読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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千と千尋が性風俗の話だと宮崎駿監督が明言しているのに、無視や拒否反応が多いことから、日本人がキリスト教化されたことと、キリスト教に逆らえない評論家(笑)ばかりなのを実感しよう。日本人は無自覚クリスチャン(家畜の証)。日本人の労働観はプロテスタント以上にプロテスタント=過労死教。 

フィクションで真実を暴露することは真実を隠蔽する役割がある。
大衆にとってはフィクション=嘘なのだから、フィクションにして発表しておくと真実だと認識しにくくなる。
子供のものだと大人に馬鹿にさせるように仕向けられているものに真実を仕込む。
そしてそれを大人になるにつれて否定させるように誘導して洗脳完了。
実際は、大人になってから触れる機会が増えるものの方が嘘が多いのだ


後に引用する文の宇宙人支配者説の箇所についてあらかじめ述べておく。

宇宙人支配者説→TVや本で発表できる。
キリスト教と大本教系が黒幕説→TVでも本でも発表不可能


オカルトという胡散臭さを演出している分野に真実を隠すのは有効。
だが、最重要の秘密ならそもそも宇宙人支配者説の情報すらTVや本で出ないのではないのだろうか。
或る程度漏れたから、あえて或る程度公開したのだろうか。
しかしそれだと、キリスト教と大本教系が陰謀論の元締めであり陰謀の黒幕だということも少なくとも陰謀論の本で出てもおかしくない。
しかしまったく出ない。
陰謀論者の所属団体がキリスト教と神道カルト(和風キリスト教)だらけなのをオカルトの分野にするのは流石に無理があるからだろうか。

宇宙人支配者説はフィクションで大変多い。
キリスト教や大本教黒幕説の場合は名前を変えたりして、カルトが世界を牛耳っていると暴露するフィクションはある。

最低限言えることは、
宇宙人説を唱えている人は明確にキリスト教を否定していないといけない。
キリスト教が支配用の最強の宗教=実行部隊
だと言っていないといけない。
いくらキリスト教を否定したふりをしようが
キリスト教の伝統であるユダヤ陰謀論
聖書が根拠の日ユ同祖論
を主張したらアウト


千と千尋の神隠しに限らず、物語は大規模洗脳に利用される。
物語の抽象性は潜在意識に入り込み、誰でも簡単にアクセス可能な為、老若男女問わず洗脳可能。
なので、聖書を読んだことがなくても、聖書思想を無自覚に吹き込んだりできる。
昔も今も聖書思想をアニメ・漫画・映画・ゲーム・音楽に滑り込ませたり散りばめたりして、とにかく意識できない部分に埋め込もうとしている

ユダヤ陰謀論も日ユ同祖論も聖書が根拠であり、聖書物語による洗脳。
聖書のユダヤ人の実在を信じることは、キリスト教を黒幕だと認識できなくなることに等しい


………

千と千尋が性風俗の話だと宮崎駿監督が明言しているのに、無視や拒否反応が多いことから、日本人がキリスト教化されたことと、キリスト教に逆らえない評論家(笑)ばかりなのを実感しよう
日本人は無自覚クリスチャン(家畜の証)。
仏教で愛は悪。

日本人の労働観はプロテスタント以上にプロテスタント
過労死教
プロテスタントですら、過労死するほど労働しようと考えない
「働かざる者食うべからず」は聖書が元ネタ。
「勤勉な日本人」は明治以降の偽伝統


日本の学校のモデルは神学校(音楽・体育・遠足・文化祭あり)
=イエズス会のセミナリヨ=キリスト教製。
学校は定時奴隷労働者の訓練施設。
英国の産業革命以降の労働者育成用なので時間と規則に厳しい。
不登校は実はまとも。

日教組の母体である啓明会を作った下中弥三郎は教育支配の為の工作員


煩い親や教師には
①学校制度は産業革命により神学校をモデルに奴隷労働者を育成するために生まれた
②給食は毒塗れ
③予防接種は危険
こんなことすら知らずどうやって子供を守れるのかと聞こう。
抵抗しよう!



