読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

09 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

【大魔導師への道①呼吸法・ボイトレ・姿勢】声と姿勢を良くする秘訣、問われず話すもおこがましいが、知らざあ言って聞かせやしょう! 

※警告 ここから先は絶対読んではいけない
ヨガの入門者が最初にやるのは
戒律=道徳を守り悪用しないと誓うこと!
密教も戒律=道徳を守り悪用しないと誓う!
魔術の基礎訓練は呼吸法とリラックス法と姿勢!
魔術の儀式や知識や歴史なんて後回し!
物理的な部屋の掃除=場の浄化、退去が最重要!
ここはマルクト=物質王国だから物理が強い!
肉体の使い方も鍛錬も重要!
ボイトレは歌わない人もやらなきゃ損!
声で損をしている人は多い!
ボイトレは呼吸と姿勢の基礎トレに最適!


ヨガや瞑想法や呼吸法や座禅の指南書あるいは指導者を選ぶさいは、
ちゃんと危険性と注意点を指摘しているかどうかを基準にしないといけません。
例えば、野狐禅をすすめるスピリチュアル系禅などは究極ごく極めて危険です。
頭がおかしくなったら、あなたは元に戻せますか?
そもそも禅仏教はスピリチュアルの中核を完全否定なので、混ぜたらおかしくなって当然です。

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-113.html
子子子子子流健康法~今までの主に健康に役立つ記事のまとめ+α~

【音読用】

浜松屋の場での弁天の見顕し
「知らざぁ言って
聞かせやしょう
浜の真砂と五右衛門が
歌に残せし盗人(ぬすっと)の
種は尽きねえ七里ヶ浜(しちりがはま)
その白浪の夜働き
以前を言やぁ江の島で年季勤めの稚児ヶ渕(ちごがふち)
百味講(ひゃくみ)で散らす蒔銭(まきせん)を
当(あて)に小皿の一文子(いちもんこ)
百が二百と賽銭の
くすね銭せえだんだんに
悪事はのぼる上の宮(かみのみや)
岩本院(いわもといん)で講中(こうじゅう)の
枕捜し(まくらさがし)も度重なり(たびかさなり)
お手長講(おてながこう)と札附(ふだつき)に
とうとう島を追い出され
それから若衆(わかしゅ)の美人局(つつもたせ)
ここやかしこの寺島(てらじま)で
小耳に聞いた祖父(じい)さんの
似ぬ声色で 小強請(こゆすり)騙り(かたり)
名せぇ由縁(ゆかり)の 弁天小僧
菊之助たぁ
俺がことだぁ」

「勢揃いの場」名乗りの連ね
「問われて名乗るも おこがましいが
産まれは遠州 浜松在(ぜい)
十四の年から 親に放(はな)れ
身の生業(なりえい)も 白浪の
沖を越えたる 夜働き
盗みはするが 非道はせず
人に情けを 掛川から
金谷をかけて 宿々(しゅくじゅく)で
義賊と噂 高札に
廻る配符(へえふ)の 盥越し(たれえごし)
危ねぇその身の 境界(きょうげえ)も
最早四十に 人間の
定めは僅か 五十年
六十余州に 隠れのねえ
賊徒の張本(ちょうぼん) 日本駄右衛門」

「さて其の次は 江ノ島の
岩本院の 児(ちご)上がり
平生(ふだん)着慣れし 振袖から
髷(まげ)も島田に 由比ヶ浜
打ち込む浪に しっぽりと
女に化げて 美人局(つつもたせ)
油断のならぬ 小娘も
小袋坂(こぶくろざか)に 身の破れ
わりい浮名も 龍(たつ)の口
土の牢へも 二度三度
だんだん越える 鳥居数
八幡(はちまん)様の 氏子にて
鎌倉無宿と肩書も
島に育って 其の名さえ(せえ)
弁天小僧 菊之助」

「続いて後(あと)に 控え(ひけえ)しは
月の武蔵の 江戸育ち
幼児(がき)の折りから 手癖(くせ)が悪く
抜参(めえ)りから ぐれ出して
旅を稼ぎに 西国を
廻って首尾も 吉野山
まぶな仕事も 大峰に
足をとめたる 奈良の京
碁打(ごうち)と云って 寺々や
豪家(ごうか)へ入(い)り込み 盗んだる
金が御嶽(みたけ)の 罪科(つみとが)は
蹴抜(けぬけ)の塔の 二重三重(にじゅうさんじゅう)
重なる悪事に 高飛びなし
後(あと)を隠せし 判官(ほうがん)の
御名前騙り(おなめぇがたり)の 忠信利平」

「又その次に 連なるは
以前は武家の 中小姓(ちゅうごしょう)
故主(こしゅう)のために 切取り(きりどり)も
鈍き刃(やいば)の 腰越や
砥上ヶ原(とがみがわら)に 身の錆を
磨ぎ直しても 抜け兼ねる
盗み心の 深翠(ふかみどり)
柳の都 谷七郷(やつしちごう)
花水橋の 切取りから
今牛若(いまうしわか)と 名も高く
忍ぶ姿も 人の目に
月影ヶ谷(つきかげがやつ)神輿ヶ嶽(みこしがたけ)
今日ぞ命の 明け方に
消ゆる間近き 星月夜
其の名も 赤星十三郎」

「さてどんじりに 控え(ひけえ)しは
潮風荒き 小ゆるぎの
磯馴(そなれ)の松の 曲りなり
人になったる 浜育ち
仁義の道も 白川の
夜船へ乗り込む 船盗人(ふなぬすっと)
波にきらめく 稲妻の
白刃に脅す 人殺し
背負(しょ)って立たれぬ 罪科(つみとが)は
その身に重き 虎ヶ石(とらがいし)
悪事千里というからは
どうで仕舞(しめえ)は 木の空と
覚悟はかねて 鴫立沢(しぎたつさわ)
しかし哀れは 身に知らぬ
念仏嫌えな 南郷力丸」

「書写じゃぞ書写じゃぞ」が口癖の書写山の社僧正シャア少佐の肩たたき器を暖かく迎え入れた
柿食う客飛脚の東京特許許可局局長、
高架橋橋脚上の究極高級航空機にて六カ国協議今日急遽休暇許可拒否。

公序良俗やお綾や親にお謝り、お綾やお湯屋に行くことと骨粗鬆症訴訟勝訴を八百屋にお言い、尼も按摩お揉み。

老若男女の低所得者層ジャズシャンソン歌手総出演新春シャンソンショー。

探査車除雪作業中に、
京のなま鱈奈良なま学鰹に竹立てかけた高速増殖炉内の白装束集団の魔術師助手、
魔術修業中、摘出手術中、集中術著述。

外郎売 (ういろううり) ・新字新仮名遣い
http://www.benricho.org/kotoba_lesson/Uirouri/shinkana.html


【姿勢・呼吸・発声】

 お腹を前に突き出すと嫌でも背筋が伸びる!

 アイアンガー『ハタヨガの真髄』
 ターダアサナ

・足を揃えてまっすぐ立つ。両足の親指、踵をつける。
・足の指はすべて床にぴったりとつける。
・ももの内筋肉を伸ばしあげるようにすると、
 膝をリラックスしたままで引き上げることができる。
・尻はそっと締める。尾骨を尻の中にしまうような感じ。
・胃が自然に引っ込むように、
 肋骨を広げ
、背骨を上に伸ばし、首をまっすぐ。
・体重は踵と指先の一方だけにかけずに、等分にかける。
・頭頂から糸に引っ張られる様に細い軸をイメージ。
恥骨を引き上げる。
・肩甲骨を背骨に寄せる感じ(胸が開く)


 宮本武蔵『五輪書水之巻 』
 身のかゝり

・顔は俯かない、上を向かない、傾けない
・顔を歪めない
・目を剥かない
・額に皺を寄せず、眉間に皺を寄せる
・目の玉を動かないようにして、瞬きをしない
・目を少し細めるようにして、のどかな感じのする顔つき
・鼻すじはまっ直ぐにして、頤には少し前に出す気持
・首は後ろの筋をまっ直ぐにして、頸に力を入れる
・両肩を下げ、背すじをまっ直ぐ伸ばす
・尻を出さず、膝より足の先まで力を入れる
・腰が屈まないようにし、腹を張る

魔王アモン ‏@mryensrh11
歪んだ姿勢で呼吸しちゃだめだ 人体にはチャクラが5つあって
(いや、本当はチャクラじゃねーんだけどさww)
そのうちの過半数 つまり3個以上を揃えられるかどうか
ってのがひとつの注目点

で、このチャクラ(いや、だからチャクラじゃねえんだけどw)の
うちのひとつが 頚椎 エヴァンゲリオンのエントリープラグ刺すところ

峨骨 ‏@Chimaera925 10月16日
無性にライブがやりたい。あの業界とは関わりたく無いけれども。錆び付いていてお話にならないけどな。歌は歌えばいいものじゃない。体作りが基本、アスリートと一緒だ。思うように身体を操作するための筋肉と神経、声帯操作のトレーニングにあとは呼吸と発声に必要な人体構造の知識、練習で歌う?論外

最低限が出来てないのに歌ってみて練習なんて最悪だ。練習にもならない。変な歌癖が付いてロクな事にならんよ。ポリープやら何やら出来て手術か引退コースだ。スポーツで言えば、練習しないのに練習試合やるようなもん。無茶苦茶だ。
今日日は誤魔化し利くから、歌い手なんて単なる素材だけどな。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya 10月16日
@Chimaera925 これっていわば肉体の訓練ですよね。自分の意思通りに肉体をコントロールするの。イメージ操作に肉体のコントロールが乗ると最強かも。。。ごくり。

前にカラオケでユーミン歌ってる時に音階のイメージと肉体の発声がかぶればこれはやばいと気付きましたで。

峨骨 ‏@Chimaera925 10月16日
@lakudagoya ええ、肉体と神経、脳のコントロールです。ボックス呼吸と組み合わせるのが正しい利用法だったり(笑)身体、呼吸を操作すれば心理状態や脳波も思いのままに再現できますよ。

お、ユーミン歌うんですかい。

尚、対象の呼吸を限定することで意図した心理状態に操作する事も可能。

大抵の人は呼吸が浅く、胸で息をしているから不安にさせるのは比較的簡単。腹式呼吸なんて言っても、大抵腹式呼吸出来ていない。この呼称が誤解の原因かもしれないが。漠然と腹を膨らませても、苦しいだけで意味がない。腹では浅い。吸うとき逆に腹を凹ませてみると丹田、腸の付近が重要だと解る。

息を吸うのはそこまで重要じゃない。腹を凹ませて丹田のあたりがじわりと熱くなる筋肉の動き、これを吐く時に使う。このように息を吐く事で効率よく息を吐き切る事ができる。すると、反動で勝手に空気が入ってくる。歌のブレスコントロールに必要なのがこの筋肉。笑いすぎると痛くなる筋肉もこの付近

あと意識するのは背筋か。肩を上下させる胸式呼吸では息が調節し辛い。自分の筋肉を意識して、息の強弱をコントロールして声帯を振動させて、そいつを骨や身体を使って増幅してやる、これが極意。あとは最大効率を得るための脱力。慣れると首を振りながらシャウトできるようになるはずだ。

突き詰めると、一番盛り上げるサビのパートを花の香りを嗅ぐ程度の呼吸をひとつしただけで歌えるようになるだろう。無駄を省いて効率化して最後まで吐いた息を使い切るなら肺活量はそこまで関係ない。無駄な力……特に肩や首、舌、喉あたりが主、あるいは変な歌癖があると難しいな。


リラクゼーションのすすめ ~自律訓練法~
http://www.kaimin.info/part/suffer/dia05.html
この自律神経訓練法をプログラムに組み込むと脱力のコツが掴みやすい。催眠誘導なんかにも使われる古典的な手法だけど、なかなか侮れない。

ちなみに、深い腹式呼吸を行うと腸の血行が良くなり、便秘や内臓の冷えの解消の役にも立つはずだ。なかなかハードな運動になる。素早く鼻から息を吐いて吸うのを片方づつ行うと心身が活性化される。満腹時や妊娠、体調不良時は避ける事。深く息を吐けば勝手に入ってくるので、吸うのは意識しなくて良い


四半世紀くらいやると勝手に身につくので、ユルく、気楽に、テキトーに。完全に手探りだったから時間かかったけど、ある程度のポイントがわかっていればそんなにかからない筈だ。

ここでは滅茶苦茶ざっくり書いたけど自分の脳に電極をセットしたり、fMRIで脳を輪切りにしてデータ取ったりもしたので、それなりにネタは色々あったりする。歌の為に歌以外の事をする奴って他に見かけないな。周りは皆、真面目にひたすら歌っていた記憶が。


腹式呼吸の利点は、他には腹が据わる。動じにくくなる。呼吸の重心が胸に行っている時は動揺しやすく、頭に行っているときは文字通り頭に血が上ったりのぼせやすくなる。おかしな手法で能力開発やらやると頭に行きやすいかな。あとは冷静さを失った時なんかはね。そんな時に呼吸を変えると意識が変わる


催眠誘導の弛緩法と組み合わせて寝る前にゆったりと行うと、リラックスして眠れるかもしれん。
俺の場合、フランキンセンスとミルラの香を焚いて、固い床の上で死者のポーズで意識を落とさず横になる事で1~2時間くらいで充分な脳の休息が取れる。時間が無い時はこれで仕事に行ったけど健康体だったな

あとは表情・顔の筋肉と姿勢もポイント。顎を突き出した猫背は最悪。胸部や頚椎が圧迫されるから呼吸が浅くなる。わざと浅い呼吸をしてみれば解るけど思考にもやがかかり精神が不安定になる。顎が突き出される事で舌の位置もおかしくなり、口呼吸にもなりやすい。低位舌はロクな事が無い。

姿見を置いて家を出る前に理想的な姿勢を取ってみて身体に覚えこませて正しい・美しい姿勢を習慣化させたり、作業する傍に鏡を置いて表情を確認するのも効果的
だ。
なんだか、マイ・フェア・レディみたいな話になってきたな。その流れで行くと、本の朗読をして録音し聞く、これもまた一つの手だ。


姿勢は発声にも影響してくるとはいえ、猫背に慣れると正しい姿勢に必要な筋肉が足りていないので低負荷のチューブトレーニング、アイソメトリクストレーニングやストレッチ、ヨガ等からできるものを軽く行うと良いだろう。まあ、一番は美意識だな。もとの造りが変わらずとも、立ち居振る舞いが変われば

自然と美しく見えるものだ。そうあろうと思う事が一番の近道、かもしれない。あまり気負わず、街中で人間観察して「この姿勢は格好悪いな」と思ったら人の振り見て我が振り直せってな具合に。「見習いたいな」と思えば模倣する。このように動機付ければ人を見ただけでトレーニングが常に意識できる。


常に人の目を意識する、これは結構重要かな。自意識過剰になれって訳じゃなくて、客観的に見て自分がどう見えるか、見られるかを意識する。あるいは、どう見られたいか。自然にこれが意識できるようになると、以前書いた心理誘導の手法を使って自由に自分を演出することができるようになる。守破離だ。


やれ本当の自分だ、ありのままの自分だなんだと言うけれど、大切な人や場所に赴くのに全裸で行ったり目脂だらけの顔で行ったりはしない。それに相応しい装いで向かうはずだ。相手も自分も恥をかく。表情や姿勢も一緒。自分らしさは相応しい立ち居振る舞いをして、隠そうとしても内から滲み出るものだ。

それは知性だったり品性だったり色気だったりするかもしれない。ちょっとした演出でそれが滲み出ていると相手に錯覚させる。ジョハリの窓を引き合いに出すまでも無く、人間は様々な表情を持っている。それはひょっとしたら、自分の気付いていない一面かもしれない。そう思うと面白いものだ。

まずは脱力。頭のてっぺんにハンガーのフックが付いていて、それに釣られて立っているイメージ。座っている時もこれ。その際に、腹式呼吸のあの熱を持った部位に軽く力を入れてやると骨盤が安定して腹が据わり自然と背筋が伸びる。
あとは背骨の一本一本を意識して隙間を開けて筋肉で支えるような感じで

あとは軽く胸を開いて顎を引く。ヤジロベェのように上体が骨盤の直立するようなイメージだ。
椅子の背凭れから拳一つ分離れた位置に座ってこの姿勢を取り上体をユラユラさせてみると、腹部に軽く意識を置く
事で安定した姿勢になっているのが確認できるだろう。式典でも役に立つ楽な座り方。

この立ち姿で足を肩幅に開くと、非常に歌いやすい。重心が下にあるから安定性が高い。上に意識があると、首や肩に無駄な力が入り喉が絞まったり、ピッチが不安定になったりしやすい。なにより、シャウトしにくい。

腹が据わらないから上体が上手く脱力できずに、ふんばりも利かない。これは歩くときも一緒。ハイヒールを履いて猫背気味に顎を突き出して歩いている残念な姉ちゃんを見てみればわかるけど、頭部と胸部にかけて重心がある。あれではモデルみたいには歩けない。重心の位置が間違った位置にあるからだ。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
@Chimaera925 よくお金持ちがこういった空気や雰囲気のコントロールをするのでどんな秘術があるのかと知りたくてしょうがなかったのですが、こんな秘密があったんですね。

こんな明晰なわかりやすい言葉で雰囲気で相手を洗脳する方法を知れてとても嬉しいです。やっぱ姿勢と座法大事なんですね。いやはや、ひとつひとつにちゃんと意味があって無駄がない美しさがありますね。

峨骨 ‏@Chimaera925
@lakudagoya 日本の金持ち、成金でそこまでやっているのはあまり見ないですね。声のトレーニングも全く。コントロールの為の重要度は見た目(ファッション・立ち居振る舞い)声(話し方・リズム・声質)、最後に話す内容。印象はこれらのトータルコーディネートで成り立っています。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
@Chimaera925
ユーミンの歌をカラオケで歌ってもしや。。。と気付いたのですが大当たりでした。

これやばいっすよ。なんて応用の幅が広すぎる技術なんでしょう考えるだけでですよ。

峨骨 ‏@Chimaera925
@lakudagoya かなりはしょったので(本来は本が一冊書ける為)抜けが多い気がしますが、経験が役に立つようなら何より。一応、入門にヤバい情報や手法は省いたので危険は無いかと思われます。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
@Chimaera925 いやいや、実に素晴らしく要点が纏まっており素晴らしいです。こんな実践アドバイスを集めた本があれば私の宝物になるでしょう。

はい、危ない情報は省いてあり、むしろこんな安全なアドバイスだらけのものはあまりないかもですね。

適格でわかりやすいです。

峨骨 ‏@Chimaera925
@lakudagoya それは良かった。セルフ人体実験して「ん!?まちがったかな」した甲斐があるというものです(笑)

ええ、巷に溢れる自己啓発やスピ系のこの手の情報は危険が一杯で、あまりにも不誠実で、見ていてツッコミ疲れます。時に血の気が引きますね。却って逆効果なんてのも多々。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
@Chimaera925 いやいや、ここまで実験する人はレアですし、その記録は殆ど外に出ませんから凄く参考になるのです。

スピ系はほんと血の気が引くのわかりますよ。不誠実というか、意図して大事な所をくり抜いて技術としては危なっかしすぎるのに、陰謀論とセット売りなんて。。。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
@Chimaera925 あ。。。やはりですか。歌などにも使える技術なわけですから隠れな人音楽の世界にも多いでしょうね。

音楽の再現や脳内の理想のイメージを肉体を操作して自由自在にできればこれはやばいかと。

はい。下手くそですけど、はたとカラオケで気付いた人です。

峨骨 ‏@Chimaera925
@lakudagoya 音楽はトランス状態に入る儀式の一つですからね。通じるものがあります。

そのあたりの同期は自分の発声を録音して繰り返し聞き、また発声して録音して聞く作業を繰り返し、自己認識と現象の齟齬を丹念に埋めていくことで可能となるでしょう。便利な世の中になったものです

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
@Chimaera925 そうそう。その方法でやれば凄くうまく行きますね。

というかこの方法は、科学技術が発達すればするほど面白いことできるような気がする。

これを見て、おいらがますますこういうのを血眼で見つける事に熱心になりそうです。狩人として(笑)

峨骨 ‏@Chimaera925
@lakudagoya VRやリアルな3Dのゲームは便利ですよ。今では動画どころかモーションキャプチャーまで。

ここに体感が加わればより一層面白いことに。それだけ催眠や洗脳を受ける危険性も伴いますが、所詮は道具なので使い方次第です。

峨骨 ‏@Chimaera925 10月
呼吸法で息を止める時、よくありがちな間違いは流れは止めない。息を吐ききって下腹部の筋肉が収縮した状態で静止する。この時、肛門を腸に引き込むように閉めた状態。喉で息を止めるイメージは誤り。緩めると息が入ってくる訳だ。緩めて空気が肺に入るに任せて、弛緩させたまま静止。喉で止めない。

