読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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日ユ同祖論と中ユ同祖論の発明者は17世紀のイエズス会士ロドリゲス。          同祖論はキリスト教の布教とセット。                         日ユ同祖論を布教する陰謀論者=宣教師。                       日ユ同祖論の英語版Wikiの一部を翻訳し解説。 

   【結論だけを要約】
日ユ同祖論と中ユ同祖論の発明者は17世紀のイエズス会士ロドリゲス
同祖論はキリスト教の布教とセット。
○ユ同祖論はキリスト教布教用


日本のことなのに日本語版に書かれていないが、英語版には書かれている箇所
=支配層が隠したいこと
=「日ユ同祖論者=宣教師」


・日ユ同祖論の日本語版ウィキの記事は、日ユ同祖論とキリスト教の布教との関わりを省いている
日本語版では日ユ同祖論の起源が明治期の貿易商のマクラウドだという嘘を書いている。
日ユ同祖論の起源はイエズス会だし、マクラウドは貿易商ではない。
マクラウドはビジネスマンか、宣教師。
宣教師の部分を意図的に省いている。

マクラウドの日ユ同祖論の元ネタは英ユ同祖論

・紐付きにとっての陰謀論とは、偽の黒幕(ユダヤと在日)に罪を押しつけて真の黒幕(キリスト教)を守る行為。
日ユ同祖論を布教する陰謀論者=宣教師


・日本語版ウィキでは日ユ同祖論者の詭弁と反論が長々と書いてある。
日ユ同祖論の大前提は聖書の登場人物が実在したことです。
聖書のユダヤ教徒が実在したという、考古学・歴史学的な物証を提示して下さい。
日ユ同祖論を裏付けるDNAの証拠はありません。
考古学的証拠もなく、ヘロドトスも言及していません」
と言えば済む話。

・佐伯好郎は、秦氏をユダヤ系ネストリウス派キリスト教(景教)徒の民族だとする、日ユ同祖論を主張。
佐伯の同祖論を支持したのはキリスト教徒。

単なるクリスチャンがやって来ただけ。

ユダヤ人の定義(になっていない)
①ユダヤ人が母←Xの定義にXは使えない
②ユダヤ教徒←宗教で民族は定義不可
∴ユダヤ「人」やユダヤ「系」という「民族」は実在しない


ユダヤ系だとか偽ユダヤという言葉は、「キリスト教徒」と端的に言いたくないからキリスト教が発明

日ユ同祖論がらみで登場するのがキリスト教ばかりであり、ユダヤ教が全然出てこない
日ユ同祖論=キリスト教に見えにくいキリスト教思想による侵略。

・ヴィクトリア女王の侍女だったゴルドンは、英ユ同祖論と日ユ同祖論を結びつけようとした


ゴルドンの仏基一元思想
=一神教を否定する仏教に対する破壊工作。

ゴルドンはサンスクリットに通じている高楠順次郎と関係あり。
高楠順次郎の師匠は、アーリア人神話の創始者であるマックス・ミュラー。
高楠順次郎はエスペランティスト。
エスペラント語は大本教が援助しているワンワールド推進用言語。

・キリスト教と仏教は真逆の思想。
仏教では愛は悪。
(慈悲は善)
唯一の創造主の否定。

だからゴルドンのように仏教を破壊するための工作員が暗躍。
キリスト教系(の時点で支配層側の)陰謀論者のRAPTは仏教嫌い。
(無神論=悪魔崇拝)。
RAPTure(ラプチャー。携挙)こそが悪魔の思想では?

日本語訳されない理由がよく分かるでしょ?
英語教育がクソである真の理由でしょうね。

……ここから解説開始……

日ユ同祖論の英語版Wiki
http://en.wikipedia.org/wiki/Japanese-Jewish_common_ancestry_theory
より抜粋し、
意訳の要約を鍵括弧「」内に書いたうえで、
補足と解説をします。
全訳ではないのでご注意。
なお、原文の全文は本記事の最後にあります。

“The Japanese-Jewish common ancestry theory (日ユ同祖論(日猶同祖論) Nichiyu Dōsoron?) appeared in the 17th century as a hypothesis which claimed the Japanese people were the main part of the ten lost tribes of Israel.”
日ユ同祖論は17世紀に登場した、日本人がイスラエルの失われた10支族の主要な部分をなすと主張する仮説である。」

“A later version portrayed them as descendents of a tribe of Jewish Nestorians.”
「後のバージョンだと、ユダヤ系ネストリウス派キリスト教〔景教〕徒の集団の子孫だとする日ユ同祖論がある。」

単なるクリスチャンがやって来ただけじゃねーか!
ユダヤ教徒でないのにユダヤ系っておかしいだろ。

ユダヤ人の定義(になっていない)
①ユダヤ人が母←Xの定義にXは使えない
②ユダヤ教徒←宗教で民族は定義不可
∴ユダヤ「人」やユダヤ「系」という「民族」は実在しない。


考古学的証拠もなく、
ヘロドトスも言及していないので、
聖書のユダヤ人は実在せず遺伝子も子孫も実在しません

ユダヤ教徒は実在。

ユダヤ系だとか偽ユダヤという言葉は、「キリスト教徒」と端的に言いたくないからキリスト教が発明しました

偽ユダヤ陰謀論=キリスト教陰謀論
ユダヤ系銀行家陰謀論=キリスト教の銀行家陰謀論

ほら、正体がバレちゃうでしょ?

「ユダヤという下っ端」に囚われたらアウト。
「キリスト教という親分」の罪を追求できなくなります


紐付き陰謀論者が「ユダヤガワルイ」(と「ザイニチがワルイ」)という呪文を連呼しますが、
ユダヤ陰謀論はキリスト教の伝統」であることと、
イルミナティ陰謀論を発明したのはイエズス会士バリュエル」なのを決して言いません。
紐付きにとっての陰謀論とは、偽の黒幕(ユダヤと在日)に罪を押しつけて真の黒幕(キリスト教)を守る行為のことを指します。

“Researcher and author Jon Entine emphasizes that DNA evidence excludes the possibility of significant links between Japanese and Jews.”
DNAの証拠により、日本人とユダヤ人の間に重大な繋がりがある可能性は排除された。」

exclude the possibility of ~ 
=~の可能性を排除する
=~はありえないと判断する

そもそも聖書のユダヤ人は架空の人物なのに、どうやってDNAを調査したのですか?

キリスト教はユダヤ教派生ですらないことについては、過去記事をどうぞ。

キリスト教(太陽+来世に期待)とユダヤ教(嵐+現世利益)は根本思想が違いすぎる。
ラクダが家畜化されるのは紀元前10世紀以降なので旧約にラクダが登場するのはおかしい

岡田明憲『ゾロアスターの神秘思想』 講談社現代新書 。
岡田明子・小林登志子『シュメル神話の世界 』中公新書
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-52.html

Bell Boyd ‏@Bell_Boyd 12月3日
@kitsuchitsuchi
ヘロドトスが古代イスラエル王国やユダ王国、そしてユダヤ教について何ら語っていないのはやはりおかしいですね。
http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30487400.html …

Bell Boyd ‏@Bell_Boyd 2014年4月15日
旧約聖書における歴史記述を概観したが、王国時代の歴史記述が最も詳しく、バビロン捕囚以後の歴史は断片的にしか語られていない。ヘロドトスの『歴史』で有名なペルシャ戦争も、ユダヤは軍隊の通行路に当たっていたと考えられるが、旧約聖書ではまったく言及されていない。:wiki

Shinya Watanabe 渡辺真也 ‏@curatorshinya 12月26日
(ヘ2)ヘロドトスの『歴史』には、ユダヤ教に関するものは一切登場しない。ユダヤ教はおそらくイシスとオシリスの二神信仰をしていたカナンへの移民が、バビロン捕囚から解放してくれたメシアであるキュロス2世含むゾロアスター教徒の関係が険悪になった結果、後に形成されたものだろう。

kibikibi20 ‏@kibikibi20 2011年10月13日
ヘロドトスがギリシャ語で『歴史』を書いた時、エルサレム神殿は既に再建されていたのに、エジプトの隣の、当事としては特異な(興味を引くはずであった)1神教のユダヤ人について、彼は全くふれていない(不愉快で書かなかったのかもしれぬが)。サリービーの『聖書アラビア起源説』を信じたくなる。

“During the Age of Discovery, European explorers attempted to connect many peoples with whom they first came into contact to the Ten Lost Tribes, sometimes in conjunction with attempts to introduce Christian missionaries.”

「大航海時代、ヨーロッパの調査者は、彼らが初めて出会った多くの民族を失われた10支族と結びつけようとした。時には、キリスト教の宣教師らを紹介する試みと結びつくことがあった。」

○ユ同祖論はキリスト教布教用だということ。
「あなたがたは聖書のユダヤ人の子孫だから聖書を信じてキリスト教徒になりなさい!」

ってことです。
ユダヤ教の布教ではなく、キリスト教の布教と結び付くことがあったことが重要。
私たちが旧約聖書のユダヤ人の子孫なら、私たちはユダヤ教徒になるべきではないのですか?
と返されたらどうするのでしょうかね?

