読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

09 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

『ザ・ストーリー』 『詩学』『千の顔をもつ英雄』『How to Write Science Fiction & Fantasy』『俳優の仕事』。クリエイター育成動画。『スペースオペラの書き方』。新海誠『君の名は。』と不倫より面白くない新海誠の秘密♡(結社に逆らえない理由) 

意図的すぎる。




不倫疑惑なんて問題にならない弱みを結社に握られて脅されているんだろ。
たまに炎上スキャンダル情報流してお前逆らうなよってやるのさ。
プロが出ちゃいけない大会にプロの経歴隠してアマを倒して優勝って(自主規制の罵詈雑言につき以下略)。
――
映画の元ネタを就活生から盗むのは今も昔もやっているのだろう。
で就活生はアイデアだけ盗まれて落とされる。
盗んで企画提案したやつは昇進。
アイデア募ったり、やたら応募者が多い新人賞って実は結社がアイデアを吸い上げるためにあるんじゃないの?
効率的にアイデアが集まるでしょ。
え、作品が面白ければいいって?
面白くないんだけど。
売れればいいって?
私は会社でも業者でもないので内容第一です。
というか大半の受け手は内容第一です。
業者の為に映画を見るのではない。他のジャンルでもそうです。
編集者の為に購入するのでもありません。
つーか払った金の大半が搾取層に行くっての考えると払う気がどんどん失せていくぞ。
とうかもう今の技術だとネット販売してもう作者の銀行に直接振り込んだらいいじゃん。中間搾取反対。
最低でもテレビと新聞と映画劇場と無縁のモデルじゃないとダメだ。
せっかくそれが実現できる技術があるのにね。
とまとさんの高級ワイン商法の応用がすごかったので後述。
”「必ず1冊は売れる」って事実だけは
確定だから、その「1冊」の価格を
吊り上げりゃ違法コピー&中古問題は
全部解決”
ってやつね。

というか文句だけ言ってるアニメータらってほぼ全員あくまでほぼだけど逆らう気ないよな。
ガス抜き。
とまとさんみたいな案を出さないでしょ?
あの給料でも大半は生き延びてるからあのまんまなんだろ。ぎりぎりまで絞っているのさ。
一揆をおこさない程度に。たまに死のうが別にいいってことさ。
フランスのアニメ学校行ってフランスで日本的アニメ作りなさい。
アニメーターに一番必要なスキルは 「フランス語」!
これが一番だ。
ちゃんと生活できる給料も休みもある。
本当に終わってるな日本アニメ業界。


手塚大先生の秘密についても後述って手が滑りましたああああ


『火の鳥』の元ネタをどうやって得たのかの話は後述。


――
この記事(このブログ全体も)にあるツイートって勝手に非表示になっているかもね。
ツイッターの不思議な仕組みをまた発見したからやっているんじゃないの。
あるアカウントがツイートすると、
「~件の新着ツイートを表示」が、
その人のアカウントページよりも、
私のリストのほうがそのツイートが早く表示されるのはなぜ?
普通、ツイートした人のアカウントが最速で反映されるんじゃないの?


峨骨‏ @Chimaera925 2016年6月4日
権威と言う名の養蜂箱を作り、蜂に蜜を集めさせる。養蜂家は最後にやって来て祝福し、自身の手柄のように蜜を所有・管理する。著作権、権威ある賞、研究所。蜂は自身や巣、女王の為に働くが、それは養蜂家に捧げられる。
紋章学では養蜂箱は工業を意味する。知識や知恵、学識は、選ばれた者だけが食す。




Robert McKee『ザ・ストーリー』

販売会社は普通の本屋には置かず、ネット販売のみの形態。しかも、ビジネス書の専門会社が物書きのための本の出版権を獲得ってもう完全に封殺用だな。
禁書にはしないけど、流通させないようにしてプレミア品ビジネスか。悪質。
というか買い占めてんだろ。新品ぜんぜんないし。
カルトが信者動員して都合が悪いものを買い占める手口はいたるところで真似されているのだろう。
実際、アマゾン見たら最低価格が一万円超えてるんだけど。
これ誰かが買うたびに値段上がっていくんじゃないの?
数が少なくなっていくから。
流通が露骨に制限されているマッキー『ザ・ストーリー』
原文の英語が超難しいらしい。
マッキーが読めない人のために私も手助けするよ。
業界変えるのは無理だから新たな業界作るしかないんだけど、
以下のメモが一助となりますように!
メモはどんどん増えるよ。


ctrl +f こっからマッキー kokkaramakki

・p.122
アリストテレスはストーリーが主で、キャラクターは従、と結論づけた。
小説の進化とともに意見は反対側に傾き始めた。
19世紀には公正とは登場人物の性格を示すためにデザインされたものにすぎず、
読者が求めているのは魅力的で複雑な登場人物だとだという考え方が主流となった。
結論が出ない理由は簡単で誤った議論だから。
構成とキャラクターのどちらが重要かを論じることはできない。
構成とはキャラクターであり、キャラクターとは構成であるからだ。
キャラクター=構成。
いまだに議論が続いているのは、
キャラクターと人物像を混同しているから。

人物像
=ある人物に認められるすべての性質、注意深い観察によって知りうるすべてのことの総和。
年齢、IQ,性別、性的傾向、話し方、身振り、家、車、服装の好み、教育、職業、人柄、気質、価値観、態度など、毎日観察を続けることでわかるあらゆる面。
特徴をひとまとめにしたのが人物像。
が、人物像は、キャラクタ=本当の性質ではない。

プレッシャーのもと選択をしないといけないとき、本当の性質が現れる。
プレッシャーが大きければその分はっきりと表れ、
選択はその人物の本質により近いものとなる。
本質を知る方法はただ一つ、
プレッシャーの元で自分の思いを満たすためにどんな選択をするかを確かめるのだ。
選択に本質は表れる。

人物像ではなくキャラクターを描く。
主要人物を描く=キャラクターを示す。
端役は隠れた一面を必ずしも必要としない。
が、主だった人物は掘り下げないといけない――内と外とが同じではいけない。

最高のストーリでは本当の性格が描かれるだけでなく、
良い方向にせよ悪い方向にせよ、
ストーリーの進展とともにその内面が変化する。
(確かに、日本的なキャラを表現するには、そのキャラを表現するストーリー展開が必要なわけで、
キャラが動くって要はストーリーでそのキャラ=本質を示していくってことで、
キャラかストーリか論争なんて完全に無駄ってことね。
キャラクター=ストーリー。表裏一体。)



・p.206
インサイティング・インシデント
=発端となる大きな出来事
=その後に生じる全てのことのきっかけ。
あとの四つのパート、
困難の連鎖、危機、クライマックス、解決
はここに端を発する。

深みのあるストーリー作りのために。
私の登場人物はどうやって生計を立てているのか?
私の世界では政治=権力関係はどうなっているのか?
私の世界にはどんな儀式=物事を行う一定のやり方があるのか?
私の世界の価値はどうなっているのだろうか?
ジャンルは何か?
私の登場人物の経歴はどのようなものだろうか?

バックストーリー
=過去に起きた重要な出来事で話の展開のもと
はどうなっているのか?

配役はどうするのか?
配役の第一原則は対照=考えの違いが際立つ人物を配する。
登場人物が同じ反応をするということは、葛藤を生みだす機会が少なくなる。
葛藤を生みだす機会を最大限にしないといけない。


インサイティング・インシデント
が起きると主人公の人生がバランスを崩す。

・p.359
敵対者の原則がストーリーデザインで最重要。
敵対者の原則を無視することが脚本が失敗に終わる一番の理由。

敵対者の原則
主人公とそのストーリーは、敵対者の存在があって、
初めて知的に興味深く、感情的に魅力的なものとなる。

敵対者が大きな力をもち複雑であればあるほど、
主人公とそのストーリーはリアルさを増さなければならない。
敵対者
=主人公の意志や欲求を妨げる力の総和。
必ずしも具体的な敵、悪漢である必要はない。

インサイティング・インシデント
が起きたとき主人公を観察し、彼の意志の力や、知的、感情的、社会的、身体的能力を合計し、それを内的葛藤、対人的葛藤、非対人的葛藤が生みだす力を合計したものと比較すると、明らかに主人公の力のほうが劣っていなければならない。
望みのものを手に入れるチャンスはあるがそれはチャンスに過ぎない。
主人公が探求の旅を始めるとき、彼の人生のある局面における葛藤は解決可能と思えるかもしれないが、すべての葛藤となると、彼の力では及ぶべくもない。

ストーリーのネガティブな側面に力を注がないといけない。
魅力あるストーリーにできるかは、
ポジティブをいかに転じるかにかかっている。
あなたのストーリーは、ネガティブな力がとても強く、ポジティブな側がそれをしのぐための何かを獲得しなければならない状態になっているだろうか。



ストーリーが迫力に欠けるのは敵が弱いから。
(解決できるなら話が終わってしまうもんね。

“Michael Hauge氏によると映像作品のテーマは、

”敵対者との共通点+バディ(味方)との相違点”
から導き出す
ことができるそうです。”帝

マッキーの言っていることは具体的実例を見ればよくわかる。
①主人公の師匠の敵(ライバル含む)か主人公の敵(ライバル含む)が、
②復讐心、嫉妬、憎しみから(主人公の師匠のライバルに弟子入りなどもする)
③強力な呪われた道具を使って、
④主人公よりも先に、
⑤主人公と同じ大きな目的を果たそうとするが、
⑥失敗し暴走し、暴走した道具や力がラスボスになり、
⑦敵(ライバル含む)もラスボスを倒すために団結し、
⑧敵(ライバル)が持っていなかった要素を使ってラスボスを倒し、
⑨敵(ライバル含む)と和解し、長年の問題の禍根が解消される
って王道だよね。
リトルウィッチだけじゃないよ。



・p.423
登場人物のデザインは
人物像と
本当の性質
の二点を区別するところから始まる。

人物像
=観察によって知りうるすべての事柄の総和であり、
そこからその人らしさが生まれる。
身体的特徴、
身のこなし、
話し方、
身振り、
性的傾向、
年齢、
IQ、
職業、
気質、
態度、
価値観、
住んでいる場所、
暮らし方。
この仮面の後ろに本当の性質が隠れている。
人物像はともかく本質的にはどんな人間なのか?
誠実、不実、正直、嘘つき、愛情豊、残酷、寛大、利己的、意志が強い、意志が弱い?

ジレンマに陥り選択をするとき本当の性格が表れる。
プレッシャーのなかでどんあ選択をするのか、そこから
本当の性格がわかる――プレッシャーが大きいほど、その人物の本当の性質に近い選択が行われる。


本当の性質を描く鍵は欲求。
私は何を求めているのか?と自問する。
欲求の裏には動機がある。
登場人物がどんな選択をするのか、それを見ればどんな人物かがわかる。
行動が実行に移されると、行動の理由はもう意味のないこととして消えていく。


魅力的な登場人物はいくつもの特徴ではなく、大きな特徴を一つ備えている。
マクベスの野心が彼を素晴らしい主人公にしているのだ、という考え方はまったくの誤り。
マクベスが単なる野心家なら、ノルウェー軍を打ち破ってスコットランドを治めただけで、戯曲などは書かれない。
マクベスは、野心と罪悪感の両方を持つ矛盾をかかえているからリアル。
内面の大きな矛盾から情熱、複雑さ、詩心が生まれる。

登場人物のディメンション
=矛盾。
内面における矛盾(罪悪感を伴う野心)、
あるいは人物像と本当の性格との矛盾(魅力的な泥棒)。
この矛盾は一貫したものでなければならない。

ハムレットはこれまで生み出された中でもっとも複雑。
数えきれないほどの矛盾。
気高い、不敬。最初は愛情のこもったやさしい態度で接していたオフィーリアに対して冷淡で残酷になる。
勇気があるが臆病。冷静で慎重だが、衝動的で軽はずみになり、カーテンの後ろに隠れている人物を誰かも確かめずに刺し殺す。
思いやりがあり無慈悲で、誇り高く、自己憐憫に駆られ、機知に富み、悲しみにあふれ、活力に満ち、疲れ切り、理性的で、混乱し、正気であり、狂気。
世慣れた無垢、無垢な世慣れた、人の性質のほぼすべてをもつ矛盾した存在。

矛盾は魅力的。主役を最も多くの矛盾を抱えた人物にして共感を呼ばなければならない。
そうしなければ善の中心がずれ、ストーリーの世界がばらばらになって観客がバランスを失う。

主人公との関係が残りの登場人物を産む。
主人公以外の人物は、主人公と関係を築き、複雑な主人公が抱える矛盾を浮かび上がらせるために存在する。
愉快で楽観的だが、陰鬱でシニカルになる、
思いやりがあるが、残酷になる、
勇敢だが、臆病にもなる、
主人公の周りにはこの四つの矛盾を描き出すためのキャストが必要。
例えば、
Aは主人公を暗い心にし、すねた態度をとらせるが、
Bは機知に富んだ明るい面を引きずり出す。
Cは愛情や勇気を抱かせるが、
Dは恐怖を与え、次に怒りに満ちた行動をとらせる。
脇役は行動、反応を通じて主人公の複雑さを明確にし、現実味を帯びたものにすることができるような性格を与えられる。

端役は平凡でなければならないが、退屈ではだめ。
が、必要以上に面白くして誤った期待を抱かせないこと。きっと再登場する重要人物だと思わせる端役が二度と登場しないことがないように。
観客は、脚本家が一度しか登場ない人物を矛盾した人物に描いたりしないと知っている。

(謎=解釈可能性。
解釈可能性のお陰で時代を超えても生き残る。
荒木先生のキャラ履歴も表裏書かないといけないな)

(キャラかぶりは避けろという言われるのは主人公の類似品ができるのを防ぐためなのが大きい。
が、主人公と似た境遇のキャラAは主人公の特徴と矛盾を浮き彫りにするからよく登場する。
主人公との相違点が重要で、Aにはなくて主人公にはある要素が、Aには乗り越えられなかった問題を解決するための重要な武器になったりする。
Aは主人公の師匠だったち親だったり、主人公のライバルだったりライバルの師匠だったりするが、年下や弟子や生徒であることは少ない印象。


荒木飛呂彦流キャラクター身上調査書まとめ
http://www.acid-bakery.com/memo/archive/arachive/chousasyo_matome.html





・まだふえる とんでもない高レベルだなあ キャラのところを最優先で書きました。

ロバート・マッキーの「STORY」読破した
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-472.html
”ロバート・マッキー(Robert Mckee)さんの「STORY」読破しました。
ちなみにTom Monteleoneの「Complete idiot guide: writing a novel」と
Laura Schellhardtの「Screenwriting for dummies」も読みました。
AMAZONのレビューで評価が高かったので......

後、上述の本にアリストテレスの「詩学」が良く引用されていたので
これも読みました。
(Lauraさんが言うにはお守り代わりとして持つのがいいらしい)

で、感想ですが、アメリカのノウハウ本って本が出版された後の”営業”の部分
つまり脚本で言えば映画スタジオに売り込む所、小説だったら
実際に書店で並べられる所まできっちりフォローするんですね。
そこが、日本の教則本との一番の違いかな?
ただ作品を書いて終わりにしない。
この辺の認識が流石ビジネスの国のアメリカといったところか?
コネの作り方とかもみっちり書かれていたりして、
小説の場合、卸業者のトラックの運ちゃんにドーナッツ奢って
本屋の棚の一番目立つ所に置いて貰うようしろ
とか
かなり生々しいアドバイスが載っていました。

実際のストーリーの作り方に関してはマッキーさんの本が
頭一つ抜けている感じでしたね。

ちなみにスターウォーズのルーカスに多大な影響を与えた
というジョセフ・キャンベルの「千の顔を持つ英雄」も
読んでみたのですが、こちらは訳が酷過ぎて日本語に
なっていないのと、元のキャンベル自身がちょっとヤバイ
薬が完全に決まったニューエイジヒッピーみたいな
思想の持ち主のため、言っていることも支離滅裂で
意味不明のため、断念しました。
う~ん、この本、原本はまともなのかなぁ?

アリストテレスの「詩学」は今まで読んでいなかったのですが
良い機会なので今回トライしてみました。
しかし、こちらも訳が酷い。
「逆転」とか「認知」とかなんだこりゃって感じですわ。
「逆転=どんでん返し」、「認知=発覚/伏線の回収」
読み替えたら驚くほどすんなり理解できるようになりました。
どうして哲学畑の人ってこう意味不明な単語を訳に充てたがるのか......

肝心のマッキーさんの本の方ですが、こちらは貴重な本であるにも
かかわらず、和訳がないので簡単に要約したいと思います。
(英語が激ムズのため解釈が間違っているかもしれませんが)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まず、ストーリーのプロットには三種類ある。

 1.アークプロット: 
従来のアリストテレス式の王道ストーリー。
始まりがあって、中間があって、終わりがある。

 2.ミニプロット: 
オムニバス形式で複数の主人公の視点で語られる。
アニメでいえば「カウボーイ・ビバップ」みたいな感じか?

 3.アンチプロット: 
アークプロットの逆。時間軸守らない
ストーリーは偶然の積み重ね。
なんか知らない間に映画になっていた。
アニメだと「けいおん」みたいな内容のない日常系がこの類か?

この三つの他にノン・プロットというプロットの無いタイプ
もあるそうです。

で、ハリウッドで一番主流なのが1.のアークプロット型ストーリー。
2とか3は欧州系の芸術映画とかに多いそうです。
ハリウッドで活躍したいならば集客力の良いアークプロットを
中心に制作したほうがいいそうです。

次に”ストーリー”とはそもそも何か?

ストーリー=変化

というのがマッキーさんの答え。

つまり、ある状態から別の状態に変化し、しかもその変化が
非可逆的である(つまり元の状態に戻らない)、そういった
”変化現象”が”ストーリー”
だそうです。

「つまりキャラや、そのキャラが置かれている状況/世界
 が変化しない物語というのはストーリーではない」

ぞくにいう”キャラが成長するプロット”
って一体何のこと?と
日本の教則本を読む時に疑問に思うのですが、”キャラの変化”を
表していたんですね。で、この”変化”がないと物語は面白くならない
と。

この次にマッキーさんはストーリーを構成する”単位”を小さい順から
分類していきます。

 ・ビート: キャラの行動を表す
 ・シーン: ビートの集まり
 ・シークエンス: シーンの集まり
 ・幕(Act): シークエンスの集まり
 ・ストーリー: 幕の集まり

なんでこんな分類をするかというと、脚本をリライト(推鼓)するときに
ビート単位でメモ用紙に書きだすんですね。


そしてスタニスラフスキー・メソッド(これがちゃんと出てくるのが
この本の凄い所)を用いてキャラに成りきる。
そのキャラの視点で各ビートを分析していくんですね。
このキャラはこのビートにある動きをとる事に違和感が
ないかどうかとか。

そうやって分析するとストーリーやキャラの行動/言動の
破綻をかなり防ぐことができるらしい。


また、マッキーさんは人間の取る実際の行動と
本心は別であることを強調する。

「人間は本音と建前であると」

だから映画の脚本の場合必ずSubtextを設定しないといけない。
Subtextというのは本音の部分で台詞には出てこないキャラの
気持ちのこと。役者の良し悪しというのはこのSubtextを
如何に汲み取って画面上に表現できるかにあるらしい。


それはまた物語を作るときに

「必ずキャラには本音と建前を用意して行動させること」

そうすることで人間の表現がかなりリアルになるらしい。
つまり”人物に厚み”
が出てくると。

マッキーさんが特に重要視するのが物語りの”クライマックス”
ストーリーというのは

「クライマックスへと至る道」


のことでもあるらしい。

プロットというのはまず

 1.プレマイズ(Premise):
物語の前提。”もしもこんな世界観だったら
作者の作ったキャラはこんなことをするだろう


 2.キー・インシデント: 
ストーリーの発端。
この時点を越えるとキャラはもう後戻りできない。

 3.プロット・ポイント1: 幕1の終わり
 
 4.プロット・ポイント2: 幕2の終わり

 5.クライマックス: 主人公の最終決断

 6.レゾリューション: 
クライマックス後のその後談

 7.エンディング

のような構成になっているらしい。

で、クライマックスってのは単なる”見せ場”のことじゃない
んですね。

「クライマックスでは主人公が重大な決断をする。
 そしてその決断後はもう過去の自分には戻れない」

ストーリーというのは”変化”であるので、クライマックスで
主人公が最終決断することによって最後の変化をする
わけですね。

だからただドンパチやったりラスボスとバトルすることが
クライマックスじゃない。

「人間というのは行動を取る前に必ず決断をする動物である」

だからこそ主人公が物語上、最後の行動をとる前の”決断”
というのは実に重要なイベント
なんですね。


とまぁ、こういった様な事が多々書かれている本です。
他にも細かい事が沢山書いてあるのですが、きりがないので
興味のある方は是非原著をゲットしてください。

しかし、これの訳本、載っている作例が古すぎるとかいう
理由のため出版社側が出すのに躊躇しているらしい......
これ明らかに名著なんだけど......

出されると困る国内業界人にでも金掴まされているのか?
本当にいい本って中々国内に入ってこないんだよなぁ。”





”ロバート・マッキー(Robert McKee、1941年 - )は生まれの、アメリカ合衆国のシナリオ講師である。トライスター・ピクチャーズやゴールデン・ハーベストなどのメジャースタジオのコンサルタントをつとめる。
1991年には『J'accuse: Citizen Kane』でイギリス映画テレビ芸術アカデミーのアワード(イギリスのエミー賞に相当する)を受賞。

著作『ストーリー』Story: Substance, Structure, Style and the Principles of Screenwriting[1]は多くのハリウッドの脚本家にインスピレーションを与える聖書となっている。

35名のアカデミー賞受賞者、164名のエミー賞受賞者をはじめ、セミナー受講生は華々しく活躍している。 最近のアカデミー賞受賞作品などにも影響は強く、現在世界で最も大きな影響を与えるシナリオ講師である。


2009年時点において、マッキーの主著 Story: Substance, Structure, Style and the Principles of Screenwriting は、既に19カ国で翻訳されている。日本語の翻訳は、版権問題などで長年、難航していたが[2]、2016年1月、ダイレクト出版から、省略も要約も無しの完全版で、ようやく刊行された。
出典

^ 翻訳:『ザ・ストーリー』, ダイレクト出版, 2015, ISBN 139784904884959
^ ここまで。純丘曜彰 (2009年9月6日). “ロバート・マッキー氏からのメール” (Japanese). 2013年7月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月2日閲覧。”
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%BC

06. September (Sun) 2009 ロバート・マッキー氏からのメール
https://web.archive.org/web/20130712130143/http://d.hatena.ne.jp/ProfDr_SUMIOKA/20090906
”いま、彼の大著『ストーリー』を翻訳している。とにかく大変だ。なにが大変、って、この人、講演のまんまに書くから、構文が文章語ではなく会話調で、俗語表現もいっぱい出てくる。そして、なにより、実際の数多くの作品に対する知識の広さと考察の深さが半端ではない。すでにこの十倍以上のメモがたまっている、というので、第二版を待っていたのだが、いつになるかわからない、とのこと。それで、第一版のままでも、十分に評価が高いから、これでいこう、という話になった。

 ロンドンから戻ったとかで、御本人からメールをいただいた。すでに十九カ国で翻訳されており、日本語版をずっと待ち望んでいる、と言う。で、もうちょっと時間をください、と、返事を書いた。そうしたら、さらに長い返事が来たので、日本では、広告代理店主導の会議で話しが決まるので、映画のストーリーの市場も、若手脚本家の市場もないから、期待しすぎないでほしい、という事情を説明した。

 というのも、以前、別の著者の本で、こんなことがあったからだ。ほとんど仕上がった翻訳で、あとは契約を整えるだけ、という段階になって、その著者が、その本をプロモーションするために、スター並みにファーストクラスで日本に招け、高級ホテルで全国旅行をさせろ、それが条件だ、と言い出した。冗談か、と思って、再度、問い合わせてもらったが、本気らしい。バカ言え、ということで、出版社とともに一笑に付して、沙汰やみにした。たしかに、おバカなノリのハリウッド本でおもしろかったのだが、こんなほんとうのバカだとは思わなかった。

 ロバート・マッキーの場合は、むしろ逆だ。現実に世界で講演して歩いている。日本にも招かれて当然の人だ。ところが、日本では、ビジネス本で、名前がちょこっと出ているだけ。映画の『アダプテーション』で初めて知った、という人がわずかにいるくらい。これって、あまりに世界の基準から外れている。

 しかし、たしかに日本には、脚本を勉強する、という余地がない。大御所が若手を「弟子」に抱えているが、それこそハックライターとしてネタを取られてしまうだけ。…悪しき業界慣習(アンシャン・レジーム)を変えるためにも、ロバート・マッキーの『ストーリー』はぜひ日本で翻訳して出版したい。儲かろうと、儲かるまいと、映画やテレビドラマは、ほんとうにおもしろい、良い脚本が自由市場で競われて選ばれるべきだ。『犬神家』以来の、日本中の話題になったというだけの凡庸なクズ作品は、もううんざりだ。なんとか、急いで翻訳を仕上げないと。それにしても、マッキー氏の返事は、その人柄が出ている。世界中、不景気だからねぇ、期待しすぎたりはしないが、ずっと待っているよ、それを実現することこそが我々のストーリーだ、と。”

https://www.amazon.co.jp/product-reviews/4904884957/ref=cm_cr_dp_text?ie=UTF8&showViewpoints=0&sortBy=helpful#R3MD00WPJ769WW
“35名のアカデミー賞、164名のエミー賞受賞者を輩出した、ロバート・マッキーの伝説のセミナー。
その内容を記したこの「ザ・ストーリー」という本は、ハリウッドの脚本家たちの聖書となっている。
私も以前から読みたいと思っていたが、ついに諸々の大人の事情をクリアし、2016年1月に、日本語版が発売された。

早速購入して読んでみたところ、物書きのアマチュア、プロ、全員が読むべき本だと思った。
「正しいストーリーの作り方」を、基礎の基礎から応用まで、とてつもなく深く掘り下げて
解説してくれている。外国人の言葉を和訳しているので、少々難しい表現も多いが、
しっかりと理解すれば、本質を突いた、いや、突きすぎている言葉ばかりであることが理解できるだろう。
特に私が好きだったのが、「ストーリーとキャラクターについて」の一文である。

よく、「ストーリーとキャラクター、どちらが大事か、どちらを先に考えるべきか」という議論を耳にするが、
これに答えは無い。何故なら、ストーリーとキャラクターは同じものだからである。
ストーリーとは、「キャラクターがどのような選択をしてどう行動するか」を追っていくものであり、
キャラクターは「どのような選択をしてどう行動するか」で決まっていく。
悪党に襲われたとき、闘うのか逃げるのか。その選択によって、ストーリーとキャラクターが出来上がっていく。
つまり、「ストーリーを決める=キャラクターを決める」
ということなのである。

私もよく、「ストーリーとキャラクターはどちらが大事か」ということを一人で悩んでいたクチなので、
この文章には目からウロコが溢れ出した。ちなみに上記の文章は私なりに要約したもので、
本書にはもっと細いちゃんとした文章で書かれています。

…ただ、この本には、一点、どうしても許せない問題点があります。流通が悪すぎます。
ダイレクト出版という会社が出版権を獲得したのですが、この会社は普通の本屋には置かず、
ネット販売のみの形態を取っています。そもそも、ビジネス書の専門会社が、何故このような
物書きのための本の出版権を獲得したのか、意味が分かりません。
また、本一冊がとてつもなく高いです。この本も、定価5000円以上します。さらに公式ページを
見てみると、「絶版」となっており、その定価でさえも買えない、という状況。

フィルムアート社あたりから、3000円くらいで普通に出版してくれたらこんなことにはならなかったのですが…。
ただ、個人的には、一万円以上出しても読む価値があるのではないかと思うレベルの本ですので、
もし興味がある方は是非どうぞ。”

( ぐだトマト‏ @pteras14 5月15日
最近ちょっと気付いたのは、
どーも日本では「ストーリー」と
「キャラ」と「世界観」が区別できて
いなくて一括りでこれら全てを「キャラ」
と呼んでる気がする。

あのノウハウ本とか、荒木本にある
キャラの履歴書みたいな奴、
「身上調査票」って奴?