水を一気飲みするみたいに喉は開けたまま。
これが極意。歌うときもこうすると、歌がブツ切りにならない。フレーズが途切れても歌の流れが続く。歌わない箇所は休む場所じゃない。歌わない箇所も歌の一部。ここで休むとそこまでの流れが途切れてしまう。

呼吸の訓練では流れを止めない。息は生きること。流れを止めないように意識するとやり易いだろう。もっとも、俺の一番効率の良いやり方に最適化されているから流派(?)ごとにやり方があるだろうけども。

初歩段階では、上体に無駄な力を入れず脱力して息を吐く事を会得する。これを飛ばして吸う段階に行こうとすると無駄な力が入る癖が取れない。濡れた布を詰めた管楽器を思いっきり吹いても楽器は壊れはしないが、声帯は故障する。脱力して息を吐く事を体で覚えるまでは息を吸う事は意識しなくてよい。

一般的な腹式呼吸では腹を前後に膨らませるイメージだが、実際には下腹部の末端から内臓を押し上げるように収縮させ徐々に下腹部が凹み、次に腹部。丁度、切れかけの歯みがき粉のチューブを絞るような感じだ。上に押し上げるような動きだが、イメージでは体が沈み込むように。肩幅に足を開き行うと、

地に根が張ったかのような安定感が感じられるだろう。意識と神経と筋肉を連動させて、より長く細かく制御して段階的に吐けるよう体作りすることで、限界まで声が振り絞ることができる。声帯に負担をかけず、体に負担をかければかけるほど大きく強く高い声が出せる寸法。

ありがちな誤りが、大きく強く高い声が出そうとして上へ上へ意識を持っていくこと。足を踏ん張って下へ下へ行くのが正しい。喩え悪いけど、トイレで踏ん張るあの感じ。両足上げては踏ん張り利かない訳で。意識を上へ上へ持っていくと息の制御が甘くなり、首周りにも力が入る。

呼吸の訓練はしっかりやっていれば必要な筋肉は勝手についてくる。上体を脱力してから、できるだけ時間をかけて徐々に筋肉を収縮させて息を吸い切った所で静止、筋肉を徐々に緩め吸った時間と同じ長さ息を吸い、静止。これを繰り返すことで発声に必要な繊細な息の制御が可能となる神経や肉体が作られる

中学の頃、ボーカルのトレーニング本を何冊も読んだけど、まず腹式呼吸について書かれていても一頁程度。具体的には書いてないし、それで身に付いたかどうかも解らない。息が身に付かないのにトレーニングや技術の話。スポーツで言えば競技に必要な知識や体作りが無いのにいきなり競技の技術練習。

下半身の強化は別途必要か。俺の場合、スキー、スケート、剣道、陸上(短距離走と高跳び)でそれなりに鍛えていたから走り込みとスクワット、たまに站樁功 くらいしかやらなかったけど、粘り強く力強い足腰があった方が重心が安定して踏ん張りが効くしパワーも出る感はある。
呼吸の補足:息を吐ききったあとて脱力して自然と入ってくる過程を息を吸うと表現している。腹を膨らませて吸う必要は無い。脱力が身に付かない段階でそれをやれば息を吸おうとして余計な力が入りいつまでも脱力が体得できない。肩が上がって胸式呼吸になってしまい本末転倒。変な癖が付くと遠回りだ。

歌手の歌真似して変な癖や喉を潰しかねない歌癖が付いてしまうと、なかなか治せない。自分自身の手で自身の声の力、魅力を掘り起こさなくてはならないのに、誰かの劣化コピーになってしまいがち。基礎が無いのにそれをしようとすれば、喉を潰しかねない。百害あって一理無しだ。
役者は体作りから入るのに、歌はカラオケ等で誰でも歌えるから軽視されやすい。昔と違ってマイクや音響機器の性能向上で声が拾いやすくなり、編集やエフェクトも簡単に付けられるから声楽ほどは重視されないし、求められてもいないだろうが、何本もライブ演って持たないのはちょっとな。

あの呼吸法は精神状態や力を入れる箇所、呼吸の加減によってツボに嵌まると呼吸するだけで快楽や多幸感が得られるパターンがある。ある種間違ってはいないがそのやり方はお勧めしない。呼吸だけで賢者モードになり日常や健康に支障が出る。それで悟ったなんて勘違いしても不味い。脳内麻薬の錯覚だ。

そのようにはならないように書いているので恐らく危険は無いだろうが、偶然そうなる可能性もあるので。これで得てしまった神秘体験や特別な体験に思えるものは脳内麻薬の産物で錯覚だ。ほどほどに付き合って、快楽や優越感に溺れてはいけない。それは破滅の第一歩。引き返せ。

敢えて心と書かないのは神秘主義やオカルトが入り込まないように。人間、期待すると見たいものを脳内で作り出して見てしまう生き物なので。そっちは無防備に踏み込むと実に危険で、良いことなど何一つ無い。カルトにハマるくらいならまだマシなくらいに。タチが悪いのを拗らせると人間として終わる。

呼吸法で心身を健やかに、歌唱力を向上させ本来持つ声の魅力を引き出す。求めるのはこれくらいで充分だ。神秘体験や特別な力は求めてはいけない。欲や誘惑に囚われないと思っていても、求めないのが無難だ。そんなもの無くても人間は生きられる。いや、手段に依存するくらいなら最初から無い方が良い。

ありがちなカルトのイニシエーションでまやかしの神秘体験をしてカルトにハマる者を見れば危険性は解るだろうから、これくらいで。

人間ってのは、ある環境や条件、前提となる知識が揃うと簡単に神秘体験のようなものを脳内で作り出して体験してしまうので、研究する側としては面白いのだけどね。やってはいけない見本だ。それを悪用する連中は軽蔑に値する。風上にも置けん連中だ。恥を知れ、と。

白魔術だの黒魔術だの分類されているように見えるが本質は同じだ。まじないにしても呪い。どれも意識の変容の技術。使い方によっては他人の意思をねじ曲げる技術でもある。戯れに手を出して効果が無ければ幸い、あれば最悪。道具は使う者の倫理観に委ねられる。相手を幸福にするから白など単なる欲目。

カルトの教祖の下半身が大抵暴走するように、精神を鍛えてもいない強い倫理観を持ってもいない欲にまみれた俗物がその手の技術を手にしても、肥大化した強烈な自我や欲望を制御できずに破滅に向かう。それならばまだマシだろう。破滅していないならば、破滅と厄災を振り撒き周囲を巻き込む。


歌手の歌真似して変な癖や喉を潰しかねない歌癖が付いてしまうと、なかなか治せない。自分自身の手で自身の声の力、魅力を掘り起こさなくてはならないのに、誰かの劣化コピーになってしまいがち。基礎が無いのにそれをしようとすれば、喉を潰しかねない。百害あって一理無しだ。
@lakudagoya 空いた時間に入門編をちょくちょく書いてみました。人に説明するように書くとやっぱり良い確認になるね。 実践する際は、脱力にはくれぐれも気を付けて。具合が悪くなったら中断を。慣れない内は脳や神経、体に負担がかかるのでほどほどに。

峨骨 ‏@Chimaera925 2017年1月31日
鼻歌は発声を鍛えるのに役立つ。ゆったり丹田、下腹部を絞りながら、それ以外の無駄な力みを排除しつつ、柔らかく息を流して鼻歌にする。鼻腔あたりにある共鳴を胸部まで下ろして、丁寧に低めの共鳴を作る。次に口を軽く開いて、そのまま唇を動かさず舌のみ動かして発声に変換する。
脱力しつつ母音や
子音が明瞭になるよう意識しつつ、口先でなく体で発声する。普段、口先で発声している者が真面目に取り組むと体に負荷がかかる。それだけ口先で発声しているということ。あくまで声は体で作る、口先の動きは補助。

これが形になれば、あとは息を流して共鳴に変換する効率を上げてやれば歌になる。

無駄な力は要らない。力づくで息を叩き付けて発声しようとするのは非常に効率が悪い。全身に無駄な力を入れる癖が付いて脱力が身に付かず、無駄な息継ぎも増え安定せず、声帯にも負担がかかる。爪先から髪の毛先まで効率よく使って、最大の効率で息を声に変換する。息で種火を大きくするイメージか。

強く吹けば種火が消えてしまう。種火が消えないように、長く安定してそっと息を吹きかけるように、声帯を振動させる。
これが安定してくると、共鳴を保ったまま話す声で歌に入ってシャウトもできる。強火も弱火も思いのまま。イメージできない事はできないが。

日本語は口先で音を作ってしまうから、変な力み癖が付きやすい。そのまま歌に入ると喉を痛める。そして、体で発声しないから発声に必要な筋肉が付かず、薄っぺらい声を息の強さで誤魔化して声量を保とうとしてしまう。歌っているのに歌っていない。楽器を歌わせず力ずくで楽器を鳴らすかのよう。
マイク、音響機材や編集機材の性能が向上して、そんな薄っぺらくて通りの悪いマイク乗りの悪い声でも拾うようになって、発声以前の共鳴は発音、息、声質はそこまで重要視されなくなった感がある。カラオケ文化やエコーかかったマイク、ドンシャリしたアンプとスピーカー。いい声は育てるには良くない。

発声がマラソンや短距離走で歌はフルマラソンのようなもの。息の制御や無駄の無い合理的な発音が身に付いて、必要な体作りをしていなくても、物心付いた頃から大抵の人は話せるし歌えてしまうけれど、実際にはまだ立って歩けないのにマラソンや短距離走をしているようなもので、基礎がおざなり。

スポーツ選手がイメージトレーニングや体作りをするように、発声の前にイメージトレーニングや体作りが必要。基礎や基礎を身に付ける為の土台作りをやらないで、実践的な練習。何人かは喉を潰して何人かはモノになるかもしれないが、それは技術ではなく斉能や運、巡り合わせ。それじゃ意味がない。

無駄に息継ぎせず、母音と子音を意識して、筋肉の無駄な強ばりが生じないように一音一音、息の流し方から息継ぎまで、ゆっくりと丁寧に行う。素早く数をこなしても雑。勢いで誤魔化せるから身に付かない。本を朗読するように息で読むのも良い訓練になる。発声する息の吐き方で息継ぎは自然に、無駄なく
間を空ける時は流れを止めない。喉で締め付けるように息を止めるのではなく、発声する為に動かしていた筋肉をその状態で制止させる。そして息継ぎしないまま、次の発声に繋げる。息継ぎは増やせば増やすほど、流れがブツ切りになる。サビの一フレーズごとに息継ぎしていたら迫るような迫力は出ない。
現代は録音して自分で簡単に確認できるから楽になった
ものだな。テープレコーダーみたいに、いちいち巻き戻ししたり頭出ししたりしなくて良いし、テープの劣化や容量も考えなくて良い。

自分の声を録音して確認するのは、鏡を見て自分の表情筋が意図した通りに動いているか、姿勢は正しく取れているか、動作に粗は無いか、見苦しくは無いか、人前に立つに相応しいかと確認する作業と同じ事だ。鏡で自分の姿を見慣れていても、大抵の人は自分の声を聞き慣れていない。

人間の意思力ってのは呼吸と血流の循環だ。これらが淀みなく循環していれば、意思力は保たれる。これらが滞ると弱くなる。浅く粗い呼吸では、まともな意思は保てない。直ぐに折れて流される。
パチンコに熱中している者や携帯に夢中になっている者、テレビに夢中になっている者を観察してみるといい。のめり込んで自分の意思でコントロールできていない者の呼吸は浅く粗い。呼吸が乱れて止まると思考も止まり、ものが考えられなくなる。調和の取れたリラックス状態の対極にある。

もし、このような状態に陥った時は何よりも息を限界まで吐き尽くす事が重要。息を吐き尽くすと、あとは筋肉を緩めるだけで勝手に肺に空気が満たされる。歯磨き粉のチューブを根元から絞り尽くすように息を吐き出す事だけ意識すれば良い、素早く呼吸を繰り返す時は素早く吐き尽くして反動を利用する。


息を吐き尽くさず、一度に取り込める呼空気を増やす為に力ずくで容積を増やそうととするのは無駄だ。これでは腹式呼吸の意味がない。余計な所に力が入り、癖になると慢性的な凝り、血流の悪化の原因となって長期的に見ても良くない。
それらを踏まえるとボックス呼吸は実に良い呼吸の訓練になったな。理論や技術を踏まえず、形式だけ実践しても大して役には立たないが、呼吸法を理解して繰り返して身に付けるにはとても有用。
息をロクに吐かずに、息を吸うと陸上で溺れる。まともな呼吸を身に付けずに、呼吸が浅く粗くなったのならば、まさに溺れかけているようなものだ。

youtubeを使ってボイトレを始めよう!
https://cyta.jp/voice/c/entry/1194

山ほど買ったボイトレ本の中で役立った・効果があったおすすめを
http://k-voicetraininglab.com/recommended-materials/

ロングトーン
http://web1.kcn.jp/kujiraza/training/longtone.htm

ヤマヤマ
http://web1.kcn.jp/kujiraza/training/yama.htm

ノドを痛めない発声方法を教えて下さい。 毎回
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1169800986
” 腹式呼吸っていうとおなかに力を入れちゃう人が結構いるんですけど、主さんはそんなことないですか?
おなかに力を入れようとすると、ついでに上半身に力が入ってノド周りの筋肉が緊張し、かえって声が出ないばかりかノドを傷めてしまいます。
まず力を抜きましょう。しっかり立っていられる程度の筋力があれば充分です。息を吸うときはおなかを膨らませるのではなく、おしりの上のほうに空気を入れるというか、腰周りに浮き輪をイメージしてそれを膨らませる感じで。
その状態で、裏声を出してみましょう。ノドは疲れませんね。ただそのまま裏声で挨拶するとみんなびっくりしちゃうと思うんで(笑)その声の出し方の感覚を忘れないようにしながら普通の(ように聞こえる)声を出します。裏声だと声が後頭部を通って上に抜けていく感じかと思いますが、それを前に持ってきて鼻の裏あたりと上あごの天井の間くらいを通って前歯の付け根に声をぶつけるようなイメージで。”

カラオケで長時間歌っても喉を痛めない歌い方を
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1052187080
“1週間くらいでもいいので以下を真面目にやってみて下さい。

最初に飴玉を奥歯にくわえて高音を出してみて下さい。
この状態が喉を痛めない、いい状態です。

歌手や上手い人たちの歌い方はほとんど同じです。
腹式呼吸は大切ですが高い声は腹式呼吸で出る訳ではありません。

いい声を出すのに
一番大切なのは鼻腔共鳴だと私は思っています。
鼻腔共鳴を沢山させると息として声が出ません。
ほとんどが声として出るので、例えばロウソクの火の前で歌っても
ロウソクの火はある程度しかゆれません。

鼻腔共鳴の理解の仕方ですが
両手で鼻と口をおおって歌ってみて下さい。
(手は拍手をしたときの形です)
こうすると手と鼻に震えをたくさん感じるはずです。
この震えを多く感じるように歌います。

仰向けに寝てこれをやると力を入れずに歌うことも
一度に理解出来るのでお薦めです。

これをせめて1週間くらいやって下さい。
力を入れずに鼻腔共鳴させることを体が覚えてきます。
上手くやれば手をかぶせた瞬間から楽に高音を出すことが出来ます。


その後にすることは手で鼻と口をおおっていないときでも
沢山鼻腔共鳴させることが出来るようになることです。
手をかぶせた時と同じ感じでやればいいのですが
以外に難しいです。

これはやった本人しか解りませんのであくまで『感じ』になります。

息は前に出さず上に向けて出す感じ。

口の中で声を循環させる、つまり外へは息を出さない感じ。

高い声ほど口を大きく開ける感じ。

歌は高音部分も普通の声の大きさ以下しか出さない感じ。

息という感じはなくなり全てが声になる感じ。
特に単語の最初の言葉、例えば『あいしてる』の『あ』を息と一緒に
外に出さない感じ。

高い声を無理に出そうとして大きな声で息を強く出すのが
最高にダメなことです。
反対に口の中に声をためこむ感じなのですが、本当に
文字では伝えにくいです。

鼻腔共鳴をすることが出来ていたら絶対に楽に高音が出ます。”


喉を痛めない歌い方・練習方法
http://hatuseirensiyu.com/entry44.html
“腹式呼吸は息を吸った時にお腹が膨らむように呼吸をします。
それと同時に背筋も使うのがポイントで、
腹筋と背筋を同時に引っ張ることによって横隔膜を下げ、重心を下に引っ張ります。
腰の両サイドに手を当てて押し返されるぐらいの力が入っていれば背筋を十分に使えている証拠です

息の吐き方は、前へ押し出す感じではなく、細く前歯の裏側へ当てるように意識して出すようにしましょう。
次に声の出し方ですが、ついつい前へ声を出すような歌い方をしてしまいがちですが、
頭の上の方で響かせるように、
ちょうど耳の後ろから声を出すイメージで歌うと、少ない息で響いた声が出せるようになり、喉への負担もとても少なくなります。
最も喉を痛めやすいのが高音域を出すときです。
つい下あごに力が入ってしまいがちですが、
ちょうどあくびをしたときのように、喉の奥を引っ張るような感覚で声を出すと喉への負担が少なくなります。”


喉に負担をかけない声の出し方
http://www.newberrysound.com/clinic/VC13.html

大きな声の出し方のコツ16選【小さな声を改善しよう】
https://www.voice-produce.com/blog/4124

声を大きくするために知っておきたいこと…その1、「息」と「声帯」についてhttp://d.hatena.ne.jp/wander1985/20100305/1267767247

喉が疲れる声・喉声
http://artjamu.com/voice/nayami/nodo-goe/
” 喉の力を抜いて発声する練習をします。
まず、呼吸に関する筋肉(インナーマッスル)を鍛える運動を行いましょう。
そのために、つま先を外に向けて立ち、スクワットをゆっくり行います。
次に、仰向けに寝て、手を頭の後ろに置き、ゆっくりと首を起こしたり寝かせたりします。
次に、四つん這いになり、ゆっくりと背中を丸くしたり、反らしたりします。
それぞれを、腹式呼吸を行いながら、5~10回ほど
行います。
次に、発声のための、体をリラックスさせるための準備運動をしましょう。
(準備運動については、ここを参照してください。)
もし腹式呼吸がうまくできない場合は、ここも参照してください。
ここまでが、準備運動です。
「あくび」をして、喉が大きく開く感じをつかみます。 これが、喉の力を抜いた状態ですので、記憶しておきます。その状態で「ア イ ウ エ オ」と最初は小さな声で、その後、徐々に声を大きくして言ってみます。
次に、本や新聞などから適当な文章を選び、それをできるだけ柔らかな声で、喉を緩めて、はっきりと朗読してみましょう。言葉を適当な間で区切り、大きさのメリハリをつけて、聞きやすい言葉で発音しましょう。
これらを繰り返します。
ただし、声を長時間出し続けていると、声帯を痛めてしまいます。発声練習は20分程度続けたら、その後、20分程度は声を出さないようにして、喉を休ませたほうがよいでしょう。
これらの練習では、必ず自分の声を録音して、それを聞いてみて、進歩があったかどうか確認してみましょう。
もし、録音した自分の声が異様に聞こえるようであれば、録音した変な声についての解説を参照してください。
一般に、自分だけで独学のトレーニングを行った場合、すぐに効果が出るわけではありません。少なくとも、1か月以上は練習を続けましょう。また、トレーニングで効果が出ても、しばらく休むと元の状態に戻ってしまいます。満足した結果が出ても、全く訓練をやめてしまわないで、適度に続けることが必要です。


“それじゃぁやっぱ歌っていうのは喉の準備ができていないとプロだろうが声がでないんだ。特に、やっぱ緊張して筋肉の緊張が半端なくて、第一声から笑われちゃう
口の空間を全部閉じてハミングを上にいったりしたにいったりしてみてくれ。
そうすると鼻に響いたり、喉に響いたりするだろ?これをサイレンみたいにやっとけ。音はカラオケだとほぼ聞こえんから。

理由は声帯に負担をかけないように発声の準備に持ってくってことだ
これは基本的なことだけど、まずは一人なら普通に歌えるけど、カラオケだと声が全然出ないってやついるだろ。

まずは最初に喉を起こさなきゃいけない。そこでまずは、ハミングだ。
まずは準備完了

ここからはヒトカラなんかで練習してくれよ。
まず初めに自分が下手だと自覚してくれ。ずっと自覚することで脳の意識的に飛躍の仕方が違う。
それとそこの好きな歌手の真似してるやつ!今すぐやめなさい!
なんで歌手の真似がいけないかっていうとそれはお前らの耳にある。

たまに物真似がすごくうまいやつがテレビででてくるだろ?例えば青木隆二や荒牧なんちゃらっていう女の人だ
彼らは耳がいいおかげで特徴をつかんで歌うのではなく、発声法を真似ているから似たように歌える。
一般人がやるのは無理矢理声質をねじ曲げる悪発声だ。
だから、耳が良くないほど歌の才能がないと言っても過言ではない。
耳の良し悪しっていうのは、音が聞こえる聞こえないのことじゃないから注意ね。
そこで、君たちにはオペラ歌手になってもらおう
まず、なぜ西洋の外人が平均的に歌がうまいかしってるか?
それは言語が大きく響いてるんだけど、彼らの基盤にはオペラ発声があるのね。
音楽の基礎はオペラから変形してると言っても過言ではないと思うんだ。
簡単に言うと、言葉も発声で、日本語はとてもオペラ的な喉の形にかけ離れていたわけなの。
ってことで、オペラの真似をします。これは皆さんやり方はわかると思うんだ。

簡単に言うとあくびとかって言うんだけど、重要なのは喉仏ね。

喉仏の位置をあくびしてる状態の時チェックしてくれ。

すごくしたに下がっていると思う
まずはそのまま「オー」と出しやすい音程を出してみてくれ。その時、

【うなじから声を出す】これ重要

を意識してくれ
声を前歯に当ててみて、そのまま上の口蓋垂っていうザラザラした場所にあててそのまま軟口蓋っていってプニプニした場所からさらに奥にいって喉ちんこに...ってだんだんと響きを後ろに持っていってみて!