The first person to identify the lost tribes with an East Asian nation was João Rodriguez (1561-1634), a Jesuit missionary and interpreter.”

最初に失われた10支族を東アジアの民族と同一視したのは、イエズス会の宣教師で通訳者のジョアン・ロドリゲス(1561-1634)。

発明したのがイエズス会なのだから布教用+侵略用

In 1608, he argued that the both the Japanese and the Chinese descended from the Lost Tribes of Israel.
1608年、イエズス会士ロドリゲスは日本人と中国人は両方ともイスラエルの失われた10支族の子孫だと主張した。」

“He believed that the Chinese sages Confucius and Lao-tse took their ideas from Judaism.[4]”
「イエズス会士ロドリゲスは、中国の賢者である孔子と老子は自らの思想をユダヤ教からとった、と信じた。」

儒教は「怪力乱神を語らず」なのでオカルト嫌い。
儒教も老子の思想も多神教。
ユダヤ教からとったなら、勿論ユダヤ教特有の思想でないと他の宗教からとった可能性を排除できませんよね?
ユダヤ教の特徴ってやたら残虐なヤハウェ一神教で書物の宗教ってことぐらいなのでは?

新プラトン主義の影響を受け、一神教が基盤のカバラの元ネタが、
実は易(易経は儒教の経典)や古神道(単なる初期道教では?)だと言うぐらいに無理があります。
せめてユダヤ・カバラと、クリスチャン・カバラの違いぐらいは勉強しようね。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
生命の木であなたがイメージするカバラは15世紀以降成立のクリスチャン・カバラ=キリスト教化されたユダヤ・カバラ
#ユダヤ陰謀論 と #日ユ同祖論 がキリスト教に見えないキリスト教思想なのと同じく外見がユダヤでも中身がキリスト教
成立年代を確かめないと騙され放題

②#日ユ同祖論 の年代矛盾
ダビデの星がユダヤの象徴になったのは十七世紀から(イエズス会製)
伊勢神宮のダビデの星がある石灯籠の設置は戦後
ユダヤ・カバラで生命の樹理論の元型ができたのは12世紀(盲人イサク)から。
クリスチャン・カバラ(生命の木中心)は15世紀にピコが創始

カバラ基本経典は紀元前にない
イェツィラー(3~6世紀。新プラトン主義成立後
・バヒル(12世紀)・
ゾーハル(13世紀)。
ユダヤ・カバラは旧約聖書重視(元祖カバラに生命の樹なし)。
クリスチャン・カバラ(生命の樹中心)は15世紀にピコが創始。
物証成立年代を捏造する #日ユ同祖論。

詳しくは過去記事をどうぞ。

ユダヤ関連の日に事件を起こしてユダヤのせいにするのがキリスト教の手口
生命の木カバラは中世からなので、古代ユダヤの生命の木(と日本)云々ときたら嘘確定
シオニズムはキリスト教思想。
シオニストはクリスチャン。
ユダヤ教超正統派はイスラエルを否定(イスラエルはキリスト教製)

魔術師クロウリー、ジョン・ディー、メスメルは王侯貴族人脈。
秋端勉『実践魔術講座リフォルマティオ(上下)』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-40.html


“Rodriguez later abandoned this theory. In his Historia da Igreja do Japão he argued that Japan was populated in two waves of immigration from the mainland, one group originating from Chekiang, and the other from Korea.[5]”

「イエズス会士ロドリゲスはこの理論〔日ユ同祖論と中ユ同祖論〕を後に捨てた。
『日本教会史』にて、彼は日本に移住してきた人々には二つの流れがあると主張した。
一つは浙江省(せっこうしょう)、もう一つは朝鮮を起源とする集団である。」

日ユ同祖論の発明者のロドリゲスが主張を辞めても、今や大本教系カルトやキリスト教(新教や旧教など問わず)が布教しているから迷惑だよ!

日ユ同祖論を主張する大本教=キリスト教。
誠の神は唯一つで、他の神々と思われているものは全部天使、と言っているのでキリスト教
です。

日ユ同祖論者が大本教や出口王仁三郎を褒めたりする理由は、
日ユ同祖論者が聖書を褒めるのとを同じ理由です。
聖書思想に逆らいません!宣言をしているのです


大本教の元ネタとなった、
スウェーデンボルグ系キリスト教と、
平田篤胤の平田神道(和風キリスト教)を褒めている可能性もあります


菊池 ‏@kikuchi_8 4月3日
まるでカトリック。キリシタン神学の影響を感じる→出口王仁三郎「祈りは天帝にのみすべきものである。他の神様には礼拝するのである。私はそのつもりで沢山の神様に礼拝する、そはあたかも人々に挨拶すると同様の意味においてである。誠の神様はただ一柱しかおはしまさぬ、他は皆エンゼルである。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月12日
@izimo_ssp そうですね。戦後からそういう流れで動いてました。まあ、天皇崇拝そのものがカトリックのデッドコピーですからね。あと出口王仁三郎もこういってます。「祈りは天帝にのみすべきものである。中略・・・誠の神様はただ一柱しかおわしまさぬ、他はエンゼルである。」

詳しくは過去記事をどうぞ。

大本教は一神教=「誠の神様はただ一柱」。
大本教系カルトが日ユ同祖論をキリスト教布教用に暗躍。
○ユ同祖論は世界中にあり、17世紀に布教の為に日ユ同祖論を発明したのもイエズス会=キリスト教。
17世紀にダビデの星をユダヤのマークに決めたのもイエズス会=キリスト教。
日ユ同祖論を布教用に発明したのがイエズス会であることは日本語版ウィキになく英語版に記述(日ユ同祖論の目的の隠蔽)。

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-76.html

“According to Parfitt, "the first full-blown development of the theory was put forward by Nicholas McLeod, a Scot who started his career in the herring industry before he ended up in Japan as a missionary."[6] In 1870 McLeod published Epitome of the ancient history of Japan[7] and Illustrations to the Epitome of the ancient history of Japan,[8] claiming that the Japanese people included descendants of the lost tribes of Israel, who formed the aristocracy and traditional priestly castes. Evidence cited for this theory included similarities between the legends of Emperor Jimmu and Moses, the presence of "Portuguese-Jewish" racial features on some Japanese, and similarities between Shinto and Judaism.[9]”

「最初に日ユ同祖論を本格的に発展させたのはニコラス・マクラウド。
ニコラス・マクラウドはスコットランド人であり、ニシン工場で働いていた。
最終的には日本で宣教師として活動した。」

この辺りは日本語版記事にも書かれています。

日ユ同祖論者=宣教師。

「起源」というのは間違い。
日本のことなのに日本語版Wikiには書いていないうえに、日本語版では日ユ同祖論の起源が明治期のマクラウドだという嘘を書いている。
マクラウドはあくまで「本格的に」論じた人。
起源=最初ではありません


日ユ同祖論を本格的に論じたマクラウドが活動したのは、日本をキリスト教の植民地にするために傀儡政権があれこれしていた明治期
日ユ同祖論=キリスト教に見えにくいキリスト教思想による侵略

愛=執着=悪(仏教視点。愛憎を超えた慈悲は善)

(キリスト教的な)愛=善
に変えようと必死に取り組んでいた時期
でもあります。

(キリスト教臭い)ラブソングがやたら多いのは、
愛の概念をキリスト教化(愛=善)することに成功した証
です。

キリスト教では神の愛=執着=善。
善なのに悪を創った神様(=嘘吐き)に執着せよと説くのがキリスト教(=悪魔教)です。

日ユ同祖論の日本語版Wiki
日ユ同祖論 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E3%83%A6%E5%90%8C%E7%A5%96%E8%AB%96
"起源

明治期に貿易商として来日したスコットランド人のニコラス・マクラウド(ノーマン・マクラウド)(英語版)[1]は、日本と古代ユダヤとの相似性に気付き、調査を進め、世界で最初に日ユ同祖論を提唱、体系化した。日ユ同祖論の歴史は、彼の日本での英語の著作The Epitome of The Ancient History of Japan(意味は『日本古代史の縮図』 長崎日の出書房、1878年(明治11年) Illustrations to the epitome of the ancient history of Japan[2] 京都)によって始まった。これは、後の1901年、「ユダヤ大百科事典」ニューヨーク版失われた10支族[3]の項目に引用されたという。彼は韓ユ同祖論も唱えていたこともあって、マクラウドはなんでも失われた10支族と結びつけるいい加減な人物であったと結論する者もいる。彼の主張は、10支族の内の主要な部族は、青森戸来村、沖縄奄美、朝鮮半島らを経由して日本へ鞍馬寺へ渡ったのに対して、ダン族など残りの支族は、そのまま朝鮮半島に留まったというものであり、諸説論理上の整合性は取れている。しかしながら人類学上のDNA類似性などの科学的な面では非常に薄弱な論法である。
(…)
代表的論者

