読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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仕組まれたスピリチュアルブーム(神学の改悪=宗教改革)。『近代スピリチュアリズムの歴史』支配層には専属の占師がいるのに、感情的にオカルトを拒絶する紐付き陰謀論者に価値なし!悪魔教だユダヤだのと言って、キリスト教こそが悪魔教であり、メーソンが科学を重視する新キリスト教系組織なのを隠す秘密結社の情報に価値なし!イルミナティ陰謀論を発明したのがイエズス会士バリュエル(秘密結社の陰謀論もキリスト教製)だと言わない寸止め陰謀論者に価値なし!秘密結社の悪魔教を強調するのはキリスト教(真の悪魔教)の特徴! 

悪魔教だユダヤだのと言って、キリスト教こそが悪魔教であり、メーソンが科学を重視する新キリスト教系組織なのを隠す秘密結社の情報に価値なし!
イルミナティ陰謀論を発明したのがイエズス会士バリュエル(秘密結社の陰謀論もキリスト教製)だと言わない寸止め陰謀論者に価値なし!
秘密結社の悪魔教を強調するのはキリスト教(真の悪魔教)の特徴!
支配層には専属の占師がいるのに、感情的にオカルトを拒絶する紐付き陰謀論者に価値なし!


勘違いされてるかもしれませんが、私はオカルト、超古代文明、超常現象等を否定しません。この分野に余りに多いインチキと偽物(✝とギリシャ哲学製)を指摘しているだけ。
カルト率が特に高い分野なので本物=秘術の隠蔽が目的なのは明白


ken ‏@kenkatap 2012年9月3日
イルミナティの亡霊が歩き始めた=結社禁止1785年から4年後1789年=仏革命
▼革命を背後で操ったのがイルミナティという説←最も熱心なプロパガンダ=イエズス会バリュエル神父
▼一切をイルミナティの陰謀に
▼のみならず、起源を14世紀のテンプル騎士団にまで遡らせた
【ヘブライの館2より】

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
陰謀論初心者はユダヤがつくものを全て避けましょう。ユダヤ陰謀論はキリスト教の伝統。バチカンとナチのプロパガンダ。プロパガンダは十七世紀に教皇庁に創設されたプロパガンダ組織「布教聖省」Sacra Congregatio de Propaganda Fideが元。
猫太”そのプロパガンダ組織がフランス革命でシマを取られたバチカンがイルミちゃんやフリメに対してネガキャンプロレスをすると。その150年以上前のプロパガンダの残骸がリサイクルされて陰謀論になってヌッポン人を騙してる”
イルミナティ陰謀論者のイエズス会士バリュエルの著作の劣化コピー。

ババリアのイルミナティ
○キリスト教系組織 ×ユダヤ
○梟がシンボル ×一つ目
○ロスチャイルドは創始者と無関係
○イエズス会士バリュエルに陰謀の黒幕にされる
○秘密結社と悪魔崇拝・ユダヤ・ルシファーを結びつける情報は全てバチカンのデマ。真の黒幕は自分が黒幕になる情報を流さない。


knznymmmy ‏@knznymmmy 12月15日

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%BA%E3%82%B9%E4%BC%9A …

wiki イエズス会
1773年7月、クレメンス14世により
イエズス会は禁止された

よって何かに偽装しないと
馬鹿正直に「イエズス会です」と名乗って
活動ができなかった
そこでイルミちゃんを作り出す必要があった

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 12月16日

@knznymmmy フリードリヒ2世は啓蒙専制君主。ヴォルテールと親密。
1773年にイエズス会は禁止されたがフリードリヒ2世は自国へ亡命許可
恩知らずイエズス会士バリュエルは
1797-98年にフランス革命の黒幕はフリードリヒ2世と百科全書派だと指摘。
当時はグルではない。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
ヴァイスハウプトがユダヤ人である証拠なし。反ユダヤ・ユダヤ陰謀論はイエズス会(バチカン)の伝統。イルミナティ結成者をユダヤ人だという主張は情報源が同じで書き方を変える努力がない。
バリュエルの死後に彼の幻のユダヤ陰謀論本の噂
が流れた。
http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/20703727.html …

イルミナティ陰謀論を広めたイエズス会士バリュエルの著作の概要
仏語で1797-98年、英訳版を1799年に出版。翻訳で更に広まる。
フランス革命の黒幕はヴォルテールら啓蒙思想の百科全書派(科学と理性重視メーソン)、フリードリヒ2世(プロイセン王)、ババリアのイルミナティだと指摘

イエズス会士バリュエルは百科全書派・理性・科学・啓蒙思想という中核を具体的に言及していることから当時のバチカンは大東社とグルではない。
現在の紐付き陰謀論者は、グラントリアンの中核である百科全書・理性・科学という具体的名前を悪魔や悪魔崇拝と言い換えて隠しているので今やグル
である。

インド・イランの宗教を隠すのは、バチカンの盗作元かつ大東社の本体なので利害が一致するから。
イエズス会士バリュエルのイルミナティ陰謀論には中核(百科全書)があるが、今はそれを抜いた劣化コピーを紐付きが布教しているのでバチカンと大東社は今やグル。共倒れしない程度の暴露で中核を隠す

宇宙への旅立ちは、スウェーデンボルグ教=ゴッドを宇宙人や霊に言い換えた新キリスト教系。
秘密結社の悪魔教を強調するのはキリスト教(真の悪魔教)の特徴。
秘密結社はバチカンが科学を弾圧しなければ生まれなかった。
イルミナティ陰謀論の発明者はイエズス会士バリュエル。

日本語版のウィキのイルミナティの項目には、ババリアのイルミナティのシンボルがフクロウ(梟)だとすら書いていません。だから△一つ目がシンボルだというデマを流す寸止め陰謀論者がやりたい放題。
ヴァイスハウプトなんて日本語版には記事すらありません。
バリュエルも彼の著作も日本語版ウィキに記事はありません。
英語記事との情報格差は意図的


Illuminati
http://en.wikipedia.org/wiki/Illuminati

Adam Weishaupt
http://en.wikipedia.org/wiki/Adam_Weishaupt

Augustin Barruel
http://en.wikipedia.org/wiki/Augustin_Barruel

Memoirs Illustrating the History of Jacobinism
http://en.wikipedia.org/wiki/Memoirs_Illustrating_the_History_of_Jacobinism

Frederick II
=Frederick the Great
(German: Friedrich; 24 January 1712 – 17 August 1786)
……

てなわけで今回は(偶然を装った人為的臭がする)スピリチュアルの歴史

三浦清宏『近代スピリチュアリズムの歴史 心霊研究から超心理学へ』2008年4月、講談社
近代スピリチュアリズムの歴史 心霊研究から超心理学へ近代スピリチュアリズムの歴史 心霊研究から超心理学へ
(2008/04/11)
三浦 清宏

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帯から引用
1848年、アメリカ・ニューイングランド。
「それ」はハイズヴィルの小村から始まった。
ポルターガイスト、降霊会、心霊写真、念写。
欧米世界を熱狂させ
、また毀誉褒貶の渦へと
当事者たちを巻き込んだ「超心理現象」。
近代とともに誕生したその歴史を
芥川賞作家がたどる本邦初の試み。“

・1848年、アメリカ・ニューイングランドのフォックス姉妹のハイズヴィル事件。
1849年、ロチェスター市コリンシアン・ホールで史上初のスピリチュアリストの会合が開かれた。
フォックス姉妹は、スピリチュアリズムが生んだ最初の職業霊媒である。
一番上の姉であるリーを中心とする活動はめざましかった。
最初に姉妹の実験を見て感銘を受け、その後ずっと援助を惜しまなかった人物が、『ニューヨーク・トリビューン』紙の主幹で、後年に下院議員にもなり大統領選にも立候補したことがあるホーラス・グリーリイであり、新聞がこぞってフォックス姉妹を嘲るなかでただ一人姉妹を弁護した新聞の編集者であった。

スピリチュアル(心霊主義)運動は、ニューイングランドやニューヨークを中心に急速に広まり、ハイズヴィル事件が起こってわずか7年後の
1855年には、全米で200万人のスピリチュアリストがいたと『ノース・アメリカン・レビュー』紙が報じた。
そしてスピリチュアリズムは大統領府にまで達した。
リンカーン大統領が、
1861年に大統領就任後、ホワイトハウスやその他の場所で何度か霊媒に会い、メッセージを聴いたと言われている。
現在ロンドンにある一番古いスピリチュアリズム組織である「大英スピリチュアリスト協会」の奥まった部屋の壁にはスピリチュアリズムの守護者としてリンカーンの大きな肖像画がかけてある


レーガン大統領は、ケネディ大統領の死を予告して有名になったジーン・ディクソンと親しかったし、日本でも伊藤博文と高島嘉右衛門(たかしまかえもん)との関わりなど、社会的地位が高い人が霊能者と関わりを持った例がある。
筆者(三浦清宏)は何人かの霊能者から、名前こそ明かされなかったが、政治家の客が多い
ということを聞いたことがある。

リンカーン大統領お付きの武官であるケイス大佐が後に証言したところによれば、リンカーンは四回続けて日曜日の晩にお気に入りの男性霊媒をホワイトハウスに呼びメッセージを聞き、これが「奴隷解放宣言」発令に大きく役立ったという。またそのころ、後に霊言霊媒(霊感を受け、入神状態でメッセージを伝える霊能者)メイナード夫人として有名になった、当時16歳のネティ・コルバーンがリンカーンの前で入神状態になり、彼に向かって一時間半にわたって演説をした。目が覚めたネティが見回すと、周囲は静まり返り、目の前の椅子に座ったリンカーンが胸のあたりに腕を組み、彼女をじっと見つめていたという。これは後年彼女が出版したメモワールによるものだが、ケイス大佐の証言もその事実を裏書きしている。この時のメッセージは、「奴隷解放宣言」を発令しなければ、南北戦争は終わらないだろう、というものだったそうである。
1862年の秋のことで、
翌年の1月1日に奴隷解放宣言が発布された



スピリチュアリズムは女性の地位向上と深く関わるようになった。フォックス姉妹はいずれも探検家、保険業者、弁護士など、社会的に著名だった富裕だったりした相手と結婚している。
霊能者がこれほど社会の注目を浴びた時代は空前絶後で、彼女たちを研究材料にしようとする代表的な科学者ばかりでなく、上院議員、新聞の編集者、銀行家、作家や詩人など、要するに社会的地位の高いひとたちの注目を集め、ホワイトハウスにも招かれて厚遇を受けている。社会的地位の向上を望んでいた女性たちがこれに心を動かされなったはずはない
当時は英国に始まった産業革命の波が米国にも押し寄せ、大西洋横断航路もでき、海底ケーブルも敷かれ、米国内では運河の建設、鉄道の発達とともに、
1869年には大陸横断鉄道も完成し、ニューヨーク州やニューイングランド地方を中心に産業が飛躍的に発展した時代である。
しかし、女性の製糸業、縫製業などへの労働力としての進出は増えたものの、基本的には女性は家庭を守り夫に仕えるというヴィクトリア朝英国の倫理感がアメリカでも支配的だった。彼女たちの鬱屈した気持ちの大きなはけ口になったのは宗教活動や精神運動、それに基づく慈善や社会改善運動への参加だった。
19世紀初頭には信仰の復活を訴えたり、新しい啓示を説いたりする会合が野外で数多く開かれ、参加者は大部分が女性だった。
1848年に起こった米国史上初の男性との平等、婦人の投票権を求める運動もこうした宗教活動の延長にあった。
たまたまこの年はハイズヴィル事件の起こったのと同じ年であり、ハイズヴィルもこの婦人運動が起こった土地と同様、ニューヨーク州北西部の信仰復活運動の盛んな地域に含まれていた。不思議な偶然である。
(偶然じゃないだろ。支配層の影に占師あり。支配層には本物を、奴隷層には偽物を


こういう雰囲気の中で女性たちが自分達の霊能を神からの贈り物と思い、社会での独立や地位向上のために最大限に利用としたとしても不思議ではない。それに対して社会が冷ややかな目で眺め、時には「インポスター(世を欺く者)」と呼んで攻撃したこともうなずける。彼女たちは社会の良識に背く新しい女たちだったのだ。
スピリチュアリズムはこうした宗教運動と一緒になって社会改革運動へと発展していく。
これは心霊研究という学問対象として発展していった英国とは対照的である。
ハイズヴィル事件発生前に、徐々にスピリチュアルの土壌は用意されていた。
その原動力の一つとなったのが、「ポーキプシーの見者」アンドリュー・ジャクソン・デイヴィスである。
デイヴィスはスウェーデンボルグから深い影響を受け、デイヴィスを入神状態に導いたのがメスメリズム
である。

(スピリチュアリズムは巫女教でもあるから、祭政一致の神権政治が理想なのかな?
霊能者については
①はじめからインチキ
②はじめから後まで本物
③はじめは本物、後からインチキ
④はじめはインチキは、後から本物
⑤支配層に利用された
⑥初めから支配層が育成した
などいろいろなパターンが考えられます。
やはりもたらした結果が重要ですね。
スピリチュアリズムがもたらした結果
=19世紀における宗教改革
=キリスト教の弱点をなくした新キリスト教の隆盛。
世界はキリスト教を中心とする神学論争で動きます
から。

流星キック ‏@ryuuseikick 2012年10月16日
教祖さまがウソをついてましたってバラされても、それでも信者をやめる、って人はいない(少ない)んだろうな。これはもう、フォックス姉妹事件の頃から変わらない

北陸怪談研究会 ‏@HKwaidan 2013年4月25日
19世紀、米国のスピリチュアリズム発祥となった、ハイズビル事件のフォックス姉妹が後に「実は全てインチキでした!」と発表しても、ムーブメントは盛り下がるどころか、ますます隆盛を極めた歴史と、どこか重なるような。

円盤人 ‏@enbanjin 11月23日
空 前の心霊ブームを巻き起こした霊媒のフォックス姉妹。姉のマーガレットが「全部トリックでした」とタネを実演してみせても、「悪霊がそう言わせてるんだ」 と擁護する人たちがいた。頭がおかしいと思うだろう。でも、かっこつかないんだよ。それが嘘だと認めたら、自分なんだったのってなってしまう

カイロ ‏@kairo4158ap 2月26日
@tokaiamada 宜保や江原こそクソの役にも立たない。江原はフォックス姉妹のポルターガイスト事件がスピリチュアルの始まりだ、と言っている。フォックス姉妹のポルターガイスト事件は本人たちがトリックだと告白しているにも関わらず

クインクティウス・フラミニヌス ‏@88mill 2013年4月25日
と ころで、創元版の赤井敏夫氏の解説によると、憑霊現象は元来キリスト教文化圏において教義の根本(最後の審判)をゆるがす最大の禁忌であり、心霊主義はき わめて近代都市的な現象であるという。その近代心霊主義興隆の起点となったのが1848年NYで死後霊と交信したというハイズヴィル事件。

洋介犬@「風の如く」auで連載中 ‏@yohsuken 3月8日
アダムとイブが食べた知恵の実はリンゴ。万有引力のエピソードもリンゴ。ウィリアムテルもリンゴ射抜いた。近代霊媒の始祖のフォックス姉妹もリンゴを使ったトリック。アップルコンピューターもリンゴ。ビートルズもリンゴ。リンゴ歴史に干渉しすぎ。

yoshi..( ˘ω˘ )⋆✩⃛⁎* ‏@merciluke 2011年6月14日
ジョ ン F ケネディが、Washington DCから、射殺されたダラスに向かう数日前。。当時、米国にて高名だった予言者ジーン ディクソン夫人が彼に、ダラスは貴方にとり、月の方位が悪いので行かない様に。。と忠告していたのは米では有名な話だ。彼は、彼女の忠告を無視し、殺害さ れる。。

高橋圭也☆彡占い、陰陽師、菜根譚、妖怪等 ‏@KeiyaTakahashi 3月19日
明 治時代に入って陰陽師制度が廃止され、公的な占い機関は消滅したが、占いそのものはその後も政治や経済に強い影響を持ち続けた。中でも有名なのは易聖・高 島嘉右衛門である。彼は実業家だったが明治政府高官や財界人から多くの易占を依頼されていたし、彼自身、陰陽寮の復活を強く望んでいたそうだ

東海道一言情報 ‏@tokaido_1koto 3月17日
泉岳寺の赤穂四十七士の墓所入口の門の向かいには、高島易断で有名な実業家、高島嘉右衛門の墓があります。大きな墓なのですが、みんな四十七士ばかりを見ていて振り向いてもくれず、寂しい思いをしています。 pic.twitter.com/G9znFyUiQQ

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei
植草一秀の新刊に日本の 政治家には専門の占い師が 着いていると書いてあってね、 算命学と西洋占星術が重要 だと言ってたもんでね…… 安倍内閣は魚座と乙女座の 閣僚で固めてあると書いて あったな。

うお座=イエス・キリスト。
おとめ座=世界共通の女神。
WASP至上主義陣営にも
女神教のグラントリアン陣営にも配慮。
メイソンは女神大好きなのに女人禁制


植草の本の安倍内閣一覧表。 天中殺が重要らしい。 pic.twitter.com/EXbgi5lPt9

植草が占いに関心を持った理由 と言うのが、小泉政権時代、 安倍が官房副長官だったころ 安倍が主催する5名による 定例懇談会に必ず算命学の 専門家がいたかららしい。

植草の本には「占い」は古代から 重視されて来たからバカにしては ならない!と言っているけど、 占いで増税されちゃたまらんの だけど……

フェイド大帝の関心は 安倍のお抱え占い師が CLAMPの漫画の様に 絶世の美女かどうかだな。 (女性なら一晩で法隆寺が 建てれてしまうぐらいの 美男子) そりゃ、どうせ人生をクソら されるなら、ブスより美人の 方がいいだろう?

しかし、算命学とは盲点 だったなぁ。 流石のフェイド大帝も 算命学は詳しくない。 いや、四柱推命とか子平推命 とか齧った事あるけど、 個人的に当たらないと 思うんだよね。 中国系なら紫微斗数が一番 当たってると思う。

え?なぜ紫微斗数かだって? だって、中国系の占いの中で 唯一「お前の人生はクソだ」と 判定してくれたのこれだけ だったもん。 当たってるだろ?ww

安倍の占い師は中原伸之という エクソンモービル系の石油会社の 社長らしい。 日銀総裁の人事を決める時、 候補者の中で一番運気の良かった のが黒田だったらしい。 絶世の美女じゃなかったね。 う〜ん、残念。 でも女性の目から見たら 中原はイケメンなのかな?w

まだだ!まだ安倍の西洋占星術 担当の占い師がいるッッ!! 西洋占星術担当はきっと 絶世の美少女のはずなんだぁぁっ‼︎

植草一秀の本を昨日紹介したけど、 フェイド大帝は植草擁護派では ないからね。 鳩山政権を持ち上げている辺り どうもこいつはメイソン臭がする。 安倍達がやってるオカルト政治も 確かに問題だが、だからと言って メイソン陣営を擁護する理由も ない。

このフリーメイソンというの は何だかんだ言って、キリスト教 系の新興カルトだからね。 そして革命を扇動する組織として 創立された。今で言うテロ組織 だね。 別にこれは珍しい事ではなく 中国でも明王朝復活を願う 似たような結社が沢山存在した。

別にこれは陰謀論でも何でもなく メイソンの中のアルバートパイク の著書にもそう書かれてるし、 メイソンが運営してるメイソン 図書館のフランス革命関連の 本にもそう書かれてる。 今でも昔の革命組織としての 機能をのこしているのか は分からないけど。

で、要注意なのはこいつらの 思想のベースがルソーで、 王侯貴族やバチカン等の 古い世代の独裁体制を転覆 させる事を目的としている。 もちろん庶民のために善意で 行動してるわけではなく、 ただ自分達が新しいバチカンや 王になりたいだけだ。

(ルソーってあの鬼畜か)

真の自由だとか、庶民による政治 だとか、平等だの、分配だの それらしい事をほざくから 気をつけろ
よ。

問題は東大とか国立大に行く 天才ってのは金持ちの子供 だけじゃなく、家が貧乏だけど 本当に頭が良かったという 学生群がいる。 この連中はハングリー精神が 旺盛で金と権力に異常に 執着する傾向が強い。 こういう学生がこぞって こういう結社に入る。

だからメイソンに入るのは 生まれつきの金持ちの エリートだけとは限らない から注意しとけよ。 別にメイソンだけを問題 にしているわけではなく 似たような秘密クラブは ゴマンとある


後、宮崎駿みたいな文明否定とか 大自然と共に生きよう!だとか エコとか、縄文文明バンザイ! カルトとかもあるから注意な。 同じメイソンですらアメリカ系 だとか原始メイソンだの 色々派閥があるけど、 結局はバチカンワナビーの 集まりだから同根

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 3月15日
江戸時代と言えば「朱子学」だが、 これ教科書でも評判悪いし、 2chとかでも酷評で、中国の中華思想や 韓国の選民思想も全部朱子学が諸悪の 根源だとか唱えられている。

ところが朱熹の著作ってほとんど 日本語の現代語訳がないのよね。 陽明学の王陽明の方は訳され まくっているのに。

個人的にはこの江戸時代に流行った 「朱子学」が重要なんじゃないかな。 徳川システムにも確かに悪い所は あるけど、日本の歴史の中では 一番マトモな方だったと思うのだが……

重要なのは徳川時代ってのは 天皇家や公家や仏教家の権力を 削ぐ政策も採ったって所だな。 特に朱子学には商業活動(つまり資本主義) を批判する立場を取っていた。 この商業の「商」の語源は 古代中国の「殷」の別名から 来ているらしくて、基本的に周の 時代
に発展した儒教はこの「殷」を 批判しているとの見方もあるらしい。 殷ってのは金儲け重視、オカルト偏重 の政治が特徴で、昔の朝鮮王朝や 日本の天皇家のご先祖様と言えるの だけど、(実際、周にやられた後、殷 の残党は朝鮮半島方面に逃げている
)

この殷の創設者が「契」という 皇帝。これは「契約」という言葉 の語源だとも言われているらしい。 「商売」を行う際に「契約」を 重視するかららしい

ところで儒教ってのはヒンドゥー教 みたいにカーストを設定する教え ではないからね?

