読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

07 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

空をまなぶならミリンダ王だね『空の思想史』『』『龍樹』 

随時追加




今まで見た中一番わかりやすい、日本仏教相関図。これがわかるようになるまで勉強すればいい。 

今まで見た中一番わかりやすい、初期仏教と大乗仏教の比較。
ツイート消えたから画像消えたけどね。諸行無常。





憑かれた大学隠棲:再稼働リプレイスに一俵‏ @lm700j 5月14日
「寺院は津波で被災したが神社は残った。これは霊力の問題?」
「寺請制度って知ってるか?」
「えっ」
「江戸時代は寺が役場と小学校と公民館の役割があったわけで」
「それか」
「そういう公共施設って集落の便利なところにあるだろ」
「あっ」
「対して神社は山の上でも問題なかった」

魔王アモン‏ @mryensrh11 3時間3時間前
要は日本は仏教国 神社なんか完全にいらん子



立川武蔵『空の思想史』(講談社学術文庫)

『空の思想史』

仏教は、「ある」と「ない」の二元論じゃないのが中核。
「ある」にも最低でも二種類の「ある」がある。
「ない」にも最低でも二種類の「ない」がある。

テトラレンマ思想が理解できないと意味不明らしいので資料はいつも通り下の方にある。

これを空の思想史のチベット仏教の思想が素晴らしくてもチベット仏教政府はゴミクズなので注意。
仏教思想を学ぶと、対比させた方がわかりやすいのでバラモン教の正統思想も説明されるのでおすすめ。

・般若心経の色即是空、空即是色は、インドで編纂された当時は
「色つまり色や形のあるものは無常のものであるゆえに執着するな」という意味であろう。
しかし
中国や日本では「色や形のあるままにもろもろのものは真実である」=諸法実相という意味だと解釈されることが多くなった。
つまりインドでは空の否定的側面が強かったのに対して、中国・日本では空の肯定的側面が強調されるようになった。

・日本人は自らの文化的伝統を他の文化の人々に向って精緻な言葉で説明する伝統を養ってこなかった。
論理的な言葉をつみ重ねて整合的な理論体系を構築するといった方向には進んでこなかった。
能、茶道、華道、俳句といった伝統文化には、言葉を精緻にしてつみ重ねていくというよりも言葉を可能な限り削り取り最後には言葉がなくなった境地に文化の精髄を見ようとする傾向が確かにある。
仏教が日本文化を支えている重要な柱の一つであることに疑いはない。
仏教思想で最重要なもののひとつが空の思想。空とは究極的に言葉を超えた境地を目指しているがゆえに空の思想を体系的な言葉によって説明することは難しい。
にもかかわらずインドの仏教思想家たちは空を可能な限り言葉で説明しようと努力した。
だが日本では理論で説明することをあきらめてきたように見える。この態度は今後変わらざるをえないだろう。

 ・インドの人々が世界構造について考える場合、
属性(ダルマ。法)
と基体(ダルミン。有法)
という対概念で考える傾向が強い。
実体などの基体の上に大きさなどの属性が乗っているように考える。
この本は重要だ
は、この本には重要性が乗っていると解釈される。
本は実体であり、重要性は属性である。
なおダルマには法、掟、義務、正義、教え、あらゆるもの、存在などさまざまな意味がある。
属性を取り除いていくと最後に何も残らないというのが仏教。
無色透明ではあるが何か基体と呼ぶべき何かが存在するというのがバラモン正統派の考え。
それがなければ成立しないような場が残る。
なければさまざまな性質が集まった現象世界が成立しないだろうとバラモン教は考える。


基体の有無でインドの哲学学派を分類できるが、
他には、属性と基体の間に明確な区別があるか否かという分類観点がある。
属性と基体の間に明確な区別があるとするのがインド型の実在論であり、
明確な区別がないとするのが唯名論と呼ばれる。

インドのバラモン正統派六つ
①ヴェーダーンタ
インド最大。インド哲学の中核。
宇宙原理ブラフマンと個我アートマンの本来的同一性を主張。

2 ミーマーンサー
祭式の執行規定を考察するので文章を肯定する言葉の機能を研究。

3 ヴァイシェーシカ
世界の構造を有限個の構成要素の組み合わせで説明しようとした。

4 ニヤーヤ
論理学や認識論を特に研究。

5 サーンキャ
世界展開の素材ともいうべき原質プラクリティと、純粋先進である霊我プルシャとの二つの原理の存在を想定。

6 ヨーガ
ヨガという古代の身体技法の習得に専念するが、基礎理論は初期にはサーンキャで、後にヴァーダーンタ。

ヴェーダーンタは唯名論。
サーンキャや初期ヨーガは実在論と唯名論の中間。
残り三つは実在論=属性と基体とに明確な区別在り。
唯名論(属性と基体は明確な区別なし)のうち基体が存在しないと考えるなら仏教、
存在するとするのがヴェーダーンタ。

基体=ブラフマン。
ブラフマンはキリスト教的創造主ではない。
キリスト教では神が世界そのものとなることはない。
ヒンドゥー、バラモン正統派ではブラフマンはそこから世界が展開し顕現する根本物質となり、しばしばそれが世界そのものになる。

仏教の場合には現象つまりダルマは
基体ダルミンを吸い上げてしまっているかのような状態である。
仏教も現象世界は一応存在すると見えることは認める。木であったり人間であったり水であったりともかくもそれらは存在するように見える。
しかし、におい、形、重さなどがよって立つような無色透明な場は存在しないと仏教では考えられる。
反対論者であるヒンドゥー教徒が基体に属性が存在するというのに対して、
空思想は「基体は属性に関しては空であり(属性は存在せず)、さらに基体も存在しない」と主張する。
空思想では基体と属性とが明確に異なる二つのものと考えられているわけではないことはいうまでもない。
空思想は日本人にとってはそれほど違和感はないであろうが、バラモン正統派にとってはとてつもない過激分子としてうつったことであろう。バラモン正統派の考えが真っ向から否定されたからだ。


・インド最大の哲学学派ヴェーダーンタ学派は、基体としてのブラフマンあるいは神は存在するが、
属性と基体の間に明確な区別はないと考え、バラモン正統派の唯名論を代表する。
この学派の大成者はシャンカラで、ブラフマンのみが実在であり現象世界はすべて実在であるブラフマンの中に飲み込まれたようなものと考える。
シャンカラ思想モデルとしてフルーツゼリーを考えてみよう。
ゼリー=ブラフマン。
属性=具はすべてゼリーの中に閉じ込められている。
フルーツの色や形などの現象はゼリーを通してみることはできる。しかしゼリーという基体の外では存在しない。
シャンカラによれば現象世界は幻(マーヤー)なのである。
幻といっても現象世界が無ではない。それなりの存在性は認められているのであるが、このブラフマンに付随する性質としてこのように我々に視覚されるのみだと考えられている。
八世紀のシャンカラの哲学的立場はアドヴァイタ(不二論 ふにろん)と呼ばれる。
ア=~を欠落
ドヴァイタ=第二番目のもの。
アドヴァイタ
=第二者不在論
=第一番目のブラフマンは存在する。
二番目ものである現象も空思想よりは存在度合いは強い。

インドではアドヴァヤ=二つのものを欠いた状況・境地という言葉があり、
二つのものとは属性とその基体、見るものとみられるもの、無と有などのことであり、
両者ともに存在しないとする仏教的立場である。

11~12世紀のヴェーダーンタのラーマーヌジャは、
基体としてのイーシュヴァラの上に世界と個我とが載っていると考える。
世界と個我とは神の身体
とみなされる。
思想モデルではショートケーキがふさわしい。
スポンジ=神。
スポンジの上のイチゴと生クリーム=世界と個我(神の身体)。
シャンカラのフルーツゼリーと違い、
ショートケーキなのでイチゴと生クリームはスポンジの上に出ている、つまり世界と個我とは神=基体の中に入りこんでしまってはいない。

ラーマーヌジャのイーシュヴァラが存在するようには、世界と個我は存在しない。あくまで神が第一であり、世界と個我は第二番目のもの(ドヴァイタ)であり、シャンカラと同様ラーマ―ヌジャ思想もアドヴァイタである。
どちらにせよ基体は存在すると考えられている。
(ハガレンのユダヤ教徒みたいな人たちがいるけど、
あれインドのラーマーヌジャのイーシュヴァラ信仰=一神教的多神教でしょ?)

九世紀以降になるとヒンドゥーでタントリズム(密教)が理論的体系
を持つようになった。
タントリズムでは男性原理シヴァあるいはヴィシュヌと、女性原理シャクティ(妃)とが等価値だと強調される。シャクティは力という意味であるが、ここでは世界も結局は女神の力で生まれたと考える。
タントリズムの思想モデルはバウムクーヘン。
焦げ目のついた部分と焦げ目のついていない部分が渦巻き状に巻かれているが、シヴァやヴィシュヌの男性原理と女性原理シャクティとは一つになる。
ヴェーダンタでもヒンドゥー・タントリズムでもこの現象世界の実在性がどれほどのものと考えられようともブラフマンあるいは神はともかく存在するのである。これは鉄則。神は存在する。二番目がなくても一番目は存在する。
世界と神の両方、属性と基体の両方を否定する仏教徒の差異は明白。

・空思想の力点は中国や日本では、何々がないと言う否定ではなく、
肯定的に解釈され真理の意味になってしまう。
真如や真実という意味にも用いられる。
すると色即是空、空即是色は、色すなわち物質は真実だという意味になる。
もともと色には実体がない、永久不変な実体がない、無常なものだという側面が支配的であった。ところが構成物質は真如だというようになった。禅宗のようにすべてのものの姿はリアリティを表わしているものだということになると、インド的な意味とは違ってきたと言わざるをえない。

・仏教はインド型の唯名論。この唯名論の特徴は、基体としてのブラフマンつまり神と、現象世界との間にはっきりした区別はない。
基体つまり実体、と属性とのあいだにはっきりした区別がある説がインド型実在論。
空思想はインド型唯名論の典型であり、神としての基体の存在を認めず、基体と現象世界としての属性との本質的な区別も認めない。さらに現象世界も究極的には存在しないと考える

・我我が用いている言葉は、ほとんどの場合日常生活において妥当なもの。例えば本を見ていてこれは本であるということは一般的には正しい表現であり、一般常識にかなうことである。ヴァイシェーシカ学派などのインド型の実在論の考え方によれば、そしてこの限りでは西洋の実在論においても同様なのであるが、本という言葉を発することができるのは、対象物としての本というものが存在するからである。そして本というものが存在するから本という言葉も発することができると考えられている。
このような考え方が部派仏教の一派である有部にもみられるがこの学派は仏教諸派の中では実在論に近い考えを有しているといえよう。
ところが、空の思想は言葉とその対象が正確に呼応するという考え方に対して根本的な懐疑を抱いた。
言葉と対象物とは明確な対応関係にないであろうと考えた。
空の立場ではどのようなものも当然ながら神もまた存在しない。
したがって、言葉は実在とともにあった、言葉は実在であった 
という表現は、インド大乗仏教の空思想の文献には見られない。
空では神であり、神とともにあるような言葉、すなわちロゴス(論理、理、理性、スピーチ)は存在しない。

・インド仏教は紀元前5世紀あるいは紀元前4世紀に生まれて、
13世紀末ごろにはインド亜大陸から消滅したのであるが、
この千数百年の歴史は初期中期後期の三期に分けることができよう。

初期 誕生から紀元1世紀まで
中期 紀元1世紀から600年ごろまで
後期 紀元600年頃以降、インド大乗仏教滅亡まで。

・初期仏教は大乗仏教成立直前、おそらく紀元1世紀ころまで。
初期は前期後期に分ける。
アショーカ王が現れるまでの時代を原始仏教と名づけ、
アショーカ王が出た後、大乗仏教の成立までを部派仏教と名づけよう。
もっとも部派仏教、特にその教理は大乗仏教の時代でも存続発展していた。
原始仏教を初期仏教と呼ばれることがある一方、
原始仏教および部派仏教をまとめて初期仏教と呼ぶ場合もある。
本書では後者の呼び方に従う。
また部派仏教を原始仏教の中に含めてしまうのは難しい。
それゆえわたしは初期仏教の前半を原始仏教、
後半すなわちアショーカ王意向を部派仏教と呼び双方まとめて初期仏教とよびたいと思う。
原始仏教徒は、釈迦の生きていた時代あるいは釈迦が亡くなったのち、
釈迦から直接法を聞いた人が生きていた時代、および釈迦の教えがかなり直接的に伝わっていた時代の仏教。
仏教啓典には経(経典)、律(戒律)、論(論書)という三つの部分があり、
この三部分をまとめて三蔵と呼ぶ。
原始仏教の時期では経と律についてはある程度整備が進んでいたと考えられる。
この原始仏教の年代であるが、これは仏滅後アショーカ王が現れるまでに100年余りあるという北方仏教の伝承に従うか、
南方仏教の伝統に従いアショーカ王の出征を仏滅後200年あたりと考えるかにより違ってくる。
そもそも釈迦の誕生が紀元前五世紀中葉なのか紀元前四世紀中葉なのかがはっきりしない状態。
もっともアショーカ王の在位は紀元前268~232(紀元前三世紀中ごろ)
というようにかなり明確に推測されている。

・原始仏教の第一特徴は、ヴェーダの権威を認めないこと。
したがってヴェーダ祭式の執行でつみ重ねられる功徳もほとんど認めない。ヴァルナ(カースト)にもそれほどの意味を認めなかった。釈迦はヴァルナの権威に対して非常にラディカルな戦いを挑んだわけではなかったがヴァルナに対してはいわば冷めた態度で接した。
すなわち仏教教団に入ればヴァルナの上下の差別は受けないことからいわば消極的な形であるがヴァルナには批判的であったと言えよう。
仏教誕生以前に生まれていたウパニシャッド哲学の中では宇宙の根本原理としてのブラフマンの存在を認めているが、
そういった宇宙根本原理ブラフマンの存在を想定して自己の精神的救済を求める方法を釈迦はとらなかった。
釈迦とわれわれの身体あるいは身体を構成しているどの部分も恒常不変の実体ではないゆえに、
そもそも我というものは存在しないのであると説いた。
これはウパニシャッドが宇宙根本原理を設定し個々の人間、
生物の中にも宇宙の根本実在を分有しているとした立場とはかなり違っていた。
釈迦はブラフマンの存在を否定し、さらには個々の人間の中にもウパニシャッドがいうような個我の原理アートマンというものも認めなかった。



・ところが部派仏教の時代となると、確かに宇宙根本存在ブラフマンを認めないが、世界は有限個の要素でできていると考えられた。有限個の要素の因果関係で世界の生成あるいは修行段階が語られるようになった。すると原因Aから結果Bが生まれた構造を認めることになるが、このAあるいはBといった要素が結局は実体とみなされるようになった。
すなわち、aという対象を指し示す言葉Aに対して、その対象であるaという個物が対応すると考えられて言葉と実在の対応関係の中で世界が考えられていく。
この部派仏教では言葉と実在がともにあったと表現することができよう。これは世界根本原理としてのブラフマンこそ認めないが、小さな多数のブラフマンあるいは実体を認めることを意味する。
結局ものbは実在というような考えに部派仏教は導かれていった。
するとこれは仏教から離反しているのではないかという批判が起こり、この批判は大乗仏教の主要主張の一つであり、特に言葉と言葉の対象は存在するものではない、あるいは言葉と対象とは対応関係にあるのではないと鋭く指摘したのが、大乗仏教の理論的な祖とされているのが龍樹。


・インド中期仏教時代、紀元1~600年ごろは大乗仏教が興隆。
紀元前後から初期大乗啓典が編纂されていたが代表的なものは原始般若経典群。
『八千頌般若経』(はっせんじゅはんにゃきょう)の古い形はおそらく1~2世紀には成立していたと考えらえる。
『阿弥陀経』や『華厳経』の中核部分と言うべき『入法界品』(※)なども2、3世紀
には成立していたであろう。

(※にゅうほっかいぼん。スダナ少年=スダナ・クマーラ=善財童子が、文殊菩薩に促され悟りを求める旅に出、53人の善知識=仏道の師を訪ねて回り、最後に普賢菩薩の元で悟る話で、東海道五十三次の53の数字の由来。

華厳経
“仏教経典。詳しくは『大方広仏華厳経』。サンスクリット語で書かれた完全な形の原典は未発見。おそらく4世紀頃中央アジアで成立したものであろうといわれる。いわば,小経典を集成して『華厳経』といったもので,最初からまとまって成立したものではなく,各章がおのおの独立した経典であったと考えられる。
このうち最古のものと考えられる章は,菩薩の修行の段階を説いた「十地品」で,1~2世紀頃の成立。このほか『華厳経』のなかには,善財童子が法を求めて 53人を歴訪する文学的な美しい求道譚「入法界品」も含まれている。
漢訳では 60,80,40巻より成る『六十華厳』『八十華厳』『四十華厳』などがあり,最後のものは,前2者中の「入法界品」に相当する。思想的には,現象世界は互いに働きかけつつ交渉し合い,無限に縁起し合うという事事無礙 (じじむげ) の法界縁起 (ほっかいえんぎ) の思想に基づき,菩薩行を説くことを中心としている。

広大な真実の世界を包含する仏が,一切の衆生(しゅじょう)・万物とともにあり,さらに一切の衆生・万物も仏を共有し得る(一切即一,一即一切)ことを,華(はな)の美しさにたとえて説いた経典。

世界を毘盧遮那仏びるしやなぶつの顕現として、一塵いちじんの中に全世界が宿り、一瞬の中に永遠があるという。一即一切、一切即一の世界観を説く。また、入法界品の善財童子が五三人の善知識を訪ねる物語は、東海道五十三次など各分野に影響を与えた。

詳しくは『大方広仏(だいほうこうぶつ)華厳経』。漢訳には完本として東晋(とうしん)の仏駄跋陀羅(ぶっだばっだら)訳(晋訳、旧訳(くやく))の六十巻本(いわゆる『六十華厳』)と、唐の実叉難陀(じっしゃなんだ)訳(唐訳、新訳)の八十巻本(『八十華厳』)とがある。初期大乗仏教の代表的経典であるが、初め各章が独立に成立し、それがのちに現行の完本の形に集成されたものである。サンスクリット原典が残っている「十地品(じゅうじぼん)」と「入法界品(にゅうほっかいぼん)」は、ともにこの経の古い部分に属し、その成立は紀元1世紀にさかのぼる。本経は、大乗仏教の空(くう)の世界観をその完成された形で詳説するものであるが、その根本は、
自己および人類の現状を包含する世界を、それが慈悲に基づく他者に対する利他の働きかけ(行(ぎょう))である限りにおいての、限りなく広大で美しい種々の荘厳(しょうごん)(飾り)の総体、すなわち華厳の仏毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)(「輝きわたるもの」の意)の法身(ほっしん)とみなす点にある。
そして、世界の空とは、この広大で美しい仏の世界が、実はそれを自らの理想として信解する一人一人の人間の、その理想へ自己を実践的に投入しようという決意(願(がん))と、その実行(行(ぎょう))によって幻のごとくに顕現し、かつ、その実践の永遠の持続によって維持される、といういわゆる法界縁起の思想にほかならない。「入法界品」は、善財童子(ぜんざいどうじ)の求法(ぐほう)の遍歴の経過をたどる戯曲的構成をとりつつ、普賢菩薩(ふげんぼさつ)の行(ぎょう)の曼荼羅(まんだら)と表現されるこの世界の構造と内実、そしてそれが個々の菩薩の願と行とによって実現され、存続せしめられるというその空なる本性とを明らかにする。[津田眞一]
『玉城康四郎訳『仏典2 現代語訳・華厳経』(『世界古典文学全集7』所収・1965・筑摩書房) ▽荒牧典俊校注『十地経』(『大乗仏典8』所収・1974・中央公論社)』”
https://kotobank.jp/word/%E8%8F%AF%E5%8E%B3%E7%B5%8C-59336)

5~6世紀以降には中期大乗経典とも呼ぶべき『楞伽経』(りょうがきょう)や『涅槃経』が編纂されたと推定される。


(『薔薇の名前』と普遍論争
 http://blog.goo.ne.jp/aowls/e/52fcb4146ad5bf03f7b13be8ff405863
” 唯名論というのは実在論の対概念であって、ヨーロッパの哲学・神学史においては、この二つの哲学的な立場から行われた論争は―――いわゆる「普遍論争」として―――歴史上もよく知られている。もちろん、こうした論争は、ソクラテス・プラトン以来の西洋のイデア論の伝統の残された世界でしか起こりえない。
私たちが使っている言葉には概念が分かちがたく結びついている。中には、ゲーテの言うように、概念の無いところに言語が来る人もいるとしても。
この概念は、「普遍」と「特殊」と「個別」のモメントを持つが、はたして、この「普遍」は客観的に実在するのかということが大問題になったのである。
たとえばバラという花が「ある」のは、もちろん誰も否定できない。私たちが菊やダリアなどの他の植物から識別しながら、庭先や植物園で咲き誇っている黄色や赤や白いバラを見ては、誰もその存在を否定することはできない。
バラの美しい色彩とその花びらの深い渦を眼で見て、そして、かぐわしい香りを鼻に嗅いで、枝に触れて棘に顔をしかめるなど私たちの肉体の感覚にバラの実在を実感しておきながら、バラの花の存在を否定することなどとうていできないのは言うまでもない。それは私たちの触れるバラの花が、個別的で具体的な一本一本の花であるからである。
それでは「バラという花そのもの」は存在するのか。「バラという花そのもの」すなわち「普遍としてのバラ」は存在するのか。それが哲学者たちの間で大議論になったのである。
この問題は、「バラ」や「船」「水」のような普通名詞であれば、まだわかりやすいかもしれない。それがさらに「生命」や「静寂」、「正義」や「真理」などの、私たちの眼にも見えず,手にも触れることのできない抽象名詞になればどうか。「鈴木さん」や「JACK」などの一人一人の人間や「ポチ」や「ミケ」などの犬猫の個別の存在は否定できないが、それでは「生命そのもの」「生命」という普遍的な概念は客観的に存在するのか。あるいはさらに、「真理」や「善」は果たして客観的に実在するものなのか。
この問題に対して、小説『薔薇の名前』の主人公アドソの師でフランチェスコ会修道士バスカヴィルのウィリアムは、唯名論者オッカムのウィリアムらと同じく、「バラそのもの」は言葉として存在するのみで、つまり単なる名詞として頭の中に観念として存在するのみであるとして、その客観的な存在を認めなかったのである。
話をわかりやすくするために、「バラそのもの」や「善」などの「抽象名詞の普遍性」を「概念」と呼び、そして、「バラ」の概念や、「善」といった概念は、客観的に実在するのか、という問いとして整理しよう。
この問題に対して、マルクスやオッカムのウィリアムなどの唯物論者、経験論者、唯名論者たちは、概念の客観的な実在を認めない。それらは「単に名詞(名前)」にすぎず、観念として頭の中に存在するだけであるとして、彼らはその客観的な実在性を否定する。
唯物論者マルクスたちの概念観では、たとえば「バラ」という「概念」ついては、個々の具体的な一本一本のバラについての感覚的な経験から、その植物としての共通点を抽象して、あるいは相違点を捨象して、人間は「バラ」という「言葉」を作ると同時に「概念」を作るというのである。
だから、経験論から出発する唯物論者や唯名論者は、マルクスやオッカムのウィリアムたちのように、概念の客観的な実在を認めないのである。
しかし、ヨーロッパ哲学の伝統というか主流からいえば、イデア論者のプラトンから絶対的観念論者ヘーゲルにいたるまで、「概念」すなわち「普遍」は客観的に実在するという立場に立ってきたのである。(もちろん、私もこの立場です。)

これは、「普遍」なり、「概念」なりをどのように解するかにかかっていると思う。マルクスやオッカムのウィリアムのような概念理解では、唯名論の立場に立つしかないだろう。唯名論者に対して、プラトンやヘーゲルら実在論者の「普遍」観「概念」観とはおよそ次のようなものであると思う。
それはたとえば、バラの種子の中には、もちろん、バラの花や茎や棘は存在してないが、種子の中には「バラという植物そのもの」は「観念的」に実在している。そして、種子が熱や光や水、土壌などを得て、成長すると、その中に観念的に、すなわち普遍として存在していた「バラそのもの」、バラの「概念」は具体的な実在性を獲得して、概念を実現してゆくのである。そういう意味で、「バラそのもの」、バラの「普遍」、バラの「概念」は種子の中に客観的に実在している。
これは、動物の場合も同じで、「人間そのもの」、人間という「普遍」、人間という「概念」は、卵子や精子の中に、観念的に客観的に実在していると見る。
ビッグバンの理論でいえば、全宇宙はあらかじめ、たとえば銀河系や太陽や地球や土星といった具体的な天体として存在しているのではなく、それは宇宙そのものの概念として、無のなかに(あるいは原子のような極微小な存在の中に)観念的に、「概念として」客観的に実在していると考える。それが、ビッグバンによって、何十億年という時間と空間的な系列の中で、宇宙の概念がその具体的な姿を展開してゆくと見るのである。プラトンやヘーゲルの「普遍」観、「概念」観はそのようなものであったと思われる。
唯名論者や唯物論者たちは、彼ら独自の普遍観、概念観でプラトンやヘーゲルのそれを理解しようとするから、誤解するのではないだろうか。
小説『薔薇の名前』の原題は『Il nome della rosa 』というそうだ。この日本語の標題には現れてはいないが、「名前」にも「薔薇」にも定冠詞が付せられている。定冠詞は普遍性を表現するものである。だから、この小説は「薔薇そのもの」「名前そのもの」という普遍が、すなわち言葉(ロゴス)そのものが一冊の小説の中に閉じ込められ、それが時間の広がりの中で、その美しい花を無限に咲かせてゆく物語と見ることもできる。主人公メルクのアドソが生涯にただ一度出会った少女のもつ名前が、唯一つにして「普遍的」なRosaであるらしいことが暗示されている。”