ここでなんで、喉仏を下げたかの説明をします。

通常声帯っていうのは緩んでいる状態なんだ。輪ゴムを引っ張る前って感じ。
そこに喉に力を入れて強い息を当てることによって無理矢理輪ゴムを振動させて音を出してるんだ。
これが喋る時の声だ。
しかし喉仏を下げることによって輪状甲状筋というあくびしたときに喉仏を下げるときに使われた筋肉が働きます。

これが動くとなんと声帯は伸びるんだ。


輪ゴムが伸びた状態な。

勘のいい人はもう気づいたと思うけど、
輪ゴムは伸びたときと伸びてないときどっちが音がでやすいと思う?
もちろん。伸びたときだ。

音程が取れない奴には何種類かいるが、だいたいは、
音が聞き取れていなくて音がわからないタイプと、
音はわかるけど出ないし、音程が移動するとブレたりでずらかったりするやつだ。

そりゃぁでずらいよ。声帯が伸びて弦になってないんだから。
ここでは後者のほうの話で行くな。前者はとにかく音楽を聞きいてくれ!

後者はあとは簡単だ。このあくびしたまままずは声をさっきだしただろ?

そのまま「まー」にしてくれ、このとき喉仏があまり上がらないように意識
次に「イー」だ。これは難しいから上がらないポイントを模索してくれ
さて、あくびは終了だ。次はあくびの喉を作ってもらって、そのまま発音ができる口に少しずつ戻してくれ。
「あいうえお あいうえお あいうえお」
っていいながら喉仏が下がってるのを意識したままだ。
「イー」は喉の力を抜いてくれ。

この時点でギリ発音になってるかな?程度でストップ。
さぁ、そのままキープしてみろ。今辛い筋肉がわかるはずだ。

そう。輪状甲状筋だ。


ここで外国の発音なんだが、英語なんかは特になんだが、日本語には絶対無いような発音があったりする。表情まで発音で動いてしまうレベルにだ。

英語っていうのは歌に特化した言語で、自然といろいろ喉周りの筋肉が鍛えられているんだ
こえが出せないときは、喉仏を下げてどこが働いているか意識だ!
さて、まずこの辛い辛い輪状甲状筋を鍛えなければなりません

いままで使ってない筋肉だから、まじで赤ちゃん並みの腕の筋肉ぐらいだと思ってくれww
ちなみに、歌に使う筋肉は輪状甲状筋で、喋りに使うのは甲状咽頭筋だ。これは物を飲み込むときに喉仏が逆に上がると思うけどそのとき働いている筋肉だ
さて、ここからはこえが出せる環境で頼む。

まず、発音がギリギリできるオペラで、無理せず「ふるさと」を歌おう。

うーさーぎーおーいしかーのーかわーってね
もちろんあくびじゃ発音できないだろ?だからそのあくびの口をだんだんとじて、ギリギリ発音できるラインまで閉じてくる。
ちゃんとうなじあたりを意識してそこに口があるように声をだすと、自然とオペラっぽくなるから結構うなじ大事。

声帯が伸びているおかげで、声はダサいけどかなり声は出るはずだ。
音楽の教授がいってたんだが音痴は実際存在しなく、喉の筋肉がまったく鍛えられていないがゆえ、イメージはできているのだが、出したい声が出ないのが大衆の現状のようだ。

さて、これは一週間続けていると、なんと孫六。

かなり楽に喉仏が下げられているというか、もう声を出すと喉仏を下がるっていう感じになってくる。もちろん筋肉だから休みは必要だぞ!

だんだん、発音が完璧にできるところにまで持っていけるようにまで輪状甲状筋が鍛えられてくる。
ここからはオペラ歌手になったつもりで歌ってくれ、うなじから声を出して、しっかり発声できていると、自然とビブラートがかかってびっくりするぞ。

ここで、腹式呼吸について説明する。

聞いたことがあると思う。あの健康にいいやつだ。これは歌にも万能な呼吸でな。

やり方は簡単だ、仰向けに寝て、呼吸。

吸うときに腹がでて、吐くときに凹むだろ?

このままスタンダップ!でもただ、腹を出し凹みさせるだけじゃ意味が無いんだ。
横隔膜ってしってるよな。そこに空気を入れて横に広げるように入れる。

そして吐くときはぎゅうって絞るようにゆっくり息を吐く。

この横隔膜を意識する
だけで、いままで息が持たなかった曲は改善されるはずだ
(喉仏は結構上がってる気がするけど自然にビブラートはかかる
これはしっかり発声できてるんだろうか )
咽頭甲状筋が働いちゃってるな。最終的には使うが、いまは輪状甲状筋だけを使いたいんだ。顎を少し引いて味噌。そうすると首したから喉仏の上にかけての筋肉が脱力するでしょ?
あと、「ふるさと」ワンフレーズアカペラだがうpいるかな?参考になればだけど。

えぇっとそしたら、喉仏下げっぱなしでも完全に発音できるところまでもってきたら、輪状甲状筋は結構鍛えられてきた。

さて、ここで合唱曲やBUMP、福山のような低い曲を歌いまくるんだ!
そのまま輪状甲状筋を働かせて、声帯を引っ張り、うなじから声を出して綺麗ないわゆる、チェストボイスというものが完成する。


ここまで早いやつは10日。遅くても筋肉だから、3週間でだいぶいい声になってくる。

このチェストボイスができる潤いがあり、声量がる声になるんだ。
この輪状甲状筋を下げて、脱力、うなじから発声ができていると、

甲状咽頭筋でいっつも潰されていた喉に空間ができて、響きが生まれるんだ

歌=響き と提唱するひともいるぐらい響きは大事で、

声量・マイク乗りがいい・倍音・音色などあらゆるものを一気に習得できるんだ
そして、自然に音程が取りやすくなっていることに歌って気づくと思うんだ。

さっきもいったけど、いままでは緩んだ音が出るはずのない輪ゴムを無理に息を使って振動を与えてた状態だからね。

この声帯がいまは少しの息でよく振動して、なおギターの弦のように張りのある状態な訳だ。
もちろん完璧な音程の練習はカラオケの音程グラフを出して何度も練習してくれ。それでも簡単な曲だったら見違えると思うけどね

次に高音域の出し方だ。

これは結構練習が必要だが、一番の重要は

輪状甲状筋が鍛えられているかどうかだ。
高音域っていうのは、裏声しか出せないんだ。B'zとかあり得ない高さを地声で歌ってるように聞こえるけど、全部裏声なんだ。

問題はどうやって、裏声を地声のようにきかすかなんだ。

答えは簡単

裏声の喉の形のまま地声を出してやればいい
裏声も地声も同じく輪状甲状筋で下に引っ張って声帯をピンッと張っていないと上手く出ないんだ。

裏声をカラオケで使おうと思っても急にガクッと声量が落ちちゃうのは、声帯が張ってないからなんだ。

だから、最初に鍛えた輪状甲状筋が役に立つんだ!
ここで、輪状甲状筋の鍛え方として、裏声を使った鍛え方もあります。

「ほー」とある程度高めの裏声でだします。

そのとき口に手をあてて、息が結構漏れてるなっていうのは意識してください。

息が漏れてないと、輪状甲状筋が下がりません。

これを何回もやるんですが、個人的に、オペラのやつがある程度できてからやって欲しい。

詳しくは「YUBA ホーホー」でググってみると詳しいことが出ます
(YUBA TV 第1回「ホーホーの正しい発声 No.1」
https://www.youtube.com/watch?v=O7zXBVavKac)
さっき裏声で「ほー」っていったけど

今度は「ほー」ではなく「オー」って息がほぼ漏れないように出してくれ。このとき喉仏が下がってるように!ちゃんとさがってれば息がほとんど漏れないはず!

難しかったら、一回喉につっかえてから「ッッッッオー」ってやるとでやすい。
張りがあって、声量のある裏声が出ると思う

オペラのソプラノ歌手みたいな感じでもののけ姫なんか歌えたら最高だな。

とにかくこの息漏れのない裏声をもののけ姫で何度も練習する
上に書いた、息漏のない裏声の練習は、地声のやつと並行してやってもらってかまわんぞえ!

この二つがちゃんとできるようになると、

オペラの地声のまま、高音域に上がっていって、自然にこの張りのある裏声に繋がるよ思う。

ただ絶対に力を入れたらアカン。力が入った瞬間繋がらなくなる。

まずは下から上に上がって、自然に繋がるように練習しよう。
さて、そしたらついに、いままでの地声に戻すっていうか、この基盤にスパイスを加えてくかんじだな。

さっきもいったが発声の基礎はやっぱオペラなんだ。この発声が一番の喉に負担がかからないし、高音域も綺麗に繋がるし楽に出る。

ただ、いまは輪状甲状筋を働かせっぱなしの状態だから、完全に「歌」っていうより発声専用状態の喉になってる。

そこでそれを「歌」に近づけて行くためには

咽頭甲状筋を使って「喋り声」を混ぜて行く必要があるんだ
一番難しいのがここで、この微妙な調節で可愛らしい声にもなるし、硬い声にもなる。

だからまず、均等に上下突っ張るように引っ張ってくれ。もちろん喉仏は少しあがるぞ。

どちらかっていうと通常一よりもちょいしたぐらいをキープ
そしてくれぐれもぎゅぅって喉を締めたりしないこと。

そうすると地声っぽい声にもどります。
このまま違和感を感じるだろうが歌ってくれ。それが音楽用のお前の地声だ。

録音して違いを聞けばわかるが似てるようだが、明らかに地声に比べて音楽用の方が張りも声色も響きもいいぞ。

これだけで、ビブラートも初期の時点でかかってるからカラオケだと普通に「おぉwwwうまいじゃんww」って言われるような声質や発声になった。
さて問題は、人は最終的には目指す声が違うってことだ。

たとえばB'zの稲葉浩志やXのToshiのようなキンキンしたような硬い声をだしてrock系に持って行きたいか、

スピッツや秦基博のようなバラード向きの声に持って行きたいか。

このどっちかに大まかには別れると思う
一つ目のRock向きの声は、地声感をさらにだしてやらなければならないため、今さっきだしている均衡が取れた喉の状態から、声帯をググって閉じて地声感を増してやる。

さっき息漏れのない裏声の練習は
やっただろ?あれの地声verだ。かなり硬くなったはずだ。これを微調節していいところを録音してさがす。

Rock系の地声っぽいハイトーンをだしたいやつは、そのまま輪状甲状筋を引っ張りを割合てきに高くしていって、息漏れのない裏声につなげれば、完璧だな。
そして、バラード系の声。
これはちょっと難しくて、輪状甲状筋で突っ張って張った声帯のままの裏声にちょっとずつ地声を混ぜて行く練習がいいと思います。

この声はとくに「うなじから」を意識してください。
裏声も低いところまで出る必要があって、とくにバラード系歌いたい方は重要ですね。
輪状甲状筋をしっかり働かせて、息漏れの少ない裏声をだして限界まで低いところまで高い音から下がって行きましょう。
その裏声にちょっと地声を出す感じに慎重に混ぜていくと、平井堅のような声になると思う。

バラード系の向いてるところは裏声に切り替えやすいところだね。
(発声が出来るようになったら、MIDIで言うノートオフも重要だよな。
音を出すタイミングもそうだけど、出していた声を止めるタイミングまで見れるように
なってきたら、飛躍的に上手くなる)

これ知らないと損するぞってぐらい便利なサイト貼ってけ
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4677134.html

にあった
カラオケコミュ障のお前らに短期間で上手くなる方法を教える
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4661955.html
 

【外郎売り】

ボイトレの定番「外郎売」の台詞を毎日ゆっくり音読。

外郎売 (ういろううり)
原典での旧字旧仮名遣い 及び 原典画像
http://www.benricho.org/kotoba_lesson/Uirouri/kyukana.html

歌舞伎の外郎売 (ういろううり)
http://www.benricho.org/kotoba_lesson/Uirouri/kabuki-tate.html#a3

外郎売 口上部分注釈
http://web1.kcn.jp/kujiraza/training/uiro_lecture.htm



【仁義切り】

峨骨 ‏@Chimaera925
ボイトレの定番なぁ。定番ではないけど、仁義を切るhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%81%E7%BE%A9%E3%82%92%E5%88%87%E3%82%8B のが練習になったな。言い間違えたり迷ったりしたら殺されると自己暗示かけて、追い込みかけてからやると一回だけでも身の入った良い練習になる。多分俺以外にやった奴は居ない。

実践に即したトレーニングでは精神面の強化も取り組むと良いだろうな。ライブやっていると人前で表現する度胸や慣れが生じるけど、慣れっこになる内に自分自身や表現に対する甘さが出てくる。そんな状態で練習したって効果は並。ダラダラやって変なクセ付けるくらいなら、短時間で濃密にやるかな。

発声や身体操作による表現は、それを視聴する観衆、相手がいて成り立つ。だからこそ相手に届けなくてはいけない。聴く相手を意識して、どこに向けて伝えるか意識して発声練習をすると、地声はもちろんマイクに声を乗せる時にも効率よく声を伝達できるようになる。標的に声を当てる感じだ。

あとは自分の発声練習を録音して聞く。この作業が非常に重要。自分で発声して聞こえる声と相手に聞こえる声や録音して聞く声は違う。この齟齬を理解しないで自分の聞こえる自分の声だけで判断してしまうと、自分にとっては良い声でも相手にとってはそうでもないなんてお寒い事態に。客観観は大事だ。

呼吸と脱力の鍛練をしていくと息が効率的に運用できるような体と神経が徐々に作られ、次第に声の出力が上がるので、そこからは呼吸を鍛えつつ声の制御。イメージさせたい声を出す、これが難しい。声に感情を乗せるなんて言うけど、それは相手が感じとるもので自分の感情などどうでもよい。自己満足だ。

自分がこのような感情だから相手にも伝わるはずだと自己陶酔して表現するのはあまりにもお粗末。共感性の高い者には伝わるかもしれないが、そうでない者にも伝えないといけない。このあたりはシビアにやらないと身にならない。独りよがりで終わってしまう。理解されないのは相手が悪いなんてのは最悪。

声に感情を込めるのは技巧であって、感情そのものではない。電話口で謝罪する時、感情を込めて謝るよりも頭を下げた姿勢を取り発声することで声の反響やくぐもり方が変わり、それほど感情を込むていなくても相手に謝意が伝わるなんてのも技巧だわな。自分の感情と相手がどう思うかは別物。

主観はそこまで重要ではない。相手がどう感じるか、相手からどう見えるか、客観視する。これだ。これを意識しないと、自分の思うように自分に対するイメージや感情を操作することができない。この操作こそが一種のカリスマ性を作る。肩書きやら宣伝なんかのハロー効果を使わずにな。

自分自身が作品、キャラクターになるってことだ。誰もがやっている事だけど、意識して行う者は少ない。もっとも、俺のやり方は妖刀を作るような邪道なやり方だろうな。ただ、このやり方は才能や生まれは関係なく身に付けられる技術だ。音感も訓練で鍛えられる。俺は才能なんて言葉は嫌いだ。

勿論、感性だって鍛え上げ育てる事ができる。才能ではない。ゼロから産み出された完全なオリジナルのものなんて無いしな。全ては模倣と組み合わせだ。そうでないように見えるものは出典が解らないか、解らないようにしているだけで全ては既存の組み合わせから作られている。だからこそ全ては模倣から。

その際には良い手本を選ぶのは勿論のこと、癖を模倣しないこと。悪い癖が付くとそこからの修正が困難になる。癖なんてのは意図的に繰り返す事で相手が勝手に癖だの味だのと特別視して錯覚するものだから、後からいくらでも付けられる。徹底した基礎と体作り、そしてオーソドックスな題材の模倣。

基礎と言いながら、全て独学だったりする。今思うと、変な指導者に付くよりはマシ
だったなと。

模倣ってのは冷蔵庫の中に食材を増やすようなこと。様々な場所や人、物事に触れる事によっても増えて行く。これが少ないと、ありきたりな表現しかできなくなる。しかし、多くの者が同じような生活スタイルや経験をしているような社会環境だと、そのような貧相な材料に一手間加えた程度のものが持て囃さ

れてしまう。歌でも漫画でも小説でもいいけど、大抵が恋愛やら学校やらその手のものが題材、料理で言う食材だ。取材すればまだここに一手間加えられるが、単にネットの情報だけじゃリアリティが足りないから、結局自分の中にある財界で代用する。似たり寄ったりだ。似たようなものが好まれるのもあるが

売れたもの、売れると想像できるものにしか金を出せない出版社や業界の縮小されていくパイにも問題があるけど、そればっかりはどうにもならん。スマートフォン、アップル等に金が流れていけば他は細る。場やプラットホームを提供する側が勝ちすぎて他まで金が回らないから、冒険的な挑戦ができない。

日本にはそのような試みに金を出せる投資家、パトロンがそう居ないってのもでかいな。そのような文化が無い。芸術を楽しむ文化も一般的では無いし、芸術鑑賞する教育も大して受けていない。だからこそ、子供騙しの芸術でも売れてしまうから育たない。素材を仕入れてきて売れ筋に加工して稼ぐだけ。

場を与えられて、着飾って目立つ。それは誰でもできる。
基本とTPOを押さえてシンプルに装い、
顎を引き、
背筋を正して下腹部に力を入れ、
紙を股の間に挟むかのようにして一歩一歩ゆったり歩くだけで人の目を引く。
キンキラに着飾らなくとも立ち居振舞いだけで場を掌握することができる。


軒下の仁義 池部良
https://www.youtube.com/watch?v=S0wo7FWculg



軒下で稼業仁義を発します
http://blog.goo.ne.jp/aoyanagi_1947/e/a292f7df0e0c5a20fb9bc55a973c0b5c
”【仁義の口上】

※ 軽い会釈の姿勢のまま、

●:「ご当家、軒下の仁義、失礼ですがお控えくだすって・・・」

○:「有難う御座いやす。軒下の仁義は失礼さんにござんすが、手前控えさせて頂きやす。」

※腰を中腰に落とし、右手の手のひらを見せるように前へ突き出し、そのままの姿勢で、

●:「早速ながら、ご当家、三尺三寸借り受けまして、稼業、仁義を発します。」

○:「手前、当家の若い者で御座います。どうぞ、お控えなすって下さい。」

●:「手前、旅中の者で御座います。是非とも、お兄いさんからお控え下すって・・・」

○:「有難う御座います。再三のお言葉、逆位とは心得ますが、手前、これにて控えさせて頂きます。」

●:「早速、お控え下すって有難う御座います。
手前、粗忽者ゆえ、仁義、前後を間違いましたる節は、まっぴらご容赦願います。
向かいましたるお兄いさんには、初のお目見えと心得ます。
手前、生国は大日本帝国、日光 筑波 東北関東は吹き降ろし。野州は宇都宮で御座います。
稼業、縁持ちまして、身の片親(かたや)と発しますは、野州宇都宮に住まいを構えます、
十文字一家三代目を継承致します坂本牛太郎に従います若い者で御座います。
姓は風間、名は重吉。稼業、昨今の駆出し者で御座います。
以後、万事万端、お願いなんして、ざっくばらんにお頼申します。」

○:「有難う御座います。ご丁寧なるお言葉。申し遅れて失礼さんにござんす。
手前、当神津組四代目川田源之助に従います若い者。姓は江藤、名は昌吉。稼業、未熟の駆出し者。
以後、万事万端、宜しくお頼申します。

●:「有難う御座います。どうか、お手をお上げなすって・・・」

○:「あんさんから、お上げなすって・・・」

●:「それでは困ります。」

○:「では、ご一緒にお手をお上げなすって・・・」

●:「有難う御座います。」

○:「有難う御座いました。」

と、まあ文字に書き写せばこんなところでしょうか。「御座います」は「ござんす」と発音しております。
仁義というのは渡世人同士のパスポート或いは身分証明証みたいなものと考えると理解しやすいと思います。


逆位は逆意なのでは?