既にカースト制が存在している社会 (つまり共同体としての国家の事) において、トップカーストのリーダー はどうあるべきかを説いた教えだから、 民衆を奴隷化するための教義という解釈の 仕方はズレている。

儒教は基本オカルト嫌い
だしね。 易経が今ではオカルトだけど…… 当時は最先端科学だったしね。 MAGE政府の大嫌いな徳川システム が重視していた教えだから、 なんかいい事書いてあるんだろう。 訳書もないし

江戸時代はキリスト教もフリーメイソン も長崎の出島に隔離されてた所が 重要ね。最も家康も初期の頃は キリスト教も、メイソン教にも寛大 だったらしいが。


あ、後、韓国における朱子学、民間巫女 信仰、キリスト教の関係も面白いよ。

朱子学と巫女信仰というのは相性 悪いから、支配層側の朱子学連中は 巫女教を当然弾圧した。 弾圧された巫女教は地下活動化した わけよ。で、その潜伏先が何処か というと、キリスト教の教会だった わけ。 これが韓国でキリスト教も

キリスト教が韓国でブレイクした 理由。 韓国系の新興宗教がキリスト教神学 とは関係のない神降しを重視するのも これの名残りでしょう
。)


・ハイズヴィルで霊との交信が始まった
1848年3月31日はスピリチュアリズム発祥の日として、後にスピリチュアリストたちによって記念日に指定された。
スピリチュアリズムの勃興(ハイズヴィル事件)の正にその日に別な場所で事件の到来を知り日誌に書きしるしたのが、アンドリュー・ジャクソン・デイヴィス。
デイヴィスはハイズヴィルから約300キロ東の、同じニューヨーク州内でハドソン川沿いの町、ポーキプシーに住んでいた


“今朝、明け方に私は暖かい息を顔に感じ、優しい声が強い調子でこう言うのを聞いた。
「兄弟よ、よい仕事が始まった――見たまえ、生きた人間がやって見せるようになったのだ。」
これがどういう意味なのか、私は考えざるを得なかった1。

「生きた人間がやって見せる(a living demonstration)」という言葉はたしかに謎である。しかし彼はそれをすでに予知していた。このことがあった前年の1847年に出版した『自然の原理(The Principles of Nature)』という本の中で、彼はまさに同じ”a living demonstration”という言葉を使って、新事態の到来を予告していたのである。

肉体の中にいる霊と、より高い世にいる霊とが交信する。・・・・・間もなくそれは生きた人間がやって見せる形で (in a form of a living demonstration)行われるだろう
”p.34

デイヴィスはスピリチュアリズムの予言者または見者と呼ばれ、しばしばキリストに対するヨハネに対比される。スピリチュアリズムにキリストに相当する人物はいないので、先覚者という意味である。
デイヴィスは無学だったが、『自然の原理』というどんな哲学書にも比肩しうる浩瀚で精密な豊かな語彙の、時には難解とも言える本を書いた。
デイヴィスは16歳まで本らしいものは小学校の教科書を一冊しか読んだことがない靴屋の徒弟だった。16を過ぎてからは、自分の不思議な才覚に目覚めはしたものの、学校に通って勉強したわけでもない。彼が予言者だったり見者だったり、高遠な著述家だったりするのは、或る特殊な状態にあるときだけだった

「特殊な状態」とは初めのことは催眠状態であり、後には自分が「超越状態(superior condition)」と呼んだ、日常意識を持ったままの入神状態だった。
デイヴィスが特殊能力に目覚めたのはメスメリズム(催眠療法の前身で、18世紀末に流行)
に出会ったときである。
最初のメスメリズムとの邂逅は
1843年、デイヴィスが17歳の時だった。彼の町ポーキプシーでメスメリズムについての巡回公演会があり、デイヴィスは出席して何人かの者と一緒に催眠術(メスメリズム)を受けてみた。この時は何も起こらなかったが、次に同じ町に住む洋服屋のウィリアム・リビングストンという男が試したところ、デイヴィスは入神状態になった。しかもそういう状態になると目隠しをしていても新聞が読めたり他人のポケットに入ったものまでも見えた。この透視能力は実験を重ねるごとに発達し、やがて人体がレントゲン写真のように透けて見え、疾患があると指摘できるようになった。人体ばかりではなく、自然界のあらゆるものがその奥まで見えるようになったという。

メスメリズムの実験を始めてから1年足らずの
1844年3月6日の晩に、デイヴィスは突然入神状態となり、気づくとどこかわからぬ山の中にいた。そこで二人の人物に出会った。
デイヴィスはその後、その二人は、古代ローマの名医だったガレヌスと、
18世紀の大科学者にして神学者にして幻視者にして霊界探訪記を記したスウェーデンボルグだと言った。
もちろん18歳の靴屋の徒弟はスウェーデンボルグなど読んだことはなく出会ったときには誰なのか判らなかったろう。その名がどうして彼の口からでたのか不明だが、彼が睡眠中に口述筆記させた著作中の地質学、鉱物学の該博な知識は鉱物学者であり鉱山技師でもあったスウェーデンボルグを彷彿させるものである。

入神中のデイヴィスの口述を筆記することを引き受けた牧師フィッシュバウのおかげで、
1845年11月、デイヴィスの最初の大著でありその後の著作の根幹となる『自然の原理――その聖なる啓示と人類への声』の筆写が始まった。この時デイヴィスは19歳。デイヴィスはその1年前まで無学な職人だった。
著作の大部分は口述のままであると、フィッシュバウ牧師(筆記担当)とライオン博士(催眠担当)の二人の協力者は言っている

これは、奇蹟を見ようと押しかけてきた多くの者(エドガー・アラン・ポーもその一人)が目撃している。
その中のジョージ・ブッシュというニューヨーク大学のヘブライ語教授は、デイヴィスがヘブライ語を正確に引用していると証言した。ブッシュは更に「この本は深淵にして精緻な宇宙哲学を述べたもので、そのコンセプトの壮大さ、論旨の正しさ、説明の明瞭さ、記述の秩序正しさ、内容の百科事典的拡がりにおいて、これを凌駕する書物を見たことがない」とまで褒めた。
ブッシュ教授の熱心な推奨もあって、
1847年に出版され、その後30年間に34版のロングセラーになった。
が、ブッシュ教授は出版されると間もなく、わざわざ小冊子を発行して、デイヴィスの本には数多くの誤謬や偏見や荒唐無稽なことが書いてあるから世間の人たちは気をつけたほうがいいと警告した。
この態度の変化は一説によると、デイヴィスのキリスト教に対するスピリチュアリスト的な考えが明瞭になり、敬虔なキリスト教徒であるブッシュ教授はそれについていけなくなったためだと言われている


1848年3月31日はスピリチュアル元年とも言える記念日。
この日に合わせて事件が起きるかも


デイヴィスが新事態を予知したと信じたい人がいるでしょうが、デイヴィスが無学でありメスメリズムにであったわずか2年ではとても書けない本を書いたいうのは実に疑わしいです
①初めからインチキ(ゴーストライター)
②特殊な能力開発法(メスメリズム?)による高速学習により超短期間で該博な知識と深い思慮を身につけたデイヴィス本人が全て言った(口述)。
③初め本物、途中からインチキ。
④初めインチキ、途中から本物。
⑤ときに本物、ときにインチキ
などいろいろなパターンが考えられますが、胡散臭いです。
1年前に出た本と当日に予言ってインサイダーじゃないの?
スウェーデンボルグというブルーブラッドがらみだし。
あのブッシュ大統領の先祖であるジョージ・ブッシュ教授(ブルーブラッド)はスウェーデンボルグ主義者だし

デイヴィスが上記の「生きた人間がやって見せる(a living demonstration)」のような内容を何度も書いていたのかどうかが気になります。
ブッシュ教授の態度が豹変したのって、内容じゃなくて本当はインチキだと判ったからじゃないの?
いや、ブルーブラッドならインチキだと元から知っていたかな。
「読むな」と言われると読みたくなる人間心理の利用?
Aを批判することをわざと失敗させて逆効果=Aがより支持されるようにする
=ヘーゲルの弁証法ですか?
1892年(明治25年)から、1918年(大正7年)に逝去するまでの約27年間、自動書記により「お筆先」を大本の開祖出口なお(直)が文盲だったのにひらがなで記し、これを娘婿にして大本の聖師の出口王仁三郎が漢字をあてて発表した『大本神諭』に似過ぎです。
『大本神諭』は「神のお告げ」による啓示系の終末論を述べる教典。
啓示宗教でヨハネ黙示録的な終末論ってキリスト教ですね



アメリカでの降霊術運動の歴史 No.2067
http://d.hatena.ne.jp/wanbi/20140321
“心霊主義者の教会は、現在彼らの行動を、1848年ロチェスターの近くのハイズビルで始まったとしている。
●ハイズビル事件
1848年3月31日、マーガレット(1838‐1893 当時14才)とケイト(1841‐1892 当時11才)のフォックス姉妹は、家族の小屋で何かを伝えるような振動音を聞いた。これらの音は、霊界からのメッセージと解釈された。
家族はそれから、行商人だった人が小屋で殺されたあと、地下に埋められたことを伝えるコードを解読した。
この出来事から、クエーカー教徒やスウェーデンボルグ信奉者たちは、フォックス姉妹の評判を伝え聞いて、それぞれ交霊術の実験を始めた。
数年以内に、交霊術現象はアメリカとイギリス中で起こりはじめる。
マーガレット・フォックスは1888年に詐欺を白状したが、1889年にその声明を撤回している。
これらの霊的現象と実践と平行して、霊的な信念体系も主にアンドリュー・ジャクソン・デイビス(1826 - 1910)の著書から学ぶことが出来た。
デイビスは、1844年に古代ギリシアの医師ガレノスと神秘哲学者スエデンボルグのビジョンを見た。この2人に接した体験の後、デイビスは患者に直観的な診断を行い、代替内科治療を始めた。彼は1845年に催眠状態で講義をし、本を書き始めた。
ジョージ・ブッシュ(1796– 1859 ニューヨーク大学教授で、スウェーデンボルグの翻訳がある)は、デイビスがヘブライ語、アラビア語とサンスクリット語で口述する彼の能力を調べた。そしてブッシュは、デイビスがスウェーデンボルグからチャネリングを受けたかもしれないと思った。
デイビスが、スウェーデンボルグの作品から剽窃していると考える者もいた

●なぜそれまで広がったかは謎
まさにフォックス姉妹から大流行が広がり、それが自然の法則と霊の世界について信条を確立することが心霊主義運動で顕著になった。
部分的に心霊主義が19世紀中頃に大流行したが、 心霊主義者がそれを彼らの中心宗教として組織化することに抵抗する傾向があった。しかし運動の多くの詳細と、それがなぜ多くの人々の心を奪ったのかについてはよくわかっていない。
1860年代の南北戦争によって、ほとんどすべてのアメリカの家族に、少なくとも1人の降霊術信者がいたという譬喩がある。しかし、そのような人々の多くは、テーブルのまわりに座って手を握り、霊媒が死者の声を伝える儀式に制限した。
一部の人々が毎週そうしたサークルに参加したが、それはボードゲームより深刻でない場合があった。
より重要なことに、心霊術運動は、他の急進的な運動と関係していた。関連した運動には、奴隷制度の廃止、節制と健康改革、女性の権利の拡大がある。心霊術信者は、大部分のフェミニスト(女性擁護者)にとってあまりに急進的な傾向があった。
●その後の展開
心霊術運動が南北戦争前にどれくらい組織化されていたかは、明白なようである。多くの文化において、女性は霊媒体の役割を引き受けることで霊的な力を覚醒することができた。それでも、心霊主義運動はかなり男性優位の階層があった。一旦心霊主義が組織化されると、女性は全国グループでの地位を失う傾向があった。
 アメリカの異なる時代の心霊術信者の数の推定は、高い割合での参加のために、確かめることが不可能である。
19世紀後半には、何百万人もの(人口の2、3%)心霊術信者がいたが、おそらく20世紀までにかなりの低落を見、そして1926年以降には100万人以下になったであろう。
しかし、ある意味では、降霊術信者運動の遺産は、今日ニューエージ運動のルーツの1つとして生き続け、テレビ、本、精神フェアでの特集、そしてリリー・デール(1916年フォックス姉妹が移り住んだ土地)のような降霊術信者キャンプで、今なお観衆に衝撃を与えている。
出典 クリフトン・ブライアント、デニス・ペック編「「死と人間の経験百科事典」(2008)


「霊界を見てきた男」アンドリュー・ジャクソン・デイヴィスについて―スピリチュアル史解説[コラム]
http://news.livedoor.com/article/detail/4499473/
“メスメリズムによって「磁気睡眠」の状態へと導かれたデイヴィスは、やがて驚くべき超感覚的能力の数々を発揮す るようになります。特に、病人の体の中の悪い箇所を指摘し、その原因をつきとめるなどの医学的透視能力は、すぐにポキプシーの住人たちの間の大きな噂と なっていきます。さらにその後、本人の自伝によれば、1844年3月、古代ギリシャの医師ガレノスの霊、そして他ならぬスウェーデンボルグの霊と出会うこ とにより、霊界を語る「預言者」としての使命を授かることになります。
翌年から、デイヴィスは、磁気睡眠下における「最も高度なコンディ ション」と自ら呼ぶ意識の状態の中で、霊界についての情報をはじめ、様々な啓示を語りはじめます。15か月の間に157回行われたセッションを通して語ら れた内容は、ユニヴァーサリストの聖職者ウィリアム・フィッシュバウによってディクテーションされ、1847年の夏、『自然の原理、彼女の聖なる啓示、そ して人類への声』(The Principles of Nature, her Divine Revelations, and a Voice to Mankind)と題された782頁にも渡る大部の書物として出版されました(以下、『自然の原理』と呼びます)。
出版後すぐにデ イヴィスは、あらゆる方面で話題の人となります。なかでも真っ先に注目したのは、熱烈なスウェーデンボルグ主義者であるジョージ・ブッシュ (1769-1854)でした。ブッシュはデイヴィスのレクチャーの模様を『ニューヨーク・トリビューン』紙へと繰り返し寄稿し、デイヴィスの擁護、そし てその能力への驚きを何度も表明しています。

photo by wiki
シャルル・フーリエ
また、スウェーデンボルグ主義者以外にも、フランスの社会思想家シャルル・フーリエの信奉者であり、合衆国におけるそのスポークスマンとも言うべきアルバート・ブリスベーンやパーク・ゴドウィンのようなフーリエ主義者たちもデイヴィスの初期のレクチャーに参加しています。
さらに、トランスセンデンタリズムの中心人物であり、その実験的共同体「ブルック・ファーム」の創設者の1人であるジョージ・リプリーも、「ハービンジャー」紙の中で7頁にも渡るデイヴィスの『自然の原理』のレヴューを書き、「文学史上、最も卓越し驚くべきもの」とそれを称えています

ス ウェーデンボルグ主義者、フーリエ主義者、トランスセンデンタリスト。そういった人々が、デイヴィスの啓示に注目したのには理由があります。そのひとつ は、デイヴィスの啓示の内容というのが、それら3つの思想をミックスしたようなものとなっていたことによります。ただしそのことは、デイヴィスへの注目と 支持を集める理由となったものの、一方ではデイヴィスへの批判や疑惑を生み出しました。
たとえば、霊的領域から超自然的なやり方で得た(あえて今日の言い方を使えば「チャネリングして得た」)ものと本人は主張しているけれども、本当のところ、それは単にスウェーデンボルグ主義、フーリエ主義、トランスセンデンタリズムの思想をつぎはぎしたものに過ぎないのではないか
、と。
確 かにデイヴィスの語る霊界の内容は、スウェーデンボルグのそれにそっくりです。もちろん、デイヴィスの熱心な擁護者ならば、これを単なるスウェーデンボル グの著作からの影響と見るのではなく、デイヴィスもスウェーデンボルグも共に同じ霊界の真実を目撃したのだから、内容が類似するのは当然ではないか、とい う反論が出てくるでしょう。だとしたら、今度は逆にデイヴィスとスウェーデンボルグの記述が、完全に一致しなければならなくなるはずです。しかし、デイ ヴィスの霊界の記述はスウェーデンボルグに似ているにも関わらず、いくつかの点で異なっているところも存在します。

■ デイヴィスのいう「地獄の存在」とは
2人の預言者の間の決定的な違いは、あの世での地獄の存在についてです。デイヴィスもスウェーデンボルグもともに霊界を6つに分ける点は共通しているものの、スウェーデンボルグはそのうちの3つを地獄として語り、デイヴィスはそれを否定しました。デイヴィスによれば、
「6つの天界は上に行くほど美と調和と叡智に満ちてくるが、その下方の3つの領域は相対的に劣っているだけで決して地獄ではない。永遠の罰を与える地獄は存在しない代わりに、すべての人間が常に高次の領域へと進化し続け救済される
とデイヴィスは説明しています。

その他にも、デイヴィスの語る宇宙創成論を見ると、そこには明らかに当時のポピュラー・サイエンスの諸見解からの影響もうかがわれます。こういったことは、デイヴィスの作品が超自然的なソースから来たものであることを、当時の懐疑派が否定するのに十分な理由となりました
実 のところ、こういった形での批判、すなわち作品のソースを超自然的なところから、ありふれた世俗的なところへと引き下ろし、その価値を減じてしまおうとす るやり方は、デイヴィスに関してだけではなく、「チャネリング」で得たと称される文書全般に対して、懐疑派が繰り返し取る典型的な態度です。
仮 に懐疑派による否定論を受け入れたとしても、無学な若者があらゆる知識の詰め込まれたこのような長大な書物を作り上げたということ自体は、驚くべきことだ と言わざるをえないでしょう。スピリチュアリズムに関して常にクリティカルなスタンスを崩すことのない研究家フランク・ポドモアでさえ、『自然の原理』に 対して次のようなコメントを残しています。それは「明らかに十分な教育を受けていない人物の作品」であるけれども、その本の「質」は「その欠点以上に注目すべきものがある」。実際そこにあるのは、明らかに当時の天文学、地質学、考古学、聖書などに関する広範囲な知識の集積なくしてあり得ないような論述です。
デ イヴィスの『自然の原理』のソースがいかなるものであるにせよ、歴史的な観点からすると、それは依然として大きな意味を持っています。というのも、この後 すぐの1848年のニューヨーク州ハイズヴィルという村でのある出来事がきっかけとなりに始まる19世紀後半のスピリチュアリズム・ムーヴメントの中で、 デイヴィスの語った内容は、なによりも重要な役割を持つことになります。
死者たちの霊は、肉体の死後、 どこに行って、どんな生活をしていて、その後どうなっていくのか? という当時のスピリチュアリストたちの問いは、デイヴィスによる霊界の描写を読むこと によって埋められました。すなわち、当時のスピリチュアリストたちの考えるあの世の一般的なイメージとは、スウェーデンボルグによる霊界を改訂したかのよ うなデイヴィスの描写(あるいはデイヴィスが実際に「見た」ものの描写)が元になって形作られていくことになるわけです。
「19世紀合衆国のスウェーデンボルグ」とも言うべきアンドリュー・ジャクソン・デイヴィス。その近代スピリチュアリズム史への大きな影響
については、まだまだ書き足りないところはありますが、長くなってしまいましたので今回はこれぐらいにしておきます。 ”

新井奥邃著作集 書評
Arai Ohsui
田中正造が師と仰ぎ、高村光太郎が絶賛し、野上弥生子が「霊感」の人と呼んだ新井奥邃とはいかなる人物だったのか。
http://shumpu.com/book/ohsui01/ohsui04
“知られざる明治の思想家 新井奥邃
思想研究家・医師 瀬上 正仁
運命の糸に操られた生涯
奥邃(本名常之進・安静)は引化三年(一八四六年)に仙台藩主の家に生まれ、七歳から藩校「養賢堂」に学んだ。二十歳のころには藩から選ばれて江戸に遊学し、高名な儒学者、安井息軒(そくけん)の「三計塾」に入門する。
時は幕末。戊辰戦争の勃発(ぼっぱつ)で郷里に呼び戻された奥邃は「奥羽越列藩同盟」の結成のために奔走。藩が降伏すると、徹底抗戦を主張する額兵隊の兵士らと共に榎本武揚の軍艦に乗り込み、官軍との最終決戦に臨むべく、北海道の箱館(現在の函館)に渡った。
この地で、奥邃はロシア正教のニコライ神父(後の大司教)と出会い、キリスト教に大きな関心を寄せるが、旧幕府軍の苦戦が予測される中、募兵のため密(ひ そ)かに帰仙することになる。しかし目的を果たせず、房州(房総半島)に潜伏するうちに箱館戦争に渡り、同郷の友人たち(彼らによって正教布教の第二の拠 点が後のに仙台に創(つく)られることになる)を誘って、共に漢訳聖書の研究に没頭する。
そのままいけば、間違いなく日本正教会の重鎮となっていたはずの奥邃の運命は、東京で若き森有礼(ありのり)(後の初代文部大臣)と出会ったことで、また大きく変わることになる。
有礼から人物を見込まれ、共にアメリカに渡った二十五歳の奥邃は、有礼が最初の渡米以来心酔していた宗教家T・L・ハリスの教団に加わる。当時アメリカ西 海岸にあったその教団は、神秘主義的なキリスト教信仰と農業共同体組織
とによって運営され、奥邃は以後約三十年間、祖国の家族との連絡を絶って厳しい労働 奉仕に従事し、肉体を酷使しながら独自のキリスト教信仰を深めていく。
奥邃が飄然(ひょうぜん)と帰国したのは明治三十二年(一八九九)、五十四歳の時。洋行帰りといえば身分が保証されていた当時にあって、奥邃は数少ない知 人を頼りながら清貧の生活を貫き通した。明治三十七歳には、篤志家からの寄付で東京の巣鴨に建てられた私塾「謙和舎(けんわしゃ)」に移り住み、その後二 十年間、数名の舎生と共に「キリストの志願奴隷」の道を究める敬虔(けいけん)な信仰生活を送った。
奥邃は毎月、舎生たちや舎外の求道者向けに「大和会(たいかかい)」という小集会を開き、二十四ページほどの小冊子を発行していた。関係者が保存してきたそれらの資料によれば、奥邃の思想とはおおよそ次のようなものである。
人間は内在する神イエスと共に自らの欲・怒・私我と戦い(=神戦(しんせん))、それを超克することによって神を覚知し(=有神無我(ゆうしんむが))、 隣人に奉仕する魂を獲得して新たに生まれ変わる(=新生・復活)。したがって、日々そのような霊性向上の努力を重ねて人生を誠実に全うするのが人間本来の 生き方であり、また日常の生活と信仰とが一体となっているのが宗教本来の姿なのである(=日用常行)。
さらに奥邃は「戦争は人類最大の罪悪」として、徹底した非戦論を展開した。全人類が共通の「父母神」(ちちははかみ)の存在に目覚め「無私共愛」に徹する ことで形成される「世界連邦」の構想さえもっていた。男女平等主義の熱心な唱道者でもあり、「良妻賢母と言うならば良夫賢父もあって当然」と主張した。さ らには人間と自然、宗教と芸術とが一体となった「善と美」合一の生活の大切さを力説した。
奥邃の心は時代を超えていたのである。
夫れ(それ)万国の生民(しょうみん)は一族なり。
邦(くに)ととは邦みな姉妹たり。
宇宙統一の信念、宇宙統一の霊願、
人皆須■(しゅゆ)も失うべからず。
奥邃に学んだ人々も師と同様「市井(しせい)に隠れ」るようにして、黙々とその社会的使命を全うした。ダンテ『神曲』の翻訳家として知られる山川丙 (へい)三郎、師の「謙和舎」にならって仙台に「昭和舎」という学寮(平成十二年の火災で焼失)を建てて医学生の指導にあたった布施現之助(元東北帝大医 学部長)らがその中に含まれる。また詩人で彫刻家の高村光太郎、萩原碌山(ろくざん)、洋画家の柳敬助らも、その芸術的感性において奥邃の思想の影響を受 けていたことが判っている。わが国初の公害事件である足尾銅山鉱毒事件を戦いぬいた田中正造の晩年の思想形成に決定的な影響を与えたのも、外ならぬ奥邃そ の人であった。
スウェーデンボルグ神学の伏流
ところで、奥邃が書き遺(のこ)した漢文調の文章は一見、儒教的な用語や表現で埋め尽くされている印象を受ける。しかしながらその宗教思想の根幹に 存在するのはあくまでも霊性を重んじるキリスト教であり、それも既成のキリスト教ではなく、多分にハリスから受け継いだスウェーデンボルグ神学に依拠した ものである。奥邃の「神戦」の「有神無我」、「新生」、「日用常行」、「普遍的宗教」と同じ思想はスウェーデンボルグ神学にも確認でき、「三位一体」、 「原罪」、「贖(しょく)罪」の解釈もきわめてスウェーデンボルグ的だからである。
そもそもエマヌエル・スウェーデンボルグ(一六八八~一七七二)は、北欧スウェーデンが生んだ神秘主義的キリスト教神学者である。その特異な霊界体験に基 づく独特の宗教思想はかつてオカルト主義や異端思想とみなされるなど、多くの誤解を受けてきた。だがその真髄は、従来のキリスト教を超えた人類の普遍的宗 教を希求したことにあり、その中心となる「愛」の思想はヘレン・ケラー、あるいはアメリカの南北統一と奴隷解放を成し遂げたリンカーンにも宗教的感化を与 えた。十九世紀アメリカに広く浸透したこの神学の影響は前述したハリスのみならず、社会思想家のエマーソンにも確認できる。
晩年の田中正造に影響を与えた第二の人物として知られる岡田虎二郎も、渡米中にエマーソンの著書を通じてスウェーデンボルグを知り、自らが提唱した「静座 法」の究極の目標に「大愛」を置いた。奥邃はアメリカに導いた森有礼も、同じ思想に基づいて明治期日本の教育制度の確立を目指した。奥邃のすぐ後の時期に 十三年間の渡米生活を経験した禅仏教の鈴木大拙も、同神学に精通していた

すなわち、最近の奥邃研究が契機となって、アメリカから伝わったスウェーデンボルグ神学受容の隠れた歴史の全容が明らかにされつつあると言っても過言ではない(拙著『明治のスウェーデンボルグ』春風社刊)。
迷える現代に光明を与える思想
二十一世紀を迎えた今も、世界には偏狭な民族主義や原理主義(根本主義)的宗教がはびこり、その些細(ささい)な違いに起因する戦争が絶えない。日本に目を向ければ、青少年の犯罪や政治家の腐敗も目を覆うばかりである。
まさにこの困難な時代において、東西の融合を自らの思想で体現し、徹底した非戦論と男女平等を唱え、青少年の精神修養の大切さを説き、上に立つ者の無私無 欲と奉仕の精神について語った奥邃の言葉は、新しい世紀を導く道標となるにちがいないと筆者は考えている。一八九九年に帰国した奥邃はあたかも、百年後の 世紀末である一九九九年の世界と日本の混迷を見通していたかのようである。
孤高の人生を生きた新井奥邃は、大正十一年(一九二二)に「謙和舎」で病没した。その八年前に起きた第一次世界大戦で大量殺りくが行われたことを知った奥 邃は、キリスト者として自らにもその責任の一端があると思い詰め、寿命を縮めたといわれている。享年七十七歳、生涯独身であった。
世田谷区の森厳寺に葬られた奥邃の塚にはしばらくの間、「奥邃の土」と墨書された一本の木杭(くい)だけが立っていたという。
大徳は跡なし。跡なきに非ず。
其(その)行くや静かにして凡人の眼に隠る。
郷土が生んだこの偉大な思想家の遺稿は現在、春風社から『新井奥邃著作集』(全十巻)として刊行中である。一読を勧めたい。
いきいきライフ宮城 (2002年7月15日号)より