記号論学者にして文献学者で哲学者であるウンベルト・エーコは結社員だろうね。
バラ。エスペラントにも関心を抱いている。
『フーコーの振り子』というテンプル騎士団陰謀論がテーマの小説もある。
両方とも日本語訳ある)


・仏教の修行の根本は、業(行為)や煩悩を俗なるものとして止滅させること、あるいは否定すること。空は元来否定を意味する。
否定には二種ある。
命題の否定と、名辞の否定。
空思想ではこの二種の否定が明確に区別されており、その区別が空思想の論理学的解明にとって重要。

このプールに女性がいる
を否定するとはどのようなことか。
命題において否定されるのはプールの存在でも、女性の存在でもなく、プールにおける女性の存在である。
一方、名辞の否定は「女性ではないもの」という表現に代表される。
「女性ではないもの」=非女性
とは、今論議されている領域が人間なら男性を意味する。
すなわち、
非女性=全人間の領域-女性の領域=男性の領域
の定立を意味する。
論議領域が生類全てなら、
非女性には犬猫なども含まれる。
つまり、Xではないもの=非X
という表現は、名辞Xの指し示す領域(集合X)を全論議領域より除外して、
残りの領域=集合Xの補集合
を肯定するのである。

「このプールに女性がいない」という命題においては、
「ない」という否定辞は、「いる」という述語動詞にかかる。
つまり「このプールに女性がいる」という命題の否定は、「いる」という述語動詞の否定に等しい。
一方、非女性という語が、人間の中の女性以外のもの=男性を意味するときも、
全宇宙の中の女性以外のもの=男性、犬、花などを意味するときも、
非女性という語は、全論議領域から女性という領域を除いた領域を指示しているのであって、
「プールに女性がいない」という命題の否定辞「ない」とは異なった否定を含んでいる。
このように、命題あるいは文章に表現された否定辞は、
命題(あるいは述語動詞)を否定する場合と、
命題の中の名辞を否定する場合との
二種があるといえよう。

「このプールで女性は泳がない」
という命題から、泳ぐ人が存在するという前提のあるときには、「したがって、このプールで男性が泳ぐ」という命題が引き出される。
このように、ある命題と前提から論理的に引き出される内容あるいは命題を含意(あるいは含み)という。
この場合、「このプールで泳ぐ人間が存在する」という前提がない時には、
「このプールで女性のみならず男性も泳がない」
つまり「誰も泳がない」こともあり得る。

このプールで女性は泳がない
という否定命題から引き出される可能性の或る含意を列挙する。

1かのプール以外(池など)で女性が泳ぐ

2かのプールで女性以外(男性など)が泳ぐ

3かのプールで女性が泳ぐこと以外の(沐浴などの)ことをする。

4かのプール以外で女性が泳ぐ。

否定する場所で含意が変わる。
命題の否定は二種類ある
1述語動詞を否定することで命題全体を否定

2論議領域の部分aを否定=排除してその補集合的部分非aを定立させる。


・唯識派は龍樹にわずかに遅れて活動開始。
唯識派の開祖はマイトレーヤ(270~350頃)であり、
名称が同一だったので弥勒(マイトレーヤ)菩薩と同一視
された。
マイトレーヤ思想を受けて唯識説を確立させたのが『唯識三十頌(ゆいしきさんじゅうじゅ)』の著者である世親(ヴァスパンドゥ)。
三十頌では世界を八つの認識の複合体として説明。
アーラヤ(阿頼耶)識のアーラヤ=基体、蔵。
ヒマーラヤ=雪(ヒマ)のアーラヤ(基体、存する場)。
世親の唯識ではアーラヤと呼ばれる認識があたかも実在論者の実体のように基体として機能するわけではなく、
すべての現象がそこから引き出されてくるような貯蔵庫でもない。アーラヤ識と眼識などの他の認識とは明確に区別された基体とその上に存する属性という関係ではない。
つまり唯識はインド型の唯名論の伝統に属す。

バラモン正統派の一つサーンキャでは世界は原物質プラクリティの展開したものであり、原物質とは異なった原理である霊我プルシャが存在し、このプルシャは原物質の活動を見守る。眼識など認識は原物質の中に含められる。
プルシャとアーラヤ識は両者の教理体系において似たような立場だが重要な違いがある、
プルシャとプラクリティは実体と属性との関係はないが、両者はまったく別個の者。
サーンキャはインド型実在論と唯名論の論争に関しては中間的な立場でありこのプルシャとプラクリティとの関係がその中間的立場を表わしている。
一方、世親の唯識はアーラヤ識は他の認識とまったく別個の存在ではない

唯識では認識のエネルギーが最終的には智の光というかたちにおいてではあるが、そもかくも残るという前提。
中観派は空に置いて何も残らないと考える。空は中観派でも一種の智慧あるいは境地と考えられ、空が完全なる無と考えられているわけではない。

また唯識学派においても空は重要である。
唯識は心的エネルギーの存在を認め、その働きである認識を構成要素として世界構造を説明しようとする。
比べて中観派は心的エネルギーの存在や世界構造などをが一義的にはともかくも否定しようとする。
唯識では世界は認識内容に過ぎないのであり、
中観派では全てが空なるものだ。
つまりインド中期仏教前半、つまり五世紀ごろまでは言葉とその対象とは止滅しているあるいは実在しないという側面が強調された。

(スピ系が弥勒をわざわざカタカナのマイトレーヤと呼ぶのは日本と中国仏教が嫌いだからだろうね。
宇多田ヒカルは三島由紀夫の「豊饒の海」により「唯識三十頌」を知り、「写経のお気に入りは唯識三十頌」とコメントしているらしいけど、これインドに典型的なこの世は幻(マーヤー)思想に近い唯識思想だからでしょ)

・インド中期仏教の後半、5~7世紀になると仏教論理学派の活躍が始まる。
ダルマキールティ(法称)、ディグナーガといった論理学者たちは唯識学派に属すると考えられた。
(スピ信者が持ち上げる唯識思想を仏教論理学の大成者も持っていたとは!
スピリチュアルの中核は論理学の否定だから相容れないな。
耶蘇が混じっている限りどこまで行ってもインド「もどき」、仏教「もどき」だ。)


仏教論理学の体形はすでに六世紀のディグナーガによって確立されており
七世紀と推定されるダルマキールティ(法称)の論理学・認識論はディグナーガによっているところが多い。
仏教論理学は、直接知覚は概念作用を含まない。
リンゴだ、という認識がたとえ目前に、リンゴと呼ばれるかたちを見た直後に得られたとしても、すでにリンゴという名称をある物体に結びつけるという概念作用を含むので、仏教論理学派のものたちは直接知覚とは呼ばない。
ダルマキールティは概念作用を含まない直接知覚のみが真に存在するものを対象としており、それ以外の認識である概念や推論の対象は真に存在するものではなく言葉によって仮に想定されたものにすぎない、と主張。
彼によれば真に存在する者とはリンゴというような名称あるいは言葉によって指示される以前の個物そのもの(自相じそう)でありリンゴという概念の対象(共相ぐうそう)は実在しないものであった。
また、真に存在するものは言葉と結びついたものではないという態度を保持。
これは仏教論理学者たちが仏教思想家であったことの証。
仏教は最終的には言葉の止滅した境地に至ることを目指している
から。
言葉を超えた智を聖なるものとみなす伝統を尊重し、言葉を超えたところに真実を見ようとする態度は、
縁起という真理にあっては日常の言語が止滅していると考えた龍樹の態度と基本的には同一である。

・論理学派とは別に四世紀ごろから唯識と深い関係をもちながら発展した仏教思想が如来蔵思想。
如来=仏、
蔵=胎(可能性)。
如来蔵思想=仏となる可能性を全ての人が持つという思想。
如来とは、
ありのままに=タター
来られた方=アーガタ
すなわち仏だが、
おそらくはサンスクリットの単語は元来は、
ありのままに=タター
悟られた方(ガタ)だったのを漢語に訳す際に如来と解釈されたものであろう。
蔵とは元来は子宮あるいは胎児を両者の区別なしにさす言葉。
凡夫が仏の胎児を有すると言う思想。
『楞伽経』(りょうがきょう。如来蔵思想と唯識思想、禅について説く)では如来蔵はアーラヤ識と同一視されている。
如来蔵思想の流れが恒常不変な仏あるいはその可能性を求めたことだ。恒常不変の存在を求めることは仏教の伝統に反することであった。

・空思想はタントリズム(密教)の基礎理論。
インド後期仏教における仏教タントリズムにおいて、本書はタントリズムと密教とを同義に用いる。
タントリズム=5~6世紀ごろからインドで急速に台頭した宗教運動。
仏教のみならずジャイナ教やヒンドゥー教も巻き込んだ汎インド的宗教運動。
タントリズムは個人的宗教行為を中心とした宗教が集団的宗教行為の形態を取り込んだものだ。
元来、仏教はホーマ(火の奉献、護摩)とかプージャー(供物をささげること、供養)といった儀礼に対しては冷淡であったが、七世紀になるとそれらの集団的宗教行為の象徴意味を変えて自らのシステムに取り込み新しい形態を創っていった。これを仏教タントリズム(仏教密教)と呼ぶことにする。

7世紀
には胎蔵(胎生)曼荼羅を説明する『大日経』(だいにちきょう)が編纂されたと推定されている。
仏教タントリズムが確立するのはこのの成立によるということができる。
七世紀末頃には『真実摂経』(しんじつしょうきょう)が成立するが、これはもっとも代表的な曼荼羅である金剛界曼荼羅を述べている。
この胎蔵曼荼羅と金剛曼荼羅は唐の中国に伝えられ九世紀の初めには空海によって日本へともたらされた。
インドでは『真実摂経』のあともタントリズム経典が成立した。
そして十三世紀初頭にヴィクシマーラ大僧院がイスラム教徒によって焼き払われたことを象徴的かつ実質的な事件としてインド仏教は急速に衰え、十三世紀末ごろにはインド大乗仏教はインド亜大陸よりほとんど消滅していたと推定される。

本書は仏教タントリズム、仏教密教は大乗仏教の一部だという立場に立つ。
密教は儀礼を重んずる一方で、修行者自らの進退によって真理を直接的に経験しようとするものであった。
精緻な理論体系や複雑な儀礼を軽視あるいは排斥しようとするものも多かった。

しかし一方では理論学者でありながら密教修行に関心のある者もいた。
密教全体の傾向としては真理は言葉によって直接指し示すことはできないとしても象徴的に表わすことはできると考えられた。
密教は究極的な真理は直接的に体験できるものであり、その体験は言葉あるいは象徴(シンボル)によって表現されうるという前提に立っている。
密教でおびただしい種類の象徴が用いられるのはそのためであり、密教理論は象徴言語で語られる。
象徴はある面では曖昧なようではあるがある面では言葉よりも雄弁であり密教は雄弁さを有効利用しようとする。


・一般に原始仏教は無我説だと言われて来た。
しかし中村元によれば最初期、つまり原始仏教では「アートマンが存在しない」という言い方はなかった。
従来、うパン自社ッドにおいてアートマンは存在するちうのを否定して、仏教ではアートマンは存在しないとしてきた、といわれているが、そのような理解は正しくない。つまり原始仏教の中でウパニシャッドの説を直接的に否定していることはあるかなきかである。
古典ウパニシャッドで仏教らしきものが批判されていることもほとんどない。
仏教経典の中でこれを言っているのだろうと思われるところもあるが正面からウパニシャッドのアートマン説を否定しているところは見られない。
したがって原始仏教啓典にはアートマンが存在しないといっている個所はないといってよいであろう。
ではなぜ無我説という語が従来用いられてきたのだろうか。
原始仏教では人間の具体的な経験の範囲で客観的に把握されるものはどれをとってもそれは我(アートマン、アッタン)ではないと考えられた。
一方、倫理的主体としての自己つまりサンスクリットでアートマン、パーリ語でアッタンは積極的に認められた。釈迦は自己というものを否定したわけではなく怠けずに努力せよと弟子たちに言い続けた。
有名な、サイの角のごとくただ一人で歩め、という教えは自分というものを持てといっているのであって、いかなる意味の我をもなくすべきだといっているわけではない。
この場合の自分とはウパニシャッドの我アートマン、形而上学的実体ではない。それは否定さるべき我である。


・部派仏教にとって最も重要な理論の一つは、
世界がもろもろの構成要素の因果関係によって成り立っていることである。AによってYがある、つまり原因によって結果が生まれると言うのが鉄則。そうなれば原因と結果の要素は一応固定されたものでなければならない。
そうでなければ因果関係は成り立たないから。しかし原因Aがあるからといってアートマンがあるということにはならない。75の要素は存在するが、一方我は存在しないということはいわば二極分解が起きていることになる。
これを龍樹が代表する大乗仏教は批判。
つまり龍樹らにとっては無我は当然であり、
A,Bと言った常住の要素が存在すること、さらにはAからYが生ずるということに批判の矛先を向けた。

x、yといった個々の要素を一つの単位として世界を考えることは因果関係を認めることであり龍樹にとっては因果関係を認めること自体が是認されることではなかった。
最終的に龍樹は縁起という相関関係は認めるが、アビダルマのようなaからbが生じるというような確定した因果関係は認めなかった。

・『中論』
第一章ではどのようなものにも生ずるということがないこと、が示され、あらゆるものにおける生ずることの存在が否定される。
第二章ではどのような場にも運動のなことや、
どのような人も行かない(歩かない)ことが論証されている。
歩くことつまり運動を歩くこと、歩く人、踏み歩かれる場所(道路)というように三つの要素に分け考察し最終的にそれら三つの要素のいずれも成立しないことを芳名しようとしている。
内容はいずれも否定作業の積み重ねでありそれを通じて空性に至ろうとする意志を感じる。否定の目的は悟りが目的であり否定の際また結果に生ずる様相、新しい世界こそが龍樹の目指すものであった。
竜樹は元来別起源の思想である縁起(あらゆるものやことが互いに依ってある)と空を結びつけることで徹底した空の世界でありつつあらゆる存在を動的なまま受け入れうる特異な世界を作りだす容器となった
縁起の基本は、aに依ってbがある、bに依ってaがあるという、因果の連鎖でものの存在を説明する。原始仏教の縁起ではaからbへというように方向が定められている。十二縁起。

ところが龍樹の縁起ではaに依ってb、bに依ってaというように縁起の方向が相互になる。
(これお互い様思想の源流だよね。日本人はこの八宗の祖からは逃れられない)


世界は二つ以上の項とその間の関係とがあれば成立することに竜樹は注目。
言葉は世界であり宗教学的に言えば俗なるもの。否定を通じて聖なるものの顕現を待つ必要のあるものである。言葉をこのような意味で龍樹はプラパンチャと名付けている。
プラパンチャ=分かれて広がる、分裂。


自性(スヴァバーヴァ)という概念は中論ですこぶる重要。

中論
もろもろのものの自性は縁(原因)等に認められない。
自性が認められないから他性も認められない。

(私の解釈だと龍樹のいう因果関係=aからbへの直線的因果関係。
つまり、原因に依存して結果があるが、結果が原因に依存しているとは考えない因果関係の否定。
お互いさま=相互関係は認めた龍樹。
たしかに、結果のみが存在し原因は存在しないも、
原因のみが存在し結果は存在しないもおかしいからね)

桜の木の本質はこの木にない
=この木は桜ではない。
もろもろの自性は縁(原因)等に認められない
=縁(原因)等はもろもろのものではない。
この場合の自性とは、ものの本質と考えられ、ものと自性とは有法(基体)とその上に存する性質(不変)とであると考えられる。
他性とは他のものの自性であるゆえに、自性が原因等に存しないならば他性という他のものの自性すなわち本質も原因等に存しないと龍樹は主張。

しかし中論では自性(スヴァ・バーヴァ)はこの引用や他の個所において今説明した意味以外にもう一つの意味で用いられている。
もろもろのもの(バーヴァ)が自のもの(ズヴァ・バーヴァ)と
他の者(パラ・バーヴァ)という補集合的関係にある二つのグループへと分割される場合があり、
そのさい、自性はその一方のものの意味でも持ちられている。
ものが補集合的関係に分けられている時、自のものでもなく、他のものでもないものは存在しない。
ものの本質としての自性はダルミンとしてのものに存するダルマであったが、
この第二の意味の自性(自のもの)とはダルミンのレベルにあるのであり、ダルマのレベルにはない。
同様に、他性(他のもの)もダルミンのレベルにあるものである。
このようにあるものを補集合的関係にある二つのグループに分けることは龍樹の論法にとっては不可欠なことであった。

スヴァ・バーヴァ
1 ものの本質としての自性 ダルマ、属性レベル

2 自のもの、ものそれ自体  ダルミン、基体レベル

ものの自体が原因に存しない
=ものは原因ではない
ゆえにもののの他性も原因に存しない
という命題の意図は
自のものばかりではなく他のものも原因ではない
と主張することである。
ここでは前半が ものの自体は原因でない
と主張できるから。

中論
縁は四種である。因縁と所縁縁と次第縁と増上縁とであって、第五の縁はない。

因縁
=因は原因、縁は条件。

所縁縁
=認識の対象(所縁)
(認識論が成立する場面での原因)

次第縁
=一瞬前の存在の認識が次の一瞬の存在の認識の原因となっていること。
アビダルマでは、瞬間はその中で、ものが生じたり滅したりすることのできる幅を持っており、
ものは瞬間瞬間に滅してまた生じていると考える。
今ペンがあるとするとこのペンは瞬間瞬間に滅してまた生じている。ある瞬間のペンの認識は次の瞬間のペンの認識の原因となると考えられた。

増上縁
=aからbを邪魔しなかったので成立原因となっている原因。
ペンを作る際に邪魔しなかった理由において原因となるもの。ペンを作ろうと積極的に貢献した人は当然このペンの存在の原因となるがこのペンを作ることに障害とならなかったもの。
ペンを作った人の飼い犬もペン制作の原因の一つと考えられる。
(この縁を思いついた人は凄いね。
見て見ぬ振りも悪の成立要因ってこと)


竜樹は因縁つまり原因と条件の存在を総括的に否定。
所縁縁
=認識の対象(所縁)
について、
この有の法は無所縁であると説かれる
とし見る対象ではない、つまり見ることはできないものだと言っている。
次に
諸法が未だ生じないときには、滅は可能ではない
つまりものは生じないのだから消滅もなく前の瞬間を考える必要がないという。
次に
増上縁
=aからbを邪魔しなかったので成立原因となっている原因
について
無自性である諸の有体には存在性はないから、彼があるときに此れがあるというこのことは可能ではない
つまり
諸々の者はそれ自身ないのだから因果関係はあり得ないと考えた。

竜樹は
すべてのものは空である、自性がないから
と明言する。
しかし逆に
自性がない故に空である
というには決して言わない。
自性がない
というときの
自性とは何か問う問題は後の仏教史を決定づけるほど重要だった。


(論理と言葉→非論理と非言語
の順番を守らないといけない。
まず最初に言葉と論理で徹底的に思考して修行して、
次に初めて非論理に行くのが重要。
はじめから非論理だと単なる幼児化で、
赤ちゃん状態=本能と欲望に従う
だからこの状態に大人の体でなるのは悪。
非論理を先にするのは大抵がカルト。非論理を先にしているなら防御装置(狂人になった実例はないか、元に戻せるか)があるか確かめること。





言葉あるいは命題が主語と述語に分かれていることが、ここでいう分裂つまりプラパンチャ。
言葉で表現するのもプラパンチャ。
パーリ語ではパパンチャであり、くだらないおしゃべりや本質を突かないおしゃべりという意味で戯論と訳した。
ところが龍樹は中核概念として用いた。

『中論』
「縁起なるもの、それをわれわれは空性と呼ぶ。
 それ(空性)は仮説(けせつ)であり、中道である。」

(龍樹のいう解脱を達成するには言葉が世界を切り取る作用の影響から脱しないといけないが、これはただ外形だけ言葉を捨てても達成できない。
なぜなら人間社会に生まれた時点ですでに言葉の世界に強制的に参入させられてしまうから。
仮にまったく人語を学ばずに成長してもその状態は般若=智慧からは程遠い。そもそもそのような人が慈悲をなせるか疑問。
個人個人合わせた最も適切な救済を与えることはできないだろう。
影響を脱しても言葉は依然として使えることが重要。
自由自在に扱えることが解脱の証)


『チベット旅行記』『古事記』『日本書紀』偽書の作り方。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-174.html

書籍「空の思想史」
http://sky.geocities.jp/biyakuren_sutra/kuunosisousi.html



・五蘊皆空
=五蘊は自性が空
にはインドでは三通りに解釈されてきた。
1五蘊はそれ自体が空である(自体を欠いている)

五蘊という現象以外に自性と呼ばれるものは存在しない。
五蘊の自性と現象の区別はなく、五蘊がそっくり存しないという解釈。
空は実体視されていない。
五蘊以外のものは空ではないという含みもない。
これは般若経の空思想の中でも最も基本的。
龍樹の『中論』における縁起=空 理解の基本的側面(戯論を滅する過程)にもこの理解が見られる。
玄奘が五蘊皆空と訳した時は、五蘊それぞれすべてが空である、という意味を考えていたのであろう。
スヴァバーヴァを自体と訳したときにはかえって誤解を招くと考えたのであろう。実際この解釈ではスヴァバーヴァにはそれほど特別な意味はない。

2 五蘊は自性(実体)が空であるが五蘊の現象(言説)は存在する

インドおよびチベットにおいては五蘊が実体としての自性を有する場合と、
実体としてではないが現象つまり言語活動によって仮にその存在が説かれている場合の二つがあると考えられる。
中観派は前者を認めず(実体は認めない)後者を認めるが、
この解釈2のポイントは、日常の言語活動及び言語の対象としての現象世界の成立にある。
もちろんそれらは実体をともなって成立するのではない。

3 現象としての五蘊は自体が空であるが本質としての空性は実在する。

否定さるべきものは現象としての五蘊。
真如(本質)としての空性そのものは否定の対象とはなりえず、実在であり、生、住、滅を離れている。
実在が生、住、滅を離れているという考えは宗教思想では一般である。
ヒンドゥー哲学にもこの考え方は見られるが仏教では如来蔵思想や一部のタントラ経典に見られる。



・p.128
龍樹は命題が二つ以上の項(主語と動詞、主語と動詞と目的語など)によって成立していることに注目。
彼の言葉の分析の結論は、二つ以上の項目に分裂している言葉は究極的に、
すなわち空の立場では成立しえないということであった。
つまり、主語と述語があって意味を成す世界にいる限り、われわれは悟りえないというのが龍樹の立場。
彼にとって空とは言葉の否定を意味した。

この言葉の否定を弁証するにあたって龍樹は、
否定辞の有する二種の機能をたくみに使い分けている。

竜樹は『中論』第2章「観去来品」の
「已(すで)に歩かれた場所(已去処 いこしょ)」

「未だ歩かれていない場所(未去処 みこしょ)」
の考察で、
歩く(行く)動作とその動作の行われる場所との関係を扱っている。
彼はまず
道路が(踏み)歩かれる
つまり
道路などに歩くという動作が見られる
という反対論者の意見を想定する。
竜樹に反論するものたちは、
道路という基体に
歩くこと という運動が存在しており、
この基体と運動との関係は
道路が歩かれる
という受動態の文章で表現されると考える。
竜樹は道路が歩く動作を受ける
という命題も成立せず、
さらに究極的には道路とか運動というものは存在しない、
すなわち諸々のものは空であると主張。

a すでに歩かれた場所(已去処)は歩かれない(歩く動作を受けない)。
b まだ歩かれていない場所(非已去処、未去処)は歩かれない。
c 已去処と非已去処を離れた今歩かれつつある所(現去処)はない。

これら3命題では、道路の領域が補集合的関係に分割されている。
aは歩くことがすでに歩かれた道路の領域(gata)に存在しないと述べ、
bは歩くことがまだ歩かれていない領域
(すでに歩かれた領域以外の領域、a-gata)
に存在しないと述べ、
cはそれらに領域を離れた領域は存在せず、
したがって、そこにも歩くことはないと述べている。
abcを総合することで龍樹は歩くべき場(道路)のいかなる領域にも歩くことは存在しないと主張。
すでに歩かれた場所 を意味するガタgataは、
歩くや行くを意味する動詞ガムgamと
過去受動分詞タtaからなる語。
否定を意味する辞a(非)を加えたアガタa-gataは「まだ歩かれていない場所」
を意味する。
aとbにはガタにもアガタにも「踏み歩かれる」という動作がないと述べられている。
踏み歩かれる
は、歩くという動詞の語根gamに受身を表わすyaを加えた
受動形gamyateによって表現される。
英語の動詞goは他動詞には使われないが、
サンスクリットの動詞gamは、踏み歩くという他動詞の意味に使われる。


例えば
太郎が自分の家からポストまで行くのに、
すでに家から歩いてきた道はガタである。
ここは既に踏み歩かれており、過去において動作が行われることはない。
そして現在、
太郎がいる地点は踏み歩かれつつあるもの(gamyamāna)
であるが、ここには場所あるいはスペースがないため踏み歩かれることはない。
ここでアガタはガタという領域の存在の否定ではなく、
全部の領域からガタを除いた領域を肯定している。
このようにサンスクリットで、否定することによって否定されない領域を肯定させること、
すなわち名辞の否定を定立否定(paryudāsa)という。
前述のabc
を書き直すと以下になる。
a′
歩かれたところは、歩かれない
gataṃ na gamyate
※まだ歩かれないところは、歩かれるを含意しないことに注意。
b′
歩かれていないところは、歩かれない
agataṃ na gamyate

c′
歩かれつつあるところは、歩かれない
gamyamānaṃ na gamyate

「已去処」と「未去処」が補集合的な配分。

中論は、名辞の否定a anと、命題の否定naを使い分けるのが論議の核心。
時間を空間的に表象し過去未来現在の存在を否定。
反対論者が現在歩いているという眼に見える動作があるとるが、
それに対し龍樹は過去と未来の間に現在という幅があることを一歩譲って認めている。
そのうえで反対論者の説を批判。