千と千尋の神隠し:
白人の魔女が、八百万の神々(男の客)よりも上に住み、有色人種をこき使う。
神道=キリスト教が土着の信仰を乗っ取って作った和風キリスト教。
キリスト教>神道(仏教否定)。
キリスト教嫌いの宮崎駿はキリスト教否定の新キリスト教(スピリチュアル、ニューエイジ)派閥。

ポスターは主役が登場します。
魔法使いが支配する性風俗が舞台の千と千尋の日本版ポスターの主役は
千(数字=奴隷)、豚(家畜)、目屋(生あります)。
電車の荷物にも生の目あり。ナルトにも目屋登場。
アイドルは処女はマリア崇拝。耶蘇教の性管理。

北欧神話のブリュンヒルデ=ポニョが津波が起こし全員死亡させつつ、原作のキリスト教要素を否定する宮崎作品。
ハイジも原作のキリスト教要素を抜いたキリスト教否定作品。マギやハリポタと同じ陣営。


町山智浩が宮崎駿「千と千尋の神隠し」と性風俗の関係を徹底解説
https://www.youtube.com/watch?v=scZzCOS8hLQ&feature=youtu.be



町山智浩のモンドUSA  第11回目『千と千尋の神隠し』
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9049123



宮崎駿自身が、千と千尋の神隠しが売春についての映画だと言っている

宮崎駿「僕が子供のころには新宿にだって文字通り赤いランタンが灯っているような街がありましたからね。もともと日本は性についてあっけらかんとしたものでしたから。ヨーロッパ人から貞操観念がないんだとあきれられて性道徳を押しつけられるまではね。何もそれを復活しようと言っているわけじゃないんですが、今の世界として描くには、何が一番ふさわしいかといえば、それは風俗産業だと思うんですよ。日本は全て風俗産業みたいな社会になっているじゃないですか。今の女性達は売春窟に似合いそうな人が物凄く増えている」
“PREMIERE日本版 2001年6月21日号”


・全世界共通で赤い提灯は売春宿の印。飲み屋も赤提灯だったりするが、もとは売春宿の印。
・湯屋の柱が赤く塗られているのは売春宿の印。遊郭ものの映画を見ればインテリアが同じだとわかる。

・“人は自分が聞きたいものを聞くw”
・“というか女優はもともと売春が機嫌”
・“神社の周りも売春窟だったらしいね”
・“神社自体が性的な接待が行われてた場所だからね”
・“今で言うと「泡姫」みたいなもんだな”
・“パヤオの「こんなこといいな、デキたらいいな♪」じゃねえかwww”
・“江戸時代の旅籠の「飯盛女」とかね”

・トルコ風呂、湯女風呂が流行った。銭湯は男女混浴で落ち着かない。だから男専門の風呂の需要があった。湯女風呂は個室浴場=ソープ。風呂というのは隠れ蓑で実際は売春がメインのウリ。
当時江戸時代は売春宿は政府が管理していた。吉原の花魁や太夫は女性である花魁・太夫側が客とセックスするかどうか決める。当然、いくら貢いでもセックスできない男がでてくる。金がないなら尚更できない。
そこで、ウチは誰でも断りませんよ、という湯女風呂ができる。
千尋がどろどろで汚い客を洗って綺麗にしてあげて、抜いてあげる。