河北春秋(河北新報2001年12月27日)より
非戦、という言葉がある。似た言葉に反戦があるが、少し距離を置いた感じがする。人道主義的立場からの戦争否定が非戦。体制変革的な反戦に比べ消極的に見えるが、風にそよがぬしんの強さがうかがえる。
日露戦争当時、内村鑑三らとともに非戦論を唱えた一人に仙台出身のキリスト教徒新井奥邃がいる。聖書を実践する生活で高村光太郎らに影響を与えたが、人は皆兄弟姉妹、万国は一族だとの見方に立ち、国家の戦争を否定した。
今に残る新井の言葉をかみしめてみるのも無駄ではあるまい。「率然として衆に雷同すべからざる也、夫の肉殺血伐、即ち人を殺すの業の如きは高天の下、広地の上、永へに当に全廃すべき也」。大胆な非戦論。
その「非戦」という言葉に久しぶりで出合った。音楽家坂本龍一さんらが出した同名の本(幻冬舎刊)。ニューヨーク在住の坂本さんが知人らとインターネットのメールで交わしたやりとりを発展させ、米中枢同時テロや米国の戦争行為に反対する意見をまとめている。
テロリストの味方か敵か。そんな極端な選択以外の道はないか、戦わずに考えようというのが坂本さんらの考えだ。今や関心はビンラディン氏捕そくに集まっているが、それで暴力の連鎖を断ち切れるのか。答えはまだ出されていない。
今年の世相を表す漢字は「戦」だった。日本周辺でも不審船との銃撃戦が先日起きた。強硬姿勢に傾きがちだが、好戦的空気が道を誤らせぬよう冷静さが必要だ。国民が「戦く」事態は誰も望まない。

精気を揺さぶる思想家
――田中正造と共振した新井奥邃
詩的感性の祈りと思索の人・新井奥邃
田中正造の天皇直訴から数え、この10日が百年目にあたる。渡良瀬川沿岸農民の鉱毒被害救済のために足尾銅山操業停止を訴えつづけ、政府、議会、政 党に絶望していた正造に、日本はもはや「亡国」と映っていた。立憲君主主義者として胸中に複雑な思いを秘めつつ、本気で殺される覚悟で彼は天皇の馬車に 迫った。
直訴は大きな反響をよび、被害民への同情の世論が沸騰した。しかし、政府は鉱毒問題を治水問題にすりかえる策で対応。後の谷中村遊水地化は直訴が誘発したといえる。正造の新たな戦いと思想的深化がここに始まった。
その正造に深い理解と関心を寄せ、陰で支えた人物がいる。新井奥邃である。
二人の初対面は直訴の数ヶ月前、紹介したのは明治女学校の校長巌本善治と思われる。1902年1月、奥邃は雑誌『日本人』に「過(あやまち)を見て其仁 (そのひと)を知る」を発表、正造の行動と心事を擁護する。正造は、翌年からしばしば奥邃を訪問。論語をはじめ、余人にはしなかった聖書の話を聞いたとい う。彼にとって奥邃の家は「天国」そのもの、困憊した心身を潤すオアシスだった。奥邃は、正造の陳情書にも筆を加え、谷中村不当買収価格訴訟が頓挫しかけ た時、門下の中村秋三郎弁護士を紹介した。正造は奥邃を「斯道の亜聖」と仰ぎ、奥邃は正造の「嬰児の信」を称え、正造との親密さを「兄弟(けいてい)啻 (ただ)ならず」と述懐している。
奥邃は1846年仙台に生まれ、7歳で藩校・養賢堂(ようけんどう)に入学、弱冠21歳で江戸遊学を命じられ安井息軒塾に学ぶ。1868年の春、帰仙して 列藩同盟のために奔走するが、秋には脱藩、函館に遁れる。募兵のため仙台に戻ろうとするが意を果たせず、再度函館に渡り、ロシア正教のニコライ司祭の留守 中、仲間とともにキリスト教の勉強に専念。1871年1月、特命弁務使の森有礼に随行して渡米。かつて森が師事したT・L・ハリスの創設になる、祈りと呼 吸法と労働中心の共同体「新生同胞教団」に入り、そこで28年の年月を過ごす。
1899年、奥邃は手提げ鞄一つで飄然と帰国した。4年あまりの流寓の後、東京巣鴨に「謙和舎(けんわしゃ)」を開設、1922年に死去するまで、ひっそ りと青年の教育と執筆活動をつづけた。生涯独身を貫いた彼は、高潔な詩人的感性の祈りと思索の人で、静謐を守り、名利を求めず、泥棒にまで同情される質素 な生活に徹した。自分の写真を一切撮らせず、墓を建てることさえ許さなかった。
奥邃の思想は、儒教的天下安民思想と慎独(ひとりの時も道に従って心と行いをつつしむ)説に加え、ハリスの教えやハリスの許で摂取したスウェーデンボルグ の教説が渾然一体となった「儒基一如(じゅきいちにょ)」の思想といえる。その独特なキリスト教把握には次のような特色が挙げられる。
1.宇宙万物の生命の源泉である神の全一性を「二而一、一而二(ににしていつ、いつにしてに)なる父母神(ちちははかみ)」とする両性兼備の神観。
2.神の救済は万民に及び、最終的には地獄と悪魔も救われる
とする救済観。
3.慾と怒と我をなくす「神戦」に加わり、キリストの志願奴隷としてひたすら神と人に仕え、神の懐(ふところ)に抱かれる「有神無我」の強調。快楽と謙虚な勇気に満ちるその境地での人格の再生と「公我」の享受。
4.聖書は研究の対象でも、人前で講釈するものでもなく、実践の「備忘録」とする聖書観。
5.高尚に過ぎず、日常卑近なことを実行することこそが神の道、人間の新生への道だとする「日用常行」の要諦。
6.こうした認識から、軍拡と安易な同盟に反対する戦争全廃論、男女平等・社会平等論、土地兼併を罪悪とみる土地享有(きょうゆう)の主張、死刑反対、非 所有の喜びなど、晩年の正造と共振する社会思想が紡ぎだされる。奥邃はまた、男性への依頼心が来たす良心の蚕食をなくすべく、女子教育の重要性を強調す る。
奥邃の漢文調の言葉は雄勁な精神性を湛え、読む者の精気を揺さぶる。また、第一次大戦中の次の文のように、今の世界情勢を穿つ力を持っている。刊行中の『新井奥邃著作集』を(春風社)ぜひ味読して頂きたい。
「嗚呼、殺也。殺也。殺也。今の文明は殺也。美を殺し、善を殺し、人を殺し、其肉を殺し、霊を殺し、基督耶蘇を殺す。此れにして人間ならば、人間は人に非 ざる也。五洲今皆危嶮にして苦痛。この人間を以て、仮令一二邦国の共同して己の安全を図らんと欲するも、万々能くすべからざるは自明也」
コール・ダニエル
福岡女学院大学助教授・本著作集編者
東京新聞(東京新聞2001年12月19日夕刊)より

■東京新聞(東京新聞2001年12月4日夕刊)より大波小波
12月10日午前11時45分、帝国議会の開院式に臨んだ天皇の馬車に、直訴状を手にした田中正造が駆け寄った。あえなく警護の警官に取り押さえら れるが、この直訴が世論に火をつけ、足尾鉱毒事件は明治の二大社会事件となる。明治34年、20世紀最初の年の出来事だ。 直訴から百年の今年、田中正造とその周辺の人物の思想を再発掘する作業が進んでいる。春風社の『新井奥邃著作集』(全十巻)の刊行もその一つだ。 仙台藩士の子に生まれ、戊辰戦争後25歳で渡米、54歳で帰国したキリスト者奥邃は、正造に大きな思想的影響を与えただけでなく、谷中の土地補償金額不服 訴訟の弁護士の紹介もしている。 現在では、ほとんど知名度のない「知られざる思想家」奥邃。その著作集刊行は、冬の時代といわれる出版界では商売を超越した壮挙といっていい。「やがて来 る再評価のために、原資料を残しておこう」という関係者の高い志がこの刊行を支えている。 日露戦争に反対した筋金入りの反戦思想、女権の主張、現代のエコロジーやガイアの思想にも通じる自然観など、豊かなふくらみを持つ奥邃。著作集全10巻の 編纂者の一人が、オハイオ州生まれの気鋭の日本研究者、コール・ダニエル福岡女学院大学助教授だというのも、こころ温まる光景だ。(直訴派)


■函館新聞
函館文化会120周年
(函館新聞朝刊2001年8月5日)より社団法人函館文化会の創立120周年記念講演絵画4日、遺愛女子高講堂で開かれ、「宣教師ニコライにつなが るひとびとその2」と題して佐藤在寛、和田喜八郎らに大きな影響を与えた新井奥邃とニコライ、函館とのかかわりについて、3人の講師がそれぞれの立場から 語った。
同会は1881(明治14)年に教育理論や学校管理の方法、教育の技術的研究などを目的に発足した「函館教育協会」が前身。戦中戦後の混乱期を経て、 1958(昭和33)年に現在の名称となった。郷土史研究者奨励事業の「神山茂賞」の制定や講演会などを通じて、地域文化を支えている。
講演会には約100人が参加。安島進理事の司会で、新井奥邃先生記念会幹事(山形県在住)の工藤正三氏が「函館と新井奥邃」、文筆家の花崎皋平氏(小樽市 在住)が「新井奥邃の思想――21世紀に響きあうもの」、福岡女学院大学助教授のコール・ダニエル氏(福岡市在住)が「奥邃から学ぶもの――教育と親子関 係」と題してそれぞれ講演した。
このうち工藤氏は「函館在住はわずか数カ月と短期だったが、ニコライとの出会いにより自分の将来を考え、函館に戻りハリストス教を学ぶことになった」と、年表などを使って分かりやすく解説した。


■現代企画室
(現代企画室刊、2001年3月)より抜粋小松裕『田中正造の近代』いささか結論を先走りすぎたようであるが、ここで新井奥邃と田中正造の関係を考察してみたい。
内村に比べ、ほとんど知られることがなかった新井奥邃は、新井の信奉者であった工藤直太郎や、森信三・林竹二などの先駆的業績、長野誠一『怒涛と深 遠 ― 田中正造・新井奥邃頌』(法律文化社、1981年)などにより、信仰者としての独自性と正造に与えた思想的影響の大きさが着目されるようになってきた。 (中略)また、『知られざるいのちの思想家 新井奥邃を読みとく』(春風社、2000年1月)と題する論文集が上梓され、『新井奥邃著作集』(春風社、全 10巻の予定)の刊行もはじまった。新井の思想に対する関心の高まりを象徴していよう。
小松裕 (こまつ・ひろし)
熊本大学文学部教授。おもな著書に『田中正造 二一世紀への思想人」(筑摩書房)など。

■産経新聞
2001年3月28日夕刊 — 『明治のスウェーデンボルグ』一九世紀半ばの日本とアメリカ。日本は明治維新前夜、アメリカではリンカーンが大統領への道を歩み出した頃である。当時のア メリカの宗教界でスウェーデンボルグが注目された。没後まだ半世紀も経ずして、彼の説く新しいキリスト教は特に新大陸で広く浸透しつつあった。アメリカの 現大統領の曾祖父の曾祖父にあたるティモシー・ブッシュの弟、ジョージ・ブッシュ博士(一七九六-一八五九)は、ニューヨーク大学のヘブライ語教授だった が、スウェーデンボルグ派の著名な教会員でもあった。彼はアメリカのスピリチュアリズム(心霊主義)興隆の仕掛人でもある。スピリチュアリズムの父と称さ れるA・ジャクソン・デーヴィスを世に出したのは彼だからである
デーヴィスの教えに感化され、スウェーデンボルグ主義を標榜して、労働と冥想を重んずる「新生同朋団」を結成したのが、トーマス・レイク・ハリスである。
若き森有礼(ありのり)と新井奥邃(おうすい)が入団したのはこの教団
にほかならない。有礼は帰国した後に初代文相となった。奥邃は三十年近く同教 団に残った。帰国したのは五十三歳。その後私塾を開き、高村光太郎をはじめ多くの人びとを感化した。田中正造も奥邃と親交があり、彼を亜聖と呼んでいる
明治のキリスト教史で、この有礼-奥邃-正造の系譜は従来等閑に付されてきた。本書はこの特殊な流れを貫く本質を、資料の綿密な分析と総合によって検証した画期的な労作である。
折りしも奥邃著作集が刊行中だが、本書はこの成果も踏まえ、また著者の長年のスウェーデンボルグ研究に基づいて、新しい型のキリスト教受容が何故日本キリスト教史で見落とされたのかという謎を克明に解いている。
※新井奥邃(おうすい)の著作や講話録は昭和5年から6年に弟子の永島忠重によって『奥邃広録』(全5巻)として出版された。平成3年にはこの復刻版がでたが、これも今は絶版になっている。今般、春風社から新たに『新井奥邃著作集』(全10巻)の刊行が開始された。
高橋和夫 (たかはし・かずお)
文化女子大学教授。哲学・宗教学専攻。昭和21年生まれ。学習院大学大学院博士課程修了。おもな著書に『スウェーデンボルグの思想』『スウェーデンボルグの宗教世界』など。

■e-mail版 三月書房販売速報
38号—『新井奥邃著作集』これも超渋い。実のところどういう人なのかさっぱり知らないのだが、「おうすい」という名前が読めるだけでも、ちょっと自慢してもよいだろう。この出版社は初耳だが、たぶん1組売れそうなので無事完結を祈るのみ。

■産経新聞
2000年8月2日夕刊 — 「宗教こころ」より抜粋今般の著作集は、奥邃先生記念会幹事の工藤正三氏と、福岡女学院大学助教授のダニエル・コール氏によって編集されたもので、奥邃の 著作の「元版」を底本として、原稿をも参照したものである。テキストクリティークを施した決定版と言ってよい。『奥邃広録』には編集上のいくつかの不備が あったので、これによって初めて、一般には幻の思想家と見られて来た奥邃の思想が鮮やかに現代の読書界に蘇った。

●知られざる思想家
後に初代文相となった森有礼(ありのり)は、明治4年(1871)初頭、特命弁務士として渡米する際、戊辰戦争で奔走した仙台藩士、若き奥邃と知り 合い、彼をアメリカに同行した。それはかつて薩摩藩の留学生だったとき、森ら数名が米国で共同生活をした「新生同胞教団」でキリスト教を学んでもらうため であった。トマス・L・ハリスが率いるこの教団は修養的な労働と瞑想を重んじた。奥邃は25歳から54歳までの約30年間、そこに留まった。
明治32年(1899)に彼は突如、無一物同然で帰国し、4年余りの流寓の後、大正11年(1922)に77歳で死去するまで、東京巣鴨に私塾「謙 和舎」を開いて青年の教育と著述活動を続けた。彼は高潔な詩人的素質をもつ思想家であり、高村光太郎、田中正造をはじめ多くの人びとを感化した。自分の写 真をとらせず、墓をつくることさえ許さなかったという。

●独特な「父母神」思想
明治期以降、日本で受容されたキリスト教は、プロテスタント諸派のそれが主流であり、教理も似かよっている。奥邃のキリスト教思想はこれらと一線を 画し独特である。著作は研究書のような体裁はとらず、文体も深い瞑想と祈りの中から流露する一種の硬質な思想詩を思わせる。若い頃、儒学に打ち込んだ彼の 思想は、儒教的教養の基層の上に、アメリカで身に付けたキリスト教や諸他の学問が加わり、これらが渾然一体となったものである。古い漢文調の文体が思想を いっそう奥深いものにしている。
奥邃の説く神は「父母神」である。父母という二つの神的実体があるのではなく、「二而一(にじいち)」という彼独自の概念によって、二つは一体であり、従って唯一の「父母神」が存在する。この父母神は愛であり、宇宙の万物の生命の源泉である。神と人類は親子関係である。
この両性具有の唯一神思想は彼の独創ではなく、師のハリスやスウェーデンボルグの神観にも見られる。しかし日本のキリスト教思想に初めて現れた神観 であることの意義は大きい。近年、ジェンダーが言われ、神観についてさえ議論がなされる。男女平等ばかりか、母性の喪失や父性の復権といった言葉がよく聞 かれる。父母神の思想が現代に問いかけるものを考える必要があろう。
奥邃によれば、人間は一生涯、自らの「欲・怒・我(が)を殺滅する神戦」に参加しなければならない。この戦いのためには「有神無我」が要求される。 これは「私我」を捨てる努力をするとき超越的な父母神の力が働いて成長が促進されることを意味する。成長は救済でもあるが、救済は自力と他力という2つの 力が「二而一」つまり一体となって遂行される。
奥邃は当時の教育について
「教育は神戦の学習也(なり)。善く之(これ)に戦ふ者は必ず青年たり。蓋(けだ)し青年に非(あら)ざれば善く戦ふ能(あた)はず。然りと雖(いえど)、今の年少なる者は往々老朽の精神にして、自ら起(た)って以て神活の道に於て我欲と戦ふ能はず、怪しむべし」
と嘆き、青少年がこうなった原因を教師や親の誤った態度に求めて
「凡(すべ)て人の子を以て試験動物の如く見做して自家―私智―造作の制度中に畜育すべからざる也」
「その子を愛すと雖必ず之を他人の子と共に平等に公視すべき也」
と戒めている。これは現代の荒廃した教育にも通じる警告である。著作集が広く読まれ、奥邃の思想が多角的に研究されるなら、現代の閉塞的状況が少しでも打破されるであろう。
高橋和夫 (たかはし・かずお)
文化女子大学教授。哲学・宗教学専攻。昭和21年生まれ。学習院大学大学院博士課程修了。おもな著書に『スウェーデンボルグの思想』『スウェーデンボルグの宗教世界』など。

致知
2000年3月号『知られ知られざるいのちの思想家 新井奥邃を読みとく』■致知(2000年3月号)森信三氏が晩年、自分の師としてただ一人挙げた新井奥邃。本書は、近代日本における希有の宗教家・思想家である彼の思想のエッセンスをわかりやすく解説した。
新井奥邃の生まれは一八四六年。明治時代にアメリカで三十年過ごし、帰国後は東京の巣鴨でひっそりと若い学生たちとともに暮らした。人格形成に腐心 した教育者であり、戦争・差別・自己欺瞞を糾弾した祈りの人でもあった。写真も肖像画も残さず、知る人ぞ知る存在だったが、その思想は田中正造や高村光太 郎をはじめ、明治・大正の芸術家、思想家、社会運動家たちの根底に、地下水の如く流れていたという。
複雑で難しい問題が山積する現代、奥邃の人と思想に学び、新しい世紀を切り開くヒントをつかみたいものである。

ユニテリアン主義
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E4%B8%BB%E7%BE%A9#.E3.83.A6.E3.83.8B.E3.83.B4.E3.82.A1.E3.83.BC.E3.82.B5.E3.83.AA.E3.82.B9.E3.83.88
ユニテリアン主義(ユニタリアン主義 、ユニタリアニズム、英語:Unitarianism)とは、キリスト教で伝統的に用いられてきた三位一体(父と子と聖霊)の教理を否定し、神の唯一性を強調する主義の総称をいう。歴史的には、ユニテリアンはイエス・キリストを宗教指導者としては認めつつも、その神としての超越性は否定する。
概要

ユニテリアンの思想的先駆者はポーランド王国で1556年1月22日に活動を開始しのちにポーランド・リトアニア共和国で広まったポーランド兄弟団(英語版)である。彼らはユニテリアンの思想を確立していたが、「ユニテリアン」という用語はしばらくの間使用しなかった。これとは別に、1567年にトランシルヴァニア(当時はハンガリー王国で現在はルーマニア)で「ユニテリアン」を自称する教団が成立している。ポーランド兄弟団はこのあともしばらく「ユニテリアン」の用語を使用しなかったが、これは世の中にトランシルヴァニアでの宗教運動と自分たちの運動とを内容的に混同されることを避けたものと推測されている。

この宗教思想が流入してきたイギリスではしばらくの間かれらは自由思想家や非国教徒として位置付けられ、また合理主義やヒューマニズムの思想を発展させたという説もある。
ユニテリアン主義の諸形式

ユニテリアン主義には4つの派がある。

聖書的ユニテリアン派(Biblical Unitarianism)
伝統的に用いられてきた三位一体の神学に反し、『神は唯一の位格のみをもつ父なる一体の存在であり、イエスはメシアであり神の子であるが、神その人ではない』と主張するユニテリアン派閥。神の子の解釈は宗派によって異なり、先在する存在(アリウス派)、神のロゴスとイエスという人間の交わりの賜物(セルヴェ派)、イエスが聖霊によって満たされることで神の子となった(ソチニアニスム)などと理解される。聖書的ユニテリアン派はトランシルヴァニアで発生した。ルーマニアのトランシルヴァニア地方、ハンガリー、フランス、一部のアフリカの国々におけるユニテリアンの主たる神学である。著名な聖書的ユニテリアンにはミシェル・セルヴェ、ファウスト・ソッチニ、アイザック・ニュートンがいる。1840年代から、キリスト・アデルフィアン派がこの伝統の近代的な相続人となった[要出典]。
合理的ユニテリアン派(Rational Unitarianism)
伝統的に用いられてきた三位一体の神学に反し、『神は唯一の位格のみをもつ父なる一体の存在であり、イエスは神の子ではなく、他者をよりよい生を生きることができるように導いた善良で賢明な人に過ぎない』と主張するユニテリアン派閥。合理的ユニテリアン派の思想は、ポーランド兄弟団による自由主義的な神学から発生した。この説を唱えた人々は、宗教に対しても極めて合理的なアプローチを行い、聖書に記される奇跡の多く(処女降誕も含めて)に関し否定的ないし懐疑的立場をとった。彼らは社会の段階的変革を奉じ、性善説を唱え、ローマ・カトリック教会によって定められたキリスト教の教義の多くを捨てた。合理的ユニテリアン派は、神が創造を行う人格的存在である、と考える点において、神を非人格的存在と考える理神論とは一線を画する。著名な合理的ユニテリアンには、聖職者にラルフ・ワルド・エマーソン、科学者にジョゼフ・プリーストリーやライナス・ポーリング、人道主義者にスーザン・B・アンソニー、フローレンス・ナイチンゲール 、文学にチャールズ・ディケンズ、芸術にフランク・ロイド・ライトなどがいる。ハンガリーのユニテリアン派にも合理的ユニテリアン主義を唱える者がいる。また、世界で唯一のユニテリアン派高校である、ルーマニア・コロジュヴァールのヤーノシュ・ジグモンド・ユニテリアン高等学校(ヤーノシュ・ジグモンド・ウニターリウシュ・コッレーギウム János Zsigmond Unitárius Kollégium)は、合理的ユニテリアン主義によって教育を行っている。
ユニテリアン・ユニヴァーサリズム(Unitarian Universalism)
ユニテリアン・ユニヴァーサリズムの組織に入るために要求される公的に定められた信条や信仰規定は存在しない。これはUUが1961年にアメリカ合衆国にてユニテリアン派とユニヴァーサリズム派が合併することで成立しているためである。アメリカ合衆国では、このことをうけて、多くの信徒が「ユニテリアン・ユニヴァーサリスト」(UU)を自認している。今日では、UUの多くは自分がキリスト教徒ではないと考えている(ただし、教義上はキリスト教主流派と重なる部分も少なくない)。[1]キリスト教徒を自認する者についても、どのような教義を信じるかは各信徒の自由に任せられているが、多くの場合、三位一体についてはこれをドグマであるとして拒否されている。UUは彼らを束ねるものとして、教義ではなく、一連の行動原理を奨励するのである。著名なユニテリアン・ユニヴァーサリストにはティム・バーナーズ=リー(WWWの開発者)、ピート・シーガー、カート・ヴォネガットやクリストファー・リーヴがあげられる。
福音ユニテリアン派(Evangelical Unitarians)
19世紀以来、福音主義運動や、信仰復興運動の一部でユニテリアン派の神学が利用された。福音ユニテリアン派の神学はかなり多様であり、ソチニアニスム(イエスは受胎・出産以前には存在していなかった死すべき人間であり、聖霊に満たされることによって、初めて不死となり、神性をもったとする)的な考え方もあれば、サベリウス主義(イエスは神が具現した者であり、神の代弁者であるが、三位一体の位格の一ではないとする)的な考え方もある。しかし福音ユニテリアンはみな「聖書の唯一性」(Sola Scriptura)への強い信念、そして聖書は神の言葉であり、間違っていないという考えにおいては共通している。キリストアデルフィアン派などは福音ユニテリアン派のいくつかの特性を持っている。他の現代の三位一体を否定する教会、例えばフィリピンに本拠をおくイグレシア・ニ・クリスト(Iglesia ni Cristo)も思想的には福音ユニテリアン派に分類しうるが、これらの教会は、混乱を避けるために「ユニテリアン」を称することを拒否している。エホバの証人も、独特の形であるが、ユニテリアン的(非三位一体)な神学をもつ。

