読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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コーヒーの歴史。臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る――近代市民社会の黒い血液』(中公新書 1992年)の要約に、メーソンや百科事典の歴史を絡めるとコーヒーハウスは隠れメーソンロッジだとわかる。キリスト教のアーメンは白人主義の象徴なので『マギ』は反イスラム+親キリスト+メーソンとイランの秘教崇拝 。ヤク中特攻隊。振武寮。高級茶はカフェイン=快楽物質が多い。※香辛料は奴隷と変換して下さい 

「コーヒーは東アフリカ原産→イスラム神秘主義者スーフィーから広まる→白人が植民地で黒人を使い拡大→英国コーヒーハウスが郵便、株取引、保険を発達させる。パリの現存最古のカフェ・プロコップは百科全書派やフランクリンらの隠れフリーメーソンロッジとなりフランス革命とアメリカ独立革命を支援。」

「倒される側の王宮でもコーヒーサロンを媒介に百科全書派が出入りしていたんです。コーヒーと共にスーフィーから秘儀を授かった、一つ目と光る△がついたフリギア帽子を被った白人がコーヒーを飲みつつ百科辞書を読んでいたかも。そう思いながら、道教家は『蟲師』を見ていた。」

「シャーロック・ホームズの作者コナン・ドイルは心霊学好きでスコットランドのエディンバラ出身。『赤毛連盟』:スコットランド人の象徴たる赤毛の、メーソンバッジをつけた依頼人がスコティッシュメーソン製の大英百科全書を写す間に、イングランド王の血を引く犯人がフランス金貨を銀行から盗難未遂。」

「ブリタニカ百科事典第10版は丸善との提携で日本に輸入され、1902年大英百科全書として紹介された。丸善の創業者の早矢仕有的は福澤門下の医者で横浜正金銀行と日本最初の生命保険会社である明治生命保険会社設立に関与。梶井基次郎の『檸檬』を宣伝に利用。1914年設立の平凡社も普及に協力。」

「ドイルはメーソン。牧野伸顕、F・ルーズベルト、トルーマンはシャーロキアン。善で全知全能の癖に悪魔を創り悪魔を残し悪魔より殺す神という悪魔の変形が宇宙人やスピリチュアルである」
以上で私のツイートより引用終わり。

※本記事において新鮮さがある点は、「パリのコーヒーカフェが隠れフリーメーソンロッジ(支部)であるところであり、百科全書も少なくとも一部はカフェで執筆されたであろうこと。そして、カトリック絶対王政側にも、コーヒーを媒介にサロンで百科全書派が流入していた」という指摘である。

有色人種の一神教徒の
(あるいはイスラム教に偽装したミトラ+拝火+マニ教+グノーシス主義等の古代の宗教や秘教・密教=シーア派やスーフィズム)
アラブ人が広めたコーヒーを、白人クリスチャンが黒人奴隷を酷使して栽培して売りまくった。コーヒーはニグロの汗と呼ばれるのはそのせいだ。
食べ物や飲み物の歴史を辿るとよく黒人奴隷を白人支配者が酷使する話が出て来る。儲かるから。
コーヒー豆はネズミが手を出さないので保存がきく。安い時に買いだめして、不作の時に売り出せば大儲けできる。

コーヒーがもともと有色イスラム神秘主義(グノーシス主義など)から広まったものであることも、メーソンが好んだ理由の一つだろうね。
古代宗教意識・有色人種意識はカトリックには少し残っている。白人が一番上思想だけどね。白人至上主義傾向がかなり強まったプロテスタントは、教会じゃなくて聖書≒神(ロゴス=文字)を崇めろだから
(目に見えない神よりも目に見える文字の方が、具体的に妄信させるものとして好都合でしょ。聖書原理主義はプロテスタント産で、1920年代アメリカのWASP製品)。

見出しを集めると概要になる。
「コーヒーの原産地はアフリカ東部」
「イスラム神秘主義者が眠気覚ましに使用」
「メッカ事件(1511年。コーヒー取り締まり事件)の克服でコーヒーが更に広まる」
「十六世紀に史上初のコーヒーハウス誕生→十七世紀にヨーロッパに普及」
「オランダ東インド会社が作った植民地ジャワ・コーヒー」
※香辛料は奴隷と変換して下さい

「17世紀半ばにようやく初登場したヨーロッパのコーヒーハウスは情報集積所となり、郵便局・株式取引所・保険会社へ」

「1686年創業のフランスの現存最古のカフェ・プロコップ(プロコプ。プロコープ)は、フリーメーソンロッジかつ、黒人友の会本部。フランス啓蒙・理性・科学主義、百科全書派、アメリカ独立、フランス革命はメーソン思想が基盤」

百科全書派(百科事典はメーソン製の反カトリック=科学経典)の概要

「チェンバーズのサイクロペディア(1728年初版。恐らくスコットランド系)
→ディドロとダランベールの百科全書(1751年から1772年発刊。フランス啓蒙思想家多数参加)

→ブリタニカ百科事典(1768年から出版。出版はスコットランドとスイスが基盤。スコットランド啓蒙主義=スコットランド系メーソンの本)

→1914年間違いなくメーソン員の下中彌三郎(しもなかやさぶろう)が日本で平凡社という百科全書派の隠れロッジを堂々と設立し、百科事典を広めることに貢献。
1919年『啓明会』というイルミナティの日本語訳そのまんまの名前の教育組織=日教組の元祖、も作る。啓明は金星(ルシファー=反カトリック製GODと、ビーナス=女神の象徴)という意味。いわゆる左翼教育の源流」

「モンテスキューとコーヒーとメーソンロッジとしてのカフェ(コーヒーハウス)」

「革命で倒されるカトリック絶対王政側もメーソン啓蒙思想をコーヒーサロンを媒介に流入していた」

「アメリカは国教を定めることを憲法で禁止しているのはメーソン思想の繁栄と反映による」

「フランス植民地西インドはヨーロッパ諸国の中で一番成功した植民地であり、ハイチは新世界(黒人奴隷で大儲け)の一大中心であった。」

無関係ですがなぜだかここに書いてあったので載せておきます。

「ユリの花はギリシア神話や旧約聖書にも聖なる花として尊ばれていて、キリスト教においても聖母マリアの持物(アトリビュート)となって、純潔と処女性のシンボル。今のアイドルの処女神話(白拍子やら女歌舞伎やらで分るけどアイドルは売春と不可分な裏社会利権やで)や、結婚までは処女とかいう明治期に日本で作られた伝統(笑)の原因であります。繁殖力の高い者が子孫を残せる夜這い制度をなかったことにしたいクリスチャンと、民俗学で極めて重要な要素の性風俗を無視する柳田國男(笑)」

「リオデジャネイロはポルトガルの首都だったことがある。あと砂糖の歴史少々」
「キリマンジャロのコーヒー」

終章において著者が書いているように、コーヒーを飲むということが前提としている条件が、極めて不自然、人工的、文明的である。コーヒーノキは植えてから実をつけるまで五年もかかる。コーヒーは決して「自然な」飲み物ではないので、放っておいても犬や猫が飲むという代物ではない。倉庫のコーヒー豆にはネズミも手を出さない。最初からコーヒーが好きであるという人間は少ない。ヨーロッパから遠い世界でコーヒーが生産され、最終的に届くまで一切の産業構造が機能していなければならず、この地域や開発水準の偏りは、奴隷や植民地支配といった血塗られた歴史に結びつく。

「コーヒーの原産地はアフリカ東部」「イスラム神秘主義者が眠気覚ましに使用」

東アフリカがコーヒーの原産地である。
十六世紀のジャジーリー『コーヒーの正当性のために』ではコーヒーの起源を紅海対岸の東アフリカーーつまりエチオピアと考えられる――としている。
しかし、イエメンのモカ(※)をコーヒー発祥の地とする起源伝説があるように、イスラム教とコーヒーの関係は深い。エチオピア対岸に港町モカがあることも重要だ。
はじめはコーヒーは嗜好品ではなかった。夜の礼拝などに、コーヒーを眠気覚ましとして利用したのである。カフェインの利用である。
何せ、コーヒー起源伝説はすべてイスラームの僧侶伝説であり、すべてスーフィーと呼ばれるイスラム神秘主義(スーフィズム ※※)の僧侶である。さらに限定すれば、アル・シャージリー(十二世紀末生まれ)によって開かれたシャージリーア教団のスーフィーである。この教団(教団成立はシャージリーの没後)では眠気覚ましとしてのコーヒーとの結びつきが強く、この教団から十三世紀ごろにコーヒーが流布し始めた。
アルジェリアではコーヒーをシャージリーエと呼ぶらしい。東アフリカ原産のコーヒーノキからコーヒーを作り普及したのはイスラム神秘主義の僧侶、スーフィーたちの関与が大であっただろう。
かくして、「黒いザムザムの水」(※※※)の勢力拡大は加速し始める。

※モカは、アラビア半島の南西の端にあり、紅海に面する港町(現在イエメン共和国にある)。
イエメン共和国の首都サナアの外港で、15世紀から17世紀にかけてコーヒー豆の積出港として栄えた。モカの港だけはイギリス、オランダ、フランスなどヨーロッパの船舶が直接寄港を許され、買い付けを許可されていた。17世紀にこの地を支配したオスマン帝国は紅海を通行する船舶にモカでの納税を義務付けたという。現在、コーヒー豆集散地の機能は無く、漁業と観光で成り立つ。

※※スーフィズムとはイスラム神秘主義であり厭世主義(現世否定)かつ禁欲主義でありアッラーとの合一を目指す思想。スーフィズムは、欧米での呼称であって、アラビア語ではタサッウフと呼ばれる。
スーフィーが登場しだしたのは八世紀末、メソポタミア地方の、かつてのバビロンに近い、クーファという町であった。スーフィーというのは元来、羊の毛を指すスーフから来ているらしく、羊毛の白いマントをまとい荒野で公卿をしていた人々である。
キリスト教の異端派であるグノーシス主義(悪まみれのこの世を作ったのは悪の偽物のGODである。選ばれた者だけが認識〔グノーシス〕により、本当の善なるGODと一体になり、自身がGODとなれる。物質的な者はすべて悪だとする、実質多神教)の影響が見られる。
コーランでは繰り返しムハンマドは単なる人間であると述べられている。ムスリムがアッラーと合一(自身がアッラーになる)するのなら、多神崇拝(シルク)の罪や、ムスリムがムハンマドよりも上の存在になってしまう不都合のせいで、批判されたりしただろう。

 スーフィズム  矢野武志
http://kurekiken.web.fc2.com/data/2001/020118.html
2001年度例会発表一覧
http://kurekiken.web.fc2.com/data/2001.html

※※※サウジアラビアにはイスラム教の聖地マッカ(メッカ)があり、そのメッカには
ザムザムの泉(アラビア語:زمزم‎ Zamzam)という聖なる泉がある。
古くからマッカの貴重な水源であり、ザムザムの泉から湧き出る水は「ザムザムの水」と呼ばれ、聖水扱いされている。巡礼に来たムスリムはウムラ(ズー=ル=ヒッジャ月以外でのメッカ巡礼。ヒッジャ月だとハッジ=大巡礼)の儀式が終わるとザムザムの水を飲むのが通例とされている。ちなみにこの水はサウジアラビアの法律によって国外への持ち出しが禁止されている。しかし、巡礼者の持ち帰りは日常的に行われており、巡礼者の代表的な土産物になっています。


「メッカ事件(1511年。コーヒー取り締まり事件)の克服でコーヒーが更に広まる」
しかし、イスラム圏では当初はコーヒーが広まるには障壁があった。イスラム教では炭を食べてはいけないのであるが、コーヒー豆は炭に見え、コーヒーは墨色なので、戒律を犯すと考える者がいたのである。コーランにはもちろん、コーヒーに関する記載はない(預言者なのに未来のことを見越して書けないの?)。
しかもコーヒーを「カフワ」(恐らく珈琲:coffeeの語源)と呼ばれたが、コーヒーが普及していない頃は軽い白ワイン(イスラム教徒は酒を飲んではいけない)という意味が主流であった。イエスキリストの血液や白人のための一神教を想起させたのである。
いくらコーヒーを広めているスーフィズムがイスラーム哲学や文学に貢献しようとも、イスラム神秘主義者は少数派である。ワイン禁制のイスラム世界では、カフワと聞けば飲んではいけないワインを想起する人が多かったはずである。
十五世紀末、アラビア・フェリックスに出現したコーヒーは瞬く間に広まっていき、十六世紀初頭にはメッカ、メディナの二聖都や、エジプトのカイロのモスクで、コーヒーを飲みながら礼拝を行うスーフィーが見られた。
しかし
コーヒーの飲み方には、アッラーを蔑(なみ)するものだとみなされることがあった。
アラビアには熱い料理に息を吹きかけて食べてはいけないという作法がある。
それは大食漢の印であり、息には生命の息吹が宿っており無闇に吐き出すべきではないからである。塵芥でできた黒人のアダムは、GODがその鼻に生命の息を吹き込むことで生きた者となった。
従って、客人には湯気の立つ熱い食事を出したりはしない
湯気や煙はそもそも悪魔の宿る場所である。アラビアンナイトで煙に続いて登場するのは大抵は悪魔である。
じゃあアニメとかで魔法のランプで出て来る魔人(イフリート=イスラム教における堕天使)は悪魔なのね。
ランプの魔人=イフリート=イスラム教での悪魔(堕天使)
だから、「敵にとっての悪魔はこちらの味方(かも)」論理で、クリスチャンやイスラムに弾圧された古代宗教はイフリートを優遇してもおかしくない
『マギ』(表向きイスラムで中身イランってまんまシーア派)で出て来る青い巨大な方々はイスラム圏では悪魔なのかー(※)。
マギってイスラム圏モデルのくせに髭を生やしたイスラム教徒っぽい人が全然出てこない
イスラム圏の悪魔=イフリートっぽい(青い肌)方々が主人公達の味方だし。
ちなみに、マギでのアモンの全身魔装のイメージモチーフは大日如来像(真言宗)です。使用者の名前がアリババなのに髪の毛が黄色(笑)。主人公のアラジンは青(笑)。
キリスト教の「アーメン」=アモンってことはマギは反イスラムかつイスラムが弾圧したペルシャ(インド-イラン)の秘境を崇めてメーソンを宣伝(マグノシュタットのマークは一つ目)漫画・アニメなんだね!
マギにおける有名な演説(動画)と、私が尊敬する二人のマギについての文章を本記事の終わりに引用しておきます。
このお二人、そして私などは、マギを多くのファンよりもよっぽど深く理解しているであろうという確信、これこそが陰謀論者の面目躍如にして醍醐味(仏教由来)なのではあるまいか?ちなみに、私が英語を学んで一番良かったのは楽しめる娯楽が増えたことです。
wwwマギでwwwwこれほどwww爆笑しているwwwww人(私含む)はwwwwwあまりいないwwww