・“混浴といっても湯気で男女の判断ができないくらいだったそうです。”
・“湯女ってwikiひいたんだけど、関連項目に千と千尋がでてきた”
・“”日本も昭和30年代までは合法売春地帯があった
・“いや、花魁って高級遊女の事だから客を選べるよ。切見世、湯女、飯盛り女、夜鷹あたりは悲惨だけど…”
・“汚れ役は置屋で処女を奪うという仕事だったかな”
・“鎌倉とか伊勢とかデカイ神社の周りは風俗街だったんだよね”
・“しかしこんなものを日本歴代興収一位にする宮崎ってすげえよな“
・もののけ姫のタタラ場の女性はエボシ御前が買い取った売られた女性。彼女らはマージナルな存在で社会の保護を受けられない。
・“MARGINAL=周辺 つまり中心部に居ない人達を指す”
・“エボシ様はハンセン病患者や娼婦が差別されない火事場労働を与える早すぎた名君。同時に困った科学万能主義者”
・千と千尋では、千尋がもう嫌だ我慢できないと言ったら助からないとしている。そうした話は昔から沢山ある。苦界(仏教用語。この世全て。売春しないといけない境遇)に堕ちる話は多い。お姫様など高貴な心の美しい娘が売春をしないといけなくなり、その中で耐えしのぶことができれば成仏できたり綺麗なお姫様に戻れるという話。
・“中世から鉢かぶり姫の話はあるが、いいことしたらご利益があるっていうおちになるのは江戸時代から”
・誰にも相手にされない醜く変形した売春婦に誰かが手を差し伸べると、その人の前で、女神やお姫様という正体を表す話も昔から世界中にある。
・“貴種流離譚ね”
売春婦と聖女や姫を同一視する物語は昔からある。典型的なのはグラナダ(マグラダ?)のマリアは売春婦。
売春婦は神と接触する能力があると考えられた。社会の外側、厳しい環境で売春という辛いことをするのは一種の聖者だと考えられた。神の一種だと考えられた。
中世の修道院は売春をしていた。
看護婦の起源は従軍看護婦であり、その人達は売春もやっていた。従軍慰安婦と看護婦は全く同じものだった。
・“修道女は看護婦もしてたしなぁ”
“ハムレットで「尼寺へ行け!」ってセリフはビッチ!っていう意味で言ってたしね”
・“日本の巫女や、ギリシャの神殿娼婦だね”
・“聖女=性女”
・“なんだっけ、老婆になった自分の正体に気付いてくれる人がいたら元に戻れる話って”
・“「罪の女」とあるけど、俗説では売女ってことになってるね”
・聖女=売春婦。
白拍子、出雲阿国の歌舞伎。歌舞伎はもともとは女性がやるものだった。歌舞伎はお芝居を見せた後でセックスもしていた。
神に近いところにいる人は、芸能を司ったり、看護婦として命を救ったり、修道女として神と結婚したりしながら、男の人に体を分け与えるというかたちで、人間ではなかなかできないことをしていた。
“日本神話でも舞踏は性と繋がるよね、アメノウズメとか”
“弁財天は芸能と売春の神だもんな”
“旅芸人=売春”
“アポロン神殿の巫女とかもな”
・宮崎駿監督自身が言っているのに決めつけで否定するなよ。

湯女(ゆな)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E5%A5%B3


・江ノ島の弁天様を見に行く=本物の女と売春。
 
・自分と自分の相棒しか性風俗の話だと指摘している人がいなくて、軒並み売春のことを無視している。インタビューで宮崎駿が売春や性風俗の話をしても話を逸らそうとする。

“売春=絶対悪という西洋的歪んだ価値観に支配された人間の戯言”

湯婆婆の恰好が十九世紀の欧米の売春宿のマダムと同じ。
アメリカの西部開拓地は男ばかりで、売春宿があり、その主人は湯婆婆の恰好をしていた。
・千と千尋に登場する湯女はお風呂で体を洗うだけだということにしているが、若い女ばかりで、必要以上にセクシーに見える。
しかも、お客様が男の神様ばかり。
画面に思いっきり回春=アソコを元気良くするって書いてある

“逆にただの風呂屋の女将がなんでドレス着て宝石ジャラジャラなんだよ?ってな”

宮崎駿は売春は日本の伝統だから禁止するべきではない、西洋文化の押しつけだと、売春禁止に反対している。
“公営の売春を禁止するから非合法の売春が蔓延するんだしな、一理あるよ”
“禁止するから暴力団の資金源になるんだよなw”
・宮崎駿インタビューで言ったことの英訳を更に日本語訳「頭が悪くて、見かけの悪い女の子でも、若くてセーラー服さえ着ていれば、価値があるっ!それこそ彼女が売れるものなのだ」
あと、『もし、女の人をお金で買ったときに、あなたが得られるものはお金で買えるものだけなんだ。けれども、彼女が売春婦だとしてもあなたがその彼女が本当に好きならば、それは本当の本当の愛なんですよ』と言った旨の引用も宮崎監督はしている


“作ってるよ、自分の欲望の発露したアニメばっかりw キキのスカートのために三ヶ月間女学生視姦し続けた男だぞ?”