ノーマン・マクラウド
酒井勝軍
安江仙弘
宇野正美
佐伯好郎
手嶋郁郎
小石豊(牧師)
久保有政(牧師)
ヨセフ・アイデルバーグ
マーヴィン・トケイヤー
高橋良典
サミュエル・A・リンドバーグ
ケン・ジョセフ
あすかあきお(漫画家)
小谷部全一郎(神学者)
中田重治(日本ホーリネス教会監督)
小池一夫(漫画原作者)
エリ・コーヘン - 日本文化にも造詣が深い日ユ同質論者

(…)
関連項目

イスラエルの失われた10支族
アミシャーブ
赤い鳩(漫画)
剣山
河豚計画
キリストの幕屋
竹内文書
イエスの墓#青森県戸来村
日鮮同祖論
日琉同祖論
アーリアン学説
選民思想
トンデモ本、陰謀論、電波系
偽史

"最終更新 2015年5月16日 (土) 04:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

代表的論者は要注意人物。

マクラウドは韓ユ同祖論を唱えていたそうです。
寸止め陰謀論者がよく叩いている(つまり黒幕ではない)統一教会が最初ではなかったようです。

日本語版記事では同祖論者の主張と反論が長々と書いていますが、すべてまやかしです。
日ユ同祖論は聖書のユダヤ人が実在することが大前提です。
聖書のユダヤ人は実在しません。
聖書のユダヤ人が存在する考古学的物証と歴史学的史料を出して下さい

で終わります。


気になったのが、マクラウドが「貿易商」になっていること。
宣教師じゃないの?
日本語版記事では日ユ同祖論とキリスト教(の布教)との関わりの部分を意図的に省いていますね。

Nicholas McLeod
http://en.wikipedia.org/wiki/Nicholas_McLeod

References
には
①National Library of Scotland スコットランド図書館のRare Books - Important Acquisitions(稀覯本 – 大事な掘り出し物)の記述がある検索ページでMcLeod, Normanで検索すると出るIllustrations to the epitome of the ancient history of Japanと著者情報
http://www.nls.uk/collections/rarebooks/acquisitions/singlebook.cfm/idfind/416

②"TRIBES, LOST TEN", Jewish Encyclopedia,(失われた十部族、ユダヤ百科事典)
http://www.jewishencyclopedia.com/articles/14506-tribes-lost-ten

に飛べるリンクがあります。

①“Little is known about the author, whose first name is thought to have been Norman. He has been variously described as a Scots businessman or a Scots missionary wo started his career in the herring industry.
「著者についてはほとんど知られていない。ファーストネームがノーマンだと考えられてきている。
彼はスコットランド人のビジネスマンだと説明されたり、最初はニシン工場で働いていたスコットランド人の宣教師だと説明されたりと、さまざまに説明されてきた。」

ビジネスマンなら貿易商だと断定できません。
宣教師の部分は無視する日本語記事。
やはりキリスト教との関わりは、景教を除いては日本語版では書いていませんね。
マクラウドの経歴が貿易商だと嘘を書いていますし


(「wo」は「who」の間違い)

②“
Table of Contents

Arabia, India, and Abyssinia.
Nestorians and Devil-Worshipers.
Afghans.
Karaites and the Caucasus.
Anglo-Israelism.
Japan.

America.
North-American Indians.
The Mormons.

要は、○ユ同祖論は日本以外にもあるということです。
日本は特別だと主張したい大本教系などの人達には残念なお知らせですね。

同祖論にモルモン教登場!


U (公式bot) ‏@wayofthewindbot 2014年3月8日
RT lanekota: もっとつきつめれば、日ユ同祖論は、韓国人を利用するためにでっち上げられた統一教会やインディアンを取り込むためにでっち上げられたモルモン教と全く同じ「神話」ですよ。

カルトハンター J・ナナミ ‏@pinkglalem 2014年1月8日
モルモン教会は元々クリスチャンに改宗しないネイティブアメリカンを取り込むために造られたインチキカルト。だから、「日ユ同祖論」のよーな奇妙な説を唱えています。奇妙なSEXカルトも、このモルモン教から派生しています。

菊池 ‏@kikuchi_8 12月15日
グィド・フォン・リストは日本語の文字の形はルーン文字に起源があると言ったとかなんとか。「日ア同祖論」(笑)選民主義といい起源論といい、アーリア主義者と猶太主義者はお互いに喧嘩しているが発想は非常に似ている。アーリア主義→右翼、猶太主義→左翼。発想の根源が左右で似てくるのも当然か。

菊池 ‏@kikuchi_8 1月10日
@iseakira はい。ああいう論法なら正倉院や法隆寺の建築様式を見て「日本ペルシャ同祖論」「日本ギリシャ同祖論」など何でも言えてしまいますね。確か朝鮮系の耶蘇カルト周辺で韓猶同祖論があるようですね。○猶太論は世界中にありますね。英猶同祖論もありますし、中南米にもあるようです

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya
面白企画!世界の同祖論シリーズ。
ユダヤ同祖論がある国
・イギリス
・韓国(言いだしっぺは統一教会の文鮮明) ・
日本(聖公会の佐伯好郎と酒井勝軍が言いだしっぺ)
・中国(言いだしっぺ不明) ・中南米の部族(言いだしっぺ不明)
・インディアン(言いだしっぺはモルモン教) 沢山あるなw

@kikuchi_8 論理学苦手なんですう、聖書読んだ事もないんです、それでも日油同祖論と陰謀論やりたいんですうという層があまりにも多すぎます。あとスピ系は論理的検証や実証性ということにこだわると「物質主義」とか言って見下してきますしね。陰謀論もマニさん戦術でやられてます(笑)

……
私が日ユ同祖論の発明者がイエズス会だと英語版ウィキに書いてあると暴露した後のねこたさんの反応が、私が言いたいことと全く同じ(笑)。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月12日
陰謀論者が大嫌いなイエズス会が作った日油同祖論にしがみついてる陰謀論者が多すぎて吹いた。おめーらが陰謀の家元のように叩くイエズス会程度の戦略の罠にまんまとハマってるクセに、あちらさんに支配されたくない!とかどのツラ下げて言うわけぇ?


帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月12日
日油同祖論を語る陰謀論者に告ぐ。おめーら、たかだかイエズス会程度の戦略の罠にハマってるクセにアチラに支配されたくないとか100万年早いんだよ!まず、イエズス会と対等に戦えるくらいの知的体力をつけて来たがいい。話はそれからだ!

日本語版記事の脚注
にある
N.McLeod. “Illustrations to the epitome of the ancient history of Japan”.(国際日本文化研究センター)
http://shinku.nichibun.ac.jp/gpub/book/g0445.html
にあるマクラウドの著作の挿絵の一つにハングル文字登場。
ヘブライ文字と似ている(似てねーよ!)と書いてあるのかな。
ハングル文字を盗作して神代文字を捏造した和風クリスチャン(隠れキリシタン)の平田篤胤を思い出しました。

ちなみに、
Epitome of the ancient history of Japan

https://books.google.co.jp/books?id=U2c_AAAAYAAJ&printsec=frontcover&hl=ja&source=gbs_ge_summary_r#v=onepage&q&f=false
で読めます。

……
本題に戻ります。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 9月29日
日ユ同祖論は
佐伯好郎(景教博士。最初期の論者。キリスト者)が功利的企画だと暴露
②ダビデの星がユダヤのシンボルになったのは十七世紀から(イエズス会製)
③カバラに生命の木が登場するのは中世から
仏教徒の天皇も側近も縦書きの漢字を使用
天皇は道教用語
を無視して捏造してね!

in 1908, Saeki Yoshiro (1872-1965), a professor at Waseda University, published a book in which he developed a variant on the theory. Yoshiro was an expert on Japanese Nestorianism. Saeki theorised that the Hata clan, which arrived from Korea and settled in Japan in the third century, was a Jewish-Nestorian tribe. According to Ben Ami-Shillony, "Saeki's writings spread the theory about 'the common ancestry of the Japanese and the Jews' (Nichi-Yu dosoron) in Japan, a theory that was endorsed by some Christian groups."[13]
There is no evidence available, including modern DNA analysis, to support this hypothesis. A recently published study into the genetic origins of Japanese people does not support a genealogical link as put forward by Saeki.[14]

「1908年、早稲田大学の教授にしてネストリウス派キリスト教(景教)の専門家である佐伯好郎は、秦氏をユダヤ系ネストリウス派キリスト教(景教)徒の民族だとする、日ユ同祖論を主張。
日ユ同祖論を支持したのはいくつかのキリスト教団体
DNA分析を含め、佐伯の日ユ同祖論を支持する証拠は存在しない。」

単なるクリスチャンが日本列島に渡ってきただけですよね。
支持しているのがクリスチャン。
ユダヤ教が全然出てこない。
そりゃあ同祖論を創ったのがキリスト教ですからね。
どこまでもユダヤ教の都合を無視していいように利用する反ユダヤ主義のキリスト教


