読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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 頼母子講(グループでタンス預金)と逃散(一斉引っ越し)は支配層の搾取対策に有効! 『日本書紀』の天地開闢の神話は『淮南子』と『三五歴紀』のコピペ。 聖書思想と天皇崇拝という偽伝統を布教する神道カルト=和風キリスト教が布教する日ユ同祖「教」。三浦國雄『風水 中国人のトポス』 

支配層があなたを支配できるのは価値観を操作しているから
搾取システムを崩すという発想自体を奪うために、
拝金教、
デモ教、
選挙教、
過労死教

などの宗教があります。
システムと思想こそが支配の本体であり、人間はシステムと思想の手下です。
だから個人を叩いても対して効果がありません。
支配の要の一つである、
支配層が支配体制を崩さないために作った
銀行(キリスト教製)、
デモ(報道されているもの)、
選挙(記名投票でないと無意味)、
「働かざる者食うべからず(新約聖書 ×日本の伝統)」
などを何となく信頼できると信仰することをやめませんか?

なんとなく信じることからやめませんか?
疑うのは悪意ではなく、常識的な作法です。


徹底的に疑い続けることで、真に信じるべきものが見つかるのではありませんか?

支配層よりも信用できる人はいませんか?

親友や身内で集まって頼母子講(たのもしこう)をやれば、社会勉強にもなるし、貧困からも抜け出せます。
要は、個人のタンス預金を多少規模を大きくした身内限定の非営利タンス銀行。
頼母子講をされると中央銀行で支配しにくくなるので、頼母子講の前提となる人々のつながりを意図的に稀薄化させるように支配層は動いております


頼母子講とは、
信頼できる仲間で定期的にお金を出し合ってお金を集めて(集団で積み立て貯金)、大金が必要なものを買ったり、メンバーの中でお金が必要な人に渡したりする、相互扶助組織。
身内や地域住民の間でお金を廻す仕組み
です。

例えば今月、Xさんが100万円が必要なのに手元に現金がほとんどない場合、普通は金融機関や高利貸しからお金を借り、後に利子を上乗せして返済します。
利息という形でお金が地域からキャッシュアウトしてしまいます
(支配層に対して利息なんて払いたくないでしょ?)

対して、頼母子講ならは定期的に(月ごとに1万円など)集めたお金のうち100万円をXさんが持ち帰れば、利息を支払う必要がありません。
もちろん、Xさんは後で返さないといけませんけどね。
一人ではできなかった高額の支払いが、地域住民の助け合いにより、その地域から1円たりともキャッシュアウトさせずにできます。
銀行は営利団体なので、借りる側にとって最善の策を教えてくれるとは限りません。
大半がポジショントークです。
銀行が言っている「お客様」は「支配層」のことですからね。
一般人は「カモ」
といいます。

言っておきますけど、頼母子講で集めたお金を✝営利団体の銀行✝に預けたら駄目ですよ。
預金封鎖で調べたら駄目な理由がよくわかります。
ちなみに、金融という言葉は仏教用語(×神道)の融通無碍からきています。
今の金融を牛耳っているのは、キリスト教ですけどね
(十字軍とテンプル騎士団により銀行ネットワーク拡大
+プロテスタントによる資本主義の発展
+教会と欧州貴族による中央銀行支配。
批判されたら全部ユダヤ=バイトかつ汚れ役かつ囮のせいにする
)。

U ‏@wayofthewind 8月17日
デモよりも政治献金なんかの方がずっと強い(笑)
10万人でデモをしても何も変わらないが、10万人が1万円ずつ出し合って10億円の資本をつくれば、それなりの影響力を発揮できる。
お金がもったいない?
何度も無意味なデモに参加する方が、貴重な人生がもったいないよ。



頼母子講の応用例。

頼母子講(たのもしこう)の別名を羅列しておきます。無尽講(むじんこう)、頼母子(たのもし)、模合(もあい、むえー)、契(ケイ)、互助会、預金講(よきんこ)
など、いろいろなキーワードで検索して学んでみてください。
お金の支配から脱却する知恵が満載です。


支配から脱却する手段の一つとして昔から行なわれてきたのが、
一斉引越し(逃散)
農民は土地が生活の糧だから逃げられにくいので、朝廷は農業を基本とする統治体制を採用したのでしょうね。
生活の糧に土地がいらない遍歴民を基本とした統治体制だと、ストライキと一斉引越し(挑散)が農民より簡単なので抵抗されやすいからね。
農民も逃散(と一揆=暴力という最強の力を使う抵抗)
をしたけどね。
ちなみに、過去記事で書いたけど、百姓は農民とは限りません。

頼母子講と逃散は、個人ではなくシステムに逆らっていることが重要。
ドラクエみたいに勇者が魔王(個人)に逆らって倒しても、
魔王量産システムはそのままなので根本的解決になりません。
勇者=王様が派遣する暴力担当の限界です。
勇者vs魔王は茶番!
勇者の背後に魔王あり!
思想とシステム(本体)を倒さないと第二第三の魔王が現れる! 




前回の記事
 お盆は儒教(中核)を仏教で覆ったもの。
カバラ(一神教+新プラトン主義)は易経(儒教の経典)とも道教(多神教)とも無関係! 
寸止め陰謀論者が主張するカバラは「クリスチャン」カバラ!
 
加地伸行『沈黙の宗教―儒教』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-97.html

17世紀のイエズス会士のロドリゲスが同祖論に『第四エズラ書』にある聖書の民が東に行ったという記述を使っていると書きました。
イスラエルの東のはずれはパプアニューギニアなので東に行っても日本にいけません。
メルカトル図法は方位が不正確。
方位が正確な正距方位図法ではイスラエルの東北の果てが日本であり、東の果てならニューギニア島あたり。
失われた十支族が実在する考古学的証拠がないので同祖論なんて成立しません


この『第四エズラ書』は外典(がいてん。アポクリファApocrypha)です。

聖書が真実とぬかすクリスチャンが大好きな日ユ同祖論が、「聖書に無いからアウト」とかぬかすなら、聖書に含まれない『第四エズラ書』を根拠に使う日ユ同祖論もアウトじゃん。
日ユ同祖論者のほとんどが反論を拒否するから、もはや「論」ではなく、日ユ同祖「教」。
キリスト教と和風キリスト教である神道カルトが主張するのだからそりゃあ日ユ同祖「教」
になりますよね。

日ユ同祖論(聖書が根拠)や、聖書思想と天皇崇拝という偽伝統を布教するのが神道カルト
=和風キリスト教


国学の言う純粋な神道は実在しません。

明治以前は、神道=和風道教or地方の民間信仰。
(聖書思想とも同祖論とも天皇崇拝と無関係)

明治以降は、神道(カルト)=和風キリスト教。
(聖書思想と同祖論と天皇崇拝が特徴。
名前がキリスト教臭い)


ちなみに、正典はカノン(Canon)と言います。
この名前あるいは似た名前の組織は「私はキリスト教に逆らいません」と宣言しているのでしょうね。キャノンとも読めますね。
そういえば、教典を聖典という神道カルト組織があります。

世界聖典普及協会という、生長の家系の法人とかね。
名前だけ見るとキリスト教組織にしか思えません。
しかも、和風キリスト教の「聖典」を普及させるこの協会(というより教会)は、元文部科学省所管


(帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月27日
ついったーってさ、超古代文明だろうが日ユ同祖論だろうが議論をして研究を深めましょうなんてできる場所じゃないって思った。なんつーか議論つーより揚げ足の取り合いで論争してたやつに共通して感じたものは、強烈な「信仰心」っすよ。耶蘇教の護教のための哲学の形を変えたものつーかそんな感じ。

日ユ同祖論って「論」つーより河豚計画のための「企画」だからねぇ。「論」なら反駁されて崩壊する可能性だってあるわけじゃない?あくまで仮説のモデルの ひとつなのにそれを妄信するとかそれが正しいというありきで議論をするのは研究じゃねえよ。耶蘇教の組織神学と同じなんだよねー。)



