主義な側面があった。
ローマの従来の宗教は家長に依存していた。
パパンが司祭でパパンが偉かった。
(注:聖書にこういう一節がある。
「私よりも父または母を愛する者は、私にふさわしくない」
マタイ伝10-37)
勿論、キリスト教の聖母マリアの元ネタのひとつはイシス教。

ふーむ。実に臭い。エジプト要素がウケるのを見た支配者層は
二匹目のドジョウを狙ってプトレマイオス朝エジプトに
下請けでキリスト教を発注した(?)
いや、ミトラ教の記事で書いたように
そもそもイシス教もミトラ教もキリスト教も
全部世界宗教を作るための試行錯誤テストケースだった(?)
(画像省略)
すべては「計画通り(ニヤリ」なのか?
聖書を書かせる事含めて計画通りなのか?
そしてポエニ戦争でパシリを大量ゲッツしたから
パシリの支配地域のパレスチナがピックアップされた?
「こいつらを活用するにはこういう脚本・キャラ設定がいいな」?
一体どこからどこまでが事前計画通りなんだろう?

だから私は笑い事では済まないと書いた。
ピラミッドを突き破って
エヴァもヤハウェもキリストも十字架も飛び出してくるのは
笑い事ではないと書いた。

エヴァ=エヴァンゲリオン初号機
(ターミナルドグマにはアダムもおるでよ♥)
ヤハウェ=嵐の神
キリスト=シンジ=神児=神の子=キリスト
    (旧劇場版では聖痕も出ていた)
十字架=十字架型の火柱

全部ピラミッド=エジプトの象徴の中から飛び出してきている。
ソースはここですよー。メイドインエジプトですよー。
という事?
(…)キリスト教を裏返して見たら
メイドインエジプトと書いてあったとしても
エジプトが本丸とは限らない。本丸は?ラスボスは?
指揮命令は誰が出している?計画立案はいつ誰が行った?
当時はどこにいたんだろう?今現在はどこにいるんだろう?”

knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト9
http://codetripleseven.blogspot.jp/2016/07/knznymmmy9.html
“創世記3-8

et cum audissent vocem domini dei
deambulantis in paradiso ad auram post meridiem,
abscondit se adam et uxor ejus a facie domini dei
in medio ligni paradisi.

では今回は「ガチKGB訳・直訳版」から紹介。
午後の楽園を、微風を伴って散歩する主なる神の声を聞いて
アダムと彼の妻は主なる神の顔を避けて
園の中央の木の陰に隠れた。

これを意訳すればこうなる。
午後の楽園をヤハウェは歩んでいた。
いつものように風を吹かせながら。
ヤハウェの声を聞いたアダムと嫁は
園の中央の木の陰に隠れた。
ヤハウェに会うのが怖かったのだ。

口語訳
彼らは日の涼しい風の吹くころ、
園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。
そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、
園の木の間に身を隠した。

色々と違っている。私が問題視するのは
アダムが聞いたものは何だったのか?
風はなぜ吹いたのか?
アダムが隠れた場所 この3点。

他の訳も読み比べながら、なぜガチKGB訳になるのか検証する。
とりあえずは文法的な解釈。「係」というのは「過去完了」の略。
おとといぐらいに思いついた。
「カコカンリョウ」って早口で言ったら「カカリ」っぽいからw
cum 〜した時 接
audissent 聞いた 接 能 係 3複
注:これウチのテキストが
間違っている
vocem 声を 名 女 対 単
domini 主の 名 男 属 単
dei 神の 名 男 属 単
deambulantis 散歩している 現在分詞 男 属 単
in 〜の中を 前
paradiso 楽園 名 男 奪 単
ad ?(後で考察) 前
auram 微風 名 女 対 単
post 〜の後で 前
meridiem 正午 名 男 対
abscondit 隠した 完 3単
se 自身を 再帰代名詞
uxor 妻 名 女 主
ejus 彼の 代 男 属 単
a 〜から 前
facie 顔 名 女 奪 単
in 〜の中に 前
medio 中央 名 中 奪 単
ligni 木 名 中 属 単
paradisi 楽園の 名 男 属 単

新共同訳
その日、風の吹く頃、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。
アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れると、

ABS
and they heard the sound of the lord god
walking in the garden in the cool of the day,
and the man and his wife hid themselves
from the presence of the lord god
among the trees of the garden.

KJV
and they heard the voice of the lord god
walking in the garden in the cool of the day:
and adam and his wife hid themselves
from the presence of the lord god
amongst the trees of the garden.

la bible de Jérusalem
ils entendirent le pas de yahvé dieu
qui se promenait dans le jardin à la brise du jour,
et l'homme et sa femme se cachèrent
devant yahvé dieu parmi les arbres du jardin.

みんな大好きBHS
(上記と同じ理由で省略)
まずアダムが聞いたものは何だったか?
ウルガタ、KJV、BHS、ガチKGBが声
口語訳、新共同訳、フランス語は足音
ABS はどっちか不明

私の家には
a hebrew and english lexicon of the old testament
というマニア本がある。これのp876に
לוק
(この一語だけなので正しい順番になおしました)
が出てくる。意味は"sound, voice" 声か音か不明。
私がよく使うオンラインの対訳版BHSではvoiceと訳してある。

私は神は足音をたてずに歩くと思う。
根拠のひとつはマルセイユタロット。
(画像省略。
לוק =コル= kol = sound/voice)
11番の、らふぉるす以降は霊的な存在だ。
だから空中浮遊をしている。
典型的なのは12番の、るぺんでゅ
(画像省略。吊るされた男)
木に縛られているようで実は結び目が無い。だから空中浮遊。

主の祈りでも「天にまします我らの父よ」と祈る。
カミサマがいるのは天だ。上だ。
サタンがヤハウェと痴話喧嘩した時も
「地に落とされた」(参考:イザヤ14章 黙示録12章)
キリストが洗礼を受けた時カミサマの聖霊はどこから来た?
使徒行伝2章でカミサマの霊が降りてきた時風はどこから吹いた?
キリストが死んで蘇った後、
ヤハウェの元に帰ると言ってどっちに消えた?
全部上だ。おk?
(…)
では声だとしたら神は何を喋っていたのか?
何かの動物と挨拶でもしていたのか?
しかし蛇は最も狡猾(創世記3-1)だと聖書に書いてある。
BHSの単語では
םורע
これ(↑) さっきの辞書に出てこない。
多分活用形を原形に戻さないといけないんだと思う。
ヘブライ語5級なもんでまだ活用を全然覚えられていない。
google翻訳したら nakedと出てくる件(笑 à poil!
これは今後の課題だ。
ウルガタではcallidior これは英語のclever

蛇は賢い。だから喋れた。というか蛇=悪魔だ。
悪魔=イルミ=右目=知性。
だから蛇が喋れるのは特例で他の動物は喋れないと思われる。
では、アダム、エヴァ、神、悪魔。
こいつら以外で喋れそうなキャラは・・・いない。

普通ひとり言なんかそうそう言わないはずだ。(…)だからカミサマの声が聞こえたのは「誰かとの会話」のはず。
喋れるキャラは神、悪魔、アダム、エヴァ。
消去法で残るのは悪魔しかいないw

神と悪魔が話をする? 一体何を?
まして「やらかしちゃった」直後のこの状況下で
考えられる可能性はひとつしか無い。

楽園追放は自作自演、神と悪魔が仕掛けた罠だった疑惑。

悪:おーい、ヤハウェ、うまくいったぞ
  あいつら本当にリンゴ食いやがったww
ヤ:まじかwww グッジョブ!
  よーし、パパ、激おこぷんぷん丸だぞおwww
悪:こっちだ、こっち、あいつら隠れてやがるから
  ゴルァして楽園追放すれば、作戦大成功wwww

こんな会話が聞こえれば誰でもビビる。いや、それ以前に
ヤハウェが被造物の中に入り込んでいるのはなぜか?
ちょっと質問しただけでも神の御心は人間には理解できないと
あれだけ連呼していたではないか。
カミサマは超絶・隔絶的であり、ミラクルな高次元であり
所詮、土から作られた人間ふぜいとは根本が違うと
顔真っ赤にして叫び狂っていたではないか。
それだけ超高度なカミサマは一体何が悲しくて
被造物の中に入りこんでいるのか???
おい、土くれふぜいは相手にしないんじゃなかったのか?

