読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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イスラム圏でのメーソン禁止についての英語版ウィキの要約と『グノーシスの神話』 

カトリックは教会法(≒教義)でメーソン入会禁止。
初期メイソンはユダヤ教徒入会禁止。
ほとんどのイスラム圏ではメーソン自体が禁止。
必然的にメーソンはプロテスタントだらけになる。
メーソンがイスラム圏で禁止なのはイスラムをプロテスタント化させる秘密部隊だからでしょう。

英語版ウィキの反メーソンの項目の要約。
誤訳があったら教えてください。

カトリックの12世(ローマ教皇)が、フリーメイソンを排斥する初めての教皇文書「イン・エミネンティ」(1738年)が発令すると、
オスマン帝国のスルタンであるマフムト1世もメーソンを違法にし、メイソンを無神論とみなす。
フランス系の大東社の反教会と無神論傾向が強まるとでさらにメーソンへの圧力が強まる。
第一次大戦後、イギリスの影響下でイラクにいくつかロッジができる。
が、1958年のクーデターでイラクは王政から共和制に移行すると、メイソン許可証が無効となり、その後の法律で禁止。
イラクのサダム・フセインがメーソン含むすべてのシオニスト団体への弾圧強化。

イスラム圏での反メーソン陰謀論は、反ユダヤ主義と反シオニズムと強く結びついている。
ダジャル(イスラムの偽救世主)と結びつけられることもある。
イスラム教徒の中には、メーソンがユダヤ教徒を支援し、目的の一つがエルサレムにソロモン神殿を再建し、アル=アクサー・モスクを破壊することにあると考えるものがいる。
ハマースはメーソンだけでなくロータリークラブも類似団体も禁止。
イスラム教徒が多い国の多くがメーソン系組織の設立を禁止。
イスラム圏でメーソンロッジがあるのは、
トルコ、モロッコ、レバノン、マレーシア。
トルコとモロッコにはグランドロッジがある。
レバノンとマレーシアにはグランドロッジの保証の元で地方グランドロッジ(District Grand Lodges)がある。

(ハマースは、イスラーム主義を掲げるパレスチナの政党でスンニ派原理主義。
ムスリム同胞団のパレスチナ支部を母体として創設。

イスラム圏のメーソン陰謀論もキリスト教圏のユダヤ陰謀論と同じ設計図。用語を少し入れ替えるだけ。
広まるきっかけの本がありそうだけどアラビア語が読めないから断念。
ローマ教皇が出したメーソン叩き文書の劣化コピーっぽいけど。

第一次世界大戦後のオスマン帝国の解体により、3つの州(副地区)から成るオスマン領イラクはイギリスの支配下に置かれイギリス委任統治領メソポタミア(British Mandate of Mesopotamia)となった歴史があり、英国系メーソンロッジができた。
共和制になったイラクがメイソン禁止して、フセインがさらに強化。
イラクが徹底的に攻撃された理由の一つ。
イラクの英米系WASPロッジを潰したことへの復讐。

モロッコは元フランスの植民地。
現在のレバノンから到来したフェニキア人が現在のチュニジアあたりにカルタゴを建設し、モロッコ沿岸部にも港湾都市を築いたからメーソンが超必死なのかも。

トルコがメーソンOKなのは当然。
トルコ建国の父ケマルがメーソン=新キリスト教だから。
彼がトルコを脱イスラーム化しキリスト教化させた。

レバノンではキリスト教マロン派(マロン典礼カトリック教会)が先祖がフェニキア人だと主張しているのが気になる。
マロン派はフランスと密接で、レバノン大統領はマロン派から選ばれる習慣らしい。
日産ゴーンがマロン派ということは彼はフェニキア人の子孫かつ教義がカトリック。
教会用語や祈祷書が古シリア語やアラビア語。バチカンから独立していることが重要。

マレーシアは華僑関係だろうね。
日本は東アジアなのに華僑系の陰謀情報が少ないのが露骨だね。

レオ13世は『フマヌム・ゲヌス』にて、メーソンが下位メンバーにすら上層部の情報を教えないことを非難し、マニ教と同じシステムだと非難。
わざわざマニ教という固有名詞をだした理由は本記事後半の記事でよくわかるでしょう。
でも、カトリックも下位メンバー=信者には上層部がやっていることを教えないよね。
真のトップの名簿も明かしていないよね。
ローマ法王はあくまで看板。
そもそもメーソンがカトリックの支配システムを取り入れているからね。

英語が読めないと本当に損だなあ。
日本語訳されていない英語文を読めるようにあがくのが一番手っ取り早く英語力がつくよ。
知らない単語はドラッグして検索し、画像検索もして映像とともに意味を記憶する。

フェイド大帝 @FeydoTaitei15年6月25日
@lakudagoya
メイソン嫌いの法王レオ13世に
よるとメイソンもマニ教も
秘密主義で例えば組織のトップの
名簿を一般公表しない事が気に
食わなかったらしい。
http://w2.vatican.va/content/leo-xiii/en/encyclicals/documents/hf_l-xiii_enc_18840420_humanum-genus.html)

カトリックはメーソンはマニ教を真似ていると指摘して禁止
しているので当然マニ教が警戒された理由も知っておくべきなので↓読書メモも載せておく。

∸――

『グノーシスの神話』(大貫隆):講談社学術文庫


・グノーシス主義
=①人間の本質は至高の神の一部であり、その本質を絶対的に超える存在はない。
②ただし現実の人間は居場所を間違っている。本来の場所へ立ち帰らねばならない。
③このことの「覚知」(「認識」、ギリシア語でグノーシス)こそがその立ち帰りの途を開く。
 =人間即神也。
神々の頂点の至高神が実は本来の人間の別名であることを見抜かないといけない。


・グノーシス神話は大まかに三タイプある

①ナグ・ハマディ文書
主として初期ユダヤ教の影響下。
人間(至高神)は旧約聖書の神をはるかに超越している。代わりに間違った居場所
への人間の墜落の原因も、究極的には人間自身の内面の破れに求められる。

②マニ教
ゾロアスター教に根差している。人間が間違った居場所に拘束されているのは、太古における光と闇の戦闘の結果である。

③マンダ教
両者の混合

・グノーシス主義は初期ユダヤ教の周縁に、原始キリスト教とほぼ同じ頃に現れ、やがてキリスト教と接触するに及んで、最大の異端とされた。なぜなら本来の人間は至高神の一部であり、現実の人間は居場所を間違えていて、それゆえ自分の本質を認識=グノーシスして本来の場所へ立ち帰らねばならない、という思想だからである。

旧約でわかるように、主ヤハウェは創造神であり唯一神であり、被造物たる人間はあまりにも創造主と比べて卑小である。人は人であり神には絶対になりえない。神と人間の間の不可逆・非対称の関係こそが旧約聖書の創造信仰の核心。

ストア派のクレアンテース『ゼウス賛歌』(ストバイオス『詞華集』に収録)を引用する。
クレアンテースは、紀元前四世紀にキティオン(キプロス島)のゼノンによってアテネで始められたストア派の二代目学頭を務め、ゼノンの体系に宗教的色調を添えた人である。

“その雷鳴をもってあなたは世界を導き、万物の中にあまねくロゴスをゆきわたらせ

自ら天の大小の光と混じり合う。
ロゴスをもってあなたは万物のかくも偉大な王であられる。
〔…〕
あなたには敵対するものも友となる。
そのようにしてあなたは善きものを悪しきものに結び、あらゆるものを一つに調和させ
ただ一つロゴスを万物の上に永久に在る
ものとされた。”p.22-23

ストア派ではゼウスは決して旧約聖書のような超越神ではない。
実質上は宇宙万物に内在かつ遍在し、すべての事物を導くロゴス、つまり万物の理法と同一である。
この理法は世界の中に現れる悪をも善きものに結びつけ、あらゆるものを一つに調和させる力である。
まさしくストアの予定調和説である。
ストア派はこの理法・ロゴスが大宇宙の中では恒星天(地上から数えて第八天)にもっとも濃密に宿っていると考えた。そこから地上に向かって七つの天を下降するにつれて、その遍在の濃度は薄くなってゆく。地上では人間種族がそれに最も多く与っている。
さらに小宇宙として個々の人間の内部でも魂が八つの部分からなり、その全体を統括する第八の指導的部分
にロゴスが宿る。
こうしてストアでは宇宙万物と人間がマクロコスモスとミクロコスモスとして大小の同心円として対応する。


『マンダ教祈禱集』第九十四篇、私訳

“幸いなるかな、幸いなるかな、魂よ、
  汝は今この世を立ち去れり。
汝は立ち去れり、滅びと
  汝が住みし悪臭のからだ、
悪しき者たちの住まい、
  もろもろの罪に溢れたこの場所を。
闇の世界、
  憎しみと妬みと不和の世界を、
惑星たちの住むこの住まいを。

彼らは苦しみと破壊をもたらす。
彼らは苦しみと破壊をもたらし、
日々、試練を引き起こす。

立ち上がれ、立ち上がれ、魂よ、
昇り行け、汝がかつて在りし地へ。
昇り行け、汝がかつて在りし地へ、
そこから汝がこの地に植えられた地へ。
そこから汝が植えられた地へ、
ウトラ(神々)たちの間の汝の良き住まいへ。
起き上がれ、汝の栄光の衣を身にまとい、
戴くべし、汝の活ける冠を。
座すべし、汝の栄光の玉座に。
「いのち」が光の地に備えし玉座
に。
昇り行きて住まうべし、
汝の兄弟、ウトラたちの間なる住まいに。
汝が学びしごとく、
汝のいにしえの故郷をさきわい、
汝を養いしこの家の地を
呪うべし。
汝がこの地に在りし年々は、
「七人」が汝の敵なりき。
「七人」が汝の敵、
「十二人」が汝を迫害する者なりき

しかれども「いのち」はいと高く、勝利に満つ、
勝利に満つ、この地から去りしこの者も。“
p.26-28
 
「七人」=七惑星(太陽含む)
「十二人」=黄道十二宮
人間は自分が肉体と魂、すなわち本来の自己に分裂していること、
本来の自己の居場所がこの世界にないことを発見し、この世への絶対的違和感の中で本来の自己がそれらを無限に超越する価値であると信じるのがグノーシス主義。
惑星を創造した神は真の神ではない。グノーシス主義は人間の本来の自己を端的に神だと宣言する。
グノーシスのマンダ教では、死者の魂が目に見える宇宙のかなたの光の地にいるウトラと兄弟であり彼らの間の至高神「いのち」のもとに用意された玉座に座ると表現しており、
魂と至高神は同質であり、人=神である。

・①イラン・マニ教型(東方型)
人間の真の自己の隠喩としての光、対立原理の闇をはじめから設定し、互いに対立させ、二つの原理が混合しあう事件を考える。宇宙生成以前に起きたその事件により光の一部が闇の中に失われた。光の側は失われた部分を取り返そうとし、闇の側はそうはさせまいとする。
目に見える宇宙万物と人間の肉体は、戦略的に創造される。人間の救済は闇の中に捕縛された光の部分の濾過回収がどこまで成功するかにかかっている。

②シリア・エジプト型(西方型)
光そのものの中に一つの「破れ」が生じて、それが原因となってやがて闇の領域に造物神が生成する。造物主によって目に見える宇宙万物が創造され、その中に人間が「心魂」と肉体からなるものとして造られる。その心魂的および肉体的人間の中に光の部分が至上の原理として宿ることとなったのは、その破れを修復しようとする光の勢力が造物神の知らぬ間にそれを注入したことによる。個々人の救済は、このことを認識し、ふさわしく生き、肉体の死後、造物主の支配する領域を突破して、そのかなたの光の世界へ回帰することにある。
この方は後2世紀の半ばのアレクサンドリアに成立したヴァレンティノス派を筆頭に、パレスティナ・シリアにも展開したさまざまなグノーシス主義グループの神話によって代表される。ナグ・ハマディ文書の大半がこの型。

・マンダ教の洗礼の儀式はヨルダンと呼ばれている。

エイレナイオスは『異端反駁』にて使徒行伝にて「魔術師あるいは大能と呼ばれる神の力」と言われているシモンを、あらゆるグノーシス主義の始祖と断定している。シモンの名を継いだシモン派が文献に記録されたグノーシス主義教派としては最古の一つであることは間違いなく、しかもその震源地サマリアはユダヤ教の伝統が異教とまじりあった場所。
シモン派のものという『大いなる宣教』によるとシモン派がシモンを神格化し、シモンから流出した女性的存在エンノイアをめぐる救済神話を創造していたことがわかる。


・キリスト教との接触が明確なグノーシス主義をキリスト教的グノーシス主義と呼ぶ。その最も早い時期の小アジア出身のケリントス曰く、天的なキリストが人間イエスと洗礼時に合体し、イエスの十字架上の刑死の前に離脱したという説(仮現論)を唱えたという。

・二世紀の中葉以降になると本格的な体系を備えたグノーシス主義が登場。その一つがバルべーロー・グノーシス主義でバルべーロー(Barbelo)(原意不明)を救済神話の最上位に近い位置に置く教派で『ヨハネのアポクリュフォン』が代表的。

・自分たちをアダムの第三子セツ(邦訳「セト」)の子孫と考えるセツ派がある。

創世記三章の堕罪物語の蛇(ギリシア語でオフィス)に救済論上重要な役割を与えるオフィス派がある。が同じ特徴を持つナハシュ派(ナハシュはヘブル語で蛇)、ペラータイ派(宿命の鎖を「超克する者たち」の意)、セツ派があるとヒッポリュトスが指摘。