三浦國雄『風水 中国人のトポス』平凡社ライブラリー 1995、改訂版


日本書紀の創世神話=淮南子+三五歴紀。
『日本書紀』の天地創世は、三国時代の呉の徐整(じょせい)の『三五歷記』
と、『淮南子』天文訓の記事を合成したもの
。p.58-59

(本居宣長が発狂しそうな記述。
「古事記は違う!」って言いそう。
でも、古事記って日本書紀と似ていますよね?
神道家にとって道教と平田篤胤はアキレス腱
神道・惟神・天皇・神器は道教用語であり、神道用語ではないので本居宣長がやろうとした漢意を排除する試み(神仏分離!)は最初から破綻していますな。
本居宣長のキリスト教と親和性が高い思想を改悪した平田篤胤の神道=和風キリスト教。 
神道=和風に偽装する隠れキリシタンが名乗る宗教。                
 神道・惟神・天皇・神器は道教用語であり、神道用語ではないので漢意の排除は不可能。  
∵一般的な日本人が考えるカミ≒仏
。                       
子安宣邦『本居宣長』の読書メモ。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-84.html

日本書紀の創世神話=淮南子+三五歴紀
だとわかる秀逸な記事を引用↓

『淮南子』と『日本書紀』 ~天地開闢~。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5187/
“『有有者、言萬物摻落、根莖枝葉、青蔥苓蘢、萑蔰玄煌、蠉飛蠕動、蚑行噲息、可切循把握而有數量。有無者、視之不見其形、聽之不聞其聲、捫之不可得也、望 之不可極也、儲與扈冶、浩浩瀚瀚、不可隱儀揆度而通光耀者。有未始有有無者、包裹天地、陶冶萬物、大通混冥、深閎廣大、不可為外、析毫剖芒、不可為內、無 環堵之宇而生有無之根。有未始有夫未始有有無者、天地未剖、陰陽未判、四時未分、萬物未生、汪然平靜、寂然清澄、莫見其形、若光燿之間於無有、退而自失也、曰「予能有無、而未能無無也。及其為無無、至妙何從及此哉。』(『淮南子』俶真訓)
→「有」とは、万物が入り乱れ、根から枝葉まで生い茂り、まばゆいほどの花々が咲き誇り、虫たちは生き生きと飛び回り、息を弾ませながら歩くことなど、数 量を切り取ったり、手にとって確かめることのできることをいう。「無」とは、目を凝らしても何も見えず、耳を澄ましても何も聴こえず、掴み取ろうとしても 得ることがなく、考えてみても極まることがなく、もやもやとしていながら深く広く行き渡っていて、それを推し量ることもできないが、その輝きをもって通じ ている。「無の無」とは、天と地を包み、万物を育て、深く混沌とした闇の中にあり、果てしなく深く、広大なため、何者も外に出られず、毛を割いたりや刃先 を割るようでもあって、その内に入ることもできない。小さな空間であるにもかかわらず、「有」と「無」の根源を生じさせる。「無の無の無」とは、天地に未 だ形がなく、陰陽の氣も生まれず、春夏秋冬の季節の巡りもなく、万物も生まれておらず、静かにたたずんで、ひっそりとした清らかさがあり、その形は見えな い


『天墜未形、馮馮翼翼、洞洞濁濁、故曰太昭。道始生虚廓、虚廓生宇宙、宇宙生氣。氣有涯垠、清陽者薄靡而為天、重濁者凝滯而為地。清妙之合專易、重濁之凝竭難、故天先成而地後定。天地之襲精為陰陽、陰陽之專精為四時、四時之散精為萬物。積陽之熱氣生火、火氣之精者為日。積陰之寒氣為水、水氣之精者為月。日月之淫為精者為星辰、天受日月星辰、地受水潦塵埃。』(『淮南子』 天文訓)
→天地が未だ形とならない時、なにものかが、馮馮翼翼、洞洞濁濁として漂っていた。これを太始と名づけよう。太始は虚の空間を生じ、そこから宇宙が生ま れ、宇宙が気を生ぜしめた。いつからか気は清陽なものと、重濁のものとのに分かたれていき、清陽の気は天となって薄く広がり、重濁の気は地へと固まって いった。清陽の気は形を変えながらまとまりやすく、重濁は容易には固まり難い。故に、先に天が形成され、後に地が定まった。天地の襲精は陰陽となり、陰陽 のはたらきが互いに作用しだすと四季になり、四季のはたらきが万物を生み出した。積陽の気の熱が火を生じ、火気の精が太陽を生み出した。積陰の寒気は水を 生じ、水気の精が月を生み出した。月日のはたらきからあふれ出た精が星々となった。かくて天は日月星辰を、地は水と塵埃を受け持つこととなった。

参照:中国哲学書電子化計画 淮南子
http://ctext.org/huainanzi/zh


「この世界はいかにして始まったのか」という人類共通の命題のうち、「天地の始まり」についての『淮南子』の記述ですが、これが八百年以上の後に、海を渡って『日本書紀』の最初のことばとなります


古天地未剖、陰陽不分、渾沌如鶏子、溟滓而含牙。及其清陽者、薄靡而爲天、重濁者、淹滯而爲地、精妙之合搏易、重濁之凝竭難。故天先成而地後定。然後、神聖生其中焉。故曰、開闢之初、洲壞浮漂、譬猶游魚之浮水上也。于時、天地之中生一物。狀如葦牙。便化爲神。號國常立尊。次國狹槌尊。次豐斟渟尊。凡三神矣。乾道獨化。所以、成此純男。』(『日本書紀』巻第一 神代上)
→古の時、天と地は未だ分かれず、陰陽も分かれず、混沌として鶏の卵のようでありながら、ほのかに兆しが含まれていた。清陽なものはたなびいて天となり、 重濁なものはとどまって地となった。精妙な集まりは群がりやすく、重濁な集まりは固まりにくいので、天がまず定まり、後に地が定まった。しかる後に神聖な るものがその中に生まれた。故に、「開闢の始まりは、土地の浮かれ漂うことは、たとえるなら、游魚が水の上を浮かんでいるようだ」と言われる。このとき天 地の間に一つのものが生まれた。その様子は葦の芽が吹きだすようであり、すぐに神となられた。國常立尊(クニノトコタチノミコト)と言う。次に國狹槌尊 (クニノサツチノミコト)。次に豐斟渟尊(トヨクムヌノミコト)。すべてで三柱の神、乾のみで生まれたので、純粋な男の神となられた。

これでは「渾沌如鶏子、溟滓而含牙」という部分が抜けますね。

この空白部分は、三国志の時代の最後の頃、呉の国の徐整(じょせい)が記したとされる『三五歴記』から。


『《三五歷記》曰:未有天地之時、混沌狀如雞子、溟滓始牙、濛鴻滋萌、歲在攝提、元氣肇始。又曰、清輕者上為天、濁重者下為地、沖和氣者為人。故天地含精、萬物化生。』(『太平御覧』 天部一 元氣)
→『三五歷記』にいわく、天地がまだ存在しなかったとき、混沌は鶏の卵のようであり、ぼんやりと兆しが始まっており、...。

その後の、清いものが上に、濁ったものが下にとかも『日本書紀』と一致します。
後に道教で「盤古真人」や「元始天尊」とされる「盤古(ばんこ・Pangu)」の神話です。

以上をまとめると、こうなります。

日本書紀の創世神話=淮南子+三五歴紀_convert_20150814232248


『日本書紀』における「天地開闢の神話」なるものは、『淮南子』と『三五歴紀』のコピペで済みます。”)


・天を円、地を方とするのは最も根本的な中国人の天地観であった。p.65
(天は○
地は□。
前方後円墳は天地の和合ってことかな)

・洞天福地とは、名山勝地の奥深くに実在すると信じられた、神仙=永生者たちの棲む別天地のこと。p.84

・道教では「洞」が多く現われるが、由来は洞窟とするのが最も自然だろう。
初期道教では、俗界と隔絶され、原初の霊気が充満するこの聖なる場所が道士たちの修行の場であったからでもあろう。p.102-103