ギリシア語には「愛」と訳できる単語が4つある。
アガペー、フィリア、エロス、ストルゲー。
フィリアは友情。エロスは男女の恋愛、ストルゲーは親子の愛。
聖書に出てくる「(神の)愛」とはギリシア語のアガペーだ。
そしてこのアガペーが意味するのは
「愛には値しないものを愛する愛」
(聖書ギリシア語四週間 野口誠著 いのちのことば社 p22)

どれだけ人間をカス扱いしてんだか?
そんなに人間を相手にするのが嫌なら、
むしろあっち行けシッシッって話なんだが?
いや、そもそもヤハウェが天地創造をした目的は?

fate go的解釈をすれば
「ゲームに不具合が出たから神自らが参戦して中から修正中」
なのか?
それにしても、まだこの場面はエデンの園だ。ゲーム開始直後だ。
そこでもう不具合が出て中から直すしかなくなっていたのか?
それは要するに最初から壊れていましたと言うのではないか?
ヤハウェが参戦している=ヤハウェ自身も不具合を認めている。
クソゲ−乙。
クソゲーをちゃぶ台返しする口実にりんご事件を企画したのか?
元々自分が悪いだけなのに「お前のせいだ−!」とファビョ。
実にキリスト教的だ。
(…)
ヤハウェはりんご事件以前から参戦・内部修正をしている。
だから破綻も破滅もりんご事件のせいではない。
物故割れていたのは元からだ。
(…)急遽参戦したわけではない。
逆だ。参戦が先だ。元からヤハウェはゲーム参戦していた。
その根拠はアダムとエヴァのリアクション。
声or足音を聞いて、隠れている。
これは聞いただけで「あ、ヤハウェだ!」と気付くからに違いない。
聞いたこともない声、聞いたこともない音だったのなら
「何だろう?」と様子を見るのではないか?
(…)また、聞いただけで「あ、ヤハウェだ」と分かるという事は
やはり「足音」ではなく「声」と訳するのが正解だと思われる。

そして問題の微風。BHSにもルアハが出てくるから
微風というより、ただの風かもしれない。
そしてこの風の前にadという前置詞がついている。
私のテキストでは「〜において」と訳してあるが意味不明。
「風において散歩する」?
しかも同じテキストの和訳では
「午後になってそよ風が吹く頃、園の中を歩く主(以下略)」
と書いてある。
「〜において」とは「〜の頃」という時間的な意味なのか?
ウチの辞書にはそんな意味は出てこない。
ウチの辞書のadの意味の中にwith the company ofがある。
以前から私は神=風と主張している。
まして嵐の神が登場すれば風が吹くのは当然だ。
(画像省略)
ヤハウェが現れた時はこう(↑)なるのが毎度の事だと思われる。
だから使徒行伝ぐらい読んでおけとあれほど(2章参照)

「風の吹く頃」と訳している聖書は全部誤訳。
まして新共同訳みたいに勝手に「その日」と決めつけるのは論外。
BHSだと
חורל
このひと言をどう解釈するかだ。これは今後の課題。
声と風の両方が訳できている聖書はウルガタのみ。
他は全部誤訳。
(丸に薔薇十字画像は省略)
薔薇十字乙!
最後はアダムの隠れた場所。ウルガタによると
in medio ligni paradisi
中央の木に隠れるのはいいとして、隠れた木が単数形だ。
一方創世記2章9節を見ると「命の木」と「善悪を知る木」の
2本が「中央の木」として出てくる。
まあ、1本か2本かというのは視点の問題なだけかもしれない。
しかし日本語で「命の木」と訳されているこの中央の木。
これはABSとKJVではtree of lifeと訳されている。
BHSだとコレ(↓)
םייחה ץע
ええ、みんな大好きなアレですよ。生命の樹ですともw
(画像省略)
このヘブライ語をコピペして画像検索してみた。
案の定、生命の樹が出る。
え・・・?中央に?神聖な木があって?
しかも3本にわかれてるようでもあり?
だけど1本の樹木?それ何ていうユグドラシル?

注:生命の樹が、今のセフィロトがどーたらの形に
なったのは中世。盲人イサク(1165?〜1235)以降の事。
ちなみに彼が生まれたのはおフランス。
カバラが今の形になる上で彼の影響は特に大きかったらしい。
例えばここ(リンク)など参照。
新プラトン主義やグノーシス云々と物騒な話題の出るリンクだw
ヤコブの梯子とか、エデンの園の生命の樹とか
旧約に色々あるからと言って、今日我々の考えるカバラが
旧約時代に既に存在したと考えるのは早漏。

一応ウルガタでも2章9節には生命の樹と善悪を知る樹の
2本が出てくる。
ちなみに2章9節にはその2本とも生やしたのは
カミサマ本人と書いてあるw
おいwww食べてダメなら、
そもそもお前が生やさなければ済んだ話じゃないか!

昔、私がまだ教会通いをしていた頃、ある牧師が
(注:私は複数の教会に通ったからこういう表現になる)
「カミサマが善悪を知る木から実を取って食べるなと
言ったのはなぜか?」と私に質問してきた。
私は「アダムとエヴァに我慢する事を教えたかったから?」
と返事した。
牧師は「そうですね」云々と言っていた。

今にして思えばこの牧師ひどすぎる。
まずキリスト教視点で見てもこの牧師の回答は間違い。
正しいキリスト教的な回答とは以下のようなものを言う。

「神の御心、御業は人間ごときに知りつくす事はできない。
そういうのは思い上がった心であり、
自らを神に等しいものと考えたサタンと全く同じ心理だ。」
(…)
今の私なら、この質問にどう答えるだろうか?

まず善悪を知る木とは、ウルガタ2章9節の表現では
lignumque scientiae boni et mali  つまり、
scientiae = science =科学=悪魔=イルミ=反キリスト。
知性否定のキリスト教だからこそスキエンツィアを禁止した。
だから盲目的に、盲従する事を神は望んだ。
それがつまり「食べるな」という命令。
とは言え、聖書には「死んではいけないから」
という理由が添えてある。
人間は最初から死ぬように作ってあるという事だ。
「死んではいけないから」が禁止の理由になるならば
アダムも死ぬのは怖かったはずだ。
自称唯一絶対の神と楽園暮らしをしているのに
死ぬのが怖いというのも不思議な話だ。
もしアダムが罪を犯さずに、寿命で楽園内で死んでいたら
一体何が起きたのか?
「あの世」とやらにでも行くのか?
そこでヤハウェではないカミサマから最後の審判でも受けるのか?
死が不可避でしかも恐怖の対象だとするなら
楽園もパラダイスも必ず破綻するのが仕様だ。
そもそも食べたらダメな善悪を知る木を生やした犯人は
ヤハウェ本人だ。
食べてダメなら、そもそも生やさなければ済む話だ。
要するに破綻も破滅も神自身が仕込んだ自作自演にすぎない。
ましてそんなもので我慢する心を教えるだの
尊い自由意志を与えてどうとか一切関係ない。
まして奴隷でしかないお前から自由意志を説教される
筋合いなど無い。
本当に楽園だったとするなら一体何を我慢する?
我慢により何かしらの矯正が必要であるのなら
天地創造が不完全であったという事だ。不完全なものは破綻する。
ましてや火種を神自らが仕込んでいるのなら確実に破綻する。
だから、先程から私は破滅は自作自演と言っている。
こんなもので原罪をデッチ上げておきながら
「救ってやる」と上から目線の
自称救い主を送り込んでくるとか、
こいつらNHKの集金屋よりも悪質だ。
そもそも罪の赦しに血が必要な理由は何か?
ヤハウェに赦す気持ちさえ本当にあるのなら
ヤハウェの胸先三寸で済む話ではないのか。
もし、ヤハウェに赦す気が本当にあるのなら
全人類が神を信じて神の子となったらどうなるのか?
ハルマゲドンも最後の審判もウソ予言、聖書はウソの本
という事になるのではないか。
聖書は真実の書だというのなら、聖書に繰り返し書いてある通り
救われない運命の人間がいるという事だ。
そしてこの、救われない運命の人間を創りだしたのも
他ならぬヤハウェだ。だから私は自作自演と言っている。
こんな状態で「自由意志を与えたから云々」とか
寝言は寝てから言え。
こんなヤハウェに人を裁く資格などないし
お前のようなカス牧師に人を導く資格など無い。
その証拠にヤハウェはノアの大洪水で悪を滅ぼすと言いながら
見事に大失敗しているではないか。
お前は見事にサタンと同じ思考をしているではないか。

