読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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ギリシア語勉強中 

随時工事中

文字と音を結びつける 文字と音と意味を無視びつける単なる意味不明な音や記号を意味に結びつけることが言語学習。
画像検索を利用して単語を覚える。
実地で言葉を使うと覚えられるのは場面の画像も記憶しているからだろうね。


古典ギリシャ語なのでシュリーマン方式で行くか
覚えないといけない四天王
①格変化
②規則助詞
③不規則動詞
④模範的作品(一冊以上丸ごと)
①~③はどの言語でも覚えないといけません。効率性をあれほど重視したシュリーマンが必須と言っているので①~③は覚えましょう。まともな文法書なら最初のほうに出てきます。
英訳だと the declensions
(語形変化、屈折 、名詞・代名詞・形容詞の数・性・格による変化)
and the verbs(動詞)
になっているみたいですから、原文では格変化と動詞を覚えることは必須になっているっぽいです。
「あまりによく使われる基本語は不規則変化になる」(やたら短くなるなど)ので記憶は必須。


『古代ギリシャのリアル』の著者の藤村シシン@s_i_s_i_n 個人的なおすすめルート

【1】『古典ギリシア語のしくみ』植田かおり
(文法書未満の優しい古代ギリシャ語解説書で読み物として面白い)
→【2】『ギリシア語入門』田中&松平
(攻守ともにバランスがいいが、問題集に解答がないので独習者向けじゃない)
/【3】『古典ギリシア語入門』池田黎太郎(※併用)
(活用表が見やすく実践的に使える)
→【4】『ギリシア語文法』高津春繁
(方言、時代ごとの文法変化にも対応した本)

植田かおり『古典ギリシア語のしくみ』




国会図書館のカウンターに掲げられているのがギリシア語のヨハネの福音書の言葉。
国会図書館もやはりキリスト教支配だと実感。

俳優座劇場(はいゆうざげきじょう、Haiyuza Theater)
” 俳優座劇場(はいゆうざげきじょう、Haiyuza Theater)は、東京都港区六本木四丁目にある民営劇場である。

劇団俳優座の創立10周年事業として1954年4月20日に開場した。それまで新劇公演の中心的な劇場であった三越劇場の夜間興行中止を受けて、俳優座の千田是也・小沢栄太郎・東野英治郎・東山千栄子ら同人たちが、新劇のための劇場を自らの手で創りたいという理想を抱いて設立した。こけら落としは、劇団俳優座第26回公演、アリストパネス作の『女の平和』とマルシャーク作『森は生きている』であった。
(…) 客席階段の壁画
ギリシア喜劇の人物像のレリーフがあり「汝は人間である。つねにそのことを自覚して忘れるな。」と刻まれている(土方久功作)。改築前の旧・俳優座劇場では、劇場正面入り口に掲げられていた。”
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%B3%E5%84%AA%E5%BA%A7%E5%8A%87%E5%A0%B4

哲学科の鶴丸国永bot ‏@tetsu_tsuru 11月11日
もし時間があるなら国会図書館へ行くのはどうだ?東京本館、関西館、国際こども図書館の3つがある。その理念はヨハネによる福音書8:32に由来していて、ギリシア語で「Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ」、「真理が我らを自由にする」だ。カウンター上に刻まれているぞ

カ?ルピス ‏@calpistime 2013年11月9日
国会図書館入って正面のカウンターには、日本語とギリシア語でそれぞれこう書かれてます。『真理は我らを自由にする』。図書館戦争の後書きでもネタになってたような気がしますが、この言葉は全ての学ぶ人のためにあるのだろうなあ、と常々思います

梅谷 武 ‏@enakalle 6月4日
Veritas vos liberabit. 真理はあなたたちを自由にするであろう。 <ヨハネによる福音書にあるイエス・キリストの言葉。国会図書館本館中央カウンターの上に掲げてあるギリシア語銘文のラテン語訳。 https://twitter.com/latinlanguage/status/738883987792363521 …

2013-12-16 日本の国立の建物にギリシア語の聖句
http://d.hatena.ne.jp/shirasagikara/20131216

はつし、時々ちゅうや ‏@hatsushi_Chuya 2月24日
ギリシア語聖書に出てくる「偽善者」の語源は、俳優という意味なのだけれども、日常生活では少なからず役割に沿って演技することが求められる。 「役割に気持ちが込められないので、偽善者(俳優)にならないように、素でいます」なんて態度は幼稚だが、大人という偽善者になりやすい立場も辛い。


古典ギリシア語のしくみ (言葉のしくみ)
http://daruyanagi.jp/entry/2015/05/22/003835

CDエクスプレス 古典ギリシア語

著者:荒木 英世 単行本:179ページ 出版社:

エル「ピ」ゾー 望む
エル「ピ」ス 望み
όνομα オノマ 名前
ὕδωρヒュドール 水
οἶνος オイノス ワイン
ヌース 理性
ヒュイ「オ」ス 息子
エウ よく
ὠδή オー「デ」― 抒情詩、歌
ボー「モ」ス 犠牲台
「ビ」オス 命
ゲー 大地
レゴー 言う
ディケー 正義
アデル「ポ」ス 兄弟
ゾーオン 動物
テ「オ」ス 神
カイ そして
カロース よく
メリ ハチミツ
リザ 根
ソポース 賢く
プセウドー 騙す
αγγελος アンゲロス 使者
スフィンクスΣφίγξ スピンクス
サルピンクス らっぱ
オムパロス へそ
Ἡμέρα ヘー「メ」ラー 昼間、日
ヒュプノス 睡眠
リュトゥモス リズム
ロドン 薔薇
「ピ」ロス 友人
ヘル「ラ」ス ギリシア
アグノイア 無知
エル「ガ」ゾマイ 働く、作る
ドクサ 名誉
オイコス 家
ガラ 牛乳は
ガラクトス 牛乳の
「ベ」ロス 矢
ヒストリア 物語
エイス(エス) ~の中へ
エン ~において
エク(エクス)~から

(格言は覚えたくなる文章なので語学学習向きであり、知恵もつくから一石双頭のワシ。)

Αναχαρσις
アナカルシス 紀元前六世紀のスキタイ(黒海北岸一帯の国)の賢人
ψυχης γαρ οργανον το σωμα, θεου δ' ή ψυχη.
プシューケース 魂の
ガル すなわち、まことに
オルガノン 道具である
ト ソーマ 中性単数冠詞 体
テウー 神の
デ そして
ヘー プシューケー  女性単数定冠詞 魂は
すなわち体は魂の道具であり、魂は神の(道具である)。

Σοφοκλης ソポクレース
χρονος γαρ ευμαρης θεος.
まことに時は優しい神である。
エウマレース 優しい

Αισωπος アイソーポス
τα παθηματα τοις ανθρωποις μαθηματα.
τα παθηματα τοιs ανθρωποιs μαθηματαタ パテーマタ 中性複数定冠詞 災難は
トイス 男性複数与格定冠詞
(~へ、とって、のために、のときに、一部前置詞の目的語)
マテーマタ 災難
災難は、人間たちにとって学問である。

単数形だとパテマとマテマ。
(逆さまのパテマってこれが由来カモ。
ギリシアがらみで災難といえば
見た目だけいいバカ女パンドラ)


語尾による名詞の性別の分類
男性名詞アース、エース、オス
女性名詞アー、ア、エー、オス
中性名詞オン、マ、オス



∸――



活用をひたすら唱えて覚えるのは愚策。

01. ギリシャ語 ω動詞の現在直説法能動相の変化
http://greeklatin.blogspot.jp/2014/05/01.html
のブログは覚えやすくするための語呂合わせがのっていて、他の記事も必見。

