読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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①陰謀論業界のパクリ疑惑 ②労働教の元凶カルヴァンの過去記事の訂正 ③『はじめてのラテン語』メモの加筆のお知らせ 

【①陰謀論業界のパクリ疑惑】
陰謀論業界の盗作疑惑(真っ黒に近いグレー)
もぐらさんは孫崎に、ねこたさんは落合にネタを盗まれたと証言。

モグラさんの説の中核を抜いて発表した疑惑の孫崎享『戦後史の正体』。
妻の孫崎紀子が神道カルト系「世界戦略情報みち」の執筆者の一人。
「みち」は皇紀を使用、
大麻推進、
新たなる日本文明を樹立をほざくがユダヤを強調(しかも編集長の著作)
”サムライさんと飯山一郎さんのお蔭でこの掲示板ができました…みち編集長天童竺丸”
偽天皇崇拝者の飯山も神道カルト人脈。
SAGEGROUPかつ偽天皇崇拝者の飯山一郎も関係。
SAGEグループ(=キリスト教を黒幕にしない紐付き陰謀論者集団) の母体が大日本皇道立教会。
創価学会の母体も大日本皇道立教会。
SAGEグループ系陰謀論者の創価叩きは大日本皇道立教会を無視した茶番。
紐付き陰謀論者も創価も根っこは南朝偽天皇とキリスト教。
大日本皇道立教会の初代副会頭が千家尊福。


同じく「みち」の執筆者の落合莞爾がねこたさんのマニ教陰謀論(+ユダヤ人はいない)を盗んだ疑惑。

魔法使いハンターねこたさん説(ねここねこによる要約)
①ユダヤ人は存在しない。ユダヤ教徒は実在する。
②マニ教はメーソン思想の中核の一つ。黒幕勢力の一つはマニ教を受け継いだグノーシス思想。大本教の万教帰一はマニ教由来。

魔法使いハンターねこたさんの前のアカウントの消去済みツイート発掘
“日本人が霊的に優れてるって話さ、神智学協会の神話をよーく見て見なさいよ?アーリア人(笑)が霊的に優れた種族だって書いてあるから(笑)
キリスト教は嘘やねん!と言ってるやつが和風キリスト教である大本教勢力に多くて笑ってしまうわ。大本教の本教は江戸時代のキリスト教なんだけど?
大本教はチベットに視察団を送ったナチスのアーネンエルベや中国の明教など、イラン系宗教+密教系組織を通じて繋がってたんだよ?大本教の万教帰一は明教という中国のマニ教の五教帰一(儒教・キリスト教・仏教・道教・イスラーム)なんだけど?”

新✝は元ネタの旧✝を叩いて出自を隠す←頻出!


落合ってマニ教に注目しただけでは鋭いなあで片づけられるかもしれませんが、「ユダヤ人はいない。ユダヤ教徒は実在」が加わるとねこたさん説ですね。
ユダヤ人は存在しないが、ユダヤ教徒は実在するって一番言っているのは私ですけどね。
まともな陰謀追及者でユダヤ「人」はいない、「ユダヤ」は893みたいなものでまともな定義なしってはじめて言ったのはまっこうもぐらさんね。
マニ教がメイソンだと言うけど、マニ教の子孫の一つである大本教系カルトと紅卍字会には言及しないんでしょ?
落合莞爾のいう「さる筋」や「権力者っぽい存在」から得た情報は、読者が真偽判定不可能。よって無価値。 確かめようがないなら信じるか信じないかという宗教問題になるのでアウト。そもそも陰謀論は「論」なので信じるではなく疑って検証するものなので、はじめから検証の道が閉ざされているならアウト。


落合は大乗仏教がマニ教だと言っていますが、マニ教はグノーシス主義(肉体は悪)なので仏教と矛盾しますから嘘。
そもそも仏教の目的は「執着から生じる欲望をなくすことで平静な精神を得て幸福になる」ことなので。
落合も仏教が大嫌いな勢力なんでしょうね。マニ教が混ざっていると強調すること自体がマニ教戦術。

釈迦の教えの目的は「人間の肉体を持ったままで平静な心を得る」こと。
仏教での悪=執着。
肉体=悪ではない。
密教が目指す即身成仏は人間の肉体を保ったままでの成仏。
グノーシスでは「物質=肉体=悪」なので肉体は否定すべきもの。
密教の即身成仏は「現世でこの身を捨てずに」達成されるので真逆の方向性。
仏教の智慧(般若)とは形而上学に囚われず平静な心を獲得するための手段。
仏教の智慧視点では、
グノーシス=認識・知識は、「執着をもたらす妄想」=悪。
グノーシスの神話は「妄想」。
グノーシスはバラモン教の影響が色濃い可能性。
仏教はバラモン教の根幹(永遠不滅の霊魂など)を完全否定。よって、バラモン教に近しいグノーシスも否定。


菊池 ‏@kikuchi_8 2016年11月4日
「般若」と「グノーシス」が同じく「認識」を意味するから「同じ」だというのは神道の「神」とキリスト教の「ゴッド」を同じだとするくらい粗雑な議論である。問題は「認識」の中身である。般若の認識内容な「空=実体の否定」である。グノーシスの場合は実体論が前提の霊肉二元論である。相容れない。

「空の認識」とは実践的に言うと「無執着」と同義である。仏教は「心から渇愛を除き苦を滅する」という事に尽きる。どこまでも現実の心のあり方がテーマである。一方のグノーシスはどこまでも形而上学である。霊肉二元論を前提に物質という「牢獄」から霊魂を解放させるという形而上学がテーマである。

ブッダが答えなかった形而上学的命題を「十難無記」などというが、その中に「霊魂と肉体は同じであるか。別であるか」という命題がある。グノーシス思想は明確に「霊魂と肉体は別である」という立場に立っている。これはれっきとした一つの形而上学的立場だ。仏教の無記とは相容れない事が明白である。

「毒矢の喩え」にあるように、仏教は「精神と肉体が同じか。別か」など形而上学的命題を考える事よりも、現実の心をどう修練して苦を滅するかという実践を重視する。ブッダは形而上学的命題には断定を下さず。「苦・苦の原因・苦の滅・苦の滅に至る道」を断定した。四諦である。全て心の問題である。

グノーシスは霊肉二元論という形而上学的前提に立った上で「邪悪な物質世界からの霊魂の解放」という形而上学的目標を目指すのに対し、仏教は終始現実の執著にまみれて苦しんでいる「心」を問題としており、「霊魂と物質」が云々等の形而上学的思索は思考経済の観点から深入りを避けていると思われる。

物質観も仏教とグノーシスでは異なる。仏教の物質観では物質は善でも悪でもなく無記(価値中立)である。善悪はあくまで心(識。厳密には識に伴う思の心所=意志による。つまり意志の善悪であり心の問題)にしか言われない。グノーシスでは物質は悪とする。だから物質から善なる霊魂を解放せんとする。

憑依型戦術は基本的に「嘘も百回言えば」方式で繰り返し刷込む手口である。よって憑依型戦術を破るコツは「具体的な中身や内容を検討する事」。これに尽きる。憑依型戦術では名称など表面的な類似をあげつらって同一視するやり方をする。これは少し詳しく検討すれば到底維持できる類のものではない。

スピリチュアル系の方から「般若とグノーシスは同じ『認識』を意味するのにスルーする」みたいなエアリプライを頂いていたようなので、その事について応答する意味を込めて、仏教とグノーシスの基本的違いについて書かせて頂いた次第である。TPPなど喫緊の問題が山積なので後回しになってしまった。

神智学なども到底相容れないものを混合している。ブラバッキーなどはチベットを神秘化し、そこに「グル」が存在するという設定にしていたようだが、チベットの中観哲学と神智学のベースである新プラトン主義は到底相容れないものである。「具体的な中身を検討する」。これが憑依型戦術を破る鍵である。

西洋人の発想の基本はキリスト教である。キリスト教を肯定するにしろ否定するにしろ彼らの判断基準はあくまでキリスト教である。従ってキリスト教を否定する立場にしろ、キリスト教以外の思想は全部同じだと見てしまう傾向がある。しかも否定しながら発想の根にキリスト教を引きずっている場合が多い。

グノーシス主義者が「物質は悪」とするのは、「物質」という対象への執著が生み出す「物質欲」そこから生まれる不都合=悪を己の心の外部に投影した結果であろうと思う。唯識的に言うと遍計所執性、廣松渉風に言うと「物象化的錯視」である。己の心の悪を「悪魔」として外部化するのと同じ機制である。

「鬼」と「悪魔」の違い。「鬼」は具体的な心や行動のあり方による。憎悪や怨念に囚われて悪行為をなすようになった者が「鬼」となったという日本の昔話は多い。逆に言えば改心すれば鬼は鬼でなくなる。一方、「悪魔」は常住不変の本体を持つ「悪」そのものとされ、改心して善になる事はないとされる。

「鬼」と「悪魔」の違い。「鬼」は具体的な心や行動のあり方による。憎悪や怨念に囚われて悪行為をなすようになった者が「鬼」となったという日本の昔話は多い。逆に言えば改心すれば鬼は鬼でなくなる。一方、「悪魔」は常住不変の本体を持つ「悪」そのものとされ、改心して善になる事はないとされる。

鬼と悪魔の違いは日本と西洋の悪への対処の仕方にも現れてくる。「鬼退治」は「懲らしめ」で終わる事も多いが、「悪魔退治」は「絶滅戦」「やるかやられるか」になる。「鬼」かどうかは結局「行為」によるので悪行為を止めれば退治する理由は無い。「悪魔」は絶対悪なので「絶滅するしかない」となる。




即身成仏義
http://www.mikkyo21f.gr.jp/kukai-writing/post-236.html
” 弘法大師の思想の中核は何かと言えば、即身成仏思想だと断定して誤りがなかろう。(…)自ら学習した密教の特質を、攘災招福と即身成仏の二つとなしている。また帰国後早々に記した御請来目録の中にも、即身成仏が真言密教の特質であることを表明している。さらにその後の多くの著作の中でしばしば即身成仏思想を強調しており、即身成仏思想の強調は大師の生涯を通じての一大思想運動であったと見ることができる。
 (…)
●またいわく、「もし衆生あってこの教に遇い、昼夜四時に精進して修すれば、現世に歓喜地を証得し、後の十六生(金剛界の十六大菩薩が出生する段階)に正覚を成ず」と。
●またいわく、「もしよくこの勝義によって修すれば、現世に無上覚を成ずることを得」と。
●またいわく、「まさに知るべし、自身すなわち金剛界となる。自身金剛となりぬれば堅実にして傾壊なし、われ金剛身となる」と。
●『大日経』にいわく、「この身を捨てずして神境通を逮得し、大空位に遊歩して、しかも身秘密を成ず」と。
(…)
【参考文献】               
★『弘法大師著作全集』第1巻(山喜房佛書林、1968年)
★『弘法大師空海全集』第2巻(筑摩書房、1983年)
★『現代語訳 即身成仏義』(福田亮成、ノンブル社、1996年)




落合莞爾が『天皇とワンワールド』で
・「ユダヤ人」という人種、民族はいない。ユダヤ教徒は存在。
・京都皇統からの情報。極楽寺ネットワークは超宗教のマニ教思想で結ばれている。
・大乗密教という日本宗教は仏教に潜入したマニ教であり、マニ教化した仏教
・個別宗教を超えたスーパー宗教としてのマニ思想が、ユニテリアン教会とフリーメーソン思想になった。
・大乗密教の形をとったマニ教の輸入の中心は聖徳太子。恵慈が伝えたワンワールド情報はマニ教。

どこを変えたか、どこを抜いたかに注目。パクれない個所こそが急所。
孫崎も落合も「現在の実行部隊」を抜いていますね。

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年9月25日
@ratukata 他人の「意見を変える」ために工作活動していると自ら暴露した大本教系工作員。落合莞爾氏の著作は全て「さる筋」という謎の情報源によっているので、読者は真偽を確かめる術無し。従ってそれをいくら読んでも意見が変わる事はありえない。盲信する信者以外は。

燈火 ‏@to_moshibi 10月5日
ネタ元を隠しての言説の宣伝は紐付きが得意としています。しかも彼らの多くはある言葉等に対して定義が曖昧だったりしますが、これはネタ元を隠すことが多いのでそうなっているのでしょう。定義をはっきりとさせてしまえば彼らの嘘や矛盾がばれますので意図的にネタ元を明らかにしないのだと思います。
https://twitter.com/to_moshibi/status/783490324043747328


要約は↓前後のツイート。本記事は資料を多く載せる方針。
https://twitter.com/kitsuchitsuchi/status/780462285064024064
子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 9月26日

もぐら説を盗んだ疑惑の孫崎享『戦後史の正体』
妻の孫崎紀子はイラン学者かつ神道カルト人脈



https://twitter.com/lakudagoya/status/783353896336973825
ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 10月4日
このブログ見てたらさ、神道やら記紀神話をベースに古代史を語るやつはほぼ間違いなく工作員だな。 よほど石屋は神道カルト人脈を重宝してると見えるね。そいつらが間違いなくナチズムにかぶれてるのも。 http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-125.html

(超古代、縄文、明治時代は仏教が国教でないから
神道カルト=和風キリスト教が強調!
縄文、超古代、明治維新後の共通点=非仏教国教
∴神道カルトが強調
日本の超古代文明をあからさまに「探求」してるのではなく、「知ってる」という優越感を持って断定的に語ってる人は
①神道カルトの工作員
②神道カルトのデマを鵜呑みにしている儲=無自覚工作員
の二種類しかいない。
この二択以外の例を私は目撃例なし。)
村手 さとし ‏@mkmogura 2014年2月2日
@kurocha37695991 @lanekota 情報ありがとうございます。孫崎って、戦後史の正体の人か。俺のGHQ民政局と情報参謀二部を区分けしての外圧の流れをパクった人ですな。

ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 8月22日
ふざけるんじゃねー!
俺ね、落合なんちゃらにもネタパクられたよ。
マニ教陰謀論っておいら以外誰が言ってたんだよ!
啓蒙主義者が出す陰謀ネタなんてさ、やつらの嘘を混ぜた毒餌を流すための素材にしか過ぎないんだね!
凄く凄く悲しいです。
ちっとは自分で本読めよバーカ!

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 8月8日
日本の文化を作ってきたのは一貫して仏教界だもの。
だから仏教界は中世の歴史も豊富に持ってるから超古代文明のウリナラファンタジーに走る理由もない。 自前の学問も倫理観も美術も何もかも持ってるから西洋の学芸に依存してウリナラマンセーする必要がない。 強者の余裕がそこにある。
――――

縄文、超古代、明治維新後の共通点=非仏教国教
∴神道カルトが強調https://t.co/ufVELr0bovhttps://t.co/H5rtfsyQgM
国際縄文学協会https://t.co/YXhrEtIsUE
” 1万2000年以上前”←神智学@kikuchi_8

— 子子子子子(ねここねこ) (@kitsuchitsuchi) 2016年9月26日



菊池 ‏@kikuchi_8 9月26日
@kitsuchitsuchi 国際縄文学協会にはロスチャイルド家の者が関わっていますね。超古代史観は竹内文書などが代表ですが思想誘導ツールだと思います。縄文のみの強調の意味とは、縄文と現代の間に営まれてきた文化を全否定する=実質的な破壊、だと思います。当然仏教文化も含まれます。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 3月12日
日本の起源は飛騨飛騨うるさい人は何で古事記・日本書紀の記紀神話だけがベースになってんだろうね。日本版聖書考古学ですか?www


言論の不自由と狂気の証明【20091223】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/12/23/583

閉塞死の正体 その2【20121203】
http://www.mkmogura.com/blog/2012/12/03/1241


ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
ちゃんとアトキンソンの本を実践で活かすには、あのディクシャというイニシエーションでウン百万ぼったくる、ヨグマタこと相川圭子の本を読んで補完しながら使うとまぁ、使い物になります。

何でアトキンソンの本を読むのにあのぼったくり合宿のおばちゃんの本読まないといけないか意味不明だよw

峨骨
‏@Chimaera925
@lakudagoya アトキンソンの本は忘却のプロセスを組み込むとそれなりに使えます。暗示や魔術で使われるオーソドックスな手法ですな。そうすると引き寄せの法則ではなくなる訳ですが(笑)
あの本に書いてある手法だと引き寄せどころか引き離される危険性が。
強力な執着だけ生まれて、願望が達成されない。そして、その願望が手放せなくなるから、法則にますます依存する。なんともおぞましい手口です。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
@Chimaera925そーそーアトキンソンの言ってるのわかりますよ。あれ忘却プロセス入れてないのでダメです。
やっぱカルトビジネス用にデザインされてのかな?w

峨骨 ‏@Chimaera925
@lakudagoya 使われない知識ほど意味の無いものは無いですから。役立てば幸い。

引き寄せはモロに福音派。マルコの福音書11:22~とヨハネの福音書15:7を見れば一目瞭然。(聖書は)神からの言葉だからそうなるのだ、と。そして祈りだから忘却のプロセスが無く欠陥品。

引き寄せを入り口にして、疑似科学の権威を使って元ネタの聖書、福音派を自画自賛しつつジーザス・キャンプにご招待なんて使い方も可能でしょうね。宗教色抜いた自己啓発セミナーがその役割を担いそうですが。やることはそう大差無いかと。
引き寄せの手法は連中の言う悪魔の魔術書からパクっているあたり、ロックを悪魔の音楽と言いながらクリスチャン・ロックやメタル作って布教活動するのとそっくりですな。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
@Chimaera925 こんな見も蓋もないギャグってありませんよねw
ジーザスキャンプの子供洗脳技術もここからでしょう?
いやー、この技術って面白いのはどんなものもあいぽんのカバーというかふりかけの味として使えて色々なうまい棒を捏造できるところですねw

こうやって個人が押し入れにしまっちゃってる技術が凄いお宝ですから。こういった本で完全に端折られる技術的な説明は私にとってはお宝ですよ。

まぁ、思いっきりに福音左派の匂いがします(笑)実際に引き寄せで強固な洗脳かけたりやってますしねw


ぼったくりヨガの行者のおばちゃんの公式サイトw http://www.science.ne.jp/ このオバハンの本、インド哲学の心の構造を西洋哲学っぽく理解するには結構ベストで、この本でスピリチュアル本を補完しながら読むので保管用にはまぁ使えないことはないね。

峨骨さんが、スピリチュアルやニューソートは不誠実だと言ってたけど、あれデザインしたやつは意図的にやってるね。 おいらはニューソートのご先祖様のアトキンソンの本を取り寄せて読んだんだけど、まぁ、あれは一番大事な所をドーナツのようにくり抜いてインド哲学の用語で誤魔化してたw


この一番大事な所をドーナツ形式でくり抜くのは、何も成功哲学かっこわらいみたいなものでなく、紐付き陰謀論者もよくやるから覚えておきなよ?

例えば明治維新をプロテスタントの宣教師のジョン万次郎のせいにして石屋さんには一切触れないリシャール・コシミズさんとかね?(笑)
きのこ姐さんの相棒の飯山のじーちゃんも大本教か。 気持ち悪いよね。 まっこうモグラ君には気の毒だけど。

きのこ姐さんの相棒の飯山のじーちちゃん、神道カルトのこーさくいんだったのか。げぇ? どこもかしかも有名陰謀論者は神道カルトぢゃないか。 きのこ姐さん、サイエントロジーの内海聡をたたく資格ないで? 神道カルトよりサイエントロジーがやばい技術持ってる臭いので。


@alo353 お忙しい中大変失礼しますが、落合莞爾が「天皇とワンワールド」 で仏教を密教が背乗りした話がパクられてますよ。 ついでに私のマニ教陰謀論も一緒にパクられてミックスされてるようです。 もし間違いがあったらすみませんが参考までにどうぞ。
(本記事を読んだのでしょうね)


ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
現代は普通の人がマニマニするという実に恐ろしい社会でありますな。
ペルシャの王のバフラームにぶっ殺されたマニさんの怨念が近代社会を作り上げたのにでぇす! RT
おねショタおじさん
@douteimaturi
つまり、現代のマニイズムは共通規格と大量生産という産業思想に学術的な固有性の発見という知識とそれを信じる人々の善悪二元論により再興されたと見なさざるおえない
つまり、万教帰一という思想は正しく近現代において再興される条件が揃って、当然のように復活したのである

おねショタおじさん ‏@douteimaturi
カルトの性癖 贖罪意識、転生論、宗教内階位とその細分化と絶対地位の制定、善悪の創造とその善悪二元化と詭弁術による他宗教の弾劾とその美味しい部分の取り込み
これがマニ教の習性でシンクレティズムを目的とした宗教と結果としての宗教は全くの別のである

いい加減、経験知とオカルトを分けて考える事をすべきだろう
風水や占いというのは統計知であり、反復性の高い認識であるが能力差が激しいので取り扱いには慎重さが求められる知識体系を経験知といい
統計性もなく、反復性もないもなく、ただ流布されている伝聞の事をオカルトと言う

言葉は呪いで祝詞だと思ってください そして、邪悪でもあり聖善だと解れば、言葉が持っている本来の属性が分かるはずで言葉は人の思考を縛るんです
すべての両義的なものは言葉から生まれるのでその言葉は何を縛るのか?という、視点で考える事です

特に日本語は抽象的な表現や暗喩が滅茶苦茶多いので言葉が様々な意味を縛りあげるのです
例えば、ネタ これだけで噺の種や食べ物、様々な言葉を繋げて縛りあげるわけで言葉を自由に扱うものは様々な言葉や意味を繋げるのです だから、言葉を創る仕事が悪の下っ端魔術師の主な仕事なのです

では、上級魔導士は何をしているのかと言うと言葉を創るための源を作ってます それは表現だったり、物質だったり、階級だったり、社会構造だったり、単純に考えてください
何で家は家というのですか?
何で猫は猫というのですか?
何で本は本というのですか?
その名前は誰が決定したものですか?

タコという言葉は何で海に住む生き物と空にあげる遊び道具と同じ名前なのですか?
いかという言葉は何で海に住む生き物と体を治す学術、ある標準よりも下のことを同じ発音で発声するのですか?
こういう疑問が出てこないこと、当然とするための言葉作りが上級魔導士の最高魔術で導きの力なのです

つまり、己が魔導士になりたければ言葉を創る苦悩をすればいいのです 言葉を創り、それを独り歩きさせられれば言葉はまるで式神のように人々に取りつくのです
魔導士の仕事は翻訳と言葉の現地化です、それで全く無関係な文化圏に共通性を創造して、自分が言葉の魔法で人を操るのです


だから、表現規制を言う連中のどの顔見ても下品で知性を持ち合わせていないのは必定なのは 要は連中が己の頭で解釈出来ないものを言葉にする事が出来ないから、発狂しているのです
私は如何なる表現規制を否定します、それは言葉や表現の発明は人類が滅亡まで続く開拓知ですから

人間は基本何でも出来るように出来ているのです 家も一人で作れるし、物が壊れれば自分で直せるし、多芸に秀でる必要はなく、あれもできるこれもこなせるそれでいいのです そもそも、分業社会は消費の増大と依存の為にさせられているわけで秀でていなきゃいけないという妄想や迷信は捨ててください

人類を幸せにできない思想は全部妄想で出鱈目です、そういったものは完璧なるうそです それは能力があるものはあるものとしての責任があり、ないものはないものとして責任が免除されている訳なのですが それが逆転している日本社会は反人類社会でしかないので人類は日本では生きていけないのです

神はいません、但し絶対的なる統治者がいてその知識と神智がこの世界を支配する方法の全てです 要は人類が目指すべき統治法というのは神権、民権でもなく融和した神智政治です それは犠牲を強要する世界ではなく、すべての存在が神智を持っているという世界観であり、其れが最後の日だと信じてます

最後の日というのは全ての存在が神智を得た日であり、全ての存在がこの世界に絶対者に相応しい世界を完結した日でもあるのです また、それは物質的な意味ではなく精神的に完結した世界とも取れる事ができます どちらにしろ大乗的、全ての集団が救われる世界というのは精神の共有化にあります

全ての存在には仏性があり、全ての存在には神智がある 要はそれを育てる事ができれば、この世界に仏国土ができ、天国ができ、地獄というものは消えだるわけです つまりは地獄というのは想像の中にあるのではなく、この世の中にあり また、地獄を産み出しているのは限定的な善意がその正体でしょう

即ち、己の組織、己の親戚、己の財布、己の家族という限定的な善意によってこの世界に地獄が沢山創られているわけなのです
つまりは執着、または見える範囲での利益共有が交差していくことで私たちは日々地獄をこの世界に増やしている訳なのです
又言葉が増えるというのは執着が増える事を意味します

地獄を減らすには不要な言葉を減らす必要があります
不要な言葉の最たるものがシンボル、象徴です
言葉がこの世に地獄をもたらす種であるならば、シンボルはその果実であり、果実は種を持ちそれをまた撒き散らすので象徴に意味を持たさない、意味を消す事が地獄を消す方法でしょう

例えば、日の丸 あのシンボルが持つ意味というものを無効化できるのであれば、アレに集団としての帰属性を無効化できますし、他にもその象徴による儀式体系も認識も滅ぼす事ができます それにはシンボルを追うのではなく、シンボルを無効化する思想を創造せねばなりません

即ち、魔導士の仕事であるシンボルを追うのではなく、シンボルに力を与えない儀式自体を無効にさせるための構造を作り上げる必要があるのです
しかしながら、それは出来ないでしょう
何故なら、人類史はシンボルと共に歩んできたようなものです 人は滅亡まで表現し、世界に顕現させるからです


人が絶対に進化しない理由の一つとして、表現をやめない、表現を無効化させずに積んでいくというのがあります 私が絵描きさんしかフォローしない理由も彼らは挫けても表現する事はやめない、やめない故に表現を継続していくことにあります 人類が進化するというのは今迄の表現が無効になる事です

私が言う事の全てが陰謀的な話ではないかもしれませんが様々な陰謀を無効化する術を言っているだけであり、これを徹底できれば世拾い人になれます
必要な物だけ拾い、不要なモノは鼻からない状態にし、それは世を捨てたのではなく元からあると勘違いしていた脱いだだけのことなのです