ユニテリアン主義のそれぞれの派は、互いに関連しあいながら発展してきている。歴史的にはアリウス派をその先駆とする聖書的ユニテリアン思想が最も古く、次にポーランド兄弟団を先駆とする合理的ユニテリアン思想である。UUは最も新しい。地理的には、ヨーロッパにおける現代のユニテリアン派の多くは聖書的ユニテリアンか、合理的ユニテリアンであり、アメリカ合衆国とカナダではユニテリアン・ユニヴァーサリズムが主流である。福音ユニテリアン派の大半はアメリカ合衆国かイギリスにある。現在、福音ユニテリアン派を除き、世界のユニテリアン主義の組織・団体の多くは、1995年に創設された、国際ユニテリアン・ユニヴァーサリスト協会(ICUU: International Council of Unitarians and Universalists)に所属している。
日本での歴史
ユニテリアン

1887年(明治20年)にアメリカ・ユニテリアン協会より最初の宣教師A・M・ナップが来日した。日本では、月刊誌『ゆにてりあん』を発行した。また、「唯一館」を建てて盛んに講演会を開催し盛んに宣伝した。社会主義者の村井知至や安部磯雄らを通して日本の社会運動に影響を与えた。[2]

戦後は日本自由宗教連盟・東京帰一教会やユニテリアン友の会、ユニテリアン友の集いなどが結成され、今岡信一良などが中心となって活動した。
ユニヴァーサリスト

1890年(明治23年)にアメリカ合衆国のユニヴァーサリストの宣教師G・L・ペリンが来日する。ペリンは東京飯田町に中央会堂を建設した。中村正直らの勧告により「宇宙神教」の訳語が採用された。1909年(明治42年)に「日本同仁教会」と改称された。1941年に日本基督教団に合流する。戦後に再び分離し、現在は基督教同仁社団・同仁キリスト教会として活動し、幼稚園なども運営している。明治時代には星野久成、吉村秀蔵、赤司繁太郎など、戦後は千代崎幸弘らが牧師であった。[3]

後に、アメリカではユニテリアン協会とユニヴァーサリスト教会は合同したが、日本では現在も別個に活動している。”

ユニテリアン・ユニヴァーサリズム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0
”ユニテリアン・ユニヴァーサリズム(Unitarian Universalism:通称UU) は「真理と意味の追求を自由にかつ責任を持って行うこと」を特徴としたリベラルな宗教で本拠地はアメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストン。
概要

UUは共通の教義を持たず、むしろスピリチュアルな成長に向け助け合い追求すること、個人の思想信仰は権威への服従からではなく追求の結果から生じるという信条によって団結している。ユニテリアン等のプロテスタントの各派から派生したが、現在は仏教など様々な宗教や思想も取り入れている。礼拝では賛美歌を歌ったりするなどキリスト教の一面も持つが思想信仰は各教会やメンバー個人に任され、教会やメンバーは必ずしもキリスト教徒を自認していない。グループによっては教会と名乗らないこともあり、神を信じる事の有無にかかわらず参加している

ユニテリアン・ユニヴァーサリスト協会 en:Unitarian Universalist Association (UUA), は1961年にAmerican Unitarian Association(AUA)とUniversalist Church in America(UCA)の合併により成立し、北米の教会と緩やかに連帯している。UUA は1,000 以上の教会(congregation)と217,000 人の信者を持つ。コングリゲーショナル方式により各教会を緩やかにまとめ、各々の教会の自治権が大きいのが特徴である。教義を始め日々の教会運営から牧師の選定まで各支部(教会)の運営委員会の判断に委ねられている。運営委員会は一般信者と牧師で構成され毎週の礼拝、各種のグループ、ボランティア、会計、牧師との連携、地域との関わり等教会活動の殆どすべてに責任を持つ。
プロフィール

ユニテリアン・ユニバーサリズムはメンバー(UU教徒)が自由に思想・信仰を決める事ができる。これにより宗教的多元性、多文化の伝統を尊重し同じ教会内でも複数の信仰や活動を認めている。例えば水曜日の夜に座禅のグループ、木曜日にはクエーカーのセミナー、日曜日には礼拝を行うといった具合である。このことから折衷的宗教であるとされている。UU教徒は自分の信仰が唯一無二の真実であるとか他宗派に対しての優越性を主張しないことが多い。「宗教学(theology)を創る」という勉強会もある。

多くのUU教徒は自身のことをヒューマニストであるとしている。他のUU教徒はキリスト教、仏教、ユダヤ教や自然崇拝、無神論、不可知論、博愛主義等をUUと同時に信仰している。中には教義の名前を特に使用せず様々な信仰を組み合わせている信者もいる。このような多様性はUU教徒から運動の利点と考えられていると同時に、各自比較的統一された教義と習慣を持つ(カトリック、プロテスタント、ユダヤ教、大乗仏教等)各宗教団体の中には教義を持たないUUを支持しない所も多い。UUは個人が自己や社会、自然との繋がりの中で各自意味を追求することを重要視し決められたドグマを持たないからであるとされている。

以下、 ユニテリアン主義より加筆引用。

ユニテリアン・ユニヴァーサリズムの組織に入るために要求される公的に定められた信条や信仰規定は存在しない。これはUUが1961年にアメリカ合衆国にてユニテリアン派とユニヴァーサリズム派が合併することで成立しているためである。アメリカ合衆国では、このことをうけて、多くの信徒が「ユニテリアン・ユニヴァーサリスト」(UU)を自認している。今日では、UUの多くは自分がキリスト教徒ではないと考えている(ただし、教義上はキリスト教主流派と重なる部分も少なくない)。[1] キリスト教徒を自認する者についても、どのような教義を信じるかは各信徒の自由に任せられているが、多くの場合、三位一体についてはこれをドグマであるとして拒否されている。UUは彼らを束ねるものとして、教義ではなく、一連の行動原理を奨励するのである。著名なユニテリアン・ユニヴァーサリストには第6代アメリカ合衆国大統領ジョン・クィンシー・アダムズ、作家・思想家のラルフ・ワルド・エマーソン、ティム・バーナーズ=リー(WWWの開発者)、ピート・シーガー、カート・ヴォネガットやクリストファー・リーヴがあげられる。アダムズとエマーソンはユニテリアンであった。

ユニテリアン主義からの引用終わり。
批判
正式な教義を持たない

キャロル・キートン・ストレイホーン(Carole Keeton Strayhorn)はユニテリアン・ユニヴァーサリズムは正式な教義を持たない為宗教ではないと批判した。しかし後に主張を翻している[1]。
他宗教からの借用

近年UUは「あまりに無作為に」他宗教の儀式や習慣を借用していると仏教徒やネイティブアメリカンの団体等から批判されている[2][3]。
日本宣教

1890年(明治23年)アメリカの本部から、宣教師G・L・ペリンが来日して、1890年年末に東京飯田町に中央会堂を建した。中村正直らの勧告によって、宇宙神教と訳されたが、1909年(明治42年)には「日本同仁教会」と改称された。1941年に日本基督教団に吸収合併されたが、戦後離脱して、基督教同仁社団・同仁キリスト教会として活動し、幼稚園なども運営している。

生長の家(ニューソート+大本教)の教義は
①万教「帰一」
②天皇絶対。

ユニテリアンもユニヴァーサリズムも宗教統一用宗教
ですな。


トランセンデンタリズム【Transcendentalism】
アメリカの思想家R.W.エマソンとその周囲の文人,宗教家たちのロマン主義思想をいう。超越主義,超絶主義と訳す。エマソンの《自然》(1836)出版後,彼の周囲に集まったユニテリアン派の牧師たち(ヘッジFrederic H.Hedge,T.パーカー,リプリーGeorge Ripley,W.E.チャニングら),随筆家H.D.ソロー,教育家A.B.オールコット,批評家S.M.フラー,詩人チャニングWilliam E.Channing,ベリーJones Veryなどがその代表者である。
”https://kotobank.jp/word/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0-856503

ピューリタニズムとトランセンデンタリズム
http://www.ne.jp/asahi/fogbound/journal/puritrans.html
ピューリタンは理想に燃え、誘惑を悪とみなし、それらと厳しく闘うという自己啓発に努めました。また、古典文学や有名な歴史的事件から隠喩を多く引用して説教をするなど、その比喩的・寓意的発想は、アメリカ文学の特色のひとつである象徴主義の下地となりました。

 トランセンデンタリズム(transcendentalism / 超絶主義)は、19世紀初頭にアメリカで広まった思想運動です。ピューリタニズムは「キリスト教の神」がその中心にありますが、トランセンデンタリズムは「神」という超越的存在を個人の中に見て、「自立した自己の精神」をその中心におきます。ここでいう「自己」とは、欲望から解放された本来的自分ということで、自我とは対立関係にあります。

 これらの超絶主義者には、『森の生活』のデビッド・ソロー、『緋文字』のナサニエル・ホーソンなどがいますが、忘れてはならないのが、エマソン(1802-1882)です。

「たそがれ時、曇り空の下、雪でぬかるむ殺風景な広場を通り抜けていると、特に幸福なことを考えていたわけでもないのに、私はある種の完璧な爽快さを味わってしまう」

「森の中、われわれは理性と信仰をとりもどす。そこにいれば私は自分の人生に自然がつぐなえないことは何ひとつないと感じる。むき出しの大地に立ち、頭をさわやかな大気に洗われて、かぎりない空間のさなかに昂然ともたげれば、いっさいの卑しい自己執着は消え失せる。」 (「自然」岩波文庫)

 エマソンは自然を重視しましたが、美しいからではなく、自然を精神の象徴だと考えたからです。つまり、彼にとって自然は、人間の精神について学ぶために大切だったのです。彼の考えはソローやホイットマンに受け継がれていきますが、ピューリタニズムにしても、トランセンデンタリズムにしても、その根本に横たわっているのは、社会の制約を超え、超越的存在を実感した個人の情熱ではないかという気がします。 ”

ブッシュ家
http://weekpedia.myht.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%AE%B6
”マシアス・ブッシュ(マティアス・ブッシュ、1722年5月10日~1790年3月29日):ブッシュ家の祖。チェコ系ユダヤ人の移民

ルイス・ブッシュ(ルドヴィーク・ブッシュ、生没年不詳):マシアスの長男。アメリカ陸軍の将校である
ソロモン・ブッシュ(1752年10月12日~1795年):マシアスの次男。アメリカ陸軍の少佐で、兄のルイスとともに『アメリカ独立戦争』で活躍した
ジャージ・ブッシュ(1769年~1859年):マシアスの三男。ニューヨーク大学の教授となりヘブライ語の権威となった ”

George Bush (biblical scholar), 19th-century biblical scholar and preacher
http://en.wikipedia.org/wiki/George_Bush_%28biblical_scholar%29
George Bush (12 June 1796, Norwich, Vermont – 19 September 1859, Rochester, New York) was an American biblical scholar, pastor, abolitionist, academic and advocate for the restoration of the Jews to the Holy Land. He is distantly related to the Bush political family.[1]
(…)
In 1845 he embraced Swedenborgianism and went on to write many defenses of his new faith.[6] He translated and published the diary of Emanuel Swedenborg in 1845, and became editor of the New Church Repository.[2]
(…)
Mesmer and Swedenborg (1847) Here he argued that the doctrines of Swedenborg were corroborated by the developments of mesmerism.[2]”

Andrew Jackson Davis (August 11, 1826 – January 13, 1910)
http://en.wikipedia.org/wiki/Andrew_Jackson_Davis

ken ‏@kenkatap 2012年9月18日
カリフォルニアの12歳の少女が宿題(数か月)でまとめた大統領達の家系図。
大統領は一人を除いて皆イングランドのジョン王の子孫なんだそーです
【http://youtu.be/cMC9B1vpUBc 】【http://ameblo.jp/pinkglalem-kingfisher/entry-11356864656.html …】
英と欧の王族に、米国人は常に所有され支配されてきている

knznymmmy ‏@knznymmmy 11月26日
ダメリカの大統領は(第八代大統領を除いて)
全員血縁関係がある
というか、血縁をたどるとお下劣の王家(ジョン王)
につながる pic.twitter.com/EjxqJQ1yWQ

J・ナナミ ‏@pinkglalem 7月17日
安倍晋三が憲法を改正せずに、解釈を変更したのは、日本憲法がイギリスのマグナカルタと同じ意味を持っているから...?その影響力は残して、責任の所在を曖昧にすることが出来る。
アメリカの大統領がワシントンからオバマまで、マグナカルタを認めたジョン王の子孫と言うのは注目に値する。面白いのは第一条で、教会は国王の権限から自由であるとしている。明治憲法、日本国憲法ともに、第一条は、天皇について書かれている。

J・ナナミ ‏@pinkglalem 11月24日
@pinkglalem シオニストがヴァチカンに操られているよーに、アメリカもヴァチカンに支配されている。歴代の大統領が皆マグナカルタを受け入れたジョン王の末裔であるのはその証拠。マグナカルタ第一条を読めば、コレが英王の権限に対する教会の支配であることは明白。
つまり英国も米国も教会の下に位置する。そして日本はそのまた下にあって、最終的にその支配に文句が言えない立場。

英国女王=英国国教会のボスも日本支配の黒幕の一つ。
偽天皇はガーター勲章に縛られ、海賊女王に逆らえません。
女王が英国国教会のトップを兼ねる=聖俗の権力の融合。
つまり教会は自由=王は自由。
バチカン=宗教権力は
世俗権力=王侯貴族を弱めたいのです。
英国国教会はバチカンが非常に嫌がることをしております。
さすがにバチカン支配下ではないですね


saebou ‏@Cristoforou 2012年12月6日

連合王国国王は手続き上「信仰の守護者」として英国国教会の長を兼ねるので、国教会信徒でなければなりません。イングランドでは伝統的に反カトリック感情が強烈で、アン女王が直系子孫なしになくなったとき、カトリックの親類に王位が移ることを警戒してこういう規定ができました。

世界史名言集_bot ‏@sekaishimeigen 4月1日
王は、イングランド教会が自由であり、その諸権利を完全に享有し、その自由は侵されることがないことを最初に神に誓い、次いで王および王の相続人のために、この王の現在の特許状をもって永久に確認する」(マグナ・カルタ/イギリス)【大憲章】

Tatsuhiko Asatani ‏@TatsuhikoAsatan 2012年3月24日
イギリスには成文憲法がない。
憲法の代わりになるのが、マグナ・カルタ、権利の請願、権利の章典などだ。イギリスでは国王の権力に対して、貴族、教会、都市(商人)が抵抗し、抑制をかけようとする闘争が常にあり、その時々で国王側にその権力の制限を認めさせてきたのが先の要求だ。

アンドリュー・ジャクソン・デービス(Andrew Jackson Davis, 1826年8月11日 - 1910年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%B9
“アンドリュー・ジャクソン・デービス(Andrew Jackson Davis, 1826年8月11日 - 1910年)は米国の霊覚者。
思想的にスピリチュアリズムを先取りした哲学書を出版して後のスピリチュアリズムに多大な影響を与え、「スピリチュアリズムのヨハネ」と言われた。(下記#スピリチュアリズムの勃興を予告した人物を参照)。奴隷制度廃止運動家、女性開放運動家、禁酒運動家でもあり、スピリチュアリズムの思想によって社会に影響を与えた最初の人と言える。(参照)
ニューヨーク州のオレンジ郡ブルーミングローブ生まれ。家が貧しく、教育はほとんど受けていない。成長すると、靴屋の徒弟となった。生まれつき霊視能力があったらしく、母が死去したときに輝くような野原に美しい家のビジョンを見て、母が行ったところだと思ったという。
1843年、17歳で近くの町の講演会に出かけて催眠術にかけられ、催眠状態で透視能力や読心能力を発揮できることに気づく。さらに実験を続けるうち、特殊な能力が発達した。
この能力を生かすべく最初は病気の治療を始め、「ポキプシーの千里眼」として評判になった。しかし、催眠状態に入ると演説することが多くなり、入神講演と出版がライフワークであることを認識して治療院を閉鎖
した。
1846年、20歳で入神講演の内容をまとめ、第一部「大自然の摂理」、第二部「大自然の啓示」、第三部「人類に告ぐ」の三部作として出版した。(原文:The principles of nature, her divine relations, and a voice to mankind)これは大反響を呼び、当時の米国の知識階級に大きな影響を与えたといわれる。
「大自然の摂理」では個人的な意識の死後存続、霊こそが実在であること、霊や霊界の 描写、イエスは神ではなく規範とすべき人間であったことなどが述べられ、現在のスピリチュアリズムとたいへんよく似ている。 「大自然の啓示」では宇宙、太陽系の歴史や人類にいたる生命の進化について書かれている。この中で海王星と冥王星が発見される前にその存在を指摘したこと は話題になった。 「人類に告ぐ」では理想的な経済・社会基盤について述べている。
後にスピリチュアリストたちの活動が盛んになってくると喜んで支持し、自らを「スピリチュアリスト」とした。 しかし、哲学的思想をなおざりにして物理的現象にばかり夢中になる傾向がスピリチュアリズムに出てくるとこれを嫌い、1880年には自分の哲学は「調和哲 学」だと宣言して、スピリチュアリズムと袂を分かってしまった。 その後も精力的に出版を続け、1910年に死去。
スピリチュアリズムの勃興を予告した人物
A・J・デービスは1848年のハイズビルのフォックス家事件以降に起こったスピリチュアリズムの勃興を予告した人物としても知られている。この人物については、『スピリチュアリズムの真髄』(ジョン・レナード著(国書刊行会発行))に詳しい説明があるが、この本は現在絶版となっている。
彼の著作である第二部「大自然の啓示」には、後のハイズビル事件(フォックス家事件)を予言する記述が見られる。”)


『自然の原理』の内容。
世界は内と外、すなわち心と物とで成り立っているが、両者は同じ実体である。
心は物に対して支配的な立場にあり、心の本質は霊的。
が、心も一種の物質であり、物質も心も本質的には霊的であり、その意味では同等だとする。
イエスを神の子ではなく人間倫理の革命家として捉え聖書を批判。
霊界と何か、どういう構造か、人は死ぬとどうなるかについても書かれているので後に、スピリチュアリズムのバイブル(聖書)となる。
宇宙創成を通して地球が生まれてから自然が地質学的、生物学的に変化しながら、やがて人類が誕生していく経過を進化論的に述べている。
1859年にダーウィンが『進化論』を発表するよりも十年以上も前の記述である。
ただし、デイヴィスの立場は肉体としての人類の発達と霊的存在としての精神の発達とはまったく別な出来事であり、人類が或る肉体的完成度に達したときに、つまり、それ相応の受け皿となりえたときに初めて高度な精神が宿ったのだという。
また、宇宙の構造についても先見の明があった。
太陽系の惑星の数を8ないしは9としている。
8は確実だが9番目はまだ惑星と呼べる段階ではないと言っている。
8番目の惑星は海王星だが、これについてデイヴィスが受けた啓示は、この星の存在が数学的理論によって指摘された数カ月前のことだと、本の脚注に記してある。
9番目の冥王星はもちろんそれ以後に発見されたが、一昨年(2006年)末の新聞記事によれば、この冥王星は一種の宇宙塵で、惑星とは呼ばないことになっていた。
イエスはヨゼフとマリアの間に生まれた人間の子供で、当時の宗教的に堕落した社会を改革しようという情熱に燃えた青年であった。
聖書は矛盾や誤謬を含む不完全な書物であり、教会が主張する三位一体、原罪、贖罪、天国と地獄などの概念はすべてあり得ないことだと述べている。
これはキリスト教に対するスピリチュアリストたちの態度に強い影響を与えている。

肉体と霊はもとは一体であるが、年をとるにつれて霊(精神)の思うようには動かなくなる。『自然の原理』によると霊はこれまで肉体に充満していたエーテル的物質を吸収して霊体を作り、霊界での生活に備える。これは霊が低い次元からより高い次元へと移動することであり、死とはそういう次元の移動であるにすぎない。
『自然の原理』では死はあらゆる現象の中で最も賛美すべきもので、誰もがその到来を楽しみに待ち、感謝すべ
きだと述べる。

自然の原理』にはスピリチュアリズムに特有な基本的概念が示されている。
万有は神、即ち至高の意志によって創られていること、人間は死後も生前と同じように個性を持ち、生活を続ける
(ただし第二界=肉体を脱して入る世界においてのことで、それ以後の界では必要に応じてそうなるという。なお、霊界は第七界まである)、ということは最も基本的なものだが、これらはこれまでの宗教観や説話などの中で前例のないものではない。
しかし以下の二つはスピリチュアルに特有である。
①魂同士が引き合う力
②魂が向上を目指す力
この魂同士が引き合う力と向上を目指す力の二つの力が原動力となって霊界全体が発展していくという。これはスウェーデンボルグの霊魂観と同じものである。

霊魂が社会を着くといっても利害や目的によって集まるのではなく、似た者同士、好きな者同士が集まる。同じような性向を持ち同じような魂の発達段階にある者が、相手に親しみを覚えて近づこうとするところから霊界における社会が始まる。
したがって地獄や極楽といっても神や閻魔が裁いた結果振り分けられるものではなく、個人の器量と好みに応じて地獄や天国が決まる。
極悪人同士が集まるのが地獄で、徳の高い者が集まるのが天国となる。この地上では物質的制約により実現できないが、霊界では精神のみが唯一の実在なので精神が決定的な原理になるのである。
そして霊はより高い光と愛の世界に行こうと努力するという。
第七界まで段階がある。キリスト教でも七は重要な数字だが、スピリチュアルでも霊界を七つの層
に分かれている。

前に述べたように『自然の原理』はスピリチュアリズムの到来を予見している。

“ 肉体の中にいる霊がより高い層にいる霊と意志を通じ合うことがあるのは確かなことである。その場合、肉体の中にいる霊がそれに気づかずにいて、交流があったことを信じないということもあり得る。だが、このことはやがて地上の人間の中で示され(in the form of a living demonstration)、真実であることが分かるだろう。その時、現在火星や木星や土星の住民たちの間に行われているように、人間の内部が開かれて霊的な交流が達成されることになる新時代の到来を、世界の人々は大歓迎するだろう。
”p.45

自然の原理』はハイズヴィル事件の前年に、まるでそれを先触れし解説するかのように出版されたのだが、この本の驚くべき内容とだけでなくハイズヴィル事件が起こしたスピリチュアル・フィーバーというべき社会的熱気にも助けられて、たちまち版を重ねていった。これに影響を受けた人々の中には、詩人のロングフェロー、哲学者のエマーソン、天文学者のローエルなど、当時の錚々たる人物がいる。
スピリチュアリストたちがこの本を聖書のように重視したのはもちろんだが、デイヴィス自身もスピリチュアル運動に強い関心を持ち、はじめのうちは積極的に講演や著述を通じて援助し、一時は指導者とみなされたこともあった。しかし、スピリチュアリストたちがあまりに現象面に執着し、降霊会に夢中になり、その背後に潜む哲学的、宗教的意義をおろそかにしたため、デイヴィスは嫌気がさして、こういう状態が続く限りは自分はスピリチュアリストとみなされたくないと宣言し、
1880年には自分の思想を「調和哲学(The Harmonial Philosophy)」と読んで当時のスピリチュアリズムとは一線を画した。デイヴィス54歳のころである。
このころにはもう無学な職人ではなく勉学により自分が書いたものを充分に理解できるようになっていた。また、他人の助けなしで入神状態に入ることも出来るようになっていた。
デイヴィスは自分を霊的感応状態に置くことで霊界から自由に情報を入手できると述べている。霊界には知識の宝庫とも言うべき光の凝縮した大星雲があり、頭脳から発する光の集合体がそれに接することで欲しい知識が自由に流れ込んでくるというのである。
また、自分の能力は超自然的なものではなく、普通の人間と同様に自然なものであり、ただ少しばかり他の人々を上回っているにすぎないと言っていた。
また、自分が述べてきた意見や啓示などもうのみにせずに理性によって各人が判断すべきだと言い、どんな啓示も人間がするので必ず過ちや足りない部分があり、自分の場合も例外ではないと語っている。
デイヴィスが師と仰いだのがエマヌエル・スウェーデンボルグ
である。

死は高次元への移動なので素晴らしい、という思想は極めて危険な思想です。支配層にとって宗教の最大の役割は殺して人間の数を減らして調整することにあります。あなた一人が救われても、二人以上は死んでいますよ?

