読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

05 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

結社シンボル集。丸に十字、丸内に△、△内に丸、一つ目、オシリスごっこ、六芒星、人工芝の拳、☆帽子のツバくにゃ∞、フリギア帽、オリオンの三ツ星、APSとメーソンメンバー、聖書の6、33、11、18、117、23がらみの個所など。 

引用に許可がいるのか知りたい方々がいらっしゃるので明記しておきます。
本ブログからの引用だと明記なさるならば、無断でも転載OKです。
そのサイトがYES教の正統派だろうが、異端派ゴッド道カノレト123だろうが、自らに由る明ソンだろうが、大三元タオ卍だろうがかまいませんが、
これらを否定する本ブログの記事を乗せるのはまずくないですか?

私はコメント欄を全然見ませんし、返事はしない方針ですのであしからず。
最近(2017.6.20)見たのですが、まともなコメント、コメントというより単なる罵詈雑言などいろいろですね。
教祖を殺した処刑器具を崇める宗教の陰謀と悪事を否定したいならあなたの主観ではなく、客観的データをお願いします。


なお、返事みたいな記事を書くことはあります。

はい、


を行ってからもう一度お読みください!


結社シンボル集。丸に十字、丸内に△、△内に丸、一つ目、人工芝の拳、☆帽子のツバくにゃ∞、フリギア帽、オリオンの三ツ星、APSメンバーシリーズ、聖書の6、33、11、18がらみの個所シリーズ。
他の記事にもあるよ。一部紹介。
タイトルの意味を全てわかる人はあまりいないだろう。


666はこちら。

666はソロモンのシンボル!666の解釈集。太陽神、イスラムの数秘術、
ギリシア式民主主義、新プラトン主義説。悪魔という解釈はデマなので無視。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-192.html

聖書の重要数字がらみの個所

Jesus loves you!‏ @Jesuslo53805961 5月25日
神である主の御告げ
わたしは
決して
悪者の死を喜ばない
かえって
悪者が
その態度を
悔い改めて
生きることを
喜ぶ
悔い改めよ
悪の道から立ち返れ

エゼキエル書33:11

キリスト道を走り通すε=┌(。・ρ・)┘‏ @qAl6dsL2hfiSQsY 2016年10月20日

彼らに言いなさい。わたしは生きている、と主なる神は言われる。わたしは悪人が死ぬのを喜ばない。むしろ、悪人がその道から立ち帰って生きることを喜ぶ。立ち帰れ、立ち帰れ、お前たちの悪しき道から。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。
(エゼキエル書33:11)


catholic_bot‏ @catholic_bot 3月15日

わたしは決して悪人の死を喜ばない。むしろ悪人がその道から立ち返り、命を得ることを喜ぶ。立ち返れ。お前たちの悪い道から立ち返れ。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死のうとするのか。(エゼキエル書33:11)

The Word of God‏ @lw4vr 3月2日
詩編 117:1-2 すべての国よ、主を賛美せよ。
すべての民よ、主をほめたたえよ。
主の慈しみとまことはとこしえに
わたしたちを超えて力強い。ハレルヤ。




 シンボル












ナルケミスト‏ @narukemist 2016年9月15日
バイエルっつーと、緑十字の薬害エイズも懐かしいね。
















くわしくはこちらhttp://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-201.html










峨骨‏ @Chimaera925 18時間18時間前
へぇ、町田も丸に以下略








丸に×









磔られたキリストが殺されしオシリスのポーズと同じポーズ!
(鍵アカ
“ほう。殺されしオシリスか。
わたしゃね、ブログで十字架なんてものは存在しないし
そもそも聖書だって最初は
樹木を使った絞首刑と書いている
それを後出しジャンケンで
十字架十字架言い出しただけって
書いたじゃん?
絞首刑から十字架に移行する理由の1つが
「殺されしオシリス」ね
だって絞首刑なら手は垂らしてるはずだろ?
杭やT字架や十字架にスリ変えるにしても
手を垂らしたままにしようと思えばできるのさ

しかし「なぜか」手は釘に打たれたことにしちゃった
(できるわきゃねえのにね)

さあ、「なぜだ?」


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%B9 …
オシリス(Osiris)は、古代エジプト神話の神
イシス、ネフティス、セトの4兄弟の長兄
王冠をかぶり、体をミイラとして包帯で巻かれて王座に座る男性の姿で描かれる

ほーう???

前も書いたよな?
「茨の冠」はキリストのシンボルだって
オシリス君もイエス君も冠属性があるんだってさ
体を包帯でってのは聖骸布か
王座に座るってのもキリストのキャラ属性のひとつだな

お前らバカだからキリストガーとか言ってても
キャラ属性なんか十字架ぐらいしか知らねえだろ

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
我はその獨子、我等の主イエスキリストを信ず。
即ち聖靈によりて胎られ、処女マリヤより生れ、
ポンテオピラトのもとに苦を受け、十字架につけられ、死して葬られ、
陰府に下り第三日に死者のうちより蘇り、天に昇りて、
全能の父なる神の右に座し給へり以下略


使徒信条だ
よく覚えておけ

更にWIKIより
>民に小麦の栽培法やパン及びワインの作り方を教え、
ほうほう。例えば汲んできた水をワインに変える方法とかか?

>法律を作って広めることにより人々の絶大な支持を得た
それは新しい律法と呼ばれたりはしないのか?

>これを妬んだ弟のセトに謀殺された。
ほう。こいつがユダか

んで肌が緑で謎の杖を持ってる件
緑は偽りの救世主のテーマカラー
そして羊飼いの杖ってのは注目ポイント

で、ヨメが妹でもあるイシスか
しかもおセックス無しでホルスを産んだ、とw

なかなかくっせえ属性じゃんか”

プライベートじゃないしそのうちこの人のブログ記事にも出るだろうから載せる)


メーソンの一つ目はへそ=親方の目? 
となると公表されていないサインはへそ周りにサインする?
手をあたりに置いたりへそを指さすとか? 
タロットは反カトリックであり解説書も反カトリック。 
タロットもトランプも両方イスラム化したエジプト起源!
またイスラム起源かよー欧州起源だと勘違いさせる印象操作かよ
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-147.html
“・17 星
マルセイユ版

ノブレ版では描かれている女性が両性具有的だと指摘されている。
中性ギルドの職業哲学でも最も高い親方の位階を示すものが星であると伝えられている。

ドダル版では石工(メイソン)のギルドの伝統の表れとして女性のへその部分に目が描かれていること、彼女の片目がまっすぐ私たちのほうを見ているのにもう一方の目は横向きに描かれている。
石工は石の使い方が腹でわかるようになるよう教え込まれる。
腹で感じる鋭敏な感覚は「親方の目」と呼ばれ、磁石のように石と腹がひきつけ合ったり反発しあったりすることでその石を建物のどこにどのように用いればよいかを感知する力。

(メーソンのあの一つ目って親方の目?
カモワン版にもへそが目。
星=神。
そういえばストア派はお花畑思想ならぬお星さま思想)













































   APS、メーソンメンバー

ぐだトマト‏ @pteras14 6月3日

因みにアメ公のモースもAPS会員な!
ピケティ、リサ・ランドール、
湯川秀樹、江崎玲於奈達と同じね。

つーか、1ドル紙幣をデザインした
野郎もAPS会員なんだから、マトモな
団体じゃないって事ぐらい常識で
分かるだろう?w

0件の返信 7件のリツイート 5 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 5月31日

湯川はAPSの会員だったからだよ。
0件の返信 3件のリツイート 4 いいね

灯さんと他2人さんがいいねしました
ぐだトマト‏ @pteras14 3月25日

APSは現代でも残ってる組織だが
米国哲学協会なのに哲学者以外も
沢山入会してて何と江崎玲於奈まで
の歴代ノーベル物理学賞受賞者が
全員入信してるw

流行ったリサ・ランドールや
ピケティも入信してるよ。
DNAのワトソン君もね。

https://www.amphilsoc.org/

0件の返信 3件のリツイート 7 いいね

燈火さんと他1人さんがいいねしました
ぐだトマト‏ @pteras14 3月25日

現在のドル紙幣の三角目玉をデザイン
したのがシミティエール。
こいつはメイソンではないという
話だが、メイソンのGMだった
ベンジャミン・フランクリンの設立した
APSという組織に入会してた。
0件の返信 4件のリツイート 4 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月11日

APSの公式サイト貼ってやるよ。

https://www.amphilsoc.org/

アメリカの建国の父の一人である
ベンジャミン・フランクリンの設立
した組織ね。

#FateGO
#FGO
0件の返信 5件のリツイート 3 いいね

ほしいもさんがいいねしました
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月11日

嘘だと思うならフランクリンの設立した
APSの公式サイトとか調べてみ?
リサランドールやピケティも会員だよ。

UCLAの留学日記を出版した日本人
監督も作家として成功したいなら
メイソンに入れと綴っている。

日本ぐらいだよ入会の敷居が高いのは。

#FGO
#FateGO
0件の返信 7件のリツイート 5 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年7月10日

日本で女で首相になれそうな
奴いたっけ?

国連でAPS会員の緒方貞子がモデル
なのかもしれないが、若そうな
見た目だったので佳子辺りかも
しれない。髪型はボブカットだった。









金髪碧眼








子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi
ドラクエで転職するには宗教に頼らないとダメなので陰謀論者には転職できません。ダーマ(ダルマ)は梵語で法

猫太”メイソンやイルミちゃんはサンスクリット好きですよね。ベーダガンダムとかマルガ(道)とか。まあメイソンかが後生大事に持ってるギリシア哲学がインド=イランの思想ですしね。”
フランクリンらAPS製の△一つ目。当初は一つ目の下はインド・イランの拝火壇。

ピラミッドとホルスの眼は囮。インド・イランとハムサが本体。
APS製の△一つ目のデザインは当初は一つ目+インド・イランの拝火壇。△は火の象徴(片目で天照)。
プラトンはバラモン教の輪廻思想信者(想起説は前世が前提)。
西洋の根本思想=プラトン(バラモン)哲学+キリスト教(拝火)。

ノーベル賞は平和賞のみノルウェーが、残りはスウェーデンが担当。
両国の国教のルター派は、エキュメニズム(宗教統一運動)に積極的。
バチカンも第2バチカン公会議以降に万教帰一(大本教系の教義)に協力。
百科全書派と密接なフランクリンのAPS(△一つ目)がノーベル賞受賞者をスカウト。


プロビデンスの目と未完成ピラミッドのデザイナー
http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/15643474.html

第1回アメリカ国章デザイン検討委員会 -メンバー紹介
http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/15701548.html

簡単に分かる”プロビデンスの目”の起源
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-575.html
まどマギのまどかの変身シーンで一躍有名になった
フリーメイソンの”プロビデンスの目”こと、
ピラミッド野郎君の起源を探ってみたいと思う。

まずアメリカの1ドル札。



ワシントンの肖像画が無い方の面の左側に
”プロビデンスの目”=ピラミッド野郎君が描かれていますね。

お次ぎにWIKIの”プロビデンスの目”の説明。

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/プロビデンスの目

重要なのはここ↓

”ただし、プロビデンスの目自体のデザインは古くから教会建築などに
用いられる一般的な紋章であり、国章選定の当時はフリーメーソンとの
関連があるとは見られていなかった。また国章制定委員会のメンバーで
あったフリーメーソンメンバーはベンジャミン・フランクリンのみである上、
プロビデンスの目使用を提案したのはピエール・ド・シミティエレである。”

まず、

 >教会建築などに用いられる一般的な紋章〜

  どこが? 聖書美術で天空に浮かぶ目玉のモチーフなんぞ、
  ほぼ皆無だぞ?
  ヤコブ・ベーメの本の挿絵ぐらいだろ。
  このシンボル使っているの。

 >フリーメイソンのメンバーはベンジャミン・フランクリンのみ
  
  ここ重要。
  1730年にフィラデルフィアでフリーメイソンに入会、
  1734年にグランド・マスターに昇格している。

 >ピラミッド野郎をデザインしたのはピエール・ド・シミティエレ
  
  なぜか日本語WIKIにはこの人物の説明がない。

つぎにメイソン側の反論。

”さらにフリーメーソンでもプロビデンスの目のデザインは用いていたが、
1782年の国章制定以前に三角形と目によるプロビデンスの目が用いられた
フリーメーソンの文書は存在していない。フリーメーソンが公式に三角形と
目によるデザインに言及したのはトーマス・スミス・ウェッブ(英語版)の
著書による1797年のことである。フリーメーソンの複数のロッジはこれらの
根拠をあげ、国章制定への関与や、この三角形に目を描いた紋章が
フリーメーソンを表す紋章であることを否定している”

重要なのは1782年にアメリカの国章としてピラミッド野郎が
採用されたことと、1797年以後にメイソンで採用になった
という主張。

次に英語版WIKIのピエール・ド・シミティエレの説明を見よう。

ttp://en.wikipedia.org/wiki/Pierre_Eugene_du_Simitiere

ちなみにシミティエレはフランス語のCimetiere=墓場が語源。
縁起が悪いということでスイスからアメリカに移民した際に
改名している。

墓場繋がりでピラミッドですか。

重要なのはここ↓

”Elected to the American Philosophical Society in 1768,
he further became one of its curators (1777-1781)”

1768年にAmerican Philosophical Society(アメリカ哲学協会)なる
謎の組織に入会し、1777〜1781年の間にキュレーターを
務めている。

この”アメリカ哲学協会=APS”なる物を調べて見よう。

英語版WIKI。

ttp://en.wikipedia.org/wiki/American_Philosophical_Society

重要なのはここ↓

”Originally called the Philosophical Society, the Society was founded
in 1743 by Benjamin Franklin and John Bartram as an offshoot of
 an earlier club, the Junto.”

出た〜!!ベンジャミン〜!我らがグランド・マスター!!(笑)

このAPSなる組織はメイソンのGMだったベンジャミン・フランクリン
によって創設されたとのこと。それが1743年。
で、この同じ組織に”プロビデンスの目”の作者であるピエール・ド・
シミティエレが1768年に入会している。

アメリカの国章が決まったのが1782年。
メイソンでのシンボル採用が1797年。

明らかにベンジャミン・フランクリンを通してメイソンの
思想の影響受けているだろ、作者は。

しかも、日本語WIKIのメイソン擁護の記述は真っ赤な嘘。

ちなみにAPSの外観。



APSの公式サイト↓

ttp://www.amphilsoc.org/

このサイトの”Members”の項目に注意してほしい。

実は現在の会員名簿を検索できるようになっている。

凄まじい顔ぶれ!(笑)

やたらとノーベル賞学者やらが会員に連なっている!!
しかも哲学と全然関係の無い分野まで!!!

なんと赤盾家のご令嬢まで会員!

マンデラ(最近死去)やアマルティヤ・セン(正義論の反論で有名な
ノーベル経済学者。赤盾家のご令嬢の旦那さんであるのは有名)
までいやがる!

もっと興味深いのは日本人メンバー。

おっと、これ以上暴露するのはヤバそうなので後は自分で
調べてほしい。

このAPSが陰謀組織なのかどうかははっきりとした証拠は
ないが、もしイルミナティの”300人委員会”なるものが
実在したとしたならばこの組織が一番近いだろう。

いやはや、ピラミッド野郎恐るべし!(笑)

【プロビデンスの目】初代ピラミッド野郎”フランシス・ホプキンソン”
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-576.html
ところで、APSというベンジャミン・フランクリンが
作った謎組織の存在に気付いていたのはフェイド大帝だけ
じゃなかったようだ。

ttp://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik

”オルタナティブを考える”というブログなのだが
このブログにアメリカ紙幣の歴史が細かく載っている。
(このブログは他の記事も興味深いが......)

ところで、第1回目のアメリカ国章デザイン会議で
シミティエレの案は一度ボツになった。

そして第2回目にて最終的にウィリアム・バートンなる
人物の案が現在の”プロビデンスの目”のデザインとして
採用された。

ところでこのバートンの元ネタを提供した人物が存在する。

それが初代ピラミッド野郎ことフランシス・ホプキンソンだ。




この人物、アメリカの国旗のデザイナーでもある。

さてこの人物がアメリカ独立以前の大陸紙幣として
デザインした物がある。





大陸紙幣の40ドル札である。

下の方が画像がくっきりしているが、上の本物をコピーした
偽札だ。

これが”プロビデンスの目”の一番最初の元ネタだそうだ。

ところがこれピラミッドに見えます?

ちなみにこれがエジプトのピラミッド。


どうみてもホプキンソンの図柄はピラミッドではない。

元ネタ絶対これだろう。




これ、インドのバラモン教のアグニ・ホートラという儀式ね。

イラン(ペルシア)でも似た様な儀式があったらしい。

ちなみにホプキンソンの図のこの火壇を囲む八角の星は
古代バビロニアの女神イシュタルのシンボルらしい。
(シュメールのイナンナ女神)

つまりアメリカという国家はキリスト教国家ではない。

アメリカの建国の父達が信仰しているのは明らかに
イラン系の古代宗教(アーリア人の宗教)なのだ。

ところでイランの古代宗教で有名なのはゾロアスター教
である。これも”火”を拝む事で有名だ。

しかし、このフリーメイソン人脈の”イラン”に対する
執拗なこだわりは一体なんなのだろうか?

そこでWIKIの”ペルシア哲学”という項目を調べてみよう。

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/ペルシア哲学#.E5.8F.A4.E4.BB.A3.E3.83.9A.E3.83.AB.E3.82.B7.E3.82.A2.E5.93.B2.E5.AD.A6

重要なのはココ↓

”18世紀後半になるまでその思想に関してはほとんど知られていなかった
にもかかわらず、古典時代以降の西洋文化においてザラスシュトラは賢人、
魔法使い、奇跡の人として知られていた。彼の思想が知られるまでは、
彼の名前は古代の失われた叡智と結びつけて考えられ、それらの叡智に
アクセスできると主張したフリーメイソンやその他の集団によって称揚された。
ザラスシュトラはモーツァルトのオペラ『魔笛』(独: Die Zauberflöte)に異名
「ザラストロ Sarastro」として登場し、「夜の女王」に対して道徳的な戒めを
提示した。ヴォルテールのような啓蒙時代の著述家はゾロアスター教に関して、
それがキリスト教より好ましい一種の理神論であるという考えのもとで研究
を奨励した。”

でた〜!!フリィ〜メイソォォオン!!(笑)

ちなみにモーツァルトもヴォルテールもメイソンね。

特にモーツァルトは確信犯だろ。
こりゃサリエリもキレるって。(笑)

しかし、ゾロアスター教ってあまり情報ないのよね。
昔現存するアヴェスタの和訳があったらしいが、
絶版になってからは妙訳本が一冊しか出ていない。
この辺、文庫で妙訳しか出ないウパニシャッドとも
共通点があるな。

そりゃアメリカ様御用達の宗教だから、日本国民には
情報を与えたくないのかもしれないが。

ところで最初に挙げたウィリアム・バートン、

日本語WIKIにはページがない。

が、英語版はしっかりある。

ttp://en.wikipedia.org/wiki/William_Barton_(heraldist)

日本はよほど知られたくない事情があるようだね。(笑)

重要なのはココ↓

”In 1787, Barton was elected to Benjamin Franklin's
American Philosophical Society. In 1791, his uncle,
David Rittenhouse, became the Society's second president,
after Franklin's death in 1790.”

でた〜!!我らがAPS〜!!!(笑)

本当、分かり易い国だな、アメリカは。(笑)

何が言いたかったのかというと、


つまり、ピラミッド野郎恐るべし!
ということだ。(笑)

リサ・ランドール vs サンデル vs マクゴニガル
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-581.html
ところで物理道を勉強していて少し気になった事が......

日本には定期的に”怪しい”外国人が来日することがある。

 

ハーバードのサンデル教授



スタンフォードのマクゴニガル



ハーバードのリサ・ランドール博士

で、物理道的にはランドール博士が一番注目なのだが......
(異次元が存在するだとか、ワープだとかで有名な素粒子物理学者ね)

一応、全員の経歴を調べてみたら、ランドール博士だけ面白い点が
一つ見つかった。(笑)

まず、ハーバードの公式サイトのランドール博士の紹介↓

ttps://www.physics.harvard.edu/people/facpages/randall

重要なのはココ↓

”She is a member of the National Academy of Sciences,
 the American Philosophical Society,”

でたぁ〜!!我らがAPSゥッ〜〜!!ベンジャミン〜!!!(笑)

ちなみにサンデルとマクゴニガルはAPSの公式サイトで検索掛けても
登録されていない。
サンデル教授とマクゴニガル教授に関しては本当に偶然日本で
ヒットしただけなのかもしれない。

ちなみにこのブログを読慣れていない人に説明すると
APSという団体はアメリカの建国の父の一人である
ベンジャミン・フランクリンが創設した結社で
ベンジャミン自身はフリーメイソンのグランド・マスター、
フリーメイソンのシンボルだと言われている1ドル札の
”プロビデンスの目”の発案者もこの結社に所属していた。
現在ではやたらとノーベル賞学者をメンバーに引き込んでいて
ロスチャのご令嬢だとかも所属しているという怪しさ満点の
組織である。(笑)

リサ・ランドールは最初から怪しいなとは思っていたけどね。


日本でさして認知度もない素粒子物理の小難しい宇宙論の
本を紹介するためだけに来日する訳ないだろうし。
元々、宇宙論自体がインド哲学やプラトン哲学の孫みたいな
学問だしね。(インド哲学では宇宙の始まりの解明が重要
テーマとしてバラモン達の関心を集めていたことは仏典にも
書かれている。ちなみに釈迦は”そんな調べても分からない事に
無駄な時間を費やすのはやめなさい”と戒めている)


ランドール博士の理論はアイクの唱えるレプティリアン説との
親和性も抜群で、ランドール博士の理論が正しければ、異次元から
侵略に来る生命体の実在も証明されることになる。
実にあのオカルト連中にとって都合のいい理論なのだ。

まぁ、彼女がアメリカ系イルミナティさんの日本統治司令官
なのかもしれない。(笑)

なので、今後が楽しみな要注意人物でもある。(笑)


ハルヒの暗号
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-641.html
皆さんは「ハルヒ」という単語を聞いて
何を連想されるだろうか?

多分、一番最初に来るのはコレだろう。

涼宮ハルヒの憂鬱
KADOKAWA / 角川...
ロープライス ¥350
or 新品 ¥350

プライバシーについて
この作者の谷川流は元SFオタの無職で
図書館に引き蘢ってSFを読みまくって
書き上げたのがこの「ハルヒ・シリーズ」
である。

図書館で書いた趣味の小説が一発で
新人賞を制覇してしまう上、処女作がベストセラー
にもなってしまうのだから一般的には凄い才能の
持ち主と賞賛されている。

ところで、次の「ハルヒ」はご存知かな?

出口ゼロ
瀬田 ハルヒ
ロープライス ¥1
or 新品 ¥463
ポイント 8pt


「出口ゼロ」という「なかよし」という女児向け雑誌に
連載中の少女漫画である。
作者の名前が瀬田”ハルヒ”という珍しい名前である。
この漫画は東大の漫研が絶賛しているらしい。

内容は「ガラスの仮面」の様に演劇修行物
なのだが、主人公の女の子が通う有名俳優学校が

実はナチばりの強制収容所だったという設定。

同期の女優志望の女児が

鉛入りの竹刀で足を砕かれるシーンとかがある。

こんな恐ろしい漫画が最近の女児に
人気があるのかよく分からないが、

実は上に挙げた二つのハルヒにはとある
共通点がある。

もちろん両方とも「ハルヒ」という単語を
使っている意外でだ。

ここで、少しヒントを与えよう。

「出口ゼロ」瀬田ハルヒ・作

この太字にしたところがキーポイントだ。

両者を繋げると、

出口+ハルヒ=出口ハルヒ

出口ハルヒ、この名前をよく覚えて欲しい。

実は、現・大本教の代表の名前が
「出口ハルヒ(春日)」なのだ!

もちろん、大本教を大きくした出口王仁三郎の子孫だ。

谷川流版「ハルヒ」の時点でこの共通点は既に
指摘されていた。

ttp://blog.goo.ne.jp/malcolm_x/e/7cb13c4318b66172e1a395530ef7993f

この大本教、日本語のWIKIで調べて見よう。

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/大本

重要なのはココ↓

「1949年(昭和24年)より、世界連邦運動を
 推進している。
 この他、戦前は、王仁三郎らが中国・蒙古・
 朝鮮・台湾などに足を運び、現地の宗教団体
 と提携を結んだ。」

この太字にした「世界連邦運動」という
言葉に注意してほしい。

日本語のWIKIだとこれがさっぱり何だか
分からない。

実は日本語のWIKIはフリーメイソンの件でも
そうだが結構いい加減な編集がされている。

では、英語版WIKIで「oo-moto kyo」と
入れて調べてみよう。

ttp://en.wikipedia.org/wiki/Oomoto

先程と同じ箇所↓

「In 1949 Ōmoto joined the World Federalist Movement
 and the world peace campaign.」

なんと!リンクが貼ってある!

World Federalist Movement

ttp://www.wfm-igp.org

英語なので日本の公式サイトを
見てみよう。

ttp://www.wfmjapan.org

どうやら俗に言うイルミナティのNWOの
様な組織の様だ。

日本語WIKIに戻って再度
調べる。

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/世界連邦運動

ほうほう、チャーチル(元英国首相)やラッセル、
アインシュタイン、
ノーベル賞学者の湯川秀樹博士が絶賛し、
湯川博士に限っては会長も務めたことも
あるらしい。

で、WIKIの下の方にこの組織の下部組織の
歴代役員のリストが載っている。

経歴を調べると、

やたらと政治家で且つクリスチャンが多い。

特に「日本基督教団」出身者が目立つ。

ttp://uccj.org

次に湯川秀樹博士とその弟子の朝永振一郎博士
の名前で

ベンジャミン・フランクリンの創設した
APSの公式サイトでメンバー検索を
掛けてみよう。

ttp://www.amphilsoc.org/memhist/
search?creator=josephson&title=&subject=
&subdiv=&mem=&year=&year-max=&dead=
&keyword=&smode=advanced

ちなみにAPSはリサ・ランドールも所属している
団体だ。

で、

BINGO! 湯川、朝永、共にヒット!

ちなみに歴代ノーベル物理学賞受賞者リスト↓

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/ノーベル物理学賞

なんと、とある日本人受賞者まではほぼ全ての
受賞者がAPSメンバー!!

ちなみに最近受賞した人達は入会して
いないようだ。
(怪しい組織だってことがバレた?)

だけど、リサ・ランドールはちゃっかり
入会している。(笑)

う〜む、奥が深すぎるぜ!
イルミナティさんは。(笑)

ちなみにオマケ。

”古いアメ車”や”トマト・ライス”や、
”自称皇族のお姫様”が
役員として登録されていた
国柱会というS学会の前身になった
右翼組織の開祖が作った組織のリンクサイト。

ttp://www.sagegroup.jp/link.htm
(ちなみにこのページ、一般TOPからは
 入れない様になっている)

見事にありましたねぇ〜
「世界連邦運動協会」

(笑)

他にも中々興味深いブログやサイトへの
リンクも貼ってあるのでよ〜く注意して
みてほしい。


フリーメイソンについて間違った解説をしている本が出たので注意!
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-620.html
昨日、本屋で立ち読みしていたらとんでもない本に
出会った。

政治と宗教のしくみがよくわかる本...
林 雄介
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ポイント 49pt

プライバシーについて

早稲田卒の元農水省官僚で国I通過者らしいが、どうやらこの著者、長いお勉強時代では
英語はまともに身に付かなかったらしい。

フリーメイソンを扱っている章の内容がそのまま日本語版WIKIの丸写しである。
実は日本語版WIKIと英語版WIKIでは内容に食い違いがよくある。
フリーメイソンに関しては英語版WIKIの方が充実しており、ちゃんと調べれば
アメリカの国璽のデザインを決めた会議が行われた時点でベンジャミン・フランクリン
が既にフリーメイソンに加入していたことが分かる。
また、フリーメイソンの”プロビデンスの目”を発案したデザイナー自身が
フランクリンが設立したAPS(American philosophical society )に加入して
いたことも分かっている。
(ちなみにこのAPS、興味深い事にリサ・ランドールも加入している)
当然全て国璽のデザインを決める会議より前の話だ。


また、日本語版WIKIには”プロビデンスの目”がキリスト教の教会建築の
一般的なシンボルであると書いてあり、この著者も同主張をしているが
まともに西洋美術を勉強した者にとっては既知の事実だが、あのシンボル
は伝統的なカソリックやプロテスタントの宗教美術に使われた事等
私の知る限り皆無だ。
露骨にあのシンボルを使ったのはヤコブ・ベーメの著作の挿絵ぐらいだろう。

第一、あのシンボルのデザイナーが元ネタにしたのはアメリカ建国前の
大陸紙幣をデザインしたホプキンソンの考案した図柄だ。
その時のホプキンソンのデザインした図はインド/イランの拝火壇
そのものだ。
というのも密教の胎蔵曼荼羅にフリーメイソンのピラミッド・アイ
にそっくりな図が描かれている。一切偏智印と呼ばれるこの図柄は
元々、釈迦に弟子入りする前のカッサパ兄弟の祀っていたアグニ教
の拝火壇が元だ。


こんなちょっと調べれば分かる様な事もこの著者はまともに
調査する気もないようだ。

多分、日本の受験勉強で”効率のいい勉強方法”を追求するうちに
”効率のいいゴミ本の出版方法”を思いついたのだろう。
学問もちゃんと極めようとするならば、試験問題対応だけでなく
時には回り道も必要になる。

本も良い本を出したければ、念入りな調査が求められる。

まぁ、WIKIの”コピペ”(STAP細胞じゃあるまいし)でいいなら
俺だって本出せるぞ?

第1回アメリカ国章デザイン検討委員会 -メンバー紹介
http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/15701548.html

アメリカの国璽(国章)には表と裏があります。このデザインがどのように決定されていったか、ちょっと時間をかけて見ていこうと思っています。



大陸会議が1776年7月4日にアメリカの独立宣言をすると、国家らしく活動するためにいろいろなことがバタバタと 動き始めた。法律とか、政治制度、経済システムとか、貨幣とか、国旗とか・・・それはもういろいろだ。しかも、引き続きイギリスとは戦闘していたので、当 時アメリカという出来たばかりの国家をマネージメントするということってすごく大変だったろうね。

さて、独立宣言も(勝手ながら)したわけだし、アメリカの国章を作ろうという話になったらしい。国章に関する第一回 国章デザイン検討委員会会議(名前は適当です)は、1776年7月から8月にかけて開かれたそうです。このデザイン委員会のメンバーには、独立宣言起草委 員会に参加した5人の中から、3人(トーマス・ジェファーソン、ジョン・アダムズ、ベンジャミン・フランクリン)が選抜された。

今後アメリカを担うべきそうそうたるメンバーが集結したわけだ。まぁ、世界史の教科書にも登場する偉人ばかりなのだ が、ただ、紋章学の知識なんかあるわけでもなかったので、コンサルタントを一人雇うことにした。ニュージャージー州やデラウェア州の紋章などの実績がある Pierre Eugène du Simitière(ピエレ=オイゲン・ドゥ=シミティエレ:読み方が分からないのでこれも適当な読み方です)という芸術家を雇った。

この4人でまずは国章デザイン検討委員会はスタートする。参加者は教科書に載ってる人物ばかりなので今更という気もするが、ちょっとおさらいしてみよう。大人になって再度彼らの経歴とかに触れると、何だか新鮮な発見もいくつかある。

ベンジャミン・フランクリン

このブログでもしょっちゅう取り上げられている建国の父の1人。外交に優れているだけでなく、大変な文化人で、西洋世界初の政府紙幣である植民地票を擁護 し、デザインから印刷まで手がけるなど、アメリカ政府紙幣史のワン・ストップ職人と言えよう。アメリカにおけるフリーメイソン社会でかなり重要なポジショ ンにいたことは周知の事実だ。1731年ロンドンにてフリーメイソンに加入した彼は、1734ねんにはマスターとなる。・・・ということで、フリーメイソ ンの影響があったという事実は、彼がこの委員会に参加していたことでまず決定的だろう。ただし、ここで陰謀とかいう話はナシ。

ジョン・アダムズ

アメリカ第2代大統領。ちなみに彼の息子(ジョン・クィンシー・アダムズ)はアメリカの代6代大統領です。生真面目な法律屋で、連邦制度の思想的父ともい われているそうです。彼も、後述の友人ジェファーソン(政治的には敵対していた)と一緒に中央銀行制度には反対だったようです。ジェファーソンとの奇妙な 関係は、アダムズがジェファーソンにあてた手紙の中に「・・・私は貴殿と同じように、銀行というものは現にある軍隊よりもずっと危険であると本当に信じて います」と書いていることから、多分政治的には対立しながらも中央銀行制度には反対だったんだろうな~と思える。
(The Wrightings of Thomas Gefferson, Vol. 10, G.P.Putnum & Sons, New York 1899, p. 31.: http://mblog.excite.co.jp/user/satehate/entry/detail/?id=10695872)
余談ですが、彼の臨終の言葉は、「トーマス・ジェファーソンはまだ・・・」でした。最後の部分はほとんど声になっていなかったが、「生きているか」と語ろ うとしたと言われています。なぜなら、ジェファーソンは独立記念日である1826年7月4日にヴァージニア州にて83歳で死去した。奇しくも前大統領であ るジョン・アダムズも同じ日にマサチューセッツ州で亡くなっています。(ウィキペディアより引用)
こうなると陰謀説も思い浮かびますが、さすがに年をとりすぎてます。。

トーマス・ジェファーソン

アメリカの第3代大統領。ワシントン初代大統領の時は国務長官、2代目のジョン・アダムズの時は副大統領。学校ではアメリカ独立宣言を起草した人物と習い ましたよね。前述のようにジョン・アダムズとは「確執があった」、「政治的ライバル」、「ホントは仲良し」などいろいろ説がありますが、おそらく両方で あったと言われています。政治的には敵同士でも、プライベートでは仲良し。ほら、政治の世界ではよくある話でしょ。彼の言動から大の銀行嫌い、もしくはイ ギリスの資本家を毛嫌いしていたようで、彼が第1国家銀行設立際にジェームス・マディソンとタッグを組んでハミルトンと対立したことは良く知られています (これについてはいずれ第一銀行設立の問題のところで書こうと思うので、銀行家嫌いとだけ覚えておいてください)。ヴァージニア州のジェントルマンと呼ば れほど人柄で、そのせいか、数々の債務の連体保証人を請け負ってしまい、彼の晩年は、銀行家によって破産に追い込まれています。

国章デザイン委員会に選ばれた3人の建国の父に共通することは(都合よく言わせてもらうと)

“「政府紙幣」を擁護し、中央銀行に反対していたということだ。


ピエレ=オイゲン ドゥ=シミティエレ
アドバイザーとして参加したPierre Eugène du Simitière(ピエレ=オイゲン ドゥ=シミティエレ)に関する事はそれ程分かっているわけでもない。スイスのジュネーブに生まれで、1750年から15年ほど西インド諸島で暮らしたあと 1766年にフィラデルフィアにやってきている。名品の収集家として彼の名前が知れ渡っていく。1743年にベンジャミンによって設立された 『American Philosophical Society(APS)』のメンバーになったのは2年後の1768年だ。

少し話がそれますが、
このAPSという秘密結社的な響きもある会が設立された頃は、まだ植民地の人口は150万人ほどで、アメリカはまだ山口県ぐらいの人口しかいませんでした。

また、フリーメイソンはアメリカ史ではかなり早い段階から13の植民地州に拠点をいくつか持ち、入植者が増えるごと にエリート層を集める活動をしていたので、政治的にも科学的にも無視できない影響力を行使出来たということは容易に想像できますね。独立戦争の時代には 『自由の子』というイギリスの政策に反対する組織ができたが、トマス・ペインによるとおそらく、これもフリーメイソンがバックにいたと考えられます。

だから言って、2つの組織を関連付けて陰謀とか、そう言う事を言いたいのではなく、当時は実際にそうだったのだろうと思います。増えていくアメリカの入植者を、いち早く現地でネットワークを築いたフリーメイソンは確実に取り込んでいったのだろうと思います。

この現在も存在するAPSのメンバーリストには、ジョージ・ワシントン、ジョン・アダムズ、トーマス・ジェファーソ ン、アレクサンダー・ハミルトンなどそうそうたるメンバーがいて、APSのホームページでも確認できます。時間のある方は覗いて見て下さい。また、アメリ カ政治の中枢にいた人間だけでなく、進化論のダーウィン、電気のトーマスエジソンも会員だったことが分かります。そして、フランシス・ホプキンソン・・・  そう、あの大陸紙幣にピラミッドを描いた彼は独立戦争後この協会のリーダーだす。

ドゥ=シミティエレも含めた4人に共通する事実は・・・

American Philosophical Society のメンバーである。

ちなみにAPSがフリーメイソンという確証はない。でも、この協会の会員と当時の存在意義を考えると、少なくとも当時はフリーメイソンのネットワーク組織であったと思います。え?普通はそう考えるでしょ?

フランクリンが目的を持ったフリーメイソンのマスターでありながら、「この際、そんなこと無視して、純粋に知識を広 めていく団体をつくりましょ。」とかって・・・あまり考えられないですよね。知識を広めるためであれば彼の設立したペンシルバニア大学やアメリカ初の図書 館で十分な気もするし、APSの場合、誰でも入会できるわけではなくて、「選ばれし者」でなければならないし・・・


【ヴェーダ・バラモン教編】多元宇宙論について【Part7】
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-627.html
最近漫画やアニメで多元宇宙論がよくネタとして
扱われる。

鳥山明のドラゴンボール「神vs神」のラストで
それまでのドラゴンボールで”異次元”という
単語が一切使われていなかった作品で唐突に
ビルスというキャラが異次元の存在を仄めかす。
(あの世や精神と時の部屋は異次元じゃなかったのか?)

大高忍の「マギ」も鳥山明に倣ったのかやたらと異次元
の存在を強調する。
(ちなみに「マギ」の舞台背景であるアラビアンナイト
 の時代には”異次元”という概念そのものがまだ誕生していない)

三浦建太郎の「ベルセルク」でもベヘリットを発動させると
異次元に飛ばされる。

まぁ、元々、”異次元ネタ”というのはSFでは王道のネタで
あったので、鳥山も大高もSFの古典的設定を持って来た
と言えば、それまでだが、「ドラゴンボール」も「マギ」
も古典的SFとは程遠い作品であり、

例えば「ドラゴンボール」や「マギ」、「ベルセルク」の
世界観でいきなり”タキオン・ドライブ”という単語が
登場したら読者は戸惑うだろう。


つまり、不自然なのである。

ちなみに多元宇宙論というのは要はSFでいう”パラレル・ワールド”
のことで、我々の住む4次元の他に異次元が存在するという
物理学理論である。

NHK全面プロデュースのハーバードのリサ・ランドール博士の
異次元理論が記憶に新しい。

ところで、リサ・ランドールはベンジャミン・フランクリンが
作ったAPSという組織に所属している。
この組織は1ドル札の「プロビデンスの目」のデザイナーが
会員だったことでも有名だ。

リサ・ランドールの著書は下記2冊がNHKから出版
されている。



ワープする宇宙―5次元時空の謎を解く
リサ・ランドー...
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宇宙の扉をノックする
リサ・ランドー...
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内容が複雑なためか、売り上げ的には余り人気ではないの
だが、実はランドール博士の痛い自作小説が時折息抜き
として挿入されていたりする。

この自作小説、11歳の天才少女(ランドール本人だと
思われる)が主人公だが、

なんと飼っているペットがフクロウである!

フクロウはギリシャ神話のアテナの象徴でもあり、
中東では子供の生け贄を要求するモロク神、
またイルミナティの大好きな”知恵”の化身でも
ある。

ところで、リサ・ランドールというと著作が
もう一冊ある。


リサ・ランドール―異次元は存在する
リサ ランドール...
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宇宙飛行士の若田光一との対談本である。
非常に薄い本で、Amazonの評価も低い。

しかし、Amazonレビュアーが見逃している
重要な点が一つある!

なんとランドール博士の女子高生時代の写真が
載っている!

そう、Amazonのレビュアーはこの本を購入していないのだ。
きっと本屋でパラパラ立ち読みしてこの薄い小冊子が
価格に見合わないという一方的な理由で購入を見合わせ、
レビューだけ酷評したというのが本当の所であろう。

だから、フェイド大帝の様にリアルタイムでこの本の
価値に気付いた者はリサ・ランドールの女子高生写真を
見逃すはずがないのだ。

くやしがっても無駄だ。

この本はもうどこの本屋にも置いてないだろう。
唯一ゲットする方法は上記アフィリンクを踏んで
通販で割高の中古本を入手するしかない。

「っ!フェイド大帝の野郎、やり方が汚いぜっ!」

文句を言っても無駄だ。NHK様のご命令に素直に
従ってリアルタイムで購入していれば、こんな事
にはならなかったのだ!

つまり全て貴様らの自己責任だ!
他人のせいにするんじゃないっ!

・・・・・・

とは言えども、フェイド大帝は根が優しい。

とっておきの情報を貴様らに教えてやろう。

リサ・ランドールの女子高生写真はアメリカの
サイトなら無料でゲットできる!

だがURLは教えん。自分で調べろ。

ところで本題に戻るが、リサ・ランドールの女子高生
写真の事等どうでもいい。そんなことを語りたいわけ
ではない。

実は多元宇宙論や異次元という概念は比較的新しく、
19世紀ぐらいに作られた概念である。

つまり18世紀以前の人類史に基本的に
異次元と言う概念は存在しない。

となると、天国や地獄はどこに存在するの?
という疑問が出てくるが、

コーランにも聖書にもそれが異次元にあるとは書かれていないし、
北欧神話やギリシャ神話では地下にあるとされている。
インド神話でも神の住む世界は須弥山という山の上であり、
異次元の存在など一言も書かれていない。
エデンの園も地球上にあるのであり、異次元にあるとは
書かれていない。

では、異次元は一体宗教界ではいつから扱われるように
なったのか?

恐らくアニー・ベサント以降の神智学からだろう。

神智学大要には”コーザル界”という異次元らしき世界が
紹介されている。

一つ注意しなければならないのが、初代ブラバツキー時代
の神智学ではまだ異次元という表現は使われていない点で
ある。
上述した通り、”異次元”という概念時代が19世紀発なので
ブラバツキーの時代ではまだメジャーではなかったのだろう。

ところで、ブラバツキーの神智学が流行り始めてから
イギリスで有名な西洋近代魔術結社”黄金の夜明け団”が
誕生する。

基本的には今日本で紹介されている”カバラ魔術”とは
”クリスチャン・カバラ”のことであり、この
”黄金の夜明け団”のテキストが発祥だ。

このカバラに”生命の樹”というアニメのエヴァでも有名な
図柄がある。



この図柄の一番頂辺にある玉が”ケテル”という
名のセフィラである。

”生命の樹”というのは基本的に神ヤハウェが力を
行使する際に、その力がどういうプロセスを経て
地上に顕現するのかを表している。

で、ヤハウェの力の源はこの”ケテル”から誕生するので
あるが、実は”ケテル”の更に上に”アイン・ソフ”という
”異次元”の様な物が存在する。
”ケテル”に供給されるエネルギーはこの”アイン・ソフ”
から送られてくると黄金の夜明け団では考えられている。

ところで、東洋では”異次元”がいつから使われることに
なったのかというと、

これは恐らく大乗仏教の「法華経」からだろう。

その後、密教で曼荼羅が開発されて例えば、
チベット密教では観想の力で仏の世界へと
ワープしてしまう。
(ちなみに密教では仏にシェイプシフトする
 技術を修行で磨く)

まとめると、古代に存在しなかった”多元宇宙論”が
近代になってもて囃されるようになった。

これはちょうど産業革命による中世キリスト教社会
から科学技術の発展による近代国家の黎明時期と
ピッタリ重なる。

つまり、現代の理論物理学者を初めとした
科学者やマスコミがやたらと”多元宇宙論”に
執着するのは上述の歴史背景とは無関係では
ないだろう。

ところでリサ・ランドールの”多元宇宙論”は
理論物理学の分野ではマイナー派である。
理論物理学の宇宙論というのは実に様々な
物があり、基本的には”場の理論”という分野
が主流であり、超ひも理論系の宇宙論は
マイナー分野なのだ。

詳しくは下記の本を読んで頂きたい。


素粒子論はなぜわかりにくいのか
吉田 伸夫
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ところが、こんなマイナーな理論であるにも
関わらず、NHKは多量の税金と我々の受信料を
注ぎ込んでまでも、リサ・ランドールを売り出す
一大キャンペーンを行った。

それはやはりランドール博士が真のイルミナティ
だからであろう。

あのマスメディアというイカれた連中にとって
物理学的に正しいかどうかは問題ではない。
奴らに取ってはアメリカのイルミナティの
ご主人様に千切れる程、その汚れきった
腐った尻尾を振り続けられればそれで
十分なのだ。

ところで、なぜイルミナティは多元宇宙論に
拘るのか?

この点も、”ヴェーダ/バラモン教”が答えを探す
ヒントになる。

ヴェーダ/バラモン教では異次元は存在しない。
しかし、”魂”と”肉体”をそれぞれ別の存在と
捉え、人間の本体は”魂”の方にあると前回説明した。

で、この”魂=アートマン”は”ブラフマン”より発生して
おり、この”ブラフマン”はともかく肉体の外のどこかに
ある。
修行によって解脱するか、人間が死を迎えると
人間の本体である”魂=アートマン”は肉体を
離れ、宇宙空間を漂い”ブラフマン”へと戻ろうとする。
これがバラモン教の基礎理論なのであるが、

ウパニシャッドやヴェーダにも”ブラフマン”の
いる所が”異次元”であるとは書かれていない。

第一、ウパニシャッドの創造神である”死”も
どこに存在するのかは不明確である。

これは実にフリーメイソンをはじめとする
反キリスト教を気取って自己満足に浸る
頭でっかちの西洋坊や達にとって悩みのタネで
ある。

というのも、

神(つまりヤハウェ)がどこにいるのか
全く分からないのだ。

当然、聖書にも書いていないし、
ローマ法王も恐らく知らないだろう。

ところが、西洋人というのは成人してから
反教会のフリーメイソンに加入したとしても
幼少時代はキリスト教文化にドップリと
浸かって教育される。

つまり日本人が考える以上にキリスト教で
言う聖書の神”ヤハウェ”の存在は実に近しい
存在なのである。

そんな、西洋人達にとって一番ショッキングな
話が何か皆さんは考えたことがあるだろうか?

西洋人にとって一番残酷な仮説は、実は
”聖書”は古代ユダヤ人のラノベ作家が
逞しい妄想だけで書き上げたファンタジー
長編小説であり、登場人物は”神”も含め
全てフィクションである。

という仮説だろう。

つまり神の存在を否定するのは西洋人に
とってトラウマとなりうるのである。

となるとこの宇宙のどこかに実際に神が存在しないと
いけない。

ところが観測技術が発達してもどうやらこの宇宙には
神ヤハウェが存在しないくさいという認識が物理学者達の
間で主流になりはじめる。

だったら、ヤハウェは異次元に
いることにすればいいんじゃないか?

そしてリサ・ランドールなわけである。

いまや、日本の権力層は皆、フリーメイソン教に
入信してしまっているので、多元宇宙論を
大きく持ち上げたがるわけである。

フリーメイソンは元々はキリスト教を否定する
 コンセプトで誕生したはずなのだが、
 構成員に白人のキリスト教徒が圧倒的に多いので
 結局はキリスト教会と何ら変わらない組織へと
 変貌してしまった。

 信仰の対称が”ヤハウェ”か”ルシファー”の違いな
 だけで根本的な思想は変わらない。
 いくら”自由”だの”平等”だの”友愛”だの
 綺麗事の美辞麗句を並べた所で。

ここまでの話が理解できるとホラー小説家の
ラヴクラフトの「クトゥルー神話シリーズ」も
理解しやすい。

基本的にメジャー宗教の教義の舞台は”地球上”で
あり、基本的には地球人類がメイン・キャストという
構成になっている。

ところが、ラヴクラフトの小説では地球人は
どちらかというと脇役的な扱われ方であり、
この宇宙の真の主人公は宇宙怪獣の様な
存在達である。

つまり、人類視点で書かれた神話ではないのが
ラヴクラフトの革命的なところである。

そういった意味でいくと手塚治虫の”火の鳥”も
どちらかというと地球人が滅びる様な話が多く、
地球人類が滅びた後の種族か、宇宙人向けに描かれた
題材であるかのようでもある。


フェイド大帝個人としては理論物理学でもまだ
公な立場を確立できていない”多元宇宙論”を
闇雲に持ち上げる姿勢は好ましくないと思う。
日本のマスメディアや知識人もフリーメイソンや
アメリカ人の気違いが吹き込むヨタ話をただ
真に受けるだけではなく、きちんとした
理論物理学を学んでみようという姿勢ぐらい
見せて欲しい物である。


【ヴェーダ・バラモン教編】イルミナティ主義まとめ【Part8】
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-628.html
駆け足でバラモン/ヴェーダ教をザクッと説明して
きたが、イルミナティ主義という思想がアーリア系
宗教のバラモン/ヴェーダ教に拠る所が大な事が
よく理解できたと思う。

いよいよ、イルミナティ主義を倒すための考察を
始めていくが、その前に少しおさらいとして
まとめをしておこう。

まず、バラモン教とイルミナティ主義の根幹を
形成している重要要素を並べる。

 ・善や悪という性質は遺伝する
 ・善人と悪人の子供は悪人の性質を
  優先的に引き継ぐ
 ・人間は肉体と魂に分けられる。
  人間の本体は魂の方である。
 ・魂は性善の特質を持つ
 ・肉体は性悪の特質を持つ
 ・魂は生後、後天的に身に付く
 ・生まれた時点では魂のない肉体のみ
  の状態でまだ人間ではない。
 ・魂が肉体の悪に汚され、捉われると
  永遠に輪廻転生する
 ・悪人は後天的に矯正不可能である
 ・善人より悪人の方が数が多い
 ・悪人の欲望は限りがない
 ・悪人の悪の性質は創造神の性質でもある
 ・創造神は自分を含め、全てを喰らい尽くそう
  とする悪の大魔王である
 ・魂が肉体の悪をコントロールするには
  厳しい修行が必要である
 ・悪人は善人を滅ぼそうとする
 ・善人は悪人を家畜の様に管理して人畜無害化
  に努めないといけない
 ・悪人の方が数が多いので、正面対決すれば
  善人は不利
 ・正面対決を避け、間接的に悪人を支配管理
  しなければならない
 ・悪人の繁殖をできるだけ抑え、数を減らさなければ
  ならない
 ・善人は善人同士で交配し、悪人のDNAが決して
  混ざらないようにしなければならない
 ・悪人に情けをかけてはいけない
 ・善人と悪人は別々の生物種である

イルミナティ主義とは基本的に上記の特徴を
孕んでいる思想である。

基本的にバラモン教では善人一族である”魂人”は
厳しい修行を経て世俗から離れた聖者を目指す。

悪人は本能的欲望に忠実な”貪人”として他者と
競争し、全ての冨を独り占めにしようと励む。

古代アーリア人社会では”魂人”と”貪人”の徹底した
隔離政策が重要であった。

現代の西洋人主体のイルミナティ主義が欠陥だらけ
で機能しない理由。

西洋とその派生(日本含む)の秘密結社に純粋な
”魂人”がほぼ皆無で、実質上、”貪人”及び”貪人ハーフ”
の溜まり場と化している。
従って、結局は私腹を肥やすためだけの堕落した組織に
成り下がっている。
比較的”魂人”気質の強い結社員も、修行経験が根本的に
足りないため、結局は完全に”貪人”の気質をコントロール
できずにいる。

そして、これが最大の問題点だが、

上述のバラモン/ヴェーダ教の教えが絶対的に
正しいと盲信してしまっている。

彼らはそもそもバラモン/ヴェーダ教(プラトンの思想も含む)
が根本から間違っていると
考えることもしない。

例えば、

 ・人間を”魂人”と”貪人”に分ける事自体が無意味
  ではないか?
 ・”魂人”と”貪人”が別のDNAを持つ別の生物種で
  あるならば、なぜ両者の交配によって繁殖が
  可能になっているのか?
 ・”悪”や”善”は本当に親から遺伝するのか?
 ・悪人は本当に後天的な教育によって矯正できないのか?
 ・善人が後天的に悪人になる可能性もあるのでは?

 ・そもそも”魂”など存在しないのでは?

そう、18世紀のヨーロッパを中心に薔薇十字運動が
盛んになり、フリーメイソン教がその基本的なドグマを
アーリア系宗教であるバラモン/ヴェーダ教に求めた
のがそもそもの間違いではなかろうか?

残念ながら、バラモン教のアグニ・ホートラの
拝火壇を自国の通貨の意匠として採用してしまう
程、彼らはアーリア系宗教に入れ込んでおり、
元々は打倒バチカンを目指して、中世時代の
ローマ教会(カソリック・キリスト教)の独裁を
非難して新大陸で建国を果たした彼らだったが、

結局は自分達もその大嫌いな
ローマ・カソリック教会の劣化コピー品で
あることに気付かない。


次回は最終回。フェイド大帝の考える”聖者育成システム”
についての持論を紹介しようと思う。

【ヴェーダ・バラモン教編】目指すべきは勇者ではなく聖者【Part9】
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-629.html
いよいよヴェーダ/バラモン教編の最終回。

ここではイルミナティ主義やバラモン教に代わる
思想がないかを提案してみる。

最近、小説でも勇者&魔王ネタが多いし、日本の
TVゲームでもRPGの世界観は中世ヨーロッパ物で
主人公は勇者というケースが主流である。

そもそも”勇者”とは何なのか?

「勇者=勇気ある者」の略で魔王の様な強大な
敵に立ち向かうだけの胆力を持つ者を指す。

基本的にはギリシャ神話の英雄のイメージだろうか。

「勇者」は基本的には”武力/暴力”によって問題を
解決する。

つまり「勇者」がイルミナティと闘うとするならば、
基本武力による正面対決ということになる。

流石に現代では中世のように剣や鎧を着て戦う
ことはないだろうから、アメリカ国内であれば
アフガン戦争の傭兵の様な装備で戦うのだろうか?
日本では銃器が使えないので、さしずめ包丁類か
格闘技で戦うのかもしれない。

しかし、イルミナティ、バラモン教というのは
歴史が長い。当然、武力に対する対処法等
既に織り込み済みである。

アイクの言う様にいくら一般人が中古のライフルで
歯向かったとしても効果はないだろう。

つまり「勇者」ではイルミナティは倒せない。

では、どうするか?

実はドラクエの元になったウィザードリィというゲーム
の他に、海外ではもう一つ重要な作品がある。

それが「ウルティマ・シリーズ」である。

「ウルティマ」では主人公は「勇者」ではなく、
「聖者」である。

「聖者」とは様々な仁徳を備えた人物である。
つまり”武力”偏重主義ではないのだ。

フェイド大帝もこれに肖って「聖者」による
イルミナティ”主義”打倒を提案したいと思う。

ここで注意なのはフェイド大帝は”イルミナティ”と
いう特定の組織・団体・人物ではなく”イルミナティ「主義」”
という特定の思想を問題にしている点である。

特定の組織や人物を排除できたとしても、思想が生き続ける
限り、結局は新たな組織や人物が台頭し、モグラ叩きと
なってしまう。

基本的にフェイド大帝は人間を4段階の状態に分ける。

 聖者
  ↑
 仏陀
  ↑
 魔術師
  ↑
 一般人

「仏陀」が2番目に位置していることに
気付かれたと思う。

実は「仏教」というのは一般人が「仏陀」に
なるための教えなのだが、元々はバラモン教を
倒すために生まれた教えである。

だが「仏教」の問題というのは基本的に
世界の全ての事象を「空」と捉えることであり、
「空」の世界ではプラトンの言う「イデア」や
フェイド大帝の重視する「徳」は存在しえない。
全て心が生み出した妄想ということになってしまう。

フェイド大帝は基本的に仏教のこのスタンスは
百害あって一利なしと捉える。

ところで、皆さんは「人間」の定義について
考えられたことはあるだろうか?

