読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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イシス・ミトラ教の宣伝本『黄金のろば』と、王様の耳はロバの耳!なんて叫んでいない『変身物語』(太陽は一つ目で神々は金髪) 


『黄金のろば』アプレイウス「これは密儀なので明かせません!」って素直に書いてあって感心した。
アプレイウスはイシス系結社員で、宣伝用に書いたのだろう。
ローマ時代の小説中、完全に現存する唯一のものなのが怪しいな。

オウィディウス 『変身物語』はローマ・ギリシア神話紹介本の巻末出典にあるほど重要な原典。
『変身物語』でアポロンは金髪でフェニキア紫の服着ているよ。 
ケレスもミネルウァも金髪で、太陽は世界の眼であり一つ目とも書いてあってびっくり。
本当に原典を読むのは重要。何を抜いてあるか一目瞭然!
王様の耳はロバの耳!って叫ばない『変身物語』は短編集だから読みやすい。
この本でもやたら私の先祖はとか親は~と言いたがるけど、血筋信仰って要は先天的なものしか誇れるものがないってことで、要は後天的な能力で劣っていると認めているよね。
実力も徳もない為政者なんて不要。
釈迦「生まれや血筋ではなく、生まれた後の行動によってバラモン(高貴)か決まる」をかみしめてくれ。
ああ、やつら仏教大嫌いだもんね!
不滅の霊魂を否定するから、ギリシア・ローマ神話の根本も否定。

王様の耳はロバの耳!は有名だけど、
出典の『変身物語』では理髪師がこう叫ぶ場面はないし、
この王様が触れるものみな金になるミダス王ってことや、
触れるとすべて金になるようにしたのがバッコスだとか、
川の水で金になる呪いを解いたとか、
金なる呪いがとけたあとにこのミダス王がアポロンとパーンの音楽対決でアポロンが勝つことに不平を言ったせいでロバ耳に変えられて、
しかもアポロンが金髪でフェニキア紫の服を着ていることはもっと知られるべき。

――
呉茂一、國原吉之助訳注 『黄金のろば』 岩波文庫(上・下) 初版1956年、
改版「黄金の驢馬」全1巻、2013年7月
Asinus aureus、Metamorphoses『変容』(『黄金のロバ』) は
英語でThe Golden Ass (Asinus aureus)
黄金のケツだと誤解する人が多そうだな。

アプレイウス(Lucius Apuleius, 123年頃 - ?)は、北アフリカ・マダウロス出身の帝政ローマの弁論作家。代表作である黄金のロバは、ローマ時代の小説中、完全に現存する唯一のもの。
カルタゴで初等教育を受け、アテネで哲学・修辞学などを修業した後、イタリア、ギリシア、アジア等に旅行し、神秘宗教や魔術などの知識も吸収
カルタゴに居住し、文学活動の傍らアフリカ各地を旅した。哲学者として市民の尊敬を得、カルタゴやマダウロスにアプレイウスの彫像が建てられたと伝えられている。
(ウィキより)
上巻 ※本作品は昔は上下巻だった。

・青年ルキウスは宿泊している屋敷の夫人パンフィレエが、魔法の塗り薬(膏油 ぬりあぶら)でミミズクに変身して飛んで行くのを目撃。
すでにいい仲の侍女フォーティスに頼んで変身できる塗り薬を盗ませて塗ったのだがロバに変身。あんまり怖くて夢中だったうえに急いでいたので間違った塗り薬を持ってきてしまったとのこと。小箱がそっくりだったらしい。でも薔薇の花を食べるだけで元に戻れるとのこと。

(魔女は梟に変身する!薔薇は変身魔法を解く!
ここからさんざん文字通り人間扱いされない冒険が始まる)

・アプレイウスの名声は、紀元四世紀以後中世を通じて衰えることなく、ある意味では同じく魔法使いと信じられていたウェルギリウスよりももっと喧伝されて、僧院においても俗間においても彼の作品は読まれ論じられ模倣されてきた。しかしイタリア国内のみでその他の地方で読まれてきた確証はない。
アプレイウスが本来の姿に帰って表れたのはルネサンス以後。率直に肉の快楽を正当化しギリシア・ローマの古典の中に当代と共通した要素を発見しようと試みたルネサンスの人々に本書が魅力を与えたことは当然。

本書の二つの特色が、魔術への関心とイーシス信仰への傾倒。それはローマ帝政期、紀元二・三世紀以降とりわけはなはだしかった、古典末期の世相。
千万の名をもちたまう女神イシスは童貞マリアでもありうるのだ。キリスト教が下層民から上流へ、大都会へ進出してゆきつつあった時代である。

二世紀中ごろの代表的なラテン小説である本書の原題は「変形の物語」。「黄金の」とは「素晴らしく面白く楽しい」という賛辞からつけられた。
(ろばは黄金ではないよ)

※《クピドとプシュケ》の物語は省略。次の記事のグノーシス本に本作のこの話の考察が登場するのでその時に。

下巻

・私を買って所有者となったこの男は正直者でとびぬけて実直。が妻は下品で意地悪でこの世のあらゆる破廉恥行為が彼女に寄せ集められていた。
この女は信仰や貞節を目の敵にして憎悪し、神は一つしかないと宣言してはばからず、罰当たりにもいかさまの儀式を行ってもともともありもしない戒律を口実に、朝から生酒を飲み、年中みだらな生活におぼれていた。
注釈によると、「神は一つしかない」はキリスト教の暗示であるが、二世紀に生を受けたアプレイウスも博学であったが、キリスト教については漠然とした概念しかもっていなかったようである。ユダヤ教と混合しているようでもある。いずれにせよこの新興宗教に対して嫌悪感を持っている。
(アプレイウスによるキリスト教批判。女子供奴隷用宗教って言われていたからね。ユダヤ教なら実直な夫も信者でないとおかしいので耶蘇教。
露骨な耶蘇教叩きの本がキリスト教圏になってからもよく読まれてしかも中身が完全に残っているのが怪しすぎ)

注釈
・指輪は男も女もはめていた。装飾用の意味もあったが、指輪に名前などを彫刻して捺印するための目的もあった。ローマ初期において指輪は大部分鉄であったが、帝政時代奴隷を除いてはほとんど金の指輪
になった。

・まんだらげの植物の根からとった汁は麻酔剤として使われた。

・パーシパエー 
ギリシア神話によると彼女はポセイドンの命令に従わなかった罰として牡牛にのぼせることになり半牛半人の怪物ミーノータウロスを産んだと言われる。彼女は性倒錯の典性(典型の間違い?)となっているが、当時のローマにおいては動物に対して浮気することが流行していたらしい。例えばユウェーナーリス諷刺詩の六巻332-334参照。

・深紅色
原文はmurex Tyrius
ムーレックスは紫貝で地中海、特にフェニキア沿岸でとれる貝で深紅色の染料をとるので有名。
チュールスはその付近の町の名前で染料工場がある。

・巻の十一(最終巻)
ロバのルキウスの祈り、イーシス女神来迎のこと、イーシスの祭にろばのルキウス、人間に生まれ返ること、イーシス信徒に加えられ、献身の秘儀にあずかること、ローマに赴き浄福の生活を送ること

イシスに元に戻りたいと祈る。
長いお祈りを捧げていると睡魔がおそい寝てしまう。
瞼をほとんど閉じたか閉じないうちに女神が登場。

イシス女神のお言葉
「ルキウスよ泣いてはいけません。私の力でお前を救う日が到来しました。この夜の次に生まれる日は、昔から私イシスの儀式が執り行われてまいった日(五月五日)。
明日は冬の嵐がおさまり、海の波が和らぎ、船出にふさわしい日とされているので、司祭たちは私に新しい船を奉納して人々海上の取引が無地であるようにと私の加護を祈ります。
司祭が、私の指図に従い、お祭りの行列の中心を歩み、右手にはシストルム(振鈴)に絡ませた薔薇の花環を持っています。お前は少しも臆することなく群衆を押し分けて決然とその行列に近寄り、私の恩寵を信じ切ってちょうどその司祭の手に接吻するように見せかけて、すぐそばから礼儀正しくその薔薇をもぎ取るのです。すると呪わしい獣の毛皮ははぎとられてしまうでしょう。司祭にはこれらの事柄を夢で教えてやっています。
今から言うことだけはとくと記憶していつまでも心に深く刻みなさい。お前は今後生ある限り最後の息を引き取るまで私に捧げられてしまったものだということを。
お前は私の恩恵によって人間の仲間入りを許されたのだから。お前が生きていく限り私に恩返しすることは当然すぎること。その代りお前の生涯は幸福です。黄泉の国に降りて行ったときでも地下の半球で私がアケローンの暗闇を輝かせ、スチュックスの深い谷間を支配しているのを見ることでしょう。それでお前も、エーリュシウムの野に住みながら、お前を見守ってる私にいつまでも祈りを捧げてくれるのですよ」
(長すぎるので当然抜粋。ですます調はでだである調より時間がかかるなあ)

救世主女神の神聖な秘儀を受けた信者たちは、純白の服で、恩たちは香油に湿った髪を、男たちは髪を完全にそり落として天頂は艶々と照り映え、それこそ厳かな儀式を飾る地上の星。

(光る禿げ頭は地上の星の輝き!)

イシスの9つのシンボルが登場(もしかしたらイシスと関係ないものが含まれるかも)。
①祭ではイシスとセラピスの象徴の品、純金製の小舟のような形をした御灯明が登場。

②守本尊
③黄金で作られ棕櫚の葉っぱ
を掲げている人は
④(メルクリウスの)杖
も持っている。

⑤正義の標章として手の手のひらを拡げた左手。
左手は生まれつきとんまで不器用で不手際なので右手より一層正義にふさわしく見えるから。
(突然始まる左利き叩きだが、左手は正義らしい。)

⑥乳房に似た丸い黄金の小さな盃で、牛乳が注がれている
⑦黄金の小枝で作られた黄金の蓑
⑧両把手付きの壺。

(次に最大のシンボルと思われるものが登場)
⑨秘儀の象徴らしく形容できないものだが、しいて言えば、黄金で念入りに作られた小さな壺。
底はかなり丸くなっており、表面は象形文字。
口は心持低いところからくちばしのように長い管となって突き出ている。
反対側には緩やかな曲線をえがいて 長く伸びた把手がつけられ、頂上には毒蛇がこぶのようにとぐろを巻いて、鱗が膨れ上がって筋のできた鎌首をおったてていた。

大司祭は主人公を見るなり右手を突き出し主人公の口先に薔薇の花環を近づけ、夢中で噛みつき一気に飲み込むと人間に戻った。
お祭りの行列はその後、海のきわまで来る。
主人公がロバの姿で寝ていたのと同じ場所。
神々の御像が儀式に連れてそこに配置された。
名匠の手になる船があった。船の胴体はエジプトの不可解な象形文字でいろどられていた。
大司祭は口を清め、。祈祷し、燃えた松明と卵と硫黄で船を清めると女神の名前を呼んで誓い、奉納の儀式を終えた。
祝付された真っ白な帆には黄金の祈願の文字が織り込まれていた。
船底は栴檀でできている。
イシス神殿の僧侶団体の名前はパストポリー。
教団に入った主人公。
教団内にて、司祭が神への奉仕に余念なく、神殿の内庭からくみ取って来た清水入りの聖器の水を祭壇に注ぐなどの描写。
主人公は早くイシス様の秘儀にあずかりたいと大司祭様にお百度参り。
大司祭いわく、全能の女神イシスのお力添えで生まれ変わって今案でと違って生涯を送らせてもらった例はよくあること。秘儀の時期は女神がお決めになることだ。世俗の食物や禁制の食物をきっぱりと断ち切り、最も神聖な秘儀を確実に拝受できる体になってほしい。
イシスに仕えるため真面目に修行。
とうとうイシスに秘儀を許される。

“或る暗い真夜中のこと、その暗闇を際立たせる程の明々白々たる御声でもって、はっきりとこう命令し給うたのです。
「お前の熱烈な誓いを叶えてやれる日が、とうとう来たのです、お前が一日千秋の思いで待っていた日が遂にきました。儀式に必要な費用を用意しておきなさい。お前も知ってる大司祭のミトラは、星座の神聖な関係から、お前と結ばれているので、お前の聖なる儀式に立ち合うことになっています。」
最高至上の女神の折角のこの思し召し”『黄金のろば(下巻)』p。161


注釈によると、
①地中海航行の再会を意味するイーシスのお祭りは五月五日に行われた。

②セラーピス
の名の起源は不明だが、イシスの配偶者オシーリスとオシーリスの地上の権化である牡牛アピスとの複合から出たものと考えられる。ヘレニスティックなエジプトの神である。

③御灯明をもって セラピスとイシスは海と、天上の光の統御者だから灯明が象徴となり小舟の形をしている。

④イシスは地界の女王であり、杖あるメルクリウスと同様、迷える魂の指導者として杖が象徴している。

⑤正義の標章もシンボル
  イシスは正義の女神と同一視される。

⑥乳房に似た丸い黄金の小さな盃もシンボル
  イシスはまた自然の女性的な生産力をも代表していたから、その象徴として乳房を描く。
イシスは雌牛の姿で表現され牛乳はイシスから賜る神聖な滋養物である

⑦アヌービスはセラピストイシスの使神であってギリシアのヘルメースしたがってローマのメルクリウスと同一視された。黒色と黄金色はそれぞれ地界と天上の持つ性格を暗示している。

⑧小さな壺 
この水差しがなぜイシスの最も象徴的な具象物となるかよくわからないがおそらく中に入っている水がエジプト人にとっては生命というべきニールス(ナイル)川からとられるためであろう。ニールス川は女神イシスの恩恵だと考えられていた。あるいはオシリスの分泌物だと考えていた。

⑨栴檀の材で
citrusという木は北アフリカ産で薫り高く、家具として有名な材木で高価だった。

⑩パストポリー
はイシス教団にて神像の安置された小さな祠堂(パストス)を持ち歩いて施物を受ける僧侶たちの名称であるが、
ここではだいたい、イシス宗教団の高職者を意味している。

⑪象形文字で教義や宗旨を書いた。
動物が一つの言葉を表したり完全な意味を持っていた。
蜜蜂=立派な王。
尾をかんだ蛇=人生航路。
(エジプトのウロボロス。
売っている牛乳は飲んじゃだめだよ。放射能汚染もひどいし)

⑫新しく生まれ変わって
イシス女神に進んで命を捧げ、永久の宗教的世界に生まれ変わる。

(イシス教団の大司祭の名前がミトラ=太陽!
イシスに選ばれた主人公は太陽神ミトラの名を持つ大司祭と結ばれている。
イシスは月の女神でありホルス=太陽の母。

『イメージ・シンボル事典』によるとロバはラーの象徴でロバはミトラ教で知恵とあるのだが、
後述のサイトによるとセトのシンボルらしい。
やはりロバに意味がある!
そりゃ救い主はイシスだよね。