デイヴィスは無学だったのに数年でこのレベルっておかしくない?
しかも自分が書いたものを年をとるまで理解できなかった?
しかもその内容がスウェーデンボルグが間違いなく元ネタの思想。
やっぱりゴーストライターなんじゃないのかこれ。
ジョン王の子孫=ブルーブラッドのブッシュ家の教授が熱烈に支援したのが物凄く怪しい。
英国(ジョン王)と米国(ブッシュ)で流行りまくりだし。
魔法結社に脳力開発されて高速学習したの?
利用された本物?
催眠状態あるいは神がかり状態の間に別人が書いた?
当時のデイヴィスに勉強する時間がどれだけあったかが気になります。
公開されていない最新情報を得ていたし。
ガリバー旅行記で超有名なスウィフトも天体にかんする秘密の最新情報をメーソンから得ていたようですし。スウィフトはメイソンメンバー
ですよ。

イエスの実在自体は否定しないのね。

教会が主張する伝統的な三位一体、原罪、贖罪、天国と地獄などの概念はすべて間違いだと主張したスウェーデンボルグが元ネタですね。
スウェーデンボルグは聖書は否定していないのでスウェーデンボルグ思想をさらに進めて聖書自体すら消してしまいました。聖書は矛盾の塊ですから、新たな宗教にとっては邪魔なのでしょう。
また、イエスを神の子であることを否定してただの凄い人間にしてしまいました。
聖書否定とイエスの神性否定はスウェーデンボルグのものではありません


スウェーデンボルグはすでに霊的進化について述べております。進化、上昇、向上……まあ同じ意味です。
スウェーデンボルグは霊界は七層であることと、自分が他の惑星の宇宙人と会ったことも主張しておりますからスピリチュアル系の源流です


ねえ、なぜこうしたスピリチュアルブームとかって西洋発なの?
インドやイランやエジプトとかではなぜ起こらないの?
なぜスピリチュアル本の元ネタが西洋人ばかりなの?
インドを強調するならまずは聖書とギリシア哲学思想を自覚して捨てて下さい。
まあ意図的にキリスト教神学・哲学を中核に残して有色人種の伝統思想を破壊するんですけどね。白人支配者がインド思想を改造するために利用したのが神智学。
ギリシア人の肌も白ではなく浅黒かったのにね。
金髪碧眼=ヴァイキング=蛮族なのにね


聖書を否定していてもそれがあらたな誘導なのはよくあること。
Aと反A=Bの対立は、AとBの共通点Cを受け入れさせる為の茶番。
日ユ同祖論とユダヤ陰謀論は本物ユダヤVS偽ユダヤのセットもので、前提となる聖書のユダヤ人の実在=聖書神話を信じさせるのが狙い。
ニューエイジとキリスト教原理主義が対立しているが、共通点=維持したい部分
があります。
絶対的なものを「真理」(覚醒)と呼ぶか「神」と呼ぶかの違いであり、結局は絶対的なものを否定しない。絶対的なものを信じさせることができれば容易に操れますから。
嘘でも人を操れるが、真実でも人を操れる
のですよ。

進化論の言いだしっぺはダーウィンの祖父ですよ。

エラズマス・ダーウィン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%82%BA%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3
“エラズマス・ダーウィン(Erasmus Darwin, 1731年12月12日 – 1802年4月18日)は、イングランドの医師・詩人・自然哲学者。ロバート・ダーウィンの父でチャールズ・ダーウィンの祖父。
略歴
ノッテンガム付近のエルストン・ホール生まれ。ケンブリッジ大学とエディンバラ大学で学び、内科医の資格を取得した。一般にチャールズ・ダーウィンが「進化」論を唱えたとされているが、実際には祖父であるエラズマスが「進化(evolution)」という概念を生物学に持ち込んでいる。ルナ協会の中心人物でもあった。
チャールズ自身は「ゆるやかな変化」などを用いた表現が多く、「進化(evolution)」という言葉自体を大きく嫌っていたらしい。 有名な『種の起源』においても、その第5版にまで「進化」という単語は存在しない。チャールズが祖父を大きく嫌っていたため、と見る向きもあるが、エラズマスの論が実施や実験、経験を軽んじているがため、とチャールズ自身は著している

ただ、チャールズが当初系統発生にエラズマスの提唱したevolutionの語を当てなかったことに関して、当時のevolutionという語の示す概念は元来個体発生、特に前成説的 個体発生概念においてあらかじめ用意された個体の構造が展開生成するプロセスを指していたのを後になって系統発生のプロセスを指す語に援用したものであっ たことは、もっと注目されてよいだろう。チャールズの「種の起原」で展開されている議論は系統発生と進歩を区別し、その定められた方向性を否定するもので あったからである。つまり、チャールズの「進化論」の内容と"evolution"の本来の語義は親和性が良いとは言えないのである。
その他
• エラズマス・ダーウィンの著書はドイツ語などに翻訳され、ヨーロッパ大陸の自然哲学にも大きな影響を与えた。
• のちにエラズマスの哲学的、観念的「進化論」はジャン・アンリ・ファーブルが「昆虫記」において実地の観察や実験に基づいて痛烈に批判している。
• 吃音症であった[1]。
1. ^ 『西洋博物学者列伝』 ロバート・ハクスリー 悠書館  159ページ ひどいどもりで、魅力のある人物とは言えなかったが、客間での人づきあいはうまく、口説きの名人でもあった。
参考文献


たいよしん ‏@ra_adauta1206 7月1日
古代ギリシャ人は金髪碧眼というイメージを持たれがちだが実際は北欧からの奴隷のみで、古代ギリシャ人も現代ギリシャ人と同じラテン系の浅黒い肌色だった が大理石の壁画の肌色塗料が時代とともに剥がれ落ちて地肌の白さが残り、「古代ギリシャ人は金髪碧眼」という曲解が起きた”っていう話面白すぎ

名糖@竹林のKaranic ‏@meitou 2014年2月2日
古代ギリシャ人は黒髪、褐色の肌だった? - るいネット / http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=240786 … 浅黒いコーカソイド系は、美しいよ


usamimi ‏@usamimix 2013年2月21日
宇宙人なんていない、という人には「じゃあなぜスウィフトは、その著書ガリバー旅行記で天空の島ラピュタ人を登場させ、火星の衛星について人間に教えるエピソードを書けたの?人間が火星の衛星を見られる望遠鏡を発明したのは、本が書かれてから150年も後のことなのに」 と聞いてみよう。

サージ船長 ‏@alo353 3月14日
@usamimix @kitsuchitsuchi ケプラーの説を取り入れただけですが。1726年に出版された本に火星の2つの衛星の記述があると、それを理由に宇宙人が実在するという突飛な推論は、いささか常軌を逸していると見受けられます。もう少し冷静に分析すべきではありませんか。

U (公式bot) ‏@wayofthewindbot 3月29日
RT lanekota: フリメの秘儀はどこから来たのか?安易に古代エジプトだのアトランティスだのほざく輩がいるけどさ、さっきの火星の衛星のやつはケプラーなどの研究もそう だが、身近に考えると古代より中世イスラムの天文学の知識が伝播したと考えるほうが自然なんだよな。夢もロ ...

knznymmmy ‏@knznymmmy 3月15日
ガリレオが木星の衛星を見つけたのはもっと早い だったらスウィフトがどこかでその話を聞きつけて んじゃま、俺は火星で創作すっかと 思いついたとしても不思議ではない 結局UFO信者の言う事には毎回飛躍がある 「UFOかもしれない」から 「UFOに違いない」への飛躍

サージ船長 ‏@alo353 22 時間22 時間前
@knznymmmy @kitsuchitsuchi その通りです。何百万光年を移動する技術や知恵を持つ種族が、この地球に干渉する理由は、恒星間移動の際の中継基地を造るくらいしかありませんし、また人工惑星を造る技術すら持っていると考えます。

自分の視点ではなく、彼らの視点で物事を考えなければ、真実はいつまで経っても見えてきません。ただ今この地球にいる支配者は人間を食料として考えているようです。ソイレント・グリーンの再来ですね。マクドナルドの食品に歯が混入ですから。

それこそ「共喰い」というタイトルの小説が芥川賞を取るような時代ですから。小説「闇にひらめく」を映画化し、カンヌでパルム・ドールを受賞した「うなぎ」も同類ですね。

少し話が脱線しましたが、今世の中に流布している宇宙人情報はすべて、現代の人間が思い付くレベルの稚拙な情報しかないんです。つまりすべてがフェイクだと簡単に言い切れてしまう。宇宙人という位置づけが、かなり下等に描かれているんです。

最も最先端技術が駆使されている米軍の兵器ですら、20年前に発想された物が、ようやく実用化して出ててきています。レールガンなんて、私が小学生の頃には理論化されていました。宇宙人のテクノロジーとか、冗談も休み休みにしてほしいです

knznymmmy @knznymmmy
そうそう。うちゅーじん、うちゅーじんと 御大層に言う割にはあまりにも 発想力の貧弱さが鼻につく 例えばさグレイ型エイリアンが 足が日本で手が日本で目が2つで・・・ こんなものニャンゲンじゃねえか!

もし本当に1億光年だかどこかの彼方に スンゲエ超科学文明を持つ生命体がいたとしても 想像も理解も全くできないような トンデモの中のトンデモみたいな 連中じゃなきゃおかしい

喩えるならば・・・ 縄文時代の人に「未来の乗り物」を想像させたとして 「千里走っても平気な馬」とか あくまでも縄文時代の延長でしか考えられないようなもの 違うだろ! せめて新幹線ぐらい言ってみろ 縄文時代の人に「新幹線」なんて回答が出せるかな?

仮に新幹線の写真を縄文時代の人に見せても 「何これ? 箱?筒? こんなものどうするの?」 みたいなトンチンカンな回答しか 返ってこないんではなかろうか? 万が一、うちゅーじんってヤツがいたとしたら 私らの理解力なんぞ消し飛んでしまうような 連中じゃなかろうか


私は基本的にうちゅーじん否定論者だけど 「ヒトならざるモノ」ってのは否定しないし 過去のツイートでもちょいと書いたこともある マンションの屋根の上、しかも 三角形だから不安定な屋根の上で 変な歌うたってるヤツの事とか書いた。 あれはただの変態だったのかそれとも吸血鬼だか悪魔だか?

昔、私がマンションの屋上で歌う吸血鬼の ツイを書いたんだが 誰も理解できなそうでww 今でもアレは何だったんだろうと思う 勿論、吸血鬼ってのは勝手に私がそう分類しただけ 実際に首筋に食い付かれた訳じゃないし 食い付かれたとしてもただの変態かもしれないしw

マンションの住人が次々と原因不明の体調不良を起こし・・・ なんていうと、バカがしゃしゃり出てきて 「実は○年前に自殺した若い女性の霊が」なーんてしたり顔で語るのも よくよく調べりゃ電磁波の障害ってオチ・・・探せばあると思うよ。

人知をはるかに超えたレベルのエイリアンなら、人間にとっては「自然現象」「法則」扱いされるのでは?
そもそも今の人間レベルでないと「知的生命体」とみなせないからこそ、「人間らしい非人間」の情報だらけなのでは?


knznymmmy ‏@knznymmmy 1月14日
古代核戦争の謎 南山宏著 学研 2009年10月刊 デービッドアイ君のしょっぱい10巻セットを読んだ後 我輩はこれを読んでいたんだが 後半80ページほどはツングース大爆発について書いてある。 1908年6月30日の事件だが 2013年のチェリャビンスク事件と色々似ている

もしこの本が正しいとするのなら 確かに隕石は撃墜されていた。 それはツングースもチェリャビンスクも同じ事。 いやそれどころか、他にも1984年2月26日のチュリムとか 2002年9月25日のヴィテムとか 他にも多数の同様の「撃墜事件」が起きていた可能性がある

ja.wikipedia.org/wiki/2002%E5%B9%B4%E3%82%B7%E3%83%99%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%AE%E7%81%AB%E7%90%83 … 2002年9月25日のヴィテムはwikiにも出てくる ちなみに「別の何か」が撃墜はしているのだが ゆーほーではない。 ましてやレプティリアンでもないし 銀河連邦でもない んじゃ、誰が? ひと言で言えばニャンゲンだ!

ニャンゲンと言っても おそロシアの秘密兵器じゃねえし ダメリカでもないしクソラエルでもない ましてやアホンジンとか論外 んじゃ誰が?ってのは一旦保留 この本をどこまで信用していいのか未知数だから

どーしても知りたいならおめーらさん あまぞんで買ってこい (注 本書の中でも最終的結論までは書かれていない あくまでも推論、仮説レベル) おめーらさんにとって面白いかどうかは知らない。 少なくとも私はデービッドアイ君の ムーンマトリックソ10巻セットより こっちの方が面白かった

超古代文明が開発した隕石迎撃装置が今でも機能している説。シェイプシフトするので人間には認識できない説

knznymmmy ‏@knznymmmy
推定じゃなくて実際に作っちゃった温度だと
http://bit.ly/1o8K3ly
広島の原爆が中心部で10万度とか
ギネス記録では核融合の実験炉が5億度とか

どっちにしても我々の生きてる温度はあまりにも低温にかたよりすぎている
プラズマ生命体からすればマジキチレベル
w

勿論100万度、1000万度、1億度の世界では
鉄も溶けるどころか沸騰して
いや、それどころかプラズマになっちまってと大騒ぎだろう

だから「地球が水の惑星でちょうど人類に快適なのは
神の御恵み、御意志」とか
バカな事を言う奴は何もわかっちゃいない

仮にプラズマ生命体なんてものがいたとしたら
プラズマ2ちゃんねるで
「いやー、なんだかんだ言っても
俺らが生きてられるのは
幸運にも太陽の中心に生まれたからだよな」
「それな」
「俺この前物理の時間に聞いたんだけどさ
銀河系の外れにはちきゅーとかいう星があって
そこでは表面温度が20度とか30度って地域が多いらしいぞ」
「さっむーー!!」
「なんかそこでは水もエキタイとかいう状態になっちゃうらしい」
「エキタイって何?

「いや、俺に聞くなよ」

・・・という会話をしているかもしれない

前から言ってるけどさ
うちゅーじんなんて本気で想定するのなら
そもそも液体の水なんて探すのが
間違いって事すら想定しないといけないんじゃないの?


同じ地球、同じ日本ですら2000年歴史が開けば
新幹線なんて絶対に想像もできないって
喩え話は前書いた
じゃあ、全く違う星で
2000年どころか億単位でアサッテな方に
進化したという前提で考えるなら
それこそ以前書いたプラズマ生命体の
プラズマ2チャンネルとか
それぐらい想定しないといけない

プラズマ2チャンネル
宇宙ヤバすぎマジワロタスレより

・・・茄子屋の宇宙物理学者が言ってたけどさ
宇宙には水が液体化しちゃうぐらい
極寒の星すら理論上は存在する
んだってさ

・・・マジで?
・・・宇宙マジぱねえ!

・・・それどころか宇宙には放射線を遮る物質すら
理論上はある
らしい

・・・ヤバすぎ茶吹いた
・・・放射線なんか遮られたら俺ら即死じゃん
・・・これは真剣に宇宙人が
放射線遮蔽兵器を開発した場合の事考えないとな
・・・ムリムリ。そんなおそろしい宇宙人に
勝つ方法なんかあるかよ

(人知の範囲=知的生命体だとみなせる=人間っぽいのは当然
人知の範囲外=知的生命体だとみなせない=人間っぽくないのは当然
だから宇宙「人」なのだ!
気体や液体やプラズマ存在なら人間は単なる自然現象として認識してしまうのだ!
)


霊界は何層界なのか?
http://kamikotokai.com/006/page004.html
“ 仏教であの世(霊界)に渡ることを三途の川を渡ると云います。三途の川とは、前稿で死後の世界では天国と地獄に一般霊界(中有界)と呼ばれる三つの途があることを示していると説明しましたが、天国界・中有界・地獄界の三界はおおまかな区分けであって、もっと細かく分類されるべきです。
 ほとんどの霊能者が支持しているのは、スウェーデンの哲学者で霊能者(神秘主義者)であったスウェーデンボルグ(西暦1688~1772)が霊界を探訪して、霊界は第1.2.3天国界と中有界と第
1.2.3地獄界の七層あると云った説がもっとも有力とされています。ラッキーセブンの元。仏教の六道輪廻は、天国三界と地獄三界の六界で中有界が抜けているのです。また、立体的論理ではないのです。
 大本教の出口王仁三郎聖師は、西洋人では一人だけが霊界を探訪していると言い。このスウェーデンボルグの七層説に更なる天国界が存在すると云って、霊界八層説を説いています。
(…)
 大本教の出口王仁三郎聖師は、西洋人では一人だけ(スウェーデンボルグ)が霊界を訪れている
としています
が、日本では多くの霊能者が霊界を見聞していています。”

詳しくは過去記事
だいたい水戸黄門の水戸学と平田篤胤=ファシストの元凶のせい。
大本教(聖書肯定のスウェーデンボルグ思想)や国家神道など「神道」のほぼ全てが平田篤胤の和風キリスト教の強い影響下。
神道事務局
(神道大教の前身。初代管長が稲葉正邦=平田鐵胤の弟子)
⇒皇典講究所
(國學院大學と神社本庁が継承。神職試験が平田篤胤説。大本教の出口王仁三郎が学ぶ)
⇒神社本庁
⇒神道政治連盟・日本会議・生長の家(大本教派生)。
日ユ同祖論もユダヤ陰謀論もイシヤ=フリーメーソン陰謀論も大本教が黒幕。
RAPTはキリスト教系なので注意。

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-74.html
をどうぞ)


スウェーデンボルグの聖書の言葉への信頼、キリストへの絶対的帰依は、スウェーデンボルグの霊が指導して書かせたと言われるA・J・デイヴィスの著作の内容とはかなり異なっている
デイヴィスは聖書の言葉には誤謬があり、全体は不完全な物語にすぎないという。イエスが三位一体説にある神の子であることを否定し、比類なき高潔な人格と抜群の霊能力を持った一人の宗教改革家であると見ている。
スウェーデンボルグはイエスが肉体を通じて人間と繋がっていることは認めるものの、あくまでも神の現れとしてイエスを見、イエスに帰依する以外に人間の持つ穢れを清める方法はないと考える。
しかし、スウェーデンボルグの三位一体説は、従来の三位一体説とはかなり異なっている

神自身がキリストと聖霊に現われるオーソドックスな三位一体説とは違って、
スウェーデンボルグの場合、キリストは肉体という地上の部分を持ち、聖霊はキリストの働きを表す。更にこれを別な次元から見ると、
神は愛に対応し、
子は叡智、
聖霊は働き
に対応する。
そして愛・叡智・働きの三位一体は、
人間のレベルにおける魂・心・体に対応すると複雑に呼応しあう三位一体説なのである。
この別なレベルのものが呼応するという考えは「照応(Correspondence)」の理論といってスウェーデンボルグの霊学の基本原理とされている。
即ち、地上にあるもので天上にないものは何もない。自然界に存在するものはすべて天上界(霊界)に本の姿を宿している。中でも人間は霊的存在として天(霊)界に対応するとともに、肉体的存在として自然界にも対応している。人間が考えることはすべて天界にその因子を有する。
この思想は、スウェーデンボルグが「死ぬ方法」と呼んだ「霊魂離脱」によって行なった数多くの霊界見聞を通じて得たと言われ、
1758年発行された『天界と地獄』の中に明記されている。それはデイヴィスの『自然の原理』にも受け継がれ、スピリチュアリストにとって基本的な概念
になっている。
また、天界の主はキリスト(=神)であってキリストの神格が全天界に行きわたっていることを述べている。
スウェーデンボルグの照応の原理はヨーロッパ神秘思想の流れの中で極めて重要。
彼以前には神学者のヤコブ・ベーメや、医学者で錬金術師でもあったパラケルススなどが、天界と地上との照応を説いたことがあったが、スウェーデンボルグに比べると部分的で不完全であった。スウェーデンボルグの説は天界と自然界との照応の中央に人間がいることが大きな特徴であり、それゆえに人間は天界も自然界も照応の原理によって理解できるし、また理解すべきだと言う。長い年月のあいだにさまざまな理由から両界、特に天界を理解するのを怠ってきたのが人間の堕落を招いたからだというのである。
また、スウェーデンボルグは、霊界には時間も空間もなくすべては心の状態変化のみであり、人間は死後も生前と同じ人格を保ち同じように仕事をし、愛と叡智のみが行動規範で、その深浅が霊の進歩や退歩を決め
るなど、スピリチュアル的に貴重なことを語った。

・スウェーデンボルグの説は思想界に非常に大きな影響を与えたが神秘理想だけでなく文学にも及んだ。
十八世紀後半に優勢であった古典は文学の予定調和的な世界観に対し、
個人の重要性を主張し主観を重んじた新興のロマン派文学にとって、極めて有力な武器となったからだ。
顕著な例が象徴は詩人のボードレールであり、『悪の華』の第四作目に「照応(Correspondences)」という題の詩がある。スウェーデンボルグを彷彿させる作品名であり、事実ボードレールはスウェーデンボルグを学びさまざまな場所で照応について書いている。
ランボーはボードレールの上をいって自らが見者になろうとし、マラルメは何度も降霊会に通った。
ボードレール、ランボー、マラルメの他にスウェーデンボルグの影響を受けた文学者は、ユーゴー、
バルザック、
コールリッジ、
ブラウニング

などの大作家はもとより、きりがない。
『悪の華』が発刊されたのは1857年、まさにD・D・ホームがヨーロッパでセンセーションを巻き起こし、チュルイリー宮殿でナポレオン三世夫妻のために霊能を披歴した年である。

(スピリチュアリズム・心霊研究人名解説
http://www.k5.dion.ne.jp/~spiritlb/appendix.html
“D・D・ホーム (Daniel Dunglas Home 1833-1886 米)
(注:ホームと表記されることが多いが、ヒューム伯と同姓であり、米国では Hume と名乗っていたのでヒュームないしフームが正しいようである)
 自らの記述によればヒューム伯の血筋を引く父と、スコットランド高地地方出身で霊視能力に恵まれた家系出身の母の間に生まれたという。子供のいない伯母 の手で育てられ、スコットランドおよびアメリカで病弱な幼年期を過ごした。13歳の時、死亡した友人の霊姿を見、17歳の時、母の死をやはり霊姿で知る。 ハイズヴィル事件の2年後(アメリカ在住時)、ポルターガイスト現象を起こし、複数の学者の調査によって現象の真実性が証明され、有名になる。合衆国最高 裁判事で、1852年に『スピリチュアリズム』を著わしたエドマンズ判事らも、彼の現象に大きな影響を受けた。同じころ、チェニーという著名な工場主の家 で空中浮揚も起こしている。
 1855年渡英、様々な人物の同席で交霊会を行ない、物体浮揚・物質化現象や直接書記を始めとする多様な現象を起こし、多くの「真実と認める証言」が発 表される(中には、自分の妻があまりに入れ込んだのをやっかみ、中傷する詩を書いたブラウニングのような人物もいた)。名声はヨーロッパ中に広まり、ナポ レオン三世(チュイルリー宮殿で開かれた交霊会ではテーブルの上に手が現われ、ナポレオン一世のサインをしたという)、バヴァリア王、プロシア皇帝、ナポ リ王、オランダ女王らに招かれ、社交界の花形となった(1858年にはロシア貴族の娘アレクサンドリーナと結婚、式には、トルストイ、アレクサンドル・ テュマらも出席した)。1867年から69年にはアデア卿が、さらに1871年からはサー・ウィリアム・クルックスが、ヒュームの現象を調査し、「トリッ クの疑いは全く認められない」との結論を発表した。SPRの最も懐疑的な人物フランク・ポドモアすら、同様の意見を表明している。
 彼は交霊会の金銭的報酬を一切受け取らない
清廉な人物であったが、信奉者の女性が多額の寄付をした後、心を翻したため、告訴され、敗訴したり、誹謗・中 傷はもとより暗殺の危険に遭遇するなど、不幸も多かった。しかし、物質化現象、空中浮揚、物体移動、耐火現象(焼けた石炭を素手で持つなど)、音(音 楽)・芳香・光などの発生、直接筆記、ダイレクト・ヴォイス、通常の霊言など、ほとんどすべてにわたるといえる現象の披露において、またその目撃・体験者 の数の多さと身分の多様さにおいて、まさしくスピリチュアリズムを世界的に広めた天才であった。
 現象の多彩さ、壮大さに比べて、霊信の方はあまりめざましくなかったようで、「太陽の温度は低く、植物で覆われている」という霊信にアデア卿も戸惑ったという。ステイントン・モーゼスは「彼は善良で誠実な人物だが、知性的ではなく、論議もへただった」と述べている。
 自らの手になる著作として、Incidents of My Life, 1862 (2nd ser. 1872) および Lights and Shadows of Spiritualism,1873
 記録として、Lord Adare, Experiences with D. D. Home in Spiritualism, 1869/rev.ed.1925 や Sir William Crookes, Reserches in the Phenomena of Modern Spiritualism, 1874 を始めとする多くの書物がある。“)