また、三人の天使を迎えた時のイブラヒム(アブラハム)のように、食事は迅速に、かつ音を立てずに済まさないといけない。
息を吹きかけて冷まし、音を立てて啜り、しかも炭らしきものを飲んでいるのだから、反発するムスリムがいて当然
である。
メッカ事件が1511年に起こり、コーヒー弾圧が始まるが、長くは続かなかった。お上から、反イスラム教を伴っている場合のみ取り締まるべきだという結論を出されたからだ。
結局、
コーヒー禁止の議論に終止符が打たれたのはようやく十七世紀に入って、アハメッド1世の下で宗教的権威たちが、コーヒー豆は炭と呼ばねばならぬほど強度に焼かれていない、という統一見解をまとめ上げることによってであった。
かくして、
イスラム圏はコーヒーのメッカになった。メッカは全イスラーム世界の中心である。一生に一度はメッカ巡礼を行うイスラーム教徒たちは、カーバ神殿の黒石に接吻し、ザム・ザムの聖水を飲み、そしてもう一つの「黒いザム・ザムの聖水」を飲む。イスラーム世界。それはオスマン(トルコ)帝国がスレイマン大帝の治世(1520 - 66)を迎えてますます強大化し、膨張の一途を辿っている。十六世紀は世界史的に「オスマン帝国(トルコ)の世紀」であった。ちなみに、十三世紀はモンゴルの時代(1258年のモンゴル軍によるアッバース朝の滅亡など)であった。

※アメン(アモン、アムン)という太陽神は、元々はナイル川東岸のテーベ(現・ルクソール)地方の大気の守護神、豊饒神です(反太陽神の要素あり)。アメンを、ギリシア人はゼウスと、ローマ人はユピテルと同一視しました。しかもアモンは青い肌をしていて黒い肌ではありません
アメン=ゼウス=ユピテル(=白人化したイエス)から分かるように、アメン(アーメン)と言うことは、白人の為だよ~って強調する為ですよ。
ラーメン←空飛ぶスパゲッティモンスター教って面白いですよね。

ラー、アメン、アメン・ラー、アテン(アトン)の違い
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1258333672
“●ラー
エジプト神話の創世の神々、エジプト九柱の神々の太陽神。
創造神アトムと合体して、ラー・アトムとなる、エジプト神話の最重要神。
様々な神と合体しまくりで、古代エジプト末期などになると、どちらのラーさんですか?状態。
でも、あくまで、ラーと言えばこのラーというか、ラー・アトム神の事。
他の神と合体した場合、その神がラーという称号と能力を得たみたいな感じ。

●アメン
豊穣の神。最初は、その他大勢の地方の神。

アメン・ラー
第11王朝のときに、アメンとラーが合体。太陽神で最高神。
以後、アメン神もエジプト全土で崇拝される。あくまでアメン神。
でも、末期王国時代にはラーと完全に同一視されていた。
ギリシアではゼウス、ローマではユピテルと同一視
されている。

●アテン(アトン)
慈愛の神。太陽そのもの。なんちゃって太陽神。アメンと同じく元地方の神。
第18王朝のアメンホテプ4世のみが異常に信仰。
アテン信仰の時代は、アテンのみを信仰する一神教となっており、エジプト宗教とは異質。
後の一神教であるユダヤ、キリスト、イスラムのアブラハムの宗教でいう神(ヤハウェ、アラー)のモデルではないかと言われている


エジプト神話には、太陽や大気、豊穣の神はたくさんいますが、あくまでメインは九柱の神々。”

アーメンラーメン日曜日【20120208】
http://www.mkmogura.com/blog/2012/02/08/1051
アーメン=アモン=白人のキリスト=シュウ=大気の神(太陽神ではない)
 
まず、ここは過去のおさらい。
アモン=白人のゼウスね。アンチ太陽神と言ったほうがいいか。
アーメンという言葉自体は、旧約聖書のヘブライ語が起源になるけどね。
 
で、アーメンの簡単な歴史だが、殉教者聖ユスティノスなどは、西暦150年頃から既に祝福の言葉として会衆が唱えるようにと記述してあったそうです。
 
しかし、今のように聖歌の最後にアーメンと必ずと言うほどつくようになったのは、ごく最近のことである。
 
それは19世紀、1833年以降、英国聖公会でオックスフォード運動が起こり、ラテン語の聖歌を英語に翻訳することが盛んになり、そのついでとしてアーメンと最後につけることが常套化
したそうです。
 紀元150年などのキリスト教の発足直後のような前者では、「ユダヤ教とキリスト教を区別する上で、アーメンと唱えさせた」というのが理由である。
 
後者の、19世紀の英国での話は、そのオックスフォード運動が、アングロ・カトリックというカトリックよりのアングロサクソン主義を構築する上で、キリスト教=白人のための宗教を強調する上で、「アーメン(アモン)」を聖歌につけるようにさせた。
 
結果、この英国聖公会から、プロテスタントでも、もちろん聖歌にアーメンとつけさせるよう広がったわけである。
まあ、あたりまえだね。
アモン=白人のためのイエス=ゼウスなんだから。
新教徒=白人崇拝のきつくなったキリスト教
なんだからね。
 そういうこと。
後者では聖公会がカトリック的な立場で継承されつつも、アングロサクソン主義=白人主義の強調をするためにアーメンとつけたわけ。
そして、それ以前の前者では、ユダヤ教(セム含む有色人種の主教)とキリスト教(白人のための宗教)との区別のために、祈りの中でアーメンとつけていた慣例
があった、そういうわけである。
 
白人主義の強調のためだね。”
“今、この世界の1週間が7日間という、アホな状態になってる理由は、聖書における創世の7日間であるわけだ。
しかし、そもそも夜空を聖典として写した太陽崇拝こそが、キリスト教であり、旧約聖書ももとは星の配置=占星術からである。聖書の3人の賢者=オリオン
でもわかるとおりね。
その中で、テレビやラジオ以前に字もない時代の社会で、人々の生活の日々の基準となったのが、同じ夜空に浮かぶ月であり、ユダヤ教、中国や昔の日本も同じく、暦は太陰暦が基本であったわけ。”
このどうやっても割れず、期間調整もしづらい1週間の強制という価値観のために、文明の進歩が少なからず遅れたのは、間違いないわけだが。”
“暦の話、アーメンの話、実は別々の話ではない。
 
もう何回か出てきた話だが、本来の旧約聖書の創世記などで説明される1週間、これでの安息日は、「7日目=土曜日」であるべきである。
だからユダヤ教などでは、いまだに安息日は土曜日が厳守されている。
(太陰暦だから正確には金曜の日没後から、土曜の日没まで)
しかし、一般的にはキリスト教徒によって、「今の日曜日=Sunday=安息日」と変更
されてしまったわけだ。
 
アーメンという言葉が白人主義の強調のためであるのと同じように、安息日の変更、これも同じ事なのだ。
Sunday=太陽の日に休む」、紫外線に弱かったために黒人に迫害されたのが白人であるなら、この意味がわかるだろう。
アモン=ゼウスを崇拝しろ、そのためのアーメンであり、同じ理由で、白人としてのためのキリスト教の安息日が日曜になったわけ。旧約聖書を無視してね。
 ね、同じでしょ?
ユダヤ教との区別のためのアーメンと、日曜日という安息日。
 
もともと、ほとんどの宗教の起源は太陽崇拝であり、同様に有色人種が作った宗教であるキリスト教もそうである。でも白人崇拝のための宗教だからこそ、こういう部分が簡単に見つかるわけ。
で、新教徒プロテスタントも生まれて、白人至上主義者=100%キリスト教徒になってるのも、そういう理由なわけね。”
聖歌にアーメンをつけたきっかけになる英国聖公会は、別名ブリッジチャーチと言われるカトリックとプロテスタントの中間の教派である。
白人崇拝の為にアーメンをつけるようになったものの、1920年頃に、今度は、カトリック的な考え方で、これを見直し、「アーメンをつける事は間違いである」と考えを改めたわけだ。
何度も言うように、マリア・イシス崇拝=エジプト=太陽崇拝=旧約聖書、つまり有色人種としてのキリスト教よりなのがカトリックと本来のユダヤ教、ロスチャのポジションなわけで。
で、アーメンを取り消そうにも、キリスト教という白人至上主義に、一度でも吸い込まれてしまった慣習を訂正するのは難しいわけ。
で、聖公会でももちろん、今も残っているし。
キリスト教が白人崇拝のための宗教であることさえ気づけず、アーメンの意味がわからない馬鹿神父などによって「昔からカトリックでも言っていた」として、カトリック系でも日本ではアーメンが残っているところが多いんじゃないかな?
 
それはユダヤ教と区別するためで、有色人種を世界から排除するために言われてたという理由なのにね。
 
日本では、この聖公会系の教会は結構多い。
クウェーカー教徒は厳密にはここではないが、皇室のキリスト教も起源にもなるジョゼフ・グリューや、スコッチ系の名を持つマッカーサーでさえアングリカン系であり、日本経済界の基準ともいえるキリスト教人脈の松本重治、軽井沢とか清里の避暑地の開拓も聖公会系である。
新渡戸稲造などのユニテリアン、メソ教である帰一教および、Jロックフェラーのポジションも、国際基督教大学を礼に出すまでも泣く、日本では聖公会系と重なる部分が多い。
キリスト教の支配という社会構造で、プロテスタント=白人崇拝と気づく知性があり、アメリカ=新教徒の国とやっていかなきゃならないとなると、必然的に逃げ口はそこにしかないわけですが。
 
 
さて、結婚式とかでアーメンなんて言わされることがあったら、ここらへんのことを考えてみてはいかがでしょうか。
 
白人の都合の為に、太陽崇拝だったキリストは、木星(ジュピター)という大気の神ゼウスに変更されてしまっている。それが日曜日でもある。
ニューエイジも同じジュピターだし。
この夜崇拝=紫外線に弱い白人のための宗教、その起源は、キリスト教の元となったミトラ教、その異端、東方ミトラの中のアーリア宗教であるゾロアスター教の善悪逆転論からきている

 
そのゾロアスター教の終末論では、「溶けた金属」による最後の神裁が行われて悪は滅ぶとされている。
 
私達は、「有色人種を滅ぼせ」という新約聖書の1週間を強制させられて、今ここにいる
。”

「十六世紀に史上初のコーヒーハウス誕生→十七世紀にヨーロッパに普及」
エジプトのカイロで、イエメンのスーフィーたちのコーヒーを飲む姿が見られたのは十六世紀の初頭であった。十六世紀は「オスマン(トルコ)の世紀」、(オスマン)トルコは当然コーヒーの流布に大きな影響を与える。
オスマン・トルコ帝国の首都イスタンブールには1554年、ハクムとシャムスというシリア人によって二軒の「コーヒーの家(トルコ語 カーヴェハーネ kahvehane)」が建てられた。その数はたちまち増え、スレイマン二世の治世下(1566 - 74)のイスタンブールにはすでに600余りの「コーヒーの家」があった。

コーヒー交易は最初から豊かな国際性に彩られていた。商品交換は共同体の果てるところに生じ、それを取り持つのは商人である。初期のコーヒー交易を司っていたのは、モカ(エチオピア対岸にある港町。港町モカだけがヨーロッパの船舶が寄港を許された)やアデン(モカの近く)といった南アラビアの小都市の商人であった。それは必ずしもアラビア人である必要はない。アラビア世界に古来住みついて、商業活動に携わっている人々といえばユダヤ人(という肩書をキリスト教から与えらえら別民族。モデルはフェニキア人である。
たとえば、今日に残されたおそらくは最古のコーヒーの歌も、十七世紀、イエメンのユダヤ人商人の間で歌われた『コーヒーとカート』という、アラビア文字で記されたヘブライ語の歌である。
レヴァント(=地中海東岸地方)のことも忘れてはならない。当時、東地中海沿岸はオスマン帝国の支配下にあり政治的に安定していた。ここでレヴァント商人というヨーロッパ商人が、価格水準の差額(安く仕入れて高く売る)を利用した巨利を求めて行動するのである。
需要は増大し続けるが、コーヒーの供給源は当時はまだイエメンだけだった。供給を独占したのだから最高に儲かった。これにより、新たなコーヒー栽培地と労働力――植民地と黒人奴隷――を白人クリスチャン商人が求めることになり、「植民地コーヒー」「ニグロの汗」が生まれるのである(ジャガイモやチョコレート・カカオや茶や砂糖にも悍ましい歴史があるのですよ)