こうやって、魔術師というのは言葉を創るのですが悪の魔導士は種あり葡萄の様に言葉の中に大量の種を入れては言葉を創り
善の魔導士は種のないぶどうの様にその言葉だけで完結し、種を作らせない言葉を創り出しては種ある葡萄を根っこから、種から刈り取るのです
だから、善の魔導士は恐ろしいのです

人の執着の数だけ言葉がある
言葉の数だけ欲求がある
欲求の数だけ執着する

お釈迦様が矛盾する事を言うのは言葉に意味はないということをはっきりさせるために言葉を操っているわけで矛盾と言っている時点で言葉に意味を求めてしまっているのです それが執着なわけであり、臨済さんが言うような「頭の上に頭を置くな」というところに帰するわけです

心を見ないとわからない次元があるという時点でその次元は今までも、今も、これからも絶対に存在しないのです つまり、別次元が存在するというのは説明する、言葉で説明つかないものがあるということなわけで言葉で説明できないものというのは言葉をまず無効化しているのでそんなものはないのです

論理的な方法で理解できないものであるならば、それは存在しないものでただの空想です 人が妖怪を作り出して来たのは感覚の具現化への努力の結果であり、そういう具現化することによって論理的に証明する事に努めて来たのです 論理的というのは時代によって異なりますが人は説明する努力を捨てません

名家が道家や法家などなど、諸派から批判を受けたのは単純で中国古代思想は基本的に現象と言葉の乖離を嫌うので論理学と言っても、起きている現象と離れた論理を説くのを否定します なので、中国古代思想は名と実を別々に認識出来ながらもそれをくっ付ける事に重きをおきます


言葉を無効化していくというのは言葉で表現できないという事ではなく、言葉自体に意味を持たせない事です 言葉に意味を持たせないようにしていけば、解脱していくわけで禅問答とかで言葉を使わないというのは後世の途方もない馬鹿が誤解の上に誤解を積んで足らない頭で考えた代物に過ぎません

言葉を使わなくとも、それが言葉と同じ効果を持つのであれば意味をなさないわけで意味をなさない事の無駄な痴を持ったってそれは人生の浪費に過ぎません 仏の【教え】に囚われると選民的になり、シンボル的な認識を増やすことになります こういう事をするものを阿呆や馬鹿といいます


仏教系の檀家系カルトがどれだけマシか、よくわかった
神道系カルトは経典や軸となる宗教思想がないから、どこからか借用、盗まざるおえないという事実があるので仏教系と違って経典主義をとる事が出来ないのね
で、万教帰一して色んな所から盗んでくる

神道系カルトが言っている事は単純で良いことをしなさいという部分なんだけど、その言葉の背景がないから色んな所から盗んでくる キリスト教、イスラーム、儒や仏教、他にも現地的なアニミズムまでいろんなところから盗んで権威付けする だから、神道系カルトが気持ち悪いのはここから発生している

悪の魔術師が存在するなら、彼女が作った最大の失敗物が神道カルト
基礎や宗教論としての土台を持たない、又は己の集団の正当性しか興味のない集団というのがどれだけおぞましい存在かは彼女自身ここまで無限増殖するとはわかっていたのだろうけど、醜いものを作ったと確信して作ったのだろうなxm


今日はマニ教の本が届いたので読んだのだけど、マニってお医者さんで治療しながら布教していたというのが見えてきて、これって中国のやそと道教を混ぜたような太平天国やイエスと全く同じじゃんと思って
やっぱり、薬学や医術というのが布教ツールとして優秀で魔術師が魔術師所以
なのだろうと思う

実際のところマニの落ち目はペルシャでは治療失敗とマズダグ教との対立だし、ローマ世界ではやその異端ややそ教を乗っ取ろうとした動きによって弾圧されたわけで本来ならばこういった背乗りしようとする宗教は寄生元に殺されれば消えているものが残ったのは殺虫しきれなかった部分にあるのだろうと思う

マニ教が残ったのはやそ教世界で罵倒語として残ったのもさることながら、地中海世界に広まっていたグノーシス主義が大きいのだろうと思う 私思うにグノーシス的な思想に汚染されて居なかった初期ローマが地中海世界を支配したのは思想的な部分において独立性を持っていた部分が関係している気がする

ただ、現代でマニイズムすなわち一神教的多神教、万教帰一の思想というものが再発したのは工業化と共通規格、大量生産という産業思想が関係しているのではないかと思う それは博物学、文化人類学の発達が様々な集団に値札をつける事によって共通性を見ようとした部分があるのかもしれない

つまり、現代のマニイズムは共通規格と大量生産という産業思想に学術的な固有性の発見という知識とそれを信じる人々の善悪二元論により再興されたと見なさざるおえない
つまり、万教帰一という思想は正しく近現代において再興される条件が揃って、当然のように復活したのである

悪の魔導師は女性だろうね シバの女王やドルイド神官の女性神官、多分完全に役割が違うのだろうと思う 預言者が男しかいないと言われていても、その思考に納得して子供たちを教育するのは女性なのでやっぱり女性を納得させられる教えというのが魔導士の魔法の一つなのだろうと思う



ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
おねショタおじさんの悪の魔導師女性説とても興味深い。

悪の魔導師は魅了したり骨抜きにするような女性的性質や女性を扇動する技術で社会を動かしてますしね。

現代のバリキャリにつながる系譜をたどるにはドルイダス(女性のドルイド)からグノーシス派の女性聖職者から辿る必要あるかも?

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 10月22日
私は単なるファンタジーファンさ。 大人たちがまるでメディアにコントロールされるロボのように操られる現象を研究してたけど、親はいくら指摘してもわかってくれなかったよ。 儀礼と記号的思考の条件反射に操られるロボばかりだった。周りの大人はね。 ほんと悪質よね。倒したいよね。
仏教の阿頼耶識(潜在意識)燻蒸の話をさ、断続的な儀礼による洗脳の上書きと考えたりね。 結局、メディアの洗脳術を突き詰めて言ったら、やつらは「儀式」と「シンボル」により操作してる。 儀式ってのはSEALsのデモもそうだし、シンボルってのは有名人なんかのブランド志向ってやつ。

で、悪の魔導師を倒したい俺としてはやつらの洗脳術を「儀礼」と「シンボル」の2点に切り詰める。
911自作自演テロも戦争も生贄殺人も偽旗テロもそんなのは全て社会を動かすための「儀礼」に過ぎない。メディアに出るものは「儀礼」であると。 で、社会の中で儀礼を支配する者が支配権持つ。

で、シンボルは何かと言えば「ブランド」ってやつ。たいしてうまくもないのにテレビで宣伝された店の○○とか、各界の著名人とかね。 テレビという洗脳箱によって潜在意識に鎮められたものが条件反射的に発動する。 イメージとシンボルと情報の連鎖反応によるパブロフの犬だっけ?そんなの。

黄皇大栄 ‏@ououdaiei 10月22日
真性神道てわからん。道教・仏教・挙句に江戸以降は、朱子学やキリスト教や資本主義と習合を繰り返して、今はわけわからんように・・・。神道は経典がないから、なにでもくっつけるし、理屈も作れる。のでわからん。

形にならないモノを形にして、固定化すると、それは途端に胡散臭くなる。空思想でいう「仮」程度にしていたら、害は少ない気がするけど。って妄想。


峨骨 ‏@Chimaera925 10月
呼吸法で息を止める時、よくありがちな間違いは流れは止めない。息を吐ききって下腹部の筋肉が収縮した状態で静止する。この時、肛門を腸に引き込むように閉めた状態。喉で息を止めるイメージは誤り。緩めると息が入ってくる訳だ。緩めて空気が肺に入るに任せて、弛緩させたまま静止。喉で止めない。

水を一気飲みするみたいに喉は開けたまま。これが極意。
歌うときもこうすると、歌がブツ切りにならない。フレーズが途切れても歌の流れが続く。歌わない箇所は休む場所じゃない。歌わない箇所も歌の一部。ここで休むとそこまでの流れが途切れてしまう。

呼吸の訓練では流れを止めない。息は生きること。流れを止めないように意識するとやり易いだろう。もっとも、俺の一番効率の良いやり方に最適化されているから流派(?)ごとにやり方があるだろうけども。

初歩段階では、上体に無駄な力を入れず脱力して息を吐く事を会得する。これを飛ばして吸う段階に行こうとすると無駄な力が入る癖が取れない。濡れた布を詰めた管楽器を思いっきり吹いても楽器は壊れはしないが、声帯は故障する。脱力して息を吐く事を体で覚えるまでは息を吸う事は意識しなくてよい。

一般的な腹式呼吸では腹を前後に膨らませるイメージだが、実際には下腹部の末端から内臓を押し上げるように収縮させ徐々に下腹部が凹み、次に腹部。丁度、切れかけの歯みがき粉のチューブを絞るような感じだ。上に押し上げるような動きだが、イメージでは体が沈み込むように。肩幅に足を開き行うと、

地に根が張ったかのような安定感が感じられるだろう。意識と神経と筋肉を連動させて、より長く細かく制御して段階的に吐けるよう体作りすることで、限界まで声が振り絞ることができる。
声帯に負担をかけず、体に負担をかければかけるほど大きく強く高い声が出せる寸法。

ありがちな誤りが、大きく強く高い声が出そうとして上へ上へ意識を持っていくこと。足を踏ん張って下へ下へ行くのが正しい。喩え悪いけど、トイレで踏ん張るあの感じ。両足上げては踏ん張り利かない訳で。意識を上へ上へ持っていくと息の制御が甘くなり、首周りにも力が入る。

呼吸の訓練はしっかりやっていれば必要な筋肉は勝手についてくる。上体を脱力してから、できるだけ時間をかけて徐々に筋肉を収縮させて息を吸い切った所で静止、筋肉を徐々に緩め吸った時間と同じ長さ息を吸い、静止
。これを繰り返すことで発声に必要な繊細な息の制御が可能となる神経や肉体が作られる

中学の頃、ボーカルのトレーニング本を何冊も読んだけど、まず腹式呼吸について書かれていても一頁程度。具体的には書いてないし、それで身に付いたかどうかも解らない。息が身に付かないのにトレーニングや技術の話。スポーツで言えば競技に必要な知識や体作りが無いのにいきなり競技の技術練習。

下半身の強化は別途必要か。俺の場合、スキー、スケート、剣道、陸上(短距離走と高跳び)でそれなりに鍛えていたから走り込みとスクワット、たまに站樁功 くらいしかやらなかったけど、粘り強く力強い足腰があった方が重心が安定して踏ん張りが効くしパワーも出る感はある。
呼吸の補足:息を吐ききったあとて脱力して自然と入ってくる過程を息を吸うと表現している。腹を膨らませて吸う必要は無い。脱力が身に付かない段階でそれをやれば息を吸おうとして余計な力が入りいつまでも脱力が体得できない。肩が上がって胸式呼吸になってしまい本末転倒。変な癖が付くと遠回りだ。


歌手の歌真似して変な癖や喉を潰しかねない歌癖が付いてしまうと、なかなか治せない。自分自身の手で自身の声の力、魅力を掘り起こさなくてはならないのに、誰かの劣化コピーになってしまいがち。基礎が無いのにそれをしようとすれば、喉を潰しかねない。百害あって一理無しだ。
役者は体作りから入るのに、歌はカラオケ等で誰でも歌えるから軽視されやすい。昔と違ってマイクや音響機器の性能向上で声が拾いやすくなり、編集やエフェクトも簡単に付けられるから声楽ほどは重視されないし、求められてもいないだろうが、何本もライブ演って持たないのはちょっとな。

あの呼吸法は精神状態や力を入れる箇所、呼吸の加減によってツボに嵌まると呼吸するだけで快楽や多幸感が得られるパターンがある。ある種間違ってはいないがそのやり方はお勧めしない。呼吸だけで賢者モードになり日常や健康に支障が出る。それで悟ったなんて勘違いしても不味い。脳内麻薬の錯覚だ。

そのようにはならないように書いているので恐らく危険は無いだろうが、偶然そうなる可能性もあるので。これで得てしまった神秘体験や特別な体験に思えるものは脳内麻薬の産物で錯覚だ。ほどほどに付き合って、快楽や優越感に溺れてはいけない。それは破滅の第一歩。引き返せ。

敢えて心と書かないのは神秘主義やオカルトが入り込まないように。人間、期待すると見たいものを脳内で作り出して見てしまう生き物なので。そっちは無防備に踏み込むと実に危険で、良いことなど何一つ無い。カルトにハマるくらいならまだマシなくらいに。タチが悪いのを拗らせると人間として終わる。

呼吸法で心身を健やかに、歌唱力を向上させ本来持つ声の魅力を引き出す。求めるのはこれくらいで充分だ。神秘体験や特別な力は求めてはいけない。欲や誘惑に囚われないと思っていても、求めないのが無難だ。そんなもの無くても人間は生きられる。いや、手段に依存するくらいなら最初から無い方が良い。

ありがちなカルトのイニシエーションでまやかしの神秘体験をしてカルトにハマる者を見れば危険性は解るだろうから、これくらいで。

人間ってのは、ある環境や条件、前提となる知識が揃うと簡単に神秘体験のようなものを脳内で作り出して体験してしまう
ので、研究する側としては面白いのだけどね。やってはいけない見本だ。それを悪用する連中は軽蔑に値する。風上にも置けん連中だ。恥を知れ、と。

白魔術だの黒魔術だの分類されているように見えるが本質は同じだ。まじないにしても呪い。どれも意識の変容の技術。使い方によっては他人の意思をねじ曲げる技術でもある。戯れに手を出して効果が無ければ幸い、あれば最悪。道具は使う者の倫理観に委ねられる。相手を幸福にするから白など単なる欲目。

カルトの教祖の下半身が大抵暴走するように、精神を鍛えてもいない強い倫理観を持ってもいない欲にまみれた俗物がその手の技術を手にしても、肥大化した強烈な自我や欲望を制御できずに破滅に向かう。それならばまだマシだろう。破滅していないならば、破滅と厄災を振り撒き周囲を巻き込む。

ボイトレの定番なぁ。定番ではないけど、仁義を切るhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%81%E7%BE%A9%E3%82%92%E5%88%87%E3%82%8B のが練習になったな。言い間違えたり迷ったりしたら殺されると自己暗示かけて、追い込みかけてからやると一回だけでも身の入った良い練習になる。多分俺以外にやった奴は居ない。

実践に即したトレーニングでは精神面の強化も取り組むと良いだろうな。ライブやっていると人前で表現する度胸や慣れが生じるけど、慣れっこになる内に自分自身や表現に対する甘さが出てくる。そんな状態で練習したって効果は並。ダラダラやって変なクセ付けるくらいなら、短時間で濃密にやるかな。

発声や身体操作による表現は、それを視聴する観衆、相手がいて成り立つ。だからこそ相手に届けなくてはいけない。聴く相手を意識して、どこに向けて伝えるか意識して発声練習をすると、地声はもちろんマイクに声を乗せる時にも効率よく声を伝達できるようになる。標的に声を当てる感じだ。

あとは自分の発声練習を録音して聞く。この作業が非常に重要。自分で発声して聞こえる声と相手に聞こえる声や録音して聞く声は違う。この齟齬を理解しないで自分の聞こえる自分の声だけで判断してしまうと、自分にとっては良い声でも相手にとってはそうでもないなんてお寒い事態に。客観観は大事だ。

呼吸と脱力の鍛練をしていくと息が効率的に運用できるような体と神経が徐々に作られ、次第に声の出力が上がるので、そこからは呼吸を鍛えつつ声の制御。イメージさせたい声を出す、これが難しい。声に感情を乗せるなんて言うけど、それは相手が感じとるもので自分の感情などどうでもよい。自己満足だ。

自分がこのような感情だから相手にも伝わるはずだと自己陶酔して表現するのはあまりにもお粗末。共感性の高い者には伝わるかもしれないが、そうでない者にも伝えないといけない。このあたりはシビアにやらないと身にならない。独りよがりで終わってしまう。理解されないのは相手が悪いなんてのは最悪。

声に感情を込めるのは技巧であって、感情そのものではない。電話口で謝罪する時、感情を込めて謝るよりも頭を下げた姿勢を取り発声することで声の反響やくぐもり方が変わり、それほど感情を込むていなくても相手に謝意が伝わるなんてのも技巧だわな。自分の感情と相手がどう思うかは別物。

主観はそこまで重要ではない。相手がどう感じるか、相手からどう見えるか、客観視する。これだ。これを意識しないと、自分の思うように自分に対するイメージや感情を操作することができない。この操作こそが一種のカリスマ性を作る。肩書きやら宣伝なんかのハロー効果を使わずにな。

自分自身が作品、キャラクターになるってことだ。誰もがやっている事だけど、意識して行う者は少ない。もっとも、俺のやり方は妖刀を作るような邪道なやり方だろうな。ただ、このやり方は才能や生まれは関係なく身に付けられる技術だ。音感も訓練で鍛えられる。俺は才能なんて言葉は嫌いだ。

勿論、感性だって鍛え上げ育てる事ができる。才能ではない。ゼロから産み出された完全なオリジナルのものなんて無いしな。全ては模倣と組み合わせだ。そうでないように見えるものは出典が解らないか、解らないようにしているだけで全ては既存の組み合わせから作られている。だからこそ全ては模倣から。

その際には良い手本を選ぶのは勿論のこと、癖を模倣しないこと。悪い癖が付くとそこからの修正が困難になる。癖なんてのは意図的に繰り返す事で相手が勝手に癖だの味だのと特別視して錯覚するものだから、後からいくらでも付けられる。徹底した基礎と体作り、そしてオーソドックスな題材の模倣。

基礎と言いながら、全て独学だったりする。今思うと、変な指導者に付くよりはマシ
だったなと。


―――――――――

カトリック神父がラテン語のモットーを考え、「オリンピックは哲学であり宗教」という思想のフランス貴族クーベルタンが採用したのがオリンピック。
クーベルタンの思想
・オリンピック競技大会は、人類が自らに与えた大いなる哲学の教え
・オリンピズムの定義は4原則に集約される
1)一つの宗教である
2)出自に関して完全に平等なエリートを代表。
「騎士道」をそのすべての道徳的特質とともに体現
3)「4年に1度の人類の春の祭典」という休戦を確立
4)「芸術と思想の競技への参加」によって美を称える
・5つの輪はオリンピズムによって一つになった世界5大陸

・近代オリンピックのモットーはラテン語「より速く、より高く、より強く」(ラテン語でCitius-Altius- Fortius)(ギリシャ語ではない)
・モットーを考えたのがドミニコ会のアンリ・ディドン神父

三百人委員会で有名なコールマンはWASP系なので、フランス・ラテン系を「オリンピアンズ」として叩く。オリンピックはラテン系支配。
学術語がラテン語で、ラテン語の実子であるフランス語が英語より地位が高い時点で、アングロサクソン系が格下なのは明白。
ラテン語はギリシア語に多大な影響を受けているから、ラテン語重視はギリシア語重視につながる。新約原典はラテン語ではなくギリシア語。



子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 10月21日
WASP英米系のコールマンが オリンピアンズ (フランス貴族+カトリック製オリンピズムによって一つになった5大陸=ワンワールド) を叩く理由!

菊池 ‏@kikuchi_8 2014年11月2日
ジョン・コールマン博士的なキリスト教系陰謀論は、国際秘密力の重要な一角をなすキリスト教を批判できないという重大な欠点がある。加えて特に西洋のキリスト教系陰謀論者の場合、白人優越思想も大なり小なりある。西洋の陰謀論を学ぶ場合そこを差引くべき。日本人の立場からの陰謀論を構築すべきだ。

中尾 綾 ‏@ayajet128 2014年12月30日
"@kikuchi_8: CIA協力者のティモシー・リアリーはジョン・レノンのGive Peace A Chance の歌詞にでてきますね。友人だったとか。Come Together が彼の選挙の応援の為に作られたとか。

菊池 ‏@kikuchi_8 2014年12月30日
@ayajet128 先日ご紹介いただいたダニエル・エスチューリンのタヴィストック研究所本読ませていただきました。洗脳科学=魔術という視点が面白かったです。コールマンはアングロサクソン中心主義とキリスト教色が強いですが、エスチューリンはもっと客観的視点なのが参考になりました。


【②労働教の元凶カルヴァンの過去記事の訂正】 
誤りがあったツイートも消して修正。 副産物として、カルヴァンは皆が働くべきだと考えていて、働かないとか物乞いは悪とした。主婦とニート叩きの元凶はお前だな。資本主義の元凶。資本主義のせいで無職者と物乞いが増えているんだろうが!

日本語版ウィキのカルヴァンとカルヴァン主義の項目にカルヴァンが利子をOKした記述なし。
日本語版の利子の項目にはあり。
英語版のカルヴァンとカルヴァン主義に項目にはカルヴァンが利子をOKした記述あり。
英語版の利子の項目にはなし。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-123.html
に誤りがあったので修正しました。

①資本主義の黒幕であるプロテスタントのカルヴァン派は利子OK←最重要

②利子をOKしたカルヴァンの根拠地はスイスでジュネーヴ大学を創設←しかもスイスはバチカンの守護担当!


カルヴァンが利子OKしたってことが日本語版ウィキの
カルヴァンとカルヴァン主義の項目になし!
なにが書かれて「無い」かが大事!



※カルヴァンが利子OKした記述のウィキにおける有無
項目名        日本語版  英語版
カルヴァン       なし     あり
カルヴァン主義    なし     あり
利子          あり     なし

英語版ウィキとの比較は史料批判の手法なので基本。


【③『はじめてのラテン語』メモの加筆】

一つ前の記事の『はじめてのラテン語』の読書メモの個所を加筆したからこの記事にも載せておきます。

支配層に都合がいい定義に従う教え=イルミナティ、メーソン、ユダヤ、悪魔崇拝の定義を示さない陰謀論は偽。
大西英文『はじめてのラテン語』、谷内意咲『今日から読めるヘブライ語』。外国語学習に役立つものまとめ。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-124.html
”近代オリンピックの変なところ
・モットーはラテン語(ギリシャ語ではない)
・モットーを考えたのが神父
(古代オリンピックの息の根を止めたのがキリスト教)
・古代オリンピックが買収、宣伝が横行する腐敗まみれだった点は忠実に守る)

・quem di(=dei) diligunt juvenis moritur.
神々が愛する者は若くして死ぬ。

quemは関係代名詞で先行詞isは省略。
diはdeus(i m「神」の複数主格「神々」deiの別形。
diligo 3愛する。
juvenis(,is, m,f 若者) juvenisは述語=主格補語「若者として」。
moriturはmorior 3b「死ぬ」の変化形。
この言葉はギリシアの喜劇作家メナンドロスの一句をラテン語訳したもの。
逆にいえば憎まれっ子世にはばかる。摂理の不合理とでもいうのだろうか。

一見不合理に見えるそうした人の世の営みも、人間には窺い知れない神の深い慮りからくる試練とみなして、あくまで摂理の善性を信じたのがストア派。
ストア派の最大のモットーは
sequere naturam!(自然に従え)あるいは
secundum naturam!(自然に従って)。
何事も自然のままに、あるがままに。
ストア派の「自然」は
「神」deus(,i m 神)とも
「摂理」providentia(,ae f 摂理)とも
「理性」ratio(,onis f 理性)とも
「コモン・センス」sensus communis
〔sensus(,us m 感覚) communis(,e)共通の〕
とも言い換えることができる。

sequere:sequor 3 従う、追う(対格目的語をとる形式所相動詞)の二人称・単数・現在命令形。
secundumも同根(sequ-=secu-)で対格支配の前置詞「~に従って」。
secundus, a, umも同根で、後ろに従うので「二番目の」であり、後ろからフォローするので「助けを与える、支持する、好意的な」。
なのでventus(,i m) secundusは「追い風、順風」(二番目の風ではない!)、
res secundae (res, ei f)は好意的な状況、物事・状況=「順境」
英語のセカンド、タッチアウト。ボクシングのセコンド(介助者)。「その意見をセコンド(支持)します」。
pp. 198-199を要約
※長母音、短母音記号は省略。引用or引用ページ数は旧版のもの。他の内容メモも同様。

(自然=神=摂理=理性=コモン・センス=善に従って生きよ!
自然を被造物として拝む対象ではないとするのが一神教。
よって一神教では自然は神ではありえない。よって自然の擬人化=神々なんてありえない。
自然のままにあるがままにという意味かどうかは今の私にはわかりません。単に老荘思想的な勝手な解釈かもしれないから要勉強。

Latin Principal Part ‏@LatinVerb4Parts 9月28日
morior morī mortuus sum moritūrus / to die / 死ぬ / Quem dī dīligunt adulēscens moritur (Plautus))

中世末期に成立したいわゆる「大学」はラテン語で
universitas(,atis f 宇宙、世界、共同体)あるいは
collegium(,i n 同僚組織、共同体、組合)と言う。
これは新しい知識や知的刺激を求めてボローニャやパリに集った学者や教師、学生たちの一種のギルド(組合、共同体)のようなものを結成して大学組織を営んだことに由来する。
カリキュラムの柱が英語でliberal arts
ラテン語でartes liberales
(,ars,rtis f 学芸、学科
liberalis,e 自由人にふさわしい、自由な)。
「市民」として「人間」として善く生きるためには万般の教養が不可欠とするギリシア・ローマの理想の人間観であり、教育理念でもあった、
humanitas(,atis f 人間性、人間的教養、人文学)の伝統に則る。
自由学科七科目。
文法は語り、弁証法(論理学)は真なることどもを教え、修辞学は言葉を治め、
音楽は歌い、算術(数学)は数え、幾何学は量り、天文学は星を見守る。
Grammatica loquitur,
Dialectica vera docet,
Rhetorica verba ministrat,
Musica canit,
Arithmetica numerat,
Geometrica ponderat,
Astronomica colit astra.