古典ギリシア語入門 3 ω動詞
http://www.nicovideo.jp/watch/1331405038

古典ギリシア語入門 4 語尾が長母音のαで終わる名詞
http://www.nicovideo.jp/watch/sm18416269



ジェレミー・ダフ『エレメンツ 新約聖書ギリシャ語教本 増補改訂版』新教出版社
エレメンツ 新約聖書ギリシャ語教本 増補改訂版
The Elements of New Testament Greek



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新約聖書ギリシア語入門 単行本 – 2004/12/21
大貫 隆 (著)

エレメンツ 新約聖書ギリシャ語教本 増補改訂版

著者:ジェレミー・ダフ/翻訳:浅野 淳博 ペーパーバック:267ページ 出版社:新教出版社
The Elements of New Testament Greek

著者:Canon Dr Jeremy Duff 単行本:260ページ 出版社:Cambridge University Press; 3版
上記の訳書の原著
エレメンツ 新約聖書ギリシャ語教本 増補改訂版 単行本 – 2016/3/31
ジェレミー ダフ (著), Jeremy Duff

The Elements of New Testament Greek (英語) ペーパーバック – 2005/4/14
David Wenham (はしがき), Canon Dr Jeremy Duff
の翻訳らしい。翻訳されるほどだからプロパガンダか良書か両方かなのでしょうね
四回厚塗り法やるならこの本の役を比べながらやるのはどうか英語とも童子だな
翻訳では致命的な間違いがあるかもしれんし
勉強したいかつあるい程度読める言語で開設された別言語の入門書で勉強
ドイツ語でヘブライ語の文法書とか 私にはできませんが 英語が今は限界だなあ 
中国語は日本語のがいいでしょうね かけ離れていない言語での解説がいいよね


∸――

【古典ギリシア語】葵ちゃんが活用するだけ【παιδευω】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm30392840


野口誠『聖書ギリシア語 四週間』(いのちとことば社)



"ギリシア語には「愛」と訳できる単語が4つある。
アガペー、フィリア、エロス、ストルゲー。
フィリアは友情。エロスは男女の恋愛、ストルゲーは親子の愛。
聖書に出てくる「(神の)愛」とはギリシア語のアガペーだ。
そしてこのアガペーが意味するのは
「愛には値しないものを愛する愛」
(聖書ギリシア語四週間 野口誠著 いのちのことば社 p22)

どれだけ人間をカス扱いしてんだか?"
http://codetripleseven.blogspot.jp/2016/07/knznymmmy9.html
knznymmmyのラテン語ペラペラプロジェクト9


新約聖書ギリシア語初歩

著者:土岐 健治 単行本:231ページ 出版社:教文館
聖書ギリシア語入門

著者:野口 誠 単行本:191ページ 出版社:いのちのことば社




支配層に都合がいい定義に従う教え=イルミナティ、メーソン、ユダヤ、悪魔崇拝の定義を示さない陰謀論は偽。大西英文『はじめてのラテン語』、谷内意咲『今日から読めるヘブライ語』。外国語学習に役立つものまとめ。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-124.html

ハインリヒ・シュリーマン(Heinrich Schliemann) これが語学修得法!
http://icee-eigojuku.blogspot.jp/2004/07/blog-post.html
”(1) 大きな声でたくさん音読する。
(2) ちょっとした翻訳をする。
(3) 毎日一回は授業を受ける。
(4) 興味のある対象について常に作文を書き、先生の指導で訂正する。
(5) 前日になおした文章を暗記して、次回の授業で暗誦する

 これは基本的にどのような言語にも適用できると思われる。


シュリーマンがやったこと(「古代への情熱」より)

(i) 英語の場合、英国教会の礼拝式に行き説教を聞き、その一語一語を真似た。
(ii) 常に本を手にもって暗記した。
(iii) 夜は日中に覚えたものを頭の中で反復した。
(iv) ロシア語の場合、先生をしてくれるロシア人はいなかったため、自習し、「テレマコスの冒険」を誰かに話して聞かせれば進歩が早くなると思い、貧しいユダヤ人を雇い、毎晩その男に2時間ロシア語の朗読を聞かせた。
(v) 現代ギリシャ語の場合、「ポールとビルジニー」のギリシャ語版とフランス語原文を比較し、単語と文法を覚えた。辞書を引くような時間の無駄はしなかった。
(vi) 古典ギリシャ語の場合、
格変化、規則助詞、不規則動詞だけ覚え、あとは古典書物から覚えた
「すべての子供たちがギュムナージウムで8年間ずっと、いや、ときにはもっと長い間、退屈な文法規則に悩み苦しんだあげく、ギリシャ語の手紙を一通書けば、何百ものひどいまちがいを犯さずにはすまないことを私は見てきていたから、学校で行われている勉強法はまったくまちがっていると考えざるをえなかったのだ。私の考えでは、ギリシャ語文法の根本的知識は、実地練習、つまり
古典の散文を注意深く読むことと模範的作品を暗記することだけで身につけることができる。私はこのきわめて簡単な方法に従って、古典ギリシャ語を生きた言語のように学習したのである。だから私は、決して言葉を忘れることなく、完全にすらすらと書き、どんな対象についてもらくらくと思うことを表現することができるのだ。文法書に記載されているかどうかを知らなくても、私は文法の規則はすべて熟知している。だれかが私の書いたギリシャ語の文章の中に誤りがあると言い出すようなことがあれば、いつでも私は古典作家を引用し、私が使ったのと同じ言い回しの出てくる箇所を読み上げて、私の表現の正しさを証明することができる」 ”

Heinrich Schliemann (1822 - 1890) (Polyglots) Language Learning .
http://how-to-learn-any-language.com/forum/forum_posts.asp?TID=943&PN=2
”I just came across this gentleman's method of language learning. Much of it is similar to the way some of us are learning languages.

Here's what he had to say about learning Greek (all the bold is my emphasis):

Quote:
My wish to learn Greek had always been great, but before the Crimean war I did not venture upon its study, for I was afraid that this language would exercise too great a fascination over me and estrange me from my commercial business; and during the war I was so overwhelmed with work, that I could not even read the newspapers, far less a book. When, however, in January 1856, the first tidings of peace reached St. Petersburg, I was no longer able to restrain my desire to learn Greek, and at once set vigorously to work, taking first as my teacher Mr. Nicolaos Pappadakes and then Mr. Theokletos Vimpos, both from Athens, where the latter is now archbishop. I again faithfully followed my old method; but in order to acquire quickly the Greek vocabulary, which seemed to me far more difficult even than the Russian, I procured a modern Greek translation of Paul et Virginie, and read it through, comparing every word with its equivalent in the French original. When I had finished this task, I knew at least one-half the Greek words the book contained, and after repeating the operation I knew them all, or nearly so, without having lost a single minute by being obliged to use a dictionary. In this manner it did not take me more than six weeks to master the difficulties of modern Greek, and I next applied myself to the ancient language, of which in three months I learned sufficient to understand some of the ancient authors, and especially Homer, whom I read and re-read with the most lively enthusiasm.
I then occupied myself for two years exclusively with the literature of ancient Greece; and during this time I read almost all the classical authors cursorily, and the Iliad and Odyssey several times.
Of the Greek grammar, I learned only the declensions and the verbs,
and never lost my precious time in studying its rules; for as I saw that boys, after being troubled and tormented for eight years and more in schools with the tedious rules of grammar, can nevertheless none of them write a letter in ancient Greek without making hundreds of atrocious blunders, I thought the method pursued by the schoolmasters must be altogether wrong, and that a thorough knowledge of the Greek grammar could only be obtained by practice,--that is to say,
by the attentive reading of the prose classics, and by committing choice pieces of them to memory.
Following this very simple method, I learnt ancient Greek as I would have learnt a living language. I can write in it with the greatest fluency on any subject I am acquainted with, and can never forget it. I am perfectly acquainted with all the grammatical rules without even knowing whether or not they are contained in the grammars; and whenever a man finds errors in my Greek, I can immediately prove that I am right, by merely reciting passages from the classics where the sentences employed by me occur.