・・・とでも答えるだろうか?
サタン牧師の教会を焼き討ちにせよ!”

knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト10
http://codetripleseven.blogspot.jp/2016/07/knznymmmy10.html
“創世記3-3
biblia sacra vulgata
de fructu vero ligni quod est in medio paradisi
praecepit nobis deus ne comedemus
et ne tangeremus illud, ne forte moriamur

(口語訳)
ただ園の中央にある木の実については、
これを取って食べるな、これに触れるな、
死んではいけないからと、神は言われました。

(新共同訳)
でも、園の中央に生えている木の果実だけは、
食べてはいけない、触れてもいけない、
死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。

(ABS)
but god said, 'you shall not eat of the fruit of the tree
which is in the midst of the garden,
neither shall you touch it, lest you die.'"

(KJV)
but of the fruit of the tree
which is in the midst of the garden,
god hath said, ye shall not eat of it,
neither shall ye touch it, lest ye die.

(エルサレム聖書)
mais du fruit de l'arbre qui est au milieu du jardin,
dieu a dit: vous n'en mangerez pas,
vous n'y toucherez pas, sous peine de mort.»

(BHS)
(反対になっているの省略)

BHSは例のようにここ参照。
とりあえずは文法的な解釈から。
de 〜より 前
fructu 果実 名 男 奪 単
vero しかし 副詞
ligni 樹木の 名 中 属 単
quod ? 関 中 主 単
est (be動詞) 動 現 3単
in 〜に 前
medio 中央 名 中 奪 単
paradisi 楽園の 名 男 属 単
praecepit 命じた 動 完 3単
nobis 我々に 代 1複 与
deus 神は 名 男 主 単
ne (否定命令)
comedemus 食べる 動 接 半 1複
tangeremus 触れる 動 接 半 1複
illud それを 代 中 対 単
forte by chance 副
moriamur 死ぬ 動 接 現 1複

問題点の検証。まず、園の中央の木がやはり単数形だ。
ウルガタもBHSも2章9節では木は2本生えているんだが。
なぜ1本になったんだろう?
これはBHSでも3章3節では単数形。2番めの単語
ץע
これ(↑)がthe tree(単数形)
םיץע
これ(↑)が複数形。
google翻訳でtreesと打ってもこれが出る。
だからヘブライ語で樹木は単複同型という訳でもない。
元々樹木は1本だったのか?それって何ていうユグドラシル?

問題点はまだある。神が禁止した内容は具体的に何か?
日本語訳、英語訳、フランス語訳を見る限りでは
「木の実を食べること」と「木の実に触れること」を
禁じていると解釈するのが自然だ。
(画像省略。木の実は食べなければもいでも触ってもいいらしい。潰したり蛇や天使に食べさせるのはどうだろうか)
ところがぎっちょんww 残念でしたwwwwww
そう解釈したあなたは間違っています。
実はここは 「木の実を食べること」と 「木に触れること」を
禁じているのが正解。その根拠はillud
これはtangeremus=触れるの目的語。
そして中性。この文章の中で出てくる中性名詞は「樹木」
一方「果実」は男性名詞。
だから「触る」の目的語ではない。
よって触っていけないのは樹木だ。

あっぶねえwwwラテン語の勉強しておかなきゃ
うかうか楽園暮らしもできない件ww

BHSの場合だと最後から3番目の単語。
וב
これ(↑)が何を指すのか?が問題。
ヘブライ語で「樹木」は男性名詞
(「ヘブライ語入門」日本ヘブライ文化協会刊 p145)
「果実」も男性名詞(同書p160)
よって性別による判定は不可。

しかし使っている単語が違う。
「それに触れるな」と「それを食べるな」の
「それ」が2種類の別の単語だ。
これは禁止の対象物が違うという事なのか?
たまたま同じ意味の単語が2つあったから使っただけか?
ヘブライ語5級の私にとってはよく分からない問題だ。

一応グーグル翻訳してみると「食べるな」の方は
ונממ
これ(↑) "from him" と出てくる。男性名詞を指すようだ。
だが、樹木も果実も男性名詞。
常識的に樹木は食べないだろうから果実を指す。
問題の「触るな」の方の「それ」は
וב
これ(↑) "it" とか "in him" と出てくる。
やはり男性名詞を指すのか? 結局樹木か果実か不明。

ヒエロニムスは何を根拠に
「果実を食べるな」と「樹木を触るな」という訳にしたのか?
もしかして誤訳?
しかしヘブライ語もラテン語もペラペラの私は
ヒエロニムスをタコ殴りにするのはまだ無理だ。

しかし正解は実は意外な所にあったりする。
ヤハウェが何と言ったかは2章17節に書いてある。
「善悪を知る樹の果実は食べてはいけない」
これが正解。

おいwエヴァ!お前勝手に人の命令書き換えるな。
「触るな」なんて誰も言ってない件。”

(…)





フランス語版主の祈り 
http://lecture1.kitakama-france.com/index.php?%E8%81%96%E6%9B%B8f#Perequiesaux

NOTRE PERE (avec les paroles)
https://www.youtube.com/watch?v=eNy1RIIU8pg


Learn the Lord's Prayer in Hebrew
https://www.youtube.com/watch?v=qToHoRxz3co
予想通り英語でのヘブライ語詠唱は発音おかしすぎるな

桐生史 ‏@kohnofumiko 2月13日
ラテン語を調べていたら蠅ってムスカ(musca)っていうらしい。ムスカは蠅の王ベルゼブブってわけか~。そういえばシータも元ネタはラーマーヤナのシーターだもんね。

はにに ‏@8haimi 2014年5月25日
『アダムとイブが食べた善悪を知る「禁断の果実」はりんごだと言われています。これはラテン語でリンゴ(マールス)と悪(マルス)が同じ綴りであったことからきています(その実を食べると善と悪(マルス)を知る訳ですから、その実はリンゴ(マールス)だという訳です) 』 おう…

ライトゲーマー@MHXのHR51ハンター ‏@painner72 2014年5月24日
マルスって悪い男って意味なのね。リンゴ属の学名がラテン語でマールスとも言われてるからそれに因んでると思うけど>片岡愛之助、「劇場版 仮面ライダー鎧武」で歌舞伎界初の仮面ライダーに!! http://news.livedoor.com/article/detail/8864052 …

志須 ‏@sizu1885 2015年11月17日
キャロルちゃんミドルネームのマールス(malus)は禁断の果実由来でラテン語訳の取違えの経緯はあるもののリンゴの意を持っている メタで由来を考えるとWA5のアップルシード姓繋がりなのだろうけど シンフォギアでリンゴといったらGでマリアさんとセレナが唄うAppleで、