中論
今歩かれつつあるところに、
歩くことがあるとはどうしていえるか。

ここでは、
歩かれつつあるところ=基体 ダルミン

歩くという運動=属性 ダルマ
が存することが問題となっている。
今回は過去未来現在ではなく無時間的な観点から、
歩かれつつあるもの=基体 ダルミン

そこ(基体、ダルミン)に存する、歩くこと(属性、ダルマ)
が問題となる。
ここでの論議で、
歩かれつつあるというところに歩くことがある
という命題が成立するときには、
歩かれつつあるところ(基体、ダルミン)

歩くこと(属性、ダルマ)
とが二つの異なるものである。
二つの異なるものが関係を持つということは、まさにプラパンチャという言葉の意味するところである。
竜樹は反対論者に対し、
今歩かれつつあるところ(基体、ダルミン)
が成立するためには、
「ひとつの歩くこと」が必要であり、
さらに
歩くことがある(ダルマ、属性)
が成り立つために
「第二の歩くこと」が必要である。
しかし、二つの歩くことがあるとは正しくない、と龍樹は言う。
反対論者は、
歩かれつつあるもの

歩くこと
の二つを別のものとし、この二つの存在を認めたことから、こういった結果をまねいた。

(意味が分からんぞ!
すでに歩かれたが成立するには歩くことが必要じゃねーか!言葉を話す限り逃れることのできないまあ、あまりに厳密に言葉を分析すると何か変なことが起こるから言葉と現実は完全一致しませんよって言いたいことはわかった)

竜樹の論議は詭弁であるかのように聞こえると思われるが、実際に我々の言葉の持っている矛盾、言葉を話す限り逃れることができない運命を龍樹はついた。
言葉の持つ矛盾とは言葉が主語と述語に分かれていることだ。
言葉が主語と述語に分かれているのか、
もともと一つのものとしてあった意味を主語と述語という形で切り開いているのかさえ、
今も不明なまま。
命題が成り立つためには二つ以上の項が必要。
竜樹はこれら言葉の広がりがプラパンチャでありこれがある限り世界があり、
世界がある限り救いはないと考えた。

第二章の結論は、歩くことも歩く人も歩かれるところも存しない
と述べる。ゆえにすべては空というのが龍樹の言外の意味だろう。
このような論法は、ものは不生不滅であるゆえに空の中には生老病死もなく、
五構成要素(色受想行識)もないというものであり、般若心経でも見られる。
ではすべてのものが無であり悟りも教えも全く存在しないのだろうか。
竜樹は最高真理においては空であるが、
世俗的真理ではすべてのものがありうると主張。
つまり空性はよみがえる。
縁起は空性であり空性は仮説であることを意味する。
竜樹は言葉を否定して空性に至るまでの過程に中論の九割を当てている。
空性に至った人が仮説としてよみがえる世界についてはほとんど述べられておらず、
それらはのちに唯識学派の人々により論議されていく。
アビダルマ仏教は世界は存在し因果関係で成り立つと考えた。
しかしアビダルマでも業と煩悩を止滅させる修行体形を有しており、
否定を繰り返し、厳しい戒律を守りつつ瞑想を行い、業や煩悩を止滅させる限りにおいては、空思想の人々と同様であった。
しかしアビダルマ仏教では世界、特に世界の構成要素としての原子は無になる必要はなかった。
つまり原子は否定の手を免れた。
では空の思想はどうしてすべてをないとしたのか。
竜樹は業と煩悩は分別、すなわち概念作用から生じると考えた。
概念作用はプラパンチャから生じる。
よってプラパンチャを止滅させると概念作用がなくなり、
概念作用が亡くなることで業や煩悩がなくなると言うのが龍樹の言う縁起説。
世界が存在しないと知ることが空の実践の前提条件だった。
このため空思想は徹底した否定作業の必要性を説いた
(これ無意識への影響という縛りからも解放されないといけないからね。
要は言語の世界たる人間世界から離れるってこと。
単に幼児化しても言葉を発しなかったり言語で思考しなくても影響力が残っているならダメってこと)


・原始仏教における無我(非我)の思想が部派仏教にも引き継がれたのであるが、
部派仏教においてはそれ以前に認められていなかった恒常的な世界構成要素が認められた。
すでに述べたように、中観派ではその恒常的な要素の存在があらためて否定された。
仏教では恒常的実体を否定する伝統と、是認する傾向とが存在してきた。

中観派は無自性論者つまりもろもろのものに自性はないと主張する者たちとも呼ばれてきた。

体にも火があって食物を消化すると考えられている。
インドでは眼から火が対象に向って走ると考えられた。

ろうそくにともる火もある。さまざまだが熱さ=熱性はそれらに共通してある。
この暑さこそが火の自性、本性、本質であるとアビダルマ仏教では考えられる。
どうように水の自性は湿性、
地の本性は堅性。

大乗仏教では自性と残りのものとの関係が主要問題。
ヒンドゥー哲学では属性とその基体の関係が極めて重要だったが、
仏教はおおむね唯名論なので属性と基体の間に明確な区別はない。
スヴァバーヴァは自性と訳すよりも自体あるいはそれ自身と訳すほうが適切なことがある。
仏教では属性と基体の区別はほとんど問題とならず、自性と残りのものとの関係が重要。自性以外の残りのものを非自性的諸要素、単に諸要素と呼ぶことにする。
四パターンある。

1 自性と諸要素がともに実在
2 自性と諸要素がともに非存在あるいは非実体的
3 自性は実在ではないが、諸要素は世間的に有効な作用を有する意味で存在
4 自性は実在するが諸要素は非存在あるいは非実在的なもの
(実体 それ以外
  ○  ○
  × ×
  × △
  ○ ×)

部派仏教のアビダルマは1。
この哲学は火の自性である暑さのみならず日の色や形などの諸要素も実体的。
個々の原子に分解されるものは恒常ならざるものである。
原子は勝義有(しょうぎう 究極的存在)、
原子の集積である冷や水は世俗有(せぞくう)と呼ばれ存在が二種に区別されるが、
両者とも実体的なものである。

竜樹にとっては双方とも止滅させられるべきものでこの立場は釈迦の立場に近いと思われる。
竜樹は自性もなくそれ以外の諸要素もないまったき無を究極的真理としたのではなく、
空においてすべての言葉とその対象(戯論)は存在しないが、止滅と導かれたもろもろの存在(縁起せるもの)がよみがえった姿として仮説を認める。
『中論』龍樹は3に近いが2.
彼の後継者の内多くは3.
俗なるものとしての自性を否定するなら2.
聖なるものとしての空性に至って仮説が成立するなら3.

竜樹がアビダルマを批判した後1~2世紀を経ると4が仏教内で徐々に力を得てきた。
自性は宗教的価値を帯びることがしばしばであった。
すなわち自性は常住なる如来蔵(個々人に宿る仏となる可能性)となり、
諸要素は客のように偶然そこに居合わせた非本質な心の汚れ(客塵煩悩)となる。
自性は顕現させられるべき聖なるものであり諸要素は滅せられるべき俗なるものである。
4の代表は如来蔵思想であり、後に仏教タントリズムと深い関係を結び、ヒンドゥー教的要素も有する。

部派仏教の考える自性と残りのものとの関係は1.
竜樹に代表される初期大乗は2.
中期と後期の大乗は3が有力となる。が、如来蔵思想の4も徐々に広まっていった。

大乗仏教の誕生と殆ど同じくして原始般若経典類が生まれた。
300~350年ごろに般若心経が作られたと推定されている。影響力は計り知れない。、特に日本ではもっとも親しまれている経典といえよう。


・どの時代からスヴァバーヴァに良い、肯定的意味が与えられるようになったのかはよくわからないが、初期般若経、初期中観哲学ではスヴァバーヴァはおおむね、悪い、否定的意味で使われている。

・般若心経の解釈。

五蘊は自性が空である。
インドでは三通りに解釈されてきた。

1五蘊はそれ自体が空である(自体を欠いている)

般若経の空思想の歴史で最も基本的。
五蘊以外のものは空ではないという含みはない。五蘊がそっくり存在しない。
前述の四パターン2.


2五蘊は自性=実体が空であるが五蘊の現象=言説は存在する

インドおよびチベットでは五蘊に関しては五蘊が実体としての自性を有する場合と、
実体としてではないが現象つまり言語活動によって仮にその存在が説かれている場面との二つがあると考えられる。
中観派論者は前者を認めず後者を認める。
ポイントは日常の言語活動および言語の対象としての現象世界の成立。
それらは実体を伴って成立するのではない。
前述の四パターン3.

3現象としての五蘊は自体が空であるが、本質としての空性は実在する
この場合否定さるべきものは現象としての五蘊。
真如(本質)としての空性そのものは否定の対象とはなりえず、実在であり、生、住、滅を離れている。
実在が生、住、滅を離れていることは宗教思想では一般的。
仏教では如来蔵思想と一部のタントラ経典に見られる。
四パターンの4.

(やはり密教はバラモン・ヒンドゥー今日の実体思想が混ざっている。
如来蔵思想はストア派やグノーシスみたいだ。一切衆生悉有仏性思想とも似ている



インド仏教の空思想では初期は解釈1が有力だったが、時代を下るにつれて解釈2が有力。


・六世紀前半に形式論理学の体系を確立したディグナーガ(陳那、480-540年頃 有相唯識派)。
ディグナーガ論証式あるいは推論式の特質は、あらゆるものの存在を他の物を目印として証明することであった。
論証式の例としては次のものがよく引用される。

主張 
あの山に火がある。

理由 
煙があるから。

肯定的必然関係と同類例 
煙のあるところには火がある。台所におけるように。

否定的必然関係と異類例
火のないところにか無理はない。
湖水の表面におけるように。

この論証式は目前の山から上っている煙を目印(リンガ)としてその山に火のあることを証明しようとしている。
ディグナーガの論理学をはじめとしてインドの論理学では一般にあるところ(場、パクシャ)に存在するものを目印としてその同じ場における他のものの存在を証明するのである。
場におけるあるものの存在が目印によって証明されるとき、そのあるものは証明されるものと呼ばれる。
また目印は推論の原因となるために、因(hetu 原因)とも呼ばれる。
因明(いんみょう)という語は、推論の原因に関する学問(明)すなわち論理学
を意味する。
肯定的必然関係とは、
目印があるところには必ず証明されるものがある。という関係。
目印の存する領域は証明されるものの存する領域によって完全に覆われている。
注意すべきことは、ここでは一つの目印の占める領域や一つの証明されるものが占める領域ではなく目印や証明されるものの存する領域が問題となっている。

否定的必然関係とは
証明されるものがないところには目印はないという関係。
目印の存する領域と証明されるもの存する領域は交わらない。

主張
場には証明されるものがある

原因
その場に目印があるから

肯定的必然関係と同類例
目印があるところに証明されるものがある。同類例のように。

否定的必然関係と異類例
証明されるものがないところに目印はない。
異類例のように。


・龍樹によれば世間的真理とは言葉になった教えであり、
最高真理とは言葉を超えたものであった。


・中観派と唯識派(瑜伽行派 Yogācāra ヨーガーチャーラ)を総合した人物がシャーンタラクシタ
であり、
771年、二度目にチベットに入ったとき、彼はチベットの土着的でシャマニズムの強いポン教との論争に打ち勝った。
773年にインドから招いた密教行者パドマサンバヴァと共にサムエ僧院(サムイェー寺)を建立し、そののちまもなく死去。
シャーンタラクシタは臨終に際して、もしもチベット仏教が危機に瀕したならばインドにいる自分の弟子カマラシーラを招くようにとチベット人の弟子に言い残した。
シャーンタラクシタはチベットに導入されたばかりのインド大乗仏教が、チベットで台頭の兆しを見せていた中国大乗仏教と近い将来対決せざるを得ないと見通していた。
チベットに招かれたカマラシーラは中国仏教の摩訶衍(まかえん)を論破し、これにより、
認識論、論理学を重んじるインド大乗仏教の伝統が、チベット王室に正式に導入
されることになる。

(シャーンタラクシタ、?-787年頃、寂護。
、パドマサンバヴァ(蓮華生)と並ぶ、事実上のチベット仏教の始祖。
唯識派に近接して行った中観自立論証派(スヴァータントリカ派)

パドマサンバヴァ「蓮華に生じた者」蓮華生、8世紀後半頃。
チベットに密教をもたらした。チベット密教の開祖であり、ニンマ・パ(ニンマ派、漢訳;紅教)の創始者である。「ニンマ・パ」=「古い・宗派」「古派」。チベット仏教における最初の宗派)


シャーンタラクシタは『中観荘厳論』にて
いかなるものも単一の自性を有せず多くの自性も有しない
と述べて中観論者と表明。

後世のチベット人たちはシャーンタラクシタたちの主張した型の仏教を
順に修行階梯を追うことによって悟りに至る(漸悟 ぜんご)仏教と呼び、
中国僧大乗和尚の型の仏教を
修行階梯を順に踏むことには必ずしもこだわらない(頓悟 とんご)仏教と呼んだ。
後者によれば戒律を遵守すること、長期にわたる瞑想の修練、哲学的な理論研究などは悟りを得るために不可欠と言うわけではない。
大乗和尚は心作用を滅することで悟りを得ることができると主張。
彼にとって空性とは視覚、聴覚、思考などのすべての心作用が止滅していることであった。
これとは対照的に、シャーンタラクシタやカマラシーラをはじめとする彼の弟子たちは悟りを得るためには数多の段階を順に追って修行する必要があり、
また空性はそのような不断の修行過程の中でとらえるべきものであって、
単なる心作用の欠如ではないと考えた。
このような階梯を順に踏むことで悟りに至ろうとする考え方はインド後期仏教においても主流であったが、
チベットにおいてはダライ・ラマの学派を開いたツォンカパによって引き継がれ、
チベット仏教の主流として今日に至る。


・七世紀の編纂と考えられている大日経によって仏教タントリズム(密教)が確立されたとすでに述べた。
大日=大日如来は太陽のように光り輝く仏という意味。
経典のタイトルは詳しくは、
大日が悟りを得たのち、衆生のために奇跡(神変)を現して教えを時、大日の聖なる力を衆生に与えた(加持)経。

大日の身体的、言語的、心的活動によってすべての衆生に対して秘密真言などの言葉で教えが示される。
一切智者である大日はすべての無知の薪を焼き、火は尽きない。

智慧の原因は何か根本は何か究極的な境地(究竟くきょう)は何か。
大日如来答えて曰く
「因(原因)は菩提心(すなわち悟りを求める心)であり、
根本は大慈であり、究竟は方便である」
これは大日経を貫くテーマである。
菩提(ボーディ)とは自分の心を正しくありのままに知ること
であり、
菩提には自性がないと述べる。
この経典では心は青でもなく黄でもなく、短くもなく長くもなく、光でもなく闇でもない。
このように心の色や形は捉えることができない。
虚空の自性そのままが心の自性(本質)であり、心の自性そのままが菩提の自性である。
大日経では心の本質そのものが菩提であると考えられている。
もっとも心は恒常不変の実体ではない。
心は色や形を 持たないのもので、あらゆる差別を超えたもので、世意味で事象を有しともかくも存する。
その心の自性は清浄であり、うちにもなく外にもなく、中間にもない。
大日経では自性が中立あるいは良い意味で使われるケースがすこぶる多い。
仏の智慧は大悲つまり他者の苦しみを取り除くことを根本すなわち動機としている。
悟りは他者のためのもの。仏の智慧の究極的なありかたは、自らが悟りの中に一人住むのではなく、
さまざまな他者にあわせてその際に最も適切な「手段(方便)として用いられる。
タントリズムが求めたのは言葉の止滅した境地よりもむしろその境地を経験した後にそれが現実世界でどのように生かされるかである。


・大乗仏教の空思想は2~3世紀の竜樹が確立。
竜樹は世界は縁起の法則で成立したと考えこの思想はブッダ以降仏教の基本思想。
六世紀ごろ、中観派に二つの流れが生まれた。
後世のチベット人は、
帰謬論証派テンギュルパと自立論証派ランギュパと呼んだ。
前者は空性は言葉とは隔絶しているが、
後者では空性は論証で語れると考えた。

・空性を実在しする傾向はチベット仏教でもいくつかの学派で顕著となった。
中国と日本密教でも空性はインドよりも実在性を増している。
要は時代が下るにつれて空の肯定的側面が強調されつつ、空性が実在視される傾向が強まった。

・唯識では認識にイメージ(形相)がある限り、
その認識を誤っている
と考える。
認識の対象も主観も、ともに現れたもの(顕現)だと考える。
認識の中に現れる誤ったイメージをなくしていって、
認識作用を光に変えようとするのが唯識の実践。
目指す境地は認識の中のすべてのイメージがなくなり、
光のみの状態に至ること。

中観派がどのような判断も成立しないと主張するのに比べて、
唯識は認識がやがて光になる際の素材だと考えるので認識作用のすべてを否定しようとはしない。
しかし唯識は客観および主観の実在性を否定するという伝統は守る。

チベットではサキャ派と並んで密教的色彩の濃い宗教であるカギュ派がよく知られている。
開祖マルパはネパール、インドに出かけ、密教行者マイトリーパについたといわれる。
カギュ派は、ものの本質(法性)は生じたり滅したりしないものであり、最高真理は不変だと考えるので、
恒常不変なる根本の存在を認めている。
また、サキャ派と同様に、心は空性であり、
さらに最高真理は光として現れてくると考えられている。
サキャとカギュでは空性自体が一種の実体とみなされる傾向がより顕著にみられる。
カギュの分派としてカルマ派があり、

カルマ派はさらに黒帽派と赤帽派に分かれた。

黒帽派の第三世座主であるランチュン・ドルジェの著作では
心は認識作用(照)と空とが融合したものと考えており、
ヨーガという手段でか汚れなき法身を体得できるように誓願を立てている。
非本質的なものである心の汚れを浄化するならば無垢の法身が体得されるというのは、
明らかに如来蔵思想
であり、先述の四パターンの4.
つまり無垢なる法身は恒常不変の自性に相当する。

カギュと如来蔵思想の結びつきをさらに強めたのは、
カルマ黒帽派第八番座主ミキョ・ドルジェである。
彼は中観思想を他空説の立場で解釈しようとした。
他空説では如来蔵と同一視された自性は否定されず、
煩悩などの如来蔵よりも他のもの、
すなわち自性より他の残りのものが否定される(空である)。
要するに他空説の他とは自性としての如来蔵より他のもの、
すなわち煩悩などを意味する。

ゲルク派の立場は自空説と言われる。
この自とは自性である。
自空説では空性の働きとしての否定から逃れるものは何もない。

如来蔵思想的な考えは龍樹など初期中観派とは明らかに相容れない。


・ゲルク派の開祖ツォンカパの思想は、後のチベット仏教の方向を決定。
それほど偉大であり、中観思想、特にインドの中観思想家の月称を重視。
インドでは空は一般的に、
般若心経の五構成要素は自性を欠いている
というようにYはX(自性)を欠くと理解された。
が、ツォンカパは、そのように理解せず、
Yは自性として成立していることを欠く
と理解した。
つまり自性(ランシン)を欠くという際の自性が
自性として成立していること
に置き換えられている。
五構成要素(五蘊)が自性(ランシン)として成立していることの無、
それが有体(もろもろのもの、五蘊)の空性である。
この違いは大きい。
つまりインドの一般的理解では、
YはX(自体)を欠いている
(YはX〔自体〕に関して空である)
は最終的にはYもXも存在しないを意味していた。
空性に至ったのちに甦るとしても、一度は両者とも無になると。
しかしツォンカパはY(五構成要素)は自性として成立していることを欠いているのであって、
自性として成立していないYはその存在が許されている。

彼にとって自性とはものの本質(法性)をいうのであって、その存在が肯定されるべき何ものかである。

現象世界や輪廻の世界を超えた涅槃が、すべて現実的に有効だという意味で存在が認められる。

・中国仏教の歴史
伝えられたのは紀元一世紀、後漢の時代。
チベットに伝えられる数世紀も前のこと。
四つの時期に分けられる。

1伝来時代 
紀元一世紀、後漢(紀元25~220)
から西晋(紀元265~316)

2定着
五胡十六国(紀元316~439)
から南北朝(紀元420~581)
まで

3成熟
隋唐時代(紀元581~907)

4民衆浸透
宋朝(紀元960~1279)以降。

インドのマウリア朝(紀元前321~188)の時代にはすでに中国の西隣の西域地方に仏教が伝えられていた。
第二期で仏教は一般に流布していったのであるが、当時の人々が仏教に求めたのは呪術的な機能。
呪術は宗教と同様に聖なるものと俗なるものとの区別を意識。
宗教では目的達成のために行為に自己否定を伴うことがほとんどだが、
呪術では自己否定を伴うことは少ない。
中国仏教第二期では仏教僧もすでに中国にあった呪術的儀礼と仏教徒を結びつけ。
除災、病気治癒といった現世利益の側面を強めていった。
中論を訳した鳩摩羅什(344~413または350~409)や
自らインドに出かけた法顕(339頃~420頃)などが活躍したのもこの時期
であり、
第二期は中国仏教が開花する次の第三期の準備期間であったと言うことができよう。
3期の隋唐時代で仏典翻訳にとどまらず中国人の仏教を確立された。
隋(581~618)の時代にはインド中観派の伝統を受け継ぐ三論宗、
さらには中論と法華経思想を統合した 天台宗が発展。
唐(618~907)時代には
インドの唯識の伝統を受け継ぐ法相宗や、
華厳経の伝統を踏まえた華厳宗、禅宗、浄土教、さらには密教が勢力を得た。
智顗(ちぎ、538-597) が開いた天台教学と、
賢首(げんじゅ)大師法蔵が完成した華厳教学は中国人の思惟による仏教思想であった。

第三期では呪術的要素はそれほど強くはなく、厳しい禁欲的修練が前提。
戒律を守り自己を律し世俗的名誉を得ることを自ら放棄と言った自己否定が重視。
自己否定は空思想に基づく。

天台宗などでは空という側面が主要であり、空なるがままにものとして表れる面も主張されるが、焦点は前者。

対して密教では空なるがままに現象が成立するつまり既に聖化された世界にいる側面に焦点があっている。
なお中国の密教は唐が滅ぶと勢力を失ってしまった。
(やっぱり最初は現世利益でないと広まらないよねえ)

・天台仏教の核心である一心三観は、開祖の慧文が読み取ったものだが、
第三祖の智顗(ちぎ、538-597) に伝えられた。
中論に述べられる一心三観思想をみていく。
中論
どのようなものであれ縁起なるものを、
われわれはそれを空性と呼ぶ。
それは仮説(言葉によって仮に述べた存在)であり、
また中道である。

三観=空、仮、中。
一心=現在体験しつつある瞬間瞬間の在り方。
この心とは精神生理的な意味での心ではなく、
一人ひとりが生きているあり方そのものを指す。
天台宗では空、仮、中は三つの真理(三諦)といわれ、この三つの真理を述べているかの中論の偈は三諦の偈と呼ばれてきた。
天台宗では三諦円融という表現がしばしばみられ、空仮中は別個ではなく互いに融合しているという意味。
第三句の「それ」は後世の注釈家の意見だと多くは空性だとしている。
が天台宗では縁起を指すとする。
つまり縁起は空性であり仮説であり中道だと考えられた。
(代名詞はできるだけ使わないようにしましょう)


仮説あるいは仮設と訳されたサンスクリットの
ウパーダーヤ・プラジュニャプティである。
ウパーダーヤ=対象を自分の方に引き寄せて。
プラジュニャプティ=他者にしらしめるための標識。
したがって、合わせて、
対象は実在しないのであるが、それを概念作用に引き寄せて構成し、他者に知らしめる標識として用いられた言葉
を意味する。
要するに現象世界を知らしめるために仮に用いられた言葉。

龍樹の中論の仮説は空性に至った仏が凡夫を導くための言葉あるいは教えなので、
空性体験を既に得た後の状態を指しているのであって迷いの世界の凡夫の心の状態ではない。
仮説とは仏が凡夫たちを導くための方便として言葉を用いて仮に現象世界を知らしめている、というのが龍樹の意図だと思われる。
竜樹の中(マドゥヤマ)とは元来は中間を意味する。
竜樹の言う中道は左右の中間とか激しい動きと停止の中間という王なあり方ではない。
中程度の状態をすすめる個所は中論のどこにもない。
中論の中道とは、
言葉を超えた空性を悟ったものが、その体験を言葉によって語りながら他者を導く場面をいう。
仮説とは悟った者の言語表現であり、
中道とは仮説を働かせる場面なのである。

しかし天台宗の
仮=悟ったものが語る言葉や見る現象世界のみでなく、凡夫の言葉や見た世界も含む。
天台宗の空は無というより根本という意味のほうが強い。
空=さまざまなもの形や働きがそこから現れて来る根本でありものの元は存する。
空に至るならばそれぞれのものはその形や働きを鎮めて根本の空に帰入する。
その根本を智顗(ちぎ、538-597) は如という言葉で説明。
如=もろもろのものの本然のすがた。
無というよりはむしろ有。
天台宗の中=空と仮の調和。
根元としての空と、そこから現れてきた現象としての借りが矛盾することなく成立してしている状態。

竜樹では仮説と中道はほとんど同じ。
が天台宗は違う。
空から働きや形が現れるときに仮となり、
形や働きが隠れるならば空といい、
この両方が融和している事実を中という。
天台宗で三諦円融は仮のまま空、空のまま仮、仮のまま中
という意味。
天台宗ではすべての経典は釈迦が一代で解いたと考えられ、悟りを得たのちの涅槃に至るまでの布教生活を五つの時期に分ける。




・華厳経は初期大乗仏典の一つであり、
一と多、特殊と普遍、現象と本質といった一般に存在すると考えられている区別が究極的立場においてはすべて円融していると述べている。
根源的な何者かの存在を認めており、その根源的な何ものかが場面に応じてさまざまなすがたを表わすと考えているところでは天台宗と共通。
天台宗や華厳宗では空性はある種の実体あるいは根源とみなされるようになった。