・二世紀中葉は自覚的にキリスト教にかかわりつつ自己形成をとげたキリスト教グノーシス主義者が登場し、最初の人がバシリデース。
バシリデースの神話は
①エイレナイオス曰く、
後述のヴァレンティノス派と同じく神論、宇宙生成論、人間生成論を上方から下方へ垂直的に展開するタイプのものである。

②ヒッポリュトス曰く
「存在しない神」がはるか下方に置いた「世界種子」すなわちやがて生成するべき万物を潜在的に内包した種子から、宇宙万物の創生、人間の種族の分解を極めて体系的に物語る。

バシリデースに少し遅れて登場したヴァレンティノスはキリスト教史上最大のグノーシス主義者、したがって正統主義教会にとって最大の異端者と呼ばれた。
神々で充満する領域(ギリシア語でプレーローマ)、その下の中間界、さらに下の最下位の物質と暗黒の闇の世界のすべてを上位のものが下位のものを流出するという流出原理にもとづいて導出する主義一貫した体系。

・三世紀にグノーシス主義の集大成として花開いたマニ教の背後には善悪の絶対的二元対立から始まるゾロアスター教の伝統が隠れている。西は北アフリカを中心に地中海世界を席巻し、東はシルクロードを通り中央アジアと中国内陸まで達した。ウィグル王国では763年国教になっている。


(ゾロアスター教はマニ教を完全否定する思想なので注意。

⓵「事実と意見を区別」
②「思う、感じる、感情表現の禁止」
を守れば論理的文章がすぐ書ける!←そんなことより 「丸に十字」「人型の十字架」「エプロン」のマンダ教だ! 青木健『古代オリエントの宗教』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-115.html
”マニが24歳のときにペルシア皇帝への献呈を前提として執筆したパフラヴィー語文献『シャーブフラガーン』の中では、マーニー教の最高神格「光の父」が時間の神ズルヴァーンに、
原人が善の神オフルマズドに、
闇の王が悪の神アフレマンに改称され、外見上はイラン系宗教に見えるように粉飾されている。
こうも簡単に置換されてしまう事実は、マニ教では「構造」が重要であり、布教のためならイエス論ですら代替可能であるというマニ教理解に一定の根拠を与えている。

(マニ教が布教したいのは
①イエスの絶対性
②グノーシス主義の二つであり、
②グノーシス主義が最優先事項なのでしょう。
「グノーシス主義=二神論=実質的多神教」こそが真のキリスト教であり、
「悪魔を産んだくせに最善(笑)の唯一神」教は、真のキリスト教ではないと考えていたということです。


ねこた(ツイッター閉店中) ‏@lakudagoya 2015年5月3日
みんあさ、イルミちゃん調べたかったら、マニ教のグノーシスも調べてね。「マミさんは真のキリスト教に目覚めたようです」 で検索してみて。これ青木健の「マニ教」という本を買わなくてもいいくらい内容が充実してる。マニ教の恐ろしさは、既存の宗教に寄生して神話を換骨奪胎して乗っ取る作戦だから

ねこた(ツイッター閉店中) ‏@lakudagoya 2015年5月2日
「マミさんは真のキリスト教に目覚めたようです」が面白かった!マニ教の本買わなくても内容がわかるよ。http://oyoguyaruo.blog72.fc2.com/blog-entry-4797.html ”

ダビデの星がユダヤだけのシンボルになったのは十七世紀からでキリスト教が決めた(ユダヤではない)ので日ユ同祖論(キリスト教製品)に使えない。マニ教の概要(山本由美子『マニ教とゾロアスター教』 など)、ダイアン・フォーチュン『神秘のカバラー』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-35.html
” マニ教(マーニー教。摩尼教、明教、二宗教)
三世紀のマニ(マーニー)がササン朝ペルシアにて創始。
中核は善悪二元論(拝火教+グノーシス主義)。
物質・肉体=悪。
霊魂・精神=善。
菜食主義(肉食禁止)と飲酒禁止。
一日一食。週一度に断食。
動物を殺すことも、植物の根を抜くことも禁止。
食べて良い代表的なものは果物であり、透き通った野菜。
きゅうりやメロンは最も良いとされた。
(衰弱死しそうなんですけど)
白い衣服を着る。
現世否定。性欲否定。
性欲否定は神話の表現にも表れていて、光=善の側は産むとか生まれるという言葉が使われず、「呼び出す」という言葉を使います。
(苦しいですね。性欲否定の宗教の致命的な問題点は、生殖しないと信者がどんどん減ってしまうというものがあります。まあ、だから積極的に広めまくったのでしょう。子宝沢山は惡なのですから)
信者減少対策として、マニ教は、平信徒(聴聞者)と選ばれた者(アルダワーン=義者=拝火教で善をおこなった信者を呼ぶ言葉)に分けました。
聴聞者はそれほど強く戒律を守らなくて良く、結婚も子づくりも許されるとし、生産活動をして選ばれた者を支える役割にしました。戒律を厳密に守ると生産活動が不可能になりますからね。
アルダワーンには女性もなれます。布教師にもなれます。しかしマニ教神話は男性優位っぽいです。でもグノーシスは女性優位なんですよね。

マニ教の神話は色々混ざっています。長いので面白そうなところだけピックアップします。
・はじめに光明の父もしくは偉大な父(ズルワーン=時間)と呼ばれる存在が光の王国にあり、光の王国は上・東・北・西の方位にあり、光の五元素(光、風、火、水、エーテル)をその実体としていた。
闇の王国は下・南にあり、光の五元素に対応する五つの闇の元素からなっていた。
(はじめが父なので、男性優位思想。グノーシスは女性優位なのにね。
しかし神話に反して、女性が「選ばれた人(アルダワーン)」になることはタブーではなく、女性の布教師も珍しくはありませんでした。
ゾロアスター教ズルワーン主義=拝時教、の影響って凄いですね。
南になにか恨みでもあるのでしょうか。理由が知りたいです。
時間=変化の前提が始まりとは哲学的に感心しました。
時間=時計・天体の動きの周期・暦は農業用だったのに今や奴隷を長く働かせる為の道具になっております)

・光明の父(偉大な父ズルワーン=時間)が、生命の母を「呼び出した」(産むが使えないので)。
この生命の母が最初の人である原人オフルミズド(アフラ・マズダーの中世ペルシア語形)を呼び出した。(処女懐胎以上にファンタジーですな)
・光明の父は、生ける霊(ミフルヤズド)も呼び出した。
ミフルは契約の神ミスラの中世ペルシア形で、このころは太陽神と同一化されるようになった。ミフルヤズド(ミスラ神)は、インドにおけるミトラ神、ギリシャ・ローマにおけるミトラス神に相当する。仏教における弥勒菩薩(マイトレーヤ)もまたミスラ(ミトラ)に由来するともいわれている。
ミトラ=密特拉〔中国語〕の漢字表記の頭は「密」なんですよね。密教にもミトラの要素あるし。
マニ教においては光明神としての性格が強調され、太陽と同一視された。ソグド語で日曜日の事もミールと呼ぶようになった)

・この世界は倒された闇の悪魔たちの屍体から創られた。悪魔からはぎ取られた皮から十天が創られ、骨が山となり、身体や排泄物は大地となった。闇のアルコーン(執政官。高位の悪魔)たちは鎖で空に繋ぎとめられた。
汚されていない光の元素から太陽と月が創られた。
少し汚されたものから星が創られた。

(マニ教では、十層の天と八層の大地からなるという宇宙観。なんと日本でマニ教の宇宙図が見つかりました)

闇は、虜にした光の元素を取り戻されないように、物質がすべての悪魔を飲み込み統合して一つの大悪魔を創った。同様に女の悪魔たちも一つの大悪魔となった。その男女の大悪魔によって、憧れの的である第三の使者(光明の父が呼びだした)に似せてアダムとイブが創られた。ゆえに、アダムとイブは闇の創造物でありながら、大量の光の要素を持っていることになる。
自分が光の要素を持っていることを知らないアダムに、自らの光の本質存在を知らせるために、第三の使者の化身であるイエスが送られ、アダムにグノーシス(知識)を与えて覚醒させる。覚醒したアダムは自らの内なる光の本質を救うために物質の連鎖を断ち切ろうと禁欲を誓う。
しかし、アダムよりは少ないがやはり光の本質を持つイブはグノーシスをイエスから与えられなかった。
その理由を理解できず、アルコーンと交わってカインとアベルを産む。
嫉妬に駆られたアダムは、自らを抑えきれずイブと交わり、セトが生まれた。
かくして、人間の生命の営みが始まった。
(男尊女卑)


・この世界は物質である限り、闇のアフリマンの支配下にある。しかしグノーシスを得た人が少しでも光の元素を救いだそうとするので、戦いは続いている。
囚われの光の粒子は、閉じ込めている物質が壊されると解放される。それはまず光の柱を通って月に集められ、月が満ちると太陽に移され、その後に新しい天国に呼び集められる。
(囚われた光の粒子の経路は光の柱→月→太陽→新しい天国

・いずれ光と闇の最終戦争が起き、イエスが正邪を分ける判事としてあらわれる。世界の終わりには神が支えることをやめるので天地は崩れ落ち、1468年間も続く大火によって全て物質的なものは消滅する。イエスは光の王国と合体した新しい天国に戻り、二つの原理はもはや混じり合うことはない。

・「白衣白冠の徒」
といわれた東方のマニ教(明教)は、景教(ネストリウス派キリスト教)・祆教(ゾロアスター教)とともに、三夷教ないし三夷寺と呼ばれた。

キリスト教の異端派がマニ教の変形である例はいくつかある。
アルメニアから始まって、黒海沿岸に広まったパウロ派は、使徒パウロの書簡を重んじる二元論的世界観を持っていた。

ブルガリアに発してコンスタンティノープルにも根拠地を置いたボゴミール派は、サタンによる創造神話や旧約聖書の否定など特徴的な教義が、異端審問の記録により信仰内容が良く知られている。ボゴミール派がブルガリアとビザンツ帝国で栄えたのは九世紀から十二世紀までである。

特にマニ教的だったのが十一世紀から十三世紀に北イタリアから南フランスにかけて受け入れられたカタリ派であるが、フランス統一をはかる北フランスのカトリックの王家により弾圧された。地中海沿岸の南フランスに栄えたのがカタリ派である。
信者自身はマニ教との繋がりを認めてはいないが、宇宙の創造に悪魔が介入していることを認めたり、酒や女の快楽を否定し、結婚をよしとせず、水による洗礼を行わないように、非常にマニ教的である。女性の地位も高い。注意しないといけないのはマニ教だと非難したのはカトリック側であることだ。

(マニ教を守るためかもしれません。マニ教勢力の存在を明確に認めると狙われるから)

マーニーは珍しいことに、自分で教典を書き、バビロニアを中心に教団を形成した預言者。
マニ教団勢力は、サーサーン朝(ササン朝。ペルシャ=イランの拝火教国家)に迫害されるほどに勢力が強かった。
本拠地はバビロンだったが、マニ教が目覚ましい発展を遂げたのはまずローマ帝国領のシリアやエジプト、その他の地中海沿岸地方であった。
エジプトではアレクサンドリア(錬金術=科学の聖地)を中心に発展したことは、元マニ教徒のキリスト教の教父アウグスティヌスが記している。
アウグスティヌスの母はクリスチャンだったが、彼はカルタゴでマニ教に出会って信者(聴聞者)となった。
(アウグスティヌスがマニ教の影響からキリスト教の二元論を強化したと思います。善悪の戦いの強調の源流は拝火教ですけどね)
当時のアレクサンドリアやカルタゴでは様々な宗教の間で公開討論会のようなものが行われ、自己の宗教の優位性を論理的に主張することが普通に行われていて、一種の娯楽だったらしい。折衷主義のマニ教はどのような論点も自己のものとして取り入れることができるので、非常に論争しにくい相手だったであろう。

(何でも信じているか、何も信じていないか、どちらも最強なんですよね。
三世紀から千年以上もユーラシアの西はスペイン、東は中国福建省の泉州にまで広がったが、現在では消え失せしまっている世界宗教。実は中国では生き残っています。
そして現在の統一宗教=イルミナティ教のモデルでしょう。)


預言者マニ(マーニー)は自分で経典を書いた。
予言者が自ら教義書を書いたのは、マニが史上初であろうことは先述したが、マニが主として経典にアラム語を用いたのには、当時の中東世界の共通語として広く意思疎通に用いられていたからであろう。
彼は速やかに経典を各地の言語に翻訳させたが、その際、彼は自身の教義の厳密な訳出よりは各地に伝わる在来の信仰や用語を利用して、入信者が理解しやすいように、自由に翻訳することを勧めた。場合によっては馴染みやすい信仰への翻案すら認め、このことは異民族や遠隔地の布教に有効であった。
マニ教は他の宗教と論戦しながら改宗を勧めていったのだが、相手の宗教を否定せずにむしろ積極的にその宗教独自の概念や神話を取り込んで、違ったものに作り変えてしまうことにひいでていたので大変議論がしにくかった。特有の概念や神の名を異なる脈絡で言及するので強い違和感を与えるものの反論しにくかったはず。
(改良版を売る戦術ですね。マニ教は実は君らの宗教の改良版に過ぎない戦法)

しかし、各地ごとに布教目的で柔軟に用語や教義を変相させていったため、普遍的な世界宗教へと発展した反面、教義の一貫性は必ずしも保持されなかった。

(だから消えても影響が残りまくったのがマニ教。道教みたいですね。神道・天皇・神器は道教用語であり日本由来ではないのです。全部中国産。年号だって漢文から。どこにヘブライ語があるの?)