Source: Heinrich Schliemann [1822-1890], Ilios: the city and country of the Trojans (New York: B. Blom, 1968; reprint of the 1881 ed.), pp.14,15. ”

Methods for learning Greek
http://www.textkit.com/greek-latin-forum/viewtopic.php?t=11778
”There is a discussion of Heinrich Schliemann's method at:

http://how-to-learn-any-language.com/fo ... D=943&PN=2

Here are the key excerpts:

From his autobiography:

"I applied myself with extraordinary diligence to the study of English. Necessity taught me a method which greatly facilitates the study of the language.
This method consists in reading a great deal aloud,
without making a translation,
taking a lesson every day,
constantly writing essays upon subjects of interest,
correcting these under the supervision of a teacher, learning them by heart, and repeating in the next lesson what was corrected on the previous day
.
My memory was bad, since from my childhood it had not been exercised upon any object;
but I made use of every moment, and even stole time for study.
In order to acquire a good pronounciation quickly, I went twice every Sunday to the English church, and repeated to myself in a low voice every word of the clergyman's sermon
.
I never went on my errands, even in the rain, without having my book in my hand and learning something by heart; and I never waited at the post-office without reading.
By such methods I gradually strengthened my memory, and in three month's time found no difficulty in reciting from memory to my teacher, Mr. Taylor, in each day's lesson, word by word, twenty printed pages, after having read them over three times attentively.
In this way I committed to memory the whole of Goldsmith's Vicar of Wakefield and Sir Walter Scott's Ivanhoe.
From over-excitement I slept but little, and employed my sleepless hours at night in going over in my mind what I had read on the preceding evening. The memory being always much more concentrated at night than in the day-time, I found these repetitions at night of paramount use. Thus I succeeded in acquiring a thorough knowledge of the English language.


"I then applied the same method to the study of French, the difficulties of which I overcame likewise in another six months.
Of French authors I learned by heart the whole of Fenelon's Aventures de Telemaque and Bernardin de Saint Pierre's Paul et Virginie
. This unremitting study had in the course of a single year strengthened my memeory to such a degree, that the study of Dutch, Spanish, Italian and Portuguese appeared very easy, and did not take me more than six weeks to write and speak each of these languages fluently....

"My wish to learn Greek had always been great, but before the Crimean war I did not venture upon its study, for I was afraid that this language would exercise too great a fascination over me and estrange me from my commercial business; and during the war I was so overwhelmed with work, that I could not even read the newspapers, far less a book. When, however, in January 1856, the first tidings of peace reached St. Petersburg, I was no longer able to restrain my desire to learn Greek, and at once set vigorously to work, taking first as my teacher Mr. Nicolaos Pappadakes and then Mr. Theokletos Vimpos, both from Athens, where the latter is now archbishop.
I again faithfully followed my old method;
but in order to acquire quickly the Greek vocabulary, which seemed to me far more difficult even than the Russian, I procured a modern Greek translation of Paul et Virginie, and read it through,
comparing every word with its equivalent in the French original. When I had finished this task, I knew at least one-half the Greek words the book contained, and after repeating the operation I knew them all, or nearly so, without having lost a single minute by being obliged to use a dictionary.

In this manner it did not take me more than six weeks to master the difficulties of modern Greek, and I next applied myself to the ancient language, of which in three months I learned sufficient to understand some of the ancient authors, and especially Homer, whom I read and re-read with the most lively enthusiasm.
I then occupied myself for two years exclusively with the literature of ancient Greece; and during this time I read almost all the classical authors cursorily, and the Iliad and Odyssey several times.
Of the Greek grammar, I learned only the declensions and the verbs, and never lost my precious time in studying its rules; for as I saw that boys, after being troubled and tormented for eight years and more in schools with the tedious rules of grammar, can nevertheless none of them write a letter in ancient Greek without making hundreds of atrocious blunders, I thought the method pursued by the schoolmasters must be altogether wrong, and that a thorough knowledge of the Greek grammar could only be obtained by practice,--that is to say, by the attentive reading of the prose classics, and by committing choice pieces of them to memory. Following this very simple method, I learnt ancient Greek as I would have learnt a living language. I can write in it with the greatest fluency on any subject I am acquainted with, and can never forget it. I am perfectly acquainted with all the grammatical rules without even knowing whether or not they are contained in the grammars; and whenever a man finds errors in my Greek, I can immediately prove that I am right, by merely reciting passages from the classics where the sentences employed by me occur."”

いろいろな英訳のMatthew 7:6集
http://biblehub.com/matthew/7-6.htm
“King James Bible
Give not that which is holy unto the dogs, neither cast ye your pearls before swine, lest they trample them under their feet, and turn again and rend you.”

Matthew 7:6 ギリシア語原文と英語の対訳
http://biblehub.com/interlinear/matthew/7-6.htm

http://biblehub.com/text/matthew/7-6.htm

Transliteration Greek English

Μὴ not
dōte
δῶτε Give
to
τὸ that which [is]
hagion
ἅγιον holy
tois
τοῖς to the
kysin
κυσίν, dogs,
mēde
μηδὲ nor
balēte
βάλητε cast
tous
τοὺς the
margaritas
μαργαρίτας pearls
hymōn
ὑμῶν of you
emprosthen
ἔμπροσθεν before
tōn
τῶν the
choirōn
χοίρων, pigs,

μή‿ not
pote
ποτε lest
katapatēsousin
καταπατήσουσιν they shall trample upon
autous
αὐτοὺς them
en
ἐν with
tois
τοῖς the
posin
ποσὶν feet
autōn
αὐτῶν of them,
kai
καὶ and
straphentes
στραφέντες having turned,
rhēxōsin
ῥήξωσιν they tear to pieces
hymas
ὑμᾶς. you.

Greek Texts
Nestle GNT 1904
Μὴ δῶτε τὸ ἅγιον τοῖς κυσίν, μηδὲ βάλητε τοὺς μαργαρίτας ὑμῶν ἔμπροσθεν τῶν χοίρων, μή ποτε καταπατήσουσιν αὐτοὺς ἐν τοῖς ποσὶν αὐτῶν καὶ στραφέντες ῥήξωσιν ὑμᾶς.
Westcott and Hort 1881
Μὴ δῶτε τὸ ἅγιον τοῖς κυσίν, μηδὲ βάλητε τοὺς μαργαρίτας ὑμῶν ἔμπροσθεν τῶν χοίρων, μή ποτε καταπατήσουσιν αὐτοὺς ἐν τοῖς ποσὶν αὐτῶν καὶ στραφέντες ῥήξωσιν ὑμᾶς.
Westcott and Hort / [NA27 variants]
Μὴ δῶτε τὸ ἅγιον τοῖς κυσίν, μηδὲ βάλητε τοὺς μαργαρίτας ὑμῶν ἔμπροσθεν τῶν χοίρων, μή ͜ ποτε καταπατήσουσιν αὐτοὺς ἐν τοῖς ποσὶν αὐτῶν καὶ στραφέντες ῥήξωσιν ὑμᾶς.
RP Byzantine Majority Text 2005
Μὴ δῶτε τὸ ἅγιον τοῖς κυσίν· μηδὲ βάλητε τοὺς μαργαρίτας ὑμῶν ἔμπροσθεν τῶν χοίρων, μήποτε καταπατήσωσιν αὐτοὺς ἐν τοῖς ποσὶν αὐτῶν, καὶ στραφέντες ῥήξωσιν ὑμᾶς.
Greek Orthodox Church 1904
Μὴ δῶτε τὸ ἅγιον τοῖς κυσίν, μηδὲ βάλητε τοὺς μαργαρίτας ὑμῶν ἔμπροσθεν τῶν χοίρων, μήποτε καταπατήσωσιν αὐτοὺς ἐν τοῖς ποσὶν αὐτῶν καὶ στραφέντες ῥήξωσιν ὑμᾶς.
Tischendorf 8th Edition
Μὴ δῶτε τὸ ἅγιον τοῖς κυσίν, μηδὲ βάλητε τοὺς μαργαρίτας ὑμῶν ἔμπροσθεν τῶν χοίρων, μήποτε καταπατήσουσιν αὐτοὺς ἐν τοῖς ποσὶν αὐτῶν καὶ στραφέντες ῥήξωσιν ὑμᾶς.
Scrivener's Textus Receptus 1894
Μὴ δῶτε τὸ ἅγιον τοῖς κυσί· μηδὲ βάλητε τοὺς μαργαρίτας ὑμῶν ἔμπροσθεν τῶν χοίρων, μήποτε καταπατήσωσιν αὐτοὺς ἐν τοῖς ποσὶν αὐτῶν, καὶ στραφέντες ῥήξωσιν ὑμᾶς.
Stephanus Textus Receptus 1550
Μὴ δῶτε τὸ ἅγιον τοῖς κυσίν, μηδὲ βάλητε τοὺς μαργαρίτας ὑμῶν ἔμπροσθεν τῶν χοίρων μήποτε καταπατήσωσιν αὐτοὺς ἐν τοῖς ποσὶν αὐτῶν καὶ στραφέντες ῥήξωσιν ὑμᾶς