洞窟は典型的な結社のイニシエーションの場所。

Cave(洞穴)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/cave.html
”ポルフィリオスによれば、神殿がなかった頃は、すべて宗教的儀式は洞穴で行われれた、という[1]。洞穴は、全世界的に、母なる大地の子宮と同一視されていた。生誕と再生を象徴する場所としてはもっともな場所であった。エトルリアやローマの神殿は地下洞mundusの趣を特色としていた[2]。mundusは「大地」と「子宮」を意味した。同様に、サンスクリット語で聖所を表す語はgarbha-grhaで、「子宮」を意味した[3]。

ポルフィリオス(234?-305)
新プラトーン主義哲学者、学者、著作者。プローティーノスの伝記作者。キリスト教会に反対したために、結局、その著作のほとんどを破棄された。

 ヒンズー教の聖なる場所は、太母神の女陰を表す洞穴であった。聖なる隠れ家gompasは、最初、洞穴の中であることが多かった。”)

・道教経典が空洞から生じ、その力で天地日月が形成された
という記述が道教文献に登場する。p.106

“霊宝経に曰く、元始洞玄霊宝赤書五篇真文なるものは、元始の先、『空洞』の中より〔生ず〕。(…)二儀(天と地)これを待ちて以て分かれ、太陽これを待ちて以て明るく……”(『御覧巻六七三』)”p.106
※『』は本書における著者がつけたと思われる傍点の代役。


書物から世界が形成されるのが興味深い。
この世界を構成しているのは異端と正統と和風含むキリスト教神学の思想とシステム
だからね。
勇者vs魔王は茶番!
勇者の背後に魔王あり!
思想とシステム(本体)を倒さないと第二第三の魔王が現れる! 


道教ではこの天地=宇宙が一個の巨大洞窟としてもイメージされていたことは、渾天説をみれば明らかだと三浦さんはいう。この後漢の張衡(78‐139/科 学者)の説では、天は鶏の卵殻のように球形であり、地は卵黄のようにその内部に位置し、天は大きく地は小さいとする。天の表面・裏面には水があり、天と地 は気に支えられて定立し、水にのって運行している。天の半分は地上を覆い、半分は地下を囲んでいる。このため星座の二十八宿は半分が見え、半分が隠れて見 えない。天の両端には南極・北極の両極があり、天は極を軸として車のこしき(轂)のようにぐるぐる回転して端がない。天体はこの天に付随して日周運動をし ているという。ただ、この説では黄卵である地は今日の地球のようなイメージではなく地上と地下という二面を持つ存在であるらしい。 『老子』にも「元気は眇莽(びょうもう)の内、幽明の外において空洞を生ず。空洞の内に太無を生じ、太無変じて三気明けし」とある。混沌として無限に広が る宇宙の中にぽっかり洞窟状の空間が開くのである。
道教の経典にも「霊宝経に曰く、元始洞玄霊宝赤書五篇真文なるものは、元始の先、空洞の中より生ず」 (『御覧巻六七三』)とある。原初の混沌に現われるのは空洞に生ずる経典だというのだ。身体の洞窟性については「真人曰く、天の無はこれ空と謂い、山の無 はこれ洞と謂い、人の無はこれを房というなり。山の山腹の空虚、これを洞庭となし、人の頭中の空虚、これを洞房となす」(『紫陽真人内伝』)とある。”
壺中天の位相幾何学 part2 三浦國雄 『風水/中国人のトポス』
http://uedanobutaka.info/official/2014/07/10/%E5%A3%BA%E4%B8%AD%E5%A4%A9%E3%81%AE%E4%BD%8D%E7%9B%B8%E5%B9%BE%E4%BD%95%E5%AD%A6%E3%80%80part2%E3%80%80%E4%B8%89%E6%B5%A6%E5%9C%8B%E9%9B%84%E3%80%80%E3%80%8E%E9%A2%A8%E6%B0%B4%EF%BC%8F%E4%B8%AD/)

・中国の伝統的な死生観によれば、人間は形(肉体)と魂・魄によって構成されている。
魂魄は生命活動の根源。
魂=精神的
魄=肉体的
魂と魄は連続している。
形(肉体)と魂魄は連続している。
ヨーロッパの霊肉二元論的対立はない。
形・魂・魄はいずれも気(物質=エネルギー)から構成されており、純粋度の差に過ぎないからである。存在のレベルは異なるが本質的には同じなのである。
魄は形(肉体)と魂(精神)との間を揺れ動き、魂と結合(魂魄)するだけでなく、形とも親和(形魄)する。
人が死ぬと、この魂と魄の結合が解体し、
「魂気は天に帰り、形魄は地に帰」(『礼記』郊特牲)
り、天に昇った魂は神(シン)と呼ばれ、
地に降った魄は鬼(キ)と呼ばれる。
そして神(シン)=祖霊は天上にあって永生を保ち、子孫を守護する霊力を持ち、子孫のもとへ回帰して来ると信じられた。
鬼(キ)は帰(キ)であって、彼方へ去りゆく、肉体とともに消滅するもの(回帰してはならぬもの)として考えられ、誤ってこの世界に迷い込んできた鬼(キ)は鬼(ゆうれい)として恐れられた
。p.184-185

・中国的死生観は、
天上・地上・地下の三層で構成される。
他界といっても隔絶された異次元ではなく、地上と連続している。
仏教の地獄説に影響された道教の地獄にしても、あくまでこの地上における特定の場所である。
天上の祖霊は祭祀のときに宗廟の中の木主(位牌)に降りて来るし、
仙人はしばしば地上を来訪する。
地下の鬼(ゆうれい)も地上に出没する。
中国人は天上や地下の世界において、仏教の浄土や地獄のような、現世と様相を異にする具体的なイメージをほとんど思い描かなかった。
死が世界を三層に分かつとはいえ、中国人にとっては本来その三層の世界全体が一個の「地上」世界であって、そこ以外のいかなるところにも異世界を持とうとはしなかった

p.187-188


・中国の都市は、だいたい北に門がない。
悪い気=「煞(さつ=風水的な殺気のこと)」、
煞は殺という字の俗字で、殺気。これは北からまっすぐ都市へ侵入してくると言われる

だから、北京もここがない。



村手 さとし ‏@mkmogura 2013年6月30日
人はいつしか、大事なものほど安易に疑うようになり、身も知らない誰かの言葉を、ただ希望的かつ肯定的に信じるようになる。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月8日
ファンタジーなら俺はラノベやゲームだけでいいけど、この世はファンタジーをリアルだと言って詐欺る連中が世界を支配してる。おっとこれはラノベ好きのキモオタに朗報か?ファンタジーを捏造すれば世界を支配するクソゲーワールドの超魔王になれるのだから

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月10日
@kikuchi_8 こりゃ、グノーシスも含めたキリスト教自体が世界征服を企む伝説の勇者で、あらゆる諸学を極めた魔王が善人な見えまする(笑)でも実は魔王はグノーシスを含めたキリスト教を使って伝説の勇者に世界征服させてるのでしょう。キリスト教異端が沢山あるのもそのためなんです

菊池 ‏@kikuchi_8 4月10日
@lakudagoya 勇者の背後に魔王あり、なのですね。今の正統カトリック教義自体が数あるキリスト教教義の中から他を抹殺することで生き残ってきた一派ですね。抹殺された他派は秘教として西洋の地下水脈となる。この表の流れと裏の流れは表裏一体ですね。それが勇者と魔王でしょうか。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月10日
@kikuchi_8 そうなんですよ。勇者の背後に魔王ありです。で、実は魔王を倒そうとしてる勇者が実は魔王の道具としてデザインされた存在で勇者が戦えば戦うほど魔王がほくそえむ。FF3で勇者をたきつけたのは魔王の同窓生ってのが、ヒントなわけです。ラノベにしたいネタですね。

菊池 ‏@kikuchi_8 4月10日
@lakudagoya メーソン教義を盛り込んだというモーツァルトの魔笛のモチーフに通じるものがありますね。善と悪が入れ替わるというか。光の四戦士と闇の四戦士ですね。「闇の四戦士」が悪役という訳で無い所が子供向けとは思えない設定な気がします。魔王=ザンデ、でしたっけ?