「オランダ東インド会社が作った植民地ジャワ・コーヒー」
※香辛料は奴隷と変換して下さい

オランダのコーヒーの主流になるのはジャワである。
オランダの商人が、従来のようにコーヒーをできるだけ安くアラビア商人から買い受け、競争者を排除しながらできるだけ高く売るという方法に代えて、みずからの手でコーヒーを生産するという方法を取った。コーヒーはヨーロッパの植民地主義の歴史を黒々と湛える商品となり、文字通り地球上の自然と人間を改造する近代の代表的商品となる。
1680年、バタヴィア総督ファン・ホルンがジャワにコーヒーを栽培する計画をたて、モカからコーヒーの苗木を取り寄せた。香辛料・奴隷(変換すると奴隷・奴隷)の島はコーヒーも繁盛させることになったのである。これがジャワ・コーヒーで、バタヴィアからアムステルダムへ産地直送。こうして
1712年、最初の船荷、894ポンドのコーヒーがアムステルダムとミッデルブルクで競りに出された。アラビア商人の介在しない「植民地コーヒー」の誕生である。コーヒー栽培は急速に悪名高いあのオランダ東インド会社(※)の収入の一大源泉となり、バタヴィア総督は大いに称揚された。ジャワ・コーヒーの風味、色、アロマはヨーロッパで好評をもって迎えられ、たちまちのうちにスタンダード・コーヒーの地位を確立する。
オランダ東インド会社はジャワの支配層からコーヒー栽培のための権利を買い取り、ジャワの旧支配層の一定の独立性を確保したまま、間接統治させつつ、巨大な利益で手なずける。これは植民地支配のための典型的な手法であるので、覚えておくといいです。特にその土地で不満を抱いているマイノリティ層を間接統治のボスにつけるケースは実に多いです
天皇を崇めまくる人々がクリスチャンと半島人が多いのはまあこの記事のアーメンのところと、現人神=イエスキリスト、でわかりますね

ジャワの農民はコーヒー・プランテーションで無報酬で働くか、あるいは自分の農地の一部をコーヒー栽培に振り向けることを強いられた。ジャワは古来の米作地帯であった。そこに西欧人がやって来て、主食の稲作をコーヒー栽培に振り向ける。ヨーロッパの市場に向けて商品を生産する第三世界の食料不足が構造化される。私腹を肥やす土地の支配者がヨーロッパ的水準以上の豪奢な生活を楽しむ一方、食う米すらなく、一地域全体が飢餓のために死滅する。商品生産はみずからの使用を禁じられた交換価値の生産である。第三世界の基本的産業構造がヨーロッパの「消費欲望」に応じて形成され、しかもその商品は一面的に世界市場に依存し、国家の自律的経済に多大の困難を与えるという、今日の第三世界に残る問題の基礎が敷かれる。これが、やがてヨーロッパを華麗に彩るであろうカフェ・コーヒー文明にコーヒー豆を供給する生産者側の姿の原型である。
自給自足経済を破壊し、第三世界の食料不足が構造化させたのはカルトの総本山バチカンの手先たちである(プロテスタントもやっていることは同じである)。
もともとはイスラム教徒の神秘主義者スーフィーたちが広めたコーヒーを、今度は有色人種差別宗教キリスト教勢力が栽培し始めるのである。教義などどうでもいい。実際にやっていることだけを見れば「本当の教義」がわかる



※前提として、「香辛料」を求めて云々は、「奴隷と植民地」を求めてを隠すためのものです。一部を言って一部を隠すのです。オランダ東インド会社(正式には連合東インド会社。オランダ語 : Vereenigde Oostindische Compagnie、略称VOC):
1602年設立され、1799年=18世紀末に政府により解散させられた、十字軍の子孫の一つ。世界初の株式会社といわれる。会社といっても商業活動のみでなく、条約の締結権・軍隊の交戦権・植民地経営権など喜望峰以東における諸種の特権を与えられ、アジアでの交易や植民に従事し、一大海上帝国を築いたことから、多国籍企業(国より権力が上。国は社員)のはしりである。
本社はアムステルダム。
重役会は17人会(Heeren XVII。三百人委員会の元ネタですか)と呼ばれた。設立当初は東インド(インドネシア)における香辛料(副業)奴隷(本業)貿易を目的とし、マラッカを拠点とするポルトガルや各地の有色人種の一神教にしてコーヒー発祥の地に住むイスラム勢力と十字軍のごとく戦った。
1605年には、スラウェシ島に上陸。
1609年オランダ東インド会社が平戸に来航。翌年の
1610年バンタムを経由してヨーロッパに日本の緑茶が伝わる。

1619年には、第4代東インド総督ヤン・ピーテルスゾーン・クーン(在任1619年-23年、再任1627年-29年)がジャワ島西部のジャカルタにバタヴィア城を築いてアジアにおける奴隷売買・植民地会社の本拠地とした。黒人奴隷植民地ビジネスが行われる。

1623年にモルッカ諸島でアンボイナ事件が勃発し、オランダ東インド会社が日本人の傭兵を含むイギリス商館のイギリス人を虐殺した。イギリスは東南アジアから撤退し、インドのムガル帝国攻略に向かう転換点となった。

1628年から1629年にかけて、ジャワ島でマタラム王国がバンテン王国への進出を目指し、2度に渡ってバタヴィアに侵攻したが撃退した。

1646年に、マタラム王国と平和協定を締結し、ジャワ島でマタラム王国と独占貿易をすることになった。
また日本やタイとの交易も手がけ、中国に拠点をもつことは認められなかったが、当時無主の地であった台湾を占拠し、対中貿易の拠点とした。南アジアでは主としてセイロン島のポルトガル人を追い払い、島を支配した。日本ではカトリックとスペイン・ポルトガル(カトリック)のつながりに警戒感を強めていた江戸幕府に取り入りポルトガルの追い落としに成功、鎖国(笑。単なる建前じゃん)下の日本で欧州諸国として唯一、長崎出島での交易を認められた。アジアにおけるポルトガル海上帝国は、オランダ東インド会社の攻勢によって没落した(が黒人奴隷にとってはどちらも極悪である)。イギリス東インド会社やフランス東インド会社もオランダとの競合に勝てず、東アジアや東南アジアから撤退して、インド経営に専念することになる。
スペイン、ポルトガルでユダヤ人は改宗が強制され、異端審問などでひどい扱いを受けていた。そこから追放された(恐らく白い)ユダヤ人はアムステルダムなど各地に散在。ユダヤ人(中身は何人?)は商人などが多いので、東インド会社もユダヤ人が関係している。
オランダ本国は、オランダ東インド会社が17世紀の黒人奴隷支配成功によって、コーヒーや人身売買で大儲けし、キリスト教も布教(恐怖)し、黄金時代を迎えていた一方で、衰微の兆しが見え始める。
17世紀半ばの3次にわたる英蘭戦争や絶対主義フランス王国との戦争で国力を消耗し、

1689年にヴィレム3世がイギリス王に迎えられた後は、イギリス東インド会社に植民地帝国の座を譲り渡し、十八世紀は海賊国家イギリスが恐らく当時は世界一略奪しまくることになる。以後イギリスが大英帝国として、海上覇権を確立する事になる。

1795年にはフランス革命軍によりオランダ本国を占領されるという混乱の中1799年12月31日、オランダ東インド会社は解散、海外植民地はフランスと対抗するイギリスに接収された。ナポレオン戦争後、オランダは無事にイギリスから返還された東インドの領域経営(インドネシア)に主として専念することになる。


スペイン・ポルトガルによる西インド諸島のコーヒー・プランテーションでは、オランダのジャワでの極悪非道がマシに思える程に、もっとも残虐な植民地奴隷制度が実行された。奴隷をモノと見倣す植民者の徹底した原住民酷使は、住民の数を恐るべき勢いで減少させた。
 コーヒーを「ニグロの汗」と呼ぶ、おぞましい語彙が残っている。人手のかかるコーヒー栽培を支える労働力は黒人であった。アフリカ西海岸に集められた黒人奴隷はキリスト教牧師の祝福(笑)を受けた後、西インド諸島のプランテーション(地獄)へ運ばれ、奴隷を降ろした船は、今度は砂糖、タバコ、ラム酒、インディゴ(青藍を呈する染料)、そしてコーヒーをヨーロッパに運ぶ。奴隷船に乗せられた、正確には「積み込まれた」黒人の3分の1が輸送中に死亡したという。生き残った黒人奴隷がどれほど幸福な生活を送ることになるかは改めていうまでもない。アフリカからアメリカへは推定1500万人の黒人が奴隷として運ばれたにもかかわらず、18世紀の末、アメリカに現存する黒人奴隷は300万人しかいなかったといわれる。西インド諸島の大地は、そしてコーヒーにはニグロの血と汗と涙と命がしみこんでいる。

奴隷船(Slave ships)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B4%E9%9A%B7%E8%88%B9

「17世紀半ばにようやく初登場したヨーロッパのコーヒーハウスは情報集積所となり、郵便局・株式取引所・保険会社へ」

ヨーロッパのコーヒーの歴史は意外に長くない。
17世紀前半、日本で言えば徳川三代将軍家光公の治世(1623-1651)の頃にようやく(コーヒーはヨーロッパ原産だと思っている人が多そうですから「ようやく」)コーヒーハウスができる。(フランスでは、1669年、駐トルコ大使がルイ14世に珈琲を献上したことを契機にやっと上流社会で流行し始めたらしい)。コーヒーは当時はまだ新参者。虐殺者コロンブスが新大陸から持ち帰り(奪い)、17世紀後半には西欧世界だけでなくアフリカ・アジアに広く普及したトウモロコシは言うまでもなく、各々16世紀前半と後半に同じく新大陸から西欧世界にもたらされ(最初はソースの原料としてらしい)、17世紀後半には西欧の社会に定着したトマト(イタリアのトマトはそこまで歴史ないのですよ)や、遅くとも18世紀初頭には、欧米の貧しい人々の主要な食料になっていたジャガイモと比べると、コーヒーは嗜好品であることが流布を阻害していたのでしょう。

オックスフォード、ロンドンにコーヒーを提供する店が生れたのは清教徒革命期(狭義では1641-1649年。広義には1638年の主教戦争から1660年の王政復古まで)。
1650年、ユダヤ人によりオックスフォードで開業された店がイギリスで最初のコーヒー・ハウスとされる(ちなみに、オックスフォードでは、1654年に開業したクイーンズ・レイン・コーヒー・ハウスが現在も営業を続けている。三百六十年ぐらいの伝統)
1651年、クロムウェル政府が航海条令を出す。

1652年(英蘭戦争1652-54年の開始年)にはロンドンにもシチリア出身のロゼがコーヒー・ハウスを開店し、王政復古(1660年)、ロンドン大火(1666年)の時期を経て増加し、1683年には約3000店、1714年には約8000店にも達した。
17世紀中ごろ、イギリスには王の政府から出される新聞ぐらいしかなく、しかも最新情報ではない。そこで人が集まるコーヒーハウスが、情報収集の場としても重要な役割を果たした。人々を引きつけたのはコーヒーというよりは、公共の場に集まる最新情報であった。

郵便制度は長くコーヒーハウス支配だった。
1678年イギリスの公的郵便制度ができたがいい加減だった。
1680年マーレイが一ペニー郵便制度を作る。私的郵便制度が長く続く。
1683年英国政府が特定郵便ならぬ特定コーヒーハウスを決める。
1799年海外郵便からコーヒーハウスが締めだしを食らう。
1840年、19世紀半ばでようやく国内郵便もコーヒーハウス管轄でなくなる。
株取引や保険もコーヒーハウスが支部や本部として機能した。

1690年頃になって株式取引所、ロイヤルエクスチェンジができたが、株式取引全てをまかなえない。有名な店にギャラウェイ・コーヒー・ハウスがある。17世紀中頃、当時の金融センターであったロンドン・シティの取引所近くに開かれ、多くの商人が情報を求めて集まった。ジョナサン・コーヒーハウスは株取引で有名で、

1697年、専門の証券仲買人を雇って顧客に助言を与えたりした。

飛行機も自動車もないので長距離輸送手段は動物や船である。特に海外活動は航海が必要なので危険が伴う。保険業の需要が高まる。
1688年頃、エドワード・ロイドがロンドンのタワー・ストリートにコーヒー・ハウス(ロイズ・コーヒー・ハウス)を開店。

1696年、ロイズ・コーヒー・ハウスは、保険を希望する船舶リストを載せるなど、有用な船舶情報を載せる「ロイズ・ニュース」を発行する。店で船舶保険業務を取り扱うようになり、これがロイズ保険会社の起源である。マスターキートン。Corporation of Lloyd's。
コーヒーハウスに女性客が出入りすることはなく、ロンドンのコーヒー文化は男性偏重であることから定着に至らず、特に女性を捉えたのが紅茶文化となった。
およそ半世紀にわたってイギリスに多大な影響を与えたコーヒーハウスは18世紀半ばに急速に数を減らしていくき、、酒場や宿屋やクラブに転業する店も多かったらしい。

1714年には約8000店舗を越えたのだが、
1739年にはわずか551軒になっていたという統計(ペストで発達したらしい)がある。公開的コーヒーハウスは、それぞれの顧客層の固定化により閉鎖的クラブに移行し、クラブの数が急増していく。18世紀末にはクラブの数は1世紀前のコーヒーハウスの数に達していた。コーヒーハウスがクラブに建て替えられる頃、人々はコーヒーを離れ、紅茶に向かったのである。コーヒーハウスは男の飲みものであり、コーヒーハウスは男のビジネス施設だった。よって、それに反発する女性が現われるのは当然で、コーヒー反対運動が起こったほどである。
一方、
1717年トワイニングがイギリス初のティー・ハウス「ゴールデン・リオン」(ゴールデン・ライアンズ)を開店し、女性の好評を博すのである。コーヒーに代わる非アルコール飲料として、紅茶が市民生活に定着していくことになる。

一方、パリでは逆に女性の存在が鍵となり、カフェ文化が根を張り、「自由・平等・博愛(友愛)」と「理性」を掲げる、百科全書派など、フリーメーソン啓蒙科学思想勢力(科学はカトリックより正しい!はじめの人類は黒人だから反カトリックするぜ! 実際カトリックは俺らを弾圧したしな。王様もカトリックだしな!日本の教科書にGODの天地創造が書かれない理由の一つ)がフランス革命を起こす基盤を醸成していくのである。

「1686年創業のフランスの現存最古のカフェ・プロコップ(プロコプ。プロコープ)は、フリーメーソンロッジかつ、黒人友の会本部。フランス啓蒙・理性・科学主義、百科全書派、アメリカ独立、フランス革命はメーソン思想が基盤」