学科名は全て第一変化の女性名詞。
loquor 3a語る
verus,a,um真の
doceo 2教える
verbum,i n 言葉
ministro 1治める、司る
cano 3歌う
numero 1数える
pondero 1量る
colo 3耕す、崇める、護る
astrum,i n 星。
pp. 248-249

(『二ノ国』のアストラム語はラテン語が元だったのか。
自由七科目には詭弁術も含まれることが重要。
今の日本の学校のモデルは神学校なので文化祭、体育、音楽などがあります。
「論理には滅法弱いどころか全くできないのに、不思議な事に修辞学だけは異様に上手い人がゴロゴロ」いるのは、
⓵工作用テンプレ集をもらっている
(少し単語を入れ替えるだけ。それすらできなくておかしな日本語の輩もいるが)
②普段から読んでいるものが詭弁まみれなのでそれのコピーを語るので当然中身は詭弁まみれになる
(詭弁術すら身についていない輩がいる)
③あなたが考えておくれ
などが考えられる。

ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 5月3日
陰謀論で人を騙すには知識で騙すのと論理で騙す方法があって知識のない分野でも論理のおかしさや詭弁を指摘できれば見抜けます。 また論理が弱いなら知識でカバーするのもいけます。詭弁に弱いおいらは知識でカバーしてるとこがあります。 主婦は論理に弱いのに知識で武装もしない丸腰なのはなぜ?

リチャード・コシミズを批判したら信者から工作員扱いされた。典型的な詭弁を使ってたな。 「ソクラテスの弁明」を読めば、政治のために黒いものを白にする修辞学や弁論術を教えるソフィストとソクラテスが一緒くたにされるシーンがあるけど、この時代から陰謀論コミュと同じで詭弁が多かったらしい

陰謀論コミュの世界の七不思議は、論理には滅法弱いどころか全くできないのに、不思議な事に修辞学だけは異様に上手い人がゴロゴロいます。 あれぇ?おかしいですね。普通なら論理と同時に修辞学も並行して覚えているのに、何で修辞学「だけ」ディベートの達人のようなのはどーゆー事なんですかぁ?

菊池さんに絡んできたこーさくいんは「レトリック芸人」と言っていい程詭弁が上手かったな。 てか陰謀論コミュでマトモな議論をできた人ってサージ船長かUさんか菊池さん以外いたっけ? 議論を深めて楽しい人はほんと10本の指に収まっちゃう! まず結論ありきだから論説が鍛えられない問題がある

神の敵はサタンではなくて本当はソクラテスなので、中世以降の哲学はソクラテス方式の問答法を破壊して、最初から結論ありきで議論を誘導していく議論誘導洗脳術と成り果てました。 そこで培った技術が陰謀論コミュの工作現場に投入されてます。

もうれつ先生 ‏@discusao 2013年10月31日
@mikiosida 修辞学のシニシズム・詭弁の研究なんかで、虚偽が四つに種類分けできるというのがあって、
①分かっていて「正しい」とつく嘘
②分かっていないゆえ混迷に陥った状態での嘘
③政治的正否(イデオロギー対立、「立ち場」が正否に重く関わる事例)(続く
続き)④嘘だと分かっていて、あからさまに嘘であることを示唆・肯定しながらつく嘘(シニシズム)、と区分けしている。で、「③を①で批判している」という話。現在は4番目のシニシズムが中心的議題とされるので、議題としても「古典的」かと。


オックスフォード大学出版局 ‏@OUPAcJapan 9月5日
【Oxford English Dictionary】近年では「雑学」という意味で使われる"Trivia"(トリビア)。中世においては学問の基礎とされる「リベラルアーツ」(自由七科)のうち、三学を形成する「文法学・論理学・修辞学」の事を指しました。

串間保育士bot@保育士試験対策 ‏@kushimateach 8月24日
中世欧州の修道院学校ではキリスト教を基に[七自由科]が学ばれていたわ。文法、修辞学、弁証法、そして算数、幾何学、天文学、音楽のことね。当時の音楽は数学の1つ。計算し尽くされた音と音の調和は神へ捧げられた算式だったのよ。

蝉川夏哉@カクヨム迷宮の子 ‏@osaka_seventeen 9月14日
自由七科と四書五経を教えよう(グルグル目で)

キリスト教リベラル派bot ‏@trinity_kristo 9月25日
神学と数理学 中世欧州の大学生は専門科目に先立ち自由七科を学んだ。内容は三学(文法・修辞学・弁証法)と四科(算術・幾何・天文・音楽)で、履修後に哲学部へ進み、哲学部に残るか、神学、医学、法学の三学部のいずれかに進むかを決めた。このようにキリスト教神学は数理学の履修が前提だった。

小山田浩史 ‏@magonia00 1月19日
『自由七科』ッ! それは! 文法学・論理学・修辞学の「三学(トリウィウム)」と! 幾何学・算術・天文学・音楽の「四科(クワードリウィウム)」の総称! これらこそ……『自由七科(セプテム・アルテス・リベラレス、septem artes liberales)』!! (荒木飛呂彦調に)

Sparhawk ‏@sparhawkk 6月21日
Septem Artes Liberales (7 Özgür sanat)
Trivium: Gramer Mantık Retorik
Quadrium: Aritmetik Geometri Müzik Astronomi pic.twitter.com/FBPqUWvCfl
)


・ラテン語の副詞の比較級でおそらく最も有名なのは
近代オリンピックのモットー
“Citius, Altius, Fortius!”
より速く、より高く、より強く。
ドミニコ派の神父ディドンの発案で、クーベルタンが1897年から採用。

形容詞→【副詞の原級→比較級(より、比較的)→最上級(最、一番)】の順
citus(,a,um)強い,    cito,  citius,  citissime
altus(,a,um)高い,    alte,  altius,  altissime
fortis(,e)強い・勇敢な,  fortier,  fortius,  fortissime
similis(,e)似ている,   similiter, similius, simillime

※citusの副詞形がciteではなくcitoなのは不規則変化だから

p.272 をまとめ+形容詞原級比較級最上級の()は私が補足した個所あり

(オリンピックのモットーはギリシャ語じゃねーのかよ!
カトリック神父がラテン語のモットーを考え、「オリンピックは哲学であり宗教」という思想のフランス貴族が採用したのがオリンピック。ルネサンスと啓蒙主義もからむ。
カトリックとグラントリアンが優遇されそう。プロテスタントには不利な、多神教には不利の中の不利な判定が下されてもおかしくないね。
柔道はスイスが本部だからスイスのスポーツだよね!乗っ取られているのに日本の誇りとか恥ずかしいぞ!柔術を誇ったら?
古代ギリシャのオリンピックにとどめを刺したがキリスト教なのになぜクリスチャンの「ギリシャ語ではなくラテン語の」モットーを採用する?
あと古代オリンピックも普通に買収が横行し宣伝場と化して腐敗していたからね!
今と同じだね!

人類にプラスのレガシーを ~オリンピックの素晴らしさ~
http://www.joc.or.jp/olympism/olympian2008/index2.html
“クーベルタンは、オリンピズムを世界に広く伝えるために、さまざまな工夫をしています。オリンピックムーブメントの活動と五大陸の団結を表すというオリンピックのシンボルやオリンピック旗、開会式や閉会式の式典内容、オリンピック憲章などがあります。オリンピックのモットーとして知られる「より速く、より高く、より強く」(ラテン語でCitius-Altius- Fortius)もそのひとつです。
オリンピックの名句
「より速く、より高く、より強く」は、より優れた存在になることを目指すという意味で、オリンピックや競技スポーツの代名詞のようにも使われます。この言葉はもともと、高校の校長をしていたドミニコ会のアンリ・ディドン神父が考案し、1891年に生徒たちの陸上競技大会で学校のモットーとして述べた言葉です。すべての生徒が、自分のレベルの中で少しでも向上できるように頑張ろうという意味で、他人と比較しての優劣ではなく、基準はあくまで自分自身であり、現在の自分から一歩でも前に進もう、そのために行動しよう、ということを説いています。
この競技会を参観していたクーベルタンは、1894年のIOC設立時の会議で「より速く、より高く、より強く」をオリンピックのモットーにするよう提案し、採用されました。


おりんぴっく Olympic Games 日本大百科全書(ニッポニカ)
https://japanknowledge.com/introduction/keyword.html?i=76
“フランスの貴族クーベルタンはプロイセン・フランス戦争(1870~1871)に敗れた祖国を立て直すために、教育改革を主張しているうち、肉体と精神の調和を目ざす古代ギリシアの体育に魅せられるようになった。1894年IOC(国際オリンピック委員会International Olympic Committee)を創設し、全世界の青年の平和の祭典としてオリンピックを4年ごとに定期的に開くことに成功した。IOCはすべての国にオリンピックへの参加を呼びかけることとし、また宗教・人種・政治によって差別待遇をすることを厳禁した。
(…)
▲古代オリンピア祭

 一般に古代オリンピックとよばれているが、古代ギリシアの祭典競技であり、定説によればおよそ1200年にわたり定期的に催された。
紀元前13世紀から始まったインド・ヨーロッパ語族の移動の第二陣がペロポネソス半島に定着したころから、オリンポス山の神々への奉納祭典に変化が生じてきた。トロヤ戦争を経た後に、英雄の葬礼や陣中の慰安のため軍技競技が行われ、これが祭典の行事に加えられるようになった。オリンピアで主神ゼウスを祭ったオリンピア祭は前776年に復活されたといわれるが、その起源は古くドーリス人の間で行われていた祭儀であるとするのが定説である。復活の年については、そのころフェニキアから文字が伝わって優勝者名が記録され始めたのが前776年の大会であり、それを第1回としたという説や、前1580年、前1195年、前884年を各創始年とする諸説がある。その後、デルフォイのアポロン神域で行われたピティアPythia祭(前582)、コリントスの海神ポセイドンを祭るイストミアIsthmia地峡祭(前582)、ゼウスのためのネメアNemea祭(前573)が始まり、これをギリシアの四大祭典競技という。オリンピアは半島の北西部の辺境にあったので内乱や興亡にあまり影響されず、オリンピア祭は紀元393年ローマの属州時代まで続いた。祭典は理由は明確でないが4年ごとに行われ、のちにシチリアのティーマイオス(前356?~前260?)などが、この4年を1オリンピアードOlympiadと名づけた。大会はその第1年に開かれ、記録のあるものとしては293回続いた。ただしJ・トインビーによると、非公式の「かくれオリンピア祭」が9世紀の終わりごろまでタイナロン岬で行われていたとしている。
他のギリシアの神域がそうであったようにオリンピアも狭かった(約2万5000平方メートル)ので、初めは短距離(1スタディオン、オリンピアでは191.27メートル)1種目で、前724年から、中距離競走、長距離競走、五種競技(幅跳び、円盤投げ、短距離競走、槍(やり)投げ、レスリング)、レスリング、ボクシングの順に徐々に加えられ、英雄時代から盛んであった戦車競走や競馬は前7世紀になってからであった。その後パンクラチオン(レスリングとボクシングを合成したような競技)、武装競走、ラッパ手競技、伝令競技が行われたが、戦車競走には二頭立て、四頭立てや駿馬(しゅんめ)、ラバなどの種別があり、競馬にも種別があったので、全大会を通じて行われたのは約19種目。ほかに、ほぼ満18歳以下の少年の競技が前7世紀から始まり、短距離競走、レスリング、五種競技、ボクシング、パンクラチオンの5種目があった。一つの大会で全競技行われたのではなく、全盛期でもだいたい十数競技といわれる。
祭典の時期は7月から9月(そのころのギリシアの1月から3月)の盛夏に開かれ、22回大会(前692)まで会期は1日のみであったが、前5世紀のなかばペルシアに勝ってギリシアの最盛期を迎え、オリンピア祭の会期も5日間と盛大になった。5日のうちには選手の宣誓式、祭儀、優勝者の招宴などが行われたが、その1日はかならず満月にあたっていた。豪華を極めるようになったオリンピア祭は政治家、軍人、文人の宣伝の場となり、参加各都市はその名誉のためには不正手段を使っても勝つことに熱中し、有望選手の引き抜き、審判(初め1人であったが、最盛期には12人となる)や相手選手を買収するなど、内部的には腐敗しきっていた。
参加資格は厳重で、純血のギリシア人で市民権を有すること、刑罰を受けたことがないこと、神に不敬の行いのないことのほか、最盛期には、自分の都市で訓練を受け、祭礼の前にはペロポネソス半島のエーリス地方で1か月の強化合宿を受け、その成績によって参加が判定された。市民権のない女子は参加できないばかりか、競技を見物することも厳禁されていた。参加者は戦車や馬の御者以外は全裸で試合をした。競技の規則も定められ、格闘競技で相手を殺すと判定負けとなり罰金が科せられ、目の中に指を突っ込むことや股間(こかん)を蹴(け)り上げることも禁じられていた。優勝者1人が決定され、それ以外の順位は認められなかった。優勝者の特権は、公式的にはオリーブの葉冠と大会の最後の日に神域の祝宴に招待されるだけであったが、実際には、自分の都市に帰ったときには社会的な地位と多額の賞金が贈られ、それが、スカウトされて他の都市に買われていく選手を生んで、大会を汚濁していった。また優勝者の記録の公認などはなかった。なお各都市は祭礼を高く評価していたため、ペルシア戦争に勝ったころまでは、祭典の前後3か月はいっさいの武力闘争を中止するという取り決めが各都市間でよく守られていた。しかしこれも第二次アッティカ海上同盟(前377)ごろから崩れ、会期中でさえオリンピアが兵火にみまわれた(前364)。ギリシア人一般に体育よりも弁説を尊ぶ風潮が出てきたことも見逃せない。アテネの体操場などで若者たちと哲学的会話を楽しんだソクラテスの罪状が、若者を肉体的鍛錬から離れさせ、好ましくない方向に導いたというものであったことは、この風潮が為政者にとって無視しえない影響力があったことを示している。マケドニアのフィリッポス2世が、彼による征服を恐れるギリシア人観衆の不興の視線のなかで競馬に優勝(前356)したのは、非ギリシア人として最初であった。その子アレクサンドロス大王は全ギリシアを統治下に置いたが、彼自身は競技に父ほどの興味を示さなかった。その後、ギリシアはローマに征服され、あるときは成年選手全部がローマに運ばれて、オリンピアでは少年競技だけが行われ(前80)、ネロの参加のために祭典が2年遅れる(後67)こともあり、祭典は名実ともに堕落した。
肉体を単なる魂の奴隷として軽視した初期キリスト教がローマ帝国内で着実に地歩を占め、紀元380年にテオドシウス帝はキリスト教を国教と定めて異教を弾圧した。最後に開かれた大会の翌年の394年にはオリンピア祭も禁止され、その後まもなく神殿は破壊された。フェイディアス作の金と象牙(ぞうげ)でできたゼウス像は運び去られ、オリンピアはまったくの廃墟(はいきょ)となり、さらに大地震や洪水で長く地中に埋没することとなった。19世紀の初めまでオリンピアの所在が不明であったのは、このあたりの地名が入植した人々の言語であるスラブ語に変わっていたためであった。”

オリンピックの顔、ピエール・ド・クーベルタン男爵
http://www.ambafrance-jp.org/article3022
” スポーツと文化のメタファー、オリンピズムの哲学
オリンピアの遺跡が発見された18世紀末から19世紀末にかけて、オリンピック競技大会を復活させる試みが何回か見られました。1834年と1836年のスカンジナヴィア・オリンピック、1843年のモントリオール運動競技大会(1844年と1845年の呼称はオリンピック競技大会)、1859年と1870年のアテネのザッパス・オリンピックなどが挙げられます。とはいえ、これらの試みには国際的な連盟が欠けていました。
こうした背景の中でピエール・ド・クーベルタンは1890年、イギリスの熱心なスポーツ愛好家で多彩な顔(医師、予審判事、植物学者)を持つウィリアム・ペニー・ブルックスの招きを受け、彼が1850年来イギリスの小さな町マッチ・ウェンロックで毎年開催しているオリンピック競技大会を観戦しました。フランスに帰国後、クーベルタンは1892年に、事務局長を務めていた「フランス運動競技協会連合」で彼のオリンピズムの概念を発表しました。ほとんど反響はありませんでしたが、1894年にはイギリス、アメリカ、ジャマイカ、ニュージーランド、スウェーデンの支持を得て、「オリンピック競技大会復活会議」を開催しました。12カ国の代表2,000人近くが出席し、オリンピック復活を満場一致で決議しました。4年ごとの開催も確立され、クーベルタンは1896年に国際オリンピック委員会(IOC)の会長に選任されました。同年、アテネで開かれた近代オリンピックの最初の大会に、14カ国の選手241人が参加しました。
ピエール・ド・クーベルタンにとって、「オリンピック競技大会は、人類が自らに与えた大いなる哲学の教えである。それは幸福、完全、愛を映す鏡」です。彼のオリンピズムの定義は4原則に集約されます。それは1)一つの宗教であること、すなわち優れた人生、完全への希求という理想に賛同すること、2)出自に関して完全に平等なエリートを代表し、「騎士道」をそのすべての道徳的特質とともに体現すること、3)「4年に1度の人類の春の祭典」という休戦を確立すること、4)「芸術と思想の競技への参加」によって美を称えることです。彼は5つの互いに組み合わされた輪を創案しました。彼自身が説明するように、「5つの輪はオリンピズムによって一つになった世界5大陸を、6つの色は今日の全世界で翻る国旗の色」を表しています。この五輪旗は1920年のアントワープ大会で初めて掲げられました。
クーベルタンの考えは時に論争の火種をまき(とりわけ女性の競技参加に反対)、そのことで彼はIOCで少数派として孤立、1925年に辞職しました。彼は1937年にジュネーヴで心臓発作のために亡くなりました。遺体はローザンヌに埋葬され、心臓はオリンピア遺跡の近くに葬られました。
彼の信条となった「参加することに意義がある」は、ペンシルヴァニア司教の「人生において大切なのは勝利ではなく、闘いであり、最も重要なのは勝利したことではなく、健闘したこと」という講話に感化されたもので、彼自身が生み出した言葉ではありません。とはいえ、ピエール・ド・クーベルタンがオリンピック競技大会をスポーツの国際舞台の頂点に押し上げ、オリンピックの金メダルという最高栄誉をめざす多くのスポーツ選手の精神を培うことに成功した事実に変わりはないでしょう。
”)

【資料集】

利子(りし、英: interest)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E5%AD%90
“ヨーロッパでは、中世を通じてカトリック教会によってキリスト教徒間の利子つき貸借は原則禁止されていたものの、貨幣経済が広く浸透した13世紀頃より徴利禁止の規定は次第に空文と化し、実態としては利子取得は一般的に行われるようになった。さらに16世紀には宗教改革の指導者の一人であるジャン・カルヴァンが5%の利子取得を認め、イギリスでは1545年にヘンリー8世が10%以内の利子取得を認める法令を発布した。これを皮切りとしてプロテスタント諸国では利子取得が是認されるようになった。17世紀の学者クラウディウス・サルマシウス(英語版)は正当な利子を擁護する論文を書いた。産業革命による経済の活発化をみた19世紀前半には、カトリック教会も利子を容認するようになった。シルビオ・ゲゼルは金利が社会にもたらすさまざまな悪影響について考察し、自由貨幣と呼ばれる減価する貨幣の導入で金利を廃止しようとした。
「利子」は「単利」の場合のみ認めるが、「複利」(利子の額を元本に組み込んで計算する)の利子つき金融を認めない例もある(ローマ法以来、多くの立法例で複利計算は禁止されていた。日本民法においても、利息の元本繰り入れは、契約によることを要し、その旨の約定がなければ単利計算となる)。
複利計算に関しては、復古主義としてではなく、近年の脱資本主義的思想・運動からの疑義もある。マルグリット・ケネディはこのようなたとえを用いて複利計算の矛盾を問うている。
ヨゼフが息子キリストの誕生のとき(西暦1年か紀元前4年かは不詳)に、5%の利子で1プフェニヒ(100分の1マルク)を銀行に預けたとする。
彼が1990年に現れたとすると、地球と同じ重さの黄金の玉を、銀行から13億4000万個引き出すことができることになる。
利子そのものを禁じていない文化でも、高利に対する規制は厳しいことが多かった(例えば江戸幕府の開府当初は年率20%が上限。元文1年〔1736年〕には15%に引き下げられる)が、それに対する金融業者(高利貸)は、名目上は「利子」ではない「手数料」(これはイスラーム圏でヒヤルと呼ばれるものに似ている)ということにして、取り立てていた。天保13年(1842年)の法令では法定利率が年率12%に引き下げられ、礼金・筆墨料などの名目で利子を余分に取ることなどが禁じられたが、「禁じられた」ということは、少なくともそれまで江戸の金融業者たちは、法定利率以上に徴収して利益を得ていたということが逆に分かる。
日本
律令体制の下では、国家による金融として出挙が行われた。当時、租という税として納められた米は、神への捧げものとして保管され、百姓が困窮した際に貸し与えられた。そして、収穫後には神への返礼として、借りた分よりも多い米を、神に返さなければならないとされた。そのため、日本では古い時代から利子を取ることはタブー視されなかった。
中世日本では、国家に代って、日吉神社や熊野三山などの寺社勢力な どが金融を営み、米や銭の貸し付けを行った。本来金融は、古代の出挙以来、神仏へ捧げられたものを貸し付ける行為とされた。その為、中世初期には、俗人は 金融に関わることができず、神仏に直属する者が行っていた。しかし、中世における貨幣経済の発展に伴い、金融は寺社勢力のみならず俗人も担うようになり、借上や土倉という金融業者が現れ
た。
単に借金の棒引きとイコールで捉えられることの多い、日本史で登場する「徳政令」であるが、基本的には「利息がついている契約」のみが対象であった。借金の返せない民が増え、徳政令の出番となるのは、多くの場合「元本を返済する能力があったとしても利子(鎌倉時代当時の言葉で「利平(りひょう)」と言った)が膨らんでしまう」ためであった。鎌倉時代末期には政治の行き詰まりが起こり、蒙古襲来に よる戦いにおいて土地も得られなかったために「御恩と奉公」を幕府の方針としたものの、土地が得られないことから借金が増大した。借金が増大したため徳政 令を発布するが、結局土地の問題の解決に至らず幕府に対する反感が強まった。後の鎌倉幕府崩壊への道にもつながっていく。
ヨーロッパ
古代ギリシアの海上交易においても利子を伴う貸付は広く行われていたが、当時から利子は問題視されていた[10]。アリストテレスはその著書『政治学』の中で、「貨幣が貨幣を生むことは自然に反している」(『政治学』1巻10章)と述べている。
古代ヘブライ人は徴利を禁じ、ヘブライ聖書に遺されたその掟は、同じく旧約聖書を 聖典とするキリスト教徒にも影響を与えた。例えば旧約聖書には「あなたのところにいる貧しい者に金を貸すなら(中略)利息を取ってはならない」 (出エジプト記22:25)、
「金銭の利息であれ、食物の利息であれ、すべて利息をつけて貸すことのできるものの利息を、あなたの同胞から取ってはならな い」(申命記23:19)、「あなたの兄弟(中略)から利子も利息も取ってはならない」(レビ記25:35-37)と記されており、詩篇15は、利子を取 らずに貸す者を「主の幕屋に宿るべき人」と称えている。
また、新約聖書の「あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ」(ルカ6:34-35)、すなわち利得を期待せずに無償で貸すべきであるという教えは中世キリスト教において重んじられた[11]。キリスト教の初期の宗教会議、例えば325年のニカイア公会議では聖職者による徴利が禁じられ、中世前期にはクリシー公会議(626年)やカール大帝の「一般訓令」(789年)によってこの禁止は一般信徒にも適用された[12]。徴利禁止は12世紀以来の教会法に組み込まれた。13世紀にはこの禁を犯した者は破門に処すべきとされた[13]。「高利貸は神の所有物である時間を売っているのであって、他人の財産を売りさばく盗みに等しい行為だ」といった理屈は当時の人々の常套句であった[14]。
トマス・アクィナスはアリストテレスにならって「金は金を生まず」と述べ、金銭消費貸借において、貨幣本来の用途から逸脱して金銭そのものから代価を得ることは不正であるとみなした。一部の修道院はさまざまな形態の貸付を行い、中でも譲渡抵当、すなわち土地を担保としてそこから得られる収益を地代として貸付者に支払うという仕組みの貸借が多かったが、12世紀末には譲渡抵当を禁じる教令が発布された[15]。他方、ローマ法や中世初期のゲルマン法では年利12%の利子取得が認められており、13世紀には33.5%が上限とされていた[16]。
旧約聖書は「貧者」と「同胞」への利子を禁じているが、申命記23章20節では異邦人からは利息を取ってもよいと明言しており、中世のユダヤ人にとっては異邦人たるキリスト教徒から利子を徴収してもトーラーの教えに違反しなかった。中世ヨーロッパでは12世紀まで、ユダヤ人(および、前述のようにキリスト教の修道院)が消費のための利子付貸付の大部分を担っており、ユダヤ人は高利貸のイメージに結びつけられた[17]。当時のユダヤ人は、農業や職工といった生産活動に従事することを徐々に制限されつつあり、狭い地域の人々を相手に利子付の消費貸借契約を行う金貸しや質屋へと転じた(後には近世の商品経済の発展につれて、広域商取引に乗り出すユダヤ人も現れ、諸侯に資金を提供する宮廷ユダヤ人は銀行家へと成長していった[18])。 キリスト教徒の高利貸は教会法廷の管轄とされたため、世俗の裁判所に引き渡される場合を除き、過酷な刑罰が科せられたわけではなかったが、ユダヤ人と外国 人の高利貸は世俗裁判所の管轄とされた。13世紀のフランス王はユダヤ人高利貸に対して過酷な法令を発布してこれを抑圧した[19]。
中世のカトリック教会が禁じた徴利はラテン語で「ウスラ」 (usura) と呼ばれる。アンブロシウスが「ウスラとは与える以上に受け取ること」と述べたように、本来は、利率の高低の別なくあらゆる利息(ラテン語: faenus)はウスラであった。しかし教会による原則的かつ全面的なウスラの禁止は文面上のものにとどまり、実際に断罪されたのは度を越した高利貸のみであった[20]。12世紀以降、徴利が教会法の禁止条項に盛り込まれたり、スコラ学の論題となったことは、教会の懸念の表れであり、現実には利子取得が信徒間に蔓延するようになったという事実を反映していた[21]。
経済活動が活発になってくると、利子を取るためのさまざまな抜け道が用いられるようになった。たとえば、利息分を加算した額を貸借証書にあらかじめ記載しておく、土地の売買の差額を利子として徴収する、などの偽装的な利子徴収のやり方があった[10]。聖地巡礼者や貿易商に対して国際的な金融サービスを提供したテンプル騎士団は、十字軍やフランス王室にも融資を行い、利子の代わりに地代 (rent) を請求した(換言すれば、地代という名目で利子を取った)。やがて商業の発展とともに、キリスト教徒の商人の中から大規模な金融活動を行う銀行業者が現れた。貿易商にして両替商であるかれらは後期中世のイタリアの諸都市で大々的に金融を支え、中でもメディチ家はローマ教皇庁御用商人として財をなし、教皇庁の財政を担うまでになり、多くの芸術家を支援してイタリア・ルネサンスの 発展に寄与した。13世紀に登場した新しい両替商たちは、それ以前の「金貸し」が封建領主などの「消費」のために活動したのに対し、市民から集めた資本 を、貿易商人たちの商品購入資金や、工場主たちの設備投資のために、つまり「生産」と「流通」を対象に信用貸しを行った。北イタリアの金融業者はロンバルディア人と呼ばれ、カオール人と並ぶ高利貸の代名詞となった。
こうしたキリスト教徒の金融業が幅を利かせるようになった現実への対処として、スコラ学では利子取得を許容するいくつかの条件が規定された。例え ば、返済が遅延したことによって生じる損害の賠償という名目で利子を徴収することはウスラではなく合法とされた(ラテン語の interesse は名詞化して損害賠償金の意味で用いられるようになり、利子を意味する英語の interest の語源となった)。両替商の外国為替を通じた取引においては、利子に相当する差益が生じたが、これはあくまで貨幣の交換であって禁じられた徴利ではないと神学者たちは弁護した[10]。このように、不当な利子であるウスラと正当な利子との区別を設けることによって、徴利の禁止は事実上緩和された[22]。かくしてウスラは「法外な利子=高利」という意味を帯びるようになった。ローマ教皇庁も、税金や給料を払うための「補償金」という名目において、利子を取る金融を事実上認めることとなった。フランシスコ会が貧者救済を目的に15世紀に開設した公益質屋(モンテ・ディ・ピエタ)も無利子ではなく、のちにモンテ・ディ・ピエタの利子取得は第5ラテラノ公会議(1512年-1517年)で公認された。こうして中世末期までには、建前では禁じられていた利息つきの金銭貸借が現実には人目を避けずに行われるようになった。“
最終更新 2016年5月29日 (日) 14:05 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

John Calvin
https://en.wikipedia.org/wiki/John_Calvin
“Calvin thought that agriculture and the traditional crafts were normal human activities. With regard to trade and the financial world he was more liberal than Luther, but both were strictly opposed to usury. However, Calvin allowed the charging of modest interest rates on loans. Like the other Reformers Calvin understood work as a means through which the believers expressed their gratitude to God for their redemption in Christ and as a service to their neighbors. Everybody was obliged to work; loafing and begging were rejected. The idea that economic success was a visible sign of God's grace played only a minor role in Calvin's thinking. It became more important in later, partly secularized forms of Calvinism and became the starting-point of Max Weber's theory about the rise of capitalism.”This page was last modified on 30 September 2016, at 20:06.