例えば、バラモン教やイルミナティ主義の「人間」の
定義は、

「人間=創造神の餌」

という認識である。

ユダヤ教徒なら、

「人間=神に選ばれし民」

であるし、

ラヴクラフトなら、

「人間=取るに足らない宇宙の雑魚」

になるだろう。

こういった所がイルミナティ主義の問題でも
あるのだが、

フェイド大帝の定義を紹介しておこう。

「人間とは”徳”を創造する存在である」

基本的に仏教の「空」の概念は正しいと思う。
この世界に自存する絶対的な”善”や”悪”はなく、
全ての事象は”縁”に拠る相対関係でしかない。

では、仏教の説く様に本当にこの世界に
”徳”は存在してはいけないのだろうか?

”徳”は本当に人間の心が生み出す妄想として
の地位しか許されないのだろうか?

フェイド大帝はまず一般人は「仏陀」を
目指すべきだと思っている。

というのもエデンの園で人類の祖、アダムは
”善と悪の知識の実”を口にし、ヤハウェと同等の
”善”と”悪”の知識を身につけたはずである。

しかしこの”禁断の実”を食して得られる特殊能力に
ついての聖書の記述は例の蛇/サタンの発言による
のみである。

フェイド大帝はサタンのこの発言は嘘だと思っている。

つまり、人間は未だに”善”と”悪”の層別など
まともに出来ていないのである。

従って、一般人の大半は何が”善”で何が”悪”かの
判断がつかない。

例えば西洋人に言わせれば、”善”はキリスト教の
「隣人愛」だと言うだろうし、イスラーム教徒なら
「ムハンマドの行動」が絶対的に正しいというだろう。
そしてイスラームではイスラーム法が整備され、
ユダヤ教なら基本は「目には目を」の世界だ。

日本人にとっての倫理判断等、所詮日本の刑法に
合致するかどうか程度の物でしかない。
(つまり法に引っ掛からなければ犯罪ではない
 という強引な解釈も成り立ってしまう)

古代インドや仏教では”善”、”悪”をまともに
判断できるのは修行の完成者・仏陀のみと
されている。

ではなぜ「仏陀」は”善/悪”の判断を間違えることが
ないのか?

それは「仏陀」が絶対的な客観視の出来る唯一の
存在だからである。

仏教の悟りというのは基本的に、「主観」を
完全に滅却することを指す。
なぜならば「主観」というのは「心」に拠っている
のであり、心からは必ず「妄執」が生まれるからである。
「妄執」に捉われた「主観」に「客観的」な判断は
不可能である。

だから、瞑想修行等のヨガで「主観」を徹底的に
虐め抜いて、「絶対客観」を身につけていく。

つまり「仏陀」の考え方というのは

基本的に情を含まない、まるで心無い人間の物
のようである。

人によっては「仏陀」のこの様な人生観や
人物像は「情のない冷たい人間」として
受け止められ、これが「情」を重視する
西洋人にいまいち全面的に受け入れられなかった
理由であるとも思われる。

中国でも仏教は次第に衰え、滅亡していく。

なぜかと言うと、中国は「儒教」の影響が
根強く、儒教の「孝」は仏教ではただの
「邪念」に貶められてしまう。
これが日本の様に中国では仏教がブレイク
しなかった理由なのだ。

だから、基本的に仏教国というのは
「無情」な人間を多く育てる傾向があり、
厳しい修行で常に自分を律していないと
日本のイルミナティの様に、

下位の者を情なく痛めつけることのできる
サディスト

になりやすい。

例えば増税ばかりする安倍政権に国民に対する
”情”があるかというと、

彼らには”情”などない。

仏教国である日本では”情け”を持つのは
心の弱い人間の特質であると考えられている
からだ。

だから仏教では人は救われないのだ。

ただし、フェイド大帝システムでもまず「仏陀」を
目指さないといけない。

それはやはり「絶対客観」という能力が
聖者に必須だからである。

「絶対客観」が備わって始めて、正しい
”善”、”悪”の判断が出来る様になる。

そして正しい”善/悪”判断ができる
ようになれば「空」から「聖徳」を
創造することが出来る様になる。

そう、これこそが「聖者」が「人類の頂点」である所以なのだ。

では、「聖者」という存在をもう少し詳しく見ていこう。

 ・聖者は「永遠の生命」に拘らない。
  何故ならば、人生は”生きている時間の短長”
  が重要なのではなく、”生き方”そのものが
  生命の本質であるからだ。

 ・愚者として永遠の時を生きるより、
  聖者として一秒”活”きて死んだ方が
  価値のある生き方である。

 ・聖者は”輪廻転生”を否定する。
  人生は一回限りであり、このたった一回の
  チャンスで一つでも”聖徳”を生み出すことが
  できれば、そのものは人生の勝者である。

 ・全ての生命は聖者になることができる。
  それは悪人であってもである。
  その者が過去をどう生きたかが問題ではない。
  今をどう”活きる”のかが重要である。

 ・永遠の中の一瞬は「無駄」ではない。
  全ての事象は”無常”であり、たとえ
  星々であってもいつかは寿命が尽き
  滅びる。しかし、だからと言って
  その星の輝きが偽りだったと誰が
  言えようか?
  この輝きが宇宙の永遠なる時の中の
  一瞬であったとしても、その星が
  かつて輝いた”事実”は本物である。

 ・魂と肉体は別ではない。
  魂も肉体も合わせて”人間”なのである。

 ・「聖徳」が世界に存在していないからと
  言って、「聖徳」がこの世に存在しない
  のではない。聖者は「聖徳」を確かに
  創造する。

聖者の生き方こそが、イルミナティ主義に勝てるのでは
なかろうか?



ーー
APSサイトであなたも調査調査!
さ~て次回の記事は?
じゃんけん、ぽん!




磯野カツオ 生年月日1938年3月11日 11歳
磯野フネのキリスト系女学校出身ていう設定って、あえて言及する必要あんのかな(棒


うふふふふふ
とは無関係ですたぶん!
とーしばさん♪ とーしばさん♬
とーしばさんは不愉快だなー(^^♪
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『ザ・ストーリー』 『詩学』『千の顔をもつ英雄』『How to Write Science Fiction & Fantasy』『俳優の仕事』。クリエイター育成動画。『スペースオペラの書き方』。新海誠『君の名は。』と不倫より面白くない新海誠の秘密♡(結社に逆らえない理由) 

意図的すぎる。




不倫疑惑なんて問題にならない弱みを結社に握られて脅されているんだろ。
たまに炎上スキャンダル情報流してお前逆らうなよってやるのさ。
プロが出ちゃいけない大会にプロの経歴隠してアマを倒して優勝って(自主規制の罵詈雑言につき以下略)。
――
映画の元ネタを就活生から盗むのは今も昔もやっているのだろう。
で就活生はアイデアだけ盗まれて落とされる。
盗んで企画提案したやつは昇進。
アイデア募ったり、やたら応募者が多い新人賞って実は結社がアイデアを吸い上げるためにあるんじゃないの?
効率的にアイデアが集まるでしょ。
え、作品が面白ければいいって?
面白くないんだけど。
売れればいいって?
私は会社でも業者でもないので内容第一です。
というか大半の受け手は内容第一です。
業者の為に映画を見るのではない。他のジャンルでもそうです。
編集者の為に購入するのでもありません。
つーか払った金の大半が搾取層に行くっての考えると払う気がどんどん失せていくぞ。
とうかもう今の技術だとネット販売してもう作者の銀行に直接振り込んだらいいじゃん。中間搾取反対。
最低でもテレビと新聞と映画劇場と無縁のモデルじゃないとダメだ。
せっかくそれが実現できる技術があるのにね。
とまとさんの高級ワイン商法の応用がすごかったので後述。
”「必ず1冊は売れる」って事実だけは
確定だから、その「1冊」の価格を
吊り上げりゃ違法コピー&中古問題は
全部解決”
ってやつね。

というか文句だけ言ってるアニメータらってほぼ全員あくまでほぼだけど逆らう気ないよな。
ガス抜き。
とまとさんみたいな案を出さないでしょ?
あの給料でも大半は生き延びてるからあのまんまなんだろ。ぎりぎりまで絞っているのさ。
一揆をおこさない程度に。たまに死のうが別にいいってことさ。
フランスのアニメ学校行ってフランスで日本的アニメ作りなさい。
アニメーターに一番必要なスキルは 「フランス語」!
これが一番だ。
ちゃんと生活できる給料も休みもある。
本当に終わってるな日本アニメ業界。


手塚大先生の秘密についても後述って手が滑りましたああああ


『火の鳥』の元ネタをどうやって得たのかの話は後述。


――
この記事(このブログ全体も)にあるツイートって勝手に非表示になっているかもね。
ツイッターの不思議な仕組みをまた発見したからやっているんじゃないの。
あるアカウントがツイートすると、
「~件の新着ツイートを表示」が、
その人のアカウントページよりも、
私のリストのほうがそのツイートが早く表示されるのはなぜ?
普通、ツイートした人のアカウントが最速で反映されるんじゃないの?


峨骨‏ @Chimaera925 2016年6月4日
権威と言う名の養蜂箱を作り、蜂に蜜を集めさせる。養蜂家は最後にやって来て祝福し、自身の手柄のように蜜を所有・管理する。著作権、権威ある賞、研究所。蜂は自身や巣、女王の為に働くが、それは養蜂家に捧げられる。
紋章学では養蜂箱は工業を意味する。知識や知恵、学識は、選ばれた者だけが食す。




Robert McKee『ザ・ストーリー』

販売会社は普通の本屋には置かず、ネット販売のみの形態。しかも、ビジネス書の専門会社が物書きのための本の出版権を獲得ってもう完全に封殺用だな。
禁書にはしないけど、流通させないようにしてプレミア品ビジネスか。悪質。
というか買い占めてんだろ。新品ぜんぜんないし。
カルトが信者動員して都合が悪いものを買い占める手口はいたるところで真似されているのだろう。
実際、アマゾン見たら最低価格が一万円超えてるんだけど。
これ誰かが買うたびに値段上がっていくんじゃないの?
数が少なくなっていくから。
流通が露骨に制限されているマッキー『ザ・ストーリー』
原文の英語が超難しいらしい。
マッキーが読めない人のために私も手助けするよ。
業界変えるのは無理だから新たな業界作るしかないんだけど、
以下のメモが一助となりますように!
メモはどんどん増えるよ。


ctrl +f こっからマッキー kokkaramakki

・p.122
アリストテレスはストーリーが主で、キャラクターは従、と結論づけた。
小説の進化とともに意見は反対側に傾き始めた。
19世紀には公正とは登場人物の性格を示すためにデザインされたものにすぎず、
読者が求めているのは魅力的で複雑な登場人物だとだという考え方が主流となった。
結論が出ない理由は簡単で誤った議論だから。
構成とキャラクターのどちらが重要かを論じることはできない。
構成とはキャラクターであり、キャラクターとは構成であるからだ。
キャラクター=構成。
いまだに議論が続いているのは、
キャラクターと人物像を混同しているから。

人物像
=ある人物に認められるすべての性質、注意深い観察によって知りうるすべてのことの総和。
年齢、IQ,性別、性的傾向、話し方、身振り、家、車、服装の好み、教育、職業、人柄、気質、価値観、態度など、毎日観察を続けることでわかるあらゆる面。
特徴をひとまとめにしたのが人物像。
が、人物像は、キャラクタ=本当の性質ではない。

プレッシャーのもと選択をしないといけないとき、本当の性質が現れる。
プレッシャーが大きければその分はっきりと表れ、
選択はその人物の本質により近いものとなる。
本質を知る方法はただ一つ、
プレッシャーの元で自分の思いを満たすためにどんな選択をするかを確かめるのだ。
選択に本質は表れる。

人物像ではなくキャラクターを描く。
主要人物を描く=キャラクターを示す。
端役は隠れた一面を必ずしも必要としない。
が、主だった人物は掘り下げないといけない――内と外とが同じではいけない。

最高のストーリでは本当の性格が描かれるだけでなく、
良い方向にせよ悪い方向にせよ、
ストーリーの進展とともにその内面が変化する。
(確かに、日本的なキャラを表現するには、そのキャラを表現するストーリー展開が必要なわけで、
キャラが動くって要はストーリーでそのキャラ=本質を示していくってことで、
キャラかストーリか論争なんて完全に無駄ってことね。
キャラクター=ストーリー。表裏一体。)



・p.206
インサイティング・インシデント
=発端となる大きな出来事
=その後に生じる全てのことのきっかけ。
あとの四つのパート、
困難の連鎖、危機、クライマックス、解決
はここに端を発する。

深みのあるストーリー作りのために。
私の登場人物はどうやって生計を立てているのか?
私の世界では政治=権力関係はどうなっているのか?
私の世界にはどんな儀式=物事を行う一定のやり方があるのか?
私の世界の価値はどうなっているのだろうか?
ジャンルは何か?
私の登場人物の経歴はどのようなものだろうか?

バックストーリー
=過去に起きた重要な出来事で話の展開のもと
はどうなっているのか?

配役はどうするのか?
配役の第一原則は対照=考えの違いが際立つ人物を配する。
登場人物が同じ反応をするということは、葛藤を生みだす機会が少なくなる。
葛藤を生みだす機会を最大限にしないといけない。


インサイティング・インシデント
が起きると主人公の人生がバランスを崩す。

・p.359
敵対者の原則がストーリーデザインで最重要。
敵対者の原則を無視することが脚本が失敗に終わる一番の理由。

敵対者の原則
主人公とそのストーリーは、敵対者の存在があって、
初めて知的に興味深く、感情的に魅力的なものとなる。

敵対者が大きな力をもち複雑であればあるほど、
主人公とそのストーリーはリアルさを増さなければならない。
敵対者
=主人公の意志や欲求を妨げる力の総和。
必ずしも具体的な敵、悪漢である必要はない。

インサイティング・インシデント
が起きたとき主人公を観察し、彼の意志の力や、知的、感情的、社会的、身体的能力を合計し、それを内的葛藤、対人的葛藤、非対人的葛藤が生みだす力を合計したものと比較すると、明らかに主人公の力のほうが劣っていなければならない。
望みのものを手に入れるチャンスはあるがそれはチャンスに過ぎない。
主人公が探求の旅を始めるとき、彼の人生のある局面における葛藤は解決可能と思えるかもしれないが、すべての葛藤となると、彼の力では及ぶべくもない。

ストーリーのネガティブな側面に力を注がないといけない。
魅力あるストーリーにできるかは、
ポジティブをいかに転じるかにかかっている。
あなたのストーリーは、ネガティブな力がとても強く、ポジティブな側がそれをしのぐための何かを獲得しなければならない状態になっているだろうか。



ストーリーが迫力に欠けるのは敵が弱いから。
(解決できるなら話が終わってしまうもんね。

“Michael Hauge氏によると映像作品のテーマは、

”敵対者との共通点+バディ(味方)との相違点”
から導き出す
ことができるそうです。”帝

マッキーの言っていることは具体的実例を見ればよくわかる。
①主人公の師匠の敵(ライバル含む)か主人公の敵(ライバル含む)が、
②復讐心、嫉妬、憎しみから(主人公の師匠のライバルに弟子入りなどもする)
③強力な呪われた道具を使って、
④主人公よりも先に、
⑤主人公と同じ大きな目的を果たそうとするが、
⑥失敗し暴走し、暴走した道具や力がラスボスになり、
⑦敵(ライバル含む)もラスボスを倒すために団結し、
⑧敵(ライバル)が持っていなかった要素を使ってラスボスを倒し、
⑨敵(ライバル含む)と和解し、長年の問題の禍根が解消される
って王道だよね。
リトルウィッチだけじゃないよ。



・p.423
登場人物のデザインは
人物像と
本当の性質
の二点を区別するところから始まる。

人物像
=観察によって知りうるすべての事柄の総和であり、
そこからその人らしさが生まれる。
身体的特徴、
身のこなし、
話し方、
身振り、
性的傾向、
年齢、
IQ、
職業、
気質、
態度、
価値観、
住んでいる場所、
暮らし方。
この仮面の後ろに本当の性質が隠れている。
人物像はともかく本質的にはどんな人間なのか?
誠実、不実、正直、嘘つき、愛情豊、残酷、寛大、利己的、意志が強い、意志が弱い?

ジレンマに陥り選択をするとき本当の性格が表れる。
プレッシャーのなかでどんあ選択をするのか、そこから
本当の性格がわかる――プレッシャーが大きいほど、その人物の本当の性質に近い選択が行われる。


本当の性質を描く鍵は欲求。
私は何を求めているのか?と自問する。
欲求の裏には動機がある。
登場人物がどんな選択をするのか、それを見ればどんな人物かがわかる。
行動が実行に移されると、行動の理由はもう意味のないこととして消えていく。


魅力的な登場人物はいくつもの特徴ではなく、大きな特徴を一つ備えている。
マクベスの野心が彼を素晴らしい主人公にしているのだ、という考え方はまったくの誤り。
マクベスが単なる野心家なら、ノルウェー軍を打ち破ってスコットランドを治めただけで、戯曲などは書かれない。
マクベスは、野心と罪悪感の両方を持つ矛盾をかかえているからリアル。
内面の大きな矛盾から情熱、複雑さ、詩心が生まれる。

登場人物のディメンション
=矛盾。
内面における矛盾(罪悪感を伴う野心)、
あるいは人物像と本当の性格との矛盾(魅力的な泥棒)。
この矛盾は一貫したものでなければならない。

ハムレットはこれまで生み出された中でもっとも複雑。
数えきれないほどの矛盾。
気高い、不敬。最初は愛情のこもったやさしい態度で接していたオフィーリアに対して冷淡で残酷になる。
勇気があるが臆病。冷静で慎重だが、衝動的で軽はずみになり、カーテンの後ろに隠れている人物を誰かも確かめずに刺し殺す。
思いやりがあり無慈悲で、誇り高く、自己憐憫に駆られ、機知に富み、悲しみにあふれ、活力に満ち、疲れ切り、理性的で、混乱し、正気であり、狂気。
世慣れた無垢、無垢な世慣れた、人の性質のほぼすべてをもつ矛盾した存在。

矛盾は魅力的。主役を最も多くの矛盾を抱えた人物にして共感を呼ばなければならない。
そうしなければ善の中心がずれ、ストーリーの世界がばらばらになって観客がバランスを失う。

主人公との関係が残りの登場人物を産む。
主人公以外の人物は、主人公と関係を築き、複雑な主人公が抱える矛盾を浮かび上がらせるために存在する。
愉快で楽観的だが、陰鬱でシニカルになる、
思いやりがあるが、残酷になる、
勇敢だが、臆病にもなる、
主人公の周りにはこの四つの矛盾を描き出すためのキャストが必要。
例えば、
Aは主人公を暗い心にし、すねた態度をとらせるが、
Bは機知に富んだ明るい面を引きずり出す。
Cは愛情や勇気を抱かせるが、
Dは恐怖を与え、次に怒りに満ちた行動をとらせる。
脇役は行動、反応を通じて主人公の複雑さを明確にし、現実味を帯びたものにすることができるような性格を与えられる。

端役は平凡でなければならないが、退屈ではだめ。
が、必要以上に面白くして誤った期待を抱かせないこと。きっと再登場する重要人物だと思わせる端役が二度と登場しないことがないように。
観客は、脚本家が一度しか登場ない人物を矛盾した人物に描いたりしないと知っている。

(謎=解釈可能性。
解釈可能性のお陰で時代を超えても生き残る。
荒木先生のキャラ履歴も表裏書かないといけないな)

(キャラかぶりは避けろという言われるのは主人公の類似品ができるのを防ぐためなのが大きい。
が、主人公と似た境遇のキャラAは主人公の特徴と矛盾を浮き彫りにするからよく登場する。
主人公との相違点が重要で、Aにはなくて主人公にはある要素が、Aには乗り越えられなかった問題を解決するための重要な武器になったりする。
Aは主人公の師匠だったち親だったり、主人公のライバルだったりライバルの師匠だったりするが、年下や弟子や生徒であることは少ない印象。


荒木飛呂彦流キャラクター身上調査書まとめ
http://www.acid-bakery.com/memo/archive/arachive/chousasyo_matome.html





・まだふえる とんでもない高レベルだなあ キャラのところを最優先で書きました。

ロバート・マッキーの「STORY」読破した
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-472.html
”ロバート・マッキー(Robert Mckee)さんの「STORY」読破しました。
ちなみにTom Monteleoneの「Complete idiot guide: writing a novel」と
Laura Schellhardtの「Screenwriting for dummies」も読みました。
AMAZONのレビューで評価が高かったので......

後、上述の本にアリストテレスの「詩学」が良く引用されていたので
これも読みました。
(Lauraさんが言うにはお守り代わりとして持つのがいいらしい)

で、感想ですが、アメリカのノウハウ本って本が出版された後の”営業”の部分
つまり脚本で言えば映画スタジオに売り込む所、小説だったら
実際に書店で並べられる所まできっちりフォローするんですね。
そこが、日本の教則本との一番の違いかな?
ただ作品を書いて終わりにしない。
この辺の認識が流石ビジネスの国のアメリカといったところか?
コネの作り方とかもみっちり書かれていたりして、
小説の場合、卸業者のトラックの運ちゃんにドーナッツ奢って
本屋の棚の一番目立つ所に置いて貰うようしろ
とか
かなり生々しいアドバイスが載っていました。

実際のストーリーの作り方に関してはマッキーさんの本が
頭一つ抜けている感じでしたね。

ちなみにスターウォーズのルーカスに多大な影響を与えた
というジョセフ・キャンベルの「千の顔を持つ英雄」も
読んでみたのですが、こちらは訳が酷過ぎて日本語に
なっていないのと、元のキャンベル自身がちょっとヤバイ
薬が完全に決まったニューエイジヒッピーみたいな
思想の持ち主のため、言っていることも支離滅裂で
意味不明のため、断念しました。
う~ん、この本、原本はまともなのかなぁ?

アリストテレスの「詩学」は今まで読んでいなかったのですが
良い機会なので今回トライしてみました。
しかし、こちらも訳が酷い。
「逆転」とか「認知」とかなんだこりゃって感じですわ。
「逆転=どんでん返し」、「認知=発覚/伏線の回収」
読み替えたら驚くほどすんなり理解できるようになりました。
どうして哲学畑の人ってこう意味不明な単語を訳に充てたがるのか......

肝心のマッキーさんの本の方ですが、こちらは貴重な本であるにも
かかわらず、和訳がないので簡単に要約したいと思います。
(英語が激ムズのため解釈が間違っているかもしれませんが)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まず、ストーリーのプロットには三種類ある。

 1.アークプロット: 
従来のアリストテレス式の王道ストーリー。
始まりがあって、中間があって、終わりがある。

 2.ミニプロット: 
オムニバス形式で複数の主人公の視点で語られる。
アニメでいえば「カウボーイ・ビバップ」みたいな感じか?

 3.アンチプロット: 
アークプロットの逆。時間軸守らない
ストーリーは偶然の積み重ね。
なんか知らない間に映画になっていた。
アニメだと「けいおん」みたいな内容のない日常系がこの類か?

この三つの他にノン・プロットというプロットの無いタイプ
もあるそうです。

で、ハリウッドで一番主流なのが1.のアークプロット型ストーリー。
2とか3は欧州系の芸術映画とかに多いそうです。
ハリウッドで活躍したいならば集客力の良いアークプロットを
中心に制作したほうがいいそうです。

次に”ストーリー”とはそもそも何か?

ストーリー=変化

というのがマッキーさんの答え。

つまり、ある状態から別の状態に変化し、しかもその変化が
非可逆的である(つまり元の状態に戻らない)、そういった
”変化現象”が”ストーリー”
だそうです。

「つまりキャラや、そのキャラが置かれている状況/世界
 が変化しない物語というのはストーリーではない」

ぞくにいう”キャラが成長するプロット”
って一体何のこと?と
日本の教則本を読む時に疑問に思うのですが、”キャラの変化”を
表していたんですね。で、この”変化”がないと物語は面白くならない
と。

この次にマッキーさんはストーリーを構成する”単位”を小さい順から
分類していきます。

 ・ビート: キャラの行動を表す
 ・シーン: ビートの集まり
 ・シークエンス: シーンの集まり
 ・幕(Act): シークエンスの集まり
 ・ストーリー: 幕の集まり

なんでこんな分類をするかというと、脚本をリライト(推鼓)するときに
ビート単位でメモ用紙に書きだすんですね。


そしてスタニスラフスキー・メソッド(これがちゃんと出てくるのが
この本の凄い所)を用いてキャラに成りきる。
そのキャラの視点で各ビートを分析していくんですね。
このキャラはこのビートにある動きをとる事に違和感が
ないかどうかとか。

そうやって分析するとストーリーやキャラの行動/言動の
破綻をかなり防ぐことができるらしい。


また、マッキーさんは人間の取る実際の行動と
本心は別であることを強調する。

「人間は本音と建前であると」

だから映画の脚本の場合必ずSubtextを設定しないといけない。
Subtextというのは本音の部分で台詞には出てこないキャラの
気持ちのこと。役者の良し悪しというのはこのSubtextを
如何に汲み取って画面上に表現できるかにあるらしい。


それはまた物語を作るときに

「必ずキャラには本音と建前を用意して行動させること」

そうすることで人間の表現がかなりリアルになるらしい。
つまり”人物に厚み”
が出てくると。

マッキーさんが特に重要視するのが物語りの”クライマックス”
ストーリーというのは

「クライマックスへと至る道」


のことでもあるらしい。

プロットというのはまず

 1.プレマイズ(Premise):
物語の前提。”もしもこんな世界観だったら
作者の作ったキャラはこんなことをするだろう


 2.キー・インシデント: 
ストーリーの発端。
この時点を越えるとキャラはもう後戻りできない。

 3.プロット・ポイント1: 幕1の終わり
 
 4.プロット・ポイント2: 幕2の終わり

 5.クライマックス: 主人公の最終決断

 6.レゾリューション: 
クライマックス後のその後談

 7.エンディング

のような構成になっているらしい。

で、クライマックスってのは単なる”見せ場”のことじゃない
んですね。

「クライマックスでは主人公が重大な決断をする。
 そしてその決断後はもう過去の自分には戻れない」

ストーリーというのは”変化”であるので、クライマックスで
主人公が最終決断することによって最後の変化をする
わけですね。

だからただドンパチやったりラスボスとバトルすることが
クライマックスじゃない。

「人間というのは行動を取る前に必ず決断をする動物である」

だからこそ主人公が物語上、最後の行動をとる前の”決断”
というのは実に重要なイベント
なんですね。


とまぁ、こういった様な事が多々書かれている本です。
他にも細かい事が沢山書いてあるのですが、きりがないので
興味のある方は是非原著をゲットしてください。

しかし、これの訳本、載っている作例が古すぎるとかいう
理由のため出版社側が出すのに躊躇しているらしい......
これ明らかに名著なんだけど......

出されると困る国内業界人にでも金掴まされているのか?
本当にいい本って中々国内に入ってこないんだよなぁ。”





”ロバート・マッキー(Robert McKee、1941年 - )は生まれの、アメリカ合衆国のシナリオ講師である。トライスター・ピクチャーズやゴールデン・ハーベストなどのメジャースタジオのコンサルタントをつとめる。
1991年には『J'accuse: Citizen Kane』でイギリス映画テレビ芸術アカデミーのアワード(イギリスのエミー賞に相当する)を受賞。

著作『ストーリー』Story: Substance, Structure, Style and the Principles of Screenwriting[1]は多くのハリウッドの脚本家にインスピレーションを与える聖書となっている。

35名のアカデミー賞受賞者、164名のエミー賞受賞者をはじめ、セミナー受講生は華々しく活躍している。 最近のアカデミー賞受賞作品などにも影響は強く、現在世界で最も大きな影響を与えるシナリオ講師である。


2009年時点において、マッキーの主著 Story: Substance, Structure, Style and the Principles of Screenwriting は、既に19カ国で翻訳されている。日本語の翻訳は、版権問題などで長年、難航していたが[2]、2016年1月、ダイレクト出版から、省略も要約も無しの完全版で、ようやく刊行された。
出典

^ 翻訳:『ザ・ストーリー』, ダイレクト出版, 2015, ISBN 139784904884959
^ ここまで。純丘曜彰 (2009年9月6日). “ロバート・マッキー氏からのメール” (Japanese). 2013年7月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月2日閲覧。”
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%BC

06. September (Sun) 2009 ロバート・マッキー氏からのメール
https://web.archive.org/web/20130712130143/http://d.hatena.ne.jp/ProfDr_SUMIOKA/20090906
”いま、彼の大著『ストーリー』を翻訳している。とにかく大変だ。なにが大変、って、この人、講演のまんまに書くから、構文が文章語ではなく会話調で、俗語表現もいっぱい出てくる。そして、なにより、実際の数多くの作品に対する知識の広さと考察の深さが半端ではない。すでにこの十倍以上のメモがたまっている、というので、第二版を待っていたのだが、いつになるかわからない、とのこと。それで、第一版のままでも、十分に評価が高いから、これでいこう、という話になった。

 ロンドンから戻ったとかで、御本人からメールをいただいた。すでに十九カ国で翻訳されており、日本語版をずっと待ち望んでいる、と言う。で、もうちょっと時間をください、と、返事を書いた。そうしたら、さらに長い返事が来たので、日本では、広告代理店主導の会議で話しが決まるので、映画のストーリーの市場も、若手脚本家の市場もないから、期待しすぎないでほしい、という事情を説明した。

 というのも、以前、別の著者の本で、こんなことがあったからだ。ほとんど仕上がった翻訳で、あとは契約を整えるだけ、という段階になって、その著者が、その本をプロモーションするために、スター並みにファーストクラスで日本に招け、高級ホテルで全国旅行をさせろ、それが条件だ、と言い出した。冗談か、と思って、再度、問い合わせてもらったが、本気らしい。バカ言え、ということで、出版社とともに一笑に付して、沙汰やみにした。たしかに、おバカなノリのハリウッド本でおもしろかったのだが、こんなほんとうのバカだとは思わなかった。

 ロバート・マッキーの場合は、むしろ逆だ。現実に世界で講演して歩いている。日本にも招かれて当然の人だ。ところが、日本では、ビジネス本で、名前がちょこっと出ているだけ。映画の『アダプテーション』で初めて知った、という人がわずかにいるくらい。これって、あまりに世界の基準から外れている。

 しかし、たしかに日本には、脚本を勉強する、という余地がない。大御所が若手を「弟子」に抱えているが、それこそハックライターとしてネタを取られてしまうだけ。…悪しき業界慣習(アンシャン・レジーム)を変えるためにも、ロバート・マッキーの『ストーリー』はぜひ日本で翻訳して出版したい。儲かろうと、儲かるまいと、映画やテレビドラマは、ほんとうにおもしろい、良い脚本が自由市場で競われて選ばれるべきだ。『犬神家』以来の、日本中の話題になったというだけの凡庸なクズ作品は、もううんざりだ。なんとか、急いで翻訳を仕上げないと。それにしても、マッキー氏の返事は、その人柄が出ている。世界中、不景気だからねぇ、期待しすぎたりはしないが、ずっと待っているよ、それを実現することこそが我々のストーリーだ、と。”

https://www.amazon.co.jp/product-reviews/4904884957/ref=cm_cr_dp_text?ie=UTF8&showViewpoints=0&sortBy=helpful#R3MD00WPJ769WW
“35名のアカデミー賞、164名のエミー賞受賞者を輩出した、ロバート・マッキーの伝説のセミナー。
その内容を記したこの「ザ・ストーリー」という本は、ハリウッドの脚本家たちの聖書となっている。
私も以前から読みたいと思っていたが、ついに諸々の大人の事情をクリアし、2016年1月に、日本語版が発売された。

早速購入して読んでみたところ、物書きのアマチュア、プロ、全員が読むべき本だと思った。
「正しいストーリーの作り方」を、基礎の基礎から応用まで、とてつもなく深く掘り下げて
解説してくれている。外国人の言葉を和訳しているので、少々難しい表現も多いが、
しっかりと理解すれば、本質を突いた、いや、突きすぎている言葉ばかりであることが理解できるだろう。
特に私が好きだったのが、「ストーリーとキャラクターについて」の一文である。

よく、「ストーリーとキャラクター、どちらが大事か、どちらを先に考えるべきか」という議論を耳にするが、
これに答えは無い。何故なら、ストーリーとキャラクターは同じものだからである。
ストーリーとは、「キャラクターがどのような選択をしてどう行動するか」を追っていくものであり、
キャラクターは「どのような選択をしてどう行動するか」で決まっていく。
悪党に襲われたとき、闘うのか逃げるのか。その選択によって、ストーリーとキャラクターが出来上がっていく。
つまり、「ストーリーを決める=キャラクターを決める」
ということなのである。

私もよく、「ストーリーとキャラクターはどちらが大事か」ということを一人で悩んでいたクチなので、
この文章には目からウロコが溢れ出した。ちなみに上記の文章は私なりに要約したもので、
本書にはもっと細いちゃんとした文章で書かれています。

…ただ、この本には、一点、どうしても許せない問題点があります。流通が悪すぎます。
ダイレクト出版という会社が出版権を獲得したのですが、この会社は普通の本屋には置かず、
ネット販売のみの形態を取っています。そもそも、ビジネス書の専門会社が、何故このような
物書きのための本の出版権を獲得したのか、意味が分かりません。
また、本一冊がとてつもなく高いです。この本も、定価5000円以上します。さらに公式ページを
見てみると、「絶版」となっており、その定価でさえも買えない、という状況。

フィルムアート社あたりから、3000円くらいで普通に出版してくれたらこんなことにはならなかったのですが…。
ただ、個人的には、一万円以上出しても読む価値があるのではないかと思うレベルの本ですので、
もし興味がある方は是非どうぞ。”

( ぐだトマト‏ @pteras14 5月15日
最近ちょっと気付いたのは、
どーも日本では「ストーリー」と
「キャラ」と「世界観」が区別できて
いなくて一括りでこれら全てを「キャラ」
と呼んでる気がする。

あのノウハウ本とか、荒木本にある
キャラの履歴書みたいな奴、
「身上調査票」って奴?

あれって荒木本読む限りだとストーリー
展開でキャラの行動を決めるための
覚書みたいな使い方してて、それが本来
の用途だと思うんだけど、あの形式の
まま持ってくと蹴られる。

かなーり細かい所をツッコまれるん
だけど、親がどうなった?とか
(読者の)感情移入のポイント、それを
表現する具体的エピソードとか……

それってキャラ設定じゃなくて
もうストーリーの方だよね?

後、なんでもキャラ単体で無理矢理
完結させようとしたがる傾向が強い
様に思える。

人間って過去とか先天的な要因だけ
じゃなくて周囲の環境だとか、その都度
の選択、他の人間の影響とかで本来
キャラ性が時間軸に沿って変化してく
はずなんだけど、最初から完成された
人物を求められる…

まぁ、FGO方式で過去、現在、
もしも(未来)でそれぞれエピソード
作ればいいかー

要するに日本の「キャラ」ってのは
「ストーリー」やその他も諸々込みって
事で……

しかし、読者の共感するキャラねぇ〜
難しいね。原則的には社会道徳的に
叶うって事だけど。

ハリウッドだと明確に「キリスト教的
道徳に合致している事」って定義され
てるのだけど。日本も同じで良いのかな?
荒木本にも究極のスーパーヒーローは
イエスだって書いてるし……
キリスト教的ヒーローだとかなり
範囲が狭まっちゃうんだけど……


(ぐだトマト‏ @pteras14 4月24日
マコっちゃんを持ち上げるのはどーかと 思うけど。 ま、個人的な話だけど。奴はそんなに 綺麗な人間ではないよ。

西部猫シリーズようやく全巻和訳 出たんだよなー 著者は既に故人。 マッキーのストーリーより劣るけど、 ハリウッド系脚本術本の中ではアメリカ で最も売れているシリーズ。

マッキーのザ・ストーリーが利権関係 のせいで和訳本が全く出回ってないのが 非常にダメージがデカイ。
スティーブン・キングからオースン・ スコット・カード、
南カリフォルニア 大学の教科書まで、アメリカの脚本術/ シナリオ本の主要なの全部読破したけど
マッキーのは頭100個抜けてる

欧米の映画ギョーカイのプロは皆んな マッキーの本を読破してる。 マッキーを読めない時点で確実に日本の 映画人、出版編集者、作家、脚本家は 世界基準で見るとプロ未満。 怒るかもしれないけど客観的事実なの だからどうしようもない。

佐藤秀峰の「描クえもん」がどこまで 本当の話か知らないけど、マッキーを 勉強した韓国人漫画原作者を打ち切っ ちゃうのが日本の大半の編集屋のレベル。 例外も居るだろうけども。 マッキーの英語は多分、並みの英語力 じゃ読解不可能だから、大半の日本人は 原著入手しても無理だと思う。

西部猫シリーズようやく全巻和訳 出たんだよなー 著者は既に故人。 マッキーのストーリーより劣るけど、 ハリウッド系脚本術本の中ではアメリカ で最も売れているシリーズ。

ぐだトマト‏ @pteras14 5月3日

日本人だから少女漫画家の言い分も
分からないでもないけど、取り敢えず
子供達の前で「世の中ゼニが全て!」
みたいな考えを振り撒くのは商学的、
法学的に正しいかはともかく、倫理的に
問題を含んだ価値観である事に理解を
示す「知性」ぐらいは備えていて貰いたい。


なんか違法サイト閉鎖で嘆いてる
ツイ垢を検索して2chでぎもぢいぃぃー‼︎
ってやってるみたいだけど、印象的に
はサイトを観てたのは学生が多い印象
のイメージ。
漫画を買える程のお金が無いのかも
しれない。10冊買えば6〜7000円
オーバーでしょ?

お金が無いと漫画を読む事も、描く事も
許されない社会。それが我々の住む
先進国社会の一般常識。

だけど、
ユダ公が言うにはキューバはそうじゃ
ないって言うんだ。

銭ゲバの根元みたいなユダ公もたまには
夢のある良い事を言う。



まだ、アメ公がお金以外の大切な 何かを信じてた頃に撮られた作品だ。





マッキーの和訳本が入手しづらいから
出血大サービスで書いてあげるけど、
良いストーリーは「主人公が非可逆的な
選択の結果によって生き方その物が
変化すること」。

尚、これはあくまで商業作品のみが
対象だからアート系(ミニシアター系)
はこれに従わなくてもOK。


その「非可逆的な選択/決断を主人公に ストーリー上のいつ&どこで起こさせる か?」が次に重要になってくるんだけど、 それは教えたげない。 どーせ君達は本心ではぐだトマトさんの 事を馬鹿にしてるからね。








ぐだトマト‏ @pteras14 3月22日
マッキーの和訳本が入手しづらいから 出血大サービスで書いてあげるけど、 良いストーリーは「主人公が非可逆的な 選択の結果によって生き方その物が 変化すること」。 尚、これはあくまで商業作品のみが 対象だからアート系(ミニシアター系) はこれに従わなくてもOK。


ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日
いい加減腐った美少女量産アニメ観るの 辞めて、ケビン・コスナーの「パーフェ クトワールド」を1000回観て勉強しろ。 ちゃんとリバースも含めて観るから トータル2000回だからな?


ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月28日

まどマギ如きで感動する輩って結構
多いんだな。

もっと色んなアニメやアニメだけじゃ
なくて映画や演劇も見ようぜぇ〜



ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

理想を言っちゃうと仏教学だけ
じゃなく、アジア系なら儒教も
きちんとした入門書を読むぐらいは
やってほしい。

高校の倫理の教科書だけじゃ全然
足りないから。

儒教入門 単行本 – 2011/12/15
土田 健次郎 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E5%84%92%E6%95%99%E5%85%A5%E9%96%80-%E5%9C%9F%E7%94%B0-%E5%81%A5%E6%AC%A1%E9%83%8E/dp/4130131508 …

#FGO
#FateGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

ベタだけど、きのこも本来読んでると
思うけど、FGOの最終章ってまんま
ドゥルーズのこれだから。

昔は文庫本無かったけど今は安いから
まぁ、読んでみておくと良いかもよ。

ニーチェ (ちくま学芸文庫) 文庫 – 1998/5/1
ジル ドゥルーズ (著), Gilles Deleuze (原著), 湯浅 博雄 (翻訳)
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

もう頼むから「心の哲学」ぐらい
は教養として知って置いてくれ……

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%93%B2%E5%AD%A6 …

分からないなら途中のカントとか
ヘーゲル辺りはすっ飛ばしも構わない
からさ……

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

まぁ、読者も無学で無教養でコミケ
でお気に入りの美少女キャラの
ケツを追い掛けるだけで精一杯の
知能みたいな連中が多いから、
出版社側も作家側も「ほら!売れてる
じゃないか!」って結論になるから
一向に程度が上がらない。

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

まぁ、ギリ哲でも突っ込んで極めて
くれりゃまだ良いんだけど、日本の
作家って小説しか読まない奴が多いから
皆んなマギの大高忍みたいなチンケな
ニーチェの使い古しのネタをグルグル
使い回すし、漫画家や作家を監督する
編集者も似たようなもんだから。

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

最新の哲学までちゃんと途中の
ポストモダンも飛ばさないでやれば、
ギリ哲みたいな時代遅れな骨董品
なんかとっくに卒業してるの!

神学も同じで古くさ〜い、バルトの
本しか置いてないから原理主義っぽく
なるのよね。

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

ギリ哲自体が場所の関係もあって
ペルシャ(イランの辺り)からの
パクリが多いから、どうしても同じ
アーリア系のインド哲学に近くなるのよ。

大体の知識人がギリ哲でもうお腹一杯
状態になるから、ハリウッドも含めて
ギリ哲偏重な脚本が多くなる。

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

ギリ哲自体が膨大な上に、ローマや
初期キリスト教神学も含めると半端
じゃない量な上、日本人なら当然
仏教学ぐらいはやらないといけない。

だから、結局「心の哲学」みたいな
比較的新しい分野までカバー出来る
奴がいないの!

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

これは映画でも何でもそう!
で問題は物語論ってのは基本
アリストテレスの三幕構成論が
スタートだし、哲学も最初から勉強
するときギリ哲から手を付ける。

ところが大体読みづらいカントの
辺りで皆んな挫折してニーチェ辺りで
投げ出すのよ。

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

カルトや結社の入れ知恵以前のレベル
だから何でこういう似たような
ストーリーばっかになるのか教える
けど、基本、物語作りってのは
「Demise」と言ってメインテーマと
言うか伝えたいメッセージを決めるの。

で、大体、哲学から引っ張って
くるの!

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

2chのiOS版スレとか気持ち悪いわ。
チェンクロのシナリオライターが
FGOの最終章をベタ褒めしてたとか。

どんだけ引き出し狭いんだよw

#FateGO
#FGO
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年12月29日

言っておくが、FGOのストーリー最高
とか言ってるニーチェまで読んで哲学
は精一杯って連中、今連載中の少年
サンデーの「マギ」もまんま同じ
ストーリーだぞ?

地球の全生命を無に帰してリセット
しちゃおうぜ!ってお話。

#FateGO
#FGO

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月1日

自殺がテーマの劇場アニメというと
原監督のcolorfulを思い出すな。
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月1日

聲の形、アニメでやる意味あるのかな?
と思ったけど、あらすじ見た感じ
面白そうだから観に行ってみるか。

ジャップ社会特有のイジメ文化の
話だし。

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

ぐだトマトさんの解釈は:

「聲の形とはベランダから落ちる事
である」
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

とりあえず山田監督が悪いのか、
原作の漫画家が悪いのか分からんけど…

で、結局、「聲の形」は一体どんな
「形」だったの?

山田でも原作者でも良いからともかく
この質問だけに答えてくれるだけで
良かったのに……
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月1日

き、狂アニは昔から脚本はダメダメ
だったからなぁー

絵とか動きは良いんだけど……
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月1日

まさか……君の名は。を余裕で下回る
作品が存在したなんて……!
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月1日

こ、これは……アカン!

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

TVとか、映画とか、CMとかは
厳密に尺の長さ(時間の事ね)が
決まってて、アニメとかだと1秒間に
動かせるセルの枚数とかに制限がある。

これは厳密に言うとセルを記録する
媒体によって異なる。フルCGなら
レンダリング時間との妥協は調整要
だけど、基本自由。
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

日本特有の「チームメンバーが言うこと
効かない、個人の私情を職場に
持ち込んで、チームワークを乱す」
が原因ならアニメ会社辞めて個人制作
すればいい。2Dに拘らなきゃ、音作る
奴含めて最低2〜3人居ればそれなりに
観れるもんなら作れる。
尺は自分で決めれるしね。

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

まず、ストーリー(つまりシナリオの事)
には二つのタイプがある。

一つはアークプロット。これは所謂
「王道」って奴で万人受けするタイプで
あまり斬新な事はやらない。
ハリウッド型の商用作品が代表。

二つ目はミニプロットって奴で芸術志向
の型破りタイプ。ミニシアター系に多いね。
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

で、「聲の形」はどちらかというと
アークプロット式で作るべきだったと
思うし、実際、芸術要素を狙って
変わった撮り方を狙ってる様にも
見えなかった。(変わった撮り方って
のは具体例で言うとメメントみたいな
映画の事ね)
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

アークプロット式となると脚本の
分割の仕方(劇場用標準の120分と仮定)
は大きく二つあって、メジャーな
アリストテレス型三幕構成か、
南カリフォルニア大式8シーケンス式が
ある。
1件の返信 1件のリツイート 4 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

一番簡単なのはアリストテレス式三幕
構成だから、「聲の形」もこの方式が
良いと思うが、まぁ、これは不器用
だけど山田監督は無理矢理この形には
力技で持ってった感はある。
1件の返信 1件のリツイート 3 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

で、問題はストーリーの原則と言うのが
あるのだけど、ストーリーって英単語、
和訳すると「物語」なのよ。
つまり「何かを語って」くれないと
いけないわけ。それは作品の「テーマ」
という事にもなるのだけど、
例えば「イジメは良くない」とか
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ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

「時が全てを癒す」でも、永塚の
言う「友情は理屈じゃない」でも
なんでも良いんだ。だけど「聲の形」
の問題はこのテーマが沢山あり過ぎる。
ざっと見ただけでも「イジメ反対」、
「時が過去を癒す」、「自殺反対」、
「加害者の贖罪」、「恋愛」、「友情
の修復」……
2件の返信 1件のリツイート 4 いいね

ぐだトマト‏ @pteras14

はっきり言って、120分でこれ全部を
解決するのは無理。しかも無駄にキャラ
が多い。正直、このテーマなら
主人公と女+1名で十分メッセージは
伝わるだろう。



もう一つの問題は前述の「物語」の
定義。
マッキーの定義だと、「主人公の決断
による非可逆的変化」。

つまり、序盤の主人公→決断→変化→
終幕の主人公って図式で表せれる。

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わこ (´∞`)
かあこ
子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側
緑青茶
夏之

13:23 - 2016年10月2日
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子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側 ツイート内
テキスト




新しい会話
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

返信先: @pteras14さん

で、「聲の形」の場合、そもそも主人公
が誰なのか分かりにくいという悪さも
あるが、これはまぁ将也=主人公が妥当
だろう。

で、序盤の自殺願望少年→ラストで克服
って「変化」にすればいいわけだが、
何故か物語開始早々、母親がこれを
速攻解決してしまう!
1件の返信 1件のリツイート 4 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

そうするともうここで物語が終わっ
ちゃうわけで、原作者もドジを踏んだ
と気付いたと思う。だから、次のテーマ
を探してしまう。で、出てくるのが
「対人恐怖症」。モブキャラの顔に
罰点マークが付いててラストでコレが
一気に取れて主人公が号泣する事から
1件の返信 1件のリツイート 4 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

これが「メインテーマ」だと言うこと
が分かるのだが、コレも次の永塚の
登場で一発で解決されてしまうw

もう、この時点で主人公の存在意義が
ないわけだが後は、グダグダ展開。

で、主人公は結局何も決断せず、ラスト
の文化祭のシーンで謎の号泣w
1件の返信 1件のリツイート 3 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

もう、訳が分からないw
主人公は何で突然「対人恐怖症」が
治ったのか?
川井が渡した千羽鶴?
いや、ただ単純にベランダから落ちた
時に当たりどころが悪くて人格が
変わったのかもしれないww

まぁ、原作者のみぞ知るってとこかな?
1件の返信 2件のリツイート 6 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月2日

原作者のみぞ知る=観客に何も伝わって
ない=物語として成り立ってない=
ストーリーテラーとして失格

これが結論。

後、細かい所で言うとキャラの不自然
な行動(本物の人間が絶対取らない行動
や反応)もあるけど、まぁストーリーの
欠陥と比べたら枝葉の問題。

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

アニメってのは基本、脚本が良ければ
動きが多少ショボくても観れる物に
仕上がるんだ。これがGANTZ:Oの
例。

面白い漫画が必ず絵がイラストレーター
レベルのクオリティじゃなくても
面白い作品があるのと一緒でね。
0件の返信 3件のリツイート 6 いいね

夏之さんと他2人さんがいいねしました
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

本来、2位の人が優勝すべきだったん
だよ。2位の人が注目されればディズニ
ーより先に日本はフル3DCGアニメに
移行出来たはずだったんだ。
0件の返信 3件のリツイート 4 いいね

逆喷射サンチーム驫麤6/19誕生日さんと他1人さんがいいねしました
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

本当はねDOGAのコンクールの
あの年の2位と3位がフル3DCGだったん
だよ。新海の野郎は古くさ〜い2Dアニメ
ね。

当時は3DCGアニメが流行ってたん
だよ。あれだとハリウッド行きの
道も開けるし、2Dセルよりずっと
楽で早いからね。人数も減る。
0件の返信 3件のリツイート 3 いいね

政志@詭弁あふれる←さんがいいねしました
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

あれね、トランスフォーマーのチーム
で造り直して欲しいね。

顔の表情の変化は大分成長したけど
他がダメだ。

こうなった原因?新海誠だよ。
0件の返信 2件のリツイート 2 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

大阪編がやっぱ一番面白いね。
後、仏像編。

元ネタは北欧だけど、旧スクウェアの
「ルドラの秘宝」、少年エースの
「ガイバー」同じネタ元だと思われる。

岡のスーツの刃の位置、ガイバーと
一緒だろ?w
0件の返信 2件のリツイート 2 いいね
ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

CGはショボかったけど、GANTZ:O
面白かったよ。

まぁ、アレは原作が面白かったからね。
終盤の巨人族との闘いは納得いか
なかったけどw

想像付くと思うけど、元ネタは北欧の
ヴァルハラな!

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年10月30日

いい加減腐った美少女量産アニメ観るの
辞めて、ケビン・コスナーの「パーフェ
クトワールド」を1000回観て勉強しろ。
ちゃんとリバースも含めて観るから
トータル2000回だからな?



ぐだトマト‏ @pteras14 5月4日
後、出版社や書店/印刷所がお金を
再投資するから作家が次の作品作りに
投資出来るって言ってるけどさ、
出版社や書店が本当の「売り上げ」
なんて作家に伝えてるのかね?

適当に15万部刷ったって言ってるだけ
なんじゃねーの?
本当は50万部売れてたりしてw

「食べたパンの枚数を一々数えてるのか?」
ってジョジョのセリフをよく引用する
けどさ、作家はちゃんと「売れた本
の冊数を一々数えてる」の?w

その担当編集とかいうのの又聞き情報
なんじゃねーの?w

だって、自分が出版社の経営者の
立場で考えりゃ分かるじゃん。
100万冊売れてても、作家には10万冊
しか売れなかったよって言っておけば
90万冊分、丸々ピンハネ出来るじゃん?

アニメ業界にだって信じられない搾取
構造があるんだから、出版業界だって
あったって自然だろ?

(ある鍵アカウントを参考。
「大人気! 累計何X万部突破!」だって増やすも減らすも自由自在。
脱税とかマネーロンダリングとかにも以下略
何冊刷ったかなんて証拠隠滅できる。
「丁合機のミスで紙がグシャッたー」
「予備として多めに」
「証拠?ん古紙回収業者に回収されちゃって」
特に「機械の不具合で」が万能。

※ ”丁合い
ちょうあい / gathering;collecting
製本のさい,シート紙や折り丁をページ順に揃え1冊にまとめる作業。手で集める手丁合いと丁合機を使う機械丁合いがある。1冊の中で,折り丁を重複して取ることを「取込み」,ある折り丁が脱落して欠けることを「落丁」,順序を間違えたものを「乱丁」といい,これらを防ぐために総繰りをおこなったりする。 ”
http://www.jfpi.or.jp/webyogo/index.php?term=1475 )

国やえら〜い裁判官がどの作品が
実際どれだけの量売れたか聞くの?w

何処に聞きに行くんだ?w
出版社?書店?印刷所?w

ジョジョ二部の引用で申し訳ないが
「ノーミソ半分腐ってんじゃねーの?」w

流通を「他人」任せにしてる時点で
絶対に中抜きはある。アニメ業界見
てりゃ分かんだろ。

ま、もっともエリート少女漫画家さん
達は安心してて大丈夫だよ!
割れ厨のガキンチョと違って一流大卒の
ドートク&リンリ観の優れたサラリーマン
達が出版社を経営してるからね!
彼等を盲信的に全面信用すべき。な?


違法サイト、出版社の自作自演だったり
してw

在庫過多がどーたらこーたらって
別に違法サイトがあろうとなかろうと
見積もり失敗する事ぐらいあるだろう。

部数削減でリスクヘッジしたんだから
めでたし、めでたしじゃん。

同人誌売った金でレンタル倉庫でも
借りりゃ良いんじゃね?

例の漫画家ノウハウブログにも
漫画の才能のある人は小学生の頃から
息をする様に絵ばかり描いてるから
一般ピーポーは絶対敵わんとか書いて
あったけど、やはり絵だけじゃなくて
「生産管理」も勉強すべきだったの
では?

傾向的に絵を描く職業の人達って
プライドと仲間意識が異様に高くて、
仲間以外の人達のアドバイスを全く
聞かないよね。


まぁ、芸術家にプライドは必要だとは
思うけども。

時間経つと消えるインクあるじゃん?
アレで漫画刷れよ。
やっぱ学校の勉強をしないで絵ばっかり
描いてた奴等は駄目だな。
根本的に頭が弱い。

か、自動車みたいにグレードで
分けて金持ち相手のビジネスモデルに
変えりゃ良いのに。画家みたいにさ。

ネーム: 90万円
ラフ画: 200万円
ペン入れ背景無し: 500万円
ペン入れ背景有り: 2000万円
フルカラー: 4000万円

軽自動車〜フェラーリのイメージ。

多分、パチ屋のドラ息子とか絶対に
買う奴居るから。
1冊売っただけで元取れるだろ。

原稿買い取ったら、後はコピーでも
無料配布でも好きにやってくれと。

要は印税で儲けるスタイルを辞めりゃ
良いんじゃね?って話。

違法サイトでも、ブックオフでも
「必ず1冊は売れる」って事実だけは
確定だから、その「1冊」の価格を
吊り上げりゃ違法コピー&中古問題は
全部解決する。

数売らなくていいんだから、出版社も
広告屋も印刷屋も要らない。
従って〆切もない。

校正とか原稿買い取った金持ちに
やらせりゃいい。金持ちが無料公開
すれば一般人も問題なく漫画が読める
わけだし皆んなwin-winじゃん。

出版社とか印刷所、本屋は堪らんかも
しれないけどw

そのためには漫画家の組合みたいなのを
今ある奴とは別に作って、出版社を
締め出す構造を作らないと成立しない
ね。

要は現在流通を仕切ってる連中の手に
原稿が渡らない様にすれば、4000万円
でも漫画家から直接買うしか方法が
なくなる。

アニメ問題も一緒で原画と動画と
背景の素材だけ金持ちに高額で
買い取らせりゃいい。

で、「制作/撮影」の方は追加サービス
にして、追加料金を払えばマスター
作りますよって形式にしときゃいい。

そのためにはもう分業制は辞めて、
監督が原画〜音素材まで全部自分で
作りいい。

マスター買い取った後、そのアニメを
TVに流すか、ネットで配信するかは
その金持ちにやらせりゃいい


ただ、漫画もアニメもそれやったら
連中は全部海外発注するだろうねw

それだけが危険だから、ギャージンも
巻き込まなきゃあんま意味ないだろうね。


ただ、全部海外発注になれば、
ギャージン市場価格まで上がるだろ?