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月10日
@kikuchi_8 その通りです。魔王ザンデについては私はギーターのクリシュナのように光と闇のバランスが崩れるときに出現して、大洪水と混乱=人間の間引きを行うのが救世主みたいな、メイソンの悪意のある解釈を感じますね。我は大いなる時とクリシュナはいいましたが、ザンデも時間を止める

菊池 ‏@kikuchi_8 4月10日
@lakudagoya おお、なるほど。「世の建替建直」だのアセンションだので言う「救世主」概念の原型をご教示頂いた気がします。大本教では、戦争や疫病で人がたくさん死ぬのは「神による大掃除」という気持ちの悪い残酷な神観があるようです。ネタ元を教えて頂いたように思います。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月10日
@kikuchi_8 これは西は黙示録からマフディー論、バガヴァッドギーターなどに繋がる終末論なのですよね。クリシュナちゃんもイエスも剣をもたらしたり、アルジュナちゃんに突撃しろとか命令したりえげつないですよ。シーア派の終末論ですら、多数派のシーア派ですら滅びるのです。

菊池 ‏@kikuchi_8 4月10日
@lakudagoya なるほど、ペルシャに源流を持つ終末思想の系譜なのですね。バガヴァッドギーターにも終末思想があるのですね。イエスが「我は剣をもたらすために来た」と言ったというのも、その辺に起源があったと。勉強になります。血と暴力をもたらす思想の系譜ですね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月10日
@kikuchi_8 そういうことです。だからこれこそが世界の神秘主義の真髄なわけですよ。時と救世主と破壊活動は。恐ろしいですね。

菊池 ‏@kikuchi_8 4月10日
@lakudagoya 確かにそれら全てセットですね。時を支配する者は絶対者を表し、絶対者が送り込む救世主は破壊をもたらす。この世界観的祖型は歴史的に何度も焼増しされ、何度も厄災をもたらしておりますね。破壊と暴力を根源的に止めるには思想を究明・批判する事が重要になりそうです。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月10日
@kikuchi_8 そうなんです。だから、この思想をどうにかしないと、いくらユダヤ人ガーと叫んでも意味ないのわかりますか? よくゲームやラノベでは高位の魔道士はギリシャ哲学的な意味でのヌースのような意志だけの存在になりますよね。この意志と思想が魔王の実態です。てめーはイデアか!

菊池 ‏@kikuchi_8 4月10日
@lakudagoya なるほど。「純粋な精神体」みたいなイメージですね。人間の世界は概念・観念の体系で規定されるので、ある観念の体系がある限り、それを保持する特定の個人や集団が滅びても、別にその観念体系を信奉する権力集団が出現すれば何度でも同じような事態が生じますね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月10日
@kikuchi_8 だからこそ魔王はこう言いますよね「私を倒しても第二第三の魔王が現れるだろう」と。

菊池 ‏@kikuchi_8 4月10日
@lakudagoya 魔王を生み出す知の体系が存在する限り、魔王は何度でも復活する、ということかもしれないですね。陰謀追求活動で思想的分析にも力を入れてきましたが、思想戦においては「魔王」を生み出し続ける「イデア」と闘っているのかもしれないです。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月10日
@kikuchi_8 そうなのですよ。イデアこそが本当の敵で、FF8にイデアさんという魔女がいましたっけ(笑)

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月24日
@alo353 インドの凄いヨーガの行者も知識と力は持ってますがそれは世俗から引くこととトレードオフだったりしますよね。もし凄い知識と知恵を備えた人を社会に送り出す場合、心変わりする危険性がないのでしょうか?絶望でもしたらそれこそ世界に害をなす魔王を生み出すことにもなりませんか?

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月24日
力の問題をどう扱うかほど結論が出ない問題はないな。智慧と力と知識を備えた高位魔道士は下手したら歩く狂気だもんな。ま、こんなこと履歴書の経歴や資格欄に書くものがないニートの俺には無縁なことだけどな。強大な知識と智慧と力を与える教育システムそのものが魔王を構造的に産んでしまうからな。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月29日
@INTERCEPTOR_24 @makeanovel プロレスのように、やつらの中核を叩いてないわけです。まーこの世界の魔王はヴォルデモートみたいに分霊箱を沢山確保してますので、滅ぼすのは難しいでしょう。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月29日
ねこたさんのネタ格言「魔法少女は絶望によって魔女となる。高位魔道師は絶望により魔王となる魔法教育から脱落したことによるコンプレックスから魔王になって社会に多大な迷惑をかける実例はアニメやラノベなので多数報告されてますので、そいつらが敗北感と疎外感を感じないように飼い殺すのも大事

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月29日
般若心経見れば、リア充おされ女子が求める価値観なぞ「空」であるで終了。仏教は、おされとか快適とか五感を満たすだけの価値観を激しく否定してる。これを見ると、リア充女子が如何にキリシタン教育に洗脳されてるかわかるだろう。世界を破壊する大魔王はキリシタン教育だ。これマジでな。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 4月30日
あと、ガン撲滅もマララちゃんも同じだけど、西洋は食生活を改善しないでガンの撲滅のために多額の金を費やしたり、女子教育についても、なぜそれが嫌がられるのとかそういうことを考えないで、原因を見ないで現れてきた結果だけまるで魔王退治のように滅ぼそうとしたり。因果の発想がないのよね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月2日
@FeydoTaitei @alo353 @sydneyminato 兵器には沢山のメンテナンスがいりますからね、その人を仲間にすれば活路はありそうですが、ロボだと言う事聞いてくれないので、アチラさんはゲームの魔王のように意思のないロボで動かす社会を夢見てるのか。なるほろ。

やっぱ思想戦ですよね。イルミアプリをアンインストールするかが決めてなのですし。ただ人いらなくて全部ロボになっちゃうと魔王が世界征服完了してしまいますもんね。ロボがロボをメンテナンスして永続的に回す仕組みできたら

それって魔王は単独でひとりだから、魔王が勝てる社会を作るためにはゴーレムや魔法ゾンビ生物が主な兵隊というファンタジーの話が現実ではITとか生産管理工学とかになると。人海戦術vs超効率厨戦術の戦い
なわけですね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月5日
「はたらく魔王さま」で最初魔王だからと殲滅しようとしてた勇者が、魔王の心情や境遇を理解して、最終的にお互い様だと仲良くなって平和になるってのは極めて仏教的な世界観だったんだな。マニさん戦術で日本文化破壊作戦に使われてるアニメですら、仏教的な残滓がリア充女子の世界より多く存在する

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月8日
@kikuchi_8 そうなんですよね、形而上学を絶対と信じてる人に論争を仕掛けられたら泥沼のまま平行線ですからね。仏教徒では魔王は悟りを邪魔する自分の心ですが、耶蘇教では悪魔ですし、形而上学の善悪がリアル世界の善悪より上なので善のためならどんなえげつない事もできる

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月13日
@alo353 @narukemist ありがとうございます。私は耶蘇教(異端もコミ)そのものが肉体を捨てたローマ帝国だと思ってます。魔王もそうですけど、魔王を生む教育体系及び思想、ローマ帝国ならシステムそのものが魔物なので、これを退治するのは大変ですよね。

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月13日
マルクス・アウレリウスの「自省録」って本当に涙がぽろぽろ落ちるほど素晴らしい本なのだ。この本を読んで、ストア派哲学って最高!と思って、人類皆兄弟の宇宙国家構想にまでかぶれたら、いや待て!思想のおそろしさは、かぶれたら欠点まで受容しちゃうことだよ。だから魔王はヌースのように精神体だ

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月13日
@knznymmmy うははは!大魔王プー閣下がいて、おいらたちの敵だったかも?てか、本気でガチスパイ御用達教会があるようですね。佐藤優の本にもありました

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月15日
おっはよーございまーす。イルミの問題点を思惟してましたら、素材さえあれば誰でもインスタントラーメンのよーに簡単とはいかないけど、それなりに作れるような気がしたねこたさんです。この世界を操ってる悪の魔道師を倒したかった勇者に憧れてた俺ですが、魔王が実態がない精神体とはショックです!