・法蔵の般若心経の注釈。
1色不異空
2空不異色
3色即是空
4空即是色

第四句。
自である空が否定されて他である色が成立する
これを注釈して、
空、隠れる也
という。
空が隠れてすなわち否定されて色が表面に出て来る。

第三句では、
他である色が眠るすなわち隠れる一方、自としての空が現れる。


第一と第二句は自と他つまり空と色がともに成立する場面を語っていると法蔵は考える。

自と他がともに眠る場面は般若心経には直接述べられていないが言外に意図されておりそれが究極的な場面だと彼は考える。
隠れるとか眠ると言う表現に注目。
彼が空も色もある根源的存在の様態を考えていたことを示す。
彼のみならず華厳経一般では、空と色が相反するものであるかのように見えるが、
その相反する姿を見せる根源的なものの存在が許されている。
この根源的なものは法界と呼ばれる。
法=もろもろのもの。
界=本質。
法界という言葉はもろもろのものが有する本質を意味するのではなく、
もろもろのものに他ならない本質を意味する。
基体としてのものに基体とは異なった本質が存するというのではなく、
基体とその上に存する本質あるいは属性の区別がほとんどないインド型唯名論の考え方を見ることができる。
属性や運動などが存する基体の存在が認められている。
空や色が隠れたり現れたりする根底存在が認められている。
法界という根底はもろもろのことである。
空や色の背後に姿を見せずに世界と離れて存在する実在ではない。
生じたり消滅したりしている眼前の諸々の者が華厳哲学の考える法界。
それは誕生や消滅の基体。かつ聖なるもの。
消滅の基体で聖なるものとはヒンドゥー教の神と同じではないか。
このかぎりにおいては華厳宗はヒンドゥー神学と似ていると言わざるを得ない。


法蔵にとってものはともかくも生ずるものである。
華厳仏教ではものの生ずることがともかくもなくてはならないと考えられた。
竜樹は因果関係そのものを否定しようとしていたのであるが、
華厳では原因結果関係を守ることで空を主張しようとした。

・禅宗の、心も悟りもなく本来無一物思想には、
二種類の極端に走る危険性がある。
1 何物も存在しないことを強調する原理主義的否定的態度。

2 現前の世界は既に完成し円満なる世界なのでいかなる宗教実践も不要とする楽天的態度。
この極端にはしる禅僧も存在した。

 
ボーディダルマや慧能が歩もうとした道は、どちらの極端にも陥らず、
しかも身体があるとか心があるとかを問題にすることもなく、
塵を払うための時間もなく、
何の囚われもなく無心でいるといったあり方と思われる。
心に塵がある
という表現を用いたとたん、この言葉はその心から遠ざけてしまう。
心に塵がという言葉が用いられた瞬間に、
われわれは心、塵、あるものに他のものが存在することなど複数の項と、
それらの間の関係によって形作られる構造体を考える。
しかし複数項や関係で組み立てられた複合体に関わればかかわるほど我々はものの本当の姿を見ることはできない。
少なくとも禅宗の人々はそのように考えた。
ものの本当の姿を見る為、
それになるため
厳密にはものであるためには言葉からできるだけ離れなければならない。
それになるという言葉も不要。
それのみで十分。
それという言葉を発するのに必要な時間はものから遠く引きはなしてしまう。
ではどうするのか。
あるとかないと言った判断をせず、
ものの名前を呼ぶこともせず、
心という観念を持つこともせず、
静かに息づく。
それが禅宗の求める空。
禅の求める境地は決して精神の弛緩した無緊張状態ではない。
本来無一物という。
しかし禅宗はインドの中観思想家のような空あるいは無を求めていなかったように思われる。
つまり心とか塵とか呼ぶこともできないのは、
心や塵がまったく存在しないからなのではなくて、
反対に言葉を用いてそれらに呼びかける必要のないほどに近くにそれらのものは存在しているからなのである。
われわれはそれの存在に押しつぶされて生きている。
というよりもわれわれはそれらの存在ものものなのである。
そしてそれらの存在は否定さるべき俗なるものとしての世界ではなく、
その存在が肯定される聖なる世界だと考えたのである。


・日本仏教で最も重要な人物は、厩戸皇子つまり聖徳太子であり、高句麗の僧である慧慈が師匠。
『三経義疏』(さんぎょうぎしょ)の著者。
この三部作はいずれも中国の注釈書に基づいたものであり、太子を中心としたグループが帰化僧慧慈たちの力を借りて食ったものだろう。

(高句麗の坊さんが師匠なのが重要。百済ではない。
聖徳太子は実在せず誰かがモデルなのだろうけど、重要なのは仏教の注釈書が早くも作られていて、内容が中国のとかなりかぶっていること。

『三経義疏』は、聖徳太子によって著されたとされる『法華義疏』・『勝鬘経義疏』・『維摩経義疏』の総称である。それぞれ『法華経』・『勝鬘経』・『維摩経』の三経の注釈書(義疏・注疏)。
『法華義疏』は梁の法雲(476年 - 529年)による注釈書『法華義記』と7割同文ってほとんど同じ。
『勝鬘経義疏』は敦煌出土の『勝鬘経義疏本義』と7割同文。
『維摩経義疏』は梁の吉蔵(549年 - 623年)の『維摩経義疏』や敦煌出土の『維摩経義記』と類似。
『三経義疏』はいずれもこれら6世紀前半ごろの中国の書物と相並ぶものとなるが先行するものはそれまで日本にはなく、この後にこの種の書が日本で著されるまでに長い空白があるのは不自然であるという指摘は、古くからあったらしく、偽書かもね。

禁欲が重要な仏教。
日本は仏教時代が長かったけどセックスには肯定的。
おっぱいの大きさを気にするのは欧米の性。
江戸までは一重まぶたで切れ長の女性礼賛でおっぱいは性的シンボルではなかった!今の日本人の性観念は完全に欧米!性観念の変化について。『江戸の閨房術』。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-203.htmlの記事をあげましたが、
別に性道徳を完全に江戸時代に戻せとまでは言っていませんし、
あなたの性道徳の源泉はキリスト教圏ですよって自覚してほしいから書きました。


村手 さとし‏ @mkmogura
東国=北朝=高句麗・・・西国=南朝=百済=田布施町

そのうち、有料化してブログ書くのでよろしく。神道のことといい、自分しか到達できないことをやるので、楽しみにしてて。ちなみに白村江以降、日本の支配に深く関わったのは新羅ではなく高句麗です。えじ!

新羅勢力が日本にきて勢力を作ったというのに、俺は懐疑的。白村江の難民としてくる理由もなかったし、ブログに書いたけどわずかな奴らも途絶えてるし。
もしいたなら、北南朝、東国西国、高句麗百済で綺麗に分かれないから。

ささゆき(ささゆき)‏ @sasayuki102 6月20日
聖徳太子の師匠、慧慈。聖徳太子に仏教を指南した高句麗の僧。信頼関係は厚く、伊予湯岡碑には「慧慈と温泉に来ました」的なことが書いてあるそうです。めっちゃ仲良し。

また慧慈は聖徳太子が没した際に「同じ日に浄土に会う」と宣言して聖徳太子が没した一年後に亡くなったとか。師弟…関係?
何故当時の流行最先端の随ではなく高句麗僧だったかというと、随のお坊さんは剃髪しなかったり娶ったりしていたそうです。真面目に仏教国として頑張ってる高句麗の留学僧が良いよね!ということで慧慈が来日した(諸説あります間違ってたらごめんなさい)

Shu ENKZN‏ @silverfaxx 2016年6月5日
「若き日の聖徳に、いちばん大きな、内面的な影響を与えた人としては、高句麗僧の慧慈(えじ)を思う。……聖徳四十二歳のときに帰国するまで、じつに二十年間、彼は、この慧慈を師と仰ぐとともに、無二の友としたのであった/上原和『斑鳩の白い道のうえに 聖徳太子論』1975」

Shinya Watanabe 渡辺真也‏ @curatorshinya 2015年2月23日
聖徳太子に仏教を教えたのは、百済博士「慧慈」(百済へ亡命した高句麗僧)だったが、もしかしたらこの時に高句麗道教が百済的なものとして日本に紹介されたのかもしれない。)


・『法華経』・『勝鬘経』・『維摩経』はどれも煩悩を止滅させること、
すなわち否定的禁欲的な生活態度を人々にすすめている教典ではなく、
仏教啓典の中では現世肯定的な態度を強く打ち出したものであった。
このような在家的態度が後の日本仏教でも支配的となった。

南都六宗の宗=仏教研究の科目。

『法華経』はすべての生きとし生けるものが仏となりうるとある。
この考え方は、
すべての生類に仏性があるとする如来蔵思想と区別されるべきであるが、
すべての生類が仏となることが可能であると言うかぎりにおいて如来蔵思想と共通。
如来蔵思想では仏性という浄なるものと煩悩などの不浄なるものとの区別がはっきりしているのであるが、
法華経では浄と不浄の区別がなくいわばすべてが浄。

・最澄の根底が
諸法実相=もろもろの法(ものやこと)がそのまま実相(真実の相=ありかた)そのものである
という思想。
元来、仏教は、現象(諸法)と本質のあいだには根本的区別がないという考え方が基本。



(中論の思想
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E8%AB%96%E3%81%AE%E6%80%9D%E6%83%B3-%E7%AB%8B%E5%B7%9D-%E6%AD%A6%E8%94%B5/dp/4831873438
“龍樹の論理学は、釈尊が重視する現在の瞬間=刹那滅の重要性を論理で理解させること!
著者あとがきに、本書の第1〜2章と第3章の第3〜4節の中の部分が『「空」の構造』第三文明社(レグルス文庫)として出版したとある。そのレビューにも記載したが、ブッダ釈尊の生涯を一言で表現すれば、「上求菩提(自利)、下化衆生(利他)」である。本書の第1章第2節で定義される「俗なるもの」から「聖なるもの」へ向かう第1のベクトル(p.39)は「上求菩提」に対応し、「聖なるもの」から「俗なるもの」へ向かう第2のベクトルは「下化衆生」に対応する。著者の視点の新しさは、上求菩提では止滅すべき「言語的展開(戯論)」が、下化衆生では「聖化された」言語的展開に昇華して実現することを指摘したことである。その具体例が、経律論の三蔵である。

次に、本書の第2章第2節で、著者は『中論』第2章「観去来品」の「已に歩かれた所(已去処)」と「未だ歩かれていない所(未去処)」と「今当に歩かれつつある所(現去処)」を極めて丁寧に論じている(p.127〜)。第2章第3節では、「已去処」と「未去処」が補集合的な配分であることに注目し、これを5タイプ(p.137)に分類して中論頌を整理したことで、『中論』全体の見通しが良くなった。
しかし、その延長線上で「四句分別(テトラレンマ)」を扱う第3章第3節で、大きな間違いを犯したのが残念である。それは、『中論』第1章「観因縁品」第1偈の自・他・自他共・無因を論じる図19(p.253)である。これが間違いを犯した理由は、第2章第2節の図5b(p.130)の導入に原因がある。この図を導入したのは、図19の準備であったと思われるが、「観去来品」の「現去処」の理解を徹底すべきであった。

図19は、本当は「日章旗(日の丸の旗)」の赤円内部を「自」、赤円外部の白地を「他」とし、赤円の円周を「自他共」としなければならないのである。これは『中論』第2章「観去来品」と対比すれば一目瞭然となる。「観去来品」では一次元のB地点が「已去処(A)」と「未去処(非A)」の境界点であり、「Aかつ非A」なのである。これを二次元に拡張したものが図19となるべきであった。「日章旗」は二次元であるが、赤円内部を「已去処」、赤円外部の白地を「未去処」、赤円の円周を「現去処」に対応すると考えるのである。従って、龍樹の論理では第四格が省略された「三句分別(トリレンマ)」が基本になるのである。
さて、赤円の円周である「現去処」とは何か? それは「刹那滅」である。騙し絵のように、ある瞬間には「已去処」が見えて「未去処」が消え、次の瞬間には「未去処」が見えて「已去処」が消えるのである。「刹那滅」だから「空」なのである。

釈尊がヴィパッサナー瞑想で「正念」させたのは、瞬時瞬時(刹那刹那)の記憶である。そうすれば、以前の刹那と現在の刹那の記憶を比較して、今まで気づかなかった習慣となった問題点(著者の表現では、無明と言うべき「俗なるもの」)に気づくのである。その一連の作業を「正定」によって実施するから「四沙門果」の修行が進むのである。それは、著者の言う「自己否定の論理」(p.272)と言うより、「刹那滅以外を否定する論理」なのである。だから、龍樹は釈尊の教法を復活させたことになるのである。

「空」の構造―『中論』の論理 (レグルス文庫)
https://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E7%A9%BA%E3%80%8D%E3%81%AE%E6%A7%8B%E9%80%A0%E2%80%95%E3%80%8E%E4%B8%AD%E8%AB%96%E3%80%8F%E3%81%AE%E8%AB%96%E7%90%86-%E3%83%AC%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%B9%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%AB%8B%E5%B7%9D-%E6%AD%A6%E8%94%B5/dp/4476011691#customerReviews
“龍樹の論理学は、釈尊が重視する現在の瞬間=刹那滅の重要性を論理で理解させること!
ブッダ釈尊の生涯を一言で表現すれば、「上求菩提(自利)、下化衆生(利他)」である。
本書の「俗なるもの」から「聖なるもの」へ向かう第1のベクトル(p.31)は「上求菩提」に対応し、「聖なるもの」から「俗なるもの」へ向かう第2のベクトルは「下化衆生」に対応する。
著者の視点の新しさは、上求菩提では止滅すべき「言語的展開(戯論)」が、下化衆生では「聖化された」言語的展開に昇華して実現するというものである。このことが、釈尊滅後の聖典(仏典)重視の理由である。
(以下略)”



“次に「空」という語の意味を考えてみよう。「空」という漢字は、サンスクリットの形容詞「シューニヤ」(sunya 空なるもの)と抽象名詞「シューニヤター」(sunyata 空なること、空性)との両方の訳語として用いられる。抽象名詞である場合は「空性(くうしょう)」と訳す場合も多い。また「シューニヤ」という語はゼロを意味するが、現在のヒンディー語でも「シューニヤ」はゼロの意味に用いられている。
「空」という漢語の意味の一つは、すいているということだ。例えば「今日は電車がすいていた」という。これは客車の乗客が少なかったことをいう。また、「腹がすいた」というときは、腹自体がないのではなくて胃の中にあるべきものがないことをいう。入れ物であるyの中にあるべきxがないのが「空」という漢語の基本的意味なのである。

【『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵(講談社学術文庫、2003年)】“
http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20100405/p1
「空」の語意


「私」とは属性なのか?~空の思想と唯名論/『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵
http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20090201/p1
” ある基体(y)にあるもの(x)が存すると考えられる場合、xをダルマ(dharma 法)とよび、その基体yをダルミン(dharmin 有法〈うほう〉)と呼ぶ。「法」という語にはさまざまな意味がある。掟という意味もあり、義務、正義でもあり、教え、さらにはあらゆるもの、存在をも意味する。一方、哲学的な論議においてダルミン(有法)と対になった場合には、ダルマがそこで存在する基体を意味する。
 もう一度白い紙を考えてみよう。この紙には、無色透明ではあるが基体として一つの場があって、その場には白色という属性があり、さらに大きさ、形、匂い、重さといった属性も存すると考えられる。
 さて、これらの属性を取り除くことができたと仮定してみよう。白色を取る、匂いを取り除き、重さを取るというようにして、すべての属性を取り除くことができたとしよう。最後に何か残ると考える人もいるだろうし、何も残らないと考える人もいるだろう。
 結論的にいって何も残らないという方が仏教的なのである。無色透明ではあるが基体と呼ぶべき何ものかが存在するというのが、バラモン正統派の考え方である。神という基体から白色などの属性を全部取り除いた後にも、目には見えない、匂いもしない、しかし、それがなければ成立しないというような場が残る。何かそのような場なければ、さまざまな性質が集まった現象世界が成立しないだろう、というのばインドのバラモン正統派の考え方である。

【『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵〈たちかわ・むさし〉(講談社学術文庫、2003年)以下同】

 シャンカラ(バラモン正統派の唯名論を代表する人物、8世紀に活躍し30代で死亡)の思想モデルとして、フルーツゼリーを考えてみよう。ゼリーの中に入っている小さく切られたオレンジ、ピーチ、サクランボなどの「具」は、すべてゼリーの中に閉じ込められている。ゼリーがブラフマンにあたり、オレンジなどが属性にあたる。フルーツの色や形などの現象はゼリーを通して見ることはできる。しかし、ゼリーという基体の外では存在しない。シャンカラによれば現象世界は幻(マーヤー)なのである。幻といっても現象世界が無だというわけではない。それなりの存在性は認められているのであるが、このブラフマンに付随する性質として、このようにわれわれに視覚されるのみだと考えられている。

 極めて薄い膜でできた袋があり、その袋の中に水を入れることができたとしよう。この場合、水は自性にあたり、水の入った袋全体は構成要素に当たる。水つまり自性がなくなったときには袋(基体)のみが残るのであるが、この基体はほとんど無に等しい。空とは自性がないことだというのは、袋に入った中味がなく、袋もあるかなきかのものであるゆえに、結局は袋もその中身もないような状態を指しているのである。後ほど見るように、オブラートのように極めて薄い袋とその中の水とは、空思想における基体(y)とその中のもの(あるいは上のもの、x)とに例えることができるのである。
 xがyにないという場合、xとyがどういう関係にあたるかということが空思想の核心である。空とは基本的には、xがyにないということであるが、xがないという場合、xの非存在の場所が必要となろう。しかし、空思想ではxの存在すべき場であるyは存在しないという。要するに空思想は「xはyに存在する」という命題を認めないというのである。ということは、「犬に歩くことがある」つまり「犬が歩く」ということも、「花が咲く」ということも、すなわち「あるおのが動作をなす」という命題を認めないことになる。もっともこれは空思想の有する否定的側面なのであって、肯定的側面は、いちど無へと導かれた言葉がよみがえると主張するのであるが、後世には空の意味は変化してきた。少なくとも、中国や日本においては空の思想の力点に変化が見られるのである。何々がないという否定的な側面が強調されるのではなくて、中国や日本では空が肯定的に解釈されて、真理の意味になってしまうのである。


846夜『空の思想史』立川武蔵|松岡正剛の千夜千冊
http://1000ya.isis.ne.jp/0846.html


KOKKAこっから

中村元『龍樹』(講談社学術文庫)


龍樹の「空=縁起」(あなたがいるから私がいる。私がいるからあなたがいる)思想が日本人の潜在意識に流れている。中観派の中核メモ。
中村元『龍樹』(講談社学術文庫)
読書262ページから
メモは64から 64までは目盛った

・仏教の伝統的用語では「空」の思想を「空観」(くうがん)とよぶ。
空観とは、あらゆる事物(一切諸法)が空であり、それぞれのものが固定的な実体を有しない、と観ずる思想である。
空はすでに原始仏教において説かれていたが、大乗仏教初期の『般若経』で発展し、基本的教説となった。
龍樹が空を哲学的・理論的に基礎づけ、大乗仏教の思想を確固たるものとしたので、龍樹は「八宗の祖師」(南都六宗+天台+真言)と呼ばれる。大乗仏教は、みな龍樹から出発した。のちの仏教のいろいろな思想は彼に負うところが非常に多い。


・大乗仏教は、もろもろの事象が相互依存において成立しているという理論によって、空の観念を基礎づけた。
空(くう、梵: śūnyatā〈シューニャター〉、巴: suññatā〈スンニャター〉)
の語源は、「膨れあがった」「うつろな」という意味。膨れあがったものは中がうつろ(空)である。
ゼロはサンスクリット語ではシューニャ。
インド人が発見したゼロは、西記1150年ころにアラビア人を通して西洋に導きいれられた。

・大乗仏教、とくにナーガールジュナ(竜樹)を祖とする中観派の哲学者たちは次のように主張した。
――何ものも真に実在するものではない。あらゆる事物は、見せかけだけの現象にすぎない。その真相は空虚。その本質を「欠いて」いる。シューニャは梵語では「……を欠いている」という意味。
無も実在ではない。あらゆる事物は他のあらゆる事物に条件づけられて起こるのである。
空は無や断滅ではない。
肯定と否定、有と無、常住と断滅というような、二つのものの対立を離れたものである。したがって、空とは、あらゆる事物の依存関係(relationality)にほかならない。

・龍=ナーガ。
樹はアルジュナ(昔の英雄の名)の音写。
龍樹は150-250年ごろの人と推定されている。

・龍樹に関する複数の記録の共通点。
① 南インドと関係。
② バラモン階級の生まれ
③ 博学で特にバラモンの種々の学問を修めた。
④ 一種の錬金術を体得していた。
※インドでは錬金術をシヴァ教の一派の水銀派なるものが昔から行っていた。
この水銀派の開祖をやはりナーガールジュナという。

ナーガールジュナ複数説。
『中論』などの空思想を展開した著者としての、化学(錬金術)の学者としての、など複数のナーガールジュナが考えられる。

・大乗仏教は、上座部仏教を「小乗」であり利己的で独善的だと攻撃した。
大乗仏教は、利他行を強調した。大乗仏教では慈悲の精神に立脚して、生きとし生けるもの(衆生)すべてを苦から救うことを希望する。

・中央インドのマトゥラー市と西北インドのガンダーラ地方とが仏像制作の中心地だった。
マトゥラーではアショーカ王以来のインド国粋美術の伝統に従っているが、
ガンダーラではギリシア美術の影響がいちじるしい。

(釈迦は個人崇拝も偶像崇拝も禁止したのにね。法を説く人を崇め奉るのではなく、法を実践せよと説きました)

・般若経典における空観
すでに原始仏教において、世間は空であると説かれていた。

P.60“「常に心に念じて、〔何ものかを〕アートマン(我)なりと執する見解を破り、世間を空であると観察せよ。そうすれば死を度(わた)るであろう」『スッタニパータ』一一一九”

般若経典ではさらに発展せしめ、大乗仏教の基本的教説とした。
般若経典としては、『大般若波羅蜜多経』、『般若心経』、『金剛(般若)経』、『理趣経』などがある。

われわれは固定的な「法」という観念を懐いてはならない。
一切諸法は空である。
何となれば、一切諸法は他の法に条件づけられて成立しているものであるから、固定的・実体的な本性を有しないものであり、「無自性」であるから、本体をもたないものは空であるといわねばならぬからである。
そうして諸法が空であるならば、本来、空であるはずの煩悩などを断滅するということも、真実には存在しないことになる。かかる理法を体得することが無上正等覚(むじょうしょうとうがく。さとり)である。そのほかに何らかの無上正等覚という別なものは存在しない。
実践はかかる空観に基礎づけられたものでなければならない。
救う者も空、救われる衆生も空、救われて到達する境地も空。
また身相(身体的特徴)をもって仏を見てはならない。
あらゆる相はみな虚妄であり、もろもろの相は相に非ず、と見るならばすなわち如来を見る。
かかる如来には所説(説いている事柄)の教えがない。教えは筏のようなものであり、衆生を導くという目的を達したならば捨て去られる。
かかる実践的認識を 智慧の完成(般若波羅蜜多)と称し、
与える(布施)・
いましめをまもる(持戒)・
 たえしのぶ(忍辱)・
 つとめはげむ(精進)・
 静かに瞑想する(禅定)
 という五つの完成と併せて<六つの完成>(六度、六派羅蜜多)と称する。

・在家仏教運動
空観からの論理必然的な結論として、輪廻とニルヴァーナとはそれ自体としては何ら異ならぬものである、と教えられた。
しからばわれわれの現実の日常生活がそのまま理想的境地として現わし出されねばならぬ。
理想の境界はわれわれの迷いの生存を離れては存在しえない。
空の実践としての慈悲行は現実の人間生活を通じて実現される。
この立場を徹底させると、ついに出家生活を否定して在家の世俗生活の中に仏教の理想を実現しようとする宗教運動が起こるに至った。

・『華厳経』の趣意は、現象界の諸事象が相互に密接に連関しているという、いわゆる事事無礙(じじむげ)の法界縁起の説にもとづいて菩薩行を説く。
菩薩の修行には自利と他利との二方面があるが、菩薩にとっては、衆生済度ということが自利であるから自利即他利である。


・浄土教
一部の大乗教徒は現世を穢土であるとして、彼岸の世界に浄土を求めた。
阿閦仏(あしゅくぶつ)の浄土たる東方の妙喜国、弥勒菩薩の浄土である上方の兜率天(とそつてん)などが考えられ、これらの諸仏を信仰することによって来世にはそこに生まれることができると信じたのであるが、後世もっとも影響の大きかったのは阿弥陀仏の浄土である極楽世界の観念である。
阿弥陀仏の信仰は当時の民衆の間に行われ、諸大乗経典の中に現われているが、とくに主要なものは左の浄土三部経(『仏説無量寿経』、『仏説観無量寿経』、『仏説阿弥陀経』)である。

・『法華経』は、とくに有名な鳩摩羅什訳による『妙法蓮華経』によると、
声聞乗(釈尊の教えを聞いて忠実に実践すること)
縁覚乗(ひとりでさとりを開く実践)
菩薩乗(自利利他をめざす大乗の実践)
の三乗が一乗に帰することを、非常に強く主張している。
従来これらの三乗は、一般に別々の教えとみなされていたが、
それは皮相の見解であって、いずれも仏が衆生を導くための方便として
説いたものであり、真実には一乗法あるのみである、という。
種々の教えを成立せしめる根源は、時間的・空間的限定を超えていながらしかもその中に開顕し来る絶対者・諸法実相の理にほかならない。これが久遠の本仏である。世間の一切の天・人は釈迦如来がシャカ族から出家し、修行してさとりを開き、八十歳で入滅したと考えているが、実は釈尊は永遠の昔にさとりを開いて衆生を教化しているのであり、常住不滅である。人間としての釈尊はたんに方便のすがたにほかならない。