中国(唐)にマニ教が伝わったのは七世紀。694年、マニ教の教師(佛多誕)ミフル・オフルミズドが、はじめて唐の宮廷を訪れ、則天武后と会見してマニ教の信仰を説いて布教が許された。マニ教はバビロニアの優れた天文学と暦の知識を持っていて、暦の改定を進めていた当時の唐には魅力的だった。
八世紀、758年の安禄山の乱において、弱体化していた唐朝を支援して乱の鎮定に尽力したウイグル王ヤブグ汗(ウイグル族は中央アジアのトルコ系部族)がマニ教に改宗し、ウイグルの国教とした。768年にはウイグル人のために長安にマニ教寺院大雲光明
寺が建てられた。
マニ教の教義はすでに各地で仏教や、ゾロアスター教、キリスト教の教義との混淆を深めていたが、この時期になると、さらに中国独自の宗教である道教の教義とも同一化されるようになった。
マーニーは道教の始祖老子の生まれ変わりとみなされたりした。
マニ教の後ろ盾となっていたウイグル汗が840年に、キルギスに敗れ、ウイグルの領土が高昌(ホッチョ)とその周辺地域に限られるようになると、中国各地でウイグルにたいする反感が吹き出し、ウイグル人の巣窟とみなされた各地のマニ教寺院が破壊された。
842年から4年間続いた武宗(道教重視)による「会昌の弾圧」は、マニ教のみでなく、拝火教、キリスト教、仏教をも含むすべての外来宗教を弾圧したものであったが、マニ教の受けた打撃は大きかった。
 仏教では、寺院4600寺が廃され僧尼26万5千人が還俗させられたので、「会昌の法難」と称している。
福建の泉州に逃れたマニ教徒はこの地で秘密結社のような組織になったという。
マニ教経典は、一見仏教の典籍の一つのようにされ、一部のマニ教徒は道教の一派のように振舞っていたこともある。キリスト教の一派とみなされたことも多く、マルコ・ポーロが泉州であったと述べている「キリスト教徒」はじつはマニ教徒だったといわれる。結局、中国のマニ教徒は十五世紀くらいには姿を消し、これによってマニ教は事実上消滅した。
と思われたが↓
“元を倒した新たな王朝を築いた朱元璋が新王朝の国号を「明朝」としたのも、元朝打倒の原動力になった明教にあやかってのこと

出典中国におけるマニ教
マニ教は843年に唐の武宗によって禁止された後も「明教」と呼ばれ流布しつづけた。”
“中国・福建省でマニ教の寺院が複数現存していることが近年確認されている”
“何百年前に滅んだはずのマニ教が、中国では細々と生き残っていて、寺もあれば信者もいて、毎年マニの生誕祭が開かれている”
“御本尊の摩尼光仏”
【歴史】マニ教 ー消えた世界宗教の謎ー
http://matome.naver.jp/odai/2134904705662315701”)


グノーシス主義は農村部よりは都市部の現象。ヘレニズム時代の地中海とオリエント世界では、思想と宗教の統合はとりわけ都市部で顕著だった。アレクサンドリアはその典型。都市部では人間は個別化され、伝統的基盤から乖離し、社会的方向性と自己同一性の喪失の危機に面していた。この危機は強大なローマ帝国の支配の中に併合されて政治的な禁治産宣言を下された東方地中海世界の諸民族、とりわけ都市の知識層の場合に深刻であった。グノーシス主義は知識層を主要な担い手とするプロテストなのである。
ナグ・ハマディ文書で明らかになったように、グノーシス主義者の自己呼称の一つが「王なき世代」。

(グノーシス主義は都市のインテリ向け。カトリックに反抗する者、プロテスタントの先祖。プロテスタントもグノーシス否定ですけど。教義的には異端派のほうがプロテストしていますよね)



・『ヨハネのアポクリュフォン』、二世紀前半、バルべーロー(Barbelo)派、セツ派


(神話1 『ヨハネのアポクリュフォン』
http://gnosticthinking.nobody.jp/gnosismyth001.html
“『ナグ・ハマディ文書』より

 世界の始源には、至高神だけが存在する。至高神はあらゆる事物に先立つ絶対的な始源であり、絶対的な超越者である。それを限定的な、あるいは実定的な属性によって形容することは不可能であり、ゆえに「否定神学」的な叙述方法が導入される。『ヨハネのアポクリュフォン』によれば至高神とは、見えざる霊、不滅性の中に在る者、いかなる視力でも見つめることのできない純粋なる光の中に在る者、欠乏を知らない者、あらゆる者に先立つ者、断定し難い者、記述し難い者、身体的でも非身体的でもない者、大きくも小さくもない者、等々…
至高神の分身=「最初の人間」
であるバルベーローの発出

 至高神は「霊の泉」に映る自己の姿を注視することによって、最初の思考であり、自己の鏡像=似像である「バルベーロー」を発出する。至高神自身が非限定的で不可視の存在であるのに対し、その似像であるバルベーローは限定と形相を有する。バルベーローとは、至高神が自己観照によって生み出す最初の理念、最初の「アイオーン(永劫性)」なのである。その光景は以下のように描かれている。

霊の泉が、光の活ける水から流れ出た。そして彼は、全てのアイオーンとあらゆる世界を準備した。彼は自分を取り巻く純粋なる光の水の中に彼自身の像を見ることにより、それを把握した。すると彼の「思考(エンノイア)」が活発になって現れ出た。[······]これがすなわち万物の完全なる「プロノイア(予見)」、光、光の似像、見えざる者の影像である。それは完全なる力、バルベーロー、栄光の完全なるアイオーンである。彼女は彼を誉め讃えた。彼女は彼によって現れたからである。そして彼女は彼を思考する。彼女は最初の「思考」、彼の映像である。彼女は最初の人間となったのである。

…プレーローマ界の創造

 こうして誕生したバルベーローは、至高神の承認を得ることにより、「第一の認識」を始めとする種々のアイオーンを次々に発出する。このようなバルベーローの働きを通して、神的な完全性に満たされた世界、「プレーローマ(充溢)」界が創造されるのである。各アイオーンは「不滅性」「真理」「叡知」「言葉」「賢明」「愛」等という実定的属性を指示する名が与えられている。それらは、プラトン哲学の概念でいう「 イデア」に相当する、完全で永遠なる存在者なのである。それぞれのアイオーンは、男女の「対(シュジュギア)」を構成するものとして配置されている。

ソフィアの過失

 プレーローマ界を構成する上述の神々の中で、「ソフィア(知恵)」と呼ばれるアイオーンは、その世界の最下層に位置する女性の神格であった。ソフィアは、自らもまた至高神の似像性を有する一つのアイオーンであるという理由によって、至高神と同じように自分自身の影像を発出したいと願う。

さて、われわれの仲間なる姉妹、すなわち「知恵」は──彼女(もまた)一つのアイオーンであったので──自分の内からある考えを抱くに至った。彼女は霊の考えと「第一の認識」によって自分の中から自分の影像を出現させたいと欲した。彼女のこの考えは無為のままではいなかった。そして彼女の業が不完全な形で現れ出た。その外貌には形がなかった。というのも、彼女は彼女の伴侶なしに(それを)造り出したからである。それには母親の姿に似た形がなかった。

至高神や他の神々の同意と承認を得ずに行われたその行為は、ソフィアの身に大きな悲劇をもたらす。彼女が流産したものは神的存在者にそぐわないその奇怪な姿を露わにし、蛇とライオンの外貌を呈したのである。ソフィアは自らが生み出したその存在を他のアイオーンたちに見られることを恐れ、これをプレーローマ界の外部に投げ捨てる。そして彼に玉座を与え、「ヤルダバオート」と名づけた。


可視的世界の創造

 プレーローマ界から放逐されたヤルダバオートは、自らの出生の由来を知ることのないまま、自らの住まう世界、すなわち可視的世界の創造に着手する。最初に創造されるのは、恒星天や惑星天の星々と同一視される「アルコーン(支配者)」たちである。ヤルダバオートはソフィアから継承していた力の働きによって、無知の裡にプレーローマ界の似像としての可視的世界を創造する。

さて、彼はこれらすべてのものを、すでに成立している第一のアイオーンの像に従って、整えた。それは彼らを不朽の型に倣って造り出すためであった。彼が不朽なる者たちを見たからではなく、むしろ彼の中に在る力──それは彼が彼の母親から受け取っていたものである──が彼の中に美しき秩序の像を生み出したからである。

 ヤルダバオートは、旧約聖書の造物主ヤハウェと同一視されている。ヤルダバオートは世界の創造が自らの力のみによって為されたと過信し、アルコーンたちに自己の唯一性を宣言する。「私こそは妬む神である。私の他に神はない」

人間の創造

 無知と傲慢に満ちたヤルダバオートの言葉に対し、プレーローマ界の創造者であるバルベーローは「人間と人間の子が存在する」と答えて反駁すると同時に、自らの形象を可視的世界の水面に現出させる。ヤルダバオートとアルコーンたちは、水の中に映ったバルベーローの影像を目にして驚愕する。彼らは、「われわれは神の像と外見に従って人間を造ろう。彼の像がわれわれにとって光となるために」と語りあい、バルベーローの立像を模することによって人間の(心魂的)身体を創造する。

 こうして造り上げられた最初の人間は、「アダム」と名づけられる。しかし彼は徒に地面を這うばかりで、立ち上がることができない。これを見たプレーローマ界の諸力は、ヤルダバオートに対し、ソフィアに由来する力であるその霊=息(プネウマ)をアダムに吹き込むようにそそのかす。それは、ヤルダバオートが不当にも保持しているその霊力を奪還するための計画を意味するのである。ヤルダバオートから息を吹き込まれたアダムは力を得て立ち上がるが、ヤルダバオートはそれを喪失する。さらに、霊の力を得て光り輝き始めたアダムを目にして、アルコーンたちは激しい嫉妬の感情に駆られ、彼を物質世界の底部にある「エデンの園」に幽閉する。

「生命の霊」と「模倣の霊」の対立

 『ヨハネのアポクリュフォン』における以下の物語では、エデンの園に続く『創世記』の幾つかの場面が、これまでに描かれたその二元的世界観を背景に解釈される。その記述は幾分断片的であり、しばしば物語の筋道が前後しているが、そこではプレーローマ界が人間を救済するために派遣する「生命の霊」と、可視的世界の支配者がその姿を模して生み出す「模倣の霊」の対抗関係が、物語構成の基軸的な役割を果たしている。

 バルベーローは、エデンの園に幽閉されたアダムと彼に吹き込まれた霊の存在を憐れみ、これに救助者を差し向ける。それは「善なる、憐れみに富む霊」であり、「光のエピノイア」、あるいは「ゾーエー(生命)」や「生命の霊」と呼ばれる。ヤルダバオートはアダムを眠らせ、彼のもとに到来した「生命の霊」を抜き取ることにより、自らが失った力を回復しようとする。しかし「生命の霊」はその手から逃れてアダムから離れたため、ヤルダバオートは「生命の霊」を捕縛するために、その姿を模することによって、物質的な「つくり物」である女性の身体を造り出す。「生命の霊」はこの身体に降り立ち、ゆえに彼女は「生命」=エヴァと称されるようになるのである。

 アダムの側に立っている若い女の姿を目にして、ヤルダバオートの心は「愚かな思い」、すなわち性欲によって満たされる。ヤルダバオートは彼女を凌辱するが、その企みを事前に察知したプロノイアによって彼女からはすでに生命が抜き取られていたため、彼はエヴァの肉体のみと交わったのであり、それによって新たな「肉体の像」、カインとアベルが生み出される。そしてアルコーンたちは彼らに、「生命の霊」を模倣して造り上げた「忌むべき霊」、「模倣の霊」を分与する。彼らは「暗闇の無知」、「身体のこしらえ物の洞窟」と呼ばれる物質的身体の持ち主であり、さらには彼らを支配する「模倣の霊」が常に激しい性欲を惹起するので、悪しき交接に絶え間なく駆り立てられ、洞窟内の映像に等しいその幻影的な肉体を徒に増殖させ続けるのである。こうして地に満ちた者たちは、カインとアベルの種族と呼ばれる。これに対し、バルベーローによって最初に産み出されたアイオーンである「第一の認識」の模像をアダムがを知解することによって、セツが誕生する。セツの子孫たちは、プレーローマ界に存在する原型の忠実な模倣によって誕生した、祝福されるべき種族である。

終末

 人間に求められるのは、「模倣の霊」による支配と影響から離れ、「生命の霊」による教導に従って生きることである。世界の終極においては、プレーローマ界の創造者であるプロノイア=バルベーローが到来し、可視的世界の闇を照明することによって、ヤルダバオートたちが作り上げた宿命の鎖を粉砕するとされている。

[出典]『ナグ・ハマディ文書Ⅰ 救済神話』
荒井献・大貫隆・小林稔・筒井賢治訳、岩波書店、1997年“)


・『三部の教え』 3~4世紀、ヴァレンティノス派

(神話4 『三部の教え』
http://gnosticthinking.nobody.jp/gnosismyth004.html
” 『ナグ・ハマディ文書』より
■1.唯一なる父について