カルヴァンもルターも高利貸しにも反対。でもカルヴァンは控えめな利子は容認。
全員が働く義務があり、loafing(怠惰、手抜き、無職)と物乞いはダメだとしたのがカルヴァン。
ニートと主婦叩きの教祖だね!


Calvinism
https://en.wikipedia.org/wiki/Calvinism
“Calvin expressed himself on usury in a 1545 letter to a friend, Claude de Sachin, in which he criticized the use of certain passages of scripture invoked by people opposed to the charging of interest. He reinterpreted some of these passages, and suggested that others of them had been rendered irrelevant by changed conditions. He also dismissed the argument (based upon the writings of Aristotle) that it is wrong to charge interest for money because money itself is barren. He said that the walls and the roof of a house are barren, too, but it is permissible to charge someone for allowing him to use them. In the same way, money can be made fruitful.[146]
He qualified his view, however, by saying that money should be lent to people in dire need without hope of interest, while a modest interest rate of 5% should be permitted in relation to other borrowers.”This page was last modified on 28 September 2016, at 03:56.



陰謀論…論理的思考、疑う姿勢、史料批判が必須
オカルト…上記の否定
嘘を見抜く二大武器が知識と論理。論理を奪われると知識の真偽すら判定できなくなる。

あまりに論理偏重だと理性主義・啓蒙主義・無神論カルトになるので注意。


無記=肯定か否定かの二元論の否定の姿勢が重要。
史料批判の代表的手法「読み比べ」は私は何度も言及。
日ユ同祖論の源流の一つがイエズス会士だということは日本に関係するのに英語版にはあるが日本語版にはない。
学会を否定することで研究の手法、技術=嘘を見破る武器を奪うのが最大の目的


ウィキは英語版、日本語版共にカルヴァンが利子をOKしたことは書いてい「ない」。
カルヴァンが利子をOKした記述のウィキにおける有無
項目      日本語 英語
カルヴァン    ×  ○
カルヴァン主義  ×  ○
利子       ○  ×

比較=史料批判。言語的情報格差で分断支配!
https://twitter.com/lakudagoya/status/727523577306603520
(ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 5月3日

陰謀論で人を騙すには知識で騙すのと論理で騙す方法があって知識のない分野でも論理のおかしさや詭弁を指摘できれば見抜けます。
また論理が弱いなら知識でカバーするのもいけます。詭弁に弱いおいらは知識でカバーしてるとこがあります。

主婦は論理に弱いのに知識で武装もしない丸腰なのはなぜ?

リチャード・コシミズを批判したら信者から工作員扱いされた。典型的な詭弁を使ってたな。 「ソクラテスの弁明」を読めば、政治のために黒いものを白にする修辞学や弁論術を教えるソフィストとソクラテスが一緒くたにされるシーンがあるけど、この時代から陰謀論コミュと同じで詭弁が多かったらしい

陰謀論コミュの世界の七不思議は、論理には滅法弱いどころか全くできないのに、不思議な事に修辞学だけは異様に上手い人がゴロゴロいます。 あれぇ?おかしいですね。普通なら論理と同時に修辞学も並行して覚えているのに、何で修辞学「だけ」ディベートの達人のようなのはどーゆー事なんですかぁ?

菊池さんに絡んできたこーさくいんは「レトリック芸人」と言っていい程詭弁が上手かったな。 てか陰謀論コミュでマトモな議論をできた人ってサージ船長かUさんか菊池さん以外いたっけ? 議論を深めて楽しい人はほんと10本の指に収まっちゃう! まず結論ありきだから論説が鍛えられない問題がある

神の敵はサタンではなくて本当はソクラテスなので、中世以降の哲学はソクラテス方式の問答法を破壊して、最初から結論ありきで議論を誘導していく議論誘導洗脳術と成り果てました。 そこで培った技術が陰謀論コミュの工作現場に投入されてます。

神の敵はサタンじゃなくてソクラテスな。これはよく覚えておけよ。 ソクラテスを粉砕するためにありとあらゆる工作の手法を2000年近くかけて開発してきたのは西洋なんだからな。 2000年近くの経っても勝てなかったのがソクラテスなんだよ。 でも勝つことは不可能だからな。

ホロコーストを踏み絵にして、ストレートな問答法による探求を封じるのは、耶蘇教神学謹製のペテンだろう。 大抵の陰謀論者はホロコーストが捏造なんて当たり前だから、いちいち言わないだけでそれに言及しないってだけで、どんな過激なネタバレもOKとか私が支配者ならありえないよ。

じゃあ、STAP細胞で不老不死の技術とか、この世界の秘密の自然法則を網羅したオカルト科学のブラックボックスの中身とか、そんな世界を塗り替えるようなヤバイ知識すらホロコーストに言及したらバラしてもOKなの? 俺が支配者ならホロコースト如きと釣り合うと思うのか馬鹿言え!



俺が飲食店の経営者で行列ができる人気メニューのレシピを出すとしてもホロコーストじゃお話もならないですね。

今の支配者が支配者たりえてる秘密をホロコーストさえ言及しなかったら出していいと本当の支配者ならOKを出すのか?

主婦ってそれくらいの事すらわからないほど脳内お花畑なの?

ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 4月28日

耶蘇教神学でよく使われてる手法で、聖書などの細かい矛盾を見つけだして全論をひっくり返すという返し技はあのアダム・ヴァイスハウプトが新プラトン主義に反論した時も使ってた。
中世以降の哲学は耶蘇教が古代哲学を破壊してからこっち詭弁術と成り果てた。
ソクラテスの問答法は神の敵(笑)

ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 7月6日

だから前にも言ったろ?キリスト教の敵はサタンじゃなくてソクラテスだって。

ジョルダーノ・ブルーノを火炙りにするような伝統的な焚書抗儒はやりにくいので、キリスト教お嬢様学校を世界中に建てて学問をブランド品にさせる事で愚民化政策を実行してるのさ。

反知性主義はここまでやるか。

ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 5月3日
更にバージョンアップしてスピリチュアルなどの論証できないものを持ち出せば、弁神論だのを持ち出さなくても議論終了。
だからこそ陰謀論という論理を使った追求作業と論理的考察を封じるスピを執拗にセット売りする。ソクラテスを倒したスピ RT https://twitter.com/wolvesknow/status/727537845569605632 …
狼たちは知っている ‏@wolvesknow 5月3日
学校教育もモロにそうだものね。
対話法は無視。結論のみを押し付ける。

ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 8月20日
こーさくいんを見てて不思議に思うのはさ、こいつら何で論理的思考にめちゃくちゃ弱いのに詭弁術だけはソクラテスがdisりまくったソフィスト並にうまいんだろー?これガチで。

普通、詭弁術って論理学をやりながらこれダメですよ?とやるもんでね?

なのに何でこーさくいんは詭弁うまいの?w

ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 7月17日

あと、特に中世以降は哲学のフリした神学が沢山あるからね。

だから俺っちは西洋哲学でも、できるだけ中世以降は避けて古代哲学だけを絞ってここ最近は文献を読んでる。

「神の敵はサタンじゃなくてソクラテス」という認識に立てば、哲学に投げ込まれた毒を避けるのが大事かよくわかる。


狼たちは知っている ‏@wolvesknow 7月9日

和辻哲郎著の「孔子」の文頭に【釈迦、孔子、ソクラテス、イエスの四人をあげて世界の四聖と呼ぶことは、だいぶ前から行なわれている。たぶん明治時代の我が国の学者が言い出したことであろうと思う】とある。やれやれ。流石は明治時代。イエスがちゃっかり入ってるやん。わかりやすいわー。

こた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 7月9日

@wolvesknow ぶっちゃけイエスが何が凄いのかわからないです。仏陀の凄さはわかるのに、何で同列?意味分からないみたいな。って感じですね。

狼たちは知っている ‏@wolvesknow 7月9日

@lakudagoya パンと魚が少ししかないのに、イエスが割くと人数分に増えたり、ライ患者を治したりと、奇跡を起こしたとこじゃないですかね。笑 仏陀こと、ガウタマ・シッダールタは、そういう奇跡は起こしてませんね。ソクラテスも。孔子も。イエスだけ、胡散臭さ100%



「無記=肯定か否定かの二元論の否定の姿勢」が重要。 史料批判の代表的手法⓵読み比べ。日ユ同祖論の源流の一つがイエズス会士と英語版にはあるが、日本のこと「だから」日本語版にはない
学会の権威は否定しても研究の技術は否定してはいけない。学会を否定して研究技術を奪うにも工作員の特徴。


http://www.ndl.go.jp/modern/guidance/whats01.html …”史料は…有効性・信頼度(信憑性)が異なり…見極める作業を「史料批判」と呼ぶ…目安となるものは…いつ」「どこで」「だれが」書いたか、の三要素…そのとき」「その場で」「その人が」の三要素を充たしたものを「一次史料」
と呼び、そうでないものを「二次史料」と呼んでいる。一次史料の代表的なものには日記、書翰、公文書” 方法 http://1st.geocities.jp/huhito80/F-M-Siryouhihan.html …
”証言者は事実を述べることができたのか、事実を述べる意志があったのか、の2点より検討されなければならない…

①資料作成の時期 史料は何時書かれたか、口述であるか、あるいは作られたか(日付) 日時・場所を明らかにすることは、事の経過や状況を知るための基本…
②資料作成の場所 どこで作られたか(場所)… ③誰によって作られたか(著者) その史料の作者の立場、地位・性格・職業・系統等が明らか

にされれば、それがその史料の信頼性等を判断する根拠となって、その史料を用いる際に都合が良くなる。 ④既に在るものから作られたか(本源性) 史料製作者は、一般常識となっている歴史的知識を無視できないと考える 歴史的知識を無視した場合、その内容は、人々から作り話という評価を受け、歴史

的事実としては認められない公算が大きいと想像される。 ⑤オリジナルな形式によって作られたか(一貫性) 他の史料の引用・孫引きか、記述者本人の見聞か、伝聞か、といった点を把握する。 当事者の日記や書簡、その当時作成された公文書などは最もオリジナル性が高く、一次史料とされる。 これに

対して後世の編纂物や後からの回想などはオリジナル性が低くなる… ギルバート・ギャラハンは、言い伝えが2つの「広義条件」か、または6つの「狭義条件」を満たすならば認めてもよいだろうとしている。(ウキペディア「歴史学研究法」より引用 広義条件 言い伝えが途切れることなく伝えられており

、その事実を採取する現存の間接的証言者あるいは初めて書き留めようとする人に直接伝えられていること。 問題の事実を検証する一連の併行し独立する目撃者がいるべきである。 狭義条件 言い伝えが重要な公的事象を伝えていること。例えば大多数の人に必ず直接知れ渡る事象である。 その言い伝えが

少なくともある一定期間は一般に信じられていること。 その期間にその事実を否定した方が益になる人によっても抗議されなかったこと。 その言い伝えがある一定の期間に流布された一つであること。(他の場所でギャラハン は最大150年間、口伝に勝る文化の中にあったこととしている) 言い伝えが
続いた期間批判的な精神が十分あり、批判的調査の手段があったこと。 言い伝えに挑戦するだけの批判的精神の人が「嘘ではないのか」というような挑戦を行っていないこと… (1)「真」である確率が高い場合 ①引用関係がない二つ以上の史料に同一の記述が有り、一致した原因が、偶然の一致となる可

能性が極めて低いと考えられるとき。 ②史料の記述が、科学的に証明された他の資料(考古資料など)と矛盾しないとき。 (2)真偽の判断を保留する場合 ①真であると評価された史料と矛盾しない。しかしそれを証明する科学的根拠も無い。 ②史料に内部矛盾が無い。しかしそれを証明する科学的根拠

も無い。 ③真であると評価された史料と矛盾する。しかしそれを比定する科学的根拠も無い。 (3)「疑」である確率が高い場合 ①真であると評価された史料と明らかに矛盾する。 ②科学的に証明された他の資料(考古資料など)と矛盾する。 ③史料に整合性が無く、内部矛盾が存在する。
④その他”

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%AD%A6%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%B3%95 … ”R. J. シェーファーは目撃者の証言を検証するチェックリストを提供…
1.ある著述の本当の意味するところは、文字通りの意味と異なっているであろうか?言葉というものは今日で使われている意味とは違っているか?文章が風刺的にはなってい

ないか?(すなわち言っていることと違う意味をもつのではないか?) 2.著者はその報告する事項をどのように観察したであろうか?著者の感覚は観察対象者と同じであろうか?彼は目撃したり聞いたり触れたりするに適当な位置にいたであろうか?彼は適当な社会的観察能力をもっていたであろうか?すな

わちその言語を理解できたか?他に専門的な知識が必要ではないか(例えば法律、軍隊)?彼は妻であるとか秘密警察であるとかに脅されていなかったか? 3.彼の記録はどのようになされたのか?彼の記録する能力はどうか? 1.記録能力に関して、彼は偏見をもっていないか?彼は記録作成のための十

分な時間があったか?記録に適した場所があったか?適切な記録用具があったか? 2.彼が観察したときから記録するまでの時間は?かなり遅いか? 3.彼が報告する意図は何か?誰のために報告しているか?その時廻りにいた者が歪曲を要求したり勧めたりしていないか?
4.意図された真実性に

は他の手がかりは無いか?報告事項に無関心ではないのか?つまり意図的にではなく歪曲する可能性は無いか?彼自身に損になる記述になっていないか?つまり歪曲することを求めていないのではないか?彼には偶然のあるいはいつもの情報が与えられていたか?これはほとんど確実に意図せずに誤った方向に導
くことになる。
4.彼の証言は本質にありそうもなく見えないか?例えば人間の本質に反するとか、我々の知識にあっていないとか。 5.ある種の情報は観察したり記録したりするのに容易なものがあることを覚えておくべきである。 6.文章中に矛盾はないだろうか?"
比較の為に正史の学習は必須!

https://twitter.com/lakudagoya/status/727523577306603520

峨骨 ‏@Chimaera925 2015年7月25日
娯楽や編集物は計画され、目的に沿ってデザインされている。子供に対する玩具や娯楽は意図された子供らしさに沿ってデザインされたものが与えられているのに、それが無いと考える方が不自然。西欧において子供が無垢で愛される存在としてデザインされたのは産業革命以降、母性愛もまた発明された物。


これにはルソーの思想が影響している。エミールを読むと解りやすいな。現在の子供を取り巻く思想の根底にはルソーの影響がある。バタンデールは母性という神話でそのようなルソー的な母性本能や母性愛の存在を否定している。なかなかフェミにも使われるが面白い。

フランスでは13世紀の時点で乳母の紹介所が存在し、貴族が利用していた。乳母に子育てをさせてサロンの社交に明け暮れていた。精液は母乳を損なうなんて迷信もあって、要は、授乳よりもそっちを優先した訳だな。18世紀には貴族だけでなく庶民も乳母を雇うようになり乳母が不足する程。

17世紀に都市部に住む富裕層、ブルジョワが地方の乳母へ里子として預けるようになり、18世紀になると都市部の全ての階層に里子の慣習が浸透する。9割の子供が地方へ里子に出された。フルで共働きしなければとても食っていけないからだ。当時のフランスの人口の殆んどを占める農民は自分達で育てた

当時、四人に一人の割合で乳幼児が一歳になるまでに死亡していた。地獄の沙汰も金次第、とはいえそれは過酷なものだったと聞く。貧しい層が里子に出す場合、子供は荷馬車にすし詰めにされて田舎まで運ばれた。今でこそ交通網が発達してすぐの道程でも、当時は長旅だ。辿り着くまでに1割は死亡とか。

子供の試練はまだまだ続く。田舎の乳母の暮らしは豊かでないから、乳母は朝から農作業に従事する。その間、預けられた子供は縛り付けられて糞尿まみれで放置される。母乳にしても乳母の栄養状態も悪く、壊血病や梅毒等の感染症持ちも居た。育児環境は劣悪。預けたらほったらかし。そんな時代だった、と

ルソー教の思想に対抗して、これらの事例を挙げ、「母性や母性愛など無のだから母性や母性愛が無い事に罪の意識を感じず安心して社会進出をしましょう」とバダンテールは主張した。そして現代のフランスでは母子家庭や共働きで働く女性が幅を利かせ、専業主婦は肩身が狭い。育児は乳母や子守りにお任せ

泣いても放置して夫婦で出かけたり、インスタント食品や冷凍食品で済ませたりする。日本では何のかんの叩かれそうだけど、手抜き子育てが主流。日本もこのようになるだろう。一方で親学などとほざいて、子育てはああしろこうしろ、最近の親は~、虐待がどうこうと騒ぐが、問題がありふれて居るのならば

報道されて、けしからんといちいち騒ぐ事は無い。それが日常にありふれた当たり前の事ならば。一握りの悪い例をメディアに繰り返し見せられて全体がそうだと思い込んでいるだけ。体罰が騒がれるのは、体罰が珍しくなったから。犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛むとニュースになる。

どの子育てが正しく間違っているかなんてのは単なるポジショントーク。イデオロギーの違いでしかない。どっちにしたって、それらの思想は人の手でデザインされて作られたもので、正解や真理なんて何処にもない。そこにあるのは人の営みだけだ。常識はほんの数十年で変わるのだから、あやふやなものだ

学術、思想、イデオロギー、情報は信じるものではなく考える為の道具。道具は使いよう。ネジを締める時にはドライバーを使い、釘を打つときは金槌を使う。一つの道具に対する依存する事は手段への依存。目的達成の為の手段ではなく、手段の為に目的を選ぶならば、本来の目的への道程が遠退くだろう。

道具を使う際に目的達成の為に、その道具の上部だけ見て、その道具を己の願望に沿ってねじ曲げるのは実に危険だ。下劣な詭弁者に堕しやすく、常習すれば論理に対する誠実さ、品位、人間性、信用、あらゆるものを失う。こうなってしまえば、単なるペテン師だ。自分自身さえも裏切る事となる。

峨骨@Chimaera925
頭が高い物乞いが道具を装飾品として身に付け、きらびやかに着飾ったのを見て、不安や悲しみを和らげる麻薬や思考する面倒から解放してくれる睡眠薬を求める人々には、それか権威ある貴人や己の主人、あるいは導き手に見える。偽りだと、気付くや否や騙されたと叫び、また騙される。それが楽だから。

孫崎享
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%AB%E5%B4%8E%E4%BA%AB
”孫崎 享(まごさき うける、1943年7月19日-)は、日本の外交官、評論家。城西国際大学大学院人文科学研究科講師。東アジア共同体研究所理事・所長

ハーバード大学国際問題研究所研究員、ウズベキスタン駐箚特命全権大使、外務省国際情報局局長、イラン駐箚特命全権大使、防衛大学校人文社会科学群学群長、筑波大学国際総合学類非常勤講師などを歴任した。
(…)
外交官として

1966年に外務省に入省し[1]、同期には野上義二、浦部和好、斎藤正樹、大塚清一郎らがいた。イギリス陸軍学校、ロンドン大学、モスクワ大学での研修[2]、在ソビエト連邦大使館を経て、外務省の大臣官房総務課企画官となる。坂本重太郎総務課長らと情報調査局(のちの国際情報局)の設立に動き、情報調査局発足後は同局分析課の課長となった[1]。1985年から在アメリカ合衆国大使館の参事官とハーバード大学国際問題研究所の研究員を務めた。1986年に在イラク大使館の参事官、1989年に在カナダ大使館の公使に就任した[1]。また、1991年から1993年まで総合研究開発機構へ出向した。

その後、ウズベキスタン駐箚特命全権大使、外務省国際情報局局長、イラン駐箚特命全権大使など要職を歴任した[3]。イラン駐箚特命全権大使としては、大統領モハンマド・ハータミーの日本訪問を実現させた[2]。また、1993年に上梓した『日本外交 現場からの証言――握手と微笑とイエスでいいか』で山本七平賞を受賞した。
ハーバード大学国際問題研究所研究員として

1985年-1986年、ハーバード大学国際問題研究所研究員として、論文"The Changing Strategic Importance of the Far East: The New Role for Japan."(極東軍事戦略の重要性の変遷:日本の新しい役割)を発表[4]。
(…)
防衛大学校教授として
2002年から防衛大学校の教授となり、公共政策学科の学科長、人文社会科学群の学群長を歴任した。2009年3月に退官した[1]。
(…)
退官後は評論活動や執筆活動などを行っている。また、城西国際大学の大学院にて人文科学研究科の講師を兼任する[6]。2012年から2013年まで筑波大学国際総合学類の講師を非常勤で務めた。2013年4月、鳩山由紀夫が設立した東アジア共同体研究所所長に就任[7]。鳩山由紀夫が顧問を務めるTPP阻止国民会議でも副代表世話人を務める[8]。
(…)
情報収集・分析
外務省のいわゆる「情報屋」として、岡崎久彦の後輩にあたり、岡崎の情報調査局長時代は分析課長として仕えた。後述のように岡崎とは対極の考えを持ち、周囲には意見の違いを心配する者もあったが、孫崎によれば、岡崎は「勉強して自分の考えを持っているなら、ハトでもタカでもよいではないか」と言って全く意に介さなかったという[9]。国際情報局長時代は各国情報機関と積極的に交流。
情報収集衛星の導入
1998年の北朝鮮によるミサイル発射実験をきっかけに小渕政権が情報収集衛星を導入する方針を固めると、アメリカ合衆国のクリントン政権はこれに反対する意向を防衛庁に伝達した[2]。その際、アメリカ合衆国の朝鮮半島和平担当特使のチャールズ・カートマンは、北朝鮮が多数のノドンを保有している点を指摘したうえで、「テポドン一発で日本が騒ぐのはおかしい」[2]と主張した。これに対し、外務省国際情報局の局長だった孫崎は「キューバが発射したミサイルがフロリダ上空を通過しても、キューバはミサイルをたくさん持っているのだからミサイル一発で騒ぐのはおかしいとアメリカ国民に言えますか」[2]と反論し、アメリカ合衆国に対して日本の立場を主張し理解を求めた。
対米政策
日本に対するアメリカ合衆国からの要求は、日本の国益に合致していない場合もありうるため、日本の国益にかなう部分のみ協調すればよいと主張する[10]。
「私は一日でも早く、一人でも多くの日本人が、アメリカに対する幻想を捨て、対米従属のくびきから逃れて欲しいと願っています」と語り[11]、日米同盟強化を対米従属路線であると批判しているほか、敵基地攻撃能力保有論やミサイル防衛にも、中国などの周辺国を刺激して無用な軍拡競争を煽るだけで意味がないという立場から反対している。2009年から2010年にかけての鳩山由紀夫政権時には、普天間基地代替施設移設問題を巡り、数多く登場した「鳩山ブレーン」と称される人物の一人として盛んにメディアに登場した。普天間飛行場のアメリカ海兵隊については機能分散移転論に立ち、鳩山に長崎県大村や福岡県築城等、九州各地の自衛隊施設内に海兵隊機能を分散して移転する案を提言したとされるが、採用されなかった。なお孫崎本人は、反対者からよく嫌米や反米のレッテルを貼られることが多いが、本人は、『鳩山由紀夫 孫崎享 植草一秀 「対米従属」という宿痾(しゅくあ)』においても自身が反米や嫌米であることを一貫して否定している[12]。
(…)

日本の核武装
日本は、核抑止力として、米国の核の傘の下で核武装すべきという考えを、2010年7月26日、IWJのインタビューで答えている(…)
美術品を愛好し、自宅にはロシア正教のイコンを多数飾っている[10]。また、フランスの画家であるウジェーヌ・カリエール、オディロン・ルドン、ジョルジュ・ルオーらの作品も好んでいる[10]。鶏肉が苦手[20]。
(…)
主張への批判