フランス語原文で聖書を読む - 北鎌フランス語講座 - 読解編 聖書
http://lecture1.kitakama-france.com/index.php?%E8%81%96%E6%9B%B80
“”

「豚の前に真珠を投げるな」
Ne jetez pas vos perles devant les pourceaux.

『マタイによる福音書』第 7 章 6 節
http://proverbes.kitakama-france.com/index.php?%E8%AB%BAIMZ#Nejetezpasvos
• “
Ne jetez pas vos perles devant les pourceaux.
【逐語訳】 「豚の前に真珠を投げるな」
【諺の意味】 日本の「豚に真珠」と同じ意味で使われます。
【単語の意味と文法】 「jetez」は他動詞 jeter(投げる)の現在 2 人称複数と同じ形ですが、ここでは主語がないので、命令形です。
これを否定の ne... pas で挟んで、否定命令文になっています。
「vos」は所有形容詞で「あなたの」または「あなたたちの」。
もともとイエスが複数の弟子達を前にして語った言葉なので、「あなたたちの」となっています。しかし、いちいち日本語に訳さなくてもよいかもしれません。
「perle」は女性名詞で「真珠」。
「devant」は前置詞で「~の前に」。
「pourceaux」は男性名詞 pourceau(豚)の複数形。porc と同じ意味ですが、文章語で使われます。
【由来】 『新約聖書』「マタイによる福音書」の第 7章 6節のイエスの言葉に由来します。
「新共同訳」では次のように訳されています(下線引用者、以下同)。
• 神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう。
同じ箇所が「フランシスコ会訳」では次のように訳されています。
• 聖なるものを犬に与えてはならない。また、あなた方の真珠を豚に投げ与えてはならない。犬や豚はそれらを足で踏みつけ、向き直って、あなた方を咬み裂くであろう。
「真珠」とは「宗教上の真理を指す」と解釈されているようです(同訳の注による)。
西暦 4~5 世紀の「ウルガータ」(ラテン語訳聖書)では、次のように訳されています。
• neque mittatis margaritas vestras ante porcos
あなたたちの真珠を豚の前に投げるな
このラテン語の margarita は「真珠」という意味です。
(ちなみに、中世以来、各国の王女・王妃などの名前に「マルグリット」「マーガレット」「マルガリータ」という名が好まれたのは、おそらく「真珠」を意味したからだと思われます)。
フランス語の marguerite も、もとは「真珠」という意味でした。そのため、中世のフランス語では、この聖書に由来する表現では、perle の代わりに marguerite が使われています(TLFi によると類似表現は 1180-90 年に確認可能)。
近世以降のフランス語では、marguerite という単語から「真珠」という意味は消え、もっぱら植物の「マーガレット」(典型的には花びらが白くて中央が黄色い、菊の一種)を指すようになります。
ただし、この「豚に真珠を投げる」という成句表現の時だけは、長い間、「真珠」という意味で marguerite という言葉が使われていたようです。
『アカデミー辞典』 では、この表現の「真珠」を意味する言葉として、第 1 版(1694)~第 4 版(1762)では marguerite が使われ、第 5 版(1798)~第 7 版(1878)では marguerite と perle の両方が使われ、第 8 版(1932-1935)以降は perle が使われています。
【フランス語訳聖書】 印刷されたフランス語訳聖書としては最初期の 1476 年の Nouveau Testament (f. 317)では次のように訳されています。
• ne mettez pas pierres precieuses devant les porcs.
豚の前に宝石を置くな
「pierre precieuse」(現代の綴りでは pierre précieuse)は「宝石」。
1535 年のオリヴェタン訳では、次のように「真珠」には perle が使われており、これ以降のほとんどすべてのフランス語訳聖書で踏襲されることになります。
• ne iettez pas voz perles deuât les porceaux
あなたたちの真珠を豚の前に投げるな
古い綴りを含む。カルヴァンによる改訂版でも若干綴りが違うだけでほぼ同文です。
フランス語訳聖書のいわば決定版となった Sacy 訳でも、否定の副詞 pas が point に変わっているだけの、表題の形とほぼ同じ次のような形になっています。
• ne jetez point vos perles devant les pourceaux
【日本の諺】 「豚に真珠」は、基本的には聖書の日本語訳とともに入ってきた表現のはずです。例えば明治 4 年(1872 年)のヘボン訳(Wikisource)では次のようになっています。
• 犬に聖なるものをあたふることなかれ また豕(ぶた)のまへになんぢらの真珠をなぐることなかれおそらくは足にてそれをふみ ふりかへりてなんぢらをかみやぶらん
明治 43 年(1910 年)版のラゲ訳(bible.salterrae.net)では次のようになっています。
• 聖物(せいぶつ)を犬に與(あた)ふること勿(なか)れ、又(また)汝等(なんぢら)の眞珠(しんじゆ)を豚の前に投ぐること勿れ、恐らくは足にて之(これ)を踏み、且(かつ)顧みて汝等を噛まん。
ちなみに「猫に小判」という表現は江戸時代から確認されます。



汝三位一体に栄光あれ【Naoki】 ‏@GloriatibiTri 2月18日
ピアノ=弱い、フォルテ=強い と思ってしまうんだけど。でも piano はラテン語では planus, 平らな の意味。forte は力強い fortis かな。とにかく後世や現在のような意味の音量の差ではない。音域が低いから小さく聴こえる、とか。 #古楽の楽しみ






• nolite dare sanctum canibus neque mittatis margaritas vestras ante porcos ne forte conculcent eas pedibus suis et conversi disrumpant vos
聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。
https://ja.wiktionary.org/wiki/nolite_dare_sanctum_canibus


Vulgate (Latin): Matthew
http://www.sacred-texts.com/bib/vul/mat007.htm#006
“6 Nolite dare sanctum canibus: neque mittatis margaritas vestras ante porcos, ne forte conculcent eas pedibus suis, et conversi dirumpant vos.”


Evangelium nach Matthäus - Kapitel 7 - Vers 6
Deutsch
Ihr sollt das Heiligtum nicht den Hunden geben, und eure Perlen nicht vor die Säue werfen, auf daß sie dieselben nicht zertreten mit ihren Füßen und sich wenden und euch zerreißen.