ル・プロコップ (Le Procope) は、 パリ6区ランシエンヌ・コメディ通り(Rue de l'Ancienne Comédie) にあるパリで最も古いカフェ(café ※)・レストランで、今も営業している。1686年にシシリー島出身のフランチェスコ・プロコピオが創業した。シチリアはアラビア世界に深々と影響を受けている土地。フランス革命期には、フリジア帽(フリギア帽※※)が自由の象徴となり、ル・プロコップに最初に飾られた。フランス革命のためのアジテーション・カフェの中でカフェ・プロコプは最重要だった。
ル・プロコップはディドロ(メーソン員)やダランベール(メーソン員)ら百科全書派(メーソンだらけ※※※)が多く利用した。ロベスピエール(メーソン員)はこのプロコップカフェを会合の場所として使っていた。完全にフリーメーソン支部(ロッジ)である。現在も客層にメーソン員が多そうですね。
イギリスの植民地だったアメリカとフランスの間に攻守同盟を結ぶべく、フランスに来たベンジャミン・フランクリンはフリーメーソン員である。フランクリンはアメリカの父で、紙幣に描かれ、アメリカ独立宣言の起草委員で、パリでヴォルテール(ヴォルテールの著作は禁書目録に入れられました)をフリーメイソンリーに入会させるという、最重要レベルのメーソンメンバーである。
1738年フリーメイソンを排斥する初めての教皇文書「イン・エミネンティ」をローマ教皇クレメンス12世の時代が発令。
フリーメーソンリー(フランマソヌリ)が反カトリック組織(科学探究団体)である根拠の一つ。

1778年アメリカとフランスは通商条約(メーソン同士助け合おう条約)を結んだ。フランクリンはプロコプの常連となった。

1787年フランス王国植民地の息の根を止めるために、イギリスに「黒人廃止運動協会」ができる。

1788年「黒人友の会」(societe des amis des noirs)ができる。メーソンの有色人種意識と王政打倒のための案物。本部はプロコプカフェ。実質的指揮者はブリッソー(メーソン員らしい)。会長はコンドルセ。コンドルセはヴォルテールやルソー亡き後、フランス百科全書派の唯一の生き残りであるから恐らくメーソン。コンドルセの妻はアダム・スミスやトマス・ペインの
主要著書を最初に本格的にフランス語翻訳したことで知られるソフィー・ド・グルシー

1790年4月にフランクリンがアメリカ本国で死ぬと、彼を悼んでプロコプには半旗が掲げられた。プロコプカフェはアメリカ革命とフランス革命を繋ぐメーソンの象徴であった。

1790年7月12日に聖職者民事基本法( Constitution civile du clergé)がフランス革命期の立憲議会で議決される。フリーメーソン百科全書・啓蒙理性科学派によるカトリックへの復讐である。メーソン政府がカトリックを法律で縛るものである。
聖職者民事基本法はフランス国内のカトリック教会を国家の管理下に置くものであった。カトリックは唯一国家から補助金をもらえる宗教であることになった。教会財産は国有化された。教会法(ここではカノン法の意味)の変更である。敬虔なカトリック教徒であった国王も法律に縛るという意味である。
司教区の行政的再編成、宗教的秩序の廃止、戸籍抄本の民間委譲、聖職者の叙任・給与などについて定め、聖職者は公務員の扱いとなり、教会ではなくて、人民によって選任される立場になった。また、フリーメーソンンリーが作った憲法を全力で維持すること等の宣誓を義務としたため、聖職者の大多数が聖書以外に誓いを立てることを拒否し、革命と宗教との対立に発展した。国王は困惑したが、王党派聖職者の助言を受けて裁可に同意する。ところがローマ教皇ピウス6世は公にこれを強く批判し、宣誓者を批判して異端宣告することすら示唆したため、波紋が広がり、宣誓拒否聖職者(宣誓忌避聖職者)と立憲派聖職者の対立は一般の信徒も巻き込んで深刻の度合いを増した。
また議会はフランマソヌリ製品の人権宣言の精神に則り、聖職者の終身誓約と修道団体の廃止(修道院の閉鎖)を宣言して、聖職者に職を辞める自由を与え、修道院を出たいものは自由に出て良いと許可した。
聖職者や国王側に啓蒙思想を浸透させた(倒される側の王宮と教会にもちゃんと寝がえり組を仕込んでおくのである)ものの、やはり聖職者の抵抗はあった。
(経済的な問題では、聖職者の公務員化により下位聖職者の生活水準はむしろ向上することになったらしいけどね)。旧体制で豪華な生活をしていた高位聖職者は嫌がっただろう。王権やローマ教会の影響を排除して、任用は教会法ではなく選挙制で一般信徒の意志を反映しようとしたのだから。なお、司教と司祭は持ち場を離れることができなくなった。理由がある場合でも地区当局の同意が必要となった。
洗礼、結婚、埋葬の登録簿は立憲派聖職者だけが持っていたので、宣誓拒否聖職者のもとに通っていた信徒は公民権登録ができなかった。特に信心深い女性が立憲派司祭のミサに行かなかったので、彼女らの子供には公民権が与えられない状態であった。
ラファイエット(メーソン員)は宣誓拒否聖職者にも礼拝所を持てる自由を与えるように議会に提議し、
1791年4月11日、議会は宣誓拒否聖職者が閉鎖寺院を使って礼拝をすることを黙認する決議を出した。
5月7日、議会はシェイエスの提案で信仰の自由を全般的に認める寛容令を出した。これによって宣誓拒否聖職者の信仰も認められることになったが、今度は立憲派聖職者が怒り出した。これはローマ教皇に逆らってまで革命に殉じようとした彼らの努力を全く無駄にするものだからだ。
テルミドール反動が始まると、末期国民公会は、
1794年9月18日に聖職者民事基本法および関連法令を廃止し、宣誓拒否聖職者への弾圧も終わった。さらに12月2日にヴァンデ叛徒(カトリック王党派)に大赦令を出したのに続いて、翌1795年2月21日には信仰の自由(祭儀の自由)を宣言して、国内での宗教和解を進める政策に転換した。信仰の自由が認められたことで、ヴァンデの農民は王党派と切り離されて沈静化していった。しかし弾圧が終わった一方で、あらゆる宗教に公平不偏の立場を政府が取るようになったので、カトリックの地位は低下し、公的資金の提供も停止されたので、メーソンの最大の目論見は成功した。

※フランスのカフェ(café)は、プロコプ(プロコップ)が1686年に創業したことをきっかけに、18世紀に入るころには300軒ほどのカフェがあり、フランス革命前には700軒ほどになっていたらしい。

パリの歴史的なカフェ サンジェルマンデプレ プロコープ - Paris Bistro
http://www.paris-bistro.com/japon/culture/cafe_procope2.html

※※フリジア帽 とは古代ローマに起源をもつ赤い三角帽でありかわいいデザインである。奴隷と奴隷解放の象徴。メーソンメンバーのラ・ファイエットが起草したフランス人権宣言には、光る三角形に一つ目があるが、フリギア帽子も描かれていることに注意。『マギ』の魔法使いが被っている帽子がくにゃっと曲っているのはフリギア帽の反映だと思われる(しかも一つ目つき)。この帽子は元来フリギア(フリジア)に起源するとされているが、古代ローマにおいては、自由身分の解放された奴隷が被るものだった。フリジア帽は隷従から自由への解放の象徴とされ、フランス革命では貧困層(サン・キュロット)の象徴として使用された。フランス革命期には読み書きのできない民衆にフリーメーソン革命思想=啓蒙思想を伝達するために「フリジア帽とトリコロール旗」や「フリジア帽をかぶせた杖を持つ自由の女神」などが喧伝された。
フランス革命後の7月革命の時にウジェーヌ・ドラクロワの描いた「民衆を導く自由の女神」では自由の女神はフリジア帽を被っていて、右手には三色旗、左手には銃剣を持っていて上半身裸である。これ以後、フリジア帽を被った女神、マリアンヌがフランス象徴となり、この絵画は様々なパロディになっている。

赤い三角帽子ことレッド・キャップ、フリギア帽がフリーメーソンのよく知られた象徴であることなど多数の画像が載っているところ↓
考えられる操作の手法について
http://www.analysis-of-giga-ritual.com/category4-capmetaphor.html

※※※百科全書派(百科事典はメーソン製の反カトリック=科学経典)の概要
「チェンバーズのサイクロペディア(1728年初版。恐らくスコットランド系)
→ディドロとダランベールの百科全書(1751年から1772年発刊。フランス啓蒙思想家多数参加)
→ブリタニカ百科事典(1768年から出版。出版はスコットランドとスイスが基盤。スコットランド啓蒙主義=スコットランド系メーソンの本)
→1914年間違いなくメーソン員の下中彌三郎(しもなかやさぶろう)が日本で平凡社という百科全書派の隠れロッジを堂々と設立し、百科事典を広めることに貢献。
1919年『啓明会』というイルミナティの日本語訳そのまんまの名前の教育組織=日教組の元祖、も作る。いわゆる左翼教育の源流」
概要を更に補足する。
百科全書は、理神論(創造神を認めるが、奇跡を起こす創造神を認めない、反キリスト教思想)の布教にも貢献した。
自然科学の教科書的存在となる百科事典(エンサイクロペディア)の元祖が、
1728年『チェインバーズ百科事典』(スコットランド系っぽい)
(=『サイクロペディア』、『チェンバースサイクロペディア(Chamber`s cyclopaedia)』)である。
フリーメーソンという項目がちゃんとある百科事典である。
しかも最初の百科全書で、クロス・レファランス(相互参照)にとりくんでいる。
編集したイフレームチェンバース(エフライム・チェンバース)はメイソン員。
出版元の社長であるジョン・シーネックスもメイソンであり、、イギリス(イングランドとスコットランドでわけないといけない)のグランド・ロッジ設立調書からの熱心なメイスンで、
1723年には『フリーメーソン憲章』を出版している。シーネックスは
1726年に『自然科学の数学的原理』を出版するなど科学書の普及に関心を寄せていたて、チェインバーズの百科事典の版元を喜んで引き受けた。
次にフランスで『百科全書』(1751年-1772年)が登場する。
1745年にチェンバースの百科全書をフランス語訳にしようとしたイギリス人のミルズが、パリの出版業者ル・ブルトンに出版をもちかける。ル・ブルトンはすぐに出版特許をとって態勢を整えようとするのだが、金銭上のもつれなどで助手と裁判沙汰になり、この特許が取り上げられたり、ディドロが逮捕されたりする(カトリックの妨害だろう)。
ル・ブルトンの工夫でやっとディドロが釈放され、『百科全書』の最初の趣意書が8000部(当時としてはかなり多い。字が読める人が少ないから)配布されたのは、1750年のことである。
パリには百科全書派ロッジ「九姉妹神」(Les Neuf Sœurs、レ・ヌフ・スール)があり、ディドロが所属していた。百科全書派はメーソンクラブ(全員メーソンではないだろうが)
である。『百科全書』が出版禁止になるとディドロは九姉妹神ロッジなどのロッジを通じて販売した。
ダランベールも、ボルテールも、モンテスキューもメーソンである。ルソー(後に離反。メーソンか不明)も特別寄稿。
『ポンパドゥール夫人肖像画』に描かれた夫人は左手に百科全書を持っている。ルイ15世の公妾であった夫人は百科全書の出版を公に保護していたのである。
百科全書 ウィキペディア(ウィキも百科全書メーソン辞典)の画像↓で確認できる
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E7%A7%91%E5%85%A8%E6%9B%B8

1768年から1771年にかけて、ブリタニカ百科事典(ブリタニカひゃっかじてん、英: Encyclopædia Britannica)がエディンバラで3巻の百科事典として発行された。
過去に版権を持っていたものにはスコットランドの出版社A & C Blackやホレス・エヴェレット・フーパー、シアーズ・ローバック 、ウィリアム・ベントンらがいる。現在は俳優でもあるスイスの富豪ジャッキー・サフラ(ジェイコブ・サフラ)がブリタニカ社を所有していて、イングランドではなく、スコットランドとスイス支配なのが重要である。
最初の時代(初版から第6版まで)ブリタニカはコリン・マックファーカー、アンドリュー・ベル、アーチボルド・コンスタブルら創始者によって出版された。
百科全書派は日本にも流入する。
1914年間違いなくメーソン員の下中彌三郎(しもなかやさぶろう)が日本で平凡社という百科全書派の隠れロッジを堂々と設立し、百科事典を広めることに貢献する。
下中彌三郎は、パリ講和会議があった1919年『啓明会』というイルミナティの日本語訳そのまんまの名前の教育組織=日教組の元祖、も作る。啓明は金星(ルシファーとビーナスの象徴)という意味。いわゆる左翼教育の源流。
啓明会は結成の翌年の第一回メーデー(ヴァヴァリアのイルミナティ結成日もメーデー五月一日)で労働組合の先駆け的存在にもなる。
なお、パリ講和会議の全権委員は、大東社(仏系メーソン)で北朝系の西園寺公望。
下中弥三郎は初期メーデーを指導者するわ、農民自治会の結成にも参加するわ、戦後は世界連邦運動にも参加するわ、スサマジイまでのフリーメーソン人生である。

ちなみに、まっこうもぐらさんのブログによると、
「紅の豚」でジーナが暗号を受信するシーン、室内の書棚が百科事典で埋められていたり、
マトリックスの元ネタともいえる攻殻機動隊の最終話でも、百科事典で埋め尽くされてたりしているそうです。

180夜『百科全書』ディドロ&ダランベール|松岡正剛の千夜千冊
http://1000ya.isis.ne.jp/0180.html
496夜『フリーメーソン』リュック・ヌフォンテーヌ|松岡正剛の千夜千冊
http://1000ya.isis.ne.jp/0496.html
左翼陰謀論者のスルーするところ【20090613】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/06/13/234
そもそもWikipedia自体がフリーメーソン構想【20090807】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/08/07/289