孫崎の尖閣諸島・竹島等に関する主張が国会で問題視され、追及された。2013年3月21日、衆議院総務委員会において、自由民主党衆議院議員の大西英男は、孫崎の領土に関する主張、またNHKが孫崎を頻繁に番組出演させていることを批判した[21][22]。

潮匡人は、中国への批判が見られない、「朝まで生テレビ」で共演した際に批判したところ暴言を吐くなど短気な性格である、著作の内容が陰謀論であるなどと批判したとされる[23]。また、佐藤優は論文において孫崎の尖閣諸島、北方領土をめぐる見解には「誤解」、「誤読」、「隠蔽」があると主張したとされる[24]。

著書『戦後史の正体』をめぐって、佐々木俊尚が朝日新聞2012年10月21日付朝刊の書評で「ロッキード事件から郵政民営化、TPPまで、すべては米国の陰謀だったという本」、「本書は典型的な陰謀史観でしかない」などと批判。孫崎からの抗議により朝日新聞は当該問題部分に事実誤認があったとして訂正を行い、謝罪した[25]。また左派の立場からは佐高信が「60年安保闘争をアメリカの謀略というのは当時の市民運動を侮辱している」等の理由を挙げたうえで痛烈に批判している。

このように「根拠のない反米陰謀論だ」と言う数々の批判に対して、孫崎は「アメリカはベトナム戦争でトンキン湾事件という謀略をしかけ、北ベトナムへの空爆を行う口実としたり、ケネディ政権時代には自国の船を撃沈する偽のテロ活動を行うことで、それを理由にキューバへ侵攻する計画があったりした」「少しでも歴史の勉強をすると国際政治のかなりの部分が謀略によって動いていることが分かります」「学者や評論家がそうした事実を知らないまま国際政治を語っているのは、おそらく日本だけでしょう」などと反論している[26]。
略歴

1943年 - 満州国奉天省鞍山市にて誕生。
1966年 - 外務省入省。
1968年 - モスクワ大学留学。
1981年 - 外務省大臣官房総務課企画官。
1983年 - 外務省情報調査局分析課課長。
1985年 - ハーバード大学国際問題研究所研究員
1986年 - 在イラク大使館参事官。
1989年 - 在カナダ大使館公使。
1997年 - 外務省国際情報局局長。
1999年 - イラン駐箚特命全権大使。
2002年 - 防衛大学校人文社会科学群教授。
2009年 - 退官。
(…)
『戦後史の正体 1945-2012』(「戦後再発見」双書1)(創元社、2012年)
『アメリカに潰された政治家たち』(小学館、2012年)
『終わらない〈占領〉: 対米自立と日米安保見直しを提言する! 』(法律文化社、2013年)[27]
『独立の思考』(角川学芸出版、2013年)
『鳩山由紀夫 孫崎享 植草一秀 「対米従属」という宿痾(しゅくあ)』(飛鳥新社、2013年)
(…)
関連項目
イスラム・カリモフ
情報収集衛星
モハンマド・ハータミー
国際情報局
親中
東アジア共同体
”最終更新 2016年9月18日 (日) 21:09 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。


http://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-5769-6.htm
”「かぐや姫」誕生の謎――渡来の王女と“道真の祟り”
装幀 箕浦卓

孫崎紀子 著
(…)

『日本書紀』の記述を手がかりに、中世ペルシアと日本の暦や祭礼のつながり、奈良の遺跡や地形を調査分析。さらに神社の祭神から竹取物語最古の写本まで読み解き、飛鳥?平安?現代と時空を超えて「かぐや姫」誕生の謎に迫る。

[著者紹介・編集担当者より]

孫崎紀子(まごさき・のりこ)
1948年生まれ。金沢大学薬学部卒業、同医学部附属ガン研究所助手を経て、1971年に結婚後、外交官である夫と共にロンドン、モスクワ、ボストン、バグダード、オタワ、タシケント、テヘランに住む。「マンナ」「ムミヨとウズベク語」「日本語とウズベク語の比較」「舎衛女のうた」などのエッセイ・論文がある。2014年から上智大学・山岡三治教授「文化交渉学特講」(文学研究科)の講師を務める。


『源氏物語』にも、日本最古の物語と記述されている「竹取物語」。中学や高校の国語の授業で、また絵本にも登場するなど有名な作品だが、作者や成立年は不明でいまだ謎が多い。

海外在住経験が長く、語学に造詣の深い著者ならではの洞察力で、『日本書紀』に書かれた渡来人はペルシア人で「かぐや姫」のモデルとなったこと、作者は菅原道真の孫であり、ご祭神を調べ直していた文時ではないかと推論する。歴史ロマンあふれる至極の1冊。

[目次]
(…)

第2章 飛鳥の渡来人

ササン朝ペルシアの滅亡と王家の亡命
日本書紀のトカラ人は、本当はペルシア人
ペルシア人ダラや兵士の足跡はトカラ列島に
盂蘭盆会の日、ダラは斉明天皇に招かれる
先祖の魂を迎える日本の「お盆」とササン朝ペルシアの「新年」
ゾロアスター教の暦
「オボン」に先祖の魂が帰ってくるペルシア
トカラ列島に残るササン朝時代のペルシアの「新年」


第3章 かぐや姫の母

ササン朝ペルシア最後の王、ヤズデギルド三世
行方不明のペルシア王女の日本への漂着
王女は飛鳥へ
斉明天皇の狂心の渠(たぶれこころのみぞ)の謎
酒船石の謎
王女の結婚とダラの旅立ちと謎の童謡
飛鳥での日々と王女の追憶
王女の楽しみは宮廷での音楽だった


第4章 かぐや姫の誕生

王女の娘ダラ女の拝謁
王女と別れて、ダラ女はペルシア人たちと新生活を始める
悲劇……突然のダラ女の死がもたらしたもの
万能薬ムミヨ
二人の散吉の死による不気味な天変地異

(…)
第6章 文時の思案と「竹取の翁物語」

姫の登場
五人の貴公子
佛の御石の鉢
蓬?の玉の枝
火鼠の皮衣
龍の首の玉
燕の子安貝
御門の求婚
かぐや姫の昇天
ふじの山”


みち  著者記事別索引
http://michi01.com/chosya_index.html

青 不 動  常夜燈

安西 正鷹  啐啄の季節 一言居士激白 検証・北朝鮮 お金の本質
 文明大転換へ向けて 安西ファイル

稲村 公望  黒潮文明論

落合 莞爾  洞察日本史

黄 不 動  常夜燈

栗 原 茂  歴史の闇を禊祓う  超克の型示し 真贋大江山系霊媒衆
 文明の未来図ハープ  アッシリア文明史論

黒 不 動  常夜燈

角田 儒郎  大東亜戦争敗因の研究 東京裁判の実態
天童 竺丸  追跡世界権力 巻頭言 憎悪の呪縛 悪の遺産ヴェネツィア
 ユダヤ十二支族考

中村みつぞう  みょうがの旅 

藤原源太郎  バブル風雲録 世界情報分析  深層潮流

孫崎 紀子  かぐや姫の誕生

三橋 一夫  オカネの話 逸史発掘 


STB ‏@RC_StB 2月26日

あの、「放射能パニックはでっち上げでロックフェラーを喜ばせるだけ」と飼い主様の意見を代弁していたリチャードコシミズ(raptも放射能は無害と言い出した)を操作していたベンジャミン古歩道が入っているSAGEグループが「放射能情報」「不正選挙追求」

SAGEグループのサイトが完全に見れなくなっている(消えた?)
昨年の秋は閲覧できた。ネットで注意を引いてゴキブリのように去ったか
あそこはサイトトップで飯山一郎、カレスコ、小野俊一、木下黄太をポートレイト付で推していた

STB ‏@RC_StB 2015年11月19日

「SAGEグループ」のトップに顔写真を使われている面々はよく見慣れた顔ぶれだが、彼等はポートレイトの使用を許可しているのかな?
今はもう削除された役員リストでは「本人の意思により顔写真は使用していない」なる説明もあったのだが

STB ‏@RC_StB 2015年11月12日

あまりカルト色の無かったサユフラは、ラプトと合流して天皇が最大権威であると言い出してから違和感が大きくなった SAGEグループ影響下のRKが、「お仲間」の創価統一を表層的に叩くのと同じで、ラプトの創価・統一・天皇への攻撃はマッチポンプ的な臭いがするのだが


サーティンキュー ‏@saatennkixyu 2012年1月22日
飯山一郎は日本の天皇崇拝、そして、金正恩崇拝。彼は大日本帝国ジジイにすぎない。飯山一郎の言っていることは、全てウソだと思う。放射能被害を利用して乳酸菌を出してきたが、乳酸菌が何トンも必要とか、飯山ジジイの商売になることばっかり。横田めぐみさんは金正恩の母とはビジネスが生んだデマだ


飯山一郎はミ~ハ~な天皇崇拝者ではない!
http://cocologsatoko.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-28eb.html
”2016/03/17(木)2 
飯山一郎はミ~ハ~な天皇崇拝者ではない!
国民と床を同じうして,正座
国民と運命をともにする覚悟
会社には社長,市町村には市町村長が必要だ。国家も,大統領であろうが国王であろうが宰相であろうが,国家の長(おさ)は必須である。
国民を大切にする国家指導者に恵まれた国家の国民は癒され,艱難に耐えられる。
床を同じうして
かたや完全防備で秘密保護,国民の健康よりも「成長力」
掲示板『放知技』で,人気常連の破武(ハブ)氏が,「天皇は孤独だ」と書いたので,ワシは少しく反論した。
そしたら,その文章を『てげてげ』にも載せろ!という同志たちの声。理由は,飯山一郎の「ミ~ハ~ではない天皇観」が良く分るから,というのだ。ゆえに少々バージョンアップした文章を載せたい。
『草莽の志士』 崛起(くっき)のとき!
今上陛下は決して孤独ではない!

『日本書紀』や『古事記』を編纂して「日本の形」を示した天皇家のまわりには,『草莽(そうもう)の志士』といわれる無数の人間の集団が何層もの階層構造を成しているからだ。

この『草莽の志士』たちこそが,じつは,皇統奉公衆・御庭番・草・草莽群として全国に散らばり,『(天皇を中心とする)日本』を守護し,“日本文化”を形成してきたのです!

全身全霊を傾けて文章を書く亀さんも,じつは飯山一郎も,『草莽の志士』です!
日本を守護する熱い(ときには激しい!)人間集団の一員です。

激しい!というのは…,「天皇を利用する君側の奸」は,これを斬り捨てる!という赤心があること。

飯山一郎は,ミ~ハ~チックな天皇崇拝者ではないのです。天皇に対してさえも厳しいのです。

「天皇」でさえも,民を思わざる天皇は,三度諌めて(介添え無しで)腹を掻っ切る!という激しさがあります。

ただし,「民をおもう!」ということに関して,今上陛下と東宮は,後奈良天皇を超えておられる!

天皇の原点は,民を思う心! これしかない。

“民をおもう心”とは,日本民族と一人一人の日本人を思う心,ということです。

であるからこそ,今上陛下は,何十回も東北に通い,「床を同じうして」一人一人の日本人と接し続けておられる。そのときに“民”が思わずあふれさせる涙…,あれは本当に癒やされた涙だ。

だからこそ『草莽の志士』は命を懸ける!時には平然と命を捨てる!
その時期が,いよいよ迫ってきています。
間もなく大きな兆候が示現するでしょう。
飯山 一郎”


みち 120867
http://michi2672.bbs.fc2.com/
”挨拶
サムライさんと飯山一郎さんのお蔭でこの掲示板ができました。厚くお礼を申し上げます。元気旺盛なお二人に倣って小生も横着の身に鞭打って参加したいと思います。とくに、本掲示板では「世界戦略情報誌みち」などで提起した問題を高い見識をお持ちの皆さまとともに、よりいっそう深めていくことができればと願っています。

そこで、まずお願いしたのは、建築家渡辺豊和氏と経済人類学者栗本慎一郎氏の両氏が提案している「太陽崇拝の縄文ネットワーク・三輪山ネットワーク」と「ミトラ崇拝シリウスネットワーク」とツラン文明の関係を皆さまに考えて戴きたいと言うことです。

渡辺・栗本両氏の考えは渡辺豊和『扶桑王国蘇我一族の真実──飛鳥ゾロアスター教伝来史』(親人物往来社)、栗本慎一郎『シリウスの都飛鳥』(たちばな出版)『シルクロード経済人類学』(東京農大出版会)などに書かれています。これらには「ツラン」という単語はひとつも出てきませんが、カスピ海と日本とをほぼ一ヶ月で結ぶ草原の道に着目している点で、まさにツランと日本との関わり探る論考と言えます。

さらに、ミトラ信仰はもともと「太陽崇拝」と「公正」とを旨とするツラン起源の古い信仰ではないかと栗本氏は示唆しているように小生は感じています。つまり、この信仰のペルシア的展開がアフラ-・マズダーを主神として悪神アーリマンを斥けてしまったゾロアスター教であり、それは本来の善悪共にそのところを得しめていた天神信仰からすれば、一種の堕落であり、矮小化であったのだと、栗本氏は指摘しているように思います。善悪を分離したゾロアスター教の影響下にユダヤ教の痩せ細った一神教信仰がまとめられたのは、ユダヤ教神学が整備されたのがバビロン捕囚時代であることを考えると、説得力があります。さらに、栗本氏は、スキタイ、突厥、ハザールに共通の文明制度として「双分制」を挙げています。これはわが国では統治権が「国権」と「政権」に分離されたかのように継承されてきたことを言います。一般的には政治権力が「祭祀権」と「統治権」に分離されることを言います。栗本氏はこれがツラン系諸民族の大きな特徴だと指摘しています。

東日本大震災は私たちに文明論的な発想の転換を迫っっているものと思います。市場原理とお金万能のフェニキア=カルタゴ=ヴェネツィア流の寄生的文明原理からの脱却です。それには、長い間わが国は何を拠り所として社会を営んできたのか、改めて自覚する必要があるように思います。

他人にお金を渡すとき、「これは不浄のものではあるが……」という気持ちを込めて熨斗袋に入れて渡したのは、お金で決済される以上のもっと重大な関係が人々を律していたことの顕れであると小生は考えています。

お互いが違うことを非難するのではなく、それぞれの違いに意味があること、その違いを「公」のために役立てること、それこそが深い喜びを齎してくれるものと信じます。本欄がお互いの切磋琢磨と研鑽の場になることを祈っています。

みち編集長天童竺丸

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祭事用・医療用・産業用大麻の栽培を通し
人類共通の災厄たる市場経済を超克する拠点を築こう!

日本は「資源貧国」に非ず
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未開発のままに放置される南関東ガス田
日本海で不断に育まれる超良質メタンハイドレート
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受難に喘ぐわが国を賦活する!
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2675年03月23日


菊池 ‏@kikuchi_8 2015年9月25日
@ratukata 他人の「意見を変える」ために工作活動していると自ら暴露した大本教系工作員。落合莞爾氏の著作は全て「さる筋」という謎の情報源によっているので、読者は真偽を確かめる術無し。従ってそれをいくら読んでも意見が変わる事はありえない。盲信する信者以外は。

obe ‏@obebe 5月15日
落合莞爾「天皇とワンワールド」前半読んで南方熊楠がスパイ説は面白いと思ったが後半古代史になりマニ教話が始まりロード・オブ・ザ・リングみたいになってきたのでアホらしいから読むのやめた。落合秘史に飽きてしまった。

加茂忍 ‏@daharsou 2015年10月17日
金融ワンワールドの宗教はマニ教であると書いている新刊の落合本。おもしろい指摘。マニ教は仏教にもキリスト教にもとりこまれたとも書いている。もちろん、イスラム教にも取り込まれたものとみられるというのが落合さんの見解です。

「天皇とワンワールド」 京都皇統の解禁秘史 落合莞爾著 を読む [歴史の真実・陰謀論]
http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2016-04-24
”●ワンワールドとは?
・国際秘密勢力で金融、宗教、軍事など基本的な分野に存在し、ワンワールド・バンカーはワンワールドの一部である。
・これはいわゆる「ユダヤ」ではない。「ユダヤ人」という人種、民族はいない。ユダヤ教徒は存在
するが、そのすべてがワンワールド・バンカーではない。ワンワールドは広義のフリーメーソンであり、その下に海外南朝衆、薩摩ワンワールド、観修寺衆など国體参謀、国體奉公衆がいる。

●京都皇統からの情報
・天皇しか見ることができない「ホンモノの皇統譜」が存在する。
・大塔宮護良親王の王子を北朝光厳上皇の籍に入れて崇光天皇とし、南北朝を秘密裏に統合した。
・欧州に渡った大塔宮の子孫がオランダ・ベルギーなどの王家となりその後の世界史の流れを決めた。
・大塔宮護良親王は、殺されたことにして極楽寺ネットワークを辿って奈良西大寺に入った。
⇒ 散所民社会の貨幣経済を掌握し、蓄積した西大寺の膨大な資産を使って欧州進出を行なった。
極楽寺ネットワークは超宗教のマニ教思想で結ばれている

●皇位継承権の要件 
・現在は、民間から皇室に皇后としてある程度自由に入っているように見えるが、現在でも大塔宮の血統の他に母系要件が必要。熊野別当の家系だけが皇后になれる(京都皇統代の舎人加勢の言)

●ウバイド文化
・太古メソポタミアで発生し、前3800年に終焉。ウバイド海民と騎馬民が東西に分かれる。
・東進した一派は日本列島に渡り、熊野、奄美大島に上陸。
⇒ 頭は、和田氏を称する「イシヤ」。紀ノ川「井口氏」、和泉「池田氏」、河内「和田氏」、「楠木氏」となる。
・西進した一派はケルト人国家を作った。
⇒14世紀に欧州に点在するウバイド・シュメル文明の遺民を結ぶネットワークを作るために大塔宮勢が欧州に入る。
⇒ 「スメラ」は「シュメル」文明のアイデンティティを強調する合言葉。
「高松様は、よく口にされていた」(京都皇統代の舎人の言)
⇒ タクシス家が在欧大塔宮の血縁と推定。
・ウバイド人に入れ替わったのがシュメル人でウバイドを含めてシュメル文明と呼んでいる。ウバイド文化の本質は「思想と情報の文明」でワンワールド思想の根源となっている。ウバイド人は世界各地で「長者」と呼ばれ「イシヤ」を自称した

●欠史八代
・記紀では神武即位を前660年としているが、神武東遷は前50年頃。記紀は神武の即位を600年遡らせている。
⇒ 神武の即位を600年遡らせた理由は? 神武が釈迦より下るわけにはいかぬ。(京都皇統の言) 記紀の天皇の不自然な長寿こそ、いかに不自然な長寿を用いても架空天皇を挿入しなかった証拠である。
・欠史八代は実在した海人王朝(アマ王朝)であり、国體勢力の始祖。安曇海人族が北九州で起こした安曇王権の族長イハレ彦が東遷して神武天皇となる。
・北九州に残った安曇族の留守政権が欠史八代の九州分国となる。

●「国譲り神話」とは
・ 九州分国は、騎馬民王族を迎えて天皇とした。ミマキイリヒコ・イニエを開化の皇子として崇神天皇にする。その後、騎馬人男系と海人女系の対婚制とした。
⇒ 欠史八代から崇神への皇統変更(開化 ⇒ 崇神)が「国譲り」である。崇神はウバイド騎馬系と安曇海神系が混血した崇神天孫族であった。
①タケミカヅチは崇神天皇
②ヤヘコトシロヌシは在外国體
③タケミナカタは国體天皇
④大国主は孝元天皇

●三韓征伐
・仲哀天皇が半島から八幡系天孫(ホムダワケ)を迎え入れた。仲哀天皇は偽装崩御して満州に渡る。(仲哀は中継ぎ天皇)武内宿禰は崇神天皇朝の国體参謀総長。

●応神天皇
・紀元2世紀、羅津は崇神に王朝を譲った海人王朝の皇子フトオシが入り在外国體天皇となった国體天領。フトオシの子孫が八幡殿となり(八幡天孫族)その王子がホムダワケ(応神天皇)。満州の砂金を神功皇后に託し応神と凱旋(八幡ファンド)し、秦氏が宇佐に八幡宮を祀る。

●欽明朝はワンワールドへの開国
①國體外戚を春日小野氏からタチバナ氏に交替
②大陸史観の導入するため「フヒト=史家」を養成
大乗密教の形をとったマニ教の輸入
 ⇒ 中心は聖徳太子。恵慈が伝えたワンワールド情報は「マニ教」。


”楔形文字を創造したシュメル文明を一般には始原文明とするが、精神文明であったウバイド文化こそ始原文明という落合氏は、また史家が大乗密教という日本宗教を、仏教に潜入したマニ教であり、マニ教化した仏教でもある、という。さらに、個別宗教を超えたスーパー宗教としてのマニ思想が、ウバイド文明の西極としての北西欧において、ユニテリアン教会とフリーメーソン思想になったという。
まさに従来の常識とかけ離れているが、言われてみれば合理的で、論理の飛躍はない。これがなぜ、オカルトや超常現象に分類されるのか、分類者の知性を問いたい思いがする。 ”
https://www.amazon.co.jp/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E7%9A%87%E7%B5%B1%E3%81%AE%E8%A7%A3%E7%A6%81%E7%A7%98%E5%8F%B2-%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%A8%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89-%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E7%A7%98%E5%AF%86%E5%8B%A2%E5%8A%9B-%E8%90%BD%E5%90%88-%E8%8E%9E%E7%88%BE/dp/4880863335

創価学会の歴史
http://matome.naver.jp/odai/2139652553139178701

"なんで、日本の政権与党には、宗教団体がいるの?!その歴史を辿ってみよう。"

"1928年 牧口常三郎、戸田城聖が、「日蓮正宗」に入信"

二人はいずれも小学校の教員。牧口が校長であったときに採用した教員が戸田である。この二人が、1928年に日蓮正宗という仏教の宗派に入信した

出典upload.wikimedia.org

仏教の宗派である日蓮正宗に小学校の教員が入信したところから、創価学会の歴史は始まります。

のちに日蓮正宗は、創価学会を破門することになりますが、創価学会のバックグラウンドに、二人の教員と仏教があったことは知っておいても損ではないでしょう。

最初期の二人の人物

"当時すでに有名な地理学者になっていた牧口常三郎"

牧口常三郎

出典upload.wikimedia.org

牧口常三郎

人間の生活と地理との関係を論じた『人生地理学』を32歳で発刊。牧口は志賀に校正・批評を依頼し、志賀は同著に序文を寄せましたた。

同著はかつて5000円札に描かれていた新渡戸稲造や柳田國男らの目に留まることになり、新渡戸宅で開催された「郷土会」にも牧口は名を連ねていました。地理学者である牧口と民俗学者である柳田が共に研究・現地調査を行った記録も残されています。

戸田城聖

出典upload.wikimedia.org

戸田城聖

20歳の時に上京。牧口常三郎に出会い、東京市立西町尋常小学校の代用教員として採用されました。その後、一時期は教職を退き職を転々とする傍ら、院外団に身を投じ、犬養毅の側近であった立憲政友会所属の衆議院議員古島一雄の知遇を得ます。

受験の神様?

出典stat.ameba.jp

受験の神様?