四方山烏鳴 ‏@Karasu_me 2015年10月15日
・ウェイン(古い英語で荷馬車の製造業者)
・ウェルキンゲトリクス(仏最初の英雄とされる)
・キャロル(歌・賛美歌の一種・聖歌)
・マールス(露:火星・古代ローマの軍神マルス:戦と農耕の神・武勇)
・ディーン(ギリシャ語:十人を治める者・渓谷・最古参者)
・ハイム(独:家)

ヤン・ヒューリック ‏@1xuVLqH3kQ 8月8日
ウェルキンゲトリクス フランスの原初の英雄。カエサルを幾度と無く苦しめたが、結局カエサルから包囲され降伏。基本敵は許すカエサルも、幾度となく反抗し、負けたこともあるからずっと投獄して、凱旋式の後にぶっ殺したという。 pic.twitter.com/NmdtbRcZY7


ドイツ系のキャロルとフランスガリアの英雄がラスボスで敵って分かりやすいな 主人公は英米側だからな

ヘブライ語勉強用おすすめリンクとかあるから忘れんな
言葉は格言で覚えるのも手 意味を知りたくなるし

画像検索で画像と覚えるのも有効 特に物の名前と終章的でいイメージがわきにくい語に有効

「まどか」は女の子なのか、男の子なのか、何人いるのか?
https://marginaliae.wordpress.com/2011/03/10/%E3%80%8C%E3%81%BE%E3%81%A9%E3%81%8B%E3%80%8D%E3%81%AF%E7%94%B7%E3%81%AE%E5%AD%90%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%80%81%E4%BD%95%E4%BA%BA%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B%EF%BC%9F/

『エ ヴァ』と『ふしぎの海のナディア』はセットなので両方分析。選挙は不正をする為に作ったので、行かないことで不正をより鮮明にするのが最善。 「マギ」「イオン」「トランス」は文法間違いをしてでも入れるのは欧州王侯貴族の思想だから。男性的女と男の娘=両性具有の完全なる神。 陰謀論ではキリ スト教が黒幕だと言うものがほぼゼロ=つまりキリスト教が黒幕。二元論を利用した茶番による操作+エネルギー獲得法。ヘーゲルの弁証法=矛盾させて弱体化 したかませで本命を強化する誘導方法。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-33.html

『20ヵ国語ペラペラ』
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2011/09/20-e1f1.html
”「古典語<ラテン、ギリシア語>」のとこにはこういうことがかいてある(表記は原文のまま)。

 いずれも実用性のない、教養としてのことばであるが、基本文法はマスターした。
 ラテン語では、呉茂一「ラテン語入門」(岩波書店)や外国語によるラテン語文法書を二冊ほど。
 そのほかシーザーの「戦記」やタキトウスの著作などを、フランス語訳がついた双書で読んだ。ギリシア語は、古川晴風「ギリシャ語四週間」(大学書林)で古典ギリシア語の鳥瞰を得た。
 現在、翻訳などの仕事はいっさいない。古典語はなぜか落書に格好なことばである。

「フランス語訳がついた双書」っていうのは Budé のことなのかな。ギリシャ語・ラテン語で対訳になってるものっていえば英語訳がついてる Loeb もあるけど、フランス語訳つきのほうにしたのはなんでなんだろ。たまたま手にはいっただけのことなのかもしれないけど。

(…)「はじめての単語を絶対忘れない方法」っていうのもちょっとおもしろかった。辞書をひいたら、

 第一に、ひいた単語から、すぐに目をはなしてはいけない。単語につくづくと見入ることである。どんなことばでも、印刷された単語は、どれをとっても固有の格好をもっている。その特徴から得た第一印象をだいじにする。
 第二に、その単語の意味を考える。たくさんある意味のうち、まず、第一義だけを読みとり、頭の中で反復し、想像力をはたらかせながら、絵に復元しつつ、また単語に目を移し、さらにまた見つめる。そして、がまんできるかぎり長い間ねばる。
 第三に、なん度か声に出して発音してみるとよい。しかし、ささやき程度におさえておく。そうしているうちに、その単語のスペルの特徴と意味とその音が溶けあってくる。
 この方法をうまく利用すると、一度しか辞書で調べていないのに、その単語は、与えられた意味以外もち得ないように感じられてくる。すなわち、単語はすべて一種の擬声語として覚えられるのである。”

オーソドックスだけれど、20カ国語マスターした達人の教えには説得力がある
http://english.azwhd.com/methods/2012/09/20-1.html
”入門書は、
①あまり詳しすぎないものであること。
②150~200ページそこそこの厚さであること。
③使われている単語数が千~千五百程度のものであること。
(…)
いきなり部厚い本で学習を始めると、なかなか終わらずに飽きてしまい、学習をやめてしまうかもしれないので、最初は薄い入門書ではじめるのがよいのです。
薄い入門書なら、1~2週間でいちおう目を通すことができて、その言葉の全貌を知ることができるというメリットがあるのです。
英語をやり直そうと決意した人なら、忘れかけていた中学レベルの英語を1~2週間でざっと思い出すことができます。
厚い本だったら、全貌を知る前に、イヤになってやめてしまうこともあり得るからです。
第二次の学習 4回の「うるし塗り」作業で完全征服

今度は入門書を始めから、じっくりと完全に把握するまで精読します。

第一次:全体把握のための通読。
第二次:精読。
第三次:また始めから精読。
第四次:また始めから精読。そして征服。

この本の著者は、どの外国語でも、たいてい4回で征服したそうです。時間的には半年くらい。
この学習で、その外国語の初歩的文法を理解し、2000語程度のボキャブラリーを獲得できるといいます。

これ以後は、辞書を頼りに、より高度の文法書を読みなさいと著者は薦めていますが、私たちの英語学習では、どうかなと私は思っています。
すぐに役立つ500の例文暗記

20カ国語を話せるようになった著者が最良の学習方法と信じているのが、基礎的な文を丸暗記してしまうことです。
覚える文は入門書にある文です。
初歩段階では少なくとも500例文くらいを暗記してしまうのです。
単語を覚えることも大事であるが、実際に使う場合、単語は自分で組み立てなければならない。もちろん上達すれば自由自在に組み立てて、自分の嗜好や感情を表現できるようになるが、初歩段階では、少なくとも五百文例くらいは暗記してしまうのである。
章句を暗記していれば、組み立ての苦労なしに、そっくりレディメイドを実用に供することができる。
五百の章句で、たいていの表現は間に合わすことができる。多少の置き換えの機転がきけば、まず、困ることは少ない

(…)
相手なしの会話独習法

著者が勧めるのはこんな「ひとりごと」です。
学習している外国語で考え、学習語で自問し、学習語で自答する。
これで、おしゃべりの自信をつけ、表現法を身につけることができます。

入門書で覚えた語数で、たいていのことは意思表示できるはずです。自分の知っている単語を総動員し、適当な単語を知らないときには、言葉を置き換えて表現する方法を会得します。
どうしても言えないとき、あるいは言えたけれども疑問がある場合は、メモしておいて、あとで正しい表現法を調べます。”

はじめての英単語を絶対忘れない方法
http://english.azwhd.com/methods/2012/10/post-28.html 
”はじめての英単語を絶対忘れない方法

英単語は一度覚えたつもりでもすぐに忘れてしまいます。だから、単語の覚え方については、いろいろな方法が唱えられています。
「20カ国語ペラペラ」の達人は、初めて出会った単語に対して丁寧に接するべきだと主張しています。
これから一生おつきあいしていく相手なのだから、最初の出会いを大切にすべきだというわけです。
英単語を一度で覚える方法とは