18) 仁義
http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/mini18.htm
”暴力団社会における初対面の挨拶として行う特定の儀礼様式(対外儀礼)のことを指します。
この意味での「仁義」という言葉は、もともと「辞宜」が転訛したという説と、「時宜」であるという説がありますが定かでありません。何れにしても、こうした「仁義」が博徒や的屋仲間など、いわゆるヤクザ社会で行われるようになったのは、遠く江戸時代にまでさかのぼるといわれ、「仁義」を行うことを「仁義をきる」といい習わしてきました。
この対外儀礼としての「仁義」には、「渡世人の七仁義」といわれる7種の「仁義」があるといわれています。
すなわち、
1)伝達の仁義、2)大道の仁義、3)初対面の仁義、4)一宿一飯の仁義、
5)楽旅の仁義、6)急ぎ旅(早や旅)の仁義、7)伊達別の仁義
といわれるのがそれですが、これらの「仁義」を博徒仲間では、正式には「チカヅキ」(近づきの仁義)、的屋仲間では「メンツー」(面通)とか「アイツキ」(テキヤ用語、アイツキ仁義)といっていたようです。
具体的な仁義のきり方について、いちいち説明する余裕はありませんが、映画や芝居などで、
旅のヤクザが訪問先の玄関口で笠を左脇にかかえ、右手を拳にして玄関の敷居につき、腰をかがめて仁義をきるところをよく目にすることがありますので、その恰好を知っておられる方も多いと思います。
今は故人となった俳優の渥美清が演ずるあの「寅さん映画」でも、的屋稼業の寅さんが、
「私、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天(たいしゃくてん)で産湯(うぶゆ)をつかいました根っからの江戸っ子、姓は車(くるま)名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。」と「アイツキ仁義」をきる場面があるのを記憶されている方もあると思いますが、「仁義」の口上では、面識のない相手方に対し、独特の言い廻しで先ず自己の姓名所属団体等を披瀝した上、用向きを述べるわけです。
例えば、
手前、いたって不調法、あげますことは前後間違いましたらご免なお許しを蒙ります。
手前、生国は出雲の国は松江でござんす。手前、縁もちまして親分と発しまするは○○一家二代目○○○○の若い者でござんす。姓名の儀声高に発しまするは失礼さんにござんす。
姓は松江、名は太郎と申す。しがないかけだしもんにござんす。
行く末、お見知りおかれましてお取り立ての程お願い申し上げます。・・・

といったように口上を述べるわけです。
しかし、今の暴力団社会では、「仁義をきる」習慣はほとんど廃れてきているといわれており、最近では、仁義をきらず名刺を用いて初対面の挨拶をするのが一般化しているようです。 ”

仁義を切る
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%81%E7%BE%A9%E3%82%92%E5%88%87%E3%82%8B
一身上の都合で旅人(たびにん。旅から旅に渡り歩く者)となった者も、手拭い1本あればその土地土地の親分を訪ね、一宿一飯の恩を蒙り、草鞋銭(わらじせん)を得て旅行することができたという。ただし、一言でも言い間違えたり、所作に間違いがあった場合は「騙り」とみなされ、袋叩きになって追い出され、殺されても不思議ではなかった。

識字率が低かった時代の身分証明の手段でもあり、前近代では幅広い層で行われた習慣の一つであり、厳格な所作は同業の者であると確認するための目安であった。現在では任侠・テキヤも名刺を用いるようになったため、挨拶法としては行われていない

一例を示せば、
旅人「何某の貸元の御宅はこちらでござりまするか」。

家の者が出てきて、

家の者「手前です。お入りなされ」。

旅人は荷物を門口に置き、裾をはしょったまま羽織の紐を解き、両手の親指にはさんで、

旅人「御敷居内、御免下されまし」

と入り、紐を親指にはさんだまま框に両手をつき、頭を下げ腰をかがめ、

旅人「親分様でござりまするか」。
家の者「若い者でござんすから御頼み申します」

とすわり、左手を下げ逆につき、右手は膝から下げ三つ指をつき、

家の者「自分より発します。御控えください」

旅人はとどめて、

旅人「どういたしまして、御控えください。私は旅のしがないものでござんす。御控えください」。
家の者「下拙も当家のしがない者でござんす。御控えください」。
旅人「さよう仰せられ。御言葉の重るばかりでござんす。御控えくだされまし」。

家の者「再三の御言葉に従いまして控えます。前後を間違いましたら御免くださいまし」。

旅人「早速御控えあってありがとうござんす。
陰ながら親分さんで御免なさんせ。
姉上さんで御免なさんせ。
折合いましたる上々様御免なさんせ。斯様土足裾取りまして御挨拶、失礼さんでござんすが御免なさんせ。
向いましたる上さんと今回初めての御目通でござんす。
自分には何地住居某一家何誰若い者何と発し、御賢察の通、しがなき者にござんす。
後日に御見知り置かれ行末万端御熟懇(ゆくすえばんたんごじっこん。原文のまま)に願います」。

家の者「御言葉御丁寧にござんす。申し後れまして高うはござんすが、御免を蒙ります。
仰の如く貴方さんとは初の貴見にござんすが、
自分儀は当家に暮します渡世にとっては何々一家誰という若い者、
何某と発しまして御賢察の通しがない若い数ならぬ者でござんす。
行末永く御別懇に願います。御引きなさい」

旅人「貴方より引きなさい」

と先程同様におよそ3回問答、相引に手を引く。

旅人は前に厄介になった親分の名を言い、礼の伝言を頼み、

旅人「懐中御免蒙ります」

と手拭いを出し、

旅人「粗末ながら」

と差し出すのを家の者が受け取り、あるいは一宿あるいは一飯させ、出立の際、草鞋銭と前の手拭いを

家の者「包直す筈なれど略しまして」

と返し、行先の親分を教え、帳面に名を記して出立させる。

(…)
秘密結社
フリーメイソン - 握手法で会員を見分けるなど、共通点が多い



【歌舞伎】
名科白
浜松屋の場での弁天の見顕し
「知らざぁ言って
聞かせやしょう
浜の真砂と五右衛門が
歌に残せし盗人(ぬすっと)の
種は尽きねえ七里ヶ浜(しちりがはま)
その白浪の夜働き
以前を言やぁ江の島で年季勤めの稚児ヶ渕(ちごがふち)
百味講(ひゃくみ)で散らす蒔銭(まきせん)を
当(あて)に小皿の一文子(いちもんこ)
百が二百と賽銭の
くすね銭せえだんだんに
悪事はのぼる上の宮(かみのみや)
岩本院(いわもといん)で講中(こうじゅう)の
枕捜し(まくらさがし)も度重なり(たびかさなり)
お手長講(おてながこう)と札附(ふだつき)に
とうとう島を追い出され
それから若衆(わかしゅ)の美人局(つつもたせ)
ここやかしこの寺島(てらじま)で
小耳に聞いた祖父(じい)さんの
似ぬ声色で 小強請(こゆすり)騙り(かたり)
名せぇ由縁(ゆかり)の 弁天小僧
菊之助たぁ
俺がことだぁ」


「勢揃いの場」名乗りの連ね
「問われて名乗るも おこがましいが
産まれは遠州 浜松在(ぜい)
十四の年から 親に放(はな)れ
身の生業(なりえい)も 白浪の
沖を越えたる 夜働き
盗みはするが 非道はせず
人に情けを 掛川から
金谷をかけて 宿々(しゅくじゅく)で
義賊と噂 高札に
廻る配符(へえふ)の 盥越し(たれえごし)
危ねぇその身の 境界(きょうげえ)も
最早四十に 人間の
定めは僅か 五十年
六十余州に 隠れのねえ
賊徒の張本(ちょうぼん) 日本駄右衛門」

「さて其の次は 江ノ島の
岩本院の 児(ちご)上がり
平生(ふだん)着慣れし 振袖から
髷(まげ)も島田に 由比ヶ浜
打ち込む浪に しっぽりと
女に化げて 美人局(つつもたせ)
油断のならぬ 小娘も
小袋坂(こぶくろざか)に 身の破れ
わりい浮名も 龍(たつ)の口
土の牢へも 二度三度
だんだん越える 鳥居数
八幡(はちまん)様の 氏子にて
鎌倉無宿と肩書も
島に育って 其の名さえ(せえ)
弁天小僧 菊之助」

「続いて後(あと)に 控え(ひけえ)しは
月の武蔵の 江戸育ち
幼児(がき)の折りから 手癖(くせ)が悪く
抜参(めえ)りから ぐれ出して
旅を稼ぎに 西国を
廻って首尾も 吉野山
まぶな仕事も 大峰に
足をとめたる 奈良の京
碁打(ごうち)と云って 寺々や
豪家(ごうか)へ入(い)り込み 盗んだる
金が御嶽(みたけ)の 罪科(つみとが)は
蹴抜(けぬけ)の塔の 二重三重(にじゅうさんじゅう)
重なる悪事に 高飛びなし
後(あと)を隠せし 判官(ほうがん)の
御名前騙り(おなめぇがたり)の 忠信利平」

「又その次に 連なるは
以前は武家の 中小姓(ちゅうごしょう)
故主(こしゅう)のために 切取り(きりどり)も
鈍き刃(やいば)の 腰越や
砥上ヶ原(とがみがわら)に 身の錆を
磨ぎ直しても 抜け兼ねる
盗み心の 深翠(ふかみどり)
柳の都 谷七郷(やつしちごう)
花水橋の 切取りから
今牛若(いまうしわか)と 名も高く
忍ぶ姿も 人の目に
月影ヶ谷(つきかげがやつ)神輿ヶ嶽(みこしがたけ)
今日ぞ命の 明け方に
消ゆる間近き 星月夜
其の名も 赤星十三郎」

「さてどんじりに 控え(ひけえ)しは
潮風荒き 小ゆるぎの
磯馴(そなれ)の松の 曲りなり
人になったる 浜育ち
仁義の道も 白川の
夜船へ乗り込む 船盗人(ふなぬすっと)
波にきらめく 稲妻の
白刃に脅す 人殺し
背負(しょ)って立たれぬ 罪科(つみとが)は
その身に重き 虎ヶ石(とらがいし)
悪事千里というからは
どうで仕舞(しめえ)は 木の空と
覚悟はかねて 鴫立沢(しぎたつさわ)
しかし哀れは 身に知らぬ
念仏嫌えな 南郷力丸」


セリフが微妙に違っていたりするので原文の崩し字を読んだら原文がわかる
以下の動画に従い上記の科白を多少修正してある。
セリフにいくらかパターンがあるらしくどれが正しいのやら。
最古だからといって正しいとは限らない。

弁天娘女男白浪 「浜松屋見世先の場」
https://www.youtube.com/watch?v=t5jdMpqqmq8
超有名な登場は29:27から。

くずし字を解読しましょう! 第9章 白浪五人男 第1回 日本駄右衛門 Decipher handwriting Japanese!  KABUKI Shiranami Gonin Otoko The
https://www.youtube.com/watch?v=QFAL6PKF7RU


くずし字を解読しましょう! 第9章 白浪五人男 第2回 弁天小僧菊之助 Decipher handwriting Japanese!  KABUKI Shiranami Gonin Otoko Th
https://www.youtube.com/watch?v=7mgzEHuvS4k

くずし字を解読しましょう! 第9章 白浪五人男 第3回 忠信利平 Decipher handwriting Japanese!  KABUKI Shiranami Gonin Otoko The F
https://www.youtube.com/watch?v=goAI_A5F80M

二重に「にちう」と読み仮名がふってある。三重にはフリガナなし。
二重三重の読みはネット検索すると「ふたえみえ」。「ふたえみえ」のほうが圧倒的に言いやすいけどなあ。
「にじゅさんじゅ」なら言いやすいけど。「にじゅうみえ」とは読まないだろうし。

くずし字を解読しましょう! 第9章 白浪五人男 第4回 赤星十三郎 Decipher handwriting Japanese!  KABUKI Shiranami Gonin Otoko The
https://www.youtube.com/watch?v=235BaQwmKxk

くずし字を解読しましょう! 第9章 白浪五人男 第5回最終回 南郷力丸 Decipher handwriting Japanese!  KABUKI Shiranami Gonin Otoko Th
https://www.youtube.com/watch?v=LwXlThBqDcM


弁天娘女男白浪 「稲瀬川勢揃いの場」2
https://www.youtube.com/watch?v=6EEsPj_htQo

白浪五人男 稲瀬川勢揃いの場
https://www.youtube.com/watch?v=AsALaYbkHq4


青砥稿花紅彩画1
https://www.youtube.com/watch?v=yD-jI6ZaB_Y

青砥稿花紅彩画2
https://www.youtube.com/watch?v=Nf677UxjQXk

青砥稿花紅彩画3
https://www.youtube.com/watch?v=_PPRMp7uIZw

弁天娘女男白浪 「浜松屋見世先の場」
https://www.youtube.com/watch?v=t5jdMpqqmq8

浜松屋
https://www.youtube.com/watch?v=AvahGEew8GM

弁天娘女男白浪 「稲瀬川勢揃いの場」2
https://www.youtube.com/watch?v=6EEsPj_htQo

歌舞伎 白波五人男について 和訳をお願いしま
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14130938399

寡黙な男
http://srnm5men.seesaa.net/article/6550807.html

青砥稿花紅彩画 1 台本
http://www.geocities.jp/kyoketu/636.html

「浜松屋」での厄払い(セリフ)
http://srnm5men.seesaa.net/article/8797488.html

赤坂治績『知らざあ言って聞かせやしょう―心に響く歌舞伎の名せりふ―』 (新潮新書)
・歌舞伎の台本というのは、基本的に「本歌取り」の芸能。先人の作った人気のあるシーンはいいとこどりをして、次の作品を作る。元の本どおりに演じられることはない。
常に新しい台詞や、演じ方が派生。役者が入れた台詞が正式な台詞として生き残ったりもする。


『弁天小僧・鳩の平右衛門 』(岩波文庫)
「白浪五人男」(弁天小僧)は本名題を「青砥稿花紅彩画」(あをとざうしはなのにしきゑ)と呼んで文久2年3月,作者48歳の時市村座に書きおろされたもの。「鳩の平右衛門」は忠臣蔵銘々伝のひとつ。

白浪五人男ブログ: 勢揃い・ツラネ(現代語訳)1~5
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%8D%97%E9%83%B7%E5%8A%9B%E4%B8%B8%E3%80%80%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3&ie=utf-8&oe=utf-8&client=firefox-b&gfe_rd=cr&ei=kxZ-WPKLAez98webg72YBg#q=%E7%99%BD%E6%B5%AA%E4%BA%94%E4%BA%BA%E7%94%B7%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0:+%E5%8B%A2%E6%8F%83%E3%81%84%E3%83%BB%E3%83%84%E3%83%A9%E3%83%8D%EF%BC%88%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3%EF%BC%89


ツラネ(口上)の工夫
http://srnm5men.seesaa.net/article/39698516.html
” 「白浪五人男」でもおなじみのツラネセリフは、ここぞという重要な場面で、それぞれ自己紹介みたいなことを、順繰りに言っていく訳ですが、このセリフは素人にも真似しやすく、そしてアレンジが効くように、考えられたそうです。

 少なくとも黙阿弥は座元に深切、役者に深切、見物(客)に深切の、「三深切(しんせつ・親切の意味)」を心がけて、脚本を書いていたようです。

 江戸時代は一般人でも三味線が弾けたり、義太夫が出来たりすることが「教養」の一部であったし、平たく言えば異性にモテる要素でもあった訳です。

 また江戸の男達の間では、歌舞伎俳優の身ぶりや声色を真似ることが流行したそうです。そこまで人気となると当然、歌舞伎のセリフも「憶えやすいセリフ」となるように、考えられたとしても不思議はないのかもしれません。”

あらすじ
白浪五人男 弁天小僧の長台詞
http://www5e.biglobe.ne.jp/~freddy/watching71.htm

弁天小僧
厄払い部分注釈
http://web1.kcn.jp/kujiraza/training/shiranami_yougo.htm

” 「石川や 浜の真砂はつきるとも 世に盗人の種はつくまじ」と歌った盗賊石川五右衛門は、
文禄3年(1594)、京の三条河原で釜ゆでの刑に処せられた。

『浜の真砂』は、無論、浜にある砂。数え尽くせないことから、数の多いことにたとえていう。
古今集にも表現があると言う。
「ありそ海の浜の真砂とたのめしは忘るる事の数にぞありける/古今集(恋五)」

『百味講』は、信者が集まって寺院に百味の供物を供えること、またその集まりを言う。
「盂蘭盆経には『十万の僧に百味の飲食を供養し、現在および七世にわたる父母の苦悩を
救う』と、先祖並びに父母の恩に報いる供養の心がのべられています。おしゃかさまの
お弟子の目連尊者が、母を救い、恩を報じようとして、母を見たところ、亡き母は生きて
いる時あまりに欲ばりで人に施すことがなかったため、死んだのち餓鬼道におち、飲む
ことも食べることもできず、骨と皮の姿になってしまいました。
目連尊者はそれを見て、大そう悲しみ、鉢にご飯をもり、母に食べさせようとしました。
母が鉢をとってご飯を食べようとしますと、口に入らないうちに火となって燃え上がり
ました。
目連尊者は泣いて、このことを仏に告げました。仏は、おまえの親を思う心は天地を動かす
ほどであるが、仏も天もいかんともしがたい。まずおまえが正法を信じて悟り、罪をなく
さねばならない。そして、先祖および現在の父母の罪を救うために、ご飯やくだものなど
百味を盆にのせ、十万の僧に供養するがよい、と。仏の通りにすると、人々も仏天も歓喜
し、目連の悲泣もなくなりました。その時目連の母も餓鬼の苦しみからぬけ出すことが
できたのです。」(杉並区堀ノ内の妙法寺HPによる)
なお、『蒔銭』は、仏、神への参詣者が蒔き米のかわりにまく銭のこと。お伊勢参りの蒔き
銭は、農民も汗水たらして蓄えた銭を蒔いたとして言う。百味講でも蒔いたのであろうか。
詳細は不明。

『小皿の一文子』は、浅学にして不詳。

『岩本院』は、鎌倉時代、江ノ島の青銅の鳥居をくぐり賑やかな通りの中程右手にあった
「岩本坊」が、のちに「岩本院」となる。現在の岩本楼に継がれている。江戸時代に至り
庶民の間で江の島詣が盛んとなった頃は多くの堂宇が島内に散在し、岩本院・上之坊・
下之坊の三院があった。中でも岩本院は本宮とされる岩屋を預かり、江島寺とも呼ばれて
いた。 岩本院は三院の中でも与願寺の総別当を努め、寺社奉行直轄の宿坊でもあった。

『お手長講』も不詳。『手長』は、『盗癖のある人』または、祭祀(さいし)の際、神饌
(しんせん)を運ぶ神官を言うという。なお、『神饌』は、神祇(じんぎ)に供える飲食物の
総称で、稲・米・酒・餅・魚・鳥・蔬菜(そさい)・果実・塩・水などの供物のこと。
さらに、転じて、宮中や貴族の家で、宴会の際に、配膳の取り次ぎをする人、あるいは
大名家などの奥向きに仕える女性、仲居を『手長』という。弁天小僧が年季勤めの稚児
(ちご)として、宿坊で配膳等をしていたことをも意味するのだろう。
『お手長講』という講はないだろう。『盗賊の集まり』という意味で、『札附』のお札に
掛けている。

『美人局』は、人口に膾炙している言葉で、男が妻や情婦にほかの男を誘惑させ、それを
種に相手の男から金品をゆすりとること、を言う。が、語源は興味深い。もと博徒の語で、
「筒持たせ」の意という。
何の筒だろうか。「美人局」の字は、中国、元の頃、娼妓を妻妾と偽って少年などを欺いた
犯罪をいったのにはじまる、という。