バチカンはナチスのスポンサーだったし、
ルターは徹底的に反ユダヤだったし、
キリスト教の中核には反ユダヤがあります


だから、クリスチャンがユダヤ教徒の人権云々言っても説得力がありません。

また、キリスト教は動物蔑視思想でもあるので、クリスチャンが動物愛護云々言っても説得力がありません。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月11日
面白いなぁ。日油同祖論の言いだしっぺは日本では酒井勝軍だと思ってたけど、聖公会の佐伯好郎だって。経歴を見たら、おや?「景教」学者とある。景教、中国まで食指を伸ばした原始キリスト教で今のアッシリア教会だ。秦氏は景教徒のクリスチャンだったという説がある。景教学者が唱えた日油同祖論♪

菊池 ‏@kikuchi_8 3月6日
日猶同祖論の初期の論者の一人佐伯好郎は同時に景教渡来説の権威。
日猶同祖論と景教渡来説は初期からセット。
佐伯は英国聖公会のキリスト教徒

聖公会は英国諜報員とメーソンの巣窟と渡部悌治先生述。
猶太資本導入推進のために日猶同祖論を唱えたことを服部之総に告白。
河豚計画の犬塚惟重の団体顧問。

犬塚惟重を会長に戦後発足した日猶懇話会のメンバーが凄い。
副会長に日本神智学の祖と言われる三浦関造。
鞍馬寺貫主に影響を与えた人物だ。
理事に戦前の神代史派の拠点「神日本」の主催者・中里義美。
顧問に景教渡来説の佐伯好郎や
大本教人脈で皇道派に近く戦後は剣山のアーク探索をやった山本英輔。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年3月14日
@lanekota 日油同祖論破りの忍術
同祖論は侵略用の思想
記紀は漢文で道教色が濃い。
道教が神道と一番似ている。
神道は道教用語で格下扱い。
皇室の思想は道教と仏教。
道教の最高神=北極星=天皇大帝は剣と鏡の二種の神器を持つので天皇即位にも剣と鏡の二種の神器が登場し後に三種になる


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2月10日
猫太”日ユ同祖論やユダヤ陰謀論言う時点で怪しいよねぇ”
どんな素晴らしい思想もキリスト教と化合した時点でプルトニウムに早変わりだにゃ。そのオリジナルの思想や文化の美しさや輝きが奪われてしまう。キリスト教は世界の核ゴミ”
布教熱心な一神教は侵略用。イスラム教の元ネタはキリスト教


菊池 ‏@kikuchi_8 11月8日
英仏メーソンで侵略戦術に違いあり。グラントリアンは正面から現地の体制を転覆させる革命戦術方式。スコッチメーソンは現地の伝統に憑りつき別のものに変えてしまう憑依戦術方式。思想的な武器に関しては前者は革命理論と自虐史観の普及など、後者は日猶同祖論や伝統宗教のキリスト教化などがある。

knznymmmy ‏@knznymmmy 11月9日
↓出た〜wwww
日ユ同祖論www

こんなもの信じてるウチはお子ちゃまだな
詳細は私の日ユ同祖論フルボッコシリーズ参照
ひと言で言えば
日ユ同祖論は日本侵略のためのカルト宗教


knznymmmy @knznymmmy • 5月13日
日ユ同祖論は
佐伯好郎と酒井勝軍よりも
スコットランド人宣教師 ノーマン・マクラウド Nicholas McLeodが先だ
こいつは1875年に 著作「日本古代史の縮図」
The Epitome of The Ancient History of Japan
で日ユ同祖論を主張

ちなみに酒井 勝軍 (さかい かつとき)は1874年3月15日生まれ
佐伯 好郎(さえき よしろう) は1871年9月15日生まれ
まっくんの本が出た時二人はやっと幼稚園ぐらいだ そりゃ、勝ち目ねえよ

……

“The Japanese-Jewish common ancestor theory has been seen as one of the attempts by European racial scientists to explain Japan's rapid modernization, in contrast to that of the other "inferior" or "degraded" Asians, especially the Chinese.[9]”
「ヨーロッパの人種差別思想を持つ科学者により、日ユ同祖論は日本の急速な近代化を説明するいくつかの試みの一つとして、みなされた。
対照的に、他のアジア人、特に中国人を“劣った”または“格下”とした。」

同祖論は侵略と布教と人種差別に利用されるってことです。
「俺様とお前は同じ祖先だからお前の土地は俺のものな!」
というふざけた屁理屈です。

J・ナナミ ‏@pinkglalem 5月12日
結局、今の世界を支配してるのは、ヨーロッパの優生学なんだョ。

Bell Boyd ‏@Bell_Boyd 3月12日
「有色人種」とは、帝国主義の時代、優生学の思想に基づき、英・仏・米・独などを中心としたヨーロッパ系コーカソイドが、植民地の拡大・奴隷制の維持を正当化する根拠として創られた。ユダヤ人やアラブ、イラン人の主流は、人種的にはコーカソイドであるにもかかわらず、「有色人種」に分類した。

J・ナナミ @pinkglalem
古代のセム語族はフェニキア人、アラム人、ヘブライ人。この三つをミックスして創作されたのが聖書の中のユダヤ人。実在の民族ではありません。聖書の神は残忍でコレを信仰するユダヤ人を糾弾することで、ゾロアスター教を貶めたのです。


Christian Zionism

Ami-Shillony also describes a letter subsequently published by the same magazine, written by Elizabeth A. Gordon, a former lady-in-waiting to Queen Victoria who was also a prominent Christian Zionist. Gordon attempts to link Japan to British Israelism, particularly the view that the British royal family were of Israelite descent. Gordon was well known in Japan, where she was researching Shingon Buddhism, which, she claimed, had Christian origins. In her 1921 letter she adopted a "fantastic chain of reasoning" to prove that "the meeting between the Japanese and British crown princes signified the long-awaited reunion of Judah and Israel." Gordon had some influence at the time in Japan.[17]”
クリスチャン・シオニズム

エリザベス・ゴルドンはヴィクトリア女王の元側近(侍女)だった。
ゴルドンは有名なクリスチャン・シオニストでもある。
ゴルドンは英ユ同祖論と日本人を結びつけようとした。
特に、英国王室の祖先がイスラエルの民の子孫だとした。
ゴルドンは日本では真言宗の研究で知られる。
真言宗の起源はキリスト教だと主張した。
ゴルドンは日本でいくらかの影響力を持った
。」

”British Israelism (a similar hypothesis that holds the British people to be a Lost Tribe of Israel)”
「英ユ同祖論。日ユ同祖論と似た仮説。」

ゴルドン夫人が主張したのが仏基一元

生長の家と同じく万教帰一と似たことを主張!
開化派=独立党のリチャード(洗礼名)大歓喜!

仏教は絶対的な唯一の創造神を否定するので、
キリスト教視点では無神論=悪魔崇拝(本来の仏教は偶像崇拝しない)
ですよ。
RAPTがいい例です。

仏教とキリスト教はどう見ても根本から違います。
仏教とキリスト教を比べると、どう見てもキリスト教のほうが悪魔崇拝なんですけど。

英国女王の側近のゴルドン夫人は、ワン・ワールド準備の為のワン・リリージョン(宗教)を推進するための工作員でもあったのです。
英国王室側の人が宗教統一に都合がいいことを言ったのです。
宗教統一とは、新キリスト教で世界を塗り潰すという意味であって、思想の多様性をなくすということです。
みんなが一緒に共存するのではなく、
一つを残して皆殺しという意味
です。
キリスト教が布教熱心で、侵略とセットである理由が分かるでしょ?

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 2015年5月19日
ねここねこさんの日ユ同祖論の 英語版Wikiの記事に触発されて 原文読んでみた
下の方でチョロっと出てる ヴィクトリア女王の侍女だった
エリザベス ゴードンの日ユ論が 興味深い
英ユ同祖論と日ユ同祖論から、
イギリス王室と日本の皇室を
縁組させてスーパーユダヤ人を 造る計画だ

スーパー偽ユダヤ人ゴッドがバチカン と一騎打ちなんて胸熱


Adoruhu(Starke Japan ‏@adoruhu1 2012年11月11日
一般に日本人とユダヤ人の祖先が同じであるという説は「日ユ同祖論」として知られているが、その他にも様々なバリエーションがあって、イギリス人とユダヤ人が同じ祖先だったとする「英ユ同祖論」、韓国人とユダヤ人が同じ祖先だったとする「韓ユ同祖論」などなども存在している。

「英ユ同祖論」の元祖的存在は18世紀の人リチャード・ブラザーズであるとされている。ブラザーズはヨーロッパの諸国民も「失われた10支族」の子孫であると主張していたのが特徴的であったが、「イギリス国民こそ真の末裔である」と主張し始めたのは、エドワード・ハインなる人物である。

日ユ同祖論は「英ユ同祖論」が下敷き?
http://ameblo.jp/phenix753/entry-11139479643.html
日本の歴史には「日ユ同祖論」どころかユダヤという言葉さえ、どこを探しても見当たらない。この「日ユ同祖論」が始めて日本に登場したのが、『日本古代史の縮図』 長崎日の出書房、1878年(明治11年)である。
                       
著者は明治期に貿易商として来日したスコットランド人のN・マクラウド(Nicholas McLeod)で、日本と古代ユダヤとの相似性に気付き、調査を進め、世界で最初に日ユ同祖論を提唱した。