「モンテスキューとコーヒーとメーソンロッジとしてのカフェ(コーヒーハウス)」
1748年に出版された『法の精神』にて権力分立(三権分立)思想で絶対王政を批判したのは誰か? 
という、典型的な問題の答えが、シャルル=ルイ・ド・モンテスキュー (Charles-Louis de Montesquieu、1689 - 1755)男爵(baron)である。
「社会学の父」と呼ばれるモンテスキューがメーソン員(1689年生、1730年5月12日入会)なのである。
フランマソヌリのメンバーが社会学の父 (pères de la sociologie)と言われるなど、「学問」とは西洋のメーソン学(白人至上主義思想も勿論ある)の側面がある。学問の文献と聞いて漢文をイメージするひとは今や少ないのだ。
1721年モンテスキューは、ペルシャ人のふりをして匿名で出版された『ペルシア人の手紙』にてコーヒーがいかに優れた飲みものかを褒めまくった。作者のモンテスキューは、ボルドーでワイン業を営む名家に生まれていたので、単なる業者の太鼓持ちではないと評価されたりしたらしい(匿名だったけどメーソンロッジ=カフェ=コーヒーハウス、では周知の事実だったのだろう)。
それだけでなく『ペルシア人の手紙』Lettres persanes(Persian Letters, 1721)
では、女性の離婚権を主張し、反カトリック思想が見られる。
ボルドー高等法学院副院長や、アカデミー・フランセーズの会員になったりもしている。
『百科全書』の為に「趣味論」の執筆に取り組んだが、完成することは無く1755年2月10日にパリで逝去。モンテスキューの肖像は旧フランス・フランの200フラン紙幣に描かれたことがあった。
メーソン員を更に紹介しておく。
・クロード・ジョゼフ・ルージェ・ド・リール:フランス国歌にしてフランス革命の歌「ラ・マルセイエーズ」の作曲者。

・ジョゼフ・ギヨタン(1738年生):医師・政治家。死刑執行装置のギロチンの名称の由来。「九姉妹神ロッジ」(9人姉妹)の設立メンバー。

・ラ・ファイエット(1757年生):フランスの侯爵。アメリカ独立革命に関与し、同じくメーソン員のジョージ・ワシントン司令官のもとで副官を務める。フランス革命時には市民軍司令官を務め、フランス人権宣言を起草し、光+ピラミッド+一つ目+フリギア帽子を描かせる。


「革命で倒されるカトリック絶対王政側もメーソン啓蒙思想をコーヒーサロンを媒介に流入していた」
ルイ15世とデュ・バリー夫人はコーヒー好きであり、ヴェルサイユ庭園でコーヒーを育てさせた程である。
ポンパドゥール夫人とデュ・バリー夫人はルイ15世の治世に大きな影響を与えている。 彼らの時代、啓蒙思想がヨーロッパ世界を席巻し、ヴォルテール、モンテスキュー、ルソーなどがフランスのサロンで活躍している。ポンパドゥール夫人は美貌ばかりでなく学芸的な才能に恵まれ、サロンで啓蒙思想家と親交を結び、芸術の熱心な愛好家でパトロンでもあった。インテリであるポンパドゥール夫人が肖像画で百科全書を持っているなど、学芸の保護育成に熱心で、百科全書派という正に自分達の政府を倒す人々を招き入れているのである。
獅子身中の虫は仕込まれた。
大事件は周到な仕込みでなされるのだ。
「アメリカは国教を定めることを憲法で禁止しているのはメーソン思想の繁栄と反映による」

フリーメーソンがアメリカ新大陸にその野望を確立するために通過しなければならなかったのが、アメリカ独立戦争。「9人姉妹」ロッジのラファイエットは1777年、アメリカの独立戦争を助けるため、自費で軍隊を率いてジョージ・ワシントンの軍事ロッジに加入。前年、すでにベンジャミン・フランクリンはアメリカの新共和国の外交代表としてフランスを訪れ、パリの「9人姉妹」ロッジの第2代大統領として、アメリカ独立へのフランス人の同意を広め、独立戦争への支援を得ることに成功していた(フランクリンはは1731年にメーソン員となり、稲妻と電気の関係を証明したことをはじめ、自然科学の分野で業績をあげた科学者。イギリスのロイヤル・ソサエティとフランスの科学アカデミーの会員になるなど生粋のメーソンである。フランクリンはフリーメーソン人脈を利用し、独立戦争でフランスをアメリカと同盟させ参戦させたのであり、フランス革命もアメリカ独立もどちらもフリーメーソン製品である)。
 アメリカ建国の父ジョージ・ワシントンは1752年にメーソンになった。独立戦争が始まると、軍隊では盛んに「軍事ロッジ」が創設され、ワシントンは軍事ロッジの先頭に立ちメーソンの正装(エプロンとかをつけただろうから目立つね)をし、行進した。1787年にはアメリカ合衆国憲法が制定され、国教を法律で定めることを禁止し(※)1789年にワシントンが初代大統領に就任した。このときワシントンは、ニューヨーク・グランド・ロッジのグランドマスターであった。政府機構のメンバーにはフリーメーソンメンバーを多数起用した。ジェファーソン、アダムスと共にアメリカ独立宣言を起草したベンジャミン・フランクリンもフリーメーソンである。
今や白人至上の国のアメリカでさえ、当初はキリスト教国家ではなくメーソンの有色人種意識思想だった。ナチスの残党を吸収し、白人至上主義傾向が強化されるのは第二次世界大戦後であり、そうしてメーソンの異端派である白人至上主義派閥が生まれる。白人至上主義派がメーソンの主流派でないことは、キリスト教と対立していたことと、何よりもマークがピラミッドというイスラム教国家エジプトの建造物であることと、一つ目がホルスの目というイエスキリストの元ネタである有色人種の太陽神ホルスの目からわかることである。
※アメリカ合衆国憲法修正第1条では、国教を法律で定めることを禁止している。
修正第1条(信教・言論・出版・集会の自由、請願権)
合衆国議会は、国教を樹立、または宗教上の行為を自由に行なうことを禁止する法律、言論または報道の自由を制限する法律、ならびに、市民が平穏に集会しまた苦情の処理を求めて政府に対し請願する権利を侵害する法律を制定してはならない。
Congress shall make no law respecting an establishment of religion, or prohibiting the free exercise thereof; or abridging the freedom of speech, or of the press; or the right of the people peaceably to assemble, and to petition the Government for a redress of grievances.
(両方ともウィキより引用)

アメリカ合衆国建国の父
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E5%BB%BA%E5%9B%BD%E3%81%AE%E7%88%B6
(2014年三月五日水曜日引用保存)
“宗教[編集]

1787年代議員の何人かは無宗教であった。ローマ・カトリック信徒の3人を除いて他はプロテスタントであった。プロテスタントの中で28人は監督教会員、8人は長老派教会員、7人は組合教会主義者、2人はルター派教会員、2人はメソジスト教徒であった。著名な建国の父の多く、たとえばジェファーソンが既存の宗教に対する反発や教権反対主義を主張していた。その講演や文書の中で既存の教会組織に反対する論旨を展開する者がいた。ジェファーソンは自分の聖書を書いた。しかし、パトリック・ヘンリーのように伝統的な宗教の強い擁護者もいた。自然神教あるいはそれに近い形で信条を表す者もいた。
建国の父達の多様な信仰形態にも拘わらず、ほとんどが宗教を好意的に見ていた。このことは、彼らの講演や文書からも見て取れる。たとえば、国民の倫理性を形作るとき、法の遵守を確保するとき(ワシントン)、人の邪悪さを調べるとき(ベンジャミン・フランクリン)、アメリカのような自由な政府を保護するとき(ジョン・アダムズ)の宗教の役割である。教会や国事の分裂は建国の父達によって常に強調されるものだった。「アメリカ合衆国議会はいかなる意味でもキリスト教に基づくものではない」という文が1797年のトリポリ条約にある。この文書は議会でさして議論もされずに批准され、建国の父達の意図を思い起こさせるものになっている。[9]
宗教ではないが、かなりの数の者がフリーメイソンであった。”


「フランス植民地西インドはヨーロッパ諸国の中で一番成功した植民地であり、ハイチは新世界(黒人奴隷で大儲け)の一大中心であった。」
ハイチのコーヒー栽培は1734年に始まった。多くの山岳を抱えたハイチは、コーヒー栽培に適していた。足りない労働力を補うために当初は囚人を送り込んだりした。それでも足りない労働力はアフリカから連れてこられた毎年三万人の黒人奴隷によってまかなわれた。砂糖、コーヒー、木綿、カカオ、香料などを作らせた。
1789年から始まるフランス革命が起こってもハイチは三色旗ではなくブルボン王朝のユリの花(※)の国旗のままだった。
黒人奴隷たちは、1791年8月にフランス革命の影響を受けて反乱を起こした。闘争を指揮したのは、「黒いジャコバン」(奴隷出身の)トゥーサン・ルヴェルチュールで、彼は1801年に憲法を制定し、終身総督となる。しかし、ナポレオンは軍を派遣して革命を弾圧。ルベルチュールは、交渉と称して誘い出され、逮捕され、1803年に獄死。が、彼の死後も闘争は続き、ルベルチュールの後を継いだデサリーヌは、フランス軍を撃退し、1804年1月ハイチの独立を宣言。ハイチは世界で最初の黒人共和国にして、ラテン・アメリカで最初の独立国となった。
ハイチはキューバとドミニカ共和国のすぐ近くのハイチ(スペイン→フランスの植民地だったので、ほとんどがカトリック教徒で公用語がフランス語)でWASP至上主義のアメリカの戦争屋・細菌兵器屋が人工地震起こしてもおかしくないですね。
 
※「ユリの花はギリシア神話や旧約聖書にも聖なる花として尊ばれていて、キリスト教においても聖母マリアの持物(アトリビュート)となって、純潔と処女性のシンボル。今のアイドルの処女神話(白拍子やら女歌舞伎やらで分るけどアイドルは売春と不可分やで)や、結婚までは処女とかいう明治期に日本で作られた伝統(笑)の原因であります。」
結婚することとセックスすることとはまったく別の話だ!
結婚=身内巻き込む、セックス=一応個人的関係、だからね。避妊具が発達した現代では特にね。

「リオデジャネイロはポルトガルの首都だったことがある。あと砂糖の歴史少々」


ブラジルという独立国家? の存在自体が、すでにナポレオンの大陸封鎖政策を抜きには考えられない。
1807年、つまりベルリン勅令の翌年の7月、ナポレオンは大陸封鎖の一方の要となるポルトガルに対して、そのすべての港をイギリスに使用させないよう要求。そして11月、従わないポルトガルに対してジュノー将軍の率いる軍隊を送り、リスボンを占領。一方、ポルトガル王室は、イギリス海軍の保護のもとに海を渡り、植民地ブラジルに新たな王室所在地を求め、こうして1808年から14年間、リオ・デ・ジャネイロがジョアン6世のもと、ポルトガルの首都となった。
ナポレオンが去り、ポルトガル本国がブラジルをふたたび元の植民地に戻そうとしても、すでにこの間、支配的権力を手中に収めていたブラジルの大土地所有者や資本家が反対したのはいうまでもない。
1821年にポルトガルに帰国したジョアン6世がブラジルに摂政として残した息子のドン・ペドロは、翌1822年ブラジルの独立を宣言し、ペドロ1世を名乗った。ヨーロッパ大陸で各国のコーヒー文化に圧迫を加え続けたナポレオンは、大西洋の彼方、優にヨーロッパに匹敵する広がりを持つ未開の大地に、やがてコーヒーと運命を共にする国家を誕生させたのである。
大陸封鎖は「19世紀における砂糖とコーヒーの世界史的意義」に決定的な変化をもたらしていた。大陸封鎖は、従来海外からの輸入に頼っていた製品をヨーロッパで自給自足させる努力と不可分に結びついている。本物のコーヒーを凌駕する代用コーヒー(※)はできなかった。しかし他方、ヨーロッパは従来、輸入に頼っていた砂糖の自給自足に道を開いていた。

※ 十八世紀半ば過ぎ頃、プロセインのフリードリッヒ大王は強大な軍隊組織の維持のために輸入を抑え、輸出を増やす必要があった。コーヒーの輸入量を減らすため代用コーヒー産業が発達するが、結局は本物に匹敵するものができなかった。
「ドイツのコーヒー」といえば長い間「代用コーヒー」のことであった。

サトウキビはマケドニアのアレクサンダー大王のインド遠征の際、インダス河の谷間に生育しているアシが甘味を含んでいるのを知り、以来、インドの砂糖がヨーロッパやアラビア・ペルシャや中国に輸出されていた。そのサトウキビが大航海時代に西インド諸島に運ばれ、大規模かつ低いコスト(奴隷の命はたいした損失ではないようです)で生産され始めていたのはコーヒーやカカオチョコレートの歴史と同じで、またしても植民地奴隷搾取によってである。その砂糖、甘薯糖もコーヒーなどと同じく大陸封鎖で途絶していた。もともとアジアにも西インド諸島にも植民地を持たないためにサトウキビにかわる代用砂糖の開発に力を入れたのがプロイセンである(植民地作ってもマジマジ反乱というマジでこの名前の反乱〔マジ=スワヒリ語で「水」。水水反乱ですな〕やら第一次大戦やらで投資がすべてパーになりました)。
1747年ドイツの天才化学者マルクグラーフは甜菜(てんさい)の根に砂糖が含まれているという天才的発見をし、