 万物の根源である父は、彼自身の他にはまだ何も存在しないときから、すでに存在した。他の誰かによって生み出されたものではない彼こそが、本来の意味で父であり、神なのである。この神は、「知りえざる者、いかなる思考によっても知解しえざる者、いかなる物によっても見られえざる者、いかなる言葉によっても語りえざる者、いかなる手によっても触りえざる者」であり、自分自身を思考する者とされる。ただ一人唯一なる者である父は、「幹と枝と実をそなえた根のような仕方で存在する」のである。

■2.御子と教会

 「父」なる至高神と共に始源的存在者に数えられるのは、「御子」と「教会」である。御子は父によって最初に生み出された者であり、彼に先立つものが誰もいない「独り子」であって、神と共に永遠に共存する。また教会は、これ以降の無数のアイオーンたちを生み出し、それによって形成されるものである。

■3.アイオーンたち

 父は、自らは減少することなく、その思考によって次々にアイオーンたちを生み出す。また、父はアイオーンたちについて知悉していたが、アイオーンたちは父を知らなかった。「父はアイオーンたちを思考として生み出し、種子の状態に置いた」のであって、彼らは「胎児」として必要なものを十分備えていたが、自分自身が何に由来するか、永遠に存在する者とは何か、を知らなかった。そして御子は、アイオーンたちに対して父の存在を啓示した。なぜなら、「アイオーンたちには御子を見ることが可能であり、彼らが御子について知ることも語ることも可能」だったからである。

■4.ロゴスの過失

 アイオーンたちは、把握不可能な父について沈黙を守っていたが、アイオーンの最後の一人であるロゴスは、父の知解不可能性を敢えて把握し、これを賛美したいと考えた。ロゴスは思い上がりと過剰な愛によって、父に向かって突き進んだ。しかし、父は彼から離れ、境界を固くした。そしてロゴスは、「確固たるものとして手に入れようと欲したものを、かえって影と映像と模写として生み出してしまった。なぜなら、彼は光の輝きに耐えることができず、下にある深淵の方を眺めてしまい、心を二つに分けてしまったからである」。こうしてロゴスは二つに分裂したのだった。とはいえ、これらの出来事は、完全に否定的なものとして評価されてはいない。何よりもそれはロゴスの「善き意図」によって行なわれたものであり、しかもその出来事は父の経綸によって予め定められていたことが強調される。

 分裂したロゴスのうち、完全である部分は、プレーローマ界に帰昇して行った。他方、思い上がった考えから生じた欠乏を抱えたロゴスは、プレーローマ界の外に留まった。そして、このロゴスの考えによって、不従順で覇権を好む多くの者が現れてきた。彼らはプレーローマと似ているが、その模写、映像、影、幻想に他ならず、理性と光を欠いている。しかし彼らは自分たち自身について、自分たち自身によって存在しており、始源を持たない者たちなのだと考えた。

■5.ロゴスの回心

 ロゴスは、これらの不従順な者たちのが発生する原因となったが、自分自身は一層の錯乱の中にあり続けていた。彼が見たのは、完全ではなく欠乏、一致の代わりに分裂、安定の代わりに混乱、安息の代わりに争乱であった。また、ロゴスは無力な者となっていたので、これらの者たちを滅ぼすこともできなかった。

 しかしロゴスは、別の意見と別の考えに立ち帰った。これがロゴスの「悔い改め」(回心)であり、それは不従順な者たちを裁いて破滅させ、破滅に抵抗して戦う者たちには、怒りが彼らの後を追いかけたのだった。ロゴスは回心した後に、真に存在する者たちを想起し、上なるロゴスのための祈りを続けた。彼の祈りと想起は無為のままではなく、数多くの力(=心魂的な者たち)となった。そしてそれらの力は、模写に属する者たち(=物質的な者たち)よりははるかに善く、大きかったが、プレーローマ界に住まう先在の者たちと同等ではなかった。ロゴスは祈った後に自分を善き者に向け、心魂的な者たちに、栄光に満ちた先在者を探し、これを祈る性向を植えつけたのだった。

 物質的な者たちは、自分たちは初めなき者たちであると考え、思い上がって行動し、覇権を好んだ。このようにして、物質的な者たちと心魂的な者たちの二つの秩序は、互いに争ったのだった。

■6.救い主の流出

 プレーローマ界に帰昇した上なるロゴスは、欠乏の中にいる下なるロゴスのことを思い出し、彼のために執り成しをしたいと考えた。ロゴスがアイオーンたちに祈ると、彼らは下なるロゴスを助けることに同意した。アイオーンたちの申し出に父も同意し、彼らはそれによって一つの「実」を生み出した。この者は、「救い主」、「キリスト」、「定められた者たちの光」と呼ばれた。また、アイオーンたちも自分たち自身の力を生み出し、それらは救い主にとって、王に従う軍勢のようになった。

 救い主は、下なるロゴスの前に現れた。彼は完全なる光を輝かせ、上なる世界について教えて、言葉に尽くし難い喜びの中で彼を完全な者とした。そしてロゴスに、自分に対して不従順な者たちを分離して、投げ捨てる権威を与えたのだった。救い主は、稲妻のような光の姿で出現したが、心魂的な者たちは救い主の啓示を歓迎し、彼を拝んだ。それに対して模写に属する者たち(=物質的な者たち)は、この光をひどく恐れた。そして彼らは、「外の闇」、「カオス」、「深淵」と呼ばれる無知の穴の中に落ち込んでしまい、闇の上を支配する者となった。

■7.ロゴスのプレーローマと経綸

 救い主によって完全な者とされたロゴスは、上なるプレーローマの模像を創造する。ロゴスは自分の堅固さを取り戻し、「アイオーン」、「場所」、「救いの会堂」、「花嫁」、「王国」等と呼ばれるようになった。また、彼が創造したプレーローマにも、御子と教会が備えられた。ロゴスのプレーローマは心魂的な者の秩序と物質的な者の秩序の上に位置し、存在する事物のすべてに対する経綸を委ねられた。

 ロゴスは自らのプレーローマを純粋に保つと、その下にある二つの秩序を整えた。すなわち、心魂的な者たちを右に、物質的な者たちを左に配した。またロゴスは、経綸にしたがって、すべての天使たちやアルコーンたちに、それぞれの種族や役割、位階を与えたのだった。

■8.デミウルゴスの創造

 ロゴスは、すべてのアルコーンたちの上に一人のアルコーンを置いた。彼は、「父」、「神」、「造物主」、「王」、「裁き人」等と呼ばれた。ロゴスは彼を手のように用いて、下の領域に働きかけ、これを整えた。デミウルゴスが口にした言葉は直ちに実現されたが、彼はそれがロゴスに導かれていることを知らず、自分一人で成し遂げたと考えて喜んだ。デミウルゴスは、自分に従う者には安息を、自分を信じない者には刑罰を定め、楽園や王国、また彼を助ける働き手たちを創造した。それらは、プレーローマ界の形に倣ったものであった。またデミウルゴスは、物質世界を「霊的な秩序」、「心魂的な秩序」「奴隷の秩序」の三層構造に整えた。

■9.人間の創造

 デミウルゴスは物質世界を創造した後、最後に人間を創造した。そして人間についても、ロゴスが目には見えない仕方で造物神と天使たちを動かし、人間を完成させたのだった。ロゴスは、自らの形(=霊的本質)を人間に与えた。しかし、それはデミウルゴスの口を通して与えられたために、デミウルゴスは自らが与えたものだと考えたのだった。また、デミウルゴスは人間に魂を、「左の者たち(=物質的な者たち)」は物質を与えた。

 このような人間の三区分から、楽園に生えている三種類の木々が区別される。すなわち、「生命の木」は霊的要素、「善悪を知る木」は心魂的要素、「その他の木」は物質的要素である。人間は最初、悪しき「その他の木」から取って食べていたが、邪悪で狡猾な蛇にそそのかされて「善悪を知る木」から取って食べ、デミウルゴスの定めた禁忌を破ることによって楽園から追放された。しかし、この悲劇的出来事もまた神の摂理によるものであって、人間があらゆる無知と動揺を経験した後に、永遠の生命と善なるものの贈与に与るためであった。

■10.哲学・神学の多様性

 世界に存在する二つの秩序(心魂的秩序と物質的秩序)が互いに競い合ったために、さまざまな哲学が説かれることになった。その中でも特に、「被造物の運動の恒常性とその調和に目を凝らす者たち」(=ストア派)や、現に存在する事物は「それ自体で在るものなのだ」と言う者たち(=エピクロス派)は、現に存在する事物の原因を知ることが出来ずにきた、として批判されている。ヘブライ人の中で義人や預言者たちは、幻想や模写によって覆われた思考によってではなく、彼の内側で働いている力に従って語った。しかし、彼らが語った言葉は多くの宗派によって改変して受け入れられ、解釈されることによって、多くの異端を生み出したのだった。しかし預言者たちは、救い主の宣教を受けることによって、救い主が受肉してこの世に到来すること、彼がロゴスに由来する生まれざる者であること、苦難を受ける者ではないことを教えた。

■11.救い主の到来

 救い主は霊的なロゴスに由来する者であったが、からだと心魂をもった幼子として孕まれ、この世に到来した。また、救い主と共に、霊的本質に由来する同伴者たちが到来した。彼らは別の経綸を委ねられており、使徒や福音宣教者となった。救い主であるイエス・キリストは、「約束の種子」を有している人々に対して、その種子が由来する場所へ再び帰っていくという教えを啓示したのだった。

■12.三種類の人類とそれぞれの運命

 救い主の到来は、人間に存在する三種類の種族を明らかにした。まず霊的な種族は、救い主が出現したとき、直ちに彼のもとに走り寄り、認識を授けられた。心魂的な種族は認識を授けられることをためらい、むしろ声によって教えを受け、やがて来るべきことへの保証を受けたのだった。物質的な種族にとって、光である救い主の到来は自らの滅びを意味し、これから身を隠そうとした。霊的な種族は完全な救いに、物質的な種族は完全な滅びに定められているが、心魂的種族はそれらの中央にあって二重の定めを受けており、見捨てられる方か、善なるものの方へかに、定められた脱出をすることになっている。

■13.洗礼と救いの道

 霊的な者たちが物質世界へ生まれ出たのは、無知と苦しみを彼らに経験させ、その中で彼らを訓練するためであったとされる。また、救いを必要とするのは人間たちだけではなく、天使たちや模像たち、プレーローマ、そしてそれらを救うキリスト自身も救いを必要としているのである。救いとは「終わりが始めと同じようになる」ことを意味し、救いに与るためには、父、御子、聖霊に対する信仰告白である洗礼を受ける必要がある。それらの洗礼はまた、「沈黙」、「新婦の部屋」、「永遠の生命」等と呼ばれている。こうして、キリストの中にある御国を告白するならば、不同性と変転の世界から脱出し、「男も女もなく、奴隷も自由人もなく、割礼も無割礼もなく、天使も人間もなく、キリストがすべてにおけるすべてとなる」のである。

[出典]『ナグ・ハマディ文書Ⅱ 福音書』
荒井献・大貫隆・小林稔・筒井賢治訳、岩波書店、1998年 ”)


バシリデース派の「存在しない神」はアリストテレスの「思惟の思惟」を神話的に翻案したものだとヒッポリュトスが指摘。
否定神学はグノーシスの専売特許ではなく、まとまった形で読める最も早いものは、アリストテレスの学院(ペリパトス学派)ではなく、むしろプラトンの学統(中期プラトン主義)に属する。
グノーシスと中期プラトン主義の際立った違いは、グノーシスでは多くの場合男性神と女性神の「対」関係で擬人化された神的存在が生成していくこと。


プトレマイオス派曰く、不可視で名付けられぬ高みには完全なアイオーンが先住した、これをプロアルケ―(原初)とも、プロパトール(原父)とも、ビュトス(深淵)とも呼ぶ。それは把握不可能で不可視、永続的で生まれざるもので、無限の世で大いなる静寂と静穏のうちにあり、彼ビュトスとともにエンノイア(思考)もあってこれをカリス(恩寵)ともシゲー(沈黙)とも名付ける。
ピュトス(深淵。=原初=原父)は万物の初めを自分から流出しようと考えた。
そして流出を、自身と共に存在するシゲー(沈黙。=思考=恩寵)に種子を胎(たい)の中に置くようにして置いた。
シゲーはその種子を受けて妊娠し、ヌース(叡知)を産んだ。彼は自分を流出したものと似ており、等しく彼だけが父の偉大さを捉えるのであった。
このヌースはモノゲネース(独り子)ともパテール(父)とも万物のアルケ―(初め)とも呼ぶ。
この彼ヌースとともにアレーテイア(真理)が流出された。
以上が第一の最初に生まれた、ピタゴラスのいうテトラクテュス(四個組)であり彼等は万物の根と呼ぶ。
モノゲネース(独り子。=叡知=父=初め)は自分が流出された目的を知覚して、自分でもロゴスとゾーエー(生命)を、すなわちこの後にくるもの全ての父であり全プレーローマの初めであり、形成でもあるものを流出したという。
ロゴスとゾーエーから対の形で、
アントローポス(人間)とエクレーシア(教会)が流出される。
これが最初に生まれたオグドアス(八個組)、万物の根と実体であるが、これらは彼の間では、ビュトスとヌースとロゴスとアントローポスという四つの男性名詞の名称で呼ばれるが、それらの各々はそれぞれの対の女性名詞が示すように「男女(おめ)」(アンドロギュノス=両性具有)である。

プトレマイオス派は神々の名前はギリシア語の男性名詞と女性名詞であり、男女の名刺を対として述べられる。

本書の図では例外なく左の項が男性名詞、右の項が女性名詞。

四個組
ピュトス=エンノイア
ヌース=アレーテイア

ロゴス=ゾーエー
アントローポス=エクレーシア
を加えて八個組。

上位の四組(オグドアス=八個組)については「対」といってもそれぞれ同一の両性具有の神的存在の二つの側面である点で、それ以下の対を構成するアイオーンが性差で分かれているのとは区別される。両性具有は神が神である度合いが高いこと、反対に男性か女性かで限られているなら神の度合いが低いことを意味している。



(両性具有が最上位だから同性愛肯定。
気になるのですが、女性名詞と男性名詞の概念って古代からあったのでしょうか?)