作者はイシス教団だろうけど、ローマのミトラス教が混ざっているっぽい。ホルスと習合したのかな。
フィクション形式だといくらでも言い逃れができる。
夢で神が来ることは多いけど、脳内想像か実在が来たのか区別できないよね。


ロバ
・サトゥルヌス=第2の太陽
・ラーへの供物。ラーはロバ、猫、雄牛等と同一視
エジプト語で「偉大な」と同音異義
驢馬の姿のラーを夜の蛇は追う
・古代ローマで崇拝されたと思われる。サトゥルナリア祭でウェスタへの供物

・ヒエログリフで無知
・ローマで肉体の欲情
・ミダス王の耳

・ミトラ教で知恵
・純潔を護る。ウェスタ祭りで粉ひきから解放され花環とパンで飾られ女神神殿へ連れられた

・古代絵画でバッカスが乗る
・預言者とメシアが乗る。イエスが乗りエルサレム入り
・ロバ+黄金=太陽の齎す豊饒
・イシスと薔薇に関連(黄金のロバ)。ロバは忌まわしい(いつも発情)

ラー Ra(仏語:Rê)
http://www.moonover.jp/bekkan/god/ra.htm
にロバの記述なし。

セト Seth
http://www.moonover.jp/bekkan/god/seth.htm
“セト神の神聖動物とされる生き物が何なのかは特定されていない。
ツタブタ説、ロバ説などがあるが、尾がパピルスの花になっていることもあるので、実在しない空想上の獣だと考えるのが主流になっている。ただしエジプト神話上、完全に実在しない動物で描かれた神は他にはおらず、アメミットのように「カバ+ライオン+ワニ」のように実在する動物の融合体で描かれることが多い。
既に絶滅したか、古代から見て生息域が変わってしまった動物を元にしているという説も一応ある。
ちなみに、他に尻尾が花になっている生き物といえば、こいつとか。案外、頭はロバ、体はジャッカル、尻尾は植物…とかいう融合体というのが真実かもしれない。

英語では「セト・アニマル」と呼ばれている。”

ミトラの綴りを調査。
Project Gutenberg: The Golden Asse (Plain text.)、英訳版だとMythra。
ミトラの英語つづりはMithra。
“Then was I obedient unto these words, and attentive with meek quietnesse, and probable taciturnity, I daily
served at the temple: in the end the wholesome gentlenesse of the goddesse did nothing deceive me, for in the night she appeared to me in a vision, shewing that the day was come which I had wished for so long, she told me what provision and charges I should be at, and how that she had appointed her principallest Priest Mythra to be minister with me in my sacrifices.
When I heard these divine commandements, I greatly rejoyced: and arose before day to speake with the great Priest, whom I fortuned to espie comming out of his chamber: ”
http://www.gutenberg.org/files/1666/1666-h/1666-h.htm#link2H_4_0062

ラテン語だとMithramとある。活用抜くとMithraだと思われる。

“Nec me fefellit vel longi temporis prolatione cruciavit deae potentis benignitas salutaris, sed noctis obscurae non obscuris imperiis evidenter monuit advenisse diem mihi semper optabilem, quo me maximi voti compotiret, quantoque sumptu deberem procurare supplicamentis, ipsumque Mithram illum suum sacerdotem praecipuum divino quodam stellarum consortio, ut aiebat, mihi coniunctum sacrorum ministrum decernit.”
http://www.forumromanum.org/literature/apuleius11.html

グーグル翻訳
” I am not deceived in thinking or a long time, the uttering of pain upon the goddess, the mighty God of the goodness of wholesome, but the night is not dark in the dark control, obviously, but warned him that the day has always seemed to me desires from him, which made me, the greatest of the vow of compotiret, But the more they charge, I was obliged to procure all of supplication, and should be as Nitra to her his own, the priest, the chief of the divine in some of the stars of the company, as he called them, he decides to become a servant to me in contact with the sacred.”
ニトラってなんだよ……)


・大司祭は私に今まで誰も気なかった亜麻の真新しい着物を与えると、わたしの肩に手をかけ、内陣の最も奥まった部屋に連れて行きました。

“ さて好事家の皆さん、あなた方は、おそらくその室で交された二人の会話とか、そこで起った事件とかについて、何か話してほしいと強く要望なさることでしょう。その発表が許されるものなら、喜んで私も話しましょう。皆さんのお耳に入れてよいものなら、喜んでお聞かせしたいものです。しかしそれについて不謹慎なお喋をしたり、あるいは大それた好奇心から、それを聞こうとしたら皆さんのお耳も私の舌もひとしく罰を蒙むること必定です。だからといって何も申しませんと、今度は皆さんの方が、敬虔な熱望を抱いて何となく落ちつかないままに、いろいろと取越苦労なさるでしょう。そうなると私も辛抱できません。一つ話を聞いて下さい。でもこの話はみんな真実だと思って下さい。
私は黄泉の国に降りて行き、プロセルピナの神殿の入口をまたぎ、あらゆる要素を通ってこの世に還ってきました。真夜中に太陽が晃々と輝いているのを見ました。他界の神々にも天上の神々にも目のあたりに接して、そのお膝元に額ずいてきました。
こういった所が私の話です。皆さんはお聞きなられた今でも、何のことやら、ちんぷんかんでしょう。でもそれはみんなみなさんのせいです。それはとも角として俗界の皆さんに打明けても、神罰を受けないで済むようなお話をお聞かせしましょう。
朝の訪れとともに、前夜の儀式がみんな終ったので、私は十二枚の法衣に身を潔め、内陣から出てきました。この法衣はそれ自身相当の秘儀的性格をもっていましたけど、お話しても別に差支えありません。というのはあの時そこに居合せた多くの人たちもそれをみたのですから。”pp.163-164

私はその姿で神殿の真ん中に導かれ、女神の御像の前で木製の台の上に立たされました。私は亜麻の美しい花模様のある着物を着て、人目を奪うばかりでした。高価なギリシア風の外套がゆったりと方から背中を回って踵まで落ちていました。
その外套は人目につくところは皆いろいろの動物の姿がさまざまの色彩を使って美しく描かれ、ここにはインドのドラゴン、
あそこには地球の裏の常春の国に住む鳥のような翼をもったグリュプス(前半身は鷲で、後半身は獅子。おそらくグリフォン)といった具合でした。
この服装は司祭たちが「オリュンピアの法衣」
(注釈。おそらくオリュンポスのゼウス大神の祭にも使われたからこの名前なのであろう)
と呼びならわしているものです。そうしたうえに、右手には燃える松明を捧げ、
頭には棕櫚の高貴な花冠を頂き、その葉は太陽の光線のごとく四方に光を放っていました。
こう私は太陽の姿を真似て着飾り、女神の御像そっくりとなった。
(太陽神の力を得る儀式だったのだろう。女神そっくりになって女神の力を戴くこともしているのだろう。
真夜中の太陽。死と再生の儀式)

至高の女神にお祈りを捧げてから、大司祭ミトラさま、今ではもう私の父とも信頼するこの方を抱擁し、お頸に何度も唇をあてた。
(ミトラ教の最高位階は「父」)


ローマを目指して出発し、アウグストゥスの門に到着。
イシスはマルスの野のイーシスと呼びならわされ熱心な崇拝を受けた。
偉大な太陽神が十二宮を一周して一年を終えるころ、恵みぶかい女神は夜を徹してのお心遣いから今度も私の夢の中にあらわれたもうて、もう一度密儀と献身の儀式を受けるようにとお告げになりました。
イシスの密儀はあずかったが、至上の父、神々の最高の父にまします絶対無比のオシーリスの密儀にはまだあずかっていない。このおふた方は密接な縁で結ばれその神性と教義には本質的な一致がある。
翌日の真夜中亜麻の法衣に身を包んだ一人の司祭バッカスのお持ちのような常春藤の巻き付いた杖を手に、夢の中で何とも名状しがたいものを取り出し、私の家の守護神の前に置きました。そして彼は私の椅子に坐ると、それらのものが厳かな戒律に則った食事をする際、是非とも必要となるものだといったと思うと一度で間違いなく彼だと認められるような特徴ある歩き方をして少し左足のかかとに跛をひきながら、たどたどしくゆっくりと歩いて消えました。
パストポリーの一人、アシニウス・マルケッルスが夢に出たのと同じ特徴。

十日間精進潔斎し、今度は頭髪もそり落とし、毎夜、至上の神の密儀にあずかって啓示を受けた。
これで二回目の秘儀。
法廷に立ち、ローマの言葉で弁護人の仕事をこなし、なにがしかのものを稼いでいました。
三回目の秘儀を受けることに決まる。
神々のお陰で弁護士の収入で相当楽な暮らしをさせてもらっていた。

私の夢の中にオシリス様がお告げになる。
「私はお前を法廷に立たせて末永く光栄ある保護を与えるであろう。
お前の勤勉と深い学識を嫉妬して世の人がいくら悪口を言いふらそうとも何ら恐れる必要はない。
それから今後は僧侶仲間と一緒になって奉仕する必要のないよう、パストポリーの一員に任命してやる。そればかりか
任期五年の参事会員に選んでやろう」

それで再び私は完全に剃髪してしまったわけですが、私は禿頭を恥ずかしがって人目を避けたり何かで覆い隠したりすることもなく何処でも見せびらかした。スッラの時代に組織されたという最も古い伝統をもつその僧侶団体の職務に喜んで励んだのでした。

注釈続き。
⑬私の話です(密儀の詳細な内容は明かせません宣言)
内容を分析してもおそらく無駄であろう。
彼が秘密を守らねばならなかったのは礼典上の慣例であろう。
なお要素という訳語はエレメンタにあたり、宇宙を創っている本質的なもの(地水火風)から惑星までの広い意味。
その間を通って魂は清められると信じられた。

⑭十二枚の法衣
黄道十二宮。オシリスは太陽神なのだから。
後に出る「太陽の光の如き花冠」もそのため。

(太陽神ならミトラかホルスかラーじゃないの?)

⑮マルスの野のイーシス
イタリア半島にイシス教義が入ってきたのは紀元前三世紀の後から二世紀の初めと言われているが、ローマにおけるスッラからネロに至るイシス礼拝の歴史は、実に反動的な保守派と大衆の宗教的運動との闘争の歴史であった。
そのためおそらく何度も立てられては壊されたのだろう。
ドミティアーヌス皇帝が紀元92年にマルスの野にイシス寺院を再建した記録がある。

⑯私の椅子に坐ると
ローマの家には炉のところに必ず「家の守護神(ラレス)」がおり、その前に祈禱椅子のような家の主人が坐るべき位置があった。

(イシスの頭にも椅子がある)

17 任期五年の参事会員
 イシス教団の中でも位の高い僧侶の貰った名誉職であろう。
(僧侶という訳語はダメでしょ)


(坊主はエジプト系神官の特徴らしい。
少し左足のかかとに跛をひきながら、たどたどしくゆっくりと歩いて消えました。
跛行のシャーマン!)

―――

ギリシア神話入門の本をあさるよりも原典の本書を読む方が手っ取り早い。
オウィディウス『変身物語』(中村善也訳、岩波文庫)

上巻

・“大洪水
そのユピテルは、すでに、地上のいたるところへ雷電をばらまこうとしていた。が、ふと危惧をおぼえた。これほどおびただしい雷火が、ひょっとして聖なる天空に燃え移り、天軸が、端から端まで燃え上りはしないだろうかとおもったのだ。それに、運命にさだめられたところを思い出しもした。やがていつか、海も地も燃え、天上の宮殿も焔に包まれて炎上し、宇宙という精妙な一大建築が、滅びのうき目をみるであろうというのだ。そこで、彼は、一つ目族(キュクロペス)の手で作られた雷電をわきへ置いた。人類を水で滅ぼすことにして、そのために、天のあらゆるところから大雨を降らせようという、別の処罰方法を思いついたのだ。“
pp. 22-23オウィディウス『変身物語』(中村善也訳、岩波文庫)(上)

(ギリシア神話の洪水神話には、ストア派の終末論の影響がある説。

Pseudoscholar‏ @pseudoscholar1 3月11日
オウィディウスの『変身物語』をパラパラと見ていたら、北欧神話のラグナロクよろしく「将来世界は炎に包まれて滅び去る運命にある」という記述があったのだが、これはギリシャ(ローマ)神話に実際に存在した考え方なのかそれともオウィディウスの創作なのか……。
該当する個所は巻一の253行目から(岩波文庫では上巻のp23)。 「それに、運命にさだめられたところを思い出しもした。やがていつか、海も地も燃え、天井の宮殿も焔に包まれて炎上し、宇宙という精妙な一大建築が、滅びのうき目をみるであろうというのだ」

toroia‏ @toroia 3月11日
返信先: @pseudoscholar1さん
たぶんストア派の終末論ですね。)

・“太陽神は、緋色の衣をまとって、エメラルドで燦然と光っている玉座に坐っていた。左右には、「日」と「月」と「年」と「世紀」、それに、等しい間隔を置いて並んだ「時」たちが控えている。さみどりの「春」は、花の冠をいただいて立ち、衣を脱ぎ捨てた「夏」は、麦の穂の輪飾りをつけている。「秋」は、踏みくだいた葡萄の色に染まり、寒冷の「冬」は、白髪を逆立てている。
これらの真ん中に場を占めた太陽神は、万物を見おろすあの目で、あたりの異様な様子におびえている若者を見やった。「どうしてここへやって来たのか?」と神はいう。「空高いこの宮殿に何の用があるのか、まぎれもないわが子パエトンよ?」”p.52 パエトン
(太陽暦。
太陽=万物を見おろす目。
天体を目と表現することはよくあるらしい)

・マルスとウェヌス
ウェヌスとマルスの不義を最初に見つけたのはアポロン。
アポロンはウェヌスの夫ウルカヌスに密通を知らせ場所も教えた。
ウルカヌスは真鍮の細い鎖で編んだ罠を寝床にしかけた。
ウェヌスとマルスは鎖に捕らえられ抱き合ったまま身動きできない。
神々は笑った。
ウェヌスはアポロンに仕返しをする。
アポロンに恋をさせた。
恋の対象であるレウコトエに近づくために、彼女の母親に変身。
娘と内緒話があると言って侍女を遠ざけると、求愛。
レウコトエは受け入れた。
アポロンに好意を寄せるクリュティエが恋敵レウコトエを中傷し、レウコトエは生き埋め。
太陽神は光線によって、彼女にかぶさった砂を吹き散らし、埋まった顔を出せるようにな出口をこしらえた。
でも、彼女は土の重みにひしがれた頭をもたげることがもうできなかった。
運命に勝てないと悟った太陽神は、彼女のからだと地面とにネクタルを注ぎ、彼女のからだが溶けて消え、その香りで大地をうるおし、一本の乳香の木が生えた。
密告した彼女を一顧だにしなくなった太陽神。
クリュティエは、スミレによく似た、太陽のほうばかりを向いているヘリオトロープに変身した。

p.146“燃えるその火でくまなく大地を照らすべきあなたが、不思議な炎で焼かれていらっしゃるのですもの。万物をみそなわすべきはずのご当人が、レウコトエだけを見つめ、この世界にそそぐべき眼を、ひとりの乙女だけにそそいでいらっしゃるのです。”

p.148“『わたしは、一年の長さの基準となる神だ。みずから万物を見下ろしてはいるが、同時に、地上世界が万物を見分けうるのも、わたしの力によっている。いわばわたしは、「世界の眼」なのだ。そのわたしが、うそではない、おまえを好きになったのだ』”
(太陽は目として表現されている。
太陽は世界の眼。
金星=ヴィーナスが、太陽がペルシア王女に恋するようにする。
このペルシア王女は讒言により生き埋め。
ネクタルによりペルシャ王女は乳香となる。
讒言者は太陽に顔を向けるヘリオトロープorひまわりとなった。
この話には重要な意味が込められている。
ペルシャといえば乳香というイメージだったのだろう。
ローマ側がペルシャ王女が生き埋めで死ぬ話を広めたのかも。

※  出典のオウィディウス『変身物語』ではこの花はヘリオトロープだとされているが、絵画ではヒマワリとされるのが一般的。ヘリオトロープは地味な紫色の小花なので、ヒマワリの方が好まれたのかも)

・上記の話のすぐ次の話サルマキスも超重要。
「ユピテルの幼時を守ったクレタの住民たち(クレテス)が雨から生まれた」ことを素通りして語られる話が、
ヘルメスとヴィーナスの息子(名前がヘルメス+アフロディテ)が水の精と合一して両性具有になる話…
って完全に錬金術の奥義じゃねーか!
素通りした話も重要そうなんだけど!
ゼウスは黄金の雨(当然精液の比喩)に変身して女をはらませたことと関係ありそうな話だな!