・古代インドにおける伝統的保守的仏教(いわゆる小乗仏教)のうちでも代表的な哲学派であった説一切有部(略して「有部」)は中観派を目して「都無論者」(とむ ろんじゃ。一切が無であると主張する論者)と評している。
しかし『中論』はけっして「無」を説いているのではない。『中論』では、有と無との二つの極論(二辺)を排斥している。
ナーガールジュナは「有」を否定するとともに、「有」がない以上、当然「有」と相関関係にある「無」もありえない、と主張する。
さらに有と無を否定する以上、当然事物の常恒性を主張する見解(常見)と事物の断滅を主張する見解(断見)とも排斥している。
『中論』が排斥しているこの断見のほうが虚無論(ニヒリズム)と呼ばれるものであり、現にそういう意を訳している学者もある。

と見rんだ王のやつ読んだらここに追加する予定





みづはし ‏@the_tenth_art 2015年8月9日
デカルトは意識は松果体にあると言った。これは何でも物事を区分けして考えようとするアリストテレス以来の西洋哲学の悪癖。インド哲学では、ミリンダ王の問いに見られるように一つ一つに分解せずに物事を総体として見る考えがあった。車を車たらしめているのは車輪でも座席でもない。全体が車なのだ。

T-T ‏@TT32768 2010年10月1日
大乗仏教の「ミリンダ王の問い」では「車輪、イス、その他、どれが車か?」と問われ「どれも車ではない」と答え「手、足、体、どれが私か?」と問われ「どれも私ではない」と答え、「ならば私とは何か?」「それらの集まりだ」つまり「すべての名は「仮」のものだ」とする。多一論もそういうものか。

蒼穹のカウパー ‏@shiomura_kojin 1月20日
ミリンダ王の問い、開幕から「坊さん(偉い)がミリンダ王の前世にゴミを捨てるよう命令するも無視したので殴られ、異常に怯えながらゴミを捨てる」だったので腹を抱えて笑ってる。

ミリンダ王の問いに代表される空
http://libpsy.com/mirinda-kuu/4054/
”この世に存在するものは全て実体はない。

すべて因縁によって存在するようになったのが「空」です。

つまり『色即是空(しきそくぜくう)、空即是色(くうそくぜしき)』(この世界の森羅万象は空で、しかも森羅万象は空から発生する)のです。
(…)
この理解が難解至極のために、ヨーロッパの学者からも、仏教内でさえも仏教は「ニヒリズム(虚無主義)、無神論、否定主義」などと批判された歴史があります。
(…)
西洋の論理の伝統であるアリストテレス論理(形式論理学)以来の実在論によれば、有か無かどちらかしかないのです。

しかし、ナーガールジュナが著(あら)わしたインド大乗仏教中観派における空の理論の「空観」。そして彼の代表著作の「中論」。
これらでは「有」とともに「無」をも否定しています。

ここに分かりやすい日本の事例をいくつか挙げておきます。

●江戸時代前期の臨済宗の僧の至道無難(しどうぶなん:1603~1673)は
「草木国土、悉皆成仏」(仮名法語)と歌っています。

『草木も 国土もさらに なかりけり ほとけといふも なおなかりける』

ここでは「仏はいない」と仏教僧が公然と言っています。

●浄土宗の開祖の法然(1133~1212)も「空」が難解すぎて全く理解できず、臨済宗の開祖の栄西(1141~1215)に仏について質問しました。その際に栄西は、

『仏などいない、いるのは狸と狐ばかりである』

と言いました。

キリスト教の宣教師が、江戸時代に日本に来た時に日本の僧侶が仏像を拝むのを見て、
「仏なんかは塵芥(ちくありた:チリ、ゴミ)だ」と僧を批判しました。
キリスト教では愚像崇拝はいけないことだ、と頭から決め込んでいるのです。
しかし、僧は『仰るとおり、仏など塵(ゴミ)に過ぎない』と言って一喝したというエピソードがあります。
「神はあるか?」と問われれば、(ギリシャのアリストテレスの)形式論理学で言えば「ある」「ない」の二つしかない。
キリスト教やイスラム教では「ある」と答えないと信者にはなれない。
「ない」と答えれば無神論者になる。
しかし仏教では「仏はない」「仏なんぞ塵芥(ゴミ)にすぎない」と答えても立派に仏教徒でありうる。


●愚管抄の著者の慈円(1155~1225)は、

『ひきよせて むすべば柴の 庵にて とくればもとの 野はらなりけり』

と歌っています。これも「空」の歌です。
庵(いおり)とは草木で結んで作った質素な小屋のことで、僧や世捨て人が仮住まいとしていたものです。庵は「建築する」のではなく「結ぶ」と言ったのです。その辺の柴をかき寄せてて結んで作って庵、もし結び目を解いてしまえばそこには何もない。
結べば庵はある。結び目を解けば庵はない。
したがって、あるといえばあるし、ないといえばない。
庵はもともと存在しなかった。が、空(非実在性)は実在を生み出す。
結びさえすれば庵ができる。
庵は存在せず「無」。柴を結んで「有」になる(=空即是色)。結びを解けば庵はなくなる(=色即是空)。


●豊臣秀吉の辞世の句では、

『露(つゆ)と落ち 露と消えぬる わが身かな 浪華(なにわ)のことは 夢のまた夢』

と歌われました。夢とは実在ではないが、夢を見ているときは確かに存在していると思っている。秀吉は貧しい農家で生まれ、足軽、侍大将、摂政関白にまでなったことは現実のことなのか、夢ではいけないのか、現実と思うことが誤りではないのか。すべては仮説ではないのか。
・・空と唯識に対しての大変深い理解をうかがえます。

●織田信長が好んで舞った、能の「敦盛(あつもり)」の、

『人間(じんかん)五十年 下天のうちに比べれば 夢幻のごとくなり』

・・これも空とも考えられます。

●戦国大名の大内義隆(1507~1551)が家臣の陶晴腎(1521~1522)に襲われて殺された折りの辞世の句

『討つものも 討たるるものも もろともに 如露亦如電(にょろやくにょでん) 応作如是観(おうさぜにょぜかん)』

討つ側(陶側)と討たれる側(義隆ら)も、露が落ちるように、また、稲光が一瞬の閃光とともに消え去るように、変転果てしが無いこの世の万物の理である。それは、仏が種々に実身を変幻し、他の容を示現する作業と同じことであろう。私は、これらの事を、ありのままに観じ、自己を捨て去ろう。
・・これも同じく空です。

龍樹(ナーガールジュナ)の空の理論を、
古代ギリシャ哲学のアリストテレスの形式論理学を超えたという意味で
『超論理学』と呼びます。

こう呼ばれるのに至ったにも、西方の形式論理学と、東方の超論理学が正面対決したエピソードがあります。
それが「ミリンダ王の問い」(中村元、早島鏡正・訳)です。

ミリンダ王は、凄まじい権力者で哲学教養も豊かでな人物で、紀元前160~140年頃にインドへ侵入してパキスタンを首府にインドを統合しました。
その際に、ミリンダ王は、インドの真の知的優越者ナーガセーナ長老に会いました。
ここで形式論理学(ミリンダ王)vs 超論理学(ナーガセーナ)のバトルが行われました。

この議論の最後に、ミリンダ王は「空」を悟ります。

ナーガセーナ「王よ、あなたが車でここまでやってきたのなら、何が車であるか告げてください。軸ですか?車輪ですか?車体ですか?」

ミリンダ王「どれも違う。」

王は、ナーガセーナの問いに全て「否」と答えた。
ではそこに車はないのか、そこに存在する車は何なのか。名前だけのものか。

ミリンダ王「軸に縁って、車体に縁って、「車」という名前が起こるのです」

ナーガセーナ「そうです。王よ。あなたは車を正しく理解されました。私自身も、形に縁って、感受作用に縁って、表象作用に縁って、形成作用に縁って、識別作用に縁って、ナーガセーナという名前が起こるのであります。そこで人格的個体は存在しないのです。」

ミリンダ王は、実念論(realism リアリズム:普遍的に概念が実在している立場)だけでなく、
文字色唯名論(nominalist ノミナリスト:存在するのは個々のものだけ、普遍的なものは便宜上の名前に過ぎないという者)も克服しました。

この「車の譬(たと)え」は、昔から人々に愛好されたストーリーで仏教入門として最良のものです。

このように車を車輪などのいくつかの構成部分に分解して、車という実体はないと観ずる説明を「析空観(しやつくうがん)」と言い小乗仏教の説く空です。
対して大乗仏教では、ものの存在そのものを空であると見なします。
小乗は、空のみを見て不空を見ないから「但空(たんくう)」で、
大乗は、一切の事物を空であると見なしながら、同時に空でない面も見るから「不但空(ふたんくう)」=中道空(ちゅうどくう)なのです。


『ミリンダ王の問い』(Milinda Pañha, ミリンダ・パンハ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%80%E7%8E%8B%E3%81%AE%E5%95%8F%E3%81%84

『ミリンダ王の問い』
http://hishikai.exblog.jp/8109223/


インド文学・数学・仏教

親としてのインド思想

西洋思想への影響の情報集
http://kawauchi.la.coocan.jp/bukyoeikyo.htm
”わが国では江戸時代のベストセラーかつロングセラーであった『塵劫(じんこう)記』(吉田光由著)に初登場している。これは古くインドの仏典にあり、後、中国の『算法統宗』他各名著に記録され、これがわが国に輸入されたのである。一、十、百、千までは一桁の単位で、万以上は四桁ごとの単位である。

万、億、兆、京、垓、杼、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙(こうがしゃ)、阿憎砥(あぞうぎ)、那由化(なゆた)、不可思議、無量大数[無量(1068)と大数(1072)を別にすることもある]。これらの数詞には仏典由来のものが少なくない。

〔使用例〕千載(1047)一遇[各種国語辞典には「千載(千年)に一回しかあえないようなめったにない好機会(chance of a lifetime)」などとしているが、数学では 載年=(1047)年であり、広辞林(三省堂1941版)では千年一遇としていて、千載一遇は載せていない。]

◆小さな数の呼び名

前掲『塵劫記』に、大きな数の呼び名と共に記録されている。このほうは、分が100分の一で、他は一〇分の一単位となっていて、23桁あり、(10-25)になっている。

分、厘、毛、糸、忽、微、繊、沙、塵、埃、渺、漠、模糊(もこ)、逡巡、須庚(しゅゆ)、瞬息、弾指、刹那、六徳、虚、空、清、浄
(→極微→0→涅槃)  (→極微→原子論) 〔使用例〕塵埃とか、繊細な神経、または説明が暖昧模糊としている。
虚であり、空であり、清であり、浄であるのは、仏教の涅槃への段階でもある。また極微から原子論への進展もある。

[参考〕比の表し方の一つである歩合では、"割”の単位が”分”の前にある。打率が三割二分五厘とか金利などがそれである。割(ten percent,10のマイナス2乗)は日本独特のもの。

しょう‐じょう【清浄】シヤウジヤウ 清くてけがれのないこと。「―潔白」 

〔仏〕悪業の過失や煩悩のけがれをはなれていること。「六根―」(広辞苑)

ごく‐み【極微】〔仏〕(梵語 paramanu) それ以上分割できない物質の最小単位。七つの極微で一微塵を構成し、それらが集まって物質が構成されるとする。極微塵。(広辞苑)

ごくみ<極微>は、梵語パラマーヌ「最も微細な粒子」の訳。あらゆる物質の本質的な構成要素で、見ることも触ることもできないものとされる。現在の原子論は「極微」説に由来するといわれる。(岩本裕著日常仏教語 中公新書288)
(…)
宗教集団としてのピタゴラス派はオリエント風の信仰で、霊を善、肉体を悪とし、霊肉二元論として魂の不死と転生を説く。霊魂の浄化をたんなる祭祀や秘儀にだけでなく、道徳的、政治的活動に、さらに知識の獲得に求めるようにした。霊浄化の手段は純粋の知識の獲得(法門無量誓願学)にテオーリア(静観・理論の意味で、仏教の禅定、仏道無上誓願成)に求められた。

輪廻説のような「東洋的で非ギリシア的な思想」(インドからマケドニア、トラキア起源といわれるオルフェウス教を哲学的に発展させたとされる)はやがてプラトンにもみられるギリシア思想の宗教的潮流となっていく。
(オルフェウス教:レナル・ソレル著、脇本由佳訳、白水社「文庫クセジュ」863)

オルフェウス教は、19世紀以降、墓地の発掘の際に「オルフェウスの金板」が幾つか発見され、それによると、紀元前5~4世紀に遡り、アッテカ(アテナイを含む地域)からシチリア島へ、南イタリアからローマへ伝わったことが証明される。紀元前1~2世紀に宇宙と神々の誕生を説明する新しい説が二つ生まれた。「24の叙事詩からなる聖なる言説」とヒエロニュモスとヘラニコスのものといわれる宇宙誕生譚である。ギリシア各地で「オルフェウスの流れ」が不意に出現してから一千年以上もたった紀元5~6世紀にアテナイとアレキサンドレイアの新プラトン派学者たち(シュリアノス、プロクロス、オリュンピオドス、とくにダマスキオス)が、とりわけオルフェウス教の宇宙と神々の誕生譚に関心を抱くようになり、それを「聖なる書」と見なした。彼等はそれを体系的にプラトンと調和させようと努めることになった。プラトンの著作が一種の神学を伝えると確信していたからだとされる。オルフェウス教の宇宙誕生譚がわたしたちに伝えられるのは、それがギリシア神話に関係づけられるからなのである。そして他方では間接的影響が初期キリスト教に確実に及んだ。聖パウロの神論で、人間の魂はオルフェウス教でいう意味でも、さらにはプラトン的意味でも、「神的なもの」ではない、と断言されていた。オルフェウスは新プラトン派の中心的教義を先取りしていたのだが、その教義を後にキリスト教思想が発展させ、完成することになるのだと説いている。

ピタゴラスの宗教上の意見は輪廻転生の説であり、イタリアのクロトーンにおいて道徳的宗教的教団を組織し、厳格な戒律を布き、宗教的改革家として多大の感化を与えた
。(波多野精一著「西洋哲学史要」大日本図書株式会社刊 P34)

釈迦と同時代であり、関係の深さを示す次のような伝説が残っている。
ピタゴラスはシャカと会見し、人間の転生について意見が一致したというギリシアの伝説である。史実は別にして、それほど関係が深かったことに驚いた。

しゃか‐むに【釈迦牟尼】(梵語 ?akyamuni 「牟尼」は聖者の意) 仏教の開祖。その生没年代は、前五六六~四八六年、前四六三~三八三年など諸説がある。インドのヒマラヤ南麓のカピラ城の浄飯王(ジヨウボンノウ)の子。母はマーヤー(摩耶マヤ)。姓はゴータマ(瞿曇クドン)、名はシッダールタ(悉達多)。生老病死の四苦を脱するために、二九歳の時、宮殿を逃れて苦行、三五歳の時、ブッダガヤーの菩提樹下に悟りを得た。その後、マガダ・コーサラなどで法を説き、八○歳でクシナガラに入滅。シャーキヤ‐ムニ。釈尊。釈迦牟尼仏。(広辞苑)

ピタゴラス【Pythagoras】ギリシアの哲学者・数学者・宗教家。サモスに生れ、南イタリアで教団を組織、霊魂の救いを目的とする新宗教を説き、宇宙の調和の原理を数とそれの比例とした。(前570頃 ―)

こんな伝説があるくらいで、仏教思想の影響が大きいと思われ、ギリシア哲学の「アトム」の思想は「極微」によるとされる。(日常仏教語 岩本裕著 中公新書)
(…)
アレクサンドロス大王東征によるヘレニズムと仏教の融合

   (アレクサンドロス大王と東西文明の交流展による)

アレクサンドロス大王の東征の後、中央アジア、インド亜大陸では、クシャーン朝下のガンダーラにおいてグレコ・バクトリア・ローマ・インド・イラン式のガンダーラ仏教美術が誕生した。このガンダーラ美術を再読すると、次のように解することができると説いている。神ではないが、「霊魂の導師的存在」であるギリシア神話の中の海獣(ケートス、トリトン)を重視し、それらが仏教の到彼岸=涅槃=極楽往生のエスコートとして用いられ、やがてその役割が釈迦牟尼仏陀に取って代わられ、仏像が創造されたという新しい見解を提示した。また、ディオニュソス神に関係するエロティックな図像も積極的に用いたが、これらが通説とは異なり、到彼岸=涅槃=極楽往生の至福悦楽を具体的に再現している聖画像であったからである。この交流展では、ギリシアの諸神がガンダーラにおいて仏教や天部の直接モデルとなることを図像学的に示していた。例えば「花綱を担うエロスの浮き彫り」(クシャーン朝、2-3世紀、パキスタン、スワート出土)では、花綱はギリシア起源で死者の霊魂を無事にあの世に導くものと考えられ、エロス(アモール)と共にローマ時代の石棺装飾に多用された。これが仏教美術に採り入れられ、ストゥーパの仏伝図を荘厳していた例などが挙げられる。
さらにギリシア神の「ヘルメス」は「大黒天」となって日本に渡り、また「ヘルメス」は「毘沙門天」となって伝わった。「北風ボレアス」は「風神」となり、「ゼウス+雷てい」は「帝釈天」に、「ヘラクレス+棍棒」は「執金剛」「金剛杵」そして「仁王」となり、「テュケ女神」は「訶梨帝母」となり中央アジア原産の石榴を伴って「鬼子母神」となった。「海獣ケートス」はドラゴンに姿を変え、そして龍となって仏教を守護する。また、菩薩像の首飾りによく見られる像であるという。仏塔基壇などを支える「アトラス神」はギリシア神話で天空を支える巨人神であり、肩でストゥーパを支える。ガンダーラで仏教彫刻に採り入れられたギリシア神は、ヘルメス(メルクリウス神で商業の神、体育・教育施設の守護神)、ヘラクレス神(体育・教育施設の守護神)、ディオニュソス神(バッカス神)、ボレアス神(北風神)、テュケ女神(豊穣と都市の守護神)、ニケ神(勝利の神で、ナイキの語源)、ヘパイストウス神(造化・鍛冶の神)、アトラス神(天空を支える巨人神)、ポセイドン神、ニュクス=ノクス女神(夜の神)、エロスなどが上げられている。このようにギリシア神と仏教の融合は極めて深いものがあったのである。

拝火教の影響─弥勒菩薩と東大寺お水取りの火の行法「だったん」

(…)
バクトリア王国 ミリンダ王の問い

アショカ大王の死後統一力を失ったマウリア王朝。 そのため、西北インドはギリシャ王の支配するところとなった。紀元前の2世紀中頃、現在のアフガニスタンのカーブル近郊で生まれたギリシア人のミリンダ(メナンドロス)王は、紀元前2世紀の後半、この西北インドを支配した。王であるとともに偉大な哲人であった彼は次々とインドの哲学者を論破していく。仏教の思想を論破するため当時の仏教教団の指導者の一人であったナーガセーナ長老と対論を始めた。ナーガセーナ長老はインドの仏教界の中で唯一ミリンダ王と対論することが可能であるだろうと思われるインド随一の哲人であった。

あなたは誰か――ミリンダ王の問い (隔月誌『Paramahamsa』27号より)

今よりおよそ二千年以上も昔のこと、古代ギリシアの人々は地中海世界を征服し、その勢いはインドの西北、現在のアフガニスタン、パキスタン辺りにまで及んでいた。そこにギリシア人たちは王国を建て、中でも繁栄を極めたバクトリア王国は、インド内部にまでその版図を広げた。その最盛期に現れたのがメナンドロス王である。メナンドロス――インド名ミリンダ――は実在した王であり、また仏教には、彼に帰せられる『ミリンダ王の問い』なる準聖典が伝えられている。ギリシア人としての哲学的素養からか、ミリンダ王は征服地であるインドの哲人を訪れたいと考えたようである。当地の仏教サンガを率いていた長老ナーガセーナのもとを訪ね、挨拶を交わし、型通り相手の名を問うところから彼の問いは始まる。
「あなたは名を何と言われますか」
「大王よ、私はナーガセーナとして知られています。だがこの『ナーガセーナ』という者、単なる呼び名であり、標識、記号、ただの言葉に過ぎませぬ。人格の実体などは存在しないのです」
王は、これは異なこと、と、そこに居合わせた人々に呼びかけた。
「皆々方、私の言うことを聞かれい。これなる人物ナーガセーナは、ここに人格の実体がないとおっしゃる。さてこんなことを認めてもよいものだろうか」
そしてさらに長老に問うた。
「もしあなたの言われる通りなら、あなたに布施をする者、それを受けて修行する者などはいったい何者でしょうか。戒を破り罰を受ける者とは誰なるや。言われる通りなら、善も悪も、それを行う者も行わせる者もないし、あなたを殺す者にも罪なしとはなりませぬか。あなたは『私はナーガセーナと知られている』と言われるが、その『ナーガセーナ』とはいったい何ですか。頭髪か、肌か、爪か、歯か」
「そうではありません」
「では肉か筋か骨か、腎臓か心臓かそれとも脳髄か」
「そうではありません」
「では肉体、感覚、思い、性格、意識のいずれかですか」
「違います」
「ならば、そういったものとは別に『ナーガセーナ』があるのですか」
「そうではありません」
「何と!私はあなたに問いを重ねながらも、『ナーガセーナ』が何なのか一向に合点まいりませぬ。それは単なる名称に尽きますのか。とはいえ実体なくして名称のみあるはずもない。あなたの言われることは無茶苦茶ですぞ。『ナーガセーナは存在せず』などとは」
長老ナーガセーナはこれに対しこう問い返した。
「大王よ、あなたは今日ここに歩いてこられましたか、それとも車に乗られてか」
「車に乗ってです」
「さらば、あなたは車の何たるかをご存知であろう。私にそれが何かを教えて下さい。それは轅ですか」
「いえ、そうではありませぬ」
「車軸が車だろうか。それとも車輪か、車室か、車台がそれか」
「そうではありませぬ」
「では、軛か綱か鞭か」
「違います」
「ならばそれらを寄せ集めれば車になりますか」
「そういうわけでもありませぬ」
「となれば、それ以外に車なるものがありますか」
「いや、さにあらず」
「大王よ、私は車が何なのか一向に合点できませぬ。それは名称に過ぎぬのか。あなたの言われることは無茶苦茶ですぞ。さてや皆の衆、このような嘘偽りを果たして認めてもよいものだろうか」
この問答を聞くや、ギリシア人たちは長老に歓呼し、王を励まして言った。
「さあ大王様、精一杯弁論して下さいよ!」
ミリンダ王は長老ナーガセーナにこう抗弁した。
「私は嘘偽りなど申してはおりませぬ。『車』というは、轅・車軸・車輪・車室・車台に依存し、呼び名・標識・記号として成り立つものにござる」
ナーガセーナ長老、ここでわが意得たりと、こう言った。
「よくぞ言われた、大王よ。あなたは車の何たるかが分かっておられる。それとまるで同じですぞ。私ナーガセーナとは、頭髪・肌・爪、骨に肉、心臓に脳髄、感覚、思いなど、もろもろに条件的に依存し、呼び名・標識・記号として成り立つ一方、人格の実体ではござりませぬ」
これにはさすがの大王も歓びの声を上げた。
「驚嘆に堪えません、ナーガセーナ殿!まこと鮮やかな問答であります。尊者ブッダがここにおられたなら、さぞお褒めになったでありましょう。ナーガセーナ殿、お見事」
王と長老の問答はこうして始められた。

賢者の論と王者の論 

以下は有名な「賢者の論」と「王者の論」について語ったくだりである。
ミリンダ王 「尊者ナーガセーナよ。私とともにまた対論しましょう。」
ナーガセーナ長老 「大王よ。もしもあなたが賢者の論をもって対論なさるのであるならば、私はあなたと対論するでしょう。しかし、大王よ。もしもあなたが王者の論をもって対論なさるのであるならば私はあなたと対論しないでしょう。」
ミリンダ王 「尊者ナーガセーナよ。賢者はどのようにして対論するのですか。」
ナーガセーナ長老 「大王よ。賢者の対論においては、解明がなされ、解説がなされ、批判がなされ、修正がなされ、区別がなされ、細かな区別がなされるけれども、賢者はそれによって怒ることがありません。大王よ。賢者は実にこのように対論するのです。」
ミリンダ王 「尊者よ。また王者はどのようにして対論するのですか。」
ナーガセーナ長老 「大王よ。しかるに実に諸々の王者は対論において1つの事のみを主張する。もしそのことに従わないものがあるならば、『この者に罰を加えよ』と言って、そのものに対する処罰を命令する。大王よ。実に諸々の王者はこのように対論するのです。」
ミリンダ王 「尊者よ。私は賢者の論をもって対論しましょう。王者の論をもって対論しますまい。」