・デイヴィスはメスメリズムと霊能力との間に大きな関係がある。
メスメルは、当時パラケルススなどによって唱えられ流布していた天体と人体との間の交感という考えを惹かれ、両者の間には引力のように働きあう力があると信じた。また人体のみならず自然全体には無数の水脈のような活力の流れがあり、これが生命の本源となっていて、前述の力はこれに作用し健康に大きな影響を与えていると考え、これを動物引力と名づけた。そしてこの力を医療に応用することを思いたち、
1773年に治療を始めたところ成功し大評判となった。
その力には反発しあったり引きあったりする磁極に似た働きがあることが判ったのでメスメルは
1775年に動物磁気という名前に変え、以後は生体磁気と呼ばれたりしながら大流行
する。
この流行を支えたのは、同じころイタリアの解剖学者ガルバーニが提唱した動物電気説である。ガルバーニは、切り取った蛙の脚の筋肉に金属の板をあてると痙攣が起こることに注目して、これは生体内にある電気のせいであるとした。

・アメリカでのスピリチュアル熱が英国にもやって来たのは、ハイズヴィル事件の四年後の1852年にW・R・ハイデン夫人が、ストーンというメスメリズムの講師に連れられて渡英したときからである。
有名な数学者であるド・モーガン教授(ド・モルガンの法則の人?)と社会主義者ロバート・オーエン(英1771~1858年なので80歳すぎ)がスピリチュアルを支持
した。

1855~1890年代あたりがスピリチュアルの黄金期(心霊研究含む)であり、
1851年のロンドン万国博覧会で「世界の工場」たる英国製工業機械と製品を世界に誇示するなど、スピリチュアリズムと心霊研究の黄金時代は万国博覧会の年からヴィクトリア朝末期に至る英国の絶頂期と
重なる。
※ヴィクトリア朝=Victorian eraは、ヴィクトリア女王がイギリスを統治していた1837年から1901年の期間であり、産業革命国たるイギリス帝国の絶頂期。

万博=メーソンの科学重視思想の祭典。
スピリチュアル=メイソン思想の内、聖書否定要素を取り入れた新キリスト教。
まあ時期が重なるのは仕込みと仕組みがあったから、つまり意図的にスピリチュアルブームが起こされたからですな。

メーソン=科学(進化論など)
vs
キリスト教=反科学

からメイソン+キリスト教協調路線に移行したころですね。
「科学」というメーソンの中核を「悪魔」「悪魔教」「悪魔崇拝」と言い換えて隠す寸止め陰謀論者に注意ね。科学という中核を隠してメーソンを擁護している証拠だからね。
なぜならメーソンはキリスト教系組織であり、メイソン誕生の原因がキリスト教が科学を弾圧したからだから。
メーソン叩くならメーソンが生まれる原因を作ったキリスト教も叩けよ!
しかも思想的には科学=反キリスト教的ですが、メーソンはキリスト教系組織(キリスト教の発想が抜けていない)であって、ユダヤ系ではありません!
ユダヤ教徒なんて少数派ですよ。欧米の組織なんだからクリスチャンばかりで当然。
メイソンの派閥には、英米系の聖書絶対の科学否定派閥=本来のメーソンの姿勢を否定があるので注意ね。
科学重視派は、フランス=グラントリアン、ドイツ、スコットランド、スウェーデン、ノルウェーなど。北欧のルーテル教会はエキュメニズム=教会統一に積極的。つまり、統一宗教に積極的

詳しくは過去記事
あの一つ目の正体はファーティマの目。三角一つ目がピラミッド+ホルスの眼は囮。
インド・イランが本体。スピリチュアルとニューエイジと宇宙人説の父であるスウェーデンボルグ。
本当の海賊王は英国ではなくスウェーデン+ノルウェー

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-49.html
をどうぞ)


スピリチュアルの発展に寄与したのが、当時流行し始めた唯物思想の蔓延に対する警戒心である。
『共産党宣言』が出版されたと年とハイズヴィル事件が起こりスピリチュアリズムが誕生した年は同じ1848年である。
当時の知識層に最も衝撃を与えたのは進化論。人間の存続は自然淘汰であって神の意志ではなく、人間は未開の動物から進化したものであるとする考えはキリスト教信者に強い危機感を与えた。
進化論に対して肉体が滅びたあとも精神は残って永遠の生活を続けると主張し、しかもその証拠をメッセージの伝達やその他の具体的方法で伝えるスピリチュアリズムは極めて有力な援軍になりうるものであった。
が、キリスト教の伝統的考えでは、死者との交流は悪霊との交わりである。
よって反スピリチュアリズムの文書が聖職者たちによって多く書かれた。
一方では、唯物論者に対する切り札としてスピリチュアリズムを積極的に受け入れようとする聖職者もいて、しかも彼らの教会内での地位がそのスピリチュアル容認によって脅かされることは滅多になかった。

スピリチュアルの始祖がスウェーデンボルグというキリストを絶対視する人物だったことからわかるように、キリスト教とスピリチュアルは切っても切れない。
スピリチュアルは唯物思想と進化論と戦うためのキリスト教にとっての援軍であった。
スピリチュアルには神の罰がなく、死語の世界では同じ考えや好みを持つ者同士が集まって社会を作るとするので、キリスト教に不満を抱く者によっての福音である。

(共産主義=資本主義に反対するフリをすることで資本主義を強化する、偽の反対役。
だから絶対に革命が成功しないように、富の再分配を強調する癖に指導者は特別=階層制・貧富の差の肯定という明らかな矛盾を組み込んでいます


強化したいものに対して、反対のものを咬ませ犬としてぶつけてわざと負けさせて、強化したいものを強化する。
反XでXを強化する、ヘーゲルの弁証法。
本物の反対者・改善者を潰す為に偽の反対者を作っておくのです。
スピリチュアルを流行らせたいなら、(多少)弾圧したり真逆の思想も流行らせることが有効。
唯物主義と唯物主義と真逆の思想=スピリチュアルは実は同時流行らせた方が双方に都合がよいのです。
論争によって宣伝するわけです。
キリスト教の神を心霊や共産主義思想に置き換えただけの新たな神学の誕生です。
二元論の神学論争で大衆を操る古代からの操作術


月影 耿太郎 ‏@Riesenhuber 2011年4月14日
フランスの哲学者アンリ・ベルクソンは1913年に英国心霊現象研究協会の会長に就任しているのだが、妹のミナ・ベルクソンは『黄金の夜明け団』の創立メンバーの一人である魔術師マクレガー・メイザースに嫁いでいる。ベルクソンと心霊主義・神秘主義について真正面から切り込んだ文献が意外な...

甲斐宗運act4 (早川 数秀) ‏@KazuNoSaru 2011年3月8日
承前:(ベルクソンは霊やテレパシーなどを論じた論文を残してもおり、それらは『精神のエネルギー』に収められている)。 因みに、1913年、英国心霊現象研究協会の会長に就任している。

Shigeo Hayashi ‏@HAYASHI_twit 2012年6月22日
えっ、ベルクソンがそんなことをやってたのですか? 最近「イェイツのヴィジョンとベケットのテレヴィジョン」も読ませていただきましたが、ここにも「テレ」が入りますね。RT @mokamuro ベルクソンなんかもSPRでの講演で大真面目でテレパシーのことを論じていますし。

岡室美奈子 Minako Okamuro ‏@mokamuro 2012年6月22日
拙い論を読んでいただきありがとうございます。ベルクソンは妹が、イェイツも会員だった秘密結社「黄金の夜明」のメイザースの妻で、自身も心霊現象に関心は高かったはずですが、あまり言及されませんね。RT @HAYASHI_twit えっ、ベルクソンがそんなことをやってたのですか? 最近…

野原燐 ‏@noharra 2010年2月9日
ベルクソン「二源泉」読了。  「心霊学」などをトンデモと呼んで切り捨てれば足りるとする風潮をまっこうから否定。 なるほど。確かに科学の一面を恣意的に利用して常識というかりそめの説明体系を作っただけなのに、すでにそれがあるとそれは絶対的なものになる。それはおかしい。

虱阿弥 ‏@hitsuami 2012年10月11日
ノーベル文学賞は文芸賞でもなければ大衆娯楽賞でもなくベストセラー賞でもない。詩や小説や戯曲以外で、これまで史学でモムゼン、哲学でオイケン、ベルクソン、ラッセル、サルトル(辞退)、評論でパス、チャーチル、エリオットが受賞してる。川端も大江も、ましてや村上某が受賞するなど冗談だろう。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 10月27日
人間は洗脳されれば洗脳されるほど、洗脳されることをやめることができなくなる。完全に奴隷になった兆候の一つは、注入された奴隷用の思想はおそろしく重要であって、疑い調べたりすれば、ありとあらゆる惨事を招くことになる、と思い込むことである。 元ネタのB・ラッセルは哲学者で優生学支持者


ゆきはる ‏@koji_inoue 2011年5月7日
優生学のドン、バートランド・ラッセルとエホバの証人設立者、C・T・ラッセルは甥の関係。彼らは世界の物質的、精神的あらゆるものの破壊を目論むシオニスト(偽ユダヤ)。子宮頸がんワクチンなども彼らカルトが創り出す人口抑制プログラムの一環。だからユダヤの薬は飲むな、塗るな、打つな、です。

シオニストは単なるクリスチャン。偽ユダヤって何ですか?
最初のシオニスト会議がバチカンと密接なスイスで行なわれたのにユダヤ?
キリスト教の伝統思想が反ユダヤなのに?
ドイツのユダヤ教徒が最初のシオニスト会議の開催を反対したのにユダヤ?


ken ‏@kenkatap 2012年11月18日
反シオニストのユダヤ人がイスラエル国旗を燃やす #zionism: http://youtu.be/woKZJ9FqKiI @youtubeさんから (シオニストはクリスチャンだったりします。少なくとも、T・ヘルツルは欧州に同化し、ユダヤの伝統や文化を嫌い、破壊しようとしていたキリスト教徒

J・ナナミ ‏@pinkglalem 2012年11月10日
@lanekota 大イスラエルはあり得ないです。現在のイスラエルはキリストの時代のイスラエルで、オリジナルの旧約聖書の時代のモノではありません。#シオニスト が #クリスチャン なのは、そんな理由があるのかも...#偽イスラエル

心霊現象研究協会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E9%9C%8A%E7%8F%BE%E8%B1%A1%E7%A0%94%E7%A9%B6%E5%8D%94%E4%BC%9A
“心霊現象研究協会(しんれいげんしょうけんきゅうきょうかい、英: The Society for Psychical Research)は、1882年にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの(フレデリック・マイヤーズを含む)心霊主義に関心のあった3人の学寮長によって設立された非営利団体である。この組織は頭文字をとって SPR と略称される。
「心霊研究協会」と訳されることも少なくないが、本来科学的研究を意味する Psychical Research(心霊現象研究)と、元はその訳語でありながら日本独自に心霊主義的に発展した「心霊研究」とは異なる。
概要
初代会長は哲学・倫理学者でもあったヘンリー・シジウィック教授である。一般に、これをもって超心理学元年と目されている。
協会の目的は、心霊現象や超常現象の真相を究明するための科学的研究を促進することであった。当初、研究は6つの領野に向けられていた。すなわち、テレパシー、催眠術とそれに類似の現象、霊媒、幽霊、降霊術に関係した心霊現象、そしてこれら全ての現象の歴史である。
1885年にはアメリカ合衆国でもウィリアム・ジェームズらによって米国心霊現象研究協会(英語版) (ASPR) が設立されて、1890年には元祖 SPR の支部になった。有名な支持者には、アルフレッド・テニスン、マーク・トウェイン、ルイス・キャロル、カール・ユング、J・B・ライン、アーサー・コナン・ドイル、アルフレッド・ラッセル・ウォレスなどである。
協会は、1884年のブラヴァツキー夫人と神智学協会のトリック暴き(後にこれは協会手続上の瑕疵により、協会としての行動ではなかったと表明)で名をあげ、設立後30年間とりわけ活動的だったが、霊媒のトリックを次々に暴いたりしたため、アーサー・コナン・ドイルなど心霊派の人々が大挙して脱退
したこともあった。
主な歴代会長のリスト
1882-1884 ヘンリー・シジウィック、哲学者
1892-1894 A・J・バルフォア、イギリスの首相、バルフォア宣言で有名

1894-1895 ウィリアム・ジェイムズ、心理学者、哲学者

1896-1897 ウィリアム・クルックス卿、物理学者、化学者

1900 F・W・H・マイヤース、古典学者、哲学者

1901-1903 オリバー・ロッジ卿、物理学者

1904 ウィリアム・フレッチャー・バレット、物理学者

1905 シャルル・リシェ、ノーベル賞受賞生理学者

1906-1907 ジェラルド・バルフォア、政治家

1908-1909 エレノア・シジウィック、超心理学者

1913 アンリ・ベルクソン、哲学者、1927年にノーベル文学賞受賞

1915-1916 ギルバート・マリー、古典文学者

1919 レイリー卿、物理学者、1904年にノーベル賞受賞

1923 カミーユ・フラマリオン、天文学者

1926-1927 ハンス・ドリーシュ、ドイツの生物学者、哲学者

1935-1936 C・D・ブロード、哲学者

1939-1941 H・H・プライス、哲学者

1965-1969 アリスター・ハーディ卿、動物学者

1980 J・B・ライン、超心理学者
1999-2004 バーナード・カー、ロンドン大学の数学、天文学の教授



西洋魔術博物館 ‏@MuseeMagica 2月3日
本館人名録にアンドルー・ラングを収録。作家、民俗学者として記憶される人物ですが、心霊調査協会SPRの会長も勤めたほどのオカルト通。さらにこの人が収集編纂したいわゆる「12色の童話集」は「術式の宝庫」と称されています。 pic.twitter.com/ZOz2STBqdv


シャーロック・ホームズシリーズの産みの親であるコナン・ドイルは、スピリチュアルのパウロと呼ばれたほどに精力的に活動した。
1925年に国際スピリチュアリスト連盟(ISF)の第二回会議がパリで開催され、ドイルは名誉会長に選ばれた。
三年後のロンドン会議では日本から福来友吉、浅野和三郎が出席し、ドイルの姿を壇上に見ている。
浅野和三郎は英文学者から心霊研究科に転向した人物で、大本(教)に入信している。第一次大本教弾圧の後で脱退し、
1923(大正12)年に心霊科学研究会を東京に設立
する。


(子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
「汝、隣人を殺戮せよ」が教義のジャシン教のマークと、コナン・ドイル(メイソン)の『恐怖の谷』に出てくるメーソンがモデルの秘密結社のマークが共に丸に内接する三角。 対象の血液を摂取すると魔法陣(○に内接する△を自分の血で描く)上にいる限り自分が受けた傷を対象にも与える呪術が登場。

ドイルはメーソン。牧野伸顕、F・ルーズベルト、トルーマンはシャーロキアン。善で全知全能の癖に悪魔を創り悪魔を残し悪魔より殺す神という悪魔の変形が宇宙人やスピリチュアルである

シャーロック・ホームズの作者でメーソンのドイルは心霊学好きでスコットランドのエディンバラ出身。『赤毛連盟』でスコットランドの象徴たる赤毛の、メーソンバッジをつけた依頼人にスコティッシュメーソン製の大英百科事典を写させている。牧野伸顕、F・ルーズベルト、トルーマンはシャーロキアン。


帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya
プラトンのティマイオスにも、カタストロフで、文明が過去に何回も滅びたし、これからもずっとそれを繰り返すだろうとエジプトの神官言ってますけど、地球の文明は周期してますね。黄金時代と暗黒時代のぐるぐる。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya
@kikuchi_8 本気で超古代文明を追求してたので、凄く腹が立ちます。彼らは超古代文明を探求する探求心もミジンコほどもないくせに、規定事実のように語ってくるので、上から入れ知恵されてるのでしょう。

菊池 @kikuchi_8 • 5時間 5時間前
@lakudagoya はい。そういう場合組織としての政治的な達成目標がまず設定され、そこから逆算して、その目標達成に都合がよい「史実」を「構成」しているのだと思います。歴史観の体裁を取った宗教教義みたいなものですね。竹内文書とかもろに

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 5時間 5時間前
@kikuchi_8 歴史学から排除された本当かも知れない歴史をネタにカルトの教義を洗脳するとか悪質ですよね。ほんとエンターテイメントは政治運動の最前線です。パンとサーカスはお上が用意するもの。

エンタメが政治闘争の場というのは、ナチスの開発したものですね。大本勢力の手法はナチスのパクリなのでわかりやすいですよねー。アーリア人を日本人に主語を置き換えるだけでOK


菊池 @kikuchi_8 • 5時間 5時間前
@lakudagoya はい。「哲学は神学の婢(はしため)」なんていう言葉がありましたが、「歴史探求は政治闘争の婢」という感じですね。歴史を政治目的で熱く語るのは「過去」の真実より「現在」に於いて何か別の目的があるからだと思います。

宣伝戦はナチスの十八番ですね。大本教系の緑竜会という謎の秘密結社に、日本に滞在していた後のナチスの理論家のカール・ハウスホーファーが加盟していたという未確認情報があります。これが事実なら大本が逆にナチスに影響した可能性もあるみたいです。真偽不明ですが。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 5時間 5時間前
@kikuchi_8 シオンの議定書といい、オカルト勢力はなかよしこよしですね。アーリアつながり、英諜報機関の作った神智学

菊池 @kikuchi_8 • 5時間 5時間前
@lakudagoya はい。ブラバッキー夫人は神智学教義を作り上げるのに英国系のフリーメイソンに接触したようです。この神智学の根幹人種論がグイド・フォン・リストあたりのアーリア至上主義に影響したみたいです。シュタイナーの系列の人智学徒は度々人種差別問題起こしているようですね

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 5時間 5時間前
@kikuchi_8 あの、ちなみに哲学は神学のはしためって話なのですが、本来究極の思想の自由を目指すはずの哲学がキリスト教の神やら教父文献によって神学のはしためになるようにさせられてて、だから近世以降の哲学はみんな神学の注釈みたいになった。

菊池 @kikuchi_8 • 4時間 4時間前
@lakudagoya そうですね。特定の形而上学的世界観を弁証する「護教」の為の道具に哲学が利用されるようになったと思います。本来はそういう前提を設けずに、実際にこの世界はどういうあり方をしており、人間はどのような存在で、どう生きるべきか、を探求するのが哲学だと思います。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 4時間 4時間前
@kikuchi_8 シュタイナーが暴露してましたが、ブラバキー夫人は女性のメイソンである養子ロッジに入ってたそうです。で、ブラバキー夫人は、ドイツ系ロシア貴族の血統ですよ。ゴーダ家やヘッセンにつながっちゃうかも?妄想ですけど

菊池 @kikuchi_8 • 4時間 4時間前
@lakudagoya ほうほう。ブラバッキー自身もメーソン結社員だったのですね。おお、ドイツ系というのは存じておりましたが、あのヘッセン家に繋がるとしたら面白いですね。ロスチャイルドと組んで傭兵商売で大もうけしたヘッセン家ですね。ゴーダ家は各国王家に繋がる家系だそうですね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 4時間 4時間前
@kikuchi_8 この護教のための哲学というのは、今の大本勢力の超古代文明の探求に似てませんか?またスピが科学と対立するのもかつてキリスト教神学が科学で神を証明しようとしたことの延長線にしか見えません。物質文明とスピの対立ですらキリスト教神学のフレームなんです。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 4時間 4時間前
@kikuchi_8 ぶっちゃけ、ヘッセンやゴーダ家については私の妄想なのですが、ドイツ系貴族ってその可能性あるんでは?またルターかくまって農民暴動起こさせたプロテスタント好きな王様とか胡散臭いです。

菊池 @kikuchi_8 • 4時間 4時間前
@lakudagoya あると思います。欧州の貴族階級は相互に複雑に婚姻関係を結んでおりますからね。石原完爾が称賛したフリードリヒ2世はプロテスタントでフリーメイソンだったと思います。「啓蒙君主」とかまさにメーソン的ですね。

菊池 @kikuchi_8 • 4時間 4時間前
@lakudagoya 大変似ていると思います。浅野和三郎の「心霊科学」はまさにそのフレームだと思います。特定の形而上学的世界観を哲学や科学で証明・補強しようとする営みですね。物質文明から精神文明へ、という標語もキリスト教神学やグノーシス思想の枠組みだと思います。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 4時間 4時間前
@kikuchi_8 こりゃ、グノーシスも含めたキリスト教自体が世界征服を企む伝説の勇者で、あらゆる諸学を極めた魔王が善人な見えまする(笑)でも実は魔王はグノーシスを含めたキリスト教を使って伝説の勇者に世界征服させてるのでしょう。キリスト教異端が沢山あるのもそのためなんです。

だって、ルター家の紋章は薔薇に十字ですよ。まー、ミツバチのマークのステーキハウスのフルールドリスの太陽王のルイ王朝も似たよーなもんなのでしょうけどね。

菊池 @kikuchi_8 • 4時間 4時間前
@lakudagoya 勇者の背後に魔王あり、なのですね。今の正統カトリック教義自体が数あるキリスト教教義の中から他を抹殺することで生き残ってきた一派ですね。抹殺された他派は秘教として西洋の地下水脈となる。この表の流れと裏の流れは表裏一体ですね。それが勇者と魔王でしょうか。

そうなのですか。薔薇十字ってもろですね(笑)一説によると薔薇十字団が近代フリーメイソンの前身だとか。薔薇=ヘレニズム、十字=ヘブライイムズの象徴とか。一神教文明にギリシャ文明をブレンドした西洋文明の象徴で先ほどおっしゃられた神学のあり方に現れておりますね

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 4時間 4時間前
@kikuchi_8 そうなんですよ。勇者の背後に魔王ありです。で、実は魔王を倒そうとしてる勇者が実は魔王の道具としてデザインされた存在で勇者が戦えば戦うほど魔王がほくそえむ。FF3で勇者をたきつけたのは魔王の同窓生ってのが、ヒントなわけです。ラノベにしたいネタですね。

菊池 @kikuchi_8 • 4時間 4時間前
@lakudagoya メーソン教義を盛り込んだというモーツァルトの魔笛のモチーフに通じるものがありますね。善と悪が入れ替わるというか。光の四戦士と闇の四戦士ですね。「闇の四戦士」が悪役という訳で無い所が子供向けとは思えない設定な気がします。魔王=ザンデ、でしたっけ?

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 4時間 4時間前
@kikuchi_8 その通りです。魔王ザンデについては私はギーターのクリシュナのように光と闇のバランスが崩れるときに出現して、大洪水と混乱=人間の間引きを行うのが救世主みたいな、メイソンの悪意のある解釈を感じますね。我は大いなる時とクリシュナはいいましたが、ザンデも時間を止める

時間を止めるのは新しいリメイク版なのですが、時の主はクリシュナですが、シーア派ではマフディー
でもありますね。このあたりのアーリアヴェーダ神学の中核がFF3に詰まってて面白いです。

菊池 @kikuchi_8 • 4時間 4時間前
@lakudagoya おお、なるほど。「世の建替建直」だのアセンションだので言う「救世主」概念の原型をご教示頂いた気がします。大本教では、戦争や疫病で人がたくさん死ぬのは「神による大掃除」という気持ちの悪い残酷な神観があるようです。ネタ元を教えて頂いたように思います。

ふむふむ。ギリシャ神話ではクロノスですかね。ゲームのRPGの世界観は神話とか神学、神秘主義の要素がちりばめられていて、興味深いものがありますね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 4時間 4時間前
@kikuchi_8 これは西は黙示録からマフディー論、バガヴァッドギーターなどに繋がる終末論なのですよね。クリシュナちゃんもイエスも剣をもたらしたり、アルジュナちゃんに突撃しろとか命令したりえげつないですよ。シーア派の終末論ですら、多数派のシーア派ですら滅びるのです。

そうそう、クロノスやズルワーンに繋がります。わけわからなくなりましたが、この時間と終末論については黙示録からマフディー論やギーターまで繋がりがあると言いたかっただけです。

菊池 @kikuchi_8 • 4時間 4時間前
@lakudagoya なるほど、ペルシャに源流を持つ終末思想の系譜なのですね。バガヴァッドギーターにも終末思想があるのですね。イエスが「我は剣をもたらすために来た」と言ったというのも、その辺に起源があったと。勉強になります。血と暴力をもたらす思想の系譜ですね。

ご指摘を受けて、その辺の終末思想の系譜を考える貴重なヒントを頂きました。ありがとうございます。血と暴力をもたらす思想の系譜を根源まで辿っておられる分析がお見事です。ペルシャの宗教思想はインドにも流れ込んでいるみたいですね。阿修羅はアフラマズダであるとか。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 4時間 4時間前
@kikuchi_8 そういうことです。だからこれこそが世界の神秘主義の真髄なわけですよ。時と救世主と破壊活動は。恐ろしいですね。

菊池 @kikuchi_8 • 4時間 4時間前
@lakudagoya 確かにそれら全てセットですね。時を支配する者は絶対者を表し、絶対者が送り込む救世主は破壊をもたらす。この世界観的祖型は歴史的に何度も焼増しされ、何度も厄災をもたらしておりますね。破壊と暴力を根源的に止めるには思想を究明・批判する事が重要になりそうです。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 4時間 4時間前
@kikuchi_8 たしか大日如来はアフラマズダーで阿修羅の王。未確認ですが、おそらくインドにユガという占星術的な時間観念をもたらしたのはマギ(マガ)と思います。それが、ギーターのクリシュナの話にまで繋がってユガの終末毎に生まれる救世主ですね。このあたりまで来ると妄想になります

菊池 @kikuchi_8 • 4時間 4時間前
@lakudagoya 大日如来に関しては「法(真理)」を人格的に表現した「法身」という別文脈がありますが、その「ヴァイローチャナ」という表現自体はアフラマズダから影響受けている可能性あると思います。なるほど、マギとはマジックの語源になったゾロアスター教の祭祀階級ですね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 4時間 4時間前
@kikuchi_8 そうなんです。だから、この思想をどうにかしないと、いくらユダヤ人ガーと叫んでも意味ないのわかりますか? よくゲームやラノベでは高位の魔道士はギリシャ哲学的な意味でのヌースのような意志だけの存在になりますよね。この意志と思想が魔王の実態です。てめーはイデアか!