メルクリウスとウェヌスとのあいだに生まれた男の子を、水の精たちがイダの洞窟で育てた。
子の息子は両親に生き写しの顔であり、名前は両親の名前からとって、
ヘルム=アプロデイトス。
彼に水の精、ニンフであるサルマキスが求婚。
少年の顔が赤くなる。愛とは何か知っていなかった。
赤くなったことが彼の美しさを増している。
日当たりのよい木に垂れ下がった果実か、あるいは赤く染めた象牙の色とでもいいましょうか。それとも

“あのお月さまが蝕(しょく)をおこして、それを助けようとの鉦(かね)の音もむなしく、白銀(しろがね)の顔(かんばせ)が赤らみを帯びて来るーーそんな様子とでも。”p.153
上記の注釈
“月蝕は、魔女による魔術によってひきおこされるものだと考え、それを払うために鉦を叩き鳴らすということが行なわれた。”p.357

ニンフは接吻しようとするが少年は嫌がる。
諦めたふりをして、油断させ、彼が泉の入ると水中で彼女は強引に接吻をして抱きつく。
アトラスのひ孫である少年は頑張りぬいて待望の喜びをニンフに与えようとしない。
彼女はからだを押し付け、神様にいつまでもこの人から引き離さないでと願う。
神々様はお聞き入れになり、二人の体は混ざりあって合一し、見たところ一つの形になる。接ぎ木のように。抱き合って合体。彼らは二人ではなく複合体というべきで、女だとか男だとか称せられるものではなく、どちらでもなく、どちらでもあるというふうに見えるのです。
そこへ入ったときには男であった自分を、この澄んだ水が『男女』(おとこおんな)に変え、水のなかでからだがふやけてしまったのを知ったヘルム=アプロディトスは、手を差し伸べながらもう男らしさを失った声で言った。
お父さん、お母さん、お二人の名を受け継いでいる貴方方の息子の願いを聞き届けてください。
この泉に浴した者はみんな、そこを出るときには男女となっていますように!
この水に触れるや否や、からだが柔らかくなってしまいますように!
両親は心を打たれ、男んなと変わった息子の言葉を聞き入れて不浄の魔力をこの泉に与えたのです。

(らんま1/2元ネタ?中国系で両性具有を体現した主人公。
しかしなぜヘルメスアフロディーテは自分の体を元に戻してとは願わなかったのか。)

・ペルセウスとアトラス
バッコスはインドでも崇められていた。

メドゥーサの頭を持つペルセウス。
メドゥーサの血が大地に落ちると生命が吹き込まれ蛇たちが生まれる。メドゥーサの頭をアトラスに突き出し、アトラスを石化させる。

ユピテルが黄金の雨となって監禁中のダナエのもとに忍び込みみごもらせたダナエに産ませた子がペルセウス。

(バッコス信仰がインドにも伝わっていたらしい。
メドゥーサは大地母神でありギリシア人に負けた勢力なんだなろうね。
負けると神話ごと改竄されて洗脳されるのさ
メドゥーサの首が強すぎる。



・ペルセウスとアンドロメダ
罪もないアンドロメダが、神アムモンの命令で、不当にも、母親の暴言を償わされていた。乙女が荒い岩に両腕をつながれている。
注釈によると、アンドロメダの母親カッシオペイアは、自分が海の精ネレイスよりも美しいと高言。そのためネプトゥーヌスは怪獣を送って国土を荒らさせた。アンドロメダをこの怪獣への人身御供にするならば厄災は取り除かれるであろうというアムモン神の神託によりアンドロメダが上記の憂き目にあっている。
アムモンはエジプトの予言神でギリシアではゼウス、ユピテルと同一視された。
アムモンはしばしば角を持つ雄羊
の姿で考えられている。

(アモン!しかも羊。

ねこた‏ @lakudagoya 3月30日
覚えておきなよ。 ミトラさんの西方での呼び名はペルセウスだよ。 ペルセウスって確か、ペルシャから来たものとか言う意味だし。 やつら、イランにこだわるの半端ないよね。 鹿目まどかの弓は薔薇がついてるけど、また薔薇と言えばペルシャだよ。元々中近東の花なんだよ。薔薇は。)

・ピエロスの娘たち
娘たちの一人が巨人族と神々の戦いを歌う。
巨人たちを不当に褒め称え、偉大な神々の御業をけなす。
大地の底から送り出されたテュポエウスが、神々をこわがらせ、神々はみんな逃げ走り、最後には、疲れはてて、七つの河口に分かれたナイルにうるおされる、あのエジプトの地に迎えられたというのです。でも、テュポエウスがここまで追って来たので、神々は仮装のなかに身を隠した――そう物語るのです。
『ユピテルは』と歌いました。『雄羊に変わります。だからこそ、アフリカのアムモン神は、今も、曲がった角のある姿をとっているのです。
アポロンは烏に、
バッコスは山羊に、
ディアナは猫に、
ユノーは白い雌牛に身をやつし、
メルクリウスは朱鷺に変じて、翼をつけました

(ギリシアとエジプト神々の習合)

・アラクネ
ケレスもミネルウァも金髪。
(ギリシア・ローマの神々は金髪なのも、支配層が金髪にこだわる理由の一つ。でも肌は浅黒いからね!
クレオパトラは白人系なのはデマだろうね。白人の定義って何?
碧眼は中東に割といる。
金髪碧眼=ギリシア・ローマの神々+中東)

・アイソン
メディアの祖父である日の神の車駕もメディアの呪文によって、曙(アウロラ)もメディアの毒薬によって色を失う。

翼持つ竜たちの頸につながれた竜車がやってきて、勒をつけた竜の頸をなで、軽い手綱で打ち振ると、空を舞う。
メデイアの逃亡の個所で
“例のごとく太陽神の竜車に運ばれて、アテナイへはいった。”p.278
とある。

老人アイソンの喉を切り開き古い血を流れ出されて、かわりに開かれた血管を薬汁で満たす。アイソンがそれを口から、あるいは傷口から飲み込むと、ひげと髪が白さを失ってたちまち真っ黒に変わった。青ざめた色も老醜も消える。

注釈より、ヘカテ女神は普通は魔術の神であるが、道路の三つ辻や四辻に祀られることが多く、その像は三面を持つ姿で表わされ、彼女は三つの姿をもつと形容される。メデイアはヘカテの巫女であったともされる。
(メディアの祖父は太陽神アポロンで、太陽神の竜車で移動できる立場の魔女。フェイトで優遇されて当然)

血液を薬汁と入れ替えると若返る。
輸血すると若返る?


注釈
常春藤(きづた)は葡萄樹とともにバッコスゆかりの神聖な植物。
虎、山猫、豹なども、彼にゆかり。バッコスはしばしば牛の角を持った雄牛の姿であらわされる。
p.250前後によると、トラキア女たちが二年ごとのバッコス祭を祝う時期には、
ロドペの山が夜の闇に鋭いシンバルの響きで満たされる。
頭にはぶどうのつるをいただき、左わきには鹿の皮をつりさげ、肩には霊杖(テュルソス)が乗る。
(バッコスとバアルの関係が気になる。
バッコスは猫っぽい奴がシンボル。耶蘇と拝火教は猫嫌い。イスラムは猫好き)

・自分の胸や腕を打ち叩くのは嘆きの徴。

・祈願のさいは手のひらを上へ向けて腕をさしのべるのが通例。
(両掌を合わせて指をからませない)


下巻

・ヘラクレスの神化
ヒュドラの毒の衣の苦痛のあまり自分自身を火葬する。
火の力を感じるのは母親ゆずりの部分においてだけ。
ユピテルから受け継いでいるところは永遠不滅で死とは無縁で炎に負けない。
母親にの部分はなくなり、ユピテル譲りの個所だけが残った。
抜け殻と共に若返る蛇のように。
ヘラクレスが現身の部分を捨てると、彼のいっそうすぐれた部分が力を増した。今までよりぐっと大きく見え、堂々たる威厳を備えた尊い存在となり始めた。彼をうつろな雲の中へ全能の父が引きさらうと四頭立ての馬車に乗せて煌めく星たちの真ん中へ運んでいった。

・ミダス王
ミダス王はトラキアのオルペウスと、アテナイのエウモルポスとから、バッコスの秘儀を授けられていた。
バッコスはミダス王に望みのものを与えようと約束するとミダス王は約束を悪用し、
「わたしのからだが触れるすべてのものを、きらめく黄金に変えてくださいますように」
バッコスは承諾しやがて禍になるであろう恩恵を与えることにした。
内心では王がもっとましなことを願わなったことを悲しんでいた。
プリュギアの王ミダスがもぎとった小枝は黄金に変わった。石も土塊も金になる。
触ることに魔力がある。
麦の穂もリンゴも門柱も水も金になる。
手のひらから落ちる水はダナエを襲った黄金の雨かともおもわれる。
歯の当った食べ物も金になる。ぶどう酒の水割りを飲もうとすると、溶けた黄金が口へ流れ込む。
飢えと渇きに責めさいなまれるが自業自得。
手と、金ぴかの腕とを天に向かって差し伸べながら、自分が間違っていたどうかお慈悲を、お救い下さいと願う。
バッコスは、自分が間違っていたと認めたミダスを元通りに戻すと、約束による恩恵を取り消し、
黄金を求めるなどつまらぬことをしたものだ、その垢を払い落とす為には大いなるサルデスの都に近い河の源、泡立つ泉がこんこんと吹き出ているあたりに頭とからだをひたして罪を洗い流すのだ
と命じると王はその通りにすると、すべてのものを黄金に変える魔力は、河の水にしみこみ、人間のからだから流れる水へと移った。
今なおこの土地は昔のこの鉱脈の、種子というべきものを受け取っていて、黄金で凝り固まっている。この川の流れでぬれた土は鈍い金色を放っている。

王の頭は依然として鈍く、愚かな心はまたもや持ち主に害を与えるさだめだった。
金髪でゲッケイジュの冠を持ち、テュロスの紫色で染めた長衣で地面をはくアポロンは、パーンと音楽の腕比べをした。
アポロンの勝ちだと山の神は判定し誰もが満足したが、ミダスだけがこれに反対し不当だと呼ばわった。アポロンはこの鈍感な耳が人間並みの形をしていることに我慢ならないで、ロバの耳にした。
緋色の頭巾で耳を隠したが、理髪師はロバ耳を見た。理髪師は内心では言いふらしたがったが口外する勇気がなく、黙るが我慢できなかったので、地面に穴を掘ってささやきかけた。小声で話した穴を土で戻して穴を埋めた。
その場所一面にたくさんのアシが生えてさやさやとそよぎ始めた。一年たってこのアシたちが大きくなると自分たちの生みの親ともいうべきあの理髪師を裏切ったのだ。
そよふく南風に揺り動かされては隠された言葉をもう一度ささやき王の耳の話をばらした。

王様の耳はロバの耳!
衣服が金にならないのかな。呼吸はできるらしい。
アポロンが金髪で衣がフェニキア紫なのに注目。

ティルス
http://www.y-history.net/appendix/wh0101-063_1.html
“東地中海岸のフェニキア人の拠点となった都市の一つ。西地中海に植民市カルタゴを築いた。
 テュロスまたはティールとも表記。現在のレバノンの地中海岸に近い島に栄えた都市で、フェニキア人が建設し、地中海進出の拠点とされた。現在は地図帳ではスールとして記載されている。
 ティルスのフェニキア人がアフリカ北岸に建設した植民都市がカルタゴである。一時アッシリアに征服されたが、その後復興し地中海貿易で繁栄した。前332年にはエジプトに向かうマケドニアのアレクサンドロス大王に攻撃され、7ヶ月にわたって抵抗したことは有名。ヘレニズム時代のセレウコス朝シリアとローマ帝国時代にも貿易港として栄えた。636年にイスラーム勢力のアラブ人に破壊されて、繁栄が終わった。現在は遺跡として残るのみである。

十字軍とテュロス
 用語集ではティルス(ティール)はイスラーム時代にテュロスの繁栄は終わったと記されているが、アラブ側の歴史書には次のような記載がある。それは十字軍国家の一つイェルサレム王国の国王ボードワンが、ティロスを攻撃した1111年のことである。
(引用)かつてこのフェニキアの古代都市の王子カドモスは、故郷を去って音標文字(アルファベット)を地中海沿岸に広めたし、またその実妹ヨーロッパは、やがて自分の名をフランク(アラブでは十字軍をこう呼んだ)の大陸に与えることになる。そのティールの堂々たる城壁は今なお栄光の歴史を思い出させる。
 町は三方を海に囲まれ、アレキサンダー大王が建造した狭い中道だけで堅い大地と結ばれている。難攻不落の名声のもと、町は1111年、最近占領された地域からの多数の難民を収容していた。<アミン・マアフーフ『アラブの見た十字軍』リブロポート p.140>
Episode 十字軍、テュロスの奇策に苦しむ
 十字軍(フランク)はティロスの城壁を破壊するため移動やぐらを組み立て、恐るべき能力を持つ破壊槌で城壁を砕き始めた。進退窮まった守備側だったが、一人の男が碇のついた網で破壊槌を絡めてひっぱたのでやぐらが倒れ、この攻撃は失敗した。再びやぐらを組んで新しいもっと大きな破壊槌で城壁を怖そうとする十字軍に対して、今度は城内から、汚物でいっぱいの大壺がフランクめがけてぶちまけられた。十字軍兵士は身体に立ちこめる臭気に域もつまり、二度と破壊槌を操作することができなかった。さらに城内からは油やタールで火をついえた籠が投げ込まれ、そこに煮えたぎった油がふりまかれたため、やぐらは燃え上がり、兵士は逃げ出した。このティロスの抵抗は、アラブ側の十字軍に対する反撃の始まりを示す出来事の一つだった。<アミン・マアフーフ『アラブの見た十字軍』リブロポート p.141-2> “)

・“わたしには、額の真ん中に、目がひとつしかない。が、それは、巨大な盾ほどの大きさだ。考えてもみるがよい!あの大いなる太陽は、この世のすべてを天空から見下ろしているが、その太陽にも、目はひとつしかないのだ。”p.239

太陽は一つ目!