ここにおいて長時間にもわたる「ギリシア思想」対「仏教思想」の問答が開始されたのであった。
①時間の起源とは?
ミリンダ王「過去の時間の起源は何ですか。未来の時間の起源は何ですか。現在の時間の起源は何ですか」
ナーガセーナ長老「過去の時間と未来の時間と現在の時間の起源は、
無明(一切の煩悩の根源)を表している。無明(一切の煩悩の根源)を縁として行(形成力)が生まれ、
形成力を縁として識(認識作用)が生じ、
認識作用を縁として名色(心・精神の有する物)が生じ、
名色を縁として六処(認識領域)が生じ、
認識領域を縁として触(感覚器官による知覚)が生じ、
触を縁として受(感受)が生じ、
感受を縁として愛(迷妄の執念)が生じ、
愛(迷妄の執念)を縁として取(執着)が生じ
執着を縁として有(生存)が生じ、生存を縁として生(誕生)があり、
誕生を縁として苦(苦しみ)が生じる。
このようにしてこのすべての時間の始源(一切の煩悩の根源)は認識することができない。」
ミリンダ王「尊者ナーガセーナよ、あなたは『始源は認識することができない』と言われましたが、その始源とは何ですか」
ナーガセーナ長老「大王よ、過去の時間がその始源です」
ミリンダ王「尊者ナーガセーナよ、あなたは『始源は認識することができない』と言われましたが、尊者よ、始源はすべて認識できないのですか」
ナーガセーナ長老「大王よ、あるものは認識され、あるものは認識されません」
ミリンダ王「尊者よ、それはいかなるものが認識され、いかなるものが認識されないのですか」
ナーガセーナ長老「大王よ、それよりも以前には全然いかようにも無明(煩悩の根源)が存在しなかったというこの始源は認識されません。しかし以前には存在しなくてもいま生じ、存在してふたたび滅びるというもののこの始源は認識されます」
②輪廻とはなにか?
ミリンダ王「尊者ナーガセナよ、あなたが輪廻と言っているところの、その輪廻とは何ですか」
ナーガセーナ長老「大王よ、この世で生まれたものはこの世で死に、この世で死んだものはあの世に生まれる。あの世で生まれたものはあの世で死に、あの世で死んだものはさらに他所に生まれる。大王よ、このようなものが輪廻です」(77項)
ミリンダ王「尊者ナーガセーナよ、死んでからのち、次の世に生を結ばないものがいますか」
ナーガセーナ長老「ある者は次の世に生を結びますが、ある人は次の世に生を結びません」
ミリンダ王「誰が次の世に生を結び、また誰が次の世に生を結ばないのですか」
ナーガセーナ長老「大王よ、煩悩のある者は次の世に生を結びますが、煩悩のない者は次の世に生を結びません」
ミリンダ王「それでは尊者よ、あなたは次の世に生を結びますか」
ナーガセーナ長老「大王よ、もしも私が執着を持っているなら、次の世に生を結ぶでしょう。またもし執着を持っていなければ、次の世に生を結ばないでしょう」(32項)

長時間にわたりナーガセーナ長老と対論を交わしたミリンダ王は、その後仏教徒になった。

参考書籍:清水書院 森祖道・浪花宣明著「ミリンダ王~仏教に帰依したギリシア人」
       東京書籍 中村元著「仏教経典散策」
       角川ソフィア文庫 増谷文雄・梅原猛著「仏教の思想 智慧と慈悲」
ギリシア科学のベースとなる分析・総合に、仏典(倶舎論)に見られるような五位七十五法表の分析や解脱の考え方や極微の考えが影響しているのではないかと考えられる(私注)。

アレクサンドロス東征以後で、インド王とギリシア王の交流があったことを示す話が伝えられている。このころ、インド王がギリシアにイチジクと酒と哲学者を注文した際、アンティオコス王は、「イチジクと酒はお送りするが、学者の売買は禁止されていて、できない」と返書したという。

くしゃ‐ろん【倶舎論】(梵語 Abhidharmako?a-bhasya) 三○巻。世親の著。玄奘(ゲンジヨウ)の訳。詳しくは阿毘達磨倶舎論。小乗仏教の教理の集大成である「大毘婆沙論」の綱要書。一切諸法を五位七十五法に分け、迷いと悟りについて詳細に論ずる。仏教の基礎的教学書。倶舎。(広辞苑)

せしん【世親】(梵語 Vasubandhu  旧訳は天親テンジン) 西紀320-400年頃、いまのアフガニスタンのペシヤワル(ガンダーラ)に生まれた北西インドの僧。初め小乗仏教を学び、後に兄無着(ムジヤク)に教化されて大乗に入った。兄と共に唱えた唯識仏教は中観学派と並んでインド大乗仏教の二大系統をなした。著「倶舎論」「唯識二十論」「唯識三十頌」「浄土論」など。世親菩薩。ヴァスバンドゥ。(広辞苑)

ガンダーラ【Gandh ra・健駄羅】パキスタン北西部、ペシャーワル地方の古名。紀元前後より数世紀間にわたって、この地を中心にギリシア美術の影響を受けた仏教芸術が発達。ケンダラ。

「ゼロの発見」(少なくとも前2世紀という)に始まるインド数学の発展は、おそらく、クシャン朝からグプタ朝へと成熟してきたものだろう。その時期は、大乗仏教哲学の形成期でもある。

ゼロの記号を数の記号中に人類が用い始めるまで千年を費やしたという。(カヂヨリ著「数学史講義」一戸直蔵訳 大鐙閣刊 P4)

だいじょう‐ぶっきょう【大乗仏教】‥キヤウ 紀元前後頃からインドに起った改革派の仏教。従来の部派仏教が出家者中心・自利中心であったのを小乗仏教として批判し、それに対し、自分たちを菩薩と呼んで在家者を重視し、利他中心の立場をとった。中国・日本・チベットなどの北方仏教はいずれも大乗仏教の流れを受けている。(広辞苑)

インド哲学の特質について、ホルステッドのように、「空虚な無に対して、単に位置・名称・記号のみでなく、有力な力を与えたのは、その母胎たるインド民族の特質による。それは涅槃を能動力につくりかえたのに似る」などの説もある。インドのゼロを涅槃に結びつけるなら、2世紀からの中国数学における負数を陰陽に結びつ:けることは誰でも思いつくかも知れない。

ギリシア数学が「俗界」を否定し、純粋性を求めたことは、仏教の出家修行の考え方の影響ではないか(私注)。

ギリシア懐疑派の始祖、ピロン(前360-270ごろ)はペロポネソス半島のエリス市の人で、アレクサンドロス大王の軍に従って東方へゆき、インドで行者の苦行をみたという。帰国後エリスで学校を開いた。彼は生の終局目標を心の平静(アタラキシア)におき、このためすべての判断をやめること「判断中止」(Pyrrhonism)を説いた。これは仏教の「無分別」と酷似する。(玉井茂著「西洋哲学史 上」青木書房 P145)

あらや‐しき【阿頼耶識】〔仏〕(梵語 alaya-vijnana) 人間存在の根底をなす意識の流れ。経験を蓄積して個性を形成し、またすべての心的活動のよりどころとなる。唯識派で説く。八識の中の第八識。旧訳(クヤク)では阿梨耶識。略して阿頼耶・頼耶・阿梨耶・梨耶とも。

*インド科学の歴史には、グプタの後の時代に、現在まだ知られていないギャップがあるが、これは遠からず埋められるものと期待される。それは大部分インド半島の発展だったように思われる。平野は蛮族の侵入にあまりにもさらされていて、その侵入は、同じ時期にヨーロッパをも侵し、そこの概してギリシア、ペルシャ型の文化を破壊し、11世紀のアフガニスタンのガズニー朝のマハムード王の略奪で絶頂に達した。しかし、デカン高原と、そのさらに南方には、諸文化の一大会合地があったように思われる。すなわち、北方と海上からはギリシア―ローマ文化が、やはり海上からアラブとペルシャの文化が、また陸路による仏教の巡礼と海路による商人とによって中国文化が運ばれてきた。これらの刺激を得た以上当然ながら、繁栄と文化的進歩の諸条件の下にあった土着のインド人の才能は、知識の総合を生みだし、今度はそれが初期のイスラム科学を鼓舞することができた。科学への主な寄与は、数学と化学にあったように思われる。数学上の観念は、その形からみて、またその誤りの点ではおそらくなおさら、初期の中国のものを手本にした証拠がみられるが、インド人はパビロニア人の概念をも発展させたらしく思われる。(バナール著「歴史における科学 1 」 P103)

8世紀以降、ギリシアがイスラムと交代する。ギリシア数学を継承したのは、イスラム世界であった。ギリシアが現世から遮断された純粋性の中に体系を見出したのと反対に、イスラム人は課題の密着することで問題解決の技術に数学を見出した。特にインドの記数法とも結びついて、数量的処理が発達した。ピタゴラス的哲学でなく、ありのままの量として数を処理することになった。この思弁的でない「数概念」は成熟していった。負数や無理数に「数」としての権利を獲得させたものは、哲学や体系ではなく、この日常性であったという。

これは、インドでの出家から在家の日常への大乗仏教の広がりが影響していたのではなかろうかと思える(私注)。
(…)
仏教論理学と認識論  (三枝充悳著 「仏教入門」 岩波新書 p201-206) 

インドでは仏教誕生以前から対論や論争が実にさかんであり、それが論理学の形成を促した。このことは古代ギリシアと類似し、いわゆる論理学が組織的に研究されてその体系を確立したのは、人類史上ギリシアとインドに限られるといってよい。

その論理学を、仏教では「因(理由命題)にもとづく学」(へートゥヴィトヤー、因明いんみょう)と、インド哲学ではニヤーヤ(正理しょうり)と呼ぶ。
仏教論理学の歴史も古い。二世紀ごろの成立と推定される医学書の『チャラカ本集』、漢訳の残る『方便心論』(ナーガールジュナ著述説もある)、ナーガールジュナ著の『廻諍論えじようろん』といったテクストに、論理学への発言が伝えられ、それらに用いられる諸術語は、後代の仏教論理学にもインド論理学のニヤーヤ学派にも、ほぼそのまま共有される。

仏教論理学は精密な理論体系を誇る唯識説において磨かれ、そのひとりディグナーガ(陣那)が、知識論―認識論とともに樹立する。ディグナーガには『プラマーナ・サムッチャヤ』(知識集成論、『集量論じゅりょうろん』と訳されるチベット訳のみ)の主著のほかに、漢訳の『観所縁論』『掌中論ようちゅうろん』『因明正理門論いんみょうしょうりもんろん』などがある。
ディグナーガは、正しい認識(プラマーナ、量という)の根拠として、直接知覚(プラナィヤクシャ、現量)と推論(アヌマーナ、比量)との二種のみを承認し、直接知覚は分別(判断に相当しよう)を離れていて無内容であるが、それに推論が加わることによって具体的な認識として成立するという(このあたりはカントの感性論と分析論とにおける認識の成立と酷似する)。このように推論が効果(アルタクリヤー)を有することは、日常の経験から確認される(この点でアプリオリ…先天的、またトランスツェンデンタール=先験的〔超越論的〕を説くカントから離れる。ただしカントも弁証論では、対象との接触を欠いた理性は仮象を生むという)。
さらにディグナーガは、
推論を「自分のため(スヴァ・アルタ)の推論」と
「他人のため(パラ.アルタ)の推論」とに二分して、その認識論を進め、以後この二種の推論を論証に用いつつ、かれの最大の功績である論理学の確立に向かう(この「他人のための推論」を弁証論と名づける現在の専門家もいるが、それは少なくともカントのいうディアレクテイクとはかなり異なる)。かれはまた、認識の対象を個別(スヴア・ラクシャナ、自相)と普遍(サーマーニャ・ラクシヤナ、共相ぐうそう)とに分け、認識にさいしては両者がかかわると説く。ただし普遍は一種の観念的な存在(分別の所産)にすぎず、独立の個別がただ一回かぎりの刹那ごとに直接の認識の対象となるのであり、存在ではなくて、「他者の排除」を内容とすることを主張する。この排除(アポーハ、離)の話とその応用は、その後の仏教をふくむインド哲学の各学派に重用され、それぞれの認識論のキーワードとして論究される(それはスピノザの説く「否定」がヘーゲルにおいて最重要視された軌跡と類似する)。
ひとこと付加すると、認識の根拠について、上述の直接知覚と推論のほかに、古い資料(たとえぱ『廻諍論えじようろん』など)は「聖典のことば」(アーガマ、聖教量しょうぎょうりょう)と比喩(ウバマーナ、讐喩量)とを加えて四つ(四量)とする。しかし、験伽行派唯識(たとえば『解深密経』、ステイラマティの『唯識三十頒への註釈』)では比喩を除いて三つとし、またディグナーガは「聖典のことば」も推論にふくめて、上述のように二つとする。それは認識の対象が二種(個別と普遍)であることにもとづく。この二根拠(二量)説は、かれ以後の論理学に携わる人々(ダルマキールテイはもとより、バヴイヤなども)に伝えられ、守られた。

ディグナーガの論理学は、推論に関して、理由命題(ヘートゥ、因という)の具えるべき条件を三種として、これを「因の三相」という。その名称のみあげると、遍是宗法性へんぜしゅうほっしよう、同品定有性どうぽんじよううしょう、異品遍無性いほんへんむしょう であり、主として周延しゅうえん関係をいう。また理由命題のあり得る条件を九種あげて、これを九句因(やはり周延に関係して、九種のうち二種のみが正しい因とする)と称する。因の三相はアサンガがすでに説いているが、九句図説はディグナーガの新説とされる。とりわけかれの名は三支作法さんしさほう と呼ばれる新しい推論式の確立によって、インド全体に著名となり、これは新因明しんいんみょう と名づけられる。それはインド論理学(インド正統哲学にあり、またその諸派が採用)の伝統が五つの命題を掲げていた(五分作法ごぷんさほう という)のを、三つの命題(三支)に改革し、かれ以後はインド論理学のすべてに普及した。三支は、宗しゅう(プラナィシュニャー、主張命題。論証されるべきもの)、因いん(へートゥ、理由命題。論証の根拠)、喩ゆ(ドゥリシターンタ、実例。同喩と異喩との二つ)からなる。例はつぎのとおり。

宗……声(音)は無常である

因……(声は)つくられたものであるから

喩……すべてつくられたものは無常である、たえば瓶のように(同喩)。すべて常住のものはつくられたのではない性質をもつ、たとえば虚空のように(異喩)

新因明も因明も論証につねに喩を立てるという特徴があり、その喩は経験にもとづくと考えてよく、その全体は帰納的論理とみなされよう。かれの論理学には、年代不明のシャンカラ・スヴァーミン(商掲羅生しょうからしゅ、天主てんしゅ)の著わした『因明入正理論いんみようにっしようりろん』(玄装訳、サンスクリット本もある)という入門書がある。ディグナーガの論理学は、七世紀のダルマキールティ(法称ほつしよう)によって完成をみる。ダルマキールティの七種の著述がチベットに伝えられるなかで、(1)『正理しょうり一滴論』(『ニヤーヤ・ビンドゥ』、論理学小論)、(2)『量決択りょうけっちゃく』(『プラマーナ・ヴィニシチャヤ』、知識の決定)、(3)『量評釈』(プラマーナ・ヴァールヅティカ、知識批判書)の三部が主著とされ、それぞれ全体または一部にサンスクリット本が発見公刊され、チベット訳は完備する。各本とも諸註釈書があって、同時代にも後代にもいかによく読まれたかが知られる。
ダルマキールティは唯識説によりながら、かなり軽量部きょうりょうぶ に近く、たとえば外界を八識の所産に帰するのではなく、外界の存在は推理されるという。ただし有部うぶ のような外界の素朴実在論的ではなく、外界は推理されるのみと限定する。さらにかれは軽量部の刹那減の説を導入して、対象は刹那減であることを論証し、その意味においては非連続であり、同時にその流れは意識の流れと相応して連続を構想すると主張する。また推論の効果(アルタクリヤー)を重視して、認識の現実性は対象との斉合性であるともいう。
ダルマキールティは認識論にしても、論理学にしても、ほぼすべての問題を網羅し徹底的に論究した。ダルマキールティの全貌解明が現在進められているなかで、かれは仏教論理学を演繹えんえき的ないわゆる三段論法に一新した、と評する専門家もいる。かれの何人かの弟子のうち、デーヴェーンドラブッディなどが知られる。掉尾とうび を飾るかのように、モークシャーカラグプタ(十一―十二世紀)が出て、名著『タルカバーシャー』を著わした。タルカは論理またとくに推論、バーシャーはことばを意味する。この書は、ダルマキールティ説とそれ以後の展開とを、簡潔で内容豊かに紹介し解説して、仏教論理学の最もすぐれた綱要書とされる。
このような諸学問はその後も絶えることなく継承されたが、すでに信者の数も減少し、さらにイスラーム軍による寺院の破壊と出家僧の殺害にみまわれて、その拠点を失い、仏教はインドに衰滅を迎える。

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デカルト【Ren Descartes】フランスの哲学者。近世哲学の祖、解析幾何学の創始者。「明晰判明」を真理の基準とする方法により一切を方法的に疑ったのち、疑いえぬ真理の第一原理として「考える自己」を見いだし、そこから「思惟する精神」と「延長ある物体」とを相互に独立な実体とする二元論の哲学体系を樹立。著「方法序説」「第一哲学についての省察」「哲学原理」「情念論」など。(1596 1650)

スピノザ【Baruch de Spinoza】オランダのユダヤ系哲学者。デカルトの方法をさらに徹底させ純幾何学形式によってその体系を組み上げた。永遠で絶対な自己原因としての神が唯一の実体であり、唯一の存在である(一元論)。すなわち、神即自然(汎神論)。この神の属性中、吾人の認識し得るのは思惟(意識)と延長(拡がり)との二つだけで、世界の万物はこの二属性の諸様態にほかならない。この様態の世界では一切は厳密な必然性に従って生起し、同じく思惟・延長の二様態の合一体としての人間にもまた自由意志というものはあり得ない(決定論)。真の自由は知的観照を通じてこの必然性を「永遠の相の下に」洞察することにあり、これが神に対する知的愛であり、最高の善であるとする。著「エチカ」「知性改善論」「神学政治論」など。(1632 1677)    (仏教入門203頁)

ライプニッツのモナッドと仏教
ライプニッツ【Gottfried Wilhelm Leibniz】ドイツの数学者・哲学者・神学者。微積分学の形成者。モナド論ないし予定調和の説によって、哲学上・神学上の対立的見解の調停を試みた。今日の記号論理学の萌芽も示す。近代的アカデミー(学士院)の普及に尽力。主著「形而上学叙説」「単子論」「弁神論」「人間悟性新論」。(1646 1716)  (仏教入門182頁)

カントと仏教 (仏教入門202頁)
カント【Immanuel Kant】ドイツの哲学者。ケーニヒスベルク大学教授。科学的認識の成立根拠を吟味し、認識は対象の模写ではなく主観(意識一般)が感覚の所与を秩序づけることによって成立すること(コペルニクス的転回)を主張、超経験的なもの(物自体)は科学的認識の対象ではなく、信仰の対象であるとし、伝統的形而上学を否定し、形而上学を批判的基礎づけの学とした。同様に道徳や美的判断の根拠を明らかにし、文化の諸領域を基礎づけた。著に「純粋理性批判」「実践理性批判」「道徳形而上学原論」「判断力批判」など。(1724 1804)

ヘーゲル (仏教入門203頁)
ヘーゲル【Georg Wilhelm Friedrich Hegel】ドイツ古典哲学の代表者。彼の哲学は自然・歴史・精神の全世界を不断の運動・変化・発展の過程として、その内的連関を明らかにしようとした巨大な試みであり、これを絶対的イデー(宇宙的理性または神)の弁証法的発展として把握した(絶対的観念論)。その弁証法はマルクスにより史的唯物論に基づく歴史の論理として批判的に継承され、キルケゴールやフォイエルバッハ、さらにはサルトルの実存主義などにも影響を与えた。主著「精神現象学」「論理学」「エンチクロペディー」「法律哲学綱要」のほか、死後出版された哲学史・歴史哲学・美学・宗教哲学などの講義がある。(1770 1831)

ヘーゲル‐がくは【―学派】(Hegelianer ドイツ) ヘーゲルの哲学を種々の方向へ発展させた人々。ヘーゲルの死後、学派は、 宗教的には正統派的、哲学的には思弁的、政治的には
保守的な右派(ガプラー・ヴェルダー・グッシェルら)、 
無神論的・唯物論的・急進的な左派または青年ヘーゲル学派(シュトラウス・フォイエルバッハ・シュティルナー・マルクスら)、 
中間派(ローゼンクランツ W.Rosenkrantz 1821 1874・エルトマン J.E.Erdmann 1805 1892 ら)の三傾向へ分れ、一九世紀末にようやく萎靡(イビ)したが、二○世紀になって各国のヘーゲル学者を一括して新ヘーゲル学派と呼ぶことがある。

ショーペンハウエルと仏教
ショーペンハウアー【Arthur Schopenhauer】ドイツの哲学者。カントの認識論を現象主義的に徹底させて、世界を表象とみなし、その根本原理は生への盲目的意志であり、人間生活においては意志は絶えず他の意志によって阻まれ、生は同時に苦を意味し、この苦を免れるには意志の滅却・諦観以外にないと説いた。主著「意志と表象としての世界」。(1788 1860)

フォイエルバッハ【Feuerbach】 (Paul Johann Anselm von ~) ドイツの刑法学者。犯罪から遠ざけるために心理強制説を主張し、罪刑法定主義を基礎づけ、近代刑法学の父といわれる。著「現行ドイツ普通刑法教科書」。(1775 1833) (Ludwig ~) ドイツの唯物論哲学者。 Ⅰの子。ヘーゲル哲学を批判し、思弁哲学は神学であり神学の秘密は人間学であるという立場から宗教を批判、マルクス・エンゲルスに多大の影響を与えた。著「キリスト教の本質」など。(1804 1872)

キルケゴールの「主体性が心理」と仏教 (仏教入門182頁)
キルケゴール【S ren Kierkegaard】デンマークの思想家。合理主義的なヘーゲル的弁証法に反対し、人生の最深の意味を世界と神、現実と理想、信と知との絶対的対立のうちに見、個的実存を重視、後の実存哲学と弁証法神学とに大きな影響を与えた。著「あれか、これか」「不安の概念」「死に至る病」など。(1813 1855)

ニーチェ【Friedrich Wilhelm Nietzsche】ドイツの哲学者。実存主義の先駆者。キリスト教倫理思想を弱者の奴隷道徳とし、強者の自律的道徳を説き、この道徳の人を「超人」と称し、これを生の根源にある権力意志の権化と見た。また伝統的形而上学を幻の背後世界として否定し、神の死を告げた。著「ツァラトゥストラはかく語りき」「善悪の彼岸」「権力への意志」など。(1844 1900)

(…)
「創世直後、十の三十二乗分の一(10-32)秒の間に、宇宙が十の百乗倍(10100)に一気に膨張した時期があったという理論です。計算によると、この過程で〈子の宇宙〉〈孫の字笛〉という具合に、次々と宇宙が生まれる。互いに行き来はできませんが、理論的には我々のいるこの宇宙以外にも、宇宙は無数にあることになる。最近ではこういう考え方を<ユニバース>になぞらえて、〈マルチバース〉の理論と呼んでいます」

―宇宙がいったん誕生した後の筋道が見えてきたとすると、今度は「宇宙の始まり」そのものがナゾになってきますね。

「そこが長い間、ビッグバン宇宙論の問題点でした。時間をさかのぽっていくと宇宙が膨張し始めるポイントがある。そこでは宇宙の物質が一点に集まって密度が無限大になる。そこは現在の物理理論が適用できない〈特異点〉と呼ばれます。説明不能なら、宇宙を生み出したのは<神>と言うに等しい。だから、宇宙論には宇宙をスタートさせた<神の最初の一撃>という言葉もある。言ってみれば、この世界には神様の入ってくる<穴>が開いていたわけですね」

「ところが、今ではこの問題を解決してしまう理論さえ出ている。イギリスの宇宙物理学者、スティーブン・ホーキングなどが唱える説がそれです。彼によれば、創世の時の宇宙は我々の生きている時間とは違う〈虚時間〉の中で始まったことになる。この辺の話になると、皆さんキョトンとするんですけどね。要するに、虚数の時間というものを考えると、そこには始まりという点がない。そこからある時、今のような時空が始まった。

--まるで禅問答のような話ですね。

「この理論では、特異点なしで宇宙が始まることができる。いわば、神様が入ってくる穴をふさいでしまったんですね。もちろん、そういう物理法則がなぜあるのかという話になれば、これは説明できないと言うしかありませんが」



(…)


(…)



「ミリンダ王の問い」『バラモン教典,原始仏典』 長尾雅人編、大地原豊訳、中央公論社〈世界の名著 1〉、1969年5月30日。ISBN 978-4-12-400081-8。

「ミリンダ王の問い」『バラモン教典・原始仏典』 長尾雅人編、大地原豊訳、中央公論社〈中公バックス 世界の名著 1〉、1979年2月20日。ISBN 978-4-12-400611-7。

『ミリンダ王の問い インドとギリシアの対決』第1巻、中村元・早島鏡正訳、平凡社〈平凡社東洋文庫 7〉、1963年11月。ISBN 4-582-80007-6。

『ミリンダ王の問い インドとギリシアの対決』第1巻、中村元・早島鏡正訳、平凡社〈ワイド版東洋文庫 7〉、2003年5月。ISBN 4-256-80007-7。

『ミリンダ王の問い インドとギリシアの対決』第2巻、中村元・早島鏡正訳、平凡社〈平凡社東洋文庫 15〉、1964年3月。ISBN 4-582-80015-7。

『ミリンダ王の問い インドとギリシアの対決』第2巻、中村元・早島鏡正訳、平凡社〈ワイド版東洋文庫 15〉、2003年5月。ISBN 4-256-80015-8。

『ミリンダ王の問い インドとギリシアの対決』第3巻、中村元・早島鏡正訳、平凡社〈平凡社東洋文庫 28〉、1964年10月。ISBN 4-582-80028-9。

『ミリンダ王の問い インドとギリシアの対決』第3巻、中村元・早島鏡正訳、平凡社〈ワイド版東洋文庫 28〉、2003年5月。ISBN 4-256-80028-X。

「弥蘭陀王問経」『国訳大蔵経 経部』第12巻、国民文庫刊行会編、山上曹源訳、国民文庫刊行会、1917-1918。



空(くう)とミリンダ王の問い
http://ameblo.jp/healing-quigon/entry-12105936306.html
”では空を理解するための最適なテキストはなんでしょう?