・トトロの猫バスは、不思議の国のアリスのチェシャネコ。
売春宿に入っていきなり売春はしない。まずは下働き。千尋も下働き


見習いの千尋に対してノーフェイス=カオナシは金を持って追っかけまわす。鈴木プロデューサーいわく、カオナシは宮崎駿自身のこと。それを聞いた宮崎駿が、焦って「いやいや、そんなことはない、カオナシ的要素はいろんな人にある」
町山さん「ないと思うんですよ。十歳の女の子にお金払って何かさせてくれと思うのは変わった人だけ



映画評論家町山智浩アメリカ日記
2004-03-14 「千と千尋」はなぜ「湯女」なのか
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20040314
人は証拠や論理よりも、自分の信じたいことだけ信じる、という話の別例。

宮崎駿の『千と千尋の神隠し』に関しては柳下毅一郎の対談本『映画欠席裁判』その他で書いてきたとおり、娼館を舞台にした物語である。

しかし、そう指摘されると怒る人が多いんだ、これがまた。

 主人公は「湯女」として働かされるのだが、国語辞典でも百科事典でも何でもいい。「湯女」という言葉を引いて欲しい。

たとえば『日本大百科全書』にはこうある。

「温泉場や風呂屋にいて浴客の世話をした女性のこと。一部は私娼(ししよう)化して売春した」

『大辞林』にはこうある。

「江戸時代、市中の湯屋にいた遊女」、

『岩波古語辞典』だと「風呂屋に奉公し、客の身体を洗い、また色を売った女」。

「そういう見方もある」だの「そういう解釈もある」だのというレベルではなく、「湯女」とは「娼婦」を意味する名詞なのだ。

ただし、昔から風俗においては初潮前の少女は見習い(半玉という)として下働きをさせられる。千尋の場合はまだ、その段階だ。公衆浴場には銭湯と湯女風呂の二種類があり、銭湯の客は男女両方で、背中を流すのは三助という男だが、湯女のいる湯女風呂の客は男だけである

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E5%A5%B3

「湯女」で検索すれば、いろいろと湯女風呂の解説や図版が出てくる。

 これで明らかなように、湯女は基本的に娼婦である。

http://www.wind.ne.jp/asakusau/asakusa/ukiyoe/ukiyoe7.htm

http://www5.ocn.ne.jp/~ukiyo26/yuya11.html

http://www.c-c.co.jp/huzokusi4.htm

http://homepage1.nifty.com/shincoo/m124-2furo-nihon.html

http://www.1010.or.jp/menu/history/rekishi04.html

http://1010.or.jp/sento/history/04.php

 ダメ押しで言っておくと、トルコ風呂がトルコ人からの抗議でソープランドに改名された時、最後まで残った有力候補は「湯女風呂」だった。もし、湯女風呂になっていればソープ嬢は「湯女」と呼ばれていたはずだ。

『千と千尋』ほど数多くの映画評や新聞記事で取り上げられた映画はなかった。なにしろ「国民的大ヒット」だから。

 ところが何一つ「なぜ湯女なのか」ということに触れはしなかった


 たとえば渋谷陽一は宮崎駿に何時間もインタビューしながら一度も湯女の意味に触れなかった。まあ、彼は単に知らないだけだろうが、『ユリイカ』の「千と千尋特集」では何十人もの学者や「インテリ」に論じさせながら、「なぜ湯女なのか」誰も触れていない。売春の「ば」の字も出てこない。

 かくしてオイラと柳下だけが「国民的名作をいやらしい目で観るヒネクレ者」ということにされてしまった。

なかには「風俗と結び付けるいやらしい見方は許さない」と怒る連中も多かった。

実は風俗うんぬんはオイラたちが最初に指摘したわけではない。

最初に言ったのは、宮崎監督本人である。

日本版『プレミア』の2001年6月21日号での『千と千尋』についてのインタビューで、どうして今回はこういう話にしたのかと質問された監督はこう答えている。

「今の世界として描くには何がいちばんふさわしいかと言えば、それは風俗産業だと思うんですよ。日本はすべて風俗産業みたいな社会になってるじゃないですか」

 以下、宮崎監督はえんえんと日本の性風俗について語るのだが、要約すると、『千と千尋』は、現代の少女をとりまく現実をアニメで象徴させようとしたので、性風俗産業の話になった、と監督は言っている


風俗産業で働く少女を主人公にするというアイデアを出したのは鈴木敏夫プロデューサーで、「人とちゃんと挨拶ができないような女の子がキャバクラで働くことで、心を開く訓練になることがあるそうですよ」というようなことを宮崎監督に話したら、「それだ!」とアニメの発想がひらめいたそうだ。

ちなみに「プレミア」誌のインタビューで鈴木プロデューサーは「カオナシは宮崎監督だ」と言っている。

奇妙なのは、この『プレミア』の聞き手は、宮崎監督が性風俗について熱心に説明しているというのに、それを『千と千尋』と一切結びつけずに聞き流してしまうのだ。子供向けアニメが性風俗を扱うはずがない、と思って監督の一生懸命な説明も理解できなかったようである。