・『ヨハネのアポクリュフォン』では、至高神とバルべーロー(プロノイア、思考)は両性具有、それ以外の神々には性差がある

・『古事記』冒頭の神々の系譜において、神世七代の内の下位の十神は男性神と女性神(妹に注意)の対を構成する。合計七柱の神は独り神であり身を隠した神である。さらにそのうちの上位五柱の神は別天つ神。
グノーシス神話との決定的な違いは、『古事記』の神々の生成は、「天地がはじめて天地となっ」た後、その天地の間に生成する。しかしグノーシスでは世界の創造のはるか以前。
(『古事記』を和風聖書に改ざんする神道カルトに注意)



・生成し終わった神々の世界より下の世界はどう生じるか。
ナグ・ハマディ文書の多くで神々の世界の最下位に位置するソフィア(知恵)と彼女が犯す過失が存在する。
ソフィアの過失は分を超えて知られざる父(至高神)を知りたいと欲したことに起因する。彼女は知りたいは知的な意味に限られず、濃厚に性的なニュアンスを含めて物語られる。ソフィアは明確に女性原理であり、描かれる過失は女性神が男性的伴侶の同意なしに抱いた欲求に他ならない。
『ヨハネのアポクリュフォン』
ではソフィアは彼女の内にある情欲のゆえに流出する。
しかし、プトレマイオスを含むヴァレンティノス派の周辺で著わされたと思われる『三部の教え』では過失はプレーローマ界に存在する神々の中で最下位・最小のアイオーンである男性神ロゴスに帰されている。

(ロゴスが下位なんて正統派キリスト教には許せない教え)

中期プラトン主義では下方の可視的世界は神の独り子、最良の制作物であって老いることがない。
がグノーシスでは可視的世界は、ソフィアまたはロゴスの過失の結果生じるので、必然的に神的領域から断絶された悪の領域として描かれる。
過失から無知蒙昧な、流産による異形の子として描かれる造物神が生まれ可視的世界を創造する。


・造物神ヤルダバオート(異形の獣の姿)が創造する世界は光の世界を除外し、その下に位置する領域。天文学的には恒星天(第八天)から七層の惑星天を経て地上までの宇宙空間。恒星天の円周は黄道十二宮(獣帯)に分割され、その十二が惑星の七と組み合わされて言及される。擬人化されて、造物主に仕えるアルコーンあるいは天使と考えられている。
超越的な光の世界、その下に造物主が創造し支配する世界、さらにその下に地上世界あるいは混沌の領域という大きな三層構造で表象されることが多い。

・造物神は現実の人間の創造に着手する。きっかけは超越的な光の世界の側から与えられる。自分独りが神だと思いあがっている造物主(人間の姿ではなく獣の姿)の目の前に光の世界から人間の姿が啓示される。その人間が光の世界のどの神かは一律でない。至高神だったり光の世界の原型アダム(光のアダマス)だったりする。
人間という名の神が自分の姿すなわち人間の姿を造物主の前に現し、それを見た造物主が配下の諸力(アルコーンたち)を集めてその形にならって人間を創造し、彼らに現れた人間をその中に閉じ込めようと試みる。
バルべーロー
バルべーロー(Barbelo)バルべーロー(Barbelo)


・どのグノーシス神話も光の世界の中に「人間」と呼ばれる神的存在が布置される。
「人間」という名の神が自分の姿、つまり人間の姿を造物神の目の前に現す。造物主はこれを見て配下の諸力(アルコーンたち)を集めて、その形にならって人間を創造し、「人間」をその中に閉じ込めようとする。
これは旧約の「われらの像(かたち)」に似せて人間が創造された記述のパロディ。

愚かな造物主と配下により造られるのが肉体的な人間ではなく、その一歩手前の「心魂的人間」(心魂は魂と実質同じ)である。造物主と配下が力の限りを出してもその心魂的人間は動かない。
造物主らの知らぬ間に、心魂的人間に霊的な力が吹き込まれる。その瞬間に心魂的人間は立ち上がり、造物主とその配下をしのぐ存在となる。
創世記の「命の息」は「魂」とも訳せる。
人間が造物主をしのぐ存在となったことに気づいた造物主は、その人間アダムをとらえ、闇の領域にある「楽園」に監禁し、「毛皮の衣」=肉体を着せる。

「光の世界から吹き込まれた霊>(心)魂>肉体」

・悪なる造物主は人間を最初の男女に分割し、生殖行為を教える。人間の個体数を増やすことで霊的本質を拡散させ、その回収を困難にするため。
対抗して光の世界は啓示者をアダムとエバに派遣する。
好んで創世記のいわゆる堕罪物語の蛇と関連させて物語られることが多い。
旧約のヤハウェは妬み深い嘘つきに貶められる
キリスト教グノーシスでは重要な啓示者の一人としてイエス・キリストが登場する。

・仮現論(ドケディズム)
=イエスの十字架上の苦難の刑死は、ただ人間の目に苦難と見えただけで、神的存在としてのキリストの本質を損なう出来事ではないとする思想。
すべてのグノーシスが仮現論を採用しているわけではない。

肉体=悪がないのに肉体的に苦しむわけないって解釈)

・ナグ・ハマディ文書を含むグノーシス主義神話を初めて語りだし、その後さまざまな変容を加えながら伝承していったグノーシス主義グループの大半は、
後2世紀前半から4世紀前半の間に生きている。

悪なる造物主とその配下の目をかいくぐって「霊的種子」が最初の人間から現在まで絶えることなく続いているというのである。この種子あるいは種族に対する呼び方が実はそのまま当該グループの自己呼称だと考えてよい。それは「王なき世代」「王なき完全なる種族」「揺らぐことのない種族」「セツの種族」「シェームの種族」などである。

・ストア派のいわゆる世界周期説。世界が一定の周期(世界周年、一説によれば6000年)で更新(アポカタスタシス)されるという考えがある。

グノーシス主義神話では周期の考えは破棄され、一度限りの終末とされる。

・真っ先に求められるのは啓示に応答しながら真の自分自身を認識することである。
キリスト教的グノーシスではこの認識がそのまま「霊的復活」であり、
正統主義信仰がいう「肉体の
復活」、
あるいはギリシア的信仰のいう「魂の父子」説と対置される。

・古代の反異端論者たちはグノーシス主義を好んで性的アナーキストとして描いた。
がどこまで事実を伝えているか疑わしい。
少なくともナグ・ハマディ文書についてみる限り、性交はもちろん性欲そのものを悪魔視する禁欲主義が圧倒的に目立っている。

・グノーシス主義者たちも共同集会の場では説教と並んで様々な礼典(サクラメント)を行った。例えばヴァレンティノス派については、詳しい実態は不詳とはいえ、洗礼、塗油、聖餐、
「解放(アポリュトローシス)」、「新婦の部屋」の五つが知られている(最後の二つは臨終儀礼の一種とする説が有力)。
特に水による洗礼はヴァレンティノス派の枠を超えてかなり広範囲の文書に確認される。
「五つの封印」という表現がある。
封印は洗礼を受ける人間を保存用の大きな甕に喩え、洗礼によって与えられる聖霊が揮発して逃げ出さないようにフタをして封印する、それが洗礼であるという比喩表現であり、正統主義教会の側でも定型表現となっていたものである。

・グノーシスの個人的終末論。
グノーシスの個々人の運命は、可視的宇宙の終末が訪れる以前に、個々人の肉体の死後に分かれ始まると考えられているのだと思われる。
まだ地上の生にあっても真の自己認識に達すればその瞬間が霊的復活である。

・マンダ教徒は都市部では金銀細工を生業にしている者が多い。
マンダとはセム語系言語であるマンダ語で「知識」「認識」。
マンダ教徒は「マンダ―ヤー」と自称する。
周辺のイスラム教徒はマンダ教徒を「洗礼者たち」や「洗礼者ヨハネの弟子」と呼ぶ。マンダ教徒も日常的にはアラビア語を使っているが、宗教的文書はすべてマンダ語である。

マンダ教の中心教義。
魂は光の世界に起源をもつ。
肉体は闇の世界に由来する。
天界の光の水は地上では「活ける水」=水となって流れているので、その流水による洗礼を何度も行う。受洗者は三度、流水に身を浸す。
儀礼を遵守し教えを守って生きれば、死後魂は光の世界に変えることが出来る。
洗礼は、キリスト教のような一回限りの入信儀礼ではなく、いわば、生きているうちから行われる葬送儀礼なのである。
平和的な宗教だが、迫害されてきた少数派なので、ユダヤ教やキリスト教を激しく敵視する。
流水を使わないキリスト教の洗礼(滴礼)は「切り取られた水」で行われる「恥の洗礼」
とみなす。

・教典『ギンザー(財宝)』に登場する光の使者の一人が、アノシュ(エノシュ)。
マンダ教徒間の口頭伝承では、洗礼者ヨハネにアルファベットを教えている。

やがて、闇の世界の女性の悪霊ルーハ―(ヘブル語のルーアッハ「「息」あるいは
風」)が建てる地上のエルサレムでユダヤ人が自分の弟子を迫害し、殺すのを見て憤激する(『ギンザ―』右の部)

闇の世界のボスは「闇の王」のほか、「ウル」Urとも呼ばれる。ウルはおそらく「光」を意味するヘブル語「オール」の転用と思われる。旧約聖書では積極的な意味で神に関係づけられている単語が、マンダ教では悪の原理とされる。
同じことは、闇の世界で最も影響力の強い女性的存在「ルーハ―」についてもいえる。
旧約でのその等価語ルーアッハは息、風と並んで神の霊をも意味している。

聖書の聖霊は悪霊だから、鳩は悪鳥
×ルーハ ×ルーフ
○ルーアフ 「ル」-アフ。「ア」が必要。
(ルアハ=霊=風。
spirit or wind。
「霊 or 風」の「ルアハ」は
ルーハとは読まない)


・マニ教では、マニ教徒が「敬虔なる業」によって地上世界で回収した光は、彼らの礼拝の場で捧げられる賛美の歌にのせて、月に送られる。月はそれを受けて次第に満ちてゆき、満月(満杯)になるたと太陽に手渡して、自らは欠けていく

・マニ教の終末論では、光の回収、原人の再臨、楽園と奈落、世界大火、が訪れる。

・太陽は炎熱の悪魔とまじりあってしまっている光を、
月は寒冷の悪魔と混じりあってしまっている光を、
讃美の柱に沿って純粋に抽出しする。
そのようにして抽出された光が、高らかに飛翔する賛美の歌、賛歌、清らかな言葉、敬虔なる業と共に高みへと昇ってゆく。
月が光を太陽に手渡し、太陽は自分の上なる賛美の世界の光に手渡す。
渡された光の部分は、その賛美の世界の中を昇って、ついに至高の純粋なる光に到達する。
太陽と月はこのようにすることを止めない。
闇とあまりにも深く結合してしまったためにもはや分離することが出来ないような部分しか残らなくなる時までは。
分離不能のものだけが残されたとき、八つの大地を担う天使が立ち上がり、もう一人の天使ももろもろの天を引きずる業から手を引く。
結果、至高のものが最下位のものとまじりあい、火が激しく吹きだして、混乱した事物の中で燃え盛り、それらの中になお残っている光が解き放たれるときまで、燃え尽きることはない。
この火災は1468年続くが、この定めの期間が終わり、
フマーマ(闇の霊が、光が解放されたこと、天使、軍勢、衛士たちが帰昇してゆくこと)に気づくとき、彼女(闇の霊)はその戦いのさまを見て意気阻喪し、軍勢たちが彼女を取り囲むので、彼女のために用意された墓の中へ逃げ込んでゆく。
それから彼(光の世界の王)はこの墓をこの世界と同じほどの大きさの石で封鎖して、彼女をその中に閉じ込める。そうして光は再び元のように、闇とそれによってもたらされる害悪の危険を免れる。

・オウム真理教の思想系譜は、精神世界、ニューエイジ運動と密接に関連するものとされる。

宗教学者の島薗進による、

ニューエイジの信念体系まとめ
①自己変容あるいは霊性的覚醒の体験による自己実現
②宇宙や自然の聖性の認識、またその聖性と自分の本来的自己が一体であることの認識
③合理的・分析的意識を抑制し、神秘体験や超常的意識に開かれた感性
④自己変容は癒しと環境の変化をもたらす

⑤人間の魂は死後に輪廻転生し、カルマを受け継ぎながらこの世に再生する
⑥霊性と科学は全体論的な知に統合できる
⑦思考が現実を変える
⑧ある程度の数の個人の自己変容や霊性の覚醒が達成されると、人類全体の意識が新しいレベルに進化する