それはズバリ「ミリンダ王の問い」です。このテクストは初期仏典の一つになります。ミリンダ王とは古代のギリシャの哲学王で、古代ギリシャ人らしく論争が好きです。反対にその相手役のナーガセーナ長老はインド人です。ミリンダ王はギリシャの伝統の実在論に立ち、ナーガセーナ長老はアビダルマ派を代表する非実在論者になります。実在論とは、この場合肉体とは別の魂の実在を認めることであり、反対に非実在論は魂の実在を否定する立場です

空の極意を現したものを以下引用します


「大王どの、もしやあなたが車でおいででしたのなら、それがしに車(のなんたるか)を述べてくださいませ。大王どの、轅がくるまでしょうか」
「いや、先生、そうではありませぬ」
「車軸が…車輪が…車室が…車台が…軛が…軛綱が…鞭打ち棒が、車ですか」
「いや先生、そうではありませぬ」
「そうではなくてと、では大王どの、轅・車軸・車輪・車室・車台・轅・轅綱・鞭打ち棒とは別に、車があるというわけですか」
「いや、先生、そうではありませぬ」
「大王どの、それがしはあなたに問いを重ねつつ、車(のなんたるか)をいっかな合点できませぬ。車とは大王どの、単なる名辞に尽きるのか。そえにしても、(存在なくして名辞はないはず、)ここで車とは何ものか。大王どの、あなたは事実無根の虚言をなされますぞ、『車(なるもの)は存在せず』と。大王どの、あなたは普天のもとに覇王たるかた、しかるに何をおそれてうそ偽りを語られるか。ご参集の各位― 五百のギリシア系市民および八千の比丘衆 ―は、それがしの提言を聞かれたい。これなる人物ミリンダ王は、『それがしは車で参りました次第で』などと申しつつ、『大王どの、もしあなたが車でおいでしたのなら、それがしに車(のなんたるか)を述べてくださいませ』と求められる段には、車(なる存在)を確証できぬ始末ですぞ。このこと、はたして是認してよろしかろうか」
このような弁論がなされるや否や、五百のギリシア系市民は長老ナーガセーナに歓呼し、ついでミリンダ王にこういった
「さあて今度は、大王さま、力の及ぶかぎり弁じてくださいませよ」-と
するとミリンダ王は、長老ナーガセーナに向かってこういった
「それがしは、ナーガセーナ長老、うそ偽りしゃべってはおりませぬ。(と申しますのは、)『車』とは、轅・車軸・車輪・車室・車台に依存し(た相関関係のもとに)て、(はじめて)呼称・標徴・記号表出・言語的通念・名のみのものとして成立する(にとどまり、それ自体としての存在はない)のでございます」-と
「よくこそ申された、大王どの、あなたは車(のなんたるか)がおわかりでいらっしゃる。それとまったく同様でございます、大王どの―それがしにつきましても『ナーガセーナ』とは、頭髪・膚毛……脳髄に依存し、様態・感受・知覚・表彰・認識に依存し(た相対関係のもとに)て、(はじめて)呼称・標徴・記号表出・言語的通念・名のみのものとして成立する一方、絶対的次元におきましては、ここに(相即して特定の)人格的実体(が存在するものと)は認められぬ― という次第であります。
(引用終了 太字はブログ主による)

車という概念は、それ単独で存在するのではなく、そのほかの概念に支えられて我々の前に現れます。つまり我々の自我が車という概念を選び出したとき、その下には様々な概念がぶら下がっていうということです。そして空とは概念のなかで一番抽象度の高いTOPに置かれます。一番上なので任意の概念をすべて包摂します。なにもかもを包摂しているのであらゆる状況に対応できます

空を悟ることができればあらゆることに対応が出来るようになります。あらゆる状況に対応できるとは、なにも先手を打つということではなくあらゆる状況を受け入れられる状態のことをいいます。受けいれられるので、常にリラックスしていて前頭前野で思考できます。そしてその抽象度の高い思考が病を治したり、IQが上がったり、生産性があがることを助けるでしょう

世界の名著〈第2〉大乗仏典 (1967年)/中央公論社”


まんどぅーかネットで連載しているリーディング教材のうち、日本語訳部分だけを抜き出したもの
http://www.manduuka.net/i/p/r/index.htm
[出典記号]
ア=アナセンリーダー
高=高楠『巴利語仏教文学講本』
水=水野『パーリ語仏教読本』

まんどぅーか ミリンダ王の問い
自己はない(名前の問い、車のたとえ)(ア55 高4-1)
http://www.manduuka.net/i/p/r/milinda/mi11.htm
”さて、まことにミリンダ王は、尊者ナーガセーナのいる所に近づいた。近づいて尊者ナーガセーナにあいさつした。日常のあいさつの言葉を終えて、一角に座った。尊者ナーガセーナもまた親しくあいさつをかわし、それによってミリンダ王を喜ばせた。
さてミリンダ王は、尊者ナーガセーナにこれを言った。
「尊師はどのように知られていますか。尊者よ、何という名ですか」と。
(ナーガセーナ)「大王よ、私はまことにナーガセーナとして知られています。大王よ、同輩の僧たちは私をナーガセーナと呼びます。にもかかわらず父母はナーガセーナと、またスーラセーナと、またヴィーラセーナと、またシーハセーナと名づけています。にもかかわらず、この、ナーガセーナとよばれるものは、名称、通称、概念、慣用、名のみのものであり、ここに自己は発見されません」と。
そこでミリンダ王はこう言った。
「尊者たちよ、500人のギリシア人と80000人の乞食修行者たちは私のいうことを聞け。このナーガセーナはこう言った。『ここに自己は発見されない』と。これを賞賛することがはたして有益かどうか」と。”


”さてミリンダ王は、尊者ナーガセーナにこれを言った。
「尊者ナーガセーナよ、もし自己が発見されないならば、それでは誰があなたがたに法衣や乞食の食物や寝具や医薬品や必需品を与えるのですか。誰がそれを享受するのですか。誰が道徳を守るのですか。誰が修行を実践するのですか。誰が生物を殺すのですか。誰が与えられないものを取るのですか。誰が姦淫をなすのですか。誰が偽って話すのですか。誰が酒を飲むのですか。誰が五無間業をなすのですか。それゆえによいことはなく、よくないことはなく、よいことやよくないことを、するものもさせるものもなく、善行や悪行の行為の結果である報いはありません。尊師ナーガセーナよ、もしあなたを殺すものがいても、彼の殺生もありません。尊師ナーガセーナよ、あなたには師匠もなく戒を授ける教師もなく具足戒もありません。あなたが『大王よ、同輩の僧たちは私をナーガセーナと呼びます』と言うなら、この場合のナーガセーナとは誰なのですか。尊師よ、いったい髪がナーガセーナなのですか」と。
(ナーガセーナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「体毛がナーガセーナなのですか」と。
(ナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「爪…(くりかえし)…、歯、皮膚、筋肉、腱、骨、骨髄、腎臓、心臓、肝臓、肋膜、脾臓、肺、腸、腸間膜、胃、大便、胆汁、痰、膿、血液、汗、脂肪、涙、リンパ、唾液、鼻汁、関節滑液、小便、頭における脳が、ナーガセーナなのですか」と。
(ナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「尊師よ、いったい物質がナーガセーナなのですか」と。
(ナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「感受作用…概念…構成…意識がナーガセーナなのですか」と。
(ナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「尊者よ、それなら物質および感受作用および概念および構成および意識がナーガセーナなのですか」と。
(ナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「尊者よ、それなら物質・感受作用・概念・構成・意識以外のものがナーガセーナなのですか」と。
(ナ)「いいえ、大王よ」と。
(ミ)「尊者よ、それなら私は質問しても質問してもナーガセーナを発見できません。尊者よ、いったいナーガセーナとは音声だけのことなのですか。それならここにいるナーガセーナは誰なのですか。あなたは偽って『ナーガセーナはいない』とウソの言葉を話しているのですか」と。 ”
http://www.manduuka.net/i/p/r/milinda/mi12.htm


”さて尊者ナーガセーナは、ミリンダ王にこれを言った。
「大王よ、あなたは実に王族で繊細に育ち、非常に繊細でおられます。大王よ、そのあなたが真昼間に、熱せられた土地や熱い砂の上を、固い小石や砂利や砂を踏みつけて、徒歩で来たのなら、足は痛み身体は疲れ心は病み苦痛を伴う身体の意識が起きます。あなたは徒歩で来たのですか、それとも乗り物でですか?」と。
(ミ)「尊者よ、私は徒歩で来たのではなく、車で来ました」と。
(ナ)「大王よ、もしあなたが車で来たのなら、車を私に告げてください。大王よ、いったい轅(ながえ)が車なのですか」と。
(ミ)「いいえ、尊者よ」と。
(ナ)「車軸が車なのですか」と。
(ミ)「いいえ、尊者よ」と。
(ナ)「車輪が…車のかごが…車の杖が…くびきが…手綱が…むちが車なのですか」と。
(ミ)「いいえ、尊者よ」と。
(ナ)「大王よ、いったい轅および車軸および車輪および車のかごおよび車の杖およびくびきおよび手綱およびむちが車なのですか」と。
(ミ)「いいえ、尊者よ」と。
(ナ)「大王よ、それなら轅・車軸・車輪・車のかご・車の杖・くびき・手綱・むち以外のものが車なのですか」と。
(ミ)「いいえ、尊者よ」と。
(ナ)「大王よ、それなら私は質問しても質問しても車を発見できません。大王よ、いったい車とは音声だけのことなのですか。それならここにある車は何なのですか。大王よ、あなたは偽って『車はない』とウソの言葉を話しているのですか。大王よ、あなたはインド全体の王であるのに、何を怖れて偽って言うのですか。尊者たちよ、500人のギリシア人と80000人の乞食修行者たちは私のいうことを聞け。このミリンダ王はこう言った。『私は車で来ました』と。『大王よ、もしあなたが車で来たのなら、車を私に告げてください』と言われて、『車を用意できない』と。これを賞賛することがはたして有益かどうか」”
http://www.manduuka.net/i/p/r/milinda/mi13.htm


”こう言われて、500人のギリシア人たちは尊者ナーガセーナに同意の声をあげて、ミリンダ王にこれを言った。
「大王よ、さあ今こそ、あなたは可能ならば言え」
さてミリンダ王は、尊者ナーガセーナにこれを言った。
「尊者ナーガセーナよ、私は偽って言うのではありません。轅によって、そして車軸によって、そして車輪によって、そして車によって、そして車の杖によって、車という、名称、通称、概念、慣用、名が起こるのです」と。
(ナ)「実に結構です。大王よ、あなたは車を理解なさいました。まさにこのように、私もまた、髪、体毛…脳…物質…意識によって、ナーガセーナという名称…名のみのものが起こりますが、最上義(勝義諦)からは、ここに自己は発見されないのです。大王よ、また女性乞食修行者(比丘尼)ヴァジラーはこのことを世尊の目の前で言いました

♪部分の集積によって車という語があるように要素があって衆生という名がある」と。

(ミ)「尊師ナーガセーナよ、不思議なことです。尊師ナーガセーナよ、驚くべきことです。質問に対するすばらしい知性が出されました。もし仏陀がご存命ならば、同意の声をあげるでしょう。実に結構です。ナーガセーナよ。質問に対するすばらしい知性が出されました」 ”
http://www.manduuka.net/i/p/r/milinda/mi14.htm

”ミリンダ王は、以下の発言からもわかるように、霊魂を感覚する主体として認識していた。

身体の内にある個我は、眼によって形を見、耳によって音を聞き、鼻によって香りを嗅ぎ、舌によって味を味わい、身体によって触れられるべきものに触れ、意によって事象を識別する。それは、ちょうどこの宮殿に座っている我々が、東西南北どの窓からでも眺めたい窓から眺めることができるのと同じことである。[12]

感覚器官が五感ではなくて、仏教的に、眼、耳、鼻、舌、身、意という六処(Sanskrit: Ṣaḍāyatana; Pāli: Saḷāyatana)となっている点は、ギリシア人の主張として不自然であるが、それでもこの発言を仏教徒による完全な創作と断じることはできない。なぜなら、個我(abbhantare jivo)は、他のパーリ語の聖典には見当たらないからである。この観念は、どうやらミリンダ王独自のもののようである。

ナーガセーナは、ミリンダ王に対して、次のように問い返し、霊魂が存在しないと言う。

ここの宮殿に座っている私たちは、これらの窓を開けて、顔を外に出せば、大虚空を通していっそうよく形を見ることができるでしょうが、それと同様に、眼の門が除去されると、内にあるこの個我は大虚空を通して、いっそうよく形を見るのでしょうか。また、耳、鼻、舌、身体が除去された時には、大虚空を通していっそうよく音を聞き、香りを嗅ぎ、味を味わい、触れられるべきものに触れることができるでしょうか。[13]

もしも人間の中に小人がいると想定し、その小人を感覚の主体とする認識モデルを肯定するなら、小人の中にさらに小人を想定しなければならず、無限後退に陥る。霊魂がそういう意味での実体として身体の中に存在するのではないのは、車を解体すると、中から小さな車の実体が出てくるのではないのと同じことである。

ギリシアの一般人はともかくとして、ギリシアの哲学者たちはそのような粗雑な実体主義には陥っていなかった。例えば、アリストテレスは、霊魂と身体が形相と質料、現実態と可能態、実体と偶有性の関係にあると言う。

霊魂は実体、それも可能的に生命を持つ自然的物体の形相という意味での実体であるということになる。しかし、この意味での実体は現実態であり、霊魂はこのような自然的物体の現実態ということになる。しかし、この現実態は知識(エピステーメ)と知識活動(テオーリア)という二通りの意味で言われる。[14]

形相と質料は概念的に区別できても、空間的に切り離すことはできない。だから、アリストテレスの哲学では、霊魂は身体の中の小人ではありえないのである。アリストテレスが認識しているように、霊魂は知識の選別を行う情報システムであり、知識活動は、物質を通じて行われ、また物質を離れては存在しないものの、情報システムを物質と同一視することはできない。

無我(Pāli: anattā; Sanskrit: anātman)説は、上座部仏教における三相(Pali: tilakkhaṇa; Sanskrit: trilakṣaṇa)、大乗仏教における三法印、つまり、仏教をそれ以外の教えから区別する三つの教義のうちの一つであるが、ガウタマ本人の本来の教えは、「自我への執着を捨てよ」という倫理的実践的教説であって、「自我は存在しない」という形而上学的教義ではなかった。ガウタマは、「死後霊魂は存在するか」といった形而上学的に問題に対して答えず、無記(Pāli: avyākata; Sanskrit: avyākṛta)、すなわち、真でも偽でもないものとした。そうした問題について論争をすると、自説への執着が生じ、修行の妨げになるからである。

では、なぜ無我や無常(Pāli: anicca; Sanskrit: anitya)が仏教の三法印あるいは三相になったのだろうか。もしも自我が存在しなければ、自我への執着はなくなる。自我への執着を捨てたいという願望が、自我は存在しないという思い込みにつながったと考えられる。同様に、富や権力が一時的ではかないものであるならば、それらに対する執着もなくなる。物への執着を捨てたいという願望が、すべては無常であるという思い込みにつながったと考えられる。サンユッタ・ニカーヤ2が無我や無常の否定を「悪魔の思想」とするのは、それが自我と物への執着を呼び醒まし、迷いの原因となるからである。

こうした願望を実現するための思い込みは、仏教に特有の思考である。仏教は、女が不浄であるというが、この女性蔑視の思想は、男の修行僧が女性への執着を断ち切るために、女性が汚くて魅力がなければよいのにという願望を抱くようになり、そしてその願望を実現するために、女性は不浄であると思い込むことで出来したものである。

ガウタマの死後、ガウタマを名乗った仏典が数多く書かれたが、ガウタマでない仏教徒がガウタマに成りすますのは、仏教は無我を法印としており、霊魂の実体的同一性を認めないので、自分とガウタマとを区別する理由がないからと説明することもできるが、ガウタマのようになりたいという仏教との願望が、自分はガウタマであるという思い込みに発展した結果であると説明することもできる。


4 : 輪廻説と無我説は矛盾しないのか

インドでは、生き物は、生前の業、すなわち、カルマ(Pāli: kamma; Sanskrit: kárman)の結果、別の生き物に生まれ変わるという輪廻(Pāli, Sanskrit: Saṃsāra)の思想が古くからあり、仏教もこれを受け継ぎ、生死を超えた因果応報説を信者に説いた。古代ギリシアでは、ピタゴラス学派やプラトンなどの例外はあるものの、輪廻転生説は一般的ではなく、ミリンダ王も輪廻転生に関して多くの質問をしている。無我説は、輪廻説と矛盾しているように見えるし、霊魂の実体的同一性を否定すると、因果応報説が倫理的に無意味になるように思えるからだ。

ナーガセーナによると、輪廻の主体は名色(みょうしき; Pāli, Sanskrit: Nāmarūpa)である。名と色のうち、色は色蘊に、名は他の五蘊に対応する。両者は、アリストテレスの哲学における質料と形相との関係に似ているが、名色は、名も色も実体的同一性を持たないという点で、質料や形相とは異なる。現世の名色と来世の名色は異なるが、因果の関係で結ばれているので連続性があることをナーガセーナは以下のような例を用いて説明している。

ナーガセーナ:それは、搾り出された牛乳がしばらくすると酪になり、さらに酪から生蘇となり、生蘇から醍醐となるようなものです。大王よ、牛乳が酪、生蘇、醍醐と同じであるということは正しいでしょうか。

ミリンダ王:尊者よ、そうではありません。それに依存して、他のものが生じたのです。

ナーガセーナ:大王よ、事象の連続はそれと同様に継続するのです。生じるものは、滅びるものとは別のものではあるが、両者はあたかも前後別物でないかのごとく継続しているのです。このように、それは同じでも異なるのでもないものとして、最後の意識に上るのです。[15]

酪、生蘇、醍醐というのは、チーズやバターのような乳製品で、牛乳を乳酸発酵して作る。乳酸発酵によって、分子の形が変わるので、形相は変化するが、質料は自己同一性を維持すると言うことができる。質料が自己同一性を維持すると言っても、素粒子には実体的な自己同一性はないので、量子力学的なミクロのレベルでは非連続的に連続性を観る仏教的世界観の方が正しいと言えなくもないのだが、ここで例に挙げられているようなマクロなレベルでは、そうした解釈は正当化されない。

ナーガセーナは、牛乳を買うという契約が、牛乳が酪となることによって無効にはならないという例を引き合いにして、名色が不連続であっても、輪廻によって前世の悪業を免れることはできない[16]と言う。だから、無我説は、輪廻転生説や因果応報説とは矛盾しないというのであるが、もしも悪業をなす名色とその報いを受ける名色が、たんに因果関係で結ばれているだけで、実体として異なるものであるとするならば、悪業を免れることになるし、もしも悪業を免れることがないというのなら、変動する偶有性とは別に、責任の主体となる人格の実体的同一性を想定しなければならなくなる。

矛盾している教えを和することを仏教では会通(えつう)というが、ナーガセーナの会通は説得力に欠く。その最大の理由は、無我説を「自我に対する執着を捨てよ」という倫理的教義ではなくて「自我は存在しない」という形而上学的教義にしてしまったところにある。自我に執着するから、自我と一緒に輪廻転生を繰り返すのであり、自我への執着を捨てるなら、輪廻転生から解脱することができる。自我への執着を不可能にするために、自我は存在しないということにすると、存在しない自我がなぜ輪廻するのか、なぜ解脱するとなぜ輪廻転生から免れるようになるのかがわからなくなってしまう。 ”
https://www.nagaitoshiya.com/ja/2012/milindapanha/
ギリシアの有の哲学対仏教の無の哲学


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参考資料




二而不二(ににふに)
http://metalogue.jugem.jp/?eid=2870

ブッダと龍樹の四句分別
http://metalogue.jugem.jp/?eid=2869

2種の否定と2種2階の否定
http://metalogue.jugem.jp/?eid=2868

4値は東に、2値は西に
http://metalogue.jugem.jp/?eid=2867



龍樹の「テトラレンマ」 建築を志す人たちが知っておくべき「建築」の原理原則 No4
http://norisada.at.webry.info/201303/article_3.html

菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
論理の話の続き。よく「日本人は論理的思考が苦手」と言われるがさにあらず。我が国は奈良時代に論理学を受け入れていた。「それは一部の仏僧(当時の知識人)のみ」と言ったところで西欧で最初にアリストテレス論理学を受け入れたのも一部の神父のみである。しかも受容の時期は日本の方が数百年早い。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
我が国が奈良時代に受け入れた論理学は印度に由来するもので「因明=いんみょう」と言う。奈良の仏僧によって学ばれた。因明は古因明と新因明に分かれる。古因明は印度の哲学学派「ニヤーヤ派」が整備した。それに対し新因明は唯識派に属する陳那が整備した。我が国に輸入されたのは新因明の方である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
ニヤーヤ学派は提案(宗)・理由(因)・喩例(喩)・適用(合)・結論(結)という五支からなる「五支作法」と呼ばれる論証式を作った。陳那はこれを提案(宗)・理由(喩)・喩例(喩)の三支に改めた。前者が古因明で、後者が新因明である。因明は流派を問わず印度の各哲学学派の共有財産となった。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
陳那の論理学まとめ。①提案・理由・喩例(宗・因・喩)からなる論証式=三支作法。②因の三相(正しい理由である為の三条件)。「AはBである。Cであるから」という論証の場合Cが正しい理由である為の条件は三つ。①CはAの性質である。②CはBに随伴(BがCを遍充≒包摂)③Cは非Bから排除。
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• •
陳那が唱えた「遍充」とは概念間の包摂関係を意味する。類概念は種概念を遍充している。例えば「人間」という概念は「生物」という概念によって遍充されている。より普遍的な概念がより特殊な概念を遍充するのである。主張命題の述語が根拠を遍充しているとそれは正しい理由とされる(因の第二相)。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
西洋の論理学が「演繹」重視なのに対し、印度の論理学は「帰納」重視だと言われている。陳那はある命題の根拠が正しいと言える為の条件(因の三相)を究明した。因の三相は帰納推理が成り立つ為の条件。印度の論理学の論証式では必ず具体的事例を挙げる事を必須とする点も「帰納」重視の表れと言える。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
陳那は論理学と認識論を重視したが、認識論においては確実な認識手段を知覚(現量)と推理(比量)に限定した。そして概念(共相)を介在しない知覚(現量)を対象そのもの(自相)を捉える一番確実な認識手段とした。このような陳那の経験主義的な姿勢も帰納重視の論理学に反映していると思われる。


菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
「AはBである。Cだから」という命題で「因の三相」を考える。①第一相・CはAが持つ属性でなければならない。②第二相・Cが必ずBに随伴する事。全てのBがCである必要はない。③第三相・Cは非Bの集合から排除されていなければならない。そうでないならば「AはBである」理由になり得ない。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
陳那(ディグナーガ)が唱えた「因の三相」とは何らかの命題を立証する場合に挙げる根拠や理由が正しいと言える為の条件を明らかにしたものである。「因の三相」を備えていれば(三つの条件に全て適合していれば)その理由は正しいとされる。自他の主張命題の根拠を吟味する際に役に立つ考え方である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
日本人にとっての陳那の因明は西洋人におけるアリストテレスの論理学みたいなものではないだろうか。こういう知的遺産は是非掘り起こして活用していくべきだと考える。戦国時代においてアリストテレスの論理学を駆使するイエズス会宣教師に対して仏僧は陳那が開発した因明を駆使して対抗した事だろう。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
陳那の因の三相は此縁性(しえんしょう)と呼ばれる「縁起」のもっとも基本的な形式「此れが有れば彼有り。此れが無ければ彼無し。」をベースにしていると思われる。随伴と排除の関係である。「渇愛が有れば苦が有る。渇愛が無ければ苦が無い。」「火が有れば煙が有る。火が無ければ煙が無い」など。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
西洋では認識論が発達するのが遅かった。「神」が認識を保証してくれるという前提があったからである。それが崩れ始める近世初頭になるまで本格的な認識論は現れなかった。一方、「絶対神」の観念が希薄な印度では認識論が早くから発達した。特に仏教の認識論は精緻を極めた。陳那はその大成者の一人。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
説一切有部は外界(境)がそのまま認識されるとした。経量部は外界は直接認識されず外界が表象として認識されるする表象主義的な認識論である。これは近代になってカントが論じた認識論と似ている。唯識では外界の存在そのものを否定し、主客は相互依存(依他起)しており全ては認識作用=識だとした。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
陳那の認識論では有効な認識手段は知覚と推理に限定したが、ニヤーヤ学派では知覚・推理・証言・比定の四つを有効な認識手段として認めた。陰謀追及的には「証言」は重要である。情勢分析のソースも大半がニュース、ネット情報、書籍などの謂わば「証言」だからだ。ソースの信頼性の吟味が重要になる。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月25日
陰謀追及における情報の分析では情報のソースの信頼性や複数のソースを比較対照するなど十分に吟味する必要がある。証言は「見る」「聞く」など知覚によって認識するものの証言で指し示されている事実そのものについては直接知覚している訳ではない。証言を知覚や推理と区別する意義はあると思われる。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月28日
「論理」を考える為の資料として印度哲学の中でも論理の研究を専門としたニヤーヤ学派とその姉妹学派であるヴァイシェーシカ派について少し調べた。印度哲学と言えば「梵我一如」を旨とするヴェーダーンタ学派のような神秘主義的な学派のみならず合理主義的な学派もある。神智学一派が無視する側面だ。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月28日
NWO征略で思想工作を担当する神智学一派は印度思想に執着して憑依の対象とするが彼らが利用するのは神秘主義的思想ばかりである。論理と合理を重視する学派は無視する。支配ツールに向かないからだろう。現に印度では論理学はヴェーダの権威を軽視するものとして当初支配階級から警戒されたらしい。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
古代印度の六派哲学の一つにヴァイシェーシカ派という学派があった。「勝論派」と言う。勝論派では世界を「六句義」という六つのカテゴリで説明する。六句義は実体・属性・普遍・特殊・運動・内属の六つである。「概念に対応する実在が外界に存在する」「世界は言語表現通りに存在する」という思想。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
勝論派では「白い牛が歩く」という事態は「白い牛が歩く」という言語表現に正確に対応していると考える。「歩く白い牛」という実体に「牛性」という普遍、「白い」という属性、「歩く」という運動が内属していると考える。主体・運動・属性は相互依存=縁起すると考える龍樹とは正反対の発想である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
勝論派哲学は言葉と逐一対応する事物が実在すると考えるとどういう世界観が出来上がるかを示すモデルケースだと言える。逆に「言葉と現実にはズレがある」と考えたのが龍樹である。勝論派と中観派は全く逆方向に思考を徹底したよき論敵同士だった。それにしても印度人の思考の徹底ぶりには驚かされる。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
ヴァイシェーシカ派の姉妹学派が論理学と認識論の研究が専門のニヤーヤ学派である。認識と論証に関する十六のカテゴリを設定。ベーダーンタ派が「梵我一如」という神秘的境地に至る事を「解脱」としたのに対し、ニヤーヤ派は「論理学と認識論を極める事」を「解脱」とした。合理主義的な学派である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
ニヤーヤ派とヴァイシェーシカ派はベーダーンタ派などに比べると合理主義的な学派である。西洋の結社やその手先のカルト勢力は印度哲学の神秘主義的な部分だけをつまみ食い的に剽窃して利用するが印度哲学の強靭な論理的思考は忌避する。印度哲学を神秘主義だけと思い込むと神智学一派などに騙される。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
ヴァイシェーシカ哲学の六句義の「句義」(パダ・アルタ)とは「語の対象」を意味する。即ち語が示す対象的実在には六つのカテゴリがあるというのが「六句義」の意味である。語が示す概念を実体視・実在視する考えである。概念の実体視を批判する龍樹とは対照的な発想であり、激しい論争が行なわれた。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
印度哲学は神秘主義的な学派と合理主義的な学派に二分される。ベーダーンタ派やミーマーンサー派は前者で、ニヤーヤ派とヴァイシェーシカ派は後者。サーンキャ派は二元論的。ヨーガ派のヨーガは全学派共通。仏教は合理主義的だが渇愛を取り除いて苦の滅を目指す倫理的な色彩の強い実践哲学だと言える。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
原始仏教もニヤーヤ派やヴァイシェーシカ派と同じく合理主義的だが主知主義的ではない。ニヤーヤ派は論理学と認識論を極める事を目指すが、原始仏教は「渇愛の滅による苦の滅」を目指す実践重視の哲学である。だが後には中観・唯識に至り論理学と認識論が発達した。ニヤーヤ派とはライバル関係である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 4月30日
仏教の中で論理学と認識論を重視したのは唯識派で論理学を確立したのが陳那。三支作法や因の三相については先日述べた。ニヤーヤ派の論理学が古因明で陳那の論理学が新因明。我が国は奈良時代に後者を輸入。因明が伝統として残っているのは日本だけだそうである。日本人は論理的思考は苦手ではない。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 15 時間15 時間前
弁証法について。「弁証法戦略」と言う場合の「弁証法」は主にヘーゲルのそれである。だが「弁証法」は物事を固定化した相で捉える形式論理学に対し「物事を変化の相で捉える思考方法」という意味で広義に用いられる場合がある。ソクラテス以前のヘラクレイトスの哲学などが弁証法に分類されたりする。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 15 時間15 時間前
論理学の教科書には形式論理学、記号論理学と並び弁証法論理学についての項目があったりする。そこではソクラテス以前のギリシャ哲学者などに広義の意味での弁証法的思考があったとされる。だがヘーゲルの弁証法は歴史の目的因というか終着点を想定している点で古代ギリシャ哲学の発想とは異質である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 15 時間15 時間前
ヘーゲルの弁証法では正・反・合の変化の過程を設定するものの、歴史の最終到達点みたいなものを想定する点でギリシャ的というよりペルシャ的である。ヘーゲル哲学はプロテスタント神学の哲学版などと言われる所以である。キリスト教はペルシャ起源の「歴史の終わり」を想定する終末史観が濃厚である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 15 時間15 時間前
「変化の相を捉える思考方法」という「弁証法」の広義の意味では東洋の哲学にも当てはめられる場合がある。だが「弁証法」というとヘーゲルの弁証法が真っ先に連想されるので好ましい分類法とは思えない。ある種の憑依型戦術である。そもそも弁証法とは古代ギリシャでは問答法とか対話術を意味した。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 15 時間15 時間前
「論理学を生み出したのはギリシャとインドだけ」と言われるが、アリストテレスが整備したギリシャの論理学は諸学問をやる為の「オルガノン(道具)」という性質なのに対し、インドの論理学は各哲学学派間の論争から生まれた討論術を起源としているようだ。後者はさながら討論マニュアルのようである。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 15 時間15 時間前
ニヤーヤ学派が論理学を研究する学派だった(古因明)が、これに対して陳那が新しい論理学を確立した。陳那が確立した論理学(新因明)は我が国も奈良時代に取り入れている。中村元氏によると因明が現在も伝統として学ばれ続けているのは日本だけだそうである。日本人には論理学の伝統があるのである。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 14 時間14 時間前
陳那の論理学まとめ。①三支作法②因の三相③九句因。①三支作法とは主張命題(宗)・理由(因)・例証(喩)の三支から成る論証式。それ以前の論証式はニヤーヤ派が確立した主張命題(宗)・理由(因)・例証(喩)・適合(合)・結論(結)からなる五支作法だった。陳那は合と結を削り三支とした。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 14 時間14 時間前
②因の三相とは主張命題を立証する理由が備えるべき三つの条件。㈠遍是宗法性。理由が主張命題の主辞に属す。㈡同品定有性。理由が主張命題の賓辞を必ず伴う(煙があれば必ず火がある等)㈢異品遍無性。理由が主張命題の賓辞の補集合から排除。㈡㈢を合わせて遍充(賓辞が理由を包摂する関係)と言う。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 14 時間14 時間前
③九句因とは理由(因)の9のパターンの事。理由が賓辞の集合の全体にあるか・一部にあるか・全くないかの3パターンあり、それが補集合にも言えるから3×3で全部で9パターンとなる。正しい因(正因)は因の三相を満たすもののみ。それ以外は全て間違った因(相違)と正否不明の因(不定)である。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 14 時間14 時間前
こういう論理学が奈良時代から学ばれていた事を見ても「日本人は論理的思考が苦手」は嘘だと分かる。日本には西洋の自由七科=リベラルアーツに相当する「五明」があった。どちらも論理学を含む。戦国時代に襲来したイエズス会宣教師は論理学を身に着けていたが、我が国の学僧は因明を身に着けていた。

戦国時代に日本がキリスト教の侵略を打ち払う事が出来たのは宣教師が身に着けていたアリストテレス論理学に対抗できる「因明」という論理学で鍛えた論理的思考があったのも大きいのではないかと考えている。当時の仏僧は宣教師と対等以上の論争を行なっている。武力だけで思想工作を破る事はできない。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 11 時間11 時間前
因の三相を「主張命題:声は無常である。理由:原因によって成るから。」で説明。①遍是宗法性とは「原因によって成る」が主辞「声」の属性である事。②同品定有性とは「原因によって成る」が必ず賓辞「無常」を伴う事。③異品遍無性とは「原因によって成る」が賓辞「無常」の補集合「常住」に無い事。
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• • 菊池‏ @kikuchi_8 10 時間10 時間前
同じく「主張命題:声は無常である。理由:原因によって成るから。」で「遍充」を説明する。この場合、遍充とは主張命題の賓辞「無常」が理由「原因によって成る」を包摂する関係である。包摂されるので「原因によって成る」は必ず「無常」の集合に存在し、無常の補集合「常住」には決して存在しない。


846夜『空の思想史』立川武蔵|松岡正剛の千夜千冊
http://1000ya.isis.ne.jp/0846.html

菊池 ‏@kikuchi_8
日蓮思想とキリスト教の類似点①末法思想という終末思想が前提②法華経の教え以外の全面禁止の要求(排他性)③久遠本仏という実体的な超越者の崇拝④上行菩薩というメシア待望論➄宗派によっては日蓮が本仏とされ、ゴッド=イエス思想と類似。●平田派の系譜の神道系カルトと並び日蓮系カルト多し。

統一協会はユダヤ・キリスト教的な創造神崇拝、創価は日蓮思想由来の「久遠本仏」思想、という一神教的な「超越者」を設定する所が似ているように思います。私見では、日蓮思想は日本仏教の中で最も一神教に近い宗教思想のように思います。

酒井勝軍は元々プロテスタントの牧師で反猶太主義から親猶太主義に転向した人物で、戦後の日猶同祖論系の陰謀論は酒井の流れだと思います。田中智学のは日蓮主義ですが、日蓮思想そのものが「久遠の本仏」という実在を信仰する思想なのでもともと一神教的だと思います。

久遠の本仏を説く法華経信奉者の北と、基督教的な世界観を持つ大川。明治政府が近代合理主義的な西洋化をしていたことは自明として、それに敵対していたはずの近代日本の在野右翼の巨頭が二人とも西洋一神教的世界観を持っていたことは何を暗示するか。非常に興味深い次第である。

戦前の右翼陣営に影響をもった一神教的な宗教として、大本教と並び立つのが日蓮主義だと思うが、法華系仏教の「久遠の本仏」という超越的実体的な仏の概念が根底で日蓮主義の一神教的な排他性を規定しているように思う。

救済者としての久遠の本仏を掲げ、森羅万象を一つに収斂しようとする傾向のある天台をはじめとする法華経哲学よりも、森羅万象の多様性そのものに帰還する事事無礙法界を説く華厳哲学の方が、より神道に適合的である。華厳の究極では理=真理すら現象界に溶け込むのだ。これはまさに神道の発想である。

1)スピリチュアリズムは西洋神秘主義から派生した。西洋神秘主義の根には古代の新プラトン主義がある。新プラトン主義と言えば「一者」。そして前述の「時は一性(一者)」この様に近代哲学信者とスピ信者が同類だというのは決して誇張ではないことが分かる。一者の観念はキリスト教神学に影響。

2)つまりキリスト教、スピリチュアル、西欧近代哲学は根を同じくする「だんご三兄弟」ならぬ「一者三兄弟」なのである。そしてこの三兄弟は社会組織で言うと、キリスト教会・英国系フリーメイソン・仏蘭西系フリーメイソンにおおよそだが、それぞれ対応する。根を同じくするこれらの分進合撃戦術。

3)西洋思想は複雑に見えるが案外単純である。同じ基本概念を装いを変えて何千年も使い回しているに過ぎないからだ。その基本概念とは主に二つ。一つは「実体」。もう一つはそこから生まれる二元論である。実体という概念が理解できれば西洋思想は至極単純であることが分かる。実体=自存的な基体。

4)西洋思想を見抜くポイントは「何に実体を置くか」と「何と何の二元論か」である。この二つのポイントに着目することで西洋のコケオドシの体系はあらかた解剖される。例えば、実体を神に置くのがキリスト教、自我がそこに合一する究極実在に置くのが神秘主義、理性や物自体などに置くのが近代哲学。

5)「時は一性」なんて言うのもその一バージョン。「時」に実体を置いたわけだ。一旦実体が設定されると「実体」とそれ以外の二元論となる(実在と現象など)。実体が複数設定されると実体Aと実体Bの二元論となる(善と悪など)。小難しい表現をしていても西洋思想はかかる基本的枠組みの使い回し。

6)今まで実体視された概念の具体例を挙げる。「四大」「原子」「イデア」「一者」「造物主」「善と悪」「自我」「理性」「精神と物質」「物自体」「時間」さて、次はどこに置く?どこに於いても大差はないが。「イワシの頭」はどうだろうか?まあ、頑張ってくれ。>西洋人及び脳内西洋人達 (了)

キリスト教世界で言う「神」と「悪魔」は一対。「西欧思想フルボッコシリーズ(笑)」で書かせて頂いた、①実体を設定②二元論的構図を設定(この場合は実体を複数設定し、その実体Aと実体Bの二元論)という順序で言うと、神・悪魔という二つの実体が設定され、この二つが二元論的に対置される構造。

地中海オリエント・西欧(中東以西と取りあえず呼ぶ)の文明の推移は「神中心→人間中心」という流れである。哲学的に分析すると、「神」に実体を置く世界観から「人間」に実体を置く世界観への遷移である。超越者を実体視しても人間を実体視しても、その帰結は排他独善的な支配と破壊の衝動である。

太田龍氏が「西洋文明の根本は我欲我執」と書いておられたが、本当にその通り。さらに分析すると、この我欲我執は「実体観」から来ている。例えば仏教が実体観を排斥するのは、単なる哲学的関心からではなく、「実体」という観念が必然的に執着を引き起こすからだ。執着は主に貪欲と怒り→支配と破壊。

執着は「実体」という対象へ向けて二方向に発現。対象を引き寄せる方向で行けば「貪欲」に、対象を排除する方向に行けば「瞋恚」(怒り)に。それは実体視を引き起こす「無知」による、とする。貪瞋癡の三毒とは事実を錯認し「実体」を仮構する「癡=無知」を根本とする。実体を執する西洋=癡の文明。

耶蘇教徒や近代哲学信者と話すと分かるが、「実体」に執する者達は自己相対化ができないので、友好的で対等な対話がほぼ不可能である。対等な対話の為には各自の自己相対化が必要だが、それが彼らには不可能なのだ。彼らは実体観への執着が強い程異なる考えの者とは闘争か支配の関係しか構築できない。

という訳で、太田龍氏の言う「西洋文明は我欲我執が根本」という指摘は、実感的にも納得が行くのである。「実体」を一旦立てると、それがどのようなものであれ、執着を引き起こし、闘争や支配の衝動に駆り立て、その貪欲さはとどまるところを知らない。寛容さを失い、他者と共存ができなくなるのだ。

「西洋文明は我欲我執が根本」という太田龍氏の指摘を自分なりに少し突っ込んで分析してみた過程とも絡み、仏教と認識論や科学で少し考えた事があるので挙げます。さきほど考察した西洋、もっと言えば地中海オリエント世界以西の根本的思考形式である「実体論」と一応関係する思考です。

仏教では五蘊に依って自己があると説かれる。五蘊=色・受・想・行・識=身体・感受・構想・意志・認識。そして大乗では五蘊は其々相互依存的・相互浸透的=縁起・空だと説かれる。ここには感性=受と知性=識を其々「実体」として立てるが故の「感性と知性の統合」などという偽問題は生じない。

禅の六祖慧能の弟子二人がたなびく旗を見て「旗が動く」「いや、風が動く」と問答をした。慧能は其を見て「心が動く」と言った。認識対象は認識主体と相関的であり、「旗」とは厳密に言えば視覚的な知覚与件。従って「旗がたなびく」とはこの知覚与件が動く、という事。「心が動く」は間違っていない。

つまり某哲学者風の言い方をすれば「射映的現相」が動くと。見えた限りでの対象が動く、という事は視覚そのものが動くという事。常に変動する視覚的与件を「旗」という概念で固定化。さらに言語表現して「旗が動く」となる。慧能の弟子は視覚的与件を外部化させて「旗が動く」「風が動く」とやったと。

相対性理論によれば、空間・時間・物質等は全て相互浸透的・相互依存的・相互規定的だとされる。つまり、それらが縁起的に関係し合い四次元世界を形成しているという。華厳の重々無尽の縁起説を思いだす。華厳思想は宗教的ドグマを説くものではなく、一種の世界観モデルを提示するものと捉えている。

「西欧思想フルボッコシリーズ(笑)」のおまけ編としてまた一つ書きたいことが出ました。なのでそれについて少し書こうと思います。西欧側による「仏教は虚無を説く」という曲解があるようなので、その辺について自分なりの見解を述べます。それプラス、形而上学的思考が生まれる機制についてです。

仏教は仏陀が「自己と法に頼れ」と弟子に言い残したように「法」を重視する教えである。法とはいくつか意味がある。人が則るべき規範であり、宇宙の法則であり、法則によって存在する事物である。総じて一定の規範や決まり、法則を意味しており無秩序や混沌と言うニュアンスの「虚無」とは真逆である。

iseakira ‏@iseakira 2015年6月16日
@kikuchi_8 法を重視するとともに、それを絶対視せず疑って研鑽するベクトルを第一に重要視することで、固定観念化を牽制しているところがポイント。

菊池 ‏@kikuchi_8 2015年6月16日
@iseakira さすがであられます。まさにおっしゃる通りですね。「法が真理」と言うと実体視が起きやすい。だから法を実体視しない、「空亦復空」の実践が大事だと。「法」を実体化したら形而上学と同じになってしまいますからね。実践や現象と相即的に「法」を理解すべきだと思います。

西洋近代哲学信者は仏教を虚無主義と曲解するが前述の通り間違い。イメージだけで物事を論じストローマン(相手の主張をねじまげて解釈する詭弁の一種)を駆使するあたり、キリスト教原理主義者が異教徒を「悪魔崇拝者」と妄想するのと酷似。やはり近哲信者は耶蘇やスピと共に「だんご三兄弟」だ(笑)

では何故に西欧近代哲学信者は仏教を虚無と曲解するのか?それは特殊な思考傾向に由来するはっきりした理由がある。彼らは個々の事物や現象を自存的な実体と見ることしかできない。従って実体であるはずの事物や現象が無常である事に耐えられないのだ。だからプラトンの様に形而上学的実体に逃げ込む。

現象は常に変化するが、そこには変化しない規則性・法則性がある。つまり現象には変化と不変の性質が含まれている訳である。華厳と易経の表現を借りると「事は易にして不易」という事である。ここを見抜けない者は現象の変化に頼りなさを覚えイデア説や一神教など数々の形而上学的迷信を作り上げた。

「法を重視するとともに、それを絶対視せず疑って研鑽するベクトルを第一に重要視することで、固定観念化を牽制しているところがポイント。」というiseakiraさんのご指摘は非常に重要。ここを見逃すと、仏教であろうと形而上学に堕してしまう。「久遠本仏」みたいなのが出てくるのだ。

ふぎさやか ‏@maomaoshitai 2015年11月28日
日蓮正宗では
久遠元初の本仏(この世界が生まれたと同時に悟りを開いた最初の仏)=上行菩薩=日蓮大聖人
という解釈になります。なんでこうなるのというのは、向こうの口伝や法華経・御書の解釈もあるので省きますが。



Nirone ‏@Via_Nirone7 1月18日

得意な事を「十八番(おはこ)」と呼ぶのは歌舞伎十八番が元ネタだと思ってたけど、「大無量寿経」で阿弥陀如来が立てた四十八の誓いのうち、浄土宗などでは最も重視され「王本願」とも呼ばれる第十八番目の誓いが本来の元ネタらしい。ホント仏教ってさらっと色んな言葉の元ネタになってんのね。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2014年8月15日
仏教は亀をひっくり返して遊ぶと 地獄に落ちる。これ豆知識ね!
@tomikanjizai @WorldWildWow
日本の仏教は大乗仏教という
ジャンルに含まれます。上座系の
経典も最初は入って来たのですが、
咒要素の強い密教等が日本の
貴族に好まれたのです。
ちなみに初期仏教は咒や占いを 禁止しています。 それらはバラモン教の十八番でした。 ただし、現代の上座仏教にもパリッタ という呪文のような物があるので、 純粋な原始仏教はもう残っていないかも。


ナーガールジュナの時間論・空間論 - j-world
http://www.j-world.com/usr/sakura/replies/buddhism/buddhism16.html
“もし自性論を認めれば、ものの自性は自立・独立・永存していることになりますから、過去・現在・未来はそれぞれまったく別の事象を指しているのか、それと も同一の事象を指しているのか、ということになります。ところが、もし、それぞれが同じものを指しているとすると、過去も現在も未来もその区別がなくなっ てしまうという受け入れがたい事態に落ち込んでしまいます。他方、それぞれがまったく独立した事象であるとすると、明らかに認められる過去と現在と未来の 関係が、全く説明できないという別の受け入れがたい事態に落ち込んでしまいます。こういう受け入れがたい事態に落ち込んでしまうのは、もともと、時に自 立・独立・永存の自性を想定するという間違いを犯しているからだ、というのがわたしの理解するナーガールジュナの批判(1節から3節)です。
もう一つの興味深い批判(6節)は、「もの」と「時間」との関係に関するものです。
もしも、なんらかのものに縁って時間があるのであるならば、そのものが無いのにどうして時間があろうか。しかるに、いかなるものも存在しない。どうして時間があるであろうか。(中村元訳)
「時間はない」というのがナーガールジュナの結論ですが、もちろん、「時間は自性として存在していない」、という意味です。これをわたしなりに具体例を挙げて解説してみますと次のようになります。
たとえば、ふたりの子どもがかけっこをしているとします。ゴールにいる人が、まずA君が到着し、そのあとB君が到着したことを見ました。ここで「A君の到着」という事象と「B君の到着」という事象の間には、先後関係があることが認識されます。この先後関係のことを「時」というわ けです。「過去・現在・未来の三世」とは、事象の先後関係のことに他なりません。さらに、A君とB君がかけっこをしている間にC君はブランコに乗って遊ん でいたとすると、ブランコの「振り」の数で、A君とB君の到着の先後関係を数量可することができます。たとえば、A君が到着してからC君が「3振り半」し たときB君が到着した、といった具合です。これが時計の原理です。つまり、時間という何かがあって、水が川を流れるように、存在の背景でそれが流れている のではありません。あるのは、「A君の到着」という事象とか、「B君の到着」という事象とか、「C君がブランコに乗って遊んでいた」というような事象とそ れらの間にある関係だけです。これらの事象がなければそれらの先後関係、すなわち「時間」もありません。このことをナーガールジュナは
なんらかのものに縁って時間がある・・・
と言っているわけです。つまり、田畑さんが想定されているような、事象の背後に「時間」という背景が事象とは別に存在していて、それが「最初からプログラムされている」というようなものではなく、むしろ、ものから離れて時間は存在しないというのがナーガールジュナの語る時間です。
ナーガールジュナは、さらに、そういう個々の事象(もの)というものも、それ自体で自立しているのではなく、さまざまな原因や条件に依存しているので、ど こまでいっても、他に依存しないで自存するものはない、というぐあいに、自性論者の逃れ道をふさいでしまいます。それが、
しかるに、いかなるものも存在しない。どうして時間があるであろうか。
という後半の部分の、いわば「だめ押し」とでもいうべき批判になります。
まとめると、ナーガールジュナの時間論は次のようになります。
(イ)「先(過去)」とか「後(現在・未来)」は独立した別々の存在でもなく、また、同一存在の単なる別名でもない。それらは依存関係(縁起)をしめす。
(ロ)先後関係そのもの(時間)も、事象に依存している。だから、事象がなければ時間もない。
(ハ)時間が依存しているところの事象さえも、それ自体で成立しているのではなく他に依存している。
このように、時間はさまざまなレベルの縁起によって成立している。

(2)空間論
わたしは、ナーガールジュナが特別に空間について語っている資料を知りませんが、上記にあげた「時の考察」の章のなかで、「過去」が「現在・未来」に依存しているという論証のすぐ後、つぎのように言っています。
これ[過去が現在・未来に依存しているという論証の例]によって、順次に、残りの二つの時期(現在と未来)、さらに上・下・中など、多数性などを解すべきである。(4節)
この「上・下・中」が空間に相当すると考えられます。したがって、時間が「過去・現在・未来」という事象の先後関係として理解されるように、空間も「上・ 下・中」あるいは「左・右」などの物の位置関係として理解できる、と考えてよいのでないかと思います。つまり、ナーガールジュナが一つの例をあげて「あと も皆同じである」として残した空間論の宿題を、わたしなりまとめてみますと、
(イ)「上・下」「右・左」は独立した別々の存在でもなく、また、同一存在の単なる別名でもない。それらは依存関係(縁起)を示す。
(ロ)「上下・左右」の位置関係そのもの(空間)も、事物に依存している。だから、事物がなければ空間もない。
(ハ)空間が依存しているところの事物さえも、それ自体で成立しているのではなく他に依存している。
このように、空間はさまざまなレベルの縁起によって成立している。
というようなことにでもなるのではないかと思います。
このように、時間とは「先後関係」のことであり、空間とは「位置関係」のことであって、時間や空間は事物の背景として、事物とは別に存在している何かではなく、事物の間にある先後関係や位置関係そのものに すぎない、というのが、わたしの理解するナーガールジュナの時間論・空間論です。したがって、言うまでもないことだと思いますが、「時のながれ」というよ うなものをナーガールジュナは認めていません。彼にとって、流れるような何かがあって、それを「時」と呼んでいるのではないことは明らかだからです。

(3)「始め」の概念
このように、ナーガールジュナは、なんでもかんでも縁起として解釈してしまうので、ナーガールジュナの思想は「始めに縁起ありき」である、と解釈する仏教学者もいます(たとえば、長尾雅人博士)。ですから、
縁起とは時の流れのように最初からプログラムされているのでしょうか。
というご質問がでてくるのもやむを得ないと思います。しかし、ナーガールジュナはどこにも、まず縁起があって、それから、すべてが続く、というようなこと は、どこにも、書き残しておりません。むしろ「始め」とか「最初」という概念そのものが、縁起を否定するものとして、しばしば否定されています。「初めが ある」という主張は、原因や条件なしに事象があることを意味するからです。これは、決してナーガールジュナだけに限らず、初期の頃から一貫して、「始め」 の概念は因果関係・縁起を否定するものとして、仏教では認められることはありませんでした。世界とか存在に関する「始め」とか「最初」という言葉ははなは だ非仏教的な概念と言えます。
ある古い仏典には、ひとりの弟子が、「死後の世界はあるか」とか「世界は永遠であるか」とかなどについて教えてくれなければわたしは教団を去る、とブッダ に文句を言う場面がありますが、ブッダは、そのような事柄は人間の経験的知識の領域を越えるものとして、それらについて語ることは避けました。そのとき の、「わたしが説かないことは説かないと了解せよ」というブッダの言葉が示すように、「世界の始め」とか「無限の世界」とかという、形而上学的存在に関し ては語らず、というのが仏教の長い伝統です。したがって、すべては縁起である、というナーガールジュナの主張も、「初めから」という意味ではなく、「見渡 す限り」という意味における主張と解すべきだと思います。


四句
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E5%9B%9B%E5%8F%A5

Ⅱ 四句分別という論法

1 四句分別の起源と概観

(1)仏典は四句分別で出来ている
http://imachannobennkyou.web.fc2.com/84.htm

(2)西洋式に合理化した解釈
http://imachannobennkyou.web.fc2.com/85.htm







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