人は、たとえ監督本人が作品のテーマを説明しても、それが自分の考えていたものと違っていれば、受け入れないものなのだ。
 湯女風呂の歴史的事実と『千と千尋』をしっかり結びつけた評論は日本では見当たらない。恥ずかしいことにアメリカにはちゃんとある


 ウィスコンシン大学のボブ(18)とUSCのミンク(20)という日本語を学ぶ学生が運営するサイトだ。

http://www.bobmink.com

『千と千尋』に関するQ&Aで「湯女」の語義を解説したり『プレミア』の宮崎駿インタビューを引用して、湯屋は娼館であることを説明している。まあ、アメリカ人でも見ればわかるのだ。だって湯婆々の服装は19世紀欧米の娼館の女主人(マダム)そのものだから。

ちなみに、少女が娼婦に身を落として、自分や親の罪を贖うという物語は実は世界中のあちこちにある。お姫様や絶世の美女が苦界に落ち、我が身を男たちに与えていくが、本当の優しさにめぐり合った時、天女になって天に召されるという草紙だ。

この映画の場合、両親が犯したのは飽食の罪だ。オイラはこれは、89年まで続いた戦後日本の高度経済成長と飽食、享楽主義のツケが、90年代から続く底なしの不況として返ってきたこと、それが女性の就職難につながり、風俗産業という苦界に身を投じる必要性が増している状況を象徴していると思う。「プレミア」のインタビューで宮崎監督は現代日本の女の子が性風俗のあふれる社会で生きていかねばならない現状を語っている。

また千と千尋の客が神様(全員男)なのは、古来、神に仕えるものと娼婦は同一視されていたからだ。

古代から、世界各地の神殿の巫女は売春もしていた。

最も聖なる者と最も下賎なる者は同じと考えられていた。

日本に限らず、世界中で神に仕える女性は同時に娼婦でもあった。

神に身を捧げることと、誰にも分け隔てなく我が身を与えることは、同じことだからだ


タルコフスキーの『サクリファイス』に、主人公が世界への祈りとして魔女と性交するシーンがあるが、

キリスト教以前の社会では、巫女との性行為を通じて人は神と対話した(ギリシアの巫女の例がよく知られている)。

民俗社会においては、巫女は、神の妻であり、人間にとっては処女であり(誰の妻でもなく)、、同時に娼婦でもある(誰の妻でもある)。

だから湯女たちは巫女の衣装を着ている


性職者は聖職者だった。古今東西

また、中世のキリスト教教会は娼館を認可し、必要なものとしていた

http://www.medievalsociety.org/2008/02/21/brothels-and-prostitutes/

中世の「聖なる娼婦」の伝説。

http://www.jstor.org/discover/10.2307/3704459?uid=3739256&uid=2129&uid=2&uid=70&uid=4&sid=47699119792967

性風俗と国民的アニメを結びつけるなんて!

と怒った宮崎ファンはもういちど『プレミア』の監督インタビューを読むべきだろう。

そこで宮崎監督は、性風俗を悪いことと決め付けるのは、キリスト教的倫理の押し付けのせいだ、と怒っていらっしゃいます

結論

宮崎駿先生には、堂々とポルノを作って欲しいです。

手塚治虫先生は、三本も作りましたよ。

『クレオパトラ』『千夜一夜物語』『哀しみのベラドンナ』…”

「千と千尋の神隠しは性風俗産業の話である」という町山智浩さんの見解
http://matome.naver.jp/odai/2134150153275995801?&page=1

千と千尋の女体盛り
http://my.shadowcity.jp/2014/11/post-6056.html
”千と千尋が、ソープに売られた娘の物語、という話なんだが、ところでおいらが小学校に入学したら、学校のすぐそばに、女郎屋の廃墟があったわけですw いわゆる「赤線廃止」が1958年なので、それからわずか数年。かつての女郎屋は、近くの工場の社員寮になっていた。そこから学校に通って来る生徒もいて、だから、小学校低学年のおいらは、女郎屋の建物で遊んでましたw 特徴としては、やたら玄関が広くて、廊下が広くて、外観にも特徴がある。なので、千と千尋の建物を見た瞬間に、「あ、女郎屋」とすぐに気がついたw