マクラウドはなんでも「失われた10支族」と結びつけるいい加減な人物であったと結論する人がいるように、後に「韓ユ同祖論」も唱えていた。

N・マクラウドの国イギリスでは、エドワード・ハインなる人物が著書『イギリス国民と失われたイスラエル10支族の47の同一点』(1874年)などを通して「イギリス国民こそ真の末裔である」と主張し「英ユ同祖論」を展開した。

その4年後N・マクラウドが「日ユ同祖論」を提唱したことから「英ユ同祖論」を下敷きにしたと推測できる。

それ以前からイギリスには、「アリマタヤのヨセフ」や「聖杯」伝説、「アーサー王伝説」などユダヤ人とキリスト教にまつわる伝承が数多くある。18世紀リチャード・ブラザーズは「失われた10支族」が欧州に散らばっていると考えたばかりでなく、自らをダビデの直系の子孫であり、ユダヤ人の王、世界の支配者であると信じ、しまいには時の国王ジョージ3世に王位譲渡の要求を行なうまでに至り、1795年に逮捕、精神病院に収容された。

私が「日ユ同祖論」を知ったのは70年代で、何か信頼できる情報がないか研究した。80年代イスラエルに住みこの話題をもち出した、すると「なんだ日本にも同祖論があるのか」と大笑いになった。国を失い流浪の民になったユダヤ系の人間が各国にいるが、ユダヤ系日本人もユダヤ教も日本の歴史には見当たらない。”

日ユ同祖論の英語版ウィキの解説は終わり。
これよりゴルドンの人脈を洗っていきます。

石羊とゴルドン夫人 WEB展覧会(早稲田大学図書館所蔵資料)
http://www.wul.waseda.ac.jp/TENJI/virtual/gordon/
“ゴルドン夫人(Gordon, Elizabeth A.)は1851年英国の名門に生まれ、多年ビクトリア女王に女官として仕えた人である。キリスト教と仏教の根本同一を確信し、その研究のため中国・朝鮮を調査し、明治末期には日本を訪れた。
(…)
E.A. ゴルドン(1851-1925) 「ゴルドン文庫」旧蔵者
エリザベス・アンナ・ゴルドンの名を知らぬ人は多いかも知れぬが、日比谷図書館に収められた10万余の「日英文庫」(Dulce Cor Library)の恩恵を蒙った人は多いことと思う。この文庫の創設に力を尽くした人こそゴルドン夫人である。
 E.A.ゴルドンは1851年イングランドのランカシャーに生まれた。後にスコットランドの貴族ジョン・エドワード・ゴルドンと結婚、共に名門として知 られた家柄であった。ゴルドン夫人はヴィクトリア女王の女宮をつとめるなどしたが、のち、オックスフォード大学に入学、比較宗教学を学んだ。同門に日本入 留学生高楠順次郎が居り、その交友が後に夫人と日本を結びつけるきっかけとなったと思われる。
 在学中にアジア宗教学に興味を抱いた夫人は1891(明治24)年、夫との世界旅行の途次日本に立ち寄った。この滞在で日本の自然と文化と国民性に魅せ られ、帰国後すぐ、創立間もないジャパン・ソサエティに入会し、英国在留中の日本人に何かと援助の手をさしのベ「英国における日本の母」ど慕われるように なった。
 その後、高楠順次郎らから、日本に洋書が少ないとの嘆きを聞いた夫人は、英・米・カナダの新聞紙上で「英国の文化を日本に伝え、同時に彼我の親善を図る ため、日本に洋書を贈ろう」と、図書の寄贈を呼びかけた。日露戦争による日本への関心が強まっていた時期と相侯って、たちまち10万冊に近い図書が夫人の もとに届けられた。夫人はそれを携えて1907(明治40)年再び来日し、高楠を介して東京市に公開を条件に図書の全てを委託した。束京市では、早速整理 に要する経費として5375円75銭を議決してその厚志に応えた。
 これを機会に夫人は日本に在留し、そのテーマとする「仏基一元」の研究にとりかかった。それは、仏教もキリスト教も元は一つ、同根であることを実証しよ うとするものであった。8世紀の頃、唐の長安に建てられた「大秦景教流行中国碑」の複製を高野山に建てたのも、その研究の一環であった。研究の成果は新 聞・雑誌に寄稿、著書の刊行も数冊に及んでおり、1925(大正14)年には名誉講師として本学の教壇に立ち、「比較宗教学について」「西遊記」などの講 演も行なっている。
 ゴルドン夫人は大隈侯を深く敬仰していた。侯が自からの邸内に学の独立と自由を標榜して大学を設立し、その門戸を広く開いて、国籍を問わず朝鮮・中国・ インドなどの留学生を受け入れ、更に1885(明治38)年には清国留学生部を設けるなど「見返りを期さない他者に対する献身」が、英国在留の人々ヘの援 助を惜しまなかった自らの心情と強く共感するものがあったからであろう。その著書「"World-healers,"or,The Lotus Gospel and its Bodhisattvas」(1913刊)巻頭には、そのことを記して大隈侯への献辞としている。”

高楠順次郎 たかくす じゅんじろう
”仏教学者。インド学。号雪頂。旧姓沢井。幼名海太郎のち洵。イギリス・ドイツ・フランスに留学し、オックスフォードでマックス・ミューラに師事、厳密な文献研究に基くインド学を学ぶ。帰国して南条文雄の後を受けて東大で梵語学を講じる。逓相秘書官・東京外語校長・東大講師~教授・東洋大学々長を歴任。学士院会員となり文化勲章受章。著書『大正大蔵経』『南伝大蔵経』を中心的に存在として活躍した。他に『大正新修大蔵経』『高楠順次郎全集』等がある。昭和20年(1945)歿、80才。
(…)
[生]慶応2(1866).5. 広島
[没]1945.6.28. 静岡
インド学者,仏教学者。旧姓は沢井,1887年神戸の高楠家の養子となった。イギリスに留学し,M.ミュラーのもとでサンスクリット語を学び,帰国後 97年東京大学に梵語学講座を創設した。仏教精神を身につけた婦人を育成するために 1924年武蔵野女子学院を設立し,さらに東洋大学学長などもつとめ,渡辺海旭とともに『大正新脩大蔵経』 (100巻) を刊行した。
(…)
(1866―1945)
明治~昭和期の仏教学者。文学博士。雪頂(せっちょう)と号した。広島県三原市八幡(やはた)町字篝(かがり)、沢井観三の長男に生まれ、のち神戸市元町、高楠孫三郎の養子となる。1889年(明治22)西本願寺立京都普通学校を卒業。在学中に反省会を結成し、『反省会雑誌』(『中央公論』の前身)を刊行する。90年渡欧し、オックスフォード大学のマックス・ミュラー教授に師事し、インド学・梵語(ぼんご)学を学ぶ。その間、ドイツ、フランス、イタリアの著名大学の碩学(せきがく)に師事する。留学中『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』『南海寄帰伝(なんかいききでん)』などの英訳を行う。97年帰国、同年6月東京帝国大学・文科大学講師となる。99年34歳で教授となり、1901年(明治34)文科大学梵語学講座の初代担任教授となった。東京外国語学校(現東京外国語大学)校長、東洋大学学長を歴任。26年(大正15)学士院会員となり、44年(昭和19)文化勲章を受章。『ウパニシャッド全書』全九巻、『大正新修大蔵経(だいぞうきょう)』全97巻、『昭和法宝総目録』全三巻の編著がある。[池田英俊]
『鷹谷俊之著『高楠順次郎先生伝』(1957・武蔵野女子学院)』”
https://kotobank.jp/word/%E9%AB%98%E6%A5%A0%E9%A0%86%E6%AC%A1%E9%83%8E-18620

高楠順次郎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A5%A0%E9%A0%86%E6%AC%A1%E9%83%8E
高楠はエスペランティストでもあり、1906年に黒板勝美らと共に日本エスペラント協会の結成に参加し、同会の東京支部長を務めた。また、新たに1919年に日本エスペラント学会が設立された際は、当初は評議員として参加し、1926年の財団法人化後は理事も務めた。子息の高楠正雄は出版社「大雄閣」を創業し、父の著書をはじめとした仏教関連書などを刊行している。
(…)
翻訳
イー・エー・ゴルドン『弘法大師と景教との関係
一名・物云ふ石,教ふる石』丙午出版社 1909”

”・神智学や人智学系ではアーリア人は霊性が高い特別な存在だとされている。
このアーリア人を高く評価する主張の背景には、
18世紀以降の学問で広範な影響力を持ったアーリアン学説がある。
アーリアン学説の端緒はウィリアム・ジョーンズによる言語の比較研究

ヨーロッパ言語の起源は次第にヨーロッパ文明そのものの起源に対する問いへと推移していった。その際に大きな役割を果たしたのがサンスクリット学者にして比較宗教学者のマックス・ミュラー。ミュラーは、サンスクリット語を話す人々に対し、彼らが自らを「高貴な=アーリア」と称していたという理由から「アーリア人」と呼ぶべきだと主張した。
ミュラーは晩年に自分のアーリア人説が根拠に乏しいと認めたが諸文明の祖としてのアーリア人という幻想的なイメージは継承された