”  ピュタゴラスの教え
この地にピュタゴラスという人物がいた。サモスの生まれではあったが、この島とそこの支配者たちをのがれ、圧政を憎んで、進んで亡命者となったのだ。この男は、もとより天界からは隔てられた存在であったにしても、知性によって神々の世界にまで分けいった。そして、本来、人間が見てとることを禁じられているものを、心の目で読みとった。深く思いをいたし、不断の苦心を重ねることですべてを洞察すると、これをみんなに知らせた。そして、ただ黙々と、驚嘆しながら彼の言葉を聞いている会衆たちに、大宇宙の起源や、万物の原因を教えた。自然とは何か、神とはどのようなものか?雪はどこから生まれるのか、稲妻はどうして生じるのか、雷を鳴らすのはユピテルなのか、それとも雲を引き裂く風なのか?地震はどうして起こり、星々はいかなる法則によってめぐるのか?--そのほか、あらゆる不可思議なことを説き明かしたのだ。
 獣肉を食膳に供することを非とした最初の人は、このピュタゴラスだったし、はじめてつぎのようなことを語ったのも彼だ。もっとも、彼のこの賢明な言葉は、ひとの信を得るにはいたらなかった。
 「人間たちよ、忌まわしい食べ物によって自分のからだを汚すようなことは、しないことだ! 穀類というものがあり、枝もたわわな果実がある。葡萄の樹には、はちきれそうな葡萄もなっている。生でもうまい草木もあれば、火を通すことで柔らかくなる野菜もあるのだ。乳もあれば、麝香草の花の香にみちた蜂蜜にも、こと欠きはしない。大地は、惜しげもなく、その富と快適な食糧とを供給し、血なまぐさい殺戮によらない食べ物を与えてくれる。獣たちは、肉によって飢えを鎮めるが、しかし、すべてがそうであるというわけではない。たとえば、馬や羊や牛は、草を喰って生きている。ただ、荒くれた兇暴な性質のものだけが、血にまみれた食物を喜ぶのだ。アルメニアの虎、怒り狂う獅子、狼、熊などがそれだ。ああ、どれほどの罪であろう! 臓腑のなかに臓腑をおさめ、肉を詰めこむことで貪欲な肉をふとらせるとは! ひとつの生き物が、ほかの動物を殺すことによって生きてゆくとは! こよなく慈悲深い母である『大地』が生みだす、こんなにも豊かな富に囲まれていながら、荒々しい歯で痛ましい肉を噛み裂き、あの『一つ目族(キュクロペス)』の習わしを再現することだけが喜びだというのか? 他の生物を滅ぼすことなしには、飽くなき貪婪な口腹の欲を鎮めることができないというのか?
 だが、われわれが『黄金時代』と呼んでいるあのむかしの時代は、木の実や、大地が生む草木だけでしあわせだった。みずからの口を地で汚すような者は、誰もいなかった。そのころは、空飛ぶ鳥も安全であり、野なかをさまよう兎も恐れを知らなかった。疑いを知らぬ魚が、釣針にかかることもなかったのだ。生けるものみなは、罠を知らず、欺瞞を恐れる必要もなかった。いたるところに平和がみちていたのだ。
 が、どこかの誰かが、余計にも、獅子たちの食べ物を羨やんで肉をくらい、それを意地きたない腹へ送りこむことを始めたのだ。こうしたことから、罪への道が開かれた。おそらく、最初は、剣が血にまみれてあたたかくなったのは、野獣を殺すことによってであっただろう。そして、それだけならよかったのだ。われわれの生命を奪おうとする動物を殺すことは、道にはずれたことではないとおもう。が、殺すのはよいとしても、食ってもよいというわけではなかった。” pp.302-302

豚が最初の犠牲獣として殺されるべきだと考えられた。鼻で種を掘り出し一年の収穫を期待外れに終わらせるから。
山羊は葡萄をかみちぎるのでバッコスの祭に捧げられたという。
これらは自らのとがが災いを招いている。
が、羊と牛は何をしたのか。
食べることだけはしないように。
殺された牛の肉を口にするときには自らの協力者を食っているのだ。

我々のからだは火葬堆(かそうづみ)の炎に焼かれようとも、長い年月のうちに朽ち果てようとも何の苦しみ儲けるものでへはないと知るべき。
霊魂は死ぬことがなく以前の住処を去っても常に新居に迎えられてそこに生き続けそこを住みかとする。
今も記憶に残っているが、私ピュタゴラスはトロイア戦争の時代にはパントオスの子エウポルボスだった。
メネラオスの重い槍を真っ向から胸に受けたものだ。
最近になるがいつも私が左手に持っていた盾が、アバス王の都アルゴスのユノー神殿に奉納されているのを見つけて、なつかしくおもったことだ。
万物は転変するが、何一つとして滅びはしない。魂はいどうして 気に入った体に住み着く。獣から人の体へ、人間から獣へと移り決して滅びはしない。
柔らかな蝋には新しい型を押すことができ、したがってそれは元のままではいられないし、いつも同じ形をたもつことはできないが、しかし同じ蝋であることには変わりがない。
同様に霊魂も常に同じものではありながら、いろんな姿の中へ移り住む。
口腹の欲に負けて人の道を誤るな。非道や殺戮で同類というべき魂をそのからだから追い出すな。
生命によって生命を養うことは許されぬ。

どんなものも固有の姿を持ち続けることはない。万物の更新者である自然が一つの形を別の形に作り替えてゆく。
この全世界に何一つ滅びるものはない。変化し新しい姿をとってゆくだけのこと。
生まれるとは、前とは違ったものになることの始まりをいい、
死とは前と同じ状態をやめることをいう。
移行はあるが総体から見ればすべては不変。

(魂の存在数はあらかじめ一定なのか。増えたり減ったりするのか。魂が実在するか否かと定義は棚上げ。
植物は生命ではないらしい。
豚とヤギが悪の理由ってこういう食料確保関係の理由なんだろうね。
牛と羊は善。
作者はピタゴラス信者ではなかったらしいという情報源は後述。

↓全生物に前世があるとは限らないし魂があるとも限らない(これだと輪廻を脱する目的が崩壊するけど)。

ねこた‏ @lakudagoya 2015年6月22日
ネズミさんうまい質問ですね。アダムとイブの前世については、
時間は直線に流れなくて、過去・現在・未来が並列で存在すると主張する事でクリアになっちゃいそーですが(笑)
ネズミさん‏ @Nezmi_san 2015年6月22日
「前世」なる事があったとしよう。全ての人間が生まれ変わりなら、
①アダムとイブの前世は?
②「前世がない人」が居たわけ?
③細胞には前世がある?

ネズミさん‏ @Nezmi_san 2015年6月22日
@lakudagoya まず①の質問はクリア出来ないでしょう。前世がないわけだから。

ねこた‏ @lakudagoya 2015年6月22日
@Nezmi_san それはたしかにw最初のニャンゲンは時間ループ理論が通用しませんね。
しかし前世もそーなんですけど、こういった実証不能の形而上学は何で陰謀論コミュで言うアチラ側=つまり権力者サイドから出てくるのが不思議であります。

ネズミさん‏ @Nezmi_san 2015年6月22日
@lakudagoya リセットなる考えが有りますが、これもリセットなる概念を考えたから「ある」事になってるでしょ。
(ある瞬間から、アダムとイブに戻る、70億人はなかった事に
@lakudagoya もし輪廻があるなら、アダムとイブにリセットされた後、1000億人が前世待ちになりますね?リセットの度にどんどん溜まる。(リセットはクリアだよとか?逆にだったら前世の意味は?))

・アスクレピオス
恐ろしい疫病がラティウムの空気を汚染した。
人がデルポイの神託所へ助けて下さいと祈願。
巫女が、お前たちが必要としているのはアポロンではなく、アポロンの息子アスクレピオスだからこの息子を連れだせ、と声を発する。
アスクレピオスはローマ人の夢に現れ、行くが蛇に変身しているという。
たけ高い冠毛をつけた金色の蛇と化した神が登場。
なんやかんやあって厄災は終わった。

・カエサル神化とアウグストゥス
カエサルはほうき星となった。
ユピテル「カエサルの魂を、殺された肉体から救い出し、星に変えるが良い」
カエサルの魂は月よりもはるかかなたに舞い上がり、炎のような尾を長く引きながら星となって輝いた。


いまや私の作品は完成した。ユピテルの怒りも炎も剣もすべてをむしばむ時の流れもこれを消滅させることはできないだろう。あの最後(いやはて)の日が、私のこの肉体だけをしか滅ぼしえないのだが、いつなりと私の寿命を終わらせるが良い。けれども私の中の一層優れた部分は不死であり、空の星よりも高く飛翔するのである。
私の名前も不滅となる。ローマの征服されローマ勢力が及んでいる限りの地で私の作品は人々に読まれるだろう。もし詩人の予感というものにいくらかの真実があるなら、わたしは名声によって永遠に生きるのだ。
注釈より、カエサルの死後七日の間に空に彗星が見られたという。

(ギリシア・ローマ神話では星になることは名誉なこと。星=神。
ストア派の星になるのは理想という部分はギリシャ神話の影響かも。
ローマ思想勢力は今や世界中に及んでいる。領土は人の心となった。
人間は思想の植民地である。
作者の最後の科白は現実となっている)


・解説
変身物語の最終巻の殆ど半ばがピュタゴラス的な輪廻転生に結びつけている。
変身物語十五巻にて
魂は移動して気に入ったからだに住みつく。獣から人間のからだへ、人間から獣へと移り決して滅びはしない。柔らかな蝋には新しい型を押すことができ、したがってそれはそのままではいられないし、いつも同じ形を保つことはできないが、しかし同じ蝋であることは変わりない。
同様に霊魂も常に同じものではありながらいろんな姿のなかへ移り住む
とある。
変身物語の掉尾を飾る変身は、カエサルが死後天へ昇って星と化するものであり、続いてやがて来るべきアウグストゥス皇帝の昇天が予言されてることでこの長い物語が閉ざされている。


――参考資料—





古代エジプトにおいてシリウスってのはかなり重要な星で、これが出ると新年が始まってナイルが増水する。また古代エジプトのラブレターで惚れてる女を新年に出る星に喩える話があってだな。 またルキウス・アプレイウスの黄金の驢馬で、ルキウス君は人間に戻るために薔薇の花輪を飲み込む。
そのルキウス君が薔薇の花輪を飲み込むのは、春分の日の春の女神の祭典だった。またその春の女神は古代エジプトではシリウスであるとされてきた。 で、その春の女神は直接シリウスではなくソプデトと言うんだけど、そいつは春の女神の化身という事になってる。ついでに「明けの明星」まで生んでる。

このように怪し気な陰謀シンボルのマーキングには古代エジプト由来のシンボリズムを埋め込んできますので、解析には最低限エジプト学の知識が必要です。 また最近のラノベでは、インド哲学ものが増えてきましたので、エジプト学とインド哲学(バラモン教)両方あると便利です。
ついでに、インド哲学にはスウェーデンボルグの理論(大本教もこれだよ)での換骨奪胎が必ず付与されてきますので、スウェーデンボルグの本にも目を通しておいたほうが良いでしょう。 アニメでインド哲学を使われる場合、仏教使うのはガンダムの富野くらいなので、バラモン教が最重要です。



ほい。これが件の歌詞の元ネタが書いてある本だべ。 これ流石にこの本しか情報源がないからわかんないよねー 結社はそうタカをくくってたはず! アープレーイユス の 黄金の驢馬 (岩波文庫) を Amazon でチェック! http://amzn.to/2n8X2so @さんから

ねこた‏ @lakudagoya 3月6日
もしカバンちゃんが「化学の結婚」に出てたナウシカみたいな青い衣のお姉様なら、フレンズたちをニャンゲンにするという事かあるかも知れないね? 実際フレンズたちに文明芽生えてるし。 ルキウス・アプレイウスの「黄金の驢馬」に出てくるルキウス君をニャンゲンに戻したイシス様ポジションか?



白妙の詩
https://www5.atwiki.jp/hmiku/pages/19492.html
” 作詞:SeikoP
作曲:SeikoP
編曲:SeikoP
唄:GUMI(Whisper)


曲紹介
• SeikoP 初のGUMIオリジナル曲。そして初の VOCALOID3 使用曲でもある。


歌詞
黄昏に踊る魂 道標の北風
教えておくれ 彷徨える娘の往く道を
煌めく氷のティアラ 霜の衣翻し
そっと囁く祈りの詩 時を越えて

土の温み抱かれて 
揺らめき消える淡い夢
それは雪のまぼろし
眠る森も柔らかな彩り
萌ゆる時まで

小さきもの 強くけなげに生きて
儚き音 細い月に浮かんで
凍る空を羽ばたいてく 
大いなる翼は持たずとも
風よ雲よ この軌跡を
未来へ繋ぐ 白妙の大地へ

風舞う薄暮の昴 光り集め咲かせた
碧い花瓣 子午線の空ろに舞い散った
氷の娘の鈴の声 瞳閉じて呟く
やがて満ちゆく息吹の詩 時を越えて

水に融ける結晶の
滴りはほのかな彩の夢
それは花のまほろば
芽ぐむ森に 慈しみ遺して
かき消えてゆく

小さきもの 強くけなげに生きて
澄ました瞳 燃える星を映して
薔薇の蕾に口付けする
春の女神にはなれなくても
鳥よ獣よ この慈愛を
未来へ捧ぐ 白妙の大地へ


“若し私が私の欠陥から脱却し得たならば――私が私自身を超越し得たならば、私は最早何にも書かないであろう。何も書かないで、安んじて生きてゆくことが出来るであろう。何となれば沈黙の福音は全き人にのみ許されるからである。
 Everyman sings his own song and follows lonely path――
お前はお前の歌をうとうてお前の道を歩め、私は私の歌をうとうて私の道を歩むばかりだ。
驢馬は驢馬の足を曳きずって、驢馬の鳴声を鳴くより外はない。
 お前と私とは長いこと手を握り合って、同じ歌をうたいながら同じ道を進んで来た。しかも今や、二人は別々の歌をうとうて別々の道を歩まなければならなくなった。
 私達は別れなければならなくなったことを悲しむ前に、理解なくして結んでいるよりも、理解して離れることの幸福を考えなければならない。”
種田山頭火 砕けた瓦 (或る男の手帳から)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000146/files/48240_31557.html