Latein
nolite dare sanctum canibus neque mittatis margaritas vestras ante porcos ne forte conculcent eas pedibus suis et conversi disrumpant vos

http://www.bibel-verse.de/vers/Evangelium%20nach%20Matth%C3%A4us/7/6.html

ぱーるおぶぱわー(1レベル) ‏@pearl_of_power 2015年9月5日
pearl(ぱーる)がドイツ語でperle(ペルレ)、イタリア、スペイン語などでperla(ペルラ)とかまでは知っていたが、ラテン語でmargaritum(マルガリートゥム)だとは…マルガリータ…あたし、マルガリータ…俄然なんかおばさんかオカマちゃんめいた名前になってきたよ…



駆逐艦やみかぜ(改) ‏@yiam_ 2013年11月10日
真珠まとめ: ラテン語で真珠はペルラ(英語のperlの語源)、だがギリシャ語からの借用語マルガリータも真珠の意で使用/キリスト教で天国の十二の門は真珠で彩られており(the pearly gates)、マルガリータという名の聖女が存在。ここから人名や花の名前マーガレットに派生。

“Margaritas ante porcos est pars proverbii in Evangelio secundum Matthaeum, capite 7, versu 6, quo Iesus discipulis monet ne res pretiosas, ut margaritas, eis dent, qui, ut porci, magni eas aestimare non possint, et qui violentiá fortasse respondeant.
μὴ δῶτε τὸ ἅγιον τοῖς κυσίν, μηδὲ βάλητε τοὺς μαργαρίτας ὑμῶν ἔμπροσθεν τῶν χοίρων, μήποτε καταπατήσωσιν αὐτοὺς ἐν τοῖς ποσὶν αὐτῶν καὶ στραφέντες ῥήξωσιν ὑμᾶς
nolite dare sanctum canibus, neque mittatis margaritas vestras ante porcos, ne forte conculcent eas pedibus suis et conversi disrumpant vos[1]
Notae
1.
Septuaginta et Editio Vulgata Stuttgart; Editio Nova Vulgata Mat. 7:6.“
https://ja.wiktionary.org/wiki/nolite_dare_sanctum_canibus

“Matthew 7:6 is the sixth verse of the seventh chapter of the Gospel of Matthew in the New Testament and is part of the Sermon on the Mount.[1] This verse contains an ambiguous warning about placing "pearls before swine."
The original Koine Greek, according to Westcott and Hort, reads:
μὴ δῶτε τὸ ἅγιον τοῖς κυσὶν μηδὲ βάλητε τοὺς μαργαρίτας
ὑμῶν ἔμπροσθεν τῶν χοίρων μήποτε καταπατήσουσιν αὐτοὺς
ἐν τοῖς ποσὶν αὐτῶν καὶ στραφέντες ῥήξωσιν ὑμᾶς
In the King James Version of the Bible the text reads:
Give not that which is holy unto the dogs, neither cast
ye your pearls before swine, lest they trample them
under their feet, and turn again and rend you.
The World English Bible translates the passage as:
“Don’t give that which is holy to the dogs, neither throw
your pearls before the pigs, lest perhaps they trample
them under their feet, and turn and tear you to pieces.“
https://en.wikipedia.org/wiki/Matthew_7:6



Orsa Cordis
””
https://la.wikipedia.org/wiki/Orsa_Cordis


psy‏ @psy_heta 3月31日

『アイヴァンホー』に「サクソン語のSwine((野生)の豚)が、と殺されて食卓に上るとノルマン語のPorkになる」みたいな一節があって、ノルマン貴族と先住のサクソンとの力関係というか、身分の差を表している、っていうのが、面白かったな。

シュリーマンはどうして聞く・話す・読む・書くを短期間で習得できたのか?
http://love-english.hatenadiary.com/entry/2015/02/14/023000
”『古代への情熱―シュリーマン自伝―』より、彼自身の記述になる箇所から引用します。

“(前略)私はどんな言語でもその習得を著しく容易にする方法を編み出したのである。
その方法は簡単なもので、まず次のようなことをするのだ。大きな声でたくさん音読する こと、ちょっとした翻訳をすること、毎日一回は授業を受けること、興味のある対象について 常に作文を書くこと、そしてそれを先生の指導で訂正すること、前の日に直した文章を 暗記して、次回の授業で暗誦すること、である。

私の記憶力は、子どものころからまったく 訓練してなかったために弱かったのだが、しかし私は学習のためにどんなに短い時間でも 活用したし、時間を盗みさえしたほどだった。できるだけ速くよい発音を身につけるため に、日曜には定期的に二回、イギリス教会の礼拝式に行き、説教を聞きながらその一語 一語を小さな声で真似てみた。使いに行くときはいつも、雨が降るときでも、手に本を 持って行って、少しでもそれを暗記した。郵便局で待っているときにも、本を読まないこと はなかった。



こうして私の記憶力は徐々に強くなった。そして三ヵ月後にはもう、あらかじめ
三回注意深く読んでおけば、毎日どの授業時間にでも先生のミスター・テイラーとミスタ ー・トンプソンの前で、印刷した英語の散文二十ページを、やすやすと言葉どおりに暗誦 できるまでになった。こういうやりかたで、私はゴールドスミスの『ウェークフィールドの牧師』 とウォルター・スコットの『アイヴァンホー』を全部そらで覚えてしまったのである。

頭がひどく 興奮していたために夜も少ししか眠らず、夜起きている時間はすべて、晩に読んだものを 頭の中でもう一度くり返してみることに使った。記憶力は日中より夜のほうがはるかに集中 しやすいから、私はこの夜の反復練習にもきわめて大きな効果を認めた。この方法はだれ にでもおすすめしたい。かくして私は、半年の間に英語の基本的知識をすっかり身につけ ることができたのである。
同じ方法を私はフランス語の勉強にも適用して、この言葉も次の六ヵ月でマスターした。

フランス語の作品ではフェヌロンの『テレマコスの冒険』とベルナルダン・ド・サン=ピエー ルの『ポールとヴィルジニー』を暗記した。こういうふうに猛烈な勉強をしんぼう強く続けた ために、一年のうちに私の記憶力は大いに強化されて、オランダ語、スペイン語、イタリア 詰、ボルトガル語の習得はきわめて容易となり、そのどれをも流暢に話したり書いたりでき るようになるのに、六週間以上はかからなかった。

(中略)私はロシア語ができればもっと有用な存在になれると思ったので、この言語をも 勉強し始めたのだ。ロシア語の書物で手に入れることができたのは、古い文法書と辞典と 『テレマコスの冒険』のまずい翻訳本だけであった。さんざん骨を折ってはみたものの、 ロシア語の先生を見つけることはうまくゆかなかった。というのも、ロシアの副領事タンネン ベルク氏はロシア語を教えることを承知してくれなかったし、当時アムステルダムには、 彼以外にロシア語が一語でもわかる人は一人もいなかったのだ。

それで私は先主なしで 新しい勉強を始め、幾日もたたないうちに、文法書によってロシア文字とその発音を頭の 中に叩き込んだ。それからまた以前のやりかたを踏襲して、短い作文や物語を書いては それを暗記した。書いたものを直してくれる人はいなかったのだから、それがへたくそ だったことは疑いない。



しかし私は、『テレマコスの冒険』のロシア語訳を暗記することに よって、実用練習で誤りを避けることを覚えようと努力した。だれかにそばにいてもらって、 その人に『テレマコスの冒険』を話して聞かせることができれば、進歩が早くなると思ったので、私は貧しいユダヤ人を一人、週四フランで雇い、ロシア語はひとこともわからない その男に、毎晩二時開私のところへこさせてロシア語の朗読を聞かせた。

(中略)六週間後にはもう、インド藍を扱う豪商、モスクワのM・P・N・マルナィン兄弟商会 のロンドン代理人ワシーリー・プロトンコフ氏に、はじめてのロシア語の手紙を書くことが できたのだ。また、この人や、藍の競売でアムステルダムにきていたロシア商人マトヴェー イェフやフローロフなどと、ロシア語で流暢に語り合うこともできた。”

(『古代への情熱』pp26-29)

1.ほとんど翻訳をせずに音読も含めた暗記だけで、外国語の文章が理解できたのか?
2.シュリーマンがネイティブの教師から受けていた授業の内容は?