チェンバレン『十九世紀の基礎』(1899年)ではアーリア人種の中でもゲルマン人こそがもっともすぐれた存在であるとされ、彼の理論はナチズムの理論的支柱の一つとなった。
ブラヴァッキーの神智学もまた、ミュラーの理論を始めとするアーリアン学説から多大な影響を受けることで構築された。『シークレット・ドクトリン』にミュラーに対する言及が数多くみられることから推察される。
ブラバッキーやリードビーターそしてシュタイナーの思想には、アーリア人種中心史観やアーリア人優越論の傾向が確かに見受けられるが、
ゴビノー(有色人種差別)やチェンバレンのようなアーリア人至上主義にまで達しているとは言い難い。
神智学ではアーリア人種は、人類の霊的進化プロセスの一つの段階にすぎず、やがては新たな種に乗り越えられる存在である。

(神智学もアーリア人思想=人種差別思想が入り込んでいる
ってことです。
人智学では露骨だね。
アーリアン学説は、インド・ヨーロッパ語族の諸言語を使う全ての民族を、共通の祖先アーリア人から発生「したものとする」学説なので、アーリア人は言語学のこの仮説で「想定された」だけです。当然、考古学的証拠や文献なんてあるわけがありません
となると、アーリア人=存在しない仮想された民族となり、
アーリア人=金髪碧眼の宇宙人という主張が、
金髪碧眼の宇宙人なんていないってことになるので、
アーリア主義者は必死でこのことを無視します。
宇宙人説は、白人だって黒人のお陰で誕生したという進化論と人類アフリカ起源説を否定しつつ、肌が白い神による白人の創造を肯定するするのに実に都合が良いですからね。

NeNe高台院豊臣吉子 ‏@koudaiin 2013年10月26日
言語学を初めとする各分野から科学的な反証が行われアーリアン学説自体がその信憑性を大きく失いつつある。明確にアーリアン学説を疑似科学であると厳しく批判する学者が大勢を占めた今日では半ば棄却された仮説


命を守る武器は憲法 根児広宇 ‏@PillowCat714 3月18日
@c6f066e03d7c4f2 ウィキペディアによれば「ハインリッヒ・シュリーマンがトロイの遺跡の中で卐を発見し、卐を古代のインド・ヨーロッパ語族に共通の宗教的シンボルと見なしたためである。これに基づき、アーリアン学説のいうアーリア人の象徴として採用したものである。」

kog ‏@kog_m 2013年8月19日
アングロサクソンの戦略性 イギリスはインド侵略にあたってインドの民族・歴史を徹底的に調べ植民地支配の正当性の論理を構築する。 インドヨーロッパ語族が共通の祖先アーリア人から派生したものとする”アーリアン学説”は、「インド人によるインド支配」を正当化するため利用された

「祖先が同じ」という同祖論は侵略用思想。日ユ同祖論も聖書神話で日本人を洗脳するためのものでイエズス会が源流
。”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-75.html
オウムはインド風に偽装しているけど
神vs獣の善悪二元論
・終末論
・ハルマゲドン
・隣人愛でわかるように中身はキリスト教!

オウム思想の中核は神智学
(インド風キリスト教。創世記とギリシャ哲学の動物蔑視)の
霊性進化論
=神か獣かの善悪二元論+霊的カースト制度。
神智学がユダヤ陰謀論=キリスト教の伝統を広めるのに協力


大田俊寛著『現代オカルトの根源』(ちくま新書)。

「誠の神様はただ一柱」とする大本教は「天地の創造神」というキリスト教的な神を導入しつつも多神教の枠組みを一応維持していた平田派神学以上にキリスト教

ヴィクトリア女王の侍女だったゴルドンの仏基一元思想=一神教を否定する仏教の破壊工作。
ゴルドンはサンスクリットに通じている高楠順次郎と関係あり。
高楠順次郎の師匠は、アーリア人神話の創始者であるマックス・ミュラー。
高楠順次郎はエスペランティスト。
エスペラント語は大本教が援助しているワンワールド推進用言語。
『中央公論』の源流は高楠順次郎。
またインドか。
サンスクリット学者はキーパーソンだね


ken ‏@kenkatap 2013年12月15日
長崎県・大村市ゆかりの人物
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9D%91%E5%B8%82#.E5.A4.A7.E6.9D.91.E5.B8.82.E3.82.86.E3.81.8B.E3.82.8A.E3.81.AE.E4.BA.BA.E7.89.A9 …
▼力道山(東彼杵郡大村町、出生地は朝鮮咸鏡南道)
黒板勝美(国史学の権威)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E6%9D%BF%E5%8B%9D%E7%BE%8E …
1906年日本エスペラント協会設立
▼1908年世界エスペラント大会初の日本代表

桐沢 凛々子 ‏@kirisawaririko 2013年5月17日
現在、我々が読んでいる「日本書紀」は黒板勝美が編集したもの。
朝鮮総督府朝鮮史編修會」の顧問であり、朝鮮史改竄の首魁と見なされている人物。
直系の弟子にあたるのが日本歴史学会の最高権威の一人東京大学の坂本太郎
。http://www.mkmogura.com/blog/2009/04

淺井憲 ‏@asaiken23
東大の歴史学者は、全員が自虐史観論者の指摘がありますが?そうてしょうか、私には戦前の万世一系の皇国史観を信奉し日本書紀、古事記の著述至上の黒板勝美東京帝国大学教授が編纂した国史大系の軛から逃れていないと考えていましたが、事実は小説より奇なりですか?

幕末、薩長同盟は攘夷に拘泥した孝明天皇と幼帝睦仁を亡きものにし大室寅之祐を明治天皇に据え、万世一系の皇国史観をプロパガンダの帝国憲法を制定。天皇シャーマニズムを守るため日本書紀擁護の東大偽史シンジケートが形成される。三上三次→黒板勝美→坂本太郎→井上光貞の系譜。平泉澄も貢献。

明治王朝と維新の元勲達を守るため帝国憲法と日本書紀のセットで万世一系の皇国史観 をプロバガンダ。東大国史学教授・黒板勝美氏は宮崎県西都原古墳群にある卑弥呼の陵墓・男佐穂塚古墳を円墳から前方後円墳に改竄し被喪者はニニギノミコトとした。その他、日本書紀に不都合な事象は徹底改竄した。


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
実物の金剛峯寺は秀吉(✝の敵)製の青厳寺を改造して明治に✝が作った。
高野山=金剛峯寺=真言宗という嘘で伝統を捏造。
高野聖は浄土教で、高野山は大衆向けの浄土信仰の土地で長らく真言宗の山ではなかったことを隠す。
高野山=金剛峯寺はユダヤ(中身は別民族)と同じく抽象的名札で中身を隠す術


陰謀論者の本を私は読まない。
初詣の初出は明治18年で、参詣客が多いのはご利益ではなく交通網のおかげだと暴露したのが『鉄道が変えた社寺参詣』。
これに神道=和風キリスト教と金剛峯寺の建立が明治2年なのを加えると、初詣は✝製の偽伝統に金を集める行事だと判る。

現存最古のゴッドの日本語訳は16世紀の「大日」。 真言宗とキリスト教の接点。
支配層も大衆も仏教徒だらけなので訳語が仏教用語。 神道用語は実在しない。
金剛峯寺の設立は明治。
高野山を金剛峯寺と名づけ、明治以前から真言宗の総本山であると偽装。
景教碑は真言宗がキリスト教陣営の証


初詣はキリスト教製の偽伝統。
初詣の初出は明治18年

キリスト教のおかげで真言宗は再興できた。
金剛峯寺の建立は明治以降。
神社(和風教会)は神道=和風キリスト教の施設。
✝の手先に金が集まるのが全国初詣客数ランキングでわかる。
平和を願い戦争屋に金を送る大衆

明治以降のキリスト教と和風キリスト教(神道)による偽伝統一覧
神道の現人神、
神前結婚式、
仏前結婚式、
武士道(白兵戦重視)、
相撲は国技、
全面的に良い意味としての愛、
初詣、
金剛峯寺、
個人の誕生日(満年齢)を祝う、
年越し行事としての除夜の鐘、
勤勉な日本人、
働かざる者食うべからず


「愛」は仏教では執着=悪。
キリスト教では創造神が与える善。
なのでアガペーは16世紀(仏教が国教)の『どちりな きりしたん』では「御大切」と訳されました。
明治維新でキリスト教の植民地になって以降、
愛=善というキリスト教思想に染まったのが今の日本人
です。