あれって荒木本読む限りだとストーリー
展開でキャラの行動を決めるための
覚書みたいな使い方してて、それが本来
の用途だと思うんだけど、あの形式の
まま持ってくと蹴られる。

かなーり細かい所をツッコまれるん
だけど、親がどうなった?とか
(読者の)感情移入のポイント、それを
表現する具体的エピソードとか……

それってキャラ設定じゃなくて
もうストーリーの方だよね?

後、なんでもキャラ単体で無理矢理
完結させようとしたがる傾向が強い
様に思える。

人間って過去とか先天的な要因だけ
じゃなくて周囲の環境だとか、その都度
の選択、他の人間の影響とかで本来
キャラ性が時間軸に沿って変化してく
はずなんだけど、最初から完成された
人物を求められる…

まぁ、FGO方式で過去、現在、
もしも(未来)でそれぞれエピソード
作ればいいかー

要するに日本の「キャラ」ってのは
「ストーリー」やその他も諸々込みって
事で……

しかし、読者の共感するキャラねぇ〜
難しいね。原則的には社会道徳的に
叶うって事だけど。

ハリウッドだと明確に「キリスト教的
道徳に合致している事」って定義され
てるのだけど。日本も同じで良いのかな?
荒木本にも究極のスーパーヒーローは
イエスだって書いてるし……
キリスト教的ヒーローだとかなり
範囲が狭まっちゃうんだけど……


(ぐだトマト‏ @pteras14 4月24日
マコっちゃんを持ち上げるのはどーかと 思うけど。 ま、個人的な話だけど。奴はそんなに 綺麗な人間ではないよ。

西部猫シリーズようやく全巻和訳 出たんだよなー 著者は既に故人。 マッキーのストーリーより劣るけど、 ハリウッド系脚本術本の中ではアメリカ で最も売れているシリーズ。

マッキーのザ・ストーリーが利権関係 のせいで和訳本が全く出回ってないのが 非常にダメージがデカイ。
スティーブン・キングからオースン・ スコット・カード、
南カリフォルニア 大学の教科書まで、アメリカの脚本術/ シナリオ本の主要なの全部読破したけど
マッキーのは頭100個抜けてる

欧米の映画ギョーカイのプロは皆んな マッキーの本を読破してる。 マッキーを読めない時点で確実に日本の 映画人、出版編集者、作家、脚本家は 世界基準で見るとプロ未満。 怒るかもしれないけど客観的事実なの だからどうしようもない。

佐藤秀峰の「描クえもん」がどこまで 本当の話か知らないけど、マッキーを 勉強した韓国人漫画原作者を打ち切っ ちゃうのが日本の大半の編集屋のレベル。 例外も居るだろうけども。 マッキーの英語は多分、並みの英語力 じゃ読解不可能だから、大半の日本人は 原著入手しても無理だと思う。

西部猫シリーズようやく全巻和訳 出たんだよなー 著者は既に故人。 マッキーのストーリーより劣るけど、 ハリウッド系脚本術本の中ではアメリカ で最も売れているシリーズ。

ぐだトマト‏ @pteras14 5月3日

日本人だから少女漫画家の言い分も
分からないでもないけど、取り敢えず
子供達の前で「世の中ゼニが全て!」
みたいな考えを振り撒くのは商学的、
法学的に正しいかはともかく、倫理的に
問題を含んだ価値観である事に理解を
示す「知性」ぐらいは備えていて貰いたい。


なんか違法サイト閉鎖で嘆いてる
ツイ垢を検索して2chでぎもぢいぃぃー‼︎
ってやってるみたいだけど、印象的に
はサイトを観てたのは学生が多い印象
のイメージ。
漫画を買える程のお金が無いのかも
しれない。10冊買えば6〜7000円
オーバーでしょ?

お金が無いと漫画を読む事も、描く事も
許されない社会。それが我々の住む
先進国社会の一般常識。

だけど、
ユダ公が言うにはキューバはそうじゃ
ないって言うんだ。

銭ゲバの根元みたいなユダ公もたまには
夢のある良い事を言う。



まだ、アメ公がお金以外の大切な 何かを信じてた頃に撮られた作品だ。





マッキーの和訳本が入手しづらいから
出血大サービスで書いてあげるけど、
良いストーリーは「主人公が非可逆的な
選択の結果によって生き方その物が
変化すること」。

尚、これはあくまで商業作品のみが
対象だからアート系(ミニシアター系)
はこれに従わなくてもOK。


その「非可逆的な選択/決断を主人公に ストーリー上のいつ&どこで起こさせる か?」が次に重要になってくるんだけど、 それは教えたげない。 どーせ君達は本心ではぐだトマトさんの 事を馬鹿にしてるからね。








ぐだトマト‏ @pteras14 3月22日
マッキーの和訳本が入手しづらいから 出血大サービスで書いてあげるけど、 良いストーリーは「主人公が非可逆的な 選択の結果によって生き方その物が 変化すること」。 尚、これはあくまで商業作品のみが 対象だからアート系(ミニシアター系) はこれに従わなくてもOK。


ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日
いい加減腐った美少女量産アニメ観るの 辞めて、ケビン・コスナーの「パーフェ クトワールド」を1000回観て勉強しろ。 ちゃんとリバースも含めて観るから トータル2000回だからな?


ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月28日

まどマギ如きで感動する輩って結構
多いんだな。

もっと色んなアニメやアニメだけじゃ
なくて映画や演劇も見ようぜぇ〜



ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

理想を言っちゃうと仏教学だけ
じゃなく、アジア系なら儒教も
きちんとした入門書を読むぐらいは
やってほしい。

高校の倫理の教科書だけじゃ全然
足りないから。

儒教入門 単行本 – 2011/12/15
土田 健次郎 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E5%84%92%E6%95%99%E5%85%A5%E9%96%80-%E5%9C%9F%E7%94%B0-%E5%81%A5%E6%AC%A1%E9%83%8E/dp/4130131508 …

#FGO
#FateGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

ベタだけど、きのこも本来読んでると
思うけど、FGOの最終章ってまんま
ドゥルーズのこれだから。

昔は文庫本無かったけど今は安いから
まぁ、読んでみておくと良いかもよ。

ニーチェ (ちくま学芸文庫) 文庫 – 1998/5/1
ジル ドゥルーズ (著), Gilles Deleuze (原著), 湯浅 博雄 (翻訳)
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

もう頼むから「心の哲学」ぐらい
は教養として知って置いてくれ……

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%93%B2%E5%AD%A6 …

分からないなら途中のカントとか
ヘーゲル辺りはすっ飛ばしも構わない
からさ……

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

まぁ、読者も無学で無教養でコミケ
でお気に入りの美少女キャラの
ケツを追い掛けるだけで精一杯の
知能みたいな連中が多いから、
出版社側も作家側も「ほら!売れてる
じゃないか!」って結論になるから
一向に程度が上がらない。

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

まぁ、ギリ哲でも突っ込んで極めて
くれりゃまだ良いんだけど、日本の
作家って小説しか読まない奴が多いから
皆んなマギの大高忍みたいなチンケな
ニーチェの使い古しのネタをグルグル
使い回すし、漫画家や作家を監督する
編集者も似たようなもんだから。

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

最新の哲学までちゃんと途中の
ポストモダンも飛ばさないでやれば、
ギリ哲みたいな時代遅れな骨董品
なんかとっくに卒業してるの!

神学も同じで古くさ〜い、バルトの
本しか置いてないから原理主義っぽく
なるのよね。

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

ギリ哲自体が場所の関係もあって
ペルシャ(イランの辺り)からの
パクリが多いから、どうしても同じ
アーリア系のインド哲学に近くなるのよ。

大体の知識人がギリ哲でもうお腹一杯
状態になるから、ハリウッドも含めて
ギリ哲偏重な脚本が多くなる。

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

ギリ哲自体が膨大な上に、ローマや
初期キリスト教神学も含めると半端
じゃない量な上、日本人なら当然
仏教学ぐらいはやらないといけない。

だから、結局「心の哲学」みたいな
比較的新しい分野までカバー出来る
奴がいないの!

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

これは映画でも何でもそう!
で問題は物語論ってのは基本
アリストテレスの三幕構成論が
スタートだし、哲学も最初から勉強
するときギリ哲から手を付ける。

ところが大体読みづらいカントの
辺りで皆んな挫折してニーチェ辺りで
投げ出すのよ。

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

カルトや結社の入れ知恵以前のレベル
だから何でこういう似たような
ストーリーばっかになるのか教える
けど、基本、物語作りってのは
「Demise」と言ってメインテーマと
言うか伝えたいメッセージを決めるの。

で、大体、哲学から引っ張って
くるの!

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

2chのiOS版スレとか気持ち悪いわ。
チェンクロのシナリオライターが
FGOの最終章をベタ褒めしてたとか。

どんだけ引き出し狭いんだよw

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

言っておくが、FGOのストーリー最高
とか言ってるニーチェまで読んで哲学
は精一杯って連中、今連載中の少年
サンデーの「マギ」もまんま同じ
ストーリーだぞ?

地球の全生命を無に帰してリセット
しちゃおうぜ!ってお話。

#FateGO
#FGO

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月1日

自殺がテーマの劇場アニメというと
原監督のcolorfulを思い出すな。
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月1日

聲の形、アニメでやる意味あるのかな?
と思ったけど、あらすじ見た感じ
面白そうだから観に行ってみるか。

ジャップ社会特有のイジメ文化の
話だし。

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

ぐだトマトさんの解釈は:

「聲の形とはベランダから落ちる事
である」
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

とりあえず山田監督が悪いのか、
原作の漫画家が悪いのか分からんけど…

で、結局、「聲の形」は一体どんな
「形」だったの?

山田でも原作者でも良いからともかく
この質問だけに答えてくれるだけで
良かったのに……
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月1日

き、狂アニは昔から脚本はダメダメ
だったからなぁー

絵とか動きは良いんだけど……
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月1日

まさか……君の名は。を余裕で下回る
作品が存在したなんて……!
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月1日

こ、これは……アカン!

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

TVとか、映画とか、CMとかは
厳密に尺の長さ(時間の事ね)が
決まってて、アニメとかだと1秒間に
動かせるセルの枚数とかに制限がある。

これは厳密に言うとセルを記録する
媒体によって異なる。フルCGなら
レンダリング時間との妥協は調整要
だけど、基本自由。
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

日本特有の「チームメンバーが言うこと
効かない、個人の私情を職場に
持ち込んで、チームワークを乱す」
が原因ならアニメ会社辞めて個人制作
すればいい。2Dに拘らなきゃ、音作る
奴含めて最低2〜3人居ればそれなりに
観れるもんなら作れる。
尺は自分で決めれるしね。

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

まず、ストーリー(つまりシナリオの事)
には二つのタイプがある。

一つはアークプロット。これは所謂
「王道」って奴で万人受けするタイプで
あまり斬新な事はやらない。
ハリウッド型の商用作品が代表。

二つ目はミニプロットって奴で芸術志向
の型破りタイプ。ミニシアター系に多いね。
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

で、「聲の形」はどちらかというと
アークプロット式で作るべきだったと
思うし、実際、芸術要素を狙って
変わった撮り方を狙ってる様にも
見えなかった。(変わった撮り方って
のは具体例で言うとメメントみたいな
映画の事ね)
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

アークプロット式となると脚本の
分割の仕方(劇場用標準の120分と仮定)
は大きく二つあって、メジャーな
アリストテレス型三幕構成か、
南カリフォルニア大式8シーケンス式が
ある。
1件の返信 1件のリツイート 4 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

一番簡単なのはアリストテレス式三幕
構成だから、「聲の形」もこの方式が
良いと思うが、まぁ、これは不器用
だけど山田監督は無理矢理この形には
力技で持ってった感はある。
1件の返信 1件のリツイート 3 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

で、問題はストーリーの原則と言うのが
あるのだけど、ストーリーって英単語、
和訳すると「物語」なのよ。
つまり「何かを語って」くれないと
いけないわけ。それは作品の「テーマ」
という事にもなるのだけど、
例えば「イジメは良くない」とか
1件の返信 3件のリツイート 5 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

「時が全てを癒す」でも、永塚の
言う「友情は理屈じゃない」でも
なんでも良いんだ。だけど「聲の形」
の問題はこのテーマが沢山あり過ぎる。
ざっと見ただけでも「イジメ反対」、
「時が過去を癒す」、「自殺反対」、
「加害者の贖罪」、「恋愛」、「友情
の修復」……
2件の返信 1件のリツイート 4 いいね

ぐだトマト‏ @pteras14

はっきり言って、120分でこれ全部を
解決するのは無理。しかも無駄にキャラ
が多い。正直、このテーマなら
主人公と女+1名で十分メッセージは
伝わるだろう。



もう一つの問題は前述の「物語」の
定義。
マッキーの定義だと、「主人公の決断
による非可逆的変化」。

つまり、序盤の主人公→決断→変化→
終幕の主人公って図式で表せれる。

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わこ (´∞`)
かあこ
子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側
緑青茶
夏之

13:23 - 2016年10月2日
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子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側 ツイート内
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新しい会話
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

返信先: @pteras14さん

で、「聲の形」の場合、そもそも主人公
が誰なのか分かりにくいという悪さも
あるが、これはまぁ将也=主人公が妥当
だろう。

で、序盤の自殺願望少年→ラストで克服
って「変化」にすればいいわけだが、
何故か物語開始早々、母親がこれを
速攻解決してしまう!
1件の返信 1件のリツイート 4 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

そうするともうここで物語が終わっ
ちゃうわけで、原作者もドジを踏んだ
と気付いたと思う。だから、次のテーマ
を探してしまう。で、出てくるのが
「対人恐怖症」。モブキャラの顔に
罰点マークが付いててラストでコレが
一気に取れて主人公が号泣する事から
1件の返信 1件のリツイート 4 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

これが「メインテーマ」だと言うこと
が分かるのだが、コレも次の永塚の
登場で一発で解決されてしまうw

もう、この時点で主人公の存在意義が
ないわけだが後は、グダグダ展開。

で、主人公は結局何も決断せず、ラスト
の文化祭のシーンで謎の号泣w
1件の返信 1件のリツイート 3 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

もう、訳が分からないw
主人公は何で突然「対人恐怖症」が
治ったのか?
川井が渡した千羽鶴?
いや、ただ単純にベランダから落ちた
時に当たりどころが悪くて人格が
変わったのかもしれないww

まぁ、原作者のみぞ知るってとこかな?
1件の返信 2件のリツイート 6 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

原作者のみぞ知る=観客に何も伝わって
ない=物語として成り立ってない=
ストーリーテラーとして失格

これが結論。

後、細かい所で言うとキャラの不自然
な行動(本物の人間が絶対取らない行動
や反応)もあるけど、まぁストーリーの
欠陥と比べたら枝葉の問題。

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

アニメってのは基本、脚本が良ければ
動きが多少ショボくても観れる物に
仕上がるんだ。これがGANTZ:Oの
例。

面白い漫画が必ず絵がイラストレーター
レベルのクオリティじゃなくても
面白い作品があるのと一緒でね。
0件の返信 3件のリツイート 6 いいね

夏之さんと他2人さんがいいねしました
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

本来、2位の人が優勝すべきだったん
だよ。2位の人が注目されればディズニ
ーより先に日本はフル3DCGアニメに
移行出来たはずだったんだ。
0件の返信 3件のリツイート 4 いいね

逆喷射サンチーム驫麤6/19誕生日さんと他1人さんがいいねしました
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

本当はねDOGAのコンクールの
あの年の2位と3位がフル3DCGだったん
だよ。新海の野郎は古くさ〜い2Dアニメ
ね。

当時は3DCGアニメが流行ってたん
だよ。あれだとハリウッド行きの
道も開けるし、2Dセルよりずっと
楽で早いからね。人数も減る。
0件の返信 3件のリツイート 3 いいね

政志@詭弁あふれる←さんがいいねしました
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

あれね、トランスフォーマーのチーム
で造り直して欲しいね。

顔の表情の変化は大分成長したけど
他がダメだ。

こうなった原因?新海誠だよ。
0件の返信 2件のリツイート 2 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

大阪編がやっぱ一番面白いね。
後、仏像編。

元ネタは北欧だけど、旧スクウェアの
「ルドラの秘宝」、少年エースの
「ガイバー」同じネタ元だと思われる。

岡のスーツの刃の位置、ガイバーと
一緒だろ?w
0件の返信 2件のリツイート 2 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

CGはショボかったけど、GANTZ:O
面白かったよ。

まぁ、アレは原作が面白かったからね。
終盤の巨人族との闘いは納得いか
なかったけどw

想像付くと思うけど、元ネタは北欧の
ヴァルハラな!

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

いい加減腐った美少女量産アニメ観るの
辞めて、ケビン・コスナーの「パーフェ
クトワールド」を1000回観て勉強しろ。
ちゃんとリバースも含めて観るから
トータル2000回だからな?



ぐだトマト‏ @pteras14 5月4日
後、出版社や書店/印刷所がお金を
再投資するから作家が次の作品作りに
投資出来るって言ってるけどさ、
出版社や書店が本当の「売り上げ」
なんて作家に伝えてるのかね?

適当に15万部刷ったって言ってるだけ
なんじゃねーの?
本当は50万部売れてたりしてw

「食べたパンの枚数を一々数えてるのか?」
ってジョジョのセリフをよく引用する
けどさ、作家はちゃんと「売れた本
の冊数を一々数えてる」の?w

その担当編集とかいうのの又聞き情報
なんじゃねーの?w

だって、自分が出版社の経営者の
立場で考えりゃ分かるじゃん。
100万冊売れてても、作家には10万冊
しか売れなかったよって言っておけば
90万冊分、丸々ピンハネ出来るじゃん?

アニメ業界にだって信じられない搾取
構造があるんだから、出版業界だって
あったって自然だろ?

(ある鍵アカウントを参考。
「大人気! 累計何X万部突破!」だって増やすも減らすも自由自在。
脱税とかマネーロンダリングとかにも以下略
何冊刷ったかなんて証拠隠滅できる。
「丁合機のミスで紙がグシャッたー」
「予備として多めに」
「証拠?ん古紙回収業者に回収されちゃって」
特に「機械の不具合で」が万能。

※ ”丁合い
ちょうあい / gathering;collecting
製本のさい,シート紙や折り丁をページ順に揃え1冊にまとめる作業。手で集める手丁合いと丁合機を使う機械丁合いがある。1冊の中で,折り丁を重複して取ることを「取込み」,ある折り丁が脱落して欠けることを「落丁」,順序を間違えたものを「乱丁」といい,これらを防ぐために総繰りをおこなったりする。 ”
http://www.jfpi.or.jp/webyogo/index.php?term=1475 )

国やえら〜い裁判官がどの作品が
実際どれだけの量売れたか聞くの?w

何処に聞きに行くんだ?w
出版社?書店?印刷所?w

ジョジョ二部の引用で申し訳ないが
「ノーミソ半分腐ってんじゃねーの?」w

流通を「他人」任せにしてる時点で
絶対に中抜きはある。アニメ業界見
てりゃ分かんだろ。

ま、もっともエリート少女漫画家さん
達は安心してて大丈夫だよ!
割れ厨のガキンチョと違って一流大卒の
ドートク&リンリ観の優れたサラリーマン
達が出版社を経営してるからね!
彼等を盲信的に全面信用すべき。な?


違法サイト、出版社の自作自演だったり
してw

在庫過多がどーたらこーたらって
別に違法サイトがあろうとなかろうと
見積もり失敗する事ぐらいあるだろう。

部数削減でリスクヘッジしたんだから
めでたし、めでたしじゃん。

同人誌売った金でレンタル倉庫でも
借りりゃ良いんじゃね?

例の漫画家ノウハウブログにも
漫画の才能のある人は小学生の頃から
息をする様に絵ばかり描いてるから
一般ピーポーは絶対敵わんとか書いて
あったけど、やはり絵だけじゃなくて
「生産管理」も勉強すべきだったの
では?

傾向的に絵を描く職業の人達って
プライドと仲間意識が異様に高くて、
仲間以外の人達のアドバイスを全く
聞かないよね。


まぁ、芸術家にプライドは必要だとは
思うけども。

時間経つと消えるインクあるじゃん?
アレで漫画刷れよ。
やっぱ学校の勉強をしないで絵ばっかり
描いてた奴等は駄目だな。
根本的に頭が弱い。

か、自動車みたいにグレードで
分けて金持ち相手のビジネスモデルに
変えりゃ良いのに。画家みたいにさ。

ネーム: 90万円
ラフ画: 200万円
ペン入れ背景無し: 500万円
ペン入れ背景有り: 2000万円
フルカラー: 4000万円

軽自動車〜フェラーリのイメージ。

多分、パチ屋のドラ息子とか絶対に
買う奴居るから。
1冊売っただけで元取れるだろ。

原稿買い取ったら、後はコピーでも
無料配布でも好きにやってくれと。

要は印税で儲けるスタイルを辞めりゃ
良いんじゃね?って話。

違法サイトでも、ブックオフでも
「必ず1冊は売れる」って事実だけは
確定だから、その「1冊」の価格を
吊り上げりゃ違法コピー&中古問題は
全部解決する。

数売らなくていいんだから、出版社も
広告屋も印刷屋も要らない。
従って〆切もない。

校正とか原稿買い取った金持ちに
やらせりゃいい。金持ちが無料公開
すれば一般人も問題なく漫画が読める
わけだし皆んなwin-winじゃん。

出版社とか印刷所、本屋は堪らんかも
しれないけどw

そのためには漫画家の組合みたいなのを
今ある奴とは別に作って、出版社を
締め出す構造を作らないと成立しない
ね。

要は現在流通を仕切ってる連中の手に
原稿が渡らない様にすれば、4000万円
でも漫画家から直接買うしか方法が
なくなる。

アニメ問題も一緒で原画と動画と
背景の素材だけ金持ちに高額で
買い取らせりゃいい。

で、「制作/撮影」の方は追加サービス
にして、追加料金を払えばマスター
作りますよって形式にしときゃいい。

そのためにはもう分業制は辞めて、
監督が原画〜音素材まで全部自分で
作りいい。

マスター買い取った後、そのアニメを
TVに流すか、ネットで配信するかは
その金持ちにやらせりゃいい


ただ、漫画もアニメもそれやったら
連中は全部海外発注するだろうねw

それだけが危険だから、ギャージンも
巻き込まなきゃあんま意味ないだろうね。


ただ、全部海外発注になれば、
ギャージン市場価格まで上がるだろ?


理想はディズニーとかのレベルまで
上がりゃ御の字なんだけどね。

韓国と中国がネックだな。この二国が
価格を吊り上げてくれれば一発解決
なんだが……

アニメは微妙だけど、日本人好みの
漫画描けるのはアメコミやBDじゃ
モラルとかコンプライアンスの
問題で無理だから競合しないとこが
いいね。

唯一の問題はまた韓国だけど、ただ
漫画に関しては韓国漫画の絵柄は
ちょっと日本人の好みからはズレてる
印象。

連中が日本人の好みに似せてきたら
ヤバイかもしないけども。

だって同人誌とか商業誌より高くて
分量が少なくても買う奴がいるわけ
じゃん?

フェラーリ級の値段でも欲しくて金
持ってる奴が一人もいないってのは
考えにくい。

一番売れるのは軽自動車級だろうね。
ネームだけだけどw
ラフ画でヴィッツ〜カローラ級なら
妥当なとこでしょ。

紙にすると刷らなきゃいけないから、
軽自動車級とカローラ級はデータ売り
にすりゃ良いんじゃね?

この二つはまぁ、宣伝代わりだね。
本命は500万以上のベンツ〜レクサス
級の生原稿。

4000万級の奴でもヨットみたいに
複数人で買うって客も出てくるかも
しれないしね。

漫画もアニメも「大衆芸術」ってのが
そもそもいけなかった。大量に配布して
安く売るってビジネスモデルだから。
ターゲットは貧乏人だから当然無料で
観たり、読んだりしたがる客層を
狙ってるから問題になる。

最初っから金持ちを狙い撃ちにする
ビジネスモデルだったら何の問題もない。


金持ちだったら最初から金出して
買っちゃうから違法サイトや中古屋
なんかにそもそも行かないだろう。

ま、金持ちが無料公開しない!って
言っちゃえば、貧乏人は漫画もアニメも
観る事も読む事も出来なくなっちゃう
訳だけど。

でも、いいじゃん。君達エリート漫画家
やエリート アニメーターの理想とする
職業像は「貧乏人に娯楽を提供する事」
じゃなくて、「絵を描いてお金儲け
する事」なんでしょ?

全然いいじゃん。理想が叶って。
君達の本来あるべき姿になれるんだから
是非、そうするべきだ。

だから前から言ってるじゃん。
君達が好きなのは「漫画/アニメを
作る事」じゃなくて「漫画/アニメを
利用してお金をゲットする事」だって。

「お金は正義」なんだろ?
子供達にもお金が一番大事だという
現実を伝えるお話を作るのが目的なん
だろう?

何を迷ってる?


「良心」なんて捨てちまえよ。
換金出来ないんだからさ。

お金が絶対的価値観なんだから、
君達は芸術家の真似事なんか辞めて、
素直にお金に身も心も捧げるのが
絶対的に正しい姿なんだ。


子供の頃は、子供達に夢を与える
漫画家になりたかったんだ。

でも、今は貧乏人のヒモ親父を竹刀
で引っ叩く大人になっちまったんだ。

エリート漫画家さんが本当にやるべき
なのは違法サイトやブックオフを
潰す事じゃなくて、出版社の原稿買取り
価格を吊り上げる事だ。

だって、あれが必ず売れる一冊じゃん?
あれが10000円/ページが10倍の十万円
になるだけでも相当助かるだろ。


その値段で買ってくれなきゃ、
売らなけりゃいいんだよ。仲間内で
示し合わせてね。そうすりゃその値段で
買うか、何か別の商売始めるかの二択
しかなくなるだろ。

老舗の料亭とか鮨屋は皆んなそうやっ
てる。おフランスのロマネ・コンティ
のボッタクリ ワイン屋もね。


あんな葡萄酒一本が50万〜100万も
するわけないじゃん。常識から考えて。



あなたロマネ・コンティの畑見た事
あります? 石垣で囲ってある小ちゃな
畑の小面積だけがそれ用の葡萄。
石垣から1mmでも外に出るとガクッと
値段が下がるんですよ、アレ。

後、知らんかもしれんけど、ロマネ・
コンティってバラ売りしないんだぜ?
必ずダース売りでその内の一本だけが
ロマネ・コンティなの!
残りの11本は全部クズワイン。

勿論、全部同じシャトーで作ってる
ワインだよ〜ん。

すんごい小さい畑ですよ。うわ!
ショボ!ってビックリするぐらい。
あれの石垣で囲った範囲から1mm
ズレただけで値段が大幅に変わる
理屈は残念ですが、私には理解出来
ません。私も葡萄を栽培してるので
騙せません。

Oui, mais il faudrat bien commencer
quelque part, un jour.
(Yes, but we must start somewhere, one day.