『寺島』は、弁天小僧が悪事を働いた、江ノ島、寺院を言いつつ、菊之助の名を引き出す
伏線として、歌舞伎の菊五郎家の本名でもあるという。また、『祖父さんの名さえ由縁の』
は、菊之助が菊五郎の前名であることを言う。

なお、使用した辞書は三省堂「大辞林 第二版。 ”

砥上ヶ原(とがみがはら) 神奈川県藤沢市南部の荒野を指す古地名
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%A5%E4%B8%8A%E3%83%B6%E5%8E%9F
”文久2年(1862年)初演の河竹黙阿弥による歌舞伎白浪物の名作青砥稿花紅彩画(あおとぞうし はなの にしきえ)の白浪五人男の一人、赤星十三郎の科白に次の下りがある。
砥上ヶ原に身の錆を研ぎ直しても、抜きかねる…
これは砥上ヶ原の「砥」の字に「錆を研ぎ」を掛けただけの語呂合わせで、地名には特段の意味がないが、幕末の江戸庶民に砥上ヶ原の地名を知らせるきっかけにはなった。”

武蔵野
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E8%94%B5%E9%87%8E#.E3.81.9D.E3.81.AE.E4.BB.96
”武蔵野(むさしの)は関東の一地域を指す地域名。
「どこまでもつづく原野」として、あるいは「月の名所」として、古来さまざまな文芸作品、美術・工芸作品に題材とインスピレーションを与えてきた。
(…)
以上のように、中古から中世にかけての日本人がもっていた“武蔵野のイメージ”は、総じて「野草の野原」、のちには「月の美しい、茫漠としてどこまでもつづく原野」といったものであったと言うことができる”

虎ヶ石
http://srnm5men.seesaa.net/article/9569023.html
”【とらがいし】

 供養塔の一種で、曽我十郎祐成の愛人・大磯の虎女(とらめ)が祐成の死後、尼になって全国に建てたと伝えられている。

 一方、伝説では大磯の虎女の成長とともに大きくなっていく石、「虎御石」なるものもあって、ちょっと紛らわしいです。

 宮経山延台寺の伝説によると、復讐を誓った曽我兄弟の殺意に気づいた工藤祐経は、ある時、兄の十郎を倒そうと二人の刺客を差し向けた。刺客の一人が十郎を目掛けて矢を放ったのに跳ね返され、続いてもう一人が太刀で切りつけたのに、十郎はかすり傷一つ負わなかった。実は刺客が襲ってたのは、大きな石だった。この石の正体が「虎御石」である。十郎の身代わりとなったことから、「身代わり石」とも呼ばれている。”

『青砥稿花紅彩画』(あおとぞうしはなのにしきえ)
二代目河竹新七(後の河竹黙阿弥)作。1862年。市村座にて初演された、5幕8場の世話狂言。白浪物(盗人がを主人公)。
十三代目市村羽左衛門[1844~1903](後の五代目尾上菊五郎)のための書き下ろし。
通称が多く
弁天小僧(べんてんこぞう)
白浪五人男(しらなみごにんおとこ)
弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)
音菊弁天小僧(おとにきくべんてんこぞう)など

太宰治が心中事件を起こした鎌倉・小動崎。
七里ヶ浜(しちりがはま)とは神奈川県鎌倉市西部の、稲村ヶ崎と腰越の小動ヶ崎(こゆるぎがさき)との間の海岸。
腰越(こしごえ)は神奈川県鎌倉市の腰越地域(市南西部)。

てなが【手長】とは盗癖のあること。

金谷宿(かなやしゅく、かなやじゅく) は、東海道五十三次の24番目の宿場で遠江国最東端の宿場町。現在の静岡県島田市金谷。
遠江国=遠州(えんしゅう)= 静岡県の大井川以西
浜松市(はままつし)は、遠州地方(静岡県西部)西部(西遠)にある政令指定都市。戦国時代には浜松城の城下町、江戸時代には東海道の宿場町。

武蔵野(むさしの)は関東の一地域で「どこまでもつづく原野」「月の名所」として有名。

三岳山(みたけさん)=丹波高地の丹後山地に位置する山=御嶽山(みたけさん)。
丹後山地では西床尾山 (843m)についで2番目の高峰で、北東側に対峙する大江山 (833m)より高い。

江の島(えのしま)は、神奈川県藤沢市にある湘南海岸から相模湾へと突き出た陸繋島。
切り取りとは人を切って所持品を奪う強盗。

そなれまつ【磯馴れ松】とは潮風のために傾いて生えている松。

ちょうほん【張本】とは《古くは「ちょうぼん」》。

小動神社(こゆるぎ)は、文治年間(1185~90)、江ノ島詣でに訪れた佐々木盛綱が、近江の八王子宮を勧請したのが始まりという。 小動神社の建つ小動岬には、風もないのに揺れる松があり、「こゆるぎの松」と呼ばれていた。

西行の歌「こころなき身にもあはれは知られけり鴫立沢の秋の夕暮」(『新古今和歌集』)による。
鴫立沢(シギタツサワ)とは
神奈川県中郡大磯町西部の渓流。名は西行の歌「心なき身にもあはれはしられけりしぎたつ沢の秋の夕暮」に由来。

南郷力丸「和歌で有名な鴫立沢だが俺は和歌のあわれはわからねえし、西行の嘘が有名だが俺は念仏が嫌いだ」
掛詞と縁語が非常に多い。
人目につき月影~。今牛若と名高いなら人目につくね
本当に義経は人気だなあ
関連語はネットワークをなして脳内に存在する。つまり縁語はは有効な技法。
特定の言葉群を認識させると潜在意識が影響されてしまうから悪用されるんだ。

仁義の道の白河の~は、  白と知ら かな 仁義を知っているのか知らないのかなどっちだ。
「なみ」=波・無み(訳=ないので)
白波だと知らないので
だけどしらかわだからなあ


積読荘の住人 ‏@tsundokulib 2012年3月17日
昭和前半で最も有名な男の娘となると、起源の古い弁天小僧を措くと、三上於菟吉「雪之丞変化」の女形にして小太刀の免許皆伝の雪之丞(映画では長谷川一夫)か。姉さん女房の長谷川時雨は先に岩波文庫入りしてるし三上もそろそろどうか。

高野敦志 ‏@lebleudeciel38 2016年10月24日
江戸の庶民は大山詣と江ノ島詣を楽しんでいた。しかし、当時の庶民は大山で巨石の石尊大権現と不動明王を拝んでいたのであり、三重塔があった江ノ島の与願寺(岩本院)に、弁財天を拝みに行ったのである。日本人が神社の祭神を知らないことが多いのは、明治時代に祭神が変更されて伝統が断絶したせい。

竹中編集企画室(ホモ エーデンス) ‏@Takeridon 2016年7月20日
江ノ島に行ったついでに、廃仏毀釈によって破壊された三重塔の跡地を探した。もともと仏教の守護神である弁財天を祭った江ノ島は神仏混淆の聖地。従って幕末までは、岩本院の与願寺が管轄していた。三重塔も、徳川将軍の御鍼医の杉原検校が寄進したと言われ、杉原検校の墓も江ノ島にある。

奈良泰秀/神職 ‏@99nara 2012年3月1日
江島神社は明治の神仏判然令で江島弁天・江島寺から神社になり、僧侶等は全員神職に鞍替えした。いまでも仏教色が色濃くあちこち残る。社伝では6世紀の創建。当初与願寺と言われたが、弁財天が祀られたのは12世紀らしい。明治には縣社だったが現在は別表だ


【参考資料】

峨骨 ‏@Chimaera925 2011年11月5日
たまに入る喫茶店。店入るなり顔見知りの店員に挨拶しつつアイコンタクト。向こうも頷き返す。水とウェットティッシュのセットと一緒にいつものコーヒー。ブラックしか飲まないので、ミルクは付いて来ない。こんな地味な面にも関わらず、何故かすぐ覚えられるから不思議だ。

オールバックはかなり捗る。セットは髪整えて表面にジェルを撫でつけるだけ。男の世界じゃ、見た目が若いとナメられるので俺は三十路に見られない女顔+童顔なのでオールバック必須。ブローしないで手櫛入れると崩れやすいので、表面だけ固めてやるといい。

髪型や服装や仕草は心理状態を作る。いつもオドオドして自分に自信が無い男は額を出して額と目元を出し、毅然とした態度を心掛けるといい。額は自信や威厳を現す。男と張り合うバリバリのキャリアウーマンが額を出すのもそんな側面がある。形から入っても良い。積み重ねればそれも本物の自分だ。

補足 額は知性も現すので、知的に見られたい場合は額をチラ見せするのも有効。勿論、服装等のトータルコーディネートが重要ではあるが……人は見た目の印象で8割は決まるから、自己演出を考えてコーディネートして行った方が良い。無論、TPOも重要だけどね。

仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺して、初めて解脱を得、物と拘わらず、透脱自在也
……か。なかなか難しいものだな。

同僚のおっさんに役者をやっているのかと問われる。声の通りや声量が圧倒的に違うらしい。昔ちょっと声楽をかじった程度ですと答えておく。実は全力の2割程度で手抜きですと言うのは無粋。17年近く積み重ねたボイトレは伊達じゃないが、そんな事、俺だけが知って居れば良い。結果が全てだ。





ぐだトマト ‏@pteras14 2016年9月5日
マジで昨日の面接の氷の点を取って
水に変える話よりも、
「休日は何をされてますか?」とか
「趣味は何ですか?」って聞かれた
時にサッ!っとポケットからハーモニカ
出して奴等の時代に流行った曲でも
演奏してやった方が効果があるよ。
印象に残るしね。

流石にギターやエレクトーンは、
確実に面接会場に持ってけないけど
ハーモニカなら余裕でポケットに
忍ばせれる。

あの、「面接」って制度が採用の質に
"全く貢献していない"どころか、
むしろ"誤った採用を助長する"って
事がスタンフォードのフェファー教授
の研究で明らかになってるからね。

出来れば週一か夜間の声優学校にも
通ってみたいんだよな。
若干高めだけど。

顔は整形しないと直せないけど、
声はまだ努力の余地が残されてる
部分だからね!

これね、けっこう〜声で落とされてる
学生って多いんだよね〜、意外と。

「声に覇気がない」とか、
「蚊が鳴いた様な声だ」とか、
「アイツは打てば響く様な元気な
声で話す」とか。

例えばこれは実経験なんだけど
ボクシングや合気道って声出さない
のよ。総合に至っては声出すとルール
違反で反則になる。

カラテをやった事がないんで分からない
んだけど、あの就活生だった頃の
落としやがったクソ役員が言うには
カラテは声出すらしいんだ。
で、趣味でジムとか道場に通ってる
とか言ったら、当然乗ってくるわけだ。
で、声を上げるのかどうかという
話題になって「相手に気付かれると
動きを読まれるんで声を出さない
のが鉄則なんですよ」と答えたら
落とされたw

後日、同席してたもう一人の面接官に
聞いた話だからガチだよ。

 アナウンサーが言いにくい言葉 ベスト10
“01. 高速増殖炉もんじゅ(こうそくぞうしょくろ もんじゅ)
02. 手術中(しゅじゅつちゅう)
03. 貨客船万景峰号(かきゃくせん まんぎょんぼんごう)
04. 取りざたされる
05. 白装束集団(しろしょうぞくしゅうだん)
06. 出場(しゅつじょう)
07. 栃乃洋(とちのなだ)
08. 老若男女(ろうにゃくなんにょ)
09. 暖かく
10. 火星探査車(かせいたんさしゃ)
こんにちは、ニュースをお伝えします。
今日未明、火星探査車が火星に暖かく迎え入れられ
老若男女を代表し、栃乃洋などが出場
一方、白装束集団の問題が取りざたされる中、
北朝鮮の貨客船万景峰号では、手術中との連絡が
高速増殖炉もんじゅに入りました。”
http://seiyutore.com/archives/794917.html

ともやさい ‏@tomoyasai1979 2012年2月25日
メモ。1.ターダアーサナ。
最初に頭頂から糸に引っ張られる様に細い軸をイメージ。
その軸を少しずつ太く力強くするように。
内腿を締め、尾骨をお尻の中にしまい、
恥骨を引き上げるように、
肩甲骨を背骨に寄せる様にと下から太くしていくような。

2.語尾は「〜して」 ではなく、「〜しましょう」

ミツキ・ミキ ‏@CarmenMiki 2013年8月13日
ヨガのポーズ「ターダアーサナ」。
足を腰幅に開き、体の中心に重心をおいてスクッと立つだけだけど、
1日意識してやってたら、右腰の痛みが軽くなった。
姿勢が歪んでたんだろうなぁ。ごめんよ体。

naoko oya ‏@nayasyaomame 2月15日
昔はヨガで立つ姿勢の時、
腿を強く膝を引き上げてお尻をしっかり締めてみたいなことやらされた。今はなるべくリラックスした立ち方を取り入れている。
五輪書に書かれている立ち方とほぼ同じ。脛を長くするつもりでとか肩の力抜くとか脇の感じを説明
するくらいです。#YOGA

たわしおじさん小手指ハロウィン ‏@tokorozawaaisu 5月6日
武井壮が語った「スポーツが短期間で上達するコツ」が説得力あり過ぎてスゴい スランプ対策にも - ログミー http://logmi.jp/5734 スポーツは技術練習をする前に、自分の身体をイメージ通りに動かせるようにする pic.twitter.com/b7hYSqDMHi

たたみ ‏@Tatami571 9月25日
前も同じようなこと言った気がするけれど、スポーツの練習においての根本的な目的は2つ、頭の中のイメージ通りに体を動かせるようにすることと意識的な動作を無意識に落とし込むこと。前者は武井壮さんが言っていることですね。後者は限りなく動作速度を早める目的です。

http://logmi.jp/5734
“武  (…)それぞれのスポーツをたくさん練習するよりも前に、やっておくべきことっていうのがあるんです。
(…)やっぱり、自分の身体を動かす技術を上げておかないといけない。はい。当然のことなんですけど。スポーツやるにしても、何か、いろんなことするにしても。やっぱり頭で思っていることと、実際やっていることがずれていると、なかなかうまくいかない、ということがあるじゃないですか。 よくスポーツ選手が、スランプとかっていうのは、ほとんどそれが原因で。頭ではこうやっているつもりなんだけど、たとえばバットを出すとか、ここを蹴るとか、やっているつもりなんですけど、それとはちょっと、ずれてしまっている。その状態でいろいろ反復練習をたくさんするもんで、反復練習があまり身にならない。
タ  ああ。悪いほうに固まっちゃう。
武 悪いほうに固まっちゃったりとか。結果はよくなるんですけど、結果は、ずれたものを、結果をよくしただけなんで……。(…) ずれているんですけど、結果はよくなるんです。反復練習をすると。ずれたまんまでも。たとえば、何球も何球も打つとか、何球も投げるとかをしていると、何か、覚えてきちゃうんで。だけど、それの一番よくないのは、たとえば、1個のスポーツがすごいうまくなっても、他のことやったら下手じゃないですか。スポーツ選手でも結構そういう人、多いじゃないですか。ひとつのことは、すごいうまいんだけど。 これはどういうことかって言うと、たとえば丸があったとすると、丸の中が慎吾くんの能力だとします。反復練習するとこれが縦に伸びる。これが記録が伸びている状態なんですよ。中の面積は変わっていないじゃないじゃないですか。 縦に伸びているだけだから、中の面積は変わらない。ただ縦に長さが伸びただけで、横幅は狭まっている。ってことは、1個のスポーツは縦に伸びるけど、隣にいくと、素人になっちゃうっていう。 これが一番、スポーツをたとえば若いときにやっていて、違うのをやろうと思ったときにできない理由だったりするんですよ。
自分の身体を思ったように動かすためのトレーニング
だから1個言えるのは、香取さんが、タモリさんもそうですけど、これからオリンピックに出ようって思ったら(…) 
まず1個は、自分の身体を思ったとおりに動かす、っていうこと。まず一番簡単なことでいうと、たとえば、目をつむって立っているときに、真横に腕を挙げてくださいっていうと、アスリートとかでも、結構上にあがっちゃったりとか。目をつぶってやると、こうやってちょっと下がったりとかすることがあるんですよ。これってすごい問題なんですよ、アスリートにとって。
(…)だって、スポーツをやっているときって、だいたい投げるときは自分の腕は見ていないでしょう? 打つときも、自分がバットを見てないでしょう? 大体スポーツをやるときは、違う視線があって、自分の身体を動かしているんですよ。だから、見えていないものを動かそうとしているんですよ。これの状態(腕を真横に上げている状態)で、スポーツしていないのにずれているっていうのは、スポーツしたら必ずずれているんですよ。(…)
結果は良くても。思ったとおりじゃないんですよ。だから1個うまくいっても、違う技術をやると、またいっぱい練習しなきゃいけない。すると、スポーツやる時間が増えちゃうんですよ、練習する時間が。 これを短くするためには、真横に上げようとしたときに、真横に上げられればいい。
これは、たぶん今タモリさんにやってもらったほうがわかると思うんですけど。目をつむってもらって、真横だと思うところで腕を止めてもらっていいですか? 「ここが真横だな」みたいな。はい、お願いします。 (タモリ、腕を横に上げる。少し腕が水平より上に上がっている)
…武 みなさんわかるでしょう。これを僕、直しますね。タモリさん、目をつむったままで。これで、さっきよりはかなりまっすぐですね。かなり。タモリさん、ここ覚えてもらっていいですか? 感覚で。ここらへんがまっすぐ、っていうところ。じゃあ1回、目を開けて、下ろしてください。 (タモリ、腕をおろす)
武 そうしたら、さっきはタモリさん、手がこれくらいまで上がっていたんですよ。だから、(会場の)みなさんも「ああー」って。まっすぐだと思っているのにまっすぐじゃない、とわかったじゃないですか。 今度もう一回、目をつぶって、さっき覚えたところに手を挙げてください。さっきの感覚のところです。 (…)
これはスポーツが上達したわけでもなんでもないですけど、タモリさんはひとつだけ、腕の「たぶん真横だ」と思うところを覚えたということなんです。
サマーズ三村 修正能力、高いんじゃないの?
武 いやあの、これは結構、簡単に誰でも直るんですよ。ただ普段そんなこと考えてもいないから、「ここがまっすぐ」なんて思ったこともないから、まっすぐはできない。 たとえば、的を狙うスポーツなんていうのは、 真横っていうのをいつも真横に構えられていたら、体調は関係ないじゃないですか。わかりますよね? でもそれがわかんないと、今日は下がってたりとか上がっていたりとか。いろんなことが起きる。持つところが変わっていたりとか、高さが変わったりとか。 そういうのが1個ずれててスポーツを習得するのと、今みたいな1個基準があって、そこから考えてスポーツをするのとでは、やっぱり伸びるスピードがぜんぜん違うんですよ。 (…)
スポーツっていうのは、まず技術練習する前に、自分の身体を思ったように動かす練習をしておくっていうのが一番大事で。僕はいろんなスポーツをやっているんですよ、10種競技とかやっているじゃないですか。10種目あるんですけど、技術練習はほとんどやったことがない。 こういう練習、自分の身体を思った形にする練習ばっかりしていて。あとはフィジカルのトレーニングをしている。試合場へ行って、かっこいい飛び方をしているやつの真似をする。 (…)かっこいい飛び方を普段から「ああやってやるんだ」っていったら、「ああやってやるんだ」をできるようにしているんですよ。

desuperado ‏@desupehannari 2015年12月15日
@0nigiri_3_ @mclaren0909 間にRTしてくれた百獣の武井のスポーツ談義ですよ。自分のイメージ通りに身体を動かせているのか?って奴。間違った反復練習じゃ、変化に簡単にやられますからね。これは反応あるな、これないな、と実験(遊び感覚)でどーぞw

desuperado ‏@desupehannari 2015年8月21日
すなふきんサンのツイ。その答えは、こちら!「タモリ × 武井壮 武井壮に運動能力を簡単にあげるコツを学べ!!https://www.youtube.com/watch?v=VAicd8y4CCs …」こいつはマジで賢い。


ちまる ‏@chi_tan32 10月21日
@shin_kuroiwa 「この先も走りたいなら走るべきじゃない」私も同じ事言われた!以前、武井壮が背骨の骨折を(骨を成形する成分の入った)食事とイメトレ(ひたすら骨が再生されるイメージをする)で治したと言ってたのを思い出しました。くろいわさんも肉食べてイメトレをするんだ!