この世界を操ってる悪の魔道師=魔王と定義するのなら、条件さえ揃えば魔王を量産する事だって不可能じゃない。魔王が普通の犯罪者と違ってヤバイ理由は何 か?それは世界に迷惑をかけまくれるくらいヤバイ知識と技術を持ってるからだ。そして世界征服の元はなんだ?そうだ、思想だ。つまりだな。。。

その辺の中高生のDQNと違って、何で魔王がグレたら世界に迷惑がかかるんだろう?とゲームをやっていて考えてみた事はあるだろうか?一般人がグレたら、 ナイフ振り回したり暴走族したりするレベルの事が、何で魔王がグレたら世界中に迷惑かけまくるんだ?その原因はなんだろうと俺は考えた。

それは魔王が世界に迷惑をかけれるぐらいのヤバイ知識と技術を持ってるからだ。人を魅了して大軍団を結成する技術、世界を滅ぼすくらいの魔道技術、教会や 国王と違った新たな世界の秩序(何それN.W.O?)を作れるくらいの技術。そう、その知識と技術こそが魔王を一般人と違う危険人物にしてる。

つまりな、魔王のヤバさってのは詰めて考えたら、魔王個人の問題ではないんだよ。この意味わかるか?魔王をヤバくしてる原因はその知識と技術にある。だか ら同じ条件が揃えば、別の人に魔王と同じレベルの知識と技術を持たせて、そいつがグレたりでもしたら、また別の魔王が生まれるってことなんだよ


ここが勇者様への求人がなくならない本当の理由だ。まあ、普通の人はな、例えヤバイ技術持ってたとしても、グレて世界に迷惑かけようとはしないもんだ。で もな、ここにも盲点があって、もしもだよ、古代ローマのストア学派のような宇宙国家構想を持つ思想に魔王がかぶれてたとしたら・・・・・?

世界征服思想として利用されやすいストア派の思想はおいらでも、いんもー論コミュのみんなでもかぶれることはできる。しかしな、その思想にかぶれてたとし ても一般人は世界征服を実現するだけの知識と技術を持たない。そうだ、魔王は持ってるじゃないか。その知識と技術に思想が乗っかればいいだろ?

ここまで来たら魔王の実態がわかったか?魔王の実態というのは、そいつ個人じゃなくて、世界征服をしようという意思(とそれを支える思想としての論理)と 知識と技術の三位一体だ。あとは多少個人の資質に左右される部分があるが、シンプルに考えれば魔王を作る条件はこれだけで良いということ。

つまりだな、魔王を作れるくらい超高度な魔道師教育の体系と思想があればOKってことだ。悪意のある秘密結社が、誰か素質のある人をスカウトして、そいつ に超高度の魔道師教育を施しながら、教育とセットのようにして思想を注入すればOKってことだ。これで簡単に魔王の下ごしらえは終了

思想と超高度な魔道師教育体系が魔王を作るっていう、この世界の本質の話、ねここねこさん他一部の人にしかウケなかったなぁ。んん~

スピ系などのアーリア(笑)宗教では、ニャンゲンは魂を入れる器とゆー扱いで体は乗り物。魔王の知識と技術と意思こそが本体で、それがあればいくらでも再 生できるという意味だろう。ニャンゲンを自由意志を持たない器扱いするのがぬこたさんはとっても許せないのだ。これじゃロードスのカーラ
だよ!

@ANIMA_MYSTICA どうもどうも。AINさん陰謀論免疫ありましたよね。いやー面白いですよねぇ陰謀論。最近はイルミナティや魔王の量産の仕方を思惟したりしてました(笑)私は魔道師ネタに対しては宗教家ではなく、宗教学者のスタンスで行ってます。オカルトコミュでは理解されませんが

村手 さとし ‏@mkmogura 2013年2月9日
勇者が魔王を倒し世界に平和が訪れ…なかった。モンスター消え、店屋という社会構造は崩壊。町中が失業者と盗賊。ゴールドがない故のデフレ、その後ハイパーインフレ。世界は勇者を第2の魔王とする。そんな中モンスターを金で操っていた銀行家の正体が!RPGロス茶クエスト天空の銀行家。近日発売

村手 さとし ‏@mkmogura 6月29日
おお、勇者よ。本当に魔王を倒してしまうとは大人気ない。 武器防具屋は失業、道具屋は赤字操業で過当競争、宿屋は倒産、いたる城で徴税についての紛争が蜂起され、教会にはセーブをしに来る人もこないときている。 モンスターがなぜgoldを落とすのか、何が経済を回していたのか考えるがよい
12,114件のリツイート 6,926件のお気に入り

Shinohara Keisuke ‏@KomaTamaSent 6月30日
王様がそんなことばかり言ってると、勇者様が「ならばこの私が魔王となり、自分勝手な人間達にその愚かさを教えてやる…」とか言って魔王になっちゃうよ。親友に嵌められて、民衆に裏切られ、妻を寝取られて、あの世でわび続けろと言われた人みたく。 https://twitter.com/mkmogura/status/615509155265146880 …

(ライブアライブの中世編の主人公のこと)

村手 さとし ‏@mkmogura 6月30日
@KomaTamaSent それそのまま人類史の流れだよ。 キリスト教の国を作る→魔王となって壊す その悪魔崇拝者と言われる人達が、モンスター(gold=お金)の生産者だもん。フリーメーソン 脱亜論の福沢諭吉、新渡戸稲造とかも。 歴史上作った人、渋沢栄一とか。安倍の親戚も一万田

Baatarism/ちゃんぷるー ‏@baatarism 7月1日
@leonleon222 @mkmogura 勇者が魔王を倒した時こそ、王様の統治能力が問われますね。失敗したら、今度は人間同士の戦いになり、勇者が反乱軍の指導者になるでしょうw

村手 さとし ‏@mkmogura 7月2日
祝一万リツイート! 5000お気に入り。 まあ、自分としてはもっと面白いツイートが一杯あると思ってるんだがね。 それに魔王経済の話も、現実と同じで、誰が労働とマネーを同時に生み出すかであって、教会にセーブ=結婚式をわけわからずするのも同じだよね。 その理由を知ってほしい

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 7月2日
@mkmogura モグラ君おめでとう。魔王経済ってネタが好きですよね。魔王がハマスのような貧困層の社会インフラをやりだしたら?とか色々妄想できます。誰が労働とマネーを生み出すかって大事ですね。

村手 さとし ‏@mkmogura 7月3日
@kanamaruprime 魔王がいなくなるとモンスターがいなくなり、必然的に武器屋さんとかが失業、倒産で、醜い人間同士の争いになっちゃうよってこと。 それほど、お金の循環というものが社会の基盤であり、その役割をになってたのが、魔王とモンスターってことさ。

村手 さとし ‏@mkmogura 7月6日
@miyazo じゃあ、ひょっとして魔王って人間同士を戦わせないようにした、心やさしき人間だったのでは?