1801年シュレージエンのアシャールが天才が発見した甜菜から砂糖を製造するのに成功した。それに、
1804年に皇帝となったナポレオンが出した

1806年のベルリン勅令による大陸封鎖(=封鎖するのは「海」である。海賊イングランド潰し)が加わり、砂糖が欠乏し、甜菜糖業の発達を促した。
イスラム・スーフィズムのコーヒーは苦いものであり、眠気覚ましの目的にも合致した。砂糖を入れるようになったのはトルコにおいてである。さらにヨーロッパの甘ったるいコーヒー・ケーキ文化に決定的な影響を及ぼしたのは、ヴェネチアである。古来ヴェネチアである。古来ヴェネチアはヨーロッパの砂糖貿易の中心地であり、エジプト、キプロス、シリアなどから入る砂糖の玄関口であった。ここにはすでに1150年に砂糖菓子店が生れていた。そして他ならぬこのヴェネチアの聖マルコ寺院前の広場の一角に、イスタンブールを別にすれば、ヨーロッパ大陸で最初の喫茶店(1648年)が生まれた。以来ヨーロッパのコーヒーが、砂糖やケーキと結びつき、砂糖の需要は更に増大する。
ブラジルにコーヒーが入ったのは1727年だといわれている。しかしコーヒー栽培は必ずしも急速に広がりはしなかった。1500年にポルトガル人によって発見されたブラジルはその後、もっぱらヨーロッパ市場に向けて商品を生む典型的なモノカルチャー構造の経済を展開していた。初めがブラジルスオウ、そして砂糖、金とダイヤモンドと、それぞれヨーロッパにおいて珍重される商品の輸出は反対にヨーロッパ諸国の工業製品の輸入をもたらし、ブラジルに手工業の発展する可能性を潰した。そして砂糖の雲行きが怪しくなった今、新たな輸出品目として注目を浴び始めたのがコーヒーであった。ブラジルは、北半球のヨーロッパが決して自給自足に成功しない商品、コーヒーの栽培へと大転換するのである。
「キリマンジャロのコーヒー」
アフリカのキリマンジャロに最初にコーヒーを栽培したのはギリシャ人であった。しかし1903年頃からブーア人、イタリア人、イギリス人が定着し、1907年頃から、東ウサンバラに業をにやしたドイツ人も殺到した。キリマンジャロの南斜面には1909年には合計28プランテーションができ、そのコーヒーの木の全体は75万本であった。そこに隣接するメルにはプランテーションが6、木が20万本であった。1914年にはプランテーションの数は100、木は284万5700本であった。キリマンジャロのコーヒー生産は急速に発達し、今日でも10万の土地住民の高い生活水準の源泉となっている。

最後に、カフェインとお茶とヒロポン漬けの特攻隊と振武寮と、予告通りマギについて引用。
カフェイン=苦味(自然界では毒のサイン)=快感が未来に得られる知識により苦味を受け入れる人間。
カフェイン好きは人間特融ってことです。
高級茶はカフェインが一般的な茶よりも多い。快楽物質が多い


ピンク‐グラレム@pinkglalem • 6月7日

特攻部隊員の笑顔は、覚せい剤によるハイ状態。当時は当り前のよーにみんながシャブを打っていたのです。日本人が精製方法開発し、戦時需要は厖大なものでした。戦後余った余剰分を「ヒロポン」(暫くは合法でした)として在庫処分した為に多くの人が覚せい剤中毒になりました。


“高橋美穂子‏@roarmihoko•
特攻隊から生還した者がいると知れたら、他の隊員の士気に関わるとして、何らかの理由で生還したものは振武寮というところに隔離された。そこでは、次は必ず特攻し、見事散る覚悟を植え付ける教育が徹底して行われた。しかし、なぜ死ななきゃならないのかと自問する者も多かったと。“
“メインジェット‏@kamikazejumper•3月5日
@roarmihoko @overseas1968 何故特攻に行く前にヒロポン飲んでたのは誰も語らないのだ? ”

お茶の豆 知 識
http://bunbuku.info/column%20of%20tea.htm
”●お茶に含まれる成分

お茶の葉は、生のままだと75%が水分、残り25%に11の成分が含まれています。

それらを分析してみるとカテキン類、カフェイン、アミノ酸、アントキアン、青葉アル
コール、ビタミンC、ミネラル、炭水化物、酵素、蝋質、樹脂類となっています。


●がん予防のエースはカテキン

お茶の渋みをだすカテキンは体にとても良いものですが、中でもガン予防に
とてつもない効果をみせます。
ガンの引き金となるイニシエーションの抑制効果。そして突然変異した細胞が
ガン化する段階であるプロモーションに対しても抑制効果のあることが
明らかになっています。


●カテキンを取るには二煎めまで

体にいい飲み方にはコツがあります。別にむずかしいことではなく、カテキンなどの
成分を多く取ろうと思ったら、一煎目、二煎目までの味の濃いものを飲むように
しましょう。三煎目、四煎目になるとカテキンなどは激減してしまいますし、出がらしは
やはりおいしくありません。


高級茶にはカフェインがいっぱい

なぜ高級茶に多く含まれるのかといえば、カフェインの生成には太陽の陽射しは
いらず、逆に覆いをして日光をさえぎった葉のほうがよいからです。
そのために第一葉を摘んだ新茶や覆いをして栽培をする玉露といったお茶に、
カフェインが多量に含まれています。


●緑茶はビタミンCの宝庫だ!

ビタミンCはカテキン同様に ガンや生活習慣病の予防にはかかせない大事な
成分のひとつです。
お茶にはこのビタミンCが多量に含まれており、しかも熱では壊れない。ただし、
ビタミンCの80%が第一煎目で出てしまうので、取るなら第一煎と覚えておき
ましょう。しかもお茶ならノンカロリーです。


●お茶のうま味を作るアミノ酸

お茶に含まれるアミノ酸は水溶性なので、お湯で煮出され、うま味の素となります。
アミノ酸の種類としては、グルタミン酸、アスパラギン酸、テアニンなどが知られて
います。
なかでもテアニンは玉露のうま味をつくり、カフェインのように、覆いをかけ日光に
当てないと含有量が増えます。



●お茶の香りの素は青葉アルコール

お茶の命ともいえるのが香りです。これを左右するのが青葉アルコールと呼ばれ
るもの。
新茶独特の香りもこのアルコールによるものですが、揮発しやすいのが難点で、
特に夏場の高温時は保存方法に気をつけて下さい。
新茶の香りを長く保つためには、やはり冷蔵庫の中がベストでしょう。


●お茶をおいしく飲むための「水」

水道水に含まれているカルキはお茶にとっては大敵。そのままではせっかくの
お茶が台無し。
お茶を入れるには数分間沸騰させてから適温にします。
電子ポットやジャーなども数回沸騰させてから適温にします。
カルキ臭はくみおきしておくと、4~5時間で消えるので、前の晩にくんでおくと
いいでしょう。


●「宵越しのお茶は飲むな」は正解

昔からよく言われていることですが、健康・味覚の双方からみてもこのことわざは
当たっています。
茶碗にいれたお茶は、酸化して色が悪くなりますし、味や香りも少し落ちます。
一度お湯を注いだお茶の葉は、酸化が進むと体に有害なものになりやすいので
気を付けましょう。


●なぜ茶葉をもむか知っていますか?

お茶の葉の表面は、葉を保護する物質や細胞を守るための細胞膜に包まれて
います。
しかし、私たちがお茶をおいしく飲むには、葉の中に含まれている成分を、お湯の
中に出るようにしなければなりません。そのために葉を蒸し、やわらかくしたうえで
葉をもみ、保護しているものを取り除きます。


実は玉露よりカフェインが少ないのに!コーヒーだけが騒がれる理由
玉露のカフェイン含有量はコーヒーの2倍以上!紅茶や煎茶にだって無視できないほど入っているカフェイン。なぜいつもコーヒーだけ騒がれるのでしょうか?
http://matome.naver.jp/odai/2138305303560816901


”◆甘み
甘味のもとは、テアニンと呼ばれるアミノ酸の一種で、お茶の葉特有の成分です。他にもグルタミン、アスパラギン等11種類のアミノ酸がお茶には含まれていますが、テアニンは他のアミノ酸に比べてずば抜けて含有量が豊富です。
お湯には大変溶けやすいのでお茶のうまみのもとになっています。これが多いのは玉露です。一煎目で約70パーセントは出てしまいます。

◆渋み
渋みのもとはタンニンです。味の上ではこれが多いのはお茶が不味くなるので歓迎できませんが、タンニンを形成する成分の一部であるカテキンは生活習慣病抑制作用から殺菌作用など様々な働きがあります。日光の当たる量が多くなるにつれ渋みが増えていきます。新芽の先端を摘んだ上級茶ほど渋みがひかえめです。

◆苦み
苦みのもとになるのはカフェインで、日光を受けることの少ない玉露などのような高級茶に多いとされています。新茶にもっとも多く摘採が遅くなるに従い少なくなります。夏に摘みとる三番茶はカフェインやアミノ酸は少なくタンニンは多いというわけです。
カフェインの量が多いお茶には旨みの成分テアニンも多く含まれていますが、このテアニンがカフェインの興奮作用を抑制しています。熱湯には非常に溶けやすい性質を持っていますが、低温のお湯には溶けにくいのでお茶を淹れる時の湯の温度がお茶の味を左右します。
カフェインには覚醒、強心、利尿作用があることが早くから知られており、この効果ゆえにお茶が世界中で広く飲まれるようになったといえるかも知れません。


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お茶の成分と効能
◆カテキン
お茶の渋みを出すタンニンを形成する成分の一部。特に緑茶には良質のカテキンが多く含まれています。
抗酸化作用
ビタミンCの10倍ビタミンEの20倍の効力で脂質の酸化を防ぎ老化を予防する。
抗菌作用
風邪ウィルスの感染予防、食中毒を防ぐ。
血圧・血中コレステロール値抑制作用
血中のコレステロールを整える作用があり、血圧を降下させるのにも有効であることがわかっています。脳卒中や心筋梗塞を引き起こす元となる動脈硬化に対しては緑茶を常飲するだけで予防効果があり、ふだんから緑茶を飲んでいる人の方が高血圧症になりにくいこともわかっています。
血糖値抑制作用
血糖値を下げるので糖尿病に対する効果が期待されます。
発ガン抑制作用

◆ビタミンC
成人一人一日あたりの所要量は50mg。
お茶一杯分(150ml)には約6mg含まれています。お茶に含まれるビタミンCはカテキンとの相乗効果で熱に強く、特に一煎目には多く含まれています。1日に必要なビタミンCが、10杯ほどで摂取できます。ぬるま湯の中に長時間おかれると破壊されますので、淹れたお茶はなるべく早く飲むようにすると無駄がありません。
毎日飲めば、ストレス解消や風邪の予防にも効果大です。メラニン色素の沈着を防ぎ、肌の老化を防ぐ抗酸化作用があるビタミンCがたっぷりの緑茶は美肌の強い味方です。
身体機能の調整 肌を健やかに整える。

◆カフェイン
お茶の中のカフェインは、血液のめぐりを良くし大脳の中枢神経に作用して、判断力や記憶力の増強を促し、頭脳労働や運動能力を高めます。神経性疲労やストレス解消に役立ち、心身ともに元気にしてくれる成分です。
お茶の苦味をだすカフェインはコーヒー一杯分に80~120mg、緑茶一杯分にも15~100mg入っています。
朝の一杯は、頭をはっきりさせ、眠気を覚まします。下がり気味の血圧を適度に高める効果もあります。食後の一杯は、カフェインの働きで胃腸の働きを活発にします。腎臓の働きを活発にし利尿を促す働きもあるので、足がむくんだりした時はお茶を飲んでリラックスしましょう。
また飲酒後の酔ってマヒした大脳のはたらきを復活させてくれます。
二日酔いで辛いときは、お茶をゆっくりとたっぷり飲んでスッキリしてください。また利尿作用で、ワル酔いの原因となるアセトアルデヒドを体外に排出させてくれます。

ただし、カフェインの分解機能が弱い肝臓障害のある方と、成人に比べ体内でカフェインの分解にかかる時間が長い6歳未満のお子さんはお気を付けください。
ほうじ茶は、茶葉を高温で焙じることによりカフェインがとばされますので、赤ちゃんやお年寄り、病気の方、夜お茶を飲むと眠れなくなるという方におすすめです。
疲労感や眠気を除去する作用 利尿作用 強心作用

◆フッ素
フッ素はお茶にも入っています。
日頃からお茶をのむことで虫歯になりにくい丈夫な歯をつくり、同時にカテキンの働きで虫歯のもとになる細菌の増殖と、歯垢を抑制します。

◆ミネラル
お茶はノンカロリーで、現代人に不足しがちなミネラル(カリウム・カルシウム・マンガン・ナトリウム・銅・亜鉛・フッ素・セレン・ニッケル・モリブデン)も豊富に含んでいます。汗でミネラルが失われやすい夏には、まさにぴったりの飲み物と言えるでしょう。
妊娠中や授乳期のお母さんは、お茶に含まれるカフェインを気にされますが、緑茶の成分カテキンにはカフェインの副作用をおさえる働きがあるため、コーヒーに比べると興奮性の成分もおだやかに作用します。特に亜鉛は胎児の成長を促す大切な役目をします。妊娠中の方は亜鉛の供給源となりますので、適度に飲まれることをおすすめします。
ミネラルは血液のアルカリ性を保ち、新陳代謝が円滑に行われるのに必要な栄養素です。

◆アミノ酸
うまみのもと。茶畑に覆いをして育てられる玉露や抹茶に多く含まれます。
日本茶ではテアニンと 呼ばれ、飲んだ直後に感じる甘味の成分でお茶のおいしさを決定する大事な要素です。 テアニンは、大脳に働きかけてリラックスさせる(脳の広範囲でα波が増大する)働きがあります。

◆多糖類
番茶に多くふくまれています。
血糖低下作用”
お茶のお話
http://www.meisetudo.com/topics/cha1.html

【マギ】マギ特殊ED集【モガメット演説】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22755002

あなたはプラトンですか?


少年サンデーの”マギ”を考察すべきか迷っている
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-585.html
”ところでマギの第1巻を見てもらうと分かるが、
連載前のプロット段階の設定画が載っている。

元々はローマ剣闘士マンガだった様である。

作者は元々”アラビアンナイト”を下敷きにするつもりは
毛頭になかった。
まぁ、日本ではイスラーム世界を題材にした作品は
マイナーだし、セスタスやテルマエ・ロマエ等の
有名作品の流れからすると、作者が古代ローマ物を
描きたいと思ったとしてもごく自然であったと思われる。

ところが、上述の”石橋”という男が設定をアラビアンナイトに
変えろと強要する。

この”石橋”という男は、フェイド大帝は”怪しい”と疑っているのだが、
元々、オカルト系ネタ作品の多い”スクエニ系”出身であることも
怪しいが、

マギのアニメ版の担当キー局が”まどマギ”と同じMBS(TBS系列)なのが
更に怪しい。

TBSというのは過去に宗教ネタで色々スキャンダルを起こしている
キー局でもある。オウム真理教絡みで調べて貰えれば一目瞭然だが......