はい、しかし、いつか、どこかで起動しfaudrat。
グーグル翻訳比較)

法律系の中で憲法が一番実生活で
役に立たないから、モチベーション
が湧かないのよね。民法とか刑法、
商法の方が好き。
一番役に立つ訴訟法関係が出題科目
から外れてるって凄い意地悪だと思う。

(作者の手元にコピーをいくつも持っておく。紙媒体と電子媒体で。
超売れっ子作家が出版社と全部契約切ってからやったらいいのに。
一話完結100万円とか。
続き物第一話で何話までやるか不明ならいくらになるのやら。
オークションで売るのはどうか)


完全に守られるわけじゃないけど法律は学べば武器になるよ。
でも忘れてはいけないのは、法の執行の強制力は背後に暴力があるから有効だってことだよ。
警官がなぜ武器を持っているのかわかる?
暴力をお行儀よくすると武力と呼ばれる。
隠●撮●と録●をすぐにできるようにしておくのが非常に有効。
見ただけじゃ他のものにしか見えないのもあるよ。













マッキーおすすめ
『アリストテレース 詩学/ホラーティウス 詩論』 松本仁助・岡道男訳 岩波文庫



”榎本憲男 ‏@chimumu 2015年5月10日
アリストテレスの『詩学』読了した。キモは「認知」と「逆転」、これが大事だと力説しているんだが、オレ流に意訳して、
「認知」は「え、まじ!?」 
「逆転」は「ギョエー、そういうことだったの!?」
と理解する。
その上で、『オイディプス王』を読むとわかりやすい。(と思うんだけど)

青木陽 AOKI Yoh ‏@Yoh_AOKI 2015年1月19日
お話には出来事の予告や遅延があった方が良い、その方が逆転も認知もより効果的になる。詩学には書かれてない、自分用memo.

かざみさとる ‏@kazami7 2013年11月3日
「詩学」読書中。筋は統一されなければならない。全体の筋に関連性のない出来事は除外し、不可欠な統一ある出来事を中心として筋を組み立てねばならない。ホメロスがそうしたように。悲劇が最も人心を動かすのは、(予期に反する)逆転と、(重要事実の)認知であり、同時に生じるのが最上である。

えかきのルロアさん ‏@ruroa2 2013年2月7日
アリストテレスの『詩学』に書いてある「認知と逆転」というテクニックを最も忠実かつ誇張的に採用した物語ジャンルのひとつがわが国の「少女マンガ」です。たとえば最近アニメ化されもした『ちはやふる』 とか『好きっていいなよ』なんて、「認知と逆転」ですべてのエピソードをつくってるわよ。


「詩学」は原則本
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2009/03/post-c04f.html
”わたしたちヒトは、「再現」を好むのだという。この概念はミーメーシスといい、模倣とも再生とも翻訳される。現実そのものを見るのは不快で、その現実を模倣したもの――演劇だったり彫刻、絵画だったりする――を見るのを喜ぶのだという。彫刻や舞台を用いることで、これは「あの現実を模倣したのだ」とあれこれ考えたり語り合うことに、快楽をおぼえるのだ。
(…)
悲劇とは、一定の大きさをそなえ完結した高貴な行為の再現(ミーメーシス)であり、快い効果をあたえる言葉を使用し、しかも作品の部分部分によってそれぞれの媒体を別々に用い、叙述によってではなく、行為する人物たちによっておこなわれ、あわれみとおそれを通じて、そのような感情の浄化(カタルシス)を達成するものである。

 実践に使えるポイントは、二つ。この実践は、いわゆる劇作に限らず、小説や映画などにも効く。

 一つめのポイントは、「おそれとあわれみ」。この感情を受け手に与えると、その作品は成功したといえる。もちろんこれに限らず、すぐれた作品には、恐怖、怒り、憎しみ、嫉妬、喜楽、哀切など、さまざまな感情が渦巻いている。そして、登場人物が抱く激しい怒りや恐怖が、受け手に伝染することがある。

 しかし、それらはアリストテレスに言わせると、「劇中の人物がこれらの感情のゆえに誤った判断をして破滅する、または危機に陥ることを示すため」なのだという。作中の因果の輪の一部をなしたり、トリガーとして「強い感情」が働いているのだという。そして、「おそれとあわれみ」こそが、すぐれた作品にとって必須の条件となる。

 「おそれとあわれみ」を引き起こすためには、「不幸」の要素が必要となる。「幸福→不幸」もしくは「不幸→幸福」となるかはそれぞれだが、多かれ少なかれ不幸の要素がある。観客は自分に似た人物が不幸にあうのを見て、自分もまた同じ不幸にあうのではないかとおそれ、あるいはその人物が不幸に値しないにもかかわらず不幸に陥るとき、あわれみをおぼえるのだという。この感情を引き起こすことが、悲劇の目的なんだとまで言う。

 さらに、この感情を引き起こす効果的な方法まで伝えている。アリストテレスはまず、視覚効果の限界を指摘する。見た目を弄って「怖そうな仮面」や「痛々しい様子」を表現しても効果的ではないという。今風にたとえるなら、びっくり箱的な仕掛けや、どばーん血まみれの映画や小説は、怖いといってもすぐ慣れてしまうようなものか。

 では、どうすれば最も効果的におそれとあわれみを引き起こすだろうか。それは、予期に反して、しかも因果関係によって起こる場合だそうな。予想を裏切るような(でもその中でのリクツは合っている)出来事を見せられると、そこに「驚き」が生じるから。

 ここで、あるフィクションを思い出す。奇妙な死亡事故を調べているうちに、あるビデオを見てしまう男の話。実はそれは「呪いのビデオ」だったというやつ。このフィクション、わたしと友人との間で評価が真っ二つに割れているが、ようやくその理由が分かった。

 カギは、「呪いのビデオ」を信じるかどうかにかかる。少なくとも「ありそうだ」と思えるなら、「おそれとあわれみ」を驚きとともに効果的に味わうことになる。「見た人は一週間で死ぬ」という事実は、見ちゃった後に知らされるからね。そりゃ怖いし、かわいそうだよ。

 その反面、信じられないのであれば、本を投げたくなる。じっさいその友人は「カネ返せ!」と言ってた。「キリストの血統は実は続いてました、それはオマエだ!」なんて奴や、「平凡な少年が実は伝説の魔法使いだった」奴などが、これにあてはまる。自分を重ねられるキャラクターがピンチになったあと、そいつを覆す。危機も逆転も、そのキャラだから起こりうるもの(ビデオ、血統)であれば、より効果的に受け手の感情を引き出せるのだ。

 二つめのポイントは、「カタルシス」。これは注釈のほうが分かりやすい。訳者は二つの説を取り上げていた。ひとつは瀉出説、もうひとつは倫理的浄化(教化)説なんだが、瀉出説のほうがしっくりきた。昔の治療の一手段、瀉血からきているんだろう。

 これは、医療における有害物質の瀉出(除去)
にもとづく解釈だそうな。悲劇はあわれみとおそれの感情を引き起こすが、それは結局、これらの感情を高めたうえで、この感情から観客を解放するためであるという。熱病患者には熱を加えて熱から解放する治療のような「類似療法」のようなもの。

 さらに、この効果は知的なものにとどまらない。なぜなら、まさにこの知的な働きによって、肉体も変化するからだという。つまり、肉体はアドレナリンを分泌し、心臓がバクバクし、手に汗をにぎり、目には涙があふれる。泣きゲーで涙を流したり一本抜いたりすると、スッキリするのはこういうこと――戯言兎角、一種の呼び水となっているのだろう、感情の水位を高め、あふれ出すための。

 エッセンスをまとめるとこうなる――観客が感情移入できるような、普通の人がピンチになるが、どうしてそうなったか、最初は分からない。その原因を探っていくうちに、その人は何かの因縁を持っていることが認知される(キャラと観客の両方に)。因縁は劇の外側にしつらえてあり、作中ではその結果や影響しか見えない。適切な不幸とそれに見合った解決で受け手をハラハラドキドキさせ、なおかつドンデン返しする。ただし、「いかにもありそう」な因果でなければならない。で、ラストにホロリと泣かせれば上出来。

 ベストのフレームはこんな感じで、あとはバリエーションの問題となる。そうそう、アリストテレスに言わせると、「みんなが知っているお話」を下地にするのはいいけれど、変えちゃダメだそうな。共有されていつ、大きな物語があるなら、それをベースとする。観客は舞台の「再現」を見ると共に、自分の記憶のなかでも「再現」させるんだ。この二重の再現こそが快の元なのだろう。「あ、知ってる知ってる!」という奴やね。

 ベースとなる神話があるなら、その登場人物は死ぬべきときに死に、戦うべきときに戦う。その構造はそのままにしたうえで、観客に「あわれみとおそれ」を呼び起こすような出来事を、予期に反して、しかも納得できる因果関係でもって引き起こすのがベスト。


 たとえば、いわゆる「時代物」が良例だろう。歴史にIFはないけれど、史実はそのままで、「実はあんな陰謀があったんだ…表沙汰にはならなかったけど」なんて話がぴったりや。「儂の死を三年隠すのじゃ」とか、「自衛隊が戦国時代にタイムスリップしちゃいました」なんてそう。史実を変えずに、どう着地させるかが見所やね。それにひきかえ、「自衛隊が第二次世界大戦にタイムスリップしちゃいました」の方は、偽史展開(パラレルワールド)なので、アリストテレスによると二流扱いとなる。”

アリストテレス『詩学』ノート
http://technoscenario.web.fc2.com/shigaku/_body.html
”逆転

:例
『オイディプス王』
まさに意図と反対のことを行う。
『リュンケウス』
リュンケウスは死刑を執行されるために引き立てられ、ダナオスは死刑を執行するために付き添っていたが、それまでの行為の結果、ダナオスは殺され、リュンケウスは救われる。
認知


印による認知

技法として劣っているが、ほかに方法がない場合よく使われる。
生まれつきのもの
生まれてからえたもの
傷あとのように身体についた印

首飾りや、その人の使う小舟など。
オデュッセウスの乳母による認知。豚飼いによる認知。
「足洗い」のくだりにおける認知のように逆転から生じる認知は、よりすぐれている。
作者によってつくられた認知

自分が誰であると自分が明かす場合のように、つまらない。最低でも、印を使うべきである。
記憶による認知

何かを見て気づくことにより認知される場合。例:
ディカイオゲネスの『キュプロス島の人々』
絵を見て思い出し泣く。それで誰であるかが判明する。
「アルキノオスに語られる物語」
歌を聴いて思い出し泣く。それで誰であるかが判明する。
推論による認知

例:
「誰か、わたしに似た人がきている。しかしオレステスのほかにわたしに似た人はいない。だからオレステスが来ている」。
「姉も生け贄にされたのだから、自分もまた生け贄にされることになるのだ」
「息子を探しに来たのに、自分が死んでいくとは」
「ここで死ぬのがわたしたちの運命なのだ。わたしたちが捨てられたのもここだから」

観客の誤った推論を利用する複合的な認知
AであればBである、すなわち
A→B
である場合、観客は
B→A
でもあると考えてしまいがちである。だから、Aの真否にかかわらずBだけを示しても、Aであると彼らをだますことができる。
出来事そのものから起こる認知
手紙を届けたい、と望みそうな人物を類推して認知する例。


苦難

人物が破滅したり苦痛を受けたりする行為のことで、例えば、目の当たりに見る死、はげしい苦痛、負傷、そのほかこれに類したことがそれにあたる。
(…)
作者がなすべきことはあわれみとおそれから生じる喜びを再現によって作り出すことであるから、このあわれみとおそれを引き起こすものを出来事の中に組み込む形で詩作しなければならない。
では出来事のうちで、どのような出来事がおそろしいもの、あるいはあわれみを誘うものに見えるか。この種の行為が為されるのは、

互いに親しい人たち
互いに敵対している人たち
親しくもなく敵同士でもない人たち

のいずれかの間である。2.と3.については、あわれみを誘うものは少しもない。であるから、兄弟が兄弟を、息子が父親を、母親が息子を、息子が母親を殺害したり、殺害しようと企てたり、その他これに類することを行ったりする場合こそを、作者は求めるべきである。
行為は次の仕方で為される。行為は実行するかしないかのいずれかであり、また、それと知りながらするか知らずにするかのいずれか
である。

自分がおそろしい何かを企てていると気づいており、行為しない場合
自分がおそろしい何かをすると気づいていながら行為
する場合
エウリピデスがメデイアに自分の子供を殺害させるのがこれにあたる。
おそろしい行為をしているのに気づかず実行し、あとになっておそろしさを認知する場合
『オイディプス王』
何も知らないために何か取り返しのつかないことをしようとし、実行する前に認知する場合

このうちで、1.がもっとも拙劣である。忌まわしいだけで、悲劇的ではない。
もっともすぐれているのは、4.である。たとえば若者を殺害しようとして果たさず、それが息子であると後で認知する場合である。このほか同様に、姉が弟を生け贄にそなえようとする、とか、息子が母親を敵の手に渡そうとする、といった例がある。
悲劇作者は、わずかの家系しか取り上げない。なぜなら、作者たちが上に見たような効果を筋の中に作り出すことを発見したのは、技術でなく、偶然にこれらの家系のなかにそのような筋を見つけたに過ぎないから
である。 ”

悲劇の要素とカタルシス ~アリストテレス『詩学』のメモ~
http://syaosu.blog40.fc2.com/blog-entry-1.html
” 「詩人(作者)の仕事は、すでに起こったことを語ることではなく、起こりうることを、すなわち、ありそうな仕方で、あるいは必然的な仕方で起こる可能性のあることを、語ることである」(第九章)とアリストテレスはいいます。この詩人の目的は歴史家と詩人とのちがいを比べることでよりはっきり理解できます。「歴史家はすでに起こったことを語り、詩人は起こる可能性のあることを語るという点に差異がある。したがって、詩作は歴史にくらべてより哲学的であり、より深い意義をもつものである。というのは、詩作はむしろ普遍的なことを語り、歴史は個別的なことを語るからである」(第九章)。
(…)
 「悲劇が人の心をもっともよく動かす要素は、筋を構成する部分としての逆転(ペリペテイア)と認知(アナグノーリシス)である」とアリストテレスはいいます。逆転とは「行為の方向がこれまでとは正反対の方向へ転じること、すなわち、ある行為がその意図した結果の実現をはばまれ、予期に反して、その正反対の結果を引き起こすこと」(第十一章訳注)です。相手のためを想って行った行為が、かえって相手を苦しめる結果となってしまった、などがこれです。
 次に、認知とは「無知から知への転換――その結果として、それまで幸福であるか不幸であるかがはっきりしていた人々が愛するか憎むかすることになるような転換」のことです(第十一章)。つまり「好きになった女の子が、なんと血の繋がっている実の妹だった」みたいな展開ですね。もっとも優れた認知は、出来事そのものの必然的な推移から、それが逆転とともに生じる場合とされます。つまり「実の妹とも知らずに告白したらOKもらって恋人同士に。やることやった後になって父親から『実はな、お前には妹がいるんだ』と告げられて会ってみたら、なんとあの恋人が血の繋がった妹だと発覚!さらに先の一発で妊娠してしまい……」みたいな展開のことでしょうか。
 逆転と似た概念に「変転(メタパシス)」があります。変転とはひとつの筋の流れのなかで幸福から不幸、あるいは不幸から幸福へ移り変わることです。要するに日常パートにおける自然な感情の変化ということでしょうか。変転は物語の単一的な流れに過ぎませんが、ここに逆転が起こりますと、このひとつの筋の流れが逆流し、筋が複合的になって悲劇に深みが増すのです(ただし、筋が複数ある劇は駄作とされます。つまりふたつの物語が同時並行で語られる劇はアリストテレス的にはダメなのです)。
 逆転も認知も変転も、筋の組み立てから逸脱することは許されません。いずれも筋そのものから必然的に生じるものでなければならないのです。この点、アリストテレスは徹底しています。
 (…)
 「悲劇とは、一定の大きさをそなえ完結した高貴な行為、の再現であり、快い効果をあたえる言葉を使用し、しかも作品の部分部分によってそれぞれの媒体を別々に用い、叙述によってではなく、行為する人物たちによっておこなわれ、あわれみとおそれを通じて、そのような感情の浄化(カタルシス)を達成するものである」とアリストテレスは定義しています(第六章)。おそれとあわれみを引き起こし、それによって観る者にカタルシスをもたらすこと。アリストテレスにとって悲劇の最終目的とはこれです。そのため「もっともすぐれた悲劇の組みたては……おそれとあわれみを引き起こす出来事の再現でなければならない」のです(第十三章)。
では、おそれやあわれみを引き起こす筋とはどのようにあるべきなのでしょうか。アリストテレスによれば、

(1)よい人が幸福から不幸に転じることが示されてはならない。
(2)悪人が不幸から幸福になることが示されてはならない。
(3)しかしながら、まったくの悪人が幸福から不幸に転じることを示してはならない。
(4)よって、これらの中間にある人がなんらかの「あやまち」(ハマルティアー)によって、大きな名声や幸福を享受しているにもかかわらず不幸に陥ることを示さなければならない。

 つまり、観る者におそれとあわれみを喚起させるのは、不幸に陥るのにふさわしくない者(アナクシオス)が大きなあやまちを侵したことで幸福から不幸に転じていくような筋
なのです。
 ここでいう「あやまち」とは、その人物の卑劣さや邪悪さによって起こされた倫理的に重大な罪ではなく、数ある選択肢のなかからかれが選んだ知的判断や決断のことをいいます。つまり善悪の問題ではなく、その人物がある運命的な分岐にさしかかった際に選んだひとつの決断が、後に悲劇のきっかけとなってしまった場合、そのときの決断を「あやまち」というのです。
かのオイディプスは、「故郷に近づけば両親を殺すことになる」との神託を受け、自身が故郷と信じるコリントスから旅立ちます。しかしかれの本当の生まれ故郷はテーバイだったのです。そして知らず知らずのうちにテーバイにたどり着き、あの父殺しを犯してしまう。これはオイディプス本人にはどうしようもなかったことですが、何はともあれ、かれは「あやまち」を侵してしまった。『オイディプス王』はギリシア悲劇の傑作のひとつですが、このような筋の展開が観る者におそれとあわれみをもたらすのだ、とアリストテレスはいうのです。
 ところで、先にも述べましたとおり、アリストテレスは筋の組みたては必然的な、ありそうな仕方でなされていなければならないとし、悲劇の筋が「機械仕掛けの神」によって強引に解決することを極力排除するように言います。しかしよくよく考えてみますと、不幸に陥るのにふさわしくない者が不幸に転じる、というのは「必然的(アナンカイオン)」とはいえないような気もします。つまり、観る者に「おそれ」を引き起こすためには、神や運命といった不合理が介在する余地を残しているように思えるのです。ここは『詩学』の研究者の間でもいかに捉えるべきか論争になる部分のようです。私はアリストテレスの研究者ではありませんから何とも言えないのですけれど、アリストテレスは「可能なことがらとは、信じることができることがらである」(第九章)と言っておりますし、その上ならば「不合理なこともときには不合理でないことがある、と答えることもできる。なぜなら、起こりそうもないのに起こるということも、起こりそうなことであるから」(第二十五章)という少々言い訳めいた発言も、要するに「観る者が筋の展開に納得できればそれでよい」とアリストテレスは考えていた、こう解釈できるんじゃないかと思います。
 
10.カタルシスについての考察
(…)
(a)瀉出説
 医療行為における有害物質の除去にもとづく解釈。おそれやあわれみの感情を高めることで、観客をこれらの感情から解放するためとみる。
(b)倫理的浄化説
 瀉出説とは異なり、おそれやあわれみの感情を除去するのではなく、倫理的に高める(浄める)ものとみる。つまり、感情が極端に傾くのを防ぎ、適度な状態に導くことが悲劇の目的となる。
 
 カタルシスは伝統的に大きくこのふたつの捉え方があるそうです。松本/岡さんは、過度の感情が瀉出された後には適度な感情の状態に至るのだから、双方の差異はほとんどなく、よって倫理的浄化が、すなわち感情の均整のとれた境地に至ること、これをカタルシスと解釈しておられます。

 しかし、倫理的浄化をもってカタルシスと見るのは、もちろん研究者でもない私がどうこう言える立場ではないのですけれど、なんといいますか、少しもったいないような気がいたします。カタルシスは医療行為における瀉出とともに、宗教的な浄めの意味でも使われたと言います。私としては、この後者の意味をより重く受け止めたい。つまり、アリストテレスは悲劇に、世界の真実の姿(エイドス)を表現する力を見出していたのでないかと、そう私には思われる。カタルシスとは、そのような世界にさらされた人間がおぼえる「驚き(タウマツエイン)」のことではないか。
 私には、アリストテレスが性格よりも筋を、すなわち個々の人間の主体的行為の要因よりも、それらの行為によって起こった出来事の統合に重点を置いていること、これが重要なように思われる。悲劇においては個々の人間そのものよりも、全体を貫く筋が重要だとアリストテレスは述べていました。それというのも、人間の行為は、たしかに人間なしにはなされませんが、いったん為された行為は、その行為をした当人から離れて出来事として結晶します。ある出来事とそれに関わった行為者との間には、実は深い溝が穿たれているのです。
 (…)
 人間の行為は、行為した本人の統制下から離れて、途方もない悲劇へとその者を導くことがある。このことへの「気付き」、すなわち世界の複雑さに直面しての人間の無力さこそが、悲劇を観る者に「おそれ」や「あわれみ」を引き起こすのではないでしょうか。悲劇は、これを「ありそうな仕方」でまざまざと見せつけます。つまり人間の認識の統合作用そのものが、人間によっては統合されえない世界の臨界地点を示すのです。悲劇を前にしてしまえば、人間はもはや世界を統べる実存的存在として立ってはいられません。人はどうしようもない世界の諸力――もちろん、そこには人間の諸行為によって出来た「流れ」も合流している――を前にして、まさにそれによって己が在ることを知るのです。
 悲劇の筋は「ありそうな仕方(エイコス)」で「必然的に(アナンカイオン)」組み立てられていなければならない、というのもこのことから理解できます。悲劇は出来事を織り合わせた「出来事」であり、観る者にも出来事として体感されなければならない。”

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-118.html
【エロ画像集】黒幕=「意味の範囲が広すぎる曖昧語」とする陰謀論は嘘!         
「イルミナティ・メーソンというユダヤが黒幕」は「支配層は悪魔」と同じく嘘!     
ノーベル賞はエキュメニカル・スウェーデンボルグ賞!(ロスチャイルド賞は嘘)     
~文章技術について私が守っていること①~  

『詩学』簡易用語集
http://tec.jpn.ph/drama/poetics.html
”認知
(発見) ἀναγνώρισις
アナグノーリシス
anagnorisis  そのときまで知らなかった(隠されていた)ことに気付くこと。とくに人間関係に影響を及ぼす(愛するか憎むかするようになる)ようなものについて。正体の露見。ペリペテイアになっている場合が効果的。世間では「発見的再認」の訳語も使われる。

逆転 Περιπέτεια
ペリペテイア
peripeteia  予想されたのと逆の結果が生じること。意外な展開。「ペリペティア」と言うこともある。逆転と変転は似ているが意味が異なる。

変転 μετάβασις
メタバシス
metabasis  主人公が結果として幸福から不幸に、又は不幸から幸福になりそうになること。ただし、悲劇の場合は前者でなければならない(つまり、語り手のために犠牲になりそうになる)。将来の見通しの変化についていう。
 ペリペテイアのない単純な筋にもメタバシスは必ずある。
 私見では、実際の悲劇では、ここでいう不幸は、不幸全般でなく、多くの場合、地位や名声を失うこと、つまり社会的評価の低下に限られるようである(それがその他の不幸を伴うことはあるにしても)。”

Poetics (Aristotle)
https://en.wikipedia.org/wiki/Poetics_(Aristotle)

Peripeteia
https://en.wikipedia.org/wiki/Peripeteia
”Peripeteia /ˌpɛrəpᵻˈtaɪ.ə/ (Greek: περιπέτεια) is a reversal of circumstances, or turning point. The term is primarily used with reference to works of literature. The Anglicized form of peripeteia is peripety.

Aristotle, in his Poetics, defines peripeteia as "a change by which the action veers round to its opposite, subject always to our rule of probability or necessity." According to Aristotle, peripeteia, along with discovery, is the most effective when it comes to drama, particularly in a tragedy. He wrote that "The finest form of Discovery is one attended by Peripeteia, like that which goes with the Discovery in Oedipus...".”

Anagnorisis
https://en.wikipedia.org/wiki/Anagnorisis
”Anagnorisis (/ˌænəɡˈnɒrᵻsᵻs/; Ancient Greek: ἀναγνώρισις) is a moment in a play or other work when a character makes a critical discovery. Anagnorisis originally meant recognition in its Greek context, not only of a person but also of what that person stood for. Anagnorisis was the hero's sudden awareness of a real situation, the realisation of things as they stood, and finally, the hero's insight into a relationship with an often antagonistic character in Aristotelian tragedy.[1]

In his Poetics, as part of his discussion of peripeteia, Aristotle defined anagnorisis as "a change from ignorance to knowledge, producing love or hate between the persons destined by the poet for good or bad fortune" (1452a). It is often discussed along with Aristotle's concept of catharsis.
"Lear and Cordelia" by Ford Madox Brown: Lear, driven out by his older daughters and rescued by his youngest, realizes their true characters.

In the Aristotelian definition of tragedy, it was the discovery of one's own identity or true character (e.g. Cordelia, Edgar, Edmund, etc. in Shakespeare's King Lear) or of someone else's identity or true nature (e.g. Lear's children, Gloucester's children) by the tragic hero.

Aristotle was the first writer to discuss the uses of anagnorisis, with peripeteia caused by it. He considered it the mark of a superior tragedy, as when Oedipus killed his father and married his mother in ignorance, and later learned the truth, or when Iphigeneia in Tauris realizes in time that the strangers she is to sacrifice are her brother and his friend, and refrains from sacrificing them. Aristotle considered these complex plots superior to simple plots without anagnorisis or peripeteia, such as when Medea resolves to kill her children, knowing they are her children, and does so.”