菊池 @kikuchi_8 • 4時間 4時間前
@lakudagoya ヒンドゥー教に暗黒の時代と光明の時代が交互にくる、という歴史観があるみたいです。その手のナチスの思想家はヒンドゥー教にも影響を受けていて、ヒトラーをカリユガの時代を終わらせる救世主として扱っていたようです。

菊池 @kikuchi_8 • 4時間 4時間前
@lakudagoya なるほど。「純粋な精神体」みたいなイメージですね。人間の世界は概念・観念の体系で規定されるので、ある観念の体系がある限り、それを保持する特定の個人や集団が滅びても、別にその観念体系を信奉する権力集団が出現すれば何度でも同じような事態が生じますね

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 4時間 4時間前
@kikuchi_8 そうなんですよね。このヒンドゥーの占星術的な時間観念はインドに占星術をもたらしたメディアのマギたと思います。そこでブラフマーの一日みたいなカルパの観念が生まれたと。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 4時間 4時間前
@kikuchi_8 だからこそ魔王はこう言いますよね「私を倒しても第二第三の魔王が現れるだろう」と。

菊池 @kikuchi_8 • 4時間 4時間前
@lakudagoya なるほど。確か、インドにはパールシーっていますよね。血統主義なので民族化したゾロアスター教徒です。それを考えると、マギの占星術がインドに影響した可能性大きそうですね。日本には宿曜道という形で渡来しています。元を辿るとシュメールの占星術でしょうか。

魔王を生み出す知の体系が存在する限り、魔王は何度でも復活する、ということかもしれないですね。陰謀追求活動で思想的分析にも力を入れてきましたが、思想戦においては「魔王」を生み出し続ける「イデア」と闘っているのかもしれないです

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 3時間 3時間前
@kikuchi_8 そうなんですよ、シュメールの占星術はインド占星術、西洋占星術、宿曜まで繋がるのです。そのパイプ役がメディアのマギですね。

@lakudagoya やはりそうでしたか。シュメールというのもキーワードですね。聖書の元ネタもシュメール神話のようですし。日本シュメール同祖論者もおりますね(笑)

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 3時間 3時間前
@kikuchi_8 でもシュメール占星術が渡来したのはパールシーより前ですね。マギが占星術伝えたのは記録にありますよ。白装束でクスティーという帯をはめてる

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 3時間 3時間前
@kikuchi_8 そうなのですよ。イデアこそが本当の敵で、FF8にイデアさんという魔女がいましたっけ(笑)

菊池 @kikuchi_8 • 3時間 3時間前
@lakudagoya なるほど。宿曜道の渡来の時期を考えると、逆算してかなり古い時代にインドに流入してたのだと分かりますね。白装束ですか。スーフィー教徒みたいですね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 3時間 3時間前
@kikuchi_8 スーフィーにも占星術的なシンボリズムありますね。まー、スーフィーってイスラーム世界のマギの末裔じゃないですか?(笑)バラカという神の恩寵をもたらすのも血筋で血統主義ありますし、このあたりヤジディやらイスマーイール派に繋がりまする。シーア派も占星術の流出世界論

菊池 @kikuchi_8 • 3時間 3時間前
@lakudagoya スーフォーとマギはイメージ的に似ているような気がします(笑)イスラームにも血統主義の一派があるのですね。イスマーイール派と言えば、アサシン結社の組織構成がテンプル騎士団経由で西洋秘密結社に影響したという説があるそうです。流出論は古代神秘主義の基盤ですね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 3時間 3時間前
@kikuchi_8 スーフィーはマギとサドゥーの混合ですよん。まープロティノスやらネオプラトンの人たちがイスラーム世界で流行り、マフディーを中心としたカトリックの天使論みたいな天界流出階層論がシーア派の神学として形成されましたね。血統主義はバラモンもゾロアスターもです。

菊池 @kikuchi_8 • 3時間 3時間前
@lakudagoya おお、インドの行者サードゥーとマギの混合でしたか。新プラトン主義は初期のキリスト教神学のみならずイスラーム神秘主義の基盤にもなっているようですね。天界流出階層論と聞くと、カバラの神学とも類似してそうですね。アーリア主義ですね。>バラモンもゾロアスターも

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 3時間 3時間前
@kikuchi_8 イスマーイール派って面白いのですよね、呆れるほどにうちゅー論がクリスチャンカバラで(笑)10世紀のカイロのファーティマ朝がイスラームイルミちゃんやってて、天ぷら騎士団やらカタリ派や、スペインのカバリストが影響受けたのモロバレ過ぎて笑えるでせう。

カバラのメシア論って、モロにイスマーイール派のパクリですから笑えます。飛鳥昭雄の超古代のヌッポンのカバラガーとかこいつらにつける薬はない(笑)

菊池 @kikuchi_8 • 3時間 3時間前
@lakudagoya なるほど。よく考えると、西洋のギリシャ哲学受容ってイスラム圏経由なので、ルネッサンス期に出現したキリスト教カバラがイスラーム神秘主義の影響受けていて当たり前なのですね。耶蘇教思想のネタ元は中東にありですね。後イエズス会のロヨラがスペインの神秘結社に影響を。

へぇ~、そうなのですか。カバリストはプラトンやアリストテレスの哲学に影響を受けているそうですが、イスラム思想経由なのですね。あの系列の人たちの主張はもう完全に宗教ですね^^;思想的系譜に関する知識があると色々騙されないで済むことを再認識しました。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 3時間 3時間前
@kikuchi_8 もう素晴らしいほどドンピシャ解釈ですね。ヌッポンのカバラとか言う人ってイサク・ルーリアやエリエゼルやシャブタイをガン無視するのはなんでよ?

菊池 @kikuchi_8 • 3時間 3時間前
@lakudagoya その辺のカバリストは10世紀前後以降の思想家達ですよね。日本にカバラがあると主張する人たちは、10世紀よりはるか以前にカバラが渡来していた、とするようですから、時代が全然合わないですよね。だからじゃないですかね^^;>無視

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 3時間 3時間前
@kikuchi_8 うんうん、カバリストはギリシャ哲学的な影響受けてますけど、ストア派のような、でもイスラーム成分もかなーり濃厚なんですよねー。

そうなんですよね。でもカバラはイスマーイール派とイスラーム神秘がないと成立しないんですよ。地理的にもイスラームと西洋の中継地のスペインだし。その流れがポルトガルに保護された天ぷら騎士団とかぶり世界征服へGO!
でせうよ。

菊池 @kikuchi_8 • 3時間 3時間前
@lakudagoya そこが大変勉強になるご教示でした。カバラは猶太教とギリシャ哲学のブレンドと思っていたのですが、イスラーム神秘主義という媒介が存在すると。

イエズス会創設者のイグナチウス・デ・ロヨラは「アルンブラドス派」なる神秘結社に影響受けたそうですね。時代と場所からいってカバラでしょうね。そしてポルトガルやスペインの世界侵略と一心同体なのがイエズス会で。色々繋がってまいります。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 3時間 3時間前
@kikuchi_8 ほんとーに香ばしい限りですね。このあたりのマラーノとイスラーム神秘にかぶれてた天ぷら騎士団利権は想像するだけでワクワク。ただ、カバラとシーア派の関係については私の妄想かもしれないので、カバラについてはフェイド大帝が詳しいかと思います。私はあくまで子供の直感で

菊池 @kikuchi_8 • 3時間 3時間前
@lakudagoya 素晴らしい洞察であられると思います。思想の系譜を抑えた鋭い分析だと思いました。「アルンブラドス派」はマラーノの結社らしいので、ロヨラがそれに影響を受けたとするとイエズス会も、となり、そこからヴァイスハウプトが出現したのも頷けます。

カバラとシーア派についてヒントをありがとうございます。自分なりに調べてみようと思います。中東情勢とも絡み、シーア派に興味を持っている所でした。以前ご教示くださった「シーア派は理性主義的」というお話も興味深かったです。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 2時間 2時間前
@kikuchi_8 うーんと、シーア派神学全部が理性主義ではないです。その中のホメイニ神学がプラトンの影響を受けた理性主義で、古くはムウタズィラ派ですね。シーア派については、桜井哲子さんの本がお勧めです。シーア派神学はイスラームの中で一番美味いポイントでせう。

菊池 @kikuchi_8 • 2時間 2時間前
@lakudagoya なるほど。ホメイニの神学ですね。ということはイランの正式な神学が理性主義的、ということなのですね。中公新書の本持っております。その方の本かもしれません。再読してみますね。ありがとうございます。イスラーム神秘思想を押えるのを今後の課題としようと思います。

帰ってきた魔法使いハンターねこた @lakudagoya • 2時間 2時間前
@kikuchi_8 えーとシーア派の理性主義根が深くて、イブン・シーナーとかイスラームの大哲学者がイスマーイール派の影響受けてます。このあたりのネタは井筒俊彦。ファーティマ朝とイスマーイール派とイスラームのギリシャ哲学大翻訳時代はリンクしてますよ。影響力半端ないです。

菊池 @kikuchi_8 • 2時間 2時間前
@lakudagoya またもやイスマーイール派ですね。アサシン派を調べる文脈でしか着目したことが無かったので、古代中東世界とキリスト教世界を繋ぐ神秘思想として注目しようと思います。井筒さんは大学者ですね。イスラーム神秘思想の一元論についての指摘を読んだことあります。


宗教と科学について-ニューエイジ批判を通しての一考察-
http://www.genshu.gr.jp/DPJ/booklet/001/001_07.htm
“近代意識の裏面としての神秘主義-スピリチュアリズムと神智学-
 近代における心霊研究とスピリチュアリズムの始まりを訊ねると、「ハイズヴィルの降霊術事件」という出来事があります。一八四八年の春、アメリカ合衆国 のニューヨーク州ウェイン郡ハイズヴィル村に住むフォクス姉妹は、期せずして霊界通信の方法を発明しました。この通信の方法は、「霊魂」が叩く音を、一打 がA、二打がB、三打がC-とアルファベットに翻訳する簡単なモールス信号だったといわれます。この降霊術は、現実の電信網によりアメリカ全土に伝えら れ、こうした降霊術の集まりが各地で催され驚異的なブームなり、またたく間にヨーロッパ大陸も席捲したといわれます。
 その後に組織された全米スピリチュアリズム連盟が採択した定義によれば、スピリチュアリズムとは「霊能者が霊界に住む者たちとの交信によって一般に提供 した事実に基づく科学、哲学、宗教」であると述べられています。その中での科学とは、霊現象を調査・分析・分類する実証主義であること。哲学とは、その科 学的成果に基づいて霊界・人間界・自然界に通ずる法則を思索すること。そして宗教とは、その全体が神のみ業であるという信仰に至ること、を指しています。 ここでなにより第一義に置かれているのは、まず心霊現象が、近代の知の基本構造を規定する「実証主義」によって、実験的に科学的客観性を証明されたという ことにあります。
 しかし、この「実証主義」を含むところに、近代スピリチュアリズムの逆説があります。もともとスピリチュアリズムとは、近代が否定してきた霊現象という 不可視なもの・非現実的なものを求める反近代的な性格を持っているのですが、科学的客観性を求めるあまりに、否定すべき近代社会の基盤をなしている実証主 義によってしか成立しえない立場に立ってしまった、といえるのです。そもそも事のはじめからスピリチュアリズムには、モールス信号と霊界通信の対応のよう に、近代科学や近代社会の陰画としての、いわばサブカルチャー的な性格がありました。
 こうしたサブカルチャーとしての性格は、現代ではコンピューターと脳の対応として捉えられるでしょう。例えばオウム真理教では、人間の脳をハードディス クのように見て、悪いデータを消して良いデータに入れ替えることが簡単にできると考えていたようです。身心機能を徹底的にテクノロジーの対象と見た、いわ ゆる洗脳ですが、薬物等である程度そうしたことが可能であるとしても、そのデータ主義による修行の結果出来上がるのは、ロボトミー化された成就者でしかな いといえるでしょう。オウム真理教の宗教科学観については、また後でふれます。
 宗教を科学であると主張するもう一つの流れとして、オウムの教義の中心にも取り入れられている神智学があります。神智学は、ロシア生まれの霊媒師でチ ベット山中において教義を習得したとされるヘレナ・ペトロヴァナ・ブラヴァッキー夫人と、心霊術研究家として広く名声を博していたヘンリー・ステル・オル コット大佐の出会いから始まりました。一八七五年に二人は、当時流行していた霊の物質的顕れを探求する心霊主義と袂を分かち、神智学協会をニューヨークに おいて設立しました。神智学協会設立当時の多くの神智学者は、十九世紀の末期を新しい「霊的覚醒」の時代であるアクエリアス(水瓶座)の曙として、つまり 新時代(ニューエイジ)と考えていました。意識の霊的進化によって地上天国が実現する新時代は、彼らにはすぐ近くだと思われていたのです。ですから、ヒッ ピームーヴメントから始まる二十世紀のニューエイジ運動は、まったくのリバイバルといえます。*6
 神智学の教義については、「科学、宗教、哲学の総合」という副題のついたブラヴァッキー夫人の主著といわれる「シークレットドクトリン」などがあります が、「神智学大要」(たま出版)によってその概要を見てみますと、神智学とは意識の進化としてのヨーガを近代において再発見し、「カルマと転生の思想」を 復活させ、これを新たな「意識と生命」の思想として西洋思想の中に位置付けたものであることがわかります。神智学では、宇宙を、物質界・アストラル界・メ ンタル界・直観(ブッディ)界・大霊(アートマン)界・モナド界・神界の七界層に分けていますが、これはヨーガでいう七つのチャクラをへて上昇する意識の 階梯化と同じ分け方です。神智学は、こうした霊的覚醒の修行の階梯を世界の各宗教に当てはめることによって、次のように世界の諸宗教を統一する原理を説い ています。
   無数の星辰を擁する宇宙は意識ある大生命の顕現である。この唯一大生命、この宇宙神(ロゴス)は常に一体者(ユニティ)である。しかし宇宙にエネルギーを与えるにあたって、宇宙神は三位一体としての、三様の働き方をする。
 この宇宙大生命は、キリスト教のゴッド、ヒンズー教のイシュヴァラ、ゾロアスター教のアフラ・マズダ、回教徒のアッラー、そして神智学徒の宇宙ロゴス、となる。
(「神智学大要」たま出版)
 このように神智学においては、霊的覚醒をめぐって密教・ヒンズー教・キリスト教など渾然一体の思想が展開されるわけです。意識の至高点である「神人」を 想定した霊的ヒエラルキー構造の内に全ての宗教を位置付けるというこの構図は、トランスパーソナル心理学の理論家ケン・ウィルバーや、あえて上げればキリ スト宣言における麻原彰晃も採用しているのですが、ここで注目しておきたいのは、神智学の「宇宙は意識ある大生命の顕現」「唯一大生命」という世界観で す。こうした永遠にして一なる大生命を宇宙の本体とみる世界観は、大生命の思想として日本の新宗教の世界観に共通して見られる生命主義的世界観です。
 では次に、こうした西洋神秘主義の流れがどのように日本に入ってきたかを見ていこうと思います。(「世界神秘学事典」平河出版社等を参照)

三、西洋神秘主義の日本における受容
 日本における神智学の受容は、ブラヴァッキー夫人の協力者であったオルコット大佐の力に依るところが大きかったといえます。神智学がヒンドゥ教や仏教に 傾斜したことはすでにふれましたが、オルコットは一八八二年セイロンで仏教徒になる改宗を行い、その後「仏教の教理問答」(A Buddhist Catechism)を書いて多くの仏教徒と接触をしています。この著書は、一八八五年(明治十八年)敬虔な仏教信者であり京都中学校長であった今立吐酔 により「仏教問答」として訳出されて、日本の仏教徒に影響を与えています。その後の明治二二年にオルコット大佐は、水谷同朋などの仏教徒や心霊研究家たち によって日本に招かれ、神智学を紹介しています。その反応としては機未だ熟さずといったところだったようです。表立ちはしませんでしたが、オルコット自ら 紹介した神智学の影響は仏教や神道系霊学に確実に広がっていったと推測されます。
 再び心霊研究や神智学が本格的に受容されるのは、明治末期ごろになります。一九一〇年(明治四三年)高橋五郎は「心霊万能論」の中で神智学にふれて次のように述べています。
   「神智会は、露国婦人ブラバトスキを祖師として、妙智の造語を喋々し、印度に、合衆国に、幾多の新聞雑誌を有して、其神秘的交感を宣伝しつつあり。 ――旧来の霊智(神智)主義を参酌し、仏教を加味して、米国に創立せる者に係る、米人オルコット之を印度に唱えて、亦勢力あり。人皆以って神たり得べし。 吾人は皆可能的の神の神(potential gods)なりと主張す。多少の観るべき教義も亦少なかるざるが、其創立者ブラバトスキの自から交霊的媒介たりし事あるにも拘はらず、交霊術(スピリチズ ム)を排斥して、虚妄と為すを主義とす。」(傍線は筆者)
 この文章は、続いて交霊術を要素とする心霊思想家・高橋五郎の立場から、交霊術を排する神智学の見解を独断と非難しているのですが、神智学の主張を「人 皆以って神たり得べし。吾人は皆可能的の神なり」とまとめているのは正鵠をえているといえます。この言葉は、仏教においては「可能的の仏」としての「仏性 論」と重なり、神道においては「神人合一」の神秘体験となるわけで、日本の宗教土壌において「吾人は皆可能的の神」という思想はさほど抵抗なく受け入れら れたと思います。
 むしろ、神智学のもう一つのキーワードである「カルマと転生の思想」の方が、仏教思想として既に知られていたとはいえ、新鮮な衝撃を与えたのではないでしょうか。
 というのは今昔物語や法華験記にみられる日本における転生思想は、その後の浄土教による往生思想や、沙婆即寂光・草木国土悉皆成仏を説く本覚思想や、常 世の国という日本固有の浄土観念によって、隅に追いやられていたと考えられるからです。もちろん因果応報と業の観念は根強くありますが、カルマによる輪廻 転生は、「死ねば皆ホトケになる」という通念が広まる中で忘れ去られていたといえるでしょう。現代にいたってもニューエイジや新新宗教に見られるように、 「カルマと転生の思想」が新鮮に受けとられるのは、この思想が日本近代において再び輸入された近代思想であるからにほかなりません。
 神智学が近代の思想であるといえるのは、例えばチャクラによって意識の進化がなされる事を説く際にも、古代の神智によって諸宗教を統一する世界認識を説 くのにも、その説明の仕方としては、近代科学の成果を取り入れた科学的概念を用いてなされていることからも見て取ることができます。
 日本における西洋神秘主義受容の歴史に戻りますと「近代スピリチュアリズム」が日本に本格的に移入されたのも明治四〇年代になってからで、日本が日露戦 争に勝利して欧米に追い付いたという意識を持ちはじめた一九一〇年代です。ちなみに一九一〇年の明治四三年には大逆事件が起きています。このころから大正 十二年の関東大震災まで、洋書の輸入と翻訳が盛んに行われており、例えば第一次大戦後に欧州で起こったシュールレアリズムなどの芸術運動も間を置かず紹 介、翻訳されるなど、当時の日本の人々は今日でも驚くほどリアルタイムに世界の文化状況を生きていたといえるのです。こうした状況を背景にして、大正教養 主義、大正デモクラシー、大正モダニズム、そして大正生命主義といった文化傾向が成立しました。
 宗教社会学者の西山茂氏は、近現代において日本資本主義が発展のピークを迎えた後に、神秘・霊術ブームがおこり霊術系新宗教が台頭するという時代サイク ルがうかがえる、と述べています*7。その一回目が、富国強兵の近代化が一段落した明治末から大正にかけてで、「千里眼ブーム」から始って大本教や太霊道
が台頭した時期です。そして二回目が、高度経済成長後のオイルショックから現在にいたる、超能力・オカルトブームと霊術系新宗教、新新宗教の台頭の時期と なります。この反復する時代背景という分析は興味深いのですが、今は次に取り上げる大正生命主義が、一回目の神秘・霊術ブームと重なることを確認しておき ます。
 明治四二年にはオルコット大佐の招聘者の一人である平井金造の「心霊の研究」、明治四三年には先にふれた高橋五郎の「心霊万能論」、大正元年には平田元 吉の「心霊の秘密」がそれぞれ刊行されています。こうした欧米レベルの超常現象研究を背景に、明治四三年から東京大学助教授の福来友吉
博士らが、欧米を手 本にした本格的心霊現象研究に乗り出してきます。透視を巡るこの実験はセンセーショナルな話題となり、いわゆる「千里眼ブーム」を引き起こしました。福来 博士の実証主義による超常現象の科学的証明は、現在でもそうですが、アカデミズムに受け入られることなくに学職を辞すこととなります。福来はその後も、月 の裏側を念写する三田光一という被験者を得て、その研究成果をスピリチュアリスト国際学会などで発表し続けました。
 また、一時大本教に身を置いた浅野和三郎は、心霊現象の事実はすでに当然のこととして受け入れ、それをいかに科学的に説明できるかを考えました。浅野 は、「日本の神道は、日本に現れたスピリチュアリズムで、古来世界に出現した数ある教義の中で、日本の古神道ほど、二十世紀のスピリチュアリズムと、多く の肝要な点に於いて冥合するものは恐らくありますまい。」と述べています。ここで注意をしなければならないことは、浅野のいう「日本の古神道」は二十世紀 のスピリチュアリズムの眼鏡を通すことで、新たに見出されたものであるということです。つまり、古神道といっても日本の近代以前の古神道ではなく、近代ス ピリチュアリズムによって再生(あるいは捏造)された古神道だといえます。このことは、古来からの伝法を標榜する新宗教の教義についても同様にいえること です。ともかくも浅野は、スピリチュアリズムを神道に投影することにより、神道の科学化を試みたのです。浅野和三郎は、やがて日本の心霊研究の中心となる 「心霊科学研究所」を大正十二年に設立しました。
 このような神智学・スピリチュアリズムの受容は、大本教をはじめとして当時の新宗教における霊界観の形成にかなりの影響を及ぼしたといえます。宗教学者 の対馬路人氏によりますと、新宗教に共通する霊界思想とは、宇宙を目に見える現界と目に見えない霊界に分けて、現界をこの現世の物質界とし、霊界を神々や 死者や霊魂が充満する霊的精神界と見て、その交流と影響関係を考える思想、ということになります*8。つまりスピリチュアリズムと同じく霊界と現実界との 交流です。その関係をみると、現象界は霊界の影と見る霊界優位の「霊主体従」型ですが、しかし、霊界の存在も正邪の差はあれ霊的な生命エネルギーを実体と するのですから、広くいえば一元的な宇宙生命内における霊と物質の二分化としてとらえることが出来るわけで、霊界思想は広くは大生命の思想に含まれるので す。ここに神智学の「宇宙は意識ある唯一大生命の顕現である」という思想を重ねて見ることができます。こうした西洋神秘主義の影響を受けての上で、「大生 命の思想・霊界思想」という新宗教の教義に共通する世界観が形成されていったと見ることが出来るでしょう。
 次に、大生命の思想形成の土壌ともなった大正生命主義についてふれ、科学と宗教の問題に入っていこうと思います。