『20カ国語ペラペラ』によれば、知らない単語を辞書でひいた、その瞬間が大切だといいます。
以下、ポイントを列記します。

①ひいた単語につくづくと見入る
私たちは単語を辞書でひくと、その単語が出てきた文にもどって文の意味を考えようとします。あるいは、単語帳に書き写したりする。
これはこれで悪いことではないと思いますが、『20カ国語ペラペラ』の著者は、
「ひいた単語からすぐに目を離してはいけない。単語につくづくと見入ることである。
そしてその単語の固有の格好をよく見る。その格好の特徴から得た第一印象を大事にする。」

②その単語の意味を考える
「辞書にあるたくさんの意味のうち、まず、第一義だけを読み取り、頭の中で反復し、想像力を働かせながら、絵に復元しつつ、また単語に目を移し、さらにまた見つめる。そして我慢できるかぎり長い間ねばる。」

③声に出して発音する
「何度か声に出して発音してみる。ささやき程度でよい。そうしているうちに、その単語のスペルに意味と音が溶け合ってくる。」
この方法をうまく利用すると、一度しか辞書で調べていないのに、その単語は、与えられた意味以外持ちえないように感じられてくる。すなわち、単語はすべて一種の擬声語として覚えるのである。
ここに漢字のような象形文字と表音文字の覚え方の違いがある。
『20カ国語ペラペラ(種田輝豊著・実業之日本社)』より

④単語を生きた姿でとらえる
「単語を単語そのものとして覚えるほかに、文章や会話における生きた姿でとらえることが必要である。
たとえば、placeという言葉を、イディオムとして、in place ofとして覚える。
イディオムにならない語は、例文などの文ごと覚える。
たとえば、walkという語は、I walk home.と覚える。そうすればその単語の使い方がわかるからである。」
英単語、最初の1500語の暗記はていねいに

外国語の学び初めに覚えるべき単語数は、1000~1500程度と言われています。
この1500語は最も使用頻度の高い単語なのです。これを暗記しないことにはどうにもなりません。

そして、その語を国語としている人々が日常生活で使う語数は4000語程度。教養度の高い、いわゆるインテリ層の人々の使う語数は8000~10000語ぐらい。
入門時代に覚える千五百語くらいの単語は、基礎単語あるいは基礎語彙であるが、これは重要である。 最初の千五百語を正しく十分に実用できれば、新しく覚える語は末広がりに増える。 『20カ国語ペラペラ(種田輝豊著・実業之日本社)』より


格変化 シュリーマン で検索して出た資料

シュリーマンの語学修得法
http://icee-eigojuku.blogspot.jp/2004/07/blog-post.html
”(i) 英語の場合、英国教会の礼拝式に行き説教を聞き、その一語一語を真似た。
(ii) 常に本を手にもって暗記した。
(iii) 夜は日中に覚えたものを頭の中で反復した。
(iv) ロシア語の場合、先生をしてくれるロシア人はいなかったため、自習し、「テレマコスの冒険」を誰かに話して聞かせれば進歩が早くなると思い、貧しいユダヤ人を雇い、毎晩その男に2時間ロシア語の朗読を聞かせた。
(v) 現代ギリシャ語の場合、「ポールとビルジニー」のギリシャ語版とフランス語原文を比較し、単語と文法を覚えた。辞書を引くような時間の無駄はしなかった。
(vi) 古典ギリシャ語の場合、格変化、規則助詞、不規則動詞だけ覚え、あとは古典書物から覚えた。「すべての子供たちがギュムナージウムで8年間ずっと、いや、ときにはもっと長い間、退屈な文法規則に悩み苦しんだあげく、ギリシャ語の手紙を一通書けば、何百ものひどいまちがいを犯さずにはすまないことを私は見てきていたから、学校で行われている勉強法はまったくまちがっていると考えざるをえなかったのだ。私の考えでは、ギリシャ語文法の根本的知識は、実地練習、つまり古典の散文を注意深く読むことと模範的作品を暗記することだけで身につけることができる。私はこのきわめて簡単な方法に従って、古典ギリシャ語を生きた言語のように学習したのである。だから私は、決して言葉を忘れることなく、完全にすらすらと書き、どんな対象についてもらくらくと思うことを表現することができるのだ。文法書に記載されているかどうかを知らなくても、私は文法の規則はすべて熟知している。だれかが私の書いたギリシャ語の文章の中に誤りがあると言い出すようなことがあれば、いつでも私は古典作家を引用し、私が使ったのと同じ言い回しの出てくる箇所を読み上げて、私の表現の正しさを証明することができる」”


格変化の順序
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2005/04/post_9b87.html

• VENI・VIDI・VICI (きた・みた・かった)
• ecce homo と noli me tangere
• 機械じかけの神 deus ex machina
• ギリシャ語とラテン語の名言(1)
• ギリシャ語とラテン語の名言(2)
• ギリシャ語とラテン語の名言(3)
• 「ブルータス、おまえもか」


カタカナがきがおかしいヘブライ語の用語
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2008/04/ivrit_833c.html

クンダリニーとチャクラ
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2007/05/kundalini_cakra_fd00.html

カタカナがきがおかしいサンスクリット語の用語
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2008/04/samskrta_1a1b.html

「主の祈り」(1) ギリシャ語
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2006/04/__a740.html


「主の祈り」(2) ラテン語
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2006/05/__a4cd.html

「主の祈り」(3) ドイツ語
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2006/05/__d0c7.html

「主の祈り」(4) 英語
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2006/05/__3607.html

ラテン語入門
http://www.kitashirakawa.jp/taro/?page_id=5

(…)

ラテン語初歩
田中利光著、岩波書店(2002年)、3,672円。
問題文のおもしろさと難しさという観点で比較すると、「楽しく学ぶラテン語」(面白いが難しい)の対極

格言とその解説を集め○来るかな ラテン語は文字を覚えなくていいし黄泉が超簡単だからいいな つまり敷居が低い ギリシア語とヘブライ語よりはねギリシア語はまだまし ヘブライ語はねえ暗号向きだと思った
語形変化と動詞だけを学習し、他の文法は無視。
覚える活用は最小限。記憶作業を効率化するもの以外は無視。


魔王アモン ‏@mryensrh11 16 時間16 時間前 福島 大熊町
ラテン語とギリシア語 三省堂 1998年刊 p23より ラテン語とギリシア語は似ている云々 ラテン語はギリシア語な方言であるとの主張もかつてはあった云々 ローマは文化的にはギリシアを全面的に範としている云々 ほらね。やっぱ私の主張どおりだ

著者の風間喜代三は 東京大学名誉教授で 専門は比較言語学 アイデルバーグみたいな自称言語学者じゃねえぞ

1928年生まれだから もう死んじゃってる可能性も高いな

ラテン語の学習書
http://www.lingua-latina.org/LL_1E.php

ラテン語(lingua Latina)
http://www.lingua-latina.org/
魔王アモン ‏@mryensrh11 3時間3時間前 福島 大熊町
・・・。 ラテン語含め 元々小文字なんて存在しなかった理由が わかる気がする フェニキア文字だよ フェニキア文字小文字ねえじゃん あ、それからヘブライのアレフベートも
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• • 魔王アモンさんがリツイート
ねこた ‏@lakudagoya 5時間5時間前
@mryensrh11 それ何万社もある派遣屋みたいやね。 で、ラテン人がアルファベットを使うようになったのはエトルリアの影響なんだとか。出典「ラテン語のしくみ」 エトルリアあんま資料ないですけど、部族社会のローマくらいから古くいるけど、ローマと混血して消えました。

カルタゴは第三次ポエニ戦争でスピキオにボコられる事で「国家という肉体を捨てた」。 デュエマの光文明も同じようなもん? 西ローマ帝国は「キリスト教」という「人の心に領土を持つ超巨大国家」になる事で永遠の存在になったのさ。とシュタイナーが言ってた。 これが子供の見方さ!