ちまる ‏@chi_tan32 10月21日
@Qulita @shin_kuroiwa 詳しくは覚えていないんだけど、医者に絶対安静で半年?とか言われたのが納得いかず、専門書読んで骨を成形する成分の入った食べ物をひたすら食べ、背骨が再生されてくっつくイメトレをひたすら繰り返してひと月でレントゲン撮ったら骨くっ付いてたらしい

イッコ ‏@lazioapproach1 10月17日
すごい人「武井壮」 背骨を骨折した時に医者から 「一生歩けない」と言われたそうです。 仕方ないので自分で骨の構造の本を買って治るイメージをして自分で2ヵ月で治したらしいです。 「ストレスで胃潰瘍になるんだから、めちゃめちゃポジティブにイメージすれば治るはず」 pic.twitter.com/BdhG1Tf7pv


武井壮bot ‏@sotakei_bot 10月19日
ストレスで胃に穴が空いたりするのだから、治るというイメージで胃の穴を塞ぐこともできる。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
ちゃんとアトキンソンの本を実践で活かすには、あのディクシャというイニシエーションでウン百万ぼったくる、ヨグマタこと相川圭子の本を読んで補完しながら使うとまぁ、使い物になります。

何でアトキンソンの本を読むのにあのぼったくり合宿のおばちゃんの本読まないといけないか意味不明だよw

峨骨
‏@Chimaera925
@lakudagoya アトキンソンの本は忘却のプロセスを組み込むとそれなりに使えます。暗示や魔術で使われるオーソドックスな手法ですな。そうすると引き寄せの法則ではなくなる訳ですが(笑)
あの本に書いてある手法だと引き寄せどころか引き離される危険性が。
強力な執着だけ生まれて、願望が達成されない。そして、その願望が手放せなくなるから、法則にますます依存する。なんともおぞましい手口です。


ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
@Chimaera925そーそーアトキンソンの言ってるのわかりますよ。あれ忘却プロセス入れてないのでダメです。
やっぱカルトビジネス用にデザインされてのかな?w


峨骨 ‏@Chimaera925
@lakudagoya 使われない知識ほど意味の無いものは無いですから。役立てば幸い。

引き寄せはモロに福音派。マルコの福音書11:22~とヨハネの福音書15:7を見れば一目瞭然。(聖書は)神からの言葉だからそうなるのだ、と。そして祈りだから忘却のプロセスが無く欠陥品。

@lakudagoya 引き寄せを入り口にして、疑似科学の権威を使って元ネタの聖書、福音派を自画自賛しつつジーザス・キャンプにご招待なんて使い方も可能でしょうね。宗教色抜いた自己啓発セミナーがその役割を担いそうですが。やることはそう大差無いかと。

@lakudagoya 引き寄せの手法は連中の言う悪魔の魔術書からパクっているあたり、ロックを悪魔の音楽と言いながらクリスチャン・ロックやメタル作って布教活動するのとそっくりですな。

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
@Chimaera925 こんな見も蓋もないギャグってありませんよねw

ジーザスキャンプの子供洗脳技術もここからでしょう?

いやー、この技術って面白いのはどんなものもあいぽんのカバーというかふりかけの味として使えて色々なうまい棒を捏造できるところですねw

@Chimaera925 いやいや、こうやって個人が押し入れにしまっちゃってる技術が凄いお宝ですから。こういった本で完全に端折られる技術的な説明は私にとってはお宝ですよ。

まぁ、思いっきりに福音左派の匂いがします(笑)実際に引き寄せで強固な洗脳かけたりやってますしねw

ねこた(基地外勇者様) ‏@lakudagoya
宝物がひとつ増えたな。
こんな素敵な明晰な言葉で簡潔に内容が語られてる宝物はないよ。

おいら如きには勿体無いくらいだ。
こんなのはもらったらラッキー!と布に包んで大事にするんだ。

ぼったくりヨガの行者のおばちゃんの公式サイトw http://www.science.ne.jp/ このオバハンの本、インド哲学の心の構造を西洋哲学っぽく理解するには結構ベストで、この本でスピリチュアル本を補完しながら読むので保管用にはまぁ使えないことはないね。

峨骨さんが、スピリチュアルやニューソートは不誠実だと言ってたけど、あれデザインしたやつは意図的にやってるね。 おいらはニューソートのご先祖様のアトキンソンの本を取り寄せて読んだんだけど、まぁ、あれは一番大事な所をドーナツのようにくり抜いてインド哲学の用語で誤魔化してたw

リラクゼーションのすすめ ~自律訓練法~
http://www.kaimin.info/part/suffer/dia05.html
”心身がリラックスする時はまず、手足の筋肉が弛緩します。これは、なんとなく手足が重たいという状態です。次に、筋肉が弛緩すると血流がよくなり、足の皮膚の温度が上がって暖かさを感じるようになります。これを、意識の方から手足が重い、暖かいと自己暗示を加えることで本当に心身がリラックスしてくるわけです。

この訓練法は標準練習が段階的に公式化されているため、誰でも自宅で簡単に行うことができます。
自律訓練法の手順

ステップ0
背景公式
ステップ0:背景公式
気持ちが
とても落ち着いている

ステップ1
四肢重感公式
ステップ1:四肢重感公式
両手両足が
とても重たい

ステップ2
四肢温感公式
ステップ2:四肢温感公式
両手両足が
とても温かい

ステップ3
心臓調整公式
ステップ3:心臓調整公式
心臓が静かに
規則正しく打っている

ステップ4
呼吸調整公式
ステップ4:呼吸調整公式
楽に呼吸している

ステップ5
腹部温感公式
ステップ5:腹部温感公式
おなかがとても温かい

ステップ6
額部冷感公式
ステップ6:額部冷感公式
額が気持ちよく涼しい

消去動作
両手の開閉運動

両肘の屈伸運動

大きく背のび

深呼吸

※自律訓練法では、特有の生理的変化や意識状態(めまい、脱力感など)が生じることもあるため訓練の後は必ず消去動作(取り消し動作)を行います。


«姿勢»
体全体の筋肉が弛緩しやすいような姿勢がベスト。
椅子に深く腰をかけた姿勢や布団の上で仰向けになって行います。
姿勢

ステップ0から6までが1クールですが、慣れないうちは最初から最後まで全て練習しなくてもかまいません。初めのうちはステップ0から3までというように部分的に行うだけでも、体のリラックス状態を意識的に練習することができるでしょう。できれば眠る前の入眠儀式として毎日行うのが理想的です。”

ヤハウェ(エジプト系の雷神)が奈良の大仏(アーリア系の太陽神仏)なわけねーだろ!  
真言宗が景教(人の神格化禁止)なわけねーだろ!                     
ヨガ、呼吸法、瞑想法でリラックス! 『呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと』・『ヨガ呼吸・瞑想百科』・ 『ハタヨガの真髄』・『禅の本』・『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-110.html
”※アーサナは画像と動画で正しいやりかたを視覚的にも理解してから実践してください。
特に注意点を調べてから実践してください。無理は禁物です。

成瀬雅春『呼吸法の極意 ゆっくり吐くこと』、BABジャパン、2005年

“ いつでもできる日常的な訓練
完全呼吸法のような呼吸法のテクニックを練習する以前に、呼吸法を身に付けるための根本的な原則がある。それは「呼吸に意識を向ける」ということと、「ゆっくりと息を吐く」という二つである。
呼吸は生まれて以来休むことなく続けられているので、ふだんは意識していない。その自分の呼吸に意識を向けることが第一の原則である。意識を向けた瞬間から、呼吸はゆっくりし出す。一日のうち、呼吸に意識を向けることが多くなるほど、ゆっくりした呼吸をしている時間が多くなる。それがすでに呼吸法の重要な基本を身に付けたことになる。
そして第二の原則の「ゆっくりと息を吐く」ということを心がければ、ヨーガ呼吸法の「深い呼吸をする」という重要な基礎訓練をしていることになる。一般的な深呼吸では息を吸ってから吐いているが、それでは本当に深い呼吸にはならない。
まず肺の中に入っている中途半端な空気を吐き出さなければならない。汚れた空気をいったん吐き出してから、ゆっくりと新鮮な空気を肺の中に取り入れることで深い呼吸になる。その息を吸うときに、胸を広げるようにして、少し顔を上に向ければもっとよい。
この「呼吸に意識を向ける」「ゆっくりと息を吐く」という二つは、いつでもできる日常的な訓練なので、習慣として身に付け
てほしい。“
p.83-84
(…)
外的完全呼吸法
①ゆっくりと息を吐いていき自然に腹部が引っ込み、そのままさらに腹を引っこませながら吐いていく。
②吐き終わったら、瞬間的に腹の力を緩めてから、ゆっくりと息を吸っていき、少し腹が膨らむくらいまで吸いこむ。
③そのままさらに胸を前に突き出す感じで胸郭を広げながら、吸いこんでいく。
④胸郭が広がったら、続けて肩を上げながらもう少し吸いこむ。
⑤吸い込み終わったら自然に二~三秒くらい止める。
⑥腹をもとに戻しながら息を吐いていく。
⑦次に胸をもとに戻しながら吐いていき、続けて肩を下げながら吐く。
⑧腹、胸、型が普通の状態に戻ったら、①につなげてくりかえす。
要点
①下部→中部→上部の一つひとつがきちんと分離されて、しかも連絡を滑らかに行えるようにする。
②吸息の中部のときに一緒に肩が上がってしまう場合が多いが、胸を上げようとするとそうなるので、胸は前に出し広げるという気持ちで行うとよい。
③吸息の最後の部分で、少し顔が上向きになってもよい。
④吸息から吐息に移るときに、二~三秒くらい自然に息が止まる状態になってもよいが、喉は開けたままにしておく。
⑤腹、胸、肩の動きはなるべく大きな方がよい。
⑥五呼吸を1セットとして行う。

半内的完全呼吸法
(外的完全呼吸法の表面的な動きを少なくするが、「腹が膨らんでいく」「胸が広がっていく」「肩が上がっていく」という意識はしっかり働かせる呼吸法。
以下のように外的完全呼吸法を改変する)
・胸が広がりかかったあたりからは、胸は動かさない。吐くときは胸をもとに戻しながら吐く。
・肩を動かさずに意識面だけ肩を上げながら吸い、吐くときも意識面だけ下げる。
・吸うときの胸は、ほんの少し広がりかかるくらいで、吐くときは、そのほんの少し広がりかかった分が戻る程度の動きで、意識だけはしっかりと働かせる。
・吸うときに胸の動きが止まったあたりで、意識だけが「スルッ」と内部に入り込む感覚をつかむようにするとよい。
(…)
『ハタヨガの真髄_600の写真による実技事典』
B.K.S.アイアンガー (著), 沖 正弘 (翻訳)


ターダアサナ(サマスティティ)
ターダ=山
サマ=直立、まっすぐ、不動
スティティ=不動の姿勢、堅固
①足を揃えてまっすぐ立つ。両足の親指、および踵をつける。足の指はすべて床にぴったりとつける。
②ももの内筋肉を伸ばしあげるようにすると、膝をリラックスしたままで引き上げることができる。このとき、尻はそっと締めるようにする。
③胃が自然に引っ込むように、肋骨を広げ、背骨を上に伸ばし、首をまっすぐにする。
④体重は踵と指先の一方だけにかけずに、等分にかけること。
⑤理想的にはターダアサナでは頭上に両手を伸ばしておくのであるが、便宜上、両ももの横に下げていてもよい。

パッドゥマアサナ
パッドゥマ=蓮。
この蓮のポーズは最も大切で最も有益なポーズの一つ。
これは瞑想のためのポーズで釈迦像の中にはこのポーズをしたものが多い。
①両足をまっすぐ伸ばして座る。
②両ひざを曲げ、両手で右足を左もものつけ根に乗せる。このとき右かかとはへその近くに来る。
③左ひざを曲げ、両手で左足をもち、右足のできるだけつけ根に近く置く。このときも、かかとがへその近くに来る。足の裏は両足とも上向きのこと。
④背骨の下から首まで肋骨部を四方に広げながら伸ばす。右手は右ひざに、左手は左ひざに置いてもよい。それぞれの手は親指と人差指で印を作る。あるいは、両足の交差するほぼ中央に、一方の掌をおき、その上に他方を乗せて置いてもよい。
⑤今度は逆に、左足を右ももの上に置き行なう。両方行なうことにより、足を均等に発達させる。

マツヤアサナ
①パッドゥマアサナの姿勢で座る
②膝を床につけたまま仰向けに寝る
③息を吐きながら首と胸部を持ち上げ、背中をそらせる。頭をそらせ、頭頂部を床につける。両手で両足をつかみ、上体をさらに反らせる。
④手を離し、両手で互いに両ひじをつかみ、前腕部を頭上の床の上に置く。
⑤深呼吸しながら、30秒~1分間この状態を保つ。
⑥後頭部、背中を床の上におろす。息を吸いながら、パッドゥマアサナに戻る。足をほどいて休む。
⑦組み方を逆にして足を組み、同時間だけ行う。
⑧もし③と④が難しければ、両手を上に伸ばし、胸をそらせないで横たわる。

(もう少し簡単なヴァージョン。
①仰向けに寝て、両足を揃えて伸ばす。
②両脇を締め、掌を下に向けて尻の下に敷く。手の甲と尻が当たる。
前腕と肘を体側に寄せる。
③鼻から息を吸いながら、肘と前腕で床を押しつつ、背中を床から浮かせ、胸を広げつつ、胸を天井方向に持ち上げる。
同時に頭を後ろにそらし、後頭部か頭頂部を軽く床につける。首への負担を軽くするために、できるだけ頭に体重がかからないようにする。
④リラックスして深呼吸する。約15~30秒深呼吸をしながらポーズをキープ。
⑤息を吸いながら頭をスライドさせながら顎を引いて、頭を床にゆっくり下ろし、腕をほどき、ゆっくりと元の姿勢に戻る。肘で床を押して、首と頭に負担をかけないように戻す)
(…)
シャヴァアーサナ
シャヴァ=死体。
アーサナ=姿勢。
①正中線を正して仰向けになる。
まず尻の中心と両足の合うところを一直線上にして、床の十字状の線に膝を立てて座る。それからゆっくりと脊椎を一つずつ線の上におろしていく。背骨の中心が線の上に正確に来るようにする。
②頭は額から両側に伸ばすようにする。頭の位置を前面から正していく。
③体が傾かないようにまっすぐに、また左右の均衡を保つ。
額の中心、両眉の中心、鼻の下のみぞ、唇の中心、顎、喉、胸骨、横隔膜の中心、へそ、恥骨の中心、両ももの間の空間、両膝、ふくらはぎ、両かかとの間の空間が一直線をなすようにする。
頭部から両耳、両眼の外角、唇、顎骨の底辺が左右同じ高さになるようにする。
最後に首を伸ばしてその中心が床の線の上にくるようにする。
④両肩甲骨の内縁を床にぴったりとつける。鎖骨のところから上胸部の皮膚を肩の方へ、肩から後ろへ、肩甲骨に向けて伸ばすことで背中がぴったりと床につくようになる。
肋骨は統一をもって広がらなくてはならない
⑤両足をそろえてかかとの外側を伸ばしてから、両足先を等しくリラックスさせて開く。
⑥手は体側の15~20度のところにおく。
⑦横たわっているときの感覚は、母なる大地に沈み込むような感じ。
⑧掌、指、足の裏、足の指にある緊張に気付かない人が多い。緊張のある部分をよく観察し、リラックスさせて、正しい位置に戻す。
⑨腹部に「空」と「無」を感ずること。体は投げ捨てられた棒のような状態。
⑩眼の奥を見るようにして、自分自身の内面に眼を向ける。
⑪呼吸は、左右の鼻孔を息が等しく流れていることを確かめる。普通に吸い、やわらかく深く長く吐く。深く吸おうとすると頭と上半身が動き、脚と腕に緊張が起こる
からである。


B.K.S. アイアンガー『 ヨガ呼吸・瞑想百科―200の写真で見るプラーナーヤーマの極意』


アーサナ
(ヨガでは「内なる神」、「神と一体になる」という表現が多用される。梵我一如)
・プラーナ=息、生命、活力、エネルギー、力。
アーヤーマ=伸ばす、拡張、長さ、幅、規則的、コントロール。
プラーナーヤーマ=呼吸を長くし、コントロールする。
・ムッドラー=封印、鍵。
体の開いている部分を閉じる姿勢で、指を特別な形に組む。
・バンダ=束縛、結びつける、つかまえる。
特定の内臓や体の特定の部分をつかむ、収縮させる、コントロールする姿勢。

ジャーランダラ・バンダ
ジャーラ=クモの巣、網目。
胸骨が顎に押しつけられている状態で、サルワーンガアーサナとその変形ポーズを行っているとき習得できる。
①シッダアーサナ、スワスティカアーサナ、バッドゥラアーサナ、ウィラアーサナ、バッダコナアーサナ、あるいはパッドゥマアーサナの形で座る。
②背中をまっすぐ伸ばし、胸骨と、胸郭前面を持ち上げる。
③無理のないように首の両脇を伸ばし、肩甲骨を体の中に引き入れるようにする。胸椎を前に押し、首をしっかり伸ばしてから、頭を首の後ろのつけ根から前屈させる。
④喉を圧縮したり、首の筋肉を緊張させてはいけない。首と喉の筋肉をリラックスさせておく。喉や首を前方、下方、あるいは後ろに押しつけてはいけない。上背部を後方に押しつけてもいけない。
⑤顎の両側が、両鎖骨間のくぼみに左右等しくふれるように頭を前屈させる。
⑥片側の顎を他方よりも伸ばしたり、首を片方に傾けてはいけない。
⑦顎を胸に押しつけてはいけない。胸を持ち上げておりてくる顎に合うようにする。
⑧頭の中心、顎の中心、胸骨の中心、へそおよび股の中心が一直線上に来るようにする。
⑨顎を胸にもってくるとき肋骨を下げないようにする。
⑩こめかみをリラックスさせ目と耳は受動的にしておく。

ウッディーヤーナ・バンダ
ウッディーヤーナ=飛び上がっていく。
プラーナーヤーマでは腹をつかみ上げること。
プラーナーヤーマではプラーナは下腹部から頭のほうに流れて上がり、横隔膜は下腹部から内臓を後ろ上方、脊柱の方へと引っ張り上げながら上っていく。
まず立った姿勢でのウッディーヤーナをよく修得してから、バーヒャ・クムバカ(呼気のあとで息を止める)中に、ウッディーヤーナは導入すること。アンタラ・クムバカ(吸気後のクムバカ)にウッディーヤーナは取り入れないこと。心臓に負担をかけすぎるのでよくない。
空腹時に行うこと。
①ターダアーサナで立つ。
②両足の幅は約30センチぐらいに開いておく。
③膝を少し曲げ、両手の指を広げてももの中ほどをつかむ。
④肘を少し曲げ、顎をできるだけ下げ、ジャーランダラ・バンダの姿勢をとる。
⑤息を深く吸いこんでから、肺の空気を一息で吐き出せるように急速に吐き出す。
息を完全に吐ききるまで、腹をひっこめてはいけない。
⑥吸気の前に息を止める。腹全体を背骨の方向に持ち上げる。ウッディーヤーナ実践中は胸を落としてはいけない。
⑦腰椎、胸椎を前上方に持ち上げる。内臓を背骨のほうに向かって圧迫する。
⑧内臓を圧迫したまま手をももから骨盤のふちに向かって移動させながら、さらに内臓を収縮させる。
⑨内臓をゆるめないようにして、また顎を上げないようにして背筋を伸ばす。
⑩10~15秒間できるだけ長く内臓を圧迫したままにしておく。自分の限界以上続けてはならないが、無理をしない程度に練習を重ねていくと、実践時間もだんだん長くなる。
⑪顎と頭はそのままで、まず腹の筋肉をリラックスさせる。
⑫腹が完全にリラックスし、内臓がもとのリラックスした状態に戻るまで息を吸ってはいけない。腹の筋肉がもとの位置に戻るのを待って息を吸う。
内臓を圧迫している間、肺を圧迫してはいけない。
⑥~⑫までの過程の間中は息を吸ってはならない。
・2~3回普通に呼吸をしてから、再び①~⑫を6~8回繰り返す。進歩するにつれて、1回の長さと繰り返しの回数を増やしていく。体験の深い指導者のもとで行うのが望ましい。
・ただしこの一連の繰り返しの過程は一日一回だけおこうなうこと。
・ウッディーヤーナが修得できたら各種プラーナーヤーマに取り入れる。ただし呼気の後のクムバカ(バーヒャ・クムバカ)を行うときだけに行う。
・こめかみのまわりに緊張を感じたり、次の吸気の初めに緊張がかかったりしたら、自分の能力以上にウッディーヤーナを行ったということなので気をつけること。
・ウッディーヤーナ・バンダを一人で行うのは極めて危険。間違ったやり方で行うと精液が不要にもれ、活力を失う。