Christian Zionism
クリスチャン・シオニズム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0
“クリスチャン・シオニズムは、神がアブラハムと結んだ「アブラハム契約」に基づき、シオン・エルサレムがアブラハムの子孫に永久の所有として与えられたとするキリスト教の教理の一つ。全教派で認められている・信じられている訳ではなく、むしろ信じている者は一部であり、アメリカのキリスト教プロテスタントの福音派の一部や、ドイツルーテル教会のマリア福音姉妹会[1]、末日聖徒イエス・キリスト教会などで信じられている教理である。この教理を信じる人をクリスチャン・シオニストと呼ぶ。近代シオニズムは、19世紀後半頃からアメリカのディスペンセーション主義の神学者達が主張するようになった。
この立場では、イスラエル(パレスチナ)を神がユダヤ人に与えた土地と認める。さらに、イスラエル国家の建設は聖書に預言された「イスラエルの回復」であるとし、ユダヤ人のイスラエルへの帰還を支援する。キリストの再臨と世界の終末が起こる前に、イスラエルの回復がなされている必要があると考え、イスラエルの建国と存続を支持する。
(…)
入植地(入植反対者による「占領地」)のパレスチナ人への「返還」には反対の立場を取り、エルサレムの分割統治にも反対の立場を取る。
反対者からは、パレスチナ和平の障害となる、と言われる政治勢力であるが、イスラエル・アメリカ政界では有力な圧力団体や票田の一つであり、イスラエルの「リクード党」や「シャス」等右派・宗教政党の主張とも親和性が強い。キリスト教右派の支持を受けたジョージ・W・ブッシュ第43代アメリカ合衆国大統領がユダヤ人を選民と発言した際はアラブ人の反発を招いてる[8]。
(…)
著名なクリスチャン・シオニスト

ドワイト・ライマン・ムーディー(アメリカの大衆伝道者)
サイラス・インガスン・スコフィールド(アメリカの神学者)
ウィリアム・ユージン・ブラックストン(アメリカの神学者)
ルイス・スペリー・シェイファー(アメリカの神学者、ダラス神学校の創設者)
中田重治(日本のホーリネス教会の指導者)
バジレア・シュリンク(ドイツ・ルーテル教会のマリア福音姉妹会の創設者)

中田重治=日ユ同祖論者

ディスペンセーション主義
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E4%B8%BB%E7%BE%A9
“ディスペンセーション主義(ディスペンセーションしゅぎ、Dispensation, Despensationalism)神の人類に対する取り扱いの歴史(救済史)が、七つの時期に分割されるとする神学。
(…)

神の計画における、イスラエルと教会の分離。イスラエルは地上的神権政治的存在であり、教会は霊的普遍的存在になると考える。
旧約聖書の文字通りの解釈に基づいている。
教会の時代は、来るべきユダヤ的千年王国との間に、挟まれた挿入であり、旧約聖書に預言によって示されていた奥義であると考える。千年王国の到来によって、地上より教会は取り除かれると考える。
パレスチナの相続、神殿の復興、ダビデ王朝における異邦人世界の統治など、イスラエルに関する旧約聖書の預言が文字通り成就すると考える。
ヨハネの黙示録、福音書の終末に関する記述は、全て教会に関する終末論ではなく、イスラエルに対する神の計画としての終末論と考える。
(…)
19世紀イギリス

19世紀になると、ディスペンセーションの神学が広まって来た。主唱者は、エドワード・アービン(1792年-1834年)であった。彼は、預言についての著作が多数ある。預言集会(prophecy conferences)を組織して、黙示的講解の普及に努めた。アービンの解釈はプリマス・ブレザレンの人たちに受け入れられ、ジョン・ネルスン・ダービ(1800年-1882年)は有力な推進者になった。彼は再臨が二つの段階からなると考えた。第一は、聖徒たちの携挙で、患難期が地上を荒廃させる前に、教会が携挙されるという説。(患難前携挙説)第二段階は、患難期の後で、キリストは聖徒たちと一緒に見える状態で地上に現れ、彼らと共に支配されるという考えである。神の救いの計画は、一件の聖約期に分割して理解されるべきであることを強調した。ディスペンセーション主義にとって千年期前再臨説は不可欠の要素であるが、千年期前再臨説がディスペンセーションに必然的に結びつくわけではないので、イギリスではディスペンセーション主義でない、千年期前再臨説をとる神学者も多数いた。
19世紀アメリカ

南北戦争以降のアメリカでは、ディスペンセーションの考え方が急速に広まっていった。ブレザレンの伝道者ヘンリ・モアハウス、ブラックストン、L・ S・シェイファー、C・I・スコフィールドなどが推進した。特に、C・I・スコフィールドの『スコフィールド引照・注解付き聖書』がこの神学の普及に大きな役割を果たした。ムーディー聖書学院、ダラス神学校、グレイス神学校などがこの神学に基づいて教育を行った。この見解の教職者を多数輩出した。
20世紀

多くの、ディスペンセーション主義者は1948年5月14日のイスラエル共和国の建国を、旧約聖書のディスペンセーションの成就として理解した。
近年のディスペンセーション主義者は、イスラエルと教会の区別を緩める傾向にある。[4]

20世紀日本

ムーディー聖書学院に学び、W.ブラックストンの著書を日本に紹介したホーリネス教会の監督中田重治らが1919年再臨運動で盛んに主張した。1933年のホーリネス・リバイバルの時に、中田らはすぐに再臨が来る可能性を主張した。そして、1933年にディスペンセーションと日ユ同祖論に結びつた神学を主張したことによりホーリネス教会の分裂を引き起こした。中田の流れを継ぐ、基督兄弟団、基督聖協団は今日もその神学を主張している。
戦後はいのちのことば社、聖書図書刊行会がディスペンセーションのL.S.シェイファー、A.T.リード、ハル・リンゼイなどの神学者の著作を多数紹介して、日本の福音派にはディスペンセーション主義が広く浸透した。20世紀末には再臨が起こる可能性を主張した人々もいた。
日本人でのディスペンセーションの主な推進者に高木慶太がいる。『近づいている人類の破局』『これからの世界情勢と聖書の預言』などの著書によって、ディスペンセーション主義の預言の解釈を広めた。
1995年、ウィットネス・リーによる、ディスペンセーション主義の脚注がついた、新約聖書回復訳聖書が、日本福音書房より、翻訳出版された。その聖書では、ディスペンセーション主義のエコノミー(経綸)による聖書解釈がなされている。

21世紀日本

ディスペンセーション主義の歴史観に基づく、近未来小説の「レフト・ビハインド」(ティム・ラヘイ)が、いのちのことば社より、翻訳出版され、話題を呼んだ。


患難前携挙説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%A3%E9%9B%A3%E5%89%8D%E6%90%BA%E6%8C%99%E8%AA%AC
“患難前携挙説(かんなんまえけいきょせつ)はキリスト教終末論の説。聖書は終末に患難時代が起こると預言している。(マタイ24章、マルコ13章)この説によると、教会は患難時代の直前に、携挙される。こうして、患難時代には教会がこの地上に不在である。空中に携挙されるのは、教会を終末の患難時代から救い出すためである。ディスペンセーション主義はこの立場を取る。他には、患難中携挙説と患難後携挙説がある。”


ディスペンセーショナリズムでは、患難時代前にクリスチャンは携挙(空中でゴッドに出会う)され、ノン・クリスチャンとユダヤ人が患難にあうとします(患難前携挙説)。
つまり、異教徒「だけ」が苦しむが、自分達キリスト教徒「だけ」は助かるという、
世界最高レベルに自分勝手な選民思想です。

もしキリスト教系(の時点で支配層側の)陰謀論者のRAPTさんに出会ったらまずは、元ネタはRAPTure(ラプチャー。携挙)ですよね?
と聞こうと考えております。
患難前携挙説を正しいと考えていますか?
とも聞こうかな


日ユ同祖論の英語版Wiki
Japanese-Jewish common ancestry theory - Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Japanese-Jewish_common_ancestry_theory
”The Japanese-Jewish common ancestry theory (日ユ同祖論(日猶同祖論) Nichiyu Dōsoron?) appeared in the 17th century as a hypothesis which claimed the Japanese people were the main part of the ten lost tribes of Israel. A later version portrayed them as descendents of a tribe of Jewish Nestorians. Some versions of the theory applied to the whole population, but others only claimed that a specific group within the Japanese people had descended from Jews.