みやぞう@3日目西む-24b ‏@miyazo 7月6日
@mkmogura 憎まれ役を一手に引き受けた心優しき魔王……泣ける話しですな……(´;ω;`) そして真実に気付き、人間に絶望した勇者は魔王に……

村手 さとし ‏@mkmogura 8月3日
@pom08g 逆に問おう。 お金を作れる奴が魔王じゃなかった時はあるのかね? モンスター(労働)とお金は、常にセットで作られる。本当の意味での魔王を倒したことは、ゲームの中でさえ誰もいないのだよ

@pom08g 本当に倒すべきは魔王の「役割」ではなく、魔王とgold(銀行家)、王様(統治者)…教会みたいな、システムそのものであり、それは安倍晋三を倒せば日 本が良くなる理論と同じです。米国の外圧とかがあるわけで。裏の繋がってるシステム、そのものをもっと知る必要があるのです。

村手 さとし ‏@mkmogura 8月4日
わかりやすく例えたつもりだけど…。 大人気ないと言ったのは、王様であり、本音がぽろっと出ちゃったみたいな。 王様も魔王と同じ向こう側であり、魔王と銀行家と連携した統治者として、持ちつ持たれつの関係を作ってるということだぁ! 魔王を倒すこと自体を、俺は大人気ないとは言ってない。

フェイド大帝 ‏@FeydoTaitei 9月25日
シムシティみたいに余りにも政治が
悪い場合、住民が一丸となって
一斉引越しが最強だと思ってたりする。

まぁ、サラリーマンの場合どの道 税金取られる
からダメか。(笑)

sola ‏@sola_n67 2014年5月29日
肉の日なので肉食う。すき家でストはデマだったが大量離職は資本に対する攻撃の一つか。江戸時代の挑散も一つの闘争形態だったように。共感したら消費者の不買運動で包囲せよ。ファストフード資本に鉄槌を!

漢字間違えてた。挑散でなく逃散です。ちょうさんです。カムイ伝でも描かれている。

fdisk mitsuher ‏@fdisk_mitsuher 2014年5月4日
日本にも、自治体(はん)が国を引越しする事は、よくありました、昔ながらの事。都(首都)も、よく引越してますよ。酷い(むごい)政治から、村や町(政治家と役人)を捨てて逃げる(避難)する事を、挑散(ちょうさん)と言うよ。殿様は禁止したり、処刑もしていたんだ。民を守らない県は捨てられる

fdisk mitsuher ‏@fdisk_mitsuher 2014年5月9日
『挑散』ちょうさん。Exodus。信用できる自治体へ子供と移籍。昔から、藩(県)が国替え、引越しをする事は、よくあった、昔ながらの事で。都(首都)も、よく引越してるよ。

オギョモ ‏@ogyomo 2012年10月18日
逃散、いいですね。立ち向かって潰されるくらいなら逃げてシステムを機能不全にして要求を通す、といった感じでしょうか。 RT @Ryohei_TMD: マルチイシューの「平成大一揆」よりも「平成大挑散」の方がよくねえだか?

木葉功一 ‏@kibakoichi 2011年11月10日
次の地震が来るまでに出来ること。
①引っ越し(=逃散)>住民を無視する自治体に税金を払わない。動けなければふるさと納税(ただし、ふるさとの政策を要チェック)
②メガバンクから預金を引き出す・口座を閉める・ローンを移動する。
③汚染食品をスーパーで買わない>面倒でも調べて通販買い


土谷享 ‏@kosuge116 2011年5月17日
東京葛飾。4歳の息子は毎日保育園で飲んでいる。0歳の娘ももうすぐ牛乳が出されるそうだ。やばいな。。。早く引っ越しの準備だな。逃散!@mistress_mimi @driedwild 雪印メグミルク「農協牛乳」富里工場のものは、福島の原乳も多くミックスしています。

理玖 ‏@rikyu_kn 5月17日
現在の40代以下の世代にできる改革は引っ越ししかない。老人のいない街へ引っ越すしかないだろう。言わば夜逃げである。逃散である。

盛田くじら ‏@moritakujira 2014年8月1日
金融の融は融通の融、融通は仏教用語で華厳経の融通無碍、とどこおりなく流れるさま、寺社が勧進や賽銭で救民やってたのが中世に入って貨幣制度が生まれて10〜20人くらいの貯蓄プールを作るようになったのが講・無尽・模合の始まりで山梨や沖縄や岩手はまだ「講払い」が効く地域も残ってるそうです

タノモシ(頼母子)の仕方
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1356/kuru/tanomosi.html
“ 頼母子講は、実際にはいろんなバリエーションがありますが、以下は教えて貰った、現在も行われているものです。

0.まずベースになるのは、集団型の積み立て貯金です。たとえば、10人のメンバーが集まり、一ヶ月に5万円を1年間(12ヶ月)行うとしましょう。
 つまり一月分として50万円のお金が集まり、最後には600万円のお金が集まることになる訳です。積み立てが満期になれば、それをまた10人のメンバーで分配し、つまり各人が60万づつ手にする訳です。

1.ところで積み立てが満期になるまで待てない人がいます。至急にお金が必要な訳です。
 毎月の積み立てには、メンバーがお金を持って集まります。これには理由があります。毎月の集まりでは「入札」を行います。その月にお金が必要な人は複数いるかもしれません。メンバーは各自、様々な状況を考えた上で、5万円以下の金額を書き込んだ札を箱に入れます。もっとも低い金額(ここでは、例えば4万5千円としましょう)を書き込んだ人が、その月集まったお金をすべて借りることができます。
 今、「落札額」となった4万5千円は、今月の各メンバーの積み立て金額となります。従って、今の場合は、10人が4万5千円を出し合い、集まった計45万円が、入札した人のところへ貸し出されるのです。

2.しかし、その月に集められるはずの金額は10人分で50万円でした。したがって、45万円を借りた人は、期日までに50万円を返さなければなりません。どれだけを借りても(借り入れ金額は落札額に左右されます)、返済額は50万円です。より低い金額を書けば、落札しやすくなりますが、手にする金額も減少します。加えて返済額は一定ですから、返済のために補充すべき金額が上がり、結果としてより高い利子で借りるのと同じ事になるのです。

3.一方、落札者以外のメンバーは、本来なら5万円払わなければならないところ、より低い額を出せば済んでしまうのです。そうして、満期になれば、手元に戻ってくる額60万円は変わりません。つまり、至急お金が必要な人が毎月いればその分積み立て額が減り(たとえば4万5千円の落札額なら5000円が儲かりました)、戻ってくるお金は変わらないわけで、より高い金利がついたのと同じになります。

4.借り手は、高利ではあるが、審査も面倒な手続きなくすぐに借りられるメリットがあります。どうしてもその月にお金が必要な人は、あらかじめ落札しそうな額を講の主宰者(講元、親)と打ち合わせておくこともできます。積み立てる側のメリットはもちろん、高い利息です。営利目的といっていいギスギスしたものもありますが、満期にメンバーで旅行に行ったりゴルフに行ったりする親善目的のものもあります。

5.もちろんお金を借りた落札者が返済しないというリスクはあります。その場合は講元の責任で肩代わりします。もちろん、講の主宰者(親)はそうならないようなメンバーを選びます。借り手と貸し手が同じグループに属することが、持ち逃げのリスクを下げているかもしれません。またタノモシは普通、濃い人間関係(しばしば血縁関係)の間でメンバーが選ばれます(だから誘われたら断りにくい)。普段からの信用の問題と、裏切ったときの犠牲が大きいこと、加えて逃げてもどこへ取り立てに行けばいいのか、立ち回り先はどこかが、その人間関係から明らかになるので、これまたリスクを下げます。

6.したがって講元には、財力やリーダーシップなどが問われます。地域や一族の有力者がなることが多いゆえんです


7.複数の、時に非常におおくのタノモシに参加している人もいます(大阪のまちのタノモシに参加するために、毎月通っていたりします)。家を買うためであったり、財産を作るためだったり目的はさまざまですが、かなりの活用ぶりです。平均的な預金金額を遙かに上回る金額を、タノモシで運用しているのです。全体的に見ても、かなりの繁盛ぶりです。

8.プロの金融屋さんが事業に失敗して、参加していたタノモシから借りた金を返せず、タノモシから追いかけられている人までいます。プロも裸足で逃げ出すタノモシです。 ”

fukuebisu ‏@fukuebisu_tao 2月8日
『「馬」の文化と「船」の文化‥‥古代日本と中国文化』福永光司著 (人文書院1996年刊) 神僊・楼閣・渦巻文 1‥神僊信仰から道教教理の形成へ p159 ・騎馬民族と儒教と倭人 中国の儒教あるいは騎馬民族は左より右を尊びます。それに対して初期の道教では左が右より上位とされ→
→それに対して初期の道教では左が右より上位とされ、
養老令の職員令では左大臣が右大臣より上になっています