ムーラ・バンダ
ムーラ=根、源、原因、基礎。肛門と生殖器の間の中心部。
ムーラ・バンダでは肛門と生殖器の間の中心部の筋肉を収縮させ、垂直にへその方に向けて引き上げる。同時に下腹部前面およびへその下は、背骨に向かって後ろ上方に押しつける。
ムーラ・バンダは、吸気後のアンタラ・クムバカ中に行わなければならない。
ウッディーヤーナでは肛門から横隔膜まで全部を背中に向かって押し上げるが、
ムーラでは肛門とへその間の、生殖器部と下腹部のみを収縮させ、背骨と横隔膜の方に向かってひき上げる。
ムーラ・バンダを一人で行うのは極めて危険。間違ったやり方で行うと激しい体力減退をもよおし生殖力も失う。正しく行ったとしても、ムーラ・バンダにはそれなりの危険がある。性欲を増加するので濫用する危険がある。

・吸気のとき腹をふくらませてはならない。腹をふくらませると肺が完全に広がらないからである。吸気も呼気も無理があってはならないし、早くてもいけない。プラーナーヤーマの無理は心臓に負担をかけ、それがもとで脳障害を起こすからである。
・意識的に上胸部を持ち上げ、出ていく息をゆっくり、スムーズに導く。
・呼吸のリズムに深く注意を払うこと。

吸気の方法
①自分に合った方法で座る。
②胸と浮肋骨、へそを上げ、背骨をまっすぐ上に伸ばす。
③できるだけ頭を下げる。首の後ろが柔軟になったら、ジャーランダ・バンダを行う。
④感情の源である心は、へそと心臓の間にあるといわれ、背中はこの感情の中心と常に接触を保っていなければならない。体の前面は、この意識の中心との接触を失わないようにしながら持ち上げ、横に広げる。
⑤吸気中、胸を前や後、左右に傾けないように注意しながら、上方と横に胸を広げる。
⑥横隔膜を異常緊張させてはならない。横隔膜の底の方から空気を入れ始めること。深く吸い込む秘訣は、浮肋骨の下、腰のあたりから始めるような気持で行うとよい。
⑦肺に底から徐々に空気を入れる。鎖骨上端から、脇の下前部まで入れること。注意深く、神経繊維を少しずつ今まで以上に伸ばすようにして、肺が完全に空気を吸い込むようにする。
⑧肩が上がったらすぐ下ろすこと。吸気中に肩が上がると、上肺部が完全に広がらず、首の後ろが緊張してくる。肩を上げないで胸を上げておく。
⑨喉をリラックスさせる。舌は下顎の上に寝かせるようにするが、歯にあててはならない。
⑩目は閉じているが、リラックスしており、内面を見る目を敏感にしておく。吸気のときどうしても目は上向きになりがちなので注意。
⑪耳、顔の筋肉、額の皮膚はリラックスさせておく。

呼気の方法
①吸気の①~④の指示に従い姿勢を整える。
②吸気においては、体は息という形をしたエネルギーを受け取る道具の働きをする。呼気はゆっくり静かに行う。そのためには、肋間筋肉や浮肋骨を持ち上げたままにしておく。そうしないと、安定したスムーズな呼気は無理である。
③呼気の始発点は上胸部であるので、上胸部を下ろさないようにしてゆっくり、へそのところまで完全に空になるまで息を吐く。このとき体は神と溶け合う。
④息を吐いているとき、脊柱の中心をもち上げておくだけでなく、その左右両側も持ち上げておく。全身を樹木のようにしっかりさせておく。
⑤体をゆすってはいけない。
⑥胸を持ち上げたまま、ゆっくりスムーズに吐く。息が荒いということは、胸や背中が下がっていることと、息の流れを観察していないことから起こる。
⑦吸気中においては、上半身の皮膚は緊張するが、呼気においてはリラックスしている。ただし胸や背中の内側は下げないようにする。
⑧腕と胸の皮膚は、脇の下のところで触れ合ってはいけない。腕をわざと広げることなく、脇の下のところで、空間と自由がなければいけない。

・クムバ=いっぱいにも、空にもできる壺。
クムバカ(止息)=息を止める(保息)。

アンタラ・クムバカ(吸気後のクムバカ)
はまずは、胸、横隔膜の内側、内臓を上げたままで数秒間止めることだけまず習得する。クムバカの間に肋間筋と横隔膜の内側と腹部内臓を上げておくのは難しい。
・アンタラ・クムバカを立っているときにしない方がよい。バランスを失って倒れるかもしれない。
・アンタラ・クムバカを寝た姿勢で行う場合、頭の下に枕を置き、頭が体より高い位置に来るようにして、緊張を防ぐ。
・アンタラ・クムバカの間、鼻梁を上げてはならない。
・プラーナーヤーマの間中、頭と頸椎を前傾させ、背骨と胸骨を持ち上げる。脳と頸椎を胸骨の方に向ける。
・吸気後のクムバカ中、内臓をひっこめ持ち上げると同時に、背骨下部を前に押し、胴体はたるませず、頭と腕と足をリラックスさせ、仙・腸骨から背骨を持ち上げ、肝臓下部と胃の下部を持ち上げる。
・背骨の内側と外側両方を上方前方に規則正しくそして等しく持ち上げる。
・上胸部の皮膚がゆるんで、肋骨の方におりてきたときは、息が不注意のうちに漏れたということである。
・胸は張りすぎても落としてもいけない。前面、側面、後面に等しく上げる。肋骨の内側を持ち上げる。

 バーヒャ・クムバカ(呼気後のクムバカ。完全に息を吐ききった後で息を止める)
は静的に行うときはウッディーヤーナなしで行うが、これは自分自身を静めるもので、食後でもいつでも行ってよい。
動的に行うときはウッディーヤーナ・バンダを併用するので、腹部内臓と心臓をマッサージし、エネルギーの分散を防ぐ。
・背骨の内側と外側両方を上方前方に規則正しくそして等しく持ち上げる。
・上胸部の皮膚がゆるんで、肋骨の方におりてきたときは、息が不注意のうちに漏れたということである。
・胸は張りすぎても落としてもいけない。前面、側面、後面に等しく上げる。肋骨の内側を持ち上げる。

・マントラ(呪文を繰り返し唱える)の目的は、乱れた心を一点に集中し、考えを一つにまとめること。マントラは、ヴェーダ(聖典)の讃美歌の部分であり、音楽を帯びた詩である。その詩を繰り返すことがマントラであり、愛と自己を捧げるまじめな心で行うと、自己を神に近づけることができる。
・プラーナーヤーマの実践中にマントラを繰り返し、舌や口を動かさないでそのマントラに意識を集中する。そうすると集中力を身につけると同時に、吸気、クムバカ、呼気の長さを伸ばすことができ、呼吸がスムーズになり意識も高まる。
・マントラは早く繰り返してはならない。吸気、呼気とクムバカをそれぞれ同じ長さで平均したリズムで行い、それに合わせるべきである。
・マントラは「アー・オ・ム」

・ウッジャーイー
ウド=上昇、広がり、卓越、力。
ジャヤ=征服、成功、コントロール。

※あらゆるプラーナーヤーマの全段階が、呼気(レチャカ。「フー」と吐く)で始まり吸気(プーラカ。「スー」と吸う)で終わる。まず肺の中にある空気を全部吐き出してから始める。心臓に負担をかけるから、呼気で終わってはならない。普通に息を吸ってから終わること。決して無理をしてはならない。

A
①毛布を床に敷く。その上にもう一枚の毛布を三つ折りか四つ折りにして、片側にそろえて敷き、その上に後頭部と背部をぴったりつけ、仰向けに寝る。
②体をまっすぐする。目を閉じて1~2分静かにしている。胸をへこませない。
③普通に呼吸する。呼吸に意識を集中し、呼吸の流れを感ずる。
④両肺を等しく空気で満たすようにしながら、胸が上にそして外に広がるのを感ずるようにする。吸気音が聞こえなくなるまで完全に肺に息を入れる。
横隔膜をリラックスさせ、腹をふくらませないで息を吸い、横隔膜を横に伸ばす。
腹をふくらませないためには横隔膜を浮肋骨より上方に上げないようにする。
深く息を吸うと眼球が上がりやすいので、意識的に眼球を鼻の方におろし、肺の内部を見るようにする。
⑤ゆっくり、深く、一定の速度で、静かに息を吐き、両肺を等しく空にする。もし両肺が均等に機能しなければそれを正すこと。
呼気の始めに、横隔膜を脚の方向に下げないように固定し、それからゆっくりと息を吐くが、深く吐いてはならない。このときには呼気は普通の呼気よりも少し長めになる。
⑥10分ぐらい続ける。この間目は閉じ目の奥を見るようにする。

B
A+横隔膜を動かさないようにし、肺が空になるまで、ゆっくり深く一定の速度で息を吐きながら徐々に横隔膜をゆるめる。

C
①好きな座法で座る。
②顎をまっすぐ下げ、胸郭を内側から持ち上げる。顎を胸骨上方の両鎖骨間のくぼみにおく。ジャーランダラ・バンダである。
③腕を下げ、掌を上向きにして手首を膝の上に乗せる。あるいは人差し指と親指で印を結ぶ。ギアーナ・ムッドゥラーである。
④吸気時には腹をふくらませない。終始、横隔膜は肋骨より下にしておく。すべてのプラーナーヤーマを行うときにこのことを守らなければならない。
横隔膜が浮肋骨よりも上になると、胸がふくらまず中腹部がふくらんでしまう。
恥骨から胸骨までの腹部全体を背骨に引き寄せてから次に頭の方へ上げる。これは内臓にマッサージになる。
⑤横隔膜とともに内肋間筋も持ち上げ、その状態で呼気を、ゆっくり深く一定の速度で行う。
呼吸の流れを観察しながら、Aの要素を入れて、10~15分間行い、シャヴァアーサナで数分間休息する。


バストゥリカー・プラーナーヤーマ
バストゥリカー=ふいご。
空気をふいごのように力強く吸い入れたり、吹き出したりするプラーナーヤーマである。
※バストゥリカーは全身を活発にするプラーナを作り出す。しかし、あまり長く練習しすぎると、呼吸が強いので組織が摩滅して肺が危険な状態になるので注意する。
※ふいごの音がしなくなったらすぐやめて、普通呼吸を始めるか、繰り返すサイクルの回数を減らす。
※いらだちや緊張が感じられたり、鼻血、耳鳴り、耳痛が起こったらすぐやめること。呼吸の音が正しくなかったり、強い呼吸ができなくなったらやめること。少しの無理でも鼻血が出たり肺に障害を起こす。
※眼か耳に疾患があったり、高血圧または低血圧の人は行ってはならない。
※きゃしゃな体格の人や、肺活量のあまりない人は、バストゥリカーやカパーラバーティを行ってはならない。血管や脳に障害を起こす恐れがある。
※女性は行ってはならない。力強い呼吸によって腹部臓器と子宮の位置異常を起こし、乳房がたるむ恐れがあるからである。
※バストゥリカーによってクンダリーニの力が覚醒されるというまちがった考えをしている人が多い。権威ある書物にも同じようなことが書かれてあるが、真実とはほど遠い。

①鼻孔は終始開いておく(右手の親指、薬指、小指でつまむ必要はない)。
②自分に合った座り方で座る。肺の中の空気をすべて吐き出す。
③短く、強く息を吸い、早く強く一気に息を吐く。これを繰り返すと、次の吸気は最初の吸気よりも速く、力強いことがわかる。これは吸気の前の呼気が強いからである。
④すばやく吸ってすばやく吐く。4~8回続けて行い1サイクルが完成する。呼気で(吐いて)終わること。
⑤普通は、ウッジャーイーのときのように数回ゆっくりと呼吸するが、吸気のあと、ムーラ・バンダで5~8秒のクムバカを入れてもよい。もしろん、それからウッジャーイーのときのようにゆっくり深く息を吐く。こうすると横隔膜と肺が休まり、また新しいバストゥリカーの強い呼吸に備えることができる。
⑥クムバカを入れても入れなくてもよいが、ウッジャーイーを混じえてこのバストゥリカーのサイクルを何回か繰り返す。それから深呼吸してシャヴァアーサナで休息する。
⑦スタミナが増すにつれてバストゥリカーの回数も増えるが、呼吸の調子が変わったらすぐに中止すること。

カパーラバーティ・プラーナヤーマ
カパーラ=頭蓋骨。
バーティ=光、光沢。
バストゥリカーとほぼ同じであるが、それに比べて穏やか。吸気はゆっくり、呼気は力強く行い、呼気を終えるたびにほんの少しのクムバカを加える。バストゥリカーがきつすぎると感じたら、このカパーラバーティを行う。

・ディヤーナ(瞑想)=吸収。
自学自習、自己反省、鋭い洞察、自分の内にある無限のものを捜す方法。深い内省で体の中の動きを観察することであり、心の状態を見つめる。自分の中にある最も奥のもの、つまり自己の内にある神を見ることである。
①ジャーランダ・バンダをしないで、正しく座る。
②体の前後を等しく持ち上げ、背骨を伸ばし、胸を上げる。
③頭を左右前後のどちらにも傾けず、頭頂部を床と平行にする。
④目を閉じて目の奥を見る。
⑤胸の前で合掌し、親指が胸骨をさすようにする。この手の形はアートマンジャリ・ムッドラーとかフリダヤーンジャリ・ムッドラーという。
(写真を見ると親指が胸の中央にあたっている)
⑥意識が脳と心のあいだを揺れ動いていると、考えが次から次へと浮かんでくる。そういうときには掌をさらに合わせ、注意を自己の内なる神に集中する。掌がゆるんできたら心がさまよっているという警告であるから、一層しっかり合わせ、内なる自己に意識を集中する。

『禅の本』


坐禅の仕方
・結跏趺坐(足の裏を天に向けて両足を組んで坐る。結跏=足を組む。趺=足の裏)で座る。
①座蒲(ざふ。なければ座蒲団の上にさらに二つ折りした座蒲団)を置き、その上に浅く腰を下ろす。
②右足を左のものの上に乗せ、かかとが下腹につくくらいまで、なるべくつけ根のほうまで引き寄せる。
③左足も同じように右のももの上に乗せる。
両膝と尾骶骨で、床の上に三角形ができる。このとき膝が床から離れてはいけない。
足が痛くて結跏趺坐ができない人は、左足だけをももの上に乗せる半跏趺坐を用いてもよい。
それも辛い人は普通に正坐して行ってもよい。
・目は自然におとす。閉じると眠気を催したり、妄想に陥りやすくなる。
・手は法界定印(ほっかいじょういん)を組む。
右の掌を上向きにして、組んだ足の上に置く。
その上に左の掌を同じように上向きにして重ね、親指の先を合わせて卵形の輪を作り、その手はへその下あたりに置く。
両方の親指をかすかに合わせる。離れても押しつけてもいけない。
・体の位置は真中心におく。時計の振子のように上体をまず大きく左右にふって自然に止まった位置、次に前後にふって上体がまっすぐ安定した位置。
・頭は顎を引き、左右に傾かないようにする。視線は1m先くらいに自然におとす。
・口は軽くむすび、舌先を上あごの歯のつけ根に軽く当てる。
・肩は力を抜き、水平にする。
・背中はまっすぐ伸ばす。腰は後ろにぐっと引く。腹は少し前につきだし、鼻と一直線になるようにする。
・呼吸は自然と鼻からの呼吸にまかせ、息は長すぎも短すぎもしないようにする。息はまず吐き出してから吸う。下腹の底から吐く心地で息をすると、下腹はへこむというよりも充実感がある。すると自然に鼻から吸うことができる。


『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門―豊かな人生の技法』
William Hart ウィリアム・ハート (著),
日本ヴィパッサナー協会 (監修), 太田 陽太郎 (訳)
春秋社 1999-11
(…)
『気づきの確立の教え』はまず、からだの観察について説いている。呼吸を観察する。からだの動きを観察する。からだのなかにからだの内部を、または外部(体表)を、あるいは内部と外部を同時に観察する。からだのなかに生まれる現象を観察する。感覚を観察する。心を観察する。心の中身を観察する。
はじめは、固くて変化のない「たかまり」のような、からだと心のうわべの現実を体験するが、修行をつづけてゆくと、やがてその固さが自然に溶けてゆく段階に入り、心とからだの真の姿、一瞬一瞬生まれては消える波動の集まりを体験することになる。この体験によって、からだ、感覚、心、心の中身、これら四つの側面の実体をすべて理解する。それはおよそ非人間的であくまでも無常な現象の終わりなきうねりである。

・“では、瞑想者はどのようにして、からだのなかにからだを観察するのだろう? この場合、瞑想者は森の中や、木の下や、だれもいない小屋に行く。そこで足を組んですわり、背すじを伸ばし、口のまわりに意識を固定する。彼は呼吸を意識しながら、息を吸い、息を吐く。深い息を吸っているとき「いま自分は深い息を吸っている」と正しく理解する。深い息を吐いているとき「いま自分は深い息を吐いている」と正しく理解する。浅い息を吸っているとき「いま自分は浅い息を吸っている」と正しく理解する。浅い息を吐いているとき「いま自分は浅い息を吐いている」と正しく理解する。「からだ全体を感じながら、息を吸う」そのように自分を訓練する。「からだ全体を感じながら、息を吐く」。そのように自分を訓練する。「からだの動きを静めて、息を吸う」そのように自分を訓練する。「からだ全体を静めて、息を吐く」そのように自分を訓練する。
(『サティパッターナ・スッタ』『アーナーパーナ・パッバム』)“p.221-222
(…)

・呼吸に気づく訓練をする。呼吸に意識を固定する。
心がさまよっても、にっこり笑って、あせらず、根気よく、力まず、落ち込まず、何度も何度も心を呼吸に引き戻す。

・アーナーパーナ=呼吸。
アーナーパーナ・サティ=呼吸の気づき。

・アーナーパーナで呼吸に意識を置くとき、おなかでなく鼻孔の下に意識を置くのは、おなかでは意識を置く範囲が広すぎるから。
意識を置く範囲を狭くすれば、それだけ集中力は高まるので、鼻孔が最適。
(…)

“ 実際に瞑想をしてみると、呼吸に意識を置くことがいかにむずかしいかわかる。できるだけ長いあいだ呼吸に意識を置こうと思っても、どういうわけか知らないうちに心はどこかに行ってしまう。ちょうど、酔っぱらいがまっすぐ歩こうとしても千鳥足になってしまうのと同じである。じつのところ、わたしたちは無知と幻想の酔っぱらいなのである。過去や未来をさまよい、渇望や嫌悪に振りまわされ、いつも千鳥足で歩いている。しゃきっと目をさまして一直線の道を歩くことができない。
 瞑想をして困難にぶつかっても、落ち込んだり、弱気になってはいけない。長年かかってしみついた心のくせだ。それを取るには時間がかかる。そう考えたらいい。くりかえし、休みなく、根気よく、ひたすら瞑想するしかないのである。心がさまよっているのに気づいたらすぐ呼吸に意識を引きもどす、ただそれだけでいい。それができれば、心の放浪癖をなおす貴重な一歩を踏み出したことになる。何度も何度も瞑想をしているうちに、雑念がわいてもすばやく呼吸に意識をもどすことができるようになる。呼吸を忘れている時間が少しずつ短くなり、呼吸に気づいている時間、サマーディが長くなる。
 精神集中が深まると、力みがなくなり、幸せな気分になり、エネルギーが満ちあふれる感じがする。呼吸は徐々にやわらかく規則的になり、軽く、浅くなる。ときには、呼吸がほとんど止まったような状態になる。事実、心が静まるとからだも落ち着き、代謝作用が低下し、酸素もあまり必要でなくなる。
 この段階に入ると、瞑想中、奇妙な体験をすることがある。たとえば、目をつぶっているのに光や幻覚が見えたり、妙な音が聞こえたりする。このような、いわゆるESP(超常感覚)の体験は、精神集中がかなり深いレベルに到達したことを示しているにすぎない。そういう体験はあまり重要でない。とりたてて騒ぐことではない。依然として気づきの対象は呼吸であり、それ以外のものはすべて雑念である。けっして超常感覚が起こることを期待してはならない。それは起こることもあるし、起こらないこともある。超常感覚というのは瞑想のすすみぐあいを示す一里塚のようなもので、一種の標識にすぎない。旅をしていれば標識がかくれていて見えないこともある。夢中で歩いていて気がつかないこともある。その標識を最終ゴールだと思い込んでしまったら、それ以上前進できない。とにかく超常感覚の体験などは掃いて捨てるほどある。ダンマの修行者はそんなものを求めているのではない。自己の本質を見きわめ、苦からの自由を勝ち取ろうというのである。
 そんなわけで、ただひたすら呼吸に注意を向けてゆく。精神集中が深まるにつれ、呼吸は弱くなり、観察しにくくなる。かすかな呼吸に気づくには、そうとう努力しなければならない。いっそう心をとぎすまして集中力を高め、表層の現実をつらぬいて深層の微細な現実を観察してゆくのである。
 精神集中を深める方法はたくさんある。一つの言葉をくりかえし唱えて精神を集中するとか、なにかのイメージを凝視するとか、あるいは、同じ動作を何度も何度もくりかえすとか、いろいろだ。そういうことをやって注意を向けた対象にのめり込むと、やがて一種のトランス状態に入り、至福を味わうことができる。しかし、トランス状態のあいだは快感が持続しても、ふつうの生活にもどると、あいもかわらず同じ問題に悩まされる。そうした精神集中の技法を使っても、いちおう心の表面にやすらぎと喜びのうすい膜のようなものができる。ただし、深層の心の条件づけにまで影響をおよぼすことはできない。精神集中の対象として選ばれるものも、本人が体験しているはずの一瞬一瞬の現実とは関係ないものばかりである。だから、それによって得られる快感もちょうど壁の上塗りのようなもので、いかにも作為的な感じがする。心が浄化されたときに奥底から自然にわき上がる至福とはずいぶん隔たりがあるようだ。正しいサマーディは、心の陶酔ではない。つくりものでもないし、幻想でもない。
 ブッダの教えのなかにも、トランス状態(ジャーナ)を体験する話がある。ブッダ自身、究極のさとりを開くまえに八つの没我の境地を学んでおり、生涯その修行をつづけたという。しかし、トランス状態を体験すれば解脱できるというわけではない。没我の体験は洞察の修行への足がかりにすぎない、とブッダは強調する。瞑想によって集中力をつけるのは、至福と快感を体験するためではない。心を鍛え、それを道具にして自己の現実を見抜き、苦の原因である心のくせを取り除くためなのだ。それが正しい精神集中である。”
p.106-108