マッキーおすすめ『千の顔をもつ英雄』



キャンベルの神話構造
Calling(天命)
Commitment(委託、約束)
Threshold(発端、入口)
Guardians(守り手たち)
Demon(敵、超えるべき壁)
Transformation(不可逆変化)
Complete the task(問題解決)
Return home(居場所へ帰る)

『千の顔をもつ英雄』あのスターウォーズシリーズの原点!
http://hontobijo.jp/review/way_of_life/creative/creative_0514
”第一作目「スターウォーズ エピソード4」のプロットを使って説明します!

ルーカスがどれだけこの本の影響を受けたか丸わかりである。
というよりも…スターウォーズがこの本の内容をなぞって作られただけである。

<出立>
Ⅰ冒険への召命
砂漠の惑星タトゥイーンで暮らす青年ルーク・スカイウォーカー
ある日、アンドロイドのR2-D2とC3-POを拾う

Ⅱ自然を超越した力の手助け
ルークはジェダイマスターのオビワン・ケノービに助けられる

召命拒否
オビワン・ケノービに宇宙へと旅たちフォースを学ぶように言われるが、
ルークは叔父の農園の手伝いがあるため、拒否する


Ⅳ最初の境界を超える
ハン・ソロ船長のミレミアムファルコン号で宇宙へと旅立つ
帝国軍の戦艦に追いかけられるも、無事タトゥイーンを脱出

Ⅴクジラの腹の中
帝国軍の秘密兵器デススターに捕まる。

<イニシエーション 通過儀礼>
Ⅵ試練の道
デススターから脱出せよ

Ⅶ女神との遭遇
レイア姫を救出する

Ⅷ父親との一体化
ベイダーとオビワン・ケノービとの対決が描かれる
(エピソード5,6にはルークと父との葛藤が描かれる)

Ⅸ神格化
反乱軍とともにルークはデススターを破壊する作戦に参加する
デススターの破壊に成功する

Ⅹ帰還
デススターを破壊し、ハン・ソロとともに勲章をもらう

とくに古今東西に語り継がれる物語には父親との葛藤が描かれている部分が面白い。
父親が作りあげた世界を破壊してはじめて真の英雄になれるのだ。
実際、スターウォーズにおいてもルークが父親であるダースベイダーを倒して、旧三部作が完結している。”

「千の顔をもつ英雄」はスゴ本
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2011/05/post-2d8b.html
”要するに、このフレームから別の物語を紡ぎなおすのだ。どんなストーリーフレームが「面白い」ものとして人類の深層レベルで記憶されているのかが列挙されているから、あとは「いま・ここ」の演出方法に沿って飾りなおすだけというお手軽さ。ストーリーテラーとして生計を樹てる人なら、必ずおさえている(もしくはパクっている)一冊やね。それくらい普遍性と恒常性を持っている。

 著者キャンベル曰く、そこには人間行動の意識化されたパターン下にある無意識的な欲望、恐れ、緊張に付与されている象徴を汲み取ることができる。換言すると、神話の恒常的なパターンを分析さえすれば、(時代・地域を超えた)人間性の最深層に秘められた記録を抽出できるというのだ。

 その神話の骨格を図示したもの。
(図を再現+多少改変
+キャンベルの四つの神話の力と私の解釈。

冒頭への召喚
→救いの手①(主人公より今は強い。ヒロイン、師匠、父、神仏)
→冒険の境界①
(境界の越境、兄弟の争い、竜との格闘、四肢解体、磔刑、
誘拐、夜の航海、不思議な旅、鯨の胎内=通過儀礼、イニシエーション)
→テスト(試練)
→救いの手②
(主人公は前より強いので相対的に弱くなる
=主人公との力の差が縮まっている)
→(聖婚、父との一体化、
神格化、
霊薬(エリクシール)=強力なアイテムの掠盗)
→(呪的)逃走(何かを失う)
→冒険の境界②
(帰還、復活、救出、境界での争い)
→霊薬(エリクシール)
→冒頭への召喚へ戻る。

(境界の越境、兄弟の争い、竜との格闘、四肢解体、磔刑、
誘拐、夜の航海、不思議な旅、鯨の胎内)

(帰還、復活、救出、境界での争い)
はそれぞれ対極だが、どちらも冒険の境界線上。
冒険の境界線とは、
上側が、冒険への召喚、救いの手①で、
下側が、テスト(試練)、救いの手②、(聖婚、父との一体化、
神格化、
霊薬(エリクシール)=強力なアイテムの掠盗)、
逃走。
上側の変化は緩め、
下側は激しい変化。
神話の四つの力、
①神秘を畏怖に高める
(無人格神秘から人格神への移行と権威の創造)、

②宇宙のイメージで知の仕組みをまとめる
(知の体系化と世界の説明。特に「死」の説明)、

③社会秩序を支え、共同体の個人を連動させる
(強固な集団の形成)、

④精神的豊かさに背景を与える力
(アイデアの源泉と思考の根拠と方向性の授与)

が宗教に必須な要素そのもの。
神話を共有している限り無宗教はあり得ない。
この世に無宗教者はいない。無知と無自覚ならいる。)



 本書のメインストリームもこの円環構造に沿っている。
それぞれの時代・地域での日常生活の営みのなか、冒険へ召喚される。
桎梏からの脱出、
境界を超越し力の源泉へ潜入し、
賜物を携えてこの世に還ってくる。
そこには神話が語られる時代・地域特有の試練が待ち構えており、賜物を手にした後は(お約束のように)ガーディアンとのチェイスがある(いわば、胎内めぐりやね)。

メドゥーサの首級を持って逃げるペルセウスや、
妻で妹をたずねるため冥界に降りるイザナギ、
太陽神の館をもとめて旅立つナヴァホ族の双生児、
黄金の羊毛を手に入れるべくシュンプレガデスの二枚岩をかいくぐって大海に出るイアソン、
ブッダと菩薩の永遠と時間の同一性……それぞれの伝承で示される英雄像は、差異性よりアナロジーに焦点が合わさっている分、驚くほど似通っている。

 たとえば、英雄の呪的逃走で、何かを残すことで逃走者の身代わりとする逸話で「三枚のお札」に酷似したニュージーランドの民話を聞かされると、どちらかがどちらかに伝播したというよりも、むしろ「英雄の逃走」としてヒトの思考(嗜好?)に刷り込まれていると考えたほうが、より合理的な気がしてくる。キャンベルの言うように、わたしたちは解剖学的に均質なのと同様に、(科学や文明や文化にかかわらず)世界を把握する本質として同等な存在なのかもしれない。

 本書のレジュメは下巻の解説から、もっとお手軽なら松岡正剛氏の「千夜千冊」から辿れる(特に後者はgoogleでいける)。”

704夜『千の顔をもつ英雄』ジョセフ・キャンベル|松岡正剛の千夜千冊
http://1000ya.isis.ne.jp/0704.html
”英雄とは「生誕の再現」がたえずくりかえされる人間であり、
その生命の啓示がカトドス(上り道)と
アノドス(下り道)の交差の上に幾度となく成立する
ような人間のこと、
総じては「自力で達成される服従(自己克服)を完成した人間」のことである。なるほどとおもわせる。
 キャンベルはまた、神の造形はあらゆる民族に共通する「欲求」にもとづいているという原理を提示し、どんな神の造形も解読可能であることを示した。さらには「神話の力」を現代に通じる言葉であらわした。
すなわち、神話には集約すれば4つの力があって、それは、
①存在の神秘を畏怖に高める力(これはルドルフ・オットーが「ヌミノーゼ」とよんだものに等しい)、
宇宙像によって知のしくみをまとめる力、
社会の秩序を支持し、共同体の個人を連動させる力、
④人間の精神的豊かさに背景を与える力、というものである。

 キャンベルの功績はそのくらいにして、本書のテーマである英雄についてであるが、ルーカスが『スター・ウォーズ』に適用した世界の英雄伝説に共通している構造というのは、単純化すると次のような3段階になる。
 (1)「セパレーション」(分離・旅立ち)
→(2)「イニシエーション」(通過儀礼)
→(3)「リターン」(帰還)。


 英雄はまず、
(1)日常世界から危険を冒してまでも、人為の遠く及ばぬ超自然的な領域に出掛けるのである。
ついで(2)その出掛けた領域で超人的な力に遭遇し、あれこれの変転はあるものの、最後は決定的な勝利を収める。
そして(3)英雄はかれに従う者たちに恩恵を授ける力をえて、この不思議な冒険から帰還する。

 だいたいこういうことである。
ブッダもゼウスもプロメテウスもアイネイアスも、
玄奘と孫悟空も桃太郎とイヌとキジとサルも、
そしてモーセも大国主命も、
みんなみんなこの通りの3段階をへて英雄伝説の主人公になった。

ミノタウロスを殺害する英雄テセウス


(1)セパレーション

①「冒険への召命」
=★出立・分離あるいは冒険への使命がもたらされる。
→★あるいは神・老人・特定の声などによる合図がある。

②「召命の辞退」
=★しかし、いったんは召命はなんらかの理由によって辞退もしくは理解できないものとなる。
→★主人公は神から逃走しようとする自身の愚かさを露呈する。

③「超越的な援助」
=★超自然的なるものが思いがけなくも英雄を支援する。
→★与えられた冒険を受け入れた者に思わぬ天佑がもたらされる。
→★このとき援助者は矮小あるいは貧しい老人や老婆の身なりをしていることが多い。またしばしば助言者は意地悪な妖精になっている。

④「最初の越境」
=★こうして英雄は最初の境界をまたぐことになり(バウンド)、そこで境界を守る者との対決を試され、これをなんとか越境する。
→★これは異界への突入、限界の突破、異界の守護者(渡守・橋姫・猿田彦など)の認識をあらわしている。

⑤「闇への航海」
=★英雄はさらに闇あるいは魔の領域に突入し、いったんはまったく別の負荷状態になる。
→★これはしばしば「胎内回帰」とよばれるもので、自己消滅の危機さえ伴う。
→★物語のなかではピノキオのように鯨の中などに呑みこまれることが少なくない。
いわば、夢を見ているのかと見紛うばかりの「英雄流動」の段階なのである。

(2)イニシエーション

①「試練の道」
=★ここからは英雄の試練が次々に続く。
→★玄奘と孫悟空の試練、あるいは日本神話でいえばイザナギや大国主命の試練などをおもえばよいが、
象徴的には主人公が英雄になるべく「転身の門」をくぐるためのプロセスになっている。


「女神との遭遇」
=★英雄はひょんなことから女神あるいはマグナ・マーテルあるいはグレート・マザーと出会い、
その力に包まれ、いきさつによっては聖婚(ヒエロス・ガモス)する。
→★英雄は慈母・一時花嫁・代母などによって“永遠の幼児”としての至福感を初めて体験するわけである。
→★これは主人公のエネルギーの「回復期」にあたるのであろう。

③「誘惑する異性」=★女神による回復をえた英雄は、しばしば誘惑者の快楽を断れない。
しかし、このプロセスで英雄は「最大の真相」つまり「オイディプスの謎」を初めて理解する。
→★神話上のスクリプトの中でも最も難解なところで、基本的には「父殺し・母との姦淫」が潜在しているのだが(第657夜『オイディプス王』参照)、
それ以外にもマグダラのマリアや静御前や吉野太夫のような娼婦・白拍子・遊女との出会い、および悪女からの仕打ちが含まれる。

④「父との一体化」
=★畏怖あるいは脅威の対象としての父が「大いなる父」でもあったことをどのように理解したかというドラマが、ここのテーマになる。
→★『スター・ウォーズ』における隠れた父ダース・ベーダーとの対立と和解を思い浮かべればわかりやすいだろうが、
キャンベルの原型はゼウスにおけるクロノスや、ディオニソスにおけるゼウスなどにあった。
→★ここは別の観点からいえば英雄の「成熟」を暗示する。なぜなら英雄はここで初めてこれまでの試練の意味を悟ることになるからである。

⑤「アナザー・ワールド」
=★英雄は父の真実の姿を知って驚くとともに、自分にとってはアナザー・ワールドである父がつくった国を体験する。
→★この国は、王の国・神の国・ユートピア・アルカディア・老いた国・不老の国・魔王の世界・別世界そのほかの様相を呈する。

→★しかしここでは、父に対するアンビバレンツな神格化もおこっている。そのためこの段階では両性具有のキャラクターがよくあらわれる。
⑥「終局の恩恵」
=★英雄は大団円に到達する。それは不滅・勝利・獲得・謎解きなどの象徴の終焉であり、前に進む物語の終息である。
→★ここで初めて世界模型の全貌があかされることが少なくない。たとえば須弥山、シャンバラ、エルドラドなど。

(3)リターン

①「帰還の拒絶」
=★英雄は故国への帰還の旅立ちをするにあたって、
収穫物(エメラルド板・黄金の羊毛・玉手箱・不老長寿の薬・金銀財宝・眠れる王女など)を持ち帰らなければならないのだが、
その困難を予想して責務履行はいったん拒否される(あるいは持ち帰るほど期待される戦利品がない)。
→★夢から覚めたくないという本音の気分が報酬の重荷に転移したというふうにも解釈できる。

②「呪的逃走」=★押し付けられた戦利品(たとえば王女)から逃げ出したくなり、主宰の王や管理者からの呪いを振り払って逃走する。→★追跡者の手から逃れる逃走神話には、たいていは残し物・変種の物の散布などが絡む。
→★ヘンゼルとグレーテルはお菓子の家に到達したのに、そこが怖くなって逃げるとき、さまざまな呪文と戦わなくてはならなかった。
イザナギは冥界からの逃走にあたっては多様な物を投げ捨てながら走らなければならなかった。

③「外界からの救出」=★英雄の逃走が進むには、ときにそこに外部的な超常力が加わる必要がある。
→★オズの魔法の国やアリスの不思議の国からの帰還には、外力が手をさしのべる。
ダンテが地獄篇の世界を脱出するにも巨人の助力が必要だった。
アマテラスの岩戸からの脱出にも外力が加わっている。

④「帰路の境界」
=★英雄は彼岸から此岸に戻ろうとして、さまざまな境界を逆方向に、
かつ上手にまたいでいかなければならない。
それに失敗すると英雄は因幡の白兎か浦島太郎になってしまう。
→★ここにはリップ・ヴァン・ウィンクルの原型がある。英雄は最後に「時間の旅」の試練を受けたのである。ここにトランジットの問題の本質があらわれる。

⑤「二つの世界の導師」
=★英雄はついに空間と時間の仕切りを越えて帰還に至る。このとき、これまで仮の姿であったすべての化身たちの正体が、輝きあるいは驚きをもって出現してくる。そこに英雄自身が実は神の仮 の姿であったという逆転も含まれる
→★英雄クリシュナは実は宇宙神ヴィシュヌであり、助六は実は曽我の五郎だったのである。

⑥「自由と本性」
=★こうして英雄が故郷に戻ると、そこは まったく新たな王国・原郷・共同体としての活気に満ちてくる。祭りが挙行され、婚姻が進み、財産が配分される。
→★この最後の場面こそ、その後に何度も再現されることになった世界各地の祭りのクライマックスになっていく。


…英雄伝説には以上のような基本の流れと基本の特質があるということを知ってみると、物語の母型というものが、いかに多くの物語・小説・オペラ・映画・劇画・マスメディアによる実話再生法などに頻繁につかわれていたか、そのことに驚くにちがいない。

 キャンベルは人間の根本に宿る物語には、
「眠り(闇)」と「覚醒(光)」の絶えざる循環という母型が、
「実界(此岸・現世)」と「異界(彼岸・浄土)」の境界を告知しつづける母型が、
さらには、「父(隠れた力)」と「子(試される力)」の関係の不確定をめぐる母型が、
「個体(ミクロコスモス・部分・失われたもの・欠けたもの)」と
「宇宙(マクロコスモス・全体・回復したもの・満ちたもの)」との対立と融和と補完をめぐる母型などが、きわめて多様にばらまかれていたことを示したのだ。
 …
 神話というものは、「一」と「多」の間にいかなる危機や裂け目が生じるかという物語なのであるということを――。

 ひるがえって、英雄とは、その「一」と「多」の間に出現する危機と裂け目を克服した者であり、その境界がどこにあるかということを告げるために用意された装置だったのだ。
 しかし、そこには必ず犠牲が伴い、予期せぬことがおこっていく。もし英雄を待望したいのなら、このことも見落としてはならないことなのだ。そして加えて、思いがけない者こそが味方であって、見かけぬところが境界の秘密なのであり、中心こそが静寂なのであることを知ったほうがいい。
われわれが今日、そのような「思いがけない味方」や「静寂な中心」をアメリカにもヨーロッパにも日本にも見いだせなくなっているのは、われわれに極端に神話の力を理解する力がなくなっているせいでもあるだろう。
 ところでキャンベルは本書の第2部で、このような英雄伝説がもたらす神話作用の本質をさらに凝縮してみせているのだが、とくに最後に、英雄がときに「世捨て人」や「苦行者」の姿をとること、および英雄伝説が「死と離別」をたいせつにしつづけていることを指摘するのを忘れなかった。”


Orson Scott Card 『How to Write Science Fiction & Fantasy』

https://www.amazon.co.jp/gp/product/158297103X?ie=UTF8
”Learn to write science fiction and fantasy from a master

You've always dreamed of writing science fiction and fantasy tales that pull readers into extraordinary new worlds and fantastic conflicts. Best-selling author Orson Scott Card shows you how it's done, distilling years of writing experience and publishing success into concise, no-nonsense advice. You'll learn how to:

utilize story elements that define the science fiction and fantasy genres
build, populate, and dramatize a credible, inviting world your readers will want to explore
develop the "rules" of time, space and magic that affect your world and its inhabitants
construct a compelling story by developing ideas, characters, and events that keep readers turning pages
find the markets for speculative fiction, reach them, and get published
submit queries, write cover letters, find an agent, and live the life of a writer

The boundaries of your imagination are infinite. Explore them with Orson Scott Card and create fiction that casts a spell over agents, publishers, and readers from every world.

著者について

Orson Scott Card is one of the biggest names in science fiction and fantasy. He won both the Hugo and Nebula science fiction awards for best novel for two consecutive years - something no other writer has done. In addition, he was the first writer to ever win a Nebula and a Hugo for both a book and its sequel. ”



・p.47必ず魔法のルールは非常に明白にすること。
①魔法でなんでもできると読者に思わせてはいけない
②注意深くルールを考案するほど、
魔法の制約を知ることができ、
より話の可能性が広がる。


(魔法は何でもありにしてはいけない。
制約のかけ方で作者の実力がわかる。
『新世界より』の設定が上手い。)


これは名著!オースン・スコット・カードのハウツー本

”オースン・スコット・カード、いわずと知れたSF界の巨匠。
知らない人はいないと思うけど、知らない人のために説明すると
”エンダーのゲーム”の著者。

この人の本に影響を受けたクリエイターは数多い。
マブラヴの作者の吉宗氏もそうだし、

「”SF界の宮部みゆき”とかいう失礼な形容詞まで存在する」

宮部みゆきなんか足下ににも及ばないくらいの大物だよ。全く。
それでも分からないという人のために分かり易く例えると

「鎌池和馬なんか跡形もなく消し飛ぶぐらいの大物」

さて、日本ではカードの小説の方は和訳されているが
残念ながら小説ハウツー本の方は和訳がない。

"How to write Science Fiction & Fantasy"、
この本、実は100ページちょっとしかない
小冊子。

「至高の名著」

アメリカのハウツー本ばかり紹介してきているが、
実はフェイド大帝、日本のハウツー本も大体は読んできた。

なので、大体皆似た様なことを書くのでこれ以上新しい発見は
ないかなと思っていたのだが......
カードの本の内容には本当にビックリ。

「SF界の巨匠はハウツー本を書かせても巨匠だった」

ただ、基本的にコレ、カード自身の経験則を元に書かれているため
学術的な理論ではない。
だから、ハリウッドの脚本ハウツー本やロバート・マッキーみたいな
固い本を想像されていると肩すかしを食らうかもしれない。
だけど、その分非常に分かり易く書かれているし、英語も
難しくない。流石、小説家なだけあってきちんと伝わる事を
ちゃんと念頭において書いている。

和訳がないので、要点だけ書いてみたいと思います。

 SFとファンタジー全般の説明:

 業界史だとかをザックリ説明。
 一番役に立つのが、SFでよく出て来る宇宙航行技術だとか
 ファンタジー小説の魔法の仕組みの一覧表。

 「SFではワープ技術を使ってはいけない!」

 え!?なんで?って思われる方もいるかもしれないが、実は
 ワープ技術って”スタートレック”の商標登録技術らしい。
 宇宙航行技術の設定の作り込みってのはSF作家がかなり力を
 割く部分らしくて、”ワープ”というのは”私には科学技術の知識が一切ありません”
 と同義らしい。

 また、過去の作品を一通り読通す事も薦めている。
 過去の作品に精通すれば、大体どんな科学技術が
 既に使われているか見通しがつくかららしい。
 (そこから新しい技術を新たに発想していく)

 世界観/設定の構築:

  実例で示している。街のマップを作ってから
  設定を作り込んでいく方法を紹介。
  作例ではファンタジー物を扱っている。
  この段階ではストーリーまでは考えない。
  あくまで設定厨がやるような方法で
  舞台を作り込んでいく。

 ストーリー: 

 ここでカードは独自のMICE理論なる物を提唱。
 MICEというのは、

 Milieu, Idea, Character, Eventの頭文字を取って
 作られた造語だ。
 これは小説におけるストーリーのタイプの大まかな
 分類方法。

 Milieu: フランス語で”場所”という意味だが
     どっか行って帰って来る冒険もの全般を
     指している。
     ”ガリバー旅行記”や”オズの魔法使い”。
     日本で言うと大長編ドラえもんとかが
     このタイプ。

 Idea: この場合のアイデアというのは
    ”情報”のこと。
    いわゆる”謎解き”というやつ。
    探偵物だとかミステリーを指す。

 Character:キャラの成長物語みたいなやつ。
       萌えキャラが騒ぐだけの小説は
       違う。
       古典でいうとディケンズの伝記小説
       とかがそうか?

 Event:世界の不秩序に秩序をもたらす物語。
    ”ロード・オブ・ザ・リング”、
    ”インディー・ジョーンズ”等。

カードの理論だと大体の小説がこの4つのうちの
どれかに当てはまるという。
なぜ、こういった分類をするのかというと、
ストーリーを作る際に重視しないといけないのが

「どこで始めて、どこで終わらせるか」

らしい。

で、分類が分かるとこの「始まりと終わり」が一目瞭然になる。
例えば探偵物だと、真犯人の正体が分かった時に物語が終わるなど。
冒険ものだと異世界から家に帰ってきた時など。

後、語りの人称については限定3人称をカードは薦めている。
日本のラノベ教則本等で薦めまくっている1人称はやめた方がいいと
言っている。理由は”素人くさい”というのと上記の”アイデア型”との
相性が悪いかららしい。例えば探偵ものだと、探偵の1人称で
語ってしまうと、物語の結末に至る前に犯人が分かってしまうなど
の矛盾がおきる。


後の章は英語の文法と出版するための売り込みだとか
投稿の話。アメリカ市場限定の話なので割愛します。
一つ面白かったのが日本のハヤカワのSFマガジンが
高評価されていたこと。アメリカ人でも翻訳して
どしどし応募すべしと薦めている。


大まかな内容は以上の通り。
薄い本だし、英語も難しくないのでできれば
原著を買って辞書引きながらでも読んで貰えると
嬉しい本かな。

実は、カードのハウツー本はもう一冊ある。
そっちはキャラ作りと人称語りに特化した一冊。

その前にカントとニーチェの道徳本を読みたいので
カードの続編の紹介はもう少し先になりそうです。
(時たま哲学書が読みたくなるのだ)”




アメリカで最も人気のある小説ノウハウ本達
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-480.html
”お待たせしました。というか待たされたのはフェイド大帝ですが。

Amazonからアメリカの小説ノウハウ本が届いたのでリストアップします。
ここに挙げるのはフェイド大帝がアメリカのレビューや掲示板の
一般人のコメント等から解析したアメリカで最も売れている&
人気のあるノウハウ本達です。

小説創作関係:

 ・Characters & Viewpoint (Elements of Fiction Writing)
  Orson Scott Card

 ・How to Write Science Fiction & Fantasy
  Orson Scott Card

  ええ、ご存知だと思いますがSF「エンダーのゲーム」の
  オーソン・カード先生のノウハウ本です。
  ”この人、ノウハウ本なんて書いてるの!?”と思われた
  方、書いちゃうんですよ~ しかも2冊も。
  ちなみにカードの小説は日本のクリエイターも影響受けている
  人が多くて、マブラヴの作者もカード・ファンらしいです。

 ・On Writing: 10th Anniversary Edition: A Memoir of the Craft
  Stephen King

  皆さんご存知、ホラーの大御所のキングの本です。
  一応、和訳があって日本では「小説作法」と呼ばれている
  本です。

 ・Bird by Bird: Some Instructions on Writing and Life
  Anne Lamott

  アメリカノウハウ本の大統領。この本やたらと色々な場所
  で出てきます。ノウハウ本なのに泣ける内容らしくて
  正に”全米が泣いた”級の本らしいです。

 ・Writing the Breakout Novel
  Anne Perry, Donald Maass

  これも意外と色々な所で挙げられていた本。
  実用的らしいです。

 ・The Art of Fiction: Notes on Craft for Young Writers (Vintage)
  John Gardner

  故人ですが、ファンタジー小説家のガードナーさんの本。
  ”On becoming a novelist”という別の著作があって
  そちらの方はロバート・マッキーの参考文献にも
  挙げられています。

しかし、日本で有名なディーン・クーンツの”ベストセラー小説の書き方”
は全然出てこないですね......
以上が小説系のアメリカの鉄板本達です。

映画脚本創作系:


 ・500 Ways to Beat the Hollywood Script Reader: Writing the Screenplay the
  Reader Will Recommend
  Jennifer Lerch

  ハリウッドの”下読み”を攻略するためのノウハウ集です。

 ・Writing Screenplays That Sell, New Twentieth Anniversary Edition:
   The Complete Guide to Turning Story Concepts into Movie and
  Television Deals
  Michael Hauge

  反ロバート・マッキー派おススメの中級者用の本です。

 ・Screenwriting: The Sequence Approach
  Paul Joseph Gulino

  反ロバート・マッキー派の上級者用の本。
  UCSで教える8シーケンス・メソッドという
  脚本法の説明本でもあります。
  このメソッド、日本では全く紹介されてません。

一応、反ロバート・マッキー派の入門者用のおススメ本は
和訳のある”Save the cat!の法則”です。
同じ著者からは続編が更に2冊出てますがこちらは
和訳がないです。

演技関係:

 ・The Power of the Actor
  Ivana Chubbuck
  
  ハル・ベリーとかの指導をした人だったかな?