⑨現代こそそのような意識進化が新時代(ニューエイジ)--占星術用語ではうお座の時代から水瓶座の時代――へ移行しようとしている時代である。

ニューエジはこれらに基づきチャネリングという、何らかの超常的存在が人間を媒介項(チャネル=経路)としてメッセージを受け取ることを行う。
超越存在には様々な名がつけられているが、
1963のジェーン・ロバーツの例(後のニューエイジのチャネリングのモデルケースとなった)では、
「セス」という名前だった。語録集が何冊も出版された。
ニューエイジとグノーシスが最も接近するのはこのあたり。
セスは、旧約の創世記でアダムとエバの第三子として生まれて来る「セツ
」(セト)のことに違いないと思われる。
このセツがナグ・ハマディ文書で重要な役割を果たしている。
『ギンザ―』の「シティル」はセツであり、
マニ教神話の「シャーティール」の名のもとにその由来はこの世の支配者には隠された「よそからのもの」言われている。
すなわち、地上での異種族(アロゲネース=いわゆるエイリアン)であるマニ教徒の祖先とされているわけである。
セツにこのような重要な役割を与える思想運動は著者が知る限りグノーシス主義以外には存在しない。

(超越存在なら、超越存在から本当に来たのか、脳が勝手に想定した超越存在から来たのか、区別できないので、勝手な妄想じゃねーのwwっていうとめちゃくちゃ嫌がられるよ。

真の超越存在については絶対に考えることができない。言語とイメージと認識の限界が思考の限界。考えられるように錯覚しているだけ。
言語で表現された時点でもはや人間レベルの存在。人間がつながれた時点で人間に認識されるまで落とされたレベルの存在。
脳内超越世界の想定=超越世界であり小宇宙と大宇宙は一致するのだくらいは反論してほしいよね。
反論になっていないけど)

・チャネラーを媒介するメッセージにも著しくグノーシス主義的文言が頻出。
以下の六点が含まれる
①人間は神である。人間は自分自身のリアリティーを創造する。
神は遍在し、人そのものが神の性格を分有するという汎神論的世界観

②人それぞれが神なのであるから、キリストのような外部の救いの力に頼る必要はない。
自らを探求し自らを知自らを助けることによってのみ、神的なもの霊的なものを知り、そうしたものへ近づいていくことができる

③自らを愛し、他者を愛し、すべてを受け容れる愛がなければならにあ

④死は存在しない。死は幻想。死と呼ばれるものは、より高いレベルへの移行であり、将来はたぶんまた地上に生まれ変わる

⑤人間の最も霊的かつ知的な部分である「大いなる自己」は日常的な自我を超えている。
それは
「上位自己」  「オーバーソウル(上霊)」
「超意識」 「アートマン」 
「キリスト意識」
「内なる神」  「神性自己」とも呼ばれる。

⑥人が生まれる前から、それぞれの「大いなる自己」を補佐し、より高次の目標に向かって歩むのを助ける指導霊が選ばれいる

この六点の殆どが「人間即神也」を本質とするグノーシス主義の教説と大きく重なり合う。
「大いなる自己」を霊として、肉体および心から区別する三分法的な人間観も多くのグノーシス主義派の人間論と共通する。

(「高次への移行」とか「進化」「進歩」とかは洗脳ワード。できないやつはダメだとレッテルを張るための選民思想に都合が良すぎる。上昇大好きなくせに実際は下降し続けて地獄行きの奴ならたくさんいる)


・著者いわく、チャネリングにあらわれるニューエイジ的世界観はグノーシス主義ではない。
グノーシスは世界を巨悪とみて、それを拒否あるいは逃避して生きようとする。
他方、新霊性運動あるいはニューエイジでは、すべてを受け容れる愛にみられるように、世界は調和的とみる。。
ニューエイジ運動の世界観では、目に見える宇宙的世界(コスモス)の中ではすべてが調和的に完結しうるのであり、その外部でしか解決できないような悪は不在。
その点では、ニューエイジはストア哲学の世界観のほうに本質的に似ている。

ストア派は古代グノーシスの対極。
ニューエイジのいう人間がそれぞれ分有する神性の観念はストアの言うロゴスに対応し、
カルマの法則もストアのいう宇宙の理法(摂理)に含まれるといえよう。ストアもまた宗教と倫理と科学(自然学、心理学)を統合した「科学=宗教複合的な世界観」である。
巨悪を不在とし、個人的な悪も調和的に解釈するイデオロギー。
個々人の災いも、万物を貫く理法=ロゴスあるいは自然と一致して生きるための訓練であり、やがては全体の善に仕えるものとなるはずである。
ストアも調和的思想体系である点でニューエイジと同じ。
ニューエイジはストイックで内向的。
ニューエイジではグノーシスは擬態的に見出されるに過ぎない。
(ニューエイジ
=グノーシス+ストア派。
弁神論=善の唯一神が悪を創った矛盾に対する言い訳 
の都合から、悪については調和的にした。矛盾を少なくするため。
あとグノーシスの悪観念だと広まりにくい)

・グノーシス主義は究極的には絶対的人間中心主義。

人間の本来の自己は神話のいう至高神からの流出としてそのまま神である。
その意味で人間の本来の自己を超越するものは何もない。
他方で可視的な宇宙万物は、その中に拡散され監禁されている光の部分が一定のところまで回収され終れば、その時点で終末を迎える。
プトレマイオス(ヴァレンティノス)派の神話はこれを「世界焼尽」として描く。
マニ教神話では千四百六十八年続く「世界大火」の後、闇は「用意された墓の中へ逃げ込んでゆく」が、その墓は「この世界と同じほどの大きさの石で封鎖」される。
シェームの釈義でも世界は「暗黒の塊と化するだろう」
と言われる。
これらすべては人間の本来の自己が現実の世界を無限に超越する価値であり、現実の世界に最後まで居場所を持たないのだ、とういグノーシス主義者の自己理解を神話に投影したものに他ならない。
この意味でグノーシスは世界も超越もない独我論の体系なのである。
ブルーメンベルクは神を「自己自身を思惟する思惟」あるいは「不動の動者」とみなした 中世スコラ学を「神学的絶対主義」と呼んだ。
この言い方に倣うなら、
至高神を「自分自身を通して自分を観る」者
あるいは「不変不動の者」とみなすグノーシス主義は、至高神が実は人間の本来の自己の別目にすぎないのであるから「絶対的人間中心主義」と呼ばれてしかるべきもの。
グノーシスが絶対人間中心主義で独我論で行く限り、現実世界は課題であることを止めてしまう。世界は本来の自己の仮の宿りであり、本来の自己という光の断片が回収されるべき舞台ではあっても救済対象にはならない。

∸――
補足資料

フリーメーソンとカトリック
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/mason/antimason.htm
”「フリーメーソン悪魔崇拝結社説」のもとともなったカトリックとの対立について述べてみたい。

 フリーメーソンとカトリック教会の関係は非常に良くない。いや、対立関係、戦争状態にあると言っても良い。なにしろ、17回にもおよぶ破門宣告、200回以上にわたる警告や干渉を受けて来た。こうした攻撃は、書類の手続き上は主に「フランス大東社」を対象にしたものだったが、間接的には全てのフリーメーソンを意識して出されたものである。
 それでいて、フリーメーソンには多くのカトリック信徒が参入していたし、中にはバチカンの高位聖職者が参入していることすらあった。さらに、多くの平の聖職者は、教皇庁の反フリーメーソン活動には無関心で、両者間に対立があることすら知らない者も多い。一方、フリーメーソンの平の会員は、バチカンや教皇と対立することは望んでいない。
 この問題は、複雑でややこしい。

 教皇庁が最初に行った反フリーメーソンの行動は、教皇クレメンス12世によって1738年に出された破門令である。
 
 なぜ、破門か? 一つはその「秘密性」にあるという。これは、懺悔などの時に、神の前では全てを打ち明け、秘密は一切持たない、という重要な教義と矛盾する、という。すなわち神に対して全てを告白するという「告白の秘蹟」を、事実上無効にしてしまうからだという。
 この「秘密性」に対する批判が、カトリックの反フリーメーソンの最大の論拠とされることになる。
 「もし、悪事を企んでいるので無かったのなら、どうして会を秘密にする必要があろうか?」と言うわけである。
 さらに、あらゆる宗教に対して寛容な態度も問題にされた。プロテスタントも、異教徒も、(フランス大東社に至っては)無神論さえ受け入れるその態度は、カトリックの純潔を汚すという。すなわち、「アンダーソン憲章」にある理神論の思想が、異端とされたわけである。
 その他にも、イニシエーションで行われる、シンボリックな舞台設定が、異教的、黒魔術的に見えたというのも大きい。

 このクレメンス12世の最初の破門令は、かなり厳しいものである。
 フリーメーソンの会員は、聖体拝領などの秘蹟は、一切受けることは出来ない。さらに、異端審問所に、世俗の警察権力と強力して、彼らを逮捕し、追放・処刑を行え!! というものだ。
 しかし、時代は18世紀である。これが中世だったら、恐ろしい結果を引き起こしただろう。だがこの当時は、啓蒙思想が広まり、インテリを自称する者達は堂々と無神論者を気取っていた。ルターやカルヴァンの登場によってカトリックの堕落ぶりが暴露され、教皇庁は対抗宗教改革で、やっと威厳と信頼を取り戻したばかり……という状況である。
 プロテスタント諸国は、もちろんこの破門令を無視した。
 カトリック諸国では、フランス、ポーランド、フィレンツェ、ウィーン、リスボンなどが禁止令を出し、スェーデンに至っては「メーソンは死刑」と言う法令まで出した。
 しかし、これらの禁止令は、バチカンへの外交辞令的な代物で、これらの国の警察機構は、やる気は殆ど無かった。
 だいたい、メーソンの会員は政財界のお偉方ばかりである。どうして、厳しい取締りなんぞ出来よう。
 もっとも、教皇領では、厳しい取締りが行われはしたが。


 次の教皇ベネディクト14世は、前教皇が出した破門令が全然効き目が無かったことに苛立ち、あらたな教書を出す。1751年のことである。この破門令は、さらに厳しさが増し、各国の世俗権力にフリーメーソン弾圧を行うよう、強く要求している。
 さらに、彼は「教会法」の中に、メーソンを禁止する条項を書き加えた。これにより、反フリーメーソンの態度は、正式なカトリックの教義となった(こうした条項は現代もなお残っている)。
 いわゆる「第2335条」である。「教会、または合法的な国家機関に対抗して活動するメーソン派または他の結社の名を使う者は、破門の罰に処せられる」


 これを受けて悪名高きスペインの異端審問所が動き出す。
 そして、民間にフリーメーソンは「悪魔のシナゴーク」である、と主張するパンフや本が出回り出すのも、ちょうどこの時期である。
 内容は、魔女裁判やユダヤ人迫害と大同小異の代物で、「メーソン会員は、この世の快楽と引き換えに悪魔に魂を売る儀式を行ってる」というようなものだ。これは、教養の無い者によって書かれたものらしく、文章も稚拙で中身も支離滅裂、矛盾とデマに満ちている。しかし、これは一般の民衆には、それなりの影響力を与えた。
 今もなお生きている、フリーメーソンを悪魔と結びつける考えは、カトリックの教書ではなく、こうした作者不詳の無責任な中傷パンフに端を発している。

 とは言うものの、この破門令も、メーソンのイメージダウンにはそこそこの効力を発揮したものの、さほど大きなダメージにはならなかった。
 それどころか、フランスではナポレオンの援助もあって、フリーメーソンの勢いは増すばかりであった。
 そこで、ピオ7世は、またもや破門令を1814年に出す。文面も威厳に満ちた厳しいものから、単なる口汚い罵詈罵倒に変わって行く。……いわく「地獄の集会の殺人的発展と陰謀」。

 この破門宣告の教書では、フリーメーソンをイルミナティやカルボナリ党と混同し、カリオストロによって始められたエジプト儀礼なども引き合いに出して、非難している。
 しかし、スペインやイタリアの一部を除いて効き目は殆ど無かった。いらつくピオ7世は1821年にも同様な命令を出すが、事態は変わらなかった。
 それに続く教皇たちも、次々にフリーメーソンを破門する教書を出す。特にピオ9世はことさら熱心で、実に7回も反メーソンの教書を出している。当時、政教分離を唱える啓蒙思想が凄まじい速度でヨーロッパを席捲していたわけだが、ピオ9世はこれと激しく戦っていた。当時のメーソンは、この啓蒙思想と強く結びついていた。それゆえの必然的結果といえよう。
 なお、ピオ9世が、教皇に即位する前はメーソン会員だったという説があるが、歴史家の多くは、彼の政敵による中傷だというのが、定説である。
 このピオ9世の活動も、やはり大きな効果は無かった。
 もう、破門の脅しで政治を左右できるような時代は終わっていたのである。