宗教象徴学
「千と千尋の神隠し」
http://mandalaya.com/sen.html


フェイド大帝‏@FeydoTaitei·9月29日
また、イルミ系の漫画でやたらと
富士山噴火ネタが多い。
美内すずえのアマテラスでは
アメリカのキリスト教カルトの
司祭が魔術を使って富士山を
噴火させる呪い
を掛けるシーン
がある。

美内すずえはアイクが処女作を
出す前にレプティリアン説を
漫画に織り込んでいる。


現代の女が現代の男を作っている
http://magicaldragon.blog.fc2.com/blog-entry-384.html
”宇宙の他の星の含め、基本的に人間というのは女が中心。社会は女が主導なのだ。しかし、地球ではそれ以前に支配層と奴隷層とが存在し、支配層が主導となる。支配層は奴隷層の女さえ制御すれば、自動的に奴隷層の男を誘導・制御できる。以前に「女の性を制御する事により、男を奴隷労働に誘導できる」のような話をした。映画ゼイリブでも「結婚して子供を産め」という暗示キーワードが紛れ込む。奴隷層が結婚すれば、自動的に男は奴隷になるというわけだ。男は子供ができちゃった時などに結婚はしてもいいが、企業などの奴隷になってはいけない。女ならば、相棒を企業の奴隷にしてはならない

宇宙は女が中心という概念は「オーシャンガール」という実写物語に出てきた。オーシャンガールでは海洋研究所を舞台に、鯨と会話ができる不思議な少女と少年達の交流を描く。彼らは宇宙人なのだ。残念ながらDVDなどは発売されていない。テレビで放映されるような物語のクリエーターは魔導師なので、何らかの真実を語っていると解釈する。つまり、「他の星では女が主体で男はサポート」というのが真実だという認識だ。善を名乗る宇宙人の本でも多くの場合、女が主体だと記されているはずだ。
以前の記事では「魅力エネルギーの大きな方にお金は流れる」のような話をした。つまり、男が女に貢ぐのが一般的という事は、女の方がエネルギーが大きいという話になる。あくまで傾向であって、女ならば無条件でという事はあり得ない。お金目当てじゃない方が愛される事は間違いない。男でも不思議な魅力がある場合、「女は俺に貢いでくれる存在」のように考える者もいる。

よく、男女に区別を付けると「女性蔑視だ」のようにヒステリックに語り出す女がいる。しかし、筆者の根底は原則、区別=女性上位となる。ただし、階級(奴隷層や支配層の違い)、年齢や容姿というのもあるので、女性だから全ての男よりも上位という話をしているのではない

当ブログでこのような話をしていたら、「成功した後に、男性は若くて美人の嫁を貰っているんだ」のように食ってかかる女性もいた。いやいや、そういう嫁は2人目3人目であって、成功した男性はそれまでに他の女性も含めて付き合っていたから成功できたのだ。そもそも、そういう結婚は付き合っていたから実現したのであって、結婚が男女関係のスタートではない。セックスを得ていない男性が成功する可能性は、これっぽっちも無い。ただし、最近はゲーム・アニメの女の子にはまって、四次元の彼女達からパワーを得る男達もいるので、必ずしも生身の女とのセックスである必要は無い。この事実の前では、筆者の説は破綻してしまうのでフォローをしておくと、そういう四次元愛好家も、お金を持てば、生身の女に気が向く事もある。結局は生身の女によって、四次元から借りたエネルギーを返す事に繋がるのだ。
筆者はゲーム・アニメキャラに対して二次元という表現をしない。どこにでも存在し、時空を超えるという性質は、四次元というわけだ。また、スピリットが宿っているという意味でも、四次元だと認識する。宿っているスピリットはいわゆる淫夢魔とか精霊のようなイメージとなる。キャラを生み出しているのは女神信仰の魔導師なのだから、女神でもいいだろう。

「男にとって、女がいなきゃ、セックス出来なきゃ仕事頑張れない~」ってのが真実なのだ。男がこの説に対して、「俺は男がいるからいいよ」とか、反論するならば分かるが、女が反論を語っても説得力はゼロ
だ。側面としては「俺はもう性欲が薄れたから、働く必要が無い。高収入を目指す意味は無い」という立場もあろう。