 ・The Intent to Live: Achieving Your True Potential as an Actor
  Larry Moss

  ミリオンダラー・ベイビーでアカデミー賞取った女の子の
  コーチの本です。
 
実は演技部門の№1は和訳のあるスタニスラフスキーの
著作です。(俳優修行、俳優の仕事、等)
2位と3位が上記の2冊です。
4位以降は和訳のあるウタ・ハーゲンやステラ・アドラー
の本でした。
なぜ、創作文芸で演劇の本を?と思われるかもしれませんが
キャラ作りのために使えると思ったからです。

以上、読み終わったらまた感想書きます。 “

マッキーもとりあげていたスタニスラフスキー

『俳優の仕事 第一部 俳優教育システム』 岩田貴・堀江新二・浦雅春・安達紀子訳、未來社、2008年-2009年
『俳優の仕事 第二部 俳優教育システム』 堀江新二・岩田貴・安達紀子訳
『俳優の仕事 第三部 俳優の役に対する仕事』 堀江新二・岩田貴・安達紀子訳




スタニスラフスキーやっと読み終わった
blog-entry-488.html
”いやぁ〜、大変だった。

600ページぐらいの大著が三冊ぐらいあるもんだから。

スタニスラフスキー知らない人いるのかしらないけど、
これは俳優・演技のバイブルと言われている演技指導法
の本です。

日本で演技というと

「何故かガラスの仮面が良く出てくる」

あのマンガはどちらかというと少女マンガの
グラップラーバキだと思っているのだが......

この”ガラスの仮面”がよくスタニスラフスキー・メソッドを
下敷きにしていると言われている。
いわゆる”なりきり”の技術というやつね。

多分、”ガラスの仮面”を引っ張ってくるやつの
大半はスタニスラフスキーを全巻は読んでないだろう。

というのも”なりきり”理論ってのはスタニスラフスキー・メソッド
の一部であって、これ以外にも色々あるからだ。

これは日本の和訳で第三部が出版されたのが最近だと
いう事情もあるのかもしれない。

スタニスラフスキーの考え方は要約するとカントの
美学に対する考え方を下敷きにしている印象がある。

要は絶対的な”美”は自然からしか生まれないという
考え方。

カントによると人間の思考は大きく分けて
二つある。

 1.論理思考
 2.直感

多分、カント・マニアには色々突っ込まれそうだけど
分かりやすく説明すると上記の二つ。

で、通常、人間が技術を習おうとすると論理的な
方法で理論を習得していくわけなんだけど、
この理論っていうのは人間が物理現象を観察した
結果、ある種の法則を導き出した結果である。

逆に直感っていうのはその名の通り、理論とか
関係なく勝手にアイデアとして湧いて出てくる
もの。

で、スタニスラフスキーはこの直感による
無意識から直接でてくる人間の行動が
ベストの演技だと考えたわけ。

ただ、この直感、自然に湧いて出てくるわけだから
コントロールの仕様がない。
正に偶然の要素が強い。
これだと演技方法としては信頼をおけない。
なんとかしてこれを人工的に呼び起こす様な
方法がないものか......

そこでスタニスラフスキーが気づいたのが、
人間の行う動作というのはどうやら精神と
密接に繋がっているということ。

彼のいう”紋切り型”というのはいわゆるパターン演技の
ことなのだが(いわゆるお約束というやつ)これは
動作が独立しちゃっていて、精神だとか内的動機
との関係が全くない。
この”紋切り型”が演技法の中では最も最悪な物と
定義している。
だから、宮崎駿がジブリアニメで専門の声優を使いたがらない
理由がこれにあるのではないかと思われる。
声優の演技というのはどちらかというと”紋切り型”の
パターン化が見られるからだ。

スタニスラフスキーはまず劇曲をビートに分解して
動作の一覧表を作ることから始める。(スコアと呼んでいる)
この動作には精神的な動機や根拠がくっついているはず
なので、これを呼び水として感情を引きずり出す
事が可能であるというのが彼の大まかな理論。

そのためには各動作がどういう理由で存在しているのか
を合理的、生理的に考えないといけないというわけ。


ここまで理解できるとスタニスラフスキー・メソッドが
”ガラスの仮面”で出てくる様なただ単純な”なりきり法”
とは違って、より深いものだということに気づくだろう。

一応、スタニスラフスキー、全巻読んでおくと
こういった”ガラスの仮面”的にわか演技評論家を
一刀両断できるので(特にネットに多い)
オススメかな?”


スタニスラフスキー
An Actor Prepares
「俳優修業」の分析・研究
http://trainer-labo.com/sta_anactorprepares.htm
”…最初に注意を喚起している点は、俳優初心者はとかく演じたがってしまい、すぐに結果に走り、プロセスを無視してしまうということです。最初の授業での発表のため、コスチャは「オセロー」を選び、夢中になって真似事をし、大成功をもたらすと確信していました。特に、内面には目もくれず、外面の真似ばかりをしていたのです。そんな彼は練習ですぐに行き詰まり、演技の難しさを感じます。また、発表の時の厳粛な空気に萎縮します。スタニスラフスキーは、俳優入門者の立場に立って、得体の知れない演劇の魅力や、演技の深さをサジェストしているのです。

  かくして、コスチャはオセローを演じ終えましたが、無我夢中でなりきって演じたため、自分の内部でどういう事が起こっていたかとたずねられても思い出せません。そこでトルツォフは名優サルヴィニの言葉を引用し、「自分の感情を感じているべきだ」といいます。ここでは、インスピレーションや潜在意識の大切さを伝え、それが「役を生きる(living a role)」ことにつながるといっています。ここで間違えてはいけないのが、「なりきること」が「役を生きること」ではないということです。だからこそ自分の感情を覚えていなかったコスチャを咎めたのです。役と自分の相互関係のなかで、潜在意識を導くのは意識だからです。これが一つめの偽物の演技「なりきること」が「役を生きること」だと勘違いしていることです。
  次に出てくるのが「役の具体化(representing a role)」です。ここで述べていることは、外面の準備ばかりに長けて内面をないがしろにしてはいけないということです。内面のリアリティーの充実を図ることが大切です。
  三番目に出てくるのが「機械的な演技(mechanical acting)」です。 本物の感情から演技をするのではなく、あらかじめ決めた動きや台詞の喋り方、表情を再現するというやり方です。ポールがやった演技ですね。物真似は大事ですが、かなり研究して、生きた再現にならないと芸術にはなりません。本物の感情・経験から生じた演技ではなく、どこかで見た、ありきたりの紋切り型の演技を「ゴム版(stencils)」の演技とトルツォフはいいます。印刷の原板のように、同じ物を繰り返し生み出すだけの悪い演技です。この種の演技に対してスタニスラフスキーは強い警告を与えています。
  次にやり玉にあがったのが、グリーシャのやった演技です。つまり「やりすぎの演技(overacting)」です。これは機械的な演技のなかでも最悪の部類に入ります。オセローを演じたとき、黒人のイメージから、野蛮人のようにふるまっただけだったのです。
  最後に出てくるのは、最も悪かったタイプの演技です。それは、ソーニャがやった「利用(exploitation)」です。自分のかわいい手や足、美しさを見せびらかせただけの演技で、役とは関係なく、自分のアピールのために演劇が利用されてしまったということです。このような行為は、それを求める人たちを引きつけるが、芸術家はこんな虚偽の、創造の芸術とはかけ離れたやり方には、厳しい手段を取らなければならないと戒めています。


 ロシアのオリジナル版では、この章のタイトルは「Action, If, Given Circumstances(行動、もし、与えられた環境)」となっています。スタニスラフスキーを理解している人であれば、即座にこの三つが、密接に関わりのあるものだと気づくでしょう。演技の要素は様々あり、それらが相互に関係しているわけですが、この章では、特にこの三つをテーマとしています。
  冒頭、トルツォフは面白いことをやらせます。生徒に、舞台でただ座っているだけのことをさせるのです。しかし、生徒は意味もなくもじもじしたり、なにかをやらなきゃという気持ちが働いたり、動くと勝手に余計なものになってしまい、何一つ自然にできない。ただ座っていることがこんなにも難しいということを感じるのです。一方、トルツォフがやってみると、それは自然で、見ている方も心の内面を知りたいとまで引きつかれたのです。トルツォフと生徒たちの大きな違いはなんでしょうか?
  「芸術の本質は外面ではなく、精神の中身にある」 と第一項の最後にいっていますが、ここで重要なのは「内的な行動(inner action)」なのです。生徒たちの意識は、外面の動きにしかなく、トルツォフの演技がよかったのは、内面が正当化され、それが身体と結びついて自然な行動に表れていたからです。座っている演技や、動きがない演技でも、このことができていれば強烈に引きつけるものとなるということを教えているのです。
  この内的な行動があるとなしでどれだけの違いが出るか、トルツォフはマニアに対して、かまをかけて試します。ブローチを探すという演技を最初やらせたとき、悲嘆に暮れたり困っているわざとらしい仕草ばかりで、見ている生徒は笑いたくなるほどでした。けれど、ブローチが見つからなかったら退学といわれ、素に戻って探す姿は真剣そのもので、見ている生徒も同じ気持ちになってしまうほどリアルでした。それは素に戻ったとき、行動が内的に正当化され、それに伴って自然な行動や表情が出てきたからです。そしてトルツォフは二度目のブローチ探しを賞賛したのです。
 …
  ここで、スタニスラフスキーは正当化のために、役に立つ考え方を示しています。それが「もし(if)」です。第四項・第五項はこの「もし」についての話です。「Magic If」とも呼ばれるスタニスラフスキーの有名な用語ですが、考え方は簡単です。「もし~だったらどうするだろう?」と仮定してみることです。「~だったら」には色々な当てはめ方がありますが、「もし自分がこの役の状況に置かれていたらどうするだろう?」とか「もしこの役の人物がこのような状況に置かれたらどうするだろう?どうなるだろう?」と、その役の「与えられた環境(given circumstances)」や状況を分析した上で仮定してみるのが一般的です。従って、「もし」がスタートで、「与えられた環境」がそれを膨らませる素材というわけです。この「もし」を使うことによって、よりリアルなものを引き出せるようになります。

Chapter4: Imagination (想像力)


  コスチャは家で想像の練習をしてみますが、眠ったりして失敗します。それを聞いたトルツォフは、①無理矢理イメージしようとするのがいけない。②興味のあるテーマを持っていなかった。③受動的であり能動的でなかったと指摘します。単にイメージすればいいのではなく、なにか内側からくるベクトルがあるべきです。目的や感情があってこそ、イマジネーションが行動やリアリティーを引っ張り出してくれるのです。能動的というのはそういう意味です。
  トルツォフは、想像力を引き出す方法として、「Magic If」を使うよう薦めます。例えば時刻や状況を変えてみて、それを正当化しようとすると、様々なことが見えてきます。行動というのは、時・状況・場所に左右される
ものですから。

 4のところの冒頭の言葉は非常にわかりにくい翻訳になっていますが、ここでは要するに「劇世界の状況にも途切れない流れがあり、その状況の中にいる自分の中にも途切れないビジョンがある」ということで、この内的ビジョン(内的イメージ)は、役を取り巻いている環境を鮮やかに客に伝えたり、俳優の感情や気分を導き出してくれるのです。
  イメージは、視覚・聴覚に関わらず、そこにないのに創り出すことができます。俳優はこの人間の能力をうまく使わなければいけません。しかし、誰もが豊富なイメージを創り出せるというわけではありません。そこでトルツォフが行う、イメージをより喚起させる方法とはなんでしょうか? それは、単純な問いかけをし、論理的に推理しながらディテールを創っていくという知的なアプローチ法です。これを繰り返すことでよりイメージは完全になり、そして何度でも使えるようになるのです。
  そして、その問いかけは、以下の6つのクエスチョンです。
①わたしは誰?
②わたしはどこにいる?
③わたしはいつここにいる?
④わたしはなぜここにきている?
⑤わたしはなにをするためにここにいる?
⑥わたしは今後どうする?
  というものです。そしてこの中でもとりわけ重要なのが⑤の「わたしはなにをするためにここにいる?」で、これはひいてはスタニスラフスキーの有名な用語にある「超目標」 になるのです。
  そして、これらの質問は、能動的な行動や感情を誘発してくれるのです。問いかけてみて想像するという習慣をつけるべきです。


Chapter6: Relaxation of Muscles (筋肉の緩和)

  緊張を完全になくしてしまうことは不可能です。俳優にとって必要なことは、緊張をコントロールして制御できるようにすることです。そのためには、自らの緊張を意識するよう習慣化させ、緊張を緩めるよう努力することが必要だと説いています。
  「コントローラー(ベネデッティ氏の翻訳では「モニター」としており、こちらの訳の方が適切だと思います)」 は、自分自身に対して緊張を監視することもできますし、もちろん他人に対しても観察できます。このモニターを持って、立っているときや歩いているとき、なにかの動作をしているときの緊張の状態を確認する練習をさせています。

  そしてこの章の後半では、自然な姿勢と重心の移動についても触れています。モニターによって身体を意識する習慣がついたら、正当化された自然な姿勢と、無駄のない重心の移動についても意識することができます。

  俳優の内側から自然に、無意識的に出てくるものはリアルな演技につながります。また、緊張の緩和についても俳優の内側から自然に出てくるのが理想的です。

  この章で出てくる「単独動作(isolated act)」は、俳優の身体訓練のヒントを示唆しています。動かす身体の筋肉だけを使い、他はリラックスさせておくというものですが、身体の部分部分への意識を高めると共に、無駄な緊張を排除し、緊張と緩和をコントロールする練習になります。

Chapter7: Units and Objectives(単位と目標)

 一章で、七面鳥を使って非常にわかりやすく、「ユニット(Units)」に分けることの意味を教えています。一つの作品をまとめて捉えようとすると無理があるので、ユニットに分けていくといいということがわかります。ユニットに分けてもまだ大きいようでしたら、更に細かく分けてみるといいでしょう。「単位」というルールや決まりはありません。「units」以外に「bits」という言葉も使われますが、全体の中の小さな断片であるという認識で、その断片は全体があってこそ意味があります。作品へのアプローチの過程で便宜的にユニットに分けますが、最終的には全て融合させて全体になります。ユニットに分けず、全体から入っていくと、様々なディテールにつまずき、混乱し、全体像を見失う恐れも出てきます。
  戯曲のコアを探すと、ディテールに騙されずシンプル化することができます。コアとは、その作品にとって欠くことの出来ないもののことです。つまりは要点を抑えていくということです。そうすれば大きなユニットがわかり、次に中くらいのユニットや小さなユニットにも分割できます。

 これらユニット分けで、絶対に忘れてはいけない大きな目的があります。それは、全てのユニットの核心にある「創造的目標(creative objective)」です。目標と単位は有機的に結びついています。目標は、一貫した流れを持ちますし、単位と同じく大きい目標、小さい目標に分けられます。そして目標は内側からの能動的なものであるべきです。すなわち行動を導き出す感情や意志を伴っていないといけません。

〔目標とは〕
①観客に向けられていてはいけない。
②自分個人から生まれるもの、もしくは自分が思い描くキャラクターが有するものである。
③創造的で、芸術的である。
④リアルで人間的で、芝居がかっていたり生命力をなくしていたりしない。
⑤俳優や観客が信じられる真実のもの。
⑥あなたを引きつけるもの。
⑦明白で、キャラクターと関わるもの。曖昧な適当なものではいけない。
⑧中身があり、意味があるもの。浅くて表面的なものではいけない。
⑨推進力があり、能動的である。

 後半で、経験の少ない生徒に対して、まず身体的な目標に集中するようにさせています。これは、行動と心理は表裏一体ですので、細かい身体的な行動から、どのような心理や意味があるのかを見つけさせようとします。そして、目標を「~したい(I wish)(I want)」ということばに直すようにさせます。名詞ではなく動詞を使うのです。それによって、目標は動的になり、行動を導き出していきます。


  虚構を真実として信頼して捉えるには、正当化(justification)のプロセスが必要になってきます。

  第二章では、真実への意識を強く持つがゆえにオーバーアクションへとなってしまう傾向に警告を唱えています。これは真実どころか逆に虚偽の演技へと変わってしまいます。トルツォフは稽古場でよく「90%カットしなさい」というと記述してありますが、それだけ意識が悪い方に働き、無駄に誇張された演技になりがちだということです。
  有効な対処法として「自分自身をチェックする意識」が大切だと語っています。そこで、生徒たちは互いにどこがおかしくてリアリティーがなかったかを、稽古場でも生活上でもチェックすることにします。そうすると、揚げ足取りの批評にきりきり舞いとなり、余計に動きがとれなくなってしまい、トルツォフにたしなめられます。そして正しき判断、冷静さ、賢明さが芸術家の友だと教えます。そして、細かいあら探しにとらわれるのではなく、他人の良い所を見て真実の感覚を磨きなさいといっています。

 …
 「人間身体の生活(the life of the human body)」と、「人間の魂の創造(creation of the human soul)」が出てきます。ライフ・オブ・ザ・ヒューマン・ボディは、行動の流れは、舞台上での断片的なアクションにとどまらず、その人の人生・生活という全てを含む大きな流れのなかの一部であるということです。そしてそれこそ、その人の魂の根本から創り出されるものであり、それがクリエイション・オブ・ヒューマン・ソウルなのです。
  そこに辿り着くためには、小さな細かいアクションを結びつけていき、大きな有機的な流れにすることも必要ですし、様々な分析やプロセスを経て、キャラクターの魂から表現できるくらいにならないといけないのです。そして新鮮で創造的でなくてはいけないのです。ですからここでいわれていることは、理想的な最終形であり、非常にレベルの高いことなのです。
  この理想形に近付くために、行われている稽古はなにかに注目してください。それは即興(improvisation)です。即興は大いに有効です。そして、どこから始めればいいのかのヒントとして、身体面・行動面からがよいということがわかります。小さな身体的行動は大きな内的意味を持ったりもします。

 9章・10章では、インスピレーションで、役に入った状態になれば身体面・行動面は必要ないのではという疑問が提示されます。たしかにインスピレーションで、内面から感情があふれ出して行った演技は、観る人の感情を揺さぶる素晴らしいものとなりましたが、それを繰り返そうと思うと無理で、一回の奇跡で終わってしまったのです。そうならないためには、やはり身体面・行動面が必要になってくるし、次の章で出てくる「感情の記憶(Emotion Memory)」が必要になってくるのです。

Chapter9: Emotion Memory(情緒的記憶)

 稽古というのは新鮮さとの闘いでもありますが、この章でのコスチャたちの演技は、先を知った演技になってしまい、行動の要因となる感情がなにもリアルではありませんでした。そこで、感情の導き方についてトルツォフから指導を受けます。いつでも自由自在に感情が沸いてきてくれるわけではないので、「与えられた環境」や身体面の計画などを使って、感情を導き出すためのアプローチが必要になるのです。
  「Emotion Memory(感情の記憶)」は、過去の人生経験の記憶と五感の記憶、それから身体の記憶に分けられます(身体の記憶は触覚でもあるので、五感に含めることも出来ます)。また、「俳優修業」の中では、「Emotion Memory(感情の記憶)」と「Sensation Memory(感覚の記憶)」の二種類の言葉が出てきますが、トルツォフも一緒くたになるというように、まとめて感情の記憶と捉えてよいと思います。
  人生経験の記憶は、強く蘇ることもあれば、弱く蘇ることもあり、また元の記憶そのままではなく変化している場合もあります。
  そして、五感の記憶の場合、スタニスラフスキーは特に視覚と聴覚が俳優にとって特に重要であると示しています。五感のうち、味覚と嗅覚と触覚は補助的役割となります。視覚と聴覚は常に使っているといえます。これら五感の記憶を利用することで、演技の上でもリアルな感覚を持つことが出来ますし、また感情の記憶を刺激したりします。

 四章、五章で興味深い点は、感情の記憶が現実の出来事よりも強烈な感覚を導いてくれたり、芸術的な新鮮なインスピレーションを与えてくれるケースがあるということです。トルツォフは時間というフィルターを通すことで記憶が浄化したり、詩的に変わったりすると述べています。偉大な詩人や作家も、大規模な記憶の中から創造しているのです。だからこそスタニスラフスキーは、様々な人生経験の記憶を蓄えておいた方がいいと薦めています。

 スタニスラフスキーに対しての勘違い、また演技に対しての勘違いで、「役に入り込む」「感情に没頭する」ことが理想的だと捉えるのは間違っています。あくまで演技者本人がベースになっているので、スタニスラフスキーは、「舞台では決して自分を失ってはならない。いつでも自分自身を演じなければいけない」と強く念を押しています。ただし、役のための準備をしっかり行うことは大前提です。

…6つの感情を導く刺激を紹介しています。要するに以下のことです。
①「Magic If」・「与えられた環境」
②単位と目標
③注意の対象
④行動・演技に対する信頼
⑤作品の読解・役作り
⑥外的要因

Chapter10: Communion(交感)

 Communion(交感)とCommunication(意思疎通)は、似通っています。コミュニケーションは、言葉・ジェスチャー・表情を使います。これは、俳優でなくても誰でも行っていることです。コミュニオンは、俳優の舞台上でのコミュニケーションや意識で、見えない意思疎通だと考えられます。一章でトルツォフは、「他から吸収したり、自分を他に与えたり」することが舞台上で必要になるといっています。
  スタニスラフスキーは「目は魂の鏡」といっています。空虚な目は、感情や生きた内面も空っぽであることを示すのみです。舞台上の全てのことに対して、見ること、感じることが俳優には必要なのです。
  舞台では台詞がないからといって空っぽな状態であったり、役ではなく俳優個人になっていては絶対にいけません
。常に、交感があるのです。そして交感には感じるエネルギーや発するエネルギーが必要なのです。これがなければ観客も注意して見てくれないのです。観客にエネルギーを与え、また観客からもエネルギーを受け取るという点で、観客との間にも交感するということが成り立ちます。

 交感するのに必要なエネルギー。これを自分自身の中にも見つけることが出来るというのが、ヒンドゥー教のプラナの話でしょう。身体の中心に、エネルギーの源があり、それは感情を放出する力があるようです。魂(spirit)という言葉を比較的よくスタニスラフスキーは使いますが、その中心エネルギーを彼は実感しているようで、それがプラナと通じるのでしょう。

 見せかけの形だけの演技では、相手役との交感もできないし、観客にも伝わりません。この「Communion」の章でも、入念に注意がなされています。これ見よがしの形式(the form of exhibitionism)は、よく使われ、また人気があるというのは認めているものの、決して真の俳優はこの形式に陥ってはいけないと口を酸っぱくしていっています。
  正しく、相手と相互に交換しあうためには、もちろんコミュニケーションのツールである言葉・ジェスチャー・表情を使うのですが、それらは俳優の表現手段として非常に有効にコントロールしなくてはなりません。
言葉だけに頼ったり、ありがちなジェスチャーに頼ったり、嘘くさい表情で表したりではいけないのです。それはヴァイオリニストが愛用のストラディバリを扱うのと同じことなのです。

 スタニスラフスキーは役の準備について、こういうことをいっています。登場の二時間前には来て準備を始めなさいと。そしてまず身体の緊張と固さをほぐし、次になにか対象を選んで様々にイメージを巡らすイメージ・トレーニング、その次に注意の円を自分の小さな範囲の中で作ってみます。自分とその対象物です。最後に目的を一つ決めて、その動機を考え、行動してみます。変化もあっていいです。注意の円は、移り変わったり、大きくなったりしています。
  いわば、楽器のチューニングのように、目的や感情、イマジネーション、集中といった俳優のスキルを軽くテストしてみるのです。特に、熟練されていない俳優にとっては準備は困難ですが、いつでも創造的な内面状態でいられるように計らうのです。経験がないうちは、むらがあったり、演じる毎に新鮮さが失われたりするものです。熟練すれば、舞台上で狂いが生じたときも、演技をしながら問題を把握し修正することもできるのです。
  スタニスラフスキーは名優サルヴィニの言葉を引用しています。「俳優は、舞台で、生き、泣き、笑い、しかもその間中、彼は彼自身の涙や笑いを見ている。この二重機能、役と自らの間のバランスが己の芸術をつくっているのだ」

Chapter15:The Super Objective(超目標)

 スタニスラフスキーの中でも殊更有名なスーパーオブジェクティブ(超目標)。Jean BenedettiはSuper Taskという英訳のほうが良いとしていますが、Super Objectiveという言葉が既に有名になっています。
 作品の中のその役の最も軸となっている大きな目的をスーパーオブジェクティブだと考えるのが一番わかりやすいでしょう。スタニスラフスキー自身の記述によれば、全ての目的を内包する極めて本質的な目的で、あらゆる大きなユニット、小さなユニットを含んでおり、これは作家の創造的な魂でもあることがわかります。
  …
 スーパーオブジェクティブの使い方は、「わたしは~~したい」という言葉で表します。ハムレットであれば「父の復讐を成し遂げたい」でしょう。これはハムレットという作品通じて貫通している軸となる目的です。ただ、面白いことに、このスーパーオブジェクティブであれば、力強いハムレットを想像できますが、「苦悩をなんとかしたい」という言葉で使うと、これも作品通じて軸となりますが、人間の弱さと葛藤が前面に出たハムレットが想像できます。従って、どのような言葉で表すかで、全体的な演技が変わってきます。
  スタニスラフスキーはモリエールの「気で病む男」で「わたしは病気になりたい」としたら、喜劇なのに病的悲劇になっていったと語っています。そこで彼は間違いを認め、「わたしは病気と思われたい」としたら、喜劇性が出て成功したのです。
  この意味では、劇作家の魂やテーマだけでなく、演出家の演出意図とも深く関わるといえます。

 第二項ではスルーアクション(貫通行動)(Through-Action, Through Line of Action)について述べています。スルーアクションは様々な小さな目標で構成された演技の流れであり、この流れはスーパーオブジェクティブの方向を向いています。この流れが、あちこちに向いていたり、スーパーオブジェクティブと全く関係のないものだらけであれば、良くない作品、良くない演技といえるでしょう。
  また、古典作品を現代化させるときの陥りがちな欠点についても語っています。それは「一時性(momentariness)」 で、確かに一時的な現代的要素を付け足しただけの演出作品は、ただ奇をてらうだけで出来の良くないものが多いです。

 作用(action)、反作用(reaction)のくだりは、理解しづらいかもしれません。戯曲というのは、優れた作品ほど大きな葛藤を孕んでいます。ハムレットがいとも簡単に復讐ができれば、ドラマにならないのです。簡単に彼のスーパーオブジェクティブを達成できない、障害や葛藤や反対要素が存在します。また、正義という要素があったとしたら、必ずどこかに悪という要素があるでしょう。ギリシア悲劇やシェイクスピアなど、優れた作品であればあるほど、対極要素があります。

 「システム」の創造過程における三つの重大要素はこれです。
①内的把握(inner grasp)
②行動の貫通線(through action)
③超目標(super objective)

 ここまで語って、「俳優修業」でのシステムの学習はほぼ終わりを告げるのです。

〔まとめとしての参考資料〕

潜在意識の領域へ導くには、
①俳優の内面の準備
②内部の創造的状態の発展・開発
③作品のスーパーオブジェクティブ(超目標)の探求
④行動のライン(貫通線)の探求
  この4つのステップがあります。意識のテクニックによって、潜在意識を刺激するのです。…

 キーワードとして大事なのは、信頼と真実の感覚です。潜在意識の領域は、突然現れたり、突然消えてしまったりします。
  瞬間的に、現実にも起こりうる明確なリアリティーや、本当に起こっているような感覚を感じたりします。ただ、これは役に入りきってしまうことが素晴らしいという意味ではなく、そういう瞬間に得た感覚が非常に有効に働くと捉えるべきでしょう。なので、この場合持続できなくて全く構わないのです。外部の刺激など、なにかの拍子で、このような感覚に陥ることがあればそれをうまく利用しましょう。潜在意識の領域へ近づけてくれます。

 2節で、緊張の緩和のくだりが出てきます。潜在意識の領域へ近付くには、意識と技術の力なくは不可能ですが、真面目に意識しすぎるのもうまくいかないということがわかります。余計な意識を取り除き、自然と、自分自身が存在しているという感覚(「I am (being)」)ができてくると、自分自身の状態など様々なことが見えてきます。
  この「I am (being)」の感覚(俳優修業では「われあり」という訳)のためには、緊張の箇所を見つけて緩めたり、注意の対象を見つけたりといった、これまでの技術をちゃんと利用します。それがインスピレーションとなり、そして、役の人生・生活を生き始めたら、そこは潜在意識の領域です。
 
  潜在意識の領域に辿り着くまでの障害として、曖昧さ・不相応・頑張りすぎを挙げています。 曖昧さは、不明確さや不安から出てきます。不相応は、自分の外見や年齢、性格とあまりに異なる役にチャレンジしようとすると演技自体は紋切り型になりがちです。頑張りすぎというのは、あまりに真面目に考えすぎたり、あまりに努力しすぎたりして息を切らすケースです。

 逆に、障害ではなく、潜在意識の領域へと辿り着かせてくれる助けがスーパー・オブジェクティブ(super-objective)と、行動のライン(through line of action)であると述べています。劇世界では、様々な小さな目標が変化に変化を重ねて生まれてきます。それらはより大きな目標に吸収され、行動のラインに沿って進んでいくのです。
 細部の様々な目標を大きく包み込むようなスーパー・オブジェクティブを考えてみましょう。そうすると、各場面を強める手助けとなります。最終局面であるゴールへと進む力が強くなります。場合によっては、当初考えていた小さな目標が意味をなさなくなり、別の意味が生まれることもあります。潜在意識が自然とスーパー・オブジェクティブにそった意味を生み出します。
  スーパー・オブジェクティブを変えるだけで、全体像に変化が出ることは確かです。”

スタニスラフスキー
Stanislvski's [system]
システムの実践・トレーニング
http://trainer-labo.com/sta_system.htm
”柔軟な身体はとても重要である。固い身体では表現の可能性も狭い。
どうすれば、身体をコントロールすることができるのか?
どうすれば、リラックスできるのか?