 さて、こうした反メーソン活動は、大局においては功を奏さなかった。
 しかし、散発的、一時的には大きな盛り上がりを見せることもあった。

 さすがに20世紀に入ると、メーソンとバチカンとの間に、対話が持たれるようになった。
 メーソンからもカトリックからも、和解を探る動きが出始める。
 ピオ13世は、対話に対しては冷淡であった。
 だが、ヨハネス23世による第二回バチカン公会議は、大きな希望であった。これはカトリックの教義を近代化させた大事件である。他宗教との共存を謡い、異端審問を否定し、民主主義を支持し、人種差別に反対し、有色人種の枢機卿を多く生み出すきっかけとなったこの会議は、実は親フリーメーソン派の聖職者たちの働きによる所が大きい。
 こうしてメーソンとカトリックの和解は、可能だろうと思われた。
 しかし、ここで悪い偶然が重なる。
 イタリアでかのP2事件が発覚(後に詳述する)。
 さらに、カトリックの近代化を推し進めてきた革新派のヨハネス23世が、在位わずか30日で謎の急死を遂げる。
 そして、現教皇ヨハネ・パウロ2世が就任する。彼は革新的な部分と保守的な部分が同居した複雑な思想を持った教皇である。バチカン公会議を尊重し、他宗教の指導者達と親しく交流し、禁書制度を廃止し、ダーウィンの進化論に一定の理解を示す一方で、同性愛者の権利を認めず、共産主義を敵視し、メーソンに対しても頑なな態度を示している。
 1983年、ベネディクト14世によって定められた反メーソンの教会法2335条を廃止したが、同趣旨の教会法1328条を作った。そして、同年「これまでのメイソン破門に変更はない」との声明も出している。
 その後も、親メーソン派の大司教が破門されたり、極端な反メーソン派の聖職者も左遷されるなど、トラブルは今も続いている

 現代、多数派の神学者達はフリーメーソンの「相対主義的な思想」は、カトリックの教義と対立する、という意見を持っているようである。その一方で、反フリーメーソンは時代遅れも甚だしいと考える勢力もある。
 思うに、和解への努力は、これからも続けられるだろう。

 そして、それとは全く無関係なところで、「フリーメーソン悪魔結社説」の本も出続けることであろう。


「ローマ教皇とフリーメーソン」 ダットレイ・ライト 三交社
「フリーメーソンリー」 湯浅慎一 中公新書
「秘密結社の手帳」 澁澤龍彦 河出文庫



グノーシスの神話
http://www.ne.jp/asahi/village/good/gnosis.htm



ボゴミール派
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/gnousisu/bogomiiru.htm
”ボゴミール派もまたグノーシスの神話を含んでいる。
 そして、それはカタリ派がカソリックを悩ませたように、このボゴミール派は東方正教会を悩ませた巨大な異端派であった。
 それは実に500年以上も続き、一時期にはブルガリアを中心に東ヨーロッパのみならず、イタリアやフランスにまでも影響を及ぼす大勢力となった。

 ボゴミール派の成立には、まずパウロ派と呼ばれる異端派がある。これはキリストの神性を否定した派であり、彼らはイエスは30歳のときにパプテスマを受けたときに神の養子となったという「キリスト養子説」を取っていた。当然の如く三位一体説は否定しており、その代わりマニ教やマルキオン派からの強い影響が見られ、いわゆる善悪二元論を取っていた。
 しかし、彼らのこの「養子説」は、グノーシス派のキリストを純粋な霊的存在と見なす考えとは対立する思想であった。
 彼らはキリストがマリヤの受胎を通じて、敢て肉体を持って生まれたとし、むしろマニ教の影響が強い。
 そのため、この派は、当時マニ教と混同された。東方正教会の記録に「マニ教」とあるのは、実はこのパウロ派を指していることも多い。
 パウロ派もグノーシスの教義を断片的に含んではいたが、これはマニ教を経由してのことのようである。
 パウロ派の成立は未だにはっきりしていない。おそらくその起源は7世紀頃まで遡る。そして、東ヨーロッパの様々な教派の思想を取り込んで発展し、8~9世紀頃には国家を造るまでになったが、この国も結局ビザンチン帝国によって滅ぼされた。
 そして、彼らはその後も熱心に布教を続け、存続する。
 パウロ派の一部は8世紀の初頭にビザンチン皇帝によってトラキア地方の辺境守備隊として移住させられた集団がおり、これがボゴミール派の祖であるというのが有力な説である。


 彼らは、マニ教やマルキオン派の影響だけではなく、さらに東方正教会で起こった聖像破壊運動を取り込み発展した。聖像破壊運動は偶像崇拝を否定する動きから生じた運動で、8~9世紀の約100年間続く運動である。これは東ローマ皇帝の聖像破壊の勅令によって行われ、レオン3世の治世とテオフィロス帝の治世の2回のピークがある。
 レオン3世は724年頃に聖像崇拝への批判を始め、730年に全ての聖像の破壊を命ずる勅令を出している。いわゆる第1次聖像破壊運動の始まりである。

 彼の息子のコンスタンティノス5世もこの運動を継続したが、孫のレオン4世の頃から運動は下火になり、コンスタンティノス6世と摂政のイレーネ皇后の時代になると運動は中断される。実権を握ったイレーネが聖像擁護派だったためである。780年年代のことである。
 しかし、814年にレオン5世が即位すると、聖像破壊運動は再開される。ここからが第2次聖像破壊運動の開始である。レオン5世が暗殺されミイカエル2世が即位すると一時期下火になるものの、829年にテオフィロス帝が即位すると、再び聖像破壊運動がピークとなる。
 だが結局、この運動は、聖職者達の強い抵抗と聖像擁護派の巻き返しによって、842年のテオフィロス帝の死をもって終焉した。
 文字通り、偶像崇拝は「聖書」の禁ずる行為であるとして、十字架や聖画、聖像が破壊された
 しかし、この運動は極めて暴力的になり、修道院を破壊し、反対する聖職者達を大勢殺戮した。当然の如くローマ教皇との深刻な対立をも引き起こした。
(この運動が起こった原因については、歴史学者たちの間でも議論があり、はっきりとした結論は出ていない。一つはイスラム圏と接していたがゆえに、イスラムの偶像否定の影響を受けたという説。破壊派に政治家や軍人が多く、聖像擁護派に聖職者が多かったことから、政治権力と宗教権力の抗争といった説もある。)
 ともあれ、この運動はボゴミール派にも強い影響を与えた。
 ボゴミール派は、聖像を認めず、十字架に至ってはキリストを殺害した処刑具であり、こんな物を崇拝するのはもっての他と断じたのである。


 ボゴミール派の開祖は、その名の通りボゴミールという村の司祭であったといわれる。930年頃のことである。ただ、これはボゴミールの0からの発明ではなく、もともとあった運動を発展させた有力な指導者と見られている。
 ボゴミール派の大きな特徴は、その創世神話にある。
 彼らによると、神には二人の息子がおり、一人はキリスト、もう一人はサタナエルという天使である。 このサタナエルは「旧約聖書」の神と同一であり、もちろん真の神ではない。サタナエルは、真の神の同意を得た上で、物質世界を創造したという。サタナエルは暴君であり、邪悪な存在である。
 真の神は天界と天使たちを創造した。サタナエルもこのときに創造された。しかし、思い上がったサタナエルは神に反逆し、堕天する。
 堕天したサタナエルは、混沌とした大地を整備して、地(物質世界)を創造した。これは真の神の許可を得たうえでのことだったという。
 サタナエルは土から人間を創造しようとしたが失敗した。そこで、サタナエルは真の神に協力を仰ぐ。
 真の神は、いずれ人間を自分に返還することを条件に、これに協力する。真の神は魂を創造し、サタナエルの土人形(肉体)に、これを吹き込むことによって人間を創造した。
 サタナエルは暴君となって、過酷な支配を行い、この真の神の子でもある人間たちを苛め抜く。「旧約聖書」にある流血沙汰、ノアの洪水などがそうであるという。

 そこで、真の神はキリストを派遣して、人間を救済する。
 イエスは神的な存在であったが、マリヤを通じて仮の肉体をまとった。しかし、本来イエスは非物質的な存在であり、あくまで「肉体のようなもの」をまとっていただけだったという。
 イエスは福音を説き、「言葉」である「聖霊」を人々に浸透させた。
 サタナエルはこれを妨害する。十字架にかけられたのも、サタナエルの計略だったが、もともと本当の肉体を持たないイエスにとっては、意味のないことであった。
 イエスは仮に
死ぬと、すぐに復活し、サタナエルを鎖で縛り、地獄に投げ込んだ。この時点で、サタナエルは「エル」を失いサタナ(悪魔)に堕す。
 任務を終えたイエスは天界に戻ると、自分の内に入った「聖霊」と共に、「父」と一体化する。これで、「三位一体」という一時的にバラバラになっていた状態を終え、一つの神に戻った。
 しかし、サタナは地獄から逃亡することに成功し、再び地上を支配するようになった……という。

 だが人間は、このサタナの手から逃れることは充分可能である。それはボゴミール派の説くイエスの教えを受け入れることであるという。

 したがって、物質たるこの世はサタナエルによって支配されている邪悪な世界である。この世に貧困や戦乱や病気といった災厄に満ちているのも、邪悪なサタナエルによって造られ、支配を受けているからに他ならない。
 東方正教会や皇帝などは、サタナエルの手先であり、邪悪な存在である。
 これは重要だ。ボゴミール派は、とかく皇帝や教会などの権力をサタナエルに属するものとして嫌悪した。
当時、封建社会において搾取の対象にされ、悲惨な生活を強いられた農奴たちが、重税を取って贅沢三昧に遊び暮らす皇帝や貴族、聖職者たちへの一種の階級闘争として、このボゴミール派を奉じたのだ、という説を、ブルガリアの歴史学者たちは支持しているからだ。
(実際、ディミータル・アンゲロフ等の研究者はエンゲルスを引用しながら、この説を主張する。旧共産圏のブルガリアの学者だからなのであろうか?)

 ボゴミール派は、とにかく正統派(?)の東方正教会派の教義を否定した。
 まず、彼らはサタナエルの作品である「旧約聖書」を聖典とは認めなかった。モーセなどはサタナエルの手先であるという。
 さらに彼らは、十字架も聖像も偶像崇拝であるとして、これを認めなかった。
 ミサなどの東方正教会の宗教儀式は全く無意味であり、唯一正統な祈りは「主の祈り」だけである。
 聖餐式のパンとワインは、もちろんキリストの肉でも血でもなくただの食品であるという。
 洗礼についても、堕落した正教会の聖職者が自由意志のまだ無い幼児に洗礼をほどこすのは無意味であるとし、成人してから自分の自由意志で受ける、いわゆる「再洗礼」を行った。
 懺悔に関しても堕落した正教会の聖職者に行っても意味はなく、彼らはお互いの仲間どうしで懺悔した。
 金や富はサタナエルのものであり、したがって金持ちは救われない。信徒は貧しくあるべきと考え、粗末な衣服のみを着るべしとされた。さらに肉食や酒は禁止であり、婚姻も避けるべきこととされた。
 だが、こうした厳しい戒律を全て守るのは、普通の農奴には難しく、「完全者」と呼ばれる一部のコアな信徒がこれを行った。「完全者」には、元正教会の下級聖職者出身者が多く、彼らがボゴミール派の聖職、宣教師となった。


 ボゴミール派は、大きく2派に大別される。
 一つはサタナエルは真の神の被造物であり天使に過ぎず、最後の審判の日に地獄に投げ込まれる悪魔であるとする穏健二元論派である。彼らは、サタナエルは神の罰を受けて堕天し、「エル」を失いサタナ(悪魔)になったと考える。
 この穏健二元論派は、初期のボゴミール派の主流派であり、ブルガリアを中心に広まっていた。
 もう一つは、サタナエルは真の神と同等の力を持ち、両者の対立は未来永劫続くと考える絶対二元論者である。これは時代が下がると徐々に力を増してゆく。マケドニア地方に置かれたボゴミール派のドラゴヴィツァ教会が、その中心であった。
 この絶対二元論派は、東方正教会や権力者たちを激しく批判し、対立した。
 両派は、同じ境遇にあり、二元論以外の教義では一致が多かったので、互いに容認しあう関係にあったらしい。
 ただ、宣教活動は絶対二元論者のほうが熱心であり、彼らはイタリアやフランスにまで遠征した。
 それによって、ボゴミール派は、かのカタリ派に大きな影響を与えることになるのである。

 当然の如く、ボゴミール派は、東方正教会からもブルガリア帝国やビザンチン帝国からも激しい迫害
を受けた。
 12世紀に起こったボゴミール派説教師バシレイオスの壮絶な殉教事件も、そうした最中に起こっている。
(逮捕されたボゴミール派信徒達の前に、火刑台と十字架が置かれた。ボゴミール派の教えを捨てて東方正教会に戻る者は十字架へ、あくまでボゴミールの教えに固執するなら火刑台へ行くべしと言われる。数人の信徒は火炙りの恐怖に耐え切れず十字架に駆け寄る。彼らは戒めを解かれ、その場で釈放された。しかし、バシレイオスはそれを見ても己の信念を曲げず火刑台に進み、そのまま火炙りにされて殉教した)

 ブルガリアがビザンチン帝国の侵略を受け、帝国に併合されると、彼らはレジスタンス運動とも結びついたらしい。
 そのため、ビザンチン帝国の支配下でも激しい迫害を受けたが、彼らは衰えることはなく、かえって活動を活発化させた。彼らは逆にビザンチンの帝国領の各地で宣教を行い、その勢力はコンスタンチノープルにまでおよぶことになる。
 やがてブルガリアがビザンチンの支配を脱した後も、彼らは活動を活発に行っていた。

 しかし、14世紀頃から衰退が始まる。そして、オスマン・トルコの侵略を受け、イスラムの支配下に入ると、ボゴミール派は事実上消滅してしまった。
 彼らの大半はイスラム教に改宗してしまったという。

 あれほどの迫害を生き延びた彼らが、なぜあっさりとイスラムの前に敗北してしまったのか。その理由はよくは分からない。
 ある学者は、ボゴミール派の教義そのものが階級闘争の目的から離れて、抑圧されていた庶民の人気を失い、さらにイスラム教は、彼らがこれまで戦って来た相手(東方正教会など)とあまりに異なった相手だったので、それと戦う理論武装がなかたったためではないかと推測している。

 ボゴミール派は、こうして消滅したが、彼らの教義はブルガイリアの民間伝承の中で行き続ける。
 そして、その教義の一部は西ヨーロッパのカタリ派にバトン・タッチされ、グノーシスの教義の残滓は、さらにしばらく継承されてゆくことになるのである。


「異端の宗派ボゴミール」 ディミータル・アンゲロフ著 寺島憲冶訳 恒文社
「異端事典」 C・S・クリフトン著 田中雅志訳 三交社
「聖像画論争とイスラーム」 若林啓史著 知泉書館”



HUMANUM GENUS
ENCYCLICAL OF POPE LEO XIII
ON FREEMASONRY
http://w2.vatican.va/content/leo-xiii/en/encyclicals/documents/hf_l-xiii_enc_18840420_humanum-genus.html
"9. There are several organized bodies which, though differing in name, in ceremonial, in form and origin, are nevertheless so bound together by community of purpose and by the similarity of their main opinions, as to make in fact one thing with the sect of the Freemasons, which is a kind of center whence they all go forth, and whither they all return. Now, these no longer show a desire to remain concealed; for they hold their meetings in the daylight and before the public eye, and publish their own newspaper organs; and yet, when thoroughly understood, they are found still to retain the nature and the habits of secret societies. There are many things like mysteries which it is the fixed rule to hide with extreme care, not only from strangers, but from very many members, also; such as their secret and final designs, the names of the chief leaders, and certain secret and inner meetings, as well as their decisions, and the ways and means of carrying them out. This is, no doubt, the object of the manifold difference among the members as to right, office, and privilege, of the received distinction of orders and grades, and of that severe discipline which is maintained.