“魔法使いの危機管理
いわゆる魔道士さんが持つ知識と技術(アート)は悪用するとバカに刃物になっちゃうので、スパイ天国な我が国の危機管理並にゆるゆるですが、例を紹介しましょう。

スレイヤーズ

スレイヤーズすぺしゃる4 魔道士協会の陰謀 (富士見ファンタジア文庫)
(2012/10/04)
神坂 一、あらいずみ るい 他

ス レイヤーズという作品では、魔道士協会という団体が魔道士を育成しておりますが、そこで教えて貰えるものは「理論(テオリアとカッコつけて言いましょう か?)」のみで、攻撃魔法というのは教えて貰えません。攻撃魔法知りたければ、自分で理論を元に組み立てやがれ!タコ!というステキすぎる安全対策がなさ れております。理論というのは、ロジックですから、魔法と言えど論理学や哲学に強いとお得ではないか?と、「コンスピラシー・セオリスト(陰謀論者)」な わしは思うわけです。エレアのゼノンのアキレウスと亀の話でも読んで論理的思考の訓練をすると言いかもしれません。

ドラゴンランス

Towers of High Sorcery (Dragonlance)
(2004/11)
Jamie Chambers


ドラゴンランスでの魔法の管理は徹底しております。スレイヤーズの魔道士協会の比ではありません。
「Tower of High Sorcery<上位魔法の塔>」というフリーメイソン的な組織がドラゴンランスの世界の魔法を一元的に徹底管理しており、中核的なすごい魔法の知識を得 たかったら、「大審問」という通過儀礼を経ないといけないというシステムになっていて、その「大審問」ってやつが過激でして、魔法の才能と技量と意欲をギ リギリまで調べられて、失敗すると「死」という古代のドルイドのイニシエーションも真っ青なえげつないシステムになっております。

ちなみ に、今では芸能人の公開いじめにしかなってないバンジージャンプも、本来はバヌアツの部族の死のイニシエーションなんですよね。文化人類学などでいわゆる 未開の社会を調査するのですが、未開の社会で保持されている成人の儀式は皆「死」を体感する事で新しく生まれ変わるというものです。これは、単に象徴的な 儀礼から、バンジージャンプみたいな実際に死ぬような事をやらせる例もあるわけなんですね。魔法使いとして一人前になる「大審問」はそういった古来からの イニシエーションの作法を踏襲している。

ちなみに、GDの5=6の儀式も「死と再生」の儀式なんですよー。アデプタス・マイナーになってはじめて一人前の魔術師ですから。ま、傍観者の俺には関係ない事だけどね。

んで、その「大審問」なんですが、死のリスクの果てに通過すれば「Order of High Sorcery」という組織に加入できて、そこで始めて新しく中核的な魔法の知識と技術を教えてもらえるというシステム。

うーん、フリーメイソンそのまんまなシステムやねー。まあ作者のひとりがバリバリのモルモン教信者なんでメーソンクオリティと言ったとこかw

こ のドラゴンランスの本篇なんですが、この本はどうやら実践魔術をやらないとわからないような思想や表現が盛りだくさんだったりするので、魔術的な哲学・魔 道師の美学という意味でもドラゴンランスシリーズの「ドラゴンランス伝説」をおすすめします。ストーリーがわかんないので「戦記」から読む必要あります が。

ドラゴンランス伝説〈1〉パラダインの聖女
(2004/03)
マーガレット ワイス、トレイシー ヒックマン 他



つ いでに書けば、「ドラゴンランス」シリーズの外伝である英雄伝では、その「大審問」のシーンが描かれるのですけれども、そこで描かれる事が、古代密儀宗教 の儀礼そのまんまでワロタという話。「大審問」が冥界下りですよ?デメテルとコレーの話とか、イシスの密儀の話とまったく同じではないか?と。やっぱ書い てるやつが結社員ってわけか。

ドラゴンランス セカンドジェネレーション(上巻)
(2003/04/25)
マーガレット ワイス、トレイシー ヒックマン 他


特にルキウス・アプレイウスの「黄金のろば」に出てくるイシスの密儀に似てるなーと。

黄金の驢馬 (岩波文庫)
(2013/07/18)
アープレーイユス



まあ、こんな感じで魔法使いの危機管理のネタを書くつもりだったんですけど、またまたいつの間にか脱線です!

「魔 法入門カバラ」のブログの魔龍さんは、日本の漫画やアニメなどの創作の世界では魔法結社員が暗躍してるという話をされてますけど、海外も例に漏れずそう だったという。その中で特にドラゴンランスは、くっきりと魔法結社員か秘教結社員かどっちか知らないけど、そういった組織のメンバーが小説を書いてると ハッキリわかる本ですな。

危機管理の話どうなったー?

でもちゃんと、秘密は守られてるそうです。でも、結社員は秘密守るのつらいもんで、どうやら漫画・アニメ・ゲームなどであちゃらかの思想を「象徴」を使って絶叫しておるみたいなのでラングトン教授みたいに象徴学を勉強すると良いです。

ラングトン教授と言えば、ダン・ブラウンの最新作「インフェルノ」いまいちでしたなw

象徴学を勉強するなら、マンリー・P・ホール本がおすすめです!

人間―密儀の神殿 (1982年)
(1982/11)
大沼 忠弘、マンリー・P.ホール 他

画像がないのが残念な限り。ちなみに、ダン・ブラウンの象徴学の種本がマンリー・P・ホールなんですよねー

ラングトン教授はマンリー・P・ホールが作った。“

エレウシス秘儀
http://morfo.seesaa.net/article/195857544.html
”エレウシス秘儀は参入者に「死後の祝福」を約束しました。
後のオルペウス教団やピタゴラス教団は、輪廻からの解脱をもとにエレウシス秘儀を解釈しましたが、エレウシスの秘儀自体は輪廻思想を持っていなかったでしょう。
ギリシャの伝統的な死後観では、普通の人は死後に地獄のような冥界に行きつきますが、一部の英雄達は海の彼方の至福者の島か冥界にあるエリュシオンの野に行きます。
エレウシス秘儀の言う死後の祝福は、エリュシオンの楽園に行くことだったのでしょう。

デルメルがデモポンを不老不死の神のようにしようとしたがそれを果たせなかった逸話は、デルメルの力と人間の不死への可能性とを示し、また、人間の無理解がそれを妨げていることを現わしていいます。
これによって、秘儀の意義を語っているのでしょう。ちなみに、火は地母神が与える生命力の象徴であって、麦を焼いてパンにするものでもあります。


エレウシスの秘儀には、アテナイ近郊のアグライで毎年春に行われる小祭と、アテナイとエレウシスで毎年秋の種蒔きの時期に8日間で行われる大祭がありました。
そして、大祭に行われる大秘儀の最後には、奥義秘儀が行われました。
またこれ以外にも、大祭と同時期に女性だけで秋に行われるテスモフォリア祭など、いくつもの祭りがありました。


小祭では、払清式、神の秘名開示、秘跡の聖句伝授、聖伝承の朗唱、大物忌み、ハッカ麦水とパンの聖餐、聖物に触れるなどの準備をへて、小秘儀への参加が許されました。
これはペルセポネーに関するものでした。


大祭の公の祭儀では、1日目には、エレウシスから聖物がアテナイに運び込ました。
聖物が何かは分かりませんが、女陰か男根の象徴だと推測されます。

2日目には、参加者は仔豚を海で清めて供犠として捧げました。
仔豚は麦の豊饒をもたらすために各地で捧げられていました。

3日目には、魚が供儀として捧げられ、また、王とその妻が大供犠を行いました。

4日目には、松明リレーの競技が行われました。

5日目には、少年神イアッコスの像(後述参照)と聖物を持つ女司祭を先頭にした行進がアテナイからエレウシスの神殿まで行われました。
司祭は死者の象徴であるミルテの枝を持ち、参入者は頭を黒く覆って、男性は水差し、女性は明りと麦の種を持って歩きました。
そして、海水で身を清めた後、ペルセポネーを探し歩いたデルメルを模して、夜には、松明を持って海岸を歩きました。また、舞踏が捧げられました。


6日目には、エレウシスで再度仔豚が海で清められて供儀として捧げられ、大秘儀が始められました。
大秘儀には小秘儀をへたギリシャ語を話せる者は誰でも参加を許可されました。
大秘儀はペルセポネーの探索と発見がメイン・テーマになっていました。


7日目には奥義秘儀が行われ、この時、光に満ちた中で何物かが示されたようです。

8日目には、死者に対する儀礼と献酒が行われました。

9日目には、アテナイに戻りました。


大秘儀の実体は不明ですが、以下のようなテーマの順に進んだと想像されています。
まず、「ペルセポネーの略奪」、そして、「ペルセポネーとハデスの聖婚」、「デルメルの悲嘆と探索」、「デルメルとゼウスとの聖婚」、「ペルセポネー発見と少年神の誕生」、「デルメル(=ペルセポネー=イアッコス)との合一」です。


参入者は男性であっても、デルメルを模して進みます。
まず、断食をし、幻覚作用のあった麦ハッカ水のキュケオンを飲みます。
そして、ペルセポネーの探索のために冥界に降りていきます。
世界の中心だと言われるエレウシスの聖所プルトニオンは、古くは洞窟儀礼が行われた場所で、地下への入口があったのでしょう。
ですが、秘儀では実際に地下洞窟や地下室に降りたという証拠はありません。参加者は衣服を抜いだり、目隠しをしたりして、
冥界とされる暗い部屋を進むのでしょう。冥界の川を越えたり、審判と罪の浄化を受けたりしたかもしれません。


また、デルメルがゼウスによって暴力的に犯されるという聖婚が、女性司祭と男性司祭によって行われたとも言われます。
そして、少年神の誕生、ペルセポネーの発見、光の部屋で最奥義を開陳が行われました。
これは、刈り取られた麦の穂が無言で示されたのだという説もあります。
少年神とぺルセポネー、麦の穂はどれも同じく、復活する魂です。


その後、新しい衣服に着替えて、地上へと戻ります。
そして、「雨よ降れ、受胎せよ、実り豊かであれ」という言葉と共に、2つの独楽形の容器に入れられた水東西の方向にひっくり返されました。
これは農耕文化の天地の聖婚の儀式を思わせますが、デルメルとゼウスの合一の自然における現われと考えられます。

このようにエレウシスの秘儀では、神話=麦霊の循環に重ねて、人間の霊魂が死んでから神のもとに至る旅を、あらかじめ体験させるという側面があったのです。
ですから、エレウシスの秘儀は秘儀参入者に対して、死後の祝福を約束したのです。


ねこた‏ @lakudagoya 3月3日
カバン(Bag)のイメージ・シンボル事典での牽引
1 豊穣を意味する女性的包容力のシンボル
2 太陽を隠す雲
3 秘密を表す
かばんちゃんは女神か? #けものフレンズ考察班

純正なる高橋タクロヲ‏ @takurotakahashi 4月8日
aloe  アロエ イメージシンボル事典によると、
苦しさ、悲痛、侮蔑、迷信、情愛を表す。
多汁質の植物で,それから採取した苦い樹脂は下剤,外傷薬,消化剤,収斂剤などとして使用される.

有象無象‏ @uzomuzo_21 4月6日
第50話で宇宙より火星の地に放たれたダインスレイブを見て、「槍≒稲妻」として捉えると、ラスタルにはギリシア神話で雷電を意の侭に駆使し絶対的で強大な力を持つ天空を支配する主神ゼウスやキリスト教の主のイメージが浮かび上がってしまう。

アト・ド・フリース『イメージ・シンボル事典』22版の「spear 槍」の項では、
「1 天と地を結ぶ太陽光線,稲妻を表す」(594) とある。 又、「出エジプト記」では、 「モーセが天に向かって杖を差し伸べると、主は雷と雹を下され、稲妻が大地に向かって走った。

主はエジプトの地に雹を降らせられた。」(出9:23) 等々主が下される「雹の災い」(十の災いの内7番目)が記されている。 ウィキペディア日本語版「ゼウス」の項では、 「……、ギリシア神話の主神たる全知全能の存在。全宇宙や天候を支配し、人類と神々双方の秩序を守護する天空神であり、

オリュンポス十二神をはじめとする神々の王でもある。全宇宙を破壊できるほど強力な雷を武器とし、多神教の中にあっても唯一神的な性格を帯びるほどに絶対的で強大な力を持つ。」 とある。
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• • 有象無象‏ @uzomuzo_21 4月6日
呉茂一『ギリシア神話』「第1節 ゼウス大神」では更に詳しく: 「ホメーロス中に見出される彼の形容詞、たとえば、『雲を集める者』、『雲楯をたもつ者』、『高く雷鳴を轟かす者』、『黒い雲(を駆る)者』、『雷霆を転ずる者(悦ぶ者?)』、『雷光を投げる者』、『烈しく鳴り轟く者』などは、
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• • 有象無象‏ @uzomuzo_21 4月6日
もっぱらこの面から把握されたゼウスの姿を表している。」(82) 「しかしゼウスが司るのは、天空や雷雨だけでない、空を支配するものは、全世界を統治する者であった。」(84)
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• • 有象無象‏ @uzomuzo_21 4月6日
「彼は大にしては権力を与え、あるいは奪う者であり、小にしては個人の武勇や体力を支配する者だった。犯罪者を追求し、社会の秩序を維持するのも彼であれば、国家より災禍を防ぎ、害悪を払うのも彼の威力にまつものだった。」(84)
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• • 有象無象‏ @uzomuzo_21 4月6日
「このようにゼウスの職能はひろく大きく、ほとんどすべて天上天下の事ことごとく彼の摂理下にあると見なすのも行き過ぎではない。それ故に多神教といわれる古代ギリシア人の信仰においても、しばしば至上最高の原理として彼が仰がれたのも当然であったろう。」(87)

之等から、北欧神話からの転用が多いGH、七星にあってラスタルにはエリオン家家紋のファフニール又はヨルムンガンド以外にも主神オーディンのイメージが浮かぶのかもしれないが、主神のイメージにはより希神話の至高神ゼウスそしてキリスト教の唯一神のイメージを有し造形された人物のように見られる

因みに『イメージ・シンボル事典』
「Tower, The- 塔(タロット)」の項では: 「2 ふつうは次のように描かれている. (肌色の)塔の上部に稲妻が当たり,塔の天蓋がもぎとられている.稲妻は奇妙な花の形をしているときもある
また2人の人間がよろめき倒れ,」(637) 何とも…

アト・ド・フリース、山下主一郎訳者代表『イメージ・シンボル事典』1984年初版、大修館書店、1999年22版。 共同訳聖書実行委員会訳『聖書 新共同訳』日本聖書協会、1987年。 呉茂一『ギリシア神話』新潮社、1994年。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BC%E3%82%A6%E3%82%B9 …

TOMITA_Akio‏ @Prokoptas 2月12日
ここでアト・ド・フリース『イメージ・シンボル事典』一瞥しておくのも悪くない。
liver 
1)人間・
2)魂の座:動物の肝臓や敵の肝臓を食したのは、その内在する力を得るためであった。女性には魂がないとされたため、肝臓を食することは禁じられることが多かった・
3)情熱や性欲の座。