戸田は、現在の学習塾の先駆けである「時習学館」を主宰し、学習参考書の走りともいえる『推理式指導算術』を出版しました。『推理式指導算術』は評判を呼び、100万部を超えるベストセラーとなります。当時の受験生からは「受験の神様」と呼ばれます。

いまでいうところのカリスマ塾講師だったのです。

出版業に進出してみた

"グングン商才を発揮したカリスマ塾講師"

日本正学館を起業

出典www.tokuno-o.com

日本正学館を起業

戸田氏は、出版業を進めました。学習参考書の出版でうまくいった戸田は、出版業に進出していきます。

作家子母澤寛の小説などの出版を手がけ、成功します。

いわゆるエロ本にも手を出していました。

出典sudati.iinaa.net

いわゆるエロ本にも手を出していました。

だからといってなんということはありませんが、商才を発揮して、当時、いわゆる大手出版社になってしまったのです。そのレパートリーは多岐にわたりました。

創価教育学支援会つくってみた

1930年、戸田と牧口は『創価教育学体系』を刊行します。戸田が、自身の出版社で、上司の牧口の教育書を出版したという形式です。後に、この日が創価学会のはじまりだと主張することになりました。

"1930年11月18日、『創価教育学体系』第1巻を刊行するとともに、「創価教育学支援会」が結成された。"

『創価教育学体系』を高く評価した新渡戸稲造、柳田國男、犬養毅ら28名が「創価教育支援会」に参加しました。戸田は、当時カリスマ塾講師で、出版社の社主であり、しかもその教育手法は定評でした。この最初のメンバーはけっこうすごい人がそろっていました。後に、創価学会が政治に幅を利かせるようになったバックグラウンドを見ることができます。

犬養毅

出典upload.wikimedia.org

犬養毅

5.15事件で暗殺された首相の犬養毅は、「創価教育支援会」のメンバーでした。彼は、日本で最初に本格的政党政治を行った政党「立憲政友会」の6代総裁でもあります。

言ってしまえば、日本の政党政治が作られ始めたころに、そのトップになる人物と創価学会は深く関係していたのです。

新渡戸稲造

出典manabukano.brilliant-future.net

新渡戸稲造

少し前まで5000円札に描かれていた新渡戸稲造も、最初期に創価教育支援会のメンバーだった人物です。彼は教育者、農学者として知られます。

1920年の国際連盟設立に際して、教育者で『武士道』の著者として国際的に高名な新渡戸は、事務次長のひとりに選ばれました。

いわば、日本の当時の国際活動の重要な一角を担った人物が、創価学会と深く関与したのです。

柳田國男

出典4travel.jp

柳田國男

柳田國男は、作家として多数の著作を残した人物で、日本民俗学の開拓者といわれています。

当時の創価学会は、いわゆる学者を中心とし、教育者、政治化や作家など多方面に広がりの在る強い人材に支持されていました。そして、出版業という資本的裏づけがこれと結びついていたのです。

いわゆる新興宗教というよりは、体系化された教育方法を支持する著名人の集まりという性質が色濃いものでした。そしてそのメンバーは後の日本に強い影響を残した人たちだったのです。

金融業・証券業もやってみた

"日本正学館を根城に、大道書房、奥川書房、四海書房、秀英舎等の小出版社や平和食品等に投資し、また手形割引会社の日本商事の設立、千葉県の醤油問屋・平野商店の買収、証拠金を納めての兜町証券界への進出など、最盛期には17の会社を支配"

出典日隈威徳 『戸田城聖』

実業家として驚くほど成功していった。

出典d.hatena.ne.jp

強い人脈、強い商才と頭脳は、商売を飛躍的に拡大させました。結果的に、金融業会でも成功してしまうことになります。1930年ごろには、創価学会の資金的背景はとても大きなものになり、その人脈もとても強いものとなっていたのです。

1932年 五・一五事件

出典www.saga-s.co.jp

犬養毅が暗殺される。

一九三四年 軍人会館ができる

九段会館

出典upload.wikimedia.org

九段会館

東京都千代田区にあるこの建物は、九段会館と言われ、旧称は軍人会館、二・二六事件では戒厳司令部が置かれた場所だ。

建てられたのは1934年(昭和9年)である。

二・二六事件

出典upload.wikimedia.org

二・二六事件

二・二六事件は、、1936年(昭和11年)2月26日から2月29日にかけて、日本の陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らが1483名の兵を率い、「昭和維新断行・尊皇討奸」を掲げて起こしたクーデター未遂事件である。

"1940年(昭和15年) 10月20日 九段の軍人会館において第2回創価教育学会総会。300名が参加"

出典創価教育学会 - Wikipedia

軍人会館で第二回創価教育学会を開催、二・二六事件後も、軍部・政権とつながりがあったことをうかがわせる。

"戦前の最盛期で3000人の会員を擁すまでとなる。"

このころの創価教育学会は、牧口の創価教育学を中心とした教職員による集まりであった

太平洋戦争
"1943年5月、神社神道を批判したことで機関誌『新教』が廃刊となる。当時、日蓮正宗総本山大石寺に呼ばれた牧口と戸田らは神道の札をうけることを拒否。治安維持法違反と不敬罪の容疑で二人は逮捕される。"

牧口は獄中においても神道への転向を拒否し、1944年11月18日、東京拘置所内の病監で栄養失調と老衰のため死去した。

戦後の創価学会

1945年 7月 終戦直前に戸田が豊多摩刑務所から出獄。

出典upload.wikimedia.org

1945年 7月 終戦直前に戸田が豊多摩刑務所から出獄。

出典sudati.iinaa.net

終戦直後の9月には、東京都千代田区西神田にビルを取得。創価教育学会本部を再建した。翌年、名称を創価学会に変更するとともに、戸田が理事長に就任した。

戦前からの幹部に、和泉覚、辻武寿、原島宏治、小泉隆がいた。

終戦直後の幹部の顔ぶれ

和泉覚

出典msp.c.yimg.jp

和泉覚

1946年11月、日本婦人新聞社に経路部長で入社後、専務を、その後、日刊工業新聞社総務局次長、大蔵商事代表取締役を歴任。最前線のニューギニアに出兵。九死に一生を得て、1946年(昭和21年)6月復員。戦後、戸田城聖の下で、柏原ヤスらと共に、創価学会の再建に奔走した。

辻武寿

出典img.47news.jp

辻武寿

東京豊島師範学校卒業後、小学校教員を務める。同じ教員仲間の小泉隆の紹介で、1940年7月30日、創価教育学会(後の創価学会)に入会する。原島宏治らと共に戦後、創価学会青年部長(初代)、指導部長、創価学会理事などを歴任

原島宏治

出典cocoa-antenna.com

原島宏治

1940年に入会、1943年に学会幹部が投獄された際、原島のところにも刑事が来たが、その刑事を折伏したと言われている。
後に、公明党の初代委員長になる人物である。

小泉隆

出典yaplog.jp

小泉隆


仏恥義理
‏@meets_tak
http://ja.wikipedia.org/wiki/ 大日本皇道立教会
大日本皇道立教会(だいにほんこうどうりっきょうかい)は、南朝を正統とし、その皇道に沿った教育を行う趣旨の元で、1911年に創立された。

中山忠英(父親は中山忠伊卿)が初代会長に就任し、大隈重信、一木喜徳郎、牧口常三郎、戸田城聖、数名の華族により構成されている。後には児玉誉士夫も加入。後に、大日本皇道立教会の会員のうち、創価教育学会の創立にかかわるものがいた。

@meets_tak
巷では3代目である某名誉会長がクローズアップされるが、それよりも初代や2代目の方が重要なのではと最近感じている。

http://syohnan.jp/syoumetu.html より引用。

設立当初の創価教育学会は、元々大日本皇道立教会の教旨・目的を
根本として国民に新たな皇道を教育する団体として結成されました。


大本もエスペラント。
国柱会(宮沢賢治)もエスペラント。
新渡戸稲造もエスペラント。

新渡戸稲造はクエーカーだったっけか。

で郷土会で、新渡戸稲造、柳田國男、牧口常三郎。

創価学会の前身、創価教育学支援会のメンバー。創価大学のページより。
http://libir.soka.ac.jp/dspace/bitstream/10911/802/1/KJ00005454527.pdf …
引用

政友会総裁 犬養毅
関東庁長官 太田政弘
法学博士・農学博士 新渡戸稲造
前逓信事務次官 古島一雄
前内閣書記官長 ・政友会総務 鳩山一郎
逓信政務次官 中野正剛
前法制局長官・政友会総務 前田米蔵
民政党総務 古屋慶隆

#創価教育学支援会


前文部参与官 安藤正純
前東京市助役 前田多門
大審院判事 三宅正太郎
前貴族院書記官長 柳田國男
衆議院議員 牧野良三
司法大臣 渡辺千冬
前文部大臣・法学博士 水野錬太郎
政友会総務 松野鶴平
男爵 中川良長
貴族院議員 山内一次
#創価教育学支援会

三菱総理事・太平生命取締役 江口定条
前内閣政務次官 ・政友会総務 秋田清
前文部商工大臣 中橋徳五郎
商工大臣 俵孫一
子爵 八条隆正
帝国大学教授 ・医学博士 高木逸磨
工学博士 田中龍夫
改造社長 山本実彦
海軍大将 野間口兼雄
#創価教育学支援会

東京市会議員 岸辺福雄。
この内、田中龍夫と野間口は、白金小学校父兄。
新渡戸、柳田、前田は郷土会員。

以上、引用おわり。
#創価教育学支援会

改めて読んでみると、フリーメイソン鳩山一郎とか玄洋社とつながっていた犬養毅の名前があることに驚く。

これは #開化派 の某 #ネットジャーナリスト 氏が一切触れていない情報でありますっ!(キリッ

・フリーメイソンに入会している日本人まとめ
http://matome.naver.jp/m/odai/2141311398783463001 …

#フリーメイソン #フリーメーソン

で皇族だったこの方もフリーメイソン。「ひがしくに教」という宗教団体を作ろうとされたそうですが実現しませんでした。

#東久邇宮稔彦王
#東久邇稔彦

でね、sageが出てくるわけですよ。みなさんの大好きなsageがw

右の写真の方はワールドフォーラムに出てたJJエピセンダーさんぽいですね。

でね、皇族だった東久邇さんは#世界紅卍字会 の#堀川辰吉郎 ともつながっています。

@meets_tak 青木冨貴子著『占領史追跡』p134を引用すると、〈戦後、はじめてフリーメーソンのロッジ(支部)が開かれたのは、連合国軍の横須賀基地であった〉そうだ。ん?横須賀?wあの人の一族とかあの団体とかも関連してるんじゃ?w

日本のフリーメイソンロッジ
http://www.grandlodgeofjapan.org/index.php/lodges/other-lodges/ …

外国とつながりのあったとところと、米軍基地があるところにロッジがあるようですね。

#フリーメイソン
#フリーメーソン

青木冨貴子著『占領史追跡』
はフリーメイソン関連でかなり重要なことが書いてあります。ちょくちょく引用していきます。

山口組→神戸→フリーメイソンのロッジあり。

小泉組→横須賀→フリーメイソンのロッジあり。

これって偶然??w

「ヤクザ屋さんとフリーメイソンに関連があるか」を調べてみます。

1866年、横浜に日本初のフリーメイソンロッジができた。
http://www2.gol.com/users/lodge1/history-j/history-j.html …

神戸初(日本国内では4番目)のフリーメイソンロッジは1870年、現在の神戸倶楽部(http://www.kobeclub.org/modules/content/?id=1 …)の中にできた。

http://www.skirret.com/kobe/hiogo/kobe-craft.html …

神戸倶楽部関連でアレクサンダー・ネルソン・ハンセルのウィキより。居留地すごいねw

外国人居留地とフリーメイソンの関係も調べますかね。

歴代兵庫県知事の中にフリーメイソンの林董さんの名前がありましたw
http://web.pref.hyogo.jp/pa13/pa13_000000016.html …

七人の有名な日本人メィーソン(http://web.archive.org/web/20090607101047/http://www.freemasonryinjapan.com/J-famous.htm …)によると〈林は1903年5月にイギリスのエムパイヤ・ロッジ、でメィソンになれた〉とのこと。

下の画像は英語版の林董ウィキより。日英同盟を締結した功績でロイヤルヴィクトリア勲章をもらっています。Knight Grand Crossという一番上の等級です。

ロイヤルヴィクトリア勲章の日本版ウィキより。Knight Grand Crossは昭和天皇、平成天皇、林董(日本人初)、徳大寺実則、入江相政、東郷平八郎が受章している。

Knight Grand Cross

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年12月31日

@meets_tak #大本( #大本教)系=#和風キリスト教
#紅卍字会 員
http://blogs.yahoo.co.jp/mikaeru0628/38536822.html …
◎出口王仁三郎⇒大本の教祖、
昭和神聖会(大本の2次団体の極右テロ組織)の統監
◎出口すみ、日出麿、直日(大本の教祖)
◎植芝盛平⇒合気道開祖、大本信者


#紅卍字会 員
◎谷口雅春⇒#生長の家 の初代総裁
楯の会(極右テロ組織)の黒幕支配者
大本の元信者
◎岡田茂吉⇒#世界救世教 の創始者
大本の元信者
◎浅野和三郎⇒日本心霊科学協会(#スピリチュアル)の創始者
大本の元信者
◎五井昌久⇒#白光真宏会 の創始者
生長の家の元講師


#紅卍字会 員
◎西園寺昌美(旧名:尚悦子) ⇒#白光真宏会 の教祖
琉球王室の王女
*西園寺昌美(尚悦子)の夫である西園寺裕夫の母方の祖父は、日産コンツェルンの創始者でA級戦犯で戦前は満州で満州重工業開発の総裁を務めた『フグ計画』の提唱者
◎林出賢次郎⇒満州皇帝の溥儀の通訳

#紅卍字会 員=キリスト教極東支配担当
◎頭山満⇒アジア主義者の巨頭、玄洋社(極右政治結社)を創始
黒龍会(玄洋社の2次団体の極右テロ組織)の顧問
呉竹会(極右政治結社)の会長である頭山興助の祖父
◎堀川辰吉郎⇒大日本国粋会(ヤクザ組織)の総裁
明治天皇の隠し子?
中丸薫の父親?


#紅卍字会 員
◎内田良平⇒玄洋社(極右政治結社)の最高幹部
大日本生産党(極右政治結社)の総裁
黒龍会(玄洋社の2次団体の極右テロ組織)の主幹
昭和神聖会(大本の2次団体の極右テロ組織)の副統監
◎呉清源⇒棋聖
璽宇の信者
璽光尊↓
http://blogs.yahoo.co.jp/mikaeru0628/38765253.html …


#紅卍字会 員
◎安岡正篤⇒陽明学者
細木数子の婚約者
金鶏学院(極右政治塾)を設立
*金鶏学院には
血盟団員で大物右翼の四元義隆
赤軍派日本赤軍(赤軍派の2次団体の極左)の女首領である重信房子の父親の重信末夫
リチャード・コシミズに影響したSAGEのメンバーの富士谷紹憲がいる。

#紅卍字会 員
◎笹川良一
国粋大衆党総裁
CIAエージェント
世界反共連盟の創設メンバー
統一教会の日本支部顧問
マルタ騎士団騎士
A級戦犯
児玉機関(麻薬組織)の支配者
全愛会議の顧問
日本財団会長
辯天宗信徒総代
白蓮社の支援者
川島芳子(関東軍の女スパイ)の元カレ



#紅卍字会 員
深見東州(半田晴久)
#ワールドメイト のボス。世界救世教と大本出身。
日本紅卍字会名誉会長兼理事。
宝生英照(能楽宝生流宗家)と昵懇。
宝生英照はSAGEグループ(偽陰謀論者集団)元顧問。
世界紅卍字会と下中弥三郎↓
http://blogs.yahoo.co.jp/mikaeru0628/38773171.html …


仏恥義理 ‏@meets_tak 2015年1月3日
#SAGEGROUP 歴代まとめ
http://www.sagegroup.jp/japan.rekidai.htm …

土方 久元
・ (1833~1917)
・大日本皇道立教会初代会頭
・元宮内大臣
・臨時帝室編修局総裁 pic.twitter.com/U89uxDlh0i

千家 尊福
・ (1845~1917)
・大日本皇道立教会初代副会頭
・元司法大臣


続き

・当家は天照大神第二の御子天穂日命の後裔で、代々出雲国造、尊福は同5年出雲大社大宮司となり、同17年7月授男爵。のち元老院議官、貴族院議員、文部省普通学務局長、埼玉・静岡・東京の各府県知事を歴任し、同41年司法大臣。
千家尊福作詞、一月一日https://youtu.be/iREdv7j03kc

@meets_tak
四條 隆愛
・(1880~1938)
・大日本皇道立教会第二代会頭
・陸軍士官学校卒、同騎兵実施学校修。同36年陸軍騎兵少尉、のち同少佐に昇進。

続き

この間、陸軍騎兵実施学校教官、同大学校馬術教官等歴任のほか、宮内省御用掛、歌御会始読師控、国家総動員審議会委員等。明治38年6月より昭和13年10月まで、貴族院議員在任。 昭和13年10月2日死去。
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仏恥義理 ‏@meets_tak 2015年1月3日

@meets_tak
三嶋 弥太郎
・(1867~1919)
・大日本皇道立教会第二代副会頭

続き

・明治17年、22年米国留学。同21年北海道庁技師試捕となる。日本銀行総裁のほか、日本大博覧会評議員、経済調査会委員等、横浜正金銀行頭取となる。明治30年7月より大正8年3月まで貴族院議員在任。大正8年3月7日死去。

@meets_tak
四條 隆徳
・(1907~1977)
・大日本皇道立教会第三代会頭


@meets_tak
続き
・昭和8年東京帝国大学農学部卒、同大学院修、同10年より同大学嘱託、同大学農学部講師獣医師試験委員等、昭和13年12月より同22年5月まで貴族院議員在任、昭和52年11月13日死去。


秋月 左都夫
・(1858~1945)
・大日本皇道立教会第三代副会頭
・明治17年7月、司法省法学校卒、法学士、司法省御用掛。明治24年外務省政務局勤務。三島通庸の長女園子と結婚。明治28年帝国大学にて国際法を講義。


続き
ベルギー公使、オーストラリア大使。宮内省御用掛、外務省調査部事務等を歴任。大正6年読
売新聞社社長。大正10年京城日報社社長。門下に創価教育学会創立者、牧口常三郎。創価学会創立者、戸田城聖氏がいます。 昭和20年6月25日死去。

@meets_tak
中山 忠英
・大日本皇道立教会初代会長
・天誅組首謀者・中山忠光の遺児。大正5年7月16日死去。

(※写真なし)


とりあえずここで考察を(#SAGEGROUP 歴代はまだ「あ行」からありますw)

まず日銀や横浜正金銀行の頭取をやった三嶋がいること。

そして三島通庸の長女と結婚し、読売新聞社長、創価の初代と二代目の師匠だった秋月がいること。


@meets_tak
三島彌太郎(正式にはこの字のようだ)の長男、三島通陽が1950年フリーメイソンに入会(日本ボーイスカウトの総長でもあった)。
このことは先日引用した青木冨貴子著「占領史追跡」に書かれている。

@meets_tak
青木冨貴子著「占領史追跡」より、昭和天皇とフリーメイソンに関する記述。以下引用。

『メーソンリー・イン・ジャパン』には翌年の「一九五一年の報告」のなかに、天皇の入会について次のように記されている。

@meets_tak
「エンペラー・ヒロヒトは、興味をもたれ、三三位階の同志マイケル・A・リビストに皇居へきて、フリーメーソンについて説明するようにもとめたが、残念なことに、同志リビストが評判を落としたため、招待を辞退した」


@meets_tak
これはなんとGHQ高官のウィリアム・シーボルトが書いたものである。
シーボルトはこの先、とくに講和条約の締結に至るまで、重要な働きをする外交官である。わたしは彼もまたフリーメーソンだったとは知らなかっただけに、この記述にはおどろいた。

そのシーボルトが、天皇の方からリビストを皇居に招いたが、リビストが辞退したと書いているのである。パケナムの日記とはまったく正反対ではないか。

@meets_tak
ちなみに、フリーメーソンであった占領軍高官のなかには、チャールズ・ウィロビー少将や第八軍司令官のロバート・アイケルバーガー、マッカーサーの後任として第二連合国軍最高司令官になるマシュー・リッジウェイ大将など多数が名前を連ねている。

(引用終わり)


@meets_tak
もう一度通読してみます。重要だと思うので。また引用しますよ。


@meets_tak
#SAGEGROUP 歴代あ行
http://www.sagegroup.jp/rekidai.a.htm

@meets_tak
淺田 信興
・(1851~1927)
・陸軍々事参議官・男爵
・埼玉県出身。川越藩士坂口朗忠の三男で、川越藩士浅田順信の養子。養嗣子は浅田良逸陸軍
中将。娘は中島正武陸軍中将に嫁ぐ。日露戦争に従軍。

近衛師団長、明治39年7月6日に久留米第12師団長、明治43年8月26日に大阪第4師団長を経て、明治44年(1911年)に教育総監に就任(~1914年)。


@meets_tak
大正元年(1912年)に陸軍大将に昇る。最終官職は軍事参議官兼東京衛戍総督。大正10(1921年)に退役し、昭和2年(1927年)に77歳で死去。


@meets_tak
姉小路 良子
・権典侍・従五位

(写真なし)



姉崎 正治
・(1873~1949)
・京都府生まれの評論家・宗教学者(キリスト教・仏教)である。ペンネームは姉崎嘲風(あねざきちょうふう)。
1893年、東京帝国大学(現・東京大学)哲学科に入学。井上哲次郎、ヘーゲルについて学ぶ。


1896年、同大学同学科卒業。1900年にドイツ・イギリス・インドに留学し、1903年に帰国。1904年、同大学教授となる。1905年、同大学文科大学に宗教学講座を開設。日本の宗教学研究の発展の基礎を築いた。東京大学宗教学研究室には、彼の写真が今も飾られている。


また、1923年から1934年までは、同大学の図書館長を務め、関東大震災の被害に遭った図書館の復興に尽力した。1939年7月から1947年5月まで貴族院議員。学問研究の分野だけではなく、文人としても優れた才能を持ち、帝大在学中には高山樗牛らと『帝国文学』を創刊している。


@meets_tak
安楽 兼道
・前警視総監

(写真なし)


伊沢 修二
・(1851~1917)
・日本の教育者である。明治から大正にかけて、近代音楽教育や、吃音矯正などを行う。妻は徳島藩士の森重氏の娘ちよで、子に1男4女。幼名は弥八。政治家の伊沢多喜男は弟、教育者の遠藤隆吉は娘婿である。

一木 喜徳郎
・(1867~1944)
・男爵・文部大臣
・日本の公法学者・内務官僚・政治家。現在の静岡県掛川市生まれ。岡田良一郎の二男。兄は岡田良平。大学予備門を経て、1887年に帝国大学法科大学(現・東京大学法学部)卒業。

@meets_tak
同年、内務省に入省。1890年ドイツに留学し行政法を学ぶ。1894年帰国して帝国大学法科大学教授。1902年法制局長官、1914年第2次大隈内閣で文部大臣、翌年内務大臣。1925年宮内大臣、1934年枢密院議長。


枢密院議長在任中、天皇機関説の提唱者として弟子である美濃部達吉とともに非難される。一木との政治抗争にあった平沼騏一郎の政略であったとも云われている。

1936年の二・二六事件で内大臣斎藤実が殺害されると、後任が決定するまでの1日間のみ内大臣を務めている。旧制武蔵高等学校の初代校長、大日本報徳社社長も勤めた。


@meets_tak
一條 實孝
・(1880~1959)
・従二位・勲二等・功五級・公爵

@meets_tak
伊知地 幸介
・(1854~1917)
・男爵・陸軍中将薩摩藩士、伊地知直右衛門の長男として生まれる。御親兵(後の近衛兵)に抜擢され上京、薩摩閥の 1人であり、


@meets_tak
妻が大山巌元帥の姪という強力な後ろ盾もあり、1880年(明治13年)フランスに 4年後にはドイツへ留学し、その後日清戦争時には大本営参謀・参謀本部第1部長・駐英武官と陸軍内でのエリートコースを順調に進む。


@meets_tak
市村 さん次郎
・(1864~1947)
・歴史学者。國學院大學学長、東京帝国大学名誉教授。専門は東洋史。茨城県筑波郡北条町(現つくば市)出身。明治法律学校を経て、1887年に帝国大学古典漢書科卒業。


@meets_tak
1888年に学習院傭教師、1890年に同助教授、1892年に同教授となり、1898年からは東京帝国大学文科大学助教授(学習院は兼任に転ずる)、1905年に教授に昇進。1924年に東京帝国大学を定年退職、翌1925年名誉教授となった後、國學院大學教授。

@meets_tak
1926年から大東文化学院教授・1928年から立教大学教授を兼ね、1933年から1935年まで國學院大學学長をつとめた。わずか 1年余りでの学長辞任は、自身の言によれば学究生活への愛着が絶ちがたく旧道に立ち帰りたいためであったという。


@meets_tak
1944年、國學院大學教授を退職。東洋史の研究で成果をあげ、1907年には文学博士の学位を授与され、1925年には帝国学士院会員となっている。
井上 哲次郎
・(1856~1944)
・哲学者である。通称「イノテツ」。井上円了が在野の哲学者だとすれば井上哲次郎は東京帝国大学というアカデミズムの牙城の哲学者である。


@meets_tak
国家主義の立場から宗教に対する国家の優越を強力に主張し、中学教員であった内村鑑三が教育勅語への敬礼を拒否した不敬事件に際してはキリスト教を激しく非難する。またそれ以外にも体制側のイデオローグとして明治日本政府の道徳主義の思想界における切り込み隊長となった。


@meets_tak
東京帝国大学教授。外山正一、矢田部良吉らと『新体詩抄』を刊行し世間に名を知られる。仏教からヒント得て現象即実在論を提唱。1924年10月から1925年11月まで貴族院勅撰議員を務め、引き続いて同院の初代帝国学士院会員議員に選出された。

@meets_tak
犬養 毅
・(1855~1932)
・日本の政治家。立憲政友会第 6代総裁。第29代内閣総理大臣。通称は仙次郎。号は木堂。
勲一等旭日桐花大綬章。


大炊御門 幾麿
侯爵・貴族院議員・従三位・勲三等大炊御門家(おおいのみかどけ)は、清華家の家格を有する公家。家業は筆道・和歌・笛・装束。江戸時代の家禄は400石。家紋は菱に片喰草。藤原北家師実流。平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実(1068年-1131年)を祖として創立された。


大炊御門北、万里小路東に邸宅があったため大炊御門を称する。経実は権大納言どまりであったが、その子経宗(1119年-1189年)は平治の乱で当初藤原信頼・源義朝方に付きながら寝返って平清盛方の勝利に貢献。また、二条天皇の外舅として勢威をふるい、左大臣に昇って清華家の家格を確保した。


@meets_tak
経宗の子頼実(1155年-1225年)は二度に渡って太政大臣を務めている。明治維新後、幾麿(いくまろ)の代に侯爵を授けられた。


@meets_tak
大木 遠吉
・(1871~1926)
・日本の政治家。元貴族院議員。司法大臣(第24代)、鉄道大臣(第2代)を務めた。大木喬任の子である。
貴族院議員となり政界入り。原内閣で司法大臣に就任し初入閣。続く高橋内閣でも留した。その後、加藤友三
郎内閣で鉄道大臣として再入閣を果たした。1916年、日本工業大学顧問に就任。大東文化協会の設立に深く関与し、初代会頭に就任した。


大久保 利武
・(1865~1943)
・鳥取県・大分県・埼玉県・大阪府知事明治時代の官僚・貴族院議員。位階勲等爵位は正四位
勲一等侯爵。慶応元年に大久保利通と満寿子の三男として生まれる(幼名三熊)。


@meets_tak
その後内務省に入省し、鳥取県・大分県・埼玉県・大阪府の知事を務めた。継嗣が居なかった兄・利和の養子となり、昭和 3年6月5日、利和の隠居に伴い家督を相続し、6月15日には侯爵を継承。妻は近藤廉平の長女・栄。長男に大久保利謙が居る。


@meets_tak
大隈 重信
・(1838~1922)
・総理大臣
・日本の武士・佐賀藩士、政治家、教育者。第8代、第17代内閣総理大臣。位階勲等は従一位大勲位。爵位は侯爵。東京専門学校(現・早稲田大学)の創立者。幼名は八太郎。


大迫 尚敏
・(1844~1927)
・子爵・陸軍大将
・日本の武士・薩摩藩士、陸軍軍人。学習院長、第7師団長等を務める。位階勲等は陸軍大将正二位勲一等功二級子爵。


@meets_tak
薩摩藩士大迫新蔵の長男として生まれる。造士館生徒として学び、薩摩藩 5番組として薩英戦争に従軍する。

@meets_tak
大迫 尚道
・(1854~1934)
・第四師団長・陸軍中将
・陸軍大将の大迫尚敏の弟。 1879(M12)砲兵少尉、参謀本部員をへて、89ドイツ留学し、ドイツ公使館付となる。