Tudor Parfitt writes that "the spread of the fantasy of Israelite origin... forms a consistent feature of the Western colonial enterprise",[1] stating,

"It is in fact in Japan that we can trace the most remarkable evolution in the Pacific of an imagined Judaic past. As elsewhere in the world, the theory that aspects of the country were to be explained via an Israelite model was introduced by Western agents."[2]

Researcher and author Jon Entine emphasizes that DNA evidence excludes the possibility of significant links between Japanese and Jews.[3]

Contents

1 Origins
2 Impact in Japan
3 Impact elsewhere
3.1 Jews in China
3.2 Christian Zionism
4 See also
5 References
6 Additional reading

Origins

During the Age of Discovery, European explorers attempted to connect many peoples with whom they first came into contact to the Ten Lost Tribes, sometimes in conjunction with attempts to introduce Christian missionaries. The first person to identify the lost tribes with an East Asian nation was João Rodriguez (1561-1634), a Jesuit missionary and interpreter. In 1608, he argued that the both the Japanese and the Chinese descended from the Lost Tribes of Israel. He believed that the Chinese sages Confucius and Lao-tse took their ideas from Judaism.[4] Rodriguez later abandoned this theory. In his Historia da Igreja do Japão he argued that Japan was populated in two waves of immigration from the mainland, one group originating from Chekiang, and the other from Korea.[5]

According to Parfitt, "the first full-blown development of the theory was put forward by Nicholas McLeod, a Scot who started his career in the herring industry before he ended up in Japan as a missionary."[6] In 1870 McLeod published Epitome of the ancient history of Japan[7] and Illustrations to the Epitome of the ancient history of Japan,[8] claiming that the Japanese people included descendants of the lost tribes of Israel, who formed the aristocracy and traditional priestly castes. Evidence cited for this theory included similarities between the legends of Emperor Jimmu and Moses, the presence of "Portuguese-Jewish" racial features on some Japanese, and similarities between Shinto and Judaism.[9]
Impact in Japan

These theories had little impact in Japan,[10] but were translated into Japanese and published in Japan.[11][12]

However, in 1908, Saeki Yoshiro (1872-1965), a professor at Waseda University, published a book in which he developed a variant on the theory. Yoshiro was an expert on Japanese Nestorianism. Saeki theorised that the Hata clan, which arrived from Korea and settled in Japan in the third century, was a Jewish-Nestorian tribe. According to Ben Ami-Shillony, "Saeki's writings spread the theory about 'the common ancestry of the Japanese and the Jews' (Nichi-Yu dosoron) in Japan, a theory that was endorsed by some Christian groups."[13]

There is no evidence available, including modern DNA analysis, to support this hypothesis. A recently published study into the genetic origins of Japanese people does not support a genealogical link as put forward by Saeki.[14]
Impact elsewhere

The Japanese-Jewish common ancestor theory has been seen as one of the attempts by European racial scientists to explain Japan's rapid modernization, in contrast to that of the other "inferior" or "degraded" Asians, especially the Chinese.[9] The theory itself, however, was taken in different directions.
Jews in China

The same year the book by Saeka on the theory was published an article promoting yet another version of the theory appeared in Israels's Messenger, a magazine published by the Shanghai Zionist Federation.[15] Whereas McLeod had claimed that the priest caste and ruling class of Japan were descendants of Jews, the article published by the Shanghai group offered a more proletarian version of the theory. Ami-Shillony writes that

"Its author claimed, contrary to what McLeod had written, that it was the outcasts of Japan, the Eta (or Ety as the article rendered the term) who were the descendants of Jews.[16]

The author of the article said that, like the Jews in the West, the Japanese Eta were hard working people, especially associated with the shoemaking industry who also lived in ghettos, "not that the Japanese compel them to do so, but they seem to prefer to be isolated from the rest of the population." The author also claimed that the Eta observed Jewish customs: "In the ghetto of Nagasaki, for example, the Ety observe the Sabbath very religiously. Not only do they not work on that day of the week, but they do not smoke nor kindle fires, just like the Orthodox Jews."[16]

According to Ami-Shillony, "This ludicrous and totally groundless story was neither challenged nor refuted in later issues of the magazine."[16]

"There is some evidence that small bands of Jews settled in China around 240BCE."[3]
Christian Zionism

Ami-Shillony also describes a letter subsequently published by the same magazine, written by Elizabeth A. Gordon, a former lady-in-waiting to Queen Victoria who was also a prominent Christian Zionist. Gordon attempts to link Japan to British Israelism, particularly the view that the British royal family were of Israelite descent. Gordon was well known in Japan, where she was researching Shingon Buddhism, which, she claimed, had Christian origins. In her 1921 letter she adopted a "fantastic chain of reasoning" to prove that "the meeting between the Japanese and British crown princes signified the long-awaited reunion of Judah and Israel." Gordon had some influence at the time in Japan.[17]
See also

Ten Lost Tribes
British Israelism (a similar hypothesis that holds the British people to be a Lost Tribe of Israel)
Tomb of Jesus in Shingō

References

Parfitt, p.162.
Parfitt, Tudor (2003). The Lost Tribes of Israel: The History of a Myth. Phoenix. p. 158.
Abraham's children: race, identity, and the DNA of the chosen people
Ben Ami-Shillony, The Jews and the Japanese: The Successful Outsiders, pp. 134-5 (Rutland, VT: Tuttle, 1991)
C. R. Boxer, "Some Aspects of Western Historical Writing on the Far East, 1500-1800" in E. G. Pulleyblank (ed), Historians of China and Japan, Oxford University Press, London, 1961, p.317.
Parfitt, p.159.
McLeod, Norman. subtitle:Japan and the Lost Tribes of Israel, Nagasaki, 1876.
An article of this book can be seen at the Rare Books site of National Library of Scotland with search words "Norman McLeod Epitome", (accessed March 09, 2011).
http://east-asia.haifa.ac.il/staff/kovner/(9)Kowner2000a.pdf
Goodman, David; Masanori Miyazawa (1996). Jews in the Japanese mind: the history and uses of a cultural stereotype. The Free Press. p. 60. ISBN 978-0-02-912482-6.
Takahashi and McLeod 1997.
McLeod and Kubo 2004.
Shillony, pp. 136-137
Dual origins of the Japanese: common ground for hunter-gatherer and farmer Y chromosomes. pdf
http://www.jewsofchina.org/jewsofchina/Templates/showpage.asp?DBID=1&LNGID=1&TMID=84&FID=895
Shillony, p. 137

Shillony, pp. 137-138. ”
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おまけ

“João Rodriguez (1561-1634)”が青文字(青文字の記事があることを示す)になっていないからこの人の記事はないのかと思っていたら、
João Rodrigues (missionary)
http://en.wikipedia.org/wiki/Jo%C3%A3o_Rodrigues_%28missionary%29
を発見。
zとsの一文字違うだけで繋がらない言語の壁

日本語記事も発見。
ジョアン・ロドリゲス - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%B2%E3%82%B9

生没年は
日ユ同祖論の英語版記事では1561-1634

ロドリゲスの英語版記事では
1558, 1561 or 1562 - 1633 or 1634

ロドリゲスの日本語版記事では
1561年(1562年)? – 1633年8月1日)
”ロドリゲスの著作としては、ポルトガル語で、『日本語文典』(Arte da Lingua de Iapam)、『日本語小文典』(Arte Breve da Lingoa Iapoa)、日本教会史 (Historia da Igreja de Iapam) があり、うち前2作が刊行されている。日本教会史も刊行するために執筆を開始したものの、完成することなくロドリゲスが没し、手稿も分散し、一部は湮滅した。
(…)
『日本教会史』

イエズス会本部より日本の教会の歴史をまとめるよう要請があったもので、そもそもはマテウス・デ・コーロスが任じられていたものを、かれが辞退したためにロドリゲスが任にあたることになったものである。そこで、あらためてロドリゲスと原マルティノに命が下された。出版のてはずが整えられるはずであり、浄書も作成されたが、結局刊行されることはなく、写本のみが残された。大部分がアジュダ公立図書館にのこる[38]。

全訳は、

ジョアン・ロドリーゲス『日本教会史』江馬務・佐野泰彦・土井忠生・浜口乃二雄(上)・池上岑夫・伊東俊太郎・佐野泰彦・長南実・土井忠生・浜口乃二雄・藪内清(下)訳、大航海時代叢書IX–X、岩波書店、1967–70
Rodriguez, Joaõ. João Rodrigues's account of sixteenth-century Japan. Trans. Michael Cooper. London: Hakluyt Society, 2001

がある。ただし、Cooperのものは第2書第2部を欠く。”

Historia da Igreja do Japãoの和訳が『日本教会史』。

João Rodrigues (missionário)
http://pt.wikipedia.org/wiki/Jo%C3%A3o_Rodrigues_%28mission%C3%A1rio%29
では
“História da Igreja no Japão”
少し違う。dが正しいのかnが正しいのか。
“João Rodrigues (Sernancelhe, 1558, 1560 ou 1561 — Macau, 1633 ou 1634) foi um sacerdote, jesuíta, português, missionário no Japão.”
誤字かな。

“During the Age of Discovery, European explorers attempted to connect many peoples with whom they first came into contact to the Ten Lost Tribes, sometimes in conjunction with attempts to introduce Christian missionaries. The first person to identify the lost tribes with an East Asian nation was João Rodriguez (1561-1634), a Jesuit missionary and interpreter. In 1608, he argued that the both the Japanese and the Chinese descended from the Lost Tribes of Israel. He believed that the Chinese sages Confucius and Lao-tse took their ideas from Judaism.[4]”

Referencesにおいて、
4.には
Ben Ami-Shillony, The Jews and the Japanese: The Successful Outsiders, pp. 134-5 (Rutland, VT: Tuttle, 1991)”
が対応しているのでこれが出典。

ベン=アミー・シロニー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%83%BC
の”『ユダヤ人と日本人―成功したのけ者 異端視され、迫害されながら成功した両民族』(仲山順一訳、日本公法、1993年)
”は和訳本でしょうね。
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# |  | 2015.05.24 22:40  edit

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