理想はディズニーとかのレベルまで
上がりゃ御の字なんだけどね。

韓国と中国がネックだな。この二国が
価格を吊り上げてくれれば一発解決
なんだが……

アニメは微妙だけど、日本人好みの
漫画描けるのはアメコミやBDじゃ
モラルとかコンプライアンスの
問題で無理だから競合しないとこが
いいね。

唯一の問題はまた韓国だけど、ただ
漫画に関しては韓国漫画の絵柄は
ちょっと日本人の好みからはズレてる
印象。

連中が日本人の好みに似せてきたら
ヤバイかもしないけども。

だって同人誌とか商業誌より高くて
分量が少なくても買う奴がいるわけ
じゃん?

フェラーリ級の値段でも欲しくて金
持ってる奴が一人もいないってのは
考えにくい。

一番売れるのは軽自動車級だろうね。
ネームだけだけどw
ラフ画でヴィッツ〜カローラ級なら
妥当なとこでしょ。

紙にすると刷らなきゃいけないから、
軽自動車級とカローラ級はデータ売り
にすりゃ良いんじゃね?

この二つはまぁ、宣伝代わりだね。
本命は500万以上のベンツ〜レクサス
級の生原稿。

4000万級の奴でもヨットみたいに
複数人で買うって客も出てくるかも
しれないしね。

漫画もアニメも「大衆芸術」ってのが
そもそもいけなかった。大量に配布して
安く売るってビジネスモデルだから。
ターゲットは貧乏人だから当然無料で
観たり、読んだりしたがる客層を
狙ってるから問題になる。

最初っから金持ちを狙い撃ちにする
ビジネスモデルだったら何の問題もない。


金持ちだったら最初から金出して
買っちゃうから違法サイトや中古屋
なんかにそもそも行かないだろう。

ま、金持ちが無料公開しない!って
言っちゃえば、貧乏人は漫画もアニメも
観る事も読む事も出来なくなっちゃう
訳だけど。

でも、いいじゃん。君達エリート漫画家
やエリート アニメーターの理想とする
職業像は「貧乏人に娯楽を提供する事」
じゃなくて、「絵を描いてお金儲け
する事」なんでしょ?

全然いいじゃん。理想が叶って。
君達の本来あるべき姿になれるんだから
是非、そうするべきだ。

だから前から言ってるじゃん。
君達が好きなのは「漫画/アニメを
作る事」じゃなくて「漫画/アニメを
利用してお金をゲットする事」だって。

「お金は正義」なんだろ?
子供達にもお金が一番大事だという
現実を伝えるお話を作るのが目的なん
だろう?

何を迷ってる?


「良心」なんて捨てちまえよ。
換金出来ないんだからさ。

お金が絶対的価値観なんだから、
君達は芸術家の真似事なんか辞めて、
素直にお金に身も心も捧げるのが
絶対的に正しい姿なんだ。


子供の頃は、子供達に夢を与える
漫画家になりたかったんだ。

でも、今は貧乏人のヒモ親父を竹刀
で引っ叩く大人になっちまったんだ。

エリート漫画家さんが本当にやるべき
なのは違法サイトやブックオフを
潰す事じゃなくて、出版社の原稿買取り
価格を吊り上げる事だ。

だって、あれが必ず売れる一冊じゃん?
あれが10000円/ページが10倍の十万円
になるだけでも相当助かるだろ。


その値段で買ってくれなきゃ、
売らなけりゃいいんだよ。仲間内で
示し合わせてね。そうすりゃその値段で
買うか、何か別の商売始めるかの二択
しかなくなるだろ。

老舗の料亭とか鮨屋は皆んなそうやっ
てる。おフランスのロマネ・コンティ
のボッタクリ ワイン屋もね。


あんな葡萄酒一本が50万〜100万も
するわけないじゃん。常識から考えて。



あなたロマネ・コンティの畑見た事
あります? 石垣で囲ってある小ちゃな
畑の小面積だけがそれ用の葡萄。
石垣から1mmでも外に出るとガクッと
値段が下がるんですよ、アレ。

後、知らんかもしれんけど、ロマネ・
コンティってバラ売りしないんだぜ?
必ずダース売りでその内の一本だけが
ロマネ・コンティなの!
残りの11本は全部クズワイン。

勿論、全部同じシャトーで作ってる
ワインだよ〜ん。

すんごい小さい畑ですよ。うわ!
ショボ!ってビックリするぐらい。
あれの石垣で囲った範囲から1mm
ズレただけで値段が大幅に変わる
理屈は残念ですが、私には理解出来
ません。私も葡萄を栽培してるので
騙せません。

Oui, mais il faudrat bien commencer
quelque part, un jour.
(Yes, but we must start somewhere, one day.

はい、しかし、いつか、どこかで起動しfaudrat。
グーグル翻訳比較)

法律系の中で憲法が一番実生活で
役に立たないから、モチベーション
が湧かないのよね。民法とか刑法、
商法の方が好き。
一番役に立つ訴訟法関係が出題科目
から外れてるって凄い意地悪だと思う。

(作者の手元にコピーをいくつも持っておく。紙媒体と電子媒体で。
超売れっ子作家が出版社と全部契約切ってからやったらいいのに。
一話完結100万円とか。
続き物第一話で何話までやるか不明ならいくらになるのやら。
オークションで売るのはどうか)


完全に守られるわけじゃないけど法律は学べば武器になるよ。
でも忘れてはいけないのは、法の執行の強制力は背後に暴力があるから有効だってことだよ。
警官がなぜ武器を持っているのかわかる?
暴力をお行儀よくすると武力と呼ばれる。
隠●撮●と録●をすぐにできるようにしておくのが非常に有効。
見ただけじゃ他のものにしか見えないのもあるよ。













マッキーおすすめ
『アリストテレース 詩学/ホラーティウス 詩論』 松本仁助・岡道男訳 岩波文庫



”榎本憲男 ‏@chimumu 2015年5月10日
アリストテレスの『詩学』読了した。キモは「認知」と「逆転」、これが大事だと力説しているんだが、オレ流に意訳して、
「認知」は「え、まじ!?」 
「逆転」は「ギョエー、そういうことだったの!?」
と理解する。
その上で、『オイディプス王』を読むとわかりやすい。(と思うんだけど)

青木陽 AOKI Yoh ‏@Yoh_AOKI 2015年1月19日
お話には出来事の予告や遅延があった方が良い、その方が逆転も認知もより効果的になる。詩学には書かれてない、自分用memo.

かざみさとる ‏@kazami7 2013年11月3日
「詩学」読書中。筋は統一されなければならない。全体の筋に関連性のない出来事は除外し、不可欠な統一ある出来事を中心として筋を組み立てねばならない。ホメロスがそうしたように。悲劇が最も人心を動かすのは、(予期に反する)逆転と、(重要事実の)認知であり、同時に生じるのが最上である。

えかきのルロアさん ‏@ruroa2 2013年2月7日
アリストテレスの『詩学』に書いてある「認知と逆転」というテクニックを最も忠実かつ誇張的に採用した物語ジャンルのひとつがわが国の「少女マンガ」です。たとえば最近アニメ化されもした『ちはやふる』 とか『好きっていいなよ』なんて、「認知と逆転」ですべてのエピソードをつくってるわよ。


「詩学」は原則本
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2009/03/post-c04f.html
”わたしたちヒトは、「再現」を好むのだという。この概念はミーメーシスといい、模倣とも再生とも翻訳される。現実そのものを見るのは不快で、その現実を模倣したもの――演劇だったり彫刻、絵画だったりする――を見るのを喜ぶのだという。彫刻や舞台を用いることで、これは「あの現実を模倣したのだ」とあれこれ考えたり語り合うことに、快楽をおぼえるのだ。
(…)
悲劇とは、一定の大きさをそなえ完結した高貴な行為の再現(ミーメーシス)であり、快い効果をあたえる言葉を使用し、しかも作品の部分部分によってそれぞれの媒体を別々に用い、叙述によってではなく、行為する人物たちによっておこなわれ、あわれみとおそれを通じて、そのような感情の浄化(カタルシス)を達成するものである。

 実践に使えるポイントは、二つ。この実践は、いわゆる劇作に限らず、小説や映画などにも効く。

 一つめのポイントは、「おそれとあわれみ」。この感情を受け手に与えると、その作品は成功したといえる。もちろんこれに限らず、すぐれた作品には、恐怖、怒り、憎しみ、嫉妬、喜楽、哀切など、さまざまな感情が渦巻いている。そして、登場人物が抱く激しい怒りや恐怖が、受け手に伝染することがある。

 しかし、それらはアリストテレスに言わせると、「劇中の人物がこれらの感情のゆえに誤った判断をして破滅する、または危機に陥ることを示すため」なのだという。作中の因果の輪の一部をなしたり、トリガーとして「強い感情」が働いているのだという。そして、「おそれとあわれみ」こそが、すぐれた作品にとって必須の条件となる。

 「おそれとあわれみ」を引き起こすためには、「不幸」の要素が必要となる。「幸福→不幸」もしくは「不幸→幸福」となるかはそれぞれだが、多かれ少なかれ不幸の要素がある。観客は自分に似た人物が不幸にあうのを見て、自分もまた同じ不幸にあうのではないかとおそれ、あるいはその人物が不幸に値しないにもかかわらず不幸に陥るとき、あわれみをおぼえるのだという。この感情を引き起こすことが、悲劇の目的なんだとまで言う。

 さらに、この感情を引き起こす効果的な方法まで伝えている。アリストテレスはまず、視覚効果の限界を指摘する。見た目を弄って「怖そうな仮面」や「痛々しい様子」を表現しても効果的ではないという。今風にたとえるなら、びっくり箱的な仕掛けや、どばーん血まみれの映画や小説は、怖いといってもすぐ慣れてしまうようなものか。

 では、どうすれば最も効果的におそれとあわれみを引き起こすだろうか。それは、予期に反して、しかも因果関係によって起こる場合だそうな。予想を裏切るような(でもその中でのリクツは合っている)出来事を見せられると、そこに「驚き」が生じるから。

 ここで、あるフィクションを思い出す。奇妙な死亡事故を調べているうちに、あるビデオを見てしまう男の話。実はそれは「呪いのビデオ」だったというやつ。このフィクション、わたしと友人との間で評価が真っ二つに割れているが、ようやくその理由が分かった。

 カギは、「呪いのビデオ」を信じるかどうかにかかる。少なくとも「ありそうだ」と思えるなら、「おそれとあわれみ」を驚きとともに効果的に味わうことになる。「見た人は一週間で死ぬ」という事実は、見ちゃった後に知らされるからね。そりゃ怖いし、かわいそうだよ。

 その反面、信じられないのであれば、本を投げたくなる。じっさいその友人は「カネ返せ!」と言ってた。「キリストの血統は実は続いてました、それはオマエだ!」なんて奴や、「平凡な少年が実は伝説の魔法使いだった」奴などが、これにあてはまる。自分を重ねられるキャラクターがピンチになったあと、そいつを覆す。危機も逆転も、そのキャラだから起こりうるもの(ビデオ、血統)であれば、より効果的に受け手の感情を引き出せるのだ。

 二つめのポイントは、「カタルシス」。これは注釈のほうが分かりやすい。訳者は二つの説を取り上げていた。ひとつは瀉出説、もうひとつは倫理的浄化(教化)説なんだが、瀉出説のほうがしっくりきた。昔の治療の一手段、瀉血からきているんだろう。

 これは、医療における有害物質の瀉出(除去)
にもとづく解釈だそうな。悲劇はあわれみとおそれの感情を引き起こすが、それは結局、これらの感情を高めたうえで、この感情から観客を解放するためであるという。熱病患者には熱を加えて熱から解放する治療のような「類似療法」のようなもの。

 さらに、この効果は知的なものにとどまらない。なぜなら、まさにこの知的な働きによって、肉体も変化するからだという。つまり、肉体はアドレナリンを分泌し、心臓がバクバクし、手に汗をにぎり、目には涙があふれる。泣きゲーで涙を流したり一本抜いたりすると、スッキリするのはこういうこと――戯言兎角、一種の呼び水となっているのだろう、感情の水位を高め、あふれ出すための。

 エッセンスをまとめるとこうなる――観客が感情移入できるような、普通の人がピンチになるが、どうしてそうなったか、最初は分からない。その原因を探っていくうちに、その人は何かの因縁を持っていることが認知される(キャラと観客の両方に)。因縁は劇の外側にしつらえてあり、作中ではその結果や影響しか見えない。適切な不幸とそれに見合った解決で受け手をハラハラドキドキさせ、なおかつドンデン返しする。ただし、「いかにもありそう」な因果でなければならない。で、ラストにホロリと泣かせれば上出来。

 ベストのフレームはこんな感じで、あとはバリエーションの問題となる。そうそう、アリストテレスに言わせると、「みんなが知っているお話」を下地にするのはいいけれど、変えちゃダメだそうな。共有されていつ、大きな物語があるなら、それをベースとする。観客は舞台の「再現」を見ると共に、自分の記憶のなかでも「再現」させるんだ。この二重の再現こそが快の元なのだろう。「あ、知ってる知ってる!」という奴やね。

 ベースとなる神話があるなら、その登場人物は死ぬべきときに死に、戦うべきときに戦う。その構造はそのままにしたうえで、観客に「あわれみとおそれ」を呼び起こすような出来事を、予期に反して、しかも納得できる因果関係でもって引き起こすのがベスト。


 たとえば、いわゆる「時代物」が良例だろう。歴史にIFはないけれど、史実はそのままで、「実はあんな陰謀があったんだ…表沙汰にはならなかったけど」なんて話がぴったりや。「儂の死を三年隠すのじゃ」とか、「自衛隊が戦国時代にタイムスリップしちゃいました」なんてそう。史実を変えずに、どう着地させるかが見所やね。それにひきかえ、「自衛隊が第二次世界大戦にタイムスリップしちゃいました」の方は、偽史展開(パラレルワールド)なので、アリストテレスによると二流扱いとなる。”

アリストテレス『詩学』ノート
http://technoscenario.web.fc2.com/shigaku/_body.html
”逆転

:例
『オイディプス王』
まさに意図と反対のことを行う。
『リュンケウス』
リュンケウスは死刑を執行されるために引き立てられ、ダナオスは死刑を執行するために付き添っていたが、それまでの行為の結果、ダナオスは殺され、リュンケウスは救われる。
認知


印による認知

技法として劣っているが、ほかに方法がない場合よく使われる。
生まれつきのもの
生まれてからえたもの
傷あとのように身体についた印

首飾りや、その人の使う小舟など。
オデュッセウスの乳母による認知。豚飼いによる認知。
「足洗い」のくだりにおける認知のように逆転から生じる認知は、よりすぐれている。
作者によってつくられた認知

自分が誰であると自分が明かす場合のように、つまらない。最低でも、印を使うべきである。
記憶による認知

何かを見て気づくことにより認知される場合。例:
ディカイオゲネスの『キュプロス島の人々』
絵を見て思い出し泣く。それで誰であるかが判明する。
「アルキノオスに語られる物語」
歌を聴いて思い出し泣く。それで誰であるかが判明する。
推論による認知

例:
「誰か、わたしに似た人がきている。しかしオレステスのほかにわたしに似た人はいない。だからオレステスが来ている」。
「姉も生け贄にされたのだから、自分もまた生け贄にされることになるのだ」
「息子を探しに来たのに、自分が死んでいくとは」
「ここで死ぬのがわたしたちの運命なのだ。わたしたちが捨てられたのもここだから」

観客の誤った推論を利用する複合的な認知
AであればBである、すなわち
A→B
である場合、観客は
B→A
でもあると考えてしまいがちである。だから、Aの真否にかかわらずBだけを示しても、Aであると彼らをだますことができる。
出来事そのものから起こる認知
手紙を届けたい、と望みそうな人物を類推して認知する例。


苦難

人物が破滅したり苦痛を受けたりする行為のことで、例えば、目の当たりに見る死、はげしい苦痛、負傷、そのほかこれに類したことがそれにあたる。
(…)
作者がなすべきことはあわれみとおそれから生じる喜びを再現によって作り出すことであるから、このあわれみとおそれを引き起こすものを出来事の中に組み込む形で詩作しなければならない。
では出来事のうちで、どのような出来事がおそろしいもの、あるいはあわれみを誘うものに見えるか。この種の行為が為されるのは、

互いに親しい人たち
互いに敵対している人たち
親しくもなく敵同士でもない人たち

のいずれかの間である。2.と3.については、あわれみを誘うものは少しもない。であるから、兄弟が兄弟を、息子が父親を、母親が息子を、息子が母親を殺害したり、殺害しようと企てたり、その他これに類することを行ったりする場合こそを、作者は求めるべきである。
行為は次の仕方で為される。行為は実行するかしないかのいずれかであり、また、それと知りながらするか知らずにするかのいずれか
である。

自分がおそろしい何かを企てていると気づいており、行為しない場合
自分がおそろしい何かをすると気づいていながら行為
する場合
エウリピデスがメデイアに自分の子供を殺害させるのがこれにあたる。
おそろしい行為をしているのに気づかず実行し、あとになっておそろしさを認知する場合
『オイディプス王』
何も知らないために何か取り返しのつかないことをしようとし、実行する前に認知する場合

このうちで、1.がもっとも拙劣である。忌まわしいだけで、悲劇的ではない。
もっともすぐれているのは、4.である。たとえば若者を殺害しようとして果たさず、それが息子であると後で認知する場合である。このほか同様に、姉が弟を生け贄にそなえようとする、とか、息子が母親を敵の手に渡そうとする、といった例がある。
悲劇作者は、わずかの家系しか取り上げない。なぜなら、作者たちが上に見たような効果を筋の中に作り出すことを発見したのは、技術でなく、偶然にこれらの家系のなかにそのような筋を見つけたに過ぎないから
である。 ”

悲劇の要素とカタルシス ~アリストテレス『詩学』のメモ~
http://syaosu.blog40.fc2.com/blog-entry-1.html
” 「詩人(作者)の仕事は、すでに起こったことを語ることではなく、起こりうることを、すなわち、ありそうな仕方で、あるいは必然的な仕方で起こる可能性のあることを、語ることである」(第九章)とアリストテレスはいいます。この詩人の目的は歴史家と詩人とのちがいを比べることでよりはっきり理解できます。「歴史家はすでに起こったことを語り、詩人は起こる可能性のあることを語るという点に差異がある。したがって、詩作は歴史にくらべてより哲学的であり、より深い意義をもつものである。というのは、詩作はむしろ普遍的なことを語り、歴史は個別的なことを語るからである」(第九章)。
(…)
 「悲劇が人の心をもっともよく動かす要素は、筋を構成する部分としての逆転(ペリペテイア)と認知(アナグノーリシス)である」とアリストテレスはいいます。逆転とは「行為の方向がこれまでとは正反対の方向へ転じること、すなわち、ある行為がその意図した結果の実現をはばまれ、予期に反して、その正反対の結果を引き起こすこと」(第十一章訳注)です。相手のためを想って行った行為が、かえって相手を苦しめる結果となってしまった、などがこれです。
 次に、認知とは「無知から知への転換――その結果として、それまで幸福であるか不幸であるかがはっきりしていた人々が愛するか憎むかすることになるような転換」のことです(第十一章)。つまり「好きになった女の子が、なんと血の繋がっている実の妹だった」みたいな展開ですね。もっとも優れた認知は、出来事そのものの必然的な推移から、それが逆転とともに生じる場合とされます。つまり「実の妹とも知らずに告白したらOKもらって恋人同士に。やることやった後になって父親から『実はな、お前には妹がいるんだ』と告げられて会ってみたら、なんとあの恋人が血の繋がった妹だと発覚!さらに先の一発で妊娠してしまい……」みたいな展開のことでしょうか。
 逆転と似た概念に「変転(メタパシス)」があります。変転とはひとつの筋の流れのなかで幸福から不幸、あるいは不幸から幸福へ移り変わることです。要するに日常パートにおける自然な感情の変化ということでしょうか。変転は物語の単一的な流れに過ぎませんが、ここに逆転が起こりますと、このひとつの筋の流れが逆流し、筋が複合的になって悲劇に深みが増すのです(ただし、筋が複数ある劇は駄作とされます。つまりふたつの物語が同時並行で語られる劇はアリストテレス的にはダメなのです)。
 逆転も認知も変転も、筋の組み立てから逸脱することは許されません。いずれも筋そのものから必然的に生じるものでなければならないのです。この点、アリストテレスは徹底しています。
 (…)
 「悲劇とは、一定の大きさをそなえ完結した高貴な行為、の再現であり、快い効果をあたえる言葉を使用し、しかも作品の部分部分によってそれぞれの媒体を別々に用い、叙述によってではなく、行為する人物たちによっておこなわれ、あわれみとおそれを通じて、そのような感情の浄化(カタルシス)を達成するものである」とアリストテレスは定義しています(第六章)。おそれとあわれみを引き起こし、それによって観る者にカタルシスをもたらすこと。アリストテレスにとって悲劇の最終目的とはこれです。そのため「もっともすぐれた悲劇の組みたては……おそれとあわれみを引き起こす出来事の再現でなければならない」のです(第十三章)。
では、おそれやあわれみを引き起こす筋とはどのようにあるべきなのでしょうか。アリストテレスによれば、

(1)よい人が幸福から不幸に転じることが示されてはならない。
(2)悪人が不幸から幸福になることが示されてはならない。
(3)しかしながら、まったくの悪人が幸福から不幸に転じることを示してはならない。
(4)よって、これらの中間にある人がなんらかの「あやまち」(ハマルティアー)によって、大きな名声や幸福を享受しているにもかかわらず不幸に陥ることを示さなければならない。

 つまり、観る者におそれとあわれみを喚起させるのは、不幸に陥るのにふさわしくない者(アナクシオス)が大きなあやまちを侵したことで幸福から不幸に転じていくような筋
なのです。
 ここでいう「あやまち」とは、その人物の卑劣さや邪悪さによって起こされた倫理的に重大な罪ではなく、数ある選択肢のなかからかれが選んだ知的判断や決断のことをいいます。つまり善悪の問題ではなく、その人物がある運命的な分岐にさしかかった際に選んだひとつの決断が、後に悲劇のきっかけとなってしまった場合、そのときの決断を「あやまち」というのです。
かのオイディプスは、「故郷に近づけば両親を殺すことになる」との神託を受け、自身が故郷と信じるコリントスから旅立ちます。しかしかれの本当の生まれ故郷はテーバイだったのです。そして知らず知らずのうちにテーバイにたどり着き、あの父殺しを犯してしまう。これはオイディプス本人にはどうしようもなかったことですが、何はともあれ、かれは「あやまち」を侵してしまった。『オイディプス王』はギリシア悲劇の傑作のひとつですが、このような筋の展開が観る者におそれとあわれみをもたらすのだ、とアリストテレスはいうのです。
 ところで、先にも述べましたとおり、アリストテレスは筋の組みたては必然的な、ありそうな仕方でなされていなければならないとし、悲劇の筋が「機械仕掛けの神」によって強引に解決することを極力排除するように言います。しかしよくよく考えてみますと、不幸に陥るのにふさわしくない者が不幸に転じる、というのは「必然的(アナンカイオン)」とはいえないような気もします。つまり、観る者に「おそれ」を引き起こすためには、神や運命といった不合理が介在する余地を残しているように思えるのです。ここは『詩学』の研究者の間でもいかに捉えるべきか論争になる部分のようです。私はアリストテレスの研究者ではありませんから何とも言えないのですけれど、アリストテレスは「可能なことがらとは、信じることができることがらである」(第九章)と言っておりますし、その上ならば「不合理なこともときには不合理でないことがある、と答えることもできる。なぜなら、起こりそうもないのに起こるということも、起こりそうなことであるから」(第二十五章)という少々言い訳めいた発言も、要するに「観る者が筋の展開に納得できればそれでよい」とアリストテレスは考えていた、こう解釈できるんじゃないかと思います。
 
10.カタルシスについての考察
(…)
(a)瀉出説
 医療行為における有害物質の除去にもとづく解釈。おそれやあわれみの感情を高めることで、観客をこれらの感情から解放するためとみる。
(b)倫理的浄化説
 瀉出説とは異なり、おそれやあわれみの感情を除去するのではなく、倫理的に高める(浄める)ものとみる。つまり、感情が極端に傾くのを防ぎ、適度な状態に導くことが悲劇の目的となる。
 
 カタルシスは伝統的に大きくこのふたつの捉え方があるそうです。松本/岡さんは、過度の感情が瀉出された後には適度な感情の状態に至るのだから、双方の差異はほとんどなく、よって倫理的浄化が、すなわち感情の均整のとれた境地に至ること、これをカタルシスと解釈しておられます。

 しかし、倫理的浄化をもってカタルシスと見るのは、もちろん研究者でもない私がどうこう言える立場ではないのですけれど、なんといいますか、少しもったいないような気がいたします。カタルシスは医療行為における瀉出とともに、宗教的な浄めの意味でも使われたと言います。私としては、この後者の意味をより重く受け止めたい。つまり、アリストテレスは悲劇に、世界の真実の姿(エイドス)を表現する力を見出していたのでないかと、そう私には思われる。カタルシスとは、そのような世界にさらされた人間がおぼえる「驚き(タウマツエイン)」のことではないか。
 私には、アリストテレスが性格よりも筋を、すなわち個々の人間の主体的行為の要因よりも、それらの行為によって起こった出来事の統合に重点を置いていること、これが重要なように思われる。悲劇においては個々の人間そのものよりも、全体を貫く筋が重要だとアリストテレスは述べていました。それというのも、人間の行為は、たしかに人間なしにはなされませんが、いったん為された行為は、その行為をした当人から離れて出来事として結晶します。ある出来事とそれに関わった行為者との間には、実は深い溝が穿たれているのです。
 (…)
 人間の行為は、行為した本人の統制下から離れて、途方もない悲劇へとその者を導くことがある。このことへの「気付き」、すなわち世界の複雑さに直面しての人間の無力さこそが、悲劇を観る者に「おそれ」や「あわれみ」を引き起こすのではないでしょうか。悲劇は、これを「ありそうな仕方」でまざまざと見せつけます。つまり人間の認識の統合作用そのものが、人間によっては統合されえない世界の臨界地点を示すのです。悲劇を前にしてしまえば、人間はもはや世界を統べる実存的存在として立ってはいられません。人はどうしようもない世界の諸力――もちろん、そこには人間の諸行為によって出来た「流れ」も合流している――を前にして、まさにそれによって己が在ることを知るのです。
 悲劇の筋は「ありそうな仕方(エイコス)」で「必然的に(アナンカイオン)」組み立てられていなければならない、というのもこのことから理解できます。悲劇は出来事を織り合わせた「出来事」であり、観る者にも出来事として体感されなければならない。”

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-118.html
【エロ画像集】黒幕=「意味の範囲が広すぎる曖昧語」とする陰謀論は嘘!         
「イルミナティ・メーソンというユダヤが黒幕」は「支配層は悪魔」と同じく嘘!     
ノーベル賞はエキュメニカル・スウェーデンボルグ賞!(ロスチャイルド賞は嘘)     
~文章技術について私が守っていること①~  

『詩学』簡易用語集
http://tec.jpn.ph/drama/poetics.html
”認知
(発見) ἀναγνώρισις
アナグノーリシス
anagnorisis  そのときまで知らなかった(隠されていた)ことに気付くこと。とくに人間関係に影響を及ぼす(愛するか憎むかするようになる)ようなものについて。正体の露見。ペリペテイアになっている場合が効果的。世間では「発見的再認」の訳語も使われる。

逆転 Περιπέτεια
ペリペテイア
peripeteia  予想されたのと逆の結果が生じること。意外な展開。「ペリペティア」と言うこともある。逆転と変転は似ているが意味が異なる。

変転 μετάβασις
メタバシス
metabasis  主人公が結果として幸福から不幸に、又は不幸から幸福になりそうになること。ただし、悲劇の場合は前者でなければならない(つまり、語り手のために犠牲になりそうになる)。将来の見通しの変化についていう。
 ペリペテイアのない単純な筋にもメタバシスは必ずある。
 私見では、実際の悲劇では、ここでいう不幸は、不幸全般でなく、多くの場合、地位や名声を失うこと、つまり社会的評価の低下に限られるようである(それがその他の不幸を伴うことはあるにしても)。”

Poetics (Aristotle)
https://en.wikipedia.org/wiki/Poetics_(Aristotle)

Peripeteia
https://en.wikipedia.org/wiki/Peripeteia
”Peripeteia /ˌpɛrəpᵻˈtaɪ.ə/ (Greek: περιπέτεια) is a reversal of circumstances, or turning point. The term is primarily used with reference to works of literature. The Anglicized form of peripeteia is peripety.

Aristotle, in his Poetics, defines peripeteia as "a change by which the action veers round to its opposite, subject always to our rule of probability or necessity." According to Aristotle, peripeteia, along with discovery, is the most effective when it comes to drama, particularly in a tragedy. He wrote that "The finest form of Discovery is one attended by Peripeteia, like that which goes with the Discovery in Oedipus...".”

Anagnorisis
https://en.wikipedia.org/wiki/Anagnorisis
”Anagnorisis (/ˌænəɡˈnɒrᵻsᵻs/; Ancient Greek: ἀναγνώρισις) is a moment in a play or other work when a character makes a critical discovery. Anagnorisis originally meant recognition in its Greek context, not only of a person but also of what that person stood for. Anagnorisis was the hero's sudden awareness of a real situation, the realisation of things as they stood, and finally, the hero's insight into a relationship with an often antagonistic character in Aristotelian tragedy.[1]

In his Poetics, as part of his discussion of peripeteia, Aristotle defined anagnorisis as "a change from ignorance to knowledge, producing love or hate between the persons destined by the poet for good or bad fortune" (1452a). It is often discussed along with Aristotle's concept of catharsis.
"Lear and Cordelia" by Ford Madox Brown: Lear, driven out by his older daughters and rescued by his youngest, realizes their true characters.

In the Aristotelian definition of tragedy, it was the discovery of one's own identity or true character (e.g. Cordelia, Edgar, Edmund, etc. in Shakespeare's King Lear) or of someone else's identity or true nature (e.g. Lear's children, Gloucester's children) by the tragic hero.

Aristotle was the first writer to discuss the uses of anagnorisis, with peripeteia caused by it. He considered it the mark of a superior tragedy, as when Oedipus killed his father and married his mother in ignorance, and later learned the truth, or when Iphigeneia in Tauris realizes in time that the strangers she is to sacrifice are her brother and his friend, and refrains from sacrificing them. Aristotle considered these complex plots superior to simple plots without anagnorisis or peripeteia, such as when Medea resolves to kill her children, knowing they are her children, and does so.”

マッキーおすすめ『千の顔をもつ英雄』



キャンベルの神話構造
Calling(天命)
Commitment(委託、約束)
Threshold(発端、入口)
Guardians(守り手たち)
Demon(敵、超えるべき壁)
Transformation(不可逆変化)
Complete the task(問題解決)
Return home(居場所へ帰る)

『千の顔をもつ英雄』あのスターウォーズシリーズの原点!
http://hontobijo.jp/review/way_of_life/creative/creative_0514
”第一作目「スターウォーズ エピソード4」のプロットを使って説明します!

ルーカスがどれだけこの本の影響を受けたか丸わかりである。
というよりも…スターウォーズがこの本の内容をなぞって作られただけである。

<出立>
Ⅰ冒険への召命
砂漠の惑星タトゥイーンで暮らす青年ルーク・スカイウォーカー
ある日、アンドロイドのR2-D2とC3-POを拾う

Ⅱ自然を超越した力の手助け
ルークはジェダイマスターのオビワン・ケノービに助けられる

召命拒否
オビワン・ケノービに宇宙へと旅たちフォースを学ぶように言われるが、
ルークは叔父の農園の手伝いがあるため、拒否する


Ⅳ最初の境界を超える
ハン・ソロ船長のミレミアムファルコン号で宇宙へと旅立つ
帝国軍の戦艦に追いかけられるも、無事タトゥイーンを脱出

Ⅴクジラの腹の中
帝国軍の秘密兵器デススターに捕まる。

<イニシエーション 通過儀礼>
Ⅵ試練の道
デススターから脱出せよ

Ⅶ女神との遭遇
レイア姫を救出する

Ⅷ父親との一体化
ベイダーとオビワン・ケノービとの対決が描かれる
(エピソード5,6にはルークと父との葛藤が描かれる)

Ⅸ神格化
反乱軍とともにルークはデススターを破壊する作戦に参加する
デススターの破壊に成功する

Ⅹ帰還
デススターを破壊し、ハン・ソロとともに勲章をもらう

とくに古今東西に語り継がれる物語には父親との葛藤が描かれている部分が面白い。
父親が作りあげた世界を破壊してはじめて真の英雄になれるのだ。
実際、スターウォーズにおいてもルークが父親であるダースベイダーを倒して、旧三部作が完結している。”

「千の顔をもつ英雄」はスゴ本
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2011/05/post-2d8b.html
”要するに、このフレームから別の物語を紡ぎなおすのだ。どんなストーリーフレームが「面白い」ものとして人類の深層レベルで記憶されているのかが列挙されているから、あとは「いま・ここ」の演出方法に沿って飾りなおすだけというお手軽さ。ストーリーテラーとして生計を樹てる人なら、必ずおさえている(もしくはパクっている)一冊やね。それくらい普遍性と恒常性を持っている。

 著者キャンベル曰く、そこには人間行動の意識化されたパターン下にある無意識的な欲望、恐れ、緊張に付与されている象徴を汲み取ることができる。換言すると、神話の恒常的なパターンを分析さえすれば、(時代・地域を超えた)人間性の最深層に秘められた記録を抽出できるというのだ。

 その神話の骨格を図示したもの。
(図を再現+多少改変
+キャンベルの四つの神話の力と私の解釈。

冒頭への召喚
→救いの手①(主人公より今は強い。ヒロイン、師匠、父、神仏)
→冒険の境界①
(境界の越境、兄弟の争い、竜との格闘、四肢解体、磔刑、
誘拐、夜の航海、不思議な旅、鯨の胎内=通過儀礼、イニシエーション)
→テスト(試練)
→救いの手②
(主人公は前より強いので相対的に弱くなる
=主人公との力の差が縮まっている)
→(聖婚、父との一体化、
神格化、
霊薬(エリクシール)=強力なアイテムの掠盗)
→(呪的)逃走(何かを失う)
→冒険の境界②
(帰還、復活、救出、境界での争い)
→霊薬(エリクシール)
→冒頭への召喚へ戻る。

(境界の越境、兄弟の争い、竜との格闘、四肢解体、磔刑、
誘拐、夜の航海、不思議な旅、鯨の胎内)

(帰還、復活、救出、境界での争い)
はそれぞれ対極だが、どちらも冒険の境界線上。
冒険の境界線とは、
上側が、冒険への召喚、救いの手①で、
下側が、テスト(試練)、救いの手②、(聖婚、父との一体化、
神格化、
霊薬(エリクシール)=強力なアイテムの掠盗)、
逃走。
上側の変化は緩め、
下側は激しい変化。
神話の四つの力、
①神秘を畏怖に高める
(無人格神秘から人格神への移行と権威の創造)、

②宇宙のイメージで知の仕組みをまとめる
(知の体系化と世界の説明。特に「死」の説明)、

③社会秩序を支え、共同体の個人を連動させる
(強固な集団の形成)、

④精神的豊かさに背景を与える力
(アイデアの源泉と思考の根拠と方向性の授与)

が宗教に必須な要素そのもの。
神話を共有している限り無宗教はあり得ない。
この世に無宗教者はいない。無知と無自覚ならいる。)



 本書のメインストリームもこの円環構造に沿っている。
それぞれの時代・地域での日常生活の営みのなか、冒険へ召喚される。
桎梏からの脱出、
境界を超越し力の源泉へ潜入し、
賜物を携えてこの世に還ってくる。
そこには神話が語られる時代・地域特有の試練が待ち構えており、賜物を手にした後は(お約束のように)ガーディアンとのチェイスがある(いわば、胎内めぐりやね)。

メドゥーサの首級を持って逃げるペルセウスや、
妻で妹をたずねるため冥界に降りるイザナギ、
太陽神の館をもとめて旅立つナヴァホ族の双生児、
黄金の羊毛を手に入れるべくシュンプレガデスの二枚岩をかいくぐって大海に出るイアソン、
ブッダと菩薩の永遠と時間の同一性……それぞれの伝承で示される英雄像は、差異性よりアナロジーに焦点が合わさっている分、驚くほど似通っている。

 たとえば、英雄の呪的逃走で、何かを残すことで逃走者の身代わりとする逸話で「三枚のお札」に酷似したニュージーランドの民話を聞かされると、どちらかがどちらかに伝播したというよりも、むしろ「英雄の逃走」としてヒトの思考(嗜好?)に刷り込まれていると考えたほうが、より合理的な気がしてくる。キャンベルの言うように、わたしたちは解剖学的に均質なのと同様に、(科学や文明や文化にかかわらず)世界を把握する本質として同等な存在なのかもしれない。

 本書のレジュメは下巻の解説から、もっとお手軽なら松岡正剛氏の「千夜千冊」から辿れる(特に後者はgoogleでいける)。”

704夜『千の顔をもつ英雄』ジョセフ・キャンベル|松岡正剛の千夜千冊
http://1000ya.isis.ne.jp/0704.html
”英雄とは「生誕の再現」がたえずくりかえされる人間であり、
その生命の啓示がカトドス(上り道)と
アノドス(下り道)の交差の上に幾度となく成立する
ような人間のこと、
総じては「自力で達成される服従(自己克服)を完成した人間」のことである。なるほどとおもわせる。
 キャンベルはまた、神の造形はあらゆる民族に共通する「欲求」にもとづいているという原理を提示し、どんな神の造形も解読可能であることを示した。さらには「神話の力」を現代に通じる言葉であらわした。
すなわち、神話には集約すれば4つの力があって、それは、
①存在の神秘を畏怖に高める力(これはルドルフ・オットーが「ヌミノーゼ」とよんだものに等しい)、
宇宙像によって知のしくみをまとめる力、
社会の秩序を支持し、共同体の個人を連動させる力、
④人間の精神的豊かさに背景を与える力、というものである。

 キャンベルの功績はそのくらいにして、本書のテーマである英雄についてであるが、ルーカスが『スター・ウォーズ』に適用した世界の英雄伝説に共通している構造というのは、単純化すると次のような3段階になる。
 (1)「セパレーション」(分離・旅立ち)
→(2)「イニシエーション」(通過儀礼)
→(3)「リターン」(帰還)。


 英雄はまず、
(1)日常世界から危険を冒してまでも、人為の遠く及ばぬ超自然的な領域に出掛けるのである。
ついで(2)その出掛けた領域で超人的な力に遭遇し、あれこれの変転はあるものの、最後は決定的な勝利を収める。
そして(3)英雄はかれに従う者たちに恩恵を授ける力をえて、この不思議な冒険から帰還する。

 だいたいこういうことである。
ブッダもゼウスもプロメテウスもアイネイアスも、
玄奘と孫悟空も桃太郎とイヌとキジとサルも、
そしてモーセも大国主命も、
みんなみんなこの通りの3段階をへて英雄伝説の主人公になった。

ミノタウロスを殺害する英雄テセウス


(1)セパレーション

①「冒険への召命」
=★出立・分離あるいは冒険への使命がもたらされる。
→★あるいは神・老人・特定の声などによる合図がある。

②「召命の辞退」
=★しかし、いったんは召命はなんらかの理由によって辞退もしくは理解できないものとなる。
→★主人公は神から逃走しようとする自身の愚かさを露呈する。

③「超越的な援助」
=★超自然的なるものが思いがけなくも英雄を支援する。
→★与えられた冒険を受け入れた者に思わぬ天佑がもたらされる。
→★このとき援助者は矮小あるいは貧しい老人や老婆の身なりをしていることが多い。またしばしば助言者は意地悪な妖精になっている。

④「最初の越境」
=★こうして英雄は最初の境界をまたぐことになり(バウンド)、そこで境界を守る者との対決を試され、これをなんとか越境する。
→★これは異界への突入、限界の突破、異界の守護者(渡守・橋姫・猿田彦など)の認識をあらわしている。

⑤「闇への航海」
=★英雄はさらに闇あるいは魔の領域に突入し、いったんはまったく別の負荷状態になる。
→★これはしばしば「胎内回帰」とよばれるもので、自己消滅の危機さえ伴う。
→★物語のなかではピノキオのように鯨の中などに呑みこまれることが少なくない。
いわば、夢を見ているのかと見紛うばかりの「英雄流動」の段階なのである。

(2)イニシエーション

①「試練の道」
=★ここからは英雄の試練が次々に続く。
→★玄奘と孫悟空の試練、あるいは日本神話でいえばイザナギや大国主命の試練などをおもえばよいが、
象徴的には主人公が英雄になるべく「転身の門」をくぐるためのプロセスになっている。


「女神との遭遇」
=★英雄はひょんなことから女神あるいはマグナ・マーテルあるいはグレート・マザーと出会い、
その力に包まれ、いきさつによっては聖婚(ヒエロス・ガモス)する。
→★英雄は慈母・一時花嫁・代母などによって“永遠の幼児”としての至福感を初めて体験するわけである。
→★これは主人公のエネルギーの「回復期」にあたるのであろう。

③「誘惑する異性」=★女神による回復をえた英雄は、しばしば誘惑者の快楽を断れない。
しかし、このプロセスで英雄は「最大の真相」つまり「オイディプスの謎」を初めて理解する。
→★神話上のスクリプトの中でも最も難解なところで、基本的には「父殺し・母との姦淫」が潜在しているのだが(第657夜『オイディプス王』参照)、
それ以外にもマグダラのマリアや静御前や吉野太夫のような娼婦・白拍子・遊女との出会い、および悪女からの仕打ちが含まれる。

④「父との一体化」
=★畏怖あるいは脅威の対象としての父が「大いなる父」でもあったことをどのように理解したかというドラマが、ここのテーマになる。
→★『スター・ウォーズ』における隠れた父ダース・ベーダーとの対立と和解を思い浮かべればわかりやすいだろうが、
キャンベルの原型はゼウスにおけるクロノスや、ディオニソスにおけるゼウスなどにあった。
→★ここは別の観点からいえば英雄の「成熟」を暗示する。なぜなら英雄はここで初めてこれまでの試練の意味を悟ることになるからである。

⑤「アナザー・ワールド」
=★英雄は父の真実の姿を知って驚くとともに、自分にとってはアナザー・ワールドである父がつくった国を体験する。
→★この国は、王の国・神の国・ユートピア・アルカディア・老いた国・不老の国・魔王の世界・別世界そのほかの様相を呈する。

→★しかしここでは、父に対するアンビバレンツな神格化もおこっている。そのためこの段階では両性具有のキャラクターがよくあらわれる。
⑥「終局の恩恵」
=★英雄は大団円に到達する。それは不滅・勝利・獲得・謎解きなどの象徴の終焉であり、前に進む物語の終息である。
→★ここで初めて世界模型の全貌があかされることが少なくない。たとえば須弥山、シャンバラ、エルドラドなど。

(3)リターン

①「帰還の拒絶」
=★英雄は故国への帰還の旅立ちをするにあたって、
収穫物(エメラルド板・黄金の羊毛・玉手箱・不老長寿の薬・金銀財宝・眠れる王女など)を持ち帰らなければならないのだが、
その困難を予想して責務履行はいったん拒否される(あるいは持ち帰るほど期待される戦利品がない)。
→★夢から覚めたくないという本音の気分が報酬の重荷に転移したというふうにも解釈できる。

②「呪的逃走」=★押し付けられた戦利品(たとえば王女)から逃げ出したくなり、主宰の王や管理者からの呪いを振り払って逃走する。→★追跡者の手から逃れる逃走神話には、たいていは残し物・変種の物の散布などが絡む。
→★ヘンゼルとグレーテルはお菓子の家に到達したのに、そこが怖くなって逃げるとき、さまざまな呪文と戦わなくてはならなかった。
イザナギは冥界からの逃走にあたっては多様な物を投げ捨てながら走らなければならなかった。

③「外界からの救出」=★英雄の逃走が進むには、ときにそこに外部的な超常力が加わる必要がある。
→★オズの魔法の国やアリスの不思議の国からの帰還には、外力が手をさしのべる。
ダンテが地獄篇の世界を脱出するにも巨人の助力が必要だった。
アマテラスの岩戸からの脱出にも外力が加わっている。

④「帰路の境界」
=★英雄は彼岸から此岸に戻ろうとして、さまざまな境界を逆方向に、
かつ上手にまたいでいかなければならない。
それに失敗すると英雄は因幡の白兎か浦島太郎になってしまう。
→★ここにはリップ・ヴァン・ウィンクルの原型がある。英雄は最後に「時間の旅」の試練を受けたのである。ここにトランジットの問題の本質があらわれる。

⑤「二つの世界の導師」
=★英雄はついに空間と時間の仕切りを越えて帰還に至る。このとき、これまで仮の姿であったすべての化身たちの正体が、輝きあるいは驚きをもって出現してくる。そこに英雄自身が実は神の仮 の姿であったという逆転も含まれる
→★英雄クリシュナは実は宇宙神ヴィシュヌであり、助六は実は曽我の五郎だったのである。

⑥「自由と本性」
=★こうして英雄が故郷に戻ると、そこは まったく新たな王国・原郷・共同体としての活気に満ちてくる。祭りが挙行され、婚姻が進み、財産が配分される。
→★この最後の場面こそ、その後に何度も再現されることになった世界各地の祭りのクライマックスになっていく。


…英雄伝説には以上のような基本の流れと基本の特質があるということを知ってみると、物語の母型というものが、いかに多くの物語・小説・オペラ・映画・劇画・マスメディアによる実話再生法などに頻繁につかわれていたか、そのことに驚くにちがいない。

 キャンベルは人間の根本に宿る物語には、
「眠り(闇)」と「覚醒(光)」の絶えざる循環という母型が、
「実界(此岸・現世)」と「異界(彼岸・浄土)」の境界を告知しつづける母型が、
さらには、「父(隠れた力)」と「子(試される力)」の関係の不確定をめぐる母型が、
「個体(ミクロコスモス・部分・失われたもの・欠けたもの)」と
「宇宙(マクロコスモス・全体・回復したもの・満ちたもの)」との対立と融和と補完をめぐる母型などが、きわめて多様にばらまかれていたことを示したのだ。
 …
 神話というものは、「一」と「多」の間にいかなる危機や裂け目が生じるかという物語なのであるということを――。

 ひるがえって、英雄とは、その「一」と「多」の間に出現する危機と裂け目を克服した者であり、その境界がどこにあるかということを告げるために用意された装置だったのだ。
 しかし、そこには必ず犠牲が伴い、予期せぬことがおこっていく。もし英雄を待望したいのなら、このことも見落としてはならないことなのだ。そして加えて、思いがけない者こそが味方であって、見かけぬところが境界の秘密なのであり、中心こそが静寂なのであることを知ったほうがいい。
われわれが今日、そのような「思いがけない味方」や「静寂な中心」をアメリカにもヨーロッパにも日本にも見いだせなくなっているのは、われわれに極端に神話の力を理解する力がなくなっているせいでもあるだろう。
 ところでキャンベルは本書の第2部で、このような英雄伝説がもたらす神話作用の本質をさらに凝縮してみせているのだが、とくに最後に、英雄がときに「世捨て人」や「苦行者」の姿をとること、および英雄伝説が「死と離別」をたいせつにしつづけていることを指摘するのを忘れなかった。”


Orson Scott Card 『How to Write Science Fiction & Fantasy』

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”Learn to write science fiction and fantasy from a master

You've always dreamed of writing science fiction and fantasy tales that pull readers into extraordinary new worlds and fantastic conflicts. Best-selling author Orson Scott Card shows you how it's done, distilling years of writing experience and publishing success into concise, no-nonsense advice. You'll learn how to:

utilize story elements that define the science fiction and fantasy genres
build, populate, and dramatize a credible, inviting world your readers will want to explore
develop the "rules" of time, space and magic that affect your world and its inhabitants
construct a compelling story by developing ideas, characters, and events that keep readers turning pages
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The boundaries of your imagination are infinite. Explore them with Orson Scott Card and create fiction that casts a spell over agents, publishers, and readers from every world.

著者について

Orson Scott Card is one of the biggest names in science fiction and fantasy. He won both the Hugo and Nebula science fiction awards for best novel for two consecutive years - something no other writer has done. In addition, he was the first writer to ever win a Nebula and a Hugo for both a book and its sequel. ”



・p.47必ず魔法のルールは非常に明白にすること。
①魔法でなんでもできると読者に思わせてはいけない
②注意深くルールを考案するほど、
魔法の制約を知ることができ、
より話の可能性が広がる。


(魔法は何でもありにしてはいけない。
制約のかけ方で作者の実力がわかる。
『新世界より』の設定が上手い。)


これは名著!オースン・スコット・カードのハウツー本

”オースン・スコット・カード、いわずと知れたSF界の巨匠。
知らない人はいないと思うけど、知らない人のために説明すると
”エンダーのゲーム”の著者。

この人の本に影響を受けたクリエイターは数多い。
マブラヴの作者の吉宗氏もそうだし、

「”SF界の宮部みゆき”とかいう失礼な形容詞まで存在する」

宮部みゆきなんか足下ににも及ばないくらいの大物だよ。全く。
それでも分からないという人のために分かり易く例えると

「鎌池和馬なんか跡形もなく消し飛ぶぐらいの大物」

さて、日本ではカードの小説の方は和訳されているが
残念ながら小説ハウツー本の方は和訳がない。

"How to write Science Fiction & Fantasy"、
この本、実は100ページちょっとしかない
小冊子。

「至高の名著」

アメリカのハウツー本ばかり紹介してきているが、
実はフェイド大帝、日本のハウツー本も大体は読んできた。

なので、大体皆似た様なことを書くのでこれ以上新しい発見は
ないかなと思っていたのだが......
カードの本の内容には本当にビックリ。

「SF界の巨匠はハウツー本を書かせても巨匠だった」

ただ、基本的にコレ、カード自身の経験則を元に書かれているため
学術的な理論ではない。
だから、ハリウッドの脚本ハウツー本やロバート・マッキーみたいな
固い本を想像されていると肩すかしを食らうかもしれない。
だけど、その分非常に分かり易く書かれているし、英語も
難しくない。流石、小説家なだけあってきちんと伝わる事を
ちゃんと念頭において書いている。

和訳がないので、要点だけ書いてみたいと思います。

 SFとファンタジー全般の説明:

 業界史だとかをザックリ説明。
 一番役に立つのが、SFでよく出て来る宇宙航行技術だとか
 ファンタジー小説の魔法の仕組みの一覧表。

 「SFではワープ技術を使ってはいけない!」

 え!?なんで?って思われる方もいるかもしれないが、実は
 ワープ技術って”スタートレック”の商標登録技術らしい。
 宇宙航行技術の設定の作り込みってのはSF作家がかなり力を
 割く部分らしくて、”ワープ”というのは”私には科学技術の知識が一切ありません”
 と同義らしい。

 また、過去の作品を一通り読通す事も薦めている。
 過去の作品に精通すれば、大体どんな科学技術が
 既に使われているか見通しがつくかららしい。
 (そこから新しい技術を新たに発想していく)

 世界観/設定の構築:

  実例で示している。街のマップを作ってから
  設定を作り込んでいく方法を紹介。
  作例ではファンタジー物を扱っている。
  この段階ではストーリーまでは考えない。
  あくまで設定厨がやるような方法で
  舞台を作り込んでいく。

 ストーリー: 

 ここでカードは独自のMICE理論なる物を提唱。
 MICEというのは、

 Milieu, Idea, Character, Eventの頭文字を取って
 作られた造語だ。
 これは小説におけるストーリーのタイプの大まかな
 分類方法。

 Milieu: フランス語で”場所”という意味だが
     どっか行って帰って来る冒険もの全般を
     指している。
     ”ガリバー旅行記”や”オズの魔法使い”。
     日本で言うと大長編ドラえもんとかが
     このタイプ。

 Idea: この場合のアイデアというのは
    ”情報”のこと。
    いわゆる”謎解き”というやつ。
    探偵物だとかミステリーを指す。

 Character:キャラの成長物語みたいなやつ。
       萌えキャラが騒ぐだけの小説は
       違う。
       古典でいうとディケンズの伝記小説
       とかがそうか?

 Event:世界の不秩序に秩序をもたらす物語。
    ”ロード・オブ・ザ・リング”、
    ”インディー・ジョーンズ”等。

カードの理論だと大体の小説がこの4つのうちの
どれかに当てはまるという。
なぜ、こういった分類をするのかというと、
ストーリーを作る際に重視しないといけないのが

「どこで始めて、どこで終わらせるか」

らしい。

で、分類が分かるとこの「始まりと終わり」が一目瞭然になる。
例えば探偵物だと、真犯人の正体が分かった時に物語が終わるなど。
冒険ものだと異世界から家に帰ってきた時など。

後、語りの人称については限定3人称をカードは薦めている。
日本のラノベ教則本等で薦めまくっている1人称はやめた方がいいと
言っている。理由は”素人くさい”というのと上記の”アイデア型”との
相性が悪いかららしい。例えば探偵ものだと、探偵の1人称で
語ってしまうと、物語の結末に至る前に犯人が分かってしまうなど
の矛盾がおきる。


後の章は英語の文法と出版するための売り込みだとか
投稿の話。アメリカ市場限定の話なので割愛します。
一つ面白かったのが日本のハヤカワのSFマガジンが
高評価されていたこと。アメリカ人でも翻訳して
どしどし応募すべしと薦めている。


大まかな内容は以上の通り。
薄い本だし、英語も難しくないのでできれば
原著を買って辞書引きながらでも読んで貰えると
嬉しい本かな。

実は、カードのハウツー本はもう一冊ある。
そっちはキャラ作りと人称語りに特化した一冊。

その前にカントとニーチェの道徳本を読みたいので
カードの続編の紹介はもう少し先になりそうです。
(時たま哲学書が読みたくなるのだ)”




アメリカで最も人気のある小説ノウハウ本達
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-480.html
”お待たせしました。というか待たされたのはフェイド大帝ですが。

Amazonからアメリカの小説ノウハウ本が届いたのでリストアップします。
ここに挙げるのはフェイド大帝がアメリカのレビューや掲示板の
一般人のコメント等から解析したアメリカで最も売れている&
人気のあるノウハウ本達です。

小説創作関係:

 ・Characters & Viewpoint (Elements of Fiction Writing)
  Orson Scott Card

 ・How to Write Science Fiction & Fantasy
  Orson Scott Card

  ええ、ご存知だと思いますがSF「エンダーのゲーム」の
  オーソン・カード先生のノウハウ本です。
  ”この人、ノウハウ本なんて書いてるの!?”と思われた
  方、書いちゃうんですよ~ しかも2冊も。
  ちなみにカードの小説は日本のクリエイターも影響受けている
  人が多くて、マブラヴの作者もカード・ファンらしいです。

 ・On Writing: 10th Anniversary Edition: A Memoir of the Craft
  Stephen King

  皆さんご存知、ホラーの大御所のキングの本です。
  一応、和訳があって日本では「小説作法」と呼ばれている
  本です。

 ・Bird by Bird: Some Instructions on Writing and Life
  Anne Lamott

  アメリカノウハウ本の大統領。この本やたらと色々な場所
  で出てきます。ノウハウ本なのに泣ける内容らしくて
  正に”全米が泣いた”級の本らしいです。

 ・Writing the Breakout Novel
  Anne Perry, Donald Maass

  これも意外と色々な所で挙げられていた本。
  実用的らしいです。

 ・The Art of Fiction: Notes on Craft for Young Writers (Vintage)
  John Gardner

  故人ですが、ファンタジー小説家のガードナーさんの本。
  ”On becoming a novelist”という別の著作があって
  そちらの方はロバート・マッキーの参考文献にも
  挙げられています。

しかし、日本で有名なディーン・クーンツの”ベストセラー小説の書き方”
は全然出てこないですね......
以上が小説系のアメリカの鉄板本達です。

映画脚本創作系:


 ・500 Ways to Beat the Hollywood Script Reader: Writing the Screenplay the
  Reader Will Recommend
  Jennifer Lerch

  ハリウッドの”下読み”を攻略するためのノウハウ集です。

 ・Writing Screenplays That Sell, New Twentieth Anniversary Edition:
   The Complete Guide to Turning Story Concepts into Movie and
  Television Deals
  Michael Hauge

  反ロバート・マッキー派おススメの中級者用の本です。

 ・Screenwriting: The Sequence Approach
  Paul Joseph Gulino

  反ロバート・マッキー派の上級者用の本。
  UCSで教える8シーケンス・メソッドという
  脚本法の説明本でもあります。
  このメソッド、日本では全く紹介されてません。

一応、反ロバート・マッキー派の入門者用のおススメ本は
和訳のある”Save the cat!の法則”です。
同じ著者からは続編が更に2冊出てますがこちらは
和訳がないです。

演技関係:

 ・The Power of the Actor
  Ivana Chubbuck
  
  ハル・ベリーとかの指導をした人だったかな?