①Awareness of Tension
   緊張の問題として厄介なのは、ほとんどの緊張が我々の気づいていないものであるということ。
②The Monitor
  ・The External Monitor……他人の目から緊張の部分を発見
  ・The Internal Monitor……自分自身が緊張の部分を発見
③Balance of the Centre of Gravity
   演技の流れにおいて、体重移動というものは自然に無理なく行われるべきである。
   バランス感覚を維持する上で大切なことは、重心を知ることである。

2.Muscles and Combined Action

①The Right Muscles
   日常の様々な動作の中、どの筋肉がどのように使われているか。
   実際に物を持ったとき、イメージで物を持ったように見せるときの違い。
   同じ筋肉・同じエネルギーが使われているか。


②Combined Action
   他の人たちの動きに合わせ、同調する方法を学ばなければならない。  

3.Intension and Justification + Actions

行動や姿勢は、意図に基づく創造によって正当化されなければならない。
演技には全て理由が存在する。

①Organic Actions
   一日の生活を眺めてみてもわかるように、行動にはある程度流れと法則性がある。
  e.g 朝起きて顔を洗い歯を磨く→着替えて駅へ→電車に乗って職場へ→昼には弁当
      →仕事が終わったあとカラオケへ→晩御飯を食べる→帰宅→風呂→TVを見る
   作品の世界にも当然、Organic Actionsはある。

②Time,Place and Circumstance
   行動は「時」「所」「状況」に左右にされる。

③Psychological Aspects
   行動と感情は表裏一体。心理面で設定を加えることで、行動の持つ意味は遥かに変わる。

・シンプルな行動(ト書きに書かれているのはこのような形である)をそのまま演じたのでは、浅く無味乾燥
  なものになってしまう。脚本の中で、書かれていずとも、時・場所・状 況・目的・性格・癖など複雑な要素
  に目を向けて、このシンプルな行動をより深く意味の あるものにしなくてはならない。
・同じ行動でも、このように全く違う要素が添付され、異なった演技となる。これが脚本のサブテクストの部
  分であり、俳優が役作りの時に重要なプロセスとなる。
・演技は文字に書かれた通りの一直線なものではなく、非常にたくさんの要素が絡み合った広く深いものである。
・演技の可能性を俳優は知らなければならない。
・演技の可能性を開拓する楽しさを実感してほしい。
・あらゆる視点から、劇世界や登場人物を分析することが必要である。また、それらを行うことが演劇の醍
  醐味でもある。

4.Focus and Concentration

舞台上で、演技者の焦点は常に変化をしている。その焦点を意識するだけで演技は遙かに
広がる。自分自身や観客にしか焦点のいっていない演技がいかに低レベルなものか。
焦点を知り、焦点を活用できなければならない。

①Five senses
  視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚
  この五感を意識することで、演技はリアルになる。また、演技者自身がうわべだけでない
  真実の感覚を手にすることができる。
  五感は行動をリアルにするだけでなく、感情もリアルにする。普段の生活・人生経験など
  から五感の記憶を呼び覚ますこともまた重要である。
  →Emotion Memory(感情の記憶)

②Group Focus
  アンサンブルは、自分と全体にフォーカスを合わせる。
  他者との見えないコミュニケーション。

③Multi-level Focus
  洗い物をしながら会話をしたり、同時に全く違うものに焦点をあてなければならないとき
  がある。単調な動き、習慣的な動きならば混乱は少ない。しかし、ドラえもんの絵を描き 
  ながら、最近あったイヤなことを語るというような場合ではその難しさを感じるだろう。
  焦点をあてるものが合い離れていればいるほど、同時にこなすのは難しい。
  心と身体、感情と行動は表裏一体である。逆に言えば、どちらかいっぽうだけの演劇
  (感情を吐き出せばいい、もしくは身体を使って現せばいい)というのは低レベルな
  ものである。

④Circles of Attention
  このCircles of Attention(注意の圏)は、大中小三つのレベルに分けると
  分かりやすい。
小……一番間近のフォーカス。
    自分自身、小道具、目の前のものなど、一番狭いが強いフォーカス。    
中……中間的な位置のフォーカス。
    対話者など自分を取り囲む領域の中のもの。視線を送ればすぐに感知できる。
大……一番遠いフォーカス。
    周囲の景色、遠いところにいる人物、観客など。遠いためにはっきりと把握でき
    ないが、広く全体的に感知できる。

 演技のとき、この三つのレベルの焦点に気をつける。というのも、舞台上では様々な
  フォーカスが交錯し、即座に移り変わる。焦点がひとつに絞られたままでは、演技は
  非常に狭く不自由なものになってしまう。
  特に緊張しているときフォーカスは狭く一定になる。
  大中小、一つのレベルのフォーカスにあるときもあれば、複数同時にフォーカスを当て ているときもある。
  演技者が小のフォーカスで演技をしているとき、観客のフォーカスも一点に集中する。
  演技者が大のフォーカスで演技をしているとき、観客は舞台全体を広くイメージできる。
  この原理を有効に生かし、バランスよくフォーカスを移す。これは演出家にとっても
  考えなければならない大事なことである。

Object of Attention……集中している対象。
  当然だが、集中する(フォーカスを当てる)のには理由がある。その理由は、感情を
  伴う。すなわち、ただ集中すればいいというわけではない。
  集中するとき、その行為が正当化できるか。
  (例えば、ペンを取るという行為もただ取るのではなく、電話番号をメモしたいという
   ように理由があって取る。理由があってこそ、行為は演技となる。)

5.Imagination

想像力は、芸術のの命の源である。当然、演劇においても非常に重要な要素である。
常日頃から、想像力を鍛えるべきだ。それには、感性を磨き視野を広げること。また、
芝居づくりにおいて、どれだけ想像していいのかというのも理解しておくべきだ。

①Before Time
  脚本に書かれていることのみが劇世界ではない。俳優は誰しも脚本に書かれていない
  ことを想像しなければならない。(→Subtext)
  Before Timeは、例えばある登場人物が登場する以前のことを想像したり、脚本
  に書かれている前の部分を埋めるものである。酔って登場するならば、どこで誰と飲ん
  で、どういう気分だったのか。なぜ飲みに行ったのかなどを想像する。

②After Time
  退場した後、なにをするのかなどを考えるのがAfter Time。
  こうして、脚本に書かれていない空白の部分を埋めることでより人物が自分のものに
  なるし、その上演技もリアリティーを増し、広く深いものになる。

③Subtext
  サブテクストは、このように脚本に書かれていない氷山の一角のその下である。サブ
  テクストを開拓することはきわめて重要で必須である。これによって、役作りはより確
  かでオリジナリティーあふれるものになり、演技はリアリティーを増し、劇世界は広がる。
  サブテクストを開拓できるということは、それだけ戯曲が読めるということだが、日本人
  はそのように教えられていないから、不得手である。だから戯曲の読解力がない。

④Inner Monologue
  口に出した言葉が全てではない。日常生活なら、おそらく口に出さない言葉の方が
  多いだろう。登場人物が劇世界に存在し、彼らの生活があるのなら必然とInner
  Monologueはある。台詞の出番を待っていては、その間空白で死んだの演技になる。
  常に役と行動・感情を維持しなければならない。
  (→Through-Action,Through-Emotion)

⑤Mental Images
  映像としてイメージができているか。イメージは行動を広げ感情を呼び起こす。
  頭の中では、登場人物の映画が展開されている。

⑥Magic IF
  Magic IFは、「自分がこの状況に置かれたなら、どうするだろうか?」と、仮定して考えてみること。
  自らの経験を利用する場合もある。その役を演じる不安、そのシーンに身を置けない不安が
  解決できる場合がある。

6.Emotion Memory

自らの経験は、演技に生かされる。劇作家によって書かれた脚本上の人物の体験は、そのまま
では舞台上に生きない。マリオネットではなく、一人の人間として存在するためには、役作りに
おいて自分の経験を利用しなければならない。また、利用することで演技は上っ面のみでは
ない、真実のものになる。

・脳が記憶している経験……五感の記憶。(夏の暑さや、潮の匂い、雪の感触など)
              人生経験の記憶。(失恋体験・憤慨したときの記憶など)
・身体が記憶している経験……物の手触り、走るときの身体の動き、叩かれたときの反応など

記憶させることも練習になる。(→Muscles,Five Senses)
24時間365日、生きている限り俳優修行。

7.Mind and Body

・喜怒哀楽などの精神状態は、表情や仕草となって表面に現れるもの。
   喜怒哀楽とは? 驚きや痛みなどは?
・状況は精神状態に影響を与える。
   例えば、休暇でリラックスしている状況のとき、急に会社から呼び出されたとすると
   その精神状態は完全に変わる。
   登場人物が疲れて登場するシーンがあるとすると、そのBefore Timeに、疲れる
   状況に陥れるなにかがあったということ。こういうとき、疲れた演技をどうすればいい
   のかと考えるよりも状況を想像する方がいい。
   また、一人と二人とでは違う。相手が好きな人嫌いな人とでも変化がある。
   プライベートのときと会社などのオフィシャルなときともまるきり違いが出る。
・外界からの影響によって、過去の記憶を呼び覚ましたりする。
   旅先で懐かしいと感じたことなど
・ムードや精神状態は、行動に影響する。
   照明効果、音響・音楽効果、沈黙、ノイズ、昼と夜、見慣れた景色、外国の景色など 

8.Communication

コミュニケーションとはなんだろうか?
相手がいて成り立つ。相手になにかを伝える。気持ち、情報など。
コミュニケーションの媒体は? 言葉、ジェスチャー、目。

①Verbal Communication
  言葉だけでコミュニケーションをしてみる。
②Gestural Communication
  言葉を使わずジェスチャーだけでコミュニケーションしてみる。
③Mental Communication
  目があったときに、一瞬で伝える意志疎通→Radiation

必要以上に冗舌な説明、陳腐な言い回し、過剰なアクション、きまりきったジェスチャー
は、演劇では嫌われる。これらは排除しなければならない。ただ、稽古としてなら役に
立つケースもある。

9.Tempo-Rhythm

Tempo……速度  Rhythm……調子・律動

テンポとリズムを変化させると、精神状態・行動、さらに状況までもが変化する。
逆に言うと、状況・精神状態、行動にはそれなりのテンポとリズムがある。
さらに脈拍や呼吸にも影響がある。
作品の中でも登場人物それぞれにテンポとリズムがある。

10.Verbal Action

Punctuation
Pauses
Stress    など

各言語それぞれ特徴があるので、システムの中では取り扱わず、別で練習するべき。

11.Characterisation

同じ登場人物でも役者によってそれぞれ役作りは違う。すなわちそれは、役作りの中心に
あるのはその人自身であるから。しかし、自分自身を出発点に役作りを始めゴールまで自
分自身からしか抽出しないのでは、失敗といえる。劇作家の描く登場人物も千差万別、
特徴を生かして、実在感のある人間に創り上げるには工夫がいる。

・大きな枠組み
外面上の特徴……年寄り、肥満の人、酔っぱらった人、背の高い人の特徴は?
職業の特徴……軍人、サラリーマン、バレエダンサー、高校生の特徴は?

その他、場所、状況、服装、仕草、話しぶりなどにどんな違いがあるか?

12.Justification

単に誰かの外面的な特徴をコピーしただけでは、演技とはいえない。人物の特徴、
置かれた状況、全ての行動・振る舞いには理由がある。それらを正当化せよ。

例えば、骨折しているのならどこでどのように骨を折ったのか、そのとき、どのような
反応をしたのか、周囲の人々はどんな反応をしたのか。そうなったのは誰のミスなのか。
今、どういう心境なのか。仕事や生活にはどのような影響が出るか。などを考える。

観察した人物の、限られた特徴からその人物を正当化するのもいい練習である。

13.Total Action

戯曲の根底にあるテーマ、劇世界とドラマの流れ、そしてゴール。
全ての登場人物の行動には一貫性と連続とした流れ、そして目指すゴールがある。
このゴールに向けた意志をSuper Objective(Super Task)という。日本では
「超目標」「超課題」と訳されているが、このSuper Objectiveは俳優の演技に
非常に有効である。
行動の一貫性とその流れ、これをThrough-Actionという。
ちなみに感情の一貫性とその流れはThrough-Emotion。この二つは表裏一体と
なって相互に影響している。
そしてこの二つの流れの先にあるものが、Super-Objectiveである。

例えば、ハムレット劇中もっとも大きなSuper Objectiveは、父の復讐を遂げたい
ということであるが、そのなかでも、母の目を覚ましてやりたいというように幾つもの目標
がシーンの中に存在する。
これらは、俳優の演技を強い力で引っ張り、常に行動と感情に意味を持たせ、嘘や空白
のない真実の演技に近づけてくれる。

劇の中は、人物と人物とが対峙し展開する。そのためThrough-Actionの一方には
Counter-Through-Actionというものがある。
例えば、ヒーローと悪者のように。行動は人物間でも相互作用する。”

クリエイター育成動画。


【小説作法】歴史小説家結月ゆかり メモ+私の補足
・メジャーな人物のマイナーな話か、マイナーな人物のメジャーな話。
・いわゆる「神の視点」が嫌われるというのは本当なのですが、
歴史小説の場合、地の文抜きで話を進めることは困難です。
このあたり、バランス感覚が要求されます。
練習としては、まず一人称で本文を書いてみて、
置換で三人称に変えてしまうという方法があります。
説明不足を地の文で補うことで、完成させることができます。
・視点は主人公か主人公に準ずる人物側にしぼる。
・ライバルキャラで視点を増やす。
主人公を見ながらも、他の事件も俯瞰するキャラがベスト。
敵対する視点のほうが心理戦を上手く書けるのでオススメ。

” ライバルいると同じ局面を2つ書けるからネタ的に結構便利”
・十万字なら視点は2~4つぐらい。
・“視点切り替えしてもいいけど、極力時間は戻さないように縛ればテンポ保てるよ
・ハーフの主人公。二つの立場で揺れ動く。寄生獣、ヒストリエ、
(血縁とは限らず立場が対立する陣営の中間でもよい。東京グール)
・自己犠牲
・ラスボスが父親(越えるべき壁であればいい)
あこがれからライバルへなど。
父を殺したのが君主だった。
・” つーか、長編書く時とかシーンごとにネタが突然降ってきたらそうでもして書き留めないと間に合わん ( ̄ω ̄;
俺はこれだわ台詞全部書いてから動きを足してく方”
・” ラノベ新人賞応募作の10人に1人は、いまだに三点リーダーの使い方が間違っていて、下読みが爆笑している
https://togetter.com/li/622332”
・文体=縛りプレイ。盗むのは文体だけ。
” これは、全くジャンルの違うある先生の話なんだが、「完コピもできずに良いとこ取りしようとしても必ず失敗する。まず、完コピ出来るようになりなさい」
これは、全くジャンルの違うある先生の話なんだが、「完コピもできずに良いとこ取りしようとしても必ず失敗する。まず、完コピ出来るようになりなさい」
文体って意識しないとその時読んでる本に影響されるわ
「爆発音がして振り返る」のコピペは秀逸”
・文学っぽくかっこつけているところはバッサリ削る。
・パラメーターを極振りすることで魅力的キャラができる。とにかく極端にする。
普通のキャラは普通のパラメーターに極振り。
・一人称は全キャラ別にする。
(一人称と語尾。口癖。語彙。ひらがなカタカナ漢字の割合。
一人称と語尾などが尽きたなら発明する。
全員口調を変えることで誰がしゃべっているか区別できる)
・頭の中の内は何でも傑作。とにかくとっととアウトプット。
・デビューした後のことを考えて賞を選ぶ。
・説明しすぎないように、まずはキャラを事件に放り込んで行動させる。

エミネムさんが絵の描き方について教えてくれるそうです
http://www.nicovideo.jp/watch/sm20939758
小説を逆さにして適当に開いて一ページを写す。
見慣れないものを用意してそれを写す訓練。
見慣れないので形を見て写さないといけない状況に追い込める。
(刻み込みたい文章にすればいい。
お経なら写経になるな。

次にマス目法だな。好きな絵をマス目で区切ってマス目ごとに描く練習


永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

「プロになりたい訳じゃない
絵を描いて少しだけ友達関係で良い顔したんだよ!
小さい規模で皆に誉められたいんだよ!
良いじゃないかそれくらい!上手くなる方法教えてよ!」
わ か っ た よ
教えるよ
メモはいいか?
7件の返信 1,787件のリツイート 2,657 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

まず好きなイラストとかあるだろ?
それをトレス綺麗に書く努力はしよう
…かけた?OK
んじゃもう一回
…かけた?うん
じゃぁ休憩してあと5回描こうか
飽きた?繰り返しは嫌だ?
良いから騙されたと思ってあと5回
…おー頑張ったじゃん!じゃぁあと3回足して
10回までやろう
2件の返信 866件のリツイート 1,143 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

偉いじゃないか!10回トレスしたなんて!
そしたら今度はその絵に3×3のグリッドを引いて
模写だ模写する側にもグリッド引いて…Ok
じゃあ模写してみようか
ちょっと…まった
その情報量をいきなり模写できないだろ?
なんでグリッド引いたと思う?情報量を下げるためだ

1件の返信 792件のリツイート 1,010 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

もしそれでも情報量が多いと感じるなら6×6でもいいぞ
グリッドの中にあるものを模写して行こう
そうそう…できた?いいねー
じゃぁドンドングリッド埋めていこう
初の模写成功じゃん
何言うかわかってる?
そうwwww
10回繰り返そうか^^
さて次がコツ
1件の返信 755件のリツイート 928 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

模写しているキャラクターの髪や服のシルエットから描いて
顔のパーツじゃないよ
先ず輪郭

そう…そしたら
パーツを入れていこうか
よくやった
これを合計10回合計30回繰り返そう
おわったら最後に
何も見ないで記憶を頼りに描いてみよう
友人に見せられる程度になってるハズ
2件の返信 777件のリツイート 1,013 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

で、ここから
同じ方法で次から次へと描いて行こう
理論とかそういうのはとりあえず
置いておいていいから
完全に物量だけ
10枚のイラストを描いたらだいぶコツは掴んでいるはず
そしたらそのイラストをベースにパーツを変えてみよう
手の位置であったり髪のかたちであったり
1件の返信 728件のリツイート 910 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

どうよ?
オリジナルイラストっぽくなったろ?
あとは繰り返して引き出し増やすだけだ
俺が教えられる最短距離の最短の方法
俺が知る中ではこれ以上速攻で結果が出る方法は無い
信じるか信じないかは
あ な た 次 第
1件の返信 711件のリツイート 876 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

まぁ同業者の方なら
なんだよ動画の研修の初歩じゃねーか(笑)って思いますよね
その通りです
もう崩壊してしまいましたが
アニメ業界は絵心の無い人間をちゃんと一人前の絵描きにする為の
ワークフローが出来ていたんですよねぇ
失われてしまいましたが
日本っぽいですよねぇ
3件の返信 692件のリツイート 853 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月24日

ちなみにデジタルはダメだよ!
アナログで描いてね!
アンドゥと線補正を使うと経験値70%減少すると思って
2件の返信 245件のリツイート 273 いいね
ぽんpon‏ @ponpon_clow 4月30日

突然の質問、失礼します。
グリッド分割での模写を計20回という事なのでしょうか?
済みません。理解が足らなくて.....(^^;;
(トレスは、もう10回済ませて、これからグリッド分割模写に入る予定なんですが)
1件の返信 0件のリツイート 0 いいね

永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37
返信先: @ponpon_clowさん

自分でも分かりにくい文章だと反省しております。【トレス10回】?【グリッド引いて模写10~20回】【グリッド無しで1~好きなだけ】【全部で30回以上】が良いかと思います。)

エミネムさんが絵の描き方についてもう少し教えてくれるそうです
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22547517

エミネムさんが初心者向けの絵の描き方について教えてくれるそうです
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22590070


富野由悠季 特講 「アニメ演出チェックの五原則」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm306208



0から始めるお絵かき 第一回
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4915637

『スペースオペラの書き方』


野田昌宏の『スペースオペラの書き方』
書くのに必要なすべてのものー野田のフロー(流れ)図と創作系記事まとめ
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-722.html


新海誠『君の名は。』と不倫より面白くない新海誠の秘密♡(結社に逆らえない理由)

”フェイド大帝 @FeydoTaitei…
そもそも角川を除いた大手 出版が同族経営の株式非上場の 独占禁止法スレスレのオーナー 企業ばっかりが「利権の温床」 でないはずがあるまい。

角川もラノベに関しては 独占企業だからね。 電撃だとか、スニーカーだとか 全部角川の子会社だから。 だけど角川は株式上場してるから アマゾン辺りに敵対買収されれば 経営体質が変わる希望はある。

ではアマゾンに対抗するため に、日本の出版、印刷連合が 何をやっているかと言うと 「文化庁」などの政府機関 とツルんで外資を閉め出す規制の 政策ばかり作ろうとしている。

まぁ、アマゾンも文化庁と 同じメイソン、イルミ系企業だが アマゾンは税金を払わない企業 だから、日本のイルミ達からは 嫌われているんだろう。

ちなみに文化庁は「まどマギ」に 賞をくれてやった所ね。 他にも「電脳コイル」や「カイバ」 みたいな思想的にヤバイ アニメに 賞をくれている。

アニメミライなんてご大層な 名前と、日本のアニメ産業の 発奮などと理念はご立派だが、 そもそもディズニーに全く歯が 立たない時点で日本のアニメに 「ミライ」など全くない。

ドイツの「Laura's stern」とか ジブリよりも出来いいぞ? まぁ、日本のアニヲタ達はこういう 物は観ないのだろうけど。

ちなみにディズニーが 「ナディア」や、 「ジャングル大帝」をパクった 時に庵野や虫プロがあまり 騒がなかった理由をよく 考えたことあるかな? 日本のアニメ業界はディズニーに 足を向けて寝ることは出来ない からね。むしろディズニーさまさま だろうね。

日本のアニヲタ達はピクサーの 監督が専門学校時代に作った 「電気スタンド」のアニメ群 ぐらいは観た方がいいぜ? フェイド大帝はあれ観た時に こりゃ勝てんと悟ったね。

ちなみにもう一つ面白いこと を教えてやろうか? 君達アニヲタに好評な 新海誠っているだろう? あいつがグランプリとった コンテスト(猫のアニメで入賞 したやつね)ってのはプロ経験 のある奴は応募出来ないんだ。

ところが奴は日本ファルコムで アニメを作っていた経歴を 隠して応募したんだ。 本当はあのコンテストの グランプリは二位の奴が 受賞すべきだったんだ。

新海誠のアニメは所謂伝統的な 2Dアニメだったが二位の人のは 完全なフル3Dアニメ。 二位の人がグランプリを 取っていれば、日本のアニメも 3Dに移行する方向に進んだ はずだったんだ。

ところが新海が大賞を受賞した せいで、日本アニメはまた古臭い 2Dに逆戻り。 そして3D路線に完全に移行した ディズニーを始めとした海外勢に 大きく水を開けられることになる。 取り返しのつかないほどに。

ついでだ。もう一つ取っておきの タブーを教えてやるよ。 ドラえもん初のフル3Dアニメ 「stand by me」って最近出ただろ?

あれは元は東宝を受けた就活生 の考えた企画が元ネタだ。 当然その就活生は落とされている。 当時、東宝で採用担当していた 人事担当者はその後、本社に 呼び戻されて出世している。

これは「stand by me ドラえもん」 が封切りされる五年前の話だから、 大体あの手のアニメの制作期間 ぐらいの見積もりになる。 いや〜、明るいねぇ〜、 日本のアニメの未来って奴は。w


http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-66.html
今週のジャンプの『BLEACH』(ブリーチ)でファーティマの手が登場。ギリシア哲学(特にプラトン)とキリスト教「思想」(人は単なる部下)が真の黒幕であり、黒幕の中核(源流。本体)はインド=イラン「思想」。
思想は領土がなくても生き残る霊魂。馬と馬車と金属加工の技術を持った秘教集団。
トラキアの「死は善。生は悪」が悲劇の起源?良ツイート集。


ぐだトマト‏ @pteras14 2016年9月23日
DOGAに出た奴にしか分からない事情が あるが、マコっちゃんは手放しで称賛する わけにはいかない。クリエーターとして。

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年9月24日
お前ら……‼︎ よくもこんなクソアニメを 薦めてくれたな……‼︎‼︎
結論から言うと、EDクレジット以外 観る価値なしッ!