四、大正生命主義の諸相
 鈴木貞美氏が提唱して定着しつつある大正生命主義という用語は、「要するに(従来言われていた)大正教養主義は、広く哲学や芸術を吸収した文化的人格を 形成するという思想傾向にとどまるものではなく、その底に普遍的な生命の発現こそが文化創造の原基であるという思想をもっていた」ので、大正期の思想界で は「生命」の語がスーパーコンセプトの役割を演じた、ということから名づけられています*9。従って、当然ながらその適応範囲は広すぎるほどなのですが、 鈴木氏はその思想的要素を次のようにまとめています。
   東洋的生命観(特に道教的老壮思想的なそれ、またそれらと仏教的・儒教的な生命観が集合したもの)が受け皿となり、キリスト教スピリチュアリズム系 の思想が受容され、そこに、ショーペンハウエルやニーチェ、トルストイらの生命思想が加わってゆく過程があり、一方実証主義の動力線が「内部の自然」の観 念を定着させ、そしてヘッケルの生気的生命一元論やドイツ観念論心理学などの受容が重なり、思想的な前史がつくられた。そこに、進化論や遺伝学の影響を受 けた「生物学主義」ともいうべき、ベルグソン、ジェイムズ、デューイ、オイケンらの二十世紀哲学が流入して形成されたもの、ということが出来よう。
(「大正生命主義、その前提、前史、前夜」大正生命主義と現代 P七六)
 まさに思想の坩堝の様相を呈していますが、こうした西欧諸思想を融合していく受け皿としての東洋的生命観に注目する必要があります。この東洋的生命観と は、生死一如の生命一元論に通じ、また草木国土悉皆成仏のアミニズムを説く「本覚思想」*10であるといっていいでしょう。汎神論的生命の横溢をのべる生 命主義にとっては、西欧のキリスト教的思想土壌よりも、むしろアミニズムに通じる本覚思想の土壌のほうが習合しやすかったといえます。神智学やスピリチュ アリズムの受容においても見てきたように、西洋神秘主義の宇宙即生命と見る生命主義的一元的世界観を受け入れる受け皿として、沙婆即寂光、生死即涅槃、久 遠即今とする本覚思想の絶対一元論があったことは間違いないでしょう。
 こうした日本的融通無碍ともいうべき本覚思想の土壌の上に、欧米の神秘主義、実証主義科学、実験心理学、生物主義哲学などの翻訳文化が、習合・混在して 大正生命主義とよべるような思想的様相を呈した、と考えられます。大正期の新宗教ブームも、当然にこの生命主義の影響の中にあり、そこから大生命の思想や 霊界思想としてまとめられる世界観を発達させてきたといえます。そして、この生命主義の思潮においては、精神現象も科学的に解明されると考えられていたの であり、宗教・科学・哲学の統一がいわば科学万能の名の下に意図されていたといってよいでしょう。
 この宗教と科学の融合を計る試みは、一九八〇年代にブームとなったニューエイジなどの新たな生命主義的思潮において再び反復しました。鈴木氏は、七〇年 代末からのニューサイエンスなどの翻訳文献より始まるこの流行を、八〇年代生命主義と名づけています。このこの八〇年代生命主義の思潮を受けて、「真の宗 教は科学である」とするオウム真理教や、幸福の科学などの新新宗教がでてきました。今回(一九九四~九五年当時)、教学の現代化プロジェクトが日蓮
教学の 現代化を試みるに当って「宗教と科学」をテーマとしたのも、こうしたブームの様相を受けてのことでした。したがってオウム事件以後はなおさらに、このポス ト・モダン的ともニューエイジ的とも呼ばれる生命主義的思潮をどう捉えるかが問題となるのです。

 前述の「大正生命主義と現代」の中で、森岡正博氏は「生命主義は一般的にいって、ロマン主義への自閉傾向を本質的に持っているのではないか(八〇年代生 命主義とは何であったか・P二六七)」と指摘しています。「ロマン主義への自閉的傾向」とは、いいかえれば、自分の夢(ロマン)に浸ったままに自我を肥大 させ、自閉した妄想を現実と取り違える危険性とも言えるでしょう。自分達とは異なった「他者」との交流を考慮しない、いわば他者性不在の閉鎖的な共同体に ついての危惧を指摘していると思います。
 いわゆるニューエイジや新宗教の思想は、「他者性」を落としたところの個我から出発して、個を捨てて一なる宇宙意識や大生命にいたる霊的進化をすすめま すが、傍目からみればその一なる宇宙意識や大生命が、そのグループ(共同体)のみで通用する我が儘勝手なグルであったり教祖であったりするのです。こうし た閉鎖性をもつ生命主義への危惧について、鈴木氏は「大正生命主義と現代」の後書きにおいて、その全体論(ホーリズム)の危険性にふれて次のように述べて います。
   しかし、世界が、二度目の熱い戦争に向かったとき、このホーリズムは、全体主義(トータリズム)と結合した。ナチス・ドイツではエコロジカルな政策 も展開されたが、それを支えたヘッケルの理論は、人種間の優生学という思想をもっていたために、ユダヤ人の虐殺にも根拠を与えた。ホーリスティックな生命 観は、悠久の生命に生きる「日本民族の大義」とも決して無縁ではなかった。生命観のホーリズムが国家や社会や民族などのトータリズムと結合したときの危険 性を、これらの歴史的な事件はよく教えてくれる。二一世紀に向けて、新たな生命観が問われる今日、われわれは、二〇世紀の生命観とその発現のしかた、そし て、その行方について、さらに検討を重ねる必要があるだろう。
(大正生命主義と現代 P二九五)
 「人間は皆相身互い」といった相互扶助の強調の下に、平等や博愛を保証するかに思えるホーリズムが、政治的全体主義へと転化し極めて差別的に機能してし まうということは、確かに歴史の教えるところでしょう。生命力の賛美にしても両刃の剣であり、戦前の「近代の超克」を巡る論議にみられたように、「『戦争 は歴史の最もヴァイタルな力』、『総じて近代が行詰まったところに総力戦がある、つまり総力戦は近代の超克だ』(「総力戦の哲学」一九四三年中央公論一月 号)」といって戦争を歴史の生命力の必然として位置付け、破壊の肯定につながっていったという苦い経過もあります*11。こうした危惧は、生命主義だけに 限っての問題ではありません。仏教の縁起観にしても通俗的に相依相関のホーリズムと捉えられていることを思えば、再び戦前のように、仏教が教義的に戦争を 支援する可能性は大いにありえるといえます。ですから、仏教の縁起観を量子力学に結び付けて全包括的な世界観を提起したF・カプラをはじめニュー・サイエ ンスやニューエイジの思想においては、特にこの危険性を考慮する必要があるのです。

 スピリチュアリズム・神智学・大正生命主義の検討を通して、現在のニューエイジや新宗教に共通する生命主義的世界観、とくに科学と宗教の統一を説く教義 のルーツを見てきましたが、そこに一貫して見て取れることは、近代化に対抗しつつ現れた大いなる力への欲求であり、無限の可能性を秘めた生命力への渇仰で あり、生命主義(ヴァイタリズム)の信仰といっていいでしょう。”)

冬草夏虫 ‏@tousoukachu 2014年2月2日
熱海のMOA美術館は母体が『世界救世教』というネーミングが直接的すぎる仏教系の新興宗教で、いわゆる『手かざし』で医者や医薬品を否定する教義で有名。 他にも農薬や化学肥料などを否定していて、新興宗教にありがちなキチガイじみたロハス成分が見られる。

世界救世教=大本教派生のキリスト教に見え難いキリスト教

wikipedia bot スマホ対応版 ‏@WikiBot_SmaPho 6月14日
手かざし http://goo.gl/kd90us 手かざし(てかざし)とは、人の体の患部に手をかざし、その手から発せられるという霊的な力によって心身を治療しようとする技法を使った宗教行為。世界救世教の創始者・岡田茂吉が昭和時代前半に開発したと言われ(世界救世教では、...


bstr ‏@hed1972 8月6日
<思考メモ>:キリスト教→ニューソート運動→自己啓発。キリスト教文化のない日本で、米国経由の自己啓発書を読んで実行することは、根本的に無理があるのではないかという疑問。例:箱から脱出する~~、ミッション、などなど。


使える!タメになる心理学 @tukaerusinri • 3月27日
占い師が使うテクニックのひとつ 『バーナム効果』 誰にでも当てはまるような どうとでも取れる事を 自分だけに適用される 極めて正確な内容だと 思い込んでしまう心理学的な現象の事 占い師や詐欺師たちに騙しのテクニックとして利用される

Dr_Frunk ‏@Dr_Frunk 2012年3月13日
これあってんの? RT @ElCantare_OR:
幸福の科学
=エル・カンターレ
+GLAの教義
+高橋信次のイタコ(異言)
+谷口雅春の光明思想
+出口王仁三郎の霊界物語
+生長の家の書籍販売能力
+阿含宗の派手な宣伝
+創価学会の会員制度


RISHU ‏@Rishu_jpn 2011年9月29日
こ こ最近、今まで避けていたキリスト教のニューソート派やニューエイジ運動の思想(これらは怪しい自己啓発セミナーや新興宗教が営利目的で都合良く拝借して いる)について自分なりに勉強してみた。驚くほど密教のパクリでしたというオチ。西洋の人間より、遥か昔から気づいてたんだなぁ

MarkWater ‏@MarkWater 2012年4月29日
@Ikazuchi_maru 恐るべしニューソート、恐るべしキリスト教。人類の奴隷化を肯定して為政者や搾取者に貢献する宗教よ…

人気のアカウント ‏@orange21 2008年10月9日
D. カーネギーを人に勧めるのにどうすればいいのかわからない。キリスト教やニューソートの文脈の事や、基本的に自己啓発本だという事を話さえしなければ彼ら はタダたんにありがたがって読むとおもうんだが。 http://www.nicovideo.jp/watch/sm4760086


林貞年 催眠術のかけ方 ‏@h_sadatoshi_bot 2012年7月15日
患 者の頭上に手をかざすだけで病気が治るという「パッス法」。これを広めた19世紀の医師アントン・メスメルについて。彼はこう言います。「この宇宙には動 物磁気というエーテル体が満ちていて、特別な力を持つ伝達者のみがあやつれる。そして伝達者からこの動物磁気を送られた患者は病気が治る」と。

ゆりぽん ‏@33nikukyu 2013年4月12日
へ~~初めの催眠術って「動物磁気」って呼ばれてたんだ~!『催眠が、西洋で医学的に用いられるようになったのは、18世紀の事である。当時は動物磁気と呼ばれた催眠術を、自在に操った最初の人物は、ウィーンの医師、アントン・メスメルである。』だって。へ~へ~!

井上太郎 ‏@kaminoishi 11月26日
世 界救世教、箱根にあるMOA美術館で有名。不敬罪で有名な大本教からわかれました。心霊術と指圧で医師法違反で検挙もされた宗教です。さらにここから 別れたのが世界真光文明教団と崇教真光です。手かざしで病気を治すらしいですが、石原伸晃自民幹事長が信者です。父親の慎太郎氏は霊友会です。

白江 Shirae ‏@ttt_cellule 2013年9月4日
ダー ントン『パリのメスマー』では、フランス革命以前にルソーの社会契約論が急進思想として周知される媒介を果たしたのがメスメリズム信奉者である医者や知識 人、民衆だったとか、メスメルの磁気流体論によってルソーの政治思想、教育思想が根拠づけられたとして読まれていたとか指摘されているらしい

神様 ‏@triumphkamisama 2013年8月14日
催眠術心理学シリーズ②いきますね。 信仰宗教には、よく頭に手をかざしたりすると病気が良くなるとかっていうのがありますよね。 これって実はアントンメスメルって19世紀の医者が考案して今は催眠治療で使われているパッス法っていう暗示の技法。

メスメルは、これを「動物磁気」が手から出て症状を消すという暗示をかけて治療したらしいですが、今では催眠治療で取り入れることがある有名な技法らしい。 そう考えると、宗教って催眠術を学んだ人にとっては、あ、あの技法使ってるって全部わかっちゃうんでしょうね。

そういえば、「そ〜」の「い〜」って人は、マジシャンなら誰でも知っている透視マジックを信じの前でやって、法力を顕示していたらしい。 マジックも心理学や催眠術の応用なので、宗教団体のやっている技術との共通点は満載ですね。

マンダラ的な図形や像を凝視させてお経なんかを唱えさせたり、その時にお説教(暗示)を入れたりするのもジェームスブレイドって人が考案した凝視法。人 間、一定の時間ストレスを与え続けるとトランス状態に入り込んで暗示を受けやすくなるんだけど、これは目の疲労を利用した催眠術。

目の疲労って脳と直結しているから催眠状態に利用しやすいんだって。催眠術で強い光や振り子を凝視させたりするでしょ。 本を読むと眠くなるってのもあれね。でもその本が面白ければ、トランスって眠いの方向に行かずに集中っていう別のトランスに入って余計眠れなくなるから要注意。 ゲームもね。

読書やゲームにどっぷりはまっている状態ってトランス状態にそのもので、単に集中している状態は日常意識変性状態っていう軽いトランス。熱中してるのが意識変性状態で催眠に入る寸前。 人の呼ぶ声が聞こえなくなったり自分で切り替えが困難になると「忘我」っていうもうバリバリの催眠トランス状
態。

(創価学会=日蓮風キリスト教の池田大作かな?
寸止め陰謀論者は創価の母胎の大日本皇道立教会に言及しない

topaz0028 ‏@topaz0028 3月22日
大日本皇道立教会は、南朝を正統とし、その皇道に沿った教育を行う趣旨の元で、1911年に創立された。中山忠英(父親は中山忠光)が初代会長に就任し、大隈重信、一木喜徳郎、牧口常三郎、戸田城聖 後には児玉誉士夫も加入。 後に、大日本皇道立教会を母体として、創価教育学会が創立された。

土方 久元 - sagegroup 大正10年京城日報社社長。門下に 創価教育学会創立者、牧口常三郎。創価学会創立 者、戸田城聖氏がいます。 昭和20年6月25日死去。 中山 忠英. ・大日本皇道立教会初代会長 ・天誅組首謀者・中山忠光の遺児。 大正5年7月16日死去。

風の子  ‏@makeanovel 3月2日

統一教会はCIAのための直属の集金カルト
国家神道の設立と、それらと調整する役&実行部隊としての日蓮宗、そして南朝のための教育機関(つまり神道
の天皇)から、創価学会は生まれた。起源が大日本皇道立教会

日本の多宗教文化の裏の真実
http://www.mkmogura.com/blog/2013/09/1/1389 …

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2月10日

猫太”とある魔術ってあれ、かなり耶蘇教が強くて嫌いなのですよねー。とある魔術は英国国教会の耶蘇教の暗躍をみてるような、そんな暗躍を感じます。まだニノ国が耶蘇教臭くない。まあ創価ですが”
創価の母胎は大日本皇道立教会=キリスト教製の偽皇室。
創価はキリスト教(聖教)と偽天皇
の手先。

た○し ‏@meets_tak 1月24日
以下、島田裕巳著『創価学会』(新潮新書)より引用。第一章 なぜ創価学会が生まれたのか (P29)から。 pic.twitter.com/lviTxsGBtf

しかし、牧口の場合、宗教として元々親しんでいたのは、日蓮正宗ではなかったし、仏教でもなかった。北海道尋常師範学校は札幌にあったが、札幌には、内村鑑三や新渡戸稲造といったキリスト者を生んだ札幌農学校があり、キリスト教プロテスタントの伝道の拠点であった。

牧口自身、「苦学力行の青年期に敬愛し親近した師友は、大概基督(キリスト)教徒であった」(『創価教育学体系楩概』)と述べている。 (引用は以上)

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 1月28日
@meets_tak 創価学会の母胎は #大日本皇道立教会=キリスト教製の偽天皇系組織。 #sagegroup=紐付き陰謀論者の巣窟の母胎も大日本皇道立教会。 創価の表層を叩かせるのは、偽皇室とキリスト教が陰謀論業界のボスであり、創価とsagegroupを作った黒幕なのを隠す為。

ムスカ@経理 ‏@muska_keiri 2011年1月24日

ちなみに日本におけるボーイスカウトは1908年に駐ベルギー日本大使だった秋月左都夫により報告されて以降じょじょに広まり、1922年に後藤新平(台湾の発展や関東大震災の復興に尽力した人物)を初代総長としてボーイスカウト日本連盟
が発足しております。

レオナルドTA○◯SHI ‏@meets_tak 1月3日

秋月 左都夫
・(1858~1945)
・大日本皇道立教会第三代副会

・明治17年7月、司法省法学校卒、法学士、司法省御用掛。明治24年外務省政務局勤務。三島通庸の長女園子と結婚。明治28年帝国大学にて国際法を講義。 pic.twitter.com/LoD9WBjh0l

ken ‏@kenkatap 2013年12月24日
池田大作のルーツ「池田家の墓」真言宗の寺(密厳院)に建てられている 【NEWSポスト http://www.news-postseven.com/archives/20111226_77219.html …
▼日蓮宗には、他の仏教宗派を厳しく指弾した四箇格言という有名な教えがある
▼池田家の人びとの遺骨は、日蓮が「亡国」と言った真言宗の寺に葬られている

ken ‏@kenkatap 10月28日
生まれた時は真言宗智山派@汚腐乱巣派だった池田大作の墓@高尾 【匿名党 http://tokumei10.blogspot.jp/2014/10/blog-post_678.html …
▼大森は池田氏の生誕の地
▼父が密厳院にお墓を建立 ▼池田家のお墓であるが、奇妙な点がある
▼実は真言宗智山派の寺院
▼池田氏らが日頃、邪教としている異宗徒の墓地

J・ナナミ ‏@pinkglalem 2014年1月8日
@junjihattori @morumonkyou モルモン教会は元々クリスチャンに改宗しないネイティブアメリカンを取り込むために造られたインチキカルト。だから、「日ユ同祖論」のよーな奇妙な説を唱えています。奇妙なSEXカルトも、このモルモン教から派生しています。

FLDS(モルモン系SEX教団)に限らず、モルモン教は、性犯罪とマルチ商法で有名な宗教です。ユタ州は別名「マルチの聖地」。

日本ではキリスト教に改宗しない人たちを取り込むために #天理教、#金光教、#大本教 というカルトが幕末から明治にかけて造られました。中でも大本教は戦前の様々なテロに関与している凶暴なカルト。#創価学会 はこの大本教の最初の分派

日蓮は曼荼羅の代わりに、帰依する菩薩名を書いた掛軸を残してて、「本尊」というらしい。この菩薩たちはゾロアスター教由来。真言宗も天台宗も密教があって、秘めた教典の意味ではなく、ミ(ミトラス)の教えの意味の当て字


ゾロアスターから派生した太陽信仰がミトラ教で、アジア地域からオリエント世界まで行渡ったンですが、ローマでバアル教と習合してキリスト教と言うカルトが生まれ、コレがローマの国教になると、ゾロアスター・ミトラ教を弾圧・駆逐しはじめた

日本の文化のほとんどが、ペルシャの影響を受けています。正倉院の宝物もペルシャ。キリスト教はミトラ教をモデルにしているためにゾロアスター教に似せてユダヤ教を作りました。聖書はアヴェスターにシュメール神話をトッピングした盗作。

古代のセム語族はフェニキア人、アラム人、ヘブライ人。この三つをミックスして創作されたのが聖書の中のユダヤ人。実在の民族ではありません。聖書の神は残忍でコレを信仰するユダヤ人を糾弾することで、ゾロアスター教を貶めたのです。

戦国時代にイエズス会がキリシタン大名を使って仏教徒を虐殺していたのは、それらの仏教徒が、実は仏教を偽装したミトラ教徒だったからです。

黙示録か何かで、イエスは、自分を「明けの明星」と呼んでる。ラテン語の「ルシファー」だと言ってるワケ。意味はわかりません。なぜなら、聖書や福音書は、色々な神話のトッピングだから...

knznymmmy ‏@knznymmmy 12月11日
神道修成派の教庁は杉並区松庵。幸福の科学の総合本部が一時杉並区松庵に置かれていた。大川隆法(中川隆)の父で善川三郎(中川忠義)はGLAに籍を置いていたが生長の家に。生長の家に池田大作氏も傾倒。生長の家の谷口雅春氏は大本の出身。 大本の聖師出口王仁三郎は御嶽教で免許を授かっている。

神様 ‏@triumphkamisama 2013年8月14日
催眠術心理学シリーズ③ 催眠術というと宗教の洗脳とかのある意味怖いものもあれば、例えば腕の良い営業マンや、いわゆる大人としての対応ができる人なら普通にやっている技術が実は催眠術の応用だったりすることも多い。 その一つがチューニング法と言って、相手の動作や口癖を真似る方法。

相手に気がつかれないように、呼吸のリズムを合わせたり、感情を合わせたりする。相手が怒っていたら一緒に怒ってあげるとか、落ち込んでいたら落ち込んだ 態度をとる。みんなが怒ったり落ち込んでいるのに自分だけ楽しそうにしていたら空気が読めない人ってことになるから当たり前のことなんだけど



これをうまくやれば相手にこちらに暗示が入り込みやすくなるから、営業で契約をとったり説得したりが容易くなる。仕草や口癖、声の高さや感情表現を相手に 感づかれない程度に真似て同化することによってこちらの話や暗示を相手にも同化させてしまう。これをチューニング法とか、メタファーなんて言う。


神様 ‏@triumphkamisama 2013年8月15日
催眠術心理学シリーズ④ ブラセボ効果って知ってますか? 精神医療でも用いられる偽薬に効果ですがこれって実はすごいんです。 アメリカで悪性腫瘍の患者に実験をしたらしいんですが、手術で実際に腫瘍を摘出した患者より、切って閉めて実際は腫瘍を切らなかった患者の方が予後が良かったとのこと。

(それって腫瘍をとったせいで予後不良になったの?

神様 ‏@triumphkamisama 2013年8月18日
催眠術心理学シリーズ⑤ 吊り橋の理論って聞いたことありますか?ゆらゆら揺れる吊り橋を渡りながら橋の向こうにいる女性のところへ行くと、吊り橋が揺れる恐怖でドキドキしているのに、彼女を見てドキドキしているのだと勘違いしてしまうというものです。

神様 ‏@triumphkamisama 2013年10月18日
催眠術心理学シリーズ⑥ 「嘘も100回言えば真実になる」 これ、中国や韓国の反日派に、日本の諺として紹介されて、日本叩きの名文句になっているらしいけど、もともとはドイツのヒトラーの右腕だったゲッペルスの言葉で、ヒトラーの「我が闘争」にも出てくる名文句です。

神様 ‏@triumphkamisama 2013年10月18日
催眠術心理学シリーズ⑥-ⅱ わかりやすく短いしかも刺激的なフレーズを繰り返して聴衆に暗示を入れるのを「サウンドバイト」とも言います。ヒトラーの「単純接触」ですね。この言葉が使われ始めたのは第40代アメリカ大統領のロナルドレーガンあたりです。

神様 ‏@triumphkamisama 2013年10月22日
【催眠術心理学シリーズ⑦ピグマリオン効果】 ギリシャ神話の「変身物語」で、キプロスの王ピグマリオンが彫った女神像を愛し続けた結果、生命を得て人間になったというところから名付けられた心理学用語で、褒めて育てる効果をアメリカの心理学者ハーロックが実験により立証したものです。

フランツ・アントン・メスメル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%83%AB


スピリチュアリズム
http://dic.pixiv.net/a/%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0

心霊主義
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E9%9C%8A%E4%B8%BB%E7%BE%A9


(1)近代スピリチュアリズムの地上展開に先立つ準備
http://www5a.biglobe.ne.jp/~spk/about_sp/sp-history/sp-history-1.htm


スウェーデンボルグはニューソートではない
http://www5b.biglobe.ne.jp/~shinju/tukai%209.htm

第8話:新・新エルサレム
http://www5b.biglobe.ne.jp/~shinju/No.8%20New%20New%20Jerusalem.htm

「スウェーデンボルグ主義」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~shinju/tukai%2013.htm

近代スピリチュアリズム百年史
その歴史と思想のテキスト
The History of Modern Spiritualism (1848-1948)
アーネスト・トンプソン 著/ 桑原啓善 訳
http://yamanami-zaidan.jp/dekunobou-pub/books/kindai_spiritualism_100.html


「霊界を見てきた男」アンドリュー・ジャクソン・デイヴィスについて―スピリチュアル史解説[コラム]
http://news.livedoor.com/article/detail/4499473/


アメリカでの降霊術運動の歴史 No.206
http://d.hatena.ne.jp/wanbi/touch/20140321/1395389676
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