ヘラクレスの真実 vol6 アフロディーテーの男たち ヘーパイストス(3)
https://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/29932575.html
” 禹(紀元前2070年頃)は中国古代の伝説的な帝で、夏朝の創始者。名は、文命、大禹、夏禹、戎禹ともいい、姓は姒(じ)、夏王朝創始後、氏を夏后とした。

イメージ 3

帝堯の時代に、禹は治水事業に失敗した父の後を継ぎ、舜に推挙される形で、黄河の治水にあたった。『列子』楊朱第七によれば、このとき仕事に打ち込みすぎ、子供も育てず、家庭も顧みなかったので、身体が半身不随になり、手足はひび・あかぎれだらけになったという伝説がある。

『荘子』盗跖篇巻第二十九には「尭は不慈、舜は不孝、禹は偏枯」とあり『荀子』巻第三非相篇第五には「禹は跳び、湯は偏し」とある。白川静は『山海経』にみえる魚に「偏枯」という表現が使われていることから、禹は当初は魚の姿をした神格だったという仮説を立てた。

実際「禹」という文字は本来蜥蜴や鰐、竜の姿を描いた象形文字であり、禹の起源は黄河に棲む水神だったといわれている。


蛇身の王だとも。

禹歩(うほ)
そしてこの「偏枯」という特徴を真似たとされる歩行方法が禹歩であり、半身不随でよろめくように、または片脚で跳ぶように歩く身体技法のことを言う。禹歩は道教や中国の民間信仰の儀式において巫者が実践したやり方であり、これによって雨を降らすことができるとか岩を動かすことができるとか伝えられている。



ふむ・・・ここまで来たら禹がシャーマンでないことを証明する方が難しいかもしれない。


さらに、マーラーーさんの解釈では

禹 も 鍛冶神 であるという

・・・と言うのは、古代中国における王権の象徴である九鼎(きゅうてい)をつくったのは他でもない禹だからだ。

イメージ 4



鼎(かなえ)は鍋釜に相当する古代中国の三本足の金属器具で祭器としても利用された。伝説によれば夏の始祖禹王が九州(中国全土)に命じて集めさせた青銅をもって鋳造したものという(史記・封禅書)。(ウィキより)


さて、せっかく『山海経』の話が登場したので、そこに登場するいくつかの怪物についても言及しておこう。

『山海経』のなかの製鉄と鍛冶の技術にふれた中山経という書があるらしい。読んだことはないのだが、『山海経』の中には様々な怪物が登場するが、大荒北経という書には「少昊(ショウコウノコ)」という一つ目の怪物が登場する。


人がいる。ひとつの目が顔のまんなかにある。ある本によれば、これは威という姓で少昊の子であり、黍を食べる人という。(大荒北経)


イメージ 5
           http://www.chinjuh.mydns.jp/sengai/mito/m002.htm


少昊というのは、中国の伝説上の帝王の名前で、帝王といっても人ではなく、神に近い存在である。金天氏と呼ばれることもあって、方位でいうなら西を、季節でいうなら秋を、五行(五大元素)でいうなら金をつかさどる存在だという。

金属をつかさどる神・少昊の子孫はひとつ目だというのだ。少昊の子孫がひとつ目なのも偶然ではなく、製鉄術を持っていたことを意味しているのではないだろうか?
(右リンクより抜粋 →http://www.chinjuh.mydns.jp/sengai/mito/m002.htm)


ギリシア神話のキュクロープスに相当する怪物だろう。


さらに・・・多分次回の記事で述べる事とも関連するのだが、三本脚のゲンという怪物も登場する。ゲンは鉄の産地で見られる三本足の牛である。


山の南には金・玉あって、北には鉄があって水がない。獣がいる、そのかたちは牛のようで三本足、その名はゲン。名乗るように鳴く。(北山経三の巻)--208

(右リンクより抜粋 → http://www.chinjuh.mydns.jp/sengai/bovo/pa03.htm)

イメージ 6

これは・・・? 一応次回の記事で別な形で登場するので覚えておきましょう!


それにしても・・・

夏の夊(すいにょう)が跛行を意味し、上の部がシェーマンの服装に由来するというのは面白い。

中国史における伝説に夏王朝の「夏」がシャーマンを意味し


その祖である禹が跛行であったのは偶然だろうか?


禹は間違いなくシャーマンであり鍛冶を司る存在であったのだろう。


では、シャーマンは なぜ跛行するのだろうか?”


シャーマンと蛇信仰 その1
https://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/29995417.html
“跛行の原因の一つとしては、あの世(冥界)とこの世の交信・交通を可能にするために、片足をあの世(冥界)に、片方の足をこの世に掛けているからだというものがある。冥界へ行けば死んだということとなり、本来シャーマンの片方の足も死んでいるということになる。

北欧神話に登場するオーディンの場合、知恵と魔術を得るためにユグドラシルの根元にあるミーミルの泉の水を飲み、その代償として片目を失ったとされるが、彼も一人の有力なシャーマンが伝説化したものであるに違いない。
まぁ、ギリシア神話の鍛冶神ヘーパイストスも・・・黒海北岸におけるスキタイ人共同体におけるシャーマンが、ギリシア化した姿にすぎないに違いない。

以前のブログ記事でカフカース(コーカサス)山脈の麓に住んでいた民族オセット人の風習に、古代スキタイ人の伝統の名残が見られるという話をした。オセット人の占術師はシャーマンである。

このオセット人なのだが、「ナルト叙事詩」という神話をもっている。その神話に登場するクルダレゴンという天上の鍛冶神が登場し、ナルトの英雄バトラズの鋼鉄の身体に焼きを入れて、より強い身体に変えた話がある。

また、その一方で「単眼」や「跛行」が「冥界」と何らかの関係をもつという意味では、『ナルト叙事詩』には3本足の馬が登場する。精霊ワステュルジが騎乗する馬であり、彼は強力な魔力を持つ犬を従えて、空を駆け回る。“

シャーマンと蛇信仰 その2
https://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30020347.html

シャーマンと蛇信仰 その3 グノーシスのオフィス派
https://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30056553.html

シャーマンと蛇信仰 その4 ウロボロスと錬金術
https://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30069256.html)


シャーマンと蛇信仰 その5 2つの杖
https://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30095265.html

シャーマンと蛇信仰 その6 オルペウスと蛇
https://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30104646.html

シャーマンと蛇信仰 その7 宇宙卵
https://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30124317.html

ねこた‏ @lakudagoya 2016年4月28日
返信先: @lakudagoyaさん
部族社会を解体するにはどうすれば良いか?それは部族の戦闘力と文化を破壊する。ミルチア・エリアーデなどの比較宗教学の本を読めば、部族社会の文化を作ってるのは男だけの秘密結社。それはそのまま軍隊にもなる。その部族社会の文化と軍隊を潰すためにローマ的な贅沢漬けにしたりする。








・『黄金の驢馬』(アープレーイユス)
http://www.p-renaissa.jp/borujiaya/?p=3250
“『黄金の驢馬』の主人公ルキウスは、梟に化けるつもりが驢馬になってしまう。この小説は驢馬になった男の一人称で語られる。パリスの審判の挿話はおしまいに近い第十巻に登場するが、それ以前にルキウスは、飼い主のテーブルから数々のご馳走を少しずつつまみ食いした結果、毛並みの色艶といい体躯の美しさといい、またとない立派な驢馬になっていた。この変化をいぶかしんだ世話係は留守を装って覗き穴から様子を窺う。何と驢馬がご馳走をがつがつ食らっているのを見て仰天し、これを飼い主に告げると、飼い主はご馳走を食らう珍しい驢馬を天下の見世物にしてしまう。ルキウスの方は、大っぴらに飲み食いできるのはよいものの、飽きられた果てに禿鷹の餌食にでもされてしまうのではないかと内心ハラハラする。そんな心配をよそに彼の評判は広まり、ある貴婦人などは代金を支払って彼を一夜借り受けるほどだ。

もちろん飼い主はたんなる「愛玩」のための借り受けだろうと思っているが、これが「たんなる」愛玩ではなく、本格的なそれなのだ。じっさいこの第十巻の白眉は獣姦の場面である。微に入り細を穿っておもしろおかしく書かれたこの場面は、ぜひラテン語の原文で読まれたい(http://latin.packhum.org/loc/1212/2/0#9)。尾籠になるので、このエントリーでは翻訳の引用を省略させていただく。

かく広まった評判の結果、あまりに酷い運命がルキウスを襲う。当時一人の女囚があった。彼女は嫉妬と金銭欲ゆえに夫・その妹・実の娘・医師を次々に殺害した死刑囚である。ただ殺すには飽き足りないこの女囚に下った判決は衆人環視のもと、獣の前に引き出されるというものであった。一般にこの判決の趣意は、獅子だの狼だのそういった獰猛な野獣の前に引き出すということに他ならない。しかし、このたびに限り女囚は驢馬ルキウスの前に引き出され、彼によって凌辱されることになったのである。ルキウスは自決を考えるものの、驢馬の足では自由がきかない。煩悶するうちに時が経ち、ついに結婚式の日がやってきた。

しつらえられた舞台に、儀式の前座としてかかる出し物が、あのパリスの審判なのである。パリスの審判の詳細は、これより前の古典にはほとんど出てこないという。よってこんなお下劣なエピソードの一環としてかの名高い神話が後生に伝えられることになったのだ。

それにしてもアープレーイユスは、よりによってなぜこんな物語の中にパリスの審判のエピソードを持ち込んだのか。当時の裁判を風刺するためである。

「さて、こういうわけですから、あの最も卑しい人間が、法廷の家畜が、いやこういったら一層ぴったりとくる、人間の着物をまとった禿鷹たちが、今の世のすべての裁判官たちが、自分の判決を賄賂と引替えに取引きしていっこう平気なのも当然のことです。そうではありませんか、世界の開闢の頃にもうさっきの神々と人間との間の訴訟を見てもわかるとおり、その審理が特別の依怙贔屓で腐敗してしまっているのですから。」(p. 427)

驢馬の哲学を傾聴するのもたまには興味深いものである。”


ぷらねっと[創作ネタbot]‏ @Pl_SNbot 3月30日
しざい【四罪】 中国神話に登場する天下に害を為した四柱の悪神。共工・驩兜・鯀・三苗を指す。『史記』舜本紀では共工は北狄・驩兜は南蠻・三苗は西戎・鯀は東夷と、四罪それぞれが四方位に住む種族達になったとしている。また、四凶と混同される事が多いが別物である。

豆腐(横光熱再燃中)‏ @O_Touhu 3月11日
中国神話の共工という水神もその手の悪神だね。 共工は天下に害をなした四罪という悪神の一柱。何度も現れて時の最高神と争い敗北し災害を起こす悪神である一方で、共工は最高神として治世を治めたという面も持つ。共工を奉る羌族が長く中原で戦い敗北して去ったとき最高神共工は悪神として名を残した

豆腐(横光熱再燃中)‏ @O_Touhu 2016年8月20日
蛇といえば中国の神話には蛇系の神率高いよね。 下半身が蛇の笛族系が奉る夫婦神伏犠と女媧。 人面蛇身に人の手足を持つ羌族系が奉る洪水神共工と、その部下である蛇身に九の人の頭を持ち同時に九の山を食べる相柳氏。














「黄金の雨に変身する」とは?? - Εὕρηκα!
http://eureka-merl.hatenablog.com/entry/2016/08/13/125041
“”テキスト③ オウィディウス『変身物語(Metamorphoses)』4.607-611
solus Abantiades ab origine cretus eadem
Acrisius superest, qui moenibus arceat urbis
Argolicae contraque deum ferat arma genusque
non putet esse deum. neque enim Jovis esse putabat
Persea, quem pluvio Danae conceperat auro.
(バッコスと)同じ一族の生まれであるアバースの子アクリシウスだけは同意せず、
アルゴスの町の城壁から神を締め出し、対抗して武器をとり、
神の子であると認めなかった。ダナエが黄金の雨によって身ごもったペルセウスが
ユピテルの子であることも認めなかった。”


(”「黄金より生まれし人」とはペルセウスのこと。彼はゼウスが黄金の雨となって乙女ダナエーを訪れて生まれた子とされている。ここでは、このペルセウスをクセルクセスの祖先と見なしている。後段一四五行では、ペルシアの国名はペルセウスからきているとしている。
(14)ギリシア勢は槍、ペルシア軍は弓を得意とする。” アイスキュロス全作品集
著者: アイスキュロス/内山敬二郎訳)

支配層が弓大好きな理由)

かー‏ @kar_fe 2016年12月19日
返信先: @an1r1nさん
私は中途半端にオルフェウスを知っていた時は「可哀想な人」なイメージだったんですけど、オウィディウス『変身物語』で「愛を幼年の男児に移し、その青年期に先立って、束のまの人生の春と、早咲きの花々を摘みとることを、身をもってトラキア人に教えた」と書かれてたのを読んで……

文芸評論家・加藤弘一の書評ブログ : 『変身物語』上下 オウィディウス (岩波
http://booklog.kinokuniya.co.jp/kato/archives/2011/09/post_275.html
”オウィディウス中期の代表作であり、ヨーロッパ文学の古典中の古典として著名な作品である。ヨーロッパ人がイメージするギリシア・ローマ神話は本書であって、まかりまちがってもアポロドーロスではない。西洋古典絵画はほとんどが本作にもとづいていて、美術史を学ぶ上でも必読書とされている。
…パエトンの姉妹が彼の死を傷むあまり樹木に変わってしまう条を引こう。

 あるとき、長女のパエトゥーサが、大地にひれ伏そうとしていながら、急に足がこばわって動かなくなったと訴えた。まばゆいばかりに色白のマルペティエが、姉のそばへ駈け寄ろうとすると、これも、突如根が生えたように、動けなくなった。つぎの妹は、手で髪の毛をかきむしろうとしていたが、見ると、むしり取られたのは木の葉だった。ひとりは、脚が固まって木の幹になったと嘆き、もうひとりは、腕が長い枝に化したと悲しむ。彼女たちがこの出来事に驚いているうちに、樹皮が下腹部を包み、腹部、胸部、肩、手というふうに、しだいに上へあがっていく。口だけが残っていて、母親を呼び求める。が、母親に何ができるだろう? ただ、うろうろと、あちらこちらへ駈け寄って、時間の許すかぎり、口づけをしてやることしかない。しかし、それだけでは足りなくて、娘たちのからだを幹から引き離そうと試みたり、細い枝を手で折りとってみたりする。と、そこから、傷から出るかのような血の滴が、滴り落ちるのだ。
 「やめてちょうだい! お願いだから、お母さん!」傷つけられた娘は、こう叫ぶ。「やめてちょうだい、お願いだから! あなたが裂いている木は、わたしたちのからだなのだもの。ああ、これがお別れ!」――樹皮が、この最後の言葉をふさいでしまった。そして、そこから、涙が流れ落ちる。できたばかりの枝からしたたるこの樹脂は、日光で凝固して、琥珀となり、澄んだ流れの河がこれらを受けとって、ローマへ運び、妙齢の婦人たちの身につけられることとなった。