君の名はというより、これ幾原の 「輪わるピングドラム」と同じ ネタじゃねーか‼︎ 「生存戦略しましょーか?」 だろ?w

絵も全然動かねーし、襖開ける時 正面からのカット何回も入れるし、 3Dと2Dをアンバランスに混ぜるから、 2Dが死んでるし、脚本も全然ダメッ‼︎ 親父全然説得してねーし、小野寺と メガネが簡単にカルト野郎信用する わで不自然過ぎだわッ‼︎

後、桜の花びらが落ちる速度よりも テメーはまず隕石の落下速度から 計算しろッッ‼︎‼︎

これ、完全ステマアニメだ! 背景がジブリちっくで小綺麗なだけの! 彗星の名前が「ティアマト」。 EDの制作協力に学研ムー、三交社、 文化庁。 あからさまとかそーゆーレベルじゃ ねーわw 誠の野郎、アイツDOGAの時から 何も変わってねーなw まだ、こんな事やってんのか……

子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側‏ @kitsuchitsuchi 2014年9月4日
君たちはいつもそうだね。どうして人間は、まどかが変身シーンで△と片目のメイソンサインをしたり、
文化庁の背後に伊勢神宮奉賛会(初代会長の佐藤尚武がメーソン)や
世界聖典普及協会(生長の家=大本教+紅卍字系)などの
神道カルト(和風耶蘇教)やキリスト教団体がいる事実から目を背けるんだい?

子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側‏ @kitsuchitsuchi 2014年10月26日
返信先: @AM_Pubさん
@AM_Pub @FeydoTaitei @yaginuma_san エヴァもまどマギもキリスト教。メーソンサインするまどか。文化庁の背後にいる大本教系の神道カルト(和風キリスト教)やキリスト教に支配されている日本アニメのミライは悪化るい!これからも目と△と を優遇して下さいね!
ネタだと昔は思っていました。柳沼さんの熱意も作品も素晴らしいです!新聞やテレビやお賽銭などの戦争屋の集金装置にお金=力を行かせずに、あなたのような真の改善者・情報発信者にお金=力が行くようにしないと、嘘がお金になるシステムは倒せないと痛感しております。





このシロートは黙ってろ!系の ケチを付ける奴には必ずさっきの 孫武の名言を返す事にしてる。 便利な言葉だよ。君達も覚えておく といい。何かと役に立つからw

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年7月23日
何でもアメ公が良いわけじゃないけど、 実際にアメ公が作った方が映画も ゲームも、アニメも出来が良いんだから どうしようもない。 悪い所は真似しなくて良いけど、 明らかに良いモノはちゃんと それを勉強する「知性」ぐらいは 兼ね備えていたいもんだ。

ぐだトマト‏ @pteras14 4月8日
中国の格言で「傲慢なのは結構だが 批判を甘んじて受け入れる知性ぐらい は備えてほしい物だ」というのがあるよ! アングロサクソン、ゲルマン、ジャップ には耳の痛くなる格言だろうけどw

ぐだトマト‏ @pteras14 5月18日
ちょまどのRTから流れてきたんだけど、 日本人ってそんなにも批判されるの 嫌いなのかね? 「批判を甘んじて受け入れる知性が大事」 って昔の中国の偉人も言ってるぞ?


【新編】劇場版まどマギ、ムックさんのコメントへの回答
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-567.html
ムックさん今日は。

お返事が遅くなって申し訳ありません。
お返事の内容が長文になりますので新記事の
形で返信させて頂きます。

> さてこれを読んで疑問なんですけど結局このまどマギ制作チームは
> この作品を通して何を伝えたいんでしょうか?
>
> 自分たちの思想の布教?

まず、アニメ制作というのは当然複数の人間が関わって行うものなので、
一般的にはストーリーや世界観に関する事は脚本家の一存である様に
世間では思われているようですが、これは厳密に言うと違うはずです。

ハリウッドの例でいくと、まず大元のネタをプロデューサーが
考えます。そのネタを今度は新たに雇ったフリーの脚本家に
手渡し、最初の草稿を作成させます。
出来上がった物を受け取ったプロデューサーは一度そこでその
脚本家との契約を解消します。
次にプロデューサーはその脚本を候補俳優に配ります。
それと同時に実際の映像化のためのスポンサー(制作費を出してくれる所)
を探し始めます。ハリウッドではお金を持っている大物監督
(スピルバーグ等)がスポンサーに付く場合もありますが、
通常は映画プロダクションまたは配給会社がスポンサーにつきます。
スポンサーが付いた後、いよいよ制作スタッフ等を雇い入れ、
脚本の改稿版を最初に頼んだのとは別の脚本家に依頼します。
出来上がった脚本で最終的な俳優キャストを決めて、
制作がスタートします。

これはあくまでアメリカの例ですが、恐らく日本も同じ様な
仕組みで動いているはずです。
日本の場合ですとフリーのプロデューサーというのは少なく、
実際にはTV局だったり映画配給会社(東映とか)、アニメ制作会社
の会社員である場合が多いですね。

従いまして、”まどマギ”の場合でも脚本家である虚淵氏がストーリーや
世界観を全部決めているわけではないと思います。
TV版の時の脚本が市販されたことがあり、それを読んだ事がありますが
人物や背景の描写は意外とあっさりしていて、メイソン的なシンボル
の描写等はト書きには見当たりませんでした。

キリスト教のイエスのような”自己犠牲による他人の救済”という
メインテーマは虚淵氏のアイデアかもしれませんが、
メイソン・シンボルやキャラの動きの振り付け等は
恐らく美術監督の判断による物だと思います。
”まどマギ”に関しては多分、”魔術”という雰囲気を
映像表現するために、美術監督が19世紀の西洋魔術
のモチーフを色々取り入れただけというのが主な理由だと
私は思います。
従って、様々な魔術シンボルが美術的なアート以外の意味を
持っているとは考えていません。
(つまり陰謀論でいうメッセージ性や洗脳の意図は含まれていない)

魔術シンボリズム以外で今回の劇場作品で突出しているのは
やはり虚淵氏による作品のストーリーだと思います。

今回の劇場版のストーリーを一言で表すと、

「悪魔が神より上位に立つ」

と言えるでしょう。

ここでいう”悪魔”や”神”というのはキリスト教の聖書の
それらにあたります。

これをアメリカの脚本分析家であるロバート・マッキー氏の
表現で言い直すと、

”ストーリー=非可逆的な変化”
ですので、
”これは誰の物語?”の答えは「ほむらの物語」になります。

そしてこの主人公である”ほむら”がストーリーの終盤において
ある変化を経験/認知/認識する構造を取ります。

それを踏まえると、

「ストーリー=ほむらがまどかの一部を奪い取って

魔法少女から魔女を経由して悪魔へと成長する物語」

というのが今回のストーリーになるわけです。

次に”テーマ”です。

Michael Hauge氏によると映像作品のテーマは、

”敵対者との共通点+バディ(味方)との相違点”
から導き出すことができるそうです。

”まどマギ”の場合キャスト配分が良く分からないのですが、

ここでは、

 ・敵対者=QB
 ・恋人=まどか
 ・バディ=さやか等他の魔法少女達

と仮定します。

QB、さやか達、まどか、ほむらの4者に共通する

キーワードは間違いなく”愛”です。

QB=世界の秩序に対する”愛”(宇宙のエネルギーバランスの維持)
まどか=魔法少女全員に対する”慈愛”
さやか達=仲間に対する”友人愛”
ほむら=まどか個人に対する”愛欲”

そこで

主人公”ほむら”と敵対者”QB”との共通点、バディ”さやか達”との
相違点を明確にしなければなりません。

・QBとの共通点

 何がなんでも自分の願望を達成させるために
 手段を選ばない。
 力ずくで自分の”愛”を相手に強要する。

・さやか達との相違点

 ただの友人関係よりも性的な
 愛の欲望をまどかに求めている。
 仲間間の調和は求めていない。

ここから、今回のテーマを導き出すと

「テーマ=プラトニックな万人への慈愛よりも力による
 個人愛の強制的な成立の方が優先する」


ということが言えるのではないでしょうか。

難しい言葉を使いましたが、簡単に言うと

「他人のためよりまず自分のためでしょ?」 

というわけです。(笑)

ですので”ほむらの個人的欲望を叶えるためにまどかや他の
仲間、及び世界の秩序を犠牲にすることは正しいか?”
というのがこの作品が観客に問うている命題になるわけです。

これがこの作品が観客に対して訴えたいメイン・メッセージになります。

余談ですが、この作品は

まどか=奈須きのこ
ほむら=虚淵玄
QB=武内崇?

に置き換えると理解しやすくなります。(笑)

虚淵氏の小説で”金の瞳と鉄の剣”というのがあります。
これの”あとがき”で虚淵氏は元々、エロゲー・ライターでは
なく普通のラノベや一般文芸を目指していたことが綴られています。

マブラヴ・シリーズの吉宗鋼紀氏も雑誌のインタビューで
語っていましたが、エロゲー・ライターというのは文芸業界
では一段ランクの低い、下賎な作家業として扱われている
傾向があるそうです。
そのため、エロゲー作品の一般アニメ化やゲーム化、映画化
等のメディアミックスの実現が他の一般小説やラノベより
遥かに困難だそうです。

ところが、この業界の常識に反する例外が一つあります。

それが型月(TYPE-MOON)作品です。

従いまして、型月の奈須きのこ氏のケースというのは
例外中の例外なのです。

だから虚淵氏も上述の小説のあとがきで”奈須氏は闇の部分を知らない”
と告白したわけです。

ちなみにまどマギ新編のモチーフで良く
 出てくる”月”はTYPE-MOONを表している
 のではないかという説
もあります。
 まどか=奈須きのことすると、まどかの力の
 一部=Fateシリーズではないかと思われます。
 虚淵氏はFateシリーズを基にもう一つの
 ヒット作”Fate/zero”を書いているわけですから。(笑)

虚淵氏は諸々のインタビューを読んでいるとどうやら
一種のニヒリスト的な思想を持つ傾向があるようで、
特に不良等の様な世間のつまはじきものを美化したがる
独特な考え方が見られます。
オトナアニメのTV版まどマギのインタビューでも
「世間のアニメ・オタクはもっとこの世の闇の部分を知るべきだ」
と唱えています。

ですので、

「悪魔の様なキリスト教の悪役が活躍する物語は
 虚淵氏の中では最高にカッコイイ」のです。

今回の劇場版で”ほむら”がチョイ・ワル化した理由がここにある
と思われるわけです。



わざわざ記事にしてまでお返事いただき有難うございます。
なるほど、やはり作品ができるまでには色々とあるのですね。


>「悪魔の様なキリスト教の悪役が活躍する物語は
> 虚淵氏の中では最高にカッコイイ」のです

これって要は一種の中二病みたいなものですよね?
まあ確かに悪側というか悪魔側に対する憧れみたいなものは
思春期などの発症しやすいと思いますが虚淵氏のようにある程度歳を重ねても続いてる人は珍しい気がします。

あっ、でも最近は割とそうでもないかな?
オタクコンテンツに浸かってる人とかはそういうの好きそうですしね

ただ私はどちらかというとそういう魔術やら悪魔やらにはあまり興味を
惹かれなかったのでその気持ちはあまり理解できないのですが………

どうでしょう?アニメーション業界というのは昔からこういうオカルト好きがおおいのでしょうか?昔の作品でも結構こういうオカルティックであったり神秘的であったりする要素を取り入れているものは多いですよね

あの有名なガンダムとかもそうですし………
アニメ関係者って富野氏のようにどこか病んでそうな人も結構いそうですしこういう破滅思想や終末思想に惹かれやすいんですかねえ‥‥‥


あと実際にメーソンというかそういう勢力の指示で作られた作品ってあるんでしょうか?というか映像作品にそこまで効果ってあるんですか?

ハリウッドならともかく日本の狭いアニメ業界で………

[ 2013/11/13 19:00 ] ムック [ 編集 ]


”なぜ日本のアニメーターはオカルト・シンボルを盛り込みたがるのか?”について
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-568.html

”なぜ日本のアニメーターはオカルト・シンボルを盛り込みたがるのか?”について
ムックさん今日は。

ご質問に分かる範囲で答えてみたいと思います。
また長文になってしまいそうですが......

ですので今回も新記事の形で返信します。

> どうでしょう?アニメーション業界というのは昔からこういうオカルト好きがおおいのでしょうか?昔の作品でも結構こういうオカルティックであったり神秘的であったりする要素を取り入れているものは多いですよね
>
> あの有名なガンダムとかもそうですし………
> アニメ関係者って富野氏のようにどこか病んでそうな人も結構いそうですしこういう破滅思想や終末思想に惹かれやすいんですかねえ‥‥‥
>
>
> あと実際にメーソンというかそういう勢力の指示で作られた作品ってあるんでしょうか?というか映像作品にそこまで効果ってあるんですか?
>
> ハリウッドならともかく日本の狭いアニメ業界で………

まず、アニメで一番最初にメイソン的なメッセージを盛り込んだのは
アメリカのウォルト・ディズニーだと思われます。
というのもディズニーは実際にフリーメイソンの会員でした。

アメリカはヨーロッパ大陸と違ってローマ・カソリック教会の
キリスト教の支配力が比較的及んでいない大陸なので、
おなじ白人でもフリーメイソンや神智学のような18世紀〜19世紀
に興った新興宗教が信者を獲得しやすい環境だったのです。
ヨーロッパは比較的伝統的なキリスト教勢力が強いので、
近代化が進んで信仰心の薄くなったイギリス、フランス、ドイツ、
オランダを除くとメイソンや神智学の様な新興宗教が
流行り辛い環境でした。
つまり伝統的なキリスト教を信じない人、ヨーロッパで
まともに生活できない人達がアメリカに多く移民してきたのです。

またユダヤ人も一般的なユダヤ人というのはユダヤ人同士で
固まる傾向が強くて、信仰も基本的に伝統的なユダヤ教です。
メイソンみたいなキリスト教系の団体に入りたがるユダヤ人
というのは伝統的なユダヤ社会ではむしろ例外だったわけです。
つまりユダヤ人の中でも”相当変な人”達がこぞってメイソンに
入会したり、アメリカに渡ったわけです。

従いまして、当然メイソンに入会していたディズニーも
どちらかというと”変な白人”の仲間だったわけです。
(これは差別表現ではなく伝統的なヨーロッパの
 白人と比べた場合の話です)

なぜディズニーが”ダンボ”等の作品にそういうメッセージを
入れてたのかというと、当時は第2次世界大戦の前後でして、
アメリカでも右翼とそうでない人達に分かれていました。
元々、アメリカはウッドロウ・ウィルソンが大統領になるまで
どちらかと言うと他国の政治紛争に関わらない政治体制を
貫徹しておりました。
この伝統は当時のアメリカでもまだ根強く残っていて、
大戦に参加しない意見を持っていた人達が多かったのです。

ところがフリーメイソンというのはその名前からも分かる通り、
”民衆の自由”のために戦う組織が元なのです。
ですのでフランス革命のときは革命側として専制政治を
行っていたフランス王家側を相手にゲリラとして戦って
いたわけです。
イルミナティの黒い教皇と呼ばれているアルバート・パイク
という著名なアメリカ人の軍人さんがいますが、
私、フェイド大帝はパイクの主著である”モラルとドグマ”
を原文で読んだことがあります。
(この本は何故か和訳されていません)
陰謀論家が騒ぐほど酷いことが書かれている書物ではないのですが、
パイクはこの本の中でフリーメイソンの組織の目的を
定義しています。
パイクによると、

「フリーメイソンとは民衆を苦しめる
専制/独裁政治を地球上から無くすために活動する組織」

と定義しています。

これは18世紀のヨーロッパで興った民主主義革命の延長線上
にある考え方でして、当時のヨーロッパ人の知識人達にとって
は至って普通の考え方です。

従いましてフリーメイソンは表向きはキリスト教系の組織として
設立されましたが、

本来、キリスト教会とは相性の悪い理念の組織なのです。

というのもヨーロッパの中世史に詳しい方には一目瞭然ですが、
ローマ・カソリック教会というのは元々、専制/独裁的な組織だった
わけです。民主主義的な組織ではないわけです。

従いましてフリーメイソンにとってキリスト教会と
いうのは本来倒すべき”敵”だったのです。

民主主義を広めるための組織ですからね。

だから民主党の鳩山家がフリーメイソンの思想に迎合する
のは当然なのです。

アメリカに話を戻すと、当然当時のフリーメイソンはドイツの
ナチスを仮想敵としていました。
ナチス党は民主主義とは真逆の独裁政治制だからです。

ところが上述の通り、アメリカの一般大衆は戦争に
消極的だったわけです。
そのため、アメリカの当時の反ナチ勢力というのは
主にゲリラでした。公には活動していなかったわけです。
当然敵はドイツですから、ヨーロッパ本土にも沢山
反ナチの工作員がいたわけです。

ここで問題が一つ生じます。

アメリカ大陸とヨーロッパ大陸との連絡手段です。

当然ドイツでは反ナチ的な番組はテレビやラジオでは流れません。
当局からの検閲があるからです。

ところがアニメだけは例外で放映されていたのです。

そのため、ヨーロッパ本土の工作員との連絡手段としてアニメ放映は
普通に利用されていたのです。
フリーメイソン・メンバーであったディズニーがメイソンのメッセージを
自分の会社のアニメに盛り込んだ目的はここにあったわけです。

これがアニメにオカルトシンボルを盛り込む慣習の
起源になったわけです。

元々は政治目的だったわけですね。

では何故日本のアニメにもメイソンシンボルを
盛り込む様になったのか?

当時の日本アニメの質というのはアメリカのディズニーと比べると
非常に劣った品質でした。
現代では競合社の製品を研究分析する手法のことを
”ベンチマーキング”と経営学では呼びます。

日本人というのは研究熱心な民族ですから、

アメリカのディズニー作品を大変良く研究したわけです。

当然セル画一枚単位まで分析するわけですから、当然ディズニーの
メイソン・シンボルにも気付いたはずです。
当時の日本の主要アニメ・プロダクションは手塚治虫の
虫プロぐらいしかなかったわけですから、手塚治虫のような
仏教系オカルト好きの人間には絶対に見抜かれていたはずです。
シンボルの意味まで理解していたかは不明ですが、
当時の日本の”モノづくり”というのは基本的に欧米諸国の
コピーに終始していました。

より良い製品を開発する体制が日本企業で一般的に
なったのは実はつい最近の話なのです。

従いまして、日本アニメの黎明期にはディズニー・アニメの
モロ・パクリ・コピーが主流だったのです。

こういった歴史的事実があるため、ディズニーが後に”ライオン・キング”を
発表した時、

虫プロは”ジャングル大帝”のパクリだと騒がなかったのです。

当然、天下のディズニー様が”アトランティス”を発表した時も、
庵野秀明の様な東洋の特撮オタクごときが”不思議の海のナディアのパクリだ”
と騒ぐこともできなかったのです。それはディズニー様に対して
大変失礼な態度だと日本のアニメ業界では考えられていたのです。

ですので、庵野監督はご自分の立場が良く分かってらっしゃる方なので
ディズニー様に敬意を評して、”エヴァンゲリオン”という出世作に
オカルト・シンボルを大量に盛り込むというディズニー・アニメの
伝統的手法をオマージュとして採用させて頂いたのです。

ところが、現代の若いアニメーター達はそういった歴史的
背景/事情を知りません。

彼らは”エヴァンゲリオン”が大変な成功をおさめたという前例にならって

エヴァンゲリオンのモノマネ・コピーをしているだけです。

厳しい言い方をするとエヴァの真似をするだけで精一杯なのが
今のアニメ業界の実力なのです。

これが、未だにアニメにオカルト・シンボルを入れたがる
主な理由の一つです。

ちなみにアニメ以外のニュース番組等に”33”等のヒンドゥー/仏教系
の暗号を入れる伝統はディズニーとは関係ありません。
TV業界の話はまた別の機会にします。

ちなみにガンダムの富野監督に関しては上記の事情とは
少し異なります。

実は富野監督の若かった時代というのは左翼運動が盛んだった
時代と重なります。
ソ連の共産革命時代ですね。
当時は日本でも学生運動とかが盛んでしたね。

宮崎駿監督の”ナウシカ”も反資本主義
バリバリのアニメでした。

当時はそれが普通だったのです。

ところが学生運動に参加していた学生というのは
反体制的ということで、

一般のマトモな職業には就けなかったのです。

会社側でそういう学生の採用を避けていたのです。

ですのでそういう偏った思想を持った
若者がアニメ業界等に流れていったのです。

富野監督のインタビュー記事を読んでも分かりますが、
富野監督が若かった時代はアニメーターというのは
世間に”職業”として認識されていませんでした。
ですので税務署に確定申告をしても税務官に

「アニメーターってなんですか?そんな職業あるんですか?」

と逆に聞かれたそうです。

つまり、普通の会社に就職できなかった
ちょっと頭が普通の人達と違う人が
アニメーターになっていたわけです。

だから富野作品はちょっと変わっているのです。

富野監督は多分、手塚治虫の影響だと思いますが、
思想的に仏教寄りです。それも本場インドの。

だから富野作品にはインド人が沢山出てきます。

”Vガンダム”のエンジェル・ハイロウという兵器も
ヒンドゥー教のグルの格好をしたシャクティという
インド人の少女が変なヨガ・ポーズを取ると、それが
波動になって、照射された人々が赤ちゃんに退化して
しまうという現象が置きます。

これは中国の道教の知識とウパニシャッド哲学に精通していると
意味が明らかになります。

道教では人間の理想的な精神状態を”先天の氣”と
考えています。

これは何かというと、人間というのはお母さんのお腹に居る時は

完全に”善”の状態なのです。

つまり道教というのは性善説なのですね。

ところが赤ちゃんが生まれて成長していくと、

外的環境から”悪”の知識が心に芽生えると考えました。

だから大人の人間社会から悪が無くならないのは
成長の過程で悪のテクニックを学んで身につけて
しまったからだとインドや中国では考えられていたのです。

これを道教用語で”後天の氣”と呼びます。

道教の気功やヒンドゥー教のヨーガというのは

この”後天の氣”を吐き出して、”先天の氣”に戻すための
技術なのです。

だからVガンダムの世界でザンスカール帝国が理想的な
人間社会を構築するために人間を”赤ちゃん”の状態に
戻そうと試みたのです。

宮崎駿もそうですが、富野監督にとっては”文明”というのは
”大人の悪の知識”がもたらした物と捉えています。
これは旧約聖書のアダムとイブが知恵の実を食べて
天国を追い出された説話とも関係しますね。

ですので宮崎監督も富野監督も”文明=資本主義は悪”

という考え方が基本になっているのです。
(宮崎監督はこれに”少女は正義”という思想が加わります)

だから∀ガンダムの月光蝶で文明を消し去ったり、Gガンダムの
デビルガンダムが無限膨張したりするのです。

今の若手アニメーターというのはこういった先人の
アニメを観ながら育ってきたわけです。

だから変な思想やオカルトチックなアニメ
ばかり作りたがるのです。

つまり宮崎駿監督、富野監督、庵野監督の”マネ”から
抜け出せていないのです。




またしてもこのようにご返答頂きありがとうございます。

日本は戦後、欧米のモノマネをして成功を収めた国ですが
そのモノマネはアニメや漫画の業界も同様だったのですね。

まあでも確かに言われてみればアニメも欧米、特にアメリカ合衆国を
中心に発展した文化ですからモノマネにもなりますよね。

前々からなぜ日本のアニメはオカルチックな要素が多いのだろうと疑問でしたがフェイドさんのこの記事を見て少しその疑問が晴れたような感じがしま す。特にエヴァ以降はその傾向が強くなぜ日本に馴染みの薄いユダヤ教やキリスト教をベースにした話を作ったんだ?と思っていましたがオマージュ大好きな庵 野氏がオカルト要素プンプンの欧米アニメへのオマージュやパロディを行ったと考えれば確かに理にかないますね。

>「フリーメイソンとは民衆を苦しめる
>専制/独裁政治を地球上から無くすために活動する組織」

陰謀論のサイトだとフリーメーソンやイルミナティってまるでショッカーのような恐ろしい勢力のように言われていますけど↑の理念が本当だとしたら 私はイルミナティやメーソンがそんなに悪い組織や勢力とは思いませんが実際のところフリーメーソンやイルミナティというのはどうなんでしょうか?陰謀論系 のサイトで言われているように世界を支配し大衆を管理だとかそういうことを考えてると思いますか?

また現時点でこれらの勢力にはどれほどの影響力があるのでしょうか?

私はこの記事を読むとフリーメーソンというのはその特殊な存在故に過剰に非難され悪の汚名を着させられてしまった集団なのでは?と思うのですが

特に陰謀論系のサイトって何故かキリスト教原理主義みたいな主張している人も結構いますし確かにそういう人からしてみればそれに歯向かうような勢力は悪の秘密結社みたいなものなんでしょうけど………

その辺フェイドさんはどう考えられますでしょうか?

[ 2013/11/14 18:02 ] ムック [ 編集 ]
Re: タイトルなし
ムックさん今日は。

お返事遅くなって申し訳ありません。

> 陰謀論のサイトだとフリーメーソンやイルミナティってまるでショッカーのような恐ろしい勢力のように言われていますけど↑の理念が本当だとしたら私はイル ミナティやメーソンがそんなに悪い組織や勢力とは思いませんが実際のところフリーメーソンやイルミナティというのはどうなんでしょうか?陰謀論系のサイト で言われているように世界を支配し大衆を管理だとかそういうことを考えてると思いますか?
>
> また現時点でこれらの勢力にはどれほどの影響力があるのでしょうか?
>
> 私はこの記事を読むとフリーメーソンというのはその特殊な存在故に過剰に非難され悪の汚名を着させられてしまった集団なのでは?と思うのですが
>
> 特に陰謀論系のサイトって何故かキリスト教原理主義みたいな主張している人も結構いますし確かにそういう人からしてみればそれに歯向かうような勢力は悪の秘密結社みたいなものなんでしょうけど………
>
> その辺フェイドさんはどう考えられますでしょうか?

まず、フリーメイソン型の秘密結社というのはフリーメイソン以外にも
掃いて捨てるほどあります。(笑)
で、中には政治と密接に関係のある組織もあります。
例えばイスラエル系(ユダヤ系)の組織とかがそうで、これは
単純に政治学の世界でイスラエル・ロビーと呼ばれているもの
と一緒ですね。余りにもあからさまなので秘密組織でも何でないのですが.....
こういった政治ロビー系の団体は別にイスラエルだけに限らず、
他の国も皆そういう団体があります。日本ももちろんあります。
例えば海外での日本企業が活動しやすい様に当局政府に便宜を
計ってもらうよう働き掛ける団体とかあります。
日本の場合、基本的に官僚系の組織ですけどね。

当然こういった組織は自コミュニティの利益追求が
主なインセンティブですから、部外者から見たら
”悪の組織”に見えたとしても不思議ではないでしょう。(笑)

こういった政治系やビジネス系以外ですと純粋な宗教系の
団体も存在します。これらは主に自教義の布教活動が主ですね。
キリスト教系とか多いですよ。日本だと仏教系かな?
ただ本来、仏教はあまり布教とかやらない教義なんですけどね......