科学英語を考える
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/english/
• 第1回 コミュニケーションの基本は相手が知っていることを考慮することだ
• 第2回 the は相手が知っていることを表す
• 第3回 the は常識を表す
• 第4回 冠詞が必要な時と不必要な時
• 第5回 冠詞と関係節
• 第6回 「相手が知っているかどうか」ということと情報の流れ
• 第7回 科学英語の書き言葉と話し言葉
• 第8回 英語での口頭発表の準備
• 第9回 同じに見えても同じではない英語と日本語
• 第10回 英語らしい英語を書くコツ
• 第11回 相手を配慮した英語表現

■関係代名詞の制限用法と非制限用法
http://www.englishcafe.jp/english3rd/ad28.html

■英文法大全 - 関係詞
http://www.eibunpou.net/12/front.html

■英語喫茶 - 関係代名詞
http://www.englishcafe.jp/english/day50.html


”ウィキの英語記事と日本語記事を比較して読むと何を隠したいかがよくわかります。
私が日ユ同祖論のウィキの記事を英和で比較して、日ユ同祖論者がクリスチャンだらけで、日ユ同祖論の歴史に登場するのがクリスチャンだらけで、源流がイエズス会士であることを過去に暴露しました。

なお、英文だから信用できるという錯覚に注意。何語で書かれているかと信頼性の高さに因果関係も相関関係もありません。

「単語を覚える秘訣
①単語を画像検索してイメージをつかむ
②例文を音読する
③英英辞典の英語での定義と英和辞典の訳語を比較する
英英辞典の定義の方がはるかに覚えやすいことがある」

外国語勉強の秘訣
その外国語でしか読めない、自分が読みたいものを読む
音声も同様。”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-103.html
【日ユ同祖論「教」=神道カルト=和風キリスト教✝】稲生平太郎『定本 何かが空を飛んでいる』④。 日本の実在しないゴッドである民主主義を守護する四天王がデモ教、拝金教、選挙教、過労死教。 自由でないのに、自由であると洗脳されている人間=奴隷。

学校受験英語こそが、日本人皆殺しの秘策だった!!  渾沌堂主人雑記
http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%90%91%E3%81%91/%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E5%8F%97%E9%A8%93%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E3%81%93%E3%81%9D%E3%81%8C%E3%80%81%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E7%9A%86%E6%AE%BA%E3%81%97%E3%81%AE%E7%A7%98%E7%AD%96%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F%EF%BC%81%EF%BC%81%E3%80%80%E6%B8%BE%E6%B2%8C%E5%A0%82
”読めないニックネーム より

上記文抜粋
・・・・・・・・・
私が有効だと判断した外国語勉強法まとめ。 ウィキの英語記事と日本語記事を比較して読むと何を隠したいかがよくわかります。 FC2が不具合にみせかけて突然全ての記事を消すかもしれないからこのブログも保存推奨。




前回の記事
で英語学習に言及したので今回は外国語学習法について。
まずは学習法全般、というか頭がよくなる秘訣について。

和泉屋@タイ留学 ‏@i_z_u_m_i_n 19 時間19 時間前
あと、化け者かってくらい勉強ができる子について 塾の社員「小さい頃にやたら「なんで?」って聞いてくる時期がある。その時期に面倒がらずに親が答えてあげること。これが出来ないと、子どもが勉強に興味をもたなくなってしまう。興味のない事は誰だって考えたくないから、頭を使わなくなる」 納得

(ねここねこは今も昔も疑問をもちまくりで「なんで?」って質問しまくる人。
授業中も普通に質問しました)

Copy writing ‏@Copy__writing 9 時間9 時間前
授業中「わからないところある?」と聞かれ「はい」と答えるのは難しい。他の人はわかってるのに自分だけわかってないと言ってるようなものだから。かわりに「気になるところある?」と聞く。これだと抵抗がないから反応がぐんと増える by goukou

(これって、勉強できる人しか質問するな!
高度な質問をしろ!
って強制しているようなものだよね。
この質問の仕方って「なんで?」を殺すから、子供の思考力と想像力を失わせたい支配層が大喜びするだろうね)



STB ‏@RC_StBさんのツイートは読んでおくべき。

STB ‏@RC_StB 6月2日
日本国内はメディアが作って流したイメージ戦略が多々あるから、取り合えず英語版のwikipediaと日本語版wikipediaを読み比べるといい 日本が絡む項目なのに日本語版に記事がなかったり(何を隠したいのか)

STB ‏@RC_StB 3月27日
ウィキペディアも官公庁や自民党からの編集が相次いでいる。 日本にとって重要な項目でも、英語版はあるのに日本語版はないこともある。 検索結果は地域ごとにブロックされている。

STB ‏@RC_StB 7月29日
日本語版wikipediaだと、リチャード・E・バードの南極探検のパトロンがロックフェラーだったことが書いてないな 南極には、ロックフェラー高原という地名があるのだが、命名はジョン・D・ロックフェラー・ジュニアから 南極条約で軍事基地禁止だが 本当に守っているのかね連中

STB ‏@RC_StB 6月21日
@lakudagoya 印欧語なら語順は慣れながら覚えて、前置詞とコピュラと重要動詞(haveとかavoirとか)とその活用と、一般的な活用と時勢と、英語なら余り出てこないけど仏語等なら冠詞だけ叩き込めば構文は把握できるのでインチキでも読めるようになりますよ 後は単語増やしていく

(ウィキの記事もなんらかの方法でイ呆存しておくことをすすめます。
改竄されたら、イ呆存しておいた改竄前のものと比べましょう。


日本のことなのに日本語版に書かれていないが、英語版には書かれている箇所
=支配層が隠したいこと
=「日ユ同祖論者=宣教師」

そもそも日本語版記事がない項目が多いです)

”ウィキの英語記事と日本語記事を比較して読むと何を隠したいかがよくわかります。
私が日ユ同祖論のウィキの記事を英和で比較して、日ユ同祖論者がクリスチャンだらけで、日ユ同祖論の歴史に登場するのがクリスチャンだらけで、源流がイエズス会士であることを過去に暴露しました。

なお、英文だから信用できるという錯覚に注意。何語で書かれているかと信頼性の高さに因果関係も相関関係もありません。

「単語を覚える秘訣
①単語を画像検索してイメージをつかむ
②例文を音読する
③英英辞典の英語での定義と英和辞典の訳語を比較する
英英辞典の定義の方がはるかに覚えやすいことがある」

外国語勉強の秘訣
その外国語でしか読めない、自分が読みたいものを読む
音声も同様。”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-103.html
【日ユ同祖論「教」=神道カルト=和風キリスト教✝】
稲生平太郎『定本 何かが空を飛んでいる』④。
日本の実在しないゴッドである民主主義
を守護する四天王がデモ教、拝金教、選挙教、過労死教。
自由でないのに、自由であると洗脳されている人間=奴隷。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり


なんで?こそが、学問の一大事。

>(ねここねこは今も昔も疑問をもちまくりで「なんで?」って質問しまくる人。
授業中も普通に質問しました)

これが一番大事ですは。

でもそれをすると、日本の学校では抹殺です。

>授業中「わからないところある?」と聞かれ「はい」と答えるのは難しい。他の人はわかってるのに自分だけわかってないと言ってるようなものだから。かわりに「気になるところある?」と聞く。これだと抵抗がないから反応がぐんと増える by goukou

>(これって、勉強できる人しか質問するな!
高度な質問をしろ!
って強制しているようなものだよね。
この質問の仕方って「なんで?」を殺すから、子供の思考力と想像力を失わせたい支配層が大喜びするだろうね)

私もそう思う。

そもそも「質問するな」って言っているようなモノ。

っていうが、学校は「そのような質問するところではない」とまでいう先生もいたしな。


日本は学校自体は、糞。


私の子供時代の友人の弟が高校で質問をよくして呼び出しを喰らったそうだが

「それは、この子の言うとおりでしょう。弟君の方が正しい。」
と応援してやった。

せいぜい学校の先生は「予定表通りに授業をすすめるだけの塾講師以下の公務員」ですは。


さらに抜粋
・・・・・・・・・

私が有効だと判断した外国語勉強法まとめ

・大きな声でたくさん音読。
黙読は駄目。大声の方が効果大。一人で音読してもよいが、人に聞かせることで効果倍増。シュリーマンは自分の音読を聞いてくれる人を雇ったことあり。人に聞かせることで集中力と緊張感を高める。