帰国後、野砲第 1連隊大隊長となり、日清戦争では第1軍参謀、日露戦争では第2軍参謀長として戦闘を指導した。その功によって、1906野砲兵監となり、第18,14師団長をへて15(T4)軍事参謀官となる。19後備役となり、24退役した。

(あ行は以上。しんどいw)
えらいこっちゃ!w

・出雲大社・千家(せんげ)男爵家系図
http://kingendaikeizu.net/kazoku/senge.htm …

#千家尊福
#大日本皇道立教会
#SAGEGROUP


@meets_tak
ということは光格天皇や天誅組の中山さんもみんなつながっているということか。

千家さんすごいわ。つながりがすごい。
http://kingendaikeizu.net/kazoku/senge.htm …
#千家尊福
#大日本皇道立教会
#SAGEGROUP

続き
http://kingendaikeizu.net/kazoku/senge.htm …
#千家尊福
#大日本皇道立教会
#SAGEGROUP


@meets_tak
#SAGEGROUP 歴代か行
http://www.sagegroup.jp/rekidai.ka.htm

花山院 親家
・侯爵・従四位
・花山院家(かざんいんけ)は、藤原氏北家師実流の嫡流(花山院流)の家である。家格は清華家。

平安時代後期の藤原師実の次男家忠に始まり、家名は家忠が父師実から譲り受けた邸宅花山院にちなむ。家忠の孫忠雅が太政大臣、その子で後白河上皇の近臣である兼雅が左大臣に進み、清華家としての家格が確立された。

南北朝時代、嫡流は北朝に仕えたが、支流の花山院師信とその子師賢は後醍醐天皇の側近で、その子孫は南朝に仕えた。

この系統の末裔の女性が南北朝統一後に後小松天皇の宮中に入り、天皇の寵愛を受けて誕生したのが一休宗純であると言われている。江戸時代の家禄は、概ね 715石。家道は書道・笙であった。明治維新以後、忠遠のとき侯爵に列した。

花山院 家威
・従四位・元侯爵


@meets_tak
楫取 素彦
・(1829~1912)
・官僚、政治家。正二位勲一等男爵。通称は久米次郎または内蔵次郎。


小田村氏の養嗣となって伊之助と改め、 後に文助・素太郎と言い、慶応3年9月楫取素彦(かとりもとひこ)と改めた。諱は希哲、字は士毅、号は耕堂彜堂・晩稼・棋山・不如帰耕堂等。吉田松陰とは深い仲であり、松陰の妹が楫取の妻であった。


@meets_tak
亀井 貫一郎
・(1892-1987)
・住友商事(株)顧問
・東京帝国大学法学部卒。外務省に勤務し天津総領事代理などを歴任。

ついで国際情勢分析の専門員となり、世界各国を歴訪。その間、ニューヨーク労働学校、コロンビア大学、ハーバード大学、ミュンヘン大学、チューリッヒ大学において、歴史学、言語学、哲学、生理学等の研究に従事。昭和3年第1回普選に社会大衆党より立候補し、当選。

以来昭和17年まで代議士として活躍。戦後、財団法人産業経済研究協会理事長となる。
主な著作:「民主の苦悶」(前仏国首相 Joseph Caillaux 著『欧州の没落』の翻訳:改造社)、

「日本民族の形成史」(東洋経済新報社)、「転機に立つ世界と日本」上下巻(霞関書房)。その他政治、経済、社会等各方面にわたる論文多数あり。



上泉 徳彌
・(1858~1945)
・国風会々長・海軍中将

菊池 謙二郎
・(1867~1945)
・茨城県生まれ。輔仁学舎に学ぶ。1924年(大正13)衆議院議員選挙に無所属で当選。


北小路 随光
・(1832~1916)
・子爵・掌典長・正二位

@meets_tak
木村 鷹太郎
・(1870~1931)
・明治・大正期に活動した日本の歴史学者、哲学者、言語学者、思想家、翻訳家。独自の歴史学説「新史学」の提唱者として知られる。愛媛県宇和島出身。

東京帝国大学史学科に入学、後に同学哲学科に転じて卒業。陸軍士官学校英語教授職等を務める。日本を世界文明の起源と位置づけ、かつて日本民族が世界を支配していたとする「新史学」を熱烈に唱えた。

他にも邪馬台国エジプト説や、仏教・キリスト教批判などの独創的な主張で知られる。異論に対して徹底的に反撃・論破する過激な言論人でもあり、論壇において「キムタカ」と通称されて恐れられ、忌避された。



黒板 勝美
・(1874~1946)
・日本の歴史学者。東京帝国大学名誉教授。文学博士。専門は、日本古代史、日本古文書学。号は虚心。


@meets_tak
黒田 清綱
・子爵・御歌所々長

か行は以上。


@meets_tak
#SAGEGROUP 歴代さ行
http://www.sagegroup.jp/rekidai.sa.htm

笹川 臨風
・(1870~1949)
・評論家、俳人。東京神田生まれ。本名は種郎(たねお)。帝国大学国史科卒。

赤門派の俳人で、1909年、文藝革新会の結成を提唱した。1924年、「東山時代の美術」で文学博士号取得。歴史書、美術批評、小説など幅広い著述活動を行った。

@meets_tak
杉浦 重剛
・(1855~1924)
・明治・大正時代の国粋主義的教育者・思想家。幼名は謙次郎。近江国膳所藩(現・滋賀県大津市)出身。

さ行は以上。

#SAGEGROUP 歴代た行
http://www.sagegroup.jp/rekidai.ta.htm

高倉 永則
・(1864~1947)
・京都聯隊区司令官・子爵


@meets_tak
高島 鞆之助
・(1844~1916)
・薩摩藩出身の陸軍軍人、政治家である。諱は昭光。官位は陸軍中将正二位勲一等子爵。陸軍大臣・拓殖務大臣・枢密顧問官等を歴任する。

また、現在の学校法人追手門学院の前身である、大阪偕行社学院の設立者でもある。第19師団長を務めた陸軍中将勲一等子爵高島友武は養嗣子。


@meets_tak
土屋 光春
・(1848~1920)
・男爵・陸軍大将
・明治時代~大正時代の陸軍軍人。官位は陸軍大将正三位勲一等功二級男爵。嘉永元年(1848年)に岡崎藩士渡利伝左衛門の四男として生まれる。


@meets_tak
のちに岡崎藩士土屋光時の嗣子となり、藩より選ばれ大阪陸軍兵学校に入り明治3年(1870年)陸軍少尉任官。その後、佐賀の乱、西南戦争を経て日清戦争には大本営参謀として従軍した。

第27旅団長、台湾守備混成第 1旅団長、近衛歩兵第 1旅団長を歴任し、明治35年(1902年)に陸軍中将に進む。日露戦争に際しては、乃木希典大将率いる第3軍の第11師団長として、旅順攻略戦に参加。

東鶏冠山に師団を率いて攻撃中にロシア軍銃撃により頭部に銃創を受け内地後送。治癒後、明治38年(1905年)に新設の第14師団長として再度満州に渡る。凱旋後、明治40年(1907年)9月に戦功により男爵となる。

明治41年12月21日に第4師団長となり、明治43年(1910年)8月に陸軍大将に進むと同時に予備役に編入。大正9年(1920年)11月17日に73歳で病没。

@meets_tak
徳川 達孝
・(1865~1941)
・明治期から昭和にかけての宮中官僚・政治家。爵位は伯爵。田安家第 9代当主。父は田安徳川家第5・8代当主の徳川慶頼(四男)。兄に徳川宗家を継承した徳川家達がいる。幼名は群之助。


明治2(1869)年4月5日、嫡子となる。明治9年11月13日、父慶頼の死去により、家督を相続する。同年11月28日、元服する。明治17年7月7日、伯爵となる。明治22年、ヨーロッパ視察を行う。明治30年7月、貴族院議員となる。大正3(1914)年6月、退任する。


大正4(1915)年3月23日、皇后宮大夫に就任する。大正5年6月22日、退任する。大正11(1922)年3月22日、大正天皇の侍従長に就任する。昭和2(1927)年3月3日、退任する。その他、学習院評議員・日本弘道会長を務める。

十五銀行の倒産以来、経済的に逼迫し、三田の屋敷を売却し、実兄家達の邸宅の別棟に暮らすようになった。なお、家扶の不正も原因の一つであった。

昭和12年頃から徳川義親に家産の整理を相談し、債務の返済には成功したようである。その一環として、昭和13年4月、屏風などの家宝の売りたてを行っている。正二位勲一等。昭和16年(1941年)歿、77歳。

SAGEGROUP歴代の中に徳川家がいるとか(苦笑)

た行は以上。
#SAGEGROUP 歴代な行
http://www.sagegroup.jp/rekidai.na.htm

長崎 省吾
・(1850~1927)
・前調度頭・正四位・勲三等
・鹿児島県士族の長崎作右衛門の六男として生れる。藩校造士館、昌平黌に学び、後米国に留学しミシガン大学を卒業。

在英日本公使館勤務を命ぜられ、外交官としてロンドンに約 6年在勤。帰国後、直ちに宮内省に入り、式部官、宮内書記官、宮内大臣秘書官、調度頭、閑院宮附別当、宮中顧問官を歴任。その他、日本赤十字社、東京慈恵会、東京女学館の各理事を務めた。

@meets_tak
難波 宗美
・蹴鞠家家元・男爵
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仏恥義理 ‏@meets_tak 2015年1月4日

二条 基弘
・(1859~1928)
・侯爵・貴族院議員
・日本の華族。宮中顧問官、正二位勲二等公爵となる。九条尚忠の八男で、二条斉敬の養子となる。明治23年9月から大正9年1月まで貴族院議員を務める。二条正麿男爵は義弟。

@meets_tak #SAGEGROUP 歴代は行http://www.sagegroup.jp/rekidai.ha.htm

波多野 敬直
・(1850~1922)
・宮内大臣・男爵
・明治・大正期に活躍した旧小城藩出身の政治家。司法大臣・宮内大臣を歴任する。

正三位勲一等。男爵。丹波の戦国武将である波多野氏の末裔。肥前国小城郡牛津(現在の佐賀県小城市(旧牛津町))の小城藩士の長男として生まれた。小城町長や佐賀市長を努めた野口能毅は実弟。藩校興譲館に学び、その後、熊本の木下塾に学ぶ。


@meets_tak
服部 一三
・兵庫県知事・貴族院議員・従三位・勲一等


@meets_tak
福本 誠
・(1857~1921)
・日本のジャーナリスト、政治家、史論家。福岡藩士福本泰風の長男として福岡に生れる。幼名は巴。藩校修猷館に学び、後に長崎において谷口仲秋に師事し、上京して岡千仭に師事して専ら漢籍を修めた。
1876年、司法省法学校(東京大学法学部の前身)に入学するも、「賄い征伐」事件(寮の料理賄いへ不満を抱き、校長を排斥しようとした事件)で中途退学。

1908年、第10回衆議院議員総選挙に憲政本党から立候補し、衆議院議員に当選。同年、「元禄快挙録」の連載を開始、現在の忠臣蔵のスタイル・評価を確立する。1916年、中央義士会設立・初代幹事長に就任。

@meets_tak
穂積 八束
・(1860~1912)
・日本の法学者。愛媛県宇和島市出身。東京帝国大学法科大学長。貴族院議員。日本法律学校(現在の日本大学)の設立に参画。 民法起草者の一人である穂積陳重は兄。


@meets_tak
堀田 正享
・貴族院議員・子爵


#SAGEGROUP 歴代ま行http://www.sagegroup.jp/rekidai.ma.htm

牧野 伸顕
・(1861~1949)
・明治から戦中にかけての政治家。位階勲等は従一位勲一等伯爵。幼名は伸熊。

名はシンケンと通称されることもある。薩摩国鹿児島城下下加治屋町に薩摩藩士・大久保利通と妻・満寿子の二男として生れた。生後間もなく遠い親戚にあたる牧野吉之丞の養子となる。


@meets_tak
松平 頼寿
・(1874~1944)
・明治から昭和にかけての華族(伯爵)。旧高松藩主松平頼聰の8男。第6代貴族院議長を務める。

学習院高等科から大隈重信に傾倒し東京専門学校(現在の早稲田大学)邦語法律科卒業後、1908年に貴族院議員に列して以来、一時中断(1911年-1914年)を挟んで30年以上にわたって議員を務めた。

会派は扶操会→甲寅倶楽部→研究会。また、教育者としても活躍し、本郷学園(本郷中学校・高等学校)を設立。文武両道のエリート教育を目指す。

本郷って副議長に就任し、4年後には議長の近衛文麿の内閣総理大臣就任に伴い、議長に昇格する。在任中に死去し勲一等旭日大綬章に叙せられ貴族院葬が行われた。

@meets_tak
松平 康国
・(1863~1945)
・漢学者。長崎出身。二松学舎、ミシガン大学等に学ぶ。
読売新聞記者を経て明治24年より東京専門学校講師、 史学、漢文を教える。

中国泰山金剛経石刻文字の拓本を図書館長の市島春城に贈り、市島はそれより「名著 大作」の四字を集め図書館に掲げた。


@meets_tak
三浦 梧楼
・(1847~1926)
・日本の武士、軍人、政治家。陸軍中将、子爵。号は観樹。山口県萩市に萩藩士の子として生まれる。

@meets_tak
明倫館で学んだ後、奇兵隊に入隊して第二次長州征伐や戊辰戦争に従軍する。維新後は西南戦争で第三旅団指揮官として従軍。西部監軍部長・陸軍士官学校長、また大山巌と共に欧州の兵制を視察した。

@meets_tak
目賀田 種太郎
・(1853~1926)
・政治家・弁護士・法学者・裁判官・官僚。元貴族院議員。専修大学の創始者の一人である。
男爵。ハーバード法律学校(ハーバード大学)卒業。貴族院議員として活躍。

横浜税関長、大蔵省主税局長、枢密院顧問官などの要職を歴任した。また、韓国財政顧問を務めるなど、韓国通としても有名。東京弁護士会会長も務めた。また、勝海舟の娘・逸子は、目賀田種太郎に嫁ぎ、

その関係から海舟は『律増甲乙之科以正澆俗 礼崇升降之制以極頽風』
(訳「法律は次々に多くの箇条を増加して人情の薄い風俗を矯正し、礼は挙措進退のきまりを尊重して頽廃した風俗を止めるものである」)
という言葉を贈り、常に専修学校学生を激励した実録も有名である。


@meets_tak
#SAGEGROUP 歴代や行
http://www.sagegroup.jp/rekidai.ya.htm

山縣 有朋
・(1838~1922)
・日本の政治家、軍人。幼名は辰之助、通称は小輔、後に狂介と改名。

明治維新後は有朋の諱を称した。晩年は陸軍のみならず政界の黒幕として君臨し、「日本軍閥の祖」の異名をとった。第3代、第9代内閣総理大臣。元老。位階勲等は元帥陸軍大将従一位大勲位功一級公爵。また、大英帝国のメリット勲章も受章している。


@meets_tak
山科 言縄
・(1835~1916)
・宮内省有職・伯爵
・江戸時代末期の公家。正二位伯爵。父は山科言成。明治17年の華族令で、伯爵に任ぜられた。装束などに精通。三男の言長は、分家杉渓家の祖


@meets_tak
山田 孝雄
・(1873~1875)
・国語学者。富山県富山市に山田方雄の二男として生れる。富山県尋常中学校を中退後、独学で小、中学校教員検定試験に合格、小、中学校教員をへて、

1907年(明治40年)文部省国語調査委員会補助委員、1920年日本大学講師、1921年日本大学文学部国語科主任、1925年(大正14年)東北帝国大学講師、1927年(昭和2年)同教授を歴任。1929年には「日本文法論」によって文学博士の学位を授与される。

1933年に退官後、1940年に神宮皇學館大學学長、1941年神祇院参与、同年肇国聖蹟調査委員、1944年に学術研究会会議会員、同年貴族院議員に勅撰、文部省国史編修官、1945年7月には国史編修院長、同年愛宕神社名誉宮司となる。


戦後公職追放された。1949年仙台市に移り、国語辞典の編修に専念、1953年に文化功労者、1957年、文化勲章を受章。また同年には富山市名誉市民にも推薦されている。

(や行は以上、ら行は無し)

渡辺 千秋
・(1843~1921)
・伯爵・宮内大臣
・明治・大正期の官僚・政治家。諏訪郡長地村(現在の長野県岡谷市)に諏訪高島藩士政徳の子として生まれる。楓関と号する。

生家は、長野県岡谷市長地芝宮に旧渡辺家住宅(長野県宝)として保存されている。明治維新後鹿児島県大書記官・北海道庁長官などを歴任。大久保利通の計らいで宮内省に奉職し、内蔵頭・宮内次官の後、1910年4月宮内大臣に就任する。
(SAGEGROUP歴代は以上)


@meets_tak #SAGEGROUP 歴代松平頼寿の補足。以下wiki。
〈松平 賴壽(まつだいら よりなが、明治7年(1874年)12月10日 - 昭和19年(1944年)9月13日)は、明治から昭和にかけての華族(伯爵)。〉


旧高松藩主松平頼聰の八男。母は正妻千代子(井伊直弼次女)。妻は徳川昭武(旧水戸藩主)の娘昭子。第10・11代貴族院議長、第8・10代大東文化学院総長などを歴任した。


学習院高等科から大隈重信に傾倒し、東京専門学校(現・早稲田大学)邦語法律科卒業後、明治41年(1908年)に貴族院議員に列して以来、一時中断(明治44年 - 大正3年、1911年 - 1914年)を挟んで30年以上にわたって議員を務めた。会派は扶桑会→甲寅倶楽部→研究会。


また、教育者としても活動し、本郷学園(本郷中学校・高等学校)を設立、文武両道のエリート教育を目指す。本郷区教育長も務める。

昭和11年(1936年)の日本競馬会発足に際しては初代理事長を務め、日本の競馬発展に寄与した人物でもあった。


昭和8年(1933年)、貴族院の正副議長は公爵・侯爵が就任するという慣例を破って副議長に就任し、4年後には議長の近衛文麿の内閣総理大臣就任に伴い、議長に昇格する。第8・10代大東文化学院総長を務めた。議長在任中に死去し、勲一等旭日大綬章に叙せられ、貴族院葬が行われた。
引用終わり


#SAGEGROUP 歴代、徳川達孝補足。以下ウィキより。

徳川達孝(とくがわ さとたか、慶応元年5月25日(1865年6月18日) - 昭和16年(1941年)2月18日)は、明治期から昭和にかけての宮中官僚・政治家。爵位は伯爵。
田安家第9代当主。田安徳川家第5・8代当主の徳川慶頼の四男。幼名は群之助。後に、徳川宗家を継承した兄の徳川家達から偏諱を与えられ達孝と名乗る。

来歴

兄・家達が徳川宗家を継承したこともあり、明治2年(1869年)4月5日、田安家の次期(第九代)当主候補として嫡子となる。明治9年(1876年)11月13日、父慶頼の死去により、家督を相続する。同年11月28日、元服する。

明治17年(1884年)7月7日、伯爵となる。明治22年(1889年)、ヨーロッパ視察を行う。明治30年(1897年)7月、貴族院議員となり、大正3年(1914年)6月6日に辞職する[1]。


侍従次長となり、皇后宮大夫事務取扱を大正4年(1915年)3月23日から大正5年(1916年)6月22日[2]まで兼務した。大正11年(1922年)3月22日、大正天皇の侍従長に就任し、昭和2年(1927年)3月3日に退任した。その他、学習院評議員・日本弘道会長を務める。

十五銀行の倒産以来、経済的に逼迫し、三田の屋敷を売却し、実兄家達の邸宅の別棟に暮らすようになった。なお、家扶の不正も原因の一つであった。

昭和12年(1937年)頃から徳川義親に家産の整理を相談し、債務の返済には成功したようである。その一環として、昭和13年(1938年)4月、屏風などの家宝の売りたてを行っている。正二位勲一等。昭和16年(1941年)没、77歳。

人物

華族として、主に宮中で活躍。侍従長に就任。謹厳な性格で知られる。 三田(現:東京都港区三田2丁目)の一角に邸宅を構えていたが、次第に野球に熱中。邸宅の広い庭園や築山を壊して泉水を埋め、運動場を造成した(徳川邸運動場)。

野球クラブ(ヘラクロス倶楽部)を組織。この運動場で新橋アスレチック倶楽部と対戦したといわれる。

系譜

・父:徳川慶頼(田安徳川家第五・八代当主)

・兄:徳川寿千代(田安徳川家第六代当主)

・兄:徳川家達(徳川宗家第十六代当主)

・弟:徳川頼倫(紀州徳川家第十五代当主)

・妻:鏡子(公爵徳川慶喜の長女)

・長女:須美子(伯爵溝口直亮夫人)
・次女:穀子(子爵土屋拳直夫人)
・三女:艶子(伯爵立花鑑徳夫人)
・四女:繡子(子爵徳川武定夫人)
・継妻:知子(公爵島津忠義の五女)
・長男:達成(伯爵・海軍技術大佐)
・五女:恵子(子爵大久保寛一夫人)
ウィキの引用は以上。

続いてhttp://www.rekishijin.jp/rekishijincalender/rekishijincalender201402/0218-2/ …より引用。


73年前の今日、大正天皇の侍従長を務めた徳川達孝(さとたか)が亡くなった。77歳。

慶喜の後、徳川宗家16代目の当主となった徳川家達(いえさと)の弟である。

達孝は田安徳川家第5・8代当主の徳川慶頼の四男として慶応元年5月25日(1865年6月18日)に生まれた。

父の慶頼は幕末の要人で、将軍・家茂の後見職を務めほどの人物であり、異母兄に越前藩主・松平慶永(春嶽)がいた。

そうしたなか、達孝の兄・家達が徳川宗家を継承したため、
自身は御三卿・田安家の養子となった。

明治9年には田安家の9代目・当主となる。
明治時代には伯爵や貴族院議員を務め、ヨーロッパ視察などを行なった。
大正11年(1922)大正天皇の侍従長に就任し、昭和2年(1927)まで務めた。

野球に熱中するあまり、宅の広い庭園や築山を壊して泉水を埋め、運動場を造成させるといった一面もある。

現在、孫で田安徳川家・第11代当主の德川宗英(むねふさ)氏は作家として活躍されている。

田安家の墓は寛永寺谷中墓地にある。

(引用終わり)

@meets_tak
秋月左都夫、ボーイスカウトのラインがでてきましたな。

#sagegroup
#大日本皇道立教会

以下、
秋月氏
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E6%9C%88%E6%B0%8F …
より引用。
秋月氏(あきづきし)は、日本の氏族の1つ。

出自

秋月氏の祖は、平安時代に伊予で反乱を起こした藤原純友を討伐した大蔵春実である。この功績により、春実は九州に所領を与えられ、大宰府の官人となって筑前に土着したと言われている。

鎌倉時代

平安時代後期から九州に土着した松浦氏や蒲池氏など他の豪族と同じく秋月氏も平家の家人だったが、源平合戦においては源氏方に与したため、鎌倉幕府の鎮西御家人となった。


しかし源頼朝からの信頼は薄く、頼朝の代官的意志を帯びて、鎮西御家人の抑えを含め守護として赴任してきた新参の少弐氏、島津氏、大友氏など東国御家人の傘下に置かれる。

この平安時代に九州に土着し平家方となっていた武家と、鎌倉幕府の意向を帯びて下ってきた少弐、大友、島津との関係が、その後の九州での勢力構造を形成する。幕府の意向を帯びた少弐、大友、島津は九州の三大名となり、元平家方の武家はその勢力下に置かれることになる。

南北朝時代

南北朝時代においては、九州に敗走してきた足利尊氏を迎え撃った多々良浜の戦いに、菊池氏の傘下で阿蘇氏、蒲池氏などと共に南朝(宮)方として戦い敗れる。

戦国時代

戦国時代に入ると、少弐氏の家臣となったが、少弐氏が大内義隆と争って敗れたため、大内氏の家臣となる。1551年に義隆が家臣の陶晴賢に殺された後は、豊後の大友氏の家臣となった。

しかし1557年、大内氏を滅ぼした毛利氏の勢力が北九州にまで進出してくると、当時の秋月氏の当主・秋月文種は大友氏から離反して毛利氏と手を結び、このため同年7月、文種は大友軍の猛攻に遭って討ち死にし、秋月氏は一時、滅亡してしまった。


豊臣時代

しかし文種の次男・秋月種実は毛利氏のもとに落ち延びて、やがて大友氏の衰退とともに再興を果たした。さらに島津義久と手を結んで大友氏に対して反抗し、一時期は筑前に六郡、筑後に四郡、豊前に一郡と推定36万石にも及ぶという広大な所領を築き上げ、秋月氏の最盛期を現出する。


1587年、豊臣秀吉の九州征伐では島津氏に属して豊臣勢に抵抗したが、もとより豊臣秀吉の敵ではなく、種実は名器・『楢柴肩衝』を献上することで降伏は許されたが、日向国高鍋に移封された。
―――


23rd 12月 2009
言論の不自由と狂気の証明【20091223】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/12/23/583
”ただ生かされてるだけという事態から離脱する事は、自ら死に近づく事と等しい。
それは世界中の善意から悪意を見つける事よりも、たやすい二元論の帰結である。
 
 
 
日本人の宇宙飛行士、しかも有名な人は少ない。
その人達は、年間の講演とかは5回や10回ではないだろう。
 
以前の記事で、「嘘つきしか宇宙飛行士になれない」と説明した。
 
15トンの月着陸船では、着陸するのと第二次宇宙速度に達するエネルギーを保持する事は出来ないし、ペラペラのアルミのモジュールの中で放射線に浸りながら3日間も月面で過ごし、大気がないのにゴルフボールをスライスさせる芸当を、地球から実況中継することなど不可能なのだ。
 
大事な事は、「この月に行った」という嘘を、宇宙飛行士の全員が、宇宙への夢を膨らます少年少女の前で、文字通り偉人の顔をして、ごまかし続けていること。

「月面から持って帰って来た石」という、第二宇宙速度と分子運動の関係から、大気が存在しない月面なのに、「なぜかその石は、地球にある石と同じ成分だ」というのを世界中の学者が言及できないでいる事実である。 

あの空気読めない、超常現象でよく出てくる大槻教授でさえ「月に行っていないとは言っていない、この石は普通に地球にある石と同じ成分と言ってるだけ」と、空気読みまくりで、つまりは、「学者の立場では、月に行ってないとは言えない」と、返答していたそうな。
 
これは、超常現象よりミステリーだ!!
 