 ・The Intent to Live: Achieving Your True Potential as an Actor
  Larry Moss

  ミリオンダラー・ベイビーでアカデミー賞取った女の子の
  コーチの本です。
 
実は演技部門の№1は和訳のあるスタニスラフスキーの
著作です。(俳優修行、俳優の仕事、等)
2位と3位が上記の2冊です。
4位以降は和訳のあるウタ・ハーゲンやステラ・アドラー
の本でした。
なぜ、創作文芸で演劇の本を?と思われるかもしれませんが
キャラ作りのために使えると思ったからです。

以上、読み終わったらまた感想書きます。 “

マッキーもとりあげていたスタニスラフスキー

『俳優の仕事 第一部 俳優教育システム』 岩田貴・堀江新二・浦雅春・安達紀子訳、未來社、2008年-2009年
『俳優の仕事 第二部 俳優教育システム』 堀江新二・岩田貴・安達紀子訳
『俳優の仕事 第三部 俳優の役に対する仕事』 堀江新二・岩田貴・安達紀子訳




スタニスラフスキーやっと読み終わった
blog-entry-488.html
”いやぁ〜、大変だった。

600ページぐらいの大著が三冊ぐらいあるもんだから。

スタニスラフスキー知らない人いるのかしらないけど、
これは俳優・演技のバイブルと言われている演技指導法
の本です。

日本で演技というと

「何故かガラスの仮面が良く出てくる」

あのマンガはどちらかというと少女マンガの
グラップラーバキだと思っているのだが......

この”ガラスの仮面”がよくスタニスラフスキー・メソッドを
下敷きにしていると言われている。
いわゆる”なりきり”の技術というやつね。

多分、”ガラスの仮面”を引っ張ってくるやつの
大半はスタニスラフスキーを全巻は読んでないだろう。

というのも”なりきり”理論ってのはスタニスラフスキー・メソッド
の一部であって、これ以外にも色々あるからだ。

これは日本の和訳で第三部が出版されたのが最近だと
いう事情もあるのかもしれない。

スタニスラフスキーの考え方は要約するとカントの
美学に対する考え方を下敷きにしている印象がある。

要は絶対的な”美”は自然からしか生まれないという
考え方。

カントによると人間の思考は大きく分けて
二つある。

 1.論理思考
 2.直感

多分、カント・マニアには色々突っ込まれそうだけど
分かりやすく説明すると上記の二つ。

で、通常、人間が技術を習おうとすると論理的な
方法で理論を習得していくわけなんだけど、
この理論っていうのは人間が物理現象を観察した
結果、ある種の法則を導き出した結果である。

逆に直感っていうのはその名の通り、理論とか
関係なく勝手にアイデアとして湧いて出てくる
もの。

で、スタニスラフスキーはこの直感による
無意識から直接でてくる人間の行動が
ベストの演技だと考えたわけ。

ただ、この直感、自然に湧いて出てくるわけだから
コントロールの仕様がない。
正に偶然の要素が強い。
これだと演技方法としては信頼をおけない。
なんとかしてこれを人工的に呼び起こす様な
方法がないものか......

そこでスタニスラフスキーが気づいたのが、
人間の行う動作というのはどうやら精神と
密接に繋がっているということ。

彼のいう”紋切り型”というのはいわゆるパターン演技の
ことなのだが(いわゆるお約束というやつ)これは
動作が独立しちゃっていて、精神だとか内的動機
との関係が全くない。
この”紋切り型”が演技法の中では最も最悪な物と
定義している。
だから、宮崎駿がジブリアニメで専門の声優を使いたがらない
理由がこれにあるのではないかと思われる。
声優の演技というのはどちらかというと”紋切り型”の
パターン化が見られるからだ。

スタニスラフスキーはまず劇曲をビートに分解して
動作の一覧表を作ることから始める。(スコアと呼んでいる)
この動作には精神的な動機や根拠がくっついているはず
なので、これを呼び水として感情を引きずり出す
事が可能であるというのが彼の大まかな理論。

そのためには各動作がどういう理由で存在しているのか
を合理的、生理的に考えないといけないというわけ。


ここまで理解できるとスタニスラフスキー・メソッドが
”ガラスの仮面”で出てくる様なただ単純な”なりきり法”
とは違って、より深いものだということに気づくだろう。

一応、スタニスラフスキー、全巻読んでおくと
こういった”ガラスの仮面”的にわか演技評論家を
一刀両断できるので(特にネットに多い)
オススメかな?”


スタニスラフスキー
An Actor Prepares
「俳優修業」の分析・研究
http://trainer-labo.com/sta_anactorprepares.htm
”…最初に注意を喚起している点は、俳優初心者はとかく演じたがってしまい、すぐに結果に走り、プロセスを無視してしまうということです。最初の授業での発表のため、コスチャは「オセロー」を選び、夢中になって真似事をし、大成功をもたらすと確信していました。特に、内面には目もくれず、外面の真似ばかりをしていたのです。そんな彼は練習ですぐに行き詰まり、演技の難しさを感じます。また、発表の時の厳粛な空気に萎縮します。スタニスラフスキーは、俳優入門者の立場に立って、得体の知れない演劇の魅力や、演技の深さをサジェストしているのです。

  かくして、コスチャはオセローを演じ終えましたが、無我夢中でなりきって演じたため、自分の内部でどういう事が起こっていたかとたずねられても思い出せません。そこでトルツォフは名優サルヴィニの言葉を引用し、「自分の感情を感じているべきだ」といいます。ここでは、インスピレーションや潜在意識の大切さを伝え、それが「役を生きる(living a role)」ことにつながるといっています。ここで間違えてはいけないのが、「なりきること」が「役を生きること」ではないということです。だからこそ自分の感情を覚えていなかったコスチャを咎めたのです。役と自分の相互関係のなかで、潜在意識を導くのは意識だからです。これが一つめの偽物の演技「なりきること」が「役を生きること」だと勘違いしていることです。
  次に出てくるのが「役の具体化(representing a role)」です。ここで述べていることは、外面の準備ばかりに長けて内面をないがしろにしてはいけないということです。内面のリアリティーの充実を図ることが大切です。
  三番目に出てくるのが「機械的な演技(mechanical acting)」です。 本物の感情から演技をするのではなく、あらかじめ決めた動きや台詞の喋り方、表情を再現するというやり方です。ポールがやった演技ですね。物真似は大事ですが、かなり研究して、生きた再現にならないと芸術にはなりません。本物の感情・経験から生じた演技ではなく、どこかで見た、ありきたりの紋切り型の演技を「ゴム版(stencils)」の演技とトルツォフはいいます。印刷の原板のように、同じ物を繰り返し生み出すだけの悪い演技です。この種の演技に対してスタニスラフスキーは強い警告を与えています。
  次にやり玉にあがったのが、グリーシャのやった演技です。つまり「やりすぎの演技(overacting)」です。これは機械的な演技のなかでも最悪の部類に入ります。オセローを演じたとき、黒人のイメージから、野蛮人のようにふるまっただけだったのです。
  最後に出てくるのは、最も悪かったタイプの演技です。それは、ソーニャがやった「利用(exploitation)」です。自分のかわいい手や足、美しさを見せびらかせただけの演技で、役とは関係なく、自分のアピールのために演劇が利用されてしまったということです。このような行為は、それを求める人たちを引きつけるが、芸術家はこんな虚偽の、創造の芸術とはかけ離れたやり方には、厳しい手段を取らなければならないと戒めています。


 ロシアのオリジナル版では、この章のタイトルは「Action, If, Given Circumstances(行動、もし、与えられた環境)」となっています。スタニスラフスキーを理解している人であれば、即座にこの三つが、密接に関わりのあるものだと気づくでしょう。演技の要素は様々あり、それらが相互に関係しているわけですが、この章では、特にこの三つをテーマとしています。
  冒頭、トルツォフは面白いことをやらせます。生徒に、舞台でただ座っているだけのことをさせるのです。しかし、生徒は意味もなくもじもじしたり、なにかをやらなきゃという気持ちが働いたり、動くと勝手に余計なものになってしまい、何一つ自然にできない。ただ座っていることがこんなにも難しいということを感じるのです。一方、トルツォフがやってみると、それは自然で、見ている方も心の内面を知りたいとまで引きつかれたのです。トルツォフと生徒たちの大きな違いはなんでしょうか?
  「芸術の本質は外面ではなく、精神の中身にある」 と第一項の最後にいっていますが、ここで重要なのは「内的な行動(inner action)」なのです。生徒たちの意識は、外面の動きにしかなく、トルツォフの演技がよかったのは、内面が正当化され、それが身体と結びついて自然な行動に表れていたからです。座っている演技や、動きがない演技でも、このことができていれば強烈に引きつけるものとなるということを教えているのです。
  この内的な行動があるとなしでどれだけの違いが出るか、トルツォフはマニアに対して、かまをかけて試します。ブローチを探すという演技を最初やらせたとき、悲嘆に暮れたり困っているわざとらしい仕草ばかりで、見ている生徒は笑いたくなるほどでした。けれど、ブローチが見つからなかったら退学といわれ、素に戻って探す姿は真剣そのもので、見ている生徒も同じ気持ちになってしまうほどリアルでした。それは素に戻ったとき、行動が内的に正当化され、それに伴って自然な行動や表情が出てきたからです。そしてトルツォフは二度目のブローチ探しを賞賛したのです。
 …
  ここで、スタニスラフスキーは正当化のために、役に立つ考え方を示しています。それが「もし(if)」です。第四項・第五項はこの「もし」についての話です。「Magic If」とも呼ばれるスタニスラフスキーの有名な用語ですが、考え方は簡単です。「もし~だったらどうするだろう?」と仮定してみることです。「~だったら」には色々な当てはめ方がありますが、「もし自分がこの役の状況に置かれていたらどうするだろう?」とか「もしこの役の人物がこのような状況に置かれたらどうするだろう?どうなるだろう?」と、その役の「与えられた環境(given circumstances)」や状況を分析した上で仮定してみるのが一般的です。従って、「もし」がスタートで、「与えられた環境」がそれを膨らませる素材というわけです。この「もし」を使うことによって、よりリアルなものを引き出せるようになります。

Chapter4: Imagination (想像力)


  コスチャは家で想像の練習をしてみますが、眠ったりして失敗します。それを聞いたトルツォフは、①無理矢理イメージしようとするのがいけない。②興味のあるテーマを持っていなかった。③受動的であり能動的でなかったと指摘します。単にイメージすればいいのではなく、なにか内側からくるベクトルがあるべきです。目的や感情があってこそ、イマジネーションが行動やリアリティーを引っ張り出してくれるのです。能動的というのはそういう意味です。
  トルツォフは、想像力を引き出す方法として、「Magic If」を使うよう薦めます。例えば時刻や状況を変えてみて、それを正当化しようとすると、様々なことが見えてきます。行動というのは、時・状況・場所に左右される
ものですから。

 4のところの冒頭の言葉は非常にわかりにくい翻訳になっていますが、ここでは要するに「劇世界の状況にも途切れない流れがあり、その状況の中にいる自分の中にも途切れないビジョンがある」ということで、この内的ビジョン(内的イメージ)は、役を取り巻いている環境を鮮やかに客に伝えたり、俳優の感情や気分を導き出してくれるのです。
  イメージは、視覚・聴覚に関わらず、そこにないのに創り出すことができます。俳優はこの人間の能力をうまく使わなければいけません。しかし、誰もが豊富なイメージを創り出せるというわけではありません。そこでトルツォフが行う、イメージをより喚起させる方法とはなんでしょうか? それは、単純な問いかけをし、論理的に推理しながらディテールを創っていくという知的なアプローチ法です。これを繰り返すことでよりイメージは完全になり、そして何度でも使えるようになるのです。
  そして、その問いかけは、以下の6つのクエスチョンです。
①わたしは誰?
②わたしはどこにいる?
③わたしはいつここにいる?
④わたしはなぜここにきている?
⑤わたしはなにをするためにここにいる?
⑥わたしは今後どうする?
  というものです。そしてこの中でもとりわけ重要なのが⑤の「わたしはなにをするためにここにいる?」で、これはひいてはスタニスラフスキーの有名な用語にある「超目標」 になるのです。
  そして、これらの質問は、能動的な行動や感情を誘発してくれるのです。問いかけてみて想像するという習慣をつけるべきです。


Chapter6: Relaxation of Muscles (筋肉の緩和)

  緊張を完全になくしてしまうことは不可能です。俳優にとって必要なことは、緊張をコントロールして制御できるようにすることです。そのためには、自らの緊張を意識するよう習慣化させ、緊張を緩めるよう努力することが必要だと説いています。
  「コントローラー(ベネデッティ氏の翻訳では「モニター」としており、こちらの訳の方が適切だと思います)」 は、自分自身に対して緊張を監視することもできますし、もちろん他人に対しても観察できます。このモニターを持って、立っているときや歩いているとき、なにかの動作をしているときの緊張の状態を確認する練習をさせています。

  そしてこの章の後半では、自然な姿勢と重心の移動についても触れています。モニターによって身体を意識する習慣がついたら、正当化された自然な姿勢と、無駄のない重心の移動についても意識することができます。

  俳優の内側から自然に、無意識的に出てくるものはリアルな演技につながります。また、緊張の緩和についても俳優の内側から自然に出てくるのが理想的です。

  この章で出てくる「単独動作(isolated act)」は、俳優の身体訓練のヒントを示唆しています。動かす身体の筋肉だけを使い、他はリラックスさせておくというものですが、身体の部分部分への意識を高めると共に、無駄な緊張を排除し、緊張と緩和をコントロールする練習になります。

Chapter7: Units and Objectives(単位と目標)

 一章で、七面鳥を使って非常にわかりやすく、「ユニット(Units)」に分けることの意味を教えています。一つの作品をまとめて捉えようとすると無理があるので、ユニットに分けていくといいということがわかります。ユニットに分けてもまだ大きいようでしたら、更に細かく分けてみるといいでしょう。「単位」というルールや決まりはありません。「units」以外に「bits」という言葉も使われますが、全体の中の小さな断片であるという認識で、その断片は全体があってこそ意味があります。作品へのアプローチの過程で便宜的にユニットに分けますが、最終的には全て融合させて全体になります。ユニットに分けず、全体から入っていくと、様々なディテールにつまずき、混乱し、全体像を見失う恐れも出てきます。
  戯曲のコアを探すと、ディテールに騙されずシンプル化することができます。コアとは、その作品にとって欠くことの出来ないもののことです。つまりは要点を抑えていくということです。そうすれば大きなユニットがわかり、次に中くらいのユニットや小さなユニットにも分割できます。

 これらユニット分けで、絶対に忘れてはいけない大きな目的があります。それは、全てのユニットの核心にある「創造的目標(creative objective)」です。目標と単位は有機的に結びついています。目標は、一貫した流れを持ちますし、単位と同じく大きい目標、小さい目標に分けられます。そして目標は内側からの能動的なものであるべきです。すなわち行動を導き出す感情や意志を伴っていないといけません。

〔目標とは〕
①観客に向けられていてはいけない。
②自分個人から生まれるもの、もしくは自分が思い描くキャラクターが有するものである。
③創造的で、芸術的である。
④リアルで人間的で、芝居がかっていたり生命力をなくしていたりしない。
⑤俳優や観客が信じられる真実のもの。
⑥あなたを引きつけるもの。
⑦明白で、キャラクターと関わるもの。曖昧な適当なものではいけない。
⑧中身があり、意味があるもの。浅くて表面的なものではいけない。
⑨推進力があり、能動的である。

 後半で、経験の少ない生徒に対して、まず身体的な目標に集中するようにさせています。これは、行動と心理は表裏一体ですので、細かい身体的な行動から、どのような心理や意味があるのかを見つけさせようとします。そして、目標を「~したい(I wish)(I want)」ということばに直すようにさせます。名詞ではなく動詞を使うのです。それによって、目標は動的になり、行動を導き出していきます。


  虚構を真実として信頼して捉えるには、正当化(justification)のプロセスが必要になってきます。

  第二章では、真実への意識を強く持つがゆえにオーバーアクションへとなってしまう傾向に警告を唱えています。これは真実どころか逆に虚偽の演技へと変わってしまいます。トルツォフは稽古場でよく「90%カットしなさい」というと記述してありますが、それだけ意識が悪い方に働き、無駄に誇張された演技になりがちだということです。
  有効な対処法として「自分自身をチェックする意識」が大切だと語っています。そこで、生徒たちは互いにどこがおかしくてリアリティーがなかったかを、稽古場でも生活上でもチェックすることにします。そうすると、揚げ足取りの批評にきりきり舞いとなり、余計に動きがとれなくなってしまい、トルツォフにたしなめられます。そして正しき判断、冷静さ、賢明さが芸術家の友だと教えます。そして、細かいあら探しにとらわれるのではなく、他人の良い所を見て真実の感覚を磨きなさいといっています。

 …
 「人間身体の生活(the life of the human body)」と、「人間の魂の創造(creation of the human soul)」が出てきます。ライフ・オブ・ザ・ヒューマン・ボディは、行動の流れは、舞台上での断片的なアクションにとどまらず、その人の人生・生活という全てを含む大きな流れのなかの一部であるということです。そしてそれこそ、その人の魂の根本から創り出されるものであり、それがクリエイション・オブ・ヒューマン・ソウルなのです。
  そこに辿り着くためには、小さな細かいアクションを結びつけていき、大きな有機的な流れにすることも必要ですし、様々な分析やプロセスを経て、キャラクターの魂から表現できるくらいにならないといけないのです。そして新鮮で創造的でなくてはいけないのです。ですからここでいわれていることは、理想的な最終形であり、非常にレベルの高いことなのです。
  この理想形に近付くために、行われている稽古はなにかに注目してください。それは即興(improvisation)です。即興は大いに有効です。そして、どこから始めればいいのかのヒントとして、身体面・行動面からがよいということがわかります。小さな身体的行動は大きな内的意味を持ったりもします。

 9章・10章では、インスピレーションで、役に入った状態になれば身体面・行動面は必要ないのではという疑問が提示されます。たしかにインスピレーションで、内面から感情があふれ出して行った演技は、観る人の感情を揺さぶる素晴らしいものとなりましたが、それを繰り返そうと思うと無理で、一回の奇跡で終わってしまったのです。そうならないためには、やはり身体面・行動面が必要になってくるし、次の章で出てくる「感情の記憶(Emotion Memory)」が必要になってくるのです。

Chapter9: Emotion Memory(情緒的記憶)

 稽古というのは新鮮さとの闘いでもありますが、この章でのコスチャたちの演技は、先を知った演技になってしまい、行動の要因となる感情がなにもリアルではありませんでした。そこで、感情の導き方についてトルツォフから指導を受けます。いつでも自由自在に感情が沸いてきてくれるわけではないので、「与えられた環境」や身体面の計画などを使って、感情を導き出すためのアプローチが必要になるのです。
  「Emotion Memory(感情の記憶)」は、過去の人生経験の記憶と五感の記憶、それから身体の記憶に分けられます(身体の記憶は触覚でもあるので、五感に含めることも出来ます)。また、「俳優修業」の中では、「Emotion Memory(感情の記憶)」と「Sensation Memory(感覚の記憶)」の二種類の言葉が出てきますが、トルツォフも一緒くたになるというように、まとめて感情の記憶と捉えてよいと思います。
  人生経験の記憶は、強く蘇ることもあれば、弱く蘇ることもあり、また元の記憶そのままではなく変化している場合もあります。
  そして、五感の記憶の場合、スタニスラフスキーは特に視覚と聴覚が俳優にとって特に重要であると示しています。五感のうち、味覚と嗅覚と触覚は補助的役割となります。視覚と聴覚は常に使っているといえます。これら五感の記憶を利用することで、演技の上でもリアルな感覚を持つことが出来ますし、また感情の記憶を刺激したりします。

 四章、五章で興味深い点は、感情の記憶が現実の出来事よりも強烈な感覚を導いてくれたり、芸術的な新鮮なインスピレーションを与えてくれるケースがあるということです。トルツォフは時間というフィルターを通すことで記憶が浄化したり、詩的に変わったりすると述べています。偉大な詩人や作家も、大規模な記憶の中から創造しているのです。だからこそスタニスラフスキーは、様々な人生経験の記憶を蓄えておいた方がいいと薦めています。

 スタニスラフスキーに対しての勘違い、また演技に対しての勘違いで、「役に入り込む」「感情に没頭する」ことが理想的だと捉えるのは間違っています。あくまで演技者本人がベースになっているので、スタニスラフスキーは、「舞台では決して自分を失ってはならない。いつでも自分自身を演じなければいけない」と強く念を押しています。ただし、役のための準備をしっかり行うことは大前提です。

…6つの感情を導く刺激を紹介しています。要するに以下のことです。
①「Magic If」・「与えられた環境」
②単位と目標
③注意の対象
④行動・演技に対する信頼
⑤作品の読解・役作り
⑥外的要因

Chapter10: Communion(交感)

 Communion(交感)とCommunication(意思疎通)は、似通っています。コミュニケーションは、言葉・ジェスチャー・表情を使います。これは、俳優でなくても誰でも行っていることです。コミュニオンは、俳優の舞台上でのコミュニケーションや意識で、見えない意思疎通だと考えられます。一章でトルツォフは、「他から吸収したり、自分を他に与えたり」することが舞台上で必要になるといっています。
  スタニスラフスキーは「目は魂の鏡」といっています。空虚な目は、感情や生きた内面も空っぽであることを示すのみです。舞台上の全てのことに対して、見ること、感じることが俳優には必要なのです。
  舞台では台詞がないからといって空っぽな状態であったり、役ではなく俳優個人になっていては絶対にいけません
。常に、交感があるのです。そして交感には感じるエネルギーや発するエネルギーが必要なのです。これがなければ観客も注意して見てくれないのです。観客にエネルギーを与え、また観客からもエネルギーを受け取るという点で、観客との間にも交感するということが成り立ちます。

 交感するのに必要なエネルギー。これを自分自身の中にも見つけることが出来るというのが、ヒンドゥー教のプラナの話でしょう。身体の中心に、エネルギーの源があり、それは感情を放出する力があるようです。魂(spirit)という言葉を比較的よくスタニスラフスキーは使いますが、その中心エネルギーを彼は実感しているようで、それがプラナと通じるのでしょう。

 見せかけの形だけの演技では、相手役との交感もできないし、観客にも伝わりません。この「Communion」の章でも、入念に注意がなされています。これ見よがしの形式(the form of exhibitionism)は、よく使われ、また人気があるというのは認めているものの、決して真の俳優はこの形式に陥ってはいけないと口を酸っぱくしていっています。
  正しく、相手と相互に交換しあうためには、もちろんコミュニケーションのツールである言葉・ジェスチャー・表情を使うのですが、それらは俳優の表現手段として非常に有効にコントロールしなくてはなりません。
言葉だけに頼ったり、ありがちなジェスチャーに頼ったり、嘘くさい表情で表したりではいけないのです。それはヴァイオリニストが愛用のストラディバリを扱うのと同じことなのです。

 スタニスラフスキーは役の準備について、こういうことをいっています。登場の二時間前には来て準備を始めなさいと。そしてまず身体の緊張と固さをほぐし、次になにか対象を選んで様々にイメージを巡らすイメージ・トレーニング、その次に注意の円を自分の小さな範囲の中で作ってみます。自分とその対象物です。最後に目的を一つ決めて、その動機を考え、行動してみます。変化もあっていいです。注意の円は、移り変わったり、大きくなったりしています。
  いわば、楽器のチューニングのように、目的や感情、イマジネーション、集中といった俳優のスキルを軽くテストしてみるのです。特に、熟練されていない俳優にとっては準備は困難ですが、いつでも創造的な内面状態でいられるように計らうのです。経験がないうちは、むらがあったり、演じる毎に新鮮さが失われたりするものです。熟練すれば、舞台上で狂いが生じたときも、演技をしながら問題を把握し修正することもできるのです。
  スタニスラフスキーは名優サルヴィニの言葉を引用しています。「俳優は、舞台で、生き、泣き、笑い、しかもその間中、彼は彼自身の涙や笑いを見ている。この二重機能、役と自らの間のバランスが己の芸術をつくっているのだ」

Chapter15:The Super Objective(超目標)

 スタニスラフスキーの中でも殊更有名なスーパーオブジェクティブ(超目標)。Jean BenedettiはSuper Taskという英訳のほうが良いとしていますが、Super Objectiveという言葉が既に有名になっています。
 作品の中のその役の最も軸となっている大きな目的をスーパーオブジェクティブだと考えるのが一番わかりやすいでしょう。スタニスラフスキー自身の記述によれば、全ての目的を内包する極めて本質的な目的で、あらゆる大きなユニット、小さなユニットを含んでおり、これは作家の創造的な魂でもあることがわかります。
  …
 スーパーオブジェクティブの使い方は、「わたしは~~したい」という言葉で表します。ハムレットであれば「父の復讐を成し遂げたい」でしょう。これはハムレットという作品通じて貫通している軸となる目的です。ただ、面白いことに、このスーパーオブジェクティブであれば、力強いハムレットを想像できますが、「苦悩をなんとかしたい」という言葉で使うと、これも作品通じて軸となりますが、人間の弱さと葛藤が前面に出たハムレットが想像できます。従って、どのような言葉で表すかで、全体的な演技が変わってきます。
  スタニスラフスキーはモリエールの「気で病む男」で「わたしは病気になりたい」としたら、喜劇なのに病的悲劇になっていったと語っています。そこで彼は間違いを認め、「わたしは病気と思われたい」としたら、喜劇性が出て成功したのです。
  この意味では、劇作家の魂やテーマだけでなく、演出家の演出意図とも深く関わるといえます。

 第二項ではスルーアクション(貫通行動)(Through-Action, Through Line of Action)について述べています。スルーアクションは様々な小さな目標で構成された演技の流れであり、この流れはスーパーオブジェクティブの方向を向いています。この流れが、あちこちに向いていたり、スーパーオブジェクティブと全く関係のないものだらけであれば、良くない作品、良くない演技といえるでしょう。
  また、古典作品を現代化させるときの陥りがちな欠点についても語っています。それは「一時性(momentariness)」 で、確かに一時的な現代的要素を付け足しただけの演出作品は、ただ奇をてらうだけで出来の良くないものが多いです。

 作用(action)、反作用(reaction)のくだりは、理解しづらいかもしれません。戯曲というのは、優れた作品ほど大きな葛藤を孕んでいます。ハムレットがいとも簡単に復讐ができれば、ドラマにならないのです。簡単に彼のスーパーオブジェクティブを達成できない、障害や葛藤や反対要素が存在します。また、正義という要素があったとしたら、必ずどこかに悪という要素があるでしょう。ギリシア悲劇やシェイクスピアなど、優れた作品であればあるほど、対極要素があります。

 「システム」の創造過程における三つの重大要素はこれです。
①内的把握(inner grasp)
②行動の貫通線(through action)
③超目標(super objective)

 ここまで語って、「俳優修業」でのシステムの学習はほぼ終わりを告げるのです。

〔まとめとしての参考資料〕

潜在意識の領域へ導くには、
①俳優の内面の準備
②内部の創造的状態の発展・開発
③作品のスーパーオブジェクティブ(超目標)の探求
④行動のライン(貫通線)の探求
  この4つのステップがあります。意識のテクニックによって、潜在意識を刺激するのです。…

 キーワードとして大事なのは、信頼と真実の感覚です。潜在意識の領域は、突然現れたり、突然消えてしまったりします。
  瞬間的に、現実にも起こりうる明確なリアリティーや、本当に起こっているような感覚を感じたりします。ただ、これは役に入りきってしまうことが素晴らしいという意味ではなく、そういう瞬間に得た感覚が非常に有効に働くと捉えるべきでしょう。なので、この場合持続できなくて全く構わないのです。外部の刺激など、なにかの拍子で、このような感覚に陥ることがあればそれをうまく利用しましょう。潜在意識の領域へ近づけてくれます。

 2節で、緊張の緩和のくだりが出てきます。潜在意識の領域へ近付くには、意識と技術の力なくは不可能ですが、真面目に意識しすぎるのもうまくいかないということがわかります。余計な意識を取り除き、自然と、自分自身が存在しているという感覚(「I am (being)」)ができてくると、自分自身の状態など様々なことが見えてきます。
  この「I am (being)」の感覚(俳優修業では「われあり」という訳)のためには、緊張の箇所を見つけて緩めたり、注意の対象を見つけたりといった、これまでの技術をちゃんと利用します。それがインスピレーションとなり、そして、役の人生・生活を生き始めたら、そこは潜在意識の領域です。
 
  潜在意識の領域に辿り着くまでの障害として、曖昧さ・不相応・頑張りすぎを挙げています。 曖昧さは、不明確さや不安から出てきます。不相応は、自分の外見や年齢、性格とあまりに異なる役にチャレンジしようとすると演技自体は紋切り型になりがちです。頑張りすぎというのは、あまりに真面目に考えすぎたり、あまりに努力しすぎたりして息を切らすケースです。

 逆に、障害ではなく、潜在意識の領域へと辿り着かせてくれる助けがスーパー・オブジェクティブ(super-objective)と、行動のライン(through line of action)であると述べています。劇世界では、様々な小さな目標が変化に変化を重ねて生まれてきます。それらはより大きな目標に吸収され、行動のラインに沿って進んでいくのです。
 細部の様々な目標を大きく包み込むようなスーパー・オブジェクティブを考えてみましょう。そうすると、各場面を強める手助けとなります。最終局面であるゴールへと進む力が強くなります。場合によっては、当初考えていた小さな目標が意味をなさなくなり、別の意味が生まれることもあります。潜在意識が自然とスーパー・オブジェクティブにそった意味を生み出します。
  スーパー・オブジェクティブを変えるだけで、全体像に変化が出ることは確かです。”

スタニスラフスキー
Stanislvski's [system]
システムの実践・トレーニング
http://trainer-labo.com/sta_system.htm
”柔軟な身体はとても重要である。固い身体では表現の可能性も狭い。
どうすれば、身体をコントロールすることができるのか?
どうすれば、リラックスできるのか?

①Awareness of Tension
   緊張の問題として厄介なのは、ほとんどの緊張が我々の気づいていないものであるということ。
②The Monitor
  ・The External Monitor……他人の目から緊張の部分を発見
  ・The Internal Monitor……自分自身が緊張の部分を発見
③Balance of the Centre of Gravity
   演技の流れにおいて、体重移動というものは自然に無理なく行われるべきである。
   バランス感覚を維持する上で大切なことは、重心を知ることである。

2.Muscles and Combined Action

①The Right Muscles
   日常の様々な動作の中、どの筋肉がどのように使われているか。
   実際に物を持ったとき、イメージで物を持ったように見せるときの違い。
   同じ筋肉・同じエネルギーが使われているか。


②Combined Action
   他の人たちの動きに合わせ、同調する方法を学ばなければならない。  

3.Intension and Justification + Actions

行動や姿勢は、意図に基づく創造によって正当化されなければならない。
演技には全て理由が存在する。

①Organic Actions
   一日の生活を眺めてみてもわかるように、行動にはある程度流れと法則性がある。
  e.g 朝起きて顔を洗い歯を磨く→着替えて駅へ→電車に乗って職場へ→昼には弁当
      →仕事が終わったあとカラオケへ→晩御飯を食べる→帰宅→風呂→TVを見る
   作品の世界にも当然、Organic Actionsはある。

②Time,Place and Circumstance
   行動は「時」「所」「状況」に左右にされる。

③Psychological Aspects
   行動と感情は表裏一体。心理面で設定を加えることで、行動の持つ意味は遥かに変わる。

・シンプルな行動(ト書きに書かれているのはこのような形である)をそのまま演じたのでは、浅く無味乾燥
  なものになってしまう。脚本の中で、書かれていずとも、時・場所・状 況・目的・性格・癖など複雑な要素
  に目を向けて、このシンプルな行動をより深く意味の あるものにしなくてはならない。
・同じ行動でも、このように全く違う要素が添付され、異なった演技となる。これが脚本のサブテクストの部
  分であり、俳優が役作りの時に重要なプロセスとなる。
・演技は文字に書かれた通りの一直線なものではなく、非常にたくさんの要素が絡み合った広く深いものである。
・演技の可能性を俳優は知らなければならない。
・演技の可能性を開拓する楽しさを実感してほしい。
・あらゆる視点から、劇世界や登場人物を分析することが必要である。また、それらを行うことが演劇の醍
  醐味でもある。

4.Focus and Concentration

舞台上で、演技者の焦点は常に変化をしている。その焦点を意識するだけで演技は遙かに
広がる。自分自身や観客にしか焦点のいっていない演技がいかに低レベルなものか。
焦点を知り、焦点を活用できなければならない。

①Five senses
  視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚
  この五感を意識することで、演技はリアルになる。また、演技者自身がうわべだけでない
  真実の感覚を手にすることができる。
  五感は行動をリアルにするだけでなく、感情もリアルにする。普段の生活・人生経験など
  から五感の記憶を呼び覚ますこともまた重要である。
  →Emotion Memory(感情の記憶)

②Group Focus
  アンサンブルは、自分と全体にフォーカスを合わせる。
  他者との見えないコミュニケーション。

③Multi-level Focus
  洗い物をしながら会話をしたり、同時に全く違うものに焦点をあてなければならないとき
  がある。単調な動き、習慣的な動きならば混乱は少ない。しかし、ドラえもんの絵を描き 
  ながら、最近あったイヤなことを語るというような場合ではその難しさを感じるだろう。
  焦点をあてるものが合い離れていればいるほど、同時にこなすのは難しい。
  心と身体、感情と行動は表裏一体である。逆に言えば、どちらかいっぽうだけの演劇
  (感情を吐き出せばいい、もしくは身体を使って現せばいい)というのは低レベルな
  ものである。

④Circles of Attention
  このCircles of Attention(注意の圏)は、大中小三つのレベルに分けると
  分かりやすい。
小……一番間近のフォーカス。
    自分自身、小道具、目の前のものなど、一番狭いが強いフォーカス。    
中……中間的な位置のフォーカス。
    対話者など自分を取り囲む領域の中のもの。視線を送ればすぐに感知できる。
大……一番遠いフォーカス。
    周囲の景色、遠いところにいる人物、観客など。遠いためにはっきりと把握でき
    ないが、広く全体的に感知できる。

 演技のとき、この三つのレベルの焦点に気をつける。というのも、舞台上では様々な
  フォーカスが交錯し、即座に移り変わる。焦点がひとつに絞られたままでは、演技は
  非常に狭く不自由なものになってしまう。
  特に緊張しているときフォーカスは狭く一定になる。
  大中小、一つのレベルのフォーカスにあるときもあれば、複数同時にフォーカスを当て ているときもある。
  演技者が小のフォーカスで演技をしているとき、観客のフォーカスも一点に集中する。
  演技者が大のフォーカスで演技をしているとき、観客は舞台全体を広くイメージできる。
  この原理を有効に生かし、バランスよくフォーカスを移す。これは演出家にとっても
  考えなければならない大事なことである。

Object of Attention……集中している対象。
  当然だが、集中する(フォーカスを当てる)のには理由がある。その理由は、感情を
  伴う。すなわち、ただ集中すればいいというわけではない。
  集中するとき、その行為が正当化できるか。
  (例えば、ペンを取るという行為もただ取るのではなく、電話番号をメモしたいという
   ように理由があって取る。理由があってこそ、行為は演技となる。)

5.Imagination

想像力は、芸術のの命の源である。当然、演劇においても非常に重要な要素である。
常日頃から、想像力を鍛えるべきだ。それには、感性を磨き視野を広げること。また、
芝居づくりにおいて、どれだけ想像していいのかというのも理解しておくべきだ。

①Before Time
  脚本に書かれていることのみが劇世界ではない。俳優は誰しも脚本に書かれていない
  ことを想像しなければならない。(→Subtext)
  Before Timeは、例えばある登場人物が登場する以前のことを想像したり、脚本
  に書かれている前の部分を埋めるものである。酔って登場するならば、どこで誰と飲ん
  で、どういう気分だったのか。なぜ飲みに行ったのかなどを想像する。

②After Time
  退場した後、なにをするのかなどを考えるのがAfter Time。
  こうして、脚本に書かれていない空白の部分を埋めることでより人物が自分のものに
  なるし、その上演技もリアリティーを増し、広く深いものになる。

③Subtext
  サブテクストは、このように脚本に書かれていない氷山の一角のその下である。サブ
  テクストを開拓することはきわめて重要で必須である。これによって、役作りはより確
  かでオリジナリティーあふれるものになり、演技はリアリティーを増し、劇世界は広がる。
  サブテクストを開拓できるということは、それだけ戯曲が読めるということだが、日本人
  はそのように教えられていないから、不得手である。だから戯曲の読解力がない。

④Inner Monologue
  口に出した言葉が全てではない。日常生活なら、おそらく口に出さない言葉の方が
  多いだろう。登場人物が劇世界に存在し、彼らの生活があるのなら必然とInner
  Monologueはある。台詞の出番を待っていては、その間空白で死んだの演技になる。
  常に役と行動・感情を維持しなければならない。
  (→Through-Action,Through-Emotion)

⑤Mental Images
  映像としてイメージができているか。イメージは行動を広げ感情を呼び起こす。
  頭の中では、登場人物の映画が展開されている。

⑥Magic IF
  Magic IFは、「自分がこの状況に置かれたなら、どうするだろうか?」と、仮定して考えてみること。
  自らの経験を利用する場合もある。その役を演じる不安、そのシーンに身を置けない不安が
  解決できる場合がある。

6.Emotion Memory

自らの経験は、演技に生かされる。劇作家によって書かれた脚本上の人物の体験は、そのまま
では舞台上に生きない。マリオネットではなく、一人の人間として存在するためには、役作りに
おいて自分の経験を利用しなければならない。また、利用することで演技は上っ面のみでは
ない、真実のものになる。

・脳が記憶している経験……五感の記憶。(夏の暑さや、潮の匂い、雪の感触など)
              人生経験の記憶。(失恋体験・憤慨したときの記憶など)
・身体が記憶している経験……物の手触り、走るときの身体の動き、叩かれたときの反応など

記憶させることも練習になる。(→Muscles,Five Senses)
24時間365日、生きている限り俳優修行。

7.Mind and Body

・喜怒哀楽などの精神状態は、表情や仕草となって表面に現れるもの。
   喜怒哀楽とは? 驚きや痛みなどは?
・状況は精神状態に影響を与える。
   例えば、休暇でリラックスしている状況のとき、急に会社から呼び出されたとすると
   その精神状態は完全に変わる。
   登場人物が疲れて登場するシーンがあるとすると、そのBefore Timeに、疲れる
   状況に陥れるなにかがあったということ。こういうとき、疲れた演技をどうすればいい
   のかと考えるよりも状況を想像する方がいい。
   また、一人と二人とでは違う。相手が好きな人嫌いな人とでも変化がある。
   プライベートのときと会社などのオフィシャルなときともまるきり違いが出る。
・外界からの影響によって、過去の記憶を呼び覚ましたりする。
   旅先で懐かしいと感じたことなど
・ムードや精神状態は、行動に影響する。
   照明効果、音響・音楽効果、沈黙、ノイズ、昼と夜、見慣れた景色、外国の景色など 

8.Communication

コミュニケーションとはなんだろうか?
相手がいて成り立つ。相手になにかを伝える。気持ち、情報など。
コミュニケーションの媒体は? 言葉、ジェスチャー、目。

①Verbal Communication
  言葉だけでコミュニケーションをしてみる。
②Gestural Communication
  言葉を使わずジェスチャーだけでコミュニケーションしてみる。
③Mental Communication
  目があったときに、一瞬で伝える意志疎通→Radiation

必要以上に冗舌な説明、陳腐な言い回し、過剰なアクション、きまりきったジェスチャー
は、演劇では嫌われる。これらは排除しなければならない。ただ、稽古としてなら役に
立つケースもある。

9.Tempo-Rhythm

Tempo……速度  Rhythm……調子・律動

テンポとリズムを変化させると、精神状態・行動、さらに状況までもが変化する。
逆に言うと、状況・精神状態、行動にはそれなりのテンポとリズムがある。
さらに脈拍や呼吸にも影響がある。
作品の中でも登場人物それぞれにテンポとリズムがある。

10.Verbal Action

Punctuation
Pauses
Stress    など

各言語それぞれ特徴があるので、システムの中では取り扱わず、別で練習するべき。

11.Characterisation

同じ登場人物でも役者によってそれぞれ役作りは違う。すなわちそれは、役作りの中心に
あるのはその人自身であるから。しかし、自分自身を出発点に役作りを始めゴールまで自
分自身からしか抽出しないのでは、失敗といえる。劇作家の描く登場人物も千差万別、
特徴を生かして、実在感のある人間に創り上げるには工夫がいる。

・大きな枠組み
外面上の特徴……年寄り、肥満の人、酔っぱらった人、背の高い人の特徴は?
職業の特徴……軍人、サラリーマン、バレエダンサー、高校生の特徴は?

その他、場所、状況、服装、仕草、話しぶりなどにどんな違いがあるか?

12.Justification

単に誰かの外面的な特徴をコピーしただけでは、演技とはいえない。人物の特徴、
置かれた状況、全ての行動・振る舞いには理由がある。それらを正当化せよ。

例えば、骨折しているのならどこでどのように骨を折ったのか、そのとき、どのような
反応をしたのか、周囲の人々はどんな反応をしたのか。そうなったのは誰のミスなのか。
今、どういう心境なのか。仕事や生活にはどのような影響が出るか。などを考える。

観察した人物の、限られた特徴からその人物を正当化するのもいい練習である。

13.Total Action

戯曲の根底にあるテーマ、劇世界とドラマの流れ、そしてゴール。
全ての登場人物の行動には一貫性と連続とした流れ、そして目指すゴールがある。
このゴールに向けた意志をSuper Objective(Super Task)という。日本では
「超目標」「超課題」と訳されているが、このSuper Objectiveは俳優の演技に
非常に有効である。
行動の一貫性とその流れ、これをThrough-Actionという。
ちなみに感情の一貫性とその流れはThrough-Emotion。この二つは表裏一体と
なって相互に影響している。
そしてこの二つの流れの先にあるものが、Super-Objectiveである。

例えば、ハムレット劇中もっとも大きなSuper Objectiveは、父の復讐を遂げたい
ということであるが、そのなかでも、母の目を覚ましてやりたいというように幾つもの目標
がシーンの中に存在する。
これらは、俳優の演技を強い力で引っ張り、常に行動と感情に意味を持たせ、嘘や空白
のない真実の演技に近づけてくれる。

劇の中は、人物と人物とが対峙し展開する。そのためThrough-Actionの一方には
Counter-Through-Actionというものがある。
例えば、ヒーローと悪者のように。行動は人物間でも相互作用する。”

クリエイター育成動画。


【小説作法】歴史小説家結月ゆかり メモ+私の補足
・メジャーな人物のマイナーな話か、マイナーな人物のメジャーな話。
・いわゆる「神の視点」が嫌われるというのは本当なのですが、
歴史小説の場合、地の文抜きで話を進めることは困難です。
このあたり、バランス感覚が要求されます。
練習としては、まず一人称で本文を書いてみて、
置換で三人称に変えてしまうという方法があります。
説明不足を地の文で補うことで、完成させることができます。
・視点は主人公か主人公に準ずる人物側にしぼる。
・ライバルキャラで視点を増やす。
主人公を見ながらも、他の事件も俯瞰するキャラがベスト。
敵対する視点のほうが心理戦を上手く書けるのでオススメ。

” ライバルいると同じ局面を2つ書けるからネタ的に結構便利”
・十万字なら視点は2~4つぐらい。
・“視点切り替えしてもいいけど、極力時間は戻さないように縛ればテンポ保てるよ
・ハーフの主人公。二つの立場で揺れ動く。寄生獣、ヒストリエ、
(血縁とは限らず立場が対立する陣営の中間でもよい。東京グール)
・自己犠牲
・ラスボスが父親(越えるべき壁であればいい)
あこがれからライバルへなど。
父を殺したのが君主だった。
・” つーか、長編書く時とかシーンごとにネタが突然降ってきたらそうでもして書き留めないと間に合わん ( ̄ω ̄;
俺はこれだわ台詞全部書いてから動きを足してく方”
・” ラノベ新人賞応募作の10人に1人は、いまだに三点リーダーの使い方が間違っていて、下読みが爆笑している
https://togetter.com/li/622332”
・文体=縛りプレイ。盗むのは文体だけ。
” これは、全くジャンルの違うある先生の話なんだが、「完コピもできずに良いとこ取りしようとしても必ず失敗する。まず、完コピ出来るようになりなさい」
これは、全くジャンルの違うある先生の話なんだが、「完コピもできずに良いとこ取りしようとしても必ず失敗する。まず、完コピ出来るようになりなさい」
文体って意識しないとその時読んでる本に影響されるわ
「爆発音がして振り返る」のコピペは秀逸”
・文学っぽくかっこつけているところはバッサリ削る。
・パラメーターを極振りすることで魅力的キャラができる。とにかく極端にする。
普通のキャラは普通のパラメーターに極振り。
・一人称は全キャラ別にする。
(一人称と語尾。口癖。語彙。ひらがなカタカナ漢字の割合。
一人称と語尾などが尽きたなら発明する。
全員口調を変えることで誰がしゃべっているか区別できる)
・頭の中の内は何でも傑作。とにかくとっととアウトプット。
・デビューした後のことを考えて賞を選ぶ。
・説明しすぎないように、まずはキャラを事件に放り込んで行動させる。

エミネムさんが絵の描き方について教えてくれるそうです
http://www.nicovideo.jp/watch/sm20939758
小説を逆さにして適当に開いて一ページを写す。
見慣れないものを用意してそれを写す訓練。
見慣れないので形を見て写さないといけない状況に追い込める。
(刻み込みたい文章にすればいい。
お経なら写経になるな。

次にマス目法だな。好きな絵をマス目で区切ってマス目ごとに描く練習


永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

「プロになりたい訳じゃない
絵を描いて少しだけ友達関係で良い顔したんだよ!
小さい規模で皆に誉められたいんだよ!
良いじゃないかそれくらい!上手くなる方法教えてよ!」
わ か っ た よ
教えるよ
メモはいいか?
7件の返信 1,787件のリツイート 2,657 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

まず好きなイラストとかあるだろ?
それをトレス綺麗に書く努力はしよう
…かけた?OK
んじゃもう一回
…かけた?うん
じゃぁ休憩してあと5回描こうか
飽きた?繰り返しは嫌だ?
良いから騙されたと思ってあと5回
…おー頑張ったじゃん!じゃぁあと3回足して
10回までやろう
2件の返信 866件のリツイート 1,143 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

偉いじゃないか!10回トレスしたなんて!
そしたら今度はその絵に3×3のグリッドを引いて
模写だ模写する側にもグリッド引いて…Ok
じゃあ模写してみようか
ちょっと…まった
その情報量をいきなり模写できないだろ?
なんでグリッド引いたと思う?情報量を下げるためだ

1件の返信 792件のリツイート 1,010 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

もしそれでも情報量が多いと感じるなら6×6でもいいぞ
グリッドの中にあるものを模写して行こう
そうそう…できた?いいねー
じゃぁドンドングリッド埋めていこう
初の模写成功じゃん
何言うかわかってる?
そうwwww
10回繰り返そうか^^
さて次がコツ
1件の返信 755件のリツイート 928 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

模写しているキャラクターの髪や服のシルエットから描いて
顔のパーツじゃないよ
先ず輪郭

そう…そしたら
パーツを入れていこうか
よくやった
これを合計10回合計30回繰り返そう
おわったら最後に
何も見ないで記憶を頼りに描いてみよう
友人に見せられる程度になってるハズ
2件の返信 777件のリツイート 1,013 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

で、ここから
同じ方法で次から次へと描いて行こう
理論とかそういうのはとりあえず
置いておいていいから
完全に物量だけ
10枚のイラストを描いたらだいぶコツは掴んでいるはず
そしたらそのイラストをベースにパーツを変えてみよう
手の位置であったり髪のかたちであったり
1件の返信 728件のリツイート 910 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

どうよ?
オリジナルイラストっぽくなったろ?
あとは繰り返して引き出し増やすだけだ
俺が教えられる最短距離の最短の方法
俺が知る中ではこれ以上速攻で結果が出る方法は無い
信じるか信じないかは
あ な た 次 第
1件の返信 711件のリツイート 876 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月23日

まぁ同業者の方なら
なんだよ動画の研修の初歩じゃねーか(笑)って思いますよね
その通りです
もう崩壊してしまいましたが
アニメ業界は絵心の無い人間をちゃんと一人前の絵描きにする為の
ワークフローが出来ていたんですよねぇ
失われてしまいましたが
日本っぽいですよねぇ
3件の返信 692件のリツイート 853 いいね
永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37 4月24日

ちなみにデジタルはダメだよ!
アナログで描いてね!
アンドゥと線補正を使うと経験値70%減少すると思って
2件の返信 245件のリツイート 273 いいね
ぽんpon‏ @ponpon_clow 4月30日

突然の質問、失礼します。
グリッド分割での模写を計20回という事なのでしょうか?
済みません。理解が足らなくて.....(^^;;
(トレスは、もう10回済ませて、これからグリッド分割模写に入る予定なんですが)
1件の返信 0件のリツイート 0 いいね

永居 慎平 ラストスタンド‏ @yaruo37
返信先: @ponpon_clowさん

自分でも分かりにくい文章だと反省しております。【トレス10回】?【グリッド引いて模写10~20回】【グリッド無しで1~好きなだけ】【全部で30回以上】が良いかと思います。)

エミネムさんが絵の描き方についてもう少し教えてくれるそうです
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22547517

エミネムさんが初心者向けの絵の描き方について教えてくれるそうです
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22590070


富野由悠季 特講 「アニメ演出チェックの五原則」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm306208



0から始めるお絵かき 第一回
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4915637

『スペースオペラの書き方』


野田昌宏の『スペースオペラの書き方』
書くのに必要なすべてのものー野田のフロー(流れ)図と創作系記事まとめ
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-722.html


新海誠『君の名は。』と不倫より面白くない新海誠の秘密♡(結社に逆らえない理由)

”フェイド大帝 @FeydoTaitei…
そもそも角川を除いた大手 出版が同族経営の株式非上場の 独占禁止法スレスレのオーナー 企業ばっかりが「利権の温床」 でないはずがあるまい。

角川もラノベに関しては 独占企業だからね。 電撃だとか、スニーカーだとか 全部角川の子会社だから。 だけど角川は株式上場してるから アマゾン辺りに敵対買収されれば 経営体質が変わる希望はある。

ではアマゾンに対抗するため に、日本の出版、印刷連合が 何をやっているかと言うと 「文化庁」などの政府機関 とツルんで外資を閉め出す規制の 政策ばかり作ろうとしている。

まぁ、アマゾンも文化庁と 同じメイソン、イルミ系企業だが アマゾンは税金を払わない企業 だから、日本のイルミ達からは 嫌われているんだろう。

ちなみに文化庁は「まどマギ」に 賞をくれてやった所ね。 他にも「電脳コイル」や「カイバ」 みたいな思想的にヤバイ アニメに 賞をくれている。

アニメミライなんてご大層な 名前と、日本のアニメ産業の 発奮などと理念はご立派だが、 そもそもディズニーに全く歯が 立たない時点で日本のアニメに 「ミライ」など全くない。

ドイツの「Laura's stern」とか ジブリよりも出来いいぞ? まぁ、日本のアニヲタ達はこういう 物は観ないのだろうけど。

ちなみにディズニーが 「ナディア」や、 「ジャングル大帝」をパクった 時に庵野や虫プロがあまり 騒がなかった理由をよく 考えたことあるかな? 日本のアニメ業界はディズニーに 足を向けて寝ることは出来ない からね。むしろディズニーさまさま だろうね。

日本のアニヲタ達はピクサーの 監督が専門学校時代に作った 「電気スタンド」のアニメ群 ぐらいは観た方がいいぜ? フェイド大帝はあれ観た時に こりゃ勝てんと悟ったね。

ちなみにもう一つ面白いこと を教えてやろうか? 君達アニヲタに好評な 新海誠っているだろう? あいつがグランプリとった コンテスト(猫のアニメで入賞 したやつね)ってのはプロ経験 のある奴は応募出来ないんだ。

ところが奴は日本ファルコムで アニメを作っていた経歴を 隠して応募したんだ。 本当はあのコンテストの グランプリは二位の奴が 受賞すべきだったんだ。

新海誠のアニメは所謂伝統的な 2Dアニメだったが二位の人のは 完全なフル3Dアニメ。 二位の人がグランプリを 取っていれば、日本のアニメも 3Dに移行する方向に進んだ はずだったんだ。

ところが新海が大賞を受賞した せいで、日本アニメはまた古臭い 2Dに逆戻り。 そして3D路線に完全に移行した ディズニーを始めとした海外勢に 大きく水を開けられることになる。 取り返しのつかないほどに。

ついでだ。もう一つ取っておきの タブーを教えてやるよ。 ドラえもん初のフル3Dアニメ 「stand by me」って最近出ただろ?

あれは元は東宝を受けた就活生 の考えた企画が元ネタだ。 当然その就活生は落とされている。 当時、東宝で採用担当していた 人事担当者はその後、本社に 呼び戻されて出世している。

これは「stand by me ドラえもん」 が封切りされる五年前の話だから、 大体あの手のアニメの制作期間 ぐらいの見積もりになる。 いや〜、明るいねぇ〜、 日本のアニメの未来って奴は。w


http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-66.html
今週のジャンプの『BLEACH』(ブリーチ)でファーティマの手が登場。ギリシア哲学(特にプラトン)とキリスト教「思想」(人は単なる部下)が真の黒幕であり、黒幕の中核(源流。本体)はインド=イラン「思想」。
思想は領土がなくても生き残る霊魂。馬と馬車と金属加工の技術を持った秘教集団。
トラキアの「死は善。生は悪」が悲劇の起源?良ツイート集。


ぐだトマト‏ @pteras14 2016年9月23日
DOGAに出た奴にしか分からない事情が あるが、マコっちゃんは手放しで称賛する わけにはいかない。クリエーターとして。

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年9月24日
お前ら……‼︎ よくもこんなクソアニメを 薦めてくれたな……‼︎‼︎
結論から言うと、EDクレジット以外 観る価値なしッ!

君の名はというより、これ幾原の 「輪わるピングドラム」と同じ ネタじゃねーか‼︎ 「生存戦略しましょーか?」 だろ?w

絵も全然動かねーし、襖開ける時 正面からのカット何回も入れるし、 3Dと2Dをアンバランスに混ぜるから、 2Dが死んでるし、脚本も全然ダメッ‼︎ 親父全然説得してねーし、小野寺と メガネが簡単にカルト野郎信用する わで不自然過ぎだわッ‼︎

後、桜の花びらが落ちる速度よりも テメーはまず隕石の落下速度から 計算しろッッ‼︎‼︎

これ、完全ステマアニメだ! 背景がジブリちっくで小綺麗なだけの! 彗星の名前が「ティアマト」。 EDの制作協力に学研ムー、三交社、 文化庁。 あからさまとかそーゆーレベルじゃ ねーわw 誠の野郎、アイツDOGAの時から 何も変わってねーなw まだ、こんな事やってんのか……

子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側‏ @kitsuchitsuchi 2014年9月4日
君たちはいつもそうだね。どうして人間は、まどかが変身シーンで△と片目のメイソンサインをしたり、
文化庁の背後に伊勢神宮奉賛会(初代会長の佐藤尚武がメーソン)や
世界聖典普及協会(生長の家=大本教+紅卍字系)などの
神道カルト(和風耶蘇教)やキリスト教団体がいる事実から目を背けるんだい?