・基本的に翻訳しない。
意味をつかんだあとは、母語に訳すのではなく直接イメージで捉え、直接理解できるようにしていく。

・短時間でいいから毎日真剣に勉強(最重要)。
1日15分でいいから毎日やる。週に1日ぐらいなら休んでもいい。入浴・移動・食事中など、細切れ時間を活用すれば合計1時間は楽。

・単語は文章で覚える。
新たに覚えたい単語を既に覚えた文章に組み込んで覚える。
単語記憶には英英辞典と類語辞典も使う(例文検索もできる電子辞書が便利)。言い換える力もつく。
覚える単語の優先順位は、基本語→自分の生活で使用頻度が高い語の順。
自分の興味のあるものから覚える。
貿易商人なら、商品や貿易、契約の用語から覚える。

・興味のある対象について常に作文を書く。
貿易業を営んでいたシュリーマンは、「あの国にあれを輸出したい」といった作文をすることで、国名・地名、商品名、輸入・輸出など商業用語を覚えた。英文で英単語を覚えることの応用。
一度日本語で書いてから英訳するのは駄目。最初から英語で書かないと駄目。類語辞典と英英辞典が便利。
語学学習の大原則として、「書く」から入るのは邪道。まして「訳す」という勉強法は邪道以下。正道はまず「聞く」次に「話す」。なお、死語は別。

・自分の作文を先生の指導で訂正してもらい、次回の授業で暗唱。
赤ペンなどで修正し自分が間違った箇所の記録を残す。 消しゴムで消せないペンで作文すればいい。

・語形変化と動詞だけを学習し、他の文法は無視。
覚える活用は最小限。記憶作業を効率化するもの以外は無視。

・優れた本を暗記。
どんなに短い時間でも活用し時間を盗んで記憶。学習は座ってとかテキストを持ってとかという固定観念は捨てる。少しでも多く暗記。歩きながら暗誦。
一冊覚えると後が楽。既に覚えた本があるならその翻訳本を辞書代わりに使える。英語を習得した人がドイツ語を習得したいなら英語とドイツ語の対訳本あるいは、それぞれ一冊ずつ用意して覚える。
夜は暗唱するなどして復習。
記憶には潜伏期間が必要。翌日に、前日の学習内容全然覚えてなくても気にすることはない。もう若くないから記憶力が弱いだとか頭が悪いとか悲観したらマイナス思考で本当に記憶力が悪くなり学習効率が下がってしまう。そもそもすぐには思い出せないだけで情報は脳に入っているから問題ない。

・ネイティブが喋る発音を絶対に聞き、完全にコピーして発音できるようにする。
そのネイティブの発音を聞くのと同時に自分自身で口真似する。シャドーイング
ネイティブと同時に喋り完全にシンクロし、間のとり方、息遣いまで完全にコピーする。
よできれば音声とテキストのみの教材が良い。テレビなどだと視覚に意識が行ってしまうので画面を見えないようにするなど工夫が必要。
〔シャドーイングに便利なソフトがVLC。特にホットキー割り当てで3秒巻戻しや3秒先送とか再生速度を10%刻みで上下できたり非常に便利〕

・書き取り(ディクテーション)はリスニングやシャドーイングほどではないが有効。ただ、そんなに必死にやるものでもない。


・・・・・中略・・・・


knznymmmy ‏@knznymmmy
RT> そう。記憶には潜伏期間が必要。これお勉強する上で重要ポイントな。 社会人になってから英語なりおフェランス語なり勉強して その翌日に、前日の学習内容全然覚えてなくても全然気にする事はない。 そこで「あー、もう若くないから記憶力が弱いんだ」とか悲観したら

(続き)マイナス思考で本当に記憶力が悪くなっちゃう。 おめーらもう忘れたかしれないけど小学校2年ですら 算数の九九の暗唱めっちゃ時間かけたじゃねえか ガキはバカだから毎日毎日九九を唱えさせられても疑問に感じない だけどオトナは余計な知恵がついてるから猜疑心が生まれる

(続き)で、しかも、年とってるのは事実だし、ちょっとぐらいなら 記憶力が落ちてるのも事実。だけどそこで「もうダメだ」は禁句 「あれ、昨日のレッスン内容全然覚えてねえや」って場合でも 「ま、コンピューターじゃあるめえし一発じゃ暗記できねえさ」と 復習をサラっとやったら次のレッスンに

(続き)進んじゃう、これ重要。 そこで「は?もし本当に記憶力が弱っててサラっと復習したぐらいじゃ 足りない時はどうすんだよ?」ってのはバカの発想 どうもしねえよ。一回の復習で足りないなら二回でも三回でもやりゃいいじゃん。 私は昔から同じ本を5回ぐらい読む事はよくある

1回読んだだけで内容が完璧に把握できるような本ってのは クッソくだらねえ本って事だ。

人から教えられた物ってのは どこかしら100%身につかない部分が残るんだよ。 だから、どうしても、自得させるように仕向ける という側面が必要になる。 こういうのを澤井健一先生は啐啄(そったく)と言った。

「啐啄」って言葉があってねヒナが卵から生れるとき 親鳥が殻を割る手伝いをするんだよ。

鳥の雛が卵からかえる時、 最後の最後に親鳥がつついて手伝ってやるんだよね。 それが啐啄。 あくまでも雛ががんばってくれないと話にならない。 だけど最後、ここぞという瞬間に 適切な助言、指導ができる事、 それこそが指導の極意って事らしい。


英語の勉強も少しでいいから毎日やるってことが 大きな影響力を持つ。 、、、、ほら、アレと同じだよ、被曝www 少しのベクレルでも毎日食ってりゃガンになるwwww

おまは好きな科目ねえの? 学校なんざつまんなくて当たり前じゃん ヌッポンがさ、そのうち沈没すると思うから 国外退去する可能性すら想定しておくべきと 思うんだよね 別に外国語っつーのは英語だけじゃないけど まー、やらされてる言語でもあるから とりあえずは英語真面目にやれ

現代文古文は大事ですね。ニャンゲンとしての基本 日本人としての常識です。文法は割とどうでもいいww 数学は高校の微分積分や三角関数あたりまで できるだけ頑張った方がいいです。 ぱちょこんとかマニアックにいじくり回すには そういうのも「あらまほしきものかな」とw

だって、将来日本沈没まで考えるのなら 単に「語学ができるだけ」じゃダメですよね。 現地の人と勝負して「コイツの方が仕事ができる」って 認めてもらえないといけないのですから とんでもないハンディキャップマッチを勝つ事を想定するなら 理系科目とか強いといいかも

ついでに英語勉強の極意書いておきます。(あれ?書いたっけ?) 「短時間でいいから毎日勉強すること」 これが外国語学習の最重要事項。 1日15分でいいから毎日勉強してください。 週に1日ぐらいなら休んでもいいですけど 「毎日やる」ここが超重要です。

週に1日8時間の勉強をするよりも 週に6日15分ずつの勉強をする方が 絶対に効果が出ます。 それからネイティブの発音を聞きまくる事 AKBオタクが毎日AKBの曲ばっか聞くみたいに ネイティブの発音毎日聞くこと んで、それを口真似する事 絶対に声に出す事。

黙読は意味がありません。音読する事。 それも大声であるほど効果が大きくなります。 日本語にない発音、リズムに慣れる事 最終的にはネイティブの発音と同時に喋ると 完全にハモってる事。 シンクロ率400%を目指す事 リツコがニャンゲンに戻れなくなると叫ぶまでやる事