ところで、この”マギ”、設定がアラビアンナイトなのだが、

見事な程、アラブ要素が薄い

そもそもアラビアンナイトの設定時代が西暦10世紀頃だと
言われている。ムハンマドがイスラーム教を布教しはじめたのが
6〜7世紀ぐらいだ。

”マギ”という単語はイスラーム用語ではない。これは古代ギリシャ人が
古代ペルシャ(現代のイラン)のゾロアスター教の神官
を表す時に用いた
言葉だ。

古代ペルシャ(ササーン朝)がイスラーム勢力に滅ぼされたのが
7世紀頃であるから、

当然”マギ”の舞台はイスラームでないといけない。

ところがこの作品、登場人物はコーランも読まないし、
一日5回(昔は3回)の礼拝もしない。

また、アラブ世界の男性の特徴でもある立派な顎髭もない


まぁ、作者が女性なので男性のヒゲを描きたくないだけなの
かもしれないが。(少女マンガではよくあることだ
または、登場人物の設定が少年なだけなのかもしれないが。

男性がヒゲを剃るという文化は古代ローマの軍人の風習でもある。

元々、作者は古代ローマ物を描きたがっていたのだから、この影響
もあるのではないかと思われる。

こう見て行くと全くイスラーム要素のない”マギ”だが、
”ソロモン王”だとか”ゴイ”だとかの用語から明らかなのだが

やたらとユダヤ/イスラエル ネタが豊富
だ。

これは作者の思想なのか、編集の石橋が悪いのかよく分からないが
ともかくユダヤに媚を売った表現が多いのがこのマンガの特徴の
一つでもある。

ところで、”ゴイ”という単語はユダヤ教の”タルムード”という
規範書が元であると陰謀論では言われている。

この言葉はヘブライ語で”非ユダヤ人”を表し、ユダヤ人の
奴隷として扱われる異教徒の家畜として扱われる様な人間を
表す蔑称として扱われているらしい。

ところが、困った事がある。

タルムードの日本語完訳本はフェイド大帝の知る限り
存在しない。

唯一、タルムードの一部を和訳した”ミシュナー”という本が
数巻出ているだけだ。

またタルムードは英語/ヘブライ語版で70巻以上あり、
更にエルサレム版とバビロニア版で分かれる。
一般的にタルムードというとバビロニア版のことを指す。

つまり日本人で”ゴイ”という言葉が実際にタルムードで
使用されているか確認できた者は皆無であるはずだ。

ユダヤ教学者でタルムードを読了した日本人もいるのかも
しれないが、いずれにせよアカデミックの世界ではこの
”ゴイ”という言葉は一般的ではない。

この言葉が広く日本で知られるきっかけとなったのは
俗に言うアメリカのキリスト教原理主義系の著者に
よる陰謀本の和訳書に拠るものだと思われる。

つまり、それらの陰謀本に”ゴイ”はタルムードから
の引用だ!と書かれているから、日本ではそのまま
受け入れられている模様である。

また、大高忍にとって非常にまずいことがもう一点ある。

それはユダヤ教ではソロモン王はあまり重要ではないという点だ。

ユダヤ教の有名人と言ったら、ダントツでモーセ、アブラハム、ノア辺りに
なるはずだし、イスラエルの王という意味では初代のダビデの方が重要だろう。

ところがこのソロモン王をやたらと重要視する団体が存在する。

そう。フリーメイソンだ。(笑)

これは元々ソロモン王が建築家としても名を馳せていたので
元々、石工組合だったフリーメイソンがこれに肖ったもの
だと思われる。

ところが、不注意にも大高/石橋コンビはユダヤ/イスラームについての
無知を曝け出すだけではあきたらず、世界の宗教の中ではメジャーでも
なんでもない”フリーメイソン教”に傾倒していったわけである。

そんな香ばしいマンガ”マギ”であるが、

元々、フェイド大帝的にはノーマークだった。

だから、読み始めたのは最近のサンデーからだ。
始めの方の3巻ぐらいまでは買ったが、まだ読めていない。

現時点で20巻ぐらい出ているのだが、この内容の薄そうな
レベルの低そうなマンガを読破するべきか迷っている。

特に、”マギ”の考察を正確に行うためにはプラトンを読んだり、
理論物理学のマルチバース理論
を突き詰めておかないと
無理なので大変なのだ。(理論物理学は現在勉強中の
物理道の最終到達目標でもある)

話は変わるが、最新号のサンデーの”マギ”で

案の定、パラレル・ワールドネタを盛り込んで来た。(笑)

そうか、そうか。流石の大高/石橋コンビもイルミナティ日本担当女司令官の
疑いのある

リサ・ランドール博士の持論は無視できないか。(笑)

このパラレル・ワールド(物理学ではマルチバースというが)、ピングドラム
でも
出て来たが、ただ単純に古典的なSFネタということで片付けられる問題ではない。

また”金星特急”のパクリみたいな見当違いの解釈も危ない。

実は、もっと根の深い問題なのだ。

これを良く理解するためには、

アメリカという国家を良く知らねばならない。

このブログの読者ならよくご存知だと思うが、

アメリカというのはそもそもオカルト国家が発祥である。

アメリカの建国の父と呼ばれる連中のメイソン率の
高さも異常だし、そのうちの一人であるベンジャミン・フランクリン
は1ドル札のピラミッド・アイ(プロビデンスの目)を発案した
団体を主宰していた。
(この団体にはリサ・ランドール博士も入会している)

元々、アメリカというのはヨーロッパ大陸の爪弾き者が
集まってできた国家である。

ヨーロッパでやっていけないとはどういうことかと言うと

要は伝統的なキリスト教とは相容れない思想を
持っているということだ。

つまり、反ローマ・カソリック
ということだ。

フリーメイソンも神智学も打倒キリスト教を目指すに
当たって重要視したのが

科学分野である。

科学は元々中世では”魔術”としての烙印を押されていて
中世ローマ・カソリック教会はこれを毛嫌いしていた。

だから、キリスト教に反発するという目的に合致するから

フリーメイソンや神智学では”科学”の追求が重要
なのである。

つまり、アメリカの学会というのは潜在的に反キリスト教精神を
包含しているのである。

ところが、神智学でもそうだったのだが、時代を経ると
この根本理念が薄れてくる。
そして、やはりアメリカ国家というのは元々ヨーロッパ系の
移民が先祖のため、なんだかんだ言ってもキリスト教文化が
そう簡単に消えるわけがない。(フリーメイソンの当初の理念に反して)
またフリーメイソン自体が極度にローマ教会を刺激しないために
建前上はキリスト教擁護を表明
したことも、一般大衆から
完全にキリスト教の影響を取り除けなかった理由でもある。

となるとキリスト教徒×科学者の疑問の一つ、

”聖書の神は本当に存在するのか?”という命題が生まれる。

そこで登場するのが理論物理学である。

あの学問は表向きは宇宙の法則の解明だが、
ぶっちゃけた話、”神”の存在の証明が本音の所だ。
結局、白人の学者が主要構成の学会だから当然そうなる。
ギリシャ哲学の影響もあるのだろう。

ところがこの世で誰も神を視認出来た人間はいない。


子ブッシュの様な妄想野郎は無視するが。(笑)

つまりこの世に神は存在しないのではないかという疑問が
当然起こる。

だが、それでは自称キリスト教徒のアメ公共のモラトリアムが
崩壊してしまうので、どうにかしなければならない。

”この世に神がいないなら、別次元だったらいるんじゃないのか?”

これがアメリカの理論物理学者達が出した取りあえずの解答
なのだ。

つまり、この理論が成立するためには

別次元が存在しないといけない。

では、これをどう科学的に証明するか?

そこでリサ・ランドールのような学者の理論が注目
されるわけだ。

こういったアメリカの事情を素早く察知した日本のメディア業界が
一大キャンペーンを展開しはじめたわけだ。
リサ・ランドール博士を持ち上げ始めたのがNHKであることから
おそらく日本政府も絡んでいるのだろう。

ところで、鳥山明の”ドラゴンボール”映画の最新作”神vs神”を
思い出してほしい。

ラストでビルスが多元宇宙論を仄めかす台詞
があっただろう?

さすが、大御所の鳥山大先生。(笑)
早速、アメリカ様の最新理論をネタに盛り込んできたわけだ。(笑)

だから、当然、イルミナティの使いっ走りの大高/石橋コンビも
”マギ”にパラレル・ワールド ネタを唐突に盛り込んでくるわけだ。

そもそも、マルチバース理論(多元宇宙論)なんざイスラームとも
千夜一夜物語とも何の関係もないだろう。
ファンタジー作品から完全に別ジャンルのSF作品
になっている。

また、マルチバース理論は陰謀論家のデービッド・アイクの
”爬虫類人侵略説”を説明するにも都合が良い


ところで、”マギ”のあの別次元なんちゃらの説明の件、
あれを理解するためには理論物理学以外にもう一つ
知らないといけない理論がある。

旧ナチ・ドイツの地政学理論だ。

これは別名レーベンス・ラウム理論とも言われる。
ヒトラーが”わが闘争
”でも引用していたことで有名だ。

どういう理論家と言うと、

増加する世界人口に対して、地球の土地面積というのは有限である。
つまり土地は増えないのに、人間だけは無尽蔵に増えるので、
必然的に人間同士の土地争いが発生する。だから戦争は無くならない


という理屈だ。

ヒトラーはこの理論のため、積極的に土地を獲得すべく
侵略戦争を推奨/実践すべきだと説いている。

アルマトランで様々な種族(フリーメイソンの好きそうな
一つ目の種族がやたらと多いのはギャグ?黙示録の獣みたいな
やつもいたし。(笑))
が土地の支配権を巡って恒久的な戦争状態であったというのは
明らかに上述の旧ナチ・ドイツの地政学理論を意識していると
思われる。

アメリカのフリーメイソン教も問題だが、日本にもメイソン以外に
旧ナチや大東亜帝国時代の残党が暗躍しているのではなかろうか


まぁ、長くなりすぎるのでこのぐらいにしておくが、
全巻読む機会があったらまた詳細に考察していくかもしれない。

こういった事情もあって理論物理学は現代人の必修科目だと
考えている。
”ご主人様”であるリサ・ランドール司令官様のお言葉が理解
出来なかったら本当の”ゴイ=家畜人間”になってしまうだろう?(笑)

せめて家畜からペットぐらいには昇格せねば。(笑)”

ねこたさんのコメント
”こんにちわ。フェイド大帝。
自分の中でアニメ「マギ」が陰謀論的にマイブームだったので素敵記事に涙が出そうです。

この作品露骨にイルミナティですよ。だって魔導士の国であるマグノシュタットの象徴はおめめですぞ

ちなみにアラビアンナイトは基本的にサーサーン朝ペルシアの物語です。後にアラブに編入されることでああなりました。イスラーム教無視で私も違和感ありまくりなんですけど、あれはアラブ(アーリア(笑)vsセム族(ユダヤ・アラブ)の対立を見ればよくわかる話です。

マグノシュタットてか魔導士を理解するためにはプラトンを読まないといけません。あれはプラトンの「国家」がベースになっております。

マグノシュタットを理解するために、プラトンの注釈書くのすごく意味ありますよ


あとマゴイってか魔導士が種族って考え方は、フリメが大好きなインド=イラン語派の血統妄想の考え方ですよ。ヘロドトスにマゴス神官団という血統主義の祭司集団が出てきます。

あれ、アラビアンですが、実はペルシアの話なんです。

イスラームに対する無理解
もそうでしょうね。

素敵記事に本当に涙が出ました。嬉しいです!

あとソロモンはイスラームではスレイマーンです。”

アニメ「マギ」の陰謀論的解釈
http://lunacatcafe.blog.fc2.com/blog-category-2.html
”、アニメ「マギ」というのはなんぞや?と言うと、アラビアン・ナイトの世界をモチーフにした魔導士ネタのアニメです。しかし、アラビアン・ナイトがモチーフの作品であるのにもかかわらず、このマンガはアラブ文化の色が薄く、イスラーム教が存在せず、ペルシア人の祭司の名称である「マギ」なんというタイトルまでついてる。

アラビアンな世界なのに、このアラブ超絶スルーっぷりはなんじゃ?と思われそうですが、これ実はイルミナティの思想を表してるんです。

フリーメイソンもそうなんですけど、西洋秘教伝統の流れは基本的にインド=イラン系の宗教思想です。グノーシスもそうだし、ヘルメス学もそうだし、ギリシア哲学やスーフィズムだってそう。西洋の秘教はいわゆるマギの宗教(ゾロアスター教などのイラン系宗教)の流れの延長線上にあるものなんですわい。カバラーもイラン系思想の影響を受けておりますよ

だから、ゾロアスター教が国教だったサーサーン朝ペルシアを滅ぼしたアラブ・イスラームをフリメやイルミナティが好きなわけないんです。だから、アニメ「マギ」ではイスラームが存在しないってわけなの

彼らイルミちゃんの理想はギリシア哲学的な哲人政治で秘教集団である魔道師が徹底的にニャン間を管理するって思想なんですから。彼らの理想は世界規模でインドのカースト制度をやりたいの。インド=イラン宗教の特徴って、宗教の思想に階級社会が入ってるんですよ。ヒンドゥー教ならバラモン(祭司)、クシャトリア(武人)、ヴァイシャ(商人)、シュードラ(奴隷)みたいに。ゾロアスター教なら祭司、軍人貴族、農民の三階級ですね。

実はプラトンの「国家」で描かれてる社会階級もインド=イラン系宗教を見事に反映しております。ギリシア哲学者列伝という本でディオゲネスって人がプラトンはマギの教えを受けたとか言ってるのはあながち嘘ではないわけです。
プラトンとマギの関連については、暴君ネロの家庭教師だったセネカの書簡にも言及がある


あと東条真人という人の電子書籍にも、プラトンの著作がどのへんをマギの影響を受けてるか書いたのがあったはずです。古代の人にとって、プラトンとマギの関係は真剣に信じられてた話なんですよ。


【少年サンデー マギ】創造神イラーのデザインがプロビデンスの目な件
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-587.html
”アルマトラン側の次元の創造神の正体が遂に明かされた。