現代の洗脳された女性にとって都合のいい男というのはどんな像だろう? 奴隷のように働き、自分や子供に金品を運んでくる男だろう。現代の女は、そういう男が好きになるように、支配層に仕向けられるという事だ。女にそう思い込ませれば、現代のような奴隷社会が成立する

「稼げている男性は女性を見下さない」のような話をする女性もいる。何の根拠も無い。貧困層で見下す人もいれば、富裕層で見下す人もいる。その逆も然り。富裕層の方が女を金で囲いやすくなり、愛人希望の女は高い金額へ流れる。かと言って、別に見下しているわけではない。色々と訳の分からない話をして、当ブログの「女が男を奴隷にしている」という説を崩したいようだ。同じ人が「男性の資源がお金ではないなら、同性同士で何で勝負するのか?」のように吐いている。つまり、男をお金としか認識していないわけだ。男を物扱いしかしていないので、男女に関わるあらゆる主張が男による女性蔑視に思え、自分が物として扱われる妄想に囚われる

筆者にはプチ高収入時代(年収1500~2000万円)があったので、お金によって女の目の色が違う事は認識している。普通にデートしたはずなのに、「私は海外旅行が好きなので、スポンサーを探している所なんです」と分かりやすい女もいた。若くて、割りと美人で、武道・芸能にも取り組んでいる女性だった。しかし、愛する事ができないと判断し、二度と会っていない。

「ビジネスを大成功させて支配層側になれないのなら奴隷世界のルールで生き抜くしかない 」という主張もあった。支配層側だからビジネスで成功できるという定理は置いておく。当ブログの話は、支配層の作ったルールは無視しよう。要するに、洗脳された人間は無視しようという話だ。奴隷社会でうまく生き延びるという状況は、奴隷の常識にうまく沿う事ではない

社会というのは女が主導なのだが、それを男の主導にすり替えるのが黒魔術師達の役目だ。また、女が虐げられていると女に思い込ませる事も呪術と言える。支配層に虐げられているだけなのに、男に虐げられていると女は考えるわけだ。
次が重要なので噛み締めて貰いたい。こういう事を書いた人物が男というだけで叩かれる場合がある。女が同じ事を書いても問題無いという場合が通常だ。男が書くと「都合のいい女を量産している」のように思う女性も現れるし、女が書けば「そうかも知れない」となるわけだ。つまり、支配層はまず男と女を分断する事で統治していると言える。支配層による分割統治が支配の決め手という状況は、主張者が男か女かで結果が変わるという事実からも判明するわけだ。確かに国同士の分断も統治に役立つが、男女という根本的な分断に気づく事が、霊力のある人間の思考となろう


筆者は冒頭に
宇宙の他の星の含め、基本的に人間というのは女が中心。社会は女が主導なのだ。
と記した。これを女が書いていたら、受け入れられない男が発生し、男からはクレームや嫌がらせがあるだろう。男女にこれ程までに溝を作った黒魔導師達には感服さえ感じる


なお、当ブログでは、別に男に都合のいい女を作っているわけではない。どちらかと言うと、現代の男は経験の少ない女を求める。多くの経験を積んだ女はむしろ好まれないのだから。

他の記事を受け入れてくれた人が当ブログの性愛コーナー読むと、「性愛のコーナーまであって面白い」と好意的に受け取られるのだろう。だが、検索などでポッと当ブログに来て、性愛コーナーだけを読むと、反感に繋がるのかも知れない(爆) 当ブログの深い読者だと、筆者の語っていない事も補完して納得してくださるのだろうが、ポッと訪問した人だと魔力が伴っておらず、筆者の意図が読み取れないのだ。ただでさえ誤解を生みやすい男女の話だが、当ブログに通う程の人じゃないと、性愛のカテゴリーだけ読んで、他の情報まで捨ててしまうというわけだ。というか読んでないからクレームが来たと言える。

分析としては、自分の常識である「男は収入で勝負し、女は若さや美貌で勝負」を崩してきた者が、たまたま自分を満たしてくれない存在である男に属していた。だから噛み付いたというわけだ。

性愛カテは基本的に当ブログが1日100アクセス未満で好き放題書いていた時の内容となる。よって、今、前面に出すと矢面に立ちやすい、奥にしまってあるのをわざわざ引っ張り出さないでもらいたい。

格好言い台詞かどうかは分からないが、お金以外で結び付いた男女こそが、人も羨む理想のカップルだと言える。老人の富豪が美人女優と結婚して、本当に羨ましいかい? 加藤茶は哀れまれているだけでしょ。