あのね、できれば音声とテキストのみの教材がいいんです テレビとかだと視覚に意識が行っちゃう。 昔のアニメで聖闘士星矢ってあるんですけどね あの中に出てくる乙女座ヴァルゴのシャカが 目を閉じるのと同じ・・・って おまには分かんないかw

ミミズクって英語でhorned owlらしい件

だから英語で正常位って ミッショナリーポジションって言うんだぜ

これは本当 日本人は揚げ足取りが大好きなせいで 悪い意味で完璧主義になって 結果、元も子もなくする事が結構ある 例えば英語のテキスト勉強してても 完璧、100点、にならないと次の課に進まないみたいな感じ そうじゃなくて0点は論外だけど 大体おkになったら進んでいい

私が勧めるのは一旦DLしてVLCで聞く事ですね。 再生速度の調整ができますし 3秒巻戻、10秒巻戻等のキーボード設定があって まるで語学講座を聞くためのソフト じゃないかと驚きます。 ネイティブの発音をスローで聞いたり 自分の発音を録音して聴き比べたり 色々できますよ

RT> そう。例えば英語の発音練習でも リスニングできない音は発音できない 発音できない音はリスニングできない 自分の手持ちの駒でしか人間は対応できない。


だってさ、毎日決まった時刻に決まった行動を取るってのは 魔法修行の初歩の初歩だぜ? それともうひとつ 後でも聞けるから、今聞かなくてもいいや ってのは結局後でも聞かないパターンだろ? 本気で英語(には限らないけど)をどうにかしたい と思ってるのなら おめーの本気を見せてみろ

犬HKの基礎英語2の2月9日分の放送を聞いたった 人に勧める以上一回ぐらいは自分自身で チェックすべきかなと思ってw "人"ってのは分かるよな? 今日も創価信者がイチャモン付けてきたりとか 私の周りが騒がしいから名前は出さない。 とりあえず変なチョコやめろw

基礎英語2はそれなりにうまく教えている。 (来年度も同じ講師なんだがガイジンは交代らしい) ちょっとよかったのは 3分過ぎに 「音楽に乗せた発音練習」ってものがあったこと 英語の発音練習として 個別のLとかRとかの練習も大事なんだけど それらをぶちぬいて流れるリズムの勉強も大事

これ守らないとお経みたいな英語になっちゃう 定期的に強弱を繰り返すパターンが基本なので このリズムに乗るのが大事 例えば手拍子のリズムにのって発音する 例えば弱が二回続いたら ◯☓◯☓◯☓・・・って テンポよく来てたのが ◯☓◯☓◯☓☓ ← なんかつまづいちゃう

だからそこは弱い単語2つを ササッとまとめて素早く発音して ◯☓◯☓◯☓のリズムを守るの ひとつの「弱」の中に押しこんじゃう 逆に短いのにひとつの「強」を専有させないと いけない単語が出てきたらそこは ゆっくり発音したりする だから強弱であると同時に緩急でもある

こういう緩急強弱を意識するのが大事。 勿論現実の会話ではこのリズムが崩れてる事も多いんだけど 原型としての◯☓◯☓◯☓のリズムが チラチラ顔を見せるのが大事

で、それを意識する練習として 基礎英語2みたいに音楽に乗るとか 或いは自分自身で机の角をデコピンしながらとか 発音練習するのがコツ

私は昔マザーグースを手拍子打ちながら暗唱した。 私自身が昔暗唱した例でやると (大文字が手拍子打つところ)

LADY bird LADY bird FLY away HOME your HOUSE is on FIRE and your CHILDREN all GONE ALL except ONE and THAT'S little ANN

例えばね、"is on"とか"and your"単語が2つじゃん 2つなんだけど「弱」ひとつしか 割り当てないんだよ だからここササッと素早く読む。「急」で「弱」。 じゃないと◯☓◯☓が崩れる。


あとは口か。シュリーマン的に 音読しまくって暗唱が大事ってことかな?

彼が「古代への情熱」って本の中で語学学習について 熱弁をふるっている箇所がある。 で、ギリシア語の活用について私同様 「活用の丸暗記なんかするな」ってスタンスなんだ。 んじゃ、丸暗記しねえでどうやって語学マスターするのかって話だが おーっとここでカレンダーを見るんだ!

RT> ちげーよ、ボケナス 寝る前は語学の勉強すんだよ ハインリッヒ=シュリーマン目指すんだよ

RT>私はラテン語やった事がないので ひょっとしたらトンチンカンかもしれないけど そもそも論として語形を必死に丸暗記する事自体が間違いなような気がする ぬこた先生はハインリッヒ=シュリーマンは知ってるかな? 天才でもあり天災でもあり変態でもある、偉人若しくは変人だがw

↓ ちょっと抜けてるな 動詞、助動詞の活用は暗記するな 暗記するんならよい例文を暗記する事だ とか、まだ色々書いてるんだぜ? 多分ね、このまとめ「古代への情熱」の前半しか読んでいない。 前半で語学学習ネタが終わったフリして 実は後半にも出てくるのさ!

しなざわ ‏@shinazawa 8月24日
1 非常に多く音読すること
2 決して翻訳しないこと
3 毎日一時間をあてること
4 つねに興味ある対象について作文を書くこと
5 これを教師の指導によって訂正すること
6 前日直されたものを暗記して、次の時間に暗誦すること
シュリーマン

トロイヤ遺跡発見。10ヶ国語以上習得。

knznymmmy ‏@knznymmmy 2月13日
一度日本語で書いたらダメ
最初から英語で書かないとダメ

深緑のオアゾーさん ‏@aguridog 5月16日
『啐啄同時』(そくたくどうじ) という禅語は師匠と弟子、親と子の関係に当てはまる。その意味は、鳥の雛が卵の中から殻を割るタイミングと親鳥が卵の殻を外からついばんで割るタイミングを合わせること。深いね。 https://twitter.com/pre_online/status/599385554363490304 …

らいおん ‏@funa2741 7月14日
@shige8948 啐啄同時 読み方:そったくどうじ 禅において、悟りを開こうとしている弟子に、師匠が、うまく教示を与えて悟りの境地に導くことを指す表現。「啐啄」は、何かをするのに絶妙なタイミングを指す表現。


knznymmmy ‏@knznymmmy 6月2日
RDレインだったかな
「好き?好き?大好き?」って本がある
名前をつける事で
さも何かが分かったような気分になる
って側面はあると思う
例えばむかーし、参考書読んでたら
予備校の先生が◯◯の法則とか
やたらと名前を付けたがるのは
名前を理解しただけでしかないのに

承前)中身を理解したような 錯覚を起こす=予備校で、さも沢山勉強できたような 錯覚を起こすって説明をしていた 本体じゃなくてダミーを用意するってのは バテレンどもがニダヤを用意したのとも共通するな ユダヤ陰謀論を語れば さも、世界の真実を悟ったかのような 錯覚を起こす


・・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり


>これは本当 日本人は揚げ足取りが大好きなせいで 悪い意味で完璧主義になって 結果、元も子もなくする事が結構ある 例えば英語のテキスト勉強してても 完璧、100点、にならないと次の課に進まないみたいな感じ そうじゃなくて0点は論外だけど 大体おkになったら進んでいい

私もそう思う。

密教の修法ではない、せいぜい白い奴の言葉に過ぎない真言でも念仏でもない。

それに、習熟してくると、知らぬまに、もっとうまくなっている。

これは太極拳の老師も、その手の「日本人の馬鹿げた完全主義」を批判している。

「100点を目指しすぎて、進歩できなくなる。70点ほどで、次の過程に入って修行したほうが、腕が上がる」

てなことを言っていた。”




仮想授業「ラテン語入門」
http://www.f.waseda.jp/tokuyam/07lat.index.htm


マニフィカト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%AB%E3%83%88

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