私は1992年の9月に天台斬の国清寺(こくせいじ)を訪ねましたが、天台山のお坊さんたちも左襟を上にした着物の着方をしていました。→
→ 私の郷里の宇佐八幡の三つの御殿も、一の御殿が一番右になっていますが、これは騎馬民族の文化で、海原の文化ではその反対の左が上位です。
関西では伝統的にお雛様も女性が上位で左になっていました。関西特に大阪は海原の文化、全国的に「船」の文化が基調です→
→p160 中国の文化は、西暦前2世紀の中頃に書かれた『淮南子』という書物に南船北馬という考え方が見えていて、北の方の民族を代表する胡人は馬に巧みだ、南の方の民族を代表する越人は船に巧みだという文化類型を記述していますが、→

→その南船と北馬の文化が次々に日本に入ってきます。
私が最近いろいろな出版物で書いているように、古事記神話は全体として「船」の文化を基調としており、「お日さま」すなわち天照大御神は女性とされています。→

→(*古事記神話は全体として「船」の文化を基調としており、「お日さま」すなわち天照大御神は女性‥)それに対して、北の方の騎馬民族にとっては太陽が女性だというのはとんでもないことで、『易』の哲学では太陽ははっきり男性ですから、儒教や騎馬民族でも「お日さま」は明確に男性です。→

→(*アマテラスは)しかし『古事記』や『日本書紀』でははっきり女性となっていますし、沖縄の『おもしろそうし』の創生神話の中でも、お日さまはテダコオオヌシ(天道子大主)、つまり女性になっているわけです(「大王」は皇帝の姑・おば)。→

→私は最近、中国南の海岸地区をずっと学術調査してきましたが、福建省から浙江省の海岸地区、温州みかんの温州から寧波(にんぽー)のあたりに住む少数民族もそうでした。→

→戦争中から終戦後もマカオから広東、汕頭の海岸地区にいて、いわゆる蚤民(たんみん)と呼ばれる水上生活の少数民族と親しく付き合う体験を持ちましたが、彼らの中には、お日さまを女性と考え、左を右よりも上位だとし、七五三行事のように偶数より奇数を重んじる人々が確かに存在していました。→

→ところが儒教の文化は対の文化です。騎馬民族国家では、2頭建ての馬車、4頭建ての馬車が基本です。騎馬民族の文化と結合した儒教の文化は右が上位ですから、右を上位とする支配階級のいうことを聞かないものは「あいつは左巻だ」と言われます。→

→儒教の立場からは左を邪としますが、南の方の「船」の文化を代表する『老子』第31章の中では、「君子、居ればすなわち左を貴ぶ」教養ある人間は日常生活の中で左上位の生活をすると、全く儒教と反対
のことを言っています。→

しかし、日本の関西とくに大阪を中心にした「船」の文化、海原の文化では、お日様もお日様の赤い色も女性です。NHKの紅白歌合戦も、紅といえばはっきりと女性ですから、『古事記』の天照大神と同じで、「船」の文化が根付いているわけです。→

日本は5世紀の応神天皇の頃までは圧倒的に海軍の強い国でした。神武東征も代表的な「船」の文化で武装船団で瀬戸内海から熊野に上陸し、吉野を越えて樫原で即位したとされていますが、『古事記』の記述によるかぎり、神武天皇はまぎれもない西からのボートピープルです。→

→古事記神話全体の構成も、天つ神と国つ神と海の神(わだつみのかみ)は、道教の天と地と水の「三官」の哲学原理をそのまま使っています。人間の生命の起源も死後に赴く世界とされている「根の国」、「妣の国」、「常世」もみな『老子』の哲学ないし初期の道教の宗教哲学に基づいて説明
されています→

→。『春秋秋穀梁伝』(哀公13年)という儒教古典の中では、呉の国は野蛮な夷狄の国だと書かれていますが、その呉の国の文化が朝鮮経由で、あるいはストレートとに日本列島にやってきて日本文化の基層的な部分を構成していることは間違いありません。→

→ それを最もよく証明するのが、9世紀の初めに書かれた『新撰姓氏録』という当時の渡来人たちの戸籍調べをした書物の諸蕃「漢」部(中国からやってきたと申告した渡来人たちの略歴を記した部分)です。→

→この『新撰姓氏録』によると、古くから外国とくに中国の呉越の地区から渡来した医師を初めとする各種の技術者たちが持ってきた文化によって、日本文化の基層が構成されている面が非常に多い
と見られます。→

怒れる不動明王 ‏@goubuku_fudou 1月26日
上山春平は、国学の見方で古代の日本をみると、ラッキョウの皮をむくように日本独自の文化とか思想はなくなると指摘する。古事記や日本書紀などの全てにわたり中国の道教やら儒教やら、さらには仏教などの思想がある事を指摘した。日本の稲作文化そのものが中国から渡来した事実を無視してると指摘した

fukuebisu ‏@fukuebisu_tao 1月15日
『道教と日本思想』福永光司著‥Ⅲ 天皇と真人p118 ・『古事記』序文の「混元」 次に第五の点。これは中国古代における「天皇と真人」、つまり神仙道教が、日本の古代史の文献資料の中に痕跡を止めている、あるいは影響関係を持つという事実を広い視野から検討して傍証にしようというものです→

→『古事記』の序文は元明天皇の和銅5年(712)に書かれていますが、元正天皇の養老4年(720)に成ったという『日本書紀』の書き始めの部分と共に、これまでの学者もすでに指摘していることですが、まったく中国の神仙道教の哲学を下敷きにして書かれています→

→ 例えば『古事記』の序文を見ますと、「それ混元すでにこり」と、しょっぱなからこういう記述が出てくる。「混元」という言葉は、「天皇」「真人」「紫宮」と関連して、2世紀、後漢の天文学者でもあり、思想家であり、文学者である張衡


→(*「混元」という言葉は、2世紀の張衡)(ちょうこう)という人の文章の中にすでに見えています。(「混元」という言葉と同じ意味である「渾元」という言葉は、もう少し早く、2世紀初めの班固の文章あたりから見えています)。→

p119→ 張衡という人は、天上の神仙界を本当に信じていたかどうかは別として、その世界への憧れを「玄」の世界を思慕する賦(うた)、『思玄賦』という文学作品の中で詳細に述べています。→

→ 彼(*張衡)は「天皇」という言葉、また「紫宮」という言葉もそのまま使って
「天上に天皇が元首として紫宮に住む神仙の世界がある。その世界に行けば、肉体を持ったままの永遠の生命を実現することができて、→

→(*天皇が元首として紫宮に住む天上の神仙の世界へいけば)恒久普遍の平和と絶対的な自由とを楽しむことができる。このような神仙世界に比べて現実の人間世界は、なんという苦悩と悲哀に満ちた不自由な世界であろうか」→

→ という嘆きを、長編の賦としてつづったものが彼の『思玄賦』です。そして、その張衡が、世界の成り立ちを論ずる文章(『応間』)の中で用いているのが「混元」という言葉です。→

→ところが、この「混元」という言葉の神仙道教の哲学における重要性さえ今まではほとんど注目されていません。近頃の『古事記』の注釈書などを見ても、通りいっぺんの説明しか加えられていません。しかし、この言葉は、中国の思想史では大変重要な意味を持つのです→

→本来は『老子』の宇宙生成論から出たもので、それが西暦紀元前後の段階では『易』の宇宙生成論とも結びつけられて、『老子』の哲学と『易』の哲学とのコンバインされた、のちの道教の宗教哲学の基礎理論をなす形而上学を生み、その形而上学の基軸をなす言葉が、→

→この「混元」
なのです。→

p120→ ちなみに、道教の宗教哲学では、「混元」とは、「事を混沌の前に記すなり」、「道は混然として是れ元気を生ず。元気成りて然る後に太極あり。太極はすなわち天地の母、道の奥なり」(陶弘景『真誥』) などというように使われています。→