 河の神イオナコスの娘イオはユピテルにおいまわされるが、ユピテルは彼女を追いかけているところを妻ユノーに見つかりそうになり、あわてて彼女を真っ白な雌牛に変えてしまう。ユノーの機嫌がなおったところで、ユピテルはイオをもとの姿にもどしてやる。

 女神の怒りが和らぐと、イオはもとの顔をとりもどし、姿も、前どおりになった。からだからは荒い毛が抜け落ち、角がなくなる。丸い目が小さくなり、大きく裂けた口もせばまる。肩と手が、もどって来る。ひづめは消えて、五本の指の爪に変わる。まぶしい白さのほかには、雌牛のおもかげはどこにもなかった。二本の脚の働きを頼りに、乙女は、真っすぐに立つこともできている。しかし、ものをいうことは恐ろしかった。雌牛のようにモーと泣きはしないかと心配なのだ。そして、久しぶりの言葉を、おずおずと口に出してみる。

 オウィディウスの世界では人は動物になり、動物は人になる。人と動物の垣根は低く、神々のちょっとした気まぐれで行ったり来たりさせられる。

 オウィディウスはなぜこれほど変身のテーマにこだわったのだろうか。どうもピタゴラスの思想がからんでいるらしいのである。

 最後の第15巻に変身の秘密をうかがわせるエピソードが出てくる。ローマを建国したロムルスのあと、世評に高いヌマが第二代の王に推戴されるが、ヌマは見聞を広めるために旅に出る。ヌマが訪れたのは南イタリアのクロトンの町である。ヌマは土地の古老からかつてクロトンに住んでいたピタゴラスの教えをさずかる。

 ピタゴラスは現代ではピタゴラスの定理など数学の業績で知られるが、古代には肉食と豆食を禁ずる禁欲的な教団の教祖として知られていた。クロトンはピタゴラス教団が誕生した地である。

 ヌマがさずかった最初の教えは食の禁忌だった。かつて「黄金時代」と呼ばれた時代、人は木の実や草木を食するだけで幸せだった。生けるものみなは、罠を知らず、欺瞞を恐れる必要もなかった。いたるところに平和がみちていていた。ところがある時どこかの誰かが獅子の食べ物を羨んで肉をくらい、それを意地きたない腹へ送りこむことを始めた。人は重い鋤を牽いて畑を耕してくれる牛を屠り、あろうことか牛殺しを神々が犠牲を求められたからだと神々のせいにしている。

 なぜ肉食がいけないのか。ピタゴラスの教えによれば生命は死んでも生まれ変わり、輪廻転生してつづいていく。現世では人でも来世では動物に生まれ変わるかもしれないし、逆に現世は動物でも前世では自分の親や子供だったかもしれない。子牛の喉にナイフを突き立てる行為は家族殺しに等しい行為なのである。

 霊魂も、つねに同じものではありながら、いろんな姿のなかへ移り住む――それがわたしの説くところだ。だから、警告しよう。口腹の欲に負けて、人の道をあやまってはならぬ。そのためには、非道な殺戮によって、われわれの同類というべき魂たちをそのからだから追い出してはならないのだ。生命によって生命を養うことは許されぬ。

 生命の観点から見れば変身と輪廻転生は同じだ。生きたままの生まれ変わりが変身であり、死を契機にした変身が生まれ変わりである。

 オウィディウスがピタゴラスの徒だったかどうか、生まれ変わりを本当に信じていたかどうかはわからない。流謫後の『悲しみの歌』には魂の永世を茶化すような一節があるからだ。

私の魂は私の肉体とともに消滅し、私の
 いかなる部分も貪欲な火葬の薪から逃れることがありませんように!
というのも、魂が不死で空中高く飛んでいき、
 サモス島の老人ピュタゴラスの言葉が本当だとすれば、
ローマ人の亡霊がサルマティア人の亡霊の間をさまようことになり、
 永遠に野蛮な亡霊の中で異邦人でありつづけるだろうから。

 死後も流刑地の蛮族とつきあうのはごめんだから、肉体とともに魂も滅びてくれというわけだ。ピタゴラス教団の一員だったらこんなことは書けないだろう。


 しかし第15巻の前半をまるまる費やして教説を祖述するのはよほどピタゴラスにいれこんでいるからだろう”


バチカン奇跡調査官に出てくるルノア共和国って、ボスニア・ヘルツェゴビナなんだね。 通りで正教徒もムスリムまでいるわけか。 ここでビザンツのお宝がザクザクと修道院の地下から見つかってさ。 水圧オルガンとかガラスの橋とか古代ローマのオーパーツまであったのが楽しかった!
これに出てくる異端っぽいカソリックの教会があるルノア共和国ってボスニア・ヘルツェゴビナなのね。 あーここボゴミール派の場所ぢゃん! 東ローマのお宝がザクザクと出たなぁ バチカン奇跡調査官 千年王国のしらべ (角川ホラー文庫) https://www.amazon.co.jp/dp/4044498059/ref=cm_sw_r_tw_apa_VODbzbBMQWHGD …




”べネチアに反旗を翻した港をトルコが隔絶して保護
ドゥブロヴニク
クロアチア領
オスマン・トルコ。1453年にコンスタンティノーブルを陥落させた勢いに乗り、59年にはセルビア王国を滅ぼし、63年にはボスニア王国も征服する。キリスト教徒たちは恐慌状態になったが、ボスニアにいたボゴミール派の信者たちはむしろオスマン・トルコの軍勢を喜んで迎え入れた。ボゴミール派(またはカタリ派)は旧約聖書やキリストの受難、秘跡を否定して教会組織を拒否したために異端とみなされ、正教徒やカトリックから改宗を迫られ迫害を受けていた。その反動で「ローマ教皇に改宗させられるより、スルタンに従って改宗した方がまし」とイスラム教を受け入れ、「トルコ人よりトルコ的で、カリフよりイスラム的」と言われるほど熱心な信者になってしまう。

彼らが現在のムスリム人の先祖で、オスマン・トルコはキリスト教徒に寛容な政策を採っていたが、ボスニアで権力を握ったムスリム人は特にカトリックに対して激しい弾圧を加えた。
このため多くのクロアチア人が沿岸部のベネチア領へ逃れ、ここをスラブ化させながらベネチアと協力してトルコに抵抗しようとした。1571年にキリスト教国がオスマン・トルコを破ったレパントの海戦では、ダルマチア艦隊の奮戦ぶりも貢献した。一方で機を見るのがうまいラグーザは、今度はオスマン・トルコに貢物を納めることで安全を保障してもらい、引き続き独立国のような地位を維持してベネチアと貿易を競っていた。


ボスニア・ヘルツェゴビナにいたボゴミール派の末裔はイスラームに集団改宗して社会的上昇を果たしたわけだね。 元々異端派から生まれたイスラームは、人の心を詮索する事を良しとしなかったから。 イスラームがあそこまで合理的なのもやはり耶蘇教異端の流れだったのかな。


ブルガリアの中世②
”(ア)東方正教会がブルガリアに対する管轄権を確保 
 870年3月4日コンスタンチノープルで開催された第8回公会議決議で、ブル教会を東方正教会(Vselenskata patriarshiya)の管轄下に置く旨決定された。本件公会議は、東西教会間の関係を協議するために召集されたのだが、事前にボリス王はコンスタンチノープル側と秘密裏に合意していたらしい。カトリック側は、会議の最終日に、ブル代表団が到着し、ブル教会の管轄という問題を提起したことに驚き、議題を次期会議に延期しようとしたが、ブル代表団が「我々が占領した地域には、ビザンツ系僧侶ばかりが居た」と主張して、東方正教会への帰属を決めた、という。

(イ)ブルガリア教会に自主・独立権を付与 
  879年12月24日、コンスタンチノープルにおける教会会議で、ビザンツ側は、ブルガリア大主教座(Bqlgarskata arhiepiskopiya)に自主・独立権(autochephaly)を承認した。決議文は次の通り:「今後コンスタンチノープル総主教座は、ブルガリアにおいて聖職者を叙任しないし、総主教権威の表象などを送付することもしない」というもの。

4.シメオン大王の統治期(893--927年)
   893年の貴族会議で、シメオン(Simeon)が国王に選ばれた。同人は、中世ブルガリアで「偉大な」という形容詞を冠されている唯一の王である。 …

5.第一次ブルガリア帝国(893--1018年=125年間)の終焉
(1)衰退期
  927年シメオン大王は、次男のペータル(Petqr)を後継者に任命して逝去した。ペータルの統治期間は927--970年(43年間)と異例の長さだったが、ブル帝国は既に衰退期に入っていて、同人の施政期間中には、主として北部のマジャール人との戦闘、南部のビザンツ帝国との戦闘に明け暮れることとなったものの、既に戦争は単なる防衛戦の様相を呈した。

 国内では、帝室はビザンツ風の文化に染まり、貴族達は、シメオン期の強勢の再来を夢見るのみで、マジャールなどの外敵に自ら立ち向かう者はおらず、他方教会は腐敗して、教会資産の蓄積にばかり努めていた。10世紀は、地主達の勢力が強化された時代であり、帝室の勢いは相対的に低下し、また一部の地主を除くと、多くの民衆が更に貧困化していって社会的な格差が増大した。

(2)ボゴミール教の跋扈 
  キリスト教に改宗後も、民衆達は十分な教育を受けておらず、故に異端の教義などに振り回されることも多く、また公式教会の腐敗もあって、異端教義は人気を得ることが多かった。特に、敬虔な教徒の間からは、隠遁主義に走る人々が多かった。著名なブルの聖人イヴァン・リールスキ(Ivan Rilski、今日観光地としても有名な「リラ修道院」の創設者)は、876--880の期間に生誕し、947年に死亡したが、同人も隠遁生活を送った人物である。

 隠遁主義(現世否定)は、ブルガリアで一番大規模な異端運動だったボゴミール教(Bogomilism)によっても、奨励された。ボゴミール思想は、全ての目に見える世界(人間世界を含めて)は悪魔の産物であり、人間の魂のみが神の創造したものである、として、肉欲を否定し、菜食主義、貧困、極端な禁欲主義などを奨励した。ボゴミールの教義では、社会階層の否定、個人所有物の否定、平等な農業労働への参加など、後の共産主義と共通するような思想傾向が見られた。ボゴミール教では、僧侶階級はおらず、各地域に一人の長老=Dyadoが存在するのみだった。帝国が、対外的に劣勢となり、その中で公式教会の僧侶達は腐敗して、経済的な富の蓄積にばかり走っており、一般民衆の生活が日ごとに苦しくなっていく傾向の中、人々の中に入って身近に説明してくれるボゴミール信者とその長老達が、現世は全て悪魔が作ったものだ、と説き、また、自ら禁欲生活を実践しているのを見て、人々がボゴミール信徒になっていったと言うことは、理解できる趨勢であったといえる。

 歴史の中で、ボゴミール教は、中世のブルガリア帝国衰退の原因としても、厳しい評価を与えられている。確かに、国家の機関など、現世の全てを悪魔の所行として否定する教義によって、事態改善への前向きの努力を全く否定したという側面は、その通りといえる。





(至上の神=理性の智慧教ってタキーヤしやすいな!)

ボゴミールってギリシャ語の意味で言えばテオフィロスなんだよね。

で、テオフィロスと一緒に出てくるニケタスという関係者がいたなぁ。



ブルガリア史の偉人100選:ボゴミール神父
”偉人百選の17番目は、キリスト教ドグマが一番盛んなはずの中世期に、突如ブル国内から出現した異端派信仰を創設したとされるボゴミール神父です。
  ブルではキリスト教受容が864年で、10世紀の当時は、国家によるキリスト教受容決定後まだ半世紀で、まだ国民の多くも、たいして正当なキリスト教の教義自体についても、十分深くなじんでいなかった可能性もある。ともかく、このボゴミール教は、西欧にまで影響を及ぼしたこと、明白にブル発の異端派信仰であること、などから、結構ブルガリアという国名を聞くと、ボゴミール・異端派と連想する西欧のクリスチャンも多いらしい。

17.ボゴミール神父=ブルにおける異端派信仰の創設者(10世紀)
 
  長老(司祭)Kozmaの言葉:「正教信者であるPetqr(1世)王(第1次王国期、シメオン大王の子息)の時代に、ブル国の土地に、Bogomilと呼ばれた神父がいた。しかし、より正しくは同人をBogunemilと呼ぶべきであった。何しろこの男は、ブル国の領土内で最初に異端信仰を布教し始めた人物なのだから」。
   (小生注:Bogo-milとは、ブル語で「神に愛される」という意味で、逆にBogu-nemilとは、「神に愛されない」という意味。
     現世権威の否定、隠遁主義を説いたボゴミール教団は、教会所領を得て、物的基盤を強化し、富裕化した聖職者たちに対するアンチテーゼであり、中世の社会で重税に喘いだ民衆、農民らの心に寄り添った聖職者たちなのだが、現世・世俗勢力、教会エスタブリッシュメント側から見れば、納税者たちを土地からの「逃散」へと誘惑する困った教団とも言えた。
  ボゴミール教に関しては、http://79909040.at.webry.info/201012/article_2.htmlを参照。)

(1)ボゴミール神父に関する伝記は見付かっていない
  上記の、当時10世紀に著名だった長老Kozmaの言葉は、実はBogomil神父の生存を実証する唯一の証言なのだ。にもかかわらず、同人の名前を冠した「Bogomil運動」は、異端派の運動として巨大な人気を博し、巨大な影響力を持ったのだ。

  他方で、Bogomil神父などは存在しなかったのだとの主張には、例えば、その信者側からも、或は、敵対者側からも、このような人物に関して、いかなる口頭の、或は書物に書かれた伝説なども残っていないこと、が証拠とされる。確かに、ブルの文学、或は外国の文献にも、同人に関する証言は残されていないのだ。とはいえ、他のブル中世期の偉人たちに関しても、書物における記述があまり残っていない、ということも事実で、伝説がないということで、彼らの生存に関し、すぐに疑問をはさむのも早計だ。

  結局、今のところ、唯一のBogomil神父の真実の、または伝説的な生存についての証言は、長老Kozma師の著書『ボゴミール運動者らに反論する講話』ということになる。この本の完全な写本は、15世紀以降に残っている。そして、この写本(複数)にはすべて、冒頭に引用した言葉が書かれている。

(2)パウロ派が、異端系信仰の先駆者 
  キリスト教受容の前、そしてむしろ受容後に起きたブル国内の宗教面での混乱の中では、実は多くの雑多な教義が教えられていた。その中でも、特に小アジア、あるいはアルメニアに起源するPavlikyani派*というBogomil運動に先立つ異端派信仰が存在した。
   (*注:Pavlikyani派(パウロ派)は、10世紀頃にブルにもたらされた教義で、Plovdiv市周辺と、ドナウ川沿岸の北部ブルに広まり、この宗派の信者たちは、結局は、正教との教義の違いから、近代ではカトリックを受容していったという。)