Candidates are generally commanded to promise - nay, with a special oath, to swear - that they will never, to any person, at any time or in any way, make known the members, the passes, or the subjects discussed. Thus, with a fraudulent external appearance, and with a style of simulation which is always the same, the Freemasons, like the Manichees of old, strive, as far as possible, to conceal themselves, and to admit no witnesses but their own members. As a convenient manner of concealment, they assume the character of literary men and scholars associated for purposes of learning. They speak of their zeal for a more cultured refinement, and of their love for the poor; and they declare their one wish to be the amelioration of the condition of the masses, and to share with the largest possible number all the benefits of civil life. Were these purposes aimed at in real truth, they are by no means the whole of their object. Moreover, to be enrolled, it is necessary that the candidates promise and undertake to be thenceforward strictly obedient to their leaders and masters with the utmost submission and fidelity, and to be in readiness to do their bidding upon the slightest expression of their will; or, if disobedient, to submit to the direst penalties and death itself. As a fact, if any are judged to have betrayed the doings of the sect or to have resisted commands given, punishment is inflicted on them not infrequently, and with so much audacity and dexterity that the assassin very often escapes the detection and penalty of his crime.")

"Iraqi Baathist anti-Masonry

In 1980, the Iraqi legal and penal code was changed by Saddam Hussein and the ruling Ba'ath Party, thereby making it a felony to "promote or acclaim Zionist principles, including freemasonry, or who associate [themselves] with Zionist organizations."[18]

Muslim anti-Masonry
Further information: Iraqi Baathist Anti-Masonry and The Covenant of Hamas

Many Islamic anti-Masonic arguments are closely tied to both Anti-Semitism and Anti-Zionism, though other criticisms are made such as linking Freemasonry to Dajjal.[39] Some Muslim anti-Masons argue that Freemasonry promotes the interests of the Jews around the world and that one of its aims is to rebuild the Temple of Solomon in Jerusalem after destroying the Al-Aqsa Mosque.[40] In article 28 of its Covenant, Hamas states that Freemasonry, Rotary, and other similar groups "work in the interest of Zionism and according to its instructions...."[41] Many countries with a significant Muslim population do not allow Masonic establishments within their jurisdictions. However, countries such as Turkey and Morocco have established Grand Lodges[42] while in countries such as Malaysia[43] and Lebanon,[44] there are District Grand Lodges operating under a warrant from an established Grand Lodge.

https://en.wikipedia.org/wiki/Anti-Masonry

” Islamic world
After the condemnation of Freemasonry by Clement XII in 1738, Sultan Mahmud I followed suit outlawing the organization and since that time Freemasonry was equated with atheism in the Ottoman Empire and the broader Islamic world.[36] The opposition in the Islamic world has been reinforced by the anticlerical and atheistic slant of the Grand Orient of France.[36]
On July 15, 1978, the Islamic Jurisdictional College—one of the most influential entities that interpret Sharia, or Islamic law—issued an opinion that deemed Freemasonry to be "dangerous" and "clandestine".[36]
After World War I, while under the British Mandate, Iraq used to have several lodges. This all changed with the 14 July Revolution in 1958, however, with the abolition of the Hashemite Monarchy and Iraq's declaration as a republic. The licences permitting lodges to meet were rescinded, and later, laws were introduced banning any further meetings. This position was later reinforced under Saddam Hussein the death penalty was "prescribed" for those who "promote or acclaim Zionist principles, including freemasonry, or who associate [themselves] with Zionist organizations".[37]
Freemasonry is illegal in all Arab countries except Lebanon and Morocco.[36]

https://en.wikipedia.org/wiki/Suppression_of_Freemasonry#Islamic_world
This page was last modified on 8 April 2017, at 01:24.

”Islam and Freemasonry

Many Islamic anti-Masonic arguments are closely tied to both antisemitism and Anti-Zionism, though other criticisms are made such as linking Freemasonry to al-Masih ad-Dajjal (the false Messiah).[100][101] Some Muslim anti-Masons argue that Freemasonry promotes the interests of the Jews around the world and that one of its aims is to destroy the Al-Aqsa Mosque in order to rebuild the Temple of Solomon in Jerusalem.[102] In article 28 of its Covenant, Hamas states that Freemasonry, Rotary, and other similar groups "work in the interest of Zionism and according to its instructions ..."[103]

Many countries with a significant Muslim population do not allow Masonic establishments within their jurisdictions. However, countries such as Turkey and Morocco have established Grand Lodges,[104] while in countries such as Malaysia[105][106] and Lebanon[107] there are District Grand Lodges operating under a warrant from an established Grand Lodge.

In Pakistan in 1972, Zulfiqar Ali Bhutto, then Prime Minister of Pakistan, placed a ban on Freemasonry. Lodge buildings were confiscated by the government.[108]

Masonic lodges existed in Iraq as early as 1917, when the first lodge under the United Grand Lodge of England (UGLE) was opened. Nine lodges under UGLE existed by the 1950s, and a Scottish lodge was formed in 1923. However, the position changed following the revolution, and all lodges were forced to close in 1965.[109] This position was later reinforced under Saddam Hussein; the death penalty was "prescribed" for those who "promote or acclaim Zionist principles, including freemasonry, or who associate [themselves] with Zionist organisations."[100]

https://en.wikipedia.org/wiki/Freemasonry#Islam_and_Freemasonry

ken‏ @kenkatap
トルコ革命・建国の父=ムスタファ・ケマル http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%BF%E3%83%86%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%82%AF … ▼出身=オスマン帝国領マケドニア(現ギリシャ領テッサロニキ) https://twitter.com/kenkatap/status/423670925075021824 …
▼ナポリロッジでフリーメーソン入会 https://twitter.com/kenkatap/status/265476797423030272 …
ケマル大統領時代=欧化政策を断行 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%BF%E3%83%86%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%82%AF#.E5.A4.A7.E7.B5.B1.E9.A0.98.E6.99.82.E4.BB.A3 …
▼脱イスラム国家化 ▼1928年、憲法からイスラムを国教と定める条文を削除
▼アラビア文字を廃止、ラテン文字に改める文字改革を断行
▼1932年、スターリンが巨額の融資
▼ターバンやトルコ帽着用を禁止

ソ連の後ろにフリーメーソン 【http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=fZabmJyqRMM#t=411s … ▼現在もロシアマフィアはアメリカと深いつながりがある▼孫文=サンフランシスコのロッジで入会
▼トルコ建国の父ムスタファ・ケマル=ナポリのロッジで入会
▼このロッジはマケドニアに真実が再び与えられたという名を持つ

アラブ人=レバノンのキリスト教マロン派は古代フェニキアの子孫としての民族意識が強い https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%96%E4%BA%BA …
▼レバノンのキリスト教マロン派 https://twitter.com/kenkatap/status/640754282417909760 …
▼アラブと欧米の言語や商慣行を知るため、有力商人輩出
▼ゴーンが有名

相原たくや‏ @aiharatakuya 2015年1月16日
エジプトのコプト教徒、レバノンのマロン派キリスト教徒にはアラブ民族としての民族感情は存在しない。
コプト教徒は自らを古代エジプト人の末裔と見なし、
レバノンのマロン派キリスト教徒は自らを古代フェニキア人の末裔であると誇る。

chiaki‏ @snieg 2011年2月10日
2月9日は,レバノンでは聖マロンの日で祝日でした.聖マロンというのは,4世紀頃の修道士でマロン派(東方典礼カトリック教会の一派)の始祖とのことです.レバノンはマロン派のキリスト教徒が人口の1/3くらいを占めているようです.カルロス・ゴーン氏は,レバノン系でマロン派なんだそうです.


閉店です ‏@lakudagoya 2015年11月23日
そもそもユダヤとは何か?という事をやらないと日ユ同祖論やる意味ないかと。イスラエルの10支族?カナン人と同じ多神教を信じててユダヤの選民でござる?ヤハウェ様を裏切ったのに?カナン人と同じ信仰をしてたイスラエルの10支族とやらは、周囲の現地人とどう区別をつければいいのでしょう?

ローマの宗教史を扱った「神々のあふるる世界」さ。エジプトの神官の生活について史料をベースに色々語ってるけどさ、蹄の割れた獣は食べませんとか、割礼もそうだけど、色々な意味でユダヤ教ってエジプトの貴族の宗教臭いんだぜ?これモグラ君が言い出した事だけど、大当たりだったと思うんだ。

ユダヤ教のウリジナル in 古代エジプト
1 十戒(死者の書に書いてある42の戒律が元ネタw)
2 レビ記の食物規定(エジプトの神官の戒律が元ネタw)
3 割礼(神官の通過儀礼w)
4 経典の宗教(読み書きできるのは神官と貴族だけw) おおっ!こんなにも香ばしいネタがざくざくとw


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年7月22日
@wayofthewind 「読売の黒子役」竹井博友が徳間書店(陰謀モノ)と致知出版社を事実上創業。(格物)致知出版社は「昭和最大の黒幕」安岡正篤、五木寛之、稲盛和夫の本がベストセラー(笑)。道教学者の福永光司と五木の共著等道教資料更新http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-25.html

飯田泰之 ‏@iida_yasuyuki 2011年3月24日
ほぉ徳間氏ってそういうこともやってたんだ.というよりも「アサヒ芸能」が徳間書店の母体であることにびっくり http://ja.wikipedia.org/wiki/竹井博友 @pokopen_pokopen 徳間康快氏


https://twitter.com/lakudagoya/status/770087111412310018
ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人) ‏@lakudagoya 11 時間11 時間前
リシャール・コシミズさ、中東では異端審問やらないってわかんないのか? 隠れナントカだろうがイスラム法を守って礼拝や断食や喜捨をやってたらその人らはムスリムとしてカウントされるんだよ? 税金さえ払えば放題プレイが理解できんの? http://s.webry.info/sp/richardkoshimizu.at.webry.info/201511/article_227.html …

ボゴミール派などのキリスト教異端がオスマン・トルコが攻めてきたらイスラームに集団改宗したのは、気にしない遊牧民&異端審問やらないのが元耶蘇異端派にとっては居心地が良すぎたんでないかな? このように、いつだって耶蘇異端の一部はムスリムやユダヤと仲良しなんでそれがユダヤ陰謀論だよ!

恐らくユダヤ陰謀論の正体は 「ローマ・カソリックの体制を脅かす異端とイスラム資本」の事だよ。 マリの王様がメッカ巡礼で気前よく金をばらまいたおかげで、カイロの金相場が10年戻らなかったという逸話があるんだけど、よーく考えてみてよ、これをヨーロッパに投資したらどうなるかな?w

ちなみにアシュケナージはゲルマン人(イデッシュ語はゲルマン系言語=印欧語)かスラヴ人でサウジアラビアの王族はイラクのドンメーというユダヤ教徒なんですが。 本当のユダヤ人(笑)ってイスラム教徒のパレスチナ人の事ですか?w

なるほど!ビザンツ帝国時代の下級聖職者や貧しい農民が異端にかぶれてオスマン・トルコが来たらイスラームに集団改宗したのも、キリスト教徒であっても出世のチャンスが開かせてたイスラム社会などにシンパシーがあったからですか。 RT
ねこた(ニート勇者Lv.1 実は遊び人)さんが追加
よーすけ @yoshimichi0409
かつてイスラム世界に多くの異端キリスト教徒やユダヤ教徒が身を寄せたのは、カトリックが行う異端審問から逃れる為だった。ムスリムは快く受け入れ差別もせず才能ある者は要職にも就かせた。そういう中でムスリムに集団改宗するのも無理はない。 https://twitter.com/lakudagoya/status/770088931039805440 …

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お読みくださり感謝と書かなかった場合は読者が減るのだろうか?
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