この疑問に対して、シュリーマンの残した文書を集めた Gennadius Library を分析した専門家の話が残っていますので見てみましょう。



“(前略)われわれは、あるギリシア語の専門家をわずらわして、この練習帳についての 意見を聞いてみた。意見書には次のように書かれている。

《(中略)一種の機械的な作業によって、彼は実に驚嘆すべき結果に到達するのである が、そこには同時に記憶術による夢のような記憶力がはたらいている。まず彼は自分の 選んだ多くの単語をふくむ長い単語表と、これらの単語を使った一連の文章を、一枚の紙 のうえに教師に書いてもらい、一字一字、文字をまねながら全体を書き写し、それを暗記 する。

ついで彼は他の単語をふくむ二枚めの表を作製してもらい、一枚めの表を手本に
して、新しい単語をつくったり文章を構成したり、他の文章と組みあわすことを試み、それ を教師に訂正してもらう。こうして彼は辞書を使いながらきわめて急速に、自分の語彙を ふやし、ついにその文章がいよいよ長くかつ複雑となるまで、それをつづけてゆくので ある。
》”

(『発掘者の生涯』pp74-75)


つまり、ベースになるのは自分の理解できる言語で書かれた辞書であり、まずはその中から必要な単語数を選出して覚えることにしたのです。

この必要な単語数というのは言語によって異なっており、シュリーマンは最初からネイティブと同等レベルの単語数を覚えることにしていたようです。




“後に、レヴァント・ヘラルド紙のホイットテイカーという編集者がシュリーマンとの最初の 出会いを語っている。「ある朝……ドアにノックが聞こえて弾丸のような頭、髪の少ない赤 らんだ顔の小男が入って来た……『聞くところによると』とこの訪問者は言った、『この他の どの外国人よりもトルコ語に詳しいそうですね。トルコ語の辞書にはいくつの単語が載って いるのですか』。慎重に数千という数字を言った。『ホイットテイカーさん、どうも有難う』と 小男は言い、『そうだとすると一日にこれだけの単語を学べば、六週間したら全部の単語 を知っていることになりますね』と言って帰っていった。六週間後に再びドアにノックが聞こ えて同じ小男が事務所に入ってきた。『何とお礼を言ったらよいか、ホイットテイカー さん』と彼は言った、『きちんと計算して下さったお蔭でトルコ語の辞書にある単語を全部 覚えることができました』」”
(『トロイアの秘宝』p149)


このようにして、必要な単語数を見極めた後、1日に取り組む単語数を割り出し、期限までにしっかりと覚えていったのです。

この単語表について、もう少し細かく見ていくことにしましょう。

最初の表ですが、「単語表」とそこに含まれた単語を使った「文章」からなっています。
つまり、「文章」を覚えると元になった単語も覚えることになるのです。

f:id:englishpower:20150211110633j:plain



この過程を図にすると、こんな感じです(英語の場合)。

まず、一番左のような元の単語リストがあって、そこから単語を選びます(真ん中の赤丸囲み)。
次にそれらの単語を組み合わせて文章を作ります(右側の赤四角囲み)。

実際にネイティブが文章を作る場合は、目に付いた単語を元に適当に思いついた文章を作っていくわけですが、結果は同じです。

ともかく、こうやって文章が作られるごとに、選ばれた単語が増えていきます。
これを続けていけば、最終的に右側の文章の中に、元のリストの単語が全て含まれるようになるというわけです。

この後、作成した右側の文章を全て暗記すれば、自動的に元のリストの単語も全て暗記したことになっているというわけです。

これは非常に効率的なやり方です。
というのも、単語を覚えると同時に、教師が作成した基本的な文章の形まで覚えることができるからです。

シュリーマンの外国語習得法が文法をほとんど無視していて、しかも翻訳をせずにどんどん先に進んでいけるのは、この段階での単語と文章の記憶が鍵になっていたのです。

では、単語表の様子がわかったところで、手順を見ていくことにしましょう。

先に見てきたように、最初の表だけは、自分では何も作文をせずに覚えることに専念します。

次の表では、新しい単語を加え、今度は自分で文章を作成することに挑戦します。
当然はじめての試みなので、間違いもたくさんあると思います。
そこで、教師にその文章をチェックしてもらい、間違いを訂正してもらいます。

この時、間違いは消すのではなくて、赤ペンなどで修正を加える形にして、自分の間違いは残しておきます。
私たちは普通、鉛筆を使って語学の勉強をしますが、このシュリーマンの外国語習得法ではペンを使う方がいいでしょう。
自分がどこを間違ったのか、記録を残しておくというわけです。

そして次は、訂正された文章をちゃんと書き写して、完全に覚えていくのです。

この一連の作業を、選んだ単語全てを覚えるまで、繰り返していくのです。

それにしても、はじめから自分で作文をしてみるのが、シュリーマンの外国語習得法らしいところです。

自分で考えて文章を作り、それを教師に訂正してもらうというのは、子供が自分の知っている言葉を使って何かをしゃべり、間違ったところがあれば大人が直してあげるのとよく似ています。

そして、正しい文章を確実に覚えてから次へと進んでいくのです。

覚える単語の優先順位ですが、練習帳に日記のように書かれた文章から推測すると、おそらく自分の興味のあることから覚えていったようです。
例えばロシア語の場合は、すぐに仕事に使うつもりでしたから、最初に基本語、次に商品や貿易、契約の用語などだったのではないでしょうか。…
“既に完璧の域に達していた反復練習と暗記の技術を使い、古代ギリシア語を現代語の
ように取り扱って語形変化と動詞だけを学習し、他の文法は無視することにした。(中略)
古典の読解と「優れた文章」の暗記という練習が最上の方法だと彼は信じ、そうすれば 学生たちが遭遇する問題、つまり八年間も退屈な文法によって「苦しめられ、痛め付け られ」た揚げ句の果て、何も知らないことがわかるといったことを避けられるのだ。”
(『トロイアの秘宝』p73)


「語形変化と動詞」ということで、使われ方によって形が変わるものだけはあらかじめルールを確認していたようです。

シュリーマンは子供と同じ覚え方をやっていたわけですから、「語形変化と動詞」のような記憶作業を効率化するもの以外は無視していたというわけです。”

シュリーマン 『古代への情熱』 フィルハルモニ記
Heinrich Schliemann: "Selbstbiographie bis zu seinem Tode vervollständigt", 1892.
http://jutta-philharmoniki.hatenablog.com/entry/2012/12/23/193524
”彼は(おそらく)20歳になる頃にアムステルダムで英語の勉強に打ち込んだ。

「[...] 必要に迫られて、私はどんな言語でもその習得を著しく容易にする方法を編み出したのである。[...] 大きな声でたくさん音読すること、ちょっとしたことを翻訳すること、毎日一回は授業を受けること、興味のある対象について常に作文を書くこと、そしてそれを先生の指導で訂正すること、前の日に直した文章を暗記して、次回の授業で暗唱すること、である。」(p. 26)

 彼が言うには、子供のころは記憶力が弱かったらしいが、どんな短い時間でも惜しまず訓練した結果強くなったという。

「[...] しかし私は学習のためにどんな短い時間でも利用したし、時間を盗みさえしたほどだった。できるだけ速くよい発音を身につけるために、日曜日には定期的に二回、イギリス教会の礼拝式に行き、説教を聞きながらその一語一語を小さな声で真似てみた。使いに行くときはいつも、雨が降るときでも、手に本を持って行って、少しでもそれを暗記した。郵便局で待っているときにも、本を読まないことはなかった。」(p. 27)