変なクラゲのようなデザインだ。
(引用者中略)
ところで、ベルセルクとマギは設定が良く似ている。

 1)まず両者とも人間は”弱い”種族として設定されている。
 2)ワイアルドみたいなゴリラと目玉を掛け合わせた種族が
   登場する。
 3)一人の独裁者が神聖視されている。
  (ベルセルクはグリフィス。マギはソロモン王)
 4)両者とも理想国家を建立しようとしている。
 5)その国家は選民思想的である。
 6)”弱い”人間が強くなる唯一の方法が”魔力

 
 等々。

実は、これらの共通点、

まんまユダヤ陰謀論系イルミナティ思想である。

多分、一般的なサンデー読者はユダヤ陰謀論や中東の
古代史なんか勉強していないだろう。
だから、マイナーなラノベのパクリだとか適当な考察しか
出来ていない。

大高忍のパクリ元はユダヤ陰謀論+デービッド・アイクの著作

いくらサンデーの表紙を読むだけで精一杯の知能しか
持たないサンデー読者の方々でも、これぐらいの
素養は身につけておいた方がいい。

では、本題の創造神イラーなるものの解説に移る。

まず、”イラー”という名称だが、

中東的にはイスラームの神アッラーを連想する方が
一般的だろう。

では、ユダヤ教で”ヤハウェ”と呼ばれている神の名が何故
イスラーム教では”アッラー”。

これは中東地域の慣習なのだ。

実は古代シュメールの時代から神の事を”エル”と
呼んでいた。

ここから派生してユダヤ教の”ヤハウェ”の別名
”エロヒム(EL-hohim)”が生まれる。
だから、ユダヤやキリスト教の主要な天使名には
必ず”エル”という単語が付く。
(ミカ”エル”、ガブリ”エル”、ラファ”エル”、等)

ところで、ユダヤ教がブレイクする前の中東では
”バアル信仰”という神バールを信仰する宗教が
メジャーであった。
このバール神は後にキリスト教では”ベリアル”、
”ベルゼブブ”等にダジャレ感覚で名前を変えさせられた
挙げ句、悪魔
にされてしまう。

中東の神話によると

このバール神の父親の名前が”エル”
である。

つまりユダヤ教やイスラーム教というのは古代時代に
忘れ去られた父親方の神を復古させた宗教なのだ。

だからキリスト教でも神の事を”父”
と呼ぶ。

ギリシア神話でも父親神は二度葬り去られている。

初代はウラヌス。次にクロノス。

ちなみに父親神が殺される時には必ず陰茎が
切り取られてしまう。

恐らくユダヤ教の”割礼”というのはこのウラヌスという古い神
の去勢神話が元なのだろう。


ようするに父親神=ウラヌス=ヤハウェはバール神=息子=キリスト
を信仰した罰としてユダヤ教に改宗した人間へ復習として
割礼をさせているのだろう。(自分がかつてバール=クロノス=ゼウス
にやられたから)

面白い事にキリスト=バール教では割礼をやらない


これでユダヤ教の”ヤハウェ”の本名が”エル”であることが
理解できたと思う。もちろん”アッラー”はこの”エル”が
元ネタだ。

つまりマギの創造神”イラー”の元ネタも”エル”
だ。

ここで困った事に大高が暴走する。

”イラー”のイラストにそのまんまフリーメイソンの
”プロビデンスの目”ことピラミッド野郎のデザインを
流用する。

一人の王が世界を統一せねばならない”という
大高の豆粒の様な脳味噌から搾り出した
キャッチフレーズはユダヤ陰謀論の

新世界秩序=ニュー・ワールド・オーダーの
コンセプトそのままだ。

しかも創造神イラーに選ばれた(祝福された)唯一の種族が
”人間”である。

これは明らかなユダヤ的選民思想だ。

ユダヤ的とは言ったが、この絶対王者ソロモン王を
”ヒトラー”や”昭和天皇”に変えても何も不自然な事
がないのが皮肉だ。

要は”ユダヤ人”か”アーリア人”か”日本人”の違いなだけだ。
根っこの思想は同じである


表現の自由が保証されている以上、大高を責めることは
できないが、レーベンレウム理論といい、今回の選民思想
といい、大高/石橋には極右的な思想が垣間見える。

こんな際どい作品を全国少年誌で掲載してもいいのか
という問題はあるが、それはひとまず置いておこう。

サンデー読者諸君には、是非ともこういった背景が
この”マギ”という作品には含まれている事を十分に
理解/勉強した上で購読して頂きたい。”

【少年サンデー マギ】遂に尻尾を出した大高忍!彼女はミトラ教信者か!?
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-589.html
”今週のサンデーも爆笑させて貰いました。

魔術師の塔から電波を発信して愚民を馬鹿にして
重労働させるって(笑)。

ちなみにこの塔のモデルはバベルの塔ではなくて、
現代のTV局のアンテナのことです。
(つまり東京タワーだとかスカイツリーとか)

実は、東京タワーの麓にはメイソン日本支部のロッジが
ある。

フリーメイソン自体がやたらと高い塔の麓にロッジを
作りたがる伝統がある。
(パリのエッフェル塔とかね)

まぁ、これは元々メイソンが建築屋の組合
だった名残で、
建築物でも構造が難しい高層の塔が好きなんでしょう。

ちなみに少女が電波を発して周りを洗脳するネタは

Vガンダムのエンジェル・ハイロウでも使われています。

ところで、今週号で

大高先生はある致命的なミスを犯す。

それは不用意に”ダエーフ”という単語を用いたことだ。

恐らく一般のサンデーの読者でこの言葉の元ネタを知る
者はいるまい。

ダエーフ”はゾロアスター教の悪魔を意味する
”ダエーワ”という単語が元。

ゾロアスター教では神が”アフラ”、
悪魔が”ダエーワ”
である。

同じイランのアーリア系を出身とするインドの
ヒンドゥー教では神と悪魔が逆転して、
ダエーワ=ディーヴァ、アフラ=アスラ(阿修羅)

となる。

恐らく、インドのバラモン達とイランのマギ達は
敵対
していたのだろう。

ところで陰謀論の世界ではイラン/ゾロアスター系は
どちらかというとマイナー
な分野だ。

中東の陰謀論というと基本は”ユダヤ”系か、
デービッド・アイクの著作の様に”シュメール
”系の
ものが多い。

”ユダヤ”陰謀論というのは読んで字の如く、
”ユダヤ人”が陰謀を企むから”ユダヤ”陰謀論なのだ。

”ゾロアスター”陰謀論、”イラン/ペルシャ陰謀論”なんか
聞いた事がない。(笑)

イラン系をネタにしているのはアメリカのメイソンか
東條ミトラ教/神智学系
ぐらいだ。

ところが東條ミトラ教の公式サイトの推奨漫画家リストを
見ても大高忍の名前は載っていない。

つまり大高忍は、

 ①アメリカのメイソン系とコネがある。若しくは会員
 ②神智学系とコネがある。若しくは会員
 ③東條ミトラ教の信者である
 ④OTO等の魔術結社員である
  (この線は薄いと思っているが)
 ⑤手塚治虫のオカルトの方の知識/秘伝
  を授かっている
 ⑥フェイド大帝みたいに自分で調べてイラン系
  陰謀論に辿り着いた
 ⑦”過去の最低帝国”の購読者である

の何れかに該当しなければならない。

なぜフェイド大帝はここまで鼻息を荒くして
こんな事を力説しているかというと、
それほど日本ではイラン系の陰謀論はマイナーなのだ。

つまり”知っている奴”じゃないとこのネタは取り扱えない


ともかく今週号で大高忍は”知っている側の人間”で
あることが確定した。

もし、大高忍がこのブログの愛読者であったとしたなら
中々の慧眼の持ち主である。(笑)

ねこたさんのコメント
”イラン系陰謀論マイナーですよねえ
どうもこんばんわ。フェイド大帝のブログは面白いですね。
イラン系陰謀論を自分もやってる一人ですが、フェイド大帝と私以外に、イラン系陰謀論をやってる人を見た事ありませんww

知り合いの陰謀論者ですら、イラン系に目覚めた人なんていませんでした。

おそらく、フリーメイソンからスーフィズムから真言宗まで、世界の秘教というのは地下水脈でイラン系思想と繋がっていてとどれだけ普通の人がわかると思いますか?自分はそこにたどり着くまでに何年もかかったんです。

普通でしたら、それにたどり着く以前にイスラームの知識がないと、とても無理
です。

おそらく編集者が秘密結社員の可能性ありそうですね。本人は、アラブをネタにした漫画を書いてるのに、アラブの文化に対してかなり無知ですから、とても本人がたどり着いたとは思えない。

ミトラ教、フリーメイソンとそっくり
だという話もありますね。

しかしまた、何で大高忍は中東ネタ扱ってるのに、ソロモンとか西洋のグリモワールの劣化版みたいな話をしてる。せめてスーフィズムを扱ってればと思います。おそらくスーフィーはマギの宗教の末裔ですよ。イスラーム文化の隠し味のひとつであるスーフィーを扱わないとは残念な話です。

まあ、この作品は基本的にアンチ・セミズムですから(アーリア(笑)思想)アラブ軍がメソポタミア平原とイラン高原を占領しなかったというありえない歴史のifを描いてるのかも知れません。登場人物もアラブ人にありがちが、浅黒い肌で濃い毛という特徴が完全に無視されて、白人っぽい風貌になってますしw

ちなみに、イラン系陰謀論マイナーなのは、こいつらが本流で常にやつらはユダヤをスケープゴートにするから、本体がバレないんですね。オウムがインド=イラン系思想の流れを汲みながらユダヤに悪事をなすりつけてたのと同じ


ぐちゃぐちゃですが、失礼しました。フェイド大帝の記事本当にわくわくします!
[ 2014/03/07 13:18 ] 魔法使いハンターねこた(イドリシ)”

フェイド大帝さんの返信
”元々、私は”プロビデンスの目”のピラミッドがエジプト由来
ではないと疑っていたので......

ある時、件のピラミッド・アイと日本の国会議事堂の
頂辺のピラミッドがゾロアスター教の拝火殿にソックリ
なのを発見したのです。
どうもイランがくさそうだなと調べてみたら、出るわ、出るわ(笑)。

個人的には国会議事堂の建築は人類の歴史(ユダヤの)を
表現している建物ではないかと考えています。
あれって、昔の神殿を若い順に積み上げて行った形ですよね?
真上が一番古くて、下に行くほど新しくなる。

一番上は恐らく拝火壇で、ノアが洪水を逃れた後、
神に生け贄のバーベキューを捧げたエピソードを
表しているのではないかと。もしくはノアの箱船
そのものの形状かもしれません。

日本人はノアの直系の子孫だから、世界を支配する
当然の権利があるんだ!という右翼時代の日本人の
願望を体現した恥ずかしい建物だと思っております。(笑) ”


なお、引用の過程で引用元の文字の色や大きさは均一化されており、色文字は引用者によるものです。

【少年サンデー マギ】アルマトランの魔術師の神杖のデザインが密教の法具な件
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-593.html
フェイド大帝のご指摘感謝。

よし、
マギのアラジン(黒くない肌で黄色の髪の毛あるいは金髪)
がアモン(白人主義の象徴)と契約していて、しかも大日如来(真言密教)が魔装のモチーフ
だってことや、あの青い方々はイスラムでは悪魔
ってことは書いていないな(かぶったら悲しいじゃん)。
あと、
マグノシュタット
=マギ+インゴルシュタット(バイエルンのイルミナティ)。


マギ17巻 マグノシュタット篇 : セメタリープライム
http://rexmundi.exblog.jp/19576803
”17巻は、マグノシュタットで一部の人間が完全に魔力を抽出する為のインフラと化し、最低限の衣食住が保証された環境で家畜の様に扱われている様子を観てこの国家の在り方に疑問を持った主人公達に対して、何故にマゴイが人間を支配しないといけないのかを演説する所から始まるんだけどこれが異常に説得力があって凄いんだよな。曰く、人間が最上とするのは支配欲。マゴイが最上とするのは知識欲。故に人間は戦争ばかりしてきたし、マゴイはどんだけ優れていてもこれまで王の補佐はしても王にはならなかった。そして、マゴイはその能力を人間の支配欲(権力)の為に利用され搾取され続けてきたと。だからこそ只々、知識を求め技術の向上によるより良い生活を求めるマゴイが人間を支配しなければいけない。誰かが立ち上がらないと、世界中のマゴイはこの先も権力に利用され搾取され続けるだけであると。この演説を受けて、社会に出たことが無いアラジン意外のマゴイの主人公達は、割と一理あるんじゃないかと理解を示し始める。
(中略)
モガメット学長の場合、もちろん過去にひどい目にあってきて人間嫌いなんだけど、特に人間を滅ぼしてやれとか、迫害してやれという感じでも無いのがまた怖い所で、あくまで理性的に人間を下等生物と認識しているので始末が悪いんだよね。そして、マグノシュタットの家畜人間達も、昔の王政の元で下層民としてひどい環境で暮らしていたよりは働きもせず衣食住が確保されて魔力を抽出されるだけという家畜な現状に満足しているという状況(ちなみに医者とかの高等な技術職人とかは家畜じゃなしに普通に市民として生活している)。




すでに明示したもの以外で参考にしたもの
ゆっくりと一緒にタバコの歴史のお勉強
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22481081
ゆっくりと一緒にお茶の歴史のお勉強
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22384083
ゆっくりと一緒にジャガイモの歴史のお勉強
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22335502
ゆっくりと一緒にコーヒーの歴史のお勉強
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22307437
ゆっくりと一緒にチョコレートの歴史のお勉強
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22280676
コーヒーの歴史 – Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%92%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
<書評>コーヒーが廻り世界史が廻る/臼井隆一郎
http://ameblo.jp/tride/entry-10845067737.html
コーヒー(2) 『コーヒーが廻り世界史が廻る』
http://pub.ne.jp/Sightsong/?entry_id=1363543
書評☆コーヒーが廻り世界史が廻る-近代市民社会の黒い血液
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7dc29bb6dc864533f09b3b0fdda97e25
052『コーヒーが廻り 世界史が廻る』 臼井隆一郎 初版1992年
http://book-sakura.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/1992-cd64.html
コーヒーとカフェの文化史(講義)2002年度
sng.edhs.ynu.ac.jp/lab/iwakiri/2002-2lecture.html‎
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