→『古事記』序の文章が、道教のこの「混元」という言葉をふまえていることは、全く疑いの余地がありません。

p120→ ・神仙道教と書記・祝詞 ‥
『日本書紀』の場合も(*『古事記』と)同じです。そこで使われているのは、前2世紀に書かれた道家の文献『淮南子』です。→

→ 儒家の文献『論語』や『孟子』と違って、『淮南子』は最初からこの世界がどうしてできたのか、天地開闢はどのようにして行われたのか、といったようなことを問題にし、また説明しています。→

→この世界が初めになんであったのか、この世界は一体どうして始まったのかというようなことを初めて問題提起したのは、中国の思想史では、老荘道家の哲学です。→

→それを受けて『淮南子』もまた、この世界の始まりを問題にしているわけです。『淮南子』では世界の始まりを「元気」という言葉で説明していますが、それは先に引いた「混然たる元気」の「元気」であり、「混元」と同じ意味です。→

p121→ この『淮南子』の文章と、『淮南子』を解釈し発展させた3世紀の学者*徐整という人の天文歴数学を中心とした宇宙生成論『暦紀』。それをさらに宗教化し神秘化し、南方の土俗信仰をも取り入れた『枕中書』という書物。→

→そう言った書物の記述を下敷きにして、重要なところでは、例えば「元気」という言葉を「混元」と言い換えるとか、そういう作業で、『古事記』の序文や『日本書紀』の神代の巻が書かれていることは間違いないし、おそらくそれを書いたのは、当時帰化人

→(*『古事記』の序文や『日本書紀』の神代の巻を書いたのは帰化人)と呼ばれていた一群のインテリであったと推測されます。そして初めに申しました、天武天皇の神仙道教に対する関心と、記紀のこのような記述との間にも密接な関連を考えていいように思います。→

→ つぎに記紀と関連して、日本古代の「祝詞」の中にも、生々しい形で中国古代の神仙道教の痕跡が見られます。これはおそらくではなく、確実な事実として、渡来人によって日本に持ち込まれてきて、宮廷の儀式の中で呪術宗教的な役割を果たしています
。→

→すなわち、『延喜式』に載せる「東西(やまとかわち)の文(あや)の忌寸部の横刀(たち)を献(たてま)つる時の呪(じゅ)」がそれです。→


→「謹みて皇天上皇、三極大君、日月星辰、八方の諸神、司命と司籍、左は東王父、右は西王母、五方の五帝、四時の四気を請い、捧ぐるに碌人を以ってし、禍災を除かんことを請う。→

→捧ぐるに金刀を以ってし、帝祚を延ばさんことをこう。呪して曰く、東は扶桑に至り、西は虞淵(ぐえん)に至り南は炎光に至り北は弱水に至れり千の城、百の国、精(よ)く治まること萬歳萬歳萬歳なれ」→

p122→この祝詞については、『養老令』の神祇令の中に「東西の文部、祓刀を上り、祓詞を読む」とあり、また『続日本紀』の文武天皇大宝2年(702)の12月の条にも、大祓の時に東西の文部が祝詞を奏上したと記されています。→

→ 全文を掲げました『延喜式』の祝詞の文章は、完全に中国の神仙道教です。
 朝鮮から持ってこられた道教の呪文の言葉を、6月と12月の大祓の儀式の時に、*東西文部(やまとかわちのあやべ)の渡来人たちがやる
というのが面白いと思います。→

→そしてこのことは、中国古代の神仙道教的なものが、どういうコースで日本へ入ってきたかということを、具体的に示しているものと見られますが、天皇と真人の問題を考える場合にも重要な意味を持つのです。

fukuebisu ‏@fukuebisu_tao 1月10日
@fukuebisu_tao →「参神は造化の首(はじめ)を作す」と照合するとき、『古事記』本文の「天地初めて発(ひら)けし時‥この三柱の神々云々」の記述が、道教神学教理書『自然九天生神章経』の類を念頭において書いたものであることは、断定してほぼ誤りでないであろう。(*断定!)→


源統隱士 休齋 ‏@minamoto33 2013年9月17日
古事記、日本書紀が道教に影響されている事は昔から指摘されているが、まさに天武天皇は道教好きで知られ、当時文化の輸入元である唐王朝は上清派(茅山派)道士(道教の方士)が帝室に取り入り唐の国教だった。#神道 #道教


怒れる不動明王 ‏@goubuku_fudou 2013年11月4日
日本の天皇という名称は道教の神であることを知っている人はどれだけいるのだろうか?この事実は、国学が仏教や儒教という海外から来たものを排除し、日本独自のものを探していきついた古事記という天皇崇拝のバカな考えをあざ笑う事実だ。この国に独自の文明など何もない。全ては西から移入してきた

fukuebisu ‏@fukuebisu_tao 3月18日
「八紘一宇」がトピックらしいので‥福永光司先生著作からの抜き書き‥ (3)『道教と古代日本』(人文書院刊) p112~131明日香と道教(対談)‥福永光司 vs 横田健一 →
→福永:
道教では、亡くなった身分の高い人は朱宮(朱火宮)と云うところへ行きまして、神仙となるための特訓を受けるのですが、この朱宮が朱雀(朱鳥)門の延長線上すなわち、真南の方向にあります。生前の天皇の住居は紫の宮(紫宸殿)です。紫宸殿の呼び名は、→

→(*紫宸殿の呼び名は‥)藤原京ではまだ出ておりませんが、皇居の構造そのものが中国をまねており、それが道教の宗教哲学を下敷きにしていることは明白ですから、藤原宮も(*古代中国の)道教の皇居の図式があてはまるはずです。→

宮の真南に皇族の墓が並ぶと云うのは、それが、死者たちの特訓を受けている朱宮であって朱宮の真南の線が意識されているに違いないと云うのが私の解釈です。
横田:聖なるラインとともに、聖なる形と云いますかたかみくら(天子の玉座)の八角形を模した八角形墳は→
→横田:
聖なるラインとともに、聖なる形と云いますかたかみくら(天子の玉座)の八角形を模した八角形墳は、天皇クラスの人の墳墓と云われていますが‥。

福永:
8と云う数字も八角の形も、道教と関係があるように思います。→
→福永:8と云う数字も八角の形も、道教と関係があるように思います。八角形の建物(これを大元宮と呼びます。京都の吉田神社の奥にある大元宮も道教からとったものです)に、八百万の神々が集うと云うお祭りがあり‥→
→(古代中国道教と関係する)太安万侶の書いた『古事記』の序文に「‥天統を得て、八荒(傍点あり)を包む」とある「八荒」は、『日本書紀』神武紀の「悪行を掩ひ宇(家)となす」の「八紘」と同じで、後に八紘一宇となりますが、これが天皇の政治理想とされています→
→八紘一宇は戦争中、軍部に利用されたので評判が悪くなりましたが、(*古代中国道教や『記・紀』が書かれた頃のこの島国では)八角形は全宇宙空間を象徴し、その中心が天皇の座を示します。→
→横田:聖なるライン上にぴたっと来る天武・持統陵は八角形墳墓ですね、束明神古墳も八角形と云う説が出ていますが、八角形墳は天皇クラスの墳と云う考えとうまく結びつきますね。
福永:それに、何よりもまず、「天皇」と云う称号そのものが道教の言葉ですよね。→
→福永:それに、何よりもまず、「天皇」と云う称号そのものが道教の言葉ですよね
。古代の中国人は、馬王堆漢墓出土の西漢帛画がはっきり示しているように全宇宙を三つの世界、天界(神界)と人界と他界(黄泉)‥の三部世界と考え、‥→
→(*古代の中国人は全宇宙を三部世界と考え‥)天界(神界)に住む最高神が天皇大帝とよばれます。フルネームは「天皇大帝」ですが、漢代に書かれた張衡の『思玄賦』にあるように、天皇(てんこう)と普通呼ばれています。→
→天皇(*天皇大帝)の下には百二十官(『礼記』王制篇にもとずく)曹府、また「仙界27品」と呼ばれる神仙世界の高級官僚(聖9品)、中級官僚(真9品)下級官僚(仙九品)の官僚組織があります。(‥以下続く)
(*この項完了)

長い記事を読んでくれてありがとう。
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