 こうして記憶力を強化していったので、

「そして三ヵ月後にはもう、あらかじめ三回注意深く読んでおけば、毎日どの授業時間にでも先生のミスター・テイラーとミスター・トンプソンの前で、印刷した英語の散文二十ページを、やすやすと言葉どおりに暗唱できるまでになった。こういうやりかたで、私はゴールドスミスの『ウェークフィールドの牧師』とウォルター・スコットの『アイヴァンホー』を全部そらで覚えてしまったのである。」(p. 27)

「[...] 夜起きている時間はすべて、晩に読んだものを頭の中でもう一度くり返してみることに使った。記憶力は日中より夜のほうがはるかに集中しやすいから、私はこの夜の反復練習にもきわめて大きな効果を認めた。この方法はだれにでもおすすめしたい。」(p. 27)

 このようにして、彼は約半年間で英語の基礎知識をすっかり身につけたとのこと。この方法をフランス語にも用いてこれまた半年で習得した。その後、

「オランダ語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語の習得はきわめて容易となり、そのどれをも流暢に話したり書いたりできるようになるのに、六週間以上はかからなかった。」(pp. 27-28)

 あまりに凄いので逆にこっちのやる気がなくなってしまう程だが、少しでも近づきたいものだ。それにしても、ものすごい「言語への情熱」だ。それを示す記述がギリシア語習得の部分にもある。ちなみに彼がギリシャ語に取りかかったのは1856年1月とあるから34歳のときだった。

「語彙の習得はロシア語のときよりむずかしく思われたが、それを短時日で果たすために、私は『ポールとヴィルジニー』の現代ギリシア語訳を手に入れて、それを通読し、この際、一語一語を注意深くフランス語原文の同意語と対比した。この一回の通読で、この本に出てくる単語の少なくとも半分は覚え、それをもう一度くり返したのちには、ほとんど全部をものにした。しかも、辞書を引いて一分たりとも時間を無駄にするようなことはしなかったのである。」(p. 35, 下線は引用者)

 こうして現代ギリシア語もまた六週間で習得し、古典ギリシア語に取り組み、3ヵ月後にはホメロスなどを読むのに十分な知識を得たという。

「ギリシア語文法は格変化と規則助詞および不規則動詞だけを覚えた。一瞬たりとも、文法規則の勉強で貴重な時間をむだにはしなかったのである。」(p. 36, 下線は引用者)

 これは文法規則がすべて不必要と言っているわけではない。実際、格変化と規則助詞と不規則動詞はちゃんと覚えたと言っている。言語習得には核となる領域があって、それをきちんと押さえられるかがその言語をしっかり習得できるかどうかの分かれ道となる。特に不規則動詞をしっかり覚えることはどの言語を習得する時にも重要である。シュリーマンは、ギリシア語の場合にはそれは上記の3つだと考えたのだろう(続く個所で古典作品を暗記することも重要だと言っている)。”


支配層に都合がいい定義に従う教え=イルミナティ、メーソン、ユダヤ、悪魔崇拝の定義を示さない陰謀論は偽。大西英文『はじめてのラテン語』、谷内意咲『今日から読めるヘブライ語』。
外国語学習に役立つものまとめ。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-124.html
より引用

『20ヵ国語ペラペラ』
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2011/09/20-e1f1.html
”「古典語<ラテン、ギリシア語>」のとこにはこういうことがかいてある(表記は原文のまま)。

 いずれも実用性のない、教養としてのことばであるが、基本文法はマスターした。
 ラテン語では、呉茂一「ラテン語入門」(岩波書店)や外国語によるラテン語文法書を二冊ほど。
 そのほかシーザーの「戦記」やタキトウスの著作などを、フランス語訳がついた双書で読んだ。ギリシア語は、古川晴風「ギリシャ語四週間」(大学書林)で古典ギリシア語の鳥瞰を得た。
 現在、翻訳などの仕事はいっさいない。古典語はなぜか落書に格好なことばである。

「フランス語訳がついた双書」っていうのは Budé のことなのかな。ギリシャ語・ラテン語で対訳になってるものっていえば英語訳がついてる Loeb もあるけど、フランス語訳つきのほうにしたのはなんでなんだろ。たまたま手にはいっただけのことなのかもしれないけど。

(…)「はじめての単語を絶対忘れない方法」っていうのもちょっとおもしろかった。辞書をひいたら、

 第一に、ひいた単語から、すぐに目をはなしてはいけない。単語につくづくと見入ることである。どんなことばでも、印刷された単語は、どれをとっても固有の格好をもっている。その特徴から得た第一印象をだいじにする。
 第二に、その単語の意味を考える。たくさんある意味のうち、まず、第一義だけを読みとり、頭の中で反復し、想像力をはたらかせながら、絵に復元しつつ、また単語に目を移し、さらにまた見つめる。そして、がまんできるかぎり長い間ねばる。
 第三に、なん度か声に出して発音してみるとよい。しかし、ささやき程度におさえておく。そうしているうちに、その単語のスペルの特徴と意味とその音が溶けあってくる。
 この方法をうまく利用すると、一度しか辞書で調べていないのに、その単語は、与えられた意味以外もち得ないように感じられてくる。すなわち、単語はすべて一種の擬声語として覚えられるのである。


オーソドックスだけれど、20カ国語マスターした達人の教えには説得力がある
http://english.azwhd.com/methods/2012/09/20-1.html
”入門書は、
①あまり詳しすぎないものであること。
②150~200ページそこそこの厚さであること。
③使われている単語数が千~千五百程度のものであること。
(…)
いきなり部厚い本で学習を始めると、なかなか終わらずに飽きてしまい、学習をやめてしまうかもしれないので、最初は薄い入門書ではじめるのがよいのです。
薄い入門書なら、1~2週間でいちおう目を通すことができて、その言葉の全貌を知ることができるというメリットがあるのです。
英語をやり直そうと決意した人なら、忘れかけていた中学レベルの英語を1~2週間でざっと思い出すことができます。
厚い本だったら、全貌を知る前に、イヤになってやめてしまうこともあり得るからです。
第二次の学習 4回の「うるし塗り」作業で完全征服

今度は入門書を始めから、じっくりと完全に把握するまで精読します。

第一次:全体把握のための通読。
第二次:精読。
第三次:また始めから精読。
第四次:また始めから精読。そして征服。

この本の著者は、どの外国語でも、たいてい4回で征服したそうです。時間的には半年くらい。
この学習で、その外国語の初歩的文法を理解し、2000語程度のボキャブラリーを獲得できるといいます。

これ以後は、辞書を頼りに、より高度の文法書を読みなさいと著者は薦めていますが、私たちの英語学習では、どうかなと私は思っています。
すぐに役立つ500の例文暗記

20カ国語を話せるようになった著者が最良の学習方法と信じているのが、基礎的な文を丸暗記してしまうことです。
覚える文は入門書にある文です。
初歩段階では少なくとも500例文くらいを暗記してしまうのです。
単語を覚えることも大事であるが、実際に使う場合、単語は自分で組み立てなければならない。もちろん上達すれば自由自在に組み立てて、自分の嗜好や感情を表現できるようになるが、初歩段階では、少なくとも五百文例くらいは暗記してしまうのである。
章句を暗記していれば、組み立ての苦労なしに、そっくりレディメイドを実用に供することができる。
五百の章句で、たいていの表現は間に合わすことができる。多少の置き換えの機転がきけば、まず、困ることは少ない。
(…)
相手なしの会話独習法

著者が勧めるのはこんな「ひとりごと」です。
学習している外国語で考え、学習語で自問し、学習語で自答する。
これで、おしゃべりの自信をつけ、表現法を身につけることができます。