本当はもっとクレーム者の論調に反論したいのだが、支配層によって男女が分断されている以上、男の立場で語れる事には限界がある。まあ、更新が鈍っている当ブログの更新を望む人、特に女性による異次元のエネルギーが筆者に働きかけたというわけだ。筆者としては、そのような不思議な理力を持つ人を女性だと認識するのだ。他は女性以前に被洗脳者とか奴隷だとしか認識できないのだ。

当ブログ読者からのコメントに対して返答。余計な話かも知れないが。

お金目当てで男性を選ぶ女性が多いと言っていますが、私の周りにで経済的に自立した女性が多く、その人たちからするとセックスしたいと思ったり、その人の子どもを産みたいと思う男性が少ない、と。男性が魅力的でなくなった(=性的でない)のも支配層の陰謀なのでしょうか。
是非女性が洗脳から本能に目覚めるためにも、男性が魅力的になるにはどのような方法、魔法があるのかブログで語って下さい!

その人の子どもを産みたい」と思う時点で洗脳されている。どの男の種かすら分からなくていいというのが本来の女性。そもそも自分の子というのは確実なのだから、それ以上に何を気にする必要があるのか? 養わせる前提だから、男を特定したくて仕方が無いという思想に侵されているわけだ。自分の子が特定できなくて困るのは男だけ。女が経済的に自立しているならば、別に男に養わせる必要は無い。養わせようとするから審査が厳しくなる。そもそも、セックスさせてみて、漸く興奮できたかが初めて判る。やる前から排除して、何の思惑があるのか? 「この男ならばやらせてもいい」とか考えている内は覚醒はしていない。判定するにしても、やってからの話だ。以前に語ったが、セックスに満足できるか、男の場合には、やる前から正解が分かる傾向があり、女の場合にはやるまでは正解(興奮したり感じるか)は分からない傾向にある。「セックスしたいと思える男に会えない」にもう一度注目するが、男に何を求めているのだろう? 優しさとかテクニックならば、やられてみないと分からないはずだし、やられない内から想像しても無意味というわけだ。結局、肩書とか甲斐性とかで男を決めているという話になる。女が「この男の子供ならば」と決めたはずの相手、いざという時に相棒のサイズとか持続時間が合わなかったら、どうするつもりなのだろう? 特にセックスしたいと思った場合、要するに間違っていたという事でしょ? これらが、やるまでは女は正解を当てられない根拠だ。この話は筆者が実際に関わった女性から聞いた話も元にしている。サイズとか持続時間が(爆)な人が元彼氏で初体験という女性だった。もし、その元彼がサイズも持続時間も充分だったら、筆者は敗北だった(笑)

幻の桜さん(若めの女性が管理人)によると、女が男を選ぶのではなく、自分に寄ってきた男を受け入れるのが女の立場だ。つまり、「したい」と言ってきた男こそが、セックスすべき相手なのだ。したいと言える時点で、水準の高い男。自信が無い男ならば、女に声は掛けない。異性に性的魅力を感じるのは男の方であって、必ずしも男に充分な魅力がある必要は無いのだ。女は自分に男が寄ってくるという現実こそが自分の魅力を認識するチャンス。

男性の魅力だが、日本に関しては昔の男は多くが自信を持っていたので、今よりは魅力はあっただろう。しかし、裏を返せば、性が満たされていたから自信があったのだ。原因と結果を間違えてはいけない。ちなみに、自信が無かった男は末端の坊さんなど、性が満たされない者達だった

返答は以上。

現代の女が現代の男を作っている。あえて言ってみると、現代の女の多くが洗脳されているので、あまり魅力的な男にならない方が現代の悪女には好かれず、マシな人生になる事さえある(爆)

現代の性の乱れが原因でうんぬん……という話は、ことごとく作り話。古来の日本ではその乱れとやらで、うまくいっていた。性を制御されるのは家畜のみ。性の乱れ(実際には本来の姿)よりも恐ろしいのが、性の管理や制御なのだ。

当ブログの主張としては、「地球は実は宇宙人によって支配されているのだから人間は家畜同然。皇族王族は宇宙人の手下のような存在だから、皇族王族でいられる。お金を発行している一族も同様。男女関係の常識が正しいはずが無い
」という思想が根底なのだ。”
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