 
ねえ、みんな「この人達は、今の地位、立場、職業を維持するためだけに、嘘を守ってる」と思ってないかな?
 
違うよ。対価は「死」だよ。
俺は、このブログを始めるために仕事をやめた部分もある。
前の職場で、「安く見られたので頭にきた(給料のことじゃないよ)」というのもあるけどね、業種や性格的には、自分にあってたし、それなりに信用されてたんだけど。
ただ、「尊敬するのは坂本竜馬」という上司に、自分の考えを説得する自信もなかったし。誰もが考えるように、言論の偽装した自由の手法は、職場に圧力が一番簡単だからね。
 
 
ぶっちゃけ、結構、年食った学者なんかが、信念とは真逆の嘘のために、仕事をやめられないとは、思わないわけよ。
これは俺の経験上の推測ね。開放されるって楽だもん。
とくに知能の高い人ほど、愚かな行為と自覚する事をしなきゃならないことほど、ストレスたまる事はないからね。
俺とは違って、ツテや貯蓄もあるだろうし。
 
 
で、こういう話すると、「支配者にとって都合のいい脅し」としての機能する記事でしかなくなっちゃうんだけど。

「後ろ手に縛られて自殺」とか、「頭を強打してるのに心不全の事故死」とか、「事情聴取中に警護をすり抜けて飛び降り」とか、「死んでるのに車庫入れ」とか、そういう数限りなくある話が出てきちゃうわけだけど。
最近は、ダンボールに入って列車に引かれて自殺だっけ?
 
こういうのも全部、1つの件で5人や10人単位以上で、「そうではない」ということを知ってる、理解してる当事者達がいるんだよ。
  
 
ね、狂気の世界だよ。
じゃあ、他の例を出してみるね。
 
俺のブログを、印刷プレビューをすると、1250ページになる。
まあ、タグや余計なもんを除くと、800ページぐらいかな?まあ、本一冊分ぐらいにはなる。
 
「たまに本を出してやろうか?」ぐらい思ってしまう時がある。

陰謀論をお金に変えたくはないけど、スピーカーとして一つ形を完成させるのも大事だからね。

結論から言うと、殺される可能性から出せない。
Googleアドセンスもアフィリもやってないし(やれないし)、レンタル鯖の個人情報さえ、自分に繋がるものは一切ないのは、同じ理由。
通名禁止法もないしね。
どこかの人みたく無断でブログ消されないように無料ブログじゃなくて、レンタル鯖を借りてるけど、WEBマネー決済だしね。
ただ、個人情報は完全に隠避する事は不可能だから、自分が生きてるのも「裏切り者」じゃないからなのかな?と思うのだが。
ブログでコソコソやってるだけだから許されるのかな?

お金を批判して、金に変えたくないも本音だし、それで武装することで、他の論者を捕まえて「俯瞰でみたら、おまえやってるのは金儲けだろ」と言えば、反論できようがないからね。
 
ただ、それでもブログなんて、いつまで続くかわからないし、残るように本を出したくなるわけ。
ただ、それをやったらアウトだと思うけどね。
 
そこらへんを説明しようか。
 
 
自分のブログのメインのネタとして「天皇すり替え」「南朝の天皇=百済などの朝鮮半島の関係」みたいな話がある。
この天皇すり替えで、殺される事は簡単に説明がつく。
 
 
天皇すり替えについて言及してる人は少ない。

(故)鹿島昇、中丸薫(自称、明治天皇の孫だっけ?)、鬼塚英昭(天皇のロザリオ)、・・・・。
元宮内大臣田中光顕氏の告白として、三浦芳堅著『徹底的に日本歴史の誤謬を糾す』(廃版・国会図書館にはあるらしい)というのもあるわけですが。

案外、天皇すり替えだけで本を書いた場合、セーフのような気がしますが、南朝、北朝、2つの五箇条のご誓文、在日特権、ここまで絡めた場合、完全に殺されるでしょうね。
元信者の統一教会の暗部程度で『必ず』刺されますが、さらにその奥ですから。日本の根幹です。
 
 
ここで、「SAGE GROUP」に登場してもらいますか。
 
http://homepage3.nifty.com/unr/
 
 
論者をあげると、ベンジャミン・フルフォード(SAGE GROUP、UNI代表役員[United Nations Infomation=国際情報連盟])その知人数名、苫米地英人(UNS UNR UNE 役員 SAGE GROUP 特別顧問)、新風の副代表、瀬戸 弘幸(UNHUNGOA 役員)、中丸 薫(UNE〔国際環境科学技術協力機構〕名誉顧問)、右翼の番頭、朝堂院大覚こと松浦良右(UNR最高顧問)・・・。
 
これ、全部SAGEグループね。
まだまだ、すごいぞ。
紅卍字会、サイエントロジー、自民党議員の元秘書からいろんな単語が並ぶ。
右翼の番頭から、左翼系論者が多数、文字通り右も左もごちゃ混ぜで、すごいメンツである。
石油屋VS原子力屋という商品名の違い、今までのブログで説明して来た、それぞれの思想の違いを理解していないと、「全部同じ」として自暴自棄に判断してしまうのもわかる気がするが。
 
 
さて、SAGEグループこれは何か?ということになる。
 
発起人に大隈重信なんて名前もあがっているが、これ「大日本皇道立教会」が母体だよ。
だから3代までしか載ってないけど、総統、副総統が大日本皇道立教会の会頭なの。
 
当ブログなら、目にした事がある単語でしょ。
そそ、創価学会の母体ともなった、「南朝を正統とし、その皇道に沿った教育を行う」ための機関、それが大日本皇道立教会。
それに、ベンジャミン・フルフォード、中丸薫を含む左翼系論者が入ってるの。
 
 
天皇すり替え説をもう一度おさらいしてみよう。
 
まず、この大日本皇道立教会という南朝のための機関と同に入ってる、中丸薫、そして新羅崇拝という部分がある南朝族、故、鹿島昇。
そして、その鹿島氏の本を引用してるのに、あくまでも大室寅之祐=単なる部落出身ですり替えたという理論にとどまっている、ホロコースト肯定の鬼塚英昭。
 
 
天皇教のロザリオその2 feat 鬼塚英昭【20090129】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/01/29/163
 
そういうこと、だからこういう南朝の組織に入ってる事実は見当たらないけど、大室寅之助が部落出身という主張=南朝に配慮してるのが鬼塚氏なの。
 
中丸薫は南朝機関に属してるし、全部、南朝に配慮した人達しかいないわけである。
ね、鬼塚氏がぼかす、天皇=南朝だけでなく、北朝=高句麗(中丸薫はこう言及してる)と言う内容を、本に出したら、どうなるか考えてみて。
「南朝の五箇条=すり替えられた天皇賛美」、「北朝の五箇条=在日特権」という図式を、こういう組織に属さない一般人が言及する場合は、殺される可能性が高いと言うこと。
 
 
だから、存在していないの。簡単でしょ?
天皇体制のできあがった昔、当時の朝鮮半島を支配していた「高句麗」と日本の関係が書かれてるのは、騎馬民族征服論みたいに捻った話ぐらいだからね。

右左が「南朝のためだけの機関」に存在してるってことを、考えてごらん。
「現実の社会を肯定しろ」とでも言うように、「芸能人にタトゥで忠誠を誓わせる」のと同じように、多かれ少なかれ、いろんな人は、こうやって管理されるのさ。
ベンジャミン・なんてその典型だろうね。
 
 
それは、誰一人「創価学会=南朝正統機関の仏教部」とは言わないのと同じこと。
 
その反創価をきどっていたベンジャミン・フルフォードが「SAGEグループ」という、南朝天皇の崇拝機関にいるという、下らん図式もね。
創価学会と同じ物に属してるんだから、反創価ができるわけなかろう。
それを、やってる本人が気づいてないってことはないんだよ。
 
ほら、副島、反ロスチャイルド、ベンジャミン本人、ベンジャミンと昔は連携してたリチャード・コシミズ。
国内の事はスルーか、片側だけを突付く馬鹿ばかりだ。
で、ここで名前が出て来た人もたすと、中丸薫、苫米地英人。

ね、統一教会や創価学会、単なるその反逆者のリークより、危険度は高いでしょ?
アンタッチャブルを叩けるのは、いつだってアンタッチャブルなのだ。
 
 
 
この世界で自分で考えて生きる事は、飼われていた奴隷の檻から出る事に等しい。
危険な世界である。
よって、自分の近くに「死を臭わせる空気」が存在してる事に気づくはず。
飼われてた犬が、野良になって生きるのと同じである。車に引かれるぐらいの可能性で危険が存在してるってだけさ。
そりゃあたりまえだね。
 
 
ま、自分のすぐそばにいる死を見つめ続けることが生きることなんだろう。
どんな狂気よりも冷静に。
負けたくないから、こうやって書くんだけどね。
無駄死にはしたくないけど、狂気の証明を探してしまう。

そういうわけで、嘘を続けることを強制された人達は、言論の裏側にある「死」を意識してしまってるんだろうと思うわけ。
 
 
狂気の世界で生きるためには、いろんな狂気が必要だな。
だから社会だけでなく、個人個人が、狂気で身を守ろうと武装する。
俺の狂気は、特殊ではないと思うんだけど・・・・。

怖いかい?怖いなら奴隷じゃなくなった証拠さ。

明らかに怪しい事故死、自殺などの話を聞いても、まだ心のどこかで「怖くない」と思ってる方は、全てを忘れて、「外の世界を探さない事」をオススメする。
 
 
と、こんな事を書いておいて、そろそろ社会復帰を考えていたりする俺だった。
 
「この数年間、あなたは何をやってきたのですか?」と求職の面接で聞かれたらたら、「その返答には、命を賭ける必要がある」と、正直に答えなきゃならないのか。”




言論の不自由と狂気の証明【20091223】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/12/23/583
”ただ生かされてるだけという事態から離脱する事は、自ら死に近づく事と等しい。
それは世界中の善意から悪意を見つける事よりも、たやすい二元論の帰結である。
 
 
 
日本人の宇宙飛行士、しかも有名な人は少ない。
その人達は、年間の講演とかは5回や10回ではないだろう。
 
以前の記事で、「嘘つきしか宇宙飛行士になれない」と説明した。
 
15トンの月着陸船では、着陸するのと第二次宇宙速度に達するエネルギーを保持する事は出来ないし、ペラペラのアルミのモジュールの中で放射線に浸りながら3日間も月面で過ごし、大気がないのにゴルフボールをスライスさせる芸当を、地球から実況中継することなど不可能なのだ。
 
大事な事は、「この月に行った」という嘘を、宇宙飛行士の全員が、宇宙への夢を膨らます少年少女の前で、文字通り偉人の顔をして、ごまかし続けていること。

「月面から持って帰って来た石」という、第二宇宙速度と分子運動の関係から、大気が存在しない月面なのに、「なぜかその石は、地球にある石と同じ成分だ」というのを世界中の学者が言及できないでいる事実である。 

あの空気読めない、超常現象でよく出てくる大槻教授でさえ「月に行っていないとは言っていない、この石は普通に地球にある石と同じ成分と言ってるだけ」と、空気読みまくりで、つまりは、「学者の立場では、月に行ってないとは言えない」と、返答していたそうな。
 
これは、超常現象よりミステリーだ!!
 
 
ねえ、みんな「この人達は、今の地位、立場、職業を維持するためだけに、嘘を守ってる」と思ってないかな?
 
違うよ。対価は「死」だよ。
俺は、このブログを始めるために仕事をやめた部分もある。
前の職場で、「安く見られたので頭にきた(給料のことじゃないよ)」というのもあるけどね、業種や性格的には、自分にあってたし、それなりに信用されてたんだけど。
ただ、「尊敬するのは坂本竜馬」という上司に、自分の考えを説得する自信もなかったし。誰もが考えるように、言論の偽装した自由の手法は、職場に圧力が一番簡単だからね。
 
 
ぶっちゃけ、結構、年食った学者なんかが、信念とは真逆の嘘のために、仕事をやめられないとは、思わないわけよ。
これは俺の経験上の推測ね。開放されるって楽だもん。
とくに知能の高い人ほど、愚かな行為と自覚する事をしなきゃならないことほど、ストレスたまる事はないからね。
俺とは違って、ツテや貯蓄もあるだろうし。
 
 
で、こういう話すると、「支配者にとって都合のいい脅し」としての機能する記事でしかなくなっちゃうんだけど。

「後ろ手に縛られて自殺」とか、「頭を強打してるのに心不全の事故死」とか、「事情聴取中に警護をすり抜けて飛び降り」とか、「死んでるのに車庫入れ」とか、そういう数限りなくある話が出てきちゃうわけだけど。
最近は、ダンボールに入って列車に引かれて自殺だっけ?
 
こういうのも全部、1つの件で5人や10人単位以上で、「そうではない」ということを知ってる、理解してる当事者達がいるんだよ。
  
 
ね、狂気の世界だよ。
じゃあ、他の例を出してみるね。
 
俺のブログを、印刷プレビューをすると、1250ページになる。
まあ、タグや余計なもんを除くと、800ページぐらいかな?まあ、本一冊分ぐらいにはなる。
 
「たまに本を出してやろうか?」ぐらい思ってしまう時がある。

陰謀論をお金に変えたくはないけど、スピーカーとして一つ形を完成させるのも大事だからね。

結論から言うと、殺される可能性から出せない。
Googleアドセンスもアフィリもやってないし(やれないし)、レンタル鯖の個人情報さえ、自分に繋がるものは一切ないのは、同じ理由。
通名禁止法もないしね。
どこかの人みたく無断でブログ消されないように無料ブログじゃなくて、レンタル鯖を借りてるけど、WEBマネー決済だしね。
ただ、個人情報は完全に隠避する事は不可能だから、自分が生きてるのも「裏切り者」じゃないからなのかな?と思うのだが。
ブログでコソコソやってるだけだから許されるのかな?

お金を批判して、金に変えたくないも本音だし、それで武装することで、他の論者を捕まえて「俯瞰でみたら、おまえやってるのは金儲けだろ」と言えば、反論できようがないからね。
 
ただ、それでもブログなんて、いつまで続くかわからないし、残るように本を出したくなるわけ。
ただ、それをやったらアウトだと思うけどね。
 
そこらへんを説明しようか。
 
 
自分のブログのメインのネタとして「天皇すり替え」「南朝の天皇=百済などの朝鮮半島の関係」みたいな話がある。
この天皇すり替えで、殺される事は簡単に説明がつく。
 
 
天皇すり替えについて言及してる人は少ない。

(故)鹿島昇、中丸薫(自称、明治天皇の孫だっけ?)、鬼塚英昭(天皇のロザリオ)、・・・・。
元宮内大臣田中光顕氏の告白として、三浦芳堅著『徹底的に日本歴史の誤謬を糾す』(廃版・国会図書館にはあるらしい)というのもあるわけですが。

案外、天皇すり替えだけで本を書いた場合、セーフのような気がしますが、南朝、北朝、2つの五箇条のご誓文、在日特権、ここまで絡めた場合、完全に殺されるでしょうね。
元信者の統一教会の暗部程度で『必ず』刺されますが、さらにその奥ですから。日本の根幹です。
 
 
ここで、「SAGE GROUP」に登場してもらいますか。
 
http://homepage3.nifty.com/unr/
 
 
論者をあげると、ベンジャミン・フルフォード(SAGE GROUP、UNI代表役員[United Nations Infomation=国際情報連盟])その知人数名、苫米地英人(UNS UNR UNE 役員 SAGE GROUP 特別顧問)、新風の副代表、瀬戸 弘幸(UNHUNGOA 役員)、中丸 薫(UNE〔国際環境科学技術協力機構〕名誉顧問)、右翼の番頭、朝堂院大覚こと松浦良右(UNR最高顧問)・・・。
 
これ、全部SAGEグループね。
まだまだ、すごいぞ。
紅卍字会、サイエントロジー、自民党議員の元秘書からいろんな単語が並ぶ。
右翼の番頭から、左翼系論者が多数、文字通り右も左もごちゃ混ぜで、すごいメンツである。
石油屋VS原子力屋という商品名の違い、今までのブログで説明して来た、それぞれの思想の違いを理解していないと、「全部同じ」として自暴自棄に判断してしまうのもわかる気がするが。
 
 
さて、SAGEグループこれは何か?ということになる。
 
発起人に大隈重信なんて名前もあがっているが、これ「大日本皇道立教会」が母体だよ。
だから3代までしか載ってないけど、総統、副総統が大日本皇道立教会の会頭なの。
 
当ブログなら、目にした事がある単語でしょ。
そそ、創価学会の母体ともなった、「南朝を正統とし、その皇道に沿った教育を行う」ための機関、それが大日本皇道立教会。
それに、ベンジャミン・フルフォード、中丸薫を含む左翼系論者が入ってるの。
 
 
天皇すり替え説をもう一度おさらいしてみよう。
 
まず、この大日本皇道立教会という南朝のための機関と同に入ってる、中丸薫、そして新羅崇拝という部分がある南朝族、故、鹿島昇。
そして、その鹿島氏の本を引用してるのに、あくまでも大室寅之祐=単なる部落出身ですり替えたという理論にとどまっている、ホロコースト肯定の鬼塚英昭。
 
 
天皇教のロザリオその2 feat 鬼塚英昭【20090129】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/01/29/163
 
そういうこと、だからこういう南朝の組織に入ってる事実は見当たらないけど、大室寅之助が部落出身という主張=南朝に配慮してるのが鬼塚氏なの。
 
中丸薫は南朝機関に属してるし、全部、南朝に配慮した人達しかいないわけである。
ね、鬼塚氏がぼかす、天皇=南朝だけでなく、北朝=高句麗(中丸薫はこう言及してる)と言う内容を、本に出したら、どうなるか考えてみて。
「南朝の五箇条=すり替えられた天皇賛美」、「北朝の五箇条=在日特権」という図式を、こういう組織に属さない一般人が言及する場合は、殺される可能性が高いと言うこと。
 
 
だから、存在していないの。簡単でしょ?
天皇体制のできあがった昔、当時の朝鮮半島を支配していた「高句麗」と日本の関係が書かれてるのは、騎馬民族征服論みたいに捻った話ぐらいだからね。

右左が「南朝のためだけの機関」に存在してるってことを、考えてごらん。
「現実の社会を肯定しろ」とでも言うように、「芸能人にタトゥで忠誠を誓わせる」のと同じように、多かれ少なかれ、いろんな人は、こうやって管理されるのさ。
ベンジャミン・なんてその典型だろうね。
 
 
それは、誰一人「創価学会=南朝正統機関の仏教部」とは言わないのと同じこと。
 
その反創価をきどっていたベンジャミン・フルフォードが「SAGEグループ」という、南朝天皇の崇拝機関にいるという、下らん図式もね。
創価学会と同じ物に属してるんだから、反創価ができるわけなかろう。
それを、やってる本人が気づいてないってことはないんだよ。
 
ほら、副島、反ロスチャイルド、ベンジャミン本人、ベンジャミンと昔は連携してたリチャード・コシミズ。
国内の事はスルーか、片側だけを突付く馬鹿ばかりだ。
で、ここで名前が出て来た人もたすと、中丸薫、苫米地英人。

ね、統一教会や創価学会、単なるその反逆者のリークより、危険度は高いでしょ?
アンタッチャブルを叩けるのは、いつだってアンタッチャブルなのだ。
 
 
 
この世界で自分で考えて生きる事は、飼われていた奴隷の檻から出る事に等しい。
危険な世界である。
よって、自分の近くに「死を臭わせる空気」が存在してる事に気づくはず。
飼われてた犬が、野良になって生きるのと同じである。車に引かれるぐらいの可能性で危険が存在してるってだけさ。
そりゃあたりまえだね。
 
 
ま、自分のすぐそばにいる死を見つめ続けることが生きることなんだろう。
どんな狂気よりも冷静に。
負けたくないから、こうやって書くんだけどね。
無駄死にはしたくないけど、狂気の証明を探してしまう。

そういうわけで、嘘を続けることを強制された人達は、言論の裏側にある「死」を意識してしまってるんだろうと思うわけ。
 
 
狂気の世界で生きるためには、いろんな狂気が必要だな。
だから社会だけでなく、個人個人が、狂気で身を守ろうと武装する。
俺の狂気は、特殊ではないと思うんだけど・・・・。

怖いかい?怖いなら奴隷じゃなくなった証拠さ。

明らかに怪しい事故死、自殺などの話を聞いても、まだ心のどこかで「怖くない」と思ってる方は、全てを忘れて、「外の世界を探さない事」をオススメする。
 
 
と、こんな事を書いておいて、そろそろ社会復帰を考えていたりする俺だった。
 
「この数年間、あなたは何をやってきたのですか?」と求職の面接で聞かれたらたら、「その返答には、命を賭ける必要がある」と、正直に答えなきゃならないのか。”


閉塞死の正体 その2【20121203】
http://www.mkmogura.com/blog/2012/12/03/1241
”前回の続きだ。
もう一度、考えてほしい。

誰もがわかってるのに、なぜか目を伏せてしまっていること。
 
 
今、日本のこの状況は、レールに乗せられているのか?

明確なことじゃないか。
 
 
「レール=誰かに操られている」のなら、同じ結論に向かう以上、世の中にあるものは「Aと、矛盾した逆のBになるはず」であると。
 
誰にだって思想はあるし、すべての行動は感情からである。
しかし、感情だけの対立に騙されてはいけない。

選挙でもわかることだが、二元論なんてわかってるという人でも、これからTPPのことや増税のことで、「どっちかの2択」を選べ、投票しろ、つまり「行動の強制へ」と進まされてしまうだろう。
 
 
感情では対立しても、行動では同じ方向へ進まされる。
 
 
そこには行動の制限、「選択肢のなさ」という一番の問題があるからだ。
ただ単に、「結果をともなう行動=選択肢」がそこには無いのである。
 
 
何かを振り返ったり、反省するときは、行動と結果の部分だけを見て問題点を見つけなさい。
誰かに何かを期待するときは、理念を捨てて、これも行動だけに期待をしなさい。
 
悩むのは「選択」までであって、「その選択の先の行動」にかかわる部分は一切、悩まないようにしなさい。
その先にある、純粋な「行動と結果」、それだけの関係が浮かび上がっってくることができて、理由が見えるのだから。
その行動を選択をさせた感情を、結果に関連付けて、混同させたままでは、それが見えないから。
 
ここらへんテストに出すよ~!!!
 
 
そういえば、「戦後史の正体」という本を、だいぶ前に読んだ。
 
はっきりいってゴミであった。
アメリカからの圧力というもので、元外交官が語っているが、具体的な統一教会というものの単語が、一切出てこなかったからだ。
この本もそうだ。
本の中で、田中角栄や岸信介、まるで理念が結果を導いたように錯覚させ、実際に重要な手法、具体的な行動、統一教会や街宣朝鮮右翼などの圧力とかの話が、具体性どころか単語すら一切、出てこない。
だから、ゴミなのだ。
 
だいたい、ロックフェラーなどとGHQ情報参謀2部、憲法とGHQ民政局などの話をしたのは、俺が日本で最初であるわけで。
 
左翼的な反米、つまりロスチャイルドより。GHQ民政局側だけを、この「戦後史の正体」では、対米自立派などと呼んでいるが、「憲法を作ったアメリカの手先」でしかないことは、簡単で明確なわけで。
だから誰もGHQとロス茶、ロックの区分けの話をできなかった。
それは、それを記すことで、誰の手先か簡単に露呈しちゃうから。
 
もうひとつの手先、それでは最終的に何も期待はできない。
それは、Jロックェラーの手先である小沢もそうだ。
 
小沢も、今までは「対立軸を作ることによって、その中で優位な条件を引き出す」という、昔の日本の政治家の手法にのっとって、「何とかしたかった」という部分は、自分としても考慮してもいい、考慮してたと思っている。
それに対しての、東京地検特捜部とかの小沢疑獄事件なわけで。
 
しかし、逆に今までのことで、もう、小沢からの反撃はないと、東京地検特捜部も、内閣府の記者クラブ中の人も理解しちゃってるわけで。
 
もう「小沢は、最後の最後の一番重要な所で、完全にコウベをたれる=負ける」と、アメリカ及び、日本の右翼CIAに馬鹿にされたまんまであるわけ。
そうである以上、足元見られているどころか、2本のレールの片割れ、「便利なやつ」に過ぎないわけで。
 
 
最後の最後で逃げる。だから使い勝手がいい。
矛盾したB(反米)そのまんまである。
そういう意味では、昔の対立軸は、今の小沢や亀井には当てはまらない。
 
結果だけ見れば、ガス抜きとしてだけ機能し、何もしなかったという結論だけが、これから明確になっていくだろう。
以前の政権交代のときと「同じように」、もしくはそれ以上に。
 
 
 
悲しいことに、理念や正義なんてものは、世の中に何の意味も持たない。
しかし、それでも人は感情なしでは、何も行動はできない。
 
人の感情というものは「行動以前の選択までしか持ち込めない」というものかもしれない。
 
物事は純粋に「行動と結果」で見なければならないからだ。
 
 
「悩み、迷い、苦しみ・・・」、障害があり、そこから初めて生まれる意識のかたまり。
人はそれを理念や思想という言葉を当てる。
感情というものが、「選択までしか持ち込めない」というのなら、「理念というものに、唯一繋がったままでいられる行動」というのは、『新しい選択肢を作る』ことだけなのかもしれないね。
 
レールの上に乗っていることを知り、目の前に2本のレールであることを知ると、人はあまりにもの閉塞感をうけて足を止めてしまう。
 
だめです、理念があるのなら、だからこそ、選択肢を増やしなさい。
決めたら、その先に迷いは無いのだから。

2択を強制されそうなときは、立ち止まって、矛盾した対立であるかを考えましょう。難しいようで簡単に、実は同じところに連れて行かされるレールなのだから。
だから、それではない選択肢を作るのだ。”

読者に感謝!(韻を踏んだ)
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