入門書で覚えた語数で、たいていのことは意思表示できるはずです。自分の知っている単語を総動員し、適当な単語を知らないときには、言葉を置き換えて表現する方法を会得します。
どうしても言えないとき、あるいは言えたけれども疑問がある場合は、メモしておいて、あとで正しい表現法を調べます。”

6時間労働とギリシャ数字
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2005/11/post_ef26.html

「358」とヘブライ語のゲマトリア
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2009/01/358-2228.html

634のゲマトリア
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2011/05/634-a533.html

鈴之助‏ @dokadera 2013年11月12日

「ギリシャの寸鉄詩はこう記している。労働のために6時間があって、さらに次の4時間は生きるためにある。なぜならギリシャ文字の7,8.9.10の頭文字を連ねるとzethi生きよという語になるからだ 」暦と時間の歴史(サイエンスパレット)より いい言葉だなあ


改訂新版 新約聖書ギリシア語独習 単行本 – 2013/11/25
玉川直重 (著), 土岐健治 (監修)


新約聖書ギリシア語入門 (1956年) (岩波全書) - – 古書, 1956
神田 盾夫 (著)


新約聖書のギリシア語文法 単行本 – 2003/5
織田 昭 (著)1000ページにも及ぶ大著



図説 ギリシア語聖書の写本 -ギリシア語古文書学入門-
図説 ギリシア語聖書の写本
著訳者など: B. M.メッツガー/土岐健治監訳
出版社: 教文館
税込価格:8,640円
(本体価格: 8,000円)
英語で書かれた現代ギリシャ語のテキストで、アマゾンでは扱ってないのですが、
http://www.greek123.com/
ここから直接買える Papaloizos のテキストが非常に優れています。
古典語もみっちり学ぶなら、英語でいいのがいくつかあります。
新約ギリシャ語も、日本の本は絶版が多く、土岐健治「新約聖書ギリシア語初歩」くらいしかありません。キリスト教関係のところが出しているいい本がありますが、アマゾンでは扱っていません。英語でなら、やたらとたくさんあります。

辞書は、日本で出ているのはどれも馬鹿高いので、普通はギリシャ語英語の辞書を使います。
古典語では Liddell-Scott の辞書の Intermediate か Abridged を、現代語では Stavropoulos の Oxford Greek-English Learner's Dictionary (どちらもOxford大学出版)のが、値段も高くなくて、おすすめ
IWilliam D. Mounce『Basics of Biblical Greek』と関連商品のワークブック、変化表、単語カードでした。これは非常に「分かりやすく、モチベーションを維持させつつ、学ぶ人間の学習過程を考慮して」教えるという方針が取られており、英語の著作ではありますが、意外にすいすいよみすすめることができます。なんとかこれを最後までやり遂げたいと思っています。
Basics of Biblical Greek Grammar

Basics of Biblical Greek Grammar

作者: William D. Mounce
出版社/メーカー: Zondervan
発売日: 2009/11/06

ギリシャ語のゲマトリア
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2008/11/post-e051.html





ギリシャ語のゲマトリア
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2008/11/post-e051.html

文字によるカバラと書かれざるカバラ
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/mojikabara.htm

川西聖書教会・ギリシャ語講座
http://blog.goo.ne.jp/utaski1930/e/3aec4fec530a90d0dc39e32423d6baac


ギリシア語たん(自転車操業中)‏ @Hellenike_tan
【ヘラさまの添え名】ホメロスでは"Λευκώλενος"(白い腕(かいな)の)がよく使われますが、他に"Βοῶπις"(牛目の)もそれなりの頻度で使われます。

【キメラ】と呼ばれる「一つの個体に異なる遺伝情報が含まれているもの」の語源はギリシア神話の"Χίμαιρα"(キマイラ)。エキドナの娘で「頭は獅子・胴体は山羊・尾は毒蛇」の怪物とされています。元は"χίμαιρα"という一般名詞で、「雌山羊」という意味―だったのですが…

【内蔵を食べる】生贄を捧げる儀式を描いた場面で必ずといっていいほど現れるのが「内蔵を食べる」(σπλάγχνα πάσαντο)という言葉です。実はこれは、生贄を神々に捧げる際には必須とされていました。当時の牛や山羊の内臓を食べるのが衛生的にどうだったのかは、よくわかりませんが…

【フレーズ】"γλαῦκ' εἰς Αθήνας"(アテナへのふくろう)―ギリシアの硬貨「ドラクマ」(δραχμή)には女神アテナの神獣フクロウが描かれていました。ドラクマを捧げられても女神にすれば「それもうあるし」です。そういう「たくさんあるものを更に持ち込む無駄」を言います。



語学者の散歩道 (岩波現代文庫)

著者:柳沼 重剛  文庫:250ページ 出版社:岩波書店

ISBN-10:4006021356 ISBN-13:978-4006021351 発売日:2008/6/17 書籍サイズ:14.6 x 10.6 x 1.4 cm

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概要書ではなく、西洋古典学に関するエッセイですが、語学学習においても、いろいろと有益なことが書いてあります。たとえば、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』で有名な台詞の1つに「ブルータスよ、おまえもか」というのがあります。原文ではラテン語で "Et tu, Brute?" とラテン語になっていますが、その出典と思われるスエトニウスでは、"καί σύ τέκνον;"(おまえもか、息子よ?)とギリシア語になっているとか、ルイス&ショートの『ラテン語辞典』は「現在ラテン語を読む人はほとんどこの辞書のお世話になっているが、読みにくいことでも天下一品で」などとあったり、"Non multa sed multum."という問題(英語に直訳すると、"Much, not many."に相当するラテン語で、プリニウスの『書簡』から引用された「多読より精読」を意味する言葉です)を前後関係が意味不明のため、「悪しき練習問題」だと指摘したりしています。

単行本では「はじめに」に語学に関して有益なことが指摘されていますが、文庫本では大幅に省略されています。また、「田舎のねずみと町のねずみ」「クセノポンの『アナバシス』」「きわめて異色な本のこと」「役者・偽善者」「白鳥の歌」「はじめて暮らした英国で驚いたこと」「一万年後の東京大学あるいはポケット・ティッシュについて」の7編が割愛され、代わりに「Festina lente」「書き言葉について」「カタカナ語雑感」「名前について」の4編が入っています。

ラテン語とギリシア語を同時に学ぶ

著者:小倉 博行 単行本:198ページ 出版社:白水社


ラテン語とギリシア語

著者:風間喜代三 単行本:214ページ 出版社:三省堂

ラテン語とギリシア語を同時に学ぶ 単行本(ソフトカバー) – 2015/8/27
小倉 博行 (著)間違い多すぎ!
投稿者 おくちゃん 投稿日 2015/12/8
ラテン語とギリシア語の活用を比較するという試みはいいのですが、解説がどれも中途半端に感じる。

それよりも、ホームページに掲載されている正誤表の間違いの多さに唖然とした。数か所程度なら許せるが、50か所以上あるではないか。これだけ間違ってたらもう欠陥商品でしょう。これでお金を取って売ろうとするの?いったい、著者も編集者も何をしていたのか?ギリシア語はアクセント記号が違うだけでも別の活用形になってしまうから、念には念を入れて校正するのが当然でしょう。いちいち正誤表なんて見ながら勉強できるわけがない。間違いのない第2版を出して取り替えてほしい。

アーメンは99
http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2006/11/amen_99_c90c.html



古代ギリシア語 学習書・独習書・参考書・辞書などのご紹介
http://a011w.broada.jp/wbaefznh35st/greek/greek010.html

独習者のためのギリシャ語マルコ伝を3年で読めるようになる初心者用ガイド
http://classicalgreek.web.fc2.com/guide100/101.html

ヘブライ語とアラビア語が似すぎ!どこが日本語?ヘブライ語(イブリット)とアラビア語勉強メモ『アラビア語が面白いほど身につく本』アラビア語勉強中
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-126.html



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