深く集中して瞑想できれば誰にでも起こる自然現象なので、調子に乗ったり、選民思想に囚われて執着してはいけません。それを防ぐ装置の一つが、「戒律を誓わせること」です。
そもそも瞑想の目的は「心を制御できるようにして平静なままでいられるようにする」ことなので、このような神秘体験は邪魔=禅仏教における魔境です。あくまで、「ここまで深く自分は集中して瞑想できた」というサインだととらえましょう。

誰にでも起こることをわざと隠して、「あなたは選ばれた」とか「教祖の神通力のおかげ」とか
言って依存体質の信者を量産するのがカルトの手口ですので注意してください。
オウムはモロにこの手口を使っていました。


”命門(めいもん)
命門とは、督脈にあるツボ。位置は、へその真後ろ、真裏。
第二腰椎の棘突起(きょくとっき)と第三腰椎の棘突起の間にあるツボで、
肋骨のいちばん下と同じ高さの背骨の突起の下にある。
停滞しがちな気血の流れを整え、体力・気力共に増強させる。
命門は、生命の根源、先天の気が宿る場所、命に力をつけると言われ、
気功でも重要なツボ。立禅を行う際は、この命門を開くように、
骨盤を締めて立つのがコツ。すると、下丹田に気が集まりやすい。”
http://kikou.info/page/cat10/320.php



中国道教の本物のスワイショウのやり方
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-549.html
”スワイショウはれっきとした気功=チーゴンである

つまりどういうことかというと

呼吸法が重要なのだ

ただ腕をブラブラさせるだけの動作じゃない

日本ではここが勘違いされているケースが非常に多い。
腕をブラブラ振ることによって微振動が体に良いだとか、
血行を促進するだとか、邪気を飛ばすだとか、肩が
リラックスできて気持ち〜〜
だとかのような気持ちの悪い解釈まである。

これらは全部デタラメ

伝統的な中国道教(道家思想)から言ったらだが。

では、正しい”スワイショウ”とは何か?

元々、このスワイショウ、陽の臓器(大腸等)をマッサージ
するための気功法だ。
腕を振ることよりも腹式呼吸でお腹をポコポコ前後運動
させることに意味がある。
まるでエイリアンの幼虫が入っているかのようにお腹を
ポコポコさせることにより中の内蔵に刺激を与えているわけである。

正しいやり方を図にしたので参照頂きたい。
(絵が下手で申し訳ないが......)



腕を前に振る時に鼻から息を吸って、下丹田を膨らませていく。
吐く時に腕を後ろに振ってお腹をへこませる。この時、お腹の
前面が腰の”命門”というツボに触れる様な感覚を意識してやる
ことが重要だ。

そして、重要なのが呼吸する時の舌の位置

上の前歯の付け根に舌の先っぽを付けないといけない。
このポイントは五行でいう”火”の位置を表している。

何故、舌を上顎にくっつけるのかというと、中国の人体の気功ルート
というのは下丹田から始まって背骨に沿いながら頭のてっぺんの百絵を目指し
体の全面の方を下りながらまた下丹田に戻っていく様になっている。
いわゆる仙道で言う”小周天”というやつだ。

ところがこのルート、口の中で切れてしまっているのだ!

だから舌で上顎から下顎に掛けて”橋渡し”をしてやる必要
があるのだ。

この方法でスワイショウをやってみれば分かると思うが
この方法だと腕をリズミカルにブラブラさせるのが大変
難しい。
太極拳のように”ゆっくり”やることしかできない。
太極拳も元々気功としてやるから、あのゆっくりとした
動作になるのだ。戦闘に特化した太極拳がやりたいのなら
”陳さんの田舎拳法”でもやっていればいい。
(陳式太極拳のこと)
私は”陳式”を非難していないが、例のカナダ人の道士に
よると、太極拳で気功的に唯一価値があるのは”武当山”の
太極拳だけらしい。
その道士に言わせると”陳式”なんてのは中国の片田舎の
農家のおっさんが教えていた拳法で、こんな道教の寺院で
も何でもない小村に本当に気功として優れたノウハウが
あると本気で思っているの?ということらしい。
その道士に言わせると中国の優れた技術は由緒ある寺院等に
しかないとのこと。
本当の事かどうかは分からないがちゃんと中国の茅山で
修行した中国人が言うのだから本当なのだろう。

ということでスワイショウに話を戻すと、よく気功教室で

腕を高速でブラブラ振っているおばあちゃんとかは
間違っているということ

あれはきちんとした動作でゆっくりやるものである。
気功なんだから。”

ユダヤ関連の日に事件を起こしてユダヤのせいにするのがキリスト教の手口。生命の木カバラは中世からなので、古代ユダヤの生命の木(と日本)云々ときたら嘘確定。シオニズムはキリスト教思想。シオニストはクリスチャン。ユダヤ教超正統派はイスラエルを否定(イスラエルはキリスト教製)。魔術師クロウリー、ジョン・ディー、メスメルは王侯貴族人脈。
秋端勉『実践魔術講座リフォルマティオ(上下)』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-40.html
”“・超常的な力を求める者は自我の膨張(エゴ・インフレーション)に陥りやすい。個人的に修行している分には、自分が特別だと感じ、超人や達人だと錯覚し、統合失調症に陥る危険を冒すだけですむが、霊的なグループの中で自我が膨張すると悲惨である。自我膨張による悲劇を防ぐ為に、自己規範を設ける。野狐禅を防ぐのだ。
(…)
・秘儀参入を受けた者は「二度生まれ」と呼ばれた。
・秘儀の伝統に位階制度が必要なのは、正しい指導なくしては心を破壊してしまう劇薬だから。真に危険な部分、指導者なしで実践できない部分は公開しない。食卓に劇薬の瓶を置いてはいけない。

・視覚化と弛緩法。
頭部から足先に向け流れるように順番に各パーツを意識し、視覚化→緊張→弛緩→弛緩を行う。弛緩の一度目は筋肉を、二度目は精神を弛緩させることを意識すること。急がずやること。

・軟酥(なんそ)の法。自己暗示によって、精神意識を変えさせる精神療法。
卵ぐらいの大きさの軟らかい酥(古代のバター)の丸薬を頭に乗せたとイメージする。その丸薬が頭頂から足の裏まで流れ込んでくると想像する。この軟酥丸は清い色をしていてよい香りがする実に素晴らしい丸薬である。これが頭全体を潤し、ヒタヒタと水が浸透するように下りてきて、両肩、両上肢、乳房、胸、肺、肝臓、胃、腸、背骨、尾骨まで潤すと観想する。とろとろの妙薬が流れ落ちて全ての疾患や痛みが消失するイメージ。バターが嫌なら他の好きなものにしましょう。
(臨済宗、中興の祖である禅の白隠禅師の著書「夜船閑話(やせんかんな)」にある方法)

・呼吸法で、数を数える際には例えば一から十までループするようにする。数えながら眠ってしまわない為のもの。
四拍呼吸法。四つ数える間に息を吐き、四つ数える間息をとめ、四つ数える間に息を吸い、四つ数える間に息を止める、の繰り返し。吐く、止める、吸う、止めるのサイクル。黄金の夜明け団式。
(黄金の夜明け団は別名黄金の暁会などとも言う。訳語の違い。ナルトの暁のモデルだろうね)

・マントラ瞑想法。一つの言葉か文章を選んで瞑想中に繰り返し唱え続ける。反復により意識をマントラで満たし、リラックスと集中を産みだし、意識を半覚醒半睡眠の状態にする。
なお、精神病の前歴がある人や精神病の人はマントラ瞑想を行なってはならない。現実世界との結びつきが堅固でない人がマントラ瞑想すると瞬時にリアリティを消失する恐れがあるからだ。”


現実の魔導士が読んでいるかもしれない『魔法入門』の続き。
「嘘つきにこそ真実を言わせよ。真実を告げる者は嘘つきに仕立て上げろ」。
秘密結社と宇宙人の陰謀論の殆どがユダヤと在日叩きと同じくキリスト教擁護の為ですので注意。
最低でも聖書を否定し、聖書が根拠の日ユ同祖論も否定していないと駄目。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-45.html
”” ・イメージ形成の為の最初の訓練法がキムのゲーム。
いろいろなものを盆の上に置いてから布で覆う。布を取り去ってからしばらくの間位置を記憶し、再び布で覆ってから、覚えている限りの物品の状態と位置を書きとめる。
この練習法をすると、ある物品だけがほとんど例外なく忘れ去られてしまうことがある。これは偶然ではなく何らかの心理的事件が起こっているのだ。このように示されたものは瞑想の出発点として使う(自身が忘れ去りたい無視したいものを意図的に使う)ことで、潜在意識の深みから、面倒を起こしている特殊な妄想やコンプレックスを引き出せる。抑圧からの解放により、その物品はもはや他のものと違うことはなくなることがわかるはずだ。

なお、この練習法は都合のつくどんな時間にも試みて良い。
修行者は創意工夫して毎日の練習法に組み込むべきである。例えば、倉庫番はその仕事をキムのゲームの長い練習だとすればよいのだ。
(一定の場所に留まる仕事はキムのゲームの訓練にできる。ものの位置と状態を完璧に覚えて把握するということ)
(…)
・呪言、呪文、真言(マントラ)は波動のエネルギーを持つ。
名前の波動を起こさせる修行では声をできるだけ震わせるようにしなければならない。声の音程を低くし、同時にできるだけはっきりと心の中にその特殊な名前や呪力をもつ言葉と結びついた観念ないしは観念群を持ち続けることである。
練習法としては、掌の中でその名前の波動を響かせるというものがある。あるいは太陽神経叢(へその周り。丹田)や額から発していると思ってもよい。
この波動を起こす力が手やその他の場所から出るようになったらしめたもの。それからは簡単に肉体の他の部位にもこの練習を及ぼすことができるようになる。このような波動を加えた部位の病気を治せるようになるのである。

呪力をもつ言葉を用いるには、リズム、音の高低、母音、子音という四種類の波動がある。様々な感情状態に引き込む為には、リズムが最も偉大な魔力を持つ。
理想的な魔法の歌は潜在意識に訴えかけるものである。それは極めて原始的である。それゆえ歌は反復を要求する。同じ音楽の節々を反復することは意識的精神をすこぶる退屈にさせる。ゆえに、歌は強いリズミカルなものでなければならず、その反復は「調子を変える」こと、調子の上げ下げが必要である。
(…)
・弛緩術。リラックス方法。
くつろいで寝転んだり坐ったりする。頭のてっぺんに注意を向け、頭の筋肉がくつろいでいるか緊張しているかどうかをみる。緊張しているなら意識的にくつろがせる。それから額に移る。また緊張していたら意識的にくつろがせる。段々下に行く。ただし既にリラックスしたところがまた緊張していたらそこに戻ってまた緩める。上手くいっているかどうか確かめる方法としては、誰かに体の一部を持ちあげてもらって、死んだように重くなっていればOK

呼吸。
喉や鼻の通路を意志の努力で閉じて息を保ってはいけない。危険である。
息を止める正しい方法は、胸部の筋肉と胸部及び腸の領域に渡る横隔膜を利用し、定められた期間の間、呼吸することである。つまり胸部を拡張して肺に完全に空気を充たす。胸部が拡張されたままになったときに横隔膜をおろす。

肺が空気を一杯にすった時、これが息の止まった状態である。胸部を鋭く叩くと空気は部分的に外に漏れる。緊張してはならない。緊張は呼吸の訓練でも危険である。

四つの息。
ゆっくり吸いこみ、心の中で1、2、3、4と数える。そこで息を止めて1、2、と数える。
同じスピードで息をはき、再び1、2、3、4と数える。次に肺を動かさずに止めて1、2と数える。
これを5分間繰返す。はじめは5分以上やってはいけない。後になったら延長してもよい

・中央の柱の訓練。
①自分が生命の木の図表を背負って立っている、とありありと思い浮かべる。
右手の柱は左手に、左手の柱は右手に重なる。中央の柱、ケテル、ダート、ティファレト、イエソド、マルクトというセフィロトは脊椎と足に重なる。

②頭の頂上一寸くらい上を思い浮かべて、そこに輝く白い光を発しながら円を描いている球体を考え、ここにこそ自分の中にある神聖な生命力の湧きおこる泉があるということを実感するように努める。
③「エー・ヘ・イエー」という名前を波動する。

えり首の下にきらびやかに輝く光線を思い浮かべる。首はそこでは光り輝く球として輝いている
この時波動すべき名は「イエ・ホー・ヴォ・エ・ロ・ヒーム」
つまり「イエホバ・エロヒム」である。
⑤その光線が心の中でティファレトの中心に向かって下っていくかのごとく思い浮かべる。
ティファレトは肉体上心臓の領域にあり、太陽神系叢(みぞおち?)の少し上にある。
この時の名は「エホヴォ・エロア・ヴァ・ダード」である。
⑥この光線をイエソドの中枢におろす。
イエソドは性器の上に位置しており、その名は「シャ・ダイ・エル・カイ」と発音される。
⑦この光線が足に下りてマルクトの中心で終わる。
その時の名は「アー・ドー・ナイ・ハ・アレッツ」である。

※最初は無理でも段々と中枢の局の場所や光線をはっきりと霊視することに上達するにつれて、それぞれの位置で瞑想し、留まることを始めなければならない。そしてそれに帰属する特殊な力と活動を瞑想するのである。
ケテルは白い輝き、
ダートは薄紫色の領域、
ティファレトは金色の黄色として、
イエソドは紫、
マルクトは濃いオリーブグリーン、あるいは真っ黒である。

中央の柱の訓練で心霊的領域に引き入れられるエネルギーを回流させる為に、綾の光の訓練をする。
中央の柱の訓練で得られたエネルギーを以下のように霊視機能を用いて統制するとよい。
マルクトの局に達した後、頭の上にあるケテルの局に再び関心を移す。そのとき燃え上がる白い輝きを意識し、心の中でそれが左の肩におりてくるようにとイメージする。そして左側を通じて左の足へとまっすぐに下ると考える。
そこでそれはマルクトの領域を通過する。そして右足に入り、体の右側を昇って右肩に達する。そしてケテルに戻る。

第二部。
意識は再びケテルに向ける。再び白い輝きが中心から顔の前を通って体と足の前を下り、つま先に抜けるように思い描く。その輝きは足の裏を通って、ふくらはぎ、すねの裏側、再び背骨と頭の裏側を通り抜けてケテルに戻る。ありありと思い浮かべつつ呼吸を合わせる。力が下に降りるときに息を吐き出し、上に昇るときに息を吸い込む。

・峻厳(あなたから見て左)の柱 → ビナー、ゲブラー、ホド。
・慈悲(あなたから見て右)の柱 → コクマー、ケセド、ネツァク。
・均衡(中央)の柱 → ケテル、ティファレト、イェソド、マルクト。

・至高(ロゴス)の三角形 → ケテル、コクマー、ビナーからなる三角形。
・倫理的三角形 → ケセド、ゲブラー、ティファレトからなる三角形。
・星幽(アストラル。魔術)的三角形 → ネツァク、ホド、イェソドからなる三角形”

安那般那念
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E9%82%A3%E8%88%AC%E9%82%A3%E5%BF%B5
"安那般那念(あんなはんなねん[1]、巴: ānāpāna-sati(アーナーパーナ・サティ)、梵: ānāpāna-smṛti(アーナーパーナ・スムリティ))とは、仏教の瞑想法の一種。安般念(あんぱん[1]ねん)、安般守意(あんぱん[1]しゅい)、阿那波那(あなはな)[1]、入出息念、出入息念、持息念、数息観などとも。
(…)
ānāpāna(アーナーパーナ)とは、「āna」(アーナ)と「apāna」(アパーナ)の合成語であり、「āna」(アーナ)は「入息」を、「apāna」(アパーナ)は「出息」を意味する。
また、sati(サティ)やsmṛti(スムリティ)は、「念」(意識していること)を意味する。
合わせて、ānāpāna-sati(アーナーパーナ・サティ)、ānāpāna-smṛti(アーナーパーナ・スムリティ)とは、「入出息(呼吸)を意識すること」(あるいは、呼吸を数えること)を意味し、上記のような音訳・意訳も含む、様々な漢訳語が生み出され、使用されている。
(…)
安那般那念は、狭義には、文字通り「入出息(呼吸)を意識する」(あるいは、呼吸を数える)ことで、意識を鎮静・集中させる「止行」(サマタ瞑想)の一種、ないしは導入的な一段階を意味するが、広義には、そこから身体の観察へと移行していき、「四念処」に相当する「観行」(ヴィパッサナー瞑想)の領域も含む行法全般を指す。
(…)
「安那般那念経(Ānāpānasati sutta)」では呼吸を使った瞑想法について次のように具体的に記述されている。以下は安那般那念経(パーリ語の英訳版)からの引用である。

Breathing in long, he discerns, 'I am breathing in long'; or breathing out long, he discerns, 'I am breathing out long.' Or breathing in short, he discerns, 'I am breathing in short'; or breathing out short, he discerns, 'I am breathing out short.' He trains himself, 'I will breathe in sensitive to the entire body.' He trains himself, 'I will breathe out sensitive to the entire body.' He trains himself, 'I will breathe in calming bodily fabrication.' He trains himself, 'I will breathe out calming bodily fabrication.'[3][4] 長く息を吸っているときには「私は長く息を吸っている」とはっきり知り(pajānāti)、長く息を吐いているときには「私は長く息を吐いている」とはっきり知る。短く息を吸っているときには「私は短く息を吸っている」とはっきり知り、短く息を吐いているときには「私は短く息を吐いている」とはっきり知る。「私は全身の感覚を把握しながら(paṭisaṃvedī)息を吸おう」と訓練する(sikkhati)。「私は全身の感覚を把握しながら息を吐こう」と訓練する。「私は身行(=吸う息)[5]を静めて息を吸おう」と訓練する。「私は身行(=吐く息)[5]を静めて息を吐こう」と訓練する。

これがどのように修行をするのかについて書かれた一節である。このような修行に関して次のように述べられている。

This is how mindfulness of in-&-out breathing is developed & pursued so as to be of great fruit, of great benefit.[3][6] これが呼吸による気づきであり、このように熱心に行い、自身を訓練することは大きな果報となり、大きな利益となる。
"

しゃっくりを30秒でピタっと止める方法が画期的!しゃっくりの原因と止め方まとめ
http://nurse-riko.net/%E3%81%97%E3%82%83%E3%81%A3%E3%81%8F%E3%82%8A%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%9B%A0%E3%81%A8%E5%AF%BE%E5%87%A6%E6%B3%95%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%82%81/

耳鼻科の先生に聞いた、しゃっくりを止める方法
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n20998


一瞬で変われる人を引きつける話し方
https://www.youtube.com/watch?v=5Ejb5UM6mEo


TED日本語 - ジュリアン・トレジャー: 人を惹きつける話し方Script
http://digitalcast.jp/v/20593/




読了多謝!
スポンサーサイト
未分類  :  trackback 0   :  comment 0   

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://yomenainickname.blog.fc2.com/tb.php/134-2970c117
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)