  だから、長老Kozma師が、Bogomil神父は「最初のブルの異端派」と述べたのは、より正確には、「ブル人が創始した最初の異端派信仰の創設者」という意味だと言える。それに、このボゴミール運動は、一時的な現象ではなく、結構組織化され、広く普及していった。

(3)ボゴミール信仰は、ブル南西部のマケドニア地方が中心地だった
  ボゴミール運動が、ブル南西部領域に広まっていったので、多くの人々は、Bogomil神父の出身地もそちらであろうと推定している。Babuna山地(現在マケドニア共和国中部のPrilep町の北側に所在)は中世の当時、ボゴミール運動の中心地(ボゴミール信者はこの中心地のことをtorbeshと呼んだ)で、この地方には、この地方の村Bogomilaに、Bogomil神父の生誕地、墓地の双方が所在するとの伝説が残っている。
    (注:地図を見ると、Bogomila村は、Prilep市の北側25kmほど、Veles市の西側同じく25kmほどに所在している。ちなみに、このBabuna山地地方は、後世には、Pomak(複数形はpomatsiで、ムスリムとなったが、ブル語を維持しているブル系の少数民族の人々。今は、ブル国内のロドーピ山脈(Smolyan県)~Blagoevgrad県南東部と、北部ギリシャに多く住むが、小生は、マケ中部にも居住しているとは、この本で初めて知った。)たちが多く居住している。)

  1221年に書かれたあるテキスト(Sinodikと呼ばれる)には、Bogomil神父は、自らの教義を「ブルのマケドニアで創設したし、また、Filipopol(注:現在のPlovdiv市)とその周辺でも創始した」と書かれているという。
    (注:上記のPavlikyani派(パウロ派)異端の中心地のひとつがPlovdiv市とその周辺とあるから、Bogomil派異端は、Plovdiv周辺では、P派と提携していた可能性もある。)

(4)善悪二元論
  さて、キリスト教化されて間もないブルの土地では、当時は宗教的ドグマから逸脱した、色々な教義が花咲き、中でもBogomil神父の教えは、一番上に君臨し、他の教義を押しのけ、代替していったようだ。つまり、当時はBogomil運動こそは、ブル人の多くの心をつかみ、第1位の地位を獲得していた宗教だった。教義から言うと、いわゆる善悪二元論的異端である。地上の全てを、そして人間を、善と悪の二つに分類して考えるのだ。天上の世界と人間の魂こそは、善の神の創造物で、人間の身体と、全て目に見える世界は、悪い霊魂(Satan)の創造物だ。あらゆる異端派と同様に、Bogomil教は、公式のキリスト教の教えよりも純粋な教えだと主張する。

(5)第1次ブル王国崩壊の一要因となった
  Bogomil教は、中世期のブル第1次王国に対して、巨大すぎるほどの影響を及ぼし、ついにはこの第1次王朝を破滅にまで導いたほどだ。その上、この異端派の影響は、更に後世にまで影響を与えていて、未だにその影響の全容は研究しつくされていないという。

  1350年に、Tqrnovo市における教会の集会で、ボゴミール教徒の指導者だったKirilとStefanの両名は、目を潰され盲人にされたという。すなわち、Bogomil神父の教えの影響は、400年以上たっても、未だに根強く残っていたことになる。教会、国家、政権、結婚、労働、などを全否定し、しかも子孫を残すことさえも否定した(ボゴミール教徒は子供たちさえ否定した)この宗派の教義は、抵抗心、非合意、ニヒリスチックな破壊心、自滅志向、などが特徴と言え、結局は中世の第1次ブル王国の行く末を暗くした。

(6)西欧にまで伝播した
  10世紀、ブルガリア王国内で発生したBogomil神父の教えは、その後多くのバルカン半島諸国に伝道された(ビザンツ帝国、セルビア、ボスニア)し、後世のイタリア、南仏などの異端派にも影響を及ぼした:ビザンツのfundagiagit、イタリアのpataren、仏のalbigoy、katari、valensi、ロシアのstrigolnik、ボスニアのkrqstyan、など。

  なお、1167年の西欧の情報源によれば、ブルガリアのボゴミール教団は、その頃マケドニア、トラキア地方で、4つの教団に分かれて組織されていたという:Romana、Dragometsiya(Dragovichiya)、Melinikva、Bqlgariya。ともかく、ブルガリア異端派が、組織的に11--12世紀に、バルカン半島のみならず、イタリア、西欧にまで布教を試みたことは、当時の同時代人たちによって、明白に記録されている。元katari信者の伊の作家Rayner Sakoniによれば(1250年)、14の二元主義異端派共同体は、その起源を二つの教団DragovichiyaとBqlgariyaに発していたという。

(7)Bogomil信徒たちが、ムスリムに改宗したとの仮説がある
  未だに確定はしていない仮説によれば、まさしくこのボゴミール教団系の中核部、すなわちブルガリアのRodopi山地とマケドニアのBabuna山地において、オスマン・トルコの侵攻後、集団的なイスラム教への改宗が起きた、という。この仮説に従えば、現在のPomak(ポマック)たちは、公式の教会、国家への帰属を否定した、あのボゴミール教徒たちが、自分たちの組織、生活習慣,信仰を保ったまま、集団的に、イスラム教へと改宗する道を選択したのだ、ということになる。    
   (小生注:ボスニアの住民たちが、集団的にイスラムに改宗したのも、彼らがボゴミール教徒だったから、オスマン朝になって、イスラムへの改宗を有利と判断したせいだ、との仮説も、よく耳にする。)

  我々がこれ以上、ボゴミール教の神秘的な教義とかについて知り得ることはないように思うが、一つだけ否定しがたいことは、100年以上にもわたり、Bogomil神父の教義は、ブルの歴史、及び欧州史に対し、強く影響を与えたことは確かだ。


    【小生注:「ブルガリアの中世②」のコメント欄で既に書いたことですが(http://79909040.at.webry.info/201012/article_2.html)、再度、このボゴミール教に関して、以前小生が調べたことを下記に再録しておきます。ボゴミール教は、ブル人の間にある政府への不信感、現世主義、世俗主義への反発心、自己の殻に閉じこもり瞑想にばかりふける性向、などを説明する要素として、今でも歴史家らが使うらしい。

1.ブル語百科事典記述
(1)創設者のボゴミール神父
 Bogomilは、ブル語の百科事典によると、10世紀の神父で、ペータル王(927--969年)と同世代に活躍した由。ボの居住地に関しては、首都プレスラフ、または今日のマケドニアという説があるが、必ずしもはっきりしないらしい。もっとも、トラキア地方(ブル南部)のプロヴディフ市あたりが、ビザンツの異端派などとのコンタクト・ポイントだった由。

(2)Bogomili(ボゴミール教徒)
 ボゴミールの信徒達で、彼らは「福音書の命令のみに従う、もっとも正しいクリスチャンである」と自己規定していた。信仰者は3つに分類された:①拝聴者達=普通の信仰者、②信徒達=「精神的洗礼」を受けて、ボゴミール・コミューニティーに受け容れられた人々、③完全者達(天上の住民達)=少数の導師階層で、教義を教える資格を有していた。 
 通常ボゴミール信徒らは、dedets(長老。dyadoという、普通の「おじいさん」という用語だったとの説もあるが、この説では、dedetsという、普通の現代ブル語辞書にはない用語が使われていたという)に率いられるコミュニティーを形成して暮らしていた。また、彼らは、極めて強く、他者の精神的救済使命感を持ち、ミッショナリーとして他国にも影響を及ぼした:ビザンツのfundagiagit、イタリアのpataren、仏のalbigoy、katari、valensi、ロシアのstrigolnik、ボスニアのkrqstyan、など。

2.平凡社「東欧を知る事典」の記述:ボゴミル派
 中世のバルカン半島で勢力をふるったキリスト教の異端。パウロ派の影響の下に、10世紀前半のブルガリア西部マケドニア地方の司祭ボゴミルが興したとされる。
 世界を善と悪の対立でとらえる二元論的異端で、教会制度や典礼はもとより、世俗の権威や社会制度もサタン(悪魔)の創始したものとして、徹底的に否認したため、反体制運動の様相を示し、支配者及び教会からの弾圧を招いた。
 ボゴミル派は、はっきりした教会制度を持たず、厳格な禁欲主義を実践する「完全者」と、それ以外の信徒の区別があったに過ぎない。
 ボゴミル派は、ブルで勢力を拡大すると、12世紀前半にはビザンツ帝国に現れ、その指導者が逮捕、処刑された。更には13世紀には第2次ブル帝国で繁栄を見たが、1211年のタルノヴォ主教会議で公式に異端として弾劾された。同じ頃、セルビアとボスニアにも拡大し、ボスニアでは一時国教の地位を得た。
 なお、ボゴミル派は、西欧のカタリ派とも密接な関係を有した。】”

東ローマは異端問題で揉めてたけど、イスラームがシリアとエジプトをもぎとってくれたせいで国内の異端問題は片付いたわけ。 異端っていつもイスラーム側に靡くよなー ここはユダヤ陰謀論者が言えないポイントであろうなぁー

耶蘇教異端派はしきりにイエスは死んでない事を強調するけど、クルアーンもイエス死んでない話出るって本当? そこまで確認し切れなかった。 で、恒例のお約束は東ローマでも中世南フランスでも耶蘇異端はイスラームやユダヤと仲良しな法則が発動してる。 例えばエジプトとかシリア。

古代ローマの知識階級は哲学者だよ。 古代ローマは非宗教的な文明で、宗教の自由は許したけれどもローマ帝国の御用学派はストア学派の哲学たった。 それがなぜ、耶蘇教が登場すると異教徒の哲学者は駆逐されて、非宗教的な文明のローマがドルイド教社会になるわけ?意味わからん。

アレクサンドリアのフィロンさんは、ストア学派の理論に基づいてユダヤ教を解釈した。 それをパクったのは教父のユスティノス。 なぜに耶蘇教はストア学派の理論で護教しないといけなかったのか?こいつがそれを始めたからだ。 ユスティノスのパクリ元ってのを隠すためにフィロンは隠される。









ねこねこさん、イシス神官団の名前のパストポリーって現代風に言えば「パストフォーレ」だよ。
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ねこた‏ @lakudagoya 20分20分前

ねこねこさーん、南房秀久のラノベの至神智教団のメンバーのうち多くが禿頭なんだよー(全員ではないし、女性は例外)

これイシスの神官をイメージさせないかな?

アプレイウスも最後は禿頭になって恥ずかしそうにするんだよね。

あー意図的な結社員め!
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ねこた‏ @lakudagoya 26分26分前

確かボゴミール派の関係者にニケタスっていたよな?

何でこの人だけ正教会の信者のような名前なのかね?

ニケタスさんは、別名テオフィロス(神に愛された)とか言われてた。

東ローマの皇帝にもニケタスって人いるけどさ。

こっちかもね。優れた文人とあるのでさ。

(”コンスタンティノープルからボゴミール派司教ニケタスが, 1167年イタリア, ついでその後フランスのカタリ派を訪れて二元論的世界観に転向させ, カタリ派は独自の聖職階層制と統一的教理を持つ組織へと変貌した。このブルガリアの司祭ボゴミールBogomiles の名に因むボゴミール派とは, 10世紀半ばからバルカン半島に広まった一派で, 11世紀以降はビザンツ帝国内で厳格な二元論的宇宙論や救済論へと高められたと言われる。彼等は, 肉体を含め全ての物質的なものを神の創造物と認めず, 結婚などあらゆる肉欲を否定して, 悪魔によって創造された世界から「魂の救 済」だけを追求するようになった。イタリアではパタレニPatareni, 南フランスでは彼等の拠点となった都市アルビAlbiに因んでアルビ派Albigeoisと呼ばれるようになる。”
http://oka-ken.air-nifty.com/blog/2013/02/post-7421.html

”キリスト教異端の一派,カタリ派の南フランス分流。原語はアルビ地方の人々の意。1149年カタリ派最初の司教が北フランスに置かれたのに続きアルビとロンバルディア地方にも設置された。1167年ボゴミール派司教ニケタスが南フランスを訪問,以後この地方がカタリ派の牙城となる。1209年アルビジョア十字軍は北フランス貴族に率いられ,アルビの中心ツールーズの住民を無差別に虐殺した。13世紀後半にはフランスのアルビ派は衰退し,1330年には消滅した。”
https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%93%E6%B4%BE-28551
アルビ派 アルビはAlbigeois)

南房秀久のラノベのキャラにピュティア(巫女って意味だぞ?)ダイモニオン(ダイモーンの声が聴こえる人。マルクス・アウレリウス帝の本を読んだらその内容がよーわかる)とか意図的過ぎるだろ!

で、至神智教団の悪の魔導師のニケタスって露骨に魔法ものの定番である耶蘇異端なのでは?
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ねこた‏ @lakudagoya 33分33分前

この南房秀久のラノベに出てくる、至神智教団の悪の魔導師はニケタスって名前。

ニケタスって、東ローマの皇帝じゃないよ、ボゴミール派の創始者なんでね?

月蝕紀列伝 氷剣悲歌<月蝕紀列伝> (富士見ファンタジア文庫)
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ねこた‏ @lakudagoya 36分36分前

あー今気付いた!
この作品に出てくる悪の女魔道士の名前がパンフィレエなの。これアプレイウスの「黄金のロバ」に出てくる魔女か!

ありがとうねこねこさん!

月蝕紀列伝3 異端の魔道士セイル<月蝕紀列伝> (富士見ファンタジア文庫)
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ねこた‏ @lakudagoya 43分43分前

燈火さん、おいらは古いタイプのオタクだからあのアニメや同人を性風俗産業にするっての凄く違和感あったわけですよ。

昔のアニメ好きは、設定とか深く語ったりして考察とか楽しかったけど、最近のアニメ好きはあんまそんな事考えずに見るので。

声優のアイドル化も凄く違和感ありますね。
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ねこた‏ @lakudagoya 46分46分前

燈火さん、最近アニメ関係自体が性風俗産業っぽくなってますね。

何につけても性風俗産業しかないのはお隣の国を連想しますが。

昔は全くそんな事なくて、サヨクの人が作ってた時代は思想的にはヤバくても、露骨に裏社会的な要素がなかったような。

アニメ業界も背乗りされたかも?
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ねこた‏ @lakudagoya 59分59分前

ねこたさんが黄皇大栄をリツイートしました

それは興味深いですね。
道教って不思議なのは他の宗教に比べると女性も活躍してるとこ。 RT

ねこたさんが追加
黄皇大栄 @ououdaiei
神仙伝に夫婦の仙人がいる。旦那は論理的で仙道書とか書いているが、実践は嫁さんに遠く及ばない。嫁さんは仙人になるのも道術も圧倒的に上手だった。 面白いね。 https://twitter.com/lakudagoya/status/858411850559504384 …
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大塚英志の”神話の練習帳”
袁珂 著、鈴木博 訳『中国の神話伝説』上、青土社、1993年 161-165頁






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