子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側‏ @kitsuchitsuchi 2014年10月26日
返信先: @AM_Pubさん
@AM_Pub @FeydoTaitei @yaginuma_san エヴァもまどマギもキリスト教。メーソンサインするまどか。文化庁の背後にいる大本教系の神道カルト(和風キリスト教)やキリスト教に支配されている日本アニメのミライは悪化るい!これからも目と△と を優遇して下さいね!
ネタだと昔は思っていました。柳沼さんの熱意も作品も素晴らしいです!新聞やテレビやお賽銭などの戦争屋の集金装置にお金=力を行かせずに、あなたのような真の改善者・情報発信者にお金=力が行くようにしないと、嘘がお金になるシステムは倒せないと痛感しております。





このシロートは黙ってろ!系の ケチを付ける奴には必ずさっきの 孫武の名言を返す事にしてる。 便利な言葉だよ。君達も覚えておく といい。何かと役に立つからw

ぐだトマト‏ @pteras14 2016年7月23日
何でもアメ公が良いわけじゃないけど、 実際にアメ公が作った方が映画も ゲームも、アニメも出来が良いんだから どうしようもない。 悪い所は真似しなくて良いけど、 明らかに良いモノはちゃんと それを勉強する「知性」ぐらいは 兼ね備えていたいもんだ。

ぐだトマト‏ @pteras14 4月8日
中国の格言で「傲慢なのは結構だが 批判を甘んじて受け入れる知性ぐらい は備えてほしい物だ」というのがあるよ! アングロサクソン、ゲルマン、ジャップ には耳の痛くなる格言だろうけどw

ぐだトマト‏ @pteras14 5月18日
ちょまどのRTから流れてきたんだけど、 日本人ってそんなにも批判されるの 嫌いなのかね? 「批判を甘んじて受け入れる知性が大事」 って昔の中国の偉人も言ってるぞ?


【新編】劇場版まどマギ、ムックさんのコメントへの回答
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-567.html
ムックさん今日は。

お返事が遅くなって申し訳ありません。
お返事の内容が長文になりますので新記事の
形で返信させて頂きます。

> さてこれを読んで疑問なんですけど結局このまどマギ制作チームは
> この作品を通して何を伝えたいんでしょうか?
>
> 自分たちの思想の布教?

まず、アニメ制作というのは当然複数の人間が関わって行うものなので、
一般的にはストーリーや世界観に関する事は脚本家の一存である様に
世間では思われているようですが、これは厳密に言うと違うはずです。

ハリウッドの例でいくと、まず大元のネタをプロデューサーが
考えます。そのネタを今度は新たに雇ったフリーの脚本家に
手渡し、最初の草稿を作成させます。
出来上がった物を受け取ったプロデューサーは一度そこでその
脚本家との契約を解消します。
次にプロデューサーはその脚本を候補俳優に配ります。
それと同時に実際の映像化のためのスポンサー(制作費を出してくれる所)
を探し始めます。ハリウッドではお金を持っている大物監督
(スピルバーグ等)がスポンサーに付く場合もありますが、
通常は映画プロダクションまたは配給会社がスポンサーにつきます。
スポンサーが付いた後、いよいよ制作スタッフ等を雇い入れ、
脚本の改稿版を最初に頼んだのとは別の脚本家に依頼します。
出来上がった脚本で最終的な俳優キャストを決めて、
制作がスタートします。

これはあくまでアメリカの例ですが、恐らく日本も同じ様な
仕組みで動いているはずです。
日本の場合ですとフリーのプロデューサーというのは少なく、
実際にはTV局だったり映画配給会社(東映とか)、アニメ制作会社
の会社員である場合が多いですね。

従いまして、”まどマギ”の場合でも脚本家である虚淵氏がストーリーや
世界観を全部決めているわけではないと思います。
TV版の時の脚本が市販されたことがあり、それを読んだ事がありますが
人物や背景の描写は意外とあっさりしていて、メイソン的なシンボル
の描写等はト書きには見当たりませんでした。

キリスト教のイエスのような”自己犠牲による他人の救済”という
メインテーマは虚淵氏のアイデアかもしれませんが、
メイソン・シンボルやキャラの動きの振り付け等は
恐らく美術監督の判断による物だと思います。
”まどマギ”に関しては多分、”魔術”という雰囲気を
映像表現するために、美術監督が19世紀の西洋魔術
のモチーフを色々取り入れただけというのが主な理由だと
私は思います。
従って、様々な魔術シンボルが美術的なアート以外の意味を
持っているとは考えていません。
(つまり陰謀論でいうメッセージ性や洗脳の意図は含まれていない)

魔術シンボリズム以外で今回の劇場作品で突出しているのは
やはり虚淵氏による作品のストーリーだと思います。

今回の劇場版のストーリーを一言で表すと、

「悪魔が神より上位に立つ」

と言えるでしょう。

ここでいう”悪魔”や”神”というのはキリスト教の聖書の
それらにあたります。

これをアメリカの脚本分析家であるロバート・マッキー氏の
表現で言い直すと、

”ストーリー=非可逆的な変化”
ですので、
”これは誰の物語?”の答えは「ほむらの物語」になります。

そしてこの主人公である”ほむら”がストーリーの終盤において
ある変化を経験/認知/認識する構造を取ります。

それを踏まえると、

「ストーリー=ほむらがまどかの一部を奪い取って

魔法少女から魔女を経由して悪魔へと成長する物語」

というのが今回のストーリーになるわけです。

次に”テーマ”です。

Michael Hauge氏によると映像作品のテーマは、

”敵対者との共通点+バディ(味方)との相違点”
から導き出すことができるそうです。

”まどマギ”の場合キャスト配分が良く分からないのですが、

ここでは、

 ・敵対者=QB
 ・恋人=まどか
 ・バディ=さやか等他の魔法少女達

と仮定します。

QB、さやか達、まどか、ほむらの4者に共通する

キーワードは間違いなく”愛”です。

QB=世界の秩序に対する”愛”(宇宙のエネルギーバランスの維持)
まどか=魔法少女全員に対する”慈愛”
さやか達=仲間に対する”友人愛”
ほむら=まどか個人に対する”愛欲”

そこで

主人公”ほむら”と敵対者”QB”との共通点、バディ”さやか達”との
相違点を明確にしなければなりません。

・QBとの共通点

 何がなんでも自分の願望を達成させるために
 手段を選ばない。
 力ずくで自分の”愛”を相手に強要する。

・さやか達との相違点

 ただの友人関係よりも性的な
 愛の欲望をまどかに求めている。
 仲間間の調和は求めていない。

ここから、今回のテーマを導き出すと

「テーマ=プラトニックな万人への慈愛よりも力による
 個人愛の強制的な成立の方が優先する」


ということが言えるのではないでしょうか。

難しい言葉を使いましたが、簡単に言うと

「他人のためよりまず自分のためでしょ?」 

というわけです。(笑)

ですので”ほむらの個人的欲望を叶えるためにまどかや他の
仲間、及び世界の秩序を犠牲にすることは正しいか?”
というのがこの作品が観客に問うている命題になるわけです。

これがこの作品が観客に対して訴えたいメイン・メッセージになります。

余談ですが、この作品は

まどか=奈須きのこ
ほむら=虚淵玄
QB=武内崇?

に置き換えると理解しやすくなります。(笑)

虚淵氏の小説で”金の瞳と鉄の剣”というのがあります。
これの”あとがき”で虚淵氏は元々、エロゲー・ライターでは
なく普通のラノベや一般文芸を目指していたことが綴られています。

マブラヴ・シリーズの吉宗鋼紀氏も雑誌のインタビューで
語っていましたが、エロゲー・ライターというのは文芸業界
では一段ランクの低い、下賎な作家業として扱われている
傾向があるそうです。
そのため、エロゲー作品の一般アニメ化やゲーム化、映画化
等のメディアミックスの実現が他の一般小説やラノベより
遥かに困難だそうです。

ところが、この業界の常識に反する例外が一つあります。

それが型月(TYPE-MOON)作品です。

従いまして、型月の奈須きのこ氏のケースというのは
例外中の例外なのです。

だから虚淵氏も上述の小説のあとがきで”奈須氏は闇の部分を知らない”
と告白したわけです。

ちなみにまどマギ新編のモチーフで良く
 出てくる”月”はTYPE-MOONを表している
 のではないかという説
もあります。
 まどか=奈須きのことすると、まどかの力の
 一部=Fateシリーズではないかと思われます。
 虚淵氏はFateシリーズを基にもう一つの
 ヒット作”Fate/zero”を書いているわけですから。(笑)

虚淵氏は諸々のインタビューを読んでいるとどうやら
一種のニヒリスト的な思想を持つ傾向があるようで、
特に不良等の様な世間のつまはじきものを美化したがる
独特な考え方が見られます。
オトナアニメのTV版まどマギのインタビューでも
「世間のアニメ・オタクはもっとこの世の闇の部分を知るべきだ」
と唱えています。

ですので、

「悪魔の様なキリスト教の悪役が活躍する物語は
 虚淵氏の中では最高にカッコイイ」のです。

今回の劇場版で”ほむら”がチョイ・ワル化した理由がここにある
と思われるわけです。



わざわざ記事にしてまでお返事いただき有難うございます。
なるほど、やはり作品ができるまでには色々とあるのですね。


>「悪魔の様なキリスト教の悪役が活躍する物語は
> 虚淵氏の中では最高にカッコイイ」のです

これって要は一種の中二病みたいなものですよね?
まあ確かに悪側というか悪魔側に対する憧れみたいなものは
思春期などの発症しやすいと思いますが虚淵氏のようにある程度歳を重ねても続いてる人は珍しい気がします。

あっ、でも最近は割とそうでもないかな?
オタクコンテンツに浸かってる人とかはそういうの好きそうですしね

ただ私はどちらかというとそういう魔術やら悪魔やらにはあまり興味を
惹かれなかったのでその気持ちはあまり理解できないのですが………

どうでしょう?アニメーション業界というのは昔からこういうオカルト好きがおおいのでしょうか?昔の作品でも結構こういうオカルティックであったり神秘的であったりする要素を取り入れているものは多いですよね

あの有名なガンダムとかもそうですし………
アニメ関係者って富野氏のようにどこか病んでそうな人も結構いそうですしこういう破滅思想や終末思想に惹かれやすいんですかねえ‥‥‥


あと実際にメーソンというかそういう勢力の指示で作られた作品ってあるんでしょうか?というか映像作品にそこまで効果ってあるんですか?

ハリウッドならともかく日本の狭いアニメ業界で………

[ 2013/11/13 19:00 ] ムック [ 編集 ]


”なぜ日本のアニメーターはオカルト・シンボルを盛り込みたがるのか?”について
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-568.html

”なぜ日本のアニメーターはオカルト・シンボルを盛り込みたがるのか?”について
ムックさん今日は。

ご質問に分かる範囲で答えてみたいと思います。
また長文になってしまいそうですが......

ですので今回も新記事の形で返信します。

> どうでしょう?アニメーション業界というのは昔からこういうオカルト好きがおおいのでしょうか?昔の作品でも結構こういうオカルティックであったり神秘的であったりする要素を取り入れているものは多いですよね
>
> あの有名なガンダムとかもそうですし………
> アニメ関係者って富野氏のようにどこか病んでそうな人も結構いそうですしこういう破滅思想や終末思想に惹かれやすいんですかねえ‥‥‥
>
>
> あと実際にメーソンというかそういう勢力の指示で作られた作品ってあるんでしょうか?というか映像作品にそこまで効果ってあるんですか?
>
> ハリウッドならともかく日本の狭いアニメ業界で………

まず、アニメで一番最初にメイソン的なメッセージを盛り込んだのは
アメリカのウォルト・ディズニーだと思われます。
というのもディズニーは実際にフリーメイソンの会員でした。

アメリカはヨーロッパ大陸と違ってローマ・カソリック教会の
キリスト教の支配力が比較的及んでいない大陸なので、
おなじ白人でもフリーメイソンや神智学のような18世紀〜19世紀
に興った新興宗教が信者を獲得しやすい環境だったのです。
ヨーロッパは比較的伝統的なキリスト教勢力が強いので、
近代化が進んで信仰心の薄くなったイギリス、フランス、ドイツ、
オランダを除くとメイソンや神智学の様な新興宗教が
流行り辛い環境でした。
つまり伝統的なキリスト教を信じない人、ヨーロッパで
まともに生活できない人達がアメリカに多く移民してきたのです。

またユダヤ人も一般的なユダヤ人というのはユダヤ人同士で
固まる傾向が強くて、信仰も基本的に伝統的なユダヤ教です。
メイソンみたいなキリスト教系の団体に入りたがるユダヤ人
というのは伝統的なユダヤ社会ではむしろ例外だったわけです。
つまりユダヤ人の中でも”相当変な人”達がこぞってメイソンに
入会したり、アメリカに渡ったわけです。

従いまして、当然メイソンに入会していたディズニーも
どちらかというと”変な白人”の仲間だったわけです。
(これは差別表現ではなく伝統的なヨーロッパの
 白人と比べた場合の話です)

なぜディズニーが”ダンボ”等の作品にそういうメッセージを
入れてたのかというと、当時は第2次世界大戦の前後でして、
アメリカでも右翼とそうでない人達に分かれていました。
元々、アメリカはウッドロウ・ウィルソンが大統領になるまで
どちらかと言うと他国の政治紛争に関わらない政治体制を
貫徹しておりました。
この伝統は当時のアメリカでもまだ根強く残っていて、
大戦に参加しない意見を持っていた人達が多かったのです。

ところがフリーメイソンというのはその名前からも分かる通り、
”民衆の自由”のために戦う組織が元なのです。
ですのでフランス革命のときは革命側として専制政治を
行っていたフランス王家側を相手にゲリラとして戦って
いたわけです。
イルミナティの黒い教皇と呼ばれているアルバート・パイク
という著名なアメリカ人の軍人さんがいますが、
私、フェイド大帝はパイクの主著である”モラルとドグマ”
を原文で読んだことがあります。
(この本は何故か和訳されていません)
陰謀論家が騒ぐほど酷いことが書かれている書物ではないのですが、
パイクはこの本の中でフリーメイソンの組織の目的を
定義しています。
パイクによると、

「フリーメイソンとは民衆を苦しめる
専制/独裁政治を地球上から無くすために活動する組織」

と定義しています。

これは18世紀のヨーロッパで興った民主主義革命の延長線上
にある考え方でして、当時のヨーロッパ人の知識人達にとって
は至って普通の考え方です。

従いましてフリーメイソンは表向きはキリスト教系の組織として
設立されましたが、

本来、キリスト教会とは相性の悪い理念の組織なのです。

というのもヨーロッパの中世史に詳しい方には一目瞭然ですが、
ローマ・カソリック教会というのは元々、専制/独裁的な組織だった
わけです。民主主義的な組織ではないわけです。

従いましてフリーメイソンにとってキリスト教会と
いうのは本来倒すべき”敵”だったのです。

民主主義を広めるための組織ですからね。

だから民主党の鳩山家がフリーメイソンの思想に迎合する
のは当然なのです。

アメリカに話を戻すと、当然当時のフリーメイソンはドイツの
ナチスを仮想敵としていました。
ナチス党は民主主義とは真逆の独裁政治制だからです。

ところが上述の通り、アメリカの一般大衆は戦争に
消極的だったわけです。
そのため、アメリカの当時の反ナチ勢力というのは
主にゲリラでした。公には活動していなかったわけです。
当然敵はドイツですから、ヨーロッパ本土にも沢山
反ナチの工作員がいたわけです。

ここで問題が一つ生じます。

アメリカ大陸とヨーロッパ大陸との連絡手段です。

当然ドイツでは反ナチ的な番組はテレビやラジオでは流れません。
当局からの検閲があるからです。

ところがアニメだけは例外で放映されていたのです。

そのため、ヨーロッパ本土の工作員との連絡手段としてアニメ放映は
普通に利用されていたのです。
フリーメイソン・メンバーであったディズニーがメイソンのメッセージを
自分の会社のアニメに盛り込んだ目的はここにあったわけです。

これがアニメにオカルトシンボルを盛り込む慣習の
起源になったわけです。

元々は政治目的だったわけですね。

では何故日本のアニメにもメイソンシンボルを
盛り込む様になったのか?

当時の日本アニメの質というのはアメリカのディズニーと比べると
非常に劣った品質でした。
現代では競合社の製品を研究分析する手法のことを
”ベンチマーキング”と経営学では呼びます。

日本人というのは研究熱心な民族ですから、

アメリカのディズニー作品を大変良く研究したわけです。

当然セル画一枚単位まで分析するわけですから、当然ディズニーの
メイソン・シンボルにも気付いたはずです。
当時の日本の主要アニメ・プロダクションは手塚治虫の
虫プロぐらいしかなかったわけですから、手塚治虫のような
仏教系オカルト好きの人間には絶対に見抜かれていたはずです。
シンボルの意味まで理解していたかは不明ですが、
当時の日本の”モノづくり”というのは基本的に欧米諸国の
コピーに終始していました。

より良い製品を開発する体制が日本企業で一般的に
なったのは実はつい最近の話なのです。

従いまして、日本アニメの黎明期にはディズニー・アニメの
モロ・パクリ・コピーが主流だったのです。

こういった歴史的事実があるため、ディズニーが後に”ライオン・キング”を
発表した時、

虫プロは”ジャングル大帝”のパクリだと騒がなかったのです。

当然、天下のディズニー様が”アトランティス”を発表した時も、
庵野秀明の様な東洋の特撮オタクごときが”不思議の海のナディアのパクリだ”
と騒ぐこともできなかったのです。それはディズニー様に対して
大変失礼な態度だと日本のアニメ業界では考えられていたのです。

ですので、庵野監督はご自分の立場が良く分かってらっしゃる方なので
ディズニー様に敬意を評して、”エヴァンゲリオン”という出世作に
オカルト・シンボルを大量に盛り込むというディズニー・アニメの
伝統的手法をオマージュとして採用させて頂いたのです。

ところが、現代の若いアニメーター達はそういった歴史的
背景/事情を知りません。

彼らは”エヴァンゲリオン”が大変な成功をおさめたという前例にならって

エヴァンゲリオンのモノマネ・コピーをしているだけです。

厳しい言い方をするとエヴァの真似をするだけで精一杯なのが
今のアニメ業界の実力なのです。

これが、未だにアニメにオカルト・シンボルを入れたがる
主な理由の一つです。

ちなみにアニメ以外のニュース番組等に”33”等のヒンドゥー/仏教系
の暗号を入れる伝統はディズニーとは関係ありません。
TV業界の話はまた別の機会にします。

ちなみにガンダムの富野監督に関しては上記の事情とは
少し異なります。

実は富野監督の若かった時代というのは左翼運動が盛んだった
時代と重なります。
ソ連の共産革命時代ですね。
当時は日本でも学生運動とかが盛んでしたね。

宮崎駿監督の”ナウシカ”も反資本主義
バリバリのアニメでした。

当時はそれが普通だったのです。

ところが学生運動に参加していた学生というのは
反体制的ということで、

一般のマトモな職業には就けなかったのです。

会社側でそういう学生の採用を避けていたのです。

ですのでそういう偏った思想を持った
若者がアニメ業界等に流れていったのです。

富野監督のインタビュー記事を読んでも分かりますが、
富野監督が若かった時代はアニメーターというのは
世間に”職業”として認識されていませんでした。
ですので税務署に確定申告をしても税務官に

「アニメーターってなんですか?そんな職業あるんですか?」

と逆に聞かれたそうです。

つまり、普通の会社に就職できなかった
ちょっと頭が普通の人達と違う人が
アニメーターになっていたわけです。

だから富野作品はちょっと変わっているのです。

富野監督は多分、手塚治虫の影響だと思いますが、
思想的に仏教寄りです。それも本場インドの。

だから富野作品にはインド人が沢山出てきます。

”Vガンダム”のエンジェル・ハイロウという兵器も
ヒンドゥー教のグルの格好をしたシャクティという
インド人の少女が変なヨガ・ポーズを取ると、それが
波動になって、照射された人々が赤ちゃんに退化して
しまうという現象が置きます。

これは中国の道教の知識とウパニシャッド哲学に精通していると
意味が明らかになります。

道教では人間の理想的な精神状態を”先天の氣”と
考えています。

これは何かというと、人間というのはお母さんのお腹に居る時は

完全に”善”の状態なのです。

つまり道教というのは性善説なのですね。

ところが赤ちゃんが生まれて成長していくと、

外的環境から”悪”の知識が心に芽生えると考えました。

だから大人の人間社会から悪が無くならないのは
成長の過程で悪のテクニックを学んで身につけて
しまったからだとインドや中国では考えられていたのです。

これを道教用語で”後天の氣”と呼びます。

道教の気功やヒンドゥー教のヨーガというのは

この”後天の氣”を吐き出して、”先天の氣”に戻すための
技術なのです。

だからVガンダムの世界でザンスカール帝国が理想的な
人間社会を構築するために人間を”赤ちゃん”の状態に
戻そうと試みたのです。

宮崎駿もそうですが、富野監督にとっては”文明”というのは
”大人の悪の知識”がもたらした物と捉えています。
これは旧約聖書のアダムとイブが知恵の実を食べて
天国を追い出された説話とも関係しますね。

ですので宮崎監督も富野監督も”文明=資本主義は悪”

という考え方が基本になっているのです。
(宮崎監督はこれに”少女は正義”という思想が加わります)

だから∀ガンダムの月光蝶で文明を消し去ったり、Gガンダムの
デビルガンダムが無限膨張したりするのです。

今の若手アニメーターというのはこういった先人の
アニメを観ながら育ってきたわけです。

だから変な思想やオカルトチックなアニメ
ばかり作りたがるのです。

つまり宮崎駿監督、富野監督、庵野監督の”マネ”から
抜け出せていないのです。




またしてもこのようにご返答頂きありがとうございます。

日本は戦後、欧米のモノマネをして成功を収めた国ですが
そのモノマネはアニメや漫画の業界も同様だったのですね。

まあでも確かに言われてみればアニメも欧米、特にアメリカ合衆国を
中心に発展した文化ですからモノマネにもなりますよね。

前々からなぜ日本のアニメはオカルチックな要素が多いのだろうと疑問でしたがフェイドさんのこの記事を見て少しその疑問が晴れたような感じがしま す。特にエヴァ以降はその傾向が強くなぜ日本に馴染みの薄いユダヤ教やキリスト教をベースにした話を作ったんだ?と思っていましたがオマージュ大好きな庵 野氏がオカルト要素プンプンの欧米アニメへのオマージュやパロディを行ったと考えれば確かに理にかないますね。

>「フリーメイソンとは民衆を苦しめる
>専制/独裁政治を地球上から無くすために活動する組織」

陰謀論のサイトだとフリーメーソンやイルミナティってまるでショッカーのような恐ろしい勢力のように言われていますけど↑の理念が本当だとしたら 私はイルミナティやメーソンがそんなに悪い組織や勢力とは思いませんが実際のところフリーメーソンやイルミナティというのはどうなんでしょうか?陰謀論系 のサイトで言われているように世界を支配し大衆を管理だとかそういうことを考えてると思いますか?

また現時点でこれらの勢力にはどれほどの影響力があるのでしょうか?

私はこの記事を読むとフリーメーソンというのはその特殊な存在故に過剰に非難され悪の汚名を着させられてしまった集団なのでは?と思うのですが

特に陰謀論系のサイトって何故かキリスト教原理主義みたいな主張している人も結構いますし確かにそういう人からしてみればそれに歯向かうような勢力は悪の秘密結社みたいなものなんでしょうけど………

その辺フェイドさんはどう考えられますでしょうか?

[ 2013/11/14 18:02 ] ムック [ 編集 ]
Re: タイトルなし
ムックさん今日は。

お返事遅くなって申し訳ありません。

> 陰謀論のサイトだとフリーメーソンやイルミナティってまるでショッカーのような恐ろしい勢力のように言われていますけど↑の理念が本当だとしたら私はイル ミナティやメーソンがそんなに悪い組織や勢力とは思いませんが実際のところフリーメーソンやイルミナティというのはどうなんでしょうか?陰謀論系のサイト で言われているように世界を支配し大衆を管理だとかそういうことを考えてると思いますか?
>
> また現時点でこれらの勢力にはどれほどの影響力があるのでしょうか?
>
> 私はこの記事を読むとフリーメーソンというのはその特殊な存在故に過剰に非難され悪の汚名を着させられてしまった集団なのでは?と思うのですが
>
> 特に陰謀論系のサイトって何故かキリスト教原理主義みたいな主張している人も結構いますし確かにそういう人からしてみればそれに歯向かうような勢力は悪の秘密結社みたいなものなんでしょうけど………
>
> その辺フェイドさんはどう考えられますでしょうか?

まず、フリーメイソン型の秘密結社というのはフリーメイソン以外にも
掃いて捨てるほどあります。(笑)
で、中には政治と密接に関係のある組織もあります。
例えばイスラエル系(ユダヤ系)の組織とかがそうで、これは
単純に政治学の世界でイスラエル・ロビーと呼ばれているもの
と一緒ですね。余りにもあからさまなので秘密組織でも何でないのですが.....
こういった政治ロビー系の団体は別にイスラエルだけに限らず、
他の国も皆そういう団体があります。日本ももちろんあります。
例えば海外での日本企業が活動しやすい様に当局政府に便宜を
計ってもらうよう働き掛ける団体とかあります。
日本の場合、基本的に官僚系の組織ですけどね。

当然こういった組織は自コミュニティの利益追求が
主なインセンティブですから、部外者から見たら
”悪の組織”に見えたとしても不思議ではないでしょう。(笑)

こういった政治系やビジネス系以外ですと純粋な宗教系の
団体も存在します。これらは主に自教義の布教活動が主ですね。
キリスト教系とか多いですよ。日本だと仏教系かな?
ただ本来、仏教はあまり布教とかやらない教義なんですけどね......

日本のアニメ業界を牛耳っているのはどちらかというと宗教系だと
思われます。

フリーメイソンが”悪の組織”かどうかですが、まずフリーメイソン
というのは支部によって運営方法だとか考えが異なります。
「会員同士仲良くしなさいよ」みたいな全支部共通の理念みたいな
物はありますが、キリスト教会の様に法王みたいな統括者がいて
全体が一丸になって.....みたいな仕組みにはなっていません。
一応、新しい支部を設立するには他のグランド・ロッジの承認や
推薦はいるみたいですが......
ですので、支部によって活動の性格が大きく変わる様です。

多分、日本で問題になっているのは主にアメリカ系とフランス系の
支部なのではないでしょうか?(個人的には根っこにドイツ系が
絡んでいると睨んでいますが)
歴史的にもアメリカとフランスのメイソンは革命活動に熱心でしたしね。

まぁ、でもどこの組織にも”変な人”はいますから別にフリーメイソンに
限った話でもないと思いますけど。

結局は組織云々よりも所属しているの個人の問題なのではないでしょうか?

後、余談ですがイギリスの”黄金の夜明け団”という魔術結社の
マニュアル本には複数の組織に二股かけて所属せよという指示があります。
別の組織で”グランド・マスター”と同等の位にならないと”黄金の夜明け団”
では出世できない仕組みになっています。
なぜ二股を掛けるかと言うと一つは他団体の秘儀(情報)を盗んでくるためと
他団体を乗っ取るためだとそのマニュアルには書かれています。
”黄金の夜明け団”自体は潰れてしまって現在は存在しませんが、
余りメジャーではありませんがいくつかの孫組織は現代まで
生き残っています。

個人的にはこういう”魔術結社”系が一番怪しそうですけどね。

[ 2013/11/23 02:22 ] フェイド大帝 [ 編集 ]
おはようございます。ねこたと申します。
2回目の書き込みをさせていただきます。
フェイド大帝、二つの組織に属しろと書いてある黄金の夜明け団のマニュアル本なのですが、その本の出展をよろしければ教えていただけないですか?

英語でもがんばって読みます。そのマニュアルが陰謀を読み解く上で非常に重要であるように見えます。よろしければお願いします。
[ 2013/12/04 06:12 ] 魔法使いハンターねこた [ 編集 ]
Re: タイトルなし
今日は。

> フェイド大帝、二つの組織に属しろと書いてある黄金の夜明け団のマニュアル本なのですが、その本の出展をよろしければ教えていただけないですか?
>
> 英語でもがんばって読みます。そのマニュアルが陰謀を読み解く上で非常に重要であるように見えます。よろしければお願いします。

「黄金の夜明け魔術全書 上巻」です。

和訳本もあります。
ttp://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336033734/

市の図書館等に置いてある場合もあります。

イギリス人の老紳士達がLVXダンスを本気で
実践しているところを想像すると結構笑えますよ。(笑)

上巻は入会式だとか、儀式の話がメインです。
実際の魔術テクの解説は主に下巻の方に収められています。
記事で引用した部分は「上巻」の方です。
[ 2013/12/04 19:08 ] フェイド大帝 [ 編集 ]
フェイド大帝ありがとうございます
フェイド大帝ありがとうございます。黄金の夜明け魔術全書でしたか、へーそんなことが書いてあったんですねー。
自分は5=6の参入儀礼のとこが好きでニヤニヤしながら読んでおりました。

世間体の良い老紳士がLVXのダンスをするシーンを想像すると本当に笑えますよねwww

なかなかGDの魅力は尽きないようです。
[ 2013/12/04 21:32 ] 魔法使いハンターねこた [ 編集 ]

アニメ/コミック陰謀論カテゴリ追加!
”独立させた方がいいと思ったので......

アニメ/コミック陰謀論というカテゴリを新たに作りました。

FAQ集:

・アニメ/コミック陰謀論とは?

 主に日本のアニメ/コミックを用いて人類を洗脳し、
 世界支配及びその後の統治する目的を持った陰謀の考察

・アニメ/コミック陰謀の起源は?

 恐らく”漫画の神様”、手塚治虫及び虫プロの宗教色の
 強い思想によるアニメ/コミック業界への影響が源流
だと
 思われる。
 
 手塚の代表作”火の鳥”は宗教色が強い作品と言われているが、
 この作品代表的キャラクターの”火の鳥”は一般的に中国の
 ”鳳凰”をモチーフにしていると言われている。
 同キャラクターは業界大手の「角川グループ」のシンボル・
 マークとしても採用されている。
 しかし、このキャラクターはその容貌以外は中国の”鳳凰”
 とはあまり共通点がない。
 むしろ古代イランの霊鳥”シームルグ(スィームルグ)”に
 酷似する。


英語版WIKI
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Simurgh

 日本語版WIKI
 ttp://ja.wikipedia.org/wiki/シームルグ
 *日本語版WIKIと英語版のこの内容の差は一体なんなのだろう?
  まるで日本語版はこの鳥の素性が日本人に知られるとまずいが
  ごとく振る舞っている

 シームルグの外観:
  220px-Senmurv.png
 ”鳳凰”とは似ても似つかない

 ご覧の通り、容貌は鳥ではない。が、しかし神智学協会員である
 東條真人氏のネット新興宗教”ミトラ教”の”スィームルグ”とは
 容貌も性質もかなり共通している。


 東條氏の”ミトラ教”公式サイト
 ttp://homepage2.nifty.com/Mithra/
 *注:フェイド大帝はミトラ教信者ではない。また東條氏が学術的には
    信頼されていない
のも承知している。あくまでオカルティズムと
    日本のアニメ/コミック業界との結びつきを明らかにするための
    一手段として今回紹介させてもらった

 英語版WIKIの重要な箇所:

 ”Iranian legends consider the bird so old that it had seen the
 destruction of the World three times over. The simurgh learned
 so much by living so long that it is thought to possess the knowledge
 of all the Ages”

 ”シームルグは世界の終焉を三回体験したとイランの伝説では語られている。
  シームルグがその生において蓄えた知識には目を見張る物があり
  まるで全ての時代について知り尽くしているかのようである”

 この記述、漫画の”火の鳥”の設定まんまである。
 インターネットも文献もロクに揃っていなかった当時の日本で
 手塚がどうやってこのような知識を身につけたのかは全くの謎である。
 筆者の推測では大阪大学時代に”神智学協会”系列の新興宗教との
 接触があったのではないかと疑っている。
 (大阪大学周辺は現代でも新興宗教団体の本部や支部が多い事で
  有名だ)

 ちなみに手塚の子息である手塚眞の公式ブログ:
 ttp://tzk.cocolog-nifty.com/

 「うん、立派なフリーメイソン/イルミナティである」

 余談だが手塚眞氏の妹は米国広告代理店大手のOMNICOMグループ系列
 の広告代理店に勤めている。
 ttp://ja.wikipedia.org/wiki/手塚るみ子

・ミトラ教の影響を受けている漫画家は?
 
 本当かどうかは知らないが東條氏のサイトにリストがある
 ttp://homepage2.nifty.com/Mithra/HP_Mithraism_New_Paojuan.html

 コナンの人や、ハンター×ハンターの冨樫、20世紀少年の浦沢もいる。

 「そしてこの人も」

 やはべぇ
 シャーマンキングの作者ですね。しかしあからさますぎ(苦笑)

 東條氏の言うには女性漫画家の方が洗脳されやすいらしい。

 「なるほど、冨樫はセーラームーン夫人に
 洗脳させられたか」

 そういえば、アルティメット・まどかの衣装ってセーラームーンのプリセレに
 似てないか?
 プリセレといえば”黄金の夜明け魔術全書”のイシス女神の挿絵が
 曲面が下を向いている三日月の上に乗っている女性の絵だった。
 (プリセレの額のマークと同じ)
 普通、地球で見る三日月ってあの角度普通じゃないよね?(笑)

こんな調子で頑張っていくので今後ともヨロシク。”

ミトラ教とミトラス教について私感
”以前紹介した陰謀論系サイトの”まっこうモグラ”さんのブログ
ttp://www.mkmogura.com/blog/tag/ミトラ教

このブログでやたらと”ミトラ教”なる物が出て来る。

一般の陰謀論に疎い人はこの”ミトラ教”が何なのか
さっぱり分からないだろうと思います。

ひとつ注意しないといけないのが”ミトラ”というのは
古代アーリア人宗教(即ちインドのヴェーダ教とイランの原始宗教)
の神様で、一般的には”太陽”もしくは”友愛”を表している。
(浦沢の20世紀少年で”ともだち”、”太陽の塔”がしつこく出てきたのは
 爆笑したが)

「このミトラ信仰、主に2つある」

1.古代ローマぐらいになって地下結社みたいな感じで信仰されてたのが
  ”ミトラス教”これはちゃんと史実や考古学的調査に裏付けられた、
  ちゃんと学会にも認められている古代の宗教。

2.日本人神智学協会員の東條真人氏が作り上げた20世紀の新興宗教
  ”ミトラ教”。こっちは学術的にも、学会的にも認められていない。
  恐らく東條氏がでっち上げた架空の新興宗教である可能性が高い。

で、まっこうモグラさんのいう”ミトラ教”というのは2.の”東條ミトラ教”
のことを指していると考えられる。
東條氏の大元がブラバツキーが建ち上げた”神智学協会”にあるので
オカルト度は圧倒的に2.の方が高い。
(ちなみに東條氏のHPには本人が神智学協会員であることが書かれていないが
 彼の出版された著作の著者プロフィールにははっきり会員だと記載されている)

我々のようにアニメ/コミックをオカルトの観点から分析しようと
試みる者は当然2.の”東條ミトラ教”を研究しないといけない。
1.はまともな学問なのでオカルト要素が一切ない。そのため
アニメや漫画のネタには不向きなので、漫画やアニメの脚本家/美術監督
も真面目な考古学の”ミトラス教”を勉強することはないだろう。
つまりカント的に言えばアプリオリに”東條ミトラ教”の影響が
現代のアニメ/コミックに見られるはずである。

とは言っても”東條ミトラ教”に深入りしてもアレなので、
フェイド大帝がこれは重要だ!と思われる要素だけピックアップする。

 ・東條ミトラ教の重要要素:

  1.スィームルグ創世神話
    手塚治虫の”火の鳥”のような巨大な鳳凰が世界の基となる
    ”世界卵”を生んで孵したと言われている神話。
    この卵から世界とミトラ神が出て来る
    手塚治虫がどこからこのアイデアを得たのか不思議ではある。
    全くの偶然なのか、あるいは虫プロには優秀な文献調査チームが
    存在するのは既知のことなので、このチームが海外の文献から
    探し出してきたのか?
    ただこの”シームルグ”、本当にマニアックな鳥で、イランの伝説
    にちょこっと記述があるだけである。ヴェーダ教の盛んだった
    インドには一切出てこない。
    重要なのが元のイランの伝説でシームルグが”世界卵”を生んで孵して
    ミトラ神と世界が誕生したという話が探してみた所、存在しないこと
    である。
    インドのヴェーダ文献にもない。ネットの情報しか探していないので
    海外の大学やイランにそういった伝説が本当にあるのだろうか?
    また以前紹介したように外観は”鳳凰”ではない。むしろ複合動物
    のキメラのような容貌。ただし、一部イランの文献ではただ単純に
    外観は”巨大な鳥”としか記述されていない物もある。
    ”鳳凰”の様な姿は手塚オリジナルである可能性が高い。
    もし、神智学協会やフリーメイソン等の結社に古代イランの
    神話、伝説のデータベースがないとしたなら、東條氏は
    恐らく手塚の”火の鳥”からアイデアをパクった疑いが
    考えられる。

  2.大女神ディヴ
    この女神は”東條ミトラ教”によると”無限”を象徴しているらしく
    霊鳥シームルグの真の姿らしい。(シームルグはディヴの化身)
    つまり女神ディヴはミトラ神のお母さんということになる。
    この女神ディヴから、七曜神なるインドでいうアーディティヤ神群
    に相当する初期の神々が生まれる。
    この大女神ディヴこそが”アルティメット・まどか”の真のモデル
    であるとも考えられる。
    (フェイド大帝の考えではまどかのモデルは女神ダヌ。
     大女神ディヴとダヌは別の女神なので注意)
    重要なのがこの大女神ディヴ、
    ヴェーダにも古代イラン神話にもその名前の記載が
   一切ない。
    この大女神ディヴは”神智学”と”東條ミトラ教”に
    しか登場しない。
    つまり東條氏のオリジナルである可能性が高い。

以上の2点が”東條ミトラ教”の最重要要素であると考えている。
ミトラ神その物はあまり関心がない。
というのも”まどマギ”や”エヴァ”、”ジブリ作品”でも見られる通り
日本のアニメや漫画はやたらと女性を神聖視するフェミニズム傾向が
強い。(ちなみにニューエイジではフェミニズムを重視する。
理由は欧米人の根本文化であるキリスト教文化が男尊女卑のため。
ローマカソリックキリスト教への反発の現れだと思われる)
だから男性神であるミトラ神は女性には人気かもしれないが
男性オタク層には受けが悪い。
それに古代宗教というのはどちらかというと地母神信仰が
盛んだったので、より”古い”物に価値を認める日本人の思考
から言って”女神”の方が日本の漫画家やアニメーターに
受け入れられやすいと考えられる。

今日覚えておいて貰いたいのは、

「大女神ディヴのコンセプトに一番近いのはヴェーダの
 アディティ女神である」


ということ。

ウパニシャッドの説明をするときに詳細に
話そう。”

ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドの創世神話全文公開
/blog-entry-501.html
”ウパニシャッドというのは古代インドの哲学書。
「奥義の書」とも呼ばれ、基本はヴェーダの解説書でもあります。
言葉的には”近くに座る”という意味が一般的で師匠の側に座って
秘儀を授かるという意味。

そんなウパニシャッド、日本では複数の訳本がある。
高いのと安いのがある。

高いやつは2万5千円以上するので、一般的に入手しやすい
のは文庫系の安いやつだと思います。

「ところが安い文庫はウパニシャッドが全巻載っていない」

またブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドが抜けている場合が多い。
このウパニシャッド、有名人の大哲人ヤージュニャヴァルキヤさんが
活躍するウパニシャッドなのに......
ヤージュニャヴァルキヤは心の哲学とか勉強されている方には
なじみ深い人物だと思います。

皆さんも漫画やアニメで聞いた事がある、「ブラフマン/アートマン」
哲学の大元の人です。

そんな有名なウパニシャッドなのに何故か文庫版では
ことごとく省かれている。
実はブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドにはもう一つ
重要な説話があって、

「それが創造神話である」

インドってのは創造神話のパターンがいくつもあって
中国、北欧神話の様に巨人を切り裂いて天地を作った話や
道教の様に何もない無極から世界が生まれた、世界卵から
生まれた等、世界中の創造神話が集まっているのではないか
ぐらい豊富なのです。
ですから、武術の様にこの創造神話ってのはむしろインドから
世界に広がっていったのではないかとフェイド大帝は考えています。
(実際インド/アーリア人ってのはブリテン島にまで上陸している)


でブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドの創造神話の何が
問題かというと、

「神の正体が何なのかはっきり書いてある」

実はユダヤ教やキリスト教、イスラーム教ってのは
唯一神が何なのか一切教えないんですね。
多分、神様の権威を守るためにわざと教えてないんだと
思いますが。
ただそれがブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドには
はっきり書かれてある。
だから、インド/イラン系宗教に洗脳されやすい日本の出版界ってのは
ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドを闇に葬りたいのだと思います。

そこで、今回はネットにこのブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッドの
創造神話を全文載せます。
はっきり言って、この神話を日本国民の目から隠し続けるのは
もはや犯罪レベルと言っても差し支えないぐらいですから。

訳の元本は湯田豊訳版を使います。

以下、本文:
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

初めに、ここには全く何もなかった。まさに死によって、
これは覆われていた、飢えによって。
なぜなら死は飢えだからである。
「私は体を具えるようになろう」と、死は決心した。
そこで死は讃歌を歌いながら行った。
それが讃歌を歌っていたときに、水が生じた。
「まことに私が讃歌を歌っていた時に、私のために水が
 生じた」と。
まさにこれが讃歌の讃歌たる所以である。
このように、この讃歌の讃歌たる所以を知っている人、
その人にはまことに、水が生じる。

讃歌は、まことに、水であった。
そこで水の泡であったもの、それは凝固して大地になった。
死はその上で苦労した。それが労苦によって疲れ、熟した時に、
それの熱=精髄は火になった。

それは自己自身を三重に分けた。
三分の一を太陽に、三分の一を風に。
これが三重に分けられた息である。それの頭は東の方角である。
そして、両腕は南東と北東である。それから、それの尾は
西の方角である。そして、それの両腿は、南西と北西である。
そして、脇腹は南と北である。そして、背は天である。
腹は大気である。胸は大地である。これは水において
確立されている。このように知っている人は、どこへ行こうと、
それが行く所で確立されている。

死は欲した。
「私に第2の自己が生まれる様に!」と。
飢えである死は、その思考によって言葉と性交した。
それの精液であったものは年になった。それよりも以前に
年は存在しなかった。これだけの時間、すなわち、一年だけ
死はそれを保持した。
これだけの時間が過ぎた後で、死はそれを流出した。
それが生まれるや否や、死はそれを呑み込もうとして
口を開けた。
それは”ブハーン”と叫んだ。まさにそれが言語になった。

死は熟慮した。
「まことに、もしも私がこれを殺害するとすれば、私は
 食物をより少なくするであろう」と。
その言葉およびその身体によって、それはおよそここに
存在する全ての物ーリグ・ヴェーダ讃歌、ヤジュル・ヴェーダ
の祭詞、サーマ・ヴェーダのウドギータ、韻律、祭祀、人間
および家畜ーを流出した。
自分が流出したものが何であろうと、死はまさにそれを
喰い始めた。まことにそれは全てを食う(アド)ゆえに
それはアディティと呼ばれる所以である。
このように、このアディティのアディティたる所以を
知っている人は、この一切を喰う人になるのであり、一切は
その人の食物になる。

死は欲した。
「より大きな祭祀によって、私は更に供物を捧げよう!」と。
それは労苦によって疲れ、激しく熱した。それが労苦によって
疲れ、熱した時に、それの栄光=力は立ち去った。
諸生気はまことに栄光=力である。諸生気が立ち去った時に
それの身体が膨らみ始めた。しかし、まさにそれの身体には
思考が存在していた。

死は欲した。
「私のこの身体(死体)は祭祀に適したものになるように!
 この身体によって私は自己を具えるように!」と。
それからその身体は馬になった。それは膨らんだので、
馬祀祭に適したものになった。まさに、それが馬祀祭の
馬祀祭と呼ばれる所以である。
このように馬祀祭を知っているこの人、彼はまことに
馬祀祭を知っている。

とにかく馬を囲い込むことなく、死は、馬を囲い込もうと
考えた。一年後にそれは自己自身のためにそれを屠殺した。
それ以外の家畜を、それは神々に引き渡した。それゆえに
人々はプラジャーパティに属する馬を一切の神々に捧げられた
ものとして屠殺する。

ここで燃えている太陽はまことに馬祀祭である。
年はそれの身体である。この火はアルカである。
これらの世界は、それのもろもろの身体である。
それらの二つは、アルカ(祭火)および馬祀祭りである。
更に、それらはただ一つの神格、まさに死である。
このように知っている人は再死を避ける。
この人に死は到達しない。死は彼の自己になり、
これらの神格の一つになる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

太字にした所に注目して欲しい。
貪り食う死は”アディティ”である
と説かれている。

「アディティとは大女神ディヴのインド版である」

つまり、東條ミトラ教の最高神の正体は死である!

そしてもしアルティメット・まどかのモデルが大女神ディヴで
あるとすると......考えただけでも恐ろしい!

「オタクが”まどか、まどか”と騒いでいる場合じゃない」
「お前ら喰われるぞ、まどかに」

日本のアニメ/コミック業界が広めようとしている
女神信仰、これの正体のおぞましさが理解できましたかな?”

課題図書と映画などいろいろ

アメリカで最も人気のあるTVドラマ脚本制作ノウハウ本
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-484.html
ようやく、アマゾンから注文してた洋書が届いた。

今回はアメリカのTVドラマの脚本の書き方本。

実は日本では脚本の書き方本というとハリウッド映画を
題材にした物がほとんどだ。
まぁ、ハリウッド映画が一番日本人の関心を引くからだと
思うけど。

ところが、ハリウッド映画とTVドラマだと脚本の作り方
が180度違ってくる。
もちろん、キャラの作り方とか共通する部分もあるのだけれど。
ハリウッド映画というのは基本的に2時間に収まる様に
ストーリーが構成されている。
翻ってTVドラマは毎週放送するわけだから、シリーズが打ち切られない
限りは終わりがない。
つまり通常の映画脚本の様に”ストーリー”に変化を与えて終わり
にしてしまうと、TVドラマの場合はその回が最終回になってしまう。
これはハリウッド映画の基本ルールである

「キャラを成長/変化させるということをTVドラマ
 ではやらない」

ということを示す。

他にも映画の場合は最後まで観ることを前提としているため
”見せ場”をクライマックスに置いてあるケースが多い。
ところがTVドラマの場合、視聴者がどの回をいつ観るかが
断定できないので、毎回”見せ場”を用意する必要がある。等々。

何故、フェイド大帝がTVドラマの制作に注目しているかというと、

「TVドラマは長編を書くときの参考になる」


からだ。

特にアメリカのドラマって人気が出ると直ぐにシーズン化して
一体いくつまでシーズンがあるのかってぐらいやたらと
長編化する傾向がある。

日本でもラノベとか、マンガの人気作品は長編シリーズ化することが
前提となっている。
ところが基本的に新人賞を取ってプロデビューするまでを目標とした
日本のノウハウ本や、そもそも長編シリーズを書く機会がない新人作家や
志望者の場合、エンドレスな大長編を書くノウハウ自体が
未経験の場合が多い。
そこで、実際長編シリーズ化するとネタが尽きたり、
新キャラのカタログ集と化してしまう作品も昨今では
珍しくない。

そんな時に”終わらない物語”の書き方を指南する本やテクニック
があれば役にたつのではないかと考えたわけである。

そこで、アメリカのTVドラマなわけだ。

これは元ディズニーに勤めていたアメリカ人に聞いた話なんだけど、
アメリカのエンタメ制作の花形はやはりハリウッド映画らしい。
で、TV業界ってのはハリウッドで活躍できなかった”落ちこぼれ”
の再就職先の様な認識があるらしい。
そのためハリウッド映画作品を制作している”エリート様”方からは

「TVドラマ制作者は”BUG=ゴキブリ”と呼ばれて
 蔑まれているらしい」

要するにエンタメ業界の底辺を這いずり回る惨めな生き物
という意味だ。

そういうわけで冒頭でも書いた様にTVドラマの世界は映画の世界とは
完全に別物だと思った方が良い。

だけど、フェイド大帝はこの”アメリカのTVドラマ”の制作法こそ
日本のラノベやマンガの制作に最も親和性がある制作法なのでは
ないかと睨んでいる。

以下はフェイド大帝が購入したドラマ制作本:

 ・Elephant Bucks: An Insider's Guide to Writing for TV Sitcoms
  Bull, Sheldon

  アメリカドラマ脚本制作本のバイブル/大統領らしい。

 ・Successful Television Writing (Wiley Books For Writers)
  Goldberg, Lee

 ・Writing Television Sitcoms (revised)
  Smith, Evan S.

 ・Writing the TV Drama Series: How to Succeed As a
  Professional Writer in TV
  Douglas, Pamela

 ・The TV Writer's Workbook: A Creative Approach To
  Television Scripts
  Sandler, Ellen

 ・Crafty TV Writing: Thinking Inside the Box
  Epstein, Alex

  この著者はHPも持っていて、そこのFAQ集は
  かなり参考になる。
ttp://www.craftyscreenwriting.com/TVFAQ.html

また読み終わったら感想書きます。
(しかし、スタニスラフスキーの本が中々読み終わらない......
 かなり内容濃いし、分厚い三巻本だからなぁ......)


すたにらふすきーから、ハムレットとマクベスとベニスの商人、リチャード二世、リア王、リチャード三世、シーザー、シェークスピアの4大悲劇といえば、オセロー、リア王、ハムレット、マクベス。『ハムレット』『オセロー』『マクベス』『リア王』
マッキーの実例が多すぎて何見ればいいかよくわからないがこれは必須だろう。

「サンプルAとB」  day by day
http://air.ap.teacup.com/satsumaware/2119.html













原ゆうや‏ @harayuya_yax 2016年2月2日
偉大なる藤子・F・不二雄先生のSF短編集に『サンプルAとB』という作品がある。これは地球人を調査に来た異星人が、調査対象として選んだサンプルA(ロミオ)、B(ジュリエット)の悲劇を淡々と調査報告し、地球人は実に不可解だという結論で終わる、斬新すぎるロミオとジュリエットだった。

すじゃinもう秋‏ @sujajamnmn 2014年7月30日
サンプルAとBっていうロミオとジュリエットを研究対象として宇宙人が観察する藤子作品があるんだけど、それまでモルモットの実験みたいに淡々とレポートしてた宇宙人が最後2人を生き返らせて島へ送った後「愛は続くのか」を確認できずに観察をやめちゃうのがすごく印象に残っててなぁ

まつまるたかひこ‏ @Doratimus_Prime 2012年7月27日
異色短編では「宇宙人レポート サンプルA とB」は自分は初めて読みました。絵のみ小森麻実先生による作品で、その正統派少女漫画の絵柄で、実に淡々とシニカルな視点でロミオとジュリエットを描いた内容。今だと結構、この宇宙人ってまどかマギカのインキュベーターみたい、とか言われるのかも。

こうまんちきなむらむすめA‏ @rakanka 2011年2月19日
『ロミオとジュリエット』ネタといえば藤子F不二雄の『サンプルAとB』があるな。《外皮を取り去った両者の身体には相違点がある》 《ともあれAとBはその相違点を奇妙な形で利用しあったのである》 《相違点の利用は夜中 飽くことなく繰り返された》











音読と言うか演じる。


まずブラディーの”化学”でも読んで
まず科学的な物の考え方とは何かを学んだ方がいい。

 科学=仮説→証明→再現

”なんかこれ凄くね?w→この小説のこの文章かっけえぇぇ〜〜!!”
は科学とは呼びません。


*ちなみにブラディーの”化学”、その名の通り”化学”の教科書ですが
 これ、オススメです。上巻の最初の方は科学全般の話だし、数式とか
 演習とか沢山出て来るけど説明が非常に詳細で丁寧。
 下手な中国の練丹術や錬金術の本よりずっと分かり易いよ。
 理数系嫌いに特にオススメです。






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【】



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荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - その2
http://moebius.exblog.jp/6209497/



原稿の推敲・校正・リライトを支援する8つの文章チェックツールを作りました!
http://tokimaki.hatenablog.com/entry/2016/10/23/160512


アニメーターや作画に詳しくなるにはどこに注目すればいい?
http://anicobin.ldblog.jp/archives/51503210.html



解剖学 「きまぐれ本棚」(構築中) 芳野香
http://atcstudiok.la.coocan.jp/bookshelf.htm


一覧、解説、講座など、ためになる画像をお恵み下さい!!!
http://blog.livedoor.jp/kinisoku/archives/3601553.html

イラスト漫画テクニックまとめ
https://togetter.com/li/895947



ーー
読了感謝!

『新世界より』分析。一部ブリーチBLEACHとFate/stay night [UBW]。 

  三作品に共通する魔法の技術

“何もない? ああ、あなたたち現代の魔術師には何もないように見えるのですね。
魔力を生成する技術が一段階、いえ一次元違うのでしょう”
“私に詠唱は必要ありません。私にとって魔術とはただ命じるものですから”
Fate/stay night[UBW]  14 「コルキスの王女」


神代(神が治めていた神話時代)の言葉により、
大魔術であろうと一工程(一言)で発動させることが出来る
大魔術の詠唱も高速神言でほぼ無詠唱と変わらないのが、
フェイトのキャスター(メディア。一つ目フード)。
(Fate/stay night[UBW]感想・考察 「#14 コルキスの王女」
http://capricciosa0807.blog.fc2.com/blog-entry-96.html)


Fate辞典-コ
http://lab.vis.ne.jp/tsukihime/dictionary2/fate025ko.html
“高速神言 こうそくしんごん

 キャスターが詠唱に用いる神代の言葉。呪文・魔術回路の接続を経ずに魔術を発動する事を可能とする。
 区分としては一小節に該当するが、発動速度は一工程と同等かそれ以上。しかも威力は五小節以上の大魔術に相当する。現代の魔術師達から見ればあんまりな スキルだろう。それでも対魔力を持つサーヴァント相手には分が悪い。
……それこそあんまりか。
 呪文自体が「神言」である為、前述の常識的な詠唱における長さ・威力に比例した区分には当てはまらない。
故に本来ならばせめて凛のように相応の触媒を用 意しておかねば実現不可能な、
「大魔術をただの一言で発動させる」という行為を可能とするわけである。
 神代の言葉なので現代人には発音できず、それ故か士郎達には聞き取る事も出来なかった。ちなみに言葉以上に脳に訴えるとかなんとか。”


鬼道 (BLEACH)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC%E9%81%93_%28BLEACH%29
“鬼道には言霊の詠唱に関する技術があり、
その内の1つに「詠唱破棄」と言う技術が存在する。
これは言霊の詠唱を省略して鬼道を放つ技術で、 鬼道に拠る即時攻撃を可能とするが、
威力を保持することが難しく鍛錬が必要(霊力が高いからと言って相応に威力を保持できる訳ではない)。
隊長格にもなる と、大きな数字の鬼道を詠唱破棄で発動できる。
二種類の鬼道の詠唱を並行して行うことで、鬼道の連発を可能とする「二重詠唱」と言う技術もあるが、高等技術であり容易ではない。
詠唱破棄で放った後で詠唱を追加して強化する「後述詠唱」と言う技術もある。
「(破か縛)道の○○(番号)、『術名』」というように、番号も共に叫ぶことが多いが、
番号を省略して術名のみ言うパターンもある。”


のんたそ ‏@n_aibakka 2013年2月24日
「新世界より」の、授けられた真言(マントラ)は人に知られてはいけないって設定とか、「千と千尋の神隠し」で名前が重要な意味を持つのとか、「未来のうてな」での真名を知られるとうんぬんっていうのは、たぶん同じとこがネタ元かと思うんだけど、なに思想なんだかよくわかってません。

コネクト@リュウくん ‏@ryuuji_kun 2012年11月10日
新世界より六話。面白い!呪力復活の経緯を把握。真言(マントラ)は呪力発動の呪文(パスワード)で呪力凍結は自分のマントラを暗示で思い出せない状態。「呪力発動にマントラが必要」ってのも暗示による思い込みで本当は念じるだけOKと。本当の意味で呪力封印が可能なら戦争なんて起きないもんな。

「新世界より」 基礎講座 : *n.on.log - site-ichijo.net
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%9C%A7%E7%B8%AE%E3%80%80%E7%9C%9F%E8%A8%80%E3%80%80%E6%96%B0%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%88%E3%82%8A&ie=utf-8&oe=utf-8&hl=ja
“呪力を迎えた子どもはすぐ町の外の清浄寺に連れていかれる。そこで護摩を焚き、迎えたばかりの呪力を一端放擲する。そして新たに真言(マントラ)を授けられ、真言によって呪力を操るようにリセットする[ 3 ]。この真言は一人ひとり異なったものであり、他人に教えてはならない。勿論、忘れてしまったら呪力は使うことが出来なくなる。
呪力を学校で鍛えるうちに、小さな呪力であるならば誰でも真言をいちいち口にせずとも瞬時に圧縮した形で心の中で唱えることができるようになったと 早季は言っている。時間をかけて真言を唱える場合はイメージの難しい余程大きな呪力を扱うときの模様(不浄猫を倒す時、微粒子で真っ黒に染まった川の水を 透明にする時などは唱えている)。


  『新世界より』の宗教と構図

STB‏ @RC_StB 2015年6月29日
『新世界より』という小説で仲間の超能力が暴走したシーンがあり
周囲の環境が局所的に変貌し、霜が降りたり、オーロラが発生したり、
妙に美しい花が咲いたり(猛毒性)、虫に大量の奇形が発生したり、
分子まで組み換わったり
人間に頭痛が発生したり 核汚染の惨禍によく似ている。2008年の作品


子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 6月23日
神の眼がシンボルの『新世界より』で、
朝比奈富子はテロメア修復の呪力(真言で制御する超能力)で二百年以上長生きしてボスになります。
バケネズミ=呪力がない人間を改造して作った奴隷に呪力者は神だと洗脳。
人間=Xが奴隷用に猿を改造したもの?

予定だと判る人は優秀だから生き残って良し?
劣等生か優等生かを決めるのは
イルミナティ実行部隊
=啓明会(イルミナティの訳語。後の日教組)を作った下中彌三郎関連の組織
=メーソン組織。
『新世界より』では教育委員会に子どもを殺す権限あり。

猫太”人間は家畜として作られたのが真実だと思います。みんな暖かく残酷になるべし。”
”日本はほんま、骨の髄までキリスト教に支配されてますねえ。
神前での結婚式が明治以降とは知りませんでした。。。
ロゴスとソフィアは車の両輪で使い分けるべき?”
カミ=お金✝

猫太”いじめで子供を殺してるのもそいつらの陰謀と。
しかし学校の合唱曲とかイルミナティ臭いのが沢山ありましたよね。
ヌッポンの学校教育はゴイム生産工場”
不登校はまとも。学校は定時奴隷労働者の訓練施設。善意ではなく搾取の為の洗脳。

子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側‏ @kitsuchitsuchi 2014年3月2日
@lanekota ありがとうございます。 『世界征服〜謀略のズヴィズダー〜』と『新世界より』の分析楽しすぎます。 ロシアの宗教についてもっと知りたいです。

真言宗は優遇されるけど、仏教だから結局は高確率で敵側になる。
『新世界より』は主人公側が真言宗だけど、
実は主人公側(エスパー)こそが化けネズミ(魔法で姿を変えられた元人間)の敵。
当然、読者は化けネズミ側の立場。
化けネズミ側が、主人公の親友だったマリアの子供(メシアと呼ばれている)を使って主人公側の人間を虐殺しまくるけど、エスパー側も虐殺しまくるからなあ。
化けネズミ側は負けるし。
真言宗全肯定ではない。
そりゃ耶蘇要素がないと認められないから。

耶蘇vs真言宗。

結社の地位(インドかぶれエキュメニカル野郎視点)は、

「一神教的多神教X=地獄教
=野狐禅教(狐憑き教)
=ご都合主義
(おそらく最高神は、「死=飢え」。
本能と欲望が天使。
極悪・悪逆・非道・外道が使徒)

>改悪版真言宗
(醍醐派と立川流とヤソ混じり。
ほとんどバラモン。空を無力化)

>ヤソ異端、イスラーム(特にシーア派)、ユダヤ教異端

>正統派耶蘇、正統派ユダヤ教

>>(越えられない壁)
>耶蘇視点での絶対悪=仏教正統派
(特に原始仏教~初期大乗の龍樹あたりまでと、正統派の禅。
日蓮宗と浄土真宗は耶蘇と親和性あるから優遇されてそう。
でもマイトレーヤ=ミトラ=弥勒の唯識派は好きっぽい)」

っぽい(あくまで暫定)。

真言宗はマニ教(肉体=悪)も景教(神との合一禁止)も否定だから注意!
即身成仏だから、肉体は悪だと考えていないし、
最高存在である大日如来(≒最高神)と合一するから正統派一神教の否定。


今気づいた。
『新世界より』は人口の徹底管理のために異性生殖は厳しく管理されているけど、その代わり子供時代は同性愛推奨だったり性に厳しくない。
性に寛容(すぎる)真言宗の立川流が入っているね。

”阿修羅という掲示板がありますが、大本教系でしょうね。


『新世界より』
は珍しい支配層視点の話。

主人公側=支配層
(呪力=超能力持ちの人間=神様。
悪趣味なことに、
奴隷であるバケネズミ=呪力が使えない人間に、
支配層である自分達を「神様」と呼ばせている)

真言宗
=和風バラモン+ゾロアスター教+密教
(悪鬼=阿修羅が敵)

神道(多神教)

VS

バケネズミ
(元は呪力が使えない人間=奴隷。
呪力をもつ人間が、呪力をもたない人間を人間に見えない見た目に改造して誕生)

キリスト教
(マリアの息子がメシアかつ最強戦力)

神道カルト=和風キリスト教
(多神教に見せかけたメシア信仰。
バケネズミは本心では人間=神であることを否定)

※神道カルトの教祖製造工場である大本教では、
アスラ=阿修羅=メシア=丑寅の金神(大本教の唯一神)を信仰。

主人公側視点における悪鬼が
バケネズミにとってはメシア=善。
しかもメシアの母親の名前がマリアなので完全にイエス・キリスト=善鬼。

バケネズミが呪力なしの人間を奴隷用に改造したというのが真相なので、
読者は呪力がないバケネズミにされてしまう側だから、
バケネズミに味方する人が多いでしょうね。
つまり、キリスト教・神道カルトである大本教=善=正義ってこと。
あと、大本教は仏教大嫌いだから真言宗も嫌い。”
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-95.html
『もののけ姫』の元ネタ⑤=アスラ(自然)崇拝=反バラモン。     『もののけ姫』、『風の谷のナウシカ』、『天空の城ラピュタ』、『崖の上のポニョ』、『となりのトトロ』、   『アスラズ ラース ASURA'S WRATH』、 『新世界より』、 『ONE PIECE』(ワンピース)、 『NARUTO -ナルト-』(ナルト) など。


バケネズミは本心では人間=神であることを否定、
であることに注目。
正統派一神教では人間が神になることは絶対のタブー。
よって化けネズミ(元人間)はキリスト教正統派側。
マリアの子供=イエスが味方。
化けネズミにとってメシア。
エスパーにとって悪鬼。
悪鬼は実は善なる神にして鬼でありメシアだという
化けネズミの思想は、まんま金光と大本教でもある。
正統派キリスト教と、
異端派中の異端派の神道カルト(金鬼神)が、
真言宗(同性愛にも寛容。異端より)に敗れる話。
作品見ても坊さんは出て来るけど神主はでないから、
神道要素も希薄。アニメでは巫女さんっぽいの出てたけど。
真言宗が上って言いたいのかな。
でも、化けネズミこそが読者に近い(エスパーじゃない人間)だから、
読者は化けネズミのほうに感情移入するんじゃないかな。
だから完全に真言宗大勝利って印象でもない。
確実に言えるのは、天台宗系仏教は出すことすらしないってことかな。


本作の社会制度

まずは本作の魔法管理術。魔導士の危機管理

オースン・スコット・カード(Orson Scott Card 『エンダーのゲーム』)大先生いわく
”必ず魔法のルールは非常に明白にすること。
①魔法でなんでもできると読者に思わせてはいけない
②注意深くルールを考案するほど、
魔法の制約を知ることができ、
より話の可能性が広がる。“
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-197.htmlにメモ)

『新世界より』の魔法
=呪力
=イメージさえできればほぼなんでもできる、
 極めて危険な代物。

つまり、本作は呪力を使っても取り返しのつかないものを代償として支払う必要がない。
イメージさえできればなんでもあり。
よって使用対象に制限をかけ、
かつ能力を取りあげられるように儀式でロックをかける。
さらに、呪力で対人攻撃しようとすると強く抑制がかかる。
しかも本作では人が人を殺すことは「ありえない」。
よって余計に対人攻撃は抑えられる。
そのうえ、人を殺すと殺した側も死ぬようにプログラムされている。
これにより、対人同士の殺し合いを防いでいる。
人間へのってのが重要。
化けネズミは元人間だが、人間だと判らないほどに改造されているのは、対人攻撃抑制と、人を殺すと死ぬプログラムを発動させないため。
作中でも呪力者は容赦なく化けネズミを殺しまくっている。
主人公は化けネズミの正体を知ってしまったので、敵のボスを安楽死させるときに、対人攻撃防止システムが多少発動してしまっている。
呪力者同士は対人攻撃できない。
つまり、呪力にロックをかけていない、かけたがは外した、かけられなかった人が呪力で人を殺し始めたら止めることができない。
実際、それで過去に滅びかけた。
そこで統制を徹底し、テストなどで危険分子を強力に排除するようにした。
人間一人一人が核ミサイルどころか、原子力発電所みたいな感じなので、
いかに魔法を拘束するか
=現実の超危険物をどう管理するか
を考えさせる内容。
管理できていないところで子供を作られたら全滅の可能性がある。
実際に、それをやられて主人公側の大半が死んだ。
具体的には、主人公(女性)の親友のマリアと、守が逃亡して、子供を作った。
それを化けネズミが育てて、人間側に攻撃させた。
この子供(悪鬼、メシア)に対して人間が抵抗できないのにどうやって殺したのかというと、主人公側の化けネズミを利用した。
悪鬼には、人間を殺すと自分が死ぬシステムではなく、化けネズミを殺すと自分が死ぬシステムが働いているから、人間に変装した化けネズミを殺させて実は化けネズミだったと認識させてころした。
悪鬼にとっての人間とは化けネズミのことだから。

また、ストレスをやわらげるために、十代の同性愛推奨。
淡白で軽い性描写はある。異性同士と同性同士両方。

なお、フェイトで優遇されているダキニ狐とまぐわう描写はない。
ドクロに性的液体をにすりすりする場面はない。
つまり真言立川流っぽさがあるだけで真言立川流ではない。
でも同性愛も推奨している時点で正統な真言宗ではないから、異端だね。

異性間生殖行為は厳密に管理されている。
把握できない人間
=どこにあるかわからない原発(未整備)
だからね。


和風。あれだけ文明崩壊してよく再現できたね。

貨幣制度がない、自給自足など、
今の支配体制を覆えす案↓がかなり実行されている世界。


でも化けネズミ(元人間)という奴隷がいる。いや、奴隷というより家畜扱い。
登場人物の大半は化けネズミが元人間だと知らないし、これこそが最後に明かされ、読者に衝撃を与える。超能力者=主人公側を応援していた読者ほどショックを受けるように作ってある。



参考資料


神智学とは(ソフィアとロゴス) [序:神智学とは]
http://morfo.blog.so-net.ne.jp/2011-03-11


あとがき?

言っとくけど、私はネタバレ注意って書かないよ(今初めて書いた。しかも最後)。分析なんだから作品の中核を書くのは当然だし、中核を明記=ネタバレ。
とりあえずまずは分析という日本語を学以下略。
分析
=複数要素に分け、それぞれの成分や構成や性質などを細かい点まではっきりさせる
分析する価値があるところを分析しないと意味がないから、
必然、ネタバレになる。
あ、ミステリならネタバレ注意って書くかも。
私が取り上げる作品はミステリ要素があっても主題じゃないからなあ。

お読みくださり感謝!
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金光教の論文ですごいの見つけたからメモ。 『甲鉄城のカバネリ』金光教要素がまた登場。カバネリ二期やるから一期見といて。 

本記事完成記念(二期始まったら追加)にサンハイ!
六根清浄!六根清浄!六根清浄!666! 





カバネリのシンボルに丸に×も入ってる!
シンボルが⑥=六根清浄!
三回繰り返して唱えれば666ソロモンだ!

666はソロモンのシンボル!
666の解釈集。太陽神、イスラムの数秘術、
ギリシア式民主主義、新プラトン主義説。
悪魔という解釈はデマなので無視。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-192.html


はい、ここで長いCM(本編)はいりまーす!


ここらへん移動させるかも 
幕末三大和風耶蘇の裏にいる吉田神道をだれか極めてくれないか?
また私が学びそうだな。
とんでもねえもんみちけちまったぜ



金光教の神観念とその変容 1 はじめに 従来、天理教・金光教・黒住教な
http://www.ritsumei.ac.jp/~katsura/pdf/1.pdfメモ

●金光教の神観念。
今日の教団いわく、
神があるかないかではなく、現に神のはたらきをうけて生きているというそのことが、はっきりしておりさえすればよい。

教祖いわく、人あっての神。人を離れて神は存在しない。人と神との関係においてのみ神は存在する。
人と神が「あいよかけよ」で親子のごとく助け合うことで人のみならず神も助かる。
教団において生き神はどんどん増えていった。
赤沢(=教祖=金光大神)の最終目標が、
すべての人間が生き神としての金光大神となり万国に神の働きが充満する神代。

教祖最晩年の『お知らせ事覚帳』いわく

おいおい、三千世界、日天四の照らす下、万国まで残りなく金光大神でき、おかげ知らせいたしてやる(明治一五[一八八二]年十月)。

(三千世界!)

本論文に、
「祟り神」としての「鬼門金神」である。”とある。

(鬼門=丑寅。
うしとらみさき)

今日の一つの有力な解釈として、「天地金乃神」という神名は、後に生成された神名であって、「日天四」=太陽、「月天四」=月、「金神」の三者(これが文治にとって、とりわけて重要な神であったことは間違いない。――「天地乃神とは、日天四、月天四、丑寅未申鬼門金乃神のこと」〔『金光大神御覚書』 明治六 [一八七三] 年一月〕という史料がある)、その三者が「統合」されて、いわば三者の「関係的な神」として「天地金乃神」という神名が生まれた、という岩本徳雄の見解がある。

(三位一体じゃねーか!
天四って天使でしょ?
当時は天女のほうが自然なはず。
太陽と月と鬼門の金神の三位一体。
人と神が親子のごとく助け合う。

天理教の唯一神は親神というのだが、
デザイナーが同じだね。
月、太陽、親としての神の三位一体。
日月神
示もね。
別名ひふみ神示だけど、
元ネタは平田篤胤『神字日文伝(かんなひふみのつたえ)』。
神字日文って、「しんじ ひふみ」 とも読める。
篤胤が神代文字を捏造した著作。
阿比留文字(あびるもじ)ってどう見てもハングルじゃん。





太陽と月と鬼門の金神の三位一体なら縮めて、
金明神って呼べばいいのに。
出口鬼サブローが作った金明霊学会というのがあるのさ!
出口王仁三郎の唯一神は『三元八力』といい、
『霊力体』の三元の神を称し、『瑞御霊』とする三位一体
同じ骨格に違う肉づけで違うように見せているだけ。
資料は後述。)

初期金光教団の信者の多くは金神の祟りを忌避する目的で、布教者の下へ集まってきている。
これとあわせ、当時の金光教の布教者たちが、
“「鍛冶屋の金神」(=金光喜玉)”、
“「大谷の金神」(=赤沢文二)”
などと呼ばれ、
伝承的な金神の語り部的存在とみなされていた。

(鍛冶屋の金神!金光教布教者に名づけられた呼び名の一つが金神。
宣教師は神。
重要なのは、当時の金神は完全に祟り神というのが一般の認識。
今もそうだけど。金神七殺。)

『御道案内』(明治十四年、1881年ごろ)になると、金光教の神が整序化され、一神教的表現が現れる。
“世界第一大氏神天地大御神様”


(すごい表現だな。前からすでに一神教っぽかったんだけど。あとこいつら仏国って絶対言わないな。神国神国うるさい)。

論文の筆者は、この神観念の一元化には、当時の復古神道の教義の流入が関係しているのではと考察。
(復古神道と言えば和風クリスチャンの平田篤胤)

文治が亡くなると組織的にも神道団体と接触。
合法的に布教するために何らかの神道教団の傘下である必要があった。
『教会神徳大意』(明治十八年、1885年ごろ)では、
日天四が天照大神になっている。


同時に作成された『神道金光教会規約』では、
月乃大神 日乃大御神 金乃大神 右三柱ノ神ヲ本会ノ主神トシ
とある。
皇祖神アマテラスというよりも、造化神アマテラスという色彩が濃い主張ではあるが、明らかに神道系の教説の影響がみられる。
日・月・金の大神の三者で天地金乃神を説明している点には、文治の信仰の片鱗がうかがえる。
(太陽神だけオオミカミだから天照だ。)


キリスト教の言説や神観念に、かなり影響されて成立したものとして、復古神道、平田派の神道言説をあげることができる。
篤胤の「死後安心論」にキリスト教が作用していることは、周知のとおりである。
渡辺重石丸のアメノミナカヌシへの一元的教説は、明らかにキリスト教のゴッドを意識したものである。
大国隆正のアマテラスへの一元化も、西洋との対抗を意識したものといえる。
(神道学者にとって平田篤胤の神道が和風キリスト教で、
後の新興神道カルトに影響大なのは常識だからね?
神道カルト=和風キリスト教に反論するなら最低限知っといてね。
あとどの時代の神道かきちんと定義してね。
あと私の説を覆すなら証拠と根拠は覆す側が負うからよろしくね。
それすらできないなら話すつもりなしとみなす。
上記を満たせば自分が神道カルトじゃないと証明できる「だろう」からね。
キリスト教交じりの神道を明治以降の日本人に浸透させたんだから、
明治以前の神道へのイメージにも影響を与えるに決まっているでしょ。
古来から神道と天皇崇拝は結びついていたってデマ流している奴いるでしょ?
神道は中国の道教と無関係ってデマ流している奴いるでしょ?
洗脳された証拠だよ。
少なくとも観念は上書きされちゃっているんだよ、
キリスト教とその変形である天皇一神教に都合が良いようにね。
本来の神道は天皇崇拝なんてないし、
中国の道教の影響がある、
というのもちゃんとした研究者なら常識のはずなんだけどねえ。
耶蘇的比喩で言うなら、聖書を読んだことがないキリスト教カルト信者と聖書について何か有意義な話ができるの?
無知にも限度ってのがあるんだよ。
ネトウヨが中国叩くのは、中国古典を読まれると叡智を得られてしまうし、
天皇の元ネタが中国ってばれるからだけど。
日本の元号も中国古典由来だ。













子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側‏ @kitsuchitsuchi 2014年10月30日
神道のお札の元ネタは道教のお札。
茅山道教を創始した陶弘景(5・6世紀。皇帝の相談役)は「道教は神道」と主張。
天皇崇拝は星崇拝であり太陽崇拝ではない(天照は誤り)。天皇は天皇大帝の略称。天皇大帝は北極星の神格化であり剣と鏡の二種を象徴として持つ。日本の皇室でも元来は二種の神器。






吉田の反本地垂迹説というのは、
要するに「儒教も仙道も仏教もみんなみんな源は日本の神道なんだよ」というデタラメな国粋主義的思想だが、これを聞いた人は気分がよくなったのだろうか? やがてこうした国粋主義思想は江戸時代後期の国学・復古神道・水戸学に引き継がれていくことになる。





佐藤信淵の侵略思想は、
「凡ソ他邦ヲ經略スルノ法ハ弱クシテ取リ易キ処ヨリ始ルヲ道トス今ニ當テ世界萬國ノ中ニ於テ皇國ヨリシテ攻取リ易キ土地ハ支那國ノ滿州ヨリ取リ易キハナシ」つまり、「弱くて取り易い所から、皇國に加えろ。満州以北を征圧した後に、中国本土へ台湾と寧波から侵攻し・・」と。


誰も語れなかった驚愕の日本史‏ @taidou2017 2016年8月24日
③例えば、佐藤信淵は「満州、支那、台湾、フィリピンを攻め、南京に皇居を移し、全世界を皇国の郡県となす」とし、
吉田松陰は「朝鮮を攻めて質を納れ、貢を奉ずること古の盛時の如くし、北は満州の地を、南は台湾、呂宋諸島を収め、進取の勢を示すべき」と獄中から弟子たちに書き送りました。

岩上安身‏認証済みアカウント @iwakamiyasumi 2013年2月16日
征韓論が、尊皇とともに、吉田松陰の中で結びついていたことはよく知られている。しかし松陰の以前にも、朝鮮侵略を唱えた学者はいた。江戸時代の思想家・佐藤信淵は、文政年間に「.宇内混同秘策」の中で、朝鮮のみならず、満州、支那を攻め、南京に皇居を移し、全世界を皇国の郡県とせよ、と書いた。

田蛙澄‏ @taatooru 2012年12月1日
たぶん佐藤信淵の時点でマイナーだけど。佐藤信淵は江戸後期の経世家、農学者、兵学者で、統一国家としての日本を構想していたという点で明治維新を先取りしていた人らしい。あとは、満州、朝鮮、台湾、フィリピン、南洋諸島の領有を提唱したりして、戦前は大東亜共栄圏の父として尊敬されたとか。

I AM THAT‏ @amateras1984 2011年9月9日
佐藤信淵 文化12年(1815年) - 平田篤胤に入門。 皇大御国は大地の最初に成れる国にして世界万国の根本なり。故に能く根本を経緯するときは、則ち全世界悉く郡県と為すべく、万国の君長皆臣僕と為すべし」と書いて満州、朝鮮、台湾、フィリピンや南洋諸島の領有等を提唱した

村手 さとし‏ @mkmogura 2012年9月17日
返信先: @yukiko_gnnさん

@yukiko_kajikawa あのね。日本書紀以前、完全な漢文の時代に「金剛」って。金剛はサンスクリット語の仏教用語で密教の言葉。日本に渡来したのは9世紀以降。つまりこの密教を表す百済の技術者というのは捏造。証拠=歴史書もない時代に、商売やってましたと言って信じるなよ。

漢文の歴史から「創造神=神」なんてものは、キリスト教が聖書を訳すまで、存在せんよ。七福神も、すべて「天=創造神」でしょ。神体文字とか言って、信じてしまうのは、おバカさんだけですよ。

@yukiko_kajikawa せんだいくじほんき、神代文字、全部捏造だったとわかってるから。その「捏造した理由」と梶川さんがあげるような例は、すべて重なるから。日本の古名が邪馬台国、倭国などのように隣国蔑視の単語しか出てこないのを知ってるから。

@yukiko_kajikawa いや、文字が捏造かではなく、商売をやっていた証拠があるかどうかとかでしょ。万葉仮名含む漢文以外に、日本に根拠になる歴史書を構成する文字はないし。ハングルとかはどうでもいいよ。バランスとその根拠がおかしくない?578年の商売の根拠とかさ。

@yukiko_kajikawa じゃあ、その人達に「天皇は仏教じゃないの?」って聞いてごらん。さっきの真言立川流くさい金剛組とかに。まともな返事は絶対にかえってこないから。

@yukiko_kajikawa 釈迦に説法してどうすんだ?韓国は捏造ばかり!って言ってる、貴方自身が捏造にひっかかってるから、教えただけ。批判するなら謙虚でいなさい。内容は過激でもいいと思うけどね。

村手 さとし‏ @mkmogura 2014年9月23日
返信先: @aibaanimalさん

@aibaanimal あー、部屋の構造を数日かけて覚えてから掃除するタイプのロボット掃除機は実は写真撮りまくって、画像認識でアルゴリズムができてたりします。
気になる人は、絶対買っちゃだめですねー

村手 さとし‏ @mkmogura 2012年9月10日

教室の窓際の情景を思い出してみよう。どんな人、2次元だろうが、どんなイメージでも、それは窓の外から見て、左向きが黒板、つまり前方になっている。右利きの逆側から光が入るように。この社会が多数派のために作られた世界だというのを、人はもっと気づく必要がある。

村手 さとし‏ @mkmogura 2013年12月5日
怖い病気ほど、サイト検索してヒットする文頭は『けして不治の病ではありません、ありふれた病気です』などの柔らかな文章から始まる。
可愛いと呼ばれる雑誌モデルは、顔の画像だらけで、モデル的な全体像は出てこない。病気の深刻さを隠したり、貧乳とかを隠したり、全体の傾向の中に真理がある


ふぎさやか‏ @maomaoshitai
平田篤胤は「本居宣長の死後に彼の著作を読み感銘を受け、自身の夢で本居宣長と出会ったことを根拠に弟子と称するようになる」という特殊な経緯のため、本居宣長の精神的な弟子、本居宣長の自称弟子、本居宣長に影響を受けた他人と表現するしかないのです。

平田篤胤は本居宣長の死後に、彼の著作を読んで好きになり、勝手に心の師として崇めていただけなのも、ある種、彼の自由な想像力を育みましたよね。たぶん本当に生前に出会っていて弟子入りしていたら、もっとつまらない人として終わっていたと思います。

平田篤胤は本居宣長の弟子ではなく、本居宣長の著作を読んで影響されただけの人ですからね。学問の血脈としては「正統後継者」を名乗るには無理があったため、篤胤やその弟子たちは多くの物語を創作していきました。

平田篤胤は「木星の正体はガスである」などの知識も著作に忍ばせていたり、海外の知識にも興味があったことがわかります。

荷田春満→賀茂真淵→本居宣長 という師弟関係は事実としてそうなのですけどね。平田篤胤をこの最後に加えることにより、国学の正統後継者が平田篤胤かのようにしたのが、「日本四大大人」です。平田篤胤は本居宣長の死後に、彼の著作を読んで影響を受けただけで、弟子であった事実はありません。
そういえば平田篤胤は新井白石の『鬼神論』という著作が神の存在に否定的であると批判し、『新鬼神論』という著作を書いています。


私がグノーシス寄りだと言った理由は複数ある。
正統派キリスト教では神と人の距離は徹底的に隔たっていて、人が神になることは最大のタブー。
グノーシス派は神との合一が目標=人間も神になれる
なので実質的に人が神になることを認めている。
だから異端派とされた。
人も神になれる、という思想でない限り日本では絶対に広まらないから、神野との合一がOKな異端派が日本で強い。
正確には一神教的多神教だから、異端派中の異端派。
キリスト教系は支配の為なら平気で多神教にするからなあ。
一神教のくせに人間が書いた本の記述を聖書より優先したりめちゃくちゃだ。
福音書が四つもあって互いに内容が矛盾って何がしたいんだろう。
また、正統派一神教では別に人間がいなくても神が成立するのは言うまでもない。
全ての人間が生きながらにして神になるべきという思想はグノーシス版神の国。
マニ教の光の国かよ。
ふと思ったけど、耶蘇って邪蘇と書いてもヤソって読む人多そう)
(本論文の参考文献の一つが
桂島宣弘『幕末民衆思想の研究』でこの論文の著者と同じ。

”聖書を否定していてもそれが新たな誘導なのはよくあること。
Aと反A=Bの対立は、AとBの共通点Cを受け入れさせる為の茶番だったとかね。
日ユ同祖論とユダヤ陰謀論は本物ユダヤVS偽ユダヤのセットもので、前提となる聖書のユダヤ人の実在=聖書神話を信じさせるのが狙い。
ニューエイジとキリスト教原理主義が対立しているが、共通点があることとかね。
絶対的なものを「真理」(覚醒)と呼ぶか「神」と呼ぶかの違いであり、結局は絶対的なものを否定しない。絶対的なものを信じさせることができれば容易に操れますから。
嘘でも人を操れますが、真実でも人を操れるのですよ。

大本教は一神教=「誠の神様はただ一柱」。大本教系カルトが日ユ同祖論をキリスト教布教用に暗躍しております。
三位一体の唯一神ってカトリックじゃねーか!
日ユ同祖論・日猶同祖論・日油同祖論など表記が違う場合があるので注意。

誠の神様は一柱
http://2.suk2.tok2.com/user/chijoutengoku/?y=2005&m=01&d=19&all=0
“本日も出口王仁三郎聖師の『三鏡』”祭祀”から、
=======================================
      『祈りは天帝にのみ』

 祈りは天帝にのみすべきものである。
 他の神様には礼拝するのである。
わたしはそのつもりで、たくさんの神様に礼拝する、
そはあたかも人々に挨拶すると同様の意味においてである。
 誠の神様はただ一柱しかおわしまさぬ、他はエンゼルである。
                           (大正十五年二月・水鏡)
=======================================
出口王仁三郎聖師の説く神は『三元八力』と云って、『霊力体』の三元の神を称し、
『瑞御霊』様として信仰するのだと、筆者は再興愛善苑で学んだ。

この三元こそが真の三位一体である。
そして、ここで説かれていることを加味すると、
誠の神は『三位一体一柱』ということになるのだ。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は『一神教』であると云われているが、
それぞれに呼び名が異なるので問題になっている。

しかし、これも、つまり『三教一体一柱』の神を、
各宗教ごとに異なる呼称で呼んでいるだけだ。

こういうことも加味すると、誠の神は、

『三位三教一体多名一柱』


である。””
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-76.html
大本教は一神教=「誠の神様はただ一柱」。大本教系カルトが日ユ同祖論をキリスト教布教用に暗躍。
○ユ同祖論は世界中にあり、
17世紀に布教の為に日ユ同祖論を発明したのもイエズス会=キリスト教。
17世紀にダビデの星をユダヤのマークに決めたのもイエズス会=キリスト教。
日ユ同祖論を布教用に発明したのがイエズス会であることは日本語版ウィキになく英語版に記述(日ユ同祖論の目的の隠蔽)。

桂島宣弘『幕末民衆思想の研究』
http://d.hatena.ne.jp/martbm/20080915/1221453960
” 1992年の本の、2005年の増補版。内容が多い、という印象でしたね。
…どれくらい、明治からの日本社会は、日本市民にとって、近代市民の権利が実現されたものであったのか。

そうすると、明治憲法における、立憲君主制。天皇という君主と、その他すべての臣民。言論の自由のない、宗教の自由のない、祭政一致。これらが、どうしても、無視できない、となる。

そして、この側面に、設立当初において、大きな影響を与えたものの一つが、本居宣長をベースにして、平田篤胤か始めた、平田国学、この流れとなる、と考えられてきた、というわけです。

村岡典嗣の言葉を借りるなら「どこまでも古典を所与の対象とした文献学たる説明学としての」宣長学と、これと「全く異質」な「すべてあるべきものといふ理が先きに存して、しひて古典にその証拠を求める」篤胤学の分岐がここに生ずる。篤胤の方法を最も良く示しているのが次の言葉である。

さて古事記は善くも悪しくも、本末通して、一貫に撰び立たる記なれば、姑く此記を本書に立置て祝詞式より以下五部の書を記伝に引き合せて、縦に横に読通り、古事記に漏たる伝々を事のつづきの因を追ひて、まず悉に書入れ置き、然して後に、互に異なる伝々を書出して、彼を採りて此を正し此をもて彼を徴し、熟々に読察れば、悉く異説と見ゆる中に類説あり、精説なるが異説と見ゆるあり、粗説なるが異説と見ゆるあり、誤説なるが異説と見ゆるあり、混説なるが異説と見ゆるあり(平田篤胤『古史徴開題記』)。

ここに述べられているように、記を「本書」として、紀や祝詞式・神道五部書・新撰性氏録・六国史・風土記等が縦横に並べられて「彼を採りて此を正し此をもて彼を徴し」という作業が行われ、「此ノ神は此処に生座べき謂に基づいて、古伝説が改編されていく。「平田の学問や推理の性格は、帰納的、実証的ではなくて、規範的、理論的」と言われる所以である。

まあ、一言で言えば、篤胤は、トンデモ。
でも、それには、それなりの理由があった。当時の大衆宗教、大衆運動、の関心として、人が死んだ後の、魂がいる世界の思弁が求められていた。

しかし、幕末において、平田国学派は、違った姿を見せる。

日本は常に非常をわすれざるべし。四方ことごとく海寇のおそれあればなり。これにより、人々の報国のこころありたし。されども、民を虐するときは、民のこころはなる。民のこころはなれては、又、海寇をふせぐによしなし。これにより、君は撫民の術おこりたまふべからず。この一章は、この書の眼目なり。このことをいはんとて、これまで永々と、日本の国體の異国に同じからぬよしを辨じたるなり(大国隆正『やまとごころ異本』)。

それまでの、鎮魂コスモロジーから、完全に、後期水戸学の、攘夷国体論になってる。大国隆正の場合は、維新政府設立にかかわったメンバーですね。アマテラス一元論になるみたいだけど、そうであることによって、キリスト教の一元論と対応するし、なにより、「撫民」にわかりやすい。最大関心事が、愚民教化、マインドコントロールとなったとき、やはり、篤胤とは、全然違ってくる。

実際、維新政府は、神道の、宗教化に、最後まで、成功しなかった。

よく考えると、神道の言っていることというのは、かなり、原始的なアニミズムの世界で、ほんと、なんでもあり、なんですね。

太古より天子の御祖神をも庶民も随分と祭り拝み奉り、また賤しき臣民の神霊をも功あれば上公よりも祭り給ひ、また他家の祖神をも縁有れば敬拝すべく、其の世其の世、其の時其の時、其の地其の地、其の家其の家の趣によりては、いかなる神をも尊卑・貴賤・善悪の差別なく、唯人間顕界の眼に見えず、智力の及ぼざる所の物を神と称して、いつもいつもこれを敬ひ祭るが、即ち我が國神聖の建て定め置き給へる今日の顕事、一大活道の根本最第一にて御座候(岡熊臣『読淫祀論』626)。

この熊臣の考え方が「凡、神ニ三ツの差別御座候。一ニ名神(中略)一ニ霊神(中略)一ニ邪神(中略)。畢竟、名神霊神にもあれ邪神にもあれ、祭らて叶ハさる因縁有リ依て是を祭るを正社といひ其外をハ悉く淫祀といふ」という近藤芳樹の主張のほぼ対極にあるのは明白であろう。しかも注意しておかなければならないのは、熊臣が「いかなる神をも」と述べた時に、その中には「両部習合」の神や「神宮寺」「狐狸の妖怪」「天狗」等も含まれているということである。

だから、神道の伝統からいけば、仏教だろうと儒教だろうとキリスト教だろうと、みんな「カミ」にして、まつっちゃう。実際に、各地にある神社が明治の前まで、なにをまつっていたかというのを見れば、それが土着の人々に合理的に受け入れられれば、なんだってまつられてきたわけだ。

この、抱擁性ですよね。簡単に、共存してしまう。

蛇足でもう一言つけくわえますと、本居宣長にしても、そんなに、儒教の、全否定じゃ、ないんですよね。

こう見てくると、宣長と匡麻呂の論争は、合理主義・普遍主義の地平と非合理主義・特殊主義の地平の議論を本質とするものではないことが明らかとなろう。実は、当の宣長自身も、儒学の「道」の中身自体(封建倫理)には、「仁、義、礼、譲、孝、悌、忠、信などいふこちたき名ども」とその作為性を口汚く指弾しつつも、「いはゆる仁、義、礼、譲、孝、悌、忠、信のたぐひ、皆人の必あるべきわざなれば、あるべき限、教をからざれども、おのづからよく知てなすこと」と肯定的に述べ、何ら攻撃する姿勢を示していない(『直毘霊』)。

それなりに、宣長は、倫理的なわけです。まあ、当然なんですがね。普通なんです。そんな、日本は、野蛮で、思想も、って、そーでもない。


このような歴史的時代を取り扱ったのは、今日の天皇制の直接の起源が江戸時代後期から明治時代に存在していると考えたからであり、その初発の発想や経緯を知ることこそ重要であると思ったからである。無論、天皇制自体の歴史が古代天皇王権の成立に始まることは言うまでもないことであるが、一部の論者がその事実をもって如何に「天皇制の一貫性」を説いたところで、中世から近世にかけての天皇の権力や権威がとるに足らない「共王」としてのそれであり、何故に廃絶されなかったかという問題提起が成立するとは言っても、「国民統合の象徴」や「文化の象徴」として存在し続けてきたことが全くの虚構であることは今や歴史学の常識に属することであると言わなければならない。例えばXデーの後に如何にも「古式」に則って行われているかに見えた「神道式」儀礼にしても、明治に入って大国隆正派などを動員してあわてて創生された「新式」であり、「一世一元制」も無論明治に始まり、それ以前に改元権が朝廷にあったとしても江戸幕府の大学頭林家が実質的な改元に携わっていたこと、あるいは皇祖神を祭ってきたと言われる伊勢神宮にしても江戸時代までは豊受大神を祭る外宮の方が信仰の中心であり、お伊勢まいりにしても朝廷とは全く無関係な物見遊山的通過儀礼的行事であったこと等、いずれも今日ちょっとした歴史書を繙くだけで判明することがらに属する。

この天皇中心の律令国家イデオロギーが動き始めたのが、天武天皇からで、ここで、古事記、日本書紀という、この二冊の本の中で、天皇家の支配の正統性を理由付ける、神話が歴史書という形でつくられた。

ただし、この歴史記述スタイルは、なんのことはない、中国の伝統的な方法を踏襲したもの。

そして、さらに重要だけど、ここで、多くの神事が「新た」につくられ実行されただろうが、それは、いちじるしく、中国の伝統的な礼拝儀式の「輸入」、なわけですね。中国の伝統的な制度が、どんどん導入された。卑弥呼の時代にやっていた儀式は、多くは、「土着」の「前近代的」なものとして、かなりの部分、廃止されたのかもしれない。

いずれにしろ、当時の日本の各地にあった伝承、言い伝えを収集して、それらをパッチワークして、適当にポイントを天皇家に都合のいいものに変えた、この二冊「だけ」が、その後の歴史をまぬがれて残ってきた。だから、当然、日本の神社系の人たちも、この天皇家の物語を尊重する。ただし、ここで大事なのは、その天武天皇の時代でさえ、日本の各地に、この天皇とは「違う」多くの神々がいてまつられていた、そういう伝統があった、ということですね(だから、パッチワークができる)。そういったベースが、今にまったく伝わっていない、ということでもない。だから、神社系の人たちがやってきたことの、実践そのものは、別に、天皇イデオロギーと一定の距離をおいているものも、当然多い。

こういった国学そのものが、そういった特徴をもちながら、しかし、実際、維新政府の行ってきた、祭政一致は、こういった流れとは、かなり違っていた。むしろ、年をへるにしたがって、国学系はどんどんパージされていって、儒教系だけがメイン・スリームとなっていく。

そして、その究極的に、なにがあるといえば、靖国なのだろう。

靖国というのは、江戸時代までなかった。維新政府の、倒幕運動から生まれたのだ。

では、靖国の思想的な起源はなにかといえば、忠君の志士を、まつるのであって、朱子学における鬼神論、『精献遺言』、もっといえば、キリスト教の、聖人列伝、この流れにある、と考えるべきだ。

維新の志士の頭を占めていたもの、それはどう考えても、朱子学の正名論。正統な君主、さかのぼっていって頂点にある、自分がご奉行すべき、真の君主。それが、「論理的」に、天皇だった、ということですね。日本の神々とか、そういうことは、どう考えても「周縁的」な話でしかないでしょう。

天皇に命を捧げる、天皇のために死ぬことができたものは、神になる。また、天皇に向けて、刃を向けた勢力は、絶対に、まつられない(だから、西郷が、靖国にまつられることはない)。靖国は、忠実に、この構造を守っている。”

金明霊学会(きんめいれいがっかい)
https://kotobank.jp/word/%E9%87%91%E6%98%8E%E9%9C%8A%E5%AD%A6%E4%BC%9A-1303824
” …神秘体験を重ねて病気治しの布教活動をはじめ,稲荷講社で霊学や神がかりの行法を学んだ。同年出口なおと出会い,翌99年なおを教主とする大本教へ入り,宗教組織金明霊学会をつくり,会長となった。1900年王仁三郎は〈世継〉と定められ,なおの五女すみと結婚。…

金明霊学会|第五章 開祖と聖師|大本七十年史 - 霊界物語ネット
https://www.google.co.jp/search?q=%E9%87%91%E6%98%8E%E9%9C%8A%E5%AD%A6%E4%BC%9A&ie=utf-8&oe=utf-8&client=firefox-b&gfe_rd=cr&ei=e0tEWeq3EePZ8Aer55voBg
“本町の広前に移転してから、開祖の筆先に、上田にかんするものがつぎつぎとあらわれた。

上田殿にたいもうなご用いたさして、綾部に結構をいたさすぞよ。小さいことを申してをりては、このたいもうがあるのに物ごとがおそくなるから、このことは、みな神が一つであるから、稲荷でもかまわぬぞよ。(明治32・7・23)

 ここに稲荷とあるのは稲荷講社のことである。こうして、上田がこれまでおこなってきた霊学会の存在も重要になってきた。そこで、金明会と霊学会を一つにして金明霊学会の組織が生まれ、あらためて、一八九九(明治三二)年八月一日、稲荷講社の許可をえた。金明霊学会は、公認結社である稲荷講社の分会という形式をとって、つぎのような規約をかかげて出発した。

一、本会は金甌無欠の皇室を仰ぎ、朝旨を遵守し、皇典を講究して国体を弁明し、古今の成績を推考して国家の実益を謀り、天神地祇八百万の神を崇敬し、以て報恩謝徳の道を拡充し、惟神の徳性を宇内に宣揚するを主要とす。

二、皇室の聖教を発揮し、国武彦命の大教を遵奉し、出口開祖の幽玄聖美なる神訓を顕彰し、聖教本義を講究して、神理を闡明するを以って目的とす。

三、本会は宗教上の主義より結集する者に非ざれば、何教何宗の信徒の入会するも不都合なき者とす。

 これは、当時の国家主義的な国民教化の線にそってつくられた文章であり、国武彦命(筆先には国常立尊の分霊とある)をかかげ、出口開祖・上田喜三郎を中心に、世話係りは、四方・足立をはじめ旧来の幹部が選ばれて運営にあたった。
 …
 一八九九(明治三二)年九月一九日(旧八月一五日)には、本宮東四辻の金光教会が明け渡されて、そこを幽斎修業の場とした。開祖はもとより、信者もよろこんだ。公認の教会であるということで、集まってくるものもきやすくなり、信者も次第に増加してきた。このころの筆先に

上田殿はごくろうであれど、金明会の始まりであるから、力を入れてくだされよ。上田殿に申してあること違わぬぞよ。今度お憑りなさるのは、すみ子どのにはちがふが、みな落ちておいでなされた神様がお憑りなさるから、口切りがむづかしいなれど、口が切れたら結構な神様ばかりざぞよ。金明会が開けるぞよ。綾部を元といたして三千世界を一つにいたして、神国にいたすのであるから、上田殿にはチト骨がおれるが心配をいたさいでもよいぞよ。神が力をつけてやるから、ぬしがでに開けるぞよ(明治32・7・9)

とある。“)









(いつからだろうね。明治以降から一つ目だったらアウト)

望月‏ @bluemoon_KH 2015年8月30日
鍛冶の神様といえば天之麻比止都禰命(天目一箇神)。古事記に出てくる天津麻羅と同一視されていて、天津=天津神、麻羅=「目占(めうら)」→片目を意味する言葉。鍛冶が高温に焼けた鉄の色を見るのに片目をつぶったこと、また高温の鉄を見るために目がつぶれる職業病であったこと【続】


豆知識。
明治、大正、昭和と西暦の対応の簡単な覚え方。
大正の範囲がわかれば簡単。
1900年=明治33年。
明治は44年まで。
1900年=明治33年より
明治44年=1911年。
11の倍数ばかり。
正確には1912年=明治45年=大正元年。
1926年(大正15年/昭和元年)。

覚えやすくすため印象的っぽいものも書いておく。
実は、夏目漱石(1867年 - 1916年(大正5年))の年齢X歳=明治X年。
大正まで生きているけど。満49歳没。

1900年(明治33年)に漱石がイギリスに留学(途上でパリ万国博覧会を訪問)。

1911年(明治44年)
夏目漱石が文部省からの文学博士号授与を辞退。

鈴木文治(すずき ぶんじ)が、ユニテリアン派の統一基督教弘道会(会長 安部磯雄)に幹事として就職。

1912年(大正元年)
クリスチャンの鈴木文治(すずき ぶんじ)が、友愛会という労働者団体を、渋沢栄一からの援助も受けて結成。
労働運動、キリスト教、労働者側のくせに資本家の援助、友愛って、
異端派寄りのキリスト教=メイソンじゃねーか!
ユニテリアンって金光教人脈に登場するじゃねーか!

1925年(大正14年)
治安維持法制定。(共謀げふんげふん)
日ソ基本条約締結。日本政府がソビエト連邦を承認。
日本初のラジオ放送。

1926年(大正15年/昭和元年)
第一次若槻礼次郎内閣(憲政党内閣)成立。労働農民党結成。

1988年(昭和63年)
青函トンネル、瀬戸大橋が開業。リクルート事件が問題化(させた)。

1989年(昭和64年/平成元年)


チキ‏ @chiki_okumaneko 2013年7月8日
新渡戸と安部磯雄の接点探ってくとやっぱりユニテリアン協会とか友愛会にたどり着いて、鈴木文治とか出てくることになるのか…

木村裕士‏ @hirokim 2010年1月8日
ユニテリアン教会は芝の友愛会館にあった。友愛会をつくった鈴木文治はユニテリアン教会の牧師だった。教育勅語にある「博愛衆に及ぼし」はユニテリアンの思想だった。


連合‏ @unionion 2010年10月28日
労働組合の源流を辿りに辿っていくと、中濱ジョン万次郎に行き着くって知ってた?ユニテリアン教会の信者だった万次郎が紹介したんだ。芝にユニテリアン教会があったんだが、そこにいた鈴木文治さんが友愛会を立ち上げたのが始まり。だからジョン万次郎のおかげ。



ここらへん移動させるかも。

はーい、cmおわりまーす。あとはおまけでーす。アニメ分析なんてついでなんだよん。

ーー
いいから最低限90秒のこれみてくれ



個人的に私はこの作品は好きだよ。
血統主義じゃないし、主人公が完全に努力家だし、熱い性格。
やっぱり私が少女漫画を昔から受け付けなかったのは,

貴族最高!で、熱くないし、陰湿だったからだろうな。


●重要画像

シモン・マグスが行間でさっくり死んでるシモン・マグスが行間でさっくり死んでるFGO!
法輪Dharma_Wheel法輪(仏教は丸に十字思想を完全否定)
丸に十字シリーズ
丸に十字シリーズ
(仏教大嫌い。法輪の意味を乗っ取る気満々)
丸に十字を背負うシモン・マグス
ヒロインの護衛である、丸に十字を背負うシモン・マグスの自決シーン。
仏教側っぽい奴に自殺させる嫌がらせ。
自殺も殺生禁止に反する。
背中に車輪=仏教の法輪だが、丸に十字っぽく改造。
シモンだからグノーシスマーク。
右はヒロインの穂積=カバネリ=人の心を持つ吸血鬼。
鬼。
SAGEGROUP名簿に穂積がいる。エスペラント側でもある穂積。


  制作陣

監督
荒木哲郎/『進撃の巨人』 ✝『ギルティクラウン』✝

シリーズ構成
大河内一楼
(『∀ガンダム』『コードギアス 反逆のルルーシュ』)

キャラクターデザイン
美樹本晴彦(原案。マクロス)、江原康之

アニメーション制作:WIT STUDIO.
2016年4月より6月までフジテレビ(金光教)の
『ノイタミナ』枠にて放送。

真っ黒すぎる。



●  タイトル テーマ 方向性  キーワード
真言宗、神道カルト、キリスト教グノーシス、耶蘇異端派。
大祓詞(おおはらえのことば)が登場。
大祓詞は神社本庁包括下の神社では毎日神前で唱えられているらしい。

公式題名見ると「甲」のデザインが丸に十字(笑)













光も丸に十字。

OPなどを見ると甲鉄城の船首(? 汽首?)というか前方の人が乗れる場所があって、三角形の中に○と十字が描かれている。
△と丸に十字。


甲鉄城に逆三角形に丸がある。目みたいだ。
http://kabaneri.com/keyword/01.html


●本作では日本は日ノ本(ひのもと)と呼ばれる。
関ヶ原の戦いで西軍が勝ち、徳川が負けた世界。
仏教国教を維持した天台宗系の徳川が大嫌いな、
耶蘇と神道カルトと真言宗勢力。

鎖国なんてしていない。そもそも鎖国と言う言葉が歴史誤認の以下略。
諸外国と積極的に文化交流し、海外技術の導入にも意欲的。
結果、国中に張り巡らされた鉄道網や異様に発達した蒸気機関が登場。
カバネは西洋で発生したが、日ノ本に上陸するまでに、当時の将軍により各地の重要拠点は要塞化。

鉄道網の要所に設置された砦は駅と呼ばれる。

装甲機関車である駿城(はやじろ)は、英国で開発されたマクラキー機関と呼ばれる特殊な蒸気機関が動力源。
英国意識。
運用には親鍵(マスターキー)が必要。
鍵ってキリスト教が大好きな象徴なんだよね。
甲鉄城(こうてつじょう)は駿城(はやじろ)の一つ。

(詳しくはhttp://kabaneri.com/keyword/02.htmlなど公式解説をどうぞ)

●キャッチコピーは「死んでも生きろ」、
「貫け、鋼の心を」。

●本作では民一人一人に、
自決袋=お椀型の小型指向性爆弾 
が幕府から配布されている。
カバネに噛またら、カバネ化する前に心臓部分に当てて爆破して自殺。
自害シーンが多いから意図的。
潔く死ね。
大日本帝国万歳!って叫んだらいんじゃないかな?


●主人公らの目的地が
将軍家のある幕府最大の要害・金剛郭。
金剛。
密教の別名が金剛乗。
金剛峯寺の真言宗だろう。
仏教国教時代は天台宗系が主流であり、
真言宗系は不遇だった。
しかも、南朝正統宗教は異端とはいえ真言宗の立川流。
後醍醐天皇が持っているのが金剛杵。
金剛峯寺の建立は明治2年。
高野山を金剛峯寺と名づけ、明治以前から真言宗の総本山であると偽装。
このあたりは重要だが長くなるので後述の過去記事の資料をどうぞ。
弘法大師という称号では個人を特定できないので、
空海は複数人の集合体。
弘法(グホウ)=仏の教えを世間に広めること。弘布(ぐぶ)。

明治神道カルト政府は
国家神道=天皇一神・和風キリスト教だが、
真言宗の平間寺(へいけんじ)=川崎大師(かわさきだいし)を明らかに優遇している。
初詣という言葉の初出は明治18(1885)年1月2日の『東京日日新聞』で、
”川崎大師へ初詣”。
明治30年頃までは初詣はほとんど全てが川崎大師との関連だったので、
初詣=真言宗の寺に参るだった。
鉄道網を整備して特に真言宗と神社を支援した。
『鉄道が変えた社寺参詣』(平山昇)は必読書。
無類に面白いし、神道カルトが嫌がることが書かれまくっている。
二年参りが都市部で一般化したのは昭和から。
除夜の鐘が年越しの風物詩として定着したのは昭和以降で、ラジオが年越し番組に除夜の鐘を扱ったから。
キリスト教が再興した真言宗(金剛峯寺の建立は明治以降)や、
和風教会の神社に客が集まっていることが全国初詣客数ランキングでわかる。

 

本作では六根清浄をやたらと唱える。
六根清浄は特に真言宗と富士講と中国天台宗で重視される。

六根清浄(ろっこんしょうじょう)とは - コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E5%85%AD%E6%A0%B9%E6%B8%85%E6%B5%84-153068
”六根浄とも。仏教で,身心に功徳が満ち自在に働けるように,感覚と認識の基礎となる眼・耳・鼻・舌・身・意の六根を清浄にすること。真言宗や富士講では,登山などに際し,これを称して,安全を祈る。

六根浄とも略す。「根(こん)」はサンスクリット語のインドリヤindriyaの漢訳語で、感覚器官とその器官の有する能力という意味。六根とは、
眼(げん)根(視覚器官と視覚能力)、
耳(に)根(聴覚器官と聴覚能力)、
鼻(び)根(嗅覚(きゅうかく)器官と嗅覚能力)、
舌(ぜつ)根(味覚器官と味覚能力)、
身(しん)根(触覚器官と触覚能力)、
意(い)根(思惟(しゆい)器官と思惟能力)の6種をいい、この六根が清浄になることを六根清浄という。仏教では、修行や種々の浄行によってこの六根清浄が得られるとした。
たとえば『法華経(ほけきょう)』法師功徳品(ほっしくどくほん)では、『法華経』経典の受持(じゅじ)・読誦(どくじゅ)・解説・書写の行によって、六根のそれぞれが種々の功徳(くどく)を有して超人的能力を発揮するとともに、清浄となると説かれており、中国天台宗では、これに基づいて六根清浄を仏道修行の進展を示す目安の一つとなし、修行の階梯(かいてい)に六根清浄位という位を設けた。
 後世、霊山などに登山する際、金剛杖(こんごうづえ)を携え、「六根清浄」と唱えながら登る
のは、それによって登山者の身心が清らかとなり、その功徳によって無事に登山ができるように祈るもので、六根の罪の懺悔(さんげ)を説いた『観普賢菩薩行法経(かんふげんぼさつぎょうぼうきょう)』という経典に基づいている。”

大祓詞(おおはらえのことば)が登場する。
神社本庁包括下の神社では毎日神前で唱えるらしい。






ははきぎ/하하키기@槍ひー招来万歳 ‏@SmellHazakawa 4月28日
#考察城のカバネリ 葬式の場面、
「不在一切人罪(?)」「許々太久罪」「絵示神威」が読み取れる、と思う。意味はわからないが、2つ目はやはり大祓詞の一節。 なんまいだ(南無阿弥陀仏)、と子供が言ってるから、唱えてるのはお経。焚いてるのが護摩だとしたら密教。 ごちゃごちゃじゃないか!!

issei*fam ‏@it__ssei 5月16日
カバネリOPの背景の文字、読めた範囲で書き出すとこんな→
依奉天降四万方 御殿仕皇御孫命、
天 罪、許許太久罪出、
以 宣太祝詞事、天津祝詞、
不在一切原罪、
大祓給清給 神集八百万神等尊皇御孫命議 依奉国中有、
不浄荒振禍、 八重雲伊頭千別、放 桂太下津磐根、知千樹 樹根立草語止至片葉

”大祓詞
高天原に神留り坐す 皇親神漏岐 神漏美の命以ちて 八百万神等を 神集へに賜ひ
神議りに議り賜いひて 我が皇御孫命は 豊葦原水穂国を 安国と平けく知ろし食せと
事依さし奉りき 此く依さし奉りし国中に 荒振る神等をば 神問はしに問はし賜ひ
神掃ひに掃ひ賜ひて 語問ひし磐根 樹根立 草の片葉をも語止めて 天の磐座放ち
天の八重雲を 伊頭の千別きに千別きて 天降し依さし奉りき 此く依さし奉りし四方の
国中と 大倭日高見国を安国
と定め奉りて 下つ磐根に宮柱太敷き立て 高天原に
千木高知りて 皇御孫命の端の御殿仕へ奉りて 天の御蔭 日の御蔭と隠り坐して
安国と平けく知ろし食さむ国中に成り出でむ天の益人等が 過ち犯しけむ種種の罪事は
天つ罪 国つ罪 許許太久の罪出でむ 此く出でば 天つ宮事以ちて 天の金木を  本
打ち切り 末打ち断ちて 千座の置座に置き足らはして 天つ菅麻を本刈り断ち 末刈り
切りて 八針に取り辟きて 天つ祝詞の太祝詞事を宣れ

 此く宣らば 天つ神は天の磐門を押し披きて 天の八重雲を伊頭の千別きに 千別きて
聞こし食さむ 国つ神は高山の末 短山の末に上り坐して 高山の伊褒理を掻き別けて
聞こし食さむ 此く聞こし食してば 罪と言ふ罪は在らじと 科戸の風の天の八重雲を
吹き放つ事の如く 朝の御霧 夕の御霧を 朝風夕風の吹き払ふ事の如く 大津辺に
居る大船を 舳解き放ち 艫解き放ちて 大海原に押し放つ事の如く 彼方の繁木が本を
焼鎌の敏鎌以ちて 打ち掃ふ事の如く 遺る罪は在らじと

 祓へ給ひ清め給ふ事を 高山の末 短山の末より 佐久那太理に落ち多岐つ 速川の瀬
に坐す瀬織津比売と言ふ神 大海原に持ち出でなむ 此く持ち出で往なば 荒潮の潮の
八百道の八潮道の潮の八百会に坐す速開都比売と言ふ神 持ち加加呑みてむ 此く 息吹き
放ちてば 根国 底国に坐す速佐須良比売と言ふ神 持ち佐須良ひ失ひてむ
 此く佐須良ひ失ひてば 罪と言ふ罪は在らじと 祓へ給ひ清め給ふ事を 天つ神 国つ神 
八百万の神等共に 聞こし食せと白す”
https://plaza.rakuten.co.jp/hyakkiyakou/11005/

読み 
大祓詞 おおはらひのことば (大正三年内務省選定)
http://www.geocities.jp/sizen_junnosuke/ooharahinnokotoba.html

一二三(日月神示)‏ @123fude 2013年1月3日
千木高知(ちぎたかし)り美頭(みづ)の御殿(みあらか)咲(え)み仕へなむ。許々太久(ここたく)の罪はあらじな大岩戸あく。四方(よも)の国咲(え)み集(つど)うらし真中の国に。よしあしき皆はらひませ科戸(しなど)の風に。

村手 さとし ‏@mkmogura 5月5日
今期面白いアニメはカバネリ。 このアニメの中のキーワードに六根清浄という言葉。これは簡単に言うと法華経から。どちらかというと、近代では右翼思想とは逆の山岳信仰と重なってきた言葉に近い。
だが、フジのアニメということで石原慎太郎の霊友会の勧誘アニメになっててもおかしくないのである。

カバネリについて、調べてる。例えばアニメの中で「許々太久罪」という旗を掲げて葬式してるシーンがあるが、検索すればわかるけど許々太久の罪って、もろにひふみ神示だ。
うん、宗教が絡んだアニメは出来がいい。逆か。出来のいいアニメはたいてい宗教。

ねこた ‏@lakudagoya 5月5日
@mkmogura モグラ君の久しぶりの解説が清涼剤ですね。 メイソン教洗脳アニメは多いですね。 宗教が社会のフレームを動かしてることはなかなか理解されないです。 それひふみなのですか?

村手 さとし ‏@mkmogura 5月5日
@lakudagoya ひふみだーよ。六根清浄ってのが、ロックオン少女って聞こえて、何かなと思ってたけど、調べたら意味がわかって、ポジションがなんとなくわかった

ねこた ‏@lakudagoya 5月5日
@mkmogura 六根清浄が法華経だとは知らなかった! 流石創価アニメ。で、法華経は天台宗などにも影響が。

ははきぎ/하하키기@槍ひー招来万歳 ‏@SmellHazakawa 4月24日
#考察城のカバネリ OPの赤文字は大祓詞だから神道だとして、「輪廻の果報(加護?)があらんことを」は仏教だし、四文は色々とキリスト教要素あったし、一体あの世界の宗教観どうなってんのさ…… 誰か教えてください詳しい人

大祓詞で穢れを祓う ~日月神示版~: 虹色わ~く
nijiirowork.seesaa.net/article/375775669.html

祝詞選集 - ひふみ神示
www.miyabasira.jp/category/1568879.html

六根清浄の大祓
http://www.geocities.jp/sizen_junnosuke/rokonsyoujyou.html
仏教じゃねーか。

敵はカバネ=西洋ゾンビを和風にしたもの。
身体能力が高く、血を欲するから吸血鬼。
倒すには核となる部分の「心臓被膜」を破壊しないといけない。

カバネの力を得た人間がカバネリ。
カバネリも人間の血を吸わないと理性を失うから吸血鬼が元ネタ。
主人公とヒロインがカバネリ。

以下を見れば、吸血鬼もの=キリスト教系だとよくわかる。

ノセール ‏@y_noseru 12月23日
#一般人の方が時々誤解しておられること
ドラキュラが最初の吸血鬼小説ではない。
小説のドラキュラは日光は弱点だが灰にはならない。
民間伝承の吸血鬼は実は血を吸ってはいない
民間伝承の吸血鬼は牙なんて生えていない
カトリックは実際は吸血鬼退治の素人だった

民間伝承の吸血鬼は昼間から歩く種族もいる。
吸血鬼が流水を渡れないのは、水死体が原因。
なので狂犬病の擬人化というのはただの現代人の思い込み。

中世ヨーロッパでペストが流行ったのは、魔女狩りで猫を殺しまくった結果というのは間違い。 ペストが一番流行ったのは1340年から数年の間。一方魔女狩りが始まるきっかけになった『魔女に与える鉄槌』の初版発行日は1486年。 つまりペストの後

吸血鬼退治で杭を使い始めたのは、殺すためでなくて呪術的に動きを止めるため。 民間伝承の吸血鬼は十字架はあまり有効でないとする聖職者が多かった (十分だとする人もマイノリティながらいた)

民間伝承の吸血鬼は、血を吸うところ目撃された例は皆無。 どれも「夢の中に現れて血を吸った」「棺桶暴いたら、口から血が漏れていた」という思い込みの証言しかない。そこから血を吸ったと思っただけ。
なので海外ではよく「自分は吸血鬼だ」と言い張る人がいるが、あれは創作の吸血鬼から連想しているだけ。夢の中で胸から血を吸っていたら本物。

「踊りのペスト」という集団ヒステリー事件があったけどペストは誤訳。 英語ではdancing plagueだがplagueは疫病、異常大発生という意味もある。 よって「踊りの異常大発生」が正しい
http://enigma-calender.blogspot.jp/2014/03/Dancing-Plague.html …


朝里 ‏@asazato4 7月15日
ギリシアの方に土曜日生まれの人間はサバタリアンと呼ばれ、幽霊や精霊を見る特殊な力を持ち、そして吸血鬼の天敵となるという話があるのですが、さらにこのサバタリアンに生涯付き従う霊犬という霊的存在がおり、吸血鬼と戦う力をサバタリアンに与えるとか格好良い伝承があってとてもぐっと来る。

尾崎 ‏@ozaki_u_u 2012年7月7日
西洋では土曜日生まれの人はサバタリアンと呼ばれ悪魔に対して強運をもち吸血鬼を滅ぼす能力を持つらしんだけど、〈土曜日生まれの子供たち〉が吸血鬼を狩る小説どこかに落ちてませんかね。吸血鬼が権力の中枢にいる世界で、人間が食用に育てられてるんですけど土曜生まれだけは食われないんですよ。

(ここからキャラ分析だが、以下のサイトを見て遅れ。
あにこ便が素晴らしい。
私は動画は見ずにこれだけ見ている作品もある。
五分くらいで終わるからね。
カバネリは全話視聴済み。
動画を見る価値ありと判断したから分析する。

【甲鉄城のカバネリ】第1話 感想 和風スチームパンクこれはいい!
http://anicobin.ldblog.jp/archives/48308290.html)


  登場人物

主人公 生駒(いこま)


17歳。
ぼさぼさの黄土色の髪と右にのみ緑レンズの入った眼鏡。
右目だけレンズが緑!
基本的にずっと髪の毛の白い部分で右目が隠れている。
妹の形見として右手に初音と共に河原で見つけた緑の石をつけている。これも右と緑。
右目が緑なのは世界連邦の色だから。
鍛冶職人で、独自の武器「ツラヌキ筒」を開発。
カバネに噛まれるもカバネのウイルス侵食を首吊りで脳へのウイルス侵食を止めカバネリとなった。
その際、黄土色だった髪の前髪の一部が白髪になった。
努力、自力で武器を得るし、カバネリになった
=フランス系っぽい。

首吊りで助かるって死と再生の儀式。
人間とカバネのはざまの存在、カバネリ。
中間の立場にするのは話を面白くするお約束。

カバネに殺された妹の名前が初音。
ミクかな。緑だし。
ツインテールは二本角の比喩でも使われる。新世代女神。
老いることなき偶像はカルトにとって実に都合が良い。

「弱い奴は死ね」という思想が嫌い(私も嫌い)。
右腕を失う。

生駒は鍛冶職人なので、天目一箇神の要素アリ。
基本片目しか見せないし。
天目一箇神は大本の『霊界物語』に登場するし都合がいい。

カバネリは人の血を吸わないといけない。

吸血鬼は文字通り鬼だ。
つまりヒロインも鬼。
鬼で鍛冶関係なら、うらたろう。
金光教が崇めるウラ。
放送が金光教のフジだし。


をどうぞ。

分析で最重要なのは主人公とヒロインの設定。
主人公は戦う力を自力で獲得していることが極めて重要。
しかも特別な血統でもない。グラントリアン型。
武器も自前で、カバネ化を止めたのも自分。
ヒロインから武術もならう。

生駒が基本的に左目しか見せない
=英米系だけど、

たまに右目と緑レンズを見せる
=本体はこちらで反対しませんアピール。

英米系だけど、フランス系にも配慮し、エキュメニカルにも賛成する立場。
監督は英米系ナチズムの進撃の監督もしているし、OPに露骨に進撃の影響がある。
シリーズ構成の大河内一楼は『コードギアス』見るに、フランスへの配慮をきっちりしている。
英米臭いくせに王族の名前はフランス系で、主人公の母がマリアンヌ。
ブリタニア帝国がEUと中華連邦と対立してる世界観。
ギアスと進撃をまぜた感じの路線にカバネリはなっている。

ヒロインも特別な血筋ではない。戦う力は主人公にとっての敵のボスから授かる。

そういえば、東京グールの最強キャラ有馬は右目が緑内障。

生駒の由来は生駒山地と宝山寺(ほうざんじ)からだろう。
奈良県は南朝。
宝山寺(ほうざんじ)は、奈良県 生駒市 門前町にある真言律宗 大本山の寺。
山号は生駒山(いこまさん)。
実は生駒山には宝山寺以外にも在日韓国人系のシャーマニズム信仰の場(朝鮮寺)が多い、なんとも奴らが好きそうな場所。

”生駒山が記録に現れるのは日本書紀における神武東征の一節であり、神日本磐余彦尊と長髄彦が山麓において激戦を繰り広げたとされる。

古くは役行者による鬼退治の伝説で知られ、山腹には現世信仰で知られる宝山寺を中心として、滝の修行場や祠など大小さまざまな宗教団体の施設が設けられ、宗教法人として届けられていないものも多くその総数は把握されていない。在日韓国・朝鮮人によるシャーマニズム信仰の場である朝鮮寺は生駒山西麓を中心に存在している。神社に関しては、奈良県側の山麓に生駒山の神を祀る往馬坐伊古麻都比古神社(往馬大社)が、大阪府側の山麓に「いしきりさん」で親しまれる石切劔箭神社や元春日とよばれる枚岡神社等がある。いわゆる霊山としてとらえる人もいる。”
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E9%A7%92%E5%B1%B1
いしきりさん笑

タイトルは主人公のこと。



工房が神社。

セッパ ‏@seppa_kbnr 5月5日
生駒の蒸気鍛冶工房については、自分も元はお社だったのではないかと考察してみる 工房の外見はお社でよく見る構造に近いものがあるし、カバネを撃ち抜いた時に見られる神棚。まあこの二つはまだお社でなくてもありえるのだが #考察城のカバネリ pic.twitter.com/lmR7bf8ruC

なによりも、やはりそうなんじゃないか?と思うポイントは、工房じゅうに貼りまくられたお札らしきものと、無造作に置かれた仏像。やはり生駒達がお社を改造したのではないか?と私的にそう思わせるポイントだったりする。#考察城のカバネリ pic.twitter.com/fHa6Xym9zA

工房のデザインは、神明造と大社造が混ざった感じだよね。逞生が入って来た所が一般の入り口としたら、生駒が向った所は神口?みたいな感じかな?素人なんでこの辺は解らないが… #考察城のカバネリ pic.twitter.com/6fQkF8Uorr

生駒に温度感覚が無いのは2話で見て取れるのだが、無名にも温度感覚が無さそうと思える所が3話の訓練のシーン。休憩で無名がバルブに手を置くシーン。明らかに焼けた音がするのだが平気らしい事から、カバネリは温度感覚が無いのかもしれない。#考察城のカバネリ



最後のスペシャルムービーで右目をはっきり見せる。


  ヒロイン 無名 (むめい) / 穂積(ほづみ)



ナルトといい、額に目みたいなのつけるの本当に好きだなー。

ははきぎ@石貯め期間‏ @SmellHazakawa 2016年5月27日
”あと、無名ちゃんの本名「ほづみ」について。 生駒が「穂積」と書いたからたぶん公式ではあれになるんだろうけど、「穂摘」もありなんじゃないかなとは思いました。某十字教的な意味で。 #考察城のカバネリ”

十字教かぶれ貴族一覧
=SAGEGROUP歴代に 穂積八束(1860~1912)!
法学者。愛媛県宇和島市出身。東京帝国大学法科大学長。貴族院議員。
日本法律学校(現在の日本大学)の設立に参画。
民法起草者の一人である穂積陳重(エスペラント派)は兄。
穂積八束は民法典論争に際し発表した論文『民法出デテ忠孝亡ブ』で非常に有名。
ドイツ留学。
フランスではない。
日本法律学校(現在の日本大学)の設立に参画。
美濃部達吉らが主張した天皇機関説に対し、天皇主権説を唱えた。

穂積氏(ほづみうじ/ほつみうじ)は物部氏族の正統とされるらしい。
日本民法典の起草者である穂積陳重もこの穂積氏の血統であるといわれている。

穂積陳重は英吉利法律学校(中央大学の前身)の創立者の一人。
イギリス系の法律側。
ドイツ法学
の立場で、民法典論争では延期派。断行派と対立した。
民法典を作成したのが司法省の顧問であったフランス人法学者のボアソナードでフランス法側だから反対。
この時期のドイツとフランスはEUの前身もまだだから組んでないし、
英国とフランスの対立は言わずもがな。
要は反フランス。
イギリス法 vs フランス法。
また英仏の対立。

兄の重頴は第一国立銀行頭取。
憲法学者の穂積八束は弟。
長男の穂積重遠は「日本家族法の父」で、東大教授・法学部長、最高裁判所判事を歴任。
妻の歌子(または宇多)は、渋沢栄一の長女。
孫の穂積重行は大東文化大学学長(専攻は近代イギリス史)。
代々イギリス系疑惑。
真っ黒黒すけ。

この穂積がほざく忠孝は儒教っぽいけど、正確には儒教カルト。
「諫言=家臣が君主に苦言を呈さないといけない」
(佞臣=おべんちゃら野郎の排除)

「易姓革命=君主がゴミなら殺してOK」
がない儒教なんて儒教じゃないからね。
天皇一神教に都合が悪いから完全無視。










SAGEGROUP 歴代まとめ





ひつじ書房 柴田巌・後藤斉編,峰芳隆監修
『日本エスペラント運動人名事典』
http://www2.sal.tohoku.ac.jp/~gothit/biografialeksikono.html
”収録人物中の著名人

秋田雨雀、東季彦、安部公房、
井上ひさし、伊波普猷、岩崎武夫、
梅棹忠夫、江上不二夫、
大杉栄、丘浅次郎、
黒板勝美、瑛九、江上不二夫、エロシェンコ、大石和三郎、
尾崎行雄、小田切秀雄、勝俣銓吉郎、川喜田二郎、
北一輝、木村荘太、久保貞次郎、
栗栖継、
小林司、小林英夫、
堺利彦、佐々木喜善、佐々木孝丸、
ザメンホフ、柴山全慶、周作人、寿岳静子、新村出、
関口存男、高木市之助、高木仁三郎、
高楠順次郎、高杉一郎、高見順、知里真志保、
出口王仁三郎、土井晩翠、土岐善麿、
徳冨蘆花、鳥居篤治郎、中村精男、西成甫、
新渡戸稲造、H. E. パーマー、巴金、長谷川テル、比嘉春潮、
二葉亭四迷、宮城音弥、
宮沢賢治、本野精吾、八木日出雄、
柳田國男、
吉野作造、ラムステット、李光洙、
魯迅……

こんな人もちらっと

芥川龍之介、暁烏敏、東龍太郎、安達峰一郎、石川三四郎、
内村鑑三、梶山季之、神近市子、木下順二、
黒岩涙香、高良とみ、国分一太郎、
小松左京、西光万吉、佐藤春夫、佐藤方哉、更科源蔵、沢柳政太郎、島木健作、
下中弥三郎、新村猛、末川博、芹沢光治良、相馬黒光、高橋和巳、高見順、
高村光太郎、立原道造、田中館愛橘、田辺茂一、都留重人、鶴見祐輔、
手塚治虫、
徳川家達、
朝永振一郎、長洲一二、永田秀次郎、中野重治、灘尾弘吉、野上弥生子、
野間宏、長谷川如是閑、波多野完治、羽仁五郎、
福田赳夫、
星新一、
穂積陳重
正木ひろし、宮沢俊義、宮本百合子、
武者小路実篤、
矢内原忠雄、
山川菊栄、
山川均、
山田耕筰、山本有三、
湯川秀樹…… ”
赤字の数はあえて一つ。改行でわかりやすくした。
ブラックリストだね。

「穂積」の名字の由来 - 民俗学の広場
http://folklore2006.jp/615.htm
”# 1734位

# 物部氏

# 収穫した稲穂を積み上げたのに由来する。

# 福島県に多く、特に白河市周辺に多くみられる。

# 福島県:177位、山形県:696位など。

# 日本神話に登場する神の饒速日命(にぎはやひのみこと)の後裔の大木別垂根命の子の真津が穂積を賜ったと伝えられる古代氏族。

# 主なルーツ地
・ 大和国山辺郡穂積村(奈良県天理市)をルーツとし、古代豪族
・ 摂津国島下郡穂積郷をルーツとする。

# 物部氏と同族で、「宇井」「鈴木」に分かれた。

# 穂積から派生した名字には、「熊野」「土居」「木原」「梅本」「羽鳥」「八月朔日(ほづみ)」などがある。

# 俳優の穂積隆信は静岡県伊豆の国市の出身。”

物部=反仏教なのも本作の姿勢に合致。
なお、物部=神道=反仏教も単なる神道カルトの教義かもしれない。
この「神道」は道教がかなり混ざっているはずだからね。
記紀の冒頭が露骨に道教。
日本書紀の創世神話=淮南子+三五歴紀_convert_20150814232248
 頼母子講(グループでタンス預金)と逃散(一斉引っ越し)は支配層の搾取対策に有効! 
『日本書紀』の天地開闢の神話は『淮南子』と『三五歴紀』のコピペ。 
聖書思想と天皇崇拝という偽伝統を布教する神道カルト=和風キリスト教が布教する日ユ同祖「教」。
三浦國雄『風水 中国人のトポス』
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-98.html

村手 さとし‏ @mkmogura 2011年10月28日
毛利=大江でその周君が大内という、周防の海(多々良の海)を支配した百済の人なわけ。
まあ、神社の起源は、大伴氏(仏教伝来)と対立した物部氏になって、それが海崇拝の形で生き残ってたものなんだけどね

村手 さとし‏ @mkmogura 2016年2月27日
”蘇我氏が中心となった仏教政治を気に食わなかった物部氏。
それが神道の元となったというのは、完全に嘘だがね。独自仏教”

普段は首に枷紐を巻いて力をセーブしており、枷紐を外すとパワーアップ。
が、短時間で「呪い=カバネウイルス」が回り強制的に眠ってしまう。
カバネリは主人公含め首枷を外すと強くなる。
これってヨガの呼吸制御の比喩?
主人公は首吊りでカバネリになったし。
より血流を良くして、
より多くの空気を吸えるようにするとパワーアップ。
毒が回りやすくなるけど。

無名のシンボルは蝶々=魂と死。


融合群体(ゆうごうぐんたい)
=黒煙り(くろけぶり)
=無数のカバネが集まってできた巨大なカバネ。
だいだらぼっちがモデルだろう。
監督が進撃の巨人の監督だから巨人を出したかったのかな。

女性のカバネリを心臓にし、人工的に作られた融合群体を鵺(ヌエ)という。
なぜ女性限定?

無名もヌエにさせられるが、元に戻る。
日本版キメラが鵺。
ヌエが源氏に退治された(=源氏持ち上げ)ことも込めている?

鵺は、艮(うしとら)の方角(=北東の方角)よりもくもくと黒雲が湧き上がって登場する。
頭が猿、胴が狸、
手足が虎、
尾が蛇だから虎要素はあるが、牛要素はない。
源頼政が弓で鵺を射ち、郎党・猪早太(いのはやた)が太刀で仕留める。
頼政は鵺の体をバラバラに刻み、それぞれ小船に乗せて海に流したらしい。
女の鬼(吸血鬼)であるヒロインがヌエになる。
丑寅の鬼といえば金光と大本教。
そりゃヒロインがヌエになるよね。

本作に天皇ネタが全然出てこないのは意図的だな。

美馬にとどめを刺す
(物語的に言えば「父殺し=壁の乗り越え」)。

(【甲鉄城のカバネリ】第9話 感想 それにしてもこの美馬、ノリノリである
http://anicobin.ldblog.jp/archives/48811735.html
“荘衛『鵺(ぬえ)とはよく言ったものだ。
カバネリを心臓に使った人工の融合群体。
楽しみじゃのうどこまでやれるか』”)

バイトの連勤術師 ネム ‏@Nem_Hiiragi 5月12日
向こうとあっちを繋ぐもの、生駒と妹の翡翠(タワレココラボで確定)はあの世とこの世を繋ぐ石、河原は賽の河原、跳ね橋も向こうとこっちを繋ぐし、開閉のための鍵もそう。そもそも甲鉄城には始点と終点があるからこれもそう #考察城のカバネリ

フォロワーさん情報でOPに出てくる蝶もキリスト教で復活や再生の意味があるらしいからこれもあの世とこの世、向こうとこっちを繋ぐものよね #考察城のカバネリ

鍛冶や火の神と死体を吊るす行為って1話の生駒くん自分から首吊ってゲフンゲフン #考察城のカバネリ


 ヒロインのお供の四文(シモン)



一話で自決=自己犠牲。
自決前に無名が「輪廻の果報があらんことを」
と言っている。
異端派のキリスト教には輪廻を肯定するものもあるし、
真言宗は当然輪廻思想。
僧兵っぽいキャラの名前がシモンで、このままだとカバネになっちゃうから自殺。
自殺禁止の教義がーなんて言えない現実。
丸に十字を背負うシモン・マグス丸に十字を背負うシモン・マグス。

シモン (Simon) はユダヤ名のシメオン (Simeon) がギリシャ化されたもの。
本作も、というか日本アニメと漫画が異端派の巣窟なので、
キレネのシモン(イエスの十字架を担いだらしい)でもなく、
熱心党のシモン(イエスの弟子)でもなく、
ハスモン朝のシモン(ハスモン朝の四代目指導者)でもなく、
シモン・マグス(魔術師シモン)。
シモニア(聖職売買)の語源となった人物で『使徒行伝』や『ペトロ行伝』に登場し、
全ての異端の祖ともされる。

ははきぎ@石貯め期間‏ @SmellHazakawa 2016年5月13日
#考察城のカバネリ 四文(シモン)といい榎久(エノク)といい、無名サイドは今のところキリスト教系の名前。
シモンは「聞く者」、エノクは「従う」的な意味があるらしい。四文はともかく榎久はなんか納得。 とすると無名はなんなんだろう…

 
榎久(えのく)


右目隠し左目出し。
エノク、イーノックは、敵のボスの美馬を襲撃するが、返り討ちにて死亡。
エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなったらしく、外典で人気。
異端派が持ち上げる。
エノクはノアの曽祖父。
エノクを殺した美馬は主人公が殺す。
(【甲鉄城のカバネリ】第5話 感想 …おや!?カバネのようすが…!
http://anicobin.ldblog.jp/archives/48588400.html)

エズラも出してほしかったな!



ははきぎ/하하키기@槍ひー招来万歳 ‏@SmellHazakawa 5月12日
#考察城のカバネリ 四文(シモン)といい榎久(エノク)といい、無名サイドは今のところキリスト教系の名前。 シモンは「聞く者」、エノクは「従う」的な意味があるらしい。四文はともかく榎久はなんか納得。 とすると無名はなんなんだろう…

koyu@シン・ゴジラは凄すぎた ‏@koyu_literature 5月12日
エノクは「従う者」の意。若様に付き従うからなのか? 確かエノク書では、天界に上げられたあとにメタトロンになったとか書いてあったかな。メタトロンは炎の柱にしか見えねぇでけぇ天使だったか。 #考察城のカバネリ

メタトロン、調べてみたところ天使かどうかは非常に曖昧なんだね。ヤーウェと同一視するような動きもあれば、「玉座に侍る者」の意味もあるらしい。サンダルフォンの双子の兄弟という説もあるし、名前も非常に多い。 #考察城のカバネリ
これは素直にエノクの原義である「従う者」のみを取ったと考えるべきかな。ついでにシモンは古代ユダヤに関係するシメオンという名前が古代ギリシャ語化されたもの。原義は「耳を傾ける、聞くもの」……あれ? #考察城のカバネリ

むしろエノクがシモンでシモンがエノクの方が意味的にはしっくりくるんだが。そもそも、その中で無名である無名と、聖書全く関係ない美馬が気になる。VIVAは「生きよ」という意味だが……。 #考察城のカバネリ

美馬を無理やりキリスト教と結びつけるなら、まあ馬だから有名どころから取ってくるしかないよね。 イエス・キリストは馬小屋で産まれました。 #考察城のカバネリ


  ヒロインその二 四方川 菖蒲(よもがわ あやめ)
誕生日が66でお供の武士の名前がクルス(笑)



四方川家惣領(長女)。
良家の血筋なのがわかるのが彼女くらいなので本作は血統主義ではない。
特別な力もない。
武器は弓(笑)
主人公に血を飲ませる。

汽車の鍵穴が丸に十字。よって鍵は十字。
(【甲鉄城のカバネリ】第2話 感想 感情を包み隠さない主人公
http://anicobin.ldblog.jp/archives/48421639.html)

バイトの連勤術師 ネム ‏@Nem_Hiiragi 5月16日
で、菖蒲をアヤメとするか(ハナ)ショウブとするかで微妙に検索結果とか変わったんだけどだいたいこんな感じ
アヤメ→良い便り、メッセージ、希望(外国では信頼、知恵なども)
ハナショウブ→うれしい知らせ、あなたを信じる、心意気、優しい心、優雅、信頼、忍耐と諦め #考察城のカバネリ

で、これだとちょっとまとまりがないんだけど、ここでアヤメの英名、アイリスの語源であるギリシャ神話の女神であるイリスを漁ってみる
アヤメ(アイリス)の語源であるギリシャ神話のイリスは虹の女神のこと。七色に輝く衣を纏い、背中に翼を持ち、杖を携えた愛らしい姿をしていると言われてる。
で、このイリスの役割はヘラの侍女とも言われ非常に誠実で神々から言葉を授かり伝える役割、つまるところメッセンジャーの仕事を授かってるらしい。他に足が速く、冥界から水を組んできたエピソードがある
イリスの司る虹は天と地を結ぶ尊い架け橋と言われていた。また、イリス自身が神と神、神と人とを結ぶ橋の役割。さらには冥界(あっち)から帰ってきたエピソードまである

で、菖蒲様のもう一つのモチーフかもしれない桜の花言葉について
桜→純潔、精神美、優美な女性、淡泊、心の美しさ(フランスでは別れを選んだ恋人へ向けて、私を忘れないで、他に外国では優れた教育など) ここまでだとらしいっちゃらしいけどなんとも言えない

なので、桜についてもアヤメの時と同じく語源になったらしい神様がいるのでそっちを調べてみる。アヤメの語源はイリスだが、桜の語源と言われるのは日本神話のコノハナサクヤ

コノハナサクヤは日本神話に登場する美しい女神。火の中で出産したことから火の女神としての信仰がある(地域によっては水)。御神木が桜の神社が存在する。

コノハナサクヤの概要だけだとやっぱりぱっとしないので掘り下げてく。前にTLで話題になった天目一箇神と生駒の繋がりだけど、コノハナサクヤは天目一箇神とは直接的に繋がりはないが、どちらも日本書紀に記されている神様で火とつながりがあるのも同じ

(出口王仁三郎の『霊界物語』にスウェーデンボルグが北光天使=天の目一箇神(あめのまひとつのかみ) .として登場する!


出口王仁三郎の『霊界物語』に
スウェーデンボルグが北光天使=天の目一箇神として登場。
高橋和夫『スウェーデンボルグの思想―科学から神秘世界へ』、
『スウェーデンボルグの惑星の霊界探訪記』。
火星人はクリスチャン(笑)
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-71.html

コノハナサクヤが火中で出産したエピソードだけど、これ調べてもらえばわかるんだが旦那との賭け事らしい。日本神話は賭けに勝つことで潔白を証明することがあるとか。火と出産というとイザナミも思い浮かぶけど、ほらカバネリ3、4話の菖蒲と六頭領、カバネリの揉め事も……

その他にも、火にまつわることから火山とも結びつくコノハナサクヤだが、天目一箇神と繋がりのあるダイダラボッチも山とつながりが深い(5話の黒けぶりはダイダラボッチだよねーというTLのアレ)

菖蒲が持つ鍵だけど、かなり象徴的な意味があって軽く調べただけでも 神秘、解放、保護、支配、信頼、慎重、権威、制御 etc これだけ出てくる。“信頼”については菖蒲の花言葉と通じてるよね

菖蒲が持つ鍵だけど、かなり象徴的な意味があって軽く調べただけでも 神秘、解放、保護、支配、信頼、慎重、権威、制御 etc これだけ出てくる。“信頼”については菖蒲の花言葉と通じてるよね #考察城のカバネリ
ここでなんだけど、カバネリで一部から指摘されてるキリスト教ネタだが、鍵にもキリスト教ネタがあるらしい。確かバチカン市国の旗でも有名だったと思うけど
キリスト教においての鍵はペテロがキリストから授かった天の国に至る鍵の意味合いが強いらしい。
ちなみにこの鍵は1本ではない
キリスト教での鍵が持つ“天の国に至る”。これもあっち側とこっち側

天と地を結ぶものはイリスの象徴の虹の橋と同じ。あとキリスト教だと神の御使いとしてイメージで天使が出てくること多いけど、イリスと天使の姿、役割はある意味似てる


ここで、菖蒲のモチーフらしいもの(アヤメ、桜、イリス、コノハナサクヤ、天の鍵)の共通点みたいなのを軽くまとめてみると、福音(希望)をもたらすもの、橋渡し(メッセンジャー)の役割っていうのが出てくる
ちなみに福音というか、希望とか幸福、繁栄みたいなおめでたいものをもたらす性質はコノハナサクヤも持ってる
菖蒲様のイメージにぼんやりとここで天使が浮かび上がってくるけど、そういえば彼女の武器って弓矢だなと。渋谷の宣伝広告のアオリを見てたから、彼女らしいなーで済ませてたけど、天使と弓矢ってセットのイメージある #考察城のカバネリ pic.twitter.com/BAiLgNplXY

相変わらず、菖蒲が物語としてどういう役割を果たすのかは断言できないけど、福音をもたらす者、人と人(または異形、神)を繋ぐ者の可能性がこれで出せるかなと。あと菖蒲の侍女、白い着物に赤い袴で巫女みたいな格好だしネ……

ちなみにOPの謎の四つ円の模様?に書かれた漢字、四神のそれと同じだけど方位あわないって前話したけど、菖蒲→ショウブ→端午の節句で辿ったら、ショウブは穢れを祓う、端午の節句の吹流しは四神とかと同じ?で五行説由来って出てきた

オッツダルファ@コミケお疲れ様でした ‏@otsdarfa 5月16日
カバネリ=日本神話で思うのは、やはり生者と死者と分かつ黄泉平坂の存在と、伊邪那岐と伊邪那美…ですが、この辺りの『死と生の分岐』話はもう語り尽されてそうなので割愛。火の存在は、明らかにカバネリの一要素(暗示)として存在するし、火が各人の何の暗示かは見返すとしても

火中でコノハナサクヤが出産した所は、そのまま『火中→甲鉄城』『コノハナサクヤ神=菖蒲さま』『出産された子供=生駒(血を飲み新たな生を受けた)』とも取れる気がする。

あおん ‏@aon_lose 5月19日
そういえばお偉いさん以外苗字が無く、苗字的に明治維新が来てない世界観と考えると幕府と若様(兄様?)側での明治維新的なのが起ころうとしている? 若様って天皇…もしくはハッキリとは言わないけどそっちの側? あと、カバネは屍とも書くけど姓とも書くと聞き…


  来栖(くるす) クルスcruz 十字架 キリシタン用語

強すぎキャラ。

子子子子子@黒住も金光も天理も世界連邦側‏ @kitsuchitsuchi
武士道
初出は江戸初期編纂の『甲陽軍鑑』。意味は個人的生存術。
山鹿素行(朱子学批判で赤穂に配流。門弟に大石良雄)の士道論など儒教道徳が影響。
耶蘇だらけの佐賀藩の山本常朝『葉隠』は生きる為のマナー本で禁書。
新渡戸の耶蘇流武士道。

明治以降のキリスト教と和風キリスト教(神道)による偽伝統一覧
神道の現人神、神前結婚式、仏前結婚式、
武士道(白兵戦重視)、 相撲は国技、全面的に良い意味としての愛、
初詣、
金剛峯寺、
個人の誕生日(満年齢)を祝う、年越し行事としての除夜の鐘、
勤勉な日本人、働かざる者食うべからず。

反仏教の儒教とキリスト教が大好きbushido!
仏教伝来以前と明治以降=偽伝統。仏教国教時代=真伝統。
仏教説話はあるが神道説話はなし。愛は仏教では迷妄と執着を齎す悪。仏教嫌いは愛の歌大好き。


 侑那(ゆきな)


駿城運転士。髪飾りが丸に十字。
本作のハンドルが丸に十字ばっかりだ。
まどまぎのこれ
丸に十字を回すまどマギOP
 天鳥 美馬(あまとり びば) 敵のボス


22歳。
将軍家の長男。が、今は勘当されている。
カバネリ。
名前はペガサス?
イエスが馬小屋から生まれたから?

  天鳥 興匡(こうきょう) 金剛郭将軍で美馬の父。


幕府のマークが鶴。JALのマークっぽい。

鶴紋 -最も優美で華やかな紋- 森蘭丸、杉田玄白、太宰治...
http://www.ippongi.com/2009/01/15/tsuru/
”鶴の丸は、日蓮宗の寺紋としても知られている。”

鶴 紋
http://www.harimaya.com/kamon/column/turu.html
” 鶴は古来より霊鳥として尊ばれ、亀と並んで長寿のシンボルとして、めでたい動物といわれてきた。また、その優雅な 姿とよくとおる鳴き声で数多いる鳥の中の女王とも称される。鶴はツルと呼ばれるが、昔はタヅとも呼ばれていた。 「夕鶴」という劇のなかで鶴の化身であるヒロインが田鶴と名付けられているのは、まことにふさわしい。
 鶴の文様は『平氏納経』の表紙や、『北野天満宮縁起』の絵巻にも見られるなど古くから用いられていた。 家紋となったのは、これらの文様からの転化である。 鶴紋を使用する公家としては藤原氏真夏流の日野氏が知られ、一門の広橋・柳原・烏丸・北小路などの諸家も鶴紋を 用いている。
武家の紋としては、『蒙古襲来絵巻』に描かれた十文字の上に鶴丸が据えられた島津氏の旗紋が 古いもので、戦国時代では南部氏と蒲生氏の鶴紋が有名である。
 南部氏は甲斐武田氏の一族で、甲斐国南部を領して南部氏を名字としたものである。源頼朝の奥州征伐に従って功が あり、陸奥の一角に領地を賜り、一族を率いて領地に移住し、 以後南部氏の住んだ土地も南部と呼ばれるようになった。 家紋はもともと武田氏の一族として菱紋を用いていた。それが、戸沢氏と戦ったとき、陣中に鶴が舞い降りてきた。 これを瑞祥として合戦に臨み、戦に勝利したことから、これを記念として、以後鶴を家紋とした。『羽継原合戦記』に 「南部氏は菱鶴」とあることから、戦国時代のはじめにに対い鶴に変化したようだ。そして、鶴の胸のところに 九曜を据えているのが特長的である。その他、清和源氏頼親流の石川氏、同じく義家流の森氏らが「鶴」紋を用いている。
 蒲生氏は藤原秀郷の後裔で、近江国日野郡蒲生庄に住んだことから蒲生を名字とした。『蒲生家系図由緒書』によれば 蒲生氏が鶴紋を用いるようになったのは、嘉吉元年(1421)、蒲生秀綱が足利将軍家に 属して合戦に参加したときのことという。秀綱は赤松満祐が将軍義教を攻めたとき、将軍家に味方して 敗戦、敗走の途中で道に迷ってしまった。そのとき、一羽の鶴が蒲生氏の旗を加えて飛びたった 、その鶴の後を追っていくと窮地を無事に脱出することができた。それを吉例として鶴紋を家紋とするようになり、 一族の儀俄・和田・小谷・室本の諸氏もこぞって鶴紋を用いるようになったのだという。 。戦国時代、織田信長に見い出された蒲生氏郷は、信長の死後、秀吉に仕えて松坂十二万石の大名となり、のちに、 会津に移封されて五十万石の太守となった。この時、土地の武士佐野某から、秀郷流の同族である好をもって 巴紋を贈られ、巴紋も併せて用いるようになった。おそらく、蒲生氏は鶴紋を用いる前は、秀郷流として巴紋を 用いていたのではなかろうか。
 清和源氏石川氏には二つの流れがあり、八幡太郎義家の子義時の子義基が、河内国石川郡石川荘を領して 石川を称したことに始まる義基流石川氏は徳川大名となり笹竜胆紋を用いた。一方、 「前九年の役」に際して源頼義に従って奥州に下向した大和守源頼親の三男頼遠の子有光が、 陸奥国石川郡泉荘の支配を委ねられ土着したことに始まるのが 頼親流石川氏である。有光の子孫は戦国時代を生き抜き、近世は伊達家の重臣として続いた。その家紋は 、築城伝説にちなむ「松の苗木を咥えた舞鶴」であった。諸家紋に見える石川氏は備中守護細川氏の 守護代を務めた幸山城主石川氏のものと思われる。森氏は相模国愛甲郡森庄から起こったといい、信長に仕えた森蘭丸は 本能寺の変において弟の坊丸・力丸とともに信長に殉じて討死した。
 『見聞諸家紋』には蒲生氏・石川氏をはじめ桓武平氏流の大和氏の「対い立ち鶴に二つ引き両」、楢葉氏の 「対い立ち鶴」が収められているがいずれもリアルな図柄のものである。さらに、佐脇氏の「月雲に対い鶴」、波々伯部 氏の「松喰み対い鶴」、長塩氏の「庵に鶴」などが収められている。一方、『羽継原合戦記』には南部氏のほかに高井 左衛門が「松に鶴」、葛山氏が「庵内に舞鶴」、櫛置氏・後庁氏が「舞違い鶴」を用いたとあり、鶴紋が多くの武家に 好んで用いられていたことが知られる。 ”

   気になったところ



【甲鉄城のカバネリ】第11話 感想 命を燃やせ生駒!
http://anicobin.ldblog.jp/archives/48921207.html
” 『我らは高きを飛ぶ鳥であろう!
天鳥不動なり!』
「天鳥不動なり!」

『急げ若造!早く金剛郭に行かねば無名のヌエ降臨に立ち会えん!』
『無名が?』

『蝶々が?』
「そうよ。人が死ぬと魂を迎えに来るの」
「あの人も蝶に呼ばれたのね」
(みんな蝶に呼ばれてしまった。誰も助けられなかった)

『ヌエの心臓となったカバネリは心を失い命が終わる道理よ』
『白血漿を心臓に打てばカバネの鋼鉄被膜を融解させることができる。ヌエから無名を取り出すことはできるだろうな』
生『さっきのをくれ』
荘『黒血漿は促進剤だ。ウイルスが活性化し増幅されてしまう』
『あのもう一人のカバネリのように』
『ホロビのことか?男の貴様はヌエにはなれん。命を燃やすカバネになるだけだ』
『その力が欲しい』
『…その輝きはろうそくの最後の煌めきのように一瞬だぞ』
『構わない』
『枷紐を取れカバネリ。
でなければ真の力は得られんぞ

『俺の誇れる俺になるんだああああ!』


『急げ若造!早く金剛郭に行かねば無名のヌエ降臨に立ち会えん!』
のシーンの右側に十字架。

【甲鉄城のカバネリ】第12話 感想 お米を食べる明日へ【最終回】
http://anicobin.ldblog.jp/archives/48977074.html
“生駒「白血漿を使えば無名は助かるんだな?」
荘衛「そうだ。黒血漿の効果を打ち消すことができる」


 【二期】

























   資料

偽伝統一覧。『日本の伝統』の多くは明治期の『創られた伝統』。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-47.html
偽伝統を捏造した勢力=今の支配層の先祖は、主流にはなれず、衰退したものばかり。
なので、大したことないのに特別な存在だとか重要だとか学校で洗脳して、テストで洗脳されているかをチェックします。
主流派だった国教の仏教、仏教徒の天皇、仏教徒の藤原氏、天台宗、
本地垂迹説(神の正体は仏。神の実体を否定)など
を無視して、
✝神道、神社、真言宗、現人神などを強調したりします。
本地垂迹説は神の正体は仏とするので、現人神に実体なしだから仏教国教時代なら不敬表現ですよ。


ken@kenkatap
南朝の基礎 百済=桓武天皇=菅原氏=土師氏=醍醐寺=嵯峨天皇(大覚寺)
【虚空と君のあいだに http://www.mkmogura.com/blog/2012/05/0/1120…】
源氏は八幡、大江、平家は伊勢、厳島神社などなどと関係
→だから「特別な存在」と捏造
▼百済文化が引き継がれてますよ
、ということ”

土師氏(菅原氏)の始祖の野見宿禰の記念碑除幕…相撲発祥の地とされる奈良県桜井・相撲神社
【読売 http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nara/nws/20130707-OYT8T00697.htm?from=tw… 
▼相撲神社で、垂仁天皇の前で相撲をとったという勇士・野見宿禰の記念碑が建立され、除幕式
▼香川県産の庵治石製
▼三輪そうめんも振る舞われた”

”菅原氏=(大相撲の祖として知られる)野見宿禰を先祖とする土師氏の子孫
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%85E5%8E%9F%E6%B0%8F…
菅原氏から公家の五条家が出た
▼五条家は野見宿禰の子孫であることから相撲司家に
▼末裔とされる有名人
▽菅原道真
▽平手政秀
▽前田利家
▽柳生宗厳
▽大隈重信
▽松平定知


”土師氏=野見宿祢を祖先とする氏族
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9FE5%B8%AB%E6%B0%8F…
▼相撲をとるために出雲国より召喚
▼殉死の風習に代わる埴輪の制を案出
▼野見は、石材を加工する際に使われている道具である「ノミ」と関連があるとみられており、野見宿祢が石材と関わっていたと言う推定がある”

”埴輪の起源 ≠ 野見宿禰
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9F%B4%E8%BC%AA#.E8.B5.B7.E6.BA.90 …
▼埴輪の起源は、弥生時代後期後葉の吉備地方の首長の墓
▼『日本書紀』垂仁紀には、野見宿禰が殉死者を埋める代わりに提案したとあり、これを埴輪の起源とする
▼しかし、考古学的に変遷過程が明らかになり、説話は否定”

”アニメファンの聖地であり重要無形民俗文化財の「鷲宮神社」に初詣に行ってきました
【GIGAZINE http://gigazine.net/news/20140102-ashinomiya-jinja/…
▼らき☆すた放送前9万人の参拝客が、昨年度47万人に
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B7%B2E5%AE%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE…
別名を土師の宮
▼大内氏
が治めた”

鷲宮神社(わしのみやじんじゃ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B7%B2%E5%AE%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE
”社伝によれば、神代の昔、天穂日命が東国を経営するために武蔵国に到着し天穂日命のお供の出雲族27人の部族と地元の部族が当地の鎮守として大己貴命を祀ったのに始まると伝える。その後、日本武尊の東国平定の際、別宮を建てて天穂日命と御子神の武夷鳥命を祀ったという。ただし、これらのことは『延喜式神名帳』や『国史』に記載がない。

また別名を土師の宮(はにしのみや)とも言われ、一説には崇神天皇の時代に河内国から東国へ移住した土師氏が下総国浅草から利根川を上って当地に移住した際に先祖を祀ったのが起源ではないかと言われている[3]。そして、「はにしのみや」がいつしか訛って、現在の「わしのみや」になったとされる。後述する神楽は、伝承に基づいて「土師」の名称を用いている。

中世以降には本社周辺の地域が将軍領となり、総社として扱われたことから関東の総社・関東鎮護の神社として東国の武家の崇敬を受けた。建長3年(1251年)、北条時頼が当社に奉幣祈願したことが『東鑑』にあるほか藤原秀郷・新田義貞・古河公方・関東管領の歴代上杉氏などが幣帛の奉納、神領の寄進、社殿の造営などを行っている。天正19年(1591年)、徳川家康が社領400石を寄進し歴代の将軍も朱印状を発行して社領を安堵した(朱印地)。

江戸時代初期から明治時代初期まで、神社所領は大内氏が治めた(所領約1000石)。江戸時代初期、徳川家光の日光東照宮参拝の際、利根川渡河の警備に参加した大内氏は家光が利根川に落水した際これを助けた。この功により本来ならば領地を加増されるところであったが、関ヶ原から間もない時期でその余裕もなかったためかその代わりに江戸城内での1万石の格式を与えられた。そのため江戸城への登城時は大名が通される部屋に通され、また大内氏の用人は江戸城内では「家老」待遇となったと伝えられる。

明治元年(1868年)、明治新政府により準勅祭社(東京十二社)の1社に指定された。

明治初頭の寺院整理神社統合により、別当大乗院は廃止された。
(中略)
光天之池(みひかりのいけ)は鷲宮神社境内に所在している池である。[5]

古くから所在していたこの池は、経年とともに次第に土砂が水面に流れ込み、長らく地中に埋もれていた。この場を含む境内地にて平成11年(1999年)から境内整備事業の一環として復元作業および土砂の搬出が行われ、今日の姿となっている。復元作業の際に湧き水とともに龍のような霧が噴出し、上空を覆ったという逸話がある。また、池には「龍神様が住んでいる」という伝承がある。
(中略)
本神社をモデルとする神社が登場する漫画およびアニメとして『らき☆すた』がある。本作を元に町おこしが行われている。


大内氏(おおうちし)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%86%85%E6%B0%8F
”大内氏(おおうちし)は、日本の氏族の一つ。本姓は多々良氏。百済の聖王(聖明王)の第3王子の後裔と称していた。周防国府の介を世襲した在庁官人から守護大名、そして戦国大名へと成長し、周防・長門、石見、豊前、筑前各国の守護職に補任されたほか、最盛期には中国地方と北九州の6か国を実効支配した。家紋は「大内菱」。”

百済・大内・多々良・長門・出雲・菅原氏・野見宿禰・土師氏
……相撲・らき☆すたが持ち上げられた理由ね。



コメントのお返事【20120428】
http://www.mkmogura.com/blog/2012/04/28/1106
君が代は、紀貫之が醍醐天皇の命令により古今和歌集を編纂したことが起源である。
醍醐天皇ってだけで間違いはないが、当時の右大臣、菅原道真=百済系唯一の出世頭を任命した。
つまり、菅原=土師氏=百済系の桓武天皇の親戚。
醍醐寺=土師氏系の寺という系譜があるので、紀貫之=百済系と判断しても、間違いではない。

くわしくは最近の記事で説明するよ。
 
しかし、日本書紀の捏造された部分である朝鮮討伐やら神代記の頃の話に、この紀氏の話がよく出てくる。
簡単にいうと、「天皇の変わりに紀氏が、百済や新羅を攻めた」という話がね。
 
「応神3年 百済に辰斯王がついたが、天皇に無礼だったため、百済の人々は自ら王を殺して謝罪した、よって紀氏は別の王を任命して許してやった・・・・」
とかの、「どう考えても捏造」というストーリーがいくつかね。
もう少し紹介するか。
 
「雄略9年、紀氏は新羅を征服した」ぉぃ!!!
「顕宗3年、三韓の支配者として紀生磐宿禰は『神聖』という称号を自ら称した」
紀氏は・・・神聖ローマ皇帝ですか?
(明らかにキリスト流入後、江戸末期以降の捏造だよな、これ。)
 
これ日本書紀ね。
(捏造だらけ。これらは醍醐天皇の側近に都合のいい話なわけである。過去と捏造のツギハギ。天皇すり替えに一言も言及できない学会の基礎であるこれらは、醍醐寺の館長の甥が編纂したんだから、よく考えりゃあたりまえである。今の時代の話ね。)
 
 
ね、ばかばかしくて、古代史研究の人も「ここらへんは捏造である」とひらきなおってる話がいくつかある。
朝鮮半島の国々と戦争したという三韓討伐とかのところはとくにね。
その時に、よく紀氏が出てくるわけ。
 
 
吉田松陰含む、南朝族=百済でいいと思うよ。
よって醍醐系につながる紀氏=百済も、それでいい


「アーリア人」=「アーリア=高貴な」、「神=神秘的な力」。
弘法大使=偉いお坊さん。
 
芸がない。全部同じ手法。
すべて単なる形容詞。
 
白人の都合・・・有色人種が起源である人類史に「白人という歴史がなかったために」、インドという国にカレーの似合いそうな「アーリア人という白人がいる」と捏造した。
どんな白人だ???!!!”
“神道=キリスト教とかの話も、日本人ならびっくりだけど、「外国資本にとっては、普通のこと」だと思うよ。
神と訳したのは聖書からだと知ってれば、むしろあたりまえと感じてること。”
“滅んだ源氏をもってこなきゃならなかったり、今日、説明した滅亡してた真言宗もそうだし、あと、たいてい流刑地でしょ、神社があるとこって。
仏教反対の物部氏もそういう流れだよね。
実は彼らの心のよりどころなんて全部、主流にはなれず、衰退したものばっかりなんだよね。”


“・高野山と金剛峯寺について。
まずは高野山=真言宗、ということ自体が嘘です。
金剛峯寺=高野山、としているのは、高野山は元は真言宗(密教)よりも、北朝(天台宗)や大衆の浄土信仰の方がはるかに強かった過去を隠す為に喧伝しているのです。

二種類の金剛峯寺があります。
①高野山全体を意味する抽象的総称
②高野山の中にある具体的実物の寺

①高野山=金剛峯寺(真言宗)だと、高野山が存在している限り、金剛峯寺は存在することになります。
が、これは高野山で真言宗の勢力がなくなった過去を隠すための、偽天皇の万世一系詐欺のようなトリックです。
だいたい、真言宗の寺がなくなった時点で、高野山=金剛峯寺=真言宗総本山なんて成立しません。
②の具体的寺(名前が金剛峯寺でなくてもいいからとにかく具体的な真言宗の施設)が必須です。
九世紀以来ずっと真言宗のための山でしたよ、という嘘。
実際は、臨済宗の寺などがあり、密教ではない浄土信仰の山として信仰されていたのが高野山です。

つまり、真言宗は、他の宗派の伝統と権威を乗っ取って奪ったのですよ。神話と伝統の乗っ取り。

“真言宗は南朝偽天皇系です。北朝への反逆勢力として国学(アンチ仏教集団)にも食い込んでおります。
メーソンは真言密教大好きなんですよね。△+卍が曼荼羅に登場し、拝火教とミトラ教とマニ教が混ざっているからです。

”国学≒蘭学。
天皇家が関わる万葉集は漢字表記(日ユ同祖論は嘘)。
契沖は真言宗僧侶で徳川光圀がスカウト。
国学の四大人
荷田春満(伏見稲荷の神官)
賀茂真淵(春満の姪が妻。春満門下)
本居宣長(伊勢出身。真淵門下)
平田篤胤(和風クリスチャン。宣長の没後門人)”

“島根の津和野=山陰の小京都。
森鴎外、
西周、
大国隆正(平田篤胤門下)、
福羽美静(大国隆正門下。明治天皇の侍講)の出身地。
玉松操(元・真言宗醍醐寺僧。岩倉具視の腹心)も大国隆正門下。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-23.tml…””
御嶽山、浅間山、富士山関連の団体の動向をウォッチして下さい情報求む 
大本教系も御嶽山とゆかりあり。『密教の本』『真言密教の本』。
明治まで実在しなかった金剛峯寺。青厳寺。興山寺。
後醍醐天皇の南朝正統宗教は真言立川流=セックスカルト。
醍醐寺はカルトメーカー。
のりぴーの真如苑。
卍教団(ナチスと紅卍字会=大本教系ですか)。
皇室と関係ありの解脱会。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-39.html



江のシーヴァ ‏@axel8_rox13 7月1日
右腕もぎ取って改造、黒血漿で超能力得た生駒
ただの人間とは思えないトンデモ戦闘力の来栖
右腕と右目失ったけどバルバトスと完全にリンクするぶっ壊れ能力を得たミカ
阿頼耶識なしの初陣で正規軍人と渡り合い、阿頼耶識を使おうものなら小隊1つを一人で壊滅させるアキヒロ

鞠@ハーモニクス ‏@Maripaperbook 7月1日
生駒の右目が既にカバネなんだが、これって最初からこうだったっけ?最初から眼鏡や前髪で右目見えにくくて。多数欠っていうウェブ漫画(お勧め)で、レンズの反射でずっと片目が描かれてなかった眼鏡キャラが、実は最初から片目なかった(潰れてた)っていう衝撃を思い出した。漫画での叙述トリック

ペソ・ラブロック ‏@pesopesomania 7月1日
スペシャルエンディングムービー 生駒の右目出てるじゃん!

菊池 ‏@kikuchi_8 3月14日
陰陽道に表と裏があり、「裏陰陽道」こそが「カバラ=迦波羅」だとする主張がある。当て字まで使ってカバラと結び付けようという涙ぐましい努力である。しかし、陰陽思想とカバラは世界観が全く違う。相容れないものを無理矢理結び付けて猶太とこじつけ伝統文化を毀損する。典型的な憑依型戦術である。


陰陽思想は太極と名付ける根源の一気が展開して世界が形成されるとする創造神を必要としない世界観である。
根源の一気の分化発展作用を陽、
統合含蓄作用を陰とし陰陽は相対的であると同時に相待的、二つで一つとする。この陰陽の気で人も山川草木も含む万有が構成されるとする。気は万有の質料とする。

一方のカバラはあくまで基本は猶太教であり、神と人の断絶が大前提である。新プラトン主義の流出説を受け入れつつも、あくまで、神と人は断絶しており、神と人はどれほど接近しても一体となることはない、というのが前提である。万有の生成を「気」の概念で説明する陰陽思想とはあまりにも異なる。


日猶同祖論等「〇は猶太」論の類は基本的な概念を押えておけば簡単に反証する事が出来る。
例えば、大避神社で秦河勝が祭られている一事で、秦氏が景教徒ではないと分かる。
景教ではキリスト教諸派の中でとりわけ厳格に人性と神性が区別されているから、
人を神として祭ることなどあり得ないのである。



歴史系「偽史」論者は宗教の教義や思想哲学の内容まで論じない傾向があるので、そうした中身まで立ち入ると簡単に論駁できる場合が多い。
例えば、神道や修験道、真言密教などと猶太教、マニ教などの関係をこじつける神智学徒や同祖論者がいるとして、思想的内容を検討すれば簡単に反駁できたりする。


例えば、真言密教の「即身成仏」の思想とマニ教のベースとなるグノーシス思想の霊肉二元論は矛盾するので、
「真言密教=マニ教」は間違いと分かる。
「物質世界(とグノーシス派が呼ぶ現世)」で「成仏」ができるとする発想は、
「霊魂」が「物質世界」を離れる=救済と説くグノーシス思想と相容れない。


逆に思想哲学の分析だけするのも偏っている。どのような思想哲学も宗教も必ず歴史的環境で発生するものだからである。どういう歴史的経緯でそのような発想が生まれたかを押える為には歴史を探求するのが重要。単なる抽象論だけでは具体性が無い。「現実」とは時間と空間で規定される「歴史」である。


思想哲学は「どれが正しいか」論には立ち入らない方がよい。あくまで客観的に比較するのがよいと考える。それぞれの好みがあるので、それを論じると収拾がつかなくなる。「どれがいいか」は無記でよい。しかし、同じでないものを「同じ」と偽ってくる憑依型戦術は事実を指摘し批判していくべきである。


真偽の判断がつかない形而上学的事柄に関しては原則「無記」で対応するのがよいと考えている。だが「どれが正しいか」は判断できなくても、「こういう思想内容だ」は客観的に指摘できる。個人的には憑依型戦術への対処は常にこのスタンスで行っている。




結論①歴史系にも思想哲学系にも偏らない様にする
②思想内容の価値判断や形而上学については「無記」の姿勢で臨んだ方がよいと考える。
①については歴史学者が専門外の事柄については驚くほど的外れな事を書いているのを読んだ事がある。
陰謀追及は総合知。専門家になる必要はない。バランスが大事。


自殺
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E6%AE%BA#.E5.AE.97.E6.95.99.E3.81.A8.E8.87.AA.E6.AE.BA

Religious views on suicide
https://en.wikipedia.org/wiki/Religious_views_on_suicide

Jewish views on suicide
https://en.wikipedia.org/wiki/Jewish_views_on_suicide


バイトの連勤術師 ネム ‏@Nem_Hiiragi 5月22日
【甲鉄城のカバネリのパーソナルカラーまとめ①】生駒→緑、
無名→赤、菖蒲→桃、
来栖→青、逞生→黄、鰍→橙、侑那→赤紫、巣刈→薄青、吉備土→薄茶、美馬→??

色相環で補色(反対色)にあたる色になる子たち 生駒→無名、菖蒲、侑那 来栖、巣刈→吉備土、鰍、逞生
色相環で同系色(というか隣り合わせ)になる子達 生駒→来栖、逞生 無名→菖蒲、鰍、吉備土 巣刈→侑那
【パーソナルカラーまとめ補足】フォロワーさんより 美馬→黒 甲鉄城乗組員のうち、反対色(補色)、同系色共に無し
【パーソナルカラーまとめ補足2】忘れてた 生駒と来栖も同系色

koyu@シン・ゴジラは凄すぎた ‏@koyu_literature 5月26日
もしかして無名ちゃんの「水無月か……もうすぐだね、兄様」って、「(今は)水無月か……(会えるときまで)もうすぐだね、兄様」ってことだったの? 今七夕なわけだし。#考察城のカバネリ

ははきぎ/하하키기@槍ひー招来万歳 ‏@SmellHazakawa 5月27日
1話でカバネが女の子の真似をしてたって指摘もあったし、とするとカバネの本質は「死んだのちも動ける」ことのほかに「他者の真似をする」もあるのかなあ
カバネにタイプ分けがあるとしたら、今のところ ・集団でばらばらにさまようタイプ ・単騎で戦闘力高いタイプ(業取) ・集団を一個体にして行動するタイプ(黒煙) なのかな?

しかしカバネ、ことごとく戦闘向け/兵士向けの能力だなあと思う。 まず死なないし(というか一回死んでるし)、融合タイプで蹂躙も単騎タイプで撹乱も選び放題だし。人真似が得意なら、剣術でも槍術でも名人の真似をさせれば同じくらいの高スキル兵士が量産できるわけだし。

(支配層が今まさにやっているよね。痛みを感じない兵士)

あと、無名ちゃんの本名「ほづみ」について。 生駒が「穂積」と書いたからたぶん公式ではあれになるんだろうけど、「穂摘」もありなんじゃないかなとは思いました。某十字教的な意味で。
あー、でもそうすると麦穂になっちゃうからなあ……日本じゃやっぱり稲穂だよなぁ。 もしくは「穂積」だったからこそ「無名」に改名させたとか?

よいち@つよい ‏@yoichi5439 6月1日
他者の真似をするが上手いってのが伏線くさくて地味に気になる。カバネは生者の真似をしようとしている?生者のようになろうと活動し、血を求める? とりあえず、研究、開発実験されてた何かがヤバイエラー起こしてそのまま暴走したってのはありそうだ #考察城のカバネリ

ははきぎ/하하키기@槍ひー招来万歳 ‏@SmellHazakawa 6月11日
美馬様の名字が天鳥ということで、思い出される天鳥船神の話。 たしかイザナギとイザナミが国生みしてる間に生まれた神様なんだけど、この神様が古事記神代編のずーっとあとになって再登場する。

それがタケミカヅチ登場のくだり、いわゆる『出雲の国譲り』回。かの神の乗り物として葦原中国まで降りるんですが、そこでタケミカヅチは大国主つかまえて訊くわけです。国つ神の長たる汝に問う、この国を天つ神の元に返すか否か、と。 (間違ってたらすんません)

これはまあつまり、朝廷が地方を治めてた人々に「国を譲らんかおい」とやったことの寓意らしいですけど。 美馬様はこの国譲りをしたいのか?と、ふと思った次第。まあ実際は天鳥船神はアッシーに過ぎなかったわけですから、かなーり強引なこじつけだとは思いますが。

バイトの連勤術師 ネム ‏@Nem_Hiiragi 5月31日
あとこれで終わりだけど、考察の材料になるかはわからんが、美樹本さんのEDイラストへのコメントで気になること カバネリの世界は元は海が赤い設定だった(現在は通常の青に設定変更された) 秋募の菖蒲は生駒が綺麗だなと思える彼女の姿(来栖は後付けぽい……?) #考察城のカバネリ
(エヴァじゃねーか!)


民法典論争
https://www.bengo4.com/other/1146/1288/d_657/
”民法典論争とは、1890年に公布された旧民法に対する猛烈な反発から発展した、施行断行派と施行延期派の論争を意味する。

旧民法は、パリ大学教授であるフランス人法学者のボアソナードを招き、財産法部分を起草させたものに、日本人委員が起草した家族法部分を加えて完成されたものであった。
この法典に対して、日本古来の家制度をはじめとするよき伝統が滅んでしまう、という反発が起き、これが論争へと発展したのである。

有名な「民法出て忠孝滅ぶ」というスローガンは、この論争の過程で書かれた穂積八束の論文のタイトルである。

この論争の背景には、フランス法学派とイギリス法学派の対立、自然法学派と歴史法学派の対立をはじめ、様々な思想的・政治的、あるいは派閥的な対立が複雑に絡まり合っていた。

結局、施行延期派がこの論争に勝利し、結果として旧民法は施行されることなく終わった。

政府は新たに梅謙次郎、富井政章、穂積陳重の3人の日本人を起草委員に任命して、改めて民法典の起草にあたることとなった。

彼らはフランス流の旧民法をベースとしつつ、当時ヨーロッパで発表されていた、最新のドイツ民法草案も参考にして、民法の起草を行ったため、現行民法にはフランス法・ドイツ法の影響が残っている。”

三五(あなない)教とスウェーデンボルグ(1)
http://sassasa1234.seesaa.net/article/124298294.html
”「スウェーデンボルグはイルミナティ」の件ですが、



大正時代に王仁三郎が書いた『霊界物語』には、スウェーデンボルグが「北光天使(きたてるのかみ)」の名前で何度も登場してますヨ(笑)



「北欧」の「光の教え」のヒトだから「北光」なんでしょうか。



最初の登場は『霊界物語』第六巻。
三大教と五大教が合併して三五教が成立する場面に、三大教サイドの宣伝使として出てきます。


(※もちろん中野与之助が戦後作った「三五教」ではなく、神代の時代の話として。)


で、驚くなかれ

(1)ご丁寧にも、その場面は「カイン河」なる川のほとりとして描かれてマス。


(カインと言えば、「ふr-めーそんはカインの系統云々」とよく言われてますネw)


(2)この「北光天使」、なんと「目が一つ」の「天の目一箇神」の前身でもあると書かれてマス。

(目が一つといえば言わずもがなw)
基督教関連をモノスゴク研究した王仁三郎がコレを書いた意図は明白でしょう(笑)










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英語の勉強にどうぞお使いください 

2016/04/19 【陰謀論のタブー集】
工事中 元祖イルミナティ(反オカルト)設立にロスチャイルド(ヘッセン=親オカルト)が関わっていたなんて大嘘! バチカン陰謀論言っている奴がプロテスタント原理主義で単なるキリスト教の派閥争いだったことに『またかよ』と言いたい。ねここねこのいうキリスト教はそれを中核とするシステムと思想すべて。というかゴッドなんて妄想。部ろっぐったーこの記事の準備 ユダヤ陰謀論者が超嫌がる質問集にする予定~文章技術について私が守っていること②(①の実践編)~
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-119.html
が完成していないのは以下の記事を消化できていないから。


Augustin Barruel
https://en.wikipedia.org/wiki/Augustin_Barruel
”Abbé Augustin Barruel (October 2, 1741 – October 5, 1820) was a French publicist and Jesuit priest. He is now mostly known for setting forth the conspiracy theory involving the Bavarian Illuminati and the Jacobins in his book Memoirs Illustrating the History of Jacobinism (original title Mémoires pour servir à l'Histoire du Jacobinisme) published in 1797. In short, Barruel wrote that the French Revolution was planned and executed by the secret societies.

Augustin Barruel
Augustin Barruel.png
Born October 2, 1741
Villeneuve-de-Berg, Ardèche, France
Died October 5, 1820 (aged 79)
Paris, France
Occupation priest, historian, theologian
Subject Counterrevolution, anti-masonry
Notable works Memoirs Illustrating the History of Jacobinism

Biography

Augustin Barruel was born at Villeneuve de Berg (Ardèche). He entered the Society of Jesus, commonly known as the Jesuits in 1756, and taught grammar at Toulouse in 1762. The storm against the Jesuits in France drove him from his country and he was occupied in college work in Moravia and Bohemia until the suppression of the order in 1773. He then returned to France and his first literary work appeared in 1774: Ode sur le glorieux avenement de Louis Auguste au trone. (Ode to the glorious advent to the throne of Louis Auguste).That same year he became a collaborator of the Année littéraire, edited by Fréron. His first important work was Les Helveiennes, ou Lettres Provinciales philosophiques, (The Helveiennes or philosophical Provincial Letters) published in 1781.

In the meantime, national affairs in France were growing more and more turbulent, but Barruel continued his literary activity, which from now on occupied itself specially with public questions. In 1789 appeared Lettres sur le Divorce, a refutation of a book by Hennet. From 1788 to 1792 he edited the famous Journal Ecclesiastique founded by Joseph Dinouart in 1760. In this periodical was published Barruel's La Conduite du. S. Siège envers la France, a vigorous defense of Pope Pius VI. He likewise wrote a number of pamphlets against the civil oath demanded from ecclesiastics and against the new civil constitution during 1790 and 1791. He afterward gathered into one Collection Ecclésiastique all of the works relative to the clergy and civil constitution.
The French revolution and the conspiracy theory

The storm of the French Revolution had in the meantime forced Barruel to seek refuge in England, where he became almoner to the refugee Prince of Conti. Here he wrote in 1793 the Histoire du Clergé pendant la Revolution Française ("History of the Clergy during the French Revolution"). He dedicated the work to the English nation in recognition of the hospitality that it had showed toward the unfortunate French ecclesiastics. It has been translated into German, Italian, Spanish, Polish, and English. The English version went through several editions and did much to strengthen the British nation in its opposition to French revolutionary principles. While in London, Barruel published an English work, A Dissertation on Ecclesiastical Jurisdiction in the Catholic Church. But none of his works attracted so much attention as his Memoirs Illustrating the History of Jacobinism.

His basic idea was that of a conspiracy with the aim of overthrowing Christianity—or more to the point, any and all forms of political and social organization based on conformity to the moral teachings of the Roman Catholic Church.

It inspired John Robison, who had been working independently on his own conspiracy theory, to extend his book Proofs of a Conspiracy Against all the Religions and Governments of Europe and include several quotations from Barruel.[1]
Late years
On the fall of the Directory in 1802, Barruel was enabled to return to France. He fully accepted and persuaded many other clergymen to accept the new political order of things in his native country and he wrote several books to defend his opinions. When the Concordat was made in 1801 between Pius VII and Napoleon, Barruel wrote: Du Pape et de ses Droits Religieux. His last important controversy was his defense of the Holy See in its deposition of the French bishops, which he said had been necessitated by the new order of things in France established by the Concordat of 1801. His book appeared also in English: The Papal Power, or an historical essay on the temporal power of the Pope. Many attacked the work, but as usual, the author did not suffer an antagonist to go unanswered. His new work involved him in a very extended controversy, for his work was translated into all the principal European languages. His friends and foes alike became involved in a wordy war. Blanchard published in London no fewer than three refutations. He had promised to compose two works that never appeared: Historie des Sociétés Secrètes au Moyen-Age and Dissertation sur la Croisade contre les Albigeois. In regard to the latter work, Barruel stated his object would be to defend the Church against the reproach of having deposed kings and having freed their subjects from the oath of allegiance. He contended that objections on this score arose only from an ignorance of history. At the time of his death, Barruel was engaged on a refutation of the philosophical system of Immanuel Kant, but never completed his work. He died in Paris in 1820.”

ジャコバン派(ジャコバンは、仏: Jacobins)とは、フランス革命期にできた政治党派の1つ。名称の由来はパリのジャコバン修道院を本拠としたことによる。
マクシミリアン・ロベスピエールが中心となって急進的な革命の推進を行った時期が有名。フランス革命を主導した主流で、恐怖政治で活躍し、テルミドールのクーデター以降、一転、没落の道をたどる。国民公会で左の席に座ったことから左翼の語源となり、恐怖政治(仏: La Terreur、英: Reign of Terror)は、テロ、テロリズムの語源となった。


ルイ16世(フランス語: Louis XVI、1754年8月23日 - 1793年1月21日)は、ブルボン朝第5代のフランス国王(在位:1774年5月10日 - 1792年8月10日)。ナバラ国王としてはルイス5世(バスク語: Luis V.a)。ルイ15世の孫。王妃は神聖ローマ皇帝フランツ1世と皇后マリア・テレジアの娘マリー・アントワネット。
在位中の1789年にフランス革命が起こり、1792年に王権が停止し、翌年処刑された。フランス最後の絶対君主にしてフランス最初の立憲君主である。1791年憲法に宣誓して以後は、称号は「フランス国王」ではなく「フランス人の王」となる[2]。

全名 Louis-Auguste
ルイ=オーギュスト
出生 1754年8月23日

王朝 ブルボン朝
父親 ルイ・フェルディナン・ド・フランス
母親 マリー=ジョゼフ・ド・サクス
宗教 キリスト教カトリック教会誕生

1754年8月23日、父ルイ・フェルディナン王太子、母マリー=ジョゼフ・ド・サクス(ポーランド王(兼ザクセン選帝侯)アウグスト3世の娘)の三男ルイ・オーギュストとして誕生。ベリー公となる。1760年9月8日、ヴォギュヨン公爵が家庭教師となった。1761年の復活祭の日、兄ブルゴーニュ公ルイ・ジョゼフが結核で死亡し、1765年に父の死によりフランス王太子()となった。
婚姻

長年敵対してきたブルボン家とハプスブルク家の間の和議を結ぶため、オーストリアのマリア・テレジアにより娘マリア・アントーニア[3]とブルゴーニュ公ルイ・ジョゼフとの政略結婚が画策されていたが、1761年のルイ・ジョゼフの死去により1763年5月、ルイ・オーギュストとの結婚の使節としてメルシー伯爵が大使としてフランスに派遣された。結婚の反対者であったルイの父が1765年に死亡した後の1769年6月、ようやくルイ15世からマリア・テレジアへ婚約文書が送られた。1770年5月16日、ヴェルサイユ宮殿にて王太子ルイ・オーギュストとマリア・アントーニアの結婚式が挙行され、王太子妃はマリー・アントワネットとなった。
即位
ルイ16世

1774年5月10日にフランス国王となり、1775年、ランスのノートルダム大聖堂で戴冠式を行なった。

イギリスの勢力拡大に対抗してアメリカ独立戦争に関わり、アメリカを支援するなどしたため、財政はさらに困窮を極めた。海軍力の整備に力を入れ、シェルブールに軍港を建設した。

なお、アメリカ独立戦争を支援したことから、「アメリカ建国の父」たちにはルイ16世に崇敬の念を抱く者が多かった。
革命

国王裁判から刑死へ
最後の証言に立つルイ16世
ギロチンで処刑されるルイ16世。左は知己である死刑執行人、シャルル=アンリ・サンソン。(1798年の画)

幽閉されたルイ16世は家族との面会も叶わず、名前も「ルイ・カペー」と呼ばれ、不自由な生活を強いられることになる。その間(1792年後半)、国王の処遇を巡って、国王を断固として擁護するフイヤン派(および王党派)、処刑を求めるジャコバン派、裁判に慎重なジロンド派は対立し[5]、長々と議論が続けられていた。膠着状態の中、11月13日、25歳の青年サン=ジュストが、人民が元々有していた主権を独占した国王は主権簒奪者であり、共和国においては国王というその存在自体が罪として、個人を裁くのではなく、王政そのものが処罰されるべきであると演説[6]し、共和政を求めるものの国王の処遇は穏便に収めることを希望したジロンド派を窮地に陥れた


Memoirs Illustrating the History of Jacobinism
https://en.wikipedia.org/wiki/Memoirs_Illustrating_the_History_of_Jacobinism
”Memoirs Illustrating the History of Jacobinism (French: Mémoires pour servir à l’histoire du Jacobinisme) is a book by Abbé Augustin Barruel, a French Jesuit priest. It was written and published in French in 1797-98, and translated into English in 1799.

In the book, Barruel claims that the French Revolution was the result of a deliberate conspiracy or plot to overthrow the throne, altar and aristocratic society in Europe. The plot was allegedly hatched by a coalition of philosophes, Freemasons. The conspirators created a system that was inherited by the Jacobins who operated it to its greatest potential. The Memoirs purports to expose the Revolution as the culmination of a long history of subversion. Barruel was not the first to make these charges but he was the first to present them in a fully developed historical context and his evidence was on a quite unprecedented scale. Barruel wrote each of the first three volumes of the book as separate discussions of those who contributed to the conspiracy. The fourth volume is an attempt to unite them all in a description of the Jacobins in the French Revolution. Memoirs Illustrating the History of Jacobinism is representative of the criticism of the Enlightenment that spread throughout Europe during the Revolutionary period.

Barruel’s Memoirs is considered one of the founding documents of the right-wing interpretation of the French Revolution.[1] It became popular immediately after it was published and was read and commented on by most of the important literary and political journals of the day.[2] The four volumes of the text were published in a number of languages and created a debate about the role of the philosophes, their ideas, and the Enlightenment in the French Revolution. They remained in print well into the 20th century and contributed to the historical interpretation of the late 18th century in France. The success of Barruel's work is testimony to the anti-philosophical discourse that spread in the aftermath of the revolution. Barruel left behind a construction of the Enlightenment that was destined to influence subsequent interpretations. He wound accusations tightly around his foes and tied them into positions from which they could not escape.[3] The text created a link between the Enlightenment and the Revolution and this connection remains a topic of historical debate.
(…)
Abbé Augustin Barruel (1741–1820) became a Jesuit in 1756 but by 1762 anti-Jesuit feeling in France had become so strong that he left and travelled for many years, returning only in 1773.[4] The events of the French Revolution in 1792 caused him to leave again and take refuge in England. His dislike and hostility towards the philosophes was well known and well developed before 1789 as he had been on the editorial staff of the popular anti-philosophe literary journal Année littéraire decades before the Revolution.[5] In 1797, when living in exile in London, he wrote the Memoirs. It was published in French by the French publishing company at 128 Wardour Street, Oxford Street, London.[6] An English edition was issued the same year, and the work quickly became a commercial success.[7] The multi-volume work went through four revised French editions by 1799 and was translated into English, German, Italian, Spanish, Swedish, and Russian as editions were issued in London, Hamburg, Augsburg, Luxembourg, St. Petersburg, Dublin, Naples and Rome before the fall of Napoleon.[8]
Synopsis
Outline of the work

In his "Preliminary Discourse", Barruel defines the three forms of conspiracy as the "conspiracy of impiety" against God and Christianity, the "conspiracy of rebellion" against kings and monarchs, and "the conspiracy of anarchy" against society in general.[9] He sees the end of the 18th century as "one continuous chain of cunning, art, and seduction"[10] intended to bring about the "overthrow of the altar, the ruin of the throne, and the dissolution of all civil society".[11]

The first volume examines the anti-Christian conspiracy that was begun by Voltaire in 1728 when Barruel claimed that Voltaire "consecrated his life to the annihilation of Christianity".[12] Barruel returned to the principal texts of the Enlightenment and found reasons to draw close links between the philosophism of the time and the anti-Christian campaigns of the Revolution.[13] Here he found that the philosophes had created an age of pretend philosophy which they used in their battle with Christianity. Their commitment to liberty and equality were really commitments of "pride and revolt".[14] Barruel claimed that the proponents of the Enlightenment led people into illusion and error and refers to the philosophes as "Writers of this species, so far from enlightening the people, only contribute to lead them into the path of error".[15] He alleged that Voltaire, Jean le Rond d’Alembert, Denis Diderot, and Frederick II, the King of Prussia, planned the course of events that lead to the French Revolution. They began with an attack on the Church where a "subterranean warfare of illusion, error, and darkness waged by the Sect"[16] attempted to destroy Christianity. The influence of the philosophes could not be underrated according to Barruel. They created the intellectual framework that put the conspiracy in motion and controlled the ideology of the secret societies. Barruel appears to have read the work of the philosophes and his direct and extensive quotes shows a deep knowledge of their beliefs. This is unusual among the enemies of the Enlightenment, who rarely distracted themselves by reading the works and authors they were attacking.[17] Barruel believed the philosophes were important as the original villains that seduced the population and made Enlightenment, and subsequently revolutionary, ideals favorable.

The second volume focuses on the anti-monarchical conspiracy that was led by Jean Jacques Rousseau and Baron de Montesquieu. These conspirators sought to destroy the established monarchies under the guise of "Independence and Liberty".[18] Barruel analyses and criticizes Montesquieu's The Spirit of Laws and Rousseau's Social Contract because the application of the ideas expressed in these books had "given birth to that disquieted spirit which fought to investigate the rights of sovereignty, the extent of their authority, the pretended rights of the free man, and without which every subject is branded for a slave - and every king a despot".[19] He believed that the influence of these two writers was a necessary factor in the enactment of the French Revolution. He agreed with the revolutionaries as they themselves placed the remains of Voltaire and Rousseau in the Pantheon to pay homage to the "fathers of the revolution". Barruel believed that the philosophes had created a lasting influence as their spirit survived through their writings and continued to promote anti-monarchical feelings within the Jacobins and the revolutionaries. The destruction of monarchies in Europe led to the triumph of the Jacobins as they trampled "underfoot the altars and the thrones in the name of that equality and that liberty which summon the peoples to the disasters of revolution and the horrors of anarchy".[20] Barruel equated the rejection on monarchy with a rejection of any type of order and government. As a result, the principles of equality and liberty and their attacks against the monarchy were attacks against all governments and civil society. He presented a choice to his readers between monarchy and the "reign of anarchy and absolute independence".[21]

Barruel's third volume addresses the antisocial conspiracy that was the objective of the Freemasons and the Order of the Illuminati. The philosophes and their attacks against the church and the throne paved the way for the conspiracy that was led by these secret societies. These groups were believed to have constituted a single sect that numbered over 300,000 members who were "all zealous for the Revolution, and all ready to rise at the first signal and to impart the shock to all others classes of the people".[22] Barruel surveyed the history of Masonry and maintained that its higher mysteries had always been of an atheist and republican cast.[23] He believed the Freemasons kept their words and aims secret for many years but on August 12, 1792, two days after the fall of the French monarchy, they ran though the streets openly announcing their secrets. The secret words were "Liberty, Equality, and Fraternity" and the secret aim was the overthrow of the French monarchy and the establishment of the republic.[24] Barruel claimed he heard them speak these words in France but that in other countries the Masons still kept their secrets. A division of the group into numerous lodges ensured that if the secrets of one lodge were discovered, the rest would remain hidden. He believed that it was his job to warn all governments and people of the goals of the Freemasons. Barruel described in detail how this system worked in the case of the Illuminati. Even after Johann Adam Weishaupt, the leader of the sect, was discovered and tried in court, the proceedings could not uncover the universal influence of the Illuminati and no steps were taken against the group.[25] The majority of the secret societies could always survive and carry on their activities because of the organization of the group. The Illuminati, as a whole, functioned to radicalize the movement against the throne and altar and influenced more members of the population to subscribe to their hidden principles.[26] They refined the secret structure that had been provided by the Masons basic framework.

For Barruel, the final designs of the coalition of the philosophes, the Freemasons and the Illuminati were achieved by the Jacobins. These clubs were formed by "the adepts of impiety, the adepts of rebellion, and the adepts of anarchy"[27] working together to implement their radical agenda. Their guiding philosophy and actions were the culmination of the conspiracy as they directly wanted to end the monarchy and the church. Barruel believed that the only difference between the Jacobins and their precursors was that the Jacobins actually brought down the church and the throne and were able to institute their basic beliefs and goals while their precursors only desired to do these things without much success.[28]
The Memoirs and the French Revolution

According to Barruel, the first major assault on the Enlightenment came during the French Revolution. In the minds of many, the Enlightenment was inextricably connected to the Revolution that followed. This presumed link resulted in an explosion of literature that was hostile to the Enlightenment. When the leaders of the Revolution canonized Voltaire and Rousseau and made the Enlightenment themes of reason, progress, anti-clericalism and emancipation central to their own revolutionary vocabulary, it created a link that meant any backlash against the Revolution would increase opposition to the Enlightenment.[29] The advent of what Graeme Garrard has called the "continuity thesis" between the Enlightenment and the Revolution – the belief that they were connected in some intrinsic way, as cause and effect- proved damaging to the Enlightenment.[30]

For Barruel, the Revolution was not a spontaneous popular uprising expressing a long-suppressed general will. It was instead the consequence of a united minority group who used force, subterfuge and terror to impose their will on an innocent and unsuspecting population.[31] Barruel believed that the Revolution was caused by Voltaire, Rousseau and the other philosophes who conspired with secret societies to destroy Catholicism and the monarchy in France. He argued that the writings of the philosophes had a great influence on those who would lead the Revolution and that Voltaire and his followers were responsible for the training of revolutionaries. It was from the followers of the philosophes "that the revolutionary ministers Necker and Turgot started up; from this class arose those grand revolutionary agents, the Mirabeaux, Sieyes, Laclos, Condorcets; these revolutionary trumps, the Brissots, Champforts, Garats, Cheniers; those revolutionary butchers, the Carras, Frerons, Marats".[32]
The Encyclopédie
Main article: Encyclopédie
First page of Volume 1 of the Encyclopédie.

Within the Memoirs, Barruel alleged that Diderot's Encyclopédie was a Masonic project. He believed that the written works of the philosophes penetrated all aspects of society and that this massive collection was of particular significance. The Encyclopédie was only the first step in philosophizing mankind and was necessary to spread the impious and anti-monarchical writings.[33] This created a mass movement against the church and society. Barruel believed that the conspirators attempt to "imbue the minds of the people with the spirit of insurrection and revolt"[34] and to promote radicalism within all members of society. This was believed to be the main reason behind the Encyclopédie as it was "a vast emporium of all the sophisms, errors, or calumnies which had ever been invented against religion".[35] It contained "the most profligate and impious productions of Voltaire, Diderot, Boulanger, La Mettrie, and of other Deists or Atheists of the age, and this under the specious pretence of enlightening ignorance".[36] Barruel believed the volumes of the Encyclopédie were valuable in controlling the minds of intellectuals and in creating a public opinion against Christianity and monarchy.
Philosophism

Philosophism was a term used by Barruel within the Memoirs to refer to the pretend philosophy that the philosophes practiced. It was originally coined by Catholic opponents of the philosophes but was popularized by Barruel.[37] It referred to the principles that were shared by philosophes, Freemasons, and Illuminati. Barruel defined philosophism as "the error of every man who, judging of all things by the standard of his own reason, rejects in religious matters every authority that is not derived from the light of nature. It is the error of every man who denies the possibility of any mystery beyond the limits of reason if everyone who, discarding revelation in defence of the pretended rights of reason, Equality, and Liberty, seeks to subvert the whole fabric of the Christian religion".[38]

The term had a lasting influence as by the end of the 18th century it had become a popular term of abuse used by conservative journals to refer to supporters of the Revolution.[39] These journals accused those who practiced philosophism as having no principles or respect for authority. They were skeptics who failed to believe in the monarchy and the church and thus, had no principles. The use of the term became pervasive in the Anti-Jacobin Review and contributed to the belief in a connection between the Enlightenment and the Revolution and its supporters. Philosophism became a powerful tool of anti-revolutionary and anti-Jacobin rhetoric.
Members of the conspiracy

Barruel identified a number of individuals who he believed played direct roles in the Enlightenment and the conspiracy against Christianity and the state. He identified Voltaire as the "chief", d’Alembert as the "most subtle agent", Frederick II as the "protector and adviser", and Diderot as its "forlorn hope".[40] Voltaire was at the head of the conspiracy because he spent his time with the highest levels of European society. His attention and efforts were directed at kings and high ranking ministers. D'Alembert worked behind the scenes and inside the more common areas of French society. He employed his skill in the cafes and academies and attempted to bring more followers to the conspiracy. Barruel takes a close look at the correspondence between Voltaire and d'Alembert and uses this as evidence of their plot to overthrow society. He is deeply concerned with the fact that those he identifies as the leaders of the plot had secret names for one another in their private correspondence. Voltaire was "Raton", d'Alembert was "Protagoras", Frederick was "Luc", and Diderot was known as "Plato".[41] Barruel also argued that the conspiracy extended far beyond this small group of philosophes. He believed that the court of Louis XV was a "Voltairean ministry"[42] of powerful men. This group involved Marquis d'Argenson who "formed the plan for the destruction of all religious orders in France", the Duc de Choiseul who was "the most impious and most despotic of ministers", the "friend and confidant of d'Alembert", Archbishop de Briennes, and Malesherbes, "protector of the conspiracy".[43]

According to Barruel, this group of influential leaders worked together with a number of adepts who supported the conspiracy. The most important adept that Barruel identifies is Condorcet. Barruel claimed that Condorcet was a Freemason and leading member of the Society of 1789 who was elected to the Legislative Assembly and was "the most resolute atheist".[44] Condorcet was important because he embodied everything that Barruel claimed the conspiracy was. He was a Freemason that associated with the philosophes and who would become an influential member of the revolution process. Barruel also lists the Baron d'Holbach, Buffon, La Mettrie, Raynal, Abbé Yvon, Abbé de Prades, Abbé Morrelet, La Harpe, Marmontel, Bergier and Duclos among the members of the "synagogue of impiety".[45]
Barruel's techniques of argumentation

As a Catholic apologist of the religious and political status quo, Barruel downplayed his own Catholicism and presented himself as a neutral party within the radicalized debate surrounding the Revolution. His tactic was to cite document after document with a commentary that effectively showed it was the truth. The reader of the Memoirs could have been any individual who doubted some of Barruel's inferences, but who would eventually be overwhelmed by the sheer weight of evidence against the Enlightenment and liberation movements. His fanatical hatred for revolutionary and enlightenment ideas is hidden behind a faux neutrality and casuistic slight of pen. By isolating single passages and quoting them out of context, Barruel presented what seemed to be a convincing case.[46] He made up for quality with quantity and persuaded a number of contemporaries to adopt his view. The Memoirs is constructed according to reason and Barruel attempts to use the Enlightenment's own tool to bring about its demise.
Reception

Barruel's work was influential and impossible to ignore. The Freemasons of France, Germany, and England angrily contested his assertions and a voluminous literature was the consequence. Even his critics were forced to take him serious in their attempt to refute his arguments.[47] The Memoirs were written about and discussed at length by leading literary and philosophical figures.

Edmund Burke, an English political thinker, was impressed by the work of Barruel in uncovering a connection between the Enlightenment and the French Revolution. Burke wrote a letter to Barruel and expressed his admiration. He wrote, "I cannot easily express to you how much I am instructed and delighted by the first volume of your History of Jacobinism." He praised "the whole of the wonderful narrative" for being supported by documents and proofs with "the most judicial regularity and exactness." At the end of the letter Burke added: "I forgot to say, that I have known myself, personally, five of your principal conspirators; and I can undertake to say from my own certain knowledge, that as far back as the year 1773, they were busy in the plot you have so well described, and in the manner, and on the principle you have so truly represented. To this I can speak as a witness."[48] Burke's own works were also filled with references to the philosophe sect and a dislike for their fanaticism, atheism and perversion of public morals.

Others soon took up the arguments of Burke and Barruel. In England, the Scottish scientist John Robison, published Proofs of a Conspiracy against All the Religions and Governments of Europe, carried on in the Secret Meetings of the Free Masons, Illuminati, and Reading Societies.[49] The work, published in 1798, detailed a conspiracy that involved philosophes, Masons, and the Illuminati and their desire to "root out all the religious establishments an overturn all the existing governments of Europe".[50] Robinson's text has been characterized as being less detailed but more refined that Barruel's Memoirs. Even with these differences, Robinson's work supported the conspiracy that Barruel purported to have discovered. Barruel himself commented on the similarities, stating "Without knowing it, we have fought for the same cause with the same arms, and pursued the same course".[51] The two writers had many similarities in their arguments and conclusions and their books spawned an anti-Enlightenment and anti-revolution discussion that was constructed on the same theses.

Despite the initial popularity of the book, Barruel's contemporaries soon rejected his book. Jean Joseph Mounier,[52] a member of the National Assembly during the beginning of the French Revolution, insisted the Revolution broke out because of the failure of the established authorities to handle a number of crises that occurred.[53] He blamed the parlements of France for attempting to become rivals of the monarch and the spirit of intolerance in France. Mounier believed the Revolution was a result of social and political tensions and he did not believe there was a planned conspiracy. Joseph de Maistre, a well known counter-revolution theorists, also did not accept Barruel's conspiracy theory. He wrote a short rejection of the Memoirs in which he termed Barruel's accusations "foolish and "false".[54] Maistre rejected the idea of the Freemasons being partly responsible, perhaps because he was a member himself, and did not believe that the Illuminati were as powerful as Barruel made them out to be.
Contribution and legacy

Barruel's version of the revolution, which blamed specific men and pointed out a single cause, has been rejected by the majority of scholars, as the concept of a "master conspiracy" lies on the fringes of historical analysis. Still, his Memoirs do retain historical significance. Amos Hofman has argued that Barruel's work "appears to be the first systematic attempt to discuss the role of conspiracy in a revolution".[55] The theory of conspiracy is a tool for Barruel that is used in an attempt to discredit "public politics" or politics based on the support of public opinion. Hofman shows how Barruel sought to prove that public politics, demanded by both the philosophes and the revolutionaries, could not in fact exist as it was an illusion designed to create support for their private desire to control France.[56] Barruel's theory of conspiracy is important as a "reaction to a problem that was at the focus of the ideological struggle during the second half of the eighteenth century – the problem of the rise of public opinion as a political factor that had to be taken into account by the leaders of society".[57] According to this view, Memoirs Illustrating the History of Jacobinism can be read as an attempt to understand the public appeal of the ideas of the Enlightenment and mass politics. Barruel's text is also important for its entrenchment of an understanding of conspiracy within modern politics. Conspiracy was seen as a motivating cause of revolution because it suggested conflict within the society. It viewed politics as a clash between opposing ideas which could not be solved by a compromise because of substantial division.[58] The society that Barruel creates was not divided by legitimate beliefs and divergent interests. Instead, it was a binary divide between the united and wholly patriotic group that included Barruel and the unholy alliance of traitors and criminals.[59] Barruel's theory of a master conspiracy and his understanding of the causes of political change still influences society.

Memoirs Illustrating the History of Jacobinism has also been seen as a primary source that can be used to examine freemasonry in Europe. Even though Freemasonry became a target in the paranoid literature that blamed the revolution partly on the activities of Masons, the work still had some historical value in regards to the group. Margaret Jacob argues that Barruel's writings "offer a point of departure for understanding the relationship between the Continental Enlightenment, as it was lived in the clubs, societies, and lodges of the eighteenth century, and the outbreak of the democratic revolutions in the late 1780s in Amsterdam, Brussels, and most important, Paris."[60] She believes that if readers can look past the paranoia within the text, it can provide information about how Freemasons were treated during the revolution. Jacob also sees value in the text because Barruel argued for a distinction between English Freemasonry and its Continental counterpart.[61] Barruel believed that his allegations against the Continental Freemasons did not apply to the respectable English Freemasons. The activities of the English Freemasons were not the things that needed to be worried about. He distinguishes between the circumstances of the French and the English and shows that the language used in each situation was important. He believes that the Masonic language about equality, liberty, and fraternity bears relation to the radical and democratic phase of the French Revolution and to Jacobin language.[62] From the book, Margaret Jacob salvages the realization that language is important and that it can have a social force all of its own.

Barruel's polemic is an important source for the understanding of the mentality of the opponents of the French Revolution and their understanding of the ideological origins of the Revolution. Furthermore, Barruel is also seen as the father of a modern conspiracy theory. The Memoirs contain all of the elements that continue to characterize conspiracy narratives today including the argument that a hidden group is orchestrating world events behind the scenes and an attempt to construct a direct lineage from the past to the present.[63] Barruel presents a thorough application of conspiracy theory methodology. As a result, he has had a lasting influence on following generations.
See also

Counter-Enlightenment
Science in the Age of Enlightenment
Philosophe
Augustin Barruel
Encyclopédie
Frederick II of Prussia
Conspiracy theory
Freemasonry
Illuminati”
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John Robison (physicist)
https://en.wikipedia.org/wiki/John_Robison_(physicist)
”John Robison FRSE (4 February 1739 – 30 January 1805) was a Scottish physicist and mathematician. He was a professor of philosophy at the University of Edinburgh.

A member of the Edinburgh Philosophical Society when it received its royal warrant, he was appointed as the first general secretary to the Royal Society of Edinburgh (1783–98). Robison invented the siren and also worked with James Watt on an early steam car. Following the French Revolution, Robison became disenchanted with elements of the Enlightenment. He authored Proofs of a Conspiracy in 1797—a polemic accusing Freemasonry of being infiltrated by Weishaupt's Order of the Illuminati.

His son was the inventor Sir John Robison (1778–1843).
(…)
The conspiracy theorist
Towards the end of his life, he became an enthusiastic conspiracy theorist, publishing Proofs of a Conspiracy ... in 1797, alleging clandestine intrigue by the Illuminati and Freemasons (the work's full title was Proofs of a Conspiracy against all the Religions and Governments of Europe, carried on in the secret meetings of Freemasons, Illuminati and Reading Societies). The secret agent monk, Alexander Horn provided much of the material for Robison's allegations.[3] French priest Abbé Barruel independently developed similar views that the Illuminati had infiltrated Continental Freemasonry, leading to the excesses of the French Revolution.[4][5] ”
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Alexander Horn
https://en.wikipedia.org/wiki/Alexander_Horn
”Alexander Horn (or Dom Maurus Horn, OSB) (1762–1820), was a Scottish Benedictine monk who became a British secret agent and diplomat. His work contributed to the birth of the conspiracy theory of the illuminati.[1]
(…)
Horn wrote anonymously, condemning France's activities in undermining the Holy Roman Empire. He supplied the material that formed the core of John Robison's 1797 allegation of an international conspiracy of freemasons, illuminati, and Jacobins. In 1799 he travelled to England, meeting with members of William Pitt's government including Earl Spencer. He subsequently used his bibliographical expertise to acquire rare books and manuscripts for Spencer's library.[1]”
This page was last modified on 21 May 2016, at 14:22.



Eric Jon Phelps
” Eric Jon Phelps (born 1953) is an author and protagonist in the Truth Seeker movement from the United States,

(protagonist  〔主義思想や改革運動などの〕主唱・提唱者。

Truth movement
http://en.metapedia.org/wiki/Truth_Seeker_movement
のKey figures=重要人物は、
“Julian Assange
James Corbett
William Cooper
David Icke
Brian Gerrish
Anthony J. Hilder
Max Igan
Alex Jones
Max Keiser
Jüri Lina
Jordan Maxwell
Kenneth O'Keefe
Jeff Rense
Alan Watt“

創価学会の母胎は大日本皇道立教会=キリスト教製の偽天皇系組織。紐付き陰謀論者の巣窟の母胎も大日本皇道立教会。 創価の表層を叩かせるのは、偽皇室とキリスト教が陰謀論業界のボスであり、創価とsagegroupを作った黒幕なのを隠す為。)

presenting himself as part of a WASP fundamentalist disposition, deriving influence for his material from the likes of Jack Chick and Alberto Rivera, he is allegedly a WASP separatist.

(present oneself 自己紹介する
present oneself as  ~というイメージを打ち出す。

disposition 気質,.傾向,たち 。

material 資料、データ、題材、ネタ。
the likes of ~のような人あるいは物。

ジャック・チックはガチのプロテスタント系キリスト教原理主義者
=聖書絶対のエキュメニカル反対派
=一神教的多神教である新キリスト教を完全否定。
エホバの証人、モルモン教、進化論に一定の理解を示しているローマ・カトリックに対しても徹底した批判を行っているらしい。
ジャック・チックは自らの信仰を広めるために、その信仰に基づいた物語を小冊子にして配布し、自ら出版社まで作っているほどの原理主義者。
フェルプスの言説の元ネタの一つが反カトリックのプロテスタント原理主義者。
このJack Thomas Chickは evangelical fundamentalist Christianであり、
Roman Catholics, Freemasons, Muslims, Jewsなどを批判しております。プロテスタントはきれいに無視(笑)。
福音主義プロテスタントEvangelical Protestantism 側ですからね。
チックは Independent Baptist なので、ロックフェラーと同じくバプティスト。
ユダヤ人=ユダヤ教徒じゃねーよ!
ユダヤ教徒ではなくバプティストのロックフェラーをユダヤ教徒だとして叩くRK。
Rは18番目、Kは11番目のアルファベットですね。

キリスト教 教派早わかり
http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/058kirisuto.htm
“「プロテスタント」とは、"抗議する者"の意味で、ローマ・カトリックの腐敗に抗議することから始まった、一六世紀以来の新しいキリスト教の流れです。聖書学者ヘンリー・H・ハーレイは、プロテスタントについてこう言っています。
 「プロテスタントは、すべての異教主義から解放された原始キリスト教を回復しようとするものである」。
 それは、純粋なキリスト教を回復しようという努力であり、その一連の運動のことなのです。
 ですからプロテスタントは、一つの組織や、特定の機構によって成り立っているわけではありません。それは純粋なキリスト教の回復を目指す諸グループ、諸運動の、総称なのです。
(…)
バプテスト派

 「バプテスト」という言葉は、バプテスマ(洗礼)から来た言葉で、一般に「浸礼派」と訳されています。
 バプテスマには一般に、水を数滴たらす「滴礼」方式と、体を水の中に沈める「浸礼」方式の、二種類があります。バプテスト派では滴礼を認めず、浸礼だけを認めるのです。
 バプテストは最初、一六世紀のスイスに、アナバプテスト(再洗礼派)として誕生しました。彼らは、カトリックでなされている儀式的な幼児洗礼を否定し、信仰告白に基づいた成人の洗礼を実施したのです。
 バプテストには、ルーテルやカルヴァンのような、特定の有名な創始者がいません。それは不特定多数の改革者たちによって始められた運動なのです。
 バプテストの人々の主たる関心は、バプテスマ自体よりも、むしろ「真にキリストの弟子であること」にありました。
 キリスト者としての「生活」が重視されたのです。初期のあるバプテスト指導者は、こう語りました。
 「誰でも、生活においてキリストに従わなければ、キリストを知ることはできない」。
 またバプテストは、愛の倫理と、非戦主義を説きました。彼らは戦争へ行かず、迫害者から身を守ることもせず、国家による弾圧に参加することもしませんでした。
 バプテストは、初代教会の活力と信仰を再興しようと腐心しました。彼らは、教会は、富や権力による制度ではなく、信仰に基づく兄弟姉妹、また神の家族の集まりであると言いました。
 また教会は、人の作った組織に認められるものではなく、神が人々の中に働いておられるところに認められる、とも主張しました。
 バプテストはまた、教会と国家の分離を主張しました。彼らは、たとえ社会がキリスト者によって構成されている場合でも、教会は社会と分離しているべきである、と説きました。これは、カトリック教会への批判でもあります。
 バプテストはその後、何度かの分裂や統合を繰り返して今日に至っています。
 いわゆるメノナイト派(メノー派)も、バプテストの流れを汲んでいます(フレンド派の影響も受けている)。メノナイト派は、アメリカではとくに「良心的反戦論者」として知られています。
 一九世紀の有名な伝道者C・H・スポルジョンは、バプテスト派(ただしカルヴァン主義バプテスト)でした。また、インドに伝道した偉大なイギリス人宣教師ウィリアム・ケアリや、非暴力によって黒人の公民権運動を展開したアメリカのマーティン・ルーサー・キング牧師も、バプテスト派でした。”

「ユダヤに金融特権を与えたカトリックは大金持ち」だとばらしてもおかしくないのが反カトリック勢力。
プロテスタント側が世俗権力たる貴族と組んでバチカンの金融特権を奪うために画策していたところは隠すから注意ね!
チックは、反カトリックの活動家にしてもとイエズス会士=カトリックだったリベラの証言を紹介しています。
anti-Catholic activist Alberto Riveraはイスラム教をつくったのはバチカンだという説を述べております。
ねここねこは、カトリックに迫害された異端派側が創ったと考えております。
異端派はイスラムやユダヤ教徒と手を組んで反カトリックだったりします。
異端として排斥されたネストリウス派はササン朝ペルシア、イスラム世界で教勢を伸ばし、七世紀には中国にいたり景教と呼ばれました。
どうみてもユダヤじゃないですね。
ネストリウス派は特にアッバース朝にギリシア語文献の翻訳者や医師として活躍し、東西文化の交流に貢献しました。
はっきりいって迫害したカトリックも技術差で負けないように異端派から技術を手に入れていましたから、異端排斥すら表向きのものです。今も昔もね。
リベラはカトリック教会はホロコーストに責任があると言っているのは、ナチスのスポンサーがカトリックだから。人数は捏造でしょうが虐殺はあったと私は考えております。
でもリベラは明らかにプロテスタント側の仕業のものもカトリックのせいにするのでプロテスタント系工作員です。
チックChick も世界の諸問題の原因はカトリックだと信仰していたそうです。
プロテスタント原理主義が戦争屋と仲良しなのは無視かよ。
自分自身がサタン=カトリック限定キリスト教叩き工作員
のくせにサタンを叩く典型的なキリスト教原理主義者ですね。
ねここねこみたいに
「すべて」の一神教の根幹=実在論=イデア論の基盤
まで否定しないと別の支配勢力に利用されて終わりです。
具体的には原始仏教の無記と大乗仏教の空で否定しています。
支配層が一番嫌いな思想です。
原理主義なので当然チックは中絶反対、結婚前の性行為は禁止、同性愛は罪悪という信仰で、シオニストで、イスラエル最大の敵がカトリックだと主張。
チックが所属するIndependent Baptistインデペンデント・バプティストは保守的、要はファンダメンタリスト=聖書は文字通り正しい。

リベラはプロテスタント原理主義のアンチカトリックの活動家。
Alberto Rivera はヴァチカン押しつけ陰謀論者。
リベラ曰く、共産主義、イスラム教、ナチス、世界大戦、不況、人民寺院の虐殺(ジョーンズタウン事件)、リンカーン暗殺、ケネディ暗殺(初のカトリック系大統領)はすべてカトリックが原因だそうです(笑)
プロテスタントカルトがやったことをカトリックのせいにするのがリベラの役割です。
リベラは、カトリック教会が同性愛と中絶を広めようとしている主張。
教皇は反キリストantichristsでありカトリック教会は大淫婦バビロンWhore of Babylonだと非難。
中世の宗教裁判(異端審問)Medieval Inquisitionの黒幕はイエズス会だと主張。
Medieval Inquisitionは12から13世紀ごろ。
イエズス会設立は1534年だから16世紀。
リベラは嘘つきですね。
イエズス会はカトリックの反宗教改革の先兵なので反プロテスタント組織で、上智大学を創ったことで有名。
上智出身の陰謀論者に注意な!

White separatism 白人分離主義。
差別ではなく区別とか、分離しているだけだという詭弁をほざくホワイトプライドな白人至上主義者supremacistsの思想)

He is perhaps best known for his book Vatican Assassins. It was revealed in the Truth Seeker community that Phelps is the Vice President and Chief of Sales for a company headquartered in Tel Aviv, called Lowvehm; this is part of the Jewish blood diamond industry.[1] Phelps has visited Israel several times, including meetings with the Zionist Barry Chamish.[2]
(フェルプスはシオニストでシオニストと会っている。イスラエルコネクション。ユダヤ教徒の血流ってなんだよ。
聖書の民は実在しないので遺伝的ユダヤ人は実在しない。ユダヤ教を信仰しているか否かでユダヤ人か否かが決まる。ユダヤ系プロテスタントって何?
親がユダヤ教徒ってこと?)

Claims
Part of the “Jesuits and the Vatican run it all” crowd, Phelps refers to all people in the anti-New World Order movement who criticise Jewish global power—such as
Texe Marrs, Jeff Rense[2] and others—as “Jesuit Temporal Coadjutors”.

(Texe W. Marrsはキリスト教原理主義系組織を2つ運営しています。プロテスタント支持で、カトリックとユダヤ教を批判。
明らかにプロテスタント原理主義なのですがフェルプスいわくイエズス会の手先だそうです。フェルプスの役割もリベラと同じく、プロテスタントの悪行をカトリックに責任転嫁すること。
refer to A as B AをBと呼ぶ、AについてBと言及する。
temporal [しばしば名詞の後] (聖職者・教会に対して)聖職でない.。
coadjutor 助手、アシスタント、司教補佐、、助任司祭、補助司教。

Jeff Rense という陰謀論者conspiracy theoristは
名誉毀損防止同盟(Anti-Defamation League 略称ADL)と南部貧困法律センター(Southern Poverty Law Center、略称SPLC)により、 反ユダヤ主義かつ親ナチスであるとみなしている。
またプロテスタント原理主義の宗教右派。どこがカトリックだよ)

Phelps describes the liberation of the German people by the NSDAP, the SS and other forces from the impending butchery of the Red Holocaust, disapprovingly, as the work of “Jesuit agents”.[3]

(ナチス親衛隊の別名が黒いイエズス会。イエズス会自体が真っ黒)

Phelps glorifies Oliver Cromwell[3] who allowed the Jews back into England after they had been expelled for centuries and was largely financed by Dutch Sephardim such as rabbi Menasseh ben Israel.[4]

(よーすけ ‏@yoshimichi0409 6月19日
因みに伝統的ユダヤ主義はシオニズムには反対している。シオニズム自体、英国の植民地主義から生まれたもので、あの清教徒革命のクロムウェルが先駆者とよく言われる代物。米国で最もイスラエル擁護者であるのは、キリスト教原理主義者である。彼らの多くは千年王国願望を抱いているのも事実だ。

子子子子子(ねここねこ) ‏@kitsuchitsuchi 2014年12月1日
@noranekonote エドワード1世のユダヤ追放で13~17世紀まで英国にユダヤは殆どいない。よってキリスト教が金融をやるしかない。1594年エリザベス女王のユダヤ系侍医ロペスの処刑で反ユダヤが強まり、数年後に初演されたベニスの商人は金融=ユダヤという嘘を布教する為の作品。

ユダヤ教徒追放で英国にキリスト教の金融街=ロンバード街(ロンバルディア人)が誕生。D・ロックフェラーはWASP至上主義。ロスチャイルドはキリスト教改変派。×ユダヤ教徒×偽ユダヤ×ユダ金○【ユダヤ】しごとユダヤ教徒から白人キリスト教徒に乗っ取られた事例。ユダヤ教徒追放(13〜17世紀まで)で英国にユダヤ教徒がいなくなりました。キリスト教の金融街=ロンバード街(ロンバルディア人=イタリアの白人)が誕生しました。
ホの字 ‏@souiumonodesu 2012年1月22日
『1215年のキリスト教の会議で、(中略)ユダヤ教徒を公職から追放し、あらゆる経済活動に制限を加えることが決められた。その結果、ユダヤ教徒たちは金貸しくらいしかすることがなく、仕方なく金融業をはじめたという経緯があるのだ。』(p.165))


According to Phelps, Jewish supremacism in financial, media and political fields is just an illusion, the Jesuits “always put Jews in the forefront-so that they can blame all of what they do on the Jewish race”.[3] He also claims the Jesuits authored the Protocols of the Elders of Zion,[3] control all secret agencies including KGB, CIA, Mossad, BND and SIS.[3] He also attacks the Knights of Malta on a regular basis.[3] For Phelps, the Jesuits are even “the ones behind professional sports”.[3]

(フェルプスはユダヤ陰謀論を否定。あくまでカトリックはカトリックであり隠れユダヤではないとしている。
「カトリック=黒幕>ユダヤ=下っ端」

なるほどだからboが叩くのか。
カトリック黒幕説(+ユダヤは下っ端)を言っている人がユダヤだと指摘することで、カトリック黒幕説は正体がユダヤが黒幕なのを隠すためだと言いたいのでしょうね。
でもフェルプスはどう見てもプロテスタントの罪をカトリックにすべて押し付けるプロテスタント人脈なんですが。 なぜフェルプスがユダヤ教徒と断定できる根拠が知りたい 。
まあ結論ありきだからだろうが 人脈見たらプロテスタント原理主義者ばかりじゃん。

forefront 最前部、最前線、先頭.)

Phelps is also of the opinion, that the Superior General of the Society of Jesus (nicknamed the Black Pope) is the real leader of the Catholic Church, rather than the Bishop of Rome, the “White Pope”. He has stated that there are six different forms of Zionism and that "I am of the fifth category." Phelps states this category maintains that "the beloved Hebrew/Jewish/Israelitic people have a right to live in their promised land" and they "defend the Jewish people’s right to live in the promised land of Israel to the exclusion of all Arabs and non-racial Jews."[5]

(フェルプス「ヘブライ、ユダヤ、イスラエルの人々は約束の地に住む権利を持つ。アラブ人と非人種的ユダヤ人はイスラエルの約束の地に住む権利はない」

to the exclusion of ~ ~は除外(排除)して、~はのぞいて

nonracial非人種的 ユダヤ人
というのはおそらく、親がユダヤ教徒ではないユダヤ人=ユダヤ教徒のことでしょう。
アラブ人は排除+シオニストの時点でプロテスタント原理主義系ですね。バチカン押しつけ陰謀論を唱えながら聖書の文言は否定しないでしょ?
つまり、スピリチュアル、ニューエイジなどグノーシスの後継者系ではない可能性が高い)

1. ↑ Eric Jon Phelps: Smear Artist, Israeli Diamond Trader and "Jesuit" Expert. Conspiracy World (2 December 2009).
2. ↑ 2.0 2.1 Eric Jon Phelps: Zionist Promoter, Israeli Diamond Merchant, New Ager, White Separatist. Conspiracy World (2 December 2009).
3. ↑ 3.0 3.1 3.2 3.3 3.4 3.5 3.6 Eric Jon Phelps quotes. Whale.to (2 December 2009).
4. ↑ Oliver Cromwell and the Jews. OliverCromwell.org (2 December 2009).
5. ↑ Eric Phelps defines the Six Zionisms. Reality Research Resource (2 December 2009).”
http://en.metapedia.org/wiki/Eric_Jon_Phelps








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