日本のアニメ業界を牛耳っているのはどちらかというと宗教系だと
思われます。

フリーメイソンが”悪の組織”かどうかですが、まずフリーメイソン
というのは支部によって運営方法だとか考えが異なります。
「会員同士仲良くしなさいよ」みたいな全支部共通の理念みたいな
物はありますが、キリスト教会の様に法王みたいな統括者がいて
全体が一丸になって.....みたいな仕組みにはなっていません。
一応、新しい支部を設立するには他のグランド・ロッジの承認や
推薦はいるみたいですが......
ですので、支部によって活動の性格が大きく変わる様です。

多分、日本で問題になっているのは主にアメリカ系とフランス系の
支部なのではないでしょうか?(個人的には根っこにドイツ系が
絡んでいると睨んでいますが)
歴史的にもアメリカとフランスのメイソンは革命活動に熱心でしたしね。

まぁ、でもどこの組織にも”変な人”はいますから別にフリーメイソンに
限った話でもないと思いますけど。

結局は組織云々よりも所属しているの個人の問題なのではないでしょうか?

後、余談ですがイギリスの”黄金の夜明け団”という魔術結社の
マニュアル本には複数の組織に二股かけて所属せよという指示があります。
別の組織で”グランド・マスター”と同等の位にならないと”黄金の夜明け団”
では出世できない仕組みになっています。
なぜ二股を掛けるかと言うと一つは他団体の秘儀(情報)を盗んでくるためと
他団体を乗っ取るためだとそのマニュアルには書かれています。
”黄金の夜明け団”自体は潰れてしまって現在は存在しませんが、
余りメジャーではありませんがいくつかの孫組織は現代まで
生き残っています。

個人的にはこういう”魔術結社”系が一番怪しそうですけどね。

[ 2013/11/23 02:22 ] フェイド大帝 [ 編集 ]
おはようございます。ねこたと申します。
2回目の書き込みをさせていただきます。
フェイド大帝、二つの組織に属しろと書いてある黄金の夜明け団のマニュアル本なのですが、その本の出展をよろしければ教えていただけないですか?

英語でもがんばって読みます。そのマニュアルが陰謀を読み解く上で非常に重要であるように見えます。よろしければお願いします。
[ 2013/12/04 06:12 ] 魔法使いハンターねこた [ 編集 ]
Re: タイトルなし
今日は。

> フェイド大帝、二つの組織に属しろと書いてある黄金の夜明け団のマニュアル本なのですが、その本の出展をよろしければ教えていただけないですか?
>
> 英語でもがんばって読みます。そのマニュアルが陰謀を読み解く上で非常に重要であるように見えます。よろしければお願いします。

「黄金の夜明け魔術全書 上巻」です。

和訳本もあります。
ttp://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336033734/

市の図書館等に置いてある場合もあります。

イギリス人の老紳士達がLVXダンスを本気で
実践しているところを想像すると結構笑えますよ。(笑)

上巻は入会式だとか、儀式の話がメインです。
実際の魔術テクの解説は主に下巻の方に収められています。
記事で引用した部分は「上巻」の方です。
[ 2013/12/04 19:08 ] フェイド大帝 [ 編集 ]
フェイド大帝ありがとうございます
フェイド大帝ありがとうございます。黄金の夜明け魔術全書でしたか、へーそんなことが書いてあったんですねー。
自分は5=6の参入儀礼のとこが好きでニヤニヤしながら読んでおりました。

世間体の良い老紳士がLVXのダンスをするシーンを想像すると本当に笑えますよねwww

なかなかGDの魅力は尽きないようです。
[ 2013/12/04 21:32 ] 魔法使いハンターねこた [ 編集 ]

アニメ/コミック陰謀論カテゴリ追加!
”独立させた方がいいと思ったので......

アニメ/コミック陰謀論というカテゴリを新たに作りました。

FAQ集:

・アニメ/コミック陰謀論とは?

 主に日本のアニメ/コミックを用いて人類を洗脳し、
 世界支配及びその後の統治する目的を持った陰謀の考察

・アニメ/コミック陰謀の起源は?

 恐らく”漫画の神様”、手塚治虫及び虫プロの宗教色の
 強い思想によるアニメ/コミック業界への影響が源流
だと
 思われる。
 
 手塚の代表作”火の鳥”は宗教色が強い作品と言われているが、
 この作品代表的キャラクターの”火の鳥”は一般的に中国の
 ”鳳凰”をモチーフにしていると言われている。
 同キャラクターは業界大手の「角川グループ」のシンボル・
 マークとしても採用されている。
 しかし、このキャラクターはその容貌以外は中国の”鳳凰”
 とはあまり共通点がない。
 むしろ古代イランの霊鳥”シームルグ(スィームルグ)”に
 酷似する。


英語版WIKI
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Simurgh

 日本語版WIKI
 ttp://ja.wikipedia.org/wiki/シームルグ
 *日本語版WIKIと英語版のこの内容の差は一体なんなのだろう?
  まるで日本語版はこの鳥の素性が日本人に知られるとまずいが
  ごとく振る舞っている

 シームルグの外観:
  220px-Senmurv.png
 ”鳳凰”とは似ても似つかない

 ご覧の通り、容貌は鳥ではない。が、しかし神智学協会員である
 東條真人氏のネット新興宗教”ミトラ教”の”スィームルグ”とは
 容貌も性質もかなり共通している。


 東條氏の”ミトラ教”公式サイト
 ttp://homepage2.nifty.com/Mithra/
 *注:フェイド大帝はミトラ教信者ではない。また東條氏が学術的には
    信頼されていない
のも承知している。あくまでオカルティズムと
    日本のアニメ/コミック業界との結びつきを明らかにするための
    一手段として今回紹介させてもらった

 英語版WIKIの重要な箇所:

 ”Iranian legends consider the bird so old that it had seen the
 destruction of the World three times over. The simurgh learned
 so much by living so long that it is thought to possess the knowledge
 of all the Ages”

 ”シームルグは世界の終焉を三回体験したとイランの伝説では語られている。
  シームルグがその生において蓄えた知識には目を見張る物があり
  まるで全ての時代について知り尽くしているかのようである”

 この記述、漫画の”火の鳥”の設定まんまである。
 インターネットも文献もロクに揃っていなかった当時の日本で
 手塚がどうやってこのような知識を身につけたのかは全くの謎である。
 筆者の推測では大阪大学時代に”神智学協会”系列の新興宗教との
 接触があったのではないかと疑っている。
 (大阪大学周辺は現代でも新興宗教団体の本部や支部が多い事で
  有名だ)

 ちなみに手塚の子息である手塚眞の公式ブログ:
 ttp://tzk.cocolog-nifty.com/

 「うん、立派なフリーメイソン/イルミナティである」

 余談だが手塚眞氏の妹は米国広告代理店大手のOMNICOMグループ系列
 の広告代理店に勤めている。
 ttp://ja.wikipedia.org/wiki/手塚るみ子

・ミトラ教の影響を受けている漫画家は?
 
 本当かどうかは知らないが東條氏のサイトにリストがある
 ttp://homepage2.nifty.com/Mithra/HP_Mithraism_New_Paojuan.html

 コナンの人や、ハンター×ハンターの冨樫、20世紀少年の浦沢もいる。

 「そしてこの人も」

 やはべぇ
 シャーマンキングの作者ですね。しかしあからさますぎ(苦笑)

 東條氏の言うには女性漫画家の方が洗脳されやすいらしい。

 「なるほど、冨樫はセーラームーン夫人に
 洗脳させられたか」

 そういえば、アルティメット・まどかの衣装ってセーラームーンのプリセレに
 似てないか?
 プリセレといえば”黄金の夜明け魔術全書”のイシス女神の挿絵が
 曲面が下を向いている三日月の上に乗っている女性の絵だった。
 (プリセレの額のマークと同じ)
 普通、地球で見る三日月ってあの角度普通じゃないよね?(笑)

こんな調子で頑張っていくので今後ともヨロシク。”

ミトラ教とミトラス教について私感
”以前紹介した陰謀論系サイトの”まっこうモグラ”さんのブログ
ttp://www.mkmogura.com/blog/tag/ミトラ教

このブログでやたらと”ミトラ教”なる物が出て来る。

一般の陰謀論に疎い人はこの”ミトラ教”が何なのか
さっぱり分からないだろうと思います。

ひとつ注意しないといけないのが”ミトラ”というのは
古代アーリア人宗教(即ちインドのヴェーダ教とイランの原始宗教)
の神様で、一般的には”太陽”もしくは”友愛”を表している。
(浦沢の20世紀少年で”ともだち”、”太陽の塔”がしつこく出てきたのは
 爆笑したが)

「このミトラ信仰、主に2つある」

1.古代ローマぐらいになって地下結社みたいな感じで信仰されてたのが
  ”ミトラス教”これはちゃんと史実や考古学的調査に裏付けられた、
  ちゃんと学会にも認められている古代の宗教。

2.日本人神智学協会員の東條真人氏が作り上げた20世紀の新興宗教
  ”ミトラ教”。こっちは学術的にも、学会的にも認められていない。
  恐らく東條氏がでっち上げた架空の新興宗教である可能性が高い。

で、まっこうモグラさんのいう”ミトラ教”というのは2.の”東條ミトラ教”
のことを指していると考えられる。
東條氏の大元がブラバツキーが建ち上げた”神智学協会”にあるので
オカルト度は圧倒的に2.の方が高い。
(ちなみに東條氏のHPには本人が神智学協会員であることが書かれていないが
 彼の出版された著作の著者プロフィールにははっきり会員だと記載されている)

我々のようにアニメ/コミックをオカルトの観点から分析しようと
試みる者は当然2.の”東條ミトラ教”を研究しないといけない。
1.はまともな学問なのでオカルト要素が一切ない。そのため
アニメや漫画のネタには不向きなので、漫画やアニメの脚本家/美術監督
も真面目な考古学の”ミトラス教”を勉強することはないだろう。
つまりカント的に言えばアプリオリに”東條ミトラ教”の影響が
現代のアニメ/コミックに見られるはずである。

とは言っても”東條ミトラ教”に深入りしてもアレなので、
フェイド大帝がこれは重要だ!と思われる要素だけピックアップする。

 ・東條ミトラ教の重要要素:

  1.スィームルグ創世神話
    手塚治虫の”火の鳥”のような巨大な鳳凰が世界の基となる
    ”世界卵”を生んで孵したと言われている神話。
    この卵から世界とミトラ神が出て来る
    手塚治虫がどこからこのアイデアを得たのか不思議ではある。
    全くの偶然なのか、あるいは虫プロには優秀な文献調査チームが
    存在するのは既知のことなので、このチームが海外の文献から
    探し出してきたのか?
    ただこの”シームルグ”、本当にマニアックな鳥で、イランの伝説
    にちょこっと記述があるだけである。ヴェーダ教の盛んだった
    インドには一切出てこない。
    重要なのが元のイランの伝説でシームルグが”世界卵”を生んで孵して
    ミトラ神と世界が誕生したという話が探してみた所、存在しないこと
    である。
    インドのヴェーダ文献にもない。ネットの情報しか探していないので
    海外の大学やイランにそういった伝説が本当にあるのだろうか?
    また以前紹介したように外観は”鳳凰”ではない。むしろ複合動物
    のキメラのような容貌。ただし、一部イランの文献ではただ単純に
    外観は”巨大な鳥”としか記述されていない物もある。
    ”鳳凰”の様な姿は手塚オリジナルである可能性が高い。
    もし、神智学協会やフリーメイソン等の結社に古代イランの
    神話、伝説のデータベースがないとしたなら、東條氏は
    恐らく手塚の”火の鳥”からアイデアをパクった疑いが
    考えられる。

  2.大女神ディヴ
    この女神は”東條ミトラ教”によると”無限”を象徴しているらしく
    霊鳥シームルグの真の姿らしい。(シームルグはディヴの化身)
    つまり女神ディヴはミトラ神のお母さんということになる。
    この女神ディヴから、七曜神なるインドでいうアーディティヤ神群
    に相当する初期の神々が生まれる。
    この大女神ディヴこそが”アルティメット・まどか”の真のモデル
    であるとも考えられる。
    (フェイド大帝の考えではまどかのモデルは女神ダヌ。
     大女神ディヴとダヌは別の女神なので注意)
    重要なのがこの大女神ディヴ、
    ヴェーダにも古代イラン神話にもその名前の記載が
   一切ない。
    この大女神ディヴは”神智学”と”東條ミトラ教”に
    しか登場しない。
    つまり東條氏のオリジナルである可能性が高い。

以上の2点が”東條ミトラ教”の最重要要素であると考えている。
ミトラ神その物はあまり関心がない。
というのも”まどマギ”や”エヴァ”、”ジブリ作品”でも見られる通り
日本のアニメや漫画はやたらと女性を神聖視するフェミニズム傾向が
強い。(ちなみにニューエイジではフェミニズムを重視する。
理由は欧米人の根本文化であるキリスト教文化が男尊女卑のため。
ローマカソリックキリスト教への反発の現れだと思われる)
だから男性神であるミトラ神は女性には人気かもしれないが
男性オタク層には受けが悪い。
それに古代宗教というのはどちらかというと地母神信仰が
盛んだったので、より”古い”物に価値を認める日本人の思考
から言って”女神”の方が日本の漫画家やアニメーターに
受け入れられやすいと考えられる。

今日覚えておいて貰いたいのは、

「大女神ディヴのコンセプトに一番近いのはヴェーダの
 アディティ女神である」


ということ。

ウパニシャッドの説明をするときに詳細に
話そう。”

ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドの創世神話全文公開
/blog-entry-501.html
”ウパニシャッドというのは古代インドの哲学書。
「奥義の書」とも呼ばれ、基本はヴェーダの解説書でもあります。
言葉的には”近くに座る”という意味が一般的で師匠の側に座って
秘儀を授かるという意味。

そんなウパニシャッド、日本では複数の訳本がある。
高いのと安いのがある。

高いやつは2万5千円以上するので、一般的に入手しやすい
のは文庫系の安いやつだと思います。

「ところが安い文庫はウパニシャッドが全巻載っていない」

またブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドが抜けている場合が多い。
このウパニシャッド、有名人の大哲人ヤージュニャヴァルキヤさんが
活躍するウパニシャッドなのに......
ヤージュニャヴァルキヤは心の哲学とか勉強されている方には
なじみ深い人物だと思います。

皆さんも漫画やアニメで聞いた事がある、「ブラフマン/アートマン」
哲学の大元の人です。

そんな有名なウパニシャッドなのに何故か文庫版では
ことごとく省かれている。
実はブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドにはもう一つ
重要な説話があって、

「それが創造神話である」

インドってのは創造神話のパターンがいくつもあって
中国、北欧神話の様に巨人を切り裂いて天地を作った話や
道教の様に何もない無極から世界が生まれた、世界卵から
生まれた等、世界中の創造神話が集まっているのではないか
ぐらい豊富なのです。
ですから、武術の様にこの創造神話ってのはむしろインドから
世界に広がっていったのではないかとフェイド大帝は考えています。
(実際インド/アーリア人ってのはブリテン島にまで上陸している)


でブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドの創造神話の何が
問題かというと、

「神の正体が何なのかはっきり書いてある」

実はユダヤ教やキリスト教、イスラーム教ってのは
唯一神が何なのか一切教えないんですね。
多分、神様の権威を守るためにわざと教えてないんだと
思いますが。
ただそれがブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドには
はっきり書かれてある。
だから、インド/イラン系宗教に洗脳されやすい日本の出版界ってのは
ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドを闇に葬りたいのだと思います。

そこで、今回はネットにこのブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドの
創造神話を全文載せます。
はっきり言って、この神話を日本国民の目から隠し続けるのは
もはや犯罪レベルと言っても差し支えないぐらいですから。

訳の元本は湯田豊訳版を使います。

以下、本文:
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

初めに、ここには全く何もなかった。まさに死によって、
これは覆われていた、飢えによって。
なぜなら死は飢えだからである。
「私は体を具えるようになろう」と、死は決心した。
そこで死は讃歌を歌いながら行った。
それが讃歌を歌っていたときに、水が生じた。
「まことに私が讃歌を歌っていた時に、私のために水が
 生じた」と。
まさにこれが讃歌の讃歌たる所以である。
このように、この讃歌の讃歌たる所以を知っている人、
その人にはまことに、水が生じる。

讃歌は、まことに、水であった。
そこで水の泡であったもの、それは凝固して大地になった。
死はその上で苦労した。それが労苦によって疲れ、熟した時に、
それの熱=精髄は火になった。

それは自己自身を三重に分けた。
三分の一を太陽に、三分の一を風に。
これが三重に分けられた息である。それの頭は東の方角である。
そして、両腕は南東と北東である。それから、それの尾は
西の方角である。そして、それの両腿は、南西と北西である。
そして、脇腹は南と北である。そして、背は天である。
腹は大気である。胸は大地である。これは水において
確立されている。このように知っている人は、どこへ行こうと、
それが行く所で確立されている。

死は欲した。
「私に第2の自己が生まれる様に!」と。
飢えである死は、その思考によって言葉と性交した。
それの精液であったものは年になった。それよりも以前に
年は存在しなかった。これだけの時間、すなわち、一年だけ
死はそれを保持した。
これだけの時間が過ぎた後で、死はそれを流出した。
それが生まれるや否や、死はそれを呑み込もうとして
口を開けた。
それは”ブハーン”と叫んだ。まさにそれが言語になった。

死は熟慮した。
「まことに、もしも私がこれを殺害するとすれば、私は
 食物をより少なくするであろう」と。
その言葉およびその身体によって、それはおよそここに
存在する全ての物ーリグ・ヴェーダ讃歌、ヤジュル・ヴェーダ
の祭詞、サーマ・ヴェーダのウドギータ、韻律、祭祀、人間
および家畜ーを流出した。
自分が流出したものが何であろうと、死はまさにそれを
喰い始めた。まことにそれは全てを食う(アド)ゆえに
それはアディティと呼ばれる所以である。
このように、このアディティのアディティたる所以を
知っている人は、この一切を喰う人になるのであり、一切は
その人の食物になる。

死は欲した。
「より大きな祭祀によって、私は更に供物を捧げよう!」と。
それは労苦によって疲れ、激しく熱した。それが労苦によって
疲れ、熱した時に、それの栄光=力は立ち去った。
諸生気はまことに栄光=力である。諸生気が立ち去った時に
それの身体が膨らみ始めた。しかし、まさにそれの身体には
思考が存在していた。

死は欲した。
「私のこの身体(死体)は祭祀に適したものになるように!
 この身体によって私は自己を具えるように!」と。
それからその身体は馬になった。それは膨らんだので、
馬祀祭に適したものになった。まさに、それが馬祀祭の
馬祀祭と呼ばれる所以である。
このように馬祀祭を知っているこの人、彼はまことに
馬祀祭を知っている。

とにかく馬を囲い込むことなく、死は、馬を囲い込もうと
考えた。一年後にそれは自己自身のためにそれを屠殺した。
それ以外の家畜を、それは神々に引き渡した。それゆえに
人々はプラジャーパティに属する馬を一切の神々に捧げられた
ものとして屠殺する。

ここで燃えている太陽はまことに馬祀祭である。
年はそれの身体である。この火はアルカである。
これらの世界は、それのもろもろの身体である。
それらの二つは、アルカ(祭火)および馬祀祭りである。
更に、それらはただ一つの神格、まさに死である。
このように知っている人は再死を避ける。
この人に死は到達しない。死は彼の自己になり、
これらの神格の一つになる。

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太字にした所に注目して欲しい。
貪り食う死は”アディティ”である
と説かれている。

「アディティとは大女神ディヴのインド版である」

つまり、東條ミトラ教の最高神の正体は死である!

そしてもしアルティメット・まどかのモデルが大女神ディヴで
あるとすると......考えただけでも恐ろしい!

「オタクが”まどか、まどか”と騒いでいる場合じゃない」
「お前ら喰われるぞ、まどかに」

日本のアニメ/コミック業界が広めようとしている
女神信仰、これの正体のおぞましさが理解できましたかな?”

課題図書と映画などいろいろ

アメリカで最も人気のあるTVドラマ脚本制作ノウハウ本
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-484.html
ようやく、アマゾンから注文してた洋書が届いた。

今回はアメリカのTVドラマの脚本の書き方本。

実は日本では脚本の書き方本というとハリウッド映画を
題材にした物がほとんどだ。
まぁ、ハリウッド映画が一番日本人の関心を引くからだと
思うけど。

ところが、ハリウッド映画とTVドラマだと脚本の作り方
が180度違ってくる。
もちろん、キャラの作り方とか共通する部分もあるのだけれど。
ハリウッド映画というのは基本的に2時間に収まる様に
ストーリーが構成されている。
翻ってTVドラマは毎週放送するわけだから、シリーズが打ち切られない
限りは終わりがない。
つまり通常の映画脚本の様に”ストーリー”に変化を与えて終わり
にしてしまうと、TVドラマの場合はその回が最終回になってしまう。
これはハリウッド映画の基本ルールである

「キャラを成長/変化させるということをTVドラマ
 ではやらない」

ということを示す。

他にも映画の場合は最後まで観ることを前提としているため
”見せ場”をクライマックスに置いてあるケースが多い。
ところがTVドラマの場合、視聴者がどの回をいつ観るかが
断定できないので、毎回”見せ場”を用意する必要がある。等々。

何故、フェイド大帝がTVドラマの制作に注目しているかというと、

「TVドラマは長編を書くときの参考になる」


からだ。

特にアメリカのドラマって人気が出ると直ぐにシーズン化して
一体いくつまでシーズンがあるのかってぐらいやたらと
長編化する傾向がある。

日本でもラノベとか、マンガの人気作品は長編シリーズ化することが
前提となっている。
ところが基本的に新人賞を取ってプロデビューするまでを目標とした
日本のノウハウ本や、そもそも長編シリーズを書く機会がない新人作家や
志望者の場合、エンドレスな大長編を書くノウハウ自体が
未経験の場合が多い。
そこで、実際長編シリーズ化するとネタが尽きたり、
新キャラのカタログ集と化してしまう作品も昨今では
珍しくない。

そんな時に”終わらない物語”の書き方を指南する本やテクニック
があれば役にたつのではないかと考えたわけである。

そこで、アメリカのTVドラマなわけだ。

これは元ディズニーに勤めていたアメリカ人に聞いた話なんだけど、
アメリカのエンタメ制作の花形はやはりハリウッド映画らしい。
で、TV業界ってのはハリウッドで活躍できなかった”落ちこぼれ”
の再就職先の様な認識があるらしい。
そのためハリウッド映画作品を制作している”エリート様”方からは

「TVドラマ制作者は”BUG=ゴキブリ”と呼ばれて
 蔑まれているらしい」

要するにエンタメ業界の底辺を這いずり回る惨めな生き物
という意味だ。

そういうわけで冒頭でも書いた様にTVドラマの世界は映画の世界とは
完全に別物だと思った方が良い。

だけど、フェイド大帝はこの”アメリカのTVドラマ”の制作法こそ
日本のラノベやマンガの制作に最も親和性がある制作法なのでは
ないかと睨んでいる。

以下はフェイド大帝が購入したドラマ制作本:

 ・Elephant Bucks: An Insider's Guide to Writing for TV Sitcoms
  Bull, Sheldon

  アメリカドラマ脚本制作本のバイブル/大統領らしい。

 ・Successful Television Writing (Wiley Books For Writers)
  Goldberg, Lee

 ・Writing Television Sitcoms (revised)
  Smith, Evan S.

 ・Writing the TV Drama Series: How to Succeed As a
  Professional Writer in TV
  Douglas, Pamela

 ・The TV Writer's Workbook: A Creative Approach To
  Television Scripts
  Sandler, Ellen

 ・Crafty TV Writing: Thinking Inside the Box
  Epstein, Alex

  この著者はHPも持っていて、そこのFAQ集は
  かなり参考になる。
ttp://www.craftyscreenwriting.com/TVFAQ.html

また読み終わったら感想書きます。
(しかし、スタニスラフスキーの本が中々読み終わらない......
 かなり内容濃いし、分厚い三巻本だからなぁ......)


すたにらふすきーから、ハムレットとマクベスとベニスの商人、リチャード二世、リア王、リチャード三世、シーザー、シェークスピアの4大悲劇といえば、オセロー、リア王、ハムレット、マクベス。『ハムレット』『オセロー』『マクベス』『リア王』
マッキーの実例が多すぎて何見ればいいかよくわからないがこれは必須だろう。

「サンプルAとB」  day by day
http://air.ap.teacup.com/satsumaware/2119.html













原ゆうや‏ @harayuya_yax 2016年2月2日
偉大なる藤子・F・不二雄先生のSF短編集に『サンプルAとB』という作品がある。これは地球人を調査に来た異星人が、調査対象として選んだサンプルA(ロミオ)、B(ジュリエット)の悲劇を淡々と調査報告し、地球人は実に不可解だという結論で終わる、斬新すぎるロミオとジュリエットだった。

すじゃinもう秋‏ @sujajamnmn 2014年7月30日
サンプルAとBっていうロミオとジュリエットを研究対象として宇宙人が観察する藤子作品があるんだけど、それまでモルモットの実験みたいに淡々とレポートしてた宇宙人が最後2人を生き返らせて島へ送った後「愛は続くのか」を確認できずに観察をやめちゃうのがすごく印象に残っててなぁ

まつまるたかひこ‏ @Doratimus_Prime 2012年7月27日
異色短編では「宇宙人レポート サンプルA とB」は自分は初めて読みました。絵のみ小森麻実先生による作品で、その正統派少女漫画の絵柄で、実に淡々とシニカルな視点でロミオとジュリエットを描いた内容。今だと結構、この宇宙人ってまどかマギカのインキュベーターみたい、とか言われるのかも。

こうまんちきなむらむすめA‏ @rakanka 2011年2月19日
『ロミオとジュリエット』ネタといえば藤子F不二雄の『サンプルAとB』があるな。《外皮を取り去った両者の身体には相違点がある》 《ともあれAとBはその相違点を奇妙な形で利用しあったのである》 《相違点の利用は夜中 飽くことなく繰り返された》











音読と言うか演じる。


まずブラディーの”化学”でも読んで
まず科学的な物の考え方とは何かを学んだ方がいい。

 科学=仮説→証明→再現

”なんかこれ凄くね?w→この小説のこの文章かっけえぇぇ〜〜!!”
は科学とは呼びません。


*ちなみにブラディーの”化学”、その名の通り”化学”の教科書ですが
 これ、オススメです。上巻の最初の方は科学全般の話だし、数式とか
 演習とか沢山出て来るけど説明が非常に詳細で丁寧。
 下手な中国の練丹術や錬金術の本よりずっと分かり易いよ。
 理数系嫌いに特にオススメです。






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荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - その2
http://moebius.exblog.jp/6209497/



原稿の推敲・校正・リライトを支援する8つの文章チェックツールを作りました!
http://tokimaki.hatenablog.com/entry/2016/10/23/160512


アニメーターや作画に詳しくなるにはどこに注目すればいい?
http://anicobin.ldblog.jp/archives/51503210.html



解剖学 「きまぐれ本棚」(構築中) 芳野香
http://atcstudiok.la.coocan.jp/bookshelf.htm


一覧、解説、講座など、ためになる画像をお恵み下さい!!!
http://blog.livedoor.jp/kinisoku/archives/3601553.html

イラスト漫画テクニックまとめ
https://togetter.com/li